灰色騎士と黒兎 (こげ茶)
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1話:黒兎はデザートがお好き?

 

 

 

「―――――……リィンさん、この行為に何か不埒な意図は?」

「ありません」

 

 

 夕日に染まった巨大高層ビル、オルキスタワーに見下される――――クロスベル市内のおよそどこにいても同じではあるが――――歓楽街。

 帝国軍のクロスベル無血占領からおよそ2ヶ月。ルーファス総督の手腕もあって人通りもそれなりにあり、屋台などもおそらく通常通りなのだろう営業をしている。

 

 そんな中に私服を着たリィンと、連れられて歩くアルティナの姿があった。

 水着のような、口には出さないがその格好こそ不埒なのではと言いたくなるアルティナを連れ出すのは、リィンとしてはこれまであまり気が進まないものだった。命じられてとはいえ、妹と皇女殿下を攫った――――彼女たちが無事に戻ったことで、それを責めたことに負い目を感じていたからである。

 

 それでもこうして行動に移した理由を一言で言えば、まぁ感傷なのだろう。壁に立ち向かう“彼ら”を見て、Ⅶ組の仲間を思い出した。アルティナと戦術リンクを繋いだことも関係が無いとは言えない。

 

 

 

 戦術リンクは、“戦術”と言いつつも“心”の繋がりなのだろう。

 色々なことで拗れて途切れ、また日々の積み重ねで強くなる。リンク中は相手のしようとすることが自らのことのように分かるのだから、相手に心の内を全く悟らせないことは不可能だろう。だからこそ、それにもどかしさや苛立ちを感じ――――争ったり、認め合ったりして今のⅦ組になった。

 

 そうしてしばらく仲間たちと心を結んでいたリィンからすると、任務だからと平然としているようなアルティナは完璧にサポートしているようでいて、どこか所在なさげというか、一步引いて遠慮しているような感覚があったのだ。

 

 それがなければ、“彼ら”との戦いも――――まぁ、あの状態で決着は付かなかったとは思うけれども多少違ったものだったかもしれない。いずれにせよこの、どこか希薄で儚げな女の子を放っておけるほどにリィンは達観していないし、天性のお人好しでもある。そして任務を終えてトリスタに帰るという事情もあった。しばらくアルティナと会うことはないはずである。

 

 

 

「ともかくお疲れ様。どれでも好きなものを奢るよ」

「……はあ。食事は規定のものを摂取していますので間食は不要なのですが」

 

 

 

 というわけで、屋台である。

 地元の人間からするとお決まりのメニューがある程度あるのかもしれないが、とりあえず適当に頼んでみるのもいいだろう。

 

 興味なさげに、とはいえ迷惑そうにするでもなくただ無感情に佇むアルティナに思わず引き攣った笑みを浮かべるリィンだが、どうやら選ぶ気がないどころか“選ぶ基準”すら分かってないのではと思い至り、とりあえず女の子が好きなのではと思ったベリーと生クリームのクレープを注文し。ついでに自分の分として安価なチョコと生クリームのものを注文して待つことしばし。

 

 

 

「まぁ、運動したらその分腹も減るだろ? 疲れたら糖分摂取も脳に良いって聞くし。俺からのサポートへの感謝の気持ち……報酬とでも思ってくれ」

「………わたしは別に。結局のところ“片付けた”のはリィンさんですし」

 

 

 差し出されるクレープを、なんだかよく分からない物体のように茫洋と眺めるアルティナに、リィンはため息一つ。

 

 

 

「分かった。もう買ってしまったわけだし、一人じゃ食べきれないからサポートしてくれ」

「………明らかに任務外な気もしますが」

 

 

 

 とはいえサポートという漠然とした指令を受けていたアルティナからすれば、帰還するまではリィンが上司のような扱いである。例え「クレープを食べてくれ」という謎すぎる指令でも要請は要請。幼気な少女にパワハラ?を働くリィンに、なんとなく「これもある意味不埒なのでは?」などと考えつつもアルティナはクレープを一口。

 

 

 

「…………」

「………アルティナ?」

 

 

 

 そのまま二口。三口。徐々に呑み込む速度を口に入れる速度が上回っていくために、最終的に口いっぱいにクレープを頬張ったアルティナは名残惜しげにクレープの包み紙を見つめ―――――リィンに微笑ましげな顔で見られていることに気づいた。

 

 

 

「頬にクリームついてるぞ」

 

 

「……不埒ですね」

「断定!?」

 

 

「………まぁ、糖分摂取が脳に良いという話には納得しました。とはいえ自分は食べもせずにわたしを眺めているのは不埒だと感じました」

 

「そ、そうか……すまない」

 

 

 

 確かにエリゼにやっても怒られそうだな、と謎の納得をしたリィンは、なんでこの子は「不埒」にだけ妙に敏感なのだろうかと思いつつも(自分もたいがい基準がエリゼなのだが)、アルティナの視線が完全に自分の持っているクレープに固定されていることに気づいた。

 

 

 

 クレープを右に動かす。アルティナの目線がそれを追う。

 クレープを左に動かす。アルティナの目線がそれを追う。

 

 

 

「………その行為にどんな意図が?」

「いや、その、食べたいのかなと」

 

 

「よく分かりませんが、必要か不要かで言えば不要です」

 

 

 

 なるほどつまりお腹いっぱいなのか、と思いつつ戦闘中の癖で流し込むように食べるリィン。しかし食べ終えると包み紙を心なしか寂しそうに見つめるアルティナが。

 

 

 

「あー、もう晩御飯の時間だけど。アルティナはそのあたりの制限とかあるのか?」

「…時間ですか? それに関して特に制限はありませんが、食事は軍のレーションなどで規定の栄養は摂取するように―――――」

 

 

「レストランに行く。一緒に来てくれ」

「……了解です」

 

 

 

 いつぞやのガレリア要塞で味わった軍用食を思い出したリィンは即座に言い。その心なしか強い語調にアルティナも素直に頷いた。

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで中央広場辺りにあるレストランにやってきたリィンは、珍妙なアルティナの格好を雰囲気で押し切り――――などということができるはずもなく、直前にデパートに行っていた。

 

 

 

「―――――……服、ですか?」

「その格好だと目立ちすぎるだろ? ミリアムだって普通の服を着てるし、レクター大尉……はどうかと思うけど、あれだって悪目立ちはしない」

 

 

 

 その二人より問題がある、と言われたアルティナは流石に嫌だったのか微妙にジト目度を上げつつ、心なしか冷たい声で言った。

 

 

「………ステルスモードを使えば不要ですが」

「それだとサポートが限定されるだろ? レストランとか入りづらいし」

 

 

「………なるほど。リィンさんのサポートのためには服が必要だと」

「ああ、もうそれでいい」

 

 

 

 そんなわけでいくつか店頭に置いてあるマネキンを見て、クラウ=ソラスに座ることも考えてショートパンツになっている、どこか兎っぽい印象の服をアルティナに見せたリィンはその反応が概ね良いことを確認し、経費で買おうとするアルティナが後で困るのではと、慌てて自分でお金を出し―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………パンケーキ?」

 

 

 

 レストランで注文を訊ねた店員に対して「リィンさんのサポートをするのでわたしは不要です」などと爆弾をぶち撒けたアルティナに頭を抱えたリィンだったが、たまたま「リィンさん」が「兄さん」に聞こえたのか「可愛らしい妹さんですね」などと微笑まれて服を買って良かったと切実に思い―――――。

 

 

 規定された食事の摂取と甘いクレープに拘るアルティナに対して、折衷案としてリィンが提案したのがパンケーキだった。

 

 

 

「………パンでしたら帰還すれば軍用のものが用意されていますが、わざわざ購入する必要が?」

「いや、パンじゃなくてパンケーキだから。どっちにしても軍用のパンと市販のパンは違うんだが………パンケーキは主食になることもあるしクレープと同じでデザートに分類されることもある」

 

 

 

「………まぁ、リィンさんが食べろと言うのでしたら」

「食べろ、じゃなくて食べてみてくれ」

 

 

「……その二つに何か違いが?」

「命令じゃなくて、お願いだ」

 

 

「……………どちらでも変わらないとは思いますが、了解です。パンケーキを食べます」

 

 

 

 

 なんとなくハンバーグを頼んだリィンと違い、デザートであるパンケーキはすぐに運ばれてくる。食べたことがないとは思えないほど丁寧にナイフとフォークを扱うアルティナは黙々と、しかし一心不乱にパンケーキを口に運んでいき――――。

 

 

 

「…………パンケーキ、完食しました」

 

 

 わざわざ報告してくるアルティナにリィンは思わず微笑みそうになるのを堪え――――たぶん「不埒」扱いされそうである――――言った。

 

 

「そうだな、感想は?」

「クレープよりも食べやすいですね。あちらは不埒な人が湧きますし」

 

 

「いや、人を害虫みたいに言わないでほしいんだが……味は?」

「果物の甘みと酸味が生地を引き立てていて美味かと」

 

 

「それは良かった」

「はい」

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 

 沈黙が続くが、リィンの頼んだ料理は来ていないので必然的に待つことになる。

 ミリアムならもっともっととせがんできそうなんだけどな、とリィンが対応を悩んでいると、不意にアルティナが口を開いた。

 

 

 

「―――――……このまま待機でしょうか」

「……そうだな。何か気になるものがあれば頼んでいいぞ。ただ待機っていうのも退屈だろうし」

 

 

「では、このパンケーキをもうひとつ」

「別に他のでも――――いや、分かった」

 

 

 

 同じものを食べたい、というのもある意味では“選択”かもしれない。

 いつかこの子が、好きなものを「好きだから食べたい」と言えるようになってくれたなら―――――そんなことを考えながら、パンケーキを注文した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 北方戦役書きたかったけど無理な気がしてきた…。
 OPのヴァリマール(の肩)に乗ってるアルティナ可愛い。



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2話:灰色の騎士、北へ

 

 

 

 

 

 アルティナ・オライオンにとって、リィン・シュバルツァーは一言で言い表せない難しい人物である。

 そもそも“出荷”されてからまだ1年程度しか経っていないこともあって他の人は一言でも説明できる。例えばルーファス総督はかつての雇い主、オズボーン宰相はその主、<鉄血の子どもたち>は比較的会うことの多い同僚かつ先達のようなもので。皇女殿下とエリゼ・シュバルツァー嬢は自分の任務の被害者で。

 

 リィンさんは初めて真正面から怒ってきた相手で、その割には不埒で、任務を失敗させられて、サポートする相手で、多くの任務を共にしたパートナーで…………お節介、と切り捨てるには色々なことを教えてくれる人。

 

 

 

――――――リィンさんの行為は不埒ですが、リィンさんは不埒なのでしょうか?

 

 

 というよくわからないことも考えてみたりもする。

 悪事は働かず、無駄な殺生をせず、<灰色の騎士>として祭り上げられても、“何か”を守ろうとしているように思える。

 とはいえ時折妙に不快になることがあるので、それがリィンさんの不埒な行為によるものなのは間違いないのですが。

 

 そんなこんなで、<ARCUS>に着信した命令書に従って向かったのはトリスタ――――――トールズ士官学院のある町である。

 

 

 

 

 

 

…………………

 

 

 

 

 

「いやぁ、困った困った。そんなわけでヤツらどこからか持ち出した大型人形兵器で防備を始めてな。政府はジュノーに籠城してる貴族連合を許す代わりに纏めて片付けさせようってわけだ」

 

 

 

 

 リィンにこの半年、“要請”を伝えてくるのは凡そ“彼”だった。

 

 ―――――呼び出された時点で嫌な予感はしていた、というのが本音ではある。

 

 

 しかしいつだって――――最近は特に――――現実は常に想像よりも悪い。

 大型の人形兵器と、機甲兵を擁する貴族連合が正面から激突すれば、そしてそれがもしも市街地であれば、いつかのケルディック以上の被害が出るのは間違いない。

 

 ノーザンブリア。国家的な猟兵団“北の猟兵”を擁する自治州で、その北の猟兵が内戦中に帝国のノルディックで関与した焼き討ちに関して帝国政府が損害賠償を請求していたが、交渉は決裂――――“どこからか”現れた人形兵器と、“どこか”と繋がっている一部の議員が問題になっているということらしい。

 

 

 

「……それで、俺にどうしろと?」

「まぁ簡単に言っちまえば、“結社”と繋がってる連中を逮捕できれば戦う理由は無くなるってわけだ。―――――<灰色の騎士>リィン・シュバルツァー、帝国政府からの要請(オーダー)を伝える。ノーザンブリアでの“結社”の企みを阻止せよ」

 

 

 

 不本意にも見慣れた封筒を差し出され、僅かに逡巡するも受け取る以外に道はない。

 

 

 

「その要請、引き受けました。……今回は、余計な前置きが少ないんですね」

「それだけ時間が無いってことだ。悪いが荷物だけ纏めて30分後には列車でノーザンブリア方面に向けて発ってもらう。クレアも現地で合流する予定だ。あとこっちから一人と向こうからも一人………全部で四人ってとこか」

 

 

「クレア大尉が……それに、あとの二人は?」

「あー、アイツ昇進したから少佐だけどな。で、一人はもう来る筈だ」

 

「……どうも」

 

 

 

 

 いつか買った服に身を包み、銀髪の少女がそこにいた。

 

 

 

 

 

………………

…………

……

 

 

 

 

 

「――――ブリューナク、照射します」

 

 

 翌日。

 ノーザンブリア南部、帝国の国境にほど近い山岳地帯で、いつもの黒い特務服に着替えたアルティナが高らかに宣言し。

 黒い傀儡人形――――戦術殻クラウ=ソラスが放つ熱線が回転する歯車のようなものを背負った大きな人形兵器、ゼフィランサスの体勢を僅かに崩す。

 

 今です、と聞こえる声は戦術リンクによって繋がったアルティナの意思であり、即座にその巨大な懐に潜り込んだリィンは居合の如く刀を一閃させる。

 <弧月一閃>――――隙を捉え、速さと重さの乗せられた一撃にゼフィランサスの体勢は大きく崩れ、そしてその隙を逃すほどに甘い二人ではない。

 

 

 

 

「―――――アルティナ、今だ!」

「了解です」

 

 

 

 一撃、二撃、クラウ=ソラスの一撃が敵の装甲を弾き飛ばし、リィンの刀が重要なケーブルを切断する。自爆する暇もなく機能停止した人形が地面に崩れ落ちるのを、素早く距離を取りつつ確認した二人は、周囲に警戒を向けつつも互いの武器を収めた。

 

 

 

「……まさか、こんなところにまで放たれているなんてな」

「情報局の方での潜入も芳しくないかもしれませんね。よほど警戒している……と言うよりは自暴自棄のような気もしますが」

 

 

 

 鉄道で国境付近まで来た二人は、馬を借りて帝国とノーザンブリアの国境で最も警戒が強いだろう鉄道網に近いドニエプル門の付近を大きく迂回。車両などで通ることの難しい山間部を縫うようにしてノーザンブリアに入ったリィンとアルティナだったが、その旅路は早くも暗雲が立ち込めていた。

 普通の魔獣が大挙して襲ってきたかと思えば、その後からわらわらと人形兵器が現れだしたのである。

 

 幸いにも付近に村などはないらしいのだが、人形兵器の影響で魔獣も凶暴化しているのか煌魔城や旧校舎での激戦を乗り越えたリィンであっても無視できないレベルの戦力だった。アルティナがいなければ早々に“力”を使うことも考える必要があっただろう。

 

 

 

「とにかく、助かったよアルティナ」

「………任務ですから」

 

 

 

 リィンはつい労うように(ちょうどいい高さにあったので)アルティナの頭に手をやり。手を置いてから嫌がられそうなことに気づいた。

 

 

「――――っと、ごめんな」

「………いえ。リィンさんに不埒な意図は無さそうなので別に」

 

 

 別に、と言いつつも何を思ったのか、というか何かに気づいたのかフードを取るアルティナに、むしろリィンが困惑する。

 視線で意図を問うリィンに、アルティナは僅かに悩むような素振りを見せつつも淡々と言った。

 

 

 

「――――前回の任務でミリアムさんが、親しい相手に頭を撫でられることについてしつこく語ってきまして。………その、わたしは特に親しい相手もいないので、頭を撫でたがる不埒なリィンさんはちょうどよいかと」

 

「いやだから頭を撫でるのは不埒じゃないから。………子ども相手なら」

 

 

 

 とはいえ親しい相手がいない、と言うアルティナに僅かに胸の痛みを覚え。それと同時に、多少なりとも親しいと思われていそうなことに僅かに心が温かくなった。

 

 

 

「何やらとても不快な言葉が聞こえた気がするのですが」

「気のせいです」

 

 

 

 言いながら、銀糸のようなアルティナの髪を撫でたリィンは、何を言われることやらと内心で戦々恐々としたものの――――。

 特に何を言うでもなく黙り込んだアルティナは、「なるほど」と一言呟き。

 

 

「―――――やっぱりなんだか不埒な感じもしますが。……その、ありがとうございます」

「え゛」

 

 

 僅かに頭を下げたアルティナを思わずまじまじと見たリィンは、選択を誤ったことを悟ったが後の祭りである。

 

 

 

「協力して頂いたので感謝しただけですが。……それで驚くということは、やはり不埒な意図が―――」

「違うから」

 

 

「では、今後もお願いします」

「分かった、分かったから―――――って、え?」

 

 

 

 今度こそ聞き返したかったリィンだが、アルティナはそそくさとフードを被り直すとそのままノーザンブリアの首都であるアハリスクがある方角に視線をやった。

 

 

「では、移動再開ですか?」

「………いや、そうだけど。えーと、今後も撫でた方がいいのか?」

 

 

「……………ミリアムさんとの共通の知人の中では、リィンさんが“適切”かと」

 

 

 

 オズボーン宰相とは然程の関係でもありませんし、クレア少佐はミリアムさんの保護者のようなものだと思われます。あとレクター大尉は嫌です。と、さらりと片手の指に満たない自身の交友関係を明かしたアルティナに、Ⅶ組の仲間や学院の仲間、できればエリゼにも優しくしてくれるように頼もうと決心したリィンであった。

 

 

 

 

「………それで、移動しないのですか? 予想以上に警戒が厳しいため、このままでは戦闘が激化するまでに間に合わないと思いますが」

 

「いや、悪い。すぐに出発する。けどその前に―――――この辺りなら大丈夫か」

 

 

 

 魔獣が現れた地点より少し外れた、大きな岩の陰になっているあたりに向かうリィンに、特に何を言うでもなくアルティナが従う。

 リィンは“繋がり”を強く意識すると手を掲げ、己の相棒に向けて呼びかけた。

 

 

 

 

「――――来い、<灰の騎神>ヴァリマール!」

 

 

 

 空間が歪み、一瞬で“転移”してきた巨大な灰色の騎士人形こそは<巨イナル力>の一端とも言われる<灰の騎神>ヴァリマールである。トリスタから列車で国境付近まで運ばれ、そこから一気に転移してきたヴァリマールは、念話によって状態を報告する。

 

 

 

『ふむ、霊力の残量は7割というところだ。しばし休めば回復するだろう』

「そうか……アルティナ、今は全体の道筋の何割くらいか分かるか?」

「2割程度かと。恐らく明日の午後にも国境に貴族連合軍の本隊が到着すると思われます」

 

 

 

 今はすでに昼前。あまり時間はなさそうだ――――と考えたリィンは念話であることをヴァリマールに問いかけた。

 

 

 

『……ヴァリマール、前にアリサと一緒に乗せてもらったことがあったが――――アルティナも乗せてもらうことは可能か?』

『それがリィンの望みであれば、可能だ。とはいえ同乗することになるが』

 

 

 前にアリサを乗せてくれ、と頼んだ時に二人でコクピットに詰め込まれて騒ぎになったことを覚えていたのだろう。わざわざ警告してくれたヴァリマールに、リィンは苦笑して言った。

 

 

 

「いや、十分だ。ありがとう――――というわけで、アルティナ。ヴァリマールに同乗して貰って一気にアハリスクの近くにまで行きたいんだが構わないか? ……クラウ=ソラスはヴァリマールの手に乗ってもらうことになるが」

 

「…………良いのですか?」

 

 

 

 ぽかん、と純粋に驚いたようなアルティナにリィンは苦笑すると、恐らくクラウ=ソラスがいると思われる辺りを見て言った。

 

 

「いや、膝の上にでも座ってもらうしかないから、クラウ=ソラスで後から合流してもらうのでも良いんだが………」

 

 

 置いていくのも心配だ、と言っていいものか悩むリィンに、アルティナは心なしか強く首を横に振った。

 

 

 

「それではサポートの意味がありませんので。わたしは構いません」

 

 

 

 

 というわけで、霊力のチャージを待つ意味でも食事をしておく意味でも、万全を期すために休息をとっておくことになった。

 

 

 

 

「……料理ですか? レーションは所持していますが」

「いや、とりあえず作るから食べてみてくれ」

 

 

 

 そう言って鞄から取り出すのは千万五穀と粗挽き岩塩。基本はこの二つだけで作れる、これまでに何度も世話になった料理である。

 

 

「よし、じゃあまず火を――――」

「―――――ブリューナク、照射」

 

 

 

 バシュッ、と激しい音を立てて用意した枯れ木に火が点いた。

 いや、そこまでしなくてもと思ったリィンだが、<ARCUS>の導力魔法で火をつけようとしていたあたり似たようなものである。

 

 

「いや、ありがとう」

「………いえ」

 

 

 

 実は気にいったのか、大人しく頭を撫でられるアルティナに和むこと数秒。今度こそ導力魔法で水を出したリィンは千万五穀を炊き、独自のアレンジ―――――醤油をつけてのじっくり焼きむすびを手際よく完成させた。

 

 

「よーし、こんなのはどうだ?」

 

 

 香ばしい匂いに、心なしかそわそわしていたアルティナの皿に渡すと、熱かったのか若干涙目になりながらも一口食べて、言った。

 

 

 

「………想定より美味です。レーションの方が、多くの素材と時間を用いているはずなのに……」

「まぁ出来たてだし、軍用の食事は美味しくするために作ってるわけじゃないだろうしな」

 

 

「――――製作者の意図ですか。それは、道理かもしれません」

 

 

 

 どこか悩むような素振りを見せるアルティナに、なんとなくアルティナの抱える悩みがこの食事以外の、もっと根深いものであるのを感じつつもあえて言った。

 

 

 

「―――――アルティナも手伝ってくれたし、より美味しく感じるかもな」

「………え?」

 

 

 

 分かっていなそうなアルティナの頭を撫で、リィンは優しく微笑む。なんとなく行われたことでも、それはリィンにとって嬉しいことだった。頼まれていなくても、それをしようとしてくれたことが。

 

 

 

「―――――アルティナが、自分で火を起こして手伝ってくれただろ?」

「それは、わたしにできる補助だったので――――」

 

 

「何にしても手伝ってくれたことには変わらないさ。だからこの焼きむすびは、アルティナが俺を手伝おうと思ってくれた気持ちと、俺の感謝の気持ちが篭ってるんだ」

 

 

 

 

 だから、美味しいだろう。と。

 アルティナはほんの僅かにだけ頷いて、呟いた。

 

 

 

 

「………やはり、リィンさんは不埒な人ですね」

「うぐっ。た、確かにくさい、とかはよく言われるが……」

 

 

「いいえ、やっぱり不埒です」

 

 

 

 おいしい、と呟かれた声は風に溶けて。

 静かに焼きむすびを頬張る二人を、ヴァリマールは静かに見守っていた。

 

 

 

 

 

 





どうでもいいあとがき




アルティナ「乗りたい………強いて言うならヴァリマールですね」


 あれ、ひょっとしてアリサみたいに同乗した事あるかもしれない? そして同乗希望しちゃうの? 定位置なの?
 そんな妄想から生まれた話。あとⅢからノリノリでブリューナク撃つのもきっとリィン教官のせいだと思いました( )

 とりあえずⅢの某名前を言えない村に行く時の話で「咄嗟にヴァリマールを呼んて迷わず(略」とリィン教官が言ってるのでアハリスクの近くまでヴァリマールが来ていたのは間違いないはず。




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3話:黒兎と寒冷耐性

 

 

 

 

「―――――成程、わたしは試したことはありませんでしたが思いの外気づかれないものですね」

 

 

 呟くアルティナの眼前のモニターには、一面の雲海。

 厚い雲の中を突っ切る飛行は、内戦の<カレイジャス>でも幾度か見たことがあった。――――とはいえ、ヴァリマールが正確な方角を確認できないのであればリィンも雲の上を飛んだのだろうが。

 

 

「霊力の消耗が激しいらしいから普段はやらないんだが……大丈夫か、ヴァリマール」

『うむ、問題は無い。とはいえ首都に近づけば飛空艇に遭遇する危険も高まるだろう』

 

 

 

 霊力を感知できる<結社>の執行者か何かがノーザンブリアの首都ハリアスクに来ている可能性も考慮すれば、あまり近づくことはリスクが大きいだろう。

 

 

 

「そうだな、ある程度近づいたら低空飛行で森か何かに紛れよう」

「………場合によっては、クラウ=ソラスでわたしとリィンさんが先行、転移で警戒網を潜り抜けることも可能では?」

 

 

「そうか、ステルスモード……って、俺も乗るのか!?」

「はい、重量から考えれば可能です。バランスに関してもクラウ=ソラスならば問題はありません」

『精霊の道であればリィンに呼ばれずとも転移は可能だが―――どうやらこの付近の“場”が乱れているようだ』

 

 

 

 

 

 つまり、万全を期すのならやるべきということだ。

 ノーザンブリア併合を阻止し、被害を最小限に食い止めるために――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――クラウ=ソラス」

 

 

 雲海から半身を覗かせたヴァリマールから外に出たリィンがまず感じたのは寒さだった。アイゼンガルド連峰に来たかのような冷たく刺すような空気―――――そして、眼下にはどこまでも続く大地。厚い上着を着ていても感じる冷気に震えつつ、膝の上にアルティナを乗せたままクラウ=ソラスに抱えられるようにして落下が止まる。

 

 

 

「……っ、大丈夫かアルティナ」

「―――――行動に支障はありません」

 

 

 流石に雲の高さということもあってか、特に文句もなく抱えられているアルティナだが、どう考えても寒いだろうと思ったリィンは、上着のコートで包むようにしてアルティナを抱き寄せ。

 

 

 

「………このスーツには十分な耐寒性能も付与されていますが」

「いや、風邪を引いてからじゃ遅いだろう。いいから大人しくしていてくれ」

 

 

「……………………」

(……え、えーと?)

