うたわれるもの 別離と再会と出会いと (大城晃)
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終わりにして始まり~プロローグ~
終わりと始まり~不安定な神様 ウィツァルネミテア~


よろしくお願いします。

プロローグと一話を間違えて投稿していたみたいです(汗)
なので差し替えを行ってます


終わりと始まり~不安定な神様 ウィツァルネミテア~

 

 

 気持ちのいい風の吹く草原で一人の男が横になっていた。

 その顔には白い仮面をかぶり、白と青の色が目につく着物を着ている特徴的な男だ。顔が半分隠れているため年はわかりにくいが20代と言ったところだろう。

 

 男は人々から“マシロ”と呼ばれていた。が、それは彼の本当の名などではない。

 一時期はヤマトの近衛右大将オシュトルの名前を借りて…否、オシュトルとして戦乱の日々を駆け抜けていた時もあったが、今の彼が名乗るならこういうだろう“自分はハク、ただのハクだ”と。

 

 今の彼にはほかにも相応しい呼び名がある“大神ウィツァルネミテア”、ヤマトと海を挟んで東に位置する国トゥスクルで神と崇め立てられる存在。正確にはその依り代。

 

 ある戦乱の際、彼はそれになった。愛する女を救うために、死すらも覆して、彼は彼女の前に立って見せた。

 そして彼女を救いだした。その直後には彼は姿を消したのだ。彼に付従う二人の巫女をつれて。

 

 その後は彼の前任と言えるトゥスクル始祖皇ハクオロから大神の力をすべて引き受け、彼の兄に託された目的…タタリとなった人類を解放する、それを叶えるために尽力した。

 

 

 タタリとなった人類を解放する。それは本当に大変な仕事だった。一度だけ、たった一度だけ愛した……いな今でも愛している彼女に(直接ではないが)会いに行ったりもした。彼に付従っていた巫女たちについては数年の旅路の後、ヤマトの帝-彼の姪っ子のような存在-の助けとなるように言い含めてヒトの世へと返した。

 その後も世界中を回り、手に入れた力を使って人類を解放し続けたのだ。彼らの永遠の命を代償に彼らを限られた命である者に変えたり(それでも人類には戻すことはできず動植物がせいぜいだったが)、どうしようもないときには古代の遺産を使い完全に消滅させたりもした。

 

 そしてつい先日それも終わったのだ。

 

 

 しかしすべてを終わらせるには実に数百年もの月日が必要だった。かつて共に戦場を駆け抜けた戦友たちはその命を全うし逝ってしまっている。それでもあの頃の事はいまでも思い出す事が出来る。それでも――

 

(でも自分はやり遂げた、それだけは誇っていいよな――クオン)

 

 一番鮮明に思い出せるのはやっぱり彼女の事だ。彼女の名前も、顔も、声も、思い出も、その温もりも……すべて覚えている。

 

 

 

 クオン、それが彼が愛した女の名だ。

 生涯……それこそ死ぬ間際の本当に動けなくなるまでハクの事を探し続けた女性。彼女はトゥスクルの皇女であり、ウィツァルネミテアの天子、一時期はトゥスクルの女皇として即位し、彼女の父親である始祖皇ハクオロがトゥスクルに帰還した後はその位を返上し世界を周りハクを探し続けた。

 

 ウィツァルネミテアの天子として通常のヒトよりも長い寿命を持っていたが、そんな彼女も数年前には没している。彼女は生涯にわたって独身を貫き通した、すべては彼……ハクへの愛ゆえに。

 

 そんな彼女の事を思い出し、自分にそんな資格はないと思いながらもハクは心の底からの思いを口にする。

 

「特別労働手当を要求したいところだ。叶うなら、クオンにもう一度、会いたい……なんてな。ふわぁ~、にしても眠い。少し眠るか」

 

 そういうと彼の意識はまどろみに吸い込まれていく、そんな彼の耳にはいつかクオンが歌っていた子守唄が聞こえた気がした。

 

 

 奇しくもこの時彼が発した言葉それは彼が愛した彼女――クオンの最期の言葉とよく似ていた

 

『叶うのなら、もう一度あの人に、ハクに会いたいかな……』

 

 

 

 

 ウィツァルネミテア、代償と引き換えにヒトの願いをかなえる大神。時には捻じ曲げて願いを叶える事もある不安定極まりない神様。

 

 かの大神に彼らの願いは長い時をかけて伝わってしまっている。もちろん彼らがウィツァルネミテアに願ったわけでもない。しかし、彼らは大神に限りなく近しい存在だ。大神と繋がっている部分から少しずつ流れて行った願いはとても強く純粋な思いであり、二人の思いが重なり合うことでそれは何倍も強い物へとなってしまっていた。そして長い年月をかけて伝わり続けたその純粋な思いは、かの大神に正確に届いたのだ。

 

 大神の依り代は多くの別れを繰り返してきたのだろう?

 大神の天子は多くの別れを繰り返してきたのだろう?

 

 だからそろそろ逆の事があったっていいはずだ。だから……

 

 大神の依り代に再会と出会いを……

 大神の天子に再会と出会いを……

 

 大神の精神はヒトと同じ構造はしていない。……していないはずなのだが彼は自分に近しい者の願いを叶えたいと思ってしまった。そう願ったのは彼だ。だから代償は彼が受け持つ。……しかし彼らからも少々代償をもらわなければいけないだろう。かの大神はそう思う。だってこれは彼らの願いなのだから。

 

 ゆえにこれから起こる事は必然だ。

 

 不安定な神様が起こす、別れを繰り返してきた彼らに贈る、再会と出会いの物語。

 

 その幕が……いま上がる。



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偽りの仮面 始まりの村編
始まりと再会~時を駆ける二人~


よろしくお願いします。

一話とプロローグを間違えて投稿してしまっていたようです。
この話の前にプロローグを追加していますのでよければそちらからご覧ください。


始まりと再会~時を駆ける二人~

 

 

 

「……ここは」

 

 目を覚ますとカプセルのようなものに寝ていた。とりあえず、おかしいと思う。なぜなら自分が最後に寝たのは草原だったはずなのだから。しかもこのカプセルは自分がコールドスリープされた時の物と同型のもののようだ。寝ている間にここへ放り込まれた?いや、あり得ない。こんなものを扱えるヒトはいまはないはずだし、そもそも大神となった自分が許可しない限りヒトが自分の姿を見ることは不可能なはずだ。

 

「ま、蓋も開いてるし、とりあえず出るかね」

 

 カプセルをでてみて自分の格好に気付いた。昔自分がコールドスリープされたときに着ていた患者用の手術着と同じような物のようだ。訳がわからない状況についつい顔に手を伸ばした時に気がついた。あるべきものがないことに。

 

「……仮面が無い?」

 

 そう呟いた時、この部屋のドアが開いた音がする。そちらに目を向けると――愛しい、もう一度だけでも会いたいと願った……本当はずっと一緒にいたいと思っていた彼女の姿があった。

 

「クオン……!」「……ハク!」

 

 久々に会ったはずなのに彼女の姿は最後に会ったときと左程変わっていない。……いや、むしろ若返ってないか?具体的に言うと初めて会った時ぐらいには。そうこう考えているうちにクオンが近づいてきている。目に涙をいっぱいに溜めて。

 

 それを見たらもう限界だった。近づいてきたクオンを力いっぱい抱きしめる。クオンはびっくりしたようで少しだけ体を硬直させたが、すぐに力を抜いて自分の体に腕をまわし、しっかりと抱きしめ返してきた。

 

 大神となった事でクオンとずっと一緒にいることは無理だと……正確には彼女の幸せを願うならば一緒にいてはいけないと思っていた。だから一度だけ会った以降は会いに行かなかった。行ったら我慢できずに抱きしめてしまうとわかっていたからだ……ちょうど今のように。

 

 少し力を緩めると、クオンが顔を上げる。自分はそれに吸い込まれるようにして……彼女に唇を重ねた。

 

「愛している。クオン」

 

 自然と言葉が出てきた。夢でもいい、今はクオンの事だけ、クオンの温もりだけを感じていたい。そう思いクオンをきつく抱きしめる。

 

「……うん、私も愛してるかな、ハク。それと、もう絶対に離さないんだから」

 

 クオンのそんな言葉を聞きながら、もう離さないとでも言うように、自分たちは長い空白の時間を少しでも埋めるように……長い間抱きしめあった。

 

 

 

SIDE クオン

 

 

 目が覚める。最近は眠るたびに次は目が覚めないんじゃないかと思ってしまうのだが、なかなかに私はしぶといようだ。まぁハクを捕まえるまでは死ぬ気はないのだが。しかし昨夜はかなり危なかったと思うのだが体の調子がかなり良い。まるで……

 

「まるで若返ったみたいかな……っつ!え、うそ――」

 

 自分の声に驚いて、姿見を探す。見つけた姿見に映っていたには……

 

「……本当に若返ってるのは予想外かな」

 

 15歳、ハクと出会ったころの自分の姿だった。確かに自分はある時から容姿に変化は無くなったが体は衰え続けていた。声を出すのも一苦労でかなりかすれた物になっていたはずだ。そこで初めて周りの状況に気がつく。今いるのは私が昔使っていたテントの中だ。

 

「でも、なんで――っ!」

 

 急に頭痛がしたかと思うと、頭の中に情報が浮かんでいく。ヤマトを見てみたくて家出、今いるのはクジュウリの國のシシリ州、遺跡を調査、遺跡近くでテントを張って一泊、今日は遺跡調査の予定。そこまで 思い出して……気がつく。今日は私がハクを見つけた日なんだということに。

 ……何にも考えらられなくなってテントから飛び出す。そして気がつけば遺跡の中、ハクを見つけた部屋の前にいた。頭では分かっているのだ。もし遺跡で彼を見つけたとしても、それはハクではないとういうことは……それでも彼の顔を見たかった。

 

 意を決して部屋へと足を踏み入れる。

 

 部屋に入ると、ヒトがいるようだった。それは私が恋焦がれていたヒト、愛しくて恋しくてたまらなかった、いつだって会いたくて仕方なかった、私が生涯をかけて探し続けたヒト……ハクだった。

 

「……ハク!」「クオン……!」

 

 私がハクの名前を呼ぶと同時に、ハクが私の名前を呼ぶ。自然と目に涙がたまっていた。

 

 彼を探しまわって、でももうきっと会うことは叶わないと、心のどこかで思っていた。その彼が、ハクが目の前にいる。初めて会ったときと同じ姿で。

 無意識のうちにハクに近づく。一歩一歩、確かめるように、彼をまた見失わないように。そしてハクの前に着いたその瞬間、抱きしめられた。

 

 びっくりして力が入る。でもハクの温もりに安心して力を抜き私も抱きしめ返した。

 

 ハクの力が緩んでどうしたんだろうと思いながら顔を上げる。そして近づいてくるハクの顔に私はそっと目を閉じた。

 

 ハクの熱が唇から伝わってくる。もうこれ以上ないってくらいのとてつもない幸福感を感じる。

 

 そう思ったんだよ?でもその後の言葉でもっと幸せになれた。

 

「愛している。クオン」

 

 ハクはそう言って、また強く抱きしめてくる。

 前はびっくりしてちゃんと言葉にして返せなかったから、今回はちゃんと返そう。私の言葉でハクにちゃんと伝えたいから。

 

「……うん、私も愛してるかな、ハク。それと、もう絶対に離さないんだから」

 

 そういって、愛しい人を強く抱きしめ返した。

 

 ハクの熱を感じながらもう離さない、とでも言うように、私たちは長い空白の時間を少しでも埋めるように……長い間抱きしめあった。



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現状と記憶~また会えるその日まで~

よろしくお願いします。




「ここにいても仕方ないし、まずは私の天幕に行かない?」

 

 結構な時間を抱き合った後、クオンと思い出話に花を咲かせていたが、クオンのその言葉でテントに向かうことにする。

 思い出話をしているときにふと疑問に思った事があったのだが、いまは置いておくことにした。

 

 ちなみに左腕にはクオンが抱きつくようにして歩いている。さすがに歩きにくいので離れるように遠まわしに言ったのだが、『離さないっていったかな』とすげなく断られた。まぁ自分もクオンを感じられてうれしいので問題はないのだが。移動中は基本的に無言ではあったが、隣にクオンがいる、ただそれだけで幸福を感じられるのだから不思議なものだ。そう思いながら歩いているとすぐにクオンのテントには着いた。

 

「とりあえず、ハイこれ。前にもハクが来ていた服。いったん着替えた方がいいと思うから。……私は外で待ってるから着替えたら呼んでね。逃げ出したらひどいんだから」

 

 クオンはそういうと不安そうな表情をしながらもテントを出ていく。

 

 まぁ、一度前科があるのだそう思われるのもしょうがあるまい。実際逃げ出す必要性も無くなっているので逃げることはないのだが。

 

 

 

 仮面自体は自分が寝ていたカプセルの近くに落ちていたが(遺跡を出る前に回収はした)、顔からは完全に外れている。移動中に自分の状態について確認した結果、仮面を通して大神とのつながりは残っているようだが、今の自分は大神ウィツァルネミテアではなくなっている事がわかった。

 

 ウィツァルネミテアとの繋がりは完全には切れてはいないが、せいぜいクオンと同レベルだ。まぁそれでも十分に物騒ではあるのだが、ヒトとして生きていけるレベルではあるので問題はない。それとウィツァルネミテアがずいぶんと弱っているのがわかる。おそらく力の総量で言えばあの戦いで封印した時とは比べるまでもなく弱体化している。よっぽどの事がなければこの世に出てくることはないし、出てきたとしても問題なくヒト達の手で対処できるレベルまで力が落ちている。具体的に言うと、あの戦の最中に出てきたノロイのような存在を生み出すのは不可能であろうといったところか。ここまで来ると自力で力を取り戻すのは不可能と言えるレベルだ。自分の仮面が外れたのもそれが関係しているのだろうかと思うが詳しくはわからない。何せ自分はもう依り代ではなくなっているのだから。

 

 そんなことを考えながら服を着替える。

 

「覚えてるもんだな……。おーい、クオン。着替え終わったから入ってきていいぞ」

 

 懐かしい着物に袖を通し問題なく着替えも終わると、クオンにそう呼びかける。クオンは中に入ってくると小走りで自分のそばにやってきて自分の腕を抱え込むようにして安心した表情を浮かべた。

 

(しばらくはこれが続きそうだな……)

 

 クオンの温もりが心地いい。そう思いながらも心の中で苦笑をこぼす。このちょっと不便ながらも幸せなこの状況は甘んじて受け入れるとしよう。

 

 クオンを促して床に腰を下ろすと現状の把握に努めることにする。

 ちなみにここでもクオンは自分のそばから離れるつもりはないのか隣に腰をおろしてきた。

 

「とりあえずは現状の把握をしたいんだが問題はないか?」

 

「うん、そうだね。現状の把握は必要かな」

 

 クオンはそういうと、まずは自分から……といって自分の把握している現状を語り始めた。自分たちがいるのはクジュウリのシシリ州でクオンが自分を最初に見つけた遺跡近くということ、自分たちが時間を遡っており今はクオンが自分を見つけた日と同じ日だということ(季節的には冬である)、クオンの中で自分と別れて数百年後の記憶と今現在ここに来る前の記憶の両方を持っていること……クオンが把握しているのはこんなところだった。

 

「そうか、時間を……自分の記憶が未来の分しかないのはこの時点で記憶喪失だったからかね?」

 

「うん、時間を超えた事については間違いないかな。ハクに現時点での記憶がないのは多分そういうことだと思う」

 

 そういうクオンにうなずきを返して、自分が把握していることについても語ることにする。

 

 まず、一番大事なことで今の自分が大神の依り代ではなくなっていること、体の状態(筋肉の付き具合や体力など)としてはあの戦いの終盤に近く、依り代ではなくなっているがクオンと同じようなことはできるだろうということ、そしてウィツァルネミテアが大幅に弱体化していること。

 

「それってつまり、今のハクは神様じゃなくヒトだって事で良いんだよね?」

 

「ああ、ちょっとばかし特殊ではあるがヒトだって言って問題ない状態ではあるな。クオンと一緒にいるとなるとむしろ好都合ってとこだ。ま、だからクオンと一緒にいるよ、クオンが許してくれる限りずっとな……」

 

「それは当り前かな。離さないっていたんだから、もう逃がさないからね、ハク!……それと、勝手にいなくなったらわかってるかな?」

 

 クオンはうれしそうに言った後、シッポを見せつけるようにしてくる。その様子に過去に頭をシッポで万力のように締め付けられた時の恐怖が蘇るが、そうなることはあり得ないと思い返し、約束するよと言って苦笑を返した。

 

「そういえば、なんでウィツァルネミテア弱体化してるの?」

 

「推測になるが聞くか?」

 

「うん、ハクの考えなら正解で無くとも的は得てそうだしね」

 

「自分の考えでは、この状況を引き起こし、願ったのがウィツァルネミテアだと考えている」

 

「ウィツァルネミテアが?」

 

 自分の推測にクオンが驚いたように聞き返してくる。まぁ自分でも突拍子もない考えだとは思っているからな。

 

「ああ、そうであればウィツァルネミテアが弱体化しているのにも説明がつく。何のためなのかは知らんが、この状況を作り出すためにウィツァルネミテア自身が願い、その代償としてやつは力の大半を失った。で、その影響が自分にも来ていて仮面が外れたってところだと思う。これならば一応説明はつく。そして多分自分たちもわずかであるが代償を支払ってしまっている」

 

「……うん、正解かはともかくとして筋は通ってると思う。だけど代償って?」

 

「ああ、クオンが気が付いていたかは分からないが、自分はヤマトを取り戻した大戦の事もその後の戦いの事もおぼろげにしか思い出せない。それもクオンが関係している以外の事についてはさっぱりだな。誰かと一緒にいた事は覚えてるがそれが誰なのか、どんな顔をしていたのか、どんな奴だったのかについては全く思い出せないんだよ。……クオン達と別れた後の事とクオンの事だけはしっかり覚えているというのにな」

 

 ハクの言葉にクオンも覚えがあるのか顔色を変える。

 

「……わたしもかな。ハクが私を置いて行っちゃった後の事と、ハクに関する事はしっかりと覚えてる。だけどそれ以外の、あの戦いの事だとか一緒にいたはずの誰かの事だとかは確かに思い出せないかな。確信をもって大事なものを忘れてるって言えるから……ちょっと、いや、かなり寂しい……かな」

 

「ま、それについては多分どうしようもないさ。それにきっとまた会えるさ。覚えていなくてもきっと心が覚えている。少なくともそれぐらい大切な奴らだった事は心に刻み込まれてるからな」

 

「そうだね。それにハクと一緒なら何があっても大丈夫だって思えるから」

 

 クオンは少し寂しそうに笑った後、自分の腕を強く抱きしめてくる。

 

「……日も落ちてきたし、今日はここで休もう。とりあえずは飯だな」

 

「うん、じゃあハクはちょっと待って…一緒に来るかな、ちょっと手伝って欲しいし」

 

 まだ、自分が目の届かないところにいるのは不安なのだろう。クオンの言葉は“そばにいて”と自分には聞こえた。

 

「それなら、夕食は二人で作るか。恋人になってからの初めての共同作業ってな?」

 

「“初めての共同作業”……良い響きかも。うん、じゃあ手伝ってもらおうかな。ハクと別れてから料理の腕も上げたんだからしっかりと見ててもらわないとね」

 

 そう返してくるクオンに笑みを返すと食事の用意に取り掛かった。

 

 クオンの用意した料理は野営だというのにとてもおいしくて、懐かしくてちょっと涙が出てきた。それを見たクオンを慌てさせてしまったが、クオンを自分がどうしようもなく愛しているのだと再確認できた。

 夜はクオンと抱き合って眠った。――それ以上はしていない。さすがに野営先でそんなことはできないしな。

 

 野営先でなかったらヤバかったかもしれないが。自分は枯れている印象があるらしいが人並みに性欲はあるからなぁ。ま、とりあえずはだ――

 

「ただいま、クオン」

 

 そう言ってクオンの髪を撫で、目を閉じる。すぐに自分の意識は深い眠りへと落ちて行った。

 

 ただ眠りに落ちる直前――

 

「おかえりなさいかな、ハク」

 

 ――そんなクオンの声を聞いた気がした

 

 その日はクオンと最後に会った日以降では初めて最高によく眠れた(クオンも同じだったようだ)。

 

 次の日の朝にはその場を出発しハクがこの時代で初めて訪れたあの村を目指したのだった。



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始まりの村~君がいるから~

よろしくお願いします。


始まりの村~君がいるから~

 

 

「はぁ、ボロギギリに襲われるなんて全く運がない。まぁ、なんとか倒せたが、特別労働手当を請求したいな」

 

「まぁそう言わないでハク。あとで私が労ってあげるかな」

 

「ま、期待して待ってるさ。けど、こいつら基本的には繁殖期に現れる突然変異種だったよな?ということは番でもおかしくはないか。前も番だったし経緯は覚えていないが残った一匹に襲われた覚えがあるんだよなぁ。一応村に着いたら知らせておこう」

 

「うん、私も詳しくは覚えてないけれどハクの策でタタリにボロギギリを襲わせたのは覚えてるかな。私が宿をとってた女将さんは村長とも伝手があったはずだし、村の人には一応知らせておいたほうがいいかも。あと半刻程で村のはずだから、ハクももうちょっと頑張ってね」

 

 村への移動途中にボロギギリに襲われたがなんとか倒すことができた。まぁ、依り代ではなくなったがクオン―ウィツァルネミテアの天子―ぐらいの力は扱えるのだ。昔に比べ身体能力も上がっているし、特に何も隠す必要の無いクオンとならば倒せなくはない相手だったからな。一応、死骸を処理し倒した証明になるように大きなはさみ部分を持って移動を再開した。

 ちなみに鉄扇は出発前にクオンから借り受けて自分の腰へと下がっている。クオンが言った“やっぱりハクにはこれかな”という言葉がやけに印象的だった。

 

 クオンの言った通り半刻程で村には着いた。

 もう日も傾いてきていたため、まずはクオンが前にも宿をとっていた旅籠で手続きを済ませことにする。旅籠の中に入り声をかけると初対面のはずだがどこか見覚えのある女性が出てきた。多分女将さんだろう。自分はこの旅籠に泊まった事があるはずだから会った事はあるのだろう。懐かし感じがするのはそのせいだと思う。

 

「あらあら、クオンさん、おかえりなさい。予定より時間が掛っているみたいだから心配してたんだよ。あら、そちらの方は?」

 

「心配おかけしました。ちょっと予定外の事が起きちゃって。こっちはハクって言います。もともとこの村で合流する予定だったんですけど、遺跡で合流できたので一緒に。あ、宿泊って大丈夫ですか?」

 

 クオンが女将さんに宿泊の予約をする傍ら、自分も“ハクです”と言って挨拶をする。 

 

「へぇークオンさんの良い人かい?部屋はクオンさんが前使っていた部屋をそのまま取ってあるよ。彼とは部屋は一緒で良いんだよね?」

 

「ありがとうございます、それで問題ないかな。そうですねハクは私の…とっても大切なヒトかな」

 

 クオンから大切な人ですと言われ頬が緩む。女将さんにお熱いねぇと揶揄されクオンが真っ赤になっていたが、女将に数日分の宿泊代金を渡し、部屋に荷物を置いた後で少し話があると言い残して部屋へと向かった。

 

 

 

「さて、何か話があるって事だったけどなんだい?」

 

 荷物を置いた後、女将さんのもとに着くとそう言ってきたため、クオンに目配せして話すように促した。もちろん自分の手元にはボロギギリの鋏を入れた荷物も持っている。

 

「女将さんはこの村長とも親しくしているって言ってましたよね?」

 

「ええ、そうだけど何かあったのかい?」

 

「ならよかったかな。実はここに戻ってくる途中でボロギギリに襲われて倒したんですけど」

 

「は?襲われたってそれは災難だけど。た、倒した!?あのでかいギギリをかい?」

 

 驚く女将を見ながら、まぁそういう反応になるよなぁ、と心の中で思う。だが事実なのだし証拠もある。女将さんを納得させるためにボロギギリの鋏を取り出して話を続けることにする。

 

「一応、これを。証明になるかはわかりませんが奴の鋏の部分です。基本的に奴はギギリの繁殖期に現れる突然変異種だったはずですし、番の可能性もあるので村長にも話を持っていっておいてほしいんですよ」

 

「確かにギギリを見る機会が最近増えてるってのは聞くね…わかったよ。任せておきな。これは村長に見せるために借りてもいいかい?」

 

「うん、多分それが無いと疑われちゃうかも知れないし持って行って欲しいかな。もし、討伐ってことになったら手を貸せると思うから、その時は遠慮なく言ってくれていいですから」

 

「助かるよ。それじゃあ、あたしは村長のところにいってくるから、二人はゆっくりしておいておくれ。それと宿泊費はしばらく無料で良いよ。これの情報料ってことでね」

 

 そう言って先ほど渡した宿代を返してくる女将にさすがに悪いとクオンが固辞するが押し切られて返されてしまう。ありがたく受け取っておこうとクオンに声をかけ二人で部屋へと戻った。

 

 

 

「う~ん、おいしいかな~。ほらハクもどんどん食べてね」

 

 夕食の時間、自分の前には山盛りになったアマムニィが置かれ、クオンが幸せそうな表情でそれを食べる。

 こいつ結構な大食い(自分からみると)だったなと思いつつ、自分もアマムニィを頬張る。少し物足りなく感じる味付けに、自分はこの数日でクオンに完全に胃袋を掴まれてしまったかと心の中で苦笑をこぼした。

 

「で、これからどうしようか。クオンはなんかあてがあるのか?」

 

「うん、とりあえずボロギギリの件が解決するまではここにいようと思ってる。その後は都に行ってみたいかな。前に行ったみたいだから断片的には覚えてるけどそれだけだし」

 

「そうか。自分はクオンに付き合うさ。なんたって一生傍にいるって決めてるからな」

 

 自分はそういうと照れ隠しにアマムニィを頬張る。嬉しそうな声でクオンの“ありがとう”という声が届いたのでそちらを見ると真っ赤な顔をしていた。自分の彼女は世界一かわいいと思う。

 

 食事を取り終えると、その後は一度部屋に戻って準備をしてから風呂に入り、部屋へと戻ったのだった。

 

 

 

 部屋に戻ると、クオンも風呂から戻ってきていた。クオンは浴衣のようなものを着ていて妙に色っぽくてどぎまぎする。

 

「あ、ハク。戻ってきたんだ」

 

「ああ、いや蒸し風呂もいいもんだな。湯船に湯を張る方が好みではあるが、あれとはまた違う気持良さだった」

 

「私もそれに同感かな。でもやっぱり湯を張って入りたいのはあるけど」

 

 そんなふうにクオンと他愛もない話をしていると、時間も遅くなってきたしそろそろ寝ようかとクオンに声をかける。部屋の明かりを消し、振り返ると布団に腰かけるクオンの姿に心臓の高鳴りを覚えた。その動揺を悟られないように自分もクオンの隣にある布団に向かう。

 

 クオンの傍を通ると少し強い力で引かれてバランスを崩しクオンの上に倒れこむような形になってしまう。

 

「ねぇ、ハク、大好き。だからね、その…」

 

 そう言う姿が愛おしくて、思わず自分の唇でクオンの口を塞ぐ。どれくらいそうしていただろうか。お互いの唇が離れるとクオンが瞳を潤ませ、艶っぽい表情で自分を見つめていた。

 

「私はハクの全部が欲しいかな」

 

「自分もクオンのすべてが欲しい」

 

「うん、だから、ハク…ね。あ、でも初めてだから優しくして欲しい…かな」

 

 そうして魅かれるようにクオンへと近づいていき――その夜、実に数百年来の時を経てクオンと自分はひとつになった。



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出会いにして再会~義侠の男~

よろしくお願いします。


出会いにして再会~義侠の男~

 

 

「おはよう、ハク」

 

「おはよう、クオン」

 

 翌朝、自分の目が覚めると同時にそう言ってきたクオンにそう返す。クオンは自分の隣で布団に入っており、衣服は一切身にまとっていない。…まぁ自分もなのだが。

 その姿を見ていると心の底から愛情やらなんやらがあふれ出してきて、その心の赴くままにクオンの頭を優しく撫でた。嬉しそうに微笑み返してくる表情は自分に幸せを感じさせてくれる。

 

「…その、体の方は大丈夫そうか?初めてだってのに抑えが効かなくて結構激しくしちゃった気がするんだが」

 

「まだ、ちょっと違和感があるけど問題ないかな。…確かにちょっと疲れたけどあんなに求めてくれた事は嬉しかったし」

 

「…そっか、ちょっと風呂でも行くか?なんやかんやで汗もかいてるしな」

 

「賛成かな。でももうちょっとこうしてたいんだけど、ダメ?」

 

「こんなに幸せなのに、自分がダメだというと思うか?」

 

 その返答にクオンは自分の胸にすり寄るようにしてから目を閉じ、幸せそうな表情を見せた。あと5分だけだぞと言って、自分もその幸せな熱に身を任せることにした。

 

 

 

 風呂にも入って、とりあえず朝食をという事で部屋を出る。

 女将さんに言って朝食をもらい、今日の予定について話し合う事にした。

 

「一応、女将さんに村の困りごととかを聞いて仕事をもらってるからそれをやろうと思ってるけど…」

 

「わかった。出来る分については自分でやっておくから今日のところは一日ゆっくりしてろ。一応本調子じゃないんだろ?」

 

「うう~それはハクのせいかな。仕事はしないからハクについて行っちゃダメ?」

 

 今日は仕事はするなと言うと顔を赤くしてジト目で見てくるがむしろかわいものだ。

 そして自分についてくるというがこれについては諦めるしかないだろう。クオンの不安もいくらか緩和されているが、まだ再会して数日だ。しばらく、こういうのは甘んじて受けようではないか。

 

「(治ったら治ったで寂しいって思いそうだが…)わかった。今日も一緒にいようか。ただし無理はするなよ?」

 

「うん、ありがとうハク!ちゃんと大人しくしてるかな」

 

 今日の予定も決まったところで女将に仕事の確認に行く。任された仕事はアマムの粉の運搬とアマムの粉ひきだった。

 それと昨日報告したボロギギリの件について尋ねたが、村長は今回の事を信じてくれたようで、現在は国に対応を依頼するか検討中。今日中には結論をだすとの事だった。

 

 聞きたいことも聞けたので仕事に赴く事にする。もちろんクオンも一緒だ。

 二件の仕事については先にアマムの粉ひきからすることにした。結局挽き終わった後に運搬もしなくちゃならんから先にやってしまった方が効率がいい。

 

 粉挽き小屋は水路の隣にあった。普段は水車の力を利用して挽いていたようなのだが、壊れたためにアマムを粉にするのが間に合っていないらしい。そう言っていたのを思い出しながらからくりの方に近づく。からくりは二機あり一機は前から壊れていたようでしばらく使われた形跡がない。もう一機をだましだまし使っていたがどこかが故障し使えなくなったのだろうとあたりをつける。

 自分に一からこのからくりを直せるとは思っていないが、からくりを直してクオンに褒められた記憶があるため、前に自分はこのからくりを直したのだろう。それならば部品の入れ替えなどで多分なんとかなるはずだ。

 

「ハク、どう?なおりそう?」

 

「ま、なんとかなるだろう。ああ、この歯車がダメになってるんだな。この歯車は隣で言うところの…こいつだな。こいつとこいつを入れ替えてっと。…よしこれで多分大丈夫なはずだ」

 

「もう大丈夫そう?」

 

「ああ、多分大丈夫だろう。この止め板を外せば…よし動いたな」

 

「やっぱりハクは凄いかな!」

 

 そう言ってはしゃぐクオンにこれぐらいならカラクリをしっかり観察できれば誰だってできると返し、アマムを粉挽き機に投入していく。ある程度投入したらしばらくは時間がかかりそうなので、荷車を借りてきて先に引いてあったアマムの粉を運び出した。

 

 隣にはクオンがニコニコしながら着いてくる。何がそんなに嬉しんだと聞くとハクの隣にいるからという答えに加えて、ハクがしっかり仕事をしているからという答えが返ってくる。まあ、自分の性格ならそうだろうが、惚れた女にあんまり情けない姿は見せたくない。ちょっとした意地って奴だ。…まぁクオンならそれに幻滅したりはしないだろうがシッポが飛んでくるからなぁ。

 

 半刻程で置いてあった袋をすべて運び終わると、クオンが茶を淹れてくれたので休憩にすることにした。クオンも自分のすぐそばに腰をおろし、自分の方に頭を載せるようにして安らいだ表情をしている。心地いい雰囲気の中でしばし体を休めた。

 

 しばらくするとアマムをすべて挽き終わったため、からくりを止め、粉を袋へと詰めていく。そして荷車に載せ運ぶを繰り返した。それらも一刻程ですべて完了し、なんと正午過ぎには仕事が終わってしまっていた。

 

「はい、ハク。お疲れ様」

 

 そう言ってクオンが手渡してくれる手ぬぐいで手をふき、次にくれたお茶を飲み干す。

 

「こんなに早く終わるなんて以前のハクじゃ考えられないかな」

 

「まぁ、なんやかんやであの戦で体力もついたし。今日はサボろうともしてないしな」

 

「後者の理由が大きい気がするかな。ハクはできるのにぎりぎりまで来ないとやる気を出さないんだから。あ、女将さんからお昼ごはんもらってきたから食べよう。ハクもお腹すいたでしょ?」

 

「おう腹ペコだ。労働後のメシと酒は格別だからな」

 

「さすがにお酒はダメかな。今日の晩までお預け」

 

「さすがにわかってるさ。クオンと食ってるだけで格別にうまいのにそれ以上言ったら罰が当たるっての」

 

 自分のその言葉に、どっちかっていうと罰を与える方の立場だったヒトの言葉とは思えないかな、と言いながらも穏やかに笑っていた。

 

 

 

 そうして昼食を食べ、女将に報告に戻った。女将にはからくりを修理したことについて礼を言われた。給金には少し色をつけてくれたようだ。

 

 午後は部屋に戻りクオンとゆっくり過ごした。とりあえずクオンの膝枕は至福だったとだけ言っておく。

 

 そうこうしているうちに時間も過ぎ、あと一刻ほどで夕食というような時間、外が騒がしくなったのでクオンとともに様子を見に女将のもとに顔を出す。するとそこには旅装束の男たちの集団がおり、宿泊の手続きをしているようだった。

 

 その代表であろう男と女将の話が終わったようで、女将はこちらに気がついたのか声をかけてきた。

 

「あら、クオンさん、ハクさんなにかあったかい?」

 

「いや、表が騒がしかったんでね。ちょっと様子を見に来ただけだ。団体のお客さんが来ただけだったんだな」

 

「ああ、そうなんだよ。帝都からのお客人で、しばらくこの村に逗留するからうちを宿にってね、いつも利用してもらってありがたい事さ」

 

 女将はそう言って嬉しそうに笑う。懐も潤うし、何より自分の宿を評価してもらえるのが嬉しいのだろう。そうやって女将と話していると、先ほど女将と話していた男がこちらに興味を持ったのか近づいてくるのがみえた。

 

「お前さんらはここの宿泊客かい?」

 

「ああ、そうだが、あんたは?」

 

「ああ、すまねえ、俺はウコンってもんだ。一応こいつらの頭をやってる」

 

 そう男―ウコン―はにかっと笑って言う。なんとも感じのいい漢だと思う。けれど懐かしさに加え、泣きたくなるようなこの気持ちはいったいなんだろうか?まぁ、推測はできる。こいつとは前の時は友人…それも親友と呼べるような仲だったのだろう。心が覚えてるさとはクオンに言ったが本当にそうなるとは思わなかった。ともあれ今は初対面だ、変な印象は持たれないようにしよう。

 

「まぁ、うるさくするかもしれないが勘弁してくれ」

 

「ううん。少々の宴会くらいじゃなんともないかな。あ、私はクオンよろしくかな」

 

「自分はハク。ま、あんまり接点はないだろうがよろしく頼むよ」

 

「ああ、よろしく頼むぜアンちゃん、ネェちゃん」

 

 そう言って、ウコンが右手を差し出してきたので握手をする。次にクオンと握手しているのを横目に見ながら心の中では関わる確率が高いんだろうなとも思っていた。まぁ明らかに武闘派ってな感じの御仁だから、もしかしたらボロギギリの件で協力することになるかもしれん。クオンに色目使ってこなきゃ仲好く出来るだろう。こいつとは気も合いそうだ。あと、名前は呼ばんのな。

 

「そういえば、アンちゃんとネェちゃんは夫婦で旅の途中かい?」

 

「旅をしてるのはそうだが夫婦ってのは残念ながら違うさ。まぁ将来的にそうなる予定ではあるがな」

 

「…ハク、恥ずかしいから公衆の面前でそうはっきりと言わないで欲しいかな」

 

「おう、そうかい。だったらうちの奴らにもネェちゃんにちょっかいかけないように言っとかねえとな。そうしとかないとアンちゃんが怖いからな」

 

 笑いながらそういうウコンにつられ、こっちも自然と笑顔になってくる。なにはともあれ良い付き合いができそうな奴でよかった。



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出会いにして再会2~没落のおじゃる~

よろしくお願いします。


出会いにして再会2~没落のおじゃる~

 

 

 

「みんな道中ご苦労だったな。今日は俺のおごりだ。存分に料理と酒を楽しんでくれ!」

 

 『ウコンさん太っ腹~』、『よっ大将、わかってるね!』、『おじゃ、ウコン殿のおごりでおじゃるか』、『よし、ウコンさんのおごりでこの宿の酒を飲みつくすぞ!』というような男どもの声を聞きながら宴会場で夕食にありついている。クオンも周りを見ながらまったく男衆は困ったものかなと言いつつ苦笑いだ。昼間に行っていた通り、クオンは酒を飲ませてくれるようで自分にお酌をしてくれている。

 

「おう、すまねえな。アンちゃんにネェちゃん。うるさくしちまって」

 

 この集団のまとめ役であるウコンがやってきてそう言ってくる。

 

「ま、宴会なんてこんなもんだろう。こっちは静かにクオンと飲んでるさ」

 

「うん、ハクの言うとおりかな。飲みすぎてヒトに迷惑をかけるならダメだけど、そのあたりはみんなわきまえてるでしょ?」

 

「ああ、そこについては問題はねぇさ。若い奴らにはハメ外しすぎないように言っておくから、安心してくんな。ただそれだと自分の気が収まらないんでな。女将に話をつけて、今夜この宿に宿泊している全員分の酒代と飯代はこっちで持つことになってっから、アンちゃんもネェちゃんも遠慮なく飲み食いしてくれや」

 

 クオンと顔を見合わせそこまで話が通っているなら、という事で自分たちも相伴にあずかることにした。

 ウコンはそのまま自分たちの席近くに腰を下ろして酒を注ぎ始めた。居座るつもりのようだ。まぁ今夜分の金は出してもらってるし付き合うかね。この男とは酒を飲みかわしてみたいと思っていた事ではあるし。

 

「まぁ、とりあえずは乾杯といこうや」

 

「そうだな。ほらクオンも」

 

「うん。私もご相伴に預かろうかな。え~っとこの出会いにってとこかな?」

 

「そういうこった。ではこの出会いに…」

 

「「「乾杯!」」」

 

 クオンはそんなに酒に弱くはないし問題ないだろう。酔ったとこも見てみたい気もするが…ま、どうせなら二人きりの時にでだな。その後は他愛もない話をして過ごす。

 

「そう言えば、アンちゃんたちはどうして旅を?」

 

「自分はクオンの付添いだ。クオンは見聞を広めるためってとこだよな?」

 

「うん。自分の故郷に無かった文化や歴史、古代の遺跡なんかに興味があって」

 

「ほう、文化や歴史、それに古代の遺跡と来たか。だが、二人だけとなると結構大変じゃねえか…いや、あんちゃん達は腕がたちそうだし案外なんとかなるもんか?」

 

「私は旅に慣れてるし、ハクもそれなりに動けるから問題はなかったかな」

 

 そういうもんかと言ってウコンは納得したように声を上げる。実際二人程度で旅をするとなると腕が立つ人物でもない限りは難しいだろうなとは思う、ましては女連れだし。しかしクオンと自分のペアであれば大概の事には対処できるし、問題らしい問題もない。恋人同士である事でそういう方面についてもあまり気を遣わなくて済むしな。

 

 あれ?ウコンの連れでこっちに近づいてきている奴がいるな…。ってなんだあれは!?化粧で顔を白く塗り、眉は短く、極め付けにある時代の公家(貴族)のような服。これでおじゃるとか言って名前がマロとかだったら完ぺきだよなー。いやさすがにそれはないか。ウコンを最初に見た時のような懐かしさに加え、泣きたくなるような気持ちも感じたが、その圧倒的なビジュアルに全部吹っ飛んだわ。

 

「ウコン殿~、飲んでるでおじゃるか~」

 

「おう、マロロ。もう完全に出来上がってんじゃねえかお前は」

 

 吹き出しそうになるのを気合いでこらえる。そうかおじゃるでマロなのか。まじか。

 自分の様子には気が付いていないのかウコンはマロについて自分たちに紹介してきた。

 

「アンちゃん達、こいつはマロロ、俺の友人だ。没落貴族の出だが殿試に合格した優秀な奴でよ。今回は俺の補佐を頼んでいる」

 

「マロはマロロでおじゃ。よろしくお願いするでおじゃるよ」

 

 ちょっとまてぇええええええ!!貴族(公家)でおじゃるでマロってどんだけ盛るつもりだこいつは!少し吹き出してしまったわ!

 

「っと、すまん。自分はハクだ。でこっちがクオン」

 

 マロロからみると自分で隠れてしまっていたであろうクオンがひょっこりと自分の陰からでて会釈する。

 それを見たマロロはその表情を輝かせていた。

 

「お、おお、これは何と美しい…まるで大輪の花でおじゃるな。誰もが目を止めるような美しき女子でおじゃ。きっと良き出会いに良き別れ、そして良き恋を経験してきたのでおじゃろうなぁ」

 

 クオンをそう褒め称えたマロロに自分とクオンはあっけにとられる。

 しかしウコンは違ったようで面白い物を見つけたといわんばかりの顔をしてマロロに言葉を投げかけた。

 

「ほほぅ?オメェが女に美惚れるなんざ珍しいじゃねぇか」

 

「いやいや、美しい物は美しい。このように美しい、それも外面だけでなく内面からも美しさが溢れてきているような御仁、帝都でもお目にかかった事がないでおじゃるよ」

 

 ニコニコと笑いながら赤ら顔でマロロはそう言う。クオンは褒められすぎたせいで一周まわって恥ずかしさはどこかへ行ってしまったようで苦笑しながら自分の腕に抱きついている。

 

「マロ、女を口説くのは良いがネェちゃんはやめとけ。完全に脈無しなうえに恋人殿(アンちゃん)が恐いぞ」

 

「むひょ!?ち、違うでおじゃるよ。思わず口走ってしまっただけで、他意は無いのでおじゃる。何と言うか突然失礼したでおじゃるよクオン殿、ハク殿」

 

「ああ、ちょっとびっくりしたがマロロが嘘を言ってないのは分かるから慌てんな」

 

「私も気にしてないかな。ハク以外にそんな事言われた事無かったたらびっくりしちゃったけど」

 

 まぁ、マロロの言葉に嘘がないのは分かっているんだがこれだけは言わなければならんだろう。クオンは誰にもやらんさ。なにせ自分の女だからな。

 

「マロロの評価が適切かは置いといても、自分にとってはマロロの評価以上の…いや評価なんてする必要が無いくらいには唯一無二の女だよクオンは」

 

「…うん、私も同じ気持ちだよハク」

 

 ウコンはそんな自分たちを見ながら熱いねぇと言いながら酒をぐいっと煽っている。マロロはあっけにとられた様に自分たちを見た後、何を思ったのか優しい笑顔を浮かべて再度口を開く。

 

「さっき言った事はハク殿にも当てはまるような気がするでおじゃる…。お二人は良き出会い、良き別れを経験して、そして今は最高の恋を経験し愛へと至ったみたいでおじゃるなぁ」

 

 その声があまりにも優しかったものだからクオンと二人でぽかんとしてしまった。とりあえずマロロが空気は若干読めないが憎めない奴だってのは分かったな。その後はマロロも交えて四人で飲んだ。マロロの要望でマロロの事はマロと呼ぶようになりその夜はウコンとマロロと友好を深めた。宴は明け方まで続いていたらしいが、自分とクオンは適当な時間で辞して部屋へと戻って布団に入り、お互いの温もりを感じながら眠りに落ちた。



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ギギリ討伐~巨蟲とタタリと~

よろしくお願いします。

今週中は暁に投稿している分までを日に一話投稿していこうと考えてます。


ギギリ討伐~巨蟲とタタリと~

 

 

 

「いてて、昨日は少し飲みすぎたな」

 

「ハク、楽しそうだったもんね。私も楽しかったかな。はいこれ、二日酔い用の薬、効果はトゥスクルのみんなのお墨付きかな」

 

「ありがとう、助かるよクオン」

 

 次の日、起きると二日酔いだった。クオンが出してくれた薬を飲み少し早い時間だが朝食に向かった。

 

 食事は宴会場で食べるのだが、その朝は地獄絵図だった。男たちの死体(比喩表現だが)が転がり、酒の匂いがそこらじゅうから漂ってきていた。おう吐物などが無いのが唯一の救いか。

 

「…部屋に持っていってから食べられないか女将さんに聞いてみるか」

 

「…そうだね。さすがにこの中でご飯は食べたくは無いかな」

 

 その惨状を見て即座に結論を下す。さすがに飯を食う環境じゃないだろ、これは。という事で女将を探し話をしてみたところ快諾してくれたため部屋へと戻って朝食をとる事にする。料理については女将が運んでくれ、いつもとちょっと違う朝食になったのだった。

 

 

 薬が効いたのか朝食をとってしばらくすると二日酔いもだいぶましになったので、昨日同様女将に何か仕事はないか尋ねた。

 

昨日と同様にアマムの粉の運搬を頼まれたため、体調が戻っていたクオンとともに労働に精を出す。自分がこんな風に真面目に労働している事に違和感を感じるが良い事なので気にしない事にする。

 

 昨日と同様に昼過ぎには作業は終わり女将に報告をした。その際に粉挽き用のからくりが壊れた際の対処法などを聞かれたので、木工ができる奴に依頼してからくりの部品の予備を持っておくと良いという事をアドバイスしておいた。基本的にからくりは一点物のため、その発想は無かったらしく早速依頼を出していたようだ。

 

 

 宿に戻って昼食をとっていたところ、外が騒がしくなっ為、様子を見にクオンと共に外に出る。人が集まっており怪我人がいるようだった。周りの人間に話を聞いてみたところギギリに襲われたらしい。クオンに目配せすると力強く頷いてくれ、宿の部屋にある部屋へ必要な薬を取りに行ってくれた。

 

 クオンの戻りを待っていると騒ぎを聞いて集まってきていた集団の中からウコンが近づいてくる。

 

「よう、アンちゃん。話は聞いたか?」

 

「ああ、ギギリに襲われたらしいな」

 

「ああ、そうらしい」

 

 ウコンはそう言うと、少し話したい事があるらしく集団の外へ連れ出してきた。

 

「村にいる間ならって条件で村長からある依頼を受けててな。村長が言うには、ギギリが繁殖期に入ってる可能性があるって話だ。依頼内容は繁殖期に入ってるかの調査と可能であるならば奴らの駆除。ギギリを見る機会が最近増えてるってな話だし、ボロギギリの目撃証言もあるらしい。繁殖期に入っている可能性は高いって話だ。で、相談なんだが…」

 

「依頼を手伝えってか?その件に関しては部外者ってわけじゃないから、手伝うのは構わんさ。クオンともそういう方向で話していたしな」

 

「そいつはありがてぇが、部外者じゃないってのはどういう事だ?」

 

 ウコンは自分の返事に相好を崩すが、部外者じゃないってな所に引っかかったらしく訝しげに尋ねてきた。

 

「ああ、ボロギギリ発見の報を入れたのが自分たちってだけの話だ。女将さんを通して村長に伝えてもらった。で、ウコンが言っていた事に加えての情報だが、ボロギギリの内一匹はもう討伐できている。自分たちが遭遇した時に運よく討伐できてな。一応証明として奴の鋏を渡してたはずだ」

 

「そいつぁ、朗報だな。てことは、ボロギギリは一匹だけ相手にすれば良いってことか。しかし、二人とも腕がたつとは思っていたがそこまでとはな…。なら今回も何とかなるか」

 

「おいおい、前回倒せたのは本当に運が良かったんだ。なんとか鋏を落としたタイミングで奴が崖の下に落ちてな。で、奴が落ちた傍に洞窟があったんだがそこからタタリが現れて奴を食っちまったんだ」

 

 この話は一部は本当だがほとんど嘘だ。さすがにほかの奴らの前でウィツアツネミテア由来の力を使うわけにもいかないため自分たちに過度の期待が掛らないようにするための予防線だな。一方でタタリのいる洞窟があったと言うのは本当で、ボロギギリの死骸はタタリに処理してもらった。記憶にタタリのいる洞窟があるってのがあったから探してみたが、案外簡単に見つかる物だよな。幸いウコンはこの話に疑いを持たなかったようだ。

 

「そうか、タタリが…、ここから近いのか?」

 

「まぁ近いって言ったら近いか。ここから一刻程のとこだな。洞窟の入り口も崖の下だったし、よっぽどの事が無ければ近づかないだろうから大丈夫だと思うぞ。それにタタリは日の光は好まんし洞窟から出てくることもない。危険はほぼ無いと思うが」

 

「ふむ、それなら問題は無いか」

 

「くけ、けけけけけー!ひゃろっころー」

 

「「な、なんだぁー!」」

 

 ウコンと話していたら突然奇声が聞こえてそちらに目をやる。多分薬の処方は終わったのだろう。クオンがこちらに歩いてきていた。

 

「ネェちゃん、さっきの奇声はなんだったんだ?」

 

「鎮痛剤を処方したんだけどその副作用かな。気分が高揚しているだけだから気にしないであげて」

 

「いや、あれはそういう領域を超えてる気がするが…まぁいいか。ネェちゃんは薬師だったのかい。ちょいと相談なんだがギギリの毒に効くような薬は作ることはできるか?」

 

 明らかに高揚の領域を超えているようだがウコンは見なかった事にしたようだ。ギギリ討伐に向けた方向に気持ちを切り替えたようだった。

 

「それなら、今は相当数を常備してるかな。ハクから聞いているかもしれないけれど、ボロギギリ発見の報を入れたのは私たちだから一応準備はしてたんだ」

 

「そうか、その薬を売ってもらう事は出来るかい?村長からギギリ退治の依頼を受けてな。保険に持っておきたい。アンちゃんにもさっき話をして協力してもらう手筈になってる」

 

「薬を売るのは構わないけれど…。私も同行すると思うから大部分は私が管理した方が無難かな」

 

 クオンがウコンの言葉を確認するように自分の事を見てきたので軽く頷いておく。確かに薬の管理やら運用やらに関してはクオンに一任した方が安全だ。薬は量を間違えてしまうと毒になってしまう事もあるためその方が良いだろう。

 

「そうか、それなら今から半刻程あとに奴らが襲われたっていう場所へギギリの討伐に行くから同行してくれ。罠の用意なんかはこっちでしておくから、荷物は薬と武器関係だけでいい」

 

「わかった。ボロギギリの件はどうする?無策で向かうにはちょっと無謀が過ぎる相手だと思うぞ」

 

「そこは一度とはいえ、討伐してるアンちゃんたちをあてにするさ。なに、最悪用意さえ怠らなければ刈れない相手でもない」

 

 自信満々にそう言ってくるウコンに溜息がこぼれる。自分なんかに期待のかけすぎだと思うんだがなぁ。ま、一つ策はあるからボロギギリを発見した位置にはよるが何とかなるかね。

 

「はぁ、分かった。少し考えておく」

 

 そう言ってウコンと別れ準備のために部屋へと戻った。

 

 

「で、ハクはどうするつもりなのかな?」

 

「位置にもよるがタタリを使う。この前のボロギギリを食わせた奴がいたろ?あいつを引っ張ってきてボロギギリにあてる」

 

「こんなところで力を使う気は無いから妥当な手段かな。タタリを誘導するのは私がやるよ。それと、どうしようもない時はほかのみんなを先に逃がして、私たちだけで相手をするって事で良いんだよね?」

 

「ああ、そのつもりでいてくれ。すまんな、危険な役目を任せて」

 

「ううん、これくらいなら問題ないかな」

 

 そういって笑うクオンを一度抱きしめてから、出発の準備をする。持っていくものとしてはクオンが薬類とクナイ、自分が鉄扇と言ったところか。しかしいつも腰には刀を一本下げていたから心もとないな、女将さんにどこかで借りられないか聞いてみるか。

 

 準備を終えると宿を出てウコンに指定されていた場所に向かう。女将さんに聞いてみたところ村のために使うのであればと快く村で常備してある武器から太刀を一本貸してもらえた。そしてウコンに合流し比較的けがの軽かった村人の先導でギギリの襲撃のあった場所まで向かったのだった。

 

 

 

「おい、マロロ。荷車に乗ってるからつらいんだぞ。降りて歩いたらどうだ?」

 

「うっぷ、貴人は山道など歩いたりしない物でおじゃる。没落したとて…うっぷ、マロも貴人の端くれ、歩くなど…うっぷ、できないでおじゃ…うっぷ」

 

「はぁしょうがない。ほら水だ、それと一応袋を持ってきてるから、どうしても無理そうならそれに吐け」

 

「うう、忝いでおじゃる、ハク殿。…うっぷ、やはりハク殿はマロの心の友でおじゃ…うっぷ、おろろろろ~」

 

 現場に向かう道中、山道を荷車に乗って進むマロはめちゃくちゃ気持ち悪そうだったので、そういって声をかけたのだが聞く耳持たず。正直今の状態の方が貴人としてどうなんだと思わなくもないんだがな…。そもそもマーライオンしてる奴は貴人じゃないと思うぞ。

 

「アンちゃんは面倒見がいいねぇ。しかしマロの奴、だから歩けと言ってんのに…貴人の矜持も大概にしとけばいいのによぉ」

 

「まぁ、マロロの言いたい事は分からないでもないけど、こんな田舎の山道で言う事じゃないかな」

 

 クオンとウコンの言う事がもっともだが、マロロを放って置くと余計ひどい事になりそうな気がするので介抱は続けることにする。

 

 

 

 目的地に着いたが、道中はマロの世話をした記憶しかなく、妙に疲れた。目的地はタタリのいた崖下の洞窟からそんなに離れていない位置だし、これなら先ほど考えていた案が使えそうだ。

 

「…これからが本番だってのに、移動で根こそぎ気力を持って行かれたぞ」

 

「あはは、ハクおつかれさま。そういえば道中でボロギギリが出てきた時の作戦をウコンに伝えたら、驚いてたかな。でも了承はしてくれたから、もし出てきたときには一旦、みんなを後退させてから、私とハク、ウコンで作戦を実行する手筈になってるよ。とりあえずウコン達が罠を仕掛け終わるまで休憩する?」

 

「ああ、ありがとうクオン。そうさせてもらうって言いたいとこだが、腐肉の匂いがしているところで休んでもな…」

 

 今はウコンたちがギギリの好物である腐肉を設置しているところだ。さすがに腐ってるだけあってあまり気持ちいい匂いではない。今は休まずに帰ってからクオンに労ってもらおう。基本的には罠を仕掛けてギギリを仕留めている間は待機と言うか周囲…ボロギギリの警戒だ。

 

「よし、お前らいったん離れて周囲に身を隠せ。奴らが集まってきたら、マロロ頼んだぞ」

 

「うっぷ、任せるでおじゃるよ。ハク殿に良いところを見せるでおじゃる」

 

 ウコンにそう答えるマロロに自分に良いところを見せてどうすんだよと思いつつ状況を見守る。マロロの様子と殿学士という肩書を考えるとマロロは呪法を操る事が出来るのだろう。確かに数の多い敵と戦う際は一網打尽に出来るため重宝する。

 

 少し時間が過ぎると腐肉の匂いに引かれたのかギギリ達が姿を現し始めた。でかい。一匹一匹の大きさも通常のギギリ以上、数も多く、ざっと数えたところ二十匹以上いる。

 これはマロロの呪法でもとりこぼしそうだな。そう思いつつボロギギリへの警戒を続けていると男衆によって網がギギリのうえに掛けられ、動きを封じる。その後マロロが前に出て呪法の詠唱を始めた。しかし、あの詠唱と振り付けはなんとかならんのか。“にょほ~ん”とかいいつつ尻を振るような動作とか緊張感がそがれること甚だしい。そんな事を思っているとマロロの呪法が完成し二十匹弱のギギリを巻き込んで倒すことに成功した。正直予想以上の戦果だ。とりこぼしは男衆が手に持った武器で殺して回っている。マロロの呪法の詠唱が長いと思ったら、範囲を広げるために何かやっていたようだ。マロロの自分を見てくれていたかアピールに適当に返しつつ褒める。もちろんこの間も警戒は怠らないがな。

 

 

 とりこぼしのギギリも駆除し終わり、男衆に気の緩みが生じ始めた時、奴は来た。ギギリの十倍近い体躯を持つ突然変異種、ボロギギリだ。数匹のギギリを引き連れて奴は現れた。自分の子供たちを殺されたのを認識したのかめちゃくちぁ怒っている様子だった。幸いヒトがいない方角から出てきたため不意打ちを食らう事は無く、自分とクオンは早急に気がつけたためウコンへ合図を出す。

 

「ボロギギリだ!野郎どもいったん引くぞ!」

 

 ウコンのその指示に迷うことなく従う男衆の練度は確かなものだろう。ただしそれに該当しない人物もいた。

 

「お、おじゃ。こ、腰が抜けて。た、助けてほしいでおじゃる」

 

 何を隠そうマロである。まぁ一応予想はしていた為、マロロに手を貸しその場を逃げ出す。虫どもへのの置き土産件足止めとしてクオンが閃光弾を投げ込みその場を後にした。

 

 

 

 

「じゃあ、私はタタリを誘導しに行ってくるかな。ボロギギリのあの場所までの誘導はハク、ウコンお願いね」

 

 ボロギギリ達から逃げ出した後、討伐隊の連中から別れ三人で作戦を開始する。タタリのもとへ向かったクオンを見送りウコンと最終のすり合わせを行った。さて、ここからは時間との勝負だ。気合いを入れていこう。

 

「さて、作戦開始といこうじゃねぇかアンちゃん。合流地点は任せるぜ」

 

「ああ、任せてくれ。クオンが戻ってくるのに半刻の半分ってところだからな。その間にボロギギリを見つけて、誘導するとなるとぎりぎ『ギギギ…』…見つける必要は無かったな」

 

 ボロギギリを見つけるのに手間取るかと思ったが奴の方から来てくれたな。普通なら運が悪いんだろうが今は好都合だ。

 

「ウコン走るぞ!」

 

「おう、だが追ってくるかね?」

 

「いや、あちらさん明らかにこっちを標的に定めてるみたいだし問題ないさ」

 

 ウコンとそう言い会った後、引き離しすぎないように注意して合流ポイントへと向かう。さすがに巨体だけあって森の中での機動力はそこまででもないか。うおっ、木をなぎ倒しながら追ってきてやがる。まったく自然破壊も甚だしい。だが問題なくポイントへ誘導できそうだ。ところどころ危ない場面もあったが順調に…

 

「うおっと!」

 

「アンちゃん!大丈夫か」

 

「問題ない!」

 

 あっぶねぇ。少しひきつけすぎたな。奴の爪に捕まりそうになっちまった。あんまりうまくいくものだから、少し気を緩めすぎたか。冷汗が浮かぶのを無視して合流ポイントへ急ぐ…。

 

 よし!見えてきた。クオンは…ナイスタイミングだったみたいだ。タタリを引き連れたクオンの姿がすぐそこに見えている。

 

「ウコン!クオンが無事に釣ってきたみたいだ。後は、崖下に奴を落とすだけだが…」

 

「よし!アンちゃん。そいつは俺に任せてくれ。よしそこでいったん止まるぞ!」

 

 ウコンが指定したのは崖のふち近くだった。崖近くを走ってきていた為、ボロギギリと崖のふちで武器を構え向き合う事になった。奴はこちらを警戒しているのか威嚇しながらじりじりと近づいてくる。

 

「ハク!ウコン!お待たせかな」

 

 クオンのその声が合図だった。ウコンが刀を大上段に振り上げるとそのまま地面へと叩きつける。何がしたいのかと訝しんだがその答えはすぐに出た。ボロギギリがいた地面が割れ奴の体が落下しだす。…地面を割るとか、なんちゅう膂力だよ。ボロギギリは落ちていくが最後の抵抗でシッポをこっちに向けてふるってきたがウコンもさる者、それを悠々とはじき返す。それが最期の抵抗だったのか奴はそのまま崖の下へと落ちて行った。そしてタタリに見つかり抵抗空しく捕食されてしまうのが見えた。とりあえずうまくいったようで安堵の溜息を吐くと目があったウコンと拳をぶつけ合った。

 

「ちょうどいい時に着いたかな」

 

「クオン、おつかれさま。怪我は無いか?」

 

 タタリを引き連れてきた後、崖を駆け上がってきてそう言うクオンに怪我がないか確かめ、安堵の息を吐く。いくらクオンと言ってもタタリと戦闘になったらただでは済まないからな。ボロギギリを捕食し終わったタタリが洞窟の方角へ戻っていくのを見ながらも意識はクオンに全力だ。

 

「うん、大丈夫。ハクは心配性かな」

 

「惚れた女の心配くらいさせろって。お前に任せたが心配だったんだからな」

 

「…アンちゃん、ネェちゃん。一応脅威は去ったとはいえ人里でもない森の中だ。いちゃつくのは帰ってからにしてくれや」

 

 呆れたようにそう言うウコンに促され、先に帰らせた討伐隊に合流するため自分たちも動くことにしたのだった。



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出会いにして再会3~クジュウリの姫と巨鳥(注:太りすぎて飛べません)~

すみません。この話を飛ばして投稿しておりました。
それでは 出会いにして再会3~クジュウリの姫と巨鳥(注:太りすぎて飛べません)~ お楽しみください


出会いにして再会3~クジュウリの姫と巨鳥(注:太りすぎて飛べません)~

 

 

 昨夜の宴会は最高の盛り上がりだった。なんせボロギギリなんて化け物がいたにも関わらずこっちは死者はゼロ、怪我をしたのも帰りに道を踏み外してこけたマロロが負ったかすり傷のみ。これで盛り上がるなと言う方が無理な相談だろう。宴は遅くまで続いたようだが自分とクオンは昨日と同様に適当な時間で切り上げて休ませてもらった。

 

「おお、寒っ」

 

 井戸から水を汲みその水で顔を洗いながら身震いする。さすがに雪が降る季節だけあって寒い。

 

「お、アンちゃんじゃねえか。昨晩はよく眠れたかい?」

 

 寒さに身を震わせているといつ来たのかウコンがそう声をかけてくる。昨日は相当飲んでいたようだが二日酔いの様子もない。相当酒に強いのだろう。

 

「ああ、ウコンか。昨日は気分良く眠れたさ」

 

「そいつぁ良かった。そういや昨日話した件だが考えてくれたかい?」

 

「ああ、クオンとも話して受けさせてもらう事にしたよ」

 

 昨日宴会中に次は帝都に向かう予定だと話したらウコンから提案があったのだ。

“俺はクジュウリから荷を運ぶ依頼を受けてるんだが、お二人さんさえよけりゃ同道しないか?”と。詳しく話を聞いてみると、自分たちの人柄も能力も確かだというのは話してみた印象とギギリ討伐の件で確信できているから良かったらという話だった。荷については今日か次の日には届くという事でそこまで時間はとられないし、二人で行くよりかは確実に道中の安全性はあがるということだった。クオンと話してみた結果、同道させてもらおうという話になったのだ。自分としてはクオンと二人旅も魅力的だとひそかに思っていたが安全を考えると人数は多いに越したことは無い。

 

 

「おう。そいつは良かった。荷は明日までには届くはずだから、遅くとも明後日までには出発できるはずだ。アンちゃんたちも準備をしておいてくれや」

 

 用事はそれだけだったのか、場所を開けるとウコンも水を汲んで顔を洗い始めたので、ウコンに一言かけ自分は部屋に戻る。

 

 部屋に戻るとクオンにウコンたちに同道する件を正式に了承したと伝えた。

 その後はいつものように朝食をとり、クオンが女将さんに何か手伝いは無いか聞いていたが、村の英雄さまに働かさせられないと断られた。女将さんに昨日借りた太刀を返却しようとしたところ、お礼と言うのにはなんだが貰ってくれ、と言われたのでありがたく頂戴する事にする。

 

 さて、という事は今日一日は確実に開いてしまったわけだがどうするか。部屋に引きこもってクオンとゆっくり過ごすのも捨てがたいが…。

 

「さて、今日の予定が浮いちまったがどうするか。やっぱり、ごろご「ゴロゴロするのはなしかな」そうですか…」

 

「ハクは村に来てからあんまりゆっくり見て回れてないし。村の中を回ってみるってのはどうかと思うんだけど、どう?」

 

「そうだな、クオンと一緒ならなにやっても楽しそうではあるが、それもまた良いか」

 

「うん!私もハクと一緒ならどこに行っても楽しいと思う」

 

 クオンの提案に乗って、今日は一日村の中を見て回る事にする。とは言った物の辺境にある小さい村だ。そんなに見て回る物もなく、結局は村の子供たちに捕まって遊びの相手をする事になった。子どもと言っても男は男。武器やら武に対する関心も高いようで自分の腰に下げている刀を見た子供たちに請われ、村の外れあたりで稽古をつけることになった。正直自分の剣術なんて、記憶にはもうないある人物の見よう見まねを戦場で鍛え上げただけのものであり、正式な流派などを収めているわけではないのだが基礎的な事は教えられる。基礎的な型を一通りと体力づくりの仕方を教えるなどして場を濁した。

 

「ほぉ、昨日も腰に刀を下げているのを見て思ったがアンちゃんは剣も使えるのかい」

 

 そうやって子供たち相手に剣術教室をやっていると、近くを通り掛ったのかウコンが近づいてきてそう言ってくる。

 

「まぁ、何かの流派を収めているでもなく、我流だがな。基礎的な事を教えたりならなんとかってとこだ。自分の基本はこっちだよ」

 

 腰に差している鉄扇を指して言う。実際に扱うとなれば刀よりも鉄扇の方がしっくりくる。まぁ、リーチの問題なんかで刀を使う方が効率のいい場合ってのも多々あるがな。

 

「いや、そう謙遜することもねえさ。見ていたが、教えている型そのものは理にかなっているしな。どうでいアンちゃん、一つ自分と試合ってみねぇか?」

 

「おいおい、お前とか?昨日の動きを見てたが自分では厳しいと思うぞ」

 

「にぃちゃん、こっちのにぃちゃんとしあいするのか?おれみてみたい!」

「「「ぼくも」」」「「「おれも~!」」」「あ、私も見てみたいかな」

 

「おにーさん、およめさんにかっこいいとこみせないと!!」

 

 断る方向に持っていきたかったんだが、子供たちとクオンに退路を塞がれる。そういえばクオンの傍に一人だけ女の子がいたっけな。クオンに格好いいとこ見せないとと言われると弱いんだが、格好悪いとこを見せてしまいそうなきがするぞ。そんな周りの様子を見ていたウコンはニヤリと笑ってこっちを見る。

 

「アンちゃん、やるだろ」

 

「はぁ、これでやらんって選択肢はとれんだろ。まったく、一回だけだぞ?」

 

「おう、ほれアンちゃん」

 

 ウコンは自分の答えに笑みを浮かべ訓練用の木刀を放ってくる。それを受け取ってウコンと向き合う。ちなみに審判は近くを通りかかったウコンの部下が受け持ってくれた。

 

「じゃ、いくぜアンちゃん」

 

 そう言った途端、ウコンから普段の親しみやすい雰囲気が消え、殺気と言うか強烈な剣気のようなものが漂い始めた。明らかに達人とかそれに類する奴の雰囲気じゃねぇか?これ。だが、これと同程度の物ならば受けた事がある…ような気がする。これだけ強烈なのをたたきつけられているというのに自分は思った以上に冷静だった。

 

「ほぅ、これは楽しめそうだな、アンちゃん。俺と向かい合ってそこまで平静を保つとはな」

 

「馬鹿言え。冷汗かきっぱなしだっての。自分はさっさと終わらせてゆっくりしたいぞ?」

 

「はっ!それなら俺を速攻で倒せばいいだろ?ま、やられる気は無いが…な」

 

 そう言うと同時にウコンが動いた。まずは小手調べのつもりなのか基本通りの型の袈裟切り、だが速度が尋常ではない。だがしっかりと見えてはいるため、手に持った木刀で払い…って重い!受けるきる事は困難だと判断し一歩後ろに下がる。数手程似たようなやり取りを繰り返す。時折タイミングを見計らってこちらからも切り返すが簡単に防がれてしまう。先ほどの斬撃の重さから鍔迫り合いは悪手と判断し、そのたびにいったん離れている。しかしこれまでの攻防から何かを感じたのか、ウコンから感じられる剣気が増し、鋭さを宿した瞳の中に楽しそうな光が点った。…こいつ楽しくなってきたとか思ってんだろうなぁ。明らかに戦闘狂とかバトルジャンキーとかそれに類する奴の瞳だぞ。

 

「…思ってた以上にやるな、アンちゃん。楽しくなってきたじゃねぇか!!」

 

「いや、いっぱいいっぱいだっての…っ!」

 

 それからは防戦一方となった。懸命にウコンの残撃を防ぎ、いなし、避けた。反撃出来る瞬間を探してはいたがウコンはそんな甘い攻撃を繰り出す事もなく、防御しかさせてもらえない。

 

 その攻防を何回繰り返しただろうか?さすがのウコンもしびれを切らしたのか、少しだけ大ぶりな攻撃が一太刀だけ来た。“ここだ”そう思い攻撃に移ろうとした瞬間、背筋に悪寒が走った。本能に従って攻撃を中断し、斬撃は避けれるタイミングでは無かったため、木刀を斜めに構え受け流す構えをとる。次の瞬間、木刀同士が衝突し…爆ぜた。確認すると双方の木刀とも刃を模した部分が無くなっている。

 

 それを見た瞬間ウコンから放たれていた剣気が薄れ、いつもの雰囲気へと戻っていく。

 

「終わりか…。まさか、倒しきれないとは思わなかったぜ、アンちゃん。こうまで俺の攻撃をしのがれちまうと自信無くすぞ、おい」

 

「アホか、死ぬわ!防ぐので精いっぱいだったわ!最後のとかなんだ!当たってたら絶対死んでたぞ、あれは!」

 

 あれは絶対理性が飛んでる目だったぞうん。そもそもこれが試合…模擬戦だって事も今の今まで忘れてたんじゃないかこいつ?

 

「…もちろん寸止めにする気だったぞ…うん。いや、アンちゃんが思った以上にやるんでついつい本気になっちまったというか…な?アンちゃんも武人ならわかるだろ?」

 

「わかってたまるかこの戦闘狂め!もうお前との模擬戦とか二度とやらんぞ。真剣で、とかもっての外だからな!…ほんと真剣だったら何回死んでる事か…」

 

 ホントに今の模擬戦で何回死ぬと思った事か。こいつと模擬戦とか命がいくつあってもありん。もうやりたくないぞ。これが鉄製の物だったりとか真剣だったらとか考えると本気で死ぬ未来しか見えない。

 

「ま、機会があったら、また頼むぜアンちゃん」

 

「だから、やらんといっとるだろうに…」

 

 こいつ、聞く気無いだろ。これはしつこく誘われそうだな。うん絶対に逃げ切るぞ、そう絶対だ。と、言うか周りが静かだなと思い見渡してみると、みんなぽかんとした顔をこちらに向けて固まっている。うん?どうしたんだ。あ、クオンが正気に返って凄い勢いで近づいてくる。

 

「ハ、ハク大丈夫!?け、怪我は無い?」

 

「おう、自分は大丈夫だから少し落ち着け。それと頑張った恋人にご褒美は無いのか?」

 

 なんだか興奮と言うか、焦っているというか、そんな雰囲気のクオンの頭を撫でて落ち着かせ、ご褒美を要求してみる。うん、自分は頑張ったんだからご褒美があるべきだと思う。具体的には一日中ゴロゴロできる休日とかな。

 

「はぁ~、大丈夫そうかな。じゃ、ご褒美だったよね?ハク、とっても格好よかったかな」

 

 そう言ったクオンは自分の側面に回ってくる。何をするつもりなんだと思っていたら 頬に少し湿ったやわらかい感触を感じた。顔を向けると離れていく赤らんだクオンの顔、その後満面の笑みで自分の腕に抱きついてきた。それを見て自分の顔が赤くなっていくのを感じる。いや自分の彼女かわいすぎるだろ!普段からそれ以上のことはしてるが公衆の面前でこれはこれで恥ずかしいものがあるな。

 

「ふふっ、ハクったら照れちゃってかわいいかな」

 

「おうおう、お熱いねぇお二人さん。まったく独り身には来る物があるぜ」

 

 クオンとウコンの物言いに照れ隠しに頬をかき、周りを見てみた。あれ、みんな呆けたままでこっちの様子に気づいてないみたいだな。とりあえず審判をやってくれてたウコンの部下の青年の顔の前で手を振ってみる。それでやっと現実に戻ってきたようで。急に両者引き分けと言いだした。その声で周りも現実に帰ってきたたようだ。

 

「にぃちゃんもひげのにぃちゃんもすげー!けんがみえなかったぞ!」「おれたちもそんなふうになれるかな!?」「「「「「すごかった!」」」」「おにーさんもおひげのおにーさんもすっごい!」

 

 子供たちが口々にそう言いながらこっちに駆け寄ってくると自分とクオン、ウコンの周りを取り囲んだ。すごいと言ってくれるのは嬉しいが自分は基本的にずっと防いでいただけなんだがなぁ。

 

「にぃちゃんたち!もっとけいこつけてくれよ!!」「「「おれも!!」」」

 

「おぅ、こっちのにぃちゃんは疲れてるみたいだから。俺でよければ教えてやる」 

 

 こちらをちらっ見ながらウコンがそう言うので子供たちの相手は任せる事にする。女の子は自分たちの方にいるようだ。その場を少し離れると女の子が袖を引いてこちらを見上げてくる。

 

「ねぇねぇおにーさん、わたしでもおにーさんたちみたいにつよくなれるかなぁ?」

 

「大丈夫、なれるさ。こっちのお姉さんなんか自分と同じくらいには強いぞ?」

 

「ほんと?おねーさん?」

 

「うん、女の子でも強くはなれるかな。でもそれだけじゃダメ。どうせだったらお料理にお裁縫にお掃除にお洗濯にってなんでもできないとダメかな。後は男を甘えさせてやれるのが良い女の条件かな」

 

 クオン…間違ってはいないがこんな女の子に何を教えてるんだお前は…。だが女の子は目を輝かせて自分はそんな風になるという。まぁ、お母さんのお手伝いを頑張るってところがほほえましくて少し頬が緩んだ。その子の頭を優しく撫でて“おう、頑張れ”と言ってやると、お母さんの手伝いしてくると言って、走って帰ってしまった。

 

 女の子が帰るのを見送り、ちょっと休憩するかと思っていると、何かが走ってきているような音が聞こえたので周りを見渡すと、なんだか巨大な鳥がこちらに向かって走ってきているのが見えた。その鳥に対しウコンやマロロに感じたのと同種の感情が湧きあがってくるのを感じた。どうやらクオンも同じようで複雑な表情でそちらを見ている。…そしてそんな風に考えに没頭していたのが良くなかったのだろう。気がつくと体に衝撃を感じ、走ってきていた鳥に押しつぶされるようにのしかかられていた。まぁそれに感じたのが懐かしさというのも変な話だがな。

 

「ホロロッ、ホロロロ~!」

 

「ちょ、待ておまえ重いぞ!」

 

 自分の上で鳥が上機嫌に鳴き声を上げるのを聞く。鳴き声から推測するにホロロン鳥のようだ。もっともこのでかさはギギリの突然変異種のボロギギリと同じく、ホロロン鳥の突然変異種と言われた方がしっくりくるレベルだが。そうこう考えているとホロロン鳥から女の子の声が聞こえてきた。

 

「あ、あの大丈夫ですか?」

 

「あ~、大丈夫ではあるがどいてくれるとありがたい」

 

「あ、そうですよね。重いですよね。ほらココポ退いて」

 

 人間の言葉を話すホロロン鳥の変異種かと、とんちきな事を考えていたら鳥の背から可憐な少女が姿を見せた。

 

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい…本当にごめんさない…」

 

 本当に申し訳なさそうに頭をペコペコ下げ謝る少女に、自分は先ほど鳥―ココポと言うらしい―を見たときと同じような感情を覚えているのを自覚する。その表情が押しつぶさた事から来る物に見えたのだろう。先ほどにもまして謝ってくる。

 

「ココポ、立って…迷惑掛けちゃ駄目…」

 

 そう眉尻を下げながら少女は言うがココポはなんで?とでも言いたげに首を傾げるだけで自分の上からどこうとはしない。

 

「だからね、退いてあげて欲しいの…」

 

 彼女がそう言うとココポは体を左右に揺らして踊り始める。無論下敷きになっている自分は苦しさにうめき声を上げた。

 

「ち、違うの、踊ってじゃなくて…ほら、退いてあげて…」

 

 その後もココポを動かそうと色々、引っ張ったり、押したりするがココポの体はびくともせずむしろ遊んでもらっていると勘違いしているのか、嬉しそうに喉を鳴らすだけだった。全く動かないココポに少女は泣きそうになりっていたが、ココポは嬉しそうに自分の顔をなめ始めた。

 

「うわっぷ!?顔をなめるな、やめ―おおい、クオン」

 

「はっ!ほら、あんまり悪さしちゃだめかな」

 

 自分の呼びかけで、この一人と一羽に自分と同種の感情を感じていたであろうクオンが正気に戻る。クオンがココポに優しく諭すように言い、首筋を優しく数回叩く。するとココポは何事も無かったかのように立ち上がり自分の上からどいた。自分はその隙にほふく前進して抜け出すと、立ち上がって体に着いた土を落とし、手ぬぐいでココポのよだれで汚れた顔を拭いた。

 少女はココポから降りると体を小さくしてまた謝ってくる。

 

「本当に…すいませんでした」

 

「いや、いいさ。実際怪我なんかもなかったしな。はぁ、しかしひどい目に遭った。助かったよクオン、やっと抜け出せた」

 

「ハクも災難だったかな。でもホントに動物に好かれるねハクは。私の(ウォプタル)も凄い懐いていたし」

 

「まぁ良いんだが、毎回こんなんだからな…」

 

 クオンが自分の衣服に付いたココポの羽毛を取りながらそう言ってくる。なんで自分はこんなに動物に好かれるんだろうな。

 

「どうしてココポ…わたしがお願いしても…」

 

「ホロロロ…」

 

 何やらショックを受けている様子の少女を心配するように顔を動かすココポだが、元凶はおまえだからな?そのやり取りを見ていたクオンは何かを思案する様子を見せ、少女に声をかけた。

 

「たぶん、仲が良すぎるのかな?」

 

「えっ?」

 

「仲が良すぎて、あなたを主というより友達だと思ってるんだと思う」

 

「そいつからしたら遊んでもらってるって勘違いしたのかもな」

 

 クオンの言葉に続けるように自分がそう言うと少女は数回瞬きしてからココポを見上げた。

 

「…そうなのココポ?」

 

 しかしココポは意味がわかっていないのか首を傾げて鳴くだけだった。それを見ているとクオンが何か思い出したかのように口を開く。

 

「そうだ、私はクオン。で、こっちがハク。あなたのお名前は?」

 

「あ、どうも失礼しました。わたしはルルティエ、クジュウリ皇オーゼンの末娘になります」

 

「この國のお姫様とは、先ほどは知らぬとはいえ大変失礼いたした。クオンの紹介にあった通り、某はハクと申す者。よろしくお願いいたすルルティエ殿。しかし、「あ、あの!」?」

 

 話している途中にルルティエ(心の中でならこう呼んでも問題なかろう)に遮られたため“どうされました”と疑問を向ける。するとルルティエは少し口ごもったかと思うと、少々小さい声で答えを返してきた。

 

「あ、あの、わたしにそう畏まったしゃべり方はされなくても結構ですので。いつも通りに話してくれると嬉しいです、ハクさま、クオンさま」

 

「うん、そう言う事ならそうさせてもらうね、ルルティエ」

 

「ルルティエがそう言ってくれるんなら、自分もその方が楽だからそうさせてもらうか。そう言えばどうしてお姫様がこんな辺境の村に?」

 

「あ、それは…」 

 

 ルルティエの説明によると、クジュウリからの荷を帝都に献上する事になっており、ルルティエはクジュウリ皇オーゼンの名代として帝都へと赴く事になっているらしかった。荷の護衛には帝都から来た者が着く事になっており、その者たちとの合流予定地がこの村なのだという。

 

「なぁルルティエ、その護衛の代表者ってウコンって奴じゃないか?」

 

「は、はい、そうですけど…。ハクさまとクオンさまはウコンさまと面識が御有りなのですか?」

 

「うん、というかすぐそこにウコンがいるかな」

 

 クオンはそう言うと村外れのウコンが子供たちに稽古をつけているであろう場所を指さす。そちらのほうを見てみるとちょうど話題に上がっている人物であるウコンがこちらに向かってきていた。

 

「あ、ウコンさまですか?」

 

「そちらは…ルルティエ様!もう到着なされていたんですか」

 

 どうやら、間違いは無かったらしい。こうして帝都への道のりの仲間にルルティエとココポが加わる事になった。その晩はルルティエも自分たちと同じ宿に泊まり、クオンは夕食時や風呂などを通してルルティエとの親交を深めたらしく、友達ができたと喜んでいた。そしてその翌日、ウコン一行に自分とクオン、ルルティエを加えた一行はボロギギリ討伐を行った集団として感謝の言葉を贈られつつ、村を出る事となったのだった。



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偽りの仮面 帝都道中編
帝都への道~動物たちに好かれすぎてつらい by.ハク~


よろしくお願いします


帝都への道~動物たちに好かれすぎてつらい by.ハク~

 

 

 帝都への道のりは馬車の旅で一週間程度だ。村をてで帝都へと旅だったから日から数日、自分には妙に気になる二人組がたまに寄ってきている。背格好から年のころはクオンと同じか少し下くらいだと思うのだが、顔まですべて隠すフードというか何と言うか、とにかく背格好以外にまともに情報が得られない二人組である。ウコンいわく気にするなということだったが、気になる…。ま、フードを無理やりとるわけにもいかんしどうしようもないか…。ちなみに自分は今、初めて会ったときクオンが連れていた馬に騎乗している。休憩のときなど、ココポや他の奴らの乗る馬たちが構ってくれと押し寄せてきて大変だった。…動物でも嫉妬ってするのかね。それに自分の乗っている馬が妙に誇らしげで上機嫌だったが気のせいだよな?

 

 クオンは仲好くなったルルティエと共にココポの上の住人だ。自分と一緒に馬に乗るか悩んだようだが、二人乗せるにあたって力の強さや持久力はどう見てもココポに軍配が上がり、それに加えルルティエとのおしゃべりの時間を天秤にかけた結果、ココポに相乗りする事になったようだ。クオンが自分と離れ他の奴との時間を優先する、再会した当初の事を考えると良い傾向だとは思うのだが、胸に去来する寂しさはやはりあるな。

 

 

「よーし、今日はここまでだ。各自野営の準備、歩哨部隊は周囲の警戒を怠るな!」

 

 その日は特に問題なく進み、そろそろ日も傾いてきたかという頃。野営に適した開けた場所が見えてきたため、ウコンの指示でそこで野営と言う事になった。クオンとルルティエは野営時は夕食の手伝いということでそちらに手を取られるため、自分は手持無沙汰となる。昨日は鉄扇と女将から貰った太刀の手入れを行った。出発した日の野営の時、ウコンと模擬戦をし引き分けたといつの間にか知られていたようで、随行員の中で夜の見張りがない者などから模擬戦を申し込まれ断り切れず、鉄扇で相手をした為だ。ルルティエと合流した日の夜にウコンが部下たちに話してしまったのが発端らしく、とりあえずウコンは一発殴っておいた。ちなみにそのウコンからも模擬戦を申し込まれたりしたが断固として拒否しており、今のところは模擬戦はせずに済んでいる。今日は道中お世話になっている馬への労いを兼ねてブラッシングする事にした。

 

 

 …ひどい目にあった。自分が乗っている馬のブラッシングをしていたらココポを初め、ほかの馬たちも自分用のブラシを持って突撃してきたのだ。もみくちゃにされた後、少しずつだがやってやったらなんとか収まったものの、めちゃくちゃ疲れた。馬の世話係の青年には平謝りされ、気難しい馬も多く乗り手以外にこんなに懐くとは驚いたと言われたが、自分は苦笑を浮かべるしかなかった。

 

 

 さて、夕食までまだ半刻程ある。ふと、そろそろクオンが風呂に入りたいという頃だろうなと思い至ったため、ココポに手伝いを頼み、クオンの為に風呂の準備をする事にした。あいつの風呂への執念は侮れんからな。

 

「悪いなココポ、付き合わせて。あとマロロもありがとうな」

 

「ホロロロッ…」

 

「親友のハク殿の手伝いでおじゃ。マロにお任せでおじゃるよ」

 

 近場に水場があったため、そこからクオンの天幕傍まで水を運ぶ事にする。暇だったのか、自分を訪ねてきたマロロも水汲みを手伝ってくれていた。もっとも水を入れた桶を担いで歩くことはできず、運搬はもっぱら自分とココポで行ったが。ココポは何が嬉しいのか機嫌良さそうに鳴いていた。なんかマロロが張り合っていたが、気にしない方が精神衛生上良いだろう。

 桶はウコン達が使用している物を一言声をかけてから拝借した。クオンはウコンたちの荷物に紛れ込ませて風呂に使えそうな桶を二つ持ってきていた為、片方に水を入れていく。後でお湯に沸かしなおさなければならんが今はこのままだな。

 

「ふぅこんなもんだろう。お疲れ様、マロロ、飯まで休んでるといい。ココポも助かった。お礼にブラッシングしてやるからこっちに来い」

 

「ふひぃ、このくらい、ふひぃ、マロに掛れば、ふひぃ、楽、ふひい、勝で、おじゃるよ、ふひぃ。ふぅー、で、でも少し疲れたでおじゃるから休ませてもらうでおじゃるよ」

 

「ホロロロッ♪」

 

 四半刻程で水を運び終わり一人と一匹に労いの言葉をかける。ココポはどこに隠し持っていたのかブラシを自分に渡してきたため、それを使って丁寧にブラッシングをしてやるのだった。

 

 

 飯が出来たと声が掛ったためそちらへと赴く。野郎どもが思い思いの場所に腰を下ろし、夕食に舌鼓をうっていた。自分も飯を貰おうかとずいぶんと落ち着いてきていた配給場に赴く事にした。

 

「あ、ハクさま。お夕飯ですどうぞ」

 

 食事の用意の後、配給をしてくれていたであろうルルティエがこちらに気がついて今日の夕飯をよそってくれる。そう言えばクオンと二人でこの人数の飯を用意してるんだよな…。

 

「そういえば、この集団の飯はルルティエとクオンの二人だけで作ってるんだったよな?」

 

「は、はい。え、えっと…こんなことくらいでしか…皆さんのお役に立てませんから…。それにクオンさまも手伝ってくださいますし…」

 

 健気にそう言うルルティエに頬が緩むのを感じる。この子は優しいが、少し自分を卑下しすぎるとこがあるんだよな。自分から見たら十分以上に優れた特技だと思うのだが。

 

「しかし、この人数の分を用意するのは大変だろう。まぁクオンも結構手際が良いから十分戦力にはなってるんだと思うが、十分ルルティエは凄い事をしてると思うんだがなぁ」

 

「あ、ありがとうございます。…でも実家の厨房はわたしが取り仕切ってましたから…そういわれても実感はわかないです…。そ、それにクオンさまはすごいんですよ!わたしの知らない調理法なんかも知っていらして、わたしいっぱい教わっちゃいました」

 

 謙遜のあと、そう言ってクオンの事をべた褒めするルルティエが微笑ましくてついつい頭を撫でてしまった。ルルティエは少々驚いた顔をしたが嬉しそうに受け入れてくれた。…これ、世が世なら軽いセクハラだったよなと思いながら、話題の転換を図ることにした。

 

「しっかし、姫様でもそう言う事はするんだな。少し姫様とかへの見方が変わりそうだ」

 

「その…わたしの家は辺境の一豪族なので…そんなに格式の高い家でもありませんから…」

 

 そう言うもんかねと呟くと、そういうものですとルルティエもくすくすと笑いながら返事を返してくれた。周りを見ると食事を取りに来ている人間はもうおらず皆食事についているようだ。クオンはどうしているかと周りを見渡しているとすぐに見つかった。その手には二人分の食事を持っていてクオンの分とルルティエの分だろうと思われる。

 

「あ、ハク。ルルティエも。こっちはひと段落したから一緒にご飯食べない?」

 

「お、そうか。ルルティエもいいか?」

 

「はい。ご一緒させていただきます」

 

 にこやかにそう言うルルティエを伴って近くの岩に腰を下ろし食事を取る。ルルティエの味付けはクオンの物に近かった。もう覚えていないあの時間の中で、クオンに料理を教えたのは彼女だったのかも知れないなと思う。

 

「…うん、うまい」

 

「お口にあったのなら良かったです」

 

「ルルティエはお料理が上手だよね。家事全般は一通り出来るらしいし、優しいし、ルルティエをお嫁さんにもらう人は幸せ者かな」

 

「…わたしなんかまだまだです。…クオンさまこそお料理も上手ですし…家事全般もできるっておっしゃってたじゃないですか。…それを言うならクオンさまこそ良いお嫁さんになると思います、ね、ハクさま」

 

 そんな風になんでもない話をしながら和やかに食事を取る。ルルティエ本当に癒し要員と言うか何と言うか彼女がいると場の雰囲気がほんわかするのだ。どんどん箸が進み、料理を完食すると、クオンとルルティエに断りを入れてクオンの天幕に向かった。

 

「さて、後は湯を沸かすだけだな」

 

 そう呟くと、早速作業を開始した。焚き火で湯を沸かし風呂用の桶へと注いでいく。そのままでは熱すぎるので水を加え適温より少し熱めくらいになるようにした。多分クオンはルルティエも誘うだろうと思うので、風呂用の桶も二つ用意し、お湯を張っていく。お湯を再度加熱ができるように焚き火で石を温めておくのも忘れない。

 

「さて、ほぼ準備も終わったしクオンを呼びに行くか」

 

 クオンを呼びに炊き出し場に向かうと片付けが終わったのかこちらに戻ってくる途中だったようだ。ルルティエも一緒にこちらに来ている。クオンは自分を見つけるなり近づいてくると、少し上目づかいでお願いがあると言ってきた。

 

「あ、ハクちょっとお願いがあるんだけどいい?」

 

「おう、なんだ。風呂か?」

 

「すごい、ハク。なんで分かったの」

 

「おまえの考えなんてお見通しだっての。ちょっとこっちに来てくれ。あ、時間があるならルルティエもどうだ?」

 

「あ、はい。ご一緒させてもらいます」

 

 そう驚くクオンを促し天幕へと向かう。もちろんルルティエも誘った。天幕に近づくと湯気が上がる風呂桶を見たクオンとルルティエから感嘆の声が上がる。

 

「ハク、いつの間に…」

 

「あ、あの。…わたしもご一緒して良かったのでしょうか?」

 

「クオンがそろそろ風呂に入りたいって言いだす頃合いだと思って、二人が夕食の準備をしている間にな。ココポにも手伝ってもらったから、その主人であるルルティエにも入る権利はあると思うぞ。後は仕切りの布を張るだけだから、二人とも手伝ってくれるか」

 

「「わかったかな/わかりました」」

 

 二人を促し、即席の湯場にした場所の周りに人目避けの布を張っていく。湯加減を確認し少し冷めていたようなので熱した石を入れて温度を調節した。自分は見張りを申し出て近くで待機し、二人には風呂を楽しんでもらう。さて、後で自分も入らせてもらうか。…マロはどうしようか。クオンが入った後の湯に他の男を入れるのは釈然としないし、ルルティエの後に入ってもらうのもなんだかな。…手伝ってもらっといて悪いが今回は諦めてもらうか。帝都に着いたらうまい酒でもごちそうするとしよう。

 

 

 

SIDE クオン

 

「ん~、良い湯加減かな。ルルティエの方はどう?」

 

「はふぅ~、クオンさまこちらもお湯加減ばっちりです。だけど、旅の間に湯につかる事ができるなんて思っていませんでした」

 

「うん、それはハクに感謝感謝かな。あ、それとココポと手伝ってくれたってハクが言ってたマロロにも」

 

「はい。ハクさまには後でお礼を言っておかないと。ココポとマロロさまにも」

 

 ハクが気をきかせて沸かしてくれたお風呂に浸かりながら、私とルルティエはこの幸せをかみしめていた。でも、お風呂に入りたいって思ってたのを悟られてたのって嬉しいけど少しだけこそばゆい。ここ数日はハクがわたしを置いてまたどこかに行ってしまうんではないかという感情も少し収まった事で心に余裕ができて、お湯を張った湯船に浸かりたいって気持ちがむくむくと湧きあがってたから。ん~やっぱり、お湯に浸かるのは極楽かな。

 

「でも、ルルティエも大変だよね。公務とはいえ故郷を離れて帝都までいかないといけないなんて」

 

「いえ、それが今のわたしの役目ですから。それにそのおかげでクオンさまにも、ハクさまにも、あとウコンさまたちにも会えましたから」

 

「も~、ルルティエもは本当にうれしい事を言ってくれるかな。だけど私もルルティエに会えて良かった。お友達になれたしね」

 

 私がそう言うとルルティエは嬉しそうに同意してくれる。本当にいい子だよね、ルルティエは。身分的な事が関係してほとんど友達がいなかった私の(もう覚えていない前を除いての)初めての友達がルルティエで良かったかな。

 

「ハク~周りは大丈夫そう~?」

 

『おう、ちゃんと見張ってるからゆっくりしとけ~』

 

 布の外に声をかけるとハクの声が返ってくる。少しはましになったけど、やっぱり姿が見えないとまだ不安になってしまう。ハクの姿を無意識に探してしまう。まぁ、ハクも嫌な顔はしないし少しずつ克服していけばいいよね。ハクと長時間離れるなんて事は無いわけだし。

 

「くすくす、本当にハクさまとクオンさまは仲がよろしいですね。やっぱり、将来を誓い合った間柄だからですか?」

 

「そう見えるなら嬉しいかな。…私はハク以外に考えられないし、多分ハクもそうだと思う。お互いにとってお互いが一番に大切な人だと思ってるかな」

 

 少し照れながらもそうはっきり口にする。私とハクの関係については、ココポの上で揺られている途中にルルティエにも伝えてある。まぁ、ちょっとした牽制かな。人が人に恋する時って倫理感とか常識とかそういうものは関係なしに落ちてしまうものだから、どうしようもないかもしれないけれど。ルルティエのハクに対する評価がとても高いようだったのでちょっとね。もし、本当に、本当にもしもの話だけど、ルルティエがハクに恋をして私と恋敵になったとしても私は譲らないし譲れない。それくらいハクの事が大切だし、愛している。…っていくらなんでも考えすぎだよね。湯船に浸かって気がゆるんじゃってるみたい。そんな風に考えているとき、布の外から何かを投げたような音が聞こえて近くの茂みからガサガサと音が鳴った。野生動物だろうか?少しだけ警戒する。

 

「ハク~何かいたの?」

 

『…いや、気配がしたから石を投げてみたんだが、小動物かなにかだったみたいだ』

 

 ハクのその答えに警戒を解き、そのまま心行くまで湯船を満喫した。

 

 

クオン SIDE OUT

 

 

 

 クオン達が風呂に入っている途中、茂みの中に生き物の気配があったため、石を投げ、目線をそっちに固定する。多分人間だとは思うが殺気どころか敵意や害意すら感じないし、多分害は無いからただの牽制だ。案の定その気配は自分に気づかれた事を自覚したのか、茂みを一回揺らしてすぐ離れて行ったようだ。クオンから何かあったかと聞かれたが、小動物だと言ってごまかしておいた。さて、明日の道中で何もないといいんだがね…。

 

 それからしばらくすると髪をしっとりと湿らせたクオンが布の中から出てくる。お風呂に入れてご満悦なのか笑顔で鼻歌まで歌ってる。ま、それだけ嬉しそうなら準備したかいがあったってものだ。

 

「~♪いい、お湯だったかな。あ、ハクも入るよね?少しお湯がぬるくなってたから温めなおした方がいいかな」

 

「おう、分かった。ルルティエは?」

 

「もうちょっとで出てくると思うから、ハクは準備して待ってるといいかな。あと、今日も私はルルティエの天幕に泊まるから、後片付けお願いしていい?」

 

「分かった。片付けはやっておくさ」

 

 その後、出てきたルルティエは自分に礼を言いた後、クオンを伴って天幕へと戻っていった。それを見送った後、お湯を温めなおしてから、自分も風呂に入り(もちろんクオンが浸かった方に入った)、一応ある程度の後片付けをして、天幕で就寝したのだった。

 

 

 

??? SIDE

 

 

 ハク達の野営地から五分ほど離れた森の中に二人の人物の姿があった。燃えるような赤い髪を両者とも持っており、二人ともに整った顔立ち。どことなく似ている事から血縁である事が伺える。一人は女性としての魅力に満ち溢れた肢体を持った女性。もう一人は闇に溶け込むような外套を着こんだ糸目の男だ。

 

「気づかれるとは私も修行が足りんな」

 

「いいえ、姉上の気配の消し方は相当な域です。その気配を消した姉上に気がつくとは侮れませんね。腕も相応にたつようでしたし、予定になかった同行者ももう一人増えています。明日は細心の注意を払って事を進めましょう」 

 

「オウギ…ああ、分かっている。オシュトルからの依頼である事は気に食わんが、モズヌたちのやり方はそれ以上に気に食わん。このノスリ旅団の頭目ノスリが正義の鉄槌を下してくれる!」

 

「さすが姉上。正義の心に満ち満ちていらっしゃる」

 

「しかし、あの男に関してはひと泡吹かせてやらんと気が済まんぞ」

 

「それでしたら姉上。明日の作戦ですが…」

 

 その後数分ほど言葉を交わした後、二人の義賊、姉のノスリと弟のオウギは森の中へと姿を消したのだった。



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出会いにして再会4~エヴェンクルガの姉弟~

よろしくお願いします


出会いにして再会4~エヴェンクルガの姉弟~

 

 

 

「なぁ、ウコン。なんか人数減ってないか?」

 

「もう今日中には帝都に着くからな。何人かは今日の朝早くに先触れとして先行して貰った」

 

「やっぱり、お偉いさんを連れてるとそう言うもんが必要になってくるのかねぇ。ま、そう言う事なら納得したよ」

 

 明けて翌日、野営の片付けをしてから野営地から出発し今は馬上だ。移動しながら、ウコン一行の人数が減っているように見るのが気になったのでウコンに尋ねると、そう答えが返ってきた。人数も減っている事もあるし、昨日の事もある。今日の移動で帝都に着くとの事だが気を引き締めよう。ホントはだらだらといきたいんだがね。

 

「しかし、アンちゃんも悪いな。奴らの訓練に付き合わせちまってるみたいで」

 

「そう思うなら自分を試合に誘うのをやめろ。あいつらくらいの腕ならともかく、お前とやるとなると命がいくらあっても足りん。そもそも自分はあいつ等の教官ではないぞ」

 

「まぁ、そう言いなさんな。あいつ等からの評判も上々だぞ。護りが硬く攻撃の時も堅実、少しでも隙を見せれば付け込まれる。刀を使わせても強ぇが、鉄扇を抜いた時の護りはまさに鉄壁ってな。聞いた話じゃあ連戦連勝だって話じゃねぇか。やっぱりここはあいつ等の負け分を取り返すために俺が…」

 

「断固拒否する。お前とやるのは危なすぎるって言ってるだろ。あの一回で懲りた」

 

「そう言わずによぉ、アンちゃん」

 

 ウコンとそんな風に話をしながら道中は進んでいると、前方に車輪がはまってしまったのか動けなくなっている様子の荷を積んだ荷車と女性が見えてくる。女性はこちらに気がついたようで手を振ってきた。一行の代表としてウコンが声を掛けに行く。…しかし結構な別嬪さんだな、胸も大きいし。…そう考えたところで後ろにいるクオンの方から只ならぬ圧力を感じたので、思考をそこで中断する。まぁなんだかんだ言って自分にはクオンが一番だからな、うん。美人を見かけたらついつい美惚れてしまうのは男の悲しい性なんだ大目に見てくれ。

 

「どうされたんですかい?見たところ車輪が嵌って立ち往生しているようだが」

 

「すみません、道を塞いでしまいまして。いま私の仲間が助けを呼びに行っているのですが、それでは日が暮れてしまいます。申し訳ないのですが荷車を押し出すのを少々お助け願えないでしょうか?」

 

「…そいつぁ災難だったな。よしテメエ等、荷車押し出すから何人か手伝え」

 

「応よ!」

 

「よっしゃ!任せな」

 

 ウコンの呼びかけに何人かの男たちがいそいそと溝にはまった荷車に集まっていく。美しい顔立ちの女性からの頼みだからか、皆無駄に張り切っているように思える。…あとお前ら、自分の方を見てあんたは来るなよと言わんばかりのアイコンタクトをしてくるのはやめろ。いかないから。

 

「見ず知らずの者の為に、ありがとうございます」

 

「いや、道を塞がれては仕方がない。気にするな」

 

 ウコンがそう言うと女は袖を口元にあてて上品に笑う。

 

「本当に助かります。それから厚かましくて大変申し訳ないのですが、もうひとつだけ頼んでも宜しいでしょうか?」

 

「なんでい、おぅ、言ってみな」

 

 ウコンがそう言うと女はクスリとほほ笑んだ。

 

「ああ、貴様たちの積んでる荷を置いて行ってもらおう」

 

「…ハァ?」

 

 言われた言葉にウコンは声を低くしてそう言うと、女は悪びれた様子もなく首をかしげる。というか口調変わってるな。さっきまでのは演技だったって事か。

 

「おや。聞こえなかったか?貴様らの運んでいる荷を置いて行って欲しいといったんだが」

 

 女がにやりと笑ってそう言った次の瞬間、荷にかぶせていた布が勢いよく舞い上がり、そこから幾人もの男たちが飛び出してくる。

 男たちは荷を押そうと近づいてきていた男たちをあっという間に組み伏せ、男たちの登場に驚いていたウコンも背後から近づいてきていた赤い髪の男に首に短刀を突き付けられその動きを封じられる。…しかし、ウコンがこの程度で動けないとは妙だなとは思う。しかし状況としては最悪一歩手前ってとこだな。周囲に目を走らせてみれば森から男たちが出てきていて、弓を引いていつでもこちらを狙える構えを見せており警戒せざるを得ない。

 

「ぁ……あぁ、クオンさま…」

 

「大丈夫だから…ね」

 

 後ろではルルティエが涙交じりの声で動揺しているが、それをクオンがなだめているのが聞こえる。

 

「ハ…ハク殿…」

 

 自分から少し離れた場所にいたマロロも首に短刀を当てられ、震えあがって自分の名前を呼んでいるが今はどうする事も出来ない。

 

「へぇ、やるじゃない」

 

 ウコンは不敵な態度を崩さずそう言う。声は固いように感じるが少し違和感を感じる。なんだろうか…。

 

「安心しろ。私たちの目的はその積荷だけだ。大人しくさえしていれば、命を取るような真似はせん。それとも無駄な抵抗をして、おまえの部下たちとその女たちを危険にさらすか?」

 

「……しゃぁねぇ」

 

 ウコンは女を見ながら腰の刀を外すと、それを目の前に放りだした。そして周りを視線だけで一瞥し周りにも同様にするように促す。自分もその声に合わせて馬からおり手綱だけを握った状態にした。この状況では逃げ出すのは不可能と判断できたためだ。

 

「オメェ等もだ。いいか、余計な真似はするな。大人しくしてりゃ何もしねェって言ってんだ。言われた通りにしてやろうや」

 

『………』

 

 皆がざわめきながら顔を見合わせている。しかし、この状況はどうしようもないと観念したのか、一人、また一人と武器を捨てていった。それを横目に見ながら自分の方にウコンの目の前にいた女が歩いてくるのが見える。そう言えばこの女の気配はどこかで…。ああ、昨日の奴か。こんな事になるなら騒ぎを起こしてでも捕まえておくべきだったか。女は自分の前に来ると腰の刀をさして武装の解除を求めた。…腰の鉄扇はただの采配用の道具にでも見えたようで取り上げられなかった。まぁ普通に鉄扇を武器として使う輩なんて稀…どころか自分以外に見た事がないし、外から見ればただの扇に見えなくもないからな。

 

「これは取り上げさせてもらうぞ、昨日は世話になったからな」

 

「……やっぱり、昨日の奴か」

 

 その言葉でクオン達が風呂に入っているときに近づいてきていた奴だと確信する。自分のところに来たのは昨日の意趣返しのつもりなのだろう。得意げににやりと笑う女には悪意や害意と言った物は皆無だった。自分も大人しく刀を抜きとられる。

 

「さて、おまえもだ」

 

「ひっ…マ、マママ…マロは…マロは…」

 

「そいつなら何も持ってないから、そう脅かさないでやってくれ」

 

「む、脅かしたつもりは無いのだが…、そうだな、見えるところに武器は持っていないようだし、なにより、見るからに貧弱そうで何か隠し持っていたとしても、何かできるとも思えん」

 

 女は自分から少し離れてた位置にいたマロロにも視線を向け武器を捨てるように言ったが、マロロはめちゃくちゃ動揺しているようで言葉がうまく出てこない。見かねて助け船を出したが、それで納得してくれたようだ。なんかマロロがぼろくそ言われてたが些細な問題だろう。

 

「よし、おまえたち」

 

 女がそう言うと男たちがてに縄を持って現れ、皆を後ろ手にして縛っていく。女も縄を取り出し自分に近づいてきた。

 

「よし、おまえは私自ら縛ってやる。手綱から手を離して手を後ろにやれ」

 

「自分にそう言う趣味はないんだがな…」

 

「ふふふ、大人しく縛られていろ」

 

 女は楽しそうにそう言うと手際よく自分の手首を背中で縛っていく。すると自分にだけ聞こえる声量で声をかけてきた。

 

「そのまま聞いていろ。これはあの男の仕組んだ茶番だ。さっき言ってた通りすぐに解放されるだろうから大人しくしておいてくれ。ま、私がおまえを担当したのは昨日の意趣返しだ。悪く思わんでくれ」

 

 そう言うと、女はそのまま自分を先導してウコンの傍まで連れて行き座らせる。そして、ニコリとこちらに笑みを向けると自分から離れて行った。多分、あの男と言うのはウコンの事だろう。何が目的かは知らんが、安全性はかなり増したと見ていいだろう。ま、途中から思ってたが、こいつは基本的には善人って言っていい精神構造をしてそうだから信用はできるか。…正直クオンに危害が加えられそうな状況になって大人しくしている自信は無かったから、少し安心した。それとさっきから気になっていたウコンの様子にも得心がいったな。

 

「いんや~、流石はノスリ。見事な手際じゃね~の。さすがは俺の女じゃんよ」

 

 ぱちぱちと手をたたく音と男の声が背後から聞こえたのでそちらに目を向けると、いかつい男が手を叩きつつ、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて現れた。あ、多分ウコンの目的はこいつらだわ。

 

「私はおまえの女になどなった記憶は無いがな。おまえの記憶違いじゃないか?」

 

「なんだよ連れネェなぁ。ま、今はこいつらじゃんよ」

 

 そう言ってこちらを見る賊にウコンが声をかける。

 

「テメェ等、賊か」

 

「ご名答です」

 

 ウコンの言葉に先ほどあいつを拘束した赤い髪の男が女――ノスリの傍に行きそう答える。賊の頭とみられる男はウコンの問いかけを気にした風もなく、ココポから下ろされて拘束されていたクオンとルルティエを見て、その卑下た笑みを深めると舌舐めずりした。…よし、あいつは最低でも半殺し確定だな。

 

「うほほっ、こりゃ上玉じゃねぇの。帝都にだって、こんな上玉滅多にいねぇじゃんよ。決まりじゃん、この女は俺様のもんに決定な」

 

「オイ、テメェ等。縛り上げた連中の身ぐるみ剥すの忘れんなよ」

 

「「「ヒャッハー!!」」」

 

 男の掛け声とともに、周りを取り囲んでいた連中とは別の、ガラの悪い男たちがわらわらと近寄ってくる。ルルティエは涙を浮かべながら震えるが、クオンはニコリと笑いながら口を開いた。

 

「折角だけど遠慮しとくね。どう見ても好みじゃないから」

 

「へぇ…」

 

 その言葉に、頭目と思われる男は興味深そうにクオンを見ると感嘆したように声を漏らし、それを見たクオンは不敵に笑って見せた。それを見て男は口角を釣り上げ笑みを深くする。

 

「いいじゃん、いいじゃん!気の強い女だ、ますます気に行ったぜ!お前たちは今から俺の女だぜ。たっぷりとかわいがってやるから楽しみにするじゃんよ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、頭の中で何かが切れた音がしたような気がした。ああ、半殺しじゃ足りんか。あの野郎には生まれてきた事を後悔させてやらないと。

 

「頭ぁ、少しは俺たちにも分けてくださいよ」

 

「バカヤロウ!こんな上玉、指一本だって分けてやらねえよ!」

 

 ルルティエは恐怖に震える体を男の大声でビクッと跳ねさせ、クオンの名前を呼びながら身を寄せるのが見えた。ルルティエを安心させるように優しく笑ってクオンが声をかけるのが聞こえる。

 

「大丈夫。そんなに恐がらなくても大丈夫かな。きっとハクがなんとかしてくれるから」

 

 後半は自分を見ながらそう言うクオンに苦笑が漏れる。助けを求めるようにこっちを見るルルティエに笑みを返し自分は前の男に視線を向けた。その時、美しい女が二人手に入ったと大喜びしていた男に鋭い声が掛けられる。

 

「モズヌ、勝手な真似はするな。我らノスリ旅団と行動を共にするからには、我らの流儀に従ってもらう」

 

 頭目――モズヌに鋭い目を向けながらノスリが釘を刺す。その横には先ほどウコンに返事をした赤い髪の男が控えている。

 

「我らの目的は積荷のみ、それ以外には決して手を出さない、ヒトに危害は加えない…そう言っておいたはずだが?」

 

「いいじゃんよ、いいじゃんよ~。ンナ堅苦しい事言いっこ無しにして、やりたいようにヤッちまおうぜ。ぜ~んぶ俺様に任せておけってよぉ」

 

 そう言いつつモズヌはノスリの傍まで近寄ると、なれなれしく肩に手を回す。モズヌが移動している間にノスリと目があったが、その目は今は私に預けてくれと言っているような気がした。自分の気のせいかも知れんが。実際、動こうと思えば動ける。手の縛りも緩い物ですぐに抜け出せるようにしてくれているし、慣れ親しんだ武器も手元にある。先ほどこちらを狙っていた弓兵も今は降りてきているし、周りを囲んでいる連中を出し抜く自信もある。後はクオンとルルティエ、後ウコンあたりを救出できればなんとでも出来るだろう。無論、こちら側に死傷者が出るだろうが。

 

「それにちゃ~んと分かってるゼェ~。ノスリが妬いてるって事によ。いい加減素直になって俺様の 情婦おんなになっちゃいなヨ。折角、こ~んな良いもん持ってんだからヨ」

 

 そう言いながら、モズヌの指先がその豊満な胸部に伸びようとした瞬間、ノスリはその指を掴んで軽くひねった。ぽきんと、軽い音を立てながら奴の指は曲がってはいけない方向に曲げられ、モズヌは捻られた指を抑えながら悲鳴を上げてノスリから離れた。…正直胸がすっとしたぞ、ナイスだノスリ!

