アイ・ライク・トブ【完結】 (takaMe234)
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2138年、一つのゲームが終焉を迎えようとしていた。

 

 

YGGDRASIL。

 

 

それはDMMO-RPGという体感型ゲーム。

他のゲームに比べて非常に自由度が高く、ゲーム内部を幅広く弄れプレイスタイルの汎用性は無限と言われた。

凝り性のヘビーユーザーを多数輩出したそのゲームは、DMMO-RPGの代名詞と言われるまでになる。

 

 

 

しかしその超有名タイトルも、栄枯盛衰の理から逃れられる術は無く。

 

 

オンラインサービス開始から十二年目のその日。

全盛期と比較して見る影もない程過疎化したYGGDRASILは、残り数刻でその栄光と斜陽に満ちた幕を閉じようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は、無人の円卓の間に立っていた。

 

彼の名は、アイダホ=オイーモ。

実名ではなく、このアインズ・ウール・ゴウンでのハンドルネーム。

 

緑色のローブの上にギルドサインが刻まれた胸甲をつけ、頭部をすっぽりと覆うフード。

フードの奥は暗黒に包まれており、目の代わりに青白い光が二つぼんやりと浮かんでいる。

腰には両側に数本の剣が縦一列に並んでおり、サイズも柄も異なるそれらは強大な魔力を秘めていた。

 

(やっぱり、誰も来なかったのか……モモンガさんは?)

 

彼は辺りを見渡してみるが誰一人としておらず、静寂に満ちていた。

 

(結局誰も来なくても、あの人だけは絶対に居るよな……俺、来るって言っちゃったし)

 

全盛期はこの場には絶えず切れずギルドの仲間達が集まっていた。

 

ほっとけばただログインしているだけの、受動的な自分の手を取り冒険へと連れだしてくれた仲間達が。

 

いい人がいた。困った人がいた。濃ゆい人がいた。難解な人がいた。しょうもない人がいた。

 

でも、全員仲間だ。仲間だった。たった一人を除いて、ほぼ全員が引退してしまっても。

 

その中に自分も居た。仕事が忙しくなる時期が重なり、アカウントこそ残してはいたもののほぼ放置してしまっていた。

 

(モモンガさん、メールで言ってた玉座の間かな?)

 

ウィンドウの右上を見る。サーバーのダウンまでの残りの時間はもうわずかだ。

時間がないので走ることにした。玉座の間に彼が居るならすぐにギルメン専用の指輪による転移で飛んで行きたい。

だが、あの場はセキュリティ上転移は出来ないようになっているのだ。

 

 

小々行儀が悪いが、戦闘中に行う様に高速でホバリングするように飛んで行く。

三次元的な立体機動による軽快な超高速戦闘が彼のキャラクターの持ち味だ。

彼は何時も前衛の先頭を切り開くたっち・みー、武人建御雷の側面を守っていた。

まるで戦車の死角を守る随伴歩兵のように。

 

(そう言えば、最後にバトルに出たの、何年前だろう……)

 

自分がここに戻ってきたのは、サービス終了が告知されて暫くの後。

再会時のモモンガの喜びようはこちらが恐縮する位だった。

聞けば、ここ二年ぐらいはチームクエストを行う人数すら集まらず、ほぼ一人でギルドを維持してたらしい。

暫くの間、ギルドの思い出話を貪る様にしゃべり続けた後、モモンガは彼にこう提案した。

 

 

『サービス最終日に、みんなに集まって貰ってユグドラシルの最後に立ち会おうって企画してるんです……アイダホさん……来て頂けませんか?』

 

 

モモンガの提案に、彼……アイダホは快諾した。

 

『勿論ですよ。モモンガさん、俺にとってもこのギルドは思い出深いですし。あまり来れなくなってましたけど……それでもよければ』

 

リアルが多忙だったとは言え、ずっと待っていてくれた彼に対して申し訳ないと思えたのだ。

だからこそ霊廟にしまってあった(自分の像の所定の位置に安置されていた!)神話級アイテムを取り出し最強装備を施してその日を迎える事にした。

それが孤独にギルドを維持し、理由があるにせよ顧みなかった自分を待っていてくれたモモンガに対する精一杯の感謝だった。

 

(それを、あの糞オヤジが……)

 

だから、今日は早めにログインしてゆっくりとモモンガと思い出話をしようと思っていた。

いたのに、本家から呼び出しが来て父親に長々と説教されてしまったのだ。

 

(自分の家柄の自覚を持てだぁ? 稼業の手伝いだけでも反吐が出るぜ……!!)

 

彼は父親が嫌いだった。父親が自分の権威と胸を張るあの虚栄に満ちた街が大嫌いだった。

もうカウントダウンが始まっている人類の黄昏から目を背け、自分達以外に苦渋を押し付けて安楽な生活を享受してるあの街に住んでいる自分も堪らなく嫌いだった。

 

(やばい、もう残り二分だ!)

 

ネガティブな物思いに耽っている暇はない。

漸く、悪魔と女神の彫刻が彫られた巨大な両開きの扉が見えた。

あれはこの大墳墓を攻め落とさんとした者達とギルドのメンバーたちが最後の決戦を行うべき場所。

ギルド最強最悪のトラブルメーカーにして趣味人のるし★ふぁーが作り上げたその扉は緻密さと芸術性において、九つの世界を見渡してもそれに伍するものは無いだろう。

 

だが、今はそれを楽しんでいる場合ではない。

せめて、最後に一言だけでも言葉を交わしておきたい。

もし、こうして来たのが自分だけだとしたら……彼は今、独りぼっちなのだから。

 

「モモンガさん!」

 

彫刻で作られたドアに手を当て目一杯押す。

まるで急ぐ自分をあざ笑うかのように、ドアはゆっくりと開いていく。

 

(糞、間に合わないか!? あああ、間に合わなかったらメールでフォローしとかないと! あの人、結構繊細だし!!)

 

焦る彼の目に玉座の間が映る。

 

そこには、恐らく一人で世界の終わりを迎えようとするギルドマスターの姿が

 

 

「モモンガさん、おまたせ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………え?」

 

 

ドアを開けた先は、森林の只中だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

アイダホは、呆然と周りを見渡していた。

 

確かに、彼はアインズ・ウール・ゴウンの最深部、玉座の間の両開きのドアを開けた筈だった。

 

前回訪問した時に見に行った時も見たが、守護者統括アルベドが配置された聖堂の如き荘厳な部屋である。

ただ、華々しい部屋の作りも、並び立てられた41の旗の数々も、巨大な水晶を削りだして作られたギルドマスター用の玉座が無い。

 

「……なんで、森の中?」

 

視界に映るのは、その玉座の間ではなく、森の中だった。

 

 

ユグドラシルの九つの世界には、当然ながら森のステージが数多く存在する。

南国風のジャングルから、北国のタイガまで。

それらは全て2138年の地球からは失われている。

アーコロジーの公園や産業用森林地帯などで見られる程度である。

 

アイダホの嗅覚に、情報が雪崩れ込んでくる。

木々の匂い、湿った土の香り、花の香り、倒木の腐った香り。

中にはアーコロジーの自然でも嗅いだ事のない、未体験の臭いすらもあった。

 

「におい……臭いだって!? 馬鹿な?! ありえない」

 

アイダホは驚愕した。

臭いを感じるなど、合法のDMMO-RPGではありえない。

十八禁行為や味覚と並ぶ、電脳世界における違法行為の一つの筈だ。

 

(幾らあの糞運営だからって、見るからにやばい一線は越えなかった……どういう事だ!?)

 

狼狽えるように辺りを見渡しながら、アイダホはGMコールを出そうとした。

いくらなんでもこれらは拙い。下手したら利用者すら警察の厄介になりかねない事態だからだ。

 

「えっ? で、出ない……GMコールが……なんだこりゃ!? コンソール画面も、システムログも出ないし……ウィンドウも消えてるじゃねぇか!!」

 

アイダホは混乱の中にあった。

思わず考えてる事すら口に出すぐらいにだ。

確かに今まで、プレイ中に大規模あるいは重大なバグに遭遇した事は何度もある。

その度に糞運営となじり、仲間達やフレンドと愚痴や罵詈雑言を並べ立てたものである。

 

しかし、今回のは尋常ではない。

明らかに違法行為である上に、ゲーム上当然あり得る筈のシステムすら落ちているからだ。

 

(まさか、電脳誘拐? いや、個人なら兎も角、まだかなりの人数のユーザーが居て運営も監視してるDMMO-RPGでなんてリスクが高すぎる)

 

なら、今この現象は一体何なのだろうか?

運営のシステム上のエラーでもなく、犯罪でもないこの現象は一体何なのだろうか。

 

 

「な、なんなんだよ……これは?」

 

 

アイダホは思わず、その場に膝をついて座り込む。

 

 

 

鬱蒼とした木々の間から差し込む太陽は、そんな彼をまばらに照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

森林の奥深くで午睡に勤しんでいたそれは不愉快な気配に目を覚ました。

 

 

大型の動物でもない、時たま奥に入りすぎてくる人間でもない。

 

それでは東に蔓延っているトロールだろうか。否。

 

ならばこすっからい西の蛇の異形だろうか。否。

 

はたまた北の水源たる湖に住まうリザードマンかトードマンだろうか。否。

 

それは慣れ親しんだ寝床からムクリと身体を起こした。

クンクンと鼻を鳴らす。今まで嗅いだことの無い匂いがする。

自分に許可無く縄張りへと入り込み、上書きするように自分の匂いを垂れ流す。

神聖不可侵な己の縄張りでこの様な不埒な真似事するとは。

 

「何者か……」

 

人間で言えば庭先を赤の他人が土足で好き放題に歩きまわっているような不愉快感。

縄張り意識が一際強いそれは、己の怒りを示すかの様に自慢の尻尾をしぱーんと振るう。

 

尻尾が巨木を薙ぎ払ったと思うと切断されメリメリと大きな音を立てて地面へと落ちた。

 

 

「不逞な……」

 

せっかく気分よく寝ていたところを、無粋な侵入者によって邪魔されたそれは静かに怒っている。

無論、その侵入者を見逃す気は毛頭なく、巨体を揺らしながらそれは森の木々を走り抜けていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……ユグドラシルじゃないのか? ヘルヘイム、ではないよな……」

 

ナザリック大墳墓近辺の霧に包まれた毒沼と鬱蒼とした木々ではない青々とした木々がどこまでも連なっている森だ。

『飛行』の指輪で飛び上がって周囲を見渡してみたが、やはりナザリック大墳墓が存在したグレンデラ沼地ではない事は確かだろう。

 

広大な古代樹の森と山脈とその下に広がる逆さひょうたん型の大きな湖が見えた。

ついでに今居る森の側に小さな人工物の集まり……村が見えた。

『遠隔視』の単眼鏡で除くと、まるで歴史の教科書か中世RPGゲームに出てくる村人みたいなのがワラワラと居るではないか。

 

「……ユグドラシルの街とはなんか違うな?」

 

アイダホは、せっかく見つけた村に対して近寄る気にはならなかった。

今いる自分の現実というものがいまいちはっきりしてない事と、自分が異形種である事からだ。

これはユグドラシルをプレイし始めて徘徊している時に散々迂遠な嫌がらせを受けた事、PKを延々とやられた記憶があるから。

 

(あっちが人間で俺はダークエレメンタルだからなぁ……ん? でも、俺って中身は人間だよな。あれ? そもそもこれはゲーム……いやいや)

 

果たしてあれが所謂『NPC』なのか、それともゲームではない『生』の存在であるのか……正直、それを確かめるのが怖いのもある。

 

(でも、単純な街配属のNPCのAIってあんな細かい動作はしないよなぁ……やっぱり、本物なのか?)

 

100人前後の村人たちは、それぞれに行動していた。

決まった動きなど一つもなく、家畜を世話したり畑を耕す男達。

井戸の周りで野菜を洗ったり農具の手入れをしている婦人達。

更にその周りではしゃいでいる子供達。

 

アインズ・ウール・ゴウンのNPC達のAIは、本職のプログラマーが作り込んでいる為かなり精巧でリアリティのある動作を行う。

だが、あれらの動きはそれ以上だ。どうしても、本物の人間たちが自分の意思を持って動いている様に思えた。

 

(むっ……)

 

と、村の子供達の一人が怪訝そうにこちらを見ているので、アイダホはすぐさま降下して森のなかへと戻った。

動転している所為か、注意が足らず『不可視』のロールを使い忘れていた……初心者すらやらないようなヘマである。

 

 

 

(はてさて、どうしたものか……)

 

この様な場所に一人で放り出され、アイダホは頭を抱えたくなった。

ここが一体どこで自分はどうしてこうなって、これからどうしたら良いのかさっぱりわからない。

例え自分が人並に主体性があっても、どうしたら良いのか戸惑うのは同じ事だろう。

 

(たっちさんや、モモンガさんが居たらなぁ……るし★ふぁーは論外だけど)

 

ギルドで人を引っ張ったり、ギルドマスターをしていた友人たちが脳裏をよぎる。

彼らが居たら、きっと同じ不安を抱えててもきっといい案を考えてくれたかもしれない。

ペロロンチーノであれば、いい案はなくてもこんな鬱屈とした不安を抱えずに笑い飛ばせたかもしれない。

 

ああ、なんで自分は一人なんだ。

なんで、こんなゲームのアバターで訳の分からん所に放り出されたのか。解せぬ。

 

なんだか地響きが近づいてくる。解せぬ。

 

なんだか木々が倒れる音と、でかい物体が駆ける音が聞こえる。解せぬ。

 

 

身体が自然と動いてしまう。

戦闘用スキルが脳裏によぎる。

パッシブスキルと装具の付与が敵に反応して戦闘態勢を自動的に構築していく。

 

キャラは凄くても中身はただの市民なのに。

なんで自分はまるで歴戦の古強者の如く敵の位置が解るのだろうか。解せぬ。

 

 

 

 

 

『それがしの縄張りで、何をしているでござるかぁぁぁぁぁぁ!!!!!』

 

 

 

 

なんで自分は超でっかいジャンガリアンハムスターに襲われているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

解せぬ

 

 

 

 

 

 

 

 



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起2

 

『むっ、見慣れぬ異形とは……兎も角、それがしの森を荒らした罪を償うでござるっ!!』

 

 

迫るジャンガリアンハムスターを見て思い出した事がある。

 

 

ギルドのメンバーの一人が、ジャンガリアンハムスターを飼っていたのだ。

一度画像を見せて貰った事があるのだが、確かに可愛かった。

あの世界でペットを飼えるという事はある意味ステータスだったので、女性陣はみんな羨ましがっていた。

 

その後、ジャンガリアンハムスターが死んだ。病死だったという。

 

ギルメンの落ち込みは凄まじく、一週間はログインしなかった。

その後も見栄えがネズミのモンスターなどが出てくる度に冷静さを欠き、果てには泣き出す始末。

 

(思えば、あいつが初期の引退者の中に居たのは仕方が無かったかもしれない……)

 

轟音と共に眼前を爪がかすめていく。

その向こう側にいるジャンガリアンハムスターの顔は確かに愛嬌に満ちている。

 

クリクリとした目つきとふっくりとした顔立ち。

丸っこい体形はまさにハムスターだ。サイズが手乗りどころか人間を複数背に乗せられる具合。

 

(しかし、こいつは俺を殺そうとしている)

 

相手がこちらに害意があるのは明白だ。

つぶらな瞳には怒りが灯り、その攻撃で自分を排除しようとしている。

 

(しかしなぁ………)

 

どうにも、戦意が沸かないのも事実だ。

外観が可愛げなのもあるが、どうにもかつての仲間の様子がチラつくのである。

勿論、たかだかそれだけの理由で攻撃してくるモンスターに手心を加えるのはナンセンスなのだが……。

 

(やめだ、どうにも殺る気になれない。それにこいつ……大した事ねぇし。殺す必要まではないかなぁ)

 

正直、アイダホにとってはハムスターは雑魚レベルの脅威でしかない。

ともあれ、こいつを殺す気にはならなくなった。

 

もし、仮にこのハムスターが彼の言うところの【雑魚な格下】ではなく。

この森に潜んでいるもっとも厄介な存在の、更に上を行くだけの強さであれば。

 

アイダホは、このハムスターを。

一切の躊躇なく、全力で殺しにかかっただろう。

 

逆にハムスターが【ワールドエネミー】級であれば逃走しているとも言える。

基本受動的なアイダホであるが、自分が生き延びるという点に関してはなんら迷いが無かった。

 

 

『ぬぅ、やるでござるな。それがしの連続攻撃を耐え凌ぐとはっ!!』

 

 

巨体と俊敏さを活かした体当たり、両手の猛攻、フェイントで飛んで来る尾っぽ。

彼が所持してるスキルの効力上、わざわざよける必要はないのだが何となく命中されるのが癪なのでよけている。

それらを余裕を持って回避しつつ持ってきている武器を思い出す。

これらを頻繁に使っていた時の敵は基本高位のモンスターか、Lv90以上が当たり前の高位冒険者達。

彼らと戦い、そして生き抜く為に伝説級の装備が腰に縦一列に並んでいた。

 

取り敢えず、普段使っているツインソードを手にした。

これは彼が二刀流である事、一番使用率が高い事にある。

元々のスペックが高い上多段攻撃と連撃で命中すればするほどクリティカルヒットの確率があがる優れものだ。

 

他の宝剣はダメだ。

強力すぎてどれもハムスターをオーバーキルしてしまう。

もっとも、このツインソードにしても普通に攻撃してはどの道ハムスターを殺してしまうだろう。

なおかつ、アイダホの懸念はまだあった。

 

(恐らく、LV100の前衛としては戦えるだろうが……ゲームと同じなのか、そうでないのか?)

 

バトルがゲームと同じ感覚なのか?

今のところ滞り無く回避しているし、パッシブスキル等も発動している。

だが、慣れ親しんだバトルスタイルはあくまでユグドラシルという仮想世界のゲームシステムでの事。

今は、嘘か真かこちらが【リアル】だ。アイダホは、まだ精神と身体がそちらに馴染んではいない。

こんな状態で、果たして戦いに踏み込んでいいのだろうか。彼はまだ中途半端に悩んでいた。

 

『避けてるだけでは、それがしを倒せはせぬぞっ!!』

(こいつらでも一応殺さずに済む可能性が一番高いってだけだ。やまいこさんのガントレットみたく非殺傷じゃない)

 

どうしたものかと、攻撃を回避しながら考える。

木の合間を縫うようにして避け続けるが、ハムスターは時には木を押し倒しなぎ払いながら追いかけてくる。

既に戦闘開始から数分が経過しているが、全く息切れせずに攻撃してるのでかなりタフなのではないだろうか。

ただの巨大生物だとしたら、どの道息が上がるだろうからそれを待つのも悪く無い。

だが、このハムスターの生態なぞ全然わからないし、スタミナがどれ程残っているかも不明だ。

後どれ位こうやってイタチごっこをしてればいいのか分からず、わからぬまま待ち続けるのは不毛にも思えた。

空を飛んで逃げる手もあったが、この程度の相手に逃げ惑うのも正直酌だった。

 

(取り敢えず、威嚇してみるか。それで屈してくれればいいし……それに)

 

手の中で柄をしっかりと握りしめながらアイダホはひとりごちた。

 

(こいつ、喋ってるしな。何かこの辺の事を知ってるかもしれない。まずは情報源確保だ)

 

このハムスターは『縄張り』と言っていた。

おそらくはこの森の所有者か何かなのだろう。

であれば、少なくともこの近隣についての情報は得られるに違いない。

 

(それなら尚更殺すわけには……あ、あの手があったか)

 

丁度いい手を思いつきハムスターに向き直ると、あちらも攻撃の手を休めてこちらに向き直った。

 

『回避するだけで何とかなると思ってるでござるか? せっしゃの切り札、しかと見るでござる!!』

 

身体が一瞬にして膨れ上がったような圧力感。

硬質な体毛に不可思議な文紋が浮かび上がる。

それらに力ある魔が流れ込み効力へと結ばれていく。

 

 

 

『チャームスピーシーズ/<<全種族魅了>>!!』

 

 

 

精神干渉を無効化する種族以外は例外なく魅了の状態へと落とし込む魔法。

今まで数を任せて攻め込んできたよそ者達や、縄張りを奪いに来た別の森の主の手勢を無力化させてきた切り札。

 

『さぁ、どうでござるか!?』

 

自信を持ってハムスターは叫ぶ。

 

無言のまま、アイダホは両手から剣を取り落とした。

森の地面に降り積もった腐葉土の上に、輝く二本の剣が沈み込む。

 

『ふふん、戦意を喪失したでござるな! では……』

 

得意満面になったハムスターは何かをアイダホに命じようとする。

その前に、アイダホは空手になった両手を突き出し……

 

 

『こちらに来るでござ………ぬわーー!!!???』

 

 

異常な長さに伸びてきた両腕の先端、アイダホの両手が丸い顔面をガシッと掴む。

慌てて振りほどこうとするが、掴まれた手から滲み出てきた黒い霧の様なものに触れた瞬間。

 

『こ、これは……なんで、ござるか!? 毒……!!?』

 

一気に魔力を抜き取られ、代わりにとばかりに送り込まれたのは言いようのない恐怖だった。

全身を怖気が這いまわり、狂乱して叫びだしたくなるような不愉快感がハムスターの精神を強烈に蝕んだ。

 

(こっちは種族がダークエレメントだからな。接触すれば魔力を吸い取り、代わりに恐怖を流し込める)

 

エレメントが具現化した上位存在……という設定であるアイダホの種族に依る攻撃である。

接触しただけで相手のMPを吸収し、恐怖(フィアー)を流し込みバットステータスを与えれる。

 

 

『な、何故……せ、せっしゃのチャーム、スピーシーズは……』

「レジストしたよ。こっちは前衛なんだ。搦め手対策の状態異常無効化は基本だぜ」

 

伸ばした腕を縮ませるアイダホ。

途中でしっかりと地面に投げた剣も回収している。

実に余裕のあるしぐさだったが、相手であるハムスターはそれどころではない。

口の端から泡を吹きつつ、ドッタンバッタンとのたうち回っている。

どうやら、狂乱状態にあるようだ。

 

「おい、大丈夫か……できるだけ加減はしたんだけど?」

『は、はわわわわわ……』

 

 

 

目をぐるぐると回転させているハムスターが落ち着くまでに、おおよそ一時間程が必要だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うう、なんで、拙者を殺さぬでござるか……』

 

ぐったりとした状態でハムスターは問いかけてくる。

その間に【収納】していたアイテムのチェックを終えていたアイダホは、面倒くさそうに応える。

 

「お前がもう少しおっかない化物だったら殺してたよ。それに、お前には聞きたい事がある。

 この近隣の事、知っている限り全部話せ。そうしたら、殺さずに離してやる」

 

『知っていることでござるかぁ……それがし、縄張りから出ないのでそれほど……あ、一応森の賢王って名乗ってござるけれども!!』

 

「賢王ねぇ……」

 

物知りでないのに賢王を名乗るとはこれ如何に。

期待外れだったかとは思ったが、それでも森の中のことだけでも聞いておこうと質問していく。

ハムスターは戦意がくじけたのか、従順ともいえる態度でアイダホの質問に答えた。

 

(トブの森……どこだ、ここ? 少なくとも現役時代にそんな地名の森林地帯はユグドラシルで実装されてなかった筈)

 

後期にログインしなくなったアイダホであるが、過疎化によって地形などの追加があまり行われなかったのも知っていた。

しかも、ほかに出てきた地名も全く知りえないものばかり。

 

北側に山脈と大きな湖がある巨大な森林地帯であることは知っている。

先ほど飛行中に見たからだ。それだってユグドラシルのマップで見たことのある形状ではない。

 

(いよいよ、訳が分からなくなった……どうしたもんだろうか)

 

今の自分は、子供のころ電子書体で見たラノベの主人公だろうか?

 

見たこともない場所に降り立ち、謎の力を手に入れ、大活躍!

あれよこれよと立場と地位を手に入れ、美女と美少女もより取り見取り!

やがては一国の王か支配者に……!!

 

「ないわー。そりゃ、ないわー」

 

なれるか、とアイダホはひとりごちる。

ちょっとは羨ましいと思ったが、ああも都合よくいけるとは到底思えない。

自分の前にいるのは薄幸で可憐な美少女ではなく、でっかいジャンガリアンハムスターだ。

 

 

現実は、どこまでも残酷だった。

 

 

チュートリアルも初期目的もない。説明書もない。

糞ゲーのごとき仕様がわが身のいる世界だ。

あの糞運営よりも非ユーザーフレンドリーな製作者が作ったゲームなのかもしれない。

このまま、あそこの小さな村に行けば、自分がどこに行けばいいのか、何をすればいいのかわかるのだろうか?

 

『〇〇の村です。あなたは勇者様なのですね!』

 

とでも言われるだろうか?

もし、なぜかあの村が襲われてて彼が颯爽にしろやる気が無いにしろ関与すれば。

それはそれで何か物語が始まったかもしれない。

だが、現在彼がしたことは見も知らぬ森の中ででっかいハムスターをぼてくりかました事だけだった。

これでは、物語なんて起こりようがないのである。

 

「ないわー。そりゃ、ないわー」

『あ、あのぅ……』

 

この先どうしたらいいのかわからないアイダホに声をかけたのは漸く立ち直ったらしいハムスターだった。

 

「ああ、まだ居たのか。もう聞くことはないし。約束だから逃げてもいいぞ」

『い、いえ。その……あなた様は、どこから来られたのでござるか?』

 

そう問われてアイダホは空を仰いだ。

どこからって言われても、自分でもわからない。

とりあえず、覚えてることだけ言ってみる。

 

「ユグドラシルのヘルヘイム。知っているか?」

『い、いえ、聞いたこともないでござるよ』

「知らないのか。つかねぇー賢王だなぁ」

『うう、申し訳ないでござるぅ……』

 

知らないという森の賢王に、失望を覚えたアイダホは立ち上がった。

 

「さて、行くか」

『どちらに行かれるのでござるか?』

 

そういわれて再びアイダホは天を仰いだ。

 

「それは俺が聞きたいよ」

 

せめて【現在の目標】でもあれば……目標?

アイダホは硬直した。

行けなかった場所が、あった!

 

 

「モモンガさんっ!!」

『ファッ!?』

 

そうだ、なんで忘れてたんだろうか。

訳の分からない現象で仮想世界で生身をもった挙句、現実の如き感覚の様な世界に放り出された。

その所為だろうか、この場所に至る前にしようとしていた事を思い出したのだ。

 

「ナザリック大墳墓だ、モモンガさんも、きっと間違いなく居る!!」

『そ、その様な場所は知らぬでござるが……』

「あー、そうか。知らないならいい。俺は行くぞ。じゃあな」

『あ、あのっ』

 

ハムスターが何やら騒いでいたが、もはやアイダホは気にしなかった。

 

 

彼は飛行《フライ》の指輪の効力を解放し、その体を空中へと飛ばしていった。

その気持ちは、既にあのナザリックへと、そこで待つ自分たちのギルドマスターへのみ向けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その墳墓の主は、虚しさに満ちた心持ちで頭上を覆う旗の群れを数えていた。

 

かつてユグドラシルを席巻したギルドメンバーを示す、41の旗の持ち主は自分以外には居ない。

 

この日、姿を現した仲間たちは短い時間でログアウトし、最後に来たヘロヘロもすでに去っていった。

 

来ると言ってくれたギルドメンバーも、何かあったのか来てはくれなかった。

 

(これが、終わりなのか。俺たちの、アインズ・ウール・ゴウンの)

 

激しい怒りの後にきたものは、どうしようもない寂寥感。悲しみと慟哭。

 

一人で必死に維持し続けて来たのに、自分以外の誰にも看取られることなく終わる世界。

 

 

「なんでだよ……みんなで、作ったナザリック大墳墓だろ」

 

かえりみて貰えない事が悲しかった。

リアルを優先したメンバーからすれば、もうナザリックも自分も、過去の存在に過ぎないのだろうか。

 

「どうして、簡単に、捨てられるっ!!」

 

せめて、最後の日だけでも全員に集まってほしかった。

どうして誰も、共に最後の時を迎えてくれないんだ……。

 

無言で顔を手で覆ったその時、玉座の間のドアが軋んだ音を立てた。

 

 

「!?」

 

顔をあげたモモンガは、確かにドアノブが捻られるのを確認した。

あの扉の向こう側に、誰かが来ている?

 

「ひょっとして……」

 

思わず玉座から立ち上がる。

スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが手から離れ、その場に浮遊する。

何かが鳴り響いたような気がしたが、モモンガはそれには注意を払わず足早にドアへと向かう。

いまや、モモンガの心中は焦りと、そしてなにより期待に逸っていた。

 

「アイダホ、アイダホさんですか? 来てくれたんですかっ!?」

「モモンガ様?」

 

傍らで控えていたアルベドが困惑した面持ちで声を出したがそれどころではない。

唖然とした家令とメイド達がモモンガを見上げ、その背中を見送るが気にしている場合ではない。

 

「アイダホさん、返事をしてください!!」

 

もどかしい程に長い。ドアまでの距離が長い。

それでもドアにたどり着く。ドアノブが戻り僅かに軋む音を立てて開き始めた。

 

笑顔のエモートを表示させるのも忘れ、モモンガは顎をカタカタと動かす。

一度は失望した分、来てくれた喜びは跳ね上がった。

モモンガもドアノブに手を伸ばし、早くドアを開くよう押し開いた。

 

もう、時間がないのだから早く来てほしい。

そして共にナザリック大墳墓の最後を看取ってほしい。

 

そうすれば、孤独だった自分もようやく報われる。

この大墳墓を守り続けた自分の行為は、無駄では無かったと感じることができる。

 

 

「アイダホ………さん……?」

 

 

モモンガの叫びは、怪訝そうに小さくなっていった。

 

 

 

開ききったドアの向こう側には、彼が求めていたギルドメンバーの姿はなく。

 

広い廊下だけが広がっているのをその虚ろな眼窩は見ていた。

 

かたり、と下顎が開いて落ちる。

 

後ろでアルベドが何かを叫んでいた。

 

モモンガはしばらくの間、それに応じる事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 



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樹齢千年は至ってそうな超がつくサイズの巨木。

 

その頂点でアイダホは周囲を見渡す。

 

森、森、森、そして遠くに山脈と湖。

 

 

この世界は、自分にとって全くの未知である。

彼は真実、それを理解した。

 

「ああ、恥ずかしい……ギルメンに見られたら憤死してるぜ」

 

全く、恥ずかしいと数日前の自分を殺してやりたくなる。

たとえ、帰る場所が出来たとして、そこがどこにあるのか。

それすら考えれず、ただ飛び出し、そしてどう探せばいいのか分からない事に考え至り。

 

「あー、恥ずかしい……」

『殿ー、御命令通り巡回を終えてきたでござるよー』

 

木の根っこ辺りから聞こえる陽気な声に、なおさら憂鬱になる。

アイダホは生返事を返し、浮遊《レビテーション》でスルスルと巨木から降りて行った。

 

 

ああ、空はこんなに、信じられない程蒼いのに。

風は甘く大気はすがすがしいのに。

 

どうして自分はこうも憂鬱なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの謎の現象、見知らぬ世界にアイダホが放り出されてから数日が経過した。

 

結局のところ、アイダホは最初に出現した場所である大森林……トブの大森林に滞在したままである。

正確に言えば、南の森を掌握している主である森の賢王……現在はハムスケと命名された存在の巣にいる。

 

森の賢王がハムスケに改名した理由は、

 

「なんだか仰々しい名前だし、呼びにくいからお前今日からハムスケな?」

 

 

という理由である。

ネーミングセンスがいまいちなのは、彼が所属したギルドマスターと同じだと散々からかわれたものだ。

 

『モモンガさんと同じとか誰得』

『もうちょっとセンスを要望』

 

過去の楽しくも忌まわしい思い出にアイダホは、寂しげな舌打ちを一つした後でさっさと忘れる事にした。

 

『ホニョペニョコレベルのセンスwwwうぇうぇwwwワロスwww』

 

 

 

「喧しい腐れゴーレムクラフター!!」

『ぬわっ!?』

 

突然叫んだ自分の主……とハムスケの方で勝手に忠義を誓ってる存在にビクリと背筋を震わせる。

 

(うう、偶に叫ぶのが怖いでござるなぁ……)

 

自分を打ち負かした後で飛び去り、そして数日後に帰ってきたアイダホをハムスケは自分の主と敬い受け入れた。

モンスターらしく弱肉強食の理に沿って、ハムスケは彼を親分としたのだ。

 

アイダホもそれを受け入れている。当然、目論見があっての事だったが。

 

(この世界の常識や知識を知っている手下がいれば心強いし、こいつの領域であれば安全地帯といえる……)

 

彼にとって、外の世界はセーフルームの無いゾンビゲームと同じだった。

拠点無しで世界をさまようのはユグドラシルでも自殺行為だ。

そしてその理はこの異世界においても同じである。

街道上における何度かの遭遇で化け物扱いされた身としては、安寧たる場所が人間によって構成された地域にないのは事実。

属する国も組織も知らないし分からない彼にとって、偶然とはいえ得た西の森は唯一の安全地帯なのだ。

 

(後は……とりあえず、情報収集だな。何とか、ナザリック大墳墓を発見しないと)

 

墳墓の中に居た自分がなぜこの森に飛ばされたのかは不明だ。

だが、アイダホは自分が飛ばされた以上、大墳墓も飛ばされてこちらに来ているのではないかと勝手に期待していた。

今起きている現象が全くの未知であり、あらゆる要素が不明である以上どうしようもない事でもある。

彼はあらゆる知識を蓄えた術者や賢者ではないのだから。

 

「俺は自分が居た拠点に戻りたい。だが、そのためには……足元を固める必要があるし、この森がどうなっているかも知りたい」

『そ、そうでござるか』

 

巣の近くにある周囲と同化した天幕……《ネイチャーズ・シェルター/自然の避難所》には劣るものの所持者以外は不可視となるコテージ。

遠征クエストの先で宿泊回復用にと所持していたものであり、キーワードを唱える事でおもちゃのサイズのそれは大型のコテージへと早変わりする。

 

「ああ、だからまずはこの南の森を完全に安全な状態にしたい。拠点探しの為に離れている間にお前か南の森に異変があってここを失っては本末転倒だ。だから旅に出ても安全なようにしてやる。前に聞いた話では、いくつか勢力が入り組んでるんだったな?」

 

その中、ハムスケの巨体でも入れる居間。

気だるげなしぐさでソファに座っていたアイダホは尋ねる。

 

『その通りでござる。それがしの領域はこの南の森一つでござるよ。他は、それぞれの支配者の傘下にあるでござる』

 

南の主であるハムスケは、アイダホにこのトブの森の現状を説明した。

 

 

東の森にはトロールの集落がある。

そこに住んでいる【グ】というトロールが主だとか。

 

反対側の西の森にはナーガの一族が住んでいる。

姿を消すなど妖術を使うらしく、【グ】より搦め手で来るタイプのようだ。

 

湖と湿地帯に接した北側は、リザードマン達の集落が複数存在しているようだ。

いくつかの小さな集落に別れ、緩やかな連合を構成しているとのこと。

 

他にも南の森のそばには小さな人間の村があったり、中央部にゴブリンの王国やマイコニド(茸の化け物)の集落が鍾乳洞に存在したりするようだ。

どれもやや憶測などに近いのは、南の森の外にはハムスケがあまり出ることがないからだという。

【グ】やナーガが時折出してくる侵攻部隊を返り討ちにする以外は能動的ではなく、森の統一などには興味がないらしい。

 

『それがしが迂闊に動けば三竦みが解けて森の秩序が崩れるでござるよ。それでなくとも、あのトロールはしつこく攻めてくるから厄介でござる』

 

むしろ、馬鹿みたいに攻めてきては均衡を揺るがそうとするトロールに辟易しているようだ。

ナーガにしても自分とトロールが共倒れになる事を期待していて背中を見せる気にはなれないとも。

 

「お前も苦労してるんだな……」

 

アイダホはちょっぴりハムスケに同情した。

馬鹿な支配者が統治する隣国に位置すると、何の生産性もない苦労ばかり背負うのと同じだからだ。

 

「ともあれ、最初はそいつらを排除しようか。三竦みって言っても今の塩梅では何時まで続くのか怪しい代物だしな」

『せ、攻め込むのでござるかっ』

 

驚愕した様子のハムスケに頷き、ソファから腰を上げる。

 

「ああ、トロールとナーガ。データ通りなら強すぎず弱すぎず。実戦の検証にも丁度いいだろう」

 

フードの奥に満ちた暗がりに浮く、二つの光がわずかにほそまる。

ハムスケの背筋にぞくりと怖気が走った。

 

「行くぞ。今日で三竦みは終わり、お前の時代が始まるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【グ】はそいつの言っている事が理解できなかった。

 

 

「お前がいると、うちのハムスケが困るんでな。森から消えるのであればよし、でなければここでくたばれ」

 

 

その妙な暗がりを纏った緑色の人型は、トロールの集落へやってくるなりそういった。

その人型の後ろには自分達の森が広がるのを邪魔する森の賢王が待機している。

 

『馬鹿かお前、そんな馬鹿なお前に名乗るのを許してやる! 名乗れ!』

 

とりあえずそう叫んだ。

長い名前であれば、馬鹿にした上で刻んで食ってやるつもりだった。

東の地を統べる王たる自分に、そんな不遜な言葉を言った時点で生かして返すつもりは【グ】には無かった。

 

「名乗る必要はない」

『必要が、ないだと』

「ああ、無いな。だって……」

 

 

鞘走りが聞こえたと思った瞬間、分厚い肉を切断したような音が周囲に広がる。

 

 

『な、に……』

 

 

視界がずれる、ずれていく。

東の森の王は、自分の首が切断され切り落とされた事に気づいた。

 

「どうせ、もう付き合いが発生しない奴に名乗っても仕方ないだろ?」

 

それは、彼の首が地面に落ちてからだった。

 

「なんだ、この程度か。武具も大したことないが、反応もできないとはLv50以下だな……」

『ふ、フザケルナァァァァ!!!』

 

口から血しぶきを上げつつ、【グ】は自分の首を持ち上げた。

そして驚くべき事に再び自分の首を体に乗せて見せたのである。

 

「驚いた。デュラハンでもあるまいし。首が飛んでもまだ生きてるとは」

『舐めるな貴様、この俺を首を落とした程度で殺せると思うなぁ!!』

 

トロールの再生能力は高い。

それこそダメージの限界まで与えないと死なず、手足を切り落としてもものの数分で元通りになる位だ。

 

そして、【グ】がそんなトロール族の中で王を名乗れる力は膂力だけではない。

同族をして化け物呼ばわりされる異常ともいえる再生能力だ。

 

かつて一族を支配するときに対峙した相手からの攻撃で、頭の半分を粉砕された時でさえ。

崩れた大脳を振り払いながら【グ】は損傷部分をものの数秒で回復してみせたのだ。

そうしてトロールですら数回は余裕で死ねる負傷を受けても戦い続け、相手を文字通り叩き潰して族長の座を得たのだ。

 

だから、首を切断されても【グ】にとっては大した傷ではない。

首を持ち上げ接着すればすぐさま治る程度のものでしかない。

勿論痛いし火炎や酸があれば回復を阻害されるだろう。

だが、幸いにして単に鋭い刃物で切断しただけのようである。

接着した時点で傷は塞がり、何事も無かったかのようになるだろう。

 

『貴様は許さん、すぐに直して、俺の剣で砕いて殺して食ってやる!!』

 

【グ】は首から手を放して地に落ちていたグレードソードを取ろうとし……

 

 

ズル……ドシン

 

 

『あ……れ?』

 

再びずりおちた、首のまま。

【グ】は唖然と呟いた。

トロールの王の首は、相変わらずつながらずそのままだった。

一向に回復しないその有様に、後ろに居たトロール達も驚愕で狼狽えているのが声だけでわかる。

 

「既に治っててもおかしくはない。そう思ったのか?」

 

陰気な声音で、人型は手にした剣を掲げてみせた。

刀身が鎌のように大きく湾曲した形状の剣を。

 

「『ハルパーソード《再生封じの魔剣》』。こいつはな、お前よりも遥かに凶悪なヒュドラの再生能力すら遅延させられる業物だ。

 斬られればもはや回復させる事は適わない……しかし、効力を検証出来たのはいいけど、これでは些か効率が悪い。わざわざ刻んで回るのはなぁ……」

 

まだ何十体も、トロールやらオーガも居るしな。

そう呟きながら、背後に広がる彼の集落を見やる人型を見て、初めて【グ】の中で言いようのない戦慄が迸った。

人型はどこともなくその剣をしまったかと思うと、次に灰色のブロードソードを取り出す。

 

「安心しろ、お前らは死なない。死ねはしない」

 

無造作な突きが見上げる自分の体に突き立てられたと思った瞬間、一瞬で灰色の石像になってしまった。

 

 

【な……】

 

 

そして、絶句している間に、【グ】の意識も灰色に閉ざされてしまった。

 

 

 

彼は、生きたまま、石像へと変えられてしまったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エ・ランテルの冒険者で、トブの大森林にまつわる怪談話がある。

 

 

とある冒険者の一行が、深部まで薬草を摘んで回ったそうだ。

希少な薬草の群生が見つかり、彼らはついつい普段なら踏み込まない奥地まで足を踏み入れた。

結局欲を張りすぎた結果、森の中で夜を明かす羽目になる。

 

野営地から少し離れて用を足した冒険者の一人が、妙なものを見つけた。

森のただなかに、うっすらと白いものがあちこちに転がっているのを。

妙だと思った冒険者は野伏を連れてその場所を探ってみる事にした。

 

 

その白い物体の正体は、荒れ果てた集落の中に散乱するトロールやオーガの石像群だった。

どれもが何か恐ろしいものに追われたのか、絶叫や恐怖に満ちた面持ち、断末魔の形相で石化していた。

 

 

あまりの恐ろしい光景に、一行は野営を取りやめ夜通し歩いてエ・ランテルに逃げ帰った。

あの情景は一体何だったのか。どうしてあのモンスターの集落は壊滅していたのか。

 

結局、ギガントバジリスクが集落に乱入して全てを石化したのではという推論に落ち着いた。

 

だが、あの石化の魔眼を持つ魔獣が、トブの大森林で目撃された事例は無かった。

誰もが納得はしないものの、そうであると無理に結論付けることで片づけたのだ。

 

なぜならば、誰もがそれを確認しに行くのを嫌がったからである。

藪をつついて蛇を出すのと同じ、ギガントバジリスクか、はたまたそれ以上の化け物が出てくるかもしれないのだから。

 

 

 

結局、この【大森林の奥の石像の集落】はエ・ランテルの冒険者により、トブの大森林に向かう冒険者達を脅かす定番な怪談として長々と君臨することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、抜け殻?」

『そうでござる。それがし、降伏勧告に行ったのでござるが、住処は荷物すら残ってなかったでござるよ』

 

西の森の主逃亡。

その呆気ない結果にアイダホは呆れたようにため息をついた。

 

(ああ、そういえば覗き見してた奴がいたけど……あれが奴かな?)

 

 

……実際のところ、西の森のナーガであるリュラリュース・スペニア・アイ・インダルンは、遠くからアイダホと【グ】の戦いを見ていた。

その後の、一方的な集落の殲滅戦すらも。この時点で彼はアイダホとハムスケに対する抵抗を完全に諦めてしまっていた。

 

そして集落に対する容赦の無さを見て、恭順も無理だと悟り森から別の新天地を求めて逃げ出していた。

アイダホとすれば抵抗の意思をくじければと思い覗き見を見つけても放置していたが、思ったよりも効果が出すぎたようである。

 

「あのトロールとはどう見ても交渉の余地は無かったし、ナーガの方を屈服させる為にやりすぎ位がちょうどいいとは思ってたけど……ん、やり過ぎたか?」

 

フードの中にある顎(?)を擦るようなしぐさをアイダホはした。セリフはまるで某自称天才の如き反省の無さである。

ハムスケからすれば真っ暗な平面を手袋で擦っているような見栄えなので、あれで本当に顎を撫でているのかは不明だった。

 

「まぁ、これで取り合えず三竦みは解決した。よかったなハムスケ、これで大まかお前の天下だぞこのトブの森は」

『そ、それについてでござるが殿……それがし単体では全ての森を維持するのは難しいでござるよ』

「ああ、そういえばお前って眷属も居ないし手下もないんだっけか」

『そ、そうでござるよ……うう』

 

そう、ハムスケには同族が存在しない。

正確に言えばこの森に同種が存在しないのであって、大陸の隅々まで探せば同じ存在がいるかもしれないが。

そのためか、つがいがおらず子孫を残す生物の務めを全うできないと度々愚痴っていたがアイダホからすればどうでもいい。

 

(順調であればナーガに面倒くさい事は押し付けるつもりだったんだが……しかたない。他の連中にやらせるか)

 

正直、行き当たりばったりとしか言いようのないやり方であるが、所詮アイダホは前衛のガチビルドであり中身も金持ちのボンボンである。

これで彼らのギルドマスターか軍師役だったぷにっと萌えがいれば、もう少し知略に跳んだスマートかつ計画的なやり口もあっただろう。

だが、今はアイダホ一人であり、彼だけではやり方も多くは力任せになりがちだった。これが彼の限界なのである。

 

「ハムスケ、リザードマンと、ゴブリンの連中に接触するぞ。上手く森を仕切れそうな方を配下にして手薄な森を管理させよう」

 

こうしてアイダホによる成り行き任せの【トブの大森林セーフハウス計画】は、森に棲む面々を振り回しつつ進行していくのであった。

 

 

 




今回の被害者

街道を移動中の人々:お騒がせをしました
グ:一族揃って石像化。箱根彫刻の森ならぬトブ彫刻の森
ナーガ:トロールたちの末路を見てびびり逃走。残れば今の倍の面積を任せて貰えたのだが……



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承2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トロールの集落を滅ぼしてから暫くの後。

【トブの大森林セーフハウス計画】は概ね成功を収めていた。

 

リザードマン達は力を示すとあっさり恭順した。

といっても単純にハムスケを連れて行って偉そうに威圧しただけなのだが。

 

 

概要としては、

 

 

【北側はお前らに任せるから秩序が崩壊しない程度に頑張ってくれ。貢物? 来た時に湖の魚を献上してくれればいいよ】

 

 

以上である。

おおざっぱすぎるにも程があるが、早く世界の情報収集をしたいアイダホにとってはこの程度で十分だった。

 

ゴブリン達はそれ程役に立ちそうにもないので、一方的に東側を任せると通達だけして放置することにした。

彼らは一定の条件が整うと異常繁殖するらしい。が、何故かそうなる前に何者かによってある程度減らされるそうだ。

ならば、叛意を示しても大した事はないだろう。アイダホは気楽にそう考えてしまっていた。

 

そんな杜撰極まりないセーフハウス計画であったが、何とか上手く行っていたようである。

唯一の懸念で言えばゴブリンの繁殖だったが、それについてもアイダホの知らぬ処で間引きが行われてたので問題は無かったのだ。

 

 

「ほー、俺の像を作るってか?」

『その様でござる。殿の偉業を称えようという殊勝な心掛けでござるな!』

 

水辺に近い巨木を切り倒し、それを一本丸々使い人型の何かを数人のリザードマンが木彫りしている。

族長がいうには、服従させて少し経った頃にあったトードマンとの戦いを横合いからの【全てを焼き尽くす爆炎】の一撃で終わらせた神の像を作るそうだ。

何時もなら撃退するのに苦労をかけさせられる湖の向こう側の敵対生物の群れをたった一撃で即死させた。

 

『あなた様は、偉大なる戦士であらせられると共に、偉大なる術師であるのですね』

 

族長と戦士長達は、地に這う様に頭を下げながら圧倒的な勝利をもたらしたアイダホに傅いた。

一斉に頭を下げるリザードマン達になんだかもっともらしく手を掲げてみせて、アイダホは内心でぼやいてた。

 

(《グレーター・ファイアーボール/超火球》をトードマンの群れの真ん中で爆裂させただけなんだけどな)

 

彼がやった事は偶然視察時に仕掛けてきたトードマンの群れを、横合いから忍び寄って第6位階の攻撃呪文をぶちかましただけである。

魔法剣士の秘術呪文注入により剣に封じられた魔法を敵に対して解放した、ただそれだけの事だ。

 

ただ、この世界では自分達にとって大した事がないのを、やたらと有難られるのでアイダホは些か困惑していた。

超火球の飛び火を食らって瀕死になったリザードマンの戦士に一番安物のポーションをかけたらこれぞ奇跡、と言わんばかりに有難がられた。

 

(ハムスケが大魔獣の扱いされてたり、第6位が超位魔法みたく扱われてる。ユグドラシルより脅威度が低いのかね?)

 

アイダホは、自分がこの世界に対して過剰に恐れているのかもしれないと考えた。

ならば、おおまかトブの森が安定した今、外の世界を調べて行ってもいいのかもしれないとも。

 

 

 

「えー、よいっしょっと」

 

外の世界の事を考えながら、湖畔に流れ着いた流木に腰掛ける。

親父臭いセリフだと思いながら、肩をほぐすように動かす。

中身が人形に構成されたエレメント故に、その体はいくらでも柔軟に変えられる。

のだが、本人曰く『どうにも扱いづらい』との事で基本的には人間形態のままで行動している。

やろうと思えば八本腕や蜘蛛の様に足を沢山生やしたりも可能だがアイダホの感性が追い付かないらしい。

 

(まぁ、やり過ぎると何というか……より、人間っぽい考えから離れそうなんだよなぁ)

 

偶に人間の様子を見に村に行った時の異物感。

彼らに対しての同族意識が全く沸かない事に気づいた。

別に憎悪や蔑視は抱かない……が、反面無関心とも言える気持ち。

必要であれば虐殺も救済もためらいもなく行える。

それは自分を神とあがめるリザードマンや、主君と見てくるハムスケも同じ。

 

そんな感情を当たり前の様に感じてる自分に唖然としたものだ。

 

(あー、止めだ止め。考え込むと余分に鬱になる)

 

アンデッドだったら感情抑制が働いていたであろう。

マイナスの情動から逃れる為にアイダホは湖の風景を眺める。

 

今日も晴天で湖も穏やかな湖面を渡り鳥らしき鳥が飛び降りては魚を狙っている。

湖畔に湖水がぶつかる音と、木々とそよぐ風、遠くでリザードマンの子供達のはしゃぐ声が聞こえる。

遠くの頂に雪を帯びた山脈が連なる雄大さは、かつてのリアルでは完全に失われた自然であった。

 

(ブルー・プラネットさんが居たら狂喜乱舞しただろうな。ぶっ倒れるまでフィールドワークしそうだ)

 

彼の住んでいたアーコロジーでさえ、疑似的な自然を作り出すのが精一杯。

その仮初な自然を維持する為に、彼らはアーコロジー以外の全てを犠牲にし搾取していた。

 

(プラネットさんがアーコロジーの『自然』に興味を向けなかったのはしかたない)

 

彼が求めていたのはあんな『紛い物』ではなく。

かつての地球を覆っていたこんな『ナチュラルな自然』だったのだろう。

人工衛星などで確認すれば、そんな大地など完全循環都市内部に取り込まれる形で保護されたもの位しか残っていないが。

 

(そうだ、あの世界に。アーコロジーの中にだって希望なんてありはしない……遅いか、早いかだけだ)

 

かつての世界には未練はない。

ゆっくりと絶滅が侵食していく世界などに。

特権階級ですら絶望を先延ばしにしてるだけの先行きの無い世界などに。

箱庭の生存圏で地位と生き残りにしがみついてるだけの、家族に対しても感慨はない。

 

 

彼が、気になるのはただ一つだった。

 

 

(アインズ・ウール・ゴウンのみんなも、こっちへ来ているのだろうか?)

 

 

アーコロジーの中で上っ面だけの社交にうんざりしていた自分が唯一本音で語り合えた場所。

ただ居るだけで、みんなの賑やかな語らいを見ているだけでうれしく思えた場所。

 

(来ているのかな?)

 

可能性は低いと思う。

金に余裕がある自分は惰性でアカウントは残していたが、ほかのメンバーの大半はすでにアカウントすら消している。

最終日が告知されて久方振りにログインした時のモモンガの話によれば、彼以外のアカウントはアイダホを含め四人だけだという。

もし、この世界に飛ばされる条件の一つにアカウントの有無があるとすれば、来れたとしても最大五人のみとなる。

 

(その中で一番居そうなのは、モモンガさんか)

 

彼なら、絶対にあの最終日にも来ていた筈だ。

彼はギルドマスターとして自分の役割に誰よりも忠実だった。

それこそ、誰も来ないギルドを二年間も継続して維持し続けたほどに。

 

(あの晩に、遅れさえしなければ……!!)

 

今更ながら、遅れてきた自分が恨めしく思う。

親のことなど放っておいてでも、ユグドラシルに急ぐべきだったかもしれない。

こんな事態になるとわかっていればそうしていた。

最も、こんな事態を予測できたとしたら預言者か狂人位だろうが。

そのどちらでもない、単なる富裕層にしか過ぎないアイダホにはどうしようもなかったのだろう。

 

(今更後悔しても始まらない。兎も角、モモンガさんか大墳墓を見つけないと)

 

だからこその、外征でもある。

少なくとも、トブの大森林の近隣にはそれらしいものは見つけられなかった。

これ以上の捜索を続けるとなれば、それは拠点から離れた外征(クエスト)になる。

近隣の村の村長と思しき家から写し取った地図があるが、文字が読めないので参照程度しかならない。

 

トブの大森林では無かった脅威が待ち受けているのかもしれない。

異形種である自分では、近隣の人間社会における調査は困難を極めるだろう。

ここらでは最高でもLv30前後が最高だった敵も、それに倍する存在が居るかもしれない。

だが、このトブの大森林に籠り続ける選択肢はアイダホには無かった。

何としてでも、ギルドメンバーかナザリックを発見しなければならない。

 

そのためには、絶対に負けられない。

 

(そうだ、アインズ・ウール・ゴウンに敗北はない。

 アタックチームが揃えばユグドラシル最強にして無敵……そうですよね、たっちさん)

 

 

だが、ここにいるのは自分だけだ。

自分が付き従った赤いマントの背中も、無双の武人もいない。

周囲を共に固めた桃色粘液やワールド・ディザスターも居ない。

ここにいるのは、軽魔法戦士がただ、一人だけ。

 

(……心細いなぁ)

 

そう、一人だけだ。

たったそれだけで、もう自分は能動的に動けない。

荒れ狂う呪文の雨の中を、矢襖や槍襖を突き破り敵中を笑いながら突撃出来たのに。

仲間が誰も居ないというだけで、こうにも動けなくなってしまっている。

だが、それでも動かなければならない。それがアイダホには辛かった。

 

(寂しい……なぁ)

 

遠く、リザードマン達とハムスケの寝息を聞きながら。

アイダホは何時の間にか訪れていた夜空を見上げ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

竜王国。

 

人類の生存圏において、東南に位置する辺境の一国。

絶えずビーストマンという獣人の襲撃を受ける災厄を背負う国。

かつての六大神の時代、人が異形に虐げられていたころの時代をいまだ続けている場所。

 

そんな斜陽の王国のとある都市では、ビーストマン達の宴が行われていた。

小賢しい人間達が立て籠もる城壁を打ち崩し、駆け上り、城兵を殺して街に躍り込む。

防衛戦闘でやっと五分という、人間とビーストマンの差がなくなればどうなるか?

それは言うまでもなく、一方的な殺戮と凌辱の幕開けだった。

 

 

 

(いたい、いたいよぉ……)

 

暗がりと哄笑の中。

少女は激痛の中、終わらない悪夢を見ていた。

 

自分の住んでいた町が破壊された。

あの獣達が町の中に雪崩れ込んできて殺戮が行われた。

お向かいさんのおじさんが刻まれるのを、よく遊んだ友達が面白半分に引き裂かれるのを。

苦しいこの地で何とか暮らしていた顔見知りの人々が、獣共の嬌笑と共にぐちゃぐちゃにされていく。

 

「逃げて、逃げるのよ!!」

 

家財をバリケードに家のドアを必死に抑えてた自分の母親の最後の言葉。

小窓から逃げ出して、路地を走り出すと背後から母親の断末魔が聞こえた。

 

路地を出た瞬間、無造作に殴られて地面に転がった。

 

「オイ、ニンゲンノガキダ。コレハイイ、メスダゾ」

「ヤワラカソウダ、アトデクオウ、アソコニモッテケ」

 

何匹ものビーストマンが、自分の故郷を滅茶苦茶にしている。

血まみれの武器を肩に担ぎ、口から誰かの血をダラダラと垂れ流している化け物達。

 

抵抗できないよう手足の骨を無造作に砕かれ、まるで家畜の様に運ばれた。

痛くて痛くて泣いたけど、その度に殴られ泣く気力さえ無くなった。

そして、町の倉庫に放り込まれた。

 

「いたい」

「たすけて……」

「おとうさん……」

「だれか……」

「くわれたくないよぉ」

 

倉庫の中は、沢山の街の人々が放り込まれていた。

誰も彼も酷く痛めつけられており、中には死んでしまっている人も居た。

誰もが呻くだけで逃げ出そうともしない。

まるで、屠殺され食肉になるのを待つ家畜の様に。

入り口は見張りのビーストマン達が見張り、逃げる隙間もない。

どいつを一番先に食おうか、等といった話し声が哀れな人間達の絶望をより深めていく。

 

(かみさま、たすけてください。たすけて……)

 

その中の一人。

瀕死の少女もただ泣きじゃくりながら最後を待っていた。

 

嫌だ、死にたくない。

自分の故郷を滅ぼした、ビーストマンに殺されたくなんかない。

引き裂かれて、食い殺されたくない。

 

(たすけて……だれか)

 

必死に祈った。

少女は、必死に祈った。

 

 

 

 

 

 

 

そして、それは現れた。

 

 

 

 

 

 

 

「こいつは、ダメか。こいつに使うのは勿体無い……おっ」

 

気が付くと、何かが自分を覗き込んでいる。

怪我と失血で弱っている所為か、目が霞んでぼんやりとしか見えない。

 

「女の子か。弱っているが体もしっかりしてる。怪我を直せば適合かも」

「たす、けて、ください」

 

必死に差し出された手は、ひょいとかわされる。

自分を覗き込んでるなにかは、ブツブツ呟きながら自分を観察しているようだ。

 

この間は男を多く回収したから今度は女性を多めにでいいか。

しかし、沢山あるとはいえ回復用も限りはあるからあまり重傷は助けたくないな。

かと言って回収者が無いとわざわざ来ている意味がないし、多少のコストは仕方がない。

 

などとつぶやいたかと思うと、少女に話しかけてきた。

 

「よし、君は第一試験は合格だ。次は第二試験といこう。くちは利けるね?」

「あ、え、は、はい……」

「君に選択肢を与えよう。この国ではないが生きていける事になる。その傷も治してあげよう」

 

ぼんやりとした中で見上げるそれは、限りなく黒い何かを内包してて。

それでも人型なそれは、手にした、幾分中身の減った赤い液体の入った瓶を軽く左右に振って見せる。

 

 

「俺専用の農奴になってくれ、衣食住完備、三食おやつ付きだ。ハイか、イイエ、どっち?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルーイン隊長! 生存者は倉庫に居た者達だけです!!」

「そうか、私もそちらに行こう。各小隊気を抜くな! まだ町の中にビーストマンが潜んでるやもしれん。余裕のある治癒係は私に続け!」

 

陽光聖典がその小さな地方都市についたのは、全てが終わった後だった。

別の戦線で中規模の町を防衛していた為、連絡が来たのはあまりにも遅かった。

ビーストマンの獰猛さを考えれば、地方の警備隊と義勇兵達だけではどうにもならない防衛戦。

非戦闘員を含めて3000人程度の都市では、1万体に達するとされるビーストマンの侵攻を止める事など到底不可能だった。

 

事実、ルーイン率いる陽光隊長も現場の確認及び偵察、好機があれば生き残りを救出するという極めて消極的な行動しか選択できてない。

それ程に、この都市の陥落の報告を受けた時は絶望的な予測がされていた……されていたのだが。

 

「……しかし、これは一体どういう事か?」

 

路地、主要な街路は市民達の食われたり弄ばれた遺体が散乱している。

しかし、それ以上にビーストマン達の死体で満ちていた。

 

首を跳ね飛ばされた集団。

上半身と下半身が泣き別れになった集団。

体の一部が消し飛び、ミンチになっている集団。

何かの爆発に巻き込まれたかのように、炭化したり焼き焦げた集団。

雷撃を集団で受けたかのように、感電死している集団。

強酸でも浴びたかのように、全身が焼け爛れてる集団。

石像となって砕かれていたり、氷結していたり、体が内側から破裂したのか破けた風船みたいになっているのもいる。

 

「た、隊長……これは。どうやったら、こんな事が」

「静粛に。狼狽えるな」

 

死体。死体。死体。

見渡す限りの死体の群れ。

メインストリートには、千を超えるビーストマンの死体の文字通り山が築かれていた。

 

(だが、これは……明らかに異常だ)

 

異端である亜人を抹殺する任務も帯びた彼らにとって、死体を見るのは珍しい事でもない。

むしろ、任務の間は日常茶飯事ともいえる。

そんな彼らでも、目の前に広がる光景はあまりにも異常に過ぎた。

 

(漆黒聖典の精鋭達ですら、このような蹂躙は不可能だろう)

 

明らかに敗北し、陥落した街の中で八千体を超えるビーストマンの死体が散乱し。

残りの僅か二千体のビーストマン達は偵察によればこの街を放棄して逃走している。

 

ありえない。

こんな出来事は、あり得ないと陽光聖典の隊長であるルーインは思った。

 

「一体、この都市で、何が起きた?」

 

 

 

ルーインの問いに答えるものは、誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




戦時中の国で、陥落した街から物資や人間が居なくなっても多少はね?
きっとそれはビーストマンかジュラル星人の仕業なのだ


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玉座の間にて、大墳墓の主はただ黙って報告を受けていた。

 

「………………………そうか」

 

言葉に含まれた意味。

 

それは、失望。

 

主である、モモンガは深く嘆息し深く玉座に身を沈める。

そのしぐさだけで、階層守護者達に密やかな動揺が奔った。

 

守護者統括であるアルベドはその金色の瞳を酷く震わせ。

第1~第3階層守護者のシャルティア・ブラッドフォールンは悲痛に顔を伏せ。

第5階層守護者のコキュートスは吐息を荒ぶらせて冷気を周囲に撒いた。

第6階層守護者のアウラ・ベラ・フィオーラ、マーレ・ベロ・フィオーレは泣きそうな顔を見合わせる。

第7階層守護者のデミウルゴスは、宝石の両眼を痛ましげに伏せ、不甲斐ない己を堪える様に口を引き結んだ。

現在、外部を捜索中のセバス・チャンはある意味幸運だろう。この悲痛を味合わずに済んでいるのだから。

 

主が、自分達に対して失望しているのではないかという悲観。

それが最強の階層守護者達を動揺させ、慄かせている。

 

(唯一お残りくださった、この御方にも失望されたら自分達は)

 

その恐れは、彼ら、否、ナザリックの下僕達すべての恐怖。

 

 

(要らない、と判断されてしまうのではないか?)

 

 

作られた存在である、NPC達。

己の存在を否定され、棄てられることへの恐れ。

彼らにとっての最大の恐怖はそれだった。

特に、創造主が居なくなったNPC達にとってそれは顕著だった。

 

 

 

 

階層守護者達の不安と恐怖を他所に、大墳墓の主であるモモンガは深い深い思慮に耽っていた。

 

(どういう事だ。アイダホさんは……どこに行った!?)