 

 

 

 物凄いジト目で睨まれたものの、リィンとしてはいかにも寒そうなのを放置することはできない。ということでとりあえず何か話題を逸らそうとした。

 

 

「そ、そうだ。任務が終わったらちゃんと風呂に入った方がいいな」

「………??? シャワーでしたら毎日必ず浴びていますが。何か洗浄が必要になる行為を想定しているのですか」

 

 

 

 なんとも微妙な言い回しのアルティナに、しかしそれなりに慣れた、温泉郷出身のリィンは特に呆れるでも突っ込むでもなく、ただ純粋に驚いた。

 

 

 

「風呂に入らないのか?」

「はぁ。シャワーで洗浄としては十分かと。そもそも浴槽がある場所は限られるのでは?」

 

 

「いや、風呂に入るのは――――そうだな、汚れを落とすだけじゃないというか」

「………? 理解しかねますが、つまりは入浴を推奨するということでしょうか?」

 

 

「ああ、そうなる。………どこかに温泉宿でもあるといいんだが」

「温泉宿ですか。ちなみに、そこに不埒な意図は?」

 

 

「ありません」

「……そんな気はしました」

 

 

 

 どこか珍しい言いように驚く暇もあればこそ。無事にハリアスク付近の森が眼下に迫ってきたところでアルティナはジト目のまま言った。

 

 

 

「――――リィンさんの言動が意図せずとも不埒なのは理解しました。今後は確認の手順を省こうかと」

「………いや、待ってくれ。それって俺が不埒だって断定されていないか?」

 

 

 

 てっきり不埒じゃないことを理解してくれたのかと思いきや、リィンが息を吸うように不埒な犯罪者であるかのような扱いになってしまったような気がする。

 

 

 

「そう言いましたが。あくまでも認めないようですので、諦めました」

「いや、違うからな!? アルティナが寒そうに見えるから放っておけなかっただけで――――」

 

 

「いえ、そこではなく。ミリアムさんからお聞きしましたがリィンさんは混浴を好み、義妹と皇女殿下との混浴で元気になったのだと――――」

「だから、誤解を生むような言い方はやめてくれ!」

 

 

「事実だそうですが」

「事実だけれども!」

 

 

 

 心底冷ややかな目のアルティナに対して肩で息をするリィンに、不意にヴァリマールからの念話が伝わってくる。

 

 

 

『ふむ、リィンよ。そちらの場所は掴んだ――――いつでも呼ぶがいい』

「あ、ああ。ありがとうな、ヴァリマール」

 

「………お風呂、ですか」

 

 

 

 

 ヴァリマールを呼ぶ準備に入ったリィンに対して、アルティナはなんやかんやと普段は押しに弱いリィンさんのこと、皇女殿下と義妹に挟まれて不埒なアクシデントにでも見舞われていた、というか見舞ったのだろうと考え。

 

 何やら胸がもやもやしていることに気づいた。

 

 

 

(………そうですね、リィンさんのことですし)

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「ふふっ、お邪魔しますねリィンさん♪」

「アルフィン殿下!? ど、どうして――――」

 

「兄様、お背中をお流しいたします」

「エリゼまで!?」

 

 

「どうですか、兄様。痒いところはありませんか?」

「あ、ああ。それは大丈夫なんだが……」

 

 

「まぁ。リィンお兄様ったら。エリゼばかり気にされていると妬けてしまいますわ」

「い、いえ。あのですね。自分が殿下の方を見るわけにも――――」

 

 

「大丈夫ですよ。今のわたくしはリィンお兄様のお背中を流す、お風呂での妹、お風呂のパートナーとでも思って頂ければ♪」

「姫様っ! 兄様のお世話は私が――――」

 

 

「あっ、そうです。リィンお兄様もわたくしの背中を流して下さいますよね♪」

「ず、ずるいですよ姫様!」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

(……………パートナーなら、背中くらいは流せたほうがいいのでしょうか)

 

 

 なるほど確かに、自分でも背中を流すのは多少面倒なことがある。

 届きにくいところを互いに流し合うのはなるほど合理的だろう。

 

 

 

(お風呂………リィンさんと一緒にお風呂?)

 

 

 

 なんだか妙に不埒な感じがするような、温かい気持ちになるような。

 とはいえパートナーなら戦闘外でもサポートができて然るべきのような気はしてきた。というかそもそもの問題として、戦闘外で色々とリィンさんに気を使わせているというか、妙に気を回されている気がするのだ。

 

 

 

(―――――…サポートは、わたしの任務なのに)

 

 

 

 サポート役が助けられているのでは、“意味がない”。

 意味がないものは必要がない。必要がないのなら、やる必要もない。

 

 

 

(……でも、監視の任務は)

 

 

 “Ⅶ組”であるミリアムさんにはリィンさんの監視はできない。他に適任はいないはず。

 なら、「他に適任が出てきた」のなら? その時、わたしは――――。

 

 戦うのはリィンさんの方が強い。鬼の力を使われれば、クラウ=ソラスでは敵わない。ヴァリマールを呼ばれれば、有効打を与えることさえ難しい。

 つまり役に立てるのはクラウ=ソラスのステルスモード、後は頑丈の物の破壊や解析、アーツ、後はどれくらい動きに合わせられるか。

 

 

 

 

(―――――わたしは、リィンさんのために何ができているんだろう。何ができるんだろう)

 

 

 

 

 

 もしも監視の必要が無くなったのなら―――リィンさんはしっかりと任務をこなしている――――そうしたら、わたしよりも連携を取れるミリアムさんの方が?

 

 

 

 

 胸が、痛む。

 もやもやするのとはまた別の感覚。

 スペックは同等。でも活動期間は向こうが上で、“経験値”が多い。その条件ならどちらが適しているのか考えるまでもない。

 

 そうなった時、監視の必要がなくなった時―――わたしには別の任務が来る?

 

 

 

 

 

『―――――ありがとな、アルティナ』

 

 

 どうしてか、頭を撫でられた時のことを思い出した。

 別の任務がきたら、その任務を遂行すればいいだけのことなのに。それなのに。

 

 わたし、は――――。

 

 

 

 

「―――――アルティナ?」

「………リィン、さん?」

 

 

「どうしたんだ、顔色が――――」

「………身体機能に問題はありませんが。気の所為ではないでしょうか」

 

 

 

 

 気がつくと、眼前に心配そうな顔をしたリィンさんがいた。

 これ以上無駄な負担をかけるわけにはいかないと意識を戻せば、やや不承不承ながらもリィンさんも頷き、木陰に隠したヴァリマールを一瞥して言った。

 

 

 

「――――できれば、騒ぎを起こさずに解決したい。これよりノーザンブリアの首都、ハリアスクへの潜入と<結社>と繋がる議員の逮捕を開始する。街の内部がどうなっているか分からない。慎重に、だが迅速に行くぞ――――!」

 

「了解。状況、開始します」

 

 

 

 

 

 

 そうして、戦いが始まる。

 北方戦役―――その陰で起こった、目の前のものしか守れなかった<虚構の英雄>と。それを支えたいと願い始めていた、一人の少女の。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





いつもの光景(道中)



戦闘前



アルティナ「ビームザンバーは振り回すとリィンさんの邪魔になりますね。回復技……リィンさんにCPを渡せれば。後は崩しを……リィンさんの業炎撃やミリアムさんのプレス攻撃のようにクラウ=ソラスで上から叩きつけるのは……」

リィン  「アルティナに無理させないようにフォローしないとな」



戦闘中

リィン「コォォォ、神気、合一! 秘技、裏疾風! おおおおオオオオォォッ! 斬っ!」


オーバーキル
オーバーキル
オーバーキル
トリプルブレイク

オーバーキル
オーバーキル
オーバーキル
アラウンドキル


アルティナ「………SPDが」



戦闘後


リィン  「見たか―――八葉が一刀」
アルティナ「………」




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4話:灰色の騎士と黒兎


本日2話目です。




 

 

 

 

 

――――――ハリアスクへの潜入は、意外なほどすんなりと進んだ。

 

 

 街の外壁をクラウ=ソラスのステルスモードで抜けただけではあるのだが、監視のために置かれた人形兵器も特別な装備は積んでいないのか、ステルスモードであれば無反応で通り抜けることができたのだ。ただ、問題は――――。

 

 

 

「―――――首都の中に人形兵器を放っているのか…!?」

「どうやら無差別に攻撃するわけではなさそうですが。恐らくは警戒のため……あるいは市街戦も辞さないという意思表示かと」

 

 

 

 大通りに鎮座する、まるで戦車のような巨大人形兵器。他にも拠点防衛用など大型のものを中心に。その規模はかつてのガレリア要塞どころではなく、千以上は放たれているだろうという異様な光景だった。

 

 なるほど、これは貴族連合軍が機甲兵による精鋭だとしても市街地の破壊を避けるのならば苦戦を強いられるだろう。しかし何よりも問題なのは市民が避難していないことだ。

 

 

 

「これでは、貴族連合軍の機甲兵師団が来ていることを知らない可能性もあるのでは?」

「……っ」

 

 

 

 どこか異様な空気に不安を感じつつも、理由が分からず日常を過ごす市民たち。

 いや、戦闘になれば首都の外に人形兵器を外に出す予定なのかもしれないが―――。

 

 

 

「どこか、避難できる場所はあるのか…?」

「ノーザンブリア自治州では過去の“塩の杭”事件の被害が未だに残っていると聞いていますが」

 

 

 

 それを裏付けるかのように、海でもないのに感じる塩の臭い。

 聞き込みをするべきかもしれない、と特別実習での経験から思う。この状況では困っている人も多いだろうと。しかし問題を根本から解決することができるのは――――。

 

 

 

「……アルティナ、確か結社と繋がっていると思われる議員の居場所は」

「はい。ノーザンブリア議会に併設された宿舎かと。市内に潜伏された可能性もありますが……それでもある程度は絞られるかと」

 

 

 

 何故か、と聞く必要はなかった。

 荒廃した、とまではいかないもののクロスベルの旧市街のように、雑然としたハリアスクの街並み。よほど根性のある議員でなければそれなりに整った建物にいるのではないだろうか。

 

 

 

「……そういえば、まだクレア大尉……少佐は到着していないか。確か集合場所は……」

「遊撃士協会でしたか」

 

 

「ああ。一応確認のために顔を出しておこう」

「了解です」

 

 

 

 

 

 大通りから一本だけ外れた場所にある、遊撃士協会。

 <北の猟兵>の根拠地だからなのか、どこか寂れた雰囲気こそあるものの帝都のものと違ってエンブレムが掲げられ、確かに営業中ではあるらしい。

 

 入り口を潜ると目に入るのは奥にあるカウンターと、そこで分厚い紙束を捲るスキンヘッドの中年男性。彼は鋭い眼光でリィンたちを見据えると、興味を失ったかのように紙束に目を戻した。

 

 

 

「―――――話は聞いてる。そろそろ戻ってくる頃合いだ、上の席にでも行ってろ」

「? すみません、誰が戻ってくるんですか?」

 

 

「何だ、何も聞かされてないってのか――――」

 

 

 

 

 と、ちょうどその瞬間。どこか懐かしい気配を感じて振り返ると、入ってきたのは幾度となく顔を合わせ、そして内戦後に士官学院を退職して遊撃士として復帰した――――。

 

 

 

「やっほー、ずいぶん背が伸びたじゃない。久しぶりね、リィン。それに情報局の子だったかしら」

 

「サラ教官!?」

「……どうも」

 

 

 

 

 

 遊撃士協会の二階にあるテーブルは、主に話し合いの為に使われる。

 ホワイトボードに貼られた市内の地図にはいくつかの印が付けられ、何枚かの顔写真には不審な行動について列挙されている。

 

 

 

「なるほど、教官はあらかじめ<結社>と繋がりがある議員を調べてらしたんですね」

「うーん、まあそういうことになるのかしら。本当は別の用事というか、気になることがあって来てたんだけど――――不幸中の幸い、ってヤツね」

 

「………」

 

 

 

 なにやら黙ったままのアルティナが若干気になったのの、とりあえず無方針で動く必要が無くなりそうなことに安堵する。

 

 

 

「では、場所はやはり?」

「ええ、議員宿舎の最上階――――あと数十分もすればそこで会議が始まるらしいの。いやー、正直間に合ってくれて助かったわ。あたし一人じゃ流石にちょっと色々問題があってね」

 

 

「ああ……遊撃士の内政不干渉ですか」

「そうね。何か問題が起これば人命救助の名目で多少の無茶は効くんだけど」

 

 

 

 申し訳なさそうなサラ教官に、しかしリィンは不敵に笑って見せた。

 

 

 

「――――大丈夫です、それくらいならこなしてみせます。サラ教官と模擬戦をさせられるよりよっぽど楽ですし、アルティナもいますから」

 

「………サポートは任せて下さい」

 

 

 

「言ってくれちゃって。―――――しばらく見ない間にまた頼もしくなったわね」

 

 

 

 

 

 そうして手短に打ち合わせをして、外に出る。

 まだ貴族連合軍は国境付近にいるはずで、時間はある――――猶予はあるはずだった。

 

 

 

 

 そして、それは唐突に起こった。

 大通りに出て、議会のある方角を目指そうと三人で向かおうとしたちょうどその瞬間。

 

 大音量で警報が鳴り響き、あちこちで住民たちが何事かと空を見上げる中で、恐らくは自治州政府によるものだろう放送が流れた。

 

 

 

『―――――只今、帝国軍の部隊の接近が確認されました。市民の皆さんは落ち着いて避難を―――――』

 

 

 

 まだ来ないんじゃなかったのか、と誰かが叫んだ。

 ある人は呆然としたままで、ある人はその場にうずくまり、ある人は駆け出し。

 

 

 

「――――落ち着きなさい! 遊撃士よ、すぐに避難所――――教会に向かいなさい!」

 

 

 

 サラ教官の叫びに、ぽつぽつと人が動き始める。

 そんな中で、リィンは何かを感じて空を見上げ――――。

 

 

 

「―――っ、そうか! 内乱の時と同じ―――!」

「……機甲兵の、飛空艇輸送ですか」

 

 

 

 最初から、全て計算づくだった――――そんな言葉が脳裏に浮かぶ。

 絶対に間に合わない、ノーザンブリア併合の流れは止めれない、と。

 

 

 飛空艇で運ばれてきた機甲兵の部隊がハリアスクの外に展開された人形兵器と砲火を交え始めたのだろう。激しい砲撃音が轟き、怯える市民の悲鳴が聞こえる。

 

 リィンも倒れた人を助け起こし、あるいは怪我をした人にティアの薬を渡し、そして異変は続いた。

 

 

 

 

 大通りの真ん中で鎮座していた大型の人形兵器――――戦車のような機体が、僅かに音を立てた。ちょうど買い物かごを持ち、弟か何かだろう子どもを連れて避難しようとしていた少女の眼前で。

 

 

 

 

「なっ!? ―――――来い、ヴァリマール!」

「センサーに反応を感知―――――クラウ=ソラス!」

「冗談キツイわね――――!」

 

 

 

『――――応!!』

 

 

 空間転移――――それにより一瞬で現れた灰の騎神に、リィンが光の球体となって乗り込む。その間にも人形兵器はその腕を振り上げて、容赦なく振り下ろそうとし―――。

 

 

 

「―――――くっ」

 

 

 クラウ=ソラスが障壁を張って割り込むものの、凄まじいパワーに弾き飛ばされる。そこでようやく少女たちも頭上の脅威に気づいたのか、呆然と上を見上げ――――。

 

 

 

「はああああアアアアアッ!」

 

 

 

 ―――――<鳴神>。

 サラ教官の持つ銃が正確に、かつ連続して雷を放ち僅かにその動きを押しとどめる。

 

 その時間さえあれば、なんとか間に合わせることができる――――。

 通常のヴァリマールであれば間に合うか危うかったかもしれない。あるいはクラウ=ソラスが弾かれたように一撃で破壊するにはパワーが足りなかったかもしれない。

 

 

 

「―――――コォォォッ! <神気、合一>ッ!」

 

 

 

 なぜ、このタイミングで――――。

 その疑問はあった。まるで、“仕組まれた”かのような。あるいは何かに導かれたかのような。それでも、リィンは誰かを救うために躊躇うようなことはしなかった。

 

 

 否、できなかった。

 

 

 

 

「――――――え?」

 

 

 

 そして、“一段深く”外れた。あるいは、外れかけた。

 

 “塩の杭”が出現したノーザンブリアという特殊な場所の影響か、あるいは何かしらの仕掛けか、もしくは来るべきものが来ただけなのか。

 

 力が溢れ、思考が“力”に飲み込まれ始める。明らかにいつもの<神気合一>とは違う感覚。それよりも深く、強く。

 壊せ、砕け、燃やせ―――――幼少期から恐れていた力の暴走―――――すぐに静めろ、と頭の冷静な部分は言う。

 

 

 眼下では、一度弾かれたアルティナがもう一度人形兵器の前に立ちはだかろうとしている。だから、任せておけばいい。このまま力に飲み込まれるわけにはいかない、と。

 

 

 

 

 

―――――それは、アルティナが傷ついても?

 

 

 

 アルフィン殿下とエリゼを浚い、幾度かⅦ組の前に立ちはだかった無感情な少女。それなら傷ついても構わない? そんなわけはない。

 

 

 どう思われているのかは分からない。それでも懸命に付いてこようとしてくれる少女に何も思わないことはない。

 

 

 仲間ではない。ヴァリマールのような相棒ではない。エリゼのような妹ではないし、お世話になった人々とも違う。けれど、迷っていた自分以上に何も知らない、“何か”を見つけようとしている少女を守らなければ―――――いや、守ってあげたいと思う。

 

 

 いつも自分が誰かに守ってもらっていたように。

 仲間たちに、トワ会長、サラ教官に、クレア大尉に、トヴァルさん、シャロンさん、オリヴァルト殿下やアルゼイド子爵閣下――――――そして、クロウに。

 

 “力”に振り回されることを恐れてはいられない。<灰色の騎士>などと持ち上げられているのだから、せめて自分のパートナーくらいは、守ってみせろ―――――!