 

「お痛はダメよ、坊や」

 

 そう棒読みで言いながら、ノスリは痛みに悶えるモズヌを見下ろす。彼女は隣に立つ男に笑顔を向けた。

 

「どうだ、オウギ。今のはなかなかの良い女っプリじゃなかったか?」

 

「ええ、さすがは姉上。その魅力に思わずめまいを起こすところでした」

 

 パチパチと数回拍手をしながらそう言った男――オウギにノスリは機嫌を良くしたようでニコリと笑みを浮かべる。

 

「ふふふ、そうだろう、そうだろう。これでまた一歩、いい女に近付いたな!」

 

「いぎ…が、なな…何をしやがるー!」

 

 蹲っていたモズヌはそう言うと涙目で立ち上がり、ノスリに食ってかかった。…いやおまえは自業自得だろうに。ノスリの対応は腕に覚えのある女としては優しい方だと思うぞ?下手したらそのままボコボコニされてなにを切り落とされても仕方ない。いや、若干自分の願望が入ってるな、うん。あいつに酷い目に遭えっていう。

 

「無粋だな。女との戯れを、笑ってさらりと流すのが良い男と言うものだぞ」

 

「超痛いじゃんよ!こんなん流せるかー!」

 

「はぁ、やれやれ。だからお前は良い男になれんのだ」

 

「…ンだとぉー!」

 

 ノスリの物言いにキレたのかモズヌが再びノスリに手を伸ばそうとするが、その動きが止まる。理由は単純だ赤髪の男―オウギがモズヌの背後を取り、その喉元に鋭く光る刃を当てていたからだ。

 

「どうしました、続きをしないのですか?」

 

「ぐ…っ…、じょ、冗談じゃん冗談、な、なにムキになってんじゃんかよ」

 

 モズヌはそう言いながら引きつった笑みを浮かべていた、心なしか体も震えているようだ。オウギが刃を下げないでいるとノスリが気にしていないという体でオウギに声をかけた。

 

「構わんぞ。こんな場合に男のヤンチャを許してやるのもいい女の条件というものだ」 

 

「…姉上がそう言うのであれば、仕方ないですね」

 

 オウギは突き付けていた刃を下ろすと何事もなかった様にその場を離れた。いまだに喉に刃を突き付けられている心地なのかモズヌは首をさすりながら立ち上がる。刃を突き付けられたせいなのか、指の痛みのせいなのか分からないがその顔には大量の冷や汗が浮かんでいた。

 

「グ…へへっ、ま、まぁいいさ。俺は(おっぱいの)小さい娘が好きだからなぁ!。元々デカチチはあんまり好きじゃねぇンだよー!ババアになるとシオシオに萎んで垂れてくるんだからなー!!」

 

「ま、待ってくださいよ頭~」

 

 モズヌは負け惜しみのようにそう言うと、逃げるように森の方へと向かって言った。その手下だと思われる男たちも後を追っていく。その背中には汚物でも見るような女性陣の視線が突き刺さっていた。…沈黙が痛い、さすがにあそこで幼女趣味宣言は…な、幼女趣味な賊とかもう救いがないぞ。ノスリは気を取り直すように咳払いをすると、皆がそちらに注目した。

 

「ん、んっ!よ、よし運べ。…騒がせたな。では、積荷はいただいてゆくぞ。さらばだ!」

 

「それでは道中お気をつけて、皆さん」

 

 モズヌのせいで若干ぐだぐだになったが、何とか立て直し荷物を奪っていく者とは思えない言葉を残して、ノスリとオウギは茂みの奥へと姿を消した。荷物もノスリの手下たちが荷車ごと積荷を運び、姿を消していった。武器なんかはそのまま置いて行ってくれたみたいだな。

 そういえばあいつら――正確にはノスリとオウギにもウコンに会った時のような感情を感じたが、切羽詰まりすぎてそれどころじゃなかったな。しっかし、ホントに自分の前の交友関係はどうなってたんだろうなまったく。

 

 

 そノスリたちが去って数分、そろそろ良いだろうと、ウコンに目線を向け説明を求めた。

 

「で、これはどういうつもりだ?ウコン」

 

「…何の話だ?」

 

「…惚けるつもりならこちらにも考えがあるが」

 

 ここにきて惚けるか…。今の自分はクオンに危害を加えられそうになって心に余裕がないんだよ、あんまりふざけていると…な?建前はどうあれ、ルルティエを――クジュウリの姫様を危険にさらしたっていう事実はあるんだ。やりたくは無いが最悪お前の首が飛ぶぞ?そう思いながら少し怒気を込めて奴を見ると観念したように肩をすくめる。

 

「はぁ、アンちゃんは誤魔化せなかったか。さすがに良い目をしてやがる。よっと」

 

 話す気になったようだ。ウコンが体に力を入れると手を縛っていた縄が簡単に千切れ、ウコンは自由になり立ち上がる。後ろでマロロがひょえぇぇ!?とか叫んでいるが気にしない。自分も縄を外しクオンの方に目を向けた。

 

「よいしょっと」

 

 目をむけるとクオンは掛け声と一緒に立ちあがっているところだった。クオンを縛っていた縄は、それと同時にスルリと解け地面に落ちる。自分とウコンもそれを見て立ち上がる。ウコンは振り返って縛られている皆を見ると口を開いた。

 

「お察しの通り、こいつは謀だ。あの賊どもをぶっ潰すためのな」

 

「おじゃ!おじゃぁあ!?」

 

「情報は正確にな、ウコン。後にきた賊たち―あの幼女趣味の変態とその一味を、だろ?最初の奴らはお前の協力者ってとこか?」

 

 ウコンの発言に訂正を入れるように要求する。しかしマロは知らされていなかったか。…まぁ、あいつが知っていて普通にできるか、というと無理だろうから妥当な判断だな。

 

「あー、アンちゃんその通りなんだがあまり他言は…」

 

「わかっているさ。だがうちのお姫様はそれじゃ納得しないぞ?もちろん自分もな」

 

 そう言って話すと自分は後ろを向きクオンを出迎える。クオンは自身が巻き込まれた事はどうでもいいんだろうが、自分と初めての友達であるルルティエを巻き込まれた事には腹にすえかねているのだろう。正直この威圧感を正面から受けるウコンには同情を禁じ得ない…と言いたいところだが、自分もクオンとルルティエを巻き込んだ事については腹にすえかねているのだ。よって、同情の余地は無い。ウコンの前へと歩いて行くクオンに、自分も笑顔で並ぶ。もちろんクオンも満面の笑顔だ。…もちろん目は笑っていないが。

 

「ウコン。もちろん説明、してくれるよね?」

 

「お、おう」

 

 冷汗を流して頬を引きつらせるウコンに、逃がさないぞという意味を込め自分も笑みを深めた。



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モズヌ団討伐~ココポ覚醒!~

モズヌ団討伐~ココポ覚醒!~

 

 

 

Interlude

 

 積荷を奪う事に成功した賊たちは大きな滝が流れる近くの洞窟に来ていた。そのまま洞窟へと入り、ノスリとオウギは先頭を歩くモズヌの後ろを歩いている。しばらく進むとモズヌが足を止めたため、ノスリ達も足を止め目の前の光景を見上げるとそこは行き止まりのようだった。

 

「行き止まりか?」

 

「まぁ、みてるじゃんよ」

 

 どこを見てみても道は途絶えており、ヒトなら飛び越えられる程度の幅の河が流れているだけだった。もちろん鹵獲してきた荷車を渡せるわけもなく、まかせろと言っていたモズヌに疑問の視線をノスリは向けた。

 

 モズヌは訝しげに見てくるノスリの方をちらりと見ると口角を上げ視線を外す。そのまま壁側に行き、壁の一か所を押すとガラガラと車輪の鳴る音が響き、しばらくすると目の前には石の橋が作られてた。その光景にノスリは驚き、オウギも感嘆の声をあげる。

 

 二人の様子を満足げに見たモズヌはそのまま足を進めると橋を越えてから振り返り手を上げる。

 

「こっちじゃんよ」

 

 彼に続いて足を進める事しばらく洞窟の出口が見えだし、洞窟から出る事が出来た。その先に見えてきた光景にノスリもオウギも感嘆の声を上げる。そこに広がっていたのは谷に地形を利用し作られた大きな砦だった。

 

「どーよ、ノスリ。ここが俺たち、モズヌ団の根城じゃん!」

 

「まさか、こんな場所にあったとは…」

 

 そう感嘆の声を上げるノスリをしり目にモズヌに下っ端の団員二人が近づいてくる。

 

「ここなら帝都の連中にも絶対見つからネェっすよ」

 

「前みたいに検非違使の顔色窺ってこそこそするような必要もありやせんしね」

 

「おうよ。どこぞの村を焼き払おうが、女子供をさらおうがなんでもやりたい放題ってわけじゃんよ」

 

 下っ端の言葉に卑下た笑みを返しつつモズヌがそう言う。ノスリがそれを聞いて眉間にしわ作り、鋭い眼光で睨むが機嫌の良いモズヌはそれに気付かない。

 

「にしても嬉しいぜ。まさかお前の方から手を組もうって言ってくれるなんてよ」

 

 モズヌは上機嫌にそう言って馴れ馴れしくノスリの肩に手を回し、ノスリを抱き寄せる。ノスリはそれに抵抗はしないが鋭い眼光はそのままだ。

 

「これからは過去のいざこざは忘れてよ、ここで仲好く一緒に「いや、気が変わった」……へ?」

 

 モズヌはノスリのその言葉に間抜けな声を漏らし、呆けたようにノスリを見た。そして背後から刀を抜く鋭い音が彼の耳に届き、背後を振り返れば抜き身の刀を持ったオウギが笑顔で、しかし冷えた目をして彼を見ていた。

 

「同盟はここまで、ということです」

 

 オウギはそう言いながら刀を振りかぶり荷車の縄を切る。抑えを無くした暖簾がばさりと重力に従って地面に落ち、荷車の中からウコンの部下たちが抜刀しながら降りてくる。

 

「何ぃ!?ノスリ貴様等俺たちを売ったのか!」

 

「私にはそもそもお前と仲間だった記憶はないがな。そもそも下種なうえに、幼女趣味のやつと組みたいなど本当に思うわけがないだろう?」

 

「ちっくしょう!!って幼女趣味ってなんだ!?」

 

 思ってもいなかった事態にモズヌ団の構成員たちは慌て、戸惑いながらも武器を構える。

 

 ウコンが思い描いていた通りに賊退治が始まった。

 

 

 構成員たちも奮闘したが、所詮は正規の訓練を受けたわけでもない烏合の衆。徐々にモズヌ団は追い詰められていく。そんな中、頭目モズヌと彼と立ち上げ当初から苦楽を共にした団員十名弱程は砦の奥へ奥へと進んでいた。

 

「ノスリの奴俺たちを裏切りやがって…。こんなの、もうどうしようもないじゃん。しかしこんな時の為に逃げる準備をしていてよかったじゃんか。隠し通路は見つかってないだろうな?」

 

「はい頭、こういう時の為に準備してたんですから大丈夫ですぜ」

 

 そう言って先導する団員に連れられ行き止まりにたどり着く。団員の一人が壁の一部を押すと、からくりが作動し地下へと続く階段が現れた。それにモズヌ達は入っていく。彼らが入ってしばらくするとからくりが動く音がし、そこには何もなかったかのように行き止まりの通路だけが残されたのだった。

 

 そうして頭目が逃げ出した事にも気がつかず、モズヌ団の他の構成員たちは戦い続けるのだった。

 

Interlude out

 

 

 

 ウコンから説明を聞いた後、奴は残っていた仲間たちを引き連れ賊の討伐に向かった。朝に先ぶれに出したと言っていた者たちは荷に潜んでいて、先に賊討伐を行っているということらしかった。そいつらと合流するために山道の奥に分け入っていったのだ。ルルティエを連れてそこに向かうわけにはいかないため、自分たち―自分、クオン、ルルティエ、ココポ、そして自分の乗っていた馬―はルルティエの護衛と言う名目で待機だ。というかあいつが自分たちを誘ったのって、これが目的だったのではなかろうか。まぁ一般人の感覚で言うと、二人でいるときに襲われるより良かったと見ることもできるだろうが、自分たちの場合だと二人の場合の方が面倒は少なかった気もする。なんだか釈然としないものを感じつつ、ウコン達を見送った。クオンも同様のようで自分の腕に抱きつきながらも少し不満そうな表情をしている。だがこの場にいれて良かっただろう、自分たちがいることでルルティエもずいぶんリラックスできているようだ。

 

 ウコンの説明は理性的には納得できるものだったが、心情的には納得しがたかった。なので今度なにか埋め合わせをするという事で手打ちとした。

 

 そんなこんなで自分たちは襲われた場所近くにあった段差に腰かけ、ウコン達が戻ってくるのを待っているのである。

 

「ウコンさま達は大丈夫でしょうか…」

 

「心配いらんだろうさ、あのウコンが盗人連中に後れを取るとは思えんしな」

 

「うん、心配ないとおもうよ?でも、あんな事があったのにウコンの心配なんて本当にルルティエは優しいね」

 

 あんな謀に利用されたってのに純粋にウコンの事を心配するルルティエにクオンと顔を見合わせ苦笑が漏れた。ルルティエが落ち着くようににポンポンと頭を撫でると照れくさそうにほほ笑んでくれる。クオンも対抗するように腕を引き、上目づかいに見てくるのでその頭を優しく撫でてやった。

 

「私たちは、ここでの~んびり待っていればいいかな」

 

 自分の腕に抱きつきながらそう言うクオンにそうだなと返し大きく伸びをするとあくびが出た。その様子を見たクオンとルルティエがくすくすと笑う。

 

「そういえば、ハクさまはウコンさまとは最近お知り合いになったばかりだと伺っていましたが…」

 

「ああ、そうだな」

 

「それなのにあんなに遠慮のないやり取りをしてらしたんですよね?」

 

 まるで長年の親友のように見えましたと、ルルティエは言う。あいつとは会ってから短いなりに気持ちのいい男だって事は分かってるし、自分は友人だと思ってるし、相応に信頼もしている。だからこそ今回みたいにずかずか言えたってのもあるだろうな。

 

「なんだか、羨ましいです…」

 

「そう?」

 

 微笑みながら小さくつぶやかれたルルティエの言葉にクオンがそう返す。ルルティエは何故か慌ててクオンの方を見いった。

 

「あ、はい…、男の方どうしの友情って素敵、だと思います」

 

「しかし、結果的にウコン達に着いてきて正解だったかもしれんな」

 

「む~、あんな目にあったのに?」

 

 そう言うクオンも心の中では自分の意見に同意しているのだろう。目の奥には優しい光を宿していた。

 

「まぁそうなんだが、ルルティエを一人にせずに済んだしな。考えても見ろ、俺たちがいなかったらルルティエはむっさい男どもの中に女の子一人だけ、しかも今と同じ事態になったらウコンの部下と一緒にいるか、賊の討伐に同行するかの二択だったんだ。それに比べれば随分マシさ」

 

「それは私も同意するかな。ルルティエもその状況だと委縮しちゃうだろうし、賊襲撃の後はとても不安だっただろうし」

 

「あ、あの、わたしの事はいいですから。お二人だけの時に襲われるよりもましだったとかではないのですか?」

 

 ふむ、それも考えないではなかったのだが…

 

「…多分、逃げ出すなり迎撃するなりはむしろ二人の方が容易かったと思うし、そういう方面ならむしろ二人だけの方が良かったかもね」

 

「だな。クオンと二人だけだったらなんとでもなる。あの賊どもの練度じゃなぁ」

 

「…お二人ともお強いのですね」

 

 むしろ、二人の方がそういう場面では楽だよな。それをルルティエに伝えると目を丸くして驚いてくれた。それが妙にかわいくてクオンと一緒に笑ってしまったらルルティエが真っ赤になってしまった。

 

 そんな風に和やかに過ごしていると、ウコン達が向かった方角から軽快な足音が聞こえたのでそちらに目を向ける。するとウコン達と一緒に賊討伐に向かったはずのマロロが戻ってきていた。

 

「マロロ?なんでお前はここにいるんだ?ウコン達についていったんじゃ…」

 

「何を言うでおじゃるか、ハク殿を残していくのが心配で、ウコン殿に頼んでここに残してもらうことにしたでおじゃるよ」

 

「そ、そうか…」

 

 ウコンの奴、マロロでは体力的に心配だからってこっちに戻ってくるように誘導したんじゃないだろうな…。そんなマロロは自分の隣に座ろうとして機嫌良く自分の斜め後ろに座る、ココポのシッポに弾き飛ばされ、悔しいのか袖を噛んでいた。何動物と張り合ってるんだ…マロ。

 

 

 

 クオンがお弁当にと思って作ってきていた、アマムニィを食べながらウコン達の帰りを待つ。食事も食べ終わり水を飲みながらゆっくりしていると背後の大岩が地響きを立てて後ろへと下がっていった…っては?!大岩に寄り掛かるように座っていたルルティエがバランスを崩し後ろへと倒れ、大岩が動いた事で出来た穴へと落ちて行く。

 

「っルルティエ!!」

 

「な、なんだぁ!ってさっきの女じゃないか。こいつぁあついてるぜ!こいつを人質にして逃げれば…」

 

 そう声が聞こえると、土煙を上げて動きを止めた大岩の下から先ほど見た賊が十名弱現れ、最後にルルティエを拘束した悪鬼のような表情をしたモズヌが現れる。そして周りを見渡すと自分たちの存在に気がついた。

 

「な、なんなんでおじゃるか!?」

 

「さっきの賊、かな」

 

「ああ、だがさっきよりも状況は悪い…か」

 

 クオンが顔を引き締めながらそう言うと、状況を理解したモズヌが急に笑い始めた。

 

「か、頭ぁ、どうしやす?!」

 

「こっちには人質がいるんだ、うろたえるな。おい、こいつの命が惜しければ俺たちを見逃すじゃん。あ、あとそこの女も置いて行くじゃんよ」

 

「…わ、わたしの事はいいので…逃げてください。…ハクさま、クオンさま、マロロさま」

 

 怯えながらもルルティエはそう言ってくれるが、残念ながらその選択肢は無いな。この状況、どう打開したものか。そうこうしている間にも奴の手下たちがにじり寄ってきている。あまり時間は無いが。

 

「気易く触れないで欲しいかな」

 

「コココココ……コカコココココ…コカルルル…」

 

 クオン、不用意に刺激するなって。ん、これはココポか?うわ、めちゃくちゃ怒ってるぞあれ。主人であるルルティエが怯えているのを感じ取ってるんだろうな、きっと…。それを見てルルティエは青ざめている。どうしたんだろうか?

 

「ぁ…ダメ、ココポ――に、逃げてください…お願いです…盗賊さん…逃げてください…」

 

「…あぁ?何言ってんの」

 

 モズヌがそう言った瞬間だった。ココポが甲高く鳴き凄い勢いでモズヌに向かって駆け出し、驚きで全く反応できなかったモズヌを強く蹴とばした。ああ、ココポがキレたな…それにヒトってあんなに飛ぶんだな、と思いつつ自由になったルルティエに三人で駆け寄る。賊には囲まれる形になってしまったがさっきよりはよほどマシな状況だ。

 

「ルルティエ、よく頑張ったかな。後は私たちに任せて」

 

「…いえ、わたしもココポと頑張ります。いけるよね…ココポ」

 

「コココココ…」

 

 クオンはそう言ったがルルティエは涙を拭いてココポへと騎乗し参戦する事を宣言した。そして自分の方を見てくる。

 

「分かった。危なくなったら下がるんだぞ。マロいけるな?頼りにしてるぞ」

 

「はい、ハクさま」

 

「任せてほしいでおじゃる、ハク殿。マロの呪法が炸裂するでおじゃるよ」

 

 そう言って力強く頷いてくれる二人から目線を外し、前方を見据えて思考を戦闘用に切り替える。奴らはココポの予想外の攻撃の衝撃から立ち直れていない。今がチャンスだ。前にモズヌを含めた五人、後ろには三人か、なら。

 

「クオン、後ろの三人任せてもよいか?」

 

「もちろん、任せてほしいかな」

 

「ルルティエは自分の身を守りつつ、可能であればクオンの援護を頼む」

 

「は、はい!」

 

「マロロは先制で前方に呪法を放り込み、その後は某の援護だ。やれるな?」

 

「分かったでおじゃ。それでは先制で行くでおじゃる」

 

「ふむ、賊に名乗りは不要か…では、行くぞ!」

 

「うん!」「はいっ!」「まかせるでおじゃ!」

 

 それぞれに指示を出すと戦闘を開始する。開戦の狼煙となったのはマロロの呪法だ。

 

「にょっほ~ん」

 

 気の抜けるような声で放たれた呪法は前方にいた二人と後ろの三人を分断する形で発動され、前にいた二人は驚いて後ろを振り向く。…戦闘中によそ見とは余裕だなと思いつつ、全力で鉄扇を二人にたたき込み気絶させた。これでまずは二つ。後ろをちらっと確認すると呪法に浮足立った敵にクオンとココポに乗ったルルティエが接近し、クオンは容赦ない連撃をもって、ルルティエはココポの体当たりでの一撃で、敵の意識を刈り取っていた。最後の一人も一対一でクオンが対峙していて倒されるのは時間の問題と判断し前を向く。

 

 マロの呪法が解かれると同時に加速し、呪法の向こうにいた内の一人を速攻で倒した。モズヌ以外のもう一人も武器を振り上げて向かってきたが大した腕ではなかったため、鉄扇でいなした後、腹部を強撃することで昏倒させた。後ろでも戦闘が終了したようで、残りはココポの一撃からやっと立ちあがってきたモズヌだけだ。そのモズヌに鉄扇を向けながら問う。

 

「く、くそっ、おまえら…」

 

「年貢の納め時のようだな。賊の頭よ。大人しく投降するようなら手荒な真似はせぬが…」

 

「こんなとこで諦められるわけないじゃんか。こうなったらお前ら全員倒して、こいつらと一緒に逃げ出してやるじゃん」

 

 自分の提案に、モズヌは腹の底から声を出しそう宣言してくるが、こちらとしては好都合だ。お前には自分としても鬱憤がたまっているんでな。せいぜい発散させてもらうとしよう。自分の傍にクオン、ルルティエ、マロロも寄ってくるがそれを制して一歩前に出る。背中にクオンの信頼の、ルルティエの心配の、マロロの期待のそれぞれの視線を感じる。自分は自分の役目を果たすだけだな。

 

「…なんのつもりじゃん?」

 

「なに、そちらは一人なのだ。ならば某一人で相手をしようと思ってな。名乗るがよい、賊の頭目よ。一騎討ちと言うのにお互いの名も知らぬとは格好がつくまい」

 

「…舐めやがってクソが!俺様はモズヌ、モズヌ団頭目のモズヌじゃんよ!俺様をなめた事後悔して死ね!」

 

 自分の物言いが癪に触ったのだろう。激高しながらも奴は名乗ってきた。応じない可能性も考えていたのだがな…、奴にも男の意地のようなものがあったという事だろう。

 

「ふむ、モズヌか。某はハク、ただのハクだ。モズヌ、貴殿への手向けに舞を一手馳走しよう」

 

「ご託はいいから掛ってくるじゃん!子分たちをよくもやってくれたじゃん。死ねや!ふん、ふん、ふんがらべぇ!」

 

 モズヌはその場で回り始め、手に持った大斧がぶんぶんと空気を切る。モズヌの気配が最高に高まった時、斧の先が外れこちらに飛んできていた。本当なら避けるのが正しい対処法なのだろうが、今回は一騎打ちだ。迎え撃つように前に出て鞘に入ったままの太刀で受け流す。…十二分に重い一撃だったがウコンの一撃には遠く及ばない。それを捌くことは自分には容易い事だ。速度を落とさずにモズヌに接近し、鞘に入れたままの刀でまずは一閃。

 

「ふんっ!」

 

「ぐっ!」

 

 続いて鉄扇でもう一撃加える。

 

「はぁっ!」

 

「…っ」

 

そのまま鉄扇を宙に放り投げ、モズヌの横を駆け抜けざまに太刀でもう一撃加える。

 

「もう一つ!汝も踊れ」

 

「…見事じゃん」

 

 上に放り投げていた鉄扇をキャッチして閉じ。鞘に入れたままの太刀を腰にさし直す。

 後ろを振り返るとモズヌが倒れて行く姿が見えた。

 

「このようなものが手向けになるとは思えぬがな」

 

 そう言い終わると同時にヒトの体が地面に倒れ込んだ“どすっ”という音が聞こえた。

 近づき確認してみるとモズヌは気絶していた。その顔が妙に満足そうなのが印象的だ。モズヌの無力化を確認したので待っていた三人のもとに赴く。

 

「ハクさま、お怪我は!?」

 

「なに、某は心配ない。ルルティエは怪我などは無いか?」

 

「は、はい。わたしは大丈夫です」

 

「ハク殿、格好良かったでおじゃるよ~」

 

「マロロか、あの呪法の発動は絶妙だった。お陰でこちらも楽に動けた、礼を言う」

 

「それは何よりでおじゃる(やはり、似ているような気がするでおじゃるよ。ウコ…オシュトル殿に)」

 

「ん、どうしたのだクオン…いはい、いはい、やめへふれふおん(痛い、痛い、やめてくれクオン)」

 

 ルルティエとマロロとそんな風に話していると、クオンから両のほっぺを引っ張られる。なんだと思いそちらを見ると少し不服そうな表情のクオンが見えた。

 

「ハク、口調!ルルティエもマロロも驚いてるし、私もいつものハクの方がいいかな」

 

「っとすまん。戦闘となるとついな。ルルティエもマロロもびっくりさせてしまったか?」

 

 クオンに言われ口調をいつもの物に戻す。戦闘とか偉い人との会話の時なんかはついこの口調になってしまう。もう記憶にはほとんど無いあの戦いで、自分にとって大切なある人物の思いを受け継ぎ仮面をつけて過ごした日々の名残だという事だけは覚えている。

 

「…そ、その、わたしと初めて会った日と同じような口調でしたので少しびっくりしましたが、それだけです」

 

「ハク殿はハク殿でおじゃるからな。口調はあまり気にならなかったでおしゃるよ。ただ、少しびっくりしたでおじゃるが」

 

「ああ、二人ともすまなかったな。さて、もう一働きして貰うけどいいか?気絶させたこいつらを縛り上げるぞ。目をさまされると面倒だから迅速にいこう」

 

 そう言って三人を促すと、手分けして賊たちを縛っていく。縄はクオンが持っていた物を使用した。そして縛り終わるとウコン達の帰りを待つのであった。

 

 賊たちを縛り上げてしばらく。大勢の人間の歩く音が聞こえたためにそちらへ視線を向ける。賊の援軍ではないとは思うが一応腰を上げて皆に警戒を促しておいた。

 

「あれは…」

 

 整然と行軍する兵士たち。先頭には指揮官と思われる仮面をつけた男が馬に乗っていた。その姿を見て警戒を一段下げる。見れば見るほど帝都から来たであろう軍隊のようだったからだ。しっかしあの仮面の男にもウコンに感じたような感情を感じるとは、前の時の自分の交友関係はどうなってたんだろうな?

 

「あの仮面…」

 

「あの御方…まさか…オシュトルさま…?」

 

 クオン達がそう言うのを聞きながら、その軍を出迎えるため自分が一歩前に出る。ルルティエの反応からヤマトの広い範囲に影響力があるか、名声が鳴り響いているような人物なのだろうと推測する事が出来た。クオンが仮面を見て呟いていたのは、仮面から何らかの力を感じたのだろう、自分もあの仮面からは自分たちと同種の力を感じ取ることができるしな。

 

 そんな事を考えていると、兵士達の先頭を歩いていた仮面の人物が馬から降り自分の目の前にきて声をかけてきた。

 

「貴殿達がウコンの言っていた協力者殿か。某の名はオシュトル、ウコンの上司のような者だ」

 

 そう言った後、自分の後ろを見てから再度口を開いた。

 

「其方達が賊の首領を取り押さえてくれたか。此度の策、首領を逃がすことはまさに失敗と同義であったからな。この通り感謝する」

 

「いえ、某たちはかかる火の粉を振り払っただけの事、感謝をされるようなことではありませぬ」

 

 ウコンの上司に当たる人物、そう言う仮面の男―オシュトルの言葉に返答を返す。ちなみにオシュトルが声をかけてきた段階で自分は片膝を地面につけたような状態を取っている。クオン達は自分の後ろで立ったままだが実際臣下というわけでもないのだし大目に見てもらおう。

 

「其方はそう言うが、賊どもを捕らえた功績は確かにある。このような場所では満足に謝意も伝えられぬが、其方達の功については、後ほど正式に表彰し、褒賞をもって報いよう」

 

「は、恐悦至極に存じまする。して賊どもはオシュトル様方に引き取りをお願いしても?」

 

「ああ、それは任せともらうとしよう」

 

 褒賞については、くれるというなら貰っておくとしよう。自分としては本当に掛る火の粉を振り払っただけという感覚だから貰えてラッキーな感じだな。賊どもについてはオシュトル側で引き取ってくれるようで、オシュトルが目配せすると、後ろの兵士たちが自分たちの後ろに寝ている賊どもを叩き起こし引っ立てていた。

 

 賊の引き渡しの件は終わったと判断したのか、オシュトルは自分の後ろ、正確にはルルティエの方へと目線を向け口を開いた。

 

「クジュウリ皇からの請願はこれにて遂行されたものとして、よろしいか?詳細はこの書簡にしたためております故、(オゥルオ)へはよしなにお伝えいただきたく」

 

 一つの書簡を持った兵士が一歩出て、ルルティエのに書簡を差し出す。ルルティエは震える手でそれを受け取ると、オシュトルの目を見て口を開いた。

 

「た、確かに…お受け取りしました。…討伐の件…しかと父に伝えます…」

 

「某は別件がある故、これにて失礼いたす。護衛の者たちもすぐに戻る故、安心して帝都までの旅を楽しまれよ」

 

「は、はい…お心遣い感謝します…」

 

 ルルティエの返事に小さくうなずくとオシュトルは自分に向き直る。そして微笑を浮かべると一言だけ言葉を発して兵士たちへと向き直った。

 

「では、諸兄諸姉の良き旅路を祈っている。全軍、速やかに撤収せよ」

 

 その号令に兵士たちは整列し敬礼する。それを確認した後、馬にまたがり、自分たちを見下ろす。

 

「またどこかでお会いすることもあろう。ハッ!」

 

 そう言い残し、オシュトルと兵士達は去って行った。その姿が見えなくなると安心して気が抜けたのかルルティエがへなへなと座り込み、恥ずかしそうにほほ笑んだ。

 

「大丈夫?ルルティエ」

 

「あの…ほっとしたら…体の力が抜けてしまって」

 

「そう言えば、あのオシュトルっていう男、そんなに偉い奴なのか?」

 

 ルルティエの緊張の理由は多分あの男だろうと予測し、そう声をかける。賊どもについては倒した後、縛る時に平然と近づいていたし、そっち方面では気を張っていないだろう。もちろん色々ありすぎて疲労は相応にたまっていて、それが今出てきたって可能性がなくは無いが。

 

「あ、はい。…あの御方は…ヤマトの双璧とうたわれる、右近衛大将の役職に着いておられる方です…。清廉潔白にして公明正大な方で民からの人気も凄いのですよ」

 

「オシュトル殿は下級貴族の出でおじゃるが、若くして無官の身から功を立て、今の地位まで上り詰めたのでおじゃるよ。異例の速さで高位に上られながら、武士であることに驕らず公正明大、ルルティエ殿の言うとおり民からの人気も絶大でおじゃ。なにより、帝からの信頼も厚い御方なのでおじゃるよ。マロも鼻が高いでおじゃる」

 

「ほぅそうなのか。本当に絵にかいたような英雄像だな…しかしオシュトル、さんが凄いのは分かったがなんでマロロの鼻が高いんだ?」

 

「お、おじゃ!オシュトル殿は、マロみたいな境遇の貴族からすれば希望の星でおじゃるからして…」

 

「?そういうもんか」

 

 そんなにすごい奴なのか…。しかしそこまでいくと逆に裏を疑ってしまうぞ。あと何故マロが焦っているのか…。実は友人だとか?まさかな。そんな風に話しているとクオンが来て小声で話しかけてきた。

 

「ハク、あの仮面の事だけど…」

 

「ああ、“力”を感じた。まず普通の物じゃない。ヤマト…やっぱり普通じゃないか」

 

「うん、だけどオシュトルの人物像を聞いた限りだと問題は無さそうかな」

 

「ま、話した印象と人物像を聞く限り、むやみに力をふるったりひけらかしたりする奴でもないだろうしな」

 

 あの仮面とオシュトルについては今結論を出せる物でもない。今は静観しかないか。しかしその力を使う代償はなんなんだろうな…碌なもんじゃなさそうなのは確かだが。

 

「そう言えば、ウコンはまだ戻って――「おう、よんだかい?」」

 

 ふと、思い出したようにそう呟くと、タイミング良くウコンの声がし、そちらを見るとぞろぞろと討伐に行っていた面々が戻って来ていた。

 

 ニカリと笑みを浮かべ手を挙げてくるウコンに対して、自分も手を上げて答える。

 

「随分とゆっくりしたご帰還だな?こっちは大変だったんだが」

 

「悪いな、奪われた荷の回収に手間取っちまってよ。何せこの荷を運ぶのも大切な御役目だからな」

 

 ウコンと話しているとマロロも近づいてきて、ウコンに声をかけてきた。

 

「ウコン殿、討伐の首尾はどうだったのでおじゃるか?」

 

「ああ、手引きは完ぺきで、呆気なく奇襲は成功したんだが、首領を取り逃がしちまってな。先ほどオシュトル様から首領は確保したと連絡があったが、俺の仕事としては手落ちだぜ、まったく」

 

 ウコンはそう苦い表情で言うが一応情報を追加した方がいいだろう。

 

「いや、首領を捕らえたのは、ウコンの協力者として同行している事になっている自分たちなんだから手落ちとは言わないんじゃないか?」

 

「は?アンちゃん達が?」

 

「おう、オシュトル様からの連絡にそれは含まれてなかったのか」

 

 ウコンが呆気にとられた様に聞き返してくる。これはオシュトルの手落ちだな。しかしさっきのウコンの反応、なんか変だったような…気のせいか。

 

「ああ、よくルルティエ様を守ってくれたな。その上、賊の捕縛もって並みの奴に出来る事じゃ…ってアンちゃんは並みじゃあなかったか」

 

「自分みたいな一般人を捕まえて何を言ってるんだおまえは。ま、こっちにはクオンもマロもいたしルルティエもココポと一緒に手伝ってくれたしな。そう言えばルルティエも一人賊を倒したんだぞ」

 

 ウコンのその評価に呆れたようにそう返した。自分は一般人で居たいんだよ。

 

「にょほほ、ウコン殿にもハク殿の雄姿見せたかったでおじゃるよ」

 

「いや、自分はそんなに――」

 

「何言ってやがる。姫様の護衛で待機してるもんだと思ってたら、おいしいところ全部持って行きやがって。まさか待ち伏せして一網打尽とは恐れ入ったぜ。しっかしあのルルティエ殿が賊退治とはな…」

 

「いや待て、こっちはただ偶然巻き込まれただけでだな」

 

「アンちゃん、謙遜もあんまりすぎると嫌味になるぜ?ガハハハハ」

 

 豪快に笑うウコンを見てこれは何を言っても駄目だなと思う。クオンと少し離れたところでクオンと話すルルティエに視線を向けて話題の転換を図る事にした。

 

「それより、ルルティエを危険な目に合わせて悪かった。いくらなんでもあれは想定外だ」

 

「アンちゃんがそう言うって事は相当なんだろうが、何があった?」

 

 そう聞いてくるウコンに賊が出てきて捕縛するまでの流れを語って聞かせた(話したらその後で模擬戦を申し込まれそうな自分の戦闘の部分は省いた)。とりあえず最初は楽しそうに聞いていたウコンだが、ルルティエが賊に捕縛された場面で真っ青になり、怒ったココポがモズヌを吹っ飛ばした部分で爆笑し、ルルティエが賊を一人倒した場面では感心したような声を出したりと忙しそうだった。そして話を最後まで聞いたウコンが吐いた言葉はこれだ。

 

「まぁ、いいんじゃねぇの、結果的に無事だったし、姫様には良い経験と箔付けになったと思うぜ」

 

 とりあえず良いのかそれでと突っ込んだが、ウコンが言うには一國の姫と言えど、いや姫だからこそ、戦場に出ないといけない時があるそうだ。それを考えると賊退治…それも首領をわずかな手勢で捕えた今回の功績は良い箔付けになるだろうという事だった。

 

「これを切っ掛けに、少しは自信をつけてくれりゃぁいいんだがね」

 

「…なぁウコン今回の取り物って、ルルティエに荒事を経験させることもクジュウリ皇の依頼に入ってたのか?」

 

「…さぁてね。俺はそこまで知らされちゃいねぇよ」

 

 自分の中で半ば確信している事だったがウコンにははぐらかされてしまった。ウコンは話題を変えるように今回の賊討伐の報奨金の話題をして来たためそれに乗ってやる事にする。

 

「アンちゃん達は賊の首領を押さえたんだ、きっと何らかの謝礼が出るはずだぜ」

 

「ああ、そう言えばオシュトル様がそんな事を言っていたな」

 

「何せ大将首だ。お前さん達、四人で分けても結構な金額になるんじゃねぇか?」

 

「そ、それは本当でおじゃるか!」

 

 その話を聞いていたマロが何やら興奮した様子でウコンに詰め寄ると、ウコンは慣れた様子で期待してていいと思うぞと言う。それを聞いたマロが舞い上がっているのか小躍りを始めた。そんなに苦しい生活なのかと訝しく思うが、そう言えばマロの親が浪費癖がひどく借金まみれだと言っていた事を思い出し納得する。

 

「あいつの親、また新しく借金をしていたみたいだったが…今は知らん方が幸せだろ…」

 

 ウコンがそう呟いているのが聞こえたが…うん、聞かなかった事にしよう。

 

 

 その日は賊の討伐などをこなした結果、そろそろ日も傾く時間も近づいて来ていた為、ウコンの判断で近くの野営地に宿泊する事になった。自分は武器の手入れをし、クオンとルルティエ合作の夕食を食べ体を拭いてから、あす着く事になる帝都に思いをはせながら就寝したのだった。



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偽りの仮面 隠密衆編
道中と出会い~災厄の獣~


ギギリ討伐~巨蟲とタタリと~ との後に出会いにして再会3~クジュウリの姫と巨鳥(注:太りすぎて飛べません)~ を挿入投稿しております。私のミスで飛ばして投稿していたようです。ご迷惑をおかけしました。


道中と出会い~災厄の獣~

 

 

 

「フォウ、フォ~ウ」

 

「…ハク、その子は?」

 

「なんか、懐かれた。賢いみたいだし邪魔にもならなそうだから連れて行こうと思ってな」

 

 賊を討伐した夜、気がつくと天幕に正体不明の動物が入り込んでいた。リスくらいの大きさで紫色の瞳、もふもふの白い毛にシッポの先の方だけ青色、そしてフォウフォウ鳴く。なんか妙に懐かれ、森に返そうとしても自分にまとわりついて離れなかった為、連れて行く事にした。ちなみに今はまだ出発前で、自分が天幕の片付けをしていたところにクオンがやってきたのだ。

 

「フォ~ウ」

 

「あ、こら!くすぐったいかな。この子人懐っこいんだ。ねぇハク、この子の名前は?」

 

「いや、そいつは人懐っこくは無いぞ。クオンの前には普通に出てきてるが、他の奴の前だと姿をみせないしな。それと名前はまだない、そいつも懐いているみたいだしクオンがつけてやったらどうだ?」

 

 何せなんて動物かわからないから、訓練で仲良くなった奴に聞きに行こうとしたんだが見せに行こうとすると断固として姿を見せなかったからな。まぁそれで賢いんだろうなと自分は思っているのだが。しかしなんでクオンは平気なんだろうなと思いながらクオンの肩にのる謎動物を眺めながら首をひねる。ま、なんか波長的に合う合わないってのがあるんだろう。それで自分とクオンは合う側だってだけか。

 

「へぇ、そうなんだ。そうは見えないかな。名前かぁ、ん~それじゃあ…ちょっと安直かもしれないけど“フォウ”でど「フォウ」…うかなって。これはもう決まりかな?」

 

「そうだな。それで呼んで反応するんだからフォウで良いだろ。ま、旅は道連れってな。よろしくなフォウ」

 

「フォウ!」

 

「私もよろしくね、フォウ」

 

「フォウ!」

 

 フォウは気にいったみたいだが、クオンのその安直なネーミングにもし子供ができたら自分が名付けは頑張らないといけないかと考えて一人赤面する。まったく何を考えているんだろうな自分は。頭を振ってその考えを振り払い出発の準備を進めたのだった。

 

 

 出発してから少したった頃、フォウも最初は自分の服の袖の中に大人しく潜んでいたのだが、さすがに尾心地が悪かったのか今は馬に揺られる自分の肩の上にいた。あんまりヒト前には姿を現したくないのかと思っていたのだが、自分たちと一緒に行くうえで、どうしてもヒトの目には触れると言っておいた事を理解してなのかは分からないが、周りのヒトは気にしない事にしたようである。隣で馬を進めるウコンも気になったようで自分に尋ねてきた。

 

「さっきから気になってたんだがよ。アンちゃん、その肩の動物はなんでい」

 

「いや、なんか懐かれてな。どんなに森に返そうとしても帰らないもんだから連れて行くことにした」

 

「ああ、アンちゃんの何故か動物に好かれるからな。しっかし俺には警戒心むき出しだねぇ、そいつは」

 

 ウコンは自分の肩に乗るフォウを指さしながらそう言う。実際にフォウはウコンに近い側の肩には絶対に乗らなかったからな。あのルルティエにさえ懐かないなんて相当な物だ。

 

「アンちゃんは帝都に着いたら、何か当てはあるのかい?」

 

「ま、とりあえずは仕事を探すさ。実際クオンが薬を売るだけで生活は出来そうではあるんだが、それにおんぶ抱っこは男として…な。本当はだらだら、ごろごろしてたいんだがね」

 

 最後のは本音ではある。男の意地が掛っている以上絶対にやらんが。

 

「アンちゃんらしいねぇ。しかし仕事ねぇ…正直アンちゃんならより取り見取りな気もするが」

 

「自分をなんだと思ってる。ちょっと自衛が出来て、計算なんかが人並み以上に得意なだけの平平凡凡の男だよ」

 

 なんで自分の周りは自分を過剰に評価しようとするのか理解に苦しむ。武力については実際にそうだから妥協するがな。

 

「俺と戦って引き分けられるなんて奴は、ちょっと自衛ができるって領域じゃねぇんだよ。それにボロギギリ討伐の件や賊討伐の件を見て、頭がキレるのもわかってるし、ネェちゃんの話によると計算も早く正確。どこが平平凡凡な男だ、正直俺の部下に欲しいくらいだぜ」

 

「お前の部下とか何をやらされるかわからんから却下だ。毎日のようにお前と試合させられてぼろぼろになるのが目に見えてる」

 

 ウコンはそう言って勧誘してくるが、自分も自分の身が可愛いのだ。上司権限で試合を毎日やらされそうな職場にだれが就職するかってんだ。

 

「ああ、その手があったか!やっぱり冴えてんなアンちゃん」

 

 うん、沈黙は金だ。余計なことは言わないようにしよう。今の言葉は聞こえなかった。その後の移動中、ウコンは局所局所に勧誘話を入れてたが自分は全力で断った。その度に慰めるようにというか労うようにというか体を擦り付けてくるフォウに癒されつつ昼休憩間際までそれは続いたのだった。

 

 

 昼の休憩を挟んで一刻と半分程。なだらかな丘の上を通る時、ようやく目的地である帝都が見えてきた。自分たちウコン一行のほかにも途中のわかれ道などから合流してきた人々なども増え周りも大層にぎやかになっている。そういえば昨日からあのフードをかぶった二人組を見てないような気がするが…、オシュトル達が来たとき、奴と一緒にさきに向かったのかね。

 

「見えてきたぜ」

 

「そうみたいだな」

 

 隣で馬を進めるウコンがそう言う。自分も顔を上げてその威容を目に収めた。そこは広く、高い立派な建物が立ち並ぶ都市だった。どことなく懐かし思えるその都市こそヤマトの中心たる町である帝都だ。自分の印象になるが今の文明レベルでこれほどの都を持つのはヤマトだけだろうなと思う。

 

「あれが帝都――目的地だ」

 

「まさか…あんなに…」

 

 ウコンがそう言う傍らでクオンがそう漏らしていた。自分の故郷であるトゥスクルと比べているのだろう。国土の広さなんかも違うんだし、比べてもしょうがないと思うんだがなぁ。

 

「どうだい、ネェちゃんの故郷と比べて?」

 

「…そ…そう、だね。うん、まあまあかな、まあまあ」

 

 クオン…どう考えても負け惜しみ以外の何物でもないぞ。おぼろげに覚えているトゥスクルの街並みと比べてみて、心の中で見栄をはるなと言っておいた。

 

「こんなに…大きかったなんて…」

 

「ルルティエも初めてなのか?」

 

「はい…あまり國から出た事はなくて…ですから、今からとっても楽しみです」

 

 

 そんな会話の後、移動を再開し丘から半刻程で帝都には着いた。外壁とその大きさに驚いているクオンとルルティエが感嘆のため息を漏らしている。自分は昔に超高層ビルなんかを見慣れてるからな、これぐらいの高さなら今更驚くに値しない。もっとも今の時代の技術力でと考えると驚嘆に値するものであるのは確かなのだが。

 門をくぐりぬけてからは流石に馬を下りて徒歩での移動になった。ヒトも増えてきていて馬に乗ったままだと少し危ないからな。自分は馬の手綱を引きつつウコン達の後を追う。

 

 しかし、行き交うヒトの数が多いな。商店で品物を買い求める人に、路上で芸を披露する者、警備の為に巡回する兵に、荷を運ぶ者…本当にヒトでごった返している。

 

「…今日は何か、特別な日なのかな?祝祭の日…とか」

 

「ん?いいや、今日は何もないはずだが…。ああ、ヒトが多くて驚いてんのかい。帝都はいつもこんなもんだぜ」

 

「いつも!?あ…ううん、そうなんだ。いつもこんな感じなんだ…そう…」

 

 ショックを受けている様子のクオンが自分の腕に抱きついてきたのを見て苦笑をこぼす。フォウはしょげているクオンの肩に移動すると慰めるようにすり寄った。

 

「あはは、ありがとうフォウ。少し元気が出たかな」

 

 フォウとクオンの様子をがとても微笑ましく思える。あと、心の中でだが宣言させてもらおう。小動物と戯れる自分の恋人は最高にかわいいと、な。

 

「少しは元気が出たみたいだなクオン。ヤマトはトゥスクルとは土地の広さも違うし、人口も違う。比べる必要なんてないと思うぞ?もし比べるんであれば…そうだな、トゥスクルの人たちはここの人たちより暗い顔をしてたか?」

 

「…ううん。そんなこと無いかな。少なくともここの人たちに負けないくらいには活力があった…と思う。全員が全員とはいかないけれどね」

 

「じゃあ、それでいいじゃないか。何を悔しく思う事があるんだ?」

 

「うん!ハクの言うとおりかな。ありがと、ハク、大好き!」

 

 その言葉に自分も笑顔を返す。そのまま少し歩いているとウコンが立ち止まり振り返って声をかけてきた。

 

「さて、俺たちはこのまま荷物(こいつ)大内裏(だいだいり)まで届けに行くんだが、アンちゃん達はどうする?これを届けた後で良ければ、宿の紹介なんかもできるが」

 

「クオンどうする?」

 

「うん、ウコンの紹介なら確かだろうし甘えちゃおっか」

 

「おし、そう言う事なら任せてくんな。それに今日は俺らも同じ宿に泊まるからよ」

 

 ウコン達は帝都に住んでいるはずだし住処は別にあるはずだ。何故宿にと思ったので尋ねてみると、習わしだという答えが返ってきた。

 

「いや、帝都に着いたら、皆で仕事納めの宴をするって言うのが習わしでよ。そのつもりでもう店の方に予約を入れさせちまっててな。もちろんアンちゃん達の分も含めてな」

 

「ふふふ、それは私たちを歓待してくれるってこと?」

 

 クオンは悪戯っぽい笑みを浮かべ『私たち』を強調しながらウコンにそう尋ねる。ウコンはついっと目をそらした。

 

「あ~、野郎どもの慰安もかねて…な」

 

 言葉を濁しつつそう言うウコンに、自分は心の中でそれがメインだろと突っ込みを入れた。クオンもそれは判っているようですぐに笑って了承した。

 

「あはは、折角だし喜んで参加させてもらおうかな。ね、ハク」

 

「ああ、自分は構わんぞ」

 

「ああ、紹介しようって思ってた旅籠屋は今日予約を入れてる店でよ。騙されたと思ってそこにしてみたら良い。何しろ…いや、こいつは見てからのお楽しみってやつだな。特にネェちゃんは気にいると思うぜ?」

 

 自分達が頷くとウコンは笑顔を浮かべる。紹介しようとしてくれていた旅籠屋は今日宴会を行う店のようなので楽しみにしておく事にした。

 

「ふ~ん、?なら楽しみにさせてもらおうかな」

 

 おいおいクオン、口ではそう言ってるがシッポがびゅんびゅん左右に揺れてご機嫌なのが丸わかりだぞお前。肩にいるフォウを見ると「フォ~ウ」と鳴き、それがやれやれと言っているように聞こえて笑みがこぼれた。視線を上げるとウコンとも目があった為、お互いに肩を竦めると再び歩き出す。

 

「あの…ハクさま、クオンさま」

 

「ん?どうかした、ルルティエ」

 

 周りを物珍しそうに観察していたルルティエが、自分たちに話しかけてきたので視線をそちらに向ける。二人分の視線を集めた事が恥ずかしいのか、顔をうつむかせそうになったが堪えたようで、自分たちを見返している。ちなみにフォウはルルティエの視線から隠れるような位置に移動しているようだ。ホントに徹底してるなこいつは…。

 

「もし…よろしければ、後日一緒に…帝都を見て回りませんか?」

 

「ああ、構わないぞ」

 

「うん、私も大丈夫かな」

 

 自分たちが恋人同士という事もあり少しだけ誘いにくかったのだろう。自分たちの返事にルルティエは花の咲くような笑顔を浮かべ、嬉しそうにありがとうございますと言ってくる。

 

「ではお時間が出来ましたら…よろしくお願いします…」

 

「うん、こちらこそかな」

「ああ、よろしくたのむよ」

 

「えへへ、なんだか…今からとても楽しみです…」

 

 そこからは三人でどう回ろうかと話しながら、歩を進める。しばらく歩くと門番が立っている門の前に近づく。どうやらここを通って中に入るらしい。隣を見るとルルティエが焦りながら口上が書かれているカンニングペーパー(そう言うのかはわからんが)に目を通している。自分も横から除くとそんなに複雑な内容ではなかった為、大丈夫だろうと思い視線を外した。

 

 門に近づくと門衛の一人がこちらに近づいてきた。ルルティエは深呼吸繰り返し落ち着こうとしている。

 

「ここに何用か。目的と名を名乗られい」

 

 門番の声で周りの視線が集まりる。自分はこれはまずいなと思った。ルルティエは人見知りだ。それがこんな視線にさらされたら…。案の定固まってるよ。

 

 たくさん視線を受けたルルティエは緊張からか、同じ方向の手と足を同時に出しながら数歩前に出る。

 

「わ、わたしは、あの…ク、クジュウリ皇、オ、オーゼンが、むっ、むっ、むすめ…ルルティエ……あ、あの…」

 

 ルルティエもなんとか最初は頑張っていたのだが、だんだんと声は小さくなり、視線もあっちこっちに泳いでいた。よく見ると冷汗もかいているようだ。後半の言葉はほとんど聞き取れないし、極度の緊張で内容が飛んだのか口上の途中に青い顔でうつむいてしまった。門衛もこういう時の対処は経験がないのか、若干おろおろしているように見える。とりあえず対処が決まったのか咳払いをすると、聞こえなかったのでもう一度最初からお願いすると言った。

 

「わ、わた…わたしは…その…」

 

 ルルティエはそれに答えようと言葉を紡ぎだすが声はさらに小さく、さらには体も震えだしていた。腕を引かれた為そちらに目線を向けると隣にいるクオンが目線で助けてあげてと言ってくるので、それに頷きをかえした。自分としてもこれ以上見ているのは忍びないし助けに入るかね。

 

 一度息を吸い、意識を切り替える。背を伸ばし一歩前に出てルルティエの斜め後ろに立つ。周りが動かない中で自分が動いたことで自分に注目が集まった事を感じつつ、先ほど見たカンペもどきに書いていた内容を述べた。

 

「我らはクジュウリ皇オーゼン様の使い。このお方はクジュウリが姫御子、ルルティエ様である」

 

「えっ…」

 

 自分がそう言った事に驚いたのか振り返ってこちらを見てくるルルティエに安心させるように頷く。ウコンの感心したような視線が気になるが無視だ無視。

 

「此度は聖上の御代を祝い、更なる繁栄を願って名産の品などを献上したくここに参った」

 

「事の次第、しかと拝聴しました。オーゼン皇の名代とは露知らず、散々の無礼の数々、どうかお許しを。では御印をあらためさせていただきます」

 

 門番がルルティエにそう言うが、彼女は呆けているようで動かない。

 

「ルルティエ様?」

 

「?は、はいっ」

 

「御印をあらためさせていただきたいのですが…」

 

「あ、はい。た、只今…」

 

 ルルティエは慌てながらも袖口からクジュウリの紋が彫られた札を取り出して門衛に見せる。

 

「うむ、確かに。遠路お疲れ様であります。お通りを」

 

 門衛がそう言ってから門を開くと、ルルティエは呆然としたように開く門を見つめる。ただすぐにこちらを振り向き、安心したように笑顔を浮かべてくれた。

 

「あの、ありがとう…ございました…」

 

「ん?ああ、どういたしまして、だな」

 

 言われたお礼が照れくさくて、どうにもぶっきらぼうな言い方になってしまったような気がする。そう考えながら頬をかいていると、逆の腕に重みを感じた。あ、これはクオンだな。

 

「ハク、お疲れ様」

 

 自分の腕に抱きついたクオンが笑顔でそう言ってくる。それにおう、とだけ返し歩を進めた。その場から少しだけ離れ、頑張ったなと言ってルルティエの頭を撫でる。

 

「でも、わたし結局言えませんでした…最後は、ハクさまに助けていただく始末ですし」

 

「ま、これも経験ってな?だったら次回言えるようになってればいいさ」

 

「…出来るように、なるでしょうか…」

 

 さっき自分でできなかった事を気にしているみたいだな。正直ルルティエに足りないのは経験で場数を踏めば自然にできるようになりそうな気がするんだがなぁ。ま、自分なんかの言葉で納得するなら安いもんだ。

 

「おう、大丈夫だ。自分が保証する」

 

「私もルルティエなら大丈夫だと思うかな」

 

「ハクさま、クオンさま…はい、お二人にそう言っていただけると出来るような気がします」

 

 そう言って微笑むルルティエに自分とクオンは二人で笑顔を返した。

 

 

 そんなこんなで進む事しばらく、美しい瓦屋根の建物が立ち並ぶ通りに出た。屋敷はそれぞれ堀によって囲まれており、自分にはどこか物々しく感じられた。その通りを進んでいきウコンがある屋敷の前で停止を指示する。

 

「よぉし、ここだ。着いたぜ」

 

 目の前にある屋敷は他の屋敷と比べてもひと際立派で、位の高い人物の屋敷だと推察できる。こちらに気がついた門衛が近づいてきてウコンと話をしていた。荷物を運んでいた男たちは自分たちの仕事はここまでだと言わんばかりに、さっさとその場から居なくなっている。

 

「……こいつがクジュウリからの献上品だ。んじゃ、後の事は頼んだぜ」

 

「ハッ!……はぁ!?いや、ちょっ待ってください!どこに行くんですか。報告やら手続きやらやっていただかないと困りますって!」

 

「いや、悪いな。疲れてるんで細かい事は、また明日にな。おーいアンちゃん達いくぞー」

 

 自分としてはそれで問題ないんだがそんなんで良いのかね?ウコンは後でオシュトルに怒られても知らんぞ。自分は心の中で多分一番の被害者であろう門衛さんに合掌しつつ、ウコンの後を追って、今日の宴会会場に急ぐのだった。



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出会いにして再会5~義侠の男の妹~

出会いにして再会5~義侠の男の妹~

 

 

「良かったのか?置いてきただけで」

 

「ああ、もともとあそこ―オシュトル様の屋敷に届ける手筈になっていたからな。あそこに届けときゃぁ、後の手続きやら品定めやらは全部やってくれるはずだ」

 

 あの屋敷前に荷物を置いた後、宴会場に向かう道中にウコンにそう尋ねてみる。正直それで良いとは思えんのだがウコンが良いというなら問題ないのだろう。そうか、と返すとウコンは気楽に笑い後ろを歩くルルティエを見てから口を開いた。

 

「そういう事だからルルティエ様、心配は御無用ですぜ?名代としてきた姫様としては不安かも知れんが、あとは向こうに任せときゃ何の心配もいらんねぇからよ」

 

 ルルティエはそんなウコンに戸惑ったようにしながらも頷きを返した。それを見たウコンは、さあ宴だ宴だと言って機嫌よさげに自分たちを宴会場まで先導したのだった。

 

 

 他愛のない話をしながら、ウコンの案内で帝都の中を進む。帝都の中心部から離れてしばらくすると、緑の豊かな一角に大きな建物が見えてきた。

 

「ついたぜ、ここが旅籠屋『白楼閣』だ。この都ではかなり有名な旅籠なんだぜ」

 

「…なんだか、他の建物とは雰囲気がちがいますね…」

 

「うん、そうだね…」

 

 建物に見惚れるようにしてそう呟くルルティエと、興味深そうに観察するクオン。ウコンは、流石にココポとアンちゃんの馬は入れないからなと、厩舎に案内しそこに入れておくように言う。その後、ウコンは意気揚々と中へと入っていき、自分もクオンとルルティエを促して後に続いた。しっかし、昔に資料で見た事のある日本―今のトゥスクルがある土地にあった国―の温泉旅館を彷彿させる建物だなと思う。

 

 ウコンは玄関をくぐった先にいた、女子衆を捕まえて声をかける。

 

「ウチの連中はもう集まってるかい?」

 

「あ、ウコンさま。お連れの方なら野菊の間でもう始めておりますが」

 

「そうかい、ありがとよ」

 

 ウコンは女子衆にニカッと笑って礼を言うとこちらを振り返った。

 

「しっかしアイツ等、主賓もまたねぇで勝手に始めてやがったか。悪ぃな、こっちから誘ったってのに勝手によ」

 

「いや、別に良いんじゃないか。待たせるのも悪いし、先にやってくれてた方が気が楽だ」

 

「そう言ってもらえると助かるぜ」

 

 自分の言葉に肩をすくめて返した後、ウコンは自分たちをつれて野菊の間へと向かう。ウコンとたくさん飲もうと言いあいつつ自分たちも続いた。クオンはそう言う自分に苦笑を浮かべたが止める気はないようだ。さてお目付け役からもOKが出た事だし今回はたらふく飲むかね。

 

 部屋に着くと随分と盛り上がっているようだった。空いている席に座り、それぞれの盃に酒を注ぐ。ちなみに自分はクオンとウコンに挟まれるような位置、ルルティエはクオンを挟んで反対側に座った。自分の肩の上にずっといたフォウは自分の膝の上に陣取っている。ウコンが盃を高く掲げると騒いでいた連中も注目する。それを確認しウコンは口を開いた。

 

「道中、お疲れだったな皆。今日は存分に飲んで食って疲れを癒してくれ。では、帝都への帰還と、新しい仲間を歓迎して…乾杯!」

 

『かんぱ~い!』

 

 乾杯の音頭ともに自分とクオンは一気に盃の中身を飲み干し空にする。自分が飲み干しているのに気がついたのかクオンがお酌してくれた。クオンへはルルティエがお酌してくれているようだったので、自分はウコンへとついでやった。

 

「くはぁ、ホント、一仕事終えた後の酒は美味ぇなぁ」

 

「ああ、そうだな」

 

「料理も美味しそうかな。はい、ハクの分。フォウもこれなら食べられるかな」

 

「お、すまんなクオン。ま、お返しとしちゃなんだが、盃が乾いてるぞ。ほれ」

 

 自分が帝都までの十日弱の道程を思い返しながら飲んでいると、クオンが取り分けてくれた料理と、手慣れた様子で作っていたアマムニィを差し出してくる。フォウには果物を与えているようだ。クオンの盃が空になっていたようだったので、自分はお返しとして酒を注いでやる。クオンも酒自体は結構好きだったはずだからな。本当に好きなのは、はちみつ酒だったと記憶しているがこの場にはない。これで我慢してもらうとしよう。

 

「あ、ありがとうハク。はい、それじゃあ私も…」

 

「おっと、すまんな。料理の方もありがたく頂かせてもらうよ」

 

 二人で微笑み合っていると、背中からだれかが寄り掛かってきたようでそちらをみる。するとすでに酒臭い息をしたウコンがいた。その振動に驚いたのかフォウは自分の袖の中に隠れてしまう。こいつさっき来たばっかだったよな、と思いつつ苦笑をこぼし、クオンに目線ですまんなという意味を込めて見る。クオンも苦笑いしながら頷いてくれた。ウコンは自分をバンバン叩きながら言葉を掛けてくる。

 

「なぁにこんな席で、二人だけの世界に入ってやがる。今日は無礼講だアンちゃん、ほれ飲め飲め~」

 

「“飲め飲め~”ではないのです!」

 

 ウコンがそう言った瞬間、宴会場のふすまがスパン!と小気味のいい音を立てて開き、続いて女性(少女)の声が聞こえる。皆が静まり返ってそちらに注目すると、そこには不機嫌な顔をした少女が立っていた。ウコンの傍にいたマロが小さく悲鳴を上げたようだが、あいつはそんなにあの少女が苦手なのだろうか。

 少女を見るとウコンと合った時と同じ感情が胸の内に溢れてくる。前にあの少女とも浅からぬ仲だったのだろう。この感情にも随分なれたし表情にも出ていないと思う。不審に思われても嫌だしな。

 

『いえぇぇぇぇい!!イヨッ!待ってました。ネ・コ・ネちゃ~ん!』

 

 と考えていると先程まで静まりかえっていた男どもが少女の名前――ネコネというらしい――を呼びながら手を打ったり、指笛を拭いたりし始めた。

 

「ッ…!」

 

 男たちの歓声にネコネは一瞬ひるんだようだが、すぐにムスッとした表情を取り戻して部屋の中を見渡す。するとお目当ての人物を見つけたようで自分達――正確にはウコンのところで目線が固定された。ネコネはそのまままっすぐにこっちへ向かってきて目の前に立つ。

 

「何を、しているですか」

 

 少し険が含まれた言葉が自分たちの耳を打つ。もっとも言われた本人はニッと笑みを浮かべて酒をグイッと煽っていて、まったく堪えた様子が無いが。

 

「何をしているのですか?と聞いているのですが」

 

「おぅネコネ。良いとこに来たな。どうでぇ、おめぇも一緒に」

 

「一緒に、じゃないのです兄さま!」

 

 ネコネは机に手をばんっとおき、怒ったように眉根をよせた。まぁ多分ウコンの妹なんだろうが、遠征から帰ってきた兄貴が顔も見せずにこんなとこで飲んでるなら怒っても当然か…。はぁなにやってんだウコンは。

 

「やっと旅から帰られたと思ったら、顔も見せずにこんなとこで飲んだくれて!どれだけ心配したと思ってるですか!」

 

「まぁ、そう言うなって。俺には俺のお役目がある。っと、そうだ、アンちゃん達。良い機会だから紹介するぜ。俺の妹のネコネだ。俺には勿体ねぇ位に出来た妹でよぉ。ちょいと融通が利かないのが玉にきずだが。まぁ、よろしくしてやってくれ」

 

「ぅ…は、はじめまして…です」

 

「よろしくな、ネコネ。自分はハク、ウコンの任務先の村で知り合って同行してる」

 

「…あ、はい。よろしくおねがいするのですよハクさん」

 

 ウコンは思い出したかのように自分たちの方を見ると、ネコネを紹介してくる。紹介されたネコネは自分たちに挨拶してきたが、その様子が借りてきた猫のようで、ルルティエと同じく若干人見知りであるのだと思ったが、自分が挨拶したあとの様子を見る限り、ただ単に先程の態度を恥ずかしく思っていただけのようだ。

 

「けどウコンよ、こんな可愛い妹がいるってのに顔も見せずにこんなとこに来て…何やってんだお前は」

 

「まぁそう言わんでくれ。ネコネには明日にでも顔を見せに行く予定だったんだ、大目、に…いや、これは俺が悪いな、うん」

 

 ネコネにあいさつした後、ウコンにジト目を向ける。奴は悪びれた風もなくそう言うのだが後半はしりすぼみになり、最後には自分の後ろを見ながら非を認めた。どうしたのかと思い、後ろを振り向くと、クオンだけでなく、なんとルルティエまでもウコンを非難がましい目で見ていたようだ。さすがのウコンもこれには耐えられなかったのだろう。

 

「はぁ、ウコンにも困ったものかな。私はクオン、よろしくねネコネ」

 

「…わたしはルルティエといいます。よろしくお願いしますネコネさま」

 

「あ、はい。よろしくなのですよ。クオンさん、ルルティエさま」

 

 女性陣もそれぞれネコネに自己紹介をを済ませたようだ。フォウは…また今度で良いだろう。そういえばルルティエの事を様付けで呼ぶって事は、ネコネはルルティエがクジュウリの姫だと知っているんだろうな。

 

 ひと段落するのを待っていたのだろう、ウコンは気まずげに頭をかきながらネコネに頭を下げる。

 

「…あー、ネコネすまなかったな。今後は帰ったら一番に顔を出すようにするから許してくれや」

 

「…兄さま。いえ、わたしも悪かったです。こういう事も一応お仕事だとわかってはいるのですが…」

 

「いや、おめぇが謝る事はねぇさ。おっ?これ前にやった髪飾りじゃねぇか。よく似合ってるぞ」

 

「あ、はい。ありがとうなのです、兄さま」

 

 兄妹の方も何とかなったようだ。うん、仲がよさそうでなによりだな。似合っていると言われて嬉しいのかネコネのシッポは左右に機嫌良さそうに揺れていた。それからはネコネも溜飲を下げたようで、ウコンの隣に腰をおろしてお酌している。ウコンはなにか内緒話があるようでネコネに耳打ちしていた。ネコネも小さく頷いているようだった。

 話は終わったのか、ウコンはこちらに顔を向け勿体つけるように話し始める。

 

「それじゃあ、白楼閣名物の風呂にでも入るか」

 

 ウコンの発した風呂という単語にクオンの耳がぴくっと跳ねたのをみて、自分は落ち着けという意味を込めてクオンの手を握る。それでクオンは我に返ったようで自分の方を見ると、手を握り返してきた。

 

「アンちゃんも湯船につかりながら一杯どうだい?良いと思わねェか?」

 

「おお、良いな」

 

「…ハク、私はお風呂に行ってくるかな」

 

 湯船ってところで我慢できなくなったのか、クオンはルルティエとネコネを誘い、風呂へと突撃していった。ウコンは呆気にとられた様にそれを見ている。そんな中マロロがポツリと呟いた。

 

「…クオン殿は湯殿の場所を知ってるのでおじゃろうか?」

 

「…ネコネが知ってるんじゃねぇか?」

 

 そう言ったウコンの顔は引きつっていたが、気にしても仕方ないという話になり、自分達はもう少し飲んでから湯殿に向かう事にしたのだった。ネコネがいなくなってから膝の上に陣取ったフォウに食べられそうな果物などを与えながら、自分は心の中で一番に苦労を背負うであろうネコネを思い胸の中で十字をきるのだった。

 

 

 

クオンSIDE

 

 

「あ、はは…お風呂ってどこかな?」

 

「知らないで向かっていたのですか…」

 

「あはは、知ってるなら案内して欲しいかな」

 

「はぁこっちなのです」

 

 思わずお風呂と聞いて部屋を飛び出してきちゃったけど、よく考えると湯殿の場所を知らない事を思い出した。気まずかったがネコネに頼むと呆れたようにしつつも案内してくれるようなので案内をお願いした。着替えが無い事を思い出し、ネコネに聞いてみると旅館で浴衣を貸し出しているとの事なのでそちらを借りてからお風呂に向かう事にした。

 

 湯殿が近づいてくると温泉独特のにおいがして来てウキウキしてくる。移動中にハクがお風呂を沸かしてくれた事に感謝かな。そうじゃなかったら我を忘れてお風呂に突撃してしまっていた自信がある。ある扉の前に来るとネコネは立ち止まってこちらを向いた。

 

「ここが大浴場なのです」

 

 私はネコネの腕をつかみ中へと入っていく。ルルティエも後に着いて入ってきた。

 

「うなっ!?」

 

「貴方も一緒に入ろう、ね?」

 

「でも」

 

「いいから」

 

 少し強引にネコネを誘い、速攻で服を脱いで湯船に突撃した。

 

「…ああ、お湯、お湯だよ。お風呂だよ~」

 

 本当は体を洗ってから入るのが規則なんだけど、今日ばかりは我慢できずにそのまま入る。ああ、お風呂だよ、しかも足を延ばしてゆっくりできるだけの広さがある大浴場。あ~最高かな。

 

「二人とも早く~、お湯だよ~お風呂だよ~」

 

「え、えっと…わたしこのような場所は初めてでして…その」

 

「…クオンさん?そんなにお風呂がうれしいですか」

 

 そう言いながら二人は軽く体を清めてから、おずおずと湯船に入ってくる。お風呂が好きなのもあるけれど今はそれ以外の要因が大きいかもしれない。

 

「うん、それもあるけれど。私、お友達とお風呂に入るの憧れてたんだ。だからとても嬉しいかな」

 

「お、お友達…」

 

「…友達、ですか?わたしはクオンさんと今日会ったばっかりですが」

 

 ルルティエが嬉しそうに微笑んでくれて嬉しくなる。ネコネは少し私の言葉に面食らったのか呆れたようにそういってきた。

 

「えっと、私と友達じゃいやかな?」

 

「い、いえ、そういうわけではないのです。ただ…」

 

「ただ?」

 

 少し顔を赤くしてそう言ってくるネコネに続きを促す。なんだかこの子も私とおんなじような感じがしたから。

 

「…い、いままで友達なんていた事が無かったので少しびっくりしたです。それでもいいならよろしくなのです。クオンさん」

 

「うん、嬉しいかな」

 

 その後ルルティエが自分ともお友達になって下さいとネコネに言って、二人とも照れくさそうに笑っていて可愛かったかな。それからはゆっくりとお風呂に浸かり、二人と親交を深めた。

 

 お風呂を上がった後はウコンが取ってくれていた部屋に戻り就寝することになった。ネコネはウコンの部屋で眠るようだ。兄妹水入らずで過ごすのだろう。私の部屋はウコンがハクと同じ部屋にしてくれたようで、酒盛りの後お風呂に入って戻ってきたハクに目一杯甘えて、約十日ぶりのハクの温もりを感じながら眠りに着いた。余談だがフォウは空気を呼んだのか寝床として与えた籠の中に陣取って出てこなかった。

 

 

クオン SIDE OUT



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帝都観光~飴屋の爺さんと義妹と~

5月21日 暁投稿文に追いつくまで連続投稿します。8時から二時間おきに六話分を連続で投稿します。

連続投稿分1/6


帝都観光~飴屋の爺さんと義妹と~

 

 

「フォウ」

 

 動物に頬を舐められたような感覚に意識が覚醒する。

 

「あ、目が覚めたハク?」

 

 目を開けるとクオンの声が聞こえたのでそちらを見る。すると髪をしっとりと濡らしたクオンが浴衣姿で座っているのが見える。あんまりにも可愛かったためそのまま起きて歩いて行きクオンを軽く抱きしめた。抱擁を解くとクオンは目を潤ませていて、自分はそのままその唇に…

 

「フォウ!フォ~!フォウ…」

 

 …フォウの鳴き声に我に返った。クオンも同じようで苦笑をこぼし、軽くキスをしてそのまま離れる。しっかしさっきのフォウの声“朝から!何をさかってるんだ!まったく…”的な感じに聞こえたんだが気のせいかね…うん、気のせいだな。

 

 とりあえず気を取り直して、お互い浴衣から普段着に着替える。ちょっと待ってるかなと言って部屋を出たクオンを見送りつつ自分は座布団に腰を下ろした。さて、今日は何するかね。仕事を探さにゃならんが、ルルティエに誘われていた帝都観光も捨てがたい。そう思いながら自分の膝の上に乗ってきたフォウを撫でる。ホントにふっわふわだなこいつの毛並みは。自分の撫で方が気に行ったのかフォウも気持ちよさそうにしていた。そういや 馬あいつもブラッシングしてやらんとな十日ほどはお世話になっているわけだし。そんな事をつらつらと考えていると、料理の乗った盆を持ったクオンが戻って、続いて同じものを持った女子衆が入ってくる。どうやらクオンは朝食をとって来てくれたらしい。女子衆は盆を置くと軽く頭を下げて部屋を出て行った。

 

「じゃ、食べようか。今日はネコネが帝都を案内してくれるらしいから、この後ルルティエと合流して帝都巡りかな」

 

「ほう、ネコネが案内してくれるのか。それにしても仲好くなれたみたいで何よりだ」

 

「うん。ネコネはとってもいい子かな。ハクも可愛いからっていじめたらだめなんだからね?」

 

「はいはい。いいからとっとと食っちまおう。クオンの料理が冷める」

 

 それにクオンはうんと返事をした後、首をひねる。どうかしたんだろうか?

 

「ねぇ、ハク。今日の朝食は私が作ったなんて言ったかな?」

 

「いや、言ってないが。かま掛けただけだよ。大体匂いで判断したがやっぱりクオンの料理だったか。いただきます。…うん、うまい」

 

 自分としてもなんでわかるのか不思議だがわかる物は仕方ないだろう。嬉しそうに、しかし悔しそうに、ビックリさせようと思ったのにと言うクオンを愛でながら、穏やかに朝の時間は過ぎて行った。

 

 朝食も食べてひと段落したころ、クオンと共に部屋を出てルルティエのもとに向かう。フォウは定位置の自分の肩の上だ。ルルティエの部屋からは楽しそうに話す声が漏れ出てきていて少し遅れたかと思いながら部屋の外から声をかけた。

 

「すまん、自分とクオンだ。入っても大丈夫か?」

 

「あ、ハクさま、クオンさまどうぞ」

 

「あ、おはようございますです。ハクさん、クオンさん」

 

 部屋には案の定ネコネが居て、少し待たせてしまったみたいだ。

 

「すまん、少し待たせたみたいだな」

 

「いえ、わたしも今来たところですので、それほど待ってはいないのです。それにしてもクオンさんの言っていたハクさんと恋人だというのはホントだったですね」

 

 ネコネが自分とクオン――正確にはクオンに抱きかかえられた自分の腕とクオンを見ながら、微笑んでそう言う。少し恥ずかしいのだがこれくらいは甘んじて受けるか。しかし自分に対して好意的なネコネに違和感を感じるのだが何故だろうか?あと脛がむずむずする。これはなんだ。

 

 ネコネは自分の様子には気がつかなかったようで自分の肩にいるフォウに目を向ける。

 

「ところでその肩の…見た事のない動物なのですがハクさんが飼っているですか?」

 

「ああ、帝都に来る途中で妙に懐かれちまってな。どうやっても離れようとしないから仕方なく連れてきた。名前はフォウだ」

 

「へぇ、フォウさんですか。かわいいですね。あ…」

 

 ネコネが聞いてきたので、そうフォウを紹介した。ネコネも動物は好きらしく手を伸ばしてきたのだが、フォウは逃げて自分の反対側の肩に移動する。

 

「すまん。こいつ自分とクオン以外に懐かなくてな。ウコンはおろかルルティエにも懐かなかったから相当だと思うぞ」

 

「うう、そう言う事なら仕方ないのです。…さて、気を取り直して、ハクさんとクオンさんも来た事ですし、早速出発するです」

 

 ネコネはフォウに避けられちょっと落ち込んだが、気を取り直してそう言い、帝都観光に出発する事になったのだった。

 

 

 ネコネの案内で帝都の街を歩く。クオンは帝都の広さに感嘆の声を漏らし、ルルティエはあまりのヒトの多さに目を白黒させていた。ネコネの帝都や帝にまつわる眉つばのような話を聞きながらも歩みを進めると都をまたぐように流れている川の傍に出た。しかし、帝の話は一晩で橋を架けたとか、ヤマト成立時から生きているとか、本当に眉唾な話ばっかりだな。

 

「これが、オムチャッコ川なのですよ」

 

 そう言うネコネの声を聞きながら自分は河の方に目を向ける。大小様々な船が河を行き来し、水夫の威勢のいい声がそこらじゅうから聞こえてきていた。クオンとルルティエもそれを穏やかに眺めている。ネコネの説明をBGMにしばらく河を眺めていたのだった。

 

「それで、次はどこに連れて行ってくれるんだ」

 

「さらに南に下って門までいくです」

 

 そうネコネはにこやかに言って歩き出す。自分たちもそれに続くのだった。そのまま門へといき、その大きさに驚いた。それ以上に驚いたのは、ウィツァルネミテアを彷彿させる像――自分が何度も助けられ、最後には塩となって消える原因となった巨大な化け物。それを見てオシュトルの仮面が思い出された。それを見たクオンが悲しそうな顔をしたのに気がついて手をぎゅっと握ってやる。自分はここにいる。絶対にクオンから二度と離れない、そう思いを込めて。するとフォウが自分たちのそんな空気を感じ取ったのか甘えるように肩の上ですり寄ってきたので、二人でフォウに大丈夫と言った後、礼を言う。自分たちの前で楽しそうに話すルルティエとネコネを見ながら、安心させるようにクオンの手を優しく握った。

 

 

 ネコネのそろそろ昼時だという言葉に促され、露店がずらりとが並ぶ一角にやってきた。そこらじゅうから流れてくる匂いが食欲をそそる。皆とりあえず歩き通しで疲れているだろうと思い、ネコネのお勧めの飲み物を三つ買った。今日のお礼も兼ねて代金はクオンと自分で出す。とりあえずは今日一番世話になっているネコネに自分が渡し、ルルティエにはクオンが渡す。

 

「あ、ありがとうなのです、ハクさん」

 

「ありがとうございます。クオンさま」

 

「今日のお礼には足りんだろうが、自分達からの気持ちだ。遠慮せず飲んでくれ」

 

「うん、という事で今日のお昼ごはんは私たちで持つよ」

 

「で、でもわたしは何もしていないですし…」

 

「帝都巡りに誘ってくれたじゃない。そのおかげで今日は楽しめてるんだからそのお礼、ね?」

 

 ルルティエも頷いてくれた事だし、食べ歩きといきますか。そう思っているとクオンが飲み物に口をつけて美味しいかなと言いながら自分にも進めてくるのでそれを飲む。間接キスだが自分もクオンも全く気にしない。ネコネはニコニコしながら本当に仲良しなのですねと言い、ルルティエは顔を真っ赤にしながら顔を手で隠していた。…ルルティエ、指の間からがん見してるだろそれ。そんなこんなでルルティエも年頃なんだよなと思った一幕だった。

 

 その後はそのまま露店巡りだ。クオンがおいしいと言ったヨルクルという料理を食べたり(酸っぱかった。変な顔をしていたようで三人に笑われた)、シャッホロという国の伝統料理や、ナコクという国の家庭料理を食べたりした。中でもネコネの故郷だというエンナカムイの料理は素朴な味ながらなんだか懐かしく一番箸がすすんだ。ネコネは故郷の味を褒められてまんざらでもなさそうだった。ちなみにフォウにはうまそうな果実を見つくろってもらっていくつかを与えた。

 

「ふぅ、なんやかんやで結構食ったな」

 

「ちょっと喉が乾いちゃったね。一服しながら一休みしたいかも」

 

「わたしも久しぶりに故郷の料理が食べられて嬉しかったのです」

 

「確かに少し食べ過ぎたかもしれないです」

 

 のほほんとしながら道を進む。するとルルティエが何かを見つけたのか足を止めた。ルルティエの目線の先にあるのは絵巻物や書冊を扱う店の存在する通りのようだった。なんだか目に見える範囲にいるのが女性だけなのが気になるが…。

 

「?どうした、ルルティエ」

 

「あ、あのっ――そ、その…少し見てきてもいいでしょうか…?」

 

「何か買いたい書物でもあるのか?」

 

「あ、…はい。…そんな…感じです。ちょっといってきますね」

 

 ルルティエはそう言うと店の方に駆けて行った。…ルルティエが入っていくときに見えた、オシュトルと強面の男が絡み合っている絵は見なかった事にしよう。というか文化は人の時代と比べて未発達に見えるのに、そういう方面にだけ発展しているのはどうなのだろうかと思った自分は間違っていないはずだ。

 

 

 残された自分達は、すぐそこに見える茶屋で待ってようと話す。そちらに向かおうとすると、自分は小路から出てきた男とぶつかってしまい、男が手にした包みから紙の束が零れ落ちてしまった。フォウはびっくりしたようでクオンの肩に飛び移ったようだ。

 

「っと、すまない。手伝おう」

 

「ああ、助かります」

 

 自分はすぐに謝ると、散らばった紙を拾い集める。拾い集めている紙に書かれている文章が目に入り一瞬固まるが、気にしない事にした。全部が零れ落ちたわけではなかった為、割とすぐに拾い集め終わり、男に渡した。

 

「あ、こちらこそ失礼しました。私も前を見ていなかったのでお互い様です」

 

「これで、全部か?」

 

 渡す時に男の顔が目に入って少し驚く。自分は多分前はこいつと敵対していた、それが何故か直感的に分かったからだ。…多分態度には出ていないと思う。

 

「ああ、ありがとうございます。すいません、急いでいますので私はこの辺で。ネコネさん、お兄様によろしくお伝えください」

 

「はぁ」

 

「それでは、失礼します。縁があればまたお会いしましょう」

 

 男はウコンの知り合いのようでネコネにそう言って去って行った。ネコネは心当たりがあるのかないのか微妙な表情をしている。…いやあれは心当たりはあるけど、ちょっと嫌だな位の感じか。もしやネコネは知っているのだろうか?奴が男の友情(かなりマイルドな表現)を描くのを趣味、もしくは仕事にしている事を。クオンは自分と同じような事を男から感じたのか表情が少しだけ硬い。…なんか微妙な沈黙が続くがルルティエが店から出てきたので、切り替えてその場を後にする。

 

 人通りの多い屋台通りをはぐれない様に歩く。自分の腕に抱きつくクオンが飴細工の屋台を見つけたようで、そちらによる事にした。屋台には赤青黄色と様々な飴細工が並べられており、女性陣は皆一様に目を輝かせていた。確かに凄い技術だな。

 

 屋台の主だろう、好々爺然とした爺さんがこちらに気がついたようで近づいてくる。なんか懐かしい感じがするが、似たような人に会ったことがあるだろうか?

 爺さんは美少女三人+可愛い小動物という事で気を良くしたのか、にこやかに飾っている飴を四つ取って自分たちにそれぞれ渡してきた。

 

「おまえさんは、花のように華やかな娘さんじゃな。では、花の飴がよかろう」

 

「あはは、ありがとう。お上手かな」

 

 爺さんの言葉によくわかっているじゃないかと頷きながら、満更でもなさそうなクオンを見る。うん、クオンにはやっぱり花が似合うな。

 

「そこのかわいらしいお嬢さんには、この小鳥なんかがよかろうて」

 

「可愛い…まだココポが雛だったころみたい…食べるのがもったいないくらい」

 

 ルルティエには小鳥か、良いチョイスだ。しかし今では突然変異種としか思えない巨体のココポにもそんな時代があったんだな。いや当り前ではあるんだが。

 

「最後に、とびきり可愛らしいお嬢ちゃんには…うむ、これなんてどうかの?」

 

 爺さんが差し出した飴はクオンとルルティエの飴に比べ一回り大きいものだった。さすがにネコネも躊躇って受取ろうとはしない。

 

「お嬢ちゃんには初めて会った気がせんのでな。ほらおまけじゃ」

 

「ですが…」

 

「なに、全部値段は変わらんし、構わん構わん」

 

 爺さんはそう言うとネコネに親しげに目配せする。ネコネに似たお孫さんでもいるのかね、この爺さんは。ネコネはなかなか受取ろうとしないが折角の好意だ、受け取ってやったらいいさ。

 

「ネコネ、ヒトの好意は素直に受け取っとけ。な、爺さん」

 

「うむ、そこの兄さんの言う通りじゃわい」

 

「ハクさん…」

 

「な?」

 

「…はい、なのです」

 

 自分の後押しに頷いたネコネは恐る恐る飴を受け取って、小さくお礼を言う。その様が可愛くって、ついつい頭を撫でてしまった。するとネコネは拒絶こそしなかったが、恥ずかしかったのかそっぽを向いてしまった。爺さんが驚いたようにこっちを見てたがなんだったんだろうな?爺さんは何事も無かった様に表情を戻すと、自分にも飴を差し出してくる。あまりに自然な動きだったのでつい受取ってしまったが…。

 

「そして、おまえさんにはこれじゃ」

 

「ん、ああ、ありがとう…って爺さん、なんだこれは?」

 

「ワシの渾身の労作ギギリ飴じゃ」

 

 うん、確かによくできている。確かによくできているが…リアルすぎる。これはむしろ食欲を根こそぎそぎ落とすかのような見た目だ。まぁ貰った物に文句をつけるのもあれかと思い頭部分から齧りつく。…って

 

「まずっ!ていうか苦いぞ。これは本当に飴か!?」

 

「うむ、ギギリ味じゃな。いや苦節数年、この味を出すのは苦労した」

 

「…めちゃくちゃ無駄な努力だな」

 

 良い笑顔の爺さんに半眼を向ける。多分食べるとは思っていなかったのか最初は驚いたような顔をしていたが、いまはしてやったりって顔だ。

 

「うむ、こんな別嬪さんばかり連れている男にはこれ以外くれてやるの物はないわい。と、これはおまけじゃ。娘さんの肩にいる小動物にでも食わせてやるが良い」

 

 うん、なんかもう諦めたわ。クオン達も苦笑いだ。爺さんがフォウ用にと飴をくれたので与えてやる事にする。一応植物由来の物だし問題は無いだろう。あんまりやりすぎるとダメだろうがな。自分がフォウに飴を与えているのをみてネコネがちょっと羨ましそうだ。

 

「フォウ!フォフォフォフォ~ウ!」

 

 フォウは美味かったようでめちゃくちゃ喜んでいる、出会ってから今までで一番渾身の鳴き声だった。そんな風にしていると通りががやがやと騒がしくなる。なんだろうと思っていると、人々が通りの中心を開けるように道の端によって行った。何が起きているのかわからずに周りを見渡すがクオンとルルティエも同じようだ。ネコネも判っていないようで首を傾げていた。

 

「おお、オシュトル様だ…」

 

「オシュトル様…」

 

「おしゅとるさまだ~!」

 

 周りから聞こえ始める声に通りの向こうに目を向けると、兵と仮面をつけた男が馬に乗りこちらに歩いてきているのが見えた。

 

「右近衛大将オシュトル…」

 

 クオンのつぶやきを聞きながら本当に人気者なんだなと思う。周囲からはひそひそという風であるが乙女たちの黄色い歓声が聞こえ、民達の視線には畏れ、憧れ、親しみ、そして何より信頼が込められているようで、自分はほぅと感嘆のため息を漏らした。

 

「文武両道、清廉潔白、いつも民の事を考えてくれる、大変素晴らしい御方じゃよ。この帝都で平穏な暮らしができるのもひとえに両近衛大将のオシュトル様とミカヅチ様のお陰じゃな」

 

「へぇ…そうなんだ」

 

 そう言いながらもクオンもルルティエもオシュトルの事を目で追う。ネコネはネコネでオシュトルに美惚れているようだし、これが右近衛大将の魅力か、そう思いながらオシュトルを見送る。

 するとオシュトルが束の間立ち止まり、こちらに視線をやった後、微笑を浮かべるとそのまま歩いて行った。ウコンとも上司部下の関係なわけだしネコネの事も知っていて可愛がっているのだろうか。驚いたように固まっているネコネの頭に手をやり優しく撫でると、嫌がっているわけでは無いようだが、照れくさかったようで自分の脛を蹴ってくる。

 

「いて、痛いって、ネコネすまんかった」

 

「…ふん、分かればいいのです。でも、嫌ではなかったのです。ハクさんが子供扱いするからなのです」

 

 顔を赤くしてそう言うネコネに微笑ましさを感じる。脛に感じる痛みがなんだか懐かしい。…なんだろうな、この感情は。自分に妹はいないが、妹がいたのならこんな子だったら良いなと思う。もしかしたら前の時、自分とネコネは兄弟のように接していたのかもしれんな。

 

「もう、ハクったら。ネコネが可愛いからってお兄さんぶるからかな。確かにネコネみたいな子が妹だったらな、とは思うけどね」

 

「わたしもクオンさんみたいな姉がだったら大歓迎なのです」

 

「う~ん。…それなら、本当に呼んでみる?」

 

「えっと、クオンさん…」

 

 確かにクオンは一人っ子だし、妹という物にあこがれがあるのだろう。それはネコネも同様なんだろうな、ウコンという兄はいるが姉はいないみたいだし。さて、どうなるか…

 

「どうかな?」

 

「えっと、その……あ、姉さま?」

 

「うん、ネコネ!これで私たちは義姉妹かな」

 

 クオンの嬉しそうな声とネコネの照れくさそうな声、でもなんだか二人とも嬉しそうで頬が緩んだ。ルルティエも嬉しそうに笑っている。笑いあうクオンがなにかネコネに耳打ちをすると、ネコネが顔を赤くしてこっちを見てから近づいてくる。なんだ…?

 

「…えっと、ハクさんは姉様の恋人ですから、特別に、そう特別に…ハク(にい)さまと呼ぶです」

 

「えっと、無理に呼ばなくてもいいんだぞ」

 

「…ハクさんが呼ばれたくないのならそうするですが?」

 

「…フォウ」

 

 ネコネに無理をして言っているんじゃないかと言ってみると、少しだけ悲しそうな顔をしてそう聞いてくる。うん、呼んでくれるなら自分もそっちの方が嬉しいのだし、ネコネが無理をしていないのであれば大歓迎だ。あとフォウ、その呆れたような鳴き声はなんだ。

 

「いや、そんなことはないさ。自分も可愛い妹が出来て嬉しいよ、ネコネ」

 

 自分が本心からそう言うと、安堵のため息を吐いた後、はっとした顔をして、ネコネは上目づかいで自分を睨みつけて口を開く。

 

「わたしの 兄さまには全然及ばないのです。姉様の恋人だから、しかたなく呼ぶだけなのです…だから勘違いしないでほしいですハク兄さま」

 

「自分がウコンに敵うわけないだろうが。ま、それでもありがとなネコネ」

 

 ネコネはその言葉を聞くとプィッと顔をそむけて、ほら次に行くのですと言って歩いて行く。ルルティエはそれを追いかけて、自分とクオンは新しい妹が出来た事を嬉しく思いながら笑顔を交わすのだった。そしてネコネに追いつくと、その手を左右から取る。ネコネは嫌がらなかった。その顔には戸惑いや嬉しさや恥ずかしさはあったが後ろ向きな感情は見えなかった。

 

 その後混じりたそうにしていたルルティエの手もクオンが取って、しばらく四人で手を繋いで帝都の街を歩いたのだった。その時フォウがネコネと手を繋いでる方の肩にいるのが印象的だった。こいつのヒト嫌い?もいつかマシになると良いよな。



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ある屋敷にて~ウコンとオシュトル~

5月21日 暁投稿文に追いつくまで連続投稿します。8時から二時間おきに六話分を連続で投稿します。

連続投稿分2/6


ある屋敷にて~ウコンとオシュトル~

 

 

 ネコネに帝都を案内してもらった日の夜。ネコネにある方が呼んでいるので会って欲しいと言われた。心当たりは一人くらいしかないが、ネコネの願いだし自分が思っている通りの奴なら特に問題はなさそうなので、クオンと共について行くことにした。

 

「ネコネ、どこに向かってるの?」

 

「着いてからのお楽しみなのですよ、姉さま。すぐにわかるのです」

 

 どこに行くのかと聞くクオンにそう返し、ネコネは自分達を先導する。しばらく歩くと一度来た事のある街並みが見えてくる、あの瓦屋根のある通りだった。ネコネは自分の予測通り、ある屋敷の前で止まる。オシュトルの屋敷だ。

 自分たちに気がついた門番が険しい目線を送ってくるが、ネコネに気がつくと緊張を解き頭を下げてくる。

 

「お役目、御苦労さまなのです」

 

 ネコネはそう言うと自分たちを促して門をくぐり、屋敷の中へと入りある部屋の前で止まった。その部屋は他の部屋と違って明かりが付いており、まだ起きているヒトがいるようだった。

 

「お連れしたのです」

 

「入るといい」

 

 ネコネが扉の外から声をかけると、聞き覚えのある男の声で返事が聞こえる。これはオシュトルの声だな…。クオンに目配せすると任せると言うように頷いてくれる。その様子を見ていたネコネは自分たちの心の準備が整ったと判断したのか扉を開け自分たちを先導して部屋へと入った。

 

「…失礼しますです」

 

 部屋の中に入ると、部屋の奥、執務用の机のような物の奥に予想通りの人物――仮面の男、右近衛大将オシュトルが座っていた。

 

「よく来てくれたな」

 

「右近衛大将…オシュトル」

 

 クオンが少しの警戒をにじませながらそう口を開く。こんな時間に呼び出しだからな。いくら清廉潔白、公正明大と評判の男でも警戒はする。いや組織の上に行けばいくほどに黒い部分とは無縁ではいられなくなるのだ、それなのにあれだけの名声と評価を誇る人物を警戒しない方が難しいだろう。

 

「ハク殿とクオン殿だったな。賊討伐の件では世話になった。改めて名乗るとしよう、某はオシュトル。突然の呼び出しに思うところはあるかも知れぬが、まずは座ってもらえるか。ネコネ、客人にお茶を」

 

「判りましたです」

 

 ネコネはオシュトルに頭を下げると素直に部屋を出て行った。自分とクオンは用意された座布団に座り、オシュトルに相対する。無論自分が矢面に立つ位置だ。さて意識を切り替えろ。

 

「初めまして…と申すべきなのでしょうか?」

 

「そうだな。だが、紹介はいらぬ。失礼ながら、そちらの事は報告を受けているのでな」

 

「…いえ、当然の事かと。自身の部下が、身元の怪しい二人組を帝都へ連れて帰っているとなれば気にせずにはいられぬでしょう。某も同じ立場であればそうしますゆえ」

 

「そうか…」

 

 そう、自分たちを調べたり報告を受けたりするのは当たり前だ。自分たちにその気はないが、なにか騒動を自分達が起こした場合、その咎がオシュトルにも向きかねないのだから。警戒をするのは当然と言えるだろう。オシュトルが腕を組んでそう返したタイミングでネコネがお茶を持って戻ってきた。少し不思議そうな顔をしているのが気になるがまぁ特に問題ないだろう。

 

「お茶をお持ちしましたです」

 

 ネコネは茶を卓に置くとオシュトルの隣の席に着いた。義妹の淹れてくれた茶だ、とりあえず味わうことにするか。そう思い茶を手に取って口に運ぶ。口の中にお茶の美味しさが広がり思わず口元が緩んだ。どうやら隣のクオンも同じようだ。目線を前に戻すとネコネがすました顔をしつつ、こっちを見ていた。もっともこっちがおいしいと思った事は伝わったのか、頬が少しひくついていて嬉しさを隠しきれていないように見えたが。

 

「それで…右近衛大将ともあろう御方が某達を呼び出して如何な用向きであられるのか」

 

「ふむ、やはりまどろっこしい話は好まぬか。ならば単刀直入にいわせてもらうとしよう。ここに招いたのは他でもない。其方達を引き立てたいと考えたからだ」

 

「引き立てる…某とクオンをでしょうか?しかし、某達は貴殿に評価されるような事をした覚えは無いのですが…」

 

「正確にはそこにルルティエ殿を加えた三人を…だな。先ほど報告は受けていると言ったであろう。その報告の内容だけでも其方達を引き立てようと思うには十分だと思うが納得できぬか?」

 

 自分達を引き立てたいね…さてどんな思惑があるのか全く判らんぞ。ウコンから報告が上がっていた場合、本気で言っているだけの可能性もあるのか。ウコンの自分への評価はなぜかめちゃくちゃ高いみたいだからな。

 

「某達に貴殿の配下となれ…と?」

 

 そうであるのなら、すぐに頷ける話ではない。こんな時間に呼び出され、さらに人目が全くない部屋での話しだ。何をやらされるか判った物じゃないからな。だが、オシュトルからの返答は意外なものだった。

 

「そうだ。と…いってもそんなに堅苦しいものではない。某の協力者になってもらいたいのだ」

 

「……」

 

 即座には返答せずにオシュトルの言葉の裏を考える。協力者なんぞ、いくらでも集められるはずの男がそう言うのだ。正直、真意が判らない。オシュトルを見ながら自分が黙っていると、奴が口を開いた。

 

「そんなにおかしいか」

 

「おかしいと言うより、真意が読めませぬ。貴殿ほどの立場の御仁なら、手駒など事欠かないはず。だというのに、なんの面識もない某達を雇いたいと申す。正直なところ貴殿が何か企まれていると勘繰ってしまっておりまする」

 

 そう言った瞬間、ネコネが困ったようにして自分を見てくる。まぁその表情を見る限り、ネコネが知る限りではオシュトルに企みなど無いのだろう。憧れのオシュトルを援護したいが、自分の考えも理解できてしまいそんな微妙な表情になってしまったのだろうか。

 

「遠慮なく言ってくれるな、寧ろ小気味いい。しかし、その考えも最もか。これは信じてもらうしかないのだが、貴公等を陥れようとしているわけではない。ある理由があって、某は信頼のできる人物を探していてな。それも只の部下ではない。どこにも属しておらず、某を相手にしても臆することなく腹を割って話せる相手を…だ。そこで某の協力者でもある友人に相談してみたところ、貴公等を推薦されたのだ」

 

 オシュトルはそこまで言い切り一呼吸置くようにお茶に手をつけると一口含む。ふむ、今の言葉に嘘は見えなかった、多分だが真実を語っているのだろう。しかしオシュトルの協力者とは一体?自分達を推薦するほどだから、少なくとも一定以上自分たちに好意的な感情を持ち、人柄も把握している人物。本命でウコン、次点がマロロ、大穴であの村の女将さんってとこかね。協力者って言うとあの赤い髪の姉弟、ノスリとオウギも当てはまるのだろうが、今回は候補に入らないな。何せあいつ等とはまともに話してすらいないのだから。

 

「ギギリの討伐や賊退治の際の話も某の耳に入っている。頭も切れ、闘いにも通じていて機転も利き、不思議とヒトを引きつける魅力を持つ男」

 

「…」

 

 オシュトルの過大評価になんだか妙な顔になっている気がする。隣でクオンがうんうん頷いているが自分はそんなに凄くないぞ。自分がそんな表情をしているのは気にせずにオシュトルは言葉を続けた。

 

「付き合いは短いが、共に死線を潜り抜けた信頼の置ける人物だと絶賛していたよ。マロロがあれだけ太鼓判を押すのだ。ならば問題ないかと思ってな」

 

 まさかの次点か…ちょっと梯子を外された感が凄いぞ。

 

「そこまで評価されるのは悪い気分ではありませぬが…某には過剰な評価だと」

 

「もっとも、推薦されるまでもなく、そのつもりだったんだがな」

 

 オシュトルがにやりと笑う。いきなり言葉遣いと雰囲気が変わったが、この感じどこかで…。そう思いながら首を傾げているとオシュトルはさらに言葉を発した。

 

「なんでぇ、まだ気づかねぇか。親友(ダチ)だってのに、薄情な奴だねぇ」

 

「…もしや、其方」

 

「おう、気づいたか。アンちゃん、多分こう思ってただろう?ウコンの奴はどこ行ったんだ、ってな」

 

 おいおい、もしかしてというか、アンちゃんねぇ、これはもう確定じゃねぇかよ。今までの茶番にため息が出そうになるぞ、おい。そう思う自分の方を見つつ、オシュトルは笑みを浮かべたまま髪をかき乱し、いつの間にかネコネが持って来ていた外套を羽織り、口元に手を持っていくと、次の瞬間には見慣れた無精ひげがそこにはあった。最後に目元を覆う仮面をゆっくりと外すとそこには…。

 

「ここにいるじゃねぇか?」

 

「……変わりすぎではないか?」

 

 あまりの変身に絶句、という感じだ。クオンはあまり驚いていない。おそらく話のどこかの段階で感づいていたのだろう。というかこんなもんわかるかってんだ!

 

「ん?アンちゃん?」

 

「うむ、ウコン殿だな…」

 

「うむ、俺だが。アンちゃん、いつまでその言葉遣ぇで居るつもりだ?正直、違和感が凄いんだが…」

 

「うん。ハク、もう大丈夫かな」

 

 クオンの言葉で意識して切り替えていた物を元に戻す。

 

「はぁ、びっくりさせんでくれ、ウコン」

 

「うん、悪ふざけが過ぎるかなウコン」

 

「はっはっはっ。すまんな、アンちゃん、ネェちゃん」

 

 ウコンはくつくつ笑いながら、楽しそうに無精ひげを撫でる。

 

「ま、さっき知っての通り、ウコンとは仮の姿。その正体は右近衛大将オシュトルってな。しっかしアンちゃんは全然気がつかねェんだから驚かしがいがあるぜ。ネェちゃんは途中で気づいてたみたいだったがな」

 

「私は少し外から見てたから気がついただけかな。自分で交渉してたら気がつけてたかはちょっと自信がないよ」

 

 ウコンはそうかいと言うと頭をガシガシと掻き言葉を続けた。

 

「知っての通り、俺は帝から右近衛大将という身に余る官位を授かっている。自分で言うのもなんだが、近衛大将ってのは帝を、そしてこのヤマトの民を、あらゆる災いから護る事を任とする、とても偉ぇ官位だ。ホント、なんで俺なんかがなぁ」

 

 最後はぼやきながらウコンが言う。ウコン的には荷に勝ちすぎていると感じているのだろう。自分だったら絶対に嫌だしな、仕事も多そうだし。

 

「当然だが、それに伴う力も絶大だ。有事には全軍の采配も許されている。だがな、それ故に身動きが取りづれぇ。位が高すぎて何をするにしても世間の注目を集めちまう」

 

 ああ、うん。ここまで聞いてなんとなく分かった。なんで変装してウコンなんて存在になっているのかも、なんで自分達を引きこみたかったのかも。

 

「…だからウコンとなり、世間の目を欺いているの?」

 

「御明察だ。オシュトルの身では雁字搦めと言うか、何するにしても大規模になっちまう。見ただろう?ちょっと街を視察しただけであの仰々しい行列だ」

 

「それが身分相応の義務なのですよ、兄さま」

 

 クオンの言葉に返答してぼやくウコンにネコネの割ともっともな指摘が入る。まぁ、ネコネの指摘ももっともだが、ウコンのしたい事はそれでは成せない何かなのだろうなと思う。

 

「確かにそうだ。それは分かってる。分かっちゃあいるんだがなぁ…オシュトルじゃあ民の声が聞けねぇのさ。その声を聞くには上辺だけじゃダメだ。いかがわしい場所に潜り組む必要が生じたり、時にはヒトを欺く事もある。そして、咎を背負う事もな。だから、こうやって世間さまの目を欺いて、自由に動きまわる事の出来るもう一人の俺が必要だったのさ」

 

「…よく判らんが、つまりは有名になりすぎて色々といかがわしい事なんかが出来なくなった。もっと過激で犯罪めいている場所に潜り込むためには変装して身分を欺く必要があったってとこか?」

 

 自分がそう言った瞬間、ネコネが立ち上がりお茶を入れ直してくれる。

 

「お茶のお代りなのです」

 

「お、ありがとなネコ、って熱っ!」

 

「…兄さまを侮辱するのはやめるですよ?」

 

「…すまんかった。以後気をつけよう」

 

 ネコネがバランスを崩してお茶をこぼしたのかと思ったがあれはわざとだな。まぁ確かにさっきのは自分の言葉の選び方が悪かったしな。素直に謝っておく。…決してネコネに睨まれたのに傷ついたわけではない。ないったらないのだ。ちなみにウコンは爆笑中である。あいつ後でしばく。

 

 一度謝るとネコネも機嫌を戻してくれ、今はネコネが持って来てくれた手ぬぐいでクオンが拭いてくれている。自分とネコネを見ながらしょうがないなぁと思っているのが伝わってきて、自分も苦笑いを浮かべた。自分達の様子がひと段落したと見たのかネコネを見ながら口を開いた。

 

「まぁ俺に免じて勘弁してくれや、アンちゃん。コイツは幼いころから本の虫でよ、あまり人づきあいには慣れてねェから、加減がよく判ってなくてよ」

 

「あぅ…」

 

「気にしてないぞ。自分の言い方もまずかったしな。それにこれだけ遠慮なくやってくるって事は、信頼してくれてるっことでもあるだろう?」

 

「…」

 

 ウコンに言われた後、真っ赤になっていたネコネが自分の言葉でさらに真っ赤になって俯いてしまうが、まぁいいか。クオンも苦笑するだけで特に何も言ってこないし大丈夫だろ、うん。

 

「…そうかい、ありがとな、アンちゃん。しっかしあのネコネがねぇ。まあ、今はそれは良いか…さてどこまで話したか、あぁ、いかがわしい云々だったな。ネコネは怒ってたがアンちゃんの言い方もあながち間違っちゃいねぇよ。実際にこの姿は右近衛大将としてなす事が出来ない事をする為の、咎を犯すことを前提としたもう一人の自分だからな」

 

 そう言ったウコンの強い瞳に少しだけ圧倒される。しかしすぐにそれは収まり、苦笑気味にウコンは続けた。

 

「もともと俺は、父上のように民を助け苦楽を共にする士卒になるつもりでな。その志を胸に辺境の地より上京してきたんだ。そして、恩師を頼りその伝手で近衛に入る事になった。――故郷に錦を飾る為に、出世する為の努力はしたつもりだが、まさかここまでなるたぁ夢にも思わなかったぜ。正直ここまでの官位なんざ望んでなかったんだがなぁ」

 

「それ、聞く奴が聞いたら泣いて悔しがるぞ…」

 

 ぼやくウコンにそう言うと、ちがいないと苦笑しながら同意を返してくる。それは贅沢ってもんだからなぁ。ああ、ネコネの淹れてくれた茶は美味いな。正直疲れてきたんだが、そろそろ終わらんかね。

 

「まぁ、それはともかく、右近衛大将だと背負っている物が大きすぎて、俺が目指してた民と苦楽を共にってのは難しいのさ。出来る事といえば、精々都を見回るくらいが関の山でな。まぁ賊の討伐は近衛の仕事と絡めたから出来た事だけどよ」

 

「随分とめんどくさい立場にいるんだな、おまえは」

 

「おうさ。だからこうして俺はウコンとなったってわけだ。ただ色々やりすぎたせいで、ウコンの名も売れてきちまってな。最近じゃあ周りをこそこそ嗅ぎまわる奴も出てきて、これ以上やると正体がバレかねねぇんだよこれが」

 

「もしかしてそれを私たちにやって欲しいってことなのかな?」

 

 ウコンはクオンの言葉にわが意を得たりと言わんばかりにニヤリと笑う。ああ、うん予想通りではあるんだが、そうか。

 

「流石はネェちゃん、話しが早ぇな。アンちゃん達にはウコンの後を引き継いで、隠密として民と都を護ってもらいたいのさ。出会って間もないが、アンちゃんなら信頼できるからな」

 

「はぁ、随分と自分を高く買ってるんだな」

 

「これでもヒトを見る目はあるつもりだぜ?」

 

 ニカリと笑うウコンを見て自分は溜息を吐いた。隣を見るとクオンは乗り気なようなのでこれは断れないかと腹をくくる事にする。

 

「で、仕事はなんなんだ?」

 

「お、受ける気になってくれたかい」

 

「はぁ、クオンも乗り気みたいだし受けるさ。ちょうど就職先を探していたとこだしな。ただルルティエには聞いてみんと判らんぞ」

 

「おう、恩に着るぜアンちゃん、ネェちゃんもな。ルルティエ様には俺から話を持って行って、アンちゃん達と一緒ならって条件で了解をもらってるんで心配はいらねぇぜ」

 

 こいつ、絶対に自分に引きうけさせる気だったよな?それとも自分が断らないって核心でもしてたのかね。

 

「まぁ、これも何かの縁だ。よろしくなウコン」

 

「おう、これからよろしく頼むぜ。アンちゃん」

 

 自分はウコンに手を差し出し握手をする。クオンはそれを優しい目で、ネコネは少し安心したように見てきていた。

 

「と、そうだ、これを。支度金だ、ネェちゃんに預けるぜ。それと連絡役としてネコネをつける」

 

「な!兄さま!?わたしは兄さまの手伝いもあります。そんな暇はないのです」

 

「おう、という事でおまえには暇を出す。しばらくは同年代の奴らと行動してみろ、なぁに良い経験になるだろ」

 

 支度金はクオンに渡された。自分はそう言う方面に信用が無いのかね。まぁ実際クオンに任せとけば大丈夫だろうから文句は言うまい。それはそうと、あんなに可愛がっている妹を預けるとか本当に信用してくれてるな。自分にとっても可愛い義妹だし全力で守るさ。まぁネコネが納得したらの話だがな。

 

「…兄さまがそう言うのでしたら、頑張ってみるです。よろしくおねがいするです、姉さま、ハク兄さま」

 

「任せたぜネコネ。という事でアンちゃん、ネェちゃん。ネコネの事をよろしく頼む」

 

「ああ、任された」

 

「うん、可愛い妹分の事だし任せて欲しいかな」

 

 ネコネも納得したようなので、そういう事で話はまとまった。

 

「しっかしネェちゃんやアンちゃんと義兄妹になったとは聞いてはいたが、会ったばっかりの奴らにネコネがここまで懐くとはなぁ」

 

「うなっ!姉さまはそうかもしれないですけど、ハク兄さまは違うのです!姉さまの恋人なのでそう呼んであげてるだけなのです!」

 

 ウコンの言葉に顔を真っ赤にしてそう言うネコネを見つつ、自分は騒がしくなりそうだなと思いながら、恋人と義妹と姫様と過ごすことになる日々に思いを馳せた。

 

 その後はなんとかネコネをなだめた。今日はオシュトルの屋敷で過ごすというネコネとウコンに見送られ宿へと戻る。明日はとりあえず拠点を確保してどう活動していくのかある程度決めないとな、とクオンと話していたら白楼閣に着き、その日は風呂に入って就寝した。

 

 

オシュトル(ウコン)SIDE

 

 ハクとクオンの帰った執務室で俺とネコネは向かい合って話をしていた。ネコネを連絡員としておくのだから連絡の方法だとか、頻度などその辺は詰めておかないといけないからな。概要をまとめ、ある程度はネコネの裁量に任せる事にする。まぁ連絡員として預けるのは必要だと思ったからだが、別の思惑もある。言った通り、あいつ等とは仲良くなったようだし、ネコネを同年代の者達と一緒に居させてやりたいという兄心だ。

 

「では、そのようにするのです。だけど、本当にハクさんで大丈夫ですか?信頼は出来ると思うですが正直いまいち頼りない印象があるのです」

 

 頼りないか。確かに第一印象だとそう言う感じだなアンちゃんは。基本的にネェちゃんが絡む事や有事以外はそんな感じだしな。

 

「ま、ネコネの言う事も判らんでもない。基本的にネェちゃんが絡まない限りはボケっとした印象だからなアンちゃんは。だが面倒だと言いながらも仕事は任された分以上の物をこなすし、機転も利く。俺が知る限りだと一番適任だと思ってる」

 

「まぁ、マロロさんよりかは頼りになりそうなのです」

 

「ひでぇ言い草だな。まぁ、マロロは腕っ節って意味では流石の俺でも信用してるっては言えねェがよ」

 

「それもあるですが、マロロさんのあの自信なさげな態度が一番気に入らないのです。能力は十分にあるのにわたしに対してもどこかびくびくしているですし」

 

 マロロの持ち味は、あの人柄と殿試に合格できるだけの頭脳だ。俺の見立てでは采配師としても優れた才を有していると見ている。ま、ネコネもなんやかんや言いながらマロロの事は認めているのだろう。だからこそ、その態度が腹立たしいのかもしれんな。

 

「そう言えばハクさんもあまり腕が立つ印象ではありませんが実際のところどうなのです?姉さまからは腕の方も相当立つと聞いているのですが…正直恋は盲目とも言いますし、どこまで信じていいのか半信半疑なのです」

 

「アンちゃんの腕か…そうだな、木刀を使っての模擬戦闘だったが、俺が本気でやって倒しきれなかったってので納得しねぇか?」

 

 少なくともあの時俺は本気だった。あんだけ全力で戦えたのは正直ミカヅチやヴライを相手にした時以来だ。ネコネは…ありゃ、流石に衝撃が大きかったのかポカンとしてやがるぜ。

 

「は…?あ、兄さま冗談にしてもそれは……もしかして本当なのです?」

 

 ネコネも最初は冗談だと思っていたようだが、俺が真剣な表情を崩さない事に本当の事だと理解したようだ。

 

「そうさな、あの時俺は全力だった。普段使っている刀より短い物だったとかいいわけならいくらでも言えるけどよ、それはアンちゃんも同じ事よ。アンちゃんの得物は鉄扇のようでな、なんであんな扱い辛い物を使うのかは分からねぇが腕は一級品だぜ。正直あの守りを突破できるとは俺でも自信を持ってはいえねぇ。攻めも守りに比べりゃぁ苦手なようだが、それでも堅実で隙を逃さねぇ強かさをもってて、一流といっても問題ねぇ。それにネェちゃんも相当な腕だ。なんせボロギギリを二人で討伐しちまうんだからよ」

 

 アンちゃんはタタリに運良く(いや悪くか?)遭遇したと言っていたが、そこに関してだけは信じてねぇ。正直にいえばボロギギリ討伐の矢面に立たされると思ったアンちゃんが考えたいいわけだろ、あれは。ネコネは本当に驚いたようで眼を見開き、口は開けっぱなしだ。おいおい女子がする表情じゃねぇぞ、それは。まぁネコネの驚きもわかる。俺と引き分ける、それは本来とてつもねぇ事だ。自分でいうことじゃねぇかもしれんが俺はこの國の武の頂点に限りなく近い位置にいると自負しているからな。

 

「それは…兄さまが言うのだったら本当なのでしょうが。にわかには信じがたいのです。姉さまに関しては腑に落ちるのですが」

 

「なに、別に信じる必要はねぇさ。まぁそう言う事だから遠慮なくアンちゃんやネェちゃんを頼るといい。少なくともそこらの奴には後れをとらねぇはずだ」

 

「はぁ、兄さまの話が本当ならハクさんを倒せるヒトはこの帝都にも何人と居ないのです。それこそ兄さまを除けば、ミカヅチ様やヴライ様、後はムネチカ様くらいですか?」

 

 ネコネの口から出る名前はこの帝都…いやヤマトにおいて最強に近い位置にいる武人の名前ばかりだ。俺は笑って頷く。

 

「おう、だから荒事なんかになっても問題はねぇと思ってる。さて、もうこんな時間だ、ネコネはもう休みな。俺は少し政務が残っちまってるから、それをやってから休むからよ」

 

「分かったです、兄さまもあまり遅くならないようにしてくださいです。それでは、おやすみなさい、兄さま」

 

「おう、ゆっくり休むといい」

 

 そう言うとネコネは出て行く。さて、ちゃっちゃと終わらせて俺も休むかね。だがその前に…。

 

「出てきたらどうでい」

 

「ふふ、やはり貴方は誤魔化せませんね」

 

 声を掛けると、先日賊討伐の際に協力してもらったオウギが現れる。そう言えば今日報酬を渡すと言ってたな、すっかり忘れてたぜ。

 

「…褒め言葉として受け取っておくぜ。それと先日は世話になったな、オウギ。これが報酬だ」

 

「それでは確かに。ああ、それと姉上から伝言です。“このような事は今回限りだ”だそうです。僕も姉上の指示には逆らいたくありませんので、今後しばらくは依頼を受けるのが難しくなると思います」

 

 ああ、そういやこいつの姉ノスリは宮仕えの人間にあんまり良い印象は持ってないって話だったな。まぁアンちゃん達もいるし、しばらくはなんとかなるだろ。

 

「ああ、分かった。ノスリ殿には俺が感謝していたとだけ伝えてくれ」

 

「分かりました。それでは僕はこれでお暇いたします」

 

 オウギはそう言うと去って行った。まったく、あいつら隠密向きの連中なんでこっちで抱え込みたいんだが、そうもいかねぇか。何はともあれ残りの政務を片付けるかね。

 

 いつもの格好へと戻り、()は政務を再開する。ふむ、ハクの能力次第だがこちらも手伝ってもらえるように考えておくとしよう。後は、賊討伐の時の約束もあることだし、ハクとクオン殿、ルルティエ殿をどこかで歓待せねばな。そう思いつつ某は政務を可能な限り早く片付け、床へと着いた。

 

 

オシュトル(ウコン)SIDE OUT



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隠密衆始動~顔役と拠点と~

5月21日 暁投稿文に追いつくまで連続投稿します。8時から二時間おきに六話分を連続で投稿します。

連続投稿分3/6


隠密衆始動~顔役と拠点と~

 

 

 翌朝、昨日と同じように朝食を食べた後、クオンを伴いルルティエの部屋に向かった。フォウは朝に馬とココポのところに顔を出した時、まだ居たそうだったため、そこに置いてきた。隠密衆のことを引き受けたからには今後の活動方針なんかを話し合っておく必要があるからな。ルルティエの部屋に近づくと昨日と同じく少女二人の話し声が聞こえる。どうやらネコネが来ているらしいな。

 

「ルルティエ、自分とクオンだ。入っても大丈夫か?」

 

「あ、はい。どうぞ」

 

 部屋の中に声を掛けるとすぐにルルティエの声が聞こえ、了承の返事をくれた。部屋に入ると予想通りそこにはネコネの姿もありルルティエと食後のお茶でも飲んでいたようだ。

 

「あ、ハク兄さま、姉さま。おはようなのです」

 

「おはようございます、ハクさま、クオンさま」

 

 挨拶してくる二人におはようと返し、座るよう促してくるルルティエに頷き二人の対面に座るようにクオンと並んで腰をかけた。

 二人とも何の話をしに来たか分かっているようで少し居住まいを正して座っている。

 

「さて、二人も分かっているみたいだが、オシュ…ウコンに依頼された隠密衆の話を詰めておこうと思ってな。ルルティエ、少し部屋を借りるがいいか?」

 

 全員の顔を見渡しそう声を掛ける。もちろん、部屋の近くにヒトはいない事は把握してから切り出している。あまりヒトに聞かせる話でもないしな。

 

「あ、はい。ネコネさまとそのように話していましたので大丈夫です。それとわたしはウコンさまが、その…ュトルさまだと言うのは知ってますので」

 

「ルルティエさんにはわたしの方から再度、事情を説明して了解は貰っているのです。なのですぐに本題に入ってもらって大丈夫なのですよ」

 

 ルルティエから了承をもらい、それにネコネが補足と言うか自分の懸念事項についても先に確認してくれていたようので礼をいう。そういえばルルティエのことはルルティエさんと呼ぶ事になったんだなネコネは。たぶんルルティエがお願いしたんだろう。そう思いながらも本題へと入る事にする。

