人理焼却された世界で転生者が全力で生き残ろうとする話 (赤雑魚)
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開幕前話


 ―――ロクでもない人生だった。

 

「そんな目で見てんじゃねえよ········!」

 

 親父を名乗る男が喚きながら首を締め付ける。

 

 幾度となく行われた虐待とはかけ離れた、明確な殺意によって命の灯火が揺らぎ始めた時を前にしても、少年の思考は冷静だった。

 

 ―――本当に下らない。

 

 なんとなく、こうなることは予想していた。

 

 別に明確な根拠があった訳ではないが、酒とクスリに溺れた男が、いつか馬鹿な行動を取るような気がしていた。母親に助けを求めようかと思ったが、男の暴力に怯え、部屋の隅に蹲った彼女がこの状況をどうにかするのは無理だろう。

 

 ただただ冷静に自分の人生が詰んだことを悟った。

 

「······かひゅッ」

 

 ミシミシと首の骨が軋む音をたて、圧迫された喉から細い声が漏れる。

 

 目を見開き、空気を求めて舌を突き出し、死にもの狂いで暴れるが、クスリの入った男をどうにかできる程の力はない。

 

「·········ぁ」

 

 メキリと、不意に首から嫌な音が鳴り、脳に反響する。ガクンと、首から下の感覚が消えた、さっきまで動いていた自分の身体が物のように動かなくなる。

 自分の生命を維持するための重要な何かが破壊されたことを理解した。

 

 ―――寒い。

 

 声が出せない。動かなくなった身体から熱が失われていく。

 端から滲むように、闇が視界を覆っていく。

 喚き続ける男の声も、隅で震える母の懺悔も、全てが聞こえなくなっていく。

 

 そこでようやく、自分の身体が感覚を失うほどに弱っている事に気が付いた。

 

 やがて視界が黒く染まりきり、何も聞こえなくなるほど弱った状態で、かろうじて残った思考力がこの状態を、この現象を理解した。

 

 ―――嗚呼、これが「死」か。

 

 俺の、鴻上彼澄(こうがみ ひずみ)の酷くつまらない人生は、どこかの誰かが知ることもなく、あっさりと幕を閉じた。 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 えー、なんというか、屑みたいな親父にぶっ殺された後の話。

 

 どうやら俺はFateの世界へ転生したらしい。

 

 そこそこの魔術回路をもった一般家庭の魔術師の子供として生まれたのだ。庶民の出であるが故に根源なんぞより家のローンを気にする程度には人畜無害な家族だったようだ。

 

 前世では高校生で人生の幕を降ろした俺は、小中高と勉強面で無双を繰り返した。

 親の希望もあってロンドンの時計塔で魔術について勉強し、自分に転生特典があることに気付いたり、魔術の知識をそこそこ得たり、科学にも理解のある柔軟な発想を買われ、カルデアへと就職した時に俺の人生難度がヘルモードへと移行した事を悟った。

 

 とりあえず断ろうとも思ったが、どこから聞き付けたのかカルデアへの就職を喜ぶ両親の声を聞いたら断れなくなった。

 

 見事カルデアへと就職を果たした俺は案の定と言うべきか、レイシフト可能な戦闘要員になった。

 ニコニコ笑うレフと対面したときはちょっと漏れそうになった。

 

 ホント止めて欲しい。

 

 

 このままの流れでいったら、間違いなく主人公が来たときにレフさんにテロられて爆殺されそうなんですが。

 

 

 いや、もちろん俺も座して死を待つつもりは無いのでいろいろ作戦等を考えてある。

 

 いざというときにサーヴァントと戦う為の礼装を作ったり、自分のサーヴァントを召喚するための触媒も用意した。

 思い付く限り、手に入りやすくて強いサーヴァントの、だ。

 

 ダヴィンチちゃんとも仲良くなって自分の魔術礼装に魔改造を施したりしたし、身体を鍛えたり、武術を学んだりしたし、もうこれで駄目なら俺はもう無理と言い切れるくらいには頑張ったのだ。

 

 

 

 で、本番。

 

 

 

 レイシフトである。

 

 藤丸立香と言う名の新人マスターがやって来てオルガマリー所長にビンタをくらい追い出され。所長がヒステリックな状態のままコフィンに入ったところである。

 

 ちなみにぐだ男ではなくぐだ子だった。

 

 他のマスターがコフィンに入って行くのをレフがニコニコしながら眺めている。

 

 チラリと自分が入る予定のコフィンに目をやる。俺はすべてのコフィンの横側に爆破の魔術式が彫られているのを既に確認している。

 残念ながら解除は出来ていない。レフは超一流の魔術師なので、三流の俺が術式をどうにかするとモロバレしてしまうのだ。

 術式の存在をバラしても、犯人がレフだということを所長は信じないだろうし、レフに目をつけられて始末されたくないので、放置しておいた。

 

 所長やその他大勢の方々には悪いがここで大人しく爆破されてもらう。ゴメンね、俺も死にたくないのだ。

 俺だけが作戦を実行し、生き残らせてもらう。

 

 

 

 大きく一度深呼吸する。

 

 

 

 

 ·········大丈夫だ。きっと上手くいく。

 

 この瞬間(とき)の為に入念な準備を重ねてきた。プライドも人としての尊厳も、社会的地位すらも犠牲にして作った策だ。

 

 

 恐れる必要はない。

 

 

 俺は大きく天へと手を持ち上げ、そしてカルデア全体に響かんばかりの大声で叫んだ。

 

「すいませェェェエエん!! ウンコ漏れそうなのでトイレ行ってきます!!」

 

「ちょ」

 

 所長が何かを言い切る前に俺は全速力で部屋から離脱した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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炎上汚染都市冬木
彼は全てを犠牲にした


 ―――レフのテロから生き残る。

 

 

 ただそれだけの為に入念な準備を重ねてきた。

 

 カルデアの研究などの重要なタイミングでいつもトイレに向かい、トイレに行く違和感を無くした。

 

 ―――そのせいで減給された。

 

 トイレに行くだけの理由を作るために、職員達の前で何度も脱糞とお漏らしを繰り返した。

 

 ―――カルデアでの渾名がウンコ垂れになった。

 

 コフィンの中でも普通に出したし、食堂でもやった。社会的地位に人としての尊厳等、あらゆる大切な物を犠牲にして、この状況を作り上げた。

 白い目で見られるようになったし、何度も消えてしまいたくなったがそれをやりきった。

 

 お蔭でレフに怪しまれずに離脱できた筈だ。

 

 今頃所長は怒り狂っているだろうが、そんなことは関係ない。世の中生きてる人間が勝ち組である。後はレフがテロるのを待つだけだが、俺は油断しない。

 

 まだレフが直々に殺しに来る可能性が残っている。爆破テロのあとロマンが生きていたので、その可能性は少ないだろうが、僅かな可能性も全力で潰させてもらう。

 

「目指すはもっともカルデア内で遠い男性トイレ―――その隣!」

 

 女性用のトイレに駆け込み、さらに個室ではなく清掃用具の入ったロッカーの中へ飛び込む。

 

 尊厳? プライド? なにそれ食えんの?

 

 変に意地を張ってあっさり死ぬことこそが俺にとっての最悪なのだ、それを避けるためならば俺は女性用トイレに引きこもる事すら躊躇しない。

 

 さっきから何度も俺の名を呼ぶアナウンスが入るが、俺はその一切合切を無視し続ける。所長が怒り狂っているだろうが、何度も怒られ続けて慣れた俺はなんとも思わない。

 

 レイシフトを行わない職員が探しているだろうが、まさか女性用トイレの清掃道具のロッカーに潜んでいるとは思うまい。

 

 俺はそんな頭を使った場所に隠れるほど頭のいい人間だと思われていない。常に鼻くそをほじって食い、上司の命令を何度も聞き間違え、挙げ句の果てに公衆の面前でウンコを垂れる無能、それが俺だ。

 

 見つけられるなら見つけてみろ、俺はここにいるぞ。すでに俺の評価は最悪。渾名に女子便覗きが追加されようとも痛くも痒くもないぜ。

 

 

 

 ―――俺の戦いはまだまだこれからだ!

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 カルデア内に緊急事態を知らせるアナウンスが響き渡る。

 

 それは世界の終焉を知らせる滅びの音にも聞こえたし、人理修復の物語が始まる合図にも聞こえた。

 

「·······始まったか」

 

 仕方無い。まったくもって不本意ではあったが女子トイレから出ることにする。出るタイミングでオペレーター嬢と出会ったが気にしない。

 

 何かを失った感覚の中で冷静に考える。 

 

 恐らくレフはもういない。

 ならば次の段階に移行するべきだろう。人理が焼却されたのならば、サーヴァントが簡単に召喚できるようになっている筈だ。

 

 一旦自室に戻る。

 

 俺はこれから冬木へとレイシフトをする。その為の装備を整える為だ。その身一つで聖杯戦争の現場に突入するのはさすがに無謀だろう。そんな状況で生き残れるのは圧倒的主人公補正を持った新人マスター藤丸ちゃんくらいのものである。

 

 部屋に入り、ぐるりと見渡す。 

 

 カルデア魔術礼装、黒鍵、魔術スクロール、日本刀(改造済み)、グレネード一式、銃火器一式(魔術処理済み)、中性洗剤爆弾、回復ポーション擬き等、自室で見られないのを良いことに大量の武器が散乱している。

 

 大半のものがカルデアに持ち込むことを禁止されているので運び込むのに苦労した。

 

 ぶっちゃけこんだけあれば軽くカルデア職員を皆殺しに出来るくらいの戦力はあるので、たぶんこの部屋がバレれば即刻カルデアから追放されるだろう。

 

 まあそんなことは今さらなので問題ない。時間に余裕がある訳ではないのでさっさと持っていくことにする。

 

「これと、それと、·······あとはこれだ」

 

 装備を整え、最後に壁に立て掛けてあった日本刀を手に取る。

 とりあえず魔術的な結界をぶった斬れるくらいには古い歴史を持つ刀なのでカルデアに持ち込んだのだ。

 

 他にも理由があるが、とりあえずゴルフバッグの中にしまって背負い、部屋を出る。

 

 歩きながら腕についている通信端末を起動すると画面にオペレーター嬢の姿が映る。いつも笑顔のなはずの彼女の表情は俺を見た瞬間に無表情へと変化した。

 

 何故だ、この娘とはなにもなかった筈だ。俺がウンコを漏らした時も苦笑しながら替えの服を持ってきてくれた彼女に何があったんだ。

 

『······何かご用でしょうか? ······女子便覗き魔』

 

 ······そういや、女子トイレから出てくるの見られてたわ。こらあかんわ。

 

「······ああ、ロマンに代わって貰いたいんだが」

 

『無理です、ロマンさんは特異点でのマスターの藤丸さんと通信なさっています』

 

 痛い、オペレーター嬢の素っ気ない対応が痛い、なんというか胸に刺さる。でも見下した感じの視線がちょっと気持ち良い。

 また一つ人の繋がりと言う大切なものの喪失を噛み締めていると、ロマンがオペレーター嬢と交代した。ロマンと交代する間際、彼女の口から舌打ちが聞こえるの俺は見逃さなかった。

 

『ごめんね、ヒズミ君、さっきまでマシュ達と通信していて手が離せなかったんだ』

 

「ああ、大丈夫だよロマン、俺は大丈夫だから」

 

『ちょ······どうしたんだヒズミ君!? 泣いてるのかい!?』

 

 泣いてなんかない。これは心の汗が目から染み出ただけなのだから。

 

「そんな事はどうでも良い。 ロマン、状況は理解している。 俺も非常用のコフィンでレイシフトさせてくれ」

 

『·······わかった、じゃあ急いでコフィンに向かってくれ』

 

「いや、もう入っている」

 

『はやっ!? どうしたんだ、普段はウンコ垂れな君が、いつになくアクティブだよヒズミ君!!』

 

「やかましいわ」

 

 軽口を叩きながらも仕事はしているようで、ヴゥンとコフィンが起動する音が聞こえる。

 

 ―――始まる。

 

 人理修復に向けた過去最大の聖杯戦争が。原作準拠で進めたい所だが俺と言う不確定要素(イレギュラー)が存在する以上、安心も出来ない。

 

 身体が震える。

 父親に殺された時のような暗い死の感覚が甦る。

 

 目を閉じる。前世の親ではなく、現世の両親を思い浮かべる。学校入学、卒業、カルデアに就職したこと等、俺の成長を自分のことのように喜ぶ両親を思い出す。

 

 ―――不思議と震えは収まっていた。

 

『それじゃあ準備は良いかい? 君には新人マスターの立香君達と合流してもらえるように彼らの近辺にレイシフトしてもらう』

 

「·······待ってくれロマン、いきたい場所がある」

 

『······まさかトイレかい?』

 

「違う、そうじゃない」

 

 レイシフトは移動場所をある程度指定できる。ならば全力で生き残るために行動するならば、やることは決まっている。

 

「―――冬木の街に大きな屋敷はないか? 衛宮っていう姓なんだが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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彼は意外に優秀だった

 ゆっくりと目を開く。

 

 目にはいるのは冬木の街並み。

 

 そこには濃密な死の気配があった。

 

 比喩ではない。俺は物の死を感じとることができる。

 

 俺は父親に殺され、命を落としたあの日から、俺は奇妙な能力を二つ得た。

 

 その一つが死の気配を感じとる能力だ。

 

 別にチートと言う程ではない。死の淵に立つことで根源と繋がった両儀式とは違い、万物の死線を見抜くことはできない。

 

 というか、ぶっちゃけ何もできない。

 

 ただぼんやりと、漠然と、万物の終焉を感じるのだ。

 

 しかも強い死の気配を感じると大抵の場合手遅れ。

 

 幼い頃に飼っていた老犬は看病空しく病で死んだし。通学路で見かけた死の気配を漂わせていた建物は、ある日突然倒壊した。

 

 俺が死ぬことを極度に恐れる理由の一端は間違いなくこのせいだろう。

 

 洒落た言い方をするなら、『死を感じとる程度の能力』。

 

 ある意味、根源への到達に近い奇跡を体験しておきながら、得たのはあまり使い道の無い能力だった。

 

 転生特典と言うにはショボすぎる。もう片方の能力も凄く役に立つというわけではなく、あればマシくらいのものだった。

 

 自分の運の無さに嘆息しながら、前に視線を移す。

 目の前にあるの衛宮邸だ。古めかしい塀にかこまれた和風建築の家。ロマンにレイシフトする場所を指定しておいたが、上手くいったらしい。

 

「······着いたか」

 

 当たりを見回す。

 どうやら骸骨兵はいないようだ。見つけても倒せる自信はあるが、極力戦闘は避けたい。

 

 ここら一帯は聖杯の泥の破壊からは逃れているようで、多少破壊の後が見えるものの無事な建物が並んでいる。遠くを眺めると破壊された街が見え、街を燃やす炎が薄暗い空を赤く染めている。

 

「よし」 

 

 塀を乗り越え、衛宮邸に侵入する。

 入ったところはちょうど庭だったようで、土蔵が見えた。

 すぐさま向かう。

 

 ここからは単独行動だ。

 人手が足りないため、ロマンはぐだ子達のサポートに向かうと言っていたが、俺にとっては好都合だ。余計な説明をしないで済む。

 

「······流石に開いてないか」

 

 扉には南京錠で施錠されている。

 出てくる英霊達から推測するに第五次聖杯戦争だろうが、どうやらここの士郎は防犯意識も高かったようだ。

 

 まあそれでも構わない。

 

 魔術で防護されていたのなら話は別だが、衛宮士郎なら普通に鍵を掛けていた程度だろう。

 

 南京錠を手に取り、精神統一を図る。

 

投影(トレース)開始(オン)

 

 自己を変革する力ある言葉を紡ぎ出す。

 

 言葉自体に意味はない、重要なのはその言葉が魔術回路を動かすに足るかどうかだ。

 

 魔力回路に火が入り、魔力が景気よく精製される。

 行使する魔術は極めて単純な『強化』の魔術だ。個人によって得て不得手がある基礎魔術だが、うちの家系は強化の魔術を主としていたようで、結構応用幅も広い。

 

 たとえば南京錠の構造を把握せず無理矢理に魔力を流せば―――

 

「ふん」

 

 バキンと魔力の流れに耐えきれず南京錠が砕け散った。

 

 これが強化魔術の応用技『敢えてミスる』だ。今回のように鍵や扉がある場合、強引に破壊できる。大きさに比例して消費魔力が増えるが南京錠程度の破壊は容易い。

 

 泥棒などの際には大活躍する。

 

 実際、触媒を用意する時には金銭的な面で問題があったので、鍵をいくつも破壊して盗ませてもらった。

 

 やってることが最低だと思うが、まあ魔術師の中では可愛いもんだと諦めてもらおう。

 

 鼻歌混じりに倉庫の中に踏み込む。

 

「あったあった」

 

 これだ、アイリスフィールが描き上げ、士郎がセイバーの召喚に使用したであろう魔法陣。

 

 とりあえず端末で写真を取っておく。

 

 次にやることはこの魔法陣を使ったサーヴァントの召喚である。

 

 人理焼却されてないと召喚成功率が1割、しかもランダムのカルデアの召喚サークルと違い、この魔法陣は触媒を用意することで狙ったサーヴァントを召喚出来るのが最大の特徴だ。

 

 無論、既に全てのサーヴァントが召喚され終えているので普通は使えないのだが―――そのための魔術師の俺がいる。

 

 背負っていたゴルフバッグを肩から、収納していた日本刀を取り出す。

 

 刀の刃で自分の指を切り、血を垂らす。魔法陣の術式にカルデアの術式を加え都合良く書き換えていく。

 

 『触媒を用いることの出来る召喚サークル』を作り上げる。

 

 もう星5が出ないと嘆かなくていい、午前2時や極大成功などのジンクスにすがらなくてもいい。そんな魔法陣が完成した。

 

「······よし!」

 

 ぶっちゃけ俺のような人間は、一体目で強いサーヴァントを召喚できなければ死んでしまう。確率にすがった結果、『弱いサーヴァント』もしくは『性格に難のあるサーヴァント』を引いてしまえば間違いなく詰むからだ。

 

 作家系のサーヴァントなんぞを引こうものなら泣くに泣けない。

 

「いくぞオラァ!」

 

 日本刀を引き抜き魔法陣の真ん中に突き立てる。

 

 

 

 『菊一文字則宗』

 

 

 

 それが俺の用意した触媒だ。

 俺が『強い』と考え、さらに性格も『良い』と判断したサーヴァントを召喚できる武具。

 

投影(トレース)開始(オン)

 

 詠唱は必要ない。そういう風に術式を弄ってある。

 

 

 俺はただ英霊を現世に呼び込み現界できるだけの魔力を注ぎ続ければ良い。

 

「ぐっ······ぬうゥゥゥウウ!!」

 

 一秒に一%の魔力を消費してると錯覚するほどの魔力を流し込む。

 

 魔術の世界は等価交換。

 自分に都合のいい魔法陣を作ったのだ。霊脈のバックアップも無い以上、自分の魔力だけで召喚を成功させるしかない。

 

 

 

 魔法陣から六つの光球が浮かび上がり、虹の輝きを放ちながら回転する。

 魔力の円環は浮かび上がり、この瞬間、究極の一を顕現せんと白の極光を放つ―――!!

 

 

 赤みがかかった白髪をゆらし、桜色の剣士が姿を現す。

 どこかあどけなさを残しながらも、強い意思を宿した瞳をもつ彼女は俺を見つめ、口を開いた。

 

 その声は凛とした響きを持っていて、心の奥底を揺さぶるような力を持っていた。

 

 きっと俺はこの出会いを生涯忘れることは無いだろう。

 それほどまでに、彼女との出会いは劇的だった。

  

 

「新撰組一番隊隊長 沖田総司推参。 ······あなたが私のマスターですか?」

 

 こうして死なないことを至上とする転生者と、今度こそ戦い抜くことを望みとする剣士の出会いは果たされた。

 

 うんこ垂れと人切りの人理修復の旅が、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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彼はやっぱり死にたくない

「新撰組一番隊隊長 沖田総司 推参。 あなたが私のマスターですか?」

 

「あっはい、そうです」

 

 そんな感じで契約が完了してからの話。

 

 沖田総司。

 

 俺の隣で歩いているサーヴァントだ。

 

 丈の短い装束の上に新撰組を象徴する浅葱色の羽織を着た小柄な少女。

 桜セイバーとも呼ばれ、これといったストーリーが無かったにも関わらず、その可憐な容姿と健気な性格で多くのfgoプレイヤーを魅了した。

 実際に俺も桜セイバーには散々お世話になっていた。

 

 本人の望みは、最後まで戦い抜くことらしい。これには過去に持病によって新撰組の仲間たちと共に戦えずに死んだことが原因だとか。

 

 たくあんが嫌い、甘いものは割りと好き。

 

 知っている知識をあげるならこのくらいだろうか。

 

 近接戦闘に優れ、ある程度のダーティープレイも許容してくれる。病弱というデメリットスキルを持つものの、とりあえず今回のラスボスであるセイバーオルタを十分に打倒できる力を持つ優秀なサーヴァントだ。

 

「······当たり前の事ですが、ここはもう私の知る時代では無いのですね」

 

 ロマンに誘導され所長達の所へ移動する途中、セイバーはそんな事を呟いた。

 

 新たな時代の礎となった新撰組に身を置いていた彼女だ。国の平和の為に戦ったにも関わらず、呼ばれて見た光景が破壊され尽くした日本の街だったのだ。

 

 そりゃあ思うところもあるだろう。

 

 隣を歩くセイバーはどこか物悲しい表情をしていた。

 

「······そうだな、ここは色々と特殊な例だけど、日本自体は穏やかなもんさ。少なくともこの国で戦争はしばらく起こっていない」

 

 戦争は起こっていない、現在進行形で人類滅亡の危機に瀕しているが。

 

 さらに加えて言うなら戦争が無くなることが平和に繋がるかというとそうでもない。

 人という生き物は欲深いもので、一つ満たされると直ぐに別のなにかを求める。

 

 物質的に満たされていたとしても精神的に満たされない人間が多いのだから仕方ない。

 

 実際、俺の身の上を語るなら、薬でラリった父親にぶっ殺されてるしね!

 

 まあそんな事を初対面の相手に語る意味もない。応答に困る会話は適当にお茶を濁すのがベストだろう。それが出来ない奴は、きっと友人もいない寂しい人間に違いない。

 

 ―――あれ、俺って友達いなくね?

