「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」 (ルシエド)
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一章 紅魔の里の問題児たち
1-1-1 むきむき、四歳にて出会う


 地雷っぽいタグを大量に付けておくことで、あらかじめ読む前に読者さんの期待ハードルを下げておき、作品に対する評価を操作するというこうどなじょうほうせんぎじゅつ


 曰く、頭のおかしい魔法使いが集まる里。

 曰く、世界最高の魔道士の一族が(たむろ)する里。

 曰く、魔王軍でさえも子供扱いする反則集団が生まれる里。

 曰く、本気になれば人間世界くらいは七日で征服できる里。

 その里の実情を知る者達の中でさえ、評価が安定しない里があった。

 

 その名も紅魔の里。人類最強の魔道士一族、紅魔族が住まう里である。

 

「ねえ、私を連れていきたい所ってどこなの?」

 

 その里で族長を務める男と、その娘が里を歩いている。幼い娘は父に手を引かれ、小さな疑問を口にしていた。

 少女の名は、ゆんゆんといった。

 

「お前の友達になってくれるかもしれない子の所さ」

 

「!?」

 

 ゆんゆんには友達が居ない。地球的に言えば、保育園や幼稚園で他の子供と一切絡まず一人遊びをしている、可哀想を通り越して心配になるタイプの子だった。

 彼女は魂レベルでぼっちである。この性質は、友達が出来てもそう簡単には変わらないだろう。

 友達ができればぼっちじゃなくなるだろ、と言われそうだが、彼女は友達ができようともぼっち気質である。デイダラボッチ級のぼっちだ。ぼっち売りの少女である。

 

 そんなだから、父のその言葉に過剰に期待してしまった。

 

「―――!?」

 

 そして、目的地となる家の扉を開き、そこから出て来た人物の姿を見て、ゆんゆんは危うく腰を抜かしそうになる。

 

「あ、あわわ……」

 

 その男はあまりにも巨大だった。

 大きく、分厚く、重く、そして大雑把過ぎた。

 それはまさに肉塊だった。

 

 ゆんゆんの父が名乗りを上げると、その男は即座にそれに応じた紅魔族流の名乗りを上げる。

 

「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉の持ち主!」

 

「ゆんゆん、お前の一つ歳下だよ」

「歳下!?」

 

 身長199cmッ! 体重210kgッ! 四歳ッ! 成長期ッ!

 

「はじめまして」

 

「あ、はじめまして。ゆんゆんです」

 

 黒い髪と赤い目は、まごうことなく紅魔族の一人である証。

 名乗りも十分。むきむきは族長から及第点を頂いていた。

 が、ゆんゆんは――里の外の世界基準で――普通の少女のような名乗りをしてしまい、族長は困った顔をしてゆんゆんの背中を肘で小突く。

 

 この名乗りは、紅魔族のスタンダードだ。

 里の外の普通の人達の感性を基準にすれば、あまりにも痛々しく恥ずかしい名乗り。

 されど、紅魔族のヘンテコな感性を基準にすれば、最高にカッコイイ名乗りとなる。

 ゆんゆんの不幸は、里の外の人達と同じ、ごく普通の感性を持ってこの里に生まれてしまったことだった。

 

 ゆんゆんは大層恥ずかしい思いをして、紅魔族流の名乗りを上げる。

 

「わ、我が名はゆんゆん! 紅魔族の長の娘にして、やがて族長となる者!」

 

 名乗ったら名乗ったで顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 ごく普通の少女の感性。これでは里で友達ができないのも仕方ない。

 このまま周囲の感性に馴染めず、周囲と根本的な相互理解が行えず、友達ができないまま十数年里で熟成されてしまえば、とんでもないぼっちが完成してしまいそうであった。

 アンデッドの王がリッチーなら、ぼっちの王はボッチーになるのだろうか。

 

「ではゆんゆん、上手くやるのだぞ。

 なにかあったらすぐに私に連絡するようにな!」

 

「待ってマイファーザー!

 もしかして私、この人のお目付け役みたいな感じなの!?」

 

「友達の居ない娘への気遣いもあるぞ」

 

「嫌な公私混同をしないでぇ!」

 

 どうやらこの族長。ぼっちの娘の友達問題と、このマッスルモンスターのお目付け役が必要という問題を一気に解決しようとしていたようだ。

 むきむきとゆんゆん、その両方に信頼できる友達を作ってやろうという気遣いも感じられるが、問題の解決法が大雑把すぎる。

 だが問題は、族長の行動だけではなかった。

 

「ご、ごめんなさい……図体だけでかくて、友達になりたくないような奴でごめんなさい……」

 

「!? あ、ううん、そうじゃなくて! こ、こちらこそごめんなさい!」

 

 どうやらこのむきむきというラオウ風ショタは、ゆんゆん並みに内気でナイーブな性格をしていたらしい。

 ゆんゆんの態度を見て、自分のせいで不快な思いをさせてしまったのだと思ってしまったようだ。とても申し訳なさそうな顔をしている。

 そんな彼にゆんゆんは必死に弁明し、族長は昼寝のために無言で自宅へ帰った。

 

 ゆんゆん五歳。むきむき四歳。

 これが、ゆんゆんの未来を決定する運命の出会いであった。

 

 

 

 

 

 むきむきとゆんゆんがぐだぐだと友達になったその翌日のこと。

 むきむきは他の大人がしている仕事を、自分にできることの範囲で手伝っていた。

 

「よい、しょっと」

 

 むきむきの両親は、既に魔王軍との戦いで死去している。

 なのだが、むきむきは誰の家にも引き取られなかった。彼が両親の家から離れるのを嫌がり、自分一人でも生きていけることを、働くことで証明したからである。

 そのため、彼はそんじょそこらの大人より立派な一人暮らしの光景を家の中に作りつつも、四歳一人暮らしというギャグみたいな毎日を過ごしていた。

 里の一部では、「ニートやってるうちの息子よりずっと立派だわ」と言われていたりする。

 日本には昔小学生が大人顔負けの能力を持って働くアニメが大人気だった時期があったが、それとこれはまあ特に関係ない。

 

「畑手伝い終わり、工芸品搬入終わり、次は……」

 

 一見した限りでは大人が一人暮らしをしているように見えるので、子供が働いている印象がなく、周囲の良心が痛みにくい、というのもある。

 だが、むきむきの意志を強引に押し切り無理矢理にでも自分の家に引き取ろう、と考える者が居ないのには、別の理由もあった。

 

「おい、才無しだぜ」

「バカ、聞こえたらどうすんだよ。かわいそうだろ」

「魔法使えない紅魔族なんて、本当に居るんだね」

 

「……」

 

 むきむきは、()()()使()()()()紅魔族だった。

 紅魔族は例外なく生まれつき高い魔法資質を持ち、その全てが魔法使いの最上級職アークウィザードとなる。

 そして成人する頃には、その全員が上級魔法を操る最高位の魔法使いとなるのだ。

 

 だが、むきむきは紅魔族の歴史の中で初めての、ただ一人の、何故か魔法の才能が皆無であるという紅魔族であった。

 この世界において、魔法はスキルポイントというものを振って、システマチックに習得するものである。

 才能がなければ、『魔法が使えない』という事実が『習得できない』という形でハッキリと突きつけられてしまう。

 そのため、"紅魔の里そのものから"この少年は浮いていた。

 

 この里には、魔法が使えない者のための学校は存在しない。

 魔法を修める者のための学校で一般常識を教えはするが、そうでない者のための学校はない。

 魔法使いでない紅魔族のために用意された居場所も無い。

 子供達がむきむきを見てひそひそと話し、ある子供は同情の視線を向け、ある子供は珍獣でも見るような目で彼を見て、ある子供は身内の輪の中に居る部外者のようにむきむきを見て、ある悪ガキはむきむきに突っかかっていく。

 

「おい、魔法使えない奴は脇にどいてろよ」

 

「……うん、ごめんね」

 

 大人は総じてむきむきを気遣いつつもどう扱えばいいのか戸惑っている者が多かったが、子供は総じてむきむきを見下している者が多かった。その程度に、各々差はあったが。

 見下してはいるが、悪意があるわけでも敵意があるわけでもない。憎しみもない。だから子供達は攻撃を仕掛けているわけでもない。

 子供達はただ、魔法を使えるのが当たり前の(せかい)の中で、魔法を使えないという異物(むきむき)に対し、子供らしい反応を返しているだけだった。

 それが結果として、むきむきの心を傷付けていたとしても。

 彼らは子供だ。その心の痛みには気付けない。

 

「これからはちゃんと、見かけたら道を譲るから」

 

「……けっ」

 

 どこか卑屈なむきむきに苛立ちを覚えた様子の子供が、どこかへと去って行く。

 突っかかってきた子供に見せたむきむきの愛想笑いは、子供には見抜けず、大人ならば痛々しいと感じる、そういう笑みであった。

 ちょっとだけ泣きそうな雰囲気で、はぁ、とむきむきは溜め息を吐く。

 そうしていたら、パコーン、と何かを叩く音が聞こえた。

 

「?」

 

 思わずむきむきが振り返ると、先程むきむきに絡んで来ていた子供が、尻もちをついていた。

 その前には幼い少女が立っている。

 どうやらその少女が、その辺に落ちていた木の棒で頭をぶっ叩き、叩かれた子供が尻餅をついたという状況のようだ。

 少女は子供に何かを言い、子供は悔しそうに何かを言いながら駆け去っていく。

 

 少女は木の棒を杖のように振り回し、むきむきの前にやって来る。

 

「君は……?」

 

 少女は少しぼやっとした顔で、それっぽく大人を真似た、子供らしいようなそうでないような名乗りを上げた。

 

「我が名はめぐみん。紅魔族随一の職人の娘。やがて、紅魔族最強の魔法の使い手となる者!」

 

 名乗られたならば、返さねばならない。

 

「我が名はむきむき! 紅魔族随一の筋肉を持つ者!」

 

 二人の身長差は、90cm以上。だが、その実めぐみんの方が年上であった。

 

「もうちょっと胸を張ってもいいと思いますよ、あなたは。

 あんなのはちんぴら? とかいうのと変わりません。ぶっとばせばいいんです」

 

「ぶ、ぶっ飛ばすのはちょっと……」

 

 肉体はともかく、精神的にはめぐみんの方が強そうだ。どこか豪快さを感じるめぐみんとは対照的に、むきむきの話し方からは繊細さが感じられる。

 

「……君は、僕が嫌いじゃないの?」

 

 その質問は、どこまでも的外れなものだった。

 むきむきを本気で嫌っている者など、里には一人も居ない。

 里の大人のむきむきへの対応、里の子供のむきむきへの反応はそれぞれ違うが、そのどちらも根本にあるのは"異物に対する感情"である。

 彼は『違う』と思われているだけで、『嫌い』とは思われてはいない。

 

 だが、その事実が何の救いになろうか。

 むきむきは嫌われたくないのではなく、好かれたいのだ。

 彼もまた、幼い子供であるのだから。

 

 ゆえに、むきむきの思い違いに気付いているわけでもなく、彼を救おうとしてここに来たわけでもなく、思うままに行動し思うままに言葉を紡ぐめぐみんの言葉は、むきむきの胸を強く打つ。

 

「大きくて、強くて派手で、豪快。そういうのが私は大好きですからね」

 

「―――」

 

「他の人が変だと思っても、私はかっこいいと思います!」

 

 むきむきの大きな体と筋肉を手の平で叩き、めぐみんはからっと笑う。

 自分が嫌いで仕方がなかった子供が、生まれて初めて他人から素直な言葉で肯定された、その瞬間だった。

 この日この時聞いた言葉を、彼は生涯忘れない。

 

 めぐみん五歳。むきむき四歳。

 これが、むきむきの未来を決定する運命の出会いとなった。

 

 

 

 

 

 紅魔の里の魔道具屋の店主、ひょいざぶろー。その妻ゆいゆい。

 めぐみんはこの二人の間に生まれた一人娘である。

 同い年の子供達の中では一番最初に言葉を話し、幼少期から高い魔力を内包しており。この里でも皆から期待されている子供であった。

 

「私の家、最近ちょっと壊れてしまったので、外で遊んでないといけないのです」

 

「そうなんだ。僕に、何かお手伝いできることはあるかな?」

 

「存分に私を楽しませてください」

 

「ええ……」

 

 怖いもの知らずな子供特有の無茶振り。

 生涯二人目の友達、暴君めぐみんの要求に応えるべく、むきむきは色々と悩み……最終的に、彼女を肩に乗せて走り回ることを決めた。

 

「おお、速い!」

 

 めぐみんを肩に乗せ、彼は疾走する。その速度たるや、紅魔の里の周辺に出現するサラマンダーの走行速度を知っているめぐみんが「サラマンダーよりずっとはやい!」と思わず声を上げてしまったほどだった。

 

「これは楽しい! 今日からむきむきは私の子分にしてあげますよ!」

 

「え? あ、ありがとう」

 

 何故か子分にされてしまったが、まあいいやとむきむきは特に気にしない。彼も結構これを楽しんでいるようだ。

 

「もっと速く!」

 

「はい!」

 

「もーっと速く!」

 

「はい!」

 

「もっともっともっと速くっ!」

 

「はいっ!」

 

 めぐみんが煽るたび、むきむきは加速する。

 煽れば煽るほど加速していく。この調子で加速していけば、おそらく今の速度の十倍の速度だって出せるだろう。

 むきむきはテンション次第で力を増すタイプであった。

 

「あはは、はやーい―――げっふぁっ!?」

 

 だが、調子に乗ったやつが必ず痛い目を見るのがこの世界である。

 調子に乗ってむきむきを加速させていっためぐみんは、ある地点で自分だけ木の枝に顔面をぶつけてしまった。それはもう豪快に、だ。

 めぐみんは女の子が出してはいけないような声を出し、むきむきの肩から落ちていく。

 

「め、めぐみーん!?」

 

 鼻を思いっきり枝にぶつけためぐみんは鼻血をだらだらと垂らし、女の子がしてはいけないような顔になってしまっていた、

 怪我は特に鼻がえぐい。えぐみんになってしまっていた。

 

「あ、あわわ、ど、どうすれば……」

 

「……とりあえず、手当してくれそうな人のとこまで連れてってください……」

 

 めぐみんの体が軽かったこと、特に固定されずに肩に乗っていたこと、そのおかげで肩の上からめぐみんが吹っ飛ばされる形で衝撃が逃げてくれたこと。

 幸運が重なり、めぐみんはぐろみんにならずえぐみんになるだけにとどまり、慌てるむきむきに指示を出す余裕があった。

 そんなこんなで、彼らは里の回復担当の家に行き、高価な回復ポーションであっという間にえぐみんをめぐみんに戻したわけだが……

 

「で、何があったんだ?」

 

 当然、大人から事情を聞かれるわけで。

 むきむきはビクビクしていたが、めぐみんの治療中に思い悩んで覚悟を決めて、恐れから何度も言うのを躊躇いながらも、「自分のせいだ」と口にしようとしていた。

 それで里での立場が更に悪くなることは分かっていても、彼は誠実にしか生きられない。

 

「実は……」

 

「実はですね、魔王軍の下っ端が来ていたのですよ」

 

(!)

 

 なのだが、彼が自分のせいだと言い出す前に、めぐみんが大法螺を吹き始めていた。

 

「なんだって!?」

「魔王軍の下っ端……」

「そうか、だからむきむきがめぐみんを運んで来たのか……」

 

「奴は私の顔にパンチ一発くれた後、むきむきに追い返されて逃げて行ったのですよ」

 

「クソ、なんてことだ!」

「子供を狙うなんて魔王軍許さねえ! もう容赦しねえぞ!」

「次に視界に入ったら問答無用で地面のシミにしてやる!」

 

 魔王軍が一体何をしたというのか。

 千の魔王軍選抜部隊が相手でも、50人居れば殲滅できるのが紅魔族である。

 次に来た魔王軍はおそらく、大根おろしのようになるかトマトケチャップのようになるかの二択だろう。

 哀れなり魔王軍。

 

「ありがとう、うちの娘を助けてくれて」

 

「え、あ、いや、あの」

 

 むきむきは嘘が苦手だ。頭の回転も速くない。

 そんな彼がめぐみんの父に礼を言われ、返答に困って戸惑ってしまうが、めぐみんがその手を引いて部屋の外に出て行こうとする。

 

「私達、走ったせいで喉が渇いたのでちょっと水飲んできますね」

 

「ああ、行ってらっしゃい」

 

「そうだ、許さねえ! 魔王軍討つべし! シルビア絶対許さねえ!」

「こういうシチュは一回やりたかったんだ! シルビア絶対許さねえ!」

「俺も俺も! 魔王軍討つべし! シルビア絶対許さねえ!」

「ひょいざぶろーさんとこの娘さんはよく分かってるな! シルビア絶対許さねえ!」

 

 その場のノリで適当な魔王軍幹部にターゲッティングしている紅魔族の大人達の脇を抜け、子供二人は外に逃げ出していく。

 

「これが知性派のやり口です。泣き虫のむきむきも早く覚えるのですよ」

 

「な、泣いてないし……でも、頑張る」

 

 "一生付いて行こう"と、むきむきはめぐみんの背中を尊敬の目で見るのであった。

 

 

 




 原作で五歳前後で賢者級のパズルを解き明かし、流暢な敬語を使い、女神に願いを聞かれて『世界征服』と真っ先に答えためぐみんの知性は凄いもんです。紅魔族の知性発達速度いとはやし

 この三人が小学生相当の年齢になると、めぐみんとゆんゆんが遅生まれの小学二年生相当、むきむきが早生まれの小学一年生相当といった感じになります。そういう感じの年齢差です


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1-2-1 むきむき、五歳にして修行回

 少年漫画にありがちな修行回。今回は退屈な修行回です。序盤に修行回があるのは特撮の王道

「めぐみんの身長どのくらいだろう? 140~150cm?」
 と考えていたら、
「072.1+072.1=144.2。身長144.2cm設定にして『ダブルオナニー』とかいうあだ名を付けても二次創作なら許される……?」
 と思ったのですが、高貴な作品イメージと上品な作者イメージが損なわれる可能性があるため、本編に書くのはやめました。


 紅魔族は人類最強クラスの戦力であり、人類でも最大クラスにふざけた魔法使い集団である。

 魔王城に睨みを効かせながら、王都がいざという時の備えとしてそこにあり、日々襲ってきた魔王軍をボコボコにし、里に備え付けの望遠鏡にて魔王の娘の部屋の着替えを覗いている。

 皆が黒髪赤眼、規格外の魔法資質、変な精神性を持つ。

 それが紅魔族だ。

 

「めぐみん、そろそろ帰った方がいいんじゃ……」

 

「今日は両親ともに帰ってくるの遅いんです。もっと暇を潰さないと」

 

 体育座りをする男、むきむき。

 身長205cmッ! 体重230kgッ! 五歳ッ! 成長期ッ!

 対するめぐみんの身長体重はお察しである。

 村の外れの"邪神の封印地"とも言われる観光名所もどきにあった、パズルのようなものでめぐみんは遊び、むきむきは退屈そうにそれを見守っていた。

 

 ここは『邪神の墓』と呼ばれる場所だ。

 子供が近付くことは許されない、本物の邪神が封印された地である。

 かつて「『邪神が封印された地の一族』ってかっこよくね?」と言い出した標準的な紅魔族の手によって、よその土地に封印された邪神を勝手に無断でここに移動させ、再封印したという逸話がある。頭おかしい。

 じゃあなんで子供の二人がここに居るかと言えば、暇潰しだ。……暇潰しである。

 

 パズルがあった! これで遊ぼう! むきむき運んで下さい! と言ったのがめぐみん。

 わかったよ、と『精神的に弱っていたところでめぐみんにいい言葉をかけられクラっとやられてしまった哀れな主人公』であるところの、むきむきがそれに忠実に従う。

 ストッパーが居ない。これでは止まるはずがない。

 そしてめぐみんが暇潰しに弄っていたパズルは、お約束だが邪神の封印を維持するためのものだったわけで。

 

「あっ、なんか飛んで来て口に入っ……」

 

「あ、なんか出て来ますね」

 

「!?」

 

 パチンとパズルの何かが噛み合った時に、何かが飛んで来てむきむきの口に入り、直後に封印解除の閃光がむきむきを驚かせ、石っぽい何かを飲み込ませてしまった。

 

「うわっなんか飲んじゃっぬわぐっ!?」

 

「むきむきー!?」

 

 泣きっ面に蜂。封印解除で出て来た邪神っぽい獣がむきむきに体当りし、むきむきは変なものを飲み込まされた挙句、腹に体当たりを食らって吹き飛ばされてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 十五分後。

 

「『エクスプロージョン』」

 

 獣の連撃で沈められたむきむきの横で、獣と一緒にどこからともなく現れた美女が、めぐみんを庇いながら獣に魔法を放っていた。

 むきむきがやられる直前に、獣を遠くに投げ飛ばしていたのが功を奏していた。

 でなければ、この場の全員がその魔法に巻き込まれていただろう。

 

「凄い……!」

 

 そう言えるほどに。

 めぐみんが感嘆の声を思わず漏らしてしまうほどに。

 凶暴な獣が一撃で沈んでしまうほどに。

 その魔法は、壮絶だった。

 めぐみんという一人の少女の魂に、一つの魔法の存在が刻まれた瞬間であった。

 

「大丈夫、お嬢さん?」

 

「あ、はい。でも、むきむきが負けるなんて……!

 むきむきは破壊力AスピードA射程距離C持続力A精密動作性A成長性A!

 脳の針を正確に抜き、弾丸を掴むほど精密な動きと分析をするというのに……!」

 

「あのねお嬢さん、お友達に勝手にそれっぽい設定を付けるのはどうかと思うの」

 

「2/3くらいは真実なんですけどね」

 

 美女は倒れているむきむきと、魔法の直撃で虫の息になっている獣を交互に見る。

 

「と、いうか十分でしょう……?

 魂からして、この筋肉君相当幼い子でしょうし。

 『これ』にキン肉ドライバー決めた時点で、私はこの子が勝つんじゃないかと思ったわよ」

 

 キン肉ドライバー? と首を傾げるめぐみんに、女性は女神のような微笑みを見せる。

 女神は世界の外も見通せると神話に語られることもあるが、この女性には女神と同じ視点があったとしてもおかしくないと思わせる、そんな美貌があった。

 赤い髪は神聖さを感じさせ、目はネコ科の動物を思わせる。ただなんとなく、纏う雰囲気から、"これで角が生えていれば邪神にも見える"といった印象を受ける。

 

「……信じられないけど、お嬢さんが封印を解いてくれたみたいね。

 なら、お礼をしないと。何か叶えて欲しいお願いはあるかしら?」

 

「あ、それなら……」

 

 世界征服、とめぐみんは願った。美女は顔を引きつらせて謝り断った。

 巨乳にして欲しい、とめぐみんは願った。美女は困った顔をして謝り断った。

 魔王になりたい、とめぐみんは願った。美女は頭を抱えて謝り断った。

 おなかが減ったのでおやつ下さい、とめぐみんは願った。

 もっと大きな願いにした方がいいわよ、と美女はちょっと空を見上げていた。

 

 美女はめぐみんに相応のものを与えたいようだ。

 が、運命を変えるような、極端に凄いことができるわけでもないらしい。

 

「お嬢さん、予想以上に大物な感じがするわね……」

 

「んーと、んーと、じゃあ、さっき使っていた魔法のことを教えてください」

 

「『爆裂魔法』のことかしら?」

 

 爆裂魔法、とめぐみんは口の中でその魔法の名前を繰り返し呼ぶ。

 彼女が使った魔法の名は、爆裂魔法。

 限りなく不滅に近い大悪魔も、地上に堕ちた神も、実体の無い霊体も、魔法であり自然である精霊にさえ、等しくダメージを与え消し去る極大魔法だ。

 その馬鹿げた消費魔力から知る者も多くはなく、知る者でさえ『ネタ魔法』としか呼ばない、最悪に燃費が悪い人類最強の攻撃手段であり、人類では使うことさえ難しい魔法である。

 

 神の類や最上位アンデッドのリッチーでさえ、二発撃つことはできないという時点で規格外が過ぎる。

 だがめぐみんは、既にこの魔法に魅了されていた。

 

「習得はオススメしないけどね。スキルポイントが溜まれば、すぐにでも習得できるわ」

 

 この世界の魔法は、教える者が教わる者に魔法を教え、教わった者がレベルアップやアイテムで獲得するスキルポイントを消費し、初めて習得できる。

 爆裂魔法ほどのものともなれば、普通は年単位の努力が必要だ。

 だが、めぐみんは喜んでその道を進もうとしていた。

 

「また、会えますか?」

 

 めぐみんが美女に問う。

 美女は微笑み、何も応えず、邪神らしき獣を撫でて消し去っていく。

 めぐみんの言葉に何も応えぬまま、美女はどこかへと歩き去っていった。

 

「爆裂……爆裂魔法……!」

 

 めぐみんは感極まった様子で、先程見た爆裂魔法の光景と、それを放った女性の姿を瞼の裏で繰り返す。

 一方その頃、幸運値が低いむきむきは当たりどころが悪かったらしく死にかけていた。

 

「今の人、胸も爆裂だった……!

 今の人みたいな大魔導師になれれば、貧乳の家系の私だって、きっと……!」

 

「あっ、死ぬ……なんか僕ここで死にそう……」

 

「運命を覆せるかもしれない!」

 

「……しぬ……しんじゃう……」

 

 めぐみんがほどほどなタイミングで目を覚ましたので、一命は取り留めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 邪神に負けたむきむきは、とても悔しい気持ちで、とても情けない気持ちであった。

 女の子一人くらいなら守れる、と無自覚に思っていた自分の思い上がりを恥じたのだ。

 

「弱い自分が不甲斐ない。だから鍛えようと思う」

 

 彼も既に五歳。

 大英雄野原しんのすけと同い年である。

 ならばもう、世界を救ってもおかしくない年齢であると言えるだろう。

 "子供だから"というフレーズに、彼は甘えてなんていられないようだ。

 

「えええ……むきむき、これ以上鍛えるつもりなの……?」

 

 相談相手のゆんゆんは、盛大にドン引いていた。

 ゆんゆんも既に六歳。日本であれば小学一年生程度の少女であったが、紅魔族の特性でその知性は年齢不相応に育っている。

 "何故鍛えようと思ったのか"を聞いても部分的にしか話さないむきむきの様子から、なにやらやましいことがあったのだということも察している。

 

 だがそんなことよりも、目下の問題は、この筋肉オバケが更に自分を鍛えようとしていることにあった。

 

「身長も筋肉もこれ以上大きくなったら、本当にモンスターになっちゃうよ?」

 

「望むところだよ」

 

「望まないでお願いだから! 私の人間の友達またゼロになっちゃうから!」

 

 今のゆんゆんの友達はむきむきと観葉植物のミドリちゃん(ゆんゆん命名)しか居ない。

 むきむきがモンスター枠になってしまえば、ゆんゆんの友達はモンスターと植物だけになってしまう。字面が大惨事だ。

 なんとしてでも止めなければ、とゆんゆんは強固に意志を固める。

 

「あ、えっとさ、それでね、その……

 僕はそういうの詳しくないから、ほら、うん。

 ……ゆんゆんしか頼れる友達が居ないから、手伝って―――」

 

「任せて!」

 

 強固に固めた意志は、一瞬で吹っ飛んだ。

 

 

 

 

 

 ゆんゆんほどチョロいロリもそう居まい。

 チョロリゆんゆんは、それっぽい本をかき集めて、にわか知識でプロ気取りのドヤ顔を浮かべ、むきむきトレーニング作戦を決行するのであった。

 

「ゆんゆん、これは?」

 

「MAKIWARAって言うんだって。これをパンチして、拳を鍛えるんだとか!」

 

 ゆんゆんは2mほどの太さの木に、せっせせっせと布を巻いて、それっぽいトレーニング器具を作っていた。

 これは地球という世界において、琉球空手が形を変えて現在の空手になっていく中洗練されていった鍛練の道具が、この世界に変な形で伝えられたものである。

 木はしなる。そのため、厚みを調整した木の杭を殴ると、弾力のある人の体を効率よく破壊する拳を身に付けられるのだ。

 これに滑り止めの布や縄などを巻き、殴りやすいようにして初めてこれは完成する。

 

 そのため、ゆんゆんが作ったこれは再現性で言えばクソ以下である。

 彼女なりに頑張ったとはいえ、頑丈すぎるのだ。これではまるでしならない。

 えいやえいやとゆんゆんが殴ってみているが、太さ2mの木は全く揺らがず、拳を痛めたゆんゆんが泣き始めてしまったのがその証拠だ。

 

「いたい……いたいよぅ……むきむき、これ失敗かも……」

 

「と、とりあえず使うだけ使ってみるから……」

 

 涙目のゆんゆんを慰め、彼女への義理から拳を構えるむきむき。

 

「じゃあ軽く、っと」

 

 そしてかるーく拳を当てて、むきむきの拳は直径2mの木をへし折った。

 

「えっ」

 

 殴られた木が吹っ飛んでいき、遠くで里を偵察していた魔王軍の斥候が一人、人知れずプチッと潰れる。

 ゆんゆんの口はポカンと開いたまま塞がらない。まるで(こい)のようだ。

 鯉する乙女は強いと言うが、明らかに鯉する乙女より眼の前のキン肉マンの方が強い。

 今殴られたのが木ではなくモンスターであったなら、即座に挽き肉(ミート)くんになっていただろう。

 

「ご、ごめんねゆんゆん! こ、この程度で壊れちゃうなんて、思ってなかったから……」

 

 しかもこれで全力ではないと彼は言う。

 これでもまだ鍛えないとダメだと、彼は言う。

 ゆんゆんは、梅干しを食った時のような顔をしていた。

 

 

 

 

 

 その日から、厳しい特訓が始まった。

 

「行くよー!」

 

 ある日は、崖の上から大岩をいくつも転がした。

 むきむきが積み上げたそれをゆんゆんが軽く押して転がし、崖下に居るむきむきが拳の連打を放って、その全てを粉砕する。

 

「ゆんゆん、もう一回!」

 

「これ岩を回避する特訓じゃなかったっけ!?」

 

 ある日は、紅魔族が保管していた魔道技術王国ノイズの遺産、G()-P()という四輪の機械兵器を使用した。

 これは紅魔族にしか使えず、紅魔族が大気中に散乱した魔力を燃料とし、乗員の紅魔族の意志を反映して走る乗用兵器。そのため里とその周囲でしか使えない産廃だ。

 馬車でいいじゃん、と里の中でも評価は低い。

 ゆんゆんはこれでむきむきを追い立て、むきむきの走力を強化するという危険なプランを実行していた。

 

「ゆんゆん! もっとスピードを上げて!」

 

 だが、時速60kmを超えてもむきむきに追いつけていなかった。

 

「こっちに乗ってる私の方が速すぎて怖くなってきたんですけど!」

 

 その翌日には、目隠しをしたむきむきにゆんゆんが石を投げるという特訓を開始した。

 怪我するかもしれないし危ないよね、と思いそろっとゆんゆんが投げた小石を、むきむきはさらっと回避する。

 肌で空気の動きを感じ、耳で小石の位置を感じ取り、かわしたのだろう。

 

「もっと当てる気で! ゆんゆん、優しすぎるよ!」

 

「かわせるだなんて普通思わないじゃない! 当たるって思うじゃない!」

 

 ゆんゆんが遠慮を無くすと流石に当たり始めたが、それでも1/3くらいはかわせるようになり、その翌日。

 体だけで鍛えてもダメだということで、ゆんゆんによるむきむきへの勉強指導も行われていた。

 

「むきむきって頭悪いの?」

 

「……頭、悪いです……」

 

 日本的に言えば、むきむきの偏差値は人類相対偏差値で55。紅魔族の人類相対偏差値はデフォルトで全員75である。

 彼が悪すぎるのではなく、周囲が良すぎるのだが、この里でしか生きたことがない子供にそれは分からない。

 ゆんゆん視点彼は頭の悪い友人で、むきむきはこういうところでも地味に疎外感を感じるのだ。

 

「あ、申し訳無さそうな顔しなくてもいいよ。ちゃんと付き合うから」

 

「ゆんゆん……」

 

 初めての友人だからとはいえ、よく付き合ってくれるものだ。

 彼女の面倒見がいいのもあるが、本質的に言えば彼女が交友関係に飢えているからである。

 魂レベルのぼっち。闇のビッチと対をなす光のぼっち。

 彼女のぼっち気質卒業はまだ遠い。

 

「でも、こんなに自分を鍛える必要あるの? 今のままで十分じゃない?」

 

 鉛筆を手の中で回しながら、ゆんゆんはむきむきに聞いてみた。

 

「話に聞く魔王軍幹部級と、もし戦う時が来たら……

 その時になってから泣き言を言っても、遅いと思うんだよ」

 

「……魔王軍の幹部」

 

「里にも来るしね、幹部」

 

 紅魔の里は、魔王軍が最重要攻略拠点に選んでいるほどの激戦区である。

 魔王軍の幹部でも攻略できない紅魔の里が凄いのか。紅魔族の反撃を食らっても倒されない魔王軍の幹部が凄いのか。一つだけ言えることは、この両者はどちらも規格外に強いということだ。

 "魔王軍の幹部は一人で街を一つ消すことができる"とある貴族が言ったらしいが、この評価に誇張は一切含まれていない。

 

 むきむきの筋力は確かに規格外だ。

 世界のバグと言っていいレベルにある。

 が、そんな彼でも、紅魔族というデタラメな一族の中においては、未だ埋もれる程度の戦力でしかないのだ。

 天候さえ玩具にする大人の紅魔族にはまだ及ばない。

 彼はもっと、成長する必要がある。

 今はまだ彼の『強くなろう』という気持ちは、念のため程度のものでしかなかったが。

 

「備えておけば後悔はしない……と、思う。そんな気がする」

 

「そこは言い切ろうよ、むきむき」

 

 呆れたように笑うゆんゆんに、頬を掻くむきむき。

 そこで、扉を豪快に開き、一人の少女が現れた。

 

「その意気やよし! 流石はむきむき、我が右腕に恥じない日々を送っているようですね」

 

「何者!?」

 

「ぬるい鍛練をしているようですね、族長の娘さん」

 

 むきむきの表情が、誰の目にも分かりやすく明るくなる。

 

「我が名はめぐみん!

 紅魔族随一の魔道具職人の一人娘にして、やがては紅魔族最強の魔道士となる者……!」

 

「あ、はじめまして、ゆんゆんです」

 

「ぺっ」

 

「唾吐かれた!?」

 

「噂に聞く通りの人物のようですね。

 風変わりな挨拶でしかできない、紅魔族随一の変わり者……」

 

「風変わり!? 紅魔族随一の変わり者!?」

 

 里の外の常識を持って生まれたゆんゆんは、同年代からの評価が一番酷かった。ある意味むきむきの同類である。

 

「あなただって家が随一の魔道具屋とか言ってるけど!

 魔道具作りのセンスが無いから全く売れず、年中貧乏だって聞いてるわよ!」

 

「い、言ってはならないことを!」

 

「里の外に売りに行ける魔道具屋で貧乏って、この里じゃ普通ありえないわよ!」

 

「もっとうちの両親に言ってやってくださいよ、それを!」

 

 だが、めぐみんがこの里のスタンダードというと、実はそうでもない。

 めぐみんの家はこの里でもぶっちぎりの貧乏家庭である。

 そこにクールでドライな一面もあり、ゆんゆんと違って孤独をあまり苦にしないめぐみんの気質が加わると、もう酷いことになる。

 めぐみんもまた、付き合いのある友人がほぼ居ない少女であった。

 

 なんてことはない。むきむき、めぐみん、ゆんゆん、この三人は里の子供のぼっち'sなのだ。

 むきむきは家族さえ居ないが、友人数だけを見れば三人とも大差がない。

 奇特な友人との出会いがなければ、未だに全員孤高のぼっちを極めていたかもしれない。

 

「ま、まあいいです。

 ここからは私に任せて貰いましょう。

 あなたの鍛練は出来損ないだ、犬も食べられませんよ」

 

「な、なにおぅ!」

 

「一週間後にまた来てください。最高のむきむきをお見せしましょう」

 

 ゆんゆんが提唱した、至高のトレーニングメニュー。それを凌駕する究極のトレーニングメニューを見せるべく、めぐみんはむきむきを連れて去っていった。

 そして、一週間後。

 

「さあ、見せてもらいましょうかめぐみん……あれだけ大口を叩いた結果を!」

 

 指定された場所にて、ゆんゆんはめぐみんを待っていた。

 朝に来いと言われたので、早朝から彼女はずっとここで待っている。

 

「……」

 

 日が昇り、朝になり。

 

「……」

 

 更に昇り、昼になり。

 

「……来ない」

 

 それでもめぐみんは来なかった。

 

「……えっ? え?」

 

 いつまで経っても、めぐみんは来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆんゆん、怒りのめぐみん宅突撃。

 やろうぶっ殺してやる、と言わんばかりの勢いであった。

 道中一回転んだが、怒りが痛みを凌駕していた。

 

「ちょっとどういうこと!?」

 

 そうして、怒りのままに突撃したゆんゆんは。

 

 あくびしながら家の魔道具店舗の店番をしている、めぐみんを発見した。

 

「……何やってるの?」

 

「……注文受け付けのための店番です。親に朝、押し付けられました」

 

「……ああ、そういう……」

 

「……朝むきむき拾って、そのまま行こうと思っていたんですが……」

 

 つまりゆんゆんの下に向かいたくても向かえなかったということなのだろう。

 よりにもよって今日。不運なことだ。

 

「"一週間後にまた来てください"とか格好付けてこれって、恥ずかしくないの?」

 

「あぐぁ!」

 

 ゆんゆんが発した過去のめぐみんの言葉が、そのままめぐみんに突き刺さる。

 

「でも、ごめんね。変に疑っちゃって。

 私てっきり、めぐみんが忘れてるか、私を騙したものだと……」

 

「まあそれも正解ですよ。昨日むきむきに言われなければ私もすっかり忘れてましたし」

 

「おい」

 

 どうやら、ゆんゆんが特に理由もなく放置される未来もあった様子。

 

「こんちわー。あれ、いつまでも来ないと思ったらこんな所に」

 

「むきむきじゃないですか。お疲れ様です」

 

 そうこうしてると、魔道具の材料になる鉱石やモンスター素材を抱えたむきむきがやって来て、店の中に運び入れていく。

 これが稀代の天災魔道具職人ひょいざぶろのーの手にかかれば、誰も買おうとしないのに値段だけ高いゴミと化すというのだから、不思議なものだ。

 

「むきむき、かくかくしかじかってわけなんです」

 

「なるほど。そういえばかくかくさんとしかじかさん、最近里に帰ってきてないね」

 

「本当にこの里の人名は、本当に、本当に……!」

 

 むきむきが出した人名にゆんゆんが苦しみ悶えている。

 親にゆんゆんと名付けられた過去からは、一生逃げられないのだ。ああ無情。

 

「つまりめぐみんが店番やってると、約束が果たせないと」

 

「ええと、そういうことになるのかな?」

 

「ですね。なので代わりの店番人柱を一人さらってきましょう」

 

「いやダメだよ、かわいそうだよ。

 朝外出したっていうめぐみんのお父さんが帰って来てくれれば、そこで説得して―――」

 

 噂をすれば影が立つ、とは言うが。

 

「ほう、威勢のいいことを言うもんじゃないか」

 

 こうまで堂々と"途中から話を盗み聞きしていたが、かっこよく登場するタイミングを待ってたんだぜ"ムーブをされると、ツッコむ気も失せるというものだ。

 偶然今来たと言い訳できない場所、人一人しか隠れられない隅っこの物陰から現れたひょいざぶろーを見て、子供達は盛大にもにょる。

 

「ひょいざぶろーさん……」

 

「我が名はひょいざぶろー。紅魔族随一の魔道具職人」

 

「……紅魔族随一に売れないの間違いじゃないの」

 

「ゆんゆん、小声でも隣に居る私には聞こえてますからね」

 

 名乗りを上げたひょいざぶろーに導かれ、子供達は店の裏手の空き地に向かう。

 

「話は聞かせて貰ったぜ。めぐみんを連れていきたいそうだな」

 

「はい、そうです。できれば店番の任を少しだけ解いて……」

 

「上等だ。娘が欲しいというのなら……この俺を倒していけ!」

 

「えっ」

 

 杖を構えるひょいざぶろー。

 戸惑うむきむき。

 なんだろうか、この、『この台詞を言いたかったから強引にこの展開にしました』感は。

 

「え、なんでしょうかこれ。まさか『娘さんを下さい』シチュのつもりなんですか?」

 

「絶対この台詞言いたかっただけで、この展開がやりたかっただけよこれー!?」

 

 超斜め上の予想外な展開で、ゆんゆんとめぐみんによる修行(遊び)によって鍛え上げられたむきむきが試される戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 紅魔族の魔法は極めて強い。

 紅魔族の中級魔法は里の外では上級魔法に見間違えられるほどの威力があり、上級魔法に至っては魔王軍の対魔法部隊でさえ一瞬で灰にする。

 そのため、ひょいざぶろーは手加減のつもりで中級魔法を撃った。

 

「『ファイアーボール』!」

 

 だが、その余裕ぶった考えは一瞬にして打ち崩されることになる。

 

「『ファイアーボール』!」

 

 むきむきの握力によって大気成分が圧縮され、大気に含まれる酸素・炭素・窒素・水素が超反応を起こし、なんやかんやで生成された可燃物が、握力によって発生した爆縮熱で発火。

 むきむきの投げたそれは火球となり、ひょいざぶろーの火球と相殺された。

 

「なんと!?」

 

 『筋肉があれば大抵のことは出来る』という命題を証明した、最先端科学YU-DE理論に沿った非魔法的・科学的な攻撃である。

 魔法的アプローチがダメなら科学的アプローチを行う。

 知能が高い紅魔族らしい、合理的思考の攻撃だ。

 『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』という言葉を、彼はこれ以上ないほどに体現していた。

 

「『ライトニング』!」

 

 ひょいざぶろーが、射程に優れる優秀な雷の中級魔法を放ち。

 

「『ライトニング』!」

 

 ―――むきむきの筋肉から放たれた雷が、それを迎撃する。

 

 『筋電位』だ。

 人間の筋肉は、電気によって動いている。

 同時に、心電図という形で日々利用されているように、筋肉もまた動く際に電気を発する。

 電気ウナギの発電法と同じだ。むきむきは筋肉から電気を生み出しているのである。

 

 現在の地球において、電気とはすなわち文明の象徴。

 すなわち今のむきむきは、科学と文明をその身で体現していると言っても過言ではない。

 これにはテスラもエジソンもニッコリ。

 

「……正しい意味で改造人間みたいなやつめ」

 

 紅魔族はかつて魔道技術大国ノイズで作られた改造人間である!

 彼らを改造したノイズは、世界制覇を企む魔王と戦う国である!

 紅魔族は人間の自由と平和のため、魔王軍と戦うのだ!

 ……みたいなノリが、かつて魔道技術大国ノイズにはあった。

 ただ、こんなのが生まれてくるだなんて、設計者は考えもしていなかっただろう。

 

「見てると知能指数が下がりそうになるんですよね、むきむきの技は……」

 

「だよね……」

 

 筋肉の電気を発生させながら突撃してくるむきむきに、ひょいざぶろーは中級の風魔法である風の刃を放つ。

 

「『ブレード・オブ・ウィンド』!」

 

 対しむきむきは足を止め、魔法名を叫びながら手刀を振るい、風の刃だか真空の刃だかよく分からないものを飛ばし、それを相殺した。

 

「『ブレード・オブ・ウィンド』!」

 

 夏場に何も道具を持っていない人間が見せる風物詩が二つある。

 古事記によればその二つは、『シャツをつまんでパタパタやるやつ』と『手をうちわ代わりにして扇ぐやつ』の二つであるという。

 だが手をうちわにしたところで、大した風は来ない。

 ゆえに人は、下敷きで扇いだり、より効率よく風を送れる何かを机の中に探し求めてきた。

 

 むきむきの今の一撃は、そういった『人の研鑽と試行錯誤』の先にある。

 言うなれば、人の技術進化を象徴する一撃であった。

 今の彼ならば、手刀から放つ風でスカートをめくることも、スカートだけを切断してずり下ろすことも、あの子のスカートの中でポケモンを捕まえることも可能。

 それだけのパワーと精密性を、彼は身に付けていた。

 

 防戦に回りがちになってきたむきむきだが、そこでめぐみんのアドバイスが飛ぶ。

 

「むきむき! 私との特訓を思い出して下さい!」

 

「! わかった!」

 

 どうやら、とうとうめぐみんとの特訓の成果を見せる時が来たようだ。

 

「汝、その諷意なる封印の中で安息を得るだろう、永遠に儚く!」

 

 斜め上の形で。

 

「何故詠唱!?」

 

「決まってるでしょう、ゆんゆん。その方が……かっこいいからです!」

 

 ここで先に仕掛けたのはむきむきのはずなのに、無駄で意味の無い詠唱をした分、むきむきの方が少し遅れてしまう。

 

「『ファイアーボール』!」

 

「『ウインドカーテン』!」

 

 夏場に扇ぐ時のように、指を揃えた平手を振るって、むきむきは風の壁を形成。ひょいざぶろーの火球を防いだ。

 

「『ライトニング』!」

 

「天の風琴が奏で落ちる、その旋律、凄惨にして蒼古なる雷! 『ライトニング』!」

 

 今度の技の始動は同時。当然、詠唱の分むきむきが遅れる。

 むきむきは気持ち悪いくらいに舌を速く回して、遅れた分を取り戻す。

 オタクが普段話せないようなことを一般人に話すチャンスを得た時の早口喋り、その数倍の気持ち悪さと速度を実現した詠唱であった。

 顔の前、ギリギリの場所でむきむきの雷がひょいざぶろーの雷を受け止める。

 

「ふっ……これが私の指導を受けたむきむきです。

 詠唱することであの魔法もどきをなんとなく魔法っぽくしたのですよ!」

 

「ねえ、これ詠唱に時間かかってる分弱体化してない?」

 

「いえ、気持ち強くなってますよ。多分」

 

「その『気持ち』って『ちょっと』って意味じゃなくて『精神的には』って意味でしょ!?」

 

 めぐみんの特訓とは、むきむきが使える魔法もどきのオリジナル詠唱を考えさせ、技の前にそれを詠唱させるというものであった。

 めぐみんもむきむきの詠唱センスに最初は期待していなかったが、今では惚れ惚れと詠唱に聞き入っている。

 

「そう……むきむきには、創作詠唱のセンスという才能があったのです!」

 

「それ開花させる必要あったの?」

 

「何を言いますか! 詠唱は大事ですよ大事!」

 

「大根の葉っぱみたいなもんじゃないの!」

 

「おい、大根の葉っぱを要らないものだと思う理由を聞こうじゃないか」

 

 ゆんゆんの修行で地力を付け、自己流で魔法もどきを生み出し、めぐみんとの特訓がそれに詠唱を付けた。

 明らかにめぐみんだけ余計なことをしているが、気にしてはならない。

 ひょいざぶろーもどうやら、中級魔法では無意味と判断したようだ。

 

「加減はするが、本気でかわせよ……『ライト・オブ・セイバー』!」

 

「汝、久遠の絆断たんと欲すれば、言の葉は降魔の剣と化し汝を討つだろう!」

 

 男が放つは、最優の上級魔法の一つに挙げられる、光の斬撃を飛ばす魔法。

 迎え撃つむきむきは、右手の手刀を左脇に構える。

 そして、左下から右上に切り上げるように、手刀を振るった。

 

 手刀の周囲の大気がプラズマ化し、少年の手刀が光り輝く。

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 プラズマを纏ったむきむきの手刀が、ひょいざぶろーの光の斬撃を両断する。

 両断された光は、手刀の光に負けて霧散したようだ。

 筋肉があればなんでも許されると思うなよ、みたいな顔をするゆんゆんであった。

 

「……相殺とまでは行かないが、上級魔法も凌いだか」

 

「これが特訓の成果です。

 魔法使いと認められないのは分かってます。

 本当の意味で皆に仲間と認められないのは分かっています。

 それでも僕は、皆と同じになりたかった。……魔法の、才能がなくても」

 

 やってることは豪快だが、動機は驚くほどに繊細だ。

 "皆と同じになりたい"という願い。"皆と違う自分が嫌だ"という切望。"皆と同じことができれば"という祈り。

 それが、彼の筋肉を魔法の模倣に走らせた。

 

「ふっ、魔法が使えない身で必死に習得した技……

 言うなれば『マッスルマジック』。才無き男の意地、見せてもらったぞ」

 

(勝手に名前付けてる……しかも紅魔族特有の謎ネーミング……)

(勝手に名前付けてる……でも流石お父さん、格好いいネーミングだ)

 

「あ、すみません、名前とかは別に要らないです」

 

「!?」

「!?」

(よかった、やっぱりむきむきはまだ割と普通の人だった……!)

 

 ゆんゆんが生まれや教育に一切感化されない、非紅魔族的なイレギュラーの中のイレギュラー的な感性を持っているように。

 むきむきもまた、里の外の者が持つ感性を持っていたようだ。

 彼の場合は、めぐみんとゆんゆんの中間くらいの感性を持っている程度の話だが。

 

「畜生! 同じ才能無い同士だと思ったのに!

 "魔道具作りの才能ないですね"と言われる俺の気持ちを分かってくれると思ったのに!

 もう知らん! 娘もやらんからな! 帰れ!」

 

「か、完全に本題を見失ってる……!

 いや技の名前が要らないだけですよ。

 そういう風に共感してくださるのは……その……嬉しいです」

 

「!」

 

 ひょいざぶろーに魔道具店を経営する才能は無い。アクセルの街のウィズという女性並みに無い。むきむきの魔法の才能並みに無い。

 そのせいか、こっそり共感を持っていたようだ。

 むきむきが照れくさそうな顔で頬を掻くと、ひょいざぶろーは何やら上機嫌に少年の肩を叩き、何やら話しかけながら、店の中に引き込んでいく。

 

「どうしようめぐみん、むきむきがひょいざぶろーさんに捕まっちゃったけど」

 

「今の内に逃げましょう。そして羽を伸ばしましょう。

 午前中ずっと店番やってて疲れましたし。代わりの店番も見つかりましたし」

 

「!?」

 

 どこぞへと遊びに行こうとするめぐみん。その髪と服を、ゆんゆんが引っ掴む。

 

「最低! 最低! めぐみんを店番から助けようとしたむきむきを生贄にするなんて!」

 

「髪っ! 髪引っ張らないで下さい! ほんの冗談ですよ!

 ちょっと息抜きしたらお土産買って戻りますから! ゆんゆんのお小遣いで!」

 

「そっか、それならよか……え、待って! 最後になんて言ったの!?」

 

 ちなみに、里の中で派手に魔法をぶっ放して、周りに気付かれないわけがないわけで。

 

 四人全員、この後滅茶苦茶族長に叱られた。

 

 

 




 彼女の名はめぐみん。昔は魔王を倒して新たな魔王になる気満々だった少女。原作現在では柿の皮を捨てず再利用する方法を熱く語っている少女―――


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1-3-1 むきむき、六歳だがロクなことがない

「アクセルのあたりじゃ私を六位だと言っている男もいるが、とんでもない! 私は一位なんだよ」

ダクネス「めぐみん、私は去年何位だった?」
めぐみん「一位です」
ダクネス「今年は何位だ?」
めぐみん「(アニメ効果もあるし多分)一位です」
ダクネス「よしんば、私が六位だったとしたら?」
めぐみん「世界……一位です」
ダクネス「よし!」


 めぐみんとゆんゆんの学校通いが始まった。

 魔法が使えないむきむきは通えないため、必然的に三人が交流を深める時間も減っていく。

 むきむきが労働に励む時間は、以前のものに戻ったようだ。

 

 この学校は、魔法使いを育てる学校だ。

 魔法を習得した時点で卒業となるため、全員が上級魔法職のアークウィザードになることができる紅魔族は、ここでまず上級魔法を覚えてから卒業していく。

 下級生であれば知識を詰め込み、上級生になれば成績優秀者から順に魔法を習得する助けとなるスキルアップポーションを用い、立派な魔法使いとして育成されていく。

 上級生であれば紅魔族の大人が周辺の森の強いモンスターを一掃した後、残った弱いモンスターを教師が手足を氷漬けにして生徒にトドメを刺させる、という形で経験値を稼がせる。酷い。

 これが紅魔族である。

 

 この学校通いに加え、めぐみん宅にはもう一つ変化があった。

 めぐみんの両親であるひょいざぶろーとゆいゆいの間に、もう少しで第二子が誕生するらしい。

 つまり、めぐみんはお姉ちゃんになるというわけだ。

 弟か妹が出来ると聞いてからのめぐみんの張り切りようはめざましく、かつ微笑ましく、姉としての振る舞いを本で勉強し始めるほどであった。

 ゆんゆん曰く、"姉になると分かってから急速に面倒見の良さが芽生えた"とのこと。

 

 一方その頃、むきむきは。

 

「学校、頑張ってね」

 

 寂しいな、とも本音を言うこともなく。

 僕も一緒に学校行きたかったな、と言うこともなく。

 どこか寂しそうな顔で、むきむきはいつでも二人を応援していた。

 ゆんゆんもめぐみんも、それぞれ違う方面で鈍い少女である。だが、ゆんゆんは生まれ持ったぼっち属性から、目ざとく何かを感じ取っていた。

 

(魔法を使う才能が無いことを悩んでるのかな?)

 

 当たらずとも遠からず。

 "その問題を解決すれば大体どうにかなる"という意味では大正解。

 そんなわけで、ゆんゆんのややズレた奮闘が始まった。

 

「と、いうわけで。原因を考えてみればいいと思うのよ」

 

「はぁ。つまりは、ゆんゆんの思いつきというわけですか」

 

「ゆんゆん……そこまで考えてくれてるなんて……! ありがとう!」

 

「と、とと、友達だもの!」

 

「どもらず『友達』と言うこともできないのですかあなたは? まあ学校でも友達居な……」

 

「めぐみん、それ以上口を開くようならその口を縫い合わせるわよ」

 

 ゆんゆんが話し合いの場所として用意したのは学校の図書室。

 目的として用意したのは、『むきむきの抱えている問題の解消』。

 資料として用意したのは、この図書室の本である。

 

 紅魔族の歴史上、むきむきのような存在が生まれた前例はない。

 ならば、そこには理由があるはずだとゆんゆんは考えた。

 突然変異にしても、むきむきはあまりにもかけ離れすぎている。

 黒髪の民族に突如金髪が生まれることはない、ということだ。

 

「更に今回は、数年前に里の大人がむきむきについて話し合った内容。

 その内容のメモ。その内容に対する考察。

 そういうのを里の大人から聞いてきたの!

 これで私達の考えが変な方向に行くことはないと思うわ。凄いでしょ?」

 

「ほう、ゆんゆんにしては手際が良いですね。

 いや良すぎる。ゆんゆんが里の大人に一人で聞けるわけがないですし」

 

「族長さん経由じゃないかな、めぐみん」

 

「……ああ、なるほど。

 ゆんゆんが一人で考えていたのを族長が発見。

 族長が気を利かせて当時の話の内容を収集。

 ゆんゆんに渡した、という流れですね。

 基本話しかけられるのを待っているだけなのがゆんゆんですし」

 

「わあああああああ!!」

 

 ゆんゆんがめぐみんに掴みかかろうとし、めぐみんがむきむきの影に隠れ、結果的にむきむきがめぐみんを守る壁となる。

 

「ぐっ……お、抑えて私……! 話を、先に、進めましょ」

 

 大人達曰く、むきむきは生まれた直後から急速に大きくなっていったらしい。

 太く長く成長して伸びていく骨格。毎日鍛えているわけでもないのに付いていく太く密度の高い筋肉。それらを万全に動かす神経系統、内臓器官、高性能な血液と細胞、強靭強力な肺と心臓。

 そんな彼は、早くから里の話し合いの対象になっていたようだ。

 

 当時の話し合いの記録によれば、原因と考えられたのは

・紅魔族の魔力吸収体質

・0に近い魔法適性

 の二つであるらしい。

 

 紅魔族は改造人間の末裔だ。そのため、性能を引き上げるためとんでもない体の仕組みを持っている。

 その一つに、"寝ている時に急速に魔力を吸収する"というものがあった。

 

 紅魔族は膨大な魔力を持つ。

 魔力を使い果たしても、一度寝れば魔力はほぼ全回復する。

 彼らは寝ている間に、周囲から急速に魔力を吸収するようになっているのだ。

 ……それこそ、魔力の自然放出が下手な子供だと、吸収し過ぎで「ボンッ」と自爆してしまうことがあるくらいに。

 昔この世界を旅していた転生者の一人はそれを聞き、紅魔族に「お前ら中国製品だったの?」とか言ったとかなんとか。

 

 このため、紅魔族は子供の内は『紅魔族ローブ』というものを身に付けて寝なければならない。

 でなければ翌朝には北斗の拳の秘孔を突かれたモヒカンのようになってしまう。

 大人達は、ここにむきむきの特異な体の原因を見た。

 

―――つまり、むきむきは魔力容量が非常に低いんじゃないか?

 

 魔法の才能がないということは、魔力が少ないということ。

 魔力が少ないということは、体内に留めておける魔力の量が少ないということ。

 体内の魔力容量が少ないということは、すぐ「ボンッ」となるということだ。

 幼い頃の紅魔族ローブを付けていない時、多少ウトウトした時でさえ、彼の体は自爆の危険に晒されていたのかもしれない。

 そこで大人達は仮説を立てた。

 

―――むきむきの体格と筋肉は、その状況に適応したものなんじゃないか?

―――つまり、あの筋肉は魔力タンクで放熱板なんだ。

―――体内の魔力が許容量を超えると、超過分を筋肉が溜め込む。

―――筋肉が体内の魔力を吸い上げて、体外に放散する。

―――そうすればボンッとなることもない。

―――あの肉体は、命の危機に対して肉体が起こした、防衛的急成長なんじゃないか?

 

 紅魔族の改造された体が、命の危機に対応して進化したのではないか、と。

 

―――まあ所詮仮説だ。証拠はないし、むきむきの体を調べた結果立てた推測でしかないな。

 

 そうは言うものの、妄想好きで厨二設定好きな紅魔族のダメ大人達は、この厨二感あふれる設定が事実であると確信していた。その方がかっこいいからだ。

 

「―――っていう話になったらしいの」

 

「いかにも紅魔族らしい、頭のいいバカ感がありますね」

 

「めぐみん、バカとは言っちゃいけないと僕思うんだ」

 

 地味にこの中で一番里の大人に敬意を払っているむきむきが、めぐみんを珍しくたしなめる。

 

「ですが分かりましたよ。真実とやらがね」

 

「え? めぐみん、仮説じゃなくて事実が分かったの?」

 

 ふふふ、とめぐみんが不敵に笑う。

 

「いずれ最強の魔王として君臨するやもしれぬ私の部下となるべく生まれてきた。

 あるいは、我が前世である破壊神の最強の部下が転生したものか。

 くくくっ、血が滾りますね……既に私は最強の右腕を得ていたというわけですか……」

 

 紅魔族節全開のめぐみん。

 友人に平然と厨二設定を盛っていくめぐみんを、ゆんゆんは冷めた目で見ていた。

 

「めぐみんの前世がアリで、むきむきはそれを踏み潰しちゃったのかもね。

 だから今生ではこんな罰ゲーム食らってるのかも。

 だからめぐみんは同年代よりちっちゃくて、むきむきはめぐみんより大き―――」

 

「なんてことを言うんですか!? はっ倒しますよ!」

 

 めぐみん母の「うちは代々色々小さい家系だから諦めなさい」という言葉がめぐみんの脳裏に蘇る。苦痛と絶望の言葉であり、親からの揺るぎない保証である。

 小さいねー、なんて言われたならば戦争だ。

 

「その手の爪全部剥がすっ!」

 

「待ってめぐみん普通に怖い!」

 

 あわやバトル開始か、と想われたその時。

 止めようとしたむきむきに先んじて、めぐみんとゆんゆんの間に割って入る人影があった。

 

「どうどう、なぐみん、ゆんゆんをなぐなぐするのはやめたまえ」

 

「誰がなぐみんですか! って、あれ?」

 

「あるえ? あ、そっか。あるえは本の虫だったっけ」

 

 割って入った少女に、めぐみんとゆんゆんは見覚えがあるようだ。

 なのだが、むきむきには見覚えがない。

 少女は二人が落ち着いたのを確認してから、ポーズを取ってむきむきに語りかけた。

 

「私はあるえ。紅魔族指折りの小説好きにして、いずれは上級魔法を操る者」

 

「これはご丁寧に。我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者です」

 

「君が噂に聞く彼か。……え、本当に私の一つ歳下?」

 

 身長211cmッ! 体重250kgッ! 六歳ッ! 成長期ッ!

 

「よし決めた。君の呼び名はジャイアンだ」

 

「今『ジャイアント』から凄い安直にあだ名を決めたね?」

 

「冗談だよ。むきむき君」

 

「真顔で冗談言うタイプの人には初めて会ったなぁ……」

 

 オシャレ眼帯。同年代と比べても早く成長している体。中性的な喋り方。真顔でのジョーク。この少女も、大概キャラが濃い。

 

「あるえじゃないですか。むきむき、あるえは私達のクラスメイトですよ」

 

「クラスメイト……いつもめぐみんとゆんゆんがお世話になっております」

 

「お世話はしてないよ。からかうことはあるけど」

 

「え!?」

 

「今君にしているみたいなことさ。分かるだろう?」

 

「……はい、すごくよく分かりました」

 

 むきむきの顔が少し赤くなり、あるえがくすくすと笑う。

 冗談を平然と口にできるタイプのあるえは、むきむきの天敵になり得る少女のようだ。

 

「からかったお詫びに、一つ助言をしてみよう。か細い希望だけれども」

 

 そうしてあるえは、唇の前に人差し指を立て、ゆんゆんやむきむきが気付いていなかった、めぐみんが気付いていたが口にしていなかった可能性を、口にした。

 

「今の話を聞いた分には、レベル上げでどうにかなる可能性はあるんじゃないかな。

 レベルを上げれば知力と魔力が上がる。ウィザードにはなれるかもしれないよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 里の外の森。

 里に近く、何かがあればすぐ里の大人が駆けつけて来れる距離にある森だ。

 学校の子供が先生に引率されレベル上げをしていたり、残念な美女がかっこいい木刀でかっこいいポーズを取る練習をしていたり、ストーカーニートがその美女の後をつけていたりする光景が見られる場所でもある。

 

 むきむき、めぐみん、ゆんゆん、そして付き添いで来てくれたゆんゆんの母の四人が、この森にやって来ていた。

 めぐみんは、無知なむきむきに一つ一つ知識を教えている様子。

 

「全ての生き物には、『魂の記憶』があるとされています」

 

「魂の記憶……」

 

「これが俗に言う『経験値』であり、敵を倒すことで我々が取得するものです」

 

 めぐみんとむきむきは並んで歩いている。

 太い木の根が地面から飛び出ている所があり、むきむきはめぐみんに手を差し出し、めぐみんはその手を取って、跳ねるように木の根を飛び越えた。

 

「経験値は肉体にも残ります。

 経験値が残りやすい動物の肉を食べれば、経験値を得ることができる。

 生きのいい野菜の炒め物を食べれば、経験値を得ることができる。

 最上級の生物であれば、その血はスキルアップポーションになる。

 倒して、食らう。そうすることで我々はレベルを上げることができるわけです」

 

 少し離れた場所でゆんゆんが転びそうになり、むきむきが手の平をブンと振るうと、発生した突風が倒れかけたゆんゆんの体を押し戻す。どうやら転倒は防がれたようだ。

 めぐみんが親指を立て、むきむきもそれに合わせて親指を立て、何が起こったのか把握できず混乱しているゆんゆんもとりあえず親指を立てる。

 

「とりあえず物は試しです。

 スキル取得にはカードが必要ですが、後回しにしましょう。

 今日はとりあえず、慣らしのレベル上げ体験というやつです」

 

「レベルを上げたら本当にどうにかなるのかな?」

 

「あるえの言う通り、可能性はあるでしょうね。

 レベルが上がると、知力や魔力も上がります。

 沢山レベルを上げればもしかしたら、程度の話ですが」

 

 むきむきとゆんゆんは素直に希望を信じているが、ややリアリストのきらいがあるめぐみんは、これが無駄な作業であると理解していた。

 

 この世界において、"普通は見えないもの"を可視化する技術は非常に高い。

 ギルドに行き、冒険者になろうとする人間が調査用の水晶に触れれば、一瞬でその人間の能力や資質が可視化されるだけでなく、前科等までもが読み取られるという。

 この世界は魔法等のスキルを習得する方法がスキルポイント制であり、スキルを覚えるための職業選択はステータスの数値基準で決められるという、かなりシステマチックな世界だ。

 が、資質が無い者はスキルの習得が困難・不可能であるようになっており、当然ながら"ステータスが足りないから"の一言でなりたいジョブを得られない者も居る。

 

 で、あるからして。この世界において、事前の資質調査は非常に重要だ。

 ましてやここは、魔法に関しては世界一と言っていい紅魔の里。

 そこで『魔法の資質が一切無い』と断言されたのだ。

 むきむきが魔法を使える可能性は、彼が望む形でこの里に迎え入れられる可能性は、極めて0に近いと言っていい。

 

(無駄だと思っているというのに……何故私は、こんな無駄なことに付き合ってるんだか)

 

 無駄だと思っているくせに、言わない。

 時間の無駄だと知っているくせに、うきうきして動き回っているむきむきとゆんゆんを時折からかうだけで、二人から期待と希望を奪うことはしない。

 何故言わないのか、めぐみんは自分でもよく分かっていなかった。

 

(私らしくもない)

 

 言うべきことはズバズバ言うのが自分だろうに、と思うも、目を赤く輝かせているむきむきを見ていると、どうにも現実で希望を打ち砕く気が失せてしまう。

 ふと視線を横に泳がせると、そこには「全部分かってますよ」という感じの顔で、めぐみんを微笑ましそうに見守っているゆんゆん母が居た。

 めぐみんは恥ずかしそうに、親から貰った大きめの魔女帽子を深く被って目元を隠す。

 

「めぐみん、足元よく見ないと転ぶよ?」

 

「転びませんよ。ゆんゆんじゃあるまいし」

 

「!?」

 

 それから数分後。

 ゆんゆん母に引率された子供三人は、森の中で二匹の熊を発見した。

 

「あら、一撃熊……まだ残ってたのね。この前森の一撃熊は絶滅させたと思ったのに」

 

「ゆんゆん、ゆんゆん、あなたのお母さんが物騒なこと言ってますよ」

「聞こえない聞こえない」

「一撃熊……? 僕はあんまりモンスターのこと知らないんだよね」

 

 一撃熊。

 紅魔の里の外ではその攻撃力の高さから一撃熊の名に納得され、討伐報酬300万エリス(日本円にして300万円)というかなり高い賞金がかけられている強敵だ。

 紅魔の里の一部では、大人が魔法を撃つと必ず一撃で死ぬために一撃熊の名に納得され、子供にとっては危険だが強い紅魔族にとってはそうではない経験値カモとして知られている。

 

「子供にはまだ危険だから、あなた達は……」

 

「むきむき、GO!」

「行ってきます!」

 

「ちょっ!?」

 

 ゆんゆん母が子供達を下がらせようとしたその時には既に、めぐみんがむきむきを突撃させていた。そして、1ハクオロ(ハクオロさんが女性といいムードになってから1ラウンド終了するくらい)の時間が過ぎる。具体的にはクリック五回分くらい。

 

「はい、仕留めてきました!」

 

「瞬殺ぅ……!」

 

 出会い頭のワンパンで熊の頭部が粉砕され、吹っ飛んで行った頭蓋骨が木に刺さる。

 残った熊はむきむきのローキックで両足が根本から千切れ飛び、手刀二連で両腕が肩口から切り飛ばされていた。

 むきむきはトドメは刺さず、なおも暴れる一撃熊の腹部を何度も踏んで大人しくさせ、両手足喪失と内臓破裂で動かなくなった熊のうなじを掴んで友達の前にまで持っていく。

 

「え、なんで持って返って来たんですか?」

 

「ゆんゆんとめぐみんにも経験値あげないと、って思って。

 ……ほら、その、皆でおそろいのレベルがいいなーって思ったんだけど、駄目かな?」

 

 むきむきは照れた様子で微笑んで、そんなことを言う。

 女性陣三人はドン引きであった。それが善意であると分かっていても、ドン引きであった。

 日本で例えるならば、"友人がネットでエロ小説を書いているのを知らず、喘ぎ声パートを書いている友人を偶然見てしまった時"くらいにドン引きしていた。

 

「さ、トドメを!」

 

「……」

 

 むきむきは基本的に心優しい。

 が、そこまで頭がよろしくない。俗に言うところの『脳筋』のフシがある。

 その上天然だ。脳筋で天然という合わせ技とはこれまた酷い。

 

 子供は基本的に大人の行動を見て学び、大人の真似をするものだ。

 むきむきも例外ではない。紅魔族の大人が魔法でモンスターの手足を凍らせ、弱い仲間にトドメを刺させる光景を何度も見てきた。その結果が、これである。

 脳筋、天然、暴力、環境。

 結果生まれたのは、手足をもいだモンスターを笑顔で、花束のように女の子に渡す男の子。

 こわい。

 

「正直、ちょっと引きます。気持ちは嬉しいですが」

 

「ごめんねむきむき。これはめぐみんが正しいよ」

 

「ええ!?」

 

 二人に控え目にたしなめられるむきむき。むきむきはゆんゆん母に目で助けを求めるが、ゆんゆん母はむきむきが真似をした大人の一人であるのに、しれっと言う。

 

「今日からばきばき君に改名する?」

 

 むきむきは泣いた。

 盛大に泣いた。

 心から泣いた。

 

 ゆんゆん母も後に二人の執拗な口撃に泣かされました。

 

 

 




 なぐみんちゃんとばきばき君。これは血の雨が降りますね……


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1-4-1 七歳むきむき、馬謖の如く山を登る

 個人的な考えですが、紅魔族ネーミング基準だと『むきむき』って女の子っぽい名前な気がします。女性が「ゆんゆん」「めぐみん」で男が「ぶっころりー」「ひょいざぶろー」ですからね
 紅魔族において『むきむき』は「カオル」とか「レン」とか「小野妹子」とか「カミーユ」みたいな響きの名前なんだと思われます


 どうやら、紅魔の里の外で唯一魔王軍と戦える国・ベルゼルグが滅びそうになっているらしい。

 なんでも、魔王軍の主戦力が王都の最終防衛ラインを突破したとか。

 王族が飛び出して魔王軍幹部を除くリーダー格の半分を斬首戦術で仕留めたため、なんとか国は滅びなかったらしいが、とにかく大変なことになっているらしい。

 

 そこで、族長がいくらか大人達を連れて一泊二日の魔王軍退治に行くということになった。

 仕事が休みの大人、農繁期が過ぎた農家の大人、ちょうど予約の仕事が終わった靴屋の親父、里の外に買い物に行きたいお姉さん、暇を持て余しているニートなど。

 (忙しい人間を除外したという意味で)選び抜かれた戦士達が族長の下に集う。

 かくして、彼らはテレポートで王都へと旅立った。

 

 そうなると困ったのがゆんゆんである。

 族長とその妻が王都に行ってしまえば、流石にゆんゆんの面倒を見る人物が必要になる。

 そこで「ゆんゆんが友達の家に泊まらせてもらえればいいんだけど」という母の言葉に、「私友達沢山居るから大丈夫だよ」と見栄を張ったのが不味かった。

 沢山(三人以上居るとは言ってない)。

 沢山(貧乏家と孤児の家しかない)。

 選択肢は無いに等しく、ゆんゆんはめぐみんの家にお世話になる運びとなった。

 

 鍋の前に座るひょいざぶろーと、生まれたばかりのめぐみんの妹・こめっこを抱えているゆいゆいが、緊張した面持ちのゆんゆんを迎え入れていた。

 

「族長の娘さんがうちに泊まりに来るとはな」

 

「自分の家だと思ってゆっくりしていっていいのよ?」

 

「は、はいっ!」

 

 そうして、ゆんゆんは知りたくなかった現状を知った。

 

「こんばんわ、ひょいざぶろーさん、ゆいゆいさん。あ、これ食材です」

 

「ようこそむきむき! 今日も才能を見る目がない里の連中のこととか語り合おう!」

「ようこそむきむき君! 今日も沢山食材持って来てくれてありがとうね!」

 

 山盛りになった食材を抱えたむきむきが、めぐみん宅を訪問し、ゆんゆんも居る晩御飯の席に招かれていたのだ。

 むきむきは七歳相応のほわっとした笑顔を浮かべ、歓迎されたことを喜び、いそいそと慣れた様子で席につく。

 ゆんゆんにも、なんとなくそんな予感はあったのだ。

 彼女がここに来た時から席が四人分用意されていて、ゆんゆんのために一つ席を追加した時点で変な予感はあったのだ。

 

 目が死んでいるゆんゆんが、もぐもぐ鍋を食うもぐみんと化しためぐみんに話しかける。

 

「……なんでむきむきが居るの?」

 

「うちが貧乏なのは知ってますよね?」

 

「うん、知ってる。だから少し高いお土産持たされたんだけど……」

 

 一回泊めさせてもらう分と、一回晩御飯を食べさせてもらう分。その代金というほど露骨なものではないが、ゆんゆんも割と高いお土産を買ってきていた。

 だが今のゆんゆんの目は死んでいる。どのくらい死んでいるかと言えば、高い高いお土産を渡す気が失せてしまうくらい、目が他界他界していると言っていいだろう。

 

「つまり仕事に穴は空けられないわけです。

 私にも学校があります。両親は仕事をしないといけません。

 なので、赤ん坊のこめっこの面倒を見てくれそうな人が必要でして」

 

「うんうん、それで?」

 

「むきむきがそれ引き受けてくれまして。

 家で面倒見てくれたり、こめっこ背負って畑耕してたり、こめっこにご飯あげてくれたり」

 

「ほうほう、それで?」

 

「その流れで『礼も受け取らずに帰るつもりですか?』と私が引き止めるようになりまして。

 とりあえず簡単なご飯なら私でも作れるわけですし。

 それでむきむきがうちで晩御飯食べていくようになりまして。

 そうしたらむきむきが申し訳なさそうに食材持ってくるようになりまして、両親が喜んで」

 

「……うん?」

 

「次第に両親がむきむきを家に招くようになりまして。

 むきむきが毎回持って来てくれる食材のお陰でうちの台所事情と懐事情が劇的に改善しまして」

 

「ちょっと待って」

 

「次第に私やこめっこが空気になるレベルで両親がむきむきを……」

 

「ちょっとぉ!」

 

 むきむきは面倒臭い子だ。一人で生きていける能力があり、紅魔族らしく早熟な知性があって、早くに亡くした家族に未練が有り、大人が差し伸べた手を取らず、寂しがり屋である。

 このむきむきの面倒臭い感じが、この貧乏家庭の特性と見事マッチしてしまったようだ。

 

 むきむきは食材を持ってくる。めぐみん家の財政事情がちょっとだけ改善する。

 むきむきは家族の暖かみを疑似体験できる。『新しい家族』を受け入れられないくせに寂しがり屋なむきむきが、心救われる。

 誰も損をしてない。誰もが得をしているだけだ。

 

「前からむきむきは昼笑って夜泣いてる感じがありましたからね。

 私の腹は満たされる。むきむきの心も満たされる。言うことなしです」

 

「いいの!? これ本当にいい関係なの!?」

 

 なのに、ゆんゆんは違和感が拭えない。

 なんだろうか、この。

 Win-Winなのに、体よく利用されている感が拭えないのは。

 巻き上げられているのが食材費だけで、大人の手伝いで生活費を得ているむきむきの財布が大して痛んでいないのが、唯一の救いか。

 

(いけない……この関係は……なんかいけないっ……!)

 

 友情も優しさもあるが図太さと図々しさでそれを脇に置いておけるもぐみん。

 めぐみんに対し、彼氏にフラれて落ち込んでいたところにイケメンに慰められコロッといってしまったヒロインのような好意の抱き方をしてしまっているむきむき。

 "放っておいたら大惨事になる気しかしない"と、ゆんゆんは戦慄する。

 

(私がしっかりしなくちゃ! あの二人より、私の方がしっかりしてるんだから!)

 

 ばっちり上手くやらないと、とゆんゆんは自分に言い聞かせていた。

 

 

 

 

 

 そして翌日。ゆんゆんは早くもぼっちり下手を打っていた。

 

「はぁー、弟が病気になっちゃったー!

 どうしよう、あたしの友達のどどんこにゆんゆん!

 このままじゃ、うちの弟の病気のせいでにっちもさっちもいかなくなってしまう!」

 

「大変! これ私のお小遣いだけど受け取って、ふにふら!」

 

「わ、わわっ、じゃあ私のお小遣いも持って行って、ふにふらさん!」

 

「「……」」

 

「え、二人共どうしたの?」

 

「いや、その」

「ねえ……」

 

「え? え?」

 

「い、今はいいよ、ゆんゆん。気持ちだけ受け取っておくから」

 

「そ、そうだよ! 私の分だけで今は大丈夫なはずだよ、多分!」

 

 彼女はふにふら。ゆんゆんとめぐみんの同級生で、紅魔族随一の弟想いの少女。

 彼女はどどんこ。同じく彼女らの同級生で、紅魔族屈指の無個性の少女だ。

 この実写版デビルマン級の演技による小芝居を見れば分かるように、哀れな境遇役をふにふらがやり、どどんこがサクラをやることで、金目的で友達付き合いをしているゆんゆんから金を巻き上げようとしている少女達だ。

 が、どうやら予想以上にいい子で、予想以上にチョロく、予想以上にさっと金を渡してきたゆんゆんに、良心がないでもない二人は腰が引けてしまったようだ。

 

 ちなみにゆんゆんから金を巻き上げようとしていたのも本当で、弟の病気にお金が必要で困っているというのも本当で、ゆんゆんのあまりのチョロさにちょっと気が引けたのも事実である。

 明日以降ならゆんゆんから金を巻き上げることもできるかもしれないが、腰が引けてしまった今日はどうやっても金を巻き上げる気になれない様子。

 世の中にはカツアゲは出来ても人を殴ることはできない不良が山ほど居ると言うが、彼女らはそれを数段マイルドにしたタイプのようだ。

 

「そう? でも、困ったら遠慮なく言ってね!

 あ、でも、友達の間でこういうお金のやり取りって大丈夫なのかな……

 むきむきも人助けはいいことだ、とも言ってたけど、お金はトラブルの元になる、とも……」

 

「いやいや、助かるから、くれるならくれるだけ嬉し―――」

 

「へー、ふーん、ほー」

 

 哀れゆんゆんは将来的に壺を買わされるような大人になるルートに進んでしまうのか、と思われたその時。呆れたような、バカにしたような、そんな少女の声が響いた。

 

「いやあ、ゆんゆんはいい友達が作れてるみたいですね」

 

「? この声、めぐみん? あんたには関係……」

 

 そして、振り返ったふにふらとどどんこは目を疑う。

 

 その日、二人は思い出した。

 奴らに支配されていた恐怖を。

 鳥籠の中に囚われていた屈辱を。

 

「ヒエッ」

「ヒエッ」

 

 そこには2mを超えるあまりにも大きな巨人が立っていて、その右肩にめぐみんが乗っていた。

 

「なにそれ、巨人!?」

 

「私の弟分ですよ」

 

「弟分……? 身長めぐみんの倍近くありそうじゃない……?」

 

「これでも一つ歳下ですよ」

 

「!?」

 

 めぐみんを優しく地面に降ろし、むきむきはポーズを取って名を名乗る。

 

「我が名はむきむき。ゆんゆんとめぐみんの友たる者……どうぞよろしく」

 

「こ、これはご丁寧に。我が名はふにふら――」

「わ、我が名はどどんこ――」

 

 自己紹介、以下省略。

 二人はすっかりむきむきの巨体に圧倒されてしまっていた。何せ、この年頃の少女の身長であれば、首が痛いくらいに見上げなければ近くでは顔さえ見えないのだ。

 その身長比と戦闘力比は、実にゴジラ(100m)とマグロ食ってるやつ(60m)に匹敵する。

 

「あ、そうださっきの話! むきむき、めぐみん、聞いて!」

 

「さっきの話? ……あっ」

「お金の話の前? ……あっ」

 

 ゆんゆんの発言に、ふにふらとどどんこが何かを察する。

 筋肉色の覇気に気圧されて二人の反応が遅れたのが、ここで変な展開に繋がってしまった。

 

「むきむき、私達をあの山まで運んで! 薬草を探しに行かないと!」

 

「承知!」

 

「え、なんで私まで巻き込まれてるんです? あ、ちょ、待っ」

 

 ゆんゆんとめぐみんを抱えたむきむきが疾走する。

 その速さたるや、族長宅で三人分の上着を回収して里を出るのに一分もかからないほどの速さであった。

 

「あっ」

 

 あっ、と言う間もなく。三人は山へと向かって走っていってしまった。

 

「さっきの話、って……」

 

「……弟の病気を一発で治せる薬草が、あの山に生えてるって話だよね……」

 

 紅魔の里の北には、霊峰ドラゴンズピーク。

 北西には、魔王城の魔王の娘の部屋が覗ける展望台バニルミルドがある。

 "全てを見通す"と言われるその展望台の南西には、希少な薬草が生える山々があった。

 

 そこまで険しい山でもなく、氷雪系統の精霊が好む土地であるため年中雪が降り、ある程度の寒さが年中持続し水もあるため希少な薬草が生息している山だ。

 凶暴なモンスターも生息しておらず、何もできない子供だけで入れば危険な場所だが、魔法が使える大人であれば近所の庭感覚で行ける場所でもあった。

 魔法薬に加工する時に逃げ出すことで有名なマンドラゴラの根等も、ここで一定量ながら確保できるという。

 

 つまり二人は、ここにある希少な薬草を回収すればふにふらの弟の病気が治るのに、という話をゆんゆんとしていたわけだ。

 二人からすれば、族長の娘であるゆんゆんがこの話題を耳にして、族長の娘として族長や他の大人にそれとなく話してくれることを期待していたのである。

 そうすれば、自分達が何か頼むより効果的に、善意で動いてくれる大人が取って来てくれる可能性が高いと思ったからだ。

 

 なのに、予想は大外れ。

 子供三人だけで山に突撃して行ってしまった。

 

「どうしよう!?」

 

「大人にちゃんと話すしかないでしょ! お金巻き上げとかそこら辺は伏せて!」

 

「でも山に行かせる原因になったってことで怒られるかもよ!?」

 

「仕方ないでしょ! あいつらが雪山で遭難するよりはマシよ!」

 

 この二人は善良と言うには程遠く、いい子と言うには善性が足りず、子供特有の出来心で動いてしまうところがあるが……それでも、悪人ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 厚着した三人が、はらはらと雪が降る雪山を進んでいく。

 歩いているのはむきむきだけだ。めぐみんは彼の右肩、ゆんゆんは彼の左肩に乗っている。

 めぐみんはやる気なさげに雪景色を眺めていて、ゆんゆんは地図を片手に道案内をしているようだ。

 

「なんというか、むきむきって体温高いですよね。

 その上めっちゃ体が大きいからなんか普通にあったかいんですが」

 

「むきむき、歩きづらくない?」

 

「膝と足首の間くらいまで、雪の中に足が沈んでるかな」

 

「それ普通に歩けないんじゃない!? あ、三人分の体重だから余計に沈み込んでる……?」

 

「いや大丈夫大丈夫。水の上よりは走りやすいと思う」

 

「そっか、水よりは雪の方が硬いもんね……ん?」

 

 むきむきが周囲を見渡せば、こんな雪の中でも悠然と立っている大木や、雪の合間に生えている草、雪をどけている岩の周囲に生えている苔、雪の上を走り回る小動物が見える。

 どんな世界であっても、命は力強い。

 この世界の命は、他の世界の命と比べてなお力強い。

 こんな白銀の世界の中でも、立派に命の連鎖が構築されているようだ。

 

「ゆんゆん、僕詳しくないんだけど、その草ってのはどんなのなの?」

 

「この山の山腹のどこかに、『なんJ』という草が生えてるらしいの」

 

「なんJ? 変な名前ですね」

 

「昔、里に来た旅行者さんと里の大人が一緒にこの山に採取しに来たらしいわ。

 その時"草生えてる"という里の大人の人の言葉に対して、その旅行者がこの草の名前を……」

 

「呼んだ、と。なんだか里の内のネーミングとも、外のネーミングとも違う気がしますが」

 

 雪山とか草生えるわ。

 

「そろそろ休憩しましょうか、むきむき」

 

「ん、ごめんね、寒かった?」

 

「いえ、私達は体動かしてませんが、むきむきは動き詰めですし。

 気付けない疲労を抜くためと、後はそろそろお昼ごはんの時間ですから」

 

「それめぐみんがお腹減ったってだけじゃないの……?」

 

 むきむきは即落ち二コマ並のスピードでかまくらを作成。そうして僅かな時間で完成されたかまくらの中に、その辺から拾ってきた木の枝を入れ、火を入れる。

 

「我焦がれ、誘うは焦熱への儀式、其に奉げるは炎帝の抱擁―――ファイアーボール!」

 

 圧縮された熱が一発目で水分を飛ばし、二発目で火をつける。

 

「おー寒い寒い。今日もうちで鍋の予定でしたが、まあこっちで食べてもいいでしょう」

 

「……めぐみんまさか、むきむきが背負ってた荷物って……」

 

 どうやらむきむきが背負っていたリュックサックの中に、めぐみんとむきむきのお昼になる食材と鍋が入っていたようだ。

 万が一に備えめぐみんの両親の分まで入っていたようで、ゆんゆんが食べる分も問題ない。

 かくして、ファンタジー異世界でかまくらを作り鍋を食べる改造人間達という構図が出来た。

 

「ほぁ~、生き返るぅ……」

 

「ちょ、めぐみん、口とは裏腹に食べるの早い!」

 

「のろまは死ぬ。それが鍋の世界の掟です」

 

「じゃあそういう異世界にでも行ってなさいよ!」

 

「はいゆんゆん。肉取っておいたよ」

 

「あ、ありがとうむきむき。でも、めぐみんに皿の肉を取られた時は怒っていいのよ……?」

 

 もぐみんは鍋だけではなく、むきむきの皿やゆんゆんの皿からも食べたいものを奪っていく暴君である。

 むきむきが鍋奉行として定期的に具と汁を補充し、時折外に出てウサギや美味い野草を追加してくれていなければ、ゆんゆんは空腹でこの後の捜索をしなければならなかっただろう。

 何もしていないくせに飯はよく食う、そのくせ居るとなんとなくトラブルと打開策がセットで見つかる気がしてくるのが、とてもめぐみんらしい。

 

「モンスターにも会ってないし、順調ね」

 

「そりゃそうですよ。

 ここで危険なモンスターと言ったら、冬将軍系しか居ません。

 それも冬に雪精を狩りでもしなければ、出て来ることはないでしょう」

 

「あれは元締めの大精霊だから、どこにでも現れるもんね……」

 

「冬将軍……?」

 

「むきむきは知らないんですか?

