901分枝系統 80013世界 02795726時間断面 ISの世界 【改定作業中/第一章完結】 (白鮭)
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プロローグ1

よろしくお願いします。


 目覚めると、そこは白い世界だった。

 

 「ああ、まあ死んだよな」

 

 雪の降っている夜に、外で睡眠薬をつまみに一人で酒盛りをしたのだ。

 普通は死ぬ。

 

 時間の経過が分からないが、フワフワ浮き(?)ながら寝て過ごす。

 

 何分、何時間、何日、何年、何十年、あるいはもっと……時間の経過が良く分からないが静かで良い環境だ。

 まどろみながら過ごしていたら、ある日に黒いフード付きローブを着た人がやって来た。

 

 ***

 

 「こんにちは」

 

 何か若い女の人っぽいので無意識に一歩下がる、自慢じゃないがコミュ障だ。

 

 「っこ、んんっ!! ……こんにちは」

 

 思いっきりきょどっているが、許してほしい。

 女の人は苦手なのです。

 

 じーっと、女の人がこちらを見ている気がするが、俺は気まずくって身じろぎする。

 うう、いやだなぁ……。

 

 「なるほど、分かりました」

 

 フードさんがこくこくと肯きながら、こっちをじーっと見つめている。

 正面から見ると、顎のラインとくちびるが見える。

 ああ、この人は美人だ。脅威度が2段階ほど跳ね上がる、コミュ障なめんな。

 

 「ここは人間に罰を与える牢獄なのですが、書類の不備があってあなたは塩漬けされて、長い間ここに留まっていました。申し訳ありません、まだ正気でいた事に驚いてしまいました」

 

 何気に酷い事を言ってるな、このフードさんは。ああ、普通の人間は孤独に耐えらえないのか。

 もう少し薄暗い方が好みだけど、静かで気に入っている場所なんだけどな。

 

 「あの死に方は不味かったですか?」

 

 そう聞くと、フードさんから困ったような雰囲気が伝わって来る。

 

 「普通はここに入れられて後悔しながら反省して、罪と記憶を消去して転生すると言う手順なのですが、新神(しんじん)が書類のミスを犯して、あなたの所在が分からなかったのです」

 

 じゃあ、これから転生か。

 記憶が無くなるなら死ぬのと同じか。まあ死んだ後のモラトリアムが長かったのも笑い話で済むのかな。

 

 そう思っていたのに、フードさんはこう言って来た。

 

 「ですので、あなたに罰を与えます」

 

 ***

 

 「……え」

 

 ここに居たのが罰なのでは? そう思っていたのに、フードさんが困ったような雰囲気を出しながら言って来た。

 

 「あなたが嫌がることをしないと、罰と認められないのです。おまけに、長い間ここに留まっていた為に魂が不具合をおこしてしまっているので、それの修正をしなければなりません」

 

 困ってしまってうろうろしだす、痛いのは嫌なんだけどな。

 

 「どんな罰ですか?」

 

 痛いのが嫌なので渋々と聞く。一応こちらが悪いようなので、内容次第ではフードさんにすがりつくつもりだ。

 

 そう思いながら嫌々聞いてみると、フードさんが申し訳なさそうにしながら言って来た。

 

 「記憶を保持したまま、美形になってIS世界に転生です。もちろん男性でIS学園に行ってもらいます」

 

 「はぁ!?」

 

 恥も外聞も関係ない。俺はそれを聞くと、ちょっと良い匂いがするなぁと思いつつ、俺はフードさんに縋り付いていた。

 

 「ちょ、じっ冗談ですよね!? 止めて下さい死んでしまいます!!」

 

 女尊男卑な世界観は嫌だけどまあ良い。金髪貴族少女や竹刀振り回す暴力系少女や突っ込みの激しい中国少女や金髪のあざとい少女や銀髪の眼帯軍人少女にボコられて、既知の外のウサギ女にホルマリン漬けにされる未来しか無いじゃないですかヤダー!!

 

 涙目になりながらお願いします、助けて下さい死んでしまいます肉体の前に精神が!! そう言っていると、フードさんが頭をなでながらこう言ってくれた。

 

 「ですので、あなたのお願いを三つかなえてあげます。

さすがにあなたをあそこに送るのは、私も酷いと思いますので」

 

 「おおおおおお……」

 

 感動の余り思わず声が出て、フードさんにすがり付きながら上を……目が合うとはずかしいので、下を見ながら言う。

 

 「罰なのに、願いを叶えてくれるのですか?」

 

 「ここは、実はマナの貯蔵庫を兼ねているのです。マナで魂を清めて、罪を洗い流して転生してもらうのですが、あなたの魂はマナを貯め込みすぎて転生させられません。ですから、願いを叶えてマナを抜きます」

 

 ふはははは。では、考えるまでも無いですな。

 

 「きお「記憶を消すのはダメですよ。あなたの罰なのですから」

 

 「…………………はい」

 

 ちくせう、考えろ、考えるんだ俺の脳みそよ!

 

 「…………質問、使いこなすのに時間のかかるお願いなら?」

 

 フードさんが考えながら、う~んと言っている。段々慣れてきたから、普通に見る事が出来るようになってきたかな?

 

 顔は見れないけどな!

 

 「ここで訓練です。何を想定してるのか知らないですが、使いこなせるまではここに居て良いですよ」

 

 ふむふむ。魂よ、もっともっと考えるのだ。使いこなすのに難しいお願い、お願いを!!

 

 「質問、お願いに付随する変化は? 例えば、吸血鬼の不老不死や人狼の変身とか」

 

 フードさんは怪訝そうな雰囲気を出しつつ、小首をかしげている。

 

 「ありですけど、吸血鬼になって太陽に当たって灰になるとかは出来ませんよ?」

 

 さすがに罰を受けに行くのに、その発想は無かったよ。

 

 「決まりました。一つ目は永遠神剣を下さい。永遠神剣第一位・”宿命”が欲しいです」

 

 そう言った瞬間、空間からブザーの音が鳴り響いた。

 

 フードさんが頭を軽く叩いて来た。

 

 「使いこなすのが難しすぎるお願いなので、ダメだって言ってます。

 ペナルティーで完全制御可能を強制的に取ってもらいます、この二つは変更出来ませんよ」

 

 …………は!? いや、え……叶うのか。

 

 驚きに硬直していると、フードさんがどうしました? そう言いつつ、首をかしげている。

 

 「いや……ま、まあ良いや。最後のお願いは姿と名前を今変えて下さい。

かっこいい感じにお願いします。名前は……(つかさ)で良いかな? 良くゲームで名乗ってましたから」

 

 こくこく肯きながら、小首をかしげているフードさん

 

 「今は魂の状態で、身体は与えます。

私は良いのですが、お願いが一つ無駄になってしまいますよ?」

 

 そう言われて改めて自分を観察してみると、なにやら白いモヤモヤな感じだったことに気が付いた。そうか、今まで身体が無かったんだ。

 

 「全部でセットでのお願いなので、これで良いんです。まさか叶うとは思いませんでした」

 

 フードさんは微笑みながらこちらを見ているような気がする。

 

 「一応、お詫びも含めているんですよ。罰は罰なんですが、お詫びはお詫びです。

神様にはナイショにしておいてくださいね」

 

 そんな事を話している内に身体が出来たのか、フードさんの目線が変わって俺を見上げている感じになっていた。

 

 「願いが叶いました。転生の手順に入りますね」

 

 その瞬間に空間に大穴が開いて、長柄の斧を持った長髪のイケメンと、その隣で宙を浮いていて何か光ってる……指輪? がこちらに向かって来たのだが、雰囲気が何やら剣呑だ。

 

 そして、それを見た俺は生き返る寸前に、自分が死ぬ事を覚悟するのだった。

 

 

 

 

 

 



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プロローグ2

 「宿命、ここで最後か? まさかこんな辺鄙な分枝世界で、こんな技術が出来上がっているとは思わなかった。潰して早く姉さんの所に帰ろう」

 

 そう言ってこちらに鋭い視線を向けるイケメンが一人。この白い空間自体が軋みを上げてすさまじい音を出している所に、無造作に長柄の斧を振り下ろしてきた。

 

 「待ってくださいトークォ、この二人には利用価値があります」

 

 何処から声を出しているのか分からないが、頭の中に直接染み込むような声? で指輪が言うと、振り下した長柄の斧が目の前で止まった。

 

 ***

 

 これまでの経緯を話すとイケメンは胡散臭そうにこちらを見つめ、指輪は興味深そうに話を聞いていた。

 

 「緊急事態だった為に、分枝世界を潰してしまったのは勿体無かったかも知れません。上位永遠神剣との契約に外部から介入する技術など聞いた事がありませんし、この女はそれを知る最後の手がかりです」

 

 指輪がそう言って空中に留まっているが、イケメンはそれを聞いて静かにたたずんでいる。

 何か考えながらイケメンはフードさんを見つめ、俺はその前に立った。

 

 どうやったって勝ち目はないけど、怖いけどフードさんを守るために前にでる。

 

 「……こっちの男は? バカな望みのために世界を一つ潰すとは、テムオリンあたりなら喜びそうだがな」

 

 イケメンはにこちらを見つめている、ああ、俺に価値を見出していないのか。

 俺だって、こんな事になるとは思わなかったよ。

 

 「ほぼ全ての点でミューギィより劣っていますが、ただ一つシンクロ率で優っています。

 歴代の契約者の中で彼が最上位ですね……。カオス・エターナルが”聖賢者”ユウトと”永遠”のアセリアと言う戦力を手に入れて、テムオリンは”統べし聖剣”のシュンを手に入れました。不穏な状況です。戦力の拡充に彼を使うべきです」

 

 イケメンが俺とフードさんを見ながら、渋々了承したみたいだった。

 

 「分かった、しかし上位永遠神剣が二振りだぞ。テムオリンなら三位の神剣を集めていた筈だが、今の時点でバレるのは不味い。どうするつもりだ宿命」

 

 「見ていれば分かりますよ、トークォ。たしか名前は司で良いのでしたね。今から少しあなたの記憶をサルベージします、そのまま立っていてください」

 

 そう言って空中に留まっている指輪、宿命を見ているのだが一向に始まらない。

 何かしているのだろうか? 全然分からないのだけど。

 

 そう思って立っていると、イケメンは驚いている様だった。

 

 「何ともないのか。上位永遠神剣に精神支配をかけられているのに」

 

 は? ……なんかすごい事言われてるんですが!?

 

 「……シンクロ率が高すぎて精神に介入出来ません。こんな人間初めて見ました。

司、望みを言って下さい。私との契約は出来ませんが、あなた用の永遠神剣を今から作ります」

 

 永遠神剣ってそんなにすぐに作れるなんて話は聞いた事無がいのだけど、指輪――宿命を見ながら必死に考える。

 

 いくら強くて時間がかかりそうだからって、ロウ・エターナルのトップの持っている永遠神剣と契約しようなどと軽く考えなければ良かった。まさかエターナルがこの世界に本当にいるとは思わなかったんだよ!

 

 「あの、色々疑問に思うことがあるんですけど聞いても良いですか?」

 

 そんな事を思いながら、考える時間を稼ぐために指輪とイケメンに質問をする事にしたのだった。

 

 ***

 

 「自己紹介ですか? 私は司に呼び出されたのですが……。私は、永遠神剣第一位・”宿命”です。今の契約者はミューギィ、私はあなたと契約する気はありませんよ?」

 

 そんなに警戒しないでも、無理矢理契約なんてしないし出来ません。

 あなたの方が圧倒的に立場が上なんですから。

 

 「僕もか。僕はトークォ、”虚空の拡散”トークォ。契約している神剣は永遠神剣第二位・”虚空”だ。カオス・エターナルからの攻撃かと思ったが、まさかこんな間抜けな理由だとは思わなかったよ」

 

 うう、すみません。俺だってこんなことになるとは思わなかったのです。

 

 「私は……」

 

 とフードさん。少し考えた後こう言った。

 

 「名前はありません。人間達には女神様とか神様とか呼ばれていましたが、あくまで転生のシステムを管理運営するだけの存在でしかないのです。宿命さんは技術を持っているだろうと考えているようですが、今は全てのシステムにアクセス出来ません」

 

 宿命はフードさんに話を聞いて、残念そうにしていた。

 

 「厳重に隠された領域だったから何か大切な物でも仕舞ってあると思ったのだけど、マナを保管する為の金庫だったのね。で、そこに誤って司が仕舞い込まれてあなたが探しに来ている時に色々あって、ここ以外の分枝世界はマナに帰った、と」

 

 宿命がフードさんの方にゆっくりと漂って行く。ただし、視線のようなものを俺に向けている様だ。これ、見透かされてるよな。

 

 「あなた、ここを出たら消滅するけど何か出来る事はある? 司は役に立ちそうだから貰っておいてあげるけど、私は名前も無いお人形に興味は無いの。なければ……」

 

 「宿命、俺の望みは彼女を助けることだ。そうすればロウ・エターナルに成る」

 

 宿命がこちらに近づいて来る。殺気というのだろうか、全身から冷や汗がふき出してきて、その場に石になったように硬直する。言葉を一つでも間違ったら殺されるだろう。

 

 「良いの? さっき覗いた時には、このまま消える事を望んでいたのに。あなたは有用そうだけど、逆らったり言う事を聞かなかったりしたら困るの。それを理解しているなら望みを叶えてあげる」

 

 宿命は機嫌良さそうに俺の前を漂っている。どうやら俺は戦力的に結構有望らしい。

 

 「彼女に名前を付けなさい、それをもって契約は完了する。そして、これを手に取りなさい」

 

 今、この瞬間に作り出したのだろうか。空中に浮かんでいる物は、一つは黄金に輝く杯。そして、もう一つは漆黒の大剣?

 

 「あなたを覗いた時に、私と似たような権能を持った伝説があったからそれを真似たの。永遠神剣第二位・”聖杯”」

 

 フードさんも自分に与えられたらしい漆黒の大剣を手に取って、興味深そうに見つめているみたいだ。

 

 「この子が、私の名前は永遠神剣第三位・”絶炎”だって言ってます」

 

 フードさんの契約に満足したのか、機嫌良さそうに宿命が俺の目の前に浮かび上がって来た。

 

 「絶炎も彼女を認めたみたいよ。それで、彼女の名前は?」

 

 俺は目を閉じた後、少し考えてからゆっくりとここにいる全員を見た。

 

 「彼女の名前は、美夜(みや)です」

 

 そして俺も美夜に続いて黄金の杯を手に取ると、白く輝くエンジェルハイロゥと背中から宙に浮いている、同じく白く輝くウイングハイロゥが顕現した。

 空中に独立して浮いている特徴的な翼はブルー・スピリットの持つ物で、少なくとも人間が持っている物じゃない。

 驚きつつもぎこちなく翼を動かしていると、フードさんもローブを脱いで身体を見ながら戸惑っている様だった。

 

 ふくらはぎくらいまである、艶のある長く美しい濃い藍色の髪と、真紅の瞳と白い肌。

 

 優しそうと言うか、儚い様な雰囲気の物凄い美少女で、身に着けている服は黒い膝丈のドレスのような服と甲冑が組み合わさったような感じのドレスアーマーで、胸元にはワンポイントで赤いネクタイを締めている。

 そして、頭に黒いナースキャップの様な帽子を身に着けており、その上で黒く輝くエンジェルハイロゥと黒く輝くウイングハイロゥが背中から宙に浮かんでいるのだ。

 後、おっぱい大きい。

 

 宿命は俺たちが戸惑っているのを見ながら、機嫌良さそうにクスクス笑っている様だった。

 

 「エンジェルハイロゥとウイングハイロゥはサービスよ。司の記憶を覗いたらISの世界に行くみたいだし、飛べる手段は必要でしょ? それと直ぐに行くのではなく、ここで修業をしていきなさい。

 それと、教師役にはトークォに頼みましょう。この場所は見つかりにくくてマナが豊富だし、元の場所より安全みたいね。ミューギィもここに連れてきましょう。トークォ?」

 

 トークォの方を見ると、ずっと涼しげな顔をしていたはずなのに、美夜を見て愕然とした表情を浮かべていた。

 俺はトークォの表情を見ながら、不安を押し殺してこれからの先行きについて思いを馳せる。

 

 バカな理由で死んで、バカな理由で世界を滅ぼし、そして、長い長い旅に出ることになった。

 

 バカな俺こと”聖杯”の司と、こんな俺に優しくしてくれたばっかりに、とてつもない苦労をかけることになった”絶炎”の美夜との、これが最初の出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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旅立ち

 蒼い鋼のように見えるメルクアで出来た刃が、文字通り目にも止まらないスピードこちらに向かっているのを時詠みと因果律操作の能力を使って察知している俺は、時間と可能性の糸を辿って回避を試みる。

 

 十の内の七の選択肢では、直撃して腕が飛ばされる。”聖緑”を持ってるとはいえ、その時点でマナの霧に帰ってもおかしくはない。

 

 十の内の二の選択肢では、攻撃が掠った衝撃で地面に叩きつけられる。

 

 十の内の一の選択肢では、回避が辛うじて成功するが、体勢を整えきれなくて追撃を避けられない。

 

 ならば十一番目の選択肢を取る。

 

 時間が足りないので、その時間を圧縮する事で自分の相対時間を増やして、回避と同時にウイングハイロゥで全力で離脱を試みる。

 

 成功。だが手に持った”聖緑”は支援系の機能が高い永遠神剣で、先生へ攻撃するのも先生の攻撃を受けるのも、そのまま使うのでは少々力不足だ。

 

 何しろ物理攻撃は空間に溶け込む事で完全に回避した上で、攻撃は空間ごと対象を切り裂くのが”虚空”の能力で、それをどうにかする為には、こちらも永遠神剣を使って対応するしかない。

 

 ――情報干渉系の能力を使って、先生のログ領域に干渉。

 

 永遠神剣の空間制御能力に干渉して、先生の”虚空”を受け止める事は事象を書き換える事で可能となったが、それでも元々の地力の差が出た。

 

 一合、二合、三合、四合……。

 

 時詠みによる先読みと時間圧縮と因果律の書き換え、それとウイングハイロゥによる三次元機動能力を駆使してすら、長柄の斧型永遠神剣”虚空”を駆使する先生の身体へ、俺の使う槍型永遠神剣である”聖緑”の刃が届かない。

 

 「くそ!」

 

 「勝てると思って攻撃が雑になっているぞ。司」

 

 そう呟きながら空間に溶け込んだ先生が、”虚空”を向こう側で振り抜いたのは時詠みの力で見えたのだが、完全に初見だった為に対応が致命的になるまで遅れた。

 短距離の空間転移と同時に時空を向こうから揺らす事による衝撃波らしきものが飛んで来たのは分かるのだが、その規模は津波が目の前に突然現れたのに等しかったのだ。

 

 結果、俺は時空震らしきものに巻き込まれて血反吐をまき散らしながら吹き飛んで床ペロしたところで、今日の訓練は終わったらしい。

 俺と先生の戦いを見ていた美夜が、俺の方に近寄ってくる気配を感じた。

 

 「司、生きてる?」

 

 「無理。死んでる」

 

 口ではそう言ったし今は身体は動かないが、強力な再生能力を持つ”聖緑”は俺の身体を癒し続け、十秒もしない内に完全に治療を終えたが、それを見て美夜が手を差し伸べてくれたので手を握りながら立ち上がっていると、丁度先生も通常空間に戻って来たところなので、自然と今の訓練の内容を話すようになった。

 

 「しかし、これは僕の切り札だったんだけどな。一周期も経たないで、司は遂にこの技を引きずり出すところまで出来るようになったか」

 

 「いや、マトモに食らって敵の前で寝てるのはダメでしょ。実戦だったら俺は消滅してますよ」(マナの霧に帰ってますよ)

 

 「だけど、遠距離攻撃が無いとされる”虚空の拡散”トークォからそれを出させる位には、僕に危機感を覚えさせる事が出来ただろ? それは喜ぶところだと思うんだけどな。それに司の本来の戦い方からすると、これは余技みたいなものだろ」

 

 「そりゃあ空間転移を近接戦闘に応用し尽くしていて、遠距離攻撃が必要無いって言われてる先生が遠距離攻撃の初見殺しをして来るとな……。

 見えてたし読めてたけど、身体が追い付かなかった」

 

 そう言いながら先生が俺の左中指に身に着けている指輪を見ていたので、俺は”聖緑”を消して、代わりに黄金の杯型永遠神剣である”聖杯”を出した。

 

 「まあ、これを持って近接戦闘は無理ですから。俺って本来は完全後衛型なのを、能力を開発して無理矢理適応させてるだけなんで……って、負け惜しみを言う位には悔しいんですけどね」

 

 俺がそう言うのを、二人そろって苦笑しているのを見ながら少し先生に対して距離を取ると、美夜も俺に続いて先生に距離を取り、整列した後で挨拶をする。

 

 「「ありがとうございました」」

 

 それを聞いた先生も肯いて、それから三人で並んで家の方に歩いてゆく。

 

 明るい星空の下に地面には柔らかい草が生い茂り、遠くを見れば青い直方体の巨大な岩が宙を浮き、その間を澄んだ水が流れて木々が生い茂り生命の息吹を感じられる場所。

 ここが大昔は何もないただの白い空間だったって事は、あの当時からここに居る四人以外には信じられないことだと思う。

 この空間作るのに”宿命”以外の三人でいろいろ苦労したことも、懐かしくてほんの少し笑顔になる。

 

 感慨深げに周りを見渡す。

 

 ――旅立ちの時は、すぐそこまで迫っていた。

 

 ***

 

 「司、さっきの続きなんだが、どこまで”聖杯”を使えるようになった?」

 

 お茶の用意が終わって雑談をしながら三人でくつろいでいた時に、唐突に先生にそう言われた。少し考えながら、ぽつぽつと答える。

 

 「そうですね……。修業しながら覚えたのって、修行時間が欲しかったから真っ先に覚えた時間干渉系の時読みと時逆、”聖杯”の願いを叶えると言う能力を戦闘に特化させた因果律操作、先生の攻撃を防ぐ為のログ領域に干渉して戦う情報干渉系、後は”宿命”から貰った戦闘記録から、永遠神剣を再現する法の迷宮ですかね? それとは別に、美夜からは分割思考を教えてもらいました。使いこなせれば大分強いはずです」

 

 因みに法の迷宮と言うのは、某赤い弓兵さんのUnlimited Blade Worksのパクリだ。

 視認した武器をや防具を複製する能力、複製した武具を改造する能力、使い手の経験を複製する能力を”聖杯”を使って、俺が死ぬほど苦労して再現したのだ。

 

 武器や防具の再現とは言っても、仮想敵がエターナルであるからには上位永遠神剣でもないと、相手にかすり傷すら付けるのは難しい。

 しかも永遠神剣を複製しても精神は宿らないので、本物の神剣よりは劣ってしまうし、”聖杯”よりも上の『位』の永遠神剣は複製出来ないと言う欠点もあるが、契約している神剣が黄金の杯である俺にとっては、無くてはならない能力である。

 

 ……能力が完成した後に、片手がふさがるのが不便だと思っていた”聖杯”を”宿命”を模した指輪型に改造したのだが、その後この分枝世界に俺の使える武器型永遠神剣が二本(虚空と絶炎)しか存在していない事に気がついて落ち込んでいたら、不憫に思ったらしい”宿命”が、印象に残っている永遠神剣の情報を直接頭に転送してくれたのだが。

 

 おかげで使える永遠神剣が、今の段階では色々な種類を合わせて二十一も存在するのだ。本家の赤い弓兵さんに比べたら泣けるほど少ない数だが、全て第三位以上の上位永遠神剣なので破壊力では本家以上だとは思う。

 

 後は同じく”聖杯”で開発した因果律操作や時間操作と元女神である美夜から教えてもらった分割思考、それと元から”聖杯”に備わっていた情報干渉系と言う、ログ領域と名付けられているアカシック・レコードや根源を操作して、現実を書き換える力と願いを叶える力が使えるが、俺は願いを叶えると言う能力に関しては慎重に使う事を心がけて来た。

 

 何しろ”宿命”の契約者であり、先生の姉でもあるミューギィさんも”聖杯”のオリジナルと言える”宿命”を使って同じ事が出来ていたのだが、願いを叶えると言う能力に振り回された挙句、「いやだ」と思ったせいで自身の生まれた時間樹を消滅させてしまったらしいのだ。

 

 それで”宿命”に願って自分の心を壊してしまって以後、”宿命”と先生とで心が壊れたミューギィさんを守っているらしい。こんな話を聞いていれば、”聖杯”を使う事には慎重にならざるを得ない。

 まあ”宿命”曰く、シンクロ率の違いからミューギィさんと違って事故が起こる事など無いので好きに使えば良いとは言われているのだが、俺は間違っても周辺にある分枝世界や、ましてや時間樹なんて消滅させたくない。だから、法の迷宮の能力を作り出して、自衛の為の永遠神剣での戦い方を学んだのだ。

 俺は制御をミスった挙句、自分にとって大切なものを敵対者ごと消すとか言う笑えない事態に陥りたくない。

 

 「確かに使いこなせれば強いだろうな。…………司、美夜、お前らがここに引きこもって現地時間でそろそろ五百年になるけど、司の使う時逆の精度を考えると、いい加減出発しないと美夜と約束した分枝世界ににたどり着けなくなるぞ?」

 

 先生の言う事はもっともなのだが、ここの居心地が良過ぎるので一応抵抗を試みてみる。ぶっちゃけると、コミュ障は知らない人が多い所には行きたくないのだ。

 

 「今まで一度も、まともにトークォ先生に勝った事が無いんですよ? それでここでの修業が終わりって言われても……。一周期くらい修行時間延長したいです」

 

 「司が先生の前に名前を付ける時は、後ろめたい事がある時か文句がある時だけ。今の話の流れから、後ろめたい事があるんでしょう? ボッチ大好きでコミュ障なのは、ここじゃ治らないよ?」

 

 「……美夜が俺を理解してくれるのは嬉しいけど、そこは修業が足りないよね。って言って欲しかった」

 

 俺と先生の話しているのを聞いていて美夜も会話に入って来たのだが、完全に美夜は俺の心情を理解しているようだった。ジト目で美夜の方を見れば、困った様にしながらも俺の方を見ているし。

 

 「獅子は千尋の谷から我が子を突き落とすって言うでしょ? 私も付いて行くし、現地時間で長くても百年くらいだよ。引きこもっていたから時逆のタイムパラドックスも無いし、残りの四百年は色々修業しながら旅してまわろう?」

 

 「僕もそれが良いと思う。今日の訓練の結果を見ても、いい加減ひとり立ちしても大丈夫だろう。これ以上は実践しないと感覚がつかめない事も多いからな」

 

 俺は、先生と美夜がそう言っているのを聞いて腹を括った。

 その約束は美夜の事をフードさんと呼んでいた頃から決まっていると思っていた事だし、俺にとっても美夜と初めてした大切な約束だと思っているので、そう言われると抵抗なんて出来ないのだ。

 

 「そうだな。大事な約束だし、お願いを叶えて貰ったらISの世界に行く事になってたからな。美夜も一緒に来てくれるし、一人で行くより全然マシだ。……女の子が沢山いる学園に入るとか、本音としては全力で回避したいけど」

 

 そんな事を言っている不甲斐ない生徒を見て先生は苦笑いをしているし、美夜は暢気にがんばろうと言っている。そして俺もため息をつきながら、これからの事を思ってお茶を飲むのであった。

 

 ***

 

 旅立ちの日。渡りを行うための準備をしていると、先生と久々に見た”宿命”がふよふよと浮かんでいた。

 

 「先生、今までありがとうございました。”宿命”、永遠神剣の情報とか、マナを分割して神剣のコピーをここに保管しておいてくれてありがとうな。後は、ここ以外にも分割先を増やしておけば、俺たちも完全消滅する可能性はほぼ無くなるんだろう?」

 

 ”宿命”も俺と美夜の近くに寄って来て、別れを惜しんでくれている様だった。

 

 「あなたと美夜は、私の作った神剣を持ってるのだから私の下僕みたいなものでしょ? 下僕の面倒くらい見るわよ。まあ、がんばりなさいな。あなたがたかが人間の女におたおたするのを、想像すると楽しいし」

 

 そんな感じに憎まれ口をたたいて来るが、身内には大分優しいと言う事は今までの付き合いで分かっている。指摘するとおしおきされるので、俺も憎まれ口を叩くようにしているのだが。

 

 「”宿命”は相変わらずだな。美夜に本気で怒られない程度に、精々女慣れ出来る様に努力して来るよ」

 

 「ええ、精々がんばって来なさい。……それと、最後に写真でも撮りましょう。適当な分枝世界から撮影機材を貰って来たから使ってみたかったのよ。現地時間で一万年くらい持つって言われてるみたいだし、いい記念になるしね」

 

 そういって撮った写真には、明るい星空をバックに直方体の青い岩が宙を浮き、そこから流れる水が七色の虹を作って、そして柔らかそうな草原の中に唐突に巨木が生えているという変な背景をの中で、神剣をそれぞれ持った三人と、小さく宙に浮かんだ指輪が写っていると言う変な写真が出来上がった。

因みに立体映像でも見る事が出来て、VRなんて目じゃない仕上がりになっていた。

 

 そして俺と美夜は渡りを行った。目指すはISの世界。久々に三人以外の人間に会うので、俺は今から緊張していたが、まあ、美夜がいるから平気だろうと考えていた。

 

 ……この時点で、ではあるが。

 

 俺のような筋金入りのコミュ障が、肉食系の多いISの世界に素直に溶け込める訳はなく、”宿命”がこっちを指さして爆笑するような事態に巻き込まれるのであった。

 

 

 

 

 

 




 交信の世界

 元々、司と美夜が所属していた分枝世界の一つ。
 ここの世界のクリエイター達が描く世界は、高い確率で他の分枝世界の事を描いている事が多く、実在しているものがかなりある。
 トークォと”宿命”によって分枝世界を砕かれ、その情報の多くが消えたが、時間樹のルートマップは今も美夜が保管している。

 時間樹

 エターナルが認識する宇宙である上位宇宙、神剣宇宙(マナ・ナル)に無数に存在している樹で、その中に内包しているマナによって、枝に当たる無数の分枝世界を抱えている。
 (なお、ISの世界も時間樹が抱えている分枝世界の一つである)

 ログ領域

 簡単な説明をすると、アカシック・レコードの事。

 永遠神剣第一位・”宿命”は概念破壊の能力を持ち、想像力によってこの記述を壊す事で現実世界に作用させる事が出来ます。この攻撃に対して、ありとあらゆる防御は意味を持ちません。
 (願いを叶えると言う事は、直接マナを操作してログに新しい記述を付け加える事なので、別扱いとします。)
 ”宿命”によって作り出された、永遠神剣第二位・”聖杯”と永遠神剣第三位・”絶炎”も出力の違いはありますが同じ概念破壊が可能で、その上でシンクロ率の高さ故に、司はログ領域の記述の書き換えも出来ます。こんな事は”聖杯”を作り出した”宿命”にも不可能な事です。

 周期

 エターナルが使う唯一の時間の単位。大体一周期は、約千年から二千年の間くらいだと言われている。

 渡り

 神剣宇宙と時間樹、分枝世界を自由に行き来するエターナルの能力。
 『渡り』を実行するときは、一度もとの世界で物理的に構成されているものを捨て、概念的な存在になります。その後、次の世界の物理法則に基づき、物理的実体化を行います。
 ただし『門』によってはその一連の流れを自動的に処理してくれるものもあります。そういった門が一般化している神剣宇宙では交易に利用しているところもある。
 また、再実体化を利用し、自らの位置情報を書き換えて実体化することにより、瞬間移動が可能なエターナルも存在する。







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入学準備と致命的な失敗

 ISの世界にやって来てログ領域を操作して、生活環境を整えるのに大体1ヶ月近くかかった。

 文明の度合いが低ければどうとでも誤魔化せるのだが、高いと戸籍とかの問題で意外と大変らしい。まあ、ログ領域を操作出来る俺には関係のない話なのだが。

 お金は貴金属を”聖杯”で作り出して売っても良いし、紙幣だって作り出した直後だとニセ札になってしまうが、ログを操作してしまえば普通に使える。後は住む場所なのだが、ホテルに泊まっていれば良いので案外気楽だ。

 ただ、人の記憶を操作して整合性を取るのは物凄く大変なので、俺と美夜は施設出身者と言う事にした。

 苗字は二人共聖と言う事にして、肉親は全員死亡したことにする。後は有名にならなければ多分大丈夫だとは思うのだが、IS学園自体のネームバリューがすさまじいのでそこだけが心配だ。

 

 ***

 

 生活する為の基盤が大体整った次の日に、俺と美夜は都心部にやってきた。俺も美夜も行動が完全に田舎から出て来た観光客になっていて、ここで暮らしている人にとっては特に珍しくもないものを見ては一々感動していた。

 なにしろ約五百年の間に顔を合わせて生活していた人物が、美夜と先生(トークォ)だけなのである。指輪型永遠神剣の”宿命”を入れたとしても、俺を含めてたったの四人。限界集落も真っ青な田舎に住んでいたのだから、見るもの全てが面白いのだ。

 

 そんな田舎者の俺と美夜は地図を手に持って、その辺で買ったクレープを食べながらウインドウショッピングをして楽しんでいたのだが、そこに三点セット(地図・クレープ・不安げな表情)を装備した、原作キャラであるセシリア・オルコットと偶然遭遇してしまった。

 

 俺は当然即座に回れ右をして、別の場所に行こうとしたのが美夜に捕まった。

 

 美夜が目が行けと言っているが、俺にとっては逝けだ。分枝世界は多種多様なので、女尊男卑の世界でも許容出来るようになっていたが、いくら隣に美夜がいても高い服を着た美人の女の子に声をかけるのは、俺にとってはレベルが高いのだ。

 

 それと、容姿の問題もある。一言で言うと俺の容姿は白い。アルビノなのだ。しかも高身長だ。こんなのがいきなり出てきたら怖いに決まっている。

 しかし前に美夜に聞いたのだが、交信の世界で最初に美夜に容姿の変更をお願いをした時と、今の容姿は全然違っていたらしい。ついでに言うと、美夜の容姿も変わったと言っていた。

 それについて”宿命”に聞いたら、美男美女だしセットで良い感じでしょうとか言っていた。

 セットという言葉が密かに嬉しかったが、エターナルは永劫不変なのである。消滅するまで(マナの霧に帰るまで)容姿が変わらないのに遊ばないで欲しい。

 

 ……まあ、俺も美夜も”宿命”が直接デザインしただけあって、ちょっと人間離れしてるくらい美形に仕上がっているので文句も言いづらいのだが。

 

 それと美夜の戦闘服(ドレスアーマー)は、永遠神剣の出し入れの時に自動で切り替わるのだが、俺用の戦闘服も同じ設定になっていた。

 ただし、色が白くて赤くて銀色だ。白いコートに赤い縁取り、そして銀の部分鎧と結構派手だ。最初は恥ずかしかったが、約五百年でもう慣れたが。

 

 ……現実逃避が長くなってしまった。

 

 ゆ、勇気を出しては、話しかけるぞ。

 

 セシリアside

 

 今日ウインドウショッピングをしていたら、道に迷ってしまいました。だから日本はゴミゴミしていて嫌いですわ。

 困っていたらアルビノの男性が話しかけてきたので、ナンパと思って強く言ってしまったら途中で儚げな方が仲介して下さいました。

 

 何でも男性の方がコミュ障?? とか言う病気らしくて、病状は簡単に言うと女性が苦手で人見知りが激しいのだそうです。

 それが本当に病気なのか疑問なのですが、それを克服させる為に、困っていそうなわたくしに声をかけさせたのだそうです。

 人をだしにしてそんな事をしないで欲しかったのですが、男性の方があんまり女性の方を恨みがましく見ていたので、途中でおかしくなってしまって笑ってしまいました。

 

 男性の方は聖司(ひじりつかさ)さん。女性の方は聖美夜(ひじりみや)さんとおっしゃって、同じ施設で育ったそうです。

 IS学園に入学する為に、施設からこちらに引っ越して来る予定との事。美夜さんがこんな無茶な事をしている理由が分かってしまいました。

 

 ISを搭乗出来る男性が現れたと聞いて少しイライラしていましたが、司さん自体は温厚な方で、乗れると分かって入学する事が決まってしまった以上は、自分で搭乗出来る技術者を目指すと言っていました。

 それよりも女性ばっかりの学園に通う事を考えると胃が痛いとおっしゃっていましたが、大丈夫でしょうか?