 

 そうだよ、俺ってカルデアで友達いないじゃん。ロマンともめっちゃ仲良いわけでもないし、ついさっきオペレーター嬢にも見限られた。ダヴィンチちゃんとはよく話すが、あれは脱糞野郎の物珍しさ故にって感じだった。

 マシュは·········どうなんだろうか。常識的に考えれば普通にヤバい奴だとは思われているだろうけど。

 

 脱糞の与えた影響は大きい。

 

 カルデアで仕事以外の話をしたことが、食堂で誰かと食べたことがあっただろうか。いいや、無い。

 ぶっちゃけ、かなり孤立無援に近い状況何じゃないだろうか。

 

 これ以上考えるとメンタルがブレイクしそうなので、俺はこの悲しい現実を忘却することに決めた。

 

「······そうですか、それなら――嬉しいです」

 

 一応納得のいく説明だったのか、セイバーが柔らかく微笑む。

 

 俺の荒んだ心がちょっとだけ癒されたのでセイバーに作戦を説明しておく。

 

「今回の目的はこの特異点を修正することだ」

 

 聖杯戦争が行われたこの冬木の土地で、歴史を歪めている原因を探り。可能ならばそれを排除することで目的が達成される。

 

 ロマンからの情報によると所長達はキャスターと無事合流したらしい。

 俺というイレギュラーのせいで原作解離の可能性を危惧していたが、どうやら杞憂だったらしい。この調子ならマシュの宝具習得イベントも上手くこなしてくれそうだ。

 

 頃合いを見計らって大聖杯のある洞窟へと向かえば、エミヤと主人公達が戦っているタイミングで合流できるのではないだろうか。

 

 といった事を、必要な部分だけをかいつまんでセイバーに説明する。

 

「なるほど、つまり残ったサーヴァント達を斬ればいいんですね」

 

 心が底冷えするような声が、響く。

 

 ぎょっとしてセイバーを見る。

 

 隣で歩く彼女は、冷ややかでいて無機質な目付きをしていた。

 

 おそらくはセイバーの人斬りとしての側面。先程までの明るい彼女との落差にどこか恐ろしいものを感じた。

 

「······まあそういうことだな」

 

 ちょっと膝が笑っているが、とりあえず頷いておく。

 

 規模はやたらとデカいが、やっていることは普通の聖杯戦争と変わらない。とにかく勝てば良いのだから。

 

 ·····その勝つのが難しいんだがな。どう考えても。

 

 とりあえず、ロマンの誘導もあるし、所長達と出会えないということはないだろう。いまこっちに顔を出さないところを察するにキャスニキが訓練と称して暴れているのかもしれない。

 

「任せてくださいマスター。この人斬り、敵を斬ることだけに関してなら心得があります」

 

 どこまでも感情の篭らない平坦な口調を聞いて、少しだけ理解する。

 

 きっと彼女は戦うとき、人を殺す時はいつもこうしていたのだろう。

 心が揺らがないように己を殺し、他者を殺す。自らの在り方を人斬りという機構として完成させ、人斬りという目的を完遂する。

 

 それが沖田総司。

 

 幕末を生きた少女剣士の姿。

 

 それを否定するつもりはない。

 

 俺が生き残ることに執着するように、セイバーにも戦うことに執着するだけの、譲れない何かがあった筈なのだから。

 

 ただ俺は、自分を殺すその生き方を、少しだけ悲しいものだと思った。

 

 たとえ新撰組という仲間(かぞく)がいたとしても。それでも、名も知らぬ誰かに人斬りと怖れられ、彼女は心を痛めた筈なのだから。

 

 俺も、心が揺らがないように己を殺し、脱糞で更に己を(社会的に)殺していた俺だから解る。

 きっと、俺も悲しいから彼女も悲しい(確信)。

 

 ぼんやりとそんなことを考えていると、腕に付けていた通信端末からモニターが現れ、ロマンの顔が映し出される。

 急ぎの用件らしく、画面からは切羽詰まった声が聞こえてくる。  

  

『ヒズミくん! 今すぐ立香くん達のいる場所へ向かってくれ! 彼らはアーチャーと交戦している!』

 

 はえーよ、もうそんな時間かよ。

 

 まあ正直な話、俺がいなくても話は進んでくれるんじゃないだろうかと思わないでもない。

出だしからある原作介入をしたのだが、結局新人マスター御一行はライダー、アサシン、ランサーを撃破しているのだから。

 

 ただここで行かないと沖田の望みが叶わず不和を招くかも知れないし、カルデアでの評価が更に悪いことになるかもしれない。

 

 行きたくない。けど行くしかない。

 

「了解、すぐに向かう。誘導してくれ」

 

 セイバーの方を見る。

 可愛いなぁ―――ではなく、戦意は充実しているようで、いつでも戦えそうだ。

 

「行きましょう、マスター」

 

「ああ、行こう」

 

 短く返事を返し、ロマンの誘導に従い走り出す。

 

 これが始めての実戦だ、戦争だ、殺し合いだ。

 恐怖で身体が震える。

 

 大丈夫だと自分に言い聞かせる。俺がしてきたことは脱糞だけじゃない。

 

 この日ために俺は準備を重ねてきたのだ。

 

 エミヤとアルトリアを倒し、特異点を修正し、俺はこの地獄から絶対に―――

 

「―――生き残ってやる」

 

 進むごとに強くなっていく死の気配は、どこか物語の終わりを暗示しているような気がした。

 

 

 



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彼はやっぱり卑怯だった

 全てを撃ち抜かんと、無数の矢が放たれる。

 

 紅き弓兵が放つ一撃は致死の威力と、なにより常軌を逸脱した精密性を併せ持つ。一度捕捉されれば逃げ切る事は不可能だ。

 

 その全てをマシュは大楯を持って防御する。

 

 英霊と契約することでサーヴァントの肉体を得た彼女はシールダーとして破格の力をもっている、放たれる弾丸を防御することは難しい事ではない。

 

 

 ―――だが。

 

 

「くうッ!?」

 

 だが、英霊の力を得たとはいえ、喧嘩すらしたことがなかった彼女では英霊の力を使いこなすには無理がある。十、二十と、幾重にも重なるように殺到する弾丸()はマシュをその場に釘付けにし、アーチャー自身へ近付くことを許さない。

 

「クソッ、間合いが遠い! あの野郎、面倒な戦い方をしやがって!」

 

 キャスターで召喚されたクーフーリンが悪態を吐く。

 ルーンの魔術を駆使して防いではいるものの、やはり防御に手一杯で防ぐことが出来ない。

 

 マスターを狙い、防御に徹するマシュを釘付けにし、ルーンで攻撃に転じようとするキャスターを魔術の発動前の段階で狙撃し妨害する。

 そんな二つの妨害を一度の射撃で同時に行っている。常人なら不可能な芸当だが、そこは弓兵(アーチャー)を名乗るサーヴァント。

 無理難題を苦もなく実行していた。

 

 完全にじり貧になっていた。

 

 マスターの魔力も無限ではない、此のままでは不味いとマシュの盾の影からマスターの藤丸立香が叫ぶ。

 

「キャスター! 宝具を使って!」

 

 キャスターとして現界したクーフーリンが持つ対軍宝具『灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)』。ライダー、ランサーとアサシンを容易く撃破した炎の巨人ならば、この状況を覆せるかもしれない。

 

 キャスターの宝具に僅かな希望を見出だすものの―――キャスター本人が使用を拒む。

 

「駄目だ!ここで使うと騎士王との戦いに使えなくなっちまう!」

 

 たしかにキャスターの宝具を使えばこの状況を動かせる。

 もしかすればアーチャーを倒すことが出来るかもしれない。

 

 だがアーチャーに勝つだけでは駄目なのだ。

 

 立香達は常勝の王と謳われた騎士王と戦い、勝利しなければならない。それがこの特異点を修正する絶対条件だ。

 たとえマシュの宝具で聖剣の一撃を防げたとしても、騎士王を倒せなければ意味がない。

 アーチャーを倒すことは、あくまでも過程であり目的ではないのだから。

 

 それにマスターの魔力にも余裕はない。

 

 比較的優秀な魔力回路を持つ立香だが、二人分のサーヴァントの全力を運用するだけの性能(スペック)は無いのだ。

 

 残り一回、魔力を振り絞って精々が二回。

 

 それが全力でサーヴァントの宝具を発動できる回数だ。

 

 ―――手詰まり。

 

 全員の頭の中にそんな言葉がよぎる。

 

 なにか1つでいい、この状況を動かせるだけの何かが欲しい。

 

 そう皆が考えたその時。

 

 唐突にアーチャーの射撃が、止んだ。

 

「なんだ······?」

 

 矢が尽きた―――訳ではないだろう。アーチャーの矢を生み出す姿を見るに、魔力が続く限り撃ち続けられる筈だ。

 

 再度、矢を構えたアーチャーを見て、ゾワリと鳥肌が立つ。

 

 距離のある場所からでもわかるほどに、その矢は禍々しかった。

 捻れた剣のような、イビツで禍々しい形状をしたその矢が宝具だということを、立香は直感的に理解する。

 

 それは全ての英霊が持つ切り札(ワイルドカード)。キャスターの炎の巨人のように、マシュが持つ大楯のように、紅いアーチャーは弓につがえた捻れた『矢』を宝具としているのだ。

 

 アーチャーが弓を引き絞る。

 

 不味い。

 

「先輩! 私の後ろへ!」

 

 マシュが叫ぶ。

 

 冗談のような精度を誇るアーチャーの射撃を回避することなど出来る筈もない。

 自分たちに残されているのはマシュの宝具を解放することだけだ。

 

 アーチャーの口が動く。 

 

偽―――(カラド)

 

疑似展開(ロード)―――』

 

 アーチャーがその宝具の真名を解放しようとした、その瞬間(とき)

 

 赤い弓兵の目の前に、()()()()()()()()()()

 

 あまりに唐突に―――ある意味、最も場違いな物体にアーチャーは目を見開き―――

 

『―――寸鉄魔(ペリルポイント)

 

 そんな呪文によって直径十数センチの鉄の塊は、轟音と共に炸裂した。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 ―――いきなり、いた。

 

 どうして気付かなかったのか。

 

 そう思えるほど近くに、彼はいた。

 

 爆破によって煙と土埃が舞うなか。キャスターと、マシュ・キリエライトと、藤丸立香から少し離れた洞窟の隅に、彼は存在していた。

 

 背はあまり高くない。適当に切った黒髪と夜を閉じ込めたような黒目。紺のジーンズに黒のパーカーという地味な服装をした男だ。場所が洞窟ということもあって少しだけ視認しにくいが、一般人が腰に刀を引っ提げたと表現できるようなチグハグな見た目だった。

 カルデアの職員を表すネームタグと首に掛けていなければ味方であることも分からなかっただろう。

 

「―――ヒズミさん?」

 

 誰の目に映ることもなく、耳に聞こえることもなく、気配を感じられることもなく、ただ当たり前のようにそこに存在した男を見て。マシュが戸惑った声を上げる。

 

 だがヒズミはマシュの声を無視して話し出す。誰かに向かって話し出す。

 

「爆弾には霊体にダメージが通るように魔術的な処理をした。『強化』による威力の底上げもしたし―――何より完全に不意打った筈なんだけどなあ?」

 

「······ああ、もう少し反応が遅れれば死んでいた」

 

 険しい表情を浮かべながら、砂煙の中から無傷のアーチャーが姿を現した。

 

「そんな······!?」

 

 愕然とした表情で、立香が呟く。

 

 至近距離で爆弾が爆発したのだ、いかに英霊といえども無事で済むはずがない。

 だがその異常な光景を目の当たりにしてもヒズミの余裕の表情に変化はない。

 

 彼はまるで防ぐことを知っていたかのように、ふてぶてしい態度でアーチャーを眺めていた。

 

「―――結局のところ、この聖杯戦争の真相は俺には分からなかった」

 

 彼は唐突に語りだした。

 まるでこの場にいない誰かに向けて話すかのように、なにかに対して朗々と語りだした。

 

「槍ニキじゃなくてキャスニキだったし、弁慶とかいたし、生存者は一人もいないし、七騎全てのサーヴァントが存在していたし。まあおそらくは聖杯戦争を完遂するまでもなくセイバーが聖杯を得たんだろう」

 

 チラリと、男はアーチャーに向き直る。

 

 その目に宿る底無しの闇を見て、アーチャーは思わず一歩下がる。

 

 世界に存在する、あらゆる黒を煮詰めたような、あらゆる無を凝縮したような、そんな底無しの闇が男の瞳に宿っているのを見てアーチャーは確信する。

 

 暗い。

 

 なんと、暗い。

 

 呑まれ、自我を跡形もなく消し去られそうなほどに暗い闇を見て、理解する。

 

 ―――こいつは、やるだろう。

 

 自分の目的の為に、他者を売り、他者を殺すだろう。

 たとえそれが赤子であっても躊躇うまい。

 

 利用価値。

 

 それを見出だせるなら、迷うことなく殺すだろう。一人でも、二人でも―――全人類であろうが殺すだろう。

 

「貴様は、何者だ。何を目的とする」

 

 簡潔に、質問を投げ掛ける。

 

 返答次第では、殺すしかあるまい。抑止の奴隷と成り下がったアーチャーにとって、この手の人間は間違いなく抹殺すべき対象だ。

 

 隠と陽を表す夫婦剣を投影し、いつでも戦闘を行えるよう構える。

 

 が、ヒズミと呼ばれた男は、武器を構えたアーチャーを見ても揺らがない。

 

「俺の名は鴻上ヒズミ、目的は―――人理の復元さ」

 

「人理の、復元?」

 

 外道が掲げるにはあまりにマトモな望みだ。

 反射的にヒズミの表情を窺うが、嘘を吐いている様子はない。

 

「騎士王が聖杯使って守ってる時代を修正するんだよ。それで狂った歴史は正常に戻り、冬木の惨状はなかったことになる」

 

「·······」

 

「可笑しいとは思っていたんだろ? なにせ聖杯戦争が終わる前に聖杯が現れたんだからな。正解だよ、その聖杯が全てを歪めている原因だよ。だからさ―――」

 

 ヒズミが嗤う。

 

 背筋に悪寒が走る。

 経験から、こいつは間違いなくとんでもないことを言うと確信する。

 

「―――協力して、騎士王を殺そうぜ」

 

「······なんだと」

 

「頼んでハイそうですかと渡してくれるならそれでもいいけど。たぶん無理だろ? ならサーヴァント三人でボコッた方が手っ取り早い」

 

 この男は何かが破綻している。おそらくは人として最も大事な何かが欠けているのだ。 

 

 僅かな思考の末、赤い弓兵は答えを出した。

 

「断る」

 

「ほおー、一応理由を聞きたいなあ」

 

「貴様の話は理解できたが信用できん。なによりその態度が気に食わん」

 

 剥き出しの敵意を叩きつけられ、「ひぇっ····」と声を漏らすが、依然として余裕の表情は変わらない。後ろにいる立花達の方向にチラリと視線を向け、再びアーチャーと向き直る。

 

「じゃあ、シールダーの女の子に最初から説明を·····」

 

「くどい!!」

 

「お、そうだな。じゃあ戦うか」

 

 アーチャーの一喝に動じる事もなく、あっさりと腰に差した刀を抜き放った。

 ゆっくりと剣を上段に構える姿を、アーチャーは注視する。

 

 特に歴史は無い刀剣だが、先ほどの手榴弾のように魔術処理が施され霊体への攻撃が有効になっている上、柄の部分が明らかに何らかの魔術礼装と化している。

 

 身体の重心移動や、呼吸法、果てには精神状態などから、武術に通じていることも見て取れる。

 

 なるほど、サーヴァント相手に生身で戦いに挑むだけの備えはしているようだ。

 

 だが若い。

 いかに勝算があろうとも、サーヴァントを相手に生身で挑むなど愚の骨頂。それが許されるのは追い詰められた最後の瞬間のみ。

 明らかに『無限の剣製』という宝具を持つこちらが有利だ。

 

 ヒズミとアーチャー、両者の間を沈黙が支配する。

 互いに僅かな油断が、決定的な敗北を招くことになるのを向かい合って理解する。

 

 ―――とにかく、よく観察する。

 

 剣の技で劣るとは考えてはいない。そう信じられるだけの修練を実戦の中で積み上げた。

 

 ならば警戒すべきは奴の切り札。柄に仕込まれた魔術礼装だが―――問題なし。

 投げ込まれた手榴弾をアイアスの盾で防いだように、必要な武具を投影する。それだけの対応幅が『無限の剣製』には存在する。

 なんなら剣を撃ち出し、魔術の立ち上がりを潰してもいい。

 どちらにしろ分はこちらにある。

 

 数秒か数分か、しばらくの読み合いの中―――ヒズミが、笑った。

 持っていた剣すらも下ろしてしまう。

 

「何だ、なんの真似だ」

 

「いやあ、やっぱ俺は魔術師なんだって思ってよ」

 

 そう呟く男を見て―――気付く。

 

 奴の影が揺らめき、アーチャーの影と繋がっていく。

 魔力の動きは感じられないなはずなのに、影はどんどん色を濃くしていき―――やがて色が闇と称せるほど黒く染まった瞬間―――

 

「チェックメイトだよ、正義の味方」

 

 足元から吹き出すように、漆黒の闇がアーチャーを呑み込み―――視界を封じられた彼の背後から強引に剣が刺し込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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彼はやっぱり最低だった





―――『闇』と、俺はそれを呼んでいる。

 

 あの日、父に殺され得た二つの能力の、もう片割れ。

 

 自身を起点として闇を生み出し、操る能力こそが俺が転生して得た最後の力だ。

 

 例えるなら魔力放出(闇)だろうか。

 

 ただこの能力、アルトリアやモードレッドのような英霊の持つとんでもスキルと違い、ロケットブーストみたいな使い方はできない。

 

 本当に闇を生み出すことしかできないのだ。

 

 闇の効果を具体的に言うと、消費魔力に比例した存在の隠蔽だ。

 

 存在を覆い隠すだけの性能の為、直接な攻撃手段にはなり得ないのが欠点だろうか。

 

 まあ性能の低さ故か魔力の消費量はとても少なく、纏えば気配遮断に近い状態になることができるので魔術師向きの能力と言えなくもないか。

 

 今回のように相手に使えば一時的に視界を奪うことも可能なので、戦闘ではなかなかに有用だったりする。

 

 

 

 

 ―――事実、エミヤは為す術なく視界を奪われ、敗北したのだから。

 

 

 

 

「······認めよう、私の負けだ」

 

 闇もそう長く維持できるモノでもない。

 アーチャーを呑み込んでいた闇が薄れ、()()()姿が現れる。

 

 背後からエミヤの胸を刺し貫いたセイバーの姿が現れる。

 

 遠目から見ても確実に、セイバーの刃はアーチャーの霊核を破壊していた。

 

「好きなだけ罵ってください。この人斬り、恨み言は全て受けましょう」

 

「いや、気にしていないさ。彼の名高い天才剣士の剣ならば背の傷でも恥にはならないだろうさ」

 

 ずるりと、セイバーが剣をアーチャーから引き抜く。

 剣という支えを、唐突に失ったアーチャーは崩れ去る―――のを踏みとどまった。

 

 踏みとどまり、俺を睨む。

 すでに死に体のはずの男に気圧され、一歩下がってしまう。

 

「鴻上ヒズミ、貴様は―――本当に世界を救うつもりか?」 

「·······そうだよ。人理の崩壊を阻止し、人類の未来を取り戻す。これが俺達の―――カルデアの目的だ。正義の味方みたいでカッコいいだろ?」 

 

「……フッ。そうかも、しれんな」

 

 皮肉を言ったつもりだったのだが、俺の言葉にアーチャーの険しい表情が僅かに和らいだ。

 もともと気合いで堪えていたのだろう。アーチャーの姿は、そう時間が掛かることもなく、世界に融けるように消えてしまった。

 

「……結構、あっさり消えるもんなんだな」 

 

 後ろから不意打ったもんだから、罵倒くらいはされると思ったのだが。

 なんとなく、物悲しい感覚を覚える。

 

 出来ることならアーチャーを味方に引き入れ、騎士王の相手をさせたかった。

 

 まあアーチャーも泥か何かで汚染されていただろうし、土壇場で裏切る可能性もあったので難しい話ではあったんだろう。

 

 結局、殺すしかなかった相手だ。

 そう考えれば損はしていない、むしろ最善の判断を下したと言える。

 

 だが、なんとなくスッキリしない。

 心に引っ掛かるような気持ち悪い感覚が残るが、どうしようもない。

 

 戦いに勝ったはずなのにどうしてこんな気分なのだろうか。解せぬ。

 

「片付きましたね、お怪我はありませんか、マスター」

 

 沖田さんが洞窟の隅に転がしておいたゴルフバッグを拾ってくれる。

 てか俺を労ってくれるとか、天使かよ。そんなことしてくれたのは初対面の人だけなんですけど。

 

「ああ、ありがとう」

 

 とりあえず意識を切り換えよう。

 はぁ、と溜め息を吐いて、ゴルフバッグを受け取り、刀をしまう。

 

 エミヤとの戦闘で持っていたのは菊一文字ではなく、ネットで適当に購入した剣だった。

 

 多少の改造はしてあったが、別に有名な刀匠の物ではない。

 

 エミヤに菊一文字を解析されサーヴァントの触媒だとバレ、セイバーの存在が露呈するのを避けるために用意した武器だったのだが、効果があったのかはわからなかった。

 

 ひょっとしたら完全に無駄金だったかもしれない。 

 

「まあ、倒せたんだから良いか」

 

 あとは騎士王を倒すだけだ。

 まだヘラクレスが存在するが、そちらは放っておけばいいだろう。確か変に刺激しなければ安全だったはずだ。

 

 十二回コンテニューはさすがに無謀すぎる。 

 少なくとも長期戦が難しい沖田さんでは不可能だ。

 

 今はどうやって騎士王を倒しきるかを考えるべきだろう。

 

「あの……ヒズミ先輩?」

 

 ·········やっべ、そういやマシュとかいたんだったわ。

 おもっくそ目の前で手榴弾使っちゃったんだが。大丈夫かな、これ。

 

「あ、ああー! マシュさんじゃあないか、そんな薄着でどうしたんだ。コスプレ?」

 

「ち、違います。これは止むに止まれぬ事情があったんです!」

 

 マシュが顔を真っ赤に染めながら、全力で弁明するのをうんうんと頷く。

 

 マシュ・キリエライト

 遺伝子操作によってデザインされた少女だ。本来は研究室みたいな所で隔離されていたのだが、ロマンの説得でカルデアのスタッフ入りすることができた。

 一応、俺も裏から所長に「マシュをスタッフ入りさせないとお互いに不幸な結果になる。具体的にはうっかり貴方の私物に(ry」と頼み込んで免職をくらいそうになった。

 なんだかんだあってスタッフ入りしたマシュが主席になり、俺がクビになりそうになったのも今では良い思い出でだ。

 

 ちなみに現在では完全に疎遠だった。

 

 会話したのも実に3ヶ月振りだったりする。

 

「あの······」

 

「ん?」

 

 久しくマシュと会話できた感動に打ち震えていると隣にいる女の子に声を掛けられる。て言うかぐだ子だった。

 

「あ、先輩は知りませんよね。この方はカルデアの戦闘員、鴻上ヒズミさんです」

 

「ヨロシク、お嬢さん」

 

 唇の端をクイッと上げてニカッと笑いかける。伊達に毎食後に歯を磨いちゃいない。俺の歯は街を焼く炎の光でキラキラと輝いているはずだ。

 

 こういうのは最初が肝心なんだよ。こういうのは。

 

 ―――藤丸立香。

 

 特筆すべきことはないので説明は省くが、事前に所長室に忍び込んでプロフィールを調べているので個人情報はバッチリ把握している。

 まあ糞の役にも立たないだろうが。

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 計画通り―――!!

 

 くくく、流石は善良な少女だ。頬を赤らめて完全に俺のキラースマイルに落とされてやがる。沖田さんとの仲も悪くない。これは、温め続けていた計画『ハーレム計画』を始動しても良いのでは―――!?

 

「そしてカルデアで最も忌避されている方でもあります」

 

「え?」

 

 え、なに言ってんスか、マシュさん。言って良いことと悪いことがありますよ。弁えようよTPO。

 

「ちょ―――」

 

「具体的に言うと、大勢の前でその·······う、うんちを漏らしてしまうのです。······月一くらいの頻度で」

 

 はい終わった。

 

 もう完全に空気凍っちゃってますよ。

 後ろで黙ってたキャスニキすら引き気味なんですが。

 

 ········俺が何をしたって言うんだ。

 

「ま、マスター?」

 

 後ろから沖田さんの声が聞こえた。心なし声が震えている気がする。

 

 振り返ると親を失った子犬みたいな雰囲気を出しながらこっちを見ている。やべえよ、ぐだ子どころかサーヴァントとの関係すら破綻しそうな勢いなんですけど。

 

「う、嘘ですよね?」

 

「スマン、マジだわ」

 

「こふっ!?」

 

 沖田さんの吐いた血が綺麗な弧を描いて俺の顔面に直撃する。

 滴る血液をハンカチで拭き取り、状況を打破するための言い訳を考える。

 

 導き出せ、この場を収められるだけの回答(言い訳)を。 

 

「······沖田、俺は生まれつき括約筋の弱い男だったんだ。望まずして尻が緩く生まれた、そんな憐れな男をお前は笑うか?」

 

「······え?」

 

 俺の問に、一瞬だけ沖田が返答に詰まる。

 当然だ、あえて返答に困る質問を俺は投げ掛けたのだから。

 

 そこに生まれた空白の時間、刹那のタイミングに畳み掛ける。

 

「確かに公衆の面前での脱糞は恥ずべきことだろう。だがお前は、俺の脱糞を見たことがあるか? 言葉に踊らされ偏った考えを持つことこそ最も恥じるべきことじゃないのか?」

 

 もう自分でもなに言ってるのか分からなくなってきたが、これで押しきる。

 

「そ、それは―――」

 

「なにより、俺達はこれから強大な敵に挑まなくちゃならない。人類の明日と、栄光の朝、俺達に続く歴史のために戦わないといけないんだ。愛のために、友のために、家族のために、戦うんだ。

 そもそもの話、アインシュタインの相対性理論や、フェルマーの大定理、数々の偉人の発見や宇宙という天文的数字の前にして見れば俺一個人の成すことなんて小さいとは思わないか?」

 

「·········はい!」

 

 よし、考える事を止めたな。

 俺の強引な話のすり替え術に掛かれば人斬り程度、煙に撒くのは容易かったようだ。

 

 計画通り―――!

 

「うわぁ·······」

 

 後ろで藤丸立香がドン引きしているが、知ったことか。

 勝手に引いてろよ、くそったれ! ······くそったれは俺だったよ!