 雪精と呼ばれるモンスターを狩ると現れる、極めて強力な大精霊ですよ。

 精霊は決まった形を持たない、人の思念の影響を受ける存在です。そうですね……

 魔力の塊が人のイメージした形で独自の意志を持って動いている、と考えればいいですよ」

 

「ふむふむ」

 

「そのせいで、とんでもなく強いんだって。

 紅魔族の魔法もほとんど効かないらしいわよ?

 素で強くて魔法防御力も高いから、紅魔族の天敵みたいなモンスターなのよ。

 里の外の人達も中々倒せないから、攻撃的なモンスターでもないのに懸賞金が二億もあるの」

 

「二億エリス!」

 

 二億エリス(日本円にしてうまい棒二千万本分)の懸賞金に、むきむきは驚く。

 こちらから何もしなければ何もしてこないのが冬将軍だが、それでも二億という懸賞金がかけられているということは、とてつもなく強いということなのだろう。

 

「二億……」

 

「めぐみん、なんで二億の部分だけ繰り返したの? 今その目は何を見てるの?」

 

「めぐみん、二億欲しい?」

「ええ、欲しいですね」

 

「待って! お金に目を眩ませて崖に向かって突っ走って行かないでめぐみん!」

 

「……」

 

「何も言わないのは一番不安になるからやめてー!」

 

 ゆんゆんは、めぐみんにいつ爆裂するか分からない爆弾のような印象も持っている。

 

「まあ、冗談はさておき」

 

(本当に冗談だったのかな……)

 

「紅魔族は望めば修行の一環で里の外に旅に出るじゃないですか。

 危険なことなんて多かれ少なかれ、そこで体験すると思うんです」

 

「……それは、そうだけど」

 

「めぐみんは魔法を覚えたらすぐに外に行く気なのかな?」

 

「ええ、勿論。その時はむきむきも一緒に来ますか?」

 

「え、僕?」

 

「どうせ紅魔族は皆、最終的にこの里に戻って来るんです。

 ここだけで一生を終えるなんて嫌じゃないですか。

 どうせなら修行も兼ねて外に出て、魔王を倒して伝説になっておきたいものです」

 

「めぐみん……ホント豪快だよね」

「え、今めぐみんとんでもないこと言わなかった? 私の幻聴?」

 

「ええ、豪快な方が好きですからね、私は」

 

 ふんす、と鼻を鳴らすめぐみんを、むきむきは嬉しそうに見つめている。

 

「大きくて、強くて派手で、豪快な方が好き……だっけ?」

 

 自分が好ましく思う基準を一切揺らがさないめぐみんに、彼は好意を持っていた。

 

「あれ、むきむきにそれ教えた覚えはあるんですけど、どこで教えましたっけ……」

 

「どっかじゃない?」

 

 うんうんと悩むめぐみん。

 めぐみんは自分が好きなものの傾向をいつむきむきに教えたか、それを思い出せずにいる。

 その言葉は、彼女にとっても何でもない言葉だったからだろう。

 たとえそれが、彼の人生そのものを変えた言葉だったとしても。

 彼の未来を変えた肯定だったとしても。

 彼女にとっては、なんでもない台詞の一つでしかない。

 

(……)

 

 具材が無くなった鍋に米を放り込み、めぐみんが雑炊を作り始める。

 鍋の残り汁に米ではなく麺を入れる異端者が、里で生きていくことはできない。

 案外家庭的なところを見せるめぐみんから雑炊入りの器を受け取り、彼はそれを見つめた。

 

(一炊之夢)

 

 この世界にはよその世界が持ち込んだ言葉や物が多くあり、その中でもかっこよさげなものは紅魔の里で語り継がれたりもする。

 その中に、『一炊之夢』という小話があった。

 盧生という者が"夢が叶う枕"を借り、出世して金も権力も思いのままという理想的な人生の夢を見るが、一つの人生を終えて起きると、寝る前に作られていた粥がまだできていなかった、という話だ。

 

 『一炊之夢』とは、「繁栄しようとも人生とは短く儚いものである」という意味の言葉。

 結局の所、人生は短いのだ。

 短い人生の中で、何かを選んでいかなければならない。

 それこそが条理に反しない命の在り方であり、それに反し――アンデッドの王リッチーになる、等――て生きようとすれば、必ずどこかでツケを支払うことになる。

 

(めぐみんはもう、自分の人生をどう生きていくかを決めてる)

 

 爆裂魔法を覚える。あの日に会った美人のお姉さんに会う。里の外で伝説になる。魔王を倒す。あわよくば自分が次の魔王になる。

 めぐみんは将来したいことを見定めていて、一本筋が揺らいでいない。

 ゆんゆんも過程がしっかりとイメージできていないものの、将来的に族長になり親の後を継ぐという最終目的だけは、一度も揺らいだことはない。

 

 むきむきだけだ。

 この中で、"将来何がしたいか"も、"将来何になりたいか"も、はっきりしていないのは。

 

「どうです? 味は」

 

 それでも、彼女がくれた言葉も、彼女がくれた雑炊も、暖かかったから。

 

「うん、美味し――」

 

 不安なんておくびにも出さずに、彼は微笑んで。

 

 二人の少女を庇うように動き、飛んで来た斬撃を右腕で弾いた。

 

「!?」

 

 かまくらの上半分が吹き飛んで、かまくらから少し離れたところにあった大木が両断される。

 一瞬にしてかまくらの上半分が消えたお陰で、下手人の姿はすぐ見えた。

 雪を固めて作ったかのような、白一色の体色。

 (かみしも)(はかま)。ここに地球の日本出身の人間が居たならば、"奉行みたいな服してるな"と言っていたことだろう。

 

 白いモンスターは、白銀の背景に溶け込まない存在感を撒き散らしながら、敵意をもって彼と彼女らに相対している。

 

「まさか、このモンスターは……!」

 

「知っているのかめぐみん!」

 

「古代書物『リン・ミンメイ書房』の本で読んだことがあります!

 冬将軍のワンランク下に位置する大精霊!

 各地方に存在し、自分だけの鍋ルールを持つ大精霊!

 そのルールに抵触した鍋の食べ方をする者を、問答無用で殺す殺戮マシーン……!」

 

 そのモンスターは、"食い終わった鍋の残り汁に麺ではなく米を入れる者"を問答無用で殺す、そんな行動法則を持つ者だった。

 

 

 

「―――『鍋奉行』です」

 

 

 

 鍋奉行が刀を振る。むきむきが前に出て、手刀を振り下ろす。

 一瞬の内に、剣から斬撃が飛ぶ・手刀が飛んだ斬撃を両断する・両断された斬撃が近場の金属質の岩を切り分ける、という三つの行動結果が発生していた。

 

「逃げよう!」

 

「ですね!」

「う、うん!」

 

 むきむきが二人を両脇に抱え、走り出す。

 鍋奉行はからあげにレモンをかける者、及び鍋は雑炊派の者を皆殺しにするという目的の下、更なる斬撃を飛ばしてきた。

 少年は雪上で飛び上がり、猛然と空中で高速回転。回し蹴りで斬撃を粉砕する。

 

「ま、待ってむきむき! 酔う! これ酔う!」

 

「しまった私ゆんゆんやむきむきより沢山食べおぼろろろろろろ」

 

「ご、ごめん!」

 

 食い過ぎ→ジェットコースターのコンボで派手に嘔吐しためぐみんの口を、むきむきはお気に入りの服の袖で拭いてやりつつ、前に進む。

 

「! むきむき、見つけた!

 よりにもよってこの最悪なタイミングだけどー! 例の薬草! あそこっー!」

 

「! っく、本当に、幸か不幸か……!」

 

 むきむきは二人を雪の上に優しく降ろし、振り返る。

 体重が軽い二人の足はさほど深くまで沈み込まないが、鍋奉行に向けて踏み込んだむきむきの足は、深く雪に沈み込んでいた。

 少年は叫ぶ。

 

「―――ここは僕に任せて早く行け!」

 

 紅魔族にとっては、プロポーズよりも興奮する、その台詞を。

 

「無茶しないでねむきむき! 草取って来たら一緒に逃げましょ!」

 

「ふわあああああああ! ずるい! その台詞を一人で言うのはずるいですよ!

 ゆんゆん、ゆんゆん、聞きましたか! 今の台詞を! 一度は言いたい台詞ですよ!」

 

「いいから早く行くわよ!」

 

「なんですかあのかっこよさ! ああ、私もあれやりたい! やらせて下さい!」

 

「いいから早く!」

 

「むきむきっー! 今のは百点です! かっこよかったですよー!」

 

「早くって言ってんでしょうがあああああああ!」

 

 めぐみんが大声を上げるが、ゆんゆんと違って紅魔族っぽいことが言えるものの、めぐみんほどそういう台詞に自己陶酔できないむきむきは苦笑する。

 背後から「めぐみん、この草!?」「その草は草加雅人とか名前が付いてる毒草ですね」「新発見したものに自分の名前付ける研究者にでも名付けられた草なの!? 人名!?」という声が聞こえてくるあたりからも、すぐ終わる気配はない。

 

「お前は僕がここで止める」

 

 ならば、ここで鍋奉行を止めなければ。

 人類の自由と平和――平和に鍋雑炊を食う自由――を守るため、改造人間むきむきは戦うのだ!

 実際はめぐみんとゆんゆんしか守る気がないが、それは脇に置いておいて。

 

 ダン、とむきむきが力強く地面を踏み叩く。

 すると、柔らかな山頂の新雪が振動で崩れ、雪崩が発生した。

 更にむきむきは掌を振るい、衝撃波で雪崩の向きをコントロールし、二人の少女を巻き込まずかつ鍋奉行だけを巻き込む雪崩を作り上げる。

 

「あっ、やばっ、めぐみんから言われてた技の前の詠唱忘れてた……

 汝、美の祝福賜わらば、我その至宝、紫苑の鎖に繋ぎ止めん―――フリーズガスト!」

 

 技の後に詠唱するという因果逆転。雪崩は必中攻撃なのでこれも多分ゲイボルクなのだろう。ゲイボルクっぽい雪崩が鍋奉行に迫る。

 

「あの二人に危害は加えさせないっ!」

 

 身長218cm.

 体重265kg。

 七歳。

 むきむきが生涯初めて、男の顔をした瞬間であった。

 

 

 




めぐみんはゆんゆんを「あの子」、むきむきを「あの子」って言います
ゆんゆんはめぐみんを「あの子」、むきむきを「あの人」って言います
むきむきはめぐみんを「あの人」、ゆんゆんを「あの子」って言います
なんだか勘の良い登場人物はこれだけで関係性見抜きそうな感じです


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1-5-1 八歳児むきむき、恋愛のなんたるかを考える

 アクアとダクネスでフュージョン! アグネス! アグネスがめぐみんを違法ロリ認定! カズマさんに前科付与! という流れも中々綺麗だと思うんですが、短編向けですよねえ
 アクアとダクネスがポタラ合体! akuaにMが加わってAKUMAに! 「お前の胸のどこがめぐまれてんの?」と暴言を吐いたカズマさんにめぐみんの策略が前科を付与させる!
 ……これも短編向けだあ……


「だ……大惨事だ……」

 

 ふにふらとどどんこのお陰で早急に里の大人達に事態が通達されたが、里の大人達が皆忙しかったのと、結局救助に行くことになった紅魔族ニート軍団が出立寸前にぐずったため、救助はちょっとだけ遅れてしまった。

 ニートは足腰が弱いため、山登りという過程で更にちょっと時間がかかってしまう。

 

 結果、むきむき達は鍋食ってまったりと進んでいたというのに、救助に出されたニート達が現場に到着したのは、鍋奉行とむきむきの戦闘開始から数分が経った後だった。

 

「あれ鍋奉行? うっわ、結構削れてるな……両方共」

 

 血で真っ赤に染まった雪景色。

 地面に転がされている鍋奉行。

 そして鍋奉行を逆エビ固めで固めているむきむきと、むきむきが奪ったらしい鍋奉行の刀を握っているゆんゆんと、何やら草を持っているめぐみん。

 どうやらニートどもは、そこそこいいタイミングで到着したようだ。

 

「よし、よし、魔法はもう来ないな……めぐみん、ゆんゆん、絶対近付いちゃ駄目だよ!」

 

「むきむき! 血が! 血が! 力むと血が吹き出してる!」

「頑張ってください! そのまま腰をへし折るんです!

 って、あ、里のニートども! 来たんならさっさと援護して下さい!」

 

 ここまでの戦闘の経緯に、特筆すべきところはない。

 むきむきが鍋奉行に切られながら殴りまくり、その内奉行の刀を奪って放り投げ、そこからは魔法VS格闘合戦に移り、血を血で洗う戦いに移行したというだけの話だ。

 魔力と体力をゴリゴリ(ラ)削られ、ゴリ(ラ)押しで弱らされた鍋奉行は、「これ以上余計なことさせるか!」とむきむきの固め技を食らってしまう。

 

 この世界のスキルは、『手』を起点にするものが多い。

 そのため、逆エビ固めはそこそこ効果的だ。不死王の手やドレインタッチ等、手で触れることで凶悪な効果を発揮するリッチー等にも積極的に使っていってもらいたい。

 相手に魔力が残っていれば、最悪魔法を食らってしまうかもしれないが。

 

「え、援護行くぞ!」

「おー!」

「俺めぐみんちゃんのご近所さんだからあの子の保護に行くわ」

「サボってんじゃねえぞぶっころりー!」

 

 かくして。

 体力と魔力をゴリゴリに削られた鍋奉行は魔法で捕縛され、死ぬまで上級魔法を叩き込まれ、地形が変わるくらいの火力で消し飛ばされました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以前邪神っぽい獣と戦った時より、格段にむきむきの実力は増している。だが、腕力があっても火力がないというのが目立ってきた。

 今回は魔力防御が高く物理無効能力も持たない敵だったからいいものの、この世界は一部の存在が反則じみている。筋肉と筋肉魔法だけで勝てない相手も居るだろう。

 彼の弱点を補うには優秀な魔法使いが必要であり、彼の能力は優秀な魔法使いの穴を埋めるのに最適だ。

 

 その結論に至ったのは、日々攻めてくる魔王軍を暇潰しに消し飛ばしているニート軍団も、同様であったようだ。

 

「君やるなあ。対魔王軍遊撃部隊(レッドアイ・デッドスレイヤー)に入らない?」

 

「れっどあ……え?」

 

「自警団だよ自警団。俺達がやってるやつだ」

 

「ああ自警団。まだ職が見つかっていない人達が、日々腕を磨き里を守っているという……」

 

「違うわよむきむき。働きたくない、家から出たくもない。

 そんな人達が魔王軍を倒すって名目で里の中ブラブラしてるだけの集まりよ」

「そうですね。クソニートのお遊びクラブみたいなものです」

 

「ゆんゆんとめぐみんの痛烈な真実指摘が胸に痛い……!」

「違う、俺は自分にふさわしい職が見つかってないだけなんだ!」

「むしろ僕にふさわしい職がないんだ!」

「私が無職にならなければならないこの世界が悪い!」

 

「黙ってて下さいクソニートども。

 むきむきをそっちの道に招くようなら、炒め物した後のフライパン顔に押し付けますよ」

 

 特定条件下で人を襲いまくる上強いため、鍋奉行の懸賞金は一億エリス。

 地球で言えば2016年日本人平均年収の約22.6244343891倍に相当する。

 とりあえず五千万は里にかっこいい銅像を建てるために使われることが決まり、残りは戦ったむきむきと自警団の山分けということになった。

 

「このバカどもが! 子供だけで勝手に山に行くなどと!

 今日のお前らはアクシズ教徒どもよりバカだ! 分かっているのか!」

 

「え……!?」

「嘘……でしょ……!?」

「アクシズ教徒……以下……!?」

 

 当然、子供達は親や大人達からこっぴどくお叱りがあった。

 親が居ないむきむきは"親の代わりに"と族長が叱り、むきむきは申し訳なさそうにしながらも、親代わりに誰かが叱ってくれることがちょっとだけ嬉しかったりした。

 ふにふらの弟も無事助かり、血濡れで帰って来たむきむきと薬草を持って帰って来たゆんゆんを見て、ふにふらとどどんこも何かしら思う所があったらしい。

 人間関係が、そこかしこで少しづつ変動しているようだ。

 

 そんなこんなで結構な月日が経った、ある日のこと。

 

「むきむき、相談がある」

 

「なんでしょうか、ぶっころりーさん」

 

「女の子にモテるには、どうしたらいいんだ?」

 

「え……? あ、あの、その前に聞いていいですか?

 ……なんで僕に聞いて有意義な答えが返ってくると思ったんですか?」

 

「君が俺より、ずっと女の子と仲良くしてる子だからだ!」

 

「……」

 

 身長223cmッ! 体重273kgッ! その圧倒的巨体は、頼りがいを感じさせる。

 だが八歳ッ! 八歳に恋愛相談をするニート。これで何が解決するのだろうか。

 

 彼の名はぶっころりーといい、めぐみんのご近所の靴屋のせがれである。めぐみんからすれば、近所のお兄さんといったところだろうか。

 あの雪山に助けに来てくれた一人であり、その頃からむきむきと交流を持ち始めた青年だ。

 皆が忙しい時もニートなため忙しさとは無縁であり、山に行った子供を助けに行ったり、めぐみんの妹で現在二歳のこめっこの面倒を見たりもしている。

 

 そんな人物なので、むきむきも邪険にできないわけで。

 "癖が強いが根が善良"という紅魔族にありがちな性格のため、こういう面倒臭い案件を斜め上な感じで持ってきたりする。

 恋愛相談なんてどうすればいいんだ、とむきむきは生真面目に悩み始めた。

 

(めぐみんに相談?)

 

 ダメだ、あの人が恋愛に没頭する姿が想像できない、と少年は思いつきを投げ捨てる。

 

(ゆんゆんに相談?)

 

 ダメだ、あの子は恋人作りの前に友達作りが……と少年は思いつきを投げ捨てる。

 

(大人に相談?)

 

 ダメだ、ぶっころりーさんが自分に相談してきたのは大人に自分の恥を見せたくなくて、子供に知られる分にはいいと思っているからだ、と少年は思いつきを投げ捨てる。

 

(じゃあどうし……あ)

 

 そうして、名案を思いついた。

 

「ちょっと移動しましょうか。僕も今内職終わりましたし、どうせ暇ですよね?」

 

「……悪意がなくてもニートに"どうせ暇でしょう"は傷付くからやめてくれ……」

 

 

 

 

 

 むきむきが助力を頼んだのは、眼帯の少女であった。

 

「我が名はあるえ。紅魔族随一の本好きにして、いずれは作家となる者……」

 

 ある意味めぐみんやゆんゆんより厄介な手合いではあるが、一部分野ではかの二人より頼りになりそうな少女、あるえ。

 むきむきが彼女を頼ったのには理由があった。

 

「あるえは、作家を目指してるくらい本好きだったよね」

 

「ああ。ふむ……恋愛に関する相談を何故私に持ってきたのかわからなかったが……

 つまり、そういうことかな?

 この前恋愛小説を試しに書いてみたと私が言ったことを、覚えていたからか」

 

「うん。そういうこと」

 

 恋愛経験が無いなら恋愛小説を沢山読んでそうな人を頼ろう、という思考。

 『フィクションと現実は別』という認識が根付いていない、むきむきの年相応な一面が見られた一幕だった。

 

「そういうことなら協力しよう。面白いことがあったら小説にできそうだ」

 

「ありがとう、あるえ!」

 

「いや小説にするのはやめてくれよ……俺が恥ずか死ぬ」

 

 あるえは知り合いを小説のネタにすることも躊躇わない気性であった。

 

「恋愛に関しては、私も出所不明の古文書から学んだクチだ。

 この手の定番はまず相手の事前調査さ。

 そして会話で好感度を稼ぐ。イベントで関係を進め、最後には

 『この樹の下で結ばれた二人は永遠に引き裂かれない』

 という伝説を持つ樹の下で告白し、物語は終わる……そんな感じでいいと思うな」

 

「里にそんな樹あった?」

 

「無ければ作ればいいじゃないか。

 むきむき、君の出番だ。

 適当にどっかから大きい木を引っこ抜いて植えればいい。

 里の皆はそういうのが好きだから、勝手に伝説を作ってくれるよ」

 

「なるほど。恋愛は難しいんだね」

 

(この二人を頼るべきだったのか……?

 まだめぐみんかゆんゆんを頼った方がよかったのでは……?)

 

 ときメモ的に言えば、異性を攻略するより爆弾で吹っ飛ばす方が基本大好きな紅魔族に、まともな恋愛アドバイスを求めてはならない。

 

「まずは事前調査、か……

 じゃあぶっころりーさん、そけっとさんと話しに行きましょうか。

 好きなもの嫌いなものくらいは把握しておきましょう」

 

「え、むきむきはそけっとと仲良いのか?」

 

「? ろくに話したこともないですよ?

 だから今日話して仲良くなって。好きなものとか聞こうかと。

 趣味嗜好とか話の切っ掛けを見つければ、ぶっころりーさんも次以降話しやすいと思いますし」

 

「……ああ、そういえば君、ゆんゆんと違って境遇に起因するぼっちだったっけ……」

 

 攻略対象Aと仲のいい人に好きなものや趣味が何かを聞いてもらう、ではなく。

 攻略対象Aとささっと仲良くなって聞きたい内容を聞く、という基本思考。

 

「僕に異物感覚えてる人も多いと思うんです。

 なので、最初の会話でその辺も探れたらな、って。

 そけっとさんがその手の人なら、以後僕の助力は期待しないでください」

「ま、妥当だね。そうなったらむきむきはそこのニートより役に立たなくなる」

 

「俺一人でそけっとの心を射止めろっていうのか!」

 

「私が思うに、恋愛とは基本そういうものだと思うのだけれど」

 

「……」

 

 あるえの痛烈な一言に、ぶっころりーが顔を覆う。

 

「……仕方ないじゃないか……恋愛経験なんて、無いんだから……」

 

「それにしては高いハードルを選んだね。あのそけっとだろう?」

 

 そけっとは紅魔の里随一の占い師である。

 そも、この世界において占い師という職業はとても重要なものだ。

 地球と違い、この世界の占いは未来予測のそれに近い。

 程度の差はあるが、占いはほぼ事実に近いことを言い当てている。

 

 そけっとは『全てを見通す悪魔』の力の片鱗を借りているとも言われる占い師であり、里の外から彼女目的で来る者が時折居るほどの、極めて優秀な占い師だ。

 その上、魔法の腕も確かな魔法使いであり、「木刀かっこいい」という理由で我流のへなちょこ近接戦闘術を鍛えていたりもする。

 そして、なにより。

 能力以上に、里一番の美人ということで有名だった。

 

 陳腐な言い回しになるが、『才色兼備』と表現するのが、一番的確だろう。

 

「控え目に言うけど、ゴキブリが蝶に恋するようなものじゃないかな」

 

「あるえさん! 俺はニートで心が弱いので! もう少し手心を加えて下さい!」

 

 対するぶっころりーは靴屋のせがれでこれといった長所が見当たらないニート。

 戦闘力だけは高いが、そもそも紅魔族はほぼ全員がでたらめに強いため、相対的に見れば特筆して強いというわけでもない。

 恋愛的勝利へと続く栄光のロードがどこにも見当たらないのだ。

 

「言い過ぎだよ、あるえ。ぶっころりーさんは優しい人だよ」

 

「むきむき……! ありがとう……!」

 

「『優しい』って別に異性に好かれる要素ではないよ、むきむき。

 優しいだけでモテない人の方が多数派だ。

 里の外ではそういうのを『いい人止まり』と言うらしいね」

 

「「 !? 」」

 

「好いた理由を聞かれて、"優しいから好きになった"と言うものあるけれど。

 あれは"辛い時に優しくしてもらった"という意味か……

 あるいは、"それ以外に長所が思いつかない"とかだからね」

 

「恋愛本読んだだけの子供の台詞なのに、何故か胸に刺さる……!」

 

 優しいだけで好かれるなら苦労はしない。

 かと思えば、特に理由もなくクズに惚れてしまうこともあるわけで。

 決定的なイベントで好きになったり、日々グダグダしている内に好きになったり。

 友情に近い恋愛もあれば、信頼に近い恋愛もある。

 恋愛とは複雑怪奇なり。

 

「ああ、ぶっころりーさんが悶えてる……とりあえず置いていこう」

 

「むきむき、もう放っておいていいんじゃないかい?

 これに付き合う義理も、付き合って得るものもないだろう?」

 

「でも放っておいたらかわいそうだよ。知ってる人だし、困ってるなら助けてあげたい」

 

「……ふむ」

 

 あるえは趣味で付けている眼帯を指でなぞり、むきむきを見て、見透かしたようなことを言う。

 

「ゆんゆんが他人からの押しに弱い子なら、君は自分の中の良心や善意に弱いのかもね」

 

 

 

 

 

 ぶっころりーを置いてそけっと宅に向かうむきむきとあるえ。

 目的はそけっとのことを調べ、ぶっころりーが彼女を攻略する助けとなること。

 なのだが、あるえは「面白そうだから私は基本君に任せるよ」と言って小説のメモを取る態勢に入り、速攻で役立たずと化した。

 なので、むきむきが一人でそけっとと話すことになったのだが……

 

「一人で暮らしていて何か困ったことがあったら、遠慮なく言ってね?」

 

「こちらこそ。力仕事で困ったことがあったら任せて下さい」

 

 そけっとは、彼の予想以上の女性だった。

 むきむきに対する偏見もなく、容姿端麗で話が上手い。

 聞き上手で話し上手、話していて楽しいため初対面でも会話が苦にならない。

 言葉に自然と感情を乗せることや、会話の中で自然と細かな仕草を見せるのが上手く、それら一つ一つが他者から好感を持たれるものであるため、無自覚に話した相手の好感を得られるタイプのようだ。

 

 ぶっころりーは自分やゆんゆんと比較してむきむきにコミュ力があると言っていたが、そけっとはむきむきと比較してもなお高いコミュ力がある。

 流石は占い師といったところか。

 強いて欠点を挙げるなら、性格が基本的に標準的な紅魔族であることくらいだ。

 むきむきがそけっとのことを知るための話の流れに持って行けば、ごく自然にそこから話を広げ、むきむきがそけっとのことを一つ知るたびに、むきむきは自分のことを一つ語らされていた。

 

(……うーん、凄く異性にモテそうな人だ……)

 

 どうしたものか。

 そけっとと話し終えた後、あるえを連れてむきむきは帰還。

 この絶対不可能任務(ミッション・インポッシブル)を達成するため、作戦会議を行う。

 

 そして数日後、とりあえず二人をくっつける第一手が発案された。

 

「プレゼントから行く、というのはどうでしょうか?」

 

「プレゼント?」

 

「成程、堅実だ。私もそれに賛成しておこうかな」

 

 シンプル・イズ・ベスト。

 プレゼントでそけっとの気を引こう作戦である。

 

「むきむき、贈るとして何を贈るつもりか聞いてもいいかな?」

 

「消え物がいいんじゃないかなあ」

 

「ああ、形が残るのは重いからね。無駄にならない日用品辺りが無難かな?」

 

「食べ物か、洗剤か、お香か……れいれいさんのとこのシャンプーとか」

 

「いいセンスだ。あれは香りと容器のデザインが女性に人気だったはず」

 

「あるえだったら何を貰えたら嬉しい?」

 

「ん? 私だったら、そうだね……」

 

 形が残るものは想い出の品になるが、スペースを取ってしまったり、重く受け止められてしまう場合がある。

 例えばペンダントなどをプレゼントしても、使い所がないので机の引き出しにしまわれて死蔵されてしまうのがオチだ。プレゼントは、相手が喜ぶものを贈らなければならない。

 付き合いがない人の好感度だけを稼ぐなら消耗品、それもあって困らない物にするのが無難。

 紅魔族特有の早熟な知能でそういうことを話し合っていた二人であったが、ぶっころりーはニートらしくその斜め奥を行く。

 斜め上ではない。斜め奥だ。

 

「いや、宝石を贈ろう」

 

「「は?」」

 

「ジャブは要らない。ストレートで行く!」

 

「「……」」

 

「他の男がやらないようなことをして、そけっとの心を掴むんだ!」

 

 どこかの世界のどこかの匿名掲示板で、「良い子の諸君! よく頭のおかしいライターやクリエイター気取りのバカが『誰もやらなかった事に挑戦する』とほざくが(ry」と腕を組みながら言っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅魔の里の周辺は強力なモンスターの群生地である。

 先日のむきむき達のように安全な山に行くこともできるが、あえて危険な場所に行き希少な素材を集めに行くこともできる。

 例えば。宝石を好んで食べ、体の表面により純度の高い宝石を生成する巨大トカゲのモンスター『ジュエルリザード』が生息している場所……彼らが居るこの場所などが、そうである。

 

「ぶっころりーさん」

 

「ん? なんだい?」

 

「ジュエルリザードって紅魔族一人で十分狩れますよね? なんで僕を連れて来たんですか?」

 

「上級魔法ぶつけたら、宝石ごと吹っ飛ばしちゃうじゃないか」

 

「……あー」

 

「というわけで、俺が動きを止めるから、その隙に頼むよ」

 

 むきむきが連れて来られたのはいいとして、何故かこの場にはあるえも居た。

 

「なんで付いて来たの? あるえ」

 

「気にしないで欲しい。小説のネタにしたいだけだから」

 

「わぁ、貪欲だぁ」

 

 この辺りはジュエルリザードを恐れ他のモンスターが近寄らないため、ジュエルリザードにだけ気付いていれば野良モンスターに襲われることはないとはいえ、随分肝が座っている。

 この子は将来、大物になるだろう。

 むきむきはあるえを庇うように歩き、ぶっころりーは先頭を歩いて、目当てのジュエルリザードを発見するやいなや、捕縛の魔法をぶっ放す。

 

「よし、見つけた……ストーンバインド!」

 

 放たれたのは、土の上級捕縛魔法。

 魔力の量と制御力によって、全身を包む岩の檻にも、手足を捕らえる岩の枷にもなる。

 土の枷にも、鉄岩の檻にもなる。そんな魔法だ。

 

 オオトカゲは四肢だけを鉄より硬い岩に絡め取られ、その場から動けなくなってしまう。

 

「今だ、むきむき!」

 

(ぶっころりーさん、戦ってる時はこんなにかっこいいのになあ)

 

 体長5m、尾も含めれば10m以上の大トカゲも、こうなってしまえば形無しだ。

 近寄ってくるむきむきにも、大トカゲは威嚇することしかできていない。

 

「ごめんね。でも殺さないだけ有情と思って。……ホントにごめんね」

 

 そう言って、むきむきはジュエルリザードの背中に手を伸ばし、その体表にくっついている宝石を掴んで、ぶちっと取った。

 トカゲの悲鳴が響く。

 もう一つ取る。

 トカゲの悲鳴が響く。

 もう一つ取る。

 トカゲの咆哮が響く。

 もう一つ取る。

 トカゲの嗚咽が漏れる。

 死なない程度に、むきむきはぶちっぶちっとトカゲの体表の宝石を引きちぎっていく。

 

「うわぁ」

 

 ちょっと引きながらも、あるえは手帳にメモを取る。

 『残酷な敵組織の幹部』をどう描写すればいいのかの参考資料をゲットする、あるえであった。

 

 

 

 

 

 大きなカゴ一杯に宝石を積み込んで、むきむき達は里に帰還する。

 ジュエルリザードは泣いていた。人間で言えば突然やって来た強盗が自分の髪の毛を一本残らず引き抜いていったようなものだ。そりゃ泣きたくもなるだろう。

 だが、自然の世界は弱肉強食。弱者はハゲにされても文句は言えないのだ。

 

 ジュエルリザードから身ぐるみ()いで、チーム()()きと化した一行は、そけっと宅に到着し。

 

「あ、ジュエルリザード狩りお疲れ様。むきむき君達」

 

「「「 !? 」」」

 

 そけっとの第一声に、初っ端から出鼻を挫かれた。

 

「そ、そけっと、何故それを……?」

 

「あの場所、私のお気に入りの修行場からよく見えるのよ」

 

「なんと……」

 

 どうやら立地が悪かったらしい。

 嫌がる人の全身のかさぶたを片っ端から剥がしていくようなあの光景を、そけっとはばっちり見ていたようだ。

 それでドン引きしていないのは、流石成人した大人の紅魔族といったところか。

 

(どうしようあるえ)

 

(プレゼント作戦は失敗だ。もうバレバレじゃないか。

 そけっとはまだ引いてないけど、これを渡したらどうなると思う?

 『このプレゼントは流石に正気を疑う』

 とか言われるよ。素材集めならともかく、女性へのプレゼントとしてはちょっと……)

 

 むきむきとあるえがこっそり作戦会議を開くが、この状況を打開する方法など見つかるわけもない。ぶっころりーの顔も真っ青だ。

 

「あ、あのだね、そけっと……」

 

「言う必要はないわ、ぶっころりー。

 我が名はそけっと。全てを見通す里随一の占い師……

 やがては世界一の占い師となる者……

 我が目は大悪魔バニルより多くの事象を見通している……」

 

「なん……だと……!?」

 

 全てを見通すように、そけっとの目が赤く輝く。

 

「この宝石でどんな魔道具を作るかの相談、でしょう?」

 

「……えっ」

 

「任せて。私、この手の知識は豊富だから!」

 

 その目は節穴だったようだ。

 

(あるえ、セーフ?)

 

(セーフのようだよむきむき)

 

 そけっとは未来を見る能力を持っているが、欠点もある。

 自分が関わる未来ははっきりと見えないのだ。

 そのため、自分に関わる事柄に対しては節穴である。

 自分に向けられる好意にも鈍感だ。

 つまり、能力が高く美人だがちょっとアホな一面があるのだ。

 

 大悪魔バニルとやらに関わる女性は皆こんなんなのかもしれない。

 

「じゃあぶっころりー、ちょっとお話しましょうか」

 

「あ、ああ!」

 

 何やら話し始めたそけっととぶっころりーを置いて、むきむきとあるえはこっそり家を抜け出していく。

 

「置いてってよかったのかな」

 

「子供に頼りきりの恋愛なんて長続きしないと、私は思うけどね」

 

 幸か不幸か、接点は出来た。宝石が尽きるまで、あの二人の関係は続く。

 ぶっころりーとそけっとの関係は、名前だけは知ってる知り合いという関係から、一歩進むことだろう。

 良い形に進むか、悪い形に進むかは、まだ分からないが。

 

「あ」

 

 ちょっとだけ貰ってきた宝石をポケットにしまいながら歩いていると、むきむきとあるえは文房具店でめぐみんとゆんゆんを発見する。

 

「ごめん、僕ちょっと話してくる」

 

「ああ、好きにするといい」

 

 むきむきが二人の下に行くと、三人揃って表情が――いい意味で――変わったのが、遠目にもよく見えた。

 あるえはその辺りの切り株に腰を落ち着ける。

 

 今日取ったメモを眺めていると「はい、プレゼント。日頃のお礼」「これ……高純度のマナタイト鉱石じゃない! どうしたのこれ!?」「売っても買っても高いやつですよね、これ」と声が聞こえてくる。

 あるえが顔を上げると、「ありがとう、むきむき」「これ売ったら今月のうちの生活費は安泰ですね。感謝します」「ちょっとめぐみん!?」と荒れてきた会話風景が見える。

 手帳を閉じて眺めていると、「友達のプレゼント即転売って何考えてるの!?」「貰ったものをどうしようが私の勝手です」「ゆんゆん、僕は気にしないから……」「むきむき、目を覚まして!」と愉快な会話が繰り広げられている。

 

 転売ヤーめぐみん。

 プレゼント片手に転売に走り出しためぐみんをゆんゆんが追いかけ走り出したところで、あるえはこらえきれずに笑ってしまった。

 本当に楽しそうに生きてるね、なんて思いながら。

 

「あるえ、お待たせ。ごめんね、待たせて」

 

「いや、おかげで面白いものが見れ……うん?」

 

 文房具屋から出て来たむきむきは、右手に小包を持っていた。

 

「それは?」

 

「今日は手伝ってくれてありがとう。あるえは

 『付き合う義理も、付き合って得るものもない』

 って僕に言ってたけど、それは僕もあるえに思ってたことだったから」

 

 小説のネタに出来る、と本人は言っていたが、こんな面倒臭いことに最後まで付き合ってくれたのは、ひとえにあるえの善意によるものだ。

 

「義理も得もなく付き合ってくれたあるえに、ありがとうを伝えたかったんだ」

 

 その善意に、むきむきは贈り物で応える。

 彼は、誰かの善意に贈り物で応えるということを覚えた。

 

―――あるえだったら何を貰えたら嬉しい?

 

 ああ、そうか、とあるえは納得する。

 あの時の質問は、同じ女性としての視点が欲しいという意図で発せられた質問ではなく。

 最後の最後に、どんな礼をすればいいのか探る質問であったのだ。

 

―――ん? 私だったら、そうだね……新しいペンが欲しいかな

 

 彼が彼女に渡した小包を空ければ、そこには『新しいペン』が入っていた。

 

「要らなかった?」

 

「いや」

 

 この筋肉が無くて魔法の才能があったなら、自分達の世代の潤滑油役になれてたかもしれない、だなんて思って、あるえは苦笑する。

 そして、作家志望の自分の想像力の豊かさに苦笑し、やがて苦笑を微笑みに変える。

 

「ありがとう。()()からの贈り物だ。大事にするよ」

 

 貰って嬉しかったペンの代わりに、あるえはむきむきが貰って嬉しく思う言葉を投げかけた。

 

「……友人」

 

「ああ。少なくとも私はそう思っている」

 

 むきむき視点であるえは『友達のクラスメイト』。

 あるえはそれを察していた。

 だが、むきむきはあるえと友達になりたいとも思っている。

 あるえはそれも察していた。

 友達になりたい気持ちはあっても、自分が紅魔族の出来損ない、皆の仲間外れであるという意識が邪魔をしてしまう。

 あるえは、それさえなんとなく察していた。

 

「同じことで悩み。

 一緒に悩みを解決するため動き。

 共に一つの決着を迎える。

 これが友達でなくてなんと言うのかな?」

 

 むきむきにとって値千金のその言葉は、子供の所持金で買えるペンのお返しとしては、不相応過ぎるくらいに価値のある言葉だった。

 あるえからすれば、物のお返しに優しい言葉で満足してしまう彼は、ゆんゆん以上に危なっかしい部分が垣間見える少年だった。

 

「我が名はあるえ。紅魔族随一の本好きにして、むきむきの友である者」

 

 まあでも、友人にする分にはいいやつだと、あるえは思う。

 

「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉の持ち主にして、あるえの友である者」

 

 今日はいい日だと、少年は思う。

 

 優しい友達がまた、一人増えたから。

 

 

 




 あるえにとってのむきむきは、信長を女体化させてヒロインとして出す現代の創作者にとっての信長のようなもの。実在の人物で、玩具にもしていますが、好感もあるよ的な感じです


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1-6-1 むきむき、九歳なりに未来に想いを馳せる

 爆焔の学校って少女の魔女しか出てないのでまさしくリトルウィッチアカデミアって感じなんですが、ゆんゆんからすればリトルボッチアカデミアですよねHAHAHA


 その日、(それがし)は、生まれて初めて――死して初めて――神を見た。

 

「ようこそ死後の世界へ。

 あなたはつい先ほど、不幸にも亡くなりました。

 短い人生でしたが、あなたの生は終わってしまったのです」

 

 美しい女神であったが、興味はなかった。

 話の半分ほどは聞き流していたように思う。

 

「私の名はアクア。

 日本において、若くして死んだ人間を導く女神よ。

 ……さて。少しあなたを贔屓してあげたいところですが……

 それは置いておいて、自暴自棄に死んだあなたには、三つの選択肢があります」

 

 その女神の目に憐れみが浮かべられていたのが、どこか不思議だった。

 

「天国に行くか。

 全てを忘れて生まれ変わるか。

 肉体と記憶はそのままに、ここではない別の世界に生まれ変わるか」

 

 (それがし)が天国に行くなどと、何の冗談か。

 全てを忘れるなど、できようものか。

 "ここでないどこかに行きたい"とは、ずっと願っていたことだ。

 

「それで、特典を―――」

 

 異世界に送る、と言われた。

 最高の力、最強の武器、最優のお供、なんでもやると言われた。

 別に、そんなものは要らなかった。

 

「要らぬ。早く送れ」

 

「ほわーい?」

 

 送られた先で、見つけたドラゴンに挑みかかり、咀嚼されている今だから思う。

 (それがし)と同じように、()()()()()()()()()()という思いでこの世界に転生した『転生者』とやらは、他に居るのだろうか。

 前の人生、前の世界、前の自分が嫌いだったから、こうやって別の世界で今の自分のまま"したい何か"をしたいと思う者は、多いのだろうか。

 分からない。

 こうして走馬灯の中で考えているが、興味もない。

 

 肉の体が死んでいく。

 この世界ではどうやら、妄念を捨てられなかった死者は亡者となって世界に残るらしい。

 転生者の亡者など、犬も食わない下等な塵だろう。そうして、どれほど彷徨ったことか。

 どうにかして誰かに消して貰えないか、考え始めたその時――

 

「あれ?」

 

 ――(それがし)は、黒髪赤眼の巨人と出会った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆんゆんは奮起した。

 必ずや、あのめぐみんに勝たなければならぬ。

 

「よし! 頑張ろう! ……でも何から頑張ればいいんだろう?」

 

 ゆんゆんは族長の娘である。

 血統と本人の資質により、生まれつき高い才能を持って生まれてきた。

 が、学校で一番になれたことはない。

 正真正銘本物の天才である、めぐみんが上に居たからだ。

 そのせいで彼女は万年二番手。家柄だけの子か、と時折言われることもあった。

 

「……修行! 修行をしよう!」

 

 ゆんゆんにとって、めぐみんはいつか倒すべき相手。

 いつか越えなければならない高い壁。

 そして、まだ一度も勝てたことがない憧れの人だった。

 

(むきむきなら、手伝ってくれるかな? 修行)

 

 ゆんゆんはめぐみんの上を行く自分になりたがっている。

 そうすることで、将来族長になったとしても恥じない自分になろうとしている。

 けれども、"めぐみんを超えてしまったらどうしよう"という気持ちも持っていた。

 めぐみんを超えたい。でもめぐみんには自分より凄い、憧れの人で居て欲しい。そんな二つの気持ちが、ゆんゆんの中で両立しているのだ。

 

 けれども、ゆんゆんは鍛錬や勉強で手を抜いたことはない。

 いつだって本気でめぐみんを超えようとしている。そのための努力を続けている。

 それはひとえに、一人の友人の影響があった。

 

(そうと決まれば、むきむきにお手伝いを頼みに行こう!)

 

 ゆんゆんには貴重な異性の友人が居る。

 と、いうか。彼女は性根がぼっちなので、ゆんゆんをまっとうに友人と呼んでくれる人間は一人しか居なかった。それがむきむきである。

 めぐみんはゆんゆんが「友達だよね?」と言っても「え? 違いますよ」と返してくるが、むきむきはゆんゆんが特に何か言わなくても「友達だよ」と言ってくれる。

 めぐみんは追いかけても捕まえられず、むきむきは放って置いても懐いてくる。

 例えるならばむきむきは忠犬。めぐみんは野良猫なのだ。

 

(めぐみんに勝って一番になれば、他の人も、むきむきも、私をちょっとは見直すはず!)

 

 そういう意味では、彼は最高でなくとも最良の友人だった。

 ただ、不満もある。むきむきは誰がどう見ても、心の中でゆんゆんよりめぐみんを上に置いていたのである。

 これはゆんゆんとしては許せぬ事態であった。

 そこでまで、めぐみんに負けるのは嫌だったのだ。

 

 それに何より、『○○の一番の友達』という称号も、彼女は欲しがっていた。

 "めぐみんに勝ちたい。学校の成績でも、魔法使いとしても、彼の心の中の順位でも、一人の人間としても"。そう思い、ゆんゆんは不断の努力を続ける。

 それは、星に手を伸ばしながら、星が手の届かない高みにあることを願うような……夢見がちな少女が抱いた、綺羅びやかな夢だった。

 

「待ってなさいめぐみん! 修行を終えた私が、今度こそ勝ってみせるから!」

 

 誰よりも憧れる友を超えるために、誰よりも気軽に頼れる友の家に向かって、彼女は走った。

 

 

 

 

 

 めぐみんとゆんゆんの年齢は、ようやく二桁になっていた。

 年の離れた妹・こめっこも三歳になったが、ゆりかごに放り込んで誰かが様子を見ていればいい時期はもう終わり、その辺を危なっかしく走り回る年頃になっていた。

 むきむきの人道的支援(食料)によって金銭面が多少マシになったのもあって、めぐみんの両親が家に居る時間も増え、むきむきとぶっころりー&そけっとが仲良くなった流れで、ぶっころりーとそけっとがこめっこの面倒を見てくれるパターンも増えてきた。

 

 と、なると、めぐみんがこめっこの面倒を見なければいけない時間も減ってくる。

 めぐみんの自由時間復活の巻。それは、彼女の暇潰しに他者が巻き込まれるペースが増大することを意味していた。

 

「暇ですねえ」

 

 とりあえず、最近空の走り方を練習してるらしい友人の家に遊びに行こうか、と決める。

 

(またモールス信号の習得でもやってみますか。まあ、むきむきは、頭の出来が……)

 

 私が頑張って頭良くしてあげないと、とめぐみんは謎の使命感を胸に抱いている。

 

「むきむき、居ますか?

 ぶっころりーのことなんですが、あれどうする気ですか?

 あなたが後押ししたせいで、あのニート完全にそけっとのストーカーに……」

 

 そうして、むきむき宅の扉を開けためぐみんは。

 

「ひぎゃーっ!」

 

「お、落ち着いて、ゆんゆん」

 

「どこ!? どこに居るの!? もしかして私の背後!?」

 

「落ち着」

 

「むきむきにしか見えないって何!? 先祖の因縁で恨まれてる怨霊とかそういうの!?」

 

「お」

 

「わあああああああああああっ!!」

 

 発狂するゆんゆんと、おろおろするむきむきを発見した。

 

(暇を潰して欲しいとは思ったけれども、困惑させて欲しいとは思ってない!)

 

 十分後。

 めぐみんはなんとかゆんゆんを落ち着かせ、二人から事情を聞くことに成功していた。

 

「転生者の幽霊~?」

 

「「 はい 」」

 

「転生してるのになんで幽霊なんですか。

 転生してないじゃないですか。死んでるじゃないですか」

 

「その辺聞いてもこの幽霊さん無口で、僕じゃ何も聞き出せないんだよ……」

 

 彼曰く、自分にしか見えない幽霊がここに居るらしい。

 

「むきむきが後ろ向きながら私の書いた図形の形を答えたの!

 めぐみん、何か居る! ここ何か居る! オバケとか絶対居るっ!」

 

死に損ない(アンデッド)にもなっていない亡霊でしょうか。プリースト呼びます?」

 

「里の外から? うーん、現状無害なのに呼んでもなあ……」

 

 ゆんゆんほど取り乱しては居ないものの、めぐみんの視線も先程から上下左右に忙しなく動き回っている。

 ゆんゆんが滅茶苦茶に取り乱しているために、かえって冷静になったのかもしれない。

 とはいえ、二人共幽霊沙汰が平気というわけではなさそうだ。

 

「なんで僕だけ見えるんだろう? あなたは分かりますか? 亡霊サイドとして。

 ……お願いですから何か答えて下さいよ。無視は寂しいじゃないですか」

 

「ここだけ見ると危ないハーブか何かをキメてる人みたいですよね、むきむき」

「ちょっとめぐみん! むきむきは誰も居ない場所に話しかけてるだけじゃない!」

 

「……」

 

 むきむき、ちょっと傷付いた様子。

 

「むきむきはプリースト適性が高いのかもしれませんね。

 それこそ、職業に対応したカードを作らなくても、幽霊が見えるくらいに」

 

「プリースト適性……」

 

 この世界においては、冒険者カード――冒険者以外が使うカードの一部は、同じ機能ながら別の名で呼ばれる――というカードによって技能を運用する。

 この世界においては、技能は"運用するもの"である。

 システマチックな継承と指導、習得と使用、数値化された熟練度合が存在するからだ。

 

 その管理と運用をするために用いる道具が、冒険者カードである。

 これを用いて、人は様々な職業に就くことが可能だ。

 例えば、めぐみんならば上級職のアークウィザードに就くことができる。

 天才でも想像力と創造力がないとクリエイターにはなれない。

 頭が悪くても霊感があったり信仰心があったりすると、魔力値次第でプリースト適性があったりする……といった感じだ。

 

 そういえば、と、めぐみんはむきむきのステータスを見たことがないことを思い出す。

 

「いい機会ですし、カード作ってみますか?

 作るだけならタダですし、意外な才能が見つかるかもしれませんよ」

 

 むきむきは学校に行っていないために例外であったが、この里では伝統的に、学校で冒険者カードを作るという慣例があった。

 

 

 

 

 

 この世界にはポイントカードもある。遊戯王カードもある。どんなファンタジー異世界だよとよく言われる所以だ。

 だが、遊戯王世界における遊戯王カードと同じくらい、この世界で重要な役目を果たしているのが冒険者カードである。

 カードは銃より強し。

 神もカードがあればなんとかできる。

 魔王は基本カードの助力を得て倒す。

 それはこの世界でも共通する法則であった。

 

 めぐみんはむきむきとゆんゆんを引き連れ、休日の学校の職員室に向かう。

 そこでは、休日の受付を担当している教師がお茶を飲んでいた。

 

「おはようございます、先生」

 

「あら、めぐみんにゆんゆんに……だ、誰?」

 

 身長230cmッ! 体重289kgッ! 九歳ッ! 地獄の成長痛有ッ!

 高町なのは、木之本桜、ちびまる子ちゃんの主人公、磯野ワカメ、アルミリア・ボードウィン、ニナチャーン等と同い年のショタだ。

 さあ、萌えるがいい。

 

「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者、めぐみんとゆんゆんの友達……」

 

「む。我が名はれこれこ。紅魔族随一の道徳教師。やがて校長の座を奪い取る者……」

 

 初対面らしく物腰丁寧な自己紹介を行う二人。

 

「先生、実はこの子のカードを作って欲しいのですよ」

 

「あら、そうなの? そっか、彼が例の……

 じゃあカードを持ってないのも仕方ないわね。

 少しだけ待ってなさい。ラメ入りのかっこいいやつをあげるから」

 

「僕は普通のでいいです」

 

「なんて謙虚なんでしょう! 蓄光塗料とメッキも付けてあげるわ!」

 

「普通のでいいです!」

 

 何故紅魔族は、パワポで意味なく文字をぐいんぐいん動かしたり、ワードのチラシ作りが全体的に虹色になってしまうような、派手さだけを求める異端のセンスを追い求めてしまうのか。

 

 カードの作成は一瞬だ。施設さえあれば手間もかからない。

 紅魔族の中には、まだ学校にも行っていないような幼い子供のカードを作っておく親や、それで才能をチェックしておく親も居るという。

 

「はい、カード完成、っと」

 

「早い!」

 

「私とめぐみんの時もこんなものだったよね?」

「まあ時間がかかるものでもないですし」

 

「……あら? 出来たのはいいけど、このカード……」

 

 首を傾げた教師の手の中、新造されたカードを見て、むきむき達も首を傾げた。

 

「文字がぐっちゃぐちゃですね」

「ぐちゃぐちゃだね」

「うん、ぐちゃぐちゃだ」

 

 本来、カードには職業やステータス、保有スキルや取得可能スキルなどが記されている。

 が、そのどれもがぐちゃぐちゃだった。

 

「うちのこめっこの落書きみたいになってますね」

 

「カードがバグってる人、私初めて見たなぁ」

 

「私も長い教師人生で初めてよ、こんなのは。もしかしてアクシズ教徒だったりする?」

 

「原因を僕の頭のおかしさに求めないでください」

 

 カードが筋肉を拒んだとでも言うのだろうか。

 

「器用度・加藤鷹並みだって」

 

「いや誰です?」

「誰?」

「誰なのよ……」

 

 他の人には読めない文字も、むきむきには読めるらしい。

 持ち主だからだろうか、とめぐみんは真面目に推測を組み立てる。

 

「幸運・うんこだって」

 

「ダジャレ!? 適当言ってるんじゃないですよね!?」

 

 が、すぐに真面目に考えるのをやめた。

 そもそも数字で表されるステータスになんで文字があるんだ、という話である。

 

『むきむき』

 

「! 幽霊さん?」

 

 幽霊が突然口を開き、むきむきの発言にゆんゆんとめぐみんがビクッとする。

 

『魔力・知力が平均値。幸運が最低値。他は軒並み高い』

 

「読めるんですか?」

 

 むきむきが聞くが、幽霊は答えない。

 この言うことだけ言って会話をしようともしない姿勢からは、紅魔族産ニート以上に何かをこじらせた感じがプンプンする。

 

「幽霊さんが魔力・知力が平均値。幸運が最低値。他は軒並み高いって」

 

 幽霊を怖がり縋り付いてくるゆんゆんを引き剥がそうとしながら、めぐみんはその明晰な頭脳で今の事象の分析をした。

 

「持ち主にしか読めない文字。

 それを読める幽霊。

 ここまで付いて来ている幽霊。

 ……これ完璧に、むきむきが取り憑かれてるやつですよね」

 

「亡霊に取り憑かれると頭がおかしくなるって噂が……あわわっ……!」

 

「大丈夫です、むきむきを信じましょう。きっと

 『くけけ、パンツのステーキはご飯が進むぜ……!』

 くらいの頭のおかしさで踏み留まってくれるはずです」

 

「めぐみんめぐみん、冗談でも僕は傷付くよ」

 

 特に意味もないパンツソムリエの称号がむきむきを襲う。

 

「教師として言うけれど、本当に紅魔族らしくないステータスね。

 本当にそういうステータスだとしたら、ウィザードにはなれないわ。

 紅魔族は本来、アークウィザードになって上級魔法を取って一人前とされるけど……」

 

「……そんな気は、してました」

 

「むきむき……」

「……」

 

 先日、あるえの一言から始まったむきむきの経験値稼ぎは、今も継続されていた。

 その結果であるステータスの上昇は、ちゃんと彼のカードに反映されている。

 一緒に行っていためぐみんとゆんゆんのレベルが上がるほどに、彼は経験値を稼いでいた。

 その分、ステータスも上がっていた。

 だがそれでも、ウィザードになるには素質とステータスが足りていなかった。

 

(しょうがないか)

 

 なりたいものがあってもなれず。欲しいものがあっても手に入らず。求めても決して届かない。

 

(そろそろ、ちゃんと諦めないといけないのかな)

 

 二人とおそろいがよかったなあ、と。

 やっぱり魔法が欲しかったなあ、と。

 友達と同じになりたかったなあ、と。

 少年は断ち切れない未練を一つ一つ思い返し、一つ一つ断ち切っていく。

 

 めぐみんやゆんゆんに筋力を褒められることもあるが、彼は特別な力が欲しかったのではない。『皆と同じ』が欲しかったのだ。

 それは子供らしい願いであり、同時に叶わぬ願いでもあった。

 彼に魔法の才能は、最初から微塵も無かったのだから。

 

「……」

 

 改めて突き付けられた現実に、むきむきが天井を仰ぎ見る。

 

 それを見て、ゆんゆんはどう言葉をかけてやればいいのか分からず黙り、めぐみんは心赴くままに声を張り上げた。

 

「我が名はめぐみん! やがて紅魔族最強の魔法使いとなり、最強の戦士を従える者!」

 

 体は小さく、性格は雑把で、容姿は可愛らしく。

 なのに何故か、その言葉はむきむきの内側でやたらとかっこよく響く。 

 

「やはりというかどうやら私、当代一の天才だったことが判明しまして」

 

「めぐみんが?」

 

「ええ。学校随一……いえ、素質で言えば里随一であると太鼓判を押されているわ」

 

「悔しいけど本当よ、むきむき。

 めぐみんは勉強でもずっと学年主席で、魔力量でもトップだもの」

 

 ゆんゆんがちょっと悔しそうに、めぐみんの言葉を保証する。

 

「なので最強の魔法使いとなることは決まってるんです。

 ですが、あいにくまだ一緒に魔王を倒してくれる最強の前衛のあてがない」

 

 普段から"魔王を倒して自分が新たな魔王になった暁には"系の妄想をしているめぐみんから、何かを諦めた目をしている少年へ、手が伸ばされる。

 

「どうでしょうか? 私に必要とされる、というのは。

 あなたが今胸に秘めている願いの代わりにはなりませんか?」

 

 優しい言葉だった。

 根本の部分でとても情に厚い、彼女らしい言葉だった。

 何かを諦めた少年に、新たな何かを見せる言葉だった。

 

「……うん。僕には、勿体ないくらいだ。代わりにしちゃうには、過大なくらいだ」

 

「よろしい」

 

 "行き先が見つからないなら付いて来い"と手を差し伸べためぐみんは、むきむきよりよっぽど男前に見える。

 そのくせ、浮かべる微笑みは可愛らしい。

 彼女がそんなだから、救われる人間も居る。

 

「め、めぐみん、私は……?」

 

 そんな空気に、ゆんゆんが踏み込んだ。

 ここは会話が終わるまで黙って見ておくべき空気じゃないか、とめぐみんの鋭い目がゆんゆんを睨む。

 先生は微妙に空気を読まないゆんゆんに笑いをこらえている様子。

 

 どうやらゆんゆん、放置と蚊帳の外に耐えられなくなったらしい。

 筋金入りのさびしんぼだ。

 めぐみんはそんなゆんゆんを、ガン無視する。

 

「ならば、我らで伝説を打ち立てましょう!

 最強の魔法使い、めぐみん!

 最強の戦士、むきむき!

 荷物持ち、ゆんゆん!

 そして里の外で集めた仲間達!

 魔王を倒した者として、伝説を歴史書に刻むのです!

 多くの勇者達の上に、めぐみんとむきむきの名を刻んでやりましょう!」

 

「おー!」

 

「待ってめぐみん! 私の扱いが酷い! 私何か気に触ることした!?」

 

「ぺっ」

 

「うわあああああああん!」

 

 ゆんゆんの問いに、めぐみんは唾を吐き捨てて返答とし、それがまたいつもの喧嘩を勃発させていた。

 学校内で大喧嘩して先生に迷惑をかけたため、二人は先生の提案で、むきむきのお手玉にされるという罰を受けたとかなんとか。

 

「ちょ、ちょ、ちょ、待ったぁ!」

「ごめんなさい! ごめんなさい! もうしません!」

 

「提案しといてなんだけど、子供二人お手玉できるって凄いわね。冗談だったのに」

 

「え、冗談?」

 

 将来何をするのかも決めていなかった少年は、この日、未来に友と共に里の外へ冒険に出かけるという目的を得た。

 

 それは、他人に与えられたものでしかなく、自分の内側で一から創り出したものでもなんでもなかったが、彼にとっては生まれて初めて得た―――『いつかの未来にしたいこと』だった。

 

 

 




 ゆんゆんはあまりにもさびしんぼすぎて、近いような遠い未来で
「友達価格でこの最高品質のマナタイト売ってあげる」
 とか言われて買わされ、買った箱をウキウキして開けたら
「これ、マナタイトのパチもんで有名なクボタイトじゃない……」
 とかなって落ち込むタイプだと思います


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1-7-1 むきむき十歳。魔王軍と戦うの巻

 外見がか弱く小柄な美少女だとちょっとしたことでも同情してもらえる。外見が極めて強靭なタフガイだと中身が子供でもそんなに甘く見てもらえることはない。世は無常である


 この世界ほど友情・努力・勝利があてにならない世界もない。

 かといって、努力が無駄になることもない。

 人は裏切るが、筋肉は裏切らない。

 というわけで、むきむきは肉体鍛練を習慣として定着させ、日々繰り返していた。

 

「1001、1002、1003、1004、1005、1006……」

 

 指一本で逆立ちし、腕立て伏せの要領で上下に動く。

 その上下運動の速さたるや、エロ漫画世界の過剰に動くアナルバイブのようだ。

 アナルバイブのようなムーブでトレーニングを続けるむきむきだが、この形式の鍛練では必要な筋肉は付かない。

 物を殴る筋肉は、物を殴る動作でのみ身に付くものだ。

 これは単に、必要な筋肉をほぐすストレッチである。

 

『次、走り込み』

 

「押忍!」

 

 何が効率のいいトレーニングなのか。

 何が効率のいいトレーニングではないのか。

 それを教えてくれる者を得られたのは、むきむきにとって望外の幸運であったと言えるだろう。

 

『もっと速く。最初は刻むように、後半は蹴り込むように、全体的に足で"漕ぐ"イメージで』

 

「押忍!」

 

 ベン・ジョンソンのように、あるいは便所に走る若人のように、少年は走り込む。

 幽霊は無口であったが、事あるごとに指導してくれる人物であった。

 

 紅魔族に格闘技や近接戦闘職の人間は居ない。ほぼ全員がもやしだ。

 近接戦闘における(むきむきを除いた)紅魔族など、雨の日の大佐。クロスベル警察。右代宮戦人。アンドリュー・フォーク。ドルベ。そんなものだ。

 

 だがこの幽霊、どうやら近接格闘技術に覚えがあるらしい。

 地球のトレーニングにも詳しいようだ。

 むきむきの自己流鍛練にも時々口を出してくれるため、この魔法使いしか居ない里で、少年は奇跡的に武術の師を得ることができたのである。

 

『殴る時に親指を拳の内側に握り込むな』

 

「押忍!」

 

 ないものねだりはもうやめだ。

 魔法は使えない。自分が『里の普通』を手に入れることはない。

 そう自分に言い聞かせ、今あるものを鍛え続ける。

 彼が自分を鍛えているのは、近い将来里の外に出て行く時に備えているからだ。

 それに幽霊が協力してくれているために、幽霊と少年は一見打ち解けたかのようにも見えるが、実はそうでもない。

 

「そういえば、幽霊さんは生前何をしてらした方なんですか?」

 

 呼びかけるが、返答は返ってこない。

 

(……無視は悲しいです)

 

 会話が成立しない。この幽霊、普段は極めて無口だった。

 無駄口を叩かないというか、必要なことしか口にしないのだ。

 話し方や一人称もかなり古風で、浮世離れした印象も受ける。

 

「……今日の修行も終わりましたし、帰りましょうか」

 

 返答なし。むきむきは泣きたい気分である。

 

「ちょっとそこの、独り言で話してる痛々しいキン肉マン、ちょっといいかな」

 

「!?」

 

 そこで、泣きっ面に蜂が来た。

 横合いから声がかけられたということは、今の幽霊への言葉――他人から見れば丸っきり独り言――を聞かれていたということだ。

 いつからそこに居たのか、そこには赤い衣服に赤い仮面の男が立っていた。

 上から下まで真っ赤っ赤。

 顔は見えないが、声から察するに背が高い男性だろうか。

 むきむきに備わっている標準的な感性が「クソダサ」と言い、紅魔族的な感性が「かっこいい」と言い、間を取って「ちょっと変な人」という印象が心に残る。

 

 その男は服装が真っ赤っ赤だったが、今は聞かれていた羞恥心で顔を逸らしているむきむきの顔の方が、ずっと真っ赤であった。

 

「ど、どうも……」

 

「大麻でもキメてるのかな?

 見たところ紅魔族のようだけど、紅魔族はいつから大麻族になったんだい?」

 

「なってません!」

 

「まあそれはどうでもいいか。私は紅魔の里に行きたいんだが……」

 

「はいはいはい! 案内します! はい!」

 

 紅魔の里には観光名所もある。時々、旅行者や冒険者も訪れる。

 赤い服の人がその手の者であると判断し、むきむきは話を切り上げ、先のことを誤魔化すように、その人を里にまで案内していった。

 

 

 

 

 

 紅魔の里は今日も平和だった。

 地球的に言えばおやつ時の昼三時を回った頃、むきむきは赤い人を連れて里に到着し、そこで何やら勝負をしているめぐみんとゆんゆんに発見された。

 

「あ、おかえりなさい、むきむき。

 今日は売り込みでうちの親が居ませんから、私とむきむきとこめっこで食べ放題ですよ!」

 

「あれ、今日出張の日だっけ? しまった、忘れてた……」

 

「おかえりむきむき。あのね、お父さんが頼みたいことがあるんだって」

 

「族長さんが? また力仕事かな」

 

 紅魔族の慣例に沿えば、この二人もあと一年でアークウィザードとなり、魔法を覚えるための授業と修行が始まる。

 この楽しい時間も、あと二年は続かないだろう。

 旅立ちの時は、少しづつ近付いている。

 

「あ、そうだ! 聞いてよむきむき!

 めぐみんてば、もう酷いのよ!

 お昼の度に私と勝負して、私からお弁当を巻き上げようと企んでるの!」

 

「え、そうなの?」

 

「巻き上げるとは失敬な。

 私は尋常な勝負にて弁当を対価として頂いているだけです。

 負けず嫌いっ子に付き合ってあげてる慈悲深い私は、大天使と呼ばれてもいいくらいですよ」

 

「って、言ってるけど」

 

「……族長の娘の私としては、負けっぱなしじゃダメだから、その……」

 

「じゃあめぐみん大天使?」

「この慈悲深さにひれ伏してもいいんですよ」

 

「でもこれだけは言わせて!

 めぐみんは天使じゃなくて、天使のラッパで来るイナゴよ!」

 

「イナゴ!?」

 

 食用旺盛、遠慮なし。イナゴとは言い得て妙だった。

 

「というか、言ってくれればめぐみんの昼のお弁当くらい用意してあげるのに」

 

「むきむきからは晩御飯の食材を貰っています。

 なのでゆんゆんからはお昼御飯を貰わなければ、不公平ではないですか。

 私は二人を公平に、平等に扱っているんですよ。分かりますか、ゆんゆん?」

 

「え? そう言われてみると……いや、おかしい!

 堂々と言うから一瞬納得しかけちゃったけど、全部おかしい!」

 

 里の入り口で三人がいつものやり取りをしていると、里の奥から「いい加減働け!」「嫌だ!」というやり取りで家を叩き出されたニートが、子供に食事と寝床をたかりにやって来た。

 

「我が名はぶっころりー。家を叩き出され、むきむきに晩御飯を恵んで貰おうとしていた者……

 むきむき、その人は? むきむきが連れて来たのを見るに、里の外からの旅行者さんかな」

 

「あ、はい、この人は……」

 

 ぶっころりーに話を振られ、むきむきが赤い人を案内しようとし――

 

 

 

「ああ、私か? 私は魔王軍幹部・セレスディナ様の一の部下だよ」

 

 

 

 ――その言葉に。むきむきは二人の少女を抱えて瞬時に跳躍し、ぶっころりーは喉が張り裂けんばかりに叫んだ。

 

「敵襲っー!」

 

 ぶっころりーの声に応じて、里の者が鐘を鳴らす。

 家屋、工房、農地、その他諸々の場所から紅魔族が続々と集まり、数十人の紅魔族が十秒足らずで集結していた。

 バカみたいな日常を過ごしているくせに、いざ戦いとなれば馬鹿みたいに有能になる。

 それが、紅魔族であった。

 

「……里の子供にわざわざ案内させるなんて、今日は随分回りくどいじゃないか、魔王軍。

 一人で来るのも珍しい。

 魔王軍幹部でも、一人でこの里を襲撃するなんていう無謀は犯さないんだけど」

 

「確かに私は一人だな。だが、一匹じゃあない」

 

 赤い男が指を鳴らすと、突然モンスター達が現れる。

 送り出し(テレポート)に対する引き寄せ(アポート)、召喚魔法だろうか。

 突如現れたモンスターに、紅魔族は油断なく魔法の照準を合わせる。

 

「! なんだ、このモンスター……!?」

 

 だが、そのモンスター達はなんとも奇妙なモンスターだった。

 体のどこかが歪んでいる。体のどこかが変色している。

 ベースになったモンスターがなんなのかは分かるが、あまりにも原型を留めていないため、別種のモンスターと言われたら信じてしまいそうなほどに変わり果てていた。

 明らかに、人為的に何かを弄られたモンスター達だ。

 

「戦いになっても構わないが、私は戦いに来たわけじゃない」

 

「何?」

 

「見に来たんだ。占いで示された、よく分からない何かの正体を」

 

 赤い男はそう言って、赤い仮面を外した。

 

 人とちゃんと話す時は仮面を外すという真摯なスタイルに、一部の紅魔族は少しばかり好感を覚えるが、それもすぐに嫌悪に変わった。

 

「うっ……」

 

 

 

 何故ならば。仮面の下の顔が、あまりにもブサイクだったからだ。

 

 

 

「お前……そんな顔で、よく生きていられるな……」

 

「よく言われる。オークやアンデッドにもな」

 

 その言葉に、紅魔族の男の内何人か涙をこぼした。

 傷があるわけでもない。

 変なペイントがしてあるわけでもない。

 眉毛を剃りすぎたわけでもなく、髭を変に伸ばしているわけでもない。

 その男は、ただ単純にブサイクだった。

 顔面が作画崩壊していた。

 

 そんな中、めぐみんがぼそっと呟く。

 

「『顔面デストロイヤー』……」

 

 その顔はまさしくブサイクの中のブサイク。

 この天と地の間で並ぶ者が存在しないほどのブサイク。

 妲己になぞらえて、傾国のブサイクとでも言うべき作りの顔。

 おそらくはこの世で最もブサイクである、ブサイクのアルテミット・ワン。

 一言でまとめるのであれば、顔面デストロイヤーとしか言えない存在だった。

 

「が、顔面デストロイヤー……!」

「そうだ、顔面デストロイヤーだ……」

「この顔を言葉にするのなら、顔面デストロイヤー以外にありえない……!」

 

 あまりにも酷い紅魔族の物言いに、彼はこう言った。

 

「よく言われる」

 

 その言葉が、その場の全員の涙を誘った。

 

「紅魔の里に妙なものを見たと、魔王軍(うち)の占い師が言うものでね」

 

 デストロイした顔面で、赤い男は自分がここに来た目的を告げる。

 

「明確に危険な光が見えたならいい。

 手が空いている幹部を向かわせればいい話だ。

 けれども、これだけ小さい話だとそうもいかない。

 幹部直属の人間が行って様子を見てくる程度の案件になるのさ」

 

 男の目は黒かった。その黒色が徐々に解けて無数の色となり、男の目が虹色に変わる。

 その目に見られた紅魔族は、誰もが不快感を覚えた。

 自分の中の奥深くまで見られているという実感。

 自分の内側をまさぐられている不快感。

 自分も知らない自分を知られているという嫌悪感。

 虹色の目は、何もかもを見通すような色合いをしていた。

 

 その目が、むきむきに向けられ、そこで止まる。

 

「私の勘だが、お前のことだったのかな? 筋肉の少年」

 

「―――」

 

 どうやらこの赤い男の目的は、紅魔族に生まれた変異種であるむきむきのようだった。

 

 紅魔族はおおらかだ。日々適当に、享楽的に、刹那的に生きている。

 そんな紅魔族でも、『異物』として見られている人物が、魔王軍を里に引き入れる原因となり、里まで魔王軍を案内してきたとなれば……複雑な感情を込めて、むきむきを見る者も居る。

 

「……ごめんなさい」

 

 大半の紅魔族がそれを気にしていなかったとしても、数人からの視線が感じられてしまえば、自責の念に囚われたむきむきの口からは謝罪の言葉が漏れる。

 今にも泣きそうで、むきむきをよく知るものであれば、涙をこらえているのがひと目で分かる。

 そんな少年を見て、二人の大人が前に出た。

 

 前に出たのは、そけっととぶっころりーの二人。

 ぶっころりーはむきむきの斜め前に出て、彼を魔王軍から守るように立つ。

 そけっとはむきむきの斜め後ろに立ち、彼を里の者の視線から守るように動く。

 

「我が名はぶっころりー。紅魔族随一の靴屋のせがれにして、この子の敵を倒す者」

「我が名はそけっと。紅魔族随一の占い師にして、この子を敵から守る者」

 

「ぶっころりーさん、そけっとさん……」

 

「大丈夫。お姉さんに任せなさい」

「たまにいいとこ見せないと、俺みたいなのは尊敬してもらえないしね」

 

 軽口を叩く二人の紅魔族に、赤い男も戦意を滾らせて名乗る。

 覇気に溢れるその顔は、吐き気がするほどブサイクだった。

 

「お前達の流儀に則って私も名乗ろう。

 我が名はDTレッド。かつての名前はもう捨てた。

 魔王軍幹部セレスディナ様直属部隊、DT戦隊のリーダーだ」

 

 レッドは全てを見通すかのような虹の目で、紅魔族の一人一人を見回し、叫ぶ。

 

「お前達一人一人の情報は全て集めてきた。

 魔法耐性を極めて高くしたモンスターも揃えてきた。

 さて、お手並み拝見と行こう! 噂の紅魔族の強さとやらを!」

 

 レッドは臆することもなく、人類最高峰の魔法使い集団にモンスターをけしかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅魔族の対応は速い。

 詠唱は神速で、魔法の発動は一瞬。

 一言一言をしっかりと発音しているはずなのに、何を言っているのかまるで聞き取れない速度での詠唱から、一瞬で魔法が放たれた。

 

「パラライズ!」

「アンクルスネア!」

「フリーズ・バインド!」

 

 だが、麻痺の魔法はモンスターの魔法抵抗力に弾かれ、魔力の縄による足取りはレジストで消滅し、氷の捕縛魔法はモンスターを拘束できずに溶解する。

 常人とは比べ物にならない魔法威力を誇る紅魔族の魔法さえ弾くとは、常識外れと言っていいレベルの魔法抵抗力だ。

 が、大人達はそこから敵の魔法抵抗度合を測り、別のアプローチを図る。

 

「トルネード!」

「アース・シェイカー!」

「ボトムレス・スワンプ!」

 

 竜巻による足止めはレジストされ何の効果も得られなかったが、シェイクされた地面はモンスターを巻き込んで土に埋め、地面を沼に変える魔法がモンスターの侵攻を止める。

 

「モンスターに直接魔法はかけるな!

 地面を沼にしたりして、間接的に動きを止めろ!

 四人一組で行動、攻撃魔法は三人一組で一箇所を狙っていけ!」

 

 ゆんゆんの父である族長が、叫び仲間に指示を出す。

 紅魔族の大人達は平然と里の施設を遮蔽物として利用し、迫り来るモンスター達にゲリラ戦を仕掛け始めた。

 

「「「 『ライト・オブ・セイバー』! 」」」

 

 上級魔法でも屈指の威力を誇る、光の刃の魔法が放たれる。

 放ったのは三人同時。狙うは一箇所。

 三つの斬撃が『*』の形に交差して、極めて高い魔法抵抗力を持つモンスターの硬い甲殻に命中し、その甲殻にヒビを入れていた。

 

「おお、めっちゃ硬いなこいつ」

「魔法抵抗力なら幹部級か、部位によってはそれ以上だな」

「こいつは倒すのが相当手間かも……」

 

 でたらめな大火力に耐えるこのモンスターの規格外ぶりに驚けばいいのか、そのモンスターでさえ時間をかければ倒せそうな紅魔族に驚けばいいのか。

 常識がどっかに飛んで行ってしまいそうな光景だった。

 

 モンスターは光の刃を飛ばしてきた三人に襲いかかるが、攻撃に参加していなかった四人目が三人を掴み、転移魔法を発動させる。

 

「『テレポート』!」

 

 転移終了と同時に、三人は今度は光の刃ではなく、それぞれが得意とする雷の魔法を、ヒビの入った部分を狙って発射した。

 

「『ライトニング』!」

「『カースド・ライトニング』!」

「『ライトニング・ストライク』!」

 

 ヒビの間から僅かに電撃が入り、モンスターが僅かに苦しみの声を漏らしていた。

 

 紅魔族の戦闘スタイルは、言うなれば戦艦+空母+戦闘機だ。

 足を止めて大火力で殲滅する。

 仕留めきれなければ、テレポートで飛び回り火力を叩き込み続ける。

 攻撃魔法だけでなく、動きを止める麻痺や泥沼の魔法も織り交ぜる。

 高い魔法抵抗力をもぶち抜く彼らの魔法は、まるでミサイルである。

 

 対し、レッドが連れてきたモンスター軍は、言うなれば分厚い鉄板を何重にも貼り付けた戦車の軍団だった。

 とにかく魔法に強く、とにかく頑強。

 虎、熊、猪、大蛇と、モンスターの見かけからしてもう強い。

 魔法を受けつつ距離を詰め、紅魔族に攻撃魔法とテレポートをガンガン使わせ、最終的に魔力を使い切らせて圧殺するという目的で編成された部隊のようだ。

 

 その狙い通り、紅魔族は思ったようにダメージを与えられず、いつものように敵の数を減らすことができていない様子。

 めぐみんやゆんゆんと一緒に後方に下げられ、戦えない子供達と一緒に戦いを見守っていたむきむきは、それを見て表情を曇らせていた。

 

(……皆、いつもより苦戦してる)

 

 この世界に生息している魔法抵抗力が高い種族よりも、遥かに高い魔法抵抗力が見て取れる。

 レッドが連れて来たモンスター達は、魔法抵抗力だけ見れば大精霊クラスのものがあった。

 

(勝てる……かどうか、微妙な気が……)

 

 むきむきは、"もしかしたら皆が負けてしまうかもしれない"と思った。

 実際、この状況ではどちらが勝つとは判別し難い。

 ただでさえ流れが読みづらい戦場な上、むきむきは集団戦闘の経験などないからだ。

 この少年の判断が正しいという保証も、間違っているという保証もない。

 

 ただ、むきむきの脳裏には、嫌な未来予想図が生まれ始めていた。

 自分を狙ってやって来た魔王軍が、自分の案内で里に辿り着き、最終的に紅魔の里を滅ぼしてしまうという、未来予想図だ。

 

(僕がやらないと。あいつをここまで連れて来たのは、僕なんだから)

 

 彼の心には、自責の念があった。

 魔王軍はこの里の場所を知っている。彼が案内しなくても、DTレッドはこの里に来訪していただろう。

 そも、攻めて来る魔王軍が悪いだけで、善意から道案内をした子供が悪いわけもない。

 

 だが、少年の心には自責の念があり、その気持ちに突き動かされるように、DTレッドというリーダー格に戦いを挑もうとしていた。

 頭を潰せば、戦いは終わる。

 魔法対策に特化した者なら、自分の物理攻撃で倒せるはず、という甘い考えもあった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()ことに、少年は気付きもしない。

 

『行くな』

 

「!? ゆ、幽霊さん、突然喋るのびっくりするんで勘弁してください」

 

『大人に任せておけ』

 

「そういうわけにもいきません……行ってきます!」

 

 戦場の中心から離れていくレッドを見て、幽霊の忠告も聞かず、少年は自責の念に駆られるまま走り出す。

 その動きだけを見れば自然な動きで主戦場を離れていく――戦場全体を見れば、不自然な動きで離れていく――レッドを、少年は追いかけて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅魔の里から見て西に位置する、小さな山や大きな山と隣接する草原。

 そこに、DTレッドは移動していた。

 大きな山は連峰の端に連なり、小さな山は椀をひっくり返したような形状になっている。

 その向こうに到達される前に、むきむきは彼に追いついた。

 

「待て! 追いついたぞ、魔王軍!」

 

「……まったく。子供を操るのは本当に簡単だ。

 思慮が足りない。経験が足りない。悪辣さが足りない。笑えてくるな」

 

「……?」

 

 あまりにも予想通りすぎる動きでここに来たむきむきを見て、DTレッドは苦笑する。

 

「ウォルバク様が子供を利用したがらない理由も。

 セレスディナ様が子供を躊躇わず利用する理由も、よく分かる」

 

 そうして、レッドはまたどこからともなくモンスターを呼び寄せた。

 体長20mを超える二足歩行のドラゴン。

 体長3mの蟷螂(カマキリ)

 鋼鉄の体躯を持つ大猪。

 赤と黒色で出来た人より大きな雀蜂(スズメバチ)

 挽き肉(ミンチ)を人型に練り上げたような、奇妙な肉塊。

 そのどれもが、先程紅魔族を苦戦させていたあのおかしなモンスターに似通った雰囲気と、似通った改造痕を持っていた。

 

「あ……」

 

「私が思うに、この世界で女神エリスが信仰されているのには理由がある。

 いや、エリスとアクア以外の女神への信仰が残らなかった理由と言うべきかな?

 この世界の命は酷く軽い。

 この世界の住人は、いくら備えても幸運が無ければ死んでしまうことを知っている。

 運がなければ、選ばれし勇者も、最高の魔法使いも、あっさり殺されることを知っている」

 

 罠だ。そう気付いた時には、もう遅く。

 

「私が見たところ、お前の幸運は、笑えないくらいに低いようだな」

 

 少年のステータスとスキルを虹色の目で覗きながら、デストロイした顔面で、男は笑った。

 

 モンスター達が、一斉に襲いかかる。

 先頭を走るは、もっとも突撃力があるであろう大猪。

 金属質になった体で、猪はむきむきに突っ込んで行った。

 

「らぁっ!」

 

 むきむきが、その鼻っ面を蹴り飛ばす。

 イノシシは吹っ飛び、途中にあった大岩にぶつかり、それを粉砕してなお吹っ飛び続ける。

 やがて地面に落ち、転がり……されど、ダメージはなく。

 イノシシは平然と立ち上がり、またむきむきに向かって駆けてきた。

 

「!?」

 

 少年に驚く間も与えずに、カマキリが彼に襲い掛かってくる。

 振り下ろされるは、左腕の鎌。

 むきむきはそれを左腕で受け、鋭い金属音のような音が鳴り響いた。

 

 少年が左腕を左に押しやり、カマキリの左腕の鎌ごと敵の体を動かせば、カマキリの左側面が無防備に晒される。

 むきむきはそこに、全力の右拳を叩きつけた。

 が、カマキリの左脇腹を、彼の右拳が破壊することはできない。

 

(硬い……!)