 わたくしが守ってさしあげますと言ったら、お願いしますと頭を下げていました。本当に苦手なんですね。

 偶然、明日は三人とも入学試験ですので、一緒に行く事にしました。

 日本に来てイライラする事ばかりでしたが、良いお友達が出来たと思うと少しだけ気持ちが楽になったように思います。

 

 ***

 

 入学試験の日に三人でやってきました。

 

 私はイギリス代表候補性なので試験が非公開だったのですが、司さんも美夜さんも嫌な顔ひとつせずに、だったらオルコットさんの入学は確実だねと言ってくれました。

 二人が応援していてくれると思うと、いつもより上手く乗れて教官を倒すことが出来ました!! ブリーフィングルームで待っていて下さった司さんと美夜さんも喜んでくれて、わたくしも嬉しく思いました。

 

 わたくしの試験が終わった後、二人共国家代表候補生ではないので、量産機での試験と言う事なので見学する事が出来ました。

 美夜さんが両手剣一本だけ持って試合に臨もうとして首を傾げられていましたし、司さんも学園には槍もハルバードも無い事を聞いてがっかりしているのを見てしまって、悪いのですがくすくす笑ってしまいました。

 二人共、近接戦闘武器に拘り過ぎです。

 

 でも、本当にすごかったのはそれからでした。

 

 お二人の飛び方は本当に美しいものでした。まるで本物の翼があるよう自由自在に空を駆け、司さんはまるで相手の動きが全て分かっているかのように、ライフル一本で相手を完封してしまいました。

 それだけでも驚きなのですが、美夜さんは両手剣一本で真正面から勝負を挑み――そして、ブリュンヒルデに勝利してしまったのです。

 

 当然、大騒ぎになってしまって緘口令が敷かれる事となりました。

 お二人とも頭を抱えて、いつもの癖が……とか、手加減するの忘れてたとかおっしゃっていました。それが本当だとしたら、お二人の実力はあんなものでは無いと言う事なのでしょうか。

 

 そして、お二人に学ぶことが出来たのなら、わたくしはもっと強くなる事が出来るのでしょうか?

 

 …………ですから、俺たちが急にいなくなっても気にするなとか、私たちは何時までも友達だよ。とか、司さんも美夜さんも、不吉な事をおっしゃらないで下さい!!

 

 セシリアSide out

 

 ***

 

 入学試験でやらかした。

 

 基本、俺たちの訓練は永遠神剣を使っての殴り合いだ。神剣魔法も飛び交うし、オーラフォトンだって使う。

 俺が法の迷宮の能力を開発して、リスクとコストの少ない”聖緑(回復アイテム)”を作り出せるようになると、訓練なのに平然と手足が吹き飛ぶスパルタ仕様になったりしていたのだ。

 

 そこには最低限の手加減、死ななきゃ良いやしか存在しない。

 

 そのノリをこの学園に持ち込むのは非常に危険で自重するつもりだったのだが、試験の教官がかなり強かったから、つい訓練モードに入ってしまった。

 そして使っていた武器がIS用だったからこそ、勝った負けたの問題で終わったのだ。

 

 ロウ・エターナルは敵対者と戦い、分枝世界を砕いてマナを回収するのが本分だ。襲撃をかけられて本気になって、つい使い慣れた永遠神剣を……何て事をしてしまったら、マズい事になる。

 

 ISは絶対防御があるから大丈夫とか言われているが、触れた物質はどんなものでも破壊可能な能力とか、全ての気力を奪って人間を死に陥れる能力、全てを打ち砕く鉄槌、空間を切り裂く、竜巻と地震をおこす、概念攻撃、内部への直接攻撃、素粒子への分解など、IS何かでは防げない攻撃手段が、俺にも美夜にもそれこそ山のように存在するのだ。

 

 ……何が言いたいかと言えば、篠ノ之博士の対策を本気でする必要が出てきた。

 俺が戦った緑色の髪の女の人やブリュンヒルデが強かったからこそ、俺も美夜も勝ってしまったのだが、その事で身内の面子を潰されたと思った天災が何を仕掛けてくるか想像がつかないのが恐ろしい。

 

 俺と美夜ならどうとでもなるが、篠ノ之博士が切れて友人のオルコットさんを狙いだしたら、俺は確実に篠ノ之博士を殺ってしまう。

 

 俺たちは別に、この分枝世界に対して攻撃を仕掛けたい訳じゃない。先生は良い顔はしないだろうがここではカオス・エターナル流である、この世界に対する事は、この世界の人々自身のものと言う言葉を守って、平穏無事で過ごすつもりだったのだ。

 それを学園入学前に盛大破ってしまった事で、合格通知書が来て本来なら喜ぶべき所なのに、今一つ喜べないでいる事に俺と美夜はため息をつくのであった。

 

 

 

 

 

 

 




ISの小説を読み返しています、セシリアってこんな感じで良いのでしょうか?


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学園の始まりとそれぞれの思い

 教室の扉を抜けると、そこは女の子たちの園だった。

 

 2秒で(秘密の世界)に帰りたくなった。誰か助けて。

 

 ***

 

 教室は緊張に包まれていた。織斑一夏と聖司、男性が二人もいるからだ。背は俺の方が高かった為に、無言の圧力によって最前列と最後尾の席に分かれた。

 両隣はオルコットさんと美夜。

 オルコットさんは全方位に圧力をかけて牽制してくれているが、美夜は何もしないでノンビリしている。ロウ・エターナルは基本スパルタだからだ。

 

 SHRが始まり、山田先生が自己紹介をするように言っている。が、なかなか始まらない。

 織斑がとぼけた事を言って場が和む。そして織斑先生もやってくる。視線があっちにいって圧力が減る。頼むから、そのまま撒き餌になってくれ!!

 

 「次は聖司くん」

 

 「はい……」

 

 そして現実的には織斑が視線を独占してくれる訳でも無く、順番が回ってくれば俺に視線が集中する訳なのだが。

 全員が俺をガン見している状況は胃にくる。例外は美夜と織斑、そして心配そうなオルコットさんだけだ。

 

 「聖司です。将来はISエンジニアを目指しています。運がいい事に適性があったのでここに来れました。早いうちに技術を学べることに感謝しつつ、学業に励んで行きたいと思います。三年間よろしくお願いします」

 

 別に喧嘩をしに来たのではない、俺だってコミュ障は克服したいのだ。リップサービスも含めて無難に終わらせる。後、女性権利団体に喧嘩を売らないことをアピールする為に、エンジニアを目指すと言っておく。

 

 ……まあ、女の子が苦手なのにIS学園にやって来た事自体に意味があって、ISの事について学ぶのは俺にとっては二の次なのだが。

 ただ、俺も男なのでロボットとかパワードスーツみたいな物には結構興味がある。

 幸い法の迷宮で作ったものは改造も可能なので、その内IS用永遠神剣なんて言うのを開発して見ても面白いかもしれない。

 そんな事を考えながら自己紹介と言う大仕事を終えて席に着いたら、次の美夜が爆弾を放り込みやがった。

 

 「聖美夜です。司と苗字は同じですが、血がつながってる訳ではありません。ずっと一緒に住んでいて、お互いを理解しています。

 取り敢えずの目標は、卒業するまでに司の赤ちゃんを産んでいる事です。よろしくお願いします」

 

 ほぼ初対面でクラスのみんなが距離感を掴もうとしながら、お互いを見ている所だったのに、今の発言でクラス中の人間が凍り付いたように美夜の顔を凝視している。

 なにしろ、隣のクラスの声が聞こえているくらいだ。どう考えたってこの後面倒くさい事が起こるに決まっている。

 

 我に返った織斑先生と山田先生が、慌てて俺と美夜の方にやって来た。そして、強制的に生徒指導室に連行されるのであった。

 

 ***

 

 「で、どうしてあんな事を言ったんだ」

 

 生徒指導室で織斑先生に死ぬほど説教された後、解放されて教室に戻る。隣を歩いている美夜をジト目で見ているのだが、美夜はやり切った表情で楽しそうだった。

 

 「こっち(ISの世界)に来てから、司は私に頼り過ぎ。女の子苦手なのは分かってるし頼られるのも嬉しいけど、このままじゃ何の為に来たのか分からないよ。だから、強制的に司の事を引き離す事にしたんだ」

 

 自覚があるので答えに困る。それに心配でもあるのだ。

 

 「……そうだな、美夜の言うとおりだ。だけどあんなこと言って、虐めにあったらどうするんだよ。そんな場面を見たら、自分を抑えられる自信がない」

 

 想像するだけで嫌な絵面なので、顔を顰めながらため息をついたのだが、美夜はちょっと得意げな表情を浮かべていた。

 

 「セシリアに説明を頼んでいたから平気だよ。司が女の子が苦手な事とか、私がそれを直したいと考えてるとか説明してくれる予定だし。

 このままだと、私と司が同じ部屋で過ごす事になってたんだよ? そんなのダメだよ」

 

 ぐぬぬ……

 

 「あ、あと女の子苦手なのを克服させるのに、ちょっと強めにアピールすると良いんじゃないかって提案しておいてって、セシリアに頼んでおいたから。司、人気が出ると思うんだ」

 

 美夜が虐められなくて済むと思って安堵したが、別の意味で泣きたくなった。やっぱりロウ・エターナルはスパルタで、そして周囲は敵色になるらしい。

 

 ***

 

 美夜とそんな事を話しながら教室に近づくと、織斑と篠ノ之が廊下に出て何か話しているようだったが、こちらに気が付くと織斑が手を上げてこちらに近づいてきた。

 

 「よお、司。災難だったな。みんなキャーキャー言ってて、山田先生が大変そうだったぞ」

 

 「あー、あの先生押しに弱そうだしな。その場にいた唯一の男子だったんだから、こう、ビシッと言うとか」

 

 「いや、あの状況の中でそう言うのは無理。司には出来るのか?」

 

 「俺に出来る訳が無いだろ。だから織斑に言ってるんだ」

 

 本を読んでいて多少の偏見はあったのだが、織斑自身は第一印象としては割と付き合いやすい性格だと思った。

 だけど、俺はそれよりも気になる事を聞く。

 

 「で、オルコットさん説明してくれてたか? 美夜が俺に何も相談もしないであんな事言ったから、聞いてビックリしたよ。俺がこんなのだから悪いのだけど、美夜が心配だしな」

 

 「ああ、みんな説明を聞いた後に、またキャーキャーいってた。美夜みたいな友達を持って、司は幸せだな」

 

 「友達……。いや、まあ、大切な存在ではあるけどな」

 

 それを聞いて、俺は多分変な表情で曖昧に肯いた。

 ……織斑はこんな事をしてくれる人が、友達と言う一言で終わる存在だと思っているのだろうか? 少なくとも俺は、美夜の事を愛してると言えるのだけど。

 

 ただそうやって話している俺と織斑を見つめる篠ノ之の、酷く羨ましそうな表情が気になる。その目線と表情だけで、織斑に対する気持ちが何となく分かってしまった。織斑もあれだけ分かりやすいのだから、少し気にしてやれよと思う。

 まあ原作から考えて、ちょっと難易度高そうだとも思ったけど。

 

 ***

 

 授業を受ける。分枝世界間の技術、魔法、文化、社会の発展具合はまちまちで、そして分枝世界は無数に存在している。

 そんなものを覚えるのは現実的に不可能だが、”宿命”が参考にしたのが俺の記憶の中にあったFateの聖杯で、実際のものは原型など無くなってしまうほどの魔改造がほどこされたものだ。

 ただ便利な機能は残っていて、俺が勝手にサーヴァントシステムと呼んでいる機能のように、基礎知識や必要な知識はその分枝世界に入ると自動的に入って来る便利な能力はあるし、広く扱われている学問の知識なんかも、知ろうとすれば簡単に習得出来るようになっている。

 

 美夜にしても、元々は交信の世界の転生システムの管理運営をしていた女神なのだ。頭が悪いなどありえない。

 何故そんな事を考えているかと言えば、織斑は勉強が分からないからと先生に怒られているからだ。

 教科書読む為には必須である参考書を電話帳と間違えて捨てるのは論外にしても、あの参考書を前提条件とするこの学園の生徒のエリートっぷりと、全力疾走でチートをかましている俺が言うのも何だけど、織斑の場違いっぷりが酷い。

 ……酷いのだが、元々目指していたものが違うのだ。

 他の人が時間をかけて覚えたものを、一週間で覚えろと言うのはかわいそうだとは思うが、ISの世界の主人公の宿命だと思って、がんばれとしか言えない。

 

 織斑先生が、人は集団の中で生きていかないといけないと言っている。それすら放棄するならまず人であることを辞める事だなと、とんだ皮肉だ。

 俺は心の中で自嘲する。それを放棄した結果、俺は人間ではなくエターナルになった。

 美夜や先生や”宿命”と出会えたので、永劫不変の存在になったとしても俺は問題だとは思っていなかった。ただ、こうして人間に混じって生活すれば、その事を思い知る時が来るのだろうか? 授業を聞いて、その事が心に引っかかる。

 

 授業が終わってオルコットさんに話かける。周りの女の子が牽制しあって、休み時間になると変な緊張感が生れるのが少しキツイが、美夜とオルコットさんが気にかけてくれたからこその今の状況だ。

 周りの子にも少しづつ話しかける努力をしないと、それが無駄になってしまう。

 

 「オルコットさん、美夜に頼まれて説明してくれたんだって? ありがとう。ただ、単独だとまだキツイから、まずオルコットさんの友達を紹介してくれないかな? 美夜も一緒に行こう」

 

 そう言って俺は、みんなの輪の中に入っていった。

 

 ***

 

 箒side

 

 聖美夜の大胆すぎる言葉に場が騒然となった。聞いていた私も自然と頬が熱くなる。千冬さんが二人を連れ出した後も、きゃいきゃいと騒ぐ女子達に山田先生は手をこまねいているように見える。

 千冬さんもこんな事が起こるとは、想定していなかっただろうし。

 

 「みなさん、よろしいですか?」

 

 そう言って、一人の生徒が立ち上がった。たしか、セシリア・オルコット。

 

 一夏の他に、もう一人いた男性IS操縦者である聖司。それと、今の発言をした聖美夜と一緒に学園に来た人物で、両隣でSHRが始まるまで話していた人物だ。

 他の女子達も入りたそうにしていたが、あれは部外者が入れる雰囲気ではなかったな。

 

 そして自分の実体験を含めて、発言にどういった意図があったのかを説明した。ほぼ全ての女子が、私も迷子になればよかったと露骨に表情に出ている。

 正直、無茶苦茶だと思う。自分の評価とかを気にしないのか? 周りから爪弾きにされる可能性を考えなかったのか?

 

 ……きっと考えたうえで実行したのだろう。そして、オルコットが続いて言った言葉で、教室内が爆発的に賑やかになった。

 

 「荒療治になりますが、その……少しくらい過激にしていただけますか? と、おっしゃっておりましたわ」

 発言したオルコットも、そう言いながら少し頬を染めていた。

 

 周りの女子達がまたきゃいきゃい言い出して、山田先生が静かにさせようと努力をしているけど、無理じゃないかと思う。

 そして一連の行動の裏にある言葉など、一夏を除いてここの人間全てに伝わっただろう。

 

 この人は私のだ。絶対に奪われない自信がある、と。

 

 授業が終わって、休み時間に一夏を廊下に呼び出して話していると二人が戻ってきた。一夏と話しながらも、真っ先にオルコットが説明したかを聞いている。

 そして聖の表情には、(美夜)の事が心配だと書いてあった。

 

 次の休み時間にはオルコットに仲介を頼み、(美夜)を連れて積極的に女子と交流しようと動いていた。表情がこわばっていたり、反射的に一歩下がっていたりする。

 だが女子もそういった行動が、自分が嫌われているから出る行動ではないのを知っているから、むしろ積極的に動いている。

 何も知らない人間からはひどく滑稽で、格好の悪い行動に見えるだろう。だけど私には、神聖で尊い行動に見えた。

 

 私は、一夏に対して何をしているのだろう?

 

 勝手に嫉妬して勝手に怒って、そして勝手に落胆している。同じ幼馴染だというのに、あの二人とのあまりの違いに泣きたくなる。

 一夏が()ほど察しが良いとは思わない。ただ、今とは違うやり方があるのではないか?

 

 「聖美夜か……」

 

 今度、相談してみようかな?

 

 箒Side out

 

 ***

 

 セシリアside

 

 試験が終わって少しだけ空いた時間に、三人で遊びに行く事が多くなりました。相変わらず司さんは女性にビクビクしていて、少し頼りないかな? と思います。

 ただ、ほかの男性のように、無意味に威張ったり威圧的に振舞うなどの愚かなことをする心配がありません。大型犬、ラブラドール・レトリバーみたいで少し可愛らしいです。

 

 でも、美夜から聞いた過去の話は意外なものでした。

 

 「私が今でも生きているのは、司のおかげ」

 

 きっと司さんが美夜の事を颯爽と助けたのだと思いましたが、当時の司さんは今からは考えられないほど弱く、相手はとても強かったと。

 それでも勇気を持って美夜さんを庇い、震えながら必死になって助けてくれた。

 そして、今の私たちに繋がっていると、美夜さんは言っていました。

 

 お二人が強い絆で結ばれているのに納得して、今はいない両親の事を思いました。

 父は母の顔色をうかがうばかりの人だった。

 きっと婿養子だから引け目を感じていたのだろう。そんな父を見て育ったからこそのわたくしがある。

 

 司さんは確かに少々頼りないことが多いです。でも大切な人の為に努力して、今の自分を手に入れたのでしたら、それは本当に頼りない、情けない事なのでしょうか?

 本当はとても大切な事なのではないのかしら?

 

 「もっと知りたいな……」

 

 わたくしは、そう強く思いました。

 

 ほんの少しだけ胸が痛いと思いましたが、それを気のせいだと誤魔化しながら……。

 

 セシリアSide out

 

 

 

 

 

 

 




 秘密の世界

 交信の世界の金庫を改造した司たちのホームグラウンド。トークォの姉で、”宿命”の契約者のミューギィが眠っている。
 永遠神剣第二位の使い手の中でも最強クラスの”虚空の拡散”トークォが守りについている上に、敵意を持って近づくものに対しては、”宿命”が無条件に概念攻撃をする為に実質的に近づけるのは司と美夜だけである。
 それと”聖杯”と”絶炎”のマナを分割したコピーが設置されており、万が一消滅しても(マナの霧に帰っても)、ここで復活する事ができる。
 エターナルが永劫存在、永遠存在と呼ばれている所以である。









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月の光が落ちる夜に

 三時間目になって、織斑先生がクラス対抗戦に出る代表者を決めると言ってきた。

 正直、篠ノ之博士に狙われていると思われる俺たちは、これ以上目立ちたくないのだが現状はかなり厳しい。と言うか無理だ。

 それでも悪足掻きしたいので、どうにかして回避しようかと考えているけど、やっぱり織斑と俺の推薦がどかどかと降ってくる。

 それを見て俺は泣く泣く諦めたが、諦めきれなかった織斑は、無駄な抵抗をして織斑は先生に出席簿で殴られていた。

 

 それにしても、俺と美夜は痛くなければ覚えませぬと言うノリだったから今更何とも思わないが、織斑先生はあんなにポコポコ生徒を叩いて良いのだろうか?

 ……恐らく、ISは絶対防御で体にダメージが入らない安全に見える代物だとしても、万が一それを抜けた場合、痛みで動けないようだと話にならないから、あれで良いのだろう。多分。

 

 織斑先生と織斑のやり取りを見つつ、現実逃避気味に下らない事を考えているが、今の時点だと俺にだけ専用機が無いと言って断るのは不可能だしな。

 やっぱりどうにもならないと諦めの表情を浮かべて見ていると、オルコットさんがわたくしを自薦しますと言って立ち上がった。

 確かこの後、オルコットさんが織斑を煽って言い争いが始まるんだったっけ?

 酷いようなら中に入って止めるかと考えていたら、特に何も言わずにそのまま座ってしまった。

 

 ――この時点で、もう原作からの乖離が始まったか。

 

 俺と美夜が原作開始前にオルコットさんに出会った事で、未来が変わったらしい。

 俺はそれを確認た上で、時詠み(未来予知)でこの先の事を確認しようとして――……止めた。

 

 平安時代に生れて自分が死ぬその時すら未来視で視えてしまって、逃亡の旅を続けた結果エターナルになった事で、ようやく自分の未来を斬り開く事が出来たカオス・エターナルの一人、遠神剣第三位・”時詠”の使い手、”時詠み”のトキミも多分こんな気持ちだったのではないだろうか?

 未来を知る事が幸せに繋がるとは限らない。そう思ったからこそ、美夜がブリュンヒルデに勝った時点で時詠みを使わなかったのだ。

 

 ただ、オルコットさんが既定の線を外れてしまった場合はどうなるんだろう。

 

 …………どうにもならなかったら、最終的には力技(”聖杯”)で幸せになってもらおう。ただ、自分の未来を斬り開く事が出来るであろうオルコットさんからすれば、余計なお世話なのかもしれないけど。

 

 どこか、決意を秘めた表情をしているように見えるオルコットさんを見ながらそう思った。

 

 ***

 

 お昼時間になっても席に座っていて、お昼ご飯だと言われて始めて、ああ……って思って周りと一緒になって動き出すと、隣の席の美夜も同じ事を考えていたのか、きょとんとして、こっちを見て困った時の表情を微かに浮かべていた。

 エターナルは分枝世界にマナが存在していれば、飲んだり食べたりする必要は無いし排泄も新陳代謝も無い。

 (秘密の世界)では、お茶や軽食を集まった時につまんでいた程度だったので、こっちに来てまだ日が浅い俺たちは、こう言った事に戸惑う事が多い。

 

 「司、一緒に飯食いに行こうぜ」

 

 織斑と篠ノ之が、後ろにぞろぞろと女の子を引き連れてこっちに向かって来る。それを見ながら凄いなと思わずつぶやいたら、織斑もげんなりした様に凄いだろと苦笑いしていた。

 

 「休み時間ぶりだな。聖司だ。よろしくな織斑」

 

 「ああ。織斑一夏だ、一夏でいいぞ」

 

 「俺も司で」

 

 この程度のやり取りだったのに、後ろでキャアキャア女の子が言っているのに密かにドン引きしていたのはナイショだ。集団の女の子は何か怖いし。

 

 俺と一夏、美夜とオルコットさんと篠ノ之で食堂まで歩く。後ろを色々なクラスの女の子が付いて来て、カルガモの親子のようになっている。

 

 「これに慣れるのが先か、胃潰瘍になって入院するのが先かだな。入学初日でこれとか、この学園は俺を殺したいらしい」

 

 エターナルは病気になんかならないけど、精神攻撃だけで消滅しそうである。(マナの霧に帰りそうである。)

 

 「司は女子が苦手だって聞いたけど、そんなにダメなのか?」

 

 「別に女の子だけじゃなくて、程度の問題だけど男だって得意じゃないんだよ。昔から一緒にいる美夜とか、色々と気を使ってくれてて、時間をかけて慣らしてくれたオルコットさんとかは大丈夫なんだけどな。

 こう言い方が適当かどうかは分からないけど、一気に来られると正直怖い」

 

 ある程度の事は周りの子も覚悟していたのだろうけど、怖いと言う言葉が俺から出た事で神妙な面持ちになってしまったのを察して、周りで聞いている子に慌てて言い募る。

 

 「みんなが悪いんじゃなくて、コミュ障なのも女性恐怖症気味なのも俺のせいだから。

 あー、何て言ったらいいか……。俺はこんな感じなんで、出来ればゆっくり仲良くなっていければいいなって思ってる。みんなよろしく」

 

 朝にやった自己紹介が通り一辺倒なアピールだとしたら、これは俺自身から出て来た素直な気持ちだ。

 こういう集団生活の場である所にいるのも、生前から数えたら下手したら一周期くらいたっているかもしれなくて上手く気持ちを言葉に出来ないでいると、俺と一夏の後ろで三人で話していた美夜が隣に寄り添って手を握ってきた。

 

 「大丈夫、私が居るよ」

 

 「……そうだな。俺には美夜が居るな」

 

 そう言われて軽い深呼吸をすると落ち着いてきたので、手を握りながら美夜を見ていると思わずなのか、いいなーと言う声が何処からか聞こえて来た。

 

 「いいだろ、俺の自慢の彼女さんだ。ホント、お世話になってます」

 

 「ふふり。お世話してます」

 

 思わず出てしまった言葉に周りからどよめきが沸き起こるが、まあ、学園内で子作り宣言までした美夜にとっては今更の事ではあるし、周りに主張出来るので俺にとってもいい機会だと思う。

 それにエターナルとは言っても、俺にも美夜にも相手の心を視る能力なんて無いのだから、気持ちを言葉で表すのはとても大切な事だ。

 

 俺と美夜のやり取りを見て呆気に取られている一夏を促して食堂に行こうとすると、美夜は俺の頬に軽く唇を当ててから後ろの二人の方に戻る。

 一夏は勇者を見るような眼で俺を見てるし、後ろの三人は美夜を中心にしながら楽しそうに何かを話し始めているみたいだった。

 

 「ほら、飯食う時間が減るだろ。行こうぜ」

 

 「ああ。……すごいな司は」

 

 「なんだそれ?」

 

 「いや、何か凄いと思う」

 

 何やら目の前で起きた事が信じられないような顔つきの一夏を促しながら、ざわめきが治まらない女の子たちを引き連れて食堂に向かって歩く。

 それに大胆な事をした俺も、今更になって顔に血が上って来たのか少し熱を持っているように感じる。

 アルビノなので、俺の顔はさぞや真っ赤に染まっている事だろう。

 

 ***

 

 食事が終わった後、美夜は篠ノ之から相談を受けたと言って離れていった。

 一夏は女の子に連れて行かれて、MIBに捕まった宇宙人(グレイ)のようになっていたが、俺の代わりに連れて行かれたと思うと感謝してもしきれない。

 今度、一夏が困っていた時に助けようと思う。

 

 そしてオープンテラスに移って二人で食後のお茶をしているのだが、目の前のオルコットさんはプリプリ怒っていた。

 

 「箒から少し話は聞きましたが、日本の男性は女性に対してどんな扱いをしておりますの!!」

 

 美夜の事が切っ掛けになったのか、五人で食事をする筈が三人で別の所に行ってしまって、何やら話していたと思ったらそう言う話題だったらしい。

 

 「篠ノ之がなんて言ってたのかは興味があるけど、その日本の男性って久しぶりに聞いたな。初対面の時にボロクソに言われて俺は涙目になってたし」

 

 微妙にハイライトさんをオフにしつつ当時の恐怖体験を思い出していると、オルコットさんが慌てて良く分からないフォローをし始めた。

 

 「つ、司さんは日本の男性っぽくないからノーカウントですわ!」

 

 「そうだな、それに関しては同感。だけどあの時のオルコットさんの当たりは強かった。……戦艦くらい?」

 

 「違います! け、軽自動し……小学生の遊びくらいですわ」

 

 「まあ、オルコットさんが言うのならそうなんだろう。あれで小学生の遊びくらいだったら、本気を出されたら俺は死にそうだけど」

 

 「うう……」

 

 涙目になり始めたオルコットさんを見ながら、俺は話を本来の方向に戻す。

 こう言うバカ話を落ち着いて出来るのは、この場所(ISの世界)だと美夜とオルコットさんくらいなので俺としては凄く助かっているのだけど、その事を正直に言うと流石に怒りそうだから黙っておく。

 

 「ごめんね、オルコットさん。だけど、一夏と篠ノ之の事か。正直な事言って、あの二人ってどうなんだ?」

 

 原作を知っている俺からすれば言わずもがななのだが、オルコットさんの例もあるので前提条件が変わっている可能性も有るのだ。

 

 「一言で言うと、織斑くんが察しが悪くてイライラすると言う感じかしら? ただ、わたくしは織斑くんの事を知りませんから」

 

 「まあ、そうだよな。今日は初日だもんな」

 

 「ええ。初日なのに、廊下の中心で愛を叫んだ方もいらっしゃいますけど」

 

 「そうなのか。そいつ、頭おかしいんじゃないのか。ははははは……」

 

 「そうかしら? とても素敵だと思いますわ。うふふふふふ……」

 

 さっきの逆襲なのか、割と痛い所を抉りに来ているが笑って誤魔化すと、一対一の痛み分けに持ち込んだ事で気が済んだのか、その後はオルコットさんと時間になるまで雑談をしつつゆっくりと過ごす。

 朝から大変だったが、この平穏とした時間とリラックスできる空間を用意してたオルコットさんと、協力してくれているらしいクラスメイトに向かって会釈と小さく手を振ると、向こうも気が付いたのか手を振り返してくれる。

 それを見てオルコットさんも手を振っているけど、こんなに良くしてくれているんだから何かお礼がしたいな。

 

 ***

 

 放課後に、一夏の勉強を少し見る。

 

 「すまん司。この借りは後で返すから」

 

 「昼休みに女の子の盾になってくれただろ? 物凄く助かったから借りなんて無いよ。ただ今後も盾になってくれると、俺は泣いて喜ぶ」

 

 「俺もそれは嫌なんだけど」

 

 「そう言うなよ。良い物作ってやってるんだから、色々サービスしてくれ」

 

 俺は”聖杯”で作った白紙のノートを取り出して、ログ領域を参照しながら電話帳くらいある参考書を使う為の参考書作りに励んでいた。

 とは言っても、参考書に載っているISの専門用語に対する索引を作っているだけなのだが。

 

 「これがあれば、最低限教科書を読むのに苦労はしない筈だ。その上での勉強も、時間が有れば教える。ただ別に俺が教えなくとも、いくらでも周りが協力してくれると思うぞ」

 

 「……もしかして、俺が男だからか?」

 