 

「·······なあ、そろそろ行かねーか?」

 

 いい加減、茶番に飽きたのかキャスニキが口を開く。

 

「そうですね、行きましょうか」

 

「うん、頑張ろうね、マシュ」

 

「··········」

 

 なんなんだろう、このやれやれみたいな雰囲気。

 俺、一応助っ人なんですけど。なんで「ホントしょーがねーな、コイツ」みたいな空気なんですかね。

 

 もう帰って寝ようかなー。

 

「······さ、マスターも頑張りましょうね」

 

「とりあえず、その優しい目を止めろ」

 

 いい加減泣くぞ。

 

 て言うかマジで帰って寝たい。

 

 そんな感じで、カルデア一行は騎士王オルタ討伐に向かうのだった。

 

 

 

 

 



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決戦前

「あの、なんで私服を着てたんですか?」

 

 道中、藤丸立香がそんな事を聞いてきた。

 

 騎士王戦を前にして緊張しているのだろう、若干顔を強ばらせている。

 

 よく見ると彼女の疲労の色は濃い。

 まあバーサーカーとセイバーを除く全サーヴァントと戦ったのだから当然だろう。というかそれで生き残っているのが奇跡とも言える。

 

 類い稀なる幸運。それが藤丸立香を主人公たらしめている要因の一つなのだろう。

 

 是非ともあやかりたいので、仲良くなっておくべきなのは確かだ。たとえ俺の評価がマイナスに振りきっていたとしても。 

 

「ああ、黒いパーカーだと目立たないと思って」

 

「·······おっきいのが漏れた時ですか?」

 

「違うよ?」

 

 なんでこの年頃の子って、なんでもかんでも下ネタに繋げたがるかなー。いや、解るよ? 下ネタって楽しいもんね。変なテンションの時は特に。

 でもなー、お兄さんは頭の足りない小娘見ると悲しくなっちゃうなー。

 

 失礼なこと言われても許せる俺ってマジ聖人。

 世界中の人々が俺になれば恒久的世界平和が実現まであるんじゃないだろうか。

 

「······擬態的な意味でだよ。ほら、アーチャーの時も見つからなかっただろ?」

 

 あの時は可能な限り不意打ちに成功する可能性を上げておきたかったのだ。

 

 闇の補助があるとはいえ、真っ白な職員の制服、カルデア礼装だと目の良いアーチャーだとバレやすいと思っていた。実際は洞窟での『闇』の使用だったのでそんな心配は必要なかったのだが。

 

 普通に『闇』が優秀だった。

 

 あとブースター機能が付いてれば言うことなしだったのに。

 

「ああ、そういう······」

 

「とりあえずもう必要ないから着替えるけど」

 

 アーチャーには通じても騎士王には不意打ちが通じないので、さっさとゴルフバッグからカルデア礼装を取りだし、パーカーを脱いで着替える。

 

 カルデア礼装はレイシフトをする職員に配布される魔術礼装だ。

 ゲームでは治癒、瞬間強化、緊急回避のスキル付与能力を持っていた。なんだかんだで一番使い勝手がよく、多くのユーザーもといマスター達に愛用されていた。

 

 そんな優秀な魔術礼装だが、リアル仕様になると礼装に魔力を通すだけで治癒と強化が使えるようになる。それだけかよと思うかもしれないが、魔力の通し方さえ理解していれば誰でも使えるのでぐだ子のような一般人だと重宝する。

 

 俺が使うかは微妙だけども。

 

 下の服装に付いてはカルデアでは特に決まりはないのでジーンズで通している。

 

「そういえばヒズミ先輩。そのゴルフバッグには何が入ってるのですか?」

 

「······秘密どうg―――」

 

「あ、そういうのはいいので」

 

 ······あれれー? おかしいぞー? マシュの態度がなんか辛辣なんだけども。

 嫌われてんのかな、俺。

 

 おかしい、基本的に本編キャラには嫌われないよう立ち回ってきたはずなのに。脱糞現場もそんなに目撃されてないはずなのに。

 

 肩を落として、ゴルフバッグの中に入ってる物を説明する。

 

 まあいいさ、可愛い後輩であるマシュには俺の改造刀、菊一文字の素晴らしさを説明でもしてあげようじゃないか。

 

「これは俺が戦闘員として使用する武器が入っていてな。やっぱり一番の目玉はこのジャパニーズブレードで柄の部分が俺のオリジナル魔術礼装なんだ。流用っていうか、オマージュっていうか、とにかく切り札で―――」

 

「悪いが、お遊び気分はここまでだ。奴に気付かれた」

 

「―――!」

 

 キャスニキの声で我に帰るまでもなく、気付く。

 

 全てを捩じ伏せんと言わんばかりに撒き散らされている魔力。見えなくとも感じる圧力を目で追い、発見した。

 

 ―――黒。

 

 そう形容するしかない者がそこにはいた。

 

 アルトリア・ペンドラゴン。

 常勝と謳われた偉大なる騎士王が、聖杯を守る番人の様に佇んでいた。

 聖杯を獲得したが故に魔力を気にする必要が無くなったのだろう、冗談のような禍々しさを伴った魔力が颶風となって吹き荒れる。

 

「なんという魔力放出······、あれが本当に伝説の騎士、アーサー王なのですか·····!?」

 

『どこか変質しているみたいだけど間違いない、彼女はアーサー王だ!』

 

 気圧されるマシュにキャスニキの注意が飛ぶ。

 

「見た目は小柄だが、ありゃ魔力放出で化ける。油断すると上半身ごと持ってかれんぞ」

 

「か、勝てるんですか? これ」

 

「ひえぇ······」

 

 漆黒に染まったかつてのメインヒロインを見て、藤丸立香が呟く。ちなみに最後の悲鳴は俺だ。

 

 やべえよ、マジでやベーよ、これ。

 本当に同じ人間かよ、怒ってないのに怖い人とか生まれて初めて見たんですけど。

 

 圧倒的ラスボス感を放つ彼女を見て戦慄していると、切り立った崖の上から黙ってこちらを眺める騎士王が口を開いた。

 

「来たか、名も知らぬマスター達よ」

 

 思わず膝を屈しそうになる、重圧を含んだ言葉が響き渡る。

 

「ああ!? テメー、口が利けたのかよ!」

 

「ああ話せたとも、だが何を語っても見られている。故に案山子に徹していた。だが―――」

 

 騎士王が笑う。

 

 青セイバーが見せるような慈しむタイプの笑みではなく、もっと底意地の悪いSッ気全開の微笑みだった。

 

 こわい、怖すぎるぞアルトリア。それはヒロインのやっていい顔じゃない。

 

「―――面白い。その盾は、その宝具は面白い」

 

 騎士王の持つ聖剣が、魔力を喰らい黒く輝く。

 垂れ流されていた魔力が束ねられ、黒の刃に集束していく。

 

 ―――来る。

 

 騎士王に常勝を約束した、アーサー王伝説で最も高名な対城宝具が来る。

 

「構えるがいい、小娘。その守りが真実かどうか、この私が確かめてやろう」

 

 膨大な魔力の鳴動に大気が震える。

 

 本能が危険を訴え、逃げろ逃げろと叫び続ける。

 

「あばばば·····!?」

 

「マシュ、準備は良い?」

 

「大丈夫です、マスター。―――戦闘を開始します!」

 

「ここが正念場だ。気張れよ、お前ら!!」

 

 戦力は不十分、相手は常勝の王。

 

 特異点F、あまりに絶望的な最後の戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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彼女の視点

「や、やった······成功したぞ」

 

 ―――頼りなさそうな人。

 

 それがセイバーの、沖田総司の懐いた第一印象だった。

 

 別に沖田の観察眼は優れているわけではない。

 だが彼女もある程度常識を持った人間として、己のマスターの力量はある程度推し量ることができた。

 

「あかん、ちょっと休ませて········」

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 たぶん彼は魔力の量が少ないのだろう。

 

 ゼイゼイと荒い呼吸をしながら、力なく地べたに転がり自分を見上げるマスターを見ながら沖田はそう思った。

 

 話を聞くには複雑な魔法陣を弄って書き換えたのに魔力を喰ったらしいが、必死に身体を起こしペットボトルに詰めた緑の液体(彼曰くMPポーションらしい)を飲み下す彼を見ていると、とてもではないが才能に恵まれた人間には見えなかった。

 

 (今回は、戦い切れるといいのですが)

 

 

 

 最後まで戦い抜くこと。

 

 

 

 それが新撰組一番隊隊長である沖田総司の、現世に残した願いだ。

 

 未練といってもいい。

 

 持病が原因で最後の時まで新撰組(みんな)と共に戦うことができずに死んだ、半端者の願い。

 今度こそは全力で。命散るその瞬間(とき)まで戦おう。

 

 そう誓った。

 

 土方歳三や近藤勇、新撰組の隊士達に誓ったのだ。

 

 それが自分に出来る彼等への唯一の償いなのだから。

 

「······ああロマン? なに、アーチャーと交戦中で押され気味? ヤベーじゃん、今向かうわ。」

 

 ピッと聞き慣れない音を鳴らして通信機を切ったマスターを見る。

 

 沖田を召喚した時とは違い顔色は良い。

 魔力が回復したのだろう。彼はゴルフバッグを背負い、勢いよく立ち上がりこちらを向く。

 

 が、みっともない姿を見せた自覚があるのだろう。少し目をそらして口を開いた。 

 

「あー······、これからはサーヴァントとして戦って貰うことになる。嫌なら言ってくれ。最悪、自分で戦うから」

 

 目付きを鋭くする。

 

 触媒に使ったのであろう、名刀である菊一文字を持ち上げながら話す彼の、戦力を量る。

 

 重心、足運びの身のこなしは良い。

 動きに必要とする筋肉の付き方も悪くない。結構な修練も重ねてきたのだろう、手に瘤もできている。

 

 ―――だが、弱い。

 

 おそらく実戦経験が足りていない。周囲への警戒が薄い、注意が散漫だ。力量は新入りの隊士と同等か、それ以下。間違っても上ということはないだろう。

 天賦の才があるというのならその限りではないだろうが。

 

 

 

 力不足。

 

 

 

 現代の魔術師とは戦えても、一騎当千の英雄達には及ばない。

 

 それが沖田の出した結論だった。 

 

 マスターは戦えない。戦えるだけの実力はない。

 ならば、沖田のとるべき行動は決まっている。

 

「いいえ、マスター。この沖田さんにお任せあれ! どんな相手でも斬って見せますとも!」

 

 大きく、明るく声を張り上げる。

 そんな必要はないと、私が戦うとマスターを安心させる。

 

 大丈夫、自分は人斬りだ。

 誇れるような事ではないけれど、それだけが自分にある取り柄なのだから。

 

 おそらく、マスターが戦うことになるのは、自分が死んだ時になるだろう。

 

 そうならないように、全力を尽くそう。

 

 

 

 

 ―――そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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どうしようもなくヤバイ感じ

「卑王鉄槌、極光は反転する·······!!」

 

 膨大な魔力を受け取った聖剣が黒く輝き、規格外の魔力の集束に大気が鳴動する。

 

 人々の願いによって精製された『最強の幻想(ラスト・ファンタズム)』、聖剣の頂点に位置し『空想の身でありながら最強』と称えられる光の剣。

 

 並みの魔術師(マスター)では一度としてまともに撃たせることができない対城宝具。

 

 だが、今の騎士王は聖杯によるバックアップを受けているため魔力的な制限は皆無。魔術王が造り出した万能の願望器は彼女のスペックを最大限にまで引き出していた。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)

 

 黒の極光が放たれる。

 

 魔力を光へと変換、集束、加速し光の断層として放たれる『究極の斬撃』が俺達に迫る。

 

疑似展開(ロード)―――』

 

 大楯を持つ少女はそれを迎え撃つ。

 

 未だ少女は、憑依する英霊の真名を知らない。宝具の真価を発揮することは出来ない。

 

 が、問題ない。

 

『―――人理の礎(カルデアス)!』

 

 浅い緑光を放つ幾何学的な魔方陣が前方に展開される。

 光の線で細やかに描かれる守護障壁は、防御と呼ぶにはあまりにも頼りない。

 

 だが俺は知っている。宝具の真価を発揮出来ずとも。『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』を防げる事を知っている。

 

 黒の極光と緑光の膜がぶつかり合う。

 

「はあァァァアアアア!!」

 

 聖剣の一撃をマシュが耐えて、耐えて、耐え抜いた。

 

 究極の斬撃は過ぎ去り、障壁は消え去った。

 

「防ぎ、ました······!」

 

「よくやったぜ、嬢ちゃん」

 

 クーフーリンの言葉で緊張の糸が切れたのか、ガクリとマシュが膝を突く。

 当然だろう、手加減抜きの『約束された勝利の剣』。喧嘩もしたことがなかった少女があれを正面から受け止めて普通でいられる訳がない。

 

「いや、マジで助かりまし―――」

 

 俺も媚び気味にマシュに礼を言おうとして気付く。

 俺は宝具の膨大な熱によって地面が蒸発し、悪い視界の中で確かに見た。

 

 ()()()()()()()()()()()騎士王の姿を。

 

 黒き聖剣が、輝く。

 

「二撃目が来るぞ!」

 

 反射的に叫んでいた。

 

 気付いたマシュが立ち上がろうとして―――倒れる。

 

「マシュ!?」

 

「くぅっ······!」

 

 立香とマシュ、両方とも顔色が悪い。恐らくは魔力切れ。

 次の聖剣を防ぎきるだけの余力は、無い。

 

「連発とか聞いてねーぞ·······!!」

 

 マジでありえねーぞ。

 

 開幕カリバーですら許されない暴挙だというのに、必殺技を連発とか冗談でも笑えない。

 

 想定しておくべきだった。

 聖杯を得た今の騎士王に魔力切れは存在しない。無論、聖剣を連発することも十分有り得る。

 

 無意識に原作を信じ過ぎていた。

 二撃目は無いと、思い込んでいた。

 

 焦燥で上手く頭が回らないにも関わらず。死刑宣告に等しい声が聞こえてきた。

 

約束された(エクス)―――』

 

『覆え―――!!』

 

 ほとんど反射的な行動だった。

 

 身体から音もなく闇が染みだし、光の速さで騎士王を包み込む。

 極光によって即座に打ち消されていくが、一瞬だけ隙を作り出せれば良い。騎士王を殺せるだけの隙を作れれば、それで良い。

 

「セイバー!!」

 

 念話によって、セイバーはすでに動き出していた。

 聖剣を止めるにはもはや、撃たれる前に騎士王を倒すしか手はない。

 

「―――一歩音越え」

 

 セイバーの姿が掻き消える。

 否、掻き消えるほどの速度で加速した。

 

「二歩無間」

 

 縮地、それがセイバーの加速要因。

 

 瞬時に相手との間合いを詰める技術。多くの武術、武道が追い求める歩法の極み。

 

 単純な素早さではない。

 歩法、体捌き、呼吸法、死角、幾多の現象が絡み合い完成するソレを駆使し、騎士王の背後へと肉薄する。

 

「三歩絶刀―――」 

 

 セイバーの秘剣をもって、即座に切り捨てる。

 

 未だ騎士王は闇に包まれている。

 視覚による妨害を受け隙を見せている今こそが千載一遇の好機だと、そう思っていた。

 

「―――後ろか?」

 

 確信を得た、騎士王の声を聞くまでは。

 

 突如、暴風が吹き荒れる。

 冗談のような威力の風は、騎士王の背後へと肉薄した沖田を軽々と吹き飛ばした。

 

 遅れて何が起こったのかを理解する。

 

 魔力放出だ。

 

 セイバーの背後からの接近を察知し、全方位へ向けて暴風を放ったのだろう。

 

 セイバーの持つ防御不可の対人魔剣も、相手に届かなければ意味はない。

 

「クソッ····! ミスった!」

 

 焦り過ぎた。

 

 騎士王のスキル、直感による危機察知。Bランクに下がっているとは言え、ただ不意打っただけでは魔力放出で対処されることは目に見えていた筈なのに。

 

 恐らく聖剣の二撃目はブラフだったのだろう。

 

 物陰に潜ませていたセイバーを引き摺り出すための罠。奴が常勝の王ということを忘れていた。戦場での駆け引きは最も得意とすることの一つだろうに。 

 

「すみません、マスター······!」

 

 吹き飛ばされたセイバーが身体を起こす。

 セイバーの耐久は低い、目立った外傷はないが魔力放出をモロに食らったのだ。相応のダメージを受けているはずだ。 

 

 こちらの作戦が瓦解したことを察した騎士王がこちらを見て鼻で笑う。

 

「さて、マスター達よ。次はどうする?」

 

 煽ってやがる。

 

 だが言っていることは正しい。

 防御手段は失った。不意打ちも失敗した。なら残されている手は一つしかない。

 

「騎士王を倒せ、セイバー!!」

 

 正面からの撃破、それしかない。

 

「はい、マスター。全力で行きます!」

 

 沖田が騎士王へと疾走する。

 

「嬢ちゃん達は休んでな!」

 

 キャスターが叫ぶ。

 対魔力で騎士王には魔術が通じない。故にキャスターも騎士王へと白兵戦を挑みかかる。

 

 勝つにせよ、負けるにせよ。

 

 もうすぐそこまで、終わりの気配は近付いていた。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

  

 ―――不味い。

 

 キャスターとセイバーが連携を取り、騎士王に杖の打突と剣の斬撃を放つ。

 光の御子に幕末の天才剣士。両者ともにその時代に名を馳せた戦士。類い稀なる戦闘技量を誇る両者を相手にすれば並みのサーヴァントでは数秒と持たないだろう。

 

 だが―――騎士王は並みのサーヴァントを大きく上回る。

 

「どうした、もっと足掻いて見せろ」

 

 正面と背後。見えていないはずの打突を鎧で受け、振り返るようにして斬撃を剣で弾く。

 更に接近してきたセイバーとキャスターを魔力放出で吹き飛ばす。

 

 マジでヤバい。 

 状況は動いていないが攻めきれてもいない。たまに傷を負わせても大聖杯と直結しているせいですぐに回復する。いい感じに攻めてても隙ができれば魔力放出で仕切り直される。

 もう勝つには首を切り飛ばすか霊核をぶち抜くしか手はないんじゃないだろうか。

 

 キャスニキが槍ニキじゃないのが非常に悔やまれる。いや、今もキャスターのクセに近接で戦うなんていう、赤い弓兵に凄まじくデジャヴったことしてるし強いんだけども。

 でもランサーだったら刺しボルグでどうにかなるし、やっぱ槍ニキの方がよかった。

 

 てか騎士王も騎士王だよ。

 味方やってるときはあんまりパッとしないくせに敵に回ったときの強さがオカシイ。MP無限、スタミナ無限、慈悲もない。もう完全に魔王じゃん。

 これがチュートリアルなんて信じたくないんですけど。

 

 マシュとぐだ子にはポーションモドキを飲ませて魔力回復をさせているが、それも誤差の範囲だろう。経験不足のマシュが戦闘に参加しても足を引っ張る未来しか見えてこない。  

 

 

 間違いなく追い詰められている。

 

 

 魔力の心配はない。そのためにポーションを用意してきた。魔力がどうこうという心配をする必要はない。

 

 だが不味い。長期戦だけは不味い。

 

 他の英霊は問題ないだろう。

 だがセイバー―――沖田総司にとって長期戦は最も危険な事態を引き起こす。

 

 

 

 

 

 「―――······こふっ」

 

 

 

 

 それは唐突に起こった。

 

 

 病弱A。

 

 俺はソレが、あらゆる行動に急激なステータス低下のリスクが伴うデメリットスキルだと知っている。発生率はそれほど高くない。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 短時間の戦闘ではそれこそ無いに等しい確率でしか発動しないスキルだが、長期戦になれば発動する確率は跳ね上がる。

 

 戦闘時に起これば致命的、騎士王相手では尚更だ。

 

 セイバーも俺も、病弱の発動に対処できるよう警戒していたが、甘かった。騎士王を前にしてその場で対処なんてできる訳がなかった。

 

 病弱が発動し、目に見えてセイバーの動きが悪くなる。

 その一瞬はあまりにも唐突で、致命的で。その隙を見逃すことなく騎士王は剣を降り下ろした。 

 

「······ぁ」

 

 それが誰の声だったか解らない。

 俺か、新人マスターか、それとも大楯の少女か、セイバー自身だったのかもしれない。

 

 

 ただ、身体を斬ると言うにはあまりにもあっさりと、聖剣はセイバーの身体に沈み込み、真っ赤な血の華を咲かせたことだけは理解できた。

 

 

 糸が切れた人形の様にセイバーが崩れ落ちる。

 ビシャリと、大きな赤の水溜まりを作り上げながら動かなくなった。動けなくなった。

 

「あ―――あああああああああ!?」

 

 俺の叫びは何だったのだろうか。セイバーが傷付いたことへの衝撃か、それとも重要な戦力を失ったことへの焦燥か。

 

 どちらにせよ騎士王は、冷酷な王は止まらない。

 二度と起きることが無いように。再び立ち上がることの無いように。徹底的に破壊するため再度剣を降り下ろす。

 

「クソッ!!」

 

 悪態を吐きながら、キャスターがセイバーを庇おうとする。

 強引に騎士王とセイバーの間に割り込み、杖で剣の軌道を逸らそうとして―――。

 

「貴様の小細工も―――もう飽きた」

 

 ―――黒い極光を纏った斬撃で杖ごとキャスターを切り捨てた。

 

 ドチャリと、水っぽい音が響き渡る。

 

 単独になった非近接戦闘職(キャスター)では、騎士王が相手では一瞬しか持たなかった。

 

「戻れ、セイバァァァアアアア!!」

 

「戻ってキャスター!!」

 

 だがその一瞬、藤丸と俺は令呪を用いてサーヴァントを呼び戻す。

 

 極めて効果が限定された令呪は、空間跳躍すら可能とする。

 

 騎士王の側から手元に一瞬で移動したセイバーの身体に力はなく、あまりにも頼りなかった。

 

「う、嘘だろ······!?」

 

 誰に問う訳でもない、泣き笑いのような声が漏れる。

 

 

 不測の事態で回らない頭で唯一理解出来たこと。 

 それはこれ以上無いほどに、状況が悪い方向に動いた事だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 



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今から本気だす

「嘘だろ······!?」

 

 腕の中でぐったりと動かないセイバーの傷から血液が溢れ出す。

 浅葱色の羽織が真っ赤に染まり、セイバーが非常に危険な状態ということを理解する。

 

 這い寄るように死の気配がセイバーにまとわり憑いている。

 視ることのできない不確かな(ソレ)は、寒気のような気配を濃密に漂わせていた。

 

 

 ―――このままだと間違いなく死ぬ。

 

 

 早急な処置が必要だ。

 

「悪い、セイバー·····!!」 

 

 迷ってる場合じゃない。

 短く謝罪し、治癒の魔術を行使する。

 

 セイバーの傷が癒しの緑光で包んでいく。だがこれは最低限の応急処置に過ぎない。カルデア礼装の燃費が悪いのだ。セイバーの傷を完治させようとするには魔力の消費が激しすぎる。

 

 故にセイバーが死なない程度に魔術を維持する。同時に彼女の帯を緩め、服をずらして傷口を露出させる。

 

「······ッ!」

 

 セイバーの透き通るような肌の上に、大きな傷が張り付いているのを直視する。

 初めて重傷を見て吐きそうになるのを堪える。

 

 聖剣の一刀は、セイバーの傷は肩から腰にかけて伸びるように走っていた。

 完全に身体を切断したのだろう。右肩の断面が僅かに覗く。

 

 こんな状態での戦闘は不可能、現界できている事すら奇跡に近い。

 

 騎士王を視界の端で捉える。

 

 俺達にまともに戦えるサーヴァントが残っていないことを理解しているのだろう。ゆっくりと歩きながら此方に向かってきている。

 

「マシュ、時間を―――」

 

 稼いでくれ、と言おうとして―――言葉に詰まる。

 

「わ、わかりました、ヒズミ先輩―――」

 

 彼女の体が、膝が、何より声が震えている。

 

 明らかに戦うこと恐怖していた。

 当然か、味方をあっさり倒した騎士王と一人で戦えと言われたのだ。喧嘩もしたことがなかった少女に強制するには無茶が過ぎる。

 

 俺だって嫌だ。

 

「―――いや、行かなくていい」

 

 騎士王に向かおうとするマシュを止める。

 

 どうせ行ったところで無駄死にだろう。

 藤丸立花の様子を見るがこっちと似たようなものだ。動けないキャスターを彼女は全力で治療していた。

 

 いよいよ手詰まり、もうほとんど手は残されていない。

 

 焦燥が胸を焦がす。

 

 思考が回らない。

 

 死にたくないという思考が脳を埋め尽くしていく。

 

 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタク―――。

 

 

 

 

「―――マスター······」

 

 クイッと、襟を弱く襟を引っ張られ正気に戻る。

 

 セイバーが目を覚ましていた。

 

「セイバー!?」

 

 目を見開く。

 

 あの出血量では死んでいてもおかしくない。少なくとも衰弱しきっていた筈なのに。

 

「私は······まだ······戦えます······! お願いします······なんでも、します······だから······!」

 

 涙を流し、血を吐きながら彼女は叫ぶ。

 そこには苦しみが、悔恨が、怒りが、悲しみが満ちていた。

 

 目を覚ましたのは執念だろう。

 

 ―――最期まで戦い抜くこと。

 

 彼女の、沖田総司の願いはここまで強かったのか。

 

 動けなくなっても、戦えなくとも、死にかけたとしても。それでも彼女は戦いを求めている。

 仲間への、新撰組への負い目が彼女を戦いへと駆り立てる。

 

 俺にはそれが正しいのか、間違っているのかは分からない。

 

 ただ、彼女がまだ諦めていない事だけは理解した。ならば、沖田総司のマスターの俺も諦める訳にはいかない。

 だから俺は沖田の意思を理解した上で、騎士王を倒すことを絶対の条件と定め、何より生き残る事を前提として沖田総司にこう告げた。

 

「駄目だ、次の命令まで待機しろ。だから―――今は休め」

 

「ます、たー·······わたし、は······!」

 

 もともと気合いで意識を保っていたのだろう。セイバーは弱々しく俺を呼びながら再び気を失った。

 

 あとで怒られるかもなぁ、なんて考えながら右手を掲げる。

 

『令呪をもって命ずる。全快しろ、セイバー』

 

 円形の紋様をした令呪が紅く輝き、その効力を発揮する。

 

 三回だけの絶対命令権は使い方次第で、様々な奇跡を起こすことができる。今回は傷を癒すことに絞ってセイバーを回復させた。

 

 セイバーの呼び戻しに一画、回復に一画。

 

 令呪の残数、残り一画。

 

 いよいよ後が無くなってしまった。新人マスターの藤丸ちゃんもこれまでの戦いで使用したのだろう、キャスターを呼び戻したので最期だった。

 

「―――解せんな、意識がある間に回復させれば再び戦えたはずだ」

 

 俺の行動に疑問を持ったのか、騎士王は歩みを止めていた。

 まあ、彼方としては戦力になるサーヴァントがいないのが大きな理由だろう。急ぐ必要はない。セイバーがまだ脱落している以上、負ける理由は無いのだから。 

 

「ああん? こっちの勝手だろこのヤロー」

 

 若干キレ気味に返答する。

 

 そもそも騎士王が強すぎたせいでこんな状況になったのだ。このくらい言ってもいいと思う。宝具連発は六章でやってろよ糞が。

 

 死の気配が消え、表情が穏やかになったセイバーを地面に横たえ立ち上がる。

 

「藤丸ちゃん」

 

 もうなんか馴れ馴れしいけど、それでいい気がしてきた。ここで負けたらどうせ終わりだし。

 

「立香でいいですよ、ヒズミさん」

 

「じゃあ立香ちゃん。キャスニキの傷が治ったら、ここぞって時に援護頼むって言っといて」

 

 背負っていたゴルフバッグから改造刀・菊一文字を取り出す。もう『闇』を見せてしまった以上、これが俺の最期の切り札だ。

 

『何をする気だ、ヒズミ君!?』

 

「おいおい、俺の仕事を忘れたかロマン。俺はカルデアの戦闘員だぜ?」

 

 バッグの中には手榴弾くらいしか残っていない。こんなモノを持ち出すと警戒されるので取り出さないが。

 

『正気かヒズミ君!? 相手はサーヴァント2体を容易く屠った騎士王だぞ!?』

 

 ロマンが叫んで俺をひきとめようとする。俺の身を案じてくれているが、いい感じに騎士王に立ち向かおうとしているのに水を差さないで欲しい。

 

 て言うかマジで止めろ。せっかく覚悟決めたのに行きたくなくなっちゃうだろ。

 

 必要な装備は整った。用のなくなったゴルフバッグを投げ捨てた俺に―――マシュが駆け寄ってくる。

 

「ヒズミ先輩、私も戦います!」

 

 その瞳にさっきまであった恐怖の色はない。たしかマシュは藤丸立香を守るためなら勇気で恐怖を抑え込めるとかだった気がする。

 なら今なら騎士王も恐れずに戦うことが出来るのかもしれない。

 

 

 だが、必要ない。

 

 

「いや、俺はいいから戦えない奴等を守ってやってくれ。マシュ、それだけはお前にしかできないんだ」

 

「わ、私は―――」

 

「頼む、やらせてくれ」

 