 

 

 

 

「おおおォォォォオオオオオオッ! <無想、覇斬>ッ!」

 

 

 

 ヴァリマールの機体が、身体が軽い。力が溢れる。煌魔城の城門を破壊した時よりも、今までのどの神気合一よりも。

 ゼムリアストーンの太刀が一撃で人形兵器を切り裂き、爆風をクラウ=ソラスの障壁が防ぐ。

 

 

 

 

「逃げるわよ、すぐにこっちに!」

「リィンさん、支援します――――リィンさん?」

 

「………う、ぐ…っ、お、ぉぉォォオオオオオオッ!」

 

 

 

 

 胸が、灼けた鉄を差し込まれたように熱い。

 力が燃え上がらんばかりに溢れ、視界が灼熱に染まる。

 

 その逃げ場を探すように、次の得物に向けて太刀を振るった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

――――――騎神での神気合一。

 

 

 強い輝きに包まれた灰の騎神がまるでゴミでも片付けるかのように、全ての人形兵器を一刀で切り裂く。アルティナはそれを支援しようとクラウ=ソラスに乗って灰の騎神の頭部と同程度の高さにまで上がり――――。

 

 

 

『―――――アルティナ、俺から離れて住民の避難を誘導しろ』

 

 

 

 灰の騎神から、声がした。

 人形兵器は次から次へと湧き出し、住民は無差別に逃げ惑い、或いは立ち尽くす。

 

 なるほどそれは必要だろう。

 けれどそれはもうリィンさんの恩師だという遊撃士が行っている。どこからか現れたクレア少佐たちTMP(鉄道憲兵隊)の隊員たちも。

 

 

 

「――――いえ、それではリィンさんの負担が――――」

 

 

 

 パートナーなのだ。

 リィンさんが救助した人の避難を誘導するとか、あるいはクラウ=ソラスの障壁で戦いやすいように住民を保護するとか、いくらでもできることはあるのだと思った。

 

 

 

『―――――いいから離れろ! っ、ぉぉォォオオオオッ!』

「……リィンさんっ!?」

 

 

 

 ヴァリマールの刀から放たれた衝撃波が同時に数体の人形兵器を爆散させ、暴走する人形兵器を、特に周囲を破壊しているものにヴァリマールが斬りかかる。

 

 

 

 

「――――まさか、力が暴走しかけているの!?」

 

 

 

 

 サラ・バレスタインの声がどこか遠くから聞こえるような気がした。

 

 知らず、拳を強く握りしめる。

 わたしでは戦力にならない―――――大型の人形兵器が相手では、時間を掛けなければ倒すことはできない。邪魔にしかならないのだ。

 

 

 

 

 強く、なりたい――――。そう願った。

 

 任務をこなすために―――――リィンさんの力に、なりたい。

 

 

 だから今は、せめて。

 リィンさんの要請に応えよう。

 

 

 

 

「―――――…逆方向からの避難誘導を実施します」

「……っ、ええ、頼んだわ!」

 

 

 

 

 鬼神の如く、戦場と化したハリアスクで灰の騎神が駆ける。

 自分の苦しみを顧みず、多くの人を救っていく。力に溺れそうになって足掻きながら、それでも確かな意思をもって。

 

 

 

(―――――遠い)

 

 

 

 そう、思った。

 今のままでは近づくことはできない。だけどきっと、近づける誰かがいる。

 それなのに、わたしにはできない。パートナーなのに。

 

 

 

 

―――――置いて、いかれたくない。

 

 

 

 

 

 胸を刺すようなもやもやは止まることがなく。

 それでもアルティナは避難誘導を続け。灰の騎神を、リィンを見つめ続けた。

 

 

 

 そして、全てが終わった時――――灰の騎神が人形兵器の最後の一体を切り捨て。外に出たリィンが“鬼”の状態のまま倒れた時に。ただ遠いだけだと思っていたリィンの無理を知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 ノーザンブリアの遊撃士協会にあるベッドで、“鬼”の状態のまま眠るリィンの姿があった。既に戦闘が終結してから丸一日が経過し――――。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 熱をもったリィンの額に、絞った濡れタオルを載せる。

 アルティナはそれが正しいのかも分からないまま、ただ“熱”に対する対処として知っている行為をしていた。いわゆる寝ずの看病であり。それが有効なのかどうか考慮する前に実行していた。

 

 

 

「―――――ふむ、酷い隈だな」

「――――…っ、オーレリア・ルグィン将軍ですか。リィンさんでしたらまだ目覚めていませんが、何か」

 

 

 

 振り返ると、何度か任務の関係で顔を合わせた<黄金の羅刹>その人の姿があった。

 感覚が鈍っていることを嫌でも知覚させられ、思わず呼び出していたクラウ=ソラスを引っ込める。

 

 

 

「オーレリアでよい。いやなに、最大の功労者が倒れていると聞いたので見舞いに来たのだが―――――なるほど、厄介なことになっているようだな」

 

「………そうですね、“市民を救助した”功労者が倒れているのは問題かと」

 

 

 

 厄介なこと―――――まぁ、原因不明で目を覚まさないのは厄介だろう。

 胸のもやもやをそのままに、やや睨みつけるように言うと、オーレリア将軍はどこか驚いたように、あるいはやや面白そうに言った。

 

 

 

「そなた、変わったな。以前は何もかもつまらなそうな顔であったが」

「…………そうですか。それで、リィンさんに何か御用が?」

 

 

 

 こんなことで体力を消耗させられるのも非合理だろう。

 丁重にお帰り願いたいと思いながらも問いかけると、今度は一転して真剣そうな顔になって言った。

 

 

 

「――――まぁ、ともかく睡眠くらいは取っておくことだな。そなたが倒れて、シュバルツァーが狼狽える姿を見たいのであれば構わんが」

「この程度であれば生命活動に支障はありませんので、倒れるとは思えませんが」

 

 

 

 淡々と事実だけ述べれば、今度はどこか呆れたような顔をされた。それも、何故かリィンさんとわたしを見て。

 

 

 

「成程、受付が匙を投げるわけだな。己のことを顧みないところなどよく似ている」

「………わたしが、リィンさんに似ている…?」

 

 

 

 

 不本意だ、とは何故か思わなかった。

 こんなに心配をかける人で、不埒な人で、あんなにも遠いのに。むしろ、どこか心が温かくなって―――――。

 

 

 

「そなた、そこのシュバルツァーが死にそうで、自分が死ねば助かるとすればどうする?」

「サポートがわたしの任務です」

 

 

 

 何を考えるでもなく、リィンさんを庇うことに問題はない。

 それが任務だ、と迷いなく口にした。

 

 

「では、そなたが死にそうで、シュバルツァーは自分が死ねばそなたが助かる場合にどうすると思う?」

「………そ、れは」

 

 

 

 そんな必要はない、だからしないでほしいと理性は言う。

 なのに、どうしてか命を賭けても守ってくれる姿が鮮明に想像できてしまう。

 

 

 

 

「似ているとは思わんか? 子は親を見て育つともいうな」

「………不本意です。それに、わたしに親と定義されるものの知識は存在しません」

 

 

「ふむ。まぁそれで、そなたが寝込んだ時にシュバルツァーが寝ずの看病をして倒れたらどう思う?」

「………………有り得ないと思いますが」

 

 

「シュバルツァーが倒れることも想像できなかっただろうに。さてどう思う?」

「―――――――ものすごく不本意なのは間違いありません」

 

 

 

 サポート役がサポートされるなど、笑い話にもならない。

 どうしたものかと視線を寝たままのリィンさんに向けると、オーレリア将軍は言った。

 

 

 

「そこで私に良い考えある」

「……何でしょうか」

 

 

「離れるのが心配ならば、すぐ傍で寝れば良いではないか」

「…………はあ」

 

 

 

 寝ていては何の意味もないのでは。

 と思いつつ将軍を見返すと、将軍は真剣なような面白がっているような顔で言った。

 

 

 

「なに、抱きついて寝れば異変に気づかぬということもあるまい」

「………それは不埒なのでは?」

 

 

「では人工呼吸は不埒だと思うか?」

「…………それは、医療行為ですので」

 

 

「では寝ずの番をした結果、傍で眠るのは不埒か?」

「…………………まあ、一理ある……のでしょうか?」

 

 

「なに、試しにやってみるがいい。それでシュバルツァーが起きたらそれはそれで目出度いと思わんか?」

「―――――まぁ、起きて下さるのは良いことですが」

 

 

 

 そういう問題ではないような気もするのですが。

 

 何やら丸め込まれているような、と思ったものの、将軍はそのままひらひらと手を振って「ではな。シュバルツァーが起きたらまた来るとしよう」などと言いながら出ていき。

 

 

 

 

 

――――――部屋にはどこか苦しそうなリィンさんの寝息だけ。

 

 

 瞼は重く、思考は鈍い。

 昨日にはとても遠くにいるような気がしたリィンさんが、とても近くにいる。手を伸ばせば届きそうで――――。

 

 

 

 ふと、リィンさんに似ていると言われたのを思い出す。

 

 

 

 

「…………わたしも、不埒なのでしょうか」

 

 

 

 

 恐る恐る布団に潜り込むと、“鬼”の力の影響なのかリィンさんの身体は熱くて。

 不安なのに、心配なのに、辛いのに、苦しいのに、それなのに、心があたたかくなる。

 

 

 

 

 

(―――――わたしも、リィンさんみたいに)

 

 

 

 

 

 

――――――誰かを守れるように、なりますか。

 

 

 

 

 貴方を守れるように、なれるでしょうか―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 なんだかいつの間にかそれなりに多くの方に読んでいただいてしまっていたみたいで大変恐縮です。閃Ⅲのアルティナが可愛すぎて再現できないのが申し訳ないです。誰か書いて! 同志よ……。

 とりあえず書きたかったところまで書いたのでこれにて完結――のつもりだったのですが、何個か小話を考えて出すかもしれません。でもⅢのアルティナ書けな(ry


 とりあえずほんとに公式で北方戦役までの流れほしい……。



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エピローグ:黒兎と入学案内

オズボーン「――――日間ランキングの一角、この私が乗っ取らせてもらった。主人公としてしばらく役に立ってもらうぞ―――――」

アルティナ「いやっほーぅ」





 

 

 北方戦役――――そう呼ばれた戦いは呆気ないほど迅速に終わった。

 機甲兵師団による電撃的な攻撃と、最大の戦いになるはずだった首都ハリアスクでの攻防戦が人形兵器の暴走によってそれどころではなくなり。そして<灰の騎神>によって大勢の市民が救助されたことと、<結社>と繋がっていた議員が姿を晦ましたことでノーザンブリアはそのまま帝国に併合されることになったのである――――。

 

 

 ああする他は無かった――――けれども、それがノーザンブリア併合を決定づけた。

 

 

 悩むリィンに対して、本来アルティナは「理解できない」で終わるはずだった。

 なぜなら、リィンは「任務を達成している」から。結社の暗躍を防ぎ、無用な被害を防ぎ、帝国の領土を広げた。それは、客観的には<英雄>らしい所業だ。

 

 リィンがなぜ悩むのか、アルティナには分からない。

 「あの人」のやり方に従いたくないのだ、ということは漠然と理解しているけれど。併合を止めたい理由は理解できないのだ。

 

 

 

 

 でも、そう。苦しむリィンさんを見ると胸がもやもやして。

 きっと、リィンさんの要望を叶えるのがパートナーとしての役目だから。もっと、強くなる。今度は、リィンさんの力になれるように――――。

 

 

 

 

 

「―――――シンクロ完了。ごー、アルカディス=ギア――――!」

 

 

 

 新調されたインナースーツを一瞬で身にまとい、クラウ=ソラスと一体化する。

 普段は思考のシンクロによって行われているクラウ=ソラスの行動を、自らの身と一体化させることで極限までロスを減らし、全てのパワーを効率よく運用することができる決戦モード。

 

 これまでは不足していた出力が規定値にまで到達し、ようやく実戦レベルで使えるようになった“奥の手”でもある。

 

 

 

「……ですが、出力が向上した分だけ安定性は低下していますね」

 

 

 

 軽く、普段のクラウ=ソラスを動かすように腕を振るう。

 無駄なく振るわれた、黒い装甲と一体化した自らの腕はリィンさんの“鬼”の斬撃とも遜色ない威力で空を裂き。しかし耐えきれなかった“中身”がミシリと嫌な音を立てる。

 

 

 

「……負荷、規定以上。肉体の強化が必要ですか」

 

 

 

 シンクロ解除――――完全に一体化していたクラウ=ソラスが分離し、インナースーツで帝都にある情報局の拠点の一つ、その訓練室の床に降り立つ。

 

 

 筋肉痛の鈍い痛みを右腕から感じて僅かに眉を寄せたアルティナは、部屋の隅に置かれたダンベルの山を茫洋とした目で見つめ。不意に言った。

 

 

 

「―――――それで、何か御用でしょうか。<かかし男>」

「おっと、気づかれちまったか」

 

 

 

 そう言って出てきたのは、赤毛で軽薄そうな雰囲気を漂わせる<かかし男>ことレクター少佐。日頃の戯言に関してはともかく、仕事に関しては遊びのない人でもある。

 

 

 

「……気づくようにしていただけでは?」

「まあ、そうしないと話ができないからな――――とはいえ、俺の予想の中でも早く気づかれたのは間違いないが。いやぁ、そんなに任務が待ち遠しかったか?」

 

 

「まあ、多少は準備もしていましたので」

 

 

 

 今度こそは役立たずにはならない――――。

 レクター大尉を見据えて言うと、珍しく本気で驚いたのか僅かに目を見張った<かかし男>の姿。何はともあれ次の任務なら――――と考えるわたしに、レクター少佐は何故か目をそらしてこんなことを言った。

 

 

 

「いやー、その、何だ。悪いが任務はしばらく休止だ。シュバルツァーが任務の方から降りるって話になってな―――――」

「―――――え?」

 

 

 

 

 

 降りる? 何を? 任務を?

 

 ―――――――なんで?

 

 

 

「あー、まぁオッサンの企みに反対してってことなんだろうが………士官学院もゴタついてるらしくてな。ともかくしばらく待てばまた何かしら伝わると思うぜ」

 

 

 

 

―――――――リィンさんを支えるのが、わたしの任務で。それで、今度こそはって。

 

 

 

 そういえば、士官学院を卒業したらリィンさんはどうするのだろう。

 帝国軍に? それなら一兵卒にはならないはず。監視は相応の猛者がなるだろう。鉄道憲兵隊ならばクレアさんがいる。実家を継ぐ――――というのは、どうなのだろうか。聞いたこともない。

 

 

 

 

「――――――わたしは、リィンさんのことを」

 

 

 

 データくらいでしか、知らない?

 何も、何も教えてもらっていない。どうするつもりなのか、これまでも、これからも。それはいつものように子ども扱いをされているから? それとも、わたしは――――わたしは、どう思われているんだろう―――――?

 

 

 

 

……………

………

 

 

 

 

 朝、起きた。

 昨日までに考えてあった訓練メニューは取りやめた。

 意味のないことを行う必要なんて無い。

 

 一応は情報局の所属であるため、新聞や端末に入ってくる最新の情報には目を通す。<灰色の騎士>の露出は極めて少なく、情報も少ない。

 

 

 

 

 

……………

………

 

 

 

 

 

 また、朝。

 ミリアムさんが来たのだが、相手をすることが億劫だったため帰ってもらった。

 ……いつもならしつこく粘られるけれど、やけに素直で不気味だった。

 

 

 

 

……………

………

 

 

 

 

 朝。記事で<灰色の騎士>を見つけた。

 どうやら灰色の騎士は清廉潔白で常に帝国のことを考える忠義の騎士であるらしい。リィンさんとは別に灰色の騎士がいるのだろうか。的外れというほどではないにせよ、リィンさんはお人好しで不埒な騎士である。

 

 

 

 

……………

………

 

 

 

 

 

 朝。情報局の情報では、リィンさんは帝国軍に入るつもりがないらしい。

 トールズ士官学院に教官として赴任するのではないかという予測も見かけた。

 

 

 ………教官にはサポートすることがないのでは?

 

 

 と、その下には「その場合は教官ないし生徒に監視役を派遣する必要性」と書かれていた。合理的である。

 

 

 

 

 

 

 

……………

………

 

 

 

 

 

 朝。

 アルカディス=ギアの副作用とも言える過度の疲労と身体への負荷は、回数を行うことで身体を慣らすことにした。疲労は想定以上で、それでもこれなら大型の人形兵器に対する決定打になる。わたし自身の速度も大幅に向上できるので、リィンさんに置いていかれることもない。

 

 参考のため、トールズ士官学院の受験に必要な勉強の調査を開始。

 ミリアムさんでも通ったとはいえ、“何らかの措置”を使った可能性も大いにある。わたしの適正を示すためにも勉学を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

……………

………

 

 

 

 

 

 リィンさんが、新たに開設される「トールズ士官学院第Ⅱ分校」の教官になることが分かった。わたしの学習レベルは一般的な合格者の基準に到達していると思われるものの、更に密度を高めることにする。

 

 なお、正式にレクター少佐を通じてわたしに「リィンさんのサポートと監視」の指令が下された。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

――――――半年ぶり、ですね。

 

 

 帝都近郊の町、リーヴス。

 まだ真新しい第Ⅱ分校のグラウンドに並ぶのは、どこか浮ついた新入生たち。

 

 

 わたしは指定された制服の上に帽子とケープを羽織り、それなりに伸びた髪は一部だけ結んで後は流れるままにした。……<黒兎>らしさは残っているだろうか。

 制服で、いつもの格好ができない以上リィンさんに気づかれないのではという不安があったのだ。

 

 ……制服を着てから気づいたのですが、やや雰囲気は変わり。リィンさんに気づかれなかった場合わたしのパートナーとしての存在感に深刻な疑問を抱かざる得ません。

 

 

 

 

「いやー、担任の教官はいったいどんなお人なんやろうなぁ!」

「士官学院だし、軍の人が来るんじゃないかな?」

「本校では軍以外からも広く優秀な人材が集められていたそうですよ?」

 

 

 

 

 

―――――リィンさんは軍でもそうでなくても優秀な人材どころではないですが。

 

 

 

 本人がどう思っているにせよ、紛うことなき<英雄>。<灰の騎神>を扱える唯一の起動者にして“鬼の力”を持ち、<八葉一刀流>を修めるそれなり以上の剣士でもある。客観的にはリィンさんは若手の一番の有望株と思われる。

 

 

 

 周囲からは「小さい子が」などと視線を向けられるものの、なるほど確かにわたしの身長は身体年齢が14歳相当ということもあって小さい。

 リィンさんのパートナーでなければここにいることもなかっただろう。

 

 

 

 

 そんなことを考えていると―――――来た。

 

 分校長、いつかあったオーレリア将軍を筆頭に鉄道憲兵隊の少佐や“例の支援科”の一員、リィンさんの先輩にして<紅き翼>の艦長代理を務めた才媛、そして、リィンさん――――何故か、眼鏡。

 

 

 

 

(………少しだけ、不埒じゃなさそうに見えるかもしれません)

 

 

 

 目が合い、わずかに驚いたような顔をされる。

 

 

 

 

――――――ああ、気づいてもらえた。

 

 

 

 安堵する。胸があたたかくなり、よくわからない感情が膨れ上がる。

 それは教えてもらえなかったことへの憤りであり、半年では忘れられないくらいにはわたしはリィンさんのパートナーをできていたのだという安心であり、これからの任務でよりリィンさんを支えてみせるという決意で。

 

 

 あたたかくて、苦しくて。リィンさんから目を逸らす。

 そうしないと、なんだか自分が保てないような気がしたから。

 

 

 

 

 

「――――――これより、クラス分けを発表する!」

 

 

 

 

 

 これから始まるのは新たな物語。

 サポートとして隣を、後ろを歩いていた少女が、一步踏み出す物語。

 

 仲間でもなく、相棒でもなく、パートナーとして。

 横支え、時には前を歩けるように。

 

 

 

 

「―――――君自身の“根拠”を示してくれ」

「わたしは――――」

 

 

 

 

 

 

 始まる激動の時代、その渦中に飲み込まれる<英雄>に。

 無から生まれた願いが、どうか届きますように―――――。

 

 

 

 

 

 




続きました。まだ本編入ってないのでセーフ。
病んでません迷子です。









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小話1:黒兎と部活動

閃の軌跡Ⅲ本編、第1章の自由行動日までの微妙なネタバレがあります。
些細ではありますが、未プレイで新鮮さを大切にしたい方はプレイ後に読んで頂けると幸いです。



 

 

 

 

 

 

「――――リィン教官」

 

 

 転がした言葉が宙に消える。

 

 トールズ士官学院第Ⅱ分校。その屋上のベンチで眺める景色は、決して特別なものではない。ベンチがリーヴスの町ではなく、グラウンドとか学生食堂の方を向いているためである。

 

 入学オリエンテーリングで、“アインヘル小要塞”を攻略し、Ⅶ組が結成された。

 ユウナさんにクルトさん――――場数はともかく基礎は十二分に積んでいるらしい二人は、連携はともかく一定の戦力ではあるらしかった。

 

 

 

『あー、もう! これだから帝国人は!』

『――――八葉一刀流、聞いていたほどではなかったというのが本音ですが』

 

 

 

 いくらか訂正するべきかと思うところはあった。

 

 

『―――――ノーザンブリア併合にも貢献したと聞いています』

『それって、クロスベルと同じ――――』

 

 

『誤情報ですね。正確には―――――』

『いや、よく調べてあるな』

 

 

 

 リィン教官に本当のことを伝える不利益などないはずなのに。あれほど苦しんでいたのに、それでも全てを背負おうとする。防げなかったから? 加担したのは事実だから? 考えていると胸がもやもやして、事実なのだから言ってしまって良かったのではとも思う。

 

 

 

 そして、“鬼”の力――――。

 

 北方戦役で、全てを使い果たしたかのように眠っている姿を思い出す。

 「使わないでほしい」と思うのは、きっと任務を遂行するための合理性で。

 

 使わざるを得ない場面がこないでほしい、と願うのはパートナーだから。

 危険が明白な“鬼の力”よりも、それなりの危険しかない<アルカディス=ギア>を使ったほうがいい。……結局、<ブレイブオーダー>で魔煌兵は倒せたのだけれど。

 

 

 

 

(………あの時、リィンさんから流れ込んできたのは、“守る”という……意思?)

 

 

 

 強固な連携が強い“護り”を生むと知っているからの、<要請(オーダー)>。

 意思。意思は機械になくて人にあるもの。わたしが存在する理由。

 

 

 

 

『―――――自分の意思を示してほしい。そうでなければ例え分校長や帝国政府の命令であっても認めるつもりはない』

 

 

 

 

 例え、政府の命令であっても―――――。

 

 

 

 

 それは、その言葉は――――唯一、帝国政府の要請にだけ従うとされた<灰色の騎士>にとっては何よりも重くなければならないはずのもの。1年間任務で共に過ごしていれば分かる、リィンさんがずっと苦悩していたもの。

 

 そんなことを言われても、わたしは「政府の命令には従って下さい」というべき存在だったはずなのに。

 リィンさんらしい、と感じる。どちらかといえば好ましく感じてしまう。リィンさんなら、意味もなくそんなことは言わないと知っているから。

 

 

 

『―――――此処に集められた生徒も教師陣も、<捨て石>だ―――――』

 

 

 任務だからという理由だけで、参加してほしくないと言う。

 わたしだって、もう任務でも好ましいものとそうでないもの――――皇女殿下の“保護”のような気の進まないものがあることは既に理解している。

 

 

 分校にいることが、好ましくないことになるかもしれないと考えているのだろう。

 でも、それでも。

 

 

 

 

 

「―――――わたしは、リィンさんの。リィン教官の、パートナーです」

 

 

 

 

 

 小さく呟く。

 どうしてか、これは違う、言えないと思っていた言葉。口に出せなかった言葉。

 

 サポートしてきた実績はある。

 でも、リィンさんがパートナーを選んだわけじゃない。

 

 

 

『―――――Ⅶ組という言葉の響きにも興味があります』

 

 

 

 特科クラスⅦ組――――リィンさんにとっての、特別なクラス。

 どうして特別なのか、わたしには分からない。懐かしそうに振り返る姿も、時折何かを思い出していることも。それを、知りたい。

 

 

 それはきっと、紛れもないわたしの“意思”。

 

 

 

 

 

(――――とはいえ、前途は多難ですが)

 

 

 

 部活動――――それに参加しなければ生徒会として分校長の小間使いのようなことをさせられるという。それは構わない、ような少々不安なような。

 

 しかし一般的な部活動の知識もなく、新規の部活動の立ち上げというのはどうにも勝手がわかりそうになく―――――。

 

 

 

 

「アルティナ、こんなところで何をしてるんだ?」

「……リィン教官。少々明日のミッションについて考えていました」

 

 

「ミッションって……ひょっとして部活決めのことか?」

「はい」

 

 

 

 他人事だからか、どこか呆れたような顔をするリィン教官。

 とはいえリィン教官も部活動などはしていなかったということは聞いていたりする。

 

 

 

「………全く手掛かりもないので、悩んでいるのですが」

 

 

 

―――――リィン教官は、どう考えられますか? わたしは、何が向いているでしょうか。

 

 

 

 それは、ふと思いついたことだった。

 どう思われているのか―――――それが少しだけ知りたくて。

 

 

 

「いや、それはアルティナ自身が決めることだからな」

 

 

 

 ばっさりと切り捨てられ、胸がもやもやしてくる。

 そしてわたしはそのまま、クラウ=ソラスに乗ってその場を離れ。そのまま一晩中部活動について考えることになった。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 翌日。

 今日中に部活動を決める必要があるのに、本などで調べても何も分からなかった。

 

 

 

 

「―――――えーっと、アルティナ。良ければ部活動を探すのを手伝おうか?」

 

 

 

 そう、どこか困ったような顔をしたリィン教官は言った。

 胸がもやもやして会いたくなかったので避けてしまっていたからか、どこか遠慮がちに。

 

 決めることに関しては手伝えないが、探すのは手伝ってくれるという。

 わたしは頷き、そうして部活動探しは始まった。

 

 

 

 

………

……

 

 

 

 

 

 

 

 そして、最終的に水泳部に決まったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 夕方。

 依頼を片付け、他に困っている生徒がいないか校舎を見回っていたリィンは、プールに明かりがついていることに気づいて立ち寄ることにした。

 

 

 

「……アルティナ?」

 

 

 

 そして見つけたのが、プールサイドに学院指定の水着を着て座り込むアルティナの姿だった。相変わらずの無表情ではあるものの、流石に1年近くも一緒に戦っていれば多少の雰囲気くらいは察することができる。

 

 昨晩の拗ねた雰囲気とはまた逆に近いベクトル、どこか沈んだ雰囲気のアルティナは声を掛けられてようやくリィンに気づいたのか、目を瞬かせて言った。

 

 