 

「ウコンからの依頼を引き受けたが、決めておかなきゃいけない事もあるし、皆と認識をあわせておきたくてな。とりあえず自分としては動くにあたって必要なのは、最優先で拠点の確保、協力者集めも行いたいが、それは仕事の内容次第かと思っているんだが皆からはほかに何かあるか?」

 

 自分が話題を振ると、三人は顔を見合わせる。しばらく考えていたようだが考えがあるのかクオンが口を開いた。

 

「昨日聞いた話から予測すると、顔役は必須かな。ウコンと同じような事をする事になるだろうから、この集まりの顔となるヒトは絶対に必要になると思う」

 

 顔役か…、クオンの言う事ももっともだ。だがこのメンツで顔役をってなると自分以外に選択肢が無いような気がするんだが気のせいか?ネコネにさせるわけにもいかんし、ルルティエも身分と言う意味だと十分だが、人見知りで引込思案な性格を加味するに他人と顔を合わせる機会が増えるので不向き。クオンなら十分に努められそうだが、クオンにやらせるのは自分が嫌だ。なんで他の男どもに自分の女をじろじろ見られるような事をさせにゃあならんのだ。断固拒否する。

 

 というかこの三人は全員が全員、方向性は違うが美少女だ。女だという事で舐められる可能性がある上に、よからぬ男達が近づいてくる可能性と言うリスクもあるから必然的に任せるのは難しい。

 

「わたしとしても拠点の確保が最優先だと思うのです。それと姉さまが言うとおり顔役は必須になると思うです。わたしとしてはハク兄さまを押すです」

 

「わたしも拠点の確保から行うのがいいと思います。えっと、…顔役についてはわたしにはたぶん勤まらないと思いますので他の方にお願いできればと思ってます。ハクさまがなさってくれると言うのであれば大歓迎です」

 

「二人と同じで私もハクにやってもらうのがいいと思ってるかな。人望って意味では帝都での道のりの男衆からの慕われ方なんかを見るに適任だと思うし。それにウコンが頼み込んだのはハクかな。ウコンもハクが顔役として動くと考えていると思うけれど?」

 

 満場一致で自分を推薦とは期待されたもんだな…。ま、このメンツだと自分以外には(クオンにやらせたくない自分としては)選択肢がない状態だったし引き受けるか。

 

「わかった。皆がいいなら自分が引き受けよう」

 

「うん、それじゃあ顔役はハクに決まりかな」

 

 自分が了承すると、クオンは手元にあった紙に『顔役 ハク』と書き込む。

 

「顔役はハクに決まりとして…ウコンの代わりをするとなると、同士を集める必要があるけど…」

 

「それは、しばらくは現状維持でも問題ないと思うですよ、姉さま。仕事の内容にもよるですがそんなに大人数で動く事は無いと思うです。それに…兄さまから聞いた限り、ここにいる四人だけでも十分な戦力を有していると断言できるです。このヤマトにおいて限りなく最強に近い武士と言える兄さまに、模擬戦とはいえ勝てなかったと言わせたハク兄さま。戦闘能力も十分以上に有していて薬師としても十分な腕も持っている(らしい)姉さま。単体での戦闘力はほぼ無いようですが、巨大なホロロン鳥を使役でき、騎乗すれば並みの賊程度ならば十分に倒せるルルティエさま。最後にわたしですが、マロロさんと同程度には呪法も扱えるですし、回復の呪法の心得もあるです。本当に大規模な賊討伐などをわたし達単独で行うなどでない限り、後れを取る事はまずないのです」

 

「い、いえ。ハクさまとクオンさまについてはそう思うのですが、…わたしなんかとても…」

 

「いや、ルルティエは十分に強いさ。それは自分とクオンが保証する」

 

「うん、だからルルティエはもっと自信を持っていいかな」

 

 同士を集める必要があるというクオンに、ネコネはそう言いながら戦力分析を披露してみせる。謙遜して見せるルルティエだがそんなことはないと断言した。賊に捕まった直後に自身も戦うと言える女が弱いわけあるか。

 

 ネコネの分析は自分が過剰評価されているが、概ね的確な分析だと自分も思う。正直なところ、数十人程度の賊ならよっぽどの強者でも居ない限り、クオンと自分の二人だけで十分殲滅可能なのだ。指揮ができる前衛の自分と、中遠距離をこなし衛生兵的な立ち位置でも動けるクオン、自身は非力で戦闘に向くとは言い難いがココポと連携すれば遊撃の役割を十分にこなせるルルティエ、実際にこの目で確認したわけではないが術兵として中遠距離をカバーし回復もこなせるというネコネ。贅沢を言えば弓兵が欲しいところだが、それを除いても十分にバランスがいい。自分も思っていた事だが正直現状で同士を募る必要が無いと思えるくらいには過剰戦力だ。

 

「ちなみに兄さまは、見どころの有りそうな男衆を尋ねて、仲間になってもらっていたと言っていたですが…正直これはおすすめ出来ないのです。良い人ぶっているだけのヒトなんていくらでもいるですし、ルルティエさまや姉さまに魅かれて悪い虫が集ってくる未来しか見えないですから」

 

 ウコンのやり方も自分たちでは難しいか。そもそも、それはよほどヒトを見る目に自信がある奴でなきゃ難しいし、自分たちじゃ女の数が多い事で侮られかねんしな。それにネコネの言う事ももっとも…というか害虫どもがうようよやってくる未来しか見えん。クオンやルルティエも想像したのかなんとも微妙そうな顔をしていた。

 

「…そうだね、やめておこうか。それに私もネコネと同じ事を思ってたしね。…それに仕方ない部分もあるんだ。同士を募ろうにもその資金も、もうほとんど残ってないし」

 

 自分の中にクオンがもしかしたら言いだすかもしれないと思っていた物がある。クオンは風呂好きだ、そしてここの風呂はこの帝都でもほぼ最高といえる物である。 

 

「「え?」」

 

「クオン…まさかお前」

 

「うん、拠点としてここの部屋を長期契約したらお金はほぼ全部使っちゃったかな」

 

 だと思ったよ。まぁ拠点の確保という点では間違っていない為、文句も言いづらい。まぁ風呂が気にいったのが決めてだろうと思うが。クオンはテヘッとかわいらしくそう言うと拠点として大きい部屋を一つ、それに加え皆の部屋も取ってあると言う。後、もちろん自分とクオンは同じ部屋だとも。

 

「はぁ、使ってしまった物は仕方ないです。それに拠点が必要だったのは本当の事ですし」

 

「うん、相談もなく決めてごめんね」

 

「い、いえ、わたしもこの宿は気にいっていたので嬉しいです」

 

 なんやかんやと二人も自分もクオンに甘いなと思いつつ、気持ちを切り替える。クオンは、それにね、と言葉をつづけた。

 

「それにね、目立たない少人数の方が得策だと思うんだ。なら少数精鋭が望ましいかな」

 

「まぁ、ウコンも自分たちを雇ったからと言って活動を止めるつもりはないだろうしな」

 

「うん、推測になるんだけど、私たちから注意を背ける為の囮も兼ねてじゃないかな。だからそこも考えて少数精鋭が最適だと思うかな。人数が要る事はウコン達が、少人数で遂行が必要な依頼は私たちがやればいいんじゃないかな。なにより他から妨害されないようにね」

 

 なるほどな。役割としてはそれでいいだろう。それに妨害の件も一理ある。自分たちの雇い主であるオシュトルは下級貴族から成りあがった男だ。それこそ面白く思わない奴も多いだろうからな。ヤマトという大国でも、いや大国だからこそ、宮廷内は魑魅魍魎の巣窟でもおかしくは無いしな。

 

「姉さま、気づいていたですか…」

 

「さすがにね。右近衛大将ともあろう人物が、この程度の資金しか用意できないわけがないかな。そうであるなら、この資金の額は何か訳ありって言ってるようなものだから。やっぱり足を引っ張ってくる輩がいるのかな」

 

「元々我が家は、貴族とは名ばかりの下位の家だったのです。それが右近衛大将まで上り詰めたのです」

 

 自分の推測で当たっているようだな。そんな立身出世を果たした人物が面白くない輩などいくらでもいる。

 

「その上、帝からの信頼も厚く、民からの信頼も絶大か…。快く思わずに失脚を願う豪族や貴族が山ほどいそうだね」

 

「はいです。なので隙を見せないよう、慎重にならないといけないのです。昨日に伝え忘れたですが、わたしはオシュトルの妹ではなく、ウコンの妹と名乗っているのです。オシュトルの妹と名乗ったら最後よからぬ輩がよってきますから」

 

 確かに最初はウコンの妹として紹介を受けた。それにオシュトルの身内とばれた場合の予想も当たらずとも遠からずか。もっとひどい場合もあるし、場合によっては強引に婚姻を迫ってくるような輩もいるだろう。オシュトルの指示だろうがその対応で正解だ。

 

「さしものヤマトにも恥部はある、か。それとも大国ゆえ…かな、古い宮廷には魑魅魍魎が蔓延るって聞くけどオシュトルも大変なんだ」

 

「ま、こっちはこっちでなんとかするさ。幸い少人数な上にこっちは女性中心の編成だ。妨害をしてくる奴らも自分達が隠密として動いているとは考えに浮かびづらいだろうしな」

 

「確かにそういう見方もあるかな。それでも慎重に動くにこしたことはないだろうけど」

 

 クオンとネコネの話を聞いてみてそうコメントする。みんなも同意していたように不利に働く要素も多いがそればっかり見てても仕方ない。有利に働く要素もあるしそれを最大限に生かすさ。

 

「あの姉さま、ハク兄さま…」

 

「あはは、ネコネには感謝だね。こんな面白くなりそうなことに誘ってくれて」

 

「え…?」

 

 あんまりにマイナスなイメージな話が続いたためだろう、ネコネが不安そうな表情で自分たちに声を掛けてくる。ま、クオンの言うとおり面白そうではあるがな、…休めなさそうでちょっと面倒だが。親友の頼みだ、どっちみちやると決めたからにはできるだけはやるさ。

 

「面白いには同感だな、クオン。ま、って事でそんな顔するなネコネ。可愛いのに台無しだぞ?」

 

「姉さま、ハク兄さま…。ありがとなのです」

 

 自分も声をかけるとネコネは安心したように微笑んでくれる。だが、何かあった時に備えて資金は持っておくにこしたことは無い。しょうがないから昨日帰り際にウコンから受け取ったギギリと賊討伐の報奨金を提供するかね。

 

「それはいいとして、いくら少数精鋭とはいえ、流石にこの人数ではまずい場面も出てくるだろうから同士に引き込む奴の選定はそれぞれやっておくと言う事でいいか?一応金の方は昨日ウコンから受け取った、ギギリと賊の討伐の報奨金があるから、これを使う。という事で預けるぞクオン」

 

「いいの?ハク」

 

「構わん。ただしばらくの間飲み代なんかは都合してくれると助かる」

 

「ふふ、分かったかな」

 

 金はクオンに預ける。今回あんな使い方をしたが実際に必要な経費だったからな。

 

「ハク兄さまありがとうなのです」

 

「気にするな。そういえばネコネに同士になってくれる奴に心当たりはないのか?」

 

 礼を言ってくるネコネに気にする事は無いと返し、同士になってくれる奴に心当たりがないか聞いてみる。正直自分もクオンもルルティエも帝都に来たばかりで知り合いもいない。ネコネだけが頼りだ。まぁ正直なところマロロは誘ったら手伝ってくれそうだが、俸禄的な問題で論外だ。正直奴に払えるだけの金は無いしな。

 

「すみません。わたしの知り合いは兄さまの知り合いやら同士の方がほとんどで心当たりと言われてもいないのです」

 

「そうか…。じゃあ地道に探していくしかないか」

 

「そうだね」

 

「はいなのです」

 

「はい、ハクさま」

 

 同士の件はどうしようもないから保留か。とりあえず現状は出た案で行くことにして、それからは今後の事について話し合った。まぁ、仕事の内容はいまだ決定してない為、結局は雑談になってしまったのだが。

 

 話もひと段落し一度確保したという大部屋を見る事にする。その部屋は広く、まだなにも入ってない書棚や、ふかふかのソファーもあり、床の敷物のセンスも秀逸だった。豪華、という感じではないが落ち着く作りの趣味のいい部屋だと思う。基本的には貴人などが長期で逗留する時などに使われる部屋でクオンは自分たちの本部としてこの部屋を使うと宣言する。オシュトルからの準備金は結構な額だったはずだが、この部屋や宿泊用の部屋を長期で借りたんじゃ無くなるのも無理はない。ま、自分はこの部屋を大層気に入ったし十分満足だな。

 

 しばらく皆でその部屋を見ていると、女衆が部屋へ来て客人が来られましたと告げてきたため客人を通してもらう。多分このタイミングだったら、オシュトルかマロだな。

 

 案の定、自分達を尋ねてきたのはマロであった。マロは部屋の前で自分の方をちらちらと見ながら構って欲しそうにしていたので声を掛けてやる。

 

「何してんだマロ、そんなとこにいるなら部屋に入ってこい」

 

「にょほ!?『マロ』と呼んでくれるでおじゃるか!ハク殿は!そ、そうでおじゃるか!」

 

 マロはなぜか喜びながらこちらへ駆けてきて自分の前に立つ。なんであんなに喜んでんだか、マロなんていつも呼んで…ん?そう言えば心の中ではいつもそう呼んでいる気がするが、実際に呼ぶのは初めてなのか…。とりあえず納得がいった。

 なんかマロを見るネコネの目が怒っているというか、悲しそうというか複雑そうに見えるが気のせいだろうか?マロはそんなネコネの目に気がつかず自分に話しかけてきた。

 

「にょほほ、ハク殿。話は聞いているでおじゃるよ。マロに声を掛けてくれないなんて水くさいでおじゃる」

 

「聞いたって…何をだ?」

 

「オシュ…ウコン殿からの頼まれごとの件でおじゃる。色々聞いているでおじゃるからして。何か困った事はないでおじゃるか?もしあれば遠慮なく言って欲しいでおじゃるよ」

 

 ああ、そういえばこいつもオシュトルの協力者だったな。しかし、依頼がまだ来ていない現状マロに頼むことなど何もないのだが。そもそもこいつに払ってやる金もないしな。

 

「すまんが今は何もないな…」

 

「そうでおじゃるか…」

 

 マロはそう言って肩を落とす。正直そこまで落ち込む事もないと思うんだがね…。

 

「と、そうだマロ。今日の夜は空いてるか?」

 

「今晩でおじゃるか?空いているでおじゃるよ」

 

 自分はマロの予定を確認するとクオンに声を掛けた。あまり遅くなっても悪いし、あの時風呂炊きを手伝って貰った礼をするとしよう。

 

「クオン、今晩なんだがマロを招いて飲みたいんだがダメか?ほら帝都に来る途中の風呂の礼も兼ねてさ、どうせなら隠密衆の結成祝いってことでウコンも呼んでな」

 

「ああ、その件ね。うん問題ないかな、私もきちんとお礼してなかったし、ルルティエもネコネもいいかな?」

 

「あ、はい。わたしもお礼を言えていなかったので」

 

「姉さまがそう言うのならいいですよ。兄さまにはわたしが確認を取っておくです」

 

 クオンを含めた三人も了承してくれたため、マロに夕飯の時間になったら来て欲しいといって送り出す。さて、来れるかは分からんがウコンも誘うかね。マロは“ハク殿に誘われたでおじゃる”と上機嫌に言いながら部屋を後にしていった。

 

「私は夕飯に合わせて厨房を借りられないか交渉してくるね。多分借りられるとは思うから、ルルティエにも手伝って欲しいかな?」

 

「あ、わかりました。お礼も兼ねている事ですし、腕によりをかけましょうねクオンさん」

 

 クオンはそう言うとルルティエを伴い出て行く。部屋にはネコネと自分が残された。

 

「ネコネはこれからウコンのところか?」

 

「いえ、今はお仕事で屋敷にはいないはずですから、もう少ししてから行くのです」

 

 ウコンへの伝言は任せろと言っていたネコネはそう言うと、少し休憩にするですと言ってお茶を入れ始める。自分の分も入れてくれるようなのでご相伴にあずかる事にする。そう言えば今は二人だけだしさっきすこし気になった事を聞いておくか。

 

「はい、ハク兄さま」

 

「お、すまんな、ネコネ。…うん、うまい。オシュトルの屋敷でも思ったがネコネの淹れる茶は美味いな」

 

「…ありがとうなのです。兄さまは昔からお仕事で忙しそうにしていたですから、少しでもゆっくりできるように練習したですよ」

 

 とりあえず、茶を一口すすり味わった。やっぱりネコネの茶は美味いな。さて少し聞きにくいが今を逃したら聞く機会もなさそうだし聞いておこう。

 

「なぁ、ネコネ少し聞きたい事があるんだがいいか?」

 

「?なんですか、ハク兄さま」

 

「いや、ネコネはマロの事が嫌い…いや、苦手なのかなって思ってな」

 

 ネコネは自分の質問が予想外だったのか少しだけ驚いた表情をすると、言いずらそうにするが、口を開く。

 

「…嫌いなのではないのです。ハク兄さまの言うとおり苦手と言うのがしっくりくるですかね。マロロさんがあんまりにもわたしに遠慮したような、引け目を感じているような態度を取ってくるのが…。ハク兄さま…少し、話を聞いてもらってもいいですか?」

 

「おう、いいぞ。妹の頼みを断るような兄に見えるか?」

 

「…ありがとうなのです。ハク兄さま」

 

 ネコネはそう言うと自分をソファに座るようにうながし自身も隣に座る。するとポツリポツリと語り始めた。

 

 そもそもネコネとマロロの出会いの切っ掛けは、やはりオシュトルだったようだ。ネコネが兄を追いかけて上京した折、オシュトルに友人としてマロロを紹介された事が初めだったらしい。頼りにならない所は多々ある物の、なんやかんや自身を気に掛けてくれるマロロをネコネは邪険にしつつも気に入っていたのだという(それっぽいニュアンスをかなり遠まわしに言っていた)。

 だがあるきっかけを境にその態度にも変化が生じてきたとネコネは言うと、ためらうようにして口を開いた。

 

「…ハク兄さまには言ってなかったですが、わたし殿試の最難関試験を突破しているのです。流石に年齢の問題で資格は与えられなかったですが」

 

「それは凄いな。頑張ったんだなネコネは」

 

 自分はその時頑張ったであろうネコネを労うつもりで頭を撫で、言葉を掛ける。ネコネは自分が撫でるのを嬉しそうに受入れ目を細めると、少しだけ不思議そうに自分を見上げてくる。しかし殿試か、ネコネの才能もあるんだろうがきっとめちゃくちゃ頑張ったんだろう。そんな頑張り者が義妹で自分も鼻が高いってものだな。それと、他にヒトがいない所でなら撫でてもそんなに嫌がらないのか、よし覚えた。

 

「…ハク兄さまは変わらないのですね。わたしが殿試に合格したと知った後の人たちは手のひらを返したように優しくして来たり、わたしを必要以上に持ちあげてきたりと態度を変えてくる人ばっかりでしたから」

 

「どれだけ優秀でもネコネはネコネだろ。なんだ、それとも未来の殿学士様として敬った方が良かったか?」

 

「ッ!そんなこと無いのです。それにハク兄さまに畏まられても気持ち悪いだけなのです」

 

 そう、どんな才能を持っていても、どんな肩書を持っていてもネコネはネコネだ。オシュトルの妹で、自分とクオンのかわいい義妹。そう思いながら告げると、ネコネは嬉しそうに笑ってくれた。しかしなんとなく話が読めてきたような気がするが、マロがそれくらいで態度を変えるかね。なんだかんだあいつも普通に喜びそうな気がするが。

 ネコネは小声でありがとなのです、と言うと話を続けるようで再度口を開いた。

 

「マロロさんも喜んでくれたです。その後マロロさんが殿試に合格して資格を得ました。それからなのです。わたしを見ると遠慮したような、引け目を感じているような態度で接してくるようになったのは。なんとなくそう感じる程度なのですが少し気になってしまって…。殿試に合格したのだから普通に誇ればいいのです、なのにわたしが見るたびにそんな態度で…ああもう、思い出すだけで腹が立ってくるのです!」

 

「なるほどなそう言う事か。ああ、うん。どう考えてもマロが悪い」

 

 憤慨して怒るネコネの頭を撫でてなだめながらそう呟く。そう、考えるまでもなくマロが悪い。あいつの事だから殿試に合格しても資格を得られなかったネコネに対し、その後順当に資格を授けられた自身に対して思うところがあるのだろう。それは分かる。分かるが…ネコネにそれを悟らせてはいかんだろうに。

 

 自分はネコネを落ち着かせるように頭をもう一度撫でるとネコネに笑いかけた。とりあえず話してみんことには始まらんからな。

 

「今日、少しマロと話してみるさ。すぐにはどうこうはできるとは思えんから、気長に待っててくれ」

 

「…ハク兄さま。はい、なのです」

 

 しばらくネコネの頭を労うように撫でていたが、クオン達がそろそろ戻ってくであろうと言うタイミングでネコネは立ち上がった。

 

「さて、わたしは兄さまに今日の件でお伺いを掛けてくるです。話を聞いてくれてありがとうなのです、ハク兄さま。少しだけ心がかるくなったのです」

 

 ネコネは自分の方を見てからそう言うと部屋を後にする。さて、今日は義妹の為に一肌脱ぐかね。

 

 ネコネが出て行ったタイミングから少ししてクオンとルルティエが部屋へと戻ってくる。その表情から察するに厨房を借りる許可は問題なく取れたらしい。

 

「ただいま、ハク。ネコネはオシュトルのところ?」

 

「おう、オシュトルの予定を確認するって言って出て行ったぞ。厨房の方はどうだったんだ?」

 

「あ、はい。女衆の皆さまに確認してみたら快く貸してくれました。ただ食材で少し足りない物がありましたので少し買い物に出ないといけないですが」

 

 クオンにネコネの事を聞かれたのでそう答える。ルルティエの言うように厨房は問題なく借り受ける事が出来たようだ。しかし材料で足りない物があるという事は、午後からは買い物かね。

 

「だからお昼ごはんを食べた後は買い物かな。これからの活動に必要そうなものも買いそろえようと思うからハクも着いてきてね」

 

「分かった。荷物持ちくらいはするさ。それとそれならココポと(あいつ)にも付き合ってもらうか。ここ数日はあまり外に出せてやってないからいい気分転換になるだろ」

 

「あ、はい。ココポも喜ぶとおもいます」

 

「じゃあ、私は必要な物を書き出しておくから。ルルティエも手伝ってくれる?」

 

「はい、クオンさま」

 

 そうやって午前の時間は過ぎて行き、戻ってきたネコネを交えて宿で昼食を食べてから、買い物の為に街に繰り出したのであった。



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出会いにして再会6~エンナカムイの皇子~

5月21日 暁投稿文に追いつくまで連続投稿します。8時から二時間おきに六話分を連続で投稿します。

連続投稿分4/6


出会いにして再会6~エンナカムイの皇子~

 

 

 午後、昼食を食べた後は予定通りに四人で買い物へと出かけた。もともとはココポと馬も連れてくる予定だったのだが、あんまり量が多いなら最悪配達をしている業者に頼めばいいという事で奴らは今日も留守番だ。馬も長い付き合いになりそうだし今度名前を付けてやるかね。

 

 しかしココポ達は置いてきて正解だったかもしれんな。人通りが多くて連れ歩くのは迷惑になりそうだ。

 

「人通りが多いな。いつもこんなものなのかネコネ?」

 

「この時期は特別ですよ。もうすぐ姫殿下の生誕祭があるです。その祝儀のため、諸国から皇や貴族の子息たちが、帝都に上京してきていますから。次の帝となられる姫殿下に、家督を譲られるより前から忠誠を誓うのです」

 

 ネコネがそう説明してくるとほぼ同時に都の入り口の方角から豪華に装飾された馬車が何台も連なって奥へと進んくるのが見えた。なるほどそう言う理由ね。

 

「なるほど、あれはその為に来たどこかのボンボンってわけか。頭を下げる為だけにわざわざ遠いところからご苦労な事だな」

 

 必要なのは分かるが、その為だけにあんだけ豪華な行列を用意する精神は理解しがたいわな。ネコネも内心では同意しているのか少し苦笑気味だ。

 

「否定はしないですが、それ以上はやめておいた方がいいですよハク兄さま。皆が皆兄さ――オシュトルさまのような方ではないですから」

 

 ネコネの忠告に分かってるさと返しながら歩く。その間もネコネは心配そうにこちらを見ていた。

 

「アンジュ姫殿下は現人神である帝のたった一人の直系である御方。正真正銘の天子さまなのですよ。この帝都には――いえ、ヤマトには姫殿下に命を捧げている者がごまんといるですから。オシュトルさまなら軽口と言う事ですむ事でもあまりに目に余ると…」

 

「ありがとうな、心配してくれて。なにその辺は一応分かってるさ。だから聞こえてもお前たちに聞こえる程度の声量でしか話してなかっただろ?」

 

 ネコネの心配が嬉しくて思わず頭を撫でる。だが一応周りにも気を使って話していたのだしそこまで気にしなくても大丈夫だろう。ネコネは顔を赤くしつつも安心したように微笑んでいた。クオンは分かっていたのか苦笑し、ルルティエはそう言えばと言って納得顔だった。周りに人が多いが喧騒が凄いからな、よっぽど大声で話をせん限りはヒトの耳に止まらないだろう。

 ネコネの説明には続きがあったようで歩きながら説明を続けてくる。

 

「それが無くとも、もともとこの時期になると有力者たちは、跡継ぎなどを帝都へ送る仕来たりになってたです。そして何年かここで過ごさせ、さまざまな事を学ぶです」

 

 ネコネの説明によると学徒として勉学に励み学者に弟子入りしたり、軍属になって高名な武芸者の舎弟になったりするような道もあるという話だった。

 

「そうなんですか…皆さんすごいのですね…」

 

「…あ、あのルルティエさんもそうなのですけど」

 

 ルルティエは驚いているようだが、帝都に送られた経緯を考えるにそう言う事だろうなと推測はつく。どうやらルルティエは聞いていなかったらしい。

 

「…あの、もしかして知らなかったですか」

 

「わたしは…名代として帝に献上品を届けてきなさいとしか…」

 

「それはルルティエのお父様がルルティエを不安にさせないように黙っていたんじゃないかな。ルルティエの話だととても子煩悩なお方みたいだから」

 

 クオンの言葉にルルティエは恥ずかしそうにして頬を朱に染めた。クオンの考えで正解だろうな、これは。旅の間にルルティエの父親については聞いていたがとても子煩悩なヒトだという印象だった。しかし、自分達が傍にいたからいいものの気がついたときに余計に不安に思ったんじゃないだろうかとも思うが…そのためのオシュトルかね。

 

「しかし、良く考えられてるな」

 

「確かに私もそう思うかな」

 

「なにがですか?」

 

 そう呟くとクオンも同意を返してくる。この仕組みについて考えていると良くできている。この一言に尽きるだろう。ルルティエはそこまで考えが至っていないようだが少し考えれば分かる事だ。利点もたくさんあるだろうがこの國の住人からすれば不敬だと言われそうな考え方もある。

 

「えっとね、世継ぎなどをお膝元に置く事で、必要な知識を学ばせる事。忠誠心を植え付ける事。絶対的な富と権力を見せつけて叛意をへし折る事。ここで散財させることによる富や文化の活性化。パッと思いつくだけでもこれだけの利点があるかな」

 

「さすが姉さまなのです。この意味に気がついたですか」

 

 ネコネが顔を輝かせてそう言う。あとの理由としては属國への牽制、散財させることでの弱体、人質なんかもあるだろう。流石に往来で言える事ではないし、ルルティエを不安にさせかねないので口には出さないが。そんな事を思っていると自分たちの前を先程見えた馬車が横切っていく。

 

「しかし派手だな。飾られた衣装に煌びやかな装飾。楽を鳴らして歌って踊って…まるで何かのお祭りだな」

 

「権力の誇示と名を知らしめる為に、こうして豪華な飾り付けをして派手に練り歩く家が多いのですよ。まぁ、都のヒト達はお祭り好きが多くて、それがこの行列に拍車を掛けているのですが…」

 

「貴族や豪族たちが自分の力を誇示する絶好の機会だからね。遠方の有力者にしてみれば少しでも名を売りたいから、力が入るのも無理は無いかな」

 

 クオンの言う事はもっともだが、クオン自身はあまりこういうのは好かなかったはずだ。自分は地味ではあったが正直ルルティエと一緒に来れて安心しているとこだ。目の前を過ぎて行った馬車のようなのは正直言ってごめんだな。まぁ、着飾ったクオンは見てみたい気持ちはあるが、それは他の奴らに見せたい物でもないしな。

 

「わたしは、こういった物はあまり好きではないのです。見苦しいですし騒々しいのです。中には見栄を張って、分不相応に飾り付けたりする者もいるですよ」

 

「ネコネはこういうのは苦手なんだな。ま、自分もあまり好きではないが」

 

「ハク兄さまも分かってくれるですか?ああ言った者の中には普段は爪の垢に明かりをともすような生活をしている者もいるそうですから本末転倒なのですよ」

 

 自分が同意するとネコネは少しだけ嬉しそうにそう言ってくる。ま、貴族って生き物にとって、見栄――言いかえれば体面やらなんやらは大切な物なんだろうと思うが、それの為に周りから見ても極貧生活を送るのは確かに違うだろうな。

 

 そんな風に思っていると別の馬車が自分たちの前を通っていく。先ほどの物に比べるとずいぶんと地味だ。ルルティエの馬車に着いていたような装飾もないし、下手すると農作業に使われていそうなくらいだな。豪華にするだけの資金が無かったのか、それとも――豪華にする必要が無いくらいの名声やら功を上げた人物のゆかりの物なのかってとこか。

 

「じゃあ、あれくらい質素なのが好みか?」

 

「うっ…あ、あれは」

 

「ネコネさ~ん」

 

 ネコネにそう聞くと少し顔を赤くしながら言葉に詰まる。どうしたのだろうと思っていると、ネコネの名を呼ぶ知らない声が聞こえた。周囲を見渡すとあの地味すぎる馬車から少年が顔を出しこちらに手を振っている。ネコネの知り合いのようだが…。少年はわざわざ馬車を降りるとこちらへ向かってきていた。少なくとも顔見知り以上の間柄ではあるようだな。それにウコンと会ったときとおんなじようなまた違う感覚。少なくとも前の時に親しくしていた人物なのは間違いない。

 

「お久しぶりですネコネさん。嬉しいなぁ、まさか帝都に着いたと同時にネコネさんに会えるなんて。それにしてもお元気そうでなによりです。その後お変りありませんでしたか?」

 

「どうもです。ええ、とくに変わりはなかったのです」

 

 少年は親しげに話しかけているが、対するネコネは素っ気ない物だ。結構あからさまな態度なのだが少年はそれに気がつくことなく話しかけていた。知り合いか?それにしてはネコネが妙に刺々しいが。

 少し少年を観察してみるが、ヒトがよさそうな雰囲気で顔もやわらかな感じの美形だ、これはその手の年上のお姉さまがたにモテそうだな。それにあの行列の中の馬車から出てきた事を考えると、豪族の世継ぎかそれに近い身分の者だろう。ふむ、観察した限りではネコネが嫌いそうな要素は無いように思うのだが…。自分達が訝しげにしていたのに気がついたのだろう、ネコネはこちらに顔を向けると少年を紹介してきた。

 

「紹介しますです。この方はキウルという同郷のものです」

 

「ネコネさんのお知り合いの方ですか?申し遅れました、私はエンナカムイのキウルと申します。よろしくお願いします」

 

 少年はネコネの簡素な――親しみが欠片ほどしか入ってない紹介に少し残念そうな顔をしながらもこちらに挨拶をしてくる。

 

「はじめましてクオンです。よろしくお願いします」

 

「姉さまは薬師をなさっている、とても聡明な方なのです」

 

「そうですか、薬師さまでしたか…え?姉…さま」

 

「本当の姉さまではないのです。姉さまとお慕いしている方なのです」

 

 少年――キウルはクオンへのネコネの姉さま呼びに驚いたようで聞き返してくるが、ネコネの説明に納得の表情をする。

 

「そ、そうですよね。しかし…ネコネさんがですか…」

 

 キウルはそう言うとクオンに目線を移す。目の合ったクオンが微笑むと、その穏やかな佇まいに少し美惚れたようで一瞬固まる。うむ、クオンはかわいいだろう、だから美惚れるのも分かるぞ少年よ。…現状はネコをかぶっているのは言わないのが花だな。

 

「こちらの方がルルティエさまです。わけあって、ご一緒していただいているです」

 

「あ…その、クジュウリのルルティエです…よろしくお願いします…」

 

 ルルティエの紹介にキウルは思い至る節があるのか思案顔をする。ネコネが訝しげな視線を送ったのを感じたのか、すぐに笑顔を見せ挨拶を返した。

 

「あっ、いえ何でも。こちらこそ今後ともよろしくお願いします」

 

「あの…エンナカムイのキウルさまということは、もしかして…」

 

「ええと…やっぱりそちらも…」

 

 なんだか妙な空気だな。会話から読み取るにお互い立場的に同じような物だと理解したみたいだが…。っと、次は自分の番か。

 

「某はハクと申す者。よろしくお願いいたす」

 

「ハク兄さまは姉さまの恋人なのです。…いちおう姉さまの恋人ですから兄さまと呼んであげてるのです。わたし達のまとめ役をやってくれているです」

 

「そ、そうなんですか」

 

 ネコネの(にい)さま呼びが意外だったのか、それともまとめ役で少し引っかかったのか分からないが、キウルは少しだけ動揺しているようだ。

 

「えっと、まとめ役って…みなさんのですか?」

 

 まぁ、そういう反応になるわな。ネコネが姉と慕うクオン、クジュウリの姫であるルルティエ、そして同郷であるのならネコネがオシュトルの妹だと知っているだろうから右近衛大将の妹のネコネ。そのまとめ役とかどういう人物だって話だわな。

 

「まとめ役が女性だと舐められるという事もあり、能力不足ながら某がやっているにすぎませぬ。まぁ、お飾りと思われて相違ありませぬゆえ…このような下賤な身の上でありまするがよろしくお願いいたす」

 

「あ、はい、こちらこそよろしくお願いします」

 

 キウルは慌てたように何度も頭を下げてこちらに挨拶を返してきた。ふむ、明らかに身分が下な自分に対してもこの態度、こりゃオシュトルと同じで付き合いやすい貴族?様だな。

 

「キウルくんも帝都に色々と勉強に?」

 

「あ、はい、やっと祖父からお許しがでまして、今年から。馬車には装飾もなく田舎者みたいで恥ずかしい限りなのですか」

 

「実際に田舎者なのです」

 

 田舎者に見え恥ずかしいと言ったが、キウルは特に恥じた様子もなく堂々としている。が、ネコネの一言にがっくりと落ち込んだ。が…

 

「わたしはそっちの方が好きなのです」

 

「そ、そうですか!いやぁそう言われると田舎者で良かったなぁって思います。前にネコネさんが言っていた言葉を思い出してこんな感じにしてみたんですが、そう思ってくれたのなら良かったです」

 

 自分の方を見て行ってくるネコネのその言葉にすぐに元気を取り戻す。ふむ、これはさっきの自分への答えだな。しっかし分かりやすい少年だなぁ。まぁネコネは基本的に本当に身内だと思っている者以外へは愛想は無いが、かわいくてとても頑張りやないい子だ。故郷でネコネに惚れてた奴の一人や二人いたところでおかしな話ではないか。

 

「それはいいのですが、そろそろ移動した方がいいのです。いつまでもそこで立ち止まっていると、周りの迷惑になるです」

 

 ネコネがキウルの後ろを指さす。確かに言っている通り、キウルの列が止まったことで後続の列が立ち往生してるな。キウルも気がついたようで、後ほど改めて挨拶にと言い残すと馬車へと戻って行った。

 

「…いい子だね。素直で明るくて礼儀正しくて。…ハクは身分が高いヒトの前だとあの口調なんだね。まぁキウルくんみたいな子じゃなきゃその方がいいか。それにしてもハクにもああいった頃があったのかな。少し見て見たかったかも」

 

「一種の癖みたいなものだからきにするな。それと子供のころの自分なんて見ても面白い事は何もないぞ。それよりもクオンがどんな子供だったのか聞いてみたい気はするがな。きっとお転婆で、いつも笑ってて、家族思いの子だったんだろうなってのは想像がつくが」

 

「…むぅ、お転婆は余計かな」

 

 自分がそう言うとクオンはそう言って自分の腕に抱きついてくる。少しだけ拗ねた顔をしているのが可愛らしくて、胸がどきりと跳ねた。

 

「それにしても…ふふん」

 

「姉さま?」

 

 クオンはニヤリと笑うとすぐに自分の腕から離れてネコネの隣に行き、その頬をツンツンとつつく。ネコネはそんなクオンの行動の意味が分からないのか不思議そうにしている。自分でも気が付くくらいだったんだし、ネコネも気がついてよさそうなもんなんだが、これがオシュトルの言っていた昔から本の虫だったっていう事の弊害かね。

 

「ずいぶん、あの子と仲が良さげだったね」

 

「そうです?別に普通だと思うのです」

 

「あれはきっと…ネコネの事が…。ねぇルルティエもそう思わない?」

 

「はい、なんだか温かな気持ちが伝わってくるような…ポカポカしました」

 

 そんな風に話しているのを聞きながら止まっていた足を進める事にする。それにしても女ってのは色恋沙汰が好きだと相場が決まってるが、妙に盛り上がってるな。

 

「それはちがうのです。キウルが話しかけてくるのはわたしが兄さまの妹だからなのです」

 

「それって?」

 

「キウルは兄さまの弟分なのですよ。兄さまとキウルは兄弟の誓いを結んでいまして、なので妹であるわたしがいつも本ばかり読んでいるのを気にかけて、よく話掛けてきてくるのです。自分好きでしている事ですから、気にする事はないと言っているのですが」

 

 ネコネのその説明にクオンとルルティエの勢いが鎮火する。いや絶対にあれはそういう感じではなかったと思うのだが…。

 

「そう…なんだ。ちなみにネコネは彼の事、どう…思ってるの?」

 

「わたしですか?未熟、金魚のフン、世話の焼ける、詰めが甘い、泣き虫、精神的に脆い、努力は認める、才能はあるのに、あきらめが肝心、美的感覚が無い、素朴と雅を履き違えている。う~ん、まだまだありますが、とりあえずそんな感じなのです」

 

「「「………」」」

 

「姉さま?ルルティエさん?」

 

 ネコネの言葉に絶句する。さすがにクオンもルルティエも言葉が出ないようだ。ただ自分はこの場にはいないキウルへと胸の中で合掌した。

 

「…え、えっと」

 

「えーっと、もしかして彼の事迷惑に思ってたりなんて…」

 

「?意味がよく判らないです。何故迷惑に思う必要があるですか?」

 

「「「………」」」

 

「どうかしたですか?」

 

「あ~…ううん、なんでもないかな」

 

「は、はい、何でも…」

 

 ネコネの言葉に全員で絶句する。まさか迷惑だとすら思われていないとは…不憫な。去りゆくキウル一行を振り返って、そっと涙した。

 

 

 

 その後はとりあえず買い物をすませると、その日はそのまま白楼閣へと帰り、しばらくしてその夜は大部屋での宴会へ突入した。オシュトルはあいにくと来れなかったが五人でゆっくりと料理と酒を楽しむ。

 

 宴会中にマロを連れ出し少しだけ話を聞いた。ネコネの事を話すと案の定少し後ろめたさのような物があるらしかった。

 

「…ネコネ殿に気がつかれていたとは思っていなかったでおじゃるよ」

 

「ま、あいつもなんやかんやで、ヒトの感情に敏感にならざるをえなかったんだろうさ。それにネコネ自身は気にしていないみたいだし、おまえがそんなに負い目に思う事もないだろうに」

 

「まぁ、そうでおじゃるな。今日の事で少し胸の内が軽くなったでおじゃる。ありがとうでおじゃる、ハク殿。すぐには無理かもしれないでおじゃるが昔のようにふるまえるようにするでおじゃる」

 

「ああ、そうしてやってくれ。なんやかんやでお前の事も認めてて少しは頼りにしているみたいだからな」

 

 マロとそう言って話していたが、最後の方は少しだけ胸のつかえが取れたような穏やかな顔をしていた。ま、これなら話してみた甲斐があったってものだな。

 酔いが抜けてしまったので部屋へと戻って飲み直す。しばらくすると女性陣はルルティエの部屋で女子会?をするらしく追加の料理とつまみを置いて大部屋を出て行った。そこからはマロの親族への愚痴祭りだった。やれ借金をするだの、ツケを踏み倒そうとするだのとろくなもんじゃないのは分かったが。

 

「だいたいどうしてマロがお父上達の借金を返さないといけないでおじゃるか!しかも……マロが頑張って返してもまた借金をして来て…」

 

 そう言うマロを見て思う。後の道は三つほどだなと。一つ目は家族の縁を切る事、二つ目はこのまま借金を返し続ける事。この二つについてはマロは是とは言わなかった。借金まみれだが血のつながりのある自分を育ててくれた大切な家族だ、縁を切りたくはないのだろう。後は現状維持も限界に近いのだと言う。

 

「なら後は、しっかりと話してみるしかないんじゃないか?そうだな、自分の内に溜めこんだものを全部吐き出して家族にぶちまけて見るのはどうだ?」

 

「ぶちまける?…そうでおじゃるな。確かにマロは家族に不満を持っていても実際にそれを話した事は無かったでおじゃる。…わかったでおじゃるよハク殿、近いうちに話してみるでおじゃる」

 

 そう言うとマロは盃をぐいっと煽る。マロの悩みが解消されるかもしれん道筋が見えて自分もほっとしたよ。さて、後はマロ次第だがなんとかなるだろ。聞いていると家族の仲は良好であるようだしな。さて、とりあえず今日はマロの景気付けに飲むかね。と、思っていたのだがマロはそれから少しして潰れ寝息を立て始めた。自分は苦笑しつつ風邪をひかない様に掛け布団を掛けてやる。一応食器や盃などをあるていど重ねて一か所に寄せる。これの片付けは明日でいいだろう。ふと、窓の外を見ると晴れていて月がきれいだった。

 

「月見酒としゃれこむかね」

 

 そう言いつつ、残っていたつまみを少々と酒を持って建物の縁側に向かう。そうすると前から歩いてくる人影があった。

 

「おう、アンちゃん。なんだもう終わっちまったか?」

 

 前から歩いてきたのはウコンだった。奴は酒の入っていると思われる瓶をもって来ていたようでそれを掲げながら声を掛けてくる。だがあいにくと女性陣はルルティエの部屋に行ったし、マロも潰れてもう寝ている。まぁ、自分が付き合うかね。

 

「ああ、クオン達はルルティエの部屋で集まってるが、マロは潰れちまってるよ。自分は月見酒にでも洒落込もうって思って出てきたんだが付き合うか?」

 

「そうかい、それじゃあご相伴にあずかるとするか」

 

 そう言うウコンと縁側に腰を下ろす。本当に月のきれいな夜だ。ウコンが自身で持って来ていた盃に酒を注いでやる。ウコンから返盃を受け、二人同時にぐぃっと煽った。

 

「かぁ~やっぱり仕事終わりの一杯は美味いねぇ」

 

「ああ、うまい。月を肴にってのも風流だな」

 

 そう言いつつウコンと笑いあう。付き合いは短いが気心の知れた友人と飲む酒は本当にうまい。ウコンは先程仕事を終えたばかりなのだろう、少し疲れが見えるような気がする。まだ、なにも食べていないようだったので肴として持って来ていた料理を勧めた。

 

「…すこし冷めてるがうめぇな。しかしここの料理長腕を上げたか?まえに食った時よりの各段に美味い気がするが」

 

「ああ、それを作ったのはクオンとルルティエだよ。ネコネも手伝ってくれたみたいだから、言ってやったらよろこぶんじゃないか?」

 

「そうかネェちゃん達が…。ネコネも手伝ったっていうんならそうさせてもらうさ。しっかしアンちゃんはいい嫁さん…いやまだ嫁ではないんだったか。まぁなんにせよいい女を捕まえたもんだぜ」

 

「おう、羨ましいか?やらんぞ?」

 

 クオン達の料理を褒めるウコンにネコネも手伝ったらしい事を教えてやる。自分が褒めたら喜んでいたみたいだったからな。すました顔ながらシッポがゆらゆら機嫌良さそうに揺れてて丸わかりだった。だが、クオンを褒められるのは嬉しいがやらんからな?

 

「アンちゃん、とったりしねぇから安心しな。最後の言葉は本気過ぎて恐ぇぞ」

 

「ならいいが、しっかしこんな時間まで仕事とはお前も大変だな」

 

 苦笑しながら言うウコンにすまんかったと返しつつ、酒を煽る。しかしこの時間まで仕事とは右近衛大将ってのは本当に大変なんだな。

 

「まぁこれもお役目ってな。親友とこうして酒を飲める時間は作れんだから文句はネェよ。それにこんだけ忙しいのはこの時期だってのもあるしな」

 

「姫殿下の生誕祭だったか。お、そう言えば今日、おまえの弟分の…キウルだっけか、そいつに会ったぞ」

 

「ああ、キウルからも報告を受けてるぜ。で、そのキウルなんだがアンちゃんに預けようかと思ってるんだが」

 

「隠密衆として使えってか?」

 

 ここからは少し真面目な話のようだ。少しだけ意識を切り替えつつウコンへ言葉を返す。自分の返答に一つ頷くとウコンは酒をぐぃっと煽り言葉を続けた。

 

「ああ、色々と経験を積ませてやりたいと思ってな。あいつの弓の腕は確かだし、人柄なんかも俺が保証する。どうでぇアンちゃん預かってやっちゃあくれんねぇか?」

 

「自分としても人数不足は感じていた事だし願ったりかなったりなんだが…」

 

「なんだが…なんでぃ」

 

 ウコンはそう聞き返してくるが、正直なところお偉いさんの子息を預かるのはごめん被りたいのだ。しかし女性ばかりの中キウルと言う男が入ってくれると助かると言う思いもある。まぁルルティエを預かっている時点で言いわけとしては弱いか。

 

「いや、お前の弟分とはいえ貴族の縁者を預かるのに、少しためらいを覚えただけだ。だがルルティエをもう預かっているし今さらだな。あとは正直男手も欲しいとこだったし、キウルがいいと言うなら自分たちで預からせてもらおう」

 

「まぁ、そうなるか。キウルはなんだかんだ言って近衛の兵たちと比べても正直言って腕も上だし、俺はそういう方面での心配はしてねぇよ。しかし預かってくれるか、一応キウルに話をして後日にまた連れてくるからよろしく頼むぜ。あとその時に仕事の話も持っていくから、そのつもりでいてくれや」

 

「わかった。さて、仕事の話はおしまいだおしまい。ほらウコンも飲め」

 

「おっと、すまねぇな。ほれアンちゃんも」

 

 ウコンと酒を酌み交わす。そう言えばネコネと義兄弟って事は、こいつとも義兄弟ってことになるかね。

 

「なぁウコン、ネコネと自分が義兄妹って事は自分とウコンも義兄弟って事になるのかね?」

 

「確かにそうかもしれんな。まぁどっちが兄って感じでもねぇがな。そう言う事なら今日はとことん飲むぞ親友(きょうだい)、固めの盃ってな」

 

「ああ、そうするとしよう親友(きょうだい)

 

 そういい、酒を酌み交わした。ウコンは疲れていたのかしばらく飲んでいると潰れてしまったので、抱えて大部屋に戻りマロの隣に寝かせ、自分は部屋へと戻る。

 

「ハク、おかえなさい」

 

 明け方近いというのにまだ起きて自分を待っていたクオンはそう言って自分を出迎える。そんなクオンが愛おしくて、たまらずクオンをを抱きしめた。その後布団に入りその日は眠りについた。

 



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出会いにして再会7~海賊娘~

5月21日 暁投稿文に追いつくまで連続投稿します。8時から二時間おきに六話分を連続で投稿します。

連続投稿分5/6


出会いにして再会7~海賊娘~

 

 

 翌日、二日酔いだった為、クオンから薬を貰った。マロとウコンも同じだったようで薬を貰いに来ていた。クオン達は女性三人で帝都の店を回ると言う事で出て行ったので久しぶりに一人だ。昼ごろに腹が減ってきたので飯の調達と散歩も兼ねて自分もフォウを伴って街に繰り出す事にした。

 

 特に当てもなく市場をぶらりと回る。フォウはさっきから果物の屋台を通るたびに反応しており少しずつ買い与えている。本来ならウコンに頼まれた例の件で仲間集めでもした方がいいのだろうが…まぁ焦ったところでいい人材が見つかるわけでもないしな今はゆるりと過ごすとしよう。

 

 歩きながら先程屋台で買った食い物を頬張る。うん、うまい。仲間集めはそうでもないが美味いもの探しは順調だな。今食べているのはアマムの粉で作った生地で肉や野菜などを包んだ物を蒸した肉まんのようなものだ。玉ねぎ(みたいなもの)が含まれているせいでフォウにやれないのが残念なくらいだな。ちなみにフォウだが実は何でも食べる。肉でも野菜でも果物でも何でもだ。ま、好物は果物みたいだから主にそれを与えているがな。

 

「そこのカッコイイおに~さん」

 

 二つ目を袋から出そうとした時、背後から耳元に囁くような声がしたので振り返る。振り返るとそこには、ほんわかした雰囲気の少女がこちらを見つめていた。そしてこの少女をみているとキウルに感じたような気持ちがわきあがってくる。やれやれ帝都での知り合いだったと思われる奴への遭遇率高すぎやしないかね?

 

「あやや、後ろ姿は格好良かったのに、前からは残念賞や…」

 

 で、自分の顔を見ると同時にサラリと失礼なことを呟きやがった。まぁ自分がそう整った顔立ちでもないのは自覚しているが真正面から言われると来るものがあるぞ、それにこいつ本気で思っているのが伝わってくるくらい、ガッカリ感を漂わせてやがる。

 

「まぁええか。なあなあおにーさん。ちょっと道を尋ねたいんやけど、いいけ?この『帝都百選』に載ってる白楼閣って名の旅籠屋、どこか知らん?」

 

 さっきの言葉などなかった様に尋ねてくる少女に呆気にとられた。先程の言葉に悪気やらこちらを貶めるつもりやらは本気でなかったらしい。もっともそれ故に危うさも感じるが。おいおい自分だったからいいが怒って殴りかかってくるような奴もいるんじゃないか。まぁそこまで心配してやる義理もないか。とりあえず少女の質問に答えるとしよう。

 

「白楼閣?知ってると言えば知ってるな」

 

「ホントけ?それやったらどう行ったらいいのか教えてくれへん」

 

「ああいいぞ、この大通りを――」

 

 昼食も食い終わったし、戻るにしてもいい頃合いか。それなら自分が案内してやるとしようか。

 

「いや、案内してやるよ。こっちだ」

 

 そう言って少女を促し白楼閣に向かう。その途中で自分も白楼閣に逗留している事などを話した。というかこれ、騙して裏路地なんかに連れ込むと思われても仕方ない状況な気がするが…気にしたらだめだな、うん。

 

「ふぅん、お兄さんって白楼閣に住んでたんか。じゃあ、これからお隣さんになるんやね」

 

「お隣さん?」

 

「そうやえ、ウチも今日から白楼閣で暮らす事になってるんよ」

 

 それに自分はそうかと返し白楼閣への道を歩く。そういえばさっきから少女に視線が自分の手元の袋に行っているのが気になるな、正確には自分が食っている物への視線が。

 

「それ、おいしそうやなぁ」

 

「………食うか?」

 

「ホントけ?催促したわけではないけど、ありがとな~」

 

 そういう少女に手に持った肉まんもどきを半分割って手渡す。催促したわけじゃないというが先程の視線が一番の催促だったと思うぞ、自分は。

 

「おに~さん、ええヒトやねぇ。ウチな、アトゥイいうんぇ。おにーさんは?」

 

「ハク。自分はハクだ」

 

「ハクさんいうんか。いい名前やねぇ~」

 

「そうかいい名前か、そいってもらえると嬉しいもんだ」

 

「………」

 

 少女――アトゥイは自分が名乗ると自分の名前を聞いてきた。名前を褒められたのは嬉しいが嬉しいって行った後のその沈黙はなんだ、おい。

 

「おに~さん、ほんまに残念賞やぇ」

 

 どういう意味だろうか、なんか釈然としないが。とりあえず聞いてやる事にする。

 

「おにーさんの後姿なほんにキュンってするくらいカッコよかったんよ。運命のヒトに出会えたかと思ったくらいや。なのに振り返ったらガッカリやなんて…ウチのときめきを返して欲しいくらいやわ」

 

「ったく、何が言いたいんだ?褒めてるんだか貶してるんだか、どっちだ」

 

「ほえ?褒めてるんやけど…」

 

 とりあえずアトゥイが天然だって事は分かった。こりゃあ気にするだけ無駄だな。心の中でガックリと肩を落としつつ苦笑がもれる。あんまり今まで周りにいなかったタイプだな、こいつは。

 

「なあなあ、その白楼閣ってどんなとこなん?ウチな帝都に来るの初めてやから、何も知らないんよ」

 

「どんなところ…と言われてもな。そうだな…とりあえずでかい湯船の風呂がある。泊まり心地はいいな。寝床は広いし、飯は美味い、特に風呂は最高だ。この帝都ですら、あれだけの規模の大浴場はなかなかないらしい」

 

「ふわ~、それは楽しみやぇ。ウチを出て一人暮らしを選んだの正解かもな~」

 

 なんか最近聞いたような話だがまさかこいつもとか言わんよな?まぁそんな頻繁に貴族の子息に合うはずもないしきっと気のせいだろう…気のせいだといいなぁ。

 

「まさか家出だとか言わんだろうな?」

 

「ん~?ウチを出たのは、とと様に言われたからやけど。何でも仕来たりらしくて、姫殿下の生誕祭に合わせて上京する事になってな?」

 

 アトゥイが言う内容に心の中で頭を抱える。どうしてこう貴族とかかわりあいにある機会がこんなに多いんだ自分は。この子自体は天然だが良い子っぽいがめんどくさい事この上ないぞ、本当に…。

 

「それで遠路はるばるやって来て、ついさっき帝都に着いたとこなんよ」

 

「それは気がつかずに大変ご無礼をいたしました。どこの令嬢かは存じませんが先程の無礼の数々なにとぞご容赦のほどを」

 

「あ、あや?おにーさん、どうしたん急に畏まって」

 

「貴族のご令嬢に先程のような口を聞くのは無礼と言うものでしょう。して何故、共も連れずに一人でこのような場所に?」

 

 自分の対応が先ほどと変わった事にアトゥイが戸惑う声を上げる。流石に許しもなくいつもの口調ってのはまずいんでな、どうしても嫌ならそういってくれ。しかし、行列やら共やらはどうしたんだろうか?

 

「ああ、もう。おにーさんフツーにしゃべって―な。なんかおにーさんにそんな畏まって話されるのなんか背中がむずむずするえ」

 

「…それじゃあ、そうさせてもらうか。で、アトゥイ、さっきの話だとお前はどこかの貴族の令嬢なんだろうが共も連れずにどうした?それに行列は?」

 

「お、おにーさん、変わり身が早いなぁ。…まぁいいけ。行列な、窮屈で暇やから抜け出してきたんえ。それに初めての帝都暮らしやもん。やっぱ自由気ままにくらしたいしなぁ。とと様が屋敷を用意してくれたみたいやけど、そんなとこよりナイショで一人暮らしする事にしたんぇ」

 

 アトゥイから許しも出たので普通にしゃべらせてもらう事にする。しかし抜け出してきたって、それ今頃おさわぎになってるんじゃ…。あと屋敷って事はかなりお金持ちな家の子なわけね。

 

 

 そんなこんなで結構時間が掛ったが白楼閣の屋敷が見えてくる。なんだか妙に疲れた気がするな…。

 

「ふわぁ~、なんか他と違う、みた事ない感じで綺麗やなぁ~。いい雰囲気やぇ。こっちにして正解やったなぁ。とと様が用意してくれた屋敷よりも、楽しくなりそうやぇ」

 

 目を輝かせながら白楼閣を眺めるアトゥイをみながら心の中で苦笑をもらす。ま、気に入ってくれたみたいで良かった。そんな風に考えていると後ろからよく聞きなれた声で話しかけられた。後ろを振り向くと買い物に出ると言っていたクオンが戻って来ていたようだ。

 

「あ、ハク。なにか収穫はあった?」

 

「いや、流石に昨日の今日では難しいさ。そういえばルルティエとネコネは?」

 

「そっか。うん、仕方ないかな。切羽詰まっているわけでもないし、あせらずに根気よく探そ。二人はルルティエがまだ買いたいものがあるらしくてネコネはその付添いかな。私は調合しておきたい薬があったから先に帰って来たの」

 

「そうか、あ、荷物は預かるぞ。部屋にいいんだよな?」

 

「ありがとうかな、ハク」

 

 先に戻ってきたというクオンから荷物を受け取る。そこで白楼閣に見とれていたアトゥイがこちらの様子に気がついたようで声を掛けてきた。

 

「ほわわ、すごい別嬪さんや。なぁなぁおにーさん、この別嬪さんて、知り合いなんけ?」

 

「ああ、自分の恋人だよ。今はこいつ、クオンと同じ部屋に住んでるんだ」

 

「ハク、この方は?」

 

 クオンはアトゥイと牽制するように自分の腕に抱きつきながら自分にそう聞いてくる。それに苦笑を返しながらアトゥイを紹介する事にした。

 

「クオン、こいつはアトゥイ。市場で声を掛けられてな、白楼閣を探してたみたいなんで案内してきた。今日からここに住むらしい」

 

 そう言ったのに加えて小声でルルティエと同じく貴族の娘さんのようだと言う事を告げるのも忘れない。アトゥイなら特に問題ないとは思うが一応な。クオンは警戒を解いてくれたのか自分の腕からは離れてくれた。

 

「ウチ、アトゥイいうぇ。今日からここで、お世話になるんよ。よろしゅうなぁ」

 

「そうなんだ。私はクオン、こちらこそよろしくお願いかな。同じくここを仮住まいとしているから、何か困ったことがあったら遠慮なく行って欲しいな」

 

「うひひ、なぁなぁクオンはん、おにーさんとは恋人同士なんやろ?今後の参考がてら今度いろいろきかせてーな」

 

「え、えっと機会があれば…ね?」

 

 アトゥイはクオンに挨拶した後、恋愛の先輩としてクオンに話を聞く事を要求していた。クオンは困ったように自分を見てくるが、自分にはどうしようもできん、アトゥイが手加減してくれる事を願う事だな。

 

「帝都に来たんやもん。どうせなら火傷をするような恋の一つもしてみたいんよ。うひひ、恥ずかしいぇ」

 

「恋って…いったい帝都まで何をしに来たんだか」

 

 おいおい豪族の娘がそれでいいのかと心の中で突っ込む。親御さんが泣くぞ…そういやこいつはその親御さんから逃げ出して来たんだったな。もう泣いてるか。

 

「ほんなら、もう行くな?とと様が追手に四天王なんかを差し向けてくるから、ちょっとだけ疲れてもうたんよ。あれだけ念入りに潰したら、もう追手の心配はいらないぇ…」

 

「それなら、お風呂で汗を流してくるといいかな。ここのお風呂は最高だから」

 

「そうさせてもらうぇ、ここのお風呂は楽しみにしてたんよ。そんあらおにーさん、ここまで案内してくれてありがとうな」

 

 ナチュラルに酷い事を言いつつ、クオンに勧められるままアトゥイは白楼閣の中に入っていった。ふぅ、なんだか妙に疲れたな。

 

 

 

 その日の夜、詰め所にする事にした大部屋で本を読んでいるとウコンとそれに伴われたキウルが訪ねてきた。

 

「おう、アンちゃん、じゃまするぜ」

 

「こんにちは、先日は挨拶の途中で失礼しました」

 

 昨日言っていた件だろう。キウルもいる事だし居住まいを正すことにする。ウコンとキウルに座るように促すと自分もその正面に腰を掛けた。

 

「ウコン殿、キウル殿、ようこそいらっしゃった。して、某に何用でしょう」

 

「オシュトルの旦那からの頼まれごとでな。アンちゃんにちっとばかし頼みたい事があるのさ。それはそうとアンちゃん、キウルなら大丈夫だから普段の話し方で問題ないぜ」

 

「えっと、よく判らないですが、そちらの方が話しやすいのならそちらでお願いします」

 

「そうか、分かった。で、ウコン、昨日言っていた件か?」

 

 自分の話し方の変わりようにキウルは驚いたような顔をしていたが、とりあえずは納得したようだ。ウコンがオシュトルの旦那って言うって事はキウルには自分の正体については話していないのだろう。実際にウコンから意味ありげな笑みを貰ったしな。さてキウルを連れてきたって事はキウルを預かるって件だよな?

 しかしキウルはなんで連れてこられたのか分かっていないようで少し訝しげにしている。ウコンの奴しっかりと説明なしに連れてきたな。昨日はきちんと説明してから連れてくるって話だったのにな。オシュトルだと絵にかいたような堅物だってのにウコンになるとなんでこう…少しキウルが哀れだな。まぁ自分も笑みをかえしてもっとやれとか思っている時点で同類か。

 

「で、アンちゃんにオシュトルの旦那からの言伝だ。実践やらなんやらの経験を積ませるための修行として、コイツをアンちゃんのところで働かせる事にする、とよ」

 

「えっ!?」

 

「ほぉ~、自分達の同志に加えろって事か」

 

「だな、あの旦那が好きに使えっていうんだ。そういうことだろうよ」

 

 ウコンがそう言うと、なにも知らされていなかったであろうキウルが戸惑った声を上げる。まぁ、なにをやってるのかまったく知らされていない男のところに連れてこられては混乱するなと言うのが無理な話だろうなぁ。

 

「ま、待ってください。いきなりこんなところに連れてこられたかと思ったら、そんな話聞いていません!」

 

「そりゃそうだ、今初めて話したんだから」

 

「そんな…」

 

「まぁ、待て待て。悪いようにしねぇから、最後まで話を聞けって」

 

 いきなりこんな話を振られてキウルは声を上げるがウコンはどこ吹く風だ。キウルは腰を浮かしかけたがウコンにそう宥められとりあえずは座りなおした。

 

「もともと向こうから持ってきた話だ。こっちは別にかまわないが…そっちの方は大丈夫なのか?」

 

「オシュトルの旦那が言うにはこの坊ちゃん、武芸の稽古は欠かしてなかったって話で、ソコソコいけるらしいぜ」

 

「ほぅ」

 

 昨日も思ったがこの風貌からは、とてもそんな風には見えない。だがオシュトルのお墨付きと言うのなら実際にそれなりの腕はあるのだろう。期待させてもらう事にしようか。性格も悪くないし、昨日ウコンにも言ったが男手が増えるのはありがたい。何より男なら気を使う必要がないからな。

 

「クオンのネェちゃんから話は聞かせてもらったぜ。少数精鋭でやるつもりなら少しでも腕の立つ奴が必要だと思ってな」

 

「ちょっと待ってください!あの…ウコンさんでしたよね?貴方は兄上の直属だと言っていましたけれど、本当にそうなんですか?いきなり押しかけてきたと思ったら連れ出されて、何の話もなく…こんなこと兄上から聞いてません。わたしはネコネさんと同じく兄上の補佐役を希望していたのに、これは何かの間違いでは…」

 

「いや、ウコンがオシュトル様の直属だと言うのは本当だぞキウル。それにネコネが自分達と行動を共にしているのは昨日お前もみただろう?それじゃあ信用できんか?」

 

「えっと、それはそうなのですが…」

 

 声を荒げるキウルに落ち着かせるように声を掛ける。キウルも自分の言った内容に矛盾が無い事は感じ取れたのか少し落ち着いたようだ。まぁネコネの名前が一番効いたみたいだがな。

 

「アンちゃんの言うとおり、俺とこのアンちゃんはオシュトルの旦那の直属で間違いはねぇ。オシュトルの旦那が言うには、身内だとどうしても甘やかしてしまう。一人前の益荒男になるには外での艱難辛苦を乗り越え、様々な経験を積む必要があるってな」

 

「………」

 

「まぁどうしてもって言うなら、おまえさんの希望の通りに持っていけるように旦那に掛け合うがどうする?」

 

「それは…確かに早く一人前に…でもそれだとネコネさんと…ああ、どうしたら…」

 

 結構不純な動機が混ざってるなこいつ。しかし疑ったかと思ったら簡単に信じちまうし…まだまだ甘いな。そう言うところを直してやれって事なのかね。しかしネコネといたいのならなおさら自分達と一緒にいた方がいいと思うんだが…。

 

「なぁキウ「ハク~居る?」ル、お、クオン、ネコネ、ルルティエもどうした?」

 

「ネ、ネコネさん!?」

 

「ああ、どうもなのです。どうしてここにいるですか?それに、兄さまも」

 

「どうしてって、いきなり連れてこられて、この兄さ…兄さま!」

 

 ネコネが来た事に驚くキウルだがネコネの言葉でさらに混乱する。混乱するキウルを宥めつつ、種明かしをする事にした。最後まで話すとキウルは落ち着いたようだが頭を押さえて苦虫を噛み潰したような表情をしていた。にしてもネコネはタイミングがいいんだか悪いんだか。

 

「そう、ですか。それでそんな恰好を」

 

「まぁ世を忍ぶ仮の姿って奴だな」

 

 キウルはそれにしても性格が変わりすぎじゃあとか何とか言っていたがなんとか立て直す。

 

「幻滅したか?」

 

「い、いえ、そんなことは」

 

「わたしは幻滅したです。上京したあの日、いの一番に兄さまのもとに駆け付けたです。…そして目に飛び込んできたのはむさい男達に混ざって裸踊りをしていた兄さまの姿。あの時の絶望感は絶対忘れないのです」

 

 幻滅したかと聞くウコンにキウルはそんなことは無いと返すが、ネコネは違ったようだ。ウコン…慕ってくれる妹にそれは酷過ぎるだろう。自分は慰めるようにネコネの頭を優しく撫で、クオンは大変だったんだねと言いながらネコネを抱きしめた。

 

「えー……」

 

「ダハハハハ、あん時はみんなして飲みまくってたからなぁ」

 

「…………」

 

 ウコンのその肯定にキウルの目が死んだ魚のように濁って来ている気がするが大丈夫だろうか?キウルを気の毒に思ったのかルルティエが茶を入れて皆の前にお茶請けと共に置いた。

 

「どうぞ、いい茶葉がてに入りましたので。お茶請けもどうぞ」

 

「ど、どうもありがとうございます」

 

「なんかネコネの奴、こっちに出すときは渋ってたのに今じゃすっかりネェちゃんとアンちゃんに懐いちまったなぁ。ちぃとばかり寂しい気がしないでもないが」

 

「今すぐその姿をやめて元の姿に戻れば、また戻ってくると思うがな」

 

「…………」

 

 キウルはルルティエに礼を言うとウコンの言葉になにを思ったのか黙り込んでしまった。

 

「ちぃとばかし心配してたんだがうまくやっているようでなによりだな」

 

 ウコンの言葉にそんなにそっちの姿がいいのかと心の中で突っ込みつつ、キウルにも話を向ける事にする。

 

「で、どうするキウル。自分達と一緒に頑張るか、オシュトルの補佐官として頑張るか、二つに一つだが」

 

「そういえばネコネさんはこちらの方に?」

 

「ああ、オシュトル…いやウコン、ああややこしいな、とにかくこっちの人出が足らんだろうって話で、連絡員としてこっちで動いてもらってる。まぁ自分にとってもかわいい義妹だし、有能だから助かっている」

 

 そんな風に話しているとネコネにも聞こえたのか顔を赤くしてこちらを見ているのが見えた。そういうとこもかわいいんだがな。クオンとはまた違った感じでかわいらしい。もちろんクオンが一番なのは変わりないのだが。

 

「そうですか…。やります!こっちで頑張らせていただきます」

 

「お?そう言ってくれるのはありがてぇが、別に無理しなくってもいいんだぜ?」

 

「いえ、大丈夫です、できます、がんばりますので!」

 

「そ、そうかい。そこまで言ってくれるんなら、こっちも助かるってもんだ。んじゃ頼んだぜ」

 

「はい!」

 

 キウルは若干、というかかなり不純な動機が見えるがこちらで働く事に決めたようだ。ま、動機が不純だろうときちんと働いてくれれば問題ないしいいだろ。

 

「じゃこれからは同志になるわけだな。よろしく頼む」

 

「はい!」

 

「これからはキウル君も一緒なんだ。あらためてよろしくね」

 

「はい、こちらこそよろしくおねがいします」

 

「そうですか、キウルもですか」

 

「よ、よろしくお願いしますネコネさん。ルルティエさんも、よろしくお願いします」

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

「こちらこそです」

 

 キウルは全員とあらためて挨拶をすませる。なんだかネコネと話すときに花が奴の周りにまってる気がするが気にしなくてもいいだろ。話がひと段落するとルルティエの茶が冷めるというクオンに促され穏やかにお茶会に移行していく。キウルは皆に呼び捨てでいいと言うと改めてよろしくお願いしますと頭を下げた。

 今日は仕事の話を持ってくると言う話だったのだがまだ準備ができていないらしく、ウコンはそのまま帰って行った。キウルに関しては新たに部屋を取り生活基盤を整えるため明日は買い出しに行く事になったのだった。



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初依頼~モズヌ団再び~

5月21日 暁投稿文に追いつくまで連続投稿します。8時から二時間おきに六話分を連続で投稿します。

連続投稿分6/6


以降の投稿は各週の火曜日、木曜日、土曜日になります。火曜と木曜が18時、土曜が12時に投稿するようにします。

今後ともよろしくお願いします。


初依頼~モズヌ団再び~

 

 

 キウルが合流したからと言って、特に自分達の生活に変化は無かった。キウルはすぐに皆になじみ、特に問題なく過ごしている。自分と話しているとハクさんは何故そんなにネコネさんと仲がいいんですかと言いながら死んだ魚のような目をしている事があるが概ね元気だ。その言葉から察せるようにネコネとの関係に進展は無いようだが。

 

 そんな風に一週間ほど過ごした後のある夜の事、ウコンが話があると言って訪ねてきた。皆を集めてくれという話だから依頼関連だろうと思いつつ皆に声を掛け、詰め所に向かう。詰め所内に皆が集まり、全員が腰を下ろしたのを確認するとウコンが口を開いた。

 

「集まってもらって悪かったな」

 

「今日は急にどうしたですか?兄さま」

 

「なに、そろそろオメェさんらに、隠密として動いてもらおうかなと思ってな」

 

 ウコンがそう言うと全員が静かに息をのむのが分かった。右近衛大将たるオシュトルが表だって動けないような案件。自然と気も引き締まる。だが何故だろうか、自分がひしひしと感じるこの予感は…、オシュトルの時ならともかく、今(ウコンとなっている時)はいくら真面目な雰囲気でも注意が必要だと。…主にからかわれたりする方面にな。

 

「まぁ、そう構えるな。初めての依頼だからな、なるべく簡単そうなのを選んできたからよ。じゃあ順に読み上げて行くぜ。どれを受けるかはオメェ等が好きに決めるといい。え~と、まずは…」

 

 皆はそう言うウコンを固唾を飲むように見守っているが、なんだか妙な予感がするんだが…。

 

「一つ目は、大広場にある厠の掃除。二つ目はそこでくみ取ったブツの運搬。三つ目は、肥溜に貯められたソレの撹拌作業。四つ目はソレの…」

 

「「「「…………」」」」

 

「…えっと、ちょっと待ってください兄上」

 

「なんでぇ?」

 

「いや字は伏せていますが内容が偏り過ぎです。全部あればっかりじゃないですか!?」

 

 さっきの妙な予感はこれだったか。まぁ、都の民の為になる仕事だってのは分かる。感謝もされるだろうし、民と仲好くなるのも早いだろうさ。そういう下積みが大事だってのも分かるが皆が納得するかねぇ。

 

「あ~そうは言われてもな」

 

「他には何があるのかな?」

 

「え~便秘で困っているウシ(ベルコ)のハナァコの……」

 

「兄さま…」

 

「そうは言うがな。これでもなるべく楽で割の良いのを選んできたんだぜ」

 

「ウコン、ふざけてないで、次の候補をお願い」

 

 ウコンの口から出てくるふざけているとしか思えない仕事の内容にクオンが据わった目をしながらそう言う。まぁ、クオンの言う事ももっともだが、ウコン自身はふざけているつもりなどないのだろう。正直自分達は実績やら何やらは何もない状態だ。そんな奴らに仕事を頼むかと考えるとな…少なくとも自分なら頼まない。ま、隠密(・・)の仕事かと言われると違うがな。

 

「クオン、多分だがウコンは本気で言ってるんだと思うぞ?」

 

「…ふざけているとしか思えないんだけど?」

 

 自分がそう言うとクオンを含め皆は不思議そうな視線を自分に向けてくる。ウコンはアンちゃんは分かってくれるかと言う期待というか若干救われたような視線だ。いや、分かるが自分も納得はしたくないぞ。

 

「自分達には碌な実績も、信頼もない。そんな集団にだれが重要な仕事を任せるんだ?それにウコンが持ってきた仕事だって、誰かがやらにゃあ疫病の原因なんかになったりもする」

 

「まぁそれはそうかな…」

 

「だからこその今回の仕事ってわけだろ。だが流石に偏り過ぎだと言うのは認めるがな。で、ウコンどうするんだ?流石にそれじゃあ皆も納得しがたいと思うが」

 

 腑には落ちないが納得はしたのか皆も自分の言葉に従ってくれるようだ。クオンやネコネあたりはまだ不服そうだがとりあえずウコンの次の言葉を待つ事にしたらしい。ま、多分本命はこのふざけたのの後だからそんなにカッカするなって。ウコンは帳簿をぱらぱらとめくるとクオンに差し出す。

 

「キョロリ狩り?」

 

「おう。この先の山まで行って、野生のキョロリって鳥を捕まえてくる依頼だな」

 

「ふ~ん良いんじゃない。それでキョロリっていうのはどんな鳥なのかな?」

 

 あの依頼に混じっている物だろ?どうせ碌なのではないと思うんだがなぁ。例えばヒトの手に負えないような猛獣だったり、ガウンジみたいな。ガウンジってのはウズールッシャの奥地に生息するって言われる、巨大な牙をもった恐竜みたいな獣で、並の兵なら百人掛かりでも全滅しかねない災害みたいな奴だな。

 

「辺境に生息している鳥でな。ヒトの丈の五倍はある巨鳥で、躯は岩みてぇに硬く、爪は大地を引き裂き、くちばしはいかなる鎧をも貫き通す。ちなみに凶暴な肉食な」

 

「「「「「………」」」」」

 

 皆絶句してるな。確かになんとかならん事は無いだろうが危険すぎる。自分とクオンがいれば何とかなると(という淡い期待)を持って一応入れてたんだろうが却下だな。危険が高すぎる、というか予想通り過ぎて苦笑いしか出てこんぞ。

 

「あとはこれだ、マタリィ釣りあたりか」

 

「…それで、そのマタリィと言うのは、ヒトの何倍あるのかな?」

 

「いや、そんなおおきかねぇぞ。きわめて普通の魚だしな」

 

「…で、何があるのかな?」

 

「いんや、味は絶品で極めて高値で取引されるが普通の魚だぞ」

 

 ウコンはそう言うがそんなうまい話があるわけがない。そうだな、とんでもない秘境に生息しているだとか、年に数匹しか水揚げされない珍しい魚だとかそんなところだろ。

 

「あの、ですが兄上、マタリィと言ったら確か凍るように冷たい北の海にしか生息していない魚だったはずですが…。しかもあの辺りはいつも海が荒れていて、岩礁だらけで、熟練の船乗りでも命を落とす事があるとか」

 

「却下かな」

 

「おいおい、せっかく臭くない話を選んでやってるってのに、つれねぇなぁ」

 

 ウコンはそれからも何件か仕事を上げて行くが、フムロン(一匹でヒトを千人は殺せるという毒を持つ生き物。心臓の病の特攻薬になる)の捕獲などどれも危険過ぎて自分とクオンだけならばともかく皆を連れてとなると難しい依頼ばかりだった。

 

「もっと安全なのはないのですか…」

 

「あのなぁ、楽して儲かるような美味い話なんて、そうそう転がってるもんじゃねぇぞ」

 

「極端すぎるって言ってるかな…」

 

「あのなぁ、さっきアンちゃんも言ってたが、掃除やゴミ拾いだって誰かがやらなきゃ、疫病の原因になったりなんかする大切な仕事だぞ。いいじゃねぇか、最初は糞の片付けでよ。ウンが良くて、幸先が良いってな」

 

 良い事を言ってる風に締めたが、お前の親父ギャグにネコネがなんか病んだ風な視線を向けてるが良いのか?クオンの目線も絶対零度だ。そろそろ“隠密”としての仕事の話をしてくれると助かるんだがなウコン。

 

「ウコン…?」

 

「やれやれ、判った判った。んじゃ本題に入るかい」

 

「やっとか、それで?」

 

「ん?アンちゃんが乗ってこないと思ったら感づいてたのかい。ま、今は良い。前に捕まえた賊を覚えているか?」

 

 ウコンはやっと遊ぶのをやめたのか口調を真剣な物へと戻し、そう言ってくる。賊って言うと『モズヌ団』とかいうあれかね?

 

「賊っていうとあの幼女趣味のあれかな?」

 

 クオンが嫌そうな雰囲気を隠そうともせずにそう言う。ウコンが幼女趣味、そう言えば叫んでやがったなぁと呟きながらネコネをみて睨まれていた。ああ、確かにそんなことも口走っていた気がする。あの救いようがない奴を頭にした盗賊団か。自分としては報復も一応とはいえしたし、一騎打ちに応じてきたあの頭目にそこまでの悪感情は持っていない。しかしそいつらがどうしたんだろうか?

 

「そりゃ覚えているがそいつらがどうかしたのか?」

 

 自分の言葉に頷きを返すとウコンは説明を始める。あいつ等は裁きが下った後で脱走してしまったらしい。ほかにも仲間がおり押送中に襲撃されて逃がしてしまったようだ。そしてそいつらが帝都に潜伏していると言う情報があるらしく、探して欲しいと言う事らしい。ちなみに捕縛はしないで欲しいと言う事らしかった。もし自分達に捕まえられると、帝都の軍としては逃げられた手前メンツなんかの問題でまずいらしい。それに加えた情報としては自分達の顔を覚えている奴もいるだろうから危険にさらされる可能性もあるとの事だった。

 と言う事で自分たちへの最初の依頼は賊の探索を含めた、帝都の見回りと言う事で落ち着いた。

 

 

「あの、これからどうするのでしょうか」

 

「こういう場合、相手の身になって考えてみるといいんじゃないかな」

 

「正直、あいつらの考えている事などよく判らんが…、普通に考えればほとぼりが冷めるまで潜伏しているってなるんだろうが、あいつらの事を思い出すと、案外何にも考えずに宿なんかに泊まってパーッと騒いでたりしてな」

 

 ウコンから依頼を受けた後、対応策を考えながら皆と共に白楼閣の廊下を歩く。さっきはずっと大人しくしていたフォウを撫でながら、クオンの意見について考えはするが正直普通に考えれば一つ目の方しかあり得んわな。

 

「流石に二つ目のは…賊でも、もうちょっと考えると思うですよ、ハク兄さま」

 

「きゃっ!」

 

 そんな風に話をしているとルルティエが宿泊客にぶつかりバランスを崩したようなので支えてやる。相手の方を見て見るとさっきまで話題に上っていた人物がいた。

 

「おーっと、悪いなネェちゃん!よそ見してたもんでよ」

 

「いえ…えっと、こ…ちら…こそ…」

 

「頭ぁ、あっちに大浴場があるみたいっすよ」

 

「お、いいじゃん、いいじゃん、湯につかりながらの一杯ってのも最高じゃん!」

 

「久しぶりのシャバですからねぇ。プワーッと行きましょう!プワーッと!」

 

「おうよ、やっぱりシャバはいいじゃんよ、今日はプワーッ…と…?」

 

 賊の頭目モズヌはそこまで仲間と言いあってようやくこちらを認識したようでこちらに視線を向けてきた。正直自分達としては溜息しか出てこないんだが…。

 

 

「「「………」」」

 

「えっと、どうしたのです?兄さま、姉さま、ルルティエさん」

 

「うぉぉ!?お、おめぇ等――!?」

 

 溜息を吐きつつも前に出てモズヌと向き合う位置をとる。正直頭が痛いんだが、相手せにゃならんよな。自分が目配せをするとキウルは先程の賊どもの会話で察してくれたようで、オシュトルのところに向かってくれた。とりあえず自分の役目は足止めもしくは追跡だ。さて、気合い入れるかね。

 

「さて、其方達とまた会う事になるとは、こちらとしては思ってもいなかったのだがな。モズヌと言ったな、先日の一騎打ちは楽しき時間であった。賊の頭目と言えども誇りを持ち、某との一騎打ちに応えたその心根、腐ったものではないと思っていたのだが、某の勘違いであったか?」

 

「ままままままさか、あ、あのクソ鳥…禍日神(ヌグィソムカミ)、…く、来るな…来るな…」

 

 自分はそう話掛けたのだが、賊の視線はルルティエに集中していて聞いていないようだった。どうやらあの時ココポにやられたのがトラウマになっているらしい。

 

「来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 あ、逃げた。はぁこれは一応追うかね。キウルにオシュトルへの連絡は任せているし、すぐにこちらに合流するだろうから、見失わないようにだけせんとな。

 

「はぁ、追うぞ」

 

「…うん、わかったかな」

 

「…はぁ、馬鹿なのです」

 

「…ココポは禍日神じゃ、ありません」

 

 

 賊たちを追いかけて都の中を駆ける。賊たちはココポを禍日神だと言いながら逃げている。先行するのはココポに乗ったルルティエだ。ココポが禍日神だという誤解(あれだけやられたらそう言いたくなるのも判る)を解くために必死に追いかけている。流石に動物の足だ、自分たちではなかなか追いつけない。ココポと一緒に馬も連れてくるべきだったか。それからしばらく追いかけっこは続き、賊たちは古い神社のような場所に逃げ込んだ。

 

「こ、ここまでくれば流石に…」

 

「ま、待ってください」

 

「ホロロロロッ」

 

「ヒィ――!お、追いかけてきやがった!」

 

 そこで立ち止まった賊たちにやっと追いついた。賊たちは自分達がまだ追ってきているとは思っていなかったのか、めちゃくちゃ驚いているというか、ココポにビビっている。

 

「あ、あの、ごめんなさい…この前はココポがご迷惑を…。でも…でもお願いです…。このコの事、そんな風に言わないであげてください…。ココポはとっても良い子なんです。ちょっと大きいだけの、優しい普通のホロロン鳥なんです…ですから…」

 

 賊に追いつきそう言うルルティエに微笑ましい物を感じつつも、やっぱり若干この子もずれてるなと思う。まぁそれだけココポの事が大切なのだろうが、しかし普通…か、優しいについては認めるが、普通かね?

 

「ふ、ふざけんなぁぁぁぁっ!!」

 

「ひゃう…」

 

「そんなバケモノみたいなの、どこがホロロン鳥だ!どう見たって禍日神に取り憑かれてるじゃん!」

 

「そんな…」

 

 ルルティエの必死の説得も虚しくモズヌはそう声を荒げる。にしてもココポに酷い言いようだ。自分の肩でフォウも毛を逆立たせてフォウフォウ鳴いている。

 女性陣は流石に酷いと言いあっているが、流石に普通のホロロン鳥には見えんからなぁ。

 

「これが普通のホロロン鳥に見えるってか!?オメェ等、目が腐ってるんじゃねぇの!?ホロロン鳥ってのはな、もっと小さいじゃん!もっと愛嬌があるじゃん!もっと色鮮やかじゃん!!」

 

「…そうなのか?クオン」

 

「………」

 

「ネコネ?」

 

「……」

 

 モズヌの言葉にそうクオンとネコネに聞くと露骨に目をそらされた。そうか、自分の中でココポがホロロン鳥の変異種だという疑いがまた高まった。

 

「そんななぁ、そんな地味で不細工で巨大なホロロン鳥が、いてたまるかヨォォォ!!」

 

「ホロロォォ、ホロッ!」

 

「うるせぇええぇっ!!この地味地味な、うんこ色鳥!!」

 

「…ココポは…ココポは…地味なんかじゃない!!」

 

「ひっ!!」

 

 モズヌの物言いがよほど腹にすえかねたのかルルティエがそう大きく叫ぶ。モズヌたちは大人しそうな少女のその声量に驚いたようで情けない声を上げていた。正直にいうと自分も驚いた。普段は大声を上げる事のないルルティエがあんな声を出すとは…よほど腹に据えかねたのだろうな。それと、隙だらけだぞ。クオンに目配せすると頷きが返って来たため奴が叫んだタイミングで飛び出す。

 

「な、なんだよ。ほんとの事を言っただけじゃんよ。やっちまうぞ!や、やっちまうぞおめぇ…!!」

 

「見るに堪えぬな」

 

「ほんとにね」

 

 クオンと共に、抵抗しようとしたモズヌと近くにいた賊数人の意識を刈り取る。そこからは呆気なかった。逃げようとする他の賊をクオンが制圧し、ネコネの呪法が賊に直撃する。ココポに乗ったルルティエは一番遠くにいた賊に追いつき賊を吹き飛ばした。制圧し終えると、一応持って来ていた縄で賊どもを縛り地面に放る。それを終えたタイミングで数名の検非違使を連れたオシュトルとキウルの姿が見えたため、奴らが到着するのを待ち賊を引き渡した。

 

 

 

 オシュトルには少し苦い顔をされたが、これで任務達成だな。そう思いながら白楼閣への道を歩く。

 

「ハク兄さまはホントに強かったですね。兄さまが言うとおりかは判らないですが、わたしでも強い事はわかったです」

 

「なんだ、少しは見直したか」

 

「はい、とても頼もしかったのです」

 

 自分とクオンと手を繋ぎ、きらきらした目で自分を見上げながら、ネコネはそんな風に話しかけてきた。ルルティエは落ち着いたのか先ほどとはうって変わっていつも通りの穏やかな微笑みを浮かべながらココポに乗ってついて来てる。キウルは…死んだ魚のような目で自分を見ている。いや、ネコネはそういう対象ではないからそういう目をするな。

 

「ふふ、ウコンの言ってた事は本当なんだから。ハクはすごいんだよ」

 

「はい、兄さまと引き分けたと言う話もあながちウソではなさそうなのです。それに姉さまもお強かったのです」

 

「わたしはその場面は見ていないですが…確かにハクさまもクオンさまもお強いです。ハクさまはウコンさんの部下の方たちにも一回も負けていないようでしたし…えっと、わたしも頼もしく思っています」

 

「ああ、ありがとうなルルティエ」

 

「ありがとう、ネコネ、ルルティエ」

 

 口々にそう言ってくる女性陣に少し気恥ずかしさを感じながら頬をかく。フォウももっと自信もてとでも言うように自分に体を押し付けるようにして来ていた。

 

「…あの、ハクさん。兄上と引き分けたと言うのは?」

 

「ああ、一回だけウコンと模擬戦をする機会があってな。お互いに木刀だったし参考にはならんと思うのだが、そう言って皆が持ち上げてくるんだよ」

 

「いえ、それは凄い事ですよ。兄上はヤマトにこの人ありともうたわれる御仁です。例え木刀での模擬戦だとしても、その兄上と引き分けたと言う事はヤマトでも最上位に近い武人であると言う証明ですから。ハクさん、今度時間がある時で良いので私にも稽古をつけてくれませんか?弓の修練は欠かしていないのですが、接近されてからの戦闘はあまり得意ではありませんので」

 

「ああ、時間がある時なら構わんぞ」

 

「はいっ!ありがとうございます。ハクさん」

 

 ウコンとの模擬戦について聞かれたのでそう答えると、キウルに訓練に付き合ってくれと言われたので、時間がある時なら良いぞと約束した。それを聞いたキウルはさっきのネコネみたいなキラキラした瞳で自分を見てくる。正直居心地が悪いんだが…。そんな風に話していると白楼閣の前に着いた。

 

「ま、今日は疲れただろうし、皆ゆっくり休んでくれ。キウル風呂でも行くか?」

 

「あ、はい。お供します。ハクさん」

 

「ネコネ、ルルティエ、私達も入りに行こうか?」

 

「はいです」「はい、クオンさま」

 

 そう言いつつ女性陣と別れ風呂へと向かった。その後は部屋へと戻り、各々ゆっくりと休むことにしたのだった。



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白楼閣の主~酒と女将。そして時々膝枕。かわいい義妹を添えて~

白楼閣の主~酒と女将。そして時々膝枕。かわいい義妹を添えて~

 

 

 あの賊どもの件から一週間ほど。自分達はウコンからの依頼(あのウンがつきそうなやつを含む、他は店の手伝いなどがあった)を捌きつつ、自分はたまに帝都の外に出てキウルの訓練につきあったりしている。キウルは訓練に付き合い始めたあたりから妙に自分に懐き始め、自分の事を稀に師匠と呼んでくるが正直恥ずかしいので普通に呼ばせている。

 

 今日はそんな依頼もほとんど無く、昼ごろには暇になってしまっていた。クオンはルルティエとネコネを誘って買い物にいったし、キウルはそれに誘われてついて行った。自分も誘われたが、荷物持ちになる未来しか見えなかった為、今日は遠慮したが。近いうちにクオンを誘ってデートにでも行く事にしよう、今日の埋め合わせも含めてな。

 

 しかし、暇になってしまったが何をするかね。膝にいるフォウを撫でながらそう考える。そういえばここに住み始めて結構経つが、あまり中を見て回った事は無かった気がする。そうだな、今日は少し見て回るか。

 

「フォウ、少し宿の中を散歩するがついてくるか?」

 

「フォウ」

 

 フォウにそう問いかけると、フォウは一声鳴いてから膝から自分の肩に飛び乗る。フォウの頭を軽く撫でてから、部屋を後にした。

 

 

「へぇ、奥の方はこうなっていたのか。思ってたより広いな。しかも離れや上の階との階段が入り組んで…まるで迷路だな」

 

「フォウ、フォウ」

 

 そう言いながら、宿の中を進む。上へは行った事が無かったためそちらに足を向けて見る事にする。なんでこんな作りになっているのか判らないが、慣れないうちは少し迷いそうだな。

 そんなこんなで歩いていると建物の最上階と思われる階段が無い開けた部屋に出た。見たところ展望室になっているようで景色を楽しむための部屋のようだ。

 

「うん、風が気持ちいいいし、景色も良い。帝都が一望できるし…こんな場所があったんだな。お、フォウも気に入ったか?」

 

「フォウ、フォウ、フォォォゥ!」

 

 柵が張られている付近に行き、景色を楽しむ。フォウもこの場所が気にいったようで、自分の肩から肩へと動きながら気持ちよさそうに声を上げていた。この景色、クオンに教えたら喜びそうだ。今度一緒に来るかね。そして膝枕でもしてもらえたら最高だな。

 そんな事を思いつつ、後ろを振り向くと少しだけ気になる物が部屋の奥に見える。それは木片を組み合わせて絵に見立てている物だったのだが、少しだけ絵がちぐはぐな印象なのだ。それが気になり木片に触れると動かせるようだったので位置を入れ替え絵を完成させてみる。

 すると、どこからかカチッという音が聞こえ、何かが作動する音と共に階段が現れた。

 

「この階段はさらに上があるのか…。…よし、行ってみるか」

 

 少しだけ躊躇ったものの、好奇心に駆られて上へと進んでいく。するとその先からふわりと甘い香り――多分香木だろうか?それが流れてきた。暗かったため最初はほとんど見えなかったが、その部屋がとても豪華な作りをしているのがわかる。そんな風に見ていると急に声を掛けられる。

 

「あら、お客様?」

 

「うおっ!」

 

「フォウ!」

 

 振り返るとそこは毛皮を敷き詰めた一角で、綺麗な衣をまとった美しい女性が、長椅子に身を預けてくつろぎ、盃を傾けていた。妖艶さとしなやかな肢体。悠然としたその姿はまるで肉食獣を連想させる。しかしあの女性どこかで…。

 

「ここに何か御用かしら?」

 

「あ…ああ、勝手に入ってすまない。別に怪しい者じゃなくて、間違って入ってしまったというか…とにかくすぐに出て行く」

 

「ふふっ、別に急いで出て行く必要はありませんわ。それよりも」

 

 女性はそう言うとこちらになにかを放り投げる。慌ててそれを受け取ると、それは…盃だった。…酒に付き合えって事か?

 

「この部屋には、入った者には一献付き合わなければならないというしきたりがありますの。入った以上、仕来たりは守っていただきませんと」

 

 女性の物言いに一瞬呆然とする。なんだそのけしからん仕来たりは、だがそれならば仕方ない。仕来たりならば従うほかあるまい。そう理論武装すると、いそいそと女性の対面に座り、変わった形の徳利を手に取った。

 

「あら、手酌なんて野暮というものですわ。その肩の獣にはこれでも。では、まずは一献」

 

「……とととと?」

 

 女性は徳利を自分から取ると、それを傾け自分の盃に注いでくる。フォウには何かブドウのような物を皿に盛って与えるように言ってきた。自分はさり気なくも優美なその姿に美惚れ、危うく盃が溢れるところだった。

 

「では、遠慮なく。…ああ、うまい」

 

「フォウ、フォ~ウ」

 

 女性がまた勧めてくるのでもう一杯飲む、女性が自慢の一品だと言うその酒は昔――人類がまだタタリになる前に日本酒と呼ばれていたものとよく似ていた。フォウも果物を気に入ったようで機嫌よさげに鳴いていた。

 

「どうかしまして?」

 

「いや、昔飲んだ事がある酒に似ていると思ってな」

 

「そうでしたの」

 

 女性はそう言うと、クイッと盃を傾ける。自分は空になったそれに気づき、さっと徳利を差し出すと女性の盃に注いだ。

 

「話に聞いて、どのような方かと思っていましたけど、なかなか心地よい飲み手のようでなによりですわ」

 

「ん?自分を知ってたのか」

 

「この白楼閣で、私に知らない事などありませんもの。それが女性衆(おなごし)の間で噂になっている方でしたらなおさらですわ。そうですわね、この白楼閣で長期滞在する御大尽様とか、湯屋の主様とか。または庖厨を脅かす禍日神(ヌグィソムカミ)とか、そんな噂かしらね。それにあの娘の連れですし」

 

「いや、噂の後半はは自分じゃなくて連れの方だぞ」

 

 女性が自分を知っているとかいうからどんなものかと思ったら、ろくでもない噂だった。しかもクオンとルルティエの噂も混じってた。風呂に入り浸ってたり、厨房をたびたび借りているのが噂になっているんだろうな。しかしさっきの物言い、こんなに豪華な隠し部屋に、この物腰から推測するに、この人はここの主さんかね。まえにウコンから聞いた話を思い出す“ここの主は大層色っぽくて、腕っ節もそうとうらしい”確かそう言っていた。腕っ節の方は判らんが、色っぽいはドンピシャだし間違いないだろう。しかし、あの娘とはだれだろうか?あてはまりそうなのといったら…クオンか?そんな事を考えていたからか、あんまりまじまじと見ていたのだろう、女性が訝しげにこちらに問いかけてきた。

 

「どうかいたしまして?」

 

「ああ、いや、なんでもない」

 

「そういえば、まだ名乗っていませんでしたわね。私の事は、カルラと呼んでくださいな」

 

 カルラ…。その名前には聞きおぼえがある。確かクオンの母親達の一人と同じ名前だ。そうか、そう考えれば先程の発言にも納得がいく。やはりクオンの縁者なのだろう。そこまで思い出してどんどんと情報が思い出される。

 カルラ…この白楼閣の主。あの戦いの際(戦いの詳細については、あいもかわらず思い出せないが)、助力をしてくれたトゥスクルと共に現れ、圧倒的な実力で敵を薙ぎ払うその姿。そして自分達――自分とクオン以外の奴らは思い出せないが――を隠すようにここから送り出してくれた事。いくつかの事が脳裏に過ぎ去っていく。そしてクオンの親族と言うのだから失礼があってはいけないと思い居住まいを正す。

 

「自分は、ハクと言います」

 

「ハク、珍しい名前ですわね。この辺りの名ではありませんし、異国では敢えてその名を付けたりする親はいませんもの」

 

 女性――カルラさんは懐かしそうにその音を転がしながら、そう呟く。それはそうだろう、異國――トゥスクルではそれは始祖皇ハクオロを連想する名だ。そんな名前なんて付ける奴はいないだろうしな。

 

「それは、そうだろうな。自分は記憶を失っていて連れに名づけられたが。トゥスクルの始祖皇ハクオロの名を連想する名前を人に付けるなんて、クオンぐらいのもんだろうからな。それと、あなたの事はクオンからよく聞いていましたよ、カルラさん」

 

「それは、そう、あの娘が…。それに記憶が…それは苦労しましたのね。それはそうと、あの娘は私についてなんといっていたのかしら?少し気になりますわね」

 

 カルラさんは少し驚いたように目を見開いたがすぐに元の雰囲気に戻って、クオンは自身の事をどう言っていたのか聞いてくる。

 

「いや、クオンと出会えたことも含めて悪い事ばかりではなかったさ。…それと、そうですね、クオンはカルラさんの事を女性らしくて、でも強くて、豪快で、そして自分の憧れの人だって話していましたよ」

 

「あら、あの子ったらべた褒めですわね。でも豪快は余計ですわよ」

 

「それは自分に言われてもな…。今度本人も連れてくるからその時に言ってやってください」

 

 そうしますわね、と言いつつカルラさんはほほ笑む。そしてやはりクオンとの関係は気になったのだろう。それについても触れてくる。

 

「それはそうと、貴方はクオンの…なんですの?」

 

「そうですね、自分はクオンと…恋人と言っていい間柄です」

 

 そう言うと、カルラさんは目を見開いた後、その雰囲気が変わる。言うなれば、そうだな。子供を守る親獣と言ったところか?クオンは色々な問題を抱えているし、当然の反応だろう。

 

「そう、クオンからは何か聞いていまして?」

 

 そう言葉を発するカルラさんに気押されないように腹に力を込める。自身が威圧していた自覚はあったのだろう、少し驚いたような雰囲気の後、その威圧感は変わらず面白そうに目を細めてきた。正直、腹ペコの猛獣の前に丸腰で投げだされたような心地ではあるが、ここで引くわけにもいかんからな。

 

「…クオンがトゥスクルの皇女であること。そして始祖皇ハクオロ――大神ウィツァルネミテアの天子である事。このくらいならば」

 

「そうですの…クオンがそこまで信頼していると言うのなら、私から言う事は何もありませんわ。クオンの事よろしくお願いしますわねハク」

 

「心得ました」

 

 カルラさんは自分の言葉の真偽を確かめるように目を見つめてくる。そして何かを悟ったように、その雰囲気を緩めるとフッと笑い、自分にクオンを頼むと言ってきた。無論、自分に否があるわけもなく一も二もなく頷く。

 

「しかし、もっと何か言われると思ってたが…」

 

「あら、あの娘が選んだ漢ですもの。私としても大丈夫だと判断しましたし、否やはありませんわ。もっともあの娘の義父親(オボロ)は何と言うか判りませんが」

 

「オボロ皇ですか…」

 

 何気なく話を振りながら、自分が認めてもらえた事に胸をなでおろす。カルラさんの口からオボロ皇ことが出るがそれについては一発殴られるくらいの覚悟はしておこう。

 

「ええ、オボロはクオンの事を溺愛していますもの。駄々をこねる事は確定ですわね。ま、その時は私も協力してあげますから頑張りなさいな」

 

 カルラさんはそう言ってコロコロと笑う。それからはクオンの昔話を肴に酒を楽しんだ。と、そう言えばトゥスクルの上層部に伝えておきたい話があるんだった。一応クオンも一緒の方が良いだろうから、また今度だが。約束だけは取りつけておく事にしよう。

 

「そういえばカルラさん、トゥスクルの上層部連中に連絡する手段はありますか?」

 

「ええ?ありますがどうしたのかしら。クオンを貰いたいと言うのなら自分で会いに行って話をした方がいいと思いますけれど」

 

「ああ、そういう事じゃなくて、少し情報を入れてもらいたいと思っててな。これについてはクオンも一緒の方が良いし、また次回と言う事になると思いますが」

 

「ふふ、そう言う事なら、今度は私から招待しますからその時にでもお願いしますわ」

 

 そう言ってカルラさんと次回の約束を取り付ける事に成功する。いろいろ渡せるなら渡しといたほうが良い情報があるんだよな。自分達の状態の事とか、仮面の事とか、ウィツァルネミテアの大幅な弱体化の事とかな。

 

 その後、しばらく飲んだが結構な時間も経ったので、この部屋に来た当初から一心不乱に果物を食べ、まん丸に膨らんだフォウを抱きかかえ、この場を辞する事にする。

 

「あら、もう行ってしまうんですの?ああ、そうだ。今回の事はクオンには話さないでくださいますか」

 

「?良いですがなんでまた」

 

「だって、その方が面白いじゃありませんの。今度は二人を招待しますから一緒に来て下さいな」

 

「判りました」

 

「フォウ」

 

「ふふ、貴方もでしたわね。今度も同じものを用意しておきますからまた来なさいな」

 

 帰り際の会話でそう茶目っ気たっぷりに言う、カルラさんに苦笑が漏れる。了承を返すと、苦しそうにしながら抗議と思われる感じで鳴くフォウが鳴いた。フォウに言葉を返すカルラさんに見送られながら部屋を辞した。まぁ、自分に害はないと思われるので大丈夫だろ。

 自分が降りて数瞬すると階段が来た時と同じような音を立てて元に戻っていく。見ると部屋の奥の絵も元の絵柄に戻っているようだった。不思議な、でも充実した時間だった、そう思いながら自分とクオンの部屋へと戻る事ることにする。それなりに長居してしまったな、一刻程はいたか。少し眠いし部屋に帰って昼寝でもするかね。

 

 

「あ、おかえりハク。…昼間からお酒飲んでたの?」

 

 部屋に戻ると戻って来ていたクオンが声を掛けてくる。しかし自分が酒を飲んでいる様子なのに気がつくと咎めるような困った子を見るような表情でそう聞いてくる。

 

「ああ、偶然でここの主にに会ったんだが、酒に付き合わされてな。今日は特になにもないはずだし許してくれないか?」

 

「はぁ、付き合わされたって言いつつ、どうせ嬉々として飲んだに決まってるかな。でも最近のハクは頑張ってたし、たまになら許してあげる。あと、罰として今度私の買い物に付き合って欲しいかな」

 

「了解した。ふわぁ、にしても眠いな」

 

 自分の言いわけに苦笑を洩らしながらも許してくれたクオンの罰(自分としてはクオンとのデートなのでご褒美である)に了承を返すとあくびが出た。しかし良い陽気だからか妙に眠い。フォウは妙に丸くなった体を引きずりながら自分の寝床に入りこむ。

 

「それじゃあ。膝枕してあげるかな、ハク」

 

 クオンはそう言うと自身の膝をポンポンと叩く、自分はその言葉に甘えさせてもらうとクオンの膝に頭を預けた。クオンの体温と髪を優しく撫でてくる手が心地い良い。心が安らいでいくのを感じながらその温もりを甘受する事にする。

 

「あ~幸せだ」

 

「ふふ、私もかな。ハク最近は随分と頑張ってたみたいだし眠いのなら寝ちゃっていいよ?」

 

「ああ、じゃあそうさせてもらうかな」

 

 クオンのその言葉に頷き目を閉じる。少しの間そうしていると、聞きなれたクオンの子守唄が聞こえてきた。

 

「♪~~~~~♪~~~~」

 

 心地良い声音に意識がどんどん遠ざかっていく。そのまま自分は眠りに落ち、夕飯が近くなってクオンに起こされるまで熟睡したのだった。

 

 

「ハク、そろそろ夕飯かな。起きて」

 

「ん、ああ、おはようクオン」

 

 クオンの声に意識が覚醒する。目を開けてクオンにそう言うとクオンはニコリと幸せそうに笑顔を返してきた。そしてクオンの視線が自分の右側に動いたのを見て気がついたが、頭の方のクオンの温もりとは別に自分の腕の方にも温もりがあるな。そちらに目を向けると…

 

「…すぅ、すぅ」

 

 自分の腕を抱き枕のように抱え込み眠るネコネの姿があった。

 

「私もハクを膝枕しながら寝ちゃってたみたいなんだけど、その間に訪ねてきたみたい。私が起きた時にはもうそうして眠っていたかな」

 

「そうか…、なんやかんやネコネも頑張ってくれてるし、疲れてたんだろ」

 

 とりあえず起きようとして、ネコネから腕を抜こうとするが…結構な力で掴まれていて抜けない。まぁもう少しだけこのままでいいか。

 

「…腕が抜けんな。すまんがクオン、もう少しだけこのまま休ませてやりたいんで、しばらくこのままでもいいか?」

 

「うん、わかった。私ももう少しだけそうして上げてて欲しいし、もう少しだけ…ね」

 

 そう言いあい、自分とクオンはネコネの寝顔を見ながら、取りとめもない事を話して過ごすのだった。ちなみにそのしばらく後、夕飯の時間だと呼びに来たキウルに見つかり、見られた事を恥ずかしがったネコネがそれから数日の間はキウルと口を聞かなかったのは余談である。



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不思議生物と海賊娘~二つ目の依頼~

不思議生物と海賊娘~二つ目の依頼~

 

 

「さて、とりあえずひと段落したな。少し腹も減ったし、食堂にでも行くか」

 

 カルラさんに会った日から数日。今日は朝から隠密衆の収支の管理をしていたがひと段落した為、一つ伸びをする。小腹もすいてきたし食堂にでも行くとするかね。金の管理自体はクオンに一任しているのだが、自分達の中で数字に一番強いのは自分だ。クオンもそれについては判っているのか、隠密衆の金勘定はもっぱら自分の仕事となっていた。ネコネでもクオンでも別段問題は無いのだが、どうせならそう言うのは顔役にやってもらった方が良いという事で自分の仕事になっている。

 そして今日は金勘定をやっていた事もあり午前中は皆とは別行動だ。クオンは薬の納品依頼があったらしく、午前中はルルティエとココポと一緒に帝都の薬屋を回っている。ちなみにフォウもクオンについていった。ネコネとキウルはオシュトルから手伝いを頼まれたらしく今日はそちらに掛りきりになるそうだ。

 そんなこんなで今日は久々に完全に一人での行動なのだ。

 

 そんな事を考えていると、すぐに食堂には着いた。すこし周りを見回してみると、知り合いの顔を見つけた。確かあれは、アトゥイだったか?自分がそう思っていると向こうもこちらに気がついたようで手を振ってきたので近くへ行ってみた。

 

「おに~さん数日ぶりやね」

 

「おう、アトゥイも飯か?」

 

「ううん、ウチじゃなくて今日はこのコのご飯を貰いに来たんよ」

 

 挨拶のあとにアトゥイはそう言うと、自身の頭を指さした。そう言えばなんか帽子みたいなものをかぶってるな。…いやよく見ると動いてるなあれ。クラゲみたいな生き物な感じなのか。

 

「帽子みたいに見えるが…、なんだその妙な生き物は」

 

「この子はなクラリンゆうんよ。クラリンおにーさんにあいさつな」

 

 アトゥイは謎生物――クラリンを自身をの頭から取って抱え自分に差し出してくる。するとクラリンは浮きながら自分の方に触手を差し出し挨拶をするようなしぐさをみせた。浮いた事に驚きつつ手を差し出しそうになるも、クラリンの事が電気クラゲに見えてきて手を差し出すのをやめる。

 

「…で、こいつの飯を貰いに来たって話だったが、こいつは何を食べるんだ?ヒトを食べるとか、腐肉を食うとかないよな」

 

「クラリンが好きなんは新鮮なお肉とかお魚とか虫やよ。たまに悪戯でしびれさせてくるけどそれぐらいやぇ」

 

 やっぱり電気クラゲじゃないかと思いながら、さっき手を差し出さなくて良かったと胸をなでおろす。なんかしびれさせられていた未来が目に浮かぶからな。

 

「う~ん、それにしても遅いなぁ」

 

「どうかしたのか」

 

「クラリンのご飯頼んでから結構経つんやけど、まだきぃひんのよ。あ、そうやウチちょっと見てくるから、クラリンの事見てて―な」

 

「あ、ちょま…いっちまったか」

 

 そう言ってこちらの返事も聞かずに離れて行くアトゥイに溜息をこぼしながらもクラリンに目を向ける。見れば見るほど不思議な生き物だな。そんな事を思っていると、自分の耳に聞きなれた声が聞こえた。

 

「あ、ハク。やっぱりここだったんだ」

 

「クオン?薬の納品はもういいのか?」

 

 後ろを振り返るとクオンが歩いて来ていて、自分の隣に腰を下ろす。まだかかると思ってたんだが、思ったよりも早く終わったらしい。

 

「うん、思ったより早く周り終わったの。ルルティエは少し買い物があるらしくて別行動になったから、私だけ先に戻ってきちゃった」

 

 クオンがそう言うと同時にフォウが自分の肩に飛び乗ってくる。クラリンはフォウの事が気になるのかふわふわと近づいてきた。

 

「…ふるふる」

 

「フォウフォウ」

 

「…ふるふる」

 

「フォウフォウ」

 

「えっと、ハクこの子は?」

 

 動物二匹は意気投合したようでふるふるフォウフォウと鳴き合っている。クオンはそれでクラリンに気がついたらしく、少し不思議そうに聞いてきた。

 

「ああ、偶然ここでアトゥイ…この前の青い髪の女の子に会ってな。あいつが飼ってるらしくて、少し離れるからって見てるように頼まれたんだよ」

 

「ああ、あの子の。なんか不思議な子だね。それはそうとハク、買い物に付き合ってくれるって約束覚えてるかな?」

 

「ああ、覚えてるぞ」

 

 クオンとのデートの約束だからな。自分が忘れるはずがない。そういえば今日クオンは薬の納品以降は仕事は入っていなかったはずだったな。

 

「うん、今日はハクも午後からは何もなかったはずだし、今日付き合ってくれないかなって思ってるんだけど」

 

「ああ、いいぞ。そういえばクオンは飯は食べたか?」

 

「ううん、まだかな。ハクはもう食べちゃった?」

 

 クオンとそう言いあいながら過ごす。自分がまだ飯も食べていないし、食堂で頼んでもいないと言うと、どうせなら都に出てから食べようと言う話になり、とりあえずはアトゥイが帰ってくるのを待つ事にする。しばらく待つと、アトゥイが皿に生肉やら魚やらを持ってやってきたので、クラリンを返してその場を後にする。去り際、近いうちに話聞かせてなと言うアトゥイにクオンが困ったようにしていたが自分にはどうしようもないので放置だな。

 

 

 その後は都に出て屋台で昼飯を食べる。色々な物を食べながら、目をキラキラさせるクオンに腕を引かれつつ帝都の街の中を進んだ。フォウは自分の肩の上で前足で果物を器用に持って食事中だ。なんかホントにリスみたいで少し癒される。

 

 昼飯を食べクオンの目当ての店へと向かう。クオンが言うには結構珍しい薬草なんかも取り扱っているとの噂のある店らしく、前から気になっていたのだそうだ。

 

「ここなんだけど…」

 

「…確かに一人で入るのは勇気がいるわな」

 

 クオンが案内してくれた店は帝都の外れの方にあった。人通りも少なく、店は古い建物のようで、夜なんかは結構不気味に感じるだろうな。流石のクオンでも一人では入り辛かったらしい。

 しかし、店に入るとそこからはクオンの独壇場だった。

 

「あ、これ珍しくてなかなか手に入らないのに…、あ、これも…、すごいすごい。ここは薬師にとって天国かな…」

 

 そう言いながらテンション高く店の品を見て回るクオン。自分と、接客の為に出てきたであろうこの店の主人であろう老婆は苦笑いだ。もっともご老人は物の価値の判る客が来てくれた事が嬉しいらしく、終始ニコニコと笑顔だったが。

 ちなみに自分の肩の上にいたフォウは老婆の近くに居る事を嫌ったのか今はクオンの肩の上にいる。

 とりあえずテンションが上がってこっちを放置してくるクオンは置いておいて老婆と話す事にした。途中で買っていたお菓子があったため老婆に差し出すと嬉しそうにした後、自分の分のお茶も入れてくれたためご相伴にあずかる事にする。

 

「すまんね、連れが」

 

「いやいや、ウチの商品を見て的確に何に使うのかも判ってるようだし、若いながら腕のいい薬師さんなんだねぇ。ワタシの旦那を思い出すよ。旦那も腕のいい薬師でねぇ。今のトゥスクルに居た高名な薬師様に教えを請うていたらしい」

 

「へぇ、そうなのか。自分の連れもトゥスクル出身なんだ。あ、このお茶美味いな」

 

 そういいつつ、ばあさんとの会話を楽しむ。ばあさん自身は薬師ではないようだが、数年前に亡くなった旦那さんの影響もあり薬草なんかに詳しいらしく、たまに帝都を練り歩いては珍しい薬草なんかを仕入れているらしかった。客は少なくひっそりとやっているようだが。

 ばあさんが入れてくれたお茶はとてもおいしく、それを伝えると嬉しそうに笑ってくれた。ばあさんが自分で配合している茶らしく、お菓子のお礼だと言ってばあさんが少し包んでくれた為、ありがたく貰う事にした。

 

「あんたは、っと名前を聞いてもいいかい?」

 

「ああ、自分はハク、連れはクオンって言うんだ。クオンの様子を見るにちょくちょく顔を出すと思うからこれからもよろしく頼む」

 

「ハクさんとクオンさんね。こんなばあさんのやってる寂れた店で良ければ大歓迎さ。お茶でも用意して待ってるから、また来なさいな。それはそうとハクさんとクオンさんは夫婦かい?」

 

「いや、将来的にはそのつもりだが、まだクオンの両親への挨拶なんかが済んでなくてな」

 

 軽く世間話をしながら過ごす。ばあさんの人柄のせいなのかとても落ち着くし、いつまでも居たくなってしまうな。そんな風にばあさんと話していると、ひとしきり店の物を見て回ったのだろう。クオンが手にいくつかの薬草なんかを持ってこっちに向かってきていた。

 

「おばあさん、これをくれますか」

 

「ああ、それなら…これくらいだね」

 

「…えっと、相場よりかなり安いんですけど良いんですか?」

 

 ばあさんがクオンに掲示した値段は相場よりもかなり安い値段だったらしい。クオンはそう言って確認するが、これからお得意さんになってくれそうだし、自分に付き合って貰っていい暇つぶしになったと言ってその値段で売ってくれる。荷物を受け取ると自分もばあさんに礼を言う。

 恐縮しつつも二人してばあさんにお礼を言いつつ店を後にする事にした。

 

「じゃあ、また来るよ。今度も菓子を持ってくるから期待しといてくれ」

 

「また来ます」

 

 店の前まで出てきて見送ってくれる、ばあさんにそう言って店を離れる。クオンは先程の店がよほど気に入ったのかニコニコ顔だ。まぁ自分もあの店はっていうかばあさんは気に入ったし、近いうちにまた訪れるとしよう。

 

「いいヒトだったね」

 

「ああ、なんだかルルティエにも通じるものがある、ヒトを安心させてくれる雰囲気の持ち主だったな。今度は用事が無くても菓子を持参して訪れるとするか」

 

「ふふ、ハクの言いたい事も判るけど、ちゃんとお客として行こう。私もたまにあそこの品を見ていきたいしね」

 

 自分の腕につかまりながらやわらかい雰囲気で言うクオンに笑いかけながら帝都の道を歩く。それからは色々な店を冷やかしながら帝都探索を楽しみ日が傾いてきた頃には、宿に戻った。

 

 

 次の日、何故か自分はオシュトルの屋敷で奴の政務を手伝わされていた。

 

「…いいのかよ、自分みたいな部外者に手伝わせて」

 

「なに、本当に重要な案件は某が行っているのでな。それに其方にやって貰っているのは数字の確認などが主であろう?左程重要な案件でもなし、構わぬさ」

 

 愚痴る自分にオシュトルはそう返してくる。ネコの手でも借りたいくらい忙しい状況だったようで、なぜか自分も駆り出されているのだ。正直問題なくこなせる量や内容ではあるが國の秘密にかかわるような案件が混ざってる可能性もあるのでやめて欲しいのだが。そんな風に思いつつ仕事を進めると、本日何回目かの金の流れが明らかにおかしく思える物があった為、オシュトルの方へ渡す。

 

「ふむ、これは…」

 

「ああ、この辺りおかしな金の流れをしてる。少し調べてもらった方が良いかもしれん」

 

「ふぅ、分かった。こちらも某の方で調べておこう。しかしハクよ、仕事が早くとても助かるのだが、なんだろうな、其方が来る前よりも某の仕事量が増えている気がしてならぬぞ」

 

「それは、おまえにこんな報告書を上げてくる連中に言ってくれ。流石に仕事として任された以上手を抜く事はせんし、もともと増える予定だった仕事が早いうちに見つかって助かったとでも思っておけ」

 

 オシュトルは小さくため息を吐きながらままならぬなと言いながら、自分の手元の仕事をかたずけ始める。しばらくは書簡に筆の走る音が聞こえていたが、自分の担当分を終え顔を上げたタイミングで部屋のふすまが開かれると、盆にお茶と茶菓子を乗せたネコネが入ってきた。見るとオシュトルもひと段落ついたのか筆を置いたタイミングのようだ。

 

「兄さま、ハク兄さま、お疲れさまなのです。切りもよさそうですし、少し休憩になされてはどうですか?」

 

「お、ありがとな。ネコネ。オシュトル、自分の分はこれで終わりだがどうする?まだ、あるのなら手伝うが」

 

「ああ、そうだな。もう少し任せたい案件がある故、この後も付き合って貰えぬか。それはそうと、ひとまず休憩にするとしよう」

 

 ネコネの淹れてくれた茶を飲みながら一息つく。量はあったが単純な計算が主だったおかげで思ったよりも早く終わった。もっとも結構な数の数字的におかしい物や明らかに怪しいものがあったのでオシュトルの仕事は増えているような気がしないでもないが。ま、これもお務めだ、頑張ってくれオシュトル。

 

「兄さま、ハク兄さまは頑張っていたですか?」

 

「ああ、さっき言っていた通り、ハクに任せていた仕事はもう終えているようだし、かなり助かっている。仕事も早く何より正確であるようだしな。もっとも、ハクの見つけてくれた間違いだったり、おかしな金の流れだったりがあるので某の仕事はたいして減っていないような気もするが」

 

「おいおい、自分は任された仕事をまじめにやってただけだぞ」

 

 ネコネは自分とオシュトルの会話にクスリと笑みを零すと柔らかく笑う。そんなネコネの顔を見ながら自分はネコネが用意してくれた菓子に手を付けた。うむ、素朴ながら素材の味を十分に引き出していて十分にいける。もうちょっと甘味が強くても自分は好きだがこれはこれで茶に合うな。オシュトルは甘い菓子は苦手なようでネコネにくれてやっていた。遠慮しつつも菓子が二つ食べられて嬉しそうなネコネに頬が緩む。

 

「兄さま、この後は時間がありますしわたしもお手伝いするですよ」

 

「ああ、それなんだが、ハク……正確には隠密衆に頼みたい案件があってな。皆を集めて連れてきて欲しいのだが頼めるか?」

 

「あ、はい。分かったのです、兄さま。それではこれを食べてから呼びに行ってくるですね」

 

 ネコネはそう言うと、ゆっくりとお菓子を味わうように食べ、部屋から出て行った。しかし、自分達に頼みごととはなんだろうね。そう思いオシュトルに目線を向ける。オシュトルはこくりと頷くと自分に着いて来いと言って、部屋を出て屋敷内のある一室に向かった。

 

「あ、オシュトル様。そちらの方は…?」

 

「うむ、今回の協力者のハク殿だ。ハク殿こちらはユゥリ殿、其方達にはこの者を帝都から逃がす際の護衛を頼みたい」

 

「初めまして、ハク様。私はユゥリと申します」

 

「ああ、自分はハク。故あってオシュトル殿の配下として動いているもんだ」

 

 部屋の中にいた女性を紹介されたのでそう挨拶を返す。オシュトルが言うには、このユゥリ、とある貴族の諸子らしく遺産相続に巻き込まれたらしい。それ以降、居もしない後見人や自称友人が現れたりしていたそうなのだ。こんな事になるなら遺産を放棄して、すべてなかった事にしようとしたのだが、信じない者も多く、近頃は脅しを掛けてくる連中まで現れて、都で暮らすことは難しくなっているらしい。自分達に依頼したのは貴族のお家騒動という事で外に出すのが恥になるような案件だったからだそうだ。

 彼女には将来を誓い合った恋人がいるらしく(オシュトルが言うには中々の好青年らしく、不幸になるくらいなら遺産など不要と言い切るくらいには良い男らしい)、今回の依頼は彼女を帝都の外にまで送り届け、その恋人に引き合わせて逃走の手引きをするというものだった。帝都を脱出した後の手引きはウコンの仲間達がやってくれるらしいので自分達は帝都の外まで彼女を送り届けるのが仕事になるそうだ。

 しかし、やり方に問題が無かったとは言わんが、故人が自分の娘に幸せになって欲しいと残した最後の願いまで踏みにじるとか…本当にヒトの欲ってのは業が深い。今回ユゥリが遺産を手放す決断を下したのも世話になった主人の名を汚さない為だろうに…。そう言う事なら全力でやらせてもらうとしよう。連中の追手が現れても、慈悲をかける必要など欠片もなさそうな連中だし好きにやらせてもらう事にする。

 

 オシュトルの提案でユゥリには近衛の制服を着てもらい男装して貰う事になった。着替えた後その姿を見たが、見事に男性――あえていうならキウル的な柔らかな風貌の美少年という風になっていて驚いた。そんな風にしているとネコネが皆を連れて戻ってきたようなので執務室に戻る。ユゥリには部屋の前で待機して貰う事になった。今回、ユゥリが女性だと言う事は皆には伝えずに居る事に決まった。

 

「オシュトルさま、連れてまいりましたです」

 

「うむ、ご苦労。よく連れて来てくれた」

 

 女性陣三人がオシュトルの前に並ぶ中、自分はオシュトルと皆の間の位置で座っている状態だ。それにしてもキウルは捕まらなかったのか。まぁ奴にはあとで話せばいいだろう。自分がここに座ってるのは一応依頼の全容は知っているし今更向こうに混じるのは変な感じだからだ。しかしだ…

 

「うん、確かに噂通り良い漢やね」

 

 なぜアトゥイがここに居るのだろうか?いや、なんとなく腕が立つのは判っていたし、どうしようもない状態になったら自分達の同志に誘おうとは思っていたが、今ここに居るのは予想外だ。こんな手を打つのは…クオンか。確かにクオンはアトゥイと面識もあるし奴の腕がそれなり以上だと見抜く眼力も持っている。しかしどういう状況になればアトゥイの奴がここに居る事になるのか分からんぞ。

 

「…ところで、その娘は」

 

「お初にな、アトゥイ言うんぇ」

 

「あ~、まぁ気にしないで欲しいかな」

 

「…ふむ、そうか」

 

 そんな風にやりとりをする連中を見てると頭が痛くなってくる。ネコネとルルティエが申し訳なさそうにこっちを見てくるのが印象的だ。で、犯人だと思われるクオンはこちらに目線ですまないと言ってきている感じだな。しかし、オシュトルはこの状況を本当に気にしない事にして流してやがる、そういう対応を見てるとオシュトルはウコンなんだよなと実感するな。見ろネコネが呆れたような目でみてるぞ。ウコンの時にはない張りつめた空気を持っているくせに芯の部分では同一人物なんだなと言う事がよく分かる。

 

 アトゥイは軽くあくびをすると目立たないように気をつけながら自分の方によって来て隣に座った。

 

「なぁなぁオシュトルはんって、申し分ないくらいに良い漢なんやけど、堅すぎるぇ、付き合うのはしんどそうや」

 

「…そうか」

 

 どうやらそれを言う為だけに近づいて来たらしい。おい、頭痛が酷くなった気がするぞ。あと、おまえは贅沢が過ぎる。

 

「はぁ、ええ男を探すのもなかなか大変やぇ」

 

「………」

 

 そんな風に話している間に大方の説明が終わったようでオシュトルがユゥリに部屋に入ってくるように言う。その姿を見たアトゥイが目を輝かせる、自分が護衛を引き受けるなどと言い出すが…もう知らん。好きにやってくれ。実力的には申し分ないように思えるし問題は無いはずだ。奴が貴族さまの娘ってのは棚に上げておくとしよう。

 アトゥイのその声にクオンが了承を伝えると周りの皆から驚きの声が上がるがクオンが説き伏せ今回の依頼はアトゥイも一緒にと言う事になった。クオンが“これだけ腕の立つヒトがタダとか、あはは…だめ笑いが止まらない”とか小声で言っているが…クオンお前はそんなんだから友達が居なかったんじゃないのか?

