行別ここすき者数
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(0) 一瞬の躊躇。眉間の皺が伸び、潔癖な眉が、灰色の目が本来の形を取り戻す。すぐに皮肉っぽい笑みの形に変じたが。
(0)
(0)「サーヴァントの真名を尋ねるのはルール違反だろう。アーチャーのマスターよ」
(0)
(0)「ああ、ごめんなさい。愚問だったわね」
(0)
(0) 凛はにっこりと微笑むと、テーブル越しにアサシンに歩み寄った。
(0)
(0)「訊くんじゃなくて、こう言えばよかったわ。
(0) 何やってんの、……士郎?」
(0)
(0)「何を言うのかと思えば……馬鹿馬鹿しい。人違いだ」
(0)
(0)「あら、そういう時はこう言わなくちゃ駄目じゃない。
(0)『そんな人間は知らない』って」
(0)
(0) アサシンは表情を消した。いや、姿も消したかったが叶わなかった。遠坂家の堅固な結界は、自らのサーヴァント以外の霊体を拒む。瞬きするほどの逡巡を、凛は繊手を伸ばして掴み取る。
(0)
(0)「な、なにをするの!?」
(0)
(0) 神代の魔女が仰天するのも無理はない。華奢な美少女が、筋骨隆々たる偉丈夫を、右手一本で椅子から引き剥がしたのだ。八極拳に身体強化の魔術を上乗せした、現代の魔女ならではの荒業である。二人の膝がテーブルにぶつかり、ティーカップが受け皿に転がった。
(0)
(0) 凛の鼻先に、白い短刀が突きつけられた。
(0)
(0)「手を離してもらおうか。招待主にあるまじき無作法だろう」
(0)
(0) しかし、この異端の投影魔術に触れていた凛にとって、最悪の手段であった。
(0)
(1)「弟子の分際で、わたしを誤魔化せるとでも思ってんの!」
(0)
(2) 胸郭を殴りつけるような一喝に、アサシンは気を呑まれた。ああ、これも忘れてはいない。激しくも美しい、錬鉄を鍛えた炎の魔女。
(0)
(0) 左手の魔術刻印が青白い光を放ち、奔騰した魔力が長い黒髪を激しく揺らめかせた。紫の視線が赤いセーターと外套を忙しなく行き来し、おろおろと手を上げる。
(0)
(0)「ちょ、ちょっと、落ち着きなさいな! まさか、これがあの坊やだと言うの?」
(0)
(0) 凛はアサシンの襟元を締め上げながら頷いた。
(1)
(0)「ええ、そうよ。大人の顔から、子ども時代の写真を探すのは難しい。
(0) でも逆は簡単なのよ!」
(0)
(1) 右手でアサシンの顔を引き寄せ、魔力を纏った左手を秀でた額の上、かきあげられた銀髪に突っ込む。クラススキルによる対魔力の恩恵を持たぬアサシンに、抗う術はなかった。
(0)
(0) キャスターは目を丸くし、口許を手で覆った。
(0)
(0)「まあ……」
(0)
(0) 髪が額に落ちて呆然とした顔は、肌も髪も瞳すら色合いを異にしていたけれど、少年の頃の面影を色濃く残していた。
(0)
(2)「名もなき守護者とは聞いたけれど、お前も未来の英雄だったのね」
(0)
(1) アサシン、いやエミヤシロウは奥歯を噛み締めた。磨耗しかけた記憶の中の遠坂凛と、赤い外套のアーチャーは、息のあった主従であった。いや、あるいは分霊の記録なのかもしれないが、その境界は曖昧模糊としている。『彼女』は、リタイヤした従者の真名を聞けずじまいだった。
(0)
(1) この世界も同じだろうと思い込んでいたのは過ちだった。赤きアーチャーを召喚した遠坂凛は、従者と先に触れあい、衛宮士郎とは紆余曲折を経て同盟を結んだ。だから気付かなかった。
(0)
(1) 黒きアーチャーを召喚した遠坂凛は、衛宮士郎とすぐに同盟を結んだ。何度も語らい、その喜怒哀楽に、表情の変化に触れた。だから気付いた。衛宮士郎とエミヤシロウの二人に。
(0)
(0)「守護者、ですって……!?」