 

 

「……リィン教官。なぜわたしは十分に泳げないのでしょうか」

「いや、まだ今日初めて泳いだばかりだろう? 少しずつできるようになっていくものだと思うぞ」

 

 

「それはそうだと思いますが……泳げたことがないので、どこが悪いのかも分かりません」

「ある程度泳げているんだから、後はそのうち――――」

 

 

 

「――――ミリアムさんから、リィン教官に泳ぎを教わったと聞きました」

 

 

 

 ジト目だった。本人に自覚があるのかないのかはさておいて、急激に機嫌が悪くなっていた。なんとか自立を促したいリィンからすればそれは、アルティナがどこかリィンばかり気にする――――もともと交流が少ない子なのでやむを得ないところはあった――――のは避けたかったのだが、あまりにストレスを与えすぎるのも問題なのは確かだった。

 

 

 

「いや、あのなアルティナ」

「………ミリアムさんはそれでユーシスさんに勝ったのだと自慢げでしたが」

 

 

 

 自覚はないのか、「なんでミリアムさんだけ」と恨みがましい目を向けられている気がする。

 

 

 

「……物凄い辛いから、正直オススメできないんだが」

「わたしには不可能なメニューということでしょうか。スペックは同等ですが」

 

 

 

 

 完全に対抗心を燃やしていた。

 ちょうど先程アインヘル小要塞でミリアムと会っていたこともあるのだろう。断固としてやる、という意思を見せるアルティナをリィンも少し応援したいと思ってしまった。

 

 

 ……本当はアレは、アリサやラウラ、フィーたちも含めた大勢でやったのだが。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「――――――じゃあ、ミリアムと同じメニューだな」

「それより厳しくても構いませんが」

 

 

 

 水着を着て、胸の傷を露わにしたリィン教官とプールに入った。

 ミリアムさんが何をやったにせよ、スペックが同等なのだからできない道理はない。そう考えるわたしに、リィン教官は言った。

 

 

「じゃあ―――――鬼ごっこをする」

「………はい?」

 

 

「まずは俺が鬼だ。10数える間に逃げてくれ」

「………了解しました」

 

 

 

 鬼ごっこと水泳に何の関係が。

 そう考えつつも、リィン教官がカウントしている間に水中で床を蹴って距離を稼いでいく。そして、カウントが終わり―――――。

 

 

 

 リィン教官が、泳いだ。

 それは泳げないわたしに不利なのでは、と思うもあっと言う間に追いつかれ、背中にリィン教官の手が触れる。―――――そして、地獄が始まった。

 

 

 

 

「―――――どうしたアルティナ、もう疲れたのか?」

「まだ、です……っ」

 

 

「さあ、まだまだこれからだぞ!」

「……はぁ、はぁ」

 

 

 

 水を蹴って、蹴って、蹴って。

 それでもあと少しのところでリィン教官に届かない。

 

 

 水。水の中の景色はどこか歪んでいて、ずっといるとどこか自分がどこにいるのかわからなくなる。音もよく聞こえない。

 

 

 

 

 鼻から水が入り、強い痛みを感じる。息が続かない。

 けれど、その感覚もどこか懐かしい。水の中は、懐かしい。

 

 

 光が遠い。音はもっと遠い。

 誰もいない水の中に、独りで浮かぶ―――――。

 

 

 

 追いかける。届かない。

 

 

 追いかける。届かない。

 

 

 独りで、追いかける。

 

 

 

 力が入らない腕で必死に水をかき、水を蹴る。

 それなのに、追いつけない。あとすこし、あとすこしなのに―――――。

 

 

 身体は、諦めろと言っていた。

 これ以上やったら溺れるぞ、と。もう無理なことは分かっていた。

 

 

 

 遠い。

 近くにいるのに。

 

 リィンさんが見ているものを、わたしは見えない。

 

 

 

 なにかを望んでいることが分かっても、それが何なのか分からない。

 でも、それでもわたしは。

 

 

 

(―――――リィンさん。おいて、いかないで)

 

 

 

 

 伸ばした手が、あたたかい何かに触れて。

 そしてそのまま、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――ごほっ、ごほっ………っは」

「アルティナ! しっかりしろ、アルティナ!」

 

 

 

 心配そうなリィンさんの――――リィン教官の顔が、わたしを覗き込んでいた。

 手足は凍えそうなくらいに冷たいのに、どうしてか胸はあたたかい。

 

 

 

 

「すまない。俺がもっとちゃんと限界を見極められていれば―――――」

 

 

 

 

 その言葉に、曖昧だった記憶が僅かに戻ってくる。

 追いかけていたこと。諦められなかったこと。

 そして、手が届いて。そのまま溺れたこと。

 

 そして、必死に呼びかけるリィンさんの顔と―――――。

 

 

 

 

 

(………わたしは、やっぱり不埒になってるのでしょうか)

 

 

 

 お陰で心配してもらえた、と思ってしまう。

 心配してもらえるのだ、と安堵してしまう。

 

 あまつさえ溺れかけたのも悪くないかもしれない、なんて非合理なことを考えている。

 

 

 

 

 

「―――――ありがとうございます、リィン教官(さん)

 

 

 

 

「え?」

「もちろん特訓と救助のこともですが」

 

 

 

 

 

 少しだけ、泳げそうな気がしてきました。

 そんな何の根拠もない。けれど心からの言葉を口に出した。

 

 

 

 

 

 

 

 




悪名高き「限界突破訓練法」(確かそんな名前だったはず)

次回「灰色の騎士と水羊羹」(予定)
和みたい




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小話2:灰色の騎士と水羊羹

微妙なとこなので本日2話目です。前話の続きものになりました。
リィン教官が水羊羹を購入することになる経緯というか導入?

あとこの小説のタグにR15がついているのはご存知でしょうか。
リィン教官は全く不埒ではありませんが念のため。夜中になんて書くから……。仕方ないので次回から軌道修正します。





「――――――はぁ」

 

 

 トールズ士官学院の、というより第Ⅱ分校の教官の夜は遅く、朝は早い。

 そもそも教官が少ないためにリィンも機甲兵調練と実技と歴史の三教科を受け持っているような状態であり。生徒が少なくともそれぞれの授業の準備を進める必要があるためだ。

 

 そして本校にいた時の癖というべきか、困っている人を放っておけないリィンは必然的に夜にそれらの作業を全て片付けることになっていた。

 

 

 

「新米だから、で全て片付けていいはずもないしな」

 

 

 

 新米だからできない、と諦めるのはリィンからすれば逆だ。新米だから足掻いて、試行錯誤して、それが上手く行かないのなら先人の知恵を借りるというくらいでちょうどいい。とはいえそれで先程もアルティナが溺れてしまったのだが。

 

 

 

(――――頑張っているから、なんて言って助けないのは間違いだった)

 

 

 

 一応、と言っていいのかアルティナはリィンに追いついた。

 手加減した状態だったにせよ、必死に食らいついたことで活路を開いたと言えるのだが。仲間ならそれでも良い。よくはないが、仕方がない。

 

 

 

(でも、俺はもう教師だ。本当に危険な状態になる前に止められなければいけなかった)

 

 

 

 またしても、サラ教官の凄さを感じる。

 あんな放任に見せかけたスパルタで、それでも生徒の安全を守っていた。

 

 

 

 アルティナは、それなりに学校に打ち解けている。

 第Ⅱ分校全体の雰囲気が賑やかなのもあるだろう。積極性は乏しいにせよ、受け答えはしっかりしているし、時折女子たちと何かの話題で盛り上がって(アルティナにしては)いるのも見かける。

 

 ここでアルティナが他の誰かに相談できれば、頼れれば。

 きっと何かが変わると思った。だから突き放して――――結果は、拗ねて近寄りがたくなってしまったのだが。

 

 なら少しだけ手を貸そう、甘やかさない程度に。

 などと考えてあの結果なのだからもう頭を抱えるしかない。

 

 

 

(気付いてない、わけでもないと思うんだが……)

 

 

 

 

 溺れて、心臓は動いていたものの呼吸が弱かったために心肺蘇生――――というか人工呼吸。誓って不埒な意図はなかったし、必死だったのだが。だから許してくれとも思わない。

 

 なんとなく、潔くユウナに張り飛ばされたクルトが脳裏に浮かんだ。

 クラウ=ソラスで殴られたら死ぬかもな、と考えたちょうどその時、図ったように部屋の前にアルティナの気配を感じた。

 

 

 

 

「……アルティナ? その、入っていいぞ」

「では、失礼します。――――少々質問があるのですが」

 

 

 

 そう言って現れたアルティナは、何故か室内なのにクラウ=ソラスに乗っていて。

 

 

 

「うっ。いや、遠慮は要らない。思い切り一発張り飛ばしてくれ――――」

「………? ……ああ。先程の人工呼吸についてでしょうか。確かに問題になるケースもあると聞いたことはありますが――――パートナーですし、別に構いません」

 

 

「え゛」

 

 

 さらりと、別に何事もなかったかのように言うアルティナに、むしろ今まで女性たちから「デリカシー皆無」「女心が分からない」「覗き魔」「不埒」などと散々に言われてきたリィンの方が困惑する。そんなリィンにアルティナは、やや小首を傾げて言った。

 

 

 

「………むしろ放置された方が困るのでは? クラウ=ソラスを呼べば溺れなかった話でもありますし」

「いや、そもそも俺が限界を見極められなかったせいで――――」

 

 

 

「その場合だと、わたしは届かなかったことになりますが」

 

 

 

 あの時、確かに届きましたよね――――そう目で訴えかけるアルティナに、リィンも不承不承頷く。どうやらそこを譲ってくれる気はないらしい。

 

 しかしそうすると、自分だけが気にしていたようでなんとも言えない気分になったリィンは、今度はアルティナの貞操観念が不安になってきた。日頃から「不埒ですね」を連呼しているのだから、かなり気にしているのだと思っていたのだが。

 

 

 

「いや、でもな。女の子として少しは気にした方がいいんじゃないかと思うんだが」

「………はぁ」

 

 

 

 ため息、というよりはよく分かっていなそうな返答。

 アルティナはわずかに視線を彷徨わせ、「良く分かりませんが」と前置きした上で、どこか不満げに言った。

 

 

 

「リィンさん(教官)なら問題はない、と感じるのですが。それで良いのでは?」

「…………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長い、間が空いた。

 返事がないのが不思議なのか、不審そうに眉を寄せるアルティナに、流石のリィンも頭を抱えたくなった。

 

 

 

 

(どういう、意味なんだろうか)

 

 

 

 こういうとんでもないド直球を放り込んでくるあたりミリアムと似てるな、と現実逃避気味に考える。愛の告白? いやいや、アルティナに限ってそれはない。

 

 なら不埒関係で………リィン教官なら問題ない? 何が? いや問題あるだろうと脳内で突っ込みを放ちつつ。

 

 

 

(落ち着け、明鏡止水――――我が太刀は静…!)

 

 

 

 いくつか正解を考えてみる。

 リィン教官なら問題ないというのはつまり――――。

 

 

 

『別にリィン教官を嫌悪しているわけではないので、人工呼吸程度でしたらいつでも』

 

 

 いや、普段「不埒」と連呼しているのにそれはおかしい。

 しかしそうすると好意を持たれているという意味で―――――。

 

 

 

『リィン教官になら構いませんが』

 

 

 

 いや構ってくれ。いっそクラウ=ソラスで殴り飛ばしてほしいと思うときが来るとは思ってもみなかった。なんなんだろう、ミリアムみたいに貞淑さを投げ捨てている? いや、アルティナはそのあたりは……。

 

 

 

 

「………リィン教官? リィンさん? ……大丈夫ですか?」

「――――あ、ああ。……いや、その。どういう意味なんだ。さっきのは」

 

 

 

 と、あまりに返事がないからかアルティナが心配そうにこちらを覗き込んでいた。

 もう聞くしか無いだろう、とデリカシーが無いと非難されるのも覚悟で問いかけるとアルティナはどこか呆れたような胡乱な目で言った。

 

 

 

「ですから、リィン教官なら問題はないと感じました――――それ以上の意味はありませんが」

「………例えば、相手がミリアムなら?」

 

 

 

 訊いてみると、アルティナは特に逡巡することなく言った。

 

 

「不服ですが、救命措置ならば仕方ないかと」

「そうだよな、不服でも問題はないよな」

 

 

 

 そう、ミリアムでも問題ない。だから俺でも問題ない。

 そう言うと、アルティナは「またリィンさんが不埒なことを」とでも言いたげな胡乱な目で言った。

 

 

 

「……なんだか通じていない気もしますが、まあいいです。それより本題に入ってもよろしいでしょうか」

「これが本題じゃなかったのか?」

 

 

「いえ、そうではなく。少々相談が」

 

 

 

 そう言ってアルティナは、不意に羽織っていたケープを脱ぐ。

 意味の分からないリィンの前で、そのままアルティナは上着も脱ぎはじめ。ちょうど今日ミュゼとあったことを思い出したリィンは慌てて顔を背けつつ言った。

 

 

 

 

「――――待て、待ってくれ。なんでいきなり脱ぎ始めるんだ!?」

「相談のためですが。実は全身に筋肉痛があり、医務室に行ったところ誰もいなかったので対処に困っていました。これでは明日の授業を受けることも困難かと」

 

 

 よいしょ、とワイシャツ姿で袖を捲くるアルティナに、リィンは安堵しつつも言った。

 

 

 

「なら脱ぐ前にそう言ってくれ……」

「なるほど。上着だけならば問題ないかと思いましたが。以後、気をつけます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず薬を塗ろう、ということになり。

 ちょうどリィンは筋肉痛用の軟膏を持っていたのでそれを渡そうとしたのだが―――。

 

 

 

「……腕が上がらないので、塗れそうにないのですが」

「誰か女子に……ユウナに頼んでくれ」

 

 

「ユウナさんは抱きついてくるので苦手です。それにこのタイプの軟膏は初めて見ますので……リィン教官にアフターケアとしてして頂くのが最善かと」

 

 

 

 何か責めるような目になったアルティナに、リィンは言った。

 

 

 

「いや、あのなアルティナ。俺は男で、君は女の子だ」

「はあ。リィンさんのご迷惑になるのでしたら諦めます。溺れて人工呼吸をしていただいたのですが目覚めたら全身に痛みが、とハーシェル教官に説明を――――」

 

 

「止めて下さい」

 

 

 

 

 

 

 大丈夫、エリゼもアルティナぐらいの歳ならこんなことも………あった、んじゃないかなぁとリィンは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ、ぁ、リィン……教官…」

「いや、ちょっと清涼感があるけどその分痛みは取れるからな」

 

 

 

「………背中も痛いのですが」

「いや、それは自分で――――」

 

 

「では分校長に――――」

「塗らせて下さい」

 

 

 

 

 

 小さく、細い。相応の筋肉しかない背中に軟膏を塗り込んでいく。

 ………必然的に、うつ伏せにベッドに横たわるアルティナは服を脱いでいるわけで。誰かに見られたら一発で退職することになりそうだった。

 

 

 

(ミリアムより年下……子どもが懐いてくるようなもの)

 

 

 

 エリゼと暮らしていた身として背中くらいでどうこう思うことはないものの、いつの間にここまで心を許されていたのだろうと考えるとどうしていいのやら分からなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 時折痛がったり擽ったがるアルティナの背中と四肢になんとか薬を塗り終え。ふと気づくとアルティナは静かに寝息を立てていた。

 

 

 

「………アルティナ?」

「………………すぅ」

 

 

 

 ふにゃり、といつもの冷静な顔が崩れて外見相応の笑顔でも浮かべているかのように見える。苦笑を浮かべたリィンは、そのまま部屋にでも運んでやろうと考え――――。

 

 

 

(………いや、どうしろと)

 

 

 

 脱いだストッキングに、身体の下に敷いているだけのワイシャツ。

 このまま運んだら一発でアウトで。かと言ってこのまま寝かせておいてもアルティナが失踪してしまったと騒ぎになるだろう。なら服を着せるのかと言われれば、無理だ。

 

 そして話の通じそうな女性―――――エマやサラ教官もいない。今ならシャロンさんに散々に弄られることも覚悟で頼めるくらいには困った。

 

 

 

 

「………んぅ」

 

 

 

 不意に、アルティナが寝返りを打った。

 リィンは素早く目をそらし、アルティナの上着を被せてそのまま部屋を出る。

 

 

 

 

 

「―――――仕方ない」

 

 

 

 

 

 リィンは覚悟を決め、ある人物の部屋を訪れた―――――。

 

 

 

 

 

 

「――――――全くもう! リィン君ったら! いくら頼まれたからってそんなことしちゃ駄目なんだからね! 逮捕されちゃうんだから!」

「面目次第もありません……」

 

 

 

 部屋の外で待機し、待つことしばし。トワ先輩にアルティナの服を着せてもらい、おまけにユウナに説明するのを助けてもらい。そして今、リィンはトワ先輩の部屋でお説教を受けていた。

 

 

 

「アルティナちゃんにも、ちゃんと駄目だってことを教えてあげること! というか最初から私を頼って下さい!」

「……はい」

 

 

「全くもう……どうしてリィン君っていつもこうなんだろう」

「うっ……自分でも気をつけてるつもりなんですが」

 

 

 

 思いもよらないアルティナの積極性、というか妙な押しの強さに負けたというか。

 

 

 

「………全然分かって無さそうだなぁ。リィン君だもんね…。」

「え、えっと? トワ先輩?」

 

 

「――――とにかく、次からは気をつけること!」

 

 

 

 

 そうして無罪放免されたリィンは翌日、これ以上何か起こる前にアルティナにお詫びの品でも送ることにし(偶然見かけたものを買っただけとも言う)。

 

 水羊羹を買うのだが――――それがまた、ちょっとした騒ぎになるのだった。

 

 

 

 

 




 

アルティナ「不快ではなかったので別に構いませんが。パートナーですし」
リィン  「誰か情操教育を………俺がやるのか?」





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小話3:黒兎と水羊羹

3分割の最後です。
また、レクター少佐がレクター大尉になっているミスを発見いたしましたので訂正させていただきましたことをお詫び申し上げます。あと機甲兵調練じゃなくて教練でした。


 

 

 

―――――アルティナが目を覚ますと、全身に僅かな痛みがあった。

 

 

 

「………鬼ごっこ、でしたか」

 

 

 よくよく冷静になって考えてみれば、最後のあたりでは無駄な力が少なくなっていたような気がする。もしかするとフォームに拘りすぎて無駄な力が多かったのかもしれない。

 筋肉痛も昨日よりは随分良くなって、あの軟膏はとても良く効いたらしい。

 

 

「………」

 

 

 というか、わたしはリィン教官の部屋にいたはずでは。

 ワイシャツを着て自分のベッドに横になっていて、制服は綺麗に畳まれている。

 

 しかしながら、自分の記憶ではワイシャツは脱いでいた。

 ということは、これは誰に着せられたのだろう――――?

 

 

 

「………………っ」

 

 

 

 いや、そんなはずはない。

 いくらリィンさんが不埒だとはいえ。それは、とても、そう――――。

 

 

 

 

(……リィンさんなら、なんとも思わない可能性が?)

 

 

 

 自分の義妹から皇女殿下にまで幅広く手を伸ばすリィンさん―――リィン教官なら、わたしのことは子ども扱いでカウントしていない可能性もあった。というかそうでなかったら、普通にわたしを起こすはずで。

 

 

 

 

「…………………………はぁ」

 

 

 

 胸がもやもやする、とはいえ寝てしまったわたしに原因なわけで。これは流石に不埒だったかもしれません。わたしが。

 リィンさんが不埒だけれど真面目……誠実と言ってもいいのは知っていますし。

 

 

 

 

「……まあ、寝顔を見られたのは二度目ですし。何も無かったのなら別に――――」

 

 

 

 別に、それをリィンさんが望めば。

 きっとわたしは―――――。

 

 

 

「………あれ?」

 

 

 

 自分で、自分が何を考えているのかよくわからない。

 ただ、胸がとてももやもやして――――きっと、同じことはもうできないような気がした。だって、とても、胸が苦しい。心臓が早鐘を打っていて、頭まで毛布を被って丸くなる。

 

 

 

「わたし、どうしたんでしょうか」

 

 

 

 

―――――見られた? リィンさんに?

 

 

 

 頭の中で、色々なものがぐるぐると暴れまわっているような気がする。

 心拍数が跳ね上がって、顔が熱を持っている気がする。

 

 

 

 

「………リィン、さん。リィン教官……」

 

 

 

 いつか、任務で見た笑顔を思い出す。

 

 別に何かされたわけでもないはずなのに、苦しい。もしもリィンさんと会ったらと思うと、リィンさんの顔を見られないのではないだろうか。

 

 

 

 と、不意にユウナさんの声が聞こえた。

 

 

 

 

「アルティナ、朝よー? ……むぅ、疲れてるのかな。リィン教官とトワ教官が運んできたときもぐっすり寝てたし……」

 

「………………おはようございます」

 

 

 

 急激に頭が冷えた。

 

 

「うわっ!? び、びっくりした。おはよう、アルティナ」

「はい。……リィン教官は、何かおっしゃっていましたか?」

 

 

 

 

 どうやら――――本当に何もなかったらしい。

 胸のもやもやが大きくなるのを感じつつも、リィン教官に遠慮する必要はなさそうだった。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

『………おはようございます、リィン教官。昨晩は勝手に眠ってしまい、申し訳ありません』

『あ、ああ。そうだ、あの後――――』

 

 

 

『ハーシェル教官にお願いしたとお聞きしましたので、問題ありません。それでは』

 

 

 

 

 朝、リィンがアルティナに会ったところ妙に落ち込んだ様子……というか拗ねている? いや、そんなわけはないので怒っているのか、とにかく様子がおかしかったことに頭を抱えていた。これ以上の不埒な容疑はかけられていないらしいことは―――まぁ、喜ぶべきなのだろうが。

 

 とりあえず今日は機甲兵教練で忙しくなると思われることもあり、宿舎を出て―――ふと、如水庵に立ち寄った。

 

 

 

 

(水羊羹か……これで少しでも機嫌が治るといいんだが)

 

 

 

 とりあえず甘いものが好きなのは分かっているので、悪化することはないはず。そう思って水羊羹を購入すると、不意に声を掛けられた。

 

 

 

「――――ほう、珍しいなシュバルツァー。刀を扱うだけあって東方の食を好むのか」

「ぶ、分校長!?」

 

 

 

 突然現れた分校長の気配をほとんど察知できなかったことに戦慄しつつも、どうしてこんなところにいるのだろうと考え。

 

 

 

「なに、私は少々本屋に用があってな。貴様が深刻そうな顔で歩いていたので後をつけてきただけだ」

「…………さらっと尾行しないで下さい」

 

 

「気にするな。とはいえ、何故そんな深刻そうな顔で菓子を買うのだ?」

「いえまぁ、アルティナを怒らせてしまったので甘いものでも渡そうかと……」

 

 

 

 嘘を言っても看破されたりより面倒なことになりそうだと感じたリィンは素直に打ち明け。分校長はわずかに驚いた後、何やら意味深に頷いた。

 

 

 

「なるほど。ではシュバルツァー、授業の後片付けが終わったらそれを持って茶道部に来い。ではな」

 

 

 

 分校長はそのまま有無を言わさず颯爽と歩き去り。

 後には水羊羹を抱えたリィンだけが残された。

 

 

 

 

 

……………

…………

……

 

 

 

 

 

 機甲兵教練は、それなりの成果を収めた。

 特に問題なく教えることができ、ユウナとクルトは初日とは思えない飲み込みの良さだった。……アルティナはどこか不満げだったが、それでも十分にできていたと思う。

 

 オルランド教官と、そしてティータと協力して片付けを終えたリィンは不審に思いつつも茶道部に向かい―――――半ば空いていた戸から中を覗き。

 

 

 

 

「ようこそお越しくださいました」

 

 

 

 長い銀髪を丁寧に結い、淡い水色の着物を着た少女に出迎えられた。

 儚げな雰囲気と東方の着物が合わさって、どこか浮世離れした魅力を醸し出していた。東方の妖精か何かだと言われれば信じてしまいそうなくらいには。

 少女は顔を上げると、その顔を僅かに驚きに染め―――。

 

 

 

「………リィン教官?」

「えっと、アルティナ……だよな。見違えたというかなんというか、似合っているな」

 

 

 

 言ってから不埒だったかと思うものの、アルティナは数回目を瞬かせるといつもより気持ち小さな声で言った。

 

 

「………………ありがとうございます」

「………」

 

 

 

 

 

 いや、これは。一体どうすればいいのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 機甲兵教練が終わると、何故か分校長に呼び止められ。

 茶道部の部室に連れて行かれると、そのまま有無を言わさず服を脱がされて東方の着物というものを着せられた。曰く「貴族の子女の嗜み」だそうなのだが、理由も説明させられずにとにかく次に部屋に入ってきたら所定の挨拶をしろという。

 

 

(……流石、情報局でも警戒されているだけのことはありますね)

 

 

 こんなことに何の意味があるのだろうと思いつつも、ついやってしまうのは意思が弱いからなのだろうか。近づいてくる気配を感じ、教えられたとおりに頭を下げる。

 

 

 

「ようこそお越しくださいました」

 

 

 

 さて、挨拶は終わったので帰ってもいいでしょうか――――そんなことを考えながら頭を上げると、何故かリィン教官がいて。

 

 

 

「………リィン教官?」

「えっと、アルティナ……だよな。見違えたというかなんというか、似合っているな」

 

 

 

 ………………。

 僅かに目を見開き、珍しくリィン教官が見とれていた。……何に? わたしに?