 

 出会いを祝して~、とか言いながら話をしようとするユゥリを引っ張って出て行くアトゥイを追いかけ、女性達三人が部屋を出て行く。去り際クオンが、

 

「それじゃあハク、後は任せたから、詳しい話を聞いておいてね」

 

 と言い残して出て行く。自分はとりあえず分かったと返すと、クオンは笑みを見せながらアトゥイを追って行ったのだった。

 

「相変わらず楽しそうで何より。羨ましい限りだ」

 

「厄介事を押し付けられているだけの気もするがな…」

 

「それが良いのではないか。信頼されているな」

 

「頼られるのは嬉しいがね…、まったくアトゥイまで居たのは正直予想外だぞ。そう言えばあいつがどこのもんかってのはオシュトルの方で分かるか?一応、キウルやルルティエに近い身分の者だとあたりは付いているんだが」

 

「そうか、彼女と知り合っていたか。つくづく貴公は、変わった星のめぐりあわせをしていると見える」

 

 そう言うとオシュトルは口元に軽く笑みを浮かべる。それに関しては自覚してるさ、そうじゃなきゃ、今より先の未来で大戦の渦中にいるなんてありえないからな。しかしその口ぶりだとアトゥイの事は知っているようだ。で、こいつが知っているとなると、貴族の娘さんの方向で確定かね。はぁ、なんか仲間にどんどん身分の高い奴が加わって来る気がするんだがなんでかね?これもオシュトルの言う、星のめぐり合わせというやつか。

 

「で、そう言うって事は知ってるんだな?」

 

「ああ、貴公の推測でおおよそ間違ってはいない。某自身は彼女と面識はないが彼女の父君とは知り合いでな。よく娘の自慢話を聞かされたものだ。もしかしていやがらせかと思うぐらいに延々とな」

 

「そ、そうか」

 

 オシュトルが呟くように言った最後の言葉には、なんだか深い実感が宿っていて思わず引き気味にそう返す。

 

「というわけで、親元から離れたいという彼女の気持ちも判らんでもない。ここは知らないふりをしてやるのが思いやりというものだろう」

 

「しかし、アトゥイの奴凄い勢いで男装したユゥリに一目ぼれしてたみたいなんだが…」

 

「…某達は何も気がつかなかった。よいな?」

 

 オシュトルの言葉に無言で頷く。アトゥイ戦う前から…否、戦う前の段階で轟沈。自分はそっと心の中でアトゥイに手を合わせた。



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下水道の戦い~愛の逃避行~

下水道の戦い~愛の逃避行~

 

 

 その夜、帝都を流れる下水道を脱出路として使う計画を立て、皆と共にユゥリを連れて歩く。……もちろんアトゥイもついて来ていた。そういえば下水に行くというのを理解していたのか、フォウは付いてこなかったな。

 

「……本当について来たのです」

 

「まぁ、そう言ってやるな。確かに腕は立つようだし、動機は不純だがやる気もあるようだしな。っと、ネコネ、暗いから足元気をつけろよ」

 

 そう言いつつ歩いているとネコネが躓いてバランスを崩したので支えてやる。まぁ、自分としても言いたい事が無いわけではないが、それについては色々と諦めた。

 

「あ、ありがとなのです。ハク兄さまに姉さまがそう言うんでしたら本当に腕は経つのでしょうが……なんだか、あの様子を見ているとどうしても不安が……」

 

「……なにかあっても自分とクオンで何とかするさ」

 

 ネコネの言葉にユゥリに話しかけるアトゥイを見ながらそう返す。正直自分も同じような不安を抱えているから大丈夫とは口が裂けても言えなかった。

 

「この前言ってた話を聞かせてって押しかけてきてそれを振り払うためについ……」

 

「まぁ、過ぎた事はどうしようもないさ。実際人数不足なのはあるし、アトゥイが加わってくれると助かるのも事実だしな」

 

「ありがとう、ハク」

 

 ネコネと話していた自分に近づいて来てそう言ってくるクオンに気にするなと返し、少ししょげた様子のクオンの頭を軽く撫でた。正直なところ人数不足だったのは確かだし、前向きに考える事にする。

 

「安心してな、ユゥリはん。ユゥリはんはウチが絶対に護るぇ」

 

「あ……ありがとうございます……ですが、その……歩きづらいのですが……」

 

 前向きに……

 

「大丈夫やぇ。こうしてウチが支えてあげるし」

 

 前向きに………やっかいな娘を仲間に加えてしまった気がするな、やっぱり。心の中でそう呟きながら下水道横の通路を歩いていく。今更後悔しても仕方ないしフォローは自分とクオンでやればいいさ。…正直そう思わないとやってられん。

 

「それにしても、この臭いはきついですね」

 

「下水道なのだから仕方がないのです。人目につかずに帝都を出るにはここを使うのが一番なのですよ」

 

「ネコネの言うとおりだな。それにキウル、将来戦場に出た時もっと劣悪な環境で戦わなければならない事もあるかもしれんし、今回のように下水道を通らんといけない事もあるかもしれんぞ?その練習ができたとでも思っておけ」

 

「ハクさん……そうですね、そう思う事にします」

 

 流石にこの臭いはきついのかそうぼやくキウルをそう言って宥める。キウルも自分の言う事は素直に聞いてくれるしとりあえずは納得してくれたようだ。正直な話この下の汚水道を通るよりかは万倍マシなのだ。我慢するしかあるまい。

 

「ひぅ――!」

 

「っと、大丈夫か?そっちは危ないからもう少しこっちに来た方が良い」

 

 ルルティエがネズミの声に驚いて声を上げる。流石にこの環境は辛いか。ルルティエが歩いていたのは下水道に近い側だった為、少し自分側に寄るように言うとおずおずといった感じに近づいてきた。それを見て何を思ったのかアトゥイが茶番を繰り広げたが無視だ無視。

 そのまま通路を進む皆はあまり口は開かないが若干一名は例外だ。

 

「なぁなぁユゥリはんはこのあとどうするん?」

 

「え、この後ですか?どうすると言われましても、都から離れるのですが」

 

「え、そうなんけ?」

 

「ええ、都の外で別の護衛の方とすぐに合流する手筈になっていまして、そのまますぐに」

 

 はぁ、依頼の途中だってのに約一名めちゃくちゃ緩んでいるな。あとなんか視線を感じるが無視だ、無視。

 

「それがどうかしましたか?」

 

「そ、それは大変やね」

 

「ネコネ、この経路なら追手に追いつかれる可能性は低いんだよな?」

 

 なんかまたアトゥイの視線を感じるが気にしない。ネコネは訝しげにしているが一応確認という奴だ。この狭い通路での戦闘なんて洒落にならんからな。それになんか引っかかる物があるんだよな。

 

「大丈夫だと思うですよ、ハク兄さま。目的地まで誰にも見つからないように最善の経路を計算したですし」

 

「うん、ここまで追手の姿もないし、私としても見つかる可能性は低いと思うかな。ここまでの予測もできるなんて、やっぱりネコネはすごいな」

 

「それほどでも…ないです」

 

「謙遜しなくてもいいのに。ネコやんはすごい。うん、ウチが保証するぇ」

 

 そう言った後、ネコネはクオンとアトゥイに褒められて恥ずかしそうにしていた。確かにネコネの言うとおり心配する必要はない気もする。…待てよ?敵も貴族の関係者という事は下水道の地図を入手できている可能性はある。そしてネコネが言っていたようにヒトに見られずに帝都から出るにはこの下水道を通るのが一番だ。敵さんもそれは判ってるはず。そして向こうは結構な大所帯でもおかしくは無いって事は……。

 

「ネコネ、下水道の出口の位置についての情報は誰でも入手が可能か?」

 

「?たぶんできると思うですよ。時間はかかるですがやろうと思えば子供でも把握できると思うのです」

 

「そうか……。皆、ここの出口付近か出口から出た後で襲撃があるかもしれん、気を引き締めておいてくれ」

 

 ネコネに下水道の出口を誰でも知ることができると聞いて警戒を一段階上げる。皆を引きとめると自分の方に注意を向けさせそう言う。皆、自分が何故そう言ったのか分からないのか思案顔だな。

 

「どういうことですか、ハクさん」

 

「ユゥリはオシュトル様の所に匿われていたようだが、まだ帝都から出ていないことと、脱出したがっていることは向こうさんも把握していたはずだ。そして帝都を脱出する際に人目に付かずに出るには夜に下水道を使うのが一番。やっかいな事に向こうさんはかなり大人数で動いている可能性がある」

 

 キウルの問いに答えてそこまで言うとクオンとネコネは感ずいたようで、はっとした表情をしていた。ルルティエとキウルはもう少しと言ったとこだがまだ気がつけていないようだな。ユゥリも気がついたようだ。アトゥイは……まぁいいか。

 

「その推測が正しいと考えるなら……」

 

「……下水の出口をすべて押さえられている可能性があるのです」

 

「そういう事だ」

 

 そこまで言うと皆の顔が引き締まる。自分達は警戒を強めながらも歩みを再開した。ネコネは自分の隣を歩いているが、自身の考えに穴が合った事が悔しいかったのだろう。少し落ち込んだ風だった。

 

「そんな顔するなネコネ。少なくとも都の中からの追手に関しては気にしなくても良さそうなんだ、それだけで十分に助かってる」

 

「ハク兄さま……」

 

「うん、これはどうやっても回避できなかったと思うし、ネコネに落ち度はないかな」

 

「姉さま……。ハイです。ありがとうございます、ハク兄さま、姉さま」

 

 自分達がそう言うとネコネの顔にも笑顔が戻った。もう結構進んだな、さてもう少しで出口のはずだが。 

 

「オシュトルに貰った地図によると、出口まではもう少しかな」

 

「どれどれ……確かにもう少しみたいだな」

 

 さてここからがたぶん今日一番の難所だ。意識を切り替えろ。

 

「さて皆、警戒を厳にせよ。アトゥイ、ユゥリ殿の護衛は任せる」

 

「おに~さん、なんや雰囲気が変わったなぁ。了解やぇ。ユゥリはんの事は任せといて~な」

 

「キウルは後方の警戒。もし出口付近に賊が居たのなら某達の後方より援護を任せる。お前のその弓の腕あてにしているぞ」

 

「は、はい。ハクさん」

 

 アトゥイは何ができるのかは分からんから基本的にはユゥリの護衛を任せる。やる気も十分だし問題は無いだろう。キウルには後方の警戒といざという時の援護。この二人は自分がこんな感じで話すのに慣れていないせいか微妙に驚いてる感じだな。

 

「ルルティエはココポに騎乗し周囲の警戒、某の懸念が当たった際は遊撃として動け。いざという時は敵を存分に蹴り飛ばしてよいぞココポよ」

 

「はい!頑張ろうね、ココポ」

 

「ホロロロロロォ!」

 

「ネコネ」

 

「はいです」

 

「其方は前方の警戒、襲撃があった際には呪法にて某とクオンの援護。もし負傷者がでた場合は治療を頼む。やれるな?」

 

「わたしを誰だと思ってるですか。兄さまと、ハク兄さまと姉さま、三人の妹なのですよ。それぐらい完ぺきにやり遂げて見せるのです」

 

 ルルティエは基本的に警戒をしつつ待機だが、もし本当に襲撃があった際には遊撃として動いてくれるだろう。ネコネは基本的に前方の警戒。襲撃の際には後方からの援護と、もしもの時の治療要員だ。それにしても嬉しい答えを返してくれるなネコネは。

 

「クオン」

 

「うん、ハク」

 

「某の背中は任せる」

 

「承ったかな!」

 

 クオンにはこれだけで十分だろう。クオンが背中を守ってくれていると分かってれば自分も安心して戦える。目が合うと優しく微笑みかけてくれた。

 

「ユゥリ殿はアトゥイの後ろに。くれぐれも前に出られませぬよう」

 

「は、はい。わかりました」

 

 ユゥリはこの雰囲気に緊張気味のようだ。ま、流石にこんな雰囲気に慣れる機会は都ではそうそうないだろうからしょうがないか。さて鬼がでるか蛇がでるか……。

 

 自分を先頭にして警戒しながら出口に向かう。すると自分の懸念が当たり案の定誰かがいるようだ。そう思った瞬間、出口方面と出口近くの別れ道からわらわらと男達が現れ、自分達を取り囲む。やれやれ思った以上に大人数だなこいつは。

 

「ふふん……どなたか知らないけれど、私達に何かご用かな?」

 

「これはこれは、驚かせてしまいましたね。いえ、ちょっとヒトを探していまして。ユゥリさんという方なのですが、ご存じありませんかねぇ?」

 

「さぁ、知らないなぁ」

 

 男の言葉にユゥリがびくりと反応する。クオンは白々しくシラを切り通すがばれていないならこのまま見逃してくれたりはしないよなぁ。

 

「……そうですかい。それじゃあ仕方ありませんねぇ。だったら代わりにあんた達に相手をしてもらいましょうかい」

 

『へへへ……』『今日はツイてるぜ上玉ばっかりじゃねぇか』

 

 もちろん当然のように…って、想像以上に下種の集団みたいだなこいつらは。ヒト攫いのたぐいかね?しかし、もしかして変装のお陰でユゥリの事はばれていないのか。だが元々容赦する気もなかったがこれで心おきなくぶちのめせるってものだ。

 

「な、なんなんですか、あなた達は!」

 

「ヒトを探してるんじゃなかったんだ?」

 

「ええ、そうだったんですがねぇ。ただ上玉が態々、こんな人目の付かない所までやって来てくれたんだ。ヒヒヒッ、これを頂かない手は……ヒブッ!」

 

 聞くに堪えない口上に全力で踏み込んで近づき、鉄扇を男の頭めがけ全力で振りぬく。口上を述べていた男はその一撃で昏倒し下水の中へ落ちて行った。

 

「聞くに堪えぬ。ちょうど汚いものを流す下水もある事だしちょうど良かろう。フンッ!ハァッ!」

 

 自分の突然の行動に驚き硬直していた出口側にいた男の残り二人も昏倒させ下水へと落とす。まぁ、死ぬかも知れんが自業自得だし、汚物まみれでちょうどいいくらいの連中だしな、胸も痛まん。

 

「すごい……」

 

「汚物はあるべきところに返るとよい。皆、戦闘(いく)ぞっ!!」

 

「「「「おうっ!!」」」」

 

「あやや、おに~さん強いなぁ」

 

 自分の言葉に反応するように、皆も後ろに居た男達に向けて武器を構える。自分はゆっくりと歩いて皆の先頭にいたクオンの横に並び、男達に鉄扇を差し向けた。

 

「さて、汚物は消毒と相場が決まっているが……幸いここには火種は無いが汚物を流す水路はあるのでな」

 

「テ、テメェ!!」

 

「ハク兄さま、炎ならわたしが使えるです。汚物は消毒なのですよ」

 

「ち、おまえらやっちまうぞ!!」

 

『おうっ!!』

 

 男達はやっと反応するが、正面の連中を倒したからには、後ろにいたこいつらを何とかすればそれで終わりだ。まぁ十人近くはいるが物の数ではないな。

 

「ふふん、興味深いな。帝のお膝元である帝都に、こんな連中も「おらぁ!」はいっと、まず一人かな。歯向っても構わないって言ったよね。もしかして女の前で格好付けたかったのかな」

 

 自分に並ぶクオンを女と侮ったのか一人突っ込んできたが、クオンは男の手に持った刀を避けると綺麗に回し蹴りを決める。そのまま男は下水に落ちていった。これで一人。

 

「こ、このアマァ~!!」

 

「汚物は消毒なのですよ」

 

 その光景とクオンの言葉に怒りの声を上げた男がいたが、ネコネの呪法で炎の柱に包まれ火だるまになって汚水道に落ちて行く。これで二人。

 

「ちぃ、な、なんなんだこいつら。お、おい、逃げるぞ、こんなの割にあわ「ホロロロッ」ヘブッ!」

 

「わたしだって……!」

 

「「て、ちょ、ま」」

 

 逃げ出そうとした男は、自分達を飛び越えて跳躍した、ルルティエを乗せたココポに蹴り飛ばされ飛んでいき、男二人を巻き込み、絡まるようにして汚水道の方へ落ちて行った。これで五人。

 

「……!!ぐうっ」

 

「させません!そこもっ!」

 

「ぐわっ!」

 

 黙って弓を構えようとした男二人を、キウルがその正確な射撃にて肩を射抜き、バランスを崩した男達はそのまま下水道へと落ちる。これで七人。

 そこでこの場には場違いに思えるのほほんとした声が響いた。

 

「なあなぁおにーさん達、悪者なんやな?」

 

「こ、この状況でなに言ってやがるこのアマはぁ!」

 

 残りの男三人のうち一人がそう叫ぶが、自分達も毒気を抜かれアトゥイの方を見る。そこにはいつもののほほんとしたアトゥイが立っていたが次の瞬間――

 

「じゃあ、遠慮とかいらへんね」

 

「「ヒッ」」

 

 一瞬で男達の前に移動したアトゥイは手に持った傘のような形状の槍で男の一人を跳ね飛ばす。男二人が動揺した瞬間に――

 

「ハァッ!」

 

「セィッ!」

 

 自分とクオンで接近し一人ずつ吹き飛ばす。そいつらもアトゥイが倒した男を巻き込みながら、運悪く下水道に落ちて行き、その場にいるのは自分達だけになった。つい勢いに任せて全員下水道に落としてしまったが、まぁ構わないだろう。そういえば自分とクオンの見立ては正しかったな。正直自分としてはアトゥイがここまでやるとは思わなかったが。嬉しい誤算ってやつかね。

 

「さて、掃除も終わったし、こんな場所からはさっさとおさらばするぞ」

 

 さてさっさとここから出るかね。全員に怪我がない事を確認すると皆を促し下水道を後にした。

 

 

「はぁ~空気がうまい……」

 

「はい……本当に……」

 

 下水道から出ると自分が言った事にキウルが同意を返してくる。皆も同じ気持ちなのだろう、各々深呼吸したりしながら外の空気を味わっていた。

 

 そのまま目的地あたりへと向かう。目的地らしきあたりに着いたので、ネコネの持つ地図と照らし合わせると間違いなくここで合っているようだった。

 

「なぁ、なぁ、ユゥリはん。んと……な?その……」

 

 なんか、自分達と少し離れたあたりでアトゥイがユゥリに告白じみた事を言っているのが聞こえるが自分は知らん。良い雰囲気みたいだがそいつには婚約者がいて、実際には女だからな。

 

「よう、どうやら無事だったみてぇだな」

 

「ウコン?」

 

 木の陰から出てきたウコンはニヤリと笑いながらそう言ってくる。こいつはここに居ないはずなのだがどうしたのだろうか?

 

「遅かったじゃねェか。心配したぜ?」

 

「ああ、いろいろとな……っていうか」

 

「どうしてここに兄さまがいるですか?」

 

「ん、ああ、こっちはもう一人の方の護衛をな」

 

 ウコンがそう言うと、奴が出てきた木の陰から線の細い青年が姿を見せた。この男がユゥリの婚約者だって男か。

 

「ユゥリ!」

 

「あっ……ンハライ!!」

 

 ユゥリは喜びの表情を浮かべ、羽織っていた外套を脱ぎ棄て男のもとの駆け寄った。アトゥイはポカンとしているが…目を合わせないようにしよう。

 

「………はぇ?」

 

「え、えええ!?」

 

「お、女の……ヒト……?」

 

 ユゥリの性別を誤って認識していた者たちが驚きの声をあげる中、ユゥリは男――ンハライに駆けよりその胸に飛び込む。

 

「ユゥリ、怪我はないか?」

 

「大丈夫。皆さんが護ってくれたの」

 

「そうか……良かった、本当に良かった」

 

 それを見ながらクオンは嘆息しながらも納得の表情を浮かべ自分を見てくる。自分はクオンに苦笑いを返した。クオンは薄々感づいていたみたいだな。

 

「ああ、そういう……」

 

「姉さま?」

 

「みなさん本当にありがとうございました。みなさんが護って下さらなければ、ここまでたどり着く事はできませんでした」

 

 それに続くようにンハライが自分達に礼を言い、愛の誓いみたいな事を話し出す。アトゥイは事態が理解できないのか、呆然とした様子だった。ユゥリが近寄って礼を言っていたが上の空だ。ユゥリはそれには気がつかなかったのか、ンハライと共に深々と頭を下げる。自分が祝いの言葉を投げると嬉しそうに頷いてくれた。そしてウコンに連れられ、以降は護衛として同道する手筈のウコンの部下達のもとへと案内されていった。

 

「これにて一件落着。さぁ帰るかみんな」

 

「「「「「………」」」」」

 

 皆の視線が痛い。

 

「……あのヒト思い人がいたんだ」

 

「……ていうか女のヒト」

 

「……女性の方だったなんて…」

 

「……ハク兄さま知ってたですか」

 

 皆からのジト目に耐えつつしぶしぶ頷く。というか、なんも喋らんアトゥイが一番怖いんだが。……なんかいまシャキンって聞こえたが。

 

「って、うおっ!」

 

 急に槍を構えて切り掛って来たアトゥイの槍を、アトゥイに近い位置の腰に挿してある刀を鞘ごと腰から抜き出し受ける。切り掛ってくるアトゥイの目には光が無かった。……ってか怖っ!

 

「……おにーさんのあほー!!」

 

「って、ア、トゥイ。や、めろ、って。言ってるだろうがー!!」

 

 目にハイライトのないアトゥイの連撃を捌いて一瞬の隙を付き、吹き飛ばす。抑揚のない声で、だが妙に迫力のある声で自分にアホーと言って切り掛ってくるのはやめろ。正直恐い。

 

「……ふ、ふふ、おにーさん、今日はウチの鬱憤晴らすのに付き合って貰うで。おにーさん強いし、なんかウチ楽しくなってきたぇ。アハ、アハハハハハハハハ!!!!!」

 

「ってなんでそうなるーーーー!!」

 

 先ほどよりもさらに鋭くなった槍を鞘に入ったままの刀で受ける。正直ウコンには一歩も二歩も及ばない腕だが、達人の領域に片足踏み込んでるぞ、こいつ。というか皆も見てないで助けてくれ!!そんな意味を込めて皆を見るが反応は冷めた物だった。

 

「あ、ハクさん案外平気そうですね。それにしても凄いや。あの連撃を捌きつつ、まだ余裕があるなんて流石です」

 

「は、はい。すごいです。わたしじゃ目で追う事もできません」

 

 キウルとルルティエは褒めてくれるのは嬉しんだが、アトゥイを止めてくれないかな……。

 

「……ハク兄さま、今回の事は正直わたしも擁護できないのです。いちおう兄さまに追加で労働の手当てを出すように言っておくです。兄さまの飲み代から」

 

「ハク、言い辛かったのは分かるけど、はぁ……。終わったらちゃんと労ってあげるから頑張って」

 

 ネコネ、クオン。優しいのか厳しいのか分からん対応をありがとう。あと労いには膝枕を要求する……ってそうではなく止めて欲しいんだが!?。

 

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!」

 

 みんなはしばらくすると帰って行ったが、自分はそのあともアトゥイの槍撃を捌き続けた。空が白み始めるころに電池が切れるようにアトゥイがぶっ倒れ、それは、ようやく終わった。うう、朝日が目にしみるな……。もちろんオシュトルには後で特別労働手当を請求しておいた。

 アトゥイを負ぶって白楼閣まで戻って、ルルティエを起こしてアトゥイをルルティエの部屋に寝かせてもらい(アトゥイの部屋が分からんかった)、自分も部屋に戻る。前にウコンと飲んだ時と同じように起きて待っていてくれたクオンを抱きしめ、布団に入るとそのまま泥のように眠たのだった。

 

 ああ、今日は厄日だったな。



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母と子と~親子の語らい~

母と子と~親子の語らい~

 

 あの日以降アトゥイが自分達の仲間に加わり更に騒がしくなった。仕事をこなしつつも時には皆と山に山菜を取りに行ったり、アトゥイがゴロツキと吊るんでいる男に騙されかけたり(最終的には仲間のゴロツキ共相手に無双するアトゥイにビビって逃げて行った。自棄酒に付き合ったらめちゃくちゃ酒癖が悪かった)、ルルティエと一緒にお菓子を作ったり(なかなかにうまくできてルルと名付けた)、ウコンと酒を飲んだり(ネコネに呆れられた)、なんやかんや楽しく過ごしている。

 

 それとヤマトの姫様の生誕祭もあり、そこで初めてルルティエやアトゥイの親父さん達をみた。それぞれが八柱将と呼ばれる國の重鎮で驚いたな。そんな人物の娘さんを預かっているとか考えて頭が痛くもなったが。

 

 そんなこんなで過ごしていたが、今日は以前に約束していた通りカルラさんから招待があってクオンを誘ってそこに向かっている。もちろんフォウも一緒だ。

 

「でもどうして私も?ここの主さんに呼ばれるようなことはしていないと思うけれど」

 

「ああ、旅の話なんかを聞きたいいだとさ。それに最近クオンとルルティエに影響されてか、この宿の料理の質も上がってるって話らしくてな、その礼も言いたいんだそうだ」

 

 不思議そうに尋ねてくるクオンにもっともらしくそう返し、宿の一番上の展望台へと向かう。今日は天気もいいし少しくらいなら景色を楽しんでからで良いだろう。クオンと取りとめもない事を話しているとすぐに展望室にはついた。

 

「うわぁ~、帝都が一望できる……。ここにこんなところがあったなんて……。ねぇハク、ここが目的地?」

 

「いや、実はこの上があってな。あの絵を見てみろ」

 

 展望室から見える景色に感嘆の声を漏らすクオンに笑みを深めつつ、部屋の奥にある、からくりと連動した絵を指さす。クオンは何か変だとすぐに分かったようで、前に自分がしたのと同じように木片を動かし始めた。しばらくすると完成したのかカチッという音が鳴り、からくりが動く音がする。すると前と同じように上へと続く階段が現れた。

 

「……手の込んだ仕掛けかな。ハク、あの先?」

 

「ああそうだ」

 

 自分はクオンを伴い階段を上っていく。すると前にも嗅いだ香木の香りが漂ってきた。部屋に入るとクオンは感嘆の声を上げる。

 

「へぇ、良い趣味してるんだ。でもこの雰囲気ってば……」

 

「ふふ――」

 

「――ッ!!……思い出した」

 

 背後から女将の声が聞こえる。自分と同じようにクオンも“思いだした”ようだな、この宿の女将は誰だったのかを。

 

「カルラさんこんにちは。約束通りクオンを連れて来ました」

 

「ええ、いらっしゃい、ハク、クオン、それにその子も。歓迎しますわ」

 

「フォウ、フォウッ!」

 

「……カルラおか、ッツ、姉様」

 

 自分がカルラさんに声を掛けると、カルラさんは歓迎の言葉を掛けてくれた。フォウは自分の肩からおりて少し奥に置いてある皿に積まれた果物目がけて駆けていった。そんなに気に入ってたのか。今度探しておくとするかね。ちなみにクオンはお母様と言いかけたが、その途端に発せられたカルラさんからの重圧に姉様と言い直していた。

 

「まさか、あなたがそんな事を言うなんて。しばらく見ないうちに、粋というものを感じられるようになりましたのね。あなたもハクという恋人ができたお陰で視野が広がったのかしら?それよりも、クオン、元気にしていたようでなによりですわ」

 

「……ハク、カルラ姉様がいるならいるで言って欲しかったかな」

 

「カルラさんから口止めされてたもんでな、すまん」

 

「……はぁもういいかな。そちらも元気そうでなによりかな」

 

 クオンと自分の言いあいを笑みを浮かべて見ていたカルラさんは、クオンの自身への反応を見て、訝しげな顔をする。そりゃクオンを知ってたらそうなるわな。少なくともカルラさんの認識の中のクオンは、数年前から会っていない家族思いの少女のはずだから。

 

「……あらてっきり“なんで何も言わずに出て行ったのか”とか“今まで何をしていたのか”とか聞かれると思っていましたのに」

 

「ああ、それは……姉様とトウカお母様がここにいるのは“知って”たから」

 

 クオンの言葉をどう捕えたのかカルラさんは自分の事を咎めるように見てくる。一応弁明しておくかね。

 

「いや、自分は何も伝えてませんよ」

 

「……そうですの。どういう事かは分かりませんがとにかくお座りなさいな。トウカも呼んであるし、すぐに来るでしょうから。話はそれからでいいでしょう」

 

 自分とクオンは顔を見合わせると、とりあえずカルラさんの前へと腰を下ろす。なんだかクオンと一緒にクオンの保護者の前に居ると言う事で自然と正座で座ってしまった。隣を見るとクオンも同じようだ。これ、傍からみると結婚の報告をしにきた恋人同士にしか見えないんじゃないだろうか。そんな事を考えつつ座ったタイミングで、誰かが階段を上がる音が聞こえてきた。

 

「カルラ待たせた、な?」

 

 女子衆(おなごし)の衣装を着て、お盆に酒が入っているのであろう徳利と酒杯を持った女性。クオンの育ての親の一人でもあるヒトでトウカという――とりあえずトウカさんと呼ばせてもらう事にするか。トウカさんはクオンが目に入るとバッと顔を背ける。前は女子衆の中にクオンが前いると変な反応をするヒトが居るなという印象だったのだが、現在の状況でやられると少しだけ滑稽に見えた。

 

「トウカお母様、私はもう気が付いているから、こっちに来て座ると良いかな」

 

「…某はそのようなものではございませぬ、一介の女子衆でありまして」

 

「トウカ、お務めはそこまでにしたらどうかしら?それに完全に気付かれているようですし無駄ですわよ。せっかく私達の妹分が訪ねてくれましたのに」

 

「う……」

 

 トウカさんは少し涙目になりながらジト目を向けるとと大人しくカルラさんの横に腰を下ろした。

 

「カルラ……其方、クオンがここに来ると知りつつ、何も知らせなかったな」

 

「あら、貴方も知っているお客様を招いて、大事な話があると言ったではありませんの」

 

「……はぁもういい。で、話とはクオンと隣の男…確かハク殿と言ったか?其方のことか。まぁそれはおいておいてだ。久しぶりだな、元気にしていたか?しばらく見ないうちに大きくなったなクオン。本当はすぐに声を掛けるつもりだったのだが機会を失ってしまってな。すまぬ…」

 

 トウカさんはそう言いながら、クオンの頭を優しく撫でる。クオンは自分の方を見て恥ずかしそうにしつつも嬉しそうにそれを受け入れていた。

 

「くすぐったいかな、トウカお母様」

 

「ああ、すまん。それにしてもあんなに小さかったクオンが、もう結婚の報告とは……月日が過ぎ去るのは速いものだな」

 

「け、結婚!!」

 

 トウカさんの言葉にクオンはびっくりしたような声を上げ、顔を赤くする。トウカさんはそんなクオンの反応を見て不思議そうな顔をしていた。

 

「なんだ、違うのか?クオンが選んだ漢ならば某も問題ないと思っていたのだが。そんなに話した事があるわけではないが白楼閣で過ごす姿は知っているし、少なくとも宿の女達からの評判は良好。それにクオンと仲睦まじい姿も見ている。まぁ、少しだけ確かめたい事はあるが……」

 

「トウカ、それならば私が確認していますわ。ハクは全部知っているみたいですわよ」

 

 トウカさんの言葉にクオンは更に赤くなり、カルラさんは面白そうにしながらこちらの外堀を埋めに来る。はぁ、やっぱ自分が出ないとダメかね、これ。

 

「ち、違わないけど、違うかな。ハ、ハクとは恋人だし、将来的にはそうなりたいって思ってるけど、き、今日はそんな話をしに来たわけではなくて、呼ばれてきただけ」

 

「トウカさん。自分も将来的にはそのつもりですが、クオンのご家族全員から了解を貰ったわけでもないですし、その報告はまた今度にでもさせてください」

 

 とりあえずは自分とクオンの言葉に納得してくれたのか、トウカさんは元の位置に戻ると自分に顔を向けてきた。その顔がどうしようもなく慈愛に満ち溢れていて思わず自分もクオンも息を飲んだ。自分も居住まいを正しトウカさんの視線を受け止める。

 

「そうか、全部知っていて、というなら某も認めよう。クオンの事よろしく頼む、ハク殿」

 

「はい、心得ました」

 

 自分の答えにトウカさんは安心したようで口元に淡く笑みを浮かべる。とりあえずトウカさんにも認めてもらえたみたいでほっとするが、さてようやく本題に入れそうだな。

 

「そうか。それはそうと、では大事な話とは何なのだ?クオンは先程知らぬような事を言っていたが……」

 

「うん、私はハクに連れられてきただけかな。ねぇハク、何の話を?」

 

「ああ、自分達の事をちょっとな。少なくともトゥスクルのヒト達には知らせておいた方がいいだろう?」

 

 自分の言葉でクオンははっとした顔をする。正直そこまで考えていなかったって顔だな…。クオンはしばらく思案する風にした後、自分に向かって頷いてくれた。そこで様子を見てくれていたカルラさんが口を開く。

 

「さあ、話してくださいます?先程のクオンの反応にも関係がある話なのでしょう?」

 

 カルラさんのその言葉を切っ掛けにして、自分とクオンは自分達に起こったと思われる現象について話し始める。

 

 まずは気が付いたら過去の時間に戻っていた事。それはウィツァルネミテアが引き起こした事象だと思われる事。未来において自分がハクオロ皇から力を引き継いだウィツァルネミテアの空蝉であった事。自分達に起こしたと思われる現象の代償に自身の存在を指定したらしくウィツァルネミテアが大幅に…それこそ神とは言い難い状態まで弱体化している事。自分達も代償を取られたらしく記憶の大部分を失っている事(カルラさん達の事は思い出せたのだと伝えた)。覚えている限りの自分がウィツァルネミテアの空蝉になった原因など、覚えている事や、推測になるが確度が高いと思われるものなど、話した情報は多岐に渡った。

 

 カルラさんとトウカさんも半信半疑ではあるが驚いたようで、言葉が出てこない様子だ。とりあえず今は二人が情報を咀嚼できるまで待つ事にする。しばらくすると、ある程度飲み込めたのかカルラさんが口を開いた。

 

「……俄かには信じられませんわね。それこそハクとクオンの妄想だと言った方が納得がいくくらいに」

 

「某も同感だ。だが、かの大神が関わってくる可能性がある以上絶対にないとも言い切れない」

 

「お二人の困惑ももっともだと思いますよ。自分も気がついた当初は困惑したものだし」

 

「……私はハクにまた会えたのが嬉しくてあんまり考えてなかったかな」

 

 カルラさんの言葉はもっともで、自分が体験したことでなければ自分もそう思っただろう事は想像に難くない。それとクオンはそうだろうな、さっきまで自分の祖国や家族に情報を伝える事を思いついてすらいないようだったし、……まぁ、自分もクオンとまた会えた喜びが大きすぎてあんまり意識して情報を伝えようとはしていなかったが。

 

「一応これを。見覚えがありませんか?未来においてハクオロ皇より受け継ぎ、自分が付けていたものです」

 

「……それは、あるじ様の」

 

「……ああ、あの仮面と同じ物に見える」

 

 少なくとも全面的に信じていない訳ではないようだし、信じてもらうためのひと押しとして懐からあの仮面を取りだして二人に見せる。少しは説得力が増したようだし何よりだな。その後はなんとか二人を説き伏せ、トゥスクルと連絡を取ってもらう約束を取り付けた。事前に準備していた先程の情報に自分の推測を付け足している文を預ける。

 

「確かに、しっかりと届けましょう。あの二人も来ているようですし預ける事にしましょうか」

 

「あの二人って?カルラ姉様」

 

「ああ、ドリィとグラァの二人だ。クオンを連れ戻しに来ていたようだな。しかしクオンも楽しそうだし、もう少しだけ待ってもらえるように某からも言っておこう。どうせ近いうちに向こうには一度戻る予定なのだろう?」

 

 最後の言葉は自分に向けるようにトウカさんは言う。そのつもりではあるんだが、いつになる事やら。やらなければいけない事ではあるが、オボロ皇と会ったときにいきなり切り掛られそうで怖い。それとクオンは家出中だったな、正直忘れてたぞ。

 

「さて、難しい話は終わった事ですし。飲みますわよトウカ」

 

「……そうだな。クオンが恋人を連れてきたのだ。めでたい事だし今日は某も付き合おう」 

 

「もちろんハクとクオンも付き合いますわよね?」

 

 カルラさんはそう言うと、盃を四つ出し、それぞれに酒を注ぐと皆に配る。自分とクオンも否やは無い為、大人しくそのまま座っていた。

 

「さて、未来のクオンの旦那ともなれば私達にとっても弟分も同然ですし、固めの酒でもいかがです?」

 

「うむ、某に異存はない。クオンの婿殿となれば某にとっても息子となるわけだしな」

 

「カルラ姉様、トウカお母様……」

 

「……自分はカルラ姉さん、トウカ母さんとでも呼べばいいのか?」

 

 自分が苦笑しながらそう言うと、カルラさんとトウカさんは顔を見合わせた後苦笑すると、そのままでいいという。とりあえずは皆で盃を持つと一緒にグィッと煽った。

 

「さて、これでハクも私の弟分ですわね。今後は定期的に酒につきあってくださいな」

 

「ああ、某もハクの事を息子のつもりで扱うとしよう」

 

「……それは光栄なことで」

 

 二人のその言葉に自分は少しの困惑と大きな喜びを感じながらそう返す。しかし、結婚ね、まだ先の話になるだろうがこの二人に認められて本当に良かったと思う。自分は徳利を手に取ると二人の盃に酒を注いだ。

 

「ああ、すまないなハク」

 

「ふふ、弟分というのも良いものですわね」

 

 自分に返盃をしてくれるつもりだったのだろう。トウカさんの手が徳利に伸びるが、自分の横からクオンの手がが伸びてきてそれを奪い取り、ニコニコしながら注いでくれた。トウカさんはそれを見て苦笑いだ。仲が良くて何よりだなと言いつつクオンから徳利を取るとクオンの盃に注ぐ。

 

「さて酒はまだまだありますわよ。二人がどんな風に旅をしてきたのか、どんなふうに恋をして今の関係になったのか聞かせてくださいますわよね?」

 

 そういうカルラさんにクオンは固まるが逃げられるはずもなく、結局洗いざらい吐かされてから轟沈した。

 

 

 自分の膝を枕に眠るクオンの髪を撫でながら、カルラさんと酒を酌み交わす。トウカさんは先程潰れてカルラさんの横で伸びていた。

 

「ふふ、寝顔は変わりませんわね。小さいころのクオンのままですもの」

 

 そう言い、目を細めて優しげにクオンを見るカルラさんにもう一つだけ先程しなかった話をする事にする。それはハクオロ皇の事だ。

 

「カルラさん、ハクオロ皇の事なのですが……」

 

「ええ、もしかしたら封印を維持する必要がないかもしれない…。そう言う事ですわね?ハク」

 

 自分の話からある程度推測が出来ていたであろうカルラさんのその言葉に頷く。そもそも空蝉がであった自分の仮面が外れ、繋がりがとても小さくなっているのだ。ハクオロ皇に同じ事が起こっていないと何故言い切れるのか。少なくとも確認を取る必要があるだろう。

 

「はい、ハクオロ皇も自分と同じ状態。……空蝉としての役割から解放されている可能性が十分にあります。確認を行うのかはそちらにお任せしますが」

 

「……そうですわね、私としてもあるじ様が戻って来てくれるかもしれないのは喜ばしいですが、これに関してはウルトに聞いてみる事にしますわね。それにしてもハク、貴方は本当にクオンに惚れぬいているのですのね」

 

「……空蝉として動いていたころは、ここまでだとは自分でも思ってませんでしたよ。しかし今はクオンの傍を離れるとか考えられませんね」

 

 カルラさんはウルトさん(知り合うだろう)に調査をお願いしてみると言って、この話題を終わらせる。次に自分に水を向けてきたのは、自分とクオンがおぼろげに覚えている前の歴史での話の事だろう。しかしあの時はハクオロ皇に対して恥ずかしい事を言ったもんだよな。

 

「あら?惚れた女の為にあの世からこの世に戻ってくるようなヒトが言っても説得力がありませんわよ。そのあとクオンを放置していたという事について思うところが無いわけではないのですけれど…まぁ今のクオンはとても幸せそうですし、水に流してあげます。でもオボロには一発殴られるくらいは覚悟しとくのですね」

 

「……まぁ、一発くらいなら甘んじて受けますよ。それ以上は殺されそうなので抵抗しますがね」

 

「ふふ、一発殴られた後は私とトウカで止めてあげますから安心しなさいな」

 

 そう言いあいながら静かに盃を傾ける。もう結構な時間が経ち、外はもう日が落ちて結構経つ頃だろう。そろそろお暇するとするか。

 

「カルラさん、クオンも布団で寝かせてやりたいし、自分とクオンはここらでお暇するよ」

 

「そうですわね、トウカもこのままだと風邪をひきそうですし、今宵はここまでとしましょうか。いつでもいらっしゃいな。酒は用意しておきますわ」

 

「ああ、そうさせてもらうよ姉さん」

 

「あらあら、素直な弟ですこと。それでしたら、今度は酒を持参してきてくれると嬉しいですわね」

 

 カルラさんに了承を返すと部屋の奥の方で体の輪郭が丸くなったフォウを回収して自分の肩に乗せる。……なんかこいつ重くなってるな。ココポ化しないようにダイエットをさせないといかんかもしれん。そう思いつつクオンを横抱きに抱えるとカルラさんに一言かけ部屋を後にした。

 

 

 クオンを自室に寝かせ、フォウを寝床に戻してから詰所の方に向かう。一応誰かが起きていて、何か報告があるかもしれないからだ。どうやら詰所の方にはまだ明かりが点っており、誰かがまだいる様子だった。誰だろうなと思いつつ見てみると、すすり泣く年配の女性とまだ五歳くらいであろう少女を抱きしめながら同様に泣いているマロの姿と、なんとかなだめようとするキウルの姿があった。……これはどういう状況なんだろうな。

 

「あ、ハクさん良かった」

 

「……キウル。マロはどうしたんだ?それとあの女性達は?」

 

 自分に気が付きマロを置いて近づいてきたキウルにそう声を掛ける。正直状況が分からん。マロの状態を見るに何かがあって自分を訪ねてきたのは推測できるのだが。

 

「……いえ、私が来た時にはもうこの状態でして。それに私も先程来たばかりで女性と子供については分かりません。マロロさんは多分ハクさんを訪ねていらっしゃったのだろうと思い、今からハクさんを呼びに行こうかと思っていたところなんです」

 

「そうか、マロの話は自分が聞いてみるとして、キウル、今日オシュトルは忙しそうだったか?できるならオシュトルにも連絡して連れて来てくれ。あと女性も居た方が良いだろうからルルティエを呼んでくれるか?」

 

「……分かりました。一応兄上は今日は大丈夫だったはずですし、ルルティエさんに声を掛けた後、私が呼んできますので。ハクさんはマロロさんの事をお願いします」

 

 

 キウルに尋ねてみたのだがキウルも今来たところで、この状況については把握していないらしい。正直、自分ひとりで何とかできる自信が無い為、キウルにウコンとルルティエを呼ぶように言ってから送り出す。さて、マロがあんなになってるのについて心当たりが無いのだがとりあえずは話を聞いてみるか。

 

「おい、マロどうした?」

 

「……………ヒック。おじゃ、ヒック…ハク殿、ハク殿~~!!!」

 

 自分が声を掛けるとマロはしばらく反応しなかったが、自分に気がつくと子供のように泣きじゃくりながら自分に縋りついてきた。とりあえず落ち着かせない事には話もできなさそうだし一旦マロに声を掛けながら宥める事にする。同時に女性と少女にも声を掛けて落ち着かせようと試みる。

 

 根気良く声を掛け続けるとマロと連れと思われる女性達も落ち着いた為、自分の前に腰を下ろすように促す。マロは素直に従がい自分の前に腰を下ろした。女性達は戸惑ったようにこちらを見てくるがマロが腰を下ろしたのを見てから腰を下ろす。

 改めて二人を観察してみると女性は質素ながらも気品のある佇まいで、マロとは顔のつくりが似ているように見える事から、マロの縁者だろう。年のころから考えるに母と言ったところだろうか。少女の方は整った顔立ちながらも丸い眉がマロとのつながりを感じさせる、こちらは妹と言ったところだろうか。

 自分がそう思いながら何と声を掛けようかと思っていると、そのタイミングで部屋の外から声を掛けられる。

 

「……ハクさま、入っても宜しいですか?」

 

「ああ、ルルティエか。入ってくれ」

 

 さっきキウルに呼びに行かせたルルティエが失礼しますと言いつつ部屋に入ってくる。その手には湯気の上がる湯のみの乗ったお盆が握られており、ルルティエは自分の達が挟むようにして座っていた机に盆を置くと湯のみを皆に配り始めた。

 

「粗茶ですが……」

 

「忝いでおじゃるよ、ルルティエ殿。母上もロロも頂くといいでおじゃるよ。ルルティエ殿の淹れてくれたお茶は絶品でおじゃる」

 

「……あ、ありがとうございます、マロロさま」

 

 ルルティエはお茶を配り終えた後、そう言うマロにお礼を言いながら自分の隣に腰を下ろした。マロのその家族と思われる二人は湯のみを手に取りお茶を飲むと、一心地付いた様子で先程よりも少し落ち着いたようだ。

 

「……こんな夜分に押しかけ申し訳ありません。私はマロロの母、マロンと申します。こちらは娘のロロ……ルルティエ様でしたか?こんな美味しいお茶をありがとうございます。私もロロもお陰で一息つく事が出来ました」

 

「……ありがと、ねぇちゃ」

 

 マロの母だという女性――マロンさんは自分とルルティエを見るとそう言って軽く頭を下げてくる。それに続くように少女――ロロもルルティエにお礼を言った。ルルティエがそれにお気になさらずと返すのを聞きながらとりあえずはマロにこんな時間訪ねてきた理由を聞く事にした。マロロも最初より随分と落ち着いた様子で話をするのは問題ないだろうしな。

 

「で、いったい何があった?おまえがそこまで取り乱すなんて、よっぽどの事があったんだとは思うが……」

 

「……うえに………でおじゃ」

 

「……ん、今なんて?」

 

 マロが自分の問いに答え、何か言ったようなのだが聞き取れなかった為、聞き返す。すると今度は小さく消沈した声ながらもしっかりとした声が聞こえた。

 

「……おじい様と父上に勘当されたでおじゃる」

 

「は!?待て急になんでそんな事になった」

 

 “祖父と父に勘当された”その言葉に自分は耳を疑う。借金を重ねていている親族に愚痴を吐き続けていたマロだが家族との仲は良好だったはずだ。だからこそ自分も一度ちゃんと話をしてみるように言ったのだ。……もしかしてそれが原因なのか?マロがそう話しているのを聞きながら、マロンさんも沈痛な表情を浮かべる。

 

「……今日、前にハク殿の勧めてくれた通りに家族と一度きちんと話してみたでおじゃるが……」

 

 マロの説明はこうだった。前に自分が助言した通り、借金の事に着いて家族にしっかりと話したそうなのだが、マロの祖父と父は聞く耳も持たずに最後には激怒し、マロに勘当を言い渡したという。マロの話が正論だと判断したらしいマロンさんはマロを擁護し勘当を撤回させようとしたのだが、聞く耳を持ってもらえず、最後にはマロ同様に縁切りを言い渡され追い出されたとのことだった。ロロについてはマロの祖父と父が何を言ったところでマロンさんとマロから離れなかったらしく、最後には二人と一緒に行くことを認める代わりに縁切りされたとのことだった。

 そして家を追い出されて途方に暮れていた時に自分の顔が思い出され、マロは母と妹を連れて白楼閣(ここ)に向かう事にしたそうだ。そして馴染みのあるこの部屋に付いた事で気が緩み、勘当を言い渡された悔しさやら、遣る瀬無さやらが一気に押し寄せて来たらしく、家族と身を寄せ合うようにして泣いていたとのことだった。

 

 そして自分が部屋に来た状況を経て、今に至ると……。

 

「とりあえず、今日はここに泊まっていけ。布団なんかはあるからお前達が休むだけなら十分だろう」

 

「……ありがとうございます。ハク様」

 

「ありがと、にぃちゃ」

 

「忝いでおじゃるよ、ハク殿」

 

 自分に礼を言ってくるマロ一家に頭を上げるように言い、ルルティエに寝床の用意を頼む。マロンさんはそれを手伝うと言い、ルルティエと共に部屋の奥へと入っていき、ロロもそれを追って行った。自分は再びマロに向かい合うと、とりあえず確認をしておかなければならない事を話しておく。

 

「さて、そっちの事情は分かったが。マロ、今後何か当てはあるのか?」

 

「……正直見通しが立たないでおじゃる。仕事の方はマロは殿学士であるからしてどうとでもなるでおじゃる。しかし住まいについては……マロの家は没落したとは言っても名家、その家を勘当された者に家を売ったり、貸したりしてくれる者がいるかどうか……」

 

「そうか。一応ここにはいつまで居てもらっても構わん。ここの女将とは知り合いだが問題なく許可をくれると思うしな」

 

 住まいについて見通しが立たないというマロに、しばらくは仮宿としてここを使う事は問題ない事を伝えると“忝いでおじゃる”と言ってマロは頭を下げる。カルラさんならばこれぐらいの事であれば快く許可を出してくれるだろうからな。さて、あとはマロの今後についてだが……。

 

「入っても良いかいアンちゃん?」

 

「ああ、入ってくれ」

 

 良いタイミングでウコンが来てくれた。入室を促すとウコンはキウルを伴って部屋へと入って来て、自分とマロを一瞥すると自分の隣に腰を下ろした。マロの隣に腰を下ろすキウルに自分がウコンを連れて来てくれた事への礼を言うと小さく頷いてくれた。

 

「で、なにがあったんでぃ?」

 

 ウコンがそう聞いてくる。マロに説明させるのも忍びない為、自分が変わりに先程聞いた事を掻い摘んで説明した。ウコンは真面目な顔でそれを聞いていたが、やはり思うところはあるらしい。時折顔をしかめるようにしたり、マロに心配そうな視線を送ったりしていた。キウルも思うところがあるらしくなんとも不憫そうにマロを見ている。

 

「そうか……で、マロロ。おめぇさん、今後のあてはあんのかい?」

 

「ハク殿にも言ったでおじゃるが、仕事はどうとでもなるでおじゃる。見通しが立たないのは住まいでおじゃるな」

 

 ウコンも自分と同様の事が気になったのか同じ質問を向けるがマロの答えはもちろん変わらない。さて、どうするかね。一応案はあるがウコンとマロ次第か。とりあえず提案だけしてみるかね。

 

「そのことなんだが、ウコン、キウル。オシュトルは采配師を雇っていないんだったよな?」

 

「ああ、オシュトルの旦那は采配師は雇ってねぇな」

 

「はい、兄上は采配師は雇っていなかったはずです」

 

 ウコンとキウルが言った言葉に二人の同意さえあれば問題なく自分の案を実行できると確信する。

 ウコンは前にマロについて采配師として高い才を持っていると言っていた。しかしマロには家族がおり、その家族がオシュトルの足かせとなる可能性が高かったようで、話自体は持っていっていなかったみたいだが。

 しかし今は状況が違う。マロは実家との縁が切れている。唯一の懸念事項はマロの母親のマロンさんだが、先程の様子を見る限りは問題はなさそうだしな。マロは自分とウコンがそう話しているのを聞きながら、なんで自分がそんな事を言ったのか分からないのか不思議そうな顔をしている。

 

「……そうか、いまのマロロは実家との縁が切れてやがる。この状況ならマロロの実家がしゃしゃり出てきても無意味だし、マロン殿についてはあの家の者とは思えん位に出来たお方だからな、心配もいらねぇ。……よし、マロロ、おめぇオシュトルの旦那の采配師をやってくれねぇか?」

 

「……おじゃ?」

 

「あ……、そういう事ですか」

 

 ウコンはいち早く気がついたようだ。即断即決でマロを取り込みに掛る。キウルも気がついたらしい。マロの方は速すぎる展開に付いていけないようで首を傾げているが。

 

「要はだなマロ。今のお前の縁者はマロンさんとロロの二人だけだ。お前の実家がしゃしゃり出てきても、縁が切れた相手だから相手にする必要はない。そしてオシュトルの采配師という確固たる地位を得ることで、おまえが勘当されたっていう不名誉な事実は上書きされ寧ろ率先して家なんかも貸してくれるってことだ」

 

「……いいのでおじゃるか、ウコン殿?」

 

「いいも何も昔オシュトルの旦那が直々に頼んでた事じゃねぇかい。良いも悪いもネェと思うが?」

 

 自分の説明で現状を正確に理解したマロは、ウコンにそう尋ねる。もちろんウコンの返事は言うまでもない。もともとマロを見込んで采配師として迎えたいという思惑はあったようだし寧ろ願ったり叶ったりだろう。

 ウコンのその返事にマロは一度考え込むかのようにして目を閉じる。次に目を開けるとマロの顔は一人の漢のものになっていた。

 

「ウコン殿、そのお誘い謹んでお受けさせてもらうでおじゃるよ」

 

「おう。よろしく頼むぜマロロ」

 

 マロはそう言うとウコンと固く握手を交わす。やれやれなんとかなったみたいだな。ウコンと握手を終えると、マロは自分の方を見てきた、自分にも何か話があるのだろうか?

 

「今日はありがとうでおじゃるよ、ハク殿。それとお願いがあるでおじゃるが良いでおじゃるか?」

 

「何だ?言ってみろよ。とりあえず変な物でなければ聞いてやるぞ?」

 

「忝いでおじゃるよ、ハク殿。実は……」

 

 マロはそう言って、口を開くとお願いについて話始めた。

 マロの願いとは自身の母と妹をここで預かってくれないかという事だった。自分としては構わないのだが、どう言う事かと聞くと、実家からの干渉が考えられる為、腕も立つ自分達の傍に置いて欲しいという事だ。もちろん宿のお金はマロ持ちで、さらにマロの母のマロンさんは元文官の出で事務仕事などはできる為、手伝いをやって貰ってもいいとのことだった(マロが言うにはめちゃくちゃ優秀で、マロの家が借金で潰れるまでにいかなかったのもマロンさんの影響が大きいとの事だった)。加えてマロもここに宿を取るそうだ(資金に関してはオシュトル持ちという事になった)。

 マロのお願いについてはキウルもウコンも賛成だったようで、トントン拍子に話が進む。ウコンが言うには自身の配下としてマロが正式に采配師となる事で、あの二人に危険が及ぶ可能性もあるらしく、腕も人柄も信頼できる自分達に預けるのは賛成らしい。

 

「分かった。その方向で話してみる。一応皆に話してみんことには判らないんで確約はできんぞ」

 

「忝いでおじゃるよハク殿。やっぱりハク殿はマロの心の友でおじゃる」

 

 そう言うマロに苦笑を返し、今日のところはこのまま解散という事になった。マロ達には今日はこの部屋を貸すという事になっている為、そのまま置いて自分とルルティエ、キウルは自室に戻る。部屋に戻ると布団の中で幸せそうに眠るクオンの頭を一度撫でてから自分も隣に入りその日は就寝した。

 

 ちなみに次の日に皆に確認を取ったところ、満場一致でマロンさんとロロの件が了承されたのは言うまでもない。



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八柱将~七光りの男~

八柱将~七光りの男~

 

 

「ハク様、こちらの件なのですが……」

 

「ああ、それか。それは基本的にクオンの管轄だな。一応数件の薬屋と懇意にしていて……」

 

 マロの件から数日がたった。マロンさんとロロは自分達と共に元気に過ごしている。自分達の意見がまとまってすぐに話は伝え了承を貰えた。マロンさんにはその日から仕事を手伝って貰っている。ロロは最年少として皆にかわいがられ、毎日を楽しく過ごしているようだ。

 それにしてもマロンさんは本当に優秀だった。今まではウコンが受けてきた仕事をそのまま処理していたのだが、今はその後にマロンさんが依頼主と交渉を行ってから仕事に入るようになっており、ここ数日の平均の稼ぎはマロンさんの来る前の二割増しといったところだ。元文官というだけあり数字や財の運用にも明るく、ここ数日の仕事ぶりを見て自分達のお金の管理をマロンさんにこのまま任せようと思っているくらいだ。もちろん確認などは自分でもやるがな。

 

 

「ハク兄さま、いま大丈夫ですか?」

 

 マロンさんと隠密衆の財政状況や依頼について話していると詰め所にネコネが入ってくる。途中で合流したのかロロも一緒のようで、仲良く手を繋ぐ姿は姉妹を思わせて大変に微笑ましい。ロロはネコネの手を離すと自分にも挨拶をしマロンさんの元へと向かいネコネに遊んでもらったと報告を始めた。

 

「はくにぃちゃ、こにちわ。ははさま、ねこねぇちゃにあそんでもらった―――」

 

「あらあら、そうなの。ありがとうございます。ネコネ様」

 

「いえ、ロロは良い子にしてたですし。お安い御用なのです」

 

 そうして、話がひと段落したところでネコネに声を掛ける事にする。今日はオシュトルのところに定期連絡という形で行っていたみたいだし、そちらで何かあったのだろうか。

 

「ああ、こんにちわロロ。ネコネ何かあったか?一応ひと段落はしているから今からなら問題ないが」

 

「あ、ハク兄さま。報告に行った際にオシュトルさまが頼みたい事がある為、至急来てほしいと。一応来られるヒトは全員集めて欲しいとの事なのです。それとマロンさんとロロを二人で残していくのは問題がある可能性もあるだろうから、お二人も一緒にとの事でした」

 

「ああ、了解した。今日は皆仕事が無かったり早く終わったりで戻って来ているはずだし、声を掛けて行くとするか。マロンさん、お二人も一緒にとの事なんで準備を頼む」

 

「はい、分かりました。ロロお出かけするから準備しましょうか」

 

「あい!」

 

 ネコネが言うには至急の要件がありオシュトルが呼んでいるらしい。マロンさんとロロも一緒に、との事だった為二人が準備をしている間に皆に声を掛け、集まった段階でオシュトル邸に向かった。

 

 

 オシュトルの屋敷に着き、オシュトルの部屋を目指して歩く。そういえばオシュトルはこんな屋敷に住んでいるのに金は無いって言ってたな。実は借家的な物なのだろうか。少し疑問に思った為、ネコネに聞いてみる事にする。

 

「なぁネコネ。ここはかなり広い屋敷だよな?金はあまりないって言ってたし、ここって貸し与えられたものなのか?」

 

「そうですよ。兄さまは右近衛大将という地位相応に俸禄を貰っているですが、元は下級貴族の出ですから。流石にこんな大きい屋敷を買うような資金は無いのです」

 

「そういう事なら納得かな。この屋敷の調度品は質素……というかあんまりお金が掛っている感じでもないしね」

 

「そうやねぇ。ウチの実家なんかだと、仰山高い物も置いてあるし、それに比べればここは調度品なんかは少ないしお金も掛ってない感じやぇ」

 

「……わたしも右近衛大将を務める方の屋敷にしては、質素だな……と感じてましたので、納得です」

 

 ネコネの答えに自分が納得する中、クオンとアトゥイ、ルルティエがそんな話をする。キウルなんかはあまり分かっていないようで貴族としての家の格がなんとなく見える結果になったな。自分としては調度品の善し悪しなんかは分からんから、ただただ金が無いって言っていたので疑問に思っただけなのだが。しかし、なし崩し的に仲間になったアトゥイだが問題なく馴染んでいるようでなによりだ。

 マロンさんもこういうのには詳しいのか三人の話を聞きながらうんうんと頷いている。流石はマロのご母堂ってとこか。名家の元嫁さんの面目躍如と言ったところだろう。ロロは流石に分からないようで元の自身の家より大きい事に純粋に驚いているようだが。そんな風に考えながら歩いていたからだろう、廊下を曲がってきた男とぶつかってしまった。

 

「……っと悪い」

 

「いえ、こちらこそ失礼しました。少々考え事をしておりまして。それでは失礼します」

 

 男はそう言うと、自分に頭を下げてその場を後にした。しかしあの男どこかで……、クオンとルルティエも自分と同じように感じたのか首を傾げていた。赤い髪の糸目の男か……みた事がある気がするんだがどこだったか。

 

「今の……どこかであったこと無かったかな?」

 

「あ、クオンさまもですが?わたしも何処かで見た事があるような気が……」

 

「自分もだ。……ダメだ思い出せん。この屋敷ですれ違ったりでもしたかね」

 

 クオンもルルティエもどこかすっきりしないのか、思案顔だ。そんな風に考えていると目的地に着く。まぁ思い出せないんだし対して縁のある奴でもなかったんだろ。

 

「オシュトルさま。皆さんをお連れしたです」

 

「うむ、入ってくれ」

 

 ネコネの呼びかけに応えるオシュトルの声に従って部屋へと入り、思い思いの場所に腰を下ろす。オシュトルの横には先日から采配師として仕える事になったマロが座っていた。その姿を目にし、嬉しそうに頬を緩めるとマロンさんは別室へとロロと向かう。

 

「良く来てくれたな、楽にしてくれ」

 

 毅然とした態度と、静かな物腰。いつ見てもウコンと同一人物だとは思えん。しかし今回はなんだろうな?前みたいな厄介な依頼じゃないと良いんだが。オシュトルは自分達を見まわし、全員がそろっているのを確認すると口を開いた。

 

「話とはいうのは他でもない。貴公等も知っての通り、昨今、この城下にて賊の被害が頻発していてな。そこで、とある人物が自分の所の蔵が襲われることを懸念し、見張り番を増やしたいと依頼してきたのだ」

 

 確かに最近の城下では賊の被害が多発している。その賊が盗みに入るのはいわゆる金持ちや悪徳貴族と言われる輩で俗にいう義賊という奴だ。まぁ民衆の反応は微妙だがな。その義賊、盗みだした物を民衆に配って回っているのだが屋根の上から投げて回る為、家の屋根や壁なんかに大きな穴が開くのだ。しかも金塊なんかを投げたりすることもあり、換金する事も出来ずありがた迷惑なところもある。実際に助かっている民衆もいるみたいなので総評して評価は微妙に落ち着く。

 

「厠の掃除なんかよりはそれらしい依頼だな。ま、雑用という意味ではあんまり変わらない気もするが」

 

「此度の件、その人物たっての願いでな。本来ならこういった私的な依頼は受けないんだが、今度ばかりは例外とさせてもらう。なにせこちらにとって、好都合な話であるからな」

 

「と、いうと?」

 

 確かに個人からの依頼とはオシュトルらしくないように感じる。クオンの言うとおり理由は聞いておきたいな。

 

「依頼してきたのが八柱将の一人、デコポンポだからだ」

 

「あのデコポンポ……なのですか」

 

 八柱将というとヤマトの要となる八人の将軍だ。ヤマトの姫様の生誕祭の時に一度だけ遠巻きに見た事がある。デコポンポっていうと……あのまん丸に肥えてた男だな、確か。始めてみた時にこんな男がヤマトの頂点と言われる将軍の一人なのかと自分の目を疑ったものだ。確か二つ名は『七光りのデコポンポ』だったか。あの後に聞いた話だが父親は稀に見る傑物で、その父親が帝へと頼み込んで椅子に座った人物らしい。本人は愚物で、民からの評判も微妙、能力的にも微妙でその事から七光りと言われ始めたとの噂がある、だったと思う。

 八柱将について一応ネコネが再度説明してくれているが、自身の父親がそんなに偉かったとは知らなかったアトゥイがネコネに呆れられていた。

 

「で、まさか相手がお偉いさんだから特別に引き受けたってわけでもないんだろ?」

 

「なに、今回はそう言う事と取ってもらって構わぬよ」

 

「……はぁ、まぁいいさ。どうせやる事には変わりはないからな」

 

 一応、オシュトルに暗に真意は何だと聞いてみるが、奴は笑うだけで取り付く島がない。納得はいかんがいいだろう、やる事に変わりは無いんだろうし、ほどほどに頑張るだけさ。

 

「感謝する。マロロ説明を頼む」

 

「了解でおじゃ。今回の依頼でおじゃるが……」

 

 オシュトルは感謝の言葉を告げると、マロが今回の依頼内容についての詳細を説明し始めた。要約すると蔵の前に陣取って賊の侵入を防ぐという事だった。今夜マロンさんとロロはオシュトルの屋敷で預かってくれるという事だ。

 説明を聞き終えた後はマロンさんに一声だけかけて、ネコネの案内でデコポンポの屋敷へと向かい、門兵に話を通して中に入れてもらった。

 

「しっかし、豪華な屋敷だな。どんなあくどい事をしたらこんな屋敷に住めるんだか」

 

「そんなこと言ったら駄目だよ。こんな立派な御殿の主なんだもの、きっと立派な御仁に違いないかな」

 

「………」

 

 デコポンポの屋敷はオシュトルの屋敷とは比べ物にならないくらいに豪華絢爛だった。自分は素直に思った事を口にしたのだが、クオンは好意的な見方をしたようだ。クオンの後ろにいるネコネの目が泳ぎまくっている事を見ても、自分の考えで正解だと思うぞ。

 

「うぇ~、悪趣味な屋敷やぇ。目がちかちかするぇ」

 

「み、皆さん、いらっしゃったみたいですから」

 

 アトゥイも自分に近い意見のようだな。デコポンポがきたようであくどい事をしただの悪趣味だの言っていた自分達を窘めるようにキウルが声を掛けてくる。

 

 とりあえずデコポンポの第一印象は悪趣味でぶくぶくと肥えた、ふてぶてしい態度の小男だな。ある意味貴族らしい貴族って感じだ。側女を大量に引きつれて自分達の方に向かってくる男を確認しながらそんな事を思う。正直関わりあいになりたいタイプの男ではないが……依頼人だ我慢するかね。

 そのまま歩いてきたデコポンポは自分達の前にどしっと腰を下ろすと自分達に話かけてきた。

 

「おみゃあらが補充の者達にゃもか。儂がデコポンポにゃもよ」

 

 デコポンポの風貌に自分以外の全員が、“うわー”とでも言うような顔をしていたようだが、デコポンポは好意的に解釈したようでそのまま上機嫌に話を続けた。

 

「そう堅くならずともいいにゃも。我が輩のような高貴な者を前にして、緊張するのは分かるにゃもが。話は聞いておるだろうが、おみゃあらには蔵の番をしてもらうにゃもよ。最近都を騒がす賊どもの噂は耳にしておるにゃも。まったく小うるさい蝿にゃもよ―――――」

 

 デコポンポの話は要約するとこうだ。蔵が多すぎて人手が足りないから、自分達に依頼をしているということだ。そこまで説明するとデコポンポはこちらの返事も聞かず、来た時と同じようにのしのしと戻っていくが、まだ話ていない事があったのかこっちを振り返りクオンに声を掛ける。どうやら先程のクオンの言葉が聞こえていたらしく、調度品の自慢をしたかったらしい。“下々の者たちにも儂の偉大さが分かるにゃもな、にゃぷぷぷ”というとその場を後にした。

 

「下々のもの……」

 

「「………」」

 

「……ごめんハク。私が間違っていたみたいかな」

 

 流石にこのメンツを下々のもの扱いは無いんじゃなかろうかと思いつつ、指定された蔵の防衛についた。

 

 

 持ってきた盤上遊戯などをしながら蔵の前で過ごす。正直なところ今回の依頼はそんなに肩肘はるものでもないし、持って来ていたのだ。キウルは難色を示したがクオンのOKも出たし(むしろ率先して遊んでいる)問題は無いだろう。

 

 自分はアトゥイに誘われ将棋をしているところだ。自慢ではないが自分は将棋は弱い。実践ならなんとでもできるが定石を知っていないと難しい類のゲームはほとんどやった事が無い。アトゥイから始まり、クオン、ネコネと三連敗し今はルルティエと対局中だ。えっと、ここかね。

 

「あ、そこは歩を置いて足止めとかが定石かな」

 

「ハク兄さま、弱すぎるのですよ……」

 

「……あやや」

 

「えっと、すみません、桂馬いただきます」

 

 流石にクオンとネコネ、アトゥイはあきれ顔でそう言ってくる。ルルティエもちょっと掛ける言葉が無いのかすまなそうにそう言うと自分の桂馬を取る。いいんだよ、ほとんどやった事が無いし、駒の動かし方を知っているだけな状態だからな……まぁ、自分でもちょっとなさけないなとは思っているが。

 

「だぁぁ、なにやってんだよ、もどかしい!!そこは歩を置いて足止めするとかあるじゃんよ!ちょっとどけよ俺にやらせてみるじゃんよ」

 

 聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには先日捕まえたはずの賊の頭――モズヌが立っていた。というかまた逃げ出したのか。都の兵たちは何してんだ、まったく。皆も呆然として声が出ないようで固まってしまっていた。

 

「「「「「「……………」」」」」」

 

「あ、ヤベェ―――!?」

 

 モズヌも今の状況に気がついたのか、焦った声を上げる。これで三回目だしな、なんかこいつとは縁があんのかね。

 

「……ふむ、久方ぶりだな。してこの屋敷にどのようにして忍びこんだのだ?」

 

「……ヒィッ!!おめぇ等は―――ちっ、警備の奴らにも気がつかれたか。おい、野郎どもずらかるじゃんよ」

 

「待て――!」

 

 自分達が前に自身を捕縛した者たちだと気がつくと、モズヌは部下達を呼び一目散に逃げ始める。どうやら警備の者たちも気がついてこちらに向かってきているようだ。キウルが手に持った弓で賊に狙いを定めようとするも、もう背中は遠ざかっており、広大な庭の植木の中に消えて行った。よし、これで依頼は十分に果たしたはずだ。

 

「さて、警備に戻るぞ」

 

「え、えっとハクさま。追わなくてよろしいのですか?」

 

 ルルティエの言葉ももっともかもしれんが、それは依頼の範囲外だ。正直に言うとデコポンポの為に働く気にもならんし、最低限の仕事はしたのだ。もう放置しててもいいだろう。それにあいつらをまた自分達が捕まえると、都の兵たちの顔を潰す事になる。

 

「最低限の仕事は果たしているんだし、問題は無いだろうさ。それに今回もまた自分達が捕まえてしまうと、いよいよ帝都の兵たちの面目を潰してしまうからな」

 

「……そういう事でしたら」

 

「ですがハクさん、追跡だけなら行ってもいいのでは?」

 

 キウルはそう言うが、追うなら追うで構わんのだが、ここを離れるわけにもいかんし隊を二つに分ける必要がある。問題は無いと思うが相手は数も多いようだし、そんな危険は犯したくない。

 

「ここを放棄していくわけにもいかんし、隊を二つに分ける必要がある。正直皆のまとめ役としてそんな危険が増えるような話は容認しかねるんだよ」

 

「……そうですね。相手の数は多いようでしたし二つに分かれるべきではありませんね。わかりました。しかし、あのヒト達って先日の……」

 

「また、脱獄したみたいだね。確かにハクの言うとおりだし私達はここで大人しくしてようか」

 

 クオンがそう締めると皆は納得したのか各々警備に戻り始める。ルルティエも遊戯版を片付け一応周りを警戒し始めた。さすがに賊の襲撃(?)の後で遊ぶ気にもなれんし少しは真面目にやるかね。そんな風に考えていると警備の兵たちが駆けてくる音とのしのしとした感じの足音が聞こえた。これは……デコポンポかね。

 

「賊は何処にゃもーっ!?蔵は無事にゃもかーっ!?」

 

 手勢を引き連れたデコポンポは自分達に近づいてくると凄い勢いで自分に詰め寄り、そう聞いてくる。やれやれ、なんとも暑苦しい事で。まぁ、随分と欲深い男のようだし、財産が無事か気が気じゃないってとこかね。

 

「おみゃあら。早く質問にこたえるにゃも!」

 

「は、蔵の中身は問題なく。賊どもは撃退しましたが、逃走を図りました。自分達は逃走した賊の捕縛よりも蔵を護る事を最優先と考えここに残った次第です」

 

「逃がしたなにゃもか!?」

 

「いえ、逃げた賊どもが囮であり、自分達が離れた隙に蔵を襲撃する可能性がありましたので。お陰で蔵はこの通り無事です」

 

「にゃももぉ……とりあえずは褒めてやるにゃも」

 

 デコポンポは完全に納得したわけではないだろうがそう言うと、財産を確認するためだろう、蔵の中へと入って行った。ネコネがその後ろ姿を見ながら眉をしかめ、小さな声で自分達にだけ聞こえる声量で呟く。

 

「あれが、兄さまと同じヤマトの将ですか……」

 

「仕方がないかな。ヒトが皆、オシュトルのようにはなれないから」

 

『一大事でありますぞ~』

 

 そんな風に話していると、ひげを生やした背の高い厳つい風貌の男がデコポンポに近づきなにやら報告をすると、デコポンポは慌てた様子で何処かへと走っていった。

 

「何だったんでしょう?」

 

「さてな……さて、自分達は蔵の見張りを続けるとしようか」

 

 その後は何もなく終わり交代の人員に見張りを引き継いで任務は終了。自分達は報告をしにオシュトルの屋敷へと戻ったのだった。

 

 

「さて、皆よく役目を果たしてくれた。怪我は無いな?」

 

「ハイです」

 

「で、オシュトル。そろそろ、今回の依頼の裏にあった事情、教えてくれるんだろ?」

 

「えっ……」

 

「それは私もちょっと気になっていたかな」

 

 オシュトルの屋敷へと戻り、今回の依頼の成功を報告する。ルルティエやキウル、アトゥイなんかは気がついて無かったみたいだが、どう考えても今回の依頼には裏があるし、そろそろ種明かしをしてもらってもいい頃合いだろう。

 

「裏……ですか?」

 

「気がついていたか」

 

「なに、あれだけ色々と臭わされればな。なんとなくだが裏があるだろう事くらいは察しが付く」

 

「……そうだな、話しておくか。これは今後にも関わる事である故な」

 

 オシュトルは自分の言葉を聞き、楽しそうに口角を上げると今回の依頼の裏の事情について話始めた。

 今回の依頼人であるデコポンポには禁制品を隠しもっている疑惑があったらしい。どうもあの男、悪知恵は回るようで取り締まりなんかをのらりくらりとかわしシッポは今まで見せなかった。それで今回の件らしい。自分達が護っていたのとは別の蔵に

賊が侵入し、衛兵が調べてみたところ禁制の品が蔵から出てきて、いま都はちょっとした騒ぎになっているそうだ。いかに八柱将といえども物がものだけになんらかの沙汰は免れないみたいだ。自分達は囮だった、ということらしい。となると、自分達が護っていた蔵に来た連中もオシュトルの差し金なのか?あんな奴らを使うとは思えんが一応聞いておくか。

 

「で、自分達が護っていた蔵を襲ってきた連中もおまえの差し金なのか?」

 

「それは少し違います」

 

 背後に突然現れたその声に、オシュトルと自分、それにクオンを除いた面々が身を強張らせる。これは先程から近くにあった気配だ。オシュトルが気が付いていないとも思えんかったし、そのまま話し始めたのでオシュトルの配下かと思って放置してたがあたりだったか。

 

「あれは我らの仲間ではなく、情報を流して誘導した者達です」

 

「ふぅん。顔は良い男やけど、なんだかあんまり面白そうじゃない男やなぁ」

 

「これは手厳しい」

 

 声を掛けた男の顔を見て思い出す。先日すれ違った時にもどこかで会った気がすると思ったが、こいつノスリの弟か。名は……確かオウギと言ったかね。

 

「紹介しておこう。この者の名はオウギ。いま巷を騒がせている義賊のものだ」

 

「オシュトルさんとは、よくよく利害が一致しまして。こうして協力し合っているんです」

 

 オウギはオシュトルの言葉に付け加えるようにそういうと、帳簿のようなものを取り出しひらひらさせる。なるほどね、いままでの話から推測するにそれが今回デコポンポが禁制品を扱っていた証拠になるものってとこか。

 

「それが目的のものか」

 

「御明察です。いわゆる裏帳簿といわれるものですね。いや、随分楽な仕事でした、ご協力感謝します」

 

 自分達の話を聞いているキウルが兄上が賊と手を……とか言っているし、ネコネも愕然とした顔をしている。さすがにこの二人には知らせていない事柄だったか。

 オシュトルはそんな二人の様子に気がついたようで説明するように言葉を発した。

 

「ヒトに表と裏があるように、この帝都にも表と裏がある。秩序とは、その双方に安寧をもたらしてこそ盤石足り得るのだ。彼らは賊といえども悪漢ではない。某の手の届かぬ、帝都の裏を知る者たちだ。立場は違えど志を同じくしていると某は思っている」

 

「そんな大それた者ではないんですけれどもね」

 

「だが間違ってはいまい?」

 

 要は自分達の同輩ってところかね。まぁ、頭であるノスリの様子を見る限り悪い奴らじゃないってのは分かるし、自分としては構わんが。

 

「しかし、これだけは言っておかねばいけませんね。我々は持ちつ持たれつ、どちらが上というわけではありません」

 

「うむ」

 

 オウギの言葉にオシュトルが頷く。まぁ正直でなにより、おべっか使う相手なんかよりよっぽど信用できる。

 

「まぁ、そういうことなら納得だな」

 

「ハクさん……」

 

「そう固く考えるなって。悪党を懲らしめる為には、時には小狡い手を使わなくちゃならん時もあるって話だ。それにキウル、お前はエンナカムイの次期皇なんだろ?偉くなるとそういう清濁併せのむってのも必要になるって事だけ覚えておけ」

 

「……そうですね。わかりました」

 

 キウルは今回の話にあまり感情的には納得がいっていないみたいだが、必要な事は理解できるのか、自分の言葉にしぶしぶとした様子で同意を返してくる。キウルはそれでいい。そもそも、こんな手は使わないにこしたことは無い。だが、いつか國の皇として立つのなら、こういう事が必要な事もあるのだと知っておくのは悪い事ではないだろう。

 

「では、これが御約束のモノになります」

 

「確かに受け取った。ほぅ……これは食いでのありそうな輩が並んでいる」

 

「手を打つのならばなるべく急ぐ事をお勧めします。さもなくば姉が駆けることとなりますので。ご了承のほどを」

 

 例の物を受け取ったオシュトルが好戦的な雰囲気をわずかに醸しつつそう声を上げる。しかしオウギがいってる姉ってのはノスリの事か。確かにあいつは曲がった事は嫌いそうだったし、今みたいなのを聞いたら飛んできそうな印象はあるな。

 

「出来ればそれまでの間、足止めをしてもらいたいものだがな」

 

「御冗談を。姉上を止めるなど、そのようなこと僕にはできません。姉上は自由に駆けてこそ輝くのですから」

 

 それと賊討伐の時から思っていたのだが、こいつはノスリの事が好きすぎないだろうか?いや兄弟仲がいいのは何よりなんだがな。

 

「ああ、そうそう。この繋がりは、長である姉上の知らぬことなので、どうか御内密に。姉上が知ったら、朝廷に与するとは何事だと激怒するでしょうから」

 

「おいおい、いいのか?それ」

 

「いえいえ、姉上のあれは憧れへの裏返しですので問題ありません。姉上は素直じゃありませんから」

 

 “ですので姉上に偶然会う事になっても御内密にお願いします”そう言って、オウギは音もなく立ち去った。なんだか掴みどころのない奴だったな。

 

「ふっ、どうやらオウギに気に入られたらしいな。……いやなんでもない。これが此度の特別手当だ、収めて貰いたい」

 

「うん、確かにかな。えっと、今回の依頼の経費に、宿泊費、それにお茶代着物代を引いてっと。はいハクお小遣いね」

 

「いや、クオン別に良いんだが、できれば皆の前ではやめてくれ。……なんかこっぱずかしい」

 

「はいはい、でももう今更な気もするかな」

 

 いや、皆のまえでも散々いちゃついたり、今みたいなやりとりもしてるのは確かだがな。しかし今はこんなことをしてたら突っ込んできそうな奴が今傍に……

 

「おに~さん、尻にしかれてるんやねぇ」

 

「ほっとけ!」

 

 そのあと散々アトゥイにいじり倒された。



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出会いにして再会8~ヤマトの皇女/左の近衛大将~

出会いにして再会8~ヤマトの皇女/左の近衛大将~

 

 

『あ……また部屋を散らかしたまま。食器も洗わないまま……もう、レーションばっかり食べて』

 

 懐かしい夢をみた、まだ自分がハクになる前のこと。自分が、―――だった時の記憶だ。

 

『待ってて、すぐにごはんの支度をしますから。今日はちゃんとした料理を食べさせてあげるわね』

 

 この時は……そう、しばらく連絡をよこさなかった自分を兄さんが心配して、姉さん達を自分のところによこした時の記憶だ。だったら……

 

『やっほ~、おじちゃん、来て上げたよ~。ふふ~ん、喜んでよね。今日はおじちゃんの為に、大好きなカレーを作ってあげるんだから』

 

 ちぃちゃんもいたんだよな。兄貴の娘で自分の姪っ子。なんだかんだ自分に懐いていて、少々邪険にしながらも可愛がっていた記憶がある。なんだかんだ自分もちぃちゃんの作ってくれたカレーは好きで……

 

『ハク、ハク……起きるかな。もう……』

 

 ああ、クオンだ。そうかもうそんな時間か。姉さん、ちいちゃん、現実ではもう会う事は叶わないけれど夢の中であえて嬉しかったよ。

 

 

「ハク、起きるかな。もうそろそろ朝食の時間だよ」

 

「……おはよう、クオン」

 

 クオンの声に目が覚める。夢の中でもう会えないヒト達の事を見たせいか、無性にクオンがここに居る事を確認したくなって、クオンの手をぎゅっとにぎる。

 

「ハク?なにかあった?」

 

「いや、昔の……それこそお前が自分を見つけて起こしてくれたのより前の夢を見てな。それで無性にクオンがちゃんとここに居るか確かめたくなった」

 

「そっか……。大丈夫、私はちゃんとハクの傍に居るかな」

 

「ああ、分かってる。ありがとな、クオン」

 

 そう言ってから体を起こし、クオンを抱きしめ軽くキスをする。最近の朝はいつもこんな感じだ。前はフォウに呆れるような視線を向けられている様な気もしていたが、最近のフォウは反応さえしなくなっている。

 その後は着替えを終え、詰め所に向かって皆と朝食をとる。朝食はいつもクオンとルルティエの合作だ。最近では白楼閣で働くヒト達も慣れてきたのか許可を取らずとも厨房を使わせてくれるという話だ。なんだかんだ自分もルルティエとお菓子の開発なんかをするときに使っているし、試作品を食べて貰っていたりすることもありそれ相応に仲良くなっている。

 今日は皆仕事もなく、各々自由に過ごす事になっている。女性陣は買い物に向かうらしく朝食を食べると出て行った。キウルは今日はオシュトルが非番である為、稽古を付けてくれるそうでそちらに向かうそうだ。自分はどうするかね……そういえばあの薬屋にあれから顔を出してないし、散歩がてら少し出かけてみるか。フォウは女性陣に着いていったし、久々に完全に一人だな。よし、手土産にこの前ルルティエと共に再現したシュークリームもどき(シュウと名付けた)でも作って持っていくか。

 

 

「ちょっと、遅くなっちまったな。もう昼時だし、飯を食ってからにするか」

 

 そう言いつつ、屋台に足を向ける事にする。いつもの串焼きの屋台に行ってみると、身なりのいい衣装を着た少女が店主と話しているようだった。

 

「これはなんじゃ?」

 

「おうそれはウシ(ベルコ)のハラミを使った串焼きだな。食うかい嬢ちゃん」

 

「うむ、食べてみたいのじゃ」

 

 そう言ったあとはあれもこれもと合計で二十本くらいの串焼きを食べたようだ、そして少女は金も払わずに立ち去ろうとする。店主と金を払う払わないという話をしているのを見かねて自分が声を掛けた。

 

「どうしたんだ店主?っと、とりあえず適当に五本串焼きをくれ」

 

「あ、ハクの旦那ですかい。っと五本ですね、すぐ焼きやすから。いやそこのお嬢ちゃんが物は食ったのに金は無いとか言うもんだからこっちとしても困ってまして……」

 

「むぅ、余はその者がくれるというから貰ったのであって、金が掛るなどとは聞いておらぬのじゃ」

 

 そこで自分は初めて、貴族らしきその少女の顔を見る事が出来た。顔立ちは整っていて十分に美少女、雰囲気は尊大ながらも無邪気さを感じさせ子供らしさが垣間見えていた。なにより驚いたのはその顔だ。

 今はもう会えない自分の姪っ子――ちぃちゃんに瓜二つの顔がそこにはあった。正直キウル達と会った時と同じような感情を感じているがそれがちぃちゃんに似た少女だったからそう感じたのか、前にも自分と関わりが合ったのかは分からない。その顔を見た事と自分の今の心境に少女が他人に思えなくなってしまった自分は、少女が食った分の代金も払ってやる事にして自分の分の串焼きを受け取る。屋台を少し離れると助けられた事は分かったのだろう、少女も自分の後をついて来ていた。

 

「ふぅ、まったく助かったぞ、ええと……」

 

「ハクだ。自分はハク。あんたは?」

 

「うむ、助かったぞハク。あの店主しつこくてのぉ……。余はアンジ……アンなのじゃ」

 

 少女は店主への愚痴をぶつぶつまだ言っていたが自分にアンと名乗る。しかしこの背丈と顔以外の印象、それにさっきアンと名乗る前に言いかけた名前らしきもの……もしかしてこいつ、実は姫殿下ってことはないよな?

 そんな大層な身分のヒトがこんなとこを護衛も付けずに歩いているわけが……。そこまで考えて自分の仲間達を思い出す。

 トゥスクルの皇女に、エンナカムイの皇子、クジュウリの姫に、シャッホロの姫。どいつもこいつも身分が高いくせに街に馴染みまくっている面々を思い出すとさっきの想像があながち間違いではなかったように思えてくるから不思議だ。……一応、かま掛けてみるか?

 

「アンか……。しかし、ヤマトの姫殿下ともあろう御方が護衛も付けずに街に何をしに来られたのだ?」

 

「む、その言葉づかいは好かぬから、元のように話すと良い。少し民の暮らしというものに興味があって抜け出してきたのじゃ。決して勉強が嫌だからではないぞ」

 

「……大体分かったが、皇女なのは秘密なんじゃないのか?いいのか、隠さなくて」

 

 自分がかまを掛けてみると見事に引っかかって自分の正体を明かす皇女アンジュ。流石に頭が痛くなって隠さなくて良いのかと助言してみると、油の切れた機械のような動きで自分の方を見てきた。正直表情は引きつっているし動きもぎこちないしで動揺しているのがばればれなんだが。

 

「な、何を言っておるのだ?よ、余は決してアンジュなどという、も、者ではなく、ア、アンという者じゃが」

 

「いや、今更誤魔化しても遅いからな。はぁ、分かったアン。とりあえず今はこう呼ぶ、流石に街中で皇女さまと呼ぶわけにもいかんしな」

 

 わ、分かればよいと言いながら皇女さんは安堵のため息を吐く。で、今の対応で自分に危険は無いと判断したのか知らんが今から都を案内しろなどと言ってきた。自分は行くところがあると言うと、じゃあそこの後でもいいと言うので、皇女さんをつれてあの薬屋に向かう。

 

「おおい、ばあさんいるか?」

 

 店に入りばあさんを呼ぶと店の奥の方からばあさんが出てきた。向こうも自分の事を覚えていたようで、笑顔で出迎えてくれる。

 

「ああ、あんたはハクさんだったね、いらっしゃい。あら、今日は別の彼女を連れているのかい?」

 

「勘弁してくれ。自分はクオン一筋だよ。この子は……とある豪族の子で今日は都の案内を頼まれてな」

 

「アンなのじゃ。よろしく頼むぞ」

 

 ばあさんはそういってからかってくるので一応否定の言葉を返しておく。アンジュは自己紹介をすると興味深そうに店の中を見渡し始めた。

 

「ほれ、ばあさん。前に言ってた通り土産を持って来たぞ」

 

「あらあら、すまないねぇ。待ってておくれ、今お茶を淹れるからねぇ」

 

 自分がシュウの入った袋を渡すと、ばあさんは奥へと戻って、三人分の茶を入れてくる。ばあさんが座ると良いといってきたので自分とアンもばあさんが座るカウンター奥の板張りの床部分に腰を下ろした。

 ばあさんは皿に自分の持ってきたシュウを載せてお茶請けとしてだしてきた。当たり前だがみた事のないお菓子だったのだろう、アンジュが疑問の声を上げる。

 

「なんじゃこれは?余も見た事のない菓子じゃが」

 

「ふむ、私も見た事のない菓子だねぇ」

 

「ま、そうだろうな。最近仲間と開発した菓子でな。仲間や宿のヒトには好評だったんだぞ?とりあえず、まずは食ってみてくれ」

 

「むぅ、まずかったら打ち首にしてやるからの、ハク」

 

 アンジュは物騒な言葉を吐くが、いつまでそう言っていられるかね。このシュウは自分とルルティエが共同で開発した自信作で、今まであった甘味とは一線を画する甘さを持つお菓子だ。正直よっぽどの甘味嫌いでもなければ美味いと言わせる自信がある。

 アンジュはシュウを手にとって一口食べると目を見開き、そのまま全部食べてしまう。口に合ったようでなによりだな。

 

「これは……!ハク、この菓子はもっとないのか!?」

 

「あむっ、うん、うまい。一応六つほど持って来ていたからまだあるはずだぞ。ばあさんへの土産にだからばあさんが良いって言うなら食ってもいいぞ」

 

「あらあら、それならあと三つ程あるからお食べ。それにしても美味しい菓子だねぇ」

 

「ありがとうなのじゃ」

 

 ばあさんがシュウの味に顔をほころばせながらそう言うので、アンジュは遠慮など欠片も見せることなく味わうようにシュウを食べる。ばあさんの口にもあったようでなによりだよ。シュウを茶菓子にしながらばあさんが淹れてくれた茶を楽しむ。やっぱりこれは美味いな。ばさんから貰った茶葉はまだ飲んでないんだが、帰ったらルルティエに淹れて貰うとしよう。

 

「しかし、ホントに来てくれるなんて思ってなかったよ」

 

「なんだ?自分がそんなに薄情なヒトに見えるか。なんだかんだ、ばあさんの事は気に入っているんだ。ばあさんが嫌だと言わない限りたまに顔は出すさ」

 

「……そうかい。今度はクオンさんも連れてきておくれ。あの子の為にとっておきの薬草を仕入れておくからね」

 

「あむ。なんじゃ、そのクオンと言うのはハクの良いヒトなのか?」

 

 自分とばあさんがそんな風に話していると、二つ目のシュウを食べ終わったアンジュが純粋に疑問に思ったのかそう聞いてくる。……なんかアンジュに聞かれるとちいちゃんに聞かれてるみたいで調子が狂う。ま、隠す事でもないか。

 

「ああ、自分の恋人だ。薬師をしていてな、その縁でこの店を訪れたんだ」

 

「ふ~ん、そうなのか。しかしこのシュウはうまいのぉ。し――実家でも食べた事が無いくらいにうまいのじゃ。のうハク、また今度作って余に馳走するのじゃ」

 

「あ~機会があったらな」

 

「うむ、約束じゃぞ」

 

 その後はしばらくばあさんとアンジュと世間話をしながら時間を潰す。流石に時間的にもまずいのかアンジュがそわそわし始めたので、ばあさんに挨拶をして店を後にした。

 

「さて、アン。もうそろそろ帰らないとまずいんじゃないのか?」

 

「むぅ、結局ほとんど案内してもらえていないが……まぁ楽しかったし、よしとするかの。店主も良いヒトじゃったし、菓子も美味かった。仕方ないが帰るとするのじゃ」

 

 アンジュがそう言う為、自分もアンジュを送っていく事にする。二人で歩いているとアンジュは門の近くに差し掛かる所で足を止めたのでどうしたのかと思い見てみると、アンジュは何処となく寂しそうな表情をしながら門の方を見ていた。

 

「この門の向こうはどうなっておるのかのぅ」

 

「そりゃ、道が続いていてその先には街があって、もっと行けば山や海なんかもあるんじゃないか」

 

 アンジュがそう尋ねてくるため、そう答えを返すと“いつか見てみたいものじゃな”と寂しそうに返してくる。アンジュは都から外には出た事が無いらしく、外には憧れのようなものがあるらしかった。そう話す様子はまるで籠の中の鳥を思わせて自分も何とかしてやりたくなるが自分程度が何かできるわけもなく、アンジュの話をただ聞き、質問に答えていく。

 

「そうか、ありがとうなのじゃ、ハク。聖廟にもお主と同じように余にいろいろと話してくれる者がおっての。その者……オシュトルもよく余にいろんな話をしてくれるのじゃ。都の外の話だったり、民達の様子、オシュトルの解決した騒動じゃったりといろいろと……」

 

「そうか……。そのオシュトルってのは右近衛大将の事で良いんだよな?」

 

「うむ、余の忠臣、右近衛大将オシュトルのことじゃ」

 

 自分の話しに驚いたり喜んだりしながら話を聞いて来たアンジュは、話がひと段落するとそう言ってオシュトルの事を話してくる。自分が知るオシュトルの事で間違い無いようで、なんやかんや気にかけている様子が頭に浮かんで笑みがこぼれた。

 

「じゃが最近は余に構ってくれなくての……」

 

「ま、右近衛大将ともなれば忙しいんだろうさ。最近はお前さんの生誕祭なんかもあったしな。落ち着いたらまた以前のように戻るさ」

 

 オシュトルが最近構ってくれなくて寂しいというアンジュにそう声を掛ける。アンジュは不安そうに自分を見上げてくるので思わずその頭を撫でる。ちょっとまずかったかとも思ったが、アンジュが拒否しなかった為そのままにして言葉を続けた。

 

「そう心配すんな。それこそなんの理由もなくお前を避けるようだったら、自分が行って殴って来てやるからな」

 

「ぷっ、ハクじゃ返り討ちにあうのが関の山なのじゃ。しかし礼を言うぞ、ハクよ」

 

 そう言いつつ自分が撫でるのに身を任せ気持ちよさそうにするアンジュを促すと、都の中心へ向けて歩みを再開する。歩いている間は無言だったがそんなに嫌な沈黙ではなかった。

 

「のう、ハク」

 

「ん、なんだ?」

 

 歩きながらそう言うアンジュに声を返す。アンジュは自分の方を見ているわけではなかった為、自分も前を向き歩きながらアンジュの答えを待った。

 

「其方、余に仕える気はないか?余の本当の身分を知ってもなお、其方のように接してくれる者は今まで居らんかった。余の周りの者たちに言わせれば無礼者とでもいいそうじゃが、余としては実に小気味いい。それにの、其方がいると毎日が楽しそうじゃからの」

 

「それは光栄だな。しかし、宮中なんて肩肘はらんといけない場所で自分が働けるとも思わんし……実に魅力的な提案ではあるが断らせてくれ」

 

「そうか……。ま、ハクが宮中に仕えていても、皆から怒られているところしか想像できんししょうが無いかの」

 

 アンジュは何でもないかの様にそう言って少しだけ歩く速度を速める。その横顔が何処となく寂しそうに見えたが自分にはどうする事もできんしな。

 しばらく歩くと聖廟へと続く道を塞ぐ門の近くに着いた。流石に自分はこれ以上先には進めんし、送るのはここまでだな。

 

「自分はここまでだな、じゃアン、気を付けて帰るんだぞ」

 

「うむ、今日は楽しかったのじゃ。ではハク、また(・・)の!」

 

 アンジュは自分の言葉にそう返すと、門の方へと駆けて行く。そう言えばよく考えずにアンジュと一緒に歩いてたが、一つ間違えると皇女誘拐の容疑でも掛けられたんじゃなかろうか。随分危ない橋を渡ってたんだなぁ自分は。ま、都の民はアンジュの顔も知らんはずだし大丈夫か。

 そう思いつつ、特に用事もなかった為、その後自分は白楼閣へと戻ったのだった。

 

 

 次の日、自分はオシュトルの頼みでネコネの付きそいをしている。奴の同輩に書状を届けるのをネコネに頼んだららしいのだが、自分はその付添いを頼まれたのだ。しかし隣を歩くネコネの表情が硬いな。今から行くところに少し不安があるのだろうか?なにせ今向かっているのはオシュトルと共にヤマトの双璧とうたわれる人物、左近衛大将ミカヅチの屋敷なのだから。

 生誕祭の時に遠目に見た事があるが、厳つい面をしたなんとも子供が恐がりそうな大男で、ネコネが恐がるのも分かると言うものだが。少しでもネコネの不安が和らぐようにと思いその手を握る。するとネコネは不思議そうにこちらを見上げてきた。

 

「ハク兄さま?」

 

「なに、最近はネコネとこんな風に二人で歩くことも減ったと思ってな。自分が手を繋ぎたくなったんだが、だめだったか?」

 

「……いいえ、そんなこと無いのですよ。ありがとうです」

 

 自分がそう答えると、ネコネは少し安心したように笑ってくれる。そうそうネコネはやっぱりそうじゃなくっちゃな。暗い顔なんか似合わないってもんだ。そのまま目的地まで取りとめのない事を話しながらネコネと歩く。しばらく歩くと目的地の屋敷に近づいてきたのでどちらともなく手を離した。

 

 門兵にオシュトルからの使いであると用向きを告げると、調練場で左近衛大将が待っているとの事で、そのまま中へと案内される。屋敷の造りはオシュトルの屋敷と同じ物のようだ。ただこちらの方が武張っている感じというか、なんだか物物しい感じだが。ネコネの話によるとミカヅチは武を重んじる人物のようだし、そのせいだろうか。

 

「一之型、始めッ!!」

 

『応ッ!!』

 

 そんな声が聞こえてきたのでそちらを見れば、広い敷地で槍を並べた兵たちが号令に合わせ得物を振り上げ、突き出し、一糸乱れず同じ型を繰り返していた。オシュトルの配下も統率がとれていたが、ここまで一糸乱れぬ型は見た事が無い。それを見ていると号令をかけていた男―――左近衛大将ミカヅチが訓練の中断を告げてからこちらへ向かってくる。

 ミカヅチはネコネの姿を見るとニィっと口を左右に吊り上げると、次に自分の姿を見るとこちらに何かを放り投げる。思わずそれを掴むとそれは何故か木刀だった。どういう事かとミカヅチを見ると、奴も自分と同じ物を持っているようだ。なんかこの展開はウコンと模擬戦をした時の事を思い出すんだが……。

 

「ネコネか、久しいな。それとそこの男、オシュトルから聞いているぞ。キサマ結構な使い手であるそうではないか。少し付き合え」

 

 そう言うとミカヅチは先程兵たちが修練していた場所の真ん中へ歩いて行き自分に視線をよこす。兵たちは心得ているかの様に中心部に十分なスペースをあけると直立不動でその場に立った。

 

「……ええっとこれはどういう流れだ?」

 

「……ミカヅチさまが稽古を付けてくれるみたいなのです。逃げようとしても……この状況だと無駄なのですよ。頑張ってくださいなのですハク兄さま」

 

 ネコネに一抹の希望を掛けて声を掛けてみるも、どうしようもないらしい。自分は溜息を一つ吐くとミカヅチの前まで歩いていき木刀を構える。正直威圧感が凄い。ここまでの威圧を受けたのはウコンと模擬戦した時か、カルラさんにクオンとの関係を打ち明けた時くらいだろうか。……おかしい、なんだか普通の事のような気がしてきたぞ?絶対普通のことじゃないはずなのに。しかしこいつを前にすると自分の精神が高揚していくのが判る。まるで好敵手を前にしたかのように感情が高ぶるが、今は好都合だと思う事にする。

 

「ふん、ではいくぞ!」

 

 そう言った直後にはミカヅチの姿は自分の目の前にあり、手に持った木刀を振り上げて来ていた。そのまま振り下ろされた斬撃は受け流したが、その斬撃は重く速度はまさに雷光。ミカヅチという雷を連想させるその名前に恥じない速度だった。だが……反応は出来るな。周りの兵士達から感嘆の声が漏れ出ているが、それを見る余裕はない。少しでも気を抜けば一瞬で意識を刈り取られる。そんな予感があった。ミカヅチは一度自分から離れ、口元に楽しそうに笑みを浮かべこちらに言葉を投げてきた。

 

「ふん、奴が言うだけはある……と言う事か。これならば少し本気を出しても大丈夫だろう」

 

「……某としては遠慮したいところではあるが……」

 

「ふふ、まぁそう言うな。それ、いくぞ……ッ!」

 

 見失うかもしれんと思える程の速度でミカヅチが肉薄してくる。その斬撃をいなし、反らし、合わせながらなんとか食らい付いていく。流れ的にはウコンと模擬戦をした時の流れだが、あの時よりはこちらも成長している。ついていくことが可能だし防戦一方だがなんとか木刀を合わせる事は出来ていた。

 

「――ッ!!本当にでたらめなっ!」

 

「なに、それを防ぐ貴様も同じ事よなぁ!!」

 

 そう叫びあいながら剣を合わせる。正直こっちとしてはいっぱいいっぱいなのだが、向こうはとても楽しそうで口元に浮かぶ凶悪な笑みが深まっている。たく、近衛大将は二人ともバトルジャンキーかよ。さらに速度が上がる斬撃を受け流しながら冷静に観察しているのだが勝ち筋が見えない。……これがヤマトの双璧と呼ばれる男の実力か。

 

 そんな応酬だが、以外にも速く終幕は訪れる。自分達としてはまだまだやれたのだがな。

 

「くっ!」

 

「むっ!?」

 

 強く木刀を合わせたタイミングでお互いの木刀が折れる。

 ミカヅチは一度は離れ手に持つ折れた木刀を見ると戦意を納め、こちらに声を掛けてきた。

 

「ふん、此度はこれで仕舞いとしよう。お前たちは訓練を続けろ。俺は客人と話がある」

 

 そう言うと、ミカヅチは自分とネコネに付いて来いと言って、屋敷の中へと入っていく。兵たちは再度訓練を始めるが自分を見る視線には尊敬と畏れに似た感情が込められているようだった。ネコネが自分に近づいて来て心配そうに怪我が無いか聞いてくるのをなだめながらミカヅチの後を追って屋敷の方へ足を向けた。

 

「元気にしていたか。だが、相変わらず小さい。もっと喰って大きくなれ」

 

 執務室に自分達を招き入れたミカヅチは、自分達に座るように言うと自身も腰を下ろした。そしてネコネの方を見るとそう言って声を掛けてくる。言ってる事はまともなのに正直家畜にもっと肥えろと言っているようにしか聞こえん。しかし剣を合わせてみてなんとなく分かるのだがこの男、そんなに悪い男ではない。いまの言葉はその通りの意味なのだろう。見た目と声が合わさり、そう聞こえるのだけなのだ。難儀な奴だなと思い心の中で苦笑する。ネコネはどうしてもこの男の風貌に委縮してしまい、自分の背中に隠れてしまっている。

 

「……ネコネ、気持ちは分からんでもないが、ミカヅチ殿に失礼であろう」

 

「う、ううぅ~……」

 

 そう言っても自分の背中から隠れて出てこようとしないネコネに苦笑が浮かぶ。

 

「すみませぬ、ミカヅチ殿。ネコネは先程の貴殿の迫力に驚いているようで……」

 

「ヌゥ……」

 

 ネコネの態度が気に障ったかのようにミカヅチの目が――スゥと細まる。ネコネがその様子にまた悲鳴を上げるが、自分にはなんとなく……そう、なんとなくだがミカヅチがただネコネの態度に傷ついたのだろうなと思った。本気で難儀な男だ。

 

「こ、恐くないのです。あ、あ、あなたなんか恐くないのです」

 

 そう言って(自分の背中に隠れながら)威嚇するようにジャブ(ネコパンチ)をするネコネに、ミカヅチがニィッと口角を上げる。自分も、そうだよな今のネコネはかわいいよなとミカヅチに同意の視線を投げかけていた。

 

「ほぅ」

 

「や、やるですか?もう一度ハク兄さまが相手になるのです」

 

「ククッ、それもいいが今はオシュトルから預かってきたという物を受け取ろうか。ミルージュ、茶を」

 

 ミカヅチが部屋の外にそう声を掛ける。ヒトが動く気配がしたから多分部屋の外に侍従でも待機していたのだろう。自分は涙目のネコネから書簡を預かると、その書簡をミカヅチへと手渡した。

 

「ミカヅチ殿、オシュトルより預かりし書簡になります。お納めを」

 

「ふむ、預かろう」

 

「お茶になります」

 

 すぐに侍従が戻って来てミカヅチの前にお茶を置く。侍従――ミルージュは自分の前にもネコネと二人分で湯のみを置き、ごゆっくりと言い残し部屋を出て行った。ミカヅチは自分が手渡した書簡をそのまま置き読む気配はない。なにか返事があれば持ち帰らんといけないし読んで貰わんとな。

 

「……お読みになられないのですか?」

 

「読め、だと?」

 

「だ、だから、返事を兄さまに知らせないといけないですから、読んでくれないと困るのです……」

 

「ふむ……」

 

 ミカヅチはネコネの言葉を了承したのか書簡を読み始めたが、さっきの“読め、だと?”はなんだよ。迫力が半端じゃないんだよ。ネコネがさらに怯えるからもうちょっと考えてくれ。

 

「貴様、今はオシュトルの隠密として動いていると書かれているが……奴も面白い男を捕まえたものだな。先程も俺を楽しませてくれた事だし、その武勇、オシュトルの者でなければ俺が召し上げたかったところだ」

 

「はっ、そのお言葉、誠に嬉しく思いまする」

 

 嬲るような目つきでそう言ってくるミカヅチにそう返す。隠密衆のことは極力秘密だと思っていたが……もしかしてこの男もオシュトルとは協力関係にあるのか?ヤマトの双璧が手を組んでいるのなら心強いことこのうえないがな。自分の後ろでネコネが自分の服を強く握って引っ張って来ているが、そんなに心配するな、自分はオシュトルの隠密をやめる気はないから。そんな風にしているとその様子を見ていたミカヅチが楽しそうに声を上げた。

 

「……クックックッ、小娘が兄以外に懐くとはな。しかも(にい)さま呼びとくるか」

 

「な、懐っ……そ、そんなことはない……とは言わないですが……うなぁぁぁぁ!!」

 

 ネコネはミカヅチの言葉に恥ずかしさとミカヅチへの恐怖で限界が来たのか、叫び声を上げて部屋を出て行った。自分は苦笑をこぼすとミカヅチに向き直る。

 

「貴様……ハク、と言ったな。あの小娘、随分と貴様を慕っているようだ」

 

 ミカヅチはそう言うと目を閉じさらに言葉を続ける。

 

「俺にも昔、妹がいた。仲も特別悪くはなかった……オシュトルには万事了解したと伝えるがよい。それと……あの小娘のこと、任せる」

 

「は、了承いたしました。しかしネコネについては言われるまでも無き事、あの子は某にとってもかわいい妹でありますゆえ」

 

「……そうか」

 

 ミカヅチはそう言うとそれきり黙りこんでしまう。部屋に入ってきた先程の侍従に案内され、自分はミカヅチの屋敷を後にした。土産を持たされ屋敷を出る。ミカヅチと戦う事になったりもしたし、結構話している時間も長かった、随分と時間が経っているようだ。屋敷の先の通りで待っていたネコネの手を取ると帰路につくことにする。

 

「御苦労さまなのです。ハク兄さま……えっと、怒ってないですか?」

 

「ん、何がだ?ネコネはなんか悪い事をした自覚でもあるのか」

 

「えっと……ハク兄さまを置いて出てきてしまったですし、それにミカヅチ様の前でもあんな態度だったですし」

 

 そう言って落ち込んだように顔を下に向けるネコネの頭を、慰めるように撫でる。ネコネは、おそるおそるといった感じに顔を上げた。

 

「……ハク兄さま?」

 

「怒ってはないさ。確かにあの態度は戴けんかったが、あの男の威圧感のまえじゃな。まぁ、悪い男ではないようだし、ネコネもそんなに恐がってやるな。あの男、おまえの態度に少し傷ついていたみたいだしな」

 

「……すこし頑張ってみるのです。でも傷ついてたですか?あのミカヅチ様が」

 

 そう言うネコネに“そうだ”と返しながら、ミカヅチと話した内容をネコネに聞かせてやる。ネコネは最初は驚いたようにしていたが最後はすまなそうな顔をしていた。そんな風に話をしながら久々に二人で帝都を散策しつつオシュトルの屋敷へと向かい、報告をしてから白楼閣へと戻ったのだった。



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皇女襲来~お菓子とハチミツ酒とおしおきと~

皇女襲来~お菓子とハチミツ酒とおしおきと~

 

 

 その日の仕事を終え、風呂に入ってから、詰所へと向かう。今日は久々にあのうんが付くやつで汚れたし、汗もかいたが、風呂に入ってさっぱりだ。キウルはまだ風呂に入っているし、クオン達は仕事で出ている。マロンさん達は今日はオシュトルの……というよりマロの手伝いで出ているし、詰所には自分ひとりのはずだ。

 

 今日は疲れたし少し時間も早いが酒でも飲んでゆっくりする事にしよう。そう思って詰所の扉をあける。

 

「♪~~」

 

「……おい、なんでここにいる、皇女さん?」

 

 扉を開けると何故かアンジュが居た。だらしなく寝そべりながら、なにやら薄い本を読んでいる。手に届くところにはお菓子と飲み物が置かれ、いかにもくつろいでいます、と言う風だ。

 

「おう、帰って来たかハク。早く余にシュウを馳走するのじゃ!まったく、余が訪ねてきたというのに誰もおらぬし、しょうがないからお菓子を食べながら待っておったのじゃ」

 

「……ちょっと待て、どうやってここを突き止めた。それと何回も抜け出して大丈夫なのか?」

 

「硬い事を言うでない。周りの者がちとうるさくてのぅ、抜け出してきたのじゃ」

 

「……抜け出してきたのじゃ、じゃねぇぞまったく」

 

 自分を見てシュウを食べさせろと言うアンジュに頭痛を堪えつつ、なんとか何故ここにいるのかを問うと更に頭が痛くなるような返しが来た。正直見なかった事にして自分の部屋に戻りたいのだが……そうもいかんよなぁ。

 

「あれ、ハク。戻ってたんだ」

 

「おう、お帰り。クオン、ネコネ、ルルティエ、ついでにアトゥイ」

 

「うん、ただいま。ハクその子は?」

 

 そんなタイミングで女性陣が帰ってくる。しかし、タイミングが良いんだか悪いんだか……。クオンがアンジュを見つけてそう尋ねてくると、クオンと言う名前に反応したアンジュが手に持った薄い本をひょいっと放り投げながら立ち上がりこちらに近づいてきた。ちなみにアトゥイはウチの扱いが雑やぇとか言っているが知らん。

 

「ふむ、お主がクオンか。しかしハクよ、よくもまぁこんな別嬪さんを捕まえたものじゃのう」

 

「あはは、ありがとうかな。えっと貴方は……」

 

「あ、そ、その書は……」

 

 アンジュが声を掛けるクオンの後ろで、アンジュが放り投げた薄い本を見たルルティエ震えた声を上げていた。

 

「お、そこの行李の中敷きの下に挟まっておった書冊がどうかしたのか?」

 

「……ッ!!」

 

 アンジュがそう言うのを聞くや否やルルティエが普段からは考えられないくらいの俊敏さでその本を拾い上げると胸に抱え込む。い、いったいどうしたんだルルティエは?そんな風に考えていると男の友情がなんだとかアンジュとルルティエが話しており、目に涙をためて顔を赤くしたルルティエは自分の方を見ると一瞬固まり、そのまま部屋を脱兎のごとく出て行った。

 

 普段見ないルルティエの様子に唖然としていると袖をくいっとクオンに引かれる。紹介しろと言う事らしい。

 

「なんか、前に街を案内してやったら懐かれてな。自分の居場所を探し出して訪ねてきたらしい。あ~それと、紹介するのはいいが、驚くなよ?」

 

「?うん、それは良いけど驚くようなヒトなのかな」

 

「うん、ああ、あれだ、そいつ姫殿下。アンジュさま。ヤマトの姫様」

 

「は?」「あや?」

「なんでここにいるのですか……」

 

 自分がアンジュについて正体を明かすと皆ポカンとした表情で固まる。まぁそう言う反応になるわな。ネコネはどうやら知っていたようだがなんだか不機嫌そうだ。

 

「うむ、ハクの紹介にあった通り、余がアンジュである。それよりもハク、早くシュウを持てい。菓子と飲み物も無くなってしもうた」

 

 アンジュのその言葉にまずはクオンが再起動をはたす。そして部屋の惨状をみて一瞬固まると声を上げる。

 

「あああっ!?それってば今日のおやつ!それにそれ、とっておきのハチミツ酒!?」

 

「ゲフゥ……うむ、大変美味であったぞ」

 

「ここでは滅多に手に……あぁ……割って飲む物なのに、そのまま……あぁぁぁ……空っぽ……楽しみにしてたのに……」

 

 クオンはアンジュのその言葉に泣き崩れるとハチミツ酒の入っていた瓶を手に取り、力なくうなだれる。それと今気がついたがアンジュは大変に酒臭い。そしてクオンの様子に皆が再起動をはたす。

 

「あ、姉さま」

 

「ほわわ……クオンはんが大打撃け?」

 

「クオン……すまん。自分がこいつと知り合いになってしまったばっかりに……」

 

「ただいま戻りました……ってなにがあったんですか!」

 

 その時キウルが風呂に入った後なのか髪を湿らせたまま戻ってきて、部屋の惨状をみて声を上げる。そして顔を見た事があったのだろう、アンジュの顔を見て固まった。

 

「あ、あれ……?あの子……もしかして……でもまさか……そんなハズ……」

 

「キウル、混乱してるとこ悪いがあれは本物だ。……タチが悪い事にな」

 

 混乱したように呟いていたキウルだが自分の言葉に体を硬直さえ、油の切れた機械のように自分を見てきたので頷きを返す。するとキウルは脳が処理できるキャパシティを超えたのかそのまま気絶した。

 

「むぅ、聞いておるのかハクよ。余を無視するでない。早くシュウをもってくるのじゃ」

 

「はぁ、御身を弁えて下さいなのですよ。姫殿下」

 

「……おに~さんの言ってた事ってホントなのけ?確かに何処かで見た事ある顔やとおもっとったけどなぁ、忘れてたぇ」

 

「はいです。残念ながら。というかあなたが忘れてどうするですか」

 

 アトゥイは自分の言う事を信じていなかったらしい。まぁかなり軽めな感じに言ったしな。

 アンジュは今はただの街娘だから堅苦しい礼など不要と言い、共は?と確認するネコネに街娘なのだから当然一人だと返している。自分を含め皆が呆れる中、ネコネが何故こんなところに来たのかと聞くと、自分(正確には自分の作ったシュウ)とオシュトルだと言う。

 

「あやつめ、たまに宮廷で会っても忙しいとかでまったく相手にしてくれんのじゃ。じゃから余自ら会いに出向いて来たという事じゃな。あとここに来ればハクのシュウも食べられると思ったのじゃ」

 

 そう言うアンジュにネコネは能面のような無表情ながら死んだ魚のような目を浮かべる。ネコネがなんだか不機嫌そうだった理由がわかったな。ネコネはお兄さんっ子だ。それと自分の名前が出た時にさらに不機嫌になったように見えて、自分は心の中で笑みを浮かべる。自分もオシュトルと同等とはいかなくても、ネコネに慕われている事を確認できて嬉しかった。後ネコネ、その表情は恐いんでやめてくれ。

 

「それでオシュトルは?オシュトルはどこにおる?あとハク、はよシュウを持ってくるのじゃ」

 

「あに……右近衛大将なら、こんなところにいるわけがないのです。とっとと帰るがよろしいと思うのです」

 

「とぼけても無駄じゃ。其方等がオシュトルと繋がりがある事は分かっておる。早く合わせるのじゃ。あとハク、シュウはまだか?」

 

 アンジュはネコネの言葉もなんのそのと言うようにオシュトルとの面会を求めてくる。あとシュウは作るのに時間も掛るし材料費も少し高い。今すぐ出せるもんじゃないから今日は難しいぞ。

 

「はぁ、皇女さん。本当にオシュトルはここにはいない。それにシュウも作るのに時間が掛るし材料もないから今日は無理だぞ」

 

「なぬ?」

 

「そして、確かに自分達はオシュトルに雇われている身だが、それは内密の話だ。ヒトに知られるわけにもいかないから、オシュトルとしてここに来る事はまずない。依頼を受けるときはこっちから出向くのがほとんどだしな。そんなわけで、いくら会いたくても、ここでオシュトルに会うのは難しいとしか言えんぞ。あとシュウも諦めろ」

 

「ん、んぐぐ……」 

 

 そこまで話した段階で、何かがキレる音が聞こえた気がした。クオンの方を見るとなんか凄いオーラを放ちながらゆらりと立ち上がっているところのようだ。

 まぁ菓子ともかく、クオンのハチミツ酒にまで手を付けてしまったからな、こいつは。この後の展開が見えた気がして自分はアンジュに心の中で合掌する。まぁ自業自得だろうし、宮中じゃなかなか叱ってくれる奴もおらんだろうから、いい薬にはなるか。

 

「話は……終わった?」

 

 クオンは普段通りの優しい声音だが、自分にはわかる。これはかつてないほどに怒り狂ってるな。はぁ一応この後のフォローの為に今度クオンと飲もうと思って隠してたハチミツ酒を出しておくか。あとアンジュ用に昨日作ってあったルルでも出しておこう。

 クオンはアンジュの背後に立つと、そのままシッポをシュルリとアンジュの頭に巻きつけた。

 

「ぬ、なんじゃ」

 

 ミシミシミシミシとクオンのシッポがアンジュの頭を締め付ける。どれだけの力で締め付けているのか、アンジュの頭からは何かが軋むような音が聞こえていた。その光景に自分も昔はよくやられたなぁと思いながら、部屋へハチミツ酒とルルを取りに行く為に、詰所を後にした。

 

『ふぎゃぁ――――ッ!』

 

 自分が歩く白楼閣の廊下にはアンジュの悲鳴が響き渡る。さて、早く取って来てから戻るかね。

 

 

 詰め所に戻ると、もはや文句を言う気力もなく、ぐったりしているアンジュの姿があった。

 

「少しは判ったかな?」

 

「わ、判った、謝る謝るのじゃ、謝るから放すのじゃ!」

 

「それなら放してあげようかな」

 

 どうやら今の今までシッポで締め付けられていたらしく、やっとクオンがシッポによる締め付けを解いたところのようだ。アンジュはよっぽど堪えたようで蹲って動けないみたいだ。

 そう思った瞬間、アンジュはいきなり駆けだすと扉まで走り、自分の横を駆け抜ける。そして廊下で振り返ると……

 

「誰が謝ったりするものかー、バーカバーカバーカ!嫁の貰い手なし!!シッポのお化け!!ウワバミヴァヴァア!!」

 

 そう言い捨てるとアンジュは走り去っていくのだが、自分はそんなアンジュを呼びとめる。

 

「アンジュ」

 

「む、なんじゃハク」

 

「ほれ、これをやる。これに懲りたらここの物を勝手に食べたり飲んだりするんじゃないぞ?あとクオンは自分が嫁に貰うから、めちゃくちゃいい女だから」

 

 自分が放った物を受け取るとアンジュは頬を膨らませながらも走り去って行った。自分はそれを見送ると詰所の中に入る。クオンは自分の言葉に照れているのか少し顔を赤くしていたが、アンジュへの怒りは冷めやらぬようでまだ怒っている様子だった。

 

「うん、次に来たら、またオシオキが必要だね」

 

「姫殿下にあんなにお仕置きができるなんて流石なのです。姉さま」

 

「街娘にお仕置きしてもなんの問題もないぇ」

 

 ネコネは妙に生き生きしているが鬱憤がたまっていたようだし今回はまぁ良いだろう。アトゥイは……何も言うまい。といううか、そう言えばアンジュは街娘という体で抜け出してきてたんだよな。それをうまく突く形で釘をさしつつお仕置きしたんだろうな。

 自分はクオンに近づくと人数分の盃とハチミツ酒の瓶を数本渡す。

 

「ハク……これ!」

 

「クオンと飲もうと思って隠してたんだがな。今日は皆で飲もうか」

 

 自分がそう言うとクオンは嬉しそうに抱きついてくる。そんなクオンの頭を撫でながら皆にも声を掛けた。

 

「皆も飲むだろ?ネコネもハチミツ酒なら飲めるだろうし一緒にな」

 

「うひひ、それやったらウチも秘蔵の酒をだすぇ」

 

「はいです。それでしたら、わたしも一緒に飲ませて貰うのです。マロンさんとロロにも声を掛けておくですね」

 

「なら私は料理の準備をするかな。ルルティエにも手伝ってもらおっと」

 

 皆はそう言って思い思いに動き出す。自分はキウルを起こすと場を整えて、宴会が出来るように準備をする。話を聞きつけたウコンやマロも合流し、皆がそろうと料理が出来上がるのを待ってその日は宴会と相成ったのだった。



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出会いにして再会9~皇女の火遊び/帝都の盾~

出会いにして再会9~皇女の火遊び/帝都の盾~

 

 

 アンジュが白楼閣を訪れてからしばらく、時々またアンジュが来てウコンと鉢合わせたりもしたが、なんとか平穏に過ごせていた。ノスリと再会したり(なんか白楼閣地下の物置に潜伏していたらしく普通に話しかけてきた。賊としていいのか、それ?)なんだりしたが平穏に過ぎていた。そう、平穏に過ぎていたのだが……

 

「なんでこうなった……」

 

「フォウ……」

 

「なにを言うハク。乙女の恋路を応援するのに理由などいらん。それが良い女というものだろう?」

 

「その通りです。流石は姉上」

 

「おお、やっぱり其方は話がわかるのぅノスリ」

 

 一緒に着いて来たフォウも自分の言葉に同意するように鳴き声を上げる。本当になんでこんな事になったのか。今日も今日とてアンジュが訪ねてきていたが自分しかいなかった為、一人でアンジュの相手をしていた。最近アンジュはオシュトルの気を引くにはどうしたら良いかなどとうちの女性陣に相談したりしていて(その過程でウチの女性陣とも友人といえる間柄になったようでなによりであるが)、今日は自分にその話題を振って来た。そこにノスリが現れ“私に任せろ!”と言いだし、そのまま自分もさらわれるように連れてこられた。そして今に至るのだが……

 

「はぁ……で、こんなとこに来てどうするつもりだ?」

 

 ここはあの賊達――たしかモズヌ団だったか?――を追い詰めた時に奴らが逃げ込んできた古い寺院のような建物だ。正直悪い予感しかせんが一応聞いておこう。もしかしたら軌道修正できるやもしれん。……まぁ望み薄な気がするが。そしてオウギよ、お前はいつ来た?