 

モモンガの優先順序の最優先は、ギルドメンバーであるアイダホ・オイーモの捜索。

他の案件は取り合えず各NPCに仕事を与える事と、状況把握の為でしかない。

 

最終日に居たことは間違いないのだ。

廊下を高速で疾走するアイダホの姿を、通路に配置されたNPC……ナザリックの僕達が目撃している。

玉座の間に通じる通路を順番に移動していった事も確認している。

 

彼がナザリックの内部に居ない筈がない。

そう判断したモモンガは、各階層の守護者に各階層のチェックとアイダホが居ないか確認をさせたのだ。

 

居るのには間違いないと思っていたから、当然モモンガは期待した。

この驚異と奇跡を分かち合える、ギルドメンバーが自分と共にいてくれると。

 

だが、捜索の結果は無情だった。

ナザリック大墳墓に、アイダホ・オイーモは存在せず。

玉座の間へ続く大通路に移動した後の彼の足取りは、ぷっつりと途絶えていた。

 

 

どうすれば、自分が何よりも望むギルドメンバーとの邂逅を果たせるのか……。

思案を続けるモモンガの横顔を、アルベドは傅きつつもそっと見やっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トブの大森林の中央部。

 

緑豊かな大森林地帯において、かつて木々が広大な範囲で枯れ果てていた場所がある。

森に住まうモンスターやドライアドすら近づかなかった場所であったがそれは今は昔。

 

その地は森との境界線に木々が絡み合う様に生い茂り壁の様に構成され囲まれていた。

かつて木々が枯れとある場所を中心に円状の空白地帯が出来ていた広大な場所は、幾つもの畑が作られている。

 

何種類もの野菜や穀物が育てられている畑には、農夫達が何人も行きかい農作業を行っていた。

その畑から離れた場所には数十戸の民家が立ち並び、子供や女性が日々の生活を営んでいる。

 

 

王国と帝国からは認識すらされておらず。

法国からは意図的に無視されている地図に載ってない村。

 

この、森の奥にあるどこにでもありそうな村は、バレイショ村と名づけられていた。

 

 

 

 

「あ、ハムスケ様だ。こんにちわ!」

「おお、大魔獣様、領主様がお呼びでございますか?」

『うむ、そうでござるよ。我が殿がおいでになられてる故、それがしも此処に待機しておるでござる!』

 

滞在時の日課にしている村周囲の巡回を終えたハムスケは、村人と挨拶を交わしながら中央の民家に向かう。

ハムスケが入る事を前提にしているのか、まるで貨物用の倉庫のような無骨さを感じる建物だ。

 

『殿ー、参上仕ったでござる!』

「ああ、分かってるから大声出すな。今、荷ほどきをしているところだから」

 

内部に置かれたコテージの前で、この村の領主であるアイダホは無限の背負い袋から色々と取り出していた。

中からは様々な樽や箱、大袋などがポンポンと飛び出してくる。

これらは全部、壊滅した竜王国の人類側の施設から回収してきたものだ。

無論、占拠していたビーストマンは皆殺しにしてきたのでちゃんと支払いはしてきたつもりではある。

しかし、よく増えるものだ。優に六桁は殺して来たというのに定期的に竜王国へと侵攻してくる。

おかげで発生する廃墟を探って物資調達が出来る訳でもあるのだが。

一応、最近になって外界との交易が始まり外貨収入が出始めたものの、こうして調達しなければ不足品が出る危険性もあるからだ。

 

「ああ、もう、《ゲート/異界門》を取っていればなぁ。それこそ倉庫のブツ丸ごと持ってこれるし。

 わざわざ面倒な手順を踏まなきゃいけないとかさぁ。《グレーター・テレポーテーション/上位転移》じゃ俺と両手分しか連れてこれないし」

 

ブツブツぼやきながら、彼は小さな人型を幾つも並べ始める。

人型は三人程であり、全員が子供だった。

 

『今度の保護した人間はそれでござるか?』

「ああ、最近は人口も安定したからね。村の敷地の面積や田畑のサイズやら考えると調整分としてこれが限度だろ。この村そのものが隠れ里みたいなものだ。出稼ぎは居るが数は多くない上に悪戯に面積は増やせないし周囲との調和もある」

『それがしには人間の村の仕組みはよくわからんでござるが……』

 

尻尾で頭をポリポリと掻いているハムスケ。

 

「お前なぁ、それでよく賢王名乗ってたなおい」

『も、森の賢王であるからして森の事は詳しいって意味でござるよっ』

「全く……そろそろ、元の人間のサイズに戻してやるか」

 

状態異常回復用のポーションを取り出すアイダホと、興味深げに小さな石像を見やるハムスケ。

ハムスケはそのポーションをかけると、人型が人間サイズに戻るのを何度も見てきた。

 

『何度も見てきているでござるが……殿の考えられた人間の運搬方法は凄いでござる』

「《レプラコーン・ナイフ/小人の悪戯用短刀》と《ゴルゴーンソード/石化の長剣》。二つ組み合わせれば運搬量が大幅に変わる」

 

長衣をまとった影は、袖から何かを取り出した。

柄にハンマーが刻まれた緑色の短刀と、禍々しい邪眼が剣身に刻まれた灰色のブロードソード。

これが、竜王国から人間を拉致……もとい、救助する時に利用していたトリックだった。

 

(創意工夫は大事だな。問題は手加減なんだ……苦労したんだよこれが)

 

これを失敗無く行えるようにするのに、数百を超える魔物と夜盗たちの犠牲があった。

小さくなってから真っ二つになったり、石化してから真っ二つになったりと。

アイダホは手加減系のスキルを持っていないので実に苦労したがまぁ何とかなった。

すなわち、延々と練習して加減を経験で習得しただけの事である。

誰も追及しない犠牲なので、アイダホは全く気にも留めなかった。

今では極小の傷を同時につけて、小さな石像を作るのにも手馴れている。

アイダホはこうして、有機物であれば必要なものを運搬出来る方法を確保していた。

 

(いちいち圧縮のスクロールは利用できないし、できるだけ複数回使える方法を編み出して装備を節約しないとやばい)

 

彼が気にしているのは転移してからこの方、消耗する一方の装備品の数々だった。

 

(タブラさんや音改さんみたく、クリエイターが居ればこんな苦労も無かったんだが……)

 

今のアイダホは複数の無限の背負い袋とその他の収納アイテムにかなりの量のアイテムを所持はしている。

遠征用に元々ストックを怠らなかった為に備蓄量はあるが、それらは有限であり使えば使うだけ底に近づく。

各種魔法を込めたワンドやスクロールを生産するメンバーがおらず、それが貯蓄されたナザリックも行方知れず。

彼自身はガチビルドの強力な前衛であるが、それ故に錬金や生産のスキルを一切所持してない。

 

(六大神や八欲王の遺品を除けば、ナザリックが見つかるまでは、マジックアイテムの補給は無いと考えておかないと……)

 

そうでないと、あっという間に詰む。

装備品が尽き果てたプレイヤーは、所詮強大な力を持った個体に過ぎない。

そしてプレイヤーの内情を知る者たちが少なからず存在するのだ。

ギルドという拠点もギルドメンバーという仲間やNPCを持ってないアイダホにとっては、寝首を掻かれる可能性は決して低くない。

 

(ツアーみたいな奴もいるし、以前ドン引きした法国の連中みたいなのも居る。揺り返しでこっちに来て人知れず消えたプレイヤーは、案外連中みたいなのに消されたのかもしれない。八欲王と敵対した評議国の連中は特に警戒心が強いだろうしな)

 

以前、大陸を彷徨ってた頃合いに遭遇した鎧姿の存在。

それが八欲王との戦いで数を減らした竜王達の末裔が操る依り代である事をアイダホはスキルで看破していた。

取り合えず彼が危険視する【世界の秩序を揺るがす存在】ではないと返答はした。

 

『俺はただ、はぐれた友人と合流したいだけだ。火の粉は振り払うけどな』

 

ただ、アイダホはあれでツアーが、あるいは評議国が納得したとは思えていない。

プレイヤーという存在は個々にしても群にしても強大であるのは変わらない。

それは八欲王に散々痛い目に遭わされた竜王達こそが身に染みて理解している事だろう。

だからこそ、彼らは待っているのかもしれない。

その長大な寿命をもってして、待っているのかもしれない。

 

プレイヤーの装備が使い果たされ、自分達でも討ち果たされる程に弱体化するのを。

 

六大神も五人の神は人として寿命を終え、スルシャーナ神のみが残された。

スルシャーナはツアーとの交渉を選んだが、彼が攻撃的であれば単体となった彼を竜王達は寄ってたかって滅ぼしたかもしれない。

 

自分がまだ存在していられるのは、単に世界の勢力図に殆ど影響を与えてない事。

そしていまだ強力な装備を有し、竜王達にとって危険な武力を保持しているからに過ぎないのだとアイダホは考えている。

理由がない限り、彼らにしろ法国にしろ自分を利用するか排除するか、どちらかへと動くに違いないから。

 

(早いとこ、大墳墓を探さないとなぁ……全く、どこに転移してしまったんだか……)

 

地図を頼りに、大陸を行き交いしてなお断片的な情報すら見つかってない。

いっそ、南の砂漠にある天空都市に突撃してみようかしらとすら思ったが無謀なのでさすがにやめた。

スカウトや探索系のスキル無しでの上級ギルド拠点への攻勢など自殺行為以外の何物でもない。

 

(モモンガさーん、早く出てきてくれぇ……この世界って俺にあんまり優しくないからさ!)

 

内心でぼやきながら、人型にポーションをかける。

状態異常である小人化と石化を解除された子供たちは瞬く間にサイズが戻り石像から人間へと戻った。

 

「よう、人心地ついたかな?」

 

彼らが正気を取り戻す前に赤の下地に緑色のラインを入れ、泣いているような怒っているような顔をしたマスクをアイダホは填めていた。

村人等、人間の前に出る時は常に填めているものである。怪しさ爆発であるが、ダークエレメントの部分むき出しよりはずっとましだ。

 

後ろに控える大魔獣に怯える子供達に、怪しげなローブ姿の存在は優しく声をかけた。

 

「バレイショ村にようこそ。これで君達もこの村のファミリーだ」

 

問答無用でパンチでも浴びそうなセリフであるが、彼が新しい村人を迎え入れるにあたって一番よく使うセリフである。

数瞬後、大声で泣き出した子供達をあやすのはすっ飛んできた村の娘達であり。

正座した領主とその部下は彼女らに小言を食らう事になったのだがそれも何時もの光景である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、俺が離れている間も順調に村は運営されてるか」

 

青々と茂る異世界の野菜畑。

特にジャガイモ畑を、アイダホはいとおし気にみやる。

この世界でも当然のように存在した、彼の名前の源流である野菜を。

子供のころ、毎日腹いっぱい食べたいと思ってた揚げ物の原材料の事を。

アーコロジーでも生産総量によって原料は制限されていた為、叶わなかった夢を叶えた畑を。

 

『そうだよ。私達も色々協力はしてるしね。一応、恩人であるあんたが運営してる村だからだけど』

「いや、ピニスンの貢献には感謝してるよ。それに、奴をぶっ飛ばしたのはこの村を作るのに邪魔なだけだったし」

『邪魔なだけって……つくづくアイダホって出鱈目よねぇ。魔樹も厄介な切り株程度の扱いだなんて』

 

バレイショ村。

この村をアイダホが作り出した理由は遅々として進まない世界の攻略の手助けと手慰みの為だった。

人間の組織を作り出しこの世界の人間を理解し把握する為のもの。

おかげでこの世界の言語の読み書きも習得出来たし、自分のモチベーションを維持する事も出来た。

彼からすれば、人間の社会から外れて行動し続ける事は、己の中にある人間としての残滓が薄れていくような感じがしたからだ。

 

中身は人であり、存在は人でないもの。

それがダークエレメントでありアイダホという名前をアバターにつけた人間である存在。

単純に捜索だけで言えば非効率極まりない村の運営は、彼が己を保ち続けるには必要なものだったのかもしれない。

 

人間の心を保ち続ける、その為の行為。

ギルドマスターと大墳墓の捜索を除けば、多くのものを彼はこの村に費やしてきた。

 

森の外に展開している人類国家の干渉が少ない場所を探してて、ここぞと思って降りたらドライアドが騒いでた。

ここに近づくな。世界を滅ぼす魔樹が存在するから危険だ、今はまだ封印されているけど刺激したら拙いと。

 

アイダホがそのドライアド……ピニスンの静止を振り切って偵察を敢行した処、確かにそれっぽい存在がいた。

枯れ果てた木々の中央に潜んでいる、恐らくはレイドボス級のトレントモンスター。

 

「確かにいるな。この世界で言えば危険だろうぜ」

『そうでしょ。だから……』

「今なら見立てでLv75位だろ。手っ取り早く潰そう。お前もその方が安心して暮らせるだろうし」

『ファッ!?』

「じゃ、ちょいとあいつたたき起こして滅ぼしてくる。森の中だから火炎属性使えないけどあの程度ならどうにでもなるし」

 

アイダホがやった事はシンプルイズベストだった。

そいつがでかくなる前に、強制的にたたき起こし、ぶちのめす。

 

そして、不完全なまま巣から出てこざるを得なかった世界を滅ぼす魔樹……ザイトルクワエは。

 

 

 

 

「こんにちわ死ねぇぇぇぇ!!」

 

 

 

十秒も持たずにあっさりと消滅させられた。

開幕ダッシュの多段クリティカルヒットの嵐はあっという間に六本の触手を切り刻み。

種子爆弾を飛ばす暇もなくその中核に《スコーチング・レイ/焼き尽くす熱線》を複数浴びせられて文字通り蒸発させられた。

 

彼曰く「本気のたっちさんなら瞬殺出来た」との事。

 

呆然としたピニスンと、何故か自慢げなドヤ顔のハムスケが印象的だった事件だった。

そうしてザイトルクワエを打ち滅ぼした跡地に作られたのがバレイショ村である。

彼はこの地に自分達の象徴を打ち建て、勝手に所領としたのだった。

 

 

『それで、これが殿がリザードマン達に注文した神の像でござるか!』

「ああ、それが俺たちの象徴だ。俺の像を作り続けて随分とこなれてきたから追加で作らせた。最新verは着色もしてるし状態保存の魔法もかけておいた! カッコいいだろ?」

『かっこいいでござる! 殿の覇気を感じられる像でござるよ~!!』

 

バレイショ村の象徴たる存在。

最初に作られた、向かい合わせで作られた二柱の神の像。

リザードマンが建立したアイダホを形どった戦神の像。

そして、もう一つの像は……。

 

「やっぱ、ギルマスの像は欠かせないよな。俺はいまだアインズ・ウール・ゴウンのメンバーだし?」

 

ペロロンチーノの評する処の【荒ぶる死の支配者のポーズ】を取るモモンガの像を見たアイダホは満足げに頷く。

台座にプレートがはめ込まれて其処には一文が『日本語』で彫り込まれていた。

 

『我が至高なる力に喝采せよ!』と。

 

各地に隠し拠点を作るたびにこれを搬入して飾るのがアイダホの習慣になっていた。

 

「これを見れば、俺がここに居るって事にモモンガさんが気づく一助になるかもしれないしな!」

 

この台詞は人気の無い場所で支配者ロールを練習していたのを、ペロロンチーノが盗み聞きして会話のネタにしたのをアイダホが聞いたのである。

もし本人が居たら絶望のオーラVを噴射しつつ悶絶するか、即座にアイダホに対して《グラスプ・ハート/心臓掌握》を試みるだろう暴挙。

ちなみにネタにされた事がモモンガにばれたペロロンチーノはしばき倒され、暫く口をきいてもらえなかったのは言うまでもない。

 

アイダホはその点について、自分の存在をモモンガに知らせる事を優先して彼がどう思うかについてはあまり考慮してなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 



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転2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きっかけは、竜王国での異変からだった。

 

 

 

周期的に発生するビーストマンの攻勢において、奇妙な現象が発生していた。

それは連中の攻勢が終了した後に、彼らの拠点となっていた都市や町での虐殺行為である。

 

ビーストマンが占領した街の人間を殺戮する。これはわかる。

だが、既に占領した街でビーストマンの軍勢が殺戮されている。

それも、人類戦力が届かない後方で。これは訳がわからない。

 

そんな現象が度々判明した結果、法国は大儀式による偵察をもってその謎を究明する事にした。

通常の偵察隊では侵入においてリスクが高すぎるし、相手が敵対的だったら危険過ぎるからだ。

法国の戦力は少数精鋭が多く、その分部隊が全滅した場合のツケが全体に波及してしまう。

故に、遠隔操作による魔法での偵察が実施された。

 

 

スレイン法国の首都である、神都の神殿の一角。

大儀礼によってこの世界においては奇跡の領域である第八位の魔法《プレイナーアイ/次元の目》が起動した。 

自我の無い巫女姫に代わり、補佐する女神官達が《プレイナーアイ/次元の目》を操作する。

 

「あれが、神官長様の仰っていた」

「竜王国の異変を起こす存在であるのか?」

 

その戦いを直接確認したものは、今まで存在しなかった。

既に壊滅した戦線から遠く離れた街や都市などであり、弱体化した竜王国の監視網や諜報では直接確認などできない。

漆黒聖典のOBや陽光聖典が漸く戦線を押し上げて確認しても、あるのは大量のビーストマンの死体と僅かな生存者だけ。

生存者達の証言も要領を得ず、何が起こったのか理解の範疇を超えた現象が発生したと繰り返すだけだった。

 

「お、おお……あれは!」

 

そして、その日法国は目にすることになる。

 

 

 

それはもう戦闘でない。

ただ、ただ一方的な屠殺だった。

 

双剣が煌めく度に数百の首が飛ぶ。

攻撃範囲外に居たビーストマン達は慌てて距離を取ろうとするが、異常に伸びた両腕によって剣戟の範囲はさらに伸びる。

逃げる間合いなどないと、無慈悲な剣戟が獣人の体を断っていく。

時には大地をかけ、時には空中を猛烈なスピードで飛翔し、獣たちの戦列を丸ごと切り裂いていく。

宙を舞う血煙の雨の中、フードの中の光が怪しく輝いた。

 

 

「《イクスパンディング/範囲拡大》《デバイス・ツインソード/双剣発動》《チェイン・ドラゴン・ライトニング/連鎖する龍雷》」

 

 

範囲拡大を上掛けされ、二本の剣から眩い電撃を帯びた雷龍が複数飛び出しところかまわず暴れ狂う。

進行方向のビーストマンがさく裂する雷撃によって吹き飛び感電し全身から煙を上げて倒れていく。

この一撃だけで1000体を軽く超えるビーストマンが成すすべも無く壊滅した。

 

これが、戦闘と言えるだろうか?

否、戦闘などではない。そんなまともなものではない。

 

戦いとはお互いが危害を加えあうからこそ戦いなのだ。

一方が圧倒的な力で矮小な相手を弄る、巨象が蟻を踏み潰すかの如きは戦いではない。

 

事実、彼が惜しまぬ課金によって手に入れた伝説級の武具のどれか一つを使えば。

または神器級の武具、どれか一つを使えば1万のビーストマンの軍勢はあっという間にこの世から消失するだろう。

使用している魔法もMPを節約している為、中威力の魔法を範囲拡大して効率よく敵を巻き込んでいるだけに過ぎない。

 

つまり、これは単に【駆除】であり【掃除】。

 

切り札の装備を温存する方式をとっている彼が少々手間と面倒がかかるものの、負担の少ない方法でビーストマンを始末しているだけだ。

ビーストマンという生ゴミの山を掃除機ではなく、箒と塵取りで土間の隅まで掃き集め適当に掻き込んで捨ててるだけの事である。

遥かな異境で行われている戦いではないソレを口元を抑えながら見ていた神官たちが思わず息をのむ。

 

 

ローブを着た存在がゆっくりと首を上げる。

その顔が見やる先は………自分達だった。

 

「……なっ」

 

別の魔力の波動を受けた巫女姫の体がブルリ、と震える。

《プレイナーアイ/次元の目》の魔力が、他の術式の魔力と干渉した為だ。

ここで相手が攻勢防御なんてえげつないものを仕掛けてたら巫女姫は周囲を巻き込んで大爆発を起こしていただろう。

超高位のマジックキャスターなら攻勢防御を防いだり、無効化するなり出来る。

しかし、非人道な術式を使い、更に大儀式を要してようやく《プレイナーアイ/次元の目》を法国は利用しているのだ。

そんな備えを使える訳もなく、こうして感知されてしまえばどうしようもない。

だが、この相手はそこまでではない。単純に、自分を覗いてた《プレイナーアイ/次元の目》を感知し発見しただけである。

 

「発見されただと?!」

「《プレイナーアイ/次元の目》が見破られるだなんて、あり得ない!!」

 

女神官達の混乱はもはや狂騒寸前となった。

そしてソレが覗き込んでいる神官達を睨んだ瞬間、儀式の間の空気が凍り付く。

 

「な、何という威圧感……」

「術式越しでこれ程の圧力を感じるとは……!!」

 

緑色のフードの中に渦巻く暗がりから、光る二つの光点に見据えられ。

《プレイナーアイ/次元の目》で竜王国の状況を確認している女神官達もビクリと体を揺らした。

魔法による遠隔情報投影で視認しただけなのに、背筋へ氷柱を押し当てられた様な圧迫感。

何人かの女神官と女儀仗兵は危うく失神しかけており、恐慌はただただ増すばかりだった。

 

「す、凄まじい。道理で山の様なビーストマンの軍勢が定期的に滅ぼされる訳だ。奴らでは、幾万居ようとアレには勝てぬ!」

 

魔力の干渉を受けている巫女姫の体が酷く震えているのも無理はない。

恐らく、単騎でビーストマンの国を攻め滅ぼせる超弩級の怪物である。

あれだけの魔力を伴った威圧を受ければ全身に魔力を通してる彼女への影響もむべなるかな。

 

「恐るべき魔力と圧力、そして万に届くビーストマンを赤子の手を捻るように殲滅してみせるこの武力! ま、まさか……!!」

 

大儀式を取り仕切る女神官が、驚愕を押し殺すかの様に口元を手で覆う。

揺り返しの周期から外れてはいるが、その可能性は十分すぎる。

この世界に、これ程の力を持つ者が存在するとすれば。

 

 

「プレイヤー様?!」

 

 

それは、スレイン法国が待ち望む異世界からの救世主であり来訪神。

かつて、滅ぼされる寸前だった彼らの元に来臨し、瞬く間に人間の国を作り上げた六柱の神々。

 

 

 

 

その救世主にして、神はといえば。

 

 

(うわー、なんだよあれ。《カウンターセンス/逆探知魔法》の護符に探知がかかったと思ったらなんだよおい。

 シースルーのドレス着て目を隠した女の子ってなんだよ。丸見えじゃないかよ。小柄(推定148cm)な割におっぱい結構でかいぞおい)

 

アイダホは適当に掴んでたビーストマンの頭を握力で握り潰しつつ、こちらをぽかんと見上げてくる巫女姫の……胸元を凝視した。

隠すどころか煽情的ですらあるシースルーの祈祷衣の下でフルフルと揺れている確実にGはありそうな乳房だ。

 

(肌真っ白だなぁ。うちの村の娘衆は日焼けして健康的だけどこーいうのも悪くないな。箱入り娘って感じかねこれ? あ、輪もでっかい)

 

必死のビーストマンの群れの物理攻撃を、神器級の鎧による「上位物理無効化Ⅳ」で悉く無効化し適当に衝撃波を飛ばせる剣を振りまわしつつ熱心に乳房を観察するアイダホ。

偶に覗く村の公共浴場や森の中の水浴び場で見る若い女子も悪くない。

肉体労働で引き締まり、無駄が無く形の良い手頃なサイズのおっぱいもいい。が、こういうのもグッとくるのだ。

もっとも性欲もナニも無いので、綺麗だなぁ、位の感覚であり人間性の名残でしかない。

例えナニがあっても種族の所為で性欲がないと来てるのでむなしいだけだが。

せっかく、人間時代の好みに合う乳房に出会えたのに残念な事だ。

今や彼にとって若い女体は、情欲よりも人間時代の美意識を懐かしむものだった。

それに時たま状況を忘れて無性に勤しむのは、アイダホの中の人の残滓が無意識にリビドーを叫んでいるからだろうか。

そういえば随分と【ご無沙汰】だから、自覚がない内に【溜まっている】のかもしれない。

今はそれはどうでもいい事でもあるが。

 

(長々と見てる場合じゃないか。誰だか知らないけど観察されるのは面白くないんでね)

 

《スコーチング・レイ/焼き尽くす熱線》で適当に周囲を薙ぎ払い、辺りを見渡す。

既にビーストマン達は損害の凄まじさに敗走を始めている。

もう邪魔しそうにないし、後は都市の中で作業をして撤退すればいいだろう。

ただ監視してるだけで何かしら眷属や戦力を転移させて来る様子もないのだから。

 

「《パーフェクト・アンノウアブル/完全不可知化》《テレポーテーション/転移》」

 

その直後、アイダホの姿は跡形も無く掻き消えた。

アイダホの姿を見失った法国は慌てて捜索を行ったものの、干渉によって巫女姫が消耗した事もあり大儀式を中断。

アイダホに対する追跡も完全に見失う羽目になる。

彼としては邪魔されなければそれでよしなのであり、これで法国の追及から逃げられると思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイダホは迂闊であり、相手を甘く見ていた。

六大神降臨から五百年以上かけて人類の存続の為に全てを捧げてきた狂信者の国家を舐めていた。

最後の神であるスルシャーナ神が法国から消えて数百年。

神を奪うだけでなくただ欲望のままに暴れせっかく樹立されていた人類の生存圏を好き放題に荒らした八欲王。

十三英雄に参加したプレイヤーもスレイン法国が望んだ存在にはならず、蘇生を拒否してこの世を去ってしまった。

他にも【口先だけの賢者】の様にプレイヤーと思しき存在はちらほらと出現した。

しかし、誰も彼らの望む存在にはなってはくれなかった。

 

 

スレイン法国を興し、異形の国々と戦い。

無数の生と死をくり返し、人類を守る為に彼らは生きのびてきた。

我らが守らずして、神々の去られた今誰が人類の生存圏を守るのかと。

 

だが、頼るものも、縋るもの無く生きていけるほど人は強くない。

それは人類の守護者を自認するスレイン法国も同じだった。

 

彼らは明日への希望を探していたのだ。

百年周期で出現すると伝説で謡われる、プレイヤーの存在を。

 

彼らは飢えていたのである。

自分達を導き、絶大な力を示し、異形種から人類を守護するプレイヤーを欲していた。

 

そんな彼らが、果たして発見したプレイヤーであるアイダホをあっさりと諦めるだろうか?

答えは、否だった。

 

 

法国は彼の存在を偶然察知してから、その所在を長い時間と多大な労力を要いて突き止めた。

散々人類の生存圏とその外側を探し回った末に、法国からそれ程離れてないトブの大森林で拠点を築いていたのには驚いた。

彼は大陸のあちこちに使い捨ても視野に入れた仮設拠点を設置し、その間を瞬間移動で移動していたので長い間足取りを見つけられなかったのである。

 

 

 

プレイヤーが見つかった以上、法国が成すべきことはただ一つである。

 

大森林中央部にある村へ使者を派遣し、彼に謁見を願い、法国に来臨を願い、人類を導いて欲しいと懇願した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイダホの答えは簡潔だったという。

 

「え、やだよ。大森林と村一つ運営するのにこんだけ苦労してるんだぞ? 国一つ、大陸一つ俺に導けとかないわー、マジでないわー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後のスレイン法国にとって、トブの大森林に滞在するプレイヤー……即ちアイダホ・オイーモは非常に頭の痛い存在だった。

何せ、その扱いについて法国の上層部における意見が大きく対立したからだ。

 

 

強硬派の神官長は漆黒聖典の切り札であるワールドアイテム【傾国傾城】の使用を訴える。

如何な強大な力を持つプレイヤーとはいえ、あの【抵抗力無効で無条件に洗脳可能】な魔力に抗う術は無い。

そうすれば確実に六柱を【七柱】へと増やし、評議国のドラゴン達にも対抗出来るだけの戦力が手に入る。

敵対的とまではいかずとも非協力的なプレイヤーの変心を待っている暇は無いという意見だ。

 

 

穏健派の神官長は今後も何とかアイダホとの接点を増やし、交流によって徐々に変心を促そうと提案した。

六大神が如何に人類を救済したか、人類が今の時代に至っても困難な立場であるかを切々と訴えようと。

そしてそのうえでスレイン法国へ自発的に来て貰う。

つまりは教育によってアイダホを彼らごのみのプレイヤーになってもらおうという心算である。

 

 

中立派の神官は現状維持である。

指導者になる気が無いにしても、既に彼が人類に為した貢献は大だ。

破滅の竜王との嫌疑を受けていたザイトルクワエを封印どころか完全に滅ぼし。

その後領土欲を出して大森林へちょっかいをかけてきたフロストドラゴンの王を全殺し寸前にし、大森林への不干渉を一方的に約束させて追い返した。

(全殺しにしなかった理由は芋の収穫期で忙しかった事と、王が倒れたら霜の巨人やクワゴア、ドワーフの問題が表面化して面倒臭くなりそうだったからである)

ゴブリンが増殖し他の種族との諍いが多くなり、奥地と東の森を任せるには不十分との判断を下し彼らの王国を悉く滅ぼして根絶やしにした事。

(これは法国側が森林に侵入する理由をゴブリンの掃討にしていた為、定時連絡以外で立ち入らせる理由を無くす事と中央部集落の人間の生存範囲が増え彼らが邪魔になった事にある)

ビーストマンの侵攻において奴らの主力軍団を幾つも単独で全滅させ、何度も侵攻を早期終了へと追い込んできた事。

リザードマン達を自分達の勢力圏に組み込み共存している事は解せぬが、それでも竜王国から連れて来たと思しき人々は幸せそうだった。

今では王国側と帝国側へと出稼ぎに出ている住人達も増え、大森林内部の治安もかつてとは比較にならない程安定していた。

 

中立派からすれば、積極的に何かしなくても彼の存在は抑止力として役立つのではないかと。

別に人類に隔意や悪意を抱いている様子もない。それならば自分達の手に負えない大陸規模の災厄などであれば手を貸してくれるかもしれないと。

 

 

 

結局、一番数の多い中立派が基本放置を宣言し。

トブの大森林の領主の日々は「なべて世は事も無し」である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なお、【傾国傾城】等ワールドアイテムはアイダホ単体にとっては鬼門です。
ゴッズ及び伝説の課金アイテムでがっつり武装&防御してますが、あれらが来ると初見殺し食らう危険性が発生します。
故に【存在と効果を把握している】事と【発動前に先制攻撃でぶっ殺せるか効力の範囲外へ即時逃亡出来る】必要があります。
アイダホが評議国に警戒心を強く抱き、法国とも距離を置いているのはその辺ですね。両方ともプレイヤーと強い因果を持っているので。

法国は「関わるとめんどい、メシアとか神様とかナイワー(ヾノ・∀・`)」というのもあるでしょうけど


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転3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をしているのですか、番外席次」

「お手紙読んでるの。あの人からの」

 

宝物を収めた神殿を守る少女に、漆黒聖典の隊長は声をかける。

彼女の前のテーブルには何本かの本が散乱し、愛用のルビクキューブが転がっている。

 

更に箸を数十本束ねたものを輪っかに通し、倒れないように立ててあるものがあった。

隊長は思い出した。あれはかの領主が宴で考案した余興だという。

輪を落とさない様順番に箸を引き抜いていき、最後の三本まで残せたら勝ち。

シンプルだが緊張感とバランス感覚がものをいうゲームである。

これまでの交流で贈られたおもちゃの中の最新作のようだ。

 

「ああ、【領主様】からですか。そういえば今年の使節がバレイショから戻ったばかりでしたね」

「そうよ。だからお手紙読んでるの」

 

数枚の手紙を、少女はゆっくりと読んでいる。

やや、固い感じの文字がチラリと見えたが隊長は覗き込まないでおいた。

彼女の怒りに触れたら後が怖い。馬の小便怖い。

 

「ふぅ……あの人が実体持ってて、私と子供を作れたら良かったのに」

 

読み終えた手紙を封筒に戻すと、彼女はゆっくりと一本の箸を輪の中から引き抜く。

他の箸を動かさずに抜けた事に満足げに頷くと、少女は横目で隊長を見やりながら囁くように言った。

 

「その前に私を叩きのめして貰ってからだけどね?」

 

非常に物騒な物言いに、隊長は内心で深々と嘆息した。

ある意味、領主……アイダホが実体を持たずに幸運だと思った。

法国の切り札中の切り札の暴挙により、漸く現れた神と敵対化してしまう。

そんな悪夢が発生しなかったことに、隊長は六大神に感謝を捧げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「参ったな」

 

コテージの中、応接間でアイダホ・オイーモはぼやいていた。

目の前にはスレイン法国の使者が持ってきた羊皮紙製の書類が数枚並べてある。

テーブルの大皿には山盛りになった揚げジャガと、瓶に入った乳白色と赤い調味料が並べてある。

その二色の調味料を無造作に揚げジャガに振りかけた後、アイダホはスティック状のソレを暗がりに放り込んだ。

咀嚼して、流し込む。今日もカリッ、ホクホクとしている。

乳白色のマイルドな卵黄の甘さ、赤色の酸味もいい。

鍾乳洞で発見された岩塩はアーコロジーで生成された無毒な精製塩よりもまろやかな味わいだ。

程よい岩塩の塩味が効いて美味いがなんで味覚があるのか分からない。

 

歯ごたえはあるのだが、どこに歯が生えてるのだろうか。

流し込んだブツがどこに行くのかも分からない。このボディには臓器など無い筈だ。

完全分解されているのか、排泄物が出た事は一度もない。

だが、美味いからいいじゃないかとアイダホは開き直っている。

つくづくこのエレメンタルボディは謎構造である。

 

(やっぱり、無理があったかねぇ。国が三つも近くにあって何時までも干渉が無い訳がないんだよな)

 

書類の内容はアイダホにとって頭の痛い案件だった。

即ち、王国と帝国がトブの大森林のど真ん中に位置する街とそれを支配する存在に気付いたからだ。

今までは集落の小ささと大森林の危険性が存在を隠ぺいしていた。

法国がアイダホを認識してからは、頼まれずとも彼らがその存在の隠ぺいに一役買っていた。

 

(しかし、それでも勘づかれた。人が増えすぎたからだな)

 

人口の調整には気を付けていたつもりだった。

段々と増えてきてからは少数に抑えていたつもりだった。

しかし、ほかならぬアイダホが過保護だったのかもしれない。

安全な居住区と豊富な食料を彼らに与えた。

ドライアド達の回復魔法などを借りて重傷者や病人が出てもすぐに癒した。

そう、与え過ぎた。

住民は安定した環境と豊富な食料と衛生環境により増えに増えてしまった。

結婚に適年齢の世代が増えるのが目に見えた為、子供の孤児を多めに招き入れた事も原因だ。

バレイショが町のサイズになり、住居が高層集合住宅になり、ゴブリンを駆逐して新しい人間の居住地を作らねばならない位に人間は増えた。

長期的に見て杜撰なアイダホの入植計画が見事に破たんした結果とも言える。

最近は集落……既に町のサイズにまで拡大したバレイショから法国への出稼ぎを多く受け入れて貰ってすらいる。

ある程度領主の存在を受け入れている法国の方が、王国や帝国よりも面倒を起こさずに金稼ぎが出来るからだ。

無論、これらがアイダホに対する無言の恩になり、カッツェ平野の大掃討などの【法国からのお願い】を受けざるを得ない状況になってきている。

スレイン法国からすれば、アイダホを遠回しに懐柔する手立ての一つになっているのだろう。

相手の思惑が分かるからこそ苦々しい。

 

かと言って余剰の人口を間引くという発想は、ひとでなしである異形種な筈のアイダホにはなぜか思いつかなかった。

思いつかなかった時点で、それこそどこかの牧場経営が趣味な階層守護者の様に『家畜として管理』出来なかった時点で。

トブの大森林における【隠ぺいを前提とした】アイダホの人間社会運営は破綻していたのだ。

 

(これ以上人が増えた場合、外に流すか、森を開くか)

 

トブの大森林における人間が住む場所はあまり余地がない。

開墾して森を切り開けば居住地は増やせるのだが、領主たるアイダホがそれを望んでないのだ。

やり過ぎればこの大森林も人間の消費に耐え切れず荒地と化してしまう。

人間が大森林を食いつぶせるのかこの世界の人間では想像し辛いだろうが、アイダホはそれが出来ると思えてしまっている。

そうなれば残るのは荒野と汚染と飢えた人間だけだとアイダホは考えている。

あんな終わった世界を見て来たからこそ、開発のやり過ぎは人間にとってすら毒だと考えていた。

 

(中が無理なら、森の外周に街を作るかだ)

 

ツリー・ウェイと名付けられた森の街道と森の中心に存在する森林の町バレイショ。

街道沿いに木こりの集落や宿場がポツリポツリと点在しているが、あくまで森林地帯との調和を重視している。

バハルス帝国の帝都アーウィンタールと向き合う位置にオーレ・アイーダと呼ばれる小さな集落が出来、今はそこを中心に開拓している。

スレイン法国の使者もここに滞在してからツリー・ウェイを通過し、バレイショに到着してアイダホに会いに行くのが通例である。

 

(もっとも、そうしたら人目についてしまう)

 

そして、そこまで拡大してしまえば帝国か王国がその存在を認知しない訳がない。

事実、オーレ・アイーダを発見したのは帝国魔法省の魔法使い達だった。

その発見が口伝いに流れ流れて王国の冒険者や間者に伝わり、帝国だけでなく王国もトブの大森林の領主の存在を認識するに至ったのだ。

最後の揚げジャガを口に入れた後で、アイダホは書類を手にする。

羊皮紙に菜種油がべっとりと付着するが気にはしない。

 

(別に、問題は無い筈なんだ。この大森林はどの国の領土にもなってないんだから。前人未踏の地に俺が国作ってても問題は無いんだ)

 

元々トブの大森林はどの国も領有してない。

広大過ぎて、危険過ぎて、維持する国力も足りないからだ。

王国側ではエ・ランテルが森の傍に存在するが領地化はされておらず、大規模な調査すらも行われてない。

東側の端を帝国が所領を主張し、帝国魔法省が一部利用しているが殆ど管理してないといえるだろう。

アゼルリシア山脈のフロストドラゴンが大昔にその領有を主張した事もあり、例のドラゴンもそんな事を言っていた。

 

領主たるアイダホとすれば竜王の主張は「うるせぇ塵屑がwww」としか言いようがない。

 

アイダホの返事は《ブレードネット/刃の網》で拘束してからのやまいこさん直伝のビンタとウルベルト直伝のヤクザキックの嵐であり。

ジワジワとHPを九割八分削られたフロストドラゴンの王は弱肉強食の理に従い、強者であるアイダホに二度と姿を現さない事を誓わされた上で山脈に逃げ帰っていった。

 

「次来たら、お前らの一族どころか、霜の竜の種族纏めて鏖殺だからな?」

 

というアイダホの警告を背中で聞きながら。

アレぐらいやれば、リターンマッチなど考えないだろう。

もし、そんな事を考えて来たら今度こそ二度と企めないようにしてやるつもりだ。物理的に。

 

 

 

 

 

とまれ、ドラゴンの件は既に片付いている。

問題はリ・エスティーゼ王国とバハルス帝国である。

使者の届けた情報に、各国の動きが載せられていた。

 

王国側は脅威度を試す為か冒険者達にトブの大森林への調査を奨励しているようだ。

更に何とかバレイショに辿り着いて王国領へ編入しようと画策しているらしい。

王家としては確認程度のつもりらしいが、実施する大森林近くの領地持ちの貴族は自領へ編入を目論むつもりのようだ。

これで調査結果が出て安全だと判断されたら、トブの大森林の西側を王国領土へと取り込もうとするかもしれない。

アイダホが呆れる位に、露骨にトブの森へ手を伸ばそうとしている。

 

帝国も同じように偵察隊を各地に派遣したり、隊商を装った間者が建設中のオーレ・アイーダに商売を名目に出入りしている。

こちらはあくまで触り程度であり王国程貪欲でも露骨でもない。法国の分析では、国内の改革の方を優先しているからのようだ。

だから当面は王国を遠ざけるのがメインとなるが、彼らの欲深さには自分が俗物である事に自覚的なアイダホも少し呆れていた。

 

(別に、連中が恐れてたものが排除された訳じゃないのにな?)

 

確かにグと言われたトロールとその群れは石像と化し、老獪なナーガは森から去って久しい。

だからと言ってトブの大森林が容易な森に変わったと思ったら大間違いだ。

以前から森への侵入が増えているのを確認していたアイダホは、防衛線を策定し防御戦力の配置を終えていたのだから。

 

ツリー・ウェイや各人間が住まう居住地を除けば、雑多な野獣や亜種達が徘徊しているのは変わらず。

居住地と森との境界線には【迷子っち】と呼ばれる卵状のアイテムを敷設してある。

これらはLv30までの低レベルの相手であれば幻覚によって来た道を引き返させられるという代物だ。

サイズが極小でありガチャの外れアイテムとして袋詰め単位で放置されていた屑アイテムの一つ。

しかし、カンストキャラとそれに相応出来るモンスターが跋扈するユグドラシルでは、小指の先ほども使えなかった屑アイテムもこの世界であれば価値が発生する。

脅威度が三分の一程度なら大概の侵入者はひっかかって引き返す羽目になるだろう。

サイズがピンボールサイズなのも発見率を下げている。

 

迷いの森を抜けても更に奥に入れば防衛の要であるlv50のミスリルゴーレムが複数防衛線を張っていた。

これらはアイダホが所持していたものではない。

八欲王の出城と思しき小規模な拠点で未稼働状態のものを発見。

それをるし★ふぁー謹製の羽ペンを形状としたマジックアイテム《コマンドゴーレム/ゴーレム操作》で己の所有としたのだ。

ゴーレム使いや人形師のバフやパッシブスキルの補正はないが、それでも基礎Lv50であればこの世界では余裕で一国を滅ぼせる脅威を誇る。

他にも巡回タイプのLv35のアイアンゴーレムが十数体存在し、重要拠点の間をうろついて監視を行っている。

敢えて死なない程度に【逃げたら追うな】と設定しておいたのは、ゴーレムの脅威を知らしめる為である。

これで【迷子っちライン】を突破してきた冒険者連中が居たとしても追い払えるだろう。

 

 

(るし★ふぁーの奴。名前を反転して書かないと自動的に敵対化されるとか、やっぱりアイツ頭おかしいわ)

 

というか、こんな仕様にしたら自分が使う時に大変ではなかろうか。

もし、自分の分だけ普通の仕様だったら、最後に別れる前に一発凹っておくべきだったと思う。

 

 

こうして王国や帝国からトブの大森林を守る手立ては着実に築き上げられていた。

しかし、同時にアイダホはその状況が迂遠であるが第三者の手によって望まれた事であるのにも気づいている。

こうしてトブの大森林を支配する隠されたプレイヤーが、王国と帝国の前に姿を現すのを。

 

「法国の連中め……姑息な」

 

アイダホには何となくその先が見えた。

連中はアイダホに歴史の表舞台に出てきて欲しいのだろう。

最善であれば法国の神の座について欲しいのだろうが、それはアイダホに嫌がられている。

ならば、別の国家という形でも人類存続の為に、人類側の勢力として台頭して欲しいという事かもしれない。

 

(新しいプレイヤーによる国家でも作れというのか。糞がっ!!)

 

あいつらがこうなる事を予見してた事については腹は立った。

しかも、こうしてどうしようも無くなってから気づいたので悔しさも倍増だ。

 

(……………だが、あいつらだけが原因じゃない。こうなったのは、俺の甘さが原因でもある)

 

そう、こうなってしまったのはアイダホの自業自得でもある。

手慰みの人間の集落を維持するのであれば、もっと徹底すべきだったのだ。

それこそ、間引きすらも厭わない、生かさず殺さずを完璧に行うべきだった。

彼らの生活を抑制すべきだった。何故、甘やかしてしまったのだろうか。

 

 

 

 

 

「……………なぜ、だろうな」

 

ふと、アイダホは数日前の事を思いだした。

数日前、バレイショ町に住むとある老婆が老衰で死去した。

子供と孫、最近生まれた曾孫に看取られて安らかにこの世を去った。

 

そういえば、彼女は最初期にこの地に連れて来た者達だと思い立ったので最後を看取ってあげた。

 

最初に見た時は倉庫の中で震えていた少女は、皺くちゃの老婆になって町の施療院のベッドで寝かされていた。

 

「アイダホ様……ありがとうございました」

 

老婆は本心からの感謝を込めて、最後に自分の名前を呼んだ。

アイダホは、その言葉を聞いてなんだか無性に気持ちが落ち着かなくなった。

周りで老婆の死を嘆いている者達は涙を流していた。

しかし、アイダホはダークエレメントであるが故にどうしたらいいか分からなかった。

その後、遺族に看取ってくれた事を感謝されたが殆ど内容を覚えてない。

 

(何故、あの子を老婆になれるまで生かしてしまったのだろうか。そんな町を作ってしまったんだろう)

 

こんな人類に優しくない時代である。

老人になれるまで生き延びられるのは幸運であり、その前に病気や戦乱で死んだり果てには棄民されるのも珍しくない。

その事を考えれば、自分が作り出した社会はこの上なく恵まれている。

 

何故、とアイダホは思った。

自分はこんな社会を作り出してしまったんだろうと。

 

【助けて……】

 

少女だった頃の老婆の声が聞こえる。

 

【神様、助けて……】

 

違う、俺は神様なんかじゃない。

法国の連中みたいな事を言うな。

 

「……やめろ!」

 

アイダホは立ち上がると、コテージがある倉庫の一階から出て空へと飛びあがった。

三階建ての家屋が軒を連ねるバレイショの街並みが見える。

まだ夕食時であったが為、全ての窓に明かりがともっていた。

 

アイダホが育てた町。

同時に、望まぬ重みになってしまった存在。

 

「……でも、結局は。これは俺が作ったものだ」

 

バレイショから発した、新しい人類の国は少しずつそのすそ野を広げている。

トブの中央の隠れ里から発した、アイダホに救われた人々の歩みが。

いや、人々だけではない。ハムスケも、リザードマン達も歩んできたのだ。

 

「……壊せるのか?」

 

自分が集めた人々の生活。

自分がヒントを与え、彼らが努力し軌道に乗せたリザードマン達の養殖業。

自分がいない間、領主の名代としてトブの森全体の治安を守る家来であるハムスケ。

彼らを、自分の都合だけで【リセット】出来るものなのか?

 

「壊せるものか……今更」

 

アイダホのつぶやきは、トブの大森林を駆け抜けた風に乗って消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








アイダホさん、法国の超迂遠な策に乗せられグぬぬ
力はあっても受動的なその姿勢と戦略的視線の無さが思いっきり災いしました
所詮中身は一般人だし仕方ないね、助けてデミえもん!



4/25  葡萄味さん、誤字報告ありがとうございました。
    該当部は修正済みとなります。



4/26  蜂蜜梅さん、誤字報告ありがとうございました。
    該当部は修正済みとなります。



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「こ、これは……どういう、ことだ」

 

アルベドから手渡された指輪を、モモンガは驚愕と共に見た。

 

「はい、玉座の間の手前にある神像の陰に落ちていたのを配下の者が発見いたしました。

 内側に刻まれたサインから、アイダホ・オイーモ様のリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンである事は間違いございません」

 

モモンガは指輪の内側を確認する。

交差する二つの剣とアバターの目をイメージした円が二つ。

間違いない、アイダホ・オイーモのものだ。

 

つまり、彼は玉座の間のドアの近くまで来ていた。

これは動かない事実になった。確かに、彼はモモンガとの約束を果たそうとしたのだ。

 

しかし、どういう事だろうか。

何故、指輪はあっても、本人が居ないのだろうか。

 

指輪の一つや二つはいい。

宝物庫に引退したメンバーの分がある。代わりは効くのだ。

 

だが、ギルドメンバーの代えなど存在しない。

共にナザリックの栄光を築き上げた友達に、代えなど存在しないのだ。

 

「アイダホさんは、まだ見つからないのか?」

 

その冷えつくような声に、アルベドは恐懼しながら答える。

 

「お、恐れながらまだ見つかっておりません。姉のニグレドにも指示を伝え、ナザリック内部の更なる探査を行いました。指輪の魔力の残滓等も調べ追尾も行いましたが、そのリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが最後に使用されたのはかなり昔となります」

 

ドン、と玉座の肘掛が強く叩きつけられる。

そのままの勢いでモモンガは玉座から立ち上がった。

 

アイダホは見つからない。

指輪は見つかっても本人はいない。

利用履歴を見ても、明らかに転移したのは昔の施設移動。

 

リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンは、見つかった。

だが、それを所持したアイダホ・オイーモは見つからない。

居たという事実は発見しても、モモンガが何より知りたい彼の安否は分からない。

 

 

「糞がっ、糞がぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

支配者たらんとし、自制するつもりだったが我慢できなかった。

これが別の案件であれば自制できただろうが、唯一の例外であるギルメンに関しては無理だった。

オーバーロードの天に響く様な怒号に、更に縮こまる階層守護者。

そんな彼らの怯えなど知らぬとばかりに、ギルドマスターにしてナザリックの支配者は精神抑制を押し切る程の負の感情を放出した。

 

 

 

何故だ、何故自分は仲間と再会する事が出来ない!!

 

やっと孤独から解放されると思ったのに!!

 

彼だけが一人、自分と共に残ってくれた筈なのに!!

 

この奇跡を分かち合い、具現化したナザリックを共有できる筈だったのに!!

 

 

 

「あなたは、どこに行ってしまったんですか、アイダホさん!!!!!」

 

 

 

モモンガは堪え切れぬ激情をまき散らし、絶望のオーラを噴き上げる。

意識が揺らぐほどに精神抑制が繰り返されるが、それでも抑えきれない程の怒りとも嘆きとも言えない感情が駆け巡る。

うつむいたままの階層守護者達。その中で叫びを聞いたアルベドの口元が引き攣り、歯がギチリと咬み締められた。

 

 

 

 

 

セバスの報告は、まだ来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

森の中の街、バレイショ。

 

その中で近年になって建造され、まだ一部は増築を行われている施設がある。

魔樹の残骸から切り出された木材を軸に建造されている領主、アイダホの館だ。

その最上階の一室。彼の執務室でアイダホは書類を確認しながら物思いに耽っていた。

 

(………転移して、もう、百年近くか)

 

ナザリックを、モモンガを、アインズ・ウール・ゴウンを思い出すと無意識にあの指輪を思い出す。

ギルドサインが、自分のギルドメンバーのサインが彫り込まれた指輪の事を。

 

「どこにも見つからなかったよな」

 

自分が填めていた筈の指輪、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。

転移して暫くしてから、無くした事に気づいたアイテムだ。

思えば、アレを使えば一瞬でナザリックに帰れるのに知らない場所で方向も分からず飛んで帰ろうとした。

認識していた以上にパニックに陥っていたという事だろう。

 

その後、散々に探したが帰還の頼みとなる指輪はついに見つからなかった。

各種探索系のスクロールを使用し、アポート(アイテム召喚)を利用しても出てこなかった。

諦めれるまでは数年かかったが、今でも折を見て探す時がある。

 

(……結局、大陸の中央側近くまであちこち探したけど、指輪どころかギルドの痕跡や情報も一切見つからなかった)

 

百年間の間、彼は多くの時間をナザリックとモモンガの捜索に費やした。

しかし、その努力は直接の成果にはつながらなかった。

代わりに多くの人種亜種との繋がりや腐れ縁、八欲王や六大神、歴史には出る事なく朽ち果てたプレイヤーの痕跡は発見したが。

 

アイダホの中では結論が出ていた。

少なくとも、自分と同じ時期、もしくは過去においてナザリック大墳墓は転移してきていないと。

 

結論が出た時は随分と落ち込んだが、それでも期待できる時期が近付くにつれて立ち直る事が出来た。

 

(一縷の望みは来年。揺り返しの時期だ。これで来なかったらまた百年待たなきゃいけないのか……)

 

もし、来年が期待外れの年だったら。

いい加減、次の百年が経過するまでどこかの洞窟に籠って不貞寝してようかとも考えた。

今こうして領主の真似事をしなきゃならず、更に予定としては巨大な面倒ごとを来年辺りから抱え込む身としては。

 

(出来ないのが俺なんだろうなぁ。ああ全く、来年はゆっくり捜索出来る様に今年中に手間がかかる事は片づけておかないと。そうでなくても捜索の期間がどんどん削られてるってのに。ああ、どうしてあいつらは好き好んで俺に面倒ごと被せようとするんだろ)

 

それは神様ですから、と凄いいい笑顔で神官長達は言いそうだ。

神様ってなんだろ、とアイダホは哲学した。これ以上為政者の仕事が忙しくなるならヘロヘロさんは間違いなく労働の神様だ。

 

 

 

神官長達の顔を羊皮紙に見立ててクシャクシャと丸めてると、卓上の招き猫が目をピカピカ光らせる。

館内連絡用のマジックアイテムであり、一階の管理室に置かれている招き猫の右腕を下す事で電話の様に会話が出来るのだ。

アイダホも招き猫の右腕を下して通話状態にする。

 

「アイダホ様。ツアレでございます」

「ああ、ツアレか。どうした?」

「ご予定通り、イビルアイ様がアイダホ様にお会いしたいとの事です」

「そうか。じゃあジャイムスに案内させてくれ」

「かしこまりました」

 

猫の腕を押し上げて通話を終了させて暫しの後、執務室のドアの通路側からノックが響いた。

 

「おう、入れ」

 

ソファに移動していたアイダホが声をかけると「失礼いたします」との返事と一緒にドアが開いた。

 

黒いスーツに身を包んだ、老齢に差し掛かった執事が執務室のドアを開けている。

通されたのはまだ幼いとも言える少女だった。仮面で顔を隠し、黒を基調にした衣装を着用していた。

 

「やぁ、イビルアイ。久しぶりだ。どうぞ座ってくれ。ああ、ジャイムス。お茶は要らないからな。下がっていいぞ」

「かしこまりました。アイダホ様」

 

恭しく一礼し、執事がドアを閉めたのを見計らう様にイビルアイはソファに座った。

少女は落ち着かないのか、深々と腰が沈むソファを何度も座りなおしている。

都市国家連合で作られた特注のソファはお気に召さないのかなと考えていたら、イビルアイが口を開いた。

 

「頼まれていたのはこれだ。ラキュースが知り合いから手に入れた情報と、連中の近日の動きが載っている」

「いや、助かったよ。王国の情報を手に入れるには君らは最適だからね」

 

ムスッとした口調に内心苦笑しつつ、アイダホは書類を改めた。

 

そこには、王国を蝕み裏側を支配する犯罪結社、八本指の情報が整然と書き連ねてある。

腐敗の極みにある王国の支配層では、癒着し過ぎてもはや除去すら出来なくなった組織だ。

法国と関係のあるアイダホに王国の堕落と恥の集大成を見せるようなものだ。

イビルアイも、恐らくはそれ以上に彼女のチームのボスであるラキュース・アルベイン・デイル・アインドラは忸怩たる思いをしているだろう。

 

だが、近年はその八本指もいまいち調子が悪いらしい。

王都の直営している違法娼館が何者かによって破壊され幹部が死亡したり、蒼の薔薇や朱の雫の妨害で【黒粉】と呼ばれる麻薬の生産に妨害が入っている。

トブの大森林の中に麻薬畑を作ったりもした様だが、それも何者かによって畑と管理者や偶々視察に来ていた幹部が護衛も含めて壊滅している。

更に麻薬取引部門の長たるヒルマが王都から姿を消し行方不明になるなど、組織の中核たる部門長達とその武力たる五腕も神経をとがらせているそうだ。

 

(そういえばニニャの頼みでツアレを助ける時に、連中の幹部っぽいのが居たな? 気が付いたら死んでたけど)

 

救出する際に建物内に居た幻魔だかなんだかは、通路に居た雑魚という名の用心棒を一掃する為に放った衝撃波を食らいフレッシュミートになった。

あんな攻撃で一撃死する位だから周りの雑魚と変わらないし大して気にはしなかったが、あれでも一応戦闘部門の幹部だったらしい。

確認しなかったので今となっては分からない事だ。それに今更確認のしようがないのも事実。

 

ツアレをはじめとする娼婦達を手当をしてからミニ石像に変えて背負い袋にしまった後。

彼はその違法娼館を建物ごと爆砕して隠滅したのだから。

 

襲撃前に周囲にパーフェクト・サイレンス(完全なる静寂)を仕掛けたので傍目から見たら音も無く館が崩壊するのが見えただろう。

あの後、王都は随分大騒ぎになったようだが、アイダホからすれば知った事ではないので気にも留めなかった。

 

 

その点、麻薬畑の壊滅には慎重を期した。

明らかに領域の侵犯に値する為だ。背後関係も慎重に探って再犯が無いように叩き潰さないといけない。

殺さず無力化し、その後ハムスケのチャームスピーシーズ(全種族魅了)で支配して根こそぎ情報を抜き出した。

その情報からこの麻薬畑を企画した相手であるヒルマを手繰り出し、屋敷を襲撃して本人と証拠となるブツを根こそぎ持ちだしたのだ。

ヒルマも既にチャームスピーシーズ(全種族魅了)で支配して情報を抜き出し済みだ。

それらは情報の引き換えで渡した封筒の中に証拠と一緒に入っている。

 

ヒルマ達のその後はどうなったのか。

故郷にでも帰ったのだろう、なあハムスケ?