 「そうだよ。俺と美夜が全力で主張したから、彼女狙いとかハニトラ狙いは寄って来ないだろうけど、その分フリーの一夏にそう言うのが集まると思う。……出来た」

 

 一夏は俺がノートを手渡すと、さっそく教科書に載っている専門用語を調べながら読み始めるが、一ページ分くらいを読み終わった時点でその出来に感嘆しているようだった。

 

 「助かった! ありがとう、司!! だけど、もしかしてこれ全部覚えてるのか?」

 

 「ああ。まあ、色々とな」

 

 「そうか……。でも、俺も女子の事は分からないから困るよな!」

 

 俺の表情から話せない事だと悟ったのか、今の話を断ち切るように明るく振舞う一夏に内心で感謝しつつ女の子の話を続けるが、一夏はどうもそう言う事に関心を持った事が無いようだった。

 分かっていた事だが、これを落とすとなると相当に苦労しそうである。

 

 雑談をしながらも少しずつ勉強を教えていると、夕方の太陽が目に入って手が止まる。その俺の様子を見て一夏が顔を上げると、廊下側からコツコツとヒールが立てる音が響いて来た。

 そしてその音は俺たちの教室の前で止まり、前側の扉が開くと入って来たのは山田先生だった。

 

 「こんにちは、織斑くんに聖くん。寮の部屋が決まりましたよ」

 

 山田先生はそう言って最初に一夏に寮の鍵を渡した後で、俺にも鍵を差し出して来た。

 

 「聖くんはこっちです」

 

 俺にも鍵を渡して来るのだが、山田先生の表情には困ったような苦笑が浮かんでいたが、それを見て察したのでため息をつくと、さらに困ったようだった。

 

 「美夜との同室はダメでしたか」

 

 「ええ、ダメです。普通、あそこまで言った生徒と同じ部屋にはなれませんよ」

 

 最初は美夜と同室と言う事になっていたのだが、朝の子作りの件は結構な大騒ぎになったらしい。

 俺としては学園内では仕方が無いにしても、部屋の中では美夜と二人でリラックス出来ると思っていたのに盛大に梯子を外された形になった。

 

 普通は騒ぐのだろうけど、現在、過去、未来に置いて全ての場所と時間を見たとしても、エターナル同士に出来た子供はたったの一人。

 俺と美夜は子供が欲しくても出来ない身体だから問題は無いと強弁したいが、そんな事は絶対に話せないし、風紀の問題と言われたらそれで終わりだ。

 実年齢はこの学園関係者の誰よりも高いけど、一応、俺も美夜も十五と言う事になってるし。

 

 「美夜はどうなりました?」

 

 「オルコットさんと同じ部屋になりました。ちょっと困った状況だったので助かりましたけどね」

 

 なんでも荷物は多いわ勝手に業者の手を入れるわで、同室の子から苦情が出ていて問題になっていた所を、友達だからと言ってその子と部屋を替えてもらったらしい。

 それらの事を伝える事のついでに、山田先生は鍵をわざわざ持って来てくれたようで、俺と一夏がお礼を言って山田先生が去った後も、切りの良い所まで勉強を続けた。

 ただこの様子だと、この先も一夏は原作同様に苦労しそうだった。

 

 ***

 

 「誰もいないし……」

 

 緊張しながら部屋に行ったら誰もいなかった。

 一夏と勉強していたので結構遅い時間なのだが、扉を開けたら明かりがついていなかったのだ。

 部屋の中が散らかっている様子は無いのでトラブルが起こったとは考えにくいのだが、流石にこの状況で初対面の男が女の子の部屋にいたら事案である。

 

 散歩でもするか。

 

 そう思って適当に歩き回ることにした。結構盛りだくさんのイベントがあったように感じるが、まだ初日なのだ。ただ、悪い気はしなかった。

 

 今日起こった事を色々と考えながら施設を見て回っていると、結構な時間になっていた。さっきの夕日もそうだったが、今の空には大きな月が浮かんでいた。

 

 「こんばんは」

 

 そう言って、美夜が歩いて来た。可愛らしいパジャマの上に、薄いカーディガンを羽織ってニコニコしている。

 

 「お月見か?」

 

 「うん、お月見。家には月が無かったからね」

 

 (秘密の世界)ではさすがに太陽と月を作るのが難しく、星空を作って時間によって明るくしたり暗くしていたりしたのだ。

 

 近くにあったベンチに座り、今日あった色々な事を話した。詳しくは教えてくれなかったが、やっぱり篠ノ之はため込んでいて大変だったらしい。

 これからは友達だから面倒見るよと言っているから、一夏は超が付くほどの難物だと教えたら、小さく唸りながら腕を組んで空を見上げていた。

 

 「もう少し近くで見るか」

 

 「うーん。そうだね、そうしようか」

 

 考えながら唸るのに飽きたのか、俺の方を見て小さく肯いたので揃ってハイロゥを展開する。

 夜中だとこれ自体が光を放っているので目立つのだが、こんな時間で人気の無さそうな場所に人はいないと思って、二人で空へと昇って行った。

 

 

 簪side

 

 今日も閉じこもって弐式を組む。時間の感覚も無くなって、時計を見たら結構な時間だった。

 

 「帰ろう」

 

 とぼとぼと寮に帰るために歩くと、遠目に二人の姿が映った。白い髪の男性と髪の長い女の人で有名人。私でさえ名前を知っている。

 

 聖司と聖美夜。ある意味専用機を持つより希少なものを持っている人。大きな月が出ていて、その光が髪に反射してキラキラ輝いている。あれはきっと王子様とお姫様、自分の境遇と比べても惨めになる。

 

 もう帰ろう。そう思って最後に見たら、本当に光る輪と光る翼が生えていた。

 

 「…………へ?」

 

 さっきまでは学生服とパジャマだったのに、男の人は白いコートと部分鎧のようなものが組み合わさった軽鎧みたいなのを着ているし、女の人は裾の短い黒いドレスと、甲冑が組み合わさっているものを着て頭に黒い帽子を被っている。

 

 「飛んだ……」

 

 どんどんと月に向かって飛んで行った。自分の頬を思いっきり抓る。……痛い。目を閉じてまた開くと、空に留まって月を見ているようだった。それを見ながらそろそろと離れる。

 

 すごい! すごい!! すごい!!!

 

 こんなアニメみたいな事が現実にあるなんて!!

 

 私はドキドキしながら部屋に戻り、そして、少しして部屋に来た人に悲鳴をあげるのだった。

 

 簪Side out

 

 

 

 

 

 

 



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対篠ノ之箒特攻付き専用宝具 既成事実

 気まずい。物凄く気まずい。

 

 朝起きてルームメイトと一緒に食堂に来ているのだが、お互いに会話らしい会話を未だに交わしていない。

 俺は胃がキリキリと痛むのを感じながら、引きつった笑みを浮かべつつコーヒーを飲んでいて、彼女はこちらをチラチラと見ながらトーストを食べていた。

 

 昨日、美夜と一緒に空中でお月見を楽しんで、いい加減夜も遅いしもう帰っているだろうと言う時間になってから寮の部屋の扉を開けたら、ルームメイトの彼女がいきなり悲鳴を上げたのだ。

 その悲鳴を聞いてまず第一に思ったのは、俺と一夏が一緒の部屋だったらこんなこと起きなかったじゃねえかと言う怒りだった。

 

 最初に美夜と一緒の部屋になると言う説明だったから油断したが、まず第一に思ったのは男女関係で問題が起こったと言う認識の筈なのに、それを修正する為に初対面の男女を同室に押し込もうとしているIS学園の頭の悪さだった。

 そりゃあ、悲鳴の一つも出るだろうよ。

 

 「油断した。そうだよな、常識で考えればそうなるよな……」

 

 ISと言う原作ありきで見ていたので、一夏と同じように男性IS搭乗者は拒否される事は無いと思っていたのだ。だけど、結果はご覧の通りだった。

 俺は扉の横の壁に寄りかかりながら途方に暮れる。

 

 「一夏はたしか篠ノ之と同室の筈だったし、美夜の所はオルコットさんと同室だから転がり込むのはダメだよな。……後は、管理人室に織斑先生が住んでるんだったかな?」

 

 もう夜の十時を回ってるし、仮に織斑先生にこの時間まで何をやっていたって聞かれて、美夜とデートしてましたなどと言ったらぶち切れ不可避だろう。

 あの先生の事だ。原作通りの汚部屋に転がっている、ビールの空き缶でぶん殴られそうだった。

 

 「しゃーない。今日は野じゅk」

 

 ため息交じりに考えをまとめる為に呟いていると、いきなり俺の方に向かって勢いよく扉が向かって来るのでそれを腕で防ぐと、扉を挟んだ向こう側でびくりとした気配が湧き上がって、そろそろと俺の方をのぞき込もうとする女の子と目が合った。

 

 「うぁ……。ご、ごめんなさい! こっちに来てください!!」

 

 そう言われて服の袖を摘ままれながら女の子と一緒に部屋に入ると、俺と目を合わせないようにまくし立てて来た。

 

 「この扉がお風呂でこっちがトイレです。じ、じゃあ私は寝ます! おやすみなさい!!」

 

 そう言って目の前に二つあるベッドの奥の方に潜り込んで、頭から布団をかぶってしまったのだ。

 

 「あー、うん。おやすみ」

 

 女の子が苦手とか人見知りする以前に、彼女の行動に呆気に取られながらも俺も挨拶を返すのだが、そのまま布団の中の彼女の動きが止まってしまった。まあ、耳を澄ますと息を潜めているのが分かるのだが。

 それを見て時間が無いのと色々探すのが面倒になって、シャワーを浴びる為に着替えを”聖杯”で作り出して諸々を手早く済ませると、布団の塊の方にもう一度おやすみと声を掛けて眠りについた。

 

 で、朝になってお互いを意識しつつも、一言も会話をすることなく同じ席について朝食を取っている所だった。

 

 「あの、昨日はごめんなさい」

 

 俺の方を見てとても申し訳なさそうに彼女が謝って来たのだが、彼女が悪い事なんて何一つ存在しない。それでも昨日の事を思い出して、落ち込んでるようだった。

 

 「あなたは被害者なんだから、謝らなくて良いんだよ。

 一番悪いのはこんな事を平然としたIS学園で、次に何も無かったとは言え、一晩一緒の部屋で過ごした俺だから。先生に言って部屋を変えてもらうよ。ごめんね」

 

 そうすると、何故か必死になって彼女が謝り出したのだ。

 

 「あ、あの、昨日は私が悪かったし、聖さんをあんなに遅くまで待たせてたのが原因だしとにかく私が悪いんですごめんなさい。聖さんは悪くないんです」

 

 ああ、テンパってる。……それはどこか生前の記憶と重なる、思い出に近い風景だった。

 

 「はい、深呼吸。因みに、俺はあなたが悪いなんて思って無いから。これは絶対譲らないからね」

 

 彼女は俺の言葉を聞いて、素直に深呼吸してくれた。そして落ち着いてくれるまで少し待って、穏やかにゆっくりと提案する。

 

 「じゃあ、まずは自己紹介からしようか?」

 

 「……はい。私は更識簪。簪って呼んで下さい」

 

 こうして俺と簪さんは、ルームメイトとしての第一歩を踏み出したのだった。

 

 ***

 

 そんなこんなでボチボチ学園の突拍子もないイベントらしき物と、やたらとノリのいい女の子の行動に慣らされつつも、今日も俺、一夏、美夜、オルコットさん、篠ノ之のいつものメンバーでお昼に食堂に行く。女の子の今日の気分は輪形陣らしい。

 

 俺が食事しながら教室内で今話題になっている事について、みんなに対して今回の事を考えながら言う。

 

 「しかし、この中のメンバー三人でクラス代表者を決めるのか。順当にオルコットさんが勝つ筈だし、やる意味あるのかね?」

 

 「いや、男として負けられないだろ?」

 

 「ISに対する熟練度を考えろよ。俺も一夏も入学試験の時に触っただけなのに、イギリス代表候補生に勝てる訳が無いだろ」

 

 一夏のこの辺の考え方は古いのだろうか?

 女尊男卑と言うのは十年前から広がった思想なので、一夏みたいに男が反発する気持ちも分からなくは無いのだが、ここではその思想が常識みたいだから仕方ない。

 ただ幸いな事に世間一般から思われているほど、IS学園では女尊男卑と言う思想は広がっていなかった。

 それは客観的に物事を見る事が出来るエリートが多く所属している事と、どうしてもISと言う物は軍の協力なく運用する事が難しい事が原因だった。

 はたから好き放題言っている無責任な感情論と、実際に男社会である軍に混じって活動しているIS搭乗者では物事に対する目線が全然違う。

 実際には女尊男卑論を垂れ流す存在を迷惑だと思っているし、あんなのと一緒にされるのは嫌だと思っている子が大半だった。

 一部には研究所でISに触れながらIS学園に来た子とか、一般家庭で適正だけを根拠に来た子などはそう言う考え方を持っている子もいるのだが、そう言う子たちに対して俺は反論する事をしなかった。

 

 言い方は悪いが、俺たちは観光客みたいなものなので当事者意識が無い。この分枝世界特有と思われる思想に対して、危機感を覚えないのだ。

 それに時間樹どころか神剣宇宙(マナ・ナル)全体で見れば、女尊男卑思想と言うのはある意味正しい。現実問題として、永遠神剣の使い手は女性の方が圧倒的に多いからだ。

 

 スピリットにしろミニオンにしろ女性型で、最低ランクの永遠神剣の契約者ですら自動車と同等のスピードで走りながら、神剣魔法を使いつつ戦闘をするのだ。防御力だって、マナの盾の強度を考えれば銃弾など効かないだろう。

 そしてスピリットはともかく、ミニオンと言う存在は太い精霊回廊からマナを汲みだして専用の装置に接続すれば、スピリットを模した存在として無限に作り出す事が出来るのだ。

 

 昔、それを利用して先生が人型のものも切れないとダメだろうと、(秘密の世界)に大量のエターナル・ミニオンを連れて来た事があった。

 赤、青、緑、黒の色を何処かに配色されたものすごい美人の女の人たちが、無表情に低位の永遠神剣を構えて俺と美夜に襲い掛かってきたのだ。

 お互いを守りながら必死に戦って、全部切り殺した。あれは二重の意味で今でもトラウマだ。

 まあ必要とあれば、いくらでも切り殺せるようにもなっているが。

 兎も角、永遠神剣の契約者以外の男性など切り刻まれて終わりだし、科学技術が進んだこの分枝世界でも、実際に戦争をやったら物量に飲み込まれて終わりだろう。ISは数が少なすぎる。

 

 「順当に行けば次に専用機を貰える一夏で、最後に何もない俺だろうな。

 織斑先生がああ言う人だから言わなかったけど、エンジニアを目指している俺が競技者の練習してどうするんだ?」

 

 俺の話を聞いて不満そうにしている一夏なのだが、こんなの個人の考えだし、俺はこの原則を破るつもりは無かった。

 

 「それにこれは俺の考えで、一夏が同じとは思ってないよ。一夏は自分の思う通りにすれば良い」

 

 オルコットさんも自分の考えがあるのだろうけど、場が荒れるのを嫌ったみたいで自分の考えを言うのは控えたみたいだ。

 オルコットさんは結構女尊男卑の考え方をする人みたいて、女の子が苦手で強く出られない俺とは相性が良いのだけど、一夏的な考え方をする人とは合わないようだった。

 それに一夏の事をどうこう考える前に篠ノ之の話を聞いた事で、どうもここのオルコットさんは一夏には特別な感情を持っていないようだし。

 

 ***

 

 放課後になって、一夏とオルコットさんと別れた。

 彼らはここから一週間は敵なのである。君たちは俺の敵なのだよ言ったら一夏は苦笑して、オルコットさんは涙目になっていたが。

 その事は別にしても、美夜とオルコットさんは何やら篠ノ之に入れ知恵している。

 やる気も有るようなので、篠ノ之には是非がんばって一夏を落として欲しいものだ。

 

 そもそも積極的にこう思えるようになったのも、この前篠ノ之と仲良くなった美夜とオルコットさんに誘われて、美夜たちの部屋で篠ノ之を慰める会と言う恋愛相談に呼ばれたのが原因だった。そこで一夏の所業を聞いたのだが、篠ノ之の口からはバルカン・ファランクスの弾丸みたいに愚痴が出て来た。

 学園で同じクラスで寮の部屋も同じと言う環境で大喜びしてたのに、一夏が朴念仁過ぎて話が通じなくてイライラすると言う話なのだ。

 だが話を聞いた限りだと、一夏も酷いのだが篠ノ之も同じくらい酷い。

 お互いのコミュニケーション能力が壊滅的に無いのだ。一夏は俺の話した限りだと、そう言う事を考える段階に至ってないから変な曲解をするし、篠ノ之は自分の考えを悟って欲しいらしい。

 そんなので両思いになるとかエターナルにも無理です。俺は取り敢えず、一夏と会話しろと言ったが。

 

 そこで篠ノ之の願いを取り入れて、手っ取り早く美夜が二人をくっつける方法として考え出したのは、既成事実を作れと言う事だった。

 寮の部屋が同室なのだから、寝込みを襲えと自信満々に言うのだ。……確かに篠ノ之の願いとは合致している。あれには会話なんか必要ないし、一夏だって篠ノ之の考えを必死で読もうと考えるだろう。

 

 俺は遠い目になって美夜のトンデモ理論を聞いていたし、オルコットさんと篠ノ之は真っ赤になっていたが、言っている事は物凄く正しい。

 正しいのは認めるが、男の俺もいるんだからそこまでにしてくれと言ったのに、コンバットプルーフ済みなのが私しかいないから仕方が無いとか言って、開き直ったのは後で話を付ける必要がある。

 それに参考になるかも知れないと言って、俺の性癖まで暴露しやがったし。

 オルコットさんとか篠ノ之に真っ赤な顔をされつつ、微妙に目を合わせないでディアンドルとかアオザイとか呟かれる俺の身にもなってくれ! まあ、それを着せてエロエロな事をした自業自得でもあるんだが。

 

 その後はバットで殴り倒されたトドみたいになっている俺を尻目に、美夜の容赦ないツッコミが入った。

 相手が自分の事を知ってるのを前提で行動するな、思慮深くなれ、周りと協調しろ、味方を増やせ、何でも暴力で解決しようと思うな、竹刀と木刀は部屋に持ち込むのは禁止、一夏の話にいちいち反応するな、あいつが短期間で落とせるならもう誰かが落としている。

 

 容赦がなさ過ぎて、クールな外見の篠ノ之が涙目になっていたのが少し可哀想だとは思うが、手加減したら一夏なんて絶対に落ちないから仕方の無い犠牲なのだ。

 

 「じゃあ、明日は吉報を待ってるから」

 

 美夜は全てを言いきって満足そうにしながらも、部屋の隅で床に転がってトドごっこをしている俺を指でつつきながら催促しているので、”聖杯”を使って紙袋に入ったゴム製品とローションのセットを作って美夜を通して篠ノ之に手渡してもらったのだが、中を見てぶん投げられた。避妊と潤いは大事なのに……。

 

 「そ……、そんな事出来るか!! 美夜、しっ、勝負して私が勝ったらそれは無しだ!」

 

 「箒に任せたら織斑くんがいつ落ちるか分からないから、確実に落ちる方法を教えたのに。箒は織斑くんを狙ってる子が沢山いる事を自覚しなよ。落とされて後で泣いても知らないよ? それとは別に、勝負は受けるけど」

 

 今の状況を観察して、このままだと何が起こるか分からないから早めに行動した方が良いと美夜は言っているのに、羞恥心で真っ赤になった篠ノ之に押し切られて、俺たちは剣道場に連れて行かれる。

 それに人目に付かないようにトドになっているのよりは、突発的に起こった今回のイベントによってヤバい記憶(性癖暴露)を早く忘れてくれそうなので俺は一向に構わないし、篠ノ之にしても自分の得意分野で戦うのは当たり前なので別にいいのだが、一夏を落とす話が何で勝負になるんだろう。面白いから全然良いけど。

 

 「あの……箒。美夜と勝負するなら、戦闘形式は止めた方が良いと思いますわ」

 

 入学式の事を忘れていないオルコットさんは、必死に説得しているが篠ノ之は聞く耳を持っていないみたいだ。

 どうして一夏と上手く行かないのか、その理由が良く分かる。それに、オルコットさんの懸念は物凄く正しい。

 

 素の近接戦闘に関して言えば、美夜は俺より強いのだ。

 生まれて十五年しかたっていない人間なんかには、目を瞑っていても絶対に勝てる。そして剣道場に辿り着いて美夜は竹刀を持たされたのだが、実戦形式に慣れ過ぎた美夜は剣道と言う競技が分からなくて困惑していた。

 

 「剣道知らないから別の事が良いんだけど。他の人もいて迷惑になると思うし」

 

 「じゃあ、これは剣道ごっこ! 剣道ごっこだから問題無い!! 竹刀が当たって、相手に参ったって言わせれば勝ちだから!!」

 

 俺もオルコットさんも唖然として見ているしかなかった。

 美夜の事をまだよく知らないからと言って、よりにもよって篠ノ之は自分の死刑執行書にサインをしたも同然の自爆行為を行っているからだ。

 

 「篠ノ之! 止めておけ!! それは美夜の言う事を聞くって言ってるのと同じだから!!」

 

 「大丈夫だ! 私は勝って、美夜の言っている方法とは別の選択肢を取る!!」

 

 目の座った篠ノ之がそう言って竹刀を構えてしまったので、美夜もしぶしぶ戦闘態勢に入った。

 そして美夜は手加減して傷や痣が残らないように、篠ノ之の急所に竹刀を叩き込んでいた。

 

 勝負をする前から結果は分かっていたのだが、相手に花を持たせるとかそう言う考えは微塵もねえよと言うくらいに、完膚無きまでにぼっこぼこである。

 

 「私が勝ったから、箒はちゃんと既成事実を作ってね。明日は箒が織斑くんの彼女になったって報告を楽しみにしてるから」

 

 ……美夜は純粋に篠ノ之の望みを叶える為に、ぼっこぼっこにしたのだと思う。ロウ・エターナルらしいスパルタ加減は見ていて清々しいくらいであったが、進退窮まった篠ノ之の表情は絶望色に染まっていた。

 

 「私が悪かった! 済まない。既成事実、既成事実だけは勘弁してくれ!!」

 

 周りが篠ノ之ほどの実力者が鎧袖一触された上に、意地もプライドも全部捨てているように見えているので割って入ろうとしてくるので、俺とオルコットさんが仕方なく背景を説明すると、聞いたみんなは揃ってドン引きしていた。

 勝てばいい話(?)で終わっただろうに、負けたせいで色々台無しになっている。勝負の世界、すげえ怖い。

 

 「もー、処女めんどくさい。……分かった、既成事実はしなくて良いから」

 

 兎に角謝り倒して美夜に許された篠ノ之はそれで良かったのかも知れないが、傍から見ていたオルコットさんと剣道部の部員さんたちは、負けたせいで色々と失ったように見える篠ノ之をいたたまれない表情で見ていた。

 

 結局、一夏と篠ノ之の仲は現状維持に留まっている。

 この先の事を考えると、一夏を落とす最大のチャンスは今しかない。そう言う意味で美夜のした事は正しいのだが、やり方が色々と間違いかもしれないと言う玉虫色に近い返事しか俺には返せない出来事だった。

 

 ***

 

 放課後に美夜と並んで歩く。

 

 「ISを使うには予約が必要だけど、運用実績の無い一年には当然使用許可なんて下りないし、勉強も”聖杯”のサーヴァントシステムでどうにでもなる。

 他の二人の所に行くのもこの一週間は遠慮したいし、どうしようか?」

 

 美夜が散歩でもしようと誘ってくれたので、それに付いて行く。

 二人でのんびり手を繋いで歩いていると、ルームメイトを発見したので声をかける。

 

 「簪さん、これから俺たちのお茶に付き合ってくれないかな?」

 

 美夜と一緒に簪さんの方に向かったら、なにやら簪さんはあわあわしだした。

 

 「ごめんなさい、司さん。私行く所があるんです。それにつまらない所ですし」

 

 聞いてみたらIS整備室に行くと言っているので、簪さんと美夜に断って見学する事にした。

 俺はエンジニア志望と言う事になっているし、実際に興味もある。美夜にしても、珍しいものが見られると喜んでいるみたいだしな。

 

 ただ簪さんが振り返った後で、美夜が小さな声で俺に聞いて来た。

 

 「司、織斑くんのヒロインズって何人?」

 

 「ん? 五人だろ。オルコットさんと篠ノ之。後は凰鈴音とシャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

 「ふーん……。うん、そうだね。ありがとう」

 

 「……違うのか?」

 

 「違わない。それで良いんだよ。まあ、セシリアはヒロインズの中に入れて良いのか分からないけどね」

 

 その話を終えて簪さんと三人並んだので、お互いの事を知っている俺が互いの事を紹介しているのだが、初対面の美夜には遠慮しているようだった。

 まあ初日があまりにもグダグダだったせいで、それでかえって仲良くなって普通に話せるようになったが、俺に負けず劣らず簪さんも結構人見知りが激しいからな。

 

 対人関係だと極めて珍しい事に、俺が中に入って三人で並んで歩きながら話をしているのだが、言いたい事がなかなか出ない簪さんを俺と美夜がフォローしながらゆっくりと話す。

 こう言う事は俺もそうだけど、俺との付き合いが長い美夜も得意なので、それに気が付いた簪さんも少し肩の力が抜けたようだった。

 

 ……本当にこの子は、女の子版の俺って感じなんだな。

 人付き合いが苦手で苦労してそうだし、ルームメイトでいい子だから何か手伝える事があるなら手伝ってあげよう。

 

 ***

 

 簪side

 

 さっき見た事をドキドキしながら考えていたら、いきなり本人がやってきた。

 

 正体を知られたから私を殺しに来たのかと思って悲鳴を上げたら、びっくりした表情をしてそのまま慌てて出て行ってしまいました。

 そのまま少し待っても何もおこらないので疑問に思っていると、私はとんでもない勘違いをしてるのではないかと思いついたのです。

 基本IS学園は二人部屋なのに、この時間になっても私のルームメイトは一向に姿を現しません。

 

 ……もしかして、私のルームメイトってあの人!?

 

 もしそうなら、荷物が段ボールに入ったまま開けて無いのも説明が付きます。

 私がいつまでたっても帰ってこないから、待っててくれたのかもしれません。もしそうなら、相手に対して失礼とかそう言うレベルを超えてしまっています。

 慌ててあの人を探す為に部屋から飛び出そうとすると、扉が途中て引っかかったように止まって、恐る恐る覗いてみるとあの人と目が会いました。

 

 初めて間近で目が会ったあの人は、月の光を浴びてキラキラ光っていたのが当然とも言うべき、すごくカッコイイ人でした。

 

 「うぁ……。ご、ごめんなさい! こっちに来てください!!」

 

 テンパってしまって袖を引きながら急いで部屋の中に入ってもらって部屋の案内をすると、何を言って良いのか分からなくなってとにかく必要な事を言って、私は布団の中に逃げました。

 

 「あー、うん。おやすみ」

 

 慌てて言ったあいさつを返してくれて、その後の水の流れる音を聞きながらまんじりもしないでいると、もう一度だけお休みと言う声が聞こえてあの人は眠ってしまったようでした。

 それを聞いて本当に寝ちゃったんだと思った後で、私も今日の疲れが出て何時の間にか眠ってそのまま朝になって目が覚めると、私の隣のベッドにはあの人がそのまま眠って……って、着替えないと!?

 

 「何で男の人と一緒の部屋なの……」

 

 理不尽だとか、何か間違いがあったらどうするのかとか、頭の中をいろんな言葉がグルグル回っているのを感じたり、起きませんようにととにかく何かに祈りながら急いで身支度を整え終わった頃に、丁度あの人も目が覚めたようでした。

 

 「……あー……。着替えて来る。その後、一緒に朝ご飯でも食べようか」

 

 私の雰囲気と恰好を見てそう言い残してバスルームに入って行った後、ようやく少しだけ落ち着いてものが考えられるようになりました。

 名前は聖司さんで、あいつと同じ男性IS搭乗者の一人。……後は……天使? なのかなぁ。

 昨日見た天に昇る姿が忘れられないけど、別にだからと言って何かある訳ではないようです。私の打鉄二式は相変わらずだし、やる事も変わらない。

 だけど今までの昨日とは、何かが変わるかも知れません。

 

 「お待たせ、行こうか」

 

 「あ……」

 

 言葉が咄嗟に出なくて慌てて肯くと、聖さんは特に気にする事も無いように扉を開けて私を待っていてくれて、特に会話も無く食堂まで来ると私と聖さんはモーニングを頼んで席について食べ始めました。

 その後も特に会話も無く聖さんがコーヒーを飲み始めるのを見て、私は勇気を振り絞って話しかける事にします。

 

 「あの、昨日はごめんなさい」

 

 ようやく昨日の事から落ち付いて来て、最初に出て来たのは謝罪の言葉でした。

 どう考えたって昨日の事は私が悪い。もっと早く部屋に帰っていれば、色々と違った結果になっていたはずです。

 そう思っていたのに、聖さんから出たのも謝罪の言葉でした。

 

 「あなたは被害者なんだから、謝らなくて良いんだよ。

 一番悪いのはこんな事を平然としたIS学園で、次に何も無かったとは言え、一晩一緒の部屋で過ごした俺だから。先生に言って部屋を変えてもらうよ。ごめんね」

 

 違うんです、聖さんは悪くないんです。私が遅いから悪いんですとか色々と考えているのに、私のポンコツの口からは上手く言葉が出てくれません。

 みんなが普通にできる事なのに、私は上手く出来ないで気持ちがどんどん落ち込んでいる時、助けてくれたのは聖さんでした。

 

 「はい、深呼吸。因みに、俺はあなたが悪いなんて思って無いから。これは絶対譲らないからね」

 

 そう言って待っていてくれると、穏やかに私に提案してくれました。

 

 「じゃあ、まずは自己紹介からしようか?」

 

 「……はい。私は更識簪。簪って呼んで下さい」

 

 その後朝の時間を一杯まで使って話をしました。

 誤解も解けたし、司さんも私と同じような悩みを抱えているせいなのか話しやすくて、この学園に来て初めて楽しいと思える時間でした。

 そのまま楽しい気持ちで一時間目の休み時間に入った瞬間、待っていたのは一対二十九のみんなからの尋問でした。

 

 司さんが女の子を苦手としているのはこの学園では有名で、もう一人の男性搭乗者のあいつと違って、一組のガードが固くて他のクラスの人はほぼ話すら出来ません。

 唯一の例外は彼女さんの聖美夜さんか、その二人から特別扱いされているセシリア・オルコットさん。後はその二人に頼める人たちだけ。

 

 正直この学園では、オルコットさんはイギリス代表候補生と言うネームバリューより、聖司さんと聖美夜さんに特別扱いされている人と言うネームバリューの方が強いくらいです。

 クラスのみんなは、私に第二のオルコットさんになれと言っているのです! 