 

「ん?ああ、やはり恋というものは障害があってこそ燃え上がるもの。そこで、このノスリが一計を案じた」

 

「うむ。お主が余をさらった事にし、それをあやつが助けに来るという筋書きじゃな」

 

「フォウ……」

 

 そう言うノスリとアンジュに頭を抱える。自分は精神安定の為に肩にいる、フォウの頭を優しく撫でた。ノスリはアンジュの正体に気がついていないみたいだから良いとして(良くは無いが……ばらすわけにもいかん)、問題はアンジュだ。こいつは自分の身分をちゃんと認識しているのか?こいつの言動一つでヒトの首なんて簡単に飛ぶ(それこそ物理的に)んだぞ。

 皇女が一計を案じただけと言っても、一度事が起こってしまえばそれを収拾するのは困難を極める。アンジュの名誉の為に事を公にするわけにもいかんだろうし、責任をとって誰かの首が飛ぶのは間違いないのだ。それこそ自分やノスリにオウギ、こいつの世話係の者達、それに警備の者、そして……こいつの守護を任務とするオシュトルの首でさえもだ。

 

「皇女さん……、それで多くのヒトの首が物理的に飛ぶであろうって事を判っての発言か、それは?」

 

「な、なんじゃハク。恐い顔をしおって。だ、だいたい余のこの程度のわがままでその様な事になるわけがなかろう?」

 

 自分が真剣な顔をして言っているのが少し恐かったのだろう。アンジュは少し怖気づいたような態度でそう返してくる。しかしすぐに持ち直したのかいつもの調子に戻る。

 

「……本気で言ってるのか?」

 

「だから、そんな事起こるわけないと言っておるじゃろうに。では、ノスリ手筈通りに頼むのじゃ」

 

「……えっと、その前に貴方様の名と思い人の名をお聞きしても?」

 

「なんじゃ、急に畏まって?うむ、そういえば名乗っておらんかったの。余はアンジュ。ヤマトの帝の天子である。それとオシュトル、オシュトルじゃ。余が好いておるのは右近衛大将をしておるオシュトルなのじゃ」

 

 自分とアンジュがそう言いあっていると、アンジュに声を掛けられたノスリが自分の皇女さん呼びに何か感ずくところがあったのか、そうアンジュにそう声を掛ける。ノスリはアンジュのその言葉に顔を青くすると、自分を見る。自分が頷いてやると目の前の人物がヤマトの皇女だと理解したのか顔が青を通り越して白くなった。そしてアンジュの前に跪くと今までの態度について謝罪を始める。

 

「ひ、姫殿下とは知らず、今までのご無礼平に平にご容赦を!!」

 

「よいよい、余と其方の仲じゃ。して計画は順調に進んでおるかの?」

 

「いえ、そ、それはあの……」

 

 確か先程ノスリが部下に何かを伝えて、都に走らせたのは見ている。最悪もうオシュトルへと話がいっており、討伐隊が組まれている可能性もないとは言い切れない。混乱するノスリを尻目に少し離れて自分はオウギと話す事にした。

 

「オウギ、もうオシュトルへの使いは出しているのか?」

 

「先程、姉上が部下に向かわせてしまいました。姫殿下の指定した屋敷に矢文を打ち込む事になっていましたので、オシュトルさんに伝わっている可能性は高いかと。それとお仲間の皆さんには僕から連絡を入れておきました。オシュトルさんよりは先に着くはずですから、それまでに何とかできないでしょうか?」

 

「……判った。自分はここを抜け出して皆と合流する。お前たちはオシュトルが姿を見せたら不自然じゃない程度に退却してくれ」

 

「やれやれ、皆さんには手加減するように言っておいて下さいね?流石に本気の皆さんの相手をするのは骨が折れそうですから。こちらの皆には僕から話を通しておきます」

 

 オウギとそう打ち合わせすると自分はアンジュとノスリに気がつかれないようにその場を後にし、皆と合流をする事にする。寺の入り口付近で待っていると皆が慌てた様子で向かってきて自分の前に集まった。

 

「ハク!」「ハク兄さま!」「ハクさま!」「ハクさん!」

 

「あやや、おに~さんも連れて行かれたって聞いてたけどどうしてここにおるん?」

 

 皆は口々に自分の名を呼びながら心配するように近づいてくる。クオンはフォウに気がつくと“フォウも無事で良かったかな”と言って、安心した表情をしている。自分はアトゥイの疑問に答えるようにしてオウギと話していた事を語って聞かせた。

 

「判りましたけど……後はすべて兄上に任せてしまって問題ないのでは?オウギさんは把握しているようですし、それで丸く収まりそうな気がするのですが……」

 

「いや、もし皇女さんが自分達のところに入り浸っていた事が知られていた場合、それだと面倒な事になる。だから少なくとも自分達が皇女さんの救出に尽力した、もしくは救出したっていう建前が欲しい。そうじゃなきゃ、お前たちは良いかも知れんが自分とクオンは最悪打ち首だ。ま、そうなったら逃げ出すだろうがな」

 

「絶対にないとは言い切れないもんね……」

 

「ハク兄さま、姉さま……」

 

 自分とクオンを不安そうに見るネコネの頭を安心させるように撫でる。オウギに今回の件で借りが出来た形だが自分の予想ではこの後にもうひと騒動起きそうな事だし、その時にでも返せるだろう。

 

「てなわけで、目標はオシュトルが来た段階で自分達がアンジュを確保している事、最悪でもノスリたちをアンジュから引き離すのが前提だ。向こうも事情は把握してくれてるから普段に比べれば楽かもしれんが気を抜かずに行くぞ」

 

「「「「「応っ!」」」」」

 

 

 てなわけで始まったアンジュ奪還作戦(自作自演)だが呆気ないほどに簡単に事は運んだ。ノスリがどう見ても動きに精彩を欠いているみたいだったからな。今の状況がよほどこたえているのだろう。ノスリが自分を見る目にはこんな事に巻き込んでしまってすまない、というような感情が浮かんでいるようだった。

 アンジュが“助けに呼んだのは其方達ではない”とか、“ハク、なんで其方はそちらにおる”とかなんとか言っていたが無視しアンジュを囲みながらノスリたちと対峙する。そのタイミングで多くのヒトの足音が聞こえてきた。ようやくお出ましのようだな。

 

 兵たちが整然と歩いて来て自分達の少し後方で止まる。オシュトルは歩いて来た兵たちに待機するように言うと、自身は前へと出て自分達に近づいて来た。オウギ達はそのタイミングでオシュトルと兵たちに気押されたという風を装って退却していく。とりあえずこれでなんとかなったか。

 

 

「……アンジュ姫殿下」

 

「おお、オシュトル。余を助けに来てくれたのか!其方こそ臣下の誉れじゃ」

 

「………………」

 

 オシュトルはアンジュの姿を目に納めそう呟くように言う。アンジュはオシュトルに近づき声を掛けるが、対するオシュトルは無言だ。アンジュはそれを訝しく思ったのだろう、不思議そうにしながらもオシュトルに再度声を掛ける。

 

「……オシュトル?」

 

「アンジュ姫殿下。御無事で何よりでございまする。……某の為にアンジュ姫殿下の正常なご判断を鈍らしめ、このような事態を招いた事、謹んでお詫びいたしまする」

 

「なんじゃ、おおげさじゃのう。余はこうして無事でおるわ」

 

 アンジュの問いかけるように名前を呼ぶ声にオシュトルはそう答え、続いて謝罪を始めるが、アンジュはこの段階においても自分の仕出かした事の大事さに気が付いていないのか呑気にそう返す。自分としてもアンジュがこの帝都を出た事がなく、まるで籠の中の鳥のように扱われているという事情は知っている為、少しはしょうがない事だとは思うが、上に立つ者としてアンジュは未熟すぎる。自身の事を軽く考え、自身の行動が周りにどのような影響を与えるのかまるで判っていないその態度、正直にいって上に立つ者としては失格だと言ってもいいくらいだ。

 

「いえ、かの者達がいなければ、どのような状況になっていたか……。すべては某が至らぬ故の失態。貴き姫殿下を攫われたこの罪、万死に値しまする。このような事態を招いたからには某は位を返上し、お詫び致す所存」

 

「な!ま、待つのじゃ、それはならん!余が悪かった、もうこのような事はせんから、そのような事を言わんで欲しいのじゃ。國の忠臣を余の悪戯如きで失っては御父上に申し開きようもない。頼む、この通りじゃ、これからも余を補佐し助けて欲しい」

 

 オシュトルの言葉にアンジュはそう言って頭を下げる。ようやく事態の深刻さに気がついたようだな。ま、今回の暴走はともかく、素直に頭を下げるべき時には下げられる姿勢は治世者としては得難いものだろう。その一点において少し見直したぞアンジュ。

 

 その後はなんとか丸く収まる雰囲気になり、安堵していたところに一人の女性が現れる。その身から感じる武の気配はオシュトルやミカヅチとほぼ同等。大きな手甲のような物を右手へと嵌め、威風堂々という物腰で歩いてくる。自分はその人物を見ると安心感のような物を感じ頭の中で首を傾げる。クオンへと目線を向けると自分同様になにか引っかかるようで不思議そうな顔をしていた。クオンの反応を見て確信したが、あの人物にも前に会った事のある人物なのだろう。それも武において相当な信頼を寄せていたのだと思われる。

 

「あ、あの方は……」

 

「知ってるのかルルティエ?」

 

「は、はい。あの方は八柱将の一人で『鎮守のムネチカ』様です。わたしの憧れのヒトなんです」

 

 ルルティエが知っているようなので尋ねてみると、納得できる答えが返ってきた。あの武の気配、ただ者じゃないと思ってたが八柱将か。それならば納得だな。

 女性――ムネチカはアンジュの前に歩いていくとその目の前で止まり、キツイ眼差しでアンジュを見ると口を開いた。

 

「姫殿下、小生がいない間、随分と楽しく過ごされたようでなにより」

 

「ほ、ほぎゃぁぁぁ!?ム、ムネチカ、そ、其方が何故ここに」

 

 そう言うムネチカにアンジュは怯えた風にそう返す。なんかアンジュを操縦できそうなヒトが来てくれて助かったが、もっと早く来てくれてもと思わんでもないな。そうすれば今回のようなことにはならんかったかもしれんのに。

 

「任を終えて帰って来た段階で、オシュトル殿から連絡を受けまして。姫殿下、小生と約束したはずですな。小生がいない間も研鑽に励むと」

 

「そ、それは……。こ、これは何と言うか、た、ただの出来心であってだな……」

 

「理由がどうであれ、なんと馬鹿な事をしでかしたのですか。これだけの事を起こしたけじめは、付けなければなりませぬ」

 

 ムネチカから発せられる圧に焦りながらもアンジュは言いわけをしようとするが、ムネチカはそれを言わせずにアンジュに迫る。アンジュは冷汗をだらだらと流しながら後ずさろうとしたようだが、ムネチカの圧力に足を動かせず顔を引きつらせた。

 

「い、いやじゃ、それだけはいやなのじゃ――。それだけは、それだけは――」

 

 ムネチカはそう言うアンジュの襟首を無言で掴むと、そのまま帝都の方へと戻っていく。しかしふと思い出したかの様に自分達に向けて振り返ると言葉を発した。

 

「ふむ、其方がハク殿か」

 

「はっ、お初にお目に掛りまする、ムネチカ様」

 

「其方らには姫殿下が世話を掛けたようだ。後日、謝罪に赴かせてもらうが、今はやらねばいけぬ事がある故、これにて」

 

 ムネチカはそういうと踵を返し先程のようにアンジュを引きずって歩いて行った。自分達はアンジュの“いやじゃ、いや~じゃ~ハク、オシュトル、余を助けよ!!”という声が遠ざかっていくのを見送った。姿が見えなくなった頃にオシュトルが兵たちに向けて“全隊、耳を塞げ”と言ってから数瞬して――

 

『お、おしりは、おしりはいやな――』

 

 “ペシーン、ペシーン――”というヒトとヒトの肌が強く合わさったような音が聞こえた後、アンジュの悲鳴が響いた。

 

『フギャ――――ッ!!ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃ』

 

 “ペシーン、ペシーン――、ペシーン”

 

『フ、フギャァ、フギャァァァアァァァ!!』

 

「「「「「「…………」」」」」」

 

 自分達は皆して顔を見合わせると、黙って耳を塞いだ。



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出会いにして再会10~チリメン問屋の御隠居(匿名希望)~

出会いにして再会10~チリメン問屋の御隠居(匿名希望)~

 

 

 次の日、自分がフォウを肩に乗せ一人で帝都を歩いていると、急に霧が出てきて道がまともに見えなくなる。……なんだ、これは?それに二人分のヒトの気配がするな、これは敵か?

 そう思いながら警戒をしていると、見た事のある装いの二人組が自分の前に現れる。その身をすっぽりと覆う外套に男か女か判断がつきかねる二人組だ。たしかこいつらは……あの村を出発してからしばらく、自分の周りをうろちょろしていた奴らだな。この二人が何かしているらしい。二人は少し離れて自分の前に立つと、身振り手振りで自分に着いてくるように促す。敵意は無いようだし着いていってみるか……。

 霧の中、いったいどこを通ったのか判らないが巨大な建造物らしきものの中を歩いている。しばらく歩くと開けた明かりのある場所に出た。

 

 そこは不思議な空間だった。まだ冬といっていい時期だというのに、桜に似た花が咲き、豪華な石作りの柱に囲まれた部分の中央には小さな円卓が据えられ、数人分の椅子が用意されていた。そしてそこには車いすに乗った一人の老人の姿。

 その姿に自分はウコンと会った時と同じような気持ちを感じ、表情に出ないように気を引き締める。しかしその隣にいた人物を見て別の衝撃を受け、驚きの表情をわずかに漏らしてしまった。

 

「ふむ、客人がいらしたようだ。ホノカよ茶を」

 

「はい、只今」

 

「よくぞ参られた客人。さぁこちらへ」

 

 老人は隣に立つ女性にそう言うとこちらを歓迎するようなそぶりを見せる。それにしてもあの女性――ホノカというようだが――、姉さん――自分の兄の嫁さんにそっくりだ。ちぃちゃん同様に、もう見る事は無いと思っていた人と同じ姿の人物に会う、こんな偶然がある物なのか?自分が固まっているのが気になったのだろう、老人は少し訝しげにしながらこちらに声を掛けてきた。

 

「どうかなされたか、客人よ?」

 

「……いえ、そちらの女性、ホノカさんと仰いましたか?彼女が自分の良く知る人物と非常に良く似ていて驚いていたのです。それと、貴方は?」

 

 自分の答えに老人は少しだけ驚いたように固まった後、表情を戻して口を開いた。

 

「ふむ、儂は……そうじゃな、この都でチリメン問屋の隠居をしておる、ミトという者じゃな」

 

「……はぁ」

 

 なんだか、とてつもなく匿名希望臭が漂うその名前と返答に若干呆れ、なんと返していいか判らずにそう返す。っと、相手が名乗ってくれたからには自分も名乗らんとな。

 

「ああと、自分はハクです」

 

「ふむふむ、ハクさんか。突然の招待にも関わらず、よく来て下さった」

 

「招待って、じゃああの二人を自分のところによこしたのは……」

 

「ああ、儂じゃよ。おまえさんの事を耳にしてな。一度会ってみたくなったのだ」

 

 ここへはこの爺さんの招待で、あの二人組もこの爺さんが寄こした迎えだったらしい。聞いたというのはあの二人にだろうか?正直あまり接点は無かった様に思うが……。そういえばと思い周りを見渡すが自分を案内してきた二人の姿はもうそこには無かった。

 

「お茶が入りました。どうぞお掛け下さい」

 

「あ、ああ」

 

 そう女性――ホノカさんに声を掛けられ、反射的に椅子に腰を下ろしていしまう。まぁ害意は無いみたいだし大丈夫だろう。

 

「そういえば、先程このホノカに似た誰かと知り合いじゃと言っていたが、どのような人物なのじゃ?」

 

「ああ、自分の兄の嫁さんでして、おっとりしたしっかり者の女性ですよ」

 

 老人――ミトにそう尋ねられ正直に返す。ミトはなんだか驚いたような納得したような表情を浮かべたが、すぐに元の好々爺然とした笑みを浮かべた。

 

「そうか、其方の義姉にな……」

 

「こちらは御隠居さまの好物の茶の一つなのですよ。冷めないうちにどうぞ」

 

「ああ、いただきます。……これは。すみません、これをどこで?」

 

 ホノカさんに勧められ、茶を一口含む。それはあの薬屋の婆さんが淹れてくれたものと同じもののようだった。あの婆さんのオリジナルのブレンドだと言っていたのを思い出し少し気になって聞いてみる。

 

「都の端にある薬屋の主人からいただいたものですよ。ご存じなのですか?」

 

「ああ、ちょっと縁があってな。最近は茶菓子を持参してたまにお邪魔する」

 

「そうか。あの者の今は無き旦那は宮廷薬師をしておってな。儂の店は薬草なんかも扱っておるから、その縁で知り合い、たまに茶葉を分けて貰っているのじゃよ」

 

 本当の事を語ってはいないが嘘も言っていない様子だな。しかしあの婆さん、元宮廷薬師の奥さんだったのか。それならあの品ぞろえにも、儲かっていないのに金に困った様子が無いのにも納得だな。ホノカさんは自分の肩にいるフォウにどうぞと言って果物を勧めてくれたので、自分はフォウを肩から降ろし円卓の上でそれを与えた。

 

「それで自分を呼んだのはどんな用件で?」

 

「ふむ、その事なのだが、色々と話を聞かせていただこうと思いましてな。儂は見ての通りこのような躯。外に出る事もなかなかできませんでな。ましてや各地へ出向くなど、とてもとても。()から話を聞かせて貰うことが唯一の楽しみなのだよ。まぁ趣味みたいなものか」

 

 ミトは自分をそんな用件で呼んだようだった。しかし話せる内容なんてそんなに多くない上に話せない事柄も多い。さて、話すにしても何を話したらいいのやら。自分がそう思い悩んでいるのを察したのかミトは何でもいいと言って声を掛けてくる。

 

「ああ、其方がこの都に来るまでの旅の話しなんかで構わんよ。老い先短い爺の戯言だと思って、どうか聞かせてくれんかの?」

 

「ああ、それでいいのなら……」

 

「おお、話してくれるか」

 

 ミトの顔に喜色が浮かぶ。それを見ながら自分はクオンと再会してからの事を語って聞かせた。ミトは興味深そうに、ホノカさんは微笑みながら、時に相槌をうち聞いてくれた。

 

「ほぅほぅほぅ……そうか、そんなことがな……」

「フォウフォウフォウ」

 

 ミトが“ほぅほぅほぅ”というのに合わせフォウが“フォウフォウフォウ”と鳴く。こいつは爺さんを自分の仲間だとでも思っているのかね。その妙に微笑ましい様子を見ていたミトとホノカさん、自分の顔に笑顔が浮かんだ。

 

「いや、実に興味深くおもしろい。中々に波乱万丈の人生を歩んでいるようだな」

 

「こっちはたまったもんじゃないですがね。ですがそのおかげで恋人――クオンにも会えたし、今の仲間達にも会えた。大変なりに充実してますよ」

 

 自分がそう言うとミトは優しそうな表情を浮かべ、そうかと一言だけ呟く。なんだか身内に報告している気分になって気恥ずかしく感じた。

 

「御隠居さま、そろそろ」

 

「おお、もうそんな時間であったか。感謝する、とても有意義で楽しい時間であった」

 

「ありがとうございます、ハクさま。御隠居様のこのように楽しそうな表情を見るのは久々です」

 

「いえいえ、こちらも美味しい茶をありがとうございました。こいつにも果物を出していただいて」

 

 ミトとホノカさんが礼を言ってくるが、存外自分にとっても楽しい時間だった。自分が礼を言った後、ミトが手を叩くと、どこに控えていたのかあの二人組が姿を見せる。

 

「見送りを頼めるな?」

 

「「(コクリ)」」

 

「長々と引きとめてすまなかったな。では、いずれまた会おうぞ――」

 

 ミトがそう言うのを聞きながら自分は二人組の先導で来るときに来た道を歩きその場を去る。しばらく歩くと霧が出だした辺りにに立っていて、さっきの事が夢だったのではないかと思うがそんなはずはない。あたりはもう暗くなっていてヒトの通りも疎らだ。少し混乱していると後ろから声を掛けられた。

 

「あれ、ハク。こんなところでどうしたの?」

 

「ああ、クオンか。いやちょっと不思議な事があってな」

 

 自分に声を掛けてきたのはクオンだ。クオンには話しておくかな。なんとなくそうしておかないといけない気もするし。

 自分はクオンと共に白楼閣に帰る道すがら、自分に起こった事を話した。それに対してクオンが発した言葉に自分は驚いた。

 

「そっか、お兄さん(・・・・)に会えたんだ」

 

「いや、待てクオン、そんなはずはない。自分の兄は普通に考えればとっくに死んでいるはずでだな」

 

「……そっか、ハクは覚えてないんだね。う~ん、その人物に対する思い入れとかそう言うので記憶が残っているかいないかって決まるのかもしれないね」

 

 クオンの発した記憶という言葉に、自分が忘れている事でもクオンは覚えている事があると言う事を悟る。という事はあの老人は自分の兄に間違いは無いのだろう。言われればホノカさんの事なんかもあり、気がつく要素はあったのだ。あまりに自分の知る姿と変わりすぎていて気が付けなかっただけで。

 

「あの人は、自分の兄なのか……?」

 

「うん、私が覚えている限りでは、たぶん。……それじゃあ、ハクのお兄さんがこの國の帝だってことも覚えてない?」

 

「……ああ、覚えてないな」

 

 その言葉でアンジュの事も繋がった。自分の姪っ子に似た女の子。アンジュやホノカさんは、姉さんとちぃちゃんの遺伝子を使用した獣人だと思えば納得もできた。

 

「そっか……兄貴が」

 

 自分がそう呟くとクオンが腕に強く抱きついて来て自分を見上げてくる。自分が知らなかった事をクオンは知らなかったみたいだからな。自分がクオンを置いて兄貴の元に行くのではないかと、少し不安にさせてしまったらしい。

 

「ハク……ハクは私のところからいなくならないよね?」

 

「ああ、言ったろ?クオンとずっと一緒にいるって」

 

「うん。ちょっと不安になっちゃった。ありがとうかなハク。それにハクがどこに行こうとも私は着いていくから問題は無いかな」

 

 クオンを安心させる為に自分がそう本心から答えるとクオンは笑顔を見せてくれる。しかしクオンよ、それはそれでどうなんだ?お前はトゥスクルの皇女様だろうに。國を捨ててでも自分と来てくれるってのは嬉しいがそれに関しては少しだけ心配だ。

 

「そういえば、あの薬草屋のばあさんいたろ?あのばあさんなんだが、この國の元宮廷薬師の奥さんみたいでな」

 

「そうだったんだ。驚いたけど、それならあの薬草屋の状況にも納得できるかな」

 

 そこからは話題を変え、何でもない事を話しながら白楼閣へと戻る。

 その日の夜は久しぶりにクオンが自分の傍から離れようとせずに皆から呆れられたが、自分としては嬉しかったしよしとするかね。

 

 

 

Interlude

 

 

 ハクが帰った後、その場所では老人――ミトと、女性――ホノカが二人で何事かを話していた。

 

「わが君、弟君にはいつお知らせになるのですか?」

 

「そうじゃのぉ、とりあえずあ奴にはあの二人……鎖の巫を付ける。先日アンジュを連れ戻してくれたようだし、その褒美としての」

 

「そうですか……御心のままに」

 

 ミトはそう言うと、安心したように力を抜く。ずっと探していた自分の弟が見つかったのだ、その感慨も大きいのだろう。その弟には一つ懸念事項もあったのだが今日話して見た限り問題はなさそうだったし、自分の研究を引き継がせるにはやはり弟しかいないとミトはその考えを深くする。

 

「知らせるのは……そうさなぁ、あの二人を与えてしばらくしてからで良かろう。儂も随分と老けた、早い方がよかろうて。あ奴の知る姿とは随分違っているだろうが、あ奴は儂の事もしっかりと覚えておるようじゃし、理解してくれると思うておる」

 

「そうですね。今日見る限りではかの大神との繋がりも薄い物のようでしたし問題は無いと思います。あの方がわが君の思いを継いでくれるといいのですが……」

 

 ホノカはミトの言葉に応えて、元々の懸念事項について口にする。彼らの懸念事項とはミトの弟、今はハクと名乗るあの青年が大神ウィツァルネミテアと何らかの繋がりを持っている事だった。これについては彼に接触した鎖の巫からもたらされた情報で今日会った際にホノカも確信できている。しかしそれを踏まえて話した結果、ハクを信じる事に彼らは決めたようだった。

 

「しかし、どのようにしてかの大神と繋がりを持ったのか……それはあ奴に聞かなければ分からぬか」

 

「はい、それについてはそうするより他ないかと……あの子たちも付けますし最悪の場合は……」

 

「……できれば避けたいが、仕方のない事か……よかろう、それについてはあの二人に一任するとしようかのぅ」

 

 それでも最悪は想定して行動するという事で二人の意見は一致をみる。それからしばらくするとハクを送って行った二人も戻ってきたため、ミトとホノカの二人は、戻ってきた二人を伴いその場を後にする。道中で外套をまとった二人にハクに関する事を言い含めながら歩き、その姿はいずこかへ消えて行った。

 

 

Interlude out



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皇女誘拐犯(偽)捕物帳~義賊の危機~

皇女誘拐犯(偽)捕物帳~義賊の危機~

 

 

 アンジュの件から数日、自分とクオンはオシュトルに呼び出され、奴の屋敷へと向かっていた。どうやら内密に話があるらしく今日は自分とクオンのみの呼び出しのようだ。

 オシュトルの執務室の前に着き中に声を掛けると入るように返事があったため自分とクオンは部屋の中に入った。

 

「……来たか」

 

 そう言って自分達を出迎えるオシュトルの表情は硬い。どうやらあまり良い話ではないらしい。いつものように皆ではなく自分とクオンのみの呼び出しである事、そしてオシュトルのこの表情から非常事態だろうと推測する。

 

「今日、貴公等を呼びだしたのは他でもない。先日の姫殿下誘拐の一件。彼の一党の沙汰についてだ。例え無事にお戻りになったとはいえ、お身柄を拘束した事は許しがたい。よって大逆の徒に裁きを下す、とのことだ」

 

 オシュトルの言葉に内心でやっぱりこうなったかと思いながら自分達に咎が及んでいない事に胸をなでおろす。自分達にまでそれが及んでいなくてなによりだな。

 オシュトルが言うにはアンジュもノスリたちの無実を主張したが受け入れて貰えなかったようだ。“神聖なる姫殿下は過ちを犯さぬ”受け入れなかった奴らはこう主張したそうだ。正確には姫殿下に過ちなどあってはならないってところか。兵まで動かしてしまっているし収まりがつかなくなっているんだろうな。

 で、それらを統合すると“姫殿下は確かに拐された。許しがたい大逆の徒を討たないなどあってはならない”てな所に落ち着いたと。そこまで聞いて自分もクオンも頭を抱える。

 

「なんて融通のきかない……」

 

「こんな、大事になってアンジュも……」

 

「ああ……今度ばかりは自室に閉じこもっておられる。大逆罪となれば極刑は免れぬ。姫殿下自らの犯した軽挙でヒトの命が奪われるのだ。堪えぬはずがない」

 

 オシュトルが言うにはアンジュは流石に今回の事が堪えたのか部屋に引き込もっているらしい。なるほどな、この件に関する事で自分達を呼んだんだろう。それならばすぐ近くに控えている者の気配にも納得がいくというものだ。

 

「酷い話だと思いませんか?善意でした事が、このような事になるなんて」

 

「で、なんでお前はここに」

 

 自分達の背後にいた気配の人物が声を掛けてきたのでそう返す。そもそもこの話の内容からするとこいつがいないのも変な話だからな。

 

「いやはや、気がつかれていましたが。僕はオシュトルさんに呼ばれまして」

 

「ああ、某が呼んだのだ。此度の件を話すにあたりこ奴も必要になるのでな」

 

 オシュトルはオウギの登場に動揺した風もなくそう返す。この部屋にいるオウギ以外の三人とも気が付いていたようだしまぁ当然の反応ではあるがな。

 

「さて、オシュトルさん。哀れな生贄の一人をここに呼び出したという事は、黙って首を切られろ、という事ではないのでしょう?」

 

 オウギのその言葉にオシュトルはフッと表情を崩すとこちらに視線を向ける。

 

「そこでハク殿の出番というわけだ。秘密裏に彼らを逃がしてもらいたい」

 

 オシュトルはそう自分達に依頼を出してきた。無理強いはしない、断った場合はこの事は忘れて欲しい、もし依頼を受けて露見した場合自分達が朝廷に追われる立場になる、そしてその判断について非難はしない。

 オシュトルはそこまで言うと自分の目を強い視線で見てくる。

 

「どうする?」

 

「……引き受けよう」

 

「……ハク殿、忝い」

 

 オシュトルの視線に負けぬように腹に力を込めると、自分は引き受けるとオシュトルに返す。

 

「……いいの?こんなことばれたら打ち首物だけど?あ、もちろんそんな事になったら私はハクと一緒に逃げさせて貰うから」

 

「いいんだよ。原因は少なからずこっちにもあるしな。ここで放置するのは寝覚めが悪いにも程がある」

 

 クオンはそう言うが、そこに自分を責める色は一切ない。オシュトルはクオンの言葉に好きにするが良いと苦笑しながら返してるしな。それに少なからず原因は自分たちにもあるんだ、ノスリとは知らん仲でもないし、こんなことで死なれたら寝覚めが悪いどころの話じゃないからな。それに、これはこの場では言えん事ではあるが姪っ子が泣いているのを放置するなんておじちゃん失格ってもんだ。

 

「ふふ、なかなか変わった方だとは思っていましたが。とりあえず感謝しましょう」

 

「……すまぬな」

 

「なに、これはこっちが勝手に決めた事だ。オシュトルに頼まれなくったって、連中の手配書が都にばら撒かれれば助けにいくさ。それとクオン達は無理に付き合う必要はないぞ?」

 

「なにかな?まさか私にハクの傍を離れろとか言う気じゃないよね?」

 

「……はぁ、好きにしろ」

 

 そう、これは自分が勝手に決めた事だ。なのでもちろんクオンは付き合う必要はないんだが……言うだけ無駄かね。しかし今回の件、ノスリ達を都から連れ出しても手配書が出回っている限り、一時しのぎにしかならないはずだ。それについてどう考えているのかオシュトルに尋ねてみると、それについては策は打ってあると言って手配書を見せてくる。

 

「これは……」

 

「……誰?」

 

 オシュトルが見せてくれた手配書にはノスリには似ても似つかない、筋肉質で厳つい顔の女の似顔絵が描かれていた。しかも特徴として男と見まごう程に筋肉質な躯の大女と書かれており、これをみてノスリを連想するヒトはいないんじゃないかという塩梅だ。それを見る自分の脳裏に何か閃くものがあった。これなら……なんとかなるかもしれんな。

 

「姉上には……見えませんね」

 

「その似顔絵を描いた官吏は某の手の者でな。少々細工させてもらった」

 

「それって、オシュトルが一番危ない橋を渡ってるんじゃないかな」

 

 クオンの言葉に涼しい顔をするオシュトルに閃いた案を提案してみる事にする。少しヤケクソっぽい策だがいい感じに嵌ればこれから先、ノスリ達も追手の心配をする必要はないだろう。

 

「なぁ、オシュトル。これってもう完全に男に見えるよな?」

 

「ふむ、言われてみれはそうとしか見えんが……なにかいい策を考えついたようだな」

 

 自分の言葉にオシュトルが明るい顔をして期待するように見てくる。正直そんな期待されるようなもんでもないんだがな……。

 

「オウギ、おまえの情報網にちゃんと髪のある筋骨隆々の大男で盗賊の頭をやっている様な奴はいるか?それとノスリの服を一着借りたいんだが可能か?」

 

「ええ、姉上の服ならばお貸しすることは可能です。それと大男ですが二人ほどいますね。一人は貴方達もあった事のあるモズヌ団の頭目モズヌ。もう一人はヒト攫いを生業にしている最近都にやってきたチンピラ集団の長ですね。後者については近いうちにオシュトルさん達で討伐を行う事になっていたと思いますが……」

 

 オウギの言葉を聞いていける可能性は見出せた。そして三人に自分の案を語ったところ、良いんじゃないかという事になり自分の作戦を実行する事になった。

 

 

 数日後に作戦は行われ戦果は上々。女装(・・)をした賊の頭目とその仲間たちを連行するオシュトルをクオンとあと二人、ノスリとオウギと共に見送った。ノスリは女装した賊の頭目に微妙な表情だが仕方ないだろう。なにせ自身の服(新品。中古を使う事はオウギから全力で止められた)を筋骨隆々の大男が着ているのだから。

 

「……うぅ、新品だったのに」

 

「姉上、今回はしょうがありません。今度一緒に新しい服を買いに行きましょう」

 

 ノスリを慰めるオウギを尻目にしながらクオンと苦笑を交わしあう。まぁなんにせよ無事に終わって良かった。今回の件は皆には知らせていない。自分達だけで事足りたし最悪危ない橋を渡りかねない依頼だったので皆には伝えなかったのだ。ノスリにはこの賊がノスリの名を騙ったなどと言い含めて、汚名返上の機会だと言ってこっちに引き込んだ。

 一応、今回の策はこうだ。まず賊の居場所を確認したあと、オシュトルが賊を討伐に向かう日を確かめる。そしてオシュトル達が突入する少し前に自分達が侵入し賊の頭目を拘束してノスリの服を着せ、その後自分達で賊どもを殲滅しオシュトル達に引き渡す、それをノスリだと偽れば事はそれで終了だ。大罪人の言葉に誰も耳を貸すはずもないしそこから事が露見する事もない。

 ちなみにこれを話した時の各々の言葉だが“初めて邪気のない悪意というものを目の当たりにしましたよ、本当に素晴らしい。貴方が僕達の敵でなくて助かりましたよ”とオウギが、“効果的なのは判るけど、ちょっと寒気がするかな”とクオンが、“某にはそのような非情な策は思いつかなかった。心苦しいがその賊どもには贄になって貰おう”とオシュトルが、皆なんか予想以上の高評価だった。

 一応賊の頭目を拘束する前に賊達と戦闘になる可能性もあったが、賊の頭目は部屋に一人でおり、なおかつその部屋の前には見張りはいなかった為、実にスムーズに事は運んだ。もともと討伐される予定の賊どもだったし、さらにヒト攫いとくれば自分達の心も痛まない実にすばらしい作戦だったと言えるのではなかろうか。本当はモズヌでも良かったんだが、こちらの賊は少人数で自分達だけでも討伐が容易いと思われた事に加え、オウギが言うにはあいつ等は近々賊からは足を洗うつもりのようだったので今回は見逃すことにした。。

 

「さて、二人ともそろそろ帰るかな。ルルティエが晩御飯を作って待っていてくれるはずだし」

 

「む、そうか。それなら待たせるわけにはいかんな。それにルルティエの作るご飯は絶品だからな、食いっぱぐれると損だ」

 

「そうですね、姉上。そろそろ帰りましょうか」

 

 それとこいつら二人はオシュトルの命で自分達がお目付け役を任され、隠密衆として行動を共にする事になった。なんかオシュトルがうまく言い含めたらしく奴らも納得している。配下の者達は流石に自分達だけでは管理のしようもない為、オシュトルの勧めで近隣の村なんかに出稼ぎにでているようだ。ほとぼりが冷めるまではノスリは外に出る事は出来ないし、オウギはオウギでオシュトルから諜報の依頼を受けているようで捕物の時くらいしか駆り出せないが、まぁ腕は確かだしその時には当てにするとしよう。宿代なんかはこちら持ちだし、ごく潰しが増えただけとも言えるがな。

 

「ああ、今日はお前達の為に歓迎の宴を開く予定だからな。楽しんでくれ」

 

 ま、仲間が増えるのは良い事だし、なにかとトラブルを持ちこんだり持ちこまれたりした間柄ではあるが遺恨は無い。それに二人とも性格的には信用できるしなんとかなるだろう。今日はとりあえず宴を楽しむ事にするとしよう。

 

 こうして自分達に二人の仲間が増える事になり今回の事件は幕を閉じた。ノスリ達の宿代当座分をオシュトルに請求し奴が渋い顔をしていたが、まぁそれくらいは負担して貰おうじゃないか。 



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出会いにして再会11~鎖の巫~

出会いにして再会11~鎖の巫~

 

 

「自分達は上手くやったよな?」

 

「……というより、うまくやりすぎた……と言った方がいいのかな。それで逆に不信感を持たれたのかも」

 

 ノスリの偽物が捕まってから数日、自分とクオンはオシュトルに呼び出され奴の執務室にいた。もしかしたら先日の件が露呈したのかもしれないと戦々恐々としながらもそこでオシュトルが来るのを待っている。

 ほどなくオシュトルが現れ自分達の前に座った。

 

「またせたな」

 

「で、何の用だ?もしかして例の一見がばれたのか?」

 

「そうではないが、もしかしたらその方は良かったかもしれぬ。実は姫殿下を御救いした事を、さるお方がとてもお喜びになられてな……」

 

 オシュトルが言うにはその人物が直接労を労い、褒美を与えたいと言い、自分達の代表……すなわち自分を呼び出すようオシュトルに命じたということだ。さるお方とは帝――この國の現人神として崇め立てられる存在その人だ。そして自分の兄でもある。今回の件自分が帝の弟である、という事は無関係ではないだろう。というかそれが無ければアンジュの一件では呼び出しをするには弱すぎるというところか。

 

「姫殿下を救出し誘拐犯も召しとったのだ。聖上がお喜びになられるのも無理はない」

 

「うまくやりすぎたってことか……」

 

「そういうわけだ。さっそくですまぬが、登城するので同行願いたい」

 

 行きたくはないが仕方ない。そうオシュトルに促され腰を上げる。そんな自分をオシュトルは意外なものを見たという風に見て来ていた。

 

「其方はもっと渋ると思ったのだがな……。まぁよい、その方が面倒が少ないのでな」

 

「行かないって選択肢が最初っから存在しないんだ。渋るだけ無駄だってのも判ってる。だったら早く終わらせた方が建設的だってだけだ。じゃクオンちょっと行ってくるから」

 

「うん。いってらっしゃいハク。帰ってきたらめいいっぱい労ってあげるかな」

 

 クオンにそう見送られ、オシュトルが用意した衣装に着替えてから屋敷の前に用意されてあった車に乗り込むと自分とオシュトルは登城したのだった。

 

 

「遠来の客人、ハク殿。いざや参られたまえ」

 

 そんな言葉と共にオシュトルと共に謁見の間へと入る。

 

「某がするようにふるまえば良い。頭を下げたまま前に進み、某と同じように玉座の前で膝をつく。聖上が面を上げよと仰ったら、顔を上げる。お聞きになった事は素直に応える。褒美を賜ったら礼を言う。ただそれだけだ」

 

 オシュトルはそれに加えて聖上は自分が市井の民だと知っていて多少の間違いや無作法は気にしないだろうと言ってくれる。

 自分は先導するオシュトルに従って進み、玉座の前で膝をつく。正直ヤマトの重鎮たちが右に左に並ぶこの場は居心地が悪いなんて話ではないがそれを言っても仕方がない。戦闘時のように意識を切り替えその場に臨んでいた。多少の間違いは許されると言ってもそれをしてしまうのも癪だしな。

 

「聖上におかれましては、ご機嫌麗しくお過ごしであらせられましょうか?このオシュトル、参内にあたり、件の御仁ハク殿をお連れ致しました」

 

「……その方がハクか?」

 

 オシュトルの言葉より一定の沈黙のあと、そんな声が響く。威厳に満ちてはいるが、その声は先日言葉を交わした自分の兄であると思われるミトと同じものだ。

 

「その顔、よう見たい。面をあげよ」

 

「は……」

 

 その言葉にそろりと顔を上げる。目の前の玉座には顔を簾のようなもので隠した老人がいた。少なくとも見える部分だけでもミトと同一人物だろうと判断できる。その傍には自分の考えを裏付けるように姉さんと瓜二つの女性――ホノカさんが控えている。

 

「さて、ハクよその方が賊に囚われた我が娘を救い出したそうじゃな。余はその方の活躍、実に感じいった」

 

「は、身に余るお言葉……」

 

「天晴れである。その方に褒美をとらす」

 

 そういうと帝はホノカさんに目配せし、“例の‘モノ’をこれへ”というとホノカさんが承知した事を告げ深く頭を下げた。

 どこからともなく、突然楽が奏でられる。優美で風雅な、どこか魅惑的な旋律で自分は思わず聴き入ってしまった。すると二つの影がまるで飛んできたかのようにフワリと自分の前に舞い降りた。……これはあの二人組か?見た事のある顔まですっぽりと覆う外套にそう判断する。

 二人組は互いに背を合わせ彫像のように動かなかったが突然魔法が解けたようにサッと手を上げ、対照的に身を翻して煽情的にに腰を揺らしていく。曲に合わせ両手で音を刻むようにしながら下ろしていき二人は距離を置くように大きく足を運んだ。そして次の瞬間二人をすっぽりと覆っていた外套が脱ぎ棄てられると、そこには対照的な肌の色をしていたが双子なのか瓜二つの顔をした美しい少女達がいた。絹のような髪に陶磁のように極め細やかな肌、どこか作り物めいた美貌の少女達が舞う。

 

 自分は外套の中身が女性だった事についてはあまり驚いていなかった。なぜかそんな予感がしていたからだ。しかしその少女達を見た時に自分の中で記憶がフラッシュバックする。それは自分が大神の空蝉となってからの数年間、彼に付従った巫達――ウルゥル、サラァナの双子の記憶。自分の目の前で踊る双子と共に世界を回った記憶だった。相も変わらず大戦の事についてはおぼろげにしか思い出せないが、彼女達と共に旅をした事については鮮明に思い出した。きっと二人が自分の巫女としての立ち位置にあった事も無関係ではないのだろう。

 

 自分がそんな事を考えている間に楽は鳴りやみ、二人の少女が自分のまえに膝まづいていた。そこに帝の声が響いた。

 

「『それ』が其方への褒美だ。好きにするといい」

 

 帝の言葉に高官たちがざわめく。

 

「は?」

 

 自分は戸惑いの声を上げるが、周りは気がつかずにざわめきを上げるばかりだ。目の前の二人を見ると、自分を見上げてきておりその目には畏怖と警戒、それに……これは期待か?どうにも複雑な感情が浮かんでいるようだった。

 

「ウルゥル」

 

「隣が姉のウルゥル。わたしはサラァナと申します」

 

 足に感じる湿った感触。そこには自分の足の甲に口づけする二人の姿があった。その事に動揺するもなんとか顔には出さないように努める。

 

「ここに誓いを」

 

「わたし達の全てを捧げる証をここに」

 

「「主様に、永久なる忠誠を」」

 

 そう言う二人を視界の端に納めながら帝を見上げると帝から声が降ってきた。

 

「今この時より、その者達は其方のモノだ。肉体も、魂も、すべてがな。大切にするもよし、弄ぶのも良し、その全てが許される。ハクよ、有意義な時であった。また何れ、会う時を楽しみにしているぞ」

 

 帝はそう言い残すとホノカに車いすを押されその場を後にする。玉座だと思っていた椅子は豪華な車いすだったようだ。自分は唖然としながらもそれを見送ると二人の少女に目線をむけた。……きっと前の時もこいつらを同じような流れで帝から賜ったのだろうが正直扱いに困るなんてもんじゃないぞこれ。クオンになんて説明するか……。ちゃんと説明すれば判ってくれ……るといいなぁ。自分がそう思っているとホノカさんが振り返ってこちらに言葉を掛けてきた。

 

「どうぞ、娘達を可愛がってあげて下さい」

 

「……は?」

 

 自分の声に答えずホノカさんは車いすを押すと奥へと消えて行った。

 

「帰るぞ、急いだ方が良い」

 

 周りのざわめきが収まらぬ中、オシュトルが自分にそう声を掛ける。この混乱に乗じて退散した方が良いという事は判ったのだが時すでに遅く、周りからは戸惑ったような声が聞こえ始めていた。

 

「ど、どういう事にゃも!?こ、こ、このような末々の若造が――」

 

「姫殿下を御救いしたとはいえ、これは行き過ぎでは……」

 

「巫を……聖上はなにをお考えに……彼は……それほどの存在なのですか」

 

「…………」

 

 その場にいた八柱将を筆頭とする面々から次々に戸惑いの声が上がる。この場にいる八柱将は『七光りのデコポンポ』『調弦のトキフサ』『影光のウォシス』『剛腕のヴライ』『聖賢のライコウ』の五名。ヴライとライコウは沈黙を守っているがその他の三名からは戸惑いの声が上がっていた。

 

「静まれぇ!!」

 

 この場にいたミカヅチのその声でその場は静まり、自分とオシュトルはその場を後にしたのだった。

 

 

「さて……まさか、このようなことになるとはな。面白い、つくづく其方は数奇な人生を送る運命にあるらしい」

 

「……やっぱり今回の件はなにか変なのか?」

 

「一言でいえば『あり得ぬ』。いくら姫殿下の窮地を救ったとはいえ、まさか巫を下賜してくださるとは」

 

 聞きたくは無かったが、聞かないと今後困った事になりそうだったため、オシュトルの説明に耳を傾ける。この二人は『大宮司』を務めるホノカさんの娘で『鎖の巫』とよばれる存在で高名な宮司や巫を排出した家の出身。その力は特別な役目にのみ用いられてきたそうだ。鎖の巫については覚えている。帝がウィツァルネミテアに対抗する為に作りだした特別な種だったはずだ。……兄貴、やっかいな者を預けてくれたな。これで自分はこの國の高位の者たちに目を付けられる結果になっただろう。これがどう今後に影響してくるのやら。

 

「これで其方は我等柱石にも一目置かれる存在となった。いい意味でも悪い意味でもな」

 

「そりゃ厄介な事に巻きこまれるってことか……」

 

「言ったであろう、数奇な人生を送ると」

 

 オシュトルは諦めろというような表情でそう言うと、面白そうに自分を見てくる。

 

「……はぁ、それについては受け入れるしかなさそうだが、こいつらの事クオンにどう伝えるか……」

 

「ククッ、それこそ某の知った事ではあるまい。まぁ上手く説明する事だな」

 

 そう溜息をはく自分にオシュトルは忍び笑いを洩らしながらそう言ったのだった。

 

 

 その場にいつまでも居ても仕方ないので外に戻る事にする。門を出るとクオンが待っていたようで自分に声を掛けてきた。……もうちょっと心の準備をしたかったのだが仕方ないか。ちなみに二人は自分の一歩後ろに控えるようにして着いて来ている。

 

「おかえり、ハク。ご褒美って、どんなのだった?帝から直々にって、どんな凄いご褒美かな?」

 

「ああ、そのことなんだが。オシュトル、おまえの屋敷の一室を貸してくれるか?クオン説明はそこでするよ」

 

「ああ、構わぬ」

 

「?わかったかなハク」

 

 自分の言葉にクオンは訝しげにするも、頷いてくれたのでオシュトルの屋敷に向かう事にする。道中、自分が連れている二人の少女についてクオンが尋ねてくるが(なんか視線が険しくなっていた)それも含めて説明すると言ってオシュトルの屋敷に急いだ。

 

 

 場所は変わってオシュトルの屋敷の一室、そこで自分達は部屋の真ん中にある円卓を囲むように座っていた。流石に褒美の件について感づくところがあったのだろう。クオンが険しい表情で、かつシッポを見せつけるようにゆらゆら揺らしながら自分に尋ねてくる。

 

「で、ハク。ご褒美はなんだったのかな。あとその二人は……」

 

「……ああ、説明するよ。で、結論からいうとご褒美はこの二人だった。帝からの褒美という事で返すわけにもいかんしどうしたものか……。ウルゥル、サラァナ、こいつはクオン、自分の恋人だ」

 

「……ウルゥル」

 

「……サラァナです」

 

 クオンは二人の自己紹介を聞いて急に呆然とした後、急に頭が痛くなったようなようで苦しそうな表情で頭に手をやる。少しするとその表情ももとに戻り少し納得したような表情を見せた。かの大神に近しい存在だったこの二人については少しだけ奪われていない記憶もあるようだしクオンも少しだけ納得できるような記憶が蘇ったのだろう。

 クオンは居住まいを正すと顔を引き締めて二人に声を掛ける。

 

「私はクオン。……二人は私がウィツァルネミテアの天子だって事、気がついてるよね?それとハクの事も」

 

 クオンの問いかけに二人はコクリと頷くと口を開いた。しかしクオン、急に確信を突きにいったな。

 

「「ウィツァルネミテア」」

 

「お父様が存在を予言し、唯一恐怖を抱かせし存在」

 

「わたし達はそれを鎮める為に創造された鎖の巫」

 

 二人はそう言うと自分の方を見てくる。この二人は自分が大神の空蝉だと言う事は把握しているし、クオンの事も会った段階で把握できているのだろう。それから導き出されるこの視線の答えは……。

 

「自分もクオンもヤマトに害をなすつもりは無い。そう兄貴に伝える事はできるか?」

 

 自分がそう言うと二人は若干驚いたように目を見開いたが頷くと口を開いた。

 

「「御心のままに」」

 

 そう言うと同時に二人が自分とクオンに向けていた警戒が消えて行くのを感じ取る。畏怖はまだ残っているが自分やクオンを通じて大神の気配を感じる事が出来るのなら当然の反応だろうな。

 

「さて、とりあえず懸念事項も片付いたみたいだし、一旦宿に……って何してるかな!?」

 

「?主様を癒してる」

 

「わたし達のお仕事です」

 

 自分も気がつかぬ間にウルゥルとサラァナの二人は自分にしな垂れ掛るように抱きついて来ていた。それを見てクオンが怒りの声を上げる。

 

「ウルゥル、サラァナ離れてくれ。自分にはクオンが居るしそういうのはいいから」

 

「いいえ、主様の世話はわたし達の仕事です」

 

「お食事から御休みまで」

 

「床にお風呂にお不浄まで、すべてわたし達がお世話いたします」

 

「存在理由」

 

「主様の全てを受け入れる。あんなコトやそんなコト、具体的には…………してもらう」

 

「その為にわたし達は存在しています」

 

「ち、違ッ!」

 

 自分がやめるように言うも、二人はやめる気が無いのか離れる気配がない。自分の言葉に返答するようにウルゥルの口から女性が口にするとは思えない具体的な卑猥な内容が垂れ流される。クオンはそれを聞いて顔を赤くしていたが限界を超えたのかウルゥルとサラァナを引きはがし自分をその腕の中に抱え込んだ。

 

「ダ、ダメかな。ハクは私の!ちょ、ちょっとした事ならいいけど食事はだめ、あとお風呂もお不浄も。あと伽なんてもっての他かな!それは私がするから!!」

 

「(ちょ、クオン何言って……、いや実際そういう事もやってるけれども)」

 

 暴走するクオンを止めたいがクオンに口をふさぐ形で抱きかかえられている為、言葉を発する事が出来ない。ああ、でもクオンの匂いがして安心するなぁ……ってそうじゃないだろ自分。

 

「伽?」

 

「これまでの伽はあなたが?」

 

 二人はクオンが言った“伽”に特別に反応を示しクオンにそう聞く。正直流してくれた方が助かったんだが……。

 

「――――ッ~~~~~!?」

 

「情報提供を求む」

 

「参考までに主様の性癖や、趣味趣向などの情報提供をお願いします。性的な意味で」

 

 その言葉に自分を抱きしめるクオンの力が強まっていき、ついには息が出来ないくらいに強く抱きしめられた。動けない自分の意識は段々と闇に沈んでいき―――

 

「だから、ダメ――――!ハクは私のかな!!」

 

 そのクオンの声を聞いた後は意識が闇に飲み込まれた。

 

 

「あ、ハク気がついた?」

 

「……ここは?」

 

 意識が覚醒する。見るとオシュトルの屋敷の一室のようだ。自分はクオンに抱きしめられて息ができずに昏倒したんだったか。それと妙に心地いいと思ったらクオンの膝枕で寝ていたようだ。申し訳なさそうにするクオンに気にするなと言いつつ体を起こす。

 それとほぼ同じタイミングで自分とクオンの前に茶が置かれ声を掛けられた。

 

「「どうぞ」」

 

「お、すまんな」

 

「ありがとうかな」

 

 ウルゥルとサラァナがお茶を置いてくれたのでとりあえず口に含む。うん、うまい。ルルティエが淹れた茶と同じくらいには上手いなこれは。クオンも自分と同じように思ったようで少し驚いた顔をしていた。

 

「まさか、ルルティエと同じくらいうまいとはなぁ」

 

「うん、私も驚いたかな。でも本当においしい。ありがとう二人とも」

 

「「恐悦至極」」

 

 二人はそう表情を変えずに頭を下げるとそうするのが当然とでも言う風に自分とクオンの両隣りに跪いている。なんかクオンに対する態度が少し違うのを気になって尋ねてみると、主人の奥さま(予定)に敬意を払うのは当然だという答えが返ってきた。あとは伽の先輩ですのでとかわたし達は愛人枠でとかなんとか言っているがその予定は自分にはないぞ。クオンも複雑そうにしながらも諦めたのか苦笑いだ。

 

「さてそろそろ、いい時間だし白楼閣に戻るか」

 

「そうだね、皆への説明は……私も協力するけどハク頑張ってね」

 

 そろそろ白楼閣に戻ろうかとクオンと話していると、袖を引かれる。そちらを見るとなんか首輪と鎖を持った、ウルゥルとサラァナがこちらを見ていた。

 

「お持ちかえり」

 

「わたし達が主様の物になる為の儀式です」

 

 ウルゥルとサラァナはその首輪を自分で付け首輪に繋がった鎖を自分へと差し出してくる。正直梃子でも動かない気配を感じるぞこれは。自分はクオンと引きつった顔を見合わせたあと、オシュトルに車を用意して貰って白楼閣へと帰る事にしたのだった。



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兄との再会~うけつぐもの~

4年間愛用していたPCが先週の休みにご臨終なされました。

新PCでの初投稿です!


兄との再会~うけつぐもの~

 

 ウルゥルとサラァナの二人は仲間達になんとか受け入れられた。最初は自分に冷たい視線を送って来ていた女性陣もクオンの説得のお陰で現在は態度が軟化してきている。正直ルルティエからの視線とネコネからの視線はきつかったからな……。ノスリはそれも男の甲斐性というものだろうと気にしてなかったが。アトゥイは……どうでもいいか。あと二人が来てからルルティエが少し落ち込んでいたが、今は前にもまして自分とクオンに世話を焼いてくるようになった。それとこの数日の間にムネチカも自分達に謝罪をしに尋ねてきて、なにがあったのかは知らんがルルティエと仲良くなり自分たちにも馴染んでいるようだ。なんか今度はアンジュも連れてくると言って本当に連れてきたのは驚いたな。

 二人はいろいろと騒動を起こしながらも自分達との生活に馴染んでいる……正直クオンと一緒に寝ているところに忍びこんでくるのは勘弁だが。

 

 そして二人が白楼閣に来てから数日後の深夜、自分はまたあの場所に招かれていた。

 

「良く来てくれたのう客人」

 

「こんな時間にお呼びして申し訳ありません。ご迷惑ではありませんでしたか」

 

 ミト――いや兄貴とホノカさんはそう言って前のように出迎えてくれた。前とは違い自分もこの老人が兄貴だと気がついている為、この茶番のようなやり取りに少し苦笑が漏れたが。

 

「ああ、迷惑ではないよホノカさん、兄貴(・・)

 

 自分がそう言うと二人は驚いたようにこちらを見てくる。どうやら双子はまだ報告して居なかったようだな。今の段階で気がつかれているとは思っていなかったのだろう。固まる二人を見ながら自分は椅子に腰かけ、話をする姿勢をとった。

 

「「どうぞ、お茶です」」

 

 自分をここに案内してきたウルゥルとサラァナがそう言って自分の前にお茶を置いてくる。それにありがとうと返し、改めて兄貴と向きあった。兄貴は驚愕からは立ち直ったのか、静かな眼差しで自分を見てきている。

 

「……気がついておったのか、ヒロシよ」

 

 兄貴のその本気なのかボケなのか判らない言葉に肩の力が抜ける。自分は昔の名については全く覚えていないが確かヒロシという名前では無かったはずだ。それはちぃちゃんが見ていた、昔のアニメの主人公の父親の名前(声が似ていると言われ延々と真似をさせられたので覚えている)だろうが。

 

「……自分は少なくともそんな名前では無かったぞ兄貴」

 

「ふむ、ではホランドだったかの?」

 

「違う」

 

 その後も兄貴は達也、マース、アリー他にも色々と名前が出てきたが欠片もかすっている気配さえもない。自分が若干呆れた気配をしていたのに気がついたのだろう、咳払いをすると話を戻してきた。

 

「うほん、長く生きていると色々な物を忘れてしもうてのぉ。正直お前の顔は覚えていても名前は思い出せんのじゃよ」

 

「ならハクでいい。自分も名前については思い出せんし、今の自分はハクだ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

「そうか、ならばハクよ、いつから気がついていたのじゃ?まさか初めて会った時からではあるまい」

 

「ああ、気がついたのはその後だ。兄貴を謁見の間で見た時だよ。ホノカさんやアンジュ、気が付ける要素はいくらでもあったっていうのに自分も間抜けだなと思ったもんだ」

 

 兄貴は雰囲気を戻すと自分にいつ気が付いたのかと聞いてくる。自分はそれに時期に関しては誤魔化して話した。正確にはクオンに教えて貰ったが正しいからな。

 

「しかしなんで兄貴がヤマトの帝を?それになんで生きている。いや生きていてくれた事については嬉しいんだが、正直寿命で死んでないとおかしいはずだ」

 

「そうさなぁ、どこから話したものか……」

 

 自分の疑問に答えるように兄貴は昔話を始めた。

 

 自分が兄貴の実験の被検体として志願し眠ってからしばらくして、誰の手による物かは分からないが、気象制御衛生アマテラスによって人類の施設が攻撃され、人類はその数を大きく減らしたそうだ。幸い兄貴達が居た施設は攻撃されずに生き残ったらしいが、自分はその時の攻撃の余波による地殻変動で施設の場所が判らなくなったらしい。

 

 そこまで話すと兄貴はお茶を口に含み一息つく。自分としてはそんな事になっていたとは、としか言えんがまだ話には続きがあるようで再度口を開いた。

 

「しかしそこからが、人類の本当の絶望の始まりだったのだ」

 

「……なにがあったんだ?」

 

 自分の問いかけに答えるように兄貴は話を続けた。

 

 しかしそれからさらに人類は苦難の時を迎える。突然人が赤いゲル状の生き物(現在のタタリ)に変貌し他の人間を襲い始めたのだ。いつ隣人が自分を襲う脅威に変わるのか判らない状況の中、人類はお互いに殺し合い、お互いを信じることさえできなくなっていったという。その時に姉さんやちぃちゃんもタタリに変貌し、兄貴は泣く泣く別の研究所に移ったのだそうだ。

 その後、周りの人間は全てタタリとなったが、兄貴は自身の研究の被検体として自身で臨床実験をした影響か、タタリになる事は無かったらしい。その後、自身の研究の成果によって兄貴は外の世界に出る事に成功するもそこには荒野が広がるばかりで絶望したそうだ。

 兄貴は研究所に戻り、自分以外の生きている人間の痕跡を探したそうだが見つからず、その時に自分がハッキングして手に入れていたアイスマン計画のデータを見たらしい。孤独に押しつぶされそうになっていた兄貴は一抹の希望に縋るようにそのデータから獣人(デコイ)を生み出し彼らと一緒に暮らし始めたという。ちなみにアイスマン計画とは氷の中から見つかった旧人類の遺伝子を元に新しい種を生み出すという研究だ。

 

「しかし、それでは儂の孤独は癒されんかった。デコイ達は良く働き、増え、儂を慕い頼った。しかし、儂にはどうしても彼らを同族だと思う事が出来なんだ。そのときにお主の事を思い出した。もしかしたら生きているかもしれんとな」

 

「それがこのヤマトとどう繋がるんだ?」

 

 自分の問いかけに頷くと兄貴は話を続ける。

 

 兄貴は自分を慕う獣人達をまとめ上げ國をおこした。ヤマトの前身にあたる國だ。兄貴が自分の知識、技術、ノウハウなんかを惜しみなく与えたお陰でその國は瞬く間に広がり、近隣諸国を併合し続けた。いつしかその國はヤマトと呼ばれるようになり兄貴は帝と崇めまつられるようになる。そうして今のヤマトが誕生したんだそうだ。だが兄貴の目的は別にあった。ありとあらゆる遺跡を調査するという目的が。國を併合していったのは自分が眠る遺跡を探し出すのが目的だったらしい。兄貴は延命治療を行いながら長い時間自分を探し続けた。しかし自分は見つからず諦めかけていたらしい。

 

「そして、そんなときにお前を見つけたのだ」

 

「そうか、大変だったんだな」

 

 万感の思いを込めてそう言い自分を見つめてくる兄貴に、そう短く返す。兄貴の苦労を思うと言えた事ではないが自分には実感が湧かなかった。自分にとってはクオン達は仲間だし同輩だと思っている。……自分も前の時間でクオンに発見された際に記憶を持っていたら同じ気持ちを共有できたのかもしれないとも思うが、自分としてはあのとき記憶を失っていて良かったのだろうと思う。そのおかげで本当に大切だと思える者に出会えたのだから。

 

「儂の命ももう短い。この時にお主と再会できたことは天よりの采配だと思うておる」

 

「……兄貴はもう長くは生きられないのか?」

 

「なにアンジュが……あの子が成人し國を動かす者として十分に成長するまでは持つ。そうさなぁ、あと十数年といったところか」

 

 兄貴の余命が幾ばくも無いと聞こえるような言葉に少し動揺したが、思ったよりも長く生きると聞いて胸をなでおろす。しかし帝の地位を継がせるわけでもないようだし、兄貴は自分に何をやらせるつもりなのだろうか?

 

「で、兄貴は自分に何をやらせるつもりなんだ?」

 

「ふむ、お主には儂の研究を引き継いで貰いたいと思っておる。着いてまいれ」

 

 兄貴は自分の問いかけにそう答えると、ホノカさんに車いすを押され何処かへと向かう。自分もそれに着いていくと双子も自分に付従ってきていた。

 

 兄貴が自分を連れて行ったのは完全に生きている、人類の施設のようだ。明かりは着いているしシステムも問題なく生きている。長い時間が経過しているにも関わらずこんな設備が生きているとはな。なるほどこれがヤマトの帝としての力の一端というわけか。

 しばらく進むと、エレベーター前でホノカさんが止まり、この先は自分と兄貴の二人で言って欲しいと言ってくるので、その場にホノカさんと双子を残しエレベーターに乗り込んだ。エレベーターが止まると兄貴の車いすを押してそのフロアの中に入った。

 兄貴はそこの中ほどで自分に止まるように言うと口を開く。

 

「お主に引き継いで欲しい研究とはタタリ――人類を救済する研究の事じゃ。救う事は出来なくともその永遠に続く生を終わらせてやりたいと思っておる」

 

 そうして兄貴はモニターを立ち上げるとある映像を映し出す。

 

「これは……全部、タタリ……なのか?」

 

「帝都の地下の映像じゃ。長い時を掛け、儂が秘密裏に集めさせた。今はどうにか休眠状態にすることができておる。儂はこ奴らだけでもどうにかしてやりたいと思っておるのだ」

 

 そこに存在したのは赤、赤、赤……画面一面を埋め尽くす、どれだけいるのかも判らないタタリの大群だった。兄貴はこいつらを楽にさせてやりたいという。正直自分がこの時代に戻る前の大神の空蝉の状態であったなら彼らを何とかする事も可能だっただろうが、ウィツァルネミテアの弱体化に自分との繋がりの希薄さなどの要素が重なり今は出来る事ではない。それに今の自分には空蝉として動く気が無いのだ。それならば普通に考えて人の手には余る物だとも理解できた。

 

「この施設にもレーザー兵器などはあるが儂が持つ権限ではこ奴らを葬り去るだけの威力を出す事は出来んかった。じゃから其方にはマスターキーを探して欲しいのだ。この施設の端末を通じて何処かに存在しているのは判っておる。それを儂の代わりに探して欲しいのじゃよ」

 

「マスターキー?それを探せばいいのか?」

 

 兄貴は自分の言葉に頷きを返し、引きうけてくれるかと問うてきたので、その件については了承する。もちろん今すぐにとはいかないと念を押しての上でだが。兄貴はそれで問題ないと了承の言葉をくれ、自分にもう一つ頼みがあると言ってきた。

 

「アンジュの事なのだが、儂亡き後お主が後見として支えてくれれば良いと思っておる。無論、研究の片手間で良い。今度会った時にでも、その事を認めた文と儂が全権を与えた者に託す印籠を其方に渡すとしよう」

 

「……判った。なぁ兄貴、アンジュはちぃちゃんの……」

 

「うむ、そうじゃ。あの子は娘の遺伝子を、そしてホノカは妻の遺伝子を使って創造した獣人(デコイ)じゃよ」

 

 自分は兄貴の言葉に頷きを返すと、一番気になっていた事を尋ねた。すると案の定予想していた答えが返って来て、判っていたことなのにも関わらず動揺が自分の胸中に広がるのが判った。あくまでアンジュはアンジュ、ホノカさんはホノカさんであってちぃちゃんや姉さんで無いのは判っている。それでも……

 

「……未練だな」

 

 兄貴にも聞こえないようにそう呟くと、今の仲間達を思い出す。大切な恋人に、可愛い妹に、自分を慕ってくれる少女に、弟分のような少年、世話の焼ける生意気な少女。そして最近仲間に加わった義の心を持つ女性に、その少女をどこまでも大事にする弟の男性、自分を主と呼ぶ双子の少女。没落貴族の友にその家族、親友。そしてアンジュにその教育係の女性、ホノカさん、兄貴。いろいろな顔が自分の脳裏に現れる。心の中で姉さんとちぃちゃんに別れを告げ、仲間達の方に一歩を踏み出すと二人が頑張れと言ってくれたような気がした。

 

 

 ある程度話を聞いた後、自分達は元の庭園に戻り、兄貴とホノカさんに見送られながら庭園を後にした。双子の先導で歩くと白楼閣へと着き、隣室に双子を押し込んで自分とクオンの部屋へと戻る。

 

「おかえり、ハク」

 

「……ただいま、クオン。双子が術で眠らせてるって言ってたが起きてたのか」

 

 部屋に入るといつものようにクオンが待っていてくれた。双子が術で眠らせたとか言っていたが実際はタヌキ寝入りしていただけだったようだ。

 

「あのくらいの呪法になら抵抗出来るかな。ただハクの家族との対面を邪魔するのも悪いし、今日は寝たふりしていたけれど」

 

「そうか……」

 

 柔らかく微笑みながらそういうクオンが優しく自分を抱きしめてくる。まったく、お見通しか……。クオンも自分の様子が何処かおかしいのを感じ取っていたのだろう、自分を頭を自身の膝の上に乗せると優しく撫でてくる。正直、今はこの温もりがありがたい。今日はいろんな事がありすぎた、とりあえず今はこの感触に身を任せる事にする。クオンの口から聞きなれた子守唄が聞こえ出し段々と自分の意識は闇に飲まれていく。

 

「ハク、おやすみなさい」

 

 クオンのその声を聞きながら自分の意識は闇に閉ざされた。



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ウコンとサコン~風来坊と飴屋~/出会いにして再会12~聖賢たる者~

ウコンとサコン~風来坊と飴屋~/出会いにして再会12~聖賢たる者~

 

 

 その日はオシュトルが紹介したい者がいると言って自分達を宴に誘い、白楼閣の宴会場に皆で向かっていた。フォウは何か感じる者があったのか今はココポの所に行ったようでこの場にはいない。その事実がオシュトルの紹介したい人物が並みの人物ではないのだろうという思いを自分に抱かせている。

 

「皆、良く来てくれた」

 

「美味い酒が飲めると聞いて、参上やぇ」

 

「ア、アトゥイさま……」

 

 自分達を出迎えてくれたオシュトルにそうあからさまに言うアトゥイにルルティエは困り顔でそう声を掛ける。ま、ただ飯ほどうまいものはないし、自分も心の中ではアトゥイに同意なのだが。

 

「構わぬよ。せっかく用意したのだ、遠慮せずにやっていただきたい。某が紹介したい人物も直にやってくるはずゆえな」

 

「うむ、そういわれたら、存分に楽しまねばな。折角の席だ、楽しまねば女がすたるというもの」

 

「流石は姉上、その通りです」

 

 オシュトルは一同のそんな態度を気にもせずにそう言うと、ノスリオウギの言葉など気にせずに紹介したい人物について話し始めた。なにやらその人物自分に並々ならぬ興味を抱いているらしく、オシュトルを通じて自分に会わせろと言ってきているらしい。……正直男に好かれても嬉しかないんだがな。自分が微妙な表情をしているのを感じたのだろう。オシュトルはフォローのつもりか自分にはヒトを引きつける魅力があるだのと言いだすが、だから男に好かれても嬉しくもなんともないっての。

 そんな風に話していると宴会場に新たな人物が姿を見せる。

 

「おお、ハク殿。会いたかったでおじゃるよ」

 

「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」

 

 マロはマロンさんに手招きされマロンさんとロロに挟まれる位置に腰を下ろした。若干自分の隣に座りたそうにしているが自分の近くの席はネコネ、ウルゥル、自分、クオン、サラァナの順で座っており、もう満杯なため諦めたようだ。マロンさんは手伝いなんかには結構行っている為、マロの普段の様子は知っているはずだが、上手くやっているか、オシュトルに迷惑を掛けていないかとマロに熱心に話しかけていた。ロロは久々にマロが居るのが嬉しいのか、マロの膝の上に座ってニコニコとしている。

 まさかマロの事かと、皆が思い黙っているとオシュトルが口を開いた。

 

「……もちろん、マロロではない。入ってこられたらどうだ」

 

 オシュトルがそう言うと、入口から人影が現れる。その人物は……

 

「おっほっほっ、これはまた綺麗どころが満載じゃわい」

 

 禿げ頭の爺さんだった。

 しかしあの男どこかで……ネコネに帝都を案内して貰ったあの時か。クオン達三人には綺麗な飴を、フォウには小さな飴を、自分にはギギリの飴をくれた……

 

「……飴屋のオヤジ?」

 

 自分の声でクオン、ルルティエ、ネコネの三人も思い当ったようでそれぞれにあいさつをする。その他の皆も何度か飴を貰ったりしていたようで挨拶をしていた。飴屋のオヤジはサコンと言うらしい。

 

「さこおじちゃ、こにちわ」

 

 ロロもそう言いながらオヤジ――サコンに駆け寄るとそう挨拶する。ウチの最年少にも好かれているようだな。

 

「おおロロちゃんか。ほれ飴をやろう」

 

「あいあと、さこおじちゃ!ははさま、さこおじちゃにきらきらであまあまのもらった!!」

 

「ありがとうございます。サコンさん」

 

 サコンは何処からか飴を取り出すとロロに与える。ロロはマロンさんに上機嫌に報告していた。サコンはそれに一つ頷いて返すとオシュトルの横に腰を下ろした。しかしなんで飴屋のオヤジが?まさかこのヒトの事を自分達に紹介したかったのか?

 オシュトルは自分の疑問に気が付いたのか皆を見まわしながら口を開いた。

 

「この男は某にとって、欠く事の出来ぬ者の一人。この男無くして、某のお役目は成り立たぬ。それこそ表に裏に、な」

 

 オシュトルの言う表と裏とはオシュトルとウコンの事だろう。ということはサコンは両方の事を知っていると言う事だろうか?自分が思わずサコンに目線を向けると目が合い、サコンはニッと笑った。その口元の笑みにある人物を連想するが流石にないか?……あまりに歳が離れすぎているように見えるし雰囲気からして完全に別人だ。……いや、雰囲気という意味で言ったらオシュトルとウコンもそうなんだがな。しかしサコンね……ウコンの名前と正体を知っていると、ある役職を妙に連想させる名前なんだよなぁ。

 自分がそんな事を考えている間にサコンはこちらに来ていたのか自分の目の前にドッカと腰を下ろす。

 

「お主とこうして差し向かって酒を酌み交わすのは初めてじゃな」

 

「……なんであんたがここに?」

 

「寝ぼけた事を、儂が主催なんじゃから当り前じゃろうに」

 

 その言葉に先程の懸念が強くなる。しかし可能性の段階だ、少なくともほじくり返す必要はないだろうし疑念は疑念のままにしておくかね。それより自分に何の用だろうか?

 

「で、自分に何の用だ?自分にはそんなにヒトの興味を引くような事柄なんて無いと思うんだが?」

 

「何を言うておるのじゃ。儂はお前さんに会いに来た。お前さんは自分が考えているより価値がある男なのじゃぞ?」

 

 サコンのその言葉に自分の中で、警戒度が上がっていく。考えられるのはウルゥルとサラァナの事、他には模擬戦とはいえ左近衛大将ミカヅチと引き分けた事だろうか?どちらにしても只の市井の者が得られる情報ではない。自分の警戒とは裏腹にサコンの口から出たのは実にどうでもいい答えだった。……いや、一部あたっていない事もなかったがな。

 

「知れた事!お前さんを呼べば、可愛い姉ちゃん達がついてくるのじゃからな!!この都一のモテ男がっ!!カーッ!!羨ましいのぉっ!!」

 

「……はぁ」

 

「どうしたんじゃい?急に頭を抱えおってからに」

 

「……わざわざそんな事の為に自分を呼んだのか?」

 

 正直頭が痛くなる返答にそう返すと、何故か怒られ、酒を注がれて乾杯の流れになった。何故だ?ちなみにサコン曰く“可愛い姉ちゃんを呼べるんじゃ!!そんな事とはなに事じゃ!”とのことらしい。サコンと同時に盃を煽り、酒を飲み干す。

 

「ほれ、盃が空になっておるじゃろが。盃を乾かす気か?」

 

「あ、ああ」

 

 サコンに促され盃を差し出すと酒を注がれた為、自分もサコンから徳利を奪い、サコンの盃に注いでやる。

 

「主様」

 

「おつまみです」

 

「嬢ちゃん、儂にもくれるかい?」

 

 サコンのその言葉にウルゥルとサラァナが確認の視線を寄こしてくるので頷いてやる。ウルゥルとサラァナがサコンにもつまみをやっている間に酒を飲み干すと隣のクオンから徳利が差し出されたので盃で受けた。

 

「はい、ハク」

 

「お、ありがとなクオン」

 

 サコンはその間ウルゥルとサラァナに貰ったつまみを食いながら女達を眺めていたようだ。その目線にいやらしい所は無く、女目当ての宴だとか言った割には意外にも紳士なのかもしれないな。

 そんな事を思いつつサコンを見ていると、その盃がほぼ空になっているのに気が付いた為、徳利を差し出す。妙な爺さんではあるが今日の勘定をもって貰っているし、これぐらいはな。自分の差し出した徳利に気がついたサコンは盃を差し出そうとするが途中でやめ“折角だしの”と言って女性陣の一人の名前を呼んだ。

 

「ネコネちゃんや」

 

「?」

 

 急に呼びかけられたネコネはきょとんとした顔でサコンを見た。そんなネコネにサコンは手にした盃を掲げる。なるほどネコネにお酌して貰おうってわけか。確かに前に会った時もネコネの事を特別扱いだったし、孫的な立ち位置でネコネが一番可愛いのかもしれんなサコンは。

 

「一杯だけお酌してくれんかの?」

 

「はぁ、別にかまわないですが」

 

 ネコネは何故自分が指名されたのか判らずに首を傾げつつも、サコンの盃に酒を注いだ。その酒をサコンは実に美味そうに飲む。

 

「ング――……ぷはぁ、ネコネちゃんが酌してくれた酒は最高じゃあ」

 

「兄さまが世話になっているとの事ですし、お酌だけで良いのでしたらいくらでもするですよ。あ、ハク兄さまもどうぞです」

 

「お、すまんなネコネ。――うん、美味い」

 

「それは良かったのです」

 

 ネコネは表情を変えずにそう言うと、自分の盃が乾いているのに気が付いて自分にも注いでくれる。それはそうと、そろそろこの爺さんの正体を知りたい事だし尋ねてみるかね。

 

「で、あんたは一体なにもんなんだ?ウコンの正体を知ってるって事はただの飴屋じゃないんだろ?」

 

 自分がそう問いかけるとサコンは盃を置き、表情を真剣な物にして口を開いた。

 

「『俺』とヤツとの関係か……百聞は一見にしかず、見て貰った方が早いだろう」

 

 瞬間、サコンの声音が変わり、雰囲気もいつか感じた物に変貌する。サコンはそう言い手ぬぐいで顔を一撫ですると、さっきまであれほど有ったしわが一瞬にして消える。次いで片方の手をスーッと頭の上に運びそのまま光る頭を手で掴み――

 

カポッ――、カポッ――

 

 実はかつらだったそれを持ち上げてから元に戻した。外した時の顔、あれは……ミカヅチだよな?

 

「判ったか?」

 

「…………まさかのあたりかよ」

 

「え、えと……あの……」

 

 先程までの和やかな雰囲気が消えうせ部屋には静寂が満ちている。正直かなり衝撃的な絵面だったからな、さっきのは。自分はもしかしたらという疑念を持っていたから皆よりは衝撃は少なかったが、それでもかなり驚いた。

 自分達の反応が薄い事を見たサコンは何回もそれを繰り返す。自分以外で最初に衝撃から立ち直ったのはネコネだった。

 

「ま、まさか……」

 

「ミ、ミカヅチさま……?」

 

 ネコネの言葉につられるようにキウルが声を上げたのをきっかけに皆再起動を果たし、一様に驚きの表情を浮かべる。

 

「……やっと気が付いたか。永遠に気がつかぬかと思ったぞ。もっともそこの男はあまり驚いていなかったようだが」

 

「最初に某と目があった時の笑みが、見覚えのある物で有りましたゆえ。それに加えサコンという名、“ウコン”を知っておれば左近衛大将を連想するのは当然の流れで有りましょう」

 

「……ふん。驚かしがいのない男だ。それとその口調はやめろ、さっきのままで良い。このような場で畏まられても気持ちが悪いだけだ」

 

 ミカヅチは自分にそう言うと、ネコネに目線を映しニィッと笑みを浮かべた。

 

「ひぅ―――」

 

 ミカヅチに睨まれ(?)ネコネはそう声を上げると、ものすごい俊敏さで自分の後ろに隠れる。さっきまでお酌してた相手だってのに、まるであの時みたいだな。ミカヅチの屋敷に行った後、ネコネにミカヅチについて話したことで少々態度は軟化しそうだったんだが、今回みたいな不意打ちでは仕方ないか。

 

「しかし、なんでこんな真似を?」

 

 自分がそう尋ねるとミカズチは前にオシュトルが話してくれたのと同じような話を語った。要は左近衛大将では出来ないような事をする為。ミカヅチの場合は民を見守る事に特化しているみたいだったったが。オシュトルのウコンと同じようなものだろう。

 

「なるほど……やっぱり普通のお方やなかったんやね」

 

「私もどれほどのものなのか興味あるかな」

 

 ミカズチの話しが終わるとアトゥイがそう言い、めちゃくちゃいい笑顔でミカヅチを見ている。正直あれは極上の得物を見つけた猟師の目だな。双子がアトゥイと会った時にアトゥイの事を戦場に咲く美しい花“シャッホロの狂い姫”と言っていたが今の様子や自分に槍で挑みかかって来た時の様子を考えると、さもありなんってところか。クオンもクオンで興味しんしんといった感じか。それとネコネ、自分に隠れながらへなちょこ拳法を披露するのはやめろ。大丈夫だと判っててもミカヅチが怒らないかひやひやするから。あとミカヅチお前微妙に傷ついてるよな?

 

「その男にでも聞け。前に戦った時は勝負は付かんかったがな」

 

 ミカヅチはそう言って自分に全てを放り投げると、二人の視線が自分に集中する。クオンは自身が知らない所でそんな危なそうな事をした事を咎める視線、アトゥイは……めちゃくちゃわくわくした視線だった。あと、周りの皆からの尊敬するような憧れるような視線が痛い。だから自分は大した事ないと何度も言っているだろうに。

 

「所詮木刀での模擬戦闘だ。お互いの得物で死合ったら結果は自分の負けだと思うぞ。それはそうとなんでそんな姿を?」

 

「ふむ、先程も言ったがお前は自分を過小評価するきらいがあるようだな。……まぁいい、この姿は俺の憧れなのだ」

 

 そう言うとミカヅチは何故こんな姿をしているのかを語った。

 ミカヅチは子供のころは大層な悪童だったらしく、大人達からも煙たがられていたそうだ。そんなミカヅチにも分け隔てなく接し、いろいろな話を聞かせたのが飴屋のオヤジだったのだという。武骨な手から生み出される飴細工、それに魅せられたミカヅチはいつの間にかそのオヤジが憧れになっていたのだと話した。

 

「クク、この俺が感傷か……よもやこんな気持ちにさせられようとはな。やはり貴様を見ているとあの飴屋のオヤジを思い出す。そう……おまえは飴屋のオヤジにそっくりだ。見た目ではなく雰囲気がな。故に俺が貴様を呼んだ。まぁ、模擬戦とはいえ俺と引き分けた男と話してみたかったのもあるが」

 

 そんな風に話していると周りからすすり泣く声が聞こえてくる。周りを見てみるとクオン、オシュトル、ウルゥルとサラァナを覗く全員が目頭を押さえていた。あと、オシュトルいつの間にか居なくなってるな。

 

「そのお姿にはそのような理由があったのですね。民を見守る為にそのようなお姿を……これならばミカヅチ様と気づくものはいないでしょう」

 

 キウルは目をキラキラうるうるさせながら“流石は兄上と対をなす御方”とか言っている。……確かに良い話だったがそこまでか?

 

「フン、そこまで深い考えはないぞ。面白そうだから奴の真似をしていただけの事」

 

「奴とは?」

 

 ミカヅチが言うには肩書がでかくなり過ぎて窮屈になって来た為、やってみようと思っただけらしかった。ミカヅチはそう言うとかつらを被りなおす。片手を顔に当てるとそこには皺だらけのサコンの顔が出来上がっていた。見事な変装だな本当に。

 

「まさか奴ってのは……」

 

 自分がそう言うとほぼ同時に、部屋の襖が勢い良く明け放たれる。皆が一様に注目するとそこにいたのは……

 

「いようオメェ等、待たせたな!」

 

 自分達をここに連れてきたオシュトルがウコンになり、腕を組んで立っていた。居なくなってると思ったらそういう事かよ。

 

「やってるかい、サッちゃん!」

 

「やってるぜ、ウッちゃん!」

 

 ウコンが親指を立てると、ミカヅチ……いや、今はサコンか、サコンも親指を立て返す。その正体を知っている自分達はそのあまりの変貌ぶりになんとも言い難い表情で黙りこむ。

 あまり仲がいいとは聞かない、寧ろ仲が悪いと良く聞く二人だ。その様子に皆が口々に意外だと言いあっている。アトゥイは“よく死合いをするなんて仲がいい証拠やぇ”とか言い、ミカヅチに良く分かってると言われ飴を貰っている。……いや良く死合っている奴らの仲がいいとは誰も思わんからな普通は。これだからバトルジャンキー共は……

 

「あ、兄上。またそのような格好を……もう少し品性というものを」

 

「なんでぇ、まるで品性が無いような言い方じゃねぇの。さっきはサコンを持ち上げていたじゃねぇか。あっちは良くてこっちはダメなのかい?」

 

「そ、そう言う事では……」

 

「ま、その通りなんだけどな!」

 

 キウルが窘めるようにそう言うと、ウコンは不満げに返すがその直後にはそう言って開き直る。どうしてこの男はこうオシュトルの時と違いすぎるんだろうか。見ろ自分の後ろでミカヅチを威嚇していたネコネが死んだ魚のような目を……

 

「ここにいるのは風来坊のウコン」

 

「そして飴屋のサコン」

 

「「品性などクソ食らえよ!!」

 

 そう言いながら豪快に笑う二人を見ながらキウルもネコネ同様に死んだ魚のような目をする。

 

「……ごめんネコネ。なんていっていいのかわからない。あ、でも男のヒトって少なからず子供っぽい所があるから、あまり気にしない方が良いかな」

 

「…………」

 

 クオンはそういながらネコネに近づいてきてその頭に手を置くと優しく撫でる。自分もネコネの肩に手を置き、処置なしという風に軽く首を振った。

 

「ふふん、少年の心と言って欲しいね」

 

「まったくじゃ、遊び心というやつよな」

 

 だからお前達のは行き過ぎてるんだよ。心の中で自分がそう思っているとウコンが自分に、いまの自分達をどう思う、と聞いてくる。

 

「……自分は堅苦しいのはあまり好きじゃないから別にどうも思わんがな。もう少しネコネの前では抑えろよ?」

 

「むぅ……」

 

「がっはっはっ、それを言われちまうと弱いぜ!しかしそれなら、アンちゃんも俺達の仲間だな!」

 

「その通り!おい、マロロ、お主もこっちに来て飲まんか!」

 

「おじゃ!ちょ、ちょっと待つでおじゃる」

 

「おう!ついでにキウル、オウギお前たちもな!」

 

「ついでって!!」

 

「ふふ、僕もですか」

 

 正直言って全く嬉しくないんだが……自分がそう思っている間にサコンはマロにウコンはキウルとオウギに声を掛けこちらに呼ぶ。マロもキウルも流石に嫌なのか、微妙な表情をしている。そして二人はその場の全員(ネコネは除く)を仲間だと言って引きこむと乾杯のやり直しだと言って盃を掲げた。

 

「「かんぱーい!!」」

 

『乾杯!!』

 

 皆がそう声を合わせる中、ネコネだけが死んだ魚のような目のまま、ポツリと呟く。

 

「もう好きにして欲しいのです……」

 

 自分はネコネの心中を察し、目頭を押さえながらネコネの頭をそっと労わるように撫でた。

 

 

 

「ミカヅチが?」

 

「ハイなのです。わたしとハク兄さまの二人で来るようにと言伝があっているのです」

 

 あの衝撃の宴から数日。その日詰め所を訪れたネコネは自分に困惑した視線でそう言った。ふむ、何の用だ?一応あの宴で友と呼べる間柄になりはしたが、“ミカヅチ”と自分には表向き接点は何もないはずなんだが。

 

「……いまだにあの人があの飴屋のお爺さんだとは信じられない思いなのですよ」

 

「ああ、自分もだよ。しかし奴とオシュトルのの関係が良好と判っている以上、特に危険なことは無いだろう。よし行くとするか」

 

 自分の言葉にネコネも渋々と言う風に頷いたので皆に一言言ってから、二人で白楼閣を後にした。

 

 

 自分とネコネは程なくミカヅチの屋敷に到着し、ミカヅチの侍従ミルージュの案内でミカヅチの屋敷の中を歩く。

 

「しかし、ミカヅチ様は某達になんの用向きが?先日のように何か届ける物があるというわけでもないのだが」

 

「それについては私の口からは……ミカヅチ様直々に御説明があるはずです。『ククク、楽しみにしているがいい』とのことでしたので」

 

 ミルージュにそう聞くも知らされていないのか、口止めされているのか判らんがそう返してくるだけだった。今はミカヅチに客が来ているらしく奥で待っていて欲しいとの事を説明されながらミカヅチの執務室の傍を通り掛った時に声を掛けられる。

 

「だれか来たのか?」

 

「!?」

 

 その声に自分は誰と会った時とも違う、しかし似た懐かしく思える感情が湧きあがってくるのを感じていた。それは好敵手に会えたような高揚感、懐かしい友に会えたような嬉しさと懐かしさ、そして強大な敵に遭遇したような戦慄。今までにない感覚に自分は一瞬戸惑う。この声の主はいったい?

 

「え、えとっ!?こ、こちらその……ミカヅチ様がお呼びしたお客様で決して怪しい方では……」

 

 ミルージュは動揺しながらしどろもどろにそう返す。ミカヅチの侍従がここまで動揺するとは相手はいったい……。

 

「ふん、貴様に客人か、珍しい。槍でも降るのではないか?」

 

 ミカヅチの客だと思うのだが、ミカヅチを貴様呼ばわりとか本当にいったい何者だろうか?

 

「お、お気に障りましたのなら、すぐに退散致しますので!」

 

「構わん。ここに通せ。こいつの客とやらに興味がある。いいだろう?」

 

「ああ」

 

 ミルージュがすぐに退散すると言ったのだが中の人物は自分達を中に通せと言い、ミカヅチらしき声が同意を返す。ミルージュは額にびっしりと汗を掻きながら自分達に小声でお付き合い願えますでしょうかと言うので頷きを返した。ミルージュはそれに少し安心したような表情を浮かべると襖をあけ、部屋の中に自分達を案内する。そこに居たのは三人の人物だった。

 

「よく来たな」

 

 まずはそう呼びかけるこの屋敷の主であるミカヅチ。そしてその対面には先程の声の主と思われる背の高い男と、女性と見間違いそうな柔らかな風貌の少年が座っていた。しかし、雰囲気からしてただ者じゃない感じだが誰だろうか?その気配は武人というよりは文官寄り。しかし纏う雰囲気は軍人のそれで、やり手の軍師(この國では采配師と呼ぶんだっただろうか?)を思わせる。もう一人の少年はその侍従だろう。男よりも少し下がるように座っている姿からそう判断する。ミルージュは自分達をどこに置いて良いのか迷っているのか視線を彷徨わせていた。自分がそう思っているとネコネはその男を知っているのか小さく驚きの声を上げる。

 

「あ、あれは!」

 

「知ってるのか?」

 

「あ、あの方は八柱将の一人、ライコウ様なのです!?」

 

 ネコネは自分の横から一歩前に出ると頭を下げた。しかしライコウか。アンジュの生誕祭の時にクオンに聞いたが八柱将一の知将だったか。しかし何故こいつがここに?