 

 物理防御力が高すぎる。

 そう判断したむきむきは、こめかみを狙って針を突き出してきたスズメバチの攻撃をしゃがんで回避し、後ろに跳んで距離を取った。

 

「魔法抵抗力をゼロにして、物理防御力に回す。

 肉体の強度を上昇させ、物理防御力で魔法に耐える。

 そうすれば、物理攻撃にも魔法攻撃にも耐えられるモンスターが出来る……

 そういうのを最近思いついてな。この五体はその理論で生まれた第一シリーズってやつさ」

 

 肉の魔獣が接近してきて、少年は迎撃に蹴りを叩き込むが、まるで効果が無い。

 ドラゴンの吐く炎を、腕を振って発生させた風でかき消したタイミングで、むきむきはレッドの背後に忍び寄る一撃熊の姿を見た。

 

「お、一撃熊か。私の方は幸運に恵まれているようだ」

 

 チャンスになるか、と少年が思えたのも一瞬だけ。

 レッドは一撃熊の胸に触れ、その体に何か波動らしきものを流し込む。

 一撃熊は絶叫し、その姿を変え、ほんの一瞬で他のモンスターと同じ、改造されたような姿のモンスターと化していた。

 

 レッドに忠実に従う、むきむきの命を狙うモンスターとして新生していた。

 

「―――!」

 

「そら、もう一匹追加だ」

 

 ()()()()

 DTレッドという明らかな役職名だけを名乗ったこの男は、やることなすことおかしかった。

 明らかに、"この世界に存在する法則の外側の力"を行使している。

 

「あなたは、何者なんだ?」

 

「ん?」

 

「モンスターを捕縛して、強制的に従わせて、強化改造するなんて聞いたことがない」

 

「それはそうだろう。普通はこんな力なんてありえない。

 女神エリスがいつ回収しに来るか、俺としても戦々恐々ものさ」

 

「……? なんで、そこで女神エリスの名前が?」

 

「女神本人に聞いてみたらどうだ?」

 

 レッドは知っている。むきむきは知らない。

 この世界でモンスターに殺された者が、女神エリスに会えるということを。

 

「お前を女神に会わせる方法なら、私でもよく知っている」

 

 そうしてレッドは、六体の強化体モンスター達をむきむきに再度けしかけた。

 

『随分と粘るな』

 

 幽霊が、苦戦するむきむきに語りかける。

 むきむきは筋肉で生み出した炎を連続してぶつけるも、物理防御力が異常に上昇しているモンスター達には通用しない。

 

『罪悪感で戦う者は、すぐ諦める。

 もういいやと、すぐに死を受け入れる。

 自責の念でここに来たくせに、随分と粘るものだ』

 

 幽霊の言葉が虚しく響く。

 少年は苦悶の声しか出せていない。

 モンスター達によるリンチを、むきむきは必死に凌ぐ。

 普段ほんわかとした雰囲気をしていて、時折物悲しい雰囲気を見せるむきむきらしくもない、必死に生きようと足掻く狂乱に近い戦い振りだった。

 

『理由があるのか? 生きたい理由が。奴を倒したい理由が』

 

 鉄のイノシシに跳ね飛ばされ、空中で巨大ドラゴンの尾に叩き落とされ、むきむきは地面に叩きつけられる。

 骨に、ヒビが入った音がした。

 

 少年はフラフラと立ち上がり、ようやく幽霊の問いかけに答える時間と余裕を手に入れる。

 

「里の外に出て、めぐみんと一緒に色んなものを見たい。

 里の皆に、いつかでいいから、ちゃんと仲間だと認めてもらいたい。

 だから、死にたくないし、この里を、僕の故郷を、守りたいんだ」

 

 今ここで敵を倒せれば、皆を助けられるかもしれない。大切なあの子を守れるかもしれない。

 ここで負ければ、皆も負けてしまうかもしれない。大切なあの子も死んでしまうかもしれない。

 ここで死にたくない。未来にしたいことがあるから。だから、生きていきたい。

 "しにたくない。したい。だから、いきたい"。

 そう思えるのは、彼に大切なものをくれた、大切な友達が居てくれたから。

 

 あの日、里を一人で歩いていた彼に、希望の言葉をくれた子が居た。

 何かを諦めた彼に、外の世界を冒険するという未来の希望をくれた子が居た。

 その子は里の皆に仲間として認められたいと願う少年に、「無理だ」とは一度も言わなかった。

 ただ、その在り方を尊重してくれていた。

 

「やりたいことがある。認めてもらいたい人達が居る。だから………負けたく、ないんだ!」

 

 迫る魔獣達。

 以前の彼と同一人物とは思えない勇敢さを見せ、踏み出すむきむき。

 それを見て、幽霊は深く溜め息を吐いた。

 

(それがし)の声に合わせろ』

 

「え? ……! はいっ!」

 

 蜂と熊の攻撃が迫る。

 

『恐れるな、前に出て、地面に向けて飛び込み転がれ』

 

 少年は地面スレスレに飛び込み、転がるようにして回避行動。

 突き出された針と、振るわれたクマの豪腕を回避する。

 次に来たのは、蜂と熊の後に続いていた肉塊とカマキリ。

 

『右を殴れ。左を投げろ。そして、戻って来た右も投げろ』

 

 右に見える肉塊の方が、二歩分早く接近している。

 ゆえに、肉塊を殴り飛ばして距離を離し、カマキリとタイマンの状況を作って投げ飛ばし、最接近してきた肉塊も再度投げ飛ばす。

 そうやって、幽霊の指示でむきむきは一対六の状況を絶対に作らないよう動き、一対一を超高速でローテーションするという脅威の戦闘を展開し始めた。

 

 殴り、投げ、蹴り、吹き飛ばし、跳んで、防いで、殴り、弾く。

 むきむきの攻撃は極めて頑丈なモンスターの外皮に防がれ、ほとんどダメージを通せていない。

 これはただの悪足掻きだ。

 諦めの悪い子供の食らいつき。

 執念と呼ぶには粘度が足らず、妄執と呼ぶには醜さが足りない。

 大人にしがみついて我儘を言う子供の癇癪のような、未熟な感情の爆発でしかない。

 

『友でもいい。家族でもいい。女でもいい。

 守りたいと想った者の姿を思い浮かべろ。

 思い浮かべて、声に従え。想いながら某に合わせて手足を振るえ』

 

 だが、幽霊の助言のたびに、確実に、明確に―――彼は強くなっていった。

 

『お前は、それで強くなる手合いだ』

 

「どぉりゃあっ!」

 

 20m超えのドラゴンの尾を掴んだ少年が力任せにドラゴンを投げ飛ばし、ここでようやくレッドが小さな驚きを見せる。

 モンスター達が一方的に圧倒しているにもかかわらず、少年はまだ負けていなかった。

 勝ち目はない。勝機もない。幽霊は勝利に至る道筋が無いがために、それを一切少年に示すことはない。だが、彼はひたすらに"負けないための方法"を少年に提示し続けた。

 

 無口で無親切ではあるが、この幽霊こそが、この少年の唯一の師であった。

 

『貴様一人では到底勝てん。だが、時間稼ぎになろう。

 ならば無為にはなるまい。それが人生というものだ』

 

 諦めないのなら、繋がるものもある。

 

 

 

 

 

 二人は走る。ただ走る。

 里を出て、木々の合間を抜け、モンスターに見つからないように身を屈め、必死に走る。

 手にはカード。家から勝手に持ち出して来たものだ。

 息を切らせて、小さな体でただ走る。

 

 そうして、二人の少女は、その平原に辿り着いた。

 

「!」

 

 その驚愕は、誰のものであっただろうか。

 

「めぐみん、ゆんゆん!?」

 

 むきむきが驚き、声を上げる。

 血まみれ、傷だらけのむきむきを見て、二人の目が一瞬にして鋭くなった。

 感情が高まると目が赤い輝きを増す紅魔族の特性が、二人の目を同じくらい真っ赤に染める。

 

「よく頑張りましたね、むきむき!」

「待ってて、今助けるから!」

 

 二人は手にしたカードを、胸の前に構えた。

 

「! 冒険者カード!?」

 

 紅魔族は学校でカードを作る。

 小さな子供でも、冒険者カードは作れる。

 紅魔族は、一人を除きその全てが12歳時にアークウィザードとなる。

 めぐみんとゆんゆんは、むきむきのレベリングに付き合い多くの経験値を得ている。

 

 全て、今日までの日常の光景の中にあった事実だ。

 

「「 『アークウィザード』! 」」

 

 二人が叫び、冒険者カードの職業欄に『アークウィザード』の文字が刻まれる。

 

 二人はそのまま、カード下部のスキル習得欄に指を沿え――

 

「爆裂魔法!」

「上級魔法!」

 

 ――指先の光で切り裂くように、記された魔法の名を擦り上げた。

 

「「 習得っ!! 」」

 

 この世界の魔法習得は、システマチックである。

 使えない者は一生使えず、覚える時は一瞬だ。

 ゆえに、DTレッドが事前調査で戦力として数えていなかった二人が、一瞬にして脅威になるということが起こり得た。

 

「『ライトニング・ストライク』!」

 

 ゆんゆんが小さな杖を振り、モンスター達の頭上から大きな雷が拡散しながら落ちる。

 雷は肉塊や20mドラゴンを魔法効果で痺れさせたが、決定打には至らない。

 カマキリ、蜂、熊、猪にいたっては、僅かに怯ませただけで弾かれてしまっていた。

 強固な体表と物理防御力が、雷の破壊効果を弾いてしまっている。

 

「ゆんゆん! こいつら硬いだけで、魔法抵抗力は無い!」

 

「わ、分かったわ! よーし! 『エナジー・イグニッション』!!」

 

 狙うは大雀蜂。

 ゆんゆんが放ったのは、『相手を体内発火させる』というえげつない上級魔法であった。

 魔法抵抗力がなければ防げない、確殺の一撃。

 それが、蜂の魔獣を一瞬にして焼死体へと変えていた。

 

「総員、あのアークウィザードからやれ」

 

 DTレッドはそれを見て、即座に第一目標をゆんゆんに変更、モンスターに指示を出し直した。

 レッドは後ろに下がっているため、少女二人がどんなスキルを取ったのか見ることも聞くこともできなかったのだろう。

 今このタイミングで、魔法攻撃ができる紅魔族が参戦するのは、レッドにとってあまりよろしくない展開だった。

 

 モンスターがゆんゆんに群がろうとし、その攻勢をむきむきが体を張って止めようとする。

 

「そうはさせない!」

 

 肉塊を左足で蹴り、猪の突進を右膝で止め、カマキリの刃を右手で掴み取り、左腕で熊を殴った直後、ドラゴンの炎を全身で遮る。

 炎は熱かったが、根性で耐えた。

 

「『フリーズガスト』!」

 

 モンスターの妨害は失敗し、ゆんゆんはまたしても魔法を放つ。

 放たれたのは冷気の魔法。冷気はドラゴンの炎を消してむきむきを救い、巨大なドラゴンの両足を凍結させ、その動きを封じることに成功していた。

 

 一方向から全員で攻めても、むきむきが間に入れば攻めきれない。

 DTレッドは素早く的確な判断を下し、ゆんゆんを包囲するように魔獣達を動かす。

 杖を持ったゆんゆんと、拳を握ったむきむきは、背中合わせに構えた。

 

「……私が、こういうのにちょっと憧れてたって言ったら、笑う?」

 

「笑わないよ。だって、僕もそうだから」

 

「―――ありがとっ!」

 

 四方から、熊、肉塊、カマキリ、猪が迫る。

 むきむきはゆんゆんを横抱きに抱え、高く跳躍した。

 モンスター達は同士討ちを防ぐためぶつかる前に急制動をかけ、一瞬動きが止まってしまい、そこにゆんゆんの雷が飛ぶ。

 

「『ライトニング・ストライク』!」

 

 最初に撃ったような複数体を巻き込む雷撃ではない。

 収束し、圧縮し、一筋の雷光と化したその魔法は、先の攻防で電撃が有効であるという事を露呈させてしまった肉塊に命中。

 肉塊は体内を黒焦げにされ、息絶えていた。

 

 魔法の使い方が、明らかに上達している。

 ゆんゆんもまた、紅魔族だ。

 扱えば扱うほどに、使えば使うほどに、魔法の扱いは上手くなっていく。

 

「……参ったな。物理特化と見て、メタを張ったまでは良かったが……

 私の魔王軍の肩書きも泣いてるかもな、この醜態じゃ。

 この早さでの援軍も予想外。子供の魔法習得も予想外。

 しかも、予想以上にあの少年、その場のノリで発揮する強さが変わる手合いのようだ」

 

 ゆんゆんを後方に置き、むきむきはここで敵の足止めをするため、なんと『地面』を投げた。

 地面がめくられ、地面ごとモンスター達が投げ飛ばされる。

 動けないドラゴンまでもが、土の濁流に飲み込まれていた。

 

「絶望の深淵に揺蕩う冥王の玉鉾。現世の導を照らすは赤誠の涓滴……『アースシェイカー』!」

 

「技撃った後に詠唱言ってどうするの、むきむき……」

 

「ごめん、ちょっと詠唱が間に合わなかったから」

 

 地球の合気道という武術には、天地投げという技がある。

 これはつまり、合気道の使い手には天や地を投げ飛ばせる人間が居たということの証明に他ならない。人間は、その気になれば天も地も投げられるのだ。

 地球世界の日本に天と地を投げられる人間が居るのなら、ファンタジー世界の人間にそれができない道理はない。

 

 むきむきはまだ未熟なため、天は投げられないが、地を投げることはできた。

 彼にはまだ、成長の余地がある。

 

(筋肉が魔力の影響を受けている。

 ……いや、魔力と筋肉が親和している?

 精神の状態が、そのまま肉体の性能に直結している)

 

 DTレッドの虹色の眼が、上級魔法の他にも魔法を習得していたゆんゆんを時折見ながら、彼女を守るむきむきを凝視する。

 

(本名むきむき。種族紅魔族。

 身長245cm。体重320kg。年齢10歳。……10歳? スキル無し。

 本名ゆんゆん。種族紅魔族。年齢11歳。取得魔法は―――)

 

 二人のステータス、スキル、魔法の一覧が、見透かされていく。

 

(魔力は人の意志に従い動くもの。

 そうか、成程。

 あの筋肉は意志に感応し、魔法のようにその性能を変化させているのか)

 

 紅魔族の目は、気持ちが高ぶると赤く輝く。

 本来ならばそれは、その者の内の激情を計る基準にしかならないもの。

 だがむきむきに限っては、赤眼の輝きの強さこそが、"今どれだけの力が発揮されているのか"のバロメーターとなっていた。

 

(あの筋肉が既に、『感情に応じてスペックを増す』魔法のようなもの)

 

 赤い眼が強く輝けば輝くほどに、彼は強くなっていく。

 

「『カースド・クリスタルプリズン』!」

 

 ゆんゆんの魔法が熊を凍らせ、凍結で非常に脆くなったそれをむきむきが回し蹴りで蹴り砕く。

 ドラゴンが振ってきた尾と、カマキリが振ってきた鎌をかわして、むきむきはゆんゆんに突撃していく猪の後を追った。

 100mの距離が、一瞬にして詰まる。

 少年は恐ろしい速度で接近し、背後から抱きしめるようにしてその突進を停止させた。

 

 日本の薩摩示現流には、『雲耀』という概念がある。

 『示現流聞書喫緊録』(1781年著)には「時刻分秒絲忽毫釐」と書かれており、一日を十二時、一時を八刻二十八分、一刻を百三十五息、一息を一呼吸とする。

 それを更に短く切り分け、一呼吸八秒、一秒十絲、一絲十忽、一忽十毫、一毫十釐とする。

 その釐の十倍の速さが『雲耀』。

 秒数にして0.0001秒の世界。これを、薩摩の剣士は稲妻に例えた。

 この雲耀の間に動くことが奥義である、と薩摩示現流では伝えられている。

 

 つまりこの教えは、当時の薩摩の剣士達が皆、雷の速度で戦っていたことを意味している。

 地球世界の日本人が稲妻の速さで動けるのであれば、ファンタジー世界の住人であるむきむきがその速さで動けない道理があろうか? いや、ない。

 されど、少年はまだ未熟者だ。

 雲耀の域にはまだ達していない。彼にはまだ、成長の余地がある。

 

「ふんっ!」

 

 抱きしめるようにして止めた猪を、むきむきが頭上に放り投げる。

 

「『エナジー・イグニッション』!」

 

 そこに、ゆんゆんの魔法が炸裂した。

 が、どうやらこの猪、内側も頑丈だったらしい。

 ゆんゆんの魔法を受け、地面に激突してもなお、猪は死んで居なかった。

 

「天の風琴が奏で流れ落ちる、その旋律、凄惨にして蒼古なる雷―――『ライトニング』!」

 

 だが、ここまで弱っていれば十分だ。

 むきむきは猪の口の中に拳を突っ込み、筋電位からの放電で猪の体内に電撃をぶち込む。

 それでようやく、猪は絶命してくれた。

 

 ゆんゆんが親指を立て、むきむきも親指を立てて返す。

 

(……本当に凄いな、上級魔法。

 今日まで戦ったこともなかったはずのゆんゆんが。

 あれ一つで、魔王軍のモンスターを完全に圧倒してる……)

 

 レベルもおそらくは一桁だろうに。恐るべきはゆんゆんの才能と種族特性、それと噛み合う上級魔法といったところか。

 むきむきが多少合わせるだけで、面白いように敵が落ちていく。

 少年と少女の戦闘スタイルは、笑えるほどに噛み合っていた。

 

 残りモンスターも二体。

 巨大なドラゴンは地面を揺らしながらゆったりと接近を初め、3mのカマキリは一気にゆんゆんとの距離を詰めてくる。

 

「わ、わわっ」

 

 ゆんゆんはカマキリに怯え、数歩後退。

 そこで、ゆんゆんの背が、むきむきの腹にぶつかった。

 

「大丈夫。ゆんゆんなら出来るって、僕はよく知ってる。

 とっても頼れる、僕の生まれて初めての友達なんだから」

 

 ゆんゆんの体の後退と、心の後退が止まる。

 少女の眼が、赤色を増した。

 

「キシャアッ!」

 

 カマキリが初めて威嚇の叫び声を出し、ゆんゆんに鎌を振り下ろす。

 少女は少年に背中をくっつけたまま、友を信じて何もせず、友は信頼に応え鎌を受け止める。

 少年が鎌を受け止め、少女はたおやかな指で手刀を作り、それをカマキリへと叩きつけた。

 

「『ライト・オブ・セイバー』ッ!」

 

 叩きつけられた手刀から、万物を切り裂く光の刃が放たれる。

 本人の技量次第で森羅万象全てを切り裂ける魔法。

 されど、未熟者が使おうとも竜の鱗を切り裂く魔法。

 強固なカマキリの外皮が切り裂かれ、その下の肉が露出する。

 

「我、久遠の絆断たんと欲すれば、言葉は降魔の剣と化し汝を討つだろう―――」

 

 ゆんゆんがむきむきの膝を踏み台にして跳び、肩を踏み台にして跳び、少女が少年の背後に移動した。

 詠唱する少年の手刀が、ゆんゆんの消えた後の空間を通過する。

 

「―――『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 触れた大気をプラズマ化させるほどの手刀が、ゆんゆんの魔法が当たった場所に寸分違わず突き刺さり、その命を刈り取った。

 

 残るモンスターは、あと一体。

 

「死した我が手足達よ。

 今一度蘇れ。竜の肉、竜の力と混じり合え。

 灰は灰に、塵は塵に、屍肉は血肉に、死は生に」

 

 されど、ここで観察に徹していたDTレッドが行動を起こした。

 耳慣れない――死体をアンデッドに、人をリッチーに変える魔法の詠唱に似た――詠唱を口にして、レッドは死んでいった魔獣の死体を集結させる。

 屍肉がドラゴンに纏わりつき、その全身に融合を始めた。

 

「な、なんなのあの魔王軍!

 モンスターを操って!

 死んだモンスターを融合させて!

 そんなことができるスキルなんて、聞いたことないわよ!?」

 

「だから僕もよく分からなくて困ってる!」

 

 いかな化学反応が起こったのか、ドラゴンはその体を前後左右上下に二倍化。

 体積体重を八倍化させ、40m超えの巨大なドラゴンへと姿を変えた。

 

「で、でかい……!?」

 

「む、むきむきも巨大化しないと! まだ成長期だし!」

 

「落ち着いてゆんゆん! 僕は成長期だけどこんなにおっきくはならないよ!」

 

 これではむきむきの筋肉を使った攻撃も、ゆんゆんの上級魔法も通じまい。

 大きいということは、ただそれだけで圧倒的な強さであった。

 

「合成魔獣。お前達が倒したモンスターの融合体だ。

 全ステータス、及びスキルが合計されている。その上――」

 

「待ってましたよ。一番の大物が出て来る、このタイミングを」

 

「――ん?」

 

 意気揚々と超弩級巨大ドラゴンの説明をしようとするレッド。

 が。

 その説明を、嬉々とした少女の声が横から遮った。

 

 最高にかっこよく決められるタイミングを狙い、そのタイミングまでこっそりと隠れていためぐみんが、大きな岩の上でかっこよくポーズを決めていた。

 

「私の魔法第一号が最高に輝く……この瞬間をっ!

 黒より黒く闇より暗き漆黒に、我が深紅の混淆を望みたもう!

 覚醒の時来たれり、無謬の境界に落ちし理! 無形の歪みとなりて現出せよ!」

 

 それは、例えるならば"超強い武闘家と超強い魔法使いを鋼鉄の要塞で蹂躙しようとしたら敵が核兵器を撃ってきました"といった感じの、インフレーション極まりない大蹂躙。

 

「我が名はめぐみん! 刮目せよ、これが我が爆焔―――『エクスプロージョン』ッ!」

 

 発射した少女の足元にクレーターが出来、発射の際の衝撃だけで地面がめくれ、草木は地から引き抜かれ、周囲に暴風が吹き荒れる。

 発射と同時、射線上の大気は灼けた。

 着弾と同時、発射された魔法は竜を巻き込み『爆裂』する。

 空間が砕ける。砕けた空間が燃え尽きる。

 大気が焼失する。残った空気も爆発により爆心地から追い出され、真空状態になった爆心地に向けて、数秒かけて周囲から一気に空気が戻る。

 その過程で、大木すら引き抜かれるような暴風が発生する。

 地面があまりの高熱に溶岩のごとく融解し、冷えた部分は透明なガラス質に固まっている。

 あまりにも大きな熱が規格外の上昇気流を発生させ、空の雲さえもかき混ぜる。

 大怪獣と言っていい大きさの竜が、一瞬にして消え失せる。

 

 その一瞬の過程において、爆心地の中では常に、目も眩むような爆焔が燃え盛っていた。

 

 "美しい"と表現すべき破壊の焔。

 まるで、世界の一部を切り取って、代わりに神話の一幕を貼り付けたかのような光景。

 あまりにも現実離れした、鮮烈で、猛烈で、激烈な風景がそこにある。

 いや、違う。

 鮮烈でも猛烈でも激烈でもない。

 これこそが、『爆裂』だ。

 

「これが、私の爆裂魔法……最っっっ高の気分ですねっ!」

 

 一番の大物を一撃で仕留め、最高の笑顔を浮かべて、めぐみんはその場にぶっ倒れた。

 

「……」

 

 せめて合成魔獣の説明くらいさせてくれよ、という言葉を、レッドはぐっと飲み込んだ。

 

「流石めぐみん! 一番美味しいところを持って行った!」

 

「……ここは『ハイエナみたいなことしやがって』と怒るとこじゃない?」

 

「めぐみんがかっこいいからよくない?」

 

「……」

 

 ダメだこの人、と思いつつも。自分もかっこいいと思ってしまったために、むきむきの言葉を否定できないゆんゆんであった。

 手勢を全て潰されたレッドは、ブサイク過ぎるというだけで討伐対象になってしまいそうなデストロイした顔で、溜め息を吐く。

 

「次世代の紅魔族か。全く、侵略に時間をかけすぎるとすぐこうなる……」

 

 紅魔族の新しい才能と世代交代。

 魔王軍からすれば、これほど嬉しくないニュースもない。

 吐かれた溜め息は、当然のものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔力を使い果たしてぶっ倒れためぐみんが、ゆんゆんの手を借り木に寄りかかる。

 あれほどの魔法、本来ならば人に撃てるものではない。神でさえ二発は撃てないだろう。

 めぐみんの規格外な魔力量が使用を可能としたのだろうが、それでも消耗は激しく、立っていることさえ難しそうな消耗具合だ。

 

 めぐみんをゆんゆんに任せ、むきむきは近寄って来たDTレッドと相対する。

 

「今の爆焔。ブルー辺りは好みそうだな……さて」

 

 この赤い男がモンスターより弱ければいいのだが、そんな淡い期待ができようはずもない。

 むきむきはリンチのダメージがじわじわと効いてきていて、体力も消耗している。めぐみんはもう動けない。ゆんゆんも上級魔法の撃ち過ぎで、残り魔力が心もとない状態だった。

 

「見事、と褒めてやりたいところだが。

 残念ながら、見逃してやれる理由がなくなってしまったな」

 

 すっ、とレッドが踏み込んで来る。

 突き出された手刀はむきむきの技とは比べ物にならないくらいにへなちょこで、どう見ても近接格闘タイプの職業が放ったものではない。

 むきむきは、その手刀を余裕で掴み取ろうとした。

 

『そいつの手に触れるな!』

 

(え?)

 

 だが、ここで、二人の少女が来てからはむきむきに自由に戦わせてくれていた、言い換えるならば彼の自主性に任せてくれていた幽霊が、第六感から警告の叫びを上げる。

 だが、その警告は一瞬遅かった。

 むきむきが手刀を掴み取り、レッドのスキルが発動する。

 

「『不死王の手』」

 

「う……あっ!?」

 

 ビリッ、とむきむきの全身に電気が走ったような痺れが満ちる。

 状態異常・麻痺が少年の体に付与されたのだ。

 続いて二発目の手刀が少年の体に当たり、少年の()()()()()()()()()

 レベル一つ分筋力値を始めとするステータスも減少し、レッドは三発目の手刀を放とうとするが、そこでゆんゆんが雷を発射した。

 

 レッドは回避のために後ろに跳んで距離を取り、動けなくなったむきむきを、現在唯一動けるゆんゆんが体を張って庇いに動く。

 

「私のレベルドレインが成功するとは。本当に魔法抵抗力は低いんだな」

 

「手で触れてドレイン……まさか、リッチー!?」

 

「いいや、私はリッチーではない。

 このスキルは魔王軍幹部のリッチーのものだがな」

 

 アンデッドの王、リッチーは様々な理由から恐れられる、この世界の最強種の一角だ。

 その恐れられる理由の一つに、『手で触れられたら終わる』というものがある。

 対象の魔力と体力を吸い取るスキル、『ドレインタッチ』。

 手や武器での攻撃の際、毒、麻痺、昏睡、魔法封じ、レベルダウン等の状態異常を引き起こす『不死王の手』。

 この二つのスキルだけで、リッチーは最上級クラスのモンスターでさえ一方的に蹂躙することが可能である、というのが専門家による戦力分析だ。

 

 一度触れられ、むきむきは麻痺し無力化させられた。二度目にはレベルを下げられた。

 敵に回すのであれば、これほど恐ろしいスキルもない。

 

「今のお前なら私でも殺せる。

 すぐに私にもお前は殺せなくなる。

 なら、ここで仕留めておくべきか。

 勇者や勇者の仲間はレベル1の時に首を刈っておくに限る」

 

 めぐみんやゆんゆんには目もくれず、レッドはむきむきだけを見ている。

 その虹色の目は何かを見通していて、少女二人には殺されないという確信に満ちていた。

 分かりづらかっただけだった。

 後ろに控えていたために、この男の実力が目に見えていなかった。それだけだった。

 だが、こうして対峙してみればよく分かる。

 

 めぐみんはあの合成魔獣ではなく、この男にこそ、爆裂魔法を撃つべきだったのだ。

 

 この男の方が、あの魔獣よりもずっと強かったのだから。

 

「う、うごご……しびび……ゆ、ゆんゆん、下がって……!」

 

「! むきむき!?」

 

「おお、立ったか。そんなに甘いスキルでもないんだがな、不死王の手は」

 

 むきむきは根性で立つ。

 が、生まれたばかりの子鹿のように足は震え、上半身はふらつき、目には涙が浮かんでいた。

 

「全身が、ずっと正座した後の……足の……百倍くらい……あばばぃ……!」

 

「な、泣いてる……! むきむきが泣いてるっ……!」

 

「だからそんなに甘いスキルじゃないと言ったろうに」

 

 ゆんゆんはむきむきを庇い、この戦闘中も必死に呼吸でかき集めていた大気中の魔力、体内に残っていた魔力を絞り出し、眼前にある余裕ぶった最上級のブサイク顔に最後の魔法を叩き込む。

 

「『ライト・オブ・セイバー』ッ!」

 

「『マジックキャンセラ』」

 

 だが、その魔法も途中でキャンセルされてしまった。

 

「魔法を消す魔法!?」

 

「あのなあ……言ったろう? 魔王軍幹部の一の部下と。それでどうにかなると思ったのか?」

 

 レッドが手の平の背でゆんゆんを殴り飛ばし、脇にどかす。

 その際に発動した状態異常は『魔法封じ』。これで、最後の戦力も潰されてしまった。

 むきむきは麻痺で倒れ、けれどもまた立ち上がろうとする。

 魔力切れで立てないはずだっためぐみんも、大きな杖を松葉杖代わりにして、杖に縋り付くようにして歩き、仲間の下に合流する。

 

「ぐ、ぐぐぐ……むきむき……

 女の子がこんなに頑張ってるのに、立てないとか、恥ずかしくないんですか……!」

 

「っ、かっこ悪いとこを見せたくないのに見せちゃってるのが、現在進行系で恥ずかしい……!」

 

「……根性だけは認めよう。生存は認めないがな。お前達二人は、少々危険だ」

 

 爆裂魔法。

 異常筋肉。

 それが、魔王軍に二人の生存を認めさせない。

 少年少女共に頑張ってはいるが、その頑張りが状況を逆転させることはない。

 

 DTレッドが懐からナイフを取り出し、憎まれ口を叩きながらも友人を庇おうとするめぐみんの首筋に向けて、振り上げて――

 

「『ライトニング』!」

 

 ――その避雷針(ナイフ)に雷が命中し、ナイフを男の手の中から弾いた。

 

「ぜぇ……ぜぇ……かっこつけるのがしんどい……

 ……ああ、めんどくさいからやめ……る、わけにもいかないか……!」

 

「ぶ……ぶっころりーさん!?」

 

 根性でまた立ち上がったむきむきが振り返れば、そこにはかっこいいぶっころりー……は、おらず。ここまで走ってくるだけで全ての体力を使い果たしたらしい、息も絶え絶えで情けない姿のニートが立っていた。

 顔は真っ青。服は汗でべっちょり。足は震え、息が切れすぎて呼吸もおぼつかない様子。

 登場はかっこよかったのに、姿と状態が馬鹿みたいにかっこ悪かった。

 

「『ブレード・オブ・ウインド』!」

 

 ナイフを手の中から弾かれたレッドは、斜め後方に跳躍。

 自分に向かって飛んで来た風の刃を、余裕をもって回避した。

 

「まだあなたは、年上に甘えていてもいい歳頃だと思うわ」

 

「そけっとさん!」

 

「里のモンスターも、そろそろ全部片付きそうよ! 安心して!」

 

 こっちはちゃんとかっこいい。

 ニートの男と、修行が趣味の女だと、どうやら後者の方が体力あるようだ。

 だが、中級魔法を使っているところから見るに、二人共魔力は万全ではないらしい。

 里のモンスターを頑張って減らし、その足でここに来てくれたからだろう。

 その辺りを察したのか、レッドは敵援軍を確認してもまだ方針を変えていない。

 

「紅魔族の成人が二人、か」

 

「いや、四人だ」

 

 その方針を変えられるだけの援軍が、また二人この場にやってくる。

 

「うちの娘の友達だ。ワシと妻には、その子を守る義務がある」

「ええ。我が家に用意したその子の席を、永遠の空席にはしたくないわ。寂しいもの」

 

「……四人か」

 

「お父さんに、お母さん!?」

 

 めぐみんの父ひょいざぶろー、めぐみんの母ゆいゆい、参戦。

 魔力の消耗も無い、万全の状態の紅魔族が二人。その戦力のほどは推して知るべし。

 売り込みから帰って来た二人の背中には、大量の魔道具が背負われていた。

 

「ひょいざぶろーさん! 売れましたか魔道具!」

 

「売れなかった! すまない、また晩御飯に来てくれ!」

 

「はい!」

 

「……この二人はぁ……!」

 

 商売では負けても魔王軍には負けない。それが男、ひょいざぶろー。

 何故ゆいゆいはこんな男と結婚したのか? 駄目な所がある男が好きだからである。

 子供(めぐみん)にこの性質が受け継がれていたならば、とても酷いことになるだろう。

 

 ぶっころりーは死にそうなくらいに息が切れていたが、他三人の大人も息が切れている。

 どうやらここまで全力で走って来てくれたようだ。

 その理由は、おそらく二つ。

 一つは、「このタイミングで子供の危機に駆けつけることができれば最高にかっこいいんじゃね?」という紅魔族の典型的な思考回路。

 そしてもう一つが、「あの図体だけデカい子供を助けてやろう」という、彼ら彼女らの義の心。

 子供の未来を断とうとする悪が居るように、子供の未来を守ろうとするお人好しな大人も居る。

 それが条理というものだ。

 

 時々残念なところを見せるお姉さんも。普段はニートやってる情けない青年も。才能がないくせに魔道具職人をやっている父親も。ダメな男が好きな母親も。

 今は、命をかけて子供(むきむき)を守ろうとし、その背中に子供(むきむき)の尊敬の視線を受けている。

 

 普段子供にたかったりするくせに、こういう時にはちゃんとかっこよく決めてくるのが、紅魔族のずるいところだ。

 

「……潮時だな。今日のところは、私の負けか」

 

 流石に人類最高クラスの資質持ちであるアークウィザード四人が相手では分が悪い。

 むきむきも時間経過で復帰するだろう。

 これ以上の戦闘は危険なだけでほぼ無意味であると判断し、余分に粘ることなく、レッドはテレポートの魔法が込められた巻物(スクロール)を広げた。

 

「そうだ、最後に一つ」

 

 レッドは軽い口調で、正気を疑われるようなことを言い出す。

 

「少年。女神に会ったことはあるか?」

 

 その問いは、少年に投げかけられたものでありながら、返答の内容に一切の期待も興味もない、ただの確認作業のような問いかけだった。

 

「……会ったことなんてないよ。

 さっきから何度か口に出しているけれど、まるで女神と知り合いみたいに言うんだね」

 

「知らないならいい。

 先程の会話の反応から、お前が何も知らないことは分かっている。

 知らなかったら知らなかったで、別にどうでもいいことだ。……また会おう」

 

 そう言い、男はテレポートで姿を消した。

 最後の最後に、ゲームのキャラの強さを表現するような言い回しをするならば、ぶっ壊れ(顔)とも産廃(顔)とも言える顔に笑みを浮かべ、その場の全員に吐き気を催していった。

 

「……あー、もうだめ」

 

 ばたっ、と倒れるむきむき・めぐみん・ゆんゆん。

 

「子供達が倒れてしまったな」

 

「あなたはめぐみんをお願いします。長の娘さんは私が。むきむきはぶっころりー、お願いね」

 

「えっ」

 

「頑張って、ぶっころりー!」

 

「そけっとまで!? 手伝ってくれよぉ!」

 

 身長245cmッ! 体重320kgッ!

 

「まさか氷でソリを作って人を引っ張って運ぶ日が来ようとは……」

 

「すみません、ぶっころりーさん、そけっとさん、ご迷惑をおかけします……」

 

「いいよいいよ」

「いいのいいの」

 

 めぐみんは父の背中に、ゆんゆんはゆいゆい――名前がややこしい――の背中に背負われ、むきむきはぶっころりーとそけっとが引く氷のソリで運ばれていく。

 里の方のモンスターも、どうやら殲滅されたようだ。

 

 帰り道、ぼそっとぶっころりーが呟く。

 

「……しかし、あれだな。○○戦隊ってネーミング……かっこいいな……」

 

 翌日から、『紅魔族戦隊レッドアイズ』のメンバー募集が里で始まり、「電気戦隊メガアカインジャー」「特命戦隊コーマスターズ」「孤独手裏剣戦隊ユンユンジャー」等の名前候補達は秘密裏に闇に葬られた。

 

 

 




 DTレッドはDT戦隊では比較的凡庸な設定と性格な人です。グリーンとピンクの設定が一番酷く、性格はピンクが一番酷いですかね。全部設定が明らかになって初めて妥当に評価される人ですが


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1-8-1 十一歳。始めて出会った悪魔が彼であったことは、幸であったか不幸であったか

 セグウェイとめぐみんってなんとなく似てる気がするんです。めぐみんとセグウェイの立場入れ替わり二次をお待ちしております


 幸田露伴1912年著『努力論』、曰く。

 努力は一である。併し之を察すれば、おのづからにして二種あるを觀る。

 一は直接の努力で、他の一は間接の努力である。

 間接の努力は準備の努力で、基礎となり源泉となるものである。

 直接の努力は當面の努力で、盡心竭力の時のそれである。

 ……と、されている。

 

 要は「その時に至るまでの努力」と「その時頑張る努力」の二種類があるという話だが、この本は最終的に「努力とは幸せになるためにあるもんでしょ」みたいな方向に行く。

 この物語における主要人物の努力とは何か。

 めぐみんやゆんゆんならば勉強と魔法の鍛錬、むきむきであれば肉体の鍛錬だろう。

 努力の不足は、実力の不足。

 勝たなければならない相手がいるならば、この両方の努力を積まなければならない。

 

 魔法を習得しためぐみんとゆんゆんはいつでも学校を卒業することができ、里から旅立つことができる状態であったが……

 

「一年。一年だけ、里に留まりましょう」

 

 実力不足を理由に、二人共学校に留まった。

 めぐみんは割と向こう見ずなところがあり、目指すものがあれば大抵の危険性は踏破して突っ込んで行こうとする。

 何もなければ、さっさと里の外に出る計画を立て始めていただろう。

 あの、不死王の手を持つ魔王軍の赤色の男さえ居なければ。

 

「あの男に狙われたなら、流石に今のままだとあっさりやられてしまう気がします」

 

 めぐみんの意見に、むきむきも賛同していた。ゆんゆんは別に里の外に出てもよかったのだが、彼女は彼女で力不足を感じていたため、里に留まることを選んだ様子。

 

 あの男は、魔王軍の将来の脅威として、めぐみんとむきむきをターゲッティングしていた。

 今里の外に出れば、喜々としてその命を狩るだろう。

 里の中で殺そうとしても、他の紅魔族が邪魔になるからだ。

 かといって、里から一生出ないなんていうチキン戦法をめぐみんが選ぶわけもない。

 そこで、強くなる時間、知識を溜め込む時間、敵の警戒が緩むまで間を置くための時間を用意する……というのがむきむき達と里の大人の話し合いの結果選ばれた特例の処置であった。

 

「私とゆんゆんは、必要な知識の詰め込みと、レベル上げに魔法技術の向上」

 

「むきむきは……何か頑張って!」

 

「紅魔族って身体鍛錬への応援がホント適当だなあ、って僕思うよ、ゆんゆん」

 

 強いモンスターの動きを魔法で止め、弱い者にトドメを刺させレベルを上げる紅魔族特有のレベリング法。これを、『養殖』という。

 紅魔族は養殖をすることで、やろうと思えば五歳くらいで上級魔法を操れるアークウィザードを量産できるし、里とその周囲だけで子供達を一級の魔法使いに育てられる。

 だが、そうはしない。

 この里では基本的に12歳になるまでは子供をアークウィザードにすることもない。

 何故か?

 レベルだけ上げた魔法使いがひどく()()ことを、彼らは知っているからだ。

 

 学校でしっかり知識という下地を敷き詰める。

 必要に応じて里の外に出し、里の外で経験を積ませ、一人前にする。

 里の中だけで育て、養殖だけで育てようとすれば……ありあまるポイントで深く考えず爆裂(ネタ)魔法を覚えてしまうめぐみんもどきや、社会経験が足らず発泡スチロールみたいな性格になってしまうゆんゆんもどきが大量に発生してしまうことだろう。

 そうなれば、魔王軍の目の敵にされているこの里は滅びてしまう。

 

 レベルだけ急速に上げた魔法使いは脆い。強くても脆くては意味が無い。

 必要なのは、魔王軍でも滅ぼせないようなしぶとさと、魔王軍をも蹴散らす強さである。

 ゆえに里の大人達は、一年里で必要な努力を積むというむきむき達の選択に好意的であった。

 

「そういえば今日はゆんゆんオシャレだね。着てるそれ、なんて言うの?」

 

「濡れ衣」

 

「……えっ?」

 

「……私は悪くありませんよ。ええ、悪くありませんとも」

 

「悪くないわけないでしょ! 里一番の天才が、爆裂魔法なんていうネタ魔法覚えちゃって!」

 

 爆裂魔法の火力は、人類最強の攻撃手段とさえ言われるもの。

 が、習得は困難、スキルポイントの消費は莫大、魔力消費も産廃レベルに膨大、攻撃範囲が広すぎるため敵が接近すると自分も巻き込んでしまう、と欠点ばかりがつらつら並ぶ。

 カードゲームで言えば、ライフポイント8000ルールのゲームで、クソみたいな条件を満たさないと使えず相手に800000ダメージを与える魔法カードのようなものだ。

 

 燃費最悪、密閉空間や街近く等でも使えない、使い所を見つけにくい過剰火力。

 当然、ネタ魔法扱いである。

 学年主席のめぐみんがこんなものを覚えたと知られたら、下手したら将来性を見込まれて免除されていた学費――奨学金もどき――の返金を求められ、長年からかわれることになるだろう。

 ホモビデオに出ただけで永遠に動画サイトでフリー素材として扱われる人間のような、悲惨な未来が待っている可能性すらある。

 

 そこで、健気に頑張ってくれたのがゆんゆんだった。

 

「『族長の血に流れる隠された神秘の力が覚醒した』

 『覚醒した力の爆発があの爆焔を生み出した』

 とかいうかっこいいカバーストーリーを自分から語ったのはゆんゆんじゃないですか」

 

「カバーストーリー考えたのはむきむきで!

 それを語らないといけなかったのは、めぐみんのせいなんだけど!

 あああ……! 私、私、なんて常識外れなことを……めぐみーんっ!!」

 

「僕的には、皆綺麗に納得してくれたなあと感心しちゃったよ」

 

「あだだ、あだだっ、アイアンクローはやめてくださいゆんゆん!

 分かってますよ、感謝はちゃんとしてますよ! 貸し一つにしといてください!」

 

「ちゃんと返しなさいよ!? これめぐみんが思ってる以上に大きな貸しだからね!」

 

 今や里では「ゆんゆんの眠っていた力が―――」「族長の血に秘められた―――」「イヤボーン―――」「精神的には変人だが血は争えない―――」といった感じの話題で持ちきりだ。

 彼らは好意的にゆんゆんのことを語っているが、ゆんゆんからすれば自分の書いた中二病ノートを里中で朗読されているようなものである。

 もはや拷問だ。

 

 そんなわけで、ゆんゆんは里の皆から逃げるように、めぐみんとむきむきと一緒に外に出て、里の入り口から見える平原に移動した。

 

「行きますよむきむき!」

 

「どんとこい! へーい!」

 

 そしてすぐ、"なにやってるんだこいつら"という顔になる。

 むきむきは何やら妙なキューブを口に入れ、めぐみんは何故かむきむきに杖を構え。

 

「『エクスプロージョン』!」

 

 むきむきに向かって、何の遠慮もなく爆裂魔法をぶっ放していた。

 

「……もうすっかり、この光景と爆音も里のお馴染みになっちゃったね……」

 

 閃光、轟音、そして爆焔。

 全てを消し飛ばす爆裂が、『地区』という単位で風景を吹き飛ばし、されどむきむきはそれに筋肉の鎧で耐えきって見せる。

 爆心地には、全てが吹き飛んだ更地と、体の所々が焼け焦げたむきむきの姿があった。

 

「流石の筋肉ですね……」

 

「そっちこそ、流石の爆裂だよ……」

 

 倒れかけためぐみんの体をむきむきが支え、優しく抱える。

 なんという防御力か。

 とはいえ、流石に素の防御力で爆裂魔法に耐えられるわけがない。

 むきむきが耐えられたのは、先程口にしたキューブの効力のおかげだ。

 

「そのキューブ、産廃ですが遊びに使う分は面白いですね」

 

「魔法抵抗力を大幅に下げて、物理防御力を大幅に上げるものだからね。

 今の僕、多分レベル1の即死魔法でも麻痺魔法でも何でも効くよ」

 

 魔王軍・DTレッドの配下のモンスターの話を聞き、魔道具職人ひょいざぶろーが何やら思い出して、物置から引っ張り出してきたのがこのキューブである。

 ひょいざぶろーが『魔法使いの補助アイテムとして』作ったこのキューブを口にしたモンスターは、魔法抵抗力が劇的に低下する。

 その代わり、防御力が劇的に上昇してしまい、大抵の攻撃魔法が効かなくなってしまう。

 

 むきむきはめぐみん宅の家計の足しにすべく、ひょいざぶろーからこれを購入し、めぐみんと爆裂魔法で遊ぶのに使っていた。

 元から防御力が高いむきむきは、このキューブの効果時間内であれば、爆裂魔法にも耐えることができる。

 実戦に出られないレベルで魔法抵抗力が無くなるため、実戦では使えないのだけが問題だ。

 

「モンスターにしか効かない魔道具なのに、何故僕に効くのかなぁ」

 

「その内むきむきのスキル欄に『魔獣化』とか生えてきそうですね。やだ、かっこいい……」

 

「紅魔族仲間外れの後は、人間から仲間外れかー……」

 

「大丈夫ですよ。今では私達が仲間じゃないですか!」

 

「めぐみん……!」

 

 ボクシングでミットを殴るくらいの気持ちで、爆裂魔法を友達に撃つ奴。

 ドMでもないのに、ミットでパンチを受けるくらいの気持ちで喜んで爆裂魔法の的になる奴。

 この二人の仲間扱いでいいんだろうか。

 ゆんゆんは今の自分の人生に疑問を持ったが、他にまともな友達もいなかったので、すぐに考えるのをやめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在むきむき11歳。めぐみんゆんゆん12歳。

 そして、めぐみんの妹こめっこが5歳。

 この年頃になると、こめっこもめぐみん並みの行動力とバイタリティを獲得していた。

 

「どこに遊びに行ったんだ、こめっこちゃん」

 

 誰にも行き先を言わないまま、遊びに行ったこめっこ。これ以上見つからないようであれば、里の大人に話を通さなければならない。

 里の外に出てしまったなら、急いで探しに行かなければならないからだ。

 何せこの世界、危険な所は本当に危険なのである。

 

 ジャイアントトード、というカエルが居る。

 モンスター界では食物連鎖の下層に位置し、レベル1の冒険者がレベル上げのために狩る雑魚であり、毎年家畜の牛や街の子供をパクパクする巨大カエルだ。

 そう、このカエル、子供を食うのである。

 最下層のモンスターのくせに、このカエルに子供が食われない年が滅多に無いほどに。

 

 こめっこに戦闘スキルはない。当然戦えもしない。

 子供から目を離せば明日にはカエルのウンコになってたりするのがこの世界だ。

 こめっこをモンスターのウンコにするわけにはいかない。

 人間ウンコ製造機であるカエルよりはるかに強いモンスターが徘徊しているこの里の外。そこにこめっこが出ていないことを願って、むきむきは里の中を走り回っていた。

 

「邪神の墓……そういえば、昔めぐみんに連れられてここに……いやまさか……」

 

 そしてついには、子供が立ち入りを禁じられている、邪神の墓にまで足を踏み入れた。

 

 かくして、彼は生まれて初めて()()()()()()()()()()()()()()()()()、普通の人間では何十年研鑽を積んでも敵わないような、強大な悪魔と出会う。

 

「あ、姉ちゃんの兄ちゃんだ」

 

「あ?」

 

 邪神の墓には、こめっこと、その隣に立つ悪魔が居た。

 

 大きな角。むきむきと大差ない大きさの黒色の体躯。

 筋骨隆々としたその肉体には角だけでなく、禍々しい爪、鋭利な牙、大きな翼も生えていた。

 何より、その魔力。

 普通の紅魔族よりも魔力感知能力が低いむきむきでさえ、顔を合わせればその魔力が感知できてしまうほどの、強大で邪悪な魔力。

 間違いない。この悪魔は、数ある悪魔の中でも特に強力な、上級悪魔だ。

 

「―――悪魔!」

 

「チッ、紅魔族の大人か! つかデカッ!」

 

「成人はまだだぞ悪魔! 間違えるな! 僕はまだ未熟者の11歳だよ!」

 

「なにそれこわい」

 

 互いの距離は20m。

 むきむきは8mの距離を一瞬で移動し、悪魔も同じ時間で12mの距離を一瞬で移動する。

 悪魔の左拳と、少年の右拳が、二人の間の空間を押し潰しながら衝突した。

 炸裂した空気が衝撃波となり、二人の足元にあった小石のいくつかを砂へと変える。

 

(今の手応え……こいつ、やっぱり上級悪魔!)

 

(この力……なんだ、こいつの筋力値!? もう通常の人間の上限値超えてんじゃねえのか)

 

 悪魔は"魔法的な"存在である。

 そのため、特殊な能力と魔法が極めて強力であるが、上位の悪魔は身体能力も極めて高い。

 悪魔は自分を人間の上位種であると位置付けている。

 人間を見下す者、単純に種族差を事実として認識している者、人と共存の道を歩む者、人間を糧と見て害しない者。悪魔によって認識の程度は様々だが、この認識は揺らがない。

 だが、その認識における『普通の人間の筋力』を、少年の腕力は大幅に上回っていた。

 

(こめっこちゃんは巻き込めない。

 かといって、巻き込まないよう囮になって逃げようとしても……

 この悪魔が付いて来ないで、こめっこちゃんをさらって逃げるかもしれない)

 

(このガキンチョは巻き込めねえ。

 かといって、巻き込まないようここから離れようとしても……

 この紅魔族が付いて来ないで、あのガキンチョを連れて仲間の下に逃げるのがオチだ)

 

 二人の動きが止まる。

 むきむき視点、この悪魔はこめっこに害を為しかねない危険な悪魔である。その身体能力も高いが、悪魔の本領は人を凌駕する強力な魔法にあった。

 悪魔視点、紅魔族は悪魔にも匹敵する広範囲を吹き飛ばす魔法の使い手だ。下手に動いて魔法合戦が始まってもたまらない。

 それゆえに、戦いは膠着状態に陥っていた。

 

(めぐみんとゆんゆんとぶっころりーさんもこめっこちゃんを探してる。

 でもめぐみんは爆裂魔法使った後でグロッキーだし。

 ゆんゆんは紅魔族特有の考え方をトレースするのが苦手だし。

 ぶっころりーさんはまたそけっとさんのストーキングをしてる可能性が……

 どうしよう、助けも期待できない。大声上げてみようか? うーん……どしよ……)

 

(ウォルバク様の封印を解くまでは、目立てねえっていうのに……

 口封じしなきゃ終わる上、こんな目立つやつを口封じしたら面倒臭えことに……!)

 

 どうしたらいいのか、と二人の思考がシンクロする。

 その膠着状態を解除したのは、こめっこであった。

 

「ホーストホースト、姉ちゃんの兄ちゃんは話が分かる人だよ」

 

「姉ちゃんの兄ちゃん? なんだこの筋肉、オカマなのか?」

 

「!?」

 

「違うよ。姉ちゃんのものだからだよ」

 

「ああん? よく分かんねえな……」

 

 悪魔をホーストと呼び、悪魔のふとももをぺしぺし叩き、悪魔とむきむきの戦いを止める。

 こめっこと親しそうに話すホーストと、ホーストに気安く接するこめっこを見ると、むきむきの内に自分が何かを勘違いしてたんじゃないか、という思考が生まれる。

 

「……悪魔。その子を襲ってたわけじゃないんだな?」

 

「ああ、そうだ。信じるか信じないかはお前の勝手だがな」

 

 紅魔族は大昔に造り出された改造人間である。

 その誕生意義は、悪魔を従える魔王を倒すこと。

 ゆんゆんなど紅魔族の大半はそれを認識しており、むきむきもまた、その使命を認識している。

 

 それが、普段温和な彼を攻撃的にさせていた。それだけだったのだ。

 悪魔に害意がないことを確認して、むきむきはその表情をふにゃっと崩し、深く息を吐きながら心底安心したような声を漏らす。

 

「……ふぅ、よかった」

 

 その様子に、ホーストという悪魔は毒気を抜かれた気分になった。

 戦士というより、子供と表現した方が的確そうな雰囲気がある。

 むきむきを見ていたホーストはそこでふと、何かに気付いたようだ。

 

「ん? お前……」

 

 そして、手の平を返した。

 

「やめだやめ。仲良くしようぜ」

 

「え?」

 

 いくらこの世界の人間の大半が手の平をドリルのように回転させる者達だとしても、この変貌はいくらなんでも怪しすぎる。

 

「……悪魔は倒さないといけない。害意が無くても、見逃すわけには……」

 

「お前ら紅魔族に手を出す気はねえよ、面倒臭え。

 この封印解いたらお前らなんかに目もくれず、さっさと帰るってんだよ」

 

「あなたを消せばそれで済む話だ」

 

「あ? やんのか? てめえレベルいくつだオラ」

 

 "てめえどこ中だオラ"的な悪魔、ホースト。

 

「むきむき、ホーストは私の舎弟だからケンカしないで」

 

「……しょうがないなあ。でも気を付けるんだよ? こめっこちゃん」

 

「舎弟!? おい待てやコラ! 俺はお前の舎弟になった覚えなんてねえぞ!?」

 

 彼女の名はこめっこ。紅魔族随一の魔性の妹である。

 

 

 

 

 

 事情を聞くと、どうやらこの悪魔の主にあたる邪神がここに封じられているようだ。

 こめっこはその封印で遊んでいるだけのようだが、どうやらこめっこの手を借りなければ、この封印のパズル部分が解除できないらしい。

 めぐみんとこめっこは、幼いながらも非常に高い知性を持った姉妹だ。

 伊達に姉が里一番の天才だなどと呼ばれていない。

 この姉妹は、アホだが頭はいいのだ。

 

 悪魔はどうやら、こっそりこの封印を解除して身内を助け、そのままおさらばしたいらしい。

 けれども封印はこめっこの手を借りなければならず、こめっこは放置してると封印の解除に専念してくれず、物で釣ったりしてなんとか封印を解除させているとのこと。

 それから数日後。

 

「おいこめっこ、お望みの果物持って来てやったぞ。ほらよ」

 

「わたし、りんごが食べたかったのに」

 

「これでいいだろ! 桃だぞ桃!」

 

「ももとりんごの区別がつかないと世の中生きていけないよ、ホースト」

 

「お前……! 俺が行く前は『果物が欲しい』としか言ってなかったくせに……!」

 

 要するにこの悪魔、魔性の妹のパシリであった。

 「でもありがとう」とだけ言って果物を貪り始め、封印そっちのけで食らい続け、腹一杯になったら横になって寝るこめっこ。

 そんなこめっこを必死に起こそうとするホースト。

 体育座りでそれを見張っている――見つめているだけ――むきむき。

 ホーストは攻撃されない限り紅魔の里に手を出さないという約束をし、むきむきはこめっこの交渉もあってホーストのことを口外しないと約束させられ、奇妙な日々は今日も続いている。

 

「これでよかったのかな」

 

『貴様の人生を決めるのは貴様だ』

 

 そんな彼が悩みと疑問を呟けば、自問自答のようなそれに幽霊の返答が返って来る。

 

「……うーん」

 

『好きにしろ。どうせ後悔はする』

 

「え? そこは『後悔しないように選択しろ』じゃないの?」

 

『人は成功しようが失敗しようが、後悔はする。

 人は強欲で、より高い場所、より富んだ場所を求めるからだ。

 後悔は忘れることもできるが、大抵の人間は行動の結果後悔する。

 成功しても失敗しても、人は"あの時ああしていれば"と考える。

 凡俗はそうして、自分から行動することを恐れるようになるものだ』

 

「……怖い話をするね」

 

『なら最初から「どうせ後悔する」と考えればいい。

 その上で行動し、「やっぱり後悔した」と後悔を軽く扱えばいい。

 後悔など最初から想定し、全てが終わった後に捨てればいいのだ。

 人生など後悔して当然。後悔など後に引きずるものではない。

 「どうせ後悔する」という考えと、「恐れず行動し続ける」という選択を、常に併用せよ』

 

「うん、やってみる」

 

 後悔を前提とした人生の生き方。後悔があっても幸せになる生き方。後悔を理由に足を止めない生き方。後悔で人生を台無しにしない生き方。

 とても難しい生き方をすることを、幽霊はむきむきに望んでいる。

 虚空に向けて何やら話しているむきむきを見て、ホーストは可哀想な子を見る目でむきむきを見ていた。

 

「なんだあれ」

 

「姉ちゃんの兄ちゃんは幽霊が見えるんだよ。幽霊のお友達なんだって」

 

「幽霊? 幽霊……確かに何か居るな。うっすらとしてて、微妙にこの世界に馴染めてない魂」

 

 悪魔の目は強い光でも潰れない。常世ではなく魔界の生き物が持つその目は、人の目には見えないものを捉えることがある。

 封印解除においてできることがないホーストもまた、手持ち無沙汰になって座り始める。何故かむきむきの横に。何故か体育座りで。

 

「悪魔も、他人を大切に想うことがあるんだね。

 それが嘘だったなら、そうじゃないのかもしれないけど」

 

 むきむきは意識して刺々しい口調を作り、探るようにホーストに話しかける。

 彼は人が良い。それはこの世界では死に至ることもある欠点に成り得る。

 仲間を助けようとしているホーストに、人間の敵対種であるホーストに、"仲間を助けようとしているのだからいい悪魔なのかもしれない"と思い始めているのがその証拠だ。

 彼よりもまだめぐみんの方が、割り切れる分戦士には向いているだろう。

 

「おいおい、敬愛し忠誠を誓った相手の助けになろうとするのは、変なことじゃねえだろ?」

 

「……」

 

「お前らがどんなイメージ持ってるのか知らねえが、気ぃ張るなよ。

 悪魔は元々契約の生き物だ。嘘や約束破りは好まねえ。

 まあ例外の下等な悪魔や、悪感情目的で嘘を言う悪魔も居るが……俺様が嘘言って何になる?」

 

「え、そうなの?」

 

「は? お前紅魔族のくせに悪魔のことも知らねえのか?」

 

 その上、知識も足りない。

 ホーストはむきむきのことをじっと見る。紅魔族のように赤く、けれども紅魔族の目よりも闇色が混じった赤い目が、少年の本質を見極めようとしているかのように動く。

 悪魔の考えていることは分からない。

 

「まあいい。暇潰しだ。お前が俺に敬意を持つよう、少しくらいは教授してやるよ」

 

 ホーストからの提案を受けてもなお、むきむきには悪魔の考えていることが分からなかった。

 

 

 

 

 

 それから数日後。

 ホーストは意外と博識だった。

 

「悪魔は麻痺や、特定のものを対象にした魔法が基本は効かねえ。

 悪魔はこの世界の何かを仮初の肉体として使っているだけだからだ」

 

 悪魔が悪魔のことを知っているのは当然だが、ホーストは悪魔のこともその故郷である魔界のことも知らないむきむきにさえ、分かりやすく説明している。

 ()()()()()()()()()()説明しているのだ。

 人間のことを知り、人間の世界を知り、地頭が良くなければ、できないことだろう。

 

「例えばそうだな……お前が言ってたリッチーの持つスキル、不死王の手。

 こいつは触れた相手に、毒、麻痺、昏睡、魔法封じ、弱体化……

 色々状態異常を引き起こすスキルだが、悪魔に使えば大体スカる。効かねえからな」

 

「成程。勉強になります」

 

「お前急に敬語使い始めたな……

 『指定範囲の生物に影響を及ぼす魔法』も効かねえ。

 『物質を破壊する魔法』も魔力で体を編んでたなら効かねえ。

 一番効果的なのは浄化魔法か爆裂魔法で消し飛ばしちまうことだな」

 

「うちの里、浄化魔法とか使える人居ませんよ」

 

「おいおい、いいのか? そんなこと教えちまって」

 

「これだけ弱点教えて貰ってるんです。お相子ですよ」

 

 むきむきが言っていることが本当であるという保証もない。

 ホーストが言っていることが本当であるという保証もない。

 別口で調べれば裏は取れるが、それだけだ。

 二人は本質的に敵対陣営である。

 

 こめっこという存在だけが、この二人を繋げていた。

 

 嘘をつかないという信用だけが、ホーストのことを口外しないという約束だけが、その約束は破られないだろうという確信だけが、この時間を確立させている。

 信用がなければ、ここでの会話には何の価値も意味もない。

 相手の言葉を信じなければこの時間は無為へと変わる。

 これは、信用が殺意に変わるまでの、ほんの短い間にだけ価値を持つ繋がりだった。

 

「プリーストの魔法が悪魔には効果的だ。

 だが悪魔もそれは知ってるから抵抗や対策をする。

 なら爆発系魔法で対抗できない威力を叩きつけるのが手っ取り早いってわけだ。

 半端な威力をいくらぶつけようが、悪魔は死なねえからな」

 

「地道に削っていってもダメなんですか」

 

「半端な削りじゃダメだな。超強力な一撃を叩き込まなきゃ、残機も減らねえ」

 

「残機……悪魔族が持つ、死という結果を覆す予備の魂のストック、でしたか」

 

「そうだな。さっき言った方法でも、俺達の残機は一つしか減らねえ。

 だから紅魔族は、多人数で上級魔法を連続して叩き込むって聞いてたんだが……」

 

「……」

 

「お前はそういうのは習わなかったのか?」

 

「……僕は、落ちこぼれだから。魔法も使えないんだ」

 

 細かな理由は分からない。だが、ホーストは何故かむきむきを敵であるとも、敵になるものであるとも見ていないようだった。

 ホーストがむきむきを見る目は、こめっこを見るものに近いようで、とても遠いものであるようにも見える。

 

「魔法が使えない? なら巻物(スクロール)でも使えばいいだろ」

 

「スクロール?」

 

「……まあ、紅魔族が使うわけもねえか。

 巻物にあらかじめ魔法を刻んでおいて、別の誰かに使わせる魔道具だ。

 攻撃魔法はもちろんのこと、行き先に制限があるっていうテレポートの欠点だって解消できる」

 

 そう言われると、ピンと来るものがあった。

 

「あ、そういえば魔王軍のDTレッドが使ってるのを見たことが……」

 

「お前らは使う側じゃなくて売る側だ。いっぺん考慮してみろよ」

 

 魔法を込めるだけで作れる上、紅魔族が平然と使っている魔法を込めればそれだけで爆売れ間違い無しのスクロール。そんなものを、ひょいざぶろーが扱っているわけもない。

 とりあえず、普通の魔道具職人の家に行ってみる必要がありそうだった。

 

 

 

 

 

 また数日後。

 

「あるえ、なんで居るの……?」

 

「いやあ、むきむきは小説のネタになるからね。弄れるフリー素材、みたいな」

 

「褒められてる感じがしない」

 

 映画界におけるナチスやサメ並みに、あるえのフリー素材と化した少年、むきむき。

 

「それにしても上級悪魔。それも魔王軍との戦い以外で会おうとは……」

 

「まーた目撃者が増えやがった。口外しやがったら承知しねえぞ」

 

「私は口が堅い。そこは安心していいよ。魔法もまだ覚えてない」

 

「そうなのか? 確かにアークウィザードだが、魔法発動媒体は見当たらねえな……」

 

 こりゃもう隠しきれなくなるのも時間の問題だな、とホーストは頭を掻く。

 そもそも、里の中にこっそり侵入して邪神の墓の封印を解除しようというのが、スニーキングミッションとしてはキツい部類に入るのだ。

 ホースト一人では封印が解除できないというのだから、なおさらに。

 

「ちなみにあるえの口が堅いっていうのは真っ赤な嘘だよ。僕知ってる」

 

「!?」

 

「あるえは友人に迷惑がかからないなら、そっちの方が面白そうだと思った瞬間すぐ喋るよ」

「褒めないでくれ。私だって照れる時もある」

 

「おい待てお前! 喋るなよ! 絶対に里のやつにこのこと喋るなよ!」

 

「ああ、今日はちょっと暑いなあ。私まいってしまいそうだ」

 

「扇げばいいんだな扇げば! 畜生! これだから紅魔族は!」

 

「むきむきも扇ぐんだよ」

 

「死ね!」

 

 ホーストはこめっこと出会った。むきむきと出会った。あるえと出会った。

 そんな今だからこそ彼は思える。むきむきが一番御しやすかった、と。

 紅魔族がだいたい標準装備している扱いにくさ、図太さ、図々しさが、目を覆いたくなるくらいに酷い。

 上級悪魔なのにあるえとむきむきを扇がされているこの現状が、魔王軍最重要攻略目標・紅魔の里の厄介さを、如実に証明していた。

 

(ぶっ殺してやりたいが……ここで口封じに動いたとして、状況は好転しねえ)

 

 どこに行くか分からない年齢一桁の子供ならともかく、この年齢の少女を口封じに消せば、絶対に目立つ。『事故』ではなく『事件』の可能性を考慮されてしまう。

 紅魔族はアホだが頭はいい。

 頭がいいからバカなことをしても魔王軍に裏をかかれない、それが紅魔族だ。

 ホーストが下手を打てば、一瞬で追い詰められる。

 そもそも紅魔族と正面からやりあって勝てるなら、ホーストはこんな風にコソコソしていない。

 

(それに)

 

 あるえを口封じに殺そうか、そう考えた瞬間のホーストの挙動さえ、少年は見逃さない。

 ホーストが妙な挙動をした瞬間に、むきむきが一瞬だけ目に浮かべた戦意が、"無事ではすまない"とホーストの迂闊な行動を抑制している。

 

(まだ封印が解けてもいないってのに、里の中でこいつと派手にやりあってもな……)

 

 事を荒立てたくないのは、悪魔の方なのだ。

 状況が、悪魔の方が基本的に譲歩するという構図を作っている。

 

(つかこいつらは、邪神の封印を解くってのに、なんでこんなに落ち着いてやがるんだ……?)

 

 邪神ウォルバクの復活が目的であることを、ホーストは隠していない。

 封印が解ければどうなるか。『もしも』を考えればいくらでも悪い方向に考えることができる。

 にもかかわらず、むきむきもあるえもそこを気にしている様子は見られない。

 ホーストは邪神の復活を許容するあるえとむきむきに、不審なものを感じていた。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで数日後。

 

「こめっことホーストの禁断の愛を書いた恋愛小説が完成した。

 むきむき、読んで感想を聞かせてくれないか? 忌憚ない意見が聞きたい」

 

「おいむきむき、こいつ何言ってんの(戦慄)」

 

「ミスターホースト、これがあるえの平常運転……

 ……ってええ!? ほ、ホーストの体の周りに目に見える形で漏れた戦慄が!?」

 

 こめっこを肩車していたむきむき。

 とりあえず少女を脇に置き、特に何も考えずあるえの小説を口に出して読み始める。

 

「二人は禁断の愛に、身を焼かれるような苦しみを味わう。

 愛しい人の手に触れられた場所が妙に熱い。そして、互いの吐息が唇に当たり……」

 

「やめろ! 実在の人物を使って創作すんな!

 捏造恋愛とかサブイボが出るわ! てめえは悪魔か!」

 

「あなたがそれ言いますか、悪魔のくせに」

 

「やめないか! 人の書いた小説を人前で音読するとか! 君は悪魔か!」

 

「……」

 

 ホーストとあるえが一斉にむきむきを悪魔呼ばわりし、むきむきは盛大に傷付くのであった。

 あるえは顔を赤くしていて、ホーストの声からは迫真の戦慄が感じられたが、傷付きやすい彼に口撃するのはギャラドスに十万ボルトをぶち込むようなもの。

 むきむきは(まぶた)をぱしぱし動かし、涙が目の端に溜まるのを防ぎ、泣きそうな目を誤魔化すのであった。

 

 そんな少年の頭を、こめっこが撫でる。

 

「よしよし」

 

「……」

 

 むきむきは幼い子供がぬいぐるみを抱きしめるように、彼女を優しく、ギュッと抱きしめた。

 ぐすっ、という音が聞こえてくる。

 こめっこは彼の頭を抱えるように抱きしめ、なおも頭を撫で続ける。

 

(魔性の妹……)

(魔性の妹……)

 

 恐るべきロリであった。今この瞬間だけは、むきむきにとっての女神であった。女神ロリス。

 

 

 

 

 

 数日後。

 

「ふーん、ふふふーん、ふふー、ふーん」

 

 封印を弄っているこめっこの手元を、あるえが覗いている。

 むきむきとホーストはいつものように並んで座り、体育座りでそれを眺めていた。

 あと少し。今日中にも封印は解ける。この時間も終わりを告げる。

 

「もう終わるってよ」

 

「ああ」

 

「敬語無くなったじゃねえか、むきむき」

 

「何故そうなったのか、ホーストは分かってるでしょ」

 

「まあな」

 

 仮初の距離感が消え、悪魔と少年の心の距離が離れたことを、二人共感じていた。

 今日までの日々に、互いに色んなことを話した。

 互いのことをよく知った。

 だが、それは決断を鈍らせるほどの情には至らない。

 

「できた!」

 

「何故親子丼で邪神の最後の封印が解けるんだ……? まあいい、小説のネタにしよう」

 

 そうして、最後の封印が親子丼で解除される。

 何故か親子丼で。

 まあこの世界ではよくあることだ。

 パチン、と小さな音がして、ホーストが感慨深い様子で立ち上がる。

 

「ようやくだ。ようやく……悲願が果たされる」

 

 ホーストが手をかざし、魔力の波動が邪神の墓へと浸透する。

 "本来ならば時間差で飛び出てくるはずの"邪神が、悪魔達が、ホーストの魔力によって一緒くたになって引きずり出される。

 それは、『黒』だった。

 風景も、空も、視界も、全てを埋め尽くす黒黒とした悪魔の群れ。

 

 邪神の墓の封印から解放された悪魔達は、封印解除直後で状況も飲み込めぬまま、あまりにも多い仲間達のせいで自分達も何も見えていない状態だったが、次第に周囲に拡散していく。

 

「うわっ!?」

 

 思わず、声が裏返るむきむき。

 ここに一枚の風景画があるとする。

 それをボールペンの先で叩き、点を打っていくとする。

 ただそれだけを繰り返し、風景を黒く染めていくとする。

 今ここにある光景はまさしくそれだ。

 

 悪魔の数が多すぎて、遠くにあるものが悪魔以外何も見えやしない。

 

「悪いな、こめっこ、むきむき、あるえ。俺は悪魔なんだ」

 

 ホーストは悪そうに笑う。全て計画通りだ、とでも言わんばかりに。

 

「約束通り俺は里には手を出さねえ。

 ウォルバク様も連れ帰る。あの方も手は出さねえだろう。

 まあ、この数の悪魔に紅魔族が先に手を出しちまったなら、その後のことまでは知らん」

 

 お前らが大人しくしてれば、大人しくしてる内は手を出させねえようあいつらに話通しておいてやるよ、とホーストは言い、彼らに最後の義理を見せる。

 ホーストからすれば、この後に繰り広げられる悪魔と紅魔族の戦いは不可避のものであるように見えるのだろう。

 だが、違う。

 ホーストの目論見は大筋では間違ってはいないが、見逃しているものがあった。

 ゆえに、流れはホーストが予想したものにはならない。

 

「じゃあ僕も、あなたと同じ言い回しで答えさせてもらう。

 ごめんねホースト。僕もあるえも、紅魔族なんだ。あなたが悪魔であるのと同じように」

 

「あん?」

 

「紅魔族は、悪魔を倒す者だ。僕は、認められなくても、その一員でありたいと思ってる」

 

 むきむきがポケットから取り出した瓶の蓋を開ける。

 すると、そこから不規則な魔力が大量に吹き出した。

 どうやら魔力を散布する魔道具のようだ。

 その効果によるものなのか、大量に発生した悪魔達が皆、互いの魔力を見失ってしまう。

 

 結果。全ての悪魔が邪神ウォルバクの魔力を見失い、どこに行けばいいのか、どこを目指せばいいのか分からないまま、中空を彷徨い始めた。

 

「これは……」

 

 地面を踏む小さな音がして、ホーストはそちらに目を向ける。

 そこには小さな動物風呂敷に包まれ暴れている様子の小さな動物と、その動物を風呂敷に包みつつ肘打ちで大人しくさせているこめっこと、こめっこを抱きかかえるあるえが居た。

 

「何故彼も私も、大して慌ててなかったか分かるかい?

 紅魔の里の大人が集まれば、邪神の一柱くらいは余裕で倒せるからさ」

 

 こめっこは風呂敷に包んだ何かとの格闘に夢中になっていて、周囲の会話に何も気付いていないようだ。

 将来大物になりそうな子供を抱えたまま、あるえはホーストにネタばらしを続ける。

 

「封印が維持されてたのは、単に

 『邪神が封印されてる里ってかっこよくない?』

 という理由で封印が継続されていたからだ。脅威だったからではない」

 

「……ああ、なるほどな。そこで俺が来たわけだ」

 

 この里の人間にとって、邪神の封印など観光名所のオブジェ程度のものでしかない。

 だがそれも、紅魔族が万全な状態で復活したものを迎え撃てたなら、の話だ。

 

「紅魔族の事情なんて考慮せず、いつ邪神を復活させるか分からないのが俺だ。

 魔王軍の大規模侵攻中に復活されたら困る。

 魔王軍のせいで里の大人の大半が潰れてる時に復活されても困る。

 だから、処理できる余裕がある内に処理させちまおうって腹か。

 バレたら白い目で見られるかもしれないってのに、里への忠誠心が高いもんだな」

 

 むきむきは自分が里を出る前に、邪神とホーストという不安材料を片付けようとした。

 こめっこにも嫌われたくない。里の人にも嫌われたくない。かといって最悪のタイミングで邪神が復活し、里の皆が酷いことになるのはもっと嫌。そんな思考が、彼にこの選択を取らせた。

 そういう風に考えてしまう彼の情けない部分を、あるえは友人として許容し、彼の選択と行動に助力した。

 

「仲間外れなやつほど、そのコミュニティに献身的になりたがるもんだ」

 

「……」

 

「分かんだろ? 悪魔の俺様に言われなくたってよぉ」

 

 嫌われないための選択。里というコミュニティへの献身。

 彼のその選択は勇気ゆえに選ばれたものではない。

 ただ、尽くすことで好かれようとする哀れな子供には、それ以外の選択肢がなかっただけだ。

 

「知り合いに優秀な占い師さんが居たから、その人に頼んでおいたんだよ。

 『この日、邪神とその下僕が復活するかもしれない』

 っていう嘘の占い結果を、大人達の方に伝えてほしいって。だから準備は万端だ」

 

「俺様を見張ってたおかげで、復活の日付はばっちり読めてたってわけだ」

 

「紅魔の里は、余裕を持って邪神の下僕を殲滅する。邪神も倒す」

 

「なるほどなぁ。……で? お前がここで俺と対峙する理由はあんのか?」

 

 あるえは小動物入り風呂敷を抱えたこめっこを抱え、この場からこっそり離脱する。

 その目が"どうやって勝ったか後で語り聞かせて欲しいな"と言っていたが、むきむきは意図してその視線を無視した。

 

 ホーストの目が言っている。

 逃げてもいいぞ、と。

 逃げるなら見逃してやるぞ、と。

 俺様と戦う役目を他の大人に任せてもいいんだぞ、と。

 挑発的な彼の目が、そう言っている。

 

「言ってみろよチキン野郎。お前がここで、俺から逃げない理由ってやつを」

 

「前に話してた時に言ってたよね? ホーストは、魔王軍だって」

 

「おう。そして邪神ウォルバク様も、魔王軍幹部の一人だ」

 

「それも聞いたよ。

 ホーストは、その人を助けるという約束……契約があるから、その人を助けるんだって。

 僕も同じだ。僕も約束がある。だから、魔王軍の悪魔であるあなたは見逃せない」

 

―――魔王を倒した者として、伝説を歴史書に刻むのです!

 

「僕には、いつか友達と一緒に魔王を倒すっていう、約束があるから」

 

 魔王を倒すだの、魔王を倒して新しい魔王になるだの、最強の魔法使いになるだの、そんな夢物語を当然のように語っている友人がいる。

 その友人の夢こそが、未来の希望になってくれている。

 ならば、逃げられるものか。

 一人の男として、一人の友として、逃げるわけにはいかない。

 

「おう、最後の授業だ。覚えておけよ、むきむき」

 

 ホーストは牙を剥き、爪を軋らせ、口角を上げる。

 広げられた翼が羽ばたき、魔力の波動がただそれだけで周囲の木々を激しく揺らした。

 

「悪魔はな……約束と契約を必死に守ろうとする人間は、基本的に嫌いじゃないんだぜッ!」

 

 互いの距離は20m。

 むきむきは10mの距離を一瞬で移動し、ホーストも同じ時間で10mの距離を一瞬で移動する。

 ホーストの左拳と、少年の右拳が、二人の間の空間を押し潰しながら衝突した。

 炸裂した空気が衝撃波となり、二人の足元にあった地面の表面を巻き上げる。

 

 本気の殺意と、本気の殺し合いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホーストとむきむきには、明確な相性差がある。

 むきむきは飛べず、ホーストは飛べる。

 むきむきは飛び道具に乏しく、ホーストは上級魔法の使い手だ。

 離れられれば、即座に終わる。

 

 それゆえに、ホーストは拳撃の直後にすぐさま飛翔し、むきむきはそのホーストに鎖を投げつけて、自分の右腕と悪魔の左腕を太く長い鎖で強固に繋げた。

 

「! ミスリルの鎖か!」

 

「ミスリルは霊体さえも捕らえられる……だった、よね?」

 

「ハッ、俺様の授業をちゃんと聞いていたようでなによりだ!」

 

「翼もある、魔法もある、そんな悪魔に無策で挑むわけないじゃないか!」

 

 鎖はそこそこの長さがあったが、遠距離戦を維持することは不可能な長さであった。

 むきむきが鎖を引き、引きずり降ろされたホーストが爪を構える。

 突き出された人の拳と悪魔の爪は互いの命を獲りに行き、互いの回避行動の結果、互いの頬をかすりながら空振った。

 悪魔の裂けた皮膚から血は出ず、少年の裂傷からは血が吹き出していく。

 

「くっ」

 

 距離12m。

 詠唱を用いず悪魔が魔法を使うために要する一瞬の時間、その一瞬の時間に現状のむきむきが移動できるのは10mが限界だ。すなわち、この距離は詰めきれないということ。

 悪魔の魔法発動はあまりにも速い。少年はホーストの魔法発動を許してしまう。

 

「『インフェルノ』!」

 

「汝、その諷意なる以下省略! 『ウインドカーテン』!」

 

 迫りくる業火。

 腕力で暴風を起こして炎を逸らし、自分も横に跳んで炎をかわすむきむき。

 なのだが、意味の無い詠唱をした挙句その詠唱を放り投げて腕力ゴリ押しで来たむきむきを、ホーストは"なんかよくわからんもの"を見る目で見ていた。

 

「今のが詠唱破棄だよ」

 

「破棄してもいいってことはゴミ同然なんじゃねえのか、その詠唱」

 

「友達がくれたものだから、大切にしたくて……」

 

「紅魔族はバカしか居ねえのか!」

 

 鎖を千切るため鎖に攻撃を加えようとするホーストに石を投げて妨害しつつ、むきむきは再度めぐみんとの特訓で身に付けた詠唱を開始。

 

「我が手に携えしは悠久の眠りを呼び覚ます天帝の大剣。古の契約に従い我が命に答えよ」

 

 むきむきほどになれば、小さな小石でも重い車を引っくり返すだけの威力が出る。

 小石をかわしたホーストに向け、むきむきは中距離から手刀を振り下ろした。

 

「『ブレード・オブ・ウインド』!」

 

「『インフェルノ』」

 

 手刀から飛んだ風の刃と、ホーストが放った炎の塊が衝突し、炎の塊は切れ目を入れられながらもむきむきに向け直進する。

 

「絶望の深淵に揺蕩う冥王の玉鉾。現世の導を照らすは赤誠の涓滴! 『アースシェイカー』!」

 

 その攻撃を、むきむきは逆に利用した。

 地面を掴み上げ、直径20mほどの土塊となって持ち上げられたそれを、火に向けて投げ付けたのである。土は一気に加熱され、火と土は混ざり溶岩のようになってホーストへと衝突する。

 並大抵のモンスターであれば、死体も残らないような熱と衝撃であった。

 

「おいおい、それでどうにかなるとでも思ったのか?」

 

 にも、かかわらず。

 ホーストは自身の上級魔法を含む火と土の混合攻撃を、平然と乗り越えてきた。

 

「……魔王軍幹部級の力を持つ、上級悪魔……」

 

「お前、里の外に出るんだろう?

 里の外に出て魔王軍とやりあうつもりの嬢ちゃんを守るんだろう?