(0)
(0) それは人間の集合意識体、アラヤの尖兵。世界を滅ぼす事象を、全てを殲滅することで消し去るのだ。百のために一を切り捨てる存在と言えよう。
(0)
(0) 全てを救う正義の味方になりたいという、衛宮士郎の理想から最も遠いものではないか。
(0)
(0) 高い功績をもつ英雄が、守護者となることはない。英雄には足りぬ者に、世界が伸ばす誘惑の手。握り返した者は英雄となり、死後には世界を守るために頤使 される。
(0)
(0)「この馬鹿! こんな姿になって、何やってんのよ……!」
(0)
(0) 凛の問いにエミヤは吹き出しかけた。翡翠の瞳に険が籠もる。
(0)
(0)「なにがおかしいのかしら?」
(0)
(0) エミヤの胸元を握り締めた左手が、再び剣呑な光を帯び始める。
(0)
(0)「いや、……まさに賢者の言だと思ったまでさ。
(0) 私が、いや、俺が馬鹿だったからだ」
(0)
(0) 凛は項垂れ、逞しい胸板に力なく額を寄せた。
(0)
(0)「愚行でも、行動にはその人なりの理由があるって、アーチャーが言ったわ。
(0) あんたの人生なんだし、それももう終わってるんでしょう。
(0) ここにサーヴァントとしているってことは」
(0)
(0)「遠坂……」
(0)
(0)「わたしには、あんたを非難する権利はないけれどね。
(0) あんたは衛宮士郎だけど、わたしが知ってる士郎とは違うんだもの」
(0)
(0)「どうして、そう言い切れる!?」
(0)
(0)「だって、ここの士郎は家族問題で手一杯よ。
(0) イリヤのこと、おとうさんのこと、本当の家族のこと。
(0) あんたのようになれるとは思えないわ」
(0)
(0) エミヤは目を瞠った。彼はひたすらに養父の理想を追った。忘れてしまった実の家族のことに蓋をしたまま。
(0)
(0)「あれが、実の家族を、だと……」
(0)
(0)「というより、イリヤを認知させるための副産物なんだけどね……」
(0)
(0) 逞しい上体がよろめいた。言うに事欠いて『認知』。身に覚えのないことのない男にとって、ざくりとくる単語である。
(0)
(0)「あんたのおとうさんの過去を、イリヤと一緒に追ってみなさいって、
(0) アーチャーが勧めたのよ。今はもう、けっこう仲のいい兄妹よ」
(0)
(0) アサシンの顎が落ちた。やっぱり士郎だ。凛は悲しみを込めて、遥かに位置が高くなった顔を見上げた。魔術による変色。目だけではなく、髪も、肌も。こんな姿になるまで、限界を超えて魔術を行使したに違いない。
(0)
(0)「ここの士郎はイリヤを置いて、限界を超えるような戦いにはきっと行けない。
(0) あんたは、なくしてしまったの?」
(0)
(0) エミヤは視線を逸らし、口を引き結んだ。これが、ヤン・ウェンリーの弟子になるということなのか。
(0)
(0)「ねえ、並行世界の衛宮士郎。そういうことなんでしょう?」
(0)
(0) キャスターが右手の擬似令呪に目をやり、凛の言葉に頷く。
(0)
(0)「なるほど、筋が通っているわね。
(0) 英霊の座は世界の外、時の輪から切り離されている。
(0) 千六百年後の英雄が呼べたのなら、数十年先の英雄が来ても不思議はないわ。
(0) 真名を名乗らず、聖杯に問うてもこの男のような英雄はいない。
(0) いないのも道理だわ」
(0)
(0) そして溜め息を吐いた。
(0)
(0)「山門が触媒では、精々サーヴァントを擬した亡霊が呼べるぐらいなのに、
(0) 存外に格のある、英霊といっていい者が来たと思ったら……。
(1) あの赤毛の坊やが、どうやったらこんなにむくつけき男に育つのかしら?」
(0)
(0) エミヤには、キャスターの慨嘆に反応する余裕などなかった。
(0)
(0)「俺は、自らの世界には召喚されないと?
