魔法科高校の救世主 (ノット)
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プロローグ

突然閃いたので、書いてしまいました。





 二〇六二年。

 

 少年少女魔法師交流会が行われていた会場に大漢の兵隊が浸入し、多くの者が傷を負い、中には死亡した者までいた。しかし、彼らの目的はそんなことでなくある一族の娘だった。

 

 運が悪いことに彼女の親は近くに居らず、いくら魔法が使えると言ってもまだ子供であった彼女は抵抗むなしく捕まって眠らされてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「ここは?」

 真夜は周りを見渡そうとした時、両手両足が繋がれていることに気づいた。そして、手足が動かないという事に底知れない恐怖を感じる。

 真夜は十師族の家系ということもあり、聡明だった。しかし、そのせいでこれからの状況を把握できてしまったのは彼女にとって最悪でもあった。

 

「いや、いや、いや、離して」

 泣き叫びながら逃げようともがく。このままだと取り返しのつかない事になる気がする。真夜はもはや直感の域でそれを理解していた。手首と足首にそれぞれ繋がれている鎖は鉄のようなもので出来ている事もあり、膂力だけでは動きもしなかった。

 せめて、魔法だけでも使えていたのならこの程度で真夜も焦りはしなかっただろう。だが魔法を阻害する物質が鎖に使われているのか、真夜は魔法を使う事ができなかった。

 しばらくもがいたが、一向に動ける気配はなく、動けないでバタつく幼い少女を見ながら周りの大人達はニヤケていた。

 

 そして、下劣な目をしていた大人の一人が真夜の服に手を伸ばす。

 

「やめて、触らないで‼︎」

 抵抗はなんの効果も発揮せず、衣服は破り捨てられ下着のみになってしまった。

 真夜はまだ子供で、未成熟な身体をしていたのが更にこの男達の何かを刺激した。

 

 ハサミをどこからか取り出し、最後の砦をおとす。

 

「ううっっ」

 声にならない声で抵抗を続けるが真夜本人もわかっていた。

 

(私はもう……こんな最低な奴等に)

 

 真夜の身体が触られようとした時にやっと周りの大人達は異変に気付いた。

 

 寒すぎることに。

 

 ここは研究所の地下であるからそれなりに温度は低いがそれでも十八度ほどである。

 だが、今は十度を下回っているほどに感じる。

 

 そして、この部屋に誰かが近づいてきているのを真夜以外は気付いた。別に足音が聞こえたというわけではない。扉は研究所というに相応しい遮音性を有している。では何故、彼らは近づいていると分かったのか。

 

 圧迫感だ。体が押しつぶされていく圧迫感が徐々に迫ってきている事から真夜以外が第六感によって理解していた。

 徐々に迫ってくるにつれて、更に寒くなっていくことにも気がつく。これは本当に寒くなっているのか、それとも恐怖によってそう感じてしまっているのかどうかは彼らにはもう分からなかった。

 

 足音は扉のすぐ前であろう所で聞こえなくなった。

 その直後、扉は吹き飛びそれを行なったであろう人物の正体が目にうつる。

 

 少年だった。誘拐した少女と変わらないほどの年齢の。大人達はそれを見て安堵して、そのまま二度と動くことはなかった。

 

 

 

 

「大丈夫?」

 真夜は下着をとられてからパニック状態に陥っていた。研究所の職員が何かに怯えているのが分からないくらいには。

 いつまでたってもこない痛みとなんだか優しい声に流されて、恐る恐る目を開けると穏やかそうな少年がそこに立っていた。

 そして、真夜は理解した。

(私、助かったんだ)

 

 安堵したからか今まで堪えてきたものが一気に込み上げてきて自然と真夜の目から涙が溢れてきた。

 そんな彼女を優しく彼は抱きとめて泣き止むまで、そのままの状態で優しく頭を撫でた。

 

 ◇

 

 大分落ち着いてきた真夜は謎の少年に尋ねた。

「助けてくれてありがとう。あなたは一体、何者?」

「僕の名前はシュウ。……訳あって、旅をしていたんだけどちょうど君がここに担がれていくのが見えたんだ。周りの人間のタダならない感じから拉致されたって思って、助けに来たんだ。違ったかな?」

 

「ううん、あってる。ありがとう。私は、四葉 真夜。……本当に助けてくれてありがとう。あのままだったら私……」

 何度も感謝の言葉を真夜は目の前のシュウに伝えた。その事から彼女がどれほど怖がっていたのかがうかがえる。

 

「当たり前のことをしただけだよ。これ」

 シュウは自分の上着を脱いで真夜に渡した。

 

「ーー?」

 真夜は上着を渡されたが、なんで渡されたのかが分からなかった。

 

「服」

 

 その言葉を聞いて真夜は目線を自分の体にもっていった。

 すっぽんぽん。

 それが真夜の現状を説明するのに適切な言葉だろう。真夜はここではじめて自分が裸なのに気付いた。

 

 ◇

 

「シュウのエッチ」

 そんな理不尽すぎる言葉を聞きながら二人は外へと向かっていた。裸を見てしまったせいなのか、真夜もシュウもお互いに対して遠慮がなくなった。

「それで真夜ってどうして捕まったの?」

 シュウはこの施設の出口に向かっている最中にその疑問を真夜に聞いた。真夜が捕まっている場所に向かう途中で粗方敵兵を殺してきたが、見逃しがあるかもしれないので慎重に歩きながら。

 

「私の家が四葉家っていう日本の十師族に位置してるからだと思う」

 

「良く分かんないんだけど、結構良いとこの家って捉えて良い?」

「うん」

「そうか……」

 

 シュウは世間に詳しくないためなんとも四葉家や十師族とかいう言葉を知らない。しかし良いところに生まれたという理由でこんな事になるのは間違っている。これだけは確信できた。誰もが意図してその家に生まれるわけではない。

 

 二人がそんな話をしていたら、いつのまにか外がすぐ目の前だった。異変を察知して増援が外にいないかを警戒しながら外に出たが、シュウが索敵できた範囲には敵はいなかった。

 一刻も早く、離れたいという風な真夜の顔の後押しもあり、二人はとにかく目的も決めずに遠くまで走った。

 

 かれこれ二十分ほど走り、真夜の息が荒くなってきたので一旦休憩を取る事にして、シュウは来た方向を振り返った。

 すでに研究所はかなり遠くになってしまっているが、シュウの目には研究所の近くに集まる、仲間であろう大人達がたくさん集まっているのが見えた。防犯対策としての何かが別の場所になったのかも知れない、とシュウは推測したがちょうど良かった。

 

「真夜、僕はこれからあそこを破壊しようと思ってるんだけど、いいかな?」

 非人道的な施設を壊すのにシュウは躊躇などしなかった。こんなものは世界にあってはいけない、と心の底からシュウは思う。それを行なっている人間も同様に。

「ええ。お願い」

 

 

「そうか。じゃあ僕のとっておきで…… 綴る」

 

 そう言うやいなや、シュウは空中に文字を詠唱しながら書き始めた。

 

「終わらせる者よ 氷狼よ そなたの息吹を貸しておくれ 死よりも静けく凍えさせておくれ 盛者必衰は世の摂理 神の定め給うた不可避の宿業  ………………我は望む 白一色の景色を 我は望む 美しき死の世界を 我は望む 醜き万物が埋もれ 閉ざされる世界を 我は望む 全てよ停まれ 停まれ 停まれ」

 

 

 詠唱し終えた直後、シュウの真上から冷気をこれでもかと帯びた竜が現れ、研究所に突進していった。

 そして、ぶつかった直後そこから辺り一面はものすごい早さで凍結していきものの数秒で辺り一面を銀世界へと変えていった。かなり遠くにいた二人だったが、二人の目の前まで凍り付いていた。

 

「これは!? シュウって本当に何者?」

 明らかに人間業ではない所業に真夜は声が裏返りながらも問いを発する。

「……ただの一般人だよ」

 真夜を見ながらはぐらかす様にシュウは微笑んだ。

 

「さっきの施設の周りには人が集まっていたのが見えた。ということは多分だけどこの辺にはまだこんな人道に反してる研究所が他にもあると思うんだ。僕はそれを潰して回ろうかと思ってるんだけど、真夜はどうする?」

 

「私も貴方について行く。私をこんな目に合わせた奴らの最後を見ていたいし、なにより貴方ともう少し一緒にいたいから」

「じゃあ、行こうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 後に、大漢の研究所を銀世界へと変えた魔法は戦略級魔法として認められこう名付けられた。

 

 

 

摩訶鉢特摩地獄(コキュートス)」と

 

 

 

 

 




知っている方は読んだだけで、ピンときたかもしれませんね。


「思い……だした‼︎」さんの技です笑



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落涙

待っている人はいないかもしれませんが、お待たせしました‼︎

もう一つの小説がメインなのでこっちは投稿が不定期になります。




 僕は記憶喪失だった。

 現在の年齢が十二歳で、一年前に山の中で目が覚めた。

 辺りには誰もおらず、自分の名前がシュウということ以外は何も分からない。そんな状況を怖いと思わなかった事に恐怖したのを今でも覚えている。

 とりあえず何をするでもなくボケっとしながら目覚めた日は過ぎていった。だが、人間誰しも食べなければ生きてはいけない。

 周りに生えている草やキノコを食べて生活して、寝るという生活が始まった。

 ここではない場所に行こうかと迷ったのだが、この場所にいた理由が記憶を失う前の自分にはあったのかもしれないと思い、この山に住み着く事に決めた。

 

 こんな、サバイバル生活を繰り返していたある日、夢を見た。

 

 自分が魔法を使い、化け物を倒しているという夢だ。

 どこか現実的ではないが、夢とは思えない。そんな夢だった。

 夢を見た日から二日に一回は夢を見るようになった。

 

 目がキレイなおっさんに特訓してもらったり、九つの首をもっている怪物を倒そうと思ったら九つなんてのは真っ赤な嘘でもっと首がある化け物と戦ったり、本当に様々な夢を見た。

 そしたら、いつの間にか現実でも魔法を使えるようになっていた。夢で見たものと同じものだ。何故できるようになったのかは僕にも分からない。記憶にはないが体は覚えていた。そんな不思議な感覚だったが、使える事でサバイバル生活がうんと楽になったので些細な事だと思い気にしなくなっていった。

 そして、半年程経ったにも関わらず誰も山には現れなかった。

 山と自分には何の関わりもない事が分かったので、山を出て外の世界へと旅を始める事に決めた。

 

 何をするでも無い旅だった。やっている事は山か外かの違いはあれどあてもなく彷徨うことしか出来なかったし、そもそも情報がないので何処に行けば良いのかすら分からなかった。

 

 それからまた半年ほど経った時に真夜が拐われているところに遭遇した。

 

 ◇

 

 という、僕の身の上話をしたら真夜は驚愕していた。記憶喪失の事を打ち明けたので無理もないと思う。

 

「怖いんだ」

 身の上話をしたせいなのか、今までずっと思っていた事が口からふと出てしまった。

「何が?」

「……元々の僕がどんな人間だったのか知らない事が。何をして来て何であそこにいたのか分からないことが。そしてなによりも」

 

 ーー平然と人を殺せた事が。

 非人道的な行いをしていたから殺した。間違ってはいないかも知れないが正しくもない。

 しかし、あの時はそうする事しか頭にはなかった。

 後悔はしていない。あんな場所はあってはいけないと思っているし壊して回っているのも正しい事だと理解している。だが、人を殺すということに忌避感を感じなさすぎている。

 殺人というのはあってはいけないことだ。頭では理解できているのに体が動いてしまったという事は元々の人間がそういう人間だったのかもしれないという事かもしれない。それが、怖い。

 真夜に思っていた事をいつのまにか全て話してしまっていた。自分でも分からないうちに心にダメージを負っていたのかもしれない。

 

「シュウは優しい人よ。見ず知らずの私を助けてくれた。こんな事が出来る人が悪い人な訳ないわ」

 幼子をあやすように優しい声で一番欲しいと思っていた言葉を真夜は言ってくれた。

「……でも」

「でもじゃない!」

 真夜は僕の肩に手を置いて目をじっと見てきた。

「貴方はそんな人じゃない。こうしてずっと一緒にいたから分かる。私を信じて」

 真夜が嘘を言ってないのは目を見れば分かる。心からそう思ってくれていることも。

 ーー嬉しかった。

 心の中で重荷になっていたものが、軽くなった気がした。未だに謎はある。けど、真夜が信じてくれるならそれを信じたいとそう思えた。

 

 僕が真夜を救ったように、真夜は僕を救ってくれた。

 

 

 ◇

 

 真夜を助け出してから、いくつもの研究所を潰し、大漢にある大きな研究所を破壊した後に彼らは来た。

 

 真夜の父親達ーー四葉家だ。

 

 

「真夜、遅くなってすまない」

 四葉 元造は真夜にそう本当にすまなそうにしながら謝るが真夜は僕の側から離れようとしない。

 

「真夜、お父さんが来てくれたよ」

 

「今更、来てどうしようっていうの」

 真夜は自らが危機だったにも関わらず、一週間以上してからやってきた父親に対して怒っているらしい。

 

 自分の貞操がもう少しで大変なことになっていた真夜のことを考えると怒るのも無理はないかなとも思う。

「僕もちょっと遅いかなとは思うけど君のことを本当に大事に思っているからこうして助けに来てくれたんだ」

 

「だからなんだっていうの」

 

「だから……」

 そういいながら真夜の背中を軽く押した。

 

「もう無理しなくてもいいよ」

 真夜は元造の下までゆっくりとだが歩き、俯きながらポツポツと話し始めた。

 

「私、本当に怖かった。身動きが取れない状態で何をされるかも分かって、それで、それでね……」

 

 真夜は泣きながら元造に自分の想いを伝えた。

 

 怖かった。

 

 もうダメかと思った。

 

 なんでもっとはやく来れなかったの。

 

 でも、来てくれてありがとう。

 

 

 最後に元造に抱きついて真夜は眠ってしまった。

 

 

 

 

「シュウと言ったかな。本当に真夜を助けてくれてありがとう。この恩は絶対に忘れない」

 

「いえ、僕は自分が助けたいと思ったからやっただけですよ」

 真夜を見て、笑いながらそう答えた。

 

 

 

 

 その時に突然、僕の体から光が立ちのぼる。

 

「シュウ君‼︎ 一体どうしたんだ」

 突然目の前で意味の分からない現象に、元造は驚愕する。

 

「分からないです。でも、身体に力が入らなくて……」

 僕は強烈な眠気に襲われてゆっくりと意識が沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、シュウは光が消えると同時に忽然といなくなってしまった。

 



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目覚め

久しぶりに更新しました。



 海の上でプカプカ浮かんでいる。それが今の僕の状況だった。真夜の父親の英作さんに真夜を預けたところまでは覚えているが、それ以降の記憶が無く、気がついたら海の上に流れ着いていた。

 また、記憶喪失かと自らの事を疑ったが、この状況からしてテレポーテーションのような力かもしれない。僕の夢の中に出てくる、人たちの中に空間を移動するような能力の人物がいた事から不可能なことではないのだろう。

 現状を把握したので、ここから移動したいのだが如何せんどこに行けば良いかも分からない。見る限り、辺り一面には海しかない。

 困った僕は夢の中の魔法ーー闇術という力の中から使えそうなモノがないか思い出して見る。

 闇術は攻撃や防御に使えるものは多いが、サポート的に使えるものがあまり多くない印象が僕の中にはある。

 羽毫の体現(デクリーズウエイト)。今回使えそうだと思って使った闇術の名前だ。自身の体重を限りなくゼロに近い状態にすることができる技だ。これによって体を宙を浮き、高い視点を確保することができた。

 

 下からは見えなかったが、北の方向に島が見える。ここから見て、豆粒のような大きさであることからかなりの距離があるようだ。その事がわかり、若干憂鬱になりながらも他に行くあてもないことからその島に向けて泳ぎ始めた。

 

 一時間、二時間、三時間……。どれくらい泳いだ事だろう。自分でも驚くほどの体力があるこの体のおかげで、精神的にはかなりキツイがまだ動けなくなるほど疲れているわけではない。

 だが、一旦休憩のつもりで背泳ぎに切り替える。結局泳いでいるので休憩とは言えないが、空を見ながら泳ぐという事で幾分かは気も晴れる。

(暑いなぁ)

 そんな事を考えている時だった。急に海の状況が変わり始めた。先ほどまでとはうって変わり、波が高くなり始める。ただ、浮いてるだけでは体が波にもっていかれてしまい身動きがとれなくなりそうだった。一旦、落ち着くまで闇術で空にいようと思った時だった。僕は何十メートルあるか分からない程高い波に飲まれてしまったのは。

 

 ◇

 

 

 唇に何かが押し当てられている。これはどこかで感じた事がある柔らかさだった。

 ーー僕が?

 いや、これは夢の中。サラシャという人物が、冥府の魔女という人物が、嵐城 サツキが、漆原 静乃がしてくれた事だ。

 ーーだれに?

 

 そんな事を考えていたら段々と意識が遠くなっていった。

 

 ◇

 

「大丈夫ですか?」

 僕はそんな言葉を聞いて目が覚めた。目の前には優しげな雰囲気を持った女性が一人。どうやら、波に飲まれた自分はこの人に助けられたようだった。体のあちこちが痛いがなんとか立ち上がる事が出来たので、座ってから彼女に向き合った。

 

「あの、助けていただいてありがとうございます」

「いえ、浜辺に倒れていた貴方を運んだくらいしかしてないのでお気になさらずに。それよりも私の前に出ないでくださいね」

 

 どういうことですか? と聞く前にそれはやってきた。

 砲弾だろうか。かなりの大きさがある物質がこちらにとんできていた。マズイと思って目を瞑ったがら衝撃はやってこなかった。目の前の女性が守ってくれたらしい。彼女は魔法が使えるらしかった。真夜にも以前少しだけ聞いたことがあった魔法師というやつなのだろう。

 

 目が覚めてから辺りを見渡していなかったので気がつかなかったが、僕の後ろにも何人か人がいることに気がついた。何やら、銃のようなものを構えているが何をやっているのだろうか。そんな事を思っていると後ろから声が聞こえてくる。

 

「うっっ」

 助けてくれた女性の声だった。

「大丈夫ですか?」

 先程、彼女が僕に言ってくれた言葉を今度はこちらが聞いた。

 彼女は僕の方を振り向いて、微笑を浮かべる。

「大丈夫ですよ」

 

 絶対に大丈夫じゃなかった。額には汗が吹き出ていて、息も荒い。

 けれど、僕には優しく微笑むだけで弱音を吐いたりはしなかった。

 砲弾が次から次とやってくる。

 彼女は限界だった。

 ーーもうやめさせないと体が壊れる。

 

 直感的に僕にはそう分かった。だが、どうすればいい。

 夢の中から今、使えそうな闇術を探す。

 炎、氷、雷、水。覚えているものを瞬時に思い出すがこの状況ではクソの役にもたたない。まず、闇術を使うにはスペリングと詠唱が必要だ。詠唱は無くても使う事ができるが威力が落ちてしまうし、どちらにしろ時間が足りない。

 

(何かないのか‼︎ 僕に、俺に(・・)やれることは‼︎)

 

 

 

 ーー思い出せ。

 そんな言葉が僕の脳裏を過る。

 

 ーー貴方にはもう一つの力があるはずよ。

 何処かで聞いた事があるセリフを思い出した。

 

 ーー勝ったら、キスしてあげるからー‼︎

 そんなバカな事も思い出してしまった。

 

 

 そうか。俺は…。

 

 

 

「思い……出した!」

 

 

 

 

 俺は灰村 諸葉という前世の記憶を持つ人間だ。

 

 思い出したと同時に体から通力(プラーナ)が溢れ出してくる。出来ていなかったのが逆に不思議に思うほど自然に使う事ができた。

 

 そして、前世では認識票を用いて顕現させていたサラティガも何故か自らの手の中にあった。何故あるのかは分からないが、今はそんな事を考えている時間はなかった。

 

 剣に通力をありったけ込めて今、正にやってくる砲弾に向けて解き放った。

 

 技の名前は太歳。通力を放出して暴風を起こすだけの技のはずだった。灰村 諸葉という人物を前世にもっているからなのか、僕の体にはそれはそれは意味がわからないほどの通力があった。それを全てサラティガに込めて解き放ったのだ。

 その結果、何故か分からないが斬撃が飛んでいった。それは砲弾を切り裂き、砲弾を打っていた艦隊にも当たった手応えがあった。何はともあれ、砲弾が止んだので気にしないことにした。

 通力を込めすぎてかなり疲れている中、目の前の女性が倒れるのが見えた。ふらふらとしながらも彼女の下へと向かった。

 どうやら、気が抜けて眠ってしまっているだけのようだった。

 

 俺は彼女のふにゃっとした寝顔を見ながら安堵した。

 それと同時に艦隊の方からとてつもない爆風がやってくる。

 そちらの方向を見てみると、球体状になっている白い光が見えた。なんだかよく分からないが、とてつもないエネルギーをあれから感じた。

 後ろにいた人達がやったことかもしれない。

 俺は立ち上がろうとして、上手く立たないことに気がついた。通力を使いすぎたのか、はたまた泳いで疲れているだけなのか分からないが俺の意識はだんだんと薄れていった。

 

 



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質問

説明が多いかもです。すいません。でも、これ入れないと聖剣使いの禁呪詠唱知らない人は分からないと思うので。


「どこだ、ここ?」

 目が覚めて、天井がある場所に寝かされていたらしい俺は起きて早々困惑した。あの後、気絶してしまった俺は誰かにここまで運び込まれたらしい。

 すると、部屋のドアが唐突に開いてあの女性が入ってきた。

「あ、気がついたんですね。良かった」

 相変わらずの笑顔で話しかけてくるが、不快感はなくこっちまで嬉しくなってくる笑い方だ。

 

「ここは、一体?」

「ここは私の仕えている方のお屋敷です。貴方を放置しておくわけにもいきませんでしたので」

「その、ご迷惑をおかけしてすいません」

 ペコペコと何回も俺は頭を下げる。

 

「いえ、というよりお礼を言うのは私の方です。貴方が手を出してくれなかったら私は魔法の過剰使用で死んでいたかもしれません。助けてくださってありがとうございます」

 目の前の女性が今度は頭を下げる。

 俺は慌てて、頭をあげてくださいと言った。

 なんだか親近感わくなこの人なんて思っていたら、彼女もそう思っていたらしく、二人してなんとなく微笑みあった。

 

「あの、俺の名前はシュウといいます。あなたのお名前はなんと言うんですか?」

「私は桜井 穂波です。それでですね申し訳ありませんが、私の仕えている方が貴方に興味を持たれているのでお会いになっていただけませんか?」

 断る理由もないのでその提案を承諾して、桜井さんの後ろをついていく。

 結構、立派なところだなぁと屋敷の中を歩きながら俺は思った。桜井さんがとある部屋の前で止まってノックをする。

「入っていいわよ」

 なかなか威厳のありそうな声が中から聞こえてくる。俺は一回深呼吸をしてから中へと入った。

 

 部屋には一人の女性しかいなかった。その女性はなんだか途轍もなく嫌な感じはしたが、なんとか顔にだすことはなかった。

「わざわざ自分を運んでくださいまして、ありがとうございます」

 一先ず、先のお礼を述べる。

「いえ、何やらその娘を助けてくれたみたいたがらその程度のことは当たり前よ」

 

「私が貴方に聞きたいことはそんなことじゃありません。貴方は一体何者ですか?」

「何者と言われましても、普通の一般人ですが」

 前世の記憶がある一般人です。なんていっても、頭がおかしいやつを見られそうなのでとりあえずは言わないことにした。

 話してて思ったが、この人どこかで会った事があるような気がするんだよな。

 

「一般人には剣で艦隊を傷つけることなんてできません。それが貴方の魔法ですね?」

「魔法ではないですよ。こい、サラティガ」

 自分の手の中にサラティガを出す。桜井さんは一瞬、警戒したが俺がやり合う気は無いと目で伝えるとすぐに元の位置に戻った。

 

「触っても?」

 俺は軽く頷いて、返事をする。ツンツンと指で押したり、剣をしっかり持って素振りをしている様子を見てなんだかお茶目な人だなと感じる。そして、そんな様子を見て俺は思い出した。

 

 真夜に似ているんだと。

 

「見たところ、私では立派な剣という事ぐらいしか分かりませんが、これで艦隊を?」

「はい。これに通力(プラーナ)を込めて斬りました」

気息(プラーナ)を込めて?」

「今も体を覆っている通力を全て、剣に込めて放ったらなんか出来ちゃいました」

 なんか重たい雰囲気になってきたので少し、おどけてみたがなんら改善することはなく、目の前の女性は俺のことをじっとみてきた。

 

「私には貴方の事を覆っている通力なんてものは見えませんわ」

 通力って救世主達以外には見えないのか?