 

「ありがたい。これを使えば告発は出来なくても私達の作戦で効率的に麻薬部門の力を削ぎ落す事が出来る。感謝するよ」

「なーに、その辺は持ちつ持たれつだ。こっちとしても森の中に麻薬畑作ろうと企む連中なんざ許容できん。しかし、それだけ証拠を揃えても告発すら出来ないとはな。王都なのに司法が機能してないって本気で拙くないか?」

 

イビルアイは答えなかった。

ただ、小さく歯を噛み締める音だけが聞こえた。

悲しい位に腐りきり、自らを蝕む膿を絞り出す余力もない国。

ラキュースもイビルアイと同じかそれ以上に己の無力を嘆いてるだろう。

大変だろうなと同情だけはしつつ、アイダホはあえて明るい声を出して労う事にした。

彼女らは有能で勤労精神に溢れている。王国は兎も角、主に自分の為に頑張って欲しい。

 

「それと、今回の情報に対する報酬のおまけだ。君と君の属するチームは優秀だからな。

 今後も万全に活動を継続できる為の資金源だと思って受け取ってくれ。俺も、蒼の薔薇には期待しているよ?」

 

机の上にある鈴を軽く鳴らすと、執務室脇の使用人控室から三人の女性が出て来る。

深緑と白で組み合わされたメイド服に身を包んだ、三人の美しいエルフ達だった。

トブの大森林も人類側に属する。それを加味すれば彼女達の立場をイビルアイは想像できた。

 

「エルフの使用人……アイダホ、亜人種の奴隷とは趣味が悪いぞ! ……ん?」

 

イビルアイが不愉快を含んだ物言いをしたが、それは仕方がない。

人類の国家において亜人種は奴隷扱いされることが多いのだ。

エルフの奴隷は主に法国からの戦争捕虜による事が一般的と言える。

最近は奴隷制度を嫌悪した某人物の影響により、一時期よりは減ってはいた。

だが、それでも奴隷制が消えたわけではなく、細々と流通はしているのだ。

そして、イビルアイというよりも彼女が属する冒険者チームの蒼の薔薇はそういう事柄を嫌う。

 

以上の理由でイビルアイはアイダホに尖った物言いをしてしまったわけだがその言葉は途中で途切れた。

 

「耳が……再生されている?」

 

奴隷階級に落とされたエルフ達は、証として耳をその半ばまで斬り落とされる。

しかし、穏やかな面持ちでテーブルの傍までやってきたメイド達の耳は種族の特徴である長く尖った耳だ。

 

「お前たちは、奴隷じゃないのか」

「お客様、私達は奴隷ではございません。慈悲深きアイダホ様の御手によって救われ、その御傍に侍る事を許されたメイドでございます」

 

テーブルに三人のエルフ達が次々と木製の小箱を置いていく。

彼女らの手によって小箱が開けられると、その中には金貨がぎっちりと詰まっていた。

 

「彼女たちのいう通りだよイビルアイ。確かに昔は奴隷だったが俺が貰い受けてメイドにしたんだ。その証拠に耳は治っているだろう? こういう証明は正直好かないからな。だから、そんな不機嫌な顔はしないでくれよ」

 

仮面で動揺を隠しているだろうイビルアイに対し、アイダホは軽く肩をすくめて見せた。

 

「君達とは今後ともよいお付き合いをしたいからね。さ、報酬を受け取ってくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この三人のメイド、もといエルフ奴隷を拾った……というよりも雇用したのは数か月前の事だ。

帝都の観光ついでに側仕えとか雇用できないかなと考えていた頃合いである。

バレイショを本格的に国の中心として設える時、支配者が住む場所は相応に体裁を整えなければ恥を掻く。

当時はザイトルクワエの遺体を流用して建築が進む領主の館に、商工会から派遣されたお手伝いさんと清掃ゴーレムしかいない。

館に相応しい従者や使用人、メイドが必要だとの指摘を受け、それらをそろえる段取りをつける為に帝都へ赴いたのだが……

 

 

帝都名物の闘技場を覗いた時に、廊下に並べられて折檻を受けるエルフ達と変な気障男が目についた。

帝国でエルフを見かける事があれば、それは殆どが奴隷としてのエルフである。

何度か帝都を訪問していたアイダホは知識としてそれを知っていたが、目の前で行われている事は彼にしても不愉快に過ぎた。

周りを通り過ぎる人々からも隠し切れない嫌悪の感情が伺える事から、奴隷制度を公認している帝国人達からしてもこの男のやり方は暴挙なのだろう。

 

だから、アイダホが注意をしたのはしょうがない事だ。

いくら黙認はされても目につく範囲で立小便をしてたらそれは注意すべき事柄だ。

そんな感じで嫉妬マスクを被り感知抑制の指輪を装備したアイダホはエルヤーに注意をしたのだが。

 

結果、エルフの所有権、また白金貨30枚を賭けてその日の午後に飛び入り参加で戦う事が決定した。

何を言っているのかわからないと思うが、単なる注意をしただけの事からそうなってしまったのだ。

 

エルヤーのアイダホに対する愚弄と嘲笑に対し、アイダホが静かにブチ切れてしまっただけの事である。

そしてエルフの所有権の羊皮紙、またはアイダホが財布から取り出して提示した白金貨30枚が勝利者の報酬となった。

 

 

 

そのエルヤー・ウズルスがどうなったかというと。

 

剣技で言えばまぁ、確かにこの世界では上位であるとは思えた。

ユグドラシルのルール外である武技の発展型としては興味深くもあるが、それ以上に不愉快だったのでアイダホは潰す事にした。

こういう手合いはお上品に勝利しても事実を認められず、後で逆恨みしてくる場合がある。

なので、徹底的に心をへし折る事に決めた。単にむかついてたのもあったけれど。

 

「さぁ、我が剣の神髄を見なさい! そして屈するのです!!」

 

自信満々に切りかかって来たエルヤーの一撃を軽く手甲でパシッと弾く。

エルヤーご自慢の『神刀』は、隠ぺいの為に装備してきた聖遺物級の防具に細かい傷一つつけられない。

あまりにも退屈な一撃に、戦闘スキルを使う気にもならなかった。

というか、出会った頃のハムスケと戦ってもろくに抵抗できないんじゃなかろうか。

 

「えっ」

 

一瞬で眼前に現れた、動きとかそういう生温い感じではない出現。

残像を認識すらできないエルヤーは間抜けとも言える呟きを漏らす。

瞬時に間合いを詰めてから奴の両肩をホールド。

動けなくしてから種族スキルで利用可能なフィアー(恐怖)を流し込んでやる。

更に腰のベルトを引き千切ってズボンと下履きをずり落とし、後ろへと勢いよく突き飛ばした。

へたり込んだエルヤーは、落とした武器も拾わずがくがく震え出したかと思うと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!! )」

 

 

 

 

 

 

 

闘技場のど真ん中、大衆の眼前で全力脱糞して敗北するというその性根に相応しいラストを迎えた。

以前夜盗に対してフィアー(恐怖)を実験注入した時に、彼らが至った末路がアレだったのでそうなればいいかなぁと思ってやってみたらばっちりだった。

 

「おおー、期待通りだったねぇ。糞野郎だけにうんこブリブリだwww   っていうかクセェよこのうんこ野郎!!」

 

闘技場を埋め尽くす罵声と嘲笑のただなかで、アイダホはガッツポーズをとった後で罵倒し更に後ろに下がった。

もっとも多かった事例は狂死だったが、流石に闘技場でそれをやると問題になるので自重はした。狂死寸前の量だったのは秘密である。

それでも『最強の剣闘士(笑)』を自負し闘技場でもその扱いだった男がこんな敗北を迎えれば、それは剣闘士としての【死】だろう。

技量だけでなく世間的な評判も大事な剣闘士がこんな無様な試合を見せれば再起不能(リタイヤ)と言っても過言ではない。

アイダホからすればイラっとした相手をボコって社会的に抹殺し、丁度欲しかった側仕え達を手に入れたので一挙両得と言える。

 

こうして、アイダホは胸糞悪い手合いを成敗した上に、エルフ達を手に入れたのである。

ちなみに糞まみれになって嘲笑を浴びせられるあまりにも無様なエルヤーを、一番嘲笑っていたのはそのエルフ達だった。女って怖いね。

 

闘技場の試合中に漏らしたら人生終わるナリ。

 

エルヤー・ウズルスの人生は実際にして終わった。

そして、アイダホにとっては汚物野郎がその後どうなったのか等どうでもよかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イビルアイが転移魔法で王国の拠点側に去った後、アイダホは後片付けに勤しむエルフメイド達を観察してなごんでいた。

フリフリとしたエプロンドレスや、綺麗な文様が入れられたホワイトブリムが金髪の中で揺れるのを見ると精神が安定化してくる。

 

(メイド服を着たエルフは可憐だ……人間の文明社会の極みであるメイド服と、自然の神秘であるエルフの大融合。文明と自然と神秘のハイブリット、エルフ・メイドは正義! このギャップならタブラさんもきっと萌えてくれるに違いない)

 

この間法国の使者としてやって来たニグン・グリッド・ルーイン等は恐れながらと言いつつ諫言してしたが、アイダホは全く気にしてない。

このエルフ・メイドの善さに比べれば、法国とのエルフに対する扱いの不一致など些末な事柄である。

 

アイテムボックスの中に入ってたヘロヘロ、ク・ドゥ・グラース、ホワイトブリム監修の衣装データ集【メイド衣装百下百全】。

その中から抽出したデータを描き起こし、帝国の帝都アーウィンタールで一番と言われた仕立て屋に白金貨がぎっちり詰まった小袋と共に依頼した。

 

(当時はメイドは可愛いと思ってたけどその程度だったし、あの三人が騒ぐ理由が解からなかった。しかし、こうしてみると……素晴らしいなぁ)

 

金を惜しまず仕立てたメイド服は素晴らしい出来具合の一言だった。

帝国の優れた日用魔法により劣化防止、汚れ排除、形状記憶、の効能がかけられている。

メイド萌え三人衆の徹底した拘りによる清楚さと機能美に満ちたデザインは秀逸の一言。

 

(ツアレの御淑やかさもグっとくるし、三人の神秘さとメイド服のコントラストも堪らないんだよなぁ)

 

しかも、それを纏うのがツアレとこのエルフ達である。

異形種故に人間や亜人に対する美意識が愛玩止まりのアイダホでも、久方ぶりに動揺を感じてしまった位だ。

「メイド服は決戦兵器」というホワイトブリムの言葉は真理である。心洗われたアイダホであった。

惜しむらくはこの完成されたメイド美を三人に見せられない事だ。

ホワイトブリムなら感極まって絶叫しつつ模写しただろうに。

 

(後は、メイドとしての本格的な教育が問題なんだよな。アルシェの処で働いてた執事と奉公人が頑張ってくれてはいるが。まだメイド服着たお手伝いさんだし。その辺、追加でアルシェに相談してみるか。元貴族だし教養系の伝手はあるだろ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メイド服を作り上げた仕立て屋が出来栄えに感動し、アイダホに土下座してデザインの一部を流用する事を許された。

そのデザインは仕立て屋の腕と才能によって瞬く間に帝都で流行する衣装を構成する事になるのだがそれは余談である。

 

 

 

 

 

 




守護者一同「セバスー!はやく(報告に)きてくれー!!!!」




尚一年早く救出が行われた為、娼館に売り飛ばされてからそれ程日にちが経っておらずソリュシャンの飢えを満たしたツアレさんのアレはありません。ツアレさんも不幸な過去に苦しんではいますが、あの鬼畜娼館で受けた苦しみそのものは大幅に減少しています。

ツアレさん+エルフメイドズのメイド服は、ツアレのステータスに表示されていたイラストのタイプをやや装飾華美にし、黒地を深緑色にした感じとなります。
服の文様は蔓や葉の形をイメージしてあります。


4/30 gi13さん、誤字報告ありがとうございました。










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結2

含有率3%位



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お願いです、助けて、ください……私が、死んだら、妹達に待つのは破滅だけなの!!」

 

「許してください、なんでもしますからっ!!」

 

「ん?」

 

「今……何でもするって言ったよね?」

 

 

自分を見下ろす圧倒的強者。

その緑色のフードの奥に揺蕩う暗がりがざわりと。

ぼんやりと浮かぶ二つの丸が、わずかに歪んだような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、アルシェ。起きて!」

「ファッ!?」

 

アルシェ・イーブ・リイル・フルトは、研究所の仮眠室で目を覚ます。

自分を見下ろしているのは、バレイショ魔導研究所のガウンを着た中性的な少女ニニャだった。

手には赤色の宝石が組み込まれた白銀製の《アルケミスト・ロッド》が握られている。

 

「一時間後には、今月の定例研究会よ。ちゃんと身嗜みを整えておかないと」

「あ、ごめんニニャ。目覚まし寝たまま止めてたみたい……」

 

仮眠室共用の目覚まし時計は、無意識に止めた時に倒してしまったのか横になっている。

この目覚まし時計は便利ではあるが、何故か女の子がアイダホの名前を甘ったるい声で呼ぶという変な仕様。

ニニャがいうには仮眠中に低い声で怒鳴られた事もあり、色々謎の多い代物だ。

 

「じゃ、私は先に行って会議室を整えてくるから。遅れたらダメよ?」

「うん、分かった。すぐに行くから」

 

ニニャがドアを閉めた後で、欠伸をかみ砕きながらアルシェは寝間着を脱ぐ。

こちらに来てから体が歳相応の成長を始めた様で、胸周りが明らかにふっくらとした感触を示し始めている。

そういえば、尻周りが下着と少しばかりフィットしなくなっているような気もする。

 

(次の休暇で下着、買ってこないと)

 

かつての心因的な疲弊と、ワーカーとしての過労。

元貴族とは思えない程の困窮から解放されたからだろうか。

 

(後は、もう少し生活のリズムが整っていればね。最近、残業が多い……昨日は帰れなかったし。肌荒れしないといいなぁ)

 

この研究所務めを始めてから、就寝時間や領主の館にある自室に帰る時間がずれる事が多い。

特に最近は魔法の創造物の調整が佳境を迎えており、ニニャも自分も仮眠室の利用が増えている。

アイダホは冬ぐらいには落ち着いてゆっくり出来るとは言っていたが。

 

(ああ、妹達をじっくり構いたい。癒されたい)

 

自分と同じく領主の館で世話をされている妹達の事を思いながら、研究所支給のガウンに袖を通す。

緑と黒を組み合わせたガウンで、耐火、耐爆、耐酸、耐刃、対魔の付与が為されている。

もっとこの研究所が大きくなれば、階位ごとにガウンの意匠やネクタイを増やすそうだ。

と言っても、今この研究所に居るのはアルシェとニニャ位だが。

他はアイダホが放浪時代に集めたという低位から中位のゴーレムでオートメーション化されている。

 

「ん、よし……」

 

顔を洗面器に満たされた水で洗い、タオルで拭ってから櫛で軽く髪を梳いて寝癖を直す。

ベット横のサイドテーブルに置いてあった、タレントの魔眼を制御する眼鏡をかける。

最後にベットに立て掛けてあった杖、アイダホから授与された無数のルーンが刻まれた《智者の杖》を手にして仮眠室から出る。

研究所とあって、むき出しの壁材と室名が描かれたプレートがあちこちに張られている無機質な通路を歩いていく。

時折資材を担いだウッドゴーレムとすれ違うが人気は殆どない。

 

暫く歩くと、ドアの両脇をアイアンゴーレムが挟むように守っている会議室が見えた。

侵入者を見ればすぐさま拘束しようと襲い掛かるゴーレムは、目の前を過るアルシェには何も反応しない。

軽く息を整える。ドアの前に立ち、ノックしてから入る。

 

「申し訳ありません。遅れました」

「いや、こちらが早く来過ぎた様だから気にしなくてもいいぞアルシェ」

「アルシェ、角砂糖は二つでいい?」

 

室内は魔法の光源で照らされ、魔力で動くシーリングファンがゆっくりと回転している。

会議室内は、十人程が座れる黒曜石製の円卓があり、既に着席者が三人居た。

暗がりの中から光点がぼんやり二つ浮かんでるアイダホ、そして人数分のお茶を淹れているニニャ。

 

「遅いぞアルシェよ。魔導を極める為の時間は幾らあっても不足ではないのだからな」

「も、申し訳ありませんパラダイン様」

「おいおい、そう責めるなよフールーダ。予定よりかは早いんだからさ。そうせっかちにならんでも会議は逃げないって」

「申し訳ありませぬ。どうも知識欲が抑えきれず急かしてしまいましたな」

 

そしてアイダホの隣の席に座り、長い白髭をゆっくりと撫でている老人、フールーダ・パラダイン。

 

バハルス帝国の主席宮廷魔法使い。

帝国魔法省最高責任者にして、皇帝ジルクニフの側近中の側近。

帝国魔法学院の開設者でもあり、通学していた時代の恩師でもある。

アルシェにとって、否、帝国で魔法に関わる人間にとって雲上人と言ってもいい存在だ。

 

その雲上人が帝国から正式に国家と認知されていない無所属の街の研究所に居る。

常識で考えればあり得ない話だ。魔導を追及する為にバハルス帝国大魔法詠唱者の塔にて、弟子達と日々研鑽に励むのが常とされる老人が。

皇帝たるジルクニフの横ではなく、茶菓子であるスイートポテトをモグモグ食べているアイダホの横にいる。

 

しかも、これから話す事を考えれば、あなた帝国での立場はどうしたのかと叫びたくもなる内容である。

 

「じゃ、全員揃ったし始めようか。フールーダ、進行役お願い」

「はい、では今月の研究会を始めましょう。討議内容はアイダホ様が優先すべきとする軍用ゴーレムの開発及び製造についてですな?」

 

そう、会議で話されるのは、アイダホが率いる軍勢で導入される魔導ゴーレム。

場合によっては対帝国戦に投入される危険性があるのだ。

無論、帝国の安全保障に深く関わる老人がそのリスクを知らない訳がないのだが、当のフールーダは話し合いに夢中だ。

 

「ああ、そうだ。前回の研究会で発表したように試作機は既に調整が済んでいて、量産機に向けての簡易化が行われてるのはみんなが知っての通りだ。今年の収穫期までには量産、そしてある程度実戦訓練をしておきたい。ぶっつけ本番は危険だからな」

「では、1ページにあるようにゴーレムの命令機能は削減し、術式の構成も簡易化を図るのですな?」

「そうだ。もう半年開発が早ければ汎用性を高めてたところだが、今は実用性の方が大事とする。それで5ページ目を見て欲しい。これはニニャの提案なんだが……」

 

フールーダが顎髭をしごきながらゆっくりと。

アルシェとニニャはせかせかと羊皮紙をめくり始める。

フールーダがここに滞在している時は、ニニャとアルシェと同じ緑色と黒を組み合わせたガウンを羽織っている。

勿論、デザインもそっくりである。

 

(パラダイン様、それって……)

 

アルシェは彼の装いに突っ込みを入れたくなったが止めた。

フールーダの魔法の深淵への追及に関しては、常軌を逸しているのは帝国の魔法使い達ではよく知れた事だ。

彼が帝国に忠義を尽くしているのも、帝国の術者への庇護が厚い事と魔法への理解があるからだ。

 

しかし、それ以上の魔法の深淵たる知識をアイダホが齎したのであればどうなるか?

不思議と神秘と謎の塊であるアイダホは、魔導の常識を覆すような技術なアイテムをポンと出してくる。

実際、アイダホは所蔵している魔法書の幾つかをフールーダに進呈しているらしい。

そしてフールーダとアイダホが接点を持つようになって暫くの後、フールーダの階位は第7位に上昇した。

その時の話をすると、何故かアイダホが足元をヒョイと引っ込めるのだが真相は不明である。

 

(パラダイン様がこの計画に加担するという理由。それは必要とあれば帝国よりも領主様を選ぶという事)

 

アルシェは、もし帝国とアイダホが決裂して戦争になった場合。

フールーダはアイダホ側に付くと確信している。

この魔導の究明に憑りつかれた老人は、ジルクニフよりも未知の知識を供与するアイダホを選ぶだろう。

そうでなければ、帝国を脅かす可能性がある兵器の製造計画に携わる訳がないのだ。

それは帝国と、皇帝ジルクニフに対する明確な裏切りなのだから。

 

(でも、私はそれを止める事も、そのつもりもない)

 

元帝国の貴族であるアルシェであるが、実家を取り潰した帝国に対する未練はない。

仲間達はこの領地を貴族の依頼で探りに来て捕まって以来、完全にこちら側に組み込まれている。

妹達はアイダホに保護され、そしてフルト家に仕えていた者達は領主の館で働いている。聞き分けのない両親はまだ眠ったままだが。

生まれ育った家も既に競売にかけられ、かつての名残も消えているだろう。

気がかりとすれば学院時代の級友や後輩達。満足に別れも告げられなかった。

自分に気をかけてくれたジエットは元気にしているだろうか。彼の事は時々思い出す。

 

(今の私は、バレイショ魔導研究所所属の研究員なのだから。覚悟を決めないと)

 

アルシェは説明が続いているゴーレムの構造の図面に目線を落とす。

まずは、これを実用化させる。これらが完成し量産化されれば、戦場は一変するとアイダホは言っている。

 

(私は、この街の、いずれ出来る国の、魔導を司る者にならないといけないのだから)

 

ならなければいけない。

自分と、妹達の未来の為に。

アイダホからかけられた期待に応える為に。

 

 

 

 

 

アルシェとニニャは、アイダホにとって現時点における最重要人材だった。

何れは魔導の全面導入による、総合力の強靭化を目指す術者の軸となるべき存在だ。

 

その根拠はニニャはタレントによる才能、アルシェは常軌を逸した成長速度による。

 

ただアルシェの成長度はかつて元師であるフールーダから、今後の成長的余地は厳しいと指摘されている。

あと少しの所まで来た第4位までは確実、だが、その後の第5位に至れるかが生涯をかけた宿命になるだろうとも。

正直、タレント【魔法の習得を倍の速度で行える】の特異性を見込んでいるニニャの方が断然期待が持てる。

 

アルシェの現役時代は第4位までが限界。

死ぬまで研鑽して5位に至れるかどうか。

この世界の魔法使いとしては文字通り大成の領域だろう。

だが、アイダホからすれば全然物足りないの一言だ。

その程度では大した事なんてできない。

とてもだが、彼が要求するレベルではない。

モモンガやウルベルト、タブラ・スマラグディナらの超位とまではいかずとも、最低でも第8位までは到達して欲しいのだ。

ニニャはタレントを使い、潤沢な資料とアイテムと触媒、実験施設とその機会を与えればこれまでより更に上位に昇格するだろう。

 

無論、アイダホも二人に随分な無茶を期待しているのは理解している。

普通の手段で研鑽をしたところで即座に結果が出る訳でもないし、出るにしても何十年かかるかどうか。

 

だからこそ、ユグドラシルのアイテムと知識がものをいうのだ。

 

(平均的な魔法使いが生涯かけて第3位を目指すのに対してアルシェはたった数年でそこに至った。異様な早熟である特性は捨て難い……問題は既に成長限界が近いって事。となれば)

 

アイダホは、とっておきの切り札を投入する事にした。

 

(上限の蓋をとって、もっと上を目指させればいい。この指輪の奇跡で!)

 

取り出した指輪は、二つの星が砕けている。

だが残りの一つは見た瞬間に抑制が無ければアルシェが嘔吐するレベルで、凄まじい魔力を含有している。

かつてギルマスの夏のボーナスを須らく吸い上げた魔性のアイテム。

超位魔法ウィッシュ・アポン・ア・スター《星に願いを》を経験値消費無しで使える流れ星の指輪(シューティングスター)

アイダホはこれを二つ所持しており、残り四つの星を温存している。

 

アイダホは転移して暫くの後、指輪を二回使用している。

彼が望んだ願いは、【モモンガとの再会】【ナザリックへの帰還】。

勿論、叶っていたら彼はトブの大森林で為政者などやってはいない。

この時ばかりはアイダホも荒れ狂い、「ふざけんな、課金分返せよ糞運営!!」と周囲に当たり散らしハムスケを怯えさせていた。

 

「これを使う価値が君にはあるよアルシェ。君はニニャと共に『逸脱者』になってもらう。俺の森を、国を魔法をもって守護する存在に。以後の国家の基盤を作り出す為の投資と考えれば、この奇跡を使うのは十分有意義だろう」

 

自分に奇跡を行使する事を聞いて恐懼するアルシェに、アイダホはこの指輪を使う意義を説く。

ニニャにしても、彼女と同じ価値を持ち、同じ責任感を持って欲しいからだ。

 

「アルシェ。君ならわかる筈だ。帝国魔法省とフールーダ・パラダインが帝国に寄与したあまりにも大きな恩恵を。ニニャ。君ならわかる筈だ。王国が術者(キャスター)を蔑ろにした結果、国力から軍事力まで帝国に大きく遅れを取っている事を」

 

二人の目に理解が浮かんだのを確認してから、アイダホは言葉を続ける。

 

「俺はどこまでいっても前衛の戦闘職だ。いくら戦闘で魔法を使えてもそれだけだ。俺や身の回りだけなら、それでも十分だったろう。だが、君らも知っているようにこれからはそれでは済まされない。これから必要なのは組織的な術者の養成と技術の蓄積。国造りの要になる魔法の数々。今までは第3位が到達点であり、第6位は奇跡だった。だが、数十年後の俺の国では第6位は普通で、第9位を一流とする。最高導師は超位を使える、これが理想だ」

 

アルシェとニニャの目と口が、どっかのアクターの如く埴輪みたいになってるのを見てアイダホは当然だと思う。

アイダホは今までの魔法の世界を完全に塗り替えるつもりなのだから。

そして、その先鞭を自分達で付けろというに等しい要求を突きつけられているのだ。

 

「これを実現出来れば、帝国はもちろんの事、王国はこちらへと口出しできない様になる。それだけの技術と軍事力、国力と豊かさを生み出せる」

 

将来的には法国も。これは口の中に留めておいた。

執務室には盗聴や念視対策は施されているが、法国の目と耳はどこにあるか分からない。

 

「その為の初歩が秋の作戦だ。必要なものがあれば、申し出る様に。俺の手の及ぶ範囲で可能な限り用意しよう。二人の奮闘を期待する。

 まずは、その第一歩として……指輪よ。I WISH (俺は願う)!」

 

奇跡を呼ぶ指輪の片割れは消失し、代わりにアルシェは己の限界を超えた天賦の才を手に入れる事になる。

彼女が数多の願いをかなえる星一つの奇跡につり合う存在になれるのか。

 

それはこれからの歴史が語るだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワールドアイテムの一つ、20の内の一つ。

 

熾天覆う七つの円環(ローアイアス)

 

アイテムボックスにしまってある、とあるギルド跡地で発見した切り札だ。

見かけは七枚の花弁を付けたバックラーなのだが、コマンドワードを唱えると七枚の神の城壁に匹敵する防御力を発揮する。

同じ20の超位攻撃すら相応のダメージを吸収して花弁の枚数の消滅と引き換えに防ぐことが出来る。

 

そして、これが一番大事なのだが。

熾天覆う七つの円環(ローアイアス)と同格かそれ以下であればワールドアイテムの干渉をも防ぐ事が可能。

それはすなわち、法国の切り札である漆黒聖典所有のワールドアイテムの脅威を防げる可能性が大いに高まったという事になる。

ロンギヌスと傾城傾国が熾天覆う七つの円環(ローアイアス)を上回るか。

または熾天覆う七つの円環(ローアイアス)を凌ぐ上位のワールドアイテムを持ってこない限りは、だが。

 

(これが手に入ったおかげで、背中が随分と寒くならなくなったような気がする。何十年も探した甲斐があった)

 

漆黒聖典のロンギヌスと傾城傾国、そしてツアーが所蔵する八欲王のワールドアイテム。

あれらはこの世界において破格の戦闘力を誇るアイダホにしても脅威だった。

幾重ものスキルと全身を固めるゴッズアイテム、パッシブスキルで身を守るアイダホを唯一屈服させれる鬼札。

それを防ぐアイテムを手に入れるのは自分を守る為に当然だった。

 

(俺はたった一人だ。まだ後継者も引き継いでくれる仲間も居ない。死んだり洗脳されたらそれで終わり。幾ら備えても不足はない。今の有様で俺が倒れたら全部終わりだ。この状況であの国が下手を打つとは思えないが、今年のイベントでパワーバランスが変化したらどうなるやら。最悪、法国が俺を傀儡にしようとするかもしれない)

 

アイダホは元特権階級故に知っている。

国家間に真の友人はいないのだと。

生き残る為には昨日まで手を組んでた相手の背中に、ナイフを突き立てねばならない時もあると。

 

法国は今のところ友好的には関係を続けられている。

アイダホも出来れば今後もよいお付き合いを、と思っている。

 

だが、今後も必ずそうあり続けれるとは限らない、とも考えていた。

アイダホが「彼らの望まない、危険な神」になった場合、彼らは自分を排除しようとするかもしれない。

その悪神の定義が「法国側の都合であり、アイダホ側からすれば不遜」だとしてもだ。

悪神となったアイダホに、ロンギヌスと傾城傾国。更には番外席次が差し向けられるのは当然の事なのだ。

 

完全に回避するなら連中の要求を全面的に呑んで、法国の七柱目に就任する事だろう。

しかし、それはアイダホにとってはご免被る事案である。今まであれこれやらされた身としてはだ。

アイダホとしては「なんで俺がそこまで砕身粉骨してお前ら保護しなきゃいけないの?俺はお前らの母親じゃないんだぞ!?」と言いたい。

ただ、六大神に保護され、それでやっと存在を維持できた経緯がある人類であるからこその歪みではないかとも考えてはいる。

 

(問題は法国だけじゃない。今のウチもよくない傾向だ。食い扶持は増える一方だし)

 

単騎の英雄だけでは、国を支え切る事は出来ない。

国殺しのドラゴンや巨人を倒せても、国家とそれに属する人々を維持し続けれる訳ではない。

国家は存在するだけで膨大な食料と資材と資源を消費し、国民は毎日消費しては糞を放り出す。

難民の寒村から始まったバレイショは、今や三か国に囲まれた森の国の首都へと変貌する寸前にまで至った。

守るべき場所も範囲も初期とは比較にならない程拡大し、来年あたりで更に飛躍する、予定だ。

 

(少なくとも今まで通りの俺だけってのには限度がある。抱えてるものは大きくて、今もなお増量中だ)

 

バレイショ、オーレ・アイーダ、更に新設中の穀倉都市だけで国民は既に2万に近づいている。

警備隊と称した国軍括弧仮も、森林警備隊とシティーガード、野戦隊で合計500人を超えている。

 

傾きが激しい王国からの流民で、人口は増える一方だった。

近年の帝国との継続的なカッツェ会戦という名の見栄っ張り合戦の後遺症だ。

 

働き手が減る一方なのに税だけはきっちり取られて首が回らなくなった村。

戦時徴用として余剰の穀物や食料を端金で買い叩かれ冬を越せなくなった村。

貴族の所持する治安戦力が疲弊して各地の治安が悪化し、元農民の暴徒に襲撃され生きていけなくなった村。

 

そんな風に王国から逃げ出した流民達が、逃亡先の一つとして選んだのがアイダホの領域である。

法国はお国柄故に受け入れに厳しく、帝国がおもな逃亡先だったのが二つに増えたのだ。

彼らの食い扶持を維持する為にストックの放出といくつかのアイテムの解放、帝国からの輸入を増やす必要があった。

食料の貯蓄の為に穀倉地帯の開発を行う事を決定した位だ。誠に遺憾ながら法国の援助も受けなければならなかった。

 

(こんな状況が続いたら絶対に首が回らなくなる。それだけに、秋の作戦は絶対に成功させる。その為に……)

 

アイダホは、執務室に貼られた大陸の地図を見た。

トブの大森林の東側に広がる人類圏最大級の国家。

リ・エスティーゼ王国。斜陽の大国。

 

(新しい国造りに必要なのだ。どの道緩慢に滅ぶのなら、俺と俺の国の為に有意義に滅んで貰おうじゃないか)

 

大陸の歴史を変える、アイダホの決意。

それを知るものは今はまだ居ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




爺の即堕ちって全然萌えない(絶望
どんどんいろんな物担がされるアイダホさん
ギルマスー、早く来てくれー!! そして代わりにやってくれー!!







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結3

 

 

帝国魔法省。

 

バハルス帝国を裏表に支える原動力と言える魔法の力を生み出している場所。

皇帝直轄の近衛隊の『ロイアル・エア・ガード』や『ロイアル・アース・ガード』の騎士団により厳重に警護された場所。

ここでは魔法によるあらゆる試みが為されている。

軍事、生産、産業、日用、様々な用途の魔法が日々研究され実用化されている。

この省一つの存在で帝国は旧弊な王国をあらゆる意味で凌駕しつつある。

後数年も経てばもはや取り返しのつかないレベルまで。

 

幾重もの壁で施設が区分けされている魔法省の中で、もっとも奥まった場所にその塔は存在した。

そこに普段通りフールーダ・パラダインは数人の直弟子を連れ、定例の視察を行っていた。

 

しかし、一つだけ普段とは異なっていた。

 

「ここで待つがよい」

 

フールーダは、弟子達に待機を命じたのだ。

塔の最下層に通じる螺旋階段の手前で。

 

弟子達は当惑した。

この先に存在する【怪物】の事を考えれば当然の事だ。

 

「師よ。しかし危険では……」

「良いのだ。私一人で。二度は言わぬ」

 

皺と眉で細められた目が、弟子達に対して凍てつく様な光を放つ。

口答えをするな、と。そこで黙って待て、と。

 

「わ、わかりました」

 

直弟子達の中でも最も優秀な、第5位に一番近いとされた弟子が一礼する。

慌てて他の弟子たちも追従するかの様に一礼し、師への承諾の姿勢を示す。

 

だがその時にはフールーダの姿は既に螺旋階段の下を目指していた。

弟子達の姿など目に入らず、彼らの返事などどうでもよいとばかりに。

 

 

長い螺旋階段を下り終えたフールーダは最下層に到着した。

心と身が凍り付く様な最下層に居る存在が放つ威圧感。

普段であれば緊張しているフールーダの表情はまるで恋人と逢引するそれだ。

手早く精神防御と物理防御の魔法を己にかけると、待ちかねたように目の前にある扉の開閉を行うキーワードを唱えた。

 

鈍い鉄の大扉が開く音と共に、中から冷気とも霊気とも判別しかねる異様な空気が流れ出す。

気が弱い人間であれば気絶するか発狂しかねない、悪意と敵意に満ち満ちた死者の怨念が実体化したかの様な。

生者を拒絶し圧殺するとばかりに張り巡らされた気配の中を、フールーダは進んでいく。

 

その視線の先に、それは存在した。

 

墓標の様に打ち建てられた石の壁に、幾重にも強化された鎖によって張り付けられた巨体。

偏執的と言えるぐらいに巻きつけられた鎖は、それを封じているものに対する恐怖の裏返しとも言える。

 

凶悪なデザインを施された漆黒の全身鎧。

フェイスガードの無い兜と、朽ち果てた眼窩の中より放たれる赤い双眸。

その双眸は見つめるだけで心の弱い者の精神を破壊しかねない憎悪に満ち溢れている。

両手には武器は握られてないが、一度解き放たれれば一瞬でフールーダを防御の加護ごと拳で粉砕するだろう。

 

 

死の騎士(デスナイト)

アンデットの聖地たるカッツェ平野にて確認された最強格のアンデット。

定期討伐の騎士中隊を為すすべも無く半壊させ、フールーダが率いる魔法使いの部隊が空中からの攻撃で漸く弱らせ捕獲したものだ。

 

死の騎士(デスナイト)の強さに惹かれたフールーダは、何とかしてこのアンデットを支配しようと試みた。

捕獲してから四年もの間、彼の知識の及ぶ限り、所持しているマジックアイテム、果てには専用のマジックアイテムを編み出して支配を試みた。

だが、結果はでなかった。四年の成果はならず、いまだ死の騎士(デスナイト)は隙あればこちらを殺さんとばかりに睨みつけてくる。

 

 

フールーダは死の騎士(デスナイト)の、

 

 

「お待たせいたしました。アイダホ様。人払いは済ませております」

 

 

手前で折り畳み式の椅子に座って待っていた軽装戦士風の男の前へと進み、恭しく片膝をついて頭を下げた。

皇帝ジルクニフが見たら目を剥くような、主君に対してよりも深く敬意に満ちた仕草である。

 

 

 

 

「いや、時間通りだ。こっちもフールーダが塔に入るのを見計らって跳んできた。ここの雰囲気じゃ菓子や茶を嗜む気にはならないからね」

 

男は軽く手を振ってフールーダに立つように言う。

フールーダは礼を強調するように、ゆっくりと立ち上がる。

これでも男の度重なる説得により、簡略化した位だ。

一時は這い蹲ったまま舌なめずりをしてにじり寄って来たので軽くトラウマものである。

妖艶な美女がやってくれればうれしいかもしれないが、相手はいい年したじい様だ。

目の前の死の騎士(デスナイト)よりも百倍は怖かった。

 

「それで、今回の帝都来訪のついでに……以前の約束を果たす訳なんだが。つまり、貴方が望むこの死の騎士(デスナイト)の支配だ」

「おお、やはり、貴方様はその死の騎士(デスナイト)を支配する事が可能なのですかっ!」

「いや、俺はアンデッドの支配や創造の魔法は使えないんだ」

 

目を輝かせるフールーダに、アイダホはすまなそうな口調で答える。

アイダホの使用可能な魔法は戦闘用の攻撃魔法や補助魔法が大半であり、モンスター召喚、創造系の魔法は殆ど習得してない。

 

「サモン系は専門外でね。だが……貴方の助けになるマジックアイテムを与える事が出来る」

「ア、アイテムですか?」

「ああ、これを使えばアイテムの強制力によって、アイテムへ登録した者にアンデッドを服従させることが出来る」

 

どこからともなくアイダホが取り出したのは杭の様に先端を尖らせた一本の骨。

おどろおどろしい呪文が書き連ねてある呪符が満遍なく張り付けられた禍々しさ満載のそれは【支配の頸】。

この骨に自分の名前を登録し、アンデッドに突き立てれば下位から中位までのアンデッドを支配可能となる。

 

知り合いの某オーバーロードが課金ガチャで山盛りにしてた外れアイテムのそれを、魔法戦士用の課金ガチャであふれた外れアイテムと交換して手に入れたブツだ。

オーバーロードのコレクター魂を満足させる為に交換したのは良いが、正直ジョブ的にもレベル的にも全く使い物にならない代物。

適当に【外れアイテム用】と書かれた無限の背負い袋の中に放り込み、ずっと放置していてこちらに来るまで完全に忘れ去っていたアイテムだった。

 

(しかし、迷子っちといい、こいつといい。こっちに来て百年。ゴッズアイテムよりも外れの屑アイテムの方が使用頻度と価値が高いってどうなんだろ?)

 

ユグドラシルでは微妙過ぎて単なる置物かゴミ箱行き、机の中に置き忘れてカビまみれになる給食のパン的扱いの課金外れアイテム。

それがこちらに来てからは罠から外敵駆除に便利な労働力、果ては輸送力などまで利用できるという有能振り。

温存し過ぎて百年で両手の指位しか使ってないゴッズアイテムより、遥かにアイダホの活動を手助けしている。

尚、外れアイテムやゴミアイテムは遺跡やギルドの廃墟にも多数転がっていて、それらもアイテムを作れないアイダホの大いなる助けになっていた。

 

(こいつもカッツェ平野で中位アンデッドをハントする時には便利だものな)

 

アンデッドを支配する魔法や手段を持たないアイダホにとって、無駄に多いこの【支配の頸】は便利な使い捨ての駒を入手するのに重宝していた。

マジックアイテムの広域動体サーチャーで中位アンデッドを見つけては魔法の束縛縄(ルーン・ロープ)で対象を捕獲。

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)死者の大魔法使い(エルダーリッチ)、廃墟群から湧いたのか死の騎士(デスナイト)を捕獲した事もあった。

前の二種なら複数、死の騎士(デスナイト)なら単独を引き連れて上位瞬間移動(グレーター・テレポート)を利用。

軍事行動の時期に入ったビーストマン国の後方に転移、『目についたビーストマンを殺せ』と命令してからポイっと放り込む。

 

後はそのまま。

そうすると何故か連中の動きが悪くなったり、上手く行くと攻勢が発生しない場合もあってとても楽になる。

わざわざ竜王国に出張して陽光聖典に拝まれながら戦う手間が無くなり、自分の仕事に専念出来るようになって非常に助かるのだ。

何かと仕事が多くなった近年において、大変重宝している一品とも言える。

 

そんな感じで再評価して重宝しているアイテムを、死の騎士(デスナイト)を支配しようと悪戦苦闘しているフールーダに譲ろうと考えた。

彼には帝国の情報から組織の構成案、学術的な意味合いでの魔法に対する講義、ニニャとアルシェに対する指導などかなりの手助けを受けている。

今までも魔導書などの贈り物はしたが、ここらでまたご機嫌を取ろうと考えたわけである。

自分に対する崇拝は正直ドン引きだが、アイダホにとってはあの二人と同格かそれ以上に非常に重要な人物なのだ。

 

「おお、確かに、特殊な術式を感じますぞ。ぬぬっ、これはまさに未知としか……り、利用法は如何に?」

「骨の横に何も書かれてない呪符があるだろ?そこに支配者の名前を書けばいい。ペンでも血でも大丈夫だ」

「わ、わかりました」

 

フールーダは震える手で握ったペンを使い、呪符に自分の名前を書き込んでいく。

普段は達筆な彼も、過度の緊張の為かかなり文字がぶれていた。

 

「出来ました!」

「後は、死の騎士(デスナイト)にその尖った方を軽く叩きつけてやればいい。後は吸い込まれて支配を開始するだろう」

 

フールーダは未だにギシギシ鎖を軋ませて暴れようとしている死の騎士(デスナイト)に向き直る。

そして躊躇の無い動きでその血管の様な文様が描かれた胸甲に、手で握った【支配の頸】の先端を叩きつける。

 

「おお!!」

 

フールーダが驚嘆の声をあげた。

 

【支配の頸】は先端が接触した瞬間、禍々しい黒い瘴気となって死の騎士(デスナイト)に吸い込まれていく。

貼られていた呪符は体表を滑るようにして体のあちこちに張り付きこれまた滲む様に溶けて消えた。

先端にたたきつけられた場所に、一行の文字が赤く浮かび上がる。

 

【承認成功:支配者フールーダ・パラダイン】と。

 

 

 

 

オオオァァァアアアアアアーーー!!

 

 

 

 

そこで初めて、死の騎士(デスナイト)は大声で叫んだ。

ビリビリと音響による刺激を感じ、フールーダは顔を顰めた。

 

「……お、おおお!」

 

咆哮が途絶えた後、死の騎士(デスナイト)を見上げたフールーダは目を見開いた。

あれほど、室内に満ちていた死の騎士(デスナイト)の殺気が消え果ていたのだ。

フールーダを見つめる赤い光は、まるで凪の様な静けさに満ちている。

 

「成功したぞ……ッと!!」

 

鞘走りと同時に数十条の剣戟が瞬時に奔る。

この世界の南方でいう【神刀】を両手に構えたアイダホは、既に抜いた刀身を鞘に納めつつあった。

 

チン、という鍔と鞘の重なる音と共に、死の騎士(デスナイト)を拘束していた鎖は塵の様に消え果る。

 

動き出せば即座にフールーダを殺せる、そんな位置に居るにも関わらず死の騎士(デスナイト)は動かない。

動かない死の騎士(デスナイト)を前にして、フールーダの口がゆっくりと開いた。

 

 

「――服従せよ」

 

 

この四年間、あらゆる手段を講じて支配しようとして呟いた言葉。

死の騎士(デスナイト)はただ、憎悪と殺意を持ってこちらを見返すばかりだった。

 

その、死の騎士(デスナイト)は鎧を軋ませながらフールーダに対して跪いた。

まるで絶対の支配者に対する騎士の如き忠実な礼儀をもって。

 

「服従した……私の命令に服従した、死の騎士(デスナイト)が服従したぞぉぉぉぉぉぉぉ」

「ああ、そうだなァ……おめでとう。フールーダ」

 

狂喜の叫びを挙げて両手を子供の様に突きあがるフールーダを、アイダホは疲れた様子で椅子に寄りかかりつつ見ていた。

 

彼にとってデスナイトとは某オーバーロードが数十体単位でこさえて初撃で即死しない特性を活かした使い捨ての壁。

敵モンスターや敵冒険者が文字通りバタバタと打倒していくのを見て、ああ今日も派手に倒されてるなとどうでもよく考えていた程度の存在。

または多段攻撃が出来る、つまり瞬時に数撃を入れれる彼からすれば瞬殺の定義から外れない雑魚である。

 

(そんなに嬉しいのかね……しょぼい中位アンデッドなんかより、蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)とか目指せばいいのに。いや、そんなもん召喚支配したら本気で王国軍を撤退の機会すら与えずに鏖殺してしまうだろ。というか、ツアー辺りがマジで切れそうだし考えない様にしとこう……)

 

ただでさえ、国造りすら始めている状況だ。

派手にやり過ぎるとあの白銀の鎧がダッシュでやってきてジャンプして殴りかかってきそうだ。

と、アイダホは椅子を手にして立ち上がる。

螺旋階段を駆け下りて来る複数の足音を感知したのだ。

 

「フールーダ。貴方の部下達がこいつの叫び声を聞いて騎士達と降りて来ている。俺は貴方の執務室の方に移動する。後処理と、言い訳を上手くやってくれよ?」

「は、はいアイダホ様、貴方様はやはり………ふ、ふふふふ!! フアハハハハハハハハハハ!!!!!」

 

 

アイダホが上位瞬間移動(グレーター・テレポート)を利用して瞬間移動で最下層を立ち去り。

弟子達とロイアル・アース・ガードの騎士達が最下層に雪崩れ込んで来てもフールーダの哄笑は暫し続いたという……。

 

 

 

 

 

バハルス帝国のフールーダ・パラダインが、死の騎士(デスナイト)の一体を掌握した。

この事実は、帝国の対リ・エスティーゼ王国の戦いにおいて非常に大きな意味を持つことになる。

 

このきわめて強力なアンデッド兵器は、魔法の装具が一般的でなく民兵ばかりの王国軍兵に対して圧倒的な優位を誇る。

これを打倒できるのは、リ・エスティーゼ王国に伝わる五宝物全てを装着したガゼフ・ストロノーフのみだ。

 

そしてそれは、王国の切り札たるガゼフ・ストロノーフを死の騎士(デスナイト)へ完全に釘付けにされるという事になる。

残りは練度不足の騎士達と数だけの民兵だけとなり、それらは帝国軍の精兵達とまともにぶつからざるを得なくなるのだ。

 

 

 

 

しかし、リ・エスティーゼ王国は知らない。

この死の騎士(デスナイト)の戦線投入可能という事実が、その年におけるカッツェ平野の戦いにおいての悪夢の前菜に過ぎない事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おじいちゃんの調教完了
美少女で言えばアへ顔Wピースしてその様子を撮影されちゃう位



オェ――――――(;´Д`)――――――――!!!!




後、この【結】はもうちっとだけ続くんじゃ


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結4

※オリジナル要素やねつ造要素ありです。
 原作などで見なかったり聞いた覚えがないものは恐らく該当します。
 ご注意ください。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フールーダの執務室。

側仕えも秘書に相当する直弟子も人払いされた室内で、来客用のソファーに座る二人の人物。

漸くにして己の願いの一つを叶えた興奮を収めたフールーダは、アイダホに帝都見学の意義について尋ねていた。

 

「して、アイダホ様、魔法省を(無断で)見学されたとの事ですが如何でございましたか?」

「羨ましいと俺は思うよ。ここは完成してるからね。武器、防具、支援装備、ポーションから支援用のアイテム。それらを一貫して研究し生産するまでの道筋が出来ている。こちらはまだその卵を温めて孵化させているところだ。これからどれだけの人材が、予算が、時間が必要か考えるだけで頭が痛くなる」

「アイダホ様、貴方様がお望みであれば、私は全身全霊をもって貴方様にお力添えをいたします」

「ああ、ありがとう。今後も貴方には世話になるよフールーダ」

 

バレイショ、または国の街にこれ程の組織と施設を作り上げるまでどれ程のものがかかるか。

内心では今から頭が痛い。恐らく、十年以上かけて漸く形になる位ではなかろうか。

勿論、これからの行動で上手くやればもっと短縮できるかもしれないが。

 

「アイダホ様。ご提案がございます」

「ん?」

 

アイダホは茶請けの、帝都で屈指の菓子職人が作ったケーキを口にしている。

そんなアイダホに、フールーダは真剣そのものの声音でこう主張した。

 

「貴方様にはそれに相応しき力がございます。手に入れてしまえばよろしいではないですか? この魔法省を。この帝」

「グフッ! ……ちょ、ストップ」

 

フールーダの言葉を、アイダホは強引に遮った。

彼が何を言うか察したからだ。

それを為すのはアイダホにとって本意ではない。

 

「知っていると思うが今日、皇帝ジルクニフと会見してきた。大森林の領主として、今後の関係について話あったよ」

「はい、ジルはいかがでしたでしょうか?」

 

まるで教え子の評価を別の学校の教師に尋ねるかの様なフールーダの物言い。

アイダホは数秒だけ沈黙し、老魔法使いとは目を合わさずに評価を口にした。

 

「いい君主だ。当面は専制君主制で行かなければいけないからな。彼をお手本にしたいと思っている。俺は魔法剣士としての能力に自負は抱いているが、指導者としては、一貫して支配者として育てられ身内を排してまでそうなった彼には及ばない」

 

ここまで話してもいいかなと迷ったが、素直な心境を語る事にした。

フールーダに幻滅されても、行き過ぎた崇拝が少しでも引き戻されるならそれでいいとも考えた。

 

事実、近隣諸国で言うならジルクニフは頭一つ抜けて優れた指導者だ。

周辺諸国では「鮮血帝」と呼ばれて異名だけが先行しているが、国民から絶大な支持を得れるだけの行政手腕を持つ。

旧弊な貴族達を一掃し、次々に改革を実行して強力な軍と官僚組織を構成する事に成功している。

 

(あれだよな、トブに拠点作らずに彼に出会ってたら部下として全面協力してもよかったんだよなぁ)

 

もっと早くにジルクニフがこの世に生まれ出てその才能を示していて、流浪していたアイダホが彼に出会っていたら。

今の人類の版図はバハルス帝国の旗で覆われていて、アイダホはフールーダと共に彼の子孫の後見人になっていたかもしれない。

 

(というか、俺にはトップは正直合わないと思うんだよね。糞親父が糞兄貴を可愛がってたのも、俺や弟を予備扱いしかしなかったのも今じゃ無理はないと思う。あーいう、形はどうであれごく自然にリーダーをやれる奴ぁ一種の才能なんだろうなぁ。はぁ、俺はナンバースリー位でいいよ。ジャマイカンポジションって奴?)

 

うん、リーダーはモモンガになって貰って、指示を貰って行動する。これ位が丁度良いとアイダホは思っている。

正直、今は自分がリーダーを張らないと二進も三進もいかないから爪先立ちで頑張っている感じでありアイダホとしては不本意だ。

 

「だから、帝国に手を伸ばすつもりはないよ。俺が彼から帝冠を奪う事もな。彼が頑張れば地図の東半分は当面安定する。俺としてはそれでいい」

「そうでございますか……」

「ああ、貴方としては残念な事にな。無理に皇帝になって、武力で拡大しても、俺の指導力じゃ纏め切れず結局五十年も持たずに自壊して終わりだと思う。だから、現状では彼が帝国を纏めて導いていくのがいい事なんだろう。まぁ、そんな顔をしないでくれ。貴方にはこれからも協力して欲しい事は沢山あるし、引き換えとして知識やアイテムも応じて渡したい。帝国とも、貴方とも今後も良き隣人として接していきたい。それは忘れないで欲しいよ。これは、人類が生き延びていくに必要な措置だと俺は考えているんだ」

 

アイダホは人類種の保全、人類サイドに立つつもりだ。

彼の守るべきものの多くが、その範囲に入るから。

アイダホはフールーダに、人類の内部、そして外部との均衡を話した。

 

竜王国に隣接したビーストマン国の様に交渉すら出来ない相手ならともかくとして。

少なくとも話し合う事が出来て、融和が可能な相手なら必要以上に争う必要はないとアイダホは考えている。

それに人類外の仮想敵が居なくなった場合、今度は根絶やしの可能性も含めた人類同士の大規模な戦いが始まるのが目に見えていたからだ。

外部の強力な脅威が存在しても、王国と帝国は人間同士で争いを続けている。

諸外国も国同士の利権で小競り合いをしているのだ。

だからこそ、アイダホとしては人類外と人類との継続的な冷戦構造が一番良いと考えていた。

一定の脅威と均衡があればこそ、人類は行き過ぎた軍事的行為を慎むと期待しているのだ。

 

人間という種の抱える業に対し、かなり楽観的であると自覚はしている。

そのあたりは、政治システムの改善と成熟を待つしかない。

人類そのものが行き詰まり、全国家の企業化による管理社会等という未来は願い下げだ。

 

自分、スレイン法国、バハルス帝国、リ・エスティーゼ王国。

アイダホはこれら自分を含めた諸国を使い、竦みによる均衡の秩序を作り出せないかと考えている。

 

 

 

そして、その為にリ・エスティーゼ王国には。

現在の在り方としてのリ・エスティーゼ王国には終わって貰う。

ジルクニフとの会見で話した内容を、アイダホは噛み締める様にして反芻していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

上位瞬間移動(グレーター・テレポート)を利用して瞬間移動でアイダホはバレイショに戻る。

帝都の街並みも悪くないが、やはりこの執務室のバルコニーから見るトブの大森林とアゼルリシア山脈の雄大さは素晴らしい。

 

(そういえば、そろそろ次のが生えてくる頃合いだな。確認しておこう……)

 

暫し風景を観賞した後で、見下ろした広い庭園に用事がある事を思い出す。

バルコニーから滑り降り、屋根から木々の上に飛び降りて庭園に降り立つ。

客人などが居れば普通に階段を下りていくが、今はショートカットしても小言は言われないだろう。

 

 

(よしよし、新しい芽が出てきてる。この分なら前回と同じ量を収穫できるだろ。バレアレ薬品店と、錬金術用のストックも同じ位分配するか)

 

領主の庭園には切り落としたザイトルクワエの頭頂部が置かれている。

そこに生えてくる薬草は希少種であり、万病を癒す効能を示すのだ。

奴が倒されて死体がゲームの如く消えず、死体を木材として切り出していて薬草を発見した時は驚いたものだ。

しかも、その頭頂部だけ切り落として保全してみたところ、定期的に薬草が生えて来た時は良い素材が入手できると喜んだものだ。

この頭頂部の周りには柵と魔法的防護が張り巡らされ、立ち入りが許されるのはアイダホと許可を出されたピニスン位である。

 

希少種の薬草は錬金術師にして開発部門に属するニニャが、来年以降に霊薬を作れないか開発を開始する予定だ。

バレイショの町内でバレアレ薬品店を営むンフィーレア・バレアレとリィジー・バレアレにも素材として提供され、ニニャと技術協力も行う予定ではある。

 

(最初は久しぶりに王国の下心でやってきた奴かと思っていたが、思わぬ拾いものだった。王国とエ・ランテルには悪いがおかげで優良なポーションという特産品をバレイショで生み出せるようになったのだからなぁ)

 

 

 

リィジー・バレアレとはンフィーレア・バレアレと彼を護衛していた漆黒の剣がトブの大森林で捕獲された事件で関係を持った。

 

一時期前ほど、トブの大森林の奥を目指すものは居なくなった。

その全てが迷いの森で散々迷った挙句徒労だけを抱えて引き返した。

ゴーレムゾーンに到達したものはただ一人として存在しなかった。

何故なら最高位である冒険者、アダマンタイト級ですらレベル30を超えれないから。

要はアイダホの想定よりも、王国の冒険者達は脆弱だったのだ。

 

現状で唯一の出入り口であるオーレ・アイーダは帝国領土に近接しており、町を守るシティーガードとゴーレムによりツリーウェイは監視されている。

問題を起こせばオーレ・アイーダによる王国関係の商人の流通をストップすると勧告している為、ツリーウェイに対する潜入や偵察などは一切起こせなかった。

 

そんな訳でごく浅い外周部分での採取行為以外、冒険者達のリアクションが無くなって久しかった。

だが、運が悪い連中とはどこにでも居るわけであり。

迷いっちの設置位置に不慮があった場所を通過して奥に向かえてしまった連中……ンフィーレアとその護衛達が居た。

偶々貴重な薬草の群生地を見つけ、そこが丁度迷いの森の境界線であり、不慮のあった場所という不運具合。

相反する迷いの森の効能により、外側に出るつもりが何故か奥の方へと抜けてしまった。

そしてアイアンゴーレムに追い回され、しかも迷いの森の効能が返しとなり外に出られぬという悪循環。

少しずれた場所から逃げ出せば外側に向けられた迷子っちによって押し出されたのだが、そんな事は知らない一行は魔力で狂った方角に惑わされ内側に逃げてしまう。

 

逃げ場のない森の中で絶望的な心境で逃げ回っていたンフィーレアと漆黒の剣の前に姿を現したのは……

 

『よもや、ここまで至る人間が居るとは思えぬでござった。しかし、それがしが来たからにはもう逃さぬでござるよ。さぁ、覚悟するで……おろ?』

 

ハムスケであり、その威容を見た彼らはそれまでの疲労困憊も相まって気絶してしまった。

 

結局、ンフィーレアと漆黒の剣達はハムスケと通報されやって来たダークエルフの森林警備隊により拘束。

バレイショに連行され、館にてアイダホに面通しをさせられる事になる。

 

「あ、ははは、ダークエルフまで味方につけてたなんて……俺たち、終わった?」

 

ルクルット・ボルブは引き攣った声で絶望に満ちた弱音を漏らす。

 

漆黒の剣と依頼主を睨んでいるのは、軽装でロングボウを背中に担いだ褐色肌のエルフ達。

南方の大森林の奥深くへ逃避したダークエルフの部族から選出された移民の一部だ。

彼らがトブの大森林から逃げ出す羽目になった魔樹が滅ぼされた事が数十年かけて彼らの集落にも伝わり。

アイダホのもとに彼らの使者が遣わされたのだ。

 

使者は部族の総意としてアイダホに懇願した。

どうか、部族の一部だけでも故郷に戻る事を許して頂けないかと。

アイダホはこれを赦し、ダークエルフの旧居住地の一つを彼らに対して解放する。

アイダホとしては人間と亜人の共生モデルのテスト代わりでもあり丁度都合が良かった。

そしてダークエルフは、森林の管理者として、レンジャーとして彼の国の一員となっている。

 

自分達が踏み込んだ領域の危険度に気づいたンフィーレア達は顔が真っ青だった。

ああ、もうあの子には出会えないのかと片思いを寄せる少女の事を思ったり。

姉に再会できず朽ち果てるのかと嘆いたり、悲願の剣を手に入れれず倒れるのかと悔しんだ。

 

まるで刑場に引っ立てられる寸前の罪人の様な顔をしている五人に対し、アイダホはタレントを申告するように申し出た。

嘘は通じないとの脅しに命が惜しいので正直に彼らは話した。

更にアイダホは何やら眼鏡の様なマジックアイテムを取り出す。

全員を満遍なく観察しつつ、幾つかの質問をした。

職業や特技、王国の現状をどう思っているかなど細々と聞かれた。

 

そして深々と頷いた後、アイダホは彼らに提案した。

 

「王国の冒険者は辞めて、俺のトコで働かないか?」

 

結果、漆黒の剣はバレイショの街で暮らすようになり。

一員であるニニャは姉の救助と引き換えにアイダホに忠誠を誓い。

ンフィーレアの才能はアイダホにより高く評価され、結果彼の祖母が店を畳みこちらへと移住する事になった。

 

(あれは非常に美味しいイベントだった。腕のいいタレント持ち錬金術師と魔法使いが鴨葱でやって来た訳だし……お?)

 

当時の事を思い返しつつ、庭園をブラブラと歩いていると休憩所にメイドが居るのが目についた。

 

「ツアレ」

「あ、アイダホ様……ご機嫌麗しゅうぞんじます」

 

休憩中なのか。

ツアレがポーチガーデンの下に設置されたベンチに腰掛けていた。

手には近くの花壇から摘み取った花で作ったのだろう。

きれいな輪を描く花飾りが握られている。

慌てて立とうとするツアレを制し、アイダホは向かい側のベンチに座った。

隣に座れば彼女が恐縮してしまうだろうと気遣ったのだ。

 

「花の冠か。綺麗に出来ている。上手だぞ」

「は、はい。ありがとうございます……」

 

アイダホはそれとなく世間話をしようと幾つか話題をだしたが、ツアレの返事で細切れになってしまう。

まだ男性恐怖症は深刻なのだなと内心嘆息しつつ、アイダホは話題を切り替える。

 

「ニニャ……妹とは上手くいっているか?」

 

ニニャという名前はツアレの妹の本名ではない。

ただ、公式にはこちらの名前が使用されている。

ニニャ曰く苦労と姉への思いを名として刻む為だそうだ。

そんな訳で、ニニャの本名は姉と二人で接する時に使う、ごく限られた場合だけらしい。

 

「はい、あの子とは仲良くやっております。もう二度と生きて会えないと思えていたあの子と引き合わせて頂いて……貴方様に頂いた御恩は」

「ああ、いい。ツアレ、お前を助けるのはニニャの願いであり彼女の才能を私と私の国で運用する為の条件だった。そこまで気にする必要はない」

「いえ、アイダホ様。貴方様がいらっしゃらなければ何れ私は打ち殺されていたでしょう。この恩義はこの命に代えてでもお返ししたいのです」

 

ツアレがアイダホを見る。

妹と同じ綺麗な碧眼に浮かぶのは、敬意、忠誠、そして……何よりも強い感情。

 

(………好意か。なんでまた、俺に)

 

アイダホはツアレの好意に気づいていた。

感謝や恩義だけでない、男に対する女としての慕情を。

アイダホとしては「救われた感謝の気持ちを愛情と勘違いしている」と考えると同時に困惑も覚えていた。

 

(全く、困った。彼女も俺みたいな化け物にそんな感情を向けるとか……今までの人生が人生だから仕方ないかもしれないが。これが吊り橋理論って奴か?)

 

 

ニニャと本人からの話を合わせれば、彼女の今までの人生は不幸と屈辱の極みだった。

 

13歳で好色な貴族に拉致され、六年間も「玩具」として弄ばれた。

娼婦や情婦ですらない、その貴族の歪んだ性欲を発散する為の玩具。

13歳で力尽くで女にされ、それから六年間あらゆる悍ましい欲望を満たす為の道具として扱われた。

人としての尊厳などどこにもない。行き過ぎた遊びで何度も心身を壊されかけた。

 

そして彼女に飽きたと宣言した貴族がやった事は、ツアレを娼婦として売り飛ばす事だった。

 

アイダホが潰したあの娼館は、通常の娼館とは違う場所だった。

娼婦に対して暴力を振るい、加虐を加えながら犯すといういかれた違法娼館。

後でツアレと元娼婦達に事情聴取し、助けた時の負傷の激しさに納得した。

 

 

制圧の効率を重視しての一撃死は生温かった。

従業員も客も全身の骨を砕いた上で瓦礫の圧力でゆっくりと圧死させるべきだったと後悔もした。

あの幻魔の何とかも警備責任者をしてたのだから、あっさり死なせず生まれて来た事を後悔させる位やっておくべきだった。

 

取り合えずツアレを拉致した貴族が存命だったので攫った上で処刑方法を実践。

ツアレだけでなく他にも数々の女を拉致しては手籠めにするような変態だったのでゆっくりじっくりと念入りに殺しておいた。

あれで彼女達が救われる訳でも人生が取り戻せる訳ではないが、彼女達の苦しみの億分の一でも味わってから逝った事を願うばかりである。

 

 

 

男性から一方的に性的、物理的に虐げられてきた人生。

誰も助けてくれず、徹底的に踏みにじられ、蹂躙されるだけだった。

そんな人生からあっという間に救い出してボロボロの体を全快させ。

生き別れの妹と再会させその後の生活も全て保障してくれた男が居たらどう思うか。

自分の救い主に、勘違いした感情を抱くのは無理はないかもしれない。

 

(ダークエレメントが白馬の王子様とか洒落にならんだろ。早く勘違いから気づいてくれるといいが)

 

「野に咲く花」。ツアレにはそういう喩えが似合うような気がする。

決して目立つ事は無いけど健気に咲いていて、そんな花だからこそ男は守りたくなる。

万事控えめで淑やかな態度は、人外であり人間ではないアイダホでも何か響くものがあった。

 

彼女は良き女性だ。

男性不信の気があるので暫くは無理だろう。

だが何時かは運命の男性に出会い、今までの不幸を取り戻せるだけの生活を迎えれるかもしれない。

それは、本来の彼女が迎えるべき人生だったのかもしれない。

好色貴族に目を付けられる、その不運さえなければ。

 

全く間の悪い女だ。アイダホはそう思う。

 

性悪な好色貴族に攫われる等といった不幸がなければ。

ニニャと共に故郷で静かに暮らし。

何れかは伴侶を得て子を為し歳を経ていっただろうに。

 

当たり前の、平穏な人生を歩めただろうに。

たとえそれが、王国の悪政による厳しい搾取と不平等のただ中であっても。

 

 

 

 

「どうか、されましたか?」

 

無言だったアイダホに、ツアレは声をかけた。

 

「いや、なんでもないよ。俺は執務室へ行く……じゃあな」

「は、はい。アイダホ様。お気をつけて……」

 

アイダホはやや足早に庭園から去っていく。

ツアレはその後ろ姿が消えるまで、深々と頭を下げていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(法国のいう全体の救済も悪くはないが、ツアレみたいな女性が救われる国も良いんじゃないか。そっちの方が、俺としてはしっくりくる)

 

違法娼館の娼館の一室。

ベットに座り込み、痣や打撲の痕だらけの顔。

死んだ魚のような目つきでアイダホを見上げたツアレ。

 

領主の館の庭園。

ベンチに座り、花々で綺麗な花輪を穏やかな面持ちで作るツアレ。

ニニャと並んで座って、楽しそうに語り合うツアレ。

 

どちらのツアレがいい?

勿論、後者がいいに決まっているとアイダホは考えた。

化け物らしくはない。ないが、自分の勝手でやる分には化け物らしいから問題ない。

カルマだの善悪だのは関係ない。アイダホがやりたいと考えたからやるだけなのだ。

 

【自分が助けたいと思った相手を助けたい。その為に自分がやりたい事を好きにやる。他人の思惑なんざどうでもいい】

 

(それに、俺達のギルドだって、元々は弱者の救済の為なんだ)

 

これで人類の象徴らしく人間種であればしまりのある展開だったんだが。

自分は所謂【異形種】。つまり化け物な訳で。

 

(それでいいじゃないか。人がツアレを救わないなら、俺みたいな化け物が救っても問題はない。そうだろ?)

 

アイダホの脳裏に、懐かしい赤いマントと白き銀の鎧が過る。

素直に尊敬できたあの人なら、何時もの台詞を言って肯定してくれただろう。

 

(国造りの為に……ギルドの名前、借ります。同じ理念の為ですから許してくれますよね? たっちさん、モモンガさん)

 

 

 

アインズ・ウール・ゴウン。

 

それが、アイダホが作る新しい国の名前。

それが彼の抱く理念の象徴。

そして、何れ訪れるかもしれぬ友達への指標。

 

 

その月の翌月。

アインズ・ウール・ゴウンは、正式に建国を周辺諸国へと通達する事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








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結5

※オリジナル要素やねつ造要素ありです。
 原作などで見なかったり聞いた覚えがないものは恐らく該当します。
 ご注意ください。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイダホは大きなパイを前にして思案に耽っていた。

このパイをどう切り分けるかで、自分を含め今後の未来が決まるからだ。

 

人口850万を抱え、大陸の西側一帯を支配するリ・エスティーゼ王国という名前の巨大なパイ。

 

しかし、このパイは多くの問題を抱えている。

部分的にカビが生えてたり腐ってたり生焼けだったり蛆が湧いていたり。

食べる為には工夫が必要であり、そのまま食べようものなら間違いなく腹を下す。

なまじサイズが巨大なだけに、食べる為の前作業だけでも困難を極める。

 

戦争で勝利し割譲という力尽くで切り分ける事も可能だろう。

それだけの力がアイダホにはあるし、それに抗う力は王国にはない。

だが、そうして切り分けたパイは食べれる場所とそうでない場所がグチャグチャになるだろう。

下手に口にすれば激烈な食あたりを起こし、国力の少ないアインズ・ウール・ゴウンは割譲地と共倒れになる。

 

どうやって腐っていたりカビが生えた部分を除去し。

アインズ・ウール・ゴウンに都合の良い場所とサイズを得られるか。

 

欲しい場所は決まっている。

エ・ランテルを含めた東側はジルクニフが「欲しい」と言っていたので遠慮する。

となれば、まずはある程度の大森林と接している場所から。

徐々に段階的に内陸へと蚕食していく。

これが理想であるが、協力者が必要だ。

それも、王国の内部の協力者が。

内部を知っているがゆえに、切り捨てる場所と残す場所を的確に出来る協力者が。

 

(となれば、数は限られるだろうなぁ)

 

弱り切った王国で、いまだ貴族の世が末永く続く等と考えてるおめでたい奴らが大半を占めるのが王国貴族だ。

その中から選び出さないといけない。

まるで汚泥の溜め池の中から金の粒を探すような感じだ。

 

(王国の貴族のリスト……よくそろえたもんだあいつら。王国については随分と頭を悩ませて来たようだし。ついに俺が手を入れるのかと大喜びで風花聖典の連中が情報を揃えてきたなぁ)

 

王国の件に関して法国が長年頭を悩ませていたのは、アイダホも知っている。

昔から事あるごとに、スレイン法国の神が無理であれば、せめて王国の王権を担ってくれないかと頼まれてきた。

そんなに深刻な問題なのかと聞いてみたら、神官長達全員が陰鬱な顔で首を縦に振って来たのをよく覚えている。

 

王国が何故法国の頭を長年悩ませて来たか?