 

「あ、あの、わたしは……」

 

 そんな風に言うネコネを見て、ライコウは何かに気が付いたかのように少し目を細める。そしてこちらに声を掛けてきた。

 

「貴様……オシュトルの妹か?」

 

「え、ええっ!?ど、どうしてその事を……?その事は一部のヒトしか……」

 

 そう問うライコウにネコネは驚きの声を上げ、疑わしげにミカヅチの方を見るがミカヅチは首を横に振る。その様子を見ながら自分は心の中で納得していた。八柱将一の知将と呼ばれる男だ、情報の重要性は良く分かっているだろうし、オシュトルの周囲を調べ上げていたとしても不思議ではない。もしかしたらウコンが周りを嗅ぎまわっていると言っていた人物も、こいつの手の者かもしれんな。驚き困惑するネコネにライコウは大したことではないとでも言うように言葉を掛けた。

 

「世を制するのは情報だ。そこの小娘がオシュトルの妹などという事は、とうに知れている。そして――」

 

 そう言うとライコウは自分に視線を向ける。その視線に自分が感じるのは声を聞いた時の感情をより大きくしたようなものだ。

 

「ハク、貴様がオシュトルの隠密として、あれこれ表沙汰に出来ぬ仕事をしている事もな」

 

「さて、なんの事かは某には理解出来ませぬが、なにやらそちらは某達を知っている様子。それはそうとこのネコネはウコンと言う者の妹で、某の義妹。オシュトル様に妹君など居なかったはずですが?」

 

 そう言うライコウに自分は思いっきり惚けてみせる。そもそもそれなりの情報網を持っていれば知られていてもおかしくはない情報ではあるし、こんな事で動揺していても仕方がない。それに、これで自分の表向きはそうなっているという意思表示はできたはずだ。

 

「クク、面白い男だ。そうか、貴様がそう言うのならそう言う事にしておこう。貴様が謁見した際に姿は見たがこうして会うのは初めてか。そこの小娘がすでに教えてくれたようだが、改めて名乗るとしよう」

 

 ライコウは面白そうに口元を笑みの形にしそう言うと、悠然と立ち上がる。

 

「ライコウだ。ヤマトの八柱将の一柱を授かっている。そして……」

 

 ライコウはそこで言葉を切り、ミカヅチへ視線を向けると続けて言った。

 

「そこのミカヅチの兄でもある」

 

 ライコウはそう言ってからミカヅチから視線を離し、自分に視線を向けてくる。ネコネは眼中にないって感じだな。確かにミカヅチの兄が八柱将だと言うのは先日に聞いたような気もするし、それならばこいつがここに居ても不思議ではないな。それはそうとこちらも名乗る事にしよう。

 

「これはご丁寧に痛み入りまする。初めましてライコウ殿。某はハク、こちらは某の義妹でネコネ、以後お見知りおきを。もっとも某のような市井の者とライコウ殿が関わる機会などそうはあるとは思えませぬが」

 

「ふ、鎖の巫を下賜された者が市井の者とはな……。それとこれはシチーリアだ、俺の副官をして貰っている」

 

「どうもご紹介に預かりましたシチーリアです。ライコウ様のお傍付きをさせていただいております」

 

 ライコウは自分の挨拶に愉快そうに笑みを浮かべるとそう言い、隣の少年を紹介してくる。それにしてもこの少年、ミルージュに似ている気もするが同じ部族とか一族の出の者なのだろうかと思っていると、自分の疑問に感づいたのであろうミルージュが自分とシチーリアは同じ部族の者だと耳打ちしてきた。それに自分が納得をしている間、ライコウはこちらに語りかける意図ではないのだろう。小さく何かを呟いていた。

 

「しかし、あのオシュトルがな、と思っていたのだがな。この男ならば納得もできる。知恵も口も周り、胆力もある。加えてミカヅチと打ち合えるだけの武威も持つ。……あのオシュトルが信頼するのだけではなく頼りにする事については興味深いが、この男ならばと思わせる何かもある。……ふむ興味深いな」

 

 何事かをライコウは呟くと自分に鋭い視線を向ける。そして自分に言葉を向けてきた。

 

「しかし貴様、何者だ?オシュトルがウコンの名でクジュウリからの荷の護衛をした際、貴様と出会った……そこまでは調べが付いている。だが、その先はプッツリと手がかりが途絶えてしまう。まるである日突然、この世に現れたかのようだ。ミカヅチと打ち合えるだけの武威を持ち、この俺と対面しながらも臆することなく話す胆力もある。貴様程の男が無名だとは思えぬのだ。貴様はいったい……」

 

「某はハク、ただのハク。ただそれだけ分かれば良いではありませぬか」

 

 自分がそう答えるとライコウの気配が緩み、ふっと表情を崩す。

 

「成程な。それが道理か。それに簡単に知れてしまう答えなどつまらん」

 

 そう言うとライコウはこちらから視線を外して自分達の横を通り過ぎ、障子に手を掛けた。

 

「もう帰るのか?」

 

「……ああ、もともと近くを通りかかったから、愚弟の顔を見によっただけの事。たまには母上の所に顔を出せ。会いたがっていたぞ」

 

「……む」

 

 ミカヅチの言葉にそう返すとライコウはシチーリアを伴い部屋から出て行く。ライコウの言葉にミカヅチは僅かに眉をしかめその後ろ姿を何処か複雑そうに見つめる。ミルージュはライコウ達を見送るためなのか、こちらに一礼すると部屋を出て行く。残されたミカヅチは微動だにせずライコウの出て行った障子を見つめていた。

 

 それからしばらくしてもミカヅチが動かない為、こちらから声を掛ける事にする。そもそも今日は何故呼ばれたのか聞いていないのだ。そろそろ教えてくれても良い頃合いだろう。

 

「ミカヅチ殿、今日はどのような御用向きであらせられるのか。某達はただ来いとしか言われていないのだがな?」

 

「……頃合いか。それと貴様、その喋り方はやめろ。前にも言ったが背中がかゆくてかなわん」

 

 自分の言葉にミカヅチはそう返すと椅子に座り、自分達にも座るように促してきた。

 

「で、頃合いって何がだ?」

 

「……しつれいするです」

 

「…………」

 

 自分とネコネは椅子に座り、そう問いかけるがミカヅチから返答は無い。ネコネは前ほどではないが黙っているミカヅチの事が恐いのか、椅子を立って自分の後ろに隠れてしまった。まぁ、前のように威嚇はしていないし慣れた方かね。そんな事を考えていると部屋の外からミルージュの声が聞こえた。

 

「しつれいします」

 

「来たか」

 

「ミカヅチ様支度が整いました」

 

「運べ」

 

 ミルージュはミカヅチとそう短くやりとりをすると、他の侍従達と共に果物や菓子の乗った盆を持って部屋の中へと入って来た。

 

「菓子に……果物?」

 

 いまだに自分の後ろに隠れるネコネをよそに次々とそれらが運び込まれ卓に乗せられていく。それにしても凄い量だな。それに見た事のない見事な細工の施された豪華な菓子に、この辺りでは取れない果物ばかりだ。果物は砂糖漬けのような物ではなく瑞々しいままだな。それとカルラさんが出してきてフォウがめちゃくちゃ気に入ってたブドウのような果物もあるな。

 

「こりゃまた……」

 

「褒章で得たものだ」

 

「これらは帝より賜りました、御菓子や果物にございます。果物はヤマトの各地から厳選し献上された珠玉の品。御菓子は最上の宮廷菓子にございまして……」

 

「ミルージュ……」

 

 ミルージュはそう説明してくれるがミカヅチに遮られ慌てたように部屋から出て行く。美しく珍しい菓子に引き寄せられるようにネコネも自分の後ろから出てきて椅子に座りなおした。しかしこれだけの物を……流石は左近衛大将ってとこかね。

 

「美しいと思わんか。極め細やかな作りに細工。まるで紋様細工よな」

 

「ま、“サコン”として飴屋をしているお前ならそっちに目が行くか。自分としては色鮮やかな果物の方に興味をそそられるがな」

 

「ふむ、確かにそちらも美しいな。貴様判っているではないか」

 

「確かに美しくて食べるのを躊躇してしまうほどなのです」

 

 ミカズチはそう言うと顔を凶悪な笑みを浮かべる。普通に自分とネコネが同調してくれた事が嬉しいんだろうが、脅されているような気分になるのはなんでだろうな?ちなみにネコネは御菓子と果物に目線が釘付けでミカヅチのその笑みは見なかったようだ。

 

「美味いぞ。菓子はサックリした皮に、とろりとした甘い餡が詰められている。果物は瑞々しく、果物とは思えんほどに甘い」

 

「もしかして今日自分達を呼んだのは……」

 

「ああ、俺だけでは食べきれんからな。それならばお前たちに食わせてやろうと思っただけの事」

 

「……す、凄いのです。甘酸っぱい、良い香りがこんなに……南方の果物が……宮廷菓子がこんなに……本当に食べて良いのですか?」

 

 ミカヅチのその言葉にネコネの瞳がこれでもかと言うくらいに輝く。そんな瞳を向けられたのは初めてだったのだろう。ミカヅチは少し驚いた様子を見せたが頷くと自分達に食べるように勧めてきた。どうやら茶の席に自分達を招いてくれただけのようだ。

 一口食べてみると自分もネコネももう止まらなかった。うまい、その一言に尽きる。その後もたらふく食い、帰りには余った菓子や果物を土産に持たされて(無論フォウの好物のブドウっぽい物も包んでもらった。めちゃくちゃ美味かった)自分とネコネは白楼閣へと帰ったのだった。



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偽りの仮面 隠密衆編~ウズールッシャ侵攻の巻~
忍び寄る戦火~侵され始める日常~


忍び寄る戦火~侵され始める日常~

 

 

 ウズールッシャ皇グンドゥルア、ヤマトへ進行す。

 

 ウズールッシャ――それは百以上もの部族が住まう土地であり、以前は國として成り立っていなかった。彼らのほとんどは豊かな土地を求めて旅をする遊牧民であったが、乾燥した土地柄豊かな土地などそうそう有るものではない。彼らはその土地を求めて対立し、部族間で争いが絶えなかった。そこに現れたのがグンドゥルアである。彼は武力により瞬く間に百を超える部族をまとめ上げ、ヤマトへの進行を開始したらしい。

 帝都にその噂が流れだして数日、自分達はいつもと変わらぬ日々を過ごしていた。もっともオシュトルの提案で以前から行っていた警邏の回数が増えたがな。

 

 自分は今、クオン、フォウと共に朝市に買い出しに来ている。そろそろ食材を補充しとかないと備蓄が切れかけだったのだ。こういう事はすでに何度もあるが流石に眠いな。皆はまだ布団の中でぐっすりな頃合いだろうし、しょうがない事ではあるのだが。

 

「ごめんねハク、付き合わせて」

 

「気にするな、たまには朝の散歩も良いもんだしな。なぁフォウ?」

 

「フォウ、フォウ!」

 

 そう言いながら朝の空気を吸い込み、周りを見渡す。いつも通りに、否、いつも以上に賑やかに声が飛び交う光景がそこにはあった。しかし……

 

「近々戦が始まるって噂だってのに、皆不安がるどころかいつもより元気なくらいだな」

 

「うん、そうだね。たぶん皆このヤマトが負けるだなんて、思ってもいないんじゃないかな?」

 

「……帝への圧倒的な信頼故か」

 

 そんな風に話をしながら市場を回る。クオンの言うとおり、この國が勝つ事を微塵も疑っていないのだろう。それだけ帝とその配下が信頼されてるってことなんだろうな。ま、自分達にはあまり関係のない事だと言えたら良いんだがどうなる事やら。

 自分達の仲間には八柱将の娘が二人と、國の皇子が一人いるのだ。名代として派遣される事もあるだろうし、キウルやネコネなんかはオシュトルの妹と弟分だからな、あいつが出陣するとなればついていく事になりかねない。そう言う意味では自分達も無関係とは言えないだろう。

 

「ルルティエとネコネに影響が無ければいいがな……」

 

「あれ?他の皆は良いんだ?」

 

「アトゥイは戦争って聞いて嬉々として突っ込んでいきそうだが、腕も立つし少ししか心配していない。キウルとマロに関しては……あいつらも一端の男だ。信頼もしてるし、なによりオシュトルと一緒だからな」

 

 クオンは自分の言葉に少しは心配してるんじゃない、と言いながら優しい目で見てくる。少し気恥ずかしいのを誤魔化すように、荷物を持っていない方の手でクオンの手を握った。

 

「クオン、皆が戦場に行かなければならなくなったら……」

 

「うん、判ってる。手伝うつもりなんでしょ?薬なんかの準備は進めておくね」

 

「ああ、頼む。ありがとなクオン」

 

 自分の言いたい事を先読みしてそう言ってくるクオンに礼をいうと、気にしないでと返してくれる。まったく、本当に自分には勿体ないくらいに良い女だな、クオンは。もっとも誰にもやる気は無いがな。

 後はノスリとオウギにも話を通しとかないと。それにマロンさんとロロの事をトウカさん(お義母さん)に頼んでおくか。出来れば今日中にでもしておかなければならない事を心の中でいくつも上げ、市場を回る。

 

 その後は他愛もない話をしながら市場を回り、食材を買い揃える。他にもフォウが興味を示した果物なんかも買い込み、皆が起きてくる前に白楼閣へと戻った。

 

 

Interlude

 

 

オシュトル邸~執務室~

 

 

 まだ多くのヒトは寝ているであろう時間、その部屋には四人のヒトの姿があった。一人はこの屋敷の主オシュトル。もう一人はオシュトルの采配師マロロ。そして早朝だが呼び出されたネコネとキウル。この四名だ。

 

「某も帝の命によりウズールッシャ討伐の任に着くこととなった」

 

 オシュトルが厳しい表情のままそう声を発すると他の三人の表情も引きしまる。オシュトルは三人の顔を見まわしてから再度口を開いた。

 

「マロロとキウルには某の補佐として同道してもらう。構わんな?」

 

「謹んで拝命するでおじゃるよ、オシュトル殿」

 

「わかりました。兄上」

 

 オシュトルは二人の返事に頷くと今度はネコネに視線を向ける。

 

「ネコネ、おまえは……」

 

「わたしも着いていくです」

 

 ネコネはオシュトルの言葉を遮るようにそう言うと、力のこもった瞳で見つめ返す。その目をみたオシュトルは何を言っても無駄と悟ったのか先程言おうとしていた言葉を飲み込むと口を開いた。

 

「……判った。その代わり某、もしくはキウルと行動を共にするのが条件だ。それを呑めるというのなら同行を許そう」

 

「はいです。兄さま」

 

 ネコネは真剣な表情ながらも、どこか嬉しそうにそう言う。オシュトルはネコネの言葉に頷くと再度口を開いた。

 

「ネコネ、今日の晩で良いのでハク殿とクオン殿をここに呼んでくれるか。出発は明朝になる故、ハク殿達にも知らせておきたい。それに頼みたい事もあるのでな。キウル、お前は近衛の者たちと改めて面通しを済ませよ。マロロ、其方はご母堂と妹君に知らせておくようにな」

 

 三人が頷いたのを確認しオシュトルが立ち上がったのを合図にし、四人はそれぞれやるべき事をやる為動き出した。

 

 

帝城~会議室~

 

 

「デコポンポ殿が勝手に出陣しましたか……」

 

 そこに詰めていた八柱将のまとめ役である男、“影光のウォシス”は兵から報告を受けていた。兵が出て行くと少しの間だけ思考し、控えていた者に指示を出す。その者が出て行くとウォシス立ち上がる。

 

「両近衛大将に出陣の要請をしましたが、少なくとも準備に半日は掛るでしょうか?まぁ、間に合わないと言う事は無いでしょう。ヴライ殿、ライコウ殿、ムネチカ殿には予定通りに動いて貰うとして……本当に厄介な事をしてくれますね、デコポンポ殿は」

 

 ウォシスは嘆息しながらそう言うと、自身も兵站の確保等の為動き始める。ハク達が朝市で買い物をした日の朝の出来事だった。 

 

 

ミカヅチ邸~執務室~

 

 

「委細承知した。準備を整え出立する」

 

 伝令としてやってきた兵にそう返し、ミカヅチが退出を命じる。ミカヅチはミルージュに目配せをすると、彼は軽く頷き準備の為、部屋を出て行った。

 

「デコポンポ……あの八柱将の面汚しめが」

 

 ミカヅチはそう呟くと、椅子から立ち上がり部屋を出て行く。その背中にはヤマトを守るという決意にも似た何かが漂っているようだった。

 

 

帝城~皇女の部屋~

 

 

「姫殿下、帝の命を受けウズールッシャ討伐の任に着く事となりました。しばし傍を離れる事、御許しを」

 

「うむ、承知しておる。ムネチカよ、我がヤマトの民達の事頼んだぞ」

 

「は!」

 

 アンジュの言葉にムネチカは短くそう言い、踵を返す。だが部屋の出口付近にて振り返りアンジュに声を掛けた。

 

「姫殿下、小生がいない間もしっかりと励むようお願い申し上げまする。皆も頼む。それでは失礼します」

 

「うむ、判っておるのじゃ」

 

 ムネチカがそう言って出て行ったのを確認すると、アンジュは寝台に行きごろごろしようと考えるが……傍に控えていた侍女にその両腕をがしっと強く掴まれる。

 

「へ?」

 

「アンジュさま、さぁ御勉強のお時間です。行きましょう」

 

「ムネチカ様から頼まれております。しっかりと私達が見張っていますので」

 

 そのままアンジュを連れて侍女二人は机の前に連れて行き椅子に座らせる。アンジュは少しだけ嫌そうな顔をしたが大人しく勉強を始めるのだった。

 

 

Interlude out

 

 

 その日の夕方、自分とクオンはオシュトルの屋敷に呼び出されていた。要件については粗方予想が付く。今回のウズールッシャの件で八柱将も出陣するという噂だったしその件だろう。

 屋敷の中に入るとオシュトル配下の近衛衆達が忙しく動き回っており、自分の考えが間違いで無かった事を悟る。しかし、なにかあったか?兵たちは慌ただしく動いているが準備はほぼ終わっているようだし、まるで今からでも出立するような様子だ。

 そんな事を思いながら歩いているとオシュトルの執務室に着き、声をかけると入る許可が出たので中に入る。

 

「よく来てくれた。今日は其方達に知らせておかねばならぬ事があってな」

 

 そう言って出迎えたオシュトルは自分達に座るように促して来た為、対面に座る。オシュトルの左にはマロ、右にはキウルとネコネが控え自分達と相対する形になった。

 

「某は帝の命によりウズールッシャ討伐の任に着くこととなった。采配師としてマロロを連れて行く。ハク殿に預けてはいたが、今回ネコネとキウルにも某に同道して貰う事になった」

 

 オシュトルはそこまで一気に言うと、自分の答えを待っているのか口をつぐんだ。マロロ、ネコネ、キウルにそれぞれ視線を合わせると頷きが返ってくる。どうやら三人も納得済みか……マロはオシュトルの采配師だから当然だし、キウルもオシュトルの弟分としてここで着いていかない選択肢は無いだろう。ネコネは戦場……自身の知らない所でオシュトルに万が一があったらと思うと大人しく待っている事は出来んかったんだろうな。まぁそれなら気持ちよく送り出してやるだけだ。最後にクオンに視線を合わせると、自分の考えているのと似たような結論に達したのか頷きを返してきた。

 

「そうか……。外の様子を見たが……今晩にでも出立するのか?」

 

「そうだ。本来ならば明朝に出る予定だったのだがな。デコポンポが作戦行動にないはずの出陣をしたようでな……某とミカヅチに急ぎそれに追いつき救援せよとの命が下った」

 

「……あの男は本当にろくな事をせんな」

 

「失礼します。オシュトル様、準備が整いました」

 

 自分がそう言ったタイミングで声が掛り、襖をあけてマロンさんが入ってくる。そういえば最近はオシュトルの所で女官じみたこともやっているんだったか。マロンさんは手に四つの盃と銚子(ちょうし)の乗った盆を持っていた。

 マロンさんは盃を出陣する四人に、銚子を自分へと手渡すと自分の一歩後ろに下がり腰を下ろす。

 自分が目線を向けるとマロンさんが頷いてくれた為、自分はオシュトル、マロ、キウル、ネコネの順に酒を注ぎ一人ずつ声を掛ける事にする。

 

「オシュトル殿、武運長久をお祈りいたす。ま、無事に戻ってこい。美味い酒を用意して待ってるからな」

 

「其方は変わらんな。ふむ美味い酒が待っているとなれば無事に帰らねばなるまい」

 

 自分の言葉にオシュトルは笑みを浮かべそう返してくる。自分はそれに頷きを返すとマロの前に移動した。

 

「マロロ殿、武運長久をお祈りいたす。マロ、しっかりとな」

 

「にょほほ、心配無用でおじゃるよハク殿。しっかりとオシュトル殿の補佐をこなすでおじゃる」

 

 マロの言葉に頷きを返し、次はキウルの前に移動する。キウルはどうやら少し硬くなっているみたいだな。まぁこれが初陣になるんだろうし無理もないか。

 

「キウル殿、武運長久をお祈りいたす。キウルあまり気負いすぎるなよ。オシュトルもいる、マロもいる。どうしようもなければ頼ってもいいんだ。ただしネコネは護ってやれ。できるな?」

 

「ハクさん……。はい、お任せ下さい」

 

 自分の言葉にキウルの硬さもいくらか取れたようで心の中で胸をなでおろす。キウルは十分な腕はある、あと必要なのは経験だが、それはこれから積んでいってくれればいい。そう思いながらネコネの方に移動する。

 この中ではネコネが一番の重症だな。手は震えているし、顔も強張っている。まずは……

 

「え、えと、ハク兄さま?」

 

 とりあえず頭を撫でる事にした。ネコネは最初は戸惑いが勝っていたようだが、徐々に皆の……もっと具体的に言うとオシュトルの前だと言う事に気が付いたのか顔を赤くする。だがそれでも自分の手を振り払う事はしなかった。周りの皆も温かい視線を自分とネコネに注いでいる。キウルは……気にしないようにしよう。しばらくして自分がやっと手を離すとネコネは顔を赤くしながらも、先程までの震えや顔の強張りは収まりいつものネコネに戻っていた。

 

 それを見て自分はほっと胸を撫でおろすと銚子をネコネに差し出す。ネコネは少しだけ不満そうにしながらも盃を手に持つ。それに自分は酒を少しだけ注いでやった。

 

「ネコネ殿、武運長久をお祈りいたす。ネコネ、辛かったら無理せずに周りの皆を頼れ。その場に自分はいないがオシュトルも居る。ちょっと頼りないかもしれんがマロもキウルも居る。とにかく無事に帰ってこい」

 

「ハク兄さま……。ハイです」

 

 ネコネはそう言って気負い無く頷いてくれた。それを見届けて自分が一歩下がると、今度はクオンが一歩前に出て皆に何かを手渡す。

 

「クオン殿これは?」

 

「傷薬だったり痛み止めだったり、便利な薬の詰め合わせ。使い方は中に入った紙に書いてあるから使って」

 

「姉さま……ありがとうなのです」

 

 ネコネの言葉に微笑を返すとクオンは自分の隣に戻ってくる。

 オシュトルはそれで一区切りついたと判断したのだろう。立ち上がると自分の前に立ち、“行ってくる”とだけ告げると他の三人を連れて部屋を出て行く。自分とクオン、マロンさんもその後を追いかけた。

 

 オシュトルに促され門番が門を開ける。門の外にはオシュトル配下の兵たちが整然と整列をし自らの将の言葉を待っている状態だった。オシュトルは一歩前に出ると口を開いた。

 

出陣する(でる)ぞ」

 

「了解でおじゃ。皆のもの出発でおじゃる」

 

 オシュトルの言葉に続くように発せられたマロの号令に呼応し、兵たちは整然と門の方に向かって歩いて行く。オシュトル達は自分達をを見つめて来た為、頷きを返しそれを見送くる。

 

 こうしてウズールッシャの齎した戦火は自分たちにも飛び火を始めたのだった。

 

 

Interlude

 

 

白楼閣~詰所~

 

 

「……お父様」

 

 ハク達がオシュトルの屋敷に居る頃、白楼閣の詰所にはルルティエの姿があった。ルルティエは誰からの物なのか手紙を読みながらそう呟き、顔を強張らせる。

 ルルティエが手紙を読んでいると部屋に入ってくる影があった。その人物――アトゥイはルルティエに近寄ると手に持つ手紙を覗きこみ、そっと声を掛ける。その手にもルルティエと同じように手紙が握られていた。

 

「ルルやん」

 

「アトゥイさま……」

 

「ルルやん、これも御役目。辛いかもしれんけど御家の為、やぇ」

 

「はい……」

 

 二人が握る手紙、そこには……

 

『私、―――皇、―――の名代として、おまえをウズールッシャ討伐へ向かわせる事となった』

 

 文面は違うが同じような事が書かれていた。

 

 

ウズールッシャ軍~本陣近郊~

 

 

 ヤマトに進行したウズールッシャの本陣。青空の下、そこからウズールッシャに向け出発する輜重兵たちを見送る一人の男の姿があった。老齢に差し掛かった年齢に見えるが、その雰囲気は鋭く歴戦の武士を思わせる。その人物こそウズールッシャにその人ありとうたわれた千人長ゼグニである。

 その男――ゼグニに近づく人影がある。年の頃はまだ二十にはなっていないであろう、美しい少女だ。彼女は後ろで束ねられたその髪を風に揺らしながらゼグニに近づき声を掛ける。

 

「父上、千人長ともあろう御方が、たかが輜重兵の見送りなどする必要有りませんのに」

 

「エントゥアか……あの食料が届かなければ、我らが同胞は救われぬ。それを見送ることも立派な任務だ」

 

「それは……すみません。私の考えが足りませんでした」

 

 ゼグニの娘――エントゥアはゼグニのその言葉に恥じ入るようにする。グンドゥルアにとって今回の遠征はヤマトの国土を奪う事に有るのだろうが、ゼグニにとっては同胞を救う為には必要な戦いだ。飢える本国の民達を救うにはこの食料がいる。

 

「初陣はどうであった?」

 

「どうということもなし。ヤマトの弱兵など恐るるにたりません。私はウズールッシャにそのヒトありとうたわれた千人長ゼグニの娘ですから」

 

 ゼグニの言葉にエントゥアはそう返す。ゼグニから見てもヤマトの兵個々の練度は自身の陣営と比べても質の面で下だ。ゼグニもエントゥアが後れをとるとは思っていなかった。

 

「勇ましい事だな」

 

 ゼグニがそう言ったタイミングで兵がやって来て、グンドゥルアが呼んでいると告げる。それに了承を返し、再度ゼグニはエントゥアに向き直ると言葉を発した。

 

「エントゥア、命を粗末にするなよ」

 

「はい!必ずや父上の名に恥じぬ働きを致します」

 

 そう答えるエントゥアに言葉は返さず、ゼグニは踵を返すとグンドゥルアの待つ天幕に向かう。

 

(肥沃な土地に恵まれたヤマトに比べ、飢えと貧困に晒された我がウズールッシャは確かに強い)

 

 胸の中でそう呟くゼグニ自身は今回の遠征は成功する……いや、させると心に誓っている。だがウズールッシャに残る伝承の一節が心のどこかに引っかかっているのも事実だった。

 

(『アクルトゥルカ』を眠りから覚ましてはならぬ、か……)

 

 ゼグニは胸中でそう呟くと空を見上げる。ゼグニの胸中に浮かんだ僅かな不安を象徴するように、先程まで晴れ渡っていた空は雲に覆われ始めていた。

 

 

Interlude out



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出会いにして再開13~剣豪~

出会いにして再開13~剣豪~

 

 

 オシュトル達を見送った翌日。アトゥイが皆(マロンさんとロロは除く)にちょっとそこまで付き合ってくれと言ってきたので準備をして白楼閣を出る。自分もクオンもアトゥイの言葉からなにか感じる物があったので、食料や薬、矢等の消耗品は十分な量、それに加えて野営用の天幕など一式をアトゥイが準備した馬車に積み込む。あのアトゥイだからな、散歩に行く感覚で戦場に誘われる事もありうる。そして今は戦時中で、アトゥイは國の重鎮の娘だ。警戒しすぎる事はないだろう。

 一応マロンさんにしばらく戻らないかもしれない事、自分達が居ない間の事は宿の女衆のトウカさんに任せてある事を伝える。マロンさんもそれで感付いたのか“お気を付けて”と言って送り出してくれた。ちなみに馬車の定員がいっぱいだったので(荷物を積み込んだ関係で)自分はクオンのウマに乗っての移動になった。久々に乗る事になるが頼むぞラプター。ちなみに名前は前に付けるのを忘れていたので出る直前に付けたのだがめちゃくちゃ喜ばれた。本当に何故自分はこんなにも動物に好かれるのだろうか?

 さて、自分とクオンの杞憂であってくれるといいんだが……。

 

 オウギと交代しながらココポの引く馬車の御者をしながら移動して三日目、今いるのは帝都北部の山岳地帯だ。今はオウギがラプターに乗り、自分はココポの引く馬車の御者をしていた。アトゥイが借りてきたこの馬車だが、居住性もよく、食料、娯楽用品なども完備。さらには風呂にも入れる仕様で至れりつくせりだった。こんな所でアトゥイが良いとこのお譲さまだと実感する事になるとは思ってもいなかったが、今は感謝しておこう。

 

 ちなみに御者台にはウルゥル、クオン、手綱を握る自分とクオン側の肩にのるフォウ、サラァナの順で並び、人口密度が凄い。双子にクオンが張りあった結果なのだが双子は不満も無く座っている。

 

 ちなみに馬車の中ではルルティエとノスリが優雅にお茶なんかをしながら寛いでいる。オウギが御者をしている時なんかはクオンや双子も混じって遊戯をしたりなんかしており本当に旅行といった風情だ。

 

「なぁ、クオン」

 

「ん?何かなハク」

 

「どう考えてもちょっとそこまで……って距離じゃないよな」

 

「……食料を積み込んどいて良かったかもね」

 

 自分とクオンはそう言いつつ苦笑を浮かべた。自分とクオンの危惧したとおりなのかは分からないが、向かっている方向を考えてると戦場に近い場所に向かっているのは確かだろう。自分とクオンがそんな事を話しているとウルゥルとサラァナが声を掛けてくる。

 

「前方注意、回避推奨」

 

「主様、前方に木の根です。回避を推奨します」

 

 二人言葉にココポが反応し進路を変更して木の根を避けてくれる。ココポは頭もいいし大体の方向を指示してやればこういうのを回避してくれるから御者としては楽でいいな。

 

「おに~さん」

 

「フォウッ!?」

 

「うぉっ、アトゥイか」

 

 そんな風に進んでいると、アトゥイが馬車から身を乗り出し、自分に寄り掛かるように前に体を出してくる。フォウはそれに驚いたのか自分のひざに逃げてきていた。……正直重いんだが言ったら言ったで大変な事になりそうなので、ここは我慢する。それにしても後頭部に柔らかい物が当たってるんだが……隣のクオンが恐いのでこの思考もここまでにして打ち切る。

 

「う~ん、もうそろそろのはずなんやけどなぁ」

 

「アトゥイ、そろそろ目的地がどこなのか教えてくれてもいいんじゃない?物見有山にしては距離があり過ぎるし、時間も掛り過ぎだとおもうんだけど?」

 

「心配いらないぇ。オシュトルはんにも一応書置きを残して来てるし。……あ、見えてきたぇ」

 

 アトゥイがそう言いしばらくすると、山道は森を抜け、見晴らしのいい場所にでる。自分は前から飛んできた物――矢を掴むと大きくため息を吐いた。クオンも予想していたとはいえ頭が痛いといった様子で嘆息している。

 

「あはは、もう始まってるぇ」

 

「予想はしてたが当たりとは……」

 

「あはは、嫌な予感ほど当たるものかな」

 

「フォウ……」

 

「前方注意」

 

「主様、奥様、前方で何者かが戦っているようです」

 

 呑気にそう言うアトゥイに呆れつつクオンとそう言葉を交わす。フォウもあきれたように鳴き声を上げていた。双子の言うように自分達の前方からは男達の怒声と、金属の打ち合う音が響き戦闘中で有る事を伝えてくる。パチパチと木の枝が爆ぜる音に肉と皮の焼ける嫌な臭い。それは嫌がおうにもここが戦場なのだと伝えてきていた。

 前方の様子に気が付いたのだろうオウギが近づいて来きて自分に声を掛けてきた。

 

「これはこれは……ハクさんの予想が当たりましたね」

 

「当たって欲しくない方にだがな。で、アトゥイ、一応聞くがここは何処だ?」

 

「何処って、見ての通り遊び場やぇ」

 

「ああ、うん。もう諦めた。好きにしてくれ……」

 

 アトゥイのその返答に全てを諦めてそう返す。アトゥイに戦闘関連で常識を期待しても無駄だもんな。

 

「おにーさん物わかりがええなぁ。実はちょっととと様の代わりに戦に行ってきてくれって頼まれたんやけど、ウチの若いの率いてとか、堅苦しいし暑苦しいんよ。ルルやんもちょうどウチと同じ事頼まれてたみたいやし、おにーさん達も暇そうやったからちょうどいい思ってな。皆と一緒に遊びにきたぇ」

 

 アトゥイはそう言うといつも通りのなんだか気の抜けるような顔で笑う。というかルルティエもか。アトゥイもこう言いつつ気は使ったんだろう。ルルティエには。もちろん自分達には遠慮なんて一切無しみたいだがな!

 

「さて、到着したみたいだけど、随分と慌ただしい所みたいだね」

 

「……ま、今話してもしょがないか。ノスリ、オウギ偵察をお願いできるか?敵味方の位置は把握しておきたい」

 

「うむ、任せろ」

 

「では、姉上行きましょう」

 

 とりあえず気持ちを切り替え、まずはノスリとオウギに偵察を任せる。隠密行動に関しては自分達のメンツでこいつら以上の奴らはいない。十分に役目をはたしてくれるだろう。さて次は……

 

「……あ、あの、ハクさま。こんな事に巻き込んで……」

 

「気にするな。ルルティエはクオンと共に周囲の地形の把握を頼めるか?」

 

「……ハクさま、ありがとうございます。ココポ行こう。クオンさまも」

 

「ホロロ~♪」

 

「うん、任されたかな」

 

 そして自分はアトゥイと向き直り、声を掛ける。

 

「遊びに誘うのはいいが、今度はもっとこう……平和なというかそんな感じの所にしてくれよ」

 

「ほぇ?ここも十分楽しいと思うけどなぁ。おにーさんがそう言うんやったら今度は別の所にするぇ」

 

 そう前置きしてアトゥイから事情を聞き出す。基本的にはさっき話していた通りで、ここへはアトゥイの親父さんの指示で向かっていたらしい。ルルティエの親父さんもルルティエの事が心配だったのかアトゥイと一緒に行動するよう書き添えられていたらしく、ここへ居ても問題は無いらしい。そんな風に話しているとあたりの雰囲気が変わったように感じた段階でクオンとルルティエが戻って来た。

 

「ハク、気づいてる?」

 

「ああ、何かが動いているのか?これは」

 

「あの、あそこでは?鳥が飛び去ってますから……何かの集団が居るように感じます……」

 

 ルルティエが言う方向に目線を向けると確かに鳥が飛び去っていっており、何か少なくとも鳥が警戒をするような物が居るのは間違いないようだった。そう話しているとその方角からノスリとオウギが戻ってきて近づいてくる。

 

「あちらの方角にこちらに向かってくる集団がいたぞ。だが何やら妙なのだ。ヤマトの兵では無いのは確かなようだが……一方が怪我か何かをして動けなくなっているのを、もう一方の集団が無理やり動かそうとしていたな」

 

「ええ、姉上の言うとおりでした。推測ですがあれはウズールッシャの兵と、捕虜として囚われたヤマトの民かと。ウズールッシャは襲った集団から人質を取り、それを盾に無理やり剣奴(ナクァン)として戦わせると言うのを聞いたことがあります。それに動けなくなった者は斬り捨てられていましたし、俗に言う『死兵』と言う奴でしょう」

 

「そんな……」

 

 ノスリの報告からその集団はウズールッシャの兵だろうと言う事に落ち着く。ルルティエはその話がよほどショックだったのか悲痛そうに顔をゆがめそう呟いた。それにしても剣奴か……やっかいだな。ヤマトの民だと言う事は斬り捨てるわけにもいかないし、仮に救出できたとしてもその後に人質も取り戻さないといけない。

 

「ノスリ、そいつらの進路は判るか?」

 

「ふむ、あの方角ならば……谷沿いに進むようだった」

 

「確かその先って……」

 

「はい、ヤマトの陣がありました」

 

 どうやらその集団はヤマトの陣の後方に向かっているようだった。それから導き出される答えは……

 

「裏に回り込んで、奇襲を仕掛ける気かな?」

 

 クオンの言うとおりそういう事になるだろう。放置していると味方に打撃があると思われる以上は戦うしかないか。

 

「そっかぁ。じゃ、そのヒト達と遊びに行こっか」

 

「そうだね。折角だし歓迎してあげないと」

 

「あはは、やっぱクオンはんは話がわかるぇ」

 

 皆も自分と同意見のようだし、奇襲と行くかね。

 

「オウギ、奴らの進路の予測はできるか?」

 

「ええ、ある程度ならばとつきますが。一応、もう一度敵の位置を確認してきますので少々お待ちを」

 

 そう言いながら自分達から離れ敵の様子をもう一度見に行くオウギを見送りルルティエに視線を向ける。するとルルティエは力の感じられる瞳で自分を見つめ返してきた。覚悟の籠った視線だな。やれやれどうして女ってのはこう強いのかね。

 

「ハクさま、わたしも一緒に……」

 

「もちろん判ってるさ。だが危なくなったら自分かクオンの傍に来い。そうすれば何とかして見せる」

 

「見事な連携だな。オシュトルがお前たちを重用するのも判る気がする。普段はこれに頭の切れ呪法も扱えるネコネに、弓の腕で言えば私とそう変わらないキウルも加わるのか。本当に、よくもまぁこれだけの人材を集めたものだ」

 

 ノスリはそう言うが、自分が集めた訳ではない。気が付いたらいつのまにかこんな感じの集団になっていたのだ。最初に言っていた少数精鋭まんまだな、これは。そこでオウギが戻ってくるのをしばらく待ち、合流を果たすと襲撃のポイントを決めそこへ向かった。

 

 

 両脇が高い崖に挟まれた襲撃予定のポイントで大きな樹の陰に隠れながら敵の到着を待つ。あたりには霧が漂い始め奇襲にはもってこいの状態になってきた。

 

「目標そのまま、他異常なし」

 

「来たな……」

 

 オウギとノスリの言った言葉に皆の緊張が高まっていく。とりあえずは前のヤマトの者と思われる奴らはやり過ごし、後方から歩いて来ている者達を襲う手筈だが、さて、うまくいくといいが……。

 そう思う自分の心配は杞憂だとでも言うようにヤマトの民と思われる者達は、隠れる自分達に気が付いた様子もなく通り過ぎて行く。その集団をの先頭を歩く偉丈夫に自分はムネチカに感じたような感情を感じる。クオンも同じようで怪訝そうな表情をしていたが、その男を見て飛び出しそうになるアトゥイを押しとどめる為、そんな感情も長くは続かなかった。

 あの男、どうみても強いからな。アトゥイなら襲いかかりたくなるのも判る。その雰囲気、武の気配は他の者と比べ別格。腰につるされた刀から名のある剣豪なのだろうと推測できる。実際に打ち合ったわけではないから何とも言えんが、少なくともアトゥイと同レベルかそれよりも上。正直、正面から相手をしたくないはない。

 

 そんな事を思いつつ、アトゥイを抑えながらその男達が通り過ぎて行くのを見送ると、遂に本命が歩いてくるのが見える。白い布で顔を覆い頭巾のような物を被ったヤマトでは見かけない風貌の男達……やっぱりウズールッシャの兵か。またもや飛び出しそうなアトゥイを抑えつつ自分はノスリの目配せをする。

 

「うむ、任せておけ。この距離ならば外さん」

 

 ノスリは声を抑えながらそう言うと樹の陰から弓を構える、ノスリが狙うのは崖の上、明らかに不安定で衝撃を与えれば今にも落ちてきそうな大岩だ。

 

「はっ!」

 

 その掛け声と共にノスリが矢を放つ。矢は吸い込まれるように目標地点に飛んでいき、大岩を支えていた地盤を穿つ。大岩はその衝撃でバランスを崩し、下に……今そこを通っていた敵の頭上へと落ちて行く。

 敵はなんとか巻き込まれずに済んだようだが、混乱しているようでこちらに気が付く気配はない。これで分断には成功だ。後は……

 

「分断は成功だ。ウルゥル、サラァナ手筈通り奴らに特大の一発を頼む」

 

「「御心のままに」」

 

 まずは先制にでかいのを討ち込む。双子の力が解放され敵の中心に風が舞い始める。そこでようやく気が付いたのだろう、敵が周りを見渡し始めるが、もう遅い。最初に風の刃が、次に氷の柱が、それを破壊するように紅蓮の炎が、その炎を増強するように風が奴らの中心付近で吹き荒れる。最後に闇が中心で膨れ上がり弾けるように散った瞬間、自分は皆に号令をかけた。

 

「皆、今だ、出陣する(でる)ぞ!!」

 

「あははは!!楽しい遊びのはじまりやぇ!」

 

「ココポ、行こっ!」

 

「ホロロロッ!」

 

「ふむ、援護は任せろ」

 

「では、姉上行ってまいります」

 

「じゃあハク、行こっか」

 

 ウルゥルとサラァナの術法を皮切りに奴らに突貫を仕掛ける。さっきの術法で敵は大混乱。それに加え少なくない人数が巻き込まれ、まともに動ける者もだいぶ減っている。それでも自分達の倍以上いるが、この状況ならばッ!!

 混乱している敵にアトゥイが突っ込む、早速一人倒すと敵はこちらにやっと気が付いたようで声を上げる。

 

「な、なんだ。貴様らは!!」

 

「あははっ!戦場で余所見するとは余裕やねぇ。そいやさっ!」

 

 そう声を上げた奴をアトゥイが手に持った槍で吹き飛ばす。相変わらずの冴えだな。見てる分には惚れぼれする。見てる分にはな。あれを受けたいと今でも思えん。

 

「くっ、敵襲か。迎撃!迎撃せよッ!!」

 

 敵の指揮官と思われる男の言葉に指揮官の近くにいた男が弓を構え、アトゥイを狙う。

 

「やらせる……ッ!カフッ」

 

「遅い!止まって見えるぞ」

 

 その男が矢を放つより早くノスリが矢を放ち、男の喉元を射抜く。男は何が起こったのか判らないとでも言う風な顔をしながら崩れ落ちた。それを見て動揺した者にココポに乗ったルルティエが突っ込み一人を吹き飛ばし、その男は動かなくなる。ルルティエの後ろから弓兵が狙っていたが、クオンが投擲したクナイがその眉間に吸い込まれ赤い花を咲かせた。

 

「あ、ありがとうございます。クオンさま」

 

「うん、どういたしまして。でも油断大敵かな」

 

「は、はい!」

 

 そちらに注目している敵に死角からオウギが迫り首を掻き切る。その男は何が起こったのかも判らぬまま絶命した。オウギはそれを見届けるとノスリの隣まで下がった。

 

「おや?思ったよりも脆いですね?」

 

「そう言ってやるな。私のノスリ団とて、先程のように状況が判らない段階で特大の術法を叩きこまれればタダではすまん」

 

 そう話すノスリとオウギの声を聞きながら自分も二人を討取っていた。崩れ落ちた兵の上にフォウが乗って、すぐに自分の肩に戻ってくるのを見ながら横に視線を向けると、ウルゥルとサラァナの術法が敵を捕えたようで三人ほどまとめて屠っているのが見えた。知ってはいたがあの術の威力は恐ろしいものがあるな。流石はヤマト最高位に位置する巫と言ったところか。

 

 残りはこいつらの長とみえる男のみ。自分達はその男を包囲するように展開した。男は今の状況が信じられないのか呆けたような雰囲気だったが、はっと我に返り自分達を睨みつけ、口を開いた。

 

「お前たちは……何者だ?」

 

「さてな……畜生に名乗る名など持たぬよ。しいて言うなれば某達はお前達の敵、それ以上でもそれ以下でもない」

 

 自分がそう言うと男が自分を見る目が憎悪に染まるのが判った。怒れ怒れ、そのほうがこちらとしてもやりやすい。

 

「なぁなぁおにーさん、もうやっちゃってもいいけ?」

 

「まぁ待て、こ奴らにはいろいろと聞きたい事がある故な」

 

「……ふん、喋るとでも思ったか」

 

「いいや?だが聞くのはタダ故、聞いてみること自体は損にはなるまい」

 

 自分がそう言うとこの男は用済みであると判断したのだろう。アトゥイは一歩前に出ると槍を構える。そして槍を勢いよく突き出したその瞬間、男とアトゥイの間に入りこんできた男の刀による一閃で槍が弾かれた。

 

「――ッ!皆下がれ!」

 

 自分は皆に一歩下がるように言うと、その男を見る。自分達の前に立つのは先程の偉丈夫だ。その男を追うようにしてヤマトの軍の服を着込んだ男が二人、先程の岩からこちら側に降りてくる。どうしてこう厄介な奴が先に戻ってくるかね……いや、厄介な奴だからこそか。男との間に立った男――先程の偉丈夫は刀を鞘に戻し抜刀の構えを取るとこちらに声をかけてくる。

 

「悪いな……嬢ちゃん。コイツを殺させるわけにはいかないじゃない」

 

「一応、貴方達を助けたつもりだったんだけどな」

 

「こっちは、そんな事頼んだ覚えはないんでね」

 

「……そっか」

 

 偉丈夫はクオンの言葉にそう返し、抜刀の構えのままこちらを見据える。身にまとう武の気配はアトゥイ以上、少なくとも勝ち筋が見えるのは自分かクオンか、なんとかアトゥイもって所か?しかし何故これほどの男がとは思うが、そこでオウギがウズールッシャは人質を取り剣奴として戦わせると言っていたのを思い出した。声を掛けようとするも、この集団の長と思われる人物が口を開きそのタイミングを逸した。

 

「なッ……なにをしている!早くこいつらを血祭りに上げろ!!」

 

「……………………」

 

「どうした!?自分の立場を忘れた訳ではあるまいな?我らに逆らえばあの者達がどうなるか……」

 

 自分の考えで間違い無かったようで、その後も男はわめき続ける。しかし偉丈夫は自分達、正確には自分とクオンを見ながら微動だにしない。その額には冷汗が浮かび、自分とクオンを最大限に警戒している様子がうかがえた。

 

「どうやら訳ありのようだな」

 

「ま、そういうわけだ。お前さん達に恨みはないが……死んでくれ」

 

 その偉丈夫の有りようはまさに死兵と言うのがしっくりくる。自身でもその言葉を現実に出来るとは思っていないのだろう。如何様な物かは判らないが何かを決意したようにこちらを見据えてくるその瞳には、先程こちらに向けられていた畏怖に近い感情すらも見えない。そうして睨みあっていると自分の横を何かの陰が通り過ぎ偉丈夫に踊り掛った。

 

「先手必勝!」

 

 躍り出た影、アトゥイはそういうと槍を構え偉丈夫に突貫していく、少なくとも並みの兵であれば満足に見る事すら叶わないそれを偉丈夫は完全に見切って最小限の動きだけで回避し、抜刀の構えから一閃が放たれる。避ける事は自体はアトゥイならば余裕で出来そうだったが、自分はアトゥイと偉丈夫の間に飛び込むと右手に持った太刀でその一閃を受け流し、左に持った鉄扇で偉丈夫を打った。

 

「グッ!やるじゃない」

 

 それに応えることなく自分は偉丈夫の右手を狙う。刀を持つ方の手を一時的にでも使えなくすれば奴の能力は激減する。先程の一撃、並みの兵ならばならば一撃で屠れるだけの威力と早さを持った一撃だった。手加減(・・・)してこれとは、やはりこの男は危険すぎる。

 

「ッ!!ハァッ!!」

 

 偉丈夫は強引に刀を引きもどして自分の鉄扇を受けると衝撃を逃がすように後ろに飛ぶ。そして偉丈夫は指揮官と思われる男の前に着地し、自分とは三歩ほどの距離が開いた。自分が周りを確認してみると体制は決しているようで、増援としてやってきていたヤマトの軍服を着こんだ二人はオウギとノスリによって抑えられ、地面に組み伏せられている所だった。

 

「な、何をしている!?さっさとそいつらを殺せ、なんとしてもだ!人質がどうなってもいいのか」

 

「……………………」

 

 偉丈夫は指揮官の言葉に応える事もなくこちらを睨みつけたまま、鞘に戻した刀を構え抜刀の体制でこちらから視線は外さない。自分はその場で構えを解くと偉丈夫に声を掛けた。

 

「某はハク。其方の名を教えてはくれまいか?」

 

「……ヤクトワルトだ」

 

「……そっか、通りで。貴方があの剣豪ヤクトワルト……」

 

「知っているのか、クオン?」

 

「剣豪ヤクトワルト。その道では知らないヒトはいないっていう、剣の達人だとか。三年ほど前の御膳試合にふらりと現れて、警備の兵を蹴散らして飛び入り参加したっていう無名の剣豪。そして出場者を悉く打倒した事実上の優勝者。その剣術に帝も大層喜んで、名と褒美を与えようとしたんだけど、本人は遊戯にもならないと言い放ってそれを辞したとか」

 

 自分が偉丈夫――ヤクトワルトの名を聞き、奴がそれに答えると、クオンから納得するような声が上がる。ノスリの問いかけにそう返すと、クオンは一歩前に出て自分の隣に並びヤクトワルトを見つめた。

 

「まさかこんなところに俺を知っているお嬢さんがいるとはね。できることなら……いいや未練だな」

 

「ならば、ヤクトワルト、貴方に問う」

 

「―――ッ!!」

 

 クオンはそういうヤクトワルトを見つめると口を開いた。そこには普段は中々見せない皇女としての風格を宿しており、ヤクトワルトが息をのんだのが判る。自分も心の中で感嘆の声を上げた。そう、これがクオンだ。トゥスクルの皇女、ウィツァルネミテアの天子、そして自分の愛しいヒト。普段の可愛いクオンも、強くて弱いクオンも、そして今のように凛々しく王者の風格さえ漂わせるクオンも、自分の愛した女の側面の一つ。やれやれ、しかしこれでなんとかなるか。この状態のクオンに問いかけられて落ちない奴なんて中々いない。ましてや未練たらたらの剣豪なんかは特にな。

 

「これが最初で最後。この手を取るか、それとも振り払うか……選ぶといい」

 

「ク、クオンさま?」

 

 ルルティエが普段見せないクオンの姿に戸惑った声を上げるも、クオンはそれに答えず無言でヤクトワルトを見つめる。ヤクトワルトもクオンを見定めるように黙して見つめ返していた。

 

「チ、何をしている、このグズがァ!!さっさと――――」

 

 その声を合図にしたようにヤクトワルトは後ろに振り向きざま指揮官を切り捨てる。その神速の一閃は目標――その男の首を違えることなく捉えた。

 

「ほぅ、やはり速いな」

 

「あれが陽炎のヤクトワルト……」

 

 ノスリとオウギがそう呟くとほぼ同時に、指揮官の首が斜めにずれ、落ちていく。指揮官の男は何が起こったのかも判らずに絶命した。

 

「……その凄まじい太刀捌き故に、振り下ろした刀が陽炎の如く揺らいだようにしか見えないという」

 

 オウギのその言葉と同時に指揮官の男の首が地面に落ちた。

 

「む~、やっぱり本気じゃなかったのけ」

 

 アトゥイは残念そうに声を上げると、戦意を霧散させ構えを解いた。流石にアトゥイ程の武芸者ともなれば相手が手を抜いていたかどうかくらいは判るらしい。ノスリとオウギに抑えられていた二人は男の首が地面に落ちるのを呆然と見つめていたが、はっと我に返ると悲痛な声を上げヤクトワルトを非難する。ヤクトワルトは目を閉じたままそれを聞きやがて口を開いた。

 

「……俺は、この姉御にかけるぞ」

 

「な……正気か!?今まで敵だった連中を信用しろってのか!?」

 

 ヤマトの兵の服を着た男がヤクトワルトにそう言うも、ヤクトワルトはもう心は決まっているのか揺るいだ様子もなく口を開く。

 

「何か勘違いしてねェか?俺たちの本当の敵は、ウズールッシャの連中のはずだぜ。まさかお前さん達、連中が素直に人質を解放するとでも思ってるのかい?」

 

 ヤクトワルトのその問いかけにヤマトの兵の格好をした者たちは黙り込む。少なくともそうするしかないと思っていただけでこの者達も本当に人質が解放されるとは思っていなかったのだろう。

 

「それに気づいてないか?俺たちは誰も致命傷は受けてないじゃない。少なくとも目的の為に力を貸してくれるってことだ。それでいいんだな?」

 

 ヤクトワルトは自分を見ながらそう言ってくるので、頷き言葉を返す。

 

「ああ、そういう事になる。さて、まずは事情を詳しく説明願えるか?こちらはそちらの事情を予想できても把握できてはいないのでな」

 

「ああ、知っての通り、俺たちは全員ウズールッシャに人質を取られた、もちろんそれを盾にした指示はヤマトと戦えだ」

 

 ヤクトワルトはそういうと刀を地面に置き、地にひざを付くと自分達に向けて頭を下げる。

 

「この通りだ。どうか人質を取り返すのに力を貸してくれ、俺の女も囚われているんだ」

 

 ヤクトワルトがそうやって頭を下げるのをみた他の二人も同様にし、自分達に頭を下げてくる。そして口々に自分達に力を貸してくれと言ってきた。

 

「惚れた女の為に命を掛けるなんて素敵やなぁ。うひひ、また戦えるぇ」

 

「もとより、そのつもりだから。皆もそれでいいかな」

 

「は、はいっ」

 

「うむ、ここで見捨てるなどいい女に程遠いからな」

 

「姉上がやる気なら、僕が反対する理由は有りませんね」

 

 皆はそういうと自分(と双子)に視線を向けてくる。まぁ、なんやかんやこの集団のまとめ役は自分だからな。音頭は自分がとらんといかんかね。

 

「ふむ、某も異存はない。それで、捕えられている者達がどこにいるのかは判っているのか?」

 

「ああ、かなりウズールッシャ内に入った場所だが、戦場と離れている分、警戒は薄いはずだ」

 

「なら、み~んなやっちゃえばいいんやね?」

 

「うむ、簡単な話だな」

 

 ヤクトワルトの話では戦場を迂回すれば回り込むのはそう難しい話ではないらしく、作戦は驚くほど簡単に決まった。詳細をある程度詰め、そこに向けて出発する事にする。案内はヤクトワルトに任せることにし、残りの二人は岩の向こうで立ち往生している者たちを説得しつれてきてもらった。

 

「じゃあ、出発しようか」

 

「姉御!よろしく頼んます。旦那もよろしく頼むじゃない」

 

「ふむ、全力は尽くそう。しかし旦那はやめてくれんか」

 

「しかし、見たところ旦那が中心みたいじゃない。それなりの呼び方にしないと示しがな。それに俺なりに自分より強い奴には敬意を払うべきだと思ってるじゃない。それとも親分とか大将とかのほうが好みかい?」

 

「……いや、旦那でよい」

 

「なら旦那、早速行くじゃない」

 

 ヤクトワルトとそんな話をしながら、準備を整え大所帯になった自分たちは目的地へと進みだした。



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救出作戦~隠密の時間~

救出作戦~隠密の時間~

 

 馬車を進める事、二日程。ウズールッシャのの陣近くまで来た為そこで一泊し、翌朝に朝霧に紛れてウズールッシャの陣に近づく。ウズールッシャの陣からはまだ早朝と言える時間だと言うのに、陽気に酒盛りをする声が響いていた。

 

「すいぶんと陽気に酒盛りをしているみたいだね」

 

「奴ら、夜通し飲んでるじゃない」

 

 クオンとヤクトワルトの言うように昨晩偵察に行った際にも奴らは飲んでいたし、なんて緊張感のない奴らなんだろうか。実際、国境際での戦いではウズールッシャ側が優勢だったと言う話しだし、もう決着が付いているとでも思っていても不思議ではないか。正直、それはヤマトを舐めすぎだと思うがこちらとしては都合がいい。奴らは良い感じに酔っているようだし、見張りの兵以外はまともに動けんだろう(見張りの奴らも酒はいくらか入っているようだが)。

 

「戦場から離れているうえ、国境の戦いでは奴らが優勢だったって話だからな。楽勝だとでも思って気が緩んでるんだろう。さて人質はどこだ?」

 

「あそこだ。あの奥に並んでいる車の中に捕えられている。……しかし旦那、戦場に居る時と雰囲気が違いすぎじゃねぇかい?もはや雰囲気だけなら別人じゃない」

 

「普段のハクは、これが普通かな。戦場ってことでいつもより気は張っているみたいだけれど」

 

 ヤクトワルトは呆れながらそう自分に声を掛けてくるが、クオンの言うとおり普段はこれが普通だ。戦闘や偉い奴の前だとあんな感じになるが、あれは少し疲れるからな。というか、これくらいで驚いてたら帝都なんかじゃ身が持たんぞ?あそこにはウコンとかサコンとかいるからな。

 

「ま、俺としてはこっちの旦那の方が好みじゃない。さて、そろそろはじめるかい?」

 

 そう問いかけてくるヤクトワルトに頷きを返し、ノスリとオウギに視線を向ける。すると二人は頷くとウズールッシャの陣の中に潜入していった。今回の作戦はノスリとオウギが陣の中で火をつけて騒ぎを起こし、その間に人質を助け出すというものだ。あの二人なら問題なくやり遂げてくれるだろう。自分は皆を見渡して意識を切り替え、最後の確認をすることにする。

 

 まずは自分とヤクトワルトとアトゥイ。

 

「某とヤクトワルト、アトゥイは人質の救出、及び敵に見つかった場合はその無力化を行う」

 

「わかったじゃない」

 

「うひひ、思いっきり暴れるぇ」

 

「……帰ってから思う存分某が相手をするゆえ、今回は抑えよ」

 

「本当け?それなら我慢するぇ。うひひ、おにーさんと遊ぶの楽しみやなぁ」

 

 わくわくしている様子のアトゥイにそう言って釘を刺す。めちゃくちゃ嬉しそうなアトゥイの様子に、背中から冷や汗が流れるが今回ばかりは仕方がないので腹をくくる。いつもの調子で引っ掻き回されたらたまらんからな。

 そう思いつつ、次に自分はクオンとウルゥルとサラァナに視線を向ける。

 

「ウルゥルとサラァナは追っ手が掛からないように陣内にいるウマの鞍を切って回れ。もし敵に見つかった場合は、騒ぎを起こされる前に無力化せよ。できるな?」

 

「問題ない」

 

「そんなこと朝飯前です」

 

 そう自身ありげに言う二人に頷きを返し、次にクオンに視線を向ける。

 

「クオンは二人の補佐を頼む。作業が完了次第某たちに合流。全員が揃った段階でここを脱出する」

 

「了解。こっちは任せてほしいかな。ハクも気をつけてね」

 

「ああ、わかっている。そちらは任せた」

 

 頼もしく頷いてくれるクオンにそう返す。ウルゥルとサラァナ、そしてクオンは逃走を確実にするための準備を任せる。正直これがうまくいかないと追っ手に追いつかれる可能性も高いためこの三人が作戦の肝だと考えている。

 自分は次にルルティエに目線を向けると声をかける。ルルティエには人質たちを救い出した後の運搬とヤマトの者たちのまとめ役をやってもらう。ルルティエの地位なら適任だしな。ヤマトの者たちに手伝わせてもよかったんだが、こちらとの練度が違いすぎるし、今回は後方で支援をしてもらうことにしている。

 

「ルルティエはここで待機し、某たちが人質の乗った車を奪還した際には、某の合図を待ちココポで車を引いて脱出してもらう。ヤマトの者たちの統率も頼むできるな?」

 

「はい、わかりました。……あの皆さんお気をつけて」

 

 そういうルルティエに頷きを返し、もう一度皆を見渡す。さて、後はノスリとオウギの結果待ちだがあいつらならうまくやるだろう。そろそろ配置につくかね。

 

「よし、それでは出陣(でる)ぞ!」

 

「「「「応ッ!」」」」

 

「「御心のままに」」

 

 

 配置に付き、ノスリとオウギの仕事が完了するのを待つ。

 車の見える位置で待機しているのだが、ヤクトワルトの様子がどこかおかしい。さっきから見つからない程度に車に近づいては様子を伺っているのだが、どうにも焦っているようだ。なにかあったか?

 

「……いないじゃない」

 

「如何した?ヤクトワルト」

 

 そうつぶやくヤクトワルトに声を掛けると、ヤクトワルトは焦ったような表情を自分に向け口を開いた。

 

「俺の女がいない。……すまねぇ旦那、そっちは任せた。俺は女を捜してくる」

 

 ヤクトワルトはそういい残すと止める間もなく駆け出し陣の中へと消えていった。どうする?いまさら作戦は変更できんし、かき回されても適わん。……仕方ない追うか。

 

「アトゥイ、ここは任せた。某はヤクトワルトに合流しそちらを手助けする」

 

「ほぇ?うん、任せといて~な」

 

 自分はアトゥイにそういうと、ヤクトワルトを追って陣の中に足を踏み入れる。ほわわんとしたアトゥイの様子に若干の不安はあるが、まぁあいつなら大丈夫だろう。

 すぐに決断をしたおかげでヤクトワルトにはすぐに追いつくことができた。どうやらヤクトワルトにはあたりが付いているようで、明らかに指揮官のものと思われる天幕に向かう。途中、巡回する兵に見つかったりもしたがヤクトワルトが声を上げる間もなく切り伏せて先へと進んだ。

 

「ここか?」

 

「ああ、ここだけでも確認させてくれ」

 

 目的の天幕へと近づき、中を確認する。中には二人の人物が居た。年頃の女性と、ロロより少しだけ年上に見える子供だ。

 

「はい、あ~ん」

 

「あ~ん、ハムハムッ。おいしいぞ」

 

「そう。よかったですわ。朝ごはんはしっかりと食べないと」

 

 なにやら想像と違うような気がするが女のほうがヤクトワルトの捜し人だろう。幼児もそのままにしては置けないだろうし、一緒に連れ出すことになるか。少なくとも子供を戦場につれてくるわけはないし。ヤマトの民の子供だろうからな。

 

「ヤクトワルト、彼女が其方の探している女か?」

 

「ああ。そうか無事だったか。しかし何でこんな……」

 

 ヤクトワルトは自分の言葉に肯定を返しながらもどこか困惑した風にしている。まぁ、自分の女が何故かこんなふうな厚遇を受けているとなればその困惑は当然といったところか。しかし見つかってよかった。あとは事が起こるのを待って連れ出すだけだな。

 そんなことを思っていると、火の手が上がったようで周りから声が上がり始める。

 

「シノノン、ちょっと様子を見てくるから、ここでいい子にしていてね」

 

「わかったぞ。いいこにしてる」

 

 外の様子に気が付いたのだろう、中からそんな会話が聞こえ女性が天幕から出てきて火の手の方に走っていった。

 

「おい、行ってしまうぞ」

 

「ああ、今が好機じゃない」

 

 ヤクトワルトはそういうと天幕へと入って行き、幼児――シノノンに駆け寄る。って女のほうはいいのか?

 

「お~、とうちゃん。もどったか」

 

「おう、ちゃんといい子にしてたか?」

 

「お~ちゃんといい子にしてたぞ」

 

 シノノンはヤクトワルトのまねをするようにそう言うと、ヤクトワルトへと駆け寄る。ヤクトワルトはシノノンを抱き上げると自分に目配せし天幕の外へと出て行った。おいおい、女は自分に任せたってでも言うのか?……しょうがない、早く連れ戻して合流するか。

 ヤクトワルトを追うように自分も天幕の外に出て女性を探す。幸い女の姿はすぐに見つかった。周りに兵の姿もないし連れ出すなら今だな。

 周囲を確認してから近づくと女の手をとり走り出す。

 

「な!だ、誰です!?何を……」

 

「助けに来た!走れ!」

 

「助けにって、どういう……貴方、何者なのですか!?」

 

「後で説明する故、今は急げ」

 

「わ、判りましたから、そんなに引っ張らないでください 」

 

 女が戸惑ったように声を上げるが、それに後で説明すると返して強引に手を引いて走った。幸い敵には見つからずにアトゥイの元に付くことができ、ほっと胸をなでおろす。

 

「あ、おに~さん。おかえりなさい」

 

「ああ、今戻った。ヤクトワルト助ける相手を忘れてどうするのだ」

 

 アトゥイの言葉にそう返し、ヤクトワルトに言葉を向けるとヤクトワルトはきょとんとした表情で自分を見て口を開き、自分の後ろにいる人物を見て驚愕の声を上げる。

 

「何のこと……ちょ、ちょっと、旦那、誰を連れてきてるのォォォォォ!?」

 

「あなた、ヤクトワルト!まさか――!?」

 

 ヤクトワルトの声を殺しながらの絶叫と、女性の言葉に自分が失敗してしまったことを悟る。女性は自分の手を振りほどこうと力をこめるが、自分は反射的にその手を引いて自分の方に引き寄せ、首に衝撃を与えて気絶させる。

 ……なんだかやってしまった感がすごいが、ヤクトワルトの説明も悪いと思う。“俺の女”なんて言われたら普通に女性としか思わんだろう。ましてや実は幼女でしたなんて夢にも思わんかったわ!

 

「「…………」」

 

「さて、人質の確保は完了しているな。皆が合流するのを待つとしよう」

 

 アトゥイとヤクトワルトの沈黙が痛い。ここは誤魔化すに限るな。

 

「お~、エントゥアはおねむか?もうあさなのにだらしがないな」

 

「ああ、シノノンだったか?疲れていたようだな。今は休ませてやる事にしよう」

 

「そうか、エントゥアはおつかれだったのか。だったらシノノンはしずかにしているぞ」

 

「ああ、いいこだ」

 

 黙る二人をよそにこの状況にも動じず(意味がわかっていないだけな気もするが)自分に話しかけてくるシノノンの頭を優しくなでる。くすぐったいぞといいながらも嫌そうにはしていなかった為、自分はほっと胸をなでおろした。

 

「主様、終わった」

 

「主様、こちらの作業は完了いたしました」

 

「ハク、こっちは完了したかな」

 

 そんな風に話しているとクオンとウルゥル、サラァナが合流してくる。自分の後ろを見るとルルティエもココポを車に繋ぎ準備は万端といった様子だ。さて後は、ノスリとオウギが合流すれば後は逃げるだけだな。

 

「すまん遅くなった」

 

「おや、もう終わっていましたか。僕たちが最後のようですね」

 

「ご苦労だった。よし皆ここを脱出するぞ」

 

 ノスリとオウギが合流したため自分はそう声を掛け皆とともに、その場を脱出する。

 

「この女は、この陣の大将じゃない。少なくとも居なくなったとなれば陣も混乱するし、追っ手の危険が少しは下がると思うじゃない」

 

 女はこの場に置いていこうとしたのだが、ヤクトワルトからそう待ったが掛かりこのまま連れて行くことにした。自分は女を肩に担ぐと皆を追って走り出す。しかしこれ今の状況じゃなかったら完全に人攫いの図だな。……考えないようにしよう。

 

 そうして自分たちは誰も犠牲を出すことなく、陣を抜けることに成功し、今回の作戦は大成功に終わったのだった。……敵の将だと思われる女を捕獲してしまった件を棚上げしての話だがな。はぁ、やっかいなことにならないといいんだがな。



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ヤマトの柱石~八柱将~

ヤマトの柱石~八柱将~

 

 

Interlude

 

戦場~帝都北方~

 

 帝都北方に位置する戦場では、ヤマト側が丘の上に陣を張り、ウズールッシャ軍を迎え撃つ形で状況は推移し膠着していた。しかしその状況を動かす要因がウズールッシャ側におとずれる。本隊から数万に及ぶ援軍が到着したのだ。

 ヤマト側の将ムネチカはその様子を静かに見守っていた。そこにウズールッシャ側から声がかかる。

 

「今日まで良く持ちこたえた!直ちに投降すれば取り成しもできよう。皇の機嫌によってはお召抱えもあるやもしれん。いかがか!」

 

「小生、二君に従う道をもたず。ただ民を守るのみ」

 

 ムネチカがよく通る声でそう返答するとウズールッシャ側の戦意が昂ぶっていき、ついにそれは弾けウズールッシャ側の将は全軍に突撃を命じる。

 

「虫けらの如く踏み潰せ――――ッ!」

 

『おお――――――っ!!』

 

 その声をにこたえる様にウズールッシャの兵たちがヤマトの軍勢に突撃を始める。それを見たムネチカは全軍の一番前へと足を進め、ウズールッシャ側へと突き出すように左手をかざした。

 

「汝ら、これより先に進むことを禁ずる」

 

 ムネチカのその言葉を合図にしたかのように透明な障壁がヤマト側とウズールッシャ側を分断するように展開される。

 

「ぬがっ!?」

 

 先頭を駈けていたウズールッシャの兵が障壁にぶち当たり、そんな声を上げる。しかしウズールッシャ側はそんなことは気にしないとでも言うように押し寄せてきていた。

 

「これより先、小生の領域である。命惜しくば引き返せ」

 

「ええぃ!たかが一人に何をしている、突撃せよ、押しつぶせぃ!」

 

「是非もなし」

 

 ムネチカの張った障壁はウズールッシャ側の攻勢にこ揺るぎもせずに、その場にあり続ける。ウズールッシャ側の先頭付近にいた兵は後続の兵に押しつぶされている形となり苦しそうに声をあげていた。

 

「くっ!如何様な術か、まやかしか?全軍、突撃中止!いったん後退せよ」

 

 ウズールッシャ側の将からそのような指示が飛ぶがムネチカはそれを聞こえてすらいないかのように全軍に指示を出す。ただ“全軍、一歩前進せよ”と。

 

 障壁がそれにより一歩分前へと進み、障壁に触れていた兵たちが後続の兵たちに挟まれるようにして潰れていく。それを後方で見ていたウズールッシャの将は悪夢でも見ているのかと思いながらその光景を見詰める。ヤマトの軍勢が一歩また一歩進むたびに兵達が潰れ血しぶきを上げる。

 

「民を護るため、小生、悪鬼羅刹となりて阻むものを蹴散らさん。全軍、前進」

 

 その言葉と共にヤマトの軍勢が前進するのに合わせ障壁も進む。ウズールッシャ側は後詰の重兵が邪魔で満足に引けず、ただただ押しつぶされていく。どこからともなく声が上がる。

 

「あ、ありえん……こんな理不尽があってたまるか!!」

 

「見誤ったのだ汝らは。そして触れてはいけない物に触れてしまった。ヤマトの恐ろしさ、忘れ果てたと言うなら、その身に刻みこんでおくがよい。―――――勅命である。殲滅せよ」

 

 ムネチカのその声を合図にしたように兵たちは前進を続け、ウズールッシャ側の兵たちはそれに引き潰されるようにして倒されていった。

 

 

戦場~西の國境付近~

 

 ここでも戦端が開かれていた。ヤマトの軍の十倍に達するかと思われるウズールッシャ側は地の利も抑え、ヤマト側の上、角度のキツイ崖の上に陣を敷いている。さらには剣奴達を使った攻撃、ヤマト側が瓦解するのは時間の問題に思われた。

 もっともここを護る将が“豪腕”のヴライでなければの話だが。

 

「勅命である。これより全てを蹂躙せん」

 

 ヤマトの陣に攻め入った剣奴達は口々にヴライへと助けを求めるが、ヴライはそれを聞くこともなくそう言って剣奴達を蹂躙し始める。

 辺り一帯に血の匂いが立ち込め剣奴に動くものがいなくなった後、ヴライは崖の上のウズールッシャ軍を下から見つめる。そして一息に跳躍するとウズールッシャの陣へと降り立った。

 

「なっ……!?」

 

(ウヌ)か、ブンブンと飛び回っていた蠅は」

 

「なん、だと……?」

 

「何者だ貴様!どうやってここに……剣奴達はどうした……まさか!?ここまで跳んできたとでも!?ありえぬ!!」

 

 ウズールッシャ側は突然現れたように感じるヴライに浮足立つ。しかし浮足立っていなかったとしても結果は変わらなかっただろう。なにせここにいたのは武においてヤマトの頂点に位置する男なのだから。

 

「曲者だ!出合え、出会え」

 

 そう言った指揮官の言葉に従い、ウズールッシャ側の兵がヴライへと一斉に攻撃を仕掛ける。ヴライはそれに飲みこまれたかに思えたが……

 

「……ふん」

 

 その声ともに炎がヴライの身を包み、ウズールッシャの兵は吹き飛ばされる。炎に包まれたその姿にウズールッシャ側の兵たちは絶句するが、変化はそれだけに留まらなかった。炎に包まれるようにヴライの輪郭が薄れその巨体がさらに巨大な物へと変貌していく。しばらくするとそこに現れたのは真紅に身を染めたヒトの数倍、いや十倍近い大きさの異形の巨人の姿だった。

 

「な、なんなのだ貴様は……まさか――伝承にうたわれるアクルトゥルカ!?」

 

 ウズールッシャ側の一人がそう声をあげるが、眼前には巨人の拳が迫っていた。兵たちはそれに押しつぶされ、焼かれ跡形もなく消滅していく。

 

――――たった一人による数万の兵の虐殺が始まった瞬間だった。

 

 

戦場~西の國境付近2~

 

 この場は八柱将が一人、デコポンポ率いる軍勢がウズールッシャ側を食い止める形で動いている。しかしデコポンポ側は敵の策に嵌り敗走寸前。壊滅するのは時間の問題に思われていた。

 

「ボ、ボコイナンテ、どうするにゃもか!?」

 

「こ、ここはいったん引いて態勢を立て直すであります!」

 

 この部隊の将であるデコポンポと副将であるボコイナンテ、二人がそう言って話している間にも兵たちは見る見るうちに数を減らしていく。兵の誰もが自分たちはもう駄目だとあきらめかけた時、戦場に一陣の風が吹く。

 

 ウズールッシャの兵、二人の間を大剣が通り過ぎる。気がつく間もなく手首と首を切り落とされ二人は絶命した。その様子に周りの者たちも気が付きそこの周りだけ戦闘が止まった。その者たちが大剣が放たれたと思われる先、丘の上を見るとひとりの男とその男に率いられた軍勢の姿があった。

 

「ミカヅチ……様?」

 

 ヤマトの兵の一人がそう呟く。それを皮切りにしたようにヤマトの者たちから歓声が上がった。絶望的な状況での援軍。それが彼らに与えた心理的な影響は計り知れない。事実、先ほどまで押されていたヤマトの兵たちも活気付き各個ではあるが反撃に転じている。

 その様子を見ながらミカヅチは口を開く。

 

「我は鳴神也。仮面(アクルカ)よ。無窮なる力以て、我に雷神を鎧わせたまえ」

 

 ミカヅチはそう言うと体に雷電を纏わせながら的中心に向けて突撃した。ミカヅチが敵の陣を穿ち、後詰として兵たちがそれに続きウズールッシャ兵を蹂躙していく。その武威は圧倒的でウズールッシャ側はだれもミカヅチを止められずただ蹂躙されていくだけだった。

 

 しばらくするとウズールッシャ、デコポンポ双方の軍は撤退をしたようでその場に動く者はミカヅチの部隊以外にいなくなっていた。

 

「ふん、八柱将の面汚しといえ、ここで兵を引かせる程度には頭は働くか。まぁいい、オシュトルと合流するぞ」

 

「は!」

 

 ミカヅチはそれを確認し副官に指示を出すと、軍勢とともにその場を離れていく。その場には物言わぬヒトの躯だけが残されていた。

 

 

戦場~帝都北方2~

 

 ここでも戦闘が繰り広げられていた。護る将は聖賢のライコウ。ヤマト一の頭脳を持つと言われる神算鬼謀の将だ。戦況としては終始ヤマト側が圧倒している。坂の上に陣を敷いたことに加え、弓兵を二つに分けて交互に矢の雨を降らせ、近づいてきたものは木の杭で押しとどめ、槍兵によって攻撃する。この形がきれいに嵌ったためでもある。

 

 しかしウズールッシャ側もこの場での戦いは不利と悟ったのか、平原に陣を敷きヤマト側が出てくるのを待つ構えに変更し戦場は一時こう着するかに思われた。しかしヤマト側は平野での野戦を選択。なんの策もなければそこで散るのは必定に思われた。もっともここを護る将は聖賢のライコウ。ヤマト一の智将だ。そこに策がないなどあるはずもない。

 

 平野での戦い。ウズールッシャ側の突撃を前にヤマト側は一中てもせずに転進し、後方へと逃げるように戻っていく。それを好機と見たのかウズールッシャ側の兵たちはそれを追撃する。しかしウズールッシャ側の兵たちの前に煙幕が焚かれウズールッシャ側の兵はヤマトの兵たちを見失った。

 

「煙幕?ヤマトの連中め、煙に紛れて逃げる気か!姑息な真似を。行け敵は目の前だ!突撃―――え?」

 

 そう言ったウズールッシャの兵に矢が突き刺さる。煙幕に紛れて矢が大量に降らされ一部を残し兵たちは絶命する。しかしそれだけでは終わらない。地響きのような音と共に騎兵が前方から突撃してきてウズールッシャ側の兵を蹂躙していった。そしてそれは煙幕の外にいたものにまで及ぶ、騎兵によって蹂躙されその場にいた兵たちは壊滅した。

 

 ヤマト側陣。そこでは美しい彫刻の施された机に戦場の地図が広げられ、この陣の将ライコウは鋭いまなざしでそれを見詰めていた。そしてライコウの後ろに控える者たち、その者たちはまるで見てきたかのように詳細な各所の情報を伝えている。

 

「弓兵衆、まもなく敵主力を射程に捕えます!」

 

 報告を受けたシチーリヤからそう声が飛ぶ。ライコウはすべて予定通りだとでも言うように瞬時に指示を返す。まるで戦場の状況を全て把握しているかのようなその言動は敵側からすれば悪夢でしかないだろう。これこそが聖賢のライコウ、ヤマトにそのヒトありとうたわれる者の実力だ。

 ライコウの指示に合わせ地図上の駒がせわしなく動く、それを敵軍の指揮官が見たのならば驚いたであろうことは想像に難くない。なにせ戦場の状況を正確に写し取っていたのだから。

 

「ふん、この程度とは……皇だのと呼ばれても、所詮は蛮族か」

 

「ライコウ様、相手を侮ってはなりません。獣とは、追い詰められた時が一番恐ろしいものです」

 

「いや、侮らせてもらおう。さすればもっと楽しませてくれるやもしれん」

 

 シチーリヤの言葉にライコウはそう返すと口元に笑みを浮かべる。いつもの事なのだろうシチーリヤは“またか”とでもいうような表情を浮かべ、小さくため息をついた。

 

「お戯れがすぎます」

 

「そういうな。これも一興だ。さて、我が手のひらの上で、我の奏でる旋律に兵も獣も踊るがいい」

 

 そう言う間にも戦場は目まぐるしく動き続ける。その中、一つの報告が届けられる。ミカヅチがデコポンポの救援に成功したというものだ。シチーリヤはそれを聞きミカヅチへ賞賛の声を上げその雄姿を“戦場の華”と例えるが、ライコウはあれは戦などではないと評する。戦とは学術であり、敵を知り力の方角と質、そして量さえ察することができれば解を導くことができる。個の力に頼らねば勝てぬなど愚の骨頂、ライコウはそう考えている。

 

「戦を決するのは、英雄の武勇ではなく、戦力の展開と集中をいかに完璧に成し遂げるかにある。さすれば少数の兵で多くの敵を打ち倒すこともそう難しいことではない」

 

「…………」

 

「弟の勝利にケチをつけるとは、我ながら無粋なことをいった。誇る武もなく、机上でしか用をなさぬ男の、ひがみに聞こえるやもしれぬな……」

 

「いえ、けしてそのような」

 

 持論を熱く展開しすぎたのに気がついたのだろう。ライコウはそう言うと皮肉げに笑みを浮かべる。シチーリヤはそれを否定すると、彼の指示を待つようにライコウを見つめる。

 

「冗談だ。ふん、完璧な戦とはどういうものかを愚弟に見せてやるとしよう」

 

 ライコウはそう呟くと薄く笑みを浮かべる。この戦場の決着はすぐそこまで来ていた。

 

 

 

ウズールッシャ本陣

 

 ウズールッシャの本陣には先ほどから悪い報告ばかりが上がってきている。先ほどもデコポンポの軍と戦っていた軍勢が撤退した事を伝える兵が来ていたが、その者は物言わぬ躯となってウズールッシャ皇グンドゥルアの前に倒れていた。

 

「で、東の軍はどうなっておる?」

 

「ひ、東方面軍も、す、すでに壊走……渓谷を進んでいた帝都への侵攻軍も連絡が途絶、恐らくは増援もろとも……」

 

 グンドゥルアの問いかけに側近がそう答え、動揺が陣内に広がる。それもそのはずだ。先ほどの言葉が真実だとすれば各方面に放っていた遠征軍はすべてが壊滅。残っているのは本陣の守備隊だけということになるのだから。その場に居た者たちが口々動揺した声を上げる中、目をつぶってそれを聞いていたグンドゥルアの怒声が響いた。

 

「黙れぇっ!!」

 

 しかしそれでも側近たちの動揺は収まらない。少なくとも報告が真実ならばヤマトの軍勢が本陣に押し寄せるのは時間の問題といってもいい。側近たちが動揺するのも無理のない話だろう。しかしグンドゥルアはそれが気に入らなかったのか一人の側近の顎をつかんで持ち上げ、床に投げ捨てる。その者は兵に引きずられそこから退場したが。側近たちは黙り込み、グンドゥルアを畏怖と恐怖の籠った視線で見つめていた。

 

「ふん、まだ勝負は決しておらぬわ」

 

 グンドゥルアはそう吐き捨てると、玉座に腰を下ろす。それを見た側近の一人が、すこし逡巡するようにしながらもグンドゥルアに近づき何かを耳打ちする。

 

「カカカカカ!そうか、あの汚らわしい小蠅共が帝都にはいったか。まぁいい、つまらん余興なぞにするでないぞ」

 

 グンドゥルアはそう満足げにそう言い、楽しげに笑う。帝都にもまたウズールッシャの影が伸びていた。

 

 

 

帝都~ウォシス執務室~

 

 

「そこで見つめあって。いいです、いいですよ……ああ、唇はギリギリ離して。寸止めこそが正義です」

 

 ウォシスは椅子に腰掛け、日課の創作活動に励んでいた。彼の目の前では彼の部下でもある少年たちが向き合い、ウォシスの要求に応えるように見つめあい、唇が触れるか触れないかくらいの距離を保っていた。

 それにテンションが上がり気味のウォシスの筆は高速で動いていく。

 

「ふふふ、いいですね。ええ、いいです。仕事も捗ります」

 

 数分もすると数ページが描き上げられ満足そうにウォシスはほほ笑むと、次のポーズを要求し出す。

 

「ええ、そうです。そこは切なげな表情で、指が唇に触れるか触れないかくらいが理想ですよ。ええ、ええ、いいです。今日は筆の進みもいい。良い作品ができそうです」

 

 そんな風にノーマルな性癖の者が見たら絶対に引くであろう会話をしながらウォシスは筆を動かしていく。ウォシス配下の冠童(ヤタナワラベ)達は主人に仕事しろよ的な視線を向けるが、ウォシスはどこ吹く風だ。戦争が始まってからはつまらない仕事の連続で疲れているのだ、これぐらい罰は当たるまいと思いながらウォシスは悪乗りを続けていく。

 

 そんなウォシスの後ろに音もなく一つの影が降り立つ。その影はウォシスの首に糸のようなものを巻きつけようとしたが、ウォシスの首に糸を掛ける寸前体が硬直する。

 

「……!!」

 

 影の体はそのまま宙へと上がっていき、ある一点で止まると叩きつけるように床に落とされた。影――賊と思われる男は何が起こったのかわからなかっただろう。そのタイミングでウォシスが振り返り、その傍に三人の人影が浮かび上る。それに男は目を見開いたが口はつぐんだままだ。

 

「ウズールッシャの方ですね?あなたの不運には同情します。本来ウズールッシャの皇は豪放で知られるお方。おそらく独断で動いた輩がいるのでしょう」

 

 ウォシスはそう静かに男に語りかける。その様は先ほど命を狙われた者の物とは思えぬほどに落ち着き払っており、男はその様子に得体のしれない怖気を感じた。

 

「このようなやりかたでは何も変わらない……お互い不幸なことですね」

 

 そう言うウォシスに傍に控えた者が何かを耳打ちする。それはこの者以外に侵入した賊がいたが全員返り討ちにあったというものだった。それを聞くとウォシスはおもむろに立ち上がり、男に近づいてその顔を覗き込む。

 

「申し訳ありませんが、あなたにはいろいろとお伺いしなければなりません」

 

 ウォシスはそう言って男に笑みを向けると、冠童達が傍にきて男を運んで行く。こうしてウズールッシャの計画は大した成果を上げることもなく内々に処理されたのだった。

 

 

ウズールッシャ本陣

 

 ヤマトの反撃を受け。ウズールッシャ本陣にもヤマトの兵が近づいていた。いまは何とか進軍を食い止めているが、本陣に進入されるのも時間の問題だと思われ、ウズールッシャ本陣には緊迫した雰囲気が流れている。

 

 陣の中にはグンドゥルアの側近が集まり、今は誰が撤退の判断を皇に願うのか側近たちがそれぞれ様子を伺っている。その沈黙を破るように一人の側近がグンドゥルアに近づき声をかける。

 

「……ここに侵入されるのも時間の問題。皇、ご決断を」

 

「……よかろう。で、どんな決断だ?」

 

「はっ、ひとまず西へ……この広いウズールッシャ、ヤマトといえど容易に追ってこられは――――がぁ!!」

 

 側近は最後まで言葉を言わせてもらえずに、グンドゥルアに切り捨てられる。その首からは血が留めなく流れ出し、ビクンビクンと痙攣している。それを見てその場にいた兵が悲鳴を上げるがグンドゥルアには意にも介さずにその表情を憤怒に染め側近たちを睨みつけながら、口を開く。

 

「……儂に退けと?この地を、我が大地を捨てよというのか?この儂に!!」

 

 側近たちがその様子に誰も動けない中、一人の男がグンドゥルアの元に進み出る。

 千人長ゼグニ。もうそろそろ老齢に差し掛かろうかという年齢の将だ。ウズールッシャにおいてこのヒト有りとうたわれ、グンドゥルアでさえも一目置く将はグンドゥルアの目をまっすぐに見つめ口を開いた。

 

「皇よ、ここはなにとぞ!」

 

「退くというのか!?この儂が!!」

 

「皇よ!!」

 

「ぬぅ……」

 

 グンドゥルアは自分を恐れることなく向ってくるゼグニの強い視線を受けて剣を収め、側近たちに背を向けゼグニに声をかける。

 

「行くぞ……ゼグニ」

 

 ゼグニは何も言葉を発さずにそれに付き従った。

 

 

 四半刻もしない内に準備は済み、グンドゥルアとゼグニ、そして生き残りのウズールッシャの軍勢はヤマトに攻められているのとは別側の出口に集結していた。ゼグニは数を大きく減らしたその軍勢を一瞥し表情を曇らせる。ウズールッシャ側からすれば勝てるはずの、勝って当然だと思える戦だったのだ。兵の数では倍以上、一人一人の質でもこちらが勝っていると自信を持って言えた。それがここまで数を減らし、皆一様に疲れた表情を浮かべている。

 

(アクルトゥルカを目覚めさせてはならぬ……あの伝承は真であったか)

 

 ゼグニは胸中でそう言葉を吐くと、拳を握り締める。ゼグニにとって気がかりと言えば娘の事もそうだった。後方で陣を張っていた筈が襲撃を受け、その姿が見えなくなっているという報告を受けていたからだ。

 

(……どうか無事でいてくれるといいのだが)

 

 ゼグニはその思いを殺し、今自分のなすべきことをする為に意識を切り替えると、グンドゥルアに声をかける。彼の一声がなければこの場から退くこともままならぬのだ。

 

「皇……」

 

「これは退却ではない……転進だっ!!儂は必ず戻ってくる!!」

 

 ゼグニはグンドゥルアの言葉を聞くと兵たちに向きなおり退却――否、転進の号令をかける。それを皮切りにしてグンドゥルアを中心に据え兵たちは退却を始める。ゼグニも最後尾に付きそれに続くがなにか思うことがあったのだろう。一度振り返り、遠くの空を見上げた。そこにはウズールッシャの将ゼグニとしての姿はなく、ただ一人の父親の姿があった。

 

「エントゥア……まだ生きているか?命あるならば決して無駄にするな。たとえ泥水をすすってでも……」

 

 ゼグニは祈るようにそう呟くと自身も軍勢の後を追い、転進を開始する。赤く染まり始めた空だけがそれを見ていたのだった。

 

 

ウズールッシャ国境~荒野~

 

 

 そこには一人の男の姿があった。蒼を基調とした服を纏い、腰にはひと振りの刀。そしてその顔には仮面(アクルカ)を着けた男。ヤマトにて双璧としてうたわれるもの。右近衛大将オシュトルの姿がそこにはあった。

 オシュトルは目を閉じ静かにそこに佇む。オシュトルの采配師であるマロロ、そして妹であるネコネの予想が正しければここにウズールッシャの軍勢が退却をしてくるはずである。オシュトルは黙してその時を待つ。

 

 しばらくすると多くの者の足音が聞こえてくる。オシュトルは目を開き、小さく呟くように言葉を発した。

 

「来たか……」

 

 眼前に迫ってきている軍勢をオシュトルは冷静に見つめる。ウズールッシャ側の皇であるグンドゥルアはこちらに気がついたようで、顔を僅かに引き攣らせながらもそれ以外は動揺した気配さえ見せずに声を上げる。

 

「くはは……なるほど、そう来たか……我らを追わぬわけだ。ジジイのお気に入りが来よったわ。右近衛大将、オシュトル!」

 

「……」

 

 オシュトルはその声に答えることなくただ佇む。グンドゥルアはそれを気にした様子もなく言葉を続けた。

 

「帝都の縮こまっているのかと思えば……小虫風情が、待ち伏せとは笑わせよる。貴様、我が道を妨げるかっ!!」

 

「否」

 

 グンドゥルアのその言葉に短くそう返すと、オシュトルはグンドゥルアを見つめ返す。その瞳には静かな戦意が宿っていた。

 

「某は帝の命により『蹂躙』せん」

 

「ふん、干物のジジイめ。儂らの命を蟲けらと同じように扱うか……よかろうオシュトルよ。儂の首、それほど容易くは獲れぬぞ」

 

 剣を抜き前に出ようとするグンドゥルアだが、その進路を妨げるように前に出る男がいた。その男――ゼグニは膝をつき、恭しく頭を下げる。

 

「ほう、貴様まで儂の行く手を阻むか?」

 

「いえ、皇よ。我に許しを賜りたく。この場はどうか我にお任せを」

 

 グンドゥルアはゼグニの言葉に神妙な顔を見せる。ゼグニも退かずグンドゥルアを見つめ返した。オシュトルは静かにそれを見つめている。

 

「貴様……英雄と成りに行くか。……馬鹿めが……勝手にするが良い」

 

「はっ、ありがたき幸せ。必ずや仕留めて参りましょう!」

 

 ゼグニのその言葉にグンドゥルアは答えず、背を向けそこを離れていく。ゼグニはそれを見送ると兵たちに向って声を張り上げる。

 

「名を上げたいものは我に続けぇ!!首はオシュトル、値千金であるぞっ!!」

 

 多くの兵はそれに応え、ゼグニはそれらを率いてオシュトルへと吶喊(とっかん)する。

 オシュトルはそれをまったく臆することなく見て口を開いた。

 

「自ら捨て石となり、グンドゥルアを逃がすか……その覚悟や潔し」

 

 オシュトルはそう呟くと仮面へと手を当てる。瞬間その場に光が溢れウズールッシャの兵たちの視界を塞いだ。

 そしてウズールッシャの者たちの視力が戻ってきたころ、高いところからヒトの物とは思えない声が聞こえた。

 

『ソノ覚悟ニ、我モ応エヨウ……』

 

 ウズールッシャ兵の目線の先には太い柱のようなものがあった。目線を上げるとそれが足であり、何か巨大な物につながっているのが見て取れる。後方付近にいたゼグニにはその全容が見えていた。白い巨大なバケモノだ。そうとしかゼグニには形容できないナニカ――否、右近衛大将オシュトルが変貌した物だと思われる巨人がゼグニの眼前には屹立していた。

 直後、その巨体からは信じられない速度でそれが拳を振るう。

 

「「「「「「「「「「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」」」」」」」」」」

 

 その一撃、ただ一撃でバケモノに迫っていたの兵士達が吹き飛ばされる。

 

「やはり化け物か、仮面の将は……幾ら数を揃えても意味がない。ならば」

 

 ゼグニはそれを見詰めながらも冷静にそう呟く。ゼグニは部下たちから仮面をかぶった者たちについては報告を受けていた為、いくらか冷静でいられる。報告を受けた際に最悪も考えてはいたのだ。ゼグニは今がその時だと判断し口を開いた。

 

「右近衛大将、オシュトル!」

 

『!?』

 

「我は千人長ゼグニ!貴殿に一騎打ちを所望する!!」

 

『勇者タラン者ヲ知ラヌは戦士ノ恥』

 

 ゼグニのその言葉に応えるように巨体が収束していき、巨人がいた場所にはオシュトルが佇んでいた。

 

「お相手致す」

 

「む……呪われた仮面を用いぬか、舐められたものよ……」

 

「勇者の首は己が力で取ってこそ!」

 

「その慢心命取りと思えっ!!」

 

 二人はそう言葉を交わすとお互いに構える。しばらく時が止まったようににらみ合っていた両者だったが、先に動いたのはゼグニだった。

 

「おおオォォォォォッ!」

 

 ゼグニはそう雄たけびを上げながら武器を構えオシュトルへと吶喊していく。オシュトルは冷静にそれを見定め刀を一閃する。

 

 オシュトルの剛剣がゼグニの武器毎切り伏せその体に大きな傷を与える。圧倒的な力の差……どれだけ挑んでも、何度やり直してもゼグニではオシュトルに傷一つつけられない。それだけの差が二人にはあった。それでもゼグニは立ち上がる。

 

「通さぬ……我が身滅ぼうとも……ここは絶対に通さぬ!!」

 

 ゼグニはそう叫ぶように言うと、今一度オシュトルの前に立って見せる。その身は満身創痍、完全な状態であってなお勝ち目が見えぬ相手に向かうのは無謀、そう言うしかない状態だった。

 

「まだ、立つか……このような傑物がウズールッシャにいようとはな。だが某もヤマトに仕え、帝に侍う者!聖上の顔を曇らせ、民草を脅かす輩を、決して許すことは出来ぬ」

 

 だがだからこそオシュトルはその決意に、覚悟に、忠誠に敬意を表する。オシュトルは満身創痍のゼグニに向けて刀を構え、全神経を集中する。まるでそれこそがこの男への手向けだとでも言うように。

 

「ゼグニ殿参られよ。お互いに放つのは、あと一撃!最後の一太刀で、この勝負決せん!」

 

「承知。我が渾身の一撃……この命と引き換えにくらうがいい!ぬおおおっっ!!」

 

 あまりにも結果のわかりきった勝負だった。それでもゼグニはオシュトルへと向かい渾身の一撃を繰り出す。強者でなければ入り込むことすら出来ぬ空間。しかし武人であるならば邪魔するような無粋な者はいないだろう空間。故にオシュトルが生き、ゼグニが死ぬのは予定調和だ。そのはずだった。

 

 この場にある二人がいなければの話だが。

 

 一人の男が二人の間に飛び込み、その手に持った鉄扇がオシュトルの一撃を受け流し、ゼグニの一撃もまた、逆の手に握った太刀にて受け止められる。

 

「まぁ自分のことながら無粋だとは思うが、知り合いに泣かれるのも後味が悪いんでな」

 

 オシュトルがよく知った顔に驚きの表情を浮かべ、ゼグニが今の一撃に割り込める者がいることに驚き眼を見開く。

 

「……男ってホントに勝手かな。まぁ今は眠って」

 

 オシュトルは聞きなれた女の声が聞こえると同時に鼻に布を当てられ、しみ込んだ何かを吸い込んで意識を失い崩れ落ちる。その状況に固まったゼグニもまた、反応する間もなく目の前の男に布にしみ込んだ何かを嗅がされ、意識を失い崩れおちた。

 

「あ~、これは後で怒られるかね?」

 

「まぁやったことがやったことだし、それは覚悟したほうがいいかな。とりあえずこのヒトの治療を先にしちゃおっか」

 

 ひと組の男女――ハクとクオンはそう言いあいながらゼグニの治療に取り掛かった。

 

「お父様!」

 

 そこにもう一人少女が現れる。ヤマトの民の服に身を包んではいるがヤマトの國のヒトには珍しい異國のヒトの顔だちをした少女だ。少女の名はエントゥア、ハク達が捕虜にした少女であり、目の前で怪我をして眠る男――ゼグニの娘である彼女は、ゼグニに近寄ると息があるのを確認しホッと胸をなでおろした。

 

「大丈夫。このくらいの傷であれば十分に治療は可能だから」

 

「……はい、クオン。よろしくお願いします」

 

 エントゥアはクオンの言葉にそっと胸をなで下ろしながらも複雑そうな表情をしながらも治療を邪魔しないようにゼグニから離れる。ハクはそれを見守りながらウズールッシャ皇グンドゥルアが逃げて行った方向を見ながら、彼がもう一度ヤマトの地を踏まぬことを願ったのだった。

 

 

Interlude out



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ウズールッシャの少女~打ち解ける者~

ウズールッシャの少女~打ち解ける者~

 

 陣から離れ、国境沿いに西に向かって夜通し車を走らせ十分にウズールッシャ側の陣から離れたと思われる場所で、自分たちは一時休息を取っていた。自分たちにはまだ余裕があるが、ヤマト側の者たちは疲れが見え流石に休息をとらせないとまずそうだったからな。皆が疲れていることもあり見張りは自分とクオンが引き受けている。

 それとエントゥアのことだが皆もヤクトワルトの言っていた“俺の女”をエントゥアの事だと思ったらしく、非難はされなかった。移動中ヤクトワルトにはすまなかったと謝られたが過ぎたことだし気にしてもしょうがないからな。

 

 エントゥアの処遇だが捕虜という形に落ち着いている。ヤマトの者たちがどう言うか心配だったのだが、捉われていたヤマトの者たちが口々に彼女の助命を嘆願したため、剣奴として働かされていた者たちも彼女に対してはどこか好意的だ。捉われていた者たち曰く“兵に乱暴されそうになったのを助けてもらった”、“質素ではあるが十分な食料も与えてもらった。彼女がいなければ私たちはどうなっていたか……”などと好意的な証言が多く、彼女が捕虜たちに対して十分に配慮していた様子がうかがえた。彼女の行動が彼女の命運を分けたのだ。最悪ヤマトの者たちになぶり殺しにあっていてもおかしくはなかったからな。これには自分も胸をなでおろしている。戦場で甘いといわれるかもしれんが、さすがに抵抗のできない者を殺すのは躊躇いがあったからな。

 そのエントゥアだが、自分が気絶させた後から目を覚まさない。ダメージ自体はそれほどでもないはずだから、本当に疲れていたのだろう。今は自分とクオンの目の届くところに寝かせている。さすがに皆と同じところに寝かせるのは問題があるしな。ちなみに縛ったりはしていない。最悪逃げられてもいい、まぁ逃げたらかなり悲惨な目に合いそうで、自分たちの気分はあまり良くないので逃がす気自体はないが。そもそも自分とクオンの警戒を潜り抜けて逃げるの自体が至難の技だからな。

 

 見張りを初めてしばらく、エントゥアの瞼が開き体を起こした。クオンが手に何かを持ってエントゥアに近づき声をかける。

 

「あ、目が覚めた?」

 

「あなたは?……――っ!」

 

 エントゥアは自分に気がつくと驚いたように声を上げ、警戒の表情を浮かべる。そんなに警戒されてもな。こっちからしたら何もする気はないんだが。ま、気持はわかるがね。

 

「とりあえず、はい、これに着替えてね」

 

「えっと、どういう?」

 

 エントゥアは警戒をしながらも笑顔で近づいてきたクオンから服を受け取ると、困惑したように自分を見てくる。そうだよな一応の説明はいるか。

 

「ウズールッシャの衣装を着ている奴がいたら()と間違えられてしまうかもしれん」

 

「……いったい、どういうつもりなのですか?」

 

 自分の言ったことの意味を把握したのだろう。まだ警戒をにじませながら訝しそうにそう聞いてくる。正直言ったまんまなんだがね。

 

「貴方はヤマトの民で、私たちはそれを助けただけ。そういうことかな」

 

「……あなたたちは」

 

 クオンの言葉にエントゥアは黙り込む。しばらくすると大きなため息を吐き、警戒を解いて自分を見つめた。

 

「そちらの考えはわかりました。ですがヤマトの者達は納得しないのでは?」

 

 エントゥアがもっともなことを言うが、その問題はこっちが唖然とするくらい簡単に片付いてしまっている。自分とクオンがヤマトの者たちについて説明すると、先ほど以上に衝撃的だったのか、エントゥアは頭を抱えた。

 

「……ヒトが良すぎます」

 

「ま、あんたの行いの結果だよ。ああ、自己紹介がまだだったな、自分はハク。で、こっちが」

 

「私はクオン。よろしくかなエントゥアさん」

 

「どうして私の名前を……あぁ、ヤクトワルトですか。はぁ、気にしても仕方なさそうです。それに実質私はそちらの捕虜の身、そちらの判断に従います」

 

 エントゥアは諦めたようにそう言うと、クオンに案内され着替えをする為に天幕に向かう。自分は膝の上にいるフォウを撫で時間を潰した。

 エントゥアが戻ってくるとウズールッシャ側の事情を聞き出すことにする。

 

 エントゥアから聞き出した内容によると、今回のウズールッシャの遠征はグンドゥルアが皇になり、遠征を行うことを決めたことが発端だったようだ。エントゥアはウズールッシャで高名な将である父親ゼグニにつき従う形で遠征に参加したそうだ。狙いとしてはヤマトの肥沃な土地。グンドゥルアにはヤマトを征服するのが目的だったが、大部分はグンドゥルアに武力で従えられている形で、ヤマトの食糧なんかが目当てだったようだな。

 

「貴方達はどうしてこの戦場に?軍属といった印象は受けませんが?」

 

「そうだな、仲間に國の姫さんがいてな、その付添いっていったとこだ」

 

 エントゥアがそう聞いてきたため、自分達の事情についても話すことにする。自分達が軍属ではない事、仲間に付き添う形で戦争に参加することになった事、自分たちの仲間には國の姫や皇子もいるが今回のエントゥアの処遇については皆納得している事、エントゥアの安全の為、しばらくは自分達と行動を共にしてもらうことなど話せることはある程度話してしまう。語り終わる頃になると、エントゥアも自分とクオンに慣れてきたのか随分表情も柔らかくなってきていて、いつの間にやら友人と話しているような雰囲気になっていた。

 

「戦場を遊び場とは……剛毅な方もいらっしゃるのですね」

 

「それで黙って連れてこられるほうは堪ったもんじゃないがな。ま、今回は事前に予測はできていたから問題はなかったんだが」

 

「そうだね。アトゥイのそういうところは困ったものかな」

 

 エントゥアがそう言うって来るため、自分とクオンがそう返すとエントゥアはおかしそうに声を洩らす。そして穏やかな顔をして口を開いた。

 

「不思議なものですね。先日まで敵対していた國の者たちとこうして友のように語りあっている。もっとも貴方達であったからというのもあるのでしょうが」

 

「ふふ、友の様にではなく、これだけ仲良くなれたんだし友達じゃダメかな?少なくとも、これからしばらくは一緒に行動することになるんだし」

 

「……ありがとうございます。クオンさん」

 

「クオンでいいよ。私もエントゥアって呼ぶから」

 

「はい。クオン」

 

「自分もハクでいい。畏まられるような者じゃないんでな」

 

「ふふ、わかりましたハク」

 

 クオンとエントゥアはそう言いつつ笑いあう。クオンは意外と友達が少ないからな。友人になってくれるのならば大歓迎だ。しかし自分たち――特に女性陣は立場故に友人に恵まれなかった者が多いな。なんやかんやエントゥアからも同じ匂いがするし、類は友を呼ぶってやつかもしれん。なんやかんや自分もエントゥアに情が湧いてしまっているし、しっかりと面倒はみるか。もっとも最初から放り出す気はなかったのだが。

 

 

 そんな風に話していると地面が揺れているような気がして、意識を集中する。クオンとエントゥアも気がついたようだな。今いるのは木々に囲まれた高台の中だ。自分はクオンとエントゥアにここで待っているようにいうとフォウを肩に乗せてその場を離れ、木々の隙間から振動の発生源だと思われるモノをのぞき見て安堵のため息をこぼした。どう見てもヤマトの軍だ。それに軍の中には見たことのある顔が並んでいる。オシュトル配下の者たちにマロロ、ネコネ、キウル。オシュトルの姿は見えないが別行動なのだろうか?自分は姿を現すと戦闘の意思はないということを示すため武器を置いてその集団に声をかけた。

 

 声をかけた瞬間は警戒されたが皆自分の顔を見たことがあったようで、警戒を解いてくれた。その集団の中から一人の兵が近づいてきて自分に声をかけてくる。

 

「ハク殿ではありませんか。どうしてこちらに?」

 

「某たちと行動を共にしている者の中に、シャッホロとクジュウリの姫がいることは知っていよう?姫様方が皇の名代としてこの戦争に派遣されることになり某もそれに同道している」

 

 その兵士は事情を知っていた筈なのでそう説明する。自分の説明に納得し、危険はないと判断したのか、兵士はマロを連れてくると言って集団の中に戻っていった。

 しばらくすると集団の中からマロ、ネコネ、キウルの三人が現れこちらに近づいてくる。三人とも少し汚れてはいるが怪我はないようで自分はほっと胸をなでおろした。

 

「ハク殿~御無事で何よりでおじゃる」

 

「ああ、マロもな。ネコネもキウルも無事でなによりだ」

 

「フォウ、フォウ」

 

「ハクさんも御無事でなによりです」

 

「はい、ご無事でなによりなのです。フォウさんも元気そうですね。姿を見た時は何があったのかと思ったですがアトゥイさんとルルティエさんに付き合われる形だったのですね」

 

 マロにそう返し、ネコネとキウルにもそう声をかける。キウルの言葉に続くようにネコネは自分にそう声をかけると、まるでなでてくれとでも言わんばかりの距離に近付いてきたため、労うようにその髪を優しく撫でてやる。ネコネは気持ちよさそうにそれを受け入れ目を細めていた。

 

「そういえばハクさんはどうしてここに?」

 

 キウルの言葉に自分はネコネの頭から手を離し、キウルに向き直る。ここは戦場からは離れた場所みたいだしそう思うのは当然だろう。自分は戦場についてからの自分たちの動きを三人に説明し、ヤマトの者たちの保護を申し出る。もちろんエントゥアの事は伏せてだが。現状で伝えても混乱させるだけだろうし、ヤマトの服を着たエントゥアは少し異国情緒漂う美少女といった風情で気づかれはしないだろうしな。もちろん後日、オシュトルも交えてしっかりと説明はするつもりだが。

 自分の説明を聞きこの場を任されているマロは二つ返事で了承を返してくれた。マロは隊にはここで待機を命じ、二人と数人の兵士を連れて、自分達が野営している高台に向かう。

 

 野営場所に戻ると、クオンが自分を見て安堵したような笑みを浮かべる。そして自分の後ろに着いてきている三人と兵たちを見て驚いたようにしたが、すぐに三人が軍と共に遠征に向かっていたのを思い出したのか普段の表情に戻った。エントゥアはヤマトの兵を見て少しだけ顔が引き攣ったが、自身を見ても兵が捕縛に動かない事から、先ほど話したように自分がしているのを理解したのか警戒を解いたようだ。

 二人にヤマトの軍で保護して貰えることを伝えるとほっと胸をなで下ろしていた。クオンはともかくエントゥアもその反応ってことは、なんやかんや言いながらもヤマトの者たちの事も気にかけていたのだろう。接している内に情でも湧いたかね。まぁ、シノノンの事は可愛がっているみたいだったしそっちについて安心しただけなのかもしれんが。

 

 その後、ヤマトの民たちも軍に受け入れられ一息ついた頃にマロに何故ここにいるのかを尋ねる。キウルが疑問に思ったようにここは戦場から離れた場所だ。軍がここにいるのは違和感が強い。となればここには何かがあるのだ。

 

「……オシュトル殿の指示でおじゃる。ウズールッシャは八柱将の方々の活躍もあり、各地で撤退を強いられているでおじゃる。本陣が落ちるのも時間の問題だと思うでおじゃる」

 

「そうか、てことはこの軍は追撃を行うための部隊ってことでいいのか?」

 

 マロの説明を聞き、一番ありえそうな選択肢を上げて聞いてみる。マロは自分の言葉に頷くと、ただしと前置きし言葉を続ける。

 

「本命にはオシュトル殿一人で向かわれたでおじゃる。マロたちは逃走経路に選ばれるであろう物の中で二番目に可能性が高いと判断した場所に向かっている途中でおじゃるよ」

 

仮面の者(アクルトゥルカ)としての力を解放して戦えば、その他の者は足で纏いになるからか……」

 

 知識としては覚えている。自分の使っていた力だ、分らないはずがない。仮面の者(アクルトゥルカ)が力を解放すれば、そこに割り込めるのは同じ仮面の者か、一握りの超越者だけだ。この場にいる者であれば自分かクオンならどうにかってところか。

 マロは自分の言葉に頷くと目を瞑り、逡巡するように少しの間黙り込んでから再度口を開いた。

 

「ハク殿、お願いがあるでおじゃるが……」

 

 マロのお願いとやらにはすぐに想像がついた。情の深い男だからなマロは。大丈夫だとわかってはいてもオシュトルの事が心配なのだろう。自分はマロが知る限りで一握りのオシュトルとまともに打ち合った人物だ。ここまでわかれば自ずとマロのお願いについては想像がつく。

 

「オシュトルの様子を見に行ってほしいのか?」

 

「危険だとはわかっているでおじゃるが……」

 

「いいさ。わかった、引き受けよう」

 

「忝いでおじゃるよ、ハク殿」

 

 自分がそういうとマロは済まなそうにしながらそういうと、オシュトルの向かった場所について説明をしてくれる。マロの説明を聞いたあとはキウルの姿を探し、皆の事を任せるとクオンのところに向かった。流石に何も言わずに発つとクオンにめちゃくちゃ心配をかけるからな。で、そのクオンだが……。

 

「私も一緒に行くかな」

 

 との一言でクオンの同道も決定する。それに合わせて予想外でもないが同行者が一人増えた。クオンと一緒にいたエントゥアだ。ウズールッシャ軍のが現れるかもしれない場所に行くということで、自分もクオンも難色を示したのだが“けじめをつけたいのです”というエントゥアの言葉に押し切られる形で同道を許すことになった。そして自分達は皆に出ることを告げると軍を後にする。

 

 

 岩が乱立する入り組んだ荒野を進む。正直、地理に明るいであろうエントゥアが着いてきてくれて助かったな。自分たちだけでは迷っていたかもしれない。

 

「エントゥア、着いてきてもらって助かった。正直、自分とクオンだけでは迷っていたかもしれん」

 

「いえ、無理を言って連れてきて頂いたのですから、これぐらいは」

 

「ううん、助かってるかな。ありがとうエントゥア」

 

「クオン、ハク……ありがとう。急ぎましょう。目的地まではあと少しのはずです」

 

 そう話をしながら先を急ぐ。エントゥアが言うには目的地まではあと少しのはずだ。

 しばらくすると開けた場所に出る。そこに広がっていた光景にエントゥアが隣で絶句しているのが分かった。目の前に広がるのは岩の乱立した荒野、そしてそこに広がるはウズールッシャの者たちの物言わぬ躯の数々、ある者の腕は千切れ、ある者は首がなく、ある者は何か重量物に引き潰されたように原型を留めていない。

 自分達の視線の先にそれをやったであろう者の姿があった。それは一言で言うと化け物――白くヒトの十倍はあろうかという体躯の巨人だ。……あれはオシュトルか。仮面の者(アクルトゥルカ)が全力で戦う時の姿、ウィツァルネミテアを連想させる巨人の姿がそこにはあった。

 自分達がそれを見ているとウズールッシャ側の一人の男がその巨体の前に進み出て何かをいう。すると巨人の姿が光に包まれ収束し、一人のヒトがその場に姿を現した。やっぱりオシュトルだったか。そこに現れた人物を見て、自分は胸中でそう呟くと目の前の光景を見つめる。

 

 男とオシュトルは向かい合いお互いに武器を構える。その段階で男の顔が見えた。片方の眼に傷のある歴戦の武士といった風情の男だ。男の顔をみて自分のとなりにいたエントゥアが呟くように声を上げた。

 

「……お父さま」

 

 エントゥアのその声が聞こえたわけではないだろうが、エントゥアが呟いたタイミングで二人が動く。男――エントゥアの父親であるゼグニが仕掛ける形で一撃を繰り出すが、オシュトルの豪剣により武器ごと叩き切られゼグニは地面に伏せる。

 

「お父さまっ――!!」

 

 エントゥアがそれを見て悲痛な声を上げる。ゼグニの武威によるものだろう。オシュトルの一撃はいくらか入りは浅かったようだが、それでも戦える状態ではあるまい。自分がそう判断しているなか、ゼグニは満身創痍ながらも体を起こしもう一度オシュトルの前に立った。

 

「……あ、……あぁ――お父さま……ダメ、もう立たないで下さい」

 

 エントゥアは涙を眼にためながらそう言いつつも動こうとはしない。否、動くことなどできない。エントゥアは武人としての在り方をしる人物だ。そんな人物が父の――もっとも尊敬する武人の神聖なる戦いにどうして水を差すようなことができるだろうか。だが、自分には関係のないことだ。

 

「ハク……」

 

「ああ、エントゥアに泣かれるのは寝覚めが悪すぎる」

 

 今にも崩れ落ちそうなエントゥアを見ながらクオンとそう短く言葉を交わす。我ながら無粋だとは思うが介入させてもらおう。クオンに言ったとおり、自分とクオンにとってはここままゼグニが斬られてエントゥアに泣かれるほうが寝覚めが悪い。自分とクオンは頷き合うとエントゥアをその場に残し、二人の元に全力で駆け出す。幸いオシュトルは目の前のゼグニに全力で意識を集中しているようで自分とクオンに気が付いている様子はない。そして自分たちの力量ならば、その状態からならばオシュトルの隙をつくことは可能だ。

 自分とクオンが二人の目前にたどり着いたタイミングで二人は動いた。

 

「ゼグニ殿参られよ。お互いに放つのは、あと一撃!最後の一太刀で、この勝負決せん!」

 

「承知。我が渾身の一撃……この命と引き換えにくらうがいい!ぬおおおっっ!!」

 

 自分はクオンに目くばせするとさらに加速し二人の間に割り込む。受け止めることは難しいオシュトルの一撃は鉄扇で受け流し、ゼグニの一撃を反対の手に持った太刀で受け止める。

 急に割り込んで来た自分に二人は驚き、更にオシュトルは自分だということに気が付き一瞬固まる。

 

「まぁ自分のことながら無粋だとは思うが、知り合いに泣かれるのも後味が悪いんでな」

 

「……男ってホントに勝手かな。まぁ今は眠って」

 

 そしてその一瞬の隙があればクオンには十分だ。クオンは音もなくオシュトルの背後に回り込むと強い眠り薬を染み込ませた布をオシュトルの顔に当てる。すると薬は一瞬で効力を発揮しオシュトルは崩れ落ちた。自分はクオンからその布を受取り目の前で固まるゼグニの顔にそれを押し当て眠らせた。

 

「あ~、これは後で怒られるかね?」

 

「まぁやったことがやったことだし、それは覚悟したほうがいいかな。とりあえずこのヒトの治療を先にしちゃおっか」

 

 近づいてきたクオンとそんな言葉を交わしながら、ゼグニの治療に取り掛かる。結構な傷だがクオンに掛かれば命を落とすことはないだろう。そんなことを考えながら治療をしているとエントゥアが駆け寄ってきた。

 

「お父さま!」

 

 彼女はゼグニに近寄ると息があるのを確認しホッと胸をなでおろした。

 

「大丈夫。このくらいの傷であれば十分に治療は可能だから」

 

「……はい、クオン。よろしくお願いします」

 

 武士としての気持ちも理解できる彼女としては胸中は複雑のようだ。父親が生きていた安堵はもちろんあるのだろうが、父の武人としての誇りを汚してしまったのではないかという思いもあるのだろう。そんな思いを押し殺して自分とクオンに頭を下げると、複雑そうな表情をしながらも治療を邪魔しないようにゼグニから離れる。自分はそれを見守りながらウズールッシャ皇グンドゥルアが逃げて行ったと思われる方向を見ながら、彼がもう一度ヤマトの地を踏まぬことを願った。

 

 

 その後、グンドゥルアはオシュトルからの追撃にあわなかった事もあり無事にウズールッシャの奥地へと逃げ延びることに成功する。一方、オシュトル以外の八柱将を中心とした討伐軍はウズールッシャ各地を蹂躙、幾千幾万もの死体の山が築かれた。長を失った國にはすでに抵抗する意思もなく、各地にヤマトの旗が翻り、事実上ヤマトの直轄領として併合されることになる。

これによりヤマトとウズールッシャの大戦は幕を閉じたのだった……。



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大戦の後で~晴れる暗雲、広がる蒼穹~

すみません、投稿遅れました。

ウズールッシャ編、最終話になります。


大戦の後で~晴れる暗雲、広がる蒼穹~

 

「む……ここは……?」

 

「お、気がついたかオシュトル。流石に回復も早いな」

 

「ハク殿か?」

 

「おう、具合はどうだ?」

 

 オシュトルとゼグニさんを眠らせてからしばらく、こちらの予想よりもはるかに早くオシュトルは目を覚ました。目覚めたオシュトルは少しの間困惑したように自分を見てきていたが、自身が眠らされる前の状況を思い出したのだろう。少しだけ険しい目で自分をみて、目で説明を求めてくる。しかし目覚めてからいきなり斬りかかられるのを最悪覚悟していたが、存外に自分はこの男からの信頼を得ているらしい。そのことをうれしく思いながらオシュトルを見つめ返していると、痺れを切らしたのかオシュトルが口を開きこちらに先ほどの行動の説明を求めてくる。

 

「さて、ハク殿。先ほど何故あの男をかばうような真似をしたのかを説明願えるか?」

 

「まぁ、その、なんだ?その場の勢い的な何かだな」

 

「……某は真面目な話をしているのだがな」

 

 オシュトルの問いかけにそう答えると気に召さなかったのか、オシュトルの目がすぅっと細まる。いや、嘘は言ってないぞ?ただ説明がいささか面倒くさいからほぼ端折っただけで。

 

「分かった。少し長い話になるがいいか?」

 

「いいだろう。話してみるとよい」

 

 オシュトルに促され戦場に来ることになった経緯から話し始める。オシュトルは人質を救出したところでは感心し、エントゥアの事をヤマトの者たちが受け入れたところは呆れながらも嬉しそうに聞いていた。

 

「――で、エントゥアに目の前で父親が殺されるのを見せて泣かれるのも寝覚めが悪そうだったんで割って入った」

 

「はぁ、其方はお人好しというかなんというか。しかし事情は分かった。エントゥア殿とゼグニ殿がヤマトに対し災いを齎さぬことを誓えるのであれば、某も見逃そう。だが……そうでなければ某はその者達を斬らねばならん」

 

「すまんオシュトル、恩に着る。ヤマトに害をなさないってのはこっちでなんとかするんで、しばらく様子を見ていてくれ」

 

「其方に恩に着せる事ができたのなら安いものだ。存外借りが溜まっていたのでな」

 

 オシュトルは自分の言葉にそうかえすと、立ち上がってどれくらい時間が経ったかを聞いてくる。追撃に出るつもりなのだろうが、もうオシュトルが眠ってから一刻ほどだ。ウズールッシャ側のホームと言える土地でそれだけの時間を与えたのであれば満足に追撃できるとは思えん。その事をオシュトルに伝えると奴ももっともだと思ったのだろう。手頃な岩に腰掛け、今後の事を話そうと言ってきた。

 

「自分達は皆から離れて帝都に戻るつもりだぞ。ゼグニさんの容体が安定するまで、あまり大きくは動けんし、ゼグニさん用にヤマトの民の服を調達せにゃならん」

 

「ふむ、それがいいだろうな。では某は隊に戻りその旨を皆にも伝えておく。先にゼグニ殿の服をどうにかした方が良いだろうし、キウルに持たせて向かわせる」

 

 オシュトルがそう言うとほぼ同時に自分の傍に気配が二つ出現する。オシュトルは突然現れた気配に警戒するが自分が目くばせすると警戒を解いた。まぁ、この二人が大人しく待っているとは思っていなかったが案の定着いて来ていたか。

 

「主様、これを使う」

 

「主様、このお召し物をお使いください」

 

「……鎖の巫殿か」

 

 二人の姿を確認するとオシュトルはそう呟く。オシュトルの感覚から逃げおおせるとは、やっぱりこの二人は優秀だ。自分はウルゥルとサラァナから服を受け取ると二人に声をかけた。

 

「助かる。だが自分は皆と共に待機を命じたはずだが?」

 

「「…………」」

 

「はぁ、まぁ助かったからいいか」

 

「「恐悦至極」」

 

 都合のいい時だけ返事を返す双子にため息を漏らしながら、自分はクオンの元に向かうことにする。目が覚めた段階でオシュトルとゼグニさんを合わせるのは悪手だと思い、岩の陰でゼグニさんの治療をしてもらっていたのだ。双子とオシュトルも自分についてきたため三人を引き連れてその場に向かった。

 

「あ、ハク。オシュトルへの説明は……大丈夫だったみたいだね」

 

「ああ、納得はしてくれたよ。もっともエントゥアとゼグニさんが今後ヤマトに害をなさないことを誓うことが条件だがな」

 

 クオンはほっとした様子で自分にそう声をかけてきたので、自分はクオンにそう返す。それにしてもクオンも双子がいることに驚かなかったな。良く理解してくれているようでなによりだ。クオンは自分の言葉に一つ頷きを返すと眠るゼグニさんに付き添っているエントゥアに視線を向ける。それに誘われるように皆の視線がエントゥアに集まり、エントゥアは自分とクオンに目線を向けて頷くと口を開いた。

 

「私としては異存はありません。ヤマトに未来永劫害をなさないことを誓いましょう。父は……私が説得して見せます」

 

「……エントゥア殿だったか。そういうことならば某にも異存はない。しかしいくつか条件をつけさせてもらう」

 

 そう言うエントゥアにオシュトルは声を掛けると条件があるといって自分の方を見たあと、エントゥアに視線を戻す。なんとなくこの後の流れは予想が付くがいちおう聞いておくことにしよう。

 

「まずは貴殿たちの身柄はこちらのハクに預かってもらう」

 

「はい、わかりました」

 

「自分も異存はない。面倒はみるつもりだったしな」 

 

 一つ目の条件に自分もエントゥアも頷くこれは当たり前のことだろう。監視の意味合いも入っているのだろうがそもそも自分達が持ち込んだ案件だ。自分が面倒を見るのが筋というものだろう。……小遣いが減るなぁ。

 

「二つ目は……ゼグニ殿と落ち着いてからで良いので話をしてみたい。これほどの傑物と出会えることなど滅多にないのでな」

 

 エントゥアはオシュトルのその言葉を呆けたように聞いていた。まぁ先ほどまで殺し合っていた者を傑物と呼び、話してみたいなどというオシュトルに若干の呆れと驚きがあり処理しきれないのだろう。自分からするとなんともオシュトルらしいなとしか思わんがな。

 

「エントゥア、その場にも自分も同席しよう。構わないよなオシュトル」

 

「ふむ、エントゥア殿がそれで納得するのなら某は一向にかまわん」

 

「……それならば了承します。ハク、よろしくお願いします」

 

 自分がそう提案するとオシュトルもそれを受け入れ、それならばとエントゥアも了承の意を返す。

 

 オシュトルの条件はこれだけだったようで、自分はこれからの事について話すことにした。ゼグニさんの衣装も手に入ったことだし、軍と共に行動をした方がいいかもしれん。エントゥアからの情報だがゼグニさんはグンドゥルアの傍に控えていたため、ヤマト側に顔を見た者はいないだろうという事だしな。幸い服装を除けばウズールッシャの者の見た目はヤマトの民たちとそう変わらない。これならば他の者に気がつかれることはないだろう。……もっともライコウあたりに会えば感づかれそうな気もするが。

 

「……さっきから気になっていたのですが、そのお二人はいつの間にここに?」

 

「気にしても仕方がないかな。この二人はハクがいるとこにならいつの間にかいるとでも思っておくといいよ」

 

「奥様の言うとおり」

 

「私達は常に主様と共にあります」

 

 先ほどから気になってはいたのだろう、エントゥアが双子について聞いてくるが、クオンはそういう者だとエントゥアに返し自分も頷いてやる。エントゥアは気にしても無駄だと悟ったのか、若干遠い眼をしながらも曖昧に頷く。

 

 そんな風に話をしていると、眠っていたゼグニさんがうめくように声を上げ目を開いた。

 

「儂は……そうか、負けたか」

 

「お父さまっ!」

 

「……エントゥア、無事だったか」

 

 エントゥアは目を覚ましたゼグニさんに感極まった様子で声をかける。ゼグニさんはエントゥアの姿を視界に収めると頬を緩め娘が無事だったことに安心したように見える。感動の再会のところ悪いがあまり時間をかけるわけにもいかんからな。そう思いながら自分が代表して声を掛けることにする。

 

「目が覚めたか」

 

「……お主は……あの時の男か。おかげで娘の姿をまた見ることができた。感謝する」

 