 そんなの無理と言おうと思ってみんなを見たら、目が血走っていて怖いです。仕方ないので渋々がんばると言いました。これからどうしよう……。

 

 その後段々と司さんと緊張しなくても話せるようになって来た頃の放課後に、IS整備室に歩いて行ったら司さんと(美夜)さんがやってきて、お茶に誘ってくれました。

 クラスのみんなの約束が脳裏を掠めましたが、打鉄弐式を早く組み立てなくてはなりません。

 泣く泣く断ったら、司さんはエンジニア志望で興味があるらしくて、見学して良いかと聞いてくれました。

 (美夜)さんも美夜って呼んでねって言ってくれたし、司さんと同じくらいに美夜さんも話しやすいです。

 中途半端な打鉄弐式を見せるのは恥ずかしいですけど、司さんと美夜さんとはこれからも仲良くしたいと思います。

 

簪Side out

 

 

 

 

 

 

 




箒改造計画その2

簪支援の為のルートが登場しました。

後、これは箒アンチ・ヘイトに当たるのでしょうか?
それが心配です。







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それぞれの日々

 「「おおー」」

 

 IS整備室に入ると、真ん中に見覚えの無いISが内部構造をむき出しにして置いてあり、各種機材に接続されていた。

 俺たちは未だに授業では基礎知識を学ぶ段階で、実は間近でISを見た経験などほとんどない。

 例外は試験の時にそれぞれ使ったラファールと打鉄を、授業が終わった後でクラスのみんなと見学に言った時と、オルコットさんの好意でブルー・ティアーズを間近で見たくらいだった。

 

 「新型? ……うちの学園ってISの開発までやってるのか。それにしては人が少なすぎると思うんだけど」

 

 何せ俺たち以外誰もいないのだ。開発競争に各国が鎬を削っている現状で、こんな放置は不味いと思うんだけどな。

 そう考えていると、簪さんが眉をひそめてこう言い切った。

 

 「あいつが作るのを邪魔したんです。本当は、私も代表候補生なのに……」

 

 「あいつ?」

 

 外見だけで言えば、少し気の弱そうな文学少女に見える簪さんから憎しみが漏れ出すような言葉が出て来て、悔しそうに手を握りしめているのは尋常じゃない。

 だけど簪さんから話を聞いてみると、流石に一夏に同情するしかなかった。

 

 「当時唯一と思われていた男性IS搭乗者専用機を作る為に、倉持技研が無茶したんだろうな。でも、どう言ういきさつで仕事を受けたのか分からないけど、日本代表候補生の仕事を蹴ってまでする事じゃないだろ」

 

 一夏も自分が全く関係無いのに、変な所で敵を作ったな。

 そうは思っても篠ノ之博士に狙われているかもしれない現状では、実は俺たちも大差ないのだが。

 

 「なあ、美夜」

 

 そう声をかけて作りかけのISから美夜の方に目線を動かすと、仕方が無いなぁとでも言いたそうな表情で微笑んでいた。

 

 「一応、友達の不始末になるのかな? 今度、織斑くんに奢らせよう」

 

 「ああ。一夏がやめてくれと泣き叫ぶまで搾り取ってやろう」

 

 そんな訳で、これからの一週間の行動が決定したのであった。

 

 ***

 

 箒side

 

 セシリアの出ている映像を、寮で一夏と一緒に見る。幸い、この学園にはこの手の資料が豊富だ。

 

 「レーザーライフルとBT兵器のコンビネーションアタックか、司の言っていた意味が分かった。イギリス代表候補生の名は伊達じゃ無いって事か」

 

 何せ相手が全く近づけなかったのだ。これを攻略するとなると……。

 

 「一夏、休憩にしよう。根を詰めても効率が良くないぞ」

 

 そう言ってお茶と甘い物を出すと、一夏が嬉しそうに私にお礼を言って来た。

 

 「ありがとう、箒。しかし司の情報は無いし、セシリアはこれか。予想以上に厳しいな」

 

 一夏は考え込んでいるように見えた。

 

 ……確か、美夜はいつも。……私は一夏を見て、ぎこちなく微笑みながら話をする。

 

 「本当だったらISの訓練も出来れば良かったのだがな。私にも一夏にも実績なんて無いから訓練機の予約すら出来ないとは思わなかった。

 だが手をこまねいてるわけにはいかないから、この後は剣道場に行こう。ISはイメージが明確な方が動かしやすい。きっと無駄にはならないはずだ」

 

 あの二人(司と美夜)を見ていて、今までの私がどれほど歪なのか思い知った。

 

 私は一夏と言う都合の良い人形が欲しいの訳では無い。目の前の一夏にこっちを見て欲しいのだ。

 ……ただ美夜が私と一夏の仲を進めたいと、真剣に考えてくれたのは嬉しいのだが、あんなにボロクソに言わなくても良いと思うし、私の為を思ったとしてもあんなにボコボコにしなくても良いと思う。

 でも、あそこまでされたお陰で考えて行動するようになって、一夏との仲が進んでいるのは事実なんだが。

 

 「そうだな、気分転換にもなるしな」

 

 「ふふ、私は強いからな。一夏には負けないさ」

 

 そう言いながら、私は美夜の事を考えた。

 美夜は不思議な子だ。名前は日本人の名前だし、見た目が物凄い美人だと言う事を除けば、性格は人懐っこくて付き合いやすい。

 まあ手段を択ばない天然さでたまに恐ろしい事になったりするが、普段は司にしょうもない悪戯をして遊んでいる印象が強い子だ。

 ただ、司も私たちに普段見せるような少し身構えたような付き合い方とは違って、自然に美夜と言い合いながら仲の良さを見せ付けているのは、この学園内だと少し毒気が強いと思うようになった。

 

 そんな不思議な子だが、あれだけ剣に慣れていて日本人なのに、剣道を知らないと言う事があるのだろうか? 

 ……美夜は私が想像もつかないくらいに強いし、何よりも私に対して使った技は手加減していたとは言え、多分敵対者を殺す技だと思う。

 ただ私には理解出来ない術理と、日本刀ではありえない技を使っているのだけは確かだった。

 

 「どうした、箒?」

 

 「いや、何でもない。一夏をどうやって倒すか考えていたんだ。私も美夜に負けられないからな」

 

 「俺だって箒には負けられなさ。でも、美夜か。……そんなに美夜って強いのか? いつも気が付いたら、司と一緒にいて遊んでるイメージしか無いんだけど」

 

 「……どうなんだろうな。司にしろ美夜にしろ、普段の行動を見ていると強いなんてイメージは湧かないが。確かに私は美夜に負けた。だとすると、司も強いのかもしれない」

 

 「そうか。だとすると、もっと気を引き締めていく必要があるな。これからもよろしく頼む。箒」

 

 「ああ。時間まで精一杯鍛えるから、こちらこそよろしく」

 

 私は美夜もそうだが、その美夜の事を大切にしている司の事も良く知らない。

 だが、いつか友達として理解出来る日が来るのだろうか? 一応、私の目標は仲の良いあの二人と同じくらい、一夏と仲良くなるのが目標なのだが。

 

 箒Side out

 

 ***

 

 セシリアside

 

 「はぁはぁはぁはぁ……。うっ……」

 

 冷や汗を流しながら訓練を続けていますが、イメージに沿った飛び方が全然出来ない。ピットに戻って這うようにベンチに縋り付くと、クラスメイトが駆け寄って来た。

 

 「なにやってるの! セシリア、あなた代表候補生じゃない!? そこまでしなくても、織斑くんにも司くんにも負けるはず無いって。無理しすぎだよ!!」

 

 わたくしの顔色は多分、蒼白になっていると思います。それでも、足りないのです。

 

 「はぁはぁ、そんな事ありませんわ……。く……ぅ、これでも足りません。絶対に、司さんの攻撃は当たります」

 

 こちらの攻撃が絶対に当たらないイメージがあり、あちらの攻撃が絶対に当たるイメージがある。

 みなさんは、司さんと美夜の実力を知らないからそんな事が言える。あれからお二人の飛び方を夢にまで見るようになった。

 きっと聞けば、わたくしに全てを教えてくれるだろう。でも、わたくしはイギリス代表候補生なのだ。一度も挑むこともなくそんな事をすれば、今まで積み重ねたことが無駄になる。

 

 ……何か理由があるのだと思う。司さんと美夜は、極力自分たちの実力を見せないようにしている。このまま行けば司さんは、わたくしにも織斑くんにも勝たないで終わる。それが、たまらなく悔しい。

 

 「私じゃ言う事聞いてくれない」

 

 心配して下さって感謝しておりますが、わたくしは司さんに恥じない勝負をしたいのです。そう思って震える足で立ち上がるのを見て、クラスメイトがスマホを持ちだした。

 

 「美夜に来てもらうよ! こんなの無理だよ!」

 

 わたくしの口から、思わず悲鳴を上げるような声が出た。

 

 「止めて下さい!! ……お願いです、止めてください」

 

 彼女がわたくしを、真剣な表情で見ている。

 

 「理由、あるんだよね?」

 

 肯いたら、仕方が無いなぁと言う表情になった。

 

 「学食のデザート、三回で黙っててあげるよ」

 

 わたくしは少し微笑みながらこう言った。

 

 「一回だけですわ」

 

 セシリアSide out

 

 ***

 

 簪side

 

 二人の方を見て手が止まっている、打鉄弐式はすごい状況になっていた。

 

 まず司さんは、実機の方は今は手を出さないと言った。私が反対すると、事故の可能性を考えなかったのかと怒られた。

 一人でこんな人気のない場所に籠るなんて論外だ。下手したら死んでたと真剣に怒ってくれた。

 怒られて怖いと思ったけど、同時にすごく私の事を心配してくれているのが分かって嬉しかった。

 

 そう言って私は、制御プログラムの続きを作成し始めることにしました。

 取り敢えず司さんの実力が分からないから、今まで私が作ったものをを司さんに見てもらっていたら、司さんは物凄い速さでプログラムの修正をし始めた。

 それこそ答えが書いてある、クイズの本でも読んでいるような速さで間違いを指摘しています。

 ギョッとしてそれを見ながら凄いと褒めたら、俺より美夜や簪さんの方が凄いと言っているのですが、美夜さんは兎も角、私は凄くありません。

 

 逆に美夜さんは、プログラムの調整と再入力が得意。

 だけど純粋にISに慣れてないみたいで、休憩中に二人で協力してみれば? と言ったら、司さんも美夜さん試してみようと言う話になって……。

 

 「うわぁ……。すごい……」

 

 美夜さんは空間投影デバイス四枚を使って、司さんの作ったプログラムをシミュレーションエンジンに接続して、調整しながら入力している。

 多分純粋に手だけを使った場合、私より入力が早い。けどそんな事は問題じゃない。

 司さんも美夜さんも、一切動きが止まらないのだ。でも、メインからサブに移ってデーターのチェックをする私にも、プログラムの齟齬は見つけられなかった。

 えっと……、第三世代ISの制御プログラムはそんなに単純な物じゃないんですけど。

 

 司さんは何時もの柔らかい表情とは違って無表情でプログラムを作り続けて、美夜さんはそのプログラムを実用に耐えられるように、シミュレーションエンジンに接続しながら調整を続けて再入力して行くのだ。

 私には何であれで実用出来るプログラムが作り出せているのか理解できない。

 

 七時くらいに一区切りついて、三人でIS整備室を出る。二人共「「遅い」」と言っていたけれど、私一人だと多分一ヶ月くらいかかるので、この二人の想定速度が良く分からなかった。

 

 司さんは腕を組みながら、少し考えるように言う。

 

 「多分、打鉄二式の制御システム自体は変な妨害が無ければ、四月下旬から五月の頭くらいには行けるか?」

 

 そう言って司さんは美夜さんを見るけど、美夜さんは、うーんと言いながら考えているようだった。

 

 「そうだね、それくらいだと思うよ。どうする、簪?」

 

 「え! そんなに早く出来るんですか!?」

 

 「うん。制御システム全般だけはね。でもねぇ……」

 

 「ああ、どうするかなぁ……」

 

 私は嬉しくて、思わず二人の手を握って大喜びしたのだけど、それを見て二人共困ったような表情を浮かべていた。

 

 「ごめん。私たちは実績も伝手も無いから、ハード方面をいじれる人が集められない。簪、人集められる? 勿論、私も司も協力するけど」

 

 「……人集めに関しては、俺も努力するけど戦力外だから。その分ハードウェアの組み立てはがんばるけど、システム面は兎も角、実機がいつになるかは」

 

 私も人見知りするから他人と話すのは苦手だから、司さんの気持ちは分かります。けど、司さんも美夜さんは今おかしな事を言いました。

 

 「あの……協力って? 今日だけじゃ無いんですか?」

 

 「何で? 友達が困ってるのに、見ない振りなんてしないよ。司だってそうでしょ?」

 

 「当たり前だ。用事だって無いし、あっても簪さん優先だろ。大丈夫だよ、三人で一緒にやろう」

 

 二人共こんなに凄いのに……凄く優しい人たちだった。

 二人の手を握りながら自然と涙が出て来て、恥ずかしくて下を向いていたら、美夜さんが私を抱きしめてくれて、司さんは私が恥ずかしいと思っているのを理解しているのか、後ろを向いて泣き顔を見ないようにしてくれました。

 

 「簪さん、最後まで手伝うから安心して良いよ。よくがんばったね」

 

 「今度、私たちの友達を紹介するから楽しみにしててね。後、織斑くんは殴って良いから。私が許すよ」

 

 そうして次の日の朝は、私と司さんと美夜さんとオルコットさんで朝ご飯を食べました。私も、この人たちの友達になれるのかな?

 

 PS:その日の教室であった事は、思い出したくありません。

 

 簪Side out

 

 

 

 

 




Re:篠ノ之箒誕生

次回、戦闘回

戦闘、どうしよう……






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粉雪のような恋

 何時もの通り、ゆさゆさと揺すられる。

 目を閉じたままで、簪さんの準備が整ったんだなと思いながらゆっくりと目を開けると、少し頬を赤く染めた簪さんと目が合った。

 

 「おはよう。簪さん」

 

 「おはようございます、司さん」

 

 簪さんと二人で暮らし始めるにあたって、色々ルールを決めようと提案した時に初めて言われたのが、寝起きを見られるのが恥ずかしいから、朝の準備が終わるまでゆっくり寝ていて下さいと要求された事だった。

 言いたい事は分かるけど、やっぱり初対面に近い男女が同じ部屋で暮らすのは色々と無理があると感じつつも、今の所はそこそこ上手くやっている……と、思う。

 そのままバスルームに入って身だしなみを整え終えると、部屋で簪さんが待っているので話しながら食堂に移動する。

 

 ……さて、上手に負けるとしますか。

 

 内心でため息をつきながら考える。俺としてはあまり気乗りのしない、クラス代表決定戦の日が遂にやって来たのだった。

 

 ***

 

 「私も見に行きたかったです」

 

 そう言って、若干簪さんが拗ねている。

 放課後に試合をするのだが男が二人も出ると言う事で、クラスメイト以外には非公開になっているのだが、初めて会った時に比べて表情が豊かになった。

 簪さんとは、一緒に暮らしている上に打鉄弐式の事もあって大分仲良くなった。同室で色々と話してみるとヒーロー・バトルアニメが趣味らしいので、二人して雑談しながらアニメ鑑賞をするのも日課になりつつあるのだが、こう言うオタク趣味も生前ぶりだから懐かしくなる。

 

 「昨日今日ISに乗った新人が、専用機持ち二人相手にどう戦えって言うのさ。しかも一人は国家代表候補生だしな。

 速攻で落とされないように努力はするけど、勝ち目はほぼ無いだろうな。あんまりカッコ悪い所見せたく無いから、俺としてはホッとしてるよ」

 

 篠ノ之博士を刺激したくない為に負けるつもりなのだが、俺の話を聞いた簪さんは少し怒り出してしまった。

 

 「またあいつですか。司さんは専用機を持ってないのにズルい」

 

 「まあ、上の判断だしな。それに扱う実力も足りないのに、そんなもの持たされても困るよ。

 ……俺はかえって一夏に悪いと思ってる。これから露出も増えて、無責任に文句を言う奴の矢面に立ってくれるんだから」

 

 「それは……そうかも知れませんけど」

 

 俺は簪さんと話していてこう言う話題になった時、出来るだけ一夏を庇うような事を言う事にしていた。

 自分が簪さんと同じ目に合わされたら許せるとは思えないけど、悪いのはこういう選択をした国であって、巻き込まれた一夏自身も被害者だと。

 それにその内、簪さんにも一夏を紹介したいと思ってるし。

 あいつ自身も良いヤツではあるし、和解も決して無理ではないと思うのだ。ただ、女心に対して致命的に色々と足りないから、かえって簪さんをもっと怒らせる結果になりかねないと危惧もしてるが。

 

 「あら、簪はわたくしもズルいと思っているのかしら? 司さんと試合をするは、専用機を持っているわたくしも入っておりますのに」

 

 俺が困っていると感じたのか、オルコットさんが苦笑しながら入ってくれた。

 専用機についてとか、一夏と簪さんの対立の事を俺が相談した事があったので、オルコットさんも色々と知っているのだ。こう言う代表候補生としての手助けは本当にありがたい。

 

 「いえ、セシリアさん「セシリア」……セシリアは努力して、実力で代表候補生になったんですから、堂々としてれば良いんです。

 実力も無いくせに、男だからって専用機を持つのがおかしいんです。司さんだって持ってないのに。……日本代表候補生だって、持ってないのに…………」

 

 簪さんは俺と美夜の事を本気で凄いと思っているみたいで、わだかまりがある一夏に負けると言っている俺の言葉を聞いて、またあの男がとか感じてしまったのだろう。

 オルコットさんにしても簪さんに本気で同情しているようだし、国家代表候補生だからこそ簪さんの気持ちが良く分かると言って、熱心に仲良くしようとしているみたいだがらな。

 

 打鉄弐式の製作を手伝い始めて一週間で、俺にも美夜にも簪さんは笑顔を見せてくれるようになった。

 だけど俺と美夜との共通の友達である、オルコットさんの前だとまだ緊張してしまうようだし、一夏と仲の良い篠ノ之を紹介するのは躊躇している。

 篠ノ之も良い奴なんだが、感情の抑制が上手くない篠ノ之と、今の簪さんが仲良くなれるかと言うと微妙なところだと感じてしまうのだ。

 

 「その辺りは簪さんには悪いけど、俺はご覧の通り拘ってないからな。ただ見れる程度の試合にはするつもりだから、簪さんも応援してくれ」

 

 「……はい、司さんもがんばって下さい。見に行けないですけど、応援してますから」

 

 「ありがとう。簪さん」

 

 それにしても、いつものメンバー(俺、美夜、オルコットさん、簪さん)で朝食を取りながら今日の事を話をしているのだが、どこかオルコットさんの雰囲気が沈んでいる様な気がする。

 そう思ってよく見れば、食欲もないようだし調子が悪いのかな?

 

 「オルコットさん、もしかして体調が悪いのか? 試合は午後からだから、それまで休んでた方が良いと思うんだけど」

 

 「いえ、体調は万全です。司さん。あの! …………今日はお互いベストを尽くしましょう」

 

 「……そうだな、お互いにがんばろう」

 

 俺を見つめるオルコットさんの瞳が揺れていて、何か大切な事を言いたいのだとは思う。

 ただ、これからの事を考えて手を抜く事ばかり考えていた俺は、オルコットさんの表情にどこか後ろめたさを感じていた。

 

 ***

 

 簪さんと別れて三人で教室に向かう。最近は女の子に徐々に慣れてきて、離れた場所から挨拶くらいなら出来るようになったのである。

 俺的には凄い進歩なのに、それを聞いたみんなの評価は微妙だった。ちくせう。

 

 ただそうやって俺たちがみんなと挨拶を交わしながら歩いていると、前の方を一夏と篠ノ之が並んで同じようにしているのを見て、原作から一番変わったのは篠ノ之だと感じる。

 

 篠ノ之は、何と言うか険が取れた。

 周りへの当たりも柔らかくなったし、一夏と他の女の子が話していても嫉妬して当たり散らすような事も無くなったから、いい方向に進んでいるのは事実なのだ。

 まあ、一夏の鈍感ぶりは相変わらずだけど、これは性格だから時間をかけるしかない。何せ当の本人である篠ノ之が、特効薬(既成事実)を拒否したから仕方が無い。

 ただなぁ……。原作のあれこれを考えると、篠ノ之は兎に角トラブルメーカーだ。

 嫉妬で要らない事をやらかして、その結果特に一夏に盛大に迷惑を掛けるのがパターンになってしまっていて、それを大人しくさせるのにも一夏を落とす事が必須みたいな考えが俺にはある。

 それとも俺と美夜が篠ノ之に対して言っているように、他の誰かが一夏を落としたら素直に諦められるのだろうか? 原作を見ていると、とてもそうとは思えなかった。

 

 色々と考えた結果、二人をどうくっつけるかを考えていると、じーっと見ていた俺の視線に気がついたようで、一夏が俺に聞いて来たから素で答えてしまった。

 

 「お前の残念っぷりを思って頭が痛くなったんだ。篠ノ之の苦労が手に取るように分かるからな」

 

 「ひでえ! 司だって似た様なものだろ!? 女子苦手だし!」

 

 「いや、まあ……。美夜とかオルコットさんに助けられてるのは事実だから、そう言われると何も言い返せないけどな。でも、少なくとも俺は二人に感謝してるぞ」

 

 「……俺だって、箒に感謝してる」

 

 「それを行動に移してるか?」

 

 一夏にそう言って篠ノ之の方を見るが、それを聞いた篠ノ之は目を細めて首を横に振ってダメ出しをしていた。

 

 「篠ノ之は足りないってさ」

 

 「司の言う通りだ。そう言うなら、司と同じフォローをして見せてくれ。

 取り敢えずは、明日の放課後に二人で食堂に行くぞ。まさか嫌とは言わないだろうな?」

 

 「はぁ!? い、嫌とは言わないさ。司だってしてるなら、俺にだって出来るし……」

 

 「そうか! 約束だからな!」

 

 滅茶苦茶機嫌が良くなった篠ノ之が、一夏に接近したせいで焦って挙動不審になっているのを見て美夜とオルコットさんとでハイタッチしながら喜んでいると、織斑先生が来たので席に着く。

 

 席に着く途中、篠ノ之は余程嬉しかったのか俺に向かって握手を求めて来たので、苦笑しながら応じた。お節介だと思うけど、相手は一夏だしな。

 これからの平穏な学園生活を送る為に、俺は篠ノ之に積極的に動いて欲しかった。

 

 そんな事をしながらいつもの日常を過ごして、いよいよクラス代表決定戦の時がやって来たのだった。

 

 ***

 

 試合をするにあたって、第三アリーナ内に設置されているブリーフィングルームに集められた俺たちは、織斑先生から説明を受けていた。

 

 「第一試合は織斑と聖、織斑の専用機の搬入が遅れているから少し待機だ」

 

 それを聞いて俺と緊張して口数が少なくなっている一夏が短い返事を返すのだが、それを見ていたオルコットさんが決意に満ちた表情で息を凝らしてから、真剣な表情俺の方を見る。そして、とんでもない事を言いだしたのだ。

 

 「あの……。織斑くんの専用機搬入が遅れているのでしたら、わたくしと司さんで戦わせて下さい」

 

 「それは……良いんだな?」

 

 「いや、良くないです! 織斑先生待って下さい!」

 

 思わず織斑先生とオルコットさんの話に割って入るが、普段ならそのまま出席簿が飛んで来そうなのに、先生はそう言う俺の方を見つめていた。

 その強い視線は、最近俺に何か言いたそうにしていたオルコットさんに良く似ていて、嫌な予感のするものだった。

 

 「先生、俺の対戦相手は一夏の筈です。お願いですから考え直して下さい」

 

 「……なあ、司。これは教育者としてのお願いだ。オルコットの為に本気を出してやれ。

 ――提案は却下する。両名はピットに行け」

 

 公然と逆らった俺を驚愕の表情で見ていた一夏が口を挟まないまま織斑先生が決定を下すと、これ以上の反論を許さないとでも言うように、俺とオルコットさんををピットから叩き出した。

 

 ***

 

 二人で並んでブリーフィングルームからピットに続く通路を歩く。分かれ道に差し掛かった所で、オルコットさんの足が止まった。それを見て、俺の足も自然と止まる。

 

 「司さん、お願いです。わたくしと本気で戦って下さい」

 

 「……」

 

 そう言ってオルコットさんは深く頭を下げた。

 最悪の事態になった。そう思って俺は臍を噛んだ。

 

 俺は未だに頭を下げているオルコットさんの顔を見る為に、膝をついて目線を合わせた後、ほんの少しの躊躇いがあったが、オルコットさんの(かいな)に触れて顔を上げてもらって、オルコットさんの目を見て話す。

 今は女の子が苦手とか言っている場合じゃない。オルコットさんの将来がかかっているのだ。

 

 「オルコットさんは人並外れた努力をして、イギリス代表候補生になっただろう。そんな事を言ったらダメだろ。こんな人目のある所で、たかが訓練機にボロ負けしたら言い訳が出来なくなる。

 ……必要な物だったら何でも用意するし、俺の知ってる事なら教える。それじゃダメなのかな?」

 

 オルコットさんは叫ぶように、今まで話せなかった想いを言葉にした。

 

 「わたくしは……。わたくしは、司さんも美夜さんも大切なお友達だと思っております。どうかお願いです。そのお二人と共に歩く権利を、どうか取り上げないで下さい」

 

 色々な思いが脳裏を(よぎ)った。しかし、それらとオルコットさんが並んでいないのを理解して、仕方が無いなと苦笑する。

 

 「分かった。良いよ、真剣勝負だ」

 

 「はい。司さん、ありがとうございます」

 

 そうして少しの間照れ臭そうにお互いを見つめ合った後、お互いのピットへと向かって行った。

 

 ***

 

 俺はISの準備をしながら、ため息をつく。

 

 この分枝世界に来る前は、俺の中の価値観はとても単純だった。大切な人(美夜、先生、”宿命”)(?)が全員揺りかごみたいな(秘密の世界)にいて、そこで穏やかに暮らしていたからだ。

 だけどISの世界に来て、初めて大切に()()()と思う人に出会ったのだ。

 俺は欠点だらけのポンコツエターナルだが、大切にしたい人の願いを叶えられないほどには情けなくは無いつもりだ。

 

 俺は篠ノ之博士をこのISの世界の支配者と見なしているし、必要以上に恐れていた。会った事も無いのに、自分の行動を縛っていたのだ。

 カオス・エターナルならそれも当然の事だ。あいつらは無数にある分枝世界をその分枝世界の住人に委ねて、余程の事が無い限り手出しをしない。

 だが俺はロウ・エターナルだ。そんな事など知った事では無いし、大切にしたい人が居るからこそ世界を砕かないと(うそぶ)ける存在だ。

 だから力の一端を見せれば警戒して、容易に手を出してこないだろう。そう思いつつラファールの拡張領域(バススロット)に、”聖杯”で作った意味有り気なガラクタを接続する。

 

 まあ、それでも俺の大切にしたい人たちに手を出すとするなら……。

 

 「来てみろ天災、全てを薙ぎ払ってやる」

 

 そうして、俺のISは空へと飛び出していった。

 

 ***

 

 美夜side

 

 「あーあ、やっちゃった」

 

 周りの凄まじいざわめきの中で、私は内心こうなると思っていた事が現実に起こって、楽しげに笑みを浮かべていた。

 

 「私もそうだけど、司もセシリアに甘いよね」

 

 交信の世界から始まった旅の中で、司にしろ私にしろ生れて初めて出来た大切な友達がセシリアだ。願い事の百や千くらいは叶えてあげようと思う。

 私の”絶炎”は破壊に特化しているけど、司の”聖杯”は願い事を叶えることが出来る、使い減りのしない願望機なのだから。

 

 「――でも」

 

 多分だけど、セシリアは司が好きなんじゃないかと思ってる。

 ただ司にはハーレム願望なんて欠片も存在しないから、私は大好きな司の願いを優先して叶えるだけだ。

 それにぽっと出の人に司を取られると思うと、お腹の中がこう……ふつふつと熱くなって来るし。

 

 「私は負けないし、司はあげないよ?」

 

 そうして二人ともがんばれと、私は無責任に応援するのであった。

 

 美夜Side out

 

 ***

 

 セシリアside

 

 「うそ!?」

 

 アサルトライフルと長柄の斧を持ったラファールが、馬鹿げたスピードで突っ込んで来ました。何でブルー・ティアーズより速いのかが全く分かりません。

 そこまでだったら何か特別な方法がある。そう思えば良いだけの話だったのに、真に驚愕したのは次の瞬間でした。

 

 「き、消えた?」

 

 目視どころかハイパーセンサーすらも欺いて完全に見えなくなったのを慌てて探すのですが全く分かりません。それでも警戒していると、突然頭頂部に出現して弾丸をわたくしに直撃させながらパワーダイブ。

 そのまま地面に墜落すると思われた瞬間に消えて、次の瞬間には最初の位置に戻っていました。

 

 「俺の本気の一端だよ。まあ、あんまり上手いとは言えないんだけどな」

 

 「これでですか!?」

 

 「ああ、俺の先生は俺より強い。だけど、今でも勝つことを諦めてない。だからオルコットさんも抗って見せてくれ」

 

 そう言った瞬間、停止状態からいきなりトップスピードまで加速しながら、わたくしをすり抜けてた後で背面飛行をしながら、ブルー・ティアーズの背面に弾丸を命中させるとそのまま消えて、次に現れた時には上面を取ったままこちらを誘うように停止しました。

 

 「絶対に

 

 「ん?」

 

 「絶対に! わたくしだって、諦めるものですか!!」

 

 「はは……。そうだな、じゃあライバルらしく行こうか。――かかってこい、相手になってやる!」

 

 誘いだとか、何故こんな事が出来るのか色々と考えなければならない事が沢山あるのは分かっています。

 でも約束した通り本当に司さんが本気を出してくれたのが嬉しくて、そのままもつれ合うようにわたくしと司さんはドッグファイトに突入しました。

 

 セシリアSide out

 

 ***

 

 ラファールは脆くて泣けてくるし、”虚空”の制御は難しい。

 それが分割思考で時詠みの時間制御と因果律操作、ついでに”虚空”の制御とラファールの操作を続ける俺の印象だった。

 最初に驚かせようとしてオルコットさんの射程に入ってロックをされる寸前に、十秒ほど時間を圧縮したらラファールが爆発しそうになったのだ。

 

 慌ててログ領域の記述の変更をして事無きを得たが、それから常時三秒ほどに抑えている。そして爆発しないギリギリまでに時間圧縮をして、”虚空”の能力を使って空間に溶け込み瞬間移動をする。

 俺はそれを”聖杯”のサポートを受ける事で可能としているが、先生は全て自身の能力だけで行っているのが信じられない。と言うか、因果律操作を使わないのに任意の場所に出現できるって言うのがデタラメだ。

 

 永遠神剣第二位・”虚空”。そして使い手は、”虚空の拡散”トークォ。

 先生の使う永遠神剣で、その能力は空間操作。物理攻撃は空間に溶け込む事によって絶対回避して、攻撃に関しては空間ごと切り裂く事によって物質全てを切り裂く事の出来る上に、先生はそれを利用して瞬間移動までするのだ。

 攻防一体どころか、移動力まで内包した永遠神剣。

 これを使って先生(トークォ)は、永遠神剣第二位の力を使うエターナルの中でも最強クラスの強さを誇っているのだ。

 

 俺の能力の法の迷宮での永遠神剣の改造品の第一弾であり、エターナルとして本気を出す以上は永遠神剣を使わなければ嘘になってしまう。

 まあ攻撃に使ったら、ブルー・ティアーズごとオルコットさんが真っ二つになってしまうので、あくまで移動の為に使っているだけだが、いい具合にオルコットさんは混乱しているみたいだ。

 

 「下に降りたか。そりゃあ、空中でドッグファイトだと勝ち目が無いしな」

 

 全能力を使い、ラファールの素材と部品精度をこの分枝世界で最高の物に変更。

 さらにPICを最適化して、速度と機動性を限界まで上げて時間圧縮を常時四秒に変更してオルコットさんを攻撃をするのだが、ハイパーセンサーで見たオルコットさんは諦めとは程遠い表情をしている。

 

 ……ん? これは……?

 

 時読みと因果律操作でオルコットさんの行動の常に先を読みしながら攻撃を続けていると、面白い選択肢が出てきた。

 俺はオルコットさんの因果律に干渉して、可能性の糸を補強して確定した未来へと変える。

 

 これは俺からのプレゼントだよ。オルコットさん。

 

 ***

 

 セシリアSide

 

 シールドエネルギー残量僅か。

 実体ダメージは本体は小破ですんでいますが、レーザービットは地上に降りて死角を減らしたうえで起動させたのに瞬時に撃ち落されて、ミサイルビットは信管を撃ち抜かれて自爆しました。

 

 「せめて、せめて一撃だけでも。…………当たって!!」

 

 わたくしは最後に残ったスターライトmkⅢで司さんを狙い撃つ。

 その瞬間に何時もの通りに消えてしまうのですが、いきなりそのレーザーが弧を描いて見知らぬ方向に飛んでいき、そこに出現した司さんに命中しました。

 

 「――あたった?」

 

 今起こった事が信じられなくて地上からハイパーセンサーで見みつめていると、高速移行を続ける確かに司さんの口が確かに動いたように思えたのです。

 

 よくやった。

 

 「あ……」

 

 それを見て嬉しくて動きが止まってしまって、次の瞬間わたくしは撃ち落されました。そしてわたくしは、わたくしの我儘の結果をその後に思い知ることになったのです。

 

 ***

 

 完膚なきまでに負けました。それでも、そこに後悔はありませんでした。

 わたくしと司さんには絶望的なまでの腕の差があるのは分かっていました。それでも諦めずにいた事で、一欠片の可能性を手に入れる事が出来たからです。

 この結果が、わたくしの将来にどう変化を及ぼすのかは分かりません。

 でも、ひとまずは成長出来た事を喜ぼう。そう思ってピットからブリーフィングルームに戻ると、司さんが織斑くんに殴り飛ばされていました。

 

 「てめえ、セシリアの事を大事にしてたよな。あれはなんだよ! なぶり殺しじゃねえか!! 何か言ったらどうなんだ、司!!」

 

 胸ぐらをつかみ乱暴に締め上げる織斑くんでしたが、司さんは織斑くんを見つめてはっきりと言いました。

 

 「あれは俺がやりたくてした結果だ。一夏に何を言われようと、やって良かったよ」

 

 「ふざけるな!」

 

 司さんは全く抵抗しません。そしてわたくしは、自分が仕出かした事がどういう結果になるのか全く分かっていなかったのです。

 

 司さんは隠していた事が表に出れば、色々と大変な事が起こるのは分かっていた筈です。それでも、わたくしの我儘を聞いてくれたのです。

 そして殴られようとする司さんを守る為に、わたくしは織斑くんを突き飛ばして、司さんを守る為に覆いかぶさりました。

 

 「ごめんなさい、司さんごめんなさい」

 

 自分の情けなさと醜さと浅ましさに涙が止まりません。そうしたら司さんが、戸惑いながらもわたくしの事を優しく撫でてくれました。

 

 「泣かないでくれ。オルコットさん、俺は大丈夫だから」

 

 司さんは、そう言いながら困ったような笑顔を浮かべています。その時に、わたくしはこう思ったのです。

 

 ああ、わたくしはこの人が好きなんだな、と

 

 でも、わたくしはこの思いを表に出してはいけないのです。なぜなら同じくらいに美夜も大好きだからです。

 

 だからきっとこれは、粉雪のような恋。表に出したら、溶けて壊れてしまうのです。

 

 そうして、クラス対抗戦は終わったのでした。

 

 ***

 

 「納得がいかない」

 

 そう織斑くんが言っていますが、知った事ではありません。司さんが許しても、わたくしは許していないのです。

 

 その日の夜に、織斑一夏クラス代表就任パーティーが開催されました。

 

 わたくしは負けて司さんは負傷退場した結果、織斑くんの不戦勝になったのです。

 

 「それと一夏。実はお前が女の子に物凄く恨まれていて、それの後始末を俺と美夜でしてるって言う事を教えておく。

 お代は俺と美夜が勝手に決めていて、一夏が泣き叫ぶまで奢らせる事になってるからからよろしくな」

 

 「はぁ!?」

 

 箒もその話に興味津々で、黒い笑みを浮かべています。

 

 「その話、ぜひ聞きたいな。司、よろしく頼む」

 

 そんな感じで司さんも、さっきまであった事を気にしないで織斑くんを出汁にして賑やかに騒いでいる所に、乱入者がやってきました。

 そして初対面にも係わらず、司さんに体を擦り付けるように密着してベタベタしています。

 

 「ふ、ふふ……」

 

 わたくしは知らず知らずの内に口の端が引きつるのを感じながら、どす黒い感情が浮かび上がって来ましたし、クラスのみなさんの怒りのボルテージも跳ね上がります。

 

 あの部外者共は、わたくしたちのクラスの鉄の掟 ”司さんにはお触り厳禁” を平然と破っているのです!