「穂波、貴方は見える?」

「いえ、私にも見えません」

 困ったな。なんか俺が嘘ついているみたいになったな。信じてもらえるには……。

 

「なら、これなら見えますか?」

 サラティガに通力を込める。俺からみて体を覆っている通力よりかなり密度が違うんだが、果たして?

 

「わっ光ったわ」

 見えた事にご満悦の様子。よかった、よかったと俺も一安心する。救世主じゃない人には体が光っているのは見えないという事で良さそうだ。そういえば、真夜を助けた時も魔力(マーナ)を使って周りのエネルギーを吸収して光っていたけど何にも言われなかった事を思い出した。あれは、何も言わなかったんじゃなくて見えていなかっただけか。

 

「それで、貴方が使った力は結局何ですか? こんなもの、私は今までみた事がありませんでした。BS魔法に近いような気もしますが、そもそも魔法という括りではないですよね」

 頭が良いのか、勘が良いのかことこどく看破していくこの人すごいな。

 

「ええ。これは光技という身体能力を上げる技の総称です」

 

「……この力は誰でも使う事が出来るのかしら?」

 実際、どうなのだろうか。俺も前世の記憶を頼りに話している部分が大部分なので詳しいことは分からない。一般人も頑張ったら使えるようになりそうな気もするが、なんとも言えない。

 

「正直に言って、分かりません。才能がある人なら頑張ったら出来るかもしれないとしか」

 

「あら、そう」

 なんだか、少しホッとしているような顔をしている。それよりも。

 

「あの、聞きたい事があるんですがいいですか?」

「何ですか?」

 

「真夜っていう名前の子供、知ってますか?」

 

 俺がその名前を口にした瞬間、部屋の空気が凍った。

「……真夜ね。そんな名前の子はたくさんいるから何とも言えないわね。苗字は何ていうのかしら?」

 女性は自らの太ももを尋常じゃないくらい指でトントンしている。なんだなんだ。俺は地雷を踏んでしまったのか?

 

「確か、四葉だった気がしますが」

 今度は桜井さんまでそわそわし出した。二人して可愛いな。

 

「……貴方の名前を聞いても良いかしら?」

 そういえばこの人にまだ自己紹介をしていないことに気づいた。

 

「自分の名前はシュウって言います。その記憶喪失なんでファミリーネームは分からないんですけど」

 目の前の女性と桜井さんは、お互いを見つめて深く深く頷きあった。

 

 

 

「穂波、確保よ‼︎」

「了解しました‼︎」

 

「うぇぇ?」

 

 

 




魔法科には気息と書いてプラーナと読む謎のエネルギーがあります。シュウはプラーナと、言ったら通力ですが、深夜さんの場合気息を思い浮かべたので本編ではこういう書き方をしました。

でも、どっちかに合わせないと面倒くさいのでこれからはプラーナといったら通力と書きますのでご了承ください。


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真相

「あの、これ解いてください」

「ダメです。逃げたら困りますので」

 俺は今、体をぐるぐる巻きにされて桜井さんに担がれている。名前を言って少ししたら、とんでもない手際で俺は捕まってしまった。どうやら、物騒なことはしないと言っていたので命の危機とかいうことにはならなそうだ。実際にぐるぐる巻きにされてはいるが丁重におもてなしされている。

 

 そんな俺と桜井さん、謎の女性、謎の子供二人は飛行機に乗っていた。

 相変わらず、動けないが特に不便というわけではなかった。桜井さんがせっせと動いてくれるし、トイレに関しては子供二人のうち男の子が手伝ってくれているので少し恥ずかしいくらいだ。

 

 しかし、一緒の空間にいて思ったが、この人達の間には会話がない。なんでもこの三人は家族らしいが、家族とは思えないほど冷え切っている。兄と妹の仲はそこまで悪くないというかとても仲が良さそうに見えるが、問題は母親の方だ。

 俺と話していた時、出ていた素の感じを出せば仲良くなれそうなものを……。

 そういうことで、母親の方はずっとぷりぷりしているので必然的に俺の会話相手はそれ以外となる。

 

「やぁ、初めまして。なんかよく分からないけど、拘束されているけどよろしくね。シュウって言います」

 俺は愛想よく、兄妹二人に話しかける。

 

「よろしくお願いします。私は、司波 深雪と言います。後ろに立っているのが、兄の司波 達也です」

 妹の方である深雪さんが返事をしてくれる。兄の方は俺に向かって軽く頭を下げるだけで何も話そうとはしなかった。正確にいうと話す許可が下りてないだろうか?

 

「あの、貴方は一体何をしたんですか?」

「それはこっちが一番聞きたいことだよ。なんか名前を言ったら捕まっちゃってね」

 桜井さんの方を見ながら言ってみるが、彼女は首を横に振るだけで何も答えようとはしなかった。

 

「シュウさんと言いましたよね。特に珍しい名前でも無いですし、やはり何かやってしまったというのが一番考えうる事ですね」

 深雪さんは結構真面目に考えてくれているあたり、良い人なのかもしれない。母親とは大違いだ。

 

「やらかしたか……。俺の人生の中で一番やらかしたのはあれだな。研究所を凍らせたやつ。やったことは後悔してないんだけど、使った技がな……」

 禁呪を使ってしまった。前世では使うのに政府の許可が必要という、被害が出すぎるがゆえに滅多なことでは使わない技を使ってしまった。

 あの時は、まだ記憶も割と朧げでちょっと強い技ぐらいの気持ちで使ってしまったが、今考えてみるととんでもないことをやらかしたものだ。

 おそらく、禁呪を使った場所は二度と氷が溶けることはないだろう。周りに住んでいる人にはすごい迷惑だろうなぁ。

 

「凍らせたですか。大丈夫ですよ、私も少し気が高ぶると周りを凍らせてしまうので大したことじゃないですよ」

 おぉ、なんて良いなんだ。だが、君の凍らせるとレベルが違いすぎるんだ。なんて良い人なんだ。

 そして、桜井さんはこちらを見て冷や汗をダラダラ流している。もしかして、その事知ってるの?

 

 兄妹の母親も貧乏ゆすりが先程から止まっていない様子から知っているらしい。

 

 

 それゆえに俺は捕まっているのかもしれない。

 ヤバイな。弁解の余地がない。

 

「あー、トンズラしたいな」

 つい本音が、口をついて出てしまうのだった。

 

 ◇

 

 俺たち一行は、あれから飛行機を降りてその晩はホテルで一泊。次の日、車を走らせる事数時間漸く目的地に着いた。

 沖縄の別荘が小さく見えてしまうほど、でかい屋敷だった。残りの四人は見慣れているからか特にそのことについては反応しなかった。むしろ俺の反応を見て楽しんでいる節があった。

 

 俺は相変わらず桜井さんに担がれたまま移動する。兄妹二人とは既に別れて、俺と桜井さん、兄妹の母親の三人で屋敷の地下へと進んでいる。

「あの、どこまで進むんですか。もうかなり深いところまで来てると思うんですけど」

 特に疲れたというわけではない、むしろ桜井さんは俺のこと担いで疲れないのだろうか?しかし、こんな場所にまで来て何をするのだろうか。

 

「そうね、そろそろ話してもいいかもしれないわね。ここには私たち三人しかいないし、盗聴のおそれもないですし」

 桜井さんは俺の事を下ろし、拘束も解いてくれた。

「それで、一体どういうことなんですか」

「そうね、まずは何から話せば良いことかしらね。自己紹介でもしましょうか。私の名前は四葉 深夜。四葉 真夜の姉よ」

 

 まぁ、顔のつくりがかなり似ていたので血縁関係があると思っていたのでそれほど疑問はない。ただ、

 

「それにしては、歳が離れすぎてませんか?真夜は十二歳と確か言ってました。それに対して深夜さんは三十前後ですよね。いや、でも、ありえるか……。ご両親は色々頑張ったんですね!」

 ありえないというほどではないが、歳がはなれすぎている。それについては、ご両親がやんちゃしたという可能性があるのでなんとも言えない。

 

「残念だけれども私の歳は四十二よ」

 ちょっと嬉しそうにするのやめて。可愛いから。

「って、え⁈ とてもそうは見えないです。お若いんですね」

 

 じゃあ、桜井さんも結構歳がいっているのかもしれない。見た目的には二十代前半だと思っていたが、もしかしたら三十路……。

 

「ちなみに穂波は三十よ」

 

「え⁈ 桜井さんもそうは見えないです‼︎」

 桜井さんも顔を赤くするのやめて。かわいいから。

 

「さて、話を戻すけれど私の親は特に頑張ったとかいうのはないわ。そして、これが一番大事なことだけれども私と真夜は双子よ」

 

「そ、そんなバカな。真夜はあんな小さいのに本当は四十二だと……」

 

 俺は人生で一番衝撃的な事を聞いたかもしれない。あんな幼気な少女が実はおばさんだと。そんな事を考えていたら、深夜さんから頭を小突かれた。

「いえ、そんなわけないでしょ。たしかに、貴方と出会った時の真夜は十二歳だったわ。でも今は四十二歳。この意味わかる?」

「……俺は時間を跳躍したのか?」

「おそらくはね。方法は分からないけど貴方は三十年程未来に飛ばされた。見たところ、貴方自身の力ではないらしいから何故起こったのかは分からないけれど」

 

 とても信じられないが、というか今でも信じていないが深夜さんが全て正しい事を言っているのなら俺は時間を跳躍したらしい。

 

「何故、俺が真夜を助けた人物だと確信したんですか?」

「そうね、私は真夜から自分を助けてくれた人についてそれはそれは詳しく語られたわ。そして貴方を見たとき、私の勘が貴方だと感じたわ。話を聞いていくうちに確信したわ。貴方なのだと」

 

 名前も同じで、おそらく顔や髪などの特徴も教えてもらっていたのだとしたら不思議ではない。まぁ、おそらく彼女達は三十年歳を重ねた俺を探していたのだろうけれども。

 

「ちなみに、貴方が作った氷の地獄は今も当時と何も変わらないわ。三十年経っても溶けないなんて、凄まじいわね」

 

 三十年経ってもとけなかったか。あと百年くらいしたら溶けないかな?

 

「話を戻すわね。人物捜査に協力してくれていた穂波も貴方のことを対象だと判断したから、私たちは貴方を拘束したの。逃げられないようにね。まぁ、貴方が意図して消えたわけじゃなかったから拘束してた意味はなかったわね」

 

「そして、対象を見つけた私たちがすることは今向かっている先にあること」

「真夜がこの先にいるんですね?」

「えぇ、そうでもあるけれど、違うとも言えるわね」

 

 どういうことだろうか、と俺が深夜さんに聞く前に一つのドアの前で深夜さんは止まった。

 

 

「この先で、全てが分かるわ。私も貴方も」

 俺が分かっていないのはわかるが、貴方まで?ここにきて更に疑問が増える。

 

 

 

 深夜さんはドアを開ける。

 

 

 

 

 ドアを開けた先に見えたのは棺桶に入っている真夜だった。




評価をしてくれると励みになります。



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深夜のうちに何本か投稿しているので注意してください。


「どういうことですか?」

 見た目的には二十代より若く見える。いや、深夜さんの件から考えるに二十代半ばあたりの年齢のはずだ。そんな彼女が、死んでいる。

 

 

 

 

「真夜はね、貴方のことをずっと探していたの。十年以上も。目が覚めたら忽然と消えしまった貴方。そして、貴方の事を見たことがあるお父様はあの大漢に報復しにいった時に亡くなってしまった。シュウなんて人物の事を周りに発表する前に。だから、貴方がいた事を証明できるのは真夜一人だけになってしまった」

 

「正直に言うとね、私はシュウなんて人は空想上の人物だと思ってたの。真夜が心を崩壊させないために真夜が作り出したヒーロー。真夜は、攫われて助けられた時には心も体も犯されてしまっていると私も四葉の臣下達も疑ってなかったわ。だから、みんな彼女の妄想に付き合ってあげていたの。シュウなんて人物がいるというね」

 

「私達は真夜の妄想のために真夜が本当に生殖機能を失ってしまったのかを誰も調べなかったわ。真夜にしてみれば何もされていないから、あって当たり前。私達からすると調べてしまったら真夜の妄想が破綻すると考えていたの」

 

「直に真夜も気づくの。あの子、頭も勘も良いから。誰もが探しているふりをしているだけだって。でもあの子だけは本気で貴方を探していたわ。何年も何年も……。でも、結局見つからなかった。真夜も段々とあれは夢だったんじゃないかって思い始めた頃だった。真夜が二十五になる頃にね真夜は一大決心をするの」

 

「真夜は貴方のことをどうしても忘れたくなかった。だから、その記憶を持ち続けようとした。真夜は自らを仮死状態にするっていうことを決めた」

 

「いつか、シュウが来るその日まで私は眠ってるって…」

 

「それなら十年後、先代も亡くなり事情を知るのは私一人になってしまった。現当主は私、四葉 深夜だけど、英作さんの遺言には真夜が目を覚ましたなら彼女を当主にせよと書かれていたわ」

 

「私はシュウなんて人がいるとは思ってなかった。でも、いて欲しかった。でなければ、真夜が起きることはないから。私が一番信用している穂波にも情報を共有して捜索に当たったわ。けれど、やはりダメで気分転換に旅行でもと思っていた時に貴方と出会ったの」

 

「考えてみれば、貴方がいる証拠なんていくらでもあったのにね。現代の魔法ではありえない溶けない氷。体に傷一つなかった真夜。お父様の安心した死に顔。それでも私達は真夜を信じてあげられなかった」

 

「信じてあげていれば、達也さんなんて子も生まれなかったかもしれない。私は真夜が心の内では世界に復讐を願っていると信じ続けていた。いえ、そうあって欲しいと思っていた。だからこそ、真実に目がいかなかった。わたしは……」

 

 四葉家の人間として厳格な人物であり続けた深夜は何十年かぶりに涙を流した。

 俺は泣き崩れる深夜さんに寄り添ってあげることしかできなかった。

 

 

 ◇

 

 

「その、ごめんなさいね」

 泣き止んでから、自らのした事を思い出して死ぬほど恥ずかしがっているのが今の深夜さんだ。

 

「いえ、それよりもなんかすいません。俺がいなくなりさえしなければもっと……」

 そうなのだ。話をややこしくさせたのは俺が神隠しにあったかのように消えるという出来事が起こったから。

 

「貴方も自らの意思でいなくなろうとしたわけじゃないじゃない。むしろ、貴方も被害者よ。私が全ての黒幕」

 

「そんなわけないじゃないですか。深夜さんは真夜さんの事を思ってやっていただけで……桜井さんもそう思うでしょ?」

 

「そうですよ。奥様は何も悪くありません。私の方こそ奥様の苦悩に気づくことができず、更にシュウさんの唇まで奪ってしまうという大惨事を起こした黒幕です」

 

「えぇ、唇ってなんの話ですか桜井さん‼︎」.

 桜井さんは、しまったという顔になった後、俺の方を向くことなくそっぽを向いてしまった。

 

 

「まぁ色々ありましたが、とにかく真夜を起こしましょう。そんで、真夜に土下座でもなんでもして謝り倒しましょう。三人で」

 

「えぇ、そうね」

「はい」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、良い夢は見れた?」

 

「いいえ、だってこれからシュウと一緒に見るんですもの」

 




もうこれで終わらしたい。


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今後

 目が覚めた真夜は二、三言葉を交わすとまた直ぐに眠ってしまった。仮死状態になっていた事による、体力の低下やなにやらのせいと深夜さんは言っていた。

 対外的には真夜さんは病気ということで、屋敷から出ていないということになっていたが、内の人間には何処にも真夜がいる痕跡がない事から今までかなり不気味に思われていた。深夜さんは、屋敷の人間全てと四葉の村に住んでいる分家当主を集めて、重要なところは省いて説明したそうだ。俺にはどのくらい説明したのかを教えてくれなかったが、どうやら俺の存在は言ったらしい。

 そういうこともあって、俺は四葉の邸宅を自由に移動できる権利を得た。使用人の人達から頭を下げられるのは、未だに慣れないが、やめるように言っても結局言うことを聞いてくれないのだから、諦めた。

 

 そして、ごく一部の人物しか知らないことだが深夜さんと達也さんさんの仲が冷えたものではなくなった。達也さんは深夜さんの世界に復讐するという黒い心から産まれたも同然である事、それは実は勘違いだった事など、俺にはよく分からない魔法の事も話していたので途中から思考を放棄していた。桜井さん曰く、

「貴方を兵器として育てた、大元の理由は勘違いでした。ごめんね、てへっ」

 ということらしい。随分、可愛らしく脚色されているが間違ってはいないらしい。

 達也さんには本当の事を包み隠さず話したらしいので終始、驚いていたそうだ。今でも、俺の事をじっくり見てくるからその驚きがかなり深いとみえる。

 

 

 そんな俺は何をしているのかというと、

「シュウ、リンゴ食べさせてー」

「はいはい、少しお待ちよお姫様」

 真夜の介護係だった。少し真夜の体調が落ち着いてから、三人で謝りにいき殴られる事を覚悟して事の次第を話したが真夜はあっさりと許してくれた。最も怒ったのは桜井さんが俺に対して、人工呼吸を行なっていたという事だろうか。波に飲まれて救出されてから、俺が起きるまでにそんな事があったらしいが、俺の生死に関わる事だったのでそれもすぐに許してくれることになった。

 代わりと言ってはなんだが、真夜がしっかりと動けるようになるまでのお世話係に任命されたのが俺だったというわけである。

 

「んー、美味しい」

 真夜はとても二十代には見えない顔をしている。マジで、四葉家に関わりがある女性は見た目が若くないとダメなのだろうか、と不思議に思う程だ。そんな真夜はもう決して逃がさないという意思表示なのか、昔以上に俺にべったりしている。

 

 

 嬉しくないといえば嘘になるが、それ以上にマズイことがあった。

 

 

(オパーーイ‼︎)

 もうそれはそれは、豊かな胸が俺の腕に当たっていることだ。前世での記憶にはおっぱいぱふぱふという事をされた覚えがあるが、よく灰村 諸葉は理性を抑えられたものだと感心した程だ。

 

 俺のとある部分は常に臨戦態勢に入っていて、真夜もその事に気付いている節がありいつでもどうぞ見たいな雰囲気を漂わせているが、そんな事は出来ない。

 部屋の中には俺たち二人しかいないが、少し神経を尖らせてみればこの部屋の周りにはかなりの数の人が配備されていた。メイドや使用人はおろか、暗殺者っぽい人までいる。これは、俺が信用できないのではなくて護衛のためらしい。そんな中、真夜と運動会する性癖など無いし、というか真夜とは特にそういう関係でもなかったりする。好きなのは分かっているが先に進むことができない幼馴染のような関係というのが今の俺たちを表すのに適切な言葉かもしれない。

 

 そんなジレジレした関係のまま俺は真夜のリハビリを手伝っていく今日この頃だった。

 

 

 ◇

 

 

 

「今なんて言いましたか? 深夜さん」

 

「だから、学校に通いなさい」

 真夜も漸く、一人で動けるようになり手持ち無沙汰になった俺にそう深夜さんは言った。

「いや、でも俺戸籍とか無いんですけど」

「そんなもの、四葉の力をもってしたらでっち上げる事なんて容易な事よ」

 

 たしかに、このまま何もしないでいると真夜のヒモみたいで嫌な感じがしていたので渡りに船ともいえた。

 

「そうね、確か今貴方は十四歳でしたね。中学は通信制でいいから、高校からはちゃんとしたところに通いなさい。私には貴方を命令する権利なんてないから、結局は貴方次第だけれども行った方が良いとは思うわ」

 

「その、学費なんかは……」

「それくらい払ってあげます」

「よろしくお願いします」

 

 深夜さん、ホントめっちゃ良い人だわ。初めて会った時は氷の女王かよとか思っていたけれども、あの日から少しづつ丸くなり始めた。まだ、現四葉の当主として活動しているが来年か再来年には真夜に当主を譲るらしいとは本人の談だ。

 

「あら? そういえば、貴方って魔法は使えるのかしら?」

 ふと、深夜さんはそんな事を聞いてきた。

「あぁー、そういえば調べた事なかったですね。多分使えないと思いますよ」

 光技と暗術を現在は使えているのにこれに加えて更に魔法なんてとてもではないが使えるとは思えない。もし出来るとしたら、俺の才能はもう自分で言ってはなんだがあり過ぎると思う。そんな予想とともに否定の言葉を深夜さんに告げた。

 

 

「そうだと、良いのだけれどね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「奥様、シュウさんは天才です‼︎」

 

「……魔法科高校に行きなさい」

 




今作の深夜さんは魔法の酷使はしていないので、体は健康そのものです。だから、まだ死にません。

達也くんの感情は消えたままです。深夜さんも必死になおそうとしていますが、上手くいかず、何より達也が感情を取り戻すのにあまり乗り気ではないからです。感情を取り戻したら深雪に対する愛が薄れてしまうかもしれないと思っているからです。


四葉家の当主以外の人達がシュウについて知らされているのは、真夜の恩人という事くらいです。戦略級魔法に認定された技を使えるとは深夜と真夜と穂波さんと葉山さんくらいしか知りません。




シュウと真夜を警護していた人達「もうこいつら爆発しろ」




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入学

アニメの一話を見直して気がついた事ですが、穂波さんは沖縄戦の達也を守る時ヘルメットを被っていました。
当作ではヘルメットをしていない設定でよろしくお願いします。

そして、今回は話が進みません。すみません。



「納得できません‼︎」

 俺の目の前でラブコメが繰り広げられている。彼等は俺がすぐそばにいる事を忘れているのだろうか。

 

 国立魔法大学付属第一高校。今日から俺が通う高校の名前だ。運の良い事に魔法の才能があった俺は、この高校に言ってはなんだが余裕で受かることができた。むしろ、普通科高校に受かる可能性の方が低いくらいだった。

 真夜にも言ったことがあるが、俺は記憶喪失であり幼少の頃の記憶が無い。よって勉学の記憶も無く、わずか数年で高校に受かるレベルの学力を身につける必要があった。前世の記憶のおかげで簡単な計算や文字などは身についていたが、歴史などはまったく別のものだった。達也という勉学を教えてくれる先生がいたが、受かるとしても相当勉強をする必要があるはずだった。

 しかし、この魔法科高校は魔法実技に重きを置いているので勉学の方が多少出来なくても何とか取り返しはつく。それでもそれなり以上の知識は必要だったが、なんとか合格することが出来た。

 

 

 一科生として。

 

 

 第一高校には、一科と二科という括りがある。

 入試成績で分けられているらしいが、何故分ける必要があるのか謎である。制服までわざわざ別物にしているのを見ると、その分のお金がもったいないなと思うのは生来の貧乏性だからだろうか。

 

 深雪と別れた達也と俺は入学式が始まるまで、外のベンチで待つ事にした。

「それにしても、達也と深雪と同じ高校に入れてラッキーだったよ。一人だと何か寂しいし」

「いや、それを言うなら俺の方が運が良かった。この高校に受かる事が出来たこと自体がな」

 

 達也はこうやって謙遜しているが、まぎれもないエリートだ。魔法実技自体は苦手としているが、魔法についての知識量自体はずば抜けている。俺のような魔法実技だけで強引に入学したエセインテリとはレベルが違う。

 

「まぁ一科でも二科でも入ったもん勝ちだから、そんな些細なこと気にする必要ないよ」

 達也はそれを聞いて少し、微笑むだけで何も言わなかった。

 

 ◇

 

 おれと達也たち兄妹は家が隣同士であることから、知り合ったという設定で学校を過ごそうと予め決めていた。達也達は学校では四葉家とはなんの関わりもない生徒として通すそうだ。まぁ、色々と嫌な噂がたくさんあるのでしょうがないといえばしょうがないのだろうが。

 というか、四葉の中で一番嫌な噂というのは例の氷の世界を作り出したあの禁呪についてである。だからこそ、俺は少なからず罪悪感を感じイメージ改善をしようと考えているが良い案は特にない。

 

(真夜とか深夜さんとか穂波さんとか面白い人も多いんだけどな)

 

 ベンチに座って空に向けてため息を一つついた時に、彼女はやってきた。

「新入生ですね。開場の時間ですよ」

 見目麗しい女性が立っていた。

 魔法師はその歴史から顔のつくりが比較的美人や美男の人の方が多い。彼女も例に漏れずそうなのだろう。

 

 達也がさりげなくあしらっているが、彼女はそれに気づかないのか、それとも分かっている上で気にしていないのか分からないが、ぐいぐい話しかけてくる。

 

「あっ、申し遅れました。私は当校の生徒会長をしています、七草 真由美って言います」

 

(七草か……)

 確か、四葉と同じく国の頂点に立つ魔法師一族の内の一つだった気がする。

 

「俺は、いえ自分は司波 達也です。それで隣にいるのが」

「灰村 (シュウ)と言います」

 

「そう! 貴方が司波君と灰村君なのね⁈」

 何やら驚いている様子の会長。達也はともかく俺はそんなに変なことしたか?