 

それは図体がでかい癖に周囲に汚物を垂れ流すだけの、人類にとっての与太者だからだ。

 

長年の腐敗により国力は弱体、国軍は防具すらまともに纏えない民兵が殆ど。

周辺諸国との折り合いも良くなく、ジルクニフ率いるバハルス帝国と無駄な戦いを定期的に行っている。

豊富な筈の穀物や資源も国内で無駄に浪費し、近隣諸国に対して潤いを齎したりはしない。

否、最近に至っては【黒粉】と呼ばれる常習性の高い麻薬まで非合法に流出し始めている。

八本指の暗躍により取り締まりが行われるどころか、高位の貴族が積極的に加担して見返りと引き換えに庇護する始末。

大陸の東側に横たわるその巨大な病身から、膿と腐肉を周囲に飛ばして恥じる事のない連中。

 

アイダホとしても、正直好かない感じではある。

企業の関係者、というだけでアーコロジーに住まい怠惰に生きる連中。

たっち・みーに鉄拳制裁を食らう前の、過去の嫌な自分を思い出させるからだ。

 

 

人類の結束を求めるスレイン法国からすれば、役立たずどころか害悪ですらある国。

法国上層部も最初は外交や神殿を通じてなんとか改善を試みたが、近年に至りもはや処置無しと判断したそうだ。

アイダホがビーストマン国に対しハラスメントをしていなければ、余裕を無くした法国は要人暗殺などの非合法手段に出ていたかもしれない。

 

今は比較的余裕があるにせよ、スレイン法国からすれば王国の処置は遅からず行わなければならない。

数年後のバハルス帝国による併合、というシナリオも良いだろう。

だが、野心を更に膨らませた皇帝ジルクニフが覇道を目指しそれ以上を求めて近隣諸国に服従を求める危険性もある。

それは些か危険であり、スレイン法国の望むところではない。

彼らとしては、ジルクニフよりも王国の後釜を任せたい存在。それがアイダホである。

 

(だから、俺に食べて欲しいと。俺でいいのかよ、神様ならいいのかよと言いたい。すっごく言いたい。お前らそれで良いのかと)

 

案の定、建国宣言後に王国の扱いについて軽く突いてみたら即座に飛びついてきた。

風花聖典からの全面協力、王国各地にある神殿も全て協力すると通達してきた。

 

(どんだけ潰れて欲しいんだよおい……確かに資料と放浪時代に見た退廃具合を見りゃ、しょうがないかもしれないけど)

 

リストや資料に目を通しながらそれも仕方がないかとは思えてくる。

 

治安はガタガタで強盗や夜盗はあちこちに跳梁跋扈。

近年は無茶な税制と徴兵の負荷で餓死者が発生し、他国への流民が絶えない農村部。

国庫が危険な領域に達しているのに、私腹は肥やしても国には還元しない高位貴族達。

軽く小突いておとなしくはさせたが、犯罪結社【八本指】の権勢は並みの貴族すら凌駕する。

そんな有様で帝国の挑発に乗り毎年本格的な戦いこそ無けれども大規模動員を行ってるのだから処置無しだ。

 

(確か、帝国の官僚の予測では、後三年も収穫期前後の会戦を繰り返せば王国の財政は完全に破たんする、だったなぁ)

 

フールーダから貰った資料には、真っ赤っかな王国の財政状況が示されている。

帝国中央情報省から掠め取ったらしい資料は、スレイン法国から提供された資料と一致していた。

 

(三年目には、もはや根こそぎ動員する予算すら無くなり、頑張って無茶をして動員しても総兵力は15万人を下回る。その総兵力も毎年の無茶な動員で士気も練度も最低、装備どころか糧食すら満足に行き渡るかどうか。カッツェ平野に辿り着く前に脱走兵が続出、戦いになれば空腹で満足に動けず損害は多数。貴族共が定例通りに終わったと判断して背中を向けた処で満を持した全軍で追撃しエ・ランテルまで打通か。

 たっぷり飯を食べて馬に乗ってる貴族達と供回りなら逃げれるだろうけど、空きっ腹の民兵達が意気軒昂な追撃から逃れられるかね?)

 

間違いなく王国軍は総崩れとなり半数かそれに近い大損害を受けるだろう。

残りも逃散してしまい、エ・ランテルに辿り着くのは精々1割か2割程度。

貴族連中だって、エ・ランテルに籠城するかそれとも王都側に逃げ出すか判断に迫られる。

いや、もう王国は終わったとばかりに裏切り、王族や他の貴族を差し出して我が身は助かろうとする貴族も出るかもしれない。

 

分かっている事は、その時点で王国は完全に詰んでいるという事だ。

 

王国は終わっている。

これだけは変わらない。

余命は短くて今年、長くても三年後。それだけの差だ。

 

(だが、三年後のシナリオになれば王国の体力も底辺に落ちている。国土も人間も荒れ果ててるだろう。そんな草臥れきって死人同然の王国の領土を割譲しても、負担が大きすぎてこっちまで傾きかねない。だから、今年で終わりにする。主に俺と俺の国の為に。その方策として内通者に腑分けの手伝いをしてもらう訳だが……)

 

条件としては、

 

王国が詰んでいると認識している者。

王国内部で高い地位を持つ者。

高い行政能力を持つ者。

苛烈とも言える決断力を持つ者。

 

王国が詰んでいると認識しているのは、この国が自助努力で助からないと理解しアイダホの手を取れる者である事。

高い地位が必要なのは、王国の支配層が権威的、貴族主義的な為。プライドの高い貴族達にいう事を聞かせれる条件である事。

高い行政力が必要なのは、弱り切った王国の国力、軍事力を(後々併合するアインズ・ウール・ゴウンの為に)早急に立て直す為。

苛烈とも言える決断力が必要なのは、鮮血帝並みの粛清も迷わず行える事。腐敗を除去するのに躊躇しない為。

 

スレイン法国の資料と、フールーダの集めた資料を比較してすり合わせる。

名前の手前に赤く×が書きつけてある王国貴族の大半は読み飛ばした。

帝国に保身を条件に通じている売国貴族も同じく。

こちらはジルクニフが戦後に断頭台へ送ってくれるだろう。

 

暫く悩み、メイドエルフが持ってきた山盛りのポテトフライをモシャモシャと食べ終える。

更に悩んでフールーダにメッセージで相談し、リザードマンの漁場から直送した魚で作ったフィッシュアンドチップスも食す。

エールを混ぜた衣のフライとポテトにビネガーをかけると、運んできたツアレが驚いた顔をしてた。

そんなに意外な食べ方かなと首を傾げた後、メモ帳に残った二つの名前を見やる。

 

候補に挙がったのは、二人の名前。

 

リ・エスティーゼ王国の第二王子である、ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ。

六大貴族の一角であり、派閥を飛び回る事を蝙蝠と揶揄されるエリアス・ブラント・デイル・レエブン侯爵。

 

戦後の領土と利権を保証すれば同じ六大貴族のブルムラシュー侯も転びそうだが、既に帝国と通じているので彼を候補にするのは辞めた。

二重に裏切られてはかなわないし、ジルクニフが王国の東部を牛耳る頃には断頭台に送られてるだろうし先が無いのが目に見えている。

 

更に暫く考え、追加のジャガイモ料理をおやつに頼もうとしてツアレに「食べ過ぎです!」と怒られる。

少しシュンとしつつも、めぐっていた考えは候補を絞っていた。

ああ、こういう時に軍師役というか知恵者が居れば客観的な意見や策を用意してくれるだろうに。

 

アイダホの脳裏を、知恵者が過る。

 

何時もギルメンに頼りにされていたヴァイン・デスのぷにっと萌え。

巧言令色を弄するアーチデヴィルのデミウルゴス。

ハイライトの消えた金色の目でこちらを見て真なる無(ギンヌンガガプ)を構えてるアルベド。

 

(んんっ!?)

 

何だか変なのが混ざり込んだ気がする。

多分、気のせいだろうと思いつつ、アイダホはレエブン侯に接触を試みてみる事にした。

いきなり第二王子ではけんもほろろに断られるだろうし、王族だけにガードも固いだろう。

その点、レエブン侯は様々な人物と接触を繰り返していて、その中には王都の神殿の高位神官もいる。

その伝手を使い彼に接触を図るとしよう。

 

(まぁ、別に今回の回答は保留か拒否でもいいんだ。秋にボコって力を示してから再度【交渉】すれば随分聞き分けは良くなるだろうし)

 

頑迷な貴族も一度頭を棍棒でフルスイングされればきっと聞き分けも良くなるに違いない。

彼の場合、ご子息の身の回りの安全と不慮の事故が発生する可能性について質問すればなお効果的だろう。

最終的な交渉は棍棒で行うのがアイダホの限界だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

良く晴れた昼下がりの王都リ・エスティーゼ。

 

石畳で舗装された王都中央通りを、六大神神殿の馬車が王宮に向かって移動していた。

王宮や宮殿に神殿関係者はそこそこ出入りしているので、特に珍しい光景ではない。

だからこそ、潜入するには好都合な立場でもあるのだが。

 

 

司祭の従者に化けたアイダホは、王城に向かう馬車の中で向かい側に座らず、狭い床に跪いている神殿付き司祭に声をかける。

 

「すまないなカジット司祭。幾ら城内への入場が許可されているとはいえ、君にも危ない橋を渡らせてしまう事になる」

「滅相もございませんアイダホ様。このカジット・デイル・バダンテール。御身にこの身と信仰を捧げる覚悟にございます」

「そ、そうか」

 

こちらをキラキラとした目で見つめている王都の六大神神殿付き司祭、カジット・デイル・バダンテール。

数十年前にアイダホが法国の村をお忍びで視察した際に、苦しむ声を聞きつけて彼が民家の中を覗くとカジットの母親が頭を抱えて苦悶しているのを発見。

カジットの母親を病気治癒のポーションで癒した事件がきっかけでこうなった。

愛する母を救った奇跡に幼きカジット少年は感涙感激し、今やアイダホを神として崇めてしまってすらいる。

法国の神官になったのも【アイダホの神託を聴きたいから】研鑽に励み、本人はその力に目覚めたと歓喜している。

 

(えー、いや、俺神様になった覚えないし、信徒に力与えたり啓示とかした覚えないんだけど? どっから来てるんだその信仰パワー? つか、啓示が来たら俺の声で喋っちゃったりするのかおい?)

 

なお、性質が悪い事にカジットの様な一方的な信仰を捧げてくる人間は、アイダホを七番目の神として年々増加している。

ビーストマン狩りの活躍を見て心酔した陽光聖典の一部からも信仰を捧げられ、アイダホは内心うんざりしていた。

というか、なんで自分を信じて他の神様と同じ神聖魔法使えたりできるんだろうと心底疑問に思った。

 

全く、自分がいう言葉じゃないかもしれないがこの世界は不思議が多すぎる。

そんな事をぼやいている内に、馬車は城門へとたどり着く。

 

 

ロ・レンテ城の一角。

エリアス・ブラント・デイル・レエブン侯爵の執務室。

 

執務室の手前にある従者の控室で待つ事暫し。

【神殿の孤児院に対する寄付の話】を終えたカジットが退出してくる。

本来であればそのままカジットについて帰るのが普通だろう。

だが、レエブン侯の司祭との会談に割り振られた時間と比較すると、まだ随分と余裕がある。

そして主である筈の司祭が従者に深々と一礼し、恭しい仕草で執務室に続くドアを手ずから開ける。

 

「お待たせしました。貴方が、スレイン法国の七柱目の神であり、トブの大森林の大領主ですかな?」

「世間一般ではそう言われる事もある。神と言うには正直大袈裟なので、領主の方で呼んで頂けるとありがたい」

 

従者のフードの下から、赤地に緑とラインが入った泣き笑いの様なマスクが現れる。

その奇怪なデザインを見てわずかに困惑するが、直ぐに彼は表情を引き締める。

レエブン侯にとって、本当の意味での話し合いはこれからなのだから。

 

 

 

 

 

 

 








原作の一年手前ですが、その程度の差異では変わらない位に王国が終わってしまってます。本気で詰んでるよこの国……。


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結6

※オリジナル要素やねつ造要素ありです。
 原作などで見なかったり聞いた覚えがないものは恐らく該当します。
 ご注意ください。






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロ・レンテ城の一角。

 

エリアス・ブラント・デイル・レエブン侯爵の執務室。

身分を考えればあまりにも小さく、貴族らしい華美の無い部屋。

調整屋らしい彼を示すように、国内外の資料がびっしりと詰まった本棚が壁際を全て埋めている。

更にその奥の壁の中には、銅板が埋め込まれ魔法などによる間諜が行われ無い様対策が施されていた。

なお、大声を出しても聞こえない様に防音対策も施されている。

 

 

「レエブン候、これを私に話すという事は相応の覚悟の上だと捉えていいのだな? 正式に国交すら結べてない、いや、異形種の戯言と相手にせず、討伐すら提案されている相手と内通するなど……他の五大貴族に発覚すれば、何もかも失う事になる。地位も領地も失い、残されるのは斬首だ。分かっているのだな?」

「承知しております殿下」

 

やや小太りの男が、腰掛けた椅子に深々と身を沈めフンと鼻を鳴らす。

彼はリ・エスティーゼ王国の第二王子である、ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ。

現国王の長男であるバルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ第一王子と同じく、父親に王の器ではないと目されている。

彼がレイヴン候と共にいるのは、アイダホの書状だけでなく元々彼らが協力関係にあったからだ。

レエブン候からすれば第一王子のバルブロには統帥の器が無い。

六大貴族の一人であるボウロロープ侯爵の傀儡になるのが目に見えていた。

それに比べれば英雄王の気質ではないものの、ザナックの方が支配者の実務能力と器量はあった。

だからこそレエブン侯は、昼間の会談相手から受け取った書状をザナックに示したのだ。

 

「ああ、だが君であれば、と納得もしているよ。この国の内憂外患を思えば。この大領主の提案は魅力的だ」

 

机の上で灰になった書状をザナックは見やる。

彼が内容を確認した後、証拠隠滅の為に燃やしたのだ。

 

「よほどよく我が国の内情を調べたのだろうよ。この国が壊れかけた長椅子の上で爪先立ちをして首にかかった縄が食い込むのを防ぐが如きの窮状である事も。ははっ、参ったものだ。当事国の貴族よりも、他国の領主の方が国が至っている切実な事態を把握しているなどと。洒落にもならん!」

 

王子は乱暴に椅子に座りなおす。

対面に座るレエブン候は、ため息を押し殺した。

 

「左様でございます。トブの大森林に隣接する領地一帯、リ・ブルムラシュールの割譲。ブルムラシュー侯が哀れですな。奴の破滅は既に大領主の中では決定事項の様です」

「構わんよ、奴の売国奴ぶりが無ければこの国ももう少しまともで要られたのだ……だが、これからは私と候も同じ穴の何とやらか」

 

二人のあまりにも重過ぎるため息が執務室に響く。

彼らだって、国を売り渡すような真似なんてしたくはない。

方向性は違えども、二人とも彼らなりの愛国心はあったり領土を守る気概はあった。

 

「殿下、残念ながらもはや正道ではこの国は救えませぬ。正道で救うつもりであれば、先々代の陛下が即位された頃より始めねば時間が足りぬかと。現国王陛下が即位された頃に改革を志しても、恐らくは内乱で分裂したか帝国の介入を招いておりました」

 

まっとうな手段で立て直すには、王国は構造的に終わり過ぎていた。

王が立て直そうとすればそれを良しとしない輩に謀殺され、貴族が立て直そうとすれば同じ貴族に袋叩きにされる。

数代前から溜まりに溜まった腐臭と膿が、完全に王国を死に体にしていたのだ。

 

「先日のラナー殿下のご提案が御前会議で封殺された理由を鑑みれば、改革のきざしをつかむ事すら不可能。そしてそれ以上の時間を、帝国の鮮血帝はこちらに与えてはくれますまい」

「屑は裏切りを為し! 阿呆は権力闘争を為し! 馬鹿は派閥を問わず不和を撒き散らす! 今の宮廷に居る貴族共のほとんどはこれだ。比較的まともでも、周囲に足を引っ張られてその真価を果たせない! まさに圧倒的悪貨が良貨を駆逐し、結果腐敗は何時まで経っても払しょくされない!それこそ、鮮血帝が断頭台と処刑人を揃えて王都に乗り込み、ロ・レンテ城の中庭を血の池に変えるまで!ああ、そうなれば流石に王国の膿は払しょくされるだろうよ、問題の発生源が全員死ねばな!!」

 

異国の教えであるグレ・シャムの法則を喩えに出し、ザナックは腹に溜まった不満と怒りを吐き出す。

 

事実、そうなるだろう。

かつての住人達により王城には屍山血河が築かれることになる。

あの鮮血帝が侮蔑しているであろう王国貴族に対し、どれだけ苛烈な粛清を行うかまさに言うまでもない。

 

「そうなるでしょうな。想像がつきます。ですから、私は何としても王国の崩壊を防ぎたいのです。例え、売国奴の汚名を着てでも。現実にそうなった場合……その中には、私の子息も入る事になりますから」

 

侯爵の嫡男など、間違いなく粛清対象だ。

王位簒奪という夢を放り棄てさせた、この世で何よりも愛しく思える我が子。

あの子が健やかに生きる為、問題なく領地を継がす為であれば、彼は異形種(アイダホ)と手を結ぶ事すら躊躇わなかった。

 

「ふふっ、貴公の子煩悩は知っておったが、国を売らせる決意に匹敵するとはな……ああ、貴公の覚悟の程は理解した。私もあの馬鹿共と王国ごと心中するつもりはない。父は人が好過ぎるし、兄はあんな感じだ」

 

王子も派閥は抱えているが、その陣容はレエブン候に比較して見劣りする。

しかもほかの貴族の間者も混ざり込んでいるので、全部をあてには出来ない状態だ。

二人の力を合わせてもそれなりにはなるが、決定打と言えるほどでは決してない。

 

「どちらも救国の役には立たんだろう。だが、私一人でも正直役不足だ。残念ながらこの事態を覆すには天賦の才が無ければ……」

 

巡らされたザナックの思考が、ピタリと止まる。

天賦の才、即ち、天才。

 

「天賦の才が………………あった」

 

優秀とか、そういった表現すら生温い叡知を持つ者。

 

「殿下、まさか……いえ、やはり、あの御方はそうだったのですか?」

 

レエブン候が、天才の単語を聞いて頬をピクリと揺らす。

二人とも、その才能を持つ者に覚えはあった。

ザナックは確信をもって、レエブン候は疑念程度だったものを。

巨大な才能の裏側に潜む、ドロリとした暗黒の様な本質を。

 

「………ああ、そうだ。その通りだ」

 

正直、素直に力を借りたいか?と言われれば抵抗を覚える。

覚えざるを得ないのだ、その才を知れば知るほど。

常人のハードルを軽く跨ぎ、何故この程度の事も出来ぬのかと虫けらでも見るような目で他者を見やるあの破綻者を。

恐らくは、気まぐれで拾った子犬がいなければ、王国の興廃を気まぐれに引き起こす魔王になったであろう逸脱者を。

 

「貴公の危惧はもっともだ。だが、あれの力を借りる他にない。この事態を切り開くには規格外の能力が必要だ。私や貴公では成功したとしても多大な犠牲が出るだろう。それでは意味が無い。結果として全体の滅びに繋がってしまう。私や貴公のような凡人では至れない神算鬼謀こそが王国の滅びを回避し、帝国や大領主と渡り合うに必要なのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アインズ・ウール・ゴウンが歴史の表舞台に堂々と姿を現して早一か月。

諸国の動きはほぼ静観であり使者が送られて来る事さえない。

露骨に反発してきた王国ですら、具体的に何か行動を起こすわけでもない。

諸国からアイダホに対して一番反発すると思われていたスレイン法国については承認はしなかったが否決もしなかった。

 

(法国は立場と俺との関係を隠ぺいする為。ジルクニフは公式には返答無し。……対等にやり合いたければ今度の件で実力を示せってな感じか。王国は当然拒否。聖王国と都市連合、竜王国もダンマリ。やっぱり、君主が異形種とかありえないんだろうぜ。しょうがないといえばそうなる)

 

何せ異形種が人類の国を支配した前例はたった一つ。

スレイン法国の神であるスルシャーナ神一柱のみ。

前例は遥か昔の、神話に匹敵する以前の事例に過ぎない。

 

竜王国の女王ドラウディロン・オーリウクルスを除けば、東は聖王国から西は都市連合まで、王冠を抱くのは全て人間。

ぽっと出の異形種が自称森の王を主張しても一蹴されるか無視されて当然。

そうなるだろうなとは思っていたから、アイダホは特に思う事は無かった。

 

(ならデモンストレーションが必要だって事だ。否応なしにアインズ・ウール・ゴウンを認めさせるだけの武威を)

 

国力や単純な兵力であれば、まだまだこれからと言うしかなく。

外交力もこれから人材を育成していく自分達では足りなすぎる。

だからこそ、シンプルイズベストに、戦場でその力を各国に見せつける。

 

 

(その為の研究成果、武威の為の結実。それがこれだ)

 

 

アゼルリシア山脈との境目にある荒地。

 

そこで、バレイショ魔導研究所によるゴーレムの模擬戦闘が行われた。

 

 

 

「ニニャ、操作環境に問題は無いか?」

 

煉瓦で出来たボディの体長2m程の無骨なゴーレムが、案山子を殴り倒している。

十数体のレンガ色のゴーレムは、指示通りに愚直に突進し、指定された目標に攻撃を加え続ける。

 

「問題ありません、頂いたサークレットによるゴーレムの集団操作は想定よりも順調です。もう少し複雑な操作が出来ても良かったかと思える位ですね」

「欲を言えばそうなんだけどな。生産性と動作面でのバグの粗出しを考えれば今ぐらいでギリギリだ。複雑な操作をした結果地形や壁にぶつかり続けるゴーレムなんて間抜けにもほどがある」

 

視点を転じると、ニニャと同じくゴーレム使いのサークレットを付けたアルシェが、奇声をあげながら走り回るジャガイモ型ゴーレムの操作に四苦八苦していた。

 

「ぐぐっ、泥と粉砕した廃材や木材で作ったゴーレムなのはやっぱり間違いじゃないでしょうか。後、レンガ型よりもコアの術式がまだ不安定のようです……」

「……そーだなぁ。あれだ、もう突進だけにするかこいつは。レンガゴーレムの数が間に合わないから数を埋める為に作った急造品だし」

「そうですね。術式の単純化を試みます(ああ、今夜も遅くなりそう……)」

 

何故か、アルシェの背中がどこかの草臥れたスライムに重なった。

多分、気のせいだろう。取り合えず、バレアレ商店の新商品の栄養剤でも送っておくか。

 

「レンガ型ゴーレムはやはり時間をかけただけあり素晴らしい出来ですな。操作性も耐久値も申し分ありません。脅威度は60位でしょうか」

 

模擬訓練を観戦していたフールーダ・パラダインが、満足げな口調で評価する。

帝国では資料などの不足により、戦闘用に耐えれるゴーレムの開発、生産は行われてこなかった。

死霊系魔法における農耕の補助などが勘案されているのに、ゴーレムが一般的ではないのは魔法技術の偏りかもしれない。

今後、その技術を【独自に開発した】フールーダがその知識を帝国にかざすかもしれないが。

 

「ああ、その位だろう。だが、量産が可能という点にこのゴーレムの価値がある。民兵の脅威度は10未満、お飾りの騎士達で20行くかどうか。そこに量産して数を揃えたレンガ型ゴーレムを投入すればどうなるか。大型のバリスタや第3位の術師が居なければ一方的に蹂躙攻撃が可能だ」

 

 

ゴーレム軍団に戦列を組ませて前進させ、会敵したら突進して殴り倒し続ける。

フールーダから提供された近年の王国側の戦術を見れば、この単純な戦法はこれ以上なく有効性を望める。

ましてや、野戦ゆえにバリスタなどの大型兵器は持ち込めず、魔法使いを軽視した為に第3位という貴重な術師を動員出来ない王国相手ならば。

 

民兵の戦術は基本古典的な槍襖だ。

それは、単なる歩兵や騎兵相手ならある程度の効果は望めるだろう。

だが、魔法もバフもないただ突き出されただけ槍襖は、魔法で硬化処理された動く分厚いレンガの塊に歯が立つだろうか?

 

(勿論、更に色々と仕込みはさせて貰う。となれば、容易に蹂躙は可能だ。楽して勝つ、その為の仕込みはどれだけしても足りない事はない)

 

問題は、数がどうしても足りないという事だ。

予測では王国軍は20万人前後、カッツェ平野なので横列で布陣するのが常だ。

こちらは、予定通りでも200体足りるかどうか。一体で1000人殴り倒す必要がある。

長年集めたマジックアイテムではこれが限界であり、専門のスキルがないアイダホの限界でもあった。

本格的で自動生産が可能なゴーレムクラフターの工房が発見出来れば、数倍の数を用意できたかもしれない。

非常に悔やまれるが、これが今のアインズ・ウール・ゴウンの出し切った力だ。

 

(となれば、部分的に相手の陣形を崩す事への限定集中投入と、倒すべき相手の布陣先を割り出す必要がある。王国への調略を進めないとな。早いところ、レエブン候からの返事が来ればいいが……)

 

王国の事も考えるが、アイダホはもう一つの方も考えなければならない。

勿論、王国と対峙している帝国の方だ。

 

「フールーダ、帝国側の、ジルクニフはどうしている?」

「アイダホ様の提案が功を奏したのでしょう。例年は四個軍を動員する所を国内警備を担当する一個軍を残し七個軍を動員。実質、総軍をもって王国と対峙するようです。今年で決着をつけるつもりなのでしょうな」

「わお、思い切ったな鮮血帝。フールーダに俺の力を断片的に伝える様に言ったけど、幾らなんでも投機し過ぎだろ」

 

フールーダからどういうバイアスをかけて聞いたのかは知らないが、少なくとも今回の戦いに思い切ったチップをかけれる気にはなったようだ。

となると、王国も更に動員をかけるかもしれないが、25万人に達するかどうかだろう。

 

(確か、国家の総人口の10%が軍事的に動員できる限界の限界。動員して消耗戦やれば間違いない後の世代数代に渡って響くレベルでヤバい所業。あの国の総人口が850万人で10%が85万人。予算的な問題で頑張りに頑張ってもその半分下回る位が限度。更に国内や都市部の警備に回す分を考えればやはり25万人が限度だろ)

 

青色吐息の王国にとって、大半が張りぼてでも20万を動員するのは負担極まる行為だ。

だからこそ、ジルクニフは継続して王国に出陣を強要し国力を削ぐのに利用しているのだから。

そこに更に5万人もの戦力を上乗せしたらどうなるか。

五万人と言えばそれだけでもアインズ・ウール・ゴウンの総人口の倍。中規模の都市に匹敵する人口だ。

それだけの人間の集合体が消費する水と食料、備品に武器防具、その他諸々……。

 

(恐らく、上乗せするとなれば会議は紛糾しまくるだろうな。今の兵力でも酷い負担なのに兵力の四分の一更に上乗せとかマジで予算死ぬわ)

 

近い将来敵国になるアインズ・ウール・ゴウンにとっては、王国を「どんどん辛くしちゃおうね. どんどん陥としやすくしちゃおうね」とするのは本望だ。

だが、あまりにもやり過ぎて支配地にした後でそこが既に襤褸クズになっていたとかでは洒落にならない。

カルタゴにローマがやらかした様に、滅ぼすためにやっているのではない。

 

アインズ・ウール・ゴウンにしろ、帝国にしろ王国の跡地が欲しいのであって、その地を滅ぼし塩を撒きたい訳ではないのだ。

勿論、人口そのものが必要でもあるアイダホにとっては、切り札の超位魔法や大威力の宝剣などの使用は論外である。

戦地に出ている王国兵、彼らは王国における労働人口そのものだ。

彼らが減れば減るほど、その後の旧王国の領土における税収の減少となる。

 

(そうだ。彼らの損害は最小限にしなければならない。今年のカッツェ平野で死ぬべき連中。それを次のレエブン候達との会談で決定する)

 

内通者達とは、その辺を十分に協議しなければならない。

ああ、早く返事が来ないかなぁとアイダホは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、次の会談は思ったよりも早くやってきた。

 

 

ロ・レンテ城の離宮の一室。

 

【ザナック第二王子とラナー第三王女の水入らずの歓談】が行われている最中。

部外者であるアイダホが潜入という形で参加した。

予定通り、軽くテーブルを三回叩き、話をしていた二人の気を引き寄せる。

 

「アイダホ・オイーモと申す者です。このような装いで失礼を致しますが何分、員数外の参加者となりますのでご無礼は容赦願います」

 

闇妖精の外套と蜘蛛の靴、妖精の腕輪の効能を解除して、森林の大領主は姿を現した。

ザナックは僅かに驚いたが、王女の方は穏やかな気品溢れる仕草で挨拶をした。

 

「これはトブの大森林の大領主様。お初におめにかかります、ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフです」

「あ、ああ。お初にお目にかかる。私はザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフだ。よろしく頼むよ領主殿」

 

二人の挨拶に返礼したアイダホに、ラナーは意匠が凝らされたティーカップに手ずから紅茶を注ぎ、洗練された仕草で差し出す。

 

「さ、どうぞおかけくださいませ。私の事は気軽にラナーとお呼びください」

「わかりましたラナー殿下。お気遣い感謝します」

 

清楚の一言で尽きる笑顔に促されるまま、アイダホは椅子に座った。

知恵者という評判は聞いたが、何故今から話し合う内容にレエブン候じゃなく彼女を参加させるのかという疑問を抱きながら。

 

 

 

 

 

 

後にアイダホは回想する。

 

あれが、金色の悪魔(じんるいさいあくのはらぐろおんな)との腐れ縁の序章であった事だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









アイダホ「なんちゅうことを……なんちゅうことをしてくれたんや(レエブン候とザナック王子に対して」


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結7

※オリジナル要素やねつ造要素ありです。
 原作などで見なかったり聞いた覚えがないものは恐らく該当します。
 ご注意ください。











 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の寝室。

 

差し込む朝の陽光。

 

あまり使わない天蓋付きベッドの天井を見上げていると、すっと誰かがこちらを覗き込んできた。

 

「お目覚めですか、アイダホ様」

 

自分の顔の、口元(?)の辺りに柔らかいものが重ねられる。

チュッと音がして、影が自分から離れていく。

サラサラと金色の髪が、自分の顔を擽っていく。

 

「ちくちくしました。無精ひげ、そり残してます」

 

彼女は、ツアレは何を言っているのだ。

自分はこの方百年位、髭を剃った覚えがない。

剃る必要も、そる部分も存在しないのだから。

いや、そもそもダークエレメンタルに毛根は存在しない筈だが?

 

少しだけ上半身を起こす。

乱れたシーツ、自分自身の肌色。

いや、上半身を起こした?

自分には、その様な動作は必要ない筈だ。

そしてどうした事だろう、自分自身の体に肉が存在するとは。

その肉は、自分が抱き寄せている女性の汗ばんだ背中に手を添わせている。

 

一体どうしたというのだ、これはなんだ?

なんで、自分は実体化している?

 

「こんな、幸せな朝は初めてです」

 

自分にしなだれかかる、白い肌と長い金髪。

潤んだ青い瞳と、上気した頬と濡れた桜色の唇。

 

「愛してます、アイダホ様……愛してます」

 

甘いツアレの囁き。

アイダホが、初めて聞く心からの愛の囁き。

 

思わず、ツアレの方を見やった。

彼女は幸せそうに、愛おしそうに己の裸身を抱き寄せる男を見ている。

ツアレの表情は、アイダホの感情を激しく動揺させた。

 

 

 

 

今までの人生で、アイダホは女から愛を向けられた事が無かった。

 

学生時代も、社会人になってからも。

学生時代で肉体関係まで至った同級生は居た。

社会人時代も、同じように近寄ってくる女達は居た。

でも、誰も彼もアイダホ本人を愛さなかった。

彼のアーコロジーにおける家柄と、金とステイタスだけしか見ていなかった。

実家との縁を求めて近寄ってくる卑しい連中と同じく、彼女らの発する愛という言葉は非常に薄っぺらかった。

リアルにおいて彼は家族にも、近しい人々にも、女達にも、誰からも愛されなかった。

たっち・みーと出会い、彼に性根を叩き直して貰わねばどれだけ荒んでいただろうか。

 

彼には本心から感謝し、この世で唯一尊敬している。

ただ、男女の愛という点に関しては、ウルベルトに似た嫉妬と羨望を抱いていたが。

 

アイダホは彼のリアルでの家族を知っている。

同じアーコロジーに住んでいたからだ。

何度か家に招かれた事もある。

幼馴染の綺麗な奥さんと、愛らしい女の子。

傍から見ていても、二人は真摯に信頼し合い愛し合っていた。

理想の、男女の関係だった。

 

だからこそ、その一点がどうしようもなく妬ましかった。

本物の愛に巡り合えた事に。

愛した女と結ばれた事に。

 

何故、自分にはそれが得られなかったのか?

 

付き合い方が悪いのか。

生まれが悪いのか。

容姿が悪いのか。

性格が悪いのか。

単に巡りあわせが悪かったのか。

アイダホと、たっち・みーとではそこまで違うのか。

 

散々考えたが、結論は出ずこの世界に放り込まれた。

そして異世界での百年間は、ひとでなしの異形になったおかげでそのことを考えずに済んだ。

 

 

(だが、これからはどうなる?)

 

そう思った瞬間。

甘い朝の閨での風景は一瞬にして闇に閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……また夢のようなものか。生々しいものを見せてくれる)

 

クローゼットルームで、アイダホは揺蕩う意識から浮かび上がった。

部屋の隅々まで広がっていた自分の体を瞬時に戻し、装具の中に流し込んでいく。

人間の成人男性のサイズ、手足を細部までイメージして人体を作り上げる。

立ち上がり、装具の状態を確認し問題ないと判断した。

 

(まさか、百年の揺り返しで俺の精神が再び人間に近づいているとでも?)

 

確かに百年の時を経た今、現在の自分はかなり人間に対して情は抱いている。

転移した数年後ぐらいが、ひょっとしたら一番【ひとでなし】だったかもしれない。

その点で言えば、トブの大森林という僻地に居たのは僥倖だった。

今でなら抵抗を覚えるし自重出来る殺戮も、蟻の巣を破壊する感じで実行した可能性大だからだ。

 

(とはいえ、見かけも機能もやはり人外のまま。中身とアバターが一致しない弊害か?)

 

本来であれば、ダークエレメンタルが、人間に対しそのような感情を抱くわけがない。

設定的には偶発的に知性を得たが、それは人間種とは異なるもの、らしいからだ。

設定どおりなら、人間種との性愛など概念すらないだろう。

 

(だが、夢想の中でとは言え、俺の人間の体に戻っていたし、女を欲してしまっていた)

 

夢っぽい夢幻の中で見た、惚けた顔でこちらを見上げ愛を囁くツアレ、エルフ達。

以前の夢の中ではツアレだけでなく、あの三人のエルフメイド達とも情交をかわしていた。

彼女らを組み敷いてその雌を存分に貪る人としての己。

あれは夢だ。ただの夢もどきの筈なのだが……。

 

(そりゃ八欲王が溺れた挙句破滅する訳だよ。今まで俺が決定的な破綻を迎えなかった一因はこの体のおかげかもしれない。少なくとも、女絡みで破滅、というものは無かったんだから)

 

男女の縺れで人生が破滅する例は枚挙に暇がない。

無双の英雄が臥所での一刺しでその武勇に幕を下ろし。

公明正大な賢王が傾国の女に囚われ自国を滅ぼす。

高名な冒険者のパーティーが女の取り合いで相打ち。

鉄火場での誘惑に負けて急所を刺され敢え無く最低の最後を迎える。

 

この体は少なくともこの百年間、その危険性からは遠ざけてくれた。

だが、ここ数年ではどうだろうか。

はっきりと己の異常を自覚してしまった以上、それと向き合う時期が来たようだ。

 

(取り合えず、国造りで一息入れてから……来年位に、結論を出そう)

 

自分の切り札の一つである、三つのあらゆる願いを叶える指輪を思い出しながらアイダホはクローゼットルームから出た。

その日、無自覚にメイド達に素っ気なくしてしまいアイダホが自己嫌悪に陥るのだがそれは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

己の館の執務室で、アイダホはせっせと卓上に散らばる羊皮紙をしまっていた。

これから来客が来るので、機密保持は勿論の事見苦しい場を見せたくないからだ。

 

(これもそれも、最近のオーバーワークの賜物なんだよ。やることが多すぎて堪らん。だから、あんな夢とか見てしまうんだろうか?)

 

大方整理を終えた頃合いで、ノックが響く。

例によって執事に案内され室内に入って来たのは蒼の薔薇の術師であるイビルアイだった。

 

「久しぶりだな」

「よう、イビルアイ。黒粉の件で来たのかな?」

「そんなところだ。例の麻薬の件でまた情報交換がしたくてな」

 

久しぶりに来訪したイビルアイは相変わらず不機嫌で、表情が仮面で隠されていても疲れたような感じがしていた。

やはり幾らかは相手が弱体化してても、数人対大組織の抗争は骨が折れる様子だ。

 

「了解した。またぞろ、黒粉の売買が増えて来たみたいだ。間違ってもこちらに流れ込まれたら堪らん。うちのような小国では規制と摘発は容易いが、一度蔓延されると完全駆除までに時間がかかる。瀬戸際で止めないと」

「既に蔓延しきっている王国内よりは随分とまともだぞ。こちらは下手すると取り締まる側に恨みがいく場合すらある」

「そうだろうなー。もはやまともに生きていくのすら覚束なくなりゃ、麻薬にでも手を出して現実逃避したくなる連中が後先考えずに増え続けても無理はないよなぁ。麻薬が収拾がつかなくなる程蔓延する国って閉塞感が半端ではないのがよくある。さしずめ王国はその典型だな」

「……ああ、そうだな。最近は特に酷い。今年の戦が終わったら更に麻薬の依存者が増えるんじゃないかって言われている」

「兵役経験者にも麻薬患者は多い場合がある。戦場での悪夢を消し去りたいんだろう」

 

近年におけるカッツェ平野での戦いは、最大でも数百人程度の小競り合いが数回発生して終わるケースが多い。

万単位の軍団が動く戦いは発生してないが、それでも死傷者が出るからにはそういった心に傷を負う兵士が多数発生するのは当然だろう。

下級の兵士を使い捨ての駒程度にしかみておらず、戦後のケアすら考えない王国であれば猶更だ。

だからこそ、未来への希望が無い王国における麻薬汚染は留まるところを知らない。

ヒルマを拉致して一時的に麻痺させなければ、麻薬の国内外での被害は更に増大していただろう。

 

(戦争が終わったら、彼女に提示されたプランを可能な限り早く実行しよう。他の部門は兎も角、麻薬部門だけは完膚なきまでに叩き潰す必要がある。割譲した領土が麻薬まみれだなんて悪夢にも程がある)

 

その後も暫く麻薬問題について情報交換し、お互いに調査資料を交換した後で一息ついた。

 

「そういえばイビルアイ。リグリット婆さんにゃ最近出会ったか?」

「いや、最近は姿を見せないな。ツアーの奴も同じくだ」

「そうか。俺も最近ここでの立場が出来てしまったからな。昔の長旅が懐かしくなるよ。一年の半分以上旅してたな。思えばあの頃に婆さんや君と出会ったんだ。懐かしいねぇ」

「そういわれると懐かしくなるな。あいつに蒼の薔薇に無理やり加入させられる前の話だ」

 

その頃、イビルアイと短い間であるが旅を共にした事がある。

200年以上の時を生きるバンパイアであるイビルアイとの旅は、彼女が旅慣れていた事もありなかなか楽しかった。

 

(そうだ。彼女って200年以上もアンデットとして生きているんだよな。異形とは言えエレメントと厳密には違うかもしれないけど……聞いてみるか)

 

数日前の事もあり、普段なら聞かない質問をアイダホはしてみる事にした。

 

「イビルアイ、人ならざる者になって、感覚というか、感情が変わる事って身に覚えがあるか?」

「? なんだそれは?」

 

イビルアイは怪訝そうに首を傾げる。

お前は何を言っているのだとばかりに。

 

「いや、単純に、誰かを好きになったり、恋したりとかだよ。蒼の薔薇に居るなら出会いは多いだろ?」

「……何を言い出すかと思えば。ないよ。まったく、ない」

 

案の定、イビルアイは呆れたような態度と仕草をとる。

イビルアイ曰く、声がかかるのはラキュースが多く、次に双子らしい。

だが、ラキュースは最強格の冒険者であり貴族の子女なので高嶺の花であり、釣り合う男はそうそう居ない。

双子は片方が同性愛者で、もう一人はショタコンという業の深さ。

イビルアイは幼女体形であり仮面をかぶっているだけあって、殆ど寄り付く相手がいないそうだ。

 

(なんだよ、全然参考にならないじゃないか……でも、ペロロンさんなら、大喜びで求愛しそうだよなぁ)

 

アイダホの脳裏に、軽薄そうなレンジャーがイビルアイを追い回す光景が過った。

なんか、

 

「イビルアイちゃん、今日も可愛くて俺ってば感謝感激だよー」

「ガ、ガガーラン助けてくれぇ!!」

「ああ、その嫌がる感じが堪らないっ、ご褒美ですありがとうございます!!」

「くそ、私に触るな変態っ、ラキュース、笑ってないで助けてくれ!!」

 

とか言いあってたりして……。

はて、こんな男……って漆黒の剣の元レンジャーじゃないか。なんであいつが。

 

「イビルアイ、ルクルットって知っているか?」

「誰だそれは? 知らんぞ?」

 

あれ、なんで奴の顔が浮かんだのだろうか。

二人して顔を傾げるアイダホとイビルアイだった。

 

 

 

 

イビルアイが帰った後、アイダホは提供された資料を見て首を捻っていた。

 

(……そういえば、この情報の揃え方って……うん? 似てる。どこかの資料で?)

 

イビルアイの言葉の数々を思い出す。

彼女の持ってくる情報は、大概ラキュースが仕入れてくるそうだ。

 

アイダホは法国の資料に載っていたラキュースの交友関係を思い出す。

彼女は貴族の子女であり、交友関係は宮廷にも及ぶ。

 

「ふむ」

 

アイダホは、引っ掛かりを感じた資料を取り出して開く。

この間の離宮で会談した時に提供された資料だ。

第二王子の派閥で調べた情報だと言われたが……。

 

「……ちょいと、カマをかけてみるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とまぁ、今頃そんな事を考えているのかしら」

「如何されましたか?」

 

彼女は御付きの若者に、屈託のない笑顔を浮かべた。

 

「何でもないわよ。それよりもこれを見て。お兄様から頂いたお茶菓子なの。初めて食べるお菓子だから、あなたも一緒に食べて感想を聞かせて?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巨大な水面には、月の姿が映し出されていた。

その神殿の中に存在する。円状のプールのような浴槽。

 

円状に並ぶ石柱、磨き抜かれた大理石の床。

そして円柱を背にして立つ意匠が凝らされた全身鎧を着た女騎士達。

彼女らは鍛え上げられ、選抜された法国の騎士達。

この儀式の場の守護を担当している者たちだ。

 

彼女らの視線は、水面の上に浮遊している人物に向けられていた。

彼は、水面に浮かぶ月を幾分己の体で隠しながら、ただ待っている。

 

ぺた、ぺた、ぺた

 

やがて、一列に並んで進んでくる人々を、彼は、アイダホは迎える。

先頭にはこの儀式の場を執り行う最高責任者である水神官副長。

老いによる純白の髪と皺深い老婆は、アイダホの十数歩手前で立ち止まると深く一礼した。

アイダホも水神官副長に対して返礼すると、老婆の後ろに居る人物に目を転じる。

 

齢は十代後半だろうか。

腰まで届く長い赤髪の少女が、二人の巫女に両手を引かれながら立っていた。

その極限まで薄い薄絹で覆われた身体、そして何よりもその目は布で覆われていた。

額には蜘蛛の巣の如く頭部を糸で覆うようなサークレットが付けられている。

糸は無数の小粒の宝石、サークレットの中心は大きな青い水晶のような宝石が埋め込まれている。

巫女たちに連れられて歩く巫女の面持ちは、まるで仮面でもつけているかの様に固く表情が無かった。

 

それを見たフードの中の光点が僅かに細められたが、それに気づくものはいない。

 

「ではこれより巫女姫の代替わりの儀を行う。……水の巫女姫を中に入れよ」

 

巫女達が巫女姫の手を引き、儀式の場である水槽に巫女姫を誘導していく。

巫女姫と巫女の衣が水を吸い、体に張り付いてもはや全裸の如き状態になる。

それを見た光点が一瞬だけ丸になったが、厳粛な空気を読んだのかすぐに元の形状に戻る。

 

巫女がプールの中心に導かれると同時に、スルスルとアイダホが下りて来る。

彼もローブが水に沈むのも構わず、巫女姫の前に降り立つ。

 

「巫女達よ、そなたらは下がれ……アイダホ様。よろしくお願いいたしまする」

「承知した。これより、水の巫女姫の代替わりを行う。成功を、祈ってくれ」

 

巫女達がプールから上がるのと同時に、アイダホは巫女姫の頭部に手をかざす。

どこからともなく取り出した、色とりどりの紙をサークレットの糸の下に挟み込み始めた。

ヒトガタを模した白紙をきっちり均等に入れ込んだ後で、彼はそっとサークレットに手を添えた。

 

「南無ッ!!」

 

サークレットを外した瞬間、少女がガクガクと体を揺らし始める。

プールの水が魔力に反応したのか、ザワザワと飛沫をたて始める。

喉から唸り声のような奇声が漏れ始めた瞬間、アイダホは彼女の肢体を強く抱きしめた。

同時にアイダホの上半身から吹き出た暗黒が、巫女姫の顔を一瞬で覆いつくした。

プールの水が叩きつけられるようにして爆ぜ、半分以上が浴槽から外に押し出されてしまう。

巫女や儀仗騎士達が息を呑む声が漏れ、神官副長の鋭い叱責の声が響く。

 

(上手く、いってくれよ……!!)

 

アイダホが水の巫女姫の体を抱きしめてから数十秒が経ち……。

 

「あ……」

 

痙攣していた少女の体から力が抜け落ちる。

くたりと仰け反った巫女姫の頭部から、真っ二つに裂けたヒトガタ……身代わり人形(MP版)(スケープ・ドール マジックポイント版) が幾つも水面へと落ちていく。

ヒトガタは水面に落ちると同時に、溶けて跡形も無く消え去った。

ポタ、ポタと辺りに水滴が滴り落ちる音が響く。

 

「……」

 

アイダホは慎重に巫女姫の上半身を起こし、吐息、心拍等を調べる。

最後に額に手を当てた後で、懐から取り出した青白く光るポーションを目を覆う布をずらしてから振りかける。

閉ざされた瞼の下で欠損した眼球が再構成されるのを確認すると、アイダホは神官副長に告げた。

 

「体調、問題なし。精神、衰弱するも狂気と恐怖は私の種族スキルで相殺した。両目は……お役目ご免のお祝いだ。代替わり、無事完了したぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回も私の出番は無かったわね」

 

戦鎌(ウォーサイズ)を肩に担いだ少女が、先代の水の巫女姫を抱き抱えて儀式の間から出て来たアイダホに声をかける。

髪が白黒に分かれた少女は、アイダホの横に並んで歩きだした。

 

「その方がいいだろ。漆黒聖典の仕事だろうが、明らかに汚れ仕事だ。そんな仕事は少ない方がいい」

「まぁね。代替わりしたら狂っちゃうので殺す。仕方がないけど、可哀そうなのは事実だしね?」

 

全然可哀そうじゃない口調で、少女……番外席次は肩をすくめてみせる。

アイダホとしては、法国の非人道的なシステムを見過ごしている事への後ろめたさから。

名目上は希少な素質を持つ巫女姫を死なさずに、お役御免出来る為、なのだが。

 

「ねぇ、今日来たのはその子の代替わりだけじゃないんでしょ? 神官長達と何か企んでるの?」

「まぁな。そろそろ秋だから、収穫の時期について語り合っていたんだよ」

「へぇー、それって、私も参加できるの?」

 

彼女はルビクキューの二面が揃った時の笑顔で問い掛ける。

早いところ否定しないと勝手に期待が膨らむので、アイダホは苦々しく否定した。

 

「しないよ。小枝を折るのにグレートアックス振り回す奴は居ないだろ。君が欲する敗北を知れる様な血沸き肉躍る戦いじゃない」

 

えー、と頬を膨らませる番外席次に対し、アイダホは感情を消した声音で呟いた。

 

「政治ショーだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








降ってわいた小話に気を取られて十日近く投稿できず
おいは恥ずかしかっ、生きておられんごっ!!


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結8

※オリジナル要素やねつ造要素ありです。
 原作などで見なかったり聞いた覚えがないものは恐らく該当します。
 ご注意ください。












戦争という名の政治ショーを幕開けするには、多大な手間と準備が必要とされる。

リ・エスティーゼ王国もバハルス帝国も、ショーを開催する為の準備に余念がない。

 

 

 

 

 

 

【バハルス帝国の皇帝ジルクニフが王国に大使を派遣。例年の様に領土問題及び麻薬問題について王国を非難。王国側も非難を一蹴し交渉は決裂】

 

【皇帝ジルクニフ。大使の帰国と同時に王国への侵攻を宣言。例年通り、カッツェ平野を戦場に指定する。王国側もこれを了承】

 

【エ・ランテルにて馬車の出入りが増加中である事を確認。兵糧食と物資の搬入が行われている模様】

 

【帝国軍、国内防衛用の一軍を除き、残りの七軍の動員を全て完了。各軍団、総訓練を開始】

 

【貴族軍が招集された民兵達を引き連れエ・ランテルに到着し始める。六大貴族の内、半数が既に到着。王族も陣頭指揮を執る為に王都を出発】

 

【七軍の将軍達と直属部隊による閲兵式が帝都アーウィンタールにて行われる。皇帝ジルクニフが将軍達を前にして演説、今回の戦いにおいて王国との領土問題が解決すると宣言】

 

【ランポッサ三世、エ・ランテルに第一、第二王子を伴って到着。数日前に発表された皇帝ジルクニフの演説内容を批判。今回の戦いでも王国軍は敗れる事が無いと談話を発表】

 

【アインズ・ウール・ゴウン。以前の勧告を無視して王国の関係者が領域を侵犯している事、麻薬組織が畑を作っているのに全く取り締まらない事について非難。王国側が非難を一蹴した為一方的に宣戦布告】

 

 

 

「さてさて、両軍ともに順調に戦争へと進んでいるなぁ。うちも、宣戦布告しちゃったけど」

 

アイダホは上がってくる報告書を見ながら、揚げジャガを一つ口(?)に放り込む。

このままいけば、両軍は例年通りの茶番劇という名前の戦いを開始する。

アインズ・ウール・ゴウンとしては予定通りの展開である。

 

「そうですね……」

「……」

 

黒曜石の円卓の向かい側。

同じように資料を見ている二人の少女の表情を伺う。

アルシェの表情にはそれ程変化はない。

彼女にとって王国は元より敵国であり、帝国も既に捨てた故国だからだ。

ただニニャにとって王国は、あまりにも感情が入り混じる存在。

かつての故国であり、自らの意思で捨てた国。

アイダホは捨てた理由と過程を知る故に、彼女に確認したい事があった。

 

「ニニャ。一つ聞きたい事がある」

「はい、アイダホ様」

 

アイダホは軽く紅茶を啜り、ティーカップをテーブルに置いてからニニャに向き直る。

 

「君は、この戦争をどう見る? 王国に、君のかつての祖国に負けて欲しいか? 計画通りに行けば、王国の運命は以前説明した通りだ。君は、その運命を受け入れられるか」

「構いません」

 

ニニャはアイダホの問いに即答した。

アイダホが想定してたより、全く躊躇の無い返事。

それは、彼女が王国に対して抱く絶望と怒りの証。

 

「アイダホ様。以前お話しましたね。私の姉を救って頂いた時に、私達の故郷での惨状を語った事を」

「ああ、覚えているよ……」

 

ツアレとニニャの故郷の寒村。

常に空腹を感じながら畑を耕しても、収穫した食物は殆ど領主に持っていかれる。

姉妹は飢えと病気に怯えながら、両親が他界してしまった厳しい世界で生きる事を強いられた。

100の内60を持っていかれるよりも過酷な、100の内80を持っていかれる現実。

貧しいどころではない、必要最低限の食事すら足りない極度の貧困。

周囲の家では若い娘を身売りに出す様な、そんな悲惨な状況でも姉妹で寄り添って生きて来た。

 

なのに、貴族はそんな姉妹すら引き裂いた。

 

生活の為の糧を限界まで奪っておきながら、更に姉までも貴族は奪ったのだ。

己の下劣な、情欲を発散するというそんな理由で。

ニニャは成人するまでの数年間を、たった一人で泥を啜って生き抜き魔法の師匠に出会った。

その間、ツアレは貴族の元で性処理用の玩具として弄ばれ蹂躙されていた。

 

何故、自分達がこんな目に遭わなければならないのか。

それは姉妹が何千回、何万回と世界に問い掛けて来た事だった。

 

神も、国も。誰も姉妹に手を差し伸べてはくれなかった。

差し伸べてくれたのは、異形たる大森林の領主。その方のみ。

 

姉にとって、恋と愛を向けるのがたとえ人で無くても良いように。

妹にとっても、忠義を向けるのは人で無くても良いようになっていた。

 

人の国が、人間の王や貴族が自分達に一体何をした?

搾取と暴虐を姉妹に行っただけではないか。

無慈悲に奪い取り、玩具の様に弄び飽きれば捨てるだけだった。

 

かの領主は自分達に何をしてくれた?

人間としての身分、仕事と、温かい寝床と充分な量の美味しい食事を与えてくれた。

人として生きていける場所と希望を与えてくれた。

 

姉妹にとって、国とは、祖国とはアインズ・ウール・ゴウンである。

決して、自分達を踏み躙るばかりであったリ・エスティーゼ王国ではない。

 

だから、王国なんて戦争で負けてしまえばいい。

 

「王国なんて、負けてしまえばいい。いいえ、戦で負けてしまう程度なんて生ぬるい……あんな国など、あんな豚共を許容している国は……滅んでしまえばいい!!」

 

ニニャは普段であれば絶対に浮かべないような、憤怒と憎悪に満ちた形相で吠えた。

アイダホですら一瞬だけ驚く位の、気迫と負の感情に満ち溢れていた。

 

「ああ、分かったよ。ニニャ。落ち着いてくれ」

「……申し訳ありません。興奮してしまいました」

「ニニャ、落ち着いて」

 

隣に居たアルシェも、気遣う様に肩に手を置いている。

彼女は元貴族であるが、貴族という肩書を一切漂わせずむしろ嫌悪している節があったのでニニャから嫌われる様な事は無かった。

ニニャが十分にクールダウンしたところで、アイダホは落ち着かせる様に語り掛ける。

 

「怠慢で国を腐らせた連中には報いを受けさせる。ただ、民達までは可能な限り労苦が行かないようにはしたい。無暗に王国を崩壊させれば、かつてのお前達の様に苦しむ民衆が沢山発生するだろう。そこは忘れないでくれよ?」

「はい、それは、分かっています」

 

ニニャも理解はしているのだ。

自分達姉妹が憎むべきはあんな地獄を作り出していた支配者達であり、同じ苦労を背負った民衆ではないという事は。

 

「すまないなニニャ。お前があの国に絶望しきっているのを知っていながら我慢しろと言っている」

「いいえ、貴方様には心から感謝しています。あの、姉さんを攫った外道貴族にも制裁を下してくださいました……ですから、アイダホ様が我慢しろと仰るのであれば我慢します」

 

ただ、奪われる辛さをその身に痛い程味合わされた過去は、理性を押しのけあの国そのものに報復せよと叫ぶのである。

それを抑えよとは言えても、無くせと言える程アイダホは傲慢ではなかった。

ツアレを救出した時の無残な姿を知る者としては。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルシェ、主力であるゴーレム群の編成は?」

 

ニニャが研究室に戻った後、アルシェと投入する戦力について話し合う。

 

「はい、現在煉瓦ゴーレム170体、ストーンゴーレム80体、芋型ゴーレムが380体が実戦投入可能、総予備としてアイアンゴーレムが10体とミスリルゴーレムが3体になります」

「両軍の動員状態を考えれば、後増えて10体あればいいかどうか。やはり時間と国力が全然足りなかった」

 

出来立てほやほやの国である。

これでも頑張りに頑張った方だ。

かき集めたマジックアイテムや資材が無ければ、アイダホ本人が無双しなければならなかっただろう。

国の力を示すのにそれではダメだ。

軍の、国軍の力を示さなければならないのである。

 

「王国軍の一軍を相手にする事を考えれば十分ではないでしょうか?」

 

アルシェはカッツェ平野の地図と、布陣予定地に置かれているチェスの駒を見ながら疑問を発する。

アインズ・ウール・ゴウンが対峙し、交戦するのはリ・エスティーゼ王国軍だ。

帝国軍向けの布陣をしている彼らを横合いから殴りつけるのがおおまかな作戦の筈。

 

「いや、最悪帝国軍も相手にしなきゃいけないとなると少ない。こちとら、勝手に王国軍に宣戦布告する塩梅で帝国と同盟してる訳でもない」

「て、帝国とも戦うのですかっ?」

「ああ、以前の会談ではお互いに邪魔しあわないように、って口約束しただけ。一応書類もあるけど保険にはならないよ多分。まぁ、うちの方が新興の国の領主だから仕方ないと言えばそうだが」

 

実際、今回の戦いについて帝国とは同盟も協同もしていない。

今回の思惑について相互不干渉を取り込めただけだ。

だが、その相互不干渉もジルクニフの気持ち次第では、【無かった事】にされてしまうだろう。

勝ち戦になるのであれば、奪い取るパイを取り分ける人数は少なければ少ない方がいい。

対等な国同士の約束ならともかく、バハルス帝国という大国と、アインズ・ウール・ゴウンという吹けば飛びそうな小国だ。

いざ、追撃の段階になって消耗したこちらにも帝国軍が向かって来て、漁夫の利を得ようとする場合も考えられる。

ジルクニフは個人的に好感を持てる為政者だが、同時に抜け目のない野心を持つ皇帝でもある。

アインズ・ウール・ゴウンが東側に領土を広げるのを未然に防ぐ為、こちらにも軍事行動を起こす可能性は十分にあるのだ。

 

「だから、やっぱり俺も戦わないといけないって事だ。王様自ら武威を示す必要がある。いざとなれば俺一人だけでもお前らに凄く痛い目を見せられるよってね」

 

その為の超位魔法であり、その為の神器級アイテム。

王国は全く知らないし、ジルクニフも口伝で聞いた程度のアイダホの切り札。

カッツェ平野を焼け野原か灰塵に変え、数十万の死体を積み上げられるだけの威力を持つ兵器。

 

だが、これを使用してどちらかの軍を実際に吹き飛ばすつもりはない。

王国軍を壊滅させて労働力と後々支配する者達を失う訳にはいかない。

帝国軍を壊滅させて大陸東部のミリタリーバランスを崩壊させ、ジルクニフと共倒れ必至の消耗戦を起こす訳にもいかない。

 

「ようは、超でかい猫騙しで王国も帝国もびびらせる。そういう寸法だ」

 

可能な限り、血を流さず取り分は最大に。

威嚇と威圧だけにしか使わないとなれば、神器級のアイテムが泣きそうだがこんな代物をポンポン使わなきゃいけない状況になればそれはそれで色々終わっている。

 

「はったりと脅しで戦争を制す。実態と裏側が見えればみっともないが、ばれなきゃ問題はない。上手くやろう……さて、ちょいと出かけて来る」

「どちらに行かれるのですか?」

 

首を傾げたアルシェに、どこか憂鬱な雰囲気を漂わせながらアイダホは返答した。

 

「リ・エスティーゼ王国の首都だ。少し、確認したい事がある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅茶を嗜んでいて、ふと視線を落とすと小さな布切れが手元に置いてある。

その布切れに書かれた【人払いを】とのメッセージを見て目を細める。

 

侍女に人払いを命じ、自分以外誰も居なくなったティーラウンジの中を見渡す。

 

「姿を消したまま失礼します。戦の前にお聞きしたい事がありましてね。お邪魔させていただきました。要件が済めばすぐに退散いたします」

「大領主様。アポイントメント無しの御来訪は困りますわ。御持て成しのご用意もできませんので……」

「ああ、ラナー殿下のティータイムが何時なのかは調べがついていたのでね。何、貴女が紅茶一杯を飲み干すまでに終わる話ですよ」

 

アイダホは、万が一に備えて姿を消したままラナーと対峙する。

 

「では、率直に問います……蒼の薔薇に情報を手渡して手駒とし、第二王子殿下とレエブン侯が渡してきた王国の売却プランのプランナーを担ったのは貴女ですか?」

「………」

 

ラナー姫は、何時もの穏やかで淑女な微笑みを浮かべたままだ。

慈悲深く優しいと国民に評判の、【とある少年に望まれた理想の姫】の笑みを浮かべたままだ。

 

だが、アイダホは気づいていた。

その碧眼が笑顔とは一致しない、黒い眼光を忍ばせている事に。

言いようのない不快感を堪えつつ、アイダホは言葉を続けた。

 

「蒼の薔薇の資料と、プランの情報の揃え方、多少は弄ってありますが類似点が幾つかありました。ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラと貴女個人のつながりと情報が手に入る前後に宮殿に立ち入っている事も確認済みです。あなたも流石に私とイビルアイの交友関係までは知らなかったようですね。

 そうでなければ、あなたはレエブン候かザナック王子に再編集させて類似点を消したでしょう。私も他に証拠が無いか調べてみましたが、何も見つからなかった。随分用心深いようですね?」

「……」

「別に隠した事を非難している訳ではありません。ただ、実行する身としても、誰が作ったか分からない計画に自国の運命を託すのは不安を感じるだけなのです。独自に蒼の薔薇に情報を渡し八本指の活動を潰す様差し向けたのは見事ですし、あのプランについても素晴らしかった。この国の支配層で無くて良かったと心底思える位に。

 ええ、あまりにも効率的でえげつなくて怖気を感じましたよ。まるで不要な貴族たちを草むしりでもするように効率的に排除、粛清していく……もう一度聞きます。ラナー殿下、あなたが一連の計画のプランナーを担当したのですか?」

 

アイダホの問いに対し、ラナーは

 

「はい、そうですわ」

 

そうあっさりと肯定した。

同時に室内の空気の温度が下がったような気がする。

そして、少女の温和な瞳が、一瞬でドロリと濁った。

 

(うわっ)

 

アイダホは姿を消していた事、ブラックエレメンタルゆえに表情が存在しなかった事に安堵した。

僅かながらに、別人になった様な少女の雰囲気の切り替えに動揺してしまったのだ。

 

「まさかそんなにあっさりと認めるとは……正直、否定して欲しかったですね。あんな計画を建てたのがあなたのような少女であるとは思えなかったし思いたくもなかった」

「あら、その様な評価を頂けるとは光栄の至りです。その案を考えている間は本当に楽しかったのですよ? この糞ったれな王国を少しでも住み心地よくしたいなぁと考えて居たらああなっただけです。大領主様も家に溢れかえる程油虫が住み着いていたら不愉快でございましょう?