 因みにパーソナルスペースの設定でエキサイトしすぎて、血を見る寸前までいきました。

 司さんから近づいて行くのは構いません。ですがこれは、到底許せる範囲を超えていますわ!

 

 「ちょ、待て!? 助けてくれ、オルコットさん!」

 

 司さんが、わたくしを見て叫んでいます。

 

 だからわたくしは、少しの勇気を出してこう言いました。

 

 「これからずっとセシリアって呼んでくれたら、助けてさしあげますわ!!」

 

 セシリアSide out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




戦闘描写なんて初めて書きました。







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Dear My Friend

ほ(´・ω・`)もさん、誤字報告ありがとうございます。







 IS学園では狩りごっこが流行っていた。

 

 「いた?」「いないよ」「お姉さまに恥をかかせて、許せない!」「捕まえたらボコボコにしてやる」

 

 俺は全校生徒が三百六十人しかいないのに、島一つを丸々学園に作り替えたと言うアホみたいに広い学園内を、目の色を変えて追いかけまわして来る先輩(肉食獣)たちから必死になって逃げ回っていた。

 

 「クソっ……! やっぱり一組教室(安全地帯)を一人で出たのが間違いだったか」

 

 一夏のクラス代表就任は、俺とオルコットさんがガチ気味に戦った末に殴られたのを理由にして、これ幸いと押し付けた結果の事だった。

 みんなを守ると言う事に強い拘りと憧れを持っている一夏の前で、一方的に蹂躙するような戦いを見せればああなるのも納得で、俺がピットから戻った直後は言い争う程度で済んでいたのだが、一向に悪びれないし上に反省も一切しなかったので思わず手が出たと言うのが事の真相なのだが、別にその事は良いのだ。

 

 対人関係に関する事がポンコツな俺は、この事を他人がどう見るかとか全く考えていなかったし、調子に乗ってBT兵器を全損させてしまうとか色々と問題すぎる行動もとった。

 だから最悪、爪弾きにされてもおかしくなかったのだが、その辺りはオルコットさん……いや、セシリアのフォローもあって何とかしてくれたのだ。

 俺もセシリアとの約束を守った上でやった事には後悔は無いが、調子に乗ってセシリアと言う一人の女の子を傷つけたと言う事には反省しているし、俺の反省したと言う態度と行動を見ている周りのみんなも、苦笑するくらいで許してくれたのは正直に言って助かったと思う。

 ただ、この事が切っ掛けでセシリアの一夏に対するあたりが妙に強くなったし、周りのみんながクラス代表である一夏とコミュニケーションを取る為の出汁として、雑用を押し付けすぎると言う問題が発生して、困っていた一夏を助けるつもりで雑用を手伝っただけだったのに……どうしてこんな事になっているんだか。

 

 俺を追っていた子たちの声が段々と離れて行くのを確認してから、隠れる為に強引に突っ込んだ茂みから抜けだして土汚れや制服に付いた引っかき傷を”聖杯”で直してから、そのまま制服が汚れるのも構わずに近くの木に寄りかかりながら座ってため息をつく。

 

 「お姉さま、ねぇ。……先輩が良いとこ無しで自爆したのは、欲をかき過ぎたせいだろ? セシリアと俺との戦いを見てたのに、本気で勝てると思ってたのかよ」

 

 「……オレだってアメリカ代表候補生のIS乗りなんだから、負ける事なんて考えながら戦わねえよ。機材だって練度だって、常識で考えればこっちの方が上なのは当たり前だろ。何で機材も劣ってて、基礎訓練も終わってない奴らに負けるなんて思えるんだよ」

 

 「そりゃあ、さっき言った通りですよ。それと決闘で負けたからって、当たり散らすのはカッコ悪いと思います。ケイシー先輩。

 ……後、独り言に答えないで下さいよ。聞かれてたと思うと恥ずかしいんですけど」

 

 隠れて逃げられたと思っていたのは実は俺だけで、追い込みを掛けられた上で罠にはまった事を頭の上からかけられた声で気が付かされて苦い顔をしていると、下着が見えるくらいに短く改造した制服を着た、長身で不敵な表情を隠そうともしない金髪の子と、逆にストッキングやタートルネック、更には手袋までして肌を極力晒さないでいる、不機嫌そうな表情を隠そうともしていない長い髪を三つ編みで一纏めにしている小柄な子の二人組がISを使って木の頂上付近からゆっくりと降りて来るが、良く見ればそのISはどことなく煤けていた。

 

 この二人はの名はダリル・ケイシー先輩とフォルテ・サファイア先輩。俺が丁度良いカモだと思って、罠にかけた人たちだった。

 

 「まあオレだって負けたからって、こういう報復をするのはダセえと思ってるよ。

 だけどな、司。こっちにも面子ってもんがあるんだ。あれだけ好き放題やったのに、まさかヤリ逃げってのはねえよな?」

 

 「それにロスチャが相手の時と違って、司は明らかに手を抜いたッス。例のテレポートも使わないなんて、私たちをバカにしてるっスよね?」

 

 「いや、サファイア先輩。テレポートもクソも、二人共俺と美夜とのタッグ戦の開始直後の近接戦闘で、一撃で斬り倒されたじゃないですか。――俺も美夜も格上の国家代表候補生に対して、手なんか抜きませんよ」

 

 俺は目の前の二人がどことなく焦っているのを感じながらも、ここで言質を取られると後でロクな事にならなさそうなので、微妙に声を上ずらせながらも強気な態度を取っているのだが、二人はISを除装した後でにじり寄って来たのだ。

 

 「うんうん、そうだよな。オレたちにも主張はあるし、司にも主張がある。

 オレはそのすれ違いが悲しいんだよなぁ……。だから、オレたち二人と一緒に茶でもシバきに行こうぜ。ちょっと島の外に出るが、特別ゲストも出て来るサプライズパーティーだ。

 ――まさか、嫌とは言わねえよな!?」

 

 「そんなの嫌に決まってるだろ!? 何がサプライズパーティーだ!」

 

 「なぁに、お話するだけで大金が手に入る素敵なパーティーだから良いじゃねえか。

 ……良いだろ司、オレたち色々とヤリあった友達じゃねえか」

 

 座っている俺を無理矢理腕を引っ張って立たせて、そのまま体全体を押し付けるようにしながら肩を抱いて来る。

 至近距離にケイシー先輩の顔が迫って来ているので、俺が素で顔を遠ざけるようにしながら仰け反ると、先輩は微妙に傷ついたような表情をした。

 

 「おい、流石に素でそれをやられると傷つくんだけど」

 

 「すいません。身体が勝手に動くんです……」

 

 「先輩! 司さんに何やってるんですか!? 離れなさい!!」

 

 「あぁん!? 今、大事なお話し……チッ、ロスチャと美夜か。意外と早かったな」

 

 ケイシー先輩が肩を抱いたまま振り返ったので俺もそっちの方向を見ると、怒って眉を吊り上げているセシリアと不機嫌そうにケイシー先輩とサファイア先輩を見ている美夜が俺の方に……いや、サファイア先輩が美夜の方に歩いて行き、そのままガンをとばし始めたが、それを受ける美夜はサファイア先輩を見下すように眺めていた。

 

 「――美夜、月夜の夜は気を付けた方が良いっスよ。なにがあるかわからないっスから」

 

 「ふーん。オバケでも出るのかな? 心配してくれてありがとう。

 ――でも大丈夫だよ。私、強いから」

 

 そう言った後、美夜も冷たい表情でサファイア先輩を睨み始めて、お互いにガンのとばし合いになったのを見たケイシー先輩は、強引にサファイア先輩の襟首をつかんで引きずり始めた。

 

 「フォルテ、止めろ。じゃあな、司。お茶の話はマジだから何時でも連絡くれ」

 

 「待ってくれ。セシリアがロスト・チャイルド(迷子)って言われるの嫌がってるから、止めて欲しい」

 

 「本人次第だ。オレは男にくっついてるだけの奴なんか認めないから、実力を示せってな」

 

 そう言いながら俺のポケットに何かを強引に押し込むと、そのままこちらを振り返らずに肩口の辺りで手を振りながら去って行った。

 ……引き摺られたサファイア先輩は、美夜に対して中指を立てたままだったが、兎に角俺が助かったのは事実だった。

 

 「助かった。ありがとう美夜、セシリア」

 

 「いえ、司さんがあの二人に連れて行かれないで幸いでした。

 でも、わたくしの事を、まだロスト・チャイルド(迷子)って呼んでいるんですね」

 

 「ああ。そうみたいだけど、ケイシー先輩が言ってる事は間違ってるよ。

 実際はセシリアが俺にくっついてるんじゃなくて、俺がセシリアにくっついてるだけだし」

 

 「……そうなんですか?」

 

 「現状がそう言ってるよ。俺の平穏な学園生活は、美夜とセシリアが居ないと成り立たないからな。

 それと美夜も機嫌直せ。あの二人が喧嘩を売って来たのは事実だけど、返り討ちにしてボコボコにしたんだから許してやれよ」

 

 「でも、あいつら反省してない」

 

 「そうだな、俺もそう思うよ。

 ただ、負けた上に俺たちに対して下手に出たら、それこそ国家代表候補生としての面子が無くなるだろうから仕方ない面もあるんだろ。それに不満だって言ってISを持ち出せば、喜ぶのは寧ろあっちの方だし。……後、生身でやり合うのは流石に止めとけよ」

 

 「分かってるよ。手加減間違えて死んだら面倒だし」

 

 「あのね、美夜。わたくしの為に怒ってくれるのは嬉しいですが、その為に誰かを傷つけたらわたくしは悲しいですわ」

 

 「……うん。セシリアがそう言うなら…………分かった」

 

 ちっとも納得していなさそうな表情で分かったと言う美夜の頭を、ため息をつきながら乱暴に撫でると、髪がグシャグシャになっちゃうと言いながらも俺の手に頭を擦り付けるようにして来たので、撫で方を切り替える。

 そのまま丁寧に櫛梳るように撫でていると、俺たちをじっと見ている視線を感じるのでそれを辿って行くと、何故か羨ましそうに撫でているのを見ているセシリアの顔に辿り着いた。

 

 「セシリア、どうした?」

 

 「いえ、何でも無いです……。そうだ! せっかく司さんを助けたんですから何かお礼を下さい。そうですね、折角ですから食堂でスイーツでもご馳走して下さいな」

 

 「助けてもらったし、お礼がそのくらいで良いのなら。まあ、一夏には連絡しとけば大丈夫か」

 

 美夜の頭から手を放してスマホをポケットから取り出そうとすると、無意識なのかセシリアがその手を取って引っ張って来た。

 

 「ほら、司さんも美夜も、つまらない事は忘れて早く行きましょう」

 

 「つまらない事って。セシリアも関係してるんだけどなぁ」

 

 「んー……? うん。まあ、いいか……」

 

 理性ではこの辺で抑えないといけないのは分かっても感情で納得しきれない美夜と、最近のセシリアの距離の取り方がおかしくなってるのを右手の暖かさで感じながら、俺はあの時もう少し上手く出来なかったのかと考えてしまうのだった。

 

 ***

 

 あの時の事を思い返せば、俺がオルコットさんに勝ったけどオルコットさんも偏向制御射撃(フレキシブル)の発現に成功したし、戦闘経験値を沢山得る事が出来ました。

 めでたしめでたし……。何て都合良くは、当然終わる筈もなかった。

 

 何しろイギリスが威信をかけて作り出した第三世代機が、初期化(フォーマット)最適化(フィッテイング)もされてない第二世代の訓練機に手も足も出なかったのだ。

 一応偽装の為の意味深なガラクタを取り付けていて、その結果の超高性能機だと思わせる雑な細工はしていたが、それで相手が納得する訳がない。

 面子を潰されたイギリスが、オルコットさんの処分を決定するまでに手を打っておく必要がある。パーティー中にその事について考えていると、丁度いい有名人が乱入してきた。

 

 俺に体を擦り付けるように近づいてきて、挑発的な笑みを浮かべるのは三年の専用機持ちのダリル・ケイシー先輩で、後ろには二年の専用機持ちのフォルテ・サファイア先輩。

 ……今からやる事と後々の事を考えると、後で絶対に揉め事になるのは分かっていた。それでも必要な事だと覚悟を決めて演技を始める。

 まあ体を擦り付けられて逃げ場が無くて、助けを求めたのは本気だったのだが。

 

 「ちょ、待て!? 助けてくれ、オルコットさん!」

 

 まあ、こう言う時に助けを求めるのも、いつもの事と言えば何時もの事だった。美夜は安易に助けを求める俺に不満のようだが、クラスの中では結構がんばってるので勘弁して欲しい。

 それに下着が見えるくらいに短く改造した制服を着て、俺に張り付いて来るケイシー先輩の方がどう考えたって悪いのだ。

 ただ今回は今までとは違って、オルコットさんがささやかなお願いをして来た事が違っていた。

 

 「これからずっとセシリアって呼んでくれたら、助けてさしあげますわ!!」

 

 その瞬間、ほんの少しだけど思考が止まった。たかが呼び名を変えるだけで別になんて事は無い筈なのに、オルコットさん……いや、セシリアの顔を見て、それ以上の意図があるのではないかと思わず勘ぐってしまったからだ。

 まさか、なぁ……。緊張しているのか硬い表情をしているセシリアを見ながら考えていると、ケイシー先輩が急に動きが止まった俺を不思議に思ったのか、とんでもない事を言い始めた。

 

 「マジで女が苦手だったのか。もしかしてホモか?」

 

 真顔でケイシー先輩がツッコミを入れてきて、それを聞いていた周りから黄色い悲鳴のような声が上がっている。いや、みんな違うから!? そんな腐ったワードに反応しないでくれ!

 

 「ふざけんな! 入学初日から散々彼女がいるアピールしてるのに、何で男に転ばなきゃいけねぇんだよ! 喧嘩売ってんのか!?」

 

 「そうだ、喧嘩を売りに来たんだよ。お前面白そうだしな」

 

 そう言って俺を見ながらケイシー先輩が獰猛な笑みを浮かべるが、一転して俺を助けようとしてくれていたセシリアの方を見て、バカにしたように見下して来た。

 

 「で、お前がロスト・チャイルド(迷子)か。男性IS搭乗員なんて超エリートが優遇してるのが、街中で見つけた迷子女とはね。体で媚でも売ったのか?」

 

 その発言に俺も切れかけたのだが、それ以上に本気で怒ったのが美夜だった。

 思わず力の加減を間違えたのかコップを握りつぶして割ってしまい、みんながギョッとしている所に殺気を撒き散らしながら、人間には反応できないスピードで飛び込んだ。

 そしてそのまま、ケイシー先輩の首を掴んで片手で吊り上げたのだ。

 

 「見て分からない? 私たちは楽しくパーティーしてたの。空気が悪くなるから邪魔しに来たならさっさと帰って欲しいし、何で初対面のお前なんかに友達のセシリアをバカにされなきゃいけないのかも分からない。――そんなに喧嘩が売りたいなら、司より私が高く買ってあげるよ」

 

 そう言って話を一方的に終わらせた後、そのままケイシー先輩を放り投げた。

 

 「お帰りはあちら」

 

 「ふざけるなっス! ここまでされて逃げ帰るとでも思ってるっスか!」

 

 そう言って今度はサファイア先輩が激高したが、正直、喧嘩売りに来て返り討ちにあったからって逆切れされてもな……。と言うのが俺の感想なのだが、何とか俺の想定した流れに持って行くことが出来た。

 その後は俺とケイシー先輩との決闘に持ち込めれば良かったのだが、友達をヤられた美夜とサファイア先輩が両方納得出来なくてタッグ戦となってしまったのだ。

 ……まあ、色々と計算違いの所も出て来たが、後は勝つだけだ。

 

 結局、先輩たちの乱入でパーティーが滅茶苦茶になってしまったので、そのお詫びとして俺がみんなのお願いを出来る範囲で聞くと言う事にして泣く泣く場を収めた。

 美夜やセシリアだけじゃなくて、クラスのみんなにも大分協力してもらっているからそのお礼と言うのは別に良いのだ。ただ、添い寝だとかお泊りでデートとか、俺の許容範囲を楽勝で超える不穏なワードが聞こえて来るのは胃が痛くなるので勘弁して欲しい。

 

 で、もうここまで来ると立派なイベント扱いである。

 一組のみんなの協力と簪さんに頼んで四組の協力を得て、ISの使用許可とかアリーナの使用許可なんかをどうにか誤魔化して、訓練用ISの使用許可もまだ取れない筈の俺と美夜(新入生)対、ケイシー先輩とサファイア先輩(国家代表候補生)との決闘(タッグ戦)が成り立つ事となった。

 

 「美夜、前にも説明したけど永遠神剣を使う。概念破壊で一撃で落とすぞ」

 

 「うん。話は聞いてたけど、あの二人完全にかませ犬扱いだね。

 ――私はケイシー先輩を狙うから、サファイア先輩はお願い」

 

 「分かった。――とにかく派手に勝利を印象付ければそれで良いんだ。行くぞ」

 

 そしてどう考えても無謀でしかない、ラファールと打鉄vsヘル・ハウンドとコールド・ブラッドの試合は、僅か五秒で終わったのだった。

 

 ***

 

 最後の仕上げとして、俺たちのやらかしを見て本気で怒り始めた織斑先生に頼んで、IS学園から通達を出してもらった。

 

 専用機持ちで俺と美夜が最優先で戦うのは、イギリス代表候補生のセシリア・オルコットのみ。又、それに対しての異議、申し立てが俺と美夜に出来るのは日本代表候補生の更識簪のみ。

 

 ぶっちゃけると、イギリス製の第三世代機が弱かったんじゃない。俺たち自身が強いんだと証明したかったのだ。

 だからセシリアを辞めさせるな。後、日本は簪さんの機体をとっとと作れと言外に要求したのだ。

 その代わり、これを飲めば戦闘経験値を取り放題だぞ、と。

 

 一応これが成功して、イギリスからはセシリアがお咎めを受けることはなかったし、通達を出した次の日には、倉持の技術者が大勢やって来たのだ。

 最後に、大っぴらにやると問題になるらしくて非公式にだったらしいが、打鉄弐式の専属技術者だった人たちが簪さんに謝っていたようだった。

 

 このせいなのか簪さんも、少しスッキリした表情をしていたから成功だったら良いのだけど。

 

 兎に角これが、俺と美夜で出来る二人に対する精一杯のサポートだった。

 

 ***

 

 「面白い情報があるんだけど、聞く~?」

 

 この子は、のほほんさんと一夏は言っていた。一夏と仲が良くて、その縁で俺とも自然と話すようになった。そして意外と情報通だ。

 

 「ケイシー先輩とサファイア先輩の国のお偉いさんが、学園に圧力をかけたんだって~。私たちのクラスに編入させろって。あれって、意図的な抜けが作ってあったでしょう~?」

 

 それで焦って俺を狙って襲撃したのか。そう思いつつ、俺は困惑した表情を浮かべた。

 

 「あれは俺と美夜の我儘で一夏と戦えないのはおかしいって事で、授業中の事に関しては何も書かなかったんだけど、まさか……」

 

 「二人を一年一組に編入させろって言ってきたみたいだよ~? 本当に来たら、下がる女と呼んであげよう~。後、かんちゃんを助けてくれてありがとうね」

 

 「いや、止めてやれよ。ああ、うん?」

 

 ……かんちゃんって、誰だ? そう思って声を掛けようとすると、のほほんさんは言いたい事だけ言ってフラフラと一夏の方に行ってしまった。

 色々と学園内の話に詳しくて俺にも親切にしてくれるが、のほほんさんは本名も含めて相変わらず謎な女の子だった。

 

 ***

 

 千冬Side

 

 「司、美夜、お前らの想定通りにデュノアが引っかかった。司が使っていた、はぐれメタル号は不良品だから引き取ると。

 代わりに今までのお詫びとして、ラファールを二機納品してくれるそうだ」

 

 私の話を聞いて司が満足そうに頷いていがこいつも中々に曲者で、コミュ障なんて表面上だけで侮っていると大火傷しそうだった。

 

 「先生までその名前知っているんですか。しかし二機か。三機は引っ張れると思ったのに、デュノアのけちんぼめ」

 

 因みに、素早くて経験点がたっぷりだからはぐれメタルらしい。布仏が命名したそうだ。

 

 「不良品の回収とお詫びの体裁は取っているが、アラスカ条約違反スレスレだぞ。ここまでしなくとも……」

 

 そう言うと、司は眉をひそめた。

 

 「訓練機が足りないから苦肉の策ではあるんですよ。この規模の学園で、訓練用のISが三十機しか無いって最初は冗談かと思いましたし。

 まあ、元の数が四百六十七機しか無いから仕方が無いとは思いますが」

 

 そう言って司はため息をついているが、それに関しては私も同感だ。だが、教師としては出来れば反対をしたかったんだ。

 

 この二人は一年一組と四組を優遇している。オルコットと更識は別格扱いで一夏とは仲が良いし、篠ノ之とも仲が良い。ただし、問題児だ。

 入学式当日に男女問題で私に説教されたのに、半月もしない内に国家代表候補生のケイシーとサファイアとイザコザを起こして決闘騒ぎを起こしている。

 詳しく聞けば、オルコットと同室の更識を助ける為だと私に頼み込んで来たので協力したが、その陰に隠れて犯罪スレスレの行為を平然と行っているのを見ていると、手伝った私が言うのも何だが本当に大丈夫かと不安がよぎる。

 ……まるで私の友人を見ているようだからだ。

 

 だから私はカマをかけてみた。

 

 「で、だ。お前たちは()だ」

 

 二人はお互い目配せをして、そして司はこう言った。

 

 「エターナル。ロウ・エターナルの”聖杯”の司」

 

 「同じくロウ・エターナルの”絶炎”の美夜です」

 

 困惑する事を言われた。

 

 何? そう聞くと、篠ノ之束博士と連絡が取りたいと言って来た。我々が意図して無かったとは言え、この分枝世界を無意味に混乱させた事に対して謝罪したいと。

 

 「なぜ束なんだ」

 

 「あの人は、この分枝世界の支配者ですから。他はともかく、あの人の機嫌だけは損ねたくない」

 

 そう言って、二人は私のもとから去っていった。

 

 千冬Side out

 

 ***

 

 束Side

 

 ちーちゃんから連絡が来て、良く分からない事を言われた。ちーちゃん自体分かってないのだろう。相手は白子と貞子。特に貞子は、ちーちゃんに勝ったクソだ。

 ちーちゃんに勝ったのを見てから適当に監視していたが、いっくんと箒ちゃんと仲良くしている。

 特に箒ちゃんがいっくんを好きだと分かると、二人で色々と協力し始めた。悔しいけど、あれは私には真似出来ない。

 

 ぐぬぬ……

 

 さらに監視すると、ラファールでブルー・ティアーズに勝った。相手が弱かったのかとデーターを見たら、物理的にありえない情報が出て来た。

 慣性を無視して瞬間移動!? しかもシールドバリアーを貫通して、一撃で第三世代機を撃破している。

 ……何だこれ? 機体に如何にも急造で取り付けたような一斗缶が付いていて、適当に開けたようにしか見えない穴から光が漏れている。――え、まさかこれでやってるの?

 それに、ただの訓練機で何でここまで出来るの!? 悔しいけど私にも分からない。分からないからデュノアに送られるらしい機体をかっぱらおう。情報が何か残ってるかもしれないし。

 

 そして、意味不明の言葉の羅列……。ロウ・エターナル、聖杯、絶炎、分枝世界――

 

 「もしかしたら、宇宙人なのかもしれない!」

 

 さすがにちーちゃんでも、宇宙人には勝てなかったのだろう。世界最強でも、宇宙最強じゃないからね。

 

 「ふふふ。つかちゃんと、みゃーちゃんか」

 

 今度、会いに行こう。宇宙人に会うのが、今から楽しみだ。

 

 束Side out

 

 ***

 

 夜中に屋上に上がって、ベンチに寝転がりながら月を見上げる。だんだんと暖かくなって行くのが、肌で分かって気持ち良い。

 

 「こんばんは」

 

 俺が悩んだり寂しくなると、必ず相手をしてくれるよな。いつもありがとう。そう思って美夜を見上げると、月の光に照らされながら優しく微笑んでいた。

 

 「交信の世界で本になってたからって、イコールここの人間が本の登場人物な訳ないのにな。

 最近セシリアの距離の取り方がおかしくなって、どうしていいか分からなくなった。折角できた大事な友達なのにな」

 

 「本当は分かってるくせに。見てたら分かるよ、セシリアは司が好きなんだって」

 

 「……セシリアは美人だし、優秀だし、金持ちだし、性格だって良い。なのに、よりによって俺とか趣味が悪すぎる。

 俺だって男だ。あんないい子に好かれて悪い気はしない。……だけど俺は人間じゃ無い、エターナルだ」

 

 俺の悩みを聞いて、最初に美夜がしたのは苦笑だった。

 

 「セシリアが性格良いのは、司の前だけだよ。織斑くんでまあまあ。他の男なんて、木石扱いだからね」

 

 「ははっ……。別に大した事してないのに、随分好かれてるんだな」

 

 「うん、そうみたいだね」

 

 俺は月と美夜を見上げながら想いを口に出して言うが、美夜はそのまま黙って聞いていてくれた。

 

 「本を読んだのが交信の世界があった頃、もう五百年も前の話だ。あのころに比べて俺は努力して色々出来るようになったし、エターナルに成った事に後悔なんて無い。だけど万が一、セシリアが泣く事になったら何か嫌だな」

 

 「私も嫌だけど、じゃあどうするの?」

 

 「うーん……。美夜とイチャイチャしてれば良いんじゃないか? 告白されなきゃ仲の良い友達で終われるだろ」

 

 「悩んでた割には、答えが適当。……まあいいや。司がそれで良いなら私も気楽だし」

 

 「他にどうしようもないからこれで良いんだよ。エターナルって言っても神様じゃないんだから、全ての人に都合の良い答え何て出せないしな」

 

 そのまま美夜はズリズリと俺の頭の方に体を割り込ませて、黙って膝枕をしてくれる。

 お互い特に話とかをする訳では無く、昔のようにただ寄り添っているだけだったが、それが少しだけ懐かしい気分にさせてくれた。

 

 

 

 

 




束さんってこんな感じで良いのかな?

天才じゃ無いから分からない。






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来訪者と篠ノ之博士との和解

「「「「かんぱーい」」」」

 

俺と美夜とセシリアと簪さんで、夜の寮を抜け出してお月見をしていた。俺と美夜がたまに抜け出していたのが二人にバレたのだ。因みにセシリアには盛大に拗ねられて、簪さんにはしょんぼりされたのだが。

 

それは兎も角、セシリアの代表候補生解任の危機と、簪さんの専用機の問題も片付いて非常に嬉しいのだが……

 

「明日からパーティーを滅茶苦茶にしたお詫び。通称、わびおねがはっじまるよー……勝手に美夜が条件を緩和したせいで、お姫様抱っことか、腕組んでお散歩とか、泣けてくるメニューが山ほどあって辛い」

 

「羨ましいです、私も一組が良かった。それと弐式の事、ありがとうございます」

 

「出来る事をやっただけだよ。でも三人で一緒にやるって約束は守れなかったな」

 

「そんな事無いです! 私はすごく嬉しいんです。ありがとう……」

 

二式の製作が俺たちから倉持技研に戻ったので、最近では放課後の時間が使えるようになった。そこで簪さんに慣れてもらう為に、良く四人(俺、美夜、セシリア、簪さん)で遊ぶようにしていたのだ。お陰でセシリアと簪さんも仲良くなったし、問題は無くなったんだけど……

 

最近俺の事を目で追っている、簪さんの視線が気になってしまうのだ。気にしても仕方が無い問題なので放置しているが。放置、出来れば良いなぁ……

 

「あの、ご迷惑をおかけいたしましたわ」

 

今回の件で俺と美夜に迷惑を掛けたと思っているのだろう。セシリアはそう言って小さくなっているが、全然気になどしていない。

俺も美夜もセシリアの事を大切に思っているので、この程度の事でセシリアを守る事が出来るのなら、何度だって同じ事をする。

 

「俺は気にしてないよ。セシリアの為に出来る事をやっただけだし。それにやった事は先輩と模擬戦しただけだしな」

 

「そうだよ、あの失礼な先輩を叩きのめしただけ。口は災いの元って思い知っただろうし」

 

美夜が少しだけ不機嫌になりながらそう言ったので、みんなで苦笑してしまった。あの二人の事を話題に出すと、未だに美夜は機嫌が悪くなるのだ。そんな感じに、四人でお疲れ様月見パーティーを楽しんでいた。のだが……

 

「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん、束さん登場! つかちゃんと、みゃーちゃんを迎えにきたよー」

 

そう言いながら、うさ耳の付いた怪しいお姉さんが湧いて出て来たのだった。

 

***

 

「え?」

 

俺は、それを聞いて硬直してしまった。先生に頼んで連絡したのが昨日で、もう来たのか?

 

「つかちゃんと、みゃーちゃんの事は適当に監視してたからね。束さんも君たち二人にぜひ聞きたい事があるしね。しゅっぱーつ」

 

「いや、え、今から!?」

 

美夜の方を見ても、驚いてオロオロしていた。いきなり全世界で指名手配されている人間が出てきたら驚くし、せっかく話し合いをしてくれる雰囲気になっているのに、それをぶち壊したくない。

そう思っていたら、篠ノ之博士が俺の腕にしがみ付いて来たのだ。着ている物は青いエプロンドレスなのだが、この人凄いスタイルが良いのだ!

 

「いや、待って! ……でかっ!? って、当たってるから!! 力つよっ」

 

「いやだなぁ。当ててんのよ! 生きてる内に一回は言ってみたいセリフだよね♪」

 

そう言って逆の腕で美夜と腕を組むと、夜の闇の中にずるずると引きずられて行く。抵抗は出来るけど、抵抗出来ないと言うジレンマの元、変なにんじんの中に連れ込まれてしまう。

 

「じゃあ、レッツだゴー。凄く楽しみだね!」

 

そう言って、どういう原理か分からないのだがにんじんが宙に浮いた後、俺たちは海の方向に飛んでいくのであった。

 

***

 

「何でしょう? わたくしは今、心の奥底からイラッといたしましたわ」

 

「司さんデレデレし過ぎです……胸が大きい人の方が良いのかな?