(0) 俺が経験した聖杯戦争では、遠坂のアーチャーはヤン提督ではなかった。
(0) 赤い外套に、褐色の肌、銀髪の大男。俺自身だった!」
(0)
(0)「その一回が、最初で最後の奇蹟だったのかもね」
(0)
(0) ずっと高い位置になった瞳を見上げて、凛は静かに言った。
(0)
(0)「それだって、あんたの異能を世界が欲し、最初に伸ばした手なのかもしれない。
(0) あんたの投影は、魔法に近いものだもの」
(0)
(0)「そんな、馬鹿な……」
(0)
(0)「もっとも、確かめようもないことね。
(0) あんたの世界のわたしが、何をやっていたのかと思うと悔しいわ」
(0)
(0)「いや……君は、違うな、俺の知ってる遠坂も、俺を止めてくれようとしたよ。
(0) 聞かなかったのは俺だ。じいさんの理想に進むことしか考えなかった」
(0)
(0) 凛はむすりとした。
(0)
(1)「わたしだって、アーチャーに言われなかったらそうなっていたと思うわよ。
(1) でも、誰かに言われたぐらいで、簡単に考えを変えられるなら
(1) 苦労なんてしないのよね。
(0) あいつだってそうだもの」
(0)
(1) 夢で見る黒髪のアーチャーの人生は、不本意と後悔の連続だった。父を亡くし、家を失い、学費目当てで入った軍で、思いもかけない活躍をした。ごく平凡で善良な青年の中に、稀世の戦争の才が眠っていたのだ。人を殺すたびに、高まっていく名将としての声望。平和を願う心と反するその矛盾。
(0)
(0) しかし凛には、彼の生を愚かだとは思えなかった。間違っていたとも。歴史の大河に流されながら、生を閉じるまで抗った。このエミヤシロウも同じだ。世界が契約するほどの高みへと至ったのだから。近代兵器のせいで、英雄が生まれにくい現代とその先のどこかで。
(0)
(2) エミヤは面食らった。やけに理性的だ。ヤン・ウェンリーの影響だろうか。彼の知る遠坂凛ならば、詰問から糾弾、宝石強化の八極拳というコースだっただろう。
(0)
(0)「と、遠坂?」
(0)
(0)「あんたもそうなんでしょう。
(0) 譲れぬ思いに、必死に努力をしたんでしょう。
(0) そんな姿になるまで、理想を追ったんでしょう」
(0)
(0)「それが間違いだったんだ。
(0) 世界を救うということは、君が言ったとおりのことだった」
(0)
(0)「それはどっちの遠坂凛?」
(0)
(0) エミヤは言葉に詰まった。深い翠が灰色を包み込む。
(0)
(0)「あんたは聖杯への望みはないと言ったわね。
(0) でも、召喚に応じたのは、聖杯戦争には望みがあったということじゃないの?