 

 どうやら、達也はペーパーテストの結果がずば抜けて良かったらしい。

 

「そして、灰村君。ペーパーテストの点数は合格者どころか受験者の中でも最下位だったにもかかわらず、魔法実技の成績が良すぎて入学になった異質な生徒だって有名ですよ」

 

 うそーん。そんなに点数悪かったか……。バカだバカだと思っていたがここまでとは。少し泣けてきた。

 そんな俺の様子を見て慌てて、慰めに入る会長。

「いえ、別に貶しているわけじゃないんですよ。私はただ、魔法実技が凄いなって思っただけで……」

 

 慰めてもらうと余計に惨めになるものなんだなと俺は人生で初めて知った日だった。

 

 

 

 

 

 




あと一つ評価がついたら色がつくな〜(誰か押してくれないかな)



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祝辞

聖剣使いの禁呪詠唱を知らない方はニコニコ動画で一話だけでも見てみて下さい。

必ず、笑えます。




 うとうとしながらも、なんとか深雪の答辞を聴き終えた俺は、達也達にメールで先に帰るとだけ送って先に帰ってきた。

 ちなみにクラスはA組だった。達也とは同じクラスにならないだろうが、深雪とは可能性があるので後で聞いておく事にしよう。

 

「ただいま」

「おかえりなさい、シュウ君」

 家のドアを開けたら、穂波さんが立っていた。

 何故、穂波さんが居るのかと聞かれたならば真夜のせいという他ない。

 隣の司波家よりは小さいがそれでも十分大きい家を去年から当主になった真夜からもらった俺は、はじめは一人暮らしをする予定だった。

 しかし、また居なくなられたら困ると真夜の鶴の一声によって穂波さんという監視役兼お手伝いさんと一緒に暮らすことになったのだ。

 

 穂波さんは元々、深夜さんのガーディアンだったのだが色々秘密の多い俺のことを良く知っている人物として穂波さんが抜擢されたのだ。

 

 だが、真夜は考えなかったのだろうか。俺も健全な十五歳の男児だ。穂波さんと一つ屋根の下で暮らすというシチュエーションはなんとも言い難いものがある。穂波さんを変な目線で見ていると言うことはないが、女の人の独特な匂いやらなんやらで大変でしかたない。それに、料理もできて性格も良い。なんて理想的なお嫁さんだろうか。

 

(一家に一人穂波さんがいるととても素敵な生活を送れそうだなぁ)

 

 そんな俺の思考を読んだのか、穂波さんは俺の方を見て首を傾げている。

 

 もう、可愛すぎて俺の命がもたない。

 

 

 ◇

 

 今日、俺が早く帰ってきたのは眠かったという理由もそうだが、入学祝いのパーティーの準備をするためである。

 昔から達也は四葉家でも冷遇されていて、こういった事はした事がないと穂波さんが悲しげな顔で言っていたので、じゃあやりましょうと俺が言ったことから開催が決定された。

 達也と深雪には内緒であり、先に帰ったことを不思議がられるかもしれない。それでも、俺がやると言ったのに準備の全てを穂波さんに任せるというのはなんとも無責任かなと思い、こうして手伝っているわけだ。

 

 達也に帰り際にウチによってきて欲しい旨を教えたので、全ての準備が整った。

 

 すると、家にチャイムが鳴り響く。

(さっきメールを送ったばっかりなのにもう来たのか?)

 

 少し驚きながら俺は玄関まで行き、ドアを開けてみる。そこに立っていたのは司波兄妹ではなかった。

 

「御機嫌よう。久しぶりね、シュウさん」

 

 司波 深夜。真夜の姉だった。

 

「深夜さん、どうしてここに?」

「穂波からその、パーティーをするって聞いたものだから……」

 

 穂波さんは俺の後ろでニヤニヤとしている。俺もどうしようもなく不器用な深夜さんを見てたら口の端が自然と上がってきてしまっていた。

 

「早く、案内しなさい!」

 俺たちの顔を見て少し不機嫌になった深夜さんは穂波さんの後をズカズカ歩いていってしまった。

 

 ◇

 

 達也と深雪は豪勢な料理を作っていた俺たちを見て意図を察したらしく、誰にでもわかるくらい喜んでいた。達也も感情が希薄ながらも喜んでいるのがわかった。

 

 深夜さんが来るまでは。

 

 先にいては威圧してしまうからと、上の部屋で待っていた深夜さんは達也達が席に着いた時に入ってきた。

 達也と深雪、正確に言うと深雪に緊張が走っているようだった。まぁそれも無理はないことだろう。真夜が目覚めるまではずっと、家族とは思えない態度を取っていたから。

 深夜さんと達也は和解したと言っていたが、やはりどちらにも思うところはあるのだろう。

 

「深雪さん、入学おめでとうございます」

「……ありがとうございます」

 まずは、深雪に。そして、沈黙となる。

 

 達也になにも言わないことに深雪は少しムッとなるがすぐにポーカーフェイスを決め、達也は最初から期待していなかったらしく眉ひとつ動かさなかった。

 

 

 次の言葉がなければだが。

「そ、その達也、貴方も入学おめでとう」

 だんだんと声は小さくなって言ったが、確かに達也に祝いの言葉を深夜さんは述べた。

 

 

 照れているのか、今更自分にそんな事を言う資格がないと思っているのか深夜さんの心情を正確には理解する事は出来なかったが、それでも関係を改善したいと思って深夜さんは一歩を踏み出した。

 

 俺と穂波さんはやっぱりまた、自然とニヤケ顔を作ってしまっていた。それを見て、もう怒りが爆発したのか自分のCADを投げて来る深夜さん。

 

 母親の今まで見たことない姿を見たからなのか、それとも兄に対してのセリフなのかを聞いたからなのかは分からなかったが、深雪は目尻に涙を溜めて笑っていた。

 達也は自分が夢を見ているのではないかと疑っていた。

 

 

 やっぱり家族はこうでなきゃな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シュウさんにセクハラされたって真夜に言いつけてやる‼︎」

 

「ごめんなさい、それはホントにやめてください」

 

 

 





なんて、優しい世界なんだ。



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爆発

徹夜の時に起こる、謎のハイテンションでこの話を書いたのでかなり聖剣使いの禁呪詠唱っぽいモノが出来上がりました。

聖剣使いの禁呪詠唱っぽいものとは……冷静になると恥ずかしい。









 高校生活二日目。

 今日の朝は寺に稽古に行くらしいので達也と深雪とは別に一人で登校した。

 初の高校生活というわけで、少しばかり早く学校に着いてしまったが、他の人もその様な理由からか、ちらほらとクラスの中に人がいる。

 

 指定されている自分の席について受講登録を済ませたら暇になってしまった。

 手持ち無沙汰になり、端末を開いて適当にページを開いて、それを読んで行く。

 

 思ったよりも内容が面白く、集中して読んでいたらクラスの中が騒がしくなってきた。どうやら、深雪が登校してきたらしい。周りからは深雪の見た目の美しさについての賛辞で溢れていた。確かに、深雪は恐ろしく綺麗だ。目鼻立ちもしっかりしていて、顔のつくりも左右対称である。周りが騒ぐのも無理はない。

 

 そんな深雪がこちらに歩いてくる。もしかして……。

「おはようございます、シュウ君。お隣ですね」

 心なしかほっとした様子の深雪だが、俺からしたら全然ほっとしない。俺に向けて周りから物凄い視線がくる。おそらく、コイツと深雪の関係はなんなのだと誰もが思っているはずだ。

「おはよう、深雪。偶然だな」

 話しかけながら、この周りの奴らをなんとかしてくれと目で訴えてみるが、深雪はニコッと微笑むだけで何もしてくれない。

 彼女の微笑みにより俺に向けられる視線に、軽く殺気が込められる様になった。

(あぁー、俺の高校生活終わったかも)

 

 俺は深いため息を一つ吐いた。

 

 ◇

 

 お昼は深雪に一緒に食べないかと誘われたが、穂波さんに作ってもらったお弁当がある事に加えて、深雪の後ろにいる男子たちが殺気だっているのでやんわりと断っておく。

 深雪達ご一行が教室から出た瞬間に俺の周りに人が集まり始める。

 案の定、深雪との関係を聞かれる。ただのご近所さんという予め決めていた回答をすると、周りは納得し、深雪への繋がりを持つために俺にすり寄ってくる奴で溢れた。

 

 一人一人適当にあしらっていたら休み時間が終わってしまった。授業より疲れたなぁと思うと同時に深雪はいつもこんな感じの生活を送ってるのかと思うとある種の尊敬の念が俺の中に湧いた。

 

 

 ◇

 

「シュウ君、一緒に帰りませんか?」

「あぁ、帰ろうか」

 深雪と一緒に帰る事でまた面倒なことになりそうだったが、もう今日はなんでも良いから早く帰りたかった。

(帰って穂波さんのご飯を食べたい)

 切実にそう思っていた。

 俺と深雪の後ろにずらっとクラスの人達が付いてくる。深雪もやんわりと断っているのだが、そんな事気にしないとばかりについてくる。

 深雪ももうなにかを言うのを諦めたようで、俺と会話しながら達也との待ち合わせの場所に向かった。

 

 

 

「何の権利があって、二人の仲を引き裂こうとするんですか!」

 また、面倒なことになったなぁと俺は、そしておそらく達也も思っていることだろう。

 達也と合流したのは良いが、そこから何故か一科生が達也と深雪を引き離そうとした。彼ら曰く、一科と二科では釣り合わないから当然らしい。

 

 深雪は深雪で達也と何かを話して、エキサイティングしているし、もう収拾がつきそうにない。

 

 もう一人で帰ろうかなと思っている時に、とうとう一科生は許容限界を超えたらしい。

 CADを操作して、俺たちに向かって魔法を放とうとしている。が、二科生の女子がそれを止めようとしているのが視界の端に見える。十中八九、彼女によって妨害され魔法が放たれることはないだろうが、そしたらそれで一科の他の連中が激昂しそうだ。

 今日、何度目かのため息を吐くと同時に俺は一瞬で二人の間に移動した。

 

 光技の一つ、神速通。

 足に通力を纏うことで高速移動を可能にした俺は、一科の生徒のCADを弾き二科の女子の警棒を受け止めた。

 

「もう、そこらへんでやめとけ。犯罪者になるところだったぞ」

 一科の生徒に向かって忠告する。

「お前は一科のプライドというものがないのか‼︎ ウィードなんかとつるんで恥ずかしくないのかよ⁈」

 

 

 

 

 思い……出した。

 

 

 

 

「お前たちに一つ言いたいことがある」

 

 

「この世に、人が人を縛る鎖なんて、ないんだよ‼︎」

 

「深雪がどこでなにをしようが、深雪の勝手だろうが。深雪の行動をお前らが無理やり縛ると言うのなら俺が相手になってやるよ」

 

 

 通力をいつもは体に押し留めているが、それをいま解放した。

 彼らの目には見えないが、謎の重圧により一科生はなにも言えなくなってしまった。そして、俺の言葉が届いたのか、少し冷静になれたようだった。

 

「司波さん、無理矢理付きまとってすいませんでした。あと、灰村、そのなんだ、ありがとう」

 ぶっきらぼうに彼はそう言い、すぐにその場を離れて言った。他の一科生も頭に登った血が下りたのだろう。すぐに散っていった。

 

 

(ん? なんか俺変なこと言わなかったか?)

 

 今日一日のイライラが限界を迎えたのと、突然前世の記憶を思い出した事によりなんだかペラペラ喋ってしまったが途轍もなく恥ずかしい事を言わなかっただろうか?

 

 ゆっくりと達也たちの方を振り返る。

 赤髪の少女は今にも吹き出しそうにしていて、眼鏡をかけた少女は何故だか顔を真っ赤にしている。達也はいつも通り何を考えているか分からないし、深雪に至っては今の台詞を録音していたらしい。

 

 

 

 

 

 この日、俺に黒歴史が出来た。

 

 

 

 

 




七草&渡辺「私達の出番は?」



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疑念

原作のイベントにシュウを絡ませるのがめっちゃ面倒くさい事に気づきました。
真夜と穂波さんとの関係だけを書きたい今日この頃。




 赤髪の少女は俺の背中をバンバン叩きながら、しばらくの間ずっと笑っていた。

 俺がかなり気にしているのに目の前で笑っている少女に軽くぶっ飛ばしたくなるがやめておく。

「笑いすぎだぜ、まったくよ。さっきのゴタゴタを解決してくれてありがとな。俺は西城 レオンハルト、レオって呼んでくれ」

「そういえばそうだったわね。あまりにも臭すぎる台詞を聞いたから忘れちゃってた。私は千葉 エリカ。さっきはありがとね」

 真正面からお礼を言われたので、なんとか先程の怒りを抑える。

「俺は灰村 秋。こっちこそ、同じクラスの奴が悪かったな」

 

 レオが良いやつすぎて惚れてしまう……。

 

「もういろいろ疲れたから、帰らないか?」

 達也に向けて俺は提案する。

「そうだな、いつまでもここにいても仕方ないからな。帰ろうか」

 

 やっと帰れると思った、俺の後ろから俺たちを引き止める声が聞こえた。

 

「あの、待ってください!」

 立っていたのは同じ一科生の女生徒二人だった。

 

「光井 ほのかです。さっきはすみませんでした」

 二科生の中心人物であろう達也の方を向いて二人は頭を下げる。

「頭をあげてくれ。結局何も起こらなかったし、一科の生徒であるシュウが止めてくれたからこの事は水に流そう」

 

 達也はエリカやレオの方に同意を求める様に目線をちらっと合わせる。

「そうそう、気にしてないから私達」

「あぁ、何もなくてよかったぜ」

 他の二科生からもお咎めなしだったために二人はホッとしたように顔を綻ばせた。

 

「あの、それで灰村さん‼︎」

 まだ何か用があるのだろうか?

 光井さんの方に体を向けた。

「さっきの言葉、私感動しました‼︎ 私を弟子にしてください!」

 

 弟子って何だよとか、君の感性すごいなとか色々言いたい事はあったが、とりあえず彼女を見て俺は言いたい事が一つあった。

 

「さっきの事は、なかったことにしてくれ」

 

 ◇

 

 

「ただいまー」

「おかえりなさい、シュウ君」

 

 はぁ、穂波さんを見てるだけで疲れが取れていくー。

 

 明日から穂波さんにも学校に着いてきてもらおうかな?教師には彼女は俺のCADですと言ったらなんとかならないだろうか。

 うんうんと一人納得していたら、穂波さんが思い出したかの様に、手をポンと叩いた。

 

「あ! そうそう、先程真夜さんから連絡がありましたよ。シュウ君が帰ってきたら話したい事があるらしいです」

 

 

 

 

「なんだか結構久しぶりな感じがするな。まだ一週間もたってないのに。それで真夜、どうかしたのか?」

 

「……」

 なんだか分からないが、少し威圧感を感じる。去年から四葉家当主になった真夜だったが、深夜さんも手伝ってくれているらしくそんなに大変じゃないとは本人の談だ。しかし、当主になった事である種のカリスマの様なものが真夜から感じ始めるようになった。周りを黙らすために自然と身についたのだろうが、今それを俺に向けているのは何故だろう。

 

 後ろから穂波さんが、すっとお茶を渡してくれたので、一口飲んだ。

 

 

「シュウ、深夜にエッチなことをしたって言うのは本当なの?」

 

「ぶっ‼︎」

 

「それに、穂波とは毎晩エッチなことをしているって聞いたのだけれど、どういうことなのシュウ」

 

 昨日の言っていたことを本当に実行するとは思っておらず、俺はかなり慌てた。真夜は、お嬢様として育てられたからか周りの事は疑い深いが身内の事はすぐに信じ込んでしまう性格だった。それに加えて、姉である深夜さんから聞いたという事で、ますます信用したと言ったところだろうか。

 

「どっちも嘘に決まってるだろう! そんな事してないから!」

「本当かしら? 穂波、本当?」

 俺は信用されていないらしく、穂波さんへと視線が移動する。

 

「え、えぇ。ほ、本当ですよ真夜様」

 なんだかやけにどもっているが、どうかしたのだろうか?というか、今どもると、嘘をついている様に見えてしまうのだが。

 案の定、真夜は疑いの目線を穂波さんに向ける。

 

「まぁいいでしょう。穂波はともかく、シュウは手なんて出す度胸がないヘタレということはすでに知っていますから」

 なんだか、疑いが晴れて嬉しいのか微妙な気分になる。

 

 

 

「それはさておき、本題はここからよ。……第一高校にねテロが起こる可能性があるの。……シュウの力を貸してくれないかしら?」

 

 

 

 

 




ということで、原作からは少しづつ離れていきます。

作者的には、シュウの事が好きすぎて九校戦に応援しにくる真夜さんを早く書きたいので、入学編はさらっと飛ばしていきます。



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弁当

 翌日。

 

「達也くーん‼︎ シュウくーん‼︎」

 達也と深雪と登校していたら、後ろから七草会長が走ってやってきた。やけに馴れ馴れしい会長に軽く引きながら、達也と顔を見合わせた。俺は入試の点数でいじられて以来話していないし、達也も首を横に振っているので特に親しくなる事はしていないという事だろう。

 そんな会長を見て、俺は改めてはてなマークを頭に浮かべた。

 

「達也君、シュウ君おはよう。深雪さんもおはようございます」

 俺たちと深雪とのこの差は何なのだろうか。会長は男子が好きで媚を売っているのだろうか。

 

「シュウくーん、聞いていますか? 今日のお昼に生徒会室にきて欲しいんだけど」

「あ、はい、大丈夫ですよ」

 

 なんだか厄介ごとに巻き込まれたような気がした。

 

 ◇

 

 俺は教室のドアの前で一度、止まって深呼吸をした。昨日、言いくるめてしまった人たちにどんな対応をされるか心配だったからだ。

 深雪はそんな俺を見てクスクス笑っている。

「シュウ君でも、緊張とか不安を感じたりするんですね」

「そりゃ俺だって人間なんだから当たり前だろ?」

「いえ、だって叔母様の前でも緊張なんてまったくしていないじゃないですか」

 真夜は深雪や達也の前では厳格な姿勢でいつも話している。それは、真夜曰く当主はこういう固いイメージじゃなければいけないらしい。俺と二人きりのときは女子高生の様な話し方をするが…。

 なので、そんな真夜に対して緊張しないのは俺としては当たり前なのだが、深雪からしたら物凄い胆力を持っていると勘違いされている様だ。

 真夜のためにそんな勘違いを直そうとはしない俺も悪いが。

 

 教室に入った俺に一番はじめに近寄ってきたのは光井さんだった。

「おはようございます、シュウさん!」

「おはよう、二人とも」

 謎の弟子宣言をされた俺だが、なんとか言いくるめて普通に友達という間柄になった。

「おはよう」

 光井さんの後ろからのそっと姿を現したのは、北山 雫さん。光井さんの親友である。

 

 ズカズカと彼女たちの後ろから歩いてくる男子生徒がいた。昨日、俺が言いくるめた後、唯一謝った人物だ。

「自己紹介がまだだったな、僕の名前は森崎 駿。改めて、昨日は止めてくれてありがとう。客観的に見たら僕はかなり図々しい事をしていた。司波さん、昨日はすいませんでした」

 

 彼に何があったのだろうか。俺があまりにも痛々しい事を言ったせいで、我に帰ったという事だろうか。まぁ何はともあれ、初めにあったような嫌な感じではないので良かったのだが、何とも釈然としない感じである。

 

 他の一科生も俺に謝ってきたので、それを受け取り良い関係を築きあげる事ができた。

 友達なんて出来る気がしなかった初日には予想もしていない事の連続だった。

 そんな、昨日とは違う意味で対応に慌てている俺を見て、深雪は優しく微笑んでいた。

 

 ◇

 

 昼休み。達也と合流した俺達は生徒会室に向かった。

 嫌な予感しかしない俺は足取りがかなり重かった。

 

 

「失礼します」

 いつでも冷静な達也の声を皮切りに俺たちは生徒会室に入っていく。

 美しい礼とともに入っていく深雪とは違い、俺にはそんなスキルはないので俺なりに丁寧に頭を下げて入っていく。

 

「話を始める前に、ご飯にしましょうか」

 会長はそうきりだし、俺たちに配膳のメニューを聞いていく。俺は穂波さんに作ってもらったお弁当を持ってきていたのだが、会長達にはかなり驚かれた。

 いや、まぁ確かに俺はそれほど料理をしないが、人並みには出来るんですが…。

 俺に対する、周りのイメージがなんとなく分かり、俺はへこむ。

 

「入学式で紹介しましたが、念のため」

 会長はそう言って、生徒会室にいるメンバーを紹介していく。

 会計の市原先輩、風紀委員長の渡辺先輩、書記のあーちゃん先輩。

 俺がボソッと、

「あーちゃん」

 と声に出したら、頰を膨らませてこちらを見てきた。可愛かったのでこれからもあーちゃん呼びを固定していきたい。

 

「渡辺先輩、そのお弁当はご自分で作られたのですか?」

 空気を変えるためか、深雪がそう言った。

「そう、だが。意外か?」

 

「えぇ、意外です!」

 俺はつい、思った事を言ってしまう。言った後、すぐにその事に気づき、口に手をやる。

「ほぉー」

 目を細くしてこちらをジッと見てくる渡辺先輩。

「いや、あのですね。悪い意味とかではなくてですね、先輩のイメージ的にですね……」

 なんとか誤解を解こうとするが、どうやら失敗した様だ。達也はそんな俺を見て、やれやれといったような顔をしている。

 

「シュウ君もそのお弁当は手作りなの?」

 会長が困った俺に救いの手を差し伸べてくれる。

(男好きとか思ってすいませんでした)