 

 

 

「………………ありがとうございます」

「………」

 

 

 

 

 言葉は、勝手に口をついて出ていた。

 沈黙は重いのに、いつの間にか胸のもやもやはどこかに消えていて。

 

 しばらくこのままでも良いかもしれません、と思っていると不意にリィン教官は持っていた包みを置いて言った。

 

 

 

「そうだ。水羊羹を買ったんだが……せっかくだし食べないか?」

「水羊羹……東方のお菓子でしたか。では、頂きます」

 

 

 そのままリィンさんは慣れた手つきでしまわれていた茶碗と皿を出すと、手早くお茶を淹れて並べてみせた。

 

 

 

「……手慣れていますね」

「いや、まぁこの前茶道部でお茶をご馳走になってな」

 

 

 

「……ミュゼさん、でしたか」

「………いや、あの。アルティナ? なんで睨んでるんだ?」

 

 

「いえ、リィンさんのことなので不埒なアクシデントでもあったのではと」

「………いや、そんな頻繁にアクシデントはないからな」

 

 

 

 目を瞑り、咳払いなどするリィン教官。……あからさまに怪しい様子に疑いの目を向けていると、切り分けられた水羊羹が差し出された。

 仕方なく一口食べると、優しい食感と甘さが口に広がり、わずかに驚く。

 

 

 

「これは……美味しいですね」

「ああ、そうだな」

 

 

 せっかくなのでお茶も一口頂くと、丁寧な味と僅かな苦味が水羊羹の甘さとマッチして次の一口の甘さをより感じられるのがわかった。

 ふう、と一息ついて一言。

 

 

 

「……それで、ミュゼさんの着替えを覗いたと」

「―――――げほっ、げほっ。いや、違うからな!?」

 

 

 

 どうやらほぼ図星だったらしい。

 焦って首を横に振っているあたり覗いたわけではなく、遭遇したとかその程度なのだろうけれど。

 

 

 

「不埒ですね」

「いや、だからミュゼは何も見てない―――――」

 

 

 

「……え?」

「…………あ゛」

 

 

 

 ミュゼさん「は」?

 なぜだか頭がうまく動かない。二人で呆然と眼を合わせていると、リィン教官の顔が僅かに赤いことに気づいた。

 

 

 

「語るに落ちると言いますか―――――やはり、リィンさんは不埒だったようですね」

「いや、違う! 頼むから弁解させてくれ――――!」

 

 

 

 

 

 

 

 結局、アルティナが寝てしまった自分の責任を認めてこの問題は鎮静化することになったのだが―――――その理由が、リィンが自分の東方服姿に見惚れたことで機嫌が良かったからだということは、恐らく分校長だけが知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




真面目な話を書きたいので、しばらく筆を置きます。というか誰だこんな話を書いたのは!だから夜中に(ry

思いの外読んでいただいてるので真面目に書かないと……。
で、具体的には1章をやりたいのでゲーム3週目に突入します。 甘いお菓子の後は渋いお茶に限りますね!


アルティナ「パートナーですから(ドヤァ)」
リィン  「だが断る」


 


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第1章:白亜の旧都
1話:特務活動の始まり


セントアーク到着前までの微ネタバレ有り?
特別演習じゃなくて特務活動でした。訂正してお詫び申し上げます。


 

 

 

――――――特別演習。

 

 第Ⅱ分校の特殊カリキュラムであり、地方で行われる演習。今回の演習地はサザーラント州で、<白亜の旧都>セントアークの南に特別装甲列車デアフリンガー号は到着。演習地の設営が始まる一方で―――――Ⅶ組は<特務活動>の開始報告のため、セントアークに向かうことになった。

 

 

 簡単なブリーフィングの後、リィン教官以下、わたしたち特務科は出発することとなり。どういうわけか、クレア少佐もそこにいた。

 

 

 

「セントアークに向かうには徒歩で街道を行く必要があります。実はこの後、原隊に戻る前に侯爵閣下と打ち合わせする予定なのでよかったら同行させてください」

 

「え、そうなんですか!?」

「そういうことなら、ぜひご一緒して下さい」

 

 

 

 というか昨夜も思ったのですが、クレア少佐がいると本当に嬉しそうですねリィン教官。……相変わらず女性がいると機嫌がいい、というだけではないような気がしてなんだか胸がもやもやするものの、一応挨拶はしておく。

 

 

 

「よろしくお願いします、リーヴェルト少佐」

「ええ、アルティナちゃんも」

 

 

 

 ……まあ、この方が好ましいのは理解しやすいですが。でもやはりリィン教官とたびたび二人でこそこそと話していることもあり、不埒な感じはします。

 とはいえそんなこんなで出発か、と思ったのですが、相変わらずのリィン教官はまず演習地の中を見て回るつもりのようで。一人一人に話しかけては問題が起こっていないかを確認していきます。

 

 

 

―――――そして。

 

 

 

「魚に魔獣に昆虫に野草―――食材の宝庫と言っても過言ではありません!」

(そ、それにしても昆虫はどうかと……)

 

 

 フレディさんに話しかけたリィン教官は、何かに気づいたようで。

 それはともかく軽く“引いて”いるユウナさんにわたしも同意します。

 

 

 

(少なくとも食べ物という認識はありませんね)

 

 

 

 この流れ、任務での経験から言って食べることになりそうですが。

 ……リィン教官が食べて駄目そうでしたら退避しましょう。

 

 

 

「――――どうやら教官たちは色々な場所を巡られるご様子。ズバリ、自分の代わりに食材集めをお願いしたいのです」

「まあ、できる範囲でいいなら引き受けても構わないが……」

 

 

「では、『ムカゴ』と『ハチノコ』辺りを融通していただけないでしょうか」

 

 

 

 ムカゴは山芋の子ども、ハチノコは蜂の幼虫……。

 ……それなりに一般的な素材ではあるようですが。

 

 

(ふむ………一体どんな味がするんでしょうか)

 

 

 サバイバルの経験もあるらしいリィン教官が止めないのなら、酷い味ということはなさそうです。そしていつものように“お礼”でお裾分けをもらうことになるのでしょう。

 当然のようにリィン教官が引き受けたところで、ようやく出発することになりました。

 

 

 

 

 

 

 

「―――――わぁ、すっごくのどかで気持ちいいかも!」

「ああ、魔獣さえいなければピクニックにもってこいだな」

 

 

 

 なにやら賑やかなお二人とは対照的に、笑顔を浮かべながらも周囲を警戒するリィンさんとクレア少佐。

 

 

 

(――――クラウ=ソラス)

 

 

 

 なんとなく気になって、クラウ=ソラスに上空から魔獣を探知させる。

 すると少し遠くにライノサイダーと呼ばれる大型魔獣が街道の近くを彷徨っているのを発見し。

 すぐにリィン教官に報告するため、やや早足で近づく。

 

 

 

「―――リィン教官、ここから1セルジュほど先の地点にライノサイダーがいるようです」

「っと。ありがとうな、アルティナ」

 

 

「いえ、パートナーですし」

 

 

 言いながらもクレア少佐と二人で「何か」を警戒している様子は変わらず。

 それが気になったわたしは、いっそ訊ねてみようと思い。

 

 

 

「あの、リィン教官――――」

「――――動くな、アルティナ!」

 

 

 

 リィン教官が瞬時に抜刀し、斬撃が焔の衝撃波となってやや背の高い草を焼き払う。

 そこから飛び出してきたのは――――何かしらのポムっとした物体たち。

 

 

 

「―――そこっ!」

 

 

 

 戦術リンク――――リィン教官が怯ませた数匹のポムの額に、連射された魔導銃が冗談のような精度で全弾命中する。あまりに鮮やかな連携に呆然としつつも、上空にいるクラウ=ソラスを呼び戻す。

 

 

 

(………わたしの方が、リィン教官と行った任務は多いはずなのに)

 

 

 

 性能の差、なのだろうか。

 けれどもミリアムさんを見ていると、それだけではなく―――事前入力(プレインストール)されていない“感情”の差ような気がして。

 

 

 

「………すみません、リィン教官」

 

 

 

 ポムは短期的には大した脅威ではないものの、オーブメントのエネルギーや気力を奪っていくために長時間の活動では十分に気をつける必要がある。けれど、気配が殆ど無いために軽視しすぎてしまったようで……わたしも、半年間の受験勉強で鈍ってしまったのでしょうか。

 

 と、リィン教官はそんな私の考えを知ってか知らずか、何気なく私の頭に手を置いて言った。

 

 

 

「いや、アルティナは遠方をサーチしてくれてたからな。気にすることはないさ――――パートナーだろう?」

「……っ」

 

 

 

 たったそれだけで、気分が軽くなる。

 そう、何と言ってもパートナーなのだから、リィン教官の手が届かないところを支えるのが私の役目で―――――。

 

 

 

「それにしても、さすが少佐……お見事ですね」

 

「うんうん! 超っ絶カッコ良かったですっ!」

「短い間ですがオーダーなども遠慮なく頼って下さいね」

 

 

「………」

 

 

 

 なんだか弄ばれたような気がするのですが。

 ………やはりリィン教官は不埒ですね。特にリーヴェルト少佐がいらっしゃると。

 

 ジト目でリィン教官を見ていると、ふいにユウナさんが大きく手をあげます。

 

 

 

「――って、ずるいですよ教官! 私も! 私もクレア教官と戦術リンクしたいです!」

「ふふ、私は構いませんが……どうしましょうか、リィンさん」

「い、いえ。俺に聞かなくとも……」

 

 

 

 と、リーヴェルト少佐が不意にこちらを見て。つられてこちらに視線を向けたリィン教官とわたしの視線が合う。

 

 

 

「えーと、アルティナ? クラウ=ソラスが戻ってきたならリンクを繋ぐか?」

「……了解です」

 

 

 

 

 ……………なんだか、とても大人な感じです。

 

 自分が子どもっぽいとは思わないものの――――主にミリアムさんやクルトさん、ユウナさんと比べてですが――――クレア少佐の方が一枚も二枚も上手そうで。わたし自身もそうですが、リィン教官にも見習って頂きたいような気がしました。あとミリアムさんも。

 

 

 ………とはいえ、パートナーとしてクラウ=ソラスのパワーとサポート能力では負けるつもりはありません。わたしは次の魔獣を念入りにサーチし始め。何やらリィン教官がクルトさんと話しているのも捉えた。

 

 

 

「……悪いな、クルト」

「いえ、教官も大変そうですしお構いなく」

 

 

 

(……この場合、悪いのはリィン教官なのでは?)

 

 

 

 なんとなくそんな気がしますので。

 リィン教官は悪い人……ではないですが、不埒ですし。

 

 ユウナさんも早速クレア少佐と連携したいのか勢い込んで魔獣を探し始め。先程までのピクニック気分もどこへやら。

 

 セントアーク目掛けて突き進む一行は、哀れ何も知らずにこちらに突進してくる甲殻と牙を持った四足の大型魔獣、ライノサイダーを捕捉し。

 

 

 

 

「――――いたっ、魔獣! 行きましょう、クレア教官!」

「はい、支援は任せて下さいね」

 

 

「まずは機動力を奪う――――アルティナ、頼んだ」

「了解です――――<クラウ=ソラス>! ブリューナク、照射!」

 

 

 

 ストライカーモードで突っ込むユウナさんに戦術リンク経由で警告しつつ、最大パワーで照射される熱線こと<ブリューナク>。

 最新鋭の<戦術殻>の性能を見せるべく最大限に狙いを定めたそれは、容赦なくライノサイダーの顔面に直撃して怯ませ、体勢を崩させる。

 

 

 

「――――二の型、<疾風>! ユウナ!」

 

 

 

 まさしく戦場を斬り裂く風のように、一切の無駄を排除した高速の動きと、それに乗せられて放たれる斬撃がライノサイダーの四肢を斬り裂く。そして完全に転倒(ブレイク)したライノサイダーの顔面に迫るのは、ユウナさんのガントンファー。

 

 

 

「言われなくたって―――――せやぁあああッ! クレア教官、お願いします!」

 

 

 バチバチと帯電する、人間相手に使うと凄そうなトンファーが熱線で顔面の甲殻を剥がされたライノサイダーに直撃する。完全に気絶したように見えるライノサイダーの前に飛び込むのは、クレア少佐。

 

 

 

「<モータルミラージュ>!」

 

 

 

 

 怒涛の銃撃が容赦なく急所である顔面の、さらに致命的な部分を貫く。

 ロクに断末魔の叫びも上げられないままにライノサイダーは沈黙し。そのまま魔獣を駆逐しつつ北上しているとユウナさんがあることに気づく。

 

 

 

 

「あそこで何か動いているような……」

「あれは……魚が集まっているのか?」

 

 

 まさか魚まで狩るつもりなのでしょうか、ユウナさんは。

 クルトさんと二人でユウナさんのガントンファーに視線をやりつつ言う。

 

 

「……どうやらそのようですね」

「ああ、どうやら良い釣り場みたいだ」

 

 

 

 ……と、そういえば任務先でもリィン教官はかなり釣りに拘っていたような。

 何度か魚料理をご馳走したもらったことを思い出し、現在はまだ6時過ぎで朝ごはんもまだということもあってお腹が反応しそうになる。

 

 

 

「―――――みんな、興味があったら釣りをしてみないか?」

 

 

 

 リィン教官が提案し、そういうことになった。

 リィン教官の竿を渡されたわたしは、想定外の重さによろめきそうになりながらも言った。

 

 

 

「………想像以上の大きさです。その、これでは狙いが定めにくいのでは?」

「いや、軽く振りかぶって投げれば――――いいか、こうやって」

 

 

 

 と、リィン教官が背中側からわたしの腕を持って竿を振ろうとする。

 すると竿の先端の仕掛けは見事な弧を描いて魚の近くに落ちた。とはいえピッタリとリィンさ……リィン教官に包み込まれているような姿勢のために妙に落ち着かないのですが。……落ち着くといえば落ち着きますが、妙に胸が苦しいというか。

 

 

 

「………なるほど。ちなみにこの体勢に不埒な意味は」

「ありません。って、もう言わないんじゃ無かったのか?」

 

 

 

「……………いえ。なんだか、とても不埒な気がしたので」

「………不埒な意図は無いからな?」

 

 

 いいながら、素早く離れるリィン教官で。

 

 

 

「つまり、不埒な体勢だったことは認めると」

「い、いや。けどアルティナ、パートナーとしてはこれくら普通なんじゃないか?」

 

 

 と、リィンさんに言われ僅かに考える。

 パートナーなら……確かにパートナーでしたら手を取っての指導というのもありそうではあります。

 

 

「……確かにリィンさんになら不快感はないですが。まあいいです。つまりクレア少佐やユウナさんにしたら不埒ということに――――」

「しません」

 

 

 

 どうやら、これでリィンさんの不埒な行為を未然に防ぐことができたようです。わたしは満足して先程のリィンさんの腕を思い出しながらリィンさんの竿を思い切り振ります。

 

 

 

「―――――アタックします」

「い、いや、アタックって……(アタックは魚が餌に食いつくことなんだが)」

 

 

 

 ちゃぽん、と音を立てて狙い通りの地点に落水させることに成功する。

 

 

 

「よし、いいぞアルティナ。後は少しずつ動かして魚を誘い出すんだ」

「…………どうやるのでしょうか?」

 

 

 

 そう言われてもよく分からないので、振り返ってリィン教官に尋ねる。

 

 

「いや、こんな感じで」

 

 

 どうしてか竿の動きを架空の竿で表現してみせるリィン教官ですが、釣りの経験のないわたしには全く分かりません。

 

 

 

「では、こうでしょうか」

 

 

 竿をグイグイ引っ張ると、ジャボジャボと音を立てて仕掛けが水面を動き回り。

 

 

 

「―――や、やり過ぎだ。ああもう、ちょっと腕を貸してくれ」

「了解です」

 

 

 

 というわけで、再びリィン教官に後ろから腕を掴まれる。

 ………今度はあらかじめ分かっていたこともあって、特に驚きで胸が苦しくなったりもせず。なんだか思ったより快適なことに気づきます。

 

 

 

「いいか、こうやって……優しく繊細に、仕掛けが魚にとって美味しそうに見える動きがポイントなんだ」

「……なるほど、そういうことですか」

 

 

 

 そうこうしている間にリィン教官が離れ、特に当たりはこない。何やらユウナさんとクルトさんに釣り餌の説明をしているらしいリィン教官を横目で見ていると、不意に竿が強く引かれた。

 

 

 

「………ヒットしました」

 

 

 

 ぐいぐいと竿が引っ張られ、負けじとリールを巻いていく。

 そこまで大きな魚ではないのか、これくらいならなんとか――――。

 

 

 

 

「よし、良いぞアルティナそのまま――――危ない!」

 

 

 

 つるり、と足が滑る。

 竿の保持とリールに夢中で、閉じていた足にもっと力を入れようと広げたら僅かに凹んだ場所に置いてしまったらしい。かなり急な斜面になっていた川べりで足を滑らせれば、どうなるか考えるまでもない。

 

 

 

「――…っ」

 

 

 

 そのままガクン、川へと落ちかけたわたしの腹部のあたりが強い力で抱きとめられ。

 呆然としているうちに安全な場所まで引き戻される。

 

 

 

「――――怪我はないか、アルティナ」

 

 

 つい地面にへたり込んでしまった私を、心配そうな顔でリィン教官が覗き込む。

 ……心臓がうるさいくらいに早鐘を打っている以外は、特に問題はなさそうだった。

 

 

 

「少々驚きましたが、無事です。………その、ありがとうございます。リィン教官」

「いや、今回は俺ももっとちゃんと見ているべきだったしな……とはいえ、釣り自体は成功みたいだぞ」

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 言われ、よくよく見ればリールは十分に巻かれていたのか、大地を元気よく跳ねる魚の、カサギンの姿。わたしが釣り上げたのだ、と気づくのに僅かに遅れる。

 

 

 

「なかなか大きいじゃないか。おめでとう、アルティナ」

 

 

 

「………釣りも、悪くはないですね。一人では、少々不安ですが」

「ははは……その時は、また付き合わせてもらうよ」

 

 

 

 

 リィン教官がいてくれるなら、釣りも悪くないかもしれない。

 そんなことを思った。

 

 

 

 

 

 




アルティナ「………リィン教官の竿は私には大きすぎるようです」
ユウナ  「ちょっ、アルティナ!?」

リィン  「悪いな、今度アルティナの分も買ってみるか?」
クルト  「(……この二人、全く気づいていないのか……)」

クレア  「アルティナちゃん……リィンさんまで(頭を抱える)」




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2話:馬に乗ろう

 

 

 

―――――セントアークでの特務活動を終え、“謎の魔獣”こと人形兵器の調査のため次の目的地は紡績町パルムに。しかし列車の脱線事故のため、徒歩で向かおうかということになったのだが――――。

 

 

 

 リィン教官のお知り合いらしいセレスタンさんに案内されると、そこには二頭の馬が用意されていた。

 

 

 

「わあ、これって…!」

「なるほど、馬ですか」

 

「ええ、侯爵家で世話をしているノルドの馬になります。先程の事故の一報を受け、侯爵様から是非使って頂くようにと」

 

 

「お気遣い、感謝します。……一頭は俺が乗るとして。もう一頭はクルト、頼めるか」

「ええ、任せて下さい」

 

 

 

 そして馬は二頭だけ。必然的に二人乗りをすることになるわけで。

 

 

「えっ、クルト君と一緒に? えっと、それはちょっぴり抵抗があるっていうか……」

「? まあ僕はどちらでもいいんだけど」

 

 

「では、ユウナさんは教官と一緒になりますね」

 

 

 

 正直、わたしも馬くらいどちらでも変わらないのでは、と思いつつ言うと、ユウナさんは途端に慌てて首を振りました。

 

 

 

「や、やっぱりクルト君で! ハイハイ、アルティナもさっさと乗った乗った!」

「? はあ」

 

 

 

 と、リィン教官の方に追いやられたのですが。

 

 

 

――――どうやって乗ればいいんでしょうか。

 

 

 

 近づくとわたしよりも全然大きな馬の身体。

 クラウ=ソラスでも出さないと乗れなさそうである。

 

 

 

「……リィン教官、これはどうすれば?」

「ああ、悪いがちょっと持ち上げるぞ」

 

 

 

 スッ、と脇の下に手を入れられてそのまま小さな子どもが「たかいたかーい」とされるように持ち上げられる、前に身体を引いて抜け出す。

 

 

 

「………リィン教官、それは不埒なのでは?」

「え゛っ。……じゃあ、こっちの方がいいか?」

 

 

 

 

 ……今度は、パンタグリュエルで皇女殿下がされていたような「お姫様だっこ」と俗称される方法。少なくとも、「たかいたかーい」よりはマシですね。

 

 

 

 馬の高さまで持ち上げられ、跨るとちょうどクラウ=ソラスで軽く浮いているときのような高さで。これならまあ、と思っているとリィン教官がそのまま軽やかに跳んで私の後ろにぴったりとくっつくように座った。

 

 

「……!?」

「よし、どうどう」

 

 

「ちょっ、クルト君!? これ私が後ろの方が――――」

「いや、そうすると後ろはとんでもなく揺れるし手綱を握る関係上あぶみもこちらに無いと困るしで大変なんだが」

 

 

「……なるほど、こういった乗り物ですか」

 

 

 

 完全に抱きかかえられるような形になり、しかしそういう乗り物なので不埒ではない。

 リィン教官が手綱を引いて馬が歩き出すと、思わずリィン教官に寄り掛かるように体重を掛けてしまう。

 

 

 

「ははは、慣れるまで遠慮せずそうしていていいぞ」

「……了解です」

 

 

 

 歩くだけで馬は揺れる。走り出したらもっと揺れる。

 クラウ=ソラスの方がよっぽど乗り心地は良く、速度も速いのに――――どうしてか、そんなに悪くない気がした。

 

 

 

「いやっほーっ! ほらクルト君、もっと飛ばして飛ばしてーっ!!」

「はしゃぎすぎだ……頼むから手を離さないでくれよ」

 

 

 

 クルトさんの馬は一足先に駆け出し。

 わたしももっと速度をあげてもいいと思ったので真似してみることにした。

 

 

 

「いやっほーう」

「いや、無理してテンション上げなくていいからな?」

 

 

「……別に、無理はしていませんが。その、不安定なのでもう少し近づいても構いませんか?」

「あ、ああ。別にいいぞ」

 

 

 

 ぴったりとリィン教官にくっつくと、揺れはあるものの特に不安は感じない。

 むしろ、どこか安心するような…?