(0) 教えてちょうだい。士郎が本当に望んでいることを」
(0)
(0)*****
(0)
(0) アーチャーとランサーは、少し遠回りをして衛宮家に到着した。呼び鈴を鳴らすと、出てきたのはセラだった。藤村大河が夕食に来ないのは、彼女が防波堤になっていたからだろう。
(0)
(0) アーチャーはぺこりと頭を下げた。
(0)
(0)「こんばんは。夕食時にお邪魔して、申し訳ありません。
(0) 士郎君に頼んでおいた本を借りに来たんですが……」
(0)
(0)「あの、それが……。皆様は土蔵にいらっしゃいまして」
(0)
(0)「え?」
(0)
(0) 二人の青年は顔を見合わせた。
(0)
(0)「なかなか調べ物が進まないのだそうです。
(0) セイバーの触媒を探して、お考えになるとおっしゃいまして」
(0)
(0)「ああ、士郎君の怪我が治ったのも、セイバーが召喚されたのも土蔵でしたからね」
(0)
(0)「アーチャー様たちも、どうかお知恵を貸してくださいませ」
(0)
(0) セラに促されて、二人は土蔵に回ることにした。
(0)
(0)「失礼するよ……うわぁっ!?」
(0)
(0) 土蔵を覗き込んで、後ずさったアーチャーの後頭部が、ランサーの肩口に当たった。歴戦のクー・フーリンは、アーチャーの頭突きぐらいでは小揺るぎもしなかったが、不平の呟きをを漏らす。
(0)
(0)「なんだよ……うおっ!」
(0)
(0) だが、続いて頭を巡らせたランサーも、似たような叫びを上げることになった。バーサーカーが斧剣を振りかぶり、今しも振り下ろそうとしているところだったのだ。
(0)
(0)「よ、よかった!
(0) た、頼む、アーチャーとランサー、イリヤを止めてくれ!」
(0)
(0) 腰を抜かしかけて懇願するのは、家主の衛宮士郎だった。
(0)
(0)「おいおいおい! これは何の騒ぎだ!?」
(0)
(0) 膨れっ面で返答したのは、バーサーカーのマスターだ。
(0)
(0)「だって、セイバーの触媒がどこにもないんだもん!
(0) あとは床下しかないの」
(0)
(0) アーチャーはイリヤをなだめにかかった。
(0)
(0)「まあまあ、ちょっと待ちなさい。小さなものかも知れないだろう」
(0)
(0)「そんなことないわ。触媒は、セイバーの剣のサヤよ。
(0) キリツグがセイバーを呼んだときに、お爺さまが用意したんだもの」
(0)
(0)「でも、割れたり、壊れたりした破片かもしれないよ。
(0) もしも、完全な形で床下にあるとしても、
(0) バーサーカーが床を壊したら同じことになってしまう」
(0)
(0) 金の髪が左右に振られた。
(0)
(0)「私の鞘は不壊のものです。天井にもないということはやはり……。
(0) バーサーカーが壊すのがいけないならば、私が斬ります」
(0)
(0) 青い光の靄が立ち上り、眦を決したセイバーが、武装を編もうとした。
(0)
(0)「ああっ! セイバーまで! お、落ち着け、落ち着いてくれ!