「いえ、俺の弁当はうちの家政婦さんが作ってくれものですよ」

 そういった後、俺はお弁当に入っていた卵焼きを食べる。絶妙な味付けで卵焼きだけでお米を全て食べられそうだ。心の中で穂波さんに感謝をしながら弁当を食べ進めていく。

 

 そんな俺の幸せな雰囲気を察してなのか、渡辺先輩が悪い顔をして俺に質問をしてくる。

「灰村はその家政婦さんの事が好きなのか?」

「えぇ、好きですよ」

 穂波さんは俺の命の恩人であり、更にいつも俺のお世話もしてくれている。むしろこんな素敵な人を嫌いな人がいるなら見て見たい。

 

「え⁈」

 驚きの声が達也から漏れ、深雪は箸を地面にまで落とす始末だ。

 何故、そんなに驚くのかは俺には分からず首をかしげる。

 

 だが、会長達が頰を赤く染めているのを見て俺はようやく気づいた。

「あー、あれですよ。恋愛感情とかじゃないですからね」

 

 その言葉を聞いてようやく、みんな正気に戻ってくれたみたいだ。

 

 

 弁当を食べ終わって、ようやく今日集められた本題に入った。

 一つ目は、深雪を生徒会のメンバーに勧誘という事だった。

 深雪は自分が入るなら、達也も入れてくれないかと進言したが規則によりダメだったらしく渋々、深雪一人生徒会に入ることになった。

 

 そして、二つ目。これが俺が生徒会室に呼ばれた理由だった。

 

「俺が風紀委員会にですか?」

「えぇ。私たちが行く前に解決しちゃったみたいだけど、昨日騒ぎがあったのよね。それをシュウ君が解決したって聞いてね」

「それだけで、ですか?」

「まぁそれもあるけど、最大の理由は貴方が深雪さんをも凌いで実技一位だからかな」

 

 実技一位という言葉を聞いて、他の人達はかなり驚いている。俺としては、実技一位のくせにギリギリ一科生というのがかなり恥ずかしいことなのだが、周りはその事に気付いていないようだ。

 

「それで、どうでしょうか。生徒会推薦として、風紀委員に入ってもらえませんか?」

 

 断る理由もなければ、入る理由もない。俺としてはどっちでも良いんだが、どうしようか。悩んだ結果、俺は会長に返事をする。

「すいません。お断りさせて頂きます」

「どうしてですか?」

「会長もご存知の通り、俺は実技は出来ても一般教科と魔法理論に関しては素人に毛が生えたようなものです。実は、魔法科高校に入ると決めたのも、入学の一年ちょっと前でして。放課後は、魔法について理解を深めたいと考えていたので、その申し訳ありませんがお断りさせて頂きたいです」

 

 と、会長達には言ったが、これが最大の理由ではない。

 

 最大の理由は、早く家に帰りたいからだ。もっというと、家に帰って穂波さんと朗らかなひと時を過ごしたいというのが最大の理由である。

 そんな俺の内心を把握しているのか、達也はこめかみに指を当てている。

 しかし、会長達にはそんなことは分からなかったようで、俺の風紀委員会入りはなかったことになった。

 

「んー、じゃあ困ったな。あの時期までに風紀委員の補充が間に合うと思ってホッとしていたんだがな」

「確かにね。でも、シュウ君にもちゃんと理由があるから無理に入れさせるのは違うじゃない?」

「それは分かっているが……」

 

 会長と渡辺先輩が俺にはよくわからない内容の事で頭を唸らせている。

「あの、風紀委員に入ってくれる人のお話をしているんですか?」

 深雪が会長達に訊ねる。

「えぇ、そうなの。でも、これといった人がいなくて困っているのよ」

「それなら、お兄様に入ってもらうというのはどうでしょうか?」

 

 会長はその手があったかとばかりに手を叩いたが、渡辺先輩の方は何やら唸っている。

「司波、言いづらいんだがな、風紀委員は魔法の不正使用を取り締まる事もやっていてな。達也君にそれを止める力があるのか?」

「はい、お兄様なら大丈夫です。体術にも優れていますし、何より起動された魔法式を読み取ることができる技能を持っています!」

「な、なんだって! それは本当か、達也君!」

 

 しまったといったような顔を達也がするが、知られてしまったからにはもう遅い。

「……はい、俺は起動された魔法式を読み取ることができます。しかし、俺は二科生です。とても、風紀委員が務まるとは思えません」

 

 渡辺先輩がそれに対して、なにかを言おうとする前に休み時間が終わるチャイムが鳴り響いた。

 

「それじゃ、この続きは放課後ということで」

 七草会長のその台詞とともに、一旦解散となった。

 

 



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模擬戦

 放課後。

 またまた、俺と達也と深雪は生徒会室に向かっていた。俺は正式に風紀委員会入りを断ったので、行く必要はなかったのだが達也の実力を知る者として会長達にぜひ力説をしてくれと深雪に頼まれたので断りきれなかった。

 俺はどうにも深雪に甘いところがある。それは、深雪が大切だからというわけではない。真夜の面影があるからだ。深雪を見ていると真夜と重なるところがあるので、どうしても断りきれないのだ。

 

 

「副会長の服部 刑部です。司波 深雪さん、生徒会へようこそ。そして、君は灰村 秋君だったかな。君の様な実力者が風紀委員に入ってもらえないことはとても残念だよ」

 俺と深雪には朗らかに話しかけてくる服部先輩。そう、俺と深雪にはだ。

 

 二科生である達也を軽視しているのか、華麗にスルーを決め込む服部先輩に俺は、内心ビクビクだった。

 達也については心配していない。この程度で目くじらをたてるほど、小さい男ではない。問題は深雪だ。

 深雪の背中から、今にも「ゴゴゴっ」という擬音が聞こえてきそうなくらい圧を感じる。俺の背中には冷や汗がダラダラだった。

 

「あーちゃん、深雪さんの事は任せるわね」

「はいー」

 あーちゃん頼む、深雪の気を引いといてくれよ。

 

 

「達也君、君には一度本当に魔法式を読み取ることが出来るか試させてもらおうか」

「本当に読み取れるかどうかを試すという事ですね。それは構いませんが、俺は風紀委員にはなりませんよ」

 

「渡辺先輩。その一年生を風紀委員に任命するのは反対です」

 

「過去、ウィードを風紀委員に任命した例はありません」

 

(は、服部ー‼︎ も、もうやめてくれ、それ以上深雪を追い詰めてくれないでくれ‼︎)

 俺は心底そう思っていた。今ならまだ間に合うとも。

 

「二科生をウィードと呼ぶのは禁止されている。私の前で言うとはいい度胸だな」

 

 もう、ダメかもしれない。俺は渡辺先輩達が話しているうちに少しずつ後ろへと下がって行く。もう少しでドアの前、逃げれると思ったところで深雪の限界がきた。

 

「待ってください! 兄は確かに魔法実技の成績は芳しくありませんが、それは評価方法が兄の力に適合していないだけの事なのです」

「実践ならば、兄は誰にも負けません! ねぇそうでしょ、シュウさん‼︎」

 

 ここで俺に振るのかい‼︎ 部屋の人達の視線が俺に集まる。

 息を一つ吐いてから、達也について話し始める。

 

「魔法、体術なんでもありなら達也は間違いなく強いですよ。魔法実技だけで達也の全てを把握したつもりならそれは甘いと言わざるを得ません」

 

「それはそうだが、例えいくら体術に優れていたとしても魔法には勝つことなんて出来ない。司波さん、灰村、いくら身内だからといって不可能を可能とは言ってはいけない」

 俺たちに向けて諭す様に話しかけてくる服部先輩。悪い先輩じゃなさそうなんだけど、少し頭が固そうだ。

 そして付け加えるなら、今その言葉は絶対に言ってはいけなかった。

 

「お言葉ですが、私達は事実を述べているにすぎません。お兄様の本当のお力をもってすれば」

 そこで深雪の言葉は止められた。深雪が敬愛している兄、達也の手によって。

 

 

「服部先輩、模擬戦をしませんか?」

 

 

 ◇

 

 

「悪かったなシュウ。わざわざ口添えしてもらったのにこんな事になってしまって」

 元から達也の技能を確かめるために予約していた演習室へ向かう途中で達也にそう言われた。

「いや、俺の口がもう少し上手かったらこんな事にもなってなかったと思うからな。こっちこそ悪かったな」

 

「いや、お前はわざと体術を強調してあの力の事を隠そうとしてくれたんだろう。だから、謝る必要はない」

 

 あらら、バレてる。達也の魔法については四葉の奥の手ともいっていいので、真夜から口止めされていた。まぁ口止めなんてされていなくても言っていなかっただろうが。

 

「達也には深雪の言葉だけで必要ないかもしれないと思うけど、言わせてくれ」

 

「勝ってこいよ」

 

「あぁ」

 

 

 ◇

 

「ねぇ、シュウ君」

 会長は模擬戦の準備を二人がしている時に小声で俺に話しかけてくる。

「この勝負、どっちが勝つと思う?」

「そうですね、俺が余計な事を言わなかったら達也が圧勝していたと思います」

「余計な事?」

「達也が体術に優れているだろう事を服部先輩に教えてしまった事です。それがなかったら、服部先輩は油断して一撃で終わってたかもしれませんが」

 そう、あの場では達也の事を説明するために魔法以外の事について話すしかなかったが、今それが仇となってしまった。達也には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 

「じゃあ、シュウ君には勝負は分からないって事?」

「いえ、達也が勝ちます。絶対に」

「どうして、そう言い切れるの?」

 

「だって、妹の前では兄っていう存在は誰にも負けないものですから」

 

 前世、諸葉の事を兄様と慕ってくれていた彼女の前では絶対に負けなかった。だから、俺には分かる。この勝負、達也が勝つと。

 

 

「ルールを説明する。相手を死に至らしめる術式、ならびに回復不能な障害を与える術式は禁止する。直接攻撃は、相手に捻挫以上の負傷を与えない範囲であること。武器の使用は禁止、素手による攻撃は許可する。勝敗は一方が負けを認めるか、審判が続行不可能と判断した場合に決する。ルール違反は私が力づくで処理するから覚悟しろ。以上だ」

 

 

 

 

「始め‼︎」

 

 開始とともに達也は服部先輩の背後へと移動する。服部先輩は見えていなかったらしいが、正面に達也がいない事わ見た瞬間横に転がった。

 達也のなんらかの魔法は誰もいない空間を通り過ぎるだけに終わる。

 

 服部先輩は魔法式を起動しながら達也の方へと振り返る。流石に一科生だけのことはある処理速度で、達也へと素早く構築した魔法を使う。使用したのは基礎単一系移動魔法だろう。

 しかし、移動系の魔法は座標を指定しそこにある物体を移動させるというもの。達也の目はそれをいち早く読み取り、理解したのだろう。

 達也は一歩分横にずれる事であっさりと魔法を避ける。

 

 こんなにあっさりと避けられるとは思っていなかった服部先輩は動揺し、CADを操作するために目線を達也から外した。

 その一瞬が先輩の命取りとなる。

 

 瞬時に好機と判断した達也は、服部先輩の背後へと移動する。

 そして、無防備な彼に魔法を放つ事で試合は終わった。

 

 達也は立ち、服部先輩は倒れている。

 誰がどう見ても達也の勝ちだった。

 

 ◇

 

「待て、あの移動速度。はじめから自己加速術式を使っていたのか?」

 

「いえ、あれは正真正銘、身体的な動きです」

 なんでもない風に達也は渡辺先輩へ答えた。

「兄は忍術使い、九重 八雲先生の指導を受けているんですよ」

 

 その忍術使いがどの程度有名な人物かを俺は知らなかったが、会長達の反応を見る限りそれなりに有名な人のようだ。

 

「それに、あの程度の動きならシュウならいとも容易く実行可能ですよ」

 達也はなぜか、俺を巻き込んで来た。

 視線がまた俺に集まるのを感じる。

「本当なのか、灰村」

 

「えぇ、まぁ出来ます」

 昨日、同級生の前で見せてしまっているし別に秘密にしたいわけではないので先輩の問いに肯定した。

 だが、なんだか疑い深そうに俺の事を見てきたのでちょっと実演することにした。

 

 昨日も使った光技の一つ、神速通。それを使いながら、渡辺先輩の回りで反復横跳びをする。

 

 渡辺先輩の目からは、あまりの速さで俺が分身しているように見えている事だろう。

 目を回している先輩を見るにちょっとした意趣返しは成功のようだ。

 

「相変わらず、お前はとんでもなく速いな」

「そうか? このくらいの速さなら、おじさんでも出来るぞ」

「いや、どんなおじさんだそれは」

 

 事実、前世で目が綺麗なおじさんと戦った記憶があるが、彼はあれよりも速く動く事が出来ていた。

 恐るべきおじさんだったな。

 

「い、今からでも遅くない。風紀委員に入らないか? 君になら次期風紀委員長を任せる事ができるんだが」

 ふらふらした足取りで俺にそんな事を言ってきた。

 

「穂波さ……いえ、勉強をしたいのでやめておきます」

 

 俺は良い笑顔でそれを断ったのだった。

 

 




服部先輩は原作より少し、長く立っていられました。

目の綺麗なおじさんを見たい方は聖剣使いの禁呪詠唱の一話をご覧ください。



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誤字報告をしてくれた、クオーレっとさん、カモシカ班初代班長さん、ヱグザムさん。ありがとうございます‼︎

なるべく誤字が無いように気をつけますが、これからもよろしくお願いします。




 新入部員勧誘週間。以前、渡辺先輩がこの時期までに風紀委員を補充したがっていた理由がこれだった。

 魔法系、非魔法系問わず部員勧誘が盛んで、毎年部活間で揉め事が起きるほどらしい。

 そんな事を考えながら、校門までぎっしり人がいる光景を見た。

 何やら、裏では入試の成績が出回っているらしく、それを参考にして勧誘を行なっている人も多いとは北山さんの談だ。

 幸運なことにー今回は不幸であるがー俺は実技一位であったのでしっかりマークされていた。少し、校舎から顔を出しただけで人が雪崩のようにやってきた。

 見つからずに帰ることは無理そうだった。かといって、強引に振り切って帰るのも心象が悪いしそこまでしなくても良い気はする。なので、早く帰りたいのは山々であるが校内で適当にぶらついていた。

 

 校舎内にも部活勧誘は行なっていたが、文化系の部活動が殆どだったので愛想笑いをして振り切った。

 中には、料理部などのちょっと興味がある部活もあったが文化系だからなのか女子が多いという理由で断念した。

 

 

 適当に窓の外を見ながら歩いていたら、偶然にも達也と遭遇した。

「こんなところで何やっているんだ?」

 達也に当然の疑問を投げかけられたので、校門へ行けない旨を話す。達也は同情的な視線を送ってきたのだが、そこで俺は思いついた。

「そうだ‼︎ 達也と一緒に行けば先輩達はやってこないんじゃないか?達也って風紀委員だしさ」

 

 名案とばかりに手を叩く。達也はなんだか嫌そうな顔をしていたが、それも仕事の一つなので断る事はなかった。

「構わないが、その前にエリカと約束をしていてな。今、探している最中なんだ。エリカとの用事が終わってからで良いか? そんなに困っているわけでもなさそうだしな」

 達也の用事に付き合った後でも、人がいなくなるまで待っているより早く帰れそうだし、何より話し相手がいるので暇にならないの直ぐに了承した。

 

 

「そういえば、シュウ。あの時はありがとう」

「あの時って?」

 思い当たる節がありすぎて、良くわからなかった。というかこの短期間で達也の尻拭いをかなりしているという現状に今更ながらびっくりした。

 

「入学式の夜の事だ」

 達也が言っているのは、入学パーティの事だろうと理解する。

「深雪がな、とても喜んでいたよ。母上からお祝いの言葉を頂けた事に対して」

 恐らくだが、深雪が本当に喜んでいたのは自分が祝われた事じゃなくて達也が祝われた事に対してだろう。

 お兄様大好きな深雪らしいといえばらしいが。

 

「だから、そのお礼をこの前言っていないことに気づいてな。改めて、ありがとう」

「あれは、俺がやりたかったからやっただけで感謝される謂れはないさ。それに、深夜さんを呼んだのは穂波さんだし。お礼なら穂波さんに言ってくれ」

 

「ふっ、お前らしいな」

 

 

 ◇

 

 

 エリカを人の渦から助け出して、合流した俺達はエリカの提案で剣道部を見に来ていた。

 

「剣か……」

 ボソッと誰にも聞かれないように呟いたつもりが隣にいたエリカに聞かれていたらしい。

「シュウ君ってさ、剣か何かやってたの?」

「あぁ、どうなんだろうな」

 

 俺自体は剣について何かを学んだというわけではない。しかし、前世では剣と闇術を使って戦っていたのでそれなり以上には使いこなすことが出来る。

 その記憶を元に高校入学まで、一人で鍛えたりしていたが如何せん前世の記憶については深く思い出すことが出来ていない。体は分かっているが、頭では分かっていないような状態が今の俺だ。

 もちろん、前世の灰村 諸葉には到底及ばないし、更にその前の前世の名も分からない人物には逆立ちしても勝てないだろう。

 諸々の理由から、エリカに対する答えには歯切れが悪い返答しかすることが出来なかったが、エリカは俺が実力を隠していたいのだと勘違いしたらしい。

「いつかさ、暇だったらで良いんだけど模擬戦でもしない?」

「それは構わないけど、俺とエリカじゃ相手にならないんじゃないか? 勿論、俺が弱くてだけど」

 この自信満々な態度、そしていざこざの時の身のこなしから察するにかなりの武術の使い手だろう。そんな彼女にちぐはぐな俺が相手になるとは思えない。

「そうかな? 少なくとも速さに関しては私より数段上だよ。あの時、シュウ君が私の後ろから移動して警棒を止めるまでまったく気づかなかったもん」

 

 そういえば、彼女の前で光技を使ってしまっていたな。速さだけ凄いと言い張ることも出来るが、彼女は結局納得しないだろう。

 断る理由もなくなってしまったので、模擬戦の申し出を受ける事にした。

「模擬戦をやるのは構わないけど、弱くても文句は引き受けないからな」

「やった! そんな事ないと思うから期待しとくね」

「何を根拠に……」

「何って、女の勘だけど?」

 

 

 達也はシュウの実力を知っている身としては、強ちエリカの推測は外れていなかったので、女の勘とは凄いものだなと思ったと後日、そう俺は聞かされた。

 

 ◇

 

 達也が剣道部と剣術部の小競り合いを制止するといった出来事があったが、俺はそんなものに巻き込まれるわけもなくただ傍観しているだけだった。

 しばらくしたら、達也も解放されたので約束通り校門まで送ってもらい無事に家に帰り着くことができた。これから一週間こんな感じだと思うと憂鬱だが、我慢するしかないだろう。

 

 昨日よりは遅く帰ることになったが、風紀委員の仕事がある達也なんかはまだ学校にいることだろう。心底、風紀委員に入らなくて良かったと思った。

 さて、風紀委員に入らない言い訳として勉強云々と会長達に説明したのだが、昨晩夕食を食べている時にその話を穂波さんにした。

「それは、マズいですね。私が勉強を教えます‼︎」

 と、穂波さんがやる気になってしまったので断ることが出来なかった。実際、学力が足りないのは事実であるから渡りに船だったとも言える。

 そして、何と言っても穂波さんに教えてもらえるという事でやる気もマシマシになるというものだ。

 

 俺は勉強を教えてもらうと共に幸せを感じ、穂波さんも何だかんだ楽しそうに教えているので一石二鳥どころか一石三鳥な時を過ごすのだった。

 

 

 

 

 

 

「何だか、嫌な予感がするわね。シュウに電話でもしようかしら?」




ランキングにこの作品があらわれる日は来るのだろうか?

まぁ、のらない方が気は楽なんですけどね。


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名前

「本当に一人で行くんですか。やはり私も付いて行きます」

「いや、ここから先は俺一人で行きます。穂波さんは俺が敵を取り逃がすかもしれないので、ここで見張っていてください」

 

 勧誘週間から一週間後の夜、俺は真夜から頼まれたお願いを今日実行することに決めていた。

 仕事内容は反魔法組織、ブランシュの日本支部の制圧。

 

 真夜から仕事を頼まれたが、これは別に絶対やらなければいけないというわけでは無い。俺は四葉の一員というわけでは無いからだ。それでも、こうして制圧に動こうとするのは誰の為でもない、自分の為である。

 

 レオやエリカ、光井さんや森崎、第一高校(ここ)に通う事で出会うことができた友達がいる。彼等との居場所である高校でテロなんて起こさせたくない。俺がテロを止めるには十分な理由だ。

 

 

 穂波さんは最後まで俺についてこようとしたが、断った。今日、此処にはブランシュの全メンバーと下部組織であるエガリテのメンバーが全員集まっているという事しか俺達は知らない。真夜がそれしか伝えなかったという事はそれしか情報を手に入れられてないということだろう。

 そんな場所に穂波さんを連れて行くなんて事は俺には出来なかった。

 なので、口八丁で言いくるめて外で待機してもらうことにした。

 

 真夜は穂波さんの手を借りたくないだろうと俺が言うことはすでに予測していたらしく、人手が欲しかったら達也の力を借りても良いと言ってくれたがそれも断った。

 達也なら喜んで力を貸してくれるだろう。なにせ、深雪に少しでも害がある存在を達也が野放しにはしないだろうから。

 

 だが、達也には俺が突然消えるという事で巻き起こった事件によって、今まで辛い目に合わせてきてしまった。達也にはもうそんな事を思う感情もないのだろうけども。

 だからこそ、高校生活くらいは普通の人としての暮らしをさせてあげたい。四葉でも、軍属でもなく一人のシスコンな兄として生活させたいと、そうなれば良いなと俺は願っている。

 以上の事から達也には今回の事は知らせていない。

 

 見張りに立っていた人員を素早く気絶させ、気配を消して俺は中に侵入した。

 通力により耳を強化し、索敵をしながら奥へと進んで行く。誰もこちらに近づいてくる音がしないので侵入したことには気づかれていないようだ。少し、ホッとしながらも緊張は解かずに進む。

 

 俺は自分の事を弱いとは思っていないが、強いとも思っていない。純粋な肉体面だけなら達也をも超えていると自覚しているが、それだけで絶対に魔法師に勝てるとは言い切れない。

 

 遠距離から三百六十度に波状攻撃を打ってきて近寄らせない等の事をされると俺には遠距離攻撃の手段があまりないので苦戦を強いられる。

 こちらも魔法、もしくは闇術を使えば良いと思うかもしれないが事はそう簡単ではない。

 魔法に関しては、そもそもあまり知識が深くないので攻撃に使用できるほどの魔法を使えない。

 闇術は行使するまでに時間がかかりすぎるというデメリットがある。第一階梯闇術でも早くて一秒半は使うまでにかかってしまうし、それだけの時間をかけて使えたとしても第一階梯では威力がそこまででない。まぁ、避けながらスペリングを行うという離れ業があるにはあるが、そんな事をするくらいなら光技のゴリ押しで倒した方が楽だ。

 

 そんな事情により一見、俺はとても強そうに見えるが意外と弱点も多いのだ。

 

 

 

 魔法式を起動してから魔法を打つまでだいたい一秒しない程度。CADの操作時間も考慮したらもう少し余裕がある。

 そんなに時間があるなら、俺に届く前に回避し反撃するには余裕だ。

 

(魔法師を見つけたら、優先して倒す)

 

 自分の中でルールを決めて、おそらく全ての人がいる部屋に侵入した。

 中では、代表のような男が大勢の仲間に向けて演説をしているところであった。

 

 部屋に入ってきた俺に気付き、視線を向けてくるが仲間と判断したのか何も言ってこなかった。そのうちに部屋にいる魔法師の位置を特定する。

(魔法師の数は八か。思ったより多いな)

 反魔法師組織にくみしているあたり、魔法はあまり得意ではないのだろう。油断している彼等のもとに一息で近づき、手にサラティガを顕現させて峰打ちで意識を刈り取る。

 

 それぞれ別の所にいた魔法師が突然倒されるという異常事態が起こってようやく、敵の存在に気づいたようだ。

 リーダーの男が指示を出す前に、俺はもう五十人程の意識を刈り取っていた。

(後、半分!)