 

「…………」

「…………」

 

イラッとしているわたくしと、胸に手を当ててしょんぼりしていた後、気を取り直したらしい簪とで、力強く握手いたしました。

 

この方もわたくしと同じ想いを持っている、同志だと思ったからです。

 

そして、急いで先生にお二人が拉致された事を伝えに行きました。先生は、あの方を篠ノ之博士だとおっしゃっていましたが、初めて見た姿は色々と衝撃的でした。いえ、似合っていたのは確かでしたが。

 

***

 

「海だなぁ」

「海だねぇ」

 

多分太平洋のどこかの島なのだろう。エメラルドブルーの海で、砂浜もあれば遠くに山っぽい緑も見える。IS学園から拉致られて、着いた場所は無人島らしき所だった。

海も(秘密の世界)には無かったので珍しいのだが、精神的に疲れて俺も美夜もそれどころでは無い。

 

「司さま、美夜さま、ご用意が出来ましたのでこちらにおいで下さい」

 

海を見ながら呆然としていた俺と美夜の元に、銀髪の小柄な女の子がやって来た。にんじんロケットを出てから自由にさせてもらっていたので散歩していたのだが、どうやら篠ノ之博士の元に案内してくれるらしい。

 

「あなたは?」

 

「束様のお世話をしております、クロエ・クロニクルと申します、クロエとお呼び下さい。これからよろしくお願いいたします」

 

そう言いながら丁寧に挨拶をして来たので、俺たちも挨拶を返した後で、クロエさんの後に続いて歩いて行く。

砂浜のすぐ近くに可動式の入り口があり、三人で入るとすぐに入り口が閉じた。少し歩くとエレベーターホールがあって下に降りて……三人共無言のまま移動していると、少ししてからクロエさんから質問をされた。

 

「あの、お二人に質問があるのですがよろしいでしょうか?」

 

「良いよ。なに?」

 

クロエさんは少し躊躇した後に、頬を赤く染めて思い切った感じで、俺たち二人をキラキラした目で見ながら聞いて来た。

 

「お二人は宇宙人なのですか!?」

 

「………………」

「………………」

 

どう答えろと? 俺と美夜は、お互いに目線でクロエさんに答えるのを押し付けあう。一応の抵抗はしたのだが無意味だった。美夜に負けたので、俺が答えることにする。

 

「あー……何て言ったらいいのか……」

 

「それは束さんも聞きたいな。くーちゃんだけズルい。部屋に入って聞かせてもらうよ」

 

そう言う放送が聞こえてきて、俺たちは目的地らしい扉に入っていった。中は研究室の様で、きちんと整理整頓が行き届いていた。

おそらくクロエさんが、がんばっているのだろう。俺たちは頭を下げてまず謝ろうとした。この分枝世界を荒らしたのは、俺たちだからだ。

 

「こちらの不注意で……」

 

「ああ、許す許す。束さんは全然気にしてないよ。で、つかちゃんと、みゃーちゃんは何処から来たの?」

 

好奇心と未知の事を知ることが出来る探求心で、篠ノ之博士の瞳が爛々と輝いている。誤魔化したり嘘などついたら、この分枝世界には居られないだろうな。そう思いつつ、篠ノ之博士に話をし始めた。

 

この世界と、それを超えた先にある下位宇宙・分枝世界(ブランチ・ワールド)の事。

その分枝世界の外側に、中位宇宙・時間樹(タイムツリー)がある事。そして時間樹が無数に存在する、上位宇宙・神剣宇宙(マナ・ナル)がある事……

そして俺たちは時間樹間を移動する、渡りと言う能力を持っているエターナルと言う存在であること。

 

篠ノ之博士もクロエさんも、エターナルの事を聞きたいと言うので、請われるままに話す。

 

三位以上の上位永遠神剣と契約を交わすことで、エターナルへと存在が書き換わる事。永遠神剣は一つに戻ろうとする性質がある為、それを是とするロウ・エターナルと、それを否定するカオス・エターナルで、数えきれない周期を争っていると言う事。

 

神剣宇宙(マナ・ナル)を構成する、全ての元となる存在であるマナの事。その反対の性質を持つナルの事。

それと、エターナル自身が概念情報(イシリアル・イデア)である事と、時間樹間を渡る際には、『器』、『意思』、『力』に分割されて移動し、別の時間樹に移動が終わった段階で『マナ存在に顕現する事』……

 

「だから俺たちは、物質で肉体が構成されていないんですよ。失礼」

 

永遠神剣を取り出して、腕を傷つける。そこから血がしたたり落ちるが、やがてそれが金色の霧へと変わる。

これがマナで、俺たちの比喩表現でマナの霧に帰る(消滅)と言うのがあるのですが、単純な事実です。そう言って説明を終えた。

 

説明が終わった後、二人は唖然とした表情を崩さずに動きが止まっていた。二人とも美人だし可愛いから、せめて口を閉じた方が……

そんな余計な事を心配していると、再起動が終わった篠ノ之博士が、大喜びで抱き付いて来た。

 

それを俺は抱き付いて来る前に、時詠みを使って完全回避する。

 

「…………」

「…………」

 

避け続けていると、篠ノ之博士の目が据わった。

 

「今度避けたら、もう許さない」

 

力いっぱい抱きしめられて、思う存分刷り込まれてしまった。色々泣きたい。篠ノ之博士はツヤツヤして、俺はシオシオしてしまったのだが、その後話し合いが持たれた。

 

俺たち二人は、篠ノ之博士の事をこれから束さんと呼ぶ事。束さんの庇護に入る事。

(ようやく認めてもらった。本当だったら、学校を辞めて四人で暮らそうと言っていたのだ)

それと、研究に協力する事。

 

「マナの研究だったら手伝っても良いですけど、絶対にこれでエネルギーの類を作ろうとしないで下さい。マナ・エーテルサイクル機関と言う技術があるんですが、マナと言うのは有限なんです。

マナをエーテルに変換して、そのエーテルをマナに変換すると絶対量が減ります。これをラクロック限界と言って、これを基幹技術においた分枝世界は、最終的に文明を捨てる羽目になりましたから」

 

何かキラッキラしながらみんなに抱きついて回ってるし、束さん話を覚えててくれると良いんだけどな。

 




シンクロ率

交信の世界で貰った、司が持つお願いの一つ。基本的に永遠神剣は『位』が高い方が強いのですが、それが覆る可能性があるのがこのシンクロ率です。

又、その分枝世界のマナの上限にエターナルの能力の上限が決められてしまうために、時間樹内では戦闘技術・戦闘経験・戦術などで戦いが決まることが多いなど、場所によっても絶対的な強さに結び付く要素が減っていきます。
それに、神剣固有の能力が加わって相性の差が生れる、今いる時間樹固有のルールが存在するなど、色々な要素が加わってそれによって戦闘方法を変える必要が出てくる……

これが、高位のエターナル同士の戦いが頭脳戦と呼ばれる所以です。司にしろ、美夜にしろ今はそれを学んでいる最中です。

少し脱線してしまいましたが。

一応の基準としては

”悠久”のユーフォリア:10(生まれた時からのエターナル)

”統べし聖剣”のシュン:11(永遠神剣にほぼ精神を飲み込まれて、”世界”の意志と同化している)

”失望”のヘリオン  :12(第九位と低位の永遠神剣を持ちながら、シンクロ率の高さによって下位のエターナルとならば互角に戦えるレベル)

”時司”の時深    :15(普段は、時詠みと言う永遠神剣しか使いませんが、(この時のシンクロ率は:7、又、名乗りが”時詠み”の時深となります)本拠地にしている出雲が襲撃された時に、封印している時逆とこの分枝世界限定でしか使えない時果てと言う、契約している三本の永遠神剣を使用した時のシンクロ率)

”永遠”のアセリア  :20(普段のシンクロ率は:10)過去の化身と言う謎の存在と戦った時に、限界以上の能力を永遠神剣から引き出そうとした時に発揮されたシンクロ率)

”聖杯”の司     :100(実戦経験がないので未知数。ただ、神剣の『位』とシンクロ率にから見ると、将来的には期待できる)

エターナルの説明回


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バカンスと新型ISと学園への帰還

黎明時の海と空の間に光の帯が出来る時間帯、俺と美夜は久しぶりに全力の戦闘訓練を楽しんでいた。

ソニックブームが出るスピードまで加速して、一気に減速。それを連続で行い爆音を響かせながら空を飛び、”虚空”を振るって美夜へと攻撃をする。

美夜は美夜で、”絶炎”で神剣魔法のプラズマを打ち出しながら徐々に接近、一気に加速してお互いが衝撃波を出しながら神剣を打ち合う。そして一転して離れた後、空中に止まり魔法陣を展開しながら詠唱を開始する。

 

「マナよ、光の奔流となれ。彼の者どもを包み、究極の破壊を与えよ! オーラフォトンッノヴァァァッッッ!!!」

 

「上位世界の門よ開け! ハイペリオンスターズ!!」

 

手加減していたとはいえ、小さな島が吹き飛んだ。束さんに指をさされながら爆笑され、クロエさんからは困った顔で出迎えられた。

いや、俺たちの模擬戦が見たいって言うから張り切ったのに。午後からは、宇宙まで上がって大気圏に突入して欲しいと言っていた。ガンダムになった気分である。うん、地球は青かったよ。

 

***

 

束Side

 

我慢出来なくなって迎えに行く。外にいたから連れ出した。何も問題は無い。後でちーちゃんから文句の電話が来けど関係ないのだ。

くーちゃんが我慢出来なくなったのか、宇宙人か聞いていた。束さんだって移動中は我慢して聞かなかったのに! 急いで研究室に来てもらって話を聞かせてもらう。

 

…………宇宙人なんて目じゃなかった。

 

この世界の宇宙なんて庭先も良い所だ。その壁を越えたところに枝があり、それを越えると木があり、森がある。

目標が出来たからがんばろうと思う。せめてこの目で枝を見る! 何かを追うのはワクワクする、こんな気分を味わうのは久しぶりだ。あの二人には、出来るだけの事をしてあげようと思う。

 

サービスで抱きつこうと思ったら、避けるのはひどいと思うな!

 

何で避けるのかを聞いて、そのついでにこの分枝世界に来た理由を聞いたら、余りに下らない理由でくーちゃんと二人で大笑いしたら、つかちゃんが落ち込んでしまった。

何だかホッとする。この二人は本物の神みたいなものであるが、心が人間みたいだ。小さなことで悩んでいるのが証拠である。

その晩は歓迎会なので、くーちゃんにがんばってもらってご馳走を出した。私はいつも通り美味しいと思ったし、二人も残さずに食べていたのに、くーちゃんだけ小さくなっていた。解せぬ。

 

次の日の監視衛星の目が届かない時間帯に、模擬戦を見せてもらう。バカじゃないのかって言うのが正直な所である。たかだか喋る武器と契約したくらいで、人間ってあんなに成るのかと本気で感心した。

大気圏を単独で離脱して、単独で突入して来ると言う偉業を達成して、戻ってきて最初に言ったのは地球って青かった。だってさ。うん、ソウダネ……

この二人に意地でもISがすごいって所を見せてやる。その為の研究に入る……使い道の無い、既存品のあれを改造しよう。

 

束Side out

 

***

 

束さんが研究に入ってしまって暇になった。帰りたいと言ったら全力で駄々をこねるし、美夜と相談して様子を見る事にする。

クロエさんに衛星の情報を聞いて訓練したり、海で泳いだり、釣りをしたり、料理を作ったりしている。料理に関しては、俺も美夜もそもそも食べ物を必要としていなかったので作った事は無かったが、ゲルよりマシである。

 

その過程でクロエさんとも仲良くなって、呼び捨てで呼んで下さいと言っていたので、クロエと呼ぶ事にする。

理由は年上だったかららしいが、そんな事を言い出したら俺たちよりこの分枝世界で年上かもしれない動物は、多分クラゲだけだと言ったら笑っていた。

 

今日は朝から釣りをしながら、お昼ご飯の獲物を狙う。美夜とクロエと一緒になって、釣り糸を垂らしていた。

 

「学園さぼって南の島でバカンスしてるって言ったら、織斑先生にぶっ飛ばされそうだな。後、わびおねをすっぽかした……利子が付いて、よりえげつなく進化していたらと思うと怖いんだけど」

 

美夜にしても困ったように苦笑している。

 

「笑えば良いんじゃないかな? 他に何にも出来ないし。にんじんロケット出してくれないから仕方ないよ。

長時間飛んで監視衛星に見つかるのは嫌だし、いったん大気圏外に出て、弾道飛行で日本に戻る? ここが何処だか分からないから適当になるけど」

 

クロエにしても俺たちが困っているのは理解しているが、この子は束さん第一主義だからなぁ。

 

「研究が終わるまでここにいてって束さまは言っていたので、もうそろそろ終わると思うんですが……」

 

その直後に通信機から連絡が入り、研究が終わった事を告げられた。

 

***

 

「やっと出来たよ。つかちゃんと、みゃーちゃんの専用ISね。初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)を済ませよう!!」

 

やたらとハイテンションだけど、ちょっと不味いかな?

 

「どれくらい寝てないんですか束さん。目の下真っ黒じゃないですか。そんな危ない人からのISなんて受け取れませんから、寝て来て下さい」

 

文句を言って来たので、クロエが泣きそうだと言って強引に寝かせた。ご飯のおかずを釣ってきて、せめておいしい物を用意してあげようと思う。料理が上手じゃない人ばっかりだけど、その辺は気持ちでカバーである。

 

夕方近くになって、束さんが起きて来た。

 

「さて、始めようか!」

 

嬉しくて仕方が無いらしい。みんなで苦笑しながら、初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)を束さんにして貰う。展開しても良いか聞いてから展開してみるが、なにも出ない。

 

「それはハイロゥと同時展開しないとダメだよ。ISコアを5つも使った豪華版IS。センサーと自己修復機能とシールドバリアーに全振りしてて、それとその他の基本機能で1個のコアでしょ?

残りのコア4個でマナの圧縮が出来るようにしてあるよ。ターボとかスーパーチャージャーみたいなものかな?」

 

束さんは嬉しそうに言っているが、とんでもない物を作って来た、この人には絶対逆らわないでおこうと心に誓う。

 

「どうやって作ったんですか? そんなもの」

 

「つかちゃんに、研究用の永遠神剣を出してもらったでしょう? 中枢はあれで、マナを集めてるのは永遠神剣だよ。後は、ISコアで補助して圧縮するの。

問題はマナがどういう機能を持っているのか、全然分からないんだよね。エターナルには有用だからって事で、その辺りを調べるのは後回しにしたよ。

展開はハイロゥと同時に出来るようにしてて、拡張領域(バススロット)は基本性能を高くする為に全部使っちゃった。だから、第四世代機かな?」

 

「第四世代機って……全世界で必死に開発してるのが第三世代機なのにその上ですか。束さん以外が言ったら、寝言は寝てから言えとか言われそうですね」

 

「何か喋り方が固い。くーちゃんみたいに普通に喋って。じゃないと抱き付く」

 

「分かったから抱き付くのは止めてくれ。束さんは色々自覚しろ」

 

「分かんないから、束さんはつかちゃんに抱き付く! 良いではないか、良いではないか!!」

 

「それ男女逆だから!?」

 

結局、束さんに抱き付かれながらISの操作をする。展開するから離れてと言って、ようやく放してくれたので、ハイロゥとIS展開した。

すると、マナが集急激に集まって来たのだ。俺たちはハイロゥを持っているから、並みのエターナルよりマナの運用効率は良いのだが、ISを使った場合はそれ以上……と言うか、お話にならないレベルで違う。

後はセンサー類が地味に便利だし、ウイングハイロゥで空を飛ぶ時の補助として使える、PICも便利そうだ。そう思って美夜を見ると、着ている服が変わっていた。

 

「美夜は何着ても似合ってるな」

 

「ありがとう。前のフリフリっぽいのも良かったけど、今回のも可愛いね」

 

束さんからは何も言われなかったのに、自分の姿をハイパーセンサーで確認しながら嬉しそうにしている。早速美夜は、ISを使いこなしている様だった。

 

「姿勢もスタイルも良いみゃーちゃんは、フリフリは似合わないと思った。束さんがんばったよ」

 

ミニ丈のリトル・ブラック・ドレスにアーマーを組み合わせて、ドレスアーマーに仕立てているのか。

束さんだからゴスゴスロリロリするかと思ったのに、意外なチョイスだな。そう思って感心しつつ見ていると、束さんも満足そうに見ていた。

 

「私にはこれが一番だし、みゃーちゃんにはあれが似合うと思った。だから変更したんだよ」

 

そんな事束さんから聞きつつ、今日釣った魚の夕食をみんなで食べて、その日は早めに休んだ。その後ISの完熟訓練に三日ほど費やしてから、俺たちのバカンスは終わった。

 

時にして四月下旬、十日以上学園をさぼった事に戦々恐々しつつ戻るのであった。

 

***

 

第四世代型IS”聖杯”、及び、”絶炎”(指輪型)

 

法の迷宮で作り出した永遠神剣とISコア5個を仕込んだ、篠ノ之束の手掛けた最新鋭IS。

その制作経緯の特殊性からハイロゥを展開出来る、永遠神剣の契約者にしか使用できない。元々は恒星間無人観測機で、使わずに転がしていたのを司と美夜用に改造した。

 

宇宙空間を移動する為の装備を全部外して、基本システム、ハイパーセンサー、自己修復機能、シールドバリアーに全機能を集中、拡張領域(バススロット)にすら追加センサーだのジェネレーターを積み込んだため拡張性は皆無と、それだけ見ればガラクタも良い所なのだが、本機の最大の特徴はマナ・ブースターにある。

 

マナを圧縮して永遠神剣に供給することによって、マナの薄い分枝世界でも本来の戦闘能力を維持できる他、マナのある分枝世界では戦闘能力を向上させることが出来る。

 

本来のエターナルの戦闘スタイルに近づける為に、露出する機械的な部分は完全排除している。唯一の変更点は、美夜のドレスアーマーの外観を変えた程度で、メンテナンスフリーには特に気を使い、荒い使用にも耐えられる完全な戦闘用ISに仕上げている。

 

***

 

 

 




この話からタグを増やします。

独自設定、独自解釈、白い束さん、オリジナルISです。

意外と永遠神剣シリーズの設定に書かれていない事が多く、それがあった為に戦闘描写を最低限にしていた経緯があります。それってISを名乗っていてどうなのか?
と、書いていて思っていたので、独自解釈に踏み切りました。

こんな感じで進めていきたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。

PS:小説を書くにあたって、DMMのISアーキタイプ・ブレイカーを試しに今日からやってみる。(2018/02/17)
キャンペーンボーナスを含めて、☆5ISが5枚出た・・・明日は、事故をおこさない様に注意します。


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インターミッション 彼女と彼と彼女の事情

乱音Side

 

今日も今日とて訓練の日々。台湾代表候補生として恥ずかしくない……鈴おねえちゃんに負けない様に一生懸命がんばっていると、(リュウ)候補生管理官が呼んでいるとの連絡が入った。

訓練の時には、絶対に連絡を入れないのに急用? 急いで向かうと、普段の優しそうな表情から一変した厳しい表情の劉紅花(リュウ・ホンファ)さんが待っていた。こんな表情は、二日酔いで私に醜態を見せた次の日以来だと思う。

 

「おはようございます、凰乱音(ファン・ランイン)代表候補生。突然で申し訳ないのですが、あなたにIS学園に行ってもらいます」

 

いきなりそう言って来た。

 

「はぁ!? 勝っても負けても大問題になるから、今年は避けるって話じゃなかったっけ?」

 

私は鈴おねえちゃんと一緒に学園に通いたと思っていたのだが、私は歳が一つ下で、しかもおねえちゃんは中国代表候補生なのだ。

以前と比べても台湾と中国の関係は改善されてはいる。現に私が使っている甲龍・紫煙(シェンロン・スィーエ)は、鈴おねえちゃんが使っている甲龍の量産タイプだ。ただ私とおねえちゃんの所属する国同士には、色々問題が残っているのも確かなのよね。

 

「状況が変わりました。まずこの映像を見て下さい」

 

そう言って見せられたのは、IS同士の試合だった。青いのはブルー・ティアーズでイギリス代表候補生の機体で、ネイビーカラーのラファールはフランス代表候補生の機体? ……機動性特化型ラファールの圧勝ね。

 

「フランスの第三世代機? 凄い機動性だけど、搭乗してる奴は頭がおかしいと思うわ。あんな狭いアリーナで、音速出すとか死にたいのかしら」

 

「違います。あれは訓練機で、乗っているのは男性です」

 

劉さんからは、冗談を言っている雰囲気は全く感じられない。

 

「冗談でしょ? あのラファールが訓練機な訳ないし、あの練度で男性搭乗者って……そんなのどこから湧いて出て来たのよ!?」

 

納得出来ないまま、次に見せられたのはラファールと打鉄vsヘルハウンドver2.5とコールドブラッドの対戦試合だった。

勝ったのは量産機ペア。何なのだろうこの人たち? 戦闘経験値を得る為に、この人たちと戦えって事なのだろうか?

 

「……強い人がIS学園にいるのは分かった。あの人たちと戦えって事?」

 

「それも目的に入りますが、ここからが本題です。次にこれを見て下さい」

 

そう言って渡されたのは、コスプレしているおねえちゃんの映像。劉さんは大丈夫なのだろうかと心配したが、内容が大問題だった。

このコスプレおねえちゃんは篠ノ之束博士で、聖司と言う人と聖美夜と言う人を助手兼協力者にしたとの事。

本当は自分たちと一緒に暮らして欲しかったのに、学園に行きたいと言ったから、泣く泣く送り出したと言っている。

そして博士謹製のISを持たせて送り出した……本人たちの自主性に任せてはいるが、二人に無理矢理何かをさせたら容赦しないとか、思いっきり恫喝して映像は終わった。

 

「先ほどのラファールに搭乗していたのが聖司で、打鉄に搭乗していたのが聖美夜です。この二人は自由国籍権を取得しています……篠ノ之博士の仕込みのようでしたが。

IS学園には政府関係者は入れませんので、これは政府からの命令として受け取ってください。

凰乱音(ファン・ランイン)代表候補生は、二人の確保に全力をあげて下さい。要はリクルーティング活動です」

 

「私がそんな事やるの!? これでも代表候補生で、そんな訳の分からない事をやらされる筋合いは無いと思うんですけど!」

 

劉さんは目を逸らしながらも、冷静な声で続けた。

 

「我が国にあるISコアは三個です。もしも彼らが我が国に来てくれたら五個になる。それも篠ノ之博士謹製のIS付きがです。

そして映像を見て分かる通り、彼らは篠ノ之博士にある程度の意見を聞いてもらえると言う、とてつもない権利を持った人なのです。

彼らが頼めば、ISコアを再生産してくれるかもしれない。政府の上層部は、そう考えています」

 

私は引きつった笑みを浮かべてしまった。

 

「かもしれないばっかりじゃないの!? まさか、そんなアホな作戦を本当にやるの!?」

 

劉さんは申し訳なさそうにしていたが、その命令には優しさの欠片も存在していなかった。

 

「我が国の明日の為です。凰乱音(ファン・ランイン)代表候補生は、聖司、聖美夜のリクルーティング活動に全力をあげて下さい。貴女の成果に期待します」

 

鈴おねえちゃんとIS学園に通えるのは嬉しいけど、想定出来る条件が悪すぎだよ!! 私こと凰乱音が、IS学園に飛び級で入ったのはそんな理由からだった。

 

乱音Side out

 

***

 

シャルロットSide

 

「遅れてしまって申し訳ありません。社長」

 

私はこの人の前に立つと、いつも委縮してしまう。アルベール・デュノア、私の父だと言う人だ。

 

「ああ、先ずはこの映像を見ろ」

 

ラファールとブルー・ティアーズの対戦試合。それとラファールと打鉄vsヘルハウンドver2.5とコールドブラッドの対戦試合だった。結果は信じられない事に、量産機の圧勝。

 

「それと、画像を解析した結果なのだが……これも見てみろ」

 

そう言って超スローモーションでラファールの機動を確認するのだが、信じられない事に、ごくわずかな時間だが完全に消えるのだ。

 

「光学迷彩? ……高機動戦闘時に、そんなことが出来るなんてあり得ない!」

 

「IS学園で撮られた映像だ。学園と交渉して、このラファールを手に入れることが出来た。近日中にラボに送られてくる予定で、到着しだい徹底的に解析するはずだったのだがな」

 

社長が苦虫をかみつぶしたような表情をしている

 

「途中で正体不明のISに奪われた。全力をあげて探しているが、おそらく出てはこないだろう。裏取引の材料として、IS学園にラファール二機を送ったのだが無駄になってしまった」

 

「ラファール二機って、研究用のコアを取引材料に使ったんですか!? アラスカ条約違反ですよ!!」

 

社長がこちらを睨みつける。

 

「こちらの想定外の機動力を発揮したのだ、だから”不良品”として引き取る予定だった。

ラファール二機はそのお詫びの印だったのだよ。アラスカ条約には抵触していない、今では意味の無い仮定だがね」

 

社長が苛立たし気に歩き回る

 

「あのラファールがあれば、第三次イグニッション・プランのトライアルに参加できる可能性が出て来ていたんだ。

あの機動力に光学迷彩。学園で改修したのだと思うが、あれは既に第三世代機として使用出来るポテンシャルを持っていた可能性が高い。

それにあの機体をベースにして、量産型第三世代機を作り出せれば、我が社は確実に持ち直すことが出来る。イギリスのティアーズ型を圧倒できるポテンシャルが、あのラファールにはあったのだからな」

 

社長はため息を付きつつ椅子に座る

 

「それと先日、篠ノ之博士から全世界に通達が出た。あのラファールの搭乗者の聖司と、打鉄の搭乗者の聖美夜を、助手兼協力者に認定して囲い込んだと。自主的に何かをさせるのは良いが、強制させたら報復するそうだ。

は! イギリスはティアーズ型がいいように潰されて、関係者の顔が真っ赤になっていたが、代表候補生が両名に特別扱いされていて鼻高々だそうだ。

外部に代表候補生に対しての護衛を増やしたと報告が来たが、自分たち以外の関係者が両名に接触しないように、囲い込んでるんだろうよ。畜生!!」

 

気を静めるように両眼を閉じて、少しすると目を開いて私を見た。

 

「シャルロット、お前はIS学園に入学して両名に接触しろ。特にあのラファールを開発したと思われる、聖司の調査と研究資料の収集だ。あの篠ノ之博士が認めた才能だ、絶対に学園内にIS関係の開発情報があるはずだ。

ただ彼には問題があって、女性が苦手らしい。よほど慣れた女性以外は近寄らせないとの事なので、こちらで情報は偽装する。男性として入学して、あらゆる手を使って両名を我が社に引っ張り込め。良いな?」

 

「はい、分かりました」

 

こうして私はシャルロットからシャルルになり、IS学園に入学する事になった。

 

シャルロットSide out

 

***

 

クロエSide

 

「送信終了っと。色々誤解されるように言ったから、有象無象共が山のように、つかちゃんとみゃーちゃんに集まってくるだろうね」

 

お二人が眠っている深夜に、束さまが各国に通達を行いました。内容は束さまがお二人の後ろ盾になると言う事なのですが、悪い笑みを浮かべている束さまを見て私は心配です。

 

「あの、お二人は本当に大丈夫なのですか? 色々な勢力に目を付けられて、大変な目にあってしまうのでは?」

 

私は司さんと美夜さんが心配で、つい束さまのする事に口を挟んでしまいましたが、束さまは私を見て、優しい笑みを浮かべていました。

 

「くーちゃんは優しいね。くーちゃんはあの二人といて楽しいかい?」

 

私は、お二人とした色々なことを思い出しました。みんな苦手なのに、がんばって料理をしたり、海で遊んだり、釣りをした思い出が蘇って来て自然と笑顔になっていきます。

 

「はい、楽しいです」

 

「束さんも、つかちゃんとみゃーちゃんと研究しててすっごい楽しいんだよね。学園に行きたいって言ってたから泣く泣く許可したけど、自分達から戻ってきたら別でしょ?」

 

束さまが黒く黒く笑っています。

 

「束さんの願いでもあるし、くーちゃんの願いでもある。二人共束さんは逃さないので、早く帰って来てくれると良いな~」

 

そう言って束さまは、お二人のISの製作に戻って行きました。そして、いけないと思いつつも私も、お二人が早く帰ってくると良いなと思ってしまうのでした。

 

クロエSide out

 

 

 

 

 




ISABから鈴の従妹の凰乱音(ファン・ランイン)を投入します。

ISABの世界だと、第三世代機の甲龍の量産機の甲龍・紫煙(シェンロン・スィーエ)を台湾に使ってもらっているので、何か不思議な感じがします。

ただ、これだと第三世代量産機を始めて配備したのは中国になるんですよね。



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第四世代機と最強の存在

旧:鈴はクンフーが足りないと思う。
後半部分が書き直してあります。


「か、帰って来た……」

 

ニンジンロケットに乗って、ようやくIS学園近くまで戻ってこれた。束さんは戻って欲しくないと駄々をこねるし、クロエは寂しそうにしてるし、多大な精神的ダメージを受けてようやく戻って来たのに、これから織斑先生に帰還の報告をしなければならないのである。お仕置きがありそうですごく行きたくない。

 

夜の道を二人で並んで歩く。学園内の敷地に直接降りるのは、束さんに必死に頼んで遠慮してもらった。せめて次の日の朝になるまでは、現実逃避していたいのだ。

 

「これから織斑先生に報告で、明日はわびおねの打ち合わせかよ。畜生、直行で部屋に行って引きこもっていたい」

 

「がんばれ、私も一緒だし……後ろから二人付いて来てる。束さんの所でやってた事がバレたかな?」

 

俺は嫌そうに顔をしかめる。

 

「もうかよ、監視衛星はスルーしてたんじゃないのか? ……やるか」

 

「一応声をかける。ダメだったらやっちゃおう」

 

俺にしても美夜にしても、束さんの無茶振りで精神が物凄く疲労していた。悪い人じゃ無いんだけど、束さんは俺にくっつき過ぎである。

普段は余裕の表情の美夜も、余りにも束さんが俺に色々押し付けているのを見せ付けられていたから、だんだんイライラしてきて最後は少し怖かったし。

 

ストレスと疲労のせいで、この時の俺と美夜は何かやさぐれていた。そうでもないと、普通こんな事はしなかっただろうし。

 

少しの間黙って歩く。付いてくるのが確実だと思われると、急に美夜が振り返ってドヤ顔をしながら、相手に指を突き付ける。

 

「ここから先はIS学園しかないよ。今なら見逃してあげるから、とっとと帰りなさい!」

 

「…………デートの邪魔したのは謝るから見逃してくれない? 私たちも学園に用があるし」

 

小柄な女の子二人が微妙な表情をしながら立っているのを見て、美夜は真っ赤になって二人から目を逸らした。

いつも余裕を失わないようにしている美夜がした、些細な失敗で顔を赤くしている所を見て、ちょっと可愛いと思ってしまった。

 

***

 

三人はすぐに馴染んだみたいだった。お喋りしながら並んで歩いていて、俺は少し離れて後ろから付いて行く。

一人は凰鈴音、中国代表候補生。確か原作の主要キャラクターの一人だったと思う。

もう一人は凰乱音。凰鈴音の従妹だと言う台湾代表候補生……いた、か? 立ち位置的に重要人物っぽいし、多分いたと思う。そんな事を考えながら後ろを歩いていたら、乱音さんが声をかけて来た。

 

「そんな所で一人で歩いてないで、こっちに来たらどう? 私たちみたいな美少女が三人もいるのに、入ってこなくて良いの?」

 

「ああ、そうだな……」

 

知らない女の子が二人もいて、どうにも中に入りづらい。そう思っていたら美夜が俺の腕を抱え込んで、強引に二人の方に連れて行かれてしまった。

 

「美夜、俺はこう言うのは苦手なんだけど」

 

「知ってる。でも慣れないとダメだから」

 

そう言って、美夜はさらに腕に力を込めて来た。学園に入学してから、美夜はこういう態度を取らなかったから少し驚く。美夜も照れているのか顔が赤くなってるし。

 

「……束さんにベタベタされて、すっごくにやけてた。綺麗だしスタイルも良いけど、誘惑されたらダメだからね」

 

「いや、別に俺h「駄目だから」」

 

「はい、ごめんなさい」

 

美夜の態度と表情から、美夜の事を傷つけてしまったと思い反省していた。束さんが俺に本気になるなどあり得ないと思うのだが、美夜が気にしている以上は注意しておこう。

そして束さんと浮気をしたと思われた俺に対して、尋問が始まってしまう。尋問管は凰乱音、容赦は期待出来ないだろう。

 

***

 

「容疑者は二股をかけた。死刑」

 

「冤罪だ!? 確かに束さんは、俺にくっついてたけど……多分、俺に興味があったんだと思う」

 

「何が冤罪よ! 女の敵! こんなに綺麗な子が気に入らないとか、贅沢過ぎて人誅を下すわよ!!」

 

「それただのリンチだから!? 仕方が無い、訳を話す。他の奴には秘密にしておいてくれよ」

 

「犯罪者のくせに偉そう。まあ、言い訳は聞いてあげるわよ」

 

仕方が無いので、束さんの所で過ごしていた事を話す。場所も俺たちの正体も、束さんの目的も話さなかったので随分嘘くさい感じに仕上がったが、それでも何も知らない二人からしたら驚きの話だったらしい。

 

「それで篠ノ之博士に認められて後ろ盾になってもらって、一緒に研究する事にしたって事? そう言う裏話があったんだ。参考になるけど……」

 

「束さんは人の選り好みが激しいから、役に立つのかどうか分からないよな。そもそも逃げ回ってて捕まらないし」

 

乱音さんは俺の話を興味深そうに聞いていたのだが、鈴音さんは胡散臭そうに俺を見ながら質問して来る。

 