(0) 俺はこの家にずっと住んでるけど、土蔵の床を掘ったことなんてないぞ」
(0)
(0) 士郎はようよう反論を思いついた。
(0)
(0)「この床下に鞘を埋めるのは、重機なんかを入れないと無理だ。
(0) 俺、そんな覚えはないんだ!」
(0)
(0)「君が学校に言っている間はどうなんだい?」
(0)
(0)「それも無理だ。うちの門は車も入れない」
(0)
(0) 士郎の言うとおりで、イリヤのリムジンは塀の外の駐車場に置いてある。
(0)
(0)「手作業だと、俺が学校に行ってる間ぐらいじゃ終わらないぞ。
(0) ……じいさんが隠したなら、俺が小学生の時だからさ」
(0)
(0)「シロウ……」
(0)
(0) その言葉に含まれた哀切に、セイバーを包んだ光が立ち消えた。だが、衛宮家の事情に詳しくないがゆえに、冷静な判断ができる者がいた。
(0)
(0)「鞘だと? それだと、このぐらいの長さか?」
(0)
(0) 首を捻ったランサーが、両手を軽く広げて見せた。セイバーは無言で頷くしかなかった。白兵戦の名手は、見えざる剣の長さをほぼ正確に把握していたからだ。
(0)
(0)「ところでな、ちっこい嬢ちゃんの親父さんとお袋さんは、
(0) どのくらいの背格好なんだ?」
(0)
(0) セイバーとイリヤは顔を見合わせ、記憶が鮮明なほうが答えた。
(0)
(0)「キリツグは、ちょうどアーチャーぐらいの体格でした。
(0) アイリスフィールの背は、だいたいリズぐらいで、
(0) 体つきはもう少し細身でしたか……」
(0)
(0)「リズ? ああ、メイドの胸のでかい方か。
(0) ってこたあ、アーチャーよりは背が低くて細いってことだな。
(0) アーチャーよ、ちょいと前に出ろ」
(0)
(0) 首を傾げたアーチャーが、輪の中心に足を進める。
(0)
(0)「こいつぐらいの体格の男が、この長さの鞘を持つとする」
(0)
(0) ランサーの開いた手は、上が肩に置かれ、下が腰の下まで届いた。
(0)
(0)「で、腰からさげるとこうなる」
(0)
(0) 腰の上から膝を越え、上下が体の厚みから斜めに突き出す。
(0)
(0)「女なら余計に目立つぜ。もっと身幅が狭くて、背が低いんだからな。
(0) 服によっては隠せるかも知れんが、肩から吊ると座れねえ。
(0) いくらなんでも、セイバーに隠してはおけまい」
(0)
(0) 実物大のモデルで示したことで、新たな疑問が沸き起こった。一同は当惑した顔を見合わせた。
(0)
(0)「あ、そっか。じいさんとイリヤの母さん、両方が持ち歩いてたんだっけ」
(0)
(0) 士郎はランサーの手の間隔をじっと見た。
(0)
(0)「長傘ぐらいあるな。どうやって隠してたんだろ?」
(0)
(0) セイバーは首を振った。
(0)
(0)「私は、失った鞘が触媒とは知りませんでしたから……。
(0) それに、アイリスフィールは優れた魔術師でした。
(0) 治癒魔術だと説明されて、不審にも思いませんでした」
(0)
(0) アーチャーは髪をかき回した。
(0)
(0)「ああ、それじゃあ無理もないか」
(0)
(0) 彼自身は目撃していないが、凛の蘇生の大魔術は、己がサーヴァントから聞いている。
(0)
(0)「家捜しするからには違うと思うが、
(0) ひょっとして、セイバーの鞘も見えないものなのかい?
(0) あるいは、衛宮夫妻がそういう魔術を鞘に施したのかもしれないが」
(0)
(0) 再び振られる、結い上げられた黄金の髪。
(0)
(0)「いいえ、私の剣が見えぬのは、失くした鞘の代わりの魔術なのです。
(0) 我が剣の鞘は、あらゆるものから身を守る最高の守護。
(0) たとえ魔法でも、見えなくすることはできません」
(0)
(0) 少年少女と青年達の若々しい眉間に皺が増えた。変わらないのはバーサーカーぐらいだ。イリヤの忠実な従者は、斧剣を同じ角度で保持して待機中である。
(0)
(0)「もう、どういうことなの!?」
(0)