 俺とマシュが即席で連携を取れるとも思えないし、なにより互いに死んでしまったら困る。俺は言わずもがな、マシュだって物語に大きく関わっていくのだから。

 

 防御型の宝具は貴重だし。

 

「·······わかりました。御武運を、先輩」

 

 説得は無理だと悟ったのだろう。

 マシュが目を伏せ、一歩後ろへと下がる。

 

 今では俺とマシュの接点はほとんど無くなっていた。それでも恐怖を抑え、俺と戦おうとしてくれたのは彼女の優しさだろう。

 

「ああ、ありがとう」

 

 なら、それに応えられるよう努力しよう。

 

 騎士王の元へと歩み寄る。

 漆黒の騎士は俺達を眺める様に、ただ佇立していた。  

 

「別れの挨拶は終わりか?」

 

「一応、死ぬつもりはないんですけどねえ」

 

 恐怖で震えそうになる膝を抑え、騎士王に歩み寄る。

 一歩進むごとに騎士王の圧力が増していく。身体がすくむ、逃げろ逃げろと本能が叫び続けている。

 

「愚かな。情に動かされサーヴァントを差し置いて私と戦おうとする。貴様らには少しばかり期待していたが、それも間違いか」

 

 騎士王が蔑むように話す。

 お前は弱いと、お前たちでは足りないと騎士王が言う。

 

 だが、そんなことはどうでもいい。

 

「聞こえないな」

 

「······何?」

 

 騎士王が訝しげな表情を浮かべる。

 

 奴との距離が5メートルを切った。

 

 腰から剣を抜き放ち、だらりと剣を地面に垂らすように持つ。そして、いつでも魔術を行使できるように魔術回路を起動する。

 

 ―――意識を切り換える。

 

 アーチャーの時とは違う。姿勢(ポーズ)ではなく、敵を倒すために武器を構える。騎士王を殺す為に自分という機構を、鴻上ヒズミの精神の在り方を造り替える。

 

 あとは戦うだけだ。 

 

 だから俺は全力でムカつく笑顔を作り、大声で叫んだ。もちろん中指を立てることも忘れない。

 

「部下に嫁を寝取られた無能の声は聞こえないって言ったんだよ、負け犬の玉無し野郎!」

 

「――――――殺す」

 

 かくして俺の渾身の挑発は成功した。

 

 騎士王が魔力放出で加速し、一瞬で距離を詰め剣を振り下ろす。聖杯戦争で幾度となくサーヴァントに対して使用された彼女の戦闘スタイル。

 

 それを俺は何も出来ずに眺めていた。というか身体が追い付かない。

 

 当然だ。俺は一騎当千の英雄達じゃない。無限の剣の世界がある訳でも、死の線を見抜ける訳でもない。卓越した武の才がある訳でも、チートな転生特典がある訳でもない。

 

 

 

 

 

 

 ―――だから俺は『強化』することにした。

 

 

 

 

 

 ―――身体強度強化―――

 

 ―――思考速度強化―――

 

 ―――身体能力強化―――

 

 魔力が全身を駆け抜け、世界が低速化する。身体に力が満ち、己の限界を大きく超越し―――英雄の強さへと追い付いた。

 

 即座に刀で聖剣を受け流すように払いのける。

 

 攻撃を受け流され体勢を崩した騎士王が目を見開く。

 

 ―――好機。

 

「オラァ!!」

 

 叫びながら全力で踏み込み、拳を振るう。

 

 技術などない、だが過剰な威力を持ったその一撃は―――虚を突かれた騎士王の顔面に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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全力


 


 大気を震わせる絶叫が響き、騎士王の顔に拳がめり込む。

 メキリと骨が砕ける音が腕に伝わるが無視して全力で振り抜く。

 

「オラァ!!」

 

 人外の領域に踏み込んだ一撃に騎士王が吹き飛ぶ。

 

 致命傷には程遠い。彼女は魔力放出で体勢を立て直し、地面に轍を刻みながらも踏みとどまる。

 聖杯による魔力の無限供給によって受けた傷も即座に回復する。先の攻撃で砕けた頬の骨も瞬時に完治している。

 

 だが騎士王は、サーヴァントでもない男から受けた一撃で目に見えて狼狽していた。

 

「なん―――」

 

 言葉は続かない。

 

 即座に俺が剣を振り抜きながら接近していたからだ。

 その普通では有り得ない速度に騎士王の対応が再び遅れる。

 

 暴風じみた剣撃が乱舞する。技量を度外視した力任せの斬撃が騎士王に殺到する。反射的に聖剣で受けるが力で押され、再び拳を打ち込まれる。

 

 間違いなく、俺は騎士王を上回っていた。

 

「なんなんだ、貴様は―――!?」

 

 

 

 

 

 

 

 ―――普通の人間が英霊と戦うのは無理がある。

 

 

 それが俺が、鴻上ヒズミが武術を習った段階で出した結論だった。 

 実際の所、そんなことはやる前から解りきっていたのだが。それでも戦争などのある時代に向かう以上、最低限の護身術は身に付けておきたかった。

 

 無論、生身でサーヴァントと戦える人間も存在しない訳ではない。

 英霊エミヤの戦闘経験を受け継いだ衛宮士郎。暗殺拳の使い手である葛木宗一郎。封印指定の執行者バゼット・フラガ・マクレミッツ。防御に徹するなら両儀式も戦える。

 

 だがどの人物も卓越した戦闘技能があるということが前提だった。

 型月世界に転生したことに気付いてから慌てて近所の道場で剣術を学びだした俺では、彼らと同じ領域に立つのは無理があった。

 

 だが万が一、敵のサーヴァントや魔獣と向かい合った時に戦えないでは済まされない。主人公達は死ななくとも、鴻上ヒズミという脇役が死ぬことは十分有り得るのだから。

 

 だから必要になる。自分だけでも戦える力が必要だ。

 

 自分の戦闘技術では足りない、ならば戦えるようになるだけの魔術礼装を造り上げるしかない。

 自分の家系では凝った魔術礼装を製作することはできない以上、俺が最も基礎的な魔術『強化』に注目するのは必然だった。

 

 

 自己強化型魔術礼装『陰鉄』

 

 

 それが名刀・菊一文字の柄を改造し生み出した、俺の魔術礼装の名だった。

 効果は極めて単純。使用者が指定した肉体の部位と性能を、魔力量に比例し最高効率で強化する。

 

 身体の強度を、筋力を、視力を、聴覚を、嗅覚を、反射神経を、脳の思考速度を指定し、強化する。ただそれだけの性能。

 だがそれだけで十分だ。

 

 衛宮士郎、葛城宗一郎、バゼットは、素の身体能力で英霊達と渡り合えていた。

 ならば自分の身体能力を引き上げれば? それも己の魔力を数分で使いきる勢いで魔力を消費すればどうなる?

 

 答え。

 

 

 ―――英霊と渡り合える。

 

 

「ラアアァァァァァァアアアアアア!!」

 

 大空洞に響き渡らんばかりの絶叫と共に、剣撃と拳撃が騎士王に殺到する。

 

 剣を受け止め体勢を崩した所に拳が打ち込まれる。

 剣の技量も、体術の心得も何もない。ただの上昇したスペックによる力押し。

 

 依然として聖杯による魔力の無限供給は続いている。即座に回復するのだ、打撃程度のダメージなど無いようなものだ。

 

 だが、サーヴァントでもない男に、自分を侮辱した魔術師に押されているという事実が彼女のプライドを傷付けた。

 

「ラアアァァァァァァアアアアアア!!」

 

「―――喧しい!!」

 

 魔力放出で己の膂力を底上げし、剣を打ち払う。

 鴻上ヒズミが己を強化するように、騎士王もまた魔力放出で己をブーストする。そして互いに魔力による力押しになった以上、聖杯を持つ騎士王が有利。

 

 即座に彼女が反撃に転じる。

 魔力放出によってブーストされたその動きは容易く俺を上回る。

 

 剣を弾かれ動きを止めた俺に聖剣が降り下ろされる。

 刀で防ぐ事は叶わない。名刀とは言えど古いだけの刀、聖剣をまともに受け止めようとすれば刀ごと両断される。

 

 防御は不可、絶対の危機。

 

 

 

「―――そこだ」

 

 

 さっきまで叫んでいた男とは思えないほど冷静な声が大空洞に響く。

 

 

 なるほど、騎士王の魔力放出は現在の身体強化を上回る。

 だが、俺の身体強化は思考速度にすら作用する。高速化した思考の影響で緩やかに流れる世界の中、彼には騎士王の攻撃が見えていた。

 

 降り下ろされる聖剣が見えていた。

 

 そして見えているならば、本来は不可能なことも可能とする。

 

「―――フッ!!」

 

 呼気と共に聖剣の刃の側面を、刀を握っていない方の手で()()退()()()

 

 標的を見失った漆黒の刃は地面に突き刺さり。渾身の一撃を避けられた騎士王は再び体勢を崩す。

 

 最大の好機。

 

 攻防は反転する。

 

 俺が振るうのは拳ではなく、名刀・菊一文字。威嚇の拳ではなく致死の刃。いかに聖杯と言えど、首を跳ねれば騎士王も回復は出来ないはず。

 

 騎士王の首に刃が迫る。その時だった。

 

 

「―――認めよう」

 

 

 そう呟いた彼女から暴風が吹き荒れる。

 

 全方位に向けた加減抜きの魔力放出は大した防御手段を持たない俺を容易く吹き飛ばす。

 

「クソッ······!!」

 

 苦々しい表情で悪態を吐く。

 

 上手く着地はできたものの。騎士王を仕留めるチャンスを逃したのは痛い。彼女が本気を出す前に倒しておきたかった。

 

 大きく開いてしまった距離の向こう側で騎士王が話しだす。

 

「お前を侮っていた。取るに足らぬと、所詮は有象無象の類いだと思っていた。だが、お前は強い」

 

 ポタリポタリと騎士王の左腕から血が滴る。

 

 俺は騎士王の首を断つことは出来なかったが、吹き飛ばされる瞬間、強引に剣の軌道を変えて左腕を切り飛ばした。まあ聖杯で回復する以上、生えるのも時間の問題な気がするが。

 

「······そうかよ」

 

 あと普通なら褒められて喜ぶが、騎士王の首を刎ね損ねたのが痛すぎてそれどころじゃない。魔力の残量も残り少ない。

 

 騎士王の圧力が増していく。

 

「―――故に私も全力で応えよう」

 

 聖剣が黒く輝く。

 おそらく次で決めに来る。

 

 だが好都合だ。こちらも限界が近い。

 

 ゴポリと口内に溢れた血液を吐き出す。

 

 『陰鉄』による強化は完璧じゃない。

 

 俺という魔術師が初めて作った魔術礼装には粗がある。調整を何度か行ったのだが、人体の強引な強化はやはり無理があったようだ。身体強度そのものを強化して誤魔化していたが、所々の強化の綻びから身体を破壊していた。

 

 一応回復力も強化出来るのだが騎士王相手に使っている余裕はもちろんない。

 

 俺の身体の内部はすでにボロボロだった。

 

 だが、ここで強化を止める選択肢は無い。

 

 静かに菊一文字を構える。

 

 左手を欠損している今こそが最大の好機。

 是が非でも、ここで騎士王を仕留めるしかない。

 

「精々応えてくれよ。だが俺は魔術師。外道非道はお手のもの、正々堂々真正面からお前を不意打たせてもらおうか―――!」

 

 騎士王が薄く笑い、黒く輝く聖剣を掲げて高らかに宣言する。

 

「良いだろう! 我が名はアルトリア・ペンドラゴン! キャメロットを治めた聖剣の担い手なり! 貴公の名を名乗れ!」

 

「カルデア戦闘員、鴻上ヒズミ。―――お前を殺す者だ」

 

 自己強化型魔術礼装『陰鉄』残り稼働時間約180秒。

 

 分換算にしておよそ三分。

 

 供給魔力量を変更。

 

 活動に用する魔力を全て注ぎ込み一分に凝縮する。

 

 敵を撃滅せよ。

 

 ―――術式解放『一刀修羅』

 

 身体に力が満ち溢れる、視界は極彩色に広がり、音が空間を把握させる。思考は加速し世界は緩やかに停滞へと近付いていく。

 

「―――来い」

 

「――――――!!」

 

 地面を踏み砕くような踏み込みで加速する。

 十メートルはあった距離を一足で駆け抜け騎士王へと接近する。

 

「―――卑王鉄槌」

 

 黒の極光が横凪ぎで放たれる。

 真名解放時ほどの出力はないが、その威力は人間一人を破壊し尽くして余りある。

 

 だが、当たらなければどうと言うことはない。

 

 地面を這うように聖剣の極光を潜り抜けて、接近する。

 

 容赦はしない。

 騎士王の未だ使い物にならない、左腕の方向から斬撃を叩き込む。

 

 白刃が彼女の首に届く刹那、聖剣で受け流される。

 

 騎士王は第五次聖杯戦争でスペックで己を上回るバーサーカーとも渡り合える技量を持っている。動揺、あるいは慢心を捨て去った以上、力任せの攻撃であるならば御するのは容易い。

 

 

「ラアァァァァァァアアアアアア!!」

 

 銀の剣閃と黒の剣閃が交差する。

 

 俺が打ち込み騎士王が捌く。

 

 実力は拮抗しているように見えるが、追い込まれているのは俺だった。

 

 

 ―――痛い。

 

 

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!

 

 無理な強化が体を壊していく。

 

 身体中の血液が沸騰しているみたいだ。頭が割れそうに痛む。筋肉が断裂した。鼻から血が垂れる。身体から血が吹き出る。

 

 全身が悲鳴を上げている。

 

 これ以上戦うなと叫び続けている。

 だが止めることは出来ない。強化を解き、騎士王との剣戟から逃げれば間違いなく殺される。

 

 更に悪いことは重なる。

 

 

 ―――パキン。

 

 

 あまりに軽い音をたてて、菊一文字の刃が砕け散った。

 

 間違いなく聖剣との打ち合いが原因だろう。強度を引き上げ、まともに切り結ばないように扱っていたが―――遂に限界が来た。

 

 そして攻守が入れ替わる。

 

 ()()()()()()()騎士王が両手で剣を振りかぶる。

 

 ―――極光は反転する。

 

 騎士王を見上げる。

 

 聖剣が黒の極光を纏っている以上、手で払うことは不可。回避しても即座に二撃目が来る。

 『陰鉄』の稼働時間も残り二十秒を切った。身体も十全には動かせなくなってきた。

 

 俺自身に死の気配が這い寄ってくる。

 

 だがまだ終わっていない。

 柄が本体である『陰鉄』は()()()()()()()

 

 ―――肺活量強化

 

 ―――発声器官強化

 

 ―――鼓膜強度強化

 

 息を全力で吸い込む。

 

「卑王鉄―――」

 

 そして、解き放った。

 

「■■■■■■■■■■■■ァ!!」

 

 咆哮が、大空洞に響き渡る。

 

 地面が砕け、俺と騎士王を中心に同心円状の砂模様を描きあげる。最早それは音響兵器に近い。

 

「ぐぁ······!?」

 

 直に咆哮を聞いた騎士王の耳から血が吹き出る。平衡感覚を失いよろけ、ふらつく。だがそれも一時期なものだ、聖杯がある以上、騎士王の回復に制限はない。

 

『覆え―――!!』

 

 『闇』を展開する。俺と騎士王を中心に夜の帳が降り、視界が零になった瞬間、全力へ後ろへと跳躍する。

 

 騎士王が聖剣の極光で切り払い掻き消されるが、問題ない。隙は見えた。

 

 俺は柄を、『陰鉄』を騎士王に投げつける。

 強化は解除される。世界の流れは等速に戻り、限界を迎えた俺はあっさりと崩れ落ちる。

 

 騎士王の目が見開かれる。

 

 奴の行動が理解出来ない。

 

 自ら勝機を捨てるような愚行に戸惑い、飛来する『陰鉄』を避けようとして―――

 

『置換』

 

 刃折れの剣と同質量の三個の手榴弾に置き換わった。

 

 置換魔術。

 

 エインワーズ家には足元にも及ばない、ごく基本的な物質置換。だが、俺の持つ最も高威力の攻撃を撃ち込む為の最適解だ。

 

「しまっ―――」

 

寸鉄魔(ペリル・ポイント)

 

 力ある言葉によって爆弾が起動する。

 

 一つでもエミヤが防がざるをえないと判断する爆弾が三つ。騎士王の眼前で炸裂し、轟音と破壊を撒き散らした―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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終わり





 轟音と破壊が撒き散らされる。

 

「痛っ·····!?」

 

 爆発と共に散らばった手榴弾の鉄片が、掲げていた腕に突き刺さる。

 

 出来る限りの距離をとっておいたが、やはり遮蔽物がないと厳しいらしい。それでも致命的な傷を負っていない辺り運が良い。

 

 

 ―――寸鉄魔(ペリル・ポイント)

 

 

 使い捨ての魔術礼装だ。材料はマナプリズムと霊体に効果がでるように処理をした鉄片。

 圧縮したマナプリズムを火薬代わりに鉄片をぶち撒ける単純なものが、かなりのマナプリズムを消費して作った物なので結構な威力が出る。霊体に効くように魔術的な処理を施した鉄片を仕込んであり、至近距離で使用すればサーヴァントを殺すくらいには威力が出る。

 一つ1000マナプリズム。作ったのは四個。ダヴィンチちゃんからパクったりして色々頑張ってやりくりしたのだが全部使いきってしまった。

 

 

 

 ―――だが、まだ戦いは終らない。

 

 

 まだ風は止んでいない。

 

「······うっそだろおまえ」

 

「アァァァァアアアアアアアア!!」

 

 暴風と絶叫が駆け抜ける。

 

 爆炎と砂煙を押し退け、騎士王が姿を現す。

 

 傷だらけになりながらも、血塗れになりながらも、それでも騎士王は立っていた。

 

 マナプリズムが燃料である以上、手榴弾の熱と炎は魔術的なものだ。三騎士には対魔力で防がれることを想定していたから、サーヴァントを殺す為の鉄片を仕込んでいたというのに。

 

 魔力放出で防御したのだろう。咄嗟に使用した為に完全には防げなかったようだが。

 

 だが俺ももう限界だ。

 

「ゴホッ········!?」

 

 咳き込むと同時に血を吐き出す。

 

 魔術礼装『陰鉄』による全魔力を注ぎ込んだ自滅に等しい自己強化。血管が裂け、筋肉は断裂。咆哮のせいで喉はがらがら声だし、超高速思考の影響で脳に負担が掛かって頭が痛い。体力を使いきったのか身体に力が入らない、魔力は少し残っているが、切り札の手榴弾を使いきってしまった。

 

 全てを投げ打つ覚悟で挑んでこの様。

 

 これが凡人と英雄の差。

 

「私の、勝ちだ······!!」

 

 流石に手榴弾を直に食らったのは痛かったらしい。僅かにふらつきながら騎士王が叫ぶ。

 未だ騎士王に死の気配は無い。聖杯のバックアップによって完全回復するのも時間の問題だろう。

 

 既に勝利し、手榴弾の脅威も過ぎ去った。故に騎士王が魔力を放出するのを止める。

 

 暴風が止まる。

 

「ああ······俺の敗けだ」

 

 出来る限りの手段を使い、騙し、欺き、不意討って戦った。

 魔力は枯渇寸前、身体はまともに動かない。立ち上がれずに座り込んでいる状態だ。

 

 英雄と凡人

 

 強者と弱者

 

 勝者と敗者

 

 未だ倒れぬ騎士王と、立ち上がれない俺。

 

 誰が見ても一目瞭然、議論の余地など一切挟めるはずもない。何も言えないし、言うこともない。全力を尽くして俺は敗けた―――ただそれだけのことだ。

 

 勝者は生き残り、敗者は死ぬ。

 

 戦いの不文律を実行しようと騎士王が俺に歩みより―――剣を振り下ろす。

 

 『陰鉄』を使用しているわけでもないのに、世界がゆっくりに見える。

 

 先にあるのは間違いなく死だ。防御(ふせ)ぐ余裕も、逃げる余力も残っていない。

 

 

 

 ―――だが騎士王、お前は知らない。

 

 

 

 俺が手段を選ばないクズだということを。

 そもそも、俺はお前相手に勝てると考えるような殊勝な奴じゃない。

 人理が焼却される事を悟ったあの日から、勝利、尊厳(プライド)、社会性なんぞは投げ捨ててきた。

 

 騎士王、お前には見落としている。

 

 俺が後生大事に令呪を一画だけ残していたことを。

 お前を爆破した瞬間(とき)に生まれた一瞬の空白、そこで俺は最後の令呪を切った。『騎士王に気付かれぬよう接近しろ』とセイバーに命令した。 

 

 騎士王が俺の()()()使()()()()()右手に気付き、目を見開く。

 

「まさか―――!?」

 

 ああ、そうだ。

 

 俺の目的は最初から一ミリたりともブレちゃいない。俺の実力で騎士王を倒せると思った訳でも、ましてや傷付いたセイバーに情が移った訳でもない。

 陰鉄も、手榴弾も、全力の攻撃も、すべては沖田総司の奇襲に繋げる為の布石に過ぎない。

 

 俺は敗けた。

 

 だがセイバーは、沖田総司は敗けちゃいない。

 

 縮地による高速移動で沖田がセイバーに接近する。傷が完治し、令呪による瞬間的な強化が入った今ならば―――騎士王の魔力放出による防御すら突破できる。

 

「殺れ! 沖田ァ!」

 

「無明―――」

 

 沖田が剣を引き絞る。

 

 背後から迫る脅威に気付いたのは直感か、それとも膨大な戦闘経験か。  

 剣の軌道を変遷し、沖田を迎え撃つ。

 

 魔力放出による超加速。

 それは本来間に合わないはずの迎撃を容易く可能にする。

 

 セイバーの剣が自分に届く前に、武器ごと相手を切り捨てる。

 それが騎士王が直感によって導き出された、勝利へと繋がる最善の一手。そして魔力放出によって騎士王の剣速はセイバーの剣速の一歩先を行く。

 

「終わりだ······!!」

 

 勝利を確信した声。

 事実、もうセイバーには騎士王の剣速を上回る方法はない。俺もセイバーを助けられるだけの余力は残っていない。

 俺とセイバーの全力では、あと一歩足りない。

 

 だから頼んだ。

 

 ここぞと言うときの援護を、彼に頼んだ。

 

「―――お返しだ」 

 

 キャスターの声が響き渡る。 

 藤丸立香の治癒魔術と持ち前の戦闘続行スキルによって行動可能な状態へと持ち直した彼ならば、沖田総司を支援できる。

 

 魔術では対魔力で防がれる。

 

 故に彼は杖を撃ち放つ。そもそも彼はランサーとしての適正がある英霊だ。たとえ満身創痍であったとしても、狙った的は外さない。

 

 無論、キャスターが投げたそれはただの杖だ。あの名高い朱槍ではない以上、致命傷には至らない。

 

 だが杖に撃ち抜かれ騎士王が姿勢を崩し、一瞬だけ隙ができた。

 

 一瞬の空白

 

 僅かな猶予。

  

 それだけあれば十分だ。

 

 沖田総司には十分過ぎた。

 

 「平晴眼」の構えから、彼女の秘剣が放たれる。

 

 壱の突き、弐の突き、参の突きが同時に同じ位置に存在するという矛盾によって引き起こされる事象崩壊。あらゆる物質を問答無用で破壊する、事実上「防御不能」の魔剣。

 

「―――三段突き!!」

 

 斯くして彼女が放った究極の一は鎧を容易く食い破り、騎士王の霊核を正確に貫いた。  

    

 

 

 

 

  

■■■■■■■

 

 

 

 

 

「―――見事だ」

 

 騎士王が呟く。

 霊核を砕かれてなお立ち続けるその姿は、敗けてなお勇壮だった。

 

「聖杯を守り通す気でいたが、負けた以上とやかくは言うまい」

 

 霊核を砕かれ、残された時間が少ないのだろう。光輝く粒子となり、世界に溶けながらも俺たちに向かって話続ける。

 

「だが心得よ、グランドオーダー―――聖杯を巡る戦いは、まだ始まったばかりだという事をな」

 

 それだけを言うと騎士王は消えてしまった。

 

 拍子抜けするほどアッサリと、まるで最初からいなかったようだ。

 身体が満身創痍でなければ夢だと錯覚してしまいそうになるほどに。

 

「先輩!」

 

「ヒズミさん!!」

 

 立香とマシュが駆け寄ってくる。

 すでにキャスニキは退場したようだ。彼の姿はもう何処にも見当たらない。

 

『お疲れ、ヒズミ君。まさに面目躍如だ。皆驚いてるよ!!』

 

「ああ、ありがとう。ロマン」

 

 通信機から喝采の声が聞こえてくるが、素直に喜べない。騎士王を倒せたとはいえ、人類史に打ち込まれた特異点は幾つも存在するのだから。

 

 というか、本当に特異点を全てどうにか出来るまで生き残れるのだろうか。毎回こんな調子で前線出てたら死んじゃう気がするんだが。

 

 あと、俺にはまだやるべき事が残っている。

 

「沖田、急いで聖杯を持ってきてくれ」

 

 セイバーに命令し、聖杯の回収を促す。

 

 そろそろ魔力が限界だ。このままだとセイバーの現界させることすら危うい。聖杯さえあれば魔力の回復くらいなら容易いはずだ。

 

「はい。マスター!」

 

 契約を結んでいたのだ、魔力の限界を察していたのだろう。セイバーが聖杯に向かって駆け、回収して戻ってくる。

 

「ありがとう」

 

 短く感謝を述べ。聖杯を受けとる。

 

「おお······」

 

 身体に魔力が満ちていく。さっきまで枯渇する寸前だった魔力が戻り、『陰鉄』の使用によって使いきった体力も少しずつ回復しているようだった。

 

 ゆっくりと立ち上がる。

 

 握っているだけでこれだ。聖杯のチートさを改めて実感した。

 そんなチート持ちの騎士王をよく倒せたもんだと思う。不意討ちに近い形で畳み掛けたとはいえ、一歩間違えれば俺はミンチになっていただろうに。

 

 

「―――聖杯を持っていかれるとは、少し遅かったな」

 

 