 ならいつか、俺や俺より強い奴が居る魔王軍とも殺し合うって分かってんのか?」

 

 遠い昔から現代までずっと、上級悪魔と戦った多くの人間達が胸に抱いた感情と同じものが、今のむきむきの胸の内にある。

 

 『()()は、どうやったら倒せるんだ?』

 

「山をも崩す爆裂魔法がある。

 爆裂魔法で無力化できても殺せない幹部が居る。

 爆裂魔法一発じゃ倒せないやつが居る。

 そもそも、爆裂魔法で殺し切れるか怪しい大悪魔も幹部に居る。

 分かるか? 俺を倒したいなら、最低でも山一つは投げられなきゃダメだってことだ」

 

 紅魔族の大人達が集団で囲み、集中火力で滅することを良しとする強敵。

 今のむきむきであれば、見上げるしかない高みに存在する強敵。

 彼がめぐみんに付いて行くことを選ぶのであれば、遅かれ早かれ戦わなければならない強敵。

 

「もっと根性見せてみろ。

 悪魔にも生み出せない感情の爆発が、弱っちい人間の長所だろうが!」

 

 これが上級悪魔。

 人類最高の魔導資質を持つ紅魔族が上級魔法を操ってさえ、滅ぼせるとは断言できない規格外。

 この世ならざる場所、魔界より来訪した恐るべき高位生命体。

 

「ぐっ……!」

 

 悪魔の凶悪な魔法が地面に着弾するも、むきむきは恐れず鎖を引っ張る。

 あえて敵魔法に敵を巻き込み、ダメージを与える腹づもりであった。

 魔法を突き抜けてきたホーストに高速で放たれた拳が三連打。短い音を響かせる。

 負けじとホーストも魔法を連射し、それを幽霊に教わった技と筋力でむきむきが的確に処理、三連射された魔法は三連続で長い爆音を響かせた。

 お返しとばかりに、またしてもむきむきが三連続で蹴りを当てる。

 

 悪魔の赤い瞳が輝く。

 少年の赤い瞳が輝きを増す。

 

 無数の悪魔が舞い降りた紅魔の里の片隅で、少年と悪魔は再三激突。耳が痛くなるような轟音を響かせた。

 

 

 

 

 

 むきむきとホーストの戦いの音が、紅魔の里にも響き渡る。

 だが、その音でさえもはや目立って響いてはいない。

 紅魔の里はそこかしこで戦闘が繰り広げられており、非戦闘員を守る紅魔族と殲滅に動く紅魔族に分かれてはいたものの、その両方で激しい戦闘が繰り広げられていたからだ。

 ちなみに現在怪我人0、死人0である。……恐るべし、紅魔族。

 

「『ライト・オブ・セイバー』ッ!」

 

 ゆんゆんが振るった光の刃が、小さな孤から大きな弧へと変わるようにして、六体の中級悪魔を両断する。

 

「よし! 皆、こっちよ!」

 

「私が力を見せるまでもありません。

 我が下僕のゆんゆんが悪魔を蹴散らします。安心して下さいね」

 

「なーんでめぐみんは私の功績をさも当然のように自分の功績にしてるのかなっ!」

 

 彼女らは今、学校の下級生――魔法も使えずアークウィザードでもない――を引き連れ、幼い彼らを安全な場所に移動させようとしていた。

 いつの間にかあるえとこめっこも合流している。

 彼女らもまた子供だが、戦闘力で言えば既に上級悪魔に迫るものを備えていた。

 

「流石ゆんゆんさん! 学年二位で族長の娘!」

「家柄だけが取り柄とか噂もあったけど、もう魔法も覚えてるんだぁ」

「かっこいいー」

「なんでそんなできる感じなのに学校に友達居ないんですか?」

 

「げほぁっ」

 

「ああ、ゆんゆんさんが血を吐いた!」

「あかんかったんや! 昼は大体一人で食べてることを言及したらあかんかったんや!」

「謝れ!」

「ゆんゆんさんに謝れ!」

「ご、ごめんなさい」

 

「い、いいのよ……」

 

 いい人そうで、能力があって、可愛くて、族長の娘で、優しい。なのに友達が居ない。ゆんゆんのそんな奇々怪々っぷりは子供達の目に妖怪のように映っているようだ。妖怪ボッチ。

 こういう時にリーダーシップを発揮するのはめぐみんの方が向いているようで、子供達は特に何もしていないめぐみんにもしっかり尊敬の目を向けている。

 おかげでゆんゆんは苦手な集団の調整をしなくてもよくなり、里の戦い全体を見回す余裕が出来ていた。

 

(うん、いい感じ。これなら急がず時間をかければ、ちゃんと全滅させられるかも……)

 

 戦局の推移は、先日のDTレッド襲撃時より紅魔族に優勢なようだ。

 紅魔族と魔王軍の戦闘は魔力と頭数というリソースを互いに削るものになりがちだが、紅魔族は魔力を温存しながらきっちり敵悪魔の数を減らしている。ゆんゆんもそうだ。

 この戦いは集団戦だが、悪魔には指揮を執る者が居らず、紅魔族には族長が居る。

 時間が経つにつれてその差が出てきたのかもしれない。

 

「あるえおねーちゃん、この音は何?」

 

「こめっこ、これはむきむきが頑張ってる音だよ」

 

「泣き虫なんだからほどほどにしておけばいいのにー」

 

 遠くから聞こえてくるむきむきの戦闘音。

 こめっこはそれが彼の戦闘音であると気付かず、あるえはそれが彼の戦闘音であることだけを理解し、ゆんゆんとめぐみんはそれ以上のものを察する。

 

「あれ? めぐみん、これもしかしてむきむきがピンチ?」

 

「え?」

 

「そうみたいですね。また何かやったんでしょうか」

 

「……ゆんゆん、めぐみん、それはひょっとすると心通じ合う愛の力とかそういう」

 

「「 ちがわい 」」

 

 頬を染めるあるえの言葉に、めぐみんとゆんゆんは"悟空×ベジータのホモ同人を見てしまったドラゴンボール大好き小学生"みたいな表情で応える。

 

「あの子はいつも一生懸命ですが、あの子の頑張りに最初に気付くのは、いつも私達ですから」

 

 溜め息を吐いて、めぐみんは指でこめかみを叩き始める。

 

「でもどうしよう。こっちの悪魔、まずどうにかしてからじゃないと……!」

 

「ゆんゆん。やってしまいなさい」

 

「偉そうねめぐみん! 本当に!」

 

「学年一位が二位より偉いのは当然じゃないですか。

 さあ、力を温存している今は役立たずな私を存分に守ってやって下さい」

 

「きぃぃぃっ!!」

 

 普通のRPGなら『たたかう』『まほう』『とくぎ』『ぼうぎょ』『にげる』等のコマンドが並ぶのが普通だが、めぐみんには『ばくれつ』『にげる』のコマンドしかない。

 一度しか撃てない、撃てば倒れる。

 言うなれば女ばくだんいわ。それがめぐみんだ。

 今日もめぐみんは普通に役立たずであったため、群れなす悪魔に一人でカチコミをかけなければならないゆんゆん。本日も彼女の気苦労は絶えなかった。

 

 

 

 

 

 飛んで来た魔力の塊を、むきむきは拳圧込みで上空に三発殴り飛ばし、残りは全て殴り潰す。

 空気を握り締め、圧縮した空気を爆弾のように投げれば、それらはホーストを牽制する三連続の長い爆発となった。

 牽制で移動先を限定されたホーストに拳が三連続で命中したが、ガードされたせいで音だけが派手な攻撃に終わり、ろくにダメージが通っていなかった。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

『いいぞ。今は息を整えていていい』

 

 鎖がじゃらりと垂れて、幽霊がむきむきに息を整えさせる。

 未熟で、低レベルで、経験も足りていないむきむきが上級悪魔と戦えている理由。

 その一つが、この幽霊だった。

 足りない経験をこの幽霊が補ってくれている。

 足りない技も今日までの日々の鍛錬で多少なりと補ってくれていた。

 助言で隙も埋めてくれるため、むきむきはホースト相手でも中々いい勝負ができている。

 

 ホーストはむきむきの健闘に感心した様子を見せ、悪魔らしく激しい戦闘に呼吸している様子さえ見せないまま、息を整えているむきむきに語りかける。

 

「なあ、むきむき」

 

「?」

 

「お前、魔王軍に来ないか?」

 

「―――」

 

 それは、悪魔の誘惑だった。

 

「悪魔ってのは魂も見てるもんだ。

 契約でそいつを持っていくわけだからな。

 ……お前、魔王軍でもやっていけるぜ? 来るなら歓迎してやるよ」

 

 ホーストは最初から、むきむきが魔王軍に来るかもしれないと思っていた。

 彼のむきむきに対する態度は、そういう考えから来ていたものでもあった。

 他にも様々な理由はあったが、理由の一つは間違いなくそれだった。

 

「多分お前は、人類の敵になったらなったでやっていけるやつだぜ」

 

「興味ない。そっちには、()()()()()から」

 

 人に執着し、コミュニティに執着する。

 倫理と種族への帰属意識ではなく、個人を受け入れてくれる居場所を重視する。

 ホーストはむきむきにそう言わなかったが、魔王軍幹部の()()()()()は人間として生まれ、アンデッドになるなど様々な道筋を経て幹部となった者達だ。

 その者達を見てきたホーストは、この少年の中に何かを見たらしい。

 例えば、の話だが。大切な人を人間に殺されれば、そのまま魔王軍に所属し、人類の抹殺に向けて動き出してしまうような、危うい何かを。

 

「DT戦隊とかいう部隊も今じゃあるしな。受け皿はあると思うんだが」

 

「DT戦隊……なんでそこでその名前が?」

 

「仲間になったら教えてやるよ」

 

 そう言い笑うホーストの様子は、頼れる兄貴のようで。

 根本的な部分で『むきむきが仲間になるかならないか』『むきむきが生きるか死ぬか』に執着していない雰囲気は、まるで悪魔のようで。

 

「まあ、考えといてくれや。……もしもこの戦いを、生き残れたらなぁ!」

 

 火の上級魔法が悪魔より放たれ、少年が斜め後ろ、横、と連続で跳んで必死にかわす。

 

 ホーストに"絶対にこの少年を殺す"という意志はない。

 だが"死んでもいい"という思考はある。

 自分が本気で戦って死ぬならそれまで、死ななければいつか来いよと粉をかける。

 悪魔らしい、タガの外れた倫理観だった。

 

(勝てるんだろうか。この強大な悪魔に。こんな、僕が)

 

 ホーストと繋いだ右腕の鎖が、妙に重く感じられる。

 先のことを考えれば、この強さの敵に勝てるようにならなければならないというのに、まるで届いている気がしない。

 勝てるのか。勝てるんだろうか。勝てないかもしれない。そんな思考が、ぐるぐる回る。

 実際、いい勝負は出来ているのだが、むきむきは弱気になり始めていた。

 

 精神的に強いなら、むきむきは普段からもっと胸を張って生きられている。

 

『情けない愚物が』

 

「……おっしゃるとおりです。すみません」

 

『莫迦者が。謝るな』

 

 必要なのは倒せないという意識の変革。倒せるという確信の獲得。倒す過程への信仰の構築。

 

『しからば、(それがし)が言葉を与えてしんぜよう。

 殴れるのなら、壊せるはずだ。

 壊れぬものなどない。触れられるのなら尚更よ』

 

「……殴れるなら、壊せる」

 

『しからば後は、貴様の心の問題だ。壊せるのなら、倒せるはずだ』

 

 "勝つその瞬間まで自分を信じられる理由"の創出。

 

『神を殴れるこの世界なら、神とて殴れば殺せるだろう』

 

 幽霊が生者に触れられない手を、むきむきの右手に添える。

 ひんやりとした感触、幽霊に触れられたことによる生理的反応が、反射的に右手と右手の指を動かして、少年に右拳を握らせる。

 握らされた拳を、少年は更に強く握って、心に湧いた弱気をそこで握り潰した。

 

『拳を握れ。目の前に敵が居るのなら、余計なことは殴り殺してから考えろ』

 

 殴れば倒せる。殴り殺してから考えろ。幽霊の理屈はシンプルだが、それゆえに力強い。

 むきむきは拳を握り、顔を上げ、そこで空へと放たれる光の刃を目にした。

 

(……あれは。あれは……ゆんゆんの、光剣。空に打ち上げられた、応援と合図)

 

 敵ではなく、空に向けて放たれたライト・オブ・セイバー。

 そこに込められているのは、少女から少年に向けた"頑張って"というメッセージ。

 幽霊の助言で拳を握ったむきむきは、この応援にてようやく、自分の中に湧き上がっていた弱気を振り払うだけの勇気を得た。

 踏み込む足に、力が入る。

 構える右腕に、心が籠る。

 満ちた弱気に、魂が勝つ。

 ゆんゆんの魔法が、勇気をくれた。

 

「我、久遠の絆断たんと欲すれば、言葉は降魔の剣と化し汝を討つだろう―――」

 

 むきむきは踏み込み、右腕を引く。

 鎖ごとホーストが引っ張られ、二人の距離が一気に縮まる。

 少年が振るうは右の手刀。すなわち、プラズマを纏う筋肉任せの光の必殺。

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

 

「―――!」

 

 ホーストはその攻撃を防ぐでもなく。かわすでもなく。

 『反撃』という最適解を叩き出した。

 容易には防げない手刀により、ホーストは右腕を肩口から切り飛ばされる。

 否。

 ()()()()()()()のだ。

 急所だけは絶対に切らせず、片腕だけを犠牲にし、ホーストは全力の左拳を叩き込む。

 カウンターで吹っ飛ばされたむきむきは二連続で切り込むことができず、ホーストは切られた腕を魔力任せに再生し、健全な腕をさらりと生やした。

 

 悪魔にもダメージがないわけではない。が、敵の必殺攻撃を代わりが利く腕一本という損失に抑え、敵の追撃を防ぎ、一発いいのを叩き込んだ。

 ホーストの選択は、間違いなく最適解だったと言えよう。

 

「ぐぅっ……!」

 

「へっ、危ねえ危ねえ。だが首はやれねえな」

 

「我、久遠の絆断たんと欲すれば、言葉は降魔の剣と化し汝を討つだろう!」

 

「何度やろうが―――」

 

 二度目の詠唱。同じ詠唱。踏み込んで来るむきむきと、振り上げられた左の手刀を見て、ホーストはまた先の必殺が来ると読んでいたのだが――

 

「!?」

 

 ――手刀は振り下ろされず、懐に入り、そこから巻物(スクロール)を引き出していた。

 

 里中探しても一枚しかストックが無かった、"スクロールの作製技術がない者でも上級魔法を込められる白紙のスクロール"。

 そこにゆんゆんが光の魔法を込め、むきむきはそれを懐に入れていた。

 魔法が使えない出来損ないの紅魔族でも、それを起動させるくらいはできる。

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 "この距離ならまだ拳は届かない"という認識が、ホーストの反応を一瞬遅らせた。

 ホーストは飛び上がって回避しようとするが、一手遅い。

 放たれた友情の斬撃が、ホーストの両足を切り飛ばし、バランスを崩させる。

 切り取られた足は瞬時にまた魔力によって再生されたが、一瞬の遅れと隙は如何ともし難く、ホーストの腹に強烈なアッパーが突き刺さっていた。

 

 まるでロケットのように、ホーストは空へと殴り飛ばされる。

 

「うごっ! っ、だが、こんなもんじゃ俺様を殺るには……」

 

「モールス信号、っていうのがあるんだ。ご先祖様が残した面白いものの一つにさ」

 

「?」

 

「短い音三回、長い音三回、短い音三回。こっそり、戦いの中で鳴らせないものかと苦心してた」

 

 幽霊とむきむきが初めて出会った日、ゆんゆんが幽霊話に泣きそうになっていた日、めぐみんはむきむきとモールス信号を習得しようとしていた。

 何故か? かっこいいからだ。

 あの日より前の日も、あの日より後の日も、モールス信号の習得――という名の紅魔族風遊び――は続いていた。途中からは、ゆんゆんも巻き込んで。

 

 だから、むきむきは戦闘音をそれに寄せて戦っていた。

 ゆえに、めぐみんとゆんゆんは、戦いの音を聞いて状況を把握できていた。

 短い音三回、長い音三回、短い音三回。

 モールス信号において、これは『SOS』を意味している。

 

 そして、強い友情で結線された彼らであれば、そのSOSに完璧な形で応えられる。

 

 むきむきはホーストを上に殴り飛ばしたと同時に、自分も跳躍していた。

 そしてミスリルの鎖を使い、空中でホーストの大きな翼を縛り上げ、背後からホーストを羽交い締めにして、空中で回避行動を取れないようにする。

 事前にむきむきが計画していた通りになった。鎖はホーストの魔法と飛行を封じるため、そして最後に翼を縛るために用意したものだ。

 むきむきが、最後の最後にホーストを押さえ付けるために。

 

 今、超遠距離から爆裂魔法の照準を合わせているめぐみんを、この戦いの最後を飾るフィニッシャーにするために。

 

「上級悪魔を倒すには、爆裂魔法……だった、よね」

 

「馬鹿野郎! お前まさか相打ち狙いで―――!?」

 

 むきむきはとことん、ホーストが気まぐれで教えた内容を信じ、それを踏襲した。

 ホーストは、むきむきが話した内容を話半分程度にしか信じていなかった。

 今日は奇しくも、それが正反対の形で作用した形になる。

 無論、上級悪魔が消える威力の魔法だ。むきむきがそれに耐えられるはずもない。

 

 だから少年は、遊びに使っていた『あのキューブ』の最後の一個を、ここで飲み込んだ。

 

(―――今、こいつ、何を飲み込んで―――)

 

 ホーストを羽交い締めにしているむきむきの体が、一瞬で頑強なものへと変わる。

 それで、悪魔は察したようだ。

 愉快そうに、悪魔は笑う。

 

「―――へっ、やるじゃねえか」

 

「ありがとうございました、先生」

 

 そして、むきむきが世界最強だと心の底から信じている爆焔が、放たれる。

 

「『エクスプロージョン』!」

 

 目指すものがあるのなら、それを一人で目指す必要はない。

 

 それもまた、むきむきが友から教わったものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人並み以下の魔法抵抗力を投げ捨て、極端に物理防御力を上げて敵を掴み、自分諸共爆裂魔法を当てる。

 上級悪魔を一撃で倒す手段を持たない彼には、これが最良の策であるように思えた。

 だから、命がけで実行した。

 空から落ちて、むきむきは少し火傷した体で着地する。

 

 同時に、彼の前にも、何かが落ちて来た。

 

「おー、いてて」

 

 落ちてきたそれは、軽い口調で焼けた体を撫でている。

 

「めぐみんの爆裂魔法は最高で最強。それを疑ったことは、一度も無いけど……」

 

 体のところどころが欠け。

 体の大部分が焼け。

 体にあった急所のいくつかが吹き飛んでいて。

 

 それでも、上級悪魔ホーストは、死んではいなかった。

 

「……嘘つき。爆裂魔法撃ち込んでも、倒せないじゃないか」

 

「そこらの上級悪魔なら倒せるぜ。嘘は言ってねえ。

 だが、ホースト様を倒すにはちと火力不足だったな」

 

 悪魔の体が、魔力によって再生されていく。

 

 爆裂魔法は、人類最強の攻撃手段だ。

 人類でも最高峰の才能を持つ人間でも、習得できる人間は一握り。

 これ以上の破壊力を持つ魔法など存在しない、神でも自前の魔力で二発と撃てない究極魔法。

 なのに、倒せない。

 

 こんなもの、どうすれば滅ぼせるというのだろうか。

 

「惜しい、惜しい。だが褒めてやるよ。

 もしもここに最上級のアークプリーストの一人でも居たなら……

 俺様の『残機』、一つくらいは削れてたかもしれねえぞ? ま、紅魔族に居るわけねえか」

 

「……そりゃ、居ないよ」

 

 上級悪魔なんてものは、国一番のアークプリーストでさえ手を焼くというのに。幹部級の悪魔に痛恨の一撃を叩き込めるだけのアークプリーストなど、連れて来るだけで困難だ。

 まだ空から降って来るのを待った方がいい、というレベルである。

 めぐみんという人類最高火力も用いたというのに、その上に更に何かを積めと、この恐るべき悪魔は言っている。

 

「ま、俺もこれ以上戦うのはキツいからな。

 ウォルバク様と後で合流できることを祈って、ここは退却しておくぜ」

 

「……」

 

「ここから紅魔族に時間をかけて削られたら、流石の俺様でも地獄に叩き返されそうだ」

 

 むきむきは、紅魔族の戦闘スタイルの正しさを実感する。

 超高火力のアークウィザードを集め、一点集中で繰り返し上級魔法を叩き込む。

 そんな風に攻めでもしなければ、上級悪魔は殺し切れないのだろう。

 

 上級悪魔の中でも特に強いホーストを相手取ってここまで戦えたなら十分快挙だが、結局の所彼はホーストを仕留められず、退却するホーストを見逃すしかない。

 

「また会おうや。……後な、あのちびっ子に言っておけ。召喚できるならしてみろ、ってな」

 

「次は勝つよ。僕と、めぐみんと、ゆんゆんで」

 

「おう、やってみろ。力が足りなければ仲間を揃えるのがお前ら人間だろう? へへっ」

 

 めぐみんが、未来にしたいこと、未来になりたいものをくれたなら。

 ホーストは、『未来に勝ちたいと思える敵』をくれた。

 それもまた、明日を目指す心の動力源になってくれる。

 

「そういや、空でやりあった後、まさかここに落ちるとはな。

 お前ら紅魔族は、ここを名前も忘れられた傀儡と復讐の女神が封じられていた地と呼んでたか」

 

「そうだよ」

 

 二人が落ちた場所は、邪神の墓に近い位置にあった危険な場所、『女神が封じられていた地』。

 過去形だ。

 八年前にこの封印は戦闘の余波で破壊され、女神は封印より解き放たれた。

 以来、ここは破壊された封印の跡だけが残された地となった。

 

「八年前に、僕の父さんと母さんが、魔王軍に殺された場所だ」

 

 ここは、ある二人の紅魔族が未来を奪われた場所。

 

「傀儡と復讐の邪神『レジーナ』はそれで復活したってわけだ。

 そりゃあ、こんなとこで紅魔族が戦闘すれば封印も吹っ飛ぶわな」

 

「何か言いたいことがあるの? ホースト」

 

「じゃあ、言うが」

 

 ホーストは空へと舞い上がり、少年を指差して、愉快そうに一つの事実を告げる。

 

「魔王軍の幹部に、お前の両親を殺した奴が居る、つったらどうする?」

 

「―――!」

 

 その言葉に、むきむきは目の色を変えた。

 

「どろっとした悪感情だな。そういう感情を好んで食べる悪魔も多いぜ」

 

「待って! その幹部の名前は……」

 

「くくっ、魔王軍に来たら教えてやるよ。それで決闘でもすりゃいいさ。

 幹部の穴を埋めるってんなら、魔王との殺し合いを認めるかもしれねえしな」

 

 爆裂魔法の規格外の威力は、既にミスリル製の鎖さえも破壊している。

 空を飛ぶホーストを引き留めようとするむきむきだが、言葉でホーストは止まらない。

 

「じゃあな。次に会う時を楽しみに待ってるぜ」

 

 手を伸ばす少年に背を向けて、ホーストはどこかへと去って行った。

 

「二人の仇……」

 

 少年は、両親のことはほとんど覚えていない。

 けれども、全て覚えていないわけでもない。

 物心ついてから始まり、両親が死んでしまった日に終わった記憶。家族との想い出。

 彼の中にも悲しみと憎しみは有る。けれどもそれは、少しだけ捻じ曲がったものがあって。

 

 友達と過ごす日々が楽しくて、楽しすぎて、忘れていた感情があった。

 

「……魔王軍」

 

 少年はホーストの言葉をきっかけに、忘れかけていた魔王軍への感情を、蘇らせていた。

 

 

 




 爆裂魔法ってドラグスレイヴですよね、ポジションが
 中級悪魔の強さの下限を4とすると、ホーストは33くらいのイメージです。強さ比は33:4くらい?
 以下、WEB版未読者の方には見ても意味がないスペースです↓



 セレナ様が魔王軍幹部入りしたタイミングはいつになるのか。書籍版だと本編開始一年前にめぐみんの爆裂魔法がレジーナの封印を吹っ飛ばしたことになっています。
 なので書籍版での登場は女神解放から二~三年経った時点でのことになると思われます。
 魔王幹部に補充システムがあるのであれば、書籍版ではこれから先追加幹部としてセレナ様が出る展開になるかもしれません。
 書籍版だと幹部は現在五人撃破、ウィズを除いて残り二席、でセレナ様・魔王の娘・占い師と残ってるので追加幹部枠だとすっきりしますしね。
 補充システムが無ければ除外されるのは魔王の娘辺りでしょうか。

 とはいえ、ウィズが結構近年に追加された幹部なので、魔王城の結界が近年までなかったor幹部の補充制度があるのは間違いなさそうなのですが。
 魔王城の結界はデストロイヤー避けでもあるので、結界が近年までなかったというのも考えにくいんですよね。
 とはいえ、レジーナ様は封印された状態でも加護を渡せるんだ、という設定になってここまでの考察全部無駄って可能性もありますし、所詮はこの作品の独自考察です。

 この作品だとレジーナの封印が早い時期に色々あって吹っ飛んだことになっているので、セレナ様周りの戦力が高まってる感じです。


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1-9-1 身長265cmッ! 体重355kgッ! 12歳ッ! 鉄みたいな筋密度骨密度ッ!

一章最終戦。シリアスモード


 大切な人間を奪われ、悲しみと憎しみを得る事柄には二つの種類が存在する。

 『喪失』そのものに強い感情を抱く場合。

 そして、『喪失後』に強い感情を得る場合だ。

 

 前者は言うなれば、「大切な人を殺した者を許さない」気持ち。

 大切な人の死に悲しみ、殺した人間を憎む、ごく普通の感情だ。

 後者はこの前者とはまた違う。

 言うなればそれは、「大切な人の死で生まれた環境の変動」から生まれる気持ちである。

 

 大切な人の死で孤独になり、その寂しさから生まれる悲しみ。

 家族を失い、静かになった家の中で、自然と湧き上がる憎しみ。

 里の仲間外れにされて辛い時、その辛さの原因を殺人者に求めてしまう憤り。

 大切な人の喪失そのものではなく、大切な人が失われた後に発生した環境の変化から生まれる、悲しみと憎しみ。

 むきむきにある感情はこちらであった。

 

 少年はもう、親の顔も親の声も覚えていない。

 以前はもう少し覚えていたような気もするが、幼い頃の朧気な記憶は、年月の経過によって櫛の歯が欠けるように消えていってしまった。

 覚えているのは、親が握ってくれた手の暖かさと、抱きしめてくれた時に感じた暖かさのみ。

 "親がくれた愛の暖かさ"以外、彼は親のことを何も覚えていなかった。

 

 親が魔王軍に殺された後、彼はずっと一人で家に暮らしていた。

 覚えていた手の暖かさが、抱きしめられた時の暖かさが、少年に新しい家族と家庭を受け入れさせなかった。

 死んだ家族を捨て、新しい家族を得ることを許さなかった。

 親も居ない伽藍堂の家への執着を、捨てさせなかった。

 めぐみんの家で擬似的に家族の温かみを感じることでさえ、彼にとっては精一杯の妥協だった。

 

 大半の人間は、『お前のせいだ』と言える対象を探したがるものだ。

 諸悪の根源のせいにしたがるものだ。

 むきむきの内には今の環境――孤独、無才、異物、蔑視――に対する人間らしい負の感情が渦巻いており、『魔王軍』『親の仇』という、「そいつのせい」にしやすい分かりやすい的があった。

 事実、親が生きていれば家族という近しい味方が存在し、親に肯定されることで多少は強い心を得て、苦しみも悲しみも今よりは少なかっただろうと思われるので、魔王軍のせいであるというのも粗方間違ってはいないのだが。

 

 人生を気楽に生きたいのなら、怨みなど持たないのが一番だ。

 適当に生きている人間の方が、生真面目な復讐者よりよっぽど幸福に生きている。

 むきむきは死んでしまった家族のことなんて綺麗さっぱり忘れてしまうか、さっさと想い出にしてしまうかして、新しい家族とのんびり幸せにでもなっていればよかったのだ。

 

 ただ、そうなれなかったから、そうすることができなかったから、『紅魔族の仲間外れ』は余計な悲しみや憎しみを背負うことになってしまった。

 今日まで、友達がそれを忘れさせてくれていた。

 楽しい日々が、受け入れてくれる少数の紅魔族が、負の感情のことを忘れさせてくれていた。

 

 今、少年は分岐点の前に立っている。

 

 おそらくは、ホーストが目論んだ通りに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホーストの襲撃後、紅魔の里には『筋肉は爆発だ』というワードが大流行していた。

 

「あれ本当なんかね」

「むきむきの筋肉が爆発して上級悪魔を吹っ飛ばしたってやつか」

「マジらしいですよ」

「あの爆発はやつの筋肉の爆発であったか」

「むきむきダイナマイト……何故か脳裏に不思議なワードが……」

「だが待って欲しい。その上級悪魔がリア充だった可能性は?」

 

 めぐみんの爆裂魔法習得は周囲にバレたらややこしいことになるため、爆裂魔法使用時にはカバーストーリーが必要になる。今回用意されたカバーストーリーは、"むきむきの筋肉が大爆発を起こした"というものであった。

 雑。

 雑である。

 ガバガバにもほどがあるカバーストーリーだった。

 ゆんゆんは絶対に上手く行かない、と猛反対していたが、このカバーストーリーは彼女の予想に反し里の大半に受け入れられることとなる。

 

「筋肉は爆発するものだったのか……」

 

 普段から筋肉で炎・雷・風・光と多様な魔法もどきを使っているのがむきむきだ。

 「今度は爆発か」程度の反応に終わるのは、ある意味必然であった。

 ……とはいえ、普通の感性があれば、嘘であることくらいは気付きそうなものだが。

 

「紅魔族って控え目に言ってバカなんじゃないの?」

 

「おおっと、強気な台詞ですねゆんゆん。

 里一番の変わり者なゆんゆんには、一般的な感性が分からないのでしょうか。

 もっと常識を学びましょう。いつまで世間知らずでいるつもりですか?」

 

「バカにバカって言われてる気分なんだけど!」

 

 三人の年齢が12歳で揃った時期のある日のこと。

 DTレッドの戦いから時間も経ち、三人の技量・知識・レベルも十分な域に達した今、彼らが里を出ない理由は無いと思われた。

 なのだが、またしてもトラブルが発生したようだ。

 

「できれば、めぐみんがボロを出す前に里を出たいところだよね」

 

「おい、私がボロを出す前提で話すのはやめてもらおうか」

 

「でもしょうがないじゃない。今、里の外は危険なんだから」

 

 里の外からの情報によると、今、魔王軍の賞金首がこちらに向かっているらしい。

 そのため、むきむき達はここで余計な足止めを食ってしまっていた、

 

 この里であれば、魔王軍の幹部であってもぶっ殺すことはできる。

 だが、むきむき達三人であればそうもいかない。

 能力はあっても経験等が足らないため、賞金首になるような名の知れた魔王軍と鉢合わせてしまえば、総合力で負けてしまう可能性があるのだ。

 そのため、里から迂闊に出ることができなくなっていた。

 

 むきむき達視点――RPG的に言えば――、最後のダンジョンに大量に居る中ボスの一体が、最初の町の周辺をうろうろしているようなものだろうか。

 

「どんな強敵であろうと、私の爆裂魔法で一発ですよ。さっさと旅立ちましょう」

 

「でもめぐみん、この前上級悪魔を一発で倒せなかったじゃない」

 

「はぁ!? あの時は私の調子が悪かっただけですしー!

 私の爆裂魔法は最強です! 次は見事一発で仕留めてみせますよ!」

 

「やだもうこの負けず嫌い……」

 

「ま、まあ、僕ら全員のレベル合わせても30行かないし……

 レベル上げれば魔法やパンチの威力も上がるから、まずはレベル上げだね」

 

 紅魔の里から見れば、南西にアルカンレティア、南南西に観光の街ドリス、西北西に遠く離れた場所に魔王城、南南西のはるか彼方にはこの国の王都が存在している。

 大きな街道は王都→ドリス→アルカンレティア→紅魔の里の順路に一本有るが、今里に接近している賞金首は、ドリスから紅魔の里まで道のない地域を一直線に進んで来ている、とのこと。

 

「そういえば、面白い話を耳にしました。

 その賞金首を、最近頭角を表し始めた勇者が追っているそうですよ」

 

「勇者?」

 

 勇者、という言葉に、むきむきがちょっと反応する。

 

「魔剣の勇者と呼ばれている人らしいです」

 

「え、なにそれかっこいい」

 

「かっこいいですよねえ。紅魔族センスにビンビン来ます」

 

「私そういうのほんっっっとうに分からないよ……」

 

 勇者。

 ()()()()()()と定義される、選ばれし強者の称号。

 この世界には何度も魔王が現れており、そのたびにどこからともなく強大な力を持った勇者が現れ、魔王を倒すという伝説があった。

 勇者は、知識人が把握している範囲では皆黒髪黒眼。

 この世界には存在しない命名法則による名前を持ち、それぞれが世界法則の外側にある強大な力を持っていたという。

 

「まあ面倒臭いのは勇者に丸投げしてもいいかもしれません」

 

「最初くらいは安全に行きたいもんね。僕らの旅は」

 

「旅の無事は人には分からず神頼み、とも言うらしいけどね。

 ああ、想像するだけで私なんだか不安と期待で胸いっぱい……」

 

 戦う力を持たないこの世界の人々の大半は、安全な街の外に出る前には必ず、旅の無事を願って幸運の女神エリスに祈りを捧げるという。

 この世界において、旅にはいつでも大なり小なり命の危険が伴うからだ。

 

「神、か」

 

 そんな人々が祈りを捧げる神も、この世界では多くはない。

 

「邪神ウォルバク。

 女神レジーナ。

 ホーストはあの時、この二つの神様の名前を言っていた。でも……」

 

「私達が調べても、レジーナの名前は見つかりませんでした。

 邪神ウォルバクの方は少しであっても見つかったというのに」

 

「名前さえ忘れ去られていた、傀儡と復讐の女神……」

 

 普通、神が封印されるなんてことはめったにない。

 ならば、封印されたことには理由があるはずだ。

 レジーナの封印はむきむきの両親の最後の戦いで、既に消し飛んでいる。

 むきむきは封印から開放された邪神ウォルバクを紅魔の里が倒してしまうことを期待していたが、結局邪神は姿を見せず、どこぞへと姿を消してしまった。

 この二つの神は、何故封印されたのかさえよく分かってはいない。

 

「そもそもの話、女神は二柱だけっていうのが常識よ」

 

「女神エリスと、女神アクア。幸運の女神と水の女神だね」

 

 神が居ない世界なら、自然崇拝や超常現象の恐れから、無限に神と信仰を生み出していくのが人というものだ。

 だが、この世界は違う。

 この世界で架空の神を信仰する宗教が増えるということはない。

 この世界には、現実に神が存在するからだ。

 

 ゆえに加護を与えてくれる実在の神だけが信仰され、そうでない神は"架空のものでしかない"と信仰さえされない。

 そう考えれば、女神に対する封印というものはえげつないのかもしれない。

 加護を下界に与えられなくなった神は、長命の悪魔ならともかく、短命の人間からはあっという間に忘れられ、信仰という力の源を刈り取られてしまうということなのだから。

 

 炎の神も、土の神も、風の神も、創造神も信仰されてはいないのだ。だって、この世界には()()()のだから。

 神々という群体は存在するが、この世界に恩恵をもたらす女神はエリスとアクアのみ。

 宗教も、エリス教とアクシズ教のみ。

 それが、この世界独特の宗教体系を構築していた。

 

「アクアとエリス。紅魔の里の聖遺物が示した二柱だけの女神……」

 

「むきむきが言ってるのは、あれのこと?

 古代文字で『アクエリアス』と書かれたあの、謎の容れ物」

 

「うん。製法不明、材質不明。

 スキルをもってしても再現できなかったという謎の容れ物……」

 

「ご先祖様が、大昔に遺したあれのことですね。

 未だに誰が作ったのか、何のために作ったのかも分からないという」

 

 大昔、「アクエリアスのペットボトルっすよ」と言い、紅魔族に謎の容れ物をお礼に渡し、去って行った異世界からの旅人が居た。

 そんな聖遺物の由来が忘れ去られた数百年後の現代。

 この容れ物は……

 

「この容れ物はアクエリアスというらしいぞ」

「数百年前に保存加工された紅魔族の聖遺物だぞ」

「アクア……エリス……アクエリアス……そういうことか!」

「やはり大昔から神はこの二柱だけと認識されていたんだな!」

「この容れ物の名前こそがその証拠!」

「アクア様とエリス様って合体機能付いてるのかもしれん」

「やっぱりアクエリアスがNo.1!」

 

 ……といった感じに、この世界の歴史研究者達の間で、特定の学説を補強する有力な証拠となってしまっていた。

 アクエリアスがこの世界の覇権宗教だった理由付けにされてしまったのである。

 

 アクエリアス、異世界にてポカリスエットに大勝利。

 レ(モン)ジーナにもおそらく大勝利。

 やはり飲み物業界において、アクエリアスこそが真の王者だったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔王軍の賞金首は道なき道を真っ直ぐに里に向かって駆けて来て、勇者は街道を通ってこちらに向かっている。

 一番近いアルカレンティアからでも、紅魔の里へは徒歩で二日かかってしまう。

 勇者が来るのはかなり後になるだろう。

 その日は、その賞金首が里付近を通過すると予想されていた日の前日だった。

 

 めぐみんは走るむきむきの肩に乗り、里の外へ妹・こめっこを探しに飛び出していた。

 

「あの子は本当にもう! 少しは落ち着きってものがないんですか!」

 

「めぐみんみたいだよね」

 

「危なっかしい上に、すぐ感情のままに何も考えず行動して……」

 

「めぐみんみたいだよね」

 

「行っちゃいけない場所にも平気で行こうとして」

 

「めぐみんみたいだよね」

 

「むきむき、喧嘩売ってるんですか?」

 

 こめっこは、ホーストと特に仲が良かった。

 互いに対し親しみが有り、そこには確かな仲間意識があった。

 最後に殺し合うことができたむきむきと比べれば、ずっとまっとうな絆を育んでいたと言えるだろう。

 

 あの日、邪神の封印の解放が成ってから、ホーストは里には来なくなった。

 当然、こめっこがホーストに会うこともなくなる。

 それからの日々が、子供心に何かを溜め込ませてしまったのかもしれない。

 

 よりにもよってこのタイミングで、こめっこは"ホースト探しの冒険"と題して里の外に出て行ってしまったのだ。

 

「こめっこー!」

 

「こめっこちゃーん!」

 

 賞金首がこの辺りを通り過ぎる日は明日であるため、こめっこも外にこっそり出られた。

 が、今日来ない保証などどこにもない。

 里に言伝を残し、二人は一も二もなく里の外に飛び出していた。

 

「どこで道草食ってるんですか、あの子は……!」

 

「この前みたいに毒のある野草食べてお腹壊してないといいんだけど」

 

「そういう意味で言ったんじゃありません!

 いや、確かにあの子はお腹が減ると道の草食べるんですけど!」

 

「うち来れば普通の御飯くらい出すんだけどなあ」

 

 探して、探して、探して。

 一時間ほど走り回って、二人はようやくこめっこを見つけた。

 

「見つけましたよこめっこ! さあお帰りの時間です!」

 

「や! ホーストのてがかりを見つけるまでは帰らないよ!」

 

「聞き分けがない子ですね! この強情っぷり、誰に似たんだか……」

 

「めぐみんみたいだよね」

 

「こめっこ! あなたは悪魔にたぶらかされてるだけです!」

 

「姉ちゃんだってダメな男にたぶらかされそうな顔してるくせにー!」

 

「どんな顔ですか!? くっ、手強い……!

 この一度気に入ったものにとことんこだわるところ、誰に似たんだか……」

 

「めぐみんみたいだよね」

 

「むきむき! 茶々入れないでください!」

 

 めぐみんも大概大物だが、こめっこも大概大物だ。

 どちらもノリにノッてる時は激しく無敵感がある。

 

「こうなったら力づくで連れていきましょう。

 数日は家から出られないようにしておいたほうがよさそうですね……」

 

「ひぼーりょくふふくじゅーをうったえます」

 

「どこでそんな言葉を覚えてるんですかあなたは」

 

「姉ちゃんが強行手段に出るなら、わたしは最終手段に出ます」

 

「ほほう? あなたみたいなちみっ子に何ができると言うんですか?」

 

(めぐみんも十分ちみっ子なんだけどね)

 

「姉ちゃんの秘密を言いふらします」

 

「我が名はめぐみん。紅魔族随一の天才にして、何恥じることなき魔法使い……

 どんなことを暴露されようが、この明鏡止水の心に、さざなみ一つ立たぬと知るがいい!」

 

「姉ちゃんの一昨日の朝ごはん!」

 

「ちょっ、こめっこ待っ」

 

「姉ちゃんはお腹が減りすぎて、ミミズを掘り出して生きたまま食べてました!」

 

「え………………あ、うん。めぐみんは悪くないよ。悪いのは貧乏だよ」

 

「やめてください! 私だって心抉られる時はあるんですよ!」

 

 もっと食材を持って行く頻度を上げよう。

 むきむきは、心の底からそう思っていた。

 

「こめっこちゃん、帰ろう。……ホーストは、その……」

 

「姉ちゃんの兄ちゃんと、ホースト。

 二人の喧嘩は、わたしじゃないと仲直りさせられないと思う」

 

「……」

 

 仲直りする日など、来るのだろうか。

 直る仲など、あっただろうか。

 むきむきはそんな日が来ないと思っているし、こめっこは来ると思っていた。

 

「こめっこちゃんは大物になりそうだね」

 

「我が名はこめっこ! 将来の大物にして、紅魔族随一の魔性の妹!」

 

「私の妹ですからね。そりゃもう、私ほどではないでしょうが大物になるでしょう」

 

「おかーさんがうちの家系は代々ひんにゅ」

 

「こめっこ。それは嘘です。真っ赤な嘘です。

 ですから頭の中でこう唱えるのです。『そんな事実は存在しない』と」

 

「そんざいしないー!」

 

 話している内にいつの間にか、こめっこは楽しそうに笑ってめぐみんと手を繋いでいて、すっかり帰る姿勢になっていた。

 めぐみんも、そんな妹を慈愛の目で見守っている。

 

 こめっこがホーストという友人と、もう一度会いたいと思った気持ち。それも本気のものだっただろう。

 だが、こめっこにとって一番大切な人は、誰よりも大好きなこのお姉ちゃんなのだ。

 親よりも大好きなお姉ちゃんが迎えに来た時点で、多少は駄々を捏ねることはあっても、最終的に姉と一緒に帰ることだけは、決まりきっていた。

 

「さ、むきむき。さっさと帰りましょう」

 

「……風」

 

「え?」

 

 何かが来る。

 その時、そう感じていたのは、この場ではむきむきだけだった。

 

 空気が変わる。

 むきむきが何かを感じ、雰囲気を変じさせたことで、その場に漂う雰囲気が一気に剣呑なものへと変わり果てていた。

 むきむきが手を繋いでいる姉妹を庇い、油断なく周囲に視線を走らせる。

 

 緊張で、めぐみんが唾を飲み込んだ、その瞬間。

 むきむきの視界の死角、姉妹の背後の闇から、黒鎧の怪物が姿を表した。

 

「―――」

 

 息を一つ吐く余裕さえもない刹那。

 黒鎧の騎士が振るった西洋剣を、むきむきの親指と人差し指がつまみ止めた。

 だが、この西洋剣は囮。

 黒騎士は右手で剣を振りながら、同時に左手で短剣を投げていた。

 剣を防がせ、むきむきの目を投剣で潰そうとする巧みな連撃。

 少年はそれを、顔を動かし歯で噛んで受け止める。

 噛み砕かれた短剣を見て、黒騎士はようやく口を開いた。

 

「いい感覚をしている。視覚に頼らない鍛練の証だ」

 

「ゆんゆんって子との特訓の成果だよ」

 

 ぺっ、と噛み砕いたナイフの破片を吐き出す。

 吐き出した破片が地に落ちるまでの一秒で、黒騎士は跳んで距離を取り、めぐみんは襲撃者の正体を見抜いていた。

 その黒騎士には、"頭がなかった"から。

 

「デュラハン……魔王軍!?」

 

「いかにも。我が名はイスカリア。

 魔王軍幹部、ベルディアの弟。

 かのものの敵を打ち払う露払いである」

 

 黒騎士のそばに、黒い馬がどこからともなくやって来る。

 デュラハンのイスカリアを名乗ったその男の頭は、馬の頭の上にあり、馬の体と一体化していた。

 少年は、そのデュラハンを凄まじい形相で睨んでいる。

 

 話に聞いただけ。

 当時の戦いに参加していた大人達に聞いただけ。

 だが、伝聞であっても、彼はちゃんと知っていた。

 家族の仇が、『魔王軍のデュラハン』であるということを。 

 

「……むきむき?」

 

「……」

 

 めぐみんが、どこか不安そうにむきむきの名を呼ぶ。

 ただそれだけで、黒い感情に呑み込まれそうになっていた彼の心が、いくらか落ち着いていた。

 

「……一つ、聞かせて欲しい。

 九年くらい前。この里で、僕の両親を殺したのは、あなたか?」

 

 予想外な少年の言葉に、イスカリアはきょとんとし、一瞬後に呵々大笑した。

 

「ふははははっ! そうかそうか!

 君は、兄者から聞いていたあの紅魔族二人の子か!」

 

「―――」

 

「レッドが言っていた通りだ。

 紅魔族も世代交代の時期なのだな。

 君の感覚は正しい。だが当たらずとも遠からずだ。

 尋常な果し合いで君の両親に死の宣告を打ち込んだのは、我が兄である」

 

「兄……ベルディア」

 

 ようやく知ることができた仇の名前を、少年は口の中で繰り返す。

 

 12年と少しの人生。忘れられない寂しさがあった。消えない悲しみがあった。消したくても消せない憎しみがあった。友達が居て初めて耐えられた辛さがあった。

 それをぶつけられる相手が、ぶつけていい相手が、ぶつけるべき相手が、目の前に居る。

 親の仇の、その弟。

 

 仇の家族ですら好意的には見れなくなるという人間的思考。

 魔王軍であったホーストに対する感情と見比べれば、今のむきむきがどれだけ俗で理不尽な感情を抱いているか分かるというものだ。

 その感情は正当ではなく、また異常でもない。

 どこまでも、普通の子供が持つものでしかなかった。

 

「親の敵討ちの類、大変結構。

 私はそういう義の戦いを良しとする。

 ただし、手加減は期待しないことだ」

 

「そんなもの、いるもんか!」

 

 黒い感情に突き動かされるまま、むきむきは拳を振り上げ突っ込んだ。

 

 この世界は恐ろしく、魔王軍もまた恐ろしいという意識を、どこかに置き忘れたままに。

 

「『デス』」

 

 イスカリアが少年を指差したのと、めぐみんが全力で走った勢いのまま少年に体当たりしたのは、ほぼ同時だった。

 指差したイスカリアが、魔法の名を呟く。

 発射と命中がほぼ同時に行われる死の魔法が放たれ、めぐみんの不意打ち体当たりで姿勢を崩したむきむきには当たらず、その後ろを飛んでいた蝶に当たる。

 

 呪いを受けた蝶が『即死』して、少年の背筋に冷たいものが走った。

 

「迂闊に突っ込まないで下さい! 死んでましたよ!?」

 

「い、今のは……!」

 

「あれは前衛職の騎士が死んで成ったデュラハンじゃありません!

 後衛職の騎士が死んで成ったデュラハンです! 『ダークプリースト』ですよ!」

 

 アンデッドは、人が()()()()()ものが多い。

 そして、高位のアンデッドであれば、生前のジョブの能力がそのまま反映されることも多い。

 生前、凄まじく強い魔法使いだった女性がリッチーになったとする。

 そのリッチーは、生前の強力な魔術をそのまま使えるだろう。

 生前、凄まじく強い騎士だった男性がデュラハンになったとする。

 そのデュラハンは、昇華された極めて高い剣の技量を持っているだろう。

 デュラハンとは(ジョブ)ではなく、種族(カテゴリ)なのだ。

 

 このデュラハン、イスカリアもその例に漏れない。

 鎧と剣で一見近接特化の騎士にも見えるがその実、手に持つ剣は魔法発動補助媒体でしかなく、本領はダークプリーストとしての魔法。

 すなわち、『即死スキル』であった。

 

(と、いうか。

 いかにも正々堂々とした騎士ですよ、みたいな話し方をして……

 普通、戦いが始まったと同時に即死の魔法なんて撃って来ますか……!?)

 

 前置きもなく、前触れもなく、容赦もなく、飛んで来た即死の魔法。

 当たれば死んでいた。

 魔法抵抗力が低いむきむきであれば、死は避けられなかっただろう。

 いかにも「これから戦いますよ」といった雰囲気を作っておいて、勝つためにそれが最善であれば容赦なく実行する性格が垣間見える、初見殺しの一撃必殺。

 このデュラハン、相当に人相手に戦い慣れているようだ。

 

「魔法なら、対魔法の魔道具か魔法抵抗で防げばいいだけです! むきむ―――」

 

「『君は、二週間後に死ぬだろう』」

 

 それが違うスキルだとしても、二度も不覚を取りはしない。

 むきむきはめぐみんを抱え、イスカリアの指が示した直線の上から飛び退いた。

 またしても発射と命中がほぼ同時に行われる死の攻撃が放たれ、彼らの背後に居た小鳥が死の運命を付与される。

 

「魔法じゃなくて種族固有スキル……死の宣告か!」

 

 『デス』は死の魔法。その場で死ぬ。

 高い魔法抵抗力があれば、防げる可能性はある即死の魔法。

 『死の宣告』は死の呪い。指定した日に必ず死ぬ。

 デスを防げる魔法抵抗力があったとしても、こちらのスキルは防げない。

 状態異常耐性を極限まで上げた聖騎士(クルセイダー)でも、まず間違いなく抵抗失敗するであろう、凶悪な成功率を持つ即死スキルであった。

 

 イスカリアの指先が、むきむき達ではなくこめっこを指差す。

 

「『君は、二週間後に死ぬだろう』」

 

「―――!」

 

 その一瞬のみ、むきむきの動きは音速を超えた。

 「君は」の部分でこめっこの前まで移動し、「二週間」の部分で発生した衝撃波をかき消し、「後に」の部分でこめっこを抱え、「死ぬだろう」と言われた瞬間に横に跳ぶ。

 そうして、彼はなんとか死の呪いを回避した。

 

 指差し、一言口にするだけで死の運命を確定させる。

 それのなんと恐ろしいことか。

 

「『君は、二週間後に死ぬだろう』」

 

 しかも、連射できるときた。

 

「ぐっ……!」

 

 むきむきはこめっこを抱えたまま更に跳ぶ。

 だが、移動速度と移動距離があまりにも足りていない。

 一瞬だけとはいえ凄まじい速度を出してしまったことで、その速度に慣れていなかった体が悲鳴を上げているようだ。

 

 回避で姿勢を崩したむきむきに、次の一撃が回避できない状態に陥ったむきむきに、無情な最後の一手が向けられる。

 

「『君は、二週間後に死ぬだろう』」

 

(もうダメか……!?)

 

 せめてこの子だけでも、という一心で、むきむきはこめっこを抱きしめ庇う。

 けれども死の恐怖は抑えきれず、抱きしめる手先は震えていた。

 そんな彼だったから。

 彼の手の中に、守るべき妹が居たから。

 

 絶対に自分だけは死にたくないと思っているくせに、めぐみんは一歩を踏み出してしまった。

 

「っ」

 

「めぐみん!?」

 

 むきむきを庇っためぐみんに、死の宣告が命中する。

 黒い呪いが少女の命にへばりつき、めぐみんはその場に膝をついてしまった。

 

「おや、そちらに当たったか。……まあいい。

 死の宣告の効果は知っているな? 二週間後に、そこの少女は死ぬ。

 我ら兄弟の死の技は、生者のみならず死者さえも二度目の死に至らしめる」

 

「お前っ!」

 

「呪いを解きたいのであれば、私を倒してみるかね?

 それを望むのであれば、私から君へ決闘を申し込もう」

 

 違和感。

 即死の呪いを使った、"死んでもいい"という思考から生まれる攻撃。

 かと思えば、攻撃の手を緩めての決闘の申し込み。

 行動に一本筋が通っているようで、その一本筋がどこに伸びているのかまるで分からない。

 

「あなたは、何を考えている」

 

「私は『君を試せ』と命じられただけだ。殺してもいい、と条件付きでね。

 君が私に殺されるようならそれも良し。

 それだけの男だったというだけだ。

 私が君に殺されるようならそれも良し。

 私の死は貴重な情報となり仲間に伝わるだろう。

 どちらも死なず、ほどよく情報を集められたならそれも良し。

 私はそれを持ち帰り、仲間達に伝えるだけだ。難しい理由ではないだろう?」

 

 人間一人生きようが死のうがどうでもいい、という思考。

 死の呪いがむきむきに当たろうが、めぐみんに当たろうが、それを理由にむきむきが本気を出すのであればよし、という思考。

 その結果相手を殺してしまおうが、自分が死んでしまおうが、それもよしという思考。

 

 手の平の上で毒蟲を突いて遊ぶようなその思考回路は、生きた屍(アンデッド)の上位種・デュラハンという種族に相応のものだった。

 

「時間と場所を指定しよう。

 時は月が天頂に至った時。

 場所はここだ。

 助っ人は呼ばないように。

 尋常な決闘でなくなった時点で、私は逃げの一手を打たせてもらう」

 

 イスカリアはめぐみんを庇っているむきむきに、これみよがしにテレポートの巻物(スクロール)を見せつけ、鎧の胸の部分を鎧の硬い指先でなぞる。

 

「魔王様の加護を受けたこの鎧は、敵の魔法に特に高い耐性を持つ。

 上級魔法を操る紅魔族が足止めに動いても、逃げる私を止めることは叶わない」

 

「……」

 

「ただし、君が私に尋常な一対一の戦いを挑むのであれば……

 私はその心意気に応え、一切の罠を仕掛けず、正々堂々と応えると誓おう」

 

 むきむきはめぐみんを庇うのをやめ、恐ろしい眼でイスカリアを睨みつけ踏み込み、ノータイムで攻撃を叩き込んだ。

 足が壊れてもいい、というレベルの踏み込み。

 腕が壊れてもいい、というレベルの手刀。

 自壊前提の攻撃を、イスカリアは直感的に回避し、運良く回避に成功。鎧の装飾に付いていたトゲトゲの幾つかを、手刀に切り飛ばされる。

 

「む」

 

「そんな決闘なんてしなくても、ここであなたを殺せば、めぐみんは助かるよね」

 

「あいにく、私はアンデッド。君と昼間に死ぬまでやり合う気はない」

 

 今は昼間だ。日光に弱いアンデッドのイスカリアの能力も、いくらか低下している。

 激怒しながらもどこか冷静な思考を持っていたむきむきは、今がチャンスであることを見抜き、ここでこの騎士を殺そうとしていた。

 だが、イスカリアが何か魔法を発動すると、イスカリアの姿が徐々に消え始める。

 

(! 霞になって、消えていく……)

 

「デュラハンは処刑された騎士が、怨みと未練で不死者となった者。

 騎士が処刑されるような出来事だ。

 ならば当然、一族郎党諸共に斬首されるが当然である。

 私と兄者もそうだった。

 一族郎党まとめて斬首され、その怨みで我ら兄弟はデュラハンとなり、人に怨みを持った」

 

 デュラハンの兄弟。同じ時、同じ場所で斬首された二人の騎士。

 

「私は兄者と比べれば劣等も劣等。

 強い怨みでアンデッドと化した騎士がデュラハンである。

 兄者ほどの怨みを持てなかった私は、兄者には到底及ばない。

 百の平行世界があれば、私はその内九十九でアンデッドにさえなれなかっただろう」

 

 リッチーはアンデッドの王ではあるが、人を恨んでいなくてもなれる。

 対しデュラハンは、大前提として人に対する大きな怨念を持っている。

 

「それでも、小童に負けるとは思わん。挑むなら、死を覚悟して挑んで来るがいい」

 

 DTレッド以上に、ホースト以上に、躊躇いなく人を殺せる者の声色を響かせながら、イスカリアは消えて行った。

 

「うっ……」

 

 そして、めぐみんもばたりと倒れる。

 

「めぐみん? ……めぐみん!」

 

「姉ちゃん!」

 

 友と妹に抱き起こされためぐみんの顔は紅潮し、額には大粒の汗が浮いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歩くことはおろか喋ることさえ辛そうなめぐみんを抱え、こめっこも抱え、むきむきは超特急で里に帰った。

 大人に事情を伝え、里に警戒態勢を取らせると共に、里の医者役をしている紅魔族の下に大至急でめぐみんを運ぶ。

 今のめぐみんは、まるで悪質な熱病にかかっているかのようだ。

 医者とむきむきの二人に見守られる中、赤い顔でめぐみんは苦しそうにうなされている。

 

 あの時の呪いが原因であることは、まず間違いなかった。

 

「先生! めぐみんに何があったんですか!?」

 

「『指差しの呪い』に類するスキルを、同時にいくつか発動させたのかもしれない」

 

 例えばアーチャーの場合、遠くを見る千里眼スキルと遠くを撃つ狙撃スキルはセットで運用される。

 ウィザードの場合、発動した魔法スキルと高速詠唱のスキルは常に同時に発動されている。

 スキルの併用は基本中の基本だ。

 基本だが、そのためにいくらでも悪用の余地がある。

 

「スキルの複数発動……じゃあ、この病みたいなのは……」

 

「あくまで予想だが、確実に殺すためかもしれない。

 死の宣告を成功させても、対象はピンピンしたままだ。

 対象が宣告の解除のために動き回るかもしれない。

 戦闘中だったら、そのまま対象が術者を倒してしまうかもしれない。

 宣告が効果を発動するまで、対象の動きを止める、ということだ」

 

「……」

 

「とにかく、この熱病の呪いは死の宣告よりは脆い。

 魔道具で解呪、できなければ最低でも緩和させてみよう」

 

「よろしくお願いします!」

 

 この世界には、タンスの近くを歩くとタンスに足の小指をぶつけるようになる呪いなど、しょうもない呪いが多い。

 逆に言えばそれは、この世界に存在する呪いの総数が非常に多いということだ。

 こうした、対象の体力を削る病に似た呪いも存在する。

 

 熱に浮かされるめぐみんの額に、濡れたタオルを乗せる。

 その時、むきむきの手の小指が彼女の額に触れる。

 触れた額は、体温が高いむきむきでも熱く感じるほどに、熱かった。

 

「……っ」

 

 その熱さが、罪悪感を駆り立てる。

 庇われた。守られた。救われた。

 初めて出会った、あの日と同じように。

 なのに、嬉しくもなんともない。

 

(強くなった気になっても、何も変わってないじゃないか)

 

 守りたい女の子が居て、その女の子に守られて。

 

 心の中が、情けない気持ちでいっぱいになって。

 

「めぐみん!」

「こめっこから聞いた医務室はここで合って……めぐみん! むきむき!」

 

 部屋に駆け込んできためぐみんの両親を、顔を上げたむきむきが見る。

 こめっこから話を聞いて来たひょいざぶろーも、ゆいゆいも、その顔には親として娘を心配する感情が浮かべられていて。

 めぐみんを見た瞬間、二人の目には、憤りや悲しみ等が混ざり合った感情が見て取れた。

 むきむきは二人に事情を説明する。

 悲痛な表情と声色で、俯きながら二人に話す。

 二人と目を合わせるのが怖くて、申し訳なくて、少年は顔も上げられない。

 

 お前のせいで娘がこんなになってしまったんだと、罵倒されることさえ覚悟していた。

 なのに。

 

「……あなたは無事だったのね。よかった」

「ああ、本当によかった」

 

「―――」

 

 二人は、むきむきの無事を、心底喜んでくれていた。

 彼が無事だと知って、そこに心底安堵した表情を見せてくれていた。

 

 二人にとっては、何気ない言葉だったかもしれない。

 けれどむきむきにとっては、その言葉こそが嬉しくて、苦しかった。

 家族のように心配してくれたことが嬉しくて、この二人の本当の家族を守れなかったことが苦しくて。とても嬉しいのに、とても苦しい。

 

(今ここで、自分の頭を殴り潰して死んでしまいたい。

 でも、死ぬわけにはいかない。

 めぐみんのために、こめっこちゃんのために、この人達のために)

 

 彼には、自分に笑顔をくれた大切な人達のために、倒さなければならない敵がいる。

 

「……むきむ、き……」

 

「! めぐみん、どうかした!?」

 

 そして、あのデュラハンをぶっ倒したいと思っているのは、むきむきだけではなかった。

 めぐみんは苦しそうにしながらも体を起こし、駆け寄って来たむきむきの手を汗ばんだ手で引っ掴み、熱で赤くなった顔で息を切らして助言を渡す。

 

「いい、ですか? 奴は……ダークプリーストのデュラハンです。

 ……その、ため……剣技は、大したことが、ないはずです。

 焦ら、ず、死の魔法と……呪いに気を付け……接近、できれば、封殺できま……す」

 

「……めぐみん」

 

「あなたは、強いと。私は……信じてます」

 

 そして、またばたりと倒れる。

 体の内側から弾けてしまいそうな熱と苦痛があるだろうに。

 そんな苦痛を抱えてなお、彼女は友のために強がってみせた。

 強がって、頑張って、なんとか最後の助言をくれた。

 普段は友人をからかったり玩具にしたりすることも多いのに、こういう窮地では自分を顧みず他人を想ったりもする。

 

 その優しさに、少年の心が奮い立つ。

 

「ありがとう。行ってくるね」

 

 むきむきは最後にめぐみんの首筋と顔の汗を拭き、冷水に漬けて絞った濡れタオルを彼女の額に置いていく。

 立ち上がったむきむきを見て父母が頷き、彼もまた頷き返した。

 むきむきは部屋を出て、そこでこめっこの手を引くゆんゆんと鉢合わせする。

 

「あ、むきむき!

 お父さんとお母さんが、アルカンレティアに連絡取ってくれたんだって!

 手の空いてるアークプリーストの人が、明日にも来てくれるかもしれないんだって!」

 

「……そっか。もしかしたら、それで何とかなる可能性もあるかもね」

 

「……? 嬉しくないの? これで全部解決でしょ?」

 

 アークプリーストは、上級職の回復職だ。

 神の力を借りるそのジョブは、毒も傷も呪いも諸共に消し去るという。

 されど、その力も万能ではない。

 

「確かに、普通の呪いは解除できる。

 アークプリーストもその専門家だ。

 でも……それでめぐみんが助かるかは、分からない」

 

「なんで!?」

 

「父さんと母さんは、国で一番レベルが高いアークプリーストでも、解呪できなかったから」

 

「―――」

 

「僕も、伝聞で聞いただけなんだけどね。

 ベルディアの死の宣告は、どうにもならなかったんだ」

 

 その昔、ウィズという名の人類指折りの強さをもつアークウィザードが居た。

 彼女が所属していたパーティは、魔王軍にとっても脅威であった。

 そのパーティは、ある日魔王軍幹部のベルディアと対決。

 全滅こそしなかったものの、全員が死の宣告を受けてしまう。

 国で最もレベルが高いアークプリーストでさえ、その死の宣告は解呪できなかったという。

 

 八年前。

 紅魔族に、二人の優秀な魔法使いが居た。

 二人は山側から里に侵入してきた幹部ベルディアと対決。

 女神の封印を吹き飛ばすほどの激闘を繰り広げ、なんとか手傷を与えてベルディアを撃退したものの、死の宣告を受ける。

 そして、一人息子を残してそのまま死去したという話だ。

 

 かけられた呪いを解呪できるかどうかは、解呪しようとする者の力量と、呪いをかけた者の力量で決まる。

 そのため、事実上解呪不可能な者が存在する。ベルディアの呪いがそれだ。

 敵は、そのベルディアの身内を自称している。

 年中忙しい高レベルアークプリーストを一人や二人連れて来たところで、解呪できるかは分からない。

 

「……じゃあ、大本を倒すしかないじゃない!」

 

「そうだね。助けたいのなら……倒すしかない」

 

 死の宣告はいわゆる『指差しの呪い』だ。

 呪いであれば、解く方法は三種類ある。

 呪いを魔法や道具で解呪するか。

 術者と交渉し、呪いを解いてもらうか。

 呪いが完全に発動する前に、術者を殺すことだ。

 何度か殴ってから交渉するにしろ、呪いの発動前に殺すにしろ、とにもかくにもあのデュラハンを倒す必要がある。

 

「幸い、あいつは一対一の決闘を望んでる。

 あいつも僕がこう考えてることは織り込み済みだと思うけど……

 誘いに乗って、なんとか僕一人でなんとかしてみるよ」

 

「……こういうこと言うの、里の皆みたいな感じで嫌だけど。

 里の皆で囲んで、魔法で一気に倒しちゃった方が安全じゃない?」

 

「あいつ、魔法対策もきっちりしてた。

 それにテレポートのスクロールも持ってた。

 多分、囲んでも倒す前に逃げられるだけだよ。そうなったら本当に終わりだ」

 

「……っ」

 

「皆が動くべき時があるとしたら。それは僕が負けた後だ」

 

 タイマンで勝てればそれでよし。

 彼が負けたなら、魔法が効きにくい上にテレポートで逃げる敵に、一縷の望みをかけて皆で攻撃を仕掛けなければならない。

 とはいえ、それもか細い望みだ。

 むきむきが負ければ、その時点で事実上、めぐみんとむきむきの死が確定する。

 

 勝つ以外に道はない。

 

「……」

 

 ゆんゆんは複雑そうな顔をしている。

 ここで彼の背を押すことは彼の命を軽んじること。

 ここで彼を引き止めることはめぐみんの命を軽んじること。

 だから、他人思いなのに対人関係で踏み込むことを恐れがちなゆんゆんは、何も言えない。

 

 口を開いたのは、そんなゆんゆんではなく、その隣のこめっこだった。

 

「……姉ちゃん、わたしのせいで死んじゃうの?」

 

 こめっこがホーストを探しに行かなければ、めぐみんは今の状態に陥らなかったかもしれない。

 賢いこめっこはその可能性にも気付いていたようだ。

 その目の端には、小さな涙の粒が浮かんでいる。

 

 少年はその手を取り、膝を折って、自分の半分の身長もないこめっこと視線を合わせた。

 

「君のせいじゃないよ。

 お姉ちゃんが死ななくちゃならないくらい悪いことなんて、君はしてない」

 

 危ない場所に行った子供も悪いかもしれない。

 だが、誰のせいであるかと言えば、悪いやつのせい以外の何物でもないと、少年は思う。

 彼にこめっこを責める気などあるものか、

 あるのは自責の念と、イスカリアへの敵意のみ。

 

「だから、絶対に死なせない」

 

 殺されていい理由なんて無い。ゆえに、死なせない。

 

「でも、お姉ちゃんが起きたらちゃんとごめんなさいは言おうね。

 めぐみんは、こめっこちゃんのことを本当に心配してたんだから」

 

「……うん」

 

「めぐみんが辛い時に側に居られない僕の代わりに、お姉ちゃんの側に居てあげて」

 

「しょうち!」

 

 この世界は、ふざけた世界だ。

 とんでもなく笑えるようなことから、とんでもなく笑えないようなことまで、何でもかんでもごっちゃになって飛び出してくる。

 まるでコイントスのようだ。

 指で弾かれた空中のコインのように、愉快な表面と残酷な裏面が見え隠れしている。

 そのくせ、最後にどちらの面が見えるかは、コインが落ちてみるまで分からない。

 

「ゆんゆん。めぐみんをお願い」

 

「お願いされても、私にできることなんてあんまりないよ?」

 

「僕が安心できる。だから、お願い」

 

 表か裏か。どちらが出るかも分からない戦いに、彼は赴く。

 

 その背中に、ゆんゆんが不安そうに問いかけた。

 

「戦いたいって気持ちがあるのは……

 お父さんとお母さんのことがあるから?

 それとも、めぐみんを助けたいから?」

 

 その問いに答えようと、むきむきは思考を巡らせ自分の心と向き合うが、いくら考えても明確な答えは出てこない。

 

「……わかんないよ」

 

 ベルディアと魔王軍に対する、負の気持ちの方が強いのか。

 めぐみんを助けたいという気持ちの方が強いのか。

 自分のことなのに、それが分からないでいる。

 混ざり合う負の感情と正の感情をより分け、どちらが大きいかを見比べようとするには、彼は幼な過ぎた。未熟すぎた。

 

「とりあえず、殴ってから考えることにする」

 

 それでも、戦わなければならない。

 

 復讐のために戦うか、助けるために戦うか、まだ決断できていなかったとしても、少年は戦わなければならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イスカリアに勝つには、心が乱れていてはいけない。

 心落ち着けなければ、初戦の二の舞いになるだけだ。

 だが心を落ち着かせれば落ち着かせるほどに、あのデュラハンと戦わなければならないという現実が、少年の身を竦ませる。

 

 敵が強いから、というだけではない。

 敵が、『死』そのものであるからだ。

 

(気を付けないと、気を付けないと。

 指差されて魔法を撃たれたらすぐに死ぬ。

 指差されて呪いをかけられたら苦しみながら二週間後に死ぬ。

 もしも、もしも、判断か回避が一瞬遅れたら、ただそれだけで―――)

 

 剣よりも、魔法よりも、毒よりも厄介な、死を直接ぶつける恐るべき技。

 指差されるだけで死が約束されるなど、なんと恐ろしいことか。

 包丁も刺さらないその筋肉も、剥き出しの死までは防げない。

 

 死が怖くない者など居ない。

 人は、生き返れるという保証を与えられたとしても、死を恐れるものだ。

 恐怖で心が折れかけて、けれどもそれに気付いた少年は自ら活を入れる。

 

(! ダメだダメだ、弱気になっちゃダメだ!

 死がなんだ。死が怖いくらいなんだ。

 それも怖いけど、めぐみんが死んでしまうのはもっと怖いじゃないか……!)

 

 逃げられない理由があることと、恐怖を乗り越えねじ伏せることは、全くの別問題である。

 むしろ今の、逃げられないけどビビっているという状態こそが最悪だ。

 

(敵は仇の弟なんだ。

 そんな奴に負ける訳にはいかない。

 魔王軍にだけは……ベルディアとその仲間にだけは、絶対に……!)

 

 落ち着かせた心を奮い立たせるために、無理矢理に復讐心を思い出させる。

 黒い気持ちで、弱い心を補おうとする。

 それでも全然足りなくて、決闘の時間よりも早く決闘の場所に着いてしまったむきむきは、とうとう神様に祈ることまで始めていた。

 

(……エリス様、都合のいい時だけ祈ってごめんなさい。

 でも、少しでいいから幸運を下さい。

 罰当たり者に罰を与えるのは、この戦いが終わってからにして下さい)

 

 祈る先は幸運の女神エリス。

 むきむきは女神アクアに悪質な宗教団体のネタ女神という印象を持っていたので、祈る先の選択に迷いはなかった。

 

(えーと、上手く行ったら一生エリス教徒に優しくすると誓います。

 エリス様に一生感謝すると誓います。

 何かしろって言われたら、何でもします。どうか幸運パワーをください)

 

 神に祈ってはみたものの、勇気も幸運も手に入れられた気がしない。

 むしろ変に他者を頼った分、心が弱くなった気すらした。

 そんな馬鹿な男の子を、無口な幽霊がなじる。

 

『情けない』

 

「うっ」

 

『神頼みに幸運頼みか。ひ弱な女子(おなご)でも今時そんなことはしまい』

 

 結局、むきむきはめぐみんを想って拳を握ることはできたものの、それ以降は死の恐怖でじわじわとへたっていくだけだった。

 本人は勇気を出そうと頑張っているのだが、それがどうにも上手く行っていない。

 

『貴様の手を見るがいい。貴様のその手の、どこが勇者の手だ』

 

 握った拳すら、小刻みに震えている。

 死が恐ろしい。けれど逃げるわけにはいかない。

 弱い心は体を震わせ、されども誰かを大切に想う心だけが、彼をこの場に留まらせている。

 

『貴様は臆病者よ。男の価値は決断で決まる。

 自分一人であれば何も決断できない貴様には、何の価値もない』

 

「……そう、だよね」

 

 少年の『価値』を否定する言葉に、少年は俯く。

 なんの反論もせずその言葉を受け止めてしまったのは、彼に実力相応の自信がないからだ。

 

「こんな僕には、何の価値も……」

 

『何を勘違いしている』

 

「え?」

 

 謙虚ゆえに自分を低く見るのではなく、愚かゆえに自分を低く見ている少年に、幽霊は必要な言葉を投げかけた。 

 

『自分一人であれば何も決断できない貴様には、何の価値もない。

 だが、貴様は一人ではなかろう。

 貴様は他者のために決断しようとしている。その震える手を、貴様は他者のために握ったのだ』

 

 臆病かもしれない。

 愚かかもしれない。

 それでも、友のために震える足でここまで来た一人の子供を、彼は評価した。

 

(それがし)は亡霊であるがゆえ、貴様に力を貸すことはできぬ。

 だが、愚かな貴様が見ていない貴様を教えることはできる』

 

 勇気とは、恐れを知らぬ者が持たぬ物。

 恐れを知る者の強さの内より湧き上がる物。

 

『思い出せ。貴様はあの少女に、強いと言われたのだぞ』

 

―――あなたは、強いと。私は……信じてます

 

『忘れるな。お前のその拳は、誰のために握られたのだ』

 

―――だから、絶対に死なせない

 

「……うん」

 

 友のために握った拳が、今一度強く握り直される。

 

「ほう。私より早く来ているとは、関心だよ、少年」

 

 月が天頂に昇る頃。

 デュラハンは、拳を握った少年の前に現れた。

 

「よくぞ来た。約束通り一人で来た君に、賞賛と死を」

 

「賞賛も死も要らないよ。欲しいのは友達の無事だけだ」

 

 闇夜の黒を、不死者の人魂のような薄い青光が侵食する。

 その光景が、どうにもおぞましい。

 闇夜の黒を、歩き出した紅魔族の赤く輝く眼が切り裂く。

 その光景が、とても勇壮に見える。

 

「君が私を倒せたならば、君はようやく兄者と対等であろう。

 兄者は君の家族を殺した。

 君も兄者の家族である私を殺したことになる。

 我は既に死んだ者ではあるものの……兄者と君は互いが互いにとっての仇となる」

 

「殺される気はあるの?」

 

「無い。だが、こう言っておけば君はより強く戦えるはずだ」

 

 ホーストの時のように、十数日も準備期間があった戦いとは違う。

 仲間はおらず、友と打ち合わせしておく時間もなく、スクロールなどを準備する余裕もなく、少年はほぼ身一つでここに居る。

 震える拳を、拳を握る理由で、強く握って、弱い心を握り潰して。

 少年は、一歩前に踏み出した。

 

「我が名はむきむき! 紅魔族随一の筋肉を持つ者にして、未来に友と魔王を倒す者!」

 

「デュラハンのイスカリア。参る!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇夜に人影が溶け、黒髪が混じり、赤く輝く眼だけが浮き上がる。

 イスカリアの鎧は黒く、夜の闇のせいで普通の人間にはどこを指差しているのかも分からない。

 対し、アンデッドであるイスカリアの眼に夜の闇はあってないようなもの。

 それどころか、夜になったことで昼間より全ての能力がパワーアップを果たしている。

 

 夜の世界は、完全にデュラハンの土俵の上だった。

 

「『デス』」

 

 異常に高い視力を持つ赤い眼と、月の光だけを頼りに、むきむきは死の魔法を回避する。

 魔法抵抗力が低いむきむきに。成功率が高いが死ぬまでに間が空く死の呪いを使う必要はない。

 それゆえの、死の魔法であった。

 

『次の立て直しを常に意識しろ。

 "何が何でもこの一発をかわす"とは考えるな。

 その思考は、やがて破綻する。

 "ギリギリの回避でいいから全てをかわす"という意識を持て』

 

 幽霊の助言を、少年は無言で噛みしめる。

 距離を詰めさせてくれないデュラハンに、少年はその辺で拾った小石を投げつけた。

 

「らぁっ!」

 

 ジャイロ効果と筋肉効果で凄まじい速度と威力を乗せられた小石は、時速1000kmの弾丸となってイスカリアの肩に命中する。

 

「痛っ」

 

 投石はイスカリアの肩を凹ませたが、イスカリアはなんと、そこに即死の魔法をかけた。

 

「『デス』」

 

 すると、みるみる内に肩の傷が無かったことになっていく。

 

「!? 治った!?」

 

 『アンデッドは神の理に反しているため、神の力が全て逆に働く』。

 それは、この世界の冒険者なら大半が知っている常識だ。

 回復魔法は人の傷を癒やし、アンデッドの体を崩壊させる。

 即死魔法は人を即死させ、アンデッドの即死級の傷を癒やす。

 イスカリアのデスはザキであり、同時にベホマでもあるということだ。

 

「もう一回!」

 

 むきむきはまた小石を拾って投げるが、イスカリアはそれを手にした剣で切り払う。

 

「投げ方が単調だな。修練不足だ」

 

 いくら投げた石が速く飛ぼうと、投げ方が単調では意味がない。

 四隅に投げ分ける160km/hの投げる球は打てなくても、同じ軌道で160km/hを投げてくるバッティングマシーンなら打てるのと、同じ理屈だ。

 これでは、100回投げても5回当てられるかさえ怪しい。

 

(距離が詰められないのに、これが通じないんじゃ……どうする!?)

 

 むきむきが接近できていない理由には二つある。死の魔法と、馬だ。

 

 デュラハンとは、馬に乗った首無し騎士のアンデッド。

 当然、イスカリアは騎乗した馬を走らせ距離を離そうとし、むきむきはそれに追いついて殴り殺そうとする。

 だが、この馬が笑えないくらいに速かった。

 

 この世界において、人を乗せた普通の馬の速度は約60km/h。

 アンデッドの馬ならば、当然普通の馬より速く何時間でも駆け続けられる。

 むきむきが全速力で、真っ直ぐ距離を詰めようとしても。

 

「『デス』」

 

「くっ!」

 

 死の魔法が飛んで来て、蛇行しつつ走りながら後を追わざるを得ない。

 全力で後を追おうとすれば、指差しをかわせない。

 指差しをかわすことに集中しすぎれば、今度は追いつけない。

 

 "馬に乗っている"というアドバンテージを最大限に活かしてくるデュラハンは、とてつもなくやりづらく、面倒臭い手合いであった。

 

「無茶苦茶な筋力。

 無茶苦茶な筋力から放たれる異質な攻撃。

 物理攻撃にも魔法攻撃にも耐えるタフネス。

 デタラメな近接戦闘能力。……だが、それだけだな、少年」

 

 手刀を振って風の刃を飛ばしても、馬が軽やかに跳躍して当たらない。

 

 回復と、遠距離攻撃と、高機動。

 そして、むきむきの得意な距離で絶対に戦わせない、老獪な戦いの流れの構築能力。

 ただでさえ強いくせに、敵の得意な距離を徹底して潰して即死魔法を連打してくるこの敵は、怖気がするほど恐ろしかった。

 

(拳さえ当たれば、倒せるはずなのに)

 

 むきむきは石を投げて届く範囲にしか攻撃を届かせることが出来ず。

 指で差せばいいイスカリアは、目に見える範囲全てが攻撃範囲。

 むきむきの攻撃は、当たってもすぐに回復され。

 イスカリアの攻撃は、一つでも当たれば死に至る。

 

(……拳を当てられる距離まで、近付けない!)

 

 にっちもさっちも行かない。

 息をしているのかも分からないアンデッドの馬を追う内に、とうとうむきむきの息が切れ始めたが、少年はそこで運良く希望を拾う。

 

(……折れた、剣!)

 

 それは、この世界ではよく転がっているのを見る、モンスターに食い殺された冒険者の遺品だった。

 折れた剣なら、小石より多くの力を込められる。

 刃が付いている分、金属である分、小石よりも大きなダメージを期待できる。

 軽すぎる小石より、飛距離が期待できる。

 

 むきむきは拾ってすぐに一も二もなく、剣をイスカリアに投擲した。

 

「『リフレクト』」

 

 そして知る。淡い希望は、砕かれるためにあるのだと。

 上級職のプリーストが持つ反射の魔法が、彼の投げた剣を跳ね返し、彼の左肩を切り裂いていった。

 

「ぐっ……!?」

 

「君のような『反則』は、時折この世界に現れる」

 

 単調な戦いをすれば、イスカリアは即座に彼に殴り殺されていただろう。

 だが、そうはなっていない。

 イスカリアは"上手い戦い"を徹底し、巧みにむきむきの強さを封じ込めていた。

 

「魔王の歴史とは。

 魔王軍の歴史とは。

 紐解けば、そんな『反則』と戦い倒し倒される歴史に他ならない。

 覚えておきたまえ。反則級の存在なんてものは、山ほど居るのがこの世界だ」

 

 もしも、この世界がゲームなら、これは序盤のボスがほぼ成功する即死の魔法やスキルを連発してくるようなもの。

 幾多のプレイヤーという『特別』のほとんどがそこで死んでしまうようなもの。

 そんなゲームはクソゲーだ。

 敵が反則過ぎる。ゲームのバランスが崩壊している。

 その人生(ゲーム)が一度しかないものであるからこそ、なおさらにクソゲー度合いは増していく。

 

「私が思うに……

 反則な力だけの存在よりも、小細工や姑息さで戦う人間の方がまだ厄介だ。

 幸運に恵まれたような、女神に愛されたような存在の方が、ずっと厄介だ」

 

 頭がいいわけでもない単調な力自慢の者では、イスカリアは相性が悪い。

 せめて、小細工や発想力で勝負する味方か、クズだのカスだの言われるような卑怯な手も躊躇わない味方がむきむきの隣に居れば、何か違ったかもしれない。

 けれど、そんな味方はどこにも居ない。

 

「強い力を持っただけの人間なら、いくらでも御しようはある」

 

 この世界は、終わりかけの世界だ。

 

 魔王軍に残酷に殺された魂が転生を拒み、世界の未来は絶えかけている。

 魔王軍の蹂躙は、世界で唯一魔王軍と戦える国を滅ぼしかけている。

 女神は別世界の人間に反則級の力を持たせこの世界に勇者として送り出しているが、戦局は一向に好転していない。

 勇者の力を取り込み最強の存在として培養した王族達が前線に出ても、時間経過と共に勝利は遠ざかり敗北が近付いて来る。

 

 熟練の冒険者が魔物に殺され、反則級の能力を持った転生者が魔王軍に殺され、魔王軍は最後の砦である王都に手をかけている。

 反則級の力があれば魔王軍を倒せる? そんなわけがない。

 この世界の魔王軍は、世界の法則を超越した化物のような人間の群れと戦い、それを押し切って人類に王手をかけている強者の集団なのだ。

 

「それともう一つ。私の兄は、私より強いぞ。

 弱点の神聖魔法さえ通じない。

 私よりもはるかに死の宣告に熟達している。

 君相手でも切り結べるほどに、剣の腕も凄まじい。

 ……私程度を倒せないようでは、親の仇など一生取れないと思うがね」

 

 その魔王軍において、指折りの強さを誇る幹部の血族たるこのデュラハンが、弱いわけがない。

 

 敵は、あまりにも強大だった。

 

 

 




 ベルディア(デュラハン)ってぶっちゃけアクア様抜きだとそうそう勝てないですよね。
 アクセル到着前から上級悪魔を吹き飛ばせるめぐみんの爆裂魔法。その爆裂魔法に低レベル帯で耐えるダクネス。アダマンマイマイの描写からしてカズマさんが矢を撃っても素肌に刺さらないダクネス。そんなダクネス(鎧付き)を真正面から削り倒せるベルディアの攻撃力。
 ウィズ過去編からして国一番のアークプリーストでも解除できない死の宣告。馬があるため死の宣告当て逃げも可。WEB版だと「その辺の奴ら皆まとめて二週間後に死ね」とかやってる模様。
 素のステータスも高く、極めて高い剣の技量があり、人類最強の幸運持ちなカズマさんが全魔力を込めてようやく一回だけスティールが成功するという恐ろしさ。
 ちなみにWEB版での作者さんの感想返信から考えると、スティールの成功判定は発動者の幸運と使用した魔力で対象者の幸運を上回るという数値参照が行われるっぽいので、レベル差が原因でしょうがベルディアは幸運値でもカズマさんを上回っている可能性。
 アンデッドなのにアクア様の浄化に耐える高性能耐性も有り。
 剣技関係無い遠距離型で相性がいいとはいえ、勝ったアクア様とウィズがデタラメすぎる……


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1-9-2 この素晴らしい世界に―――

一章最終話


 めぐみんは、夢の中に居た。

 呪いが高熱を発生させ、彼女の体力を奪いながら、その意識を記憶の深層にまで沈める。

 記憶のとても深い所で、めぐみんは懐かしい想い出を思い出していた。

 

 月が明るい夜だった。崩れた家の中で、幼い頃のめぐみんがうめき声を上げている。

 

「……うっ」

 

 紅魔族は、里の建築物を守りながら戦うことにあまり頓着しない。

 里が全焼しても、三日くらいで全部元通りにしたりする。

 壊すのを躊躇わないし、直すのも規格外に速いのが紅魔族だ。

 

 それが、この日は珍しく悪い方向には働いてしまった。

 魔王軍による紅魔の里の侵攻作戦の中、魔王軍が放った魔法の流れ弾が、めぐみんの家に当たってしまったのだ。

 貧乏ゆえに大した補強もされていなかった家屋は一気に崩れ、幼い頃のめぐみんはそこに生き埋めになってしまった。

 

 自力で家から脱出できそうにもない状況。

 それどころか壊れた家が崩れかかっていて、今にも押し潰されそうだった。

 魔王軍との戦いに大人は皆出払っていて、助けが来てくれそうにもない。

 

「これで、わたしも、おしまいってやつですかね」

 

 めぐみんは、賢い子供だった。

 同い年の誰よりも早く歩けるようになり、同い年の誰よりも早く言葉を喋った子供だった。

 自分の死を、どこか他人事のように語る口調は、達観しているようで、諦めて現実を受け入れているようで、隠しきれない悔しさが滲みでている。

 

 崩れ始めた天井を見上げ、小さな体を小さく震わせ、めぐみんは目を閉じる。

 

「……死にたくないなぁ……」

 

 目を閉じ、力を抜いて、床に横たわる。一分、二分、三分と経つ。

 すぐ落ちて来るはずだった家の残骸は、いつまで経っても落ちて来ない。

 不思議に思って目を開けると、そこには月を背にした巨人が立っていた。

 

 瓦礫を掴み上げる巨人。

 これが現実であることを疑ってしまうくらいに雄大な巨人。

 命の恩人の巨人は、めぐみんを見てホッとした様子で微笑む。

 

「よかった、人間だった。可愛くて動かないもんだから、人形だと思ったよ」

 

「―――」

 

 巨人は助けた彼女に微笑んで、背を向けて去っていく。

 

「さ、早くここを出て。僕は次の人を助けに行かないといけないから」

 

 巨人はめぐみんを気遣ってはいたが、気にも留めていない。

 彼は里の瓦礫や崩れた家を撤去し、その下に埋められていた人達を助け、激しい戦いで大怪我をした人達を里の奥に運んでいく。

 巨人は多くの人を助けていて、めぐみんはその途中で助けられた小さな子供の内の一人でしかなく、巨人が彼女のことを記憶に残さなかったのは当然だった。

 

 巨人は里の仲間を助けるためにひた走る。

 それは、彼にとっては里の皆に仲間として扱ってほしいという思いから来た、優しさと媚売りが入り混じった行動だったが。

 めぐみんの目には、とても立派で力強い人助けに見えた。

 

「あの髪、あの眼。同じ紅魔族のはず」

 

 後日。言えなかったお礼を言おうとして、めぐみんは彼を探した。

 月を背にしたあの巨人を探し、彼女は里の中を駆け回る。

 そうして、目当ての巨人を見つけて。

 

「おい、魔法使えない奴は脇にどいてろよ」

 

「……うん、ごめんね」

 

 彼女は深い失望を感じ、それでも何故か消えないあの夜の感情に、不思議な感慨を覚えた。

 

「これからはちゃんと、見かけたら道を譲るから」

 

「……けっ」

 

 卑屈な笑みを浮かべる巨人。あの夜に見ためぐみんの無事を喜ぶ微笑みとは大違い。

 悪ガキにどかされているその姿は、情けないを通り越して哀れですらある。

 礼を言おうという気持ちは、既に消え失せていた。

 そんなしおらしい気持ちはもうどこにも見当たらなかった。

 あったのは、この光景に苛立つ気持ちと、それが引き出したいつもの彼女らしい性情。

 

 気付けばめぐみんは、悪ガキをぶん殴って転がしていた。

 

「いてっ、何すんだよ!」

 

「反撃してこない相手をいじめるのは楽しいですか?