 

 

 

「……とはいえ、しっかり掴まれるものが欲しいですね」

「そうだな、鞍を掴むか手綱を握るか……」

 

 

 

 とりあえず鞍を掴んでみると、リィン教官に抱きかかえられていることもあって問題はなさそうで。

 

 

 

「では、リィン教官。お願いします」

「―――わかった。しっかり掴まっていてくれ」

 

 

 

 

 そうして、報告のために一旦演習地まで戻り――――<灰色の騎士>が馬で帰還ということで少しだけ騒ぎになったのは完全に余談である。

 

 

 

 

 

……………

………

 

 

 

 

 報告も終わり、頼まれていた<ムカゴ>と<ハチノコ>を集め終わっていたこともあって、わたしたちは――――例の料理をご馳走されることになった。

 

 

 

「へぇ、こうやって見てるとずいぶん鮮やかな手つきっていうか」

「あれで食材がまともだったら……」

「ああ、全くだな」

 

 

 

 正直、別に虫が嫌いなわけではありませんが進んで食べたいとは思いません。

 しかもそうこうしている間に完成してますし、きっちり全員分並べられていますし。

 

 

 

「さあ、アツアツをどうぞお召し上がりください! 『ハチノコとムカゴをふんだんに使ったサバイバルチャウダー』です」

 

「あ、ああ……」

 

(うーん、ハチノコは何をしてもハチノコね……)

(……これを食すにはかなり勇気が要りそうだな)

 

(ふむ………見た目もそうだが、香りも独特でなかなかきついな)

 

 

 

 ユウナさん、クルトさん、リィン教官も食べ始めないのでどうしたものかと様子を見ていると、不意にリィン教官が料理を口に運び。

 

 

(い、行った―――?)

(……行きましたね)

 

 

 

 流石はリィン教官。責任感が強いというかお人好しというか。

 思わず尊敬の眼差しを送ってしまうと、思いの外大丈夫そうな姿が。

 

 

 

「多少クセはあるが意外と悪くないというか……苦味の奥に感じられる旨味がむしろなんとも言えない絶妙さだな」

 

(……ふむ、試してみる価値はありそうですね)

 

 

 

 

 

 うにょっとした見た目には目を瞑り、一口。

 

 

 

(………うっ)

 

 

 

 苦い。リィン教官も言っていた通り旨味もあるものの、思わず口の端が引き攣る気がする。……とはいえ、食べられないほどではなく。なんとか口に運んでいくと、不意にリィン教官に声を掛けられた。

 

 

 

「いや、食べきれないなら無理しなくていいからな。ちょうど馬に揺られた後だったし、無理はよくない」

「ふむ、無理はいけませんね」

 

 

「―――と、いうわけで残りは俺が頂こう」

「り、リィン教官…?」

 

 

 

 

 ひょい、と皿を取り上げられ、そのままハチノコがうねるチャウダーを平然と口に運んでいく。………リィン教官、タフですね。

 

 そうしてデアフリンガー号を出て再びリィン教官に馬に乗せられると、そのまま何か包みを手渡され。

 

 

 

「……? リィン教官、これは?」

「サンディから、おにぎりの差し入れだ。あとさっきセントアークでチョコレートを買ったんだが、食べていいぞ」

 

 

 

「……………あ、ありがとうございます」

「まぁ、人を選ぶ料理なのは分かってたしな。気にしなくていいさ」

 

 

 

 とはいえ、なかなか良いチョコレートなのか口の中に甘さが広がって良い気分になる。何かしらの返礼をしないと、と考え。お菓子にはお菓子を返そうと思った。ちょうど<春風シフォンケーキ>のレシピが料理ノートにも載っていましたし。

 

 

 

「……では、今度リィン教官のためにお菓子を用意させて頂きます」

「へっ?」

 

 

 

「………まあ、リィン教官は良いものを食べ慣れていそうですが。クレア少佐の手料理も食べたことがあるのでは?」

 

「――――クレア教官の手料理!?」

 

 

 

 

 そこそこ距離があるにも関わらず、勢い良く食いつくユウナさんにリィン教官も若干引き気味ながら頷いた。

 

 

「あ、ああ……まあ」

「いいなー、羨ましいなぁ………なんで教官ばっかり」

 

 

 

「……ちなみに、お味のほどは?」

 

 

 

 参考程度に聞いておこう、と思ったところ。

 てっきり不埒な顔でもするのかと思ったリィン教官は、ユウナさんに気づかれないように小さな声で言いました。

 

 

 

「………その、“計量通り”に作ってくれたらしいんだが……何故かカチカチのおむすびが出てきた」

 

「……………なるほど。計量だけでは上手く行かないわけですね。参考にします」

 

 

 

「って、いや。そうじゃなくて。………まさか、作ってくれるのか?」

「……はあ、まあ。そのほうがコスト面でも安価で、不埒な男性は特に手作りというだけで喜ぶと聞いたことがあります」

 

 

 

 決して、クレア少佐の手料理の話を聞いたからではなく。

 

 

 

「不埒な男性って…………いや、喜ばせようとしてくれてるってことか?」

「……まあ、お礼ですし。それに、何やら子ども扱いされているようで不服ですし」

 

 

 

 当然では? と思ったのですが、何故か若干挙動不審なリィン教官は視線を明後日の方に向けたりなどして。疑問には思ったものの、結局その後はその話をすることもなく。列車の脱線事故現場を見た後はパルムまでまっすぐに向かうのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 




 
馬に二人で乗る時って、後ろにお客(手綱を持たない人)を乗せるととんでもなく揺れるとかネットで見てしまったので勝手に前に乗せました。揺れ過ぎて必死にしがみ付くアルティナも見たかったですがそれはそれ。

 というか初回は別にアルティナはリィン教官と一緒に乗ろうとしているわけでもなかったあたりに再度プレイして驚きました。……いつの間にか定位置扱いしているのに。これは完全に気に入っているというか不埒ですね。

 
馬に関しておかしなことがあったら教えて下さい!
とりあえずデカいってことしか知らないので…。




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3話:<鬼の力>

 

 

 

 

 パルムでは、教官と同じくトールズの卒業生だという方から人形兵器の情報を得ることが出来た。パルムの東、アグリア旧道にある高台―――――そこに、飛翔する3つの影を見たという情報。

 

 馬に乗って依頼の<染料集め>のためにアグリア旧道、セントアーク、パルムと長距離を走ったわたしたちは疲労しながらもその高台にたどり着き。

 

 

 

 

「――――大昔の石碑、でしょうか」

「ああ、たぶん精霊信仰の遺構だろう」

 

 

 

 ぽつんと立っていたのは小さな石碑。

 意味ありげな雰囲気に近づいてみると、不意にリィン教官が胸を抑え。

 思わずなにか声を掛けようとしたところで、振り返ったリィン教官が叫んだ。

 

 

 

「総員、警戒態勢!」

 

 

 

 その声に応えるかのように現れたのは、二体の巨大な拠点防衛用の人形兵器ゼフィランサス。空中に浮遊し、多様な弾丸を放つ、午前中に戦った中型のものとは比べ物にならないほどの強敵で。

 

 

 

 

 

「全力をもって撃破するぞ!」

 

「イエス・サー!」

「ヴァンダールが双剣、参る!」

「(……リィン教官)」

 

 

 

 全力で戦うべきなのに、余計なことを考える余裕なんてないのに。それなのにリィン教官が胸を抑えていたこと、そして午前中の大森林でも様子がおかしかったことが妙に気になった。

 

 

 

 

(………なんとか、リィン教官の負担を減らさないと)

 

 

 

「―――――解析、開始します」

 

 

 ディフェクター⊿、解析された情報が脳裏をよぎり、その中でも特に重要だと思われる情報だけ叫ぶ。

 

 

 

「封技と風のアーツが有効です、リィン教官―――!」

「二の型……<疾風>!」

 

 

 

 瞬く間にリィン教官が二体のゼフィランサスを怯ませ、その一体にクラウ=ソラスが殴打を食らわせる。もう一方にはクルトさんが素早い連続斬りを浴びせかけ、更にユウナさんが追撃をかけるの目の端に捉えながらも、目の前の一体に追撃をかける。

 

 

 

「―――クラウ=ソラス! ブリューナク、照射!」

 

 

 

 <堅守>―――戦術リンクによる連携で敵が苦し紛れに放った弾丸を、わたしの前に飛び込んだリィン教官が防ぎ切る。

 その隙に敵の眼前にクラウ=ソラスを飛び込ませ、至近距離から敵の胸部にブリューナクを浴びせかけた。

 流石の大型人形兵器も熱線で撃ち抜かれるのを嫌って僅かに距離を取り――――二体の人形兵器の距離が近づいた瞬間、クルトさんが仕掛けた。

 

 

 

「――――ヴァンダールが双剣、受けるがいい! ラグナ――――インパルス!」

 

 

 

 舞うような、流麗な連撃。そしてそこから雷と一体化したかのような強烈な突撃。

 その奥義が終わるよりも前、リィン教官が何かするより前に、わたしはクラウ=ソラスを呼び戻す。

 

 

 

「トランス、フォーム…! シンクロ完了――――アルカディス・ギア!」

 

 

 

 完全にクラウ=ソラスと一体化し、わたし自身の足という機動力の問題を解消。零距離の接続でフルパワーとなったクラウ=ソラスの斬撃が、クルトさんの奥義の余波で動けないゼフィランサスのうちの一体を真っ二つに切り裂き――――。

 

 

 

「―――――ブリューナク、照射!」

 

 

 

 

 再びの至近距離のブリューナク、しかも今度はフルパワーの照射が容赦なくゼフィランサスの中枢となるパーツを融解させ。自爆に巻き込まれる前になんとか距離を取る。

 

 

 

 

「っ……シンクロ、解除」

 

 

 

 インナースーツから制服姿に戻ると、今日一日の疲れが一気に押し寄せてきて、座り込みそうになる。

 

 

 

 

「す、凄っ……って、無茶しすぎよ!?」

「……いえ、クルトさんが隙を作ってくれていましたし」

「いや、思った以上にタフだったからな。トドメを刺してくれて助かった」

 

 

 

 戦闘が終わり、わずかに弛緩した空気が漂う。

 ユウナさんとクルトさんがわたしに駆け寄ると、黙ったままのリィン教官にユウナさんが気づいた。

 

 

 

「教官も黙ってないで何か――――って、教官?」

「気を抜くな……俺の同窓生は、幾つの影を見たと言った?」

 

 

「3つの影――――」

 

 

 

 

 油断した。

 もう一度クラウ=ソラスを呼び出そうとしたまさにその瞬間、わたしたちの背後にゼフィランサスが姿を現す。――――それも、今にも自爆しそうな状態で。

 

 

 

「クラウ――――」

 

 

 

(間に合わない…?)

 

 

 

 止まりそうになる思考をなんとかつなぎとめ、せめてクラウ=ソラスを爆風の盾にできないかと思ったその瞬間。

 

 

 

「オオオオオオオッ……!」

 

 

 

 

 咆哮と共に、リィン教官が“変わった”。

 白い髪、禍々しい闘気。<鬼の力>を開放したリィン教官はこれまでにない速度で、呆然とするわたしたちの間を抜けると、焔を纏った螺旋の斬撃がゼフィランサスに致命的なダメージを与えて爆散させた。けれど、それは―――――その力は。

 

 

 

 脳裏に、倒れたリィン教官の姿がフラッシュバックする。

 北方戦役でその”力”を開放し、3日間も眠り続け、苦しんでいた姿が。

 

 

 

「す、凄い……」

「い、今のは……」

 

 

 

 

「―――リィンさん……っ!」

 

 

 

 

 何もできなかった、止められなかった――――渦巻く後悔をかなぐり捨てて、リィンさんに駆け寄る。どうして、なんて訊くことはできない。リィンさんなら誰かのために躊躇うことはしないことくらい知っている。

 

 けど、それでも…っ。

 苦しそうに胸を抑えて蹲るリィンさんに、胸が痛くなる。

 

 

 

(――――どうして、わたしは何もできないの…?)

 

 

 

 パートナーなのに。苦しむリィンさんにしてあげられることが何も思いつかなくて。安心させようと笑うリィンさんに胸の中をかき乱されたような気分になる。

 

 

 

 

 

「……大丈夫だ。一瞬、開放しただけだから。とっくに戻っているだろう?」

「だ、だからと言って……」

 

 

 

 一瞬だから、戻ったから、大丈夫?

 ……一瞬なら平気だという保証も、戻るという確信もないのに? そんなに、そんなに苦しそうなのに…?

 

 

 

「―――またあの時(・・・)のようになったら、どうするんですか……!?」

 

 

 

 鬼の力を開放し続けて――――もう二度と目を覚まさないのではとまで思ったのに。

 胸が痛い。わたしに感情と呼べるほどのものなんてない筈なのに、どうしても平静ではいられない。

 

 

 

「他に手は無かった……だが、心配をかけてすまない。ハハ、生徒に心配かけるようじゃ教官失格かもしれないな」

 

「笑いごとではありません…っ! どうして…っ、どうして貴方は――!」

 

 

 

 

 

 どうして、そんな風に笑うのですか。

 どうして、誰かのために命を投げ出そうとするのですか。

 どうして、自分だけで苦しもうとするんですか。

 

 どうしてそんなに、自分を大切にしてくれないのですか―――。

 言葉にしてしまえば、たったそれだけのこと。なのに、言いたいことが多すぎて言葉にならなくて。

 

 

 

――――どうして、わたしはこんなにも胸が苦しいんですか。

 

 

 

 

 

「はは……まあ、病気とは違うがちょっと特殊な“体質”でね。気味悪いかもしれないが極力見せるつもりはないから、どうか我慢してもらえないか?」

 

 

 

 

 ぎり、と拳を握りしめる。

 収まりかけたよくわからない衝動がまた膨れ上がり、その衝動のままに口を開こうとした直前で、ユウナさんが叫んだ。

 

 

 

「が、我慢って! そんな話じゃないでしょう!? 今のだって、あたしたちを助けるためじゃないですか!」

「危ないところを、ありがとうございました。その、もしかして――――」

 

 

 

 

 何か言いたそうなクルトさんを遮って、リィン教官は煽るように言った。

 

 

 

 

「まあ、それはともかく3人とも対応が甘かったな。きちんと情報を聞いていれば残敵を見落とすこともなかったはずだ。初日だから仕方ないが、“次”には是非、活かしてもらおうか」

 

「くっ、この人は~……!」

「今回に関しては、まったく言い返せないけどね」

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、付近を捜索したものの人形兵器はそれ以上現れず。

 怪しげな人影にも遭遇しなかったため、パルムに一旦戻り、そのまま最後の人形兵器の目撃ポイント――――パルム間道に向かうことになった。

 

 

 そして、そこでも現れたのはリィン教官の知り合い。

 ……しかも、また女性。不埒な知り合い……ではなさそうですが。釣り仲間、と聞くとそこでも女性に繋がるのですか、と思わず言いたくなる。

 

 しかしその方はなんと不審な機械の駆動音のようなものを聞いたという。

 すぐにその場所へ向かうと―――――あったのは、古いコンテナなどで完全に塞がれた道。明らかに不審だった。

 

 

 

 

「このままじゃ通れそうにないな。どこか他に上がれそうな場所は――――」

 

(……これ以上無駄な時間をかけるわけには)

 

 

 

 そんなことをしたらただでさえ具合の悪そうなリィン教官に無駄な負荷がかかることは間違いない。ざっとコンテナの耐久性を目視で推定し。

 

 

 

「いえ、問題ないかと―――――<ブリューナク>」

 

 

 

 本日何度目かの熱線が完膚なきまでにコンテナを吹き飛ばす。

 

 

 

 

(……よし。これでリィン教官に無駄な負荷はかかりませんね)

 

 

 

 

 クラウ=ソラスの仕事に満足したわたしは小さく頷き。

 なぜかユウナさんとクルトさんに不満げな声をあげられた。

 

 

 

 

「ア、アルティナ、あんたね……」

「流石に思い切りがよすぎるだろう」

 

「時間の無駄を省いたまでです。そろそろ4時過ぎ――――夕刻に入りつつありますから」

 

 

 

 時間が経てば経つほど、<鬼の力>を使ったリィン教官の消耗が顕著になるはず。それにリィン教官の言っていた「夕刻までには終わらせたい」という言葉もありますし。

 

 

 

「まあ、とりあえず道は拓けた。このまま先に進むとしよう」

 

 

 

 

 その先にあったのは、地図にもない道と封鎖された門。

 そして―――――木々の間から現れたのは、奇襲・暗殺用の特殊な人形兵器<バランシングクラウン>。ボールの上でバランスをとっているかのような奇妙な機体で、特殊なギミックまである。

 

 

 

 

「くっ……こいつら、本当に“人形”なの!?」

「いいだろう……返り討ちにしてくれる!」

 

「ギミック攻撃に気をつけろ! 毒や麻痺が仕込んであるぞ!」

「――――来ます!」

 

 

 

 

 

 気味の悪い風貌、奇っ怪な動き。

 ともかくリィン教官が近づける隙を作るべく、クラウ=ソラスを前に出す。

 

 

 

「――――<ブリューナク>、照射!」

 

 

 

 熱線が地面を焼き――――そして、人形兵器は足元のボールを転がすと冗談のような動きでそれを避けて見せた。そして、何の前触れもなく二体の人形兵器から放たれるのは無数の糸。

 それによってユウナさんが糸に囚われるのが視界の端に見えた。戦術リンクを通して、少しの間だけ耐えてほしいとリィン教官の指示が届き――――。

 

 

 

「――――クラウ=ソラス!」

 

 

 

 無数の糸がクラウ=ソラスの腕を抑え、想像以上の力でこちらを引こうとしてくる。

 が、ボールのような脚部でしかない相手にパワー負けするクラウ=ソラスではない。強引に引き寄せると、そのままゼロ距離で――――と、不意にわたし自身の足元が強く引かれた。

 

 

 

「――――しまっ」

 

 

 

 いつの間にか足に絡みついた糸に引かれて地面を引き摺られて転倒。構わずブリューナクを照射するも、また急制動で避けてみせた<バランシングクラウン>に引き摺られて地面を転がる。

 

 

 

 

「――――ぁぐっ、この――――…あ、れ」

 

 

 

 毒針――――いつの間に刺さったのか、上手く身体が動かない。

 足どころか腕にまで糸が絡みつき、磔のように身体を引き上げられ――――。

 

 

 

 

「――――――<ラグナブリンガー>」

 

 

 

 突撃形態となったクラウ=ソラスが、頭上から<バランシングクラウン>に直撃する。前面の装甲を吹き飛ばし、それによって糸も引きちぎれ、地面に叩きつけられそうになったところで――――リィン教官に支えられ、状態異常を回復するキュリアの薬を飲まされる。

 

 

 

 

「……遅くなってすまない、後は任せてくれ」

「いえ、問題ありません」

 

 

 

 

 どうやらユウナさんの救助は終わったようで、糸に気をつけながらクルトさんともう一体のバランシングクラウンにガンナーモードで安全かつ果敢に攻め立てている。

 

 身体のあちこちに痛みはあったものの、クラウ=ソラスを動かすのに支障があるほどではない。なんとか立ち上がると、リィン教官は何か言いたそうだったものの頷いた。

 

 

 

 

「俺が先行する。援護してくれ――――」

「了解です」

 

 

 

「ARCUS駆動―――」

「明鏡止水――――我が太刀は<静>」

 

 

 

「――――カルバリーエッジ!」

 

 

 

 顕現した漆黒の槍が、避けようのない範囲攻撃として人形兵器を襲う。

 そして、それだけの隙があればリィン教官には十分だった。

 

 

 

「――――七の太刀<落葉>!」

 

 

 

 

 素早い動きから放たれる無数の斬撃が、葉を巻き込む嵐のように全てを切り刻む。一撃一撃でバランシングクラウンの持っていた幾つもの武器が剥ぎ取られていき――――斬撃の嵐が止んだ時には、致命的な損壊を受けて爆発する人形兵器の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後のことは、疲れていたこともあってあまりよく覚えていない。

 ただ、まだ隠れていた人形兵器に退路を塞がれてリィン教官の<仲間>であるアルゼイドの剣士が助けに来たこと。そのお陰でリィン教官は<鬼の力>を使わずに済んだこと。………リィン教官がいつも通り不埒に抱きつかれていたこと。そして更に不埒にも抱き返していたこと。

 

 

 ………見違えたとか、綺麗になったとか。明らかに不埒では……?

 

 

 

 

 

 そして、やっと演習地に戻って食事を取れたと思ったら特務活動のレポートを纏めさせられて。――――――そして、それは来た。

 

 

 

 

 対戦車砲と共に、無数の人形を引き連れて。

 

 

 

 

 <結社>による襲撃――――<紅の戦鬼>に、<神速>が。

 

 

 

 

 

 

 




仕方ないので変化がないところはカット。


ちなみにラグナブリンガーはⅡでのアルティナのSクラフトです。



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4話:不足な心、確かな願い

 

 

 

 

 

――――身の程を思い知らせる。<結社>の執行者と、鉄騎隊の筆頭はそう言って演習地を大量の人形兵器で襲撃した。

 

 

 わたしたちも疲れ果てていたものの、リィン教官の指示で遊撃を行い、<旧Ⅶ組>の加勢もあってこれを辛くも退けた。被害はあったもののデアフリンガー号の損傷は軽微で、死傷者もなし。

 

 

 

(……<結社>ですか。北方戦役の裏でも糸を引いていたと聞いています)

 

 

 リィン教官なら、間違いなくこのまま黙ってはいないはず。とにかく休める間に休んでおこうと眠りにつき――――寝不足ながら、朝早くからの復旧作業に勤しんでいたときのことだった。

 

 

 

「……あれ、着信だ」

 

 

 崩れたテントをちょうど張り直したところ、ふいにユウナさんがARCUSを開く。すると、画面にはハーシェル教官が表示され。どこか曇った表情ですね、と呑気にもそんなことを考えた。

 

 

『――――Ⅷ組のみんな、そこにいる? ………今、帝国政府からリィン君に要請があったの』

 

 

 

 

 

 

 <結社>の目的を阻止するため、<旧Ⅶ組>と共に別行動する――――それを聞いて、わたしたちはちょうどデアフリンガー号から出てきたリィン教官の元へ走った。

 

 

 

「教官……!」

「ユウナ……クルトにアルティナもか」

 

 

「い、いまトワ教官から聞いたんですけど、本当ですか!? 帝国政府からの要請で、教官は別行動になるって――――」

「それは……」

 

 

「アランドール少佐が来ていたのは、このためですか」

 

 

 顔を若干曇らせるリィン教官に、また拒否できない状況で要請を突きつけられたのだろうと思い僅かに<かかし男>が厄介事の先触れのように思えた。が、二人からすればそれどころではなかったのだろう。クルトさんが再び問いかける。

 

 

 

「それで――――どうなんですか」

「本当だ。――――特務活動は昨日で終了とする。本日はⅧ組・Ⅸ組と合同でカリキュラムに当ってくれ」

 

 

「………!」

「そ、そんな……!」

 

 

 

 確かに、<結社>との本格的な戦いを思えば学生を連れて行くのはそれほど合理的とは言えないのかもしれない。とはいえ、わたしは貴族連合に貸与されて<結社>とも肩を並べて戦い、要請でもリィン教官をサポートしてきた実績があるわけで。

 

 

 

「了解しました。では、わたしだけでも――――」

 

 

 

 合流させていただきます、と言おうと思った。

 言えると思っていた。

 

 

 

「――――例外はない。君も同じだ、アルティナ」

 

 

 

 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 一拍置いて、それでも脳が理解を拒んだ。そして、間の抜けた声を出していた。

 

 

 

「え。」

 

 

 

 断られた。

 言ってしまえば、それだけのこと。

 

 わたしのサポートは不要だと、そう言われてしまっただけのこと。

 だからわたしは、これに従う。要らないと言われたら納得するのが、サポート役で。指示があったのだから、それに従うべきで――――それなのに、気づくとわたしは反論のようなものを口にしていた。

 

 

 

「……ですが、わたしは教官をサポートするため――――」

 

 

 

 サポートするために、ずっと活動してきた? サポートするために、ここに配属された? サポートする任務を受けているから? 