「出たよ······」

 

 気付けばそこに奴がいた。

 

 レフ・ライノール。

 

 カルデアをテロった張本人。ソロモンの手下にして、恐るべき魔神の一柱。

 一流の魔術師であり。カルデアの研究で最も大きな成果を上げた人物でもある。

 

 ある意味、俺が騎士王以上に会いたくなかった相手だ。

 

「マスター、後ろへ······後ろへ下がってください!!」

 

 マシュが大盾を構え、立香を後ろへと強引に下がらせる。

 セイバーは静かに俺の一歩前へと進み、剣を抜き放つ。

 

「ど、どういうこと!? あれ、レフさんでしょ!?」

 

「あれは人間じゃない。さらに言うと、奴は今回のテロの下手人だ」

 

 状況を呑み込めずに混乱する立香に、短く説明を入れる。

 それを聞いたレフがほうっと声を上げる。

 

「君には驚かされっぱなしだよ。鴻上ヒズミ君。まさかサーヴァントでもない人間が、精々二流の魔術師ごときがそこまで気付くとは!」

 

 ニコニコと笑うが目が笑っていない。

 今まで何度も目にしてきた、嘲笑うような、蔑むような、そんな目だ。俺を見ている時だけ嫌悪が混じっていたのは、奴の前で脱糞した回数が多かったのが理由だろうか。

 

「さては予想より死者が少ないのも、君が何かをしたのかね?」

 

 そうです。

 優秀な人材を何人かピックアップしておいて、その人物のコフィンだけ爆破に耐えれるように、簡単な魔術で強化しておきました。

 

 優秀な奴が生き残れば、俺は前線出なくてもいいかなーという、安易な思考からの行動だったのだが―――見事に失敗した。

 

 まあ俺程度の遠隔魔術では気休め程度でしかなく、所長の即死が瀕死になったくらいの違いしか出なかった。おそらく今頃、所長も他の職員と一緒に仲良く冷凍されているんじゃないだろうか。

 

 まあ、素直に認める訳にはいかないだろう。レフに警戒されるのは避けたいし、ロマン達に転生した事を隠して説明できる自信がない。前世の記憶があるとかワンチャン実験対象にされかねない。

 

 故に全力でとぼける。

 

「いやいやいやいや、この状況でその発言。もう自分が犯人だって認めてるじゃないですかぁ! てか自分のやったこと解ってます? 職員爆破とか、流石の貴方でも免職だけじゃ済みませんよ?」

 

「······ふん、まあいいだろう。時間もここまでのようだ」

 

 たいして興味もなかったのだろう。レフは特に追及してこなかった。

 まあ彼方からしてみれば、そのうち存在すら無かったことになる生き物なのだから当然か。

 

 すでに特異点が崩壊し始めている。

 

 世界そのものに死の気配が満ちているのを感じる。騎士王が聖杯を使っていたからこそ保っていられた特異点だ。聖杯を手に入れ、何も願わなかった以上、崩れさるのは必然だった。

 

 ロマン達が現在、職員を総動員してカルデアにマシュと立香を戻そうとしているところだ。特異点が消滅してしまうと、中にいる人間がどうなるか解らないのだから当然だろうが。

 

 下手しなくても死ぬ可能性は十分あるのだから。

 

「あー······」

 

 まあ彼女達がレイシフトするまでの間なら、少しだけ使っても問題ないだろう。ソロモン式聖杯に特異点の安定を願う。

 

『ヒズミ君!? ······いや、助かった! 彼らが消えるまで維持をしてくれ!』

 

「はい了解」

 

 まあ俺は願うだけで、維持は聖杯がしてくれるのだから別に構わない。

 

 て言うか本当に万能だなこれ、原作のストーリーから察するに他の特異点では使用できない事が非常に悔やまれる。

 

 一瞬、身体の負傷を治すことも考えたが、この怪我を口実に特異点攻略をサボれるかもしれないので止めておいた。

 

 マシュと立香がカルデアへ帰還し、俺の番が回ってきた。

 身体が引っ張られるような感覚と共に、身体が薄れ消えていく。となりにいる沖田も一緒にだ。

 

 これが特異点からの脱出なんだろう。

 

 ようやくだ。

 

 とりあえず帰ったら医務室に行くべきだろう。聖杯の魔力で治癒を行い微妙に回復してきたが、俺はいまだに満身創痍なのだから。

 俺は基本的に『強化』以外は得意じゃないのだから。

 

 そんなことを考えていると、唐突に沖田が口を開いた。

 

「ありがとうございます、マスター。私の願いを聞いてくださって」

 

 願い、というのは最後まで戦い抜くことだろう。

 俺が最後に沖田に止めを頼んだ事を言っているのだとしたら、心苦しいところがある。 

 

「あー、うん。まあ不意討ちしかさせてないけど」

 

 本当に不意討ちしかさせてないんだよなあ。

 一応、三段突きの後に高確率で病弱が発動するらしいが、それもやはり運なんだろう。どうにか沖田の強さを安定させる手段があればいいのだが。

 

「それでも、私は嬉しかったです」

 

 穏やかに彼女が笑う。

 

 きっと騎士王を倒して気が緩んでいたのだろう。

 沖田の微笑む顔を見て、それを俺は何よりも美しいと思った。

 

 魅入って。

 

 見惚れて。

 

 言葉を失った。

 

 そうやって呆けて立ち尽くす俺に、彼女は悪戯っぽい表情を浮かべ、ふふっと微笑みながら答えた。

 

「今度、お礼をさせてくださいね!」

 

 身体は満身創痍、全身が痛い。

 頑張って作った礼装はほとんど失った。カルデアでの評価は最低だし、誰からも嫌われていた。

 

 だが、それでも。

 

 今の俺の心は、確かな充足感に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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帰還、邂逅

 意識が浮上する感覚。

 

 幾度となく繰り返した霊子ダイブ。それが終わり、カルデアへと戻るときに感じる独特の浮遊感だ。

 

 電子音が鳴り響き、レイシフトの終了を告げる。

 機械的な音を立てながらコフィンの蓋が開く。

 

 どうやら「自分の棺桶がコフィンでしたー」なんていう、笑える要素が一切ない結果は避けられたようだ。

 

 身体は満身創痍、魔術礼装は破損という大概な状態だが、それでも得られた物は大きかった。

 

 コフィンから出て、ゴルフバッグから黄金に輝く杯を取り出す。

 

 

 ―――聖杯。

 

 

 これが今回の戦利品だ。

 ソロモンが生み出し、無数の特異点にバラ撒いた万能の願望器。人類史を狂わせる役目を果たす最悪の楔。

 

「······流石に使えないか」

 

 冬木では膨大な魔力によって願望を叶えていた聖杯も、カルデアに帰ってからはウンともスンとも言わなくなった。

 魔力が詰まっている感じがするのだが、何を願っても叶えてくれる様子はない。

 

 やはりソロモン式聖杯は特異点という限られた状況下でしか機能しないようだった。

 

 これはこれで上手い使い道があるのかもしれないが、それを考えるのはダヴィンチちゃん辺りだろう。

 

「まあ俺的には爆弾にするのが―――」

 

 そんな物騒な事を考えるていると、何かが猛スピードで突っ込んできた。

 

 というか沖田だった。

 

「マスター!!」

 

「おお!?」

 

 胸に飛び込んできた沖田を抱える。

 

 辛うじて沖田を受け止めることに成功したが、体力的に限界だった俺は為す術なく床に倒れ込む。

 

 倒れた衝撃が全身を貫いた。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 

 『陰鉄』の過剰強化による筋肉断絶、最強クラスの筋肉痛だと思えばいい。そして自分の動きに耐えきれずに罅が入ったり折れたりしている骨に衝撃が響く。

 

 さっきまでは脳内麻薬的なものと、ゆっくり動くことで痛みを誤魔化していた。

 

 だが今の衝撃で、俺の痛みの許容範囲を完全に振り切った。

 

 悶絶必死の苦痛が俺を襲う。

 

「良かった······!! 私はカルデアに来れたのに、いつまで待ってもマスターが帰って来なくて······!! もう会えないかと思いました!!」 

 

 やめろ、ふざけんな。

 

 沖田が俺を抱き締め、柔らかい胸が押し付けられているが堪能する余裕はない。

 

 三本くらい折れている肋骨が悲鳴を上げている。俺も悲鳴を上げている。

 

「やめてぇ!!  やめれぇぇぇえ!!」

 

 やばい、痛すぎて呂律が回ってない。

 あと痛すぎて身体が動かない。あまりにも痛すぎると人間は身体の力が抜けてしまうというのは本当だったようだ。

 

「す、すみません。マスター!」

 

 ぐったりとしたまま狂ったように叫び続ける俺に漸く気付いたのか、沖田が慌てて俺から離れる。

 

 そして身体の力が抜け、沖田という支えを失った俺は床に崩れ落ちる。

 

 再度、激痛。

 

「ア―――ッ!?」

 

 

 

 カルデアに、男の悲しすぎる悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 

「·······すいませんでした」

 

「いや、気にするなって。誰にでも間違いはあるんだし」

 

 俺は廊下を歩きながら、肩を落とす沖田をフォローしていた。なんでだ。

 

 

 ――――あの壮絶な苦痛の果てに俺は医務室へ送り届けられた。

 

 

 ロマンを筆頭に医療スタッフの全力の施術の末、俺は骨折以外は完治という誠に残念な結果に終わった。

 

 怪我を理由に俺はサボり、特異点は藤丸立香達だけで行って貰おうと思っていたというのに。

 

 やはり不意討ちだったとはいえ、初見で騎士王とマトモに戦えていたのは大きかったらしい。

 いくら俺が「もうあいつ等だけで良いんじゃないかな」「礼装が壊れたから無理」「持病の癪が―――!!」「ウンコ漏れそう」と叫んでも、まともに取り合ってもらえなかった。

 

 俺が最前線へ出向することは確定してしまったらしい。

 

「嫌だなぁ」

 

 ぼやきながら歩く俺を見て、ロマンが苦笑いする。

 人類史を救うことができる可能性を持つマスターが見込みなしと言われた新人と悪名高きウンコ垂れだ。その心労、お察しする。

 

「頼むよヒズミ君。レイシフトできる君達だけが頼りなんだ。僕らスタッフも出来る限りの支援を全力でさせてもらうから」

 

 そこまで言われると断りにくいよなぁと思う。

 

 別に俺は人の苦しみを見て喜ぶ愉悦部所属の人間じゃない。

 基本手段がクズなだけで、良いことをすれば気分が良くなるし、悪いことすれば気分が悪くなる。

 

 取捨選択をしたが、他のマスターが死ぬ可能性を減らせるように幾つかコフィンを強化したし。瀕死の所長に代わり重傷を負った人間を冷凍保存する案をロマンに伝えたりもした。

 

 一応、やれることはやってきたのだ。

 あくまで自分の命を最優先にだが。

 

「······死なない程度に頑張るよ」

 

 渋々、承諾する。

 

 結局の所、沖田の願いを叶えるつもりだったので、やらないという選択肢は無かっただろう。

 それに、もし何もしなかったら、世界を救った後に俺の社会的な立ち位置が非常に不味いことになる。レフのテロからも逃げ切り、もう脱糞をする必要が無くなったのにこれではいけないだろう。

 

 まあ騎士王の時みたく特攻しなければ死ぬことはないだろう。

 これからは後ろでカルデアメンバーに媚びへつらう勢いのチキンプレイを心掛けよう。

 

 命を大事にしよう。

 

「いやあ、良かった。じゃあ次は戦力を整えるだけだ!」

 

「ああ、そうだな。狙うは最強サーヴァントだ!」

 

 とりあえず悩みの種は無くなった。

 

 ならば次はお楽しみのガチャタイムだ。

 ロマンと俺はテンションを上げながら、召喚サークルを設置してある研究室の扉を開け放つ。

 

 青く輝く光の円環が浮かぶ室内には、すでに二人の少女がいた。藤丸立香とマシュの二人だ。

 

 何やら話し込んでいたみたいだが、二人とも俺の姿を見て目を丸くする。

 ロマン談だが、俺と沖田が一緒にカルデアに戻って来なかったのはヤバい状況だったとか。ぶっちゃけ特異点の崩壊に呑まれて死んでいたと思われていたらしい。

 

 ははは、驚け小娘ども。

 

「ヒズミ先輩!?」

 

「生きてたんですか······よかった!」

 

「おう、お前らも元気そうで何より」

 

 二人とも所々、ガーゼなどの治療の痕が見えるが大きな傷は無いようだ。

 というか冬木での最終的な重傷者は俺だけだろう。流石に一刀修羅はキツかった。落第騎士のオマージュ礼装だったが負担がヤバすぎましたよ、アレは。

 痛いしもう使いたくないなと心底思う。

 

「本当に良かった·······先輩!!」

 

「おお······!?」

 

 マシュが胸に飛び込んでくる。

 沖田の時と違い、怪我はだいたい治っている。若干あばらに痛みが響いているが、抱き着くマシュの胸の柔らかさに比べれば誤差だ。

 これがマシュのビーストなボディなのか。控えめに言って最高なんですけど。

 

「もう、先輩と会えないかと······!」

 

 しかもマシュってば泣いちゃってるよ。

 おいおい、これはデレ期ってヤツが来たんじゃあないだろうか。

 

 

 

「おお、よしよし。俺はもう何処にも行かないZE☆」

 

 ニカッと笑い、キラリと歯を輝かせる。

 

 今まではカルデアの職員が全員ツンデレだと思わないとやっていけなかったが、遂に俺の時代が到来したか。もう皆俺に惚れちゃっててもおかしくないんじゃないですかね。

 

 そんな事を妄想しているとロマンが咳払いをする。

 

「······こほん」

 

 同時に我に返ったのかマシュが俺を見上げる。

 状況を理解したのか顔を真っ赤にしながらゆっくりと俺から距離をとる。

 

 なにこの娘、超かわいい。

 

「········お見苦しい所を見せてしまいました。すいません、ヒズミ先輩」

 

 駄目だ。こんなの見ちゃったら、マシュを弄らざるをえない。

 というわけでマシュの顔を覗き込み続ける。

 

「ええんや!! 別に気にせんでもええんy―――ウッ!?」

 

 怒ったマシュの拳が俺の腹部を撃ち抜いた。

 デミサーヴァント化はしてないのに、体重の乗ったいい一撃だった。

 

 あばらの痛みに崩れ落ちる俺を尻目に、ロマンが立香達に召喚サークルの説明を始める。

 

「これから君達は七つの特異点にある聖杯を回収し、人理を修復しなければならない。それは過酷な戦いになることだろう。だから新たな戦力の確保として立香君には新たなサーヴァントの召喚をしてもらう」

 

 冬木では思うところがあったのだろう。

 ロマンの言葉を聞いて立香が頷く。

 

 あの時、あと一人でも戦える英霊がいたのなら、騎士王との戦闘も有利な状況で行えたに違いない。

 

「でもどうやってサーヴァントを召喚するの? 私ってカルデア礼装の治癒魔術しか使えないんだけど」

 

「心配ないよのび太くん! 何故ならカルデアのサーヴァント召喚は猿でも出来るからな!」

 

 ダミ声で叫びながら、ゆっくりと起き上がる。

 

 立香に「なに言ってんだこいつ」みたいな目で見られるが俺は気にせず続ける。 

 

「カルデアが独自に精製した聖晶石という魔術媒体を、そこの召喚サークルに三つくらい投げ込めば勝手に召喚してくれるのさ」

 

 本来なら聖晶石をいくら注ぎ込んでも召喚成功率が一割を切るという惨状だったが、今は違う。

 

 チラリと、召喚サークルの下に設置されたマシュの大楯を見る。

 

 これは実は盾ではなく、真名を『いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)』と言う()()だ。多くの英雄が集ったこの円卓は『英霊を集める』という性質を持ち召喚を安定させることができる。

 

 このお陰で召喚成功率が大幅に上昇したとロマンが言っていた。

 

「······うん、わかった。サークルの中に投げ込めばいいんだよね?」

 

 ロマンから石を受け取った立香が最終確認をとる。少々緊張しているようだ。まあ過去の偉人を呼び出すのだから緊張するのは当然だろう。

 

 だがまあ、ここで止まっていても話が進まないので、さっさと召喚を促す。

 

「そうだ、あくしろよ」

 

「·······わかってますよーだ!」

 

 多少は緊張が解れたのだろう。べえ、と立香が舌を出し、石を入れる。

 

 サークル内に八つの光球が浮かび上がる。

 

 青く輝くそれは高速で回転し、三つの円環を形作る。

 

 魔力の風が吹き荒る。

 

 光が溢れ出し、眩しさに顔を腕で覆う。

 

 サークルの中心に魔力が集中し、召喚される英霊の存在感が強まっていく。

 

 召喚は成功だ。問題は何が出てくるか。

 

 今のところ、カルデアに聖晶石の予備はない。なのでカルデア職員が全力を上げて精製している所だ。

 

 何が言いたいかというと、使えるサーヴァントが出るまで回し続けることができないのだ。つまり役に立たないサーヴァントが出ても諦めるしかない。

 

 いや、役に立たないならまだいい。

 

 だが存在自体が害悪みたいなサーヴァントも一定数いるのがfateだ。名前は出さないが全力で遠慮したいサーヴァントが俺には数人存在する。

 

 

 ―――ヤバいのが出たら逃げよう。

 

 

 立香を身代わりにすればなんとかなるだろう。どんな奴とでも仲良くなれる主人公だ、最悪でも殺されはしないだろうし。

 

 俺が逃げる算段を立てていると、サークルの光が収まり、風が止む。

 

 空間の魔力が安定した所を見るに、サーヴァントが召喚されたようだ。

 怖さ半分、期待半分で呼び出された英霊を見る。

 

「いったいどんな奴が―――」

 

「―――問おう、貴方が私のマスターか」

 

 

 

 

 

 

 ―――俺は全力で逃げ出した。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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幕間

 ―――夢を視ている。

 

 

 

 格安アパートの、ある一室に気付けば立っていた。

 うんざりとした溜め息を吐く。生まれ変わって二十と少しの歳月が流れても、一度もこの場所を忘れたことはない。

 

 俺の死んだ場所だから当然かもしれないが。

 

「そんな目で見てんじゃねえよ······!」

 

 もはや懐かしいとさえ思える声を聞いて、その声の主に視線を向ける。

 そこにはあの日殺された俺と、俺を殺した男と、そこに居合わせた母の姿があった。

 

 ある意味、最も古い記憶だ。恐らくは現在の俺の在り方を定めた変わり目(ターニングポイント)とも言える。

 

 そして、それ以上の意味はない。

 

 これが過去の物語の再演である以上、結末は決まっている。

 力なき少年が必死に暴力に抗い。そして力及ばずして死んでいく。

 

 それだけの話だ。

 

 得られる教訓は特にない。

 世界中の何処でも起こり得る、毒にも薬にもならない話だ。

 

 俺が生命の危機を感じた後に必ず視ることになる、たった一人の孤独なユメ。

 

 今回の引き金は先日の騎士王との一戦が原因だろう。

 全くもって腹立たしい。せっかく生き残ったというのに、こんな(モノ)を見せられても面白くも何ともない。

 

 ガクリと糸が切れるように力尽き、少年が命尽きる。

 

 それで終わり。

 

 ■■少年の物語は幕引かれた。

 

 特に感想は無い。

 父親を恨んでいないと言えば嘘になるが、所詮は過ぎ去った事だ。母に対しても女の膂力ではどうにも出来なかったと、そこまでの意思も無かったと納得している。

 

 子供が一人死んだだけ。

 

 物語が一つ終わっただけ。

 

 だがそれを傍観する俺にとって、終わってからが始まりなのだ。 

 

 少年が事切れると同時に、世界が暗くなる。

 

 否、闇に覆われた。

 

 世界の隅から闇が溢れ出してくる。

 

 光が掻き消え、音が消え去り、この世界の物が全て崩れ去っていく。

 濃密な死の気配が世界中に満ち、あらゆるモノに終わりが近いことを悟らせる。

 

 ()()()()()

 

 闇が俺を食い潰すように身体を崩していく。

 末端からじわりじわりと這い寄るように闇が俺を飲み込んでいく。

 

「ひぃっ·············!?」

 

 自分が失われていくという、何度経験しても慣れない感覚に情けない悲鳴を漏らす。

 

 世界から音が消えていく、視界の端から闇が覆ってくる、熱が奪われ身体が寒いと叫び続ける。

 

 この悪夢としか言えない世界の中。

 

 

 

 俺は確かに、闇に飲まれて消えた。

 

 

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

 自分の叫びで目が覚めた。

 

 

 目覚まし時計の電子音が酷く喧しい。

 起きろ起きろと鳴り続ける時計を倦怠感に包まれながらも止める。

 

 時刻は朝六時。

 

 鴻上ヒズミの朝は早い。

 

「······クソったれ」

 

 ベッドから降り、立ち上がる。

 散乱した武器。俺が魔術礼装を製作しようとして失敗した粗悪品の数々だ。俺の作った成功品は幾つか存在するが、その内の一つも騎士王に使いきってしまった。

 

 陰鉄の刀身も砕けたし。

 

「生きてるだけ安い、か」

 

 だが、その結果が昨日の悪夢と言うのはいただけない。

 言葉にして例えるのは難しいが、あの闇に呑まれる感覚は本当に気持ち悪い。

 

 

 これから先の特異点も命の危険がある以上、何度も視ることになるのかもしれないと思うと気持ちが沈む。

 

「まあ、得るものは大きかった······のか?」

 

 ゴルフバッグから()()を取り出す。

 

 ソロモン式聖杯ではない。

 それは昨日の内にロマンに預けておいた。

 

 これは冬木にあったもう一つの聖杯。

 

「いや、違うか?」

 

 もう一つの聖杯ではない。

 正しく言うのなら、これこそが本物の聖杯だろう。

 本来、魔術師が求めるのはソロモン式聖杯ではなく、冬木製の聖杯なのだから

 

 七つの英霊を殺すことで完成する万能の願望器。

 

 ゆっくりと焼け落ちた冬木での、あの時を思い返す。

 

 セイバーである沖田がカルデアに帰還し俺もカルデアに帰るまで、あの時に三十分程の時間差(タイムラグ)があった。 

 

 なんの事はない。

 

 俺の前に聖杯が現れたのだ。

 

 初めから条件は整っていた。

 

 カルデアの術式を組み込んだとはいえ、冬木の聖杯戦争の召喚陣を利用したのだ。恐らくは沖田も聖杯戦争のサーヴァントとしてカウントされていたのだろう。

 なら話は簡単だ。藤丸立香がライダー、ランサー、アサシンを撃破。俺がアーチャー、セイバーを仕留めた。立香と仮契約していたキャスターも、騎士王との戦いで限界が来て消滅したと考えれば納得がいく。

 

 バーサーカーを除いて死んだサーヴァントが六騎、俺達のいた場所は大空洞。聖杯が出現するのに必要な条件は満たしていた。

 

 聖杯戦争の勝者と判断された。

 だから俺の前に聖杯は姿を顕したのだろう。

 

 それを見た俺は慌てて聖杯を使ってレイシフトを踏みとどまり。聖杯を持ち帰れるように細工したというわけだ。

 

 所要時間は約三十分。

 

 俺だけ帰って来るのが遅れた時間とピッタリ同じだ。

 それ以上はロマン達に何かをしていたと疑われる恐れがあると判断した。

 

 だから俺がソロモン式聖杯を用いて行ったことは最低限の二つ。

 

 限り無く冬木の聖杯に似た術式(聖杯)を複製し置いてくること。

 歴史は強制的に修正されるわけではない。要は辻褄が合えばいいのだから、それと似たものを残していけば歴史が変わることはないだろう。

 

 だから冬木の聖杯を持ち帰ることができた。

 

 二つ目は聖杯の封印だ。

 遮蔽といった方が正しいかもしれない。端から見れば膨大な魔力の塊だ。普通に持ち帰ればまず間違いなく魔術師とサーヴァントにバレるだろう。

 

 だから隠す。

 

 聖杯の魔力を抑え込むことのできる術式を施した。

 それさえ出来れば問題はない。気絶するなどのヘマをしなければロマン達にゴルフバッグの中を覗かれるということもない。

 

 聖杯の複製に遮蔽、両方とも本来なら三流魔術師には不可能なものなのだが。

 

 それでも三十分でなんとかなる辺り、本当に聖杯サマサマだが。

 

 こんな感じで聖杯を入手することには成功した。

 

 だがこの聖杯をおいそれと使うことは出来ないだろう。

 FGO軸の世界では聖杯は汚染されていないようだが、物が物なだけに気軽に使うことはできない。

 

 使用するならば本当にここぞという時だけだ。

 それまでは切り札としてではなく伏せ札として、ひた隠しにしなければならないだろう。

 

 問題はどのタイミングで使用するかだが―――

 

「―――まあいいか」

 

 ぽいっとベッドの隅に放り投げる。

 

 今のところは使用の目処が立っていないのだ。あまり頭を使っても仕方がない。

 だが間違いなくこの過去最大の聖杯戦争において、俺の奥の手になるだろう。それまでは俺の部屋で保管しておこう。

 

 時計を見るともう7時を回っていた。

 そろそろカルデアの食堂が開く頃だ。

 

 ジャージを脱いでカルデア制服に着替える。

 

 今日は休日だ。

 

 炎上汚染都市を攻略した俺達の令呪が回復し、次の戦いに向かえるようにするための準備期間でもある。

 

 まだ人理は救われていない。

 

 そして次の戦いも過酷なものになることだろう。

 

 だからこそ俺はこの僅かな休息を、少しだけの安息を、いつか本当の意味での安寧が訪れることを願いながら過ごすことにした。

 

 

 

 

 ――――俺は絶対に生き残る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







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邪竜百年戦争オルレアン
開始


「―――――――――ァ!!」

 

 本来、フランスの地には存在しない筈の竜の叫びが響き渡る。

 自分こそが邪悪の顕現だと示すかのように延々と叫び続けている。

 

 竜の息吹が街を燃やしていく。

 夜の闇を、街を呑み込まんと燃え盛る紅蓮の炎が染め上げる。

 

 あらゆるモノを喰らい尽くす空想の産物が街を破壊していく。

 