 

 更にスピードを上げて敵をなぎ倒していく。

 

 途中から銃を使ってきていたが、銃弾くらいなら見切れたので怪我ひとつ負うことなく制圧することができた。

 一人を除いて。

 

 リーダーの男は峰打ちをする前にその場で、ひとりでに倒れこみ蹲ったまま動かなかったので、後回しにして他を先に優先した。

 それが油断だったのだろう。

 

 最後にコイツの意識も刈り取ろうと近づいたところで予想外の反撃を受けた。

 

 魔法。

 

 目から出ている謎の光に警戒して俺はそれを観察してしまった。

 直後、俺は意識を失った。

 

 

 ◇

 

 

「シュウ、私を助けてくれてありがとう」

 

 ーーあれ? これって誰だっけ?

 

 ーー忘れてはいけない人のはずなのに。

 

 ーーどうしても名前が出てこない。

 

 ーー貴女の名前は?

 

「私は、四葉 ーー。本当に助けてくれてありがとう」

 

 ーー君の名前を教えてくれ!

 

「私は、四葉 真ー」

 

 ーー君の名は。

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「真夜。それが君の名前だった」

 意識を取り戻した俺は俺に魔法を使った男へと視線をやる。

 

「ど、どうして。催眠をかけたはずだ! そ、それなのに……」

 

「俺は……」

 

「俺から奪って行く奴を絶対に許さねぇ‼︎」

 

 強く握りしめた右拳で男の事をぶっ飛ばした。

 十メートル程飛んでいき、壁にヒビが入ってようやく止まった。

 

「これがその報いだ。人の記憶を勝手に消した、な」

 

 

 

 

 

 




シュウは精神攻撃に対する防御手段を持っていませんでしたので、ちょっとだけ苦戦しました。

真夜への想いで、すぐに目覚めることができましたが。


そういえば、この小説がランキングに入っていました!
ちらっとみたら入っていたので本気でビックリしました。
これからも、なにとぞよろしくお願いします。

もしよろしければ、お気に入り登録と評価を付けてくれると嬉しいです。



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休息

「シュウ君は大丈夫でしょうか?」

 シュウは今日学校を休んでいた。いつもなら、家の前で待ってくれているシュウだが今日は居らず、達也は穂波に確認したところ風邪を引いたとの事だった。

 

「おそらくだが、シュウは風邪なんかひいてない」

「え?」

 深雪は二つのことに驚き、つい声を出してしまった。

 シュウが風邪をひいたとばかり思っていた深雪はそうではないなど考えもしなかったということと、姉のように慕っている穂波が自分たちに嘘をついたという事実に対してだった。

 

「シュウがいないからはっきり言うが、彼奴の身体性能は同じ人間とは思えない。そんなシュウが風邪なんて引くとは思えないな。疲労が溜まっていたりしたら話は別だろうが、昨日も元気だった事からして風邪というのは嘘だ」

 

「では何故、穂波さんは俺たちに嘘をついたのか。穂波さんは性格的に意味のない嘘を吐くタイプではない。逆を言うと意味のある嘘なら言うかもしれないという事だ」

 

 深雪は穂波に対して疑いを持ってしまったことを恥じた。それに気づいた達也は深雪の頭を撫でる。

 

「だから結論を言うと、俺たちに言えない何かがある。それもシュウに関わりのある事だ」

 深雪は達也の言っていることをゆっくりと理解していく。そして、同じ事を聞かされていたのに自分とはまったく違うところに気づいていた達也に尊敬の目を向けた。

 

「流石です、お兄様‼︎」

 

 ◇

 

 そんな事を話していたら、達也たちは生徒会室に到着していた。

 

 いつも通りの昼食だったが、真由美に電話がきた事によりそれはいつも通りではなくなった。

 

「え‼︎ 本当ですか? ええ、はい。分かりました。はい、失礼します」

「……真由美、何かあったのか?」

 

 考え事をしている真由美に摩利は真剣な声音で問いかける。

 

「昨日、一高に情報操作をしているらしい存在について話したじゃない?」

 

 達也は、その者の背後に存在している組織の例として反魔法組織ブランシュの名前を挙げた。これは、当てずっぽうで言ったわけではない。実際に自らを攻撃してきた連中のリストバンドがブランシュの下部組織、エガリテが身につけているものと一致していたからだ。

 

「それでね……」

 真由美は意を決したように口を開いた。

 

「昨日、四葉家が反魔法組織ブランシュを殲滅したと情報が入ったの」

 達也と深雪は思わぬタイミングで四葉の名前が出た事から顔に出そうになったが、なんとかポーカフェイスを保った。

 

「それだけだったら良かったんだけど、殲滅した際に内部資料を入手したみたいでね。そこに第一高校の生徒の名前が載っていたらしいの」

 この言葉には、達也と真由美以外の全員の顔が驚きに変わる。

 

「ま、待て。だったらその生徒はもう……」

 摩利は、言葉を濁したがその後のセリフは皆分かっていた。

「死んでいるのではないか?」

 四葉は敵には容赦しない、というのは大漢の事件により一般常識となっている。だから、殲滅という言葉と死亡がイコールで繋がっていた。

 

「そこの場所には一高の生徒は誰もいなかったらしいからそれは心配いらないわ。そもそも、誰も亡くなっていないらしいからもし居たとしても大丈夫よ」

 

 あからさまにホッとしたような顔をしたのは話していた摩利だけではなかった。

 そして、達也と深雪はこれを行なったのが誰なのか薄々分かってきていた。四葉のやり方を彼らはよく知っている。反魔法組織という連中にわざわざ手加減する理由はないので、殺害というのが一番楽な方法であるがそれをしていない。

 ーー四葉らしくないやり方だ。

 しかし、真由美には四葉がやったと連絡が来ている。ここで嘘をつく理由はないので、本当に四葉がやったのだろう。

 四葉らしくないが四葉の人間。

 達也には一人の人間しか思いつかなかった。

 ーーシュウか。

 

 シュウがやったというなら、今日休んでいる理由も分かる。負傷をしたからという理由が最もベターだが、そういうわけではないだろう、と達也は思った。なにせ、達也は穂波がいつもと変わらない様子だったのを見ているからだ。

 穂波とシュウは仲が良いというのは達也でも分かる。そんな穂波に何ら心配しているような気配がなかった事から怪我の類はしていないのだろう。

 なら、何故休んでいるのか。深夜の活動だったから疲れて寝ているなどの理由だろうと達也はあたりをつけ、一人納得した。

 

「それで、これからその生徒達に事情を聴きに行きます。リーダーの男は催眠魔法を有していたらしいので一高の生徒もかけられていて、無理矢理加入させられていたとも考えられるますし、そもそも加入した組織がエガリテだと知らない人達もいるかもしれません」

 

 真由美はそう言い終わると、それぞれに指示を出し始め事態の収束に向けて動き始めた。

 

 ◇

 

 

 場所は変わって、シュウの自宅。

 達也の予想通り、シュウは自室で眠っていた。当初シュウはいつも通り学校へ行く予定であったのだが、うっかり穂波に催眠をかけられた事を言ってしまった。

 シュウはすぐに催眠は解いたと説明したが、他にも魔法を受けたのではないかと穂波に疑われ、シュウの身体をペタペタと触り始め異常がないか調べられた。

 シュウの言った通り、傷一つ無かったが念のため今日は休んでなさいと強めの口調で穂波に言われたので学校を休むことにしたのだ。

 

 

 ベッドで休んでいたシュウは手持ち無沙汰になり、深夜の活動が響いたのかいつのまにか眠りへと落ちた。

 

 そんなぐっすり眠っているシュウの部屋に音を立てないように穂波は入った。

 昨日、取り逃がした敵の確保のために同行を断られたがそれが本当の理由でない事を穂波は分かっていた。

 ーー私を危険な目に合わせないため。

 

 どんなに穂波が強かったとしてもシュウはきっと同行を断った事だろう。

 その事に穂波は嬉しく思った。

 

 自分の事を大切に思うからこそ、同行を断るという発想に至ったから。

 

 ーー私はそんな彼の事が……。

 

 

 

 

 

 穂波は寝ているシュウの頰に唇を落とした。

 



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模擬戦

 ブランシュのアジトを制圧してから少し経ちようやく高校生活に慣れてきた時、俺はエリカに模擬戦に誘われた。

 勧誘週間の時に模擬戦をやると約束してしまったので、あまり乗り気ではなかったが勝負を引き受けた。

 

 ルールは魔法は使用しても良くて、重傷を負わせる攻撃でなければ何をしても良いという事に決めた。

 この模擬戦に観客も審判もいない。それは、エリカが真剣勝負に観客なんて無粋と言ったからである。

 

 一勝負目は俺の圧勝だった。エリカは俺の速さについてくる事が出来ず、竹刀を首に寸止めしてあっさりと終わった。

 しばらく呆然としていたエリカだったが俺があらかじめ、魔法を使っているのはズルいと詰め寄ってきた。もちろん予め魔法なんて使っていなかった。説明が面倒くさかったので、実際に目の前で動いてみたら何か反則をした選手を見るような目で俺をみてきたが納得はしてもらった。

 

 その後も結局、エリカは俺の速さについてくる事が出来ずに終わった。しかし、エリカもここまでコテンパンにされるとプライドが許さなかったのだろう。その日から毎日、放課後に試合を挑むようになった。

 俺も家で勉強をしたり、クラスメイトの森崎と魔法の練習をしたりするので放課後丸々という訳にはいかないが必ず一勝負をするのが放課後の決まりごとになった。

 

 

 初めのうちは、なす術なくエリカは負けていった。俺の速さを分かってしまったので自分も速くなろうと思ったのだろう。開始早々、エリカは自己加速術式を使おうとしたが、使う前に俺の竹刀はエリカの首に添えられていた。

 

 俺のはじめの一撃目はエリカが自己加速術式を使う前に余裕で間に合う。これはどうしようとも覆しようがないとエリカも悟ったのだろう。

 途中から魔法無しで俺の攻撃を受け流す、もしくは避けるようになってきた。

 

 それから一ヶ月。何回負けても挑み続けたエリカの努力は報われたのだろう。遂に、はっきりと攻撃を把握した上で避ける事に成功させた。俺もビックリしたが誰よりもエリカ自身が驚いていた。そして、避けれた事に満足したのかエリカは顔を綻ばせる。

 その顔を見て少しドキッとしてしまった。

 

「ようやく、スタートラインに立てたって事かな?」

「まぁそうだな。今までは竹刀を一回も交えて無かったしな」

 エリカは俺がスピードを抑える事をよしとはしなかった。なので、今まで剣の勝負と言っておきながら一回も竹刀を打ち合っていなかった。

「ここからが、本当の勝負!」

 

 もう一度、俺はエリカに斬りかかる。エリカは魔法を組み立てながら竹刀を避けた。二度目なのでもう驚くことはなかった。再び攻撃を仕掛けようとするがその前にエリカの魔法が発動する。自己加速術式、その名の通り自分の速さを上げる魔法だ。ここで初めてエリカが攻撃に出る。魔法を使ってもまだ俺の速さには届かないが、今までのように余裕で避けるという事は出来ないくらいの速さだ。

 ここで、ようやく竹刀を打ち合った。

 

 ここから先は剣術の勝負。

 

 前世の穴だらけの知識を流用して鍛え続けてきた剣術。まだまだ本物には届かなかったが、エリカとやりあうだけのレベルには仕上がっていたようだ。あらゆる方向から攻めていく。

 見慣れない剣術のせいか、エリカはやり辛そうに捌いていくが遂にミスとは言えないが次に繋がらない受け方をした。そこを見逃すわけもなく、エリカの竹刀を弾き飛ばして勝負は終わった。

 

「また、負けちゃったか」

 言葉とは裏腹に少し嬉しそうだった。俺が不思議に思っているのが分かったのだろう。エリカはその理由を話してくれた。

「だって、やっと後ろ姿が見えてきたんだよ。嬉しくないわけないじゃない!」

 

「それに今日剣を交えてみて分かった。貴方の剣はまだ発展途上。にも関わらず、今の私より強い。なんかその事が嬉しかったんだよね。シュウくんと戦っていたら自分の剣も強くなっていけそうな気がしてさ」

 

 そう締めくくったエリカは手を振りながら演習室から出て行ってしまった。

 

(まだまだ、だ……)

 

 絶対的優位な立場は今日、崩れ去った。俺もそれを望んでいて試合に付き合っていたのだが、こんなに早く対応されるとは思ってもいなかった。

 

(俺も強くなりたいんだ、エリカ)

 

(みんなを守れるように)

 

 俺は学校が閉まるまで、剣を振り続けた。




九校戦までの繋ぎ回です。

シュウは最強なんかじゃない、けど、それでも守りたい人がいるんだという事を伝えたかった。


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練習

…って一個だけでは使えないんですね。知りませんでした。今までの話の分は修正しました。




「やったー‼︎」

 クラスの中で光井さんが声をあげた。クラス中の視線が集まるがテンションが上がっていて気づいていないようだ。光井さんが声をあげた理由、それは一学期末のテストの結果で総合順位が三位だったからだ。近くにいる四位だった北山さんも声はあげていないがいつもより表情が柔らかい。

 そんな俺はというと、総合順位二位。

 点数の殆どを実技試験で取ってこの順位だった。理論も入試に比べたら大分解けるようになったが深雪や達也に追いつくのはまだまだ先のようだ。この順位から考えると、もしかしたら入試の総合順位は俺が思っているより良かったのかもしれない。

 帰ったら穂波さんに褒めてもらおうと考えていると、隣から森崎が話しかけてきた。

 

「灰村、お前もう少し理論どうにかならなかったのか? せっかく実技が一位だったのに」

 授業の実技で深雪より成績が良い俺が深雪に勝つかもしれないと期待してくれていたのだろう森崎は俺に詰め寄ってきた。

「精一杯、勉強してこれだったんだ」

 と、少し悲しそうに答えると森崎は何も言ってこなかった。他人のテストの点数にケチをつけるのも変な話だと気づいたのだろう。

「しかし、これだと確実だな」

「何がだ?」

「何って九校戦だよ。僕も灰村もこの結果的に出場は確実じゃないか?」

 

 九校戦。確か、全国の魔法科高校の生徒が集まって競いあう大会的なものだった気がする。今回のテストの結果でそれが決まるとは知らなかった。

 

 正直なところあまり気乗りしないが、断っても何だかんだメンバーに入れられそうな予感がする。主に深雪、達也の手によって。

 試験が終わったばかりなのにもかかわらず、俺は深い溜息を吐いた。

 

 ◇

 

 

「え‼︎ 九校戦のメンバーに選ばれたんですか! 凄いじゃないですか」

 放課後に会長に呼び出されて九校戦に出場してほしいと打診があり、森崎から絶対に出ろよとのお願いもあったので断ることはしなかった。その事を家に帰ってから穂波さんに報告したら、それはそれは喜んでくれた。今にも踊り出しそうなくらいだ。

 

「奥様と真夜様にも報告しないとですね。それとシュウ君が出るなら私は会場で直接見ようと思います‼︎」

「いやいや、いいよそんな事しないで。なんか恥ずかしいし」

 両親にーー俺にはいるか分からないがーー運動会を見に来られる様な恥ずかしさがあったので全力で拒否した。この歳になってそれは流石にキツイ。断わったとしてもテレビ中継されるらしいので意味はないのかもしれないが、実際に見られるよりは大分マシだ。

 

「そういう訳にはいきません。私はシュウ君の監視役ですから。それにシュウ君の勇姿を見届けたいんです‼︎」

「活躍できるとも限らないですよ」

「シュウ君の頑張りは勉強を教えていた私が一番知っています。だから、私が保証します。シュウ君なら九校戦くらい余裕で優勝できます」

 穂波さんは俺の手を握りながら、自信満々に言った。穂波さんにここまで言ってもらってやる気を出さない男はいないだろう。

 穂波さんの為に九校戦に出ると言っても良いくらい俺はやる気に満ち溢れていた。

 

「分かりました‼︎ 九校戦の優勝を穂波さんにプレゼントする事をここに誓います!」

「期待して待ってます」

 

 ◇

 

 

「うおーー‼︎ 会長、まだまだやりましょう‼︎」

「シュウ君、貴方この前までとはまるで別人なんだけど何があったのよ」

「負けられない理由が出来ただけです」

 俺は出場競技であるクラウド・ボールの練習を会長としていた。この前とのギャップに驚いている様子の会長だが、そんな事は気にしないで練習に集中してほしい。

(優勝するには努力あるのみ)

 渾身の力を込めて、低反発ボールをラケットで打ち返した。

 

 

「はぁ、シュウ君練習なんてしなくても良いんじゃない? この時点で私より強いんだし」

 会長は散々付き合わされて、ボコボコにやられたのが悔しいらしく、少し拗ねている様に見える。俺も会長とやりたくてやっている訳じゃない。会長との練習相手になるのが俺しかいなく、その逆もまた同じだったというだけの事である。

「いえ、身体能力でのゴリ押しだと魔法競技的にどうなんだろうと思うのであくまでもこれは最終手段ということにしておきます」

 変に魔法を使うより、ボールに追いつきそれを思いきり打ち返すというような単純な作戦の方がミスも少なく確実性はあるだろう。

 しかし、会長にも言ったように魔法競技的に言ったら邪道だ。他の人は魔法競技をしているのに俺だけ超人選手権をしている。

 それはどうなのだろうか。

 まぁ、俺が周りを気にしなければ良いという話なのだがあまりしたい戦法ではない。

 それに、俺は穂波さんと一緒に頑張ってきた魔法の力で優勝したい。いや、しなければいけないと思う。身体能力でのゴリ押しなんてものを穂波さんが見たらがっかりする事、間違いなしだ。

 なので、今回は通力を封印して純粋な魔法力で勝負することにした。

 

「拳銃型CAD?」

 ラケットを置き、あーちゃん先輩に調整してもらったCADを構える。

 

「ここからが本当の練習なんで、よろしくお願いします」

 

 俺は銃の引き金をひいた。



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「この料理美味しいなぁ。タッパー持ってくればよかったかも」

「シュウさん、流石にタッパーはマズイんじゃないですかね」

「バレなければ大丈夫だと思うよ、ほのか」

「恥ずかしいからやめてくれ、本当に」

 

 俺たち一高生は、九校戦が行われる会場の近くのホテルに来ていた。

 九校戦自体は明日からだが、その前に顔合わせをしなければいけないらしくこうして懇親会なるものが行われていた。

 格式高い家や生徒会の人達は忙しそうに挨拶をしていたが、俺たちの様な一般学生はそんな事する必要もなく同校同士で食事をしていた。

「これ、持ち帰りができないか後で聞こうかな」

「出来ないわよ、そんな事」

 独り言のつもりで呟いたが、後ろから聞き馴染んだ声で否定された。

「あれ? エリカ、どうしてここにいるんだ?」

「んー、まぁちょっとね」

 口籠るということは聞かれたくない事なのだろう。その事には言及せずに別の話題に移した。

 

「ここに来るまでに大きい事故にあったんだけど、エリカは知ってる?」

「ああ、達也君からさらっと聞いたわ。シュウ君達も運が悪かったわね」

「いや、あれは運が悪いというか……」

 俺たちを狙ったものだった様な気がする。横から車が突っ込んでくるならまだ分かるが、上から車が落ちてくるのは不自然すぎる。

 まぁ、確証もないのでエリカには適当に返事をした。それからエリカと他愛もない話をしていたら、会場にアナウンスが入った。

 魔法理事の九島 烈という人から話があるようだ。

 俺もエリカも壇上に目を向けた。

 

「っっ!」

 

 深夜さんが立っていた。

 ありえないタイミングでありえない人の登場に声をあげなかった俺を褒めて欲しい。横目で深雪と達也を見て見るが、彼等も驚いているようだ。

 多くの人達は深夜さんの事を知らないが名家の家柄の生まれ、師補十八家の人達は四葉の先代当主である深夜さんの事を知っているらしく顔を強張らせていた。

 

 しかし、九島という人は何処にいるのだろう。

 壇上には深夜さんがいるだ、け……。

(いや、誰かいる)

 通力で目と耳を強化しても何も見えないし聞こえないが、何かいるような気がする。

 

 俺は目を閉じて、気配を探ってみる。

 深夜さんの背後に何かいる。

 五感では上手く捉えることが出来なかったが、通力を薄く伸ばして会場全体に行き渡らせてみると確かに誰かがそこに居るのを感じ取ることが出来た。

 

(魔法か?)