 後ろめたく感じてるくせに攻撃的に接して楽しいですか?

 本当は普通に話したりしたくて、不器用に気を引くのは楽しいですか?

 見下しながら、格下をいじるような接し方をするのは楽しいですか?

 好きな子にいじわるしてしまうのは同性の友情でもあると聞きますが、本当なんですね」

 

「……っ」

 

「恨まれる前にやめておいた方がいいですよ」

 

 木の棒を杖のように振り回し、めぐみんはむきむきに歩み寄る。

 

「?」

 

 こんなに子供のような顔をする人だっただろうか、と、めぐみんはあの夜に自分がかけていた色眼鏡の色の濃さを自覚した。

 

「君は……?」

 

 名を問われたなら、名乗らねばならない。

 

「我が名はめぐみん。紅魔族随一の職人の娘。やがて、紅魔族最強の魔法の使い手となる者!」

 

 彼もまた、その名乗りに返す。

 

「我が名はむきむき! 紅魔族随一の筋肉を持つ者!」

 

「もうちょっと胸を張ってもいいと思いますよ、あなたは。

 あんなのはちんぴら? とかいうのと変わりません。ぶっとばせばいいんです」

 

「ぶ、ぶっ飛ばすのはちょっと……」

 

 この少年が歳下だということは知っていた。

 そのせいかなんとなく、めぐみんはこの少年に年上のお姉さんぶっていた。

 年上のお姉さんのように振る舞えていると思っているのは、彼女だけだったが。

 

「……君は、僕が嫌いじゃないの?」

 

「大きくて、強くて派手で、豪快。そういうのが私は大好きですからね」

 

「―――」

 

「他の人が変だと思っても、私はかっこいいと思います!」

 

 めぐみん五歳。むきむき四歳。

 あの夜が、めぐみんの未来を決定した運命の出会いだった。

 

「私の家、最近ちょっと壊れてしまったので、外で遊んでないといけないのです」

 

「そうなんだ。僕に、何かお手伝いできることはあるかな?」

 

「存分に私を楽しませてください」

 

「ええ……」

 

 あの夜に、めぐみんはとても大きく、とても強いものを見た。

 その時刻まれた幻想は、今でも続いている。

 めぐみんは"あの日見た強く大きな巨人"という、ありもしない幻想を今も見つめている。

 彼の心が弱いと知った後も、その幻想は消えていない。

 

 たとえ、むきむきの弱さを誰もが理解し、彼を弱虫だとなじる日が来たとしても。

 

 めぐみんだけは友として、その強さを信じてくれる。

 

 むきむきは、あの日めぐみんがくれた肯定がなければ、今でもきっと卑屈なままで。

 めぐみんは、あの日見た強く大きな巨人の幻想を、巨人の心を知った今でも忘れずにいる。

 彼女は信じている。

 あの日見た、目に焼き付いた、力強い彼を。

 その信頼こそが、弱い彼を強くしているのだということに気付きもしないままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イスカリアは、言葉が武器として有用であることを十分に理解していた。

 彼は準幹部級の力を持っているものの、即死技を除けば準幹部級の中でも下層クラスの強さしかない。

 そのため彼は、言葉でむきむきの思考と行動を誘導していた。

 

(最近、神々をも殺す可能性がある魔剣使いが一人増えたばかりだというのに。

 今度は凶悪なまでに肉体特化の人間か。神に愛された人類という種は、本当にしぶといものだ)

 

 空を飛ぶ飛行機を指先で追うくらいなら、子供にもできる。

 音速を超えて飛ぶ戦闘機も、指先で追うだけなら十分可能だ。

 距離さえあれば、人の体がどんなに速く動こうとも、連射可能な死の宣告で追いきれないということは、普通あり得ない。

 馬でイスカリアが逃げ、むきむきがそれを追うという構図である以上、馬の速度の分むきむきの速度は差し引かれるのだから、尚更に。

 

 デュラハンが指差してから、魔法か呪いの名を告げるまでの一瞬で、横に跳んでそれを回避するむきむき。

 死の魔法、死の宣告を見切ってかわす人間の恐ろしさは、戦っているイスカリアが一番よく分かっていた。

 

(十二分に化物だ。背筋がヒヤリとする)

 

 大抵の敵は一発で倒せるのに、今は即死の指差しを連続で撃って、詰将棋のように追い詰めていかなければならない。

 追い詰める方もかわす方も、共に手が抜けない全力の時間が続いていた。

 

『頃合いだ。接近するふりをして逃げろ』

 

 銃弾の速度で密閉空間に撃ち込まれたスーパーボールのような動きで回避を続けるむきむきに、幽霊が声をかける。

 それは、彼の勝利の可能性が存在しないことを意味していた。

 

『彼我の戦力差ははっきりした。

 今日までの貴様の戦いを見てきた(それがし)が保証しよう。

 貴様はこの化生には勝てない。生きるため、逃げろ』

 

 もはや勝敗は揺らがない。

 むきむきはいずれ精神と肉体の疲労によってつまらないミスをして、そのたった一度のミスのせいで死に至るだろう。

 しからば、後はどう負けるかしか選べない。

 逃げて負けるか。死んで負けるか。

 ならばせめて生きる方を選べと、幽霊は少年に語りかける。

 

『誰にも文句は言えないはずだ。

 人はいつでも、自分が生きるための行動を選ぶ権利がある。

 どんな人間にも、他人に"人助けのための死"を強要する権利など無い。

 逃げろ。貴様にはその権利がある。ここで逃げることは、貴様の罪にはならない』

 

 その忠告を無視して、少年はデュラハンに立ち向かい、敗北に繋がる戦いを続けた。

 

『逃げろ』

 

 無視して、戦いを続けた。

 

『逃げろ』

 

 無視して、戦いを続けた。

 

『よいのだ、逃げろ』

 

 その優しさと気遣いから来る言葉を、むきむきは無視して、戦い続けた。

 

『逃げろ! 死ぬぞ!』

 

「死なない!」

 

 無口だった幽霊が、無感情そうだった幽霊が、自分に興味も無さそうだった幽霊が、こんな大声を出すのを、少年は初めて聞いた。

 従順で純朴だった少年が、自分の忠告にこうまで強く反発するのを、幽霊は初めて見た。

 

「僕もめぐみんも、死んだりしないっ!」

 

 むきむきの速度が上がる。

 昼間の戦いで痛めた筋肉は超高速での超回復を既に終えており、昨日までのむきむきでは到底出せないようなスピードを叩き出していた。

 

(情報通り。精神の高揚と共に、身体能力が上がっていく……なんと厄介な)

 

 距離が詰まり、むきむきの拳が届く千載一遇のチャンスが訪れる。

 振るわれる拳。回避するデュラハン。騎士の脇下から、指先だけが少年に向けられる。

 

「『デス』」

 

 拳を振るった直後、むきむきは体を捻って跳ね跳び死の魔法を回避する。

 しっかりした姿勢から拳を放たなければならないむきむきと、どんな姿勢・距離からでも指差すだけで殺せるイスカリア。

 その差は、戦闘においてあらゆる場面で作用する。

 

「殴れるのなら、壊せるはずだ!」

 

 また無情に距離が離され、少年は必死に追いすがる。

 指差しを併用して距離を離しながらも、イスカリアは徐々に身体能力を増すむきむきに僅かな驚きを覚えていた。

 

「壊せるのなら、倒せるはずだ!」

 

 叫ぶ度に、少しづつ。

 立ち上がる度に、少しづつ。

 立ち向かう度に、少しづつ。

 強さが増している。赤い瞳の輝きが増している。

 

(ここがこの少年の長所であり、いとも容易く付け込める欠点)

 

 その強さでさえ、頭で戦う魔王軍上位層にとっては、手の平の上で転がせる強さでしかなかった。

 

「今、君の里には我が魔王軍の隠密部隊が入り込んでいる」

 

「!?」

 

 ぐらり、と少年の心が揺れた。

 

「これを期にあの里の何人かだけでも始末しておこうと思ってね。

 高レベルの潜伏スキルを持つ者達を何体かこの隙に放っておいたのだ」

 

「一対一の決闘だって、言ったじゃないか!」

 

「一対一の決闘は続けるさ。さあ、戦いを続けたまえ。

 放った者達には族長、病人、女子供を先に狙うよう言い含めてある」

 

 集中が乱れる。

 熱意が冷える。

 戦意が揺らぐ。

 今自分がここに居ていいのか。今すぐに戻って確認するべきじゃないのか。こうして戦っている内に取り返しのつかない事態になったらどうするのか。

 

『ハッタリだ。耳を貸すな』

 

 経験の足りない少年と違い、幽霊はそれが虚偽である可能性に気付いていた。

 そも、そんな風に里に魔王軍が侵入できるのであれば、真夜中にでも襲撃させて皆殺しにしてしまえばいい。

 そうしないのは、それができないからだと幽霊は考える。

 このタイミングでこれを言い出すという時点で怪しい。

 事実、イスカリアのこの言葉は根も葉もない嘘だった。

 

 されど、むきむきは幽霊に何を言われても、イスカリアの言葉に引き起こされた動揺と思考を、無いものとして扱うことができなかった。

 

『これは腐っても騎士だ。

 体も心も腐っているが、矜持は残っている手合いだ。耳を貸すな』

 

 少年の肉体は、それ自体が魔力と親和する魔法のようなもの。

 魔法は精神力で制御するものであり、彼の筋肉は彼の精神状態と密に連動している。

 精神の不安、集中の散漫、意識の動揺……それらは、ダイレクトに彼の力を削いでくる。

 

『耳を貸すなと……いや、もはや、無意味か』

 

 ()()()()という弱点を、敵は的確に突き、それが決定的な一打と成った。

 

(精神状態で強くなる手合いを処理するには、この手に限る)

 

 スペックが下がったむきむきが、川を前にして敵の指差しを見る。

 

「『君は、二週間後に死ぬだろう』」

 

 川の前で斜め上後方に跳躍し、むきむきはその死の宣告を回避して。

 "呪いが体に当たってから"、何故この敵が今即死の魔法ではなく、死の呪いを放ったのかを理解した。

 

「……え」

 

 イスカリアの指先は、"川の水面に映ったむきむき"を指差していた。

 

(川……水面……かが、み?)

 

「我が呪いは指差しの呪い。

 即死の魔法は指差した軌道に沿って飛ぶ魔法。

 即死の呪いは"指差した対象に呪いをかける"もの。

 魔法ではなく呪いならば、水鏡越しにも君には当たる」

 

 指差しを照準として魔法を放つ、デス。

 指差した相手を呪う、死の宣告。

 二つは魔法と呪いであるがゆえの違いを持ち、呪いであれば鏡越しでも十分効果を発揮する。

 

 かくして、二週間後の死を約束され、重度の熱病と同じ症状がむきむきの動きを止める。

 

「う、あ……」

 

「『デス』」

 

 そうして、容赦なくトドメの一撃が飛び。

 

 指差した軌道に沿って放たれた死の魔法は、発射と命中がほぼ同時に行われる弾速で飛び、そのまま綺麗に命中した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幽霊が師で、少年が弟子で。

 異世界から訪れた奇妙な転生者の幽霊は、基礎的な鍛錬法、基礎的な技術、すなわち応用が利く自分の技の基礎を少年に叩き込んでいった。

 武術とは一生涯かけて磨くもの。

 鍛練とは体が動かなくなるその時まで習慣として続けるもの。

 

 基礎だけに留めたのは、そこから自分に合わせた技を編み出すのは少年の仕事だと考えたから。

 

「ありがとうございます、幽霊さん」

 

 イスカリアとの戦いの数日前、少年は唐突にそんなことを言い出した。

 

『藪から棒だな』

 

「なんというか……ちゃんと、強くなれてる気がするんです」

 

 これは、幽霊の想い出。

 少し何かを教えてやっただけで、無条件に懐いてくる無邪気な子供に、"ありがとう"と感謝された記憶。

 

「幽霊さんのおかげです。

 ここは魔法使いしか居ない里。

 そこから出ないで僕が師を得られるなんて、思っても見ませんでした」

 

 本当に、奇跡みたいな幸運です、と少年は嬉しそうに言う。

 

 その尊敬を、幽霊は少しむず痒く感じた。

 

「まだまだ色んなこと、教えて下さいね!」

 

『よかろう。存分に鍛えてやる』

 

 結ばれた約束があった。

 

 破られた約束があった。

 

 

 

 

 

『約束破りとは、(それがし)も堕ちたものだ。

 (わらべ)の心を裏切るなど……畜生にも劣る所業だろうに』

 

 

 

 

 

 少年が目にしたのは、自分を庇って魔法を受ける幽霊の姿。

 

「幽霊、さん?」

 

―――我ら兄弟の死の技は、生者のみならず死者さえも二度目の死に至らしめる

 

 死の魔法は単体指定の即死魔法だ。

 一人を殺せば、その向こうにまでは届かない。

 

「これは……亡霊にもなっていない、この世界に馴染んでもいない魂か?」

 

 イスカリアはここでようやく、幽霊の存在に気付いたようだ。

 眼の焦点を概念的にズラし、可聴域を死に寄せて、その姿と声を捉える。

 そうしてようやく、転生者の魂という可視化しづらいものを認識した。

 

「馬鹿な、魂の基礎構造が歪んで、まっとうな転生さえできなくなるぞ」

 

『構わん。

 次の生などと考えること自体おかしいのだ、本来はな。

 命は全て短き道果(みちはて)に終わるもの。死ねばそこで全て終わりよ』

 

 死の後に復活があるとしても、死の後に来世があるとしても、それを理由に"後があるから"と今の生を適当に扱う者には、何も成すことはできない。

 

『来世があるのだとしても……

 来世のことを考えて今の人生を生きるなど、その時点で間違いである。

 来世を良くするために生きるのではない。今ここにある心に従い、生きるべきなのだ』

 

 それは今を生きる生者の理屈。

 

死に損ない(アンデッド)の貴様には、生き損ない(アンデッド)の貴様には、分かるまい』

 

「―――」

 

 動く死体であるデュラハンが、いつかどこかで忘れた摂理。

 

『死んでたまるかという想いで死を跳ね返すこと。

 果てることを恐れ、生きた屍として終わりから逃げ続けること。

 来世などというものを考え、余計な生き方をしてしまうこと。

 全て別だ。

 浮浪者の如く生きた屍として生き恥を晒している貴様のような者を、某は何より軽蔑する』

 

「亡霊が生を語るのか」

 

(それがし)も貴様も死んでいるのだ。

 死人が生者の足を引っ張るなど、それこそ醜悪極まりない』

 

 死してなお、この幽霊には信念があった。

 

「あ……幽霊さん……」

 

 そんな幽霊を、泣きそうな顔でむきむきが見つめる。

 熱病の呪いに蝕まれながらも、少年は幽霊に手を伸ばした。

 邪神ウォルバクのダークプリーストであるイスカリアの死の魔法は、幽霊の魂魄の基礎構造を破壊し、その体は既に崩壊を始めている。

 

『そんな顔をするな。莫迦者が』

 

「だって……だって……!」

 

『生きる気もなく、既に死した亡者である(それがし)

 守りたいものがあり、今を生きようとする貴様。

 どちらが残るべきかなど語るまでもない。生きよ。貴様にはその価値がある』

 

 男の価値は決断で決まると断じる幽霊は、他人のために決断することができる少年の価値を、最後の最後に肯定していく。

 

『生きて、生きて、生きて……この広い世界を、見て回るがいい』

 

 幽霊の姿が、完全にかき消える。

 

 

 

 

 

『貴様のような者でさえ、素晴らしい友と出会うことができる、この素晴らしい世界を、な』

 

 

 

 

 

 通りすがりの幽霊は、ただの一度も名を名乗らないまま、少年に言葉を残して消えて行った。

 

『心定まらぬ時は、右の拳を握れ。右の拳を見よ』

 

 耳を通してではなく、胸の奥に直接に、届けられる最期の声。

 

『そこに勇気を置いていく。拳を見るたび思い出せ』

 

 最後に胸に響いたその言葉に、少年は一筋の涙を流した。

 

「あ」

 

 感情の爆発が、心の中を空白にする。

 

「あああああああああああああっ!!」

 

 もはや思考さえも伴わない、激情に任せた行動だった。

 踏み込む足が、踏み込んだ地面を爆裂させる。

 体が空気の壁にぶつかって、それを体当たりで粉砕し、爆裂させる。

 体内で爆裂するエネルギーを、全て振り下ろす手刀に乗せる。

 

 イスカリアは超人的な反応速度でそれを剣にて受け止めたが、手刀は火花を散らしながら衝突し、その刀身を真っ二つに叩き切った。

 

「な―――」

 

 折れた剣が地に落ちるその前に、イスカリアの腹に蹴り上げが突き刺さる。

 騎士の体は馬から強制的に引き剥がされ、空中では四方八方からの拳と蹴りが待っていた。

 

「くぐぁっ!?」

 

 力任せ、筋肉任せの強烈な連打。

 空中に蹴り上げられてから、空中で体が落下を始めるまでの間に叩き込まれた攻撃、実に14発。

 最後に空中から蹴り落とされ、地面に叩きつけられた一撃も加えれば、ちょうど15撃。

 殺意に満ちた連続攻撃だった。

 

「な……あ……」

 

 地面に埋まった体を引き抜き、イスカリアは顔を上げる。

 そこには、月光を背にした巨人が立っていた。

 

 夜の闇に混じり合う、逆立った黒い髪。

 夜の黒に赤い軌跡を刻む、赤く輝く眼。

 人型モンスターの大半よりも大きそうな、人間離れしたその巨体。

 目に見えそうなほどに吹き上がる殺意。

 肉体より湧き上がる莫大な熱。

 涙を流すその双眸。

 

 その姿を見て、アンデッドは思わず呟いた。

 

「……あ……悪魔……?」

 

 それは、かつてめぐみんが月の夜に見たものの対極にあたる姿。

 ホーストが見た少年の未来の可能性。

 子供の純粋さに、優しさと残酷さの二面性があるように。

 正義という言葉に、光と闇の二面性があるように。

 この少年にも、一歩間違えれば魔王軍に堕ちる素養があった。

 

(……私が人間でなくなった日のことを思い出す。

 そうだ、これが、これこそが……自分が死ぬという予感、そのおぞましさだ)

 

 イスカリアの中に、既にこの少年の強さを計ろうという意識はない。

 ここまで来てしまえば、下手を打った瞬間に殺される。

 それゆえにか、イスカリアは最も確実な方法を選んだ。

 

「デ―――」

 

 指差し、たった二文字を口にするだけで殺せる魔法。

 むきむきは横に跳んで避けようと考える。

 だがそこで、右の拳が目に入った。

 

 幽霊の最後の言葉が脳裏に蘇り、思考に満ちていた黒い殺意が僅かに薄れる。

 ここでまた魔法の回避が始まれば、先程の繰り返しになりかねない。

 横に逃げてはいけない。人は前に進まなければならない。

 文字にすれば二文字しか無いその刹那を、彼は勇気をもって踏破する。

 

(―――前に踏み込む、勇気を)

 

 横ではなく、前に跳ぶ。

 そして、ワンモーションで拳を突き出す。

 結果、『デス』の二文字の内一文字しか口にできないままに、イスカリアは胴を殴り飛ばされていた。

 

「―――バカ、な」

 

 自身が発揮できる最大最高の力を発揮している今のむきむきに、この距離で死の魔法は通じない。 

 昨日のむきむきになら、明日のむきむきになら、通じるかもしれない。

 けれども、今のむきむきには通じない。

 

(たった二文字だ。

 たった二文字の発音で発動する、即死の魔法だ。

 なのに……なのに……それさえ、口に、できないと、いうのか……!?)

 

 頭の中を真っ白にして、真っ黒な殺意に身を任せていられればよかった。

 けれど、消えてしまった師匠のことを思い出してしまった。

 だから、熱病の呪いに浮かされた顔で、むきむきは泣き出してしまう。

 

「うっ、えぐっ、ああ」

 

 悲しかった。

 大泣きしてしまうくらいに、少年は師匠のことを慕っていた。

 手の暖かさ、抱きしめてもらった時の暖かさを覚えているだけの両親の仇さえ、取ろうとしていたのがむきむきだ。

 めぐみんも、ゆんゆんも、あるえも、こめっこも、ひょいざぶろーも、ゆいゆいも、ぶっころりーも、そけっとも、そして幽霊も。

 彼は、本当に大切に思っていた。

 

「うっ、えうっ、うぇ、ああぁ」

 

 殴り飛ばされ倒れたままのイスカリアに、彼は執拗な攻撃を加え始める。

 泣きながら、拳を叩きつけ始める。

 

「う、あ、ああっ……ああああああああっ!!」

 

 叩き潰して、叩き潰して、叩き潰して、叩き潰して、叩き潰す。

 磨り潰して、磨り潰して、磨り潰して、磨り潰して、磨り潰す。

 踏み潰して、踏み潰して、踏み潰して、踏み潰して、踏み潰す。

 

「『デス』! 『デス』! 『デス』! 『デス』!」

 

 鎧を隅々まで砕くような念入りな殺害。

 対し、イスカリアは発動タイミングによっては死の結果さえ覆す、回復魔法となった死の魔法を自分の体にかけ続ける。

 だが、回復が追いつかない。

 回復速度と破壊速度が完全に釣り合ってしまっている。

 もはや、むきむきに死の魔法をかける余裕さえなかった。

 

 ゲーム的な表現をするならば、回復のボタンを全力で連打しているのにHPが1より上に行かないようなもの。

 別のコマンドを実行しようとすれば、別の行動を取ろうとすれば、その瞬間に死ねると確信できるだけの殺意の連打。

 

「ごめんなさい……ひくっ、ごめんなさい……なさいっ……!」

 

 『もっと自分がしっかりしていれば、誰も犠牲にしなくて済んだはずなのに』。

 『もっと圧倒的に戦っていれば、誰も居なくならなかったはずなのに』。

 『もっとちゃんと殺せば、上手くいったはずなのに』。

 『こんなにも上手く行かなかったのは』。

 『こんなにも悲しいのは』。

 『自分がちゃんと殺してないからだ』。

 

 と、死と喪失のストレスが子供の思考をぐちゃぐちゃにかき回す。

 無茶苦茶な思考が、ひたすらに拳を叩きつけさせる。

 癇癪を起こした子供のように、泣きすぎてまともにものが考えられなくなっている幼い子供のように、思考がぐちゃぐちゃになる。

 

 『自分も生きて、めぐみんも助けて、幽霊さんも死なせない』。

 『三つ果たさないといけないことがあって』。

 『でも、一つはもうダメで』。

 『戦う前には、幽霊さんが消えてしまうなんて思ってもみなくて』。

 『一つ余計に仲間が殺されてしまったから』。

 『一つ余計に、この敵を殺さないといけない』。

 『そうすれば、戻って来てくれるかもしれない』。

 『戻って来て欲しい』。

 『もう一度会いたい』。

 『まだ、色んなことを教わりたい』。

 

 一つ殺せば、一つ甦るのか。

 そんなわけがない。そんなことが起こるはずがない。

 正義の味方が一つ守れば、それは命が一つ蘇るのと同義か。

 否。正義の味方が一人救っても、過程で死んだ一人は生き返らない。

 取り返しの付かないことがある。

 覆せない死というものがある。

 それは、この世界でも同じこと。

 

「く……が……」

 

 やがて、回復に使われていた死の魔法の行使も終わった。魔力が尽きたのだ。

 それでも、攻撃は終わらない。

 肉体による攻撃に、魔力切れはない。

 念入りにイスカリアを破壊する連打は一向に止まりはしない。

 

「―――、―――っ、―――ッ!」

 

 その時、またしても叩きつけた右の拳が目に入り、脳裏に言葉が蘇った。

 

―――忘れるな

―――お前の拳は、誰のために握られたのだ

 

 怒りで、悲しみで、殺意で、忘れてしまっていた想いを思い出す。

 助けたかった友達のことを思い出す。

 そこから連鎖的に、様々なことを思い出した。

 無事を喜んでくれたひょいざぶろーとゆいゆい。子供心に自分を責めていたこめっこ。心配そうに送り出してくれたゆんゆん。そして、めぐみん。

 そこから、今日までの日々の想い出が一気に頭の中を駆け巡る。

 

 『戦う理由』を思い出した頃には、頭の中の黒い感情は、綺麗さっぱり押し流されていた。

 そうして、彼は一瞬で冷静さを取り戻す。

 涙を拭い振り返れば、そこには騎士の体を置いて逃げる馬と、その馬と一体化した騎士の頭部があった。

 

「っ、まさかあの状態から気付くとは……!」

 

 初めて会った時から、イスカリアの頭部は馬と一体化していた。

 "頭と胴体が離れている"というのが、デュラハンの特徴である。

 言葉を発しているのは胴体。動いているのも胴体。

 そのため本体も胴体、とむきむきは自然に考えていた。疑問さえ持っていなかった。

 

 だが、違う。

 本体は頭の方だったのだ。

 デュラハンとはいえ、本体が胴体であるのなら、本体の九割を粉々にされても生きていられるわけがない。

 

 イスカリアが馬を降りている時は、馬は少し離れて本体の頭部に戦場全体を眺めさせる。

 そうやって本体を安全圏に置きつつ、胴体の死角を無くす。

 馬に乗っている時も、頭部は胴体の死角を見て潰している。

 

 そして、負けそうになった時は胴体を囮にして頭と馬だけで逃げる。

 なんとも奇天烈な、初見であればほぼ見抜けない逃亡法であった。

 

 だが、むきむきはそれに気付いた。

 『誰のために戦うか』を思い出せた奇跡が、イスカリアが仕込んだ最後の最後の逃亡策を見破ったのだ。

 少年は、腰だめに手刀を構える。

 

「……我、久遠の絆断たんと欲すれば、言葉は降魔の剣と化し汝を討つだろう」

 

 振るうと同時に踏み込んで、すれ違うように手刀を振り切る。

 

「『ライト・オブ・セイバー』」

 

 闇夜を切り裂く光の剣が、イスカリアの頭部を両断した。

 

「……これで終わりだなどとは、思わないことだ」

 

 からん、と二つに切り分けられた兜が落ちる。

 馬も消える。

 イスカリアは消滅を前にして、最後に負け惜しみを吐いていった。

 

「君が人類である以上、魔王軍は必ず君を滅ぼすだろう。必ずだ」

 

 むきむきの最大最高の力を見てなお、イスカリアは魔王軍の勝利を疑っていない。

 

「先に地獄で待っている。いつでも来るがいい。……申し訳ありません、セレ―――」

 

 イスカリアの最後の言葉を噛み締めながら、少年は砂になっていくイスカリアを見つめる。

 体から、死の宣告と熱病の呪いも消えた。

 まごうことなく、術者が死んだ証である。

 それは同時に、めぐみんが助かったという事実の証明でもあった。

 

 むきむきは無言で、夜空の月を見上げる。

 大きな虚無感と大きな達成感が、同時に胸の中に広がっていた。

 

 仲間を殺した敵を殺すことができたとしても、殺された仲間を取り戻すことはできない。

 暴力なんて、所詮はそんなものだ。

 人を救い、導き、蘇らせると伝えられる女神のような力なんて、力自慢なだけの人間に備わるわけもない。

 

「むきむき! 大丈夫!?」

 

 心が光と闇の間で揺れているそんなむきむきの前に、ゆんゆんが現れた。

 

 彼女の中にも多大な葛藤があったことだろう。

 めぐみんのそばに居て欲しいという友人との約束を守るか、破るか。

 弱っているめぐみんの傍に居てやるか、戦う友の下に行くか。

 自分が行って敵に見つかればそれで敵が逃げてしまう可能性もあり。

 自分が行かなかった結果、むきむきもめぐみんも死んでしまうという可能性もあり。

 助けに行った結果自分が死んでしまう可能性もあった。

 

 イスカリアが出していた決闘の条件がある以上、見つかれば終わりなため、他の人を連れて行くわけにもいかない。

 ゆんゆん一人が行って、何ができるという話でもある。

 それでも彼女は、こっそり隠れながら彼を助けに行くという選択を選んでいた。

 それは間違いなく、勇気を要する選択である。

 

「この気配……あ、勝ったのね! 流石むきむき! これでめぐみんも助かるよね!」

 

 そして、その勇気こそが、今日この時この場所で、むきむきの心の救いとなってくれていた。

 

「……むきむき?」

 

 抑えていた感情が、友の姿を見たことで決壊する。

 こらえていた涙が、友の姿を見たことで流れ出す。

 一人では潰れそうになっていた心が、友の声で潰れることを免れる。

 

 むきむきは、今は誰でもよかったのかもしれない。

 安心して寄りかかれる相手だったなら、誰でもよかったのかもしれない。

 けれども、最初に来てくれたのが生まれて初めて出来た友達だったことは、間違いなく彼の幸運だった。その幸運は、女神様がくれたものだったのかもしれない。

 

 少年は、縋り付くように少女を抱きしめる。

 

「え!?」

 

 ゆんゆんは少し驚き慌て、抱きついてきた少年の様子を見て、更に大きく驚いた。

 

「うあああああああああああっ」

 

 少年は泣いた。一人で泣いていた時よりも泣いた。

 より大きな声を上げ、より多くの涙を流した。

 涙とは心から溢れた感情の雫。

 それが多ければ多いほど、その心が悲しみに満ちているという証明になる。

 

 次第に溢れる感情を流し出すのには目だけでは足りなくなり、少年の口が嗚咽と吐露という形で想いを吐き出し始めた。

 幽霊と出会った時のことから、今日まで教えてもらったこと。

 手に入れた力で、守れたものもあったこと。

 めぐみんが呪いをかけられてから、胸の奥にくすぶっていた後ろ向きな気持ち。

 本当は、イスカリアと戦うのも怖かったこと。

 戦いの中でも持っていた、足が震えてしまいそうだったくらいの死を恐れる気持ち。

 そして、既に死した幽霊との死別。

 

 感情を声にして、胸の奥で破裂しそうなくらいに膨れ上がる気持ちの全てを、友達に吐き出す。

 ゆんゆんはその全てを、黙って聞いてくれていた。

 

「ずっと、ずっと、自分のことなんて分かってて。

 情けないって分かってるのに、変われなくて。

 みんなに嫌われたくなかった。

 みんなに好かれたかった。

 僕がちゃんとみんなと同じに扱ってもらえる、居場所が欲しかったんだ」

 

 幽霊との永遠の別れは、彼が何年も前から抱え込んでいた想いも、連鎖的に吐き出させていた。

 

「嫌われると胸が苦しくて……

 誰にも好かれてないのが悲しくて…

 居場所がないのが辛くて……

 これ以上嫌な思いなんてあるわけないって……

 だからこれからは良くなるだけだって……自分にずっと言い聞かせてて……」

 

 誰にもどこにも行って欲しくなかったから、全員で生きて終われる結末を求めて、恐ろしいデュラハンにも勇気を出して挑んだのに。

 結末は、別れで締めくくられてしまった。

 

「なのに―――今が、一番苦しくて、悲しくて、辛い」

 

 子供らしく、彼らしく、むきむきは涙と共に想いを吐き出しきった。

 そんな彼を、一人の友として、ゆんゆんは受け入れる。

 

「うん、むきむきは頑張ってるよ。ちゃんと頑張ってたよ」

 

 ゆんゆんは頑張り屋で努力家だ。

 だから知っている。

 適当にやったことが失敗しても、人は泣かない。

 精一杯頑張って、一生懸命頑張って、それでも駄目だった時にこそ、人は泣くのだと。

 

「頑張ったから、泣いてるんだよ」

 

 弱虫なりに一生懸命頑張って、それでもハッピーエンドを掴めなかった少年を、ゆんゆんは優しく抱きしめた。

 ああ、なんか友達してるなあ、と思いながら。

 ああ、なんだかもう本当にむきむきはむきむきらしいな、なんて思いながら。

 でも鼻水と涙でぐちゃぐちゃになっちゃうのだけはちょっとね、なんて思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 めぐみんの病室の扉が開く。

 ベッドで上半身だけを起こし、月を見上げていためぐみんが、ゆっくりと顔をそちらに向けた。

 窓から差し込む月光が、部屋に入って来たむきむきを照らし出す。

 

「勝ちましたか?」

 

「うん、勝ったよ」

 

 むきむきが覚えていない二人が初めて出会った夜、月はむきむきの背後にあった。

 だが、今はめぐみんの背後にある。

 めぐみんは窓から差し込む月光を背にして、むきむきの表情をじっと見て、肩を竦めてやれやれと呆れたような微笑みを浮かべた。

 

「ありがとうございます。ま、私は勝つと思ってましたけどね」

 

 あの幽霊も、最後はむきむきの勝利を信じて逝った。

 こうして今日の戦いを見返してみれば、彼はめぐみんの信頼で戦いに挑むことができ、幽霊の信頼で戦いに勝利できたと言えるだろう。

 

「勝利を信じてくれる人が居ないと、僕は誰にも勝てないのかもなあ」

 

「なんですかそれ? ザコには負けないでしょうザコには」

 

「いや、なんとなく、そう思っただけ」

 

 二人揃って笑い合う。

 

 信頼が力に変わることを知った夜だった。

 右手に勇気が宿った夜だった。

 永遠の別れの痛みを知った夜だった。

 溜め込んでいた感情の全てを吐き出した夜だった。

 何かが終わって、何かが始まった夜だった。

 

 月の明るい、夜だった。

 

 

 




 次回から、第二章開始です

 ベルディアの天敵みたいな規格外魔法を数種撃ち、ハンスの最大の強みである毒が効かない上に触れるだけで毒を消し、即死外傷がないシルビアの与えたダメージの大半は回復余裕な上に悪魔に効く魔法も持ち、ウィズが色んな意味で勝てない女神で、おそらく世界で唯一バニルを押さえ込める人物で、ウォルバクの爆裂魔法の破壊速度より速い建築速度を持ち、デストロイヤーの結界も吹き飛ばし、幹部全員倒さなくても魔王城の結界を吹き飛ばせる、魔王の力さえ抑え込んで強制的に弱体化させられるアクア様。
 あらゆる状態異常が通じずほぼ全ての魔法・スキル・魔法効果を吹き飛ばし魔王軍の主要種族ほとんどに特攻が付く回復蘇生解毒なんでもござれなアクア様。
 あの人かカズマさんが居ないと基本的にこの世界はクソゲーと化します、はい


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二章 はじめまして、お姫様、王子様
2-1-1 旅立ちの日に


【第一章のあらすじ】
 とあるのどかな田舎町に住む少年むきむきは、魔女の血を受け継ぐ12歳の男の子。『魔女として生きることを決意した少女は、13歳の満月の夜に魔女のいない町を見つけて定住し、魔女の修行を積むべし』という古くからのしきたりに従って旅立ち、海の向こうの町コリコに辿り着いた。


 むきむき、めぐみん、ゆんゆんの三人が旅立つ日がやって来た。

 テレポートで里の外の街まで送ってもらうか、それとも歩いて街まで向かうか。彼らには二つの選択肢があり、前者が推奨されていた。

 ところが、彼らは後者を選択。

 何故か?

 片道30万エリスという、貧乏めぐみんには払えない額の金が必要だったからである。

 

 30万エリスといえば、週刊少年ジャンプ1176冊分だ。

 横に重ねると空気の厚み込みで35.28mになるという脅威のサイズ。

 イメージしてみれば、これがどれだけの大金か分かるというものだ。

 とはいえ、旅立ちは旅立ち。

 子供達三人は、それぞれが思い思いにこれからのことに思いを馳せ、どこかそわそわした様子で里の外を眺めている。

 今は朝だが、昼前には皆に見送られ、里を出ることになるだろう。

 

 三人は里を囲む柵に寄りかかり、三人並んで里の外の風景を眺めていた。

 

「めぐみん、その黒猫は何?」

 

「ちょむすけです。使い魔です」

 

「使い魔かあ。魔法使いっぽくていいね」

 

「今日は私達三人の旅立ちではなく、三人と一匹の旅立ちとなるというわけですよ」

 

 めぐみんがさらりとゆんゆんを置いていこうとしたり。

 一緒に付いて行きたい、けれど里の外に別々の道を行くライバルとして出て行きたい気持ちもある、というややこしい精神状態のゆんゆんが話をこじらせたり。

 いや戦力的に三人で固まって行こうよ、とむきむきが呆れて説得したり。

 

 色々あったが、とりあえず三人一緒に旅に出るということで話は付いた。

 紅魔の里から少し離れれば、そこはゆんゆんやむきむきでもあっさり殺されるかもしれない強力なモンスター、悪辣なモンスターのオンパレードだ。

 めぐみんも、この二人が居なければ歩いて突破など考えまい。

 

 紅魔の里から一番近い街まで歩いて二日。

 そのまま街で止まらずまっすぐ進めば、幾つかの村を越えた先に魔王城があるというのだから、この里の周辺がどれだけ危険なのか分かるというものだ。

 RPG的に言えば、魔王城の前の最後の街から行ける隠し要素の里のようなものなのだから。

 

「そういえばむきむき、よかったんですか?

 家の物を半分ほど売り払ったと聞きましたが」

 

「え、なにそれ聞いてない! というかなんでめぐみんは知ってるの!?」

 

「うちの父が魔導冷蔵庫をタダで譲って貰ったからですよ。

 そりゃもう喜んで、娘の私に自慢してましたから。年甲斐もなく」

 

 むきむきの家には、両親の遺品が多く残されている。

 その多くはむきむきが使わないものであり、魔力が低いむきむきにはそもそも使えないというものも多かった。

 むきむきはそれらを捨てることも譲ることも売ることもしていなかったが、旅立ちの前に何を思ったのか、そのほとんどを処分したのだ。

 

「ああいうのに拘りがあったから、あの家で一人で暮らすことを選んでたんじゃないんですか?」

 

「うん」

 

 家とセットで残されていた微かな両親の記憶に縋り付くように、むきむきは今までずっと、今の家に拘っていた。

 "新しい家族"というものを、それそのものを拒む勢いで、彼はあの家に執着していた。

 なのに、その家にあった物の多くを売り払ったというのに、少年の表情は穏やかなままだ。

 

「あれは多分。僕の未練だったんだ。

 『僕にも愛してくれた家族が居たんだぞ』

 っていう、自分を支えるための、意味のない未練」

 

「……」

 

「あれは家族の形見だけど、そこに家族の想い出は無い。

 捨てられなかったのは、家族の想い出が詰まってるからじゃなくて。

 多分……僕を愛してくれた人がこの世界に居たっていう、証明だったからなんだ」

 

 何かを手放すという行為を、人はたびたび過去との決別として使う。

 少年の中で、何か一つの気持ちが終わりを告げたのだろう。

 心の整理がついた、と表現するのが妥当だろうか。

 

 数日前のイスカリアとの戦いが、いい意味での彼の転換点になってくれていたようだ。

 

「なんだか、最近むきむきは落ち着きが出て来ましたね」

 

「そうかな?」

 

「そうですよ」

 

 頬杖をついて、面白そうにめぐみんが笑う。

 

「大人っぽくなったってわけじゃなさそうだけどね。

 うじうじしてたのが、ちょっと上向きで前向きになった感じかな」

 

「そうかな?」

 

「そうよ」

 

 ゆんゆんが腕を組み、半目でそんなことを言っている。

 

「僕はもう一回テントとか旅の荷物の確認してくるよ。

 何か追加で持っていきたいものある? 買ってくるけど」

 

「では何か甘い物をお願いします」

 

「……旅に必要なもの? まあいっか」

 

「むきむき! これは友情をダシにしたパシリよ! 騙されないで!」

 

「ちっ、ゆんゆんは自分がやられる分には鈍いくせに、こういう時だけ聡いんですから……」

 

 いいよ三人分買ってくるから、とむきむきはどこぞへと去って行く。

 

「なんだか、旅立ちの前が一番ドキドキするよね」

 

「ま、ゆんゆんはそうでしょうね。私ほどの者になれば……」

 

「私の今の台詞、むきむきから聞いた昨日のめぐみんの台詞なんだけど」

 

「あんのお喋り筋肉……!」

 

 してやったりといった顔のゆんゆんに、思わぬ伏兵に刺されためぐみん。今度からむきむきは余計な発言にも気を配る必要がありそうだ。

 

「まずは里から水の都アルカンレティアへ。

 そこから観光の街ドリスへ。

 最終的にベルゼルグ王都を通り、始まりの街アクセルに向かいます」

 

「最短ルートじゃないけどね。

 むきむきが一度王都を見てみたいって言うものだから」

 

「まあいいじゃないですか。

 一度見てみたかったというのは、私もあなたも同じでしょう」

 

「うーん、それを言われると辛い」

 

 ベルゼルグ王都。

 紅魔の里が存在するこの国の中心にして、この国で最も発展した大都市であり、この国でも指折りの『激戦区』である。

 ここが落ちれば、人類は事実上の敗北を喫する。

 観光的な意味でも、危機感的な意味でも、厨二病的な意味でも、一度は行っておきたい場所であった。

 

 これから先のことを楽しげに話すめぐみんとゆんゆん。

 こうして並んでいると二人がまるで姉妹のようだ。

 問題なのは、この二人が互いに対して「この子は私が居ないとダメなんだから」と思っていて、自分の方が姉ポジションだと思っていることなのだが。

 

 そうこうしてると、馬に乗った少年が一人やって来る。

 どうやら里の外からのお客様のようだ。

 この里まで運んでくれる命知らずな馬車など普通はいないので、この里に来る人間は大体強力な冒険者を含んだ徒党を組んでいる。

 それなのにここまで一人で来れたということは、その少年が普通でない実力者であるということを示していた。

 

「すみません。こちらに賞金首のデュラハンが来てると思うんですが……」

 

「もう倒しましたよ」

 

「えっ」

 

「我が右腕、筋雷魔法(サンダーミラクル)のむきむきが倒しました」

 

「さ、筋雷魔法(サンダーミラクル)……!?」

 

(めぐみんがまーたその場の思いつきで二つ名付けてる)

 

 使い込まれているが、あまり傷が付いていない鎧。

 背負われた大きな剣から感じられる、励起状態にないような奇妙な魔力。

 それらを見て、めぐみんはピンと来る。

 イスカリアは『魔剣の勇者に追われている』と、そういう話で通って来ていたことを、思い出したからだ。

 

「それで、あなたは?」

 

「ああ、ごめんよ。名乗り遅れたけど、僕はミツルギ。

 御剣(ミツルギ)響夜(キョウヤ)だ。ここまでずっと、イスカリアを追っていた者だよ」

 

 ―――随分と遅れて、魔剣の勇者はやって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 御剣響夜は転生者である。

 若くして物語のありがちな導入のような死に方をして、女神アクアを名乗るミステリアスな美女にこの世界に送り込まれてきた。

 

 女神の話の要点は、まず四つ。

・ある世界が魔王軍の手によって滅びかけていること

・魔王軍に殺された魂が、その世界に生まれ変わることを拒絶していること

・そのため、このままだとその世界に新しい命が生まれなくなること

・他の世界から命を運び入れるか、魔王軍を倒さなければ世界が滅びること

 最初に語られたのは、その世界の現状だった。

 

 次いで、ミツルギの権利と現状の説明の要点もまとめると四つ。

・ミツルギには全てを忘れ転生する権利、天国に行く権利、その世界に行く権利がある

・その世界に行くのなら、体も心もそのままで転生させてあげる

・更には強力な武器や能力など、特典を一つ神が与える

・ミツルギは生き残る力を得て、その世界の人類は即戦力を得る。Win-Win

 それを聞き、ミツルギは二つ返事で了承した。

 これにも理由が三つあった。

 

 一つは女神の美しさに――ミツルギ自身が自覚もなく――彼が一目惚れしてしまったこと。

 一つは、ミツルギが生来過剰なくらいに自分に自信を持っていて、特に何かに影響されたわけでもなく、勇者らしい思考・言動・行動を好んで取っていたこと。

 そして最後に、彼がシンプルに卑怯なやつや悪党が嫌いだったからだ。

 

 かくして、彼は使い手の技量次第で神をも殺せる自己強化の魔剣『グラム』を女神より与えられ、この世界に転生した。

 

「願わくば、あなたが魔王を倒す勇者となることを、祈っています」

 

 最後の最後、そう言って祈ってくれた女神アクアの美しい姿が、ミツルギの瞼の裏に焼き付いて離れない。

 

 少年は、女神アクアの神としての美しい一面を心に焼き付けた。

 もしもこの先、彼が女神アクアの駄目な所をいくつ知ったとしても、彼が女神アクアに幻滅することはないだろう。

 あばたもえくぼ。

 美しい一面を知ってしまったことで、ダメな一面を知ったところで、「そういうところもある」程度で流されてしまうようになってしまったからだ。

 

 転生し、女神の「魔王を倒して欲しい」という願いを胸に抱き、仲間も出来て、はじまりの街の冒険者の中でもエースと呼ばれるようになった頃。

 ミツルギは仲間も連れずに紅魔の里にやって来ていた。

 

「えーと、マツルギさんでしたっけ?」

 

「ミツルギだよ、ミツルギ」

 

 ゆんゆんに名前を間違えられ、ミツルギは苦笑する。

 名前を一文字間違えるというのは、とても大変なことだ。失礼だったり、大惨事になってしまったりする。

 例えば、悪魔というワードを一文字間違えてしまったとする。

 

 上級アクメホースト!

 見通すアクメバニル!

 アクメ使い志望こめっこ!

 つじつま合わせのアクメで破滅するかもしれない貴族!

 アクメ嫌いの女神エリス!

 

 と酷いワードが並ぶことになるだろう。最後のエリス様だけは――エリス様がエロ苦手そうな清純派イメージを持たれているため――それっぽさがあるが、それは御剣響夜(ミツルギキョウヤ)魔剣響夜(マツルギキョウヤ)と言い間違えてもあんまり違和感がないようなものだ。それっぽいだけで真実だとは限らない。

 

「イスカリアが倒された以上、この里に留まる理由もないのでは?」

 

「いや、他にも理由はあるんだよ。

 一つはここに封じられているという女神の確認。

 一つは王都で聞いたこの里の凄腕占い師の占い。

 それと最後が、僕と一緒に魔王を倒してくれる仲間集めだ」

 

 ミツルギの仲間は今は二人。

 共に女性で――ミツルギは気付いていないが――共にミツルギに惚れている。

 職業はそれぞれランサーと盗賊。

 ダンジョンアタックであれば強いが、後衛から単体への大ダメージや雑魚の一掃ができるウィザード、傷を癒せるプリースト等が居ないことが不安要素と言えば不安要素なパーティだ。

 

 彼がここに来たのは、その全てが優秀なアークウィザードということで有名な、紅魔族を仲間に加えるためでもあった。

 

「君達のような美しい女性が仲間になってくれれば、僕も嬉しい。

 どうだろう? 君達も僕のパーティに入ってみたいか?

 一緒に世界を救って欲しいんだ。自慢じゃないけど、僕も少しは名の売れた冒険者だからね」

 

「うわっ」

「うわっ」

 

「?」

 

 女慣れしている男の口説き文句というのは、なんとなく伊達男のような印象や、下心が見えない紳士的な印象など、それっぽい印象を受けるものである。

 その女の貞操観念を計る話し方であったり。後腐れなく遊べる女かどうかを探るものであったり。男慣れしてない生娘を引っ掛けるためのものであったり。女慣れしている男かどうかは、勘のいい女性であれば話している内になんとなく察したりもする。

 

 ミツルギの話し方は、明らかに女慣れした者や遊び慣れたもののそれではない。

 天然だ。天然でこういう話し方をしている。天然で褒め言葉が口説き文句になっている。

 初対面で相手の名前も知らない内から天然で口説き文句を言っている上、"相手がこの誘いを断ると微塵も思っていない"、溢れる自信。

 口説き文句ではあるが、相手のことをしっかり見た上で口にされる"その相手にしか使えない口説き文句"でもない、定型文のような口説き文句。

 そのため、絶妙な痛々しさがあった。

 

「遠慮しておきます」

「す、すみません、私もいいです。もう私達には仲間も居ますので……」

 

「そうかい?

 でもそのパーティに嫌気が差したらいつでも言ってくれ。

 僕はいつでも君達の仲間入りを、喜んで受け入れるよ」

 

 まあいつか仲間になってくれるだろう、と、疑いもしていない少年の笑み。

 二人に断られても、少年は全くこたえていなかった。

 

 ミツルギの人間性の半分くらいは、この表向き謙虚なように見えて根本的に絶対的な自信を持っている、という点で出来ている。

 ある意味むきむきの対極だ。

 その道を進めばいい、という絶対の正道があると信じている。

 自分がそこを歩いていけると信じている。

 皆に好かれる勇者らしい振る舞いがあると信じている。

 自分が他人を好いて信じているのと同じように、周囲から好かれ信じられると信じている。

 正しい努力をし、正しく積み重ね、正々堂々と戦えば、負けることはないと信じている。

 正義が勝つと信じている。

 悪者や卑怯者は最後に負けると信じている。

 自分が選ばれし者であると信じている。

 世界を救うのは自分だと信じている。

 

 ある意味彼は、むきむきに足りないものを何もかも過剰なくらいに持ち合わせている少年だった。

 

(こういう人物はあんまり好きじゃないんですよね。というかイラッとします)

 

 めぐみんがさっさとこの場から消えたいなあと思っていると、ミツルギの到着を聞きつけた紅魔族が集まり始める。

 王都で勇者認定され、『魔剣の勇者』という称号を頂いたミツルギは、その肩書きだけで一瞬にして紅魔族の人気者になっていた。

 

「あなたが勇者様?」

「すっごーい、魔剣グラムとかもうその時点でポイント高いわ!」

「ふふっ、禁断の我が力を勇者の力とする時が来たのやもしれぬ……!」

 

「ははは、気持ちは嬉しいよ。

 でもそんなに沢山は仲間に加えてあげられないからね。

 例えばだけど、"里一番の魔法使い"、みたいな人は居ないのかな?」

 

 ミツルギの言動の細かな痛々しさがダメな者も居たが、そもそも紅魔族は痛々しくてなんぼ。中二病で痛々しくてこその紅魔族。

 基本的に適当で、里の外の人間は皆変人だと思っているのが紅魔族だ。

 ミツルギの個性は、さほど問題もなく受け入れられていた。

 

 里の皆に囲まれる中、ミツルギは仲間集めという目的を果たそうとするが、数が多すぎて困っている様子。

 「仲間になってもらう」という意識を持っているくせに、「仲間になってほしい」ではなく「仲間に入れてあげる」といったニュアンスの言動をしてしまうところからも、この少年が時折言動で他人をイラッとさせていることがよく分かる。

 

「そうだ、イスカリアを倒した人に会わせてくれないか?

 奴はとてつもなく強かった。

 奴を倒したほどのアークウィザードなら、きっと魔王を倒す宿命を持っているはずだ」

 

 その一言で、ミツルギの周囲の空気が一気に変わった。

 なんだろう、とミツルギが首を傾げていると、そこで突如現れた大きな影が彼に重なる。

 噂をすれば影が差す、という言葉はこういう状況を指すのだろうか。

 

「僕をお探しですか? 勇者様」

 

 イスカリアを倒した紅魔族が現れ、ミツルギは声のした方に振り向いた。

 

「―――」

 

 その瞬間。

 ミツルギの脳裏に、かつて家族とTVで見ていた『SASUKE』の映像が蘇る。

 そう、その男は、そり立つ壁だった。

 あまりにも巨大で、人が挑んでも太刀打ちできない壁そのものだった。

 立ち塞がる壁だった。屹立する大樹だった。悠然と立つ巨人だった。

 

 2m半を遥かに超えるその長身。

 なのに『長い』ではなく『太い』と感じるその筋肉。

 見せ筋ではない、本物の格が違う筋肉。

 剣使いの上級職・ソードマスターであるミツルギも筋肉は多く付いているはずなのに、金属鎧でミツルギの体格はかなり大きく見えるようになっているはずなのに。

 ミツルギの筋力を1エミヤとするならば、その人物は1ヘラクレスをゆうに超えていた。

 

「な、あっ……」

 

 ミツルギの反応を見て、めぐみんはほくそ笑む。

 どうやらむきむきが仲間であることを明かし、ミツルギよりむきむきの方が仲間として望ましいという意志を見せ、ミツルギを悔しがらせてやる腹積もりのようだ。

 丁寧口調なだけで喧嘩っ早いめぐみんらしい。

 

 そのつもり、だったのだが。

 事態は、めぐみんが全く予想していなかった方向へと進み始めた。

 

 

 

 

 

 ミツルギは、主人公らしい少年である。

 "主人公らしさ"は、界隈によって異なるものだ。

 熱血主人公が主流の界隈も、ヤクザ主人公が主流の界隈も、ややひねくれた社会人が主流の界隈も、気取った青少年が主流の界隈もある。

 だが、ミツルギは自分を『世界を救う勇者に選ばれた者』と認識してはいるが、自分を『どこにもでも居る普通の高校生』としか認識しておらず、自分が『主人公らしい者』であるとは思っていなかった。

 

 彼は漫画が好きだった。

 漫画の主人公が好きで、主人公が世界や人を救うのが好きで、彼の言動や行動は漫画の中のヒーローを真似ているようなところがある。

 一例を挙げると、ミツルギは一時期「やれやれ」が口癖なイケメンだったりした。

 だから時折痛いのだが、それは脇に置いておこう。

 

 彼は特に、筋肉のある主人公が好きだった。

 金剛番長が好きで、キン肉マンが好きで、北斗の拳が好きだった。

 孫悟空が敵を殴り飛ばすシーンが好きで、ジョースターがDIOを倒すシーンに心躍らせ、幽遊白書で一番好きなボスは戸愚呂弟だった。

 

 彼はいわゆる、『男らしさ』にこそ憧れる少年だったのだ。

 それは、彼が中性的なイケメンであったことと無関係ではないだろう。

 生まれつき女のような顔をしていた彼だからこそ、なおさらに男らしさに憧れた。

 逆に可愛らしい女性を何人も侍らせるタイプの漫画は好きでなく、そのために『鈍感ハーレム主人公』という概念に疎く、自分がそうなっていることに気付かない。

 複数の女性に好意を寄せられていても、複数の女性と恋愛をすることに興味が無く、恋人が欲しいともさして思わないため、未だに恋人も居ない。

 ミツルギは、そういう男だった。

 

 子供の頃、ミツルギは紙の向こうで頑張っている主人公達を応援し、応援した主人公達は悪い奴らをその筋肉で圧倒し、最後には正々堂々と悪を打ち倒す姿を見せてくれていた。

 孫悟空は、筋肉で元気玉を押し切った。

 承太郎は、DIOを真正面から押し切った。

 キン肉マンは、絆と筋肉でマッスルドッキングを決めていた。

 ケンシロウは、ラオウとの至高の最終決戦に勝利していた。

 

 漫画の筋肉は、主人公の筋肉は、いつだってミツルギの期待を裏切らなかった。

 子供だった頃の自分の応援を、主人公達の筋肉は裏切らなかった。

 筋肉こそが、彼にとってのヒーローの証。

 

 その日、彼は運命(きんにく)と出会った。

 

 

 

 

 

 周りに群がっていた紅魔族を押しのけて、ミツルギはむきむきに駆け寄る。

 

「す、すみません! お名前を聞かせていただいてもよろしいでしょうか!?」

 

「むきむきです。ええと、魔剣の勇者様ですよね?」

 

「僕は御剣響夜です! ミツルギとお呼び下さい! 敬語も結構です!」

 

「へ? そ、それはちょっと」

 

「お願いします!」

 

「……え、えぇー……」

 

「どうか気安く!」

 

「……じゃ、じゃあ、妥協案で話し方だけを」

 

「それでいいです!」

 

 大剣を操るミツルギの大きく無骨な手が、むきむきの巨大な手を掴む。

 それを見ためぐみんとゆんゆんは、むきむき以上にぎょっとしていた。

 

「僕と一緒に来てください! あなたが必要だ! 他の誰でもない、あなたが!」

 

「えっ、えっ」

 

「一緒に世界を救いましょう!

 僕は貴方に出会うために、今日この場所に運命に導かれてきたんだ!」

 

 異世界に来てから、不安に思ったことも、寂しく思ったこともある。

 「自分は魔王を倒すために選ばれたんだ」という絶対的な自信に日々消し飛ばされてはいるものの、「僕に魔王を倒せるんだろうか」と思うこともある。

 そんな日々の中、現れたヒーローのスカウトチャンス。

 それも自分が好ましく思うタイプの筋肉主人公属性の男。

 ミツルギも必死になるというものだ。

 

 それにしたって、行動が痛々しいというか、ズレているというか。

 紅魔族の妙齢で変な趣味を持っている女性陣がキャーキャー騒ぎ出す。

 先程は女性に対するミツルギの痛い一面が見られたが、今は男性に対するミツルギの痛い一面が見えているのかもしれない。

 

「ぼ、僕は、めぐみんとゆんゆんとパーティを組むので……」

 

 むきむきが、助けを求めるように二人の少女を見る。

 ミツルギはそれに目敏く反応した。

 

「なら、あの二人が僕のパーティに加入すれば一緒に来てくださるんですね!」

 

「え」

 

 ダッ、とミツルギは二人の少女の下に走る。

 なんというスピードか。敬愛する女神アクアが檻に閉じ込められて見世物みたいに運ばれてるシーンでも見ない限り、これ以上のスピードで誰かに駆け寄るミツルギの姿は見られないだろう。

 

「お二方! 是非僕のパーティに入って下さい! お願いします!」

 

「さっきの勧誘より数倍熱意をもって勧誘しに来てるのが超腹立つんですが」

「さっきは本当に仲間にしたがってたのかもしれないけど。

 今の私達、完全にむきむきを釣る餌目的で勧誘されてるよね……」

 

 モテる奴が「誘えば入ってくれるだろう?」みたいな顔で勧誘してくるのと、「君達じゃなくて君達を誘えば一緒に来てくれる子が目的なんだよ」といった顔で勧誘してくるのであれば、なんとなく後者の方がイラッとする。

 少なくとも、この二人はそうだった。

 

「お願いします! お願いします! お願いします!」

 

「ハッキリ言ってやりましょうか! 嫌ですよ! 帰れ!」

 

 三人の旅立ちの日に起きた大騒動。

 

 その日から、紅魔の里でのミツルギの通称は『熱烈ホモ野郎』になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミツルギはパーティ入りを受け入れてもらえなかったことにしょんぼりし、けれどもまだ諦めていないようで、むきむきに案内を頼んで紅魔の里を見て回っていた。

 訪れたのは女神の封印知、邪神の墓、そしてそけっとの家。

 

「勇者様、首尾は?」

 

「はい、いい話が聞けましたよ。流石噂の占い師です」

 

 そけっとの家から出て来たミツルギは、少々難しい顔をして、むきむきに占ってもらった内容を告げる。

 

「魔王城には結界があり、幹部全てを倒さないとそれは解けない。

 魔王を倒すためには、幹部全てを倒さなければいけないようですね」

 

「……魔王軍、幹部」

 

 魔王軍には、八人の幹部が存在する。

 幹部はそれぞれが街一つを滅ぼせる強さであると伝えられており、一説には魔王より強い魔王軍幹部さえ存在するという。

 ミツルギが得た情報は、どうやらとても重要なものであったようだ。

 

「女神の封印も数年前に吹き飛んでいた。

 邪神の封印も開封済み。

 この辺りのことはギルドにも伝えておきますね、むきむきさん」

 

「おねがいします、勇者様。僕らその辺はそんなに詳しくないからね」

 

 ミツルギの熱意に押されて敬語を剥ぎ取られてしまったむきむきだが、歳上に敬語抜きで話すというのは何とも話しづらいらしく、とても話しにくそうにしている。

 敬語を使っているミツルギの方が、何故か話しやすそうにしていた。

 

「亜神の討伐依頼なら王都のギルドで処理されます。

 報告だけしておけば大丈夫ですよ、むきむきさん。

 あそこには魔剣の勇者である僕の同類も沢山いますし」

 

「勇者様はたくさん居るの?」

 

「そうですね。最前線で生き残って居る者の中には、と付きますが」

 

 会話が弾みそうになって来たところで、むきむきとミツルギの間に二人の少女が割って入る。

 

「ゆんゆん、ディーフェンス!」

 

「でぃ、ディーフェンス!」

 

 紅魔族の間では、ミツルギはすっかり股間のソードマスター扱いだ。

 魔剣グラム略してマラを使って何する気だこの野郎、ソードマスターなら自分のソードでマスかくだけで満足してろよ、と荒ぶるぶっころりーも遠くから警戒し見守っている。

 噂を聞きつけたそけっとも「アレがミツルギホモヤね」とぶっころりーに合流し、直接的にむきむきを守るめぐみんゆんゆんにいつでも加勢できる構えであった。

 

「むきむきにあまり近付かないでいただけますか? このホモ野郎」

 

「ホモ!? 違う、僕はノーマルだ!」

 

「はっ」

 

「男が二人居ればそうだと見るのは、女性にそういう趣味があるからだと聞くぞ!」

 

「おい、私に変な属性付けるのは許さんぞ」

 

「君だってそんなに胸が無い子なんだ!

 だったら分かるだろう!?

 『ああなりたい』『もっと大きくなりたい』って感情が!」

 

「おっ、さては私に喧嘩を売ったな? エクスプロー……」

 

「めぐみんストップストップ!」

 

 危うく熱烈ホモ野郎を爆裂ホモ野郎にしそうになっためぐみんをむきむきが止め、その手にでかい麩菓子のようなもの(名称不明)を持たせる。

 それでむきむきの意図を察せないめぐみんではない。

 "喧嘩はしないでほしい"という意志を見せたむきむきの前でまでやり合う気がないめぐみんは、むしゃむしゃ麩菓子を食べ始めた。

 

「……まあ今は、むきむきに免じて見逃してあげましょう」

 

「大きいの買ってきたね、むきむき……食べきれるかなあ」

 

「大丈夫、案外お腹は膨れないから。よいしょ」

 

 ミツルギが初対面の人ゆえにグイグイ行けないものの、内心ハラハラはしていたゆんゆんのハートも、むきむきが買ってきた麩菓子によって多少落ち着く。

 むきむきはよいしょ、とめぐみんを肩に担ぎ上げた。

 めぐみんはミツルギを見下(みお)ろし見下(みくだ)すポジションをゲットしたことでやや満足感を得て、むきむきはミツルギに殴りかかりそうだった危険人物をミツルギから離せる。

 合理的な行動だった。

 なのだが、ミツルギはこの光景にまた何か懐かしいものを感じたようだ。

 

「……ピカチュウを肩に乗せるサトシか何かか」

 

「サトシ?」

 

「いえ、何でもないです。失礼しました」

 

 実際はむきむきの方しか電気を使えない上、関係の主導権はめぐみんにあるので、これはサトシを肩に乗せている巨大ピカチュウという構図なのだが、それはそれとして。

 

「あ、そうだ。僕のPTに入っていただけないというのは分かりました。

 ですがここからアルカンレティアまで同行するのはどうでしょうか?

 この辺りは危険地帯です。僕の強さがむきむきさんの役に立つと思いますよ」

 

「いいの? それなら、お願いするよ。勇者様が味方だなんて心強い」

 

「「ちょっ」」

 

「ええ、お任せを! 僕の強さを見てくださればきっと仲間入りも考えてもらえると思います!」

 

 ミツルギの自信は根拠の無い自信ではない。根拠があるのに、なんとなく信用できない感じがする、なんとなく裏切られそうな感じがする自信だ。

 自分の強さをアピールする機会を得て、ミツルギの眼は輝いている。

 ケンシロウを味方に引き入れる機を得たハリキリボーイのような目をしていた。

 二人の少女は、うへえといった感じの目をしていたが。

 

「やめましょう、むきむき。あなたのためです」

 

「どういうこと? 安全を求めるならこの提案、受けても得しか無いと思うんだけど……」

 

「はい? むきむきの危険度は増すじゃないですか」

 

「え、前衛が増えた方が僕は安全にならない?」

 

「むきむきがバックアタック食らったらどうするんですか」

 

「? 背中を預けられる剣士さんが増えれば、不意打ちも減らない?」

 

「……」

 

 まさかこいつ、『ホモ』をそもそも知らんのか、といった感じの表情をめぐみんが浮かべる。

 とりあえず後で教えてやらなければ、とめぐみんは強く決意した。

 別にホモるギキョウヤさんはホモでもなんでもなく、恋愛対象は女性だけであるのだが、紅魔族視点これは確定事項のようだ。

 全ては誤解を招く行動が悪い。

 

「……ゆんゆん、アルカンレティアまでは二日です。夜は気を抜かないで下さいね」

 

「うん! うん!」

 

 いつか、誰かがミツルギのホモ疑惑を払拭するだろう。だがそれは今日ではないし、彼女らにでもない。MTG感。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旅立ちの時だ。

 里に居る紅魔族の多くが、三人の子供の旅立ちを見送るために里の入り口に集まっている。

 数百人もぞろぞろと集まっているわけではないが、それでも何人居るのかひと目では分からないくらいに多くの人が居た。

 

「外での活躍に期待しておるぞ」

「この里はあんまり外の情報入って来ないけど、ここまで武勇伝を轟かせてね!」

「頑張れよ、天才!」

 

 めぐみんは一番多くの人に見送られていた。

 彼女は天才で学年主席、学年最速の卒業など、当然のように多くの人達に期待されている。

 貧乏な彼女に施された奨学金などは、彼女に対する周囲の期待の表れであったと言っていいだろう。……その上で、爆裂(ネタ)魔法を覚えたのが彼女なのだが。

 誰もが、めぐみんが偉大な大魔法使いになることを疑っていない。

 というか、めぐみん自身が疑っていない。

 彼女の見送りが一番多くなるのも当然だった。

 

「ゆんゆん、行かなくてもいいんだぞ? こう、ずっとうちに居てもだな」

「ああ、ゆんゆん、ハンカチは持った? お金は? 杖は? やっぱり行くのやめない?」

「族長、族長夫人、娘さんが顔を真っ赤にして俯いてます」

 

 そこからグン、と人が減ったのがゆんゆんの見送りである。

 ゆんゆんの両親と親戚、それと族長家に繋がりの深い大人達ばかりだ。

 同級生や学校の子供もそのほとんどがめぐみんの方を見送っている。

 ゆんゆんのところに真っ先に見送りに来た子供は、たったの二人。

 

「ま、元気でやれば?」

「お土産話、期待してるねー」

 

 ふにふらとどどんこだけだった。

 むきむきが見ていないところで、微々たる変化か小さな変革があったのだろうか。

 めぐみんよりも先にゆんゆんの方を見送りに来てくれるクラスメイトが居た、というだけで、ゆんゆんは嬉しさを顔いっぱいに浮かべていた。

 

「……」

 

 めぐみんには沢山の見送りが居て。

 ゆんゆんには少しの見送りが居て。

 むきむきには一人の見送りも居なかった。

 

「むきむきさん、元気出しましょう」

 

「いや、いいんだよ。これでも前よりはマシになったし……」

 

「これで……!?」

 

「なんだかんだ一緒に戦うと、紅魔族の皆は態度を軟化させてくれる気がする。多分」

 

「軟化してこれなんですか……」

 

 日本の学校的に例えるならば、むきむきはかつて"クラスで変なやつとしてハブられている少年"だったが、今では"『クラスで五人まで好きな奴を選んで投票しよう』という投票があったならそれで最下位になる少年"くらいに周囲の評価が改善されている。

 基本的に彼は異物なのだ。

 これでも改善された方なので、何か大きなきっかけがあれば里に受け入れられるかもしれない、というくらいにはなっていた。

 

「勇者様は知らないだろうけど、僕を好きな人って、あまり居ないから」

 

「……それは」

 

 だが、むきむきは知らなかった。

 全体がそうであるということと、個人がそうであることは別問題であるということを。

 

「おっと、世間知らずな子供が何か言ってるな?」

 

 クズが何人か居たところで、人類全てがクズであると証明されるわけではないように。

 人類が魔王軍に負けそうな中でも、バカやって幸せそうに生きられる人が居るように。

 集団の空気に真っ向から逆らう者は居る。

 

 その青年は、その場の空気の全部を蹴飛ばしながらやって来た。

 

「……ぶっころりーさん?」

 

「悪いな。靴屋のせがれのくせして、こんなギリギリまで時間かかっちゃってさ。

 でもまあ勘弁してくれ。俺なりに精一杯、生まれて初めて他人のために作ったんだから」

 

 そう言って、ぶっころりーは少年の前に靴を置いた。

 良い造りの革の靴だった。ぶっころりーの家でも見たことがないようなデザインの靴。今日に備えてニートのぶっころりーが汗を流し、労力と時間を費やして、懸命に作った靴だった。

 幼少期から靴作りに慣れ親しんでいた彼が、親父に頭を下げて指導して貰い、自分のセンスを元に少年のために作り上げた一品だった。

 

「『靴』……」

 

「我が名はぶっころりー。アークウィザードにして上級魔法を操る者……

 紅魔族随一の靴屋のせがれ、やがては靴屋を継ぎし者……

 会心の出来だけど、親父ほどの出来じゃないのは大目に見てくれると俺の心が助かるよ」

 

 "よい靴は生きている"という格言が、地球にはある。

 出来のいい靴は、動物に触っているような履き心地がある。

 動物の体の一部を使っているため、丁寧に仕上げれば革はちゃんと汗を吸い、革を通して靴の外に水気を発散させるため、蒸れることもない。

 この靴には、ぶっころりーの技と気遣いがありったけ込められていた。

 

「靴は体の一部。そして、同時に消耗品だ。

 その靴がすり減る頃には、里に帰って来るといい。

 俺は待ってる。君を待ってる。帰って来たら、また採寸して新しい靴を作ってあげよう」

 

「―――!」

 

 靴屋にしかできない贈り物。

 靴屋にしか言えない台詞。

 「ここが君の故郷だ」「君を待っている」というかっこいい台詞。

 むきむきは、ちょっと泣きそうだった。

 

 彼の出現を皮切りに、遅刻していた者達が続々と現れ始めた。

 

「あ、ごめんね。ちょっと遅れちゃったみたい」

 

「そけっとさん?」

 

「戻って来たら、旅のお話を聞かせてね。

 楽しかった話も、悲しかった話も、素敵な話も、残酷な話も。

 きっと、全部あなたのためになる想い出になっているはずだから。はい、どうぞ」

 

「これは……『日記』?」

 

「日々あったことを書き記しなさい。いいことも、悪いことも。

 そうすればあなたは、少しだけ自分の行動を客観的に見られるようになる。

 この日記が、あなたの想い出と心を詰め込んだあなたの宝物になってくれる。

 全部のページを埋めた時、この日記はきっと、あなたの宝箱になっているはずよ」

 

「……っ、あ、ありがとうございます!」

 

 ちょっと高そうな日記帳。茶のカバーに落ち着いた金の装飾が美しく、これを選んだそけっとのセンスと厨二病具合――かっこいいものを見つける嗅覚――がよく分かる感じであった。

 

「ふ……我ら対魔王軍遊撃部隊(レッドアイ・デッドスレイヤー)!」

「帰って来いよむきむき!」

「私達はいずれ正式に所属してくれるであろう君の帰りを待っているわ!」

「さあ、受け取るがいい! 我らの汗と涙と金と小遣いの結晶!

 なけなしの皆のマネーパワーの結集体、君専用の紅魔族ローブだ!」

 

「ありがとうございます! ……ど、どうですか? 似合いますか?」

 

「「「「 似合う似合う! 」」」」

 

 時々むきむきの手を借りてモンスター狩りに行ってたりしていた自警団(ニート)の皆も、皆で金を出し合ってむきむき用の紅魔族ローブを買って渡してくれた。

 むきむきの体格からして、オーダーメイド以外にありえないだろう。安くはなかったはずだ。

 それが分かっているようで、少年は嬉しそうにローブを付けてマントのように翻す。

 

「お、盛り上がってるな」

 

「ひょいざぶろーさん」

 

「ごめんなさいね。まずはめぐみんの所に行きたかったから」

 

「ゆいゆいさん」

 

「これどーぞ! わたしの手作りだよ!」

 

「こめっこちゃんも……」

 

 そうこうしている内に、めぐみんとゆんゆんの見送りに来た人も動き始めた。

 めぐみんの見送りに行っていた人がゆんゆんの方に行ったり、ゆんゆんの方に居た人がめぐみんに声をかけに行ったり。

 めぐみんの家族が、めぐみんの後にむきむきの見送りにも来てくれたり。

 

 こめっこから受け取った小さな筒状のペンダントのネックレスを受け取り、礼を言い、むきむきはひょいざぶろーとゆいゆいから小さな鍵を手渡される。

 

「これは?」

 

「我が家の鍵よ」

 

「―――」

 

「お前が新しい家族を拒んでいるのは知っている。

 他人の家庭に家族として迎え入れられたくないということも分かっている。

 だが、ワシらはお前のことをずっと待っている。

 我が家はお前が帰る家だ。帰って来ていい家だ。お前の居場所だ。

 家族でなくてもいい。

 辛くなったら旅の途中でも帰って来ていいぞ。いつでも、暖かく迎えてやろう」

 

「……っ、ありがとうっ、ございますっ……!」

 

 渡された鍵そのものは軽い。

 けれども渡されたものは本当に重く、本当に大きく、本当に暖かいものだった。

 こめっこが渡したものを見て、むきむきの周りに居た人達がわいわい騒ぎ始める。

 

「お、これあれか。例のお守りか。中身はまだ空っぽ?」

「よーし皆髪の毛入れろー。俺達の魔力がある髪の毛は魔術的な加護が出るからな」

「気休め程度だけどね。よーし、十本くらい入れちゃえ」

「入れろ入れろ。多い方がいいに決まってる」

「籠るがいい我が魔力……震えよ……この魔道具に我が力の加護を!」

 

 紅魔族には伝統的に、旅立つ者にお守りを持たせるという慣習がある。

 お守りの中には強い魔力を持つ紅魔族の髪の毛を入れ、旅立つ者にそれを渡すことで、その髪の毛に宿る魔力が魔術的に不幸を弾くというものだ。

 とはいえ、効果は気休め程度。

 "旅立つ者の無事を祈る"という意味合いの方が強い。

 

 むしろむきむきからすれば、色んな人が我先にと髪の毛をお守りに入れてくれているこの光景に感じる嬉しさの方が、よっぽど心に力をくれていることだろう。

 

「や」

 

「あ」

 

「我が名はあるえ。ただ単純に寝坊して、今来た者……」

 

「あるえ……!」

 

 そこで寝坊して来たねぼすけが現れ――大した理由も無いきまぐれだろうが――めぐみんやゆんゆんより先に自分に声をかけてくれたことで、むきむきは言葉にできないくらいに喜んだ。

 

「さ、行こうむきむき。

 ゆんゆんの方では族長が君を待っている。

 ふにふらやどどんこも言いたいことがあるそうだ。

 君の所にまっすぐに来なかったとしても、君を見送りたいと思っている人は居るからね」

 

「……うん!」

 

「さてさて、めぐみんに渡す眼帯はどこへやったのやら」

 

 暖かい旅立ちだった。

 少年の旅立ちは『全員』に見送ってもらえたものではなかったが、『皆』に見送ってもらえたものにはなった。

 残酷なようで、なんだかんだ優しいところもあるこの世界に。

 そして、この世界を見守る女神に。

 ミツルギは、なんとなく感謝する。

 

「むきむきさん泣いてるなあ。

 ……女神アクア様、今日も皆は幸せそうです。

 いつも僕らを見守ってくださり、ありがとうございます」

 

 彼はプリーストではなかったが。この世界の全ての人々が、その中の一人であるむきむきが、女神様にちゃんと愛されていることだけは知っていた。

 

 

 




 ミツルギは敬語の割合を増やすと痛めの言動させても多少謙虚に見えるなあ、と思いました。

 WEBルギは"ある占い師"から魔王城に入るには幹部を全部倒さないといけないと聞いているという描写があるのですが、書籍版にその描写は無し。
 書籍ルギは原作開始一年前に紅魔の里に訪問、おそらくここでそけっとの占い結果を得たのだと思われますが、WEB版では紅魔の里行き描写なし。
 両方見てるとなんとなく想像できる感じですよね。
 書籍ルギはあの二人の少女の仲間を連れて紅魔の里で仲間集めをしたようですが、紅魔族の反応が悪くなかったにもかかわらず仲間を得られなかったようなので、爆焔と同じように仲間二人の少女が妨害したんじゃないかなー思います。
 恋敵(ライバル)増やしてたまるかー、みたいなノリで。この作品では仲間が誘えなかった理由はホモ疑惑です。


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2-2-1 気高き勇者ミツルギ、溺れる肉欲 ~オークなんかに絶対負けたりしない!~

 WEBゆんは最初から上級魔法覚えていて、一人で里からアルカンレティアまで突破したという、バイタリティと実力に溢れるスーパーエース。今回は彼女が通った道筋を辿ることになるようです


 ゆんゆんは親から貰った新しい銀の短い杖を持ち。

 めぐみんはあるえから貰った眼帯を中二病特有の症状(ハイカラオシャレ)で左目に装着し。

 ミツルギはこの辺りに存在するモンスターの分布を得意げに周囲に話し。

 むきむきは石を投げてとりあえず寄ってくる雑魚モンスターの頭を片っ端から潰し。

 四人はアルカンレティアへと進む。

 

 楽しそうな旅路の光景……この光景から一時間の後。

 四人は、ドラゴンゾンビに襲撃されていた。

 

「なぁんでぇ!?」

 

 ゆんゆんを抱えてむきむきが跳び、ドラゴンゾンビが振り下ろした前足が、一秒前までゆんゆんが立っていた地面を深く陥没させた。

 

「気を付けて! ドラゴンゾンビは防御特化のクルセイダーでもあっという間に沈む強敵だ!」

 

 ミツルギが皆に警告し、ドラゴンの背後に回り込もうとするも、その巨大な尾が一振りされて地面を叩けば、ただそれだけで背後に回るのを断念せざるを得なくなる。

 

 民家よりも大きな体躯。

 ただでさえ大きな体躯は、翼を広げると倍になったようにさえ見える。

 凄まじい重量は歩く度に地面を僅かに沈め、アンデッド化したことで桁違いに増したパワーは、以前戦った20m級のドラゴンが所詮急造の改造品でしかなかったことを知らしめる。

 

 むきむきはゆんゆんを後方に置き、前に出てドラゴンの続く前足の一撃を受け止めるが、ホースト以上の腕力と、痺れるような痛みが走った自分の腕に驚愕する。

 

「重っ……!?」

 

 踏ん張っていたため、吹き飛ばされてはいない。

 それでも、むきむきが驚くだけの筋力はあった。

 

「どうやらここは、真打ち登場の風向きのようですね……! わが爆裂まほ――」

 

「引っ込んでてめぐみん!」

「大人しくしててめぐみん!」

 

「――!?」

 

 力任せに攻撃を弾くむきむきが押し切られそうになると、ミツルギが前に出る。

 剣の腹で攻撃を流しつつ、体を大きく捻って防御しているミツルギがやられそうになれば、むきむきが前に出る。

 二人の前衛が相手の攻撃を半々に受け持つことで、なんとか彼らは無傷で乗り切っていた。

 とはいえ、小さなミスがちょくちょく出るのが戦闘というもの。

 ミツルギが竜の頭突きを受け流しきれず、剣の腹で真正面から受け、吹っ飛ばされる。

 

 吹っ飛ばされたミツルギは、むきむきに空中でキャッチされた。

 

「勇者様!」

 

「大丈夫です! グラムで受ければ大抵の攻撃は通りません!」

 

 ミツルギのレベルはそこまで高くはない。レベルの高さ相応に、所有スキルも多くなくスキルレベルも高くはない。

 それでも強いのは、彼が持っている『剣』が凄まじく強力であったからだ。

 

(この剣が本当に強い。魔剣の勇者様も、ちゃんと剣を使いこなしてる)

 

 むきむきが尾を掴み、伸び切った尾をミツルギの一閃が切断する。

 この異常筋肉でも引き千切るのには時間がかかりそうなドラゴンゾンビの太く硬い尾も、この魔剣にかかれば瞬く間に一刀両断だ。

 その切れ味は上級魔法以上であるように見える。

 

 ミツルギが振るう度、魔剣がその意志に呼応して力を与えているかのように、魔剣を振るう彼の膂力や剣閃の際の移動速度は凄まじいものがある。

 剣を収めている時のミツルギが見せていた身体能力と、魔剣を抜いた後のミツルギの身体能力には、誰の目にも分かるくらいの差があった。

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 前衛が動きを止め、ようやく急所を晒したドラゴンゾンビの首に、ゆんゆんが光刃の上級魔法を叩き込む。

 が。

 

「な、なんで首が半分切れてるのに死なないの!?」

 

「アンデッドだからじゃないかな!」

 

 生前から魔法に一定以上の耐性を持っていたのか、光の刃は腐りかけの首の半ばまでしか食い込まず、ドラゴンゾンビは首を半分斬られても平然と動き続けていた。

 魔法に斬られた首から、腐った体液がどばっと滴り落ちる。

 女性陣はそこにちょっと吐き気を覚えたが、男性陣はそこを仕留めるチャンスと見た。

 

「せやっ!」

 

 二人が同時に跳び、ミツルギが先んじて魔法で切れた傷口に魔剣を強く叩きつける。

 ドラゴンは身をよじって刃筋が立たないよう動いたが、刀身は深く首に食い込み。

 

「むきむきさん! 蹴りは剣に!」

 

「了解!」

 

 剣の鍔を蹴り込んだむきむきの筋力により、ようやくドラゴンの首は刎ね飛ばされた。

 

「……ふぅ。強かった」

 

「お疲れ様です」

 

 ドラゴンゾンビはその名の通りアンデッド化したドラゴンである。

 ブレスは吐かなくなるが、アンデッド化の影響でその筋力は生前の力を超えることもある。

 その腕力たるや、高価な金属鎧を着た前衛職がビスケットのように潰されるほどだ。

 大抵の前衛はクシャッとされ、その後に後衛もクシャッとされるのが一番多いパターンであり、この前衛二枚看板だからこそ凌げた敵であったと言えよう。

 自然界の頂点、ドラゴンの名は伊達ではない。

 

(ゆんゆん、前衛としては結構優秀でしたね。アフィルギとかいう人)

 

(やっぱり不安だけど居てもらった方がいいよ、めぐみん。腕は確かみたいだし)

 

(……今のにもう一回出て来られると、私達のどっちかは死にそうですしね)

 

 実力は確かだ。

 確かなのだが。

 むきむきと並んでいると際立つ凄まじい自信が、なんとなく少女二人を不安にさせる。

 

 他世界からこの世界に来る転生者が得る能力には、実は傾向がある。

 自分が嫌いな人間は『自分を変える』特典を。

 自分に足りない部分を自覚している人間は『自分に追加する能力』を。

 自分に自信がある人間は自分に何も付け足さず、『自分が使いこなすための武器』を。

 今の自分を見下し、創作のキャラを見上げる者は『創作のそれっぽい容姿や武器』を。

 人によっては『努力した分だけ強くなれる能力』など、努力する他人に憧れながらも努力できない自分を嫌い、楽しく努力できる動機になってくれる能力を求めた者も居た。

 

 あくまで傾向である。人間が多様性に富む精神を持っていることを考えれば、○○だから●●といった明確なパターン化はかなり難しく、例外が山ほど積み重なるものだ。

 

 ミツルギは、自分に自信があった。

 今の自分に満足していて、今の自分に嫌いな部分がなく、今の自分を信じていた。

 "そんな自分に使われる武器"としてグラムを選び、自分に継ぎ足せる強力な能力に目もくれなかったのは、そういうところに要因があるのだろう。

 自分に自信が無いむきむきと話している様子を見ると、なおさらそれは際立って見える。

 

「むきむき、腕の傷を見せてください」

 

「あ、めぐみん。これくらい平気……」

 

「駄目よ! ドラゴンゾンビは腐ってるから、その体は病原体だらけなのよ!