 その正体はワイバーン。

 竜種の中では下級に属しており、比較的弱い部類の敵性存在。

 

 だが、そんな事は戦うことのできない市民達には関係がない。

 

 焼け落ちる街の中で人々が逃げ惑っている。

 

 泣き出す少女が、地面に座り込んでいる老人が、神に祈る神父が、竜に殺され死んでいく。

 街を守る事を己の職務とする衛兵でさえ、邪悪の象徴を前に武器を取り落とし、為す術なく食い殺される。

 

 それは紛れもなく地獄絵図。

 

 それは一つの終焉の形。

 

 街はすでに崩壊寸前。

 目の前に迫る死の気配を前に人々は皆絶望していた。

 

 

 ――――一人の少女を除いては。

 

 

 長い金髪を後ろに結わえた少女は、小柄なその身には不釣り合いな旗を振るい竜と戦っていた。

 人々に避難を呼び掛けながら、襲い来るワイバーン達に一人立ち向かっていた。

 

「はぁぁァァアアアア!!」

 

 叫びに近い掛け声と共に、男を喰らおうとする亜竜を少女が旗で殴り付ける。

 

 まともに反撃をしてきた少女に怯んだのかワイバーンは逃げていくが、ガクリと少女が膝をつく。

 長時間の慣れない戦闘に加えてワイバーンの反撃による負傷、生前では御旗を掲げる事を主としていた少女では厳しいものがあった。

 

 少女に助けられた男が助けられた礼を言おうとして―――彼女の顔を見て凍りつく。

 男の表情は、まるで亡霊をみたかのような恐怖に彩られていた。

 

 早口で訳の判らない言葉を喚きながら、慌てて男が少女から逃げていく。

 その理由を知っている彼女はどこか悲しい表情をして、それを眺めていた。

 

 少女が弱っている事を察したのか複数のワイバーンが彼女の回りに舞い降りる。

 多少は自分たちに抵抗することが出来るものの、囲んで襲えば勝てると判断したのだろう。彼等の目には獲物を痛め付け、蹂躙できるという歪んだ喜びが浮かんでいた。

 

 少女自身も終わりが近いことを悟ったのかもしれない。力を振り絞り御旗を杖代わりにして立ち上がる。

 

 諦めた訳ではない。

 

 覚悟したのだ。

 

 手も足もまだ動く。ならばまだ戦える。

 確かに自分はここで死ぬかもしれない。だが抵抗することで、一人でも多く避難させるための、時間稼ぎになると信じる。

 

 亜竜が口を開くのを見て身構える。

 

 ―――火炎(ブレス)

 

 無闇に近付かず、痛め付けて弱らせればいいと考えたのだろう。

 群れのボスなのか一際大きな体躯を持つワイバーンが火炎を吹き掛けようと、立ち上がった少女に向かって口を開いて―――。

 

「オラァッ!!」

 

 

 ―――現れた闇を纏った男に首を斬り飛ばされた。

 

 

 頭部を失ったワイバーンの首から噴水のように血が吹き出る。

 そして突然リーダー格を失い、混乱したワイバーン達が少女と男から距離を取ろうとして―――

 

「殺れ、沖田」

 

「了解です。マスター」

 

 同じく突然現れた桜色の少女に一瞬で首を斬り落とされた。

 

 次々と竜の首から血が吹き出し、赤い雨が降り注ぐ。

 

 ワイバーンの作り上げた惨状を塗り替えるような地獄絵図に、少女が唖然としているとマスターと呼ばれた男が彼女に話しかける。

 

「もしかしなくてもジャンヌ・ダルクさんですかね?」

 

「は、はい。その通りですけど―――!?」

 

 返事も終えない内に膝の後ろを掬うようにして抱えあげられる。

 初対面の男性に抱き上げられるという状況をジャンヌが呑み込めないでいると、男は更にとんでもないことを言い出した。

 

「よし逃げるか」

 

「ま、待ってください!! まだ街の人々が―――」

 

「とりあえず森に逃がした。竜の巨体じゃ木々の間までは襲えないでしょ」

 

 若干食い気味に答えられて言葉につまる。確かにワイバーンから逃げる方法としては悪くない。

 ジャンヌが黙ったことを問題なしと取ったのか男は彼女を抱えて走り出す。

 

「じゃあ逃げるんで暴れないでくださいね」

 

「走って!? あの竜たちは馬より速いんですよ!?」

 

 無茶苦茶だ。

 

 確かにもう街の人々はいないようで、何匹かは此方に気付いて向かってきている。

 ワイバーンを一瞬で倒した実力があるとはいえ、街を襲っていた群れに殺到されればどうしようもなくなるだろう。

 

 だと言うのに見慣れない曲刀を握った男は余裕な態度で走っている。

 

「まあリーダー格っぽいのを殺したからしばらくは統率がとれない·····と思う。数匹くらいなら沖田さんが対処してくれるし。あと逃げると隠れるは得意分野だから行ける気がする」

 

 そう言いながら走っている男の身体から黒い靄が溢れ出す。

 それはどこか空虚で寒々しい―――例えるなら闇のような何かだった。

 

『覆え―――』

 

 深い深い漆黒が溢れ出す。

 

 その闇は男を隠し、ジャンヌと桜色の少女を取り込み、遠くから追いかけてくるワイバーン達すらも呑み込んだ。

 

 ようやくワイバーン達の視界に光が戻ったとき。

 

 すでに追いかけていた男たちは夜の闇に紛れて消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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捕獲

 日が落ちて暗くなった街の外れ、俺は夜空を見上げていた。

 人工の灯りや視界を遮るビル群が存在しないこのフランスでは満点の星空を見ることができた。

 

 宝石のような星々が黒のキャンパスに散らされたそれはとても美しいものに見えた。

 人類の危機とはあまりにかけ離れた光景に、思わずここが特異点の中だということを忘れてしまいそうになる。

 

「………ッチ」

 

「············」

 

 強烈な殺気を撒き散らしながら舌打ちをする女さえいなければの話だが。

 

 チラッと横に視線を移す。 

 

 短く切られたくすんだ金髪と病的なまでの白い肌、憎悪と憤怒に彩られたかのような漆黒の衣装が特徴的な小柄な少女が座って焚き火の炎を眺めていた。

 何を隠そう、ジャンヌオルタその人である。

 

 現在は両腕を縛られ、木に寄りかかっている。

 

 別に深い事情があるわけではない。

 

 遭遇したジャンヌオルタとサーヴァント軍団を倒して捕獲しただけである。

 

 順を追って説明しよう。

 

 カルデアでは令呪を一画回復するのに1日の時間を要する。

 休息して三日、優先的に令呪を回復された俺は藤丸立香の令呪が回復するまでの間、フランスの特異点の偵察役として送り込まれたのだ。

 

 藤丸立香が到着するまでの三日間、派手に行動を起こすつもりのなかった俺は戦力を整えようとフランス中を駆け回った。

 弱体化しているジャンヌを確保し、半壊した城で動けなかったジークフリートを発掘し、市民を守っていたゲオルギウスを見つけ出し、聖人二人にジークフリートに掛かった呪いを解呪して貰うことですまないさんを復活させたのだ。

 

 そして令呪が回復した立香達と合流。

 

 出没するワイバーンの群れを倒しながらオルレアンに進んでいるとサーヴァントを連れた竜の魔女に遭遇。

 竜の魔女がモノホンのジャンヌを見て変なテンションになっている所を見計らい、立香に令呪を切らせて『約束された勝利の剣』を速射させた。

 

 

 先手必勝、開幕カリバー。

 

 

 たとえ警戒していたとしても防ぐことが難しいのがアーサー王の対城宝具だ。それが令呪によって速射されたものなら尚更である。

 敵のサーヴァントであるヴラド、カーミラ、デオンの三名は為す術なく消滅。唯一防御宝具を持つマルタが盾代わりに大鉄鉱竜タラスクを呼び出したが完璧には防ぎきれず全身に火傷を負った所を沖田が始末した。

 

 ようやく戦いが終わった、第三部完と思った矢先に白目を向いて気絶するジャンヌオルタを発見。

 

 おそらくマルタが防いだものの、極光の斬撃による衝撃波で気を失ったのだろうと当たりをつけて始末しようとしたところ、The善人であるところの藤丸立香が物申した。

 

 勝敗は決まったからすぐに殺すのはどうかと云々。

 

 俺はさっさと殺したかったのだが、マスターを立てるサーヴァントの鑑であるアルトリアさんが話を聞いてからでも遅くはないと賛成、ついでにマシュも賛成、あとロマンも賛成。

 竜の魔女の正体が気になる白ジャンヌも賛成し、元気になったジークフリートもすまないと言いながら賛成。

 

 一人で少女を殺すとゴネる男ほど醜い存在もないし、なによりサーヴァントの皆さんに逆らう勇気もあまりないので俺も渋々頷く結果となった。

 

 そうとなれば話は早い。ダヴィンチちゃん特製の『狂った魔獣が暴れても大丈夫』らしいワイヤーロープで拘束。霊体化には効果がないので目を覚ましたジャンヌオルタに逃げようとしたらぶっ殺すと念を押して現在に至る。

 

 

 …………うむ。

 

 面倒臭いことになってきた。

 

 邪竜百年戦争オルレアンというのが今回の特異点である。

 そもそも特異点を作り出したのは散々フランス中の話題となっていた黒ジャンヌではなく、その第一の手下であるCoolな旦那ことジル・ド・レェだ。

 

 カルデアの目的は聖杯を回収し、歴史を変えるほどの現地の問題を解決すること。

 

 早い話、今回は竜の魔女とジル・ド・レェを殺害すればいい。

 

 そして竜の魔女は聖杯によって生み出された贋作英霊であり、おそらく現在は竜の魔女自身が聖杯を所持している。

 

 つまりここで竜の魔女を殺せば目的の半分以上を達成することができる。

 

 ジル・ド・レェの都合の良いように記憶が改竄されている上に、聖杯が竜の魔女を成り立たせているのに力を割いているからか、聖杯の力も不完全なようだし、これ以上のチャンスはないのだ。

 

 俺としては使い道が少なそうなソロモン式聖杯には興味がないので、さっさとセイバーにカリバってもらい竜の魔女と一緒に吹き飛ばせばいいとまで考えていたのだが―――普通に生きていたのだから困る。

 

 ジャンヌを殺して聖杯を回収したいが、立香達や騎士系サーヴァントもいるので手を出せない。いつの間にかマリーとアマデウスも増えているし。

 

 とりあえず竜の魔女の本拠地らしいオルレアンの城へ向かってそれとなく誘導してはいるが原作から大きく解離してるし、どうなるかわからないというのが現状だ。

 

「……何見てんのよ」

 

「……別に」

 

 どうやら眺めているのに気付かれたようで、チンピラみたいに睨み返してくる竜の魔女からそっと目を逸らす。

 だが流されたのが気に食わなかったのか彼女が絡んでくる。

 

「目ぇ逸らしてんじゃないわよ。ビビッてんの?」

 

 こいつ、めんどくせぇ。

 

 チンピラかよ。

 

「……お前、急に喋るようになったな」

 

 ジャンヌとアルトリアが居たときは絶対に口を開かなかったくせに。なんで俺が見張ってる時だけ絡んで来るんですかね?

 もしかしなくてもアレですね、俺が完全にナメられてるってことなんですね。わかります。

 

 一応、霊体化しているとはいえ沖田やジークフリート達もいるのだが。

 

「ハッ! なんで私がアンタ達の都合に合わせて話さなきゃならないのよ。仲良しごっこは内輪だけでしてもらえる?」

 

 吼えるねぇ。

 

 捕虜にしては随分と強気なものである。

 

 まあ実の所、黒ジャンヌにしてみればそこまで切羽詰まった状況というわけでも無いのだろう。

 イカれているが戦の天才ジル・ド・レェもいるし、固有スキルの『竜の魔女』もあった筈だ。いざとなればワイバーンを大量に呼び込むくらいは出来るだろう。殺されていないならどうとでもなるといった所だろうか。

 

「……まあ上手くやろうぜ? チョコ食う?」

 

「ナメんな!」

 

 黒ジャンヌの怒りと共にお近づきの代わりに差し出したチョコが一瞬で燃え尽きる。

 

 苛烈すぎる対応に呆然としていると、追い打つように俺の顔に唾を吐き掛けられた。

 

 トロリとした唾液が頬を伝う。

 

「…………」

 

 絶句と言うのだろうか。次に続く言葉が出てこない。

 

 何も言えずにいる俺を見て怯えたと取ったのか、ジャンヌが勝ち誇ったように嘲笑う。

 

「ムカつくのよ、その他人の顔色を窺うずる賢い目付きが。私を火炙りに追い込んだあの男とそっくりで殺してやりたくなるわ」

 

 顔をハンカチで拭いながら考える。

 

 なるほど、どうやら竜の魔女は俺がピエール・コーションに似ていたのが気に食わなかったらしい。

 だがそれはあくまで俺が生き残るための生存戦略であって、別に好きで他人の顔色を窺っていたわけではない。

 

 俺はできる限りの譲歩をした筈だ、にもかかわらずこの仕打ち。

 水洗便所の如く清い心な俺を持ってしても少しばかりぶちギレている。

 

 

 

 よろしい、ならば戦争だ。

 

 

 

 うんこたれが竜の魔女と静かに向かい合う。

 カルデアの端末から鳴らされる非常警報とゆらゆらと揺れる焚き火の炎が、不吉な未来を示しているかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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別行動

 

 竜の魔女と俺が睨み合う中、耳に響く電子音のカルデアの端末から響き渡り、非常事態を告げる音に何事かと立香やマシュが目覚めだした。

 

 タイミングの悪さに思わず舌打ちをする。

 

 俺の壮絶極まる弁舌スキルで泣くまで苛めようと思っていたのに運のいい奴だ。

 

 心底残念に思いながら竜の魔女から視線を移し、端末を弄るとやはりと言うべきかロマンが画面に映し出された。

 

「大変だ! 大量の敵性反応が君達のいる場所に向かって接近している、各自対処に当たってくれ!」

 

 まあ安定の敵襲である。

 

 現在の状況から考えて間違いなく青髭の旦那だろう。

 念話辺りで情報をあらかじめ知っていたとするならば、竜の魔女の冗談みたいな態度にも納得がいく。

 

 とりあえず我らが主人公の藤丸立香ちゃんに指示を仰ぐことにする。

 

「話は聞いたな? どうする立香?」

 

「え、私ですか?」

 

 唐突に自分に話を振られたのが意外だったのか立香が戸惑う。

 

「そうだ、俺は戦闘要員だからな。どちらかと言えば護衛に近い。助言はするが、大体の指針はお前が決めてくれ」

 

 カルデアに来たばかりの右も左もわからない新人を突き放すようで悪いが、今後のストーリー展開を考えるのならば藤丸立香という少女も実践経験を積み上げて貰わなければならない。

 

 俺が欲しいのは一般人のマスターではなく世界を救えるマスターなのだ。

 そのためには自分で危機的状況を切り抜けられる判断力や鋼のメンタルを培ってもらう必要がある。

 

 具体的には、現在の比較的難易度が低い特異点で実践経験を積み上げつつマシュと親睦を深めてもらいたい。じゃないと六章辺りで詰む気がする。

 

 まだ受け止めきれていないのだろう、いきなり重要な役割を与えられ戸惑いの表情を浮かべる少女に()()()()()()教えてやる。

 

「まあ俺に活動方針を決めさせてもいいが――――街の住民は助けないぞ? 怖いし」

 

 俺が視線を向けた先には巨大な海魔が近くの街の中に佇んでいた。

 

 間違いなくジルドレが召喚したのであろう巨大海魔を見て立香の表情が強張る。どうやら俺の言っている事を理解したらしい。

 

 リーダーを担っていいのなら、俺は街の住民を見捨てるだろう。別に目の前で死ぬわけでもないし、俺にとくに関わりがないのなら別に躊躇わない。

 放っておいても野良サーヴァントは動き出すだろうし。

 

 後々気分は悪くなるだろうが、それはそれ。

 

 まあ俺の考えなどどうでもいい。

 藤丸立香はそんな風に割り切れる性格はしてないはずなので、間違いなくリーダーになるだろう。

 

 そんな事を考えていると立香が覚悟を決めたように大きく頷いた。 

 

「私は、街の皆を助けたいです」

 

「そうか、ならどうする?」

 

「街に向かいます!」

 

 立香が叫ぶ。

 彼女の目には確かに強い自分の意志が宿っていた。

 

 作戦とかは頭にないけど、目的は定まってる感じだ。

 

 まあこんなもんじゃないだろうか。これなら今後は自主的に行動を考えてくれそうだ。

 ゆっくりと、俺の主人公育成計画が動き出す音が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

■■■■■■■

 

 

 

 

 

「よし、じゃあ作戦通り頑張れよ。立香」

 

「はい!」

 

 立香達が街に向かって駆けていく。

 しばらくすれば街の海魔達は全滅するだろう。

 

 俺達は二手に別れて行動することにした。

 マスター適正を持つ人間が二人いる以上、その別々に行動できるという利点を使わない手はない。

 

 街に救出に向かうのは立香、マシュ、アルトリア、ジャンヌ、ゲオルギウス、マリー、アマデウス。

 色々理由はあるが、街で暴れる小型の海魔も倒すにはこのくらいの人数が必要だろうという判断だ。

 

 で、俺のメンバーは沖田にジークフリート、あとは捕虜の竜の魔女だ。

 

 おそらくというか、間違いなくあの巨大海魔はアルトリアのような対軍攻撃を可能とするサーヴァントを引き離すための囮だろう。

 魔力さえあれば海魔をほぼ無制限に召喚できるジルドレにとって脅威になるのは間違いなく敵を殲滅出来るだけ威力を持つ宝具なのだから。アルトリアの情報について捕まっている竜の魔女から念話で仕入れたと考えれば説明がつく。

 

 まあジルドレの本命は竜の魔女の筈、小型の海魔は俺のメンバーに向かってくるので、立香達は比較的に邪魔されずに街までたどり着けるというのが俺の読みだ。

 

 で、此方に向かってくる海魔の群れだが―――

 

「じゃあジークフリートは近付いてくる海魔の所に向かって一掃してきてくれ」

 

「ああ、全力を尽くそう」

 

 ジークフリートが霊体化して消えるのを見送る。

 

 これで海魔の群れの対処はどうにかなるだろう。

 

 今回、俺達がやるべきことは二つ。

 

 襲ってくる海魔達から身を守ることだ。ジルドレが何処にいるかわからない以上、攻めに回ることはできない。

 ひょっとしたらZero時空のように巨大海魔と合体しているのかもしれないが、それも確証がある話ではないし期待しない方がいいだろう。

 

 とりあえず海魔についてはジークフリートの宝具で一掃できるので問題はない。

 対軍宝具持ちは強い、はっきりわかんだね。ゲームではかなり不遇だったけども。 

 

 重要なのは二つ目だ。

 

 

「さて、お前には個人的な恨みも多少はあるが······。苦しまないよう一瞬で済ませてやる」

 

「あの小娘達が見てない所で始末なんてお優しいのね。気持ち悪くてヘドが出るわ」

 

「言ってろクソガキ」

 

 吐き捨てるように話す竜の魔女に蹴りを入れて強引に膝をつかせ、後ろで静かに剣を抜き放つ。

 

 二つ目の目的は竜の魔女を始末することだ。

 今回の襲撃でこいつが重要な存在であることはサーヴァント達は理解したはずだ。おそらく竜の魔女が居なければ

巨大海魔が街に現れることも無かっただろうと。

 始末することを主張していた俺が竜の魔女と同行すると言ったのにサーヴァント達が反対しなかったと言うことは―――好きにしていいということだろう。

 

 というか今やらないと殺すタイミングを逃しそうなので、独断だったとしても殺る。

 

 カルデア職員達は監視しているだろうがもう別にいい。評価は最低だし。いまさら嘘つきの称号が増えたところで問題はない。

 

「最後に言い残すことはあるか? 遺言くらいは聞いてやる」

 

 このままだと首を跳ねられて、それで終わり。

 

 だというのに俺の言葉に竜の魔女が笑いだす。滑稽でしかたがないというように嘲笑(わら)い続ける。

 

「言い残すこと? そうねぇ―――」

 

 ゆっくりと竜の魔女が振り返る。

 その目は憎悪と怒りと、なにより嘲りに満ちていた。

 

「あんたは救いようのない馬鹿よ」

 

「そうか」

 

 竜の魔女の挑発に特に思うことはなかった。

 さっさと剣を振り上げ、剣を降り下ろす。

 

 破損していた陰鉄の刃はすでにスペアと取り替えてある。菊一文字とは比べるのも烏滸(おこ)がましいが少女の首を跳ねることなど造作もない。

 

 数瞬先に迫る死を前にしてもなお、竜の魔女の嘲りの表情は崩れない。

 

 彼女は怒りも恐れもせず、ただ短く呟いた。

 

 

 

 

「――――来なさい、アーチャー」

 

 

 

 

 俺と竜の魔女の、その中間。

 紅い輝きと共に、バーサーク・アーチャーが唐突に姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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邪竜百年戦争 終

 紅い光が瞬くと共にアーチャーがヒズミの目の前に出現する。

 

 与えられた役目は目の前の魔術師を迅速に始末すること。

 故に純血の狩人と呼ばれたアタランテは弓ではなく蹴撃を放つ。

 

 それは誰よりも疾いといわれた健脚による回し蹴り。サーヴァントならばいざ知らず、生身の人間ならば一撃で殺傷して余りある。

 

 規格外の俊足から繰り出される一撃を以て始末すること、それが常に最善の行動を求められる戦いの場で下された彼女の合理的な判断であり――――

 

 

 

 

 

 

 同時に致命的なミスでもあった。

 

 

 

 

 

「―――馬鹿が」

 

 気付けばアタランテの右足が宙を舞っていた。

 遅れてそれが蹴りに使った脚だと思いだし、それが剣を振り抜いた形で静止している魔術師の仕業だと知った。そして本来有り得ない光景を、狂化を付与され鈍くなった思考で理解した時には全てが手遅れだった。

 

 身体を支えていた残りの脚を膝から踏み砕くようにしてへし折られ、地面に倒れた所を反撃出来ない様に弓を持った手を踏み潰される。

 あまりに一方的な蹂躙を行われた彼女が最後に見た物は、冷たい目で剣を振り下ろす男の姿だった。

 

 

 

 

 

 

■■■■■■■

 

 

 

 

 

 ビシャリと血が飛び散り地面を赤く染める。

 

 首を失ったサーヴァントは何も成す事もできず呆気なく光の粒子となって消え去った。

 刀を抜いた時点で魔術礼装『陰鉄』の強化は既に始まっている。規格外の身体能力と英雄すら追い抜く思考速度をもって不意を討てれば騎士王とも戦える事はすでに証明済み。遠距離専門のアーチャークラスならば追い込む事も容易い用だった。

 

「······え?」

 

 竜の魔女が間の抜けた声を漏らす。

 当然だろう。一級といって差し支えのないサーヴァントがただの魔術師ごときに一瞬で葬られたのだから。

 

「で、次はどうする?」

 

 俺の問い掛けでようやく我に返ったのか、竜の魔女が慌てて次の行動を取ろうとする。

 

「来なさ―――!?」

 

「遅い」

 

 即座に距離を詰め、竜の魔女に拳を叩き込み黙らせる。別のサーヴァントを呼ぼうとしたのだろうが、声に出さなければ使えない令呪など、拳一つで妨害できる。

 

 竜の魔女を黙らせていると後ろの街の方向で光の柱が立ち上る。

 どうやら藤丸達も巨大海魔の始末に成功したようだ。しばらくは残った海魔達の処理に時間を掛けるかもしれないがそのうち戻ってくるだろう。

 

「さて、時間が空いたからお話でもしようか。余計な事しなけりゃ殺さないから安心していいぜ」

 

「ガァ!?」

 

 座り込んだままの竜の魔女の太股に剣を突き刺し縫い付ける。痛みで叫び声を上げているが無視して話を進める。

 

「お前はアーチャーじゃなくバーサーカーを喚ぶべきだったな。まあサーヴァント達を完全に制御できているわけでも無さそうだし従順な方を選んだんだろうが」

 

「黙りな·····グッ!?」

 

「嫌だね。俺はお前の為に教えてやってるんだから有り難く聞いとけよ」 

 

 剣を揺らして傷口を抉られ、出そうになる声を必死に押さえようとしている魔女を無感動に眺めながら言葉を繰る。

 

「なあ、お前ってジャンヌ・ダルクだよな」

 

「………はぁ?」

 

何をいっているんだとでも言いたげに、竜の魔女がこちらを睨みつけるが軽く流す。

「まあ聞けよ、お前は自分を見捨てて火炙りにしたフランスに復讐をしようってわけだ」

 

フランスに対する報復と己の罪深い行為による神の不在証明が竜の魔女の目的だったはずだ。

だいたい的を射ているのか竜の魔女は否定しない。

 

「でもさぁ、それっておかしくない?」

 

「……なんですって?」

 

「だって常識的に見れば神の声聞いたって叫んだ女なんて頭おかしいし、時代を考えれば魔女扱いされて火炙りが妥当だろ。当時のジャンヌだって少なくとも火炙りにされる覚悟くらいはあったはずだ」

 

「黙れ……ッ‼︎ たった一人の少女を利用した挙句、自分の都合で捨てたフランスに存在価値などない!」

 

脚を貫かれた痛みすら忘れて竜の魔女は怒りを吐き出すように怒鳴る。

それを俺は静かに聞いていた。

「私を貶めた全てに復讐するためにジャンヌ・ダルクは竜の魔女に生き返った! 私にはフランスを滅ぼすだけの資格がある!」

 

「そこだよ、おかしいのは。お前は本物のジャンヌ・ダルクじゃないだろ」

 

竜の魔女が絶句した。

 

当然だろう。己の行いを否定されているのかと思えば、存在そのものを疑われているのだ。動揺しないほうがおかしい。

 

「何を言ってーーー」

 

「思い当たる節はあったんだよ。本物のジャンヌがいた時、お前はずっとだまっていたな。 あれはボロが出るのをいやがったからだろ?」

 

「あれは……まだ恨んでいない頃の私が……気に食わなくて……」

 