 

 そう、教官をサポートするためにわたしはいるのに。

 教官がわたしのサポートを不要だというのなら―――――わたしは、何のために…?

 

 

 

「……経緯はどうあれ、今の君は第Ⅱに所属する生徒だ。一生徒を、俺の個人的な用事(・・・・・・・・・)に付き合わせるわけにはいかない」

 

 

 

 個人的な、用事?

 <灰色の騎士>としての任務が? ずっと、ずっとリィンさんをサポートしていたのに…?

 

 わたしは、わたしのサポートはもう要らないんですか……?

 

 

 

 

レクター少佐も了解している(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 それは、まさに最後通告だった。

 リィンさんがわたしを残すと言って、帝国政府がそれを受け入れた。

 

 

「………………………………」

 

 

 

 呆然と、ただリィン教官を見つめていた。

 胸が引き裂かれるように苦しくて、何を言っていいのか分からなくて。

 

 

 

「これもいい機会だと思う……ユウナやクルトと行動してくれ」

「でも、わたしは……」

 

 

 

 わたしは、リィンさんと。リィン教官と行動を―――――…。

 

 わからない。わからないけれど。この感情が何なのか、全く分からないのに。わたしは、リィン教官と行動“したい”……?

 

 でも、リィン教官の命令は「ここに残ること」で。

 それを拒むことは、命令を拒むことで。サポートとしての任務を拒否されてしまった以上、理由もなくそれを拒むことはできなくて。

 

 それでも、このまま置いて行かれたくなくて。

 

 

 

「…………………………………………」

 

 

「一つだけ、聞かせて下さい」

「? ……なんだ?」

 

 

「見れば、アルゼイド流の皆伝者を協力者として見込んだ様子……ヴァンダール流では―――いや、僕の剣では、不足ですか」

 

 

 

 その言葉は、どうしてかわたしの胸にも響いた。

 

 

 

(わたしではなく、ミリアムさんだったら――――そうしたら、リィンさんも一緒に行かせてくれましたか? ………わたしのサポートでは、わたしでは不足ですか…?)

 

 

 

 

「……………ああ――――不足だな」

 

 

 

 ………きっと、そうなんだろう。

 言いたかった言葉が凍りついて、口から出せなくなる。

 

 

 

「“生徒だから”とは別にして。いくら才に恵まれていようが、その歳で中伝に至っていようが……半端な人間を“死地”に連れて行くわけにはいかない」

 

 

 

 

――――半端な人間。

 

 

 それはきっと、心構えというものについていったはずなのに。

 どうしてかそれが、わたしがミリアムさんと比べて“人間らしさがない”、という意味での半端であるような気がして。

 

 

 

「っ………失礼します――――!」

「ちょっ、クルト君……!?」

 

 

 

 クルトさんが駆け出し、

 

 

「ああもう……アルも一緒に来て!」

 

 

 ユウナさんに強く手を引かれる。

 もう、わたしがここに留まれる理由は残っていなくて――――ただ引かれるままに、歩きだす。

 

 

 

「……何よ、ちょっとは見直しかけてたのに」

 

 

 

 

 わたしは、ただ去っていくリィンさんを見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前の訓練が終わり、昼食を食べた頃。

 自主鍛錬に行こうとするクルトさんを心配してユウナさんが呼び止めて。

 そして――――あえて避けていた話題に触れた。

 

 

 

「――――別にいいじゃない、“置いて行かれて悔しい”で。あんな風に遠ざけられて、納得なんてできるわけない。あたしも、アルだって同じだよ」

 

 

 

 言われてみれば、確かにそれは納得できる話だった。

 遠ざけられて、納得なんてできない――――。

 

 

 ずっと、ずっと考えていた。

 リィン教官に同行を断られて、何をすればいいのか分からなくて。

 

 それでも、いつものリィン教官を、リィンさんを見ていると、いつも相手の気持ちなんて関係なく―――お人好しで、お節介で、強引で、優しくて、不埒に行動していて。

 

 

 

「……“悔しい”かどうかは分かりませんが、おおむね同意見です。これでも一年近く、教官の任務をサポートしてきた実績もあります。形式上“生徒”になったとはいえ、それを理由に外されるのは……正直“納得”いきません」

 

 

 

 

 

 “生徒だから”、“危険だから”。

 そんな理由で大人しくしているのが正しいなら、内戦の時のリィンさんはきっと何もしていなかった。パンタグリュエルにで皇女殿下を救出することも、カレル離宮に乗り込んでくることも、煌魔城に乗り込んでくることも無かった。

 

 任務の合間に各地の人を助けて回ることも、それによって本人の知らぬ間に<灰色の騎士>としての名声を確固たるものにしたことも、北方戦役で、多くの人を救うことも――――。

 

 

 

 多くの人が、リィンさんに感謝していた。

 決して全ての人ではなんかでは無かったけれど。わたしは、リィンさんのしていたことが無駄だとは感じていない。

 

 

 わたしは、きっと。リィンさんと――――リィンさんのサポートを、していたい。

 例え、リィンさんに断られても。それでもリィンさんのためにできることをしていたいと感じている。いつもの、リィンさんのように―――。

 

 

 

 

「そっか……って、やっぱりそんな関係だったんだ。……まったく、あの薄情教官はこんな子にここまで言わせて…!」

 

「……分かってるさ。そんなことは、僕だって」

 

 

 

 

「――――だけど。だからって、どうすればいい……!? 未熟さも、置いて行かれた事実も、何も変わりはしないのに……!」

 

「……クルトさん」

 

 

 

 それは、確かにそうだった。わたしも未熟で、置いて行かれたことももう変わらない。けれど、リィンさんならきっと――――。

 

 

 

「――――そんなこと、動いてみなきゃわからないじゃない」

 

 

 

 

 だから、その言葉には驚かなかった。

 いつも、リィンさんの背中を見ていたから。いつも、リィンさんがしていることだったから。……いつでも、いつだって。どんなに苦しく、絶望的な状況でも。それでも救える誰かを助けることだけは諦めていなかった。

 

 

 

「納得できないことがあるならとにかく動くしかない、でしょ。足掻いて足掻いて、足掻きまくって、いつか“壁”を乗り越えればいい……私が尊敬する人たちも、いつだってそうしてきたんだから」

 

「…………」

 

 

 

 それは、どこかリィンさんに似ていて――――。

 

 

 

「そもそも、一ヶ月程度の付き合いで足手まとい呼ばわりとか失礼な話でしょ」

「……わたしは一年近くなのですが」

 

 

「えっ!? いやほら、アルは可愛い生徒だからとかそんな感じで……?」

「――――まあ、不埒なリィン教官なら言いそうです」

 

 

 

 言いそうですが、……まあ、実際に言ってくれることは無さそうです。

 と何故か確信できた。

 

 

 

「こほん。思い知らせてやろうじゃない――――そっちの目が曇ってたんだって。あたしたちも協力するから――――ね、アル?」

 

「……断る理由はありません。Ⅶ組のサポートが現状任務ですし」

 

 

 

 

―――――そしてそれはきっと、リィン教官のサポートにも繋がるから。

 

 

 

 

「……本当に前向きというか、どこまでも真っ直ぐだな、君は――――そこまで言うからには、何かいいアイデアでもあるのかい? この件を解決しようとしている教官たちに、追いつくための」

 

「え」

 

 

 

「えっとまあ、それはその。あるような………ないような?」

「まさか、何の案もなしにあそこまでの発言を……? 逆にちょっと感心しました」

 

 

 

 あのリィン教官ですら何かしら考えていることがほとんどなのに…。

 とはいえ、リィン教官の思考の応用力というか“本質を見る力”というのは少々例外的なレベルな気もしますが。……もしかすると<八葉一刀流>が関係あるのかもしれません。

 

 

 

「う、うるさいわねっ! これから皆で考えればいいでしょ!」

「――――ふふっ、良かった。元気を取り戻されたみたいで」

 

 

 

 と、不意に現れたのはミント色の髪をした生徒で。

 

 

 

「確か、主計科の―――」

「ミュゼだっけ? ……えっと、何か用かな」

 

 

「ふふ、ちょっとだけお耳に入れたい情報があるんです。――――もしかすると、皆さんのお役に立てる情報かもしれなくって」

 

 

 

 

 それは、先日破壊したコンテナの先にあった“道”のことで――――まさに、教官たちに追いつくために必要なピースだった。

 

 

 

 



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5話:命令違反

 

……もう、ストーリーに沿って書くのは止めよう(戒め)





 

 

 

 

 

 

―――――指示を、命令を破ろうとしている。

 

 

 それは、これまでの私にあるはずもなかったものだ。

 <感情>がない――――ただひたすらに命令をこなすだけの傀儡。<戦術殻>のパーツの一つのようなものでしかないのに。

 

 けれども焦りはなく、後悔もない。

 あるとすれば、それは焦燥で――――。

 

 

 

 

(―――――リィン教官)

 

 

 灰の騎神、ヴァリマールをも動かす可能性のある案件。

 危険度S+―――<結社>が糸を引いていた<北方戦役>どころではなく、<結社>そのものとの戦いに挑もうとしている。当然、追い込まれれば<鬼の力>を使うことになるだろう。

 

 

 

 Ⅷ組と合同での機甲兵での哨戒訓練。

 アッシュさんが乗り込んだドラッケンが哨戒任務から抜け出し、その騒ぎと同時にわたしたちはパルム間道の高台に隠れ――――そして、リィン教官たちが厳重に封鎖された門扉を開けて先に進むのを見て、わたしたちも後を追う。

 

 

 

 

 

 

 リィン教官に気づかれず、かつ森の中を見失わずに進むのは不可能だ。

 しかし、どうしてかアッシュさんは自信満々で。

 

 

 

『―――――こっちだ。とっとと行くぞ』

 

「……な、なんでこんな獣道を迷わず歩けるのよ」

「正直、僕にもさっぱりわからないんだが……」

 

 

「――――上空から偵察したところ、この先に廃村のようなものがあるようです」

 

 

 

 ステルスモードにも関わらず、上空を警戒する素振りを見せたリィン教官には少々焦りましたが。……以前から監視しているので、気づかれない距離は既に熟知しているつもりです。

 ともかく廃村があるという情報にクルトさんとユウナさんは明るくなった顔を上げ。

 

 

 

「アル、ナイスっ! このまま進めばいいの?」

「はい、恐らくは」

「……裏手に回り込んだりはできそうか?」

 

 

「高台のようなものはありましたが」

「よし、ではそちらに回り込もう――――いいか、アッシュ!」

『はっ、いいぜ。絶好のタイミングで出ていってやろうじゃねぇか』

 

 

 

 

 

 実は道を知っているのでは、というほどに的確なアッシュさんの先導が誤っていないことを確認しつつ、かつリィン教官に気づかれないように気をつけつつ進んでいくと、わたしたちが見たのは今まさに廃村の手前の空き地で<神速>および<紅の戦鬼>と戦おうとしているリィン教官たちの姿で――――。

 

 

 

「(――――リィン教官…!)」

「(ちょっ、アル落ち着いて!)」

 

 

 

 と、クラウ=ソラスを呼び出すと何故かユウナさんに止められた。

 

 

 

「(何でしょうか。どちらかといえば落ち着いているつもりですが)」

「(い、いや……うーん)」

 

「(アルティナ、とりあえず様子を見て相手の不意を突こう。とりあえずはアッシュに機甲兵で仕掛けてもらって、その後僕たちが畳み掛けるというカタチで)」

 

 

 

 確かにクルトさんの言うとおり、このまま仕掛けると人数が多すぎてリィン教官たちと上手く連携をとれない危険もあった。……不意打ち用の伏兵に徹するのが得策でしょうか。

 

 

 

「(了解です。……ステルスモードで待機しています)」

「(うん。お願いね、アル!)」

「(僕たちは機甲兵が見つからないよう、もう少し離れた場所で状況を見る)」

 

 

 

 

 

 間もなくリィン教官たちと<紅の戦鬼>、<神速>の戦いの火蓋は切って落とされ――――軍用魔獣と人形兵器も合わせて数の上では互角。

 

 

 

(……っ、これは)

 

 

 

 そして、その戦いに紛れるようにして高台に陣取ったのは<赤い星座>の狙撃兵と<鉄機隊>の隊士二人。

 

 

 

 

(――――どうやら、伏兵のようですね)

 

 

 

 ならば、とその高台を奇襲できるように移動を始めると、クルトさんたちもそれに気づいたようで高台の裏手に慎重に近づいていた。

 

 

 しかし、まだ介入するつもりはないのか傍観の構えで――――エリオットさんの支援を受けて、<重剣>の一撃が軍用魔獣を吹き飛ばし、もう一体を<妖精>が的確に息の根を止める。アルゼイドの剣が人形兵器を真っ二つにし、リィン教官は―――。

 

 

 

(……やはり、まだ……)

 

 

 

 かつての、<北方戦役>の頃の太刀筋はどこへやら。

 キレの無い太刀はあっさりと<紅の戦鬼>に弾かれ、<紅の戦鬼>はある程度距離を取ると、不満げな顔を隠そうともせずに言った。

 

 

 

 

「うーん、<重剣>も相当だし、楽士のお兄さんの支援もいいけど―――ねえ、灰色のお兄さん。どうして本気を出さないのさァ…!」

 

「させない!」

 

 

 

 見るからに凶悪な武器を振るい、リィン教官に向かって突っ込もうとする<紅の戦鬼>を阻止しようと<西風の妖精>が割って入り――――瞬間、放たれた狙撃を凄まじい直感と反射神経で避けてみせた。

 

 

 

「星座の狙撃兵か…! ―――クソが!」

「も、もしかして鉄機隊の……!?」

 

 

 <重剣>を狙うように鉄機隊の隊士から弓が放たれ、それは難なく防ぐもののこれで高台からの遠距離攻撃を受ける形となってしまう。転移と跳躍により残り二人も高台へと移り――――。

 

 

 

「――――改めて5対5……“対戦相手”も様子見みたいだし、とことん殺り合おうか?」

「まあいいでしょう。上手くいけば“起動条件”もクリアできそうですし」

 

「対戦相手…?」

「起動条件だと……?」

 

 

 

 

―――――その、一瞬の間隙。

 

 

 まさに戦いが始まる前の一瞬に、機甲兵が飛び出した。

 

 

 

『――――ハッ、もらったぜ!』

 

 

 機甲兵の振り下ろしはしかし、<紅の戦鬼>と狙撃兵にはあっけなく躱され――――しかし、高台という有利は捨てさせる。

 

 

 

「その声――――Ⅷ組のアッシュか!?」

 

「あたしたちもいます!」

「参る―――!」

 

 

 

 驚くリィン教官に応えるかのように、ユウナさんとクルトさんも鉄機隊に向かって攻撃を仕掛け。――――残った<神速>に、容赦なく、そしてアッシュさんたちのように無駄に声をかけることもせずクラウ=ソラスの腕を振り下ろす。……それでも防御されてしまうあたり、流石という他ありませんが。

 

 

 

「くっ、雛鳥ごときが―――――ぐっ……黒兎…! あなたがいましたか――――!」

「久しぶりですね、<神速>の」

 

 

 

 

「アルティナ――――クルトにユウナまで…! 駄目だ、下がっていろ…!」

「聞けません――――! 貴方は言った…! “その先”は自分で見つけろと! 父と兄の剣に憧れ、失望し、行き場を見失っていた自分に……」

 

 

 

「間違っているかもしれない――――だが、これが僕の“一步先”です!」

「クルト君……」

 

 

 

 それはきっと、合理的ではないのだろう。

 けれど、この瞬間。それは間違いでもないのだと思えたから。

 

 

 

「―――――命令違反は承知です。ですが有益な情報を入手したのでサポートに来ました。状況に応じて主体的に判断するのが特務活動という話でしたので」

「それは……」

 

 

「すみません教官、言いつけを破ってしまって。―――でも言いましたよね、君たちは、君たちの<Ⅶ組>がどういうものか見出すといいって。自信も確信も無いけど、3人で決めて、ここに来ました!」

 

 

 

「なるほど、確かに<Ⅶ組>だな」

「しかもリィンの言葉が全部ブーメランになってる」

 

 

 

 どちらかというと、リィン教官の言葉を使ってなんとか取り繕っただけではありますが。それでも、リィン教官が戦えない時こそサポートするのが、きっとパートナーで。

 ………そうありたいと、思うから。

 

 

 

 

「くっ、何を青臭く盛り上がってるんですの!?」

「あはは愉しそうでいいじゃん。――――けど、これだけ場が暖まってたらいけそうかな?」

 

 

 

 

 <紅の戦鬼>がリモコンのようなものを押して。

 

 

―――――不意に、“山”が動いたように見えた。

 

 

 

 機甲兵を、巨人機ゴライアスをも超える巨体――――その一撃に、ドラッケンが為す術無くボールのように吹き飛ばされる。

 

 

 

「……結社の<神機>。クロスベル独立国に貸与され、第五機甲師団を壊滅させた……」

 

「あはは、見事成功だね!」

「後はどこまで機能が使えるかのテストですが――――」

 

 

 

 

「リィン、行くんだね」

「ああ―――こんなものを人里に出すわけにはいかない」

 

 

 

 

 

 

「来い―――――<灰の騎神>ヴァリマール!」

 

 

 

 

「灰の騎神……久しぶりですね」

 

 

 

 あれから、北方戦役から半年以上――――。

 騎神に乗り込むリィン教官を見送り、<神速>たちの動きを警戒しつつもそれを見送る。

 

 まるで大人と子どものような体格差――――あまりにも巨大な神機に対して、それでもリィン教官の優位を疑っていなかった私にとって、その膠着は少々想定外だった。

 

 

 

「――――結社が開発した合金<クルダレゴンⅡ>。ですが、ゼムリアストーンの太刀が通らないのは妙です」

 

 

 

 文字通りに歯が立たないせいで、ヒットアンドアウェイに徹するしかなくなったリィン教官とヴァリマールに、徐々に攻撃が当たり、ダメージが蓄積されていく。

 それに対してあまりにも巨大な神機はまだまだ余裕があるようで。

 

 

「ああもう……! 流石に相手が悪いでしょ! あんなデカブツに一機じゃ無理があるわよ!」

「そうか…!」

 

 

 

 

「クルト君!?」

 

 

 

 ドラッケンに駆け寄るクルトさんを追うと、そこにはコクピットハッチを開けて這うように外に出てくるアッシュさんがいて。

 

 

 

「クラクラしやがるが――――インパクトは外した。機体のダメージは軽いはずだ。不本意だが任せた……ブチかましてこいや……!」

「ああ――――任せてくれ!」

 

 

 

 

 何かを言う暇もなく、飛び出したクルトさんは機甲兵を立ち上がらせるとそのままヴァリマールの隣に向かってあるき出した。

 

 

 

『――――助太刀します!』

『その声―――クルトか!? 下がれ、機甲兵の敵う相手じゃない!』

 

 

『百も承知です! ですが見過ごすことはできない!』

 

 

 

 

―――――不意に、<戦術リンク>が繋がった感覚があった。

 

 

 

 

 

(――――リィン教官…?)

 

 

 

 

 支援のための特殊なアーツが発動できること、<神気>の発動や霊力の充填を手助けできることが伝わってくる。わたしは、これでリィン教官をサポートできる…?

 

 

 

 

『――――小言は後だ。あのデカブツを無力化する。奇妙な力の流れを見極め、断ち切って刃を突き立てるぞ!』

『了解です――――!』

 

 

 

 

 

 

 

 そこから、あまりにも強靭な<神機>との戦いが再開された。

 積極的に前に出て攻撃を受け止めるリィン教官を支援するため、時属性アーツ<シャドウライズ>で動きを鈍らせ。その隙にクルトさんが斬りつけていく。

 

 振り回される腕の威力はあまりにも強力で、リィン教官だけでは追いつかない<神気>による回復を出来る限りサポートしていき――――。

 

 

 

『――――リィンよ、何か来る。気をつけるがいい』

『―――――リィン教官! バリア、展開します…!』

『クルト、俺の後ろに―――!』

 

 

 

 神機は腕を腰だめに構え――――パーツが展開。

 冗談のように太いビームが容赦なくリィン教官たちを埋め尽くし――――視界が閃光に染まった。

 

 

 

 

「――――――リィン教官…っ!」

 

 

 

「おぉぉぉぉおおおッ―――――<連の太刀・箒星>!」

 

 

 

 そして。閃光を切り裂き、神機の胸元に飛び込んだリィン教官の一撃がその胴体を深々と切り裂いた。間違いなく致命傷。

 

 

 

「やったぁああっ!」

「機能停止――――奇妙な力の流れも完全に無くなったみたいです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――と、まぁ無事に神機を撃破したのですが。

 

 

 

 姿を見せた<猟兵王>と、その<騎神>らしき乗り物。

 目的を達成したとして彼らはあっさりと撤退し集まった第Ⅱ分校の生徒たちと廃道の人形兵器を掃討することになり――――。

 

 

 

 

 

 

 そして今、わたしたちは神機以上の強敵と相対していました。

 

 

 

 

 

 

「―――――さっきは流したが、これは明白な命令違反だぞ!?」

 

 

 

 リィンさんでもこんなに怒ることがあるんですね、と思わず現実逃避してしまうくらいの怒声。……皇女殿下たちを攫った時よりも怒っていないでしょうか…?