大領 主様がその案を実行なされば、今は目障りな害虫の群れが闊歩しているヴァランシア宮殿での生活も幾分快適になると思いますの。大赤字の国庫にも優しくなるでしょうし良いことづくめですわ」

 

その外観に全く似付かわしくない、あまりにも腹黒くえげつない言葉の羅列。

これが、この女の本性か。外側と中側の詐欺だと叫びたくなる差異にアイダホは戦慄した。

 

「概ね同意しますが、容赦がありませんな」

「今までの戦で無意味に死なせてきた将兵の代わりに有意義に死なせる時が来ただけの事。醜く太った害虫達の有効的な利用法を私は提示しているだけです。王国の総人口850万を救う為に必要な犠牲だと思えば微々たるものではありません事?」

 

ラナーは、お茶会で流行りのドレスの好みを貴族子女達と語り合う様な口調でさらりと言った。

 

(うわ、うわっ)

 

この女、ヤバすぎる。

腹黒とか狸とかそんな生易しいレベルじゃない。

真顔で「一人の人間の死は悲劇だが、数百万の人間の死は統計上の数字である」と言い出しそうだ。

 

(この女やばい)

 

この女には容赦がない。加減とかじゃなくて容赦がない。

笑顔を浮かべたまま、自軍の兵士にお前の犠牲が必要だから死ねと言えるタイプだ。

これだけの知啓だ。強力な味方になってくれると確信はしている。

してるが……それ以上に怖気が先立つ。

彼が実体化していたら、背筋に冷や汗が一筋流れていただろう。

 

「あなたがこれまでこの国の表舞台に出てこなかったのが不思議ですよ。あなたがその気になれば、お飾りの博愛の王女様などではなく、宰相なり、王なり、望む形でこの国を統べられたでしょうに」

「無理ですわ。私はクライム以外の人間がどうして私の考えている事を察せられないのか理解できないのです。つまりはクライム以外、その他の人間の気持ちが理解出来ないのですよ」

「クライム……あなたの従者の騎士ですか?」

「ええ、ご覧になってください。この時間帯であれば、あそこで警護をしている筈です」

 

彼女が窓辺に立ち、姿を消したままのアイダホもその横に立つ。

彼女の視線の先には、ミスリル製の鎧に身を包んだ少年騎士が背筋を伸ばして立哨している。

このティーラウンジに続くドアの手前である。

彼は王女が茶を嗜む安全を確保する為に、生真面目に立哨をしているのだろう。

 

「私はね、この国の未来なんて正直どうでもいいのです。お父様もお兄様方も貴族達も国民も全て平等に価値がない。帝国に併合されようとも貴方に占領されようともどうなろうが知った事ではないの。私にとって価値があるのは、クライムだけ。私の望みはクライムと結ばれて……あ、できれば首輪をつけて鎖で繋いで独占できる形で飼えれば問題ありません」

「………」

 

突然の性癖カミングアウトにドン引きしているアイダホの事などどうでもいいとばかりに、ラナーはその黄金という二つ名に相応しい笑顔で続ける。

目は暗黒に濁ったまま、表情だけ可憐な王女を形成しているものだから悍ましい事この上ないが。

 

「ですからアイダホ様、私とクライムが理想的な環境で幸せに暮らせるよう、ご支援とご協力をお願いできますでしょうか。ザナックお兄様とレエブン候は、私とクライムの関係を応援してくださるとお約束してくださいました。

 アイダホ様にもお約束して頂ければ、私も心強く、これからもアイダホ様が為さることへの助力を惜しみませんわ」

 

王女の輝かしく可憐な笑顔がアイダホに向けられた。

公式祭典などで国民に向けられる穏やかな太陽の如き笑顔ではなく、全てを燃やし尽くすどす黒い太陽の様な笑顔だった。

 

それに対し、アイダホは一度だけ変わらず立哨を続けているクライムへと目をやった。

城を偵察した時も、王女の様子を調査した書類を見た時も、彼はラナー王女に常に付き従っていた。

自分が見た限りでも、報告書を見た限りでも、彼は王女に命を懸ける事すら厭わない忠誠心を抱いていた。

いや、アイダホから見たら王女と話している彼は、彼女に対する好意を忠義で押し殺しているようにも見えた。

 

いや、見えたんじゃない。もう確定でいいんじゃなかろうか?

お互い思い合ってるなら大丈夫だろう。

後は若い者同士でイチャコラでもペットプレイでもやっていればいいんじゃないかな。

 

アイダホは、ラナーに向き直る。

 

「ああ、私も君達を応援しましょう。身分の差を超えた愛は、尊く美しいものですからね。ええ、是非とも末永くお幸せに」

 

頑張れ、クライム少年。

君の男振りに王国とアインズ・ウール・ゴウンの運命がかかっている。

 

アイダホは王女の姿をした魔女に愛された生真面目な少年騎士に、内心でそっと手を合わせた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ダークサイドなアイダホとニニャの台詞


「たて、ニニャよ」


「ゴーレム戦列は予定通り、配置を完了しました」

「よくやった、ニニャよ」

「察するぞ、いまだ王国の腐れ貴族に復讐する機会を欲しているな」

「はい、陛下」

「堪えるのだニニャよ、戦の時になれば向こうからやってくる。現れたら私の前に引き付けるのだ」

「お前は強くなった……今のお前とであれば、奴らを地獄へと突き落とす事が出来る」

「御意」

「全ては、余の予見した通りに進んでおる………ク、ハハハハハハ………!」




安東大将軍様、誤字報告ありがとうございました。

さーくるぷりんと様、誤字報告ありがとうございました。



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結9

※オリジナル要素やねつ造要素ありです。
 原作などで見なかったり聞いた覚えがないものは恐らく該当します。
 ご注意ください。












 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カッツェ平野。

普段であれば負のエネルギーを帯びた薄霧に覆われ、無数のアンデッドが徘徊する魔の領域。

この平野は不思議な事に、帝国と王国が会戦を行う時期になるとまるでそれを察したかの様に霧が晴れる。

まるで、新しいアンデッドとなる兵士を出迎えるかのように。

 

(今のところ両軍ともスケジュールの進行は予定通り。明日で開戦か)

 

アイダホはカッツェ平野を見下ろす小高い丘の上に居た。

目の前に広がるのは赤茶けた広大な平野。

そして遠方にある巨大な要塞と、それに対峙するように横幅に大きく広がった野営地。

7万の兵力を格納できる帝国軍陣地と、22万人を擁する王国軍の野営地群だ。

 

「総員で、30万人に達する大会戦になるという訳だな」

 

アイダホは手にしていた遠視の魔法のアイテム……双眼鏡を下ろしてから呟いた。

 

「この一戦で歴史が動くとなると感慨深い。そうは思わないかツアー?」

「思いはある。こういう風でしか人は歴史を変えれないという失望だけどね」

 

何時の間にか、白銀の鎧が丘に立っていた。

アイダホはゆっくりと振り返り、相対する。

鎧もアイダホをじっと見返す。

両者の中には殺意は無かったが緊張はあった。

 

「それは皮肉かツアー?」

「いいや、事実だよアイダホ。人が群を持ち、国を為してから延々と繰り返された事実だ」

 

白銀の鎧が右手を軽く挙げて両軍の陣地を指さす。

 

「かつて人間だった六大神が築き上げた人間の国を壊滅寸前まで追い込んだのは、他ならぬ人間であるプレイヤーの八欲王だった。アンデッドでありながら人の守護神を担い、この世界との協調を説いた彼を一方的に滅ぼしたのは彼らだ。そして私の同族を残りが僅かになる位にまで滅ぼし尽くし、果てには己自身の強欲によって殺し合い自滅に近い最後を遂げたのも。私は知っているのだよ、彼らの度し難い愚かさを。この世界を自らも含めて滅ぼせる救い難い愚かさをね」

「あんたがプレイヤーを通して人間に対し幻滅しているのは知っている。だが、あちら側の人間がアレだからと言ってこっち側もと言うのは早急じゃないか?」

「いや、規模は違えど彼らと人間の根幹は同じさアイダホ。際限のない欲望と、他者を害してでも欲する気性は同じだ。弱肉強食はこの世界に住む数多の種族に通じる基本だが、人間のそれは際立っていて危険だ」

「だったら、彼らを、人間を滅ぼすのかツァインドルクス=ヴァイシオン?」

 

アイダホの光点がすっと窄まる。

その腰に下げられた二振りの宝剣は共に竜殺しに特化した伝説級と神器級の宝剣。

今日のアイダホの装備は神器級をメインとしたユグドラシル全盛期時代に揃えた【本気仕様】。

未開拓の地に赴く旅以外では滅多にしない、自分と同格……他のプレイヤーの相手をする時にと想定した装備だ。

 

「しないよ。我が評議国にも人間の国民は沢山居る。それに、私が手をかけずとも、人間が亡びるならそれは人間自身の手だと思う。私がこうして君達プレイヤーを監視をしているのは、その自業自得にこの世界と、私の同胞や愛する民達を巻き込みたくない。それだけだ」

「俺が、滅びの発端になるというのかあんたは?」

「大いにありうるとも。君は無自覚か過小評価が過ぎる。君達が齎す技術と思考が如何に世界に波及し人を動かす力になるか理解していない。自分が便利だから他者に伝え、それがどういう結末に至るか全く無頓着だ」

 

例えばの話。

銃という概念が、プレイヤーを介してこの世界に伝わったらどうなるのか?

 

王国軍の戦力の一割程度でも火縄銃兵(マッチロックガナー)になったらどうなるか。

如何に専業として鍛え上げられた帝国の騎士達でも、銃列から放たれる数多の銃弾に抗することなど出来ない。

それこそ、物理攻撃を弾くだけの強力な防御魔法をかけない限りは。

それに対して、それだけの攻撃を行える彼らは、短期間の促成訓練を受けただけの農兵達なのだ。

 

恐らく、銃の概念は人間の戦いを、戦いの歴史を一変させる。

専業の戦士達が消えうせ、国民そのものが戦う者たちに成り代わる。

命中精度、射撃速度が上がり、大口径や砲と呼べる別種の兵器すら登場するかもしれない。

果てには階位魔法とすら掛け合わされ超兵器と化し、この世界を牛耳る異形種達の国々すら駆逐するまでに革新するかもしれない。

 

プレイヤー達は理解してないのだ。

自分達が及ぼす影響力の重大さに。

歴史や技術への介入に全くその姿勢を見せてなかったアイダホですら、今や二か国の間に立つ国家の君主だ。

いや、本人が望めばスレイン法国に顕現した第七の神にすら成り得た。

 

個人の悪意も善意も、神とすら言える圧倒的な力の前では幾らでも変異してしまう。

ツアーの立場からすれば、これを危険と言わずなんというのだろうか?

 

「あんたからすれば、プレイヤーはこの世界にとっての異物で、存在してはならないというのか?」

「招かれざる客人である事は事実だ。八欲王が来る以前であればまた話は違ったかもしれない。ただ、君達の可能性を悪しきものにしか考えられない位……彼らはこの世界から多くのものを奪った。国、人々、私の同族、あまりにも多くを」

「………そうか。分かったよ。ただ、俺も今は倒れる訳にゃいかない。養っている連中が多いからな」

 

アイダホはため息を大袈裟に吐いて腰の剣の鞘に手を当てる。

出会った頃から、ツアーとはどこか溝があると考えていた。

それがここまで深いものとは。

 

彼がこの世界の秩序の担い手である限り、アイダホが来訪者であるプレイヤーである限り。

個人的感情の好悪を超えて、二人は相容れる事が出来ないのだ。

 

「今回はこれでさようならだ。アイダホ。次の出会いも戦いではないと願っている」

「戦いに来たんじゃなかったのか?」

「警告しにきただけだよ。君の返答次第ではまた違ったかもしれない……私も正直君と事を構えたくはないからね」

 

すっと背中を向けたツアーに、アイダホは声をかける。

場合によっては戦いになると感じてただけに、些か拍子抜けしていた。

 

「君と対峙するリスクは承知している。今回の戦いの勝利で君が行き過ぎない事を、私からの警告を十分承知してくれる事を心から祈っているよ。ではな」

「そうか……どうしても俺を殺したいなら、俺の国に民主主義が根付いてからにしてくれ。そうすれば俺がくたばっても議会が国を動かせるからな」

 

根付くのが何百年後になるのかは分からないけどな、とアイダホは心中で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ツアーの姿が丘から消えた後、アイダホはポツンと残っていた切り株に腰をかけた。

 

「逃がしちゃって良かったの? この戦場にあいつが来たら仕掛けて来る可能性が高いって言ったから来たのになぁ。少し期待外れ」

「すまないな。彼の切り札であるワイルドマジックは俺にとっても危険だ。だから戦いになった場合は速攻で仕留める必要があったから君を呼んだ訳だけど……戦わずに済んでよかったよ。君としては期待外れだろうが」

「んー、いいよ。神官長達も貴方のお願いならいいって言ってたし。でもこれって凄いアーティファクトね! 評議国の竜王の感知力を欺けるんだから……でもさ、あいつ倒さなくていいの?」

 

切り株に座り込んだまま、アイダホは誰かと話し合っていた。

 

「私もいるんだから、あんな奴二人がかりで倒しちゃえばいいのに」

「あの鎧は彼の端末に過ぎない。倒してもネタ切れまで次が出て来るだけだ。決着をつけるなら本体が居る評議国に攻め込むしかない。ここでの戦いはこちらにとってのリスクが大きすぎる」

 

倒している内にどんどん金属の質が安くなっていったら面白いなとは思っている。

銅製の鎧のツアーなんて、カッコ悪いの一言だ。

 

「それは厄介よねぇ……ねぇ、アイダホ」

「ん、なんだ?」

 

首にかけたままの魔法の双眼鏡を弄りながら、アイダホは姿の見えぬ相手と話し合う。

 

「アイダホは、なんで人を助けるの? 国まで作って養うの? 黒いエレメンタルで、人間じゃないのに。あの竜王と敵対しそうなのに、わざわざ人間の為にあれこれしてるんだもの」

「異形種が人助けするなんておかしいと思う?」

「うん、すっごく。プレイヤー様だからかな?」

 

相手の率直な言葉に何となく傷ついたが、アイダホはこう答えた。

 

「ああ、プレイヤーだからだな。中身は人間であって、化け物の化身(アヴァター)を被っている所為だろう……人間性を、手放したくないからだ」

「人間性?」

 

僅かに空気が揺れる。

相手が首を傾げたのかなと思いつつ、アイダホは心中を吐露していた。

 

「ずっと考えていた事だ。最初は友達ともギルドとも合流出来ない寂しさを誤魔化す為だけだった。人の社会に近づけない俺が、人の世界に近づける為の手段。俺が、俺である事を確認する為だけの事だった。俺がかつて人間だったって事を。来るかもしれない友と再会した時、人間の残滓すら無くなった完全な化け物でありたくなかったから。あの場所を、バレイショを作ったのも同じことだ。逃避も入っていたかもしれない……思ったよりも入れ込まなければ、村ごと捨ててたかもしれない。少なくとも、俺の国の源を作った時はその程度だったよ」

 

ハムスケという家来も、あの村に集った故郷を失った哀れな人間達も、都合によって捨ててもいい存在だった。

何時からだろうか。投げ捨てれる存在を、捨てれなくなったのは。

 

「バレイショを養う為に色々やったよ。生きる為に竜王国を襲ってるビーストマン共を万単位で殺して来た。連中にも理由や都合もあるんだろう。攻め込んで人間を家畜にしなきゃいけない、そうしなきゃいけないんだろう。だけど、俺の都合で連中を殺して横に蹴落として都合を通した。誇りも糞もない、作業だったが必要だからやった。そうしてまで生かした人間の何割かが、感謝しつつも裏側では俺を化け物と恐れているのも知っている。不愉快だったけどあいつらが俺を恐れる理由は理解してたし、次の世代で慣れ切った連中は俺を救世主と言っていた。君ら法国の人々も同じだろう。最初は異物なのかと恐れ、今じゃ信仰すらしている」

 

最初は調子の良い事だとは思った。

彼の目的である人間性の持続が無ければ、馬鹿らしくなって途中で放り出していたかもしれない。

バレイショも、法国についても。趣味が動機ゆえにそこまでの義理はないのだから。

彼の身は既に人ではない。人間の勢力圏から出ても大して問題ではないのだから。

 

「それでも、見捨てなかった。それも人間性の確保の為?」

「………そうとしか言いようがない、な」

 

考えを脳内で転がしてみるが、結論はまだ出てない。

人間性の確保以外の、答えは出ていなかった。

 

「何にでも答えを返せないプレイヤーには失望を覚えるか?」

「んー、別に? 失望を感じるとしたら子供を作れない位かな」

「……また、その話を蒸し返す」

 

アイダホはため息を付いた。

ナニがない、というか生殖機能が無いのに子作りも何もないだろうにと。

 

「ねー、人間に変われるマジックアイテムと無いの? 子作りと敗北も知りたいんだからさぁ」

「そーいう風に強請られると正直あっても使う気が失せるなぁ……」

 

アイダホとしては、理想の女とは淑やかで儚げな男の後ろ三歩をそっと歩く女性だ。

異世界の祖国では既に絶滅している女性の在り方【ヤマトナデシコ】である。

かつてのギルメンの三人が如く、逞し過ぎる女性は彼の好みの範疇から出るのだ。

 

『殿ー、いずこに居られるでござるかー!?』

 

と、丘の下から声と気配がどんどん近づいてくる。

間違いなく第一の家来であるハムスケである。

 

「何かあったのかな……本陣に戻るか」

「私も行くー」

「わかったわかった。義勇兵の中に紛れてるニグン達が居るところまでは姿は見せないでくれよ」

「やったー」

 

彼女が自分にとびかかって来たのが、空気を切る音で感知する。

背中に重さがぐっと押し付けられる。

柔らかさは感じるが、本当に申し訳程度な感じではある。

何がとは言わないが。

 

「見えない何かを背負わされる。まるでコナキジジーみたいだなおい」

「なによそれぇ」

 

身体ごと揺さぶっているのか、上半身がグワングワンと揺らぐ。

身体が身体であるので、そのままぐにゃりと体を倒しても良かったが彼女の機嫌を損ねるので止めておく。

基本、アイダホは女性に対しては紳士的だ。

勿論、ペロロンチーノなどの紳士的とは違う意味で。

 

『あっ、殿ー!!』

 

丘の上を歩いていくと、前から軽い地響きを立てながらハムスケがやってくる。

体毛の紋様が増えて使用可能な魔法が十数種類になり、アイダホの見立てではレベル50代半ばになった。

これも百年近く手合わせをしたり大陸の探索に付き合わせたり、同族が居そうな地に一緒に跳んで婿探しをした成果である。

尚、レベリングとしては成功したものの最優先課題である婿探しについては結果が出なかった。

漸く見つけた大型犬クラスのハムスター(?)っぽいのを番にどうかと勧めてみたが泣いて拒否されてしまった。解せぬ。

 

『殿ー、ヘッケラン大隊長が探してたでござる。もうじき、王国の使いが来るから本陣に戻って来て欲しいとの事でござるよー。本陣から会見の場まで行くのにも時間がかかるでござる!』

「分かったよハムスケ。本陣に戻るから乗せてってくれ。ちょっとだけ余分に重いけど我慢しろよ」

 

頭をベシベシと叩かれる。彼女なりの抗議のようだ。

宥める様に叩く手を抑えつつ、アイダホは去っていった龍王に思いをはせた。

 

(ツアー。あんたが俺を滅ぼすというなら、俺もあんたを殺すよ。この世界の秩序も支配種の矜持も歴史も関係ない。今俺が死ねばあの国は崩壊する。俺が捨てれなくなった連中が寄ってたかって世界から捨てられてしまう。それは嫌なんだ。何故かは知らないけど)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「使者を送る意味があったのでしょうか?」

「形式上必要なのですよ。結局は決裂するにしても」

 

レエブン候はガゼフにそう声をかけつつ、はるか遠くにあるアインズ・ウール・ゴウンの本陣を見やった。

六大貴族の一人であるエリアス・ブラント・デイル・レエブン。

王国の王国戦士長であり、大陸でも最強格の剣士と名高いガゼフ・ストロノーフ。

カッツェ平野の端に布陣するリ・エスティーゼ王国王国軍の陣地のほぼ中央で二人は語り合っていた。

 

宣戦布告してきたアインズ・ウール・ゴウンへの対応について、リ・エスティーゼ王国は全く行っていなかった。

森の中であればまだしも、平野に出て来た総人口数万程度の国の軍など鎧袖一触と考えられていたからだ。

加えて異例にも総戦力に近い七軍を動員したバハルス帝国軍に対する対応で手一杯だったのもある。

 

だからこそ、カッツェ平野の片隅に千人に満たない少数であってもアインズ・ウール・ゴウン軍が姿を現した時、リ・エスティーゼ王国王国軍に動揺が奔った。

横やりを入れるつもりだと多くの貴族が騒ぎ、ボウロロープ侯に至っては5000を数える精鋭兵団を自ら率いて帝国との会戦が始まる前に叩き潰して見せると豪語した位だ。

 

ただ、ランポッサ三世は会戦時に不要な介入を避ける為、相手の敵意を推し量る為に様子見もかねて使者を送るべきだと珍しく主張。

帝国軍諸共打ち破ればいいと主張する第一王子とボウロロープ侯は激しく反対したが、敵戦力の観察は必要だとレエブン候が援護した為に実施されることになった。

 

「はぁ……しかし、人選があんまりではないかと」

「気位が高い人物が混じっていれば、交渉をぶち壊しにしてしまいかねないかとガゼフ戦士長は思われてるのかな?」

 

無骨な戦士肌であるガゼフはレエブン候の問いに応えず、顔を顰めて沈黙した。

レエブン候は政治色を嫌う武辺な戦士長らしい反応に内心苦笑していた。

 

(それは分かっているのだよガゼフ戦士長。だが、この交渉にはそもそも期待など全くしてないのだ)

 

この手合いが発生する事は、彼らと大領主の間でも十分想定していたこと。

ボウロロープ侯等の息がかかったものが使節団に混じっている事も予測済みだ。

何しろ、彼らにとってアインズ・ウール・ゴウンの如き小国は敵ですらないという認識なのだから。

だからこそ、あのような人選で使節団に自分達の随員を差し挟むような真似も出来るのだ。

その様な行為が、竜王の尻尾を面白半分に踏むような愚者の行いである事も理解できずに。

 

そしてそういう軽率な行為こそが、レエブン候達、そして何よりアインズ・ウール・ゴウンの望むところなのだ。

 

(相手に無礼な態度をとっても問題が無いのは、あくまで相手が格下である場合のみ。連中がそれを知る事になるのは、事態が完全に引き返せなくなってからだろうがな……)

 

この使節団がアインズ・ウール・ゴウンに対して行うであろう無礼非礼の数々。

それは戦後になってからそれを為した貴族達に数百倍に膨れ上がって襲い掛かる事態への口実になるのだから。

 

勿論、こちらの状況については配下を通じてアインズ・ウール・ゴウン側に通知済みであり、あちら側もわざわざ粛清の口実を用意してくれる使節団を『歓迎』するとの事だ。

レエブン候やザナック第二王子は、火の粉がかからない位置からどうなるかを見極めればいいだけである。

わざわざ火中に突っ込んでいく連中は哀れとしか思えな――

 

 

 

 

 

 

ゴウ――――――――――!!!

 

 

 

 

 

 

「「なっ………!!??」」

 

 

レエブン候とガゼフが、突如轟いた音に驚愕する。

そこはアインズ・ウール・ゴウン軍と王国軍の使節団が会見している、両軍の陣営の丁度中間地点。

そこから、天に向かって青白い一条の光線が放たれていた。

 

 

エリアス・ブラント・デイル・レエブンも、ガゼフ・ストロノーフも知らないそれは。

 

遥かなる異世界においてタウブルグ丘陵と呼ばれる場所に生えた巨塔をモデルとした対空兵装。

数多なる飛空する者達に対して絶大な効果を示したと呼ばれる宝剣……エクスキャリバー。

 

 

それがなぜ放たれたかはまだ不明である。

だが、二人だけでなく王国軍、そして傍観者に過ぎなかった帝国軍ですら理解したであろう。

 

 

 

 

 

 

 

リ・エスティーゼ王国は、本当の意味でアインズ・ウール・ゴウンにとっての敵となったという事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あの対空宝剣を回避できるのは戦場の鬼神と片羽の妖精ぐらいですね











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結10

※オリジナル要素やねつ造要素ありです。
 原作などで見なかったり聞いた覚えがないものは恐らく該当します。
 ご注意ください。













 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやはや、みんな、すまんかった」

 

アインズ・ウール・ゴウン軍本陣。

 

人間だけで言えば義勇兵を含めても800人程度の野営地の中央。

一番大きな本営用の天幕の中で、総大将である筈のアイダホ・オイーモは天幕内に居る人間達に頭を下げていた。

 

「元々決裂が前提でしたし、誰か殺したり怪我させた訳じゃないんですけどね……肝を冷やしましたよ」

 

アインズ・ウール・ゴウン野戦軍の大隊長であるヘッケラン・ターマイトは、先ほどの会見を思い出した。

 

 

 

 

 

 

会見の場の流れは、アインズ・ウール・ゴウン側の想定したままだった。

 

戦の邪魔だから立ち去れ、去らねば帝国軍諸共撃破するまで。

 

使節は終始威圧的な態度であり、交渉と言うよりは恫喝だった。

果てにはアイダホが被ったマスクから、同伴しているメンバーに対してまで因縁をつける。

徹底的に喧嘩を売るスタイルだったが、ここまでで言えばアインズ・ウール・ゴウン側の望む展開である。

無礼と暴言を吐かせて、アインズ・ウール・ゴウン側の大義名分を稼ぐ為にこの会見は行われているのだ。

アインズ・ウール・ゴウン側も、ノラリクラリとはぐらかしておけばいいので十分だった。

 

 

ただ、使節に随伴していた、老貴族の一言で会見の場が凍った。

 

 

 

 

内容的には、アインズ・ウール・ゴウン、この国名を嘲笑しただけである。

 

 

 

 

ただ、そこからのアイダホの様子は一瞬で激変した。

 

 

「国を腐らせた老害如きが、俺達の信念の名に唾を吐きかけるか!!」

 

 

先ほどまで、幾ら自分に対する誹謗中傷染みた事を言われても気にも留めなかったアイダホが。

老貴族に向かって激昂に満ちた罵声を浴びせ、どこからか取り出した長大な宝剣を彼に向けたのである。

 

 

 

この時、アイダホが何について怒っていたのか。

 

仲間達と栄光と冒険に満ちた時代を過ごしたユグドラシルのギルド名を貶された事か。

 

流民達をまとめ上げて作り上げたギルド名を冠した国、彼の理念を込めて付けた国名を侮辱されたからか。

 

 

ただ、その思いに至る前にアイダホは魔力を流し込み、対空宝剣を起動させていた。

魔力が砲塔のようなブレードに充填され、いざ放たれそうになった時。

 

 

「大将、いけませんっ」

「アイダホ様っ」

『殿ー!!』

 

陣幕を飛び越えやって来た、ハムスケのタックルにアイダホは反射的に両手を上げ。

更に背後からヘッケランとアルシェが必死の心持ちでしがみついた結果。

 

「あっ」

 

不完全な状態でエクスキャリバーは発射され、上空の低い位置にあった雲を真っ二つにするだけに留まった。

 

 

……かくしてハムスケのジャンピングボディプレスで会見の机と会見そのものは粉砕され。

ハムスケの威風とアイダホの殺意に晒された貴族達は、泡を食いながら慌てて王国軍の陣営へと逃げ帰っていった。

これで肝が据わっている貴族が居たのであれば、会見の陣中で剣を抜いた事を責められたがそんな胆力を持つ貴族などこの場にはいなかった。

眼前に着地して机を粉砕した大魔獣の威容と、その大魔獣にもう少し前に居たら机ごと圧し潰されていたのだからむべなるかなである。

 

ともあれ、相手の使節を皆殺しにしかねなかった件については危なかった。

一方的に相手に非を晒させた上で、徹底的に殴り倒すつもりだったのにケチが付く寸前だったのだから。

 

「カッとなってしまったのは問題かもしれませんが、別にあの場で連中を倒しても問題なかったのでは?」

「いや、後々で他国に『会見中に使節を手にかけた』等と言われたら困るんだ。実際、剣を抜いてしまったしなぁ……怪我や死人が出なかっただけマシだけど」

 

アイダホはニニャにそう返しつつ、エルフメイド達が配膳したお茶を飲み干した。

素顔を晒している彼が食べたり飲む時、同席しているヘッケランやイミーナは気になるのか凝視する事がある。

どうやって口に該当する場所にものを入れたり飲ませたりしているのか。

本人に聞いた事もあるが、本人もよく分からないらしい……それでも気になるのか、何人かはちらほらと見ていた。

 

「アイダホ様、おかわりは如何ですか?」

「ああ、入れてくれ。角砂糖も二つ」

「かしこまりました」

 

ドルイドのエルフメイドが恭しく一礼し、ティーポットに入った紅茶を手際よくカップにそそぐ。

隣にいた神官のエルフメイドが、帝国産の銀製のトングで摘まんだ角砂糖(都市連合から入手した砂糖を加工)を銀の小皿へと置いていく。

遠くで銀製のコンポートを手にしたスカウトのエルフメイドも、乗せられた茶菓子を要望した者たちに配膳している。

 

(いいなぁ……エルフ戦闘メイド)

 

配膳しているエルフメイド達は全員超軽量の皮鎧と専用のメイド服を装着し、各々が適した武器と防具も備えている。

緑色の胸甲にはアインズ・ウール・ゴウンの紋章が焼き付けてあり、アイダホの自尊心をかすかに擽っていた。

無骨な装具がその可憐さを妨げず、皮鎧も動きを阻害せず尚且つ見栄えにも配慮したのは言うまでもなく衣装データ集【メイド衣装百下百全】の恩恵だ。

武装メイドであるプレアデスの衣装は決定版のあれだけではなく、他にもいろいろと試行錯誤を重ねた結果没案も多数存在した。

その中にそれらを流用して量産型戦闘メイド用の服が幾つか勘案されたので、それをアイダホはデータから引き出して作り上げたのだ。

データが完成した頃にメイド命三人衆の内二人が引退し、残りのヘロヘロもログインする余裕がなくなった結果量産型戦闘メイドは日の目を見ることは無かった。

それをこうして形に出来た事は、アイダホとしては非常に満足のいくことでもある。

その点、戦闘スキルの無いツアレを陣内に連れて来る事が出来ないのは残念ではあった。

本人は行きたそうな顔をしてたが、安全性を考えてバレイショに残置させたのだ。

 

脳裏に浮かんだ戦闘メイド服姿のツアレ……。

戦闘に全く向きそうにない華奢な女性が、武装したメイドしている。

動きにくそうな、困惑した顔でこっちを見ていたりする。

これぞ、ギャップ萌えかもしれない。タブラさんも萌えを共有してくれるだろう。

 

(試着品は一応作ったから、バレイショに無事戻ったら着てみて貰おうか)

 

そんな事を考えている内に、王国貴族達によってささくれた心が癒えた事にアイダホは気づく。

やはり、メイドは人類の叡知であり至宝であると確信しつつ、彼は次の手を打つ事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バハルス帝国軍 魔法省陣地

 

 

 

「師よ、こちらにおられましたか」

 

目の前に並ぶ己の従者達を見て悦に浸っていたフールーダ・パラダインは、高弟の言葉によって現実に引き戻された。

 

「如何した?」

「皇帝陛下より、明日の初戦による先陣を務めよ、との事です。王国に魔法省の威を示し、ガゼフ戦士長を前線へ引き出して、あわよくば捕縛するようにと」

「承った、と伝えよ」

 

部下にそう素っ気なく伝えた後、フールーダは再び気味の悪い悦の混じった顔で眼前に広がる光景をみやる。

大きな天幕と、幻術によって隠蔽されたそれらは、帝国の新しい戦力は老魔法使いの前に勢ぞろいしていた。

 

「む……」

 

続けて飛んできたメッセージを受信し、フールーダは軽く周囲を見渡した。

ここは人払いをしてあるうえに、先ほどの高弟の様に正面の出入り口を通過しなければ入れない。

フールーダは小さくキーワードを唱えて天幕の入口を閉じると、マジックアイテムで周囲に音を遮断する空間を作り出した。

 

「はい、私です。如何なされましたかな?」

 

メッセージによる会話はしばらく続いた。

会話が終了した後で、フールーダは長い髭を軽くしごき上げて己の中での明日の行動を若干変更する事とした。

 

(ジル、明日私が行う事をお前が知れば、お前はさぞや私を裏切り者と糾弾するだろうな。だが、これは致し方が無い事なのだ)

 

皇帝ジルクニフの指示から、幾らかは離れた結果にすると決めた。

それを為す事に対してフールーダに躊躇や良心の呵責は全くなかった。

 

(私は魔法の深淵を覗きこみたいのだよ、ジル。そのためであれば何をするにしても迷いはしない。まぁ、今回は多少【お前の意に添わぬ結果】になるだろうが……背中にナイフを突き立てる訳でもない。この程度であれば許容の範囲であろう)

 

フールーダ個人の範囲での許容であるが。

そう誰ともなく心中で呟くと、フールーダは己の僕達を満足げに見上げた。

 

(これらを得られたのは、あの御方のおかげ故にな。お前は知らぬとはいえ、この程度の譲歩はよかろ?)

 

フールーダ・パラダインの前に立つ僕達。

 

(この、我が死霊魔法により作り上げられた軍用アンデッド部隊の完成を見れば!)

 

凶悪なデザインを施された漆黒の全身鎧。

フェイスガードの無い兜と、朽ち果てた眼窩の中より放たれる赤い双眸。

専用に製造された、人間にはとても保持できそうにないサイズの魔力が付与されたグレートソードを右手に握り。

幾重にも防護の付与を施された特注のアダマンタイト製タワーシールドを左手に装備している。

 

これこそが、魔法省が鋳造した装備によって武装した、フールーダ・パラダイン虎の子の死の騎士(デスナイト)である。

 

(しかし、しかしそれだけではない!! 更に補助及び支援用に追加したのは、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)分隊!!)

 

そしてその背後に控えるのが体長数mの6体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)

アイダホから譲られた数本の【支配の頸】をフールーダが解析し、一部の術式を応用した結果儀式などを用意無くても簡単に支配する事が可能になった。

今までも骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を支配し軍事的に運用する試みはあったが、人類の最高峰とされてきた六位の魔法までを無効化するという致命的な相性の悪さにより断念されていた。

支配の儀式を行おうとも、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の六位までの魔法無効により、支配掌握は阻まれていたのだ。

この一点により、より格上の死の騎士(デスナイト)の支配掌握が優先されていた。

 

(だがぁ、今は違う!! いまや我が身は第七位まで至った!! この竜の無効化スキルを我が魔法は凌駕した!! そして、あの素晴らしき死霊支配のマジックアイテムの術式を応用する事により! 今まで不可能であったこの竜の支配を可能としたのだ!!!)

 

戦争前の忙しい最中を縫って行われたカッツェ平野における骨の竜(スケリトル・ドラゴン)狩りは笑ってしまう程簡単に成功した。

既に支配した骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に上空を抑えさせ、地上に張り付けた上でデスナイトが組み伏せフールーダが支配の魔法を使用する。これだけ。

最初の一体を掌握した後はかつての困難が何だったのかと思える程に捕獲は進み、合計六体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)がフールーダ・パラダインの軍門に下った。

これらは死の騎士(デスナイト)共々カッツェ平野の陣地へと移動し、既に張られていた大天幕に隠蔽され調整を受けていた。

 

全ては、王国軍の度肝を抜き。

王国の王族貴族達にこの世には彼らの想像をはるかに超えた存在が生まれるという事をその身を持って教育する為に。

 

「素晴らしい、素晴らしいですぞ、アイダホ・オイーモ様!! 貴方様が賜れた技と業があればこそ、私はこの高みに至れた!! 勝利の暁には、更なる魔法の深淵と未知なる技術を我が身に授けてくださいませ!! ふは、ははははははははははははははははは!!!!!」

 

気炎と股座をいきり立たせながら、老魔法使いは絶叫する。

その絶叫は沈黙の障壁が遮った為、興奮した老人がローブにテントを作りながら口をパクパクさせているという珍妙な光景。

 

幸いなのは、その光景を見るものは彼が支配したアンデッド達のみであり。

彼らには呆れや困惑の感情が存在しない事だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜

 

 

 

遠くに野営地のかがり火が無数に見える位置に、三人の人影と人数分のランタンがあった。

人影は恐々と平野の向こう側や帝国軍の要塞の方を見たり、小声で何やら話し合っている。

 

彼らは農兵であり、野営地の外郭に張られた哨戒線の一つを担う見張り達。

二十代の元気のあまりない青年達であり、官給品のロングスピアと普段着という戦う気があるのかと言いたくなる貧弱な装備をしている。

彼らは灯りの届かない荒野を心細そうに見やりながら、荒野は寒くないか、ならもっと厚手の服を着ろだの、それは弟にあげただの言い合っている。

 

装備が最低な彼らであったが、その士気は装備と同じかそれ以上に低かった。

口から出るのは戦の事ではなく、ここ数年の暮らしがどんどん酷くなっている事ばかり。

働き手である自分達が抜けた村が無事に収穫を終えたのか、帰った時に初めに見るものが腐った作物なんてゴメンだとか。

自分達を酷使する事しか考えてない貴族達への不満や、兵役への見返りが殆どない事への怒りなど。

 

そんな益体も無い話題を彼らはひたすらに続けている……何やら鼻を擽る甘い柑橘類の様な香りを嗅ぎながら。

 

 

 

 

 

……そっち、はみ出さない様にしろ、せっかくの効果が無くなるぞ。

 

 

 

 

何かが彼らの前をそろりそろりと過っていく。

彼らは暗い雰囲気のまま、世間話を続けている。

 

 

 

 

……後、幾つ通過させる?

 

……三群で終りね。

 

 

 

 

 

確かに何かが沢山通過している。

様な気がする。ただ、彼らは気にも留めてない。

 

 

 

 

……しかし、どいつもこいつも間抜けだ。楽々と通過させてるなぁ。

 

……農兵だけに外周を監視させるとか、ザル警備にも程がありますよ。だからこんな簡単なトリックで……

 

 

 

 

目の前で誰かが話しているような気がする。

だけど三人には何も見えないし聞こえない。

陰鬱な顔で世間話を……

 

「おい、交代の時間だぞ」

「「「うわっ!?」」」

 

三人が我に返ると、自分達と同じ世代の農兵達が欠伸を噛み殺しながら立っていた。

どうやら、知らず知らずのうちに話に没頭していたようだ。

交代の時間に気づかなかったらしい。

 

「監視の任務なんて嫌なのはわかるけどよ、さぼってるのばれたら鞭で打たれるぞ?」

「ああ、悪い……少し話し込んでいたようだ」

「早く野営地に戻って白湯でも飲んで寝ろよ。明日は朝から戦列を組むらしいからな。出来るだけ寝ておけってさ」

「分かったよ。それじゃ後は頼む」

 

交代の三人にカンテラを渡し、彼らは薄っぺらい毛布が待っている農兵用の天幕へと歩いて行った……。

 

 

 

その日は、三人にとっても、彼ら以外の見張りにとっても何事もない夜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





アインズ・ウール・ゴウンを虚仮にした貴族に関してはご想像にお任せします


三人の歩哨は、web版で愚痴を言いながら見張りをしててルプーとレッドキャップに野営地ごと消毒された農兵達です
良かったね、今夜は無事に過ごせたよ!











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結11

※オリジナル要素やねつ造要素ありです。
 原作などで見なかったり聞いた覚えがないものは恐らく該当します。
 ご注意ください。














 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、バハルス帝国とリ・エスティーゼ王国の初戦が行われた。

 

 

 

 

両軍の将が互いに舌戦の応酬を行い、帝国軍側はラッパと魔法通信、リ・エスティーゼ王国側は軍楽と号令でお互いの戦闘を開始する。

 

 

「ボウロロープ侯の武威を示せ! 我ら精兵の力を帝国軍騎士に見せるのだ!!」

 

ボウロロープ侯の側近の将が剣を掲げ、全軍に檄を飛ばす。

彼らには王国の為とか、王室の為とかそういった意識はない。

軍閥色の強い貴族軍の中でも特にその傾向が顕著であるボウロロープ侯軍。

その中でもエリートである精兵兵団にとって、軍功を立てるのは領主たるボウロロープ侯の為なのだ。

この時点で既に私戦に入りかけているのだが、大概の貴族軍はそれを大した問題と認識してない。

本陣たる王室直轄の軍と貴族軍達の連絡網が殆ど繋がっておらず、レエブン侯軍を除いて縦割りになっている時点でお察しの状態。

初戦で自軍の精兵を投入したのも、帝国軍への戦術的勝利の為ではなくボウロロープ侯軍の戦功の為である。

 

 

両軍の陣容は、

 

 

リ・エスティーゼ王国は精兵兵団の内1000名、そして両脇に配置された民兵4000名。

 

帝国軍は各軍団から抽出された軽装甲兵達の混成部隊約2000名程。

 

民兵の弱体さを数のみでカバーし、精兵兵団の突破力のみが王国側の強みだろう。

対する帝国軍側は数的にも倍の優劣をつけられ、民兵だけであれば兎も角、精兵兵団の兵たちは厄介だ。

彼らはリ・エスティーゼ王国の中でも珍しい専業兵士達であり、冒険者で言えば銀級の前衛職に勝るとも劣らない戦闘力を誇る。

 

事実、戦闘が始まってから2000名の軽装甲兵達はジリジリと自軍の陣営側に押されていく。

守りを固めている為、被害は少ないが傍目から見ても不利は明白だった。

 

「いいぞ、押し通せ! そのままだ!」

 

正面からは技量も士気も互角な精兵兵団が押し上げて来る。

まともに立ち向かえば、両脇から雪崩れ込んでくる民兵達が煩わしい。

彼らの戦闘力は全く脅威で無いにしても、互角の相手と戦っている時に側面や背面に回り込もうとされるのは非常に厄介だ。

無茶苦茶な突進により民兵の損害は甚大であり、帝国軍を数十m後退させた時点で死傷者は既に500名を超えていた。

しかし、彼らは後退できない。

それは許されないし、背後に控える騎士達の槍は常に民兵の背中を監視している。

敵前逃亡は例外なく即時処刑。

故に全員が悲痛と絶望に満ちた面持ちで帝国兵に挑んでいく。

それは敵である帝国兵から見ても痛々しい程だった。

 

彼らの悲痛と悲嘆など知らぬとばかり、精兵兵団はここぞとばかりに攻勢を強め、民兵達にも攻勢を強要させる。

民兵達の攻撃は稚拙で武器も粗雑だが、ロングスピアが鎧の隙間に入ったり柄で叩かれれば死傷の原因にもなる。

彼らに対して攻撃を仕掛ければ、その分正面の精兵兵団に隙を晒す事になる。

 

「くそ、合図はまだか!?」

 

悲鳴とも叫びともつかない声をあげながら突っ込んできた民兵の頭をハルバートでかち割りつつ、軽装甲兵の中隊長は愚痴る。

左右からの攻撃により精兵兵団の損害は抑えられていて帝国軍の不利は確実となっていた。

無茶な攻勢により民兵の損害率は既に全体の三割を超えていたが、ボウロロープ侯軍の将は許容内と見ていた。

侯から預かっていた兵団の損害が三割を超えていたらひどく焦っていただろう。

だが、民兵達は所詮数合わせで在りこういった戦い方の場合に必要な肉壁である。

彼は六割まで損害が出ても、目の前の軽装甲兵部隊を撃破して勝利出来れば勝利と見ていた。

この将軍は戦術家としては及第点だったが、きわめて貴族主義的な人間性の持ち主であり。

壊滅と判断される三割を超えて六割の民兵達が死傷しても羊皮紙上の数としての損害としか見ず、士気が崩壊した彼らをそれでも無理に戦場へ追い立てる事に何ら良心の呵責を持たない人間でもあった。

貴族軍の民兵を監督する部隊が俗に【牧羊犬】と呼ばれるのも、如何に貴族が民兵を人として見てない証拠とも言える。

 

さて戦局であるがこの時点で彼らは帝国軍部隊を大きく彼らの陣地の方へと押し込んでいた。

相手の陣形が壊乱してれば既に掃討戦に移ってもいい頃合いとも言える。

 

「ボウロロープ侯よ! 御身に勝利を……ん?」

 

勝利は近い。

疲れで軽装甲兵達の陣形に乱れが出て来たのをみて、再度の突撃を指示しようとしたその時。

将の耳に間の抜けた飛翔音が聞こえた直後、帝国軍陣地の上に黄色と赤の煙がさく裂した。

 

「なんだ、あれは………な!?」

 

 

ボウロロープ侯が率いている精兵兵団から見て右翼。

何もない筈の荒野が揺らいだかと思うと、【何かの幕の様なもの】が落ちた。

 

その幕に隠されていたものが、屈ませていた身をゆっくりと起こし始める。

更にその後ろにたっていた白衣の老魔術師がふわりと弓矢の届かぬ高空に舞い上がると、手にしたスタッフを掲げた。

 

 

【我が僕達よ……フールーダ・パラダインの名を持って告げる】

 

 

掲げた方向は………自分達、リ・エスティーゼ王国軍。

 

【目標、正面、王国軍】

 

白衣の老魔術師……フールーダ・パラダインが、喜悦に満ちた形相でゆっくりと口を開いた。

 

 

【蹂躙攻撃を開始せよ】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オオオァァァアアアアアアーーー!!

 

 

その場にいた、リ・エスティーゼ王国の全員の心胆を震わせた絶叫。

友軍である筈の帝国軍軽装甲兵達ですら恐怖の視線を向けざるを得ない叫び。

 

 

 

オオオァァァアアアアアアーーー!!

 

 

 

長大なグレードソードを掲げ、半身を覆えそうなサイズのタワーシールドを手にした黒鉄の騎士。

凶悪なフォルムの兜の奥から、生者に対する憎悪を煮え滾らせる伝説のアンデッド。

 

「あれが、あんな悍ましいものが新兵器か……総隊、防御陣形を取れ。王国軍には攻め入るな! あれが近付いてきたら隊を下げて距離を取れ! 下手に近づけばこちらも危険だ!!」

 

死の騎士(デスナイト)

単体で帝国騎士中隊を半壊させた伝説の死霊騎士は、咆哮と共に突進を開始する。

重々しい地響きと共に接近してくる騎士が目指すのは……王国軍右翼に展開する民兵部隊。

軽装甲兵達との戦いで疲弊し、武装も貧弱な歩兵部隊。

アンデッドゆえに躊躇も容赦もない死の騎士(デスナイト)は、恐怖の形相を浮かべる彼らへと突進していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、蹂躙が始まった。

戦闘ですらない、一方的な虐殺劇の開幕である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ははっ、予想よりも遥かに凄まじいなこれは……」

 

帝国軍陣地の見張り台から、魔法の単眼鏡で戦況を見ていた皇帝ジルクニフはそう呟くしかなかった。

彼が覗き込む先の情景は、自らの意思で肉親を弑してきた男でも顔を顰める殺戮の場。

 

長大な剣が振り回される度に、十数の死体が生産される。

折れたり吹き飛ばされた槍が宙を舞い、血袋になった民兵の破片がカッツェ平野の地に降り注ぐ。

突き出された槍衾など、剣の一振りで細枝の様にへし折られ、次の一撃で枝を構えてた民兵達が一列分血しぶきに変えられる。

勇気ある兵が何とか届けた槍の一撃も、その分厚い鎧と巨大な盾により、掠り傷一つすら与えられない。

 

 

オオオァァァアアアアアアーーー!!

 

 

死霊騎士の攻撃は愚直だ。

敵に向かってひたすらに前進し、剣で薙ぎ払い、盾で防ぎ強烈なシールドバッシュを食らわせる。

死の騎士(デスナイト)の行動が一巡する度に民兵達はその数をごっそりと減らし、右翼の陣形は面白い程乱れていく。

 

民兵にとって先ほどまで戦っていた軽装甲兵達の方が遥かにマシだったろう。

技量も士気も遥かに向こうが上だが、それでも鎧の隙間を突けば何とか倒せる可能性は存在した。

 

だが、今彼らを蹂躙しているこの怪物は何だ。

槍衾に突っ込んでも身じろぎもしない。

明らかに彼らの武器では全く通じず、怪物の攻撃は彼らをまるで玩具の兵隊の様になぎ倒していく。

おまけに倒された者たちは、従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)となって次々と起き上がり、ついさっきまで共に戦っていた仲間に襲い掛かるのだ。

低い戦意は瞬時に崩壊し、民兵達に残るのは恐怖と逃避への願望のみ。

皇帝が軽い喉のえずきを堪えている間に、右翼の民兵の陣形は完全に崩壊していた。

後方にいる監視の騎士達が槍を手に後退る民兵達を威嚇しているが全く抑制になってない。

自分達を蟻のように踏み潰してくる相手に、騎士達の威圧ですら意味を無くしているのだ。

 

農民出自の民兵にとって、貴族の命令と背後から突きつけられた槍は絶対の理だ。

今までの戦いでは、その槍こそが敵よりも恐ろしく無慈悲であり、諦めと絶望に満ちながらも民兵を無謀な戦いへと拘束し続けてきた。

しかし、死と破壊が具現化した様な死霊の騎士によって、それが今打ち壊されたのだ。

死にたくない、あれに殺されたくない。化け物になりたくない。

民兵達は初めて騎士達の槍衾へと走り始めたのだ。

 

 

「右翼が崩壊したか。たった一体の投入で王国軍の勝利は潰えた。なら、追加となるとどうなるだろうな?」

 

皇帝が傍に控えているフールーダ・パラダインの高弟に声をかける。

高弟はメッセージで自分の師と通信した後で、恭しく報告した。

 

「はっ、陛下。我が師は予定通り第二陣を投入されるそうです。圧倒的な制圧力の次は、機動力及び制空力を示されるとの事です」

「機動力に、制空か……」

 

再び皇帝は単眼鏡を覗き込む。

混乱状態のリ・エスティーゼ王国の陣営に、大きな影が複数過るのが見えた。

 

「敵兵にこれ程哀れだという情を覚えるとはな。鮮血帝には相応しくない感情か?」

 

ジルクニフの呟きは、繰り返される大きな爆発音によって側近達には届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

王国軍は完全なるパニックにあった。

 

「ば、ばかな。こ、こんな事があり得るのか」

 

死の騎士(デスナイト)の投入により瞬く間に右翼が壊乱した直後。

左翼の民兵達の【真上】へと、思わぬ強襲が舞い降りた。

 

「うわぁぁぁ!!」

「り、竜だ、骨の、竜だ!!」

 

三体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)による迂回強襲攻撃。

死の騎士(デスナイト)の大暴れによって気が逸れ、相手が上空に至るまで気づかなかった。

その代償は、強烈なボディプレス。そして長大な尾による薙ぎ払い。

 

「じ、陣形を組め!」

「む、無理だ。あんなのにどうやって……ぎゃあああああ!!!」

「あ、あんな化け物が三匹、勝てるかっ、逃げろぉぉぉぉ!!」

 

尾が振り回される度に、哀れな民兵達の【パーツ】が雨あられの様に宙に舞いあげられ地に落ちる。

三体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の耐久力は非常に高く、そして民兵達の主な武器である槍による刺突攻撃への耐性は高い。

更に安全な筈の左翼の中枢へと突如舞い降りて来たので、左翼の民兵達の混乱と恐慌はすさまじかった。

文字通り好き放題に暴れまわる竜達から逃れるべく、それぞれが勝手な方向へと逃走を開始する。

しかし各々がパニックに陥って無秩序に行動した結果、お互いの足を引っ張りあい、逃げれる者すら逃げれなくなる始末。

本来なら彼らの逃走を殺してでも阻止すべき立場である騎士達ですら、精兵兵団の方へ逃げ出すありさまだ。

逆側の右翼でも従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)達の猛威により民兵達の潰走を抑えきれなくなった騎士達が精兵兵団に逃げ込んでいる。

右翼では既に生きている民兵よりも、死体か従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)にされた者たちの数が上回っていた。

民兵達が弱兵である事とアンデッドに対する対応について無知だった事が原因であり、急激に増殖した従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)に対して全く対応できなかった故だ。

 

両翼が壊滅し、残るまともな戦力は中央の精兵兵団。

両側を骨の竜(スケリトル・ドラゴン)三体と死の騎士(デスナイト)に挟撃され、もはや撤退するしかない様に思われた。

 

そんな彼らを高みから見下ろしつつ、フールーダ・パラダインは仕上げの一言を告げた。

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に指示を与えている高弟達に対する一言を。

 

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に指示を伝えよ】

 

フールーダ・パラダインの高弟達が率いる骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は総数六体。

降下した三体の他、残りの三体は幾つもの大きな樽を包んだ網を前足の爪に引っかけつつ羽ばたき、中央の精兵兵団の上空に差し掛かる。

 

【投下!】

 

弓程度では届かない高空に飛んでいた骨の竜(スケリトル・ドラゴン)から投下された合計18もの大樽は、網から解き放たれ精兵兵団の陣形に落ちていく。

運の悪い兵士の上、またはカッツェ平野の地面に落ちた樽は、強い衝撃を受けた瞬間に爆発。

樽の内部に仕込んであった魔法蓄積(マジックアキュムレート)の媒体が破損。

破損した触媒に仕込まれていたファイアーボールが爆発したのである。

しかも中には揮発性の高い高純度の液体燃料が充填されており、ファイアーボールの爆発によって引火した燃料は陣形内へ広く飛散。

 

たちまちの内に精兵兵団の陣形は火の海に包まれた。

 

火だるまになった兵士達が、断末魔をあげながら逃げ回り犠牲者を増やし。

引火して恐慌状態になった馬が乗り手を振り落として走り回り、歩兵を次々と蹴り飛ばしていく。

もはや戦いどころではない。

幾ら練度の高い彼らであっても、もはや逃げるしか余地のない状況。

 

しかし、フールーダ・パラダインが今回の戦いで必要としているのはこの軍用アンデッド部隊の強力さ、実用性。

一番それを皇帝に対して指し示すには……相手を徹底的に……それこそ、全滅させる必要があった。

 

【残り三体にて退路を断て】

 

樽を投下し終えた三体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が退路を断つようにして大地に降り立つ。

前方を軽装甲兵部隊、右翼を死の騎士(デスナイト)、左翼の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)達。

そして背後を残りの骨の竜(スケリトル・ドラゴン)達に断たれ、王国軍は完全に包囲される。

更にどうしても隙間が出来る骨の竜(スケリトル・ドラゴン)達を支援するように、手すきの高弟達が上空へと並ぶ。

死の騎士(デスナイト)には、先ほどまでは友軍だった民兵達が従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)となり死霊の一軍を形成していた。

 

「ふ、ふざけるな……!!」

 

空に並ぶ高弟達の詠唱が始まり、手にしたスタッフの前に火球が膨れ上がり始める。

デスナイトの雄たけびと共に、従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)達が突進する。

骨が軋る音を戦場に響かせ、六体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)達が前進を開始した。

 

自分達を慈悲も許容もなく滅ぼす、悪夢の力を前にしてボウロロープ侯の側近の将は絶叫する。

 

「ふざけるな、こんな、こんな戦いがあって堪るかぁぁ!!!」

 

飛来した数多の火球によって本陣を吹き飛ばされた彼の、最後の言葉であり。

彼が最後に聞いたのは部下たちの断末魔と、遠くから聞こえるフールーダ・パラダインの高笑いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

初日の両軍の損害。

 

 

リ・エスティーゼ王国は精兵兵団の内1000名の内978名戦死、そして両脇に配置された民兵4000名の内3855名死亡。

精兵兵団の指揮官は軒並み戦死。5名の騎士と30名の民兵が命辛々リ・エスティーゼ王国陣地へ逃げ込み、残りは帝国軍軽装甲兵部隊の捕虜となった。

 

帝国軍は各軍団から抽出された軽装甲兵達の混成部隊約2000名前後の内死傷者152名のみ。

 

 

リ・エスティーゼ王国軍は初日の対戦にて壊滅的とも言える損害を受け、激しく動揺する事になる。

特に自慢の精兵兵団の一個大隊を軍用アンデッド部隊により成すすべも無く全滅させられたボウロロープ侯のショックは激しく。

明日の戦闘において死の騎士(デスナイト)が出現した場合ガゼフ戦士長を最優先で差し向けるという決定にも反対しない程だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、彼らは知らない。

これが翌日の万単位の戦力を動員した戦いにおける、悪夢の序章に過ぎない事を。

 

彼らは知らないのだ。

あの軍用アンデッド部隊ですら生温く感じる、遥かに恐ろしい存在が自分達と敵対関係である事に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




リ・エスティーゼ王国フルボッコ回
でも、本番は明日からでした(白目









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結12

※オリジナル要素やねつ造要素ありです。
 原作などで見なかったり聞いた覚えがないものは恐らく該当します。
 ご注意ください。














 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴーレムの馬に牽引された馬車や荷車が、十数台の車列を作って遠くに見える大森林へと走っていく。

その多くに軍属や民間人が乗っており、更に本陣を警護していた歩兵達も含まれていた。

この車列は何度も往復するだろう、この地にあった陣営の設備、人、全てを彼らの根拠地へと運び切るまで。

 

「よーし、騎馬部隊の準備は出来たな? 補給部隊と護衛の歩兵部隊は、夜明けと同時にトブの森第3兵站拠点まで後退せよとの事だ。本陣と野営地の撤収急げよ!!」

 

指示出しを終えたヘッケランは、椅子に座ったままのアイダホに報告する。

 

「大将、野戦軍機動隊を除く支援部隊の撤収は順調です。夜明けまで余裕をもって終わるでしょう」

「そうか。ご苦労。後は如何に王国軍を振り回し、帝国軍に捕まらず勝ち逃げ出来るかだ」

 

アイダホの前で、明朝からの戦いに参加する為の準備をしているのは、騎馬隊300名。

最後に姿を現すのは、派手に戦旗と本陣の旗を掲げる彼らだ。

 

「君らには、連中のヘイトをたっぷり買って貰い、振り回して貰う。王国軍に目に見える相手とだけ戦うのが戦争じゃないと教育してやってくれ」

「わかりました。給金分以上の働きをさせて頂きますよ!」

「ああ、頼む。それと、彼女は……あの子はもう移動したか?」

「はい、数時間前に向こう側に。あのニグンとか言う奴に連れていかせました」

 

ヘッケランはやや渋面で答える。

アイダホには自分達が引く位丁重丁寧な態度と仕草で接する癖に、彼以外に対してはどこか高圧的なあの男は正直好かなかった。

それに、フードとマントで外観を隠した小柄な少女。彼女は常にニグンと部下らしき男達に囲まれていた気がする。

 

「分かった。俺もそちらへ向かう。彼女はあれだ……色々、まぁ、気難しいからな。宥めないといけない。後、任せたぞ」

 

すこしだけ口ごもったアイダホが一瞬で姿を消した後、それを見送ったヘッケランは無言で後頭部をぼりぼりと掻きむしった。

 

あの少女は不思議な存在だった。

アイダホと二人で行動しているらしいが、その時の姿を見た事はない。

陣中に居る時は妙な玩具で遊んでいるか、アイダホに付き纏っているか、オロオロするニグンに対して何やらごねているかどちらかだ。

一度だけ目線があった様な気がするが、相手はすぐに目を逸らしてしまった。

ワーカー時代でいろんな相手と接してきた感じで言えば、ヘッケランに対して【全く興味がない】ような気がする。

ただ、その時一緒にいたアルシェがタレントの負荷を抑制するマジックアイテムの眼鏡を、震える手で必死に抑えていた。

何故そんなに怯えるのかと聞いたら「アイダホ様と同じぐらい怖い。これ無かったら吐いてた」と言われた。

 

(大将と同格とか、一体何もんなんだか……ま、大将からは詮索するな、って言われたし俺には関わりがネェって事にしとこう)

 

高い報酬に釣られてトブの大森林に忍び込み、アイダホの罠にかかって一度は「俺に従って生きるか、拒否して死ぬか」と言われた身である。

迂闊な行動は死出の旅に通じると身に染みて学習したので、ヘッケランは謎の少女に対する興味をすっぱりと捨てた。

 

「俺は俺の仕事をして給料を貰うだけさ。そろそろ、イミーナにも楽をさせたいしな」

 

アルシェと一緒に大きな絨毯の上に乗り、アイダホから支給された魔法の弓の具合を確かめているイミーナを見ながら。

ワーカー時代にはあまり想像できなかった【安定した生活】の為に、ヘッケランは気合を入れなおした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この書類と、レイモンへの書状も渡しておいてくれ」

 

まだ片づけられていない天幕で、アイダホは目の前の男性に幾つかの書状を渡した。

 

「承りました」

 

アインズ・ウール・ゴウンの刻印が刻まれた蜜蝋で封印してある書類を漆黒聖典の隊長が恭しく受け取る。

彼より数歩分更に後ろにレイピアを装備した軽戦士とローブを羽織った魔法使い、羽飾りを付けた修道服を着た女性が片膝をついて控えていた。

 

「法国の支援もあって、今回の戦いによる王国の解体、及びアインズ・ウール・ゴウン国として蘇生する計画は順調に進んでいる。法国の働きには幾ら感謝しても足らない」

「勿体ないお言葉でございます。アイダホ様御自らが御親政を決意なされたからこそ、法国と王国は疲弊から救われるのです」

 

御親政と言っても、大まかな行政を司るのは腐肉と贅肉を切除した後の王国貴族達だし、国家運営の舵を取るのはあの超級暗黒鬼畜外道王女だけどな、とアイダホは内心で呟く。

アイダホ自身は支配層出身でも親のすねかじりをしてたボンボンであり、彼自身に為政者としての能力は全く存在していなかった。

素質はあったかもしれないが、つい最近まではそれを開花させるための努力を全くしてきていない。

村から町にバレイショがランクアップした辺りから必要を感じ、村長などの経験者たちに学んだり帝都で買ってきたり忍び込んだ図書館で内容をコピーしてきた帝王学や政治学の本を急いで読んで来た程度だ。

そんななんちゃって支配者であるアイダホだけで国が回る訳がない。

事実、アインズ・ウール・ゴウンの国政はリ・エスティーゼ王国や竜王国からの難民や亡命者達に含まれていた僅かな官吏達、法国から派遣された役人達によって行われている。

近年はフールーダが政治学等の資料を持ってきてくれたり、法国の引退した政治家達に政治を学んだおかげで随分形にはなって来たがそれでもあくまでマシ程度だろう。

 

あの王女に教鞭を振るってもらおうと考えた事もあったが、ある程度王女と話し合いをしている内にそれは諦める事になった。

あれは普通の人間に理解できる存在ではない。自分では学ぼうとしても学べないだろう。いや、むしろ色々壊されそうだ。

 

 

「しかし、アインズ・ウール・ゴウン国を真っ当な国家へ引き上げるには苦労しそうだ。来年から数十年位は長旅は出来そうにない。王国の民達があまりにも惰弱だからな。今日戦うさまを見て確信した。貴族のいいなりになって反抗する気概もなくただ敵に突進し無為に死んでいく彼らをみて。王国の民は人としての強さを放棄している。長い間貴族の栄華を支える為の家畜としてのみ生きていてる。法国が望む人類の防壁としての役割を担うには弱すぎる。少なくとも現状では」

 

 

 

何故か、遥かに遠い故郷の事が脳裏をよぎる。

 

穢れに満ち切り、澱んだ世界。

そこだけ奇妙に整えられた、完全循環都市。

自分を含めた中に住まう者たちの傲慢と虚栄。

モモンガ、ヘロヘロをはじめとするギルドメンバー達の嘆き。

ウルベルトの社会全体に対する怒り。

たっち・みーの、腐敗しきった社会に対する失意。

 

 

ああ、そうだ。

アイダホは納得した。

どうしてもリ・エスティーゼ王国が好きになれないのは、アーコロジーを、あの社会を思い出すからだと。

 

 

もはや長くは持たず、ゆっくりと滅びへと向かっているところも。

それなのに、支配者層はただ現状の生活を維持する事だけに執心しているところも。

民は嘆き喘ぐだけで、革命を起こす気概も無くしているところも。

誰もかれもが、上から下までもが、緩慢に滅びへ突き進んでいる社会をどうにかしようとは思わない。

 

 

そう、かつての自分も。

 

 

「だからこそ、正す」

 

今の言葉は誰に言ったのだろうか。

かつての自分か、それともリ・エスティーゼ王国か、目の前にいる漆黒聖典隊長にか。

それとも、そんな社会を本音では誰よりも嘆いていたたっち・みーに対してか。

 

「連中を自力で外敵を叩き返せるレベルまで引き上げる。自分の手で剣を持ち戦う気概を得れるまで。何十年もかかるだろうが、少なくとも俺にはその余裕はある。何といっても俺は寿命の長い化け物だからな」

「アイダホ様、それは」

「いや、いいんだ隊長。すべては物の言いようだから。神のありようは様々。そうだろう?」

 

緑色のフードの中の闇が渦巻き、目に値する光点が僅かに窄まる。

自分が如何に人間とは違うかをリアクションで示してから、アイダホは言葉をつないだ。

 

「王国を一度破壊し、そして創造しなおす。破壊と創造、これぞ神の役割って奴だろうよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陽が上がり、戦場は陽光の下に照らされる。

 

 

 

 

 

 

リ・エスティーゼ王国軍は緊張のただ中にあった。

 

帝国軍陣地の大門が開かれ、動員されている七軍の内六軍が戦場に展開し始めたからだ。

先日の様な前哨戦や、今まで何度もこの地で繰り返して来たような【予定調和】の戦いではない。

 

鮮血帝は本気で、今回の戦いで雌雄を付けるつもりだ。

 

多くの王国貴族が顔を顰めた。

彼らにとってこの地での戦いはデモンストレーションでしかない。

いや、最初はそうでなかったかもしれないが、近年は対陣しては小競り合いを繰り返し双方退却という形が延々と繰り返されていた。

中にはそんなローテーションに慣れ切り、陣形の端で欠伸を噛み殺しながら戦いが終わるのを待つという貴族が多数居る始末。

そんな彼らが本気で戦いをしかける気でいる帝国軍とぶつかったらどうなるか?