「その話、何か証拠とかあるの? そう言う話って、大抵お土産とかもらうって言うのが相場だしね。玉手箱とか大きなつづらとか」

 

何でその品を選んだのか激しく聞きたかったが、絶対に口では勝てなさそうなので止めておく。

 

「あー……ISを貰った。IS”聖杯”とIS”絶炎”って言う機体。束さんは、第四世代機だって言ってたけどな」

 

そう言うと、さらに鈴音さんの目つきが鋭くなって来た。

 

「第四世代機って、いい加減な事言ってるんじゃないわよ! 各国で試行錯誤してるのが第三世代機なのよ!?」

 

「それは知ってるし、その事を俺に言われてもな。文句は束さんに言ってくれ」

 

全部本当なのに、傍から聞いたら嘘くさく感じてしまうのは仕方ないと思う。神秘が存在しないこの分枝世界で、俺たち(エターナル)より嘘くさいものなど無いと思うが。

 

「じゃあ、その第四世代機を私が試してあげるわ! 私は中国代表候補生、凰鈴音よ!!」

 

そう言った瞬間、鈴音は右腕部分のISを部分展開して、量子変換(インストール)されていた青龍偃月刀で斬りかかって来た。

時詠みで見ると、ギリギリで刃を止めるのは分かっているので俺は落ち着いているし、万が一直撃されてもオーラフォトンを抜けないから問題は無い。

ただ鈴音さんは中国代表候補生のくせに、喧嘩っ早いにも程がある。脳筋と言うか、感覚で生きてると言うか……だけどこういうアホの方が女の子らしく無くて、友達として疲れないかもしれない。

 

それに鈴音さんは期待しているみたいだし、本邦初公開の第四世代機を見せてあげよう。お代はちゃんと取るけどな。

 

エンジェルハイロゥとウイングハイロゥ、それとIS”聖杯”を同時展開。法の迷宮で”虚空”を作り出して青龍偃月刀と刃を打ち合わせるが、そもそも武器の質が違い過ぎる。

 

キン…………

 

空間ごと青龍偃月刀を半ばから斬り飛ばすと、澄んだ音を立てて切り離された上半分が、アスファルトに落ちて一転して重い音を立てた。そして、そのまま”虚空”を鈴音さんの首筋に突き付る。

 

「はい、紹介おしまい。織斑先生に帰還の報告しないといけないから、早く学園に行こう」

 

展開していたもの全てを格納して元に戻る。鈴音さんが未だに呆然として動かないので周りを見ていると、美夜は苦笑しているし、乱音さんは、鈴音さんと切り飛ばした青龍偃月刀を引きつった表情で見ていた。

 

「喧嘩を売って来たんだから、お代として鈴音さんのプライドを貰ったよ……大丈夫か?」

 

全然動かないので、流石に心配になって…………軽く肩に触れて、ゆさゆさと揺すると、鈴音さんが再起動を果たした。

 

「だ……大丈夫な訳ないわよ! どうすんのよ!? IS学園にまだ着いてないのに、双天牙月壊れちゃったじゃない!! や、(ヤン)候補生管理官に怒られちゃう」

 

鈴音さんが落ち込んでしまったのだが、追い打ちをかけさせてもらう。

 

「そんな事を俺に言われても。状況を見れば100%正当防衛が成立するし、ついでに国際法違反も追加されるぞ。がんばって生きろ」

 

「追い打ちかけるの止めてよ!? うう、どうしよう……」

 

実は俺もISを展開したから国際法違反なのだが、やっちまったものは仕方が無い。織斑先生に怒られる程度で済めば良いと思って内心でドキドキしていると、気を取り直した鈴音さんが俺に声をかけて来た。

 

「……あんた、名前何て言うの? 私は凰鈴音。鈴って呼んで」

 

鈴が自己紹介をして来たのでそれに答えようと思ったら、乱音さんが呆れたようにツッコミを入れて来た。

 

「何良い話にしようとしてるのよ、負け犬おねえちゃん。相手の話を一方的に否定して喧嘩を売って、ボロ負けするって見てて恥ずかしいよ? 私は凰乱音です。乱って呼んでね」

 

乱が乱入してきて、今までの雰囲気を打ち消そうとしていた、鈴の目論見が台無しになってしまったみたいだ。その事が原因で二人が言い争いを始めてしまったけど、普段から仲が良いのだろう。

じゃれ合っている様にしか見えない。じゃれ合いに夢中になっていて気が付かないかも知れないが、一応俺も自己紹介をしておく。

 

「聖司だ、司って呼んでくれ。美夜と一緒の苗字だから、学園内では名前で通ってる」

 

「よろしく、司」

「よろしくね、司」

 

一応は聞いてはいたらしい。

 

「次は絶対に負けないわ。首を洗って待ってなさい」

 

「ああ、鈴は知らないのか。俺と美夜はイギリスと協定を結んでいて、専用機持ちの場合は、イギリスと日本としか戦わない事になってるから再戦は無いと思うぞ。さっきのだって、正当防衛と油断してた鈴が一方的に負けただけだから、戦いになってないしな」

 

「ふざけんじゃないわよ!? 勝ち逃げなんて、許さないんだからね!!」

 

乱とじゃれ合いながら鈴が俺に再戦を求めて来たのだが、これは一回だけのサービスだから次は無い。悪いが俺の勝ち逃げにさせてもらう。

俺たち四人はそんな事をしながらIS学園の門をくぐった。俺と美夜にとっては、帰って来たって感想だったのだが。

 

***

 

楊Side

 

「……で、双天牙月を壊したと」

 

「はい、(ヤン)候補生管理官、申し訳ありませんでした!」

 

今日IS学園に転入する予定だった凰鈴音代表候補生から、信じられない報告が届いた。先日世界中を駆け巡った情報、篠ノ之博士の協力者である聖司、聖美夜両名と偶然遭遇して、ISによる戦闘を仕掛けたと言うのだ。

天才的で能力は高いのだが、天才特有の感覚で生きている所のある、凰鈴音代表候補生は私の頭痛の種だったのだが、今回の事に関しては大金星を挙げたと思う。

 

「きちんと双天牙月は回収していますね? それと……」

 

今後の予定を話そうとしたら、候補生の様子がおかしい。まさか……

 

「凰鈴音代表候補生、きちんと双天牙月の残骸は回収したのでしようね?」

 

「アハハ……済みません、忘れました」

「すぐに回収してきなさい!! 早急に準備を整えますから、私が連絡をしたら工作室(セッティング・ルーム)に来て下さい。新しい双天牙月の搬入と、甲龍から戦闘情報の回収を行います」

 

「はい、分かりました。今回の件は申し訳ありませんでした」

 

「反省しているようなので、今回の件は不問にしておきます。凰鈴音代表候補生も自重するように」

 

「はい、分かりました。凰鈴音代表候補生、これより双天牙月の残骸の回収任務に就きます」

 

凰鈴音代表候補生との通信を終了させた後、各方面に連絡を取り始める。候補生は幼馴染である織斑一夏と再会するのを楽しみにしていたようだが、その前に中国代表候補生としての仕事をこなしてもらわなければならない。

 

偶然とは言え、篠ノ之博士が作った第四世代機の情報を手に入れた上、シールドバリアーを貫通して装備を破壊する……機体を破壊しうる単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)の情報まで手に入れたのだ。双天牙月一本の犠牲で、随分と大物を釣り上げたものである。

 

私の権限では、残念だがここまでだ。後の情報収集は凰鈴音代表候補生に期待しよう。候補生に口に出して言ってしまうと、調子に乗って失敗しそうだが。

 

楊Side out

 

***

 

乱音Side

 

初対面での印象付けは多分成功したと思う。おねえちゃんが割って入らなければ、友好的に話を終えられた筈なのに。ISで脅しに行くとか、我が姉ながら何を考えているか……まあ、司はあんまり気にしてなかったみたいだけど。

 

「私の任務の重要性が凄く高くなった。篠ノ之博士も自重してよ、第四世代機とか聞いて無い……」

 

ターゲットの司と美夜に偶然会ってから何かの参考になるかと思って、ISでデーターを取っていたのが役に立つとは思わなかった。ほとんど何も分かっていない、篠ノ之博士関連の情報も手に入ったし、何より司のISの実働データーが手に入ったのが大きい。

 

「おねえちゃんが手も足も出ないとは思わなかった。量産機で専用機を落としてたのは、実力だってハッキリしたけど……私と戦闘訓練して欲しいなぁ」

 

あれが実戦なら、おねえちゃんは為す術もなく落とされていた。実力が違い過ぎて現実逃避したくなるレベルだけど、だからこそ私は司と戦いたい。

 

「取り敢えず劉さんに報告しよう。後はダメ元でイギリスと交渉してもらって、司と訓練出来るようにしてもらわないと。多分ダメだがら、私も司にお願いしに行くけど」

 

おねえちゃんと一緒に学園に通って訓練すれば強くなると考えていた私は、校門をくぐる前に消え去ってしまった。IS学園には、どうやら最強が存在するらしい。

 

乱音Side out

 

 

 

 

 

 

 

 



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集う者たち

部屋に戻ったら、簪さんがホッとした表情を見せてお帰りなさいといってくれた。束さんに拉致られて、いつまでも帰ってこなかったのでセシリア共々かなり心配したらしい。

俺たちの居なかった時に起こった学園の様子を聞きながら、俺も束さんに拉致られた後の事を、話せる範囲で話す。

 

……鈴と乱の時も思ったけど、話せる範囲が少なすぎる。

 

研究の手伝いをしながら南の島でバカンスしていた事になって、心配してたのに連絡もくれなかったと、簪さんが物凄く悲しそうに俺を見つめて来る。

対人スキルがポンコツな俺は、思いっ切り動揺して焦って挙動不審になった。物で釣るなんて俺って最低だなと思ったが、今すぐ出来て簪さんの興味を引く事なんてこれ位しか無いと、束さんから貰ったISと言う事になっている、ウイングハイロゥを見せてあげた。

 

「うわぁ……綺麗。光る天使の輪と、空中に浮いている光る翼ですか。着ている物も機械的な装甲じゃなくて服みたいなんですね。うん、似合ってると思いますけど、ファンタジー物か伝奇物の主人公キャラみたいですね」

 

そう言いながら、ペタペタと触って来る。へー、とか、うう~んとか言いながら、ぐるぐると回って色々見ながら、どんどんと顔を近づけて来た。って、近い近い近いって!!

 

「待って、簪さん。これ以上近いのはマズイから」

 

「へ?」

 

胸の辺りの部分鎧を見ていた簪さんが、俺の言葉に反応して顔を上げると、至近距離からお互いを見つめあう形になった。簪さんの綺麗な瞳に、俺の顔が映っている。

 

「うわぁ!? ご、ごめんなさい!!」

 

真っ赤になってワタワタし始めた簪さんの女の子らしくない悲鳴に、少し笑ってしまった。

 

「弐式が出来たら模擬戦も沢山することになるだろうし、今日ここまでにしよう。寝ようか?」

 

そう言ってベッドに入り、俺は夢も見ない眠りに入っていった。

 

***

 

簪Side

 

司さんと美夜が、やっと戻ってきてくれた。すごく嬉しいけど、話を聞いていたら遊んでいたようにしか言わなくて、少し悲しくなった。

きっと話せない事だって沢山あるのだと思う。仕方が無いと自分を納得させていたら、司さんがISを見せてくれた。

 

……IS?

 

嘘だよ。これはあの夜に見た、月へと昇って行った翼だし。その時に、何で二人が篠ノ之博士に連れて行かれたのかが分かった。博士にこれがバレたんだ。

博士はきっと二人の正体が分かったんだろう。ズルいと思う。私が先に見つけたのに……あの夜の綺麗な姿は、私の宝物なのに。

 

「それに……」

 

私と司さんが見つめあって、キスする直前みたいになっていた。そう思って無意識に指で唇を触る。顔が熱くなって、きっと真っ赤になっていると思う。

 

「うう~」

 

ベッドの中でゴロゴロと転がる。私の事は、他の人よりは大切にしてくれていると思う。私が困っていたら弐式を作るのを手伝ってくれて、最終的には倉持技研まで動かしてしまった。

篠ノ之博士が滅茶苦茶な宣言まで出てしまって世界の注目の的になっているけど、みんなの元に帰って来てくれた司さんは、相変わらず女の子が苦手な優しい人だった。

 

「私の事を、どう思ってるのかな?」

 

司さんも美夜も凄い。姉さんにだって負けていないと思うけど、姉さんと違って暖かい人。だけど……

 

”無能のままで、いなさいな。”

 

……私はダメな子だから、きっと愛想を尽かされる。そんな思いと、絶対にそんな事は無いって信じている思いとが、私の中でぐちゃぐちゃに混ざり合って、その日は声を押し殺して泣き疲れて眠ってしまった。

 

次の日、泣き過ぎてまぶたが腫れてしまっているのを司さんに見られて、ものすごく心配された上に、冷やしたタオルと暖かいタオルを交互に乗せてくれて、腫れが引くまでお世話をしてくれた……優しすぎて勘違いしそうです。

 

司さん、私はあなたの傍らに居ても良いのですか?

 

簪Side out

 

***

 

朝になって簪さんの様子が何かいつもと違っていたが、それ以外にも何かざわついている様な感じがする。様子がおかしいのを不思議に思いながらも、いつもの四人で待ち合わせをして朝食を取る。

 

「お帰りなさい、司さん」

 

セシリアがはにかんだ様に笑って挨拶をくれる。簪さんもそうだけど、セシリアの顔を見ても学園に帰って来たと実感できてホッとする。

 

「ただいまセシリア。色々あって疲れたよ」

 

顔見知りの子たちも、少し離れながら挨拶をしてくれる。だけど……うん?

 

「どうかしましたか?」

 

「何か一部の人たちが、ギラギラしながらこっちを見てる気がする。落ち着いてきたと思ったんだけど、なんだろ?」

 

「ああ……篠ノ之博士の宣言のせいですわね。司さん、気をつけて下さいね」

 

「セシリア、そんなフラグは要らないから。束さん、何かしたのか?」

 

束さんの名前が出た時点で嫌な予感しかしないが、俺たちに関係があるらしいので聞かない訳には行かない。覚悟を決めて聞いたのだが、俺も美夜もげんなりする様な真実が待っていた。

 

「いや、束さんが後ろ盾になってくれたのは有難いんだけどさ。つまり俺がそこに行きたいって、自主的に思わせれば良い訳だろ? それでこの学校は、国の紐付きエリート女子の通う女の園っと……束さん、手段は選んで欲しかった」

 

どおりで周りの女の子が、俺をギラギラした目で見てる訳である。スカウトに成功したら専用機の一機くらいその子に与えたって、余裕でおつりがくると思われているんだろうな。

 

周りを見て暗澹とした表情を浮かべていると、セシリアも俺の事をスカウトして来た。

 

「司さんも美夜もイギリスに来ませんか? 今なら国王陛下に謁見出来て、すぐにナイトの称号を叙勲されますわよ。そうしたら、サー・聖司にデイム・聖美夜ですわね」

 

セシリアはにこやかにそう聞いてくるのだが、それを簪さんが止めに入る。二人共国家代表候補生だから、立場上仕方が無いんだろうな。

 

「司さんも美夜も日本人だし、外国に住むのは大変だと思うから、止めた方が良いと思いますよ。

イギリスは食べ物が美味しくないって言うし、セシリアつながりで貴族とか会社の上層部の人間が集まるパーティーに、引っ張りだこにされます」

 

俺たちの居ない間に、随分と仲良くなっていたセシリアと簪さんが、一転して火花を散らし始めた。二人とも目が真剣で、俺たちの身柄はかなり重要視されているみたいだ。

 

だけど、俺は一つだけ決めていた事がある。

 

「簪さん、申し訳ないけど日本だけは選ばないから」

 

俺がそう言った瞬間、食堂の中が静まり返った。

 

***

 

「え……?」

 

簪さんが呆気にとられた表情をしているが、これは以前から考えていた事だ。

 

「何でですか? 日本に所属していた方が色々な面で有利だと思います」

 

さっきの呆気に取られていた表情から一変、真剣に俺を見て始めた。そこにはいつもの柔らかい表情や穏やかな表情は無く、納得出来ないと顔に書いてある。

 

こんな場所でする話じゃないな、俺も学園に帰ってきて気が緩んでいたみたいだ。

 

「後で話すって言うのはダメかな。ここだと場所が悪いだろ」

 

「簪もだと思いますが、わたくしもこの後の授業に集中出来ませんから、今お願いしますわ」

 

簪が答える前にセシリアが話に食いついて来た。ゆっくり食事をする為に朝はいつも早めに来ているのだが、今回はそれが裏目に出ている。

俺の一言で終わらせれば噂で済ませられるかもしれないが、訳まで話してしまって、しかもそれが不確定多数に広まってしまったら真実として扱われるだろう。

日本から来るアプローチを考えれば絶対に避けたいのだが、セシリアの表情を見て無理だと悟った。凄くイイ笑顔で笑ってるし。

 

「なあセシリア、俺の事イジメて楽しいか?」

 

「今回に限ってはとても楽しいですわ。強力だと思われていたライバルが、一つ脱落するんですもの」

 

周りを見ると、外国人系の生徒が食堂の出入り口を封鎖して、俺が逃げない様にしているみたいだ。束さんのネームバリューを甘く見ていた。失言一つでこれかよ……

 

「話さないと収まらないんだよな」

 

簪さんとセシリア、他にも今回の背景が分かっている生徒は、全員が肯いたり俺に返事を返したりしているので諦めて話す事にする。別に俺の懸念を話すだけで、改善出来たら日本に所属しても構わないのだし。

 

「先ず束さんは日本人(篠ノ之、織斑先生、一夏)は好きだけど、日本についてどう考えているか分からないって所が気になっている。束さんに後ろ盾になってもらって、俺は束さんの協力者になった。それに、色々と変わった人だと思ったけど、俺はあの人と仲良くしたいからな。嫌がる事はしたくない」

 

具体的な話をし始めると、全員が静かに聞き始めた。これから言う事って政府批判になるから、国立の学校で大っぴらに言うのはマズいと思うんだけど……正直な気持ちだから仕方が無いよな。

 

「後は日本は外交下手で軍事下手、おまけに政府の中枢に日本に対する忠誠心が怪しい奴らが山ほどいるっていうのがな。所属した国の要請は受けるし仕事は当然するけど、あからさまに理不尽を事を言って来そうな所は避けるよ。選べる立場になったからには、条件の良い所を選びたいし」

 

この分枝世界の日本人じゃ無いから、俺の大切な人間と大切にしたい人間以外はどうでも良いしな。正直言って日本人だからって理由で、すり寄って来られても迷惑なだけだ。

 

「……話し終わったから、先に行ってるよ」

 

俺は食事を切り上げて退席した。

 

***

 

セシリアSide

 

「私もごちそうさま」

 

簪も席を立って食堂から出て行きました。司さんを追って行った訳では無さそうなのですが、元気が無いので気になってしまいます。簪とはこの一件ではライバルですが、一方で仲の良い友人でもあるので心配なのです。

……もう一人の友人は、もきゅもきゅと我関せずに食事を続けていますが。わたくしは、この件についての美夜の意見を聞いてみました。

 

「美夜はそれで良いのかしら? 司さんは日本を出るって言っていましたが、当然付いて行きますよね?」

 

食べるのを止めた美夜は、わたくしを見た後、少し考えてから話始めました。

 

「うん、付いて行くよ。私と司が離れるとかあり得ないからね。司も考えてはいるんだろうけど、私としては仲が良くて地位もあるセシリアの所に行くのが良いと思ってるし」

 

聞いているわたくしが思うのも変なのですが、美夜が明確に自分の意見を言うのに驚いてしまいました。普段は司さんに任せてのんびりしているのですが、この件に関しては違う様です。

 

「わたくしが聞いておいて言うのも変ですが、美夜が自分の意見を言うのは珍しいですわね。ほとんど司さんの意見に従っていたのに、この件に関しては別なのですか?」

 

「今までのとこれは全然違うからね。司のコミュ障と女の子苦手なのは人見知りから来てるから、人に慣れるのにはこの場所は良い環境だと思うんだ。女の子が多いし、司に友好的な人も多から。だけど学園生でいられる三年間で完全に治るとは思って無い。だから卒業して生活するなら、出来れば居心地の良い所に行きたいんだよ」

 

美夜の話を聞いて、わたくしは苦笑してしまいました。美夜が珍しく自分の意見を言ったと思ったのですが、結局司さんの為を思って行動すると言ったからです。

 

「美夜って、お母さん見たいですわね」

 

「私、そんなに老けて見える? そりゃあ司より何周期も年上だけど、見た目は”宿命”に変えられたし、司だって可愛いって言ってたし……

 

美夜がいきなり暗くなって、ブツブツと言い出してしまいました。美夜の場合は容姿が整い過ぎていて、知らない人の場合は気後れするでしょうが、それを見て老けているとか思う訳がありません。

 

「容姿の事を言っているんでは無くて、司さんに対する態度の事を言ってるんですが……そろそろ時間ですから、教室に行きましょう。今日はわびおねの事を司さんに頼むイベントもありますしね。わたくし、楽しみにしおりましたのよ」

 

「司は昨日からげんなりしてたけどね。セシリア、貸し一つだから」

 

「美夜は老けていませんから大丈夫ですわ。美夜だって篠ノ之博士の協力者の一人なんですから、美夜の容姿でその発言をした事が外に漏れると、変なのが湧いて大変な事になりますわよ……」

 

わたくしと美夜は、雑談をしながらのんびりと教室に向かいました。美夜の願いが叶ったら、今後もこういった生活が出来るかもしれないのです。わたくしも、そんな生活が出来たら良いと思いながら、美夜とのお喋りを楽しむのでした。

 

セシリアSide out

 

***

 

教室に入って、みんなに挨拶をしながら席に行こうとすると、のほほんさんが割りばしに上と書かれた紙を挟んだ物を渡してきた。

 

「なにこれ?」

 

「みんなからの、わびおねの要求が書いてあるよ~。美夜とセシリアはつかつか側だから、かろうじて近づける私が交渉役~、後お帰り~」

 

相変わらずゆるい感じの、のほほんさんに癒されながら要求書を見る。お姫様抱っこに、腕を組んで放課後デート……

 

「ただいま、のほほんさん。二つ質問がある。セシリアとのほほんさんの要求の、後ろから抱きしめながら写真撮影は本気かよ? 後、自分たちが指定する先輩を交えて、美夜と一緒にお茶会が四人もいるんだけど?」

 

セシリアも美夜もまだ来ていないから聞く事は出来ないけど、セシリアには実行する前に聞けばいいか。

 

「のほほんさんは本気か? 俺が恥ずかしいから嫌なんだけど……」

 

「本気だよ~、みんなに自慢するんだ~」

 

「生臭い事になりそうだから、無暗に広めないでくれ!」

 

のほほんさんが意見を変えないかと思って目で訴えるが、のほほんさんが喜ぶだけで意味が無かった。

 

「分かった、やるけど絶対に取り扱いには注意してくれよ。週刊誌に載るとか俺は絶対に嫌だからな! 順番だから、その時が来たらお手柔らかにお願いします」

 

微妙にヘタレながら、のほほんさんにお願いしておく。のほほんさんはスタイルが良いから、生々しくなりそうで嫌なんだが、本人が良いって言ってるからなぁ……話題を変える為に、もう一つのお茶会の事について聞いてみる。

 

「これって、束さんの宣言のせいだよな。一般の生徒にまで広がってるのか? 政府関係者にしか広まって無さそうだし、俺と美夜が帰って来たのは昨日だぞ?」

 

「あのね、つかつか~、お茶会を頼んでるのは国費留学生だから~」

 

「ああ、奨学金が国から出てるのか。そう言う理由なら、クラスメイトの為に一肌脱ぐよ。ただ、美夜には聞いてみないと分からないけどな。四人共それで良いか?」

 

既に教室に来ていて、緊張しながらのほほんさんと俺の話を聞いていた四人は、俺が了承した事であからさまにホッとしていた。どうやら上に強く言われているみたいだ。

 

「それとあいつらは何やってるんだ? まだ転入の挨拶もしていないだろうに、こんな所に居て良いのかね」

 

「つかつか知り合い~?」

 

「昨日出来た友達だよ。ちょっと行って来る」

 

「いってらっしゃい~」

 

一夏と箒、それと昨日ぶりのちんまいのが二人して、何やら騒いでいた。

 

***

 

「そこのアルアルコンビ、まだ転入の挨拶もしてないだろ? 職員室で待機してないと怒られるぞ」

 

抜け出して何やってるんだか。そう思って呆れていると、鈴がグリンとこちらを睨みつけて、指を突き付けながらずんずんとこっちに近づいて来た。

 

「司! その大陸の血を引いてるからって、何にでもアルアル言うの止めて! テンプレなんて死ねばいいのに!!」

 

「相変わらず鈴は面白い奴だな。乱もこんなおねえちゃんの世話は大変だろ? 困ったら相談に来ていいからな」

 

さらっと鈴を流しながら、乱に言うのだが……あ

 

「大体、あんたはとは昨日の勝負のつづ……」

 

周りも見ないで俺に突っかかってこようとした鈴は、織斑先生が来たのに気が付かなかったらしい。出席簿が今日一番の音を立ててるし。

 

「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」

 

「ち、千冬さん……」

 

「織斑先生と呼べ。さっさと教室に戻れ、邪魔だ。司も席に戻れ、SHRを始めるぞ」

 

鈴と乱を追い払って俺が席に着くのを見届けた後、織斑先生はSHRを始める。

 

「今日は転入生を紹介する。入ってこい」

 

鈴と乱はこっちのクラスか? そう思って扉の方を見ると、予想外の人物が入って来た。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国には不慣れな事が多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」

 

みんなは男だと言うので黄色い悲鳴を上げていたが、俺にとってはそれどころでは無かった。

 

「あれ、こんな展開だったっけ?」

 

何か変だとは思うのだが、その何かが俺には分からなかった。

 

 

 

 

 



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転入生と波乱の幕開け

SHRが終わって、次の授業は着替えて第二グラウンドだと織斑先生が言っている。

 

「一夏おはよう、鈴と乱とで騒いでたけど何してたんだ?」

 

「司は何のんびりしてるんだよ! 囲まれたら質問攻めにあって、遅刻するぞ。シャルルだっけ? お前も早く来い!」

 

一夏と転入生のデュノアはそうなるだろうけど、俺は大丈夫だしな。みんながデュノアと一夏を見つけて騒ぎながら囲もうとしてるけど、俺の周りには穏やかにあいさつしながら、二人を追う女の子達しかいない。

 

「何で司の周りだけ、そんな穏やかなんだよ! おかしいだろ!」

 

叫びながら走ると言う、なかなか器用な事をしている一夏に手を振りながら見送る。

 

「日頃の行いで、一組と四組の子に色々してあげている結果だよ。味方を増やそうとしないからそういう目に合うんだ」

 

既に姿の見えない一夏に対して呟く。俺が女の子を苦手にしてるのは学園内に知れ渡っているし、一組と後から仲良くなった四組には鉄の掟(お触り厳禁)がある。

無視したら一組と四組の粛清部隊が動くし、動く事なんて絶対あり得ないが、抑止力としてケイシー先輩を吊るした美夜がいる。それにもし触られたって、俺だってそんなにうるさく言わない……ベタベタされたら逃げるけど。

 

「それにしても、”宿命”に教えてもらった事が役に立ってるな。協力者を増やせか。エターナルくらい強力だと何でも出来るから、慢心しやすくなって思わぬ不覚を取るから注意しろって言ってたからな。言ってる事はもっともだけど、(コミュ障)には難易度が高いんだよな……」

 

(秘密の世界)の事を少し懐かしく思いながら、俺は時間に遅れないようにのんびり行動するのだった。

 

***

 

「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。みんなも期待しているようだ、司、美夜。試しに飛んでみせろ」

 

織斑先生はそう言っているが、俺と美夜は顔を見合わせて少し困ってしまった。

 

「俺と美夜のISは通常とはかけ離れてるので、こう言う事の参考には絶対にならないと思うんですけど」

 

「そうなのか? だが、みんなが期待しているようだしな……司と代表候補生のオルコットで飛んで見せろ」

 

そう言われた以上は仕方ない、俺は前に出てハイロゥとIS聖杯を起動した。

 

「……はぁ!?」

 

みんな驚いてこっちをガン見している、本当はISじゃないから仕方が無いけどね。

 

「第四世代型IS聖杯です。俺と美夜のISは、見た目からして従来機と違うから、本当に参考にならないんですよ」

 

なんと言ったって、白く光る天使の輪と白く光る翼、白いコートに赤の意匠、おまけに銀の部分鎧だ。美夜も周りに頼まれて、ハイロゥとIS絶炎を起動させた。黒く光る天使の輪と黒く光る翼、ミニ丈のリトル・ブラック・ドレスと黒い甲冑のドレスアーマーだ、滅茶苦茶目立つ。

 

授業が少し止まってしまって、無慈悲な出席簿が猛威を振るった。

 

***

 

ブルー・ティアーズを展開したセシリアと一緒に空を飛ぶ。セシリアはこちらをチラチラと見ながら、俺のマニューバを学ぼうと必死だ。

 

「後で教えるよ?」

 

「教えられてばかりですと……わたくしにも代表候補生としてのプライドがありますから、せめて基本的な事は押さえておきたいですわ。それに、わびおねで忙しいのでは?」

 

セシリアは自分のお願いを思い出したのか少し赤くなっている。セシリアの想いに気が付いているので、俺は内心複雑だがそれを無視して苦笑いした。

 

「全部終わるのに三日くらいかかると思う。それが終わったら美夜も交えて色々訓練をしよう。専用機持では唯一、一緒に訓練出来る仲だしな」

 

「はい」

 

華やかにこちらを見てはにかんでいる。好かれて嬉しくないなんて事は無い。信頼と言うか好かれてると言うか……うん、困った。セシリアの事は嫌いじゃないから余計に困る。そんな事を考えながら飛んでいると、織斑先生から通信が入る。

 

「司、オルコット、急降下と完全停止をやって見せろ。目標は地表から十センチだ」

 

フムン

 

「セシリア、そっちの機動に同調させる。俺たちの上手さを見せ付けてやろう。

You have control.」

 

そう言って俺はクスクスと悪戯をするように笑う。

 

「あ”っ……I have control.いきますわよ司さん」

 

そう言って顔を赤らめながら、同じくクスクスと笑う。

 

そうして、俺たちは小さなミッションを成功させたのだった。

 

***

 

「次は武装の展開、司やってみろ」

 

織斑先生が言うので、”虚空”を出す。

 

「斧か、遠距離武装はあるのか?」

 

「あると言うか……」

 

地面に向かって、ごく弱くオーラフォトンの形状を整えてビーム状に射出する。

 

「特殊すぎて既存の常識が通用しないのか。美夜はどうなんだ?」

 

同じくウイングハイロゥを展開していた美夜が”絶炎”を出す。こちらは両手剣型で、美夜はオーラフォトンよりも赤の神剣魔法の方が得意だったので、プラズマを細く絞って地面に照射していた。

 

「お前たちのISが特殊だと言う事が分かった。何もない空間から、ビームとプラズマを撃てるのか。束のやつ、こんな物を与えるなんて……」

 

織斑先生がそんな事をぶつぶつ言っているが、これ魔法だからISは関係無いけど。後はセシリアが武装を展開して授業は終わった。

代表決定戦の時は使用武器から想像したセシリアの得意距離で戦っていたので、近距離戦が苦手なのは知らなかった。これは俺と美夜とセシリアで相談して、訓練内容を決めないとダメかな?