 これは一番近くにいる深夜さんですら気がついていないかもしれない。敵だと深夜さんが危ないので、飛び出そうかと思ったが深夜さんがこちらを見てウィンクをしてきたので大丈夫なのだろう。一旦深呼吸をして落ち着いた。

 臨戦態勢を解いて、隣のエリカを見る。何かのトラブルだと思っているらしくキョロキョロと周りを見ているだけだった。

 

 数秒たったら会場に電気がつき、深夜さんが裏手へと歩いていく。

 深夜さんが舞台袖へと歩いていっている最中に深夜さんがいた場所に目を向けると、一人の老人が立っていた。あの人が九島なる人物なのだろう。

 

「まずは悪ふざけをした事を謝罪しよう。今のは魔法というより手品の様なものだ。だが、手品のタネに気づいたのは私が見たところ五、いや六人だけだった。つまり、私がテロリストだとしたら止めに動けたのは六人だけだと言う事だ」

 

「魔法を学ぶ若人諸君。魔法とは手段であって、それが目的では無い。魔法師は魔法力を向上させる事を決して怠ってはいけない。だがそれだけでは不十分だ。使い方を誤った大魔法は、使い方を工夫した小魔法に劣るのだ。魔法を学ぶ若人諸君、私は諸君の工夫を楽しみにしている」

 

 この人が九島 烈。流石という感想しか出てこなかった。

 俺は自然と拍手をしていた。他の人達もつられるように拍手が起こり会場に広がった。

 

 

 ◇

 

 

 もう起きている人物もいないだろう遅い時間に、俺は深夜さんに呼び出された。こっちから連絡を取ろうと思っていた時にメッセージが届いていたのでちょうど良かった。俺たちが泊まっているホテルの最上階に部屋を取っているらしく、そこに今から来て欲しいという旨が書かれていた。

 

 部屋の前に着き、ノックをする。

「入っていいわよ」

 ロックが解除される音がすると同時に、深夜さんの声も聞こえた。

 流石に俺たちが泊まっている部屋とはレベルが違うらしく、かなり良い作りだった。

 

「シュウ」

 部屋の中に誰がいるのか確認しようとしたら、彼女が飛び込んで来た。

「真夜⁈ 真夜も来てたの?」

 なんとか抱き止め、身体にすごい感触を感じながらもそれを気にしないで疑問を投げかける。

「えぇ、当たり前じゃない。シュウが九校戦に出るんだから、見にこないわけないじゃない!」

「なんか嬉しいような、恥ずかしいような」

 部屋の中を改めて見渡すと、真夜の他に穂波さんと深夜さんがいた。

「穂波さんも来てたんですね」

「はい、シュウ君の監視役ですから」

 なんとなく穂波さんが来るのは予想通りだったのでそこまで驚きはしなかった。しかし、意外なのはもう一人だ。

 

「深夜さんも見に来るなんて意外ですね。……もしかして深雪が、それと達也もエンジニアとして出るからですか?」

「ち、違います。私は真夜の付き添いで来ただけです」

 

 深夜さんは、あの二人のことになると途端に分かりやすくなる。

 それに突っ込もうとした時に俺は気がついた。

 

「そこに誰かいますよね。おそらく、九島さん」

 懐から拳銃型CADを出し、深夜さんの横にある椅子に向ける。

「ほっほ、やはり君は気づいていたか。知覚系魔法を使った様ではなかった。何故わかったのか、聞いても良いかね」

「……企業秘密」

 

 真夜と穂波さんは突然現れた、九島さんに驚いている。

 わざわざ、自分の手の内を晒す必要がない。それも十師族であるなら尚更だ。付け加えて、

「美人が三人もいる部屋で、姿を隠していたエロジジイになんて教えませんよ」

 擬似透明人間になっていたヤバい人に教えたくもない。懇親会で感じた、あの凄い人オーラはなんだったのだろうか。俺の中で九島さんの株はだだ下がりだ。

 

「ふっ、本当に面白い子だ。君の九校戦での活躍を楽しみにしている」

 九島さんはそう言ったら、部屋から出て行ってしまった。

 

「何なんですか、あのエロジジイは。自分が偉いならエロいことしていいと思ってるんですかね。というかやっぱり、深夜さんは気づいていたんですね」

「えぇ、私が部屋に入れたんですもの。それに私には精神干渉系の魔法は効かないわ。初めからはっきり見えていたわ」

「……九島さんに、俺と四葉との関わりが知られちゃいましたけどいいんですか?」

「九島先生には四葉が貴方に恩があるとしかいってないから平気よ」

 

 あまり知られたくなかったのだが、真夜と深夜さんはあの人に恩があるらしく少しだけ話してしまったらしい。まぁ四葉と関わりがあると知られて困るということではないので、構わないのだが。

 

 深夜さんはおもむろに指をある方向に向けた。

 そこには二人がいるだけなんだけど、どうかしたのだろうか。真夜と穂波さんを見てみる。

 顔を真っ赤にしていた。

 そうか……。

 

「そんなに顔を真っ赤にする程、九島さんの事を怒っているんですね」

 真夜には男の人にトラウマとまではいかないが、あの出来事により良い印象を持っていない。

 それなのに透明人間という女性の天敵になりやがって、あの野郎……。

 

「あのエロ隈ジジイ、今度会ったら一発ぶん殴ってやる」

 

 深夜さんは、何故か深いため息を一つ吐いた。

 

 

 

 

 



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事故

何故か日に日に順位が上がっている。
更新しない方が上がるという謎現象に恐怖しながらも、とても嬉しいです。

目指せ1位‼︎




 いよいよ、九校戦が始まったのだが、俺はあまり試合を観れていなかった。

 なぜなら、久しぶりに会えて喜んでいる真夜が離してくれなかったのだ。俺も話しているだけで楽しいですという雰囲気を醸し出している真夜を置いて、何処かに行くという事もしたくなったので今日一日は一緒に観戦というなのお茶会をする事にした。

 

 学校での日常を話したりしているとあっという間に一日経ってしまい、結局九校戦一日目は会長のスピード・シューティングをちらっと見るだけしかできなかった。

 真夜と話しているのは楽しかったので観れなかったのを後悔しているわけではない。だが、一高生としてどうなんだろうとは思ったが。

 明日からしっかり観ると誓い、一日目は眠りについた。

 

 甘えてくる真夜をなんとか宥めて、俺は会長のクラウド・ボールの試合を観戦しに来ていた。

 

 

「あれ、シュウ君?」

 達也以外のいつものメンバーが集まってこちらに寄って来た。

「昨日はどこ行ってたんだよ。一緒に観戦しようと思って探してたんだぜ」

「ゴメン、昨日はちょっと用事があってね」

 深雪はご苦労様ですという意味を込めた礼をしてきた。それに軽く笑って大した事じゃないと否定した。

 

「達也はどうしたんだ? まだエンジニアの仕事は無かったはずじゃ」

「達也君はあそこよ」

 エリカが指差したのは競技エリア。指を追ってみると、達也は会長のストレッチを手伝っていた。

「良い雰囲気だね」

 目の下にホクロがある男子生徒がそう溢した。

 

(お、お前ー‼︎ なんて事言っちゃってんの、おい‼︎)

 

 いきなり深雪を刺激する様な事を言ってきたことに若干の怒りを感じながら、深雪のフォローに入った。

「そんな事ないって、達也は嫌そうな顔してるし」

 深雪の雰囲気一先ず落ち付きを見せる。

「何々、達也君に嫉妬してるの?」

 

 ニヤニヤした顔でエリカは言ってきた。

 周りの視線が何やら色々な期待を込めたモノに変わったのを感じる。

 

「シュウって会長みたいな人が好みなんだな」

「応援してます!」

 

「いやいや、違うからな」

「そうですよシュウさん、浮気は不味いですよ……」

 

 深雪は、安心したのかポロっと口に出してしまった。

 深雪は口に出した後にしまったと言った様な顔をして、口を隠す様に手で隠した。

 

「え⁈ シュウさんって誰かと付き合っているんですか?」

「え! 誰々? 気になるんだけど」

 

「誰とも付き合ってないよ」

 本当に俺は誰とも付き合ったりはしていない。深雪は俺と真夜、もしくは俺と穂波さんの関係の事を言ったのかもしれないが、どちらにしても俺はまだそういう風な関係にはなっていない。

 しかし、深雪の目からはそうは見えていなかったらしい。

 深雪の反応的に、事実を言っていると勘違いしたエリカ達は根掘り葉掘り聞いてきて、結局また俺は試合をゆっくり見れなかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 新人戦が始まってもいないのに謎の精神的な疲労がある九校戦三日目。

 渡辺先輩の応援をするために競技会場に来ていた。昨日はあの後、エリカ達といると疲れそうだったので一高本部から中継を通してしか観ていた。だから、これが初めてしっかりと観戦する競技になりそうだ。

 バトル・ボード準決勝。流石に今までのように余裕綽々といった様子ではない。なぜなら、同じグループに難敵がいるそうなのだ。このことは、隣に座っている九校戦大好きな北山さんが教えてくれた。

 そして、遂に競技が始まった。

 

 バトル・ボードに詳しくない俺でもわかる程、かなり高レベルな勝負になっていた。九校の選手はお世辞にも速いとは言えず、みるみるうちに離されていき渡辺先輩と七校の選手の戦いになっている。

 今のところ、リードしているのは渡辺先輩だが二人にはそれほどの差がないように見える。どちらが勝つにしても名勝負になること間違いなしな試合だったので、俺は固唾を飲んで観ていた。

 

 ここで、初めてのカーブがやってくる。ここを上手く滑れるかで試合に大きく影響を及ぼすかもしれない。

 渡辺先輩がトップにいるので、当然先に曲がることになる。ここで上手く滑れれば、七校の選手に差をつけることができる。

 

「頑張れ」

 あまりの熱い試合に遂声が出てしまったが、誰も気づいてはいなかった。皆、この試合に魅せられているのだろう。

 

 

 渡辺先輩がカーブの途中までやって来たときにそれは、起こってしまった。

「オーバースピード‼︎」

 エリカがそれを目にして、そう口に出した。

 カーブを曲がるには少し減速しなければ、上手く曲がることができないにも関わらず七校の選手は寧ろ加速している。

 このままでは、危ない。

 

 そう思ったのは、俺だけではなく競技中の渡辺先輩も同じだったらしい。吹っ飛ばされて来た七校の選手を受け止めようと、渡辺先輩は構えた。

 

 三巨頭と言われるだけあり、魔法の行使スピードは早かった。ぶつかる直前に発動を完了していて、後は受け止めるだけだった。

 だが、ここで渡辺先輩が態勢を崩してしまった。

 

 受け止めるのに集中しすぎた所為なのか、俺には分からないが態勢を崩してしまいこのままだと先輩諸共吹き飛んでしまう。

 不味いと思う前に、俺は足を動かしていた。

 

 普通の人なら間に合わなくても俺なら受け止める事ができるかもしれない。そう思い、体に通力を漲らせ神速通を使った。

 使って動き出した瞬間に俺は悟ってしまった。

 

(これじゃ間に合わない‼︎)

 

 数百メートルの距離を神速通で一瞬で移動するのは今の俺には無理だった。

(不味い、不味い、不味い‼︎)

 

 俺の目には先輩と七校の選手がボードから離れ、水中の上を吹き飛んでいるのが見えた。進行方向には壁がある。

 どうにかしないと、と思う前に俺は懐からCADを取り出していた。九校戦に向けての練習で散々使ってきたので、パニックになった頭とは別に体は最適な行動を取ろうとしてくれていた。

 

 発動する魔法は自己加速術式。

 魔法を習得している過程で気づいた事だったのだが、魔法と光技、闇術は互いに作用する事ができる。例えば、炎の闇術に分子加速の魔法を使うということが出来るのだ。しかし、それなりにリスクはある。

 なんといっても加減ができないのだ。

 

 どちらか一方だけでもとんでもない威力が出るのにそれを組み合わせるのだから、当然と言えば当然なのだろう。

 

 

 その甲斐あって、神速通と自己加速術式を使用した俺は一瞬で先輩達のぶつかるであろう壁に先に到着する事ができた。

 壁を、一瞬だけ出したサラティガで破壊してサラティガはすぐに消した。

 壁はなくなったがこのままだと地面に叩きつけられてしまうので、二人と同じ方向に進みながら、ゆっくりと抱きとめた。

 

 

 二人とも意識を失っているが、体にはそれほど目立った怪我はないように見える。

 渡辺先輩は七校選手とぶつかった時に怪我をしたかもしれないが、幸いにもそれだけで済んでいるようだった。

 俺は、なんとかなった事に一安心してその場に座り込んだのだった。

 

 ◇

 

 

 渡辺先輩と七校の選手は医務室に運ばれる事になったが、俺の見立て通り怪我はないそうだった。

 

 俺の移動手段について、色々と聞きたがっていた周りの人達だが会長が上手く説得してくれて面倒な事にはならなかった。

 そそくさとその場から離れようとした俺の耳に会長が、

「摩利の事、助けてくれてありがとね」

 と囁いた。

 

 

 このまま、競技を観るのは億劫だと思い自分の部屋があるホテルへと向かった。

 

「シュウ‼︎」

 部屋に入ろうと思い、ドアノブを触った時に声を掛けられた。

 

「真夜、どうしたの?」

「怪我は大丈夫なの?」

「あぁ、大した事じゃないらしいよ。夕方には眼を覚ますらしいって医者は言ってた」

 医者の診断結果をそのまま真夜に伝えたのだが、真夜は相変わらず心配したままの表情だった。

 

「違うわよ‼︎ 貴方の左腕がよ。折れてるんでしょ」

 

 俺は思ってもみなかったことを言われ、表情を変えた。

 

 あの時、神速通と自己加速術式で速さを極限まで上げたのは良かったが、止まる事ができなかった。だから、俺は止まらなかったのだ。

 

 左腕から壁に激突するような形で突っ込み無理矢理止まるという荒業を使った。その所為で、左腕は痛いという痛覚すら無い。

 まぁ、止まる事が出来ないのを承知で使ったのだから自業自得だ。

 

 ここまで表情には微塵も出していないつもりだったのだが、何故か真夜にはバレてしまったらしい。真夜にはあの速さの出来事など見えているわけもないのに。

 

「達也さんに治してもらいに行きましょう‼︎」

「大丈夫だよ。これくらいなら直ぐに治る」

 

 これは、本当だ。光技の一つ、内活痛という技で肉体の治癒力を高めることで骨折なら数日で治す事ができる。

 それに、達也に治してもらうという事は達也に苦しみを与えるという事と同義なので、あまり俺はして欲しくは無い。

 

「でも……」

「ありがとう、俺の心配をしてくれて。でも、大丈夫だから」

 

 真夜の頭を撫でながら、安心させるように言った。

 真夜はまだ、何か言いたそうだったがこれ以上言っても意味がないという事をこれまでの暮らしで知っているからなのか何も言ってこなかった。

 

 

「ところで、何で俺が怪我してるって分かったの?」

「え? そんなの顔を見れば分かるわよ。シュウの事は何でも分かるわ‼︎」

 

 その後、穂波さんも俺が怪我をしているのに気づいてたらしく、部屋に押しかけてきた。

 

 女の人はすごいなぁと思った一日だった。

 

 



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理由


投稿遅れました。すいません。
それと、お気に入り1000人超えました。ありがとうございます‼︎




 ーー思い出せ。

 

 ーーお前の過去を。

 

 ーーどうしてここまで来たのかを。

 

 ーー記憶を失う前の俺を。

 

 ーーお前が何者なのかを。

 

 

 

 ーー手遅れになる前に……。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 九校戦、四日目。

 

 無茶な動きをした俺は、慣れないことをしたせいなのか真夜と穂波さんと少し話した後、すぐに寝てしまった。

 何か、夢を見たような気がするが思い出せそうで思い出せない。大事な事の様な気がするが、なんの夢だったのだろうか。

 

「ーーーー‼︎」

 考え事をしていたせいなのか、背後から肩に手を置かれて異様に驚いてしまった。振り返ってみると、渡辺先輩が立っていた。

 

「おはようございます。どうかしましたか?」

 

「あぁ、おはよう。体調でも悪いのか?」

 

「いえ、少し考え事をしていただけです」

 渡辺先輩に話しかけられた事により、思い出しかけていたものが霧散してしまったが、まぁ良いか。忘れてしまうということはその程度の事なのだろう。

 昨日は寝てしまったので、渡辺先輩が目を覚ましてから体調がどうなっているのかを知らなかったが、見たところ後遺症などなさそうだ。

 むしろ、こちらの方が酷いかもしれない。

 普段通り、一高の制服を着ているので見た目からは分からないかもしれないが俺の腕は折れている。

 

 通力のお陰で他人よりは回復が早いだろうが、流石に一日では治るわけもない。今も、ズキズキと鈍い痛みが腕を襲っているが顔には一切だしてはいないと思う。

 目の前には怪我の原因ーーといったら聞こえは悪いがーーの渡辺先輩が立っているのだ、罪悪感を感じさせたりしたくはない。

 

「昨日は灰村が助けてくれたと真由美から聞いてな。その、助かった」

 なんだか少し照れ臭そうにしながら、渡辺先輩がお礼を言ってきた。

 

「いえいえ、渡辺先輩が無事で良かったです。競技の方はどうなったか知ってますか?」

 

「あぁ、バトル・ボードは棄権という事になってしまったよ。まぁ仕方ないとはいえ、やっぱり悔しいな」

 

 渡辺先輩と七高の選手は事故とはいえ、コース外に出てしまっている。

 

「でも、怪我はしなかったからな。ミラージ・バットに出れるのは不幸中の幸いだな」

 

 その言葉を聞いて、ふと疑問が浮かんだ。

 渡辺先輩は何故、吹き飛ばされたのか。

 先輩ほどの魔法師ならボードに魔法を使いながら、七高の選手を受け止めるという事など、そこまで難しいことではないはずだ。

 にも関わらず、あの様な事になってしまった。

 

 渡辺先輩が魔法を使うのをミスしたと考えるのが普通だと思うが……。

 

(何か、引っかかるな)

 

 ◇

 

 昨日の事について、達也に意見を聞こうと思い一高本部に行ったのだが今日から新人戦が始まるという事で達也は忙しそうにしていて話しかけるタイミングがなかった。

 それに加えて、昨日の俺の動きが瞬間移動の魔法だと周りには思われているらしくその事について根掘り葉掘り聞きにこられて俺も忙しかったということもある。他人の魔法について聞くのはマナー違反なんじゃないのかと思ったが、それほど瞬間移動という魔法がすごいという事なのだろう。

 俺のは瞬間移動などではなくただの力技なのだが……。

 

 なんとか言い含めて、新人戦の女子スピード・シューティングを観にいく。

 

 会場はまだ朝早いにも関わらず、観客で溢れていた。魔法を使っているのを直で見る事など一般人にはそうそうないから当たり前といえば当たり前かもしれない。

 

「シュウくーん‼︎」

 

 何処に座ろうか、辺りを見渡していると何処からかエリカの声が聞こえてきた。声が聞こえた所をみると、エリカや深雪など達也を除いたいつもの面子が固まって座っていた。

 

 

 

 北山さんの試合は圧倒的というほかなかった。

 ミス一つなく全てのクレーを撃ち落とし、相手との対戦形式になる準々決勝までは順当に進むだろうなぁというのが俺の、というか殆ど全ての人が思っている事だろう。

 北山さんは深雪には劣るが魔法力が高い。

 が、魔法力が高い人が優勝するとは限らない。

 変態老師も言っていたが、魔法は使い方次第でどうにでもなる。一高で二科生といわれている生徒達でも使い方次第では九校戦で優勝できるかもしれない。

 

 しかしその点でいうと、北山さんは隙がない。北山さんは上手く使う為の魔法式を達也に組んでもらっている。

 老師の言っていた巧いとは違うが、上手く使う事も魔法師には必要な事だと穂波さんに教えてもらった事を今の競技を見て俺は思い出した。

 

 達也に今の魔法の事と昨日の事について聞きに行こうと思っていたら、またもや後ろから呼び止められた。

 

(達也に会えなくなる呪いでもかかっているのか?)

 

 

「……どうしたんだ、エリカ」

 学校にいる間は森崎の次くらいに一緒にいる事もありエリカといるとよく分からない安心感がある。

 

「ちょっと話があるんだけど、いい?」

 

「いいけど、何かあったのか?」

 

 エリカは人がいない場所に俺の腕を引いて歩き出した。

 

 

「……私との模擬戦は手を抜いてたの?」

 エリカは歩きながら唐突に話しだした。

「抜いてないけど」

 

「嘘! 昨日のあの動き、みんなは瞬間移動とかなんとか言ってるけど本当は速く動いただけなんでしょ。事故が起こった瞬間のシュウ君の動きはなんとか目でおえたけど急に消えたと思ったらあの女の側に移動してた」

 

「シュウ君は魔法の事をあまり知らないから瞬間移動なんてことは絶対にできない。……私との勝負の時は手加減してたの?」

 

 エリカはーー俺もだがーー剣についての勝負では絶対に手を抜かない。お互いに譲れないものがあるからだ。

 それを汚された思い、俺にこうして詰め寄ってきたという事だろう。

 

「エリカ、俺の腕を触ってみろ」

 

 折れた方の腕をエリカに向けた。

 エリカは訝しみながら、腕を触った。はじめは何か分かっていないそうだったが、よく触ってみると気づいたようだ。

 というか、じっくり触られると痛い。

 

「腕、折れてる」

 

「あぁ、決して手は抜いてなかった。信じてくれ」

 

 目と目が合う。気恥ずかしいが、エリカの目から目を逸らさない。

 

 

「はぁ、分かったわよ。……というか、私もなんか変にムキになっちゃって悪かったわね」

 

 エリカは耐えられなくなったようで、目を俺からそらした。

 

「それで、一体どういう事なのか説明してもらってもいい?」

 

 

 ◇

 

 

「なるほどね、で競技はどうするの? たしかクラウド・ボールとモノリス・コードに出るのよね」

 

「もちろん、出るけど?」

 

「クラウド・ボールはともかくモノリス・コードはその怪我じゃ無理よ。棄権した方がいいわ!」

 

「いや、出るよ。出なきゃいけない理由があるんだ」

 穂波さんとの約束のため、真夜の失った時間の分も楽しませてあげたいため。出ないわけにはいかない。

 

 

 

「それにこれくらいちょうどいいハンデだよ」

 

 格好つけるように俺はエリカにニヤッと微笑んだ。

 

 

 

 





ギャグ1割、恋愛2割、バトル2割、シリアスちょびっと、他諸々を意識して書いているんですが、最近はギャグ成分が薄いですね。
ギャグって難しい。



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本番

殆どの話を一人称で書いていた本作ですが、そろそろ描写などがキツくなってきたので三人称視点も混ぜていくことにしました。



 九校戦、五日目。

 

 午前中に女子アイス・ピラーズ・ブレイクの予選があり深雪や雫の圧倒的な魔法力を観た達也一行は予選を落とすことはないと判断してクラウド・ボールに出場する、シュウの事を観に来ていた。

 達也は深雪の試合を観てから行くつもりだったのだが、深雪本人がシュウの競技を優先してほしいということによりこちらに来ていた。

 

「意外に観客が多いわね」

 エリカはクラウド・ボールの会場について早々にそんな事を言った。アイス・ピラーズ・ブレイクに容姿が整っている深雪が出場しているということもありこちらにはそんなに人がいない、とエリカは思っていた。

「シュウは深雪より実技の成績は良いからな。期待されているってことなんじゃないか?」

 

「それだけじゃなさそう、だぜ」

 レオは観客席の前の方に座っている一高女子の生徒たちをみて答えた。

 彼女たちはベンチに座って梓とCADの最終確認をしているシュウをみて何やら盛り上がっている。

 ちなみに盛り上がっているのは彼女たちだけではなく、VIP席にいる二人もだった。

 

「シュウ君の女子の人気凄くない?」

 エリカは少し含みがあるような言い方をした。

 

「応援がいないよりは良いだろ? それよりもう始まるみたいだぞ」

 達也が言った通り、シュウと相手の選手はコートに立って向かい合っていた。

 

「シュウ君ってどんな系統が得意なの? ってか魔法使ってるの見たことないんだけど」

 

「シュウさんはどの系統の魔法でも高水準で使うことが出来ます‼︎ なので、逆に得意系統はないって言ってましたよ‼︎」

 

「だからこそ、この試合はどんな魔法を使ってくるのか楽しみです‼︎」

 

「なんだか余裕ね、ほのか」

 

「はい! だってシュウさんが負けるなんてことはありえませんから」

 

 どういうこと、とエリカが聞き返す前に試合は始まってしまった。

 

 ◇

 

 

 ボールはまず相手の選手にうち出された。相手選手は加速系魔法を使用してボールをシュウのコートに向かって打った。

 

 シュウが持っているのは右手に携帯端末型CADだけ。

 それなりの速さのボールがシュウのコートに向かっていくが、慌てずにボールに向かって魔法を発動させた。

 

 ボールは向かって来た速度とまったく同じ速さで相手コートに向かっていく。相手は魔法を発動してボールを打ち返そうとしたが、魔法は発動することはなかった。

 

「え?」

 何の変哲のないボールだったのに魔法を失敗してしまった、相手選手は少し動揺したが単純に自らのミスと判断したのか、転がったボールに魔法をかけ直そうとして、またもや失敗した。

 

 

「どういうこと?」

 観客席にいるエリカは魔法を発動できないでいる選手を見て疑問に思い、隣にいる達也に聞いた。

 達也は顎に手を当てて、考え始める。

 

 今度はシュウのコートに追加のボールが打ちだされ、それを先程と同じようにそこそこの速さで相手に打った。

 またもや、相手選手の魔法が発動することはなかった。

 

「成る程……」

 

「一人で納得してないで、教えてよ達也君‼︎」

 

「あれは、相手選手が魔法をミスしているわけではない。シュウが意図的にミスさせているんだ」

 自らが持つ精霊の眼でボールにかけられている魔法を分析した達也は解説を始める。

 

「使われている魔法は、移動系魔法、加速系魔法、振動系魔法の三つだ」

 

「そんなに⁈ あの遅いボールにどんな秘密があるっていうのよ」

 

「ここからだと、というか相手の選手から見ても普通にボールが打ち返されたように見えていただろうが、それは違う。加速系魔法で途轍もない速さで動いていたんだ」

 

「どういうこった? そんな速く動いてるようには見えないぜ」

 

「あぁ、語弊があったな。前後に、それも十センチメートルくらいの間を継続的に加速するように魔法がかけられているんだ」

 

 目で分からない程、ごく僅かの距離をいったりきたりしている。反復横跳びのようなものだというと分かりやすい。ほんのわずかな距離を高速で移動しているということだ。もちろん、前に進みながら。