 怪我じゃなくて病気で死んじゃったら、アークプリーストでも蘇生できないんだからね!」

 

「ゆんゆん! 耳元で叫ばれると耳が痛い!」

 

「いいからさっさと傷を見せてください。ほら、族長から貰ったスクロールを試してみましょう」

 

 めぐみんがむきむきの腕を強引に取ると、腕には引っ掻いたような傷が付いていた。

 この世界には回復魔法、治癒魔法、蘇生魔法など小分けにされた癒やしの魔法が存在する。

 めぐみんが手にした巻物は治癒魔法のスクロール。強い毒は治せないが、引っ掻き傷とそこから入った病毒くらいなら問題なく消せるだろう。

 

「族長もいいものをくれたものです。むきむきは感謝しないといけませんね」

 

「……うん。族長さんは、結構昔から気遣ってくれてたからね」

 

 これは族長がむきむきにくれた、旅立ちの餞別の一つである。

 面倒臭い子供だった彼を、族長は時々気にかけてくれていた。

 娘と引き合わせたのもその一環だろう。

 

「このスクロール、もう使えないけど取っておいていいかな?」

 

「いいんじゃないですか? 荷物にもならないでしょうし」

 

 治癒魔法の解毒効果の後、回復効果が引っかき傷を塞いでいく。

 

「よしっ」

 

「いてっ」

 

 傷が治ったのを見るやいなや傷があった場所を軽く叩き、ちょっと安心した様子の表情を見せる辺りが、とてもめぐみんらしかった。

 

「むきむきさん、このドラゴンはギルドに連絡して回収して貰いましょう。

 運搬料はかかるでしょうが、素材の分のお金が差し引きで手元に入ってくるはずです」

 

「えっ、大丈夫かな……」

 

「腐った肉を放置しておくと、他のアンデッドモンスターが集まって来たりするんですよ。

 街道のど真ん中でそれはマズいでしょう? それに骨や爪などはそのまま残ってますしね」

 

 冒険者を管理する冒険者ギルド。モンスターの死体を片付けるのも、彼らの仕事だ。

 彼らが仕事をできなければ、この道はドラゴンの死体とそれに集まるアンデッドの集団で、長期間使用不能になってしまうかもしれない。

 世の中を回しているのはこういった、誰の目にも留まらない縁の下の力持ち達なのだ。

 

 ミツルギは魔剣を使って、ドラゴンの前足から爪を一本だけ切り取る。

 

「ほほう、ドラゴンの爪ですか」

「むきむきの皮膚にさえ傷付けてたね。あれ、これ結構凄い素材なんじゃ」

 

「僕のせか……んんっ、僕の出身地には色々な動物が居まして。

 トカゲや恐竜っていうのの一部は、爪の中に骨があるんです。

 イグアナとか、イグアノドンとか。これも同じでしょう。

 骨の周りに爪を作って、武器として使える爪を作ってるんじゃないでしょうか」

 

「へー」

 

 ミツルギがドラゴンの爪の中の骨をスポスポ出したり戻したりする。

 ドラゴンの爪は外側も鋭い刃のようで、中に入っている骨もどこか短刀を思わせる形状をしている。爪と骨が、まるで鞘と剣のようだ。

 

「外国の王族はこういうのを加工して、観賞用の短刀にもしてると聞きます」

 

「「「 おぉ…… 」」」

 

 これは、里の中で本を読み漁るだけでは付かない知識だ。

 まがりなりにもミツルギは冒険者。この世界を旅し、この世界を見て回り、この世界にある楽しさや面白さを多く見てきた少年だ。

 三人が知らない面白さをミツルギは知っていて、ミツルギが知らなくて他の人が知っているような面白さも、この世界には溢れている。

 

 『里の外の世界を知る』という楽しみを、三人は存分に堪能しているようだ。

 

―――生きて、生きて、生きて……この広い世界を、見て回るがいい

―――貴様のような者でさえ、素晴らしい友と出会うことができる、この素晴らしい世界を、な

 

 少年の口元に、自然に笑みが浮かぶ。

 あの幽霊はむきむきをどう思っていたのだろうか。

 里の外にも出たことがなく、里の中のコミュニティを絶対視する少年は。

 世界の広さも、世界の楽しさも、世界の面白さも知らない少年は。

 広い世界の厳しさも、広い世界の優しさも知らない少年は。

 あの幽霊には、どう見えていたのだろうか。

 

 それは、最期の言葉から想像するしかない。

 

「私達も学校で色んなモンスターのこと調べたつもりだったけど……」

 

「案外面白いものですね。キャベツの大陸渡りと海越えも早く見てみたいものです」

 

「……僕的には、この世界の異常性を一番表してるあれは、なんというか……」

 

「外の世界の本も読んでおきたいよね、めぐみん、むきむき。

 強いモンスターの体の仕組みや弱点くらいは把握しておかないと」

 

「サキュバスのような男性特攻のモンスターが居たら、今の前衛は総崩れですしねえ」

 

 モンスターの研究とは、自分より強い生物に勝つための技術の探求である。

 『自分より強い者に勝つ技術』は、『相手の弱点を突く技術』であることも多い。

 

 例えば、少林寺拳法の金的は科学的な進化と改良を果たした一撃であると言われている。

 少林寺の金的は睾丸ではなく、睾丸の下から裏にかけての副睾丸という箇所を打つ。

 ここは痛覚神経が集中しているため凄まじい激痛が走り、睾丸も潰さないため相手の生殖機能を潰すこともなく、相手はショックで呼吸困難に陥りながらゲロを撒き散らすことになる。

 更にこのダメージは神経の構造上の問題で、脳に『内臓へのダメージ。身体機能を落とせ』という指示を出させるため、男性の体の動きを強制的に封じ込めることができる。

 

 モンスターの弱点を調べるということは、大体こういうことだ。

 モンスターの金玉がどこかを探してそこを蹴り上げる。流水が弱点であることを咄嗟に見抜いて水をぶつけるような判断能力こそが、冒険者に本質的に求められるものであると言えるだろう。

 

 ジャイアントトード相手ならば金属での斬撃が有効。

 アダマンマイマイや硬いゴーレムが相手ならば刃ではなく打撃武器が有効。

 アンデッドならばプリーストの浄化が有効。

 ……といった風に、相手の弱点を突くこともまた、冒険者の基本なのだ。

 

「……うっ」

 

「? 勇者様、どうかした?」

 

 なのだが、めぐみんの『男性特攻』という一言を聞いた途端、ミツルギが身震いしていた。

 

「い、いや、なんでも。ちょっと嫌なことを思い出しまして」

 

「そ、そうなんだ」

 

 ここに来る途中に何かあったのだろうか。

 あったとしても、里で敬語を強引に禁止されて微妙に話しづらそうにしているむきむきは、自然な流れでその話を聞き出せない。

 ストレートに聞くと今は誤魔化されそうな雰囲気も、ミツルギは醸し出している。

 

 旅路は続く。そうこうしている内に、めぐみんがバテ始めた。

 

「ちょ、ちょっと……待っ……き、キツいんですが……」

 

 戦闘込みの旅路。コンクリートなどない、ある程度にしか整地されていない土の路面。村も里もない片道二日間の道程。モンスターが存在する危険地帯なため、気も張っていないといけない。

 初めての旅路に体力は削がれ、凸凹した路面が予想以上に足を痛め、学校在籍時に体育の授業をほとんどサボっていためぐみんの華奢な体を襲う。

 

「乗る?」

 

「乗ります」

 

 かくして、めぐみんはむきむきの肩の上に移動した。

 

「やはりここが私の王座ですね」

 

「僕の肩みたいなしょっぱい王座で満足しないでよ?」

 

「ほほう。言うようになったじゃないですか」

 

 むきむきの肩幅は広い。肩パッドでも入れてるのかと思えるくらいに広い。片方にめぐみんが普通に座れるくらいに広い。

 肩にめぐみんを乗せ、めぐみんの運搬車と化したむきむき。これこそまさに肩車。

 これには流石にゆんゆんも呆れ顔。ミツルギも苦笑をせざるを得ない。

 

「めぐみん……情けなくないの……?」

 

「ま、まあ、レベルが上がるか慣れれば平気になるよ。皆そうだって聞くから」

 

 めぐみんがこうなっているのは旅慣れしていないからだ。今のレベルなら、旅慣れして体力が上がってくればほどなく丸一日歩き続けられるようになるだろう。

 本来ならば一度も旅をしたことがないような小中学生相当の少女が、むきむきやミツルギの歩幅に合わせて一日ぶっ通して歩き続けるなど、もっと早くに音を上げていなければおかしい。

 里に居た頃に上げたレベルが、いいように作用していたのかもしれない。

 

 それから二時間後。

 

「ぐ……は、はぁ、はぁ……」

 

「ゆんゆん、情けなくないんですか?」

 

「め、ぐ、み、んんんっ……!」

 

 ゆんゆんも次第にバテ始めていた。

 めぐみんと違いゆんゆんは体育の授業にもちゃんと出ていた上、めぐみんと違って体術の成績もよく、それなりに体格も体力もあった。

 とはいえ、戦闘中は後ろでじっとしているだけのめぐみんと、動き回って魔法を撃ちまくるゆんゆんとでは消耗が違う。道中の戦闘回数はとっくの昔に二桁に突入していた。

 山登りなどでは自然体で登れる人間の方が消耗は少ないというが、ゆんゆんは完全にこれの真逆であり、初めての旅立ち特有の緊張とウキウキでかなり無駄に体力を消耗してしまっていた。

 要は張り切りすぎの弊害である。

 

「乗る?」

 

「……」

 

「めぐみんはからかうかもしれないけど、僕は変なことだとは思わないよ。

 でも、強がって無理をして体を壊してしまうことは、絶対に変なことだと思う」

 

「……乗ります」

 

 ゆんゆんも少年の肩に乗り、めぐみんがここぞとばかりにゆんゆんをいじり始める。

 

「おやぁ? 私を情けないとか言ってた人の姿が見えますね?」

 

「くっ……」

 

「吐いた唾は飲めないって言葉は知ってますか?

 吐いたものを飲み込むなんて、反芻をする牛みたいですね。

 あ、そういえばあなたは胸が無駄に成長してましたっけ。

 その胸の無駄な成長は牛になるためだったんですか、ゆんゆん?」

 

「こ、ここぞとばかりに……!

 ごめんなさいむきむき! 今からあなたの上で喧嘩するかもしれない!」

 

「やめてよ」

 

 ちなみにこうしてほわっとした感じでゆんゆんがむきむきの肩に乗り続ける限り、ゆんゆんのぼっち気質を心配するむきむきの肩の荷は永遠に下りないのであった。

 めぐみんもゆんゆんも、この少年の肩を持つ友であり肩を並べる仲間であるが、この少年の肩に乗っている内は大きな関係の変化などありえない。

 

 自分の肩の上で喧嘩勝負を始めるめぐみんとゆんゆんのパンチを器用に弾いているむきむきを見て、ミツルギはぼそっと想い出を呟く。

 

「……『巨人の肩の上』」

 

「? それは?」

 

「あ、いえ、ここから遠い僕の出身地での授業で聞いた言葉を、思い出してしまいまして」

 

 ミツルギの言葉にむきむきが耳を傾け、二人の少女も互いを警戒しつつ手を止め、同様に耳を傾ける。

 

私がかなたを見渡せたのだとしたら、それは(If I have seen further it is )ひとえに巨人の肩の上に乗っていたからです(by standing on ye sholders of Giants.)

 

 ミツルギはこの世界の人間ではない。

 そのためこの世界の人間には無い考え方がある。

 この世界には無い知識がある。

 

「ええっと、なんだったかな……授業で一回聞いたきりだったからな……

 人は、先人よりも後に続く者の方が多くのものが見えます。

 先人が知恵や歴史を後の時代に残してくれているからです。

 だから、後に続いた者達が"先人より自分の方が頭がいい"と言い出しました。

 先人よりも難しい問題を解いているのだから、と。

 そこである人が疑問を口にしたんです。『我々は本当に先人よりも賢いのか?』と」

 

 とても難しい数学の方程式を導き出した人間は、0の概念が無かった時代に0の概念を生み出した人間より、賢いのだろうか?

 

「先人や先人が残したものを、その人は巨人に例えました。

 そして自分達のことを、巨人の肩の上に乗る小人に例えました。

 自分達が高みに居るのは、巨人の肩の上に居るからだと。

 自分達が巨人より遠くが見えるのは、巨人のおかげなのだと。

 巨人より多くのものが見えたとしても、我々が巨人より偉大であるということではないのだと」

 

 ミツルギは、少女二人を肩に乗せる巨人を見て、忘れていた授業の一幕を思い出していた。

 

「巨人の肩に乗っていることを忘れてはならない……といった、感じの授業でした」

 

 ミツルギの話に、三人は三者三様の表情で頷く。

 

「勇者様は、色んなことを知ってるんだね」

 

「自慢じゃないですが、記憶力には自信がありますよ。クラスの成績はいつも一番でした」

 

 そこで余計な一言を言わなければかっこいい感じに終わったろうに。無自覚な自慢の一言で微妙に評価を下げてしまうところが、まさしく玉に瑕だった。

 

「巨人の肩の上に乗る、小人」

 

 四人はそれぞれが、自分を肩の上に乗せてくれたここには居ないどこかの巨人に――心の中で見上げる誰かに――思いを馳せる。

 ゆんゆんは、自分が持っている知識を無数に積み上げてくれた名も無き先人達に。

 ミツルギは、自分に魔剣と使命と次の生を与えてくれた女神に。

 めぐみんは、自分の命を助けてくれたあの日の爆裂魔法のお姉さんに。

 むきむきは、勿論かの幽霊に。

 それぞれが、巨人を見上げるように想いを馳せる。

 彼らの中には、どこかの誰かに対する揺るぎない尊敬があった。

 

「先人達の残した知識のお陰で、私達は今日も生きていける。素晴らしいことじゃないですか」

 

 旅立ちの一日目は、もう終わろうとしている。

 沈みかけの夕陽が美しく、彼らを橙色の陽光で染めていた。

 夕暮れの中、夕陽を見つめるゆんゆんが、めぐみんの言葉に応えた。

 

「うん」

 

 初めての旅の、最初の一日目が終わる。

 

「さて、そろそろ野宿の準備をしましょう。進むには危険な時間帯になります」

 

 ミツルギの提案で、初めての野営が始まった。

 

 

 

 

 

 パチン、と魔道具が音を鳴らす。

 

「イスルギさん、それはなんの魔道具なんですか?」

 

「いやだから僕の名前はミツルギだ。これはある貴族に褒美に貰った魔道具でね」

 

 テントを張っているむきむきとめぐみんを見ながら、ミツルギは手の中で転がしている魔道具をゆんゆんに見せる。

 

「ダンジョン攻略の必需品、魔物避けの結界魔道具の特製版だそうだ。

 数も少なく、値段もべらぼうに高い。

 その代わり、光や匂いといった魔物が人を感知する要素を完全に隠してくれるんだ」

 

「へぇ……」

 

 ゆんゆんは手帳にちょこっとメモを取る。

 後で買うつもりなのかもしれないが、ミツルギが貴族に貰ったと言っているように、実はこの魔道具も冒険者に買える値段ではなかったりする。

 王族はホイポイカプセルのように屋敷を手の平サイズで持ち運べる魔道具なども使っていたりするが、これも当然冒険者が買えるようなものではない。

 この世界にはそういう、有用だが高すぎるというものも多々あった。

 

「勇者様、夜の見張りは……」

 

「あ、むきむきさん、テント張りお疲れ様です。

 見張りは一人二時間半見張り、七時間半睡眠でいいんじゃないでしょうか?

 一時間後に見張りを始めれば、全員が睡眠を取り終えたところでちょうど夜明けになります」

 

「なるほど」

 

 いかにも旅慣れしている、といった感じだ。

 むきむきも感心した様子を隠していない。

 めぐみんとゆんゆんは"ミツルギだけが起きていてむきむきも自分達も寝ている"という状況に、いささか少年の貞操的な危険性を感じたが、今日一日でミツルギに対する評価は大分変わっており、「流石にそれはしないだろう」と思えるようになっていた。

 数日あれば、彼のホモ疑惑も晴れ始めるかもしれない。

 

「我焦がれ、誘うは焦熱への儀式、其に捧げるは炎帝の抱擁……『ファイアーボール』!」

 

「その詠唱に何の意味が……」

 

「紅魔族は伝統的に、意味の無いかっこいい詠唱をしないといけないんだ」

 

「むきむきさんはこう言ってるけど、そこのところどうなんだい?」

 

「誇らしき伝統です」

「悪しき伝統です……」

 

「あるんだ……」

 

 反応は二人の少女で両極端だったが、あることにはあると聞いて戦慄するミツルギ。

 魔剣と鎧を外して脇に置き、ミツルギは冒険慣れした手つきで料理を開始する。

 とりあえず、むきむきが付けた火の上に鍋を置き、畑で取れる高級サンマの肉粉を入れた袋をダシに使い、異世界人がこの世界に持ち込んだ調味料・醤油で味付けし、雑多な食材と米を一気にぶち込んだ。

 

「バカでも出来る簡単料理。雑炊です」

 

「案外ベタな晩御飯なんですね」

 

「……以前、雪山で鍋奉行という敵と出会ってね。

 その日は仲間と食べていた鍋の締めに、うどんを入れたんだけど……」

 

「あ、これ知ってる。どう足掻いてもダメなやつだ」

 

 "ミツルギが鍋で雑炊しか作らなくなった理由"を察し、むきむき達三人の目が遠くを見つめていた。

 腹が膨れたら、見張りの予行演習だ。

 そこでゆんゆんが焚き火のやり方を知らないというアクシデントもあったが、知らないことは教え合うのが旅の仲間というやつである。

 

「いやだからゆんゆん、細い木を上手く使って火を維持するんだってば」

 

「こう……こうかな? あれ? むきむきのと何か違うような」

 

「それだと空気が入らないから、熱は閉じ込めるように、空気は入れるように……」

 

「わ、器用……こうかな?」

 

「そうそう、そんな感じ。これならもう大丈夫かな」

 

「よし! ……あ、そうだ、めぐみん!

 どっちが先に火種を焚き火にまで育てられるか、勝負よ!」

 

 休日に妹を連れて山に登り、土を掘り、一から火を起こして「カブトムシの幼虫よりクワガタムシの幼虫の方が美味いですね」と焼いた幼虫を食っていた経験もあるめぐみんに、何故ゆんゆんは勝てると思ったのだろうか。

 めぐみんの圧勝で白星黒星がまた一つづつ増え、むきむきはその辺でいい感じに燃えてくれそうな木の枝を集める。

 

 その途中、ふと視線を向けた時、挙動不審に周囲をキョロキョロと見回していたミツルギと目が合った。

 

「勇者様?」

 

「あ、いや、なんでもないですよ。実は前にここを通った時、嫌なものと戦いまして……」

 

「嫌なもの?」

 

「……男の天敵。オークです」

 

 オーク、と聞いてめぐみんとゆんゆんの表情がちょっと苦々しいものになる。

 

「ああ、あれと遭遇したんですか。もしかして勝ってしまったり?」

 

「……」

 

「うわぁ。勝っちゃったんですね」

 

「え? どういうこと?」

 

「むきむき、現代においてオークは男性が絶滅してるの。

 今のオークは全てが女性。生まれてくる子も生き残るのはほぼ女性。

 性欲が強い女性のせいで、たまに生まれた男の子はすぐ性的に弄り殺される。

 だからオークの女性は他の種族の男性をさらって、無理矢理に子供を作らせるのよ」

 

「……うわぁ」

 

 無知なむきむきに、二人の少女がずいっと迫って懇切丁寧に説明していく。

 

「しかも他種族の優秀なオスを狙うため、生まれてくる子供は優秀。

 そのサイクルを繰り返してきたため、今のオークは凄まじい混血です。

 優秀な血脈を混ぜ合わせた混血(ミックス)であるがために、対策も困難。

 ステータスが高い上、どんな種族固有スキルを使ってくるかも分からない。

 遠距離から上級魔法で薙ぎ倒せる紅魔族でもなければ、敵に回せない手合いです」

 

「うわぁ、うわぁ……」

 

「こんなオークですから、うっかり一体でも倒せば終わりなんですよ。

 優秀なオスとしてオークに狙いを定められてしまいます。

 この人が恐れてるのはそれでしょうね。

 うっかりオークを倒し、強さを認められてしまって、ずっと狙われていたんでしょう」

 

 ミツルギは馬に乗って里にやって来た。

 その馬は、今は旅の荷物を運ぶために使われている。

 来た時は馬の速度のおかげで逃げられたが、今襲われたら逃げ切れないと、ミツルギは認識しているのだろう。

 

「ま、まあ、今は大丈夫じゃないかな?

 オークに気付かれない内にこの辺りを越えてしまえば、あんぜ―――」

 

 その瞬間のむきむきの言葉は。

 地球では、『フラグ』と呼ばれるものだった。

 

 人を隠すモンスター避けの結界の外から、先が輪になったロープが投げ込まれる。

 そのロープが、ミツルギが食事に際して外していた魔剣を絡め取り、結界の外までポーンと引っ張り出してしまった。

 

「あ」

「あ」

「あ」

「え?」

 

 咄嗟に、ミツルギは叫ぶ。

 

「むきむきさん、隠れるんだっ!」

 

「え?」

 

「四の五の言ってられません、早く!」

 

 その意を介しためぐみんとゆんゆんが、むきむきの手を引いてテントの中にこっそり隠れる。

 テントの外に焚き火があったお陰で、光の向きの関係上、テントの中の人影はテントの外から見えなくなっていた。

 聞き慣れない、野太い女性の声が夜の世界に響く。

 

「ふふっ、言ったでしょう?

 次に会った時は、必ずあなたとボッキーゲームをしてみせるって」

 

「お前は……僕が里に向かう途中で、襲いかかってきたオーク!」

 

「ふふっ、そうよぉ。ほら、今日はこんなに仲間を連れてきたの。合コンしましょ?」

 

「するつもりなのは強姦だろう!」

 

「何言ってるの? 射精したら和姦よ。はっきりわかんだね」

 

 現れたのは、オークであった。

 それも、凄まじい数の武装したオーク。

 その狙いがミツルギであることは明らかで、魔剣を奪われた無手のソードマスターである今のミツルギに、抵抗する手段はない。

 

「何故だ……結界は、全ての感知要因を誤魔化すはず……」

 

「決まってるでしょ。魔道具でも隠し切れない……いい男の童貞の匂いよ」

「童貞臭さといい男の気配を感じられずして何が女か。何がオークか!」

「『大切なものは目に見えない』って言うでしょう?」

 

「おいやめろ。僕だけじゃなく、僕の想い出までレイプしようとするな!」

 

 この世界のオークは、体も、心も、尊厳も、想い出もレイプする。

 肉食系女子というレベルでさえない。

 大食(オーク)系女子という独立カテゴリだ。

 

 腰振りだけを求められる腰の王子様と化したミツルギが、オークにさらわれていく。

 

「じゃあ行きましょう、私達の集落へ。

 股間の魔剣のカリをオスだけでトロ顔になるようにしてあげるわ」

 

「やめろォ!」

 

 "あなたの心を盗んでいった"の対義語は、"お前を体目的で頂いていく"である。

 オーク達が去って、あまりの衝撃に意識を飛ばしていたむきむきは、ハッとなってテントの外に飛び出した。

 

「……ゆ、勇者様!」

 

「いけませんよむきむき。

 彼はあなたを守るために身を挺して犠牲になったのです。

 その犠牲と想いを無駄にしてはいけません。

 さあ、先に進みましょう。

 主を失った彼の鎧は、そこそこの値段で売り飛ばせるはずです」

 

「めぐみーんっ!」

 

 "ミツルギを助けよう"という気持ちは、めぐみんの中には毛の先ほども存在していなかった。

 

「大丈夫ですよ。ホモ専がオーク専になるだけです」

 

「ええ!?」

「私が言うのもなんだけどそれ絶対大丈夫じゃないよね!」

 

 むきむきとゆんゆんは、どうやら救出賛成派のようだ。

 めぐみんはハァと溜め息を吐いて、むきむきの目をじっと見る。

 

「というか、むきむきを助けに行かせたくないんですよ。

 万が一があったらどうするんですか? あなたも男ですよね?

 私は一人の友人として、あなたの貞操を守る義務があると思うのですが」

 

「めぐみん……」

 

「むきむき、想像してみてください。

 私がその辺のオスの人型モンスターに、こう、エロ的にあれされる光景を」

 

「う゛っ」

 

「嫌な気持ちになったでしょう? 私の気持ちも、多少は理解できると思うのです」

 

 ちょっと卑怯な言い回しだが、めぐみんにもその自覚はある。

 オークの里など、むきむきを行かせたくない場所トップ10に入るであろう危険地帯だ。

 むきむきがしょんぼりして、ゆんゆんがふと先の流れの中であったことの中から、一つ小さなことに気付く。

 

「私はちょっと変な人だと思ってたけど……

 でも、やっぱり勇者なんだね。

 咄嗟に出た言葉が『助けて』じゃなくて『隠れろ』だったもの」

 

 沈黙が広がる。

 ゆんゆんの言葉が、むきむきとめぐみんに何かを考えさせる。

 そうして数秒後。めぐみんに止められた上で、むきむきは決断した。

 

「ん。それじゃ、助けに行こうか」

 

「……これじゃ止まらないだろうなあ、とは思ってましたよ」

 

 はぁ、と溜め息を吐くめぐみん。

 彼女が溜め息を吐く時は、彼女が好き勝手して周りにフォローされている時ではなく、彼女が周りの好き勝手をフォローする時だ。

 面倒を見られる問題児としての一面も、面倒を見る姉のような一面も、どちらもめぐみんである。どちらにせよ、心配症であるということは変わらない。

 

「ちょっとくらい危なくても、助けに行くべきだと思うんだ」

 

 むきむきの言葉に、ゆんゆんが強く頷く。

 普通の感覚があり、人情家で、オークも物ともしない力があるがゆえに、ゆんゆんがこの救出について行かないはずがない。

 

「人生なんてどうやっても後悔するらしいから。

 助けて後悔するか、助けないで後悔するかのどっちかだよ。

 それなら、助けてありがとうって言われる後悔の方がきっといい」

 

 後悔を前提とした後悔を引きずらない生き方を、それを教えてくれた師の想い出を胸に、むきむきはミツルギ救出に向け動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オークの集落。

 そこは天国であり地獄だった。

 ユートピアでありディストピアだった。

 捕らえられた異種族の男達は薬・性技・スキルによる干渉などありとあらゆる手段で生殖行為を行わされ、やがてそれに快楽以外の何も感じなくなり、正気を失ったまま死に至る。

 

 冒険者ギルド曰く、「男性はオークに捕まるくらいならその前に死を選ぶべき」とのこと。

 その言葉に恥じない地獄と天国が、ここにはあった。

 頑丈なオークの男の子が搾り取られ過ぎで殺されるのだ。

 当然ながら、まっとうな人間が耐えられるような環境ではない。

 

「ふふ。あなたには真の愛に目覚める権利を贈ってあげるわ」

 

 ミツルギは天井から吊り下がる鎖によって、両手を頭上で縛られていた。

 足をしっかり伸ばしてギリギリ踵が床に着く、そういう高さ。

 普通に立っている分には問題ないが、逃げるために動こうとすればかなり邪魔になる。

 

 ミツルギは既に気が狂いそうな気分であった。

 集落では絶え間なく男の嬌声が聞こえている。何か悲しくて男のアヘ声を聞かされなければならないのか。それが自分の未来の姿かもしれないと分かっているからこそ、ミツルギはその実かなりビビっている。

 

「ふざけるなよオークども。

 僕が汚らわしいお前らなどに屈するものか!

 体は好きにできても、心までは自由にできると思わないことだ!」

 

「威勢がいいわね。ふふっ、その威勢がいつまで続くかしら」

 

 果たして耐えることができるのだろうか。

 オークは気に入ったオスを見つけると、まず百匹子供を作ろうとするという。

 複数の女性に好かれたならば、その時点でチェックメイトと言っていい。

 

「見て彼の体つき。たまらないわぁ、まるで歩くセックスよ」

「まるで美少年動物園から飛び出して来たかのよう。存在レベルのポルノよ」

「最近はおち○ぽを舐めたくなるような男が居ないと言っていたトミノさんも満足間違いなしね」

 

 チェックメイト。

 ミツルギは、事ここに至っても揺らぐことなくハーレム主人公属性であった。

 オークの一匹がミツルギに歩み寄り、その耳を舐めた。

 オークのおぞましく太い舌が、粘度の高い唾液を纏い、ぬるぬると耳の穴の奥に侵入し始める。

 

「うわあああああああああっ!」

 

「あら、ウブねえ」

 

 それだけで、ミツルギの心が折れかけた音がした。

 

 オークの大きくゴツゴツした手が、さわさわとミツルギの尻をいやらしく撫でる。

 

「ひっ」

 

「やだ、そんないい反応されたら、お姉さん凄く興奮しちゃうわあ」

 

「くっ、殺せっ! ひと思いに殺せぇっ!」

 

「殺すわけないでしょう? ……ふふ、人間の女じゃ満足できないようにして、あ、げ、る」

 

「オークなんかに絶対負けない! 助けが来るまで……耐えきってみせる!」

 

 むきむき達が、里の外の新しい世界を知って瞳を輝かせていた日の夜のこと。

 

(ヘェルプ! 誰かヘルプミー! なんでもしますからッ!)

 

 御剣響夜は、オークの手により新しい世界の扉を開かされそうになっていた。

 

 

 




 めぐみんは「自分の活躍チャンス!」と思える程度のピンチだと不敵に笑うが、突発的な事態等で追い詰められすぎると超テンパる
 むきむきは結構頻繁におろおろするが、追い詰めすぎると何も考えず全力で目の前のことにぶつかり始めるので時々怖い
 ゆんゆんは全体的にフラットで、「こういう事態にはちょっとだけ強い」「こういう事態にはちょっとだけ弱い」で半々
 ミツルギは上記の誰よりも不意打ちに弱い

 ピンチに強いカズマさーん!


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2-2-2

 ミツルギさんの取り巻き二人が、ミツルギ相手でもない、嫌いな相手(カズマさん)でもない、恋敵になりそうな人(フリーの若い女性)でもない相手と話す時、どういう風に話してるのかは完全に妄想するしかない気がします。原作で描写される気がしないでござる


 空の月が明るくて、人工の光が無くても道先がうっすらと見える夜。

 オーク調教性騎士団の部隊長は、無言の部下達を従えて、集落の入り口にてその月を見上げていた。性騎士の目が、まっすぐに月を見据える。

 

「性癖とはなんなのだろう」

 

 真剣な顔で、哲学的な命題に思考を巡らす性騎士。

 調教性騎士団の存在意義は、他のオークの手の中から逃げ出すような強い人間を脱走後に袋叩きにし、そうして力のある人間を無理矢理に力づくで屈服させるプレイを実行することだ。

 そのついでに、集落の外からやって来る敵を撃退することだ。

 

 彼らは誇り高き性騎士にして女騎士。

 オークに強姦されそうになった人間に「くっ、殺せ!」と言わせることこそが、彼女らの使命である。

 

「確かな価値を持ち、移ろいゆくものならば……

 性癖とは人と同じであり、世界と同じではないだろうか」

 

 彼女らオークは、争いを好まない平和的な種族である。

 望むのはセックス。それだけだ。他種族が彼女らの要求を飲んでくれるのであれば、彼女らは無駄な争いをしなくても済む。

 何という悲劇か。価値観の相違こそが、彼女らを苦しめているのだ。

 

 ……と、書けば聞こえはいいが、一種族総強姦魔な彼女らに同情の余地はない。

 

「性癖と性癖のぶつかり合いはなくならない。

 性癖否定も、異常性癖の押し付けもなくならない。

 ならばそれすなわち、世界から戦争が無くならないことと理由を同じくしている」

 

 彼女らはもはや生物災害と化した性犯罪。人を飲み込むセクハラの津波。痴女の台風だ。

 それに立ち向かうには、尋常な者では到底足りない。

 

「逆レイプと性癖調教をスタンダードにすれば、世界は平和になるというのに……」

 

 世界平和に想いを馳せるその顔面に、突如拳が突き刺さった。

 

「―――!?」

 

 吹き飛ばされる部隊長。

 部隊長は地面を転がり、気絶したのか立ち上がる気配も見せない。

 部隊長の取り巻きのオーク達が、部隊長を殴り倒した男の存在に気付き、最大限に警戒しながら扇状にその男を取り囲む。

 男は漆黒と真紅のローブに、首から筒状のペンダントを吊り下げた、筋肉の塊だった。

 

「何奴!」

 

「我が名はむきむき」

 

 赤い瞳が、月の下でほんのりと輝いていた。

 

「紅魔族随一の筋肉を持つ者」

 

 オークの集落を中心とした広い活動範囲は、紅魔の里近辺と重なっている。

 言うなればお隣さんの関係だ。

 大抵のものを恐れず、優秀な異種族の血を大量に取り込み異常な進化を遂げたオーク達にも、ふと手控えてしまうような手合いは存在する。

 

「紅魔族だっー!」

 

 それが、紅魔族だった。

 

 

 

 

 

 優秀な魔法使いを女オークが逆レイプして生まれた、逆レイプの魔法を開発することに特化した魔法使いの女オークにより、ミツルギは鎖で縛られた両手を天井から吊り下げられながら、発情魔法陣の上に立たされていた。

 

(悔しい……でも感じてしまう……!)

 

 発情魔法陣がミツルギを無理矢理に発情させ、七対の乳房と殺人級の醜さの豚顔、すえた臭いの体臭に豚のように肥え太った体躯という女オークとさえ、性交可能な状態に持っていく。

 

「ふふっ、全身の甘い痺れがいつまでも取れないでしょう?」

 

(魔剣さえあれば、こんな奴らに……!)

 

 気高き勇者は、今まさに陵辱の限りを尽くされようとしていた。

 

「ふふっ、軽くしただけでこんなになるなんて、随分淫乱みたいね」

 

(耐えなければ……今は耐えるしかない……!)

 

 ミツルギと一対一で対面していたオークの手が、ミツルギのズボンのベルトに伸びる。

 

「た、助けっ……!」

 

 絶体絶命、そんな時。

 

「やっと見つけた」

 

 ズシン、とオークの巨体が倒れる。

 ミツルギはその声を聞き、強がっていた表情を一気に崩して、顔を上げた。

 倒れたオークの向こうには、人間よりもむしろオークに近く見える巨人が立っていた。

 巨人の手刀が、ミツルギを縛る鎖を綺麗に切り離す。

 その足が、発情魔法陣を踏み壊す。

 

「さ、帰りましょう」

 

「む……むきむきさん! ありがとうございます!」

 

 その時のミツルギの歓喜は、筆舌に尽くしがたいものがあった。

 なのだが、助けに来たむきむきの表情はちょっと引きつっている。

 

(勇者様めちゃんこオーク臭い)

 

 縋り付くようにして何度もお礼を言ってくるミツルギの全身が、女オークの臭い唾液にまみれていたからだ。

 かといって、見るからに精神的に弱りきっているミツルギを突き放すわけにもいかない。

 この少年は、そういう選択を取れない性格をしている。

 ミツルギが落ち着くまで、むきむきは抱擁して背中を軽くぽんぽんと叩いてやっていた。

 前に、友達にそうしてもらったように。

 

(あの時、ゆんゆんもこうして落ち着かせてくれたっけ……)

 

 あんな目にあったのだ、ミツルギのこの行動も無理もないだろう。

 ヒロインのレイプ直前に間に合い助けるのが王道的主人公のテンプレだが、男のレイプ直前に間に合い助ける主人公は王道的なのだろうか。神のみぞ知る。

 

 二人は家の外に出て、そこで待ち構えていた集落中のオークの群れに囲まれる。 

 

「ここは逃さないわよ!」

 

「ひっ」

 

 素晴らしい体格のむきむきを、そして唾液まみれで半裸のミツルギを、囲んだオーク達がいやらしい目つきで舐め回すように見る。

 ミツルギは思わず悲鳴を上げたが、なけなしのプライドと勇気で歯を食いしばった。 

 

「悪いけど、アルカンレティアに辿り着くまで、この人と僕らは仲間なんだ」

 

 そんなミツルギを庇うように立ち、むきむきは構える。

 

「押し通らせてもらう」

 

「ああっ、あの構え、あの足運びは……!」

 

「知っているのスワティナーゼ!」

 

「ええ、あれは遥か遠くの国の剣豪ミヤモ・ト・ムサシの足運び!

 ミヤモの著作・五輪書に曰く、

 『足の運び様の事、爪先を少し浮けて、踵を強く踏べし。

  足使いは、事によりて、大小遅速は有とも、常に歩むが如し』

 とあるわ!

 人間の武術は通常、踵を浮かせ足の親指の付け根の拇指球に重心を置く!

 けれどもあの足運びは、時に大胆ながらも基本は地に足付けたすり足の足運び!

 ミヤモは左右の足運びを陰陽に例えた! あの足運びこそまさにそれ!

 やだわあの子、それを知って身に付けているなんて、一体何者なの……!?」

 

「お前が何者だよ」

 

 ピロートークで男から故郷の話を聞くのはいい女の特権。

 よその世界から藪から棒にやって来る転生者でも、このオークの前では藪の中で弄ばれる肉棒と化してしまう。

 スワティナーゼというオークには少しばかり、ここではない遠い国の知識があった。

 

「構うな! ハッタリだ! 二人まとめて押し倒して勃起させてやれ!」

 

 女オーク達が一斉に飛びかかる。

 狙いは二人の少年の手足。手足を抑えて動きを封じ、このまま野外調教プレイに持ち込むつもりなのだろう。

 狼のように素早く走るオーク、兎のように跳ぶオーク、悪魔のような翼で飛ぶオーク、その他多くのオークがむきむきへと迫る。

 

「はっ!」

 

 少年はその全てを殴り飛ばし、蹴り飛ばし、投げ飛ばした。

 

「なんてパワー……セックスに持ち込めない!」

「私達の得意な距離なら、セックスの距離ならなんとかできるのに!」

「皆、諦めないで! セックスの可能性を信じるのよ!」

 

 女オーク達はそのパワーを見て怯むどころかヒートアップし、命知らずな突撃を繰り返す。

 全ては性欲のため。

 命をかけるだけの価値を、彼女らはむきむきとミツルギに見ていた。

 無謀な突撃を敢行させるだけのレイプアドバンテージが、そこにはあった。

 

「その豊満な体を存分にもてあそんであげひでぶっ」

 

「スワティナーゼー!

 くっ、たまらないわ! 高戦闘力持ちを屈服させるという性癖だけじゃなく!

 『よくもうちの仲間をこんだけやってくれたな』

 『へへっ、手間かけさせやがって』

 『おい、こっちから好きにやらせてくれ。殴られたお返しをしてやる』

 シチュが好きな性癖を満たすお膳立てまでしてくるなんて! なんて戦士なの!」

 

 なんという卵子脳か。脳に卵子が詰まっているとしか思えない。

 下半身でしかものを考えられないオークの群れは、倒しても倒してもキリがなかった。

 数が減る様子も、諦める様子も、微塵も見られない。

 しかも視線が気持ち悪いくらいに性欲濡れで、むきむきはその視線に時折ゾワッとさせられる。

 今は優勢でも、何か一つ何かがあればいつでもひっくり返る程度の優勢だった。ましてやオークの怖さは高いステータスだけでなく、どんな種族のどんなスキルが出てくるか分からない、ビックリ箱のような点にあるのだ。

 むきむきは戦いの最中、視線を走らせ周囲を見回し、この戦いを終わらせられる者を見定める。

 

(あれが親玉か)

 

 そうして見つける。

 オーク達のリーダー格を。

 頭を潰せば薄い本特有の連携の取れた性犯罪者集団も、一気に烏合の衆と化す。

 むきむきは最速で踏み込み、そのリーダー格に最速で拳を突き出した。

 

「そう簡単にやられるものですか!」

 

 種族の長らしき美(の)少(ない)女オークが、何かを構える。

 "構わない。殴る。壊す。そして倒す。"

 そういう思考で、むきむきは全力の拳でそのまま殴り抜いた。

 

 盾代わりに使われた、魔剣グラムを。

 

「あ」

 

 女神が与える神器はそうそう壊れない。だが、不変でもない。

 正当な持ち主の手の中にあれば不壊であることもあるが、今の魔剣はミツルギの手を離れていた。

 彼の手を離れた魔剣は、「これで大人の玩具を作りましょう」というオーク・スワティナーゼの提案により、ありとあらゆる溶解・融解・破壊・分解の手段を試されてしまった。

 この世界のオークは、優秀な種族の血を取り込み続けた化物の混血。

 薬品やスキル込みでの破壊行為のほどは、推して知るべし。

 そう、魔剣グラムは、既にオークにレイプされズタボロだったのだ。

 

 それで脆くなった分も、ミツルギの手の中で時間が経過すれば、さっさと直っていただろう。

 だがよりにもよって、このタイミングで剣に最大の負荷がかかってしまった。

 

 いい感じに精神的な高揚が進んだ、むきむきの腕力。

 魔剣を持っていたオークの、リーダー格の名に恥じない腕力。

 両方を受けた神の魔剣は。

 

 壁に投げつけたガラスのコップのように、粉々にぶっ壊れてしまった。

 

「ぐ……グラムぅー!? 折れたァー!?」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 魔剣が折れるほどの一撃の衝撃が、リーダー格のオークを仕留める。

 オーク達は一気に浮足立つが、代償はあまりにも大きかった。

 失われてしまったこの魔剣は、可能性の話ではあるが、神さえ殺す可能性を持っていた。

 最高の使い手によって振るわれる魔剣は、野球界におけるマー君に相当する。

 魔ー君はむきむきの手によって砕かれてしまった。

 魔ー君の凄さをなんとなく察していたむきむきの罪悪感は凄まじいことになっている。

 当然、魔ー君との付き合いが長かったミツルギのショックは、むきむきの比ではないだろう。

 

 むきむきが罪悪感でまた弱体化したのを見て、そこで騒ぎに乗じて侵入していたゆんゆんが、空高くに雷の上級魔法を奔らせた。

 

「そこまでよ!」

 

 雷に気付き、自然と上を向かされるオーク達。

 まさにその瞬間、空にて爆裂魔法が爆裂した。

 ゆんゆんがオークの視線を集め、めぐみんの爆裂魔法でインパクトを叩き込み、一気に話の主導権を握り込む。

 紅魔の里の才女達は、旅立ち初日からオーク相手に如才なく立ち回っていた。

 

「何!?」

「今の爆発は一体!?」

「オナ禁の果てに溜まりすぎた誰かの性欲が爆発したの!?」

 

「聞きなさい、オーク達!

 今の魔法をもう一発、今度は集落の中心に撃ち込む用意がこちらにはあるわ!」

 

「なんですって!」

 

「こっちには複数人の紅魔族が居る!

 死にたくなければ、私達を黙って見逃しなさい!」

 

 めぐみんの爆裂魔法は、見せ札として使っても最強だ。

 一回見せて「これをこれから撃ち込むぞ」と言うだけで、多少の要求は飲ませることができる。

 オーク達は爆裂魔法が一日一回しか撃てないことを知らない。

 今、紅魔族が何人敵に回っているのかも分からない。

 主導権はゆんゆん達にある。

 

 が、あるオークがふと、『紅魔族というのも嘘で全部ハッタリなんじゃないか』と思い、その疑問を口にした。

 

「紅魔族?」

「あの髪と目……」

「いや、紅魔族なら、あの恥ずかしい名乗りをするはずだ」

「それもそうね」

「あの名乗りをしなかったら、紅魔族の偽物と考えていいだろう」

 

「……我が名はゆんゆん、アークウィザードにして上級魔法を操る者……やがて長となる者!」

 

「紅魔族だわ! 間違いないわ!」

「アレを敵に回すのは危険よ。ここは一旦逃げるしかないわ」

「くうっ、私だってアナル専門の肛魔族を名乗ってるのに……!」

 

「くぅぅっ……!」

 

 名乗らなければ他のハッタリにまで連鎖的に疑問を持たれてしまうという状況だった。

 紅魔族であることを証明すれば、ハッタリを通せる状況だった。

 とはいえ、この名乗りは普通の感性の彼女のハートにぐさりと来る。

 ゆんゆんの羞恥心までもが、オークの辱めを受けていた。

 

「もうしない……この名乗り、一生しない……!」

 

「よしよし、ゆんゆんは頑張ったよ」

 

 むきむきと、(ツルギ)を失ったミキョウヤ君もここでゆんゆんと合流。

 両手で顔を覆っているゆんゆんをむきむきが慰め始めるが、慰めが完了する前に、オーク達が疾風のような逃亡を始めていた。

 

「うわあ……家も家具も食糧も置いて、男だけ抱えて逃げ出してる……」

 

 全てを捨て、何か一つを持って逃げられるとしたら、人は何を持って逃げるだろうか。

 財布か。スマホか。想い出の写真か。黒歴史ノートか。

 オークの場合は、お気に入りのいい男(肉バイブ)であった。

 

「……と、とりあえず」

 

「むきむきさん、僕はもう大丈夫です。一人で歩けます」

 

 ズタボロメンタルでも強がって立ち上がるミツルギを離し、むきむきは魔力切れで倒れためぐみんを優しく抱え上げる。

 

「急いでアルカンレティアに向かおう。

 あのオーク達が、何か心変わりをして戻って来ない内に」

 

 今は夜。

 だが、この流れでぐーすか寝ることを選べるほど、彼らは呑気な性格をしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからまた、十数時間後。

 彼らは野営地で荷物と馬を回収し、ほぼノンストップで目的地へ走る。

 地球で言うところの12時過ぎくらいの時間帯に、彼らはとうとう最初の街、生まれて初めて見た里の外の街に。水の都アルカンレティアに、到着していた。

 

「……ふぅ。やっと着いた」

 

 本来ならば、里からアルカンレティアまでは二日かかる。

 が、初日に途中からめぐみんやゆんゆんがむきむきの肩に乗ったことで、むきむきとミツルギの歩行ペースで進むことができたこと。

 オークの襲撃後、二人の少女を肩に乗せたむきむきとミツルギが夜通し歩き続けたこと。

 モンスター避けの魔道具を無理矢理な応用で使いながらも、オークのおぞましさから逃げるように、むきむきとミツルギが相当なハイペースで夜道を進んだこと。

 

 それらがいい意味で噛み合って、彼らを一日と少しという短い時間で、アルカンレティアにまで到達させていた。

 

「ここが、アルカンレティア……」

 

「凄い! 見てむきむき、観光名所になるくらい綺麗な水路ってあれのことだよね?

 めぐみんめぐみん、あれはきっと、本に書いてあった海の魚も生きられる塩の湖……」

 

「田舎者丸出しなゆんゆんとは他人のふりをしましょうね、むきむき」

 

「!?」

「めぐみん、もう少しお手柔らかにしてあげようよ」

 

 水の都の名に恥じず、アルカンレティアは造りからして水を魅せる形になっており、行き交う水はただそれだけで美しく、女神アクアをイメージする色合いや意匠が所々に見えた。

 

「……アクア様」

 

 それが、ミツルギにかの女神のことを思い出させて。

 

「グラム……」

 

 連鎖的に魔剣のことを思い出させて、彼の顔を俯かせる。

 

「ご、ごめんなさい……勇者様の大切な魔剣を……」

 

「いえ、謝る必要はありません。

 むきむきさんにはむしろお礼を言わないと。

 あそこで助けてもらえなかったら、僕はきっと、自前の魔剣まで……」

 

(普段言わなそうな下ネタをさらっと言う辺り、追い詰められてる感が……)

 

 ミツルギにとってかの魔剣は、女神から託された力であり願いである。

 女神が何を考えて渡したかは別として、ミツルギはあの剣で世界を救うと心に決めていた。

 ミツルギの中にあるグラムへの拘りは、あの剣が強力であること以上に、あの剣を女神アクアから貰ったという事実に起因する。

 彼はグラムを握って空を見上げ、アクアのことを想うことも多かった。

 

 そんな剣が、今ではうっかり踏まれた袋の中のポテトチップスみたいになってしまっている。

 むきむきがどさくさに紛れて破片を小さなものまで拾い、革袋に詰めてはいたものの、もはやただの鉄屑でしかない。

 むきむきが持っている故グラムが詰まった袋を見るたび、ミツルギの口からは切なげな声が漏れるのである。

 

「「キョウヤ!」」

 

 四人がアルカンレティアの門をくぐると、その向こうでミツルギを待っていた様子の二人の少女が、声をかけて来た。

 ミツルギを見た瞬間にその表情は明るくなり、少しでも早く彼と話そうと足は早足で、見るからに雰囲気が嬉しさに満ちている。

 

 少女の片方は、神槍李書文の六合大槍半ばほどの長さの槍(約160cm)を持っている。

 もう片方は、腰から短刀を吊り下げた盗賊風の出で立ちだ。

 おそらく、それぞれランサーと盗賊の冒険者なのだろう。

 

「勇者様のお仲間の方ですか?」

 

「ええ、そうよ……で、デカい!

 アルカンレティアの女神アクア像よりデカい! キョウヤ、この人は?」

 

 ランサーの少女が驚き、ミツルギにむきむき達のことを問いかけるも、ミツルギは顔を明後日の方向に逸らしたまま何も答えない。

 周囲が怪訝な視線を向け始めると、ミツルギは震えた声で話し始めた。

 

「だ、誰のことかな? 僕の名前は成歩堂龍一。御剣響夜なんて人は知らないよ」

 

「何言ってるのキョウヤ!?」

「あなたはミツルギキョウヤ! 世界を救う魔剣の勇者よ!」

 

「やめてくれ!

 僕の心に揺さぶりをかけないでくれ! 現実を突き付けないでくれ!

 もうかつての自分も、間違えられる名前も捨てるんだ! 僕は成歩堂なんだよ!」

 

「ちょっと! あんた達キョウヤに何したの!? 事と次第によっちゃ許さないわよ!?」

 

「……ええとですね、実は……」

 

 今のミツルギは、かなりいっぱいいっぱいだった。

 

 

 

 

 

 とりあえずゆっくり話せる場所に行こう、ということで近場の喫茶店へ。

 むきむきが全ての話を終え。

 冒険者カードや砕けたグラムを証拠として提示した頃。

 二人の少女は、死にそうな雰囲気でテーブルに突っ伏していた。

 

「おお、もう……」

「キョウヤは私達に合わせる顔がないとか、そういう……」

 

 ランサーの少女はクレメア、盗賊の少女はフィオと名乗った。

 クレメアは美人だが、キツそうな印象を少しだけ受ける美人であり、戦士風の服装と大きな槍が男に舐められたくないという意志を滲ませている。

 フィオは対照的に可愛い系の少女であり、フィオと比べれば気弱な印象を受ける少女だった。

 

 むきむきは二人に、深々と頭を下げる。

 

「ごめんなさい。僕が、あそこで軽率な行動を取らなければ……」

 

「……キョウヤは何か言ってた?」

 

「恨み言の一つも言われてません。それどころか、ありがとうって……」

 

「そ。それなら、私達が何か言える筋合いでもないか」

 

 悪意があったわけでもなく、申し訳なさそうに頭を下げてくる少年を、ましてやミツルギの恩人でもある男を、ミツルギの意志を無視して罵るなど、二人にできようはずもなかった。

 魔剣が砕けたことに行き場のない憤りは感じていたが、個人的な怨みや嫌悪感を抱いていない相手に、それをぶつけようとするわけもない。

 

「そんな目をしなくても大丈夫よ。私達はキョウヤを見捨てたりしない。

 第一、魔剣を持ってる人だから付いて来たわけじゃないからね。

 私達はキョウヤって個人を好ましく思ったから、ここまで付いて来たんだし」

 

「明日からは代わりの魔剣探しかあ。

 グラムの代わりになるものなんて見つかるわけないけど……

 キョウヤならきっと大丈夫! 代わりの剣でも、世界を救ってくれるはず!」

 

 冒険者らしい、男勝りな一面が見えるからっとした二人の性情を見て、むきむきは恐る恐る不安を口にする。

 

「僕が悪意をもって剣を壊したとか、そういうことは考えないんですか?」

 

「思わない。そりゃ、分かるわよ」

 

 クレメアが、むきむきが拾い集めた革袋の中のグラムの破片をつまむ。

 それは破片の中でも一番小さな、髪の毛サイズの破片であった。

 

「こんな小さな破片まで頑張って拾ってくれたんでしょ?

 だから、あなたの人となりもちょっとは分かる。

 キョウヤだって無敗じゃないし、失敗もあって、守れなかったこともあった。

 でも結果的に人を救ってるから、それでいいんじゃないかと私は思ったりしちゃうわけよ」

 

 魔剣を守れなかったことを怒るのではなく、ミツルギを助けてもらったことに感謝する。

 

「ありがと、筋肉の人。ええと……」

 

「むきむきです」

 

「な、なんて名が体を表してる名前……とにかく、ありがと。キョウヤを助けてくれて」

 

「私からも言わせて。

 ありがとう、私のキョウヤを助けてくれて。

 生きてさえいれば、どうにかなることもあるもんね」

 

「あはは、フィオったらおかしなこと言うわね。キョウヤは私のよ?」

 

「やだもう、むきむきさんの前で冗談きついわよ、クレメアったらー」

 

「先週体重が増えてたでしょ? ほらほら、虚言は痩せてからにしてよね?」

 

「私クレメアみたいにまな板じゃないからー。ちゃんとお肉が付いてるっていう証拠なのよ?」

 

「あらあら」

 

「うふふ」

 

 始まる恋の鞘当て。御剣なだけに鞘当てだ。

 むきむきは察しているようで察していない。こういう、女子二人でオラつきながら一人の男性を取り合うというシチェーションを、彼は生涯一度も見たことがなかったからだ。

 なのに不思議と、少年はこの二人の少女に小さな好感を持っていた。

 

 よく分からないが、なんとなくなのだが。

 この二人の少女の、同じ分野で競い、同じ勝利条件を持ち、互いを認め合いながら一つしかない勝利を取り合う姿が、なんとなくめぐみんとゆんゆんのそれと重なった。

 "自分がこいつをバカにするのはいいが他のやつがこいつをバカにするのは許さない"、みたいな思考が垣間見えるのが、尚更にその認識を加速させる。

 

 一方その頃。めぐみんとゆんゆんは。

 

「随分男の趣味が悪いようですね、あの二人」

 

「めぐみん、あの二人に聞こえる距離でそれ言おうとしたらはたくわよ」

 

 隣の席で喫茶店の甘い物を思うまま食らい、オークとの戦闘含む徹夜での夜間強行軍の疲れと飢えを、存分に吹き飛ばしていた。

 

「あ、これ美味しいですね。へいむきむき、あーん」

 

「へいへい、あーん」

 

 めぐみんがいちごサイズの饅頭のような菓子を掴んで、口を開いたむきむきの口に投げて全力シュート。超、エキサイティン! むきむきは器用に歯でそれをキャッチして、「おいしい」と「ありがとう」をめぐみんに返した。

 

「行儀が悪い!」

 

 当然ながらゆんゆんが二人に対して怒り、クレメアとフィオがくすくすと笑い出す。

 ちなみにミツルギはその頃、喫茶店前の公園でリストラされたオッサンと並んでベンチに座り、空を見上げていた。

 

「私達は明日、この街を出るわ。キョウヤも連れて」

 

「え、そうなんですか?」

 

「一回アクセルに戻ろうかと思うの。

 あそこのギルドに寄る用があるし、新しい剣の情報も集めないといけないしね」

 

 ミツルギもいつかは復活するだろう。だが、アクアに貰った魔剣を失ったという事実は、数日くらいは落ち込み続けてしまうほどのダメージを与えていた。

 その復帰を早めるため、とりあえず当座で使う剣と、グラムの代わりになる剣を一刻も早く用意する腹積もりのようだ。

 

「明日の朝、最後にもう一回だけお礼を言ってから街を出るわ。それじゃあね」

 

「また明日!」

 

 二人の少女はそう言って、成歩堂と名乗るのを止めたミツルギと、さっさと宿に帰って行った。

 

「……はっ、そうだ、喫茶店のお菓子早食い勝負なら、私でもめぐみんに勝てるかも……?」

 

「早食い勝負とか、ゆんゆんは本当に行儀の悪いことを言うんですね」

 

「!?」

 

「二人共、支払いしといたからさっさと行こう?」

 

(さらりと二人の分も奢って喧嘩を仲裁。

 この喫茶店を初めて三十年だが、初めて見る仲裁だ。

 ベテラン店長にしてアクシズ教徒である私の勘が言っている。

 この少年をアクシズ教に勧誘できれば、アクア様はさぞお喜びになられると……!)

 

 

 

 

 

 アクシズ教徒による勧誘を何とか振り切り、紅魔族チルドレンは何とか宿に到着した。

 めぐみんとゆんゆんは、軽く汗だけ流してベッドに飛び込む。

 旅立ち初日にもう歩けない状態になっていた上、その後一睡もせずオークとの大勝負を行い、翌日の昼まで周囲を警戒しながら危険地帯を突破してきたのだ。無理もない。

 大した疲れも見えないむきむきが変なのだ。

 

 時刻は夕方。

 むきむきはグースカ寝ている二人の少女を宿に置いていき、イスカリアの打倒で手に入れた賞金を資材屋で全て費やして、得た素材を手に街一番の鍛冶屋に向かう。

 

(僕にできる償いなんてこれくらいしかない)

 

 鍋奉行の討伐で得た金の一部を使って、鍛冶屋に頼み込み、手を貸してもらう。

 そこからの作業は、困難を極めた。

 習得欄に鍛冶スキルが現れなかったむきむきは、鍛冶屋のスキル補助を受けつつも、その筋力と体で覚えた技で鎚を振る。

 

(今、できることを。僕にできることをしよう)

 

 叩いて叩いて叩いて叩いて、購入した資材とグラムの破片を混ぜ合わせていく。

 

(取り返しのつかないことをした。

 元には戻せないことをしてしまった。

 でも、だからって、何もしないわけにはいかない。

 少しだけでも、少しづつでも、壊したものの分を埋めないと―――)

 

 そうして、不器用な生き方と凄まじく器用な腕の相乗効果により、彼の手で魔剣グラムは生まれ変わった。

 

 

 

 

 

 翌日の朝、むきむきにもう一度助けてもらった礼を言おうとしていたミツルギが見たのは、生まれ変わった真紅の魔剣の姿であった。

 

「ぐ……グラム!?」

 

 ミツルギも、その取り巻き二人も、地味目の服装で来ていたゆんゆんも、寝癖が派手に残っていためぐみんも、皆一様に驚いていた。

 

「僕なりに直してみたんだ。勇者様、多分以前の能力もそのまま残ってるよ」

 

「おお、おお……! ありがとうございます、むきむきさん!

 何度感謝の言葉を伝えればいいのか分かりません! 本当にありがとうございます!」

 

 ミツルギは嬉々としてグラムを受け取った。

 むきむきが片手で持っていたグラムを受け取ると同時、魔剣の力がミツルギの腕力を強化する。

 が。

 その強化した腕力でも、一瞬取り落としそうになってしまうくらいに、その魔剣は重かった。

 

「って重っ!?」

 

「あ、あはは……

 どうしても、破片だけでは以前の出力が出せないみたいで。

 資材屋さんで力のある鉱物を馬車数台分買って、そのサイズに圧縮しました。

 それらの鉱石で魔剣のパワーを補ってるので、その、鉱石の分だけ重く……」

 

「どんだけ筋力込めたんですか!?」

 

 それは、戦車を叩いて圧縮し、剣のサイズにまで凝縮したようなもの。

 ボース=アインシュタイン凝縮のような何か。

 この世界に存在する異世界法則・スキルの補助と、むきむきの異常な筋力が産んだ、マケン(ツコ)デラックス級の重量剣であった。

 

「そうか、それで……

 あ、むきむきさん、これむきむきさんの冒険者カードですよね?

 鍛冶屋の人が誰のものかも分からない冒険者カードが落ちていたと、ギルドに届けてました」

 

「あ、ありがとう。あはは、なんだか締まらないなぁ」

 

 むきむきはミツルギからカードを受け取り、くるりと回したそれをポケットにしまう。

 

「この魔剣に名付けるならば、そう―――魔剣『一万キログラム』」

 

「一万キログラム……!」

 

 凄まじい切れ味を持ち、重量が十トンもある魔剣。

 名前もちょっとだけ長くなり、強化形態感も備えた。

 これを使いこなすことができれば、万物を力任せに叩き切る最強の魔剣となるだろう。

 使いこなせれば、の話だが。

 

「昨日フィオと一緒に話してた時も思ったけど……うん、これは脳筋だ」

「脳筋だよね、筋肉の人。いい人なんだけど」

 

「うちのむきむきは脳筋ですけどそれはそれで美点なんですよ」

 

「めぐみん、前から思ってたけど私と比べてむきむきに甘くない……?」

 

「私とあなたはライバルじゃなかったんですか?

 ライバルに甘やかされたいんですか、あなたは」

 

「……! いや、今でも甘いくらいよ!

 もっと厳しくたってかまわないわ! ライバルとして!」

 

 一般の人の範囲を出ない程度に漫画を嗜んでいたミツルギが、ここ数日を振り返る。

 この悲惨だった数日も、今振り返れば違って見えた。数日は仲間にしたいと思える強キャラとの出会いであり、悲惨な敗北イベントであり、修行パートに入るための前振りに見えた。

 ゲーム脳とはまた違う。"世界を救う者には歩むべき正道がある"といった薄ぼんやりとした認識が頭にこびり付いている、といった感じだ。

 

 ミツルギは既に、この新生魔剣を使いこなすための修行を始める気満々でいる。

 

「ありがとうございます。

 僕もこの剣を鉄砕牙だと思って修行して、いつか軽々と振れるようになってみせます!」

 

「てっさいが……?」

 

「……んん、お気になさらず」

 

 むきむきと話していると、ついつい子供の頃晩御飯の時に親がテレビで見せてくれていたもののことなど、昔のことを思い出してしまうミツルギであった。

 もう会えない親のことなども思い出してしまうが、それも飲み込んで、前の世界の生ではなく今の世界の生を見つめる。

 

 なのだがやっぱり、ミツルギはちょっとばかりズレている少年だった。

 

「むきむきさん。今日からあなたを、師父と呼ばせて下さい」

 

「……はい?」

 

「いえ、返事はいいです。師父と呼びます!」

 

「自己完結!?」

 

「いつか僕は、あなたのそれに及ばずとも、世界を救うに足る筋肉を身に付けてみせます!」

 

 ミツルギは"この世界を救うための手段"として、『人を助けて仲間を集める』『レベルを上げて強さを身に付ける』『魔王軍を倒す』のみならず、『筋肉を付けて強くなる』というものまで加えていた。

 

「筋肉が強いということを、あなたは思い出させてくれた……!」

 

 クレメアとフィオは、そんなミツルギの姿でさえも好意的に見ている。

 あばたもえくぼ。

 ……ミツルギとこの二人がパーティを組んでいるのはこういう、『一度好きになったものに盲目的になる』という個性を持ち合わせていたために、根本的な部分で気が合ったからなのかもしれない。

 

「最後に忠告です。

 僕は女神アクア様を尊敬していますが……

 アクア様を信仰するアクシズ教徒は、剥がしそこねたシールが壁に残すあれと同じです。

 どうか、お気を付けて。それでは……またいつか、どこかでお会いしましょう」

 

 最後の最後に、最近とある転生者に「神聖なゴキブリ軍団」とまで呼ばれたアクシズ教団についての忠告を置いていき、ミツルギとその仲間達は去っていった。

 ゆんゆんが、当たり障りのない感じに呟く。

 

「なんというか、あれな人だったね。

 悪い人じゃないけど、関わりを最小限にしたいというか……

 優しいところも、勇者らしいところもあるし、慕われてもいるけど……

 相手への尊敬すら、自分の中で自己完結してる感じがあるというか……」

 

「私はああいうヤツ好きじゃないです」

 

「辛辣っ!」

 

 親しければダメなやつでも見捨てないのがめぐみんだが、同時に人の好き嫌いがはっきりしているのもめぐみんである。

 ぺっ、と唾を吐き捨てるめぐみんと、あのミツルギが仲良くなる未来が来る可能性は、相当に低いようであった。

 

「むきむきもお疲れ様です。

 最高の結果かどうかは別として、あなたは最善を尽くしたと思いますよ」

 

「そうかな?」

 

「ええ、そうですとも」

 

「魔剣も一応復活したもんね。

 あれを振れてるのって、魔剣の補正もそうだけど、ステータスが相当高そう」

 

 ミツルギは相当に重そうにしていたが、あの魔剣一万キログラムを、ゆっくり振る程度であれば問題なく振れていた。

 持ち運びにもさして苦心した様子は見られなかった。

 ステータスの基礎筋力が、元々かなり高かったのだろう。

 

 そも、安全な街に引きこもろうと考える保守的な人種と違い、世界を救おうと積極的に動いている能動的な人物は、四六時中鍛練と戦闘の中に居るようなものだ。

 それで体が鍛えられないはずがない。

 ミツルギは見るからに生真面目そうな性格をしていたため、弛まず積み上げられた戦闘の結果、筋力値も相当に鍛えられていることだろう。

 

 それでも、あの魔剣を実践レベルで使えるようになるまでは相当かかるに違いない。

 

「お話は終わりましたかな? では、こちらの入信書にサインを」

 

「え? あ、はい」

 

「ストップですむきむき」

 

 そこでさらりと、ごく自然な流れで、さも当然のように、最初からそう予定されていたかのように差し出される入信書。

 あれ? と想いつつ反射的に流されそうになるむきむきの手を引き、めぐみんが止める。

 

「だ、誰!?」

 

 ゆんゆんが叫ぶと、そこには穏やかな笑みを浮かべたオッサンが居た。

 

「敬虔なるアクシズ教徒の一人。迷える子羊を導くものです」

 

「群れからはぐれた子羊を精肉所に導く、の間違いじゃないでしょうか」

 

 否。穏やかなのは笑みだけだ。

 アクシズ教徒はこんなんばっかである。

 おっさんはオタクが今季の嫁を見るような目つきで少女二人を見て、その流れでむきむきさえもその目つきで見ていた。

 

「私としては今すぐに入信していただけなくても、私のステディになっていただければ……」

 

「またホモですか!

 どうなってんですか里の外の世界は!

 人間をホモにする魔王軍幹部でも現れたんですか!?」

 

「失敬な! 私はバイで、オークでもイケるクチなだけです!」

 

「余計に悪いですよ! 失敬も何もそれでよく他人から敬われると思いましたね!?」

 

「敬われてますとも! 何を隠そう、この私こそがアクシズ教の次期最高司祭!」

 

「え゛っ」

 

「ゼスタと申します! どうぞ末永くよろしくお願いしたい!」

 

「よろしくお願いされたくない……!」

 

 アクシズ教団次期最高司祭、アルカンレティア教団最高責任者、ゼスタ。

 おそらくは、役職名を名乗った時に「世も末だな」と思われた回数で言えば、この世界でもトップ争いができる男であった。

 

「お近づきの印に、我々でぱんつの交換などいかがですかな?」

 

「こ、この絵に描いたようなアクシズ教徒感……!」

 

 さらりと自分のパンツ一枚と未成年のパンツ三枚を交換するシャークトレードを仕掛けるゼスタ。

 そこから「正当な交換で得たこのぱんつを返してほしければ、分かりますね? はい、入信書です」という展開に持って行くつもりらしい。

 水の女神だけにシャークトレード。流石はアクシズ教徒だ。誰も水を与えていないのに24時間水を得た魚のようだと言われるだけはある。

 

(これが話に聞くアクシズ教徒……噂以上だ……!)

 

 ミツルギの見送りに街の外まで出て、そこでグダグダやっていたのが悪かったのだろうか。

 少年達は悪魔よりタチの悪い人間に捕まった後、悪魔にも見つかってしまった。

 

「っしゃ、見つけた見つけた。里から出て行った紅魔族」

 

 そこで森の木陰から現れた悪魔が声を上げるまで、その場の誰もが、その悪魔に近くまで接近されていたことに気が付いていなかった。

 

「! 悪魔!?」

 

 爬虫類のような顔に鳥のようなクチバシの悪魔。

 森の中を移動して街まで近付いてきた手腕といい、ここまで気配を気取らせなかったことといい、おそらくは潜伏系のスキルを持つ隠密行動系の悪魔だろう。

 常人よりも魔力に敏感なむきむき。そのむきむきの数倍魔力に敏感なめぐみんとゆんゆんは、この悪魔が上級悪魔であることを即座に見抜いていた。

 

(むきむき。こいつおそらく、上級悪魔クラスよ)

 

(上級悪魔。ホーストほどじゃないにしても、これは……)

 

 ゆんゆんとむきむきが目で会話し、並んで一歩前に出る。

 ここは少し街が近すぎる。爆裂魔法でも撃とうものなら、街は大騒ぎで警察沙汰になりかねない。

 めぐみんが我慢できなくなって爆裂魔法を撃ってしまう前に、むきむきとゆんゆんで勝負を決める必要があった。

 

「ククク……俺は上級悪魔モブザーコ。

 お前ら紅魔族だな?

 邪神の墓の封印が解けた日のことを聞きたいんだが――」

 

「セイクリッド・ハイネス・エクソシズム!」

 

「ギエピー!」

 

 あった、のだが。

 

 上級悪魔は、ゼスタの破魔の魔法――浄化の魔法の一種。悪魔に特に高い効果を持つ――によって、たった一発で影も形も残さず消し飛ばされていた。

 

「悪魔死すべし、慈悲はない。

 話を戻しますが、ぱんつの交換は私だけが利する行為ではないのです。実はですね……」

 

「じょ、上級悪魔が一撃で……」

 

「す、凄い……凄い強いし、凄い変態よこの人……!」

 

「女神アクアに理性があるとしたら、なんでこんな人物にこんな才能を授けたんでしょうか」

 

 ここは水の都アルカンレティア。

 世界で最もしぶとく、世界で最も厄介で、世界で一番敵に回したくないと言われる怪しい宗教団体・アクシズ教団の本拠地である。

 彼の名はゼスタ。

 そんなアクシズ教団のてっぺんに手をかけたこと自体が、その人格の説明になっているような男だった。

 

 

 




 上級悪魔の中でも多分かなり強い枠だと思われるアーネスとホースト。アーネストホーストッ!

 WEB版連載時の作者さんの言によると、ゼスタ様は元々並み居る敵を蹴散らす無双ギャグキャラだったらしいのですが、おっさんの無双だらだら書いてもどうなのよってことで端折られたのだそうです。
 準アイリス枠だと勝手に思ってます。


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2-3-1 ああっ女神さまっ……とその信仰者

 徹夜で遊びすぎた佐藤和真。疲れからか、不幸にも黒塗りのトラクターに追突してしまう。転生者の後輩を庇い全ての責任を負った三(ツルギ)に対し、トラクターの主、暴力団員谷岡に言い渡された示談の条件とは……


『我慢する必要なんてないわ。

 好きなように、思うままに生きなさい、私の信徒達よ!

 辛いことも、やりたくないことも、我慢することも、しなくていいのよ!』

 

 アクシズ教の教義は、だいたいこの一言でまとめられる。

 要は『汝の欲するところをなせ』というやつだ。

 基本的に、宗教とはその時代の人々に信じられるだけの理由があるか、その土地に適したものであるかが、普及するための条件となる。

 だが、例外もある。

 "簡単な宗教"に類するものがそれだ。

 昔、日本では「この仏教の一文だけを覚えて唱えていれば天国に行ける」という宗派が流行ったことがある。

 手軽で気軽。宗教の普及においては、そういうものも武器になるのだ。

 

 全てを許すから思うまま自由に生きろ、ただし悪魔は殺せ、というアクシズ教の教義と戒律は非常にゆるいものである。

 実在の神を崇めているのだ。ならば、もっとこの宗教が普及していてもおかしくはない。

 が、現実にはアクシズ教徒の数はエリス教徒のそれに遠く及ばない。

 

 それは何故か?

 

 アクシズ教徒のほとんどが、頭のおかしい人間で構成されているからだ、

 

「どうぞ、むきむきさん、めぐみんさん、ゆんゆんさん。

 楽にして座って下さい。こちらお茶と、茶菓子と、入信書です」

 

「入信書はいりません」

 

 彼らはアクシズ教の教会に招かれていた。

 ゼスタが名乗った肩書きは本当だったようで、境界ですれ違う人は皆彼を「ゼスタ様」と呼んでいた。

 ……のだが、どうにも敬意が見られない。

 教会のアクシズ教徒達は皆、隙あらばゼスタの席に座ろうとする、野心塗れの目をしていた。

 

「あの、ゼスタさん、手に持っているそれは……?」

 

「ブーブークッションです。

 気付かずこれの上に座ると、おならのような音が鳴ります。

 今度街の代表者会議がある時、エリス教徒司祭の席に仕掛けようと思いまして」

 

「やめましょうよ……」

 

 この世界の主流宗教はエリス教。

 アクシズ教団の世界的な認識は、どうせ滅ぼせないから関わり合いにならないのが一番、と断言されるような怪しく(よこしま)な宗教団体。

 エリス教徒は善良で、人の嫌がることを進んでやる。

 アクシズ教徒は邪で、人の嫌がることを進んでやる。

 それが原因なのかは分からないが、アクシズ教徒はエリス教徒に対し、妙に攻撃的だった。

 

「先週は街の教会の美人エリス教徒に、下の毛がボーボーだという噂を流しました。

 ですがまだてぬるい。

 我らは人類総アクシズ教徒計画を果たすため、エリス教と戦わねばならないのです!」

 

「むきむき! めぐみん! 逃げましょう!」

 

「う、うん!」

「ですね」

 

「おや、こんなところに

 『アクシズ教のおかげで自信が付き、友達が百人出来た』

 人の体験談レポートが。ああっと手が滑った、落としてしまいましたぞ」

 

「!?」

 

「アクシズ教に入って変われたという人は多いのです。

 一日15分の教義読書で一気に性格改善。

 悩みを手紙で書いて送れば、赤ペン先生が助言をくれるシステム。

 無理なく毎日継続することで、いずれは彼氏彼女も出来る……」

 

「!?!?!?!?!?!?!」

 

「見てください、このアンケートを。教団に入った10人中10人が男女問わずモテモテです」

 

「す、凄い! めぐみん、これ本物よ!」

 

「ええ、本物ですね。瞬間的に知能指数が下がるこの流れ、ゆんゆんは本物のバカです」

 

「これなら、この教団の人なら、もしかしたら私のお友達になってくれるかも……」

 

「あ、出会い目的での入信はお断りしております」

 

「!?」

 

 梯子を登ろうとしない人を無理矢理梯子に登らせ、その後梯子を外すような畜生ムーブ。本当に入信させる気があるのだろうか。

 

「我々は、無理に入信を強いるつもりはありません。

 宿と食事を提供する代わりに、優秀と聞く紅魔族の頭脳をお借りしたいのですよ」

 

(アホとバカとキチガイを足して割らない行動。

 なのに、その裏に時折深い知識があったりするから、アクシズ教徒は怖いんですよね……)

 

 アクシズ教徒の行動法則は全く読めない。バカの思考そのものだ。

 だが、それは教養が低いからでもなく、知識がないからでもなく、頭が悪いからでもない。

 頭がいい人までもが全力でふざけたことをしている、知識のある人が普段は何も考えず集団に加わっている、だからしぶとく強く面倒臭い。

 そういう意味では、アクシズ教徒は紅魔族と似通った部分があった。

 

「悪魔の件で助けてもらいましたし、僕にできることであれば」

 

「そうですか! 受けてくださいますか! ありがたい!」

 

 むきむきを止めるべきなのか。

 止めたとしても、おそらく面倒臭い感じに引っ付いてくるゼスタをどうにかしなければならないのだろうか。

 そもそも、この街を出るまではアクシズ教徒と付き合いを持たなければならないのか。

 ぐるぐると思考を回すめぐみんが、心底心配した顔で少年の脇腹を肘で小突く。

 

「いいですかむきむき。

 いざとなったら迷わず私を頼るのです。

 爆裂魔法の輝きをやつらに見せてやりますよ。

 何、アクシズ教会に爆裂魔法をぶち込んで指名手配されても、私は気にしませんから」

 

「待って、それは僕が気にする」

 

 何故この女ばくだんいわは、保身を一切考えず爆裂しようとするのか。

 

「聞いてむきむき。

 昔街がある破壊兵器に更地にされて、皆死んでしまったことがあったんだって。

 でも、アクシズ教徒だけは一人の死者も出さなかったらしいの。

 命を大事に。いい? いのちをだいじに。どうせあの人達は何があっても死なないわ」

 

「……なんだか僕だけ死にそうな気がしてきた」

 

 何故アクシズ教徒は、はぐれメタルの如き生存能力を持っているのか。

 

 むきむきは一人アクシズ教会を出て、ゼスタの頼みを果たすべく、エリス教会へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼスタはむきむきに封筒を渡し、エリス教会に行って、そこで封筒の内容を実行して欲しいと頼んでいた。

 当然ながら、封筒の中身は小学生の悪戯レベルのあれこれがつらつらと並べられている。

 むきむきであれば、開けた瞬間に封筒を投げ捨てるレベルだ。

 

 ゼスタは知るよしもなかったが、この少年には、エリス教徒に優しくする理由があった。

 

「あっ」

 

 そこでレストランから飛び出してきた活きのいいキャベツが、すっかり気を抜いていたむきむきの手の中から封筒を奪い、ムシャムシャと食べていってしまう。

 突然の植物からの奇襲であり、まさしく草不可避であった。

 

「……どうしよう」

 

 とりあえずもうエリス教会の手前であったため、エリス教会に入ってそこの人にどうすればいいのか聞いてみよう、とむきむきは考えた。

 アクシズ教徒の頼みでエリス教会に実行することであるならば、エリス教会の人間が知らないわけがないと考えたからだ。

 少年ははそもそも、ゼスタがいつものアクシズ教徒の日常ムーブを、この少年にさせようとしていただなんてことに気付いてもいない。

 

「すみませーん」

 

「はーい! あ、ちょっと待って下さいねー! 入ってていいですよー!」

 

 女性の返事が返って来て、むきむきは教会の中に足を踏み入れる。

 小さいが、綺麗な教会だった。

 細かいところにまで気を配れる者が毎日丁寧に掃除をしていなければ、こうはならない。

 教会にはエリス教を象徴する飾りやモニュメントがあり、ステンドグラスの下には女神エリスの大きな絵も飾られていた。

 

「はいはーい、お待たせし……あれ? 君……」

 

 教会の奥の扉から、銀髪の小柄な人物が現れる。

 その人物はむきむきの巨体に驚くことはなく、けれどもむきむきの顔を見て少し驚いた様子を見せ、なのにむきむきはその人物に全く見覚えがなかった。

 

「? 初対面の人ですよね?」

 

「あ、うんそうだね、初対面初対面」

 

 その人物は短い銀髪に小柄で童顔、美少年なのか美少女なのか分かりづらい外見をしていた。

 顔に大きな傷があり、そこに印象を持って行かれてしまうからか?

 ややゆったりとした長袖長ズボンの部屋着を身に付けているため、性別が分かりにくいからか?

 否。

 胸が無いからだ。胸がゼロだったからだ。エリス教なのに胸にエロスが無かったからだ。

 だから、服装次第で少年にも見えてしまう。

 

(女性……かな?)

 

 なのだが、むきむきはその辺を勘違いすることはなかったようだ。

 地球における格闘技とは人壊技。

 人が人に使う技、相手が人体であることが前提の技であり、人体の仕組みへの理解が先んじて存在する。

 幽霊が基礎を仕込んだむきむきの観察力は、その人物が少年ではなく少女であることを見抜いていた。

 

 ついでに、教会に飾られている女神エリスの絵の胸のサイズが人体構造的に不自然であることも見抜いていた。

 

「あたしはクリス。冒険者で、今日はここのお手伝いだね」

 

「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者、冒険者として故郷を旅立った者……」

 

「あはは……」

 

 紅魔族特有の挨拶に、クリスと名乗った少女は苦笑いして、けれどもバカにすることなく、その少年に微笑みかける。

 

「それで、君はここに何の用かな?」

 

 

 

 

 

 最初はニコニコ笑って話を聞いていたクリスだが、話を聞く内に表情を引きつらせ、最終的には頭を抱えて机に突っ伏していた。

 

「もう、アクシズ教徒と繋がり持つの、君は辞めた方がいいんじゃないかな……」

 

「えっ」

 

「アクシズ教徒は、その……エリス教徒がちょっと嫌いなんだよ。

 いや、嫌いというのも厳密にはちょっと違うかな?

 エリス教徒が困ったり泣いたり怒ったりするのを見ようとしてる……うーん、これも違うか」

 

「ああ、やっぱり……仲直りとか、できないんですか?」

 

「信じるものが違うなら、分かり合えないこともあるよ。人と魔王軍みたいに」

 

「む」

 

 そう言われると、むきむきには返す言葉もない。

 

「君は別にどっちの神様や教徒の味方でもないんでしょ?

 なら、どっちにも加担しないのが一番だよ。

 どっちかに加担したら、もう片方の人とは仲良くできないかもしれないからね」

 

「……なるほど、勉強になります」

 

「いいのいいの。知らないなら、聞けばいいんだよ」

 

 クリスは盗賊職の冒険者だが敬虔なエリス教徒という、少し珍しい人種であった。

 エリスに妄信的で能動的な信仰者とも、エリスへの祈りと感謝を生活習慣の中に組み込んでいる受動的な信仰者とも違う印象を受ける。

 

 長い付き合いがあれば、クリスが女神エリスに全く敬意を払っておらず、女神エリスの定めた"こう生きていこう"という教えを自然と体現していることに気付けるかもしれないが、流石にそこまではむきむきの観察力をもってしても見抜けぬことであった。

 

「あの女神エリス様の胸、何かおかしくないでしょうか」

 

「!」

 

 余計なことは、見抜いていたが。

 

「なんだか、骨格とか筋の付き方に違和感が……」

 

「き、気のせいじゃないかな!」

 

「ですけど……うーん……あ、もしかして」

 

「女神とはいえ! 女性の胸をまじまじと見て何か考えるのはどうかと思う!」

 

「! た、確かに……

 ありがとうございます、クリスさん。

 僕、そういう女性への気遣いがまだ未熟みたいでして……」

 

「いいよ、いいんだよ。

 そんなことはもう考えなくていいの。

 そうすれば、寛大な女神エリスは何もかもを許すからね」

 

 クリスはとても優しい笑顔で、むきむきを諭した。

 

「あ、そうだ。何かお手伝いできることはありますか?

 僕達はこの街に長居するつもり、ないんです。

 なので時間がかかることでなければ、お手伝いしたいんですが」

 

「へー」

 

「どうしました?」

 

「いやあ、本当に約束守ってるなんて思わなかったよ。

 口にも出してない約束だから、破ったって誰も文句言わないのに」

 

「え?」

 

「げふんげふんっ! いや、なんでもないよ!」

 

 何かを誤魔化すように、クリスは大きく咳払い。

 話の流れを変えるように、今困っていることの解決のため、むきむきに頼み事をした。

 

「それじゃ、あたしのお手伝いをしてもらおうかな?」

 

 クリス曰く。

 彼女は、この街の人間ではないそうだ。

 始まりの街アクセルを拠点とする冒険者なのだという。

 

 彼女はある冒険者PTの依頼で、あるダンジョンの入口の鍵を開けるために同行したのだが、ダンジョンの入り口を開けてすぐに、彼女を雇ったPTの全員が流行病にやられてしまったのだという。

 病気の名はインポルエンザ。

 男性しかかからないが感染力が高い上、悪化すると男性の生殖機能が失われてしまうという、恐るべき病だ。

 クリスを雇った冒険者達は、これで全滅。

 

 元々の予定は、ここでPTのテレポーターがこのダンジョンを座標登録、アクセルにテレポートで帰還し準備を整えてから攻略する予定であった。

 しかし、冒険者達は病で全員寝込み、アクセルに帰れる状態でもない。

 移動費を持ってきたわけでもないクリスは、アルカンレティアで立ち往生する羽目になってしまった。

 

 どうしたものか、とクリスは困り果ててしまう。

 本来の予定であれば、クリスは遅くても一泊二日で帰る予定であった。

 アクセルに、いつも組んでいる親友にして相棒である人物を置いて来てしまったからだ。

 なのに、すぐに帰れなくなってしまった。

 すぐに帰りたいのに、帰れない。

 しかもここはアルカンレティア。エリス教徒を名乗っているクリスには、四面楚歌の街なのである。

 

 とりあえずエリス教会を頼り、そこで教会掃除のお手伝いなどをして名案が浮かばないか思案していたところ、そこで現れたのがむきむきというわけだ。

 クリスはここで、名案を思いつく。

 

(そうだ。なら、彼に手伝ってもらってクエストを達成しよう!)