 

 

 

「確かに君たちには自分たちで考えろと言った――――だが、言ったはずだ! 特務活動は昨日で終了したと!」

 

 

 

 ちらり、と視線を上げるとリィンさんと眼が合い、そっと視線を下に戻す。

 色々と考えていたはずの理由付け(いいわけ)は全部吹き飛んでしまって。

 

 

 

「おまけに訓練からのエスケープと機甲兵の私的な利用…! 正規の軍人なら軍法会議ものだぞ!」

 

 

 

「………反論できません」

 

 

 

 どうしよう。

 と考えてみるものの、何も思いつかない。あれほど素晴らしい思いつきに思えていた策は終わってみればどうしようもない穴だらけで。後先なんて何も考えていないそれをどうこうすることはできず――――不意にクルトさんが口を開いた。

 

 

「――――責は自分にあります。処分は一人にしていただけると」

「って、そうじゃないでしょ!」

「責任は全員にあるかと」

 

 

 

 と、そこに居合わせた<旧Ⅶ組>の方たちが口を挟んだ。

 

 

「まあ、そのくらいにしておいてあげたら?」

「我らもかつて、命令違反は幾度もしてしまったからな」

「そだね、トールズ本校が機甲兵に襲われた時とか」

 

「うっ……」

 

「……教官?」

「自分たちの正当性を主張するつもりはありませんが……」

「ブーメラン、でしょうか」

 

 

 

 確かにリィン教官ならものすごくやりそうだった。

 命令だから、と従うくらいなら<北方戦役>でもあれだけ苦しむこともなかったでしょうし。

 

 

 

「――――それはそれ、これはこれだ。教官である以上、生徒の独断専行を評価するわけにはいかない。今回は運が良かっただけで次が無事である保証がどこにある?」

 

 

「それは……」

「……仰る通りです」

「………………」

 

 

 

 独断専行………改めて、してしまったことの重みが胸に突き刺さる。

 どうすれば良かったのだろう――――と考えれば、付いていきたいのなら最初からリィン教官が折れるまで動かないくらいの覚悟が必要だったのだろう。

 

 

 

「――――ただまあ、突入のタイミングは良かった。機甲兵登場の隙を突いて女騎士たちを下がらせたこと。倒れたアッシュの安全確認と、臨機応変な機甲兵の運用。授業と訓練の成果がちゃんと出ていたじゃないか?」

 

「あ……」

 

 

 

 気がつくと、リィン教官は苦笑としか言えない顔だったけれど、確かに微笑んでいて。

 

 

 

「そしてクルト―――助太刀、本当に助かった。君ならではのヴァンダールの剣、しかと見届けさせてもらったよ」

「………ぁ……――――はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その夜――――。

 翌朝までに反省文を出すことを命じられたわたしたちは、寝ることもできずに「これに書け」と言われた束に見える用紙に向き合っていた。

 

 

 

「……うぅ、教官の鬼……」

「まあ、今回は反省するところが多かったからね」

 

「確かに反省点は多いように思いますが……」

 

 

 

 用紙5枚とは、果たして何を書けばいいのだろうか。

 元気なクルトさんと、何やら反省文を書き慣れているような素振りのユウナさんはなんだかんだと言いながらも手早く書き上げていき。

 

 

「アル、もう終わったし手伝おうか?」

「……いえ、問題ありません。これで終わりですのでお先にどうぞ」

 

 

「ああ、お疲れ……」

「アルもあんまり悩みすぎないでねー…」

 

 

 

 

 ふらふらと二人が出ていった後。

 気づかれなかったことに安堵しつつも、わたしは机に突っ伏した。

 

 そう、これで1枚目は終わり…。

 

 

 

「――――あと4枚、ですか」

 

 

 

 とっくに冷めてしまった、砂糖とミルクがたっぷり入ったのコーヒーを口に流し込み。つらつらと今回の失態について書き連ねていく。

 

 

 

(……とはいえ、やはり事実だけ書き連ねても無理がありますね)

 

 

 考えたこととかも書いていけばいいのでしょうか。

 とにかくなんでもいいから書いてしまえ、と半ば自棄で書いていき2枚目。

 

 3枚目を半分まで書いたところでお腹が鳴り、急激に眠気が襲ってきた。

 

 

 

 

「―――――で、どこまで書けたんだ?」

「………リィン教官」

 

 

 いつの間にか美味しそうな香りが漂っていて、目の前にパンケーキが置かれている。

 自分の分も用意したらしいリィン教官は、合わせてコーヒーも置きつつ言った。

 

 

 

「……あの」

「とりあえず、冷める前に食べてくれ。反省文はその後だ」

 

 

 

 言われ、パンケーキを口に運ぶとお店の味ほどではないものの、どこか落ち着く味わいが口に広がる。僅かに口元が緩み、それを目ざとく見つけたリィン教官が笑った。

 

 

 

「……不埒ですね」

「いや、何でだ」

 

 

「…………いえ、ありがとうございます」

「ああ、どういたしまして」

 

 

 

 黙々とパンケーキを食べると、人気のないデアフリンガー号の3号車はとても静かで。ちょうど食べ終えたところで、コーヒーを飲んでいるリィン教官に言った。

 

 

 

「……その、リィン教官」

「ん、どうした?」

 

 

 

「…………………命令違反をしてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 

 

 

 “あの時”は色々と理由をつけてしまったものの、どうにもそれは無理があって。“有益な情報を手に入れたので”というのは方便なのだからそれも当然だった。

 

 

 

 

「アルティナ、あのな――――」

 

「………ですが、リィン教官。わたしは……リィン教官のサポートを“したい”と、そう思いました。お願いします、どうすれば教官のサポートをさせてくださいますか」

 

 

 

 

 どうすれば、置いていかないでもらえますか――――。

 リィン教官はわずかに驚いたような素振りを見せたものの、わずかに瞑目してから呟いた。

 

 

 

「(そう、か……)」

「……リィン、教官?」

 

 

「ふぅ。分かった、考えておく。アルティナももう今日は寝ていいぞ」

「……あの、まだ反省文が終わっていないのですが」

 

 

 

「――――5枚渡して「これに書け」と言ったが、「全部やれ」とは言ってないからな」

「……………やはり、リィン教官は不埒ですね。ご馳走様です」

 

 

 

 

 なんだか、せっかく色々と感謝していたのに台無しにされた気分です。

 リィン教官に白い目を向けるものの、教官は平然とした顔で頷いた。

 

 

 

 

「ああ、夜更かししすぎないようにな」

「――――いえ、リィン教官の罰で眠らせてもらえなかった、と説明しますので心配は無用かと」

 

 

 

「いや、心配しかないんだが。……おやすみ、アルティナ」

「………はい、おやすみなさい。リィン教官」

 

 

 

 

 

 

 ”次”はきっと、貴方にサポートを認めてもらえますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 










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第2章:色々と相克なクロスベル
小話1:調理実習のお話


2章の気になったあたりに勝手に脚色して勝手に書いていくスタイルです。


クロスベルといえば、やっぱりあそこに行かねば…。




 

 

 

『―――――リィン教官』

 

 

 

 アルティナは小さな、けれども丁寧に包まれた紙を持って夕暮れの屋上に立っていた。

 屋上から下校する生徒たちを見守っていたのは、黒髪の青年教官で――――。

 

 青年は声に振り返ると、わずかに驚いたような素振りの後に笑顔を見せた。

 

 

 

『アルティナ。まだ残っていたのか? 熱心なのはいいが、無理はするなよ』

『いえ。少々手間取りましたが、熱心というほどではありません』

 

 

 

 駆け寄ったアルティナに、青年は何気なくその頭を撫で。

 アルティナは特に何を言うでもなく、手に持った包みを差し出した。

 

 

 

『その、リィン教官。………いつもお世話になっていますので、これを』

『いや、俺もいつも助けられているし気にしなくてもいいんだが――――…これは、アルティナが焼いたのか?』

 

 

 

 包みから出てきたのはチョコレートを生地に練り込んだ兎型のクッキーで。

 青年は特別演習でそうしていたように、アルティナを強く抱きしめて―――。

 

 

 

 

『――――ありがとうな、アルティナ。君が俺のパートナーで良かった』

『………――――っ、わ、たしも、リィンさんのパートナーで――――』

 

 

 

 

 手を伸ばし、抱きしめ返して――――その手は、空を切った。

 

 

 

 

 

 

「………ぁ」

 

 

 

 チュンチュン、とどこかで小鳥が囀っている。

 うさぎ柄のパジャマを着たアルティナは、虚空に抱きつこうとしている状況を認識するとそっと手を降ろし、同じ部屋に置かれたもう一つのベッドに目をやった。

 

 

 

「……クラウ=ソラス」

 

 

 呼ばれて出てきた、就寝中の護衛を任せていたクラウ=ソラスによると、自分が寝言でリィン教官の名前を出したあたりから訪問者はないとのことで。アルティナはリィン教官の部屋がある方角を見るとジト目で呟いた。

 

 

 

「―――――夢の中でもリィン教官は不埒ですね」

 

 

 

 いや、それは酷いだろう。

 と、ツッコミを入れられる人物はいなかった。いなかったが、それに反応してユウナが身動ぎすると、眠そうに目をこすりながら言った。

 

 

 

「んぅ……アルぅ? また教官が何かしたの……?」

「いえ。夢の中で教官が女性を抱きしめていたので、夢でも不埒ですねと思っただけです」

 

 

 

 何気なく言ったアルティナに、ユウナは何度か目を瞬かせると、どこか困惑したというか心配そうな表情で言った。

 

 

 

「……その、アル? 実は教官がラウラさんを抱きしめていたの、けっこう気にしてるんじゃ―――?」

 

 

 

 言うまでもなく、先の実習でのパルム間道の一件である。

 あれから不機嫌とまではいかないまでも、どこかぎこちないアルティナを見ていれば嫌でも気づくというもので。

 

 

 

「―――いえ。リィン教官、というよりリィンさんはいつ何処でも女性に好意を持たれているのであの程度で気にしていては身が持たないかと」

 

 

 

 実際、任務では数回ほど結婚や交際の申し込みを受けていましたし。というアルティナに「うわぁ」と微妙な気分になったユウナだったものの、ふと気になって訊ねた。

 

 

 

「というか、気になるのは認めるのね」

「――――それは、まぁ。パートナーですし。目の前で不埒な行為を見せられて気分が良くないのは普通では?」

 

 

 

 と、不思議そうに呟くアルティナに、ユウナは以前から教官とアルティナの関係が気になっていたこともあっていっそ訊ねてみることにした。

 

 

 

「うーん。前から気になってたんだけど、アルって教官のことどう思ってるの?」

「どう、とは? ……評価という意味では、<灰の騎神>を保持する帝国内でもトップクラスの影響力を持った人物だと思いますが。人物的には不埒ですが―――」

 

 

 

「いや、そうじゃなくて。……まず、アルは女の子じゃない?」

「生物学的にはそう造られていますね」

 

 

「う。なんか凄い気になる言い回しだけど……ということは、恋の話は避けて通れないと思うの」

「色恋………つまり不埒な話ですか」

 

 

「ちーがーいーまーすっ! ほら、女の子は誰がカッコいいとか誰が好きだとか、そういうお話で盛り上がるものなの! 不埒とか関係なく!」

「はあ。ではわたしは女の子に分類されないのでは――――」

 

 

 

 ズダン、と大きな音を立ててユウナが起き上がり、予想外の反応に呆然とするアルティナに抱きついた。

 

 

 

「――――こんなに可愛いアルが女の子じゃないわけないでしょ!」

「す、すみません…? ですが過度の接触は止めてください」

 

 

 

 なんだか分からないものの、雰囲気に押されたアルティナが頷くとユウナは鼻息も荒く頷いて言った。

 

 

 

「女の子らしくないなら、女の子らしくなればいいのよ―――! はい、カッコいいと思った男の子とかいないの!?」

「いえ、そもそもわたしが此処にいるのは任務のためで――――」

 

 

 

 にべもない回答に、焦れたというかついカッとなってユウナは言った。

 女の子らしくないことを意識させてしまった気がして気まずくなったともいう。

 

 

 

 

「―――――アルって、教官のこと好きなのよね」

「…………はあ。好悪というものはよく分かりませんが、パートナーとしてリィン教官と共にいることが望ましいとは感じています。ですがそもそも、『人を好きになる』という考え自体がよく分からないのですが」

 

 

「うっ、で、でもほら。アルって妙に教官に拘るでしょう?」

 

 

 

 『好き』とは何か。妙に哲学的な返しにユウナは鼻白み、その隙に妙にこの話を切り上げたくなったアルティナは言った。

 

 

 

「任務ですし――――それに、それを言うのであればユウナさんもリィン教官とクルトさんが好きですよね」

 

「な゛っ――――――あ、あたしは別にッ!? というか何で二人なのよっ!?」

 

 

 

「いえ、リィン教官も不埒な行為で女性によく好意を持たれているようでしたのでクルトさんも同様なのかと。それに、ユウナさんもリィン教官に拘っているのは同じでは?」

 

 

 

 何で僕まで……とこの話を聞かされればクルトも天を仰いだのだろうが、幸いにもというべきかここにはおらず。完全に図星をつかれたユウナは顔を真っ赤にしつつ首をぶんぶん左右に振った。

 

 

 

「な、なんであたしがあんな教官のこと―――! それにクルト君は関係ないでしょ!」

「リィン教官は関係あるのですね」

 

 

「そ、それはアルが――――ああもうっ! ……ぐぬぬ、こうなったらゼシカとルイゼに相談するしか……」

「妙なお気遣いは不要なのですが……聞いていませんね」

 

 

 

 素晴らしいスピードで着替えて荷物を詰め込んで部屋を飛び出すユウナを、アルティナは呆れ顔で見送った後に小さくつぶやいた。

 

 

 

 

「……なにやら面倒事の予感がします」

 

 

 

 今日は調理実習ですしリィン教官へのお返しを作りたかったのですが。と溜息をひとつ吐いたアルティナは、あらかじめ容易しておいたレシピ本にもう一度目を通し、用意しておいたドライフルーツと共に鞄に詰め、心なしか軽い足取りで学院に向かうのだった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 というわけで、調理実習。

 トワ教官の指示の下、また経験者もサポートするように伝えられて始まったお菓子作りはいくつかの班で行われ。ミュゼ、ティータ、ユウナと班になったアルティナは自分以外の意外な手際の良さに驚きつつも調理を進めていた。

 

 

 

「うーん、あたしも母さんに一通り教わったんだけどなぁ」

「と言いつつ、先ほどから手際に淀みがないような気が……ユウナさんは意外と女子力が高いと見受けました」

 

 

「意外とって何よ、意外とって! ――――ってアル、こぼしかけてる!」

「あ、すみません」

 

 

 

 意外とというのはそのままで、もともと警察志望でトンファーを振り回したりスカートの中身をまるで気にしていないユウナの女子力が疑われていたのだがそれはともかく。

 

 

 

「むむ、これは私も負けていられませんね……リィン教官に美味しいものを召し上がっていただくためにも♥」

 

「ア、アンタねぇ……」

「あはは、ミュゼちゃんはリィン教官のファンなんだっけ?」

 

 

 

 一切隠さないミュゼに思わず軽く引いているユウナとティータとは対照的に、リィンの不埒ぶりを見慣れているアルティナは大して気にすること無く作業を続ける。「またいつものですか」くらいの慣れたあしらいだった。

 

 

 

「ええ、それはもう。ユウナさんやアルティナさんが羨ましいくらいです。もっとも教官を慕っている方は数多くいる様子……せめて今は頭の片隅に留めてもらえるだけでも十分ですけど」

 

「な、なるほど」

「フン……確かに有名人だし、そりゃあモテるんでしょうけど」

 

 

 

 モテる……モテる。

 沢山の女性に囲まれているリィン教官を想像して微妙な気分になったアルティナは、一応言っておくことにした。

 

 

 

「でも、リィン教官の女性関係は余り聞いたことはありませんね。<Ⅶ組>の方々とはかなり親密な様子でしたけど」

 

 

 

 そう。リィン教官はⅦ組や周囲の仲間とも言うべき女性たちとは仲がいいものの、あまり関係のない女性とどうこうという話はほぼ無い。せいぜい任務の関係などだろう。リィン教官は不埒であっても無節操ではないのだ。

 

 

「あ……演習地で助けてくれた」

「アルゼイド家のラウラ様に、遊撃士のフィーさんでしたか。他にもいらっしゃるみたいですし、うーん、気になりますねぇ」

 

 

 

 ミュゼの言葉に二人を思い出したのか、お菓子を放り出して腕を組んだユウナはどこか悔しげに言った。

 

 

「あの格好いいラウラさんや、メチャクチャ可愛いフィーさんとあんな風に親密にしてるなんて……エリオットっていう人も可愛いし、恵まれすぎでしょ、あの人!」

 

「落ち着いてください、ユウナさん」

 

 

 

 エリオットさんは確か男性です。

 ……そしてあの猛将クレイグ中将の息子さんです。

 

 さすがに個人情報すぎて言うべきかアルティナが迷っている間に、ミュゼは言った。

 

 

 

「あ、それもアリですね♥ 乙女の嗜みという意味では!」

「な、何がなんだか……」

 

 

 

 と呟くティータに、何が嗜みなのかさっぱり分からないアルティナも微妙な表情を浮かべ。しかし別のテーブルで聞きつけた生徒たちが集まりだした。

 

 

 

「なになに、リィン教官の話? 確かにカッコいいけど、この学院、他にもハンサムな人が多いよねぇ」

 

 

 

 

 口々に男子たちの評価を言い合う女子たちを見かね、調理実習が中断されかけてトワ教官が声をかけるほどに盛り上がった。

 

 

 

「ほらほら、調理実習中だよ! そういう話は夜にお風呂あたりでしなさいっ!」

「「「はーい!」」」

 

 

 さすがに素直に従った生徒たちだが、一人だけ。ミュゼは無邪気そうな笑みをうかべつつも火種を放り込んだ。

 

 

 

「ふふっ、それはそれとして――――トワ教官とリィン教官ってどういうご関係なんでしょうか?」

「へっ…!?」

 

 

「あ、あたしも何気に気になってました! それにティータちゃんと赤毛の遊撃士さんについても!」

「ふえっ……!?」

 

 

「そういえば、リィン教官といえば帝国の皇女殿下と親密だって聞いたことがありましたけど~」

「私としては最近、弟君である皇太子殿下も気になるのだけれど」

「あ、わたしも……」

 

 

「ああもう……! みんな、静かにしなさ~い!」

「……カオスですね」

 

 

 

 

 

 控えめに言っても散々な状況に呆れていると、女子たちの矛先が特に話題の豊富そうなⅦ組に――――というかユウナに向けられた。

 

 

 

「――――そういえばユウナって、ランドルフ教官とも親しそうだよね」

「あ、うん。まぁ、警察……軍警学校時代にお世話になったというか……」

 

 

「えー、でもやっぱり、部活の時はリィン教官の話ばかりしてるし~」

「してないわよっ!?」

 

 

「実際私たちって、リィン教官の人となりはそこまで詳しくないわね。そこのところどうなの?」

「えっ!? ど、どうって……お人好しというか、危ないことは全部自分でやろうとするというか……」

 

 

 

 と、不意にそれまでなんとか騒ぎを止めようとしていたトワ教官が叫んだ。

 

 

 

「そうなんだよっ! リィン君ったらいつも自分から危ないことに突っ込んで……あ。えっと、うん。あと困っている人を助けてばっかりだったり…?」

 

 

 

 途中で恥ずかしくなったのか声が小さくなりつつも文句らしきものを言ったトワ教官だたが、生徒たちの心は『それは貴女も人のことは言えないのでは』と一致した。

 

 

 

 

「アルティナちゃんとしてはどうなの、リィン教官は? なにかエピソードとかある?」

「……まあ、いつも人助けをしているということで間違いないかと」

 

 

「やっぱり凄く強いの?」

「本調子であれば<灰の騎神>抜きでも軍のエース級の相手にもそうそう負けることはないと思いますが」

 

 

 

 わー、すごーい、と歓声の上がる調理実習室は、その後リィン教官の好みの女性についての話になり。好みや好きな食べ物の話など大いに盛り上がったため、実習終了後にはリィン教官に女子たちがお菓子を一斉に渡しに行く騒ぎになり―――。

 

 結果として作ったお菓子を渡しそびれたアルティナとユウナは、女子たちにちやほやされて来た(ようにしか見えない)担任教官がHRに来るなり冷え切った目で出迎えた。

 

 

 

 

「えっと……(クルト。俺、なにかやらかしたか?)」

「(知りませんよ……教官は女難の相があるみたいですし、気をつけた方が良いのでは?)」

 

「……フン、まあ教官自身にそこまで(・・・・)非があるわけじゃないし」

「本人の自覚が薄い以上、気にするだけ損かもしれません」

 

 

 

 カッコいいだの優しいだのと大いに話題になったとも知らず、せいぜい「調理実習だからな」くらいにしか思っていないのか気にした様子もなく。アルティナもユウナも自分たちはクッキーを渡していないのに気にした様子もなくご機嫌な教官に二人は多いに不満を抱いていた。

 

 

 

(……あたしだって感謝の気持ちくらいあるのに――――まるっきり気にされてないと、流石に渡せるわけないじゃない!)

(――――リィン教官はもう少し自覚を持つべきですね)

 

 

 

 

 

 

 何はともあれ、次の特別演習では置いてけぼりにするつもりはないとの言葉をもらい。HRは過ぎていった――――。

 

 

 

 

 

 

……………………

…………

 

 

 

 

 

 放課後。

 一度寮に戻ったアルティナは、荷物を置いて再度出かけるというユウナを見送った後。結局渡せなかったクッキーの包みを開けると、小さく溜息を吐いた。

 

 

 

「………不格好ですね」

 

 

 

 サンディどころか、ティータ、ユウナとくらべてすらも明らかに見劣りする、ところどころ焦げたクッキー。大量にクッキーを受け取っていたリィン教官に渡すには出来が悪すぎるとしまいこんだもので。いっそ自分で食べてしまうしかないと見つめ合っていると、不意に部屋のドアがノックされた。

 

 

 

「……? はい、空いていますが」

「ああ、部屋にいたのか。なんだか元気が無かったから気になったんだが――――って、クッキーか?」

 

 

「リィン教官―――…ええ、まあ。ご存知の通り、調理実習でしたので」

 

 

 

 

 素早く隠そうとするアルティナだが目ざとくクッキーを見つけるリィン教官に、何やら不安のようなものを感じつつ諦めて差し出すことになり。

 

 

 

「何だ、よく出来てるじゃないか。一つ貰っても構わないか?」

「…………皆さんから散々頂いたのでは?」

 

 

 

 ジト目で睨むアルティナだが、リィン教官が心配してやっていることを察しているせいで目に力はなく。むしろ積極的にクッキーを差し出す自分自身に困惑しつつも、クッキーを食べるリィン教官を固唾を呑んで見守り――――。

 

 

 

 

「―――――硬いし焦げているし、フルーツを入れるにしては砂糖が多い」

「…………っ、すみませ――――」

 

 

 

 ぐさり、と自分でも気になっていたことを指摘されて胸が痛くなるアルティナの口に、リィンはクッキーを放り込む。仕方なく咀嚼し、思っていたより美味しいと思ったアルティナに、リィンは言った。

 

 

 

 

 

「けど、しっかりと混ぜられていて食感は良いし、ドライフルーツまで用意してくれたんだろう? ―――――凄く嬉しいよ、ありがとうな」

 

「………………少しだけ、頑張りました」

 

 

 

 

 頭を撫でられて、つい素直に言ってしまった自分自身に困惑しつつも、アルティナはごまかすように言った。

 

 

 

 

 

「―――――…ところで、これに何か不埒な意図は?」

「あるぞ」

 

 

 

 

 

 

 そうですよね、ありますよね。

 

 しばし呆然としたアルティナだが、ようやく理解が追いついてくると落としそうになったクッキーの包みを机にぶち撒けつつ言った。

 

 

 

 

「………え。な、い、一体何を――――…?」

 

 

 

 

 

 焦りながらも、つい頭に置かれた手をどける気にもならずに静かにパニックになったアルティナに、リィンは言いつつ、何やらラッピングされた大きな包みを取り出した。

 

 

 

 

 

「いや。なんだか最近アルティナに避けられてるような気がしていたからな。プレゼントを用意したから渡そうかと―――――アルティナ?」

 

 

 

 

 なるほど。つまりプレゼントを渡すのを「不埒だ」と言っていたのでそれを覚えていたということで。全く通常の「不埒」の意味はないという、ある意味自業自得なことにアルティナは気づいた。

 

 怒りか、それとも他の感情か。

 顔を仄かに赤くしてぷるぷると小刻みに震えるアルティナは、若干震える声で言った。

 

 

 

 

「いえ。リィン教官の不埒ぶりをまだ甘く見ていたようですので上方修正しておきます。………クラウ=ソラス!」

 

「いや、今日も俺に『自覚が足りない』みたいなことを言っていたし、アルティナがお礼でくれると言っていたのに全員から貰ったのを気にしてたのかと――――って、怒ってるのか?」

 

 

 

 

「――――――トランス、フォーム。シンクロ完了―――アルカディス・ギア!」

「ちょっと待て。寮の中でそれは――――」

 

 

「では、鍛錬場でお願いします。リィン教官」

「いや、だから――――」

 

 

 

 

 その日、顔を林檎のように赤くしたインナースーツ姿のアルティナに引き摺られて歩くリィン教官の姿が目撃され。それを見た分校長は「いいぞもっとやれ。あと私も混ぜろ」と囃し立てという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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