 

「つまり俺たちが見えていると思っているボールは実際にはそのボールが動いた残像ってことなのか? でも、何でそれで魔法が発動しねぇんだ?」

 

「系統魔法は基本的に対象を指定して発動させる。今回の場合はあのボールが対象物となるが、ボールを指定しているつもりが実際には指定できていないから魔法が発動しないというわけだ」

 

「じゃあ移動系魔法と振動系魔法は何に使われてるんですか?」

 

「移動魔法は打ち返す時に使われているだけだ。加速魔法をボールに使っているから、打ち返すのにも使うと上手く残像ができなくなるんじゃないかな? それと、振動系魔法はちょっとした保険で使っているな」

 

「保険?」

 

「ボールを普通に動いているように見えさせるために振動魔法でボールの周りにモヤが出ているだろう?」

 よくよく目を凝らして見ると、たしかに夏の暑い日に見るあのモヤのようなものがレオたちの目に見えた。

 

「こりゃ、優勝は確実だぜ」

 レオは肩の力を抜いて背もたれに体重を預けながら、そういった。使っている魔法の凄さ、そして用意周到さが分かったからだ。

 

「いや、そうとも限らないぞ」

 

「あの魔法は魔法に対してはとても有効的だが、普通にラケットで打ち返す場合は少し打ちづらいだけだからな」

 ボール自体は重くなったりはしていないので、ラケットで物理的に返そうとした時は思っていたタイミングより速かったり遅かったりするだけでしかない。

 

「まぁ、シュウもその辺は分かっているだろうからな。何らかの対策はしているだろうな」

 

 そんなことを話していると、一セット目は終わってしまった。もちろん、一ポイントも取らせることなくシュウが取った。

 

 

 二セット目が始まる時に、相手の選手がCADではなくラケットに持ち替えしているのにシュウは勿論、達也たちも気づいた。

 

「原理は分からないが魔法が使えないなら、ラケットを使おうといったところか」

 

「でも、所詮は付け焼き刃だからね。どこまで持つことやら」

 

 今度はシュウの方へとボールが打ち出されて始まった。シュウは先と変わらない魔法を使って様子見を行う。

 相手選手はボールに合わせてラケットを振るう。先までは返すことすら出来なかったボールだったが、なんとか返すことに成功して頰が緩んでいた。

 

 シュウはそれをみて、使う魔法を変更することに決めた。携帯端末型CADをしまい、懐から拳銃型のCADを取り出した。試合前にデバイスチェックは済ませてあるので問題なく使う事ができる。相手は突然の戦術変更に驚いているようだった。

 巧く使うことをやめて、シュウは魔法力を活かした力押し戦術に変更した。

 

 緩く返ってきたボールにシュウは取り出したCADで魔法を使った。その瞬間、ボールが相手コートにむかって何倍もの速さになってはじき返された。

 

 急激な速さの変化に体がついていかずにボールに触れることさえできなかった。

 

「あれって会長のダブル・バウンド?」

 ダブル・バウンド。対象物の運動ベクトルを倍速して反転させる魔法。これを真由美は女子本戦で使い、優勝したので記憶に新しいのだろうエリカはシュウの魔法を見て同じ魔法だと思った。

 

「いや、二倍どころじゃない。三倍か四倍の速さで打ち返している。どんな魔法力だ、彼奴は」

 達也が若干呆れるほど、シュウの魔法力が際立っていた。元々、低反発ボールをダブル・バウンドを使って返すことは難しい。運動エネルギーが床や壁に衝突することで失われてしまうからだ。ダブル・バウンドを使える真由美は流石十師族といえる魔法力である。

 

 しかし、シュウは倍で返すどころが四倍で打ち返していた。それがどれだけの魔法力を有しているのかを物語っていた。

 

「シュウ君って、十師族なのかな?」

 魔法力の差を感じとったエリカは、ボソッと囁いた。

 

「どうなんだろうな。俺もよくわからない」

 

 達也は本当にシュウの事をよく知らなかった。真夜となんらかの関係があり、真夜はもちろんのこと達也の母親である深夜からも信頼を得ている謎の人物。正体は分からないが、深夜が信頼していることまた自分達と接する時の態度からシュウを敵ではないと判断している達也だが、シュウの事は未だによく理解してはいない。

 敵ではないのだが、味方であるという証拠もない。

 

「例え、十師族でも何も変わらないぜ。彼奴は彼奴だしな‼︎」

 レオが能天気にそういったことで暗くなっていた雰囲気が霧散した。

 

「レオって……いや、流石レオだね」

 

「どういうことだよ、幹比古‼︎」

 

「僕もレオみたいになりたいなって思っただけだよ」

 

「吉田君が筋肉モリモリになるのはちょっと嫌です」

 

「俺のイメージ、酷くねぇか」

 

 美月の天然な発言で耐えきらなくなったのかエリカは吹き出して、笑い出した。

 

 と、同時に二セット目もまた一ポイントも取らせることなく終わった。

 その後当然のように一回戦を勝利し、順調にというか当然のように決勝まで進み、クラウド・ボールを優勝した。

 

 十師族並の選手がいると、話題になるのにそう時間はかからなかった。

 

 

 




お気に入りや評価してくれるとありがたいです。


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秘密

お待たせしました!


「クラウド・ボール、優勝おめでとう」

「おめでとうございます、シュウ君」

「ありがとう真夜、穂波さん」

 新人戦のクラウド・ボールが終わった夜、一高ではちょっとした食事会が行われているのだが、俺はそれには参加せず応援していたであろう真夜と穂波さんに会いに来ていた。一高の食事会に参加しないのは空気が読めていないような気がしたのたが、優勝して気が緩んだせいなのかふと二人の顔が見たくなったのでこうして会いに来ていた。

 

 部屋の中には、穂波さんが作ったであろうちょっとした料理が並んでいた。一高の食事会ーー二人は知っていたーーが終わったら呼ぼうとしていたらしく、その時に食べるように作っていたらしい。なので、早くに訪れた事で料理がまだ並び終わっていなかった穂波さんは、珍しく少し慌てていた。しかし、なんとなく嬉しそうにも見えた。

 

「それにしてもすごかったわね。あの威力を倍加させて返す魔法」

「そうですね。十師族でもあんな事が出来るのはそういないと思います」

「そう……かな? 会長が使ってた魔法を改良しただけなんだけどな」

 会長が使っていたのは来た球を倍にして反射させるというものだったのだが、それに少し手を加えて来た球を四倍にして返す魔法にしただけだ。倍数の違いはあれど、会長と似たような魔法を使ったので他校から何か言われるのかと心配していたのだが、そういったことは何もなかった。

 

「七草の娘が使ってたのは、二倍にして返すだけでしょ。二倍程度なら私でも再現できるでしょうけれども、それ以上となると魔法力がついていかないわ」

 

 深雪ならこのくらい余裕で使えそうな気がするのだが……。いや、深雪も十師族の中では飛び抜けて天才だったという事を忘れていた。それなのにぽっと出の俺が高度な魔法を使ったのは少しマズかったかもしれない。

 

「でも、まぁ大丈夫じゃない?」

「お偉いさんに声をかけられたりはするかもしれない程度ね。まだ、マシな方ね。もし十師族の人間に勝ったりしたら……」

「したら?」

「十師族と婚約なんて話が出て来るかもしれない、わ……」

 真夜は言い終わる直前に顎に手を当てて何かを考え始めた。こちらの耳には聞こえない程に小さな声で何かを考えているようで、俺と穂波さんは顔を見合わせて首をかしげた。

 

「あの、シュウ君。質問があるんですけど」

「何ですか?」

「威力を倍加させる魔法だけで良かったんじゃないですか?」

「どういう事ですか?」

「ええっと、七草のご令嬢はダブル・バウンドという魔法のみでクラウド・ボールを優勝しています。しかもシュウ君の魔法は彼女のより凄いものでした。どうして同じような戦法をしなかったのかな、と思いまして……」

 つまり、穂波さんはカドラプル・バウンドーーダブル・バウンドの倍数が四倍なので安直にそう名付けたーーだけを使った方がもっと楽だったのではと言いたいのだろう。たしかに、わざわざCADまで用意して二つの魔法を使うなんて事はしないで一つの魔法、しかもほぼ確実に優勝を狙える魔法でいく方が無難であり正解だと思う。

 

「そうですね、まずは会長とまったく同じ事をやるというのはあまり他校からしたら気分の良いものじゃないかもしれないというのがありますね」

「魔法式自体が違うので、そこは大丈夫なのでは?」

「他所からしたら、そんなのは関係ないですよ。似たような魔法を使って優勝したとなれば、いちゃもんの一つや二つは飛んでくると思います」

 だから、優勝までに使った割合としては七対三。三の方がカドラプル・バウンドだ。観客の印象的には会長と似たような魔法を使ったことからカドラプル・バウンドの方が強く残っているかもしれないが実際のところそんなに使っていなかったりする。

 

「いちゃもんが飛んでこないようにするっていうのが一つ目で、二つ目は……」

 ーー穂波さんとの約束ですから。

 とは、流石に恥ずかしかったので口には出さなかった。

 

 四月の時点では、別系統の魔法を組み合わせた魔法なんてものは絶対に使えなかった。あの時はただ魔法力がずば抜けているだけで、所謂宝の持ち腐れというやつだった。

 しかし、ひょんなことから始まった穂波さんとの放課後の勉強タイム。厳しくもあり優しさもあり、天職は家庭教師なんじゃないかと思うほど優れた教えにより俺の魔法師としての実力はメキメキと伸びていった。

 

 だから、俺は見せたかったのだ。

 穂波さんが教えてくれた事で一番になったということを。

 

 元からあった魔法力で、会長からパクった魔法を使って優勝したところで、意味はない。

 

 二人で積み上げてきたもので勝負がしたかった。

 

 他の人からしたら手を抜いてるように見えるかもしれない。けれど、俺からしたらこれが俺自身が持っている全ての力を出した魔法だった。

 

「二つ目は秘密です」

 

 でも、所詮自己満足に過ぎない。この事は穂波さんに伝える気は無いけど……。

 

 ーー伝わってたら嬉しいな。

 

 

 ◇

 

 九校戦六日目。

 

 明日はモノリス・コードの予選が始まってしまうので今日出場するであろう深雪や北山さん、光井さんには悪いが最後の打ち合わせを行うために一高本部に集まっていた。

 ここには、出場選手である俺と森崎、五十嵐に加えて市原先輩と五十里先輩がいる。

 

 市原先輩は作戦立案のためであり、五十里先輩は俺たちのCADを調整してくれているということもあり、一応念のために来てくれていた。

「じゃあ、基本的な所からもう一回確認していくぞ」

「ああ」

「分かった」

「オフェンス、相手のモノリスもしくは選手を倒すための役割は俺。そんで、遊撃。これは森崎だ」

「あぁ、分かってる。僕は灰村の援護をしながら相手の選手を倒すんだろ?」

 遊撃というポジションは難しい。サポートと攻撃、また後衛が危険になったら援護にもいくなどの柔軟な対応が求められるからだ。

 知覚系魔法が使える人がこのポジションになる事が多いと五十里先輩が言っていたので、知覚系魔法に匹敵する索敵能力を持っている俺がこれをやろうとしていたのだが……。

 

「灰村君は攻撃に専念してください。魔法式構築がはやい灰村君に攻撃してもらって素早く相手を全滅させるというのが最も堅実であり、最も勝算が高い」

 というのが、市原先輩の言だ。

 つまり、相手に何かされる前に倒せというのが市原先輩の案だった。シンプルだが、三人とも魔法力自体はかなり高いので下手に作戦を立てるよりはベターな方法だと思った。

 

「そして、五十嵐が後衛だ」

「モノリスに向かってくる選手を倒せばいいんだろう。大丈夫だ」

 

 当初はこの陣形で最後までいく予定だった。余程のことがない限りは負けることがないと事前に予想していたのだが、余程のことが起こってしまっていた。

 三高の出場選手に十師族の生徒が入っていたのだ。

 名前は一条将輝。

 爆裂という魔法を使う一条家の次期当主であり、まぎれもない天才だ。彼だけでも苦戦は免れえないというのにもう一人凄い人物がいるらしい。カーディナル・なんとかという異名がある生徒だ。魔法師についてあまり俺は知らないーー一条将輝はギリギリ覚えていたーーのでなんともいえないのだが、こちらも厄介な人物らしいと市原先輩が言っていたのでそうなのだろう。

 なので、三高に対してだけは別の陣形を取るかもしれないと事前に決めていたのだが、幸運なことに予選では三高とは当たらないことになっていた。

 

 

 

 

 

 ーーだから、俺は油断していたのかもしれない、と後々思うことになる。




あまり話が進んでないですね……汗
展開は考えているんですが、執筆時間が足りないんです。
もしかしたら早いうちにもう一話投稿するかもしれないです‼︎


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試合開始

アニメを見て思ったんですが、五日目の夜に森崎が「明日のモノリス・コード、絶対優勝するぞ」って言ってるんですが、次の日モノリス・コードやらないんですよね……。
なんか、よく分からなかったので七日目にモノリス・コードの予選を全て行うということにしています。(たぶん原作通りのはず)




 

 九校戦七日目。

 

 いよいよ、モノリス・コードの予選が始まる。一回戦の相手は七高。対戦相手の七高は海の七高という異名のとおり、水上で役に立つ魔法技能を教えられているらしい。

 だが今回の戦闘する場所は森林フィールドなので、そこを考慮する必要はないだろう。

 

 森林フィールドという名前から分かっていたが、思ってた以上に木々が生い茂っている。モノリスの周りだけは少しひらけているが、そこ以外はほとんど森の中と変わらない。

 この森の中で魔法なしで人を探すのはなかなか面倒な気がすると思い、その事を森崎に教えようと思いモノリスの近くに立っている森崎に振り返る。そこには如何にも緊張してますといった顔つきの森崎と五十嵐がいた。

「顔がガチガチだよ、二人とも」

「だ、大丈夫だ」

「問題ない」

 こんなに緊張していたら勝てるものも勝てなくなりそうだ。

 俺は二人にというか森崎に近づいていき、頰の肉を横に引っ張った。

 

「意外と柔らかいな」

 森崎の顔をグニグニ引っ張ってみると、思ったよりも楽しくてやめられなくなってきた。

「な、何をするんだ‼︎」

 だが、森崎に手を払われてしまい森崎タイムは終了してしまった。

 

「五十嵐もやる?」

「俺はいいや」

 こちらを少し引いたような顔を見る五十嵐。

 

「二人とも緊張しすぎだ。もっと肩の力をぬこう」

「そうは言ってもな……」

「負けたら死ぬ、戦場とかなら緊張しても仕方がないけど此処はそういうわけじゃない。それに俺たちが全敗しても深雪達が優勝してくれたら一高の総合優勝はほぼ確実だ」

 

 一高は女子新人戦はほとんどの競技が一位から三位を独占しているという恐るべき結果になっているのに加え、男子も俺と森崎が優勝と準優勝しているので当初予想していたポイントを上回る結果となっている。

 本戦のモノリス・コードに十文字先輩。ミラージ・バットには渡辺先輩が残っているので、新人戦はあと一つ優勝出来れば一高の総合優勝は確実なものになるだろう。というか、新人戦の残り競技全て最下位だとしても一高は総合優勝を狙える。

 

 まぁ深雪が新人戦程度で負けるとは思えないので、一高の優勝はほぼ決定しているのだが二人には伝える必要はないだろう。

 

「だが……」

「だけど、俺達が新人戦モノリス・コード優勝したら一高のスターになれる‼︎」

 渾身のドヤ顔で二人に宣言した。二人は顔を見合わせて、やれやれといったような顔をした。

 

「勝とう!」

「ああ!」

「当たり前だ!」

 俺たちは拳を握りしめて三人でぶつけ合った。

 

 ◇

 

 緊張をほぐすつもりがなんだかんだ緊張させるような事を言ってしまったような気がしたが、二人はやる気に満ち溢れた顔をしているので結果オーライということにしておく。

 

 お腹に響くような重低音の開始の合図が鳴り響き、試合が始まった。

 

「五十嵐、モノリスは任せた」

「任せろ!」

 

 俺と森崎は森の中を走りながら相手のモノリスに最短距離で詰め寄る。相手のモノリスの場所はこの木々のせいで全く見えないが、聴覚を通力で強化して、人がいる方向はだいたい把握できた。

 

 木々に身を隠して一旦、立ち止まった。

「もう少し行ったところにモノリスを守っているのが一人、右手側にゆっくり歩きながら索敵しているのが一人って感じかな」

「なんで、分かるんだお前は」

「んー、勘」

 少しはぐらかしながらも情報の共有をする。

 

「こっちに気づいてないから、奇襲は可能かな」

「よし、じゃあ作戦通り索敵の方から一緒に倒していくか」

「いや、思ったより相手の選手同士の距離が近いからどちらかに攻撃したら音で俺達の場所がバレる。せっかく相手が見つけられてないのにそれは美味しくないな」

「じゃあ、どうする?」

「二人同時に攻撃……いや、俺がモノリスに近い方の敵を割と派手な魔法で倒すから、それに気を捉えている内にもう一人を森崎が倒すってのはどう」

 

「分かった。それでいこう」

「……いいのか? 作戦通りじゃないけど」

「構わない。なんたって灰村がそう言ってるんだからな」

 頰をかきながらそんな事を言ってきた。

 

「ありがとう。じゃあ行ってくる」

 

 近くの索敵の方には気づかれないように静かに動き、相手のモノリスの方に近づいていく。

 モノリスの近くにいる敵が目で見える位置にきたが、どうやらまだ気づいてはいないらしい。

 緊張しているから、視野が狭まっているのだろうか?

 こちらにとっては幸運なので、近くに落ちていた小石を右斜め前の木に当てた。

 

 急に聞こえた石が当たる音に敵の選手はビックリしたようで、そちらの方を見た。

 

(今っ!)

 木々に隠れていた俺は視線がこちらに向けられていない内に魔法を発動する。

 

 使う魔法はかなり一般的な魔法。空気弾(エア・ブリット)。一発を相手選手の体に撃ち、もう一発を音を出すために地面に撃った。

 極簡単な魔法だったので、魔法構築の時間はほとんど一瞬だった。相手選手は意識外の攻撃になすすべもなく、意識を飛ばす。

 

 大きな音を出したつもりだったのだが、これで敵を釣れただろうか、と不安に思っていたのだが木々の間から無傷の森崎が現れたので一安心する。

 

「大丈夫だった?」

「作戦通りだ」

 少し嬉しそうな森崎の顔から察するに、上手くハマってくれたらしい。

 

「じゃあ、モノリスを……」

 モノリスに向かってCADをむけようと思っていたら、試合終了のブザーが鳴った。

「五十嵐が敵を倒したみたいだな」

「何はともあれ、まずは一勝!」

 

 森崎に向かって手を挙げた。森崎はなんだか少し困ったような顔をしていたが、渋々手を同じように挙げて音を鳴らした。

 

 ◇

 

「快勝っていってもいいくらい綺麗に勝ったな!」

 五十嵐は試合前の緊張感はどこにいったのかというくらい、興奮気味に話しかけてきた。

「まぁ、たしかに出来過ぎなくらいだったな」

 

 相手も緊張していたとはいえ、こちらの被害はなしに加えて手の内を明かすこともなく勝てた。理想的といっていい。

 一高本部に少しの休憩をするために戻った俺たちは一高の生徒達に凄い、凄いと言われながら次の試合に備えていた。

 

「次の相手は四高だったっけ?」

「あぁ、それに市街地フィールドの予定だ」

「市街地か……」

「どうしたんだ、灰村」

「少し戦いづらそうだなって思って」

 

 ビルの中ということはそれなりに狭い中で戦わなければいけなくなる。出会い頭の遭遇戦などが起こる可能性が高くなるから、少し面倒なステージといえるだろう。

 

「運営が決めたことなんだから、それは仕方ないだろ」

「そうだな。俺たちは何処のステージでも勝つだけだ」

 盛り上がっている二人に水を差すのも悪かったので、続いて曖昧に返事をしたが何か、嫌な予感が頭から離れてくれなかった。

 

 ◇

 

 

 二回戦。

 俺たちは廃ビルの中で始まるのを待っていた。

「作戦は一回戦と同じでいいよな?」

 二人とも無言で頷いているので、異論はないのだろう。

 

「五十嵐はモノリスの前で待ってるんじゃなくてモノリスが見えるところに隠れていた方がいいかも」

「……あぁ、たしかにな」

「相手がモノリスを開こうとしているところを背後から奇襲出来る可能性があるからだな」

 

「森崎、今回は当初の作戦通りに動いた方がいいと思うけど、どう思う?」

「僕もそれでいいと思う」

 

「OK。今回も勝とう」

「おう」

「ああ」

 

 そして試合が始まった。

 

 

 と、同時に天井が崩れた。

「は?」

 誰の声だったかは分からないが、天井が落ちてきているというのにその声だけはよく聞こえた。

 

 あと一秒もしないうちに押しつぶされる。が、一秒あれば二人を抱えて脱出できる。危機によって高速で思考した頭はその事を把握して行動に移そうとしたが、体が動かなかった。

 

 意味が分からなすぎて、思考が止まりかける。

 

 しかし瞬間的に足元を見ると何らかの魔法が自分にかけられている事に気づく。

(誰が? 今? ふざけろ‼︎)

 

 試合前ということで、領域干渉をしていなかったのが仇となった。

 体を縫い付けるように止める魔法は古式もしくはBS魔法の類だろう。全身に通力を漲らせ無理やり魔法を破る。

 

 しかし、破るのに一瞬かかってしまった。

 

 もう天井に押しつぶされる目前といったところだ。

 神速通で瞬時に二人に近づき、思いきり押した。押し込んだ先には割れた窓がある。上手く外に逃がすことが出来たと思いたい。

 

 ーー良かった。

 

 そして俺は瓦礫に押しつぶされた。

 

 








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当主

突如日間ランキング入りを果たしたと思いきや、一夜持たずに跡形もなく消え去った我が小説。作者は一人大爆笑しました(笑)

読んでくださっている皆様、ありがとうございます!