 

 ギルドで冒険者を雇うために金を払えば本末転倒だ。

 需要が高いが需要が広いわけでもない盗賊の募集を、ギルドで気長に待つわけにもいかない。

 それゆえに。

 クリスは"互いに無償で協力し合える仲間"を得られるこのタイミングを、クエスト達成で金を手に入れられるこのチャンスを、見逃しはしなかった。

 

「お願いしたいことは一つだけ。私と一緒に、簡単なクエストを受けてほしいんだ」

 

「なるほど」

 

「紅魔族の強さは、私もちゃんと知ってるから」

 

 クリスは片道の馬車代が手に入ればいい。

 そのため、受けるクエストは危険なものでなくてもよかった。

 アルカンレティアの冒険者ギルドには「レベル15以上でなければクエストが受けられない」という規定が存在する。

 それは同時に、そのレベル帯でなければどんなクエストでも達成不可能であるということを意味し、この辺りのモンスターがそれほどまでに強いということを意味しているが、チーム紅魔族であれば強さの心配は無用というものだ。

 クリスがレベル15以上であるために、その辺りの規定もクリア。

 クエストを受けることに、何の支障もない。

 

「僕らはまだクエストを受けたこともない新人なので、よろしくお願いします」

 

「うむ、お姉さんを存分に頼りなさい。

 私も新人だった頃は、型破りだけど面倒見のいい先輩に何度も助けられてたからね」

 

 むきむきとしても、先輩冒険者から色々と教わりながら、クエストの受け方と達成の仕方を学べるチャンスだ。断る理由がない。

 エリス教徒を助ける個人的な理由もある。

 クリスは報酬をゆんゆん達含めた四人で山分けすることを提案してくれており、クリスの申し出は"誰も損をしないもの"であると言っていい、良心的なものであった。

 

「あ、そういえばクリスさんは先輩冒険者でした。クリス先輩、って呼ばせて下さい」

 

「―――」

 

「あ、すみません、嫌でしたか?」

 

「ううん、嫌じゃないよ。

 なんというか……先輩って他人から呼ばれるの、初めてだったから。たはは」

 

「?」

 

 クリスは照れた様子で頬を掻く。

 

「それにしても、そんなに早く帰ろうとするなんて、その友達がよっぽど心配なんですね」

 

「うん。君が思ってる心配とは多分違う感じなんだけどね……」

 

「そうなんですか?」

 

「……ん、そうだね。大切な友達なんだ。ちゃんと幸せになってほしい」

 

 優しい顔で、優しい声で、優しい言い方で、クリスはその友達を語る。

 目の前にその友達が居ないのに、その友達にその言葉が届くわけでもないのに、そう言って何かが変わるわけでもないのに、その友達の幸せを願う言葉を口にする。

 そういう人が『とてもいい人』であることくらいは、世間知らずなむきむきでも知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリス教会から帰還し、ゼスタが外出しているということを聞いたむきむきは、めぐみんとゆんゆんに事情説明。

 二人が理知的な判断で賛成してくれた上、「面白そう」と笑みを浮かべてくれたことで、断られなかったことにちょっとだけほっとする。

 かくして、四人のクエストが始まった。

 

 クエストの依頼内容は、アルカレンティアから見てアクセル方向に一時間ほど進んだ場所にある遺跡に住み着いた、『キモイルカ』というモンスターの駆除。

 冒険者オマ・ウェ・ウォ・ケースホゥホゥによって命名・生態が記録され、その生態が明らかになったモンスターだ。

 

 キモイルカは指先にスプレー的な器官を持ち、これで人が作ったものに落書きをする習性がある。これがかなりセンスがない上、エロに偏ったものも多い。

 要は意味もなく高架下にスプレーで落書きをするヤンキーのようなものだ。

 

 キモイルカの体内分泌物で出来た塗料は取りにくいため、人は落書きを妨害するか取ろうとするのだが、これをするとキモイルカはたいそう怒る。怒るのだ。

 「俺達の表現の自由を邪魔するんじゃねえ、社会の犬が!」と。

 表現の自由の邪魔をするならば絶対に殺す。

 そんなモンスターであった。

 

 これで困るのが、遺跡の調査をしたいと思っている研究者達だ。

 研究職の人間に戦闘力はない。

 冒険者に守られながらの調査では万一もある。

 と、いうわけで、調査の前に冒険者に駆除してほしい、というのが今回の依頼というわけだ。

 

 キモイルカの討伐適正レベルは15。レベル30オーバーの神器(まけん)持ちと共闘していた紅魔族の彼らにとっては、余裕すぎる討伐対象である。

 当然ながら、むきむき達三人の戦闘力は、先輩であるクリスのそれを大きく超えていた。

 

「あ、発見。準備はいい? 潜伏を解除するよ?」

 

 なのだが、一緒にクエストを受けたことで、彼らは『直接的な戦闘力が低めのジョブが持つ強さ』を、存分に理解させられていた。

 

 クエストの舞台となる遺跡は、大理石のような白い石材で作られた遺跡であったが、その大半は緑に覆われている。

 よほど大昔の遺跡だということなのだろう。

 鳥なども多く、何も考えず足を踏み入れれば鳥が一斉に飛び立ってしまい、すぐにキモイルカにバレかねない。

 キモイルカは群れを作り、遺跡の外周に屯し、周囲を集団で警戒していて、攻めに手間取れば逃げられてしまうため、討伐失敗になる可能性が高い。

 それだけでなく、キモイルカは遺跡の内外にいくつもの罠を仕掛けているようであった。

 

 こんな状況でこそ、クリスのジョブである『盗賊』の強みがキラリと光る。

 

「凄いなあ、潜伏。敵が全くこっちに気付いてない。

 気配、息遣いなどの小さな音、匂い……

 そういうのが全部誤魔化されてる。多分、視覚も結構誤魔化されてるよね」

 

 むきむきが感嘆の声を漏らす。

 クリスが紅魔族チルドレンに触れて潜伏のスキルを発動すると、鳥も虫も彼らを認識できなくなっていた。

 このスキルは隠れるという行動をトリガーとして発動する、五感による認識そのものへの認識を阻害するのに近い効果のスキル。鳥の群れの傍を通っても鳥が飛び立たず、キモイルカに彼らの接近を気取らせない。

 

「敵感知もエグいですよ、これ。

 これ要するに、敵の奇襲を無効にしてこちらの奇襲の成功率を上げるスキルです。

 潜伏と合わせれば、大抵の場所には侵入して暗殺ができる気がします」

 

 クリスが発動している敵感知スキルに、めぐみんが言及する。

 敵からの奇襲でPTが一気に瓦解することがなくなり、敵の奇襲を警戒して常時気を張る必要もなくなるため、PTの精神的なスタミナも温存できる。

 先んじて敵の存在に気が付けるため、常に有利な形で戦闘を開始できる。

 上手く使えば敵の配置も把握できるため、群れから一匹はぐれるのを待って、はぐれた個体を一匹ずつ狩るという戦法にも使えるだろう。

 なんでもありの冒険者家業において、このスキルが応用できる場面はあまりにも多い。

 

 このスキルのお陰で、彼らは静かにキモイルカの群れの背後を取れていた。

 生命エネルギーを見ているアンデッド系の敵には効果が無く、一部の悪魔などにも通用しないだろうが、それでもかなり強力なスキルである。

 

「罠感知と罠解除……

 なんとなく、ダンジョン攻略にこの二つが必須な理由、分かった気がする」

 

 キモイルカ達は人間の襲来を予期していたのか、結んだ草などの罠をいくつも仕掛けていた。

 が、その全てをクリスは罠感知で把握、罠解除で無力化していた。

 罠とは、頭脳を用いて戦場に仕込み、戦いを有利に進める戦場設定を行うもの。

 

 これが解除された時点で、キモイルカ達は戦力差を埋める手段を失った。

 

「それじゃ討伐、いってみよう!」

 

 そうして、クリスがお膳立てした有利な戦闘が開始される。

 

 突如背後から現れたむきむき達に、キモイルカ達は一気に浮足立った。

 なのだが立て直しは早く、キモイルカの一体が塗料で相手の目を潰すスキルを準備し、残りが一斉に少年達へと襲いかかっていく。

 

「『スキル・バインド』!」

 

 だが、発動しようとしたモンスタースキルはクリスのスキルに無効化され、襲いかかった前衛はその全員がむきむきに止められていた。

 

「むきむき、横にどいてください!」

 

 全員の状態と状況を見ていためぐみんの指示が飛び、むきむきが足止めを止めて横に飛ぶ。

 むきむきが横に跳ぶのとほぼ同時に、ゆんゆんの魔法がキモイルカ達に放たれた。

 

「『カースド・ペトリファクション』!」

 

 石化の魔法が、キモイルカ達を石化させていく。

 魔法抵抗されやすいが、抵抗判定に失敗すれば即座に全身を石化させる――大抵の者は即死する――人相手にはまず使えない魔法であった。

 

「よしっ!」

 

 レベルアップで得られたスキルポイントを、めぐみんは爆裂魔法の強化に、ゆんゆんは新しい魔法の獲得に使っている。

 めぐみんは使い所の少ないオーバーキルを更に伸ばし、ゆんゆんは魔法の多様性と有能なスキルの習得こそを重んじていた。

 そのためか、めぐみんよりもゆんゆんの方が、目に見えて強くなっているように見える。

 性格は紅魔族らしくないゆんゆんであったが、その戦闘スタイルは極めて紅魔族らしいものになってきていた。めぐみんとは、対照的に。

 

「ナイス、ゆんゆん」

 

「私もどんどん強くなってるから、いざとなったらむきむきを守ってあげるからね!」

 

「なんとなく、そうなったらその時の僕は超情けない気がするっ……!」

 

 ふんす、とゆんゆんは杖を握って得意げな表情を見せている。

 イスカリア討伐の夜から、ゆんゆんの"強くなろうとするスタンス"に小さくない変化が見られていた。その理由は、他の誰にも分からなかった。

 めぐみんがむきむきに強者の幻想を見たのとは対極的に、ゆんゆんはむきむきに弱者の慟哭を見た。

 それが、色々とモチベーションの変化に繋がっているのかもしれない。

 

(目を離したら、あっという間に僕も置いて行かれそうだ)

 

 ゆんゆん自身にその成長の自覚はあるまい。

 だがここ最近の成長率で勝負でもしてみれば、まず間違いなく彼女はめぐみんに勝てるだろう。

 ゆんゆんの成長はむきむきにも実感できるほどのもので、おそらくその成長度合いを一番把握しているのは他の誰でもなく、めぐみんだった。

 

「私より、ゆんゆんの方が頼りになりますか?」

 

「え?」

 

「いえ、失言でした。今のは忘れて下さい」

 

 小さく呟かれたその声を、むきむきは聞き逃さない。

 最近はむきむきも、この少女が時々みみっちかったり、時々年相応の少女みたいな面を見せたり、時々小さなことを気にしてしまうということを、理解し始めていた。

 帽子で目元を隠し、すたすた前に進んで行こうとするめぐみんを抱え、少年は肩の上に乗せる。

 

「わっ」

 

「頼りにしてるよ。魔王を倒す、紅魔族最強の魔法使いさん」

 

「……なーまいきになってきましたね、このこの」

 

「ま、瞼が引っ張られる!?」

 

 好きな物一本で行ける人間は、普通の人よりも数倍精神的に強い。

 "好きだ"という気持ちだけで、非効率な道さえ進んでいけるからだ。

 

 だが、それでも人は人。

 スポーツ選手が結果を出させない時期に「これでいいのか」「辞めて別の道を進むべきじゃないのか」「今の自分に価値があるのか」と思い悩むのと同じだ。

 ずっと活躍できなければ、ずっと誰の役にも立てなければ、そのこだわりが仲間を苦しめでもすれば、さしものめぐみんでも迷う。悩む。弱音が出て来る。

 

 世界線によっては、仲間のために爆裂魔法を捨て上級魔法を覚えるめぐみんですら居るだろう。

 思い悩んだ結果、大好きだったスポーツを捨て別の道を行くスポーツ選手が居るのと、同じように。

 

 めぐみんもまた、里を出てからは爆裂魔法を毎日のように撃ち、毎日のように大活躍する自分を夢見ていたのだろう。

 その未来予想と、予想以上に爆裂魔法の使い勝手が悪く戦闘で活躍できないという現実に、ちょっと彼女らしくない言葉が漏れてしまっていた。

 

 されど、その気持ちももうどこにもない。ちょっとだけ揺らいだ自信も、「頼りにしている」という一言の信頼で既に取り戻されている。

 "毎日のように大活躍する"という高望みは捨てられ、"決めるべき所で決めればいいのです"と、めぐみんは認識を改めていた。

 

 里の外に出たことで、むきむきも、ゆんゆんも、そしてめぐみんも、里の中では考えもしなかったようなことを考え始めていた。里の中で言ったことがないようなことも言い始めていた。

 ほんの少しだけ、何かが変わり始めていた。

 "自分の世界が広がる"というのは、そういうことだ。

 

「……敵感知に反応無し。よし、皆さんお疲れ様でした!」

 

「クエスト達成、ですね!」

 

「その通り!」

 

 さっくりと終わる、初めてのクエスト。

 これで依頼は達成だ。後はギルドに報告して、報酬を受け取るだけである。

 

「モンスターがもう居ないなら、軽く宝探しでもしてみましょうか」

 

「あ、待ってめぐみん! じゃあ見つけたものの価値で勝負よ!」

 

 二人は少しばかりこの遺跡に興味を持ったようだ。

 まだ冒険者らしくない手つきや動きで、冒険者らしい遺跡の宝探しという行動を取るめぐみんとゆんゆん。

 その二人からちょっと離れた所で、クリスとむきむきは周囲に目を配りながら歓談していた。

 

「いやー、今日は助かったよ。本当にありがとね」

 

「いえいえ。前にエリス様に約束したことですから」

 

「……約束、約束ね。どんな状況で、どんな約束をしたの?」

 

「え? いや、つまんない話ですよ」

 

「あはは、つまんないかどうかはあたしが決めることだよ!」

 

 とても明るく姉御肌なその少女は、とても聞き上手だった。

 何故か"相手に何かを打ち明けさせる"のが上手い。あれやこれやと話している内に、むきむきはするするとあの夜の戦いのことまで話してしまう。

 相手の後悔を自然と話させるという意味では、口を噤む者に無理なく懺悔を語らせる、教会のプリーストのようでもあった。

 

「ほら、つまらなくて、しかも暗い話だったでしょう?」

 

「んー、つまらなくはなかったけどね」

 

 クリスは少年の語りを聞きながら、"その時むきむきが何を想っていたのか"という部分を把握していく。

 そうして、話が終わったところで。

 

「……女神エリスを、恨んでない?」

 

 エリス教徒らしい言葉を、口にした。

 

「えと、言いたいことがよく分からないです、ごめんなさい」

 

「ううん、こっちこそごめんね。唐突にわけわからないこと聞いちゃって。

 でもさ、結局女神に祈ったけど、師匠さんは行っちゃったんでしょ?

 それなら……幸運をくれなかった女神のせいだって思うのが普通じゃない?」

 

「まさか。あの日責めたのは敵と、自分の無力だけです」

 

 "それに、女神様に幸運を貰っていたことは、最後に友達が教えてくれましたしね"と、むきむきは照れくさそうに苦笑した。

 

「そんなつまんない幸運で……」

 

「つまんなくなんてないです。それは、僕が決めることだ」

 

 自分の言葉を返されて、クリスが少しだけ怯む。

 

「神様に頼るのも、神様に祈るのも、神様の力を借りるのも、よくあることです。

 でも、神様は当事者じゃない。なのに神様のせいにするのは、何か違うと思うんです」

 

「……」

 

「プリーストは、女神様の力を借りています。

 今人は、女神様の力を借りて魔王軍と戦っています。

 もしも、それで負けて、人が滅んだとしても……

 女神様のせいで自分達は滅びたんだ、なんて誰も思いませんよ」

 

 世間知らずが世間を語る。

 実際は、そうなったなら神のせいにするようなクズもいるだろう。

 だがこの少年は、誰もが神を責めないと思っていた。

 この少年は物を知らず、愚かで、無知で、だからこそあんな小さな祈りと、あんな小さな幸運だけで、女神エリスに感謝していた。

 

「僕は自分の弱さのせいで何かを失った。

 だから僕は強くなりたい。それでこの話は終わりです。

 他の誰のせいでもなく、他の誰も悪くはない。僕はそう思っています」

 

 祈った者を全て救える力があったなら、天上の女神エリスはさぞかし気楽なことだろう。

 けれど、そうではなく。

 この世界では、昨日も今日もおそらく明日も、世界のどこかで人が祈りながら殺されていく。

 

 こんな世界の神様は、きっとただ優しいだけでは務まらない。

 底抜けに優しくて、天井知らずに心が強くなければならないはずだ。

 昨日に見た残酷を踏み越え、明日に死ぬかもしれない誰かの、今日の幸せを祈り続けなければならないのだから。

 救いを求めて神に祈った誰かの死を、山ほど受け入れなければならないのだから。

 

 むきむきはエリスの心を知らない。

 今生にて女神と話したこともない。

 神の心は文字通り神のみぞ知る、といったところだ。

 

「ね、ちょっと付いて来てくれる?」

 

 むきむきと話していて何を思ったのか、クリスは今日一番に優しい笑みを顔に浮かべて、むきむきを連れて遺跡の奥へと足を踏み入れた。

 

「この遺跡はね、昔神殿だったんだって。

 大昔、女神エリスを信仰していた人達が、拙い技術で造ったらしいよ」

 

「女神エリスの神殿……」

 

「でも、造った人が皆死んじゃって。

 ここを使ってた人達も皆モンスターに食べられちゃって。

 ここの存在が誰の記憶からも消えちゃって。

 そうして皆が忘れてから長い時が経って、こうなっちゃったんだってさ」

 

「へぇ……」

 

 遺跡の中は、人が調査した痕跡と、この遺跡に敬意を払って細かな掃除をしていった者達の気遣いの跡がそこかしこに見えた。

 クリスと一緒に先に進むと、遺跡の奥にて壁に掘られた女性の絵が目に入る。

 彫刻ではない。

 それは確かに『絵』であり、ゆえにこそ少年はその矛盾した絵画に目を奪われた。

 神々しさをそのまま彫り込んだかのようで、例えようもなく美しく、今にも動き出しそうな躍動感があった。

 

「エリス様の絵……壁に彫られてる?」

 

「ここは、人間が神様を置いていってしまったという証。

 大昔の人と神様の繋がりの残骸。

 人という種が滅びなくても、神様が愛した人々は百年もすれば皆滅びている、そんな摂理の跡」

 

 遠い昔、神様が愛した人達は皆死んだ。

 その人達が残したものがこの遺跡だ。

 いずれは、この時代において神様が愛した人達も皆死んでいくだろう。

 この時代の人達が残したものも、いつかの未来にこの遺跡のようになるのだろう。

 

「百年もすれば、その時代を生きていた人は皆滅びる。

 二百年も経てば、どんな英雄でも記録の中だけの存在になる。

 三百年の時が流れれば、人はかつて恐れたものもかつて敬ったものも忘れてしまう。

 でもね、人が忘れてしまっても、女神様の方はずっと覚えてたりするんじゃないかな」

 

 大昔の人の営みも。

 遥けき過去の勇者の偉業も。

 歴史に残らないような名も無き人達の死も。

 神様はきっと、その全てを覚えている。

 人は、そのほとんどを忘れている。

 

「人と神様が互いに"こう在ってくれ"って望み始めてから、何年経ったんだろうねえ」

 

 人が神様に"こう在ってくれ"と望めば、神様はずっとそれを覚えている。

 神様が人に"こう在ってくれ"と望んでも、人は世代交代でそれを忘れる。

 エリス教というものには、大昔の人が「神様の言ったことを覚えていよう」という想いで作り上げた、女神エリスの言葉の記録という意味合いもあるのだろう。

 エリス教を通してでなければ、人は女神が望んだことを思い出すことさえできない。

 

「人が女神様に望むものは、なんとなく分かりますけど……

 女神様は、人に何を望んでるんでしょう。

 清く正しく生きることとか、間違えないこととか、善行だけをすることとか、でしょうか?」

 

「そこまでガチガチに厳しい存在ではないと思うよ、あたしはね」

 

 クリスは苦笑して、むきむきより大なり小なり『女神エリスに詳しい者』として、エリス教徒の肩書きを使って少年に語る。

 

「エリス教とアクシズ教の教義を見ればちゃんと分かる。

 女神エリスも女神アクアも、望むことや言っていることは同じだよ」

 

「同じ?」

 

 何故か、彼女は断じるような口調で。

 

「『人よ、幸せに生きなさい』だよ。女神様が人に望むものなんて、そんなもんさ」

 

 エリス教の教えにも無い言い回しで、けれどもエリス教の教えのような言い回しで、クリスは神の望みを語っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局遺跡で隠された宝なんてものは見つからず、ぶーたれる二人を連れてむきむきはギルドにてクエスト達成の報告をする。

 クリスはその足で、アクセル行きの臨時テレポート屋に足を運んでいた。

 見送りはむきむき、めぐみん、ゆんゆん、そして何故か付いて来たゼスタ。

 ゼスタの目的は明らかに悪戯であったが、めぐみんとゆんゆんが二人がかりで彼を押さえ込むことで、何とかそれを押し留める。

 

「何をするのですかな! 女神アクア様に誓って清廉潔白な私が一体何をしたというのか!」

 

「いつもしてるじゃないですか!

 むきむき、さっさとクリスを見送ってください!

 ゆんゆん、詠唱されないように口を塞ぐんです!」

 

「りょうか……うぎゃああああ! 口塞いだら、塞いだ私の手を舐めて来たこの人!」

 

「美味なり。もう一回舐めさせて下さると嬉しいのですが」

 

「むきむきぃー! 早く見送って早く私を助けてぇー!」

 

 地面で手をゴシゴシして半泣きなゆんゆん、舌を蛇のように動かすゼスタ、そのゼスタの服を掴むも体がちっちゃいせいで引きずられていくめぐみん。

 クリスの見送りも、相当に騒々しかった。

 

「あはは……やっぱこの街、私の天敵だよ」

 

「エリス教徒は真面目にこの街には来ない方がいいと思います」

 

 むきむきは、真顔でそう言い切った。

 

「ん、気を付けるよ。君も気を付けてね」

 

「僕が、ですか?」

 

「迷ったら周りの人に相談すること。

 でも、怖かったらとりあえずでいってみよう!

 なんとなくだけど、君はそのくらいがいい気がするからね」

 

 臨時のテレポート屋は旅のテレポーター。

 自分が街から街へ旅してテレポートする時、一緒にテレポートして欲しいという他人の願いを聞き、その代わりに金を受け取る。旅する行為そのものが、金稼ぎになるテレポーターだ。

 そのため、そこそこ安い値段で依頼することができた。

 

 クリスはむきむきの耳に忠告を一つ置き、テレポートの魔法陣の上に乗る。

 

「あたしはプリーストじゃないけど……

 一人のエリス教徒として、君に一つ言葉を贈るよ。君のこの先の冒険に――」

 

 そうして、唇にその細い人差し指を当て。

 

「――祝福を!」

 

 悪戯っぽく笑って、アクセルの街へと帰って行った。

 

「エリス教徒が生意気な。今度あったらパンツ剥いて生地をくまなく舐め回してやりましょう」

 

「そんなことしたらゼスタさんの全身の骨の総数を倍にしますよ」

 

「おおっと、むきむきさんのマジトーンの脅し頂きました。ゾクッとしますな」

 

「まったくもう」

 

「しかしボーイッシュな美少女でしたな。

 たまにはああいうエリス教徒にもセクハラしたいものです」

 

「あの、話題が段々下世話一極に寄っていってるのは気のせいなんでしょうか」

 

 手の骨をバキバキいわせているむきむきを前にしても、ゼスタはどこ吹く風だ。

 胆力があるのか。バカなのか。……あるいは、むきむきがこの程度では人を殴れないということを、司祭としての観察力で見抜いているからなのか。

 

 『関わり合いになりたくない人』と『悪い人』は全く別物なのだと、アクシズ教徒を見ているとよく分かる。

 悪人をぶっ飛ばしたいという想いは正義感に後押しされるが、アクシズ教徒をぶっ飛ばしたいという想いは理性にストップを掛けられる。そういうものだ。

 何せ、悪人はぶっ飛ばすことで状況が好転するが、アクシズ教徒をぶっ飛ばしても状況は悪化するだけだからだ。

 悪に対する最適解は倒すこと。

 アクシズ教徒に対する最適解は関わらないこと。

 そういうものなのだ。

 

「エリス教徒のお願いを一つ聞いたのです。

 ここは我々の頼みも一つ聞くのが筋でしょう、むきむき殿」

 

「凄いですね、それで筋が通ってると本気で思ってるの」

 

「筋を通さない者には天罰が下るでしょう。

 具体的には、アクシズ教徒が半ば掌握しているこの街があなた達を外に出しません」

 

「やめてください! そんな怖いことされたら、僕ら本気で怒りますよ!」

 

 ここで問題になるのが、アクシズ教徒に気に入られてしまった人が、距離を取ろうとしても取れず、ずぶずぶと彼らと関係を保ってしまうパターンも多い、ということだった。

 

「何、頼みというのも大したものではありませんよ。我々ともクエスト一つ、どうですかな?」

 

 ゼスタは押し方を弁えれば押し切れると理解していて、断られないことを確信しながらそんなことを言う。

 中年のアークプリーストは、転校生を初日に遊びに誘う子供のような笑みを浮かべていた。

 

 

 




ルシエドは敬虔なエリス教徒です


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2-3-2

 主人公の名前が○○○キ・カズマだったので、むきむきとカズマさんが居ればムキムキカズマになって仮面ライダー剣とかできますよきっと。カテゴリーA(qua)もありますから
 ヒロインははじめぐみん
 はじめぐみんのヒロインはダクネちゃん


 アクシズ教徒が世の中の役に立つ頻度は、ガリガリ君を買って当たりが出る確率以下である。

 だが、役に立たないわけでもない。

 典型的なアクシズ教徒のスタンスはゼスタを見ればお察しだが、それとは別に本当に数少ないまっとうな精神性を持つ信徒が、世の中の役に立っていたりもするからだ。

 そういった信者が社会の役に立つ行為の代名詞が、『水質改善の魔法(ピュリフィケーション)』である。

 

 女神アクアは一説によれば、触れただけであらゆる汚水を綺麗な真水に変える力を持つという。

 神学的に考えれば、これは水の女神としてのアクアの性質がそのまま現れたものであり、『人の住めない場所を人の住める場所にする』『汚水を消す現象は人を守るという神の庇護、真水を生むという現象は人に恵みを与えるという神の慈悲を表す』という風に解釈が可能だ。

 とはいえ、女神アクアがこの世界に降り立ったことはない。よって確かめるすべもない。

 これは学説ではなくただの伝承であり、本来ならば与太話の類である。

 

 それでもこれが『一説』として扱われているのは、アクシズ教徒――正確には神の力を借りるアクシズ教のプリースト――が、この力の一端を魔法という形で行使できるからだ。

 

「汚染された湖の浄化クエスト、か」

 

 ゼスタが持って来たクエストの内容は、モンスターが住み着いてしまうほどに汚染された、とある湖の浄化クエストだった。

 このクエストもクリスが持って来たクエスト同様、難易度は高くないようだ。

 クリスもゼスタもそうだったが、クエストに誘う目的の中に"利益のため利用してやろう"という意思がほとんど見られない。見られるのはせいぜい"仲良くしよう"という意思くらいのものだ。

 神や宗教に関わる人間の傾向なのだろうか?

 彼らはむきむき達と親交を深めることくらいしか目的がないようにさえ見える。

 

 ゼスタの対面に座り、むきむきはとりあえず抱いた疑問を口にした。

 

「でもこんなの、アクシズ教の人達だけで問題なく片付けられるんじゃないですか?」

 

「今回の浄化作業中に、おそらくブルータルアリゲーターというモンスターが現れます」

 

「ブルータルアリゲーター?」

 

「ワニのモンスターですよ、むきむき」

 

「ありがと、めぐみん。で、それがどうかしたんですか?」

 

「紅魔族の皆様には、それらの介入を殺さずに阻止して欲しいのですよ」

 

「殺さず……?」

 

 奇妙な話だ。冒険者に、それもクエストで、モンスターを殺すなとは。

 

「ちょっと見てみましょうか、今回のクエストに参加するアクシズ教徒達を」

 

 ゼスタに連れられ、チーム紅魔族は町の入口近くに移動する。

 そこには既に、アルカンレティア屈指の信仰心を持つアクシズ教徒達が集まっていた。

 メイスやら杖やら、剣やら槍やら、様々な武器を持つ様々な職業の者たちがひしめいている。

 一番多いのはアークプリーストであったが、それ以外の職業も多かった。

 

「この辺のモンスターなら、アクシズ教徒は難なく殲滅できますな」

 

「怖っ! 僕ら要らないんじゃないですか!?」

 

「問題は討伐対象がブルータルアリゲーターだということです。

 こいつは倒すのは難しくないんですが、倒すと強烈な毒素を撒き散らします。

 なので、迂闊に倒すと水質は悪化してしまいます。

 体内に毒を持つことで捕食を免れているタイプのモンスターというわけですな」

 

「……それで、倒さずどけてほしい、と」

 

 陣形としてはブルータルアリゲーターを筋肉でどかすか魔法で足止めする紅魔族チームと、アークプリースト達の盾となる防衛ラインチームと、湖を浄化するアークプリーストチームに分かれることになるだろう。

 ブルータルアリゲーターは清浄化した水を嫌う。

 浄化が完了すれば、いずれはどこかへ行くはずだ。

 この作戦に参加する者で、役に立てない者など、めぐみんくらいのものだろう。

 

「ちっ、また爆裂魔法が使えないシチュエーションですか」

 

「どうどう」

 

「あー、世界を滅ぼす破壊神とか突如復活しませんかねー。

 全力で爆裂魔法ぶっ放してもいい頑丈な感じの的とか出てきませんかねー」

 

「こんな理由で破壊神の復活を切望する人とか他に居なそうだぁ……」

「居なそうじゃなくて居ないのよ、居たら怖いわよ……」

 

 ラストエリクサーならぬラストクラッシャーであるめぐみん。彼女の活躍の場が無いことこそが平和の証明である。

 このクエストも彼女が爆裂魔法を撃たないまま終わることを、ゆんゆんは切に願っていた。

 

「あれ?」

 

 アクシズ教徒が集合してワイワイやっているその光景の中に一人、アクシズ教徒の輪の中に入っていない人物が居る。

 その人物は、アクシズ教徒特有の雰囲気が全く感じられない女性だった。

 むきむきがその人物に気付くと、その人物がむきむきに歩み寄って語りかけてくる。

 

「初めまして。自分は王国検察官のセナと申します。

 紅魔族の方と見受けしますが……デカ……こ、こほん。

 今回このアクシズ教徒達がこのクエストを受けた経緯については、ご存知ですか?」

 

「経緯?」

 

「……どうやら、何も知らないようですね」

 

 王国検察官は何かしらの容疑をかけられた対象、それも国家レベルでの対応が必要となると想定された対象を調べ、その罪状を調べ上げる役職だ。

 それが今、ここに居る。

 アクシズ教徒の中に混じっている。

 嫌な予感しかしなかった。

 

「ここに、一人のアクシズ教徒が居ます」

 

「あたしのせいじゃないもん……」

 

 嫌な予感が倍加した。

 

「以前、ある貴族が金を出して大規模な食糧支援が行われました。

 それ自体は、民に嫌われていた悪徳貴族のご機嫌取りでしたが……

 食糧支援そのものは喜ばしいことです。

 貴族が金を出し、下請けがそれを請け負う話になりました。

 それがどこでまかり間違ってしまったのか、アクシズ教が受けてしまったのです」

 

 嫌な予感が二乗化した。

 めぐみんはもう話のオチを読みきったのか、やる気なさそうにあくびをしている。

 

「このアクシズ教徒はそれでやらかしました。金額請求が後だったのをいいことに……

 ただでさえ大規模な食料支援だったというのに、その事業の食料の桁を二つ間違えたのです」

 

「桁二つ!?」

 

「貴族の方は善良で懐が深い自分をアピールするという目的があったため泣き寝入り。

 まあ、それで責めたり賠償を求めたら元の木阿弥ですからね。

 食糧支援も当然ながら需要と消費量を完全に超過。カレーという名のゴミが大量に出ました」

 

「あたし悪くないもん……うっかりしちゃっただけで、よかれと思って……」

 

「大量のカレーは大量の廃棄リソースを必要とします。

 普通のゴミ処理施設でどうにかなるものでもありません。

 ベルゼルグ王国は、このアクシズ教徒にカレーゴミの廃棄を求めました」

 

「かねんゴミもかれーゴミも似てるじゃん、楽じゃん、って思ったんだもん……」

 

「人里離れた場所、生態系に影響を与えない所で穴を掘って捨てろと命じました。

 できなければ、他の安全な手段で廃棄せよと我々は命じたのです。

 ですが……この者はよりにもよって、その大量のカレーを、湖に捨てたのです!」

 

「よかれとおもって、よかれとおもって……」

 

「もうお分かりでしょう! 水質汚染の原因は! この阿呆なアクシズ教徒が原因なのです!」

 

「わあああああああああああっ!」

 

 泣き出すアクシズ教徒に対する、セナの視線は冷たい。

 めぐみんはやる気なさげな顔で視線すら向けず、ゆんゆんは呆れた顔で額に手を当てていて、むきむきは"女の子が泣く"というワンモーションだけでちょっとだけ同情してしまっていた。

 

「何よ何よ何よ! あたしばっかりいつもいじめて!

 あたしのカレーをウンコみたいとか、ウンコをカレーみたいとか!

 そういう風に言われるのが嫌だったから!

 あたしは何でも許してくれるアクア様を信仰するようになったのよ! アクシズ教万歳!」

 

「!?」

 

「ふざけないでよ自分に都合のいい時だけカレーをウンコ扱いしないとか!

 ウンコを水に流して何が悪いのよ! 皆流してるじゃないの!

 湖が汚れたなんてもののついでじゃない! あたしの失敗も水に流しなさいよ!

 うわあああああああああああああああああああああああああああああああああんっ!!」

 

「ぎゃ、逆ギレが始まった!」

 

「反省の色が見られない!」

 

 アクシズ教徒は有能だ。

 普通、国が気付く前に湖を汚染しきるほどのカレーゴミを運搬し、湖に廃棄しきるなど不可能の荒業だ。凡人には真似出来ないだろう。

 アクシズ教徒は積極的だ。

 アクティブで、常に前を向いて爆走している。

 だが、どんなに大きな数字でも-1をかければ-の数字になるように、アクシズ教徒はどんなに有能だとしても、『アクシズ教徒だから』という理屈で最後に-の数字になる。

 

 大泣きしているこの元凶の女性こそ、アクシズ教徒の鑑と言えるだろう。

 

「いいのです、アクア様は全てをお許しになるでしょう」

 

「ぜ、ゼスタ様……!」

 

「アクア様はおっしゃられました。

 『アクシズ教徒は皆やればできる子』

 『やってできなかったなら、それは世間の方が悪い』

 悪いのは世間です。頑張った貴女が認められないなど、あってはならないのですよ」

 

「ゼスタ様ぁー!」

 

 それを慰めるゼスタは、まさしくアクシズ教団司祭の鑑。

 こうしてずぶずぶと深みに招いて、ディープなアクシズ教徒を誕生させるのだ。

 完成したアクシズ教徒はあらゆる悩みが吹っ飛び、人生が楽しくてしょうがなくなったりするので、一概に悪と言い切れないのがタチが悪い。

 

「と、いうわけです、むきむき殿!

 親睦を深めながらこのクエスト、絶対に成功させましょう!」

 

「この流れでその言葉が出て来るのは逆に凄いですね!?」

 

 元凶はアクシズ教徒だというのに、ゼスタの言葉には申し訳無さなどが全く見られない。

 事ここに至っても、むきむき達と仲良くなろうとすることが第一目標であるようにさえ見える。

 

「あ。それじゃセナさんがここに居るのは、湖の浄化が完遂されるのを見張るため?」

 

「それもありますが、厳密には違います。

 今現在、アクシズ教徒は特別指定注意団体に指定されようとしています。

 ……要約すれば、検挙されていないだけのマフィアと同じ扱いになるということです」

 

「え」

 

「このクエストに失敗したなら、その時点で申請が通るでしょう」

 

 むきむきが咄嗟に周囲のアクシズ教徒を見回すが、確かによく見ると笑顔が引き攣っている者が数人見える。

 その者達は、ここで失敗すればアクシズ教がヤバいということを分かっているのだろう。

 だが、それだけだ。その数人だけだ。

 それ以外のアクシズ教徒は、自分達の未来がかかっているというのにふんわりしている。

 「水の浄化するだけじゃん、楽勝!」とか思っているのだろう。

 緊迫感がまるでない。実にアクシズ教徒らしかった。

 

 指定暴力団のようなポジションに叩き込まれれば、アクシズ教団もこの先かなり面倒臭いことになるだろう。国からの見張りも増え、やらかそうとすれば国が止めに入ってくるのだから。

 アクシズ教徒は国を敵に回しても平然と生き残るだろう。

 けれども、新しくアクシズ教徒に入る人間は著しく減ってしまうはずだ。

 女神アクアを崇め、アクシズ教を広め、面白そうな人材を片っ端から入信させていくことを良しとするアクシズ教徒からすれば、それは最悪である。

 

 学習能力は無いが、とりあえず目の前のことには自分なりにぶつかっていくのがアクシズ教徒。

 このクエストの結末は、誰にも予想できないものになっていた。

 

「と、いうわけです、むきむき殿!

 親睦を深めながらこのクエスト、絶対に成功させましょう!」

 

「この流れでまだその台詞が言えるんですか!?」

 

 筋金入りだ。

 どんな状況でも自分らしさを失わないこの度胸。

 女神アクアの教えを体現するスタンス。

 教団の存続に全力を尽くしつつも、誰かと仲良くすることを重視する行動原理。

 楽しければいいや、な精神性。

 ゼスタは筋金入りのアクシズ教徒であった。

 

 

 

 

 

 とりあえずこれでアクシズ教徒を振り切って次の街に行けるかもしれない、と思いつつ、ゆんゆんは馬車から外の景色を眺めていた。

 出自が分からず「どっか別の世界の技術なんじゃね?」と言われる技術によって、この世界の馬車の揺れは少ない。

 とはいえ、馬の動きが速いために馬車の揺れは地球のそれとさして変わらない。

 

 めぐみんは黒猫の使い魔(ちょむすけ)を優しく撫でていて、むきむきはアクシズ教団の人間に絡まれていた。今は、セシリーと名乗った女性と話している様子。

 そしてゆんゆんは、ゼスタに絡まれていた。

 

「ほう、紅魔族の皆さんは意味のない詠唱もすると」

 

「そうなんですよ。私それが恥ずかしくて恥ずかしくて……」

 

 ゆんゆんの感性は、里の外の人間のそれに近い。

 里の中ではまともに受け入れられることもなく、常に浮いていたゆんゆんの性格も、里の外では普通の範囲内だ。

 そのせいか、ゆんゆんは里の人間よりもゼスタの方が話しやすい様子だ。

 無論、ゼスタがふざけていない時だけ、と前提が付くが。

 

「紅魔族風の厨二詠唱なら私もできますぞ、ゆんゆん殿。

 滲み出す白濁の性欲!

 不遜なる性器の器!

 起き上がり・硬化し・痺れ・感じ・眠りを妨げる淫行する鉄の王女!

 絶えず自慰するエロの人形!

 結合せよ 反抗せよ 痴に満ち 己の無力を知れ! 破道の九十! 黒乳首ッ!」

 

「ゼスタさん、いい反応するからってゆんゆんにセクハラするようなら、指折りますよ」

 

「おおっと、土下座しますので私の指を掴むその手を離してくださいますかな痛い痛いッ!」

 

 エロネタでセクハラをかましてくるゼスタの指をむきむきが掴み、インターセプト。

 

「ありがと」

 

「どういたしまして。ゆんゆん、気弱そうに見られて目を付けられてるんじゃ……」

 

「うっ」

 

 アクシズ教はおっぱい好きも、ロリ好きも居る。

 そのためか条例でアクシズ教徒が子供に近付くことを禁止している街も多い。

 めぐみんも、ゆんゆんも、むきむきも、等しくアクシズ教徒の性対象だ。

 真面目で気弱そうにも見えるゆんゆんは、ちょっと危うい。

 むきむきはゆんゆんと席を替わってやり、ゼスタの指の骨をいつでも折れるよう握り続ける。

 ゆんゆんにセクハラした時点で折る気は満々だったが、彼は生来の優しい気質でそれを抑え込んでいた。

 

 しかし、ゆんゆんの受難は続く。

 席を替わってもらった先では、王国検察官のセナと例の元凶のアクシズ教徒が騒いでいたのだ。

 

「ですから、いい加減己のしでかしたことの重さを認識して欲しいと……」

 

「反省してるもん! ねえそこの女の子!

 あたしは反省してるし、言われてるほど悪くないよね!?」

 

「え、私!? わ、私こうまぞく。こうまぞくむずかしいことよくわからない」

 

「変な声出して誤魔化そうとしてもそうはいかないわよ! あたしの味方になって!」

 

 ゆんゆんはめぐみんに目で助けを求めるが、めぐみんは窓の外に見えるイノシシのモンスターの交尾をつまんなそうに見ていた。反応なし、助けなし。ゆんゆんに逃げ場なし。

 

「湖にカレーを捨てようという発想がおかしいと、自分は言っているんです!」

 

「何よ! アクア様だったら

 『魚にいい餌を与えましたね。

  人に食べられるだけの魚に餌をやるその心優しさ、素晴らしい!』

 と言ってくれるわよ! ねえ、ゆんゆんちゃんもそう思うでしょ!」

 

「思いませんよ! そんなこと言う女神がいるわけないでしょ!

 自分のやらかしたことを崇める女神のせいにして恥ずかしくないんですか!?」

 

「わああああああああっ!」

 

 味方に引き込もうとしてくるアクシズ教徒を蹴散らして、ようやく馬車の中の安息を勝ち取ったゆんゆん。

 自分の居場所は、自分で勝ち取るべし。世の中はそういう風に出来ている。

 ちょっとづつ、ゆんゆんもたくましくなっているようであった。

 

「ロリ……」

「ロリっ子……」

「我が教団にもとうとうロリっ子が……?」

「愛でたい……」

 

「おう、私をロリっ子扱いするようならお前達は明日には死を見ることになるぞ」

 

「し、死!?」

 

「冗談ですよ、半分くらいは。なのでばくれつパンチで半殺しにしますね」

 

「気を付けろ! このロリっ子、この紅魔族の中で一番喧嘩っ早いぞ!」

 

「まーたロリっ子って言いましたね!」

 

「うわっ、いてっ!」

「しまった! ロリに興奮しすぎていじりの程度を見誤ったぞ!」

「むきむきさん呼べー! ロリ殺されるぞ!」

「ロリ殺される! ご褒美です!」

 

 ちなみにゆんゆんとは違い、アクシズ教徒はデフォルトでたくましかった。

 

 

 

 

 

 アクシズ教徒軍団と紅魔族チームという、この世界でもトップクラスに頭がおかしい集団を組み合わせたドリームチーム。

 頭のイカレ偏差値で言えば魔王軍すら上回る彼らは、かくして湖に到着した。

 

「ゼスタ様の加齢臭と湖のカレー臭のコントラストが凄まじい……」

 

「そこのアクシズ教徒、クエストの後で私の部屋に来るように」

 

 カレーと、カレーを栄養にして繁殖した微生物、それを餌にして爆発的に増えた水生生物とモンスター、この環境を好む凶暴なワニのモンスター・ブルータルアリゲーター。

 それらの生物の排泄物や分泌物、排出された毒素や魔素、腐敗を始めたカレー等の大量の有機物により、湖は相当に酷いことになっていた。

 人が湖に持つイメージより、沼に持つイメージの方が近いだろう。

 

「ゼスタ様、事を始める前に皆さんで冒険者カードを確認し、できることを確認しては?」

 

「おお、名案ですな、セシリーさん」

 

 セシリーと呼ばれた女性の提案を聞き、皆が戦闘前にカードのスキル欄と職業欄の内容を伝え合う。アクシズ教徒とは思えないくらいに多様で優秀な人物達が確認できた。

 ゆんゆんの時には特に大きな反応が出て、めぐみんは「どうせ出番はないので私はいいです」と人の輪から外れるも、むきむきと楽しそうに話している教徒達を見て、ふと思ったことをそのまま口にした。

 

「そういえば皆さん、むきむきの体格見ても驚かないんですね」

 

「ははは、先日異常個体のマンティコアってやつと戦ったんですよ」

「ゼスタ様がエリス教徒に『この名前からティアを抜けば完璧ですな』とかセクハラしだして」

「じゃあ実際に討伐して持ってきた方がいいんじゃね? みたいな話になって」

「いやああれはデカかった。むきむきさんよりデカかったな」

「あのマンティコアがゆんゆんさんの胸なら、むきむきさんのはめぐみんさんの胸だ」

「先に大きいもの見てると驚き薄れるよねえ」

「ですなあ」

「いまさら驚かないよ。外見抜きに接してみれば純朴なただの子供だし」

 

「皆さん、威力が高すぎて今回使えないと思われる私の極大威力魔法、食らいたいんですか?」

 

 アクシズ教徒の懐は広い。むきむきの巨体さえ受け入れられるほどに広い。そのせいで、めぐみんの癇に障る面倒臭い者も多々抱えている様子。

 対しむきむきは、普通に受け入れられていることに感激しているようだった。

 

「めぐみん、めぐみん。この人達、基本迷惑だけど実はいい人達かもしれない」

 

「あなたはその爆裂的なチョロさをどうにかできないんですか?」

 

 むきむきとゆんゆんはその性格上、何か歯車が一つ噛み合ってしまえば、アクシズ教徒に引き込まれてしまいそうで、めぐみんは密かに危機感を感じるのであった。

 

(実力だけあるお人好しが二人……なんというか、いかにも悪辣な手合いに負けそうな感じが)

 

 友人が悪の道に落ちるのも嫌だが、アクの道に堕ちるのはそれ以上に嫌なもんである。

 むきむきは生真面目にアクシズ教徒のために色々と考えているようで、今はセナとゼスタと一緒に湖全体を俯瞰していた。

 

「広い湖ですね。この規模の湖を浄化し切るのは流石に無茶じゃ……」

 

「検察官の端くれとして言わせていただきますが、おそらく余裕ですよ」

 

「え?」

 

 セナが嫌そうな顔でアクシズ教徒の力量を裏付けすると、ゼスタが人の良さそうな笑顔で微笑んだ。

 

「アクシズ教徒は質が売りです。信仰心でも、実力においてもです。

 一人一人が高魔力持ちな上、これだけの人数が揃っているのです。余裕ですよ。

 以前魔王軍が攻めて来た時も、アクア様の名の下に押し返してやりましたとも、はっはっは」

 

「流石紅魔の里に一番近い街の人……」

 

 そうこうしている内に準備完了。

 倒すと毒を撒き散らすカメムシみたいなワニを、むきむきが処理する段階に入る。

 ブルータルアリゲーターとアクシズ教徒のどっちの方がカメムシに近いんだろう? と意味もないことを考えてぐでっとしてるめぐみんに一言残して、むきむきは湖の周りのアクシズ教徒の群れの中に混ざっていった。

 

「筋肉は見るからに有るけど、スキル無しで大丈夫なのかい?」

 

「何度作ってもバグっちゃうんです、僕の冒険者カード。

 転職もスキル取得もできなくて……なので、基本はステータス任せの力勝負になります」

 

 先程のスキルと職業の開示の件でむきむきを心配する者も居たが、むきむきはちょっと自信なさげに大丈夫だと言って行く。

 

「大丈夫ですよ、多分おそらくきっと。大丈夫かもしれません、多分。最善を尽くします」

 

「徐々に不安になっていく感じに素の自分出していくのやめないか!」

 

 湖に足を踏み入れるむきむき。

 弱い生物は水の振動を感知して逃げ、ブルータルアリゲーターは水の振動から餌の接近に気付くやいなや、その全てがむきむきへと襲いかかる。

 結果は案の定。

 分かりきった結末が、彼らを迎え入れていた。

 

「そいっ、そいっ、そいっ」

 

「ブルータルアリゲーターが、ゴミ箱に投げ捨てられる紙くずみたいだぁ」

「表現が控え目っすね……」

「こら楽勝だわ。プリーストの皆、浄化開始! 他の人も油断せず護衛開始!」

 

 むきむきはワニの尻尾を掴んで、殺さないように遠くへポンポンと投げる。

 時々力を入れすぎて暴投して雲の上まで飛んで行ったりもしたが、ブルータルアリゲーターが見事な着水と耐久力を見せて生還、芸好きのアクシズ教徒の拍手を貰ったりもしていた。

 その間、プリースト達による水質浄化がポンポン放たれていく。

 何の役目も割り振られていないめぐみんと、プリースト達の護衛に再配置されたゆんゆんは、何をするでもなく浄化されていく湖の水を眺めていた。

 

「うわっ、凄い……『透明』って絵の具で、風景を塗り潰してるみたい……」

 

 アクシズ教徒がやらかした湖の汚染だが、これだけの量の水を浄化できるのもまた、アクシズ教徒だけだろう。

 お目付け役のセナも、露骨にホッとした表情を見せている。

 "とりあえず問題は解決され、現状維持"という結果が得られそうなので、役人の彼女からすれば望ましい流れになっているのだろう。

 

「勝ったな」

「やったぜ!」

「俺、このクエストが終わったらエリス教のシスターの胸揉むんだ」

「これだけの浄化を受ければ、この湖の水もひとたまりもあるまい」

 

「!?」

 

 重度のアクシズ教徒には、芸人魂が芽生えることがあるという。

 彼らは特に何も考えず、ごく自然に無意識に、よろしくないフラグを立て始めた。

 やがて、その言葉に呼応するかのように、湖の水が隆起し始める。

 清浄化された水が周囲に押し流され、ワニ達も水と一緒に陸に打ち上げられていく。

 

「立った……フラグが立った……!」

 

「違いますよ! 立ったのはフラグじゃなくて、湖底に居たとても大きな何かです!」

 

 湖底から何かが上がってくる。

 その際に陸に流れ出した水が、水流で人々の足を取り何人かを転ばせた。

 巻き上げられた水が空中で散乱し、周囲に大粒の雨を降らせる。

 湖の近くに居た多くの人間は、太陽さえも遮るその竜の凄まじい巨体を、呆然と見上げて見つめていた。

 

 むきむきも、本物のドラゴンのゾンビを見たことはある。

 改造品の巨大なドラゴンを見たこともある。

 だが、これはその比ではない。

 『小島』だ。

 小島がそのまま動き出したかのような、圧倒的で絶対的な巨大さがある。

 

 最悪なのは、その小島がモンスターであり、人に明確な敵意を持っているという点にあった。

 

「で……でけえッ!!」

「ドラゴン!?」

「違う、ヒュドラだ! というかこいつ、八つの首ってもしかして……!」

 

 それを見て、ゆんゆんの横に居たセナが顔を青くして叫んだ。

 

「クーロンズヒュドラ!?」

 

「知っているんですかセナさん!」

 

「冬将軍の首が二億エリス!

 魔王軍幹部の首が三億エリス!

 この賞金首の首にかけられた金は、十億エリスです! 現状討伐不可と言われる大物ですよ!」

 

「あ、死ぬやつですねこれ」

 

 竜は怒りのままに、衝動のままに、汚染して住み心地を良くした住処を浄化(あら)した不届き者達に、恐ろしい響きの咆哮を叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 九龍(クーロン)とは、この世界には無い地名のことだ。

 異世界からこの世界に持ち込まれた言葉である、と言われている。

 

 宋の幼皇帝が、ある地の八つの山を八つの頭を持つ龍に見立て、自分をそこに加えて九頭龍に見立てたという逸話が有る。

 ゆえに『九龍』。九龍(クーロン)久遠(クオン)()()に通じ、龍は風水的には幸に通ずる超自然的な生物だ。

 クーロンという言葉は永遠を意味し、同時に力と幸の象徴を名に組み込んでいる。

 もっとも、この世界にこの名前の由来などもう残されてはいないのだが。

 

 クーロンズヒュドラ。

 十年かけて大地に流れる魔力を吸い上げ、十年後に溜め込んだ魔力を使用しながら活動を始める、ヒュドラの最強種に数えられる一体である。

 ヒュドラは下級ドラゴンの一種であるが、この個体は並のドラゴンよりはよっぽど強い。

 肥沃な大地の湖の底にて、十年もかけて溜めた魔力で大暴れするからだ。

 

 かけられた賞金は十億エリス。

 日本円に換算すれば、そんじょそこらの宝くじが目じゃないくらいの金額だ。

 とはいえ、これはクーロンズヒュドラの強さだけにかけられたものではない。

 クーロンズヒュドラはある理由から倒すことができず、また、クーロンズヒュドラを倒すことで肥沃な土地が解放され、そこの土地の利権を持つ者がそこを開発できる、という裏事情が有るからだ。

 

 クーロンズヒュドラが居る内にそこの土地を買う。

 高額の賞金を動かしてクーロンズヒュドラを討伐する。

 そして討伐後に、賞金のために動かした金以上の利潤を回収する。

 要は、経済的な面でも討伐を望まれ高額賞金をかけられたモンスターであるというわけだ。

 

 逆に言えば、それだけ多方面から討伐を望まれているというのに、今日この日まで討伐されていない筋金入りの大物モンスターである、ということでもある。

 

 魔王軍幹部のような、『人類の明確な敵対者だから賞金がかけられた』枠の存在ではない。

 冬将軍のような、『特定の行動を取ると殺しに来る強者だから賞金がかけられた』枠の存在でもない。

 『活火山みたいな自然災害枠だけど、無理だと思うけど、倒せたなら賞金あげるよ』枠。

 そういう存在であった。

 

「ありえません!」

 

 セナの悲痛な声が響き、クエスト参加者達が一斉に後退を始めた。

 

「いやおかしい! 絶対におかしいですよ!

 クーロンズヒュドラはアクセルの街から半日ほど南下した山に居るはずです!

 そこで十年かけて魔力を集めて、その魔力で大暴れするモンスターです!

 本来ならば上級職の騎士団含む国軍の大軍で対応すべき超弩級大型ドラゴンなんです!」

 

「けれど実際にここに居るんだから仕方ないでしょう!」

 

「自然にここに移動したりするわけがありません!

 九年前も同じ位置で眠りについたと記録されています!

 誰かが作為的にここまで運んで来たとしか思えませんよ!」

 

「じゃあ魔王軍か誰かが何か企んでここに運んだってことでしょう!

 今気にすることではないはずです! 今はこれをどうにかしないと、大惨事ですよ!」

 

 めぐみんは気持ちと表情を一瞬で切り替え、むきむきとゆんゆんの位置を確認しつつ、爆裂魔法の射線が通る場所にまで疾走を始める。

 同時、めぐみん同様に反応が早かったゆんゆんは、得意魔法の詠唱を終えていた。

 

「『ライト・オブ・セイバー』ッ!」

 

 手刀が振られ、一撃必殺級の魔力が込められた光刃が飛ぶ。

 それは"大怪獣以外の言葉で表現できない"その巨体の首の一本に直撃し、それを切り飛ばしてみせた。全ての首を切り飛ばすつもりで放った一撃。なのに、胴体から切り離せたのは一本のみ。

 それどころか、切り離された首は一瞬にして生え変わっていた。

 

「……嘘ぉ」

 

 首とは、大抵の生物の弱点である。

 そこを潰されればほとんどの生物は死ぬ。

 なのに、クーロンズヒュドラは死ぬ気配も見せてはいなかった。

 

「だったら! 『フリーズガスト』! 『インフェルノ』! 『エナジー・イグニッション』!」

 

 詠唱に手をかけない、魔法の数で仕掛ける猛攻。

 ゆんゆんの魔法三連発は首の一本を凍らせ、首の一本を炭になるまで焼き、首の一本を内部からの発火によって焼き焦がした。

 が。

 凍った首は魔力を巡らせ解凍完了。炭になった首の内側からは新しい首が炭まみれになりながらも這い出てきて、内部を焼かれた首は軽い再生だけでそれを乗り越えていた。

 

「……駄目よこれ! 駄目なやつ! 皆、逃げてっー!」

 

 使用魔法の選択と、注ぐ魔力の量を間違えれば、首一つ潰すこともできない。

 最適な魔法運用でようやく首一本落とすことが可能で、首一本落とすくらいでは痛手にもなっていない。最悪だ。

 これでは、ゆんゆんが必死に削ってもゆんゆんの魔力の方が先に尽きるだろう。

 小島サイズの体に年単位で溜め込まれた魔力は、信じられないくらいに膨大だった。

 

 ゆんゆんの反撃の結果と張り上げた声が、湖から離れていくアクシズ教徒達の足を速める。

 

「ふはははははははっ!

 とうとう私の出番が来たようですね! 颯爽登場、真打登場!

 我が前に壁はなく、我が前に敵はなし!

 大言壮語のようなこの名乗りを、現実のものとするのが我が究極の破壊魔法!」

 

 そんな中で、ヒュドラから逃げる者達の中で、一人だけ逆の方向を向いている少女が居た。

 

「黒より黒く闇より暗き漆黒に、我が深紅の混淆(こんこう)を望みたもう!」

 

 少女の中には、ちょっとビビっている気持ちもあった。

 だがそれ以上に、"これを爆裂魔法で仕留められたら最高にかっこいい"という気持ちが大きく、そちらの気持ちが勝ってしまった。

 掲げられた杖を通して、人類最高峰の魔力が形を結んでいく。

 

「覚醒の時来たれり、無謬(むびゅう)の境界に落ちし理! 無形(むぎょう)の歪みとなりて現出せよ!」

 

 かくして、凄まじい威力の爆裂が放たれた。

 

「―――『エクスプロージョン』ッ!!」

 

 爆焔が、クーロンズヒュドラを飲み込んでいく。

 それはあたかも、ヒュドラより巨大な炎の竜がヒュドラを食らうかのような光景だった。

 

 島を例えに使われるほどに巨大な竜の八本の首が、全て爆焔に飲み込まれる。

 ヒュドラの登場時に周囲の地面に撒き散らされた湖の水が一瞬で蒸発し、大地に染み込んだ水が水蒸気へと変わった。

 位置が悪かったアクシズ教徒の鼓膜が破れ、即座にヒールで回復させられている。

 直撃しなかったワニ達は爆焔で吹き飛ばされて湖から遠ざけられ、細い木は折れ、さほど巨大ではない岩も地面から引っこ抜かれて転がっていく。

 

 クーロンズヒュドラの首全てを吹き飛ばし、胴体を丸焦げにして、めぐみんは全魔力を使い果たしてぶっ倒れた。

 

「す……凄ええええええ!!」

「こりゃ当初の予定クエストでは使い所ないわけだ……」

「あ、あんだけ頑丈で再生もしてたクーロンズヒュドラが、一撃で……」

 

「ふ、ふふふ……見ましたか……我が爆裂魔法の威力を……私、最強ぅ……!」

 

 今日の爆裂魔法は、格別に出来がいいものであった。

 威力、範囲、当て所、全て最高。これ以上の爆裂魔法を、めぐみんは過去に撃ったことがない。

 その直撃は、クーロンズヒュドラの首の全てを綺麗に吹き飛ばし――

 

「あ、再生した」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

「逃げろぉー!!」

 

 ――ただそれだけの結果に終わった。

 

 首の全てが再生する。

 流石に全部の首を一気に再生させるのには時間がかかるのか、今度ばかりはやや時間をかけていたが、それでもほんの短い時間だ。

 爆裂魔法でさえ、最高の当たり所に当てても首の全てを吹き飛ばすのが限度。

 万物を壊す純粋魔力爆発でも、ヒュドラの魔力を大きく削るのが限界。

 そして、クーロンズヒュドラは首を全て失った程度では死なない。

 爆裂魔法が一日一発しか撃てないことを考えれば、この時点でクーロンズヒュドラを仕留められる可能性は、そのほとんどが絶たれたと言っていいだろう。

 

 皆がまた逃げるが、そこで一人のアクシズ教徒がヒュドラの足元の人影に気付く。

 

「お、おい、あれを見ろ!」

 

 そこには、紅魔族ローブやペンダントなど、身に付けていた大事な物を全て脱ぎ捨て、ヒュドラを体一つで押し留めているむきむきが居た。

 

「むきむきさんがクーロンズヒュドラの足を掴んで押さえつけてくれてる!」

「そうか、だからヒュドラは湖から出て来てから一歩も前に出てなかったのか!」

「なんてパワーだ! 見ろ、クーロンズヒュドラの体から煙が吹き出してる!

 あれは魔力だ! 漏れた魔力が煙みたいになってるんだ! スモーク、スモーキング!

 むきむき君のあのパワーは、噂に聞く遠国のスモウキング・ヨコヅナに匹敵している!」

 

 ヒュドラを押し留めて皆が逃げる時間を稼ぐ。

 ヒュドラの動きを止めてゆんゆんの魔法が当たるようにする。

 ヒュドラを押し付けめぐみんの爆裂が当たるようにし、爆裂の瞬間には湖に潜って回避、爆裂直後にはまた足止めを再開する。

 この戦闘において、このタイミングまでむきむきが果たしていた役目は、まさしく縁の下の力持ちであった。

 

 だが、それもここまで。

 皆が距離を十分取ったのを確認し、むきむきはヒュドラを抑えるのをやめる。

 そうして後方に下がり、助走をつけて飛び上がり、頭の一つに急降下飛び蹴りを繰り出した。

 

「バカな! あの魔法が通じなかった怪物に一人で挑むってのか!? 無茶だ!」

「いや待て! むきむき君なら! あの筋肉ならやってくれるはずだ!」

「ああそうだ、魔法が駄目なら筋肉だ! 道理には適ってる! 行けー!」

 

 そして、そのまま空中でぱくりと食われる。

 

「「「 食われたー!? 」」」

 

 蛇の習性をそのまま持っているのか、ヒュドラはむきむきを丸呑みにしたようだ。

 それを見て、ゆんゆんは首を切って助けるべきか一瞬迷い、めぐみんが真っ青な顔で狼狽える。

 

「む、むきむきぃー! ど、どうしましょうゆんゆん! むきむきが、むきむきが!」

 

「うろたえないで! もう、なんでめぐみんはこう想定外に追い詰められると弱いの?!」

 

 やべえどうしよう、と皆の心が一つになった、その十秒後。

 何故か突如苦しみだしたヒュドラの腹を手刀でかっさばき、そこから血まみれのむきむきが這い出てくるのであった。

 サウザーの如き手刀による腹の切開は、まさしく帝王切開と呼ぶべきものだった。

 

「ぷはぁっー! 息できなくて死ぬかと思った!」

 

「むしろ何故死なないのか小一時間問い詰めたい!」

 

 めぐみんがちょっとほっとして、血濡れで左手に何か大きな肉塊を持っているむきむきに、ゼスタが引き攣った笑顔で話しかける。

 

「ご無事で何より……ところでむきむき殿、手に握ってるそれはなんですかな?」

 

「クーロンズヒュドラの心臓です。

 口から入って、胃に入る前に食道を手刀で切り開いて体内に侵入。

 鼓動を頼りに心臓を見つけて、真っ二つにしてから心臓中心部分を引きちぎってきました」

 

「なんて怖い殺し方してるんですか!?」

 

「でも駄目ですね。首が駄目なら心臓、と考えたんですが……」

 

 ヒュドラは心臓を破壊されても、平然とそれを再生して動き出している。

 これではダメだ。心臓を潰しても首を潰しても魔力で再生してしまうなら、現状これだけの戦力が揃っていても打つ手がない。

 再生も許さず殺し切るだけの一撃か、爆裂魔法を何発も撃ち込むような波状攻撃が必要となるだろう。仮に爆裂魔法を二発同時に当てても、それで仕留められるか微妙なラインだ。

 

「『ストーンバインド』ッッッ!!!」

 

 ゆんゆんが今ある魔力の全部を使って、なんとかヒュドラの首の一本を地面に固定する、小山に近い岩石の枷を構築する。

 だが、これも時間稼ぎにしかならないだろう。

 最悪、ヒュドラは自分の首をトカゲの尻尾のように自切できるのだから。

 

 焦るセナが眼鏡を指で押し上げ、冷静さに欠けた表情でむきむき達に訴えかける。

 

「ここは逃げて国軍に援護を要請しましょう! 騎士団も動いてくれる……は……ず……」

 

「? なんか歯切れの悪い言い方ですね」

 

「……今、王国軍は、魔王軍との戦いで、そのほとんどが動いています……」

 

「うわぁ」

 

「と、いうか。そもそもこのクエストの発端が発端です。

 おそらく、この湖の汚染はカレーとクーロンズヒュドラの合わせ技でしょう。

 カレーの汚染をヒュドラが加速させたのだと思います。

 ヒュドラに限らず、水棲系モンスターは清浄な水を嫌います。

 おそらく目覚めた原因はアクシズ教徒の浄化魔法によるものということになるわけで……」

 

「あっ」

 

「アクシズ教徒はまたやらかしたということになり、特別指定注意団体に……」

 

「このメンツでヒュドラ倒さないと大変ってことじゃないですか!」

 

 客観的に見れば、カレーの不法投棄で湖を汚染し、ヒュドラによる汚染倍加を誘発し、浄化作業の過程でヒュドラを目覚めさせ、このタイミングで大暴れさせた問題児達。

 これはもう、国としても何らかの対応をしなければならないレベルだ。

 たとえ当人達に悪気がなかったとしても、それで無罪を主張するのは「拳銃撃ったけど人殺すつもりはなかったんだ! たまたま人が通りがかっただけで!」と言うようなもの。

 絶対に無罪は無理だ。

 アクシズ教は悪死's教に転生することになるだろう。

 女神アクアが邪神扱いされる未来が確定しつつあった。

 

 その未来を回避するには、自分のケツを自分で拭く以外にない。

 目覚めたヒュドラが被害を出す前に倒し、"アクシズ教徒がクーロンズヒュドラを倒した"という名声と威圧で、『アクシズ教徒はそっとしておくべき』と国に認識させるしかない。

 功績で免罪を勝ち取り、威圧で平和を勝ち取るのだ。

 

「まあ王国の検察官として言わせていただければ、アレを倒すのは無理ですよ」

 

「でっすよねぇー!」

 

 とはいえ、それも無理なわけで。

 けれども、諦めるわけにもいかない。

 ほどなくアクシズ教団の頂点に立つ者として、一人の男は、決して心も膝も折らなかった。

 男は、自分の首をちぎって自由になったヒュドラの八対の瞳をじっと見つめて動かない。

 

 クーロンズヒュドラが周囲の岩や大木を八本の首で引っこ抜き、前衛職でも持ち上げるのに苦労しそうな巨大なものを、巨大な首で次々と放り投げてくる。

 

「ゴッドブロー」

 

 その中で人に当たりそうなものだけを、ゼスタが静かに、拳にて叩き落としていた。

 

「むきむき殿。アクシズ教団の未来を頼みました」

 

「ゼスタさん……?」

 

「このヒュドラを倒せたならば。あなたは教団の恩人となるでしょう。

 私達を見捨ててヒュドラを放置していったら、教徒に生涯付き纏われるでしょう」

 

「頼みごとに見せかけた脅し!?」

 

「では頼みました! ここは私に任せてお逃げ下さい! うおおおおおおお!!」

 

 アークプリーストは、前衛もこなせる万能職。

 その拳には聖なる力が宿り、振るう杖には退魔の力が宿るという。

 ゼスタは左で拳を握り、右に頑強な杖を握って、たった一人で足止めに走った。

 

「な、なんて定番にかっこいい言葉を……むきむき、逃げますよ!」

 

「でも、めぐみん!」

 

「ここで残っても意味ないでしょ!?

 私達も魔力が無い! プリーストの人達も水の浄化で魔力が無い!

 悔しいし、後で絶対に後悔することだけど……それでも! ここで終わらせちゃ駄目!」

 

「ゆんゆんの言う通りです!

 ここで私達が欠ければ、明日に誰がヒュドラを倒すんですか!?」

 

「……っ」

 

「選択肢は二つ! 恥を選んでゼスタさんの願いを叶えるか、そうしないかだけです!」

 

 逃げなければならないなんてことは、分かっていた。

 逃げたくない気持ちがあった。

 結局のところ心の中には迷いがあって、ゼスタのためにゼスタの援護に行くか、ゼスタのためにここから逃げるかしか、選択肢は無くて。

 

 迷った果てにむきむきは、最後の最後に『自分よりもこの二人の判断の方がきっと正しい』『自分の判断よりこの二人の判断の方が正しくあってほしい』という気持ちから、逃げを選択する。

 

「……ごめんなさい」

 

 その選択の仕方は有り体に言って最低だった。

 だが、ゼスタの気持ちを尊重しようとする気持ちも、ゼスタに謝る気持ちも、どちらも本物で。

 明日にゼスタの死を知れば、きっと彼の心の中には消えない後悔が刻まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 が。

 アクシズ教徒は、世界の条理をぶっ飛ばし、ウザさで残酷を塗り潰す者。

 

「恥ずかしながら、今戻りました」

 

「戻って来たァー!? ゼスタさん、生きてたんですか!?」

 

「いやはや、女神アクア様のご加護です。日頃の行いがよかったからでしょうね」

 

「日頃の……行い……?」

 

「ところで今日の晩御飯のメニューを聞きたいのですが」

 

 その日の晩御飯が始まる前の時間帯に、ゼスタは割と余裕な感じで帰って来た。

 

 

 




 「綺麗に死んでおけばよかったのに……」と、セナは呟いた。


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2-3-3

 このすばで割と人気の高いキャラは貧乳の法則。めぐみん、エリス様、アイリスで人気投票も三トップです。
 カズマさんも一人選べと言われたら、三人の人格や容姿をじっくりと頭の中で吟味した果てに、おっぱいが大きい美人の女性を選ぶと思います。
 そのくらいには人気キャラです。


 大物賞金首とは、仕留められないから大物賞金首なのだ。

 基本的に低リスクで倒せる敵の討伐報酬が低く、命の危険が絡む高リスクな敵の方が討伐報酬が高くなければ、報酬や賞金といったシステムは回らない。

 

「紅魔族の頭脳でズバッとやっつけちゃって下さい。さあ、遠慮なく!」

 

「よくそこまでふざけた無茶振りができますね!」

 

 めぐみんがキレる。こんなこと言われたら誰だってキレるというものだ。

 クーロンズヒュドラは、ゼスタによるネトゲ粘着のような時間稼ぎが終わった後、湖の汚染を開始した。その内大地からの魔力吸い上げも行われるだろう。

 魔力はどの程度まで回復しようとしているのか。今の住処である湖を離れて人里に来る可能性はあるのか。その辺りでさえ推測の目処が立たないのだ。

 なのに倒さなければならないという。

 倒す策を考えてくれと言う。

 そらもう怒って当然である。

 

「爆裂魔法でも当たりが良くなければ良くて五、六本の首を持っていくのが限界です。

 ゆんゆんの上級魔法で削った方がまだ効率がいい。

 そんなゆんゆんの魔法でだって、相当な日数をかけなければ殺し切るのは無理ですよ」

 

「確かに。アレが内包している魔力は、相当なもののようでしたからな」

 

 ゼスタがあごひげをいじりながら、困ったように苦笑している。

 

「むきむきのパワーをぶつけてもそうです。

 むきむきの筋力はとんでもないですが、それでも上級魔法や爆裂魔法と比べれば……

 火力が、無いです。破壊規模が小さいんです。首か心臓を一つ潰すのが限界なんです」

 

「だね。ちょっと、僕も相性が悪い」

 

「やはり結論は、"倒す前に魔力と体力が尽きるから無理"です。

 アクシズ教団が面倒な指定を受けないためには、すぐ片付けなければいけません。

 ですがおそらくこのメンバーでは一ヶ月はかかるでしょう。無理ですよ、無理」

 

「そうですか……」

「どうすりゃいいんだか」

「アクア様、どうかお導きを……

 この窮地の打開策と、明日揉むエリス教徒の乳を貧乳にするか巨乳にするかお導きを……」

 

 学年トップの頭脳を持つ上、こだわりのある部分を除けば、ゆんゆんよりも遥かに柔軟で実戦向きの思考力を持っているのがめぐみんだ。

 普段は戦闘=爆裂という困ったちゃんな思考だが、それが通じない状況になれば、優秀な頭脳は普通の方面で回り始める。

 ゆんゆんとむきむきも考えてはいるが、こういう状況であるのなら、めぐみんが思いつけない以上他の二人も思いつけないだろう。

 自然と、周囲の期待はめぐみんに集まっていた。

 

 こういう、その場のテンションでまとめて脇に置いておけない、一発勝負でガンガン心にのしかかってくる周囲の期待という重圧が、めぐみんはどうにも苦手だ。

 自分の失敗が他人の破滅に繋がると思うと、もっと苦手に感じられてしまう。

 めぐみんは爆裂魔法で他人にかける迷惑をコラテラル・ダメージとして割り切れるだけで、自分の失態で他人が破滅することを割り切れるほど無情でもない。

 

「皆さん、何かスキルはないんですか?

 敵からの魔力の吸収と放出が可能なスキルとか……」

 

「そんなのがあったら、吸った魔力をめぐみんに放出して爆裂魔法連発させてるでしょ」

 

「そりゃそうなんですが、希望を探してみたいじゃないですか」

 

 当然ながら、この状況を一発で打開できそうなスキルを持つ者の手は上がらない。

 そんな者が居るわけもない。

 万の策を考えたわけでもないが、既に万策尽きた感覚はある。

 

 半ば諦めているめぐみんだが、その横顔を、むきむきがじっと見つめていた。

 

(そういう目で見るのは止めてほしい)

 

 相手の強さを信じる目だ。

 相手の可能性を信じる目だ。

 何が何でも信じ抜く目だ。

 少年は、少女がこの状況を爆裂させ吹っ飛ばすような何かを思いつくことを、心の底から信じている。

 

 そんな目で見られても何も思いつきませんよ、と心の中で独り言ちて、めぐみんは彼と目を合わせようともしない。

 その目で見られると、やる気が出てしまう。

 出来るわけがないのに、挑む気が湧いてきてしまう。

 時々自分がその目で彼を見ている自覚があるだけに、めぐみんはその目をやめろと言い出せなかった。

 

 帽子を目深に被り直すめぐみんをよそに、むきむきは隣のゼスタにふと思い出したことを問う。

 

「そういえばゼスタさんは、どうやって生き残ったんですか?」

 

「ゴッドブローとゴッドレクイエムで噛みつきを弾いていただけですよ。

 自分に強化魔法をかけてひたすら耐久戦です。

 モンスター寄せの魔法(フォルスファイア)で動きの誘導、隠れて結界を使って木陰に潜んで休息……

 後はそうですな。セイクリッド・クリエイト・ウォーターを顔にぶっかけたくらいでしょうか。

 とにかくスキルを回しておちょくっていた記憶があります」

 

「『おちょくる』と表現してるのが実にゼスタさんだなあって思います」

 

 その会話に、めぐみんは何か引っかかるものを感じた。

 

「……ん? スキル?」

 

 頭の中で、何か着想を得られた感覚。

 学校で習った知識。一年里に留まり蓄えた知識。

 里の大人から得た知識。里の外で得た知識。

 この世界の基本法則と、モンスターの習性。

 セナから得たクーロンズヒュドラに関する記録の内容。

 紅魔族三人の持つ能力。

 そして、アクシズ教団という能力はあるアンポンタン軍団。

 

 めぐみんの頭の中で、勝利に至る光の道が一本だけ繋がった。

 

「試してみる……価値は、ある?」

 

「何か思い付いた? めぐみん」

 

「所詮思いつきですけどね」

 

 めぐみんの献策は皆に驚きをもたらしたが、その考えは理に適っており、驚かれるだけで抵抗なく受け入れられる。

 翌日の朝に、最後のクーロンズヒュドラ討伐戦を始めることだけを決めて、その夜の作戦会議は終了した。

 

 

 

 

 

 むきむきの服の一部は、ヒュドラの体内に潜る時に牙に引っ掛けてしまうなどして、所々が破けていた。

 血の汚れ自体は、水に漬けておいてまとめてピュリフィケーションをかければいい。

 アクシズ教徒はこういう時にも有能だった。

 

「このくらいなら、簡単に直すことくらい難しくもないですよ」

 

 切れてしまった部分は、めぐみんが丁寧に縫って直していた。

 めぐみんの家は貧乏である。年中金欠だ。そのため、ボロくなった服も捨てられない。

 めぐみんも幼少期から、自分の服に空いた穴をぶきっちょに縫って塞いでいたものだ。

 そのためか、多少なら裁縫の心得があった。

 アクシズ教徒から体を隠す大きな布を貸してもらったむきむきの前で、少女は慣れた手つきの裁縫を続ける。

 

「ありがと、めぐみん」

 

「まさかタダで直してもらえるだなんて思ってませんよね?」

 

「……次の街で美味しそうなご飯屋さんがあったら、奢るよ」

 

「よろしい。いやあ、楽しみですね! 次の街は観光の街ドリスですし!」

 

 喋りながらも、その手は止まらない。

 裁縫のスキル持ちには及ばないが、それでもかなり器用な手つきだ。

 魔道具職人の娘という肩書きは伊達ではない。

 ……尤も、手先が器用なだけで、めぐみんは魔道具を作る時にすら爆裂させてしまうのだが。

 

 むきむきは彼女の手の中で動く針と糸を見て、思ったことをそのまま口に出していた。

 

「めぐみんはいいお嫁さんになりそうだよね」

 

「誰のです?」

 

「え?」

 

「誰のお嫁さんかと聞いてるんですが」

 

「特定の相手が居るの?」

 

「居ませんよそんなの。想像したこともないです。

 ただなんというか、お嫁さんになれただけで嬉しい人なんて本当に居るんですかね?」

 

「ええ? どうなんだろう……?」

 

「『誰の』が、一番重要だと思うんですが」

 

 ませていると言うべきか。大人っぽいと言うべきか。クールな一面があると言うべきか。

 むきむきと比べれば、めぐみんの方がまだまっとうな恋愛観を持っている。

 とはいえ、この二人は両方共恋愛経験など無いのだが。

 

「恋愛とか、僕もよく分からないなあ」

 

「年齢一桁で分かる子供も居ると聞きます。

 いつまで経っても分からない大人も居ると聞きます。

 そんなもんなんじゃないでしょうか。恋は衝動とも聞きますし」

 

「ああ、めぐみんにとっての爆裂魔法みたいな……」

 

「あなたもゆんゆんも、私をなんだと思ってるんですか。

 確かに私は爆裂魔法しか愛せませんが、その気になれば素敵な恋人の一人や二人……」

 

「いや、別にそこは心配してないよ」

 

 ゆんゆんであれば今でも「めぐみんが色恋沙汰とかないわー」と言うだろうが、この少年の認識は、ゆんゆんのそれとは少しだけ違っていた。

 

「めぐみんはいいお母さんになるんじゃないかな」

 

 目を閉じて、めぐみんの母のことを思い浮かべて、少年は確信を滲ませてそんなことを言う。

 歳下の少年からそんな変なことを言われて、めぐみんは露骨に溜め息を吐いた。

 

「ならあなたは、きっとダメなお父さんになることでしょう」

 

「え、なんで?」

 

「あなたは、根本的にダメな人間だからですよ、

 子育てで絶対に躓いて、子供に唾吐かれるのが目に見えます」

 

「嫌なことを断言された!」

 

「ま、そんなくだらない話は置いておいて。縫い終わりましたよ」

 

「お、ありがとう」

 

 アクシズ教徒から借りた大布のしたでもぞもぞと動き、むきむきはめぐみんが縫ってくれた服を身に付ける。

 服がこれ一着しかないということはないが、明日もヒュドラと戦うのであれば、ボロボロになる服は一着だけでいい。

 

「今大事なことは、そんなことではありません。

 奴が……クーロンズヒュドラが、正しく生きたドラゴンだということですよ」

 

「?」

 

「既に殺された後のドラゴンゾンビとは話が違います。

 奴を殺せば、私達は明日から堂々と『ドラゴンキラー』を名乗れるのです!」

 

「!」

 

「分かるでしょう! この称号のかっこよさが!」

 

 むきむきの感性は、めぐみんとゆんゆんのちょうど中間だ。

 ゆんゆんのような里の外の感性基準の人間ではない。

 彼もまた、紅魔族である。

 

「よし勝とう、明日のドラゴンキラーめぐみん」

 

「ええ勝ちましょう、未来のドラゴンキラーむきむき」

 

 ドラゴンキラーの称号に魅せられた、中学二年生の年齢間近な少年少女二人組は、脇に置いていた紅魔族ローブを身に纏い、鳴り始めた腹を癒やすべく晩餐の戦場へと赴いた。

 

 

 

 

 

 アクシズ教徒は、真面目な雰囲気を母親の腹の中に置いてきたかのような者達である、

 

「第一回! 『アクシズ紅魔チキチキ一発芸交流大会』ー!」

 

「「「 イェーイ! 」」」

 

 明日に一大決戦を挑もうというその前日の夜に、彼らはなんと一発芸大会を開催していた。

 

「はよ寝ろ!」

「考えることを紅魔族に丸投げして準備してたのがこれですか!」

 

 むきむきとめぐみんの叫びが響く。

 

「まあまあ。これは明日に備えて我らアク紅同盟の英気を養うという意味があって……」

 

「嘘です! 絶対嘘です! 何も考えてませんよねあなた達!?」

 

「ゆんゆんさん、私はもう寝ます。明日の朝起こして下さい」

「あ、セナさん逃げ……もう居ない!?」

 

 器用に立ち回って姿を消したセナとは違い、むきむき達はどうやら逃してはもらえない様子。

 

「エントリーナンバー一番! 一発芸やります! 『花鳥風月』!」

 

「おおおおおお!」

「出た、あいつの十八番!」

「ヒールとピュリフィケーションと宴会芸スキルしかできないもんなお前!」

 

 やんややんやと盛り上がりながら、アクシズ教徒達が次々と一発芸を披露していく。明日の大勝負に向けての緊張感がまるでない。

 

 ちなみに多々ある例外を除けば、レベルが1上がる時に手に入るスキルポイントは1ポイント。

 有用な片手剣スキルであれば、習得に必要なスキルポイントは1ポイント。上級魔法なら30ポイント。爆裂魔法なら50ポイントという膨大なポイントが必要となる。

 宴会芸スキルは冒険者が覚えると一つだけで5ポイント持って行かれたりもする。あまりにも無駄過ぎるポイントの浪費であった。

 

「逃してもらえなさそうですね……ちょっと二人共待ってて下さい」

 

 めぐみんが離脱し、むきむきとゆんゆんが面白い一発芸に笑ったり、身内ネタで爆笑を取っているアクシズ教徒に作り笑いと合いの手を入れたりと苦心する時間が始まる。

 めぐみんはそこまで時間を置かず、パンや食材を手に戻って来た。

 

「むきむき、火を」

 

「はいさ」

 

 筋肉式指パッチンが火を灯し、めぐみんがその火種を育て、火でパンと肉を炙り始めた。

 

「あ、その肉、ヒュドラの心臓?」

 

「そうです。毒は無いそうですが、あったらあったで解毒してもらいましょう」

 

 この世界では、毒があるが美味いという生き物を食べ、治癒スキルや状態異常耐性でそれを乗り越えるという美食スタイルも、そう珍しいものではない。

 フグの踊り食いも、旨味成分が毒であるキノコの生食も余裕だ。

 めぐみんはクーロンズヒュドラのハツという、捕獲レベルが高そうで誰も食べたことがなさそうな肉を薄く細く切り分けていく。

 食べやすくしたその肉をソースの器の中に通し、デミグラスソースとガーリックソースの中間に近いソースをたっぷりと付け、レタスと一緒にパンに挟む。

 炙られたパンも、熱々なのがひと目見るだけで分かるほどだった。

 

「どうぞ」

 

「いただきます」

 

 むきむきがそれを口に運べば、ジューシーで濃厚な味わいの肉、それ単体でも美味いパン、アクセントを付けるシャキシャキしたレタス、それらを上等に仕立てるソースのハーモニーが、彼の舌を唸らせた。

 

「すっごく美味しい!」

 

「ま、こんなもんですよ」

 

「嫁力勝負とかしたらめぐみんはゆんゆんに生涯無敗で行けそうな気がする」

 

「!?」

 

 突然の流れ弾がゆんゆんを襲う。

 女子力、嫁力、そういう分野でまでこの頭爆裂女に負けてしまうことは、ゆんゆんの中のプライドが決して許せぬことであった。

 

「そ、そんなわけないわよ!

