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(0) アーチャーことヤン・ウェンリーは未来人である。それも千六百年先の。
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(0)「……飛び立った船だもんなあ。飛行機じゃなくて」
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(0) 衛宮士郎は嘆息するが、他のサーヴァントに言わせると、現代人も同じ穴の狢である。
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(0)「いや、坊主。鉄の固まりが、地を駆けたり、空を飛ぶ今だっておかしいぜ」
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(0)「そうだよ。その進歩が、聖杯戦争のシステムと齟齬を来すようになってるのさ」
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(0)「へ?」
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(0) 赤毛の少年と蒼髪の美青年は、口々に声をあげ、黒髪の青年に視線を向けた。
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(0)「また何を言ってんだ、てめえはよ」
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(0)「そうだぞ。もっと簡単な単語で言ってくれ」
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(0) ランサーは士郎を軽く小突いた。
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(0)「齟齬のほうじゃねえ。聖杯戦争のシステムって方だ」
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(0)「や、俺はそっちも……」
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(0) 磊落で快活な兄貴分が逗留者に加わったおかげで、士郎のストレスは激減した。これで衛宮家の男女比は三対五。ただ一人というなかれ、ダブルスコア以上の差とは大違いだ。
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(1) 外見的にはアーチャーより年長のランサーだが、性格はずっと若々しい。そして常識人だ。ときおり真っ黒なことを口走るアーチャーに対して、ようやくできた仲間だ。一人じゃないって心強い。
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(0)「要するに、食い違いだよ。
(0) この二百年で、もっとも変わったものの一つが移動手段だ。
(0) 二百年前の日本では、ほぼ徒歩のみだろうからね。
(0) だから、騎乗兵というクラスが設定されたんじゃないかな。
(0) 主催者のうち二人はヨーロッパ人で、馬車に慣れ親しんでいただろうから」
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(0)「ほう、一理あるな」
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(0) ランサーは形の良い眉を上げた。
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(0)「しかし科学技術の進歩で、馬はいなくなりました。
(0) 秘匿が重要な聖杯戦争では、運用が難しいクラスになってしまった。
(0) いかに夜でも、こんなに人家があるところでは、馬や戦車を出せないでしょう」
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(0)「あ、だからランサーに頼んだのか!」
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(0) 怪訝な顔のランサーに、ヤンは説明を重ねた。
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(0)「通り魔事件は街中で発生しています。
(0) おいそれと乗り物を出せない以上、ライダーは身一つで行動する。
(0) となると、俊敏なライダーに追いつけるのは、あなたかバーサーカーしかいません」
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(0)「セイバーもいい勝負だと思うがな」
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(0) ヤンは首を振った。
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(0)「セイバーは持久戦にはむいていませんし、士郎君を伴う必要がある。
(0) この子は巻き込まれた初心者ですよ」
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(0)「そのわりに、咄嗟の判断は悪かねえ。鍛えれば、ひとかどの戦士になれるぜ」
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(0) 大英雄クー・フーリンの太鼓判に、士郎は大いに照れた。
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(0)「サ、サンキュな、ランサー」
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(0) しかし、未来の智将の査定は厳しかった。
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(0)「士郎君の将来性は認めるが、問題なのは今現在がどうかということだ。
(0) 神話の魔物と対決するのは荷が重すぎる。あの時、私はそう判断したんだ。
(0) ペルセウスだって、神様からたくさん道具を借りたんだから」
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(0)「……でもそうだよな。
(0) あの時、みんなで押しかけてうまく行ったのは、
(0) ライダーを遠坂が凍らせたからだし」
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(0)「凍らせただと? おまえら、主従そろってえげつねえことするな」
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(0) アーチャー主従は、存外に似たもの同士なのかもしれない。
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(0)「戦争自体がえげつないから、今さらですがね。
(0) バーサーカーが論外というのは、言うまでもありません。
(0) 彼が追跡劇を演じたら、これまた秘匿なんて不可能です」
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(0) 士郎とランサーは頷くしかなかった。市街地で巨象が暴走するようなものだ。
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(0)「明治から平成の百年ちょっとで、日本の人口は三倍になっている。
(0) 単純に考えても、家の数だって三倍は必要です。
(0) サーヴァントが全力で戦える場所が、どれだけありますか」
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(0)「確かにそうだよな。俺が昔遊んだ空き地も、今はみんな家が建ってる」
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(0) 言ってから士郎は頭を掻いた。
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(0)「後は公園とか、学校の校庭とか、河原ぐらいだ。
(0) でもさ、どこもすぐそばに道路があって、夜も車が走ってる」
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(0)「だな。あの明かりは厄介だ。かなり遠くから届くからな……」
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(0) 特に二騎士の武器や防具は光を反射する。完璧な秘匿は難しい。
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(0)「そうなんですよ。現状のままではもう限界です。
(0) そういう改善こそ、六十年の間にやるべきことだと思うんですよ」
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(0)「ほう、おまえなら何をやる?」
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(0)「そうですね……。私なら、聖杯のシステムの改良を考えますね。
(0) 七人も呼ぶから厄介なわけなので、キャスター一人を呼べるようにする」
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(0)「いきなりそれか」
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(0) げんなりとするランサーに、アーチャーは頷いた。
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(0)「アインツベルンの魔法使いなり、そのほかの魔法使いなりを呼んで、
(0) 戦争ではなく学会をやるようにしたらどうでしょう?
(0) 七分の一の周期にすれば、魔法の研究も進むんじゃないかと……」
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(0) 士郎とランサーは顔を見合わせた。
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(0)「っていうと、九年に一回ぐらいか?
(0) 二百年だと二十回ちょい。
(0) ……確かにそのほうが、歴史ある伝統行事だよなぁ」
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(0)「それによ、魔法を求めるなら、魔法使いに教えを請うたほうが早くねえか?」
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(0)「む、教えてくれるかはわかんないぞ」
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(0)「それは令呪でなんとかするのさ。
(0) ま、教わっても実現不可能ということはあるだろうがね。
(0) だが、少なくとも、七組と戦争するより平和的じゃないか?」
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(0) 顔を見合わせていた二人の眉宇に、苦渋の影が落ちる。もしも、聖杯戦争ではなく、聖杯学会だったら。
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(0) 例えば、ある晩訪ねてきた少女の、お供の巨人にミンチ寸前にされなくて済む。
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(0) あるいは軽い気持ちの腕試しが切っ掛けで、苦渋の連続を味わう羽目にもならない。
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(0)「……もういっそ、おまえが取り仕切って改善しろ」
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(0)「いや、私は魔術は全くの門外漢ですから、それをキャスターに頼みたいんですよ。
(0) 餅は餅屋というではありませんか」
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(0) 思いもよらぬ諺の出現に、士郎の目と口がまんまるに開いた。
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(0)「え!? 未来にも餅はあんのか!?」
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(0)「うん、あるよ。私の部下の一人が日系イースタンでね。
(0) ニューイヤーの行事にご馳走してくれた。
(0) わざわざ、他の惑星から餅を手配してね」
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(0)「はあぁ……すごいな。餅が宇宙を飛んでるんだ……」
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(0) 時を経て、変わるものと変わらぬものを知る、ある日の午後。
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(0)「なあ、モチってなんだ?」
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(0) そして、ランサーの疑問がまた増えていくのだった。