「それで、この一件についてどうなったの?」

 真由美は今も目を覚まさないとある生徒の顔を見ながら隣に立つ巌の様な男に問いかけた。

「あぁ、そうだな……いや、まずは助かった他二人について教えるが、二人は廃ビルの四階から弾き飛ばされたが大会の運営委員によって特に怪我もなく救出された」

 巌の様な男ーー十文字克人ーーは事の次第を淡々と話し始める。

 

「えぇ、それは見てたわ。二人と会話もしてみたけど特に肉体的にも精神的にも異常はなかったわ。でも、二人とも自分のせいでシュウくんに怪我を負わせたって思って気落ちしてるわ」

 助け出された二人は自分があの状況から無傷で脱せられた事に驚き喜んでいたが、精神的支柱だったシュウがいない事に気付き、すぐに真逆の感情になった。

 

「その二人に関しては後で俺がフォローをしておく。あと、精神的に厳しそうだったのなら明日以降に延期になっているモノリス・コードには出さない」

「えぇ、お願いね」

「話を戻すが、灰村は異変に気付いた直後に動こうとしていた。だが動けなくさせていた魔法を七草は見えていたか?」

 克人から見ても天井が崩れて直ぐに、対処法を考え実行した胆力は見事というべき行動だった。自分ではとてもではないがあそこまで即座に対応する事など出来ないと断言できる。

 しかし、灰村 シュウという一年生が出来た。十師族、しかも次期当主である克人が出来ないにも関わらず。

 相当場慣れしている、と少し戦いに長けている者ならばそう判断するだろう。実際のところ本人はそこまで戦闘経験があるわけではなく、前世の自分がかなり戦闘経験があるだけなのだが……。

 

「一瞬で魔法式が消されたからはっきりとは見えなかったけど、私にも見えていたわ」

「あれは、古式魔法の一種らしい。体をその場に動けなくさせるという効果があるが持続時間はごく短い、欠陥魔法といえるものだと判明した。だが、今回はその短い時間が欲しかった」

「……そうね。摩利を助けた時に見せた速さで大抵の妨害は意味をなさなくできるわけだから、か。でも、誰があそこでシュウ君に魔法を使ったの? 四高の選手とは思えないんだけど」

 

 克人は常では絶対に見せないであろう、怒りの表情を顔に出したが一回深呼吸を入れ冷静な風を装っている表情に戻した。

 そして、事件の犯人を告げる。

 

「……運営委員だ」

 真由美は何を言っているのか理解ができなかった。

「え? だって……。まさか!」

「間違いない。九島老師が魔法を使って聴き出したからな」

 思ってもいなかったビッグネームが突然出てきて、真由美は驚くものの一旦今は置いておくことにした。

「そうだとしたら、タイミングが良すぎない? たまたま四高の選手が試合開始前に索敵をしていて、たまたま間違って入れていた破城槌を使ってしまったってだけでも信じられないのに。それに加えて破城槌が使った直後にシュウ君の足止めをす、るの……」

 

 真由美は口に出して状況を整理していくうちに段々と今回の一件の事を理解していった。

「七草が考えている通りだ。破城槌をCADに仕込んだのも運営委員だった。おそらくだが、試合開始前に灰村たちの居場所がちょうど見える位置に四高のスタート位置があったんじゃないかと俺は思っている。それで、四高の選手は気づかれていないのを良い事に奇襲できるチャンスだと思い魔法を発動したが、運営に弄られたCADは本来の魔法を使うのではなく、破城槌を意図しないで使うことになったという感じではないだろうか?」

「それなら四高が破城槌をあらかじめCADに入れていなかったという主張にも一致するわね」

 

 真由美は十文字の推測があながち間違っていないだろうと思った。

 一高のモノリスのスタート位置から死角になっているところ、隣のビルの上などに四高のスタート位置が設置されていたら克人の言っていたことはあり得る話である。四高は今までの九校戦の結果は最下位。どうにかして一矢報いたいと思っている時に一高に気づかれていない場所に陣取る事が出来た。そうなれば、一塊となっているところを奇襲して一網打尽にしなければいけないという心理が働くかもしれない。

 実際にはどうだったかは分からない。やってしまった事について後で文句を言っても仕方がないし、四高もCADに細工をされていた被害者なのだ。と、真由美も克人も思っている。だが、事件の真相を知らない一高の生徒たちは四高を非難しているかもしれないと考えると胃のあたりが少し痛くなってくる真由美だった。

 

「問題はここからだ」

「え? 大会運営委員の目的について?」

「いや、違う。そもそも運営委員は何のために灰村達の近くにいると思う?」

 運営委員とは大会を正常に運営するためにいる。危険があったりしたら魔法を使い競技を行なっている生徒を強制的に止める事をしたり、救出をしたりする。今回、森崎達が助けられたのがまさにそれだったりする。

 

「灰村の近くにいた運営委員は、本来行うはずだった灰村への安全面の対処を何一つ行なっていない」

「……まさか。あの瓦礫に直接押しつぶされたっていうの? 加重軽減魔法で衝撃を和らげたりされずに⁈」

 

 真由美はてっきり、そう思っていた。最低限の安全は確保されているものだと。しかし、そんな事はなかった。加えて、救出されるまでに妨害した運営委員による救出の妨害があったのでシュウは、長時間瓦礫の下に押しつぶされていた事になる。

 真由美の脳には最悪の考えがよぎった。

 

 

「……シュウ君の怪我の具合はどうなの?」

 

 

 

 

 

 

「……左腕が骨折、そして全身に打撲だそうだ」

 

 

 二人の間に沈黙がながれる。

 

 

「え? それだけ⁈」

 不謹慎かもしれないが、真由美が咄嗟に出た言葉はこれだった。

 あの瓦礫に長時間押しつぶされていると知った時は、良くて全身骨折。最悪の場合は目覚めないという想像を真由美はしていた。

 にも関わらず、骨折が一箇所に後は打撲だけ。拍子抜けといったところだ。

 

「しかも左腕はもともと骨折していたらしいという医者の見立てが本当だとしたら、灰村はあの瓦礫に埋め尽くされて打撲だけで済んでいたという事になる」

 

 再び二人の間に沈黙がながれる。

 

「……どんな肉体強度よ」

「……七草、そもそも九校戦で治せない怪我をすること自体珍しい。灰村の怪我の具合は決して軽いものではないぞ」

「いや、うん……そうね、ごめんなさい」

 

「ふぅ、それで今回の事件の犯人……」

 ーーの狙いは何なのかな?

 と真由美が口に出す前にノックの音が部屋に響いた。

 

 真由美も克人も怪訝な顔をする。一高の生徒達はシュウの見舞いに来たがっていたが、真由美がシュウの怪我の具合を知らなかったこともあり一先ず面会はお断りという事にしていた。

 一般人の入れる場所でもないので、誰がきたのか真由美も克人も分からなかった。

 真由美は扉をスライドさせて、ノックをしてきた人物を見る。

 

 

 

「よ、四葉真夜……さん」

 そこには四葉家現当主、四葉真夜がいた。想像の範囲外、九校戦に来ていることすら知らなかった相手がそこに立っていたので真由美は呼び捨てにしそうになったが、なんとか敬称をつけるのに成功した。

 真由美が慌てているのを見て空かさず、後ろから克人がフォローに入る。

「初めまして。十文字家次期当主、十文字克人です」

「初めまして。七草真由美です」

「あら、ご丁寧に。四葉家現当主、四葉真夜よ。よろしくねお二人さん」

 真由美も克人もそれぞれ十師族としての挨拶をする。

 

「それで、この場にどういったご用件でいらっしゃったのですか?」

 ここに現れたからには要件は決まっているだろうが、一応克人は問いかけた。

「瓦礫に押しつぶされたのを中継で丁度見ていたのよ。だから、気になって顔を見に来たのよ」

 ごく普通の心配をしている真夜を見て、毒気を抜かれる真由美。

 

「それで、どうなのかしら?」

「左腕が骨折に全身打撲です」

 真由美が怪我の具合を説明した瞬間、真夜の気配が変わったように感じた。

 

「あら、そう……。部屋に入っても構わないかしら?」

「い、いえすみません。関係者以外の立ち入りはお断りさせていただいていますので」

 

 そんな事はない。一高の生徒のみ立ち入り禁止にしているのであって、十師族の当主を入らせない理由は特にはなかった。だが、真由美は面会を断った。

 理由はいくつかあった。

 あの悪名高い四葉の当主に気に入られてしまったならば、シュウは今後面倒なことに巻き込まれる事になる。既にこうして部屋の前まで来られてしまっている時点で注目されてしまっているのだが、本人ーーシュウは眠っているがーーに直接会うよりはマシだ。

 また、今回の一件に手を出されたくなかったというのもあった。本人の怪我の状態を見て少し会話をしたら、今回の犯人の裏にいる人物の話になるのは目に見えている。真由美としては当校の生徒が外的要因によって傷つけられたという事がはっきりと分かっているので、七草家と克人家の力を使って今回の事件の裏に潜んでいる敵を捕らえたいと考えていた。

 しかし、ここで四葉に出て来られると少し困る事になる。

 戦力が増すという点については喜ばしい事だが、四葉に借りを作る形になる。かといって、四葉の戦力を断るはっきりとした理由がない。相手が何者かのかもまだ、分かっていないのだから。

 

 真由美は一高の生徒会長として、七草家として真夜にここに入って来られたくはなかった。

 

「そうなの、ね」

 含みを持たせるような真夜の言い方に全てを悟られていると、判断した真由美だったがここは無理矢理にでも押しきろうと思い、言葉を繋げようとした。

「はい、すみませんが……」

 

「なら、入らせてもらうわね(・・・・・・・・・)

 

 真由美は、いや後ろで事の成り行きを見守っていた克人も硬直した。

 ここで、無理に入るのは真夜にとっても良いことではない。そんな事がわからない人ではないと二人は考えている。ならば、答えは一つしかなかった。

 

「あら、ふふふ。そうね、はっきりと言っておいてあげるわ。私は(シュウ)の関係者よ」

 

 真由美も克人もシュウの比類なき魔法力から考えて、十師族の家の血が流れているのではないかと思っていなかったといえば嘘になる。だが、よりにもよって四葉。

 真由美はいろいろなことが起こりすぎて、頭が痛くなってきた。

 克人はこれほどの人物が、十師族に関わりがある人物で一安心していた。

 

「……灰村シュウは十師族の一員という事でよろしいのでしょうか?

 四葉真夜殿」

 一応の確認のつもりで克人は言葉を発した。

「シュウは十師族の一員ではないわ」

 なのだが、即座に否定されてしまい呆気にとられてしまう。

 

「はぁ、面倒だからちゃんと説明するわね。彼には四葉の血は一切流れていないわ。傍流ですらない。だから十師族の一員かどうか聞かれたのなら違うと即答できるわ。だけど、私とあとはそうね、深夜もシュウには深い恩義があるの」

 

「シュウの今の四葉としての立ち位置的には食客というのが一番近いかもしれないわ。今はね……」

 

 そう言い終わったシュウを見つめる真夜の顔を見て真由美は気づいてしまった。

 ーーこの若作りおばさん、シュウ君に気があるっていうの⁈

 

 心の中とはいえ真由美はとても失礼な事を考えていた。

 真由美は真夜の実際の年齢を知らないので、四十を過ぎたおばさんが十代の若い男の子を好きになっているという風に見えている。

 たしかにそう考えるとやばい匂いしかしないのだが、幸いな事にそうではない。

 

「それで、四葉殿は今回の一件どういった行動をするおつもりですか?」

 真由美の心情などかけらも分からない十文字は話の流れを元に戻した。

「それならもう手は打たせてもらったわ」

「と、言いますと?」

「九校戦三日目に貴方達のところの生徒を庇ってシュウが怪我をしたのは覚えているかしら?」

「はい、怪我を負ったという事は知りませんでしたが」

 

 シュウの左腕が折れていた理由を知り、謎の怪我の真相は分かったので納得すると共に腕が折れながらも一競技優勝しているのを思い出し驚愕した。クラウド・ボールは魔法主体ならそこまで動く競技ではないとはいえ、全く動かないわけではない。痛みもあるなかで優勝したのは流石という他ない。

 

「シュウのお陰で大事にはならなかったけど、あれは明らかに人為的に起こされた事故だった。だから、四葉が裏にいた連中も運営委員に紛れ込んでいた人員を全て捕まえた筈だったんだけれども……」

 

 真夜は嘘はついていないが、全てを話しているというわけでもなかった。九校戦の会場である富士演習場に来る前に真夜は九校戦を賭けの対象にしている連中がいる事について知っていた。

 しかし、真夜はあえて見逃した。九校戦が始まる前に既に本拠地も調べ上げていたが肝心の支部の幹部がまだいなかったのだ。だから九校戦終盤になれば必ず全ての人員が本拠地に現れる筈だと判断し泳がせていたのだ。

 真夜の判断はあながち間違ってはいなかったが、直接的な妨害に入るということまで想像する事はできていなかった。

 その結果、起こってしまった事故で怪我を負ってしまったシュウ。

 真夜は責任を感じ、確実に息の根を止めた筈だった。

 

「裏にいた連中が紛れ込ませた運営委員が元々いた運営委員を唆したらしくてね。それを見逃してしまい、今回の事故が起こってしまったの」

 下っ端が更に雇った下っ端。見つける方が難しい。

 結果的に、真夜が取り逃がしてしまったことでこのような事故が起こってしまったが、そもそも真夜と克人は犯人の組織名すら分かっていなかった。ここで、真夜を責めるのは筋違いというものだった。

 

「あの、取り逃がした一人だけでここまで手の込んだ事が出来るとは思えないのですが……」

 真由美は暗にまだ見つかっていない人員がいるのではないかと真夜に聞いた。

「それはないわ。捕まえた運営委員に無理矢理聴き出したからこれ以上はないと確信できる。これが起こったのは私達が捕まえる前に既に仕込みを終えていたからなのよ。そして取り逃がした一人はあの場面で魔法を使うだけで計画は完璧なものになった、なってしまった」

 何も知らない運営委員は自分達の中に敵の間者が潜んでいることなど考えてもいなかったので軽いパニックに陥っていた。だから、スタート位置の確認などする余裕がなかった。

 

 

「幸いな事にシュウ以外は怪我人も出ていないのがせめてもの救いね」

「灰村には悪いですが、被害者一名に留められたのは不幸中の幸いと言えるでしょうね」

 

 

「シュウの無事な姿も見れたので、私はそろそろ失礼します」

 真夜は眠っているシュウの頰に手を当てながらそう言った。

 

「今回の一件について、お力を貸していただきありがとうございました」

「ありがとうございました」

「いえ、シュウのためにやった事なのでお礼は不要です。なので貸し借りというのも今回は気にしないでくださいね」

 

 真由美と克人は一高の生徒が害された事件が起こり、自分以外の手によってしかも四葉の手によって事件が終わった事で、四葉に貸しを作ってしまう形になっていた。真夜としてはシュウのためなのだが、真由美と克人には関係がない。二人とも不利益を被ると思い、若干気落ちしていたが真夜の一声によって霧散した。

 

 

 

「はぁ、なんだか疲れちゃったわ」

「そうだな。しかし、思っていたより人間味のある人物で少し意外に感じたが七草はどう思う?」

「そうね。四葉といえば、非人道的な行いをしていて危ない連中ってイメージだったから意外といえば意外だったわ」

 

「……それで、四葉殿の真意はなんだと思う?」

「……シュウ君との関係を明かした事についてって事でいいのよね?」

 真夜は無理にシュウとの関係を明かす必要があったのだろうか。

 二人にとってはメリットがある話だったが真夜にとってはそうではない。寧ろ四葉の弱点になりうる事情が盛りだくさんの話だった。

 ーー弱点になりうる人物が恐ろしく強いというのはまだ誰も知らないが。

 

「そうだ。部屋に入るためだけに教えるとも考えられん。何か考えがあると思う方が自然だろう」

 

「そうね。私達との繋がりが欲しかったから? いや、でも……。うーん、私には分からないわ」

 

 シュウを通じて七草と十文字との縁を作りたかったとも考えられるが、それならこんな突然伝える必要はないだろう。正式な方法で伝え、本人が起きている時に真由美たちと話した方が色々と都合が良い。

 真由美と克人には様々な考えが頭に浮かんでいたがこれというものは結局分からなかった。

 

 

 

 




九校戦でのシュウSUGEEEは終わりです。次回からは……。

補足1
三日目……シュウが怪我を負う、真夜激おこ。
四日目……四葉の手の者「無頭竜このやろ、全員いるな‼︎ 捕まえたるわ。ブッコロだぞお前ら」
五日目……四高「はやめにCADのチェックに行こっと」四葉の手の者「シュウさんの試合凄いなぁ。あ、やべ運営委員捕まえなきゃ」
六日目……四葉の手の者「シュウさんの試合が凄かったから、これを隠れ蓑にして運営委員全員捕まえよ。ブッコロブッコロ」
七日目……真夜「シュウ格好いいな、ポッ」……真夜「なんで天井崩れんのやコラッ!!」四葉の手の者「…………」

補足2
下っ端の下っ端「え、金もらえるんすか。やりますやります!」
下っ端「じゃあほい!」
下っ端の下っ端「やっほい!」
……後日

下っ端の下っ端「あれ? お金くれた人いなくなってるな。どこ行ったんだろ? でも、俺は金をもらったからには仕事はやる人間だぜ‼︎」
下っ端の下っ端「足止め足止め」

真夜「てめぇ、ブッコロな」
下っ端の下っ端「ひぇっ‼︎」


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追記
プロローグと落涙(一話と二話)を少し改稿しました。なんだか描写不足すぎて意味がわからないかも、と思ったので。内容自体はそこまで変わっていないです。(真夜への好感度が少し上がっているくらい)


 達也は真由美に連れられて、とある部屋へと案内されていた。

 部屋の中には十文字克人をはじめとした一高の幹部と呼べる人物とそして何故か森崎と五十嵐がいた。達也はこの二人がここに居るのを見た瞬間、なんとなく嫌な予感がした。

 

「それで、自分はどうして呼ばれたのでしょうか?」

「そうね、まずは達也君も含めてみんなが気になっていることから説明します。灰村シュウ君は無事です」

 

 瓦礫の下から運び出されて以来、シュウが今どんな状態なのかを誰も知らなかったので、真由美の一言で幾人かの口から安堵の息が漏れる。

「少なからず怪我をしていますが命に別状はありませんが、明日に延期になっているモノリス・コードの予選また決勝トーナメントには出ることはできません」

 

「だから、達也君。モノリス・コードに出てもらえませんか」

 

「いくつかお聞きしたいことがあるのですが、いいですか?」

 達也はこの面倒ごとを回避する為に思考を加速させて、言葉を紡ぎ始めた。

「ええ」

「何故、自分に白羽の矢が立ったのでしょうか?」

「達也君が最も代理に相応しいと思ったのだけれど」

「君は実技はともかく、実戦なら一年男子の中で一、二を争うからな」

 一、二という言い方をしたのは達也とシュウどちらが上かを摩利が判断できなかったからだ。

 純粋に魔法力に優れ、そして体もかなり鍛えている魔法師として理想的なものを兼ね備えているシュウ。

 うって変わって魔法力は人並み以下だが、優れた頭脳を持ち魔法式を読み取ることができるという常識はずれなことができ、体術にも優れているて、何より底が知れない達也。

 どちらが強いのだろうかと、二人のことをよく知る人物に聞いても即答はできないだろう。ただし、深雪と真夜は除く。

 

「モノリス・コードは実戦ではありません。肉体的な攻撃を禁止した魔法競技です」

「魔法のみでも君はずば抜けていると、私は思っているけれどね」

「そもそも自分は選手ではありません。非常事態故に交代が認められるのは分かりますが、まだ一競技にしか出ていない選手もいる筈です。それなのに自分が出たとなれば、一科生も良くは思わないと思いますが?」

 達也はこの場にいる一年の一科生である森崎たちの方を見て会長に反論した。四月の一件から森崎は達也に、というより二科生に対して良い感情を持っていないのは明白だった。

 だから、達也はこういう言い方をしたのなら森崎が自分に同意してくれるだろうという事を考えて敢えて挑発するような言い方をした。

 

「構わない」

 だが、達也の思い通りにはいかなかった。

「は?」

 思わず気の抜けた声が出てしまう達也。達也だけではない。真由美と十文字を除く上級生全員が何かとんでもないものを見たような顔をしていた。

「だからお前をチームに入れても構わないと思っている。いや、入ってもらいたい」

 森崎の真剣な目から冗談の類で言っているのではないといつことは達也にも分かった。だが、コイツは本当に森崎なのかと疑うほど四月とは別人だと達也は思った。四月の一件から話すと一悶着ありそうという理由から達也はそれとなく森崎には近づかないようにしていた。同じ風紀委員会に所属しているにも関わらず、森崎とは一言、二言くらいしか今までに話した事がない。

 なので達也は森崎の印象は四月の時点から変わっていなかった。典型的な一科生という印象から。

 

「俺の記憶が正しければ、お前は俺の事を嫌っていたと思っていたんだが?」

 

「……嫌ってはいなかったが、はじめは二科生だからって下に見ていたのは認める。でもお前の今までの功績、九校戦での活躍、心の中では本当は分かっていた。僕なんかよりお前の方がすごいんだってことは……」

 

 森崎は何かを思い出すかのように一度目を瞑って、微笑を浮かべた。

「それに灰村も良く話していた。司波達也は凄いやつなんだって。あれが凄い、これが凄いって……聞きたくもないのにお前に関しての知識が増えていったよ。それである日ふと思ったんだ。僕より凄い灰村が凄いって言う司波達也を何故僕は認められないのかって」

 

 達也だけでなく、部屋にいる全員が森崎の話に聞き入っていた。

 

「……取るに足らないプライドのせいだった。一度、下だと決めた相手が実は僕なんかより優れていたなんて認められなかった。……でももう、僕はお前を下だとは思わない。人には誰にでも長所と短所がある。たまたま僕は魔法力に優れていてお前が優れていなかっただけの話だった」

 

 魔法力という点からしたら化け物のような力を持っているシュウだが、実は知識の方は大した事がないという事を森崎は知っている。

 昼ごはんを食べる時シュウが家から持ってきている弁当を本当にだらしない顔をして食べているのを見るとこんな奴が自分より優れているのかどうかを時々疑う。

 だが、人は完璧なんかじゃない。誰にも得意不得意があり、出来ないことの方が多い。だからこそ、出来ない事を無くしたいと努力をする。

 でも生まれ持った魔法力は努力のしようがない。

 持って生まれただけの森崎が持って生まれなかった達也を見下す。それに何の意味があるのだろうか。

 

 本当にするべきことは、努力してきた事を認めること。対等な人間として接することだった。

 シュウと接していくうちに徐々にそう感じていき、そして頼りにしていたシュウが倒れるという非常事態に陥りこれからのモノリス・コードに対する不安に押しつぶされそうになった事で漸く森崎はその事に気づく事ができた。

 

「僕は勝ちたい。灰村にモノリス・コードの優勝を届けたい。だから、司波達也。君の力を貸してくれ」

 頭を下げて達也にお願いをする森崎。それに続き、森崎の話を聞いていた五十嵐も頭を下げる。

 

 正直なところ達也がモノリス・コードに出ることによる明確なメリットなど一つーー深雪が喜ぶーーしかない。

 しかし、達也には秘密が多い。九校戦のような目立つところで、選手でもない達也が出場する。付け加えて交代する前は二人を助けた英雄的行動をした人物であり、その代わりに入るのは誰なのかという意味でも注目されるのは明らかだろう。

 注目されるだけならまだ良い。しかし何かの拍子に自分の特異性に気づかれないとは限らない。

 そもそもモノリス・コードは棄権した方が良いのだ。今日の夜中に行われた新人戦ミラージ・バットで一高が一位から三位まで独占という結果で終わった。新人戦の優勝は数ポイント差のせいで惜しくも三高に及ばず準優勝に終わるが、本戦を合わせるとまだ一高の方が上だ。無理にモノリス・コードに出る必要はない。

 

 ーー断る。

 その一言を言えば、達也の仕事はもう終わりだ。新人戦で技術スタッフとして活躍してこれ以上ないほど貢献した。ここで、断っても誰も文句は言わないはずだ。

 

「……分かった」

 しかし達也の口から否定の言葉は出なかった。感情がほとんどない達也が感情に流されるということはない。それは達也が一番知っている。妹関連の事を除けば達也は極めて合理的に行動していた。しかし何故、今自分が了承の返事をしたのか達也自身よく分かっていなかった。

 受けるメリットなら多々ある。代わりに出場する事でシュウに恩を返す事ができるかもしれない。一科と仲良くする事でこれからの面倒ごとを減らせるかもしれない。深雪の機嫌が良くなる事。

 だが、それよりもデメリットの方が多いと思い断ろうと思っていたはずだった。

 

 ーーこれは何だ。

 心底からそう思っていた達也だが、後で深夜に体を見てもらうのを心の中にメモをして、 今はその事は置いておく事にした。

 何故なら、目に見えて森崎は喜んでいたからだ。これから、明日のモノリス・コードの作戦会議で忙しくなりそうだ、と達也は思ったがそれほど嫌な気持ちにはならなかった。

 

 







今回の話のまとめ。

森崎君は綺麗になりました。映画版ジャイアン的な!
達也君は少し取り戻しつつあるよ。なんで?
五十嵐君は空気です。前からだよ!
モノリス・コードはこのメンバーで戦います。勝てるのか?






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