 貧乏癖が抜けなくて、適当な時は物凄く適当なめぐみんに、負けるわけないじゃない!」

 

「はっ」

 

「鼻で笑った!? な、なによ、こんなもので!」

 

 ゆんゆんが自分の分のパンを奪い取るように受け取り、肉と野菜とパンの連携攻撃へと挑む。

 そして、あっという間に完敗した。

 料理漫画特有の"美味い料理には勝てなかったよ……"エフェクトがゆんゆんを包み込む。

 

「……美味しい……パンとお肉の炙り具合が絶妙で……」

 

「これも勝負にしておきますか? ゆんゆんの負けということで」

 

「……わ、私の心が、既に負けを認めてる……! で、でも! すぐに勝てるようになるから!」

 

 しかもこの料理、『魂の記憶』が詰まったヒュドラの心臓の一部を使っていたからか、食べるだけで多少の経験値が得られる代物であった。

 

 ゆんゆんは レベルが あがった!

 

「あ、レベル上がった。今ので!?」

 

「ほう。戦いを控えた前夜にこれとは、流れが来てる感じがしますね」

 

 ゆんゆんのステータスとスキルポイントが上昇する。

 一発芸でやんややんやと盛り上がっていたアクシズ教徒も、そのレベルアップを自分のことのように喜んでくれていた。

 

「おめでとう!」

「おめでとう!」

「おめでとう!」

 

「あはは、ありがとうございます」

 

「流れ来てるよ来てる来てる!」

「さあゆんゆんさん! 皆の注目を集めたこの流れで、一発芸を!」

「紅魔族の最高の一発芸を見せてくれ!」

 

「え?」

 

 落とすために上げるような前振りの流れ。

 

「ゆーんゆん!」

「ゆーんゆんっ!」

「ゆーんゆん! ゆーんゆん!」

 

「え、ちょっと待って、私一発芸なんて……!」

 

「ゆんゆんの! ちょっといいとこ見てみたい!」

 

「煽らないでめぐみん!」

 

「ゆんゆん、できないならできないでいいと思うんだけど……」

 

「……! いいわ、むきむきにそこまで言われちゃ黙って下がれない!

 "どうせできないだろ"みたいな認識は、次期族長の沽券に関わるわ!

 見てなさい! この流れに負けないような一発芸を何かすればいいんでしょ!」

 

(あ、ヤバい僕やらかした。ヤケクソにさせてしまった)

 

 無茶振りをされて期待されると腰が引ける。

 でも「どうせできないんだろ」と思われるとイラッと来て、「できらあ!」と言ってしまうのが若い人間の青さであり、特権である。

 ゆんゆんは半ばヤケクソ状態だった。

 

「はい注目!」

 

 君は知るだろう。

 笑われるのではなく、笑わせることができるのなら、いくら感性が違おうとも、友達なんていくらでも作れるのだということを。

 

「はい右手の親指を左手で掴みました!

 このまま左手を動かして……はい、右手の親指が消えましたー!」

 

 沈黙。

 

「……」

 

 ダダ滑り。

 

「……」

 

 無反応。

 

「……」

 

 "お前それ指を掴んだふりして、こっそり親指たたんだだけだよな?"と指摘しないであげるだけの優しさが、アクシズ教徒にもあった。

 

「解散」

「明日に備えて寝るかー」

「皆さんお疲れ様っしたー」

 

「……え」

 

 皆が就寝の準備に入る。

 自分の芸に誰もが触れず、誰もが反応せず、ごく自然に一発芸大会がお開きになっていくその光景が、その優しさが、ゆんゆんの胸を抉った。

 呆然とする少女の肩を、ゼスタが軽く叩く。

 

「未熟さは罪ではありませんよ」

 

 去り際の優しい言葉が、めぐみんより大きいゆんゆんの胸を更に抉る。

 

「ドンマイです」

 

 珍しく、めぐみんが優しい声色でゆんゆんを慰める。

 トドメの一言が、少女の胸を深く深く抉っていった。

 めぐみんの胸を0とするならば、今のゆんゆんの胸は抉られすぎてマイナスの域に達している。

 

(死にたい……死ねば……死のう……)

 

 ゆんゆんは闇のビッチ(ダークサイド)と対になる光のボッチ(ライトサイド)の存在。愛用魔法も光のライトセーバーで、ムーネ・デカイウォーカーだ。

 彼女は今、一発芸が滑ったせいでダーチ・ネーナー卿に近づき、ダークサイドに落ちようとしていた。

 

 自殺してやろっかなー、と乾いた笑いを浮かべるゆんゆんの手を、そこで少年が手に取った。

 むきむきはゆんゆんの手に触り、興味深そうにくまなく調べる。

 

「え、な、何?」

 

「あ、なくなった指が戻ってる」

 

「「 は? 」」

 

 ゆんゆんとめぐみんの声がハモる。

 

「もしかして手品? どうやったの?」

 

「……」

「……」

 

 一人だけ、先程の一発芸に対し、ゆんゆんの胸を抉る反応をしなかった者が居たヨーダ。

 不意にちらっと騙されやすそうな一面を見せた少年に、ゆんゆんは"死んでられない"と責任感に似た決意を固め、死に至る羞恥心をどこかへと蹴り飛ばすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、朝。

 クーロンズヒュドラは湖を瘴気で汚染し、住処でしっかりと休むことで、体力と魔力を回復させていた。

 その湖周りの陸地の一角で、人間達が陣形を組んでいる。

 

「浄化開始!」

 

 フォーメーションはアタッカー兼ブロッカーむきむき。

 そのアシストのアクシズ教徒達。

 その後方にチャンスセッターのゆんゆん、フィニッシャーのめぐみんが控える。

 

 戦闘に使えるスキルを持たないプリースト達が湖の水を全力で浄化し、浄化が終わるやいなや湖から全力で離れていく。

 浄化した水が水流に乗り、湖底のヒュドラの肌に振れた時、ヒュドラは昨日の不届き者達が再び来ていることに気付いた。

 湖の水が盛り上がる。

 ヒュドラが来る。

 戦いが始まる。

 セシリーという女性がむきむきに各種支援魔法をかけ、準備も万端。

 この場に揃った者達は皆、めぐみんが昨日語っていた内容を思い出していた。

 

 

 

 

 

 昨晩のこと。

 めぐみんは、モンスターが身体的特徴・種族特性・固有能力として持つものが、スキル扱いとなっている点に目をつけた。

 

「種族固有スキルってあるじゃないですか。

 不死王の手とか、死の宣告とか。

 あれは各モンスターの生態で身体的特徴でもありますが……

 同時に、冒険者(にんげん)が覚えることができるスキルの一つでもあります」

 

「そうだね。僕は見たことないけど、理論上は人でも使えるはずだ」

 

「クーロンズヒュドラは魔力を使って体を再生しています。

 そして魔力を使い切っても消滅することはない。ですね、セナさん」

 

「はい、王国軍の過去の交戦記録にそうあります」

 

「つまりあれは、体が魔力で出来ているから再生に魔力を消費しているのではなく。

 確かな実体を、魔力を消費することで再生させているということで間違い無いはずです」

 

「勿体振るわね、めぐみん。つまりどういうこと?」

 

「魔力を消費して実体を修復する。

 それは人間が回復系スキルを使うプロセスと同じ。

 あの能力は『スキル』に区分されるんじゃないかってことですよ」

 

「!」

 

 この世界に存在する能力はそのほとんどが『スキル』に区分される。

 魔法使いが一から術式を組んで魔法を作っても、それもスキルに区分されるのだ。

 リッチーの手、デュラハンの指先など、体の一部に生まれつき備わった機能でさえ、この世界においてはスキルとして定義されている。

 

 スキルの本質は、能力や技能のシステマチックな継承と、システマチックな管理だ。

 ドラゴンは魔力の塊と言われるほどに多くの魔力を持つ生物だが、魔力で体を構築している生命体とは違い、確かな実体を持っている。

 クーロンズヒュドラの再生が"魔力を消費して体を自動で再生するスキル"である可能性は、非常に高かった。

 

「でも、それがスキルだったからといって何か変わるわけじゃ……」

 

「スペルブレイクです」

 

「―――!」

 

 その一言に、ゆんゆんが何かを思い出し、アクシズ教徒は予想外の発想に驚き、むきむきは首を傾げた。

 

「スペルブレイク?」

 

「正確にはブレイクスペルというスキル。

 あるいはセイクリッド・ブレイクスペルというスキルです。

 使い手の技量次第で、全てのスキルと魔法の効果を打ち消すことができます」

 

「!」

 

「これだけアークプリーストが居るなら、使える人も居るでしょう?」

 

 めぐみんの"ヒュドラの再生はスキルであり対処が可能"という言葉に驚きつつも、アクシズ教徒達の中から何人かの手が上がる。

 

「『再生』のスキルが一時だけでも無効化されれば、討伐のハードルはぐっと低くなります」

 

 めぐみんが手に持つ大きな杖が、こつんと硬い地面を叩く。

 無限に再生する、無敗の歴史を持つ、無敵の竜。

 その最たる強みに、ようやく付け入る隙があるという可能性が発見された。

 

「残るは火力。一時だけ再生を封じたその短い時間に、決め切る火力です」

 

 後は、首を全て失っても死なないヒュドラを、爆裂魔法でも首全てを吹き飛ばすことが困難なヒュドラを、殺し切る攻撃手段のみ。

 

「それも私に考えがあります。

 皆さんは明日、足止めとスペルブレイクを頼みます。

 さすれば、我々紅魔族が最高に華麗に決めてみせましょう!」

 

 めぐみんは、それにも何か考えがあるようだ。

 フィニッシャーは紅魔族。

 最後の一撃は、爆裂。

 自分の趣味嗜好を最後に混ぜてくるのが、本当にめぐみんらしかった。

 

 

 

 

 

 むきむきが、めぐみんの指示を何度も頭の中で繰り返す。

 眼前には、八ツ首の巨大な竜が迫ってきていた。

 この敵は、むきむきだとイマイチ相性が悪い。

 されど同時に、彼以上に足止めに向いている者も存在しなかった。

 

「そぅら!」

 

 首の一本が間近に迫り、むきむきが手の平に掴んだ砂を投げつける。

 爆発的な威力を得た砂は極短射程距離の散弾となり、ヒュドラの首を叩いて弾いた。

 砂粒は一つ一つが弾丸であり、ヒュドラの強固な鱗を貫くも、その傷さえあっという間に回復してしまう。

 

(僕一人だったら何ヶ月かけても削りきれない気がするこの回復力!)

 

 クーロンズヒュドラはむきむきを警戒しているようで、今度は首の内三つを投入して噛みつきを仕掛けて来た。

 右から来た首を右腕で、左から来た首を左手で、正面から来た首を右足で受け止めるむきむき。

 だがその代価として、むきむきはその場から一歩も動けなくなってしまった。

 

「危ない、むきむき君!」

 

「あ、ちょっと! 危ないから前出ないで下さい!」

 

 そこで、一人のアクシズ教徒が少年を助けるべく駆け出した。

 昨日の一発芸大会で大いに笑いを取っていた、回復と浄化と宴会芸しかできない青年だ。

 善意からアホな行動と馬鹿馬鹿しい結果を出すのがアクシズ教徒。

 むきむきは切羽詰まった声で止めるが、アクシズ教徒は止まらない。

 

「喰らえ、我が魂……花鳥風月!」

 

「!?」

 

 開いた扇子から、宴会芸スキルによって水が吹き出し、ヒュドラの三つの頭にかかる。

 放たれた清浄な水の流れは、ヒュドラが心底嫌うものであり、ヒュドラは思わず首を引っ込めてしまう。

 沸騰しているヤカンに触れた人が手を引っ込めるのにも似た、敵の生態と反射を利用した見事なアシストであった。

 

「え、宴会芸スキルに助けられるとは……ありがとうございます!」

 

「わたしもアーク宴会芸師の端くれですから!」

 

「すみません、アーク宴会芸師ってなんですか」

 

 そんな職業はない。

 とりあえずむきむきはその教徒を抱えて跳ぶように後退し、手近な太い木を引っこ抜いて、その両端を手刀で切り揃える。

 そうして、元は大木だった円柱状の武器を手に入れた。

 

「むきむきさんが丸太を持ったぞ!」

「凄ェ! なんで片手で振れるんだ!」

「ハァ ハァ 敵はあの巨体だ、丸太を武器にするのは理に適っている」

「うわなんだここは、ヒュドラの血で滑るぞ!」

 

 ヒュドラの八本の首と、一本の丸太が幾度となく衝突する。

 ある一撃は、ヒュドラの首の骨をへし折った。

 次の一撃は、その首が再生する前に、次の首を叩き潰した。

 だが三度目の一撃は噛みつきで止められ、大木の端を噛みちぎるようにこそぎ取られてしまう。

 

「そんな! 丸太がやられた!」

 

 むきむきはこそぎ取られた部分に手刀をぶつけ、形を整える。

 そうして巨大な木杭を作り、ヒュドラの首を地面に縫い付けるように貫いた。

 

「よいしょー!」

 

 ヒュドラの動きを、一時ではあるが封じるための杭。

 めぐみんの要望通り動きを止めたむきむきは、大なり小なり胴体にダメージを与えていく段階に入る。

 ヒュドラの胴体を殴っていくむきむきの動きを見て、ゼスタは面白そうに口角を上げた。

 

「ほう」

 

 ゼスタのゴッドブローは十年単位で使ってきた技。

 スキルの補正で体が効率良く動かされ、その動きで悪魔やモンスターを屠ってきた技だ。

 以前見た時にその動きを焼き付けていたのか、今のむきむきのパンチのモーションには、ゼスタの動きを真似ていると見られる部分がいくつかあった。

 対人が想定されていた幽霊の技が、また別の大人の技を学ぶことにより、この世界に最適化された形に進化し始めている。

 

「牛歩であっても前に進み続けるのが若者の特権ですな」

 

 "自分の若い頃を思い出しますぞ"と笑って、ゼスタは支援魔法を発射する。なお、彼は子供の頃から一貫して変態だった。

 

「『パワード』! 『スピードゲイン』! 『プロテクション』! 『ブレッシング』!」

 

 筋力増加、速度増加、防御力増加に幸運増加。

 支援魔法を盛りに盛られた少年は踏み込み、敵の腹に向けて手刀を振り上げた。

 

「『ライト・オブ・セイバー』! あっやべっまた詠唱忘れた!」

 

 クーロンズヒュドラの腹が切り開かれ、内臓が見えるほどに深く斬撃痕が刻まれる。

 動きは止めた。

 ある程度の肉体的ダメージを蓄積させ、腹も切り開いた。

 二度目の強化魔法も受けた。

 

 作戦の通りに行くならば、ここで次の段階に入ることになる。

 

「ゆんゆん!」

 

 むきむきは声で、ゆんゆんに次手のバトンを投げた。

 

 

 

 

 

 声で渡されたバトンを受け取り、ゆんゆんは杖先をヒュドラに向ける。

 

「『カースド・ペトリファクション』―――ッッッ!!!」

 

 いつもより大きな声で。

 いつもより大きな気合いで。

 いつもより多い、今の自分の全魔力を込めた魔法を発動する。

 昨晩手に入ったスキルポイントまでもを注いで強化した、対象を石化させる魔法であった。

 

 先の戦いで、ゆんゆんの魔法で受けたダメージ、むきむきの攻撃で受けたダメージ、爆裂魔法で受けたダメージから、めぐみんはヒュドラの魔法抵抗力にあたりをつけていた。

 ヒュドラの抵抗力は、おそらく高くはない。

 ドレイン系のスキルやバインド系のスキルに抵抗することもできない代わりに、強靭な肉体と規格外の再生力を持つタイプ。

 魔法への防御手段が、物理防御力しかないタイプ。

 

 それを聞きゆんゆんが提案したのが、石化魔法の使用だった。

 

「これが、私の、今の全力っ……!」

 

 ヒュドラの全身が石化していく。

 石化は破壊ではない。破壊部分に作用する再生スキルも、これでは発動しないだろう。

 ゆんゆんの魔力は、中級魔法でも普通の人間の上級魔法に匹敵するほどの域にある。

 そんな彼女が全魔力を込めた石化は、小島サイズの大怪獣ですら、たった一撃で丸ごと石化させていた。

 

(ヒュドラの全身が脆い石に変わった!

 再生もまだ働いてない。ここで、爆裂魔法以上の威力を叩き込めれば……!)

 

 ここまでは、順調だった。

 

 だがヒュドラは石化しただけで、まだ死んではいなかった。

 長い時間をかけて大地から吸い上げた魔力を全身に巡らせ、ヒュドラは最大限に魔力を活性化。

 全身にかけられた魔法効果を、膨大な魔力の循環で無理矢理に無力化し、一度は石になった自分の体を戻そうとし始めていた。

 

「!」

 

 これはめぐみんが大部分を考案し、ゆんゆんやゼスタなどが補強した作戦において、全く予想されていなかった予想外の行動だった。

 このままでは、作戦が失敗する。

 そう考えたアクシズ教徒の行動は早かった。

 

「『セイクリッド・シェル』!」

 

 主に悪魔などを封印するために使われる、封印の術式。

 術者の信仰心や捧げてきた祈り、発動の触媒などが成功率に影響するこのスキルは、アクシズ教徒達の女神アクアへの愛を糧として発動する。

 クーロンズヒュドラが瘴気等で魔としての側面を増大させていたこともあり、封印術式が力任せに作用して、ヒュドラの魔力循環の邪魔をした。

 忘れてはならない。

 嫌がらせや他人の足を引っ張るという分野であれば、アクシズ教徒に対抗できるものなど、それこそ紅魔族くらいしか居ないのだ。

 

「今よ、むきむき!」

 

「了解!」

 

 石になったクーロンズヒュドラを、アクシズ教最高のアークプリーストによって筋力強化されたむきむきが、持ち上げる。

 そしてそのまま、上空へと放り投げた。

 これでヒュドラは遥か上空。爆裂魔法を撃ち込んでも、仲間を巻き込む可能性はない。

 

「めぐみん!」

「むきむき!」

 

 ヒュドラが空へと舞い上がる最中(さなか)に、めぐみんは杖を通して魔力を高めて、むきむきはヒュドラを追い越すスピードで空に跳び上がる。

 地面に立つめぐみんと、投げ上げられたヒュドラと、跳び上がったむきむきが、その瞬間に一直線に並んでいた。

 

「奉霊の時来たりて此へ集う」

「黒より黒く闇より暗き漆黒に、我が深紅の混淆(こんこう)を望みたもう!」

 

 人類最強の攻撃手段を、杖という名の発射台に(つが)えるめぐみん。

 むきむきは空中で回転しながら急上昇したことで、燃える魔球の原理にて全身発火。

 空気を蹴って空中で止まり、重力と空気を蹴る力で加速しながら、全身を燃やし落ちていく。

 下から上に向けられた少女の杖とは対称的に、少年は上から下へと跳んで行く。

 

「鴆の眷属、幾千が放つ漆黒の炎」

「覚醒の時来たれり、無謬(むびゅう)の境界に落ちし理! 無形(むぎょう)の歪みとなりて現出せよ!」

 

 少女は空に巨大な魔法陣を描くのではなく、大地に極大の魔法陣を刻み、大地から空へと走る爆裂魔法の道を作る。

 トドメに狙う場所は、石化の直前にむきむきが切り開いた腹の傷口。

 彼女の決め技は、爆裂魔法。

 対し、彼の決め技はファイアーボール。

 トドメのファイアーボール、それは……むきむき自身が、ファイアーボールとなることだった。

 

「ファイアーボールッ―――!!」

 

「『エクスプロージョン』ッ―――!!」

 

「司祭ゼスタの名において命じます! 皆さん、全力を!」

「「「 『ブレイクスペル』! 」」」

「「「 『セイクリッド・ブレイクスペル』! 」」」

 

 上から下へ、背中を蹴り込む少年の蹴り。

 下から上へ、腹の傷の奥に押し込むような魔法の爆炎。

 二つの力が作用して、ヒュドラは体内で叩き込まれた魔法が爆裂。

 下と上、外と内からの二重衝撃により、再生を封じられ、脆い石となっていたヒュドラは爆散。

 

 再生などできようはずもないほどに、完璧に粉砕されていった。

 

「やったぁー!」

 

 ゆんゆんが達成感のあまり飛び跳ね、ぶっ倒れためぐみんを褒めに行こうと走る。

 アクシズ教徒達も皆喜び、大きな声を上げていた。

 

「下と上からの同時攻撃。確実に倒すための合体攻撃ってわけだ」

「昔見た二つの事故を思い出したよ。

 自分から壁に激突した馬車と、正面衝突した二つの馬車。

 二つを見比べると、後者の馬車の方が派手に壊れてたんだ」

「あーあったなそんなの。痛ましい事件だったぜ」

 

 そんなことを言っているアクシズ教徒達に、セナは眼鏡をくいっと上げて、恐ろしく冷たい語調で突っ込みを入れた。

 

「その事件の捜査担当者の一人として言わせていただきますが。

 あの事故は両方共お前達アクシズ教団が捨てたバナナの皮が原因だ」

 

「……」

「……」

「……」

 

「黙り込むなぁ! あれで怪我人が出ていたら、そこの全員ブタ箱行きになっていたと思え!」

 

 逃げ出すアクシズ教徒達。

 

「あ、こら待て!」

 

 追うセナだが、追いつけるはずもない。

 

「今日くらいお説教は無しで頼みますよー!」

「討伐成功討伐成功! 今夜は飲むぞー!」

「んひぃ、私は宴会と飲み会のためだけに生きてるんだー!」

 

 今日もアクシズ教徒達は楽しそうに生きている。

 彼らは強い。戦闘力というものを抜きにしても強い。

 こんな残酷な世界で、死んでいったものが生まれ変わりを拒否するほどに酷い世界で、彼らは毎日笑っている。

 それこそが強さ。彼らが持つ、周りに迷惑をかけるくらいの図太い強さ。

 

 こんな世界で好き勝手生きているということが、他人の常識や世界の普通なんて知ったこっちゃないと蹴り飛ばしていることが、毎日笑えていることが、彼らが持つ本質的な強さを、目に見える形で表していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆で揃ってアルカンレティアに帰還して、アクシズ教徒達が街一つを丸ごと巻き込むような規模の宴会の準備を始める。

 

「いや、そんなに貰えませんよゼスタさん!」

 

「このクエストの主役はあなた達でした。

 一人三億、三人合わせて九億エリス。どうぞ、持っていって下さい」

 

 祭りのような宴会準備が行われているその横で、ゼスタとむきむきは報酬の件で話し合う。

 

「ハッキリ言いますが、アクシズ教徒が大金を持っても無駄遣いするだけです」

 

「本当にハッキリ言いましたね!?」

 

「まだ尻を拭く紙の方が紙幣より有意義に使われることでしょう。

 彼らに渡す金は、多少の借金を返せる程度の額で十分です。

 この宴会の開催費用に使って、残りを参加者で山分け……それでも多いくらいでしょうな」

 

 所詮は泡銭(あぶくぜに)。理性的に金を使っていけない教徒も多いアクシズ教団では、文字通り銭が泡のように消えていってしまうと考えるべきだろう。

 

「最前線で戦っている冒険者は皆このくらい稼いでいると聞きます。

 持ち歩けないと思うのであれば、ギルドにでも預けてみては?

 最上位の魔剣や魔杖が欲しくなれば、億単位の金がかかるでしょう。

 今は使い道を思い付かなかったとしても、金はあって困るものでもありますまい」

 

「それはそうでしょうけど……」

 

「ですが無理にとは言いません。

 要らないのであれば、我らアクシズ教団の布教活動資金に……」

 

「喜んで頂きます」

 

 金銭欲ではなく、"アクシズ教徒にこんな膨大な活動資金を与えてはいけない"という思考から、むきむきは金を受け取ることを決めた。

 ゼスタはニコニコと微笑んでいて、どうにも手の平の上で転がされている印象が拭えない。

 

「あの、こんな大金貰っても僕らも使い途が無いですが……

 もしかして、僕らの助けになると思って善意でこれを……?」

 

「それもありますが、私の勘がそうするべきだと言っています。

 ここであなたを助けておけば、それがアクア様の助けになる気がしまして」

 

「は、はぁ」

 

 底が見えない。

 普段はただのセクハラ親父なのに、器の大きさが測れない。

 常に微笑みを崩さず、自分を隠しているわけでもないように見えるその在り方は、透き通っているのに底が見えない海のようだった。

 

「そういえばセシリーさんの姿が見えないですね。

 戦いの前に強化魔法をかけてもらったお礼を言いたかったんですが……」

 

 底が見えない、と思ったむきむきは、同じように底が見えないというか、素の自分を見せているように思えなかった一人の女性を思い出した。

 アクシズ教徒達が宴会の準備をしているのに、セシリーと呼ばれていたかの女性の姿は見えない。

 ゼスタはむきむきの言葉に一瞬疑問を持ったようだが、すぐにむきむきがそう言った理由を理解して、口を開いた。

 

 

 

「彼女はアクシズ教団の人間ではありませんよ?」

 

 

 

 その、異常と違和感を感じさせたかもしれない事実に。

 その言葉を発したゼスタも、聞いていたむきむきも、何の違和感も持っていなかった。

 

「そうなんですか?」

 

「ええ、彼女は我が教団の優秀なシスターと同名の方でしてな。

 他宗派の人間ながら、アクシズ教徒に敬意を持って我々に協力してくれていたのです。

 なんでも、アクシズ教に興味があり、その教えを学びたかったのだとか」

 

「他の宗教にも変な人は居るんですね……」

 

「どうやら学びたいことを学び終えたようで、既に街を出て行かれましたよ。

 ですがあの感じなら、アクシズ教徒に改宗してくださることでしょう!

 いやめでたい! おっぱいも大きかったですしな! はっはっは!」

 

「あはは……」

 

「他宗派の支援魔法は重複します。

 むきむきさんもとんでもない力が出ていたでしょう?

 支援魔法一つでは、流石にあれほどの力は出ません。

 アクア様とはまた別の神を崇め、その力を借りていたのでしょうな」

 

「成程……エリス様とか?」

 

「ご冗談を。我々がエリス教徒を一時でも仲間に迎え入れるはずないでしょう」

 

「あ、確かに」

 

「いくつかあるマイナー神でしょうな。このご時世に、珍しい」

 

 彼らが彼女に疑問を持つには、あまりにも情報が足りていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、変装の解除という名の、変身だった。

 

 全身を隠すフード付きのローブを脱ぐ。

 髪の色と質を誤魔化すための金髪のカツラを脱ぎ捨てて、本当の髪を縛っていた紐をほどいて、纏めて上げていた肩まで伸びる黒い髪を開放する。

 口の中に入れていた入れ物の型を外して、それで頬を押し膨らませふっくらとした口周りを作るのをやめ、ほっそりとした顔つきに戻す。

 肩パッドとシークレットブーツを外し、少々背の高いややガッシリとした外見作りを止め、やや身長が低い華奢な自分を取り戻す。

 

 よく見ると分かる程度に、荒れた農家の娘のような手を偽装するスキンタイプのアームカバーを外し、白魚のような細く綺麗な手を露出する。

 目の色、声の質、纏う雰囲気を変える魔法も解除する。

 嫋やかに動いた指が目の下をこすれば、泣き黒子を隠していた塗料も剥がれる。

 田舎っぽく地味で色気の無い露出少なめな女性は消えて、代わりに妖艶で女性的で露出の多い女性が現れた。

 

 絶対に同一人物であると見抜けない、そんな変装。

 変装技術に長けた者でも、魔法のせいで見抜けない。

 魔法を解除できる者でも、魔法抜きの変装だけで十分なせいで見抜けない。

 魔法、スキル、そして単純かつアナログな変装技術。

 それらを複合的に組み合わせた彼女の変装は、事実上誰にも見抜けないものだった。

 

 おそらくは、人間の文明圏で破壊工作などを行っても、変装解除後の『黒髪の女』としてしか目撃情報が残らないほどに。

 

「クーロンズヒュドラ討伐ご苦労さん。褒めてやるよ、紅魔族とアクシズ教団」

 

 セシリーと名乗っていた女性は、森の中でドッペルゲンガーという、魔王軍に所属するモンスターに跪かれていた。

 

「お疲れ様でした。セレスディナ様」

 

 セレスディナの名前のスペルをいくつか抜いて、アクシズ教団に親近感を抱かれるように組み上げ、セシリーという偽名を名乗っていたこの女性は。

 魔王軍の幹部であり、同時に()()()()()でもあった。

 

「しかし、もう少し本名から遠ざけた偽名を使ってもいいのでは?」

 

「いいんだよ、これはあたしの趣味だ。

 第一『セレスディナが使う偽名』としてなら、『セナ』の方が近いだろ」

 

「……ああ、確かに。あの検察官の参加も予想済みでしたか」

 

「AがBを疑うかどうかをCの立場から見る。

 これ以上に人が疑念を抱く瞬間を見逃さない構図もない。

 あいつらが影で動く存在に感づいたとしても、その瞬間あたしも感づいてたさ」

 

 セレスディナがやったことはシンプルだ。

 アクシズ教団に入り、色んな人物を影で動かし、クーロンズヒュドラを移動させ、アクシズ教徒のカレーの書類に0を二つ書き加え、そのまま教徒を唆して今回のクエストを誘発し、その過程で警戒対象の紅魔族とアクシズ教徒の冒険者カードを確認する。

 工作員として幹部入りした彼女には、造作もないことだった。

 

「ほらよ、アルカンレティアのアクシズ教徒の職業とステータスとスキルの一覧だ」

 

「はい、確かに」

 

「んでこっちは例の紅魔族の方の職業とステータスとスキルの一覧」

 

「こちらも確かに」

 

「性格分析は後日改めて提出する。

 性格分析があれば、この先レベルアップでどんなスキルを取るかも見当は付くだろ」

 

「筋肉と爆裂は、まあ分かるとして。

 残りの一人は次に何のスキルを取ると予想しますか?」

 

「後で書類出すからそれまで待ってろっての」

 

 この世界において、大半の人間はステータス以上のことも、所有スキル以上のことも、職業の枠を飛び出したこともできない。

 この世界は、基本的にシステマチックであるからだ。

 剣技は剣スキルのスキルレベルという形で表され。

 爆裂魔法はスキルレベルで消費魔力と威力が決定され。

 詠唱や補助スキル等で多少は変動するものの、爆裂魔法でさえシステム的な処理が行われる。

 

 そのため、冒険者は自分のカードの中身を共闘する仲間くらいにしか見せたがらない。

 冒険者カードを見られれば、"自分にできること"が全て露呈してしまうからだ。

 

「そうだ、レッドとピンクに『よくやってくれた』と伝言頼むな。

 クーロンズヒュドラの運搬なんて面倒なこと、よくやってくれた」

 

「自分からすれば、それができるという時点で驚きですよ」

 

「あの二人の能力からすれば難しいことでもない。

 だから探してるんだけどな、モンスター使役の神器……

 レッドの能力と対になる、同系統の能力を持てる道具だっつー話だから」

 

「もう少しベルゼルグ貴族に探りを入れてみましょうか?

 あちらの貴族の誰かが持っていることは、まず間違いないと思いますが」

 

「やめろやめろ、今危ない橋を渡るんじゃねえ。

 お前らドッペルゲンガーはもう三人しか居ねえんだ。

 その貴重な能力と命を、危ない橋渡って浪費しようとするな」

 

 ドッペルゲンガーは、人間の姿をそっくりそのまま模倣できるモンスターだ。

 女神でさえ、ひと目見ただけでは人と区別がつけられない。

 記憶や精神までそのままコピーできないのは難点だが、人間社会に潜り込ませるスパイとしては優秀であり、人間からすれば悪夢のような存在である。

 

「先日も一つ、前線の勇者パーティを崩壊させました。

 人間は絆を謳いながら、外見でしか仲間を見分けられない愚かな生き物です。

 バレるはずがありません。自分は上手くやってみせますよ、セレスディナ様」

 

「そうやってエリスに目をつけられて何人潰された?

 十年前は二桁は居たよな、魔王軍のドッペルゲンガー。今何人生き残ってる?」

 

「……」

 

「調子に乗るな。あの女神は、能力以上に頭が回るぞ」

 

 人間の魔王軍幹部だけが持つことができる、唯一無二の強み。

 

 それは、戦力差があろうとも人間を舐めないこと、そして人間を理解できるということだ。

 

「いいか、これは情報戦だ。

 お前らが果たすべき最も重要な指示は、あたしの手足で在り続けること。

 余計なことはするな。仕掛けるべき時は全員で連携しろ。手堅く行けば勝てる戦争なんだ」

 

「……はい。無礼をお許し下さい、セレスディナ様」

 

「分かってくれりゃいいんだ。お前らの能力の高さは、あたしがちゃんと知ってる」

 

 魔王軍幹部、セレスディナ。

 得意分野は策略と謀略。

 人間をよく理解した作戦立案と、情報操作による籠絡と調略。すなわち『戦わずして殺す』ことを得意とする、魔王軍のブレインの一人。

 

「お前らは数が少ないんだ。ドッペルゲンガーの損耗は無視できない。

 自分の身の安全を第一に考えろ。

 人類側の戦力を削ることより、潜伏を続けることに集中しておけ。どうせもう長くない」

 

「長くないとは、やはり?」

 

「ベルゼルグのことだよ。次の大侵攻で王都は落ちる」

 

 ここ数年、魔王軍と人類の戦いは、少しづつ魔王軍有利な形に傾いている。

 

「それまでは小規模に気を引く侵攻だけになる。ゆっくり休んでおけ」

 

 王族も、転生者も、女神も、それら全ての存在と強さを認識した上で。

 

 セレスディナは、魔王軍の勝利を時間の問題でしかないと認識していた。

 

 

 




 闇のビッチ(ダークサイド)(処女)のセレスディナ。セナ=セレスディナ仮説をずっと妄想してたりするのですが、とりあえずこの作品においてはセナ≠セレスディナ設定で話を回していきます


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2-4-1 先輩気取りの新人達と、後輩ポジの天才達

 アニメ二期OPのカズマさんのダンスはカズダンスとか呼ばれるんだろうなと思っていたら誰も呼ばなくて、ジェネレーションギャップを感じます


 ある者が言った。

 

「紅魔族とか全員中二病の種族じゃねえか! ふざけんな!」

 

 結局のところ中二病とは、"自分が特別であると思うこと"である。

 中二病患者とは、他人よりも"自分が自分であることに誇りを持つ者"である。

 むきむきとゆんゆんには、生まれた時からそれがなかった。

 むきむきは自分の特性に起因する魔法の才能の無さのせいで、ゆんゆんは生まれつきの性質で、それぞれ紅魔族らしい『自分は特別なんだ!』という確信を持たずに生まれて来た。

 

 自分が好きでしょうがない。かっこいい詠唱をしてる自分が好きでしょうがない。かっこよく魔法を決める自分が好きでしょうがない。だから紅魔族は、皆毎日を楽しそうに生きている。

 紅魔族は自分が自分であるというだけで、自分が特別であると確信している。

 同様に、他の人間も特別であると確信している。

 

 むきむきにはそれが無かった。

 自分が普通じゃないと思っていた。けれど自分を特別だと思うことができなかった。だから、里基準での普通になりたがっていた。

 皆の普通に、混ざりたかった。

 自分に誇りを持つことができなかった。

 根っこのところで自分を信じきれていなかった。

 似た境遇のゆんゆん、目指すべき心の持ち主であるめぐみんが近くに居たことは、彼にとって最高の幸運だったと言える。

 駄目人間でもかっこつけるぶっころりー、ちゃんと子供扱いしてくれるそけっと、家族でなくとも迎える家をくれたひょいざぶろーとゆいゆい、守るべき小さな子供であるこめっこ。

 

 生まれに恵まれたとは言えなかったが、出会いには恵まれた。

 生まれた場所は不幸だったが、生まれた場所で得た出会いは紛れもなく幸運だった。

 

 紅魔の里の外では、人は大人になるにつれ、自分が特別であるという意識を捨てていく。

 自分が自分であるというだけで自分に誇りを持つことを、辞めていく。

 "自分を信じること"を見下していく。

 

 里の外の大人は皆、自分を信じて自分に裏切られることさえ嫌うようになっていく。

 いつしか皆、自分を信じすぎないようにして、自分に期待しすぎないようにして生きていく。

 だが、紅魔族は違う。

 

 彼らはどこまでも、自分が何かの分野で随一であると叫ぶ。

 自分が何か特別であると叫ぶ。

 自分は自分に誇りを持っていると叫ぶ。

 子供の頃から、老衰で死に至るまでずっと、彼らは『厨二的で最高にかっこいい自分』を好きなままで生きていく。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして、爆裂魔法を操る者……!」

 

 今日も今日とて紅魔族やってるめぐみんを、使い魔のちょむすけは欠伸をしつつ眺めていた。

 

「どうしたのいきなり」

 

「いえ、むきむきにちょっと聞きたいんですが、これかっこいいですよね?」

 

「最高に決まってると思うよ」

 

 なお、贔屓目込。

 

「ですよね? うーん……」

 

「いやだからどうしたの? 紅魔族かっこいい名乗りコンテストはまだ10ヶ月先だよ?」

 

「私がそれの日付けを間違えるわけないじゃないですか。

 アクシズ教の方のセシリーさんの件ですよ、頭が変な方のセシリーさん」

 

「ああ、愛想笑いじゃない方のセシリーさん?」

 

「この名乗りをしたら反応が

 『かっわいい~!』

 だったんですよ。なんですか可愛いって? 名乗りに威厳が足りないんですかね」

 

「威厳が足りないとしたら顔か身長じゃないかな」

 

「い、言ってはならないことを……!」

 

 メンタルにハムスター程度の威厳しかないくせに、外見だけは威厳がある歳下の男の子にそう言われると、なんとなくダメージが倍増する気がするものだ。

 

「そういえばセシリーさん、金の髪に(あお)の眼だったね」

 

「貴族の落し胤か何かでしょう。

 あるいはアクシズ教に入ってアクシズ狂になり勘当された娘とか」

 

 この世界において、金髪碧眼は王族か貴族の証。

 アクシズ教徒セシリーの外見に何やら邪推する二人だが、真相は闇の中だ。

 話している内に"金髪碧眼でもあんな変態が貴族なわけないか"と二人は納得し、とりあえず邪推は脇に置いておく。

 二人がそう思ってしまうくらいには、アクシズ教徒の方のセシリーは残念美人で、典型的なアクシズ教徒であるようだった。

 

「あ、ゆんゆんだ」

 

「まーたアクシズ教徒に絡まれてますね」

 

 アルカンレティアを出ようとする直前にまでアクシズ教徒に絡まれているゆんゆんに、めぐみんは深く溜め息を吐く。

 危ない人を吸引するスキルでも持っているのだろうか、とめぐみんは心中で呟いた。

 

「いいかい、胸が大きい方の紅魔族の嬢ちゃん。

 アクシズ教に入らなきゃ君みたいな子に男心は分からんよ……」

 

「えぇ……分かるのはアクシズ教徒の気持ちだけだと思うんですけど」

 

「男が女を見て思うことは二種類。

 僕に心を開いてくれないかな、と、僕に股を開いてくれないかな、だ」

 

「アクシズ教徒だけなんじゃないですかそれは!?」

 

「偉い人は言いました。開けママ、と。男なんて皆そんなもんです。

 山ほど本を売っているベストセラー作家でも、それは同じ。

 君の仲間のチェストを押し売りする筋肉、チェストセラー君でもそれは同じ」

 

「チェストセラー!?」

 

「敵にチェストチェスト言って殴りかかるのは、欲求不満の証です」

 

「そもそもむきむきはチェストとか言ったこともないんですけど!?」

 

「その気持ちを分かってあげるために、アクシズ教に入るのです。さあ……」

 

 まともな勧誘ができるアクシズ教徒など居るものか。

 

「クズという概念に足が生えて歩いてる、それもまたアクシズ教徒の一側面ですね」

 

「ああ、クズとアシでアクシズってそういう……いや、いいところもあってね?」

 

「言いたいことは分かります。でも私はここに宣言しますよ!

 女神アクアとかそれの信徒に関わるのは、ほんっとうに金輪際ごめんだと!」

 

 喧嘩っ早いめぐみんは、可及的速やかにこの街を出るため、ゆんゆんに絡んでいるアクシズ教徒を口撃すべく走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らはアルカンレティアを出て、温泉と観光の街ドリスへと向かう。

 一般人であれば、護衛付きの商隊等に同行させてもらい、馬車で素早く越える道のりだ。

 なのだが最近、馬を好んで食べるモンスターが街道周辺に住み着き、それの討伐依頼が達成されるまで馬車の行き来が制限されているらしい。

 

 馬車の移動では逆に時間がかかってしまう。

 そして、ドリスまでは冒険者の足なら一日かからない。

 むきむき達が歩いて次の街に向かおうとするのは、当然の成り行きであった。

 

「ゆんゆん、さっさとどうにかしてください!

 普段から爆裂魔法をネタネタ言って上級魔法の便利さを自慢してるでしょう!」

 

「こ、こんな時ばっかり丸投げして!

 自慢なんてしてないわよ! めぐみん自慢の最強魔法だって役立たずじゃない!」

 

「なにおぅ!」

 

 スライム。

 ドラクエの影響で日本のライトゲーマーには雑魚と認識されているが、実際のところ地球単位で見ればかなり強い扱いをされているモンスターだ。

 地球のTRPG等のジャンルでは、物理攻撃も魔法攻撃もイマイチ効きづらく、酸や毒でキャラの命と武器を両方蝕む上しぶとい、戦いたくないモンスターというイメージが強いだろう。

 

 この世界のスライムもそうだ。

 液体に近いため物理攻撃はほとんど効かず、液体と固体の特性を両立する魔力混じりの肉体は高い魔法抵抗値を誇り、人体に張り付くことで人体を消化・捕食する機能を持つ。

 いわゆる、『人を餌と見ている強モンスター』の一角だ。

 それだけでも恐ろしいが、スライムは種別ごとに特定属性の無効化や猛毒など、恐るべき個性を持ち合わせている。

 

 そんなスライムが数匹、むきむきの体に群がっていた。

 

「くっ……こいつ、めぐみん達が捕食されたら数秒で骨もなくなるよ! 気を付けて!」

 

「いや放って置いたらあなたもヤバいですからね!?」

「口塞がれたら防御力いくら高くたって窒息死するのよ!? ど、どうにかしないと!」

 

 どうやら敵感知スキル持ちが居なかったためスライム集団の奇襲をくらい、前衛が一人しか居ないためにむきむきが全部受け止める以外に方法がなかったようだ。

 そして一旦張り付かれると、むきむきを巻き込みかねない上級魔法と爆裂魔法では容易に引き剥がせなくなってしまう。

 

 むきむきもスライムからの攻撃という初めての体験に、上手いこと対応できていないようだ。

 ローションをぶっかけられてもがいているようにしか見えない。

 "適度に弱い魔法攻撃・程よく弱く汎用性のあるスキル"を誰も持っていないというこのPTの弱点が、分かりやすく露呈した形となった。

 

「む、服が溶ける!? 脱いでてよかった紅魔族ローブ!」

 

「それは魔改造グリーンスライムですね。

 昔、とある魔法使いが生涯を捧げて作り上げたと言われるスライムです。

 人の体を傷付けず、服だけを溶かすエロオヤジの妄想の具現のようなモンスター……」

 

「冷静に解説してる場合!?」

 

 このままでは、むきむきが服を溶かされR-18な恥を晒すか、肉を溶かされR-18G的に骨を晒すかの二つに一つ。

 Rはアルファベットの18番目。即ちR-18だ。R-18はアルファベット13番目の裏切りのユダこと"裏切りのM"ほどには変態的でない性癖も含んでいる。

 ショタエロもR-18。このままではむきむきの服が溶かされ、児童ポルノ大解禁となってしまうかもしれない。

 聖騎士(クルセイダー)アグネスの存在を考慮すれば、空前絶後の大ピンチであった。

 

「ぬうっ!」

 

 強固な皮膚を溶かすのには時間がかかると悟ったのかは分からないが、スライム達はむきむきの口と肛門へと這い寄り始める。

 窒息死狙いか、あるいは筋肉に守られていない内蔵から攻めることを選んだのか。

 どちらにせよ、このままではむきむきの死は免れまい。

 "スライムによる二穴攻め死"という酷い死因が、目の前まで近付いてきている。

 

「くっ、もう四の五の言ってられないわ! むきむき、我慢してね!」

 

 ゆんゆんは一か八か、むきむきを生き残らせる確信も無いまま、むきむきを傷付けてしまうという未来予想を抱えて、上級魔法の詠唱を開始する。

 むきむきを傷付けてでも、むきむきを助けるという決断であった。

 

(凍らせれば、むきむきの体温を下げすぎないように凍らせれば、なんとか……!)

 

 今日まで心強かった『ゆんゆんの魔法の威力は非常に高い』という要素が、完璧に裏目に出ていた。

 スライム責めでテンションサゲサゲな今のむきむき相手なら、程度を間違えれば普通に死ぬ。魔法の選択を間違えても普通に死ぬ。

 初めて外科手術をする医者のような気分で、ゆんゆんは魔法を構え。

 

「あーあー、見てらんないぜ」

 

 その声に、魔法の発動を止められた。

 

「え、誰?」

 

 声のした方に目をやれば、そこには四人の冒険者パーティが居た。

 いかにも盾役に向いていそうなクルセイダー。

 金髪赤眼で軽薄・軽装・軽快そうな印象を受ける剣士。

 弓を持って視線を走らせる、ニヒルな印象のアーチャー。

 ポニーテールに現代っ子風の可愛い服装の、魔法使いの女の子。

 

 魔法使いの女の子は、小さな杖を手の中で回して、スライムにエロ同人のような目に合わされている少年に向けた。

 

「冒険者初心者っぽい君達に、あたしが冒険者の心得を教えよう」

 

 よく見ると、その子のこめかみから一筋の汗が垂れている。

 それはこの冒険者達が、スライムにやられている赤の他人な彼らを見て、全力でここまで走って来てくれたということを意味していた。

 

「助ける余裕がある時は、冒険者は助け合うべし!」

 

 女の子はめぐみんやゆんゆんと比べればかなりゆっくりとした詠唱速度で、けれどもしっかりとした発音で詠唱を行う。

 発動されたのは、それなりの才能と多少のレベル上げが噛み合えばレベル十代でも使える実戦でも有用な魔法、中級魔法。

 

「中級魔法!」

 

「さっきの詠唱、上級魔法でしょ?

 使えるの凄いなーって思うけど、仲間に使うものじゃないよね」

 

 まずは風の魔法がむきむきの体表のスライムを押していく。

 手で海を叩いても海はビクともしないが、海に風が吹けば水は偏り、やがて津波となる。

 手で取ろうとしても暖簾に腕押しであったが、暴風に押されたスライムは少年の体の上を押し流され、背中側の一点に集められ、そこで氷の中級魔法にて凍結させられていた。

 

「はい、終わり」

 

 魔法使いの女の子は、凍ったスライムを叩いて砕く。

 魔法が通じにくいスライムを仕留めるために、今の二つの魔法に大量の魔力を使ってしまったのだろう。

 その子の顔には、隠し切れない疲労の色が浮かんでいた。

 

「ちょっと待ってな、動くなよ」

 

 体表の大半のスライムが凍らせられ、砕かれたものの、まだ少しばかり残っていた。

 その残りを金髪の剣士がナイフで器用に切り離し、地面に捨てて踏み潰していく。

 

「ありがとうございます! あの、お名前を……」

 

「俺か? 俺はダスト。礼はいいから、誠意は金で示してくれ」

 

「え?」

 

「後で酒でも奢れってことだよ、筋肉マン」

 

 金髪の剣士は、少年の肩を叩いて品が無い感じに笑う。

 弓を持ったアーチャーの男が苦笑しているのを見るに、この金髪はこれで平常運転のようだ。

 いかにも冒険者、といった感じの気安さと対人の距離感が見られる。

 

 めぐみんとゆんゆんがほっとしていると、冒険者達のリーダー格らしき漢が、ニッと口角を上げて話しかけてきた。

 

「俺はテイラー。このパーティのリーダーをやってる。

 そっちの今名乗った剣士がダスト。

 魔法使いがリーン。お前達を見つけたアーチャーがキースだ」

 

 クルセイダーのテイラー。

 剣士のダスト。

 ウィザードのリーン。

 アーチャーのキース。

 紅魔族の子供達が里から出て初めて"チームとして動いている"のを目にした、冒険者らしい冒険者パーティだった。

 

「スライムへの対応を見るに、初心者だよな?

 俺達も実質駆け出しなんだ。ちょっとそこらで話さないか?」

 

 

 

 

 話す、とは言ったものの、世間話をしようというわけではない。

 むしろ逆だ。

 彼らは無駄話ではなく、有意義な交渉をしようとしていた。

 彼らはこの街道周辺の情報交換と、万が一の時に助けてくれそうな冒険者の存在を求めていたのだ。

 

「クエスト受けて出発してから、この街道周辺に馬を食うモンスターが居るって話聞いてな」

 

 彼らは始まりの街アクセルの冒険者であり、そこから来たらしい。

 アクセルからここまでは丸一日かかる。例の馬を好むモンスターの情報は、どうやら彼らが街を出た後に伝えられたようだ。

 

「この街道にはどんなクエストを受けてきたんですか?」

 

「危険調査系さ。討伐系ではないから危険は薄いと踏んだんだが……

 商隊が行き来を制限されるようなモンスターが居るなら、話は別だろ?」

 

「なるほど。それで戦力の頭数を増やしたいと」

 

「対価はクエスト報酬の半額でどうだ?

 互いに大した儲けにはならないだろうが、頼むよ」

 

「俺は儲けの無い安全なんて要らねえと思うけどな、テイラー」

 

「だからお前はいつも死にそうになるんだろ、ダスト」

 

 頭を下げ、むきむき達に頼み込むテイラー。

 つまり先程の一幕は、やられそうになっている他の冒険者を助けようという善意と、恩を着せて一緒に全員分の安全を確保しようという打算、その両方があったようだ。

 めぐみんは表情や会話の中での言葉の選び方などから、テイラーとその仲間達の心情を読み取る。

 紅魔族の優秀な知力であれば、駆け出し冒険者の考えていることをおおまかに読むことくらいは、造作も無いことだった。

 

 リーンは善意9、打算1ほど。ほぼ善意だ。

 キースは善意3、打算7。善意もあるが、理性的な計算高さが見える。

 テイラーは善意5、打算5。仲間の危険を減らそうとするリーダーとしての責任感と、他の冒険者を助けようとする人の良さが拮抗している。

 一番目につくのがダスト。善意0、打算0で、「そもそも面倒臭いし分け前減るし助けたくなかった」という意図を隠そうともしていない。 

 赤の他人が死にかけていても「面倒臭い」でスルーできる、かなりクズめの精神性であった。

 

 全体で見れば普通の範囲で善良な者が揃っていると言える。

 むきむきの筋肉、そして紅魔族の特徴である髪と眼を見て、彼らが戦力になると判断したテイラーの判断は正しい。

 むきむき達がここでテイラーの頼みを聞く理由もなく、得もそこまでないのだが、チーム紅魔族は2/3がいい子ちゃんで構成されている。

 テイラーの頼みを断るわけもない。

 

 打算だけで助けられたなら、めぐみんは強引にこの話を蹴っていただろう。

 だが、そうではなかったわけで。

 『里の外のウィザード』にちょっと興味があったのもあり、めぐみんは彼らの善意に混じっていた多少の打算を、見逃してあげることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クエスト達成のため、足を踏み入れたとても背の高い木の森の中。

 道すがら、テイラーはそのクエストについての詳細を語る。

 

「始まりは、ここの近くの小さな村からの通報だったそうだ」

 

 彼らは街道沿いの広い森の中を、七人で固まって歩いていた。

 

「なんでも、森の中にある日突然施設が現れたらしい」

 

「突然?」

 

「テレポーターが資材を運んでこっそり組み立ててたか。

 高レベルのクリエイターが造ったか。

 多様な魔法が使えるウィザードの仕業か……

 その辺が分からないから、調査依頼がギルドに回って来たってわけだ」

 

「なるほど」

 

「施設の実在の確認だけで十万エリス。

 施設がなんであるかの調査も完遂すれば三十万エリス。

 この案件を問題なく解決したら六十万エリス、だとさ」

 

 会話しながら先頭を歩くテイラーとむきむきの後に、めぐみんとリーンが続く。

 

「先程から歩きながら草を集めていますが、それは薬草ですか?」

 

「あたし達、薬草の調達クエストも受けてるからね。

 これで装備をちょっと壊しても足は出ない……と、思う」

 

「疑問形なんですか……」

 

「この薬草はハゲを治すって噂だけど、効能が実証されてないから」

 

「え、それは実質ただの草と言うのでは」

 

「溺れてる人には藁だって草だって売れる。それが冒険者の金稼ぎの必勝法よ」

 

「ハゲ狙い撃ちとか嫌ですよそんな必勝法」

 

 冒険者がハゲに効くという草を集める。販売業者がそれを売り出す。ハゲが大金を出して買う。そうして経済が回る。所々闇が深い。

 死んだ人間は蘇れても、死んだ毛根は蘇らない。残酷な世界の法則であった。

 

「おう姉ちゃん、いいカラダしてんなへっへっへ」

 

「ひゃっ」

 

「ダスト、やめとけ。先頭歩いてるむきむき君がおもむろに手の中で小石転がしてるぞ」

 

「怖っ!」

 

 魔法使いへのバックアタックを警戒するキースとダストが、最後尾でゆんゆんにセクハラを仕掛けたりしていた。

 

「キース、ダストがセクハラしないように見張っておけよ」

「あいよ、テイラー」

 

「おいおい、この程度でアウトかよ。ガキじゃあるまいし」

 

「あの、私まだ12歳なんですが……」

 

「嘘だろ!?」

 

「僕ら三人だと相対的には僕が一番歳下ですよ、ダストさん」

 

「嘘だろ!? その筋肉で!?」

 

「紅魔族随一の魔法使いである私が一番お姉さんといった形でしょうか」

 

「それは流石に嘘だろ! 生理一回も来たことなさそうな外見じゃねえか!」

 

「ぬわぁんですってえ!?」

 

「カルシウム足りてねんじゃねえの? キレやすい、骨が伸びない、乳も……」

 

「どうやらかつてなぐみんと呼ばれた私の拳が火を噴く時が来たようですね」

 

 会話の節々からにじみ出る、ダストの圧倒的クズ力とデリカシーの無さ。

 

「はいドーン」

 

「えぐぅえっ!?」

 

「初対面の、それも協力してくれてる子達に何言ってんのよこのクズ」

 

 そんなダストのケツに、リーンのタイキックが叩き込まれる。

 

「ゴメンね。こいつ決める時は決めるけど、普段はクズなの」

 

「いい蹴り持ってますね」

 

「そう? ウィザードだけど、君みたいなマッスルにそう言われると悪い気はしないかな」

 

 お世辞にもお淑やかとは言えないが、リーンのスタンスは典型的な女冒険者のそれであり、"簡単に暴力を振るう女性"というよりは、"仲間の不始末を見逃さない良識人"という印象の方が強い。

 人懐っこさを感じさせる笑みといい、今の腰の入った蹴りといい、可愛らしさとたくましさの両方を感じさせる。

 

「いや、いい蹴りでしたよ。こう踏み込んで、こう……」

 

 むきむきは今のリーンの護身術じみた蹴りに何かしら感じるものがあったようで、彼女の動きを真似して手頃な木をへし折ろうとして、一歩踏み込んで。

 

 そのまま、そこにあった落とし穴に落ちた。

 

「こうっ―――!?」

 

「むきむきっー!?」

 

 少年の巨体が一瞬で消えるほどに広く、深い落とし穴。

 

「落とし穴!?」

 

「あいつ幸運のステータス相当低そうだな」

 

「言ってる場合か! 引き上げろ!」

 

 落とし穴は膝くらいの高さでも低レベルなら足を挫くことが可能で、そこそこの高さなら落下のダメージで殺すことも可能であり、穴の中に色々と仕込むこともできるトラップの王様だ。

 上手く使えば、小学生が休み時間にドッチボールをする時、一人だけ生き残った相手を四方向から囲み、四ヶ所でパス回しして追い詰めてから仕留める王道戦術に匹敵する。

 

「懸垂やって無ければ危なかった……」

 

 なのだが、ひっかけた相手が悪かった。

 むきむきは落とし穴の側面に指を突き刺し、指の力だけで壁にぶら下がり、跳ねるように落とし穴の外に帰還する。

 

「むきむきは懸垂やってますからね」

 

「あれこれ懸垂っていうやつだっけ」

 

「ねえ見てめぐみん、落とし穴の中……」

 

 ゆんゆんに手招きされためぐみん、及びその周囲の者達が落とし穴の底を見る。

 そして一様に、うわっと表情を嫌そうに歪めた。

 

「穴の底には鉄の槍。それにゴキブリ、ムカデ、毛虫、その他色々嫌な虫がいっぱい……」

 

「"えげつない罠"じゃなくて、露骨に"嫌な罠"だコレ」

 

 穴の底には体を傷付ける仕組みと、心を傷付ける仕組みのダブルパンチが仕掛けられていた。

 変な落ち方をすれば、槍に体を傷付けられ、その傷口を虫に食われて感染症を起こし、肉体的にも精神的にも打ちのめされてしまうだろう。

 金属鎧をカブトムシがぶち抜くことも珍しくないこの世界だが、こういう風に虫を罠に利用するのは珍しい。

 

「参ったな」

 

「どうした、キース?」

 

「おっと、それ以上前に出るなよダスト。どうやらこの森、罠だらけのようだ」

 

 アーチャーのキースが目を凝らすと、森の中に怪しいものがちらほら見える。

 森の中に突如現れた施設と、その周囲の罠。

 どうにもきな臭くなってきた。

 

「ふっ……どうやら里の外の冒険者に、我らの力を見せつける時が来たようですね」

 

「何?」

 

 あるえから貰った眼帯を付け、めぐみんが不敵に笑う。

 

「見せてやりなさい、むきむき。あなたの罠感知と罠解除を!」

「了解!」

 

「なんだと!? あの筋肉で盗賊職だっていうのか!」

 

 テイラーの驚きをよそに、むきむきが森の中に力強い一歩を踏み出した。

 

 ボン、と地面が爆発する。

 構わず少年はその辺りをくまなく歩き回り、肩が紐に引っかかって、連動して発射されたボウガンの矢が筋肉に弾かれる。

 地面をまんべんなく踏んで道を作ろうとすれば、地面からガスが噴出してきたので、地面ごと遥か彼方へ蹴っ飛ばした。

 トラバサミを筋肉で弾き、土に隠されていた鉄の棘を手で潰し、ネットで捕らえる罠は力任せに引きちぎる。

 

 そうしてむきむきが造った道を悠々と歩き、めぐみんはさも自分の手柄であるかのように振る舞って、不敵に笑う。

 

「これが『漢探知』です」

 

「技もクソもねえ!」

「スキルですらない!」

「でも漢らしい!」

 

「全ての罠は僕の足で踏み潰していけばいぬわっー!?」

 

「あ、また落とし穴に落ちた」

 

 落とし穴に驚かされることだけは、どうやらどうにもならない様子。

 むきむきが罠を全滅させた道を、残りの六人がゆっくりと進み始めた。

 

「ただ、ちょっと面倒な話になってきましたね」

 

「面倒?」

 

「こんな"知性的な罠"、ただのモンスターが張るわけないでしょう」

 

「ああ、それは私も思ってた」

 

 めぐみんがひょいと拾ったトラバサミの残骸に、ゆんゆんがちょこんと触る。

 

「国に隠れてこんなことをしているのであれば、よほど後ろめたいことをしている人間か」

 

「……魔王軍?」

 

「この段階で断定はできませんが、想定はしておくべきでしょうね」

 

 この場所は、ドリスとアルカンレティアの間にある。

 王都にも近い。魔王軍が策略の拠点として用意する場所に選んでも、何ら不自然ではない。

 魔王軍と聞くと、めぐみんとゆんゆんの中の紅魔族の血が騒ぐ。

 紅魔族は魔王軍を倒すべく作られた命。血も騒ぐというものだ。

 

「むきむきー! 傾向的にパターンも見えてきましたー!

 そろそろ近くに落とし穴があると思いますよー!」

 

「え、本当に!? ……あった! ありがとめぐみん!」

 

「むきむきー! 水筒投げるよ、水分補給して! それっ!」

 

「ゆんゆん大暴投っ!」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 筋肉少年は水分補給なども挟みつつ、目的地の施設目指して一直線に道を作っていく。

 テイラー達はその光景を見て、紅魔族というものを何やら盛大に誤解していた。

 

「紅魔族。全員が上級魔法を扱う、アークウィザードの種族……」

 

「でも実際は噂だけで、男は筋肉、女は魔法使いの種族だったとは……」

 

「男女で優秀な前衛後衛が揃うとか凄え戦闘民族だな」

 

 リーンがめぐみんとゆんゆんに話しかけたり、テイラーとキースが油断なく周囲を警戒する中。

 ダストは森の中に落ちていた好みの表紙のエロ本を発見し、河原に落ちているエロ本を拾って喜んでいた頃のことを思い出していた。

 

(お、エロ本発見)

 

 懐かしさとエロ根性で心動かされ、「へへっ」と鼻の下をこすり、ダストはそのエロ本をこっそり拾いに行く。

 

 そして、罠のチーズに誘き寄せられるネズミのように、罠にひっかかる。

 ダストはエロ本を掴んだ瞬間、その足を罠のロープに絡め取られ、逆さ吊りの形で一気に上方に引っ張り上げられてしまった。

 

「あべーっしっ!?」

 

「ちょっ、何やってんの!?」

 

「見ろ、ダストの手の中の本を! ……なんて狡猾な罠なんだ!」

 

「アホしかかからない罠を仕掛けるやつを、狡猾とは言わないと思う」

 

 むきむきが安全な道を作っていたのに、そこから外れてしまえばこうもなる。

 テイラーとキースは呆れ、むきむきは心配でおろおろし、女性陣はエロ本を強く握りしめるダストを心底軽蔑した目で見ていた。

 

「もう、本っ当に最低……!」

 

「いいかリーン。この表紙のおっぱいを見ろ。

 男は皆おっぱいに弱いんだ。胸が無いお前には分からないだろうがな」

 

「―――」

 

 リーンの瞳に殺意が宿る。

 キースはダストの気持ちが分からないでもないのか、弓に矢を(つが)えて、ダストを逆さ吊りにするロープに照準を合わせた。

 

「待ってろダスト、今ロープを切ってやる」

 

「キース、もっと下を狙って」

 

「もっと下? 足に当たっちまうぞ、リーン」

 

「もうちょっと下、そう、そこでストップ」

 

「ここを狙えと……なるほど、股間か」

 

「一生使用不能にしておいて」

 

「オーケー、承知した」

 

「承知すんなキース! おいバカやめろ!」

 

 テイラーが深く溜め息を吐く。

 何故こんな問題児をパーティに入れているのだろうか。

 短い付き合いでは分からないような因縁や、強さや、いいところがあるのかもしれない。

 むきむき達には、今のところ悪い点しか見えていなかったが。

 

「むきむき、ポケットに入れてる小石いくつかください。今が投げ当てるチャンスですよ」

 

「めぐみんってああいう人種には本当容赦も遠慮もないよね」

 

「むきむき君、あたしにもいくつかちょうだい」

 

「……あ、リーンさんもだった」

 

 ダストはバストで女性をからかう。ゆえに貧乳、殺意を抱く。そんな必然の流れ。

 ダストが最強の巨乳要塞バストロイヤーとして敬意を払うのは、それこそ始まりの街の貧乏店主くらいのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダストはしばらくリーンとめぐみんに石を投げられていたが、逆さ吊りのままぶらんぶらん左右に揺れてそれらを回避。

 やがてその勢いを利用し、槍を突くように剣を突き出してロープを切り、ロープの拘束から脱出。猫のように着地していた。

 おお、とむきむきはちょっと感心する。

 他の皆は気に留めてもいなかったが、今の動きは破れかぶれの突きのように見えて、その実かなり無駄のない力の使い方がされていた。

 

 昔は別の武器を使ってたのかも、とむきむきは推測する。

 

 この世界では、中国拳法のように槍の修練が拳法の修練に繋がり、拳法の修練が槍の修練に繋がるということがあまりない。

 片手剣修練スキルが高くても、大剣を上手く扱えるわけではない。

 大剣修練スキルが高くても、片手剣を上手く扱えるわけではない。

 これまで使ってきた種類の武器を使わないと、スキルの補整がかからない。

 武器を持ち替えただけでガクンと弱くなる、ということがありえるのだ。

 

 ステータスは流石に据え置きだが、それでもステータスによっては、職業変更で熟練者が新人並みに脆い戦士になることもあるだろう。

 見る人が見れば、ダストの動きには時折妙なものが垣間見える。

 ダストという人物は、少しよく分からない人物だった。

 

「皆、止まれ」

 

 テイラーが手で制し、よく通る声で皆の動きを止める。

 普段からリーダーとしての努めを果たしているからか、彼の声は人を率いる者特有の響きがあり、彼の仲間でない紅魔族の者達の動きも止める。

 

「あれは……」

 

「あったわね、施設。と、いうか、これはもう……」

 

「城だな。小さな城だ」

 

 背の高い木々に隠された、小さな城。

 日本の建物で例えるならば、五階建ての小学校くらいはありそうだ。

 こんなものをこっそり建築しているなど、尋常ではない。

 テイラーの心情は、かなり撤退の方に傾いていた。

 

「念の為聞いておく。

 俺は、危険性が高いようならさっさとケツまくって逃げるべきだと考える。

 だが、あれがなんなのかここで調べておくべきだとも考えている。異論はあるか?」

 

 テイラーの提案に、異論を述べる者は居ない。

 まだ城までは距離がある。城が大きいために、そこそこの距離からでも目視できたのだ。

 この距離なら、まだ作戦を練る余地がある。

 

「乗り込むならめぐみんだけは置いていってもいいんじゃない? できること少ないもの」

 

「狭い場所ではあなたも私と大差ないでしょう。

 上級魔法だって、狭い部屋や狭い廊下で使えるものでは……」

 

「いつまでも小技を覚えない私だと思った?

 前から貯めてたポイントで、こっそり新しい魔法を覚えていたのよ!」

 

「へー」

 

「どんな魔法か聞きたい? 教えてください、って頼めば、教えてあげてもいいわよ?」

 

「いや別に。私がゆんゆんに興味を持つとでも思ったんですか?」

 

「!? う、嘘よね? 本当は気になってるけど、強がってるだけよね?」

 

「爆裂魔法以外に覚える価値のある魔法なんてありませんよ」

 

「……っ……ッ……!!」

 

「どうどう」

 

 めぐみんとゆんゆんがいつものようにおっぱじめようとしてむきむきが止めたり。

 

「ゆんゆんはできる子だから大丈夫。

 ゆんゆんが頑張っても報われないなら、それはきっと世間が悪いんだよ」

 

「アクシズ教徒みたいな励まし方しないでっ!

 あなたが他人から学ぶ人だってことは知ってるけど!

 できればそれは、それだけは! 学ばないで欲しかった!」

 

 めぐみんにすげなくされてしょんぼりしたゆんゆんをむきむきが慰めたり。

 

「こういうのはどうでしょうか。まず僕が殴り込む。敵が出てきたら僕が殴る。

 敵が居なければそのまま探索、敵が居たら全滅させてから探索すれば……」

 

「バカ丸出しの作戦は作戦とは言わんぞ、このバカタレ」

 

 ゆんゆんに色々言われてしょんぼりしたむきむきが名誉挽回しようと献策して、テイラーに小突かれたり。

 

「へえ、そっちの魔法学校だと、そういう風に教えてるんだ。

 あたしの方の学校だと、前衛との連携を最優先に考えろって教わったなあ」

 

「紅魔族は上級魔法の習得が基本、ほぼ全員後衛が前提ですからね。

 私達の学校での教育内容が、後衛との連携を前提としているのも当然です」

 

「めぐみんはともかく、私とリーンさんはこう射線を通す感じで……」

 

 魔法使い達が、魔法の使用に関して認識と意識のすり合わせをしたり。

 

「よし、決まりだな。今日はまず、軽い偵察から始めよう」

 

 あーだこーだと話し合って、最後にテイラーが話をまとめた。

 

「キース、ダスト。いつもの偵察を頼む」

 

「おう」

「はいよ」

 

「っと、むきむき達には説明が必要か。

 偵察に向いてる冒険者ってのは大体盗賊だ。

 だがまあ、他の職でも偵察ができないわけでもない。だろう? キース」

 

「ああ。俺はアーチャー。

 アーチャーの十八番と言えば暗視と遠視の千里眼だ。

 背の高い木が作る暗い森の中でも、遠くまで見通せる。

 こいつで慎重に周りを見渡しながら、城の周りを見てこようってことさ」

 

「で、身軽な剣士の俺がキースの護衛ってわけだ」

 

「おお、なるほど」

 

 弓兵と剣士。重い鎧の聖騎士や、身体能力が低い魔法使いよりは足が速いに違いない。

 欲しい職業の人間を仲間に加えられるとは限らない冒険者が、今居る人間でどうにかしようとすると、こういう風にパーティごとのセオリーが出来たりするのだろう。

 

「ああ、待てテイラー。そこの筋肉マン連れてっていいか?」

 

「え?」

 

 なのだが。

 ダストがいきなりそのセオリーを外すことを言い出して、少年は突然のことに目を丸くした。

 

「どうした突然。体がデカいと多少なりと目立つぞ」

 

「わーってるよ。ただなんつーか、嫌な予感がするんだ」

 

「……あー。お前の嫌な予感はちょくちょく当たるからなあ」

 

 ダストの勘は当たる、らしい。

 テイラーの反応を見るに、それは超能力や未来予知めいたものではない。

 それこそよくある、"優秀な武人は勘がいい"といったものと、大差ないものであるようだ。

 

 むきむきはほんの少しだけ、ダストがこのパーティに必要とされている理由を見た気がした。

 

「悪いなむきむき。偵察、頼めるか?」

 

「分かりました。キースさんの指示に従っておけばいいんですよね?」

 

「そうだ。お前は素直でいいな」

 

「自然にスルーされてんな、ダスト」

「うっせ!」

 

 とりあえず偵察のメンバー三人は確定。残りはこの場で待機となる。

 

「うう、ポイント取っておいて姿を隠す魔法(ライト・オブ・リフレクション)覚えておけばよかった……」

 

「ゆんゆん、そんな落ち込まなくても」

 

「いいですかむきむき。

 盛り上がる物語のクライマックスを教えてあげます。

 爆発する城、崩れる部屋、燃え上がる廊下を走っての脱出です。……期待してますよ」

 

「めぐみん、そんな盛り上がらなくても」

 

 まだ何も始まっていないのに落ち込む少女、期待で盛り上がる少女。

 二人に見送られ、むきむきは初めての偵察ミッションを開始した。

 

 

 

 

 

 歩き始めてから数分後。

 

「止まれ。戦闘準備を」

 

 キースの指示で二人は止まり、戦闘態勢に入る。

 弓が向けられた方向をむきむきも凝視してみると、遠くの木々の合間を歩く、二体のゾンビの姿が見えた。

 

「まっすぐこっちに向かって来ますね」

 

「アンデッドは生命力を見ているからな。薄暗い場所は奴らの天下さ」

 

 エリスの偽乳をひと目で見抜くむきむきの視力を、本職の千里眼持ちのキースは軽々と凌駕している。

 その視力たるや、団長の手刀を見逃さない人さえも凌駕する。

 暗闇でラッキースケベを演出することも、夜に遠くから女性の部屋の着替えを覗くことも容易だ。

 スケベ心を持つ人間には、決して習得させてはならないスキルであった。

 

「あれは……ウェスカートロっていうゾンビだな」

 

「ウェスカートロ?」

 

「生者の肉を喰らい、体内で毒の糞に錬成。それを掴んで投げて攻撃してくるゾンビだ」

 

「とんだクソ野郎ですね……戦いたくない系の」

 

「そう言うな。力貸してくれ、後輩」

 

 キースがふざけた感じにそう言って、むきむきは一瞬キョトンとし、すぐさま力強い笑みを見せる。

 

「はい、キース先輩」

 

 ゾンビが一定の距離まで近付いた、その時。

 

「狙撃」

 

 キースの弓矢が放たれた。

 その発射と同時に、申し合わせていたかのように、むきむきとダストが同時に飛び出して行く。

 キースの一射目は、右のゾンビの足の甲を貫通し、その足を地面に縫い止めた。

 

「狙撃」

 

 むきむきの豪腕が唸り、右のゾンビの胴と頭を何かされる前に吹き飛ばす。

 直後、キースの狙撃が左のゾンビの足の甲を狙撃で縫い止めた。狙撃スキルの命中率は、器用度と幸運値に依存する。器用度が高いキースが、普段から愛用しているスキルであった。

 

「もらったぁ!」

 

 左のゾンビにダストが斬りかかる。

 ダストの斬撃はゾンビの首を切り飛ばし……ゾンビはそのまま、毒の糞まみれの手でダストに掴みかかってきた。

 

「!?」

 

 このままではダストがダスカトロになってしまう、と思われた瞬間。

 キースの第三射がゾンビの腕を射抜いて、その一瞬でむきむきが接近。ミドルキックでゾンビの胴体を粉砕し、ダストを助け出していた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ、ああ……悪い、助かった。なんだこいつ? 死ににくさが異常だったな」

 

「レベルが高い個体……ってわけでもなさそうだ。噂の改造モンスターってやつか?」

 

「気を付けて進みましょう。なんとなく、ここにこの個体が居たのも偶然じゃない気がします」

 

 先程よりも数倍気を付けるようにして、男三人は進んでいく。

 誰も口にはしていなかったが、"あと少し探索したら戻るよう提案してみよう"と、三人それぞれが同様に考えていた。

 

(アーチャー。魔法使いじゃない後衛かぁ)

 

 魔法使いじゃない後衛の仲間。

 その仲間との共闘。

 むきむきはちょっとだけ新鮮で、心強い気分になっている。

 

 今まで仲間になったこともないような者達との共闘も、知らない職業の者に背中を預けその強さを知ることも、この世界を旅する醍醐味の一つであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 城のような施設の外を徘徊しているゾンビは放流されたものである。

 いくら倒されようが、施設内部の者がそれに気付くことはない。

 この施設の中で自由に動いている者は、今は二人しか居なかった。

 

「あー侵入者でも来ませんかねー」

 

「真面目にやれ」

 

「ボクは実験材料が欲しいんですよ、ブルー」

 

「知ったことか。儂はお前のマッド趣味に付き合うつもりはないぞ、ピンク」

 

 あまりにも美しすぎる、それこそ神のような美しさを持つ金髪の青年。

 杖とローブを身に着けたその男は、ブルーと呼ばれていた。

 小柄だが全体的にスタイルが良く、中学生か高校生の女子に魅力的な成人女性のパーツをくっつけたかのような蠱惑的な女性。

 眼鏡と白衣を身に着けたその女は、ピンクと言われていた。

 

「女の子の服だけ溶かすスライムを生み出した人の発言とは思えませんね」

 

「……あれは若気の至りだからセーフ」

 

「生涯をかけて開発したとか聞きましたが」

 

「いや、せいぜい三十年だ。噂には尾ひれ背ひれが付くものであろう」

 

(三十年は普通に長い……)

 

 魔改造グリーンスライムの製作者。

 この世界の一部で男の英雄、もしくは女の敵と呼ばれた魔法使いは、今でも生き続けている。

 そして、今はこの施設に腰を据えていた。

 

「ああ、侵入者が来てくれたら、堂々と住居不法侵入罪で実験材料にしてあげるのに……」

 

「実験材料刑などあるわけがなかろう、たわけが」

 

「人間の体は実験するためにあるんですよ。

 ボクも生前、ストレスのあまりアナルにブラギガス入れてましたし」

 

「人間の体を玩具にするな」

 

「違いますよ、人間の体を玩具で遊んだんです」

 

「どこが違う、このド変態が!」

 

「あんなスライム生み出した人に言われたくありませんー」

 

 魔王軍幹部セレスディナ直属の配下、その一人として。

 

 

 




 パーティ組んでてある程度の信頼はあるはずなのに、リーンを待ち伏せして思い知らせてやるぜーとかやってるダストも、それを先読みしてダストに先制で魔法をぶち込むリーンも、ノリが好きなキャラです

 WEB版でサービスショットの提供+結果的にカズマさんPTのメンバー永久ロスト一歩手前まで彼らを追い詰めたりと大活躍だったグリーンスライムさんの、書籍大活躍を期待しております


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2-4-2

 すっかり投稿した気分になってて今気付きました


 ほどなくして、むきむき達は仲間の下に帰還した。

 キースとダストがむきむきの両肩に乗っているのを見て、テイラーとリーンが少しばかりぎょっとしている。

 どうやら偵察後、むきむきのパワーと脚力にあかせて超高速で退却してきたようだ。

 

「ただいま」

 

「おう、おかえり。どうだった?」

 

「ゾンビがそこそこ居たな。ありゃ自然発生したものじゃない臭い」

 

 ダストとキースは付き合いがあるからか、リーダー役のテイラーが求めた情報をきっちり集めてきたようで、テイラーの質問によどみなく答えていく。

 むきむきが空気を読んで離れようとしたところで、軽薄に笑うダストとキースはむきむきの肩に左右から手を置き、少年の頑張りを労った。

 

「サンキュー、正直楽しかった」

 

「ああ、マジで楽しかった。俺達が木に頭ぶつけないように相当気を付けてくれてたしな」

 

「楽しませるつもりはなかったんですけど……ええと、結果オーライということで」

 

 どうやらむきむきコースターが結構楽しかったらしい。

 気のいいあんちゃん風に二人はむきむきの背を叩いて、テイラーへの説明を再開する。

 ちょっと照れたむきむきが後頭部を掻いていると、そのこめかみに大きな杖がコツンと触れる。めぐみんの杖だった。

 そちらを向けば、そこには少しホッとした様子のゆんゆんと、リーンとめぐみんが居た。

 

「城はどんな感じでしたか?」

 

「ええと……ちょっと待って」

 

 むきむきが木の枝で地面に絵を描く。

 彼の視力で見た施設の周囲の図でしかなかったが、妙に完成度が高く、大して期待していなかったリーンは少々ビックリするのであった。

 

「こんな感じ」

 

「地味に絵上手っ」

 

「器用度高いですから、むきむき。

 ……あれ? むきむき、正面入口に×印書いてるのはなんで?」

 

「ゆんゆんは直接見てないから分からないだろうけど、ここから入るのは凄く危険そうだった」

 

「ああ、確かに。泥棒が正面玄関から入れる家は無いもんね」

 

 ゆんゆんが壁を魔法で切って予想外の場所からの侵入を提案したり。

 リーンが窓から入ってこっそり調べるべきだと言ったり。

 むきむきが魔法をぶち込んで様子を見て、敵が出てきたら城の外で片付ける考えを述べたり。

 めぐみんが爆裂魔法で問答無用で吹っ飛ばせばいいと主張したり。

 "魔法使いの視点中心"で色々と話し合われていた。

 

「私の爆裂魔法で問答無用でふっ飛ばせば一発ですよね?

 まさかリーンにまで反対されるとは思いませんでした」

 

「それを真面目な話と言い出すあなたが怖いわよ。

 ある日突然現れた、と言われてたでしょ? 吹っ飛ばしても一晩で再建されるんじゃない」

 

「む」

 

「むきむきのも駄目。森中のゾンビが集まって四方八方から糞が飛んで来ると思う」

 

「!」

 

「ゆんゆんだけよ、普通なの」

 

「普通……二人より普通って言ってもらえた……!

 はじ、はじめて、私が、普通、普通って、えぐっ、私の考えた方が普通って……!」

 

「ガチ泣き!?」

 

 爆裂狂の少女、多少経験のある冒険者には及ばない程度の想定力の少年、普通の作戦を考えたと思ったらガチ泣きする少女。

 三者三様の個性に戸惑いつつ、リーンはゆんゆんを泣き止ませる。

 

「ダスト、街道に行ってくれ。

 で、誰かが通りがかったらこの手紙をギルドに渡すように頼んでくれ。

 アルカンレティアかドリス経由で、施設の実在情報はギルドに伝わるはずだ」

 

「あいよ、テイラー」

 

 そうこうしている内に、テイラーはダストを森の外に走らせていた。

 テイラーとキースも、むきむき達の方に合流する。

 

「リーン、お前……」

 

「違うわよ!? 泣かせたのあたしじゃないから!」

 

 十数分後。

 

「こんなもんか」

 

 とりあえず全員が落ち着いて話せるようになり、今日のところの方針も決定した。

 

「もう日も暮れそうな時間だ。あの施設を調べるとしても、明日の朝にした方がいいかもな」

 

「何故ですか?」

 

 テイラーの指示に、むきむきが首を傾げる。

 

「一つはアンデッドがうろついていること。

 もう一つは、これが亜型のダンジョンアタックだからだ」

 

「ダンジョンアタック……」

 

 ダンジョン探索。

 この世界においても一攫千金の手段の一つとして知られているものの一つだ。

 ダンジョンは自然の洞窟を改造したものや、人手と金をかけて作られた建物が紆余曲折を経てダンジョンとなったものに、莫大な魔力を持った者がその魔法で作ったものと多種多様。

 総じて、『人間社会に友好的でない者』が作ったものであるということが多い。

 そういう意味では、かの施設もダンジョンだろう。

 

 この世界には、ダンジョンは朝一番に挑むのがいいという鉄則がある。

 モンスターの活動時間や、ダンジョン内で取る睡眠や休憩をできる限り少なくするため、等々さまざまな理由があり、テイラーはその常道に沿って話を進めようとしていた。

 危なくなったら逃げよう、という初志をテイラーは貫徹している。

 ダンジョンを下調べする時のように、とことん調査だけに務めるつもりなのだろう。安全を確保しつつダンジョンを調べてその情報を同業者に売るのも、冒険者の小遣い稼ぎの一つ。この場合、情報を売る相手はギルドなわけなのだが。

 

「ギルドで買った地図によると、ここの近くに洞窟があるな。そこで今日は野営しよう」

 

 紅魔族の子供達からすれば初めての、冒険者らしいやり方での、野宿が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンジョン攻略に使われるというモンスター避けの魔道具――ミツルギが持っていたものよりはるかに安物――を洞窟の中で使用し、拠点を確保する。

 その内手紙をギルドへ届く流れに乗せたダストも帰還。

 むきむきは以前アクシズ教徒達と過ごした夜のことを思い出しながら、寝床の設置と晩飯作りの手伝いをしていた。

 

「テイラー、いい加減この結界張る魔道具買い換えようぜ」

 

「金が無いだろ、ダスト」

 

「だけどよお、先輩が捨てたお下がりいつまで使う気だよ? 最近調子悪いぞ」

 

「ここの部分をこの角度で叩けば調子悪くても動くだろ」

 

「その貧乏くせえのが嫌なんだよ! 新しいの買おうぜ新しいの!」

 

「却下」

 

「買えよおおおおおおおっ!!」

 

「あの二人、玩具買って貰いたい子供とそのお父さんみたいなことを……」

「むきむき、しっ」

 

 駆け出し冒険者は金が無い。

 皆馬小屋で寝泊まりし、時々馬糞に触りながら寝返りを打ったりする

 さっさと上に上がれない冒険者は見方によっては社会の底辺なのだ。

 大物賞金首を仕留めれば駆け出しでも大金を手にできるだろうが、そもそも初心者