「本当に? 自分が偽物なのを認めたくなかっただからじゃなくて? 記憶はあるのか? 自分が過ごした村の思い出も? 一緒に遊んだ友人達の名前は?」

 

話しながら竜の魔女の耳元まで顔を近付ける。

腕を振るえば俺の頭を容易く砕けるにも関わらずそうしない、そうするだけの心の余裕がない。

ぶつぶつと呟きながら自分の手を見つめている彼女の足から剣を引き抜いておく。

 

「実は俺、このフランスと似たような用事で聖杯を握ったことがあってな。聖杯の出来ることと出来ないことは大体分かってるんだ。その出来ない事に興味深いものがあってなーーー」

 

「ジャンヌゥ! その男の言葉に耳を傾けてはなりません!」

 

「ジル……?」

 

唐突に、 森の端から現れたジル・ドレが叫び声をあげた。

立香達の攻撃から命からがら逃げてきたのだろう。独特の衣装の端々が焦げ付いていた。

 

子供のようにへたり込み、ぼんやりと虚空を眺めていた竜の魔女が顔を上げる。

 

だがもう遅い。今この状況でジル・ドレが現れたところで状況は何も変わらない。

「聖杯は死んだ人間を生き返らせる事は出来ないんだと。………ああ、それに近い偽者を作る事は出来るらしいけどな?」

 

「黙れェェエエエ‼︎ この匹夫めがァァアアアア‼︎」

 

ジル・ドレが怒鳴るが、それは図星でしたと言っているようなものだ。そこで平静を保てれば幾らでも竜の魔女は持ち直せただろうに。

 

「ん? そういえばジャンヌを見捨てたフランスを恨んでいる人間って何処かにいたよな。いやー! 一体何ドレさんなんだろうな?」

 

「き、貴様ァァァァアアアア!!」

 

「まあ俺が何を言いたいかって、復讐してるのが本物じゃないなら、ただの自分の都合(フランスと同じ)だよな。お前って存在する価値ないよ」

 

何かが壊れる音がした気がした。

 

座り込んだままの竜の魔女からは目の光が失われ、頰には一筋の涙が伝っていた。

 

「あ、ああ、……ああ…ジャンヌゥ……」

 

「んで、竜の魔女が真実を知ることを恐れて釣られて出てきた訳だが……。次はどうする?」

 

「この匹夫めがぁぁぁァァアアアア‼︎ 貴様には四肢を引き裂いてこの世の苦しみを全てーーー」

 

狂った軍師は唐突に、沖田に首を跳ね飛ばされた。

 

頭部を失った身体はあっけなく崩れ落ち、光の粒子に包まれて消え去った。

 

警戒をしていたようだが、解っていても対処が難しいのが縮地という技術だ。キャスタークラスなら尚更だ。

海魔を連れてきていれば話は違っただろうが、単身できたという事はそれだけ焦っていたのだろう。

 

まあ特異点の元凶は消えた。

しばらくすれば歴史の修正が始まってカルデアに戻る事になるだろう。

 

「お疲れ様、沖田。今回もよくやってくれた」

 

「はい……ありがとうございます」

 

歩いて戻ってきた沖田に近付いて労いの言葉をかけるが、彼女の表情は曇ったままだ。

 

「? どうかしたのか?」

 

「いえ……、ただ彼女があのままでいいのか気になって」

 

沖田の視線の先には竜の魔女が座っていた。身体が透けるように薄れている所を見ると、消える寸前という所だろうか。

聖杯が核にあるからか消えるのがゆっくりだが、しばらく待てば勝手に消えるだろうし、別に何も問題はないのだがーーー

 

少し考えて竜の魔女に声を掛ける。

 

「なぁ」

 

「……何よ」

 

「人を殺した事を後悔してるのか?」

 

「……なんであんたの質問に答えないといけないのよ」

 

「いやまあそうなんだけどさ」

 

何と無く気になっただけだ。

答えこそなかったが、もう人を襲わなさそうなので隣に座る事にした。

 

無論、陰鉄の柄を握りしめて自己強化をしてからだが。

超化した身体能力と思考速度と反射神経があれば、いきなり殴りかかられても対処できるはずだ。

 

「全く価値のない人間なんてあんまりいないし、思い込みで間違いをやっちゃうことなんてよくあるし気にするなよ」

 

「……あんた、さっきと言ってることが真逆よ」

 

「今はフォローしてるんだよ。なんで敵だった時に優しくしなきゃならねぇんだよ」

 

「私は今も敵ですけど?」

 

「……あっそう」

 

しばらくの間、沈黙が支配する。ていうかマジで俺は何してるんだろうか、命のリスクを背負った上で陰鉄の過剰強化で痛いのと苦しいのを我慢しながら敵のサーヴァントと対話とかマゾ過ぎる。

 

でもまあ少し言いすぎたなと思ったのも確かだ。

 

「まあ最初から価値のある人間なんていないんだ。存在価値とかはこれから作っていけばいいんじゃねぇの? こんだけでかい事やらかしたんだ、英霊の座にも登録されてるだろうし」

 

竜の魔女は答えない。

 

だが、ジッと静かにこちらの方を見て、俺の話を聞いていてはいるようだった。

 

「普通の人間と違って聖杯戦争とかで召喚されれば上手いことやれるかもしれないしさ。今回みたいな騒動でカルデアに呼び出されることもある。だから元気だせよ」

 

「……元気なんて出るわけないでしょ」

 

「安心しろよ、甘いもん食えば元気出るんだよ、こういうのは」

 

陰鉄を握っていない方の手で懐に手を突っ込み板チョコを取り出し、竜の魔女に差し出す。

 

「何よこれ」

 

「チョコだよ。燃やすなよ、あと半分だけだぞ。半分割ったら俺に返せ」

 

俺が故郷を思い出すために隠し持っていた日本製菓だ。数に限りがある貴重な嗜好品だ。

 

差し出されたチョコをジッと見つめると、ひったくるようにしてチョコに齧りついた。

声を上げる暇もなく一瞬で平らげるとフフンと鼻を鳴らしてニヤリと笑った。

 

「まあまあの味ね」

 

「テメェ、俺のチョコを……」

 

「ハッ! あんたのその顔を見たら満足したわ。じゃあね」

 

吐き捨てるようにそういうと、竜の魔女は消え去った。後に残されたのは魔術王の産物である偽聖杯だけだった。

 

「なんだあいつ……」

 

ボリボリと頭を掻きながら聖杯を拾い上げる。

 

よくわからないが、笑って消えていったので思い残すことはなかったのだろう。まあ良かったのでは無いだろうか。

納得がいって、満足ができて死んだのであれば、それは悪くないものだろうから。

 

「ヒズミさーん‼︎」

 

立香達が呼ぶ声が聞こえる。

元気な声が聞こえているあたり、特に問題なく海魔を討伐したか。このまま立派な一流マスターになる事を願いたい。

 

あんまり心配はしていないが。

 

「はーい、今行く」

 

声の聞こえる方向に歩き出す。

何はともあれ無事に特異点を攻略できたのは確かだ。

残りは6つ、まだ先は長いが全力で生き残る努力をしよう。

 

そうでなくては意味がない。

 

死を経験した俺にとって、生きることこそが最大の喜びなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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狂気永続帝国セプテム
邪悪な視点


 

目の前で燃える炎に薪をくべる。

投げ込まれた木切れは、勢いよく燃える赤に舐めるようにして呑み込まれた。

ジリジリとした熱を感じながら、文庫本のページを静かにめくる音が聞こえる。

 

時折り、炎の中の木々が弾ける音が静寂の中で響く。

 

落ち着いた空間の中に彼女はいた。

 

静かな時間は好きだ。

怒りと憎しみ、暴力と理不尽から生まれた存在とは言え。否、そんな存在だからこそ緩やかに時が流れる瞬間は貴重なものだと思う。

 

だが彼女は、ジャンヌ・オルタは今この瞬間が気に入らなかった。

 

というか全部気に入らなかった。

 

レフとかいう魔術師がいる本拠地に殴り込むのを辞退して、離れた位置で待機するのが気に入らない。

自分の呪炎を火種がわりに火起こしをさせられたのも気に入らないし、隣で本を読むマスターも、その隣で興味深そうに覗き込む桜色の少女剣士も、なんか気に入らなかった。

 

「ファー、ねっむ」

 

「あっ閉じないでくださいよヒズミさん。今いいところでしたのに」

 

「なんか近いと思ったら読んでたのか……、しょうがねぇなぁ、今度このラノベを貸してやるよ」

 

「あーそこまで興味はないのでいいです」

 

「ああ、そう………」

 

「チッ!」

 

 思わず舌打ちをしてしまう。

 

どうでもいいはずなのに、気にするほどの事でも無い事柄すら気にくわない。そんな事に反応する自分にイライラする。

何よりめんどくさい。自分がこんな反応をすればあいつが放って置くはずがない。

 

「おいおい、どうしたんだよ。そんなにローマ連合に殴り込みたかったのか?」

 

「煩いわね、マスターには関係ないでしょう。あっち行きなさいよ」

 

「と思うじゃろ? けど一応マスターだから関係あるんだよなぁ」

 

何度も突き放してもこれだ、澄ました顔で自分のサーヴァントにはしつこく絡んでくる。

 

「……本当に何もないから休みなさい。見張りくらいの役目はこなせます」

 

このローマ帝国を中心とした特異点に来てから、マスターはほとんど休んでいない。精々が短い睡眠を何度かとったくらいだ。

戦いを有利に進めるためと言いながら動き回り、藤丸立香をサポートするために各地のサーヴァントを探し回っていた。

 

聞けばオルレアンの時も似たように駆け回っていたらしい。

なんというか、死ねと思った。

 

「おいおいおい、急にどうしたんだよ。優しいな」

 

「別に、肝心な時に倒れられても困りますから」

 

今は立香達がローマ連合の城に攻め込み、ヒズミ達はその城が見える位置で待機している状態だ。

作戦に失敗したか、あるいは何か想定外の事態が起こった時、対応するために城から離れた位置にいるとヒズミが提案したのだった。

 

「…あっそう、じゃあちょっと寝るわ。なんかあったら起こしてくれ」

 

疲れている自覚はあるのだろう。

特に何かを言うわけでもなく、あっさりと隣で横になる。

 

寝息はすぐに聞こえて来た。

 

カルデアに呼ばれて、この飄々としたマスターがどういうものか掴めてきた気がする。

 

お人好し、ではないのだろう。この男はそういうモノとは無縁だ。裏表なく仲良くなろうとするのは藤丸 立香と呼ばれた少女で、マスターはもっと冷めきった、必要があるからするといった感じだろうか。

 

さっきのやりとりだってそうだ。 こちらが問題ないと言えば、それっきり。

「寝ちゃいましたね、マスター」

 

「……そうね」

 

きっとこの男は私達の事をなんとも思ってないのだろうと思った。

自分も、桜色の剣士も、呼び出された他の英霊も、カルデアの人間達も、目的を果たすための要素に過ぎないのだろう。

 

そう思っていたのに。

 

「…グッ……、うぁ、…嫌だ……!」

 

どうしてこんなにも寂しげに泣くのだろう。どうしてこんなにも悲しげな声を上げるのだろう。

眠るといつもこうだ。少しの間だけ小さく呻きながら、泣くのだ。

 

それが酷く人間臭くて、なにが本当なのかわからなくなる。

 

「……ねぇ、こいつってなんなの?」

 

マスターを眺めたまま、主を見守る桜色の剣士に聞いてみる。

 

「……とても優しい方ですよ。きっと今はいろんなことに必死なんだと思います」

 

「…そうですか」

 

なんとなく負けた気がして、寝静まったマスターの頭に手を置く。

「あっ」という声を無視してゆっくりと頭を撫でつけようとしてーーーー

 

「んぁ? なんかあったのか?」

 

マスターが目を覚ました。

眠そうな目をこすりながら、じっと見ている。

「……別に、なにもありませんよ」

 

目をそらして、ゆっくりと頭に置いていた手を退ける。

なるほど、セイバーが呻いているマスターになにもしない理由を理解した。触ると直ぐに目を覚ますのだ。

 

もともと眠りが浅いのか、それとも警戒されているのかまではわからないが。

 

これでは休息にはならない。

 

「まあ、なんでもいいけどな。カルデアのベッドが恋しいぜぃ」

 

マスターが大きく欠伸をしていると、その後方にある巨大な城が爆発した。

七色の極光が走ったかと思うと、巨大な城塞を根こそぎと言わんばかりに消し飛ばしていった。

 

ようやくかとマスターが呟くと、同時に通信機が鳴り響き、Dr.ロマンの顔が映し出される。

『大変だヒズミくん! ローマ連合を倒したと同時にアルテラと呼ばれたサーヴァントが出現した! 聖杯を取り込んだままローマの都市へと接近中だ! 街を破壊されれば間違いなく特異点の修復は不可能だ!』

 

「なるほど、つまりどうすればいい?」

 

『立香くん達もアルテラを追いかけている最中だ。アルテラの進路情報を送るから追いつくまでの足止めをしてくれ!』

 

「わかった」

 

マスターが焚き火を踏み消し、刀を背負う。

緩まった空気はすでになく、冷めきった機械のような雰囲気へと変わっていた。

 

「出番だ。行けるか?」

役に立つか価値を定めるかような目、その目を見据えてとびきり邪悪に嗤い、この男の隣に立つ。

 

「ええ、いい加減待ちくたびれました。さっさと蹂躙してしまいましょう」

 

躊躇いはない。

 

召喚されたその瞬間から、この男に自分の力を貸すと決めたのだ。

例えどんなに救いようのない人間だったとしても。

 

あの日、あの場所で、目的すら失い消えゆくだけだった自分に意味を与えようと近づきーーー

 

 

 

 

 

ーーー初めて自分を救おうとしてくれたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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封鎖終局四海オケアノス
訓練


「起きろ『陰鉄』」

 

 自己強化型魔術礼装である剣に魔力を込める。

身体に満ちるように力が溢れて来るのを感じながら、魔力の供給量を増やしていく。

 

 注ぎ込む魔力に比例して強化の度合いが上昇していく。

 

 ―――身体強度強化―――

 

 ―――身体性能強化―――

 

 ―――思考速度強化―――

 

 最初に肉体の強度そのものを引き上げ、次に身体の性能を引き上げる。

 強度を上げる手順を省略すると自分の動きに耐えきれずに重症を負うという悲惨な事態になってしまうので、結構重要な順序だったりする。

 

「――――――」

 

 片手に握った剣を振るう。

 特に決まった型はないので、動きたいように、無理のないようにだ。

 

 とにかく『陰鉄』の強化に馴れること。

 

 英霊の戦闘に付いていけた所を考えるに、自分の魔術礼装に『強化』を選択したのは悪くない選択だった。

 

 それしか選択肢がなかったとも言えるが。

 

 強化を極める魔術師がほとんどいない事に可能性を見た。

 

 根源への到達に縁遠い魔術なのだから、まともな魔術師はもっと別の手段を取るのが普通なのだ。強化を極めようとするのは実戦重視の根源到達の目的をはなから投げ捨てるような輩だけだろう。

 

 ならそれでいい。

 

 俺の目的は生き残る事なのだから。

 

 あの騎士王相手に素手パリィをかませたのなら上出来だ。まあ油断してたところを畳み掛けて短時間押していただけで、本気で戦われたら数分持つかも怪しい所だが。

 

 カルデアの訓練所に、剣が振るわれる音と踏み込みの音だけが響く。

 面白くもなんともない、いつも通り、ただの自主訓練。

 

「······そろそろか」

 

 体感的に魔力の残量が半分を切った所で魔力の供給を止めた。

 

 思考速度が落ち、緩やかに流れていた時が元の早さに戻っていく。

 身体に満ちていた力が抜け落ち、倦怠感だけが身体に残る。

 

 冬木以降、つまりオルレアン、セプテム、オケアノスの各特異点を攻略する度に改良を加えてみたが、やはり『隕鉄』で体に負担を掛けずに強化するのは無理らしい。

 それよりはサーヴァント達との訓練で経験を積んだ方が幾分かマシだろうというのが結論だった。

 

 それに魔術礼装以外にも解決すべき問題はある。

 まずは戦闘になるたび砕ける刀身だ。今のところはうまく受けたり、そもそも斬り結ばなくて済むように立ち回っているが、油断するとサーヴァント相手には一発でへし折れることある。

 あとは自分のサーヴァントとの連携を上手く取る必要もあるし、結構やることは多い。

 

 まあ刀身に関しては丈夫なものを用意するアテがあるので問題はサーヴァントとの友好関係だろう。

 

 コミュ力お化けの藤丸立香とは違い、こっちは一般的なコミュ力しかないのだ。

 

 オケアノスも攻略した現状、増えたサーヴァント達と関係を築くのは重要事項とは言えキツいものはキツい。おまけに誰が言っているのか召喚したサーヴァント達が俺の悪評を把握しているのも頭痛の種だ。

 

「はぁ」

 

「どうかしましたか?」

 

声の方向を向くと、目の前には後輩系盾サーヴァントのマシュが立っていた。

 

「ああ、自主訓練をしてただけだ。 ……何か用?」

 

「いえ、何か悩みごとがあるようでしたので」

 

 ファーストオーダーを経験して以来、マシュは心境の変化があったのか、ちょくちょく話しかけてくるようになった。というか割と気にかけてくれるようになった。

 死ぬような目にあったのだし、そりゃ心境も変わりもするだろうが、個人的には藤丸立香ともっと仲を深めて欲しい。

 

 冬木の件で恩を感じているという話も前に聞いた気がするが、別に脱糞野郎に無理をして話しかけてくる必要はない。

 

「まあ、自分でなんとかなる範囲だし。なんとかするよ」

 

 悪評のおかげで適当なことを言っておけば、適当に話を終わらせられるのが俺の強みだ。

 お陰で長話をする友人もいないが、それを深く考えるのは止めておこう。

 

「そうですか……。また、何か力になれることがあれば教えてください」

 

 そう言ってマシュは歩き去っていった。

 どこか残念そうというか寂しそうな雰囲気が出ていたのは気のせいだろう。たぶん。

 

「マスター! お待たせしました!」

 

「おっ、来たか」

 

 思考を切り替える。

 

 とりあえずはサーヴァントに頼み戦闘経験を積む。

 沖田には手頃なサーヴァントを呼んでくるように頼んでおいたが、無事見つけてくれたようだ。

 

 ウォーミングアップも済ませたし、あとは死なない程度に闘うだけだ。

 

「はい、話をしたら快く頷いてくれました!」

 

「へぇ、一体誰がーーーー」

 

「ふ、ここに来れば貴様と殺し合えると聞いてな」

 

 魔王が如き覇気。

 黒を基調とした鎧を纏った、騎士王の暗黒面。

 

 獰猛に嗤いながら剣を構える黒トリアがそこにいた。

 

「ではーーー行くぞ」

 

「ちょ……!?」

 

 ボコボコにされた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「……なんでこんなことしてるんだろうなー!俺!」

 

「うん、普段の君にしてはらしくないと言っても過言ではないね!」

 

 対サーヴァント訓練を終え、ロマンに治療をして貰いながら叫ぶ。

 あの後、俺の悲鳴で集まった血の気の多いサーヴァント達全員と手合わせする事になった。

 手加減されているとはいえ、ただのカルデア職員には荷が重すぎたようだ。

 

いや本当、ヘラクレスが出張ってきた時とか死ぬかと思った。

 

「……で、本当に良いのかい?」

 

「ああ、これ以降の英霊召喚は全部藤丸に回してくれ」

 

 ロマンに会いに来たのはそれを伝える為だ。

 

「一応、理由を聞いても良いかな?」

 

「特異点を攻略する中でサーヴァントを召喚する機会は何度かあった。数名契約することは出来たし、俺個人の戦力としてはもう十分だろ」

 

 半分本当で半分嘘だ。

 

 戦力は多いに越したことは無いが、カルデアの召喚術式はランダム仕様だ。

 万が一にも妙なサーヴァントを引くのが怖いので召喚する気が起きないと言うのはある。

 

「藤丸の方がサーヴァントと関係を築くのは向いてるからな。無理に俺が召喚する必要もないだろ」

 

「……わかった。立香くんにも伝えておこう」

 

「悪いな、頼む。あいつが強くなるのは良い事だ」

 

 俺の言葉にロマンの表情が曇る。

 何かおかしな事を言っただろうか。

 

「君にはまだ謝っていなかったね。 ……君達だけにレイシフトなんていう重荷を背負わせてすまない」

 

 ロマンが頭を下げるのを黙って見る。

 思うところがないと言えば嘘になる。

 が、俺と言うカルデア職員が爆破されると言う運命に逆らった瞬間から、こうなる事は予想できたのだ。

 

「気にすんなよ、仕方のないことだろ。 そんなことよか、次の特異点が見つかったんだろ?」

 

「……ああ、次の特異点を発見した」

 

「そうか、まあそろそろだとは思ってたよ。 休みももう終わりかと思うと悲しいな」

 

 椅子から立ち上がり、出口に向かう。

 次の特異点はロンドンだったはずだ。ある程度のプランを考えてあるとはいえ、自室に戻ってもう一度見直す必要があるだろう。

 

「……ヒズミくん。 君はーーー」

 

「ん? なんか言ったか、ロマン」

 

 足を止め振り返る。

 呑気なはずのカルデアの医療スタッフは、一瞬だけ罪悪感に満ちた表情で目を逸らし、すぐに笑顔で取り繕った。

 

「いや、なんでもないよ。 作戦は明日からだ。しっかり体を休めてくれ」

 

「……ああ、じゃあな」

 

 無機質に扉が開閉し、足音が遠ざかっていくのを感じながら、ロマンは再び呟いた。

 

「君は、死ぬのが怖くないのかい?」

 

 

 

 

 



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死界魔霧都市ロンドン
ハイドアンドシーク


 

 

 呼吸をするだけで蝕まれる死の霧が漂っている。

 もはやその街を出歩くような酔狂者はおらず、栄華を誇ったイギリスの首都は死んだように静まり返っていた。

 

 

 死界魔霧都市(ミストシティ)

 

 

 そう呼ぶにふさわしい。

 すでにロンドン内では大量の死者が続出し、政府や警察、果ては魔術協会ですらもまともに機能していない状態だ。

 

 すでに立香とは別行動を開始した上で、魔霧の入り込まない屋内へと退避は済ませた。

 現在は立香達が叛逆の騎士モードレッドを始めとするサーヴァントと遭遇し、今後の方針や予定を決めるのを待っている状態だ。

 

「ああ、わかった。それじゃ方針が決まり次第連絡をくれ。それまでは待機してる」

 

 通信を切る。

 

 外には異形の人型と機械仕掛け、姿の見えない殺人鬼。

 未だ戦うべき敵すらまともに定まらないというのが現状だ。

 

 何も知らない立香やカルデアの職員たちからすれば頭の痛い状況だろう。

 

「まあ、俺も例外じゃない……か」

 

 溜息を吐き、窓辺からロンドンの宙を眺める。

 道の先を見通すことすらままならない街の中で、それでも人理を滅ぼす光の円環は空の上に確認できた。

 

 あれがソロモンの宝具の一つ「誕生の時きたれり、其は全てを修めるもの」とか言う対人理宝具だ。

 何億もの光帯で形成された円環であり、その一本一本が「約束された勝利の剣」並の熱量を誇るという冗談みたいな設定がある。

 そんなものを敵がいつでも撃てるという、控え目に言ってかなりヤバい状況なのだが―――しばらくは大丈夫だろう。ソロモン曰く、自分達も暇じゃないらしいので余程酷いミスをやらかさない限り狙って宝具を使われる事はないはずだ。

 

 とはいえ、それも魔術王のさじ加減次第だが。

 

 何かの拍子にソロモンの気が変われば、あっという間に殲滅されるだろう。

 きっと文字通り塵すら残るまい。

 

「ふん、辛気臭い顔だな。ヒズミ」

 

「……ほっとけ」

 

 まあ隕石がいつ落ちるか並みの事を考えるよりは、当面の問題である、こちらで受け持つことになった騎士王様のご機嫌取りの方が問題だろう。

 

 漆黒を基調に赤い血脈が走ったような鎧。凛冷とした顔立ちと、強者が放つ特有の覇気。

 

「·······」

 

 ああ、そうさ。

 

 確かに強いサーヴァントが召喚されればいいなと思っていたさ。

 

 どの特異点でも強大な敵がうようよしている以上、味方のサーヴァントが強いに越したことはない。

 だが最も危惧するべき事態はメフィストなどの味方を嬉々として殺しにかかる英霊を召喚することだ。対サーヴァント一級フラグ建築士たる藤丸立香は殺されないかもしれないが、俺はそんなチートは当然所持していないので即殺されることすらあり得る。

 

 だから召喚は立香に行わせるようにしていたし、事実として藤丸立香は強いサーヴァントを召喚した。

 

 アルトリア・ペンドラゴン

 

 黒い方である。

 

「はぁ……」

 

 あの立香(小娘)、とんでもねぇモン呼び出しやがった。

 

 確かに当たり鯖を召喚しろとは思ったが、それは呼び出しちゃ駄目でしょ。

 俺、この前あの人と殺し合ってたんですけど。無能とか玉無しとか言って散々侮辱して騙し討ちしちゃったんですけど。

 

 なんか特異点Fでの出来事を若干覚えてるような節もあるし、カルデアでも出会うたびに何かしら絡んでくるから苦手なのだ。

 

 あ、やべ。目ぇ合った。

 

 黙って沖田の後ろに隠れる。

 

「わ、マスター? どうしたんですか?」

 

 どうしたじゃ無いんだよ沖田さん。

 目の前に俺達がぶっ殺した王様が立ってることについて何も思わないのかね?