(0) 今にもやっちゃえと叫びそうなイリヤに、ランサーが手を上げた。
(0)
(0)「あのよ、この土蔵で嬢ちゃんの捜し物を手伝ったが、
(1) ここでは俺のルーンが反応しなかったよな」
(0)
(0)「ここでは?」
(0)
(0) 傾げられる黒髪をよそに、蒼と金と銀が赤毛へと向きを変えた。
(0)
(0)「坊主に反応したんだ。こいつの荷物ではなく、服でもねえ。
(0) 坊主の身体にくっついた」
(0)
(0)「ま、まさか、シロウの体の中に……」
(0)
(0) 目を瞠るセイバーに、士郎とアーチャーの目と口はぽかりと開いた。
(0)
(0)「いっ、いや、ちょっと待ってくれよ。
(0) 俺、レントゲンを何度も撮ってるけど、そんなの写ってたことないから!」
(0)
(0)「それ以前に、一メートルもある異物を体内に入れたら、人間生きていけないよ。
(0) 七歳の子じゃ、首から足先までの長さじゃないか」
(0)
(0) アーチャーの冷静な反論に、士郎はその図を想像してしまった。
(0)
(1)「それじゃ俺、ひらきになっちまう……」
(0)
(1)「きゃー、いやーっ! シロウのばか!」
(0)
(3) 具体的過ぎる比喩に、先日の食卓で既知のイリヤは抗議し、サーヴァントの青年らは目を逸らして顔に手をやった。聖杯の加護あるいは悪意により、『ひらき』の知識が送られてきたからだ。
(0)
(0)「士郎君、その表現はやめてくれないかな。
(0) まあ、普通ならそのとおりになるだろうけどねぇ……」
(0)
(0)「アーチャーもよ!」
(0)
(0) イリヤは憤然として胸元で拳を握り締めた。ランサーは首を振る。
(0)
(0)「ああ、そうなっちゃいねえぜ。
(0) 坊主の身体には、でかい傷跡どころか火傷の痕一つねえ。
(0) なあ、セイバー。貴様の鞘とやらは、どんな代物なんだ?」
(0)
(0)「私の鞘は……絶対の守護と癒しをもたらす不壊の鞘。
(0) 余人には使えないはず……」
(0)
(0) ヤンは手を打った。
(0)
(0)「おそらく、それだ」
(0)
(0) セイバーは瞳に疑問符を浮かべ、アーチャーを仰ぎ見た。
(0)
(0)「なにがです!?」
(0)
(0)「私たちが人ではないからだよ。
(0) サーヴァントは、マスターの魔力で維持された存在だ。
(0) 私たちを使えるんだから、宝具を使えたって不思議じゃない。
(0) だって、我々の武器とは違って、君の鞘には実体があるんだから」
(0)
(0) 宝具の担い手たるサーヴァントの上位存在がマスター。実物がある彼女の鞘を、限定的に使用できるかもしれない。
(0)
(0)「絶対の守護は無理でも、治癒の機能は動いているんじゃないだろうか」
(0)
(0)「……ならば、ありうることです。
(0) 私の鞘は魔力で展開し、光の粒子の防壁となる。だから……」
(0)
(0) アーチャーは眉を下げ、士郎は寄せて顔を見合わせた。
(0)
(0)「じゃあ、士郎君の体内に、粒子化した鞘があるのかな?」
(0)
(0)「だったらどうしよう……。セイバーの時代に持ち帰れないぞ……」
(0)
(0) アーチャーとランサーの瞳が瞬いた。
(0)
(0)「持ち帰る?」
(0)
(0)「セイバーの時代って、なんだそりゃ?」
(0)
(0) 小柄な美少女は躊躇いがちに顔を上げ、青年達に視線を合わせた。
(0)
(0)「私の真名は、アルトリア・ペンドラゴン。
(0) カムランの丘で死に瀕し、聖杯の入手を条件に世界と契約した者です。
(0) ……私はまだ生きている」
(0)
(0)「はぁっ!? 生きているだと!?」
(0)
(0)「……ペンドラゴン? アルトリア……男性名だとアルトリウス。
(0) ま、まさか、セイバー、君はアーサー王なのかい!?」
(0)
(1) 槍と弓の騎士からの問いに、剣の騎士は口を閉ざして頷いた。後者の知識と鋭さに、慄然としながら。
(0)
(0) アーチャーは、へたへたとしゃがみ込んで頭を抱えた。
(0)
(0)「……わからないわけだ……」