「自分の寝覚めが悪いからやっただけだ。――さて、ウズールッシャ軍千人長ゼグニよ。某たちに……ヤマトに災いをもたらすつもりならば某は貴殿を斬らねばならぬ。……抵抗の意思はあるか?」

 

 穏やかにそう言うゼグニさんに軽く答え、意識を切り替えて問いかける。正直自分でもやりたくはないが、これだけはけじめとしてやっておかないとならない。エントゥアは自分の変わりように驚いたのか目を見開いて自分を見た後、不安そうに自分を見て、同様の視線をゼグニさんへと向ける。ゼグニさんはちらりとエントゥアに視線を向けてから自分に視線を向けると、満身創痍の男とは思えない力強い視線で自分を見て口を開いた。

 

「儂は敗者の身だ。これより先ヤマトに害をなすことはないと誓おう。皇の事は気がかりだが、どのみちこの身は一度死んだようなもの。――ただし、我に同胞を斬れというのなら話は別だが」

 

「そのような事はさせぬと、このオシュトルが誓おう」

 

 ゼグニさんのその言葉にオシュトルが一歩前にでてそう答える。ゼグニさんはその姿に驚きの表情を浮かべたが、その言葉に安心したのか体の力を抜き、その瞼を閉じた。

 

「お父さま!?」

 

「大丈夫、眠っただけかな」

 

 まるで死んだように眠ったその様子にエントゥアが取り乱すが、クオンの言葉にほっと胸をなでおろす。あの傷から目覚めてすぐの会話だからな。さすがに歴戦の将といえども体力の限界だったのだろう。しかしこれで懸念は払しょくされた。と、なればすぐにでも移動を開始したいところだが。

 

「クオン、移動したいがゼグニさんは動かせるか?一応、ヤマトの衣装はあるから出来るならば着替えさせたい」

 

「うん、それくらいなら大丈夫。体力は戻っていないけれど傷自体は命にかかわるって状態は脱してる」

 

「ならば急いだ方が良い。この場にいつ軍の者がやってくるやもわからんのでな」

 

 オシュトルの言葉に頷きを返して、クオンの言葉にほっと胸をなでおろすエントゥアを見ながら、自分はゼグニさんに近づく。クオンとエントゥア、ウルゥルとサラァナに少し離れているようにいって、四人が離れたのを見計らってゼグニさんが着ている服を脱がせて体を拭き、ヤマトの衣装に着替えさせる。

 その後は自分がゼグニさんを担ぎ軍に合流するため皆でそこを離れた。

 

 

 

 軍に合流した後は、ゼグニさんの傷がある程度癒えるまでは行動を共にした。その後はウズールッシャの残党狩りを行う軍と別れ別行動をとることにした。ネコネ達は最後まで軍と行動を共にするらしくここで別れることになる。その後は馬車を回収するため初めに戦場に到着した地点付近まで戻る。借り物らしくさすがのアトゥイも回収せずに捨て置くのは躊躇いを覚えたらしい。ゼグニさんをいつの間にか自分たちに合流したラプター(クオンのウマ)に乗せ、エントゥアが相乗りしてゼグニさんを支え、自分が手綱を握る形で引いている。

 そのゼグニさんだがあの時から意識が戻らない。クオンが言うには体の傷はほぼ癒えておりいつ目を覚ましてもおかしくない状態だということなんだが、存外ダメージがデカかったのだろう。命の心配はしないでいいというクオンの言葉を信頼しているし、自分としてはあまり心配はしていない。しかしエントゥアはそうもいかないようで四六時中ゼグニさんに張り付き、せっせと世話を焼いているが。

 

 そして何故かヤクトワルトとシノノンも一緒だ。

 

「で、なんでヤクトワルトはここにいるんだ?」

 

「いまさらですかい旦那。いや、旦那のところで厄介になろうと思うじゃない」

 

 予想していたとおりの答えがヤクトワルトから返って来た。二人が住んでいた所は今回の戦争で焼かれてしまいもうない。ということでヤクトワルトとシノノンは身を寄せるところはないはずだし、そういうことだろうとは思ったがな。たぶん誘ったのはクオンだろう。自分としてもこれだけ腕の立つ男が自分たちの仲間に加わってくれるのはありがたいし異存はない。

 

「クオンか?」

 

「ああ、旦那の言うとおりクオンの姉御に誘われたんでな。雨露凌げる屋根と飯とその他諸々、ずいぶんと俺を高く買ってくれたじゃない。それにシノノンもすっかりあの娘らに懐いちまった。……少々複雑だがエントゥアにも良く懐いているしな。そしてなにより旦那には義理もある」

 

「はぁ、物好きな。好きにするといいさ」

 

「おうさ、好きにするじゃない。そんなわけでよろしく頼みますぜ、旦那」

 

「すきにするじゃない」

 

 ヤクトワルトの肩に座るシノノンがそう言うと思わず笑みがこぼれた。しかし高く買ってくれたとか言っているが多分それ買いたたかれてるからな、ヤクトワルト。クオンのほくほく顔が目に浮かぶようだ。ヤクトワルトは随分な実力者だし、シノノンが絡まなければアトゥイなんかよりもずいぶん扱いやすい。正直自分たちの資金力で雇っていられるような男ではないんだが、本人が良いといっているんだし問題ないか。

 

「ハク、あとどのくらいなのですか?」

 

「ああ、あと数刻ってとこだ。見つかりづらいように隠してきたしたぶん馬車は無事だと思うから着いたらゼグニさんをそこで休ませてやるといい」

 

 エントゥアの言葉にそう答え道を進んでいく。この数日でエントゥアも随分と自分たちと打ち解けた。敵対していたとはいえエントゥア自身は性格の良いいい娘だし、当然の帰結だったかもしれんがな。

 

「しかし、あの時も言いましたが本当に不思議なものです。つい先日まで敵味方に分かれ戦争をしていたというのに、敵だった者たちとこうも簡単に打ち解けられるとは思ってもみませんでした」

 

「なに、戦争はもう終わったんだ。戦争ってのはどっちかが負けるもんだ。命があるだけ儲けものってな?」

 

「ええ、貴方達と過ごすようになってから私もそう思えるようになりました。ありがとうございます、ハク。あの場所で出会えたのがあなたで……あなた達でよかった」

 

「そうか……」

 

 エントゥアとそう話しながら自分は空を見上げる。空には暗雲もなく澄み渡った蒼穹がどこまでも、どこまでも広がっていた。



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偽りの仮面 隠密衆編~神眠る國の使者の巻~
帝都にて~変わる日常、変わらぬ日常/オシュトル成り切り衣装~


ウズールッシャ侵攻編は終了。今回からしばらく日常会です。


帝都にて~変わる日常、変わらぬ日常/オシュトル成り切り衣装~

 

 

 ウズールッシャとの戦争から数週間、自分達は帝都へと戻りいつもの日常に……いや、少しだけ変化した日常を過ごしていた。

 

「お~、ろろはあめがすきなのか。じゃあとうちゃんにたのんでたべにいくぞ。いいよなとうちゃん」

 

「シノねえちゃといく!ははさまにいてくるからまてて」

 

「お~いいぞ。ロロ、それなら俺とシノノンも一緒にいくじゃない。じゃ旦那、俺はシノノン達と一緒に出てくる」

 

「おう、行ってこい」

 

 帝都に帰って来てから仲良くなったロロにシノノンが若干のお姉さん風をふかせながら構っている光景は、帝都を出るまでは見られなかったものだ。シノノンの方が若干年は上のようだが良い友人といった関係を築いているようでなによりだ。シノノンが自分たちと行動を共にすることになった事で、マロンさんもロロに年の近い友達が出来たのを喜んでいる。他にもロロとシノノンのコンビは白楼閣の女衆にもかわいがられており、女衆のアイドル的存在になっている。

 

「あ、ハク。トウカさんにこれをもって行くように頼まれたのですが何所に置いておけばいいですか?」

 

「ああ、そこでいいぞ。後で自分が運んでおく」

 

「わかりました」

 

 エントゥアは自分たちの仕事の手伝いをしながら、暇があれば白楼閣の女衆の手伝いをしている。まだゼグニの傷が癒えていないため女衆に世話を頼むことも多く、そのお返しとして始めたらしいのだが手際が良かったらしく、いまはヘルプではあるが十分な戦力として数えられている。それこそさっきエントゥアの口から名前の出たトウカさん(お義母さん)(不器用なようでよく失敗している様子を見かける)なんかより頼りにされている程だ。酔っ払いが暴れたりすることもあるし、ある程度の武を持ち、給仕にも精通しているエントゥアにとっては天職かもしれんな。もっともエントゥアは自分たちへの恩を返すと言ってこれを本職にする気はないみたいだが。

 

「?どうかしましたか、ハク」

 

「いや、似合ってるなと思ってただけだ」

 

「――ッ!!ありがとうございます」

 

 少しエントゥア長い間エントゥアを見ていたのだろう。エントゥアがそう聞いてきたのでそう咄嗟に答える。まぁ、嘘偽りなく似合っているからな。エントゥアは自分の言葉に顔を赤くするが、ゼグニさんの話ではエントゥアは誉められなれていないって話だしな。免疫がないんだろう。

 

「ハク殿、儂の娘をそうからかってやるな」

 

「失礼な、自分は本心から言っているというのに」

 

 エントゥアと話しているとそこにゼグニさんがやってきてそう声をかけてくる。まだ完全に傷は癒えきっていないが、最近は歩くことくらいは問題なくできるようになっており、宿の中を歩き回っているようだ。

 

「お父さま、まだ完全ではありませんから安静にしておいてくださいといったのに」

 

「エントゥア、そう言うな。完全に癒えてはいないが寝たきりだと体がなまってかなわん」

 

 こんな風にエントゥアがゼグニさんに小言を言う光景もこの数週間で見慣れたものになった。

 

「平和だね」

 

「ああ、平和だな」

 

 そんな光景をみながら自分の隣に座るクオンとそう言葉を交わし、ルルティエの淹れてくれた茶を飲む。自分の後ろではルルティエに先を越された双子が“強敵”“やはり侮れません”とか戦慄しながら言っているが気にするだけ無駄だな。

 

 そんな平和な日常を過ごしていたのだが……

 

「おにーさん、約束を果してもらうぇ!」

 

 というアトゥイの言葉に平穏の終わりを感じて自分は小さくため息を吐いたのだった。

 

 

 

 場所は変わってオシュトル亭の庭。あの部屋にいた皆――ヤクトワルトとシノノン、ロロ、そしてエントゥアを除いた隠密衆も付いてきていて、皆に見られながらアトゥイと向かい合う。この庭だがアトゥイがオシュトルに貸してくれるように言ったらしい。で、オシュトルがその時条件を付けたらしいんだが……。

 

「さてアトゥイ殿、後がつかえているのでな。さっそく始めるとしよう」

 

「あはっ、そうやねオシュトルはん。じゃ、おにーさんいくえ?」

 

 自分はなにやらアトゥイの後ろで準備万端とでも言いたげに腰に刀をさして立っているオシュトルから視線を外し、アトゥイを見据えて鉄扇を構える。

 オシュトルの事はいやな予感しかせんが、アトゥイは片手間に相手しているとほんとに怪我するからな。それに約束は果たさないとならん。……気が重い、アトゥイの背後のオシュトルがめちゃくちゃ不穏だし。

 そんなことを考えているとアトゥイが動く。まずは小手調べだとでも言わんばかりに手に持った槍を突き出してきた。小手調べだとは言っても、それは並のものでは反応すら難しい一撃だ。それを自分は鉄扇で受け、力を込めて槍を弾く。

 

「うひひ、そうこんとなぁ。ああ、やっぱりおにーさんはええなぁ」

 

「それはどうも、っと!」

 

 そう言いながらも再度突き出される槍を弾き、アトゥイの懐に飛び込もうとする。しかしアトゥイもすぐに槍を引き戻し、大きく払うことで自分の進行を邪魔しようとしてきた。自分はそれを鉄扇で槍を受け、鉄扇をひねるように動かし、アトゥイの力のかかり方を誘導する。そして刀を鞘のまま腰から引き抜き槍を強く一閃した。

 

「あっ!」

 

「勝負有りだな」

 

 その動きに対応しきれなかったのだろう。アトゥイの手から槍が離れ、僅かな時間動揺する。自分はその隙を付き、アトゥイに鉄扇を突きつけた。

 

「あやや、おにーさんのそれやっぱりやりづらいぇ。う~ん不完全燃焼や。もう一回、な?おにーさんもう一回」

 

「アトゥイ殿それは後にしてもらおうか。某との約束を忘れたわけではあるまい?」

 

「う~、わかったぇ。おにーさんちゃんと後で相手してーな」

 

 アトゥイはそう言うと下がり、オシュトルが一歩出てくる。まさかなとは思ったがやっぱりか……。一応確認はしておくかね。ちなみに自分とアトゥイの戦いに皆はそれぞれの反応を見せている。クオンは順当だと言わんばかりにうんうんと頷いているし、ルルティエなんかは心配そうに自分とアトゥイを見てきている。ネコネとキウルはきらきらとした眼で自分を見てきていて正直居心地が悪い。ノスリとオウギは感心したとでもいうような様子だな、ウルゥルとサラァナはいつも通りだ。自分たちに着いてきているゼグニは鋭い瞳で自分たちの手合わせを見ていた。

 

「で、どういうつもりだ?」

 

「なに、其方とはあの時以来、手合わせをしていないと思ってな」

 

 オシュトルはそう言うと、腰に差した刀を抜き構えた。やる気まんまんですかそうですか。自分も諦めて鉄扇を構えるとオシュトルの口元に小さく笑みが浮かぶ。

 

「では参る!」

 

 オシュトルは短くそう言うと、自分に向けて一閃を繰り出す。その速度はゼグニと戦っていた時と同等のようでオシュトルが手加減なしで来ているのが伺えた。自分はその豪剣を受け流すようして鉄扇で受け。お返しとして一撃を繰り出すが、オシュトルはあっさりと対応してくる。……やっぱり自分程度の攻めでは中々崩せる相手じゃないな。

 その後は前にウコンと戦った時と同じような形で戦いは推移していった。すなわちオシュトルが攻め、自分が護る形だ。もっとも前回のように自分も護るだけではなく、時折攻勢にも出ている。そんな状態がしばらく続きオシュトルも埒が明かないと思ったのだろう。少々強引に自分に斬りかかると鍔迫り合いの状態に持ち込んできた。力では自分はオシュトルに敵いはしないが鉄扇の方が短く、力を加えやすい事が影響してなんとか拮抗していた。

 

「……ハク殿、腕を上げたな」

 

「そりゃどうも、っと!」

 

 オシュトルとそう言葉を交わしながら自分は鉄扇を握る手に力を込め、オシュトルを弾き飛ばそうとする。しかしオシュトルに読まれていたのだろう。自分が力を入れるのに合わせて刀を引くように力を緩めてくる。そして自分がバランスを崩した瞬間を狙う形で刀を振り下ろしてきた。

 

「――ふっ!」

 

「なんの!」

 

 自分はオシュトルの動きにバランスを少々崩されるも、前転する形でオシュトルの斬撃を避ける。そして振り返りざまに鉄扇を突き出した。

 

「「…………」」

 

 自分の首元にはオシュトルの刀が添えられ、そしてオシュトルの首元には自分の鉄扇がつきつけられた状態で自分とオシュトルは無言で相対する。

 

「これまでとしよう」

 

「……ああ」

 

 オシュトルがそう声をかけてきたため自分がそう答えると、オシュトルから戦意が霧散する。

 それを皮切りにしたように周りにいた皆から感嘆のため息が漏れた。

 

「はい、ハクお疲れ様」

 

「兄さま、お疲れ様なのです」

 

 クオンとネコネがそう言ってそれぞれ手ぬぐいを手渡してくれた為、いつの間にか浮かんでいた汗を拭う。

 

「「主様こちらをどうぞ」」

 

「お、すまんな。――はぁ生き返る。ほれ、オシュトルも」

 

 ウルゥルとサラァナから水筒を受取り中の水を一口含む。思った以上にのどが渇いていたようで、水が体に染みいるようだ。それを自分はオシュトルへと手渡すと奴も水を飲んだ。オシュトルも仮面で分かりづらいが結構汗をかいていたみたいだな。

 

 感嘆の表情で呆けたようにしていた皆も、クオンとネコネ、双子が動いたのを皮切りにしたように寄って来て口々に声をかけてくる。

 

「ハクさんすごいです!兄上と引き分けるなんて。僕はこんなにすごいヒトに訓練を付けてもらっていたのですね」

 

「ふむ、やるとは思っていたがここまでとはな……正直見誤っていた」

 

「ええ、本当にあなたが敵でなくてホッとしましたよ」

 

 キウルの自分に憧れるような視線と言葉に、ノスリとオウギの感嘆したような感心したような言葉。

 

「やっぱり、ハクさまはすごいヒトです」

 

「なぁなぁ、おに~さんもう一回戦ろ?な?」

 

 ルルティエの憧れるようなどこか熱の籠った言葉と、アトゥイのわくわくしたような声。

 

「右近衛大将と互角とはな……これは儂では相手にならんわけだ」

 

 ゼグニさんはそう言うと鋭い瞳で自分とオシュトルを見据えている。

 

 ゼグニさんはもし自身が自分たちと相対することになったらどう動くかとでも考えているんだろう。自分たちとは敵ではなくなったが、それはそれということだろう。あれはゼグニさんの武人としての癖のようなものなのかもしれん。

 なにはともあれこれで今日は帰れ――

 

「じゃ、おに~さん。またウチとやな」

 

「へ?」

 

「“存分に相手をする”って言ってたし、もちろん付き合ってもらうぇ」

 

「……はい」

 

 その後は前と同じく、アトゥイが体力切れで倒れるまで試合は続けられ、自分は精神・肉体共に疲労した状態でアトゥイを自分の背に乗せる。……オシュトルは流石に政務に戻らないとまずいのか途中で帰り、皆もまた、途中から付き合いきれないと判断したり、午後から仕事があったりして一人また一人と減っていき今日一日非番だったクオンとネコネだけが残った。

 

「ハク兄さま、お疲れ様なのです」

 

「ああ、流石に疲れた」

 

 声をかけてくるネコネにそう返すと、ネコネが労わるような表情でこちらを見てくる。自分はそれになんとか笑顔を返すとネコネも笑顔を返してくれた。

 

「ハク、大丈夫?辛いならアトゥイは私が背負うけど」

 

「いや、これくらいなら大丈夫だ。ありがとなクオン」

 

 そう聞いてくるクオンにそう返し、しっかりとアトゥイを背負いなおす。しかし夕暮れに染まりつつある帝都を歩いてると……

 

「帰ってきたって感じがするな……」

 

「うん、そうだね。皆大変だったから」

 

「そうですね。わたしもそう思うのです」

 

 自分がそう言うと同意してくれる二人と他愛もない話をしながら白楼閣への道を歩む。

 

 戦乱の影は去り、いつもと変わらぬ喧騒が自分たちを迎えていた。

 

 

 

 

「あ~、これで全部終わりか。しっかしオシュトルの奴、自分に仕事を投げていきやがって」

 

 オシュトル亭の執務室、自分はオシュトルから頼まれ奴の仕事を手伝っていた。ま、本人はいないんだがな。ウズールッシャへの遠征から帰って来てからというもの、忙しく動き回っているらしく、執務が滞っているということで自分が駆り出されたのだ。

 で、いましがたそれも全部終わったのだが。

 

「暇だな……」

 

 少し話があると言っていたし、オシュトルが帰ってくるまでここを離れることはできない。自分が周りを見渡していると部屋の隅にまとめて畳まれている(めずらしく箪笥からでている)オシュトルの服と、捨てられている紙屑が目に入った。

 

「どうせ暇だしな……」

 

 自分は紙を手に取る切ったり曲げたり張ったりしながらとある形に加工していく。最後にここをのり付けすればっと。それが出来上がるとオシュトルの服を(勝手に)借りてから着て、作ったものを顔へと付ける。

 

「ふむ、こんなものか……」

 

 紙で作った仮面を付け、オシュトルの衣服を着ればオシュトルへの成り切り体験衣装の完成だ。ま、流石にこれで誰かを騙せるとは思わんがな。しかしこの仮面はけっこう会心の出来なのではなかろうか?

 自分がそんな風に思い姿見で見ながら悦に浸っていると部屋の外から声が掛った。

 

「すみません、入っても宜しいでしょうか?」

 

「ああ、入るとよい」

 

 この声はマロンさんだな。知り合いだし折角だからオシュトルの真似をして出迎えることにする。そうだな……戦闘のときなんかの自分の感じでいいだろう。

 

「あら?オシュトルさま。お戻りになられていたのですか」

 

「ああ、先ほどな。して、どうかしたか?」

 

「あ、いえ。ハク様に用があったのですが……」

 

「ハク殿ならば、先ほど出て行ったが?」

 

「そうですか……わかりました。白楼閣に戻った時にでも話すことにします。ではこれで失礼しますね」

 

 そう言うと、マロンさんは出ていったのだが……あれ?全然ばれた様子がないんだが、もしかしてかなり似てるのか?

 そんな風に考えていると、また部屋の外から声が掛けられる。

 

「オシュトル殿、失礼するでおじゃるよ」

 

 この声はマロか。流石にマロは気がつくだろう。

 

「マロロか、如何された?」

 

「およ?オシュトル殿、ハク殿はもう帰られたでおじゃるか?」

 

「ああ、先ほど出て行かれたがどうなされた?」

 

「いや、ハク殿に少し用事があっただけでおじゃる。白楼閣に戻った時にでもまた話すでおじゃるよ。あと、頼まれていた物でおじゃる」

 

 あれ?気がつかれてない。いやまさかそんなはずは……

 

「ああ、助かったマロロ」

 

「それでは失礼するでおじゃる」

 

 ……気がつかれなかったぞおい。マロロおまえ、自分もオシュトルも友と呼ぶんだから気がついてくれよ。ただマロも気がつかないとなると、この変装かなり精度が高いのではないだろうか?これでネコネに気がつかれないようなら……。

 

「オシュトル様、失礼するです」

 

 そんなことを考えているとまたもや部屋の外から声がかかる。この声はネコネだな。噂をすればってやつか。よしここまで来たんだ、気がつかれるまでは続行してみるか。

 

「入るといい」

 

「失礼するです。兄さま、頼まれていた物の報告に来たのです」

 

「ああ、そこにかけるといい」

 

「はいです」

 

 ここまでは気がつかれた様子はないな。見た目は完璧に模倣できているってことか。後は自分の演技力しだいかね。

 

「兄さま、近頃根を詰めすぎなのです。少し休んだ方がいいと思うのです」

 

「考えておこう。だが、忙しくてな……なかなか暇を見つけられん」

 

「……兄さまは、いつもそればっかりなのです。それでは、栽培ができそうな薬草の調査について報告するです」

 

 ネコネはそう言うと報告を始め、ネコネの説明と共に目の前に分厚い資料が積み上げられていく。ああ、その件か。自分がクオンと一緒にいるタイミングで聞きに来たから、ある程度の中身は知っている。ネコネとオシュトルの故郷であるエンナカムイで栽培できると思われる薬草を中心に調べていた筈だ。しかしこれはオシュトルは知らないはずの情報だし、知らないふりをせんとな。しかしこれだけの情報ををまとめ上げるのは骨だったはずだが、ネコネはほんとに頑張ったんだな。

 

「……よくこれだけ調べられたな。ひとりで調べきれる量ではないだろう」

 

「姉さまが教えてくれたのです。聞きにいったら快く。本来はこういう知識は秘匿のはずなのです。けど特別に、と色々と丁寧に教えてくれたのです。それにハク兄さまも資料をまとめるのを手伝ってくれたですし」

 

「そうかクオン殿とハク殿がな……」

 

 確かにクオンはネコネに頼られたことに張り切って、それ教えていいのかというような物まで教えていた筈だ。クオン曰く本当に秘匿するべきものは教えていないということだから、クオンにとっては大したことのない知識だったんだろうがな。確か強壮用の薬草なんかを栽培できるとかできないとかいう話もあった。

 自分がそう思っているとネコネの話もそこに入り、クオンにサンプルとして作ってもらったといって強壮用の薬を自分に差しだしてくる。無理をしているオシュトルにということのようだ。

 

「無理をしているつもりはないのだがな」

 

「……兄さま一人の身体ではないのです。ご自愛なさって欲しいのです」

 

「そうだな気をつけよう」

 

「…………それで次の報告ですが――」

 

 反応がオシュトルを前にしたネコネと同じだな。これは本当に気が付いてない?しかしさすがにここらが潮時か。

 

「――以上なのです。何か質問はありますですか?」

 

「いや、よく尽してくれた。それで悪いのだがネコネ…………自分はハクだぞ」

 

「へ?」

 

 自分の言葉にポカンとした顔を浮かべるネコネに証明するように一度仮面を取り、素顔をさらす。

 

「いや、オシュトルに頼まれていた仕事が終わったんだが、待っている間暇でな。ついつい悪乗りしてしまった」

 

「……驚いたです、まったく気がつかなかったですよ。む~それにしてもハク兄さま。それだと先ほどの報告をまたしないといけないではないですか」

 

 驚いた表情の後、そう言って頬を膨らませるネコネの頭を宥めるようになでる。そして自分がポンポンと膝を叩くと恥ずかしそうにしながらもネコネはそこにおずおずと腰をおろしてきた。

 

「すまんな。しかし良く纏まってたぞ。あれならオシュトルも読みやすいだろうし、よく頑張ったな」

 

「……ハク兄さまも手伝ってくれたのですから、あれくらいは当たりまえなのです」

 

「いや、ネコネはよくやってるよ。少なくとも自分だとあそこまで読みやすい資料にまとまらんからな」

 

 そう言いつつネコネの頭をなでる。ネコネは自分の胸に体を預けるように体重をかけて、気持ちよさそうに目を細めていた。膝の上の重みが心地いい。思えばこういう時間もひと月以上なかったな。ネコネを甘えさせてやる事も最近できていなかったし、いい機会だったか。

 ネコネを膝に乗せたまま他愛もない話をしながら時間が過ぎる。思えばネコネはこの後用事はなかったのだろうか?まぁ本人が気にした様子もないし大丈夫だったのだろう。

 

「そういえば兄さまはどこに?」

 

「ああ、宮中に呼び出しがあったらしくてな。今は席を外している」

 

「そうなのですか。では報告は後日の方がいいかもですね?」

 

「いや、そろそろ戻ってくるだろう」

 

 ネコネに言った通り、そろそろオシュトルが戻ってくる時間だろう。遠まわしにネコネにそう伝えたつもりなのだが、ネコネは自分の膝の上から降りる気配はない。この場面をオシュトルに見られるがいいのか?いや、そこまで頭が回っていないだけか、これは。そんな風に思いながら視線を上げると、部屋の入口にいる誰かと目が合った。

 

「………」

 

 そこにはオシュトルがニヤニヤと、入口に背を預けてこちらを見ていた。自分が固まったのに気がついたのだろう、ネコネが訝しげに自分を見てきて、自分の視線の先に気が付きそちらを見る。

 

「――ッ!兄さま!?」

 

 ネコネはそう声を上げると、普段からは考えられない俊敏さで自分の膝から離れ、元いた座布団の上に腰を下ろして何もなかったかのような風を装う。……顔は真っ赤だがな。

 

「なんだ帰ったのかオシュトル。待ちくたびれたぞ?」

 

「ああ、思いのほか長引いてな。それより邪魔をしてしまったようだが?」

 

「あとは、お前に任せるさ。自分にとってもかわいい義妹だが、それ以前にお前の妹だからな。存分に可愛がってやるといい」

 

「……むぅ、少しばかり執務にかまけすぎてしまったか。以後気をつけよう」

 

 自分とオシュトルがそう話しているとネコネは顔を真っ赤にして俯いている。オシュトルに見られてしまったのが恥ずかしかったのだろう。その後、オシュトルに話があると言われていた内容を聞き(たいしたことのある話ではなかった)、変装していたことやマロやマロンさんに気がつかれなかったので、口裏を合わせて貰うように頼んだ。なんかオシュトルが身代わりがなんだの不穏な言葉を口にしていたが無視し、その場を後にしようとネコネに声を掛ける。

 

「ネコネ、自分は帰るが……」「うなぁぁぁぁ―――!」

 

 自分の言葉を遮るようにそう叫ぶとネコネは執務室から出て行った。どうやら恥ずかしさが上限を突破してしまったらしい。自分はネコネの置いていった資料を見ると肩をすくめ、代わりにさっき聞いた内容をオシュトルに説明してから着替え、執務室を後にしたのだった。



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東方より来る者~神眠る國の使者~

東方より来る者~神眠る國の使者~

 

 数日前――自分達はオシュトルの屋敷に呼び出されある依頼を打診されていた。

 

『護衛?』

 

『左様。貴公等に、とある方々の護衛を頼みたい。明日、とある國からの使者がこの帝都に到着することになっている。このヤマトから遥か東方……海を越えた先にある島国だ』

 

 戦争が終結してからひと月あまり……外交に力を入れる余裕が出てきたということらしい。オシュトルの言うある國というのはクオンの故郷トゥスクルの事だった。基本的には使者を案内し、その様子を観察してほしいということだ。で、その依頼については受けることにしたんだが……。

 

「……はぁ、気が重いかな」

 

 今は帝都の大通りにいる。今日ここを使者が通っていくらしいからな。そしてあの日からクオンはこんな調子だ。家出同然に出てきたんだから気が重いのは分かるがカルラ(ねえ)さんを通じてあちらに連絡は行っていて、一応ヤマトへの滞在は許されているはずだしそんなに怖がることはないと思うんだが……。

 

「……来た中にあの二人が入っていたら最悪かな。ああ~いろいろと暴露される未来しかみえない」

 

 多分これはカミュさんとアルルゥさんの事だな。確かにあの二人はクオンを猫可愛がりしていた記憶があるし、クオンが苦手に思うのも無理はないか。

 

「自分としてはオボロ皇が一緒に来てたら、そのほうが大変なんだがな」

 

「……お父様は私がなんとか説得するかな。それよりも、もしカミュお姉さまとアルルゥお姉さまが来てたら、ハクちゃんと助けてね?」

 

「……善処はする」

 

「……うん、それでも助かるかな」

 

 二人してため息を吐きながらそんな話をする。正直心の準備が全くできていないのだ。これくらいは勘弁してほしい。

 

「あ、あのハクさま、クオンさまどうかされたのですか?」

 

「そうなのです、あの依頼を受けてから様子がおかしいのですよ」

 

 ルルティエとネコネが自分たちを心配して声をかけてくる。皆には依頼の趣旨なんかは説明してある。……さすがにクオンの出自すべてを明かすことはできないがある程度の情報は開示してた方がいいか。

 

「……実はその國の使者なんだが、クオンが家族同然に過ごしていた者が来ることになるかもしれなくてな――」

 

 そう言ってあらかたの事情を説明する。クオンについてはトゥスクルの豪商の娘だと言っておいた。流石に皇女とは説明できんしな。皆はクオンが外国から来たとは知っていたので納得の表情を浮かべていた。

 

「ああ、それで」

 

「でも、家族と会えるのに、どうしてそんな微妙そうな表情を姉さまはしてるですか」

 

「……それは」

 

「自分の小さい頃……それも失敗談なんかを知っている相手ってのは友達とあまり会わせたくはないだろう?どんな恥ずかしい秘密を暴露されるかわからんしな」

 

「……ってことかな」

 

「ふふ、クオンの昔の事なら聞いてみたい気もしますが」

 

「エントゥア……勘弁してほしいかな……」

 

「フォウ、フォウ」

 

 納得したように声を上げるキウルに続くようにそう問いを向けてきたネコネにそう答える。皆もなにか覚えがあるのか納得の表情を浮かべていた。エントゥアはどこかいたずらっぽい表情を浮かべてクオンにそう声を掛ける。クオンはげんなりとしてそれに言葉を返すと項垂れた。それを見て自分の肩の上にいるフォウが労うように声を上げる。

 

「で、ハクはどうしてクオンと同じように元気がなかったのだ?」

 

「そうですね、まぁクオンさんの家族と呼べるヒト達と会うのに気遅れしていたというのが一番ありえそうですが」

 

「……まぁ、大筋それで間違ってない。もしかしたらクオンの親父さんが来てるかもしれんだろ?さすがに心構えができてなくてな」

 

 自分の言葉に生暖かい視線が注がれる。皆は“そ、それはまさか結婚の……”、“ハク兄さま、頑張るですよ”、“私もいつか……”、“結婚……素敵な響きやねぇ”、“旦那、頑張るじゃない”、“がんばるじゃない”、“おや、ハクさんでも緊張するものなのですね”“そういってやるなオウギ。ハクにとってはだいじな大一番だ”、“結婚……そうですよね。お二人は恋人なのですし……でも……”、“フォウ、フォ~ウ”、“主様の愛人枠”“主様、私達は愛人枠で結構ですので”と好き勝手に言葉をかけてくる。若干一匹ヒトじゃないのが混じってるがな。あと最後の双子、そのつもりはないぞ?

 

 自分達がそんな風に話していると通りが俄かに騒がしくなってくる。どうやら到着したようだな。

 

「おっと、着いたみたいですよ」

 

 道行く人々から歓声があがる。

 人々の視線の先にはある國――どうみてもトゥスクルの者たちが行列を作り歩いて来ていた。そしてクオンの不安は的中だな。行列の中心付近、そこには大きな白虎に乗った女性の姿が見える。あれは――どうみてもアルルゥさんだ。クオンがそれを見つけて煤けているのに気がつかず皆は口々に声を上げる。

 

「うわっ、なんだあのウマ、毛が生えていないぞ!」

 

「ほんとなのです」

 

「ああ、トゥスクルはヤマトよりも温暖な気候だからな。それに合わせてウマも進化したんだろうさ」

 

「そうなのですか?興味深いのです」

 

 トゥスクルのウマはヤマトの物と違い、体毛が無くつるりとした鱗をしている。先ほど言ったとおり環境に適応する形で進化した結果だろう。トゥスクルでも山の方に住んでいる種なんかはヤマトの物と似たような状態の奴がいてもおかしくはないだろうな。

 

「しかし、これは見事な……」

 

「本当……きれい……」

 

 オウギとルルティエが感嘆するのもわかる。トゥスクルの車に施された装飾はこのあたりの物と比べると独特だが、確かにきれいなもんだ。派手さはないが、繊細で細やかな紋様が、うるさくない程度に要所にあしらわれている。

 そんな風に見ているとその車の窓がすっと開き、中から一人の女性が顔をだした。途端に観衆からの歓声が大きくなる。その女性は黒いきれいな翼を持ち、浅葱色の髪を風に揺らしながらヤマトの民衆に手を振ってみせる。……カミュさんか。クオンにとって最凶の組み合わせだなあれは。そろそろ灰になりそうな雰囲気のクオンを横目にしつつそれを見つめた。

 

「あの方は……」

 

「うむ、独特な雰囲気の御仁だな」

 

「ああ、あれはトゥスクルの巫様だよ」

 

「分かります」「かの大神の巫……」

 

 ルルティエとノスリの疑問に答えるように自分がそう言うと、自分とクオンの隣に控えていた双子が自分たちの前に出てカミュさんを睨むようにしながらそう小さく洩らす。やはり今でもウィツァルネミテアには思うところがあるのだろう。まぁ、自分とクオンへの態度なんかもあるし意外にすぐ解決するかもしれんがな。

 そんな風に考えながらカミュさんを見ていると不意に目が合いこちらを見て――正確にはクオンを見て笑みを浮かべ、手を振ってくる。もっとも灰になりそうになっているクオンは気がついた様子もないが。自分がその様子に肩をすくめるとカミュさんに分かるように首を振ってみせる。自分のその様子にどこか思うところがあったのだろう、悪戯っぽい笑みを浮かべて自分を見るとしばらくして視線を外した。

 

「ほぁ~っ……えらいべっぴんさんやったぇ~」

 

「本当……あんなにきれいなヒト、初めて見ました……」

 

 アトゥイとルルティエがそう声を上げるが、あのヒトの性格を知る者としては些か疑問を感じざるを得ない。見た目はその通りなのだが性格的な印象としてはかわいいとかおちゃめかつおてんばという感じで外見詐欺だからな。

 そんな風に思っていると先ほど遠目に見た白虎がのしのしと歩いてくるのが見える。あれ?さっきまでアルルゥさんが乗っていた筈なんだが……。

 

「クー、見つけた」

 

「…………」

 

「あ~、アルルゥさんだったよな。クオンから話は聞いてる、で、クオンだが今はこの状態でな」

 

 とか思っていたら自分の目の前にいた。肩に真っ白な動物を乗せ、素朴な美人といった風情の女性――アルルゥさんだ。皆はあの白虎――ムックルといったか?――に驚愕しておりこちらには気がついていないようだ。

 

「ん、ドリィとグラァから聞いてる。貴方がハク?」

 

「ああ、自分がハクだ。はじめましてアルルゥさん」

 

「なんとなく、おとーさんに似てる……。ん、よろしくハク」

 

 そんな風に話していると、周りが静かな事に気が付く、そして光が何かに遮られているようで陰になったため顔を上げると、あの巨大な白虎――ムックルと目が合った。その瞳は知性を感じさせ、自分をじっと見つめてきている。自分が思わず手を伸ばしその首筋辺りをなでるとムックルは気持ちよさそうに声を上げた。見るといつの間に移動したのかフォウがムックルの頭の上に登り座っている。そしてアルルゥさんの肩にいた動物が自分の肩に乗ってきており、自分の頬をなめてきたのでそちらも別の手であごのあたりを撫でてやる。

 

「ムックルもガチャタラも、気持ちいいって」

 

「そうか……」

 

「ん、じゃあもう行く。また後で」

 

 白い動物――ガチャタラが自身の肩に戻ったのを確認すると、アルルゥさんはそう言い残してムックルに跨る。そしてフォウが自分の肩に戻ったのを合図にしたようにムックルは踵を返すと行列の中に戻って行った。

 

「ハ、ハ、ハ、ハクさん。大丈夫ですか!?」

 

「そうなのです!いきなりあんな大きな獣に手を差し出すなんて何を考えてるですか!」

 

「主様、危険」

 

「主様、あのような行動はなさらないで下さい」

 

 ムックルが行列に戻ったのを皮切りにして皆が再起動を果たし、キウルとネコネ、そしてウルゥルとサラァナがそう言って詰め寄ってきた。いや、あれは大丈夫だろう。敵対した者でもなければ襲うような事はしないはずだ。それだけの知性をあの瞳の中に見ることができた。

 

「あれは大丈夫だ。あのヒト……アルルゥさんが命令でもしない限りは誰かを襲うことはないさ」

 

「むぅ、そう言うものか。私などついつい弓を持ちだしてしまいそうになったというのに、剛毅なことだな」

 

「ええ、肝が冷えました」

 

「……それでも危ない事はしないで欲しいのです」

 

「「…………」」

 

 自分の言葉にそう返してくるノスリとオウギに苦笑を返す。ネコネと双子はまだ納得していないようだが心配してくれたのだろうな。自分はネコネの頭を安心させるようになでた。双子には再度大丈夫だからと声を掛ける。

 

「ルルティエは驚いていないんだな?」

 

「はい、あの子はココポと同じで優しい感じがしましたので……」

 

「ルルやんも肝が据わってるぇ」

 

 ふむ、ルルティエは動物との親和性が高いのかもしれん。普通はあれだけでかい獣だと、どうしても警戒をしてしまうものだ。もしかしたらルルティエには|森の母(ヤーナマゥナ)と呼ばれる者の素養があるのかもしれんな。

 

「それならシノノンもなでてみたかったぞ」

 

「……流石にそれは肝が冷えるからやめて欲しいじゃない」

 

「そうですよシノノン。お父様を心配させるものではありません」

 

「む~それなら、こんどだんなといっしょのときにさわらせてもらうぞ」

 

「……まぁそれならいいじゃない」

 

「ですね……ハクが一緒であれば大丈夫でしょう」

 

 ヤクトワルトとシノノン、エントゥアがそんな風に後ろで話をしているが、流石にあの巨体に襲いかかられたら自分でもやばいからな?あまり過度な期待はしないでくれ……。

 

「…………」

 

 それとクオンそろそろ戻ってこい。

 自分はクオンを抱き寄せるようにして優しく頭をなでる。流石にこれで正気に返ったのかクオンが少し頬を赤くしながら自分を見上げてきた。

 

「ハ、ハク、ここ大通り!流石に恥ずかしいかな!」

 

「いいじゃないか。クオン分を補給させてくれ」

 

「なにかなそれは!………白楼閣に戻ってからにするかな」

 

 やめろとは言わないあたりクオンは本当に可愛い。自分はクオンから離れ、代わりに手を握った。周りの皆はそんな自分たちに生暖かい視線や呆れたような視線を送ってくるでもなく平然としている。普段から自分とクオンがこんな感じのやり取りをしているのでもう慣れたものなのだろう。

 その後は手をつないでいる自分とクオンをうらやましそうに眺めていたネコネを中心にして自分、ネコネ、クオン、そしてルルティエを巻き込んで手をつないで白楼閣に戻った。

 

 これから騒がしくなるんだろうなぁ……、そんなことを思いながらな。



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訪れる者~森の母と大神の巫~

お待たせしました。

本日より更新再開いたします。


訪れる者~森の母と大神の巫~

 

 オシュトルの執務室から聞こえてくる、静かながらも楽しそうな話し声を聞きながら部屋を後にする。

 

「な?問題なかっただろ」

 

「ええ、お父さまのあんな楽しそうなところは久々に見ました」

 

 トゥスクルからの使者が帝都に着いた日の翌日。ゼグニさんの怪我も動ける程度には回復したので、自分とエントゥア、そしてゼグニさんはオシュトルとの約束――ゼグニさんと語らってみたい――を果たすために奴の屋敷に赴いていた。特に問題もなさそうだった為、自分とエントゥアは先に帰ることにし、部屋を出てきたところだ。

 

「さて、あの様子だと長くなりそうだし先に帰るとするか」

 

「ええ、オシュトルさんからの依頼の件もありますし、白楼閣に待機していたほうがいいでしょうから」

 

 エントゥアとそう言葉を交わし、オシュトルの屋敷を出る。なんやかんやで結構出入りしているからか、屋敷の者も慣れたもので自分たちの事は気にもしていない。それはそれでいいのかと思わんでもないがな。

 

 オシュトルの屋敷を出てエントゥアと白楼閣への帰路を歩く。隣のエントゥアを見ると穏やかな表情で自分の隣を歩いていた。最近は完全に角も取れ、エントゥアから武士としての空気を感じる機会もほぼない。元々こういう気質ではあったんだろうな。

 

「じ~っ」

 

 そんな風に思いながら歩いていると自分とエントゥアの前方で口でそう言いながら見つめてくる女性が一人。ヤマトでは珍しい風合いの衣装に身を包んだ、素朴な感じながらも美人な女性だ――まぁ、ぶっちゃけるとアルルゥさんだな。

 

「で、なんでこんなとこにいるんだ?アルルゥさん」

 

「じ~っ」

 

 アルルゥさんは自分の言葉など聞こえていないかのように、しばらく自分とエントゥアを見つめ続ける。自分とエントゥアが固まっているとようやく口を開いた。

 

「……浮気?」

 

「って、んなわけあるか!」

 

「えっと、ハクこちらの方はトゥスクルの……」

 

 突然ぶっ込んで来た問題発言に全力で突っ込む。自分はクオン一筋だっての。自分と一緒にいたエントゥアもどこか頬を赤く染めながら、困惑したようにそう声を上げる。そんな風にやり取りをしているとアルルゥさんが近づいてきて自分の匂いを嗅ぎ始めた。

 

「すんすんすんすん」

 

「ってなにしてんの!?」

 

「うん、クーの匂いしかしない。勘違い。ハク、このヒトは?」

 

 アルルゥさんはしばらく自分の匂いを嗅いでいたかと思うと自分から離れそう聞いてくる。……誤解が解けたのはいいが自由すぎるだろ。このヒトはホントに……。

 

「ああ、こっちはエントゥアだ。自分たちの仕事を手伝ってもらっている。で、エントゥア、こちらの方はアルルゥさん、クオンの姉貴分みたいなヒトだな」

 

「ん、エントゥアよろしく」

 

「あ、はい。クオンさんのお姉さんなのですね。こちらこそよろしくお願いします。えっとアルルゥさんはどうしてこちらに?トゥスクルの方々は聖廟で持て成されていると聞いていたのですが……」

 

「ん、抜け出してきた」

 

 アルルゥさんはエントゥアの質問にあっけらかんとしてそう答える。正直頭が痛いがこのヒトならあり得るかとも思ってしまうな。カミュさんまで来てないだろうな……。

 

「ハク、クーのところに案内する」

 

「……それはいいんだが、カミュさんも一緒ってことはないよな」

 

「カミュちーは、まだクーを探してるはず」

 

 クオンのところに案内してくれというアルルゥさんにカミュさんの事を聞いてみるとそんな答えが返ってくる。……ほんとにこのヒト達は。自分が國の代表として来てる自覚はあるのか?まぁ、最低限の仕事はこなしているみたいだしとやかく言うほどのことでもないか。

 

「ハク、そのカミュさんというのはもしや……」

 

「ああ、その想像で間違っていないと思うぞ」

 

 エントゥアがそう聞いてくるので肯定を返すと流石にエントゥアも頭が痛いとでもいうように手を頭にあてる。ああ分かるぞ、エントゥア。自分も頭が痛いからな。もう諦めの境地に達してはいるが。

 

「早く案内する」

 

 そう言うアルルゥさんに急かされ自分とエントゥアはアルルゥさんを伴い白楼閣に急ぎ戻るのだった。

 

 

「クー、居ない」

 

「ああ、今は仕事で出てるからこれでも食べながら待っててくれ。エントゥア、アルルゥさんの相手を頼めるか?自分は少し仕事があるから部屋に戻る」

 

「あ、はい、わかりました。クオンが戻ったら呼びに向かいますので」

 

「ああ、頼む」

 

 白楼閣に戻るとアルルゥさんを詰所に案内し、お菓子と茶を出してそこで待っているように言う。さて一応クオンを探しに出るか。流石に心の準備も無しに合わせるのも酷だろうからな。なにもなければ部屋にいるはずだが……。

 そう思いつつ自室を目指す。そして自室の扉を開けたのだがそこにはクオンではなくある人物がいた。

 

「すぅ、すぅ」

 

「何故、ここで寝てるんだよ……」

 

 そこにいた人物――正確にはそこで寝ている人物を見て自分はそう声を上げる。そこには黒い羽根に浅葱色の髪の美人さん――カミュさんの姿があった。

 しかし腹をぼりぼり掻きながら眠るその姿からはもう残念美人という感想しか出てこない。自分はため息を吐きつつ頭に手をやりどうするべきかと考える。このまま気がつかなかった事にしてクオンを探しにいってもいいが、カミュさんがどう動くか分からないのは怖い。ここは起きるまで待つか、それとも起こすべきか……そう思っているとカミュさんに動きがあった。

 

「ん~」

 

 カミュさんはそう言って瞼を震わせると、ゆっくりと目を開いた。ま、起きたなら起きたでアルルゥさんと同じように詰所に案内するかね。

 

「ふぁ……クーちゃん、おかえり~。もう、遅いよクーちゃん、ずっと待ってたんだよ。便りも寄越さないで……カルラ姉さまから元気だって文は来てたけど」

 

 カミュさんは寝ぼけているのかそう言いながら、瞼をこすり身体を起こす。どうやら自分のことをクオンと勘違いしているみたいだがすぐに気がつくだろうし、そのままにしておく。

 

「一人でこんなに遠くまで来ちゃうし、心配……あれ?おじ……さま……?」

 

 カミュさんはそこまで言うと固まり自分を驚いたように見てくる。やっと目が覚めたらしいな。しかしおじさまとは……ふむ、ハクオロ皇の記憶によるとカミュさんからそう呼ばれていたようだし多分ハクオロ皇の事だろう。

 

「はじめましてカミュさん、自分はハクと言う。それと自分はそんなにハクオロ皇に似ているか?」

 

「うええぇ!?ど、どうして、クーちゃんじゃない!?」

 

「いや、不法侵入してたヒトに言われたくはないんだが……」

 

 そう言うカミュさんに自分がそう答えるとカミュさんは困惑したように見てきた後、自分の顔とトゥスクルに知らされていた情報を思い出したのだろう。自分の顔をじっと見てくる。

 

「あ、そうか貴方がハクちゃん。クーちゃんの恋人さんの。う~ん、こうしてみるとおじさまにはあんまり似てないんだけどなんでだろ?」

 

「いや、自分に聞かれてもな……」

 

 忙しくそう話しかけて思案顔をするカミュさんにそう返す。自分に聞かれても分かるはずもないことを聞かれてもなぁ。

 

「でもどうして……ちゃんとクーちゃんの気配を追ってきたのに……」

 

「いや間違ってはいないと思うぞ?ここは自分とクオンの部屋だからな」

 

「ああ、じゃあカミュは間違ってなかったんだ……って、ええ!!ちょっと今何て言ったの!?」

 

 そういって不思議そうにするカミュさんにそう返す。カミュさんは自分の言葉に納得したように声を上げると、次の瞬間びっくりしたように自分へと詰めよってきた。

 

「いや、だからここは自分とクオンの部屋だからな」

 

「……ク、クーちゃんが大人の階段を上っちゃってる!?クーちゃんに恋人が出来たのは知ってたけど、カルラ姉さまの手紙にはそこまで書いてなかったよ!?」

 

「……あー、流石にカルラ(ねえ)さんも配慮したんじゃないか?主にオボロ皇に」

 

 驚き若干取り乱すカミュさんにそう返す。姉さんの事だから配慮したっていうよりはその方が面白そうだからあえて伝えなかっただけではないかとも思うが、主にオボロ皇との事に配慮したのは多分間違ってないだろう。そうじゃないと文が届いた直後に自分を殺す勢いで乗り込んできていてもおかしくはないからな。

 

「あ~、確かにボボロ兄さまが聞いたら乗り込んできそう……。ハクちゃん頑張ってね?クーちゃんのことで、ものすごい顔してたし多分近いうちに乗り込んでくると思うから」

 

「……覚悟はしておくよ」

 

そう脅しでなく言ってくるカミュさんに、若干頬をひきつらせながらそう返す。こればっかりは覚悟を決めててもどうしてもな……。お互いに苦笑いしていると、カミュさんが部屋の外を見て声を上げた。

 

「あ!この気配」

 

 カミュさんがそう声を上げたタイミングで部屋の戸が開き、誰かが入ってきた。

 

「――良し、ここなら……。あ、ハク帰ってたん――カミュお姉さま!?」

 

「クーちゃん、久し振り」

 

「な、なんでここに……」

 

 入ってきたのはクオンだった。クオンは安心した様子で入って来た直後、自分の後ろにいたカミュさんをみて驚きの声を上げる。ああ、これは詰所のアルルゥさんに気がついて一旦部屋に逃げてきたな。

 

「カミュさんは部屋に不法侵入してたんだよ。それとクオン、アルルゥさんが詰所にいるのに気がついてこっちに来たんだろ?お願いされて断れなくてな、それでクオンを探してたんだが……」

 

「ああ、だいたい分かったかな……。ハク知らせてくれようとしてありがとね」

 

「いや、すまんな。勝手に連れて来て」

 

「ううん、覚悟はしてたから……」

 

 少し落ち込んだようにそういうクオンの頭を慰めるように撫でて落ち着かせる。クオンは気持ちよさそうにそれを受け入れてくれていた。しばらくするとクオンも落ち着いたようで目の前にカミュさんがいたことに思い至ったようで顔を赤くするが、自分にやめろとは言わなかった。

 

「うわ~、クーちゃんのあんな安心しきった顔久しぶりに見た。ね、アルちゃん」

 

「うん、クー気持ちよさそうにしてる。それとどことなく大人の顔」

 

「って、なんでアルルゥお姉さままでここにいるかな!?」

 

「クー、お久さ」

 

「あ、ハク。アルルゥさんが詰所から……ああ、ここにいたのですか」

 

 そんなこんなしているとアルルゥさんにエントゥアも集まって来て場が混沌としてくる。その後は恥ずかしがるクオンをよそにして、アルルゥさんとカミュさんによる『クーちゃんかわいい劇場~クーちゃんはじめてのお使いで迷子になってお漏らし~、~クーの反抗期と家出(夕飯時にお腹が空いて帰って来た)~、~クーちゃん怖い夢を見て泣きながら夜中に家中を走り回る(そしてお漏らし)~』などなど、クオンの小さい頃の恥ずかしい思い出が続々と暴露されたのだった。……クオン強く生きろよ。あとエントゥア、生き生きした顔で後でからかってやろうって顔してるがやめてやってくれ。流石にクオンも轟沈するから。話を続ける二人には……なにもいうまい。

 

 ひとしきり話し終わり、日が暮れる時間になるとアルルゥさんとカミュさんの二人は“また”と言って帰って行った。部屋には煤けた感じのクオン、苦笑いの自分とエントゥアが残された。なお自分はその後、クオンを立ち直らせるのにこれでもかってくらい甘やかしてやったのだった。




お読みいただきありがとうございました。


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訪れるもの2~神眠る國の皇/使者殿の帝都観光~

本当に久しぶりの投稿になります……。
長い間時間が空いて本当に申し訳ありませんでした。

お待ちしていただけている方がいるかはわかりませんが楽しんでいただけると幸いです。



訪れるもの2~神眠る國の皇/使者殿の帝都観光~

 

 

 次の日、久々にカルラ(ねえ)さんから呼び出しがあり、自分とクオンは白楼閣の最上階にあるあの隠し部屋に向かっていた。たまに酒を持って一緒に飲んだりしていたのだが呼び出しという形では久しぶりだ。さて、何があることやら。

 

「……で、なんだと思う?」

 

「う~ん、カミュお姉さまとアルルゥお姉さまも来てるこの状況だと……お父様でも来てるのかな?」

 

「あー、クオンもそう思うか?」

 

「うん。少なくともこの状況での呼び出しだし……」

 

 クオンにこの呼び出しがなんだろうと聞いてみると案の定自分の予想通りの答えが返ってきた。まぁ、オボロ皇がこの状況で来ている可能性はないとは言えないからな……。というか来ていると半ば確信している自分がいるぞ。

 

「ああ、うん、自分もそう思うからその先は言わなくてもいい……。っと、着いたな」

 

「うん、じゃあこれをこうして……それとこれをこうしてっと」

 

 クオンが慣れた手つきでからくりになっている絵を正しい位置へと戻していく。まぁ、結構な回数通い詰めているし流石に記憶してしまってるか。絵が完成して数瞬してからからくりの動く音がし、階段が現れる。自分とクオンはそれを昇り、姉さんの部屋に入ったんだが……。

 

「ふん!」

 

「グッ!」

 

 自分が先頭で部屋に入った瞬間の事だ。入口付近に立っていた男にいきなり殴られた。自分は避けられたが避けずにその拳を防御もせずに受ける。一発は覚悟してたからな。しかしだ……いきなり殴るのはどうかと思いますよ、オボロ皇(お義父さん)……。

 

「ハク!もうお父様なにをしてるのかな!?」

 

「ふん、かわいい娘を連れていく男だ。このくらいは許せ」

 

 自分を殴った男――クオンの義父親であるオボロ皇はそう言うと、自分に苦い表情ながらも手を差し出してくる。自分はその手をとると立ち上がり、オボロ皇に目線を合わせた。鋭い雰囲気と眼光。皇として十分な貫禄を備え、体も鍛え込まれているのが分かる。……オシュトル並の実力か、これは?まったくホントにトゥスクルっていう國は底が見えんな。

 

「……俺は貴様の事が嫌いだ。可愛い可愛い娘を連れていってしまう貴様がな。だが……感謝もしている」

 

「……どういうことですか?っ痛ぁ」

 

 自分を見ながらそう言ってくるオボロ皇に言葉を返すと殴られた腹部に激痛が走る。ホントに遠慮なく殴ってくれたからな、見たらひどい事になっているかもしれん。しかし、感謝しているとはなんについてだろうか。

 

「オボロ、そんなところで立ち話していないでこちらで話しませんこと?立ってする話でもないでしょう?」

 

「……そうだな。クオンと貴様も来い」

 

 部屋の奥から姉さんの声が掛る。オボロ皇は自分から視線を外してカルラさんにそう返して、自分とクオンにも声をかけて来たのだが……。

 

「ハクとりあえず、見せてみるかな」

 

「あ、ああ、悪いなクオン」

 

 クオンがガン無視だった。オボロ皇の頬がクオンの行動により引き攣るがクオンはそれを見えていないように無視して、自分の腹を見ている。幸い痣になっているくらいで大したことはなかったため、クオンは安堵のため息を吐くとオボロ皇を無視して自分の手を引き姉さんの所へと向かって腰をおろした。なんかオボロ皇がめちゃくちゃショックを受けて固まっているみたいだが……。

 

「クオン、それくらいにしてやりなさいな。ハクの傷も大したことなかったのでしょう?」

 

「……カルラお姉さま。はぁ、わかったかな。お父様、早くこっちに来る」

 

 姉さんの言葉にクオンはそう返すと、オボロ皇にそう声を掛ける。まだ、若干根に持っている様子だな。まぁ、嬉しくはあるんだがな。オボロ皇はクオンの言葉に硬直を解きこちらに向かって歩いてくる。オボロ皇は自分にきつい視線を向けたあと腰を下ろし、それを見た姉さんが口を開いた。

 

「さて、それじゃあ話の続きを……オボロ頼めますかしら?」

 

「分かった。……これから話すのはトゥスクルの最重要機密にあたる、他言は無用だ。いいな?」

 

「うん、大丈夫」

 

「ああ、わかってます」

 

「トウカには話しますけれどいいですわね?」

 

「ああ、問題ない」

 

 オボロ皇はそう言うと一旦目を閉じたあと、ゆっくりと息を吐いてから目をあける。そして自分たちを見まわしてから口を開いた。

 

「……兄者が封印から出てこられるかもしれない。特別に俺も“あの場所”に入れてもらい兄者に確認を取った。確定ではないらしいがな」

 

「……主様が」

 

 オボロ皇の言葉に姉さんが言葉に詰まったようにしながら目を閉じ、そう声を上げる。

 オボロ皇はそれに頷きを返すとさらに説明を続けた。オボロ皇がハクオロ皇から聞いた話によると、ウィツァルネミテアが大幅に弱体化している事の確認が取れているらしく、封印の礎を他の物と代用できればハクオロ皇も空蝉の役割から解放されるかもしれないということらしい。しかし自分の考えていた予想から行くと良くも悪くもないな。トゥスクル組の三人……特に姉さんとオボロ皇は感慨深いのかとても穏やかな顔をして話しているのが印象的だな。

 

 しばらくはその事について話していたが、オボロ皇は話はもう一つある。と言って自分と、自分の隣に座るクオンを見てくる。オボロ皇はしばらくの間黙り込み、苦渋に満ちた顔をしていたがしばらくすると口を開いた。

 

「……ハクと言ったな。お前とクオンの仲を認めてやる」

 

「……え?」

 

「……なんだ?クオンに不満があるとでも言うのか?」

 

「ッ!いえいえ!めっそうもない!……あっさり認めてもらえると思ってなかったのでびっくりしただけです」

 

 ハクとてクオンの父親からクオンとの仲を認めてもらえるのは望外にうれしい事なのだが、オボロ皇がクオンの事を溺愛している事を知る身としては困惑を感じざるを得ない。最悪、半ば殺し合いに近しい形での“クオンが欲しければ俺を倒して~~”となることも覚悟していたのだから困惑するのもしょうがないと思うのだが。

 

「お父様……ありがとう」

 

「ふん、俺としてはそこの男がクオンの事を本当に守れるのか甚だ疑問なのだがな……しかし兄者が認めるというのだ。一発は入れてやったし――少しは溜飲も下がった。……それに娘の為にこの世に戻ってくるような男を認めんとはいえん」

 

「……あらあら、妙に素直だと思ったら主様から説得されていましたの」

 

 どうやら、自分が姉さんに話したあの歴史での話は伝わっていたらしくそれが今の状況を作り出していたらしい。自分としては本当に助かったとしか言いようがないな。負けてやる気はないが、たぶん……いや、かなり高い確率で大けがをしてたのは間違いないだろうしな。

 

「お、もう話は終わったか?一応、酒とつまみを持ってきたでござるが……」

 

 話がひと段落したところでトウカさん(おかあさん)が訪れ、そのままなぜか宴会になったのだった。

 

 

 とりあえず、オボロ皇との初対面が無事に終わってホッとした。……というか結構お酒飲めそうに見えたのだが意外に弱いんだなオボロ皇って(注:周りが強すぎるだけです)。

 

 

 

 流石に長く國を空けておくことはできないのか、オボロ皇は次の日にはトゥスクルへ向けて発つようだ。

流石に一人旅ではなかったようで、お供に双子の少年?(見た目は少女にも見えた)を連れてきていたようだな。

 ちなみに見送りは自分とクオンの二人だけ、カルラさん(ねえさん)はまだ寝てるし、トウカさん(かあさん)は女衆の仕事を抜けてこられないとのことらしい。ま、ふたりに言わせれば今生の別れというわけでもないし、ということなんだろう。

 

「ではな、クオン。近いうちに一度トゥスクルに帰ってこい。ウルトリィも会いたがっていたぞ」

 

「わかったかな。近いうちに一度は帰るから」

 

「ああ」

 

「クオンさま、私たちもお待ちしてしておりますので」

 

「お早いお戻りを」

 

 オボロ皇の言葉にクオンは柔らかにそう答え、オボロ皇のお付きのふたりもクオンに声をかける。その様子にオボロ皇は一つ頷くと自分に視線を向けた。

 

「ハク、クオンの事は任せた。……クオンの婿ということはお前も俺の義息子だ、近いうちにトゥスクルに顔を出すんだな」

 

「わかりました。クオンの事は任ください……お義父さん」

 

「……オボロでいい。お前にそう呼ばれると、鳥肌がな」

 

「違いない」

 

 オボロ皇が認めてくれたのが嬉しくてついお義父さんと口に出したが違和感が半端ない。微妙そうな顔をするオボロ皇とともに苦笑を交わしあう。

 

「では、そろそろ発つ。クオン、ハク、息災でな」

 

「うん、お父様もお気をつけて」

 

「近いうちにトゥスクルにも顔を出します」

 

 そう言葉を交わすと、オボロ皇は発って行った。その背を見送りながらクオンがぽつりと漏らした。

 

「……なんだか夢みたい」

 

「なにがだ?」

 

 その言葉を拾い、クオンのほうに視線を向けると、クオンは少し微笑みながら自分の腕に抱きついてくる。

 

「……ハクと再会して、お父様にも婚姻を認めてもらえて、こんなに幸せで……」

 

「……そうか。俺も幸せだよ……」

 

 自分は言葉少なにクオンにそう返すと、クオンに抱きつかれた手とは逆の手でクオンの絹のような髪をなでる。クオンは気持ちよさそうにそれを受け入れてくれた。

 

 オボロ皇たちの姿が見えなくなるまでそうしていたが、宿の中が俄かに騒がしくなってくる。

 

「さ、そろそろ戻ろうか。ルルティエに朝飯の用意を任せてしまっているしな」

 

「うん、私はルルティエの手伝いに行ってくるね」

 

 その喧噪を聞きながら自分とクオンは踵を返して宿の中へと戻った。

 

 

  

 

 

 今日も白楼閣は賑やかだ。

 

「うむ、カミュもこの良さが分かるのか」

 

「アンジュ様こそ、これの良さが分かるなんて、やっぱりヤマトの姫様は違うなぁ~」

 

「もぐもぐ、もぐもぐ、ハクおかわりを所望」

 

 詰所にはアンジュとカミュさんとアルルゥさん。

 ……なんというかカオスだ。

 しかもみんなは仕事でいないと来た。この三人を相手に自分にどうしろと言うのか。

 

「どうしてこうなった……」

 

 現実逃避しながらも自分はこれをどう収めるか頭を悩ませるのだった。

 

 

「ん~、こんなもんか?」

 

 オボロ皇を見送ってから数日、なんやかんやと騒がしくも平穏な日常を自分は満喫していた。

 まぁ連日のようにアンジュが来たり、カミュさんが来たり、アルルゥさんが来たりとしているがな……。

 

 とりあえず今日の午前中は襲撃もなく、皆はたまっている仕事を片付けている。シノノンとロロの最年少コンビはマロンさんが引き受けてくれて、一緒に町に繰り出しているし、ゼグニさんはオシュトルのところに行っている。ついでにフォウも今日はクオンに着いて行っているし、双子は兄貴に呼びお出されているらしく久しぶりに完全にひとりだな。

 普段とは違い、静かすぎて落ち着かないがその分仕事は捗った。……ワーカーホリック気味じゃないか自分。以前なら確実に酒飲んで昼寝していたような気がするんだが。まぁ、それで誰も損するわけではないんだが。

 

「……昼どきだし飯にするかね」

 

 そんなことを思いつつ、腹も減ってきたし飯にすることにした。皆は午後も仕事で外で食べてくると言っていたし、今日は宿の食堂でいいだろう。

 なんやかんやでこの宿の食事を食べる機会は少ないが(主にクオンとルルティエが作ってくれるので)この宿は飯もうまいのだ。

 

そう思い部屋を後にして飯を食った後、詰所に帰ってきたのだが……。

 

 

「……朝までの静かさが嘘みたいだな」

 

「ん~、どうしたのハクちゃん?」

 

「いや、なんでもない。しかしこうも毎日ここに入り浸っていいのか?」

 

 頭が痛くなるのを我慢して、声を掛けてきたカミュさんにそう返す。一応トゥスクルからの使者のはずだし仕事も結構あるのではなかろうかという考えからの言葉だったのだが……。

 

「うん、必要なことはしてるし、あとは文官のヒトたちに任せて大丈夫。出てくるときに泣かれちゃったけど」

 

「……それは、大丈夫とはいわないんじゃないか?」

 

「大丈夫、大丈夫。ね、それはそうと帝都観光に行こうよ。こっちに入れる日数もあんまり長くないし、私、観光したい」

 

 "ほんとはクーちゃんも一緒にって思ってたんだけどお仕事みたいだからハクちゃんにお願いするね"との言葉を添えてカミュさんはそういった。

 実際、案内するのはやぶさかではないのだが、このメンツでっていうのは正直遠慮したい。……もっとも断れないだろうなぁとも予想がつくがな。

 

「……案内するのは構わないが、まさか、皇女さんも連れて行くとか言わないよな?」

 

 流石にこれは遠慮してもらいたい。一回連れまわしてるがあれは突発的なものだったのでノーカンである。

 ま、もちろんこれに対して、アンジュが黙っているわけもないわけで……

 

「なぬっ、余を仲間外れにする気か!ハク、貴様がそんなに薄情だとは思わんかったぞ」

 

 こうなるのである。

 

「あのなぁ、流石に連れて行けるわけないだろうが、そもそもなんで一人なんだよ。ムネチカはどうした」

 

 そうなのである。最近、アンジュが来る際にはムネチカが同伴して来ていたのだが今日は一人。一体どういうことなのか。

 

「あ、アンジュ様は私達が誘ってきたから一人じゃないよ」

 

「ん、私たちと一緒」

 

「そうなのじゃ。ムネチカとの"一人で来てはいけません"という約束は破っておらんぞ」

 

「おいこら、待てお前ら」

 

 ムネチカが言っていたのはたぶんそういう意味ではないし、そもそも護衛が必要なヒトが3人歩いてたら普通に言ったら良いカモだろうが。

 

「だいじょうぶ、来るときはムックルも一緒」

 

「そうそう、認識障害の術もかけてるから誰にも声掛けられなかったし」

 

「そういう問題でもない。そもそも観光に行くのは町中だぞ。ムックルは連れて歩けないだろうが」

 

 確かにそれならばここまでの道中は安全だろう。というか目立たないという意味ではムックルは居ないほうがいい、切実にな。そのへんこのヒト達は理解しているのか……まったく。あと、無駄にそんな高度な術を使うんじゃない。

 で、そんな風に話をしていたのだが……。

 

「ええい、ハク、余はこの者たちに帝都を案内しなければならんのじゃ!これも天子の責務というやつじゃ!よいな、これは天子アンジュの勅命である!!」

 

 アンジュが爆発した。ああ、これはもう無理だな。案内するしかないか。

 ただし、自分だけでは不安だ。こういう時こそ伝手を頼るとしよう。

 

「……ああ、もう、分かった、分かったから。少しだけ待ってろ」

 

「良いのか!言質は取ったからな。後でやっぱり無理はなしじゃぞ!」

 

「……分かったから、少しだけおとなしくしていてくれ。ちょっと助っ人を連れてくる」

 

 そう言い残して詰所を後にする。

 とりあえず、途中で一人確保して――――向かう先は最上階の隠し部屋だ。

 

 

「アルルゥ、カミュ、久しぶりですわね」

 

「……はぁ、何故某が……いや、ハクの頼みでもあるし断るのも気が引けるのだが。……まぁ良い。アルルゥ、カミュ久しぶりだな。息災のようでなによりだ」

 

「あ、カルラ姉さまにトウカ姉さま、久しぶり~こんなところにいたんだー」

 

「よっ」

 

 ということで助っ人のカルラさん(ねえさん)トウカさん(かあさん)だ。人柄も確かなうえに戦闘力は折紙つき、それなりに長く住んでいるから帝都にも詳しいはずだし、今回の案件には最適のはずだ。

 

「ハク、この者たちは?なにやらアルルゥとカミュとは顔見知りのようじゃが……」

 

 唯一この中で二人と面識のないアンジュがそう声を上げる。まぁ、知り合う機会はなかっただろうしな。

 だが、アンジュに損はないはずだ。二人はトゥスクルの上層部とも繋がりのあることだし、アンジュの将来の事を考えても知り合っておいて損のある相手ではないだろう。

 

「ああ、初めてだったな。こちら白楼閣の女将のカルラさんと女衆のトウカさん。帝都にも詳しいから助っ人を頼んだ」

 

「ふむ、そうなのか。余はアン――んっ――――」

 

「で、姉さん、義母さん、こいつはアン、とある豪族の娘さんでな。アルルゥさんとカミュさんと仲良くなったみたいで一緒に帝都観光したいっていうんで一緒についてくる」

 

 で、紹介した途端本名を名乗ろうとするアンジュの口を押さえ建前として豪族の娘として紹介する。もちろんカルラさんもトウカさんも分かっているだろうが建前ってやつはだいじだからな。

 

「――むぅ、何をするのじゃハク」

 

「(ここにいる以上、お前が皇女さんだっていうのは秘密なんだろ?だったら今のお前は豪族の娘のアンだ)」

 

「(む、確かに。ムネチカにもハク達以外に本名を名乗ってはいけないといっておったのぅ。分かったのじゃ、余はアンじゃな)」

 

 アンジュは納得したようでぽんと手をたたくと改めて姉さんと義母さんに向き直った。

 

「余は、アンなのじゃ。えっと……よろしくお願いします」

 

「アンですわね。わたくしはカルラ。この白楼閣で主をしておりますの。今日はよろしくお願いしますわね」

 

「うむ、よろしくなのじゃ、カルラ」

 

「某はトウカだ。そこのカルラの友人でこの白楼閣で女衆をしている。よろしく頼むでござるよ、アン殿」

 

「よろしくなのじゃ、トウカ」

 

 なんかアンジュの挨拶が普段と違って丁寧だったが、姉さんから何かを感じ取ったのだろうか?まぁ、円滑に物事が進むのならばいいか。

3人は挨拶を交わしながら柔らかい雰囲気だし、少なくともファーストコンタクトは上々といったところだろう。

 

「では、行きましょうか。一日で回りきれるものではありませんけれど、わたくしのお勧めの場所を案内しますわ」

 

「おお!それでは出発なのじゃ!」

 

「へ~、カルラお姉さまのおすすめの場所か~楽しみだねアルちゃん!」

 

「……ん、楽しみ」

 

「……カルラお勧めの場所でござるか……。某としては悪い予感しかしないでござるが……」 

 

 アンジュの楽しそうな声を皮切りに皆で白楼閣からでる。ぽつりと呟かれた義母さんのひと言に少しだけ悪い予感がするが……まぁ、大丈夫だろう。

 

 

 トウカさんの悪い予感もなんのその。帝都観光は以前ネコネに案内してもらったようなコースで進んでいった。途中で左近と会い(また、美人さんかとか言われながらまたギギリ飴を押しつけられた)飴を買ったりしながらも和気あいあいとしていた。

 

「やっぱり、帝都はすごいね~。トゥスクルも活気なら負けてないって言いたいけど、正直完敗かも」

 

「ん、けどヒトが多くてムックルは留守番」

 

「流石にこのヒト通りだとムックルは難しいのじゃ。なにかお土産でもあればいいがのぅ……」

 

「じゃあ……はちみつ」

 

「あはは、それ、アルちゃんが食べたいだけでしょう?」

 

「そうともいう」

 

 三人は年の差も気にせず(アンジュとという意味で考えるならダブルスコアだろう)仲良くなったようで楽しそうに話しているし、ま、連れてきてよかったか。

 

「すみませんが、ちょっと待っていてくださいな」

 

「分かった。そこの茶屋で少し休んでるからゆっくりでいいよ」

 

「分かりましたわ」

 

 そんな風に歩いていると、姉さんがそう言って一行を少し離れる。買い物のようだから少し時間がかかるだろうしということで茶屋に入って休憩をとることにした。

 

「そういえば、ハクはカルラやトウカの事を“姉さん”、“義母さん”と呼んでおるがどういう関係なのじゃ?」

 

「ん?ああ、二人はクオンの育ての親というか姉みたいな方でな。クオンとの仲を認めてもらってからは自然と……な」

 

「ほぅ……、あのクオンのか」

 

「あ、私もクーちゃんのおねーちゃんだよ」

 

「クーは私が育てた」

 

 ふとアンジュが疑問に思ったのかそう聞いてきた。特に隠すようなことでもないのでそう答えると、カミュさんやアルルゥさんも話に加わってきて姦しい。

 

「なぬっ!ということはクオンの恥ずかしい話の一つや二つ……」

 

「クーちゃんの話、聞きたい聞きたい?」

 

「ん、クーのかわいい話ならいくらでもできる」

 

 なんだかクオンにとって旗色が悪くなってきたような気がするが、止められるとも思わないので、仲良く話しす三人を眺めながら自分は茶を飲む。なんやかんや歩いたせいか結構のどが渇いていたのだろうな、何の変哲もない茶だがうまく感じる。

 

「……気のせいでござったか」

 

「義母さんあんまり気を張ってると疲れないか?アンもいるんだし流石に変な所には連れていかないと思うんだが……」

 

「いや、ハクはカルラに振り回されたことがないからそう言えるのだ。前に行ったことのある町では酒を飲みながら歩いてごろつきに絡まれ半殺しにし、それを兵に見つかってその後は鬼ごっこでござる……」

 

 なにやら深刻そうな顔の義母さんに気を張りすぎだと声をかけたのだが、聞きたくなかった情報が聞こえて思わず頬がひきつる。

 

 それ以外にも出るわ出るわ“酔っ払い相手に大乱闘”に“貴族の私兵を相手にしての大立ち回り”、“盗賊のアジトへのかち込み”と武勇伝には事欠かないようだ。

しかしなんやかんや言いつつそれに付き合う義母さんもヒトがいいというかなんというか、あと事が起きた時にはブレーキになりきれずに自分も暴れているところがこのヒトたる所以なのだろう。

 

「あら、その半分くらいはトウカが原因だったとわたくしは記憶しているのですけれど」

 

「誰がだ。状況を悪化させたのは貴様だろう?」

 

「あら、そうでしたかしら」

 

「あ、姉さんおかえり……って酒?」

 

 そんな中、戻ってきた姉さんの手にはひょうたんがぶら下がっていた。姉さんは酒は好きであるがどっちかっていうと雰囲気を大事にするところがあるからこんなとこでは飲まないと思っていたのだが……。

 

「ええ、今から向かおうと思っているところであれば、これも一興かと思いましたの。二人の分もありますから付き合いますわよね?」

 

「あ、ああ。姉さんからの酒を断る理由はないけど……」

 

「……カルラ、一体どこに向かうつもりなのだ?」

 

「それは、着いてからのお楽しみですわ」

 

 そういう、姉さんに促され茶屋を後にして次の目的地に向かったのであった。

 

 

 で、連れてこられたのが……

 

「やったー!15倍だって~」

 

「ん、次は……たぶんあの子が勝つ」

 

「それはまことか!それならば余もあやつに……よし、30倍なのじゃ!」

 

 発ちこめる熱気、人々の怒号、そんな一般の方々からみたら少し怖く感じるかもしれない場所。今はその一角を貸し切って……

 

「いや、アンの教育に悪いって後で怒られそうなんだが……」

 

「あら、これも社会勉強ですわよ。國を納めている豪族の娘であるならば一度くらい来ていても問題ありませんわ。と、ハク、盃が渇いていますわよ」

 

「と、すまん。いや……アンが後々入り浸りそうで怖いんだが」

 

 ところ変わってここは走犬場、端的に言うと公共の賭博場だ。義母さんは頭を抱えているが、姉さんは楽しそうにその喧噪を見ながら自分の盃に酒を注いでくる。一応、途中で気がついた義母さんが止めようとはしてくれたのだが、姉さんはのらりくらりとかわし、気が付けばこの一角を確保してしまっていた。

 教育にあまり良くない場なのは言うまでもないのだが、自分が後々アンジュが入り浸るのではないかと危惧しているのは理由がある。

 

「それこそ、自己責任ですわよ。それに楽しそうですし」

 

「いや、確かにそうなんだが……」

 

 確かに言うとおりアンジュを筆頭にカミュさんもアルルゥさんも楽しそうだ。勝ったり負けたりで適度に楽しむのはまぁいいだろう。しかしだ……

 

「アルルゥさんがいるのが反則すぎる……」

 

 このひと言に尽きると言っていい。動物を走らせてその順位を競うレースである限り、アルルゥさんという森の母の能力は反則と言っていい。なにせ動物のコンディションややる気なんかを見分けることができるし、下手すれば会話すら可能だといわれている。まぁ、それでも100%勝つということはできないのだが……

 

「よし!今度は35倍なのじゃ!」

 

 アンジュの生来の運も合わさっての事なのだろうが連戦連勝、飛ぶ鳥を落とす勢いなのが頂けない。このことがバレたときにムネチカになんと言われるか……。

 

「よし、30倍だな(もうなるようになれだ……)」

 

 この場を納めることができない以上、自分も便乗して持ち金を増やすことにしよう。

 

 

 なお、最後に大敗して自分とアンジュの稼ぎはプラマイゼロになったのは付け加えておく。

 まぁ、最終的なアンジュの顔を見る限り入り浸る可能性はなさそうだからよかったと思っておくことにするか。

 

「ハクよ……」

 

「なんだ……」

 

「賭場とは……怖いものなのじゃな」

 

「そうだな……」

 

 

 大敗した後、自分たちは走犬場を後にした。そろそろ帰ろうかと話していたのだが、アンジュがいいことを思いついたとでも言うようにポンと手を叩くと自分に声をかけてきた。

 

「む、そうじゃ、ハク。あの店に寄っていかんか?」

 

「ん?ああ、あそこか?」

 

「うむ、あのご老人にもまた会いたいのじゃ」

 

 ふむ、一週間ほど顔を出せていないし自分としてはやぶさかではないのだが……

 

「へぇ~アンちゃんの知ってる店なんだ。何のお店?」

 

「え~っと、……ハク」

 

「薬草を取り扱ってる店だ。クオンが常連でな、一度アンとも行ったことがある」

 

「ん、薬草の匂いは落ち着く」

 

 特に否定的な意見も出なかったため、皆であの店に向かうことになった。途中で手土産に菓子を買って、少し歩くと目的地だ。店の入り口からみんなで入る。

 

「よ、ばあさん。元気にしてるか」

 

「ああ、ハクさんかい?」

 

「余もいるのじゃ」

 

「あら、あんたはアンだったねぇ。よく来たね」

 

 店に入ると見慣れた老婆の姿があり、どことなく安心する。クオンが薬師だからなのか薬草の匂いを嗅ぐと落ち着くんだよな。

トゥスクル組も店に入ってきて物珍しそうに店の中を見ていた。中でもアルルゥさんは何だか懐かしむように棚に並んだ薬草なんかを見ている。

 

「気に入ったのか、アルルゥさん」

 

「ん、お姉ちゃんの部屋と……おばあちゃんの家とおんなじ匂い。落ち着く――」

 

 アルルゥさんはそう言って目を細め、懐かしそうな表情を浮かべた。普段は見ない大人びた表情だ。

 

「そうか、ならよかった」

 

「ん、ここは良い店」

 

 そう言って店の中を見るアルルゥさんから視線を外し、自分は店の主であるばあさんに向き直ると手に持った袋を手渡した。

 

「ああ、そうだばあさん、土産だ。今回はそこらへんの店で買ってきたものだが勘弁してくれ」

 

「毎回毎回すまないねぇ。お茶でも入れるからゆっくりしていっておくれ」

 

「おう、すまんな。冷やかしで悪いが……」

 

「この婆の話し相手をしてくれるだけで嬉しいさね。こんどはクオンさんも連れてくるといい。あの子の様子を見てるのはあたしもたのしいからねぇ」

 

 そういうとばあさんは茶の用意をするためだろう。奥に引っ込んでいった。

 

「うわ、これ珍しくて中々手に入らないって言われてる薬草なのにこんな捨て値で……」

 

「あら、こちらのものなんて昔チキナロが売り付けに来たものではありませんか」

 

「どれどれ……あの時の半分の半分の値といったところか?薬師にとっては天国のようなところでござろうなぁ」

 

「これは何に使うものなのじゃ?」

 

「あ、それはねぇ、私はあんまり詳しくないんだけど万病に効くって言われてて……」

 

 思いつきで連れてきた割に皆楽しそうに商品を見ていて正直ほっとしたよ。薬師でもなければ楽しいところではないと思ってたんだがね。……いや、クオンに薬師のいろはを仕込んだエルルゥさんと行動を共にしている時期があった連中だしこういうのも詳しいのかもしれん。自分も、クオンと行動を共にする間に薬に使う物について詳しくなっていたくらいだしな。

 

 ばあさんが淹れてくれた茶を飲みながらゆっくりする。店の中には初めて来たころにはなかったテーブルと4つの椅子のセットが備え付けられていて、来る頻度を上げるかと頭の端で考える。

 

「へぁ、白楼閣の女将さんなのかい」

 

「ええ、皆が優秀ですので名ばかりのものですけれど。ところで店主さん、この茶葉なのですけれど個人的に譲っていただくことはできませんかしら」

 

 椅子に座り優雅に茶を飲むのは姉さん。ばあさん謹製の茶葉が気に入ったようでそんなことを言っていた。ばあさんも嬉しかったのか帰りに包んでくれるようだ。

姉さんの隣には義母さん。こちらも茶が気に入ったのか姉さんとばあさんのやり取りを気にしているようだ。

 

「うわ~本当においしい」

 

「ん、やさしい味」

 

「うむ、本当にのぅ」

 

「ちなみにルルティエの淹れるこの茶はさらにうまいぞ」

 

「ルルティエ、恐るべしなのじゃ……」

 

 で、自分とアンジュ、カミュさんとアルルゥさんは縁側に腰かけつつ菓子をつまむ。なんというか祖母の家に遊びに来た息子というか孫というかそんな気分をあじわってるな。

 

 そんな風にまったりしていると店の扉が開いた。おっと客が来たようだしそろそろお暇したほうがいいか、と思っていたのだが……

 

「ごめんくださ~い、おばあちゃんいますか……あれ、ハク?」

 

「フォウ!」

 

「お、クオン。仕事はもういいのか?と、フォウもクオンと一緒だったな」

 

「うん、仕事帰りに少し材料を補充しとこうと思って寄ったんだけど……これは?」

 

 入って来たのはクオンとクオンと一緒に出かけていたフォウだった。クオンの声が小さかったからか皆は気がつかずに談笑している。クオンが近づいてきたのと同時にフォウは定位置――自分の肩の上――へと移動してくる。

 クオンは店の中を見渡しながら不思議そうに首をかしげる。もっともアンジュと共にいるアルルゥさんとカミュさんを視界に入れた瞬間に少し顔が引きつっていたが。

 

「あ~、カミュさんにお願いされて帝都を案内してたんだがその流れでな。姉さんと義母さんは助っ人だ」

 

「そうなんだ……」

 

 ?クオン少し落ち込んでるか……ああ、自分で案内したかったんだろうなぁ。なんやかんやでクオンはあの二人の事は大好きだし、姉さんと義母さんも一緒ならなおのことだろう。

 

「むぅ……、これなら今日は休みにしてればよかったかな」

 

「ま、そうかもな」

 

 そういうクオンに苦笑を返しながらフォウを撫でていると、ばあさん達もクオンの事に気がついたのか声をかけてくる。

 

「あら、クオンさんいらっしゃい」

 

「あ、お邪魔してます」

 

「よく来たわね。クオンさんもお茶していくでしょう?」

 

「ありがとうございます。ご相伴にあずからせていただきますね」

 

 そして速攻でばあさんに捕まった。ま、クオンもばあさんのことは慕ってるし、これは既定路線か。

 

 クオンが混ざったことでさらに姦しくなった空間で男一人のんきに茶を飲む。ま、こんな一日も悪くはないだろう。日が傾くまでの時間自分たちはばあさんの店でまったりと過ごし白楼閣へと帰ったのだった。

 




お読みいただきありがとうございました。


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別れの時~友との語らい/姉妹の語らい~

ゴールデンウィークは……うん、極力がんばります。


別れの時~友との語らい/姉妹の語らい~

 

 

 トゥスクル一行(+アンジュ)を帝都案内した日から数日、ついに明日はトゥスクル一行が帰国の途に着くという日。

自分は久々の休みを満喫していた。具体的には詰所の長椅子でごろごろとしつつ、ウルゥルとサラァナの淹れた茶を飲みながらフォウを撫でるという感じだな。クオンは仕事だし、トゥスクル一行とアンジュも今日は流石に襲撃はないだろう。心おきなくだらけることができるというものだ。

 

「よぅ!アンちゃん……って、今日はまた珍しいくらいに休み感をだしてんなぁ」

 

「ウコンか……今日の自分は閉店休業中だぞ。仕事なら明日以降にしてくれ」

 

 自分がそう返すとウコンはこれ見よがしにため息をつき、手にぶら下げていた包みから徳利を二つ取り出して一つをこちらに放り投げた。

 

「付き合うだろう?」

 

「タダ酒は断れんなぁ。まぁ座るといい」

 

 急にしゃきっとしだした自分を見てウコンは苦笑をこぼすが、特に何を言うまでもなく腰を下ろした。いつの間に用意したのか双子が肴を並べ始めていた。この洞察力は本当に謎だよな。ちなみにいつの間にかフォウの前にも果物が盛られておりどんな魔法だよと思ったのは内緒だ。こいつらならへんな呪法を使ったとしても驚かんがな。ちなみウコンが手にした包みから酒を取り出して置くと、いつの間にやら双子の手の中にわたっておりちょっと驚いた風なのが新鮮だったな。

 

「まずは一献」

 

「どうぞ、ウコン様」

 

「おぅ、悪ぃな。おとっとっと――」

 

「主様も、どうぞ」

 

「お、すまん。おとっとっと――」

 

 双子は自分とウコンの徳利に酒をなみなみと注いでくれる。とりあえずは――

 

「そんじゃ、このタダ酒を祝して――」

 

「ぐうたらものの宴に――」

 

「「乾杯!」」

 

 ウコンと徳利を合わせ、酒を味わう。うお、これはかなりいい酒だな。というより高そうな酒だ。

 

「――くぅぅ、美味い!真昼間に飲む酒は実に美味いな。それがタダ酒となればなおさらだ」

 

「そいつは持ってきた甲斐があったってモンだ」

 

 二人でダメな大人の見本のように昼間から酒を飲む。これに勝る幸せはそうそうないと言っていいだろう。

 

「フォウ~」

 

 フォウも果実を食べながらご満悦って様子だ。なんやかんや過酷なことにも着き合わせてるしたまにはいいだろうさ。……結構な頻度で高級な果実を与えているような気もするが、自分だけ美味いもんを飲んでいるっていうのもなんか気が引けるし気にしないでいいか。

 

「どうぞ」

 

「主様も、どうぞ」

 

 双子がそう言って再度注いでくれる酒を盃で受けながら、ウコンに視線を向ける。こんな良い酒をもって来ているんだ。本当にタダ寄ったって可能性もなくはないが、なんか用件があるんだろう。実際今も依頼を受けている最中だってのもあるし、それ関係だろうか。

 

「んで?用件はなんだ。こんな良い酒を手土産に来たんだ。安くはないんだろう?」

 

「ふ……」

 

 ウコンは静かに盃を傾けながら笑うと一気にそれを飲み干す。そしてニッと笑うと口を開いた。

 

「知っての通り、明日、トゥスクル大使様は帰國の途に就く。簡単な式典を執り行った後、御一行はそのまま出発って段取りだ。これでアンちゃん達に任した件はひとまず終わりってわけだな」

 

「……ああ、大変だったぞ。毎日のようにここに押し掛ける大使殿二人に皇女さん。一般人代表の自分にどうしろというんだまったく……だが、ようやくお役御免か」

 

「お、おう。その、なんだ、御愁傷さまだったな」

 

 普段なら軽く返してくるウコンが顔を引きつらせるくらいには自分は饒舌しがたい顔をしていたらしい。まぁ、きついばかりではなかったが、気が休まる暇がなかったのは事実だしなぁ。

 

「うほん。……まぁ、それはいいとして、アンちゃん教えてくんな」

 

「……連中の事か?」

 

「ああ。どう、だった?」

 

 ウコンはわざとらしく咳払いをした後、ウコンは目を細め鋭いまなざしで自分にそう問いかけてきた。……この話題が出たあたりで半ば確信していたが、ウコンの話はこれだったか。良い酒を持って来たのは予想を超えてトゥスクル一行と仲良くなった自分から出来るだけ情報を引き出すためってとこかね。

 まぁ、それ自体は構わない。後はどこまでしゃべるかだが……まぁ、普通に接していた中で仕入れられた情報だけでいいよな。

 

「さて……どう、と聞かれてもな。ひと言でいえば……見たまんまだな。お人好しで、裏表のない気持ちのいい連中。見ている分には物見優山気分で、危機感ってものはこれっぽちもなかった。あまりにも無邪気で……國益のために躊躇いなく権謀術数をめぐらせねばならん大使とは思えんかったよ」

 

 手元の盃を回し、揺れる酒を見つめながら答える。

 

「ま、大使としては失格なんだろうが……嫌いじゃないな」

 

 少なくともあの御仁達を見る限りトゥスクルが良い國なのは疑いようがないだろう。実際、自分の記憶の中にうっすらと残るトゥスクルの様子も良い國と呼べるものだ。……ただその中に規格外の牙を持っているだけで。

 

「…………」

 

 自分の答えに何を思ったのか、ウコンは考え込むように目を閉じている。そうだな依頼って事だったしもう少しだけサービスしてやるか。

 

「ただ大使殿……アルルゥさんもカミュさんも只者ではないとは思うがな」

 

「ほぅ……」

 

 ウコンは自分の言葉にうっすらと目を開けると続きを促すように目で言ってくる。それに自分は気がつかなかったふりをして言葉をつづけた。

 

「片や森の母(ヤーナ・マゥナ)と呼ばれ、トゥスクルで森の主とも呼ばれる白虎を使役する皇族に、高度な術法を息をするように使いこなす、オンカミヤムカイ賢大僧正の妹で特別な巫女。トゥスクルでは十数年前に大戦があったって話だがそれを生き残ったってんだから伊達ではないさ」

 

「……そこまで聞きだしたのか、やるねぇ」

 

 自分の言葉にウコンがそう言って軽く詰め寄ってくる。これは少しサービスしすぎたか?だが自分が次に言おうとしている言葉に続けるのなら必要な話しだししかたないか。

 

「まぁ今はそれは置いといてだ。自分から言えることは、トゥスクルの側は今回、ヤマトに最大限に敬意を払っているって事くらいだよ」

 

「だとしたらいいんだが……まったく、俺の想像以上に重要な情報を持ってくるたぁ、アンちゃんはやっぱり侮れないねぇ。ま、しかしそれなら俺の印象からも外れないか。カミュ殿のあの底が見えない吸い込まれそうな感じ……まるでホノカ様みてぇだった。それにアルルゥ殿……はアンちゃんが全部言っちまってるが相当に修羅場をくぐってきてる、それにやはりあの獣、ありゃヒトの御せるものじゃねぇ。ああいうのを天恵っていうのかねぇ」

 

 そういうとウコンは手に持った盃を傾け酒を飲みほした。なんか重い空気になってしまったし実際にあの二人がこの國に来た思惑の半分くらいを占めるであろう秘密を明かしてやるとするか。

 

「あとはそうだな……」

 

「なんでぇ、まだあるのか?」

 

 ウルゥルから盃に追加の酒を注がれていたウコンはそういうと自分に視線を再度向けてくる。真剣な目をしているが自分がこれから言うのは本当に当事者以外からしたらばからしいとしか言いようのない話だから流してくれても構わんのだが。

 

「いや、あの二人、クオンの姉みたいなヒト達でな。この國に使者としてやってきた理由の半分くらいはクオンに会いたかっただけだと思うぞってだけなんだが」

 

「…………」

 

 自分の言葉にあっけにとられたようにポカンとした表情を浮かべたウコンは、次の瞬間あきれたような声を漏らした。

 

「それはまた……。クオンの姉ちゃんも國元だと結構な人脈をお持ちのようで」

 

「クオンはあれで結構いいとこの出だからな」

 

「確かにちょっとした所作にも気品がある。良いとこのお嬢さんだってのも納得だが……」

 

 ウコンは毒気を抜かれたような呆れたような様子でそう言うと肩をすくめる。先ほどまでの重い空気も少し和らいで酒も美味いってもんだ。

 そうこうしながら飲んでいる内にウコンの持ってきた酒も切れ、明日の準備もあるからとウコンは席を立つ。しかし何かに気がついたのかこちらに目線を向けると手に提げた包みから何かを取り出しこちらに放った。

 

「っと、いきなり投げるな」

 

「わりぃ、わりぃ。ちとはええけど今回の報酬だ。助かったぜアンちゃん。今回はちぃとばかし色をつけてある。何も言わずに振り回す形になって悪かったな。

その侘びと今回の情報の口止め料だ。うっかり市井の口さがない連中に漏れようもんなら、二度とお天道さまを拝めないようになるかもな」

 

「……さて、なんのことやら」

 

 自分はウコンのその言葉に肩をすくめる。言われずとも流石にそれくらいは分かっている。ウコンの色もどっちかっていうと今回の迷惑料って意味合いが強いんだろう

 

「ふ……無粋だったな。じゃ、俺はお暇するぜ」

 

「「お送りします」」

 

 双子の言葉に自分も腰を上げようとするが、ウコンに手で制される。

 

「いや、ちょいと考えたいことがあってな。風に当たりながら帰るとするさ。じゃぁな、今日は良い酒だったぜ」

 

「ああ、またな」

 

 座ったままウコンを見送り、ひとつ伸びをする。ウコン(オシュトル)は國の重鎮として少し神経質なくらいに心配していたようだがトゥスクルに上層部になんらヤマトに害をなすような意図はないだろう。少なくともオボロ皇、アルルゥさん、カミュさん、自分の会ったトゥスクルの最上層に位置するヒト達からはヤマトに対するそのような意図は感じられなかった。ま、自分の主観だからどこまで当てになるかは不明なところだがな。

 

「主様、まだ飲む?」

 

「でしたら、新しいものをお出ししますが?」

 

「いや、いい。自分も少し歩いてくるかね」

 

「「御一緒します」」

 

 双子が進めてくる酒を断りつつ立ち上がる。若干シルエットの丸くなったフォウを肩に乗せ、自分に着いてくるといった双子を伴って午後の散歩と洒落こむことにしよう。

 

 

 

 

 その日の夜、部屋でクオンと穏やかに過ごす。相も変わらず双子が突撃して来ようとするのだが、クオンが物理的に黙らせたりなんとか自分が説得したりしている(次の朝には自分たちの布団にもぐりこんでいることも多いが)。ちなみに今日はクオンが物理的に黙らせたので朝まで目は覚めないだろう。

 

 ということでだ……

 

「クオン……」

 

「ハク……すき」

 

 ここからは恋人の時間だ。

 クオンがそう言いながら啄ばむようにキスをしてくるのに答えるように唇を降らしながらクオンを抱きよせ、クオンの着物に手を……

 

「(あ、あわわ……アルちゃん!く、クーちゃんが更に大人の階段を!し、しかもなんか手慣れてない!?)」

 

「(ん、クーも大人になった)」

 

 なにかぼそぼそと声が聞こえた気がしたので部屋を見回してみると……

 

「!!!!!」

 

「(ん?いま目があった?)」

 

「(カミュちー術解いた?)」

 

「(解いてないよぉ。だから大丈夫)」

 

「ハクゥ……どこ見てるの」

 

 堂々と自分達の部屋の入口に戸を閉めて立っている。カミュさんとアルルゥさんを見つけた。驚いて固まる自分をクオンは若干トロンとした瞳に不満の色を乗せて自分の顔を挟むようにすると自身の方へ向け、唇をふさいでくる。

 

「今は……私だけを見てて欲しいかな」

 

 自分の理性をとろけさせるような声でそういうと、自分にぎゅっとくっつきながら上目使いで見つめてくる。

 普段の自分ならこれで獣になっていた自信があるが、今の自分にそんな余裕はない。むしろなんか変な汗が流れてくるんだが。それもこれも……

 

「(うわ、クーちゃん積極的だよー!?なんかすっごい女の顔してるし)」

 

「(ん、これは私たちが見届けるべき)」

 

 さっきよりさらに近づいてきている二人組のせいだ。

 

「クオン……」

 

「ん、なぁに?ハク」

 

「すまんが今日はお預けだな」

 

 自分はクオンにだけ聞こえる声量で言うと飛び起きて、すぐそこまで近づいてきていたカミュさんとアルルゥさんを確保するために動く。飛び起きて最速でカミュさんとアルルゥさんの背後をとるように動き首根っこの部分をつかんで持ち上げた。

 

「(へ?)」

 

「(お?)」

 

「捕まえた」

 

「ハク、ホントにどうしたの?」

 

 どうやらクオンにはこの二人は見えていないらしい。自分に首根っこをつかまれるような体勢になったアルルゥさんとカミュさんは不思議そうに声をあげて、ぎぎぎという音が聞こえてきそうな動きで自分を振り返ってくる。

 

「……え~と、見えてる?」

 

「ばっちりとな」

 

「ん?ん?」

 

「……まさか、この声」

 

 先ほどまでひそめていた声を抑えなくなったことでクオンにも聞きとれたのか、事態を飲みこめて来たらしいクオンが硬直していくのが見える中、ジト目で二人を見ていると観念したのか何らかの術法が溶ける気配がする。

 

「え、えっと、こんばんは?」

 

「ああ、こんばんわだな、カミュさん、アルルゥさん。で、言いわけなら聞くだけ聞くが」

 

「あ、あはは、ほら明日にはトゥスクルに帰るし今日はクーちゃんのところにお邪魔しようとしたら、すんごい場面だったから……ね?」

 

「ん、私にはクーの成長を見守る義務がある」

 

「―――――」

 

 

 クオンが段々真っ赤になっていく中、そんな言いわけとも言えないことをほざいた二人に自分の額に青筋が浮かんでいるのが分かるが先に爆発したのはやっぱりというか顔を真っ赤にしたクオンだった。

 

「なんで二人ともこんなところにいるかな―――――!!」

 

 なお、絶叫ではあったが宿に気を使ったのか小声だったとだけ言っておく。

 

 

 

 

「まったくもう!非常識かな!」

 

 怒髪天を突く、といった勢いで怒るクオンに並びながら自分も侵入者二人――カミュさんとアルルゥさんをジト目で見る。流石に今回のはまずいと思って小さくなっているかと思いきや……

 

「遊びに来ただけなのに……ねぇアルちゃん、トゥスクルへのお土産にこの間のおばあちゃんのお店でもらって来てた茶葉をもらっていこっか」

 

「ん、流石カミュちー。あれはいいものだった」

 

 と、足を崩してのんきに平常運転の会話をしていやがるのである。流石の自分も堪忍袋の緒が切れるとこなんだがな……。そんなことを思いながら、クオンの様子に少しだけ引いてきていた怒気がふつふつと湧きあがり、再度自分の顔に青筋が浮かんできているのを自覚していると、自分の隣から何かがプッツンと切れた音が聞こえた気がした。

 

「……正座」

 

 クオンが小さく呟くようにそう言うと部屋の空気が一気に冷え込んだかの様な感覚を覚える。心なしかクオンの周りに赤色のオーラのようなものが漂っているようだ。

 

「え~足がしびれちゃうから、い――「あ゛?」――は、はい」

 

 無謀にも空気を読まずにそう声をあげたカミュさんだが、クオンの迫力に顔を引きつらせ、冷や汗を流しながら素直に従う。この段階に来てやっとクオンの怒りの大きさに気がついたらしい。で、片割れのアルルゥさんはというと……

 

「(そろ~り……そろー)……ハク、離す」

 

 自分は少しずつその場から離れていこうとしていたアルルゥさんの肩にやさしく(・・・・)手を置いた。顔はどことなく引きつっており汗をかいているようで、やっとまずいと気がついたらしい。

 

「……正座」

 

「……」

 

 そう言った自分の顔を見たアルルゥさんは更に冷や汗を流すと体を震わせながら、素直に座りなおして正座をする。

 まったく何をおびえることがあるというのか、自分はこんなにもやさしくしているというのに。そう思いながら、アルルゥさんに笑顔を(・・・)向ける。

 

「(がくがくぶるぶる)」

 

「どうかしたのか?自分は笑顔で話を聞いてほしいと言っているだけじゃないか?」

 

「(がくがくぶるぶるがくがくぶるぶるがくがくぶるぶるがくがくぶるぶるがくがくぶるぶる)」

 

 自分が更に笑みを深くしてそう言葉をかけると、アルルゥさんはまるで生まれたての小鹿のように震えだす。

 アルルゥさんは助けを求めるようにカミュさんとクオンに目線を向けるが、片や固まって正座中、片や自分の味方が側だ。再度状況を認識した事でさらに表情を固めたアルルゥさんは救いを求めるようにクオンへと視線を向ける。

 クオンはそれに気がついたようで目が全然笑っていない笑顔をアルルゥさんに向けて口を開いた。

 

「ちょ~っと、お話しよう。ね?カミュ姉さま、アルルゥ姉さま」

 

 その言葉に全力で顔を引きつらせる二人に向かって、自分とクオンは笑顔で半刻ほどお話(・・)をすることになったのだった。

 

 

 

 

「……この辺で許してあげるかな」

 

「……そうだな。カミュさん、アルルゥさん次はないぞ?」

 

 クオンのその言葉を合図にして、お説教は終わりを告げた。なお、お説教を受けた二人はぐったりした様子でそれどころではないようだが。

 

「……クーちゃん、まさかエルルゥ姉様より怖いなんて……。あ、足が足がしびれッ!」

 

「……ん(ぐったり)。――ん!?(足が痺れているらしい)」

 

 いや、怒気が引いてみてみると実に面白いことになっているようでなによりだ。自分とクオンは二人の傍に近づくと足をつつきながら(・・・・・・・)声をかける。

 

「で、何か用事があったんじゃないのか?」

 

「そうそう、姉さまたち流石に何もないのに来たって事はないよね?」

 

「――――ッ!!!!???」

 

「――――んっ!!!???」

 

 ちなみに声をかけている間も足をつつく手は休めていない。あと若干そう言ってカミュさんの足をつつくクオンの顔が黒い。自分も少し楽しくなってきたが。

そうしてひとしきり二人を悶絶させたのだが、ようやく足のしびれが取れてきたのか二人が口を開いた。

 

「あ、あした帰、――ッ、る。んっ!?」

 

「だから、――しびっ、そ、その前にクーちゃんにね」

 

「――――うん、知ってる」

 

 本来シリアスな場面なのだろうが、そのうち二人が足のしびれが抜けきらないのかたまにビクビクと震えながら話すので、ギャグのような雰囲気が漂う。

 

「だ、――ッ!?だから――ァッ!?クーちゃんも一緒にって、しびッ!」

 

「しびッ!?約束の―――ッ!?期間、もう過ぎ――んッ!?た」

 

「―――うん。分かってる。だからもうちょっとだけって、お父様の許可はもらったかな。近いうちにトゥスクルにはハクと一緒に一回帰るから」

 

 クオンは穏やかにそう返すが、はたから見てる分にはやはりギャグにしか見えないのだが……。言うべきか言わざるべきか迷うところだ。

 

「……うん、カルラお姉さまから聞いてはいたけど、一応……ね?あ~やっと痺れが取れたよぉ~」

 

「ん、クーに確認したかった」

 

 やっと足のしびれが完全に抜けたのか二人は少しだけさびしそうな表情でそう言って微笑むと自分に顔を向けてきた。

 

「ということで、ハクちゃん。クーちゃんのことよろしくね」

 

「クーは大事なところで抜けてるから。ハクにお願いする」

 

「おう。承った」

 

 二人の真摯な言葉に自分は目を見て頷き、そう短く返す。それに満足そうにうなずくと二人はクオンに近づき声を掛ける。

 

「身体には十分気をつけてね」

 

「……うん」

 

「生水は飲んじゃ駄目だよ?」

 

「カミュ姉さま、もう子供じゃないよ」

 

「うん、子供じゃねいけどクーちゃんだよ。そして私たちはクーちゃんのお姉さんなんだから」

 

「ん、クーはいくつになっても私たちの妹」

 

 そう、言いながら抱き合う三人をみながら、自分は少しだけちーちゃんの事を思い出した。

 

 

 

 その後、泊っていくのかと思ったが流石に抜け出したままなのはまずいのか二人は帰っていった(宣言通りばあさんの茶葉は持って行った)。

 

 そして次の日の昼過ぎごろ、自分たちは皆で帰國するトゥスクルの一行を見送るため大通りへと出向いていた。周りには大勢のヒトが集まっており、少しだけ窮屈だったが。

 

「来たのです」

 

 ネコネがそう言うのに少し遅れて周りが俄かに騒がしくなってくる。

 それを聞きながら自分は腕に抱きついているクオンに声をかけた。

 

「寂しくなるな……」

 

「ハク……ううん」

 

 自分の言葉にクオンは首を振って、周りを見渡す。

 

 

 周りには――――

 

「ホロロロロゥ……」

 

「はい、またいつか会えたら……」 

 

 ココポが別れだと分かっているのか切なげに声を上げ(その巨体が邪魔なのか周りは少し迷惑そうにしていたが)、ルルティエが少しさびしそうにそう言う。

 

「なぁ、先頭の者の帯の色で、おかずを一品賭けないか?」

 

「うひひ、のったえ。ウチは赤な」

 

「ならば、青だ」

 

 ルルティエの少し寂しそうな様子に気を回したのか、それとも素なのかノスリがそう声を上げると、アトゥイが乗った。

 

「寂しくなりますね」

 

「ええ」

 

 キウルのその声にオウギが短く答える。

 

「お~、ヒトがいっぱいだなロロ」

 

「ん、シノねえちゃ、みえない」

 

「よいせっと、これなら見えるじゃない」

 

「おお~とぅちゃんたかいぞ~」

 

「ありあと、ヤクにいちゃ」

 

 最年少コンビとヤクトワルトがそう話す。

 

「気のいい者たちだったな」

 

「はい、お父様」

 

 ゼグニとエントゥアがそう言って笑いあう。

 

「主様?奥様?」

 

「どうかなさいましたか?」

 

 自分たちの傍に控え、不思議そうにそう尋ねてくるウルゥルとサラァナ。

 

 ――――自分たちの大切な仲間の姿があった。

 

 

「私は一人じゃないから。それにハクがいるかな」

 

「そうか」

 

「うん、そう」

 

 クオンはそう言って、目の前を通り過ぎていく行列へと目を向ける。

 

「それにすぐに会えるかな」

 

「ああ」

 

「トゥスクルに行って、ベナウィとクロウとウルお母様にハクの事を紹介するの」

 

「ちょっと緊張するがな」

 

 自分はクオンにそう返し、クオンと視線を交わしあう。そうしているとネコネの声が聞こえた。

 

「あ、姉様、ハク兄様。カミュ様とアルルゥ様がこちらに手を振ってくださってるですよ」

 

 そう言って顔を前に向けると少し遠めからこちらに手を振るカミュさんとアルルゥさんと目が合う。その口元が何かをゆっくりとこちらに向けて何か言っているようだったので唇を読んでみた。

 

「えっと、なになに……『あ・か・ちゃ・ん・が・で・き。た・ら・あ・わ・せ・て・ね』、『た・の・し・み・に・し・て・る』ってあのヒト達は……」

 

 真っ赤になってこちらを上目づかいで見上げてくるクオンと、同様に唇を呼んだのであろうネコネが真っ赤になっているのを見ながら自分は苦笑を浮かべた。

 

「奥様の次は」

 

「私たちに」

 

「お前たちは…………」

 

「ぁぅ………」

 

「ぜぇぇっっったいにだめかな――――!!」

 

 あとこの双子はどこまでもぶれないらしいことが改めて分かった。

 

 

 

 ヤマトとの縁を結び、異国の使者は去りゆく。

 この出会い、そして別れが後にどのような影響を及ぼすのか、まだ誰にもわからない。




読んでいただきありがとうございました


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偽りの仮面 隠密衆編~新たなる出会いと騒乱の巻~
そして刻は動き出す~彼方からの来訪者/兄との語らい~


なんとか、がんばりました……短いですが、導入になりますのでご容赦を。


そして刻は動き出す~彼方からの来訪者/兄との語らい~

 

 

 

――???――

 

Interlude side???

 

 

 古ぼけた薄暗い建造物の中、それは現れた。

 

 青い扉のようなものがその部屋の中に突然現れ不安定に点滅する。

 一際光が強まったあと、それがあった場所には一人の人影。蒼のなかに赤の映える着物を身につけ、腰には4本の太刀。色素の薄い髪をひとつに纏めた一人の女性の姿があった。

 

「っと、本当にいつも突然なんだから……。立香君は――私が心配するまでもないか」

 

 あの娘がついてるんだから……女性はそうつぶやくと、一度頭を振って状況を把握しようと周りを見渡す。

 

「ここは……うん、建物の中だってのは判る。かなり廃れてるし、遺跡ってところか……う~ん、最近はこんな感じのところに縁があるというかなんというか」

 

 女性はそう言い、困ったように笑うと一度伸びをして――

 

「――さて、何奴か?」

 

――周りに集まってきている気配に気がつき、表情を引き締めて腰の太刀に手をやった。

 

――ズチャリ――ズチャリ――

 

 辺りにはなにか粘性のものが這い回るような音が響く。

 

――そしてそれは女性の前に姿を現した。

 

「――なに、こいつ?」

 

『――――――――――』

 

 まるでスライムのような粘性の体を引きずり、赤い体をしたそれを見て女性は違和感を感じるように目を細める。

 

「……化生の類か?いや、それにしてはこの気配――」

 

 そんなことをつぶやいている間にも女性の周りにそれは集まってくる。しかしそれが女性の感じていた違和感に確信を与えていた。なぜならその気配は女性が過去に斬ってきた者(・・・・・・)と同じ物だったのだから。

 

「――なんで、そんなことになってるのかは知らない。だけど――襲ってくるというならば容赦はしない」

 

 その女性の声に反応するかのように周りに集まっていた粘性の生き物――タタリ――の表面が膨張し攻勢の体制をとる。それに女性は腰に挿していた太刀を2本引き抜き構えた。

 

「―――二天一流、新免武蔵守藤原玄信(しんめんむさしのかみふじわらのはるのぶ)。推して参る―――!!」

 

 銀閃が閃き、日の差し込まぬ場所で天元の花が舞った。

 

Interlude out  

 

 

 

「遺跡の調査?」

 

「うむ、頼まれてくれぬか」

 

 トゥスクル一行が國に帰ってから数日、自分は兄貴に呼び出され例の場所――帝都の地下にあるらしい空間――でそんな依頼をされていた。

 数日前にウルゥルとサラァナが呼び出されていたのは、この件を話したかった兄貴が双子を呼び出していたらしいな。

 

「それは構わないが……何故自分に?そういうのなら専門家が当たったほうが効率が良さそうなもんだが」

 

「うむ、その疑問はもっともか。遺跡には人に反応するものがあってな。今回の遺跡はその可能性が否定できん」

 

「それで自分にか……」

 

 兄貴の説明に得心すると自分は今後のスケジュールを思い浮かべる。少なくとも差し迫って自分たちが居ないと回らない依頼はなかった筈だ。

 

「ハクさま、どうかお願いできないでしょうか」

 

「ああ、自分の予定を思い出していただけです。特に切羽詰った物もないし受けるよ兄貴、ホノカさん」

 

 自分が黙っているのを見て断ろうとしていると思ったのだろう。ホノカさんがそう言ってきたが、自分としては受けるつもりだったので、兄貴とホノカさんにそう返した。

 

「……そうか、受けてくれるか」

 

「ありがとうございます。ハクさま」

 

「おう。で、場所は?」

 

「ふむ、あれをこちらに」

 

「「承知しました」」

 

 兄貴がそういうと自分の後ろに控えていた双子が答え机の上に地図を広げた。

 かなり精巧な地図だな。少なくともこの國の技術力では再現は限りなく無理に近い。ってことは兄貴が作成したものなんだろうな。というか机の端でフォウがまんまるになってるが……毎回のことなので気にしても無駄か。

 

「ここじゃ」

 

「ここは――元ウズールッシャ領か」

 

「うむ。かの地を平定した後見つかった遺跡でな。儂の方で調査を進めておったが、それらしい痕跡を見つけた」

 

 兄貴が指し示したのはかの戦争の際にヤマトの直轄領として平定された地だった。その付近には軍も逗留しているらしく、ウズールッシャの残党の心配はほぼ無いとのことだ。

 

「そうか、なら明日にでも出ることにするよ」

 

「うむ、頼む」

 

 自分がそう言うと兄貴は頷き、とりあえず話は終わりだとばかりに酒を進めてくる。

 思わずホノカさんから酌を受けようとしたのだが――

 

「ハク、お話は終わった?」

 

「っと、すまん」

 

 ――後ろから聞こえてくるクオンの声に振り返る。

 

「其方は……」

 

「初めまして、御義兄さま。私はクオン」

 

 クオンはそう言うと自分の隣まで歩いてきて横に立つ。今回、ここに向かうにあたりクオンにも来てもらっていた。いい加減、兄貴にちゃんと紹介したかったからだ。

 

「そうか……其方がハクの」

 

「ああ、自分の大切なヒトだよ。兄貴」

 

 兄貴はそう声を上げると感慨深げに目を細める。その眼差しは優しく、つい気恥ずかしくなって兄貴から目をそらす。

 

「こんな日が……あの恋愛には興味もないと言いたげだった弟の――恋人を紹介される日が来ようとは、夢にも思わんかったわ。――ああ、よきかなよきかな。ホノカ、今宵は宴じゃ!」

 

「はい、主様」

 

 兄貴は嬉しげに笑みを浮かべてそう言うとホノカさんにそう指示を出す。それからすぐに料理が運び込まれ、あっという間に宴の準備が整う。

 

「あらあら、あなた達も負けていられませんね」

 

「「はい……お母様」」

 

 途中、ホノカさんが自分とクオンを見ながらそう言ってウルゥルとサラァナを焚きつけていたが自分は聞こえなかったことにする。

 

「クオンさんも座りなさい。今宵はよき日じゃ。ほれ、弟の話を聞かせてはくれんかの」

 

「……じゃあお言葉に甘えまして。えっと、ハクと会ったのは――」

 

 クオンも兄貴に進められ席に着きそう言って話し出す。とりあえず今日判ったのは自分以外から自分の話を聞くのは――嫌ではないが存外に気恥ずかしいということだった。

 

 

 

 それからしばらく、料理も粗方食べつくし、酒もたらふく飲んだ。さすがにそろそろお暇しようと兄貴に声を掛けたのだが、兄貴が少し待っているようにいうと双子が何かの包みを二つ持って近づいてくる。

 

「これを持って行くが良い」

 

 双子から受け取った包みを開ける。そこには豪奢な造りで紐のついた印籠と、9通の文、それと豪奢な感じの封筒に包まれたまた別の文らしきものがあった。

 

「これは……」

 

「此度の支度金と、前に言っておった、儂が全権を渡した者に授けるものじゃ。アンジュ、そして八柱将に宛てた文、そしてお主が儂の弟であることを証明する事を記したものじゃ」

 

 確かに約束していたものだが、今この場で渡すことに自分は少し嫌な感じを覚えて兄貴を見る。兄貴は穏やかな顔で自分を見つめ返し、ひとつ頷くと口を開いた。

 

「そう勘ぐるでない。ただ用意ができておったから早めに渡したまでよ。それに今度あったときに渡すと言ってあったじゃろう?」

 

「いや、そうなんだが……自分が帝都を離れる時に渡すから、何かあるのかと勘ぐっちまったんだよ」

 

 確かに前あったときに約束していたものだが、ありていに言うと今生の別れの前に自分にすべてを託すような、そんな感じを受けたのだ。……まぁ、兄貴の様子からするにそれは杞憂か。

 

「うむ、納得したのなら収めておけ、印籠(それ)をだせば今回依頼した遺跡にも入れてくれるように許可を出しておく」

 

「おう」

 

 自分がそう言って包みを懐に入れたのを確認すると、兄貴は静かに今のやり取りを見守っていたクオンに目を向ける。

 

「クオンさんや、弟の事を頼む。少々抜けたところがあるが優しい――儂にとっては唯一無二の弟じゃ。しっかりと尻にしいてやってくれ」

 

「はい、しっかりと支えるから安心してほしいかな、御義兄さま」

 

 クオンにそういう兄貴に一部(尻にしいての部分)突っ込みたいところはあったが空気を読んで黙る。尻に敷かれてるのは事実だから否定はできんしな。

 

「ウルゥル、サラァナも頼んだぞ」

 

「しっかりとお二人に御使えするのですよ」

 

「「……この命に代えてましても」」

 

「フォウ!」

 

「うむ、お主もよろしく頼むぞ。フォウよ」

 

 兄貴はそう言うと自分に再度視線を向けてくる。それに自分は頷きを返した。

 

「では、ハクよ。良い報告を待っておる」

 

「また、いらして下さい。待っておりますので」

 

「ああ、またな、兄貴、ホノカさん」

 

「今日はありがとうございました」

 

「主様、奥様」

 

「回廊を繋ぎます」

 

 そう言って自分たちは回廊に入りその場を後にした。

 しかし、大層なもんを持たされたなこれを使う機会が来ないことを祈ろう。ま、印籠については今回の依頼に必要だからすぐに使うことになるんだろうがな。

 

 

 

Interlude Side:帝

 

 

「ふぅ、これで一つ肩の荷が下りた」

 

「ええ、ですがまだまだ主様もご壮健にあらせられます」

 

「わかっておるよ。気分的な問題じゃ」

 

 帝とホノカはそう言いいながら柔らかに言葉を交わす。しかし次の瞬間には帝の顔は厳しく引き締められていた。

 

「トゥスクルの御仁達は思いのほか頑固じゃったのう」

 

「ええ、あちらにとっても聖地に当たる場所です。簡単に事が進むとは思っておりませんでしたが……」

 

 そして二人が話すのは先日ヤマトに訪れていたトゥスクルの大使達のことだ。帝の要請としてかの國の遺跡の調査を行う許可を願い出ていたのだが断られていた。

 ハクへと必要なものは渡し終えた。しかしトゥスクルの遺跡調査、これは自分が行わなければならない最後の大仕事として帝は認識していた。

 

「ホノカよ」

 

「はい」

 

「ハク達が出立した後、八柱将を集めよ」

 

「御意」

 

 それ故に帝はそう決断を下す。帝がハクの恋人であるクオンのことを調べてさえいれば行わなかったであろう決断であったが、それも仕方の無いことだろう。誰が自分の弟の恋人が―――かの國の皇位継承権一位にあたる女性だと思うだろうか。もちろんホノカやウルゥル、サラァナの双子からクオンがウィツアルネミテアと関係があることは聞いていた。ただそれ以上のことは双子の報告を信用し――クオンはハクとこのヤマトに仇なすものではないという報告だ――詳しくは調べていなかったのだ。

 

 故に必然として、ここに戦火があがろうとしていた。

 

「かの國――――トゥスクルに進軍する」

 

 こうして世界は大きく動き出す。

 

 

Interlude out




お読みいただきありがとうございました。

FGO組二人(?)目が登場。
武蔵ちゃんかわいいですよね。


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道中~"自分"の記憶/おんみつしゅうのえんそく~

GWも終盤です。

ええ前半は京都に旅行に行ったり、FGOのアポクリファコラボをがっつりやったり、としていたら執筆時間が取れませんでしたとも。アポクリファコラボがおいしすぎるのがいけないのです。

ところで皆様はアキレウスさんは迎え入れられたでしょうか。
私は30連したらなぜかケイローン先生が3体もやってこられました。宝具レベル3です。

あと京都で北野天満宮に行った際に刀宝展をやってまして鬼切丸を見てきました。
FGO時空だとあの人が使っている刀だな~とか思いながらみていましたとも。

長くなりましたが、本編をお読みください。


道中~"自分"の記憶/おんみつしゅうのえんそく~

 

 

 

 ああ、これは夢だとすぐに気がつくことができた。

 なぜなら自分の膝にちぃちゃんが座り、何かを話してほしいとせがんで来ていたからだ。これは―――ちぃちゃんがまだ5歳くらいだったか?自分がそれなりに兄貴の住む区画に出入りしていた頃の夢だ。

 まったく、こんな夢を見るなんて、今日兄貴と語り明かしたからだろうか?