 

数はいまだ21万以上のリ・エスティーゼ王国軍と7万の帝国軍と兵力差は3倍近くある。

質は兵力差をも超えるだろうが、それでも数という暴力は侮れず最終的に勝利するにしても帝国軍も手痛い損害を受けるだろう。

だからこそジルクニフ皇帝は大軍同士の直接的な戦闘を避け、大軍を動員させることにより国力を削る政治的手段に出たのだから。

 

「だが、今の帝国軍は違う……奴らが居る!」

 

活力の籠手、不滅の護符、守護の鎧、剃刀の刃を装備したガゼフ・ストロノーフは、鋭い目つきで戦場を見渡す。

先日の戦いでリ・エスティーゼ王国軍を文字通り壊滅させた総兵力7体のアンデッド達。

5000名の王国兵達はついに1体のアンデッドすら倒せなかった。

それは骨の竜(スケリトル・ドラゴン)にしろ、死の騎士(デスナイト)にしろ一般的な王国兵では束になろうと勝てはしないという事。

物量すら無効化されてしまったら、王国軍には勝機が無い。

否、死の騎士(デスナイト)従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)を作り出す。

奴が暴れれば暴れる程、死霊の軍勢はその規模を膨らませるだろう。

 

「それだけは、我が剣に賭けても阻止せねば……!!」

 

レイザーエッジ(剃刀の刃)の柄を強く握りしめていたガゼフの耳に、地鳴りのようなどよめきが聞こえる。

それは右翼側、そして左翼側の両方だった。何が起きたのかと見張り台に向かおうとした彼の耳に、伝令の叫び声が届く。

 

「報告!! 右翼陣地に敵が、アインズ・ウール・ゴウン軍が押し寄せてきます………あれは、芋だ――――!!!!」

「……芋?」

 

伝令の言葉と正気を、本陣の貴族達は疑った。

 

 

 

 

しかし、それは事実だった。

右翼の側面から突如現れた黄色い芋のようなゴーレムの群れ。

そしてその更に後ろに控えるレンガと石で出来たゴーレム群。

 

けたたましい奇声をあげながら突っ込んで来る足の生えた芋の群れ。

その後ろから黙々と接近してくるゴーレムの群れ。

そして、その真上に飛んでいる絨毯が掲げているアインズ・ウール・ゴウンの国旗。

 

布陣の位置からして、左翼側面からの攻撃を想定していた王国軍としては完全な奇襲であり。

アインズ・ウール・ゴウン軍などたかが数百人の歩兵騎兵程度と侮っていたリ・エスティーゼ王国軍の度肝を抜くに十分な戦力だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さーぁ、あの芋型に驚いている暇は無いぞぉ?」

 

リ・エスティーゼ王国軍の右翼が奇襲に驚いていたその頃。

アインズ・ウール・ゴウン軍総帥であるアイダホ・オイーモは転移(テレポーテーション)で左翼陣地の真上に来ていた。

 

「では、退場すべき敵に、退場して貰うとしようか」

 

陣形はレエブン候からの内通により把握済みだ。

先日の死の騎士(デスナイト)を恐れた第一王子が、本陣を離れ後ろ盾であるボウロロープ侯の陣地に移動したのは確認している。

彼が今いる位置に飛んできたのは、この真下に居る存在が第一目標である。ただそれだけだ。

 

 

範囲拡大(イクスパンディング)神の雷(ガイスティブ・ブリッツ)

 

 

神の雷(ガイスティブ・ブリッツ)

第十位魔法の電撃魔法で、極大の雷を形成して敵に打ち出す攻撃魔法。

槍状にして威力と完全耐性貫通と誘導能力を高めた単体用と、雷の球を形成して広域を薙ぎ払う範囲用と使い分けられる。

発音がドイツっぽく、モモンガが前口上と使用時の発音にこだわってたのを見て「あ、いいなー」と習得した魔法。

電撃耐性貫通の高威力の電撃ダメージに加え、耐えきっても感電のバッドステータスが追加される。

 

アイダホはボウロロープ侯とバルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ第一王子を見下ろし。

極大の電撃で構成された雷の球体を無造作に投げ落とす。

 

 

「え」

「あっ」

 

 

白熱する電撃の球体は眼下の陣地に落着し、放出された雷光によって全てが焼き尽くされた。

ボウロロープ侯とバルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ第一王子。

彼らの側近と親衛隊。そして周囲に展開していた精兵兵団4000名は雷撃の一撃により全滅したのだった。

 

 

 

(よし、第一目標達成。これって単体でも範囲でも両方いけて制御も楽でいいんだよな。モモンガさん、ドイツ語の発音が好きでよく使ってたっけ……)

 

 

円状の巨大な黒い焦げ跡。

荒野の砂と石が溶解し、黒い煙がうっすらと漂っている。

そんな凄まじい雷撃が全てを薙ぎ払ったのに、本陣の外側に居た騎士団や民兵の部隊は無傷のまま。

余分な犠牲は極力出さない。それがアイダホなりの指針だった。

 

「実験の通りでよかったぜ。周りの部隊には犠牲者は出てない。不要な犠牲を出さなくて結構だ」

 

いい仕事をした。

アイダホは満足げに頷くと、眼下で始まったボウロロープ侯軍の大混乱など知らぬとばかりに次の場所へと飛んで行った。

 

 

この後、3回神の雷(ガイスティブ・ブリッツ)がさく裂した結果。

王国軍左翼七万の指揮を行う本陣の幾つかが消失し指揮系統が麻痺。

精兵兵団や各貴族の親衛隊を含め合計8千程が消滅し、王国軍左翼6万2千人の兵力はほぼ無力、遊兵化した。

残存戦力の6万2千人の8割強は招集された戦意も経験も無きに等しい民兵である。

貴族の指示と騎士の槍なしに陣形を維持する事などできず、ただ慌てふためき左往右往するのみ。

残りの僅かな指揮官や騎士達では掌握するに少なすぎ、また上層部だけ消えた兵団も多く指揮系統は回復の見込みがない程混乱していた。

 

中央の王国軍が何とか指揮を掌握しようとしたものの、6万2千人の貴族軍は王室や中央の貴族軍との連絡手段や指揮権移譲の権限を持ってなかった。

おまけにアイダホが意図的に残した貴族軍の指揮官達が移譲を拒否し、尚且つ内輪もめすら始める始末。

左翼の混乱の収拾を試みた為に中央の陣は更に対応が遅れ、前面に展開し前進を続けている帝国軍に対する対応も全く打てない有様。

 

 

アインズ・ウール・ゴウン軍との開戦から30分足らずで、王国軍の左翼は壊乱。

中央も左翼の混乱に足を取られ、右翼も芋型ゴーレムのかく乱により動きが鈍くなっていた。

戦力の大半が常備軍ではなく臨時に召集した民兵である事による統率力の無さが、この戦いにおいては最悪の枷になっていた。

この軍の崩し方を考えた存在は、よほどの智謀の持ち主か、王国軍の欠陥的構造を熟知しているのだろう。

 

そう、これらの作戦の基幹。

現在アイダホが遂行している王国軍崩しの作戦の骨幹はラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフの発案であり。

それらに対し第二王子が現地でのサポートをし、レエブン侯は作戦発動の為の段取りと下拵えをし、アイダホは実行時に【現地の標準的な実力では到底出来ない手段の発案と実行】を担当したのだ。

あの民を愛する王女にして民を窯にくべてしまえる魔女は、はるか遠くの王都に居てカッツェ平野で行われた戦いの手順を組み立て上げてしまっているのだ。

 

「王国軍の敗北は確定としても、あまり減らし過ぎないでくださいね。家畜と同じく、労働適齢に値する国民は育てるのに時間がかかる資源ですから」

 

作戦を実施する三人としては、自分を敬愛する民を【資源】【家畜】と言い切るあの魔性の機嫌を損ねる真似だけは止めようと。

その点については固く誓い合っている位である。

 

 

「左翼はこれでもう役には立たない。右翼もニニャ達が上手くやってくれるだろう……後は本陣だな。任せたぞ?」

『了解でござるっ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





リ・エスティーゼ王国軍全体がフルボッコタイム突入

左翼:指揮系統壊滅で軍団の大半が遊兵化。精鋭が一瞬で消し飛んで士気も飛びました
中央:左翼が足手まといだよ、おまけに両翼とも大ピンチで指揮統制\(^o^)/オワタ
右翼:ゴーレム軍団が押し寄せて来るよ!

尚、前面からは6万人の精鋭帝国軍とフールーダ達とアンデッド部隊が前進を開始



もうどうにでもな~る?

   *゚゚・*+。
   |   ゚*。
  。∩∧∧  *
  + (・ω・`) *+゚
  *。ヽ  つ*゚*
  ゙・+。*・゚⊃ +゚
   ☆ ∪  。*゚
   ゙・+。*・゚


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結13

※オリジナル要素やねつ造要素ありです。
 原作などで見なかったり聞いた覚えがないものは恐らく該当します。
 ご注意ください。














 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やぁやぁ、音にこそ聞け、近くば寄って目にも見よ。それがしこそは、アインズ・ウール・ゴウン総帥が家臣の一位、ハムスケなりぃ!!!』

 

 

 

完全に混乱状態の本陣の手前に、突如砂ぼこりが発生する。

上位瞬間移動(グレーター・テレポート)により、一瞬で送り込まれたそれは大魔獣。

トブの大森林の一部を支配していたのは有名であるが、それがこの地に送り込まれた理由はただ一つ。

ハムスケが、大森林の大領主たる存在の家臣であるからだ。

 

スノーホワイトの艶のある毛並み。

クリっとした黒いつぶらな瞳。

そしてふっくらとした大福のような威厳に満ち溢れた姿。

 

 

『此度、ここに参ったのは我らが大領主、アイダホ様に対立せし王国の将を討ち取らんが為っ、腕に覚えがあるのなら我が前にでよっ、出ぬのであれば全てを蹂躙するまででござる!!』

 

 

ハムスケの名乗りに対する返事は、

 

「う、撃てぇ!!」

 

本陣の周りに展開していた、弓兵隊の一斉射撃だった。

百を遥かに超える矢が一斉に放たれ、ハムスケ目指して殺到する。

 

ハムスケが登場したタイミングは完全に不意打ちだった。

当然、リ・エスティーゼ王国軍本陣と周囲の部隊は唖然としていただろう。

その間に巨体に似合わぬ敏捷性を持って突進して近衛兵を蹴散らし、ランポッサ三世の首級を挙げるのも楽だったのではないかと。

その奇襲効果も、どや顔で発した長々しい名乗りと台無しとなり。

立ち直った弓兵隊の指揮官により、攻撃を浴びせられることになったのだが……。

 

 

 

『フンっ!!』

 

ハムスケが身震いをし、長い尻尾が振り回される。

伸縮可能で10m以上まで伸びる尻尾が縦横無尽に跳ねた。

 

「なっ!?」

 

周囲から驚愕に満ちた声が漏れ出た。

矢の雨は大半が振り回された尾で悉く弾かれ、力なく地面へと舞い落ちる。

僅かに届いた少数の矢も、その毛の表面であっさりと弾かれ一本たりとも体に突き立つことは無かった。

最後にブルンと大きく尻尾を打ち振るったハムスケは、ふふんと鼻を鳴らして見せる。

その勝ち誇る表情は所謂【どや顔】と見てもいいだろう。

 

『惰弱でござるなぁ、それがしを射貫きたいのであれば攻城兵器くらい持ってきてくれねば傷もつかんでござるよ?』

 

元々の体毛の強靭性、アイダホと出会ってからの冒険で大幅に上がった物理防御力。

更にアイダホから与えられた物理防御の首輪(伸縮可)(グレーダープロテクション・カラー)と、己の研鑽と共に発生した外皮強化(インプルーヴド・ナチュラル・アルモア)によって更なる強化が施されている。

それこそ投石器から投じられる巨石か大型の射出機から撃たれる巨大な鏃でも無ければ掠り傷も与えられないだろう。

あれだけの矢を射かけられてかけらも堪えた様子も見せない大魔獣に、王国軍は第二撃を浴びせるのも忘れ完全に及び腰となった。

怯えが前に出てしまった兵や騎士達をハムスケは鼻で笑う。何と不甲斐ない相手だと。

 

『……さて、その程度であればおぬし達など狩るにも値せぬ存在。ならば、今すぐ大将首を頂戴するでござるよ!!』

「待て! 私が相手になろう!!」

 

親衛隊と、ミスリルの鎧を着こんだ少年騎士に守られた老王めがけて低く姿勢を構えたハムスケの前に男が立ちはだかった。

 

「ガゼフ戦士長!!」

 

王のそばにいた少年が安堵を含めた声を挙げる。

他の兵達も、普段であれば彼の存在に顔を顰める貴族達ですら歓声をあげた。

 

「戦士長、彼であれば大魔獣でも打倒できるはず……!!」

 

目の前の大魔獣の脅威は、弓の一斉射撃を苦も無く凌いだ事で誰でもわかるように知らしめられた。

理解した者達からすれば、普段忌み嫌っている存在でもそれを何とか出来るのであれば歓迎できてしまうのだ。恥知らずにも。

そんな彼らとは正反対にレエブン候だけは直属の部下達に何やら指示出しをしていたが、大半の者たちが大魔獣に気を取られ気づく者はいなかった。

 

「私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。大領主に仕えし大魔獣よ、貴様の相手は我が剣を持って務めさせて貰う!!」

 

そんなガゼフに相対するハムスケは、戦士長を見た途端に口の中をモゴモゴさせていた。

時折目をぱちくりさせたり、口をまたモゴモゴさせたり先ほどの威勢がどこへ行ったのかという風情だ。

 

「………どうした? 答えよ!!」

 

ガゼフの問いにハムスケはピクリと体を揺らすと、更に数秒だけ口をモゴモゴさせる。

妙な様子に怪訝そうにガゼフは眉を潜めたが、それを誤魔化す様にハムスケは大音声を張り上げた。

 

『う、了解でござるっ!!?』

 

両手を前に繰り出してシャドーボクシング染みた真似をし、尻尾をブンブン揺らしている。

威嚇と見るか、何かを誤魔化したと見るかは人それぞれであるが、この場にいた殆どの人間は威嚇と判断した。

 

 

『ふ、ふっはっはっは!! かの名高き戦士長であれば、そ、それがしの相手が務まるかもしれんでござるなぁ!!』

 

ハムスケが毛を逆立てると同時に、大福型の全身から凄まじい闘気が膨れ上がる。

スキルとしての効果はないが、ガゼフをしても鳥肌が立つような緊張感をもたらした。

更にハムスケが何やら呟くと、体毛に描かれた文様の幾つかが眩く輝きハムスケの体を何種類かの光が染み込んでいく。

ハムスケが複数の補助魔法を立て続けに発動させたのだ。

 

(支援系、補助の魔法か。厄介な……!!)

 

王国の至宝の鎧に包まれたガゼフの背中に、冷や汗が幾筋も流れ落ちていく。

かつて在野に居た頃、魔法の便利さを何度も見て来た彼だからこそ理解できる脅威。

魔法使いの支援を幾重にも受けた戦士と、そうでない戦士は素人と熟練程の差が出来る。

それを実地に見て来たガゼフは、その生物としての脅威度だけでなく魔法すら扱えるハムスケをかつてない強敵と判断した。

 

(至宝を装備しても、俺の剣の腕で大魔獣を討ち取れるか……いや、やらねばならない。俺が倒れれば、陛下が死ぬ!!)

 

自分が倒れれば、王がこの地で倒れるのは回避不可能になる。

このハムスケの前では本陣周りの騎士達や近衛兵たちなど、腐った木のドアも同然だ。

彼らを悠々と蹴り破り、王はハムスケに討ち取られ命を落とすだろう。

 

「それだけはさせん、いざ、勝負っ!!!」

『いざ、尋常に勝負っ!!』

 

 

剣を構えて突進するガゼフ。

迎え撃つ様に突進するハムスケ。

 

 

王国最強の戦士と、大領主が率いる大魔獣の一騎打ちが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてそのはるか上。

 

 

「よーし、加減して戦士長が苦戦しているって感じでキープ。戦士長は殺すな。後、王の近くに居るミスリルの鎧を着た奴はそれ以上に絶対傷つけるなよ? 絶対だぞ?」

 

 

ハムスケに指示出ししている男は戦場を俯瞰していた。

 

 

「アルシェ、ニニャ、右翼はどうだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

芋ゴーレムが何本もの槍に串刺しにされる。

 

「ムッキー!!!」

 

奇声と共に芋ゴーレムが大きく膨張したかと思うと爆発した。

ゴーレムの中には煙幕が大量に仕込まれており、あちこちで爆発する度に王国軍の視界を深刻なレベルで奪っていく。

 

 

「ニニャ、第三煉瓦小隊を前進させて、いい具合に貴族の陣営が取り残されてる。旗印は……粛清対象よ!」

「分かったわ。目にもの見せてやる、私は生きている腐敗貴族が大っ嫌いなのよ!!」

「ちょっとニニャ、ファイアーボールを連射するのはやり過ぎっ」

 

ゴーレム軍団は右翼の一部を食い破り、切開するように押し広げていく。

芋ゴーレムの大半は既に煙幕になってしまっているが、そのおかげで広範囲に渡って視界は酷く悪化していた。

楽器や声による指示出しは芋ゴーレムの奇声やあちこちで爆ぜている花火による騒音によりかき消される。

 

「で、伝令はどうした。何故誰も戻って来ない!?」

 

貴族の陣営から出された伝令の騎士達は不可視の絨毯の上に居る、イミーナの魔法の弓による超超距離射撃によって片っ端から射殺されていた。

 

「伝令の旗担いで馬乗っていればそりゃ目立つから撃ちやすくて助かるわ……しかし、この弓も出鱈目よね。射程も速度も破壊力も。流石伝説級(レジェンド・クラス)というべきかしら?」

 

イミーナには遠視&透視の機能が付与されたゴーグルも与えられていたので、ほぼ七面鳥狩りの様に伝令を悉く狩り倒した。

長弓の名手でも射程は100m前後。

魔法を抜きにすればそれが常識の世界。

あらゆる性能を数倍以上に高めた狙撃を受ける等と誰が想像できるだろうか。

姿を完璧に隠蔽された、空の上の移動する射撃場から等と。

そして粗方の伝令を射殺し終えたイミーナは、手頃な【粛清対象】の貴族の陣営を見つけては当主の頭をヘッドショットしていくことになる。

 

視界、音声は遮断され。

伝令等のオーソドックスな命令の伝達方法は全て遮断され。

右翼のリ・エスティーゼ王国軍はまともな作戦行動を一切取れなくなった。

空を飛んでいるアインズ・ウール・ゴウン軍の指揮所も視界の悪さは同じだが、王国軍に無くて彼らにあったのはマジックアイテムだった。

それらのおかげで王国軍の大混乱も、自軍のゴーレム軍がどこまで移動しているか、どこと戦っているなどをほぼ把握している。

 

攻撃を受けているのは右翼六万五千人の内数千人だったが、残りの六万はアインズ・ウール・ゴウン軍に対してまともな反撃も出来なかった。

王国軍の陣形は長大な横陣を敷くことで帝国軍に対峙していた訳だが、アインズ・ウール・ゴウン軍は右翼の陣形の端から攻めかかった。

広域に突撃させた芋ゴーレム達の自爆により戦場は煙幕に満たされ。

上空からの指揮により統制された煉瓦ゴーレムと虎の子のアイアンゴーレムが縦列のまま横列を寸断していく。

民兵の槍はもとより、騎士の剣やハルバートでは耐性によって大したダメージを与えられず、鈍器染みた拳や手に固定された棍棒によって殴り倒されていった。

身近な部隊は陣形変更して対抗しようとしたが、アイダホの上位瞬間移動(グレーター・テレポート)によって王国軍横列の真上に飛ばされてきた芋ゴーレム達の直上からの落下と自爆を受けまともな抵抗が出来なかった。

 

「き、来たぞ。ゴーレムの群れだ!!」

「引け、ひけー、退くんだ!!」

 

ニニャの誘導によってゴーレムの群れが目指すのは、右翼の貴族の本陣だった。

彼らは騎士を殴り飛ばしながらやってくるゴーレム達を見るなり、民兵達に防戦を命じて後退を始めた。

 

そうやって次々と指揮を統括すべき貴族達が後方に撤退していくことにより、右翼の前衛の統制は完全に失われた。

指揮官たちは後ろに逃げ出し、しかるべき命令は伝令が撃ち殺されることでやってこず、あちこちでゴーレムが暴れまわっている。

取り残された下級騎士達や民兵達は棒立ちになって狼狽えるか、恐慌状態になって部隊が壊乱し始めていた。

 

「撤退しろー、もう駄目だ。本陣がエ・ランテルに後退し始めたぞー!!」

 

そんな士気が崩壊した部隊に、【何故か狙撃されない王国軍の騎兵達】が声を枯らして触れ回る。

 

「後退の命令だ。このままじゃゴーレムにみんな殺されてしまう!」

「早くエ・ランテルに後退しろ。アインズ・ウール・ゴウン軍か帝国軍につかまる前に、急げ!!」

 

【王国の騎士達】は叫びながら、民兵達に触れ回る様に馬を走らせていく。

騎士とは彼らの支配者である。ゆえに彼らのいう事は聞くべきである。

 

恐慌状態で何も命令を受け取る事も出来ずオロオロしていた民兵達は、【王国の騎士である】彼らの叫びを免罪符に後方へと走り始めた。

 

「はっはっ、みんないい具合に逃げていくぜ」

「こら、笑ってないで叫べよ! 恐怖と焦りを煽れ、万の軍団も心が怯えで竦めば糞の役にも立たんってな!! にぃーげぇーろー!!」

 

10人が逃げれば周りの数十人が逃げ、それに触発された数百人が我先にと続いて逃げ出していく。

恐怖による士気崩壊の連鎖は、数万の王国軍を見る間に蝕んでいった。

混乱と逃亡はゴーレム軍団と接敵してない後方にすら及び、一部では督戦の騎士達が壮絶な悲劇を巻き起こすありさまとなっている。

 

 

かくしてリ・エスティーゼ王国軍の左翼に続き右翼も、帝国軍と戦う前に軍団としての機能を失いつつあった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

活力の籠手が無ければ、とうの昔に息切れをしていただろう。

不滅の護符が無ければ、とうの昔に倒れていただろう。

守護の鎧(ガーディアン)を着てなければ、猛攻を凌ぎ切れなかっただろう。

剃刀の刃(レイザーエッジ)を握ってなければ、牽制すら覚束なかっただろう。

 

「<流水加速>!!」

 

神経と肉体の速度を上昇させても、大魔獣の動きは脅威だ。

その巨躯からは想像も出来ない速度で動いて攻撃してくる。

<流水加速>を使用して、漸くガゼフは攻撃の機会を許される。

 

(だが、連斬を使うまでになかなか至らん……技を使える隙が少なすぎる!! しかも、あれほどに回避に長けているとは……)

 

先ほど、辛うじて<四光連斬>で大魔獣に斬りつけたものの、

 

『カッー! <疾風走破>!<超回避>!』

 

武技の合わせ技で全て跳躍によって回避され<即応反射>による追撃も、

 

『<飛燕舞>でござる!』

 

空中専用の回避武技で避けられてしまった。

 

「魔法だけでなく、武技まで使用してくるとは」

 

ガゼフは愚痴の一つも零したくなった。

なんだこの怪物は。こんなとんでもない存在を差し向けて来るなんて酷過ぎる。

これなら、稀に辺境を荒らし回る野生の竜王と戦った方がまだ勝算があるというものだ。

この大魔獣。人間ともかなり戦った経験があるのだろう。

人間の戦い方を読んで、先手を打ってくる。

これでは、六光連斬だけでなく、切り札である究極の武技を使う事も出来ない。

 

『ふふん、我が殿の家臣序列1位は伊達ではないという事でござる……人間にしてはそこそこ出来る方でござったなぁ。しかし、それがしを倒すには遠く至らず!!』

「ぐっ!」

 

ハムスケの言葉に、ガゼフは押し黙った。

それは事実だったからだ。

闘いが始まってこの方、ガゼフが優位に立ったことはない。

終始押されているとしか言いようがない。

 

誰もが、このハムスケと言う名の大魔獣の恐ろしさを実感していた。

王国の最強の剣の使い手ですら、打倒には至らない魔獣。

彼が倒すことが出来ぬのなら、王国で誰がこの大魔獣を倒せるのか?

 

(こうなれば)

 

ガゼフは状況が絶望的なのを一番理解していた。

自分では勝ち目は限りなく薄く、自分が負ければ王の命が無くなる事を。

今日でリ・エスティーゼ王国が終わる。それだけは、避けなければ。

 

故に、ガゼフは捨て身を覚悟した。

 

(捨て身で隙を作り切り札を切るしか……!!)

 

剃刀の刃(レイザーエッジ)を構えたその時、

 

 

 

【そこまでだ、我が大魔獣よ】

 

 

 

拡声された声が戦場に響いた次の瞬間、ハムスケの真上に緑色のローブを羽織った暗黒が出現した。

 

 

【このカッツェ平野による戦いはもはや意味のないものである。既に、我らアインズ・ウール・ゴウンの勝利は確定しているが故に】

 

 

暗黒は大きく両手を広げ、王国軍に対し高みから言い放つ。

 

 

【エ・ランテルは我がアインズ・ウール・ゴウン軍の手に落ちた。お前達の後方は既に塞がれつつあるぞ】

 

 

リ・エスティーゼ王国軍の思考が真っ白になりかねない布告を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ハムスケ大勝利
彼女のレベルは54、ガゼフはあの指輪足しても30ちょい
ユグドラシルのレベル格差は10レベル超えれば勝つのが難しい
故にまともに戦えばガゼフはハムスケに勝てません
今回延々と戦っていたのはアイダホの指示です
彼女が皆殺しのつもりでやれば、ガゼフは秒殺され本陣は蹂躙されていたでしょう





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結14

※オリジナル要素やねつ造要素ありです。
 原作などで見なかったり聞いた覚えがないものは恐らく該当します。
 ご注意ください。














 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エ・ランテルは城塞都市だ。

王の直轄地でありバハルス帝国との境界線を担う要衝であるこの街は、三重の堅牢な城壁に囲われた難攻不落と謳われている。

 

 

(かつては、が付く現状ではあるな。全く、予定通りとはいえ容易く陥落したものだ)

 

形式上監禁された自室の窓から、ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフは眼下の街を見下ろしていた。

彼の行動の自由は現状貴賓館の自室の中でのみ保証されている。

部屋の外にはアイアンゴーレムが見張っていて、出入りはアインズ・ウール・ゴウン軍の兵のみが許されていた。

 

彼が見る限り意外なほど、町は平穏な装いを保っていた。

城壁の上に居るのは王国の守備兵であるし、市場も普段通りに開かれている。

城門も開け放たれていて、普段通りの臨検が警備の兵達によって行われていた。

 

各正門の脇に体長数メートルの総ミスリル製のゴーレムかアイアンゴーレムが音もなく佇んでなければ。

三重の城壁の最も内週部の城壁内の出入り口のみ、アインズ・ウール・ゴウン軍の兵士達が臨検を行っていなければ。

都市長パナソレイ・グルーゼ・ヴァウナー・レッテンマイアの館等の重要な建物の上に赤い生地に金糸で禍々しく紋様が彩られた旗がはためいてなければ。

 

後は街を行き交う人々の顔に怯えや不安が滲み出ていなければ、エ・ランテルの日常は戦時下においても変わりないと思える程だったろう。

 

(不安なのは仕方がないだろう。あのミスリルのゴーレムを打倒出来る可能性があるのは最高峰の冒険者であるアダマンタイト級のみ。そして、この街にはそのような猛者はいない)

 

エ・ランテルにおける冒険者チームで最強とされるのは「天狼」「虹」「クラルグラ」。

何れもミスリル級であり、あれより格下であるアイアンゴーレムを倒せるかなといったところだ。

加えて彼らは基本王国の軍事行動とは不干渉の関係であり、占領軍に対して理由なき敵対は行う事は出来ない。

駐留軍や行政区の警備兵ではアイアンゴーレムすら全く太刀打ちできないだろう。

つまり、エ・ランテルにおける王国軍の命運は完全に詰んでいたのだ。

 

(私の様に裏側を知らなければ、不安と恐怖でどうにかなってしまってもおかしくはあるまい。まさか、パナソレイが素で慌てふためくさまを見られるとは思わなかった)

 

あの人を食った演技者である迎賓館の主の事を思い出し、ザナックは苦笑する。

彼こそがこの街の堅牢さを一番認知していた人物の一人でもある。

故にその堅牢さが薄紙を裂くように破られたと認識した彼は、普段の演技ではない本当の驚愕と狼狽を周囲に見せた。

本当に彼にとって不運な話である。エ・ランテルでの役職は失われるだろうから、後々で人事の世話をしてやろうとザナックは思った。

 

(だが、それはしょうがなくもある。通常の攻城戦の埒外を行かれればああもなるな)

 

 

まず、不可視の状態で魔法の絨毯に乗ってやって来た分隊が、エ・ランテルの頭上で【霞の鐘】を鳴らす。

この鐘は音色を聴いたものを朦朧とした状態にするものであり。

数回鳴らしただけで地下などに居たごく一部を除きほぼ都市の住人全員が朦朧とした状態となった。

そしてその間に都市近郊まで接近していたゴーレム部隊が擬装を解いて一気に接近し各門を占拠。

同時に魔法の絨毯に分乗したアインズ・ウール・ゴウン軍本隊300人と義勇兵達が一気に中枢を占拠した。

 

この作戦の間鐘は定期的に鳴らされ、エ・ランテル側は全く抵抗の余地を見いだせなかった。

朦朧としている間に各門と中枢を差し押さえられ、留守役のザナック第二王子や側近、パナソレイ都市長ら要人を全て人質にされてしまう。

残された軍や市民達にもはや選択肢はなく、身の安全と都市の運営の維持を条件に彼らはアインズ・ウール・ゴウン軍にあっさりと降伏した。

 

同じく朦朧としていたザナックがこの部屋に軟禁され、やって来た占領軍司令官ヘッケラン大隊長から教えられた事である。

彼はアインズ・ウール・ゴウン軍の行動はしっていたが、仔細までは知らされていなかった。

あまりに知り過ぎていると不審な点が目立ち、彼の内通と売国がばれるからだ。

 

(しかし、凄まじいマジックアイテムの数々だ。今更ながら、王国の魔術師に対する軽視が愚かしく思えて来る)

 

ザナック王子はアインズ・ウール・ゴウン軍の持つアイテムに感心していたが、アイダホからすれば全てゴミアイテムである。

空飛ぶ絨毯はサイズによっては小隊レベルの人数を運べる便利なアイテムであるが、速度も防御も大したことがなくて対空射撃の良い的でしかない。

隠蔽のアイテムは下位のものにすぎず、【霞の鐘】に至ってはレベル30以下のキャラクターにしか効かずプレイ開始から二日後位には何の意味も無くなる【初心者キラー】だ。

 

これらは廃棄されたユグドラシルプレイヤーの拠点にあった、無限のゴミ箱の中から回収したものである。

この世界の人間にとっては脅威のスペックを誇っても、ユグドラシル・プレイヤー達にとって、その程度の価値しかないのだ。

 

 

「失礼しますザナック殿下。護送準備が整いました。大広間に集合して頂きたくあります」

「わかった。今すぐ向かおう」

 

ノックをして入って来た義勇兵が、ザナックに大広間に向かう事を指示してくる。

義勇兵にしては仕草や物言いがこなれていた。

恐らく、法国から差し向けられた正規兵なのだろう。

 

(さて、いよいよ【今の】王国の終わりの始まりか)

 

出来れば終わりなど避けて通りたいものだと彼は思う。

しかし、それが避けれないのであれば最善の終わり方を模索するのも王族の務め。

このエ・ランテルは主を変える事になるだろうが、それも時代の移り変わりというものだろう。

 

(少なくとも、鮮血帝の良いように国土を切り取りされる末路は避けるべきなのだ)

 

手早く身嗜みを整えた後で、ザナックは義勇兵を追う様に自室を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エ・ランテルを望む街道を、草臥れ果てた軍勢がフラフラと通過していく。

軍勢の一部はエ・ランテルの近くで立ち止まって山と積まれた糧食を受け取り、先ほどと同じように覇気のない歩みで去っていく。

 

彼らはカッツェ平野から撤退してきたリ・エスティーゼ王国軍である。

22万を数えた大軍は15万人前後まで落ち込み、兵から騎士に至るまで顔に疲弊が出る程に沈み切っている。

 

戦闘開始の日と、次の日の会戦にてリ・エスティーゼ王国軍は大敗北を受けカッツェ平野から撤退。

 

アインズ・ウール・ゴウン軍の攻撃とバハルス帝国軍の追撃による死者は5万人前後。

カッツェ平野から逃げ遅れて帝国軍の捕虜になった者達が1万人前後。

そしてエ・ランテルに逃げる途中に隊列から離脱、つまり脱走した者たちが1万人前後。

合計で7万人以上を失い、装備や物資の大半を遺棄しての退却。

更に参加した貴族達の多くがカッツェ平野で斃れ、生き残った指揮官たちは明らかに多すぎる兵力に四苦八苦していた。

王室の第一王子、六大貴族のボウロロープ侯とリットン伯が戦死した事も大きい。

今までの対帝国戦において、最悪の部類に入る壊滅的な敗戦である。

 

「完膚なきまで負けたな」

 

本陣の護衛隊を取り纏めながら、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフは呟いた。

幸いにも王国戦士隊の損害は小さく済んだが、彼らの表情は疲労と失意に満ちていた。

 

「ええ、おまけに敵から帰りの分の糧食まで恵んでもらうとは……」

 

隣にいる副長も、疲れ果てた面持ちでアインズ・ウール・ゴウン軍が設置した配給所を見やる。

各軍の馬車部隊が横付けし、糧食が詰め込まれた木箱や樽を積み込んでいる。

あれらは、戦闘終了後に各貴族軍がエ・ランテルから領地に戻るまでの糧食を市の倉庫街に預けていたものだ。

それらを予定通りに引っ張り出してしかるべき相手に渡している。

渡してくるのは、敵軍でありエ・ランテルを占拠しているアインズ・ウール・ゴウン軍であったが。

 

半ば壊乱して撤退してきたリ・エスティーゼ王国軍には、殆ど食料の余裕が残されていなかった。

このまま領地に帰ろうとしても、民兵達は勿論の事貴族達の分の食料ですら満足に無い有様だ。

そうなれば飢えて殺気立った脱走兵の群れと、帰路の村や町で強制的な徴発という名の略奪を行う愚連隊が無数に出没する結果になる。

 

アインズ・ウール・ゴウン軍曰く「このまま壊乱され国中に野盗が溢れ出るのはこちらとしても困る」との事。

相手は既に王国軍の窮状を見透かした上で、恩着せがましく食料の提供を申し出てきたのだ。

 

無論、受け取った後は直ちに領地へ帰還する事が供与の条件だ。

エ・ランテルに接近した場合は容赦なく殲滅するとも警告している。

加えて、エ・ランテルに居る第二王子と都市の要人達の命も保証しないとも付け加えている。

エ・ランテルの門と配給所の中間には、ガゼフが散々に押し捲られたあの大魔獣が配置され監視の目を光らせていた。

弱り切ったリ・エスティーゼ王国軍では、あれ一体で一軍が良いように蹴散らされ追い散らされるのは目に見えていた。

 

「……悔しいですね、もう、王国の後の支配者のつもりでしょうか」

「言うな、彼らの供与が無ければそれこそ最悪の結末が王国の民を襲うのだ」

 

ガゼフの言葉に、副長の肩はがっくりと下がった。

彼だけではない、周りの戦士達も、本陣の近衛兵達も、王と貴族達も。

全員が俯き、葬儀に参列する者達のような面持ちでただ戻るべき場所への帰路につく。

本陣では数少ない健在な軍を率いるレエブン候が、絶えず伝令を飛ばして各種の命令を差配していた。

ガゼフは蝙蝠と称されたどっちつかずの彼を奸物と毛嫌いしていたが、窮地に至っても王の傍で全軍を崩壊させぬよう努力する様には感心していた。

アインズ・ウール・ゴウン軍の軍使と交渉し、糧食の支援の手筈を整えたのはレエブン侯の采配によるものなのだから。

 

「戦士長、あれを!」

 

ガゼフが遠くの空を見上げると、箒に跨った数人の人影が飛び回り何かを追い回している。

何を追い回しているかは不明だが、こちらからは姿が見えないのだろう。

 

「帝国のロイヤル・エア・ガードか?」

 

帝国には飼い慣らされた魔獣ヒポグリフに跨り空を飛ぶ騎兵部隊が存在する。

彼らは魔法のアイテムにより姿を消して、敵地の奥まで空中偵察を行うとも言われている。

マジックアイテムを多用しているアインズ・ウール・ゴウン軍は、彼らの姿が見えるのだろう。

恐らく偵察しに来たロイヤル・エア・ガードを追い払っているのだ。

しかし、それはバハルス帝国軍がエ・ランテル目指して行軍している事を意味する。

 

「あの分では、帝国軍本営がエ・ランテルまで来るのも時間の問題か……」

 

ガゼフは占領されたエ・ランテルを見やる。

あそこの命運は既にリ・エスティーゼ王国の手から離れてしまった。

 

ここに留まって帝国軍を撃退する余力はない。

立て籠もるべきエ・ランテルは既にアインズ・ウール・ゴウン軍の手中に落ちている。

一時休戦して帝国軍に対して共に当たろうという案も出たが、アインズ・ウール・ゴウン軍に一蹴されてしまった。

まだ自国の領土の筈なのに、もはやリ・エスティーゼ王国軍には介入する余地はなかった。

 

エ・ランテル周辺の地図がどう塗り替えられるか。

それを決めるのはアインズ・ウール・ゴウン軍の総帥か、バハルス帝国の鮮血帝が決める事になるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エ・ランテル近郊に到着した帝国軍は、都市部を包囲したもののそれ以上のリアクションを取らなかった。

攻城兵器は組み立てられ、ロイヤル・エア・ガードとフールーダ達の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)による空爆の準備も整った。

しかし、既に包囲が完成して数時間が経つのに、攻撃は開始されていなかった。

 

その意味は……。

 

 

 

 

 

 

「爺、城壁の中の様子はどうだ?」

「はい、中枢に対しての魔法の干渉は弾かれました。広域に渡り占術系の魔法を阻害する術式が張り巡らされておりますな」

 

高弟達が確認したところ、包囲下のエ・ランテルは実に落ち着いたものであるという。

確認できた市内は戦時下の普段通りであり、警邏の衛兵の数が多い事を除けば概ね変わりない。

つい最近占領した少数の軍に統制されている占領された都市とは思えない光景ではある。

 

「となれば、囚われている筈のザナック第二王子も、都市の要人達もどうなっているかは不明か」

 

陣中用の簡易玉座のひじ掛けを指先でトントンと叩きながら、ジルクニフは眉をしかめる。

 

「陛下、包囲を完了しましたが攻勢はかけられないので?」

 

帝国の近衛の精鋭たる四騎士、その中の一人であるバジウッド・ペシュメルがやや砕けた口調で皇帝に質問する。

バジウッドの問いに、ジルクニフは苦々しげに返事を返した。

 

「したいところではあるのだがな……密偵によれば、アインズ・ウール・ゴウン軍の本営が既にエ・ランテル入りしているのだ。あの魔法による広域の防御はまさにそれを実証している」

 

本陣の天幕の中にどよめきが発生する。

本営が既に来ている。つまり、あの大魔獣の主であり、恐るべき魔法の使い手の主があの都市の中にいるのだ。

 

「お前達も聞いただろう。数千人の兵士を一撃で吹きとばした魔法を」

「は、はい。王国軍左翼七万の本陣の幾つかを消滅させたっていう魔法ですよね?」

「その通り。私も確認したが、あれらは明らかに第9位かそれ以上に至る魔法。対軍……そう、小国の軍であれば一撃で跡形もなく壊滅させられる超技。神話の領域の魔法である」

 

バジウッドの言葉に応えたのは、ジルクニフではなくフールーダ・パラダインだった。

彼は天幕の中ではない、どこか果てしないものを見ているかのようにうっとりとした顔で続けた。

 

「私達のファイアーボールの爆撃など、あの高みに比べれば児戯にも等しい。小賢しい戦略も戦術もあの一撃の前では全くの無力であり無意味。

 どれだけ大きな砂の城を築いても、高波を受ければ一瞬で消し飛ぶ。それと同じよ」

 

淡々と語るフールーダと、徐々に眉間に深いしわが寄っていくジルクニフ。

数年越しで念願のエ・ランテル打通を成し遂げ、王国征服への一歩を踏み出した支配者とは思えない表情だった。

 

「ともあれ、エ・ランテルをどうにかしなければ進む事はできませぬな。帝国領土から王国領への大規模な街道はエ・ランテルの周辺に集中しています。

 エ・ランテルを横目に王国領内へ侵入しても、後方を遮断されてしまえばどうにもならなくなる」

「だが、そのエ・ランテルにはあの領主が陣取っている。奴がいる限りは攻城戦を仕掛けるのは危険だ……糞、以前の会談の時の態度は欺瞞だったという事か」

 

苦々し気なジルクニフの呟きが、足早に入って来た伝令によってかき消される。

 

「も、申し上げます。アインズ・ウール・ゴウン軍の軍使が参りました。エ・ランテルを含めたリ・エスティーゼ王国の領土についての事と申しております」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エ・ランテルの迎賓館の大広間。

 

普段なら迎賓館を維持する為に奔走しているメイドや下男などは影すら見当たらない。

その代わり広間の上座に当たる位置に、普段であればランポッサ三世が座るこの館で一番上等な椅子とその予備が据えられていた。

更に間にはトブの大森林にかつて存在したという魔樹から切り出した一枚板で出来た豪奢なテーブルが置かれている。

 

「ようこそいらっしゃったバハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス殿」

 

四騎士とフールーダ・パラダイン達を引き連れたジルクニフを待っていたのは、緑色のローブを着た暗黒だった。

思わずバジウッド達が前に出そうになるが、それを制したのは他ならぬジルクニフである。

 

「いや、領主殿自らの出迎え痛み入るよ。カッツェ平野での王国軍への完勝は見事だったからね。剣を交える前にこうして君と交渉で物事を決められるのはこちらとしても願ったりかなったりだ」

 

 

 

 

ジルクニフは知らない。

この交渉劇に彼にとって最悪の伏兵が潜んでいる事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アイダホ的には頑張りましたが、結局アインズ様の初撃でぶっ倒れた分位の損害は出ました(2万は捕虜か脱走だけど

ろくに統率が取れない数だけは多い軍隊が一斉に逃走を始めた場合、こけて踏み潰されたり殺人的おしくらまんじゅうしたり止めようとする奴らとの殺し合いとか二次的な損害が一番ひどいと思います


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結15

※オリジナル要素やねつ造要素ありです。
 原作などで見なかったり聞いた覚えがないものは恐らく該当します。
 ご注意ください。














その戦争が終わったのは、エ・ランテルの鐘楼からアインズ・ウール・ゴウン軍の旗が消えて一週間後の事だった。

 

 

 

 

戦勝国にバハルス帝国とアインズ・ウール・ゴウン国が名を連ね、敗戦国にリ・エスティーゼ王国が置かれた。

会議場の場所はエ・ランテルが選ばれ、中立状態にする為にアインズ・ウール・ゴウン軍は一旦トブの森へと撤退。

 

更に数日後、各国の代表がエ・ランテルに到着。

極度の心労で倒れたランポッサ三世に代わり、名代としてザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフ。

バハルス帝国の代表はジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。

アインズ・ウール・ゴウン国は、仮面をかぶった支配者、アイダホ・オイーモ。

 

一週間に渡る会議の後、戦争後の版図が決められる事になった。

 

 

アインズ・ウール・ゴウン国はトブの大森林及び外郭の領土化を王国及び帝国から承認。

リ・ブルムラシュールと周辺地域の割譲を認められた。

 

ブルムラシュール侯はこれに反発したが抗えないと判断すると、財産を持ってバハルス帝国へと亡命した。

尚、その後の彼がどうなったかについては皇帝曰く「主君を朝履き替える靴下程度に考えてる奴など知らぬ」らしい。

 

バハルス帝国はエ・ペスペル及びエ・ランテルを割譲。

地図の表記的にはエ・レエブルと王都の鼻先まで接近した。

皇帝が本心で望んだ王国領土の大規模な割譲までには至らなかったが、王国の首都の近くまで領土を広げれたのは僥倖だろう。

 

 

結果として、リ・エスティーゼ王国は全領土の内三割以上を失う事になる。

 

国内では失われたあまりにも多くの貴族達、及び侯爵の領土の整理。

アインズ・ウール・ゴウン国とバハルス帝国に割譲された領土の貴族達の転封。

これらの政治的作業は、心身共に弱り果て畏敬を損ねたランポッサ三世には処置出来ないと判断された。

ランポッサ三世はザナック王子を王太子と承認。

年明けに戴冠式が行われ、王位が継承される事になる。

 

 

リ・エスティーゼ王国は黄昏の年末を迎える事になった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロ・レンテ城 王太子宮殿

 

 

 

 

今や、ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフこそがこの宮殿の主だった。

その最奥、防諜をガッチリと行った会議室で、供回りすら室外に押し出して三人の男が話し合いをしていた。

 

 

 

 

「もう、二度とやりたくないぞあれは」

 

帝国産のワインをボトルからグラスに注ぎながら、アイダホは呻いた。

随分飲んでいるらしく、空のボトルが数本傍に並んでいる。

 

「ニニンバオリ、ですか?」

「そうだよレエブン候。私の故郷でやる芸当だけどな、政治的な意味合いでも使われるんだ。

 それをどうにかしてあの皇帝との交渉で使えないかと考えていたらいい魔道具があったからそれを使ってやったんだ」

 

要は、喋り対応するのはアイダホでも、どう交渉するか考えを巡らせるのはラナーという事だ。

優れた盗聴能力を持つマジックアイテム【ロバの耳】と、【伝言】のアイテムを組み合わせればその場に居なくてもどのような会話が行われているかは一目瞭然。

常軌を逸した知啓と状況判断力を持つラナーがそれを用いれば、アイダホを介してラナーが交渉できるという仕組みだ。

アイダホは外見的に取り乱さず、堂々とした態度を取り続ければいいのだ。

ラナーの指示をこなし続けるという精神的ストレスを除けば、だが。

 

 

「これを使えば今後の交渉も便利だと思うかもしれないが私はご免だ。君らもあのラナー姫の指示に従って一挙一動をさせられると想像してみればいいさ。終戦時の交渉だって、ジルクニフ相手の時はずっとそうだったんだからな」

「「……………それは」」

 

ザナック王子とレエブン侯が顔を見合わせ【うわぁ】な顔をしている。

二人とも、あの王女の異常とも言える知性を知ってはいても、理解までは出来ない。

そんな女とマンツーマンで交渉事とか、ゾっとするものがある。

 

「ともあれ、帝国全軍を率いたジルクニフ相手にあれだけ立ち回れただけで御の字だと私は思う。エ・ペスペルからエ・ランテルの突出部も帝国軍に距離と孤立の問題を産む事になる。ブルムラシュール領割譲に絡むアインズ・ウール・ゴウン国のエ・レエブルに対する安全保障条約も、新領土に配置された帝国軍に対する牽制になるだろう。ラナーの狙い通り、貴方の願い通り、現状を維持し尚且つ帝国に今後の国の再編を邪魔だてされずに済む」

 

ここまではかなり上手く行っていると言えるだろう。

 

領土の二割以上を帝国に掻っ攫われたのは痛い。

位置的に王都の前まで進まれてるのだから、ぱっと見ではかなり危険な状態だ。

 

王国単体の話であれば。

アインズ・ウール・ゴウン国と、かの国のバックに存在する法国が居なければ。

量を単一の質で容易に圧し潰す存在と、背面をナイフで刺せる位置にある国は帝国に迂闊な軍事行動を許さない。

どれだけ新領土の帝国軍が充実しようとも、エ・ランテルが陥落されれば新領土はそのまま帝国軍の袋小路となる。

エ・ランテルを今以上の難攻不落にしようとも、アインズ・ウール・ゴウン軍に手も無く陥落させられた前歴が重く伸し掛かる。

現状の技術で出来る補強をしたところで、相手はそれを遥かに上回る戦力を保持しているのだから。

 

だから、ジルクニフは当面動かない。

動かずアインズ・ウール・ゴウン軍の戦力に対抗できるだけのものを揃える為に奔走する筈だ。

それがラナーの見解だった。慎重な、悪く言えば慎重すぎるジルクニフの性格を読んだうえでの答えだった。

 

アイダホ的には彼の活躍に期待している。

そうなれば東方の異形種による侵略はいい具合に阻害されるだろうから。

アイダホが提唱している【人類生存圏の確立】の成就への大いなる助けになるだろう。

勿論、アインズ・ウール・ゴウンの脅威になりそうであれば、相応の対処はするつもりだ。

 

「私もそうなればと願っているよザナック王太子。とはいえ、やる事は更に山積みになっているんだが……」

 

揚げたジャガイモをフォークで刺しながら、アイダホは重い溜息を吐く。

帝国によるこれ以上の侵攻は防げるにしても、今のリ・エスティーゼ王国の現状は酷いの一言だ。

 

 

領土を三割以上も奪われた事は、元々凋落していた王国の国威を更に貶めてしまった。

居留守役なのに何の手も打てず、エ・ランテルを陥落させたザナックが王太子に就いた事も拍車をかけている。

バルブロ第一王子がアイダホの手によって討ち取られ、他の王族でこれと言った人材が居ないが故の消去法で選ばれたとしてもだ。

カッツェ平野で戦死した貴族達の領土と遺族の処遇、割譲された領土の貴族達の転封。

更には六大貴族の内、戦後の今まで残ったのは半分という事も貴族の派閥に大きな動揺と混乱を招いていた。

 

王派閥は戦争による惨敗により権威を失い弱体化。

大貴族派閥もその主導者の半数を失い構成員である貴族が多数戦死した為混沌としていた。

 

支配層も酷かったが、支配される側も酷い有様だった。

三つの都市と領地を失った事で、物資と人の循環に混乱が生じていた。

国内最大の鉱山地帯であるブルムラシュール領が奪われた事で、国内の貨幣事情の悪化が懸念されていた。

今まではエ・ランテルが最前線だったのに、二つの都市が奪われた事で国内の多くが前線へと変貌した。

この事は元々底辺を張っていた民心が地に這いずり、地中に減り込む事を意味する。

今回の戦争で五万人以上もの若年層を含む労働者を失い、収穫期を損なった事で作物の生産量は低下した。

 

このままにしておけば、2年も持たずして自壊するというのがラナー、レエブン侯の見解である。

 

 

 

一方の戦勝国であるアインズ・ウール・ゴウンも、難題を幾つも抱えていた。

 

森林の外回りを支配下にすることで幾つかの村や小さな町を領地に抱える事になりこれらを治めなければならない。

エ・レエブルの影響で細い回廊で繋がれたブルムラシュール領の支配も同じく。

急激に増えた領地はか細い国庫と人材を圧迫し、それを何とか回すのに一苦労だった。

フールーダ・パラダインの構想であるアンデッドの労働力化、これを先んじて導入する事すら検討されている始末である。

アイダホとしてもこれ以上法国の力を借りるのは色々と拙いので、手持ちの秘蔵のアイテムを幾つか切る事を視野に入れていた。

そして、あの超がつく程苦手な魔性の王女に、これまで以上に力を借りる事も。

 

「後々を考えれば、アインズ・ウール・ゴウンにとってもリ・エスティーゼ王国の立て直しは急務だ。それはあなた方も承知だと思う」

 

今の状態で王国が崩壊すれば、アインズ・ウール・ゴウン国も巻き添えを食らう。

現状の国力では、間違いなく国家崩壊だ。

唯一笑うのはバハルス帝国なので、その結果を避けたいのは満場一致と言える。

 

「故に国内の統制強化、レエブン侯を軸にした貴族派閥の再編成、そして、八本指を掌握し、奴らをラナー王女が使う手足にする事だ」

「なるほど、それなら世間体に囚われる事なく、存分に使い倒せますな」

「……確かにいい案だが、ラナーに裏方を任せるのは正直恐ろしいぞ……それ以外手が無いのは理解しているが」

 

巨大犯罪結社の八本指をラナーの手足にする。

これは王国の裏側の経済と武力を、ラナーが統括する事に他ならない。

八本指の影響力は王国の隅々まで行き渡り、構成員達は各地の裏社会に溶け込んでいる。

それは既に帝国の支配地に変わった旧王国領土でも変わらない。

そしてそれらの潜在力は巨大な商会と武装組織に匹敵する。

支配層、それこそ故第一王子すら癒着していた程に彼らの浸透は王国内に及んでいるのだ。

 

「だからこそ、混乱する王国を制御する要となる。それこそ、表ざたには出来ない案件も片づけることが出来る。今は一刻を争う事態だ。悪と毒を持って国難を制す。これしかない」

 

本当は、ラナーに力を借りたくないんだという三人の本心は現実によって圧し殺された。

現実は何時でも無情だなと、ラナーに渡されたシナリオをアイダホは思い出していた。

 

そのシナリオはざっくり要約すると、

 

 

【八本指に挑む英雄的少年騎士! その身を案じる姫の手を振り払い少年騎士は巨悪と戦い打ち破り姫をその腕に抱くに相応しい王国の勇者になる!!】

 

 

 

勿論、その少年騎士はラナーが執着する彼であり。

その少年をアダマンタイト級に鍛え上げ、英雄に相応しい装備を与え、ラナーが整えた勧善懲悪の舞台に載せるのがアイダホの仕事だ。

 

(他にもバレイショに別荘を建てて欲しいとか……俺の国をセーフハウス代わりにするとか、よくやるよあの魔女は)

 

アイダホはグラスに残っていた白ワインを一気に飲み干した。

朝からまた忙しくなるだろう事を確信しながら。

何せ、国内の動きには敏感である八本指に悟らせず、彼等を制圧する戦力を整えなければならないのは、アイダホの役割なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王都、リ・エスティーゼにある八本指のアジト。

 

その奥深くに存在し、幾重にも配下の者達により厳重に警備された円卓の会議室。

そこに座する結社の幹部達は、この国の裏側を支配し権力者達すら操れる暗黒街の顔達であった。

 

 

今では、過去形である。

 

 

 

 

「いやー、ありがとねーヒルマちゃん。おかげでこいつらを一網打尽に出来たわ。流石元幹部。いや、もう一度幹部就任するんだっけ?」

「ひ、ひゃい……そうれふ……」

 

赤い粉塵の様なモノが宙を舞う会議室の中。

幹部達が軒並み……一番剛健そうな警備部門の長であり、部門最強と謳われる【闘鬼ゼロ】ですらぐったりと円卓にうつ伏せになっていた。

外に居た護衛達も全員刺突武器で喉を穿たれており、皆殺しにされていた。

 

そんな悪夢の中でケラケラと笑っている変な壺を持った女と、その傍でぼんやりと佇んでいる女。

彼女らの指には【毒無効の指輪】が嵌められており、耐久力の高い筈の幹部達ですら一瞬で麻痺させた毒を跳ね除けている。

 

「ま、いっか。どうでもいいしさ……さてと、こいつらに楽しいお注射をしないとねー」

 

女はニヤニヤと悪意と嗜虐に満ちた笑顔で、取り出した注射器に密封された瓶から怪しげな液体(タブラ印のあやしぃ薬)を注入していく。

それを見たヒルマという女は何かトラウマでもあったのか、全身をガクガクと震わせながら失禁してしまった。

 

「うわ、きったねー。いい年して小便なんて漏らすなよったく。任務じゃなきゃぶっ殺してたよ? ……よし、こいつからお注射してあげよっか」

 

アンモニア臭の漂う会議室で、惨劇は始められた。

彼女の最初の獲物は、八本指の力の象徴である【闘鬼ゼロ】。

麻痺されながらも意識はあるのか、血走った眼でヘラヘラと笑っている女と、隣で自分の髪を掻き毟っているヒルマを射殺さんばかりに睨んでいる。

 

「おー、こわっ。そう睨むなよー。これっていわゆる公徳って奴なんだから。チマチマ麻薬作ったり賄賂を受け取るようなショッパイ真似は止めてさ。神様の国をこの地に作る為のお手伝いをするんだからー」

 

【神の国を作るだと? 何をふざけた事抜かしてやがる手前!!】

 

ゼロが口を開けたらこんな罵声が飛び出しただろう。

だが、今の彼は動くどころか口を開く事すら許されない。

全身に刻まれた呪文印(スペルタトゥー)を発動する事も出来ない。

 

彼は以前幹部達にこういった。

 

「俺達が王国を掌握すれば、強さによって全てが決まる時間の始まりだ!」

 

確かにそれは事実だった。

強さによって耐えられる試練に、打ち勝てない者は這い蹲るしかない。

ゼロはその敗北をもってして、己の論理の正しさを証明したのだった。

 

レベル50以下の、アンデットまたは完全耐毒性持ち以外を全て瞬時に麻痺させる霧状の魔法生物。

笑う女の持っている壺に封じられた危険生物に抗うには、英雄の領域にある女にとっても指輪が無ければ耐えられなかった。

 

(全く、とんでもない代物ばかり持ってるよねうちの新しい神様はさー)

 

麻痺しながらも必死に抗おうとするゼロ。

そんな彼に、あえて認識させるようにじっくりと注射液を注いでいく。

怒りに満ちた顔が、やがて狂気と狂喜がミックスされ溶けて混沌としていく。

 

「――――――――――――――――――――――――――ッ!」

 

円卓の間に声にならない叫び声があがる。

彼等は麻痺してろくに声も発せれないのに、引き絞るように叫んでいた。

かの薬に浸れば、マフィアの顔役も裏社会最強の男も変わりない。

グラデーションで構成された正気と狂気の狭間に飛びこまされ、やがてはヒルマの様な傀儡に成り果てるのだ。

 

「ギャハハハハハ、たのしー!! 見てみてヒルマちゃん、あいつらの顔! 荘厳的っていうか、すごーい!!」

 

阿鼻叫喚の地獄をケタケタと笑いながら見やる自称神の尖兵と、ブツブツと意味不明な呟きを繰り返すヒルマ。

 

 

 

 

 

そして、八本指は本人達が知覚できないままに作り替えられ。

末期の王国が生み出した若き英雄と青の薔薇によって滅ぼされるまでリ・エスティーゼ王国の表と裏で暗躍し続ける事になる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いかないんですか。本当に」

「……もう既に引退した身だ。今更顔は出せないよ」

 

人工の太陽光が降り注ぐ応接間。

彼が半休をとったと聞いて、自宅へと伺った後に聞いた返事。

ギルドマスターの願いに、比較的暇があった彼が誠実に応じた結果である。

 

「そうですか」

 

目の前に置かれた、半分ほど飲んだオーガニックティーを見つめる。

目の前の恩人であり、その正しさに誰よりも憧れた人が一度口にした言葉を撤回することはないのを男は良く知っていた。

故に、彼が出来るのは返事をギルドマスターに伝える。ただそれだけだ。

 

「わかりました。モモンガさんにはそう伝えておきます……お茶、ご馳走様でした」

「いいのか、まだ来て少しじゃないか。あの子も遊びたがっていると思うぞ?」

「いえ、折角の半休ですし、ご家族で過ごしてください。では」

 

キッチンで何か拵えていた奥方に目礼し、近寄って来た幼い少女の頭を軽く撫でてから彼の家を辞去した。

 

家を出て暫く歩いた後、すこしだけ振り返る。

応接間と外界を仕切る強化ガラス越しに、背の高い人影がこちらを見送っている様な気がした。

マスクをする必要のない街並みを歩きながら、男は口に出したかった言葉を胸の中で転がしていた。

 

(あなたが、あの世界を俺に紹介してくれたんじゃないですか。俺達のギルドの元を作ったんじゃないですか。最後のひと時位、戻ってもいいじゃないですか)

 

彼の立場は知っている。

その多忙さも理解できる。

ここ数年で急速に悪化したアーコロジー周辺の状況に対応する為とも。

これは恩人だけではない。自分の伝手で連絡してみた、かつてのギルドメンバー達にも通じることだ。

 

ガス抜きの娯楽さえも満足に味わえなくなった、追い詰められた社会。

ゲームだけではなく、人間の生きる世界も黄昏に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

もう一度、彼の家の方を振り返る。

 

何故か、純白のフルプレートを纏い、赤いマントを翻した聖騎士が其処に居た。

 

 

「どうして、一緒に来てくれなかったんですか。たっちさん」

 

一歩詰め寄る自分の体から、黒きエレメンタルが流れ落ちる。

エルダー・ダーク・エレメンタルたる、暗黒の集合体が、神器級(ゴッズアイテム)を纏って立っている。

課金で強さを繕ったと皮肉を飛ばされた事もある、ギルドメンバーの姿で立っていた。

 

「一人でナザリックに行って、たった一人で訳の分からない場所に放り出されて、自分が人間じゃない何かになってしまった」

 

もう一歩踏み出す。

聖騎士は、かつての陣頭での振る舞いの如く、悠然としていた。

 

「寂しかったんですよ! 居る筈のモモンガさんにも会えず!! 俺はたった一人で、化け物になってずっと百年以上も存在しなきゃいけなかった!! 俺の中身は、人間なのに!!」

 

エルダー・ダーク・エレメンタルは、目の前のたっちに向かって慟哭した。

 

「あなたが来ていたら望まない転移に巻き込んでしまったでしょう! それは分かっています!! でも、それでもあなたが一緒に来てくれれば、こんな孤独や寂しさを味わう事も無かった!!化け物の精神になり切ってしまう恐怖も、人間の近くに居ながら人間になれない中途半端も、どっちに身をおけば正しいのか分からない気持ちも!! 神様扱いされて、身の丈に合わない事柄ばかり押し付けられることも!!こんな気分は、もうたくさんだ!! 俺は、たった一人でこんな世界に来たくはなかったんだ!! この、俺の気持ち、あなたにはわかりますかっ!?」

 

今まで無自覚にため込んで来たフラストレーションを、理不尽だと自覚しつつもアイダホは堰を切る様に聖騎士に向かって吐き出す。

それでも何の返事をしてくれないたっち・みーに、アイダホの精神は煮えくり返るようないらだちに満たされた。

沸きあがった衝動に促されるように右手を彼に向かって伸ばす。

 

「返事をしてくださいよ、たっちさん!!」

 

 

 

 

 

「きゃっ!!」

 

右手の手袋が掴んだのは、華奢な女性の手だった。

アーコロジーの風景が、瞬時に見覚えのある執務室へと切り替わる。

 

「なっ………あれ?」

「い、痛い……」

 

手を離すと、メイド……ツアレがこちらを驚いたような顔で見ている。

彼女にとって、主であるアイダホは乱暴を働くことの無い主人だった。

 

執務椅子に座ったまま、ずっと動かない彼に声をかけた直後、いきなり手を掴まれたのだ。

自身が抱いている信頼と女性としての恋慕からか、痛みによる恐怖や怯えよりも困惑が上回った。

 

「……ツアレ、あれ、たっちさん……?」

 

フラフラと伸びた手が、元のサイズに縮んでいく。

掴んだ自分の手によって、ツアレの手首が赤く腫れているのを知覚する。

 

「あ、アイダホ様?」

「………!!」

 

困惑と、痛みによる涙で潤んだツアレの蒼い目と視線があった瞬間。

アイダホは衝動的に上位瞬間移動(グレーター・テレポート)を唱え執務室から消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




漸くここまで至った。
結は次回で終ります。

完結まであともうちょっとだ頑張れ私


>末期の王国が生み出した若き英雄と青の薔薇によって滅ぼされるまでリ・エスティーゼ王国の表と裏で暗躍し続ける事になる……。

上辺の悪の組織はゼロ達と共に滅びましたが組織自体は滅ばず、王国が完調に至るまで酷使されています。ラナーマジ怖いマジ


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結16

※オリジナル要素やねつ造要素ありです。
 原作などで見なかったり聞いた覚えがないものは恐らく該当します。
 ご注意ください。














 