 特異点F攻略直後に召喚された為、そこそこ長い付き合いにはなるものの、やはりまともに剣を交えて死にかけた身としては苦手意識があるのだ。

 

「そう怯えるな。便の緩い小物とは言え、思わず喰い殺したくなる」

 

「ヒェッ……!」

 

 獰猛な笑みを浮かべるセイバーオルタにビビり倒していると、暖炉の側にあった椅子に、偉そうに座っていたジャンヌオルタが忌々しそうにアルトリアを睨みつけながら突っかかりだした。

 

「ちょっと、うちのマスターにボコボコにされたからって粘着するのはやめてもらえないかしら? 正直言って目障りだわ」

 

「……ほう、特異点では意気揚々と突っ込んできて返り討ち、特異点もろとも計画を潰された者の言うことは違う。非常に滑稽だな?」

 

「何ですってェ!」

 

「仲良くなれとは言わないから喧嘩すんなよォ!」

 

 オルタ二人と暴風と呪炎にさらされるこっちの身にもなってほしい。

 考えないといけない事は山ほどあるのに、こんなので悩み事を増やしたくない。すでにストレスでキリキリと痛み出した腹でこっちも色々と不味いのだ。

 下手すればようやく忘れられ始めたカルデアの脱糞王の渾名が復活してしまう。

 

「……っ! で、でもこの冷血女が!」

 

「馬鹿にされた気持ちは分かる! けど! そこをグッと抑えてください! 」

 

「なっ!? 馬鹿にされてるのはアンタでしょう! なんでアンタは怒らないのよ!?」

 

 だってカルデアの評判は事実だし。

 というか計画としてはこうなる事は想定済みなのだから、いまさら渾名程度で怒る気力も起きない。

 精々がちょっとブルーな気持ちになる程度だ。

 

「まあ事実だし……。 味方同士そう突っかかんなよ。 ほら、チョコあげるから」

「いらないわよ!」

 

 いらないと言いながら、チョコをひっ摑んだジャンヌが近くの椅子にドカリと座り込む。

 機嫌は悪そうだが、どうにか落ち着いたようだ。

 

「ところで、さっきからこの部屋に飛んでいる黒いモノはなんだ?」

 

 アルトリアの指が示す方向には蝶が飛んでいた。

 生き物と呼ぶにはあまりに無機質な、影から切り抜いたかのような蝶だ。

 

「ああ、それは俺の……魔術? みたいなもんだよ」

 

 黒い蝶々の正体は転生特典の「魔力放出(闇)」であり、魔術なのかは怪しいところだ。

 微力な魔力で闇を生成することができる能力なのだが、使い道が闇に隠れるくらいしかないため、いまいちパッとしない。

 

 どうせならもっと派手な力が欲しかったが、これはこれで重宝するために発動練習をしていたのだ。

 

 ある程度の効果を把握しているとはいえ、未だに闇の効果範囲は未知数なのだから、自身の能力を研究はしておくべきだろう。

 

 生み出した闇に、適当な形を取らせて動かすと言った感じの簡単なものだが。

 試しに手のひらから闇を生み出し、何匹かを蝶や鳥の形で飛び回らせて見せる。

 

「ほう、面白い。貴様が単独で特異点を動き回れたのはその力のせいか」

 

「逃げて隠れるのには向いてるからな。それ以上の役には立たんけど」

 

「ふん、自身の力を下げて評価するな。意味のない謙遜は貴様以外の者の価値まで下げる」

 

「……ああ、気をつける」

 

 アルトリアの言葉に少々驚いた。

 絡まれるあたり、なかなかに嫌われているのかと思っていたが。

 

「なんだ、その表情は。 私は価値のあるものは正当な評価を下す。叛逆の騎士モードレッドに対して貴様がとった行動に対してもだ」

 

 モードレッドとアルトリアが遭遇しないように別れた件の事を言っているのだろう。二人が出会って無事に済む光景が浮かばなかったので、多少無理を通して立香が連れてきたアルトリア・オルタを、特異点に入る前に仮契約して借りたのだ。

 

 立香のコミュニケーション能力があるとはいえ、ブリテンの騎士王と叛逆の騎士の邂逅はリスクが大きすぎた。

 

 しかし、ロマンに戦力は十分なんて言った手前、かなり不自然に立香に頼む形になってしまった。しかし何もしなければ、特異点攻略にてほぼレギュラーメンバーとして組み込まれているアルトリアは確実にロンドンでモードレッドと遭遇していただろうし、仕方ないと割り切るしか無いだろう。

 

「……まあ、運が良かったと思ってるよ。この調子で何事もなく進んでくれれば嬉しいんだが」

 

 本音の少し混ざった、当たり障りのない言葉。

 その言葉を目の前の騎士王は鼻で嗤った。

 

「なにか変なことを言ったか?」

 

「いやなに、ずいぶんと白々しい言葉を吐くものだと感心しただけだ」

 

 アルトリアの言葉に眉をひそめる。

 

 アルトリアが召喚されたのは特異点F攻略後、つまりオルレアン、セプテム、オケアノスの特異点を乗り越える中で、何度も戦場を共にしたことがある。

 

 彼女との仲は悪くはない、少なくとも険悪ではないはずなのだ。

 性質が反転したオルタ故に馴れ合うことはないものの、連携を取るといった形ではそれなりに付き合いがある。

 

 

 嫌な予感がする。

 

 

 俺が1度目の死を迎える前、狂った父親に襲われる前のような、あと一歩で全てが壊れてしまうという致命的な予感。

 

 

 

「ああ、貴様は疑われているぞ。 カルデアに、奴は人理焼却を成した者の手先ではないかとな」

 

 

 

 

 瞬間

 

 沖田が剣を抜き放ち、目の前にいた騎士王へと叩きつけていた。

 一瞬遅れて金属の擦れる音が鳴り響き、騎士王との距離が空く。

 

「なっ……!?」

 

 頬を伝い零れ落ちる赤いモノを見て、()()()()()()()()()と理解する。沖田がいなければ、おそらく首が飛ばされていたかもしれない。

 

「ほう、臆病者のマスターを持って腑抜けた訳ではないらしいな、人斬り」

 

「黙りなさい。仮契約とはいえ、主人に噛み付く狂犬風情が!」

 

 状況が理解できない。否、脳が理解を拒否している。

 

 頭を抑えて呻き声をあげる。

 おそらく最悪の状況だ。

 それも、俺が回避しようとしていたモノの中でも一番不味い。

 

『ヒズミくんのバイタルが乱れた! なにが起こったか状況を教えてくれ!』

 

「……立香から預かっているアルトリアに襲われた。 理由は俺が裏切り者である可能性が大きいから、だそうだ」

 

『な!? それは彼女の独断なのか!?』

 

 何を当たり前の事をと言わんばかりに騎士王が嗤う。

「何を驚く。 貴様らが言っていたのだろう。アイツは怪しいと、お前は信用できぬと。ならば処断するほかあるまい?」

 

「それは、本当なのか。 ……ロマン」

 

『それは私から話をしよう』

 

『待ってくれ! ダ・ヴィンチちゃーーー』

 

 ロマンを押しのけ、万能の天才が現れる。

 ダヴィンチの目を見て理解した。説得をすることも、場を濁して話を流すこともできない。

 これは疑いの目ではなく、すでに味方では無いものを見る目だ。

 

『時間もある訳ではないし、簡単に説明しよう。

怪しい点はいくつかあるがーーー特異点Fからロンドンを含め、君はあまりにも()()()()()()()()()()。まるで何が起こるのかわかっているようだったよ。

 

 

ーーーはっきり言って、君をただの味方として見るのは無理だ』

 

 

 

「…………俺は、お前達の、味方だ」

 

 呼吸が浅い。ストレスで頭がグラグラと揺れる。

 気を張っていないと今にも崩れ落ちそうだ。

 

 ダ・ヴィンチがどこか悲しそうに俺を見る。

 

『うん、ごめん。信じたいけど、信じられない』

 

「……そうか」

 

 そう言われたならば、そういうことなのだろう。

 もはやカルデアに俺の居場所は残されていない。

 

 だがーーーーーー

 

「この男の処断はどうする?」

 

『とりあえず、レイシフトを終わらせて拘束させてもらう。……それでいいね、ヒズミくん』

 

「ーーーいいや、この特異点だけはこなさせてもらう」

 

 ここだけは投げ出せない。

 

 死界魔霧都市ロンドン。

 

 特異点F、オルレアン、セプテム、オケアノスの四つの特異点とは一線を画す場所だ。

 特異点を破壊し尽くせるだけの圧倒的な魔力を持つサーヴァントとの連戦、そして何より魔術王ソロモン(黒幕)の出現。

 ロンドン時点で唯一、気まぐれで藤丸立香を殺すことができる圧倒的存在。

 

 物語における重要な分水嶺(ターニングポイント)

 俺の存在が原作に影響を与える可能性があるのなら、干渉できない場所で眺めることは許容できない。

 

 ダ・ヴィンチが呆れた風にため息をつくが、俺にだって譲れないものはあるのだから仕方ない。

 

『……君に選択肢は無いと思うのだけれど。 ……レイシフトを始めてくれ』

「だから嫌だって言ってんだろ」

 

 改造魔剣『隕鉄』を抜き放ち、闇を呼び起こし全身に纏う。

 生み出された漆黒は光を飲み込み、音を消し、熱すら隠し、魔力すら消沈させる。

 

 一時的とはいえ、誰もまともに俺の全容を把握できないし観測することはできない。

 

 何一つ例外はない、それは()()()()()()()()()()()だ。

 

『鴻上ヒズミの観測が不安定です! これではレイシフトが成立しません!』

 

『彼の固有魔術か! まさかシバからの観測まで躱すとは思わなかった』

 

「ならば魔術を使えぬように、一度ねじ伏せればいいだけだ」

 

「ッ!? マスター! 逃げてください!」

 

 騎士王の剣を沖田が割り込むようにして受けるが、魔力放出による一撃を防ぎ切れず吹き飛ばされる。

 

 壁をぶち抜いて倒れた沖田が立ち上がるが、すぐに表情を歪めて崩れ落ちる。

 沖田総司の剣は攻勢に発揮される、筋力の上回る相手に防衛は余りに不利だ。

 

 闇を使って逃げるにしても、直感持ちのアルトリアには分が悪い。

 隕鉄による自己強化で戦うのもやめた方がいいだろう。離脱が長引けば立香がサーヴァントを引き連れてくるはずだ。

 

 騎士王が爆発的に加速する。

 思考する時間がない。

 舌打ちしながら隕鉄で受けようとしてーーー

「なにを焦ってるのですか、らしくない」

 

 横合いから来た爆炎に騎士王が吹き飛ばされた。

 街並みを破壊しながら吹き飛んだ騎士王に呆然としながら、焔を放った者に目を向ける。

 

「……お前は、裏切り者に味方するのか?」

 

 俺の言葉に不機嫌そうな顔でジャンヌが答える。

 

「私のマスターはカルデアではなく貴方よ、それはそこの剣士も同じでしょう」

 

「マスター……! 早く逃げてください!」

 

「……時間くらいは稼ぎます。 はやく自分のサーヴァントを連れて行きなさい」

 

 ジャンヌが騎士王が吹き飛んだ方向を見据える。

 視線の先には漆黒の剣士が、獰猛な笑みで立ち上がっていた。

 

「……すまん、任せる」

 

「さっさと行きなさい。貴方にはやる事があるのでしょう?」

 

 相変わらずな態度に苦笑する。

 だが今は、そんな不遜な彼女が頼もしい。

 

「礼は必ずさせてもらうよ」

 

「ええ、たっぷりと絞り取らせてもらうわよ」

 

 隕鉄によって身体能力が引き上げられていく。

 崩れたままの沖田を抱え、蜘蛛が巣を張るように闇の範囲を拡大していく。

 

 ここはロンドン。

 毒性があるとはいえ、霧にあふれたこの街は潜伏するには最高の条件だろう。

 

 まずはこの場から逃げ切ること。

 

 それだけを考えて、俺は死の気配の満ちた魔霧に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いつも誤字報告くれる方、感想くれる方、本当に嬉しいです。ありがとうございます。


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小さなカルデア事情

(投稿が)遅い、(話しが)短い、(文が)雑い


『伝えておかないといけない事がある。 ……ヒズミ職員が逃亡した』

 

 

 

 

 ロマンからヒズミが逃げた事を聞いてから数時間。

 立香とマシュの表情は曇ったままだ。

 

 仕方のないことだ。

 カルデアにいた頃、事前にダ・ヴィンチちゃんから彼に疑いが掛かっているという話は聞いていたが、鴻上ヒズミが実際に逃亡をしたという事実は彼女達に重くのしかかっていた。

 

「ヒズミさん、なんで逃げちゃったんだろ……」

 

「……わかりません」

 

 彼がカルデアから逃げたという事は、つまり逃亡をするだけの理由があったのだろう。

 

 しかし数々の特異点で、彼の戦いを間近で見てきた彼女達には簡単には受け入れられない事だ。

 

「だぁああ! 辛気臭せぇな! やましい事のない人間が逃げるかよ! 」

 

 重苦しい空気が漂う中、苛立ちを抑えきれなかったモードレッドが叫び声を上げる。

 

「敵か味方かわかんねぇ奴に背中を任せられるか。 洗いざらい情報を吐かせてふん縛って転がしてる方がよっぽどマシだぜ」

 

 そうだ、だからこそアルトリアは鴻上ヒズミを捕まえようとしたのだろう。

 たとえ独断であったとしても、それが最善と考えたから彼女は鴻上ヒズミをこの特異点から追い出す口実を作ろうとしたのだ。

 

「でも……、私達はいままでヒズミ先輩の姿を見てきました。彼の特異点での行動や戦いは、私達を貶めるような人物が行うようなものではないと思うのです 」

 

 思い浮かべるのは特異点Fでの出来事。

 主戦力であったクーフーリンと沖田が騎士王に倒された絶望的な状況、皆が諦めかけた時、彼は確かに命懸けで戦ったのだ。

 彼は勇気のある人物では無い、むしろ臆病とさえ言える性格だったはずの彼が、恐怖を抑え込み英雄に立ち向かったのだ。

 

『ああ、ヒズミくんの戦いは皆が見ていた。 あの姿を見たからこそ僕達は彼を信じているんだ』

 

 立香とマシュが驚いた表情で、通信端末に映るロマンの顔を見る。

 

「でも、ヒズミさんは敵かもしれないって……」

 

『最初から可能性の話なんだ。ダ・ヴィンチちゃんも彼に全面的に信用する事は出来ないといったけれど、敵であると判断したわけじゃないんだ」

 

「ではヒズミ先輩はまたカルデアに戻ってこれるのですか!?」

 

 マシュと立香の表情が目に見えて明るくなるのを見て、ロマンの表情も軽くなる。

 

『ああ、もちろん。 ……でも彼が何かを抱えてるのは間違いない。話してもらわなきゃならないことはあるけれど、カルデアは彼の味方でありたいと思っているよ』

 

「よしっ! なら早くこの特異点も攻略しないと。 ―――良かったねマシュ!」

 

「ええ、本当によかったです」

 

 部屋の中の空気が久しく軽くなる。

 モードレッドが呆れたような表情を浮かべ、二人の変化を察した他の英霊達もそれぞれ納得したように散っていく。

もそれぞれ納得したように散っていく。

 

 喜ぶ二人の少女を見て安心するが、少しの罪悪感がロマンの胸をチクリと痛めるというのも事実だ。

 

 ヒズミの味方でありたい、というのがカルデアの方針だと言った。

 だがそれはレイシフト可能な人材、戦力としての有用性から来るものだ。彼のこれまでの働きに心を動かされた職員もいるとはいえ、彼に対していい印象を持っていない職員もいるというのも事実だ。

 

 彼のあらかじめ予定していたかのような働き、タイミングの良すぎる働きは以前から何処か不自然ではあったのだ。

 それが騎士王の行動ではっきりと浮き彫りになった。

 

 結局のところ、彼がカルデアに戻ってこれるかは彼次第なのだ。

 自身の潔白を、人理修復を成す者であるという証明だけが彼の残された道だ。

 

 彼が敵なのか、味方なのかはまだわからない。

 

 だが彼は間違いなく、ロマンですら識り得なかった人理焼却に関する重大な何かを知っているのだ。

 

「ヒズミくん、君は一体―――」

 

 

――――何者なんだ?

 

 

 彼の小さなつぶやきは、電子の雑音(ノイズ)に飲まれて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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彼と彼女の話

 

 適当に見繕った家の中で、煙を燻らせるように『闇』を薄く身体に纏わせる。

 

 几帳面に全身を覆う必要は無い。

 というか覆えない。

 

 特異点という過去の世界で活動するには、カルデアからの存在証明が必須となる。

 三流魔術師が単独で過去に点在できるほど、世の中は甘くない。

 

 だからこそ、カルデアが完全に俺の存在を見失うのではなく()()()()()()()()()に闇の存在遮蔽を留めてある。

 

 存在が不安定な程度であればカルデア側が必死になって維持してくれる。

 

 なにせ今の俺は人理焼却の重要参考人である。

 カルデア側としてはなんとしてでも捕らえて情報を吐かせたい存在だろう。

 

 今頃、不安定な俺の存在証明に躍起になっているだろうと大体の予想がつく。

 カルデア職員たちには頭が下がるが、あきらめて己の職務を全うしてもらおう。

 

 闇による潜伏が有効であるという事実ははっきりした今、カルデアの強制送還から逃げおおせればこっちのものだ。

 

 まあ、あくまで観測不安定止まりなので大まかな俺の居場所はバレている筈、定期的な拠点の移動は必要だろうが。

 

 たぶんアルトリア・オルタが追いかけてきてるだろうし。

 

 

 

 だが、まあ、しかし________

 

 

「......やっちまったなぁ」

 

 あまりにもあんまりな状況に頭を抱える。

 

 第一特異点での介入タイミングから始まり、各特異点での効率的な立ち回りが若干不審に思われていたのは把握していた。というかそこを気にしないのならば、転生者はみんな人理救済RTAをするに決まっている。

 

 もともと評判の良くなかった俺だ。その多少睨まれる程度であれば許容しようという方針だったのだが___

 

「アルトリアの奴、やってくれたよなぁ」

 

 騎士王の実力行使でカルデアの不審が浮き彫りになった。

 

 俺とカルデア、しばらくは互いに様子見で済ませておく方針だったのだろうが、表面化してしまえば組織は対処せざるを得ない。

 というかカルデアからすれば、気になる点を一気に解消できるいい機会だろう。

 

 とりあえずカルデアで事情聴取、問題なければ騎士王の過失で済む話だ。

 おそらく騎士王も俺をぶっ殺すつもりではなかったはずだ。たぶん。

 

 だが洗いざらい吐かされれば転生者であることがバレるのは明白。そしてそれは魔術の世界では致命傷も良いところだ。人理を救っても自分が魔術師の研究材料になっては意味がない。

 

 まあ立香と魔術王との邂逅も相当に不安な要素であったというのもあるが。

 

 結局、特異点から離れる選択肢のない俺は逃げるしかなく、おかげで心証は最悪。

 たぶん二度と笑顔でカルデアの敷居は跨げないレベルの状況になっている。

 

「はぁ......」

 

 いよいよ後がなくなってきている。

 

 これなら騎士王と殴りあっていたほうがマシだ。

 アルトリアをとち狂ったサーヴァントとして処理しておけば、まだ適当な言い訳ができたかもしれない。

 

 というか、あの場には沖田とジャンヌがいたのだから、戦力的に考えればいくら騎士王とはいえ殺せたはずだ。

 

 アルトリアを受け持った時から、そのくらい理解していたはずなのだ。

 

 

 

 俺も、もちろん騎士王も。

 

 

 

「クソ......ッ‼」

 

 出所のわからない苛立ちを紛らわせるつもりで、闇をいじって動物を創り出す。

 鳥が、蝶が、猫が、魚が、影から抜け出したかのように狭い室内を舞い上がる。

 

「マスター、お茶入れてみましたよー」

 

 家の中を適当に物色したのだろう。

 紅茶の香りを漂わせながら沖田が部屋に入ってくる。

 

「......紅茶、淹れられるのか」

 

「ええ、食堂でエミヤさんに教えてもらったんですよ。......しかも自信作です!」

 

 少しばかり意外に思いながら紅茶を受け取る。

 

 まあ、平時であればカルデアはなかなか穏やかな場所だ。

 気の合う鯖同士であれば交流もそれなりにあるのだろう。

 

 適当に納得して紅茶を飲む。

 

「......」

 

 あまっ。

 

 大量の砂糖でも入れたのだろうか。めちゃくちゃ甘い。

 紅茶というよりは温かい砂糖ジュースだ。

 

 沖田がじっと見つめてくるが、反応に困る。

 

 どうコメントするべきなんだ、これ。

 

「どうですか?」

 

「......ああ、美味しい。疲れた体には最高の一杯だ」

 

「ふっふっふ、そうですとも! マスターのためにいっぱいお砂糖を入れましたから!」

 

 気をよくしたのか、腰かけて沖田が鼻歌交じりに紅茶を飲み始める。

 

 ロンドンは雨なのだろう。

 

 しとしとと雨が降る音が聞こえる。

 

 静かに流れる時間を、少しだけ心地よく感じる。

 このまま時の流れる感覚に身を任せたくなる気持ちを払い、今後の計画を練り直す。

 

 だが、結局のところ無駄なことをしていることは解りきっている。

 自身の置かれた状況と、今後の展開を照らし合わせれば、自然と行き着く結論だ。

 

 この特異点で俺の評価を挽回することはもう無理だろう。

 

 数えることすら億劫な何度目かの、『詰み』の再確認。

 

 どうしようもない状況に目を閉じて、静かにため息をつく。

 

「......マスターは、どうしてカルデアの味方として戦っているんですか?」

 

 静寂の中、唐突に隣で沖田が口を開いた。

 

 静かに視線をずらした先で、彼女は影絵の猫をつつきながら暗い表情をしていた。

 

 少しばかり、困惑する。

 世界を救うためだとかいう大前提の目的の話ではないだろうが、質問の意味を捉えかねる。  

 

 考える俺をよそに、俺の視線が合わないように目を伏せたまま、沖田はぽつりぽつりと話し出した。

 

「だって、可笑しいじゃないですか。マスターは必死に戦って、傷ついてここまで来たのに、こんなことになってます」

 

「............」

 

「私、知ってます。マスターがやさしい人だってこと。私に......人斬りにここまで気安くしてくれた人なんて今までいませんでした。どうにかカルデアの職員やサーヴァント達と仲良くなろうと努力してたことだってわかってます!」

 

 せき止めていたものが流れ出すように、沖田の言葉は止まらない。

 

 感情の混ざったそれを黙って聞き続ける。

 

「言いたくないことなんて、誰にでもあるじゃないですか......。皆のために戦ったのに、怪我もたくさんしたのに、結局は裏切り者呼ばわりされて。こんなの私___」

 

 

 

 悔しいです。

 

 

 それだけ言って、彼女は口を閉じた。

 

「___ああ」

 

 それだけの話を聞いて、ようやく自分が心配されていることに気が付いた。

 

 少しばかり気恥ずかしくなって頭を掻く。

 

 まさかここまで自分のことを考えてくれるとは思ってもいなかった。

 せいぜいサーヴァントとしての役割を果たすために、仕事として付いて来てくれていたのだと思っていたのだが。

 

「まあ、カルデアでの扱いに不満はないわけじゃないが......、秘密主義の嫌われ者なんだからこんなもんだろ。別にカルデアの奴らが悪いわけじゃないさ」

 

 カルデア職員のお人好しさというか、善性は知っているつもりだ。

 

 なにせ某白い獣が、大きくならないような職場環境を作るような奴らだ。

 こんな状況になったのは、俺がカルデアを信頼しきれなかったというのもでかいだろう。

 

 自業自得といえば自業自得だ。

 

「......マスターは諦めが良すぎます」

 

「なにせ、できないことに固執してる余裕がないもんで。物事の判断はなるべく早くすることを心掛けてるのさ」

 

 人生は妥協だって、偉い人が言ってたし。

 

 押してダメなら諦めろとも聞いたな。

 

「あとな、こういうことは自分で言うのは変だが、俺はやさしくないぞ」

 

 本当にやさしいっていうのは藤丸のような奴だろう。

 

 やさしい奴はレフの爆破テロを見逃したりしないし______なにより人理焼却の情報を黙ったりしない。

 

 

「でも、マスターは私の願いを考えて、いつも戦場に連れて行ってくれるじゃないですか」

 

 沖田の願いは『最後まで戦い抜くこと』だ。

 

 おそらく彼女はそのことを言っているのだろうが____

 

「バッカお前、そりゃ最強のサーヴァントは常に連れ歩くにきまってるだろ? しかも燃費もいいしな」

 

 適当な言葉で濁す。

 

 どこのどいつが優しいかなどという、馬鹿らしい話はこれで終わりだ。

 

「......もう、マスターがそれでいいなら、かまいませんけどっ」

 

 どこか沖田が呆れたような、拗ねたようなに話す。

 

 重苦しい雰囲気が少しだけ軽くなったのを感じて、場の空気を切り換えるために勢い良く立ち上がる。

 

「まあカルデアからの信頼を回復する方法なんていくらでも思いつく。帰ったら甘いもんでも食べようぜ! もちろん俺の奢りだ!」

 

「本当ですか!? やったー‼」

 

 嘘だ。

 

 カルデアの信頼を修復する方法は思いついていない。

 ただ自分のサーヴァントを落ち着かせるための方便に過ぎない。

 

 だが、自分のやるべきことだけはわかっている。

   

 

 

 藤丸立香と魔術王ソロモンの邂逅を見届け、危険があれば守ること。

 

 

 

 俺が成すべきことはそれだけだ。

 

 今回の特異点の解決は立香に丸投げさせてもらおう。

 六章、七章を攻略することを考えるのであれば、ロンドン程度は自力で乗り越えてもらわねば困る。

 

 俺が現れるタイミングは終盤でいいだろう。 

 

 ニコラ・テスラ、そしてランサーとして現界した騎士王との戦闘になれば、雷で嫌でも見つけられるだろうし。

 それまでは隠れながら今後の身の振り方を考えればいい。

 

「___あの、マスター」

 

 振り返って沖田を見る。

 

 桜色の少女剣士は、どこか寂しげな表情を浮かべていた。

 だがそれも一瞬、気が付けばいつも通りの陽気な表情でほほ笑んでいた。

 

「......やっぱり、何でもないです」

 

「えぇ......いいけどさ」

 

 まあ、何か言いたいことがあるのだろうが、言いたくないのなら無理強いはするまい。

 

 窓辺から外を覗く。

 

 霧に包まれたロンドンの街に雨が降り続ける光景を、ただぼんやりと眺め続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

  

 



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