 

『おじちゃん、なにかおはなししてよ』

 

『何かっていってもな……何かリクエストがあるなら聞くが?』

 

『じゃあねぇ、"たてのおとめ"の話がいい!!』

 

 だが、ちぃちゃんにこんな話をした覚えはない。"たてのおとめ"?たぶん字は"盾の乙女"だと思うが……自分はそんな物は知らない。覚えていないだけか?あと、ちぃちゃんの左手に見える痣のような……赤い刺青のようなものはいったい何なのだろうか?

 

『で、どこの話がいいんだ?全部話すと今日一日でも足りないんだが……』

 

『ん~じゃーね~あれ!えっと、ろしあのはなし!』

 

『あ~あれか。またコアなのを……あ、武蔵も出てくるからか?』

 

『せいか~い。わたしむさしもすきだもん!』

 

 ……いや違う。自分は知らないが、"自分は知って"いる。他でもない自分の記憶がそう言っている。忘れるな。おまえは"自分"なのだからと。

 

『じゃあ、ロシアに出たところからだな?』

 

『うん!』

 

『これはまだ世界に魔術という技術が残っていた時の話――魔術王の企みから世界を救ってから1年の月日が流れ――何者かの企みによりカルデアは襲撃され、世界は漂白された。カルデアのマスター 藤丸立香はその原因を探るためにロシアに降り立った。それが新たな戦いの始まり―――』

 

 自分の声を聞きながら部屋の中を見る。その中に妙に自分にとっては印象的で"自分"にとっては見慣れた物があった。

 

 ―――十字架のような形状をした大丸盾。

 ―――すでに数百年の月日が過ぎているというのにすぐにでも着れるような状態の黒を基調にした制服(せんとうふく)

 ―――ぼろぼろながらも原型を留めているトランクケース。

 

 それは"盾の乙女"の振るった武器。

 それは世界に知られることはなかった"英雄"の装束。

 それは"彼ら"の旅路の中で育んだ絆が詰まった宝物。

 

 それは"自分"にとってきらきら輝く宝物のようで、小さい頃は心躍らせたものだ。自分とは縁の無い物だとわかりながらも憧れた、例えば神話の中の英雄譚だったり、創作上の物語のような……そんな話だ。

 

 自分はそんなものは知らなかった。

 "自分"はそれを知っている。

 そして自分は"自分"なのだからもちろん知っている。

 

 ああ"自分"。忘れないさ、なんたっておまえも自分なんだからな。

 

 そう心の中で呟き、それを受け入れる。

 

『彼は立香にこういった"俺はテメェを絶対に許さない。俺に幸福な世界があることを教えてしまった失敗を、絶対に許さない。だから立て、立って戦え。おまえが笑っていられる世界が上等だと、生き残るべきだと傲岸に主張しろ"』

 

 そんな風にしているとかなり時間が進んでいたようで、自分の話も終盤に差し掛かっているようだ。 

 

『"……そりゃ、きっと罪深いんだろう。なかったことになんてできないんだろう。でも、だから、だからこそまだだ。まだ生きろ(たたかえ)"』

 

 そこで夢が遠ざかっていく。それに藤丸立香がどう答えたか自分はもう知っている。

 

 ―――そして夢から覚めた。

 

 

 夢で自分の記憶を思い出して――目が覚める。

 

「はは。ほぼ自分と同じじゃないか」

 

 ハッカーやって、たまに来るちぃちゃんや義姉さんに世話されて、兄貴やいろんなところからスカウトされながらも笑って流して、最後には兄貴の実験に協力して眠りについた。正直、違いと言えば自分がその英雄の子孫らしいってことくらいか。

 

 隣に眠るクオンを見る。クオンには伝えなくてもいいだろう。正直、人類の結末が同じなら細かいところ以外はクオンに影響が出ようがないからな。

 

「ああ、しっかりと生きる(たたかう)さ」

 

 そう小さく呟き、隣に眠るクオンの髪をなでる。

 

 今日は忙しくなるが、今はもう少しだけこのままで……。

 

 

 

 

 夢の事なんかはおくびにも出さず、自分はクオンとともに皆の元に向かった。

 

 遺跡調査の件は朝食の際に皆に伝えられ満場一致で賛成を得ることができた。最近は大きな依頼もなかったせいか、皆もとても乗り気だったしな。中でもネコネの喜び具合は中々の物で、飛び上がって喜んだくらいだ(中でも調査中の遺跡の未調査の区画を探索するというのが良かったらしい)。

 

 その日の日が昇りきる前には車の手配、食料や消耗品などの手配は完了。オシュトルにしばらく留守にすることを伝えてからすぐ――日が昇りきる頃には自分たちは帝都を出発した。

 

 

 うららかな日差しの中、二台の車が走る―――

 一台の御者席には自分と膝の上のフォウ、ウルゥルとサラァナ、もう一台にはオウギとキウル、それに付き添うように車の窓から顔を出したノスリがおり、一台目――自分が御者をしている――の車からは女性陣の華やかな声が聞こえてきていた。

 

「♪~遺跡の未調査区画かぁ~」

 

「クオンさま……すごく、嬉しそうです」

 

「ヤマトで発見された遺跡はすべて調査済みの物ばかりですから。未調査の区画というのはわたしも始めてなのです」

 

 弾んだ声を上げるクオンに、その様子に自身もうきうきしてきた様子のルルティエ、そしてクオンと同様にうきうきした声のネコネ。うんうん楽しそうで何よりだな。

 

「なあなあ旦那~、あれなんだ~」

 

「シノノンそんなに身を乗り出すと危ないわよ」

 

 自分の後ろの窓から身を乗り出したシノノンがそう問いかけてくると、面倒を見ていたエントゥアが宥めるようにそう声を掛ける。

 

「ああ、あれはホロロン鳥だな」

 

「おお、小さいココポだぞ」

 

 そう嬉しそうにはしゃぐシノノンの声をバックに自分は手綱を握る。今回は危ないところに行くわけでもないということでシノノンも一緒だ。で、オシュトルの奴が言い出してくれたため――

 

「アトゥねえちゃ、あれここぽといしょか?」

 

「あはは、うん。そうやねぇ、小さいココポやぇ」

 

「あらあら、シノノンちゃんもロロもこんなにはしゃいじゃって」

 

――マロンさんとロロも一緒だ。

 

 マロンさんはオシュトルの屋敷を手伝っている(むしろ取り仕切っているといっても過言ではない)が、雇い主であるオシュトルがそれならば一緒に連れて行ってやるといいといってくれたため今回は一緒に来ることができている。

 

「ふむ……このような時間も悪くない……」

 

「だな。シノノンも楽しそうだし連れてきてよかったじゃない」

 

 ロロの後ろから顔を出したゼグニさんが目の前に広がる景色を眺めながらそう呟くと、それに返すようにヤクトワルトがそう言った。今回は隠密衆全員での遠出である。

 

「ふぁ~」

 

 やわらかい日差しについ欠伸が出る。こんなに穏やかな時間は久しぶりだ。最近は何かとアンジュとかカミュさんとかアルルゥさんとか、身分を気にせず出歩く三人組とか、皇女さんとか親善大使様とかに振り回されてたからなぁ。

 

「主様、眠いのですか?」

 

「どうぞ、私たちに任せて横になっていてください」

 

 双子が自分たちの膝を叩きながらそんなことを言う。

 

「いや、大丈夫だ。せっかくだが遠慮しておくよ」

 

 一度伸びをするとそのまま車を走らせる。向かう先は帝都直轄領――元ウズールッシャ領――まだまだ先は長い。

 

 

 

 

 ああ、また夢か。

 今度は若い兄貴か、最近特に夢をよく見るようになった気がする。

 

 ちぃちゃんが自分の膝を枕にして寝ているタイミングで兄貴が話しかけてきたみたいだな。

 

『すまんな、娘の相手をしてもらって』

 

『いや、懐かれてるのは悪い気分じゃないさ。そのうち"おじちゃんのお嫁さんになるー"なんて言い出したりしてな』

 

『はは、娘が本気なら考えておこう』

 

『いや、そこを肯定されても困るんだが……』

 

 そうそう、兄貴は自分の事を妙に信頼している節があって、こんな話にも乗り気だった。元々人口の減少に拍車が掛っていたのもあり制度上問題なかったからだろうが反応に困ったもんだ。

 

『しかし、娘の"盾の乙女"好きはお前の影響だろうなぁ』

 

『ああ、兄貴はあんまり好きではなかったよな。"現実味が~"とか何とか言って』

 

『ああ、魔術など過去の遺物だよ。原因不明だがその話の約百年後には魔術師はほとんど居なくなっていたという話だし、その痕跡と言えばたまにうちの家系に現れる手の痣のようなものぐらいだ。今、人類に必要なのは科学だ。この星を修復できるレベルのな』

 

 あの話にあった戦いの――正確にはそれが起こった際の諸々の影響で普通の人も魔術師も大きく数を減らした。それから復興したらしいが、そこから環境汚染が進み、人の住めない星へと変貌してこのときのシェルター暮らしだった。

 

『現実主義もいいけどこういうのも必要だとは思うぞ。まぁ、家の中以外では誰も知らないような話だけどな』

 

『まぁな。ただ、ペットを飼いたいと言い出した時には困ったぞ。この環境だ、通常の家庭で動物を飼えるわけがないからな』

 

 それはあれだ。よく覚えてはいないが、藤丸立香と盾の乙女――たしか藤丸・K・マシュ(藤丸立香と結婚する前はマシュ・キリエライトだったか)と行動を共にした動物。その話をしたからだろう。

 

『それは正直すまん。そこまで考えてなかったからなぁ』

 

『いや、気にすることはない。ところでこの前の話だが―――』

 

 ああ、この後いつものように研究の助手に誘われたんだったか。どういったのかは覚えてないが断ったのだけは覚えてる。

 

『――う~ん。おとうさんうるさ~い』

 

 そう言って起きてきた、ちぃちゃんの手の痣がなぜか妙に気になった……。

 

 

 

 途中、村に寄って物資を補給したり、野営したりしながら進む。意外と道が整備されていた事も一因だろうが目的地には当初の予定よりも数日ほど早くつくことが出来た。

 

「やれやれ、こんな形でまたこの國に戻ってくるとはなぁ……」

 

「ああ、少し複雑な気持ちだな……」

 

「……お父様。はい、そうですね」

 

 目的地まであと少しというところ――元ウズールッシャ領に入ってしばらく。

 ほかの皆よりもウズールッシャへの思い入れの強い三人がそう呟くと目的地が見えてきた。

 ここからは徒歩(といってもほんとに目と鼻の先だが)だ。車を止めるとぞろぞろと皆が降りてくる。

 

「で、ここがその遺跡か?」

 

「うん、そうみたいだね」

 

 もう一台の車に乗っていたノスリが近づいてきてそうクオンと言葉を交わす。

 クオンの言うとおり視線の先には、ヤマトの兵たちとそれに混じって学士らしき者達の姿もあった。

 そしてその先……そこには屋敷ほどもある大岩があり、そこに大穴が開いていてそこから地下へと続く洞窟が延びているようだった。入り口には槍を持った兵の姿があることだし、間違いなく今回の目的はあそこだろう。

 

「あの、なんかすごく物々しい雰囲気なんですが……」

 

「ま、場所が場所だけに掃討が終わってるとしてもウズールッシャの残党が隠れていないとも限らないじゃない」

 

「連中に貴重な遺跡を壊されでもしたら堪らないですからね」

 

 キウルの言うように物々しい雰囲気だが、ヤクトワルトやオウギの言葉通りそういう方面で警戒しているというところだろう。

 

「で、これからどうするのだ?」

 

 ノスリが自分に顔を向けそう聞いてくる。

 さて、今回の自分達の目的はここの調査なわけだが……このところずっと移動していたからか、皆の顔に疲れが見える。今日はここで少し休んで明日から調査を開始するのがいいだろう。

 目を輝かせているクオンやネコネは反対しそうだが、疲れているときってのは注意力も散漫になりがちだし、休んでからのほうが効率、精度という面でも良い成果が得られるはずだ。

 

「とりあえずは着いたばかりだし休みを取って明日から―――」

 

「………」

 

「………」

 

 そう言ったところで案の定クオンとネコネから圧力のある視線を頂戴する。とりあえずはこの二人の説得が先か。

 

「クオン、ネコネ」

 

「……なにかな」

 

「……なんですか、ハク兄様」

 

「とりあえず、そっちを見てみろ」

 

 不満そうに声を上げる二人に自分の後ろ――シノノンとロロ、そしてマロンさんがいる方を指差す。

 

「ん~」

 

「ははさま~、ねむぃ」

 

「ええ、ちょっと待っててね。ロロ、シノノンちゃん」

 

 そちらに視線を向けると、三人の顔に疲れを見て取って、自分達が少し暴走気味だったのに気がついたのだろう。クオンとネコネの二人は気まずげに自分から視線をそらす。

 

「そういうことで、今日一日は休みだ。遺跡は逃げないから少しは落ち着け」

 

「ん、そうだね」

 

「ハイです。ハク兄様」

 

「じゃ、ちょっと声を掛けてくる」

 

 納得した様子の二人に胸をなでおろすと兵の下に近づく。

 

「すまぬが、良いか?」

 

「なんでしょうか?」

 

 自分が声を掛けると兵は訝しげにこちらを見返してくる。こんな辺鄙なところに子供連れで居るのだ、少し奇妙に思ったのだろう。それにしても丁寧な態度に、勤勉そうな顔立ち。このヒトに話しかけて正解だったようだ。

 

「ウルゥル、サラァナ」

 

「「はい」」

 

 双子は前に進み出ると懐から紋章の彫りこまれた小さな箱を取り出す。それには漆に金箔の文様が施され、総のついた紐が結び付けられていた。自分が兄貴から与えられたものだ。

 

「そ、それはっ!!」

 

 それを見た瞬間に兵は驚きの表情を浮かべ、直立不動の体制になると、こちらに敬礼を向けてきた。

 

「し、失礼しました。連絡は受けております。ハクさまご一行ですね」

 

「ああ、先ほど着いたところでな。調査に来たわけだが、今日はここで休ませてもらって、明日から調査を進めたいのだが構わないか?」

 

「ではあちらの天幕をご利用ください」

 

「いや、場所を貸してくれればこちらで野営をする。任務ご苦労。丁寧な対応感謝する」

 

「はっ!では、あちらをお使いください」

 

「ああ、ありがとう」

 

 兵とそんな会話をして皆の元に戻る。

 あまりにもスムーズに事が運んだのが意外だったのか皆は訝しげな顔だ。双子が箱を出したところは見えない角度だったので余計にわけがわからないのだろう。

 

「なんか、急に態度が変わった風だったが、なんだったんだ?」

 

「ハク兄様、何を見せたですか?」

 

 ヤクトワルトが自分のほうを不思議そうに見ながらそう声を掛けてくる。

 ネコネも不思議に思ったのか自分に近づいてきて、そう聞いてきた。

 

「ああ、これだよ」

 

「……っ!?」

 

 それを見せた瞬間、ネコネが息を呑みびっくりした顔になる。これは少しまずったか?さすがに皆見たことはないだろうし、気がつくことはないと思っていたんだが。ネコネの様子に気がついたのか皆もこちらに近づいてきて自分の手元を覗き込んだ。

 

「へぇ……」

 

「……これは」

 

「ん、どれどれ?実に見事な印籠だな……いったいいくらしたのだ?」

 

 ヤクトワルト、オウギ、ノスリは印籠のつくりにとその施された細工に感心したように声を漏らす。この三人は気がつかなかったらしい。というかノスリいきなりその感想はどうなんだ?

 

「ハ、ハクさん!?それって……まさか……まさか……」

 

「そこに彫りこまれている紋章って……」

 

 だが、キウルとルルティエは顔色を変えると、びっくりした様子でそう声を上げた。

 

「はい、そこまでだ」

 

「――ッ!!でも、ハクさん!?」

 

 自分がそう言うと納得がいかないのかキウルはそう声を上げる。う~ん、これはある程度話さないと納得しないか。適当にそれっぽく話をでっち上げるとするかね。

 

「……今回の依頼主は帝城のお偉いさんかららしい。ここまで言えば後は判るな?」

 

「!!!!!で、では」

 

「……皇女さんの件で妙に気に入られちまったみたいでな」 

 

 キウルは自分のその言葉に目をぐるぐるさせながら、"胃が、胃が……"といってお腹を押さえている。皆も驚いて顔を引きつらせれていて、ちょっと表情が硬い。クオンだけはよくそんな口から出任せが出てくるとでも言いたげに苦笑いしていたが。

 

「キウル、ぽんぽん痛いのか?シノノンがなでなでしてあげるぞ」

 

「キウにいちゃ、ぽんぽんいたーなの?」

 

 とりあえず、キウルの様子を心配してそう言っている最年少組に和む。

 

「で、では急がないとまずいのではないですか?」

 

 マロンさんがそう言ってくるが、道中が順調だったおかげで予定も大幅に短縮できているし、一日くらいならば誤差の範囲内なのだ。それに疲れた状態で入って調査がおろそかになれば、それこそ問題だといって皆を納得させる。一部を除いて図太い我が一行はその言葉に緊張を解くと、野営の準備に取り掛かるのだった。なお、予想通りというかなんと言うか、キウルはなかなか復活してこなかった事をここに記しておく。あと、それを見てフォウが"やれやれ"とでも言うように首を振っていたのが妙に面白かった。

 




お読みいただきありがとうございました。


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大いなる父の遺産~帝都直轄領遺跡にて~

本日2話目になります。

前話を投稿してありますのでお読みでない方はそちらからお読みください。


大いなる父の遺産~帝都直轄領遺跡にて~

 

 

 次の日の朝、まだ日も昇らぬ早朝にやる気満々のクオンとネコネに叩き起こされた自分たちは朝食をとると、遺跡の入り口に立っていた。

皆の準備が問題ないことを確認し中へと入る。ちなみにここでもシノノンとロロの最年少コンビはついて来ている。遺跡はしっかりしているし、自分たちが全員そろっている状態で守りは万全。極め付けがマロンさんが知識人としての血が騒いだのか興奮した様子で着いてくるといったためだ。道中はそうでもなかったが遺跡を見てテンションがあがってきたらしい。

 昨日の内に学士達から調査済み区画の地図は渡してもらっていたから、まっすぐに未調査の区画を目指す。

 

「っと、この先は未調査の区画みたいだな」

 

「じゃあ、この先は……私たちが一番乗りって事?」

 

「ああ、そういうことだな」

 

 気分が高揚して目をきらきらさせているクオン(+2名)に自分は苦笑を浮かべるとそう答える。

 

「ネコネ!マロンさん!」

 

「ハイなのです!」

 

「ええ、ええ!いきましょう!クオン様、ネコネ様!」

 

 三人はそういいあうと、ウキウキしながら我先へと遺跡の奥へずんずん進んでいく。

 

「おいおい……あの姉ちゃん達、なんかいつもと雰囲気が違うじゃない?」

 

「あぁ……ネコネさんがどこか遠くへ行ってしまう……」

 

「エンねぇちゃ、母さま、たのしー?」

 

「え、ええ、楽しそうですね。あんなマロンさん、初めて見ました。……まぁ、クオンにもネコネにも言えることですけど」

 

 困惑する皆を促すように自分も声を掛けると、クオンたちの後を追って、自分たちも奥へと進んでいく。 

 遺跡の内部はこれまで進んできた道と同様かなりしっかりと残っている。やはり様式としては自分の生きた時代が一番近いようだ。しかしこの遺跡、どっかで見たことがあるような……。

 クオンとネコネ、そしてマロンさんの話からするとこの遺跡は珍しい様式の遺跡のようで、ヤマトの中の遺跡とは違うようだ。正直自分にはまったく違いは判らんが。

 

「……何を話しているのかさっぱり判らん」

 

「……同感やぇ」

 

 後ろでそう話すノスリとアトゥイに心の中で同意を返す。完全に畑違いな話な以上、あとは詳しいやつに任せるのが得策だろう。

 

「今回の件は、あの三人に任せた方がよさそうですね」

 

「ああ……そうだな。皆も一応周りを気をつけてな。何か見つけたらあの三人――クオンかネコネ、マロンさんに報告してくれ」

 

「はい、ハクさま」

 

 オウギの言葉にそう返し、振り返りって皆にそう指示を出す。辺りは薄暗いがシノノンもロロも物怖じせず遺跡を興味深そうに眺めている。

 そのまましばらく進むと道のない奥まった部屋のような場所に出る。皆あたりを確認しているが特に扉らしき物は無いようだな。

 

「ふむ、行き止まりか?」

 

「みたいじゃない。ゼグニの兄さん」

 

「ということは、調査はここまで……でしょうか?」

 

「ええ、ここまでそれらしき物もなかったようですし」

 

「ううん、絶対に見つかってない扉なんかがあるはずかな」

 

 これで調査は終わりだろうという風に話す男性陣に、クオンがそう言って声を掛ける。自分もクオンと同意見だ。兄貴が可能性が高いといった以上、絶対に何かがあるはずだと思うのだが……。

 

「しかしオウギのいうとおり、ここまでそれらしき物は見当たらなかったが……」

 

「経験上何もなさそうな壁に扉があったりすることが多いんだ」

 

「そうなんですか……?」

 

「ええ、クオン様の言うとおり、そういう場合が多いのですよ」

 

 クオンの言葉に皆半信半疑ながらも辺りを調べる。しばらく調べていると崩れた瓦礫の向こうをネコネがじっと見ているのに気がついた。

 

「ネコネ、どうかしたか?」

 

「ハク兄様……あれ扉じゃないかと思うのですが……」

 

 そう言ってネコネは瓦礫の先を指差す。その先を目を凝らして見て見ると、なるほど確かに扉らしき物がある。

 

「やった。ネコネお手柄かな!」

 

「いえ、姉様の言葉があったからなのですよ」

 

 クオンはネコネと自分の会話が聞こえたのか、そう言うとネコネの手を引いて扉に近づくその後ろを会いかけるようにマロンさんも近づいていった。

 しばらく調べていたようだが扉があかないようなので自分も近づいてみる。

 

「だめ……ですか。開きませんね」

 

「そっか……」

 

「なんとかこじ開けられそうにないのですか?」

 

「……ちょっと下がってな」

 

「……ヤクトワルトさん?」

 

 近づいてきたクオンとマロンさんがそう言って言葉を交わす中、ヤクトワルトが前に出てくる。

 皆が訝しげに見る中、抜刀の構えを取ると――

 

「……はっ!!」

 

 剛剣一閃。

 

「とまぁ、ざっとこんなもんじゃない?」

 

――一瞬で扉はただの鉄くずになった。

 

「と、扉が……」

 

「流石はヤクトワルトってとこか?」

 

「ああ……見事な業の冴え。剣の腕だけならあのオシュトル殿に勝れども劣らん」

 

「ええ、惚れ惚れします」

 

「フォ~ウ!フォウ!!」

 

「いやぁ、褒めすぎじゃない」

 

 自分を含めた男共がヤクトワルトを誉めそやす中、件の三人はその様子にも目もくれずに扉の中に入っていく。

 自分たちはその様子に肩をすくめると皆を促し、中に入っていった。

 

「う~ん、また通路……か」

 

「ええ、構造としては次辺りで奥に着きそうですね」

 

「ハイなのです」

 

 三人がそういいながらさらに中に進もうとしたのだが――ノスリが急に立ち止まる。

 

「?どうしたの。ノスリ」

 

「……この音。聞こえないか?」

 

 ノスリにそう言われ耳を澄ます。自分には何も聞き取れないが……

 

「……これは、何者かがこの先で戦っている?」

 

「オウギもそう思うか?私には何者かが刀を振るっているような音に聞こえるが」

 

 オウギもそう言っていることだし、この中に何者かが入り込んでいるのは確かなのだろう。

 そう判断し皆の様子を見る。シノノンとロロ、そしてマロンさんは連れて行くべきではない。そして戦闘が起こる可能性が出てきた以上、それなりの戦力を護衛として残す必要があるか……。

 

 思考は一瞬。ある程度の戦力を率いて偵察の必要があると判断する。ただし連れていけない者も居るため少数精鋭で行くべきだ。

 まず、狭い遺跡の中ということで、遠距離攻撃を主体とするノスリとキウルは除外。ただしノスリには案内で着いてきてもらう。なので消去法で隠密行動に長けるオウギも除外。それに狭い場所での戦闘の可能性があるため巨体のコポポに乗って戦闘に参加するルルティエも残す。あとアトゥイも暴走の心配がある為外し、本当に念のためだがこの場での最高戦力といえるクオンを残すか。……後、双子もクオンの護衛の名目で残していった方が無難だな。

 

 後は誰でもいいだろうということで、歴戦の武士であり冷静な判断を期待できるゼグニさんとその娘のエントゥア、そして向かった先で治療が必要なことを考えて治癒の術を使えるネコネ。この三人を連れて向かうことにする。ヤクトワルトを連れて行くことも考えたがこの状況ならシノノンの傍に残していった方が無難だろう。あと、フォウはクオンに預けていくか。

 

「ゼグニさん、エントゥア、ネコネ着いて来てくれ。ノスリは案内を頼む」

 

「うむ」「はい、ハク」「ハイなのです」「承った」

 

「皆はさっきの通路で待っていてくれ。クオン、フォウを頼む。後は任せたぞ。ウルゥルとサラァナはクオンを頼む」

 

「うん、皆も気をつけてね」

 

「「御心のままに」」

 

「フォウ、フォ~ウ」

 

 そう言うと、フォウの鳴き声をバックに先導するノスリについていく形で通路を奥へと進んだ。

 

 

Interlude Side クオン

 

 

 あの後、ハクが行ったのを見送ってから元の通路に戻った。もちろんハクが戻ってくるまで大人しくしているしているつもりだったんだけど、マロンさんが新しい扉を見つけたのをきっかけに好奇心を抑えきれなくて、先ほどと同じようにヤクトワルトに扉を斬ってもらって中に入った。

 

「ここは……」

 

 入った先は広い空間。しかし薄暗くて周りが良く見えない。何かが並んでいるようなのは一目両全なんだけど……

 

「予備の明かりをつけます」

 

 オウギがそう言って追加で明かりをつけるとその部屋の全容が見えてくる。

 

「……っ!」

 

 私は似たような光景を知っていた。そこにはハクが眠っていたところと同じだ。ハクはレイトウスイミンソウチって言ってたかな?

 

「これは……墓所ですね」

 

「お墓……ですか?」

 

 そう話すマロンさんとキウルの声を聞き、それに近づく皆について歩きながらも思考を続ける。原理はよくわからなかったけれど、ハクは大いなる父(オンビタイカヤン)達が大災厄から逃れるために眠りに着いたんだろうって言ってた。もっともそれでも……タタリに変貌するのは止められなかったみたいだけど。

 

「はい。過去にもこれと同じものが発見されていて、そこには古代のヒトが埋葬されていたらしいと聞いています」

 

 同じような話をハクにしたら、それは装置が止まってしまったんだろうと言っていた。もし止まっていないんだとしたらそれは……

 

「―――ッ!」

 

 そこまで考えて血の引くような感覚を覚える。もしそうなのだとしたら私たちは大量のタタリ(・・・)の――正確にはそれに変貌する可能性のある物の近くに居ることになる。

 

「皆!ここを出るかな」

 

 だから、つい大声がでてしまった。

 

「わっ!?」

 

 私の声に驚いたキウルがバランスを崩し壁に寄りかかるようにしてバランスをとった。それで少しだけ冷静になる。そうだ作動はしていないんだからゆっくり出れば――――

 

 

―――ピッ――― 

 

 

 小さく、しかしそんな音が確かに聞こえた後、部屋に明かりが点った。

 

「!!皆、入り口に走って!!」

 

「ど、どうしたのですか。クオン様」

 

「いいから早く!」

 

 戸惑う仲間たちを急き立てその場を離れる。後ろを振り返ると壁から棺のような物がせり出てきているのが見える。そして何か力が加わったのだろう。そのふたが開き何かが噴出しているのが見えた。

 

「ったく、なんだってんですか姉御」

 

「―――!!皆、ここ塞ぐよ!!」

 

 その様子に急いでここを塞ぐように指示を出す。皆は戸惑いながらも私の尋常じゃない様子に何かを感じたのか、周りから扉を塞げそうな物を持ってきてくれる。

 

「――ぁ、あぁ」

 

「ルルティエさん、どうかしたのですか?」

 

「ヒ、ヒトが……」

 

 扉の奥を覗き込んでいたルルティエが、見てしまったようだ。できれば見せたくなかったんだけど。

 

「……ルルティエ、見ないほうがいいかな」

 

「で、でもクオンさま!」

 

 そう言ってくるルルティエに首を振ると、その光景を見ないように抱きしめる。

 

「おい、おい!なんじゃそりゃ……」

 

「ヒ、ヒトがタタリに……」

 

 皆はその光景を見てしまい呆然とする。私も何も知らなかったら同様の反応をしただろう。だが今は――

 

「早く扉を塞ぐかな!!」

 

「!!っおう」

 

 私の声に正気づいた皆は急いで扉を塞いでいく。なんとかタタリに気がつかれないうちに扉を塞ぐことはできたんだけど……

 

「アトゥイ、ヤクトワルト扉を見張ってて」

 

「うひひ、なんか面白くなってきたなぁ」

 

「……分かったじゃない姉御」

 

「マロンさん、シノノンとロロを連れて先に出てるかな。それとここの封鎖の用意を。オウギは三人を送っていって。皆はハク達が戻ってくるまで待機。良い?」

 

 矢継ぎ早に指示を出し、一息つく。皆は異常事態だと分かっているのだろう、私の指示に黙々と従ってくれた。マロンさんたちは急いで出口の方へとかけていく。

 ただ、少し余裕が出るといろいろと疑問に思うことが出てくるのだろう。私の顔をちらちらとルルティエが伺っているのが見えた。

 

「え、えっと、クオンさま……これは」

 

「うん、ここを出たら話すから、今はちょっと待ってて」

 

「ハ、ハイ……」

 

 皆、戸惑っているようだがここでゆっくりと話すのは得策じゃない。幸いハク達が奥に行ってからそれなりに時間が経ってるからそろそろ戻ってきても可笑しくはない。

 

「フォウ!」

 

「あはは、フォウ私は大丈夫かな。ありがとう心配してくれたんだ」

 

 私を元気づけるように体をすりつけてくるフォウを安心させるように優しくなでる。少し気分も上向いたような気がする。

 

「……ハク、早く戻ってきて」

 

 そう小さく呟くのと奥のほうから足音が聞こえてきたのはほぼ同時だった。

 

 

Interlude out




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出会いと再会~天元の花と呪いからの帰還者/英雄の遺物~

よろしくお願いします。


出会いと再会~天元の花と呪いからの帰還者/英雄の遺物~

 

 

 ノスリの先導で通路を進む。ここまで来ると先ほどノスリの言っていた音が自分の耳にも聞こえてきていた。

 

「たぶん、数は一人。そろそろ戦闘は終わりそうか?」

 

「ああ、音の主以外から聞こえるものが少なくなって来ている」

 

 早足で進みながらそうノスリと言葉を交わす。

 

「でも、こんな遺跡の中で何と戦ってるですか?」

 

「ふむ……そうだな、獣の類か」

 

「ですがそれにしては血臭がしません」

 

 自分の後ろをついて来ながらそう話す三人を振り返り、自分は多分正解だろう答えを返す。

 

「多分、タタリだ」

 

「!!……根拠はあるのか?」

 

 そう聞いてくるゼグニさんに自分は消去法だよと返す。血臭はしない――故に獣や野党ではない――、遺跡の中――奴らの好む暗闇の中だ――、故にタタリの可能性が一番高い。

 

「それは……ハク兄様、向かって大丈夫なのですか?」

 

「なんともいえんが……背後さえ取られなければ逃走は可能だと思う」

 

「幸いここまでは一本道でしたし、先ほどの扉のような物もないようでした。少なくとも背後を取られる心配は少ないかと思います」

 

「ここまで来たのだ。進むしかあるまい。それにこの先にいる者が迷い込んだだけというのも否定できん。それを見捨てるなど私の正義が廃る」

 

 ネコネが心配そうにそういうが、実際クオンから閃光弾も預かってきているし、逃走だけなら何とかなるだろう。それにここで引くといってもやる気になっているノスリが大人しく了承するとも思えんしな。

 

「まぁ、これだけ大きな遺跡だ。他に未発見の入口があっても驚くことじゃない」

 

 そう、話をしながら先へと進む。そして何者かの気配を――これは二人か?――捉えた。

 

「……たぶんこの先だ」

 

「よし、ゆっくりと進むぞ。先頭は自分、続いてエントゥア、その後ろにネコネ、ノスリ、殿にゼグニさんの順で着いて来てくれ」

 

 皆は自分の言葉に頷きを返してくるのを確認し先へと進む。

 そこから少しだけ歩くと、視線の先に開いたままになった扉が見えてくる。その扉を潜ると女性らしきシルエットが見えて来た。

 

「で、私の後ろから近づいてきているのは、さっきの奴らのお仲間――って感じじゃないか」

 

 扉をくぐった瞬間、その人物からそんな言葉が放たれ自分たちは足を止める。同じタイミングで女性が振り返った瞬間に自分の中で衝撃が走る。蒼のなかに赤の映える着物を身につけ、腰には4本、大小の太刀。色素の薄い髪をひとつに纏めた美人さんってのは驚いたが、自分が驚いたのはそこではない。獣人とは違う、そう自分と同じような丸い耳、しっぽらしきものもない。そう彼女は―――自分がこの時代で見た二人目の人間(・・)だった。

それに驚いたのはそこだけではない。彼女の少し奥に見える布をかけられた人影、その顔に見覚えがありすぎるのだ。最近よく振り回された少女によく似た――しかし自分が知るそれより少し年を重ねているようにみえるが。

 

「む?――あ、もしかして此処って立ち入り禁止の場所だったり?いや私は怪しいものじゃなくて、気がついたらここに居たっていうか――」

 

 黙り込んだままの自分を不思議に思ったのか女性がそんな風に話しかけてくる。背後の皆も自分を訝しげに見ているのもなんとなくわかる。しかし自分は衝撃から立ち直れずにいた。女性の後ろに見える姿、それはまぎれもなく――

 

「――ちぃちゃん……」

 

――自分を"おじちゃん"と言って慕ってくれた姪っ子の姿だったのだから。

 

 

 

Interlide 新免武蔵守藤原玄信

 

 

 斬っても活動を休止するだけで死なない。しかも他の敵の相手をしているうちに復活してくる。

 埒が明かないそう思いつつも視続けた(・・・・)結果……その生物の中に見えたもの――宿業というか呪いというかそういうたぐいのものだ――を斬ることで何とか殺し続ける。

 

 いったいどれだけ斬り捨てただろうか……。

 武蔵はそう思いながら、数が減り残り一体になったその粘性の生き物を凝視する。

 

「見えた――!」

 

 武蔵の眼は――極まったその天眼は宿業すらをも視る(・・)ことを可能にする。この戦いの中で研ぎ澄まされた感覚は一瞬の内にそれを視認することを可能にしていた。ただ、今回のそれは今まで見えていたものとは違う気がする。何が違うのか?それは武蔵にもわからない。だけど今は――

 

――斬――

 

 何かを斬り捨てた感覚が武蔵の手に残る。そして赤い粘性の何かはその形を崩し……何者かにその形を収束させていく。

 

 ―――それは一人の少女だった。いや正確には少女と女の挟間、年の頃は15才くらいか?少女は一糸纏わぬ姿のまま目を開く。焦点のまだ合わない瞳で武蔵を見たかと思うと何かを呟いた。

 

「――おじちゃん」

 

 そして意識を失い崩れ落ちたところを武蔵は受け止める。

 

「おじちゃん?いやいやこんな美女に――まぁ、多分私のことじゃないんだろうけど……」

 

 武蔵はそう言って少女をその場に横たえると、都合よく近くに落ちていた布を体に巻きつけてやる。粗末なものだが何もないよりましだろう。そうして少女を介抱しているとその手の甲に何かが見えた。

 

「――これは、令呪?」

 

 武蔵はそれを見て、聖杯戦争に呼び出されたか?とも思ったが違うように感じた。なんかこう、そういうバックアップ的な物を感じないからだ。だがこれも何かの運命なのだろうと思い、この少女をこの世界でのマスターと定めることにする。何より武蔵は不安定な存在だ。何らかアンカーの役割を果たす者がいなければ長くこの世界に留まることすらままならない。

 

「ま、なるようになるでしょ」

 

 そう言って立ち上がると、背後から何者かが近付いてくる気配がしたので問いかけることにする。

 

「で、私の後ろから近づいてきているのは、さっきの奴らのお仲間――って感じじゃないか」

 

 そして武蔵が振り返ると、5人連れの男女の一団の姿が見えた。その中の二人――特に先頭にいた男性に並々ならぬ武の気配を感じ、つい鯉口を切って挑発しそうになるがそこはぐっと我慢する。背後には自分のマスター(候補)がいるこの場面で死闘を演じるべきではない。武蔵は珍しくそう判断する。まぁ、相手がいきなり襲いかかって来るようならそれはそれなのだが。

 だがどうやら襲いかかってくる様子はないらしい……武蔵はそれを少しだけ残念に(・・・)感じながら先頭の男を見るとどこか様子がおかしい。なんか尋常じゃなく驚いているようだが、そんな要素があっただろうかと武蔵が内心首を傾げる中、男は武蔵から視線を外すとその後ろを見る。そしてさらにその表情に驚き――だけではなく複雑な感情が渦巻いているような表情を見せる。なんか怪しまれてるかと思い武蔵は男性に声をかけたのだが――

 

「む?――あ、もしかして此処って立ち入り禁止の場所だったり?いや私は怪しいものじゃなくて、気がついたらここに居たっていうか――」

 

――返ってきたのは武蔵の言葉への返答ではなく――

 

「――ちぃちゃん……」

 

――そんな小さい呟きだった。

 

 

 天元の花は少女とかつて神だった男に出会い、かつて神だった男は天元の花に出会い、大切な者との再会を果たした。

 

 

Interlude out

 

 

 

「ん?あなたこの子の知り合い」

 

「あ、ああ、自分の――姪っ子だ」

 

 自分の思わずもれた呟きに女性がそう問いかけてくるのにそう返す。

 

「そっか――何があったのかは知らないけれどそれなら任せるわ」

 

 そういうと、女性はちぃちゃんを抱えあげて近寄ってくると自分に託すように渡してくる。皆は成り行きを見守ってくれている。ちぃちゃんは巻きつけられた布がフードのようになっており皆から顔は見えていないようだ。自分にちぃちゃんを手渡した後、恥ずかしそうに頭に手をやるとさらに声をかけてきた。

 

「で、ものは相談なんだけど。出口まで案内してくれないかしら?」

 

「……そういえば、気がついたらここにいたとか言っていたか?」

 

「うんうん、そうなのです。あと一文なしだしご飯とか食べさせてくれないかな~と」

 

 内容は割と常識的なものだったので、自分は頷くと後ろの4人にを振り返り確認を取るように見渡した。皆は頷いてくれるがいまの状況が把握できないようだから、後で説明しなければならないだろう。

 それにこの女性にも聞きたいことがたくさんある。

 だが気がついたらここにいた……か。ワープ装置が生きていて誤作動でも起こしたのだろうか?

 

「わかった。ちぃちゃんも世話になったようだしそれくらいならお安い御用だ。自分はハクだ、よろしく頼む」

 

「ありがとハクさん。私は新免武蔵守藤原玄信(しんめんむさしのかみふじわらのはるのぶ)――気軽に武蔵ちゃんとでも呼んで」

 

 女性――武蔵はそう自己紹介するとにかっと笑う。

 

「わたしはネコネなのです。よろしくお願いするのですよ武蔵さん」

 

「私はエントゥア、よろしくお願いします」

 

「私はノスリだ」

 

「……ゼグニだ」

 

 皆が武蔵に自己紹介をする中、この数分の間に何度目か分らない驚きを感じていた。新免武蔵守藤原玄信――それは大いなる父達の歴史の中において、ある国で最強をうたわれた剣士の名だ。まぁ史実だと男性なのだが。

 

 だが自分が驚いたのはそこではない。女性の(・・・)宮本武蔵、一般的に公開されている歴史ではないが、その名は何度も目にしたことがある。

 

 あれは――そう、西暦2015年から数年間の事を書いたある手記の中だ。著者の名前は藤丸立香/藤丸・K・マシュの連名。彼らは表舞台に出てくることはなかったが何度も世界を救った英雄だ。凡人でありながら最後まで戦い抜いた青年と彼を最後まで支え、寄り添い、そして守り抜いた盾の乙女。

 

 その手記の中に出てきた武蔵は気負う事のない自然体な、よく笑い、よく食べる快活な女性で、勝利にも名誉にもさして興味はなく、酒にだらしなく、金に目がなく、タダ酒に弱いかったらしい。……なんかシンパシーを感じるがそれはさておきだ。

 

 武蔵は藤丸立香とも何度も共闘したことのある間柄のようだった。少なくとも藤丸立香の中では大切な仲間で恩人で友人といったところだろうか。

 あと、武蔵に関する事で特に目を引く記述があった。"帰るべき世界と時代はなく、時空間をただ誘われるままに流転し続ける次元の放浪者(ストレンジャー)"との記述だ。実際、藤丸立花とは何度も会っているようだが、この性質が災いしてか最後まで一緒に行動できなかったという記載も一部にある。

 この他に特筆するものと言えば彼女の"眼"だろうか。彼女は実質的な不死の者と対峙し、その能力の根幹を"斬った(・・・)"と記述も残っていた。

 

 で、ここまでの情報と、先ほど武蔵の言った"気がついたらここに居たっていうか――"という言葉を元に推測を立てると、この人はその手記に記述のある人物ではないかという疑惑が出てくる。

 そしてちぃちゃんの事。彼女は兄貴の目の前でタタリに変貌したと聞いている。故にこの場に人として(・・・・)いることはあり得ないのだ。これについても彼女が特別な眼を以てタタリに変貌する原因となった何かを斬った(・・・)のだとしたら、納得はできなくても説明はついてしまう。

 

 そこまで考えると、ふと袖を引かれる。

 

「ハク兄様、どうかしたですか?」

 

 ネコネに声をかけられ皆が訝しげに自分を見ていることに気が付く。少し物思いに耽りすぎたか。今はここから出るのが――

 

「いや、なんでもない。少しここを探索していくが構わないか?」

 

 ――そう思っていたのだが、自分のいる部屋の様子にそんな言葉が口から出た。

 

「わたしとしては嬉しいですが、いいのですか?」

 

「ああ、ちょっと気になることがあってな」

 

 そう言い、自分はゼグニさんに目を向ける。このヒトが一番反対しそうだからな。

 

「……賛成しかねるが、短時間なら問題なかろう。手短にな」

 

「わかってる。エントゥア、ネコネについてもらっていいか?短時間だし問題はないとは思うが念のためにな」

 

「分りました。ハクはどうするのですか?」

 

 ゼグニさんの了承にほっと胸をなでおろすと、自分はエントゥアにネコネの護衛をお願いする。先ほどまで戦闘が――おそらくタタリ――行われていたであろう場所で術師である彼女を一人にすることはできないからな。アトゥイやヤクトワルト程の戦闘能力はなくともエントゥアの腕は高い。不意を打たれなければタタリ相手でも不覚を取ることはないだろう。

 

「自分は――武蔵、ちぃちゃんを預かっててもらってもいいか?」

 

「え?私?」

 

 武蔵は戸惑った風にそういうが、自分が真剣な眼をしていることに気がついたのか何も言わずにちぃちゃんを受け取ってくれる。正直ありがたい。ちぃちゃんの顔を皆に見られるとしてもここを出てからのほうが都合がいい。アンジュと同じ顔の人物なんて騒動の種にしかならんからな。

 

「ということで自分はひとりで探索する。ゼグニさんとノスリは見張りを頼む」

 

「うむ、任された」

 

「ああ」

 

 そう言い残し、自分は一直線に部屋のある一点に向かう。瓦礫に隠れるようにして壊れた扉がそこにはあった。入る分には問題なかった為、そこから入り、暗闇に目が慣れるのをまつ。

 

「……ああ、懐かしい」

 

 荒れ果ててはいるが記憶に残るものと同じ部屋の様子に思わず笑みがこぼれる。使いやすそうなキッチンの備え付けられたLDKだ。やはり、先ほどから見覚えがあると思っていたが、ここは――自分もよく出入りしていた兄貴たちの居住区画だ。

 

 そして自分の目的の物、それは壁に立てかけられるようにして朽ちることなく存在した。

 

「……いつ見てもきれいだよな」

 

 それは黒を基調とし、十字架のような形状をした大丸盾だった。いくつもついた傷が勲章のようにその存在を主張している。そしてその隣にはあの制服。その下には傷だらけだが原型を留めていて使用は可能だろうトランク。

 

「全部きれいに残ってるとはな……。ま、いいか。んじゃ、運びだしますかね」

 

 自分がある英雄の子孫だと証明する――一族で大事に受け継がれてきたそれを服は畳み、トランクは片手に持ち、盾は担いで運び出す。兄貴は重要視していなかったが寝物語に聞かされてきた"自分"には、一種の憧れのようなものがそれにはある。

 

 その後、すぐに部屋を出た。広い部屋の探索だったがネコネが見ていないところは自分のところだけだったようで、自分に近づいてくる。

 

「ハク兄様!なにを見つけたのですか?」

 

「ああ、ちょっとな」

 

 ネコネに見えるように担いだ盾を下ろすと、ネコネはそれを不思議そうに見てくる。何かカラクリでも担いで来ているとでも思ったのだろう。少しだけ微妙そうな顔になる。

 

「ハ、ハク兄様。これは……」

 

「……無銘の英雄と盾の乙女の遺物ってところだ」

 

「……無銘の英雄?盾の乙女?聞いたことがないのです」

 

 ま、そうだろう。大いなる父の間でも一部のものしか知らなかった類のものだ。それが今のヒトに伝わっているわけもない。

 

「ネコネ、ハク、その話は後にして今はここを出ましょう。クオンも待っているでしょうし、もしかしたら小さい頃みたいにお漏らししているかもしれませんから」

 

 自分とネコネの会話にエントゥアがそう言って入ってくる。

 

「いい加減そのネタでからかうのはやめてやってくれ。毎回そのあとは荒れるんだから」

 

「じゃれあいみたいなものですから。それにクオンもお父様から聞き出して私の小さい頃の事をからかってきているのでお相子です」

 

「わかった。それについてはもう何も言わん。ネコネさっきの話はここを出てからな」

 

「む~、わかったのです。後で絶対に聞かせるですよ」

 

 二人とそんなことを話しながら待っている三人(+ちぃちゃん)の元へと戻る。しかし自身の恥ずかしい過去でからかいあうとかノーガードで殴り合いのようなじゃれ合いは自分ならごめんだ。

 

 三人は自分たちが近付いてくるのに気がついてこちらに顔を向けて来ていたが、その中の一人――武蔵の表情が自分の持つものを見たときにどこか真剣なものへと変わるのが見て取れた。

 

「戻ったか。さて、長居は無用だ」

 

「うむ、ゼグニ殿の言うとおりだな。早く出よう」

 

「ああ、わかってる」

 

 そう言葉を交わし自分が殿で部屋をでる。さっきのネコネとエントゥアとの会話が聞こえていたのか自分がなにか見つけてきていることへの言及は二人から(・・・・)はなかった。

 

「ねぇ、ハクさん。あなたが持っているそれって……」

 

 部屋を出て通路を進みながらちぃちゃんを運んでくれている武蔵が小声でそう聞いてくる。武蔵が自分が思っている通りの人物ならこの三つに反応するのは当然だろう。……しかし、これでほぼ確定か?

 

「ハクでいい。そうだな……藤丸立香とマシュ・キリエライトの遺物と言えば通じるか?」

 

「え……?」

 

 自分がそう言うと、武蔵からは驚いたような反応が返ってくる。それは信じられないものを見たような、聞きたくないような事を聞いたようなそんな反応だった。

 

「言っとくが、二人とも100才近くまで生きて、子供たちや孫に囲まれての大往生だったらしいぞ。そもそも数百年も前の人物だ」

 

「そっか……ちゃんと生き延びたのね。って、え、ちょっと待って!?数百年前って言った!?」

 

 武蔵は自分の言葉に安心したように言葉をこぼした後びっくりしたようにそう言ってくる。他の四人が何事かとこちらを振り返ってくるのでなんでもないと返し、もう一度武蔵の方を向く。

 

「それも含めて後で話す。とりあえず今はここを出よう」

 

「……わかりました。そういうことなら指示に従います。でもしっかりと説明してよね?なんか私の事も知っているみたいだし」

 

「ああ、わかっている」

 

 武蔵がとりあえず納得してくれたのを確認し、帰路を急ぐ。

 しばらく歩くと通路の出口が見えてくる。

 

「武蔵、この先で仲間が待ってるからそっちに合流する」

 

「ええ、わかったわ」

 

 武蔵にそう声をかけ、通路をくぐり皆が待っているであろう部屋へと入った。

 

 通路の先、皆の和気藹々としている姿を想像していたのだが、どうにも雰囲気が張り詰めている。そしてマロンさんとロロ、シノノン、オウギの姿が見えない。まぁ三人をオウギに護衛させる形で先に戻したのかもしれないがそれにしたってこの雰囲気はなんだ……?

 

「あ、ハク!」

 

「クオン何かあったのか?」

 

 自分たちの姿を見つけたクオンが近づいて声をかけ、駆け寄ってくる。

 

「って君は!」

 

「フォウ!」

 

 クオンの肩にいたフォウが自分の――ではなく武蔵の肩に飛び乗るのを横目に見て驚きつつ自分はクオンに向き直る。

 武蔵が何か驚いているようだったが、今はそれどころではなさそうだしな。

 

「ハク、急いでここを出るかな!」

 

「待て、何かやばい事があったのは理解できるが少しは説明しろ」

 

「っ!そうだね。えっと、ハク達が奥に向かったあと、別の扉を見つけて中に入ったんだけど―――」

 

 クオンが手短に説明した内容を要約するとこうだった。

 ・扉を発見して中に入ったら冷凍睡眠装置を発見。

 ・もし作動して人がタタリに変貌する可能性を考えてやばいと判断し皆に早く出るように言った。

 ・原因は分からないが装置が作動。

 ・急いで部屋から出る。

 ・扉を塞いでいる最中に装置から出てきた人がタタリに変貌。

 ・タタリに気が付かれないように扉を塞ぐことに成功。

 ・人がタタリに変貌したのを見たことでこの雰囲気

 とのことらしい。

 

「……そうか。急いでここを出よう」

 

「うん。皆はいつでも動けるようにしてるから今すぐにでも――」

 

「――姉御!やばい扉が破られる!」

 

 クオンの話を聞いてすぐに出るべきだと話していた矢先、ヤクトワルトの緊迫した声が響き渡る。

 そして―――

 

『―――――――――――』

 

 扉が爆発するように破られると、それは現れた。

 

 扉を拡張するように押し広げながら出てくる、ゲル状の体。

 見た目だけならばタタリ――人類が変貌したそれそのものだったがある一点のみ異常だった。

 

 それはあまりにも巨大だった。みしみし音を立てながら扉から出てきているが、まだ全体が見えないというのにヒト五人くらいなら楽に取り込めそうな大きさだ。

 

 幸い皆はヤクトワルトの声で扉から離れたので無事だったが、あまりの光景に動きを止めてしまっている。

 

「皆!急いで出口へ!」

 

 皆は自分のその声に我に返ると急いで扉へと向かう。しかし―――

 

「あ、ち、力が―――」

 

 あまりの衝撃に腰が抜けたのかルルティエが反応できていなかった。ココポが服を加えて動かそうとしているがそれも間に合いそうにない。なぜなら―――タタリが目前まで迫ってきている。

 

 自分が持っていた盾、制服、トランクケースを投げ捨てて助けに入ろうとしたその瞬間、自分の横を何者かが神速の勢いで飛び出ていった。

 

「―――はい。君は下がってて。ご主人さまをちゃんと護りなさい」

 

 そして次の瞬間には――先ほどまでそばにいると思っていた、武蔵の姿が自分の目線の先にあった。腕の中にいたはずのちいちゃんはいつの間にかエントゥアの腕の中に移動している。

 

「ホロロロッ!」

 

「あ、あなたは……」

 

「とりあえず今は下がって。大丈夫、こいつと同じ奴ならさっき何回も斬った(・・・)しね」

 

 武蔵はそう言ってルルティエをココポの上に乗せると見知らぬヒトに助け出された事に驚いた様子のルルティエに下がるように促し自分は一歩前に出る。そして―――

 

「おい!武蔵お前も下がって――」

 

「ふっ―――!」

 

 ―――――斬―――――

 

 ―――ほとんどの者が眼で追えないであろう速さで神速の一閃を繰り出した。

 

「じゃあ、ここから出ましょうか」

 

 そしてそう言って、タタリに背を向けると散歩に行くような気軽さでルルティエに話しかける。

 

「あ、そうです!急がないと」

 

「大丈夫。―――もう殺してる」

 

 ルルティエが焦るようにそう言うと、武蔵はあっけらかんとそう返す。そしてそれを証明するように―――

 

『――――――――!』

 

 ――――タタリが膨張するように脈打ち、そして―――一切の活動を停止した。

 

 

 タタリが停止した後、自分たちはその場を後にした。

 遺跡を出るとクオンの指示を受けたマロンさんから指示を受けて遺跡の封鎖の準備を行っていた一団が居たため、後を任せて遺跡を封鎖してもらった。そして自分たちの野営地に戻ったのだった。

 




お読みくださりありがとうございました。


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語られる人の業~語り部の空蝉~

よろしくお願いします。


語られる人の業~語り部の空蝉~

 

 

 野営地に着いてたあと、持っていた盾そのほかを車に置いてきて自分は一息つく。皆は肉体的にというより精神的な疲労が大きいのか座り込んでいるが、怪我をしている様子はないし大丈夫だろう。

 その中で、車の中にチィちゃんを寝かせてきたエントゥアが何か言いたげに自分を見てきている。ああ、あの様子だとちぃちゃんの顔を見ちまったか。まぁ説明をする必要はあっただろうからそれは問題はない。

 

 ちなみにクオンには道中で簡単に事象を説明してチィちゃんについてもらっている。あとフォウもクオンについていっているのでここにはいない。

 さて、皆は復活までに少し時間がかかるだろうからとりあえずは……

 

「…………(にこっ)」

 

 なんか自分に向けて、いい笑顔で鯉口を切ってチラつかせてきている武蔵に目を向ける。こっちへ先に説明してしまった方がいいだろう。

 ……とりあえず鯉口をちらつかせるのはやめろ。こいつもウコンとかアトゥイと同様バトルジャンキーの気を感じるんだが自分の気のせいか?

 

「武蔵、ちょっといいか?」

 

「……なに?」

 

「いや、残念そうな顔をするな。あとうちの連中にそれはやめてくれ?アトゥイとか嬉々として突っ込んでくるからな」

 

「……むぅ、分りました自重しましょう。でも近いうちに貴方とは立ち会ってみたいですが」

 

 自分が挑発に乗らずに普通に話しかけたのを残念そうにした後、そう返してくる。そして表情を引き締めると自分を見てきた。

 

「で、あの事を説明してくれるってことでいいのよね?」

 

「ああ。っとちょっと場所を変えよう」

 

 そう言って話を聞かれないように皆から少し離れる。少なくとも聞かれたら説明が面倒臭いことこの上ない話になるし、チィちゃんの事で口裏合わせを頼まないといけないからな。

 

「さて、ここでいいか。まずはさっきは助かった。おかげでルルティエも無事だし、あれを置いてくることなく持ってこれた。感謝する」

 

「や、礼には及ばないのです。さっきの娘ルルティエっていうのね。うんうん、美少女は宝だから、私としても助けるのはやぶさかではなかったし。それに立香くんとマシュちゃんの物を置いてくることにならなくて良かった」

 

 武蔵は自分の感謝の言葉に照れたように笑顔を浮かべるとそういった。なんか一部残念なことを言っている気がするがまぁいいだろう。

 

「で、その盾の件だが……」

 

「あ、そうね。説明お願いできるかしら?」

 

「ああ」

 

 そういう武蔵に向って説明を始めた。

 

 

 まず藤丸立香と藤丸・K・マシュは何度も世界を救った英雄の名だ。もっとも歴史に名前は出てこないが。本人たちが名声にさして興味がなかったのもあるし、時の権力者からすればあまり都合がいい人物ではなかったということもある。

 

 まぁ、この二人が世界を救った話は割愛するとしてそのあとの話からだな。

 二人は諸々のごたごたがあった後に結婚し、藤丸の故郷であった日本――今のトゥスクル――に拠点を移したらしい。その時極秘裏にマシュの使用した盾と藤丸の制服、そして例のトランクケースは一緒に運び込まれた。

 それからは世界の復興に力を貸しながらも特に特筆するようなこともなく生涯を終え、大往生したらしい。

 そして三点の遺物は彼らの子孫に脈々と受け継がれていった。魔術という技術が歴史の表と裏双方から消えても脈々と。

 

 自分の家系にはそんな風に話が伝わっている。その証拠といえるのは自分の家系の中でたまに現れる痣と三点の遺物位のものなわけだが。

 

「そっか……ちゃんと勝ったんだ。立香君たち。うん、それを聞いて安心しました。もう会えないのは……少しさびしいけどね」

 

 そこまで説明すると武蔵は少しさびしそうな顔で口を開いた。

 ただ、この武蔵がどの時点での(・・・・・・)武蔵かによるが会えないと判断するのは早計というものだろう。

 

「で、藤丸立香と藤丸・K・マシュの手記が残ってて、その中であんたも出てくる。それで自分は武蔵のことを知ってたってわけだ」

 

「ああ、そういうことね。立香君の手記の中でどういう風に書かれてたのかは気になるけど、そういうことなら納得した」

 

「あと……武蔵はここに来る前はどこにいたんだ?」

 

 そう、武蔵は立香の手記の中で何度か登場する。最初は2017年の年始め、その後も何回か登場しているのだが……

 

「ん、露西亜だけどそれがどうかした?」

 

「そうかロシアか……じゃ、まだ何回か会うと思うぞ?」

 

 自分の言葉に驚く武蔵に手記の中でロシアでの出来事以降も武蔵の出てくる記述があることを説明する。武蔵は驚いた様子だったが少し嬉しそうな様子を見せた。

 

「それとチィちゃんの事だが……」

 

「……そうだ。それも聞きたかったんだけど、あれは何?」

 

「そうだな……先にそれから話すか」

 

 チィちゃんの事を話そうかと思ったのだが、武蔵にそう問いかけられ確かに先にタタリの話をした方がいいかと思いなおす。

 

「そうだな……端的に言うとあれは人類のなれの果てってところか」

 

「やっぱり……」

 

「……気づいてたのか?」

 

 自分の言葉に納得したようにそう呟く武蔵にそう返す。まぁ、少なくともさっきタタリを斬った際の発言と、チィちゃんの事を考えると当然の反応か。

 

「ええ、あの娘……ハクがチィちゃんって言ってる娘もあれを斬った時、急にあの姿になったし、なにより……気配が人そのもの。私みたいな人間なら気が付くわ。あ、今はサーヴァントだけどね」

 

 武蔵はあっけらかんと言い放つと自分に続きを促すように視線を向けてくる。それにしてもサーヴァントか。藤丸の手記に出てきてはいたが過去の偉人や英雄をクラスという概念に押し込めた最上級の使い魔、ネコネや双子の使う式神みたいなものっていう認識でいいんだろうが、武蔵は人間そのものだ。あんまり気にしなくてもいいだろう。まぁ、先ほどの動きやタタリを殺すことができる事から考えると戦闘力に関しては人外のそれだがな。

 

「で、その原因だが……胸糞悪い話だからあんまり話したくはないんだが聞くか?」

 

「ええ、ここまで聞いておいて知らないってのもなんだし……話して」

 

 武蔵はそう言うと真摯な瞳で自分を見つめてくる。自分はそれに頷きを返すと続きを話すことにした。

 

「まず、これは自分がハッキングして得た知識になるからあくまで伝聞系だ。前知識として、そうだな……この星の環境の悪化によって人類はシェルターで生活するようになっていた」

 

「しぇるたー?う~んカルデアの建物みたいなものっていう認識でいい?」

 

「まぁ概ね間違ってないな」

 

 カルデアがどんな建物だったのかについての記述は残ってないのでわからないが、南極大陸にあったって話だし概ね外れてはいないだろう。 

 

「それで、だ。発端はあるヒトが氷の中から発掘(・・)されたことにある。その男は外れない仮面をかぶっていて、便宜上アイスマンと名付けられ科学者たちの研究対象とされた―――」

 

 

 科学者たちはアイスマンを元にマルタ――最初の獣人――を作り出した。そしてその研究の過程でアイスマンの被る仮面は、幾千本もの未知の繊維で直接脳髄に縫い付けられており、その繊維が脳の各部に作用し、身体機能や免疫力などを向上させる機能を持っていることが明らかにされたらしい。 研究者たちはこの仮面の原理をマルタを作り出しながら研究し、再び自分たちが生身で地上を歩けるようにするため計画を進めた。

 

「まぁ、ここまででも大分胸糞悪いわけだが……本題はここからなんだが、本当に聞くのか?」

 

「……ええ。ここまで聞いたからには最後まで聞かせてもらえるかしら」

 

 話を進めるごとに表情が険しくなっていく武蔵にそう声をかけると、何かを押し殺したような武蔵の声が返ってくる。なんか話すのが怖くなってくるんだが……いきなり斬りかかってきたりしないよな?

 

「研究を進めていく中、ある科学者が良心の呵責からアイスマンと獣人の少女を施設から逃がした。逃げ延びたアイスマンはその少女との間に子を成し幸せに暮らした」

 

「……それで終わりじゃないのよね」

 

 険しい表情のままそう聞いてくる武蔵に頷きを返し、続きを話すことにする。本当はここからは自分がウィツアルネミテアの空蝉になった事で得た知識だが言う必要はないだろう。

 

「だが科学者たちは執念でアイスマンを見つけ出し、妻となったその少女もろとも研究施設に連れ戻した。……そしてアイスマンの妻である獣人の少女を『アイスマンと子どもを作った実験体』として解剖した」

 

「…………」

 

 ついに黙り込んでしまった武蔵を見ずに話を続ける。

 

「そしてアイスマンがとうとうキレた。神の如きもの(・・・・・・)と融合していたアイスマンはその力を覚醒させ『強靭な体』を求めた科学者たちの願いを歪める形で叶えあの生物―――自分たちはタタリって呼んでいるそれに変貌させた。それが爆発的に世界に広がり人類は滅亡。自分は全然別の実験の被検体に志願してコールドスリープする形で眠っていたから助かって、最近目覚めた」

 

 自分の話が終わると、武蔵は息をひとつ吐き出し自分をみると口を開いた。

 

「……人は神の怒りに触れて滅亡しました――か。まるで神代の世界ね」

 

「違いない。だが真実だ」

 

「で、あのこ達がその獣人の子孫ってことでいいのかしら?」

 

「いや、皆はたぶんそれとは別口だ。自分とは別に自分の兄貴が生き残っててな、そのデータをもとに兄貴が生み出した種が起源だと思う」

 

 武蔵の疑問に答えるように自分はそう言うと最初の話―――チィちゃんの話のをすることにする。

 

「で、その兄貴なんだが……延命治療を繰り返して今も生きてる。それで今はこの國の頂点……帝として君臨してる」

 

「じゃあ、あの娘……ハクがチィちゃんって呼んでる娘は」

 

「ああ、帝の娘に当たることになる」

 

 そこまで話し武蔵にいくつか頼みごとをする。まず一つは自分も帝の弟としては公式に認知されていないことを話し、兄貴には現在後継者と言える子がいること、そのためチィちゃんについては自分の姪っ子とだけ皆に紹介すると話す。まぁ設定は生き別れたってなとこで十分だろう。あとはタタリの事、これについてはできれば吹聴しないで欲しいとお願いした。

 

「分りました。それとこれは私からのお願いなんだけど……」

 

「なんだ?自分にかなえられることなら聞くが」

 

 武蔵は自分の話については特に問題なく了承してくれた後、そんな風に言ってくる。いろいろと助けてもらった身ではあるし可能な限り便宜は図るつもりだからよほど無茶なことではなければ了承するつもりだ。

 

「いえ、あなた達としばらく行動をともにしたいってだけなんだけれど、ダメかしら?それにサーヴァントとしてはあの娘にマスター契約をお願いしようと思ってるの」

 

「いや一緒に行動するのは構わないが……。マスター契約か、チィちゃんが了承するようなら問題ない」

 

 うすうすそうではないのかとは思っていたがチィちゃんの手にあった痣、あれが令呪らしい。令呪とはマスター適正者の証でありサーヴァントに対する強力な命令権を行使する鍵となるものらしいのだが詳しいことは資料にも伝聞にも残っておらず自分もわからない。ただ、武蔵がついてくれるというのなら悪いものではないだろう。そう考えて自分は頷く。

 

「うん、流石に無理強いはしないからそれは大丈夫」

 

「まぁ、拒否されることはないと思うが……」

 

「???」

 

 チィちゃんは盾の乙女の次くらいには武蔵の話を気に入っていたし断られることはほぼないと思う。

 

「さて、そろそろ戻ろう。皆に説明してその後は飯にしよう」

 

「おおご飯!そうねいきましょう」

 

「いや、説明が先……聞いてんのかあれ」

 

 そんな風に言いつつ、皆の元へと戻ったのだった。




お読みいただきありがとうございました。


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目覚める者~三人目の大いなる父~

短いですが、切りがいいので投稿します。

よければお読みください。


目覚める者~三人目の大いなる父~

 

 

Interlude Side ???

 

 

「―――んっ」

 

 意識が覚醒する。

 しかしこんなにはっきりしているのはいつ振りだろうか?

 そう……あれは最近おじちゃんと似た人―――ううんあれはおじちゃんだった。わたしがおじちゃんを見間違うなんてあるはずがない―――を見た時が最後だったような気がする。

 

「あ、目が覚めた?」

 

 その声につられるようにしてそちらへ顔を向ける。この人は……確かおじちゃんと一緒にいた人だ。でもなんでこんな普通に話しかけてきているのだろう?わたしは確かあのおぞましい怪物の姿のはずなのに。

 そう思い体を起こす(・・・・・)

 

「え――――?」

 

「どうかしたの。なにか不調なところがある?」

 

 手がある、足がある、体がある、顔がある。人の体をしている。

 思わず目の奥から熱いものがあふれ出てくるのが感じ取れた。

 

「ち、ちがうんです。わたし――」

 

 わたしが急に泣き出してしまってその人を困らせてしまっているかと思いそう声を上げる。その瞬間暖かい――まるでお母さんのようなぬくもりに包まれた。

 

「――――」

 

 突然の事で頭が真っ白になったけれど、その温もりが離しがたくて自分からもギュッと抱きつくようにしてその胸に顔を埋める。その人は優しく頭をなでながらわたしが泣きやむまでそのまま抱きしめてくれていた。

 

「――すん。ご、ごめんなさい」

 

「ううん、大丈夫。だけどそれだけ泣いて私に抱きついて来れるってことは体は問題なさそうだね」

 

 きれいな声に惹かれるように顔をあげ、謝りながら改めてその人を見る。とてもきれいな人だ。艶やかな流れるような黒髪にきれいな顔立ち。優しげな眼差しがわたしを見ていた。だけど見慣れないものが付いてるのをみてふと首を傾げる。獣のような耳にしっぽ。服装も古風な感じだし、この人は俗にいうこすぷれいやーという人種なのだろうかと思う。

 わたしの視線が耳としっぽにいってるのに気がついたのかその人は一つ笑うとわたしに声をかけてくる。

 

「疑問に思ってることは大体わかるけれどこの耳もしっぽも自前かな。ハクも同じ反応をしてたからちょっと新鮮」

 

「……お姉さんは人間じゃないの?」

 

 耳としっぽが自前。そう聞いて思わず失礼な質問が口を衝いて出る。確かに自分と違うところもあるのかもしれないけれどこの人はわたしが泣いてしまった時に優しく抱きしめてくれた優しい人だってわかっているのに……。少し自己嫌悪に陥るわたしに気が付かなかったようでお姉さんは質問に律儀に答えてくれる。

 

「貴方と完全に同じヒトとは言い難いかな。わたしたちは――あなた達の中の科学者が遺伝子を掛け合わせて作りだした新人類……その子孫ってとこ。違いとしては耳とかしっぽがあって、あなた達より身体能力的に優れているってことかな?」

 

「えっと、その……ごめんなさい」

 

「?なんで謝るの」

 

 お姉さんはあっけらかんとした様子で気にしていないようだが、罪悪感からそんな言葉が思わず口をついてでる。

 

「……あんまり気持ちのいい言葉じゃなかったかなって思うから。だからごめんなさい」

 

「そっか……でも、あんまり気にしないでいいかな。あなた達から見て純粋な人間っていい難いのは事実だし。あ、でもそのことをちゃんと把握してるのってごく一部だから、私以外には言わないようにね」

 

「うん……わかった」

 

 お姉さんの言葉に素直に頷く。そんな優しい表情で諭されたらなにも言えないではないか。

 

 

 少し落ち着いて自分がお姉さんの名前も知らないことに気が付く。正直わからないことだらけだがまずはそれを聞こうと思った。

 

「えっとわたしはチア。お姉さんの名前は?」

 

「私はクオン。それにしてもだからチィちゃんなんだ」

 

「なんでその呼び方を……もしかしておじちゃん?」

 

 お姉さん――クオンさんがそう言った事で、そのことに気が付く。確かにクオンさんはおじちゃんと一緒にいた。それならおじちゃんからわたしの事を聞いていてもおかしくはないはずだ。

 それに気がつくといてもたってもいられなくなる。わたしがあの化け物の姿になってたくさんの時間が過ぎたはずだ。それなのになぜおじちゃんがまだ生きてるのかとか、難しいことは全然わからないけれど今はともかくおじちゃんに会いたかった。

 

「うん、貴方のおじさん――今は自分の名前を忘れちゃってハクって名乗ってるけど。そのハクから聞いたの」

 

「えっと……おじちゃんは?」

 

「うん、じゃあ今から会いにいこっか」

 

「ホント!!」

 

 その言葉に思わず身を乗り出すとクオンさんは優しく微笑んでわたしの手を引いてくれる。

 

 

 わたしが寝ていたところから外に出る。わたしはどうやら昔に本の中で見たことのある馬車みたいなものに寝かされていたみたいだ。そんなことを思っていたのだが、馬車から降りて顔をあげると考えていたことはすべて吹き飛んだ。

 

「ぁ―――――」

 

 そこに広がっていたのは、夢に見ていた外の風景、荒野と呼べるような土地ではあるのだが――――植物、生き物、風、水の音、全てが生命の息吹を感じさせるその光景にわたしは圧倒される。

 それは人類がいつか取り戻したい、いつか戻りたい、そう思っていた大地そのものだったから。

 

「…………」

 

 そんなわたしをクオンさんが優しく見ているのに気がつく。なんか気恥しくてそっぽを向きながらもその手をぎゅっと握る。

 

「じゃあいこっか」

 

「……うん」

 

 優しくそういうクオンさんに頷き、土の感触をかみしめながら歩く。しばらく歩くと、10人くらいが地面に座って休んでいる様子が見えてくる。

 

 その奥の方から歩いてくる人影だけがやけに鮮明に見える。少し髪は伸びてて、見たことがないような服装をしているけれど間違いない――――わたしが間違うはずがない。それは―――あの日わたしに何の言葉もなく眠りについた大好きなおじちゃんだ。

 

 その姿を見た瞬間にクオンさんから手を離し駆け出す。いろいろと言いたいことや話したいこともあった。だけど会ってみればそんなことは吹き飛んでしまっていた。

 

 近づいてくるわたしの姿に驚いたような顔をしているおじちゃんの胸に思いっきり突っ込む。なんか目が熱いが知ったことではない。

 

「っと、チィちゃん大きくなったなぁ」

 

「―――バカ、ばかばかばかばか!おじちゃんの大バカ!勝手に居なくなって!―――寂しかった」

 

「……ごめんな」

 

 おじちゃんはそう言うと優しく抱きしめながら、わたしの頭をなでてくれる。なんか周りが騒がしい気もするがそんなの気にならない。わたしは懐かしくて優しいおじちゃんの胸の中で涙が枯れるんじゃないかってくらい泣いて泣いて泣きまくったのだった。

 

 

Interlude out




お読みいただきありがとうございました。


ちなみにチィちゃんの名前は迷ったのですが、アンジュ→ange(フランス語で天使)→angel(天使)→智天使(天使の階級のひとつ)→智天(ちあ)→チアです。


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晒される真実~あのヒトとそっくりな少女/タタリの真実~

ここ数話は説明会です。

あんまり……というか全然話が進んでいませんがもう少しだけお付つきあいください。


晒される真実~あのヒトとそっくりな少女/タタリの真実~

 

 

Interlude side ネコネ

 

 

「―――え?」

 

 そう、声に出したのは誰だったか。ハク兄様に『おじちゃん』と言いながら抱きつくその姿に、ここにはいないはずの彼女を誰もが連想する。

 

 その顔、声―――年の頃は彼女よりもいくらか上のようだが誰が見ても瓜二つ。わたしがある意味苦手である相手と瓜二つのその容姿は今目の前にある光景―――名前も知らない誰かがハク兄様に抱きつく―――を際立たせ、それに僅かな嫉妬を抱く。

 

 ――――わたしのハク兄様なのに……と。

 

 ただ、わたしより年上であるのだろうが迷子の中でやっと親を見つけた幼子のように泣くその姿に、胸の中に広がったそれも霧散していった。

 

「……ハク、良かったね」

 

「姉様……えっと、あの方は?」

 

 いつの間にかわたしのそばにまで来ていた姉様にそう尋ねる。エントゥアさんの抱えてきたあのヒトを先ほどまで見ていたのは姉様なのだから、何か知っているのではないのかという思いを込めての問いかけだ。

 

「あの娘は、ハクの姪っ子さん。アンジュにそっくりでしょ?」

 

 皆が疑問に思っていたことを姉様が口に出したためか仲間たちの視線が姉様に集中する。皆、疑問に思いながらも目の前の光景に口にできなかったことを姉様が口にしたため注目しているようだ。

 

「ハク兄様の?わたしは聞いたことがなかったですが……」

 

「それは仕方ないかな……ハクもてっきり亡くなっているものだと思っていたみたいだし」

 

 その言葉にハク兄様の遺跡での驚きようはそのせいだったのかと得心する。いつも冷静なハク兄様があの時は茫然自失と言いった風だったのでおかしいとは思っていた。

 

「それは……それでハク兄様はあんなに驚いていたですか」

 

「うん、そうみたい」

 

 それとは別になんであんなにアンジュ……様と瓜二つなんだろうという疑問が浮かんでくるがそれについて姉様はそれは偶然かなと軽く言った。

 

「世の中には三人はおんなじ顔をしたヒトがいるっていうし、そんなこともあるんじゃないかな?」

 

「そう言われると……」

 

 それに今の光景を見ていると、ハク兄様がアンジュ……様に甘いと内心で常々不満に思っていた事のへの得心もいく。ハク兄様はなんやかんや優しいというのもあるが、自分の姪っ子に瓜二つのアンジュ……様についつい甘くなっていたのだろうと想像もつくからだ。

 

 そこまで話すと近くに来ていたエントゥアさんが姉様にからかうように声をかける。

 

「でも意外ですね。いつものクオンなら、女性がハクにあんなことをしていようものなら威嚇して引き離しそうなものですが」

 

「むぅ、エントゥアは私をなんだと思っているのかな」

 

「最近までおね――」

 

「それ以上言ったら戦争かな、エントゥア」

 

「ふふ、冗談ですよ」

 

 そんな風に話している二人を見ていると皆も苦笑しつつ、いつもの空気に戻っていく。

 

「流石にハク関連で暴走する自覚のある私も、いまあそこに行って二人を引き離すほどじゃないかな」

 

「くすっ―――」

 

 そういう姉様が妙にかわいくて思わず笑いがこぼれる。遺跡から戻ってきてからどこか沈んでいた仲間たちもいつもの調子を取り戻していた。

 

「あ~!ネコネも何で笑うかな!」

 

「しょうがありませんよ、クオンですし」

 

「ほんとにどういう意味かな!?」

 

 あの子が泣きやむまで姉様とエントゥアさんの漫才のような掛け合いは止まることなく続けられたのだった。

 

 

Interlude out

 

 

 

「こいつはチア、自分の姪っ子だ」

 

「チアです。よろしくお願いします」

 

 泣きやんだチィちゃんに自分が今はハクと名乗っていると軽く説明し、詳しいことはあとにと言って、その後はいまだに目が赤いチィちゃんを皆に紹介する。クオンがなんかそれっぽい感じの事を皆に話してくれていたのでそれに乗ることにする。まぁ、あながち間違ってないしいいだろう。

 自己紹介したチィちゃんに皆もそれぞれ自分の名を名乗っていく。アンジュにそっくりという事でどこか怖々といった様子だったがチィちゃんの溌剌とした様子にすぐに警戒を解いていた。そしてネコネがちょっとした爆弾を投下する。

 

「わたしはネコネなのです。ハク兄様にはお世話になっているのです」

 

「ハク兄様?」

 

「あ、わたしは姉様―――クオンさんと義姉妹の契りを結んでいるのですよ。それで姉様の恋人であるハクさんのこともハク兄様と呼んでいるのです」

 

「ふ~ん」

 

 それを聞いたチィちゃんがチャシャ猫のようにいやらしい笑みを浮かべて自分を見てくる。

 

「おじちゃんも隅におけないなぁ~。それにこんな美人さんを捕まえるなんていったいどんな手を使ったの?」

 

「お、お前なぁ」

 

 自分にそういったあと、チィちゃんは矛先を美人さんといわれてまんざらでもないのか照れ笑いしているクオンに向ける。

 

「クオンさん、いやいやお義姉ちゃんはおじちゃんのどこが気に入ったの~?」

 

「そ、それは―――」

 

 チィちゃんの勢いにクオンもたじたじといった様子でしどろもどろにもごもご言っていた。普段の凛としたクオンもいいもんだがこんなクオンもまたいいものだ。そんな風にクオンを愛でつつそろそろ助けに入ることにする。

 

「チィちゃん、あんまり大人をからかうな」

 

「あはは、ごめんなさ~い」

 

 悪びれることなくそういうチィちゃんに溜息を吐く。久々に会ったがまたイイ性格に育ったものだ。あとこの流れで沈黙を保っている双子がとても不穏なのだが……自分の気のせいだよな。

 

 そこに控えめな声がかけられた。

 

「あの~、盛り上がっているところ悪いんだけど、私もそろそろ自己紹介していいかしら?」

 

「っと、すまん」

 

「いや、いいんだけどね」

 

 そう武蔵に謝りつつ、皆の注目をあつめる。正直双子が何か画策してそうだが、それが流れそうでほっとする。

 

「私は新免武蔵守藤原玄信(しんめんむさしのかみふじわらのはるのぶ)――気軽に武蔵ちゃんとでも呼んで」

 

「先ほどはありがとうございました、ムサシ様。私はルルティエと申します」

 

「あはは、そうまっすぐに感謝されると照れるというかなんというか。うん、ルルティエちゃん気にしないで。私が勝手にしたことだから」

 

 武蔵が名乗ると先ほど助けられたルルティエが前に出てきていの一番にお礼をいい、挨拶をした。武蔵は真正面からお礼を言われ気恥しいのか照れたように頭をかきつつそう返す。隣にいるチィちゃんが武蔵のその名乗りに目を見開いているが、あの武蔵だという確信はないのだろう、どこか期待しつつも悶々とした表情をしている。

 で、皆も次々と挨拶していく中、キウルの番になったのだが……。

 

「私はキウルといいます。よろしくお願いしますムサシさん。先ほどの剣技は本当に見事でした。後日でいいので一手指南を……あのムサシさん?」

 

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あり!」

 

「あ、あのムサシさん?」

 

「あ、ううん、なんでもないの。よろしくねキウル君」

 

 キウルを見てぼーっとした後、我に返ったようにそう挨拶する。その様子を見ていた皆は……

 

「おやおや」

 

「ふむ……これは意外な」

 

「いやいや、ヒトの趣味ってのはそれぞれじゃない。ゼグニの兄さん」

 

「えっと、やっぱりあれってそういうことなのでしょうか……」

 

「ええと……どうなのでしょう?私はこういうことには疎いので……」

 

 キウルに春が来たのではないかと言いながら盛り上がっていた。ちなみにクオンはさっきチィちゃんにからかわれたのが糸を引いているのか真っ赤な顔で自分の腕に抱きついていてそれどころではなさそうで、チィちゃんは次なる獲物を発見したとでもいうような笑みを浮かべている。そんな風にみていると一点、うずうずした様子で槍を抱えている頭のおかしい海賊娘(アトゥイ)がいたがスルーだな、うん。

 

 ひとしきり武蔵に挨拶がすむと、ヤクトワルトがふと呟くのが耳に入った。

 

「しかしあれは……なんだったんだ」

 

「そうですね。流石にあれは驚きましたよ、ホントに皆さんといると退屈しませんね」

 

「確かにな。しかし一体なんだったのだアレは、ヒトがタタリになるなど聞いたこともない」

 

 一息ついた事で先ほどの遺跡の事を思い出したらしい。自分としてはそのまま流してくれる方が良かったのだが。そう思いつつクオンに視線を向ける。クオンは私に任せてほしいとでも言うように自分の方へ目線をやって頷く。

 

「えっとヒトがタタリに?……何があったですか?わたしが来た時には皆さん休んでいて、その後あの大きなタタリが出てきたですが」

 

「クオンさんは何か知っている風でしたけど……」

 

 キウルがそう言うと皆の視線がクオンの元に集まる。クオンは自分の腕から離れるとひとつ息を吸い口を開いた。タタリというのが何を指すのか把握したらしいチィちゃんが、不安げに自分の腕にすがりつくように抱きついてくる。自分は安心させるようにその頭をなでるとクオンの方を向いた。

 

「うん、そうだね。私たちは……見てはいけないものを見てしまったんだと思う」

 

「いったいどういうことなのだ?」

 

 クオンのその意味深な言葉にノスリがそう声を上げる。クオンはちらとノスリに視線をやり少し考えるようにして話し始めた。

 

「ん~そうだ。ねぇ、タタリについて今回みたいな話って聞いたことあるかな?」

 

「それは……聞いたことはありませんが」

 

「確かに、タタリは闇の奥深くに潜んでいて滅多に遭遇することはないかな、でもね遺跡の奥深くなんかでの目撃報告はよく耳にしたりして、それほど珍しいことじゃないんだ。私自身、何度か遭遇したことがあるくらいだし」 

 

 そこでクオンは一旦言葉を切り皆を見渡す。

 

「なのに、ヒトが溶けてタタリに変貌した話なんて聞いたことがない。ただ、目撃例がなかっただけなのかもしれないけれど、それにしたってタタリに関する情報は驚くほど少ないかな。誰かが調べてその生態がいくらか解明されてもおかしくないはずなのに。ねぇ、変だと思わない?」

 

「それは……確かに変ですね。まるで意図的(・・・)に……」

 

 マロンさんはクオンの言葉に同意するように呟くと何かに気がついたように顔を上げ、クオンを見る。クオンはひとつ頷きを返すと言葉を続けた。

 

「私の國ではタタリの事は禁忌ってことになってるんだ。まことしやかにタタリに関わると不幸になるとか、呪われるとか地獄(ディネボクシリ)に引きづり込まれるだとか言われてる。これは憶測になるけれどこのヤマトでもタタリに関することは意図的に避けられているんじゃないかな」

 

「言われてみるとそんな気がしてきますが……誰が何の目的で?」

 

 オウギの疑問も最もだろう。だが少し考えればわかる話だ。少なくともこれだけ大規模な情報封鎖、このヤマトへの絶大な影響力を持っていなければ不可能。それこそ右近衛大将たるオシュトルでも他の八柱将でも―――能力的には可能かもしれないが長い時の中それを行い続けるのは難しいだろう。となればこの國でそれをできるのは一人だけだ。

 

「私の國でタタリを禁忌に指定しているのは、宗教の総本山。じゃあこの國でそれに当たるのは?たぶんそれで正解だと思う」

 

 クオンの言葉に皆同じ人物を思い浮かべたようで途端に口を噤む。少なくとも帝主導で行われていると推測できる情報操作だ。事の大きさに皆が絶句するのも無理はない。

 

「だからもし無理に知ろうとしたり……知ってしまった者は……『消される』ことになる」

 

「そんなまさか。いくらなんでも……」

 

 ルルティエがそう言うが自身の心の中ではあり得ると思ってしまっているのだろう。その声には力がない。

 

「そうだね、私もそう思うよ。でも、それが知られてはならない事だとしたら?」

 

「たかが、不定形の生き物ではないですか。何を知られてはいけないというんです」

 

 キウルが声を震わせながらそう問う。

 さて、流石にここから先までクオンに任せるのは何か違うだろう。これを語るのはきっと人類であるべきだ。

 そう思いクオンに目配せしてからチィちゃんを預けると一歩前に出る。

 

「そうだな。……マロンさん、皆が見た場所は他の遺跡ではどのような場所かわかるか」

 

「え、ええ。あれは墓所として知られる遺跡と類似していましたが……」

 

「ありがとうマロンさん。さて、キウル。最近発見された、誰の目も届かないような遺跡の奥底で……仮にあれが墓所だとして、あそこに眠っていたのは誰だ(・・)?」

 

 自分の言葉に意味を把握したマロンさんとネコネは驚きの表情を作り、血の気が引いたように顔が青白くなっていく。キウルを含む他の皆は先ほどの言葉でそこまでは推察できなかったようで怪訝そうな表情を浮かべていた。

 

「それは……ヒトではないのですか?あれは少なくとも僕にはヒトに見えました」

 

「ハク何が言いたいのだ?聞きたいのは私のほうだぞ」

 

 キウルはそう答え、ノスリもそう言いながら困惑したように自分を見ていた。流石に常識が邪魔をしてそこまでは思い至らないか。こうなるとネコネとマロンさんが別格ってところだな。

 

「ネコネとマロンさんは思い当ったようだな?」

 

「ハ、ハク様……」

 

「ハ、ハク兄様……まさか」

 

「状況からの推察になるが、ほぼ確実だろう。皆が見たタタリに変貌したヒト。あれは……おとぎ話なんかで語られる遥か昔に高度な文明を築き、この地を支配した者」

 

 自分の言葉にようやく思い当たるものがあったのか皆が驚きの表情を浮かべるのが見える。それに構わず自分は言葉を続ける。

 

「それにも関らず突如歴史の舞台から姿を消した、うたわれるもの」

 

「「大いなる父(オンヴィタイカヤン)……」」

 

 ネコネとマロンさんの口から思わずといったように漏れた言葉に自分は頷く。

 

「大いなる父……おとぎ話で聞かされたことはありますが、まさか……」

 

「だが……一応の説明はつく。ついてしまう」

 

 驚きながらも冷静さを保っているエントゥアとゼグニさんがそう話す。皆大きな衝撃を受けた様子だったがウズールッシャ出身の三人は大いなる父信仰の国の出でないだけいくらか冷静に話を聞けているようだ。

 

「そんな……タタリの正体が……尊き大いなる父だなんて知れたら……」

 

「あやや……それはちょっと、シャレになってないかもなぁ」

 

「クオンが黙っているように言ったのはそう言うわけだ」

 

 自分はルルティエとアトゥイの呟きに答えるようにそう言うと皆を見渡す。

 

「……自分たちは何も見てないし、何も知らない。このことは他言無用だ、いいな?」

 

 その言葉に皆の頷きが返ってくる。

 

「ハイなのです。姉様とハク兄様の考えが正しいとして、こんなことがしられると……」

 

「だが、秘密といわれると口が軽くなるのがヒトの性じゃない」

 

「ヤクトワルト……」

 

「冗談じゃない。だからそんな目で見るなってのエントゥア。それに考えるのは自分の仕事じゃない。どうするのかは旦那に任せるじゃない」

 

 若干、不安なことをいってる奴らもいるが大丈夫だろう。……大丈夫だよな?

 

 ―――ぐ~~―――

 

 皆がそんな風にしている中、何とも気の抜ける、そんな音が響き渡る。そんなに大きな音ではなかったのだが皆の話が途切れたタイミングだったので妙に大きく響いた。皆がその音の発生源に思わず目を向ける。

 

「あ、あはは。ちょっとお腹がすいたかなって……」

 

 皆に見つめられ先ほどの音の発生源―――武蔵が恥ずかしそうに頭をかく。それを見て皆の張りつめた空気が緩んだ。

 

「クスッ、急いでご飯の準備をしてしまいますので少しだけお待ちください」

 

「あ、手伝うかな、ルルティエ」

 

「あ、それならわたしもお手伝いするのですよ」

 

 ルルティエは小さく微笑み、そう言うとクオンとネコネと一緒に、食事の用意に取り掛かる。皆もそれぞれ仲間たちと話ながら野営地の中に散っていった。

 

 いろいろとチィちゃんに話さないといけないこともあるが、とりあえず今はゆっくりすることにしようか。




お読みいただきありがとうございました。

というか気がついたら50話です。これも皆様のおかげです。ありがとうございました。


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契約と彼らを巻き込み進む刻~はじめてのますたーけいやく/一方帝都~

よろしくお願いします。


契約と彼らを巻き込み進む刻~はじめてのますたーけいやく/一方帝都~

 

 

 少し遅い昼食を取った後、クオン、チィちゃんと武蔵、それと付いてきたウルゥルとサラァナで一度車の中に移動する。今日は取り合えず皆にも疲れが見えるしここで一泊し、明日帝都に向けて出発することにしたため時間がある。その為、チィちゃんにいろいろと説明しようと思ったのだ。

 

「お父さんが生きてるの……?」

 

 兄貴の事を説明したあと茫然とするようにチィちゃんはそう零す。自分もクオンから聞いた時は驚いたし、チィちゃんの反応は予想の範囲内だ。

 

「ああ、といっても今じゃヨボヨボの爺さんだがな」

 

「う……また会えるのは嬉しいけど、それはなんか複雑だよ」

 

 自分の言葉を聞き、チィちゃんはげんなりするようにそう言葉を零す。ま、自分の親父がよぼよぼになっているって聞いたらそりゃあそんな反応にもなるか。

 

「よし、話は終わったわね」

 

「ああ、自分からは以上ってとこだな」

 

 自分からの話がひと段落したのを見て取ってそう声をかけてくる。自分がそれに頷くと武蔵はチィちゃんに向きなおった。

 

「ええっと、うん、説明とか正直苦手だから単刀直入にいいましょう。チアちゃん、私と契約してくださいな」

 

「契約……?」

 

 武蔵のその言葉にクオンが敏感に反応する。まぁ、タタリすら斬り殺す剣士から契約なんて言葉が出ると、ウィツアルネミテアと関係があるものとして碌でもないものを思い浮かべたのだろう。ちなみにチィちゃんはあんまり状況が飲み込めていないのか頭上にはてなマークを浮かべているような顔をしている。双子は少なくとも武蔵が特別な存在だというのは感じ取っているのか静観の構えのようだな。

 

「ああ、クオン。そういうものではないから安心しろ」

 

「えっと、じゃあ、いったいどういう……」

 

「そうだな……それには武蔵がどういう存在か説明する必要があるんだが……。っとまずは……チィちゃん、武蔵はあの(・・)武蔵で間違いないぞ」

 

「ふへっ!?うへ、なんか変な声でた」

 

 自分の言葉に反応してなんか変な声を出しているチィちゃんを尻目にクオンに向き直る。チィちゃんは武蔵になんかきらきらした目を向けてるし、放っておいても勝手に話は進むだろう。

 

「そうだな……大いなる父と皆が呼ぶ者たち、それの祖先と呼べる者たちの中には今の皆でいう、呪法や術法みたいな技術をもった者達がいたんだが―――」

 

 自分は前知識としてクオンに魔術師と魔術という技法があったという事を説明する。

 

「えっと、それは分かったんだけど。それがどうムサシに繋がるのかな?」

 

「まぁ、詳しいことは自分もわかってないんだが、その技法の中に、過去の偉人や英雄なんかを召喚して使役するっていう物が存在してな。原理としてはネコネやウルゥル、サラァナが使役する式神みたいなもんだと思っておけばいい。で、武蔵はそう言った存在なんだよ」

 

 実際はそんなのと比べるのもおこがましいのだが説明がしやすいのでそう例える。クオンはとりあえずそういうものなのだという事で納得することにしたのかとりあえず頷いていた。

 

「うん……そう言うものだと思っておくね。でも、それがさっきの契約とどうつながるの?」

 

「ああ、そういう使い魔は現世に留まるために何かしらの楔のような存在を必要とするんだ。で、その適性を持っているチィちゃんに武蔵は契約を持ちかけているってわけだ」

 

 正確にはサーヴァントの維持には魔力と呼ばれる力も必要とするのだが、チィちゃんがあの痣―――令呪と呼ばれるものを持っている以上、多かれ少なかれそういうものは持っているのだろう。武蔵はそういうデメリットを黙って契約を持ちかけるようなタイプには見えないしそこについては信頼している。

 

「チアちゃんにデメリットはないの?」

 

「武蔵の体の維持に魔力って呼ばれてた力を持っていかれるが、それについては普通に食事でも補給できるはずだし大きな不利益はないはずだ」

 

「そう……うん、わかった。私のほうでも少し注意してみておくかな」

 

「ああ、そうだな頼む」

 

 そんな風にクオンに説明している間に契約をする方向でチィちゃんと武蔵は合意したようだ。

 

「じゃあ、はい。契約契約っと」

 

「ってはやっ!風情もなにもあったもんじゃないんだけど!」

 

 そして速攻で契約を交わし、二人でぎゃーぎゃー漫才を始める。ていうか契約ってあんな雑でもいいんだな……。あの手記から感じていた憧れやら風情やらが霧散していくのを感じつつ二人に声をかける。

 

「うまく纏まったみたいでなによりだな。チィちゃんはなんか異常はないか?」

 

「う~ん、私からなにか武蔵ちゃんに向けて流れて行ってるのは感じるけど、そんなに負担は感じないかな。武蔵ちゃんが本気で暴れたらどうなるかはわかんないけど」

 

「あはは、私魔力はそんなに大食らいじゃないから大丈夫。食事で魔力補給はできるし、よっぽど切羽詰まりでもしない限りは問題ないと思うわ」

 

 チィちゃんと武蔵のその言葉にほっと胸をなでおろす。とりあえずは問題はなさそうだな。

 

「自分たちからの話はこれぐらいだが、チィちゃんからなにか聞きたいことはあるか?」

 

 そう尋ねると、チィちゃんは少し考える仕草をした後、自分の後ろ―――双子のところで視線を固定した。

 

「えっと、さっきから気になってたんだけどその二人―――ウルゥルさんとサラァナさんはおじちゃんとどういう関係なのかなって」

 

「ああ、この二人とは――「「愛人(です)」」じゃなくて主と従者、ってな感じだな……だからチィちゃん、その眼はやめてくれ」

 

「おじちゃん……不潔。お義姉ちゃんに悪いと思わないの?」

 

 自分にチィちゃんの侮蔑するような視線と言葉がが突き刺さる。本当に誤解なんだが……。

 

「ああ……この二人なら大丈夫。口ではこう言ってるけど実際はそんなことはないから」

 

「……本当に?」

 

「うん、本当に」

 

「「…………むぅ」」

 

 なんかいつものこと過ぎて反応が遅れたのか、一拍遅れてクオンがそう言ってフォローを入れてくれる。クオンの言うことは信じたのか、チィちゃんの視線が元に戻ったのでほっと胸をなでおろした。双子がなんか不満そうにしているが知ったことではないな。 

 

「武蔵は信じてくれたのか……」

 

「えっと、ハクの様子が清姫ちゃんとか静謐ちゃんとか全力ですり寄られる立香くんそっくりだったから、なんとなくね」

 

「…………おい」

 

 武蔵は自分に苦笑しながらそう言う。ああ、清姫とか静謐――たぶん静謐のハサンか?――とかはあの手記の中に出てきてたような気がする。藤丸も苦労していたんだなぁ。だがご先祖様、そんなところが似ていてもちっとも嬉しくないぞ。

 

「フォ~ウ……」

 

「お、そんなところにいたのか?」

 

 自分たちの声が煩かったのか先ほどから見かけないなと思っていたフォウが、物の隙間あたりからふらふらしながら出てきたので抱き上げる。

 

「わ~かわいい……おじちゃん、その子は?」

 

 そういいながら近づいてきたチィちゃんがそういってフォウの事を見て、手を伸ばしてくる。最近は随分とましになったがヒト嫌いの気があるフォウの事だ。避けると思っていたのだが。

 

「フォ~ウ……」

 

「うわ、ふわふわ」

 

 "まったくしょうがないな……"とでも言うようにチィちゃんの手を受け入れていた。珍しい仕草に驚いていた自分だが、武蔵が不思議そうな顔をしているのに気がついた。

 

「どうかしたのか?武蔵」

 

「ん?ああ、その子が立香君と一緒に行動していた子とそっくりだったから、驚いてただけ。それにしてもずいぶんと人懐っこいのね」

 

「そういえば、フォウは武蔵にも初対面で懐いた様子だったな。だけど普段はそんなことはなくて、むしろヒト嫌いの気があるくらいなんだがな」

 

 武蔵の話にそう言うこともあるかと思いつつそう返す。この面子――双子もどっちかっていうとフォウに好かれている様子だし、なにかフォウ的に気に入る何かがあるのだろう。

 

「フォウくんね……名前までおんなじなんて。いやこの鳴き声だとしょうがないのかしら?」

 

 武蔵がなにか呟いていたようだが小声だったっため、自分には何と言っているのか聞き取れなかった。

 

「でも本当に珍しいかな。フォウがこんなに懐くなんて」

 

「さてな……ここにいる面子になにかフォウが気に入る要素でもあったんじゃないか?」

 

 そんな事を話しつつ、自分の腕の中から移動したフォウと戯れるチィちゃんを見る。屈託なく笑うその姿にこっちまで気分が上がってくるみたいだ。するとクオンが自分の腕に抱きついてきた。

 

「ハク良かったね」

 

「ああ――ホントにな」

 

 そう言いながら優しく微笑み自分を見つめてくるクオンに柔らかく返しながら、この奇跡のような瞬間を目に焼き付けるのだった。

 

 なおこの後、自分とクオンの様子に気がついたチィちゃんにむちゃくちゃからかわれた。

 恥ずかしそうにしながらも自分から離れないクオンとそれを当然のことだと受け入れる自分をみたチィちゃんから"うわ、バカップル……"との言葉を頂いたのだが普段からこんな感じだが、なにかおかしいだろうか?

 

 

 その日は遺跡前で野営し、次の日には帝都に向けて発つ。

 車の中は来たとき以上に賑やかだ。チィちゃんと武蔵が加わったからな。ちなみに武蔵の同行は素直に認められた。あの斬撃を見せられた後というのもあり、人柄もさっぱりしているということで皆も反対する理由はなかったのだ。チィちゃんについては言わずもがなだな。

 

 昨日はあの後、アトゥイが武蔵に手合せを申し入れた事をきっかけにして、ヤクトワルトやゼグニさん達も手合せしていたのだが仲間たちの躯(比喩表現だが)積み上げられていた。ちなみに武蔵は、そのあと自分に向けて鯉口を切りながらちらつかせてきていたのだが、気がつかないふりをした。ちなみにクオンもうずうずしていたが、大惨事になりそうだったので自分が抱きしめる形で押しとどめた。それでチィちゃんにまたからかわれたりなんだりしながらも賑やかに過ごしたのだった。

 

「しかし、平和なもんだ」

 

「そうだね……。あんなことがあった後だから、余計にかも知れないけれど」

 

 自分がそう呟くと、クオンが自分の肩に頭を預けながら、そう返してくる。ちなみに今は自分とクオン、そしてウルゥルとサラァナ、ついでにフォウ(自分の肩の上)が御者台に座りながらゆっくりと車で道を進んでいる。ちなみにもう一つの車の御者にはキウルとヤクトワルトが座っている。

 

 そんな風にしていると突然重さがかかった。

 

「すごいね!おじちゃん」

 

「はは、はしゃいでるなぁ」

 

 チィちゃんが窓から顔を出し、自分にもたれかかりながらそう言ってくる。あんなに憧れていた外の世界という事でチィちゃんはさっきからずっと興奮した様子で動き回っていた。外の景色をみて目を輝かせ、最年少二人組に構い、みんなに話しかけながらご機嫌な様子だ。初めての外の世界ということでなのだろうが、皆は自分と久しぶりに会えて不安がなくなった影響だろうと思ってくれているようでチィちゃんの様子を不審には思っていないようだ。

 

「だって、すっごい楽しい!」

 

「あはは、元気そうでなによりかな」

 

「うん!ねぇねぇお義姉ちゃん、こっちにきて話そうよ。おじちゃんとの馴れ初めとかいろいろ聞きたいし」

 

 そういえばチィちゃんはクオンの事をいつのまにかお義姉ちゃんと呼ぶようになっていた。なんでかと聞くと"だっておじちゃんのお嫁さんなんでしょ?それにわたしクオンさんのこと気に入っちゃったし"とのことだった。

 

「えっと……お手柔らかにね」

 

「確約はできないなぁ~」

 

 少し引き気味にそう言うクオンにチィちゃんはいたずらっぽく笑いながらそう返した。クオンは顔を若干ひきつらせていたがチィちゃんの勢いに負け、車の中に引きづり込まれていった。

 

「奥様もいないことですし」

 

「私達としっぽり……」

 

「何を言ってるんだおまえらは……そもそも御者してるだろうが」

 

「大丈夫、ココポは賢い」

 

「ココポは賢いので問題ないはずです」

 

「ホロロロロッ~」

 

「……フォ~ウ」

 

「んなわけがあるか……」

 

 自身の名前が呼ばれたことに反応したのか、車を引いていたココポがそう鳴き声を上げ、フォウがなにやら呆れたような声を上げる。そんな風に疲れる馬鹿話をしながら車を進めたのだった。

 

 

Interlude Side オシュトル

 

 

「……このようなことになろうとは」

 

 ハク殿達が帝都を留守にしてそろそろ一月と半分近く。状況は目まぐるしく変化していた。

 

「こうも苦戦―――いや、押されるとはな……。侮りすぎたということか」

 

 ある國への出兵。八柱将を三人が――ライコウ殿、デコポンポ殿、ムネチカ殿――送り込こまれたが、それがこうも難航するとはな。いや、どこか嫌な予感は感じていたがこうなるとは予測できなかった。

 

「某の手元には自由に動かせる戦力は―――ないことはないがこの状況で送って十分な働きができる者となると。ハク殿達がいないのが痛いな」

 

 某はムネチカ殿不在の間、帝都の守護を任された身。それゆえ動くことができぬ。

 せめてもの援護として自身の手勢を援護として送り込みたいが、今手元にいる者たちでは不安が残る。マロロを送りこむことも考えたが……資質として劣っているとは思わないが、現時点のマロロがライコウ殿以上の働きができるとは思えぬ。それに嫌な予感を感じていたこともあり、ハク殿達に某からの依頼を届けて貰う為、帝都を留守にしている。

 

「ままならぬな……ハク殿達が間に合えば良いが。いや、クオン殿の事も考えると受けてくれるかも分らぬ」

 

 思わずそんな言葉が口を衝いて出る。クオン殿はあの國の出身ということのようだしハク殿が受けてくれるかは……。

 しかしハク殿達が居なくなった途端この体たらくとは……某は存外、あの男に頼りきりになっていたらしい。

 

「トゥスクル……よもやここまでとはな」

 

 

 

 時はハクたちが帝都を発った日の翌日まで遡る。

 その日は聖上の命で帝都にいる主だった役人が全て集められていた。國元を離れられないオゼーン殿、ソヤンケクル殿を除いた全ての八柱将に加え、軍事、内政の主だった面子。いやがおうにも何かがあることを感じさせる。

 

 そう思いながらその場に佇んでいると、奥から誰か……いな、聖上の気配を感じ取る。

 

「聖上の御出座である!!」

 

 ミカヅチのその声とともに場は静まり、某の視線の先で御簾が引き上げられるのが見え顔を伏せる。

 

「皆さま、お直りください」

 

 ホノカ様の声に某を含めた皆が一様に顔をあげた。聖上は某たちを見回すように首を巡らせると口を開かれた。

 

「先の戦、皆の者、大義であった。これで、彼奴等も身の程を弁え、大人しくしていることであろう」

 

「もったいなきお言葉。一同、さらなる研鑽を積み、武技を極め、聖上の御為、あらゆる朝敵を討滅する所存」

 

 聖上のお言葉に代表してウォシス殿がそう答える。

 

「うむ。此度の件、余にも政を再考する契機になった。現状に甘んじ、この地に留まるのみでは、何事もたちゆかぬ」

 

 ウォシス殿の言葉に聖上はそうお答えになると一度言葉を切られた。

 

「そこで余は……先に進むことを決めた。ヤマトはこれより、最果ての隣國、トゥスクルへと進行する」

 

 そしてそう宣言なされた。

 

「ついに彼の地へ……」

 

「おもしろい……立ちはだかる者全てを、殲滅してくれるわ」

 

 聖上の言葉にライコウ殿とヴライ殿がそう言葉を零す。某の意見としては気が進まぬが……そう思っていると聖上より某の意見を聞かせてほしいとのお言葉を頂いた。下級貴族の出という事で軽んじられている某に聖上が意見を求められたことで、ほかの者たちが不満そうにしたが、それを無視して口を開く。

 

「承知。恐れながら申し上げまする。某は……反対にございます」

 

 皆に緊張が走る。聖上は特に表情を変えることもなく某に続きを促された。

 

「我がヤマトは先日、彼の國よりの使者を歓待したばかり。巫のお二方は友好を示され、今後もよき協力関係を築く手応えは十分だったと存じます。トゥスクルに進むとなれなば海を越えまする。戦費は莫大、膳だてに時間も必要となります。彼の國を落としたとしても、我等と思想も文化も違います。統治は統治は困難を極め得る物は多くありませぬ。どうか今一度、お考え直し頂きたく、奏上致します」

 

 某の言葉に先ほどよりも大きなざわめきが起こる。皆にとって聖上の言葉は絶対。それに真っ向から反対意見を申し上げたのだからこの反応も当然。しかし某はこの國を思う者として必要な事を申し上げたつもりだ。それでこの首が落とされようと構わぬ。某になにかあれば母とネコネは悲しむだろうが、特にネコネにはあの漢が―――ハク殿がついてくれている。ハク殿ならば悪いようにはせぬだろう。

 

「ほぅ…………」

 

「く、口を慎むにゃもオシュトル!聖上に対してなんという出すぎた真似をするにゃもか!」

 

 ライコウ殿は面白そうにそう零し、デコポンポがそう声を荒げる。ミカヅチとムネチカ殿は心配そうに某に視線を送ってきているが他の八柱将―――否、他の者は皆デコポンポと言葉は異なるが同じような事を口々に呟いている。

 

「ふむ、なるほどな」

 

 聖上がそう呟かれると先ほどのざわめき等なかったかのように静寂が満ち、皆は聖上の言葉に耳を傾ける。

 

「オシュトル其方の言い分はもっともだ。確かに今の状況を客観的に判断すれば、その結論に至るのは当然であろう」

 

「ありがたきお言葉。身に余る光栄にございまする」

 

 聖上のそのお言葉に某は深く頭を下げる。四方から敵意が向けられるが聖上からこのような言葉を頂いたのだ。國の中枢に近いもの―――特にデコポンポのような輩からすれば今の某は目の上のたんこぶにしか見えぬであろうからな。

 

「確かに、トゥスクルの巫たちは傑物であった。指導者としても、一人の人としてもな。オシュトルの申す通り、あの者達であれば良き関係が築けるであろう」

 

「はっ……」

 

「だが……これは既に決定事項である」

 

「……御心のままに」

 

 聖上のお言葉にそう返す。いくら某が反対でも聖上がそう決められたのであるならばその決定に異議は唱えられぬ。

 

「他の者もよいな」

 

「聖上の御意志は我等の意思。異を唱える者など一人でもおりましょうか」

 

 ライコウ殿がそう答えると、後は誰を向かわせるかの話に移る。いろいろと揉めたがウォシス殿の提案によりライコウ殿、デコポンポ殿、ムネチカ殿の派遣が決まる。海路を進むためにソヤンケクル殿の力を借りることとなり迅速に準備が進められていった。某はムネチカ殿が留守中の帝都の護りを任される事となった。

 

 

 そしてその数日後には軍勢はまとめ上げられ帝都を発った。

 

 

 その数週後には戦端が開かれた。緒戦は調子よく進軍していたようだが現在は敵の策に嵌ったのか連絡が途絶し、増援を送ったもののそちらも消息を絶っている。硬直状態に陥っているのだろうが、補給路も断たれ状況は悪いだろう。要因は―――地の利、敵側の精強さ……いくらでもあるだろうが一番は敵側の将が非常に優秀なのだろう。

 

「……本当に最悪の事態に陥っているとは思えぬが、ままならぬ……」

 

 そう呟いていると、この屋敷で働いてる女衆が某の執務室に入室を求めてくる。許可を出しマロロから報告が届いた事を伝えてくれたのであった。

 

 

Interlude out

 

 

 道中は平和に進み、帝都まであと数日という距離になった時に道の先からすごい勢いで進んでくる一団がみえた。なんかその中に妙に見覚えのある姿が混じっているのだが、何かあったのだろうか?

 

 そしてその一団は自分達の車に近づいてくると少し手前で速度を落とし、自分たちを待ち構える。自分たちも車を止めると一団の中から貴族風の着物を着た白塗りの顔をした男性……マロロが近付いてくる。普段なら自分を見つけるとものすごくテンション高く近づいてくるのだが、今はその顔は厳しく引き締められていた。やれやれ……何があったのかはわからんが碌でもなさそうな気配がするなこれは。

 

「どうしたんだマロ。こんなところで」

 

「ハク殿。オシュトル殿より文をお預かりしているでおじゃる。少しお時間を頂いてよろしいでおじゃるか?」

 

 

 世界は動き出している。そしてそれは否応なしに彼らを巻き込んでいくのであった。




お読みいただきありがとうございました。


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