 

彼にとって、そのゲームは居心地の良い場所だった。

 

彼にとって、初めての、そして唯一のギルドは楽しい場所だった。

 

肩肘張らず語り合えるギルドメンバー達が居た。

 

人柄も面倒見もいいギルドマスターが居た。

 

彼にとってゲームを教えた先輩であり、リアルでも憧れた男が居た。

 

初期メンバーの様に、ましてやギルドマスターの様な生活すら賭けた程に入れ込んだ訳ではない。

 

ただ、あのナザリックに多くのメンバーがたむろして。

 

彼等と共に遊んだあの時間は、彼の人生で掛け替えのない楽しい時間だったのは事実だ。

 

だからこそ、ゲームが終わる日に彼はナザリックを訪れた。

 

自分の思い出が消え去る瞬間に、立ち会い看取る為に。

 

あの楽しい日々を共に過ごしたギルドマスターに、いくらかでも感謝を述べる為に。

 

果たして、あの最後の来訪は彼にとってどういう意味を持ったのだろうか。

 

彼も他のメンバーと同じく、または父親の説教が更に長引いてサーバーダウンに間に合わなかった方が良かったのだろうか。

 

ギルドマスターやナザリックと離れ離れになり、身一つで異世界を百年生きるといった苦難を味合わずに済んだだろうか。

 

それとも玉座の間に入るのが間に合い、ギルドマスターと共に異世界での冒険を楽しんだ方が良かったのだろうか。

 

 

 

どれが正しく、どれが良かったのか。

 

それはアイダホ・オイーモ、その中に宿る人間の残滓にとって、どうだったのか。

 

恐らく、彼自身にも分からないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初夏の風が、カルネ村を吹き抜けていく。

 

人口が百人を少し超える程度の小さな開拓村、カルネ村。

特にこれと言った産業や特産品もなく、平地に開いた麦畑等とトブの大森林の恵みで細々と日々を生きる人々の村である。

 

彼等にとって、最近領主が入れ替わった事は関心事ではあるものの実感しがたいものでもあった。

村民達からすれば国だの貴族だのは年に一度徴税の為やってくる徴税吏を除けば接点など無きに等しい。

 

だからこそアインズ・ウール・ゴウン国へ編入が布告された後に。

アーリー・スターチなる街がカルネ村の近隣に建設される事を役人から告知された時は村中が驚きで満たされたものである。

 

「しかし、驚きましたねぇ。こちら側に街を作るとは」

「帝国軍のものになってしまったエ・ランテルに近いからのぉ。騎馬隊が来れば目と鼻の先なのに大胆なものだ」

 

村長と男が、村はずれの丘から見える建築予定地への道を見ている。

トブの大森林との境界から、絶えず馬車が出入りしてたり、妙な器具を持った男たちがあちらこちらを移動している。

先週巡回しにやってきた役人にそれを質問したところ、都市計画の為の用地測量だと言われた。

測量だの用地だの意味はよくわからなかったが、彼らが、というより彼らの上にいる支配者が本気でこちらに街を作る気であるのは本当だと村人達は理解したのだ。

 

「都市計画は綿密なスケジュールと下見をもって行われている。諸君らの生活に悪影響は及ばないので安心する様に」

 

巡回の役人はそう言っていた。

確かに水源や農地等の問題は起こらないだろう。

予定地はそれらの問題が起こらない程度には村々から離れていたのだから。

 

「国やら貴族は、儂らの為に何かしてくれるとは思えんかったがね……新しい領主様は色々してくださるようだな」

「ええ、編入されてから徴税も幾分軽減されましたし。今年の作物の実りが良ければウチもかなり余裕が出来そうですよ」

 

あの町が完成したらどうなるか、村長や男には想像もつかない。

精々が極まれに行く事があるエ・ランテルの様な城塞都市が出来るのかも、という程度だ。

 

「街が出来れば、周囲にも富が行くかもしれん。少なくとも、カルネ村の生活も変わりそうだ」

「そうだといいですね……そういえば、昨日から来ているバレアレさん家のンフィーレア君が、あの街が出来たらバレアレ商会の支店を作るって言ってましたな」

「おお、そうなのか。そういえば、彼はエンリに御熱だったね?」

「ええ、そうですねぇ。まるで若い頃の私が家内を口説こうって時に似てましたよ。若いのはいいですなぁ」

「はっはっは、そうだなぁ。で、どうなんだね?」

 

そのンフィーレア・バレアレが彼の娘のエンリに御熱なのは、村中では知れ渡っている事であり。

知らぬのは恋愛に関して天然なエンリと、それを隠してるつもりのンフィーレアだけであった。

 

「まぁリィジーさんもエンリが良ければ是非、と言ってましたし。後は二人次第ですよ。私も妻も温かく見守るつもりです」

「そうかそうか。あの子は良い子だから、良人に恵まれて幸せになれればそれに越したことはないさ」

 

二人がそんな事を話している頃、エモット家でアーリー・スターチにおける支店計画を語っていたンフィーレア・バレアレと。

内容を半分も理解できず相づちだけ打って聞き流していたエンリ・エモットが同時にクシャミをしたのはただの偶然かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分、寂しくなったね」

「しょうがないさ、リアルもゲームも切羽詰まれば、誰も彼もその場に留まれなくなるんだ」

 

人気の無い円卓の向こう側で、グラスに注がれたワインを揺らしながら 世界に災厄を齎す者(ワールド・ディザスター)こと、ウルベルト・アレイン・オードルは呟いた。

会話は基本敬語で話し合うのがこのギルドの暗黙の了解だったが、こうして個人で話し合う時は意外にフランクである。

かつては格差の差やたっち・みーと親しい事もあってそれ程仲が良い訳でもなく。

交流もチームなどの団体絡みだけであったウルベルトとアイダホであるが、最近はこうして雑談をすることが多い。

 

それはギルドの人数が減少した事もある。

最盛期を超えたユグドラシルのプレイヤー数は減少を続け。

アインズ・ウール・ゴウンのメンバーもその数を減らし続け、既にメンバーはフルメンバーの半数を割る手前まで来ていた。

ナインズ・オウン・ゴールのメンバーが何人も引退した事は少なからず他のメンバーに衝撃を与えていたのだ。

特にギルドマスターであるモモンガはショックを受けていた様で、表向きはにこやかに送り出していたが時折円卓で何事か考え込む事が多くなっている。

 

「近々モモンガさんに言う事なんだが……引退することにしたよ」

「ウルベルトさんも抜けるのか?」

 

アイテムボックスを整理していたアイダホは、思わず顔をあげる。

ブレードの様な長い鉤爪で器用にグラスを掲げた悪魔は、ふっと顔を天井へと向けた。

 

「………やらなきゃ、いけない事があるんだ。与えられたパンを齧ってばかりじゃ、居られなくなったんだよ」

 

生粋の反骨者であるウルベルト・アレイン・オードルは、どこか遠くを見る様に呟き、ワイングラスの中身を一気に飲み干した。

幾つかのステータス上昇とバットステータスが表示されるが、バットステータスの方は装備品の付与により掻き消される。

 

「それに、アイツが抜けてしまって、どうにもゲームに身が入らなくなったのもある。居なくなった時は清々すると思ったんだけどな……おかしなもんだ」

(そういうあなたも、たっちさんが引退してからインする回数がめっきり減ったじゃないか)

 

アイダホは余程、そう指摘したかった。

自分がユグドラシルを知る前から、あの二人は犬猿の仲で何時も喧嘩してばかりだったという。

アイダホも、よくウルベルトに関する愚痴をたっち・みーから聞かされた。

 

だが、アイダホはこうも思う。

あの二人は生まれや立ち位置は真逆であっても、本質は意外に近いのではないかと。

だからこそ衝突する反面、お互いに気にせざるをえないのだと。

 

好きの反対は無関心、という言葉がある。

人間関係の定義にそれを当てはめれば、あの二人は本人達が認識している以上に意外といい友人関係だったのではないか。

勿論、アイダホには知人である聖騎士にも、目の前にいる悪魔にもそれを確認する度胸は無かったが。

 

「ログアウトする。じゃあな……引退の件、俺が直接モモンガさんに言うまで黙っておいてくれよ?」

「ああ、分かっている。おやすみ」

 

悪魔が青白く発光して消滅し【ウルベルト・アレイン・オードルさんがログアウトしました】と表記がされる。

アイダホは暫く黙って無人の円卓を見回していたが、自分もコンソールを開いてログアウトを選択した。

 

(こうして、みんなどんどん去っていくんだろうか)

 

意識がリアルに戻る直前に見た円卓は、記録映像で見たかつての地球の夕暮れ時の公園だった。

誰もが家に帰り、乗り手の無い遊具と忘れた玩具が寂しく転がる、そんな寂寥に満ちた世界。

 

 

そんな世界にただ一人残る子供。

一心不乱に、自分と友達達の作った砂の山を維持し続ける。

アイダホは、見える筈もないものを幻視した様な気がした。

 

 

それから暫くの後、アイダホはユグドラシルでのプレイ活動を停止する事をギルドマスターに伝える事になる。

実家の稼業が忙しくなり、兄の予備に過ぎなかった自分や弟達にも動員がかかったからだ。

アイダホが名残を惜しんでアカウントこそ消さなかったが、事実上の引退であり。

その後最終日に至るまでログインした回数は両手両足の指の数にも満たなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バレイショ魔導研究所 会議室

 

 

 

「なるほど、学院の建設か。悪くないな」

 

フールーダ・パラダインは白く長い顎髭を撫でながら何度も頷いた。

 

「はい、魔法使い、術師の育成は国力増強の急務です。王国は帝国に比べ地盤からして弱体過ぎます。であれば、教育機関から始めるべきだと」

「素質の有無に関しては、私のタレント【看破の魔眼】を活用すれば在野から能力のある人物を発掘するのは容易かと」

「うむ、まずは人材育成の基盤を作る。これから王国を吸収していくに辺り、軍備や人材は幾らいても足りぬだろうからな。私の方でも協力は惜しまぬよ」

 

アインズ・ウール・ゴウンは、何れは王国の残った領土を全て差し押さえる予定だ。

 

リ・エスティーゼ王国、連邦化計画。

 

ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフが提唱した西方勢力圏統一計画。

段階的にリ・エスティーゼ王国を保護と称して同化、吸収していく政策だ。

その為に支配層である貴族達をあの戦争で多く間引き、効率よく排除する為に裏社会を支配した。

 

これから彼女は最大効率を持って、王国に必要なあらゆる必要悪を行使して行くだろう。

自分と愛する子犬が最上の幸せを手に入れる為に、王女はいかなる手段をも肯定し実行していくに違いない。

 

それを知らぬ魔法使い達は、表向きの政策である学院設立などの実行プランを練り上げていく。

ラナーの知啓と慧眼を讃えながら。

 

 

「ようやく、一息つけたわね」

「うん」

 

会議が終了した後。

研究所のラウンジで、ニニャとアルシェはお茶を飲みながら一息ついていた。

戦時程ではないにしても、忙しいのは変わらない。

新しい領土の魔法的な調査、人員の発掘、減耗したゴーレム達の再編。

 

やらなくてはならない事は山ほどあり、いまだ研究所の人員は少ないままだ。

今週は半分ぐらいは帰れるといいな、とアルシェは小さくため息をつく。

仮眠室の備品が充実したり、シーツと毛布が体になじむのは正直嬉しい事ではない。

 

「仕事が充実しているのは事実だけど、妹達ともうちょっとゆっくりしたい……」

「あはは、妹さん達は甘えん坊だからねぇ」

 

元貴族の娘達であるが、天真爛漫なアルシェの妹達をニニャは可愛がっていた。

彼女自身は妹でお姉ちゃん子であるが、妹も欲しかったと思っていたのだ。

 

「ニニャは、お姉さんとどうしてる?」

 

アルシェの問いに、ニニャは少し複雑そうな顔をした。

テーブルの上に置いてあった菓子皿から焼き菓子をとってポリポリと齧る。

 

「……最近は以前程会えてないの。アイダホ様が官邸に居る間は付きっ切りみたいだから」

「え? そんなにシフトきつかったっけ?」

 

アルシェは不思議そうな顔をした。

官邸にはそれを維持する為の使用人が配置されている筈だ。

側付きとはいえ、エルフメイド達以外にも何人かメイドが居て余裕をもってローテーションを組んでいる。

戦争も終わり平時であるから、ローテーションに代わりはない筈だと訝しむ。

 

「うん、聞いてみてもお姉ちゃんは何だか誤魔化すから、他の人達に聞いたんだけどね……」

 

ニニャは肩に近い位置まで伸びた髪の先を軽く梳きながら口先を尖らす。

戦争後辺りからニニャは髪を伸ばし始めている。

せっかく綺麗な髪なんだから伸ばした方が良いなと、アルシェは思ってたのでこれは賛成である。

 

「アイダホ様の御付き、出来るだけ入れて貰っているみたいなんだ。後、休暇の場合でも官邸に居るみたい」

「? それはどういう?」

「………わかんない」

 

ニニャの口先の尖りが増し、もうアヒル口みたいになっていた。

何か心当たりがあって、それがもどかしく感じるような様子だ。

ニニャとの付き合いはそれなりにあるアルシェはそれ以上追及せずに、そうなの、とお茶を濁した。

 

 

 

 

それから、アルシェがお代わりの焼き菓子を取りに行き。

一人テーブルに残っていたニニャは苦々し気な面持ちで突っ伏した。

 

「お姉ちゃん、幾らなんでも無理だよ……」

 

つい最近、官邸に会いに行った時のツアレの顔を思い出す。

アレをみて、ニニャは確信したのだった。

 

「相手は、神様なんだから……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

官邸の執務室。

 

執務用の机に広げられた地図を見てアイダホは打ち震えていた。

八欲王時代に作られたと思しき、一般的に出回っている地図よりも遥かに精巧な地図。

そこには無数に髑髏マークが付けられ、更に赤いバツが書きなぐられている。

 

「そんな、マジなのか……」

 

呟くアイダホの横にある窓の外では、寒風が吹き荒んでいた。

新しくなったアインズ・ウール・ゴウンが正式な国家となって一年が過ぎ、冬を迎える頃合いとなっている。

 

「本当に、来てないのか?」

 

アイダホは、否定したかった。

しかし、目の前の結果がそれを否定する。

 

 

これが、事実なのだと。

 

 

この百年もの間、アイダホは大陸中にプレイヤー探索の眼を伸ばして来た。

特に百年周期でプレイヤーが出現するという情報を得てから、この百年目に全ての期待を賭けていたのだ。

 

探査網、メッセージの感応、使い魔や走狗による監視。

アイダホは探索系のキャラクターではなかったが、それでもユグドラシル時代を思い出しながら必死に構築を続けていた。

大陸各地を廻り、遺跡などを拠点にし、何時か訪れるかもしれない友とナザリックを見つける為に。

 

この年に入ってから、暇さえあれば情報を集めた。

公務の合間を縫って各地を巡り、メッセージを飛ばし魔法装置を起動して反応を伺った。

フールーダ・パラダインにも命じて、情報を集めさせた。

大陸を巡る間に培ったコネも全て動員し、法国にも協力を求めた。

 

それだけやった。

アイダホが思いつくこと、出来ることはやった。

 

それでも結果は無残だった。

反応も、証拠も、相手も見つかる事はなかった。

ナザリックらしき存在も、モモンガと呼ばれる相手も。

 

唯一、変な黄色い球体に羽が生えた存在らしきものが確認されたが。

会いに行ってみたものの、ナザリックとは全く無関係だった。

 

 

「そんな……じゃあ、また、俺は百年間孤独なままなのか?」

 

アイダホはストンと椅子に座り、ポツリと呟いた。

この世界に放り出されてから、百年耐えて来た。

きっとこの世界にはモモンガとナザリックが来ている筈だと。

そう信じて探し続けて。結果、彼らが来てないと知った。

 

それでもこの年になって、彼らがきっと来てくれる。

それだけを信じて、存在してきた。

 

「無意味、だったのか? 俺がしてきたことは」

 

次の百年を待てるのだろうか?

以前は寝て待とう等と呑気な事を考えていた。

だが、この胸にぽっかりと空いたような空虚な気持ちを抱えてまで、それを出来るとは思えない。

 

 

アイダホは甘かったのだ。

自分の存在の異様さ、異常さについて。

自分自身の事だというのに全く認識していなかった。

 

自分が異形というキャラクターに包容された人間の精神でしかない事に。

異形の精神性と人間の精神性がまじりあい、かつての自分が残滓になった場合どうなるのか?

化け物にとって耐えられる事、人間にとって耐えられない事。

それらが複雑に入り混じ合い、周期によって影響されたのが今の自分の精神なのに。

 

結局は与えられた力を振るうしか能のない、神ならぬ凡庸な人間の精神を纏った異形だという事に。

漸く、失意と絶望をもってして気づいたのだ。

 

 

次の百年を待つ、それはいいだろう。

もし、その次の百年も無駄足だったら?

更に、次の百年もナザリックが来なかったら?

 

「俺は、一体、この世界で何年待てばいいのだ?」

 

ナザリックに対する執着が、音を立てて崩れる。

希望が物質化して、砕ける瞬間があったとしたらこんな感じかもしれない。

この世界と、人々と関わりつつ、それでも一番の拘りと優位はナザリックと友人だった。

 

どれだけ人間に神と崇められても、部下達と親し気に言葉を交わしても。

それでも、自分にとってかつての世界の残り香であり、友人が何よりも最優だった。

 

それは、自分が化け物だから。

友人とナザリックが化け物だから。

どうしても付けていた区別。

 

こっちは、あっちと違う。

 

それが、彼とこの世界との住人の壁。

どれだけ接近しても、区分けされた存在同士だったのだから。

 

 

 

振るわれた拳の空圧で、執務室の入口のドアが酷く軋んだ。

家具のガラスや壺などが全て割れるが知った事ではない。

 

「もう、嫌だ」

 

ドアを誰かがノックしているが、気にはならない。

 

「もう、待てないよ。待てるものか」

 

誰かがドアの向こう側で叫んでいるのを、人外の聴覚で知るがどうでもいい。

渦巻く激情に導かれる様に、アイダホは突き進んでいく。

 

「もう、知るか。何もかも知るか。俺は、眠る。眠るんだ。モモンガさんが見つけに来てくれるまで」

 

アイテムボックスを探り、指輪を取り出す。

それは流れ星の指輪(シューティングスター)

アイダホが持ち込み、最後の頼みの綱となった一つ。

 

それを装備し、彼は願いを浮かべる。

軋んで半開きになったドアの隙間に誰かがその身を捻じ込もうとしているがどうでもいい。

もういいんだとアイダホは思う。

こんな自分に、国なんて、背負うのは重過ぎたのだ。

 

「我は、願う。我が友モモンガが来るまで「アイダホ様ぁ!!」」

 

軽い衝撃と共に詠唱の為の言葉が途切れる。

自分に抱き着いてきた相手を、アイダホは見た。

 

「ツアレ?」

「なにを、なさって、るのですか……!?」

 

涙に濡れた青い瞳を見て、アイダホは激情が引いていくのを感じた。

代わりに満ちていくのは後ろめたさと、情けなさ。

 

自分が現実逃避して、見捨てられるものの中には、彼女も含まれているのだから。

 

「ツアレ、私は……いや、俺は」

 

アイダホは、次の一言を吐き出すべきか迷った。

こんな自分でも、彼女にとっては全能の神に違いない。

自分を救い、なんでもできる万能の神だと。

 

アイダホは表情の無い顔で苦笑する。

何が神だと。助けた相手すら放り出して眠りに逃げ込もうとした奴のどこが神だと言うのだろうか。

 

自分が酷く惨めであると気付いたアイダホは、驚く程あっさりその言葉を口に出した。

 

「もう、一人は嫌なんだ」

 

 

アイダホが口にした、あまりにも弱弱しい一言。

それに対し、ツアレが返した言葉は………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 










原作時間軸に値する 結、終了


後日談と終章

多分前中後編でこのお話は完結します。


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終1

※オリジナル要素やねつ造要素ありです。
 原作などで見なかったり聞いた覚えがないものは恐らく該当します。
 ご注意ください。














 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その広大な墓地はトブの大森林の奥、森の中の都市と言われたバレイショより奥まった場所に存在している。

バレイショの郊外の森一帯を取り仕切る一族の所有地の中にあり。

幾重にも結界が張り巡らされており、その存在を知る者は一族と極一部の関係者のみである。

 

 

「………」

 

トブの大森林の夜道を、一人の女性が歩いていた。

年は20代半ばに差し掛かるかどうか。

長く伸ばした白銀と漆黒の髪が、夜風に吹かれて揺れている。

大森林ともなればたとえ街道沿いでも夜は危険とされている。

その女性はそんな危ない場所を平然と、愛用の戦鎌を肩に担いだまま墓地へと近づいていく。

 

装飾が施された白い石壁に囲われた墓地の内部は、参道以外は白い花が埋め尽くす様に咲き誇っている。

 

白い花畑の中に浮き上がる様に、ポツリ、ポツリと立派な墓石が建てられている。

そのいずれも、一族本家の者達の眠る墓。

基本的一族は、この地にて埋葬されるのが習わしである。

その墓地の入り口に差し掛かった女性は、足を止めて前に進むのを止めた。

足を止めたおかげで、複数の結界は無粋な反応を返さずに済む。

 

(やっぱり、ここに居たんだ)

 

その一番奥まった場所にある墓石。

この場所に最初に葬られた人物の墓の前で祈りを捧げている影が一つ。

その影を遠目に見やりながら女性はその場で彼を待つ事にした。

木々のざわめきと、夜の静寂。

月光に照らされた墓場は、夜風に揺れる白い花々によって神聖さに包まれていた。

 

この日のこの時間、彼は必ずその墓石に祈りを捧げている。

それを邪魔するのは、よろしくないと判断している。

普段は戦闘狂でとても気儘な彼女であるが、こういう時は空気を読む。

 

この墓地を荒らされる事を、彼は極端に嫌う。

もしも、この地を穢されようものなら、彼は普段の分別を忘れて激昂しその慮外者を惨殺するだろう。

 

彼女としても、彼を怒らせるのは大昔の一度切りにしたかった。

かつての部下達からすれば、その傍若無人を恐れられた女性でも彼に関してはそれなりに気を使っているのである。

あくまで、彼女の基準において、だが。

 

女性が墓場に来てから数十分が過ぎた頃になってから、影はようやく腰を上げ入口へと向かう。

普段とは違う、白いローブに身を包んだ男は、待っていた女性に対して声をかける。

 

「やはり、お前が来ていたのか」

「うん、色々あったからね。報告をしようと思って」

「待たせて悪かった……あそこで話そうか」

 

男が指をさしたのは、石造りの東屋だった。

恐らく葬列の参加者が休憩する為にあるのだろう。

十人以上の人間が休憩できるだけのスペースと椅子とテーブルが置かれていた。

その中の一つに男は座ると、女も隣に遠慮なく座った。

 

 

暫しの沈黙。

 

男はローブに包まれ、俯いたまま。

女は戦鎌の刃先をゆらゆらと揺らし、夜空を見上げている。

 

「お墓参りはどうだった?」

 

女が先に口を開く。

 

「変わらず、だったよ。彼女は待ってる気がする。ニニャは相変わらず嫌味を言ってそうだけど」

「嫌味、ねぇ」

「しょうがないと言えばしょうがないさ。甲斐性の無い男の所為で、要らん気苦労を最後まで背負わせてしまったからな。姉想いの彼女からすれば、嫌味の一つも言いたくはなるだろ」

 

そういいながら、男は視線を墓地の方に向ける。

一番奥の姉の墓の隣に、妹は自身の遺言により埋葬された。

こうして命日に墓参りをしていると、近くから彼女の低い声が聞こえてきそうな気がするのだ。

この世界は魂の概念があるから、実際に墓の上辺りから睨んでいるのかもしれない。

 

「そんな甲斐性なしの神様にご報告。ツアーが他の真なる竜王と盛んに連絡取り合っているみたい。いよいよあなたの存在に許しがたい感情を抱いてる様ね」

「………嫌だなぁ、評議国と一戦だなんて。法国の上が大喜びで協定を破って仕掛けるぞ。一応、釘は刺しているけどどこまで自重するやら」

「そうよね。あなたは人類の衰退は勿論だけど、先鋭化も望んでいないもの。最近は人類そのものが順調だから、色々緩んでいるのかしら?」

「そうだろう……ったく、墓参りの後位、しんみりとした気分になりたいものだ。最近は物騒な話題が多すぎる。頼むからもう少し静かにして欲しいよ」

 

重々しい溜息を吐きながら、白ローブの男は続けた。

 

「もうじき、次の百年目なんだからな」

「ええ、次の、ぷれいやーが来る時期ね」

 

次のぷれいやーが、出現する時期はもう間近だ。

そんな時期に、あのツアーが、ツァインドルクス=ヴァイシオンが動き出す。

この百年間の男の所業に、遂に堪忍袋の緒が切れたのか。

それとも、次に来訪するぷれいやーを先手を打って滅ぼす心算なのか。

男と来訪する者が手を組めば、評議国ですら抑えきれないかもしれないからあり得る話だ。

 

二人は気付いている。

世界に次なる規格外の要素が継ぎ込まれる時期が来る事を。

他ならぬ二人は、その要素の一部なのだから。

 

「ねえ」

「なんだ」

 

女は男をじっと見つめながら、問い掛ける様に囁いた。

 

「まだ……期待しているの? 今度の周期で仲間が来る事に」

 

白ローブの男は、彼女の問いに沈黙した。

ザワザワと周囲の木々が夜風に揺れて音を立てる。

そのまま、たっぷり数十秒間黙り込んだ男は、不意に呟く。

 

「わからない。来て、欲しいのか。望んでいるのかどうか」

 

来てほしくない、とは言えなかった。

幾ら、ここでの縁が切れないものになってしまったとはいえ。

あのギルドマスターに対し、割り切れない感情を抱いているのも事実だからだ。

 

「200年前なら無条件だったろう。100年前なら、身の回りの連中が安全であれば受け入れられた。だが、今は」

 

また俯いて暫く黙る。

本人も言葉をどう発したらいいのか、分からないのだ。

200年の長き時間は、人とも異形とも付かない男の価値観を流動させるには十分に過ぎた。

 

「アインズ・ウール・ゴウンは悪の華。モモンガさんも、NPC達も殆どが悪よりだ。そして、設定されたテキストとカルマで行動基準は確立される」

 

それはただのロールプレイ。

非公式の魔王だの言われているギルドマスターは、鈴木悟という温厚なサラリーマンであるという事を男は知っていた。

 

NPCの設定もただの数値であり、テキストのフレーバー。

キャラクターにイメージを付与し、楽しむためのスパイスでしかない。

それは元の世界にあり、ユグドラシルというゲームの中にある場合であれば。

 

 

男は知っている。

こちらの世界に移動し実体化すれば、どうなるのかを。

 

 

六大神。

八欲王。

13英雄。

他の歴史の狭間に見え隠れしたプレイヤーやギルド達。

 

彼等の歴史を知る事で、男は理解した。

ゲーム時に何気なく決めたことが、こちら側では事実になってしまう事に。

悪の種族はそのまま悪に、善の種族はそのまま善に。

そうであれと、定められたままに行動してしまう。

 

 

その道理のままに行けば、アインズ・ウール・ゴウンがこの世界に出現した場合どうなるか。

 

極悪(-500)死の支配者(オーバーロード)に率いられたカルマ悪の軍団。悪のアヴァターに引き寄せられたモモンガさんが、悪よりのNPC達に寄って集って担ぎ上げられ世界征服とかし始めかねない」

 

ユグドラシルの世界においても、彼等はきわめて強力な存在だった。

それがユグドラシルよりも遥かに弱体な戦力しか有さないこの世界に解き放たれたら、世界の存亡に関わる危機が発生するだろう。

かつての八欲王以前であり、竜王達が今よりも遥かに強力だった頃ならまた話は別だったろうが、八人のぷれいやーとの戦いで彼らは悉く滅んで果てた。

有力なプレイヤーも、男の知る限りではあの超セクハラ好色・ニンジャ・マスター位しか知り合いは存在しない。

 

「もし、そのナザリックとかいう連中が出て来たら……あなたは、どうするの?」

「……」

「その、ナザリックとかいうギルドに戻るの?」

 

男の脳裏に、最後に出会った時のモモンガが脳裏をよぎる。

ユグドラシルという世界に誰よりも依存し執着したギルドマスターの事が。

 

『最終日は終日居るつもりですので、何時でも来てください!』

 

約束、守れなかったな。

男はそう内心呟いて、こう付け加えた。

 

もし、彼らがこの世界に現れたとしたなら。

 

会いには、行こう。

ただ、帰る訳ではない。

 

そして、もし、意見が物別れになってしまった場合は。

男は、どうするべきなのか。

 

(ナザリックと、いや、モモンガさんと……戦う可能性か)

 

だが、百年の時を超えて生きて来た男の思考は冷静に告げていた。

 

もし、ナザリックが次元を超えて来訪した場合。

それは彼がこの地で築いてきたモノにとっての最大の危機になるかもしれないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アーリー・スターチ。

 

AOG連邦(アインズ・ウール・ゴウン)の最も東側に位置する都市。

 

人口は十万人を超え、連邦軍の東方軍総司令部が据えられている重要拠点。

バハルス帝国が治めるエ・ランテルが近くにある国境の都市として有名である。

敵の侵攻が想定される国境の街にも関わらず、放射型に都市設計された街並みは先進的な帝国の帝都に負けず劣らずとも言われた。

 

この街には幾つかの特殊な施設が存在している。

その中でも国立の教育機関として有名な【ラナー・アカデミー】。

トブの大森林縦貫街道(ツリーウェイ)の中継地点及び国の象徴としての街に価値を変じた都市バレイショから移転してきた旧名魔導研究所、現在は【賢者の学院】。

 

賢者の学院は国立の術者養成機関だ。

魔法使いが軽視され日陰者扱いされていた旧リ・エスティーゼ王国とは真逆に、連邦は魔法使いの育成を国を挙げて奨励した。

各地に点在しているだけの魔術師ギルドを再編成し、国を挙げてその在り方と国への貢献を最効率で行えるようにした。

 

そして今では多数の優秀な術師を抱え、【東の魔法省、西の賢者の学院】とさえ言われる程に発展している。

100年前は国内の最高術師の位階が3位であったのを、今では学院導師であれば4位、ロードと呼ばれる高導師であれば6位か7位に至っている事実を思えばまさに奇跡とも言えた。

 

 

その学院の最高責任者にして真理の塔の主。

 

【大賢者】【真理の魔眼】と謳われ、大陸に現存する逸脱者の中でも最高の術師。

彼女が居るからこそ、異形種の国もバハルス帝国も連邦との交戦を恐れているとすら言われている。

人類で最初に第10位階に至ったとされる故フールーダ・パラダインに続く、人類唯一の第10位階魔法を操れる大魔法使い。

 

アイダホの起こした才能限界突破(ウィッシュ・アポン・ア・スター)と己の早熟特性の相乗効果により魔導の頂点に至った魔女。

アルシェ・イーブ・リイル・フルト。

彼女は今、深々とため息を吐いていた……。

 

 

 

「あー、その、またやらかした件に関しては俺も遺憾に思うんだ。いや、また私財から寄付をさせて貰うよ………なので、どうか怒らないでいてやってくれ、この通り!」

 

執務室の隣にある応接間にて、彼女は来客者から頭を下げられていた。

テーブルには、とある生徒がやらかした事件に対する弁償費用が書かれた書類が置かれている。

 

「いえ、別に重大な処罰などはしませんのでご安心ください……厳重注意はしますけど。仮にも国父と言われたあなたがそんな軽々しく頭を下げないで頂きたい」

「それは分かってるよアルシェ。後、国父って言い方は止めてくれって言ってるだろ。あのラナーが国母と言われてるから凄く気持ち悪い」

 

そんなことを言い合っている二人を他所に、戦鎌の女は出されたお茶と焼き菓子を呑気に貪っていた。

そのいかにも他所の事柄ですと言わんばかりの態度に、アルシェの眉間に注意しなければ分からない程の小さな皺が寄る。

百歳を超える老齢に至った彼女であるが、すっかり白くなった髪以外の見栄えは60代で充分通じる。

その魔法使いの鋭い視線を受けても、戦鎌の女の態度は全く変わらない。それが更にアルシェの神経を逆なでする。

この女の存在は彼女の親友だったニニャが生涯敵視してた事から、アルシェも良い感情を抱いていない。

ましてや、緑色のローブを着た男が気にかけている存在に対し、彼女と連なる存在と法国がやってるちょっかいを思えば猶更だ。

 

「あなたはなんでそんな他人事な顔してるんですか。あの子と同じ位に、貴女の娘御も問題を起こしているんですよ? 彼女の性格については、あなたの責任も大なりだと私は思ってるんですけど」

「そうは言っても、あの子の教育と養育したの神官長達だし。でも、私ん時よりは随分とマイルドに教育した筈だけどなぁ」

 

あっけらかんと返され、アルシェの苛付きは更に増す。

表面こそポーカーフェイスを貫いているが、付き合いが長い男の方はアルシェの苛立ちに気づいていた。

あの子達の立場の複雑さには身に覚えがあり過ぎる為、男の背中はすっかり丸くなってしまっている。

ソファの端に寄ろうとして、アルシェの眼光がチラリと向けられて動きが止まるぐらいだ。

もし、男に【表情があったら】冷や汗を流して顔面の筋肉を引き攣らせていたに違いない。

 

「だからって、連邦の国営教育機関の中であからさまに囲い込みをしないでください。この方がそういう事を嫌うのは知っているでしょうに」

「だーかーら、そういう事は神都の連中に言ってってば。というか、あの子の抑えはちゃんと寄越したって聞いたけど?」

 

焼き菓子のお代わりを探す戦鎌の女に、アルシェはまたしても深々とため息を吐きながら指を軽く鳴らす。

テーブルの上に瞬時に焼き菓子の皿が幾つも並び、戦鎌の女は大喜びでかぶりついた。

 

「あの二人でしたら全く抑えにはなってません。片方は畜産試験場の馬小屋で焼きを入れられてから完全に言いなりですし、もう片方は最初から使いっぱしりやらされてましたよ」

「……何やってるのよ聖典の隊長候補が二人してあっさりと。鍛えが足りなかったかなぁ……」

 

かけらも悪びれてない戦鎌の女と、アルシェの言い合いを聞きながら男は書類に手を伸ばす。

やんちゃをやらかして高祖母に怒られる予定の、とある少年の行動が描かれた書類を一字一句丁寧に読み直す。

 

 

(驚いた……まさか、このアイディアがこの世界で考案されるとは)

 

そこに描かれた少年と、彼のアイディアとその結果。

今回は失敗したが、少年のアイディアはこの世界に革新を齎せるかもしれない可能性に満ちた図案。

 

【魔法装置による超高速飛行の実現。または人間が搭乗可能な飛翔装置の開発】

 

それはまさに人類の知性の可能性と言えた。

飛行ならフライの魔法や魔法の絨毯やグリフォンを使えばいいじゃない。

そこで停滞しがちな発想を飛躍させられる、新時代の発想だ。

 

(ああ、そうだ。だからこそあの子等が愛おしい。あの子等が作る世界が素晴らしい。俺がいまだにこの世界で生き続けられる理由だ。彼女が、ツアレが与えてくれた希望だ)

 

二つの輝きを失った流れ星の指輪を思い出しながら男は心中で囁いた。

 

この世界に来てからの時間を考えれば短い時間だった。

短い時間だったが男はとても幸せだった。

肌を合わせた時の温もりを、芽生えた命を彼女と一緒に見守った幸せも覚えている。

その時間の間に育んだ命の絆が、存在する事に疲れ果てた自分を今もなお生き永らえさせている。

弱り果てた自分を受け容れてくれた女性との間に出来た存在は、どうしようもなく愛おしくて。

竜王達などからすれば到底理解が出来ない、人類に対する恋煩いという不治の病に侵された。

 

子達が紡ぎ続ける系譜がどこまで行けるかを知りたい。

たとえそれがかつての世界と同じ結末に向かうにしても。

六大神のスルシャーナの如く、たった一人で見守り続ける運命にあっても。

 

(俺はあの子等を見続けたいんだよツアー。お前の言葉がどれだけ正しくてもこれだけは絶対に譲れない。彼女との間に出来た血筋こそが、俺にとってこの世界を愛せるきっかけになったのだから)

 

 

だからこそ、何人たりとも人類の歩みの邪魔はさせない。

例え相手がかつて世界を支配した竜王の末裔だとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

直ぐに迫った周期によって出現する、プレイヤー達であろうとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今の彼なら、かつてのスルシャーナ様の心境を理解出来たかもしれません。
残り二話予定











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終2

※オリジナル要素やねつ造要素ありです。
 原作などで見なかったり聞いた覚えがないものは恐らく該当します。
 ご注意ください。














 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

15年前にこの世界で生を受けた少年にとって、実家とは非常に不可思議な場所だった。

どうしてこうなのか、と聞いても教えてもらえなかった。

「お前が一家の責務を背負える様になったら教えてやる」とだけ、父に言われた。

 

彼の生家は旧都であり【大森林の街】バレイショ。

大きなお屋敷には使用人達も多く、少年は何不自由なく育っていった。

魔法の才能があり、10歳でラナー・アカデミーと賢者の学院に入学するまではそこが少年の世界だった。

 

館には両親と祖母と祖父と姉が居たが、あまり家にはいなかった。

他にも親戚(分家が幾つか)が居るが、年に数回会えるかどうかの接点でしかない。

少年にとって身近な存在は、姉とバレイショに用事がある度にやってくる高祖母、偶にやってくる変なおじさんだった。

 

 

 

姉は少年にとっての自慢だ。

3歳年上の彼女は才色兼備を体現した女性ともいえる。

金髪碧眼で人形の様に整った顔立ち。

少年が苦手だった礼節作法を完璧にこなしたそれは、貴族令嬢以上に気品を感じさせられる。

国営教育機関であるラナー・アカデミーを飛び級で進学し首席で卒業。

卒業時に発表した論文は学会を驚嘆させ、僅か18歳という異例の若さで学院の講師として教鞭を振るっている。

卓越した弁舌と知性、判断力と行動力を買われ、立候補可能な年齢になり次第連邦議会の議員に立候補する様学会から薦められているという。

 

少年は姉が【国母ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフの再来】であると呼ばれているのを誇りに思っている。

少年から見ても姉は完璧すぎる存在だったし、何時も聡明で弟である少年に対し笑顔で優しく導いてきた。

少年は姉が笑顔を浮かべてない時を見たことがない。

 

そう姉に対する気持ちを変なおじさんに語った所「……まさか、こんな短期間で戻って来たとかないよな……」とか変な事を呟いていた。

変なおじさんは少年にはよく話しかけるのだが、姉には全く接触しない事に少年は気づかないでいた。

 

 

高祖母も少年にとって自慢の一つだ。

人類で唯一の第10位階を操る大魔法使い。

大陸中央部からの大規模侵攻が発生した時に、それら侵攻部隊の一部を大魔法炎の煉獄(ヘル・フレイム)の一撃で文字通り焼き尽くした。

更に親友が残した脅威度150を誇るアダマンタイトゴーレムの部隊を操り外敵が勢力圏に雪崩れ込む事を防いでいた。

あの人類勢力圏の東側を統一した偉大なる皇帝(グランド・エンペラー)ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスの野心が西側に及ばなかったのも彼女が一因とされている。

術師のカテゴリとしては、連邦における魔法付与技術の根幹を築いた彼女の親友ニニャ・ベイロンを神の如く崇拝しているがそれに負けない位に高祖母も尊敬している。

少年の奇異に見える研究についても理解を示し、無理解な苦言を発するロード達に対しても抑えを利かせてる様なのでそこは申し訳ないと思っていた。

 

「アルシェを気遣えるお前はいい玄孫だな。飴ちゃんをやろう」

 

変なおじさんは感心した様に頷くと、少年の手に色とりどりの飴をぎっしりと握らせた。

飴は美味しくて、いろんなバフがかかった珍しいお菓子だった。

きっと、神々の国のお菓子というものがあればこんな感じなのだろう。

 

 

 

少年にとって変なおじさんは、変なおじさんである。

本人が言うにはマスケラと呼ばれるお面をかぶっている。

オレンジ色のローブを羽織っていて、肌を見たことがない。

怪しさ極まりない、街で見たら直ぐに衛兵を呼ぶところだ。

 

だが、何故だろう。警備が厳重らしい(警備の姿は見た事ないが)我が家に出入りをし。

それを家の者達は咎めず、挨拶すらしている。

自分も不思議な事に彼を怖いと思った事がない。

おじさんは別に特別な事はしない。

世間話をし、愚痴や不満を言い合い、旅の土産やお菓子を置いて去っていく。

実の父親があまり館に居ない所為か、普通の家の父親とはこんな感じかと思ったりもした。

 

一度、家の関係者なのかと尋ねたら「そうだ」と答えた。

親戚なのかと聞いたら「お前がこの家の当主になったら教えてあげよう」と言われた。

少年は頬を膨らませて抗議した。「当主は間違いなく姉さんがなるだろうから、僕には分からないじゃないか」と。

おじさんは暫く考えた後、人差し指をピンと上にあげて提案した。

 

「じゃ、お前が俺をして『凄い』と言わせれる世界的革新を成し遂げたら俺の正体を教えてあげよう。どうだ?」

 

以降、少年は自らの才能が発芽してからというもの、自分のアイディアを練りに練っている。

幸い、彼には術師の才能が有り、その才能は学院で言うところの前代未聞の規格外だった。

 

15歳で第7位の位階に至る。

脅威度にして170超。かの大魔術師の玄孫という資質をみても異常極まりない。

大魔術師の若き頃は極めて早熟で在り、十代半ばを過ぎた頃に第三位を超えて四位に手を伸ばしていたという。

それを更に上回る。否、かつての先駆者であるフールーダ・パラダインが二百年を超える歳月を経て第六位階に至った経緯を考えればふざけるなと言いたくなる出鱈目具合だ。

 

ただ、その評判について少年は特に不思議には思わなかった。

自分の姉といい、親戚といい、彼の属する一族にはこの世界の常識を逸脱した才能を輩出する事が多い。

そしてそれ故にいろんなものが近寄ってくるということも彼等一族は知っていた。

 

 

常軌を逸した力には、招かざる運命が引き寄せられてくることも。

 

 

 

 

 

 

少年は賢者の学院とラナー・アカデミーの両方に属している。

同じ国立である事と、社会的な教養をアカデミーで学び、術師としての素養を学院で磨くというスタイルはこの時代では珍しくない。

魔法技術の革新により経済や軍事の面にまでその裾野を広げた魔術師は、様々な分野で活躍する為の教養やスキルを必要としたのだ。

少年も「教養の欠如で恥を掻く様な事を防ぐべし」との姉の言葉に従い、アカデミー4、学院6の割合のスケジュールで通っている。

 

だが、学院での生活よりも、アカデミーでの生活はまさに波乱万丈だった。

 

 

 

 

「ねー、卒業したらさ、私と結婚して子作りしようよー」

「ちょ、予習しているんだから寄りかからないでよ」

 

隣の席にいる法国からの留学生が、ニヤニヤと笑いながら寄りかかってくる。

耳が少し尖っている事から、恐らくはハーフというよりクォーターなのだろう。

瞳の色は黒に近い茶色で、濡れ鴉ような黒髪にうっすらと銀髪のメッシュが入っている。

見た感じ十代半ば手前位だろうか。もっとも、エルフの血が流れているのであれば外見=年齢ではない。

 

そんな彼女が法国の出身で、尚且つ二人もの御付きに近い留学生を連れているのだからおかしなものだ。

法国とエルフの国は数十年前に休戦して戦闘は行われていないものの、未だ関係修復は為されていない。

当時の君主であり暴君だったエルフ王が何者かに暗殺され休戦への糸口を掴んだものの、散々殺し合った両国の国民感情が直ちに癒える訳ではない。

エルフの奴隷制度はなくなったものの、法国は基本エルフ種の入国を拒否している。

エルフを拒絶している法国から、彼女の様なエルフの血が流れる存在が妙に丁重に扱われているのだ。

しかも本人はマイウェイを地で行く人間性で、御付きの二人は振り回されてばかりいる。

 

そして、何故か自分に構ってくる。

出会って初日から何かと絡み、付き纏ってくるのだ。

本人曰くひとめぼれ、らしい。運命を感じたそうだ。

 

(出会い頭にそういう事言うのって、大概詐欺師か腹に何か隠した存在だって姉さんは言ってたなぁ……)

 

にしては、好意があけっぴろげ過ぎる気がする。

結婚と子作りを初手に持ってくる辺り即物過ぎる感じもするが。

 

「困っているようですよ。少し遠慮したらどうですか?」

「うっさいわねー。別にいいじゃないさ」

「う……」

 

傍に控えていた射干玉色のロン毛少年が、少女に睨まれ反射的に一歩後退る。

入学当時は強気な態度であれこれ彼女の行動に口を挟んでいた彼であるが。

同じ側仕えのルーイン曰く、あまりの口煩さに切れた少女に馬小屋で半殺しにされた挙句馬の小便で顔を洗顔されたらしい。

 

ルーイン……まだ二十歳前なのに老け顔で生真面目な青年はその隣でオロオロとするばかりである。

同じクラスメイトであるダークエルフ等に対して嫌悪を隠し切れないものの、それはお国柄であり彼個人の性根は悪くないと思う。

ただ、暇さえあれば法国の理念の素晴らしさや、六大神と新しい来訪神、人類賛美を延々と聞かされるので少年としてはうんざりしている。

少年は生粋の指導者である姉とは違い、政治や思想にはあまり興味を持っていない。

ルーインの話が世間的にどれだけ素晴らしい事であっても、大して興味が無いので苦痛なだけなのだ。

 

だから、ルーインがあんまり煩い場合はこう言う事にしている。

 

Aセット(珈琲牛乳とヤキソバパン)。四十秒で買ってきて」

「承知しましたぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

こういえば彼は条件反射的に、購買部へと猛スピードで突っ走っていくのでその間に別の場所に移動すれば楽勝だ。

ちなみにAセットとは隣の席の少女の好物であり、昼食の時間になるとルーインは全力ダッシュで買いに行かされる。

なおこれらAセットのメニューは昼食に付き合わされている内に、少年の好物にもなっていたが蛇足な話である。

 

他にも、機会があれば話しかけてくるクラスメイトはそれなりに居て。

バハルス帝国から留学(冷戦状態ではあるが交流はかなり活発に行われている)して来た、皇家に連なる大貴族の娘。

わざわざ南方の大森林から留学に来たダークエルフの娘(族長の嫡女らしい)も何かとコミュニケーションを取ろうとしてくる。

自然と同級生の男どもからは白い目で見られてしまい、あまり同性の友人が居ないのが少年の悩みである。

数少ない男子の級友にどうしたものかと相談したら、「ははは、贅沢な悩みだな。爆ぜろよ」と一蹴された。

 

学生寮にやって来た変なおじさんにこの事を話したら、

 

「お前、何そのエロゲ?」

 

と呻かれたと同時に、

 

「ハーレムはダメだからな! 二人とか三人求められたらすっごい苦労するんだからな!!」

 

とハーレム危ないと念入りに釘を刺された。

何か身に覚えがあるのだろうか?

少年はそう思ったが多分話してくれないと思ったので、聞くのは止める事にした。

 

 

 

 

 

そんなこんなで学生生活を謳歌する少年の楽しみの一つは、自分が作った飛行装置を偶の休日に都市から離れた場所にある草原で飛ばしてみる事だ。

しかし、今日は無手で外出する事にした。先週まで続けていた試験飛行が装置の空中爆散により中止となったからだ。

その所為で高祖母からこってりと説教を受け、暫く試験飛行を自粛するよう言われたおかげである。

 

 

『若ー、このまま街道を迂回してカルネタウンまで行くでござるか?』

「うん、あそこでハーブティーとサンドイッチを買ってから行くのが好きだからね」

 

学生寮から複数の隠蔽魔法を使用して抜け出して来た少年は、大魔獣に跨り平野を疾走いた。

こうでもしないと、女生徒の誰かがどこともなくやってきて休日を一緒に過ごそうと言い出してくるのだ。

特に隣の席の少女は、半端な隠蔽手段では見抜かれて捕まってしまう。

なので少年は知恵と魔法の使い方をよく練り上げ、ロード達の探知ですら完全に掻い潜れるだけの手段を手に入れている。

 

「悪いなハムタロー。久しぶりにトブの大森林に戻って来たんだろ?」

『滅相もないでござるよ。それがしは殿と若にお仕えする事に生き甲斐を感じておりますゆえ!』

 

嬉しそうにいうこの魔獣は、変なおじさんに引き合わされる事で付き合いが生じた存在だ。

歴史の教科書に出て来る国父が乗っていた大魔獣と同じ種族らしい、と変なおじさんは言っていた。

魔獣自身もそういう事でござるよ、と変なおじさんに肘で突かれて言ってたのでそうに違いないと少年は思った。

 

しかし、やはりこうして街道から離れた草原を走るのは気持ちがいい。

いい陽気と草原を駆け巡る風は、日常から離れた非日常を少年に感じさせる。

 

(来年辺りには、飛行装置に乗ってこの辺を飛んでみたいものだ)

 

少年はそんな事を考えながら、遠方に見えるカルネタウンに向かってハムタローを走らせた。

ああ、きっと今日は素敵な一日になる。少年はそう確信していた。

 

 

 

 

 

タウンの入口には大きな広告版があり、その半分程を【ポーションをお求めなら、バレアレ商会へ!】というバレアレ商会の広告が占めていた。

笑顔で赤っぽい紫色のポーションを掲げている鳥巣っぽい髪形の女性冒険者の巨大なポスターがはっきりと見えた辺りで少年はハムタローから降りる。

 

「じゃ、少し待っていて。テイクアウトしてくるから」

『がってん承知でござる!』

 

姿消し(インヴィジブル)で姿を消したハムタローに軽く手を振ると、帽子と眼鏡をかけてタウンへと入っていった。

 

 

カルネタウンは人口千人位のアーリー・スターチ近郊にある町だ。

アーリー・スターチで消費される麦や野菜、畜産物を生産している。

森林沿いにバレアレ商会の広大なハーブ園と薬草園があり、タウンの主な収益の一つになっていた。

 

かつて村だった頃よりも居住区画は数倍に膨れ上がり、3階建ての集合住宅も幾つか存在している。

連邦になってから魔法生物の生活利用が奨励され、スライムの浄化槽などが導入した結果こうした町などの衛生概念は格段に向上していた。

十数の店舗が並ぶ商店街の一角にある、目的地である喫茶店のドアを少年は押し開く。

カランカランという涼しい鐘の音と共に、給仕姿の少女が笑顔でこちらを見た。

 

「あ、いらっしゃいませ! お久しぶり」

「やぁ、また来たよ」

 

カフェ・ネム。

少年にとってカルネ・タウンで一番好みの合う喫茶店である。

このタウンの初代町長に選出されたエンリ・バレアレの実家で在り、店名は彼女の妹の名前を冠している。

何時もはここでゆっくりと茶と軽食を楽しんでから草原に向かうのだが、街から出るまでかなり手間取ってしまったのでテイクアウトだ。

 

(まさか、予備の擬装人形(デコイ)まで起動する羽目になるとはな。凄い勢いで学習してないかあの子達?)

 

また新しい逃走手段を思いつかないと次の休日の安寧は無いかなと少年はため息を吐いた。

 

「どうしたの、学生さんそんな顔して。折角のお休みなのに」

「ああ、少し考え事してただけだよ」

「そうなの? はい、チキンサンドとハーブティー。お茶は持ってきた魔法瓶に入れておいたから」

「ああ、ありがとう」

「今日はテイクアウトなんだね。学生さんのお話、楽しみにしてたのに」

「ごめん、次来た時に面白い話するから」

 

品物を渡し銅貨を渡すと、少女は少し残念そうな顔をする。

奥に居たマスターが横目でそんな自分の娘を見ていたが、やがて肩を竦めて皿磨きを再開した。

 

娘がこっそりハーブティーの量を多めにし、チキンも少し厚めに切り分けていたのも見なかった事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、気持ちいいなー」

 

カルネタウンから10km程離れたなだらかな丘の上で、少年は遅い昼食を済ませてのんびりと寛いでいた。

ハムタローには帰りは瞬間移動(テレポート)で戻る旨を伝えてあり、既に森へと帰っていた。

普段であれば昼食の後で丘の向こう側に広がるただっぴろい草原にて飛行実験を行うのが常であった。

 

「まぁ、しょうがないか。今日は構想に意識を巡らせよう」

 

少年はそう呟くと、羊皮紙を広げてそこに描かれた設計図に意識を巡らせる。

彼にはタレントが備わっており、『魔力の流れを解析する魔眼』を生まれつき持っている。

この魔眼は相手の使用する魔法を看破できるだけでなく、マジックアイテムの効果、魔法生物の核を見抜く事も可能だ。

そして魔法装置を作成する際に、どうすれば上手く装置が動くかを容易にする事が出来るタレントだった。

 

少年は実物を組み立てて魔力を流した時の事を思い出しつつ、設計図を脳内で組み立て直す。

どうすればより効率的に魔力を循環出来るか、暴発しないように出来るか、パーツに負担をかけないように出来るか。

 

そんな事を考えている内に、少年はウトウトと微睡んでいた。

 

寮周辺を駆け回ったり、普段よりも魔法を使用した所為かなぁと思いつつ、彼の意識は眠りと覚醒の間で揺蕩っていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

ガサリ。

 

 

 

 

 

何かが草を踏みしめるようなイメージが脳裏をよぎって少年の意識を覚醒させる。

素早く設計図を折りたたんでポーチにしまい、反応があった方に目線を向ける。

彼が仕掛けておいたのは四方に術式を刻んだ石を配置してラインを引くことにより、警戒線を張る事が出来る付与魔術だ。

少年はこの装置を作る事に長けていて、警戒ラインを踏んだ相手に気づかれずにこちら側だけ警報を受け取る様にも出来た。

探知の反応からして、相手はこちら側の警戒装置を作動させたことに気づかずまっすぐに近づいてくる。

 

(逃げるか?)

 

少年の中で選択肢が開いた。

一番最善なのは逃げる事だ。

護衛足り得たハムタローは既に大森林に戻り、伝言(メッセージ)で呼び戻すには遅すぎる。

一応護身の方法は充実してあるものの、不覚を取れば大事に至りかねない。

こんな辺鄙な場所に現れたのだから、自分を知っている上で拉致しようとしている相手だからかもしれない。

 

(一応、見定めてからにするか……)

 

魔法無詠唱化(サイレントマジック)による瞬間移動(テレポート)の使用。

そして隠してある複数の護身術式を封じたマジックアイテムを何時でも使用できる様にする。

これであれば、逃げるに徹すれば問題ない。

少年はそう判断した。

 

 

 

 

 

 

果たして、その判断は正しかったのか。

それは誰にもわからない。

ただ、何気ないこの少年の判断が、その後の世界の運命の一端を選択したのは事実だろう。

 

 

 

 

 

草を踏みしめる音が規則正しく近づいてくる。

そしてそれは少年が寝っ転がっていた丘の向こう側、草原の方からやってきた。

 

 

「もし、其処の御方……」

 

少年の眼に映ったのは、黒装束の暗殺者や鎧を着込んだ襲撃者ではなく。

棘付きのごついガントレットを両腕に装備し、鎧と意匠を組み合わせたメイド服に身を包んだ女性。

独特の髪形に蝋人形の様に白い肌、切れ長の目線は眼鏡に隠されている。

女神の彫像の如き美貌は、静かに少年を見据えていた。

 

「少々お尋ねしても、よろしいでしょうか?」

 

クイッと神経質な仕草で眼鏡の位置を合わせ、大きな胸を張る様にメイドは尋ねて来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








少年が些か天然だったり迂闊だったり無謀なのはお年頃だということにしてくださいなんでも島村!










次回、最終回予定





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終3

※オリジナル要素やねつ造要素ありです。
 原作などで見なかったり聞いた覚えがないものは恐らく該当します。
 ご注意ください。














 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナザリック大墳墓に座するアインズ・ウール・ゴウンに使える戦闘メイドプレアデス。

そのリーダーにして長女を務めるユリ・アルファはその日、初めてナザリックの外に出た。

ハウススチュワードたるセバス・チャンと共に。

 

彼女らが大墳墓から出た理由はただ一つ。

ナザリックの外部に広がる異常を確認し報告する事。

 

果たして大墳墓の出入り口を出た二人が見たもの。

それは毒々しい蛙のモンスターであるツヴェークが群れる禍々しい沼地ではなく。

 

なだらかな丘と草原。

照りつける太陽。

 

全く想像と異なる、未知の世界だった。

 

自分達の偉大なる主はこの事を想定して調査を命じたのだとセバスとユリは考える。

まさに神に勝る叡知を持つ慈悲深き御方と賛美し、張り切って指定の範囲を二手に別れて調査し始めた。

 

のだが、ユリ・アルファは少々焦っていた。

彼女の担当した方角は、この一帯で【文字通り草原となだらかな丘しか存在しない】ポイントだった。

時たま顔を出すのは兎や地面から顔を出すネズミもどきばかり。

アンデッド特有の生者に対する気配感知も、小動物程度しか感知できない。

 

(どうしましょう……セバス様が、街道を見つけられたので最悪そちらに向かえばよいのですが)

 

逆側に向かったセバス・チャンは数km向こう側に街道を発見したという。

更に遠くには大規模な街らしいものも見えたとか。

セバス・チャンが貴重な情報を得たという点では安堵できるが、狂信に近い忠義をナザリックの主に抱くユリ・アルファは内心落ち込んでいた。

 

(セバス様は有益な情報を獲得したのに、ボクときたら何も発見出来てないじゃないか……これでは、モモンガ様、創造主たるやまいこ様に顔向けできない……!!)

 

ただでさえ、セバス・チャン側のメッセージには守護者達からの催促が矢の如く降り注いでいるらしい。

偉大なる支配者であるモモンガの盟友にして至高の御方々の一柱たるアイダホ・オイーモ。

ナザリック全体が異常事態に陥る前に訪れていた御方が、発生したと同時に姿を消した。

ナザリック内部の捜索は指輪が発見された以外は成果が無く、自然と外部の調査に期待が向けられたのも致し方ないかもしれない。

 

更にセバスとユリを……守護者達を焦らせているのは、ナザリックの長であるモモンガの激しい苛立ちだった。

 

玉座の間の、直前の大扉まで来て居たかもしれない。

事実、第十層に居た僕達もかの御方がスキルを使用しつつ猛スピードで玉座の間に向かうルートを進むのを目撃している。

そして玉座の間の大扉の脇にある神像の隅に、彼のサインが刻まれた指輪が落ちていたのだ。

何故そこからアイダホ・オイーモが姿を消したのか、彼がどこに姿を消したのか。

それはナザリックの知恵者と名高いデミウルゴスにも、索敵と捜索に特化したニグレドにも分からなかった。

 

来てくれていた筈の仲間が、大事なギルドメンバーがいない。

物証があるのに、その存在がナザリック内部に存在しない。

何故、消えたか。どこに去ったのかも不明。

 

初めから誰も居ないのであれば、モモンガがこのように荒れる事はなかっただろう。

確かにいた、存在した、しかも直ぐ傍まで来ていた筈だ。

その期待と、期待が見事にぬか喜びになった事に対するフラストレーションが死の支配者の勘気を逆立てていた。

これでもし彼に不死者特有の精神安定が無ければどうなっていたか。

守護者達が止めるのも聞かず、自ら外部に飛び出して捜索を陣頭指揮していたかもしれない。

 

いや、それどころか。

このままでは、最後に残ったモモンガですら、至高の御方(アイダホ)を見つけられぬ自分達に愛想をつかして去ってしまうのかもしれない。

 

【使えないNPC(おまえたち)など要らない】。

 

死に勝る絶望とさえ言えるこの言葉をモモンガより賜る事になったら。

ナザリックの僕達は煉獄すら生温い虚無へと生きながら墜とされるだろう。

 

最悪の想像に、ユリは全身を身震いさせた。

高ぶり過ぎた負の感情を即座に精神安定が沈静させるが、それでも目の端から涙がこぼれ落ちてしまう。

 

そんな時だった。

彼女が、丘の向こう側に存在する、人の生命に気付いたのは。

そして、任務の遂行に行き詰っていたユリ・アルファがその人間にコンタクトを求めるのは当然だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ、そうですよ。この辺りは【連邦】って呼ばれてます。あなたのいう地名は知りませんね」

「そうですか……理解しました」

 

少年は近づいてきたメイド……ユリ・アルファとの対話に困惑を覚えていた。

彼女の言う地形や地名、ナザリック地下大墳墓なる遺跡も聞いた覚えがないからだ。

そう、いきなり全く環境が異なる場所からやってきた旅人の様な。

しかし、メイド服のまま旅行に行く事なんてありうるのだろうか。

それこそ、貴人の車列に同行するなら分かるが単独での移動や旅行など考えられない。

正直、少年が不審を抱いてもおかしくはないレベルだ。

 

「しかし、本当に向こう側の草原にその大墳墓なる施設が存在するのですか?」

「当然です。ナザリック地下大墳墓は神聖不可侵にて神にも等しき尊き御方々がお創りになられた世に二つとない理想郷なのですから」

「は、はぁ……」

 

しかも、彼女が指し示す先にあるのは、彼が頻繁にその上空を舞った事がある単なる草原地帯だ。

間違っても人目に付くような所属不明の建築物など発見された事がない。

事前に問題が発生しないように、魔法のアイテムまで使用して丹念に確認したのだから間違いない。

 

(嘘はついてない……【真実の指輪】がそう判断している。少なくとも彼女が妄想を本気で拗らせてるとかでなければ本当なんだろうけど……)

 

嘘感知(センス・ライ)が付与された指輪は嘘を感知していない。

それこそ、ユリが妄想を真実として信じている精神を患っている存在でなければ。

つまり、ユリは少年に対して嘘をついていないということになる。

 

(こりゃ、しくじったなぁ……間違いなく厄介ごとだ)

 

少年は確信した。

彼女は間違いなく【トラブル】であり、平穏を愛するならば関わってはいけない相手であると。

何故なら目の前にいる女性は、少年に対してこう申し出てきたのだから。

 

「それで、申し訳ありませんが、どうか私と共にナザリック地下大墳墓へご同行願えませんか? 我らの主人が、是非現地の情報を知りたいと仰っておりますので」

「は、はぁ……」

 

 

 

 

 

他人から聞けば、怪しささく裂の物言いである。

あるが、これでもユリ・アルファがそのカルマにより物言いと手段を緩めた具合だ。

本来、二人にオーバーロードたるモモンガから発せられた命令は、

 

「大墳墓を出、周辺地理を確かめ、もし仮に知的生物がいた場合は情報を取得後、有無言わさずここまで連れてこい」

 

だった。

そもそも至高の御方の捜索、という緊急性が無ければここまで強硬的にはならなかった。

モモンガの命令も精々『友好的に接し、敵意や不愉快を買わないようにナザリックに来てもらう様要請しろ』だったろう。

モモンガの焦りと苛立ちがもたらした弊害だったが、命じられた以上下僕はその命令を全うしなければならない。

接し情報をある程度取得した時点で、ユリ・アルファは少年を力づくでもナザリックへ連れて来なければいけないのだ。

こうして申し出たのは、ユリ・アルファが数少ない善性の持ち主であるからこそ。

だが、少年が首を縦に振ればこそ、横に振っても結局は連れて行くのだから心苦しいと彼女は思う。

思うが、至高の御方の命令は世界の摂理すら上回る絶対の理。

 

申し出に思い悩む仕草を見せる少年を見て、ユリ・アルファの中で諦めの吐息が流れた。

恐らくは、拒否の構えだろう。受諾をするにしても、時間がかかり過ぎてしまえば意味はない。

 

(せめて情報提供後に、この方が無事に地上へ戻れるよう進言致しましょう。慈悲深き御方であるモモンガ様ならば……)

 

予備動作なしの一瞬の一撃、反応すら許さず鳩尾に一撃を入れて気絶させる。

ガントレットを装備してても、体術の達人である彼女であれば怪我をさせず昏倒も可能だ。

 

が、ここでユリは何故か躊躇した。

本当に、自分はこの少年に当身と言えど手をあげてもいいのかと。

 

(……何故、そんなことをボクは考えてるんだ? しょうがない、至高の御方の御命令は絶対なのだからしょうがないじゃないか)

 

だが、ユリの心の中にある何かが、本能と言うべきものだろうか。

それが訴えかけてくるのだ。この人間に対し、手をあげていいのかと。

 

否、この不可思議な感触は少年を視界に収めてから感じ続けていた。

ただの人間の筈なのに、危害を加えるなんてとんでもない、と思わせる不思議な雰囲気が。

困惑と任務に挟まれたユリは、少年に一撃を加えるのを諦めた。

代わりに問答無用で担ぎ上げ、ナザリックに運び込む事にした。

これなら傷つけずにすむ。驚くかもしれないがそれは後で謝ろうと思った。

セバスに人間では聞こえない程の小声でメッセージを入れ、人間を一人連れ帰る旨を伝える。

 

(しょうがないんだ。これが、最善なんだから……)

 

そして、いざユリが実行に出ようとした一歩踏み出した瞬間。

 

「……ちょい待ち」

 

まだ考え事をしていた少年と、少年に集中していたユリ・アルファはギョッとして声が聞こえて来た方向に向き直る。

 

「そこのメイドっぽいの。私の彼に何をしようとしてるのよ。あんた誰?」

「あ、あれ君、なんでこっちに来てるのさっ!?」

 

少年が泡を食った面持ちで何時の間にか現れた少女……同級生の隣席の少女を指さす。

少女は担いでたモップをブンブンと振り回すと、まるで釣師の様に肩に担いだ。

 

「そりゃ、どっかの誰かが出した影武者が偽物だって気づいたからだよ? 他の間抜けな連中と私とを一緒にしないで欲しいんだけど」

「ま、まぢかよ……あれ作るの、婆様にも協力願ったのに見破るだなんて……」

 

モップが、少女の肩でトントンと揺れる。

少年の知る限り、そのしぐさはあまり機嫌が良くない時にするものだ。

そして、その視線はユリ・アルファの方に向けられている。

 

(まさか、ここまで接近されてボクが気づかなかった!? 何者……)

 

少女は間違いなく生きる者であり、ユリ・アルファはその気配に敏感である。

また、白兵戦特化に役割をあてられた彼女であるが故に、他者の接近などにもプレアデスの中では察しやすい。

その彼女が少女が声をかけてくるまで、全くその存在に気付けなかった。

これは彼女よりも幾ばくかレベルが高く、クラスの編成上アサシンとしての役割を担っているソリュンシャン・イプシロンが相手でもあり得ない事だ。

少女の黒に近い茶色の瞳が細められ、ユリ・アルファは反射的に身構えた。

 

「というか、あんた……なんか、妙な感じがするんだよねぇ?」

(気配遮断の護符は付けているのに、まさか看破された?)

 

アンデッドであるユリ・アルファはトラブルを回避する為、出発時に種族の気配を遮断する護符を付けている。

その為、よほどのポカを……それこそ、自分の首を落とすといった最悪レベルのミスをしない限り、外観は肌が透き通る様に白い麗人のメイドだ。

 

「なんか、アイテムで自分の正体を隠してるのかなぁ? 小賢しい真似だねぇ。それで、この子に近づいて何を企んでるのよ?」

 

すっと一歩踏み出される。

滲み出て来る戦意を感じ、発すべきスキルがユリの脳裏をよぎる。

それだけの得体のしれない威圧感を、少女はその体から発していた。

 

「帝国は考えづらいよね? 中央世界の六か国の諜報員か何かかしら? あいつらなら、攫おうと狙ってもおかしくはないと思うけど……」

 

どうすべきだ、とユリ・アルファは焦った。

少女が言っている意味はさっぱり分からないが、自分をこの少年を拉致しようとしている相手と見ているのは確かだ。

しかも、それは事実である為ごまかしようがない。

いかなる理由があれ、同意も得ないまま少年をナザリックに連れ去ろうとしたのだから。

 

「ま、その辺は後々ゆっくり聞くとするか……抵抗せず、おとなしくしてくれるとありがたいんだけど?」

「おいおい、この人を捕獲するのか?」

「そーよ。どう見ても怪しいじゃない。だったら捕まえて……っ」

 

二人の所まで後十数歩の所、そこまで近づいた少女の姿がふっと消える。

次の瞬間には十数メートル後ろまで後退し、適当に握られていたモップはしっかりと構えられていた。

 

「ユリ・アルファ、下がりなさい」

「セバス様!?」

 

少女の目は、既にユリ・アルファを見ていなかった。

猛禽の様に細められた目つき、無感情に引き結ばれた口元。

少年に対し、普段は見せないであろう、戦闘者としての顔立ち。

 

そんな少女のモップのブラシ部分を突きつけられているのは、セバス・チャン。

 

見上げる様な長身に、鋼の様に鍛え上げられた体。

皺ひとつ見当たらない漆黒の執事服に身を包んだ初老の男は、少女とユリ・アルファの間に割って入った。

 

「これは一体、どういう事ですかな?」

「……見ての通りよ。あんた達、その子をどうするつもりさ?」

 

ユリ・アルファは静かに目を伏せ、少年は困惑した様に彼女とセバスと少女を交互にみやる。

セバスはユリ・アルファの様子を見て、彼女がどう少年を連れて行こうとしたのかを察した。

 

(……彼女には申し訳ない事を実行させようとしました。恐らく、連行しようとしたのでしょうね)

 

基本的には人間に対しても善意を持って接する事が出来る、ユリ・アルファが自分の行為に苦悩したのは言うまでもないだろう。

ただ、例えセバスが同じ境遇になったとしたら、やはり連行という形でこちらを見ている少年をナザリックに連れて行ったのは間違いない。

 

至高の御方の御命令は、全てに優越する。

例えカルマが極善のセバスでも、そうしろと命じられたのであれば極悪に値する行為を躊躇せず行う。

それがナザリックの僕なのだ。善悪の前に、絶対者に対する従属と服従が存在する。

 

内心での心苦しさをそっと沈め、セバスは少女に対して向き直った。

姿勢はあくまで自然体。しかし、既に戦闘状態にある少女が攻め入って来た場合は即時戦いに応ぜられる。

巌の如き防御。迂闊に近づけば、その剛拳にてひとたまりもなく打ち砕かれるだろう。

 

「お嬢さん、申し訳ございませんが構えを解いて頂けませんか? 無益な殺生は致したくありません」

 

セバスの構えを見た少女は、すぐさま相手がユリ・アルファなど比較にすらならない高みにあると理解した。

恐らくは、全盛期時代の母や、父、あるいは評議国の真なる竜王に匹敵するレベルの存在。

更に彼女の卓越した戦術眼は、この執事が外見だけでない事を看破した。

つまり、更なる強化が行えるという猛者である事に。

自分の本気を出すのに値する敵である事に。

 

そう、敵だ。少年を害そうとする相手は間違いなく敵だ。

どのような意図があったとしても少年を誘拐するつもりであれば、それは断じて許される事ではない。

 

「無理ねぇ。その子に手を出すつもりなら、何が何でも許さない」

 

少女からすれば、少年に手を出すという時点で妥協など存在しない。

そして、相手が自分と渡り合えるレベルの存在であれば是非もない。

ユリ・アルファ相手なら適当に叩きのめして、それで終わりだろうがセバス・チャン相手なら話は別だ。

膨らんでいく少女の戦意を見て、セバスは覚悟を決めた。

 

(これは、私の本気を出すしかありませんね……!!)

 

本気を出して組み合う。

その隙にユリ・アルファを逃がして大墳墓から増援を出させる。

呑気に目の前でメッセージを使える相手ではない。

 

みしり、とセバスの全身から軋む音が響く。

セバスの呼吸が深呼吸になり、全身を覆っていた気配が一瞬で重々しくなる。

 

これは、セバスが本気を出す……即ち、竜人としての本性を出す前兆だ。

 

 

「へぇ、やっぱりその姿は変身前って事ね。じゃあ、こっちも相応になるわよっと!!」

 

次の瞬間。

ラナー・アカデミーの制服姿だった少女は、一瞬で装具を自分の身体に展開していた。

 

少女の装備は私物と番外席次と別れており、六大神の装具は今なお神殿に保管され番外席次としての任務遂行時に装備される。

そして私物としての装備は、彼女の父親が所持または取得したものから、少女のスキルやステータスに最適なものを選りすぐって与えられた。

それらは任意により、瞬時に少女の身体を覆う様設定されているのだ。

 

神器級の鎧。

脇を固める伝説級の装具。

そして何時の間にかモップと入れ替わっていた、伝説級の槍。

全て、父から与えられたユグドラシルの装備。

 

 

「そ、その装具、そのサインは……!!」

 

赤く光り輝いてたセバスの視線が神器級の鎧を捉え、驚愕に見開かれる。

何故なら、その装備はセバスにとって見覚えがあるものだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、セバス・チャンにとって至福の時であった。

彼が一身に忠義を誓うたっち・みーの私室。

そこに侍る機会を与えられた日。

 

『で、ようやくドロップしたデータクリスタルを使って出来たのがこれなんです』

『おー。いいスペックじゃないか。でも、少し君には相性が低くないか?』

『そうなんですよねー。もう少し種族的相性値が高ければ今の神器級とメインで入れ替えても良いんですけど』

『運営は異形種の装備のバランスにはあまり気を使ってないみたいだからなぁ。人間プレイヤーがメインなのはわかるけど』

『全くですよあの糞運営は……ま、これはこれでいいものですから鎧の予備にしておきますよ』

 

応接間のテーブルを挟んで語り合う、たっち・みー。

そしてその友人であった……。

 

 

 

 

「その、装具は、アイダホ・オイーモ様の装具ではございませんか!?」

「………………は? なんで、パパの名前知ってるの?」

 

 

セバスが凝視する神器級の鎧。

その鎧には、確かに数円課金で追加された二つのサインが刻まれていた。

 

アインズ・ウール・ゴウンのギルド・サイン。

 

アイダホ・オイーモの個人サイン。

 

 

 

「あ、貴女は……一体何者なのですか?」

 

 

どんどん送り付けられる着信のメッセージすら頭に入らず。

セバスは呆然と少女を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






今度こそ次回、最終回予定


二代目番外席次の瞬間装着は「速攻着替え」のデータクリスタルで着替えています
アインズ様に本気でやれと言われて冒険者スタイルから一瞬で着替えたアレですね



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終4

※オリジナル要素やねつ造要素ありです。
 原作などで見なかったり聞いた覚えがないものは恐らく該当します。
 ご注意ください。












 

 

 

 

 

 

 

 

アイダホはかつて、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフに尋ねた事がある。

自分が、為政者に足る存在であるのかを。

 

彼女はすまし顔で、辛辣な評価を返してきた。

 

『あなたは力はあっても為政の器ではありません。帝王学をきちんと学んで……そうですね、バルブロお兄様より、少しはマシか、程度ですわ』

 

精神の中に苦い渦が巻き起こるが、同時に納得もしている。

確かに、自分は国家を統べるにたる存在ではないという事に。

 

『ご自身も十分にそれは理解しているのでしょう? だからこそ、私を手放す事が出来ない』

 

女は優雅な仕草でティーカップを手に取り、中身の香りと味わいを楽しんでから横目でこちらを見た。

最高の策士であり、最悪の性根である救国の王女は自分の立場と旨味を十分に理解した上でこの態度をとっているのだ。

 

『連邦の問題は旧リ・エスティーゼ王国からの問題を継承している。これらを全て矯正し膿を出し切るには数十年がかかる。その時間を維持するには、私の助力が無ければ無理ですもの』

 

彼女の言うとおりである。

あの国が抱えていた内憂と病巣の重さを解決するには、ラナーの知啓と情を排した政策が無ければ無理だった。

 

『だから、私の要求をあなたは全て呑むしかない。私の願いがささやかでよろしかったですね?』

 

してやったり、な笑顔を浮かべる魔性の女の姿と、ティーラウンジが暗闇に姿を消す。

 

結局、あの女には終生良い様に扱われて、悠々と勝ち逃げをされてしまった。

ジルクニフ皇帝の言うところの【見てる領域が人間ではない】という事なのだろう。

神の如き力を持っていても、ラナーが決して手放せない人材であったが故に好き放題やられてしまった。

 

ラナーがこの世を去って随分と経つが、故帝国皇帝の意見と同じく、今でもなおあの女はこの世で一番嫌いな女だ。

 

 

 

 

だが、あの女がいい仕事をしたのは事実だ。

ラナーのおかげで百年以上の月日をかけてため込まれた膿と腐肉は切除され。

リ・エスティーゼ王国の残務処理が終わり、正式にAOG連邦に移行した頃には健全な国家に早変わりしていた。

勿論、その陰には不要な支配層の粛清など、全体がソフトスライディングする為に必要な犠牲が一切の情をかけられる事なく遂行されてきた。

現在、連邦が幾多の問題を抱えつつも恙無く運営されているのは、ラナーが組み上げた骨子がうまく機能しているからに他ならない。

 

時折、大陸中央からの攻勢があり帝国との冷戦も数十年間続いているが今のところ問題はない。

連邦の運営は、アイダホの助けがなくなったとしても後数十年は余裕で安定し続ける。

 

 

 

し続ける、筈だった。

 

 

「だが、しかし……来た。来てしまったんだ」

 

 

先程、アイダホは緊急連絡を受けた。

極々一部、【一族の当主】【法国の分家】【先代番外席次】【二代目番外席次】にのみ渡した連絡用アイテムから驚くべき報告がやってきたのだ。

 

「……ナザリックが、来た……」

 

娘から出た言葉、ナザリック、セバス・チャン。

かつてはあれ程切望したギルドの来訪を聞き、アイダホは頭を抱えていた。

 

「来て、しまった」

 

ナザリックは来てしまった。

しかも、よりにもよって連邦の領内に。

 

「……俺は、どうしたらいいんだろうか?」

 

アイダホは、今までこの世界に訪れたプレイヤーの行動を知っている。

知っているからこそ、モモンガとナザリックがどう動くかは理解できる。

 

悪の華のロールプレイ。

ギルドの成り立ちから、最盛期に至る所業。

 

【ユグドラシルの世界の一つぐらい、征服しようぜ】

 

等と結構本気で考えていた連中が犇めいていたギルドだ。

NPCは設定とギルド内に居た時の情報が、その性格や行動に反映される……つまり、この異世界に超DQNギルドが降臨する事になる。

例えギルドメンバーがギルドマスターしか居なくても、かつての悪の華としての影響を受けたギルドがやってくるのだ。

 

それらをモモンガが止められるかと言ったら、アイダホとしては期待できないと言うしかない。

あの人は調停役としては最高だった。

彼だからこそ、あの41人は喧嘩をしつつもギルドとして成立していた。

あの人だからこそ、アインズ・ウール・ゴウンは最後まで瓦解せずにいられた。

 

だが、主導者になれていたか、と言えば違う。

ウルベルト、るし★ふぁー達悪童軍団の悪乗りにも、最初は宥める感じだったのが最終的には一緒に暴走していた時もある。

良くも悪くも、流れが決まってしまえば主流へと一緒に流れて行ってしまうのだ。

 

かつてたっち・みーが「もう少し我が侭を言った方がいい」と指摘した事もあった。

だが、結局モモンガはみんなのまとめ役に徹し、強く出た事は殆どなかった。

ユグドラシルが衰退期に入り、ギルメンのみんなが徐々に去っていく時も。

アイダホが長期離脱を申し出た時も、彼は自分の気持ちを出す事も無く快く送り出してくれた。

 

後々、サービス終了一年前位にギルドの事を思い出して様子を見に言った時に、モモンガが少しだけ心中を吐露した時にアイダホが気づいた事だ。

結局、モモンガは周囲の為に自分を押し殺してしまうだろうと。

 

そんな彼が、恐らくは自我を発露させたNPC達に振り回されない訳がない。

エリュエンティウのNPC達の記録と、遺跡で極稀に出会ったNPCのなれの果て達を見る限り、彼等の創造主への忠誠心は基本異常に高い。

ましてや、ナザリックのNPCはギルメン達が時間と手間と趣向をこれでもかと継ぎ込んで作り上げたのだ。

能力と忠義の塊のNPC達を、ゲームのギルドマスターとしては適材だった、しかし中身は営業サラリーマンである鈴木悟が御しきれるとは思えない。

 

「……一歩間違えれば、モモンガさんと戦う事になる」

 

既に人類のすそ野は広がっている。

アイダホが守らねばならない、人類の庭が。

悪性のナザリックが、モモンガの意志があろうとなかろうとそれらを傷つけるつもりであれば。

 

 

アイダホは、ナザリックと戦わねばならない。

 

 

二百年前なら躊躇せず帰参し、百年前なら顔見知り以外は見捨てられただろう。

現在の彼では、人類を切り捨ててナザリックに付くという判断は出来ない。

彼は、この世界の人類を己の精神が持つ間は見守ると決めたのだから。

戦力比、勝敗などは関係ない。

彼らが害すつもりであれば、戦うしかないのだ。

 

 

 

だが、それでも。

 

かつて親しくした仲間想いのオーバーロードと戦う可能性は、アイダホの心を酷く締め付けた。

 

 

 

 

 

『それだけのものを背負って、今更悩むとは。下らんな愚弟よ』

 

暗がりの中から、温かみなど一切感じない男の声が響く。

あの時代、余程の上流階級でなければ着る事の出来ない化学繊維ではない繊維で出来た背広を着た男が嘲笑を浮かべている。

 

『その程度だからこそ、お前は当主に相応しくなかったのだ。運よく当家の三男に生まれだけの無能。それがお前だ』

「……兄貴」

 

己以外は全て数値化した駒に過ぎぬと言わんばかりの高慢と傲慢の権化。

とてもじゃないが、血の繋がった弟に向ける視線とは思えない。

自分達以外の階層は人間とは見てなかったアーコロジーの上流階級でも、あれ程の冷血漢はそうはいなかっただろう。

事実、自分の身代わりとして三男を危険な視察に送り使い捨てた男なのだ。

 

『私の端末を務める程度に弁えて生きるのがお前の限界なのだよ。お前には血筋はあってもそれに足る器と知性がない。それがお前達愚弟共に我が家を担う価値の無い証左だ』

 

為政者として敬意を抱いていた男を世紀末風にカリカチュアした様な支配者。

実の兄は二百年を過ぎても尚アイダホの中身に嘲りと共に呪詛を残す。

 

『お前では、舞台の主役にはなりえん。なのに関わらず、器ではない役目を担ったのだ』

 

冷笑を浮かべながら消えていく長兄を見送るアイダホはただただ自嘲するのみ。

 

『分際を弁えなかったからには、精々無様を晒すがいい。滑稽な道化芝居がお前には似合いなのだ』

 

ああ、分かっているよ、分かっているんだよ兄貴と虚空に消えた兄の幻影に対しアイダホは呟く。

 

そうだ、自分は舞台の主人公なんかじゃない。

舞台袖から出てきてしまった、舞台の中央に立たされたただの端役だ。

端役が何故か勇者の力を持ってしまった結果が今の自分。

それがアイダホ=オイーモの中身なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パシンという音と共に、物思いに沈み込んでいたアイダホは一瞬で現実に引き戻された。

 

 

 

 

「痛いなぁ……ナニするんだよ」

「幾ら話しかけても返事も何もしないあなたが悪いんじゃないの」

 

目覚めると、そこは彼の私邸にある会議室だった。

壁には連邦と帝国と法国を中心とした人間世界の地図が張られている。

 

並べられたテーブルの上には、アイダホが放浪時代に収拾したユグドラシルの探索用アイテムの数々が並んでいる。

アイダホがエリュエンティウに至った時に培った、守護者達との交渉で得た品々も含まれていた。

これらのアイテムは人間世界の各地に仕掛けられたマジックアイテムと連動していて、何かしらの緊急事態が発生した時即座に対応できるようにしてある。

 

「すまん、正直、意識飛ばしていた……」

「あのねぇ、揺り返しが来たって聞いて意識硬直させるってどうなの、神様として?」

「そうは言ってもな……あの子からの緊急通信の内容が、内容だったんだよ」

「?」

「……ぷれいやーのギルドが転移してきた…………名前は、ナザリック」

 

先代番外席次の目がすっと細くなる。

この目つきの時は冗談の効かない時だ。

 

「まさか、あなたが所属していたギルド?」

 

 

その名前を先代番外席次は聞いた事が何度かある。

アイダホがかつて棲んでいた場所を語る時に挙がった、彼が所属していたギルドの名前。

 

「そうだよ……俺達の娘と、あの子が気にいってる本家のセガレが巻き込まれてた。転移したギルドの近くでNPCに接触したそうだ」

「っ……………………」

 

先代番外席次が纏う雰囲気が徐々に剣呑なものになる事は、暗黒の精霊にとって十分に予想できた。

元々、彼女はアイダホが過去を語る時は大概機嫌が悪くなる。

それがユグドラシル時代であれ、50年以上前の事であれ。

 

「………そう、良かったわね。ようやく、お望みの場所がやってきてくれた訳なんだから…………………そのまま、向こうに戻ってしまうの?」

「今は、違うよ。あそこへは行くさ。だけど、それは確認と交渉の為だ」

「え、そ……そう、なの?」

 

意外そう、と言わんばかりの目つきで先代はアイダホを見る。

彼のそのギルドへの思い出は度々聞いていたから。

その彼がギルドがやってきた事を歓迎していないとは、意外の感を抱いたのだ。

 

「二百年前なら大喜びで戻っただろう、百年前なら顔見知りの保護だけ申し込んで、後は知らぬふりしたかもしれない。だが、だけどな。今は」

 

アイダホは作戦室の隣にある応接間、そこの窓に顔を向けた。

窓からは私邸から離れた場所にある小さい白い離れが見える。

50年以上前に彼が人間に戻った間、伴侶となった女性と共に過ごした家だ。

 

「そうはいかないんだよ……ナザリックは悪の華のギルドだ。カルマも悪が殆ど。ギルマスのモモンガさんも極悪だ」

 

八欲王の再来の如き混乱が、この世界を襲う可能性が高いのだ。

今までのプレイヤーの動向を考えれば、アイダホの憂いは当然の事である。

 

「………」

「場合によっては、人間の国を鼻歌混じりに滅ぼすかもしれない。世界征服と称し、この世界を混沌に叩き込むかもしれない」

 

そうなれば、連邦は滅び、彼が知る人々も多くが助からない。

この私邸も、あの離れも、火に包まれるやもしれないのだ。

転移した直後でなら、まだモモンガは鈴木悟であるかもしれない。自制が出来るだろう。

しかし、時間が過ぎれば今までこの世界にやってきたプレイヤー達の様に、精神が変質し中身まで人ならざる者へと変わってしまうかもしれない。

彼等の多くは孤独だった。人類という希望を得たアイダホですら200年の時の流れによる精神の変質と疲弊は自覚している。

 

「故に、今のナザリックの現状を確認し、モモンガさんと話し合いをしなくてはならないんだ」

 

だからこそ、アイダホはモモンガと会わなければならない。

彼が、取り返しのつかない状態になる前に。

本当の意味での亡者の王(オーバーロード)になってしまう前に。

 

 

「……アイダホ、私も」

「駄目だ。俺だけで行く。行かなきゃならない」

「アイダホ!!」

「分かってくれ。     。」

 

詰め寄ろうとした先代は、極一部の存在しか知らない本名で呼ばれ思わずたじろぐ。

暗がりと二つの小さな光球で出来た彼から、嘆願とも思える気配を感じたからだ。

 

「こればかりは、俺がやらなきゃいけない事なんだ。アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーだった。俺がやらなきゃいけないんだよ」

「……」

「あの人は、ギルドメンバーであれば話を聞いてくれるだろう。この世界に居るギルドメンバーは俺しかない。だから、俺だけがやれる役目なんだ」

 

八欲王の如く、そのギルドの保有する力だけで世界を蹂躙出来る。

アイダホの記憶にあるナザリックの戦力はまさしくそれだ。

そして、八欲王の時代とは違い、ぷれいやー等と戦えた真なる竜王の軍勢は既にいない。

アイダホの影響によって、近隣の人類は強くはなったがあくまで比較論でしかない。

異形種や亜人とそこそこ対等に、レベルでしかなく、ナザリックの前では鎧袖一触だろう。

彼女やあの子、自分というカンスト級が居ても総合力では大幅に劣る為、結局は敗亡は免れない。

だからこそ、アイダホは唯一、そして何よりも有効なギルドメンバーが直談判するという手に出る事にした。

 

「あの人が本格的に動く前に、話をしてみる。お前は、法国に戻って待っていてくれ。くれぐれも神官長達が早まらない様に頼む」

「………………」

 

白と黒の瞳が、じっとこちらを見上げて来る。

 

「頼むよ、     。俺の代理は、お前しか居ないんだ」

 

二百年近く法国最強の座に座り、娘にその座を譲った今でもなお先代番外席次の影響力は法国上層部にて大きい。

アイダホの妻が死去した後、唯一その傍に侍る事が許された女性であり、神との子を為すという奇跡を成し遂げた聖女。

本人の政治的センスは皆無でも、彼女が齎すアイダホの言葉は神官長達、国の幹部達を動かせる。

七柱目の神殿【暗黒】を統括する神官長が助力すれば問題は無いだろう。

 

暫くの沈黙の後、先代は静かに頷いた。

 

「……分かった」

「すまないな。この埋め合わせはするよ」

 

アイダホは彼女の頬に手を当てる。

そして長い白と黒の髪を優しい仕草で梳いてから、小さく頷く。

先代番外席次は、何となく暗黒精霊の暗がりの中に男の顔が見えたような気がした。

どこか疲れた面持ちの、かつて見た黒髪黒目の中年の男だった。

 

 

「早く、戻ってきてね?」

「ああ」

 

少しだけ振り返り、視界の端に白い離れを収めた後で。

その後は迷うことなく、アイダホは転移の間へと向かった。

黒と緑を組み合わせた法衣を纏い、アイダホの個人サインが刻まれたベールで顔を隠したエルフの侍女達が深々と一礼し両開きのドアを開ける。

三人目のエルフの侍女が、オレンジ色のフード付きマントとマスケラのお面を恭しく差し出してきた。

 

労う様に三人のエルフに頷いた後、マントを纏いマスケラのお面を装着したアイダホは部屋に入る。

 

十数秒後、転移陣が光り輝いた後……アイダホの姿はそこにはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 










次回こそ本当に最終回、ホントだからね?
しかし、ギルドに戻るのにこんな時間をかけたオリキャラって珍しいかも
普通ならプロローグか数話程度位だろうに。ホント、ここまで来るのは長かった……






歌劇【戦え薔薇乙女よ民を救う為に!唸れ超技!暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)


旧王国領でいまだ人気の高い英雄、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。
八本指が最後に起こしたラナー元王女拉致を始めとする悪あがきの争乱にて、勇者クライムと共に蒼薔薇を率いてこれらを打倒し正義を示した女傑。
騒乱の前既に人類の限界である英雄に至っていた彼女が、己の裏の人格……魔剣キリネイラムに宿っていた暗黒に打ち勝ち人類の限界を超えたエピソードは非常に有名だ。
この語り草は大器には成れぬと宣告されて尚英雄の領域に至った勇者クライムの王女ラナーとのラブストーリーと並び、旧王国領での歌劇館で人気の英雄譚になっている。
ただ、謙虚なのだろうか。ラキュース本人は終生幾ら誘われてもその演目を観ようとはしなかったという。


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終5【完結】

※オリジナル要素やねつ造要素ありです。
 原作などで見なかったり聞いた覚えがないものは恐らく該当します。
 ご注意ください。









 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

懐かしいと言えば、良いのだろうか。

 

 

第九階層のきらびやかな通路を、アイダホはセバスの先導で歩いていく。

管理している41人のメイド達は荘厳な廊下の端に一糸乱れず揃い、敬意と忠義を込めて平伏し首を垂れる。

いいデザインだ、ホワイトブリムの事を思い出す。

ちらりとメイド達に目線を投げつつ感慨に浸った。

普通に戻って来れたならば、思う存分メイド成分を堪能しただろうに。

 

(まるで別世界だ。確かに俺はここに通っていたのに)

 

ナザリックに戻ってこそ、思う事があると彼は感じる。

ここは何もかも生まれたばかりのようだと。

二百年を異世界で彷徨い、相応に煤けた自分とは違うと。

アイダホは自分の装備がいい具合にこなれ、色褪せているような気がした。

自動修復と状態保存の魔法がかけられていても、二百年の時を持ち主と過ごした所為かそんな気がするのだ。

 

(これが、二百年過ごした、差異という奴だろうか?)

 

第九階層の自室に戻れば、真っ新な装備に交換できるだろう。

宝物殿に行けば、個人金庫に預けていたもっと貴重な装具を取り出せるだろう。

だが、こちら側としてここに来ているアイダホとしては、それは違うんじゃないかと思えたのだ。

 

(そう、つまりは……受け入れているんだな。俺は)

 

二百年の時の流れ。

自分とナザリックの間に流れている、深い溝を。

時間で開いただけじゃない、精神にも刻まれた溝を。

 

 

 

 

 

 

あの後、草原に出現したアイダホがした事。

それはまず、手刀で自分の頸を落とそうとするセバスを制止し、宥める事だった。

アイダホ自身から少年と少女との関係を教えられたセバスの顔色は真っ青を通り越して白になっていた。

衝動的に自らの首を手刀で落とそうとした彼の速度に反応出来たのは、この二百年ものの戦闘経験の賜物だろう。

必死に自決を止める視界の端で、同じく自決しようとしたユリを娘に力尽くで止めさせたのは悪い判断ではないと思う。

号泣する彼らに話を聞いたところ、彼等にとって至高の四十一人、即ちギルドメンバーは神と同一であるという事。

その縁者に手を挙げる等という事は許されざる大罪であり、死を持って償う他ないとの事。

セバスの作成についてはたっち・みー経由でアイダホもあれこれ聞いてたが、創造主譲りの頑固さを持ってるような設定は無かった筈だ。

 

(全く、あのうんざりとした経験が活きたというのは、嘆かわしいのかどうか)

 

七柱目の神殿【暗黒】初代神官長故カジット・デイル・バダンテールの顔を思い出す。

伊達に百年以上、法国をはじめとした現地民相手に似非神様をやってきた訳ではない。

あの男みたいな、自分に対して強烈な狂信を抱いてくる人間を手懐け、あやすのは不本意ながらも慣れている。

とても、健全とは言えず、寧ろ嘆かわしい事ではあるが。

 

(おまけに、最近になって身内にもそういうのが出てきたからな……だから法国には行きたくないんだよホント)

 

自害するとか死を賜り贖罪するとか色々ごねていたが、アイダホの手管によってあっさりとセバスとユリは丸め込まれた。

二人を落ち着かせた後で、娘と少年に学園都市に戻るよう指示し、今に至る。

娘の方が若干駄々を捏ねたが、後で説明すると言い含めて漸く帰らせた。

 

 

セバスにモモンガとの通信が可能だと聞き、メッセージを発信してみる。

 

200年前。

そして100年前。

かつて数え切れないほど、無為に虚しく繰り返した行為。

今回に至っては諦めていた行為。

 

 

メッセージは拍子抜けするほどあっさりと繋がり。

大分記憶から朧げになっていた、友人の声が頭部と意識する箇所に響く。

 

 

【アイダホさんっ、本当にアイダホさんですかっ!?】

「ちょ、モモンガさん、声でかい、声でかいですよっ」

 

メッセージがつながった後のモモンガは、赤い布を見せられた闘牛のソレだった。

かつての彼は物腰穏やかで、相手の言葉を受けてから話す感じの人だ。

しかし、今のモモンガは止めないと延々喋り続けかねないし、自分の所へと突進して来るだろう。

取り合えず制止しておかないと今すぐ玉座の間から飛び出し、ゲートを開けてこちらに来かねないので自重する様に言っておく。

 

「今からセバス達と一緒にそちらに向かいます。円卓の間で待っていてください」

 

重要な話ですから、と付け加えて。

 

 

 

 

 

 

円卓の間に近づくと、廊下の壁沿いに並んでいる異形達の姿が見えた。

 

 

白いドレス姿の黒い翼を持つ妖艶な美女。

洒落たスーツ姿の、銀の尾を持つ男。

蒼い巨躯の複眼の蟲王。

黒妖精の姉弟。

銀髪と抜けるように白い肌の真祖の姫君。

 

(タブラさん、ウルベルトさん、武さん、茶釜さんにペロロンさんの作ったNPC………だったよな?)

 

NPCの名前の方は朧げになってて完全には覚えてない。

元々ゲームそのものよりも、ゲームを共にするギルメン達との交流の方を楽しんでいた口だ。

40人の仲間達の事は今でもはっきり覚えているが、彼等の拠点であるナザリックの知識については随分と劣化してしまっている。

唯一、仲間との交流が盛んだった第九階層についてはかなり正確に覚えてはいたが。

 

(そういえば、俺のNPCは結局未完成のままだった)

 

ふと、自室の保管用培養層に入れたままである、五人組のホムンクルス・アイドルユニットをアイダホは思い出した。

当時タブラ・スマラグディナとのTRPGに嵌っていたアイダホは、ギルド会議で決まったギルメンは必ずNPCを作成すべしというイベントを些か面倒臭がり後回しにした。

それ故に各階層守護者が決まり大体の役割りが埋まってしまい、最後の残った僅かな容量で作れるとても防衛用とは言えないアイドルユニットを作ったのだ。

ヴァーチャルアイドル好きなギルメンに意見を聞きながら作って、ほぼ完成まで行ったのだけどそのギルメンが引退したのと自分も忙しくなり仕上げをせず放置していた。

 

そういえば彼女達の名前も覚えてない。

最終日から二百年過ぎた今になって、不意に思い出した。

アイドル好きなギルメンとペロロンチーノの意見を参考にし、適当に割り振ったような気がする。

 

(後で見に行けばいいか。今は、モモンガさんだ)

 

会談が終了した後で自室を確認すればいい。

そう判断しアイダホは自作NPCの事を思考から流す。

少なくともアイダホにとって、ナザリックのNPCに対する感情はその程度だった。

彼にとって大事なのはギルメンなのだから。

 

 

階層守護者達は、セバスを先導させたアイダホとの距離が迫ると一斉に片膝をついた。

対するアイダホは軽く片手を挙げてそれに応じるだけで、特に目線も向けず彼らの横を過ぎ去っていく。

 

 

 

(………!?)

 

 

 

妖艶な美女の前を通過した時に微かな違和を感じた。

彼女はタブラ・スマラグディナが作った統括用のNPC。

名前の方は忘れてしまったが、玉座の間に待機してたのは覚えている。

 

(この感覚は……)

 

この異世界で生き続けて二百年。

その前の30年前後の人間としての生。

両方の世界で数え切れないほど受けて来た、負の感情。

恐らく二百年以上生きて来た経験と感覚の蓄積が無ければ、気づかない程度の小さな動き……敵意。

 

今横を見れば恭しく忠義の姿勢をとっている、タブラ・スマラグディナのNPCが居るに違いない。

浮かべている面持ちも、きっと魅力に満ちた微笑みに違いない。

しかし先程感じた微かな敵意を思えば、それらが張りぼてに思えてしまう。

 

 

アイダホは何も気づかなかったかのように、歩くスピードも姿勢も乱さず彼らの前を横切る。

 

(やれやれ、モモンガさんの事だけでも頭が痛いのに、NPCとも問題が起きそうだ……)

 

会議室のドアを開き深々と頭を下げるセバスに頷くとアイダホは円卓の間に入る。

奥側、ギルドの象徴たるギルドアイテムが保管されてる壁側の席に座っていたオーバーロードが立ち上がった。

 

「アイダホさん、その、お久しぶりですっ! 帰ってきてくれたんですね!?」

 

喜色を声に出して円卓をグルリと廻って近づいてくる。

きっとゲーム時代だったら彼の頭上に【感動】や【笑顔】のアイコンがピコピコ表示されたに違いない。

二百年前に見たきりのネットゲームの友人は、当然ながら全く変わっていなかった。

セバスから受け取った情報通りであれば、彼にとって流れた時間は最終日から一日と経過してないのだから。

アイダホが過ごした二百年の時の流れの重さや長さは、モモンガにとっても、ナザリックにとっても理解の範囲の外でしかない。

 

 

「お久しぶりですね、モモンガさん」

 

ただいま、とは言えなかった。

自分は帰って来たのではないのだから。

 

既に、アイダホにはこの異世界に戻るべき場所が存在する。

家族が、愛した女性が残してくれた血筋が存在するのだから。

 

アイダホ・オイーモにとって、現実世界(リアル)もナザリックも自分が居るべき処ではなくなっている。

そして、それを知るのはアイダホ本人のみであり、彼の想いを理解してるのはナザリックには一人も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二百年、異世界を彷徨った暗黒の精霊。

友達の遺したギルドと共に異世界に渡った死の支配者。

 

 

 

彼等の邂逅が齎すのは、世界の繁栄か、もしくは破滅か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アーリー・スターチの学生街。

ラナー・アカデミーと賢者の学院に在籍する学生達で賑わう場所。

学院側の学生寮に二台の馬車が到着し、荷役の男達が小さな家具を幾つも寮へと運び込んでいる。

 

 

「うわー、寮って幾つもあるんだぁ! 見てみて姉さん、パンフレットに載ってた時計塔もあるよ!!」

「すみません、この子ったらはしゃいじゃって。学園都市に行くことが夢だったんですよ」

「それは仕方がありませんよ。魔術師にとって、この学園は憧れの一つですからね」

 

辺りをクルクルと駆け回りはしゃいでる小柄な少女と、それを窘める少し年長の少女と苦笑する監督官。

彼女らは転校生である。連邦西部の地方学院での優秀な成績が認められ、賢者の学院への転入をする事がかなったのだ。

 

監督官による一通りの案内が終了した後で、二人の少女は自室となる寮の部屋で荷解きをしていた。

 

「夢が叶ってよかったわね。あの憧れのアルシェ院長の下で勉強が出来るんだから」

「それにここなら最先端の付与魔術も学べるからね!……後、姉さんも自分を卑下しないで。監督官に対する態度、ちょっと卑屈だったよ?」

「うん、でも、あなたが本当に天才なのは事実だし。入学期以外の転入なんて、少し出来が良い程度の私だけじゃ無理なのは本当だから」

「もう……姉さんってば……」

 

自嘲気味にそういう姉に対し、妹は子供っぽく頬を膨らませた。

既に術師として第二位階に至り第三位階を目指している妹と、最近になって漸く第一位階術者である事を認められた姉では出来が違う。

実家でも父親は術者としての家督は妹を重視し、姉の方は他の家との婚姻による実家の強化を考えているようだ。

妹が転入に当たって強硬に姉と一緒に行くことを願い出なければ、実家に残された姉はとんとん拍子に政略結婚への道を進まされただろう。

その意味で言えば、妹は姉を一時的にせよ望んだ訳ではない結婚から守ったのかもしれない。

 

「あ、そう言えば寮長への挨拶と入寮の書類提出ってまだしてなかったよね?」

「そうね、監督官と一緒に部屋に行った時不在だったから……ちょっと今から行ってくる。あなたは休んでていいわよ」

 

そう言うと、姉は部屋から出て寮の長い廊下を少し速足で歩いて行った。

妹の気持ちは嬉しかったし、幾らかのモラトリアムが出来た事には感謝している。

ただ、学院に入ったからと言って才能に開花するとは限らない。

 

「結局、先延ばしになるだけなんだろうなぁ……ハァ」

 

彼女は自分の才覚に対しては自覚している。

恐らく、頑張っても第二位階が限界だろう。

幾ら術師の育成と上限についての革命が行われても、生まれ持った才能については限度があるのだから。

学期が終われば恐らくは学院の高等部に昇格するであろう妹と、学歴を受け取って実家に戻り結局は父の敷いた道を辿る自分が現実として残る。

 

「何の為に、私はここに来たんだろう?」

 

妹ならわかる。

天賦の才を持つ彼女なら地方学院で学ぶよりも、ここで学べば術師として更なる高みを目指す事が出来る。

では、自分は? 妹の進言にかこつけて、気が乗らない結婚を先延ばしに来ただけ?

 

「はぁ……」

 

気持ちが沈み、自然と視線が下に向く。

 

「だから、部屋に居ればおじさんが帰ってきて説明してくれるって言ってるだろ?」

「そうだけどさー、私的には今からでも戻って迎えに行こうって考えてるんだけど」

「勝手な事したらおじさんに……「あ、居ましたわ!」「あ、居たー!!」うわ、僕は部屋に戻るからっ」

「あ、こら、待てっ逃げるなってのー!!」

 

十字路に交差する横の廊下を複数の人物がドタドタと通過していく。

監督官に「緊急時以外は廊下を走らないで」と注意されてたのは何だったのか。

 

「はぁ……」

 

トボトボと、頼りない足取りで一階に降りる。

先程監督官に案内された寮長室に向かう彼女の視線は変わらず床を見たままだ。

 

 

「ったく、モモンガさんも……物腰柔らかな愛され系ギルマスがヤンデレ拗らせに進化してるとか、タブラさんならギャップ萌えとか大喜びだろうけど……」

 

 

故に、ブツブツ言いながら疲れた様に廊下を歩いてくる仮面を被ったローブの人物には気づかなかった。

 

「おわっ?」

「きゃっ……!?」

 

盛大にぶつかり、少女が手にしてた書類が床にぶちまけられる。

少女も廊下の床に尻もちをついて顔を顰める羽目になった。

一方の男の方は全く小揺るぎもしてなかったおかげで、すぐさま少女を助け起こすべく屈みこんだ。

 

「大丈夫かなお嬢さん、怪我をして……………ぇ」

 

男の動きは少女の顔を見た瞬間に止まった。

まるで彼がかつて居た世界で使われた時を止める魔法を受けたかの様に。

 

「………」

「………」

 

沈黙が廊下を包んだ。

床に座り込んだ女学生と、傍に屈みこんだ変なマスクを付けたローブ姿の人物。

傍から見れば即時警備員に通報される、または女学生が悲鳴をあげるシーンである。

 

だが、何故か少女は悲鳴も上げず、気絶もしなかった。

 

「あ……」

 

何故か、男の声を聞いた瞬間に混乱と恐怖が一瞬で薄れたのだ。

何故か、男の声を聞いた瞬間に安心感がその身を包んだのだ。

何故か、頬を一筋の涙が伝って落ちていったのだ。

 

対する男の方も混乱していた。

 

「あ……」

 

どうしてこの少女は彼女なのだろうか。

かつて初めて出会った頃よりも幼く、髪も瞳の色も違う。

人として既にこの世を去っていた彼女が、生者として存在する訳がないのに。

しかし、どうしようもなく胸に込み上げて来るこの気持ちは何なのか。

鋼の精神で自制しなければ、すぐさま彼女を抱きしめてしまう程に高ぶったこの気持ちは。

 

ヒトの存在であれば、涙を流していただろう自分に気付いていた男は自制に欠いた言葉を発した。

 

 

 

「君の名は……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【アイ・ライク・トブ  完結】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








アイ・ライク・トブ、今回をもって完結です。
ダラダラと冗長にして、尚且つ完結を先延ばしに先延ばして申し訳ありませんでした。
アイダホとナザリック、異世界の国々とでこれからもあれやこれやはあるでしょう
しかし、それでもアイダホが全てを何とかしてくれる事を祈ってお話を結ばせて頂きます。
アイダホに死力を尽くして貰う為に、彼女に戻って来て貰った訳だしね?(外道スマイル



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蛇足ならぬ芋の尻尾 前編

※オリジナル要素やねつ造要素ありまくりです。
 原作などで見なかったり聞いた覚えがないものは恐らく該当します。
 原作ネタバレ、及びあちこち改変しておりますので閲覧にはご注意ください。
 
 アイ・ライク・トブを既に閲覧済みであることを前提として書いております。
 また、アイダホさんの設定も変動しておりますのでご留意ください。



 

 

 

 

 

 

全身が死ぬほど痛い。

 

周りは爆発の硝煙と悲鳴、叫び声と銃声に包まれている。

つい数分前まで自分を載せていた高級乗用車から放り出されていた男は五感が痺れていく感覚の中にいた。

 

(畜生……爆破で、サクッと死ねていればよかったのに)

 

テロリスト達の攻撃の規模が、想定よりも少なかったのか。

全く、連中の暗殺リストの方では一応上位にある筈だろうにと男は心中で舌打ちをする。

護衛が使っている銃器の音があっさりと途絶えた。

途中で逃げ出したのか、護衛車がちょうど爆発できれいさっぱり吹っ飛んでしまったのかわからない。

どちらにしろ、この有様では確認のしようがないな、と笑おうとして出たのは吐血だった。

 

「護衛を排除しろ!」

「目標を探せ! 絶対に逃がすな!!」

 

ふと、目線を上げると高速道路のメンテナンス用のドアが開いている。

其処から出てきた男が手にしたアサルトライフルの銃口をこちらへ向けていた。

周囲に生き残りの護衛も護衛ドローンも居ない。

男の周りにいて盛んに銃を撃っているテロリストたちが排除した様だ。

 

「いたぞ、あそこだ!!」

(何とか予定通りで安心した。これであの糞兄貴に意趣返し出来る)

 

周りのテロリスト達がこちらに銃口を向ける。

男が彼らを制止し、前に出てきて改めて自分に銃口を向けた。

男の顔はガスマスクに覆われていたが、黒を基調とした服装と背丈で『彼』だなと察した。

ああ、オフ会で出会った頃とあんまり服装が変わってないなと場違いな感想が脳裏をよぎる。

 

(俺の体を調べれば、あんたの望んだものが手に入る)

 

望んだもの。

かつてのネットの上での友達が手に入れた社会の秘密。実家の会社の機密。

それを知ってしまったがゆえに彼は死んだ。

粛清するように言われ、唯々諾々と従った自分に殺された。

一族の長である兄の言うなりに動く自分が嫌になって、色々あってこうなった。

 

(だから、後の事は。人任せで悪いけどあんたに頼むよ)

 

ぼやけた視線の先で、一瞬銃口が躊躇う様に揺れたのが見えた気がする。

今更躊躇わないでくれと思った。保身の為に友人を殺した様な男だから。

 

(あんたの望む、このクソそのものな、世界に対する悪になってくれ)

 

鳴り響く銃声と大きく揺らぐ視界。

モニターの電源がブツリと切れる様に、意識は真っ黒に染まった。

 

(ウルベルトさん)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バハルス帝国

 

首都アーウィンタール 皇城の離宮

 

 

 

 

 

「スメイロト様」

 

意識が徐々に明確になる。

 

「スメイロト様。起きてくださいませ」

 

サワサワとした流れる様な衣擦れの音。

ぼんやりと、女性の顔を見上げる。

流れる様な金髪と、どこかぼんやりとした銀色の瞳の女。

悪夢から気が付けば自分の寝室にいる事を男は自覚する。

この部屋にいる時に同室を許されているのはこの女だけであることも。

 

「あれ、転寝し過ぎたか……?」

「はい、もう夕餉の前でございます。それに、魘されておられたので」

「あ、ああ……またか。悪いな」

 

自分を起こした少女……寵姫をねぎらいながら身を起こす。

 

(半年ぶりか……『前の』自分が死んだときの夢とか。気分わるぃ)

 

心中の不愉快さに思わず舌打ちを打ってしまう。

 

「スメイロト様?」

 

不安げにこちらを見る寵姫。

彼女には全く非が無いので、とっさに言い訳をしておく。

 

「あ、いや、何でもないよ。たまに見る悪い夢だ。夢見が悪いとどうも虫の居所がね」

「さようでございますか。では、御着替えを……本日は皇帝陛下とのご夕食の席がございます」

「そうか。兄の国内の視察が終わったのは昨日だったなぁ」

「はい」

 

兄の傍付侍女に匹敵する手際の良さで、昼寝用のガウンから普段着ている宮廷用の長衣に着替えさせられた。

普通、そういった仕事は侍女たちがする事である。

であるが、スメイロト自身の考えで自室の事は掃除以外は彼女に任せている。

 

「終わりました」

「ん、ご苦労」

 

いつもながら、彼女は全く手際がいい。

これで本職は戦闘もこなせる術師なのだから才媛としか言いようがない。

本国からそういう思惑で仕込まれたのだから当然かもしれないが。

生地の質は最上でも、身分と権威を示す勲章やアクセサリーが何もついてない宮廷衣を翻しながらドアに向かう。

 

「じゃ、行ってくるよ」

「はい、行ってらっしゃいませ」

 

するりと先回りした彼女が音を立てずに恭しくドアを開ける。

感謝の代わりに、手触りのいい髪を撫でて部屋を後にした。

 

頭を下げて見送る彼女の表情を、スメイロトが知ることはなかった。

 

 

 

 

 

かつて、終末を迎えつつある地球の世界で生きていた『彼』は確かに死んだ。

自分で企んだ自作自演の襲撃事件を、反企業テロリストのかつてのゲームプレイメイトを巻き込んで。

今まで社会の頂点近くで好き放題生きたのだ。

最後に善いことはしたかもしれないけど結局地獄行きだなと思っていた『彼』であるが。

 

気が付いたら、物心付いた幼少期の皇子に転生していた。

 

しかも異世界である。

ありがちなトラック事故の過程は踏まないのか。

女神やら全知全能の神やらの面談もなかった。

過程も何も覚えておらず、こうもあっさりと転生してしまっていいのか。

様々な疑問を『彼』は抱いたが、現実は転生してしまったのだからどうしようもない。

今の生まれと立場を受け入れて生きていくしかなかった。

 

バハルス帝国、それを支配する皇族の一族。

皇帝の皇妃が特に寵愛する皇子として。

 

『お前がこの帝国を支配する皇帝となるのです』

 

事あるごとに皇妃はそう自分……スメイロトに告げた。

無垢な何も知らない幼子なら、母親からそう言われ続ければそう思い込んでも仕方がない。

だが、彼は彼女が望む無知で純粋な幼少期の皇子ではなかった。

 

(うわぁ、前世での母親とかいう奴と同じ目で俺を見るなよ、うわぁ……)

 

まだ一桁のわが子に対して事あるごとに父親であり会長である男への絶対服従を強いてきた女。

好色家だった父親は多数の女性と情を通じ、何人かを孕ませその女たちを妾にしていた。

グループの傘下企業の社長の娘だった遺伝子上の母親も、そのうちの一人。

 

『あなたがあの御方のお気に入りになれば、私もお父様も安泰なの。だから、よく言うことを聞く良い子で居なさい』

 

彼女にとって、息子は保身と立身の為の道具でしかなかった。

この世で三番目に嫌いだった女と同じことを言われ続ければ。

それはもう皇妃の事と皇妃と同じことを口にする者達が嫌いで仕方なくなるのも無理はなく。

スメイロトは早々に母親と皇后派という外戚達とその取り巻き貴族を見限っていた。

 

(そも、俺や他の兄弟よりも格段に優秀な長兄が居るんだからあいつに任せりゃいいんだよホント)

 

それが帝国という国家にとっては最善なのだろう。

でも、その最善では己の野心や欲望を満たせない。

だから、支配者としては格段に能力が下がるけど言うなりには出来る神輿を担ぎ、自分達の思いのままにできる国が欲しい。

スメイロトは憤慨した。自分の意志なんぞ一切顧みず既定事項の様にことを進める連中に憤怒した。

 

(知るかボケ! お前らの野望なんざ知らないし、それに付き合わされて堪るか!!)

 

そして皇帝が毒殺され崩御した直後に起きた皇后派決起の日。

彼女らにとってご都合の宜しい神輿たるスメイロトはどうしたか?

とてもシンプルな結論だった。

 

「どうか、兄上」

 

皇后の離宮は、無数の植物の蔓に覆われていた。

離宮の各地に配置された庭園や花壇、それらから発生した植物の渦。

集結していた一派、皇后と取り巻きと貴族たちは全員蔓に巻き付かれ拘束されていた。

彼ら彼女らは口々に何か喚こうとしてはいるけど、猿轡をツタで噛まされ呻くのが精いっぱい。

 

「皇籍を捨てます。母も、後ろ盾も、財産も、家臣も、兵も捨てます」

 

もはや何もできない哀れな決起軍を尻目に、少年は深々と土下座をしていた。

 

「誠心誠意お仕えいたします故、どうか私の命をお救いください」

 

近衛騎士団、そして帝国最高位の主席宮廷魔法使いを率いて鎮圧に出向いた兄に頭を必死に下げていた。

 

 

 

 

その後、色々あったが最終的にスメイロトは皇妃を始めとする反乱者達の様に刑死への道を歩まず。

鮮血帝ジルクニフが唯一粛清しなかった皇族として生き延びることになる。

彼が生き延びることを許されたのは、宣言通り命以外を捨てて兄に従っている事。

何よりも本人の申告によれば『異能』に目覚め、あらゆる植物を己の意のままに自在に操り、成長させることが出来るのに価値を見出されたから。

その力がフールーダでも打倒できるのか判断に困るレベルだった為、無理に殺しにかかって死に物狂いの反撃を受けるのを恐れた部分もあったが。

 

本人曰く、

 

(まーさか、最後に弄ったキャラメイクの結果がこれとかねぇ……)

 

ギルメンへのサプライズとして、植物系の異形種にキャラリメイクしたのがまさかこんな形で出て来るとは思わなかったとの事。

 

(みんなに、なんで名前は芋なのに全然関係ない闇精霊キャラなんだよとながーく弄られ続けたからなぁ。ジョークのつもりだったんだけど)

 

潤沢な課金アイテムと腐れゴーレムクラフターとぷにっと萌えの協力を得て、作り上げたキャラクターは文字通り二足歩行の『じゃがいも』だった。

可愛い帽子を被り、アインズウールゴウンのギルドサインの入った豪華な大綬を体に巻いた……大昔の製菓会社が作ったポテトのマスコットキャラまんまである。

餡ころもっちもちには好評だったが、ぶくぶく茶釜には「ちょっとキモいかな」と言われて落ち込んだのも懐かしい。

 

(でも、モモンガさんには結構受けてたのは良かった)

 

鮮血帝による粛清に加担したのち、自分の中に存在する異能について時間さえあれば調べた結果。

どうにもあの芋マスコットのアヴァターが所持していた、種族レベルだけを引き継いでいる様だとスメイロトは検討を付けた。

戦闘技術や魔法などは一切使えないが、種族レベルで使える植物由来の能力のみは使えるらしい。

 

どうして種族レベルだけが使えるのか。

人間なのに植物系モンスターの種族レベル技能だけ使えるのか。

そも、前世でプレイしてたに過ぎないゲームのキャラクターの力をなぜ自分が使えるのか。

理由についてはさっぱりわからなかった。

が、使えるものがあればなんでも使おうというのがスメイロトの決断だった。

ジルクニフは無能と怠け者には容赦ない性格である。

勤勉に働く為に己の能力を存分に運用すべきだ。

複雑な経緯があるにせよ、本来ならさっさと殺しておいた方が無難で後腐れの無い自分を生かしておいてもらってる感謝もある。

 

(あの超ド級鬼畜変態糞兄貴殿よりは兆倍マシな統治者だしな……助命してくれた恩義の分も含めて個人的に応援もしたいって気持ちもある)

 

だから、スメイロトは頑張った。

とてもとても頑張った。

 

種族レベル総Lv60……粛清時は精々Lv40行くかどうかだったのが、設定した種族レベルのカンスト値に達するまで頑張った。

正直、Lv60程度ではユグドラシルにおいて「雑魚ではないけど大した事はない」程度でしかない。

だが、スメイロトが生まれ落ちたこの世界では圧倒的なアドバンテージである。

 

何せ帝国最高の魔法使いの強さがユグドラシル換算でLv40前後。

側近の四騎士の強さがLv20からLv25の間。

シンプルなレベルとしての境域は間違いなく圧倒的に自分が上位。

人類総体で確認された四人の逸脱者をはるかに超える超越者。

技術も技能もないにしても、宮殿の柱サイズにまで膨張させた蔦や触手を振り回せば大概の敵はそれで事足りる。

シンプルな例えで言えばどれほどの剣技を極めた剣士が巨人に挑んでも、足の振り下ろし一つで勝負が決まる。まさにそれだ。

ユグドラシルのLv10分の差異は単体での優劣を決定づける。

これより更に数倍ともなれば蟻と象の戦いだ。

 

だから、スメイロトは頑張った。

取り合えず自分は負けないだろうし安全だろうから頑張った。

 

皇后派残党の粛清を己の潔白と兄への忠誠を示す為もあるが手伝った。

トブの大森林の開墾とモンスターの掃討を年単位で頑張り広大な農園を開拓した。

更に言えば、将来的に大森林を打通する秘密間道の開拓も視野に入れている。

開墾の途中で「俺の領地を荒らすな!」と襲撃してきたトロールの群れを返り討ちにした。

グと名乗るトロールを討ち取ってトロールが所持してた大剣はジルクニフに献上した。

倒し方はシンプルで体の穴という穴に触手から種子を送り込み内部から急激に成長させて爆散させた。

特に大口開けて叫ぶから一番太い触手を押し込んで山ほど種子を流し込んであげた。

 

「ぷくぷくぽんってこんな感じか……って、コノヤロウ無駄にしぶといな?」

 

あっさり爆散した手勢達よりもグというトロールはしぶとくなかなか死ななかった。

何とか再生しようとする部位にすら入り込んで更に種子を送り込んで爆散させてちょっとグロかった。

流石にやり過ぎたと、トロールの死体を焼却処分する駐在兵達を見ながらスメイロトは反省した。

 

「ま、これで葡萄畑と芋畑を増やせるってもんだ。成仏しろよ?」

 

そんな風に、とてもスメイロトは頑張った。

頑張り過ぎて、目を付けられてしまった。

 

スメイロトがグの群れと戦う様子を、遠方の空中に浮かぶ天使が監視していた。

偶々トブの大森林のゴブリンの集落を掃討し帰還中の陽光聖典……法国の秘密部隊が目撃していたのだ。

 

 

 

 

 

本日の報告を上司の部下である副神官長に符丁を幾つも織り交ぜた『メッセージ』で伝え、寵姫は精神統一を解いた。

気配を探るが、ドアを二つ隔てた先にある部屋に今の自分の主である男はまだ帰ってこない。

恐らくは皇帝とサロンで食後の深酒と談笑を楽しんでいるのだろう。

普段なら翌日への備えもあって嗜む程度しか酒を飲まない皇帝が、この時間まで杯を重ねるとは弟への機嫌取りもあるのだろう。

変な所で慎重過ぎるところがある帝国の支配者の事を脳裏から放り出し、ドアを開いて隣の部屋……スメイロトの部屋の隣にあるワインセラーに入る。

 

男は酒のコレクターでありワイナリーの経営者でもあったので、この部屋の造りは非常に凝っていた。

赤の間と白の間に分かれており、それぞれに魔法省に特注したらしい室温を調整する魔法装置を設置している。

スメイロト曰く、ワインの種類ごとに保管時の適温というものがあるそうだ。

寵姫は酒に対しては特に興味がないので、知識として記憶に留め本国に一応報告はする程度のものでしかないが。

 

(寝酒は飲まれるのかしら?)

 

赤の間に入り、彼がよく寝る前に愛飲してる赤ワインのボトルを棚から引き出し手に取る。

何気なくじっと眺めていると、ボトルの表面に自分の顔が映っているのが見えた。

 

(あの方の、寵姫……か)

 

念入りに手入れをされた己の髪の毛。

化粧品で整えられた肌と、うっすらと塗られた口紅。

気品を保ちつつも、男に媚びることを意識したデザインの薄手のドレス。

装飾品や貴金属としての価値は高くとも、術師の補助としては何ら価値を持たないアクセサリー。

 

(少し前までなら、予想もしなかった事よね)

 

占星千里なら、予見できたかなと今も尚漆黒聖典として戦い続けているだろう同僚を思う。

人類守護の為に戦うことを己に課してきた少女は溜息をつくと、ボトルをそっと棚に戻した。

 

 

 

 

 

 

彼女はこの帝国の人間ではない。

帝国の南方、カッツェ平原の更に南に存在する人類の大国の人間だ。

それも漆黒聖典。数ある法国の秘密部隊でも最強とされる人類の切り札に所属していた。

 

彼女が帝国の離宮に派遣された目的は、スメイロトと法国の緊密なコネクションの形成。

その異能の更なる解析と今後どれほど成長するのか、人類の存続に貢献できるのかの確認。

スメイロトが異能の持ち主であれば血筋で異能を継承できるのかを実証する為に彼の子を身籠る事。

法国が数か月間かけて鮮血帝ジルクニフと交渉し、彼の承諾を得た上で彼女はスメイロトの寵姫になった。

 

なぜ、法国がここまで彼に対して執着し始めたのか?

彼女は知っている。原因となった事件の場に居合わせたからだ。

凄まじい巨体のイビルツリー、破滅の竜王が法国の秘宝によって調伏された時。

スメイロトの異能によりかの魔樹が確かに一時的に行動不能となったからだ。

 

なお、どうして覚醒するのがもっと先の筈だった魔樹がこの時期に目覚めたかというと。

真実は大規模な開墾事業をスメイロトが異能を調子に乗って使い推進し過ぎてしまい。

人間の生活圏が広がった事に影響を受けたイビルツリーが本来よりも早くに目覚めてしまったことだ。

遠方からでも見える禍々しい巨体を見て、監視塔のスメイロトは心中で叫んだ。

 

(なんでこんなトコにユグドラシルのメリー苦しみますツリーが居るんだよっ!?)

 

ひとしきり焦った後、恐るべき存在に混乱する開墾拠点の人々を宥めて回りながらスメイロトは気づいた。

 

(俺がどんどん大森林の東側を開墾していって、結果として奴を刺激して目覚めさせたのか……ばれたらやばい!!)

 

ジルクニフに真相がばれたら、スメイロトの人生が終わる。

だけど、あれは確かLv80台。Lv60台単独では太刀打ちできない。

やばい。詰んだ。どうしようもない。

外面は泰然としつつも、内心慌てふためいてたスメイロトの元に来客が訪れる。

 

「お初にお目にかかります、スメイロト様」

 

物腰がとても上品な、しかしスメイロトとしては胡散臭い笑顔を浮かべた金髪の男はこう名乗った。

 

「スレイン法国最高執行機関、レイモン・ザーグ・ローランサン神官長の名代として参りました」

 

正直、その時点で嫌な予感しかしなかった。

だが、詰んでいる状況を認識しているスメイロトは彼の言葉を遮れなかった。

 

「スレイン法国として、あの恐るべき魔樹を討伐する為のご助力をお願いしたく存じあげます」

 

結果として、彼は自分のやらかしを魔樹討伐の達成という成果で有耶無耶にできた。

できたのだが、同時にスレイン法国に目を付けられてしまった。

 

(マジかよ……)

 

美麗なドレスに身を包み、恭しく宮廷式の挨拶をしてくる寵姫と名乗る少女を見てスメイロトは内心呻いた。

どうやら異世界側でも、彼は平穏無事な生活を送れる星の下には生まれていないようだ。

 

 

 

 

 

 

もっとも、ここから少し先の未来に訪れる者達と比べればまだピンチの内にも入らない事をスメイロトは知らない。

 

 

 





Q:最初のリアル世界の後の展開はどうなったんですか?

A:彼が持っていたベルリバーさんの書類は無事にウルベルトさんの手に渡る
  結果として彼は反企業テロリストの指揮官クラスまで出世。
  ユグドラシルのサービス終了日に行われた大規模な秘密作戦に指揮官として参戦。
  友人をテロリストに殺され、怒りに燃えるかつてのライバルとお互い銃を手に対峙する事になる。
  尊敬してた人と結構好意的だった人を同時に不幸にするなんてアイダホさんマジ許せねぇ。
  罰として罪として転生楽勝なんてさせねぇので許してくださいなんでもしますから!
  後、事の真相とその結果ギルメン同士が殺し合う展開を彼の兄貴が知ったら愉悦のあまり絶頂してしまいます


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