 

そんな感じで色々と分かって、有意義な時間だった。

 

***

 

昼休みにいつものメンバーで食堂に向かう。一人だと大変だと思ったのか、一夏がデュノアを連れて来たので俺も自己紹介をする。

デュノアが何をしに来たのかとか、そういう細かい所は覚えていないのだが、男装した女の子と言う事だけは覚えているので問題ない。デュノアとデュノアが抱えている問題を、一夏に押し付けるつもりだからだ。

 

「聖司だ、司と呼んでくれ。よろしくな」

 

「シャルル・デュノアです、僕もシャルルで良いよ。よろしくね」

 

俺の容姿は日本人に見えないから微妙な所なのだが、初の白人男性のIS搭乗者と言う事で、周りを見ると物凄い注目を集めていた。

 

「シャルルは人気だな、視線が物理的な圧力を持ってるみたいだ。女の子が苦手な俺は目立たない所に行きたいよ」

 

「そうかな? 司のISが珍しかったから注目してるんだと思うけどな。僕なんかより全然凄いんだし」

 

シャルルは苦笑しながらも、実に自己評価の低い事を言い出した。専用機は一種のステータスシンボルだから、そういう面もあるのは分かるのだが、シャルルはうちの学園生の事を誤解している。みんな珍獣()を見に集まっているだけだ。

 

「上級生で上を目指していたり、紐付きでもない限りこの時期でそれはどうだろうな? いないとは言わないけど、これ全部がそうかね?」

 

そんな風に女の子の人気を二人で押し付け合っていると、食券の券売機の前で鈴と乱が待っていた。

 

「待っていたわよ、一夏!」

 

「こんにちは、司」

 

鈴は一夏に会えるのを嬉しそうに待っていたみたいだが、乱の一夏を見る目が何かトゲトゲしている。席に着いてから、朝騒いでいた件を一夏に聞いてみる。

 

「一夏、乱音に何かしたか? 初対面でこんな塩対応する子じゃないと思うんだけど?」

 

「いや、鈴に似てるから鈴二号って呼んだら急に怒り出してさ、何でだ?」

 

一夏が朴念仁で、そう言う気の回し方が出来ないのを篠ノ之を通じて知ってはいたが、そうだとしても初対面の女の子にそんな事言うのは駄目だろ。

 

「なあ、乱音。鈴との間柄を教えてやれ。一夏は察しが悪いから、一言で言い表してくれ」

 

「……分かった。私と鈴はラ・イ・バ・ルよ!! これで分からなかったら、あんたの事を引っ叩く!」

 

「そう言う訳だ。一夏だって、目標にしてる織斑先生の姉弟だからって、織斑二号って言われたら怒るだろ?」

 

一夏は俺と乱音の話を聞いて、自分がかなり失礼な事を言った事に気が付いたらしい。

 

「俺が悪かった。許してくれ、乱音」

 

そう言って一夏が反省しているのを見て乱音は矛を収めたのだが、それを見ていた鈴はかなり感心しているみたいだった。

 

「司、凄い。一夏が女の子の気持ちを理解して謝ってるとか、奇跡を起こしてる」

 

「……言いたい事は良く分かるけどな。結構苦労してるんだよ」

 

セシリアと美夜は理由が分かっているので笑ってるし、篠ノ之は恥ずかしいのか視線を外していたが、一夏関連のトラブルを持ち込んで来るのは決まって篠ノ之なのだ。

 

説明をすれば一夏だってきちんと分かってくれるのだが、問題は分かりやすく言わないと曲解をする上に篠ノ之の説明の仕方が下手糞で、しかも自分の事を一夏に察して欲しいと言う乙女パワーにあふれている所だ。

毎回この手のトラブルに俺が巻き込まれて、ルーチンワーク気味に翻訳出来るようになって来た、自分自身を褒めてやりたい。その事をここに居る全員に説明したのだが……

 

「つまり、一夏となんかあったら司に言えば良いって事?」

 

「何聞いてたんだ、鈴。厄介事を持ち込むなって言ってるんだよ」

 

「良い事聞いたわね。存分に使い倒すからよろしくね」

 

こいつも篠ノ之の同類で、人の話を聞かないらしい。平穏な日々が音を立てて崩れ去る予感がして、俺はため息をついたのだった。

 

***

 

放課後に、わびおね案件とかをこなして部屋に帰ろうとすると、何か喧嘩しているような声が聞こえて来た。

 

「更識さんも男が同室なんて嫌なんじゃないかなって? 気を遣うし司だって女の子苦手だし。だから僕と部屋を変わらない?」

 

「そうそう。司って優しそうに見えて結構おおざっぱみたいだし、気苦労が絶えないかなって。私が変わってあげるわよ?」

 

「……司さんは優しいです。悪口言うの止めて下さい……」

 

シャルルと乱が簪さんに詰め寄って、部屋を替えてくれと訴えていた。乱音にしてもシャルルにしても、ほぼ初対面なのに何考えてるんだ?

 

「女の子と男が同じ部屋なんておかしいよ! 司だって若いし、男だし……こう、色々あるかも知れないじゃないか! 更識さん可愛いんだから、もっと危機感を持たなきゃダメだよ!!」

 

あー……。この状況を俺も不自然だと思っていたので、これに関してはシャルルに全面的に同意せざるを得ないのだが、それを聞いた簪さんがキレてしまった。 

 

「司さんの事を何も知らない癖にナイト気取りですか? フランス人男性ってよっぽど暇みたいですけど、私は忙しいんです。帰って下さい……。これ以上ここに居るんだって言うなら、呼び出されて襲われたって言いますよ?」

 

視線に殺気すら込めて、シャルルの事を睨み付けていた。これ以上傍観していると血を見る事になると思って、三人の方に慌てて近づいて行く。

 

「司……」

「あ、司」

 

二人はバツが悪そうに眼を逸らすのだが、シャルルの言っている事が間違っている訳では無いので、何とも対応に困ってしまう。

 

「シャルルの言ってる事は俺も正しいと思うんだけど、ここは二人部屋だからな。かn」

「部屋を替える必要なんて無いです! 私は帰れって言いましたよ!!」

 

簪さんはそう言って、俺を引っ張り込んで扉に鍵を掛けてしまった。乱音とシャルルは諦めて帰ったようだったが、残ったのは蚊帳の外だった俺と、怒りが治まっていない簪さん。取り敢えず、後であの二人はお仕置きする必要があると思った。

 

 

 

 

 

 



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大切な人の為に

旧:獰猛なガールズトークが現れた!! 全面改訂


全く、何しに来たんだあいつらは……

 

乱は昨日、シャルルは今日会ったばかりなのに、いきなり寮の部屋を替えてくれとか訳が分からない……とも言えなかった。

ヒントはデュノア。俺が一時期使っていたはぐれメタル号の代わりに、二機訓練機を送って寄越した気前のいい会社なのだが、最近業績が悪化していて逆転のチャンスを俺に求めて来たのかも知れない。

 

そう考えれば、台湾代表候補生の乱の目的も理解出来る。うちのクラスの子が、お茶会を開いたのと同じ理由としか思えなかった。

 

「代表候補生だからって、直接交渉って言う抜け駆けされると後が怖いんだけどな。全員が同じ事しだしたら収拾がつかなくなるし……あの二人には、お仕置きする必要があるかな?」

 

だがIS聖杯を使って戦うと、二人に対してご褒美になってしまうと言う罠が存在していた。そして万が一ケイシー先輩辺りに詳細が流れると、お仕置きを求めて俺に突撃して来るだろうし。

そんな風に二人のお仕置きの事を考えながら、恐る恐る簪さんの方を見るとまだ怒っているらしくて、重くて底冷えするような雰囲気を発していた……俺が比較的冷静さを保っているのは、簪さんが激怒しているからと言うのもある。

 

「簪さん、一緒にお茶しよう。あいつらは追い出したし、外野の言う事を一々気にしてたら生活出来ないよ」

 

現状の不自然さには目を瞑り、簪さんの機嫌を直す事に全力を尽くす為にキッチンへ向かう。その間に簪さん好みのネタを一生懸命考えていたのだった。

 

***

 

「落ち着いた?」

 

「はい……司さん、すみませんでした」

 

簪さんの話す事を相槌を打ちながら聞いていたら、段々と落ち着いて来てくれた。普段大人しい子を怒らせると、大爆発する事が分かったのは収穫だった。今後に生かそうと内心ため息をつく。

 

「あの……司さん。あの人たち、何しに来たんでしょうか? 理由が分からなくて少し怖いです」

 

「二つ考えられるけどな。一つはフェミニストと女尊男卑主義者のコンビが、大人しい簪さんを救おうとやって来た。

この学園に来て初日だから俺の事を知らなくて当然だし、年頃の男女を同じ部屋に住まわせるなんて事してるのがバレたら、俺も簪さんもただじゃ済まないからな。やり方はおかしいけど、やってる事は正しいと思う」

 

簪さんは俺がこの状況を良く思っていない事を分かっているらしくて、表情が硬くなってしまった。それと乱に関して言えば、帰り道の夜に話した限りだとそんな風に見えなかったから、多分違うとは思うけど。シャルルだって男装女子だし。

 

「だけど少なくとも乱は、俺たちが帰って来た夜に話した限りじゃそんな風に見えなかったから、もう一つの方のスカウトだろうね。フランスは欧州連合との仲が良く無いみたいだし、台湾は……色々あるんじゃないかな?」

 

”聖杯”のサーヴァントシステムで、シャルルと乱の情報収集を集めると、表向きの物はすぐに出て来た。

 

二人共代表候補生で、フランスは独自規格に……と言うか、技術力が無くてイグニッションプランから除名されているし、台湾は中国の干渉に悩まされているらしい。まあ、両方とも欲しいものが分かりやすいし、ログ領域にアクセスして詳しい情報を抜くまでも無いだろうな。

 

「……司さんは…………そんな扱いで良いんですか? あの二人は司さんの事を無視して、篠ノ之博士の事を見てるだけじゃ無いですか!? ただ技術とISコアだけしか見ていないなんて、司さんの事をバカにしてます!!」

 

簪さんは全部を納得してはいなかったのだろう。俺の推測を聞いて、怒りの熾火にまた火がついてしまったようだ。簪さんは自力でISを組めるくらいに知識があるから、今のフランスの事を知っているだろうし、日本に住んでいれば中国と台湾の関係もある程度は分かる。

二人の態度と俺の扱いで悔しそうにしてくれているが、束さんの後ろ盾を得ると言うのはそう言う事だと思っていた俺は、簪さんの態度を有難く思っていた。

 

「簪さん、俺の為に怒ってくれてありがとう。でも、束さんに関わって生きて行くってそういう事だから」

 

「…………そうですね。私も司さんをスカウトしたかった一人ですから、二人の事について何か言う資格は無いですもんね。でも、司さんは私にとってはヒーローですから」

 

「そうか。じゃあ、簪さんの期待に答えられるようにしないとな。しかし、俺がヒーローねぇ……間違ってもそんな柄じゃ無いんだけど、近しい人を守れるならそれも良いかもな」

 

ロウ・エターナルとして生きて行く事を決めている俺が、人間のヒーローって言うのは何の冗談なのかと思うが、身近な人のヒーローになるのなら問題無い。

 

「あ……あと、今度から簪って呼んで下さい! …………セシリアの事が羨ましかったんです」

 

「お? おお、分かった簪。じゃあ、そろそろいい時間だから夕飯でも食べに行こうか」

 

「はい、行きましょう!」

 

そう言って機嫌が直った簪と夕飯を食べに行くのだが、実はこれが簪の遠回しな告白なのかも知れないと言う考えに至って冷や汗が出て来た。

食事を終わった後も鼻歌を歌いながら機嫌良くしていて、俺を見て赤くなったり、何か行動が可愛くなったりしているけど普段通りだと思おう。

 

一夏の事を偉そうに言えないよな……

 

嬉しそうにしている簪を見て、内心頭を抱えていたのだった。

 

***

 

次の日の朝、教室に入ると一夏の頬に紅葉が張り付いていた。

 

「おはよう、一夏。その紅葉はどうした。もしかして篠ノ之を襲ったのか!?」

 

「何で嬉しそうなんだよ! 鈴にひっぱたかれた。昨日部屋に乱入してきて、部屋を変われだってさ」

 

そこで何故鈴が出て来るのかが分からないので聞いてみたら、セカンド幼馴染とか言い出した。乱の件もあったので数字で人を呼ぶのは良い事じゃ無いとは思ったが、一夏の癖なのなら仕方が無いのか?

 

後、俺に流れ弾が飛んで来そうなので、聞きたくは無いが疑問に思った事を聞いておく。

 

「それで、部屋を替えたのか?」

 

「ああ、シャルルとな。男同士だから気が楽だ、部屋が変わって良かったぜ」

 

……一夏は良いのかも知れないが、この流れは俺にとって非常によろしく無い。何故なら、篠ノ之が俺に向かって飛んでくるであろう案件だからだ。それとシャルルが男装女子だとバレたら、絶対にろくでもない事が起こる。

 

そう思っていたら、早速厄災がすっ飛んできた。

 

「司、昼休みに顔を貸して」

 

怒りに充ち満ちた表情で、一夏を睨みつけている鈴が一方的に約束を取り付けて、自分のクラスに帰って行ったのだ。篠ノ之じゃない事に疑問を持ったが、鈴にしたって昨日のお昼に話を聞いて、今日厄介事を持ち込むとか止めろと言いたい。

だけどあの状態の鈴と話すのは嫌だが、怒りが飛び火するのはもっと嫌だ。昼にドナドナされる子牛の気持ちで食堂に行くと、鈴と篠ノ之と乱とシャルルが待っていた。

 

「何なんだ、このカオスな面子は?」

 

「良いから座って。司に頼みたい事があるのよ」

 

怒りが収まったみたいだが、それでも何かイライラしている鈴と篠ノ之と、気まずそうにしている乱とシャルルと言う集団なのだ。嫌々ながらに席に座ると、鈴が俺に頼みごとをして来た。

 

「一夏の訓練の相手を決めたいの。私か箒なんだけど、司が判断して」

 

「そんな事二人で決めろよ、俺が決める事じゃ無いだろ。そもそも何で一夏に言わないんだ、一夏本人の事だろ」

 

「……いや、昨日アリーナでどっちが教えるかで喧嘩になって、二対一で一夏をボコボコに…………一夏本人は自己主張しなかったから、一夏の面倒を見ている……司……にと…………」

 

篠ノ之が小さくなりながら、途切れ途切れに言って来る。鈴は視線を逸らして俺を見ない様にしているし、そんな様子の二人を乱とシャルルは白い目で見ていた。そして聞いていて俺も呆れてしまった。いくら何でもこの二人は相性が悪すぎる。

 

「お前ら何やってるんだよ……まあ良いや。俺に丸投げしたんなら、後で文句は受け付けないからな。鈴、一夏の面倒を見てくれ。ただし指導に問題があったら、変わってもらう事もありうるけどな。これで良いか?」

 

俺の言う事を聞いた瞬間、鈴は得意げな表情になってガッツポーズを決めているが、納得が行かなかったのは篠ノ之だろう。

一夏との事を俺は応援しているし、今回も自分が選ばれると思って俺に決めさせたのだろうが、生憎IS関連はそうもいかない理由があった。

 

「司! 何でだ!?」

 

「文句は受け付けないって言ったのに、もう反故にするのか? 鈴が代表候補生で専用機を持っていて、篠ノ之はISを持ってないからだ。

選択肢を増やしたとしても、俺と美夜は協定で無理だしな。セシリアは訓練中で自分の事で精一杯だと思うし、簪に頼む訳には行かない。乱、シャルル、一夏の指導役を出来るか?」

 

俺の知っている代表候補生は全員無理なので、ここに居る代表候補生に聞いてみるのだが、芳しくない答えが返って来た。

 

「鈴おねえちゃんに恨まれるからやらないわよ」

 

「僕も出来ないかな。転入したばかりで色々やる事があるし」

 

「二人ともありがとう。そう言う訳だ。鈴、一夏の事頼むな」

 

「司に頼まれたんだから仕方ないわね。まあ、私の実力を考えれば当然なんだけどね!」

 

選択肢がこの二人だけって言われると選びようが無いのだ。後は指導方法を見て、駄目なら他の人に頼むと鈴にはあらかじめ断っているから問題は無い。教えられる人間を確保出来るかと言う別の問題が出て来るが。

 

「私の方が一夏の太刀筋を分かってるし、癖だって分かる。司は鈴の指導方法だって知らないだろう!」

 

理由をきちんと話したのに、篠ノ之はまだ納得しなのか……ここから先は篠ノ之にとってはキツイ事を言わないといけないから、出来れば避けたかったんだけどなぁ。

 

「じゃあ束さんに連絡を取るか? 篠ノ之が頼んだって知れば、直ぐにISを送って来る筈だぞ。

それに鈴の指導方法は知らないけど、篠ノ之はこの件に関しては問題外だって事を理解してるのか? ISを持って無い、この学園に来るまでISに触った事が無い、ISに関する実績が無い。これで一夏の指導役になれるって何で考えられる? 剣道じゃない、ISの扱い方の指導をするんだぞ」

 

上手いとか下手とか以前に、最低限の前提条件を篠ノ之は満たしていないのだ。ISの訓練は一夏にとっては急務なのに、この二人はその事を全く気にしていない。

男性IS搭乗者である事が分かった以上は、否が応でもその世界で生きて行くことを強制される。一夏の専用機は一夏自身をを守る為の物でもあるのに、どちらが教えるかで揉めるなんて論外だ。

 

それと、俺は近くで昼食を取っていた美夜を呼んで来て、この二人に足りないものを見せ付けた。

 

「なに? 今日は頼まれ事があるから、一緒に食べられないって言ってたのに」

 

「美夜、愛してる」

 

「うん。私も司の事愛してるけど、どうしたの?」

 

「この二人に足りないものを提示したんだ。呼び出して悪かったな」

 

篠ノ之と鈴を見て事情が分かったらしくて美夜は苦笑していたが、二人は俺と美夜を見て黙ってしまった。一緒に訓練して、その内一夏と……なんて考えているんだろうが、あいつの人気を考えれば、悠長な事などしている暇など無い筈なのに。

 

「別に意地張ってるのも理想を夢見るのも良いけどさ、人間って言葉にしないと伝わらないぞ。後で後悔しないようにな」

 

忠告のつもりで俺は二人言って、美夜もそれ聞いて肯いている。偉そうで全然俺らしくは無いと思うけど、篠ノ之には幸せになってもらいたいし、鈴は友人なので一応言っておいた。篠ノ之も鈴も人の話を聞かないから、どれだけ効果があるかは不明だけど。

その後美夜が要件が終わったので、セシリアと簪が居る席に戻ろうとしたら、今度は乱とシャルルが呼び止めていた。

 

「待って! 司と美夜が両方いるんだったら私の話を聞いて!」

「司も美夜さんも僕の話を聞いて! お願いします!」

 

「あのな、昨日お前らがした事を、俺はまだ許して無いんだぞ? ……簪が許すまで謝ってこい。それで許すから」

 

二人に対してそうは言ったが、結局お仕置きのネタは思い浮かばなかったし、友人相手に酷い事もしたくないので無難な線で納める事にする。

俺の話を推測はしていたのか聞いたら直ぐに簪の所に行って、恥も外聞も無くペコペコしていたので簪はすぐに許した。注目されている男性IS搭乗者に頭を下げられて、凄く居心地悪そうにしてたのだが。

 

***

 

「そう言う訳で台湾に来て下さい。お願いします」

「フランスに来て下さい。最大限の望みは叶えますから」

 

「ごめんなさい、無理です」

「司が嫌って言ってるから、私も嫌かな。ごめんね」

 

二秒で二人の要件は終わった。二人共絶望的な表情を浮かべているが、正直に言って選択肢としては微妙だからなぁ……セシリアが言って来た時には真剣に考えていたが、それは俺がセシリアを信用しているからだし。

 

「理由を教えてよ! 詳しい話を言う前に断られたら、条件も出せないから!! フランスは食べ物だっておいしいし、綺麗で住みやすいよ!! 田舎の方はだけどだからおいでよ!!」

 

「台湾だっていい所なんだから! 話も聞かないで断らないでよ!!」

 

「理由って言われると、フランスはイギリスより魅力が無いから。セシリアの事を信用してて、イギリスと協定まで結んでるのに、欧州連合のライバルの所になんか行けないよ。

台湾は俺を守れる力が無さそうだから。日本もそうだけど、中国に強く言われたら身柄を差し出されそうで嫌だ」

 

乱もシャルルも国家代表候補生だから自分の国が大事だと言うのは分かるのだけど、俺は周りの近しい人が大事だし、そう言う人を守りたいのと同時に自分の事を守ろうとすると、今の所イギリス一択なのだ。

 

「俺は大切な人と大切にしたい人を守る為に力を使う事にしてるから、その延長線上でしか国に所属する気はないよ」

 

そう言って、食事が終わったらしい三人(美夜、セシリア、簪)と一緒に食堂を出た。

 

「司さん、よろしいのですか? 今の話だと、わたくしの国に来て下さると言っている様なものなのですが……」

 

「セシリアの事を信用してるからな。後は束さんの所で放浪しながら、研究の手伝いくらいしか考えて無いし」

 

セシリアはそれを聞いて、機嫌良さそうにしながら俺の隣を歩いていた。反対には簪が困り顔をしながら歩いていて、美夜は俺たちを見ながら嬉しそうにしていた。

 

その日もわびおねを済ませて部屋に帰り、このまま平穏に過ごせると思っていたら、次の日に嵐がやって来た。

 

つまり、司の大切にしたい人枠に入ればいい訳よね……おはよう司、これからよろしくね!」

 

元気な乱が、部屋の前で待っていたのだ。

 

***

 

ハイロゥ:本来はスピリットが戦闘態勢に入ると現れる現象で、司と美夜は”宿命”に授けられた。戦闘を行う時に、周囲のマナを利用して神剣魔法を使ったり、筋力を強化して神剣を振るう事をする為、その身体を瞬間瞬間で再構成します。

呼吸をするようにマナを体に吸収させてエーテル化して、マナ化を繰り返してパワーを上げる時のインターフェイスの役割を果たしています。

司と美夜はエターナルなのに、ハイロゥと束さん謹製のISを持っている為に、同クラスのエターナルの数倍の能力を持っています。

 

オーラフォトン:強力な神剣を使う時に現れる現象です。その世界における空間に神剣が介入している証でもあります。空間に入ったヒビみたいな物で、そのヒビから神剣の力が漏れ出して発光して見えるのです。

オーラフォトンは指向性を持たせることが出来、高速で射出して攻撃に使用したり、その場で停滞させて回転運動をさせれば、あらゆる力を逸らして防御に使う事も可能です。

これに関しては、司の方が扱うのは上手いです。ただし、美夜も並みのエターナル以上の事は出来るのですが。

 

 

 

 

 



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インターミッション 私とシャルルのリクルーティング大作戦(上)

乱音Side

 

鈴おねえちゃんと合流して学園に行く途中、デートしているカップルに遭遇したと思ったらターゲットだった。

最初の出会いの時のやり取りは黒歴史扱いなので、黙っていて欲しいと美夜に言われたので黙っていよう。見た目が儚げな美人さんなのにギャップが酷いけど、すぐに仲良くなった。

 

彼氏の方は聖司、施設出身なので苗字が一緒だそうだ。美夜が強調していたから言っておく。

 

司は積極的に私たちに関わらないので内心で焦っていたら、司は人見知りする上に女の子が苦手で、初対面の子には絶対に近づかないとか美夜が言って来た。劉さんにそんな事聞いて無いんですけど!?

 

取り敢えず声をかけないと始まらないので声をかけたのだけど、やっぱり近寄ってくれない。困っていたら美夜が強引に連れて来てくれた。

 

「美夜、俺はこう言うのは苦手なんだけど」

 

「知ってる。でも慣れないとダメだから」

 

結構美夜ってスパルタらしいんだと思ってたら、美夜がとんでもない事を言いだした。篠ノ之博士に迫られて、デレデレしてたって……こんな美人を侍らしておいて、何が不満だって言うのよ!? 美夜と鈴おねえちゃんとの話し合いの結果、制裁を科すことにした。

 

「容疑者は二股をかけた。死刑」

 

「冤罪だ!? 確かに束さんは、俺にくっついてたけど……多分、俺に興味があったんだと思う」

 

篠ノ之博士が興味を持つって言う意味が分かっているんだろうか? その後篠ノ之博士の所で起こった出来事を教えてもらったけど、重要情報があからさまに抜けていると分かっていても、とてつもない貴重な情報だった。

その中でも特に驚いたのが、篠ノ之博士が二人に供給したISが第四世代機だと言う事。私は事前情報を聞いていても判断出来なかったけど、それずら怠っていたらしい鈴おねえちゃんは、司が嘘を言ったと決め付けて突っかかった。

 

結果は惨敗。多分司を脅すつもりだったんだろうけど、鈴おねえちゃんは一瞬で返り討ちにあって精神攻撃まで受けていた。

甲龍の装備を一瞬で破壊したISも、不意打ちだったはずなのに、超反応で鈴おねえちゃんを返り討ちにしたその腕前も、目の前であった事なのに信じられない。司はこの学園で最強の存在なのかもしれないと思う。

 

***

 

学園に来て司の情報を集めているうちに、予想外の事が多くて私は焦ってしまった。ライバルが多すぎるのだ。基本的に小国ほど国費での留学が多くなるが、その代わりに国の思惑に左右されてしまう。私もそうだし。

昨日友達になったんだからと教室に行ってみれば、すでに司と交渉する予定の人間が四組の予約があると、胸のデカい女と話している最中だった。わびおねってなによ! 思いっきり出遅れている事に危機感が増幅される。

 

お昼におねえちゃんが一夏たちを待つと言っているので、それまで司と美夜についての話を聞いて回る。ふむふむ、国への所属については美夜は司に全部任せるのか。後、特定のクラスを特別扱いして、その代わりに女の子から守ってもらってるかぁ。わびおねもその一環で、厳格に適用しているから割り込めないって他のクラスの子がボヤいていた。

 

これは本人に頼むのはダメな奴だ、周りから攻めよう。

 

フランスから代表候補生のシャルルって男も転入してきたみたい。

朝の件で一夏に怒っていたら、司が一夏に対して文句を言ってくれて、一夏が私に謝った。ふーん、司って気が利くし、友達の一夏を庇ってるし良い奴だなって思った。

後、一夏は鈍感でその対処とフォローに司が関わっているのか。顔が良くてISを使うのが上手くて友達想いか。人見知りはするけど、その人に慣れれば対応は出来るみたい……無意識に一歩引いたりしてるけど。

 

お昼に司に会った後で独自に情報を集めて回っていると、私たちと同じ日に転入してきた男が話しかけて来た。フランス代表候補生のシャルル・デュノア。

 

「ちょっと話があるんだけど、良い?」

 

この男は私のライバルだけど、現状手がかりが無い状態だ。どうにか協力出来ないかと声をかけてみる。

 

「なに? えっと……」

 

「凰乱音、乱で良いわ。私もあなたの事をシャルルって呼ぶから」

 

シャルルがこっちを警戒しながら見ている。まあ、あの対応じゃ私の用事も分かるか。

 

「僕は男で同じクラスだから、乱には手を貸さないよ。ライバルが多すぎて困ってるのに、敵に塩を送る余裕なんて無いから」

 

「情報交換とかは? あなた男だから困ってるでしょ?」

 

苦手だけど、表情を変えないようにがんばる。シャルルは素直みたいだ、露骨に顔に困ってるって書いてあるし。

 

「分かった、良いよ」

 

私は学園から集めた情報、シャルルは一組から集めた情報を交換したけど……

 

「シャルルの情報少なすぎ。男だからってさぼってるなら、司と美夜は台湾に連れて帰るから」

 

「女の子からの情報だからあっちこっちに飛んで、司と美夜さんだけの話が聞けないんだよ。美夜さんの話を聞くと変な想像し始めるし。嫌われたら終わりなのに、手を出すわけ無いじゃないか。僕の事を露骨に誘惑してくるし。もう、嫌になるよ」

 

私は疲れたようにボヤくシャルルの事を見ながら、次の手を考える。寮の部屋の情報もあったからこれで……同室になれば上手く行くかな? 想像してちょっとだけ頬が赤くなる。

 

「シャルルはどうするの?」

 

「司と同じ部屋になれば解決する問題だから、織斑先生の所に行ってくるよ。情報ありがとうね」

 

そう言って、イイ笑顔でこっちに手を振っている……え?

 

「ちょっズルい!!」

 

「男の特権だから。乱は騙されやすいけどがんばって」

 

そう言って去っていった。え、騙されたのって私の方!?

 

「シャルルのサイレンダー・モンキー、ばかー!!」

 

「今回勝ったのは僕の方だから、その言葉は当て嵌まらないかな? 後は乱は女の子なんだから、そんな汚い言葉を叫ばない方が良いよ」

 

こっちを振り向いて、余裕の表情でそう言った。何か気が抜けてしまって、授業が終わったらとぼとぼ寮に帰ってきたら、しょんぼりしたシャルルに遭遇した。

 

「何よ、私に勝ったんだから司の所に行けばいいじゃない。こんな所でなにやってるのよ」

 

「織斑先生が、僕の同室は一夏だって。司の所は調べてたけど、一夏については何も調べて無かったから休憩だよ」

 

そう言ったっきり、シャルルは空を見ながら落ち込んでいた。ライバルが上手く行かないのを喜ぶべきなのかもしれないけど、私も苦労しているからそんな気持ちにはなれなかった。まあ、ライバルがこんなのだと張り合いが無いから、助けてあげるか。

 

「フランスってそんなに困ってるの? コアだって確か十個くらいあったはずだし……ああ、欧州連合の防衛計画から除名されてるからか。どこも世知辛いわね。良いわ、一夏の部屋はこっよ。ついてらっしゃい。昨日おねえちゃんが調べてたから知ってるし、連れてってあげるわよ」

 

「いや、場所が分からないわけじ……うん、よろしくね」

 

私はそう言いながら、シャルルを連れて一緒に一夏の部屋に行ってあげた。

 

***

 

何か部屋の中で騒いでいるらしい、かすかに音が漏れている。

 

「着いたわよ、ここだから。じゃあ一夏と仲良くね」

 

「うん、乱もありがとう。でも、負けないから」

 

そう言ってノックして部屋に入っていったけど、すぐに私の腕をシャルルが掴んだ。

 

「何よ?」

 

「乱のおねえさんが部屋で暴れてる、どうにかしてよ!」

 

シャルルと一緒にコッソリ覗いてみると、おねえちゃんと箒が言い争いをしていた。最初は箒が全然相手にしないであしらっていたのだが、しだいに一夏を巻き込んでエキサイトして行き、おねえちゃんが一夏をひっぱたいた所で、私たちはそっと扉を閉じた。

 

「がんばれ男子、あそこに割り込むのは私は嫌」

 

「僕だって嫌だよ!」

 

「でも、シャルルが男で良かったじゃない、話せば多分分かってくれるわよ。これでもし女だったら、あの二人に八つ裂きにされるんじゃないの?」

 

「ハハハ、ソウダヨネ。オトコデヨカッタヨ」

 

? 何か眼が虚ろだし、乾いた笑みを浮かべているけど、あそこに突っ込めって言われたらそうなるか。

 

「私は司の部屋に行くから。交渉相手の下見くらい済ませてこないと」

 

「僕も行くから」

 

「え?」

 

「僕も行く」

 

「……うん」

 

そんなにあそこに突入するのが嫌か。

 

***

 

司の部屋に行ってノックをしたら、出て来たのは気の弱そうなメガネっ子だった。う~ん、こういうタイプって不満を貯め込むから、突っついたら部屋を替えてくれるかな?

そう思って少しづつ話していたんだけど、だんだん普通に話して行く内にシャルルが焦りだした。シャルルの事をメガネっ子が不審そうに見ていて、思いっきり避けているからだと思う。

 

「更識さんも男が同室なんて嫌なんじゃないかなって? 気を遣うし司だって女の子苦手だし。だから僕と部屋を変わらない?」

 

「そうそう。司って優しそうに見えて結構おおざっぱみたいだし、気苦労が絶えないかなって。私が変わってあげるわよ?」

 

「……司さんは優しいです……悪口言うの止めて下さい……」

 

私はこの辺で引こうと思った。司には彼女もいるし、学校側の都合でこの子の相部屋になったのだとしても、結構仲良くやっているみたいだし。

この子と後で友達になって話も聞きたいから、焦る必要なんて全然無い。だけど、そう思っていたのは私だけであって、あの修羅場に叩き込まれる瀬戸際のシャルルは、私とは全然別の考えを持っていたみたいだった。

 

「女の子と男が同じ部屋なんておかしいよ! 司だって若いし、男だし……こう、色々あるかも知れないじゃないか! 更識さん可愛いんだから、もっと危機感を持たなきゃダメだよ!!」

 

いきなりシャルルが司の事を危険人物扱いしだした。私もいきなり何言ってんだシャルルは!? と思って思考が停止してしまったのだけど、言い訳する前に目の前の子が激怒し始めた。

 

「司さんの事を何も知らない癖にナイト気取りですか? フランス人男性ってよっぽど暇みたいですけど、私は忙しいんです。帰って下さい……これ以上ここに居るんだって言うなら、呼び出されて襲われたって言いますよ?」

 

シャルルの余計な言葉で、部屋にいたメガネっ子の様子が一変した。さっきまでの大人しそうな感じが跡形も無くなって、空気が重く底冷えする様な雰囲気を出しながらシャルルを睨み付けてるし。

 

代表候補が喧嘩を売って血を見る事態になると、どうしたって今の状況を説明しないと収まらない。この子もシャルルもタダでは済まないと思って止めようと思ったら、司が来て喧嘩を止めてくれた。

それは良いんだけど、司がシャルルの考えを間違っていないと言い出したら、女の子が話を遮って司を部屋に引っ張り込んで鍵を掛けてしまう……その態度で、あの子が司の事をどう思っているかが分かってしまった。

 

「あんた、馬に蹴られて死ぬんじゃないの?」

 

シャルルを見ながら呆れてしまう。もっとこの男に対して私は怒っても良いと思うんだけど、血の気が引いて呆然とした表情のこいつを見て、怒りが失せてしまった。

 

「私は明日にでも司に許してもいに行くから。あんまりデリカシーの無い事ばっかり言ってると、この先辛くなるわよ」

 

ここは女子高みたいな物なのに女の子に気を使えないとか、いくら顔が良くてもダメだと思う。忠告と言うか、お節介で言った事なのだけど、その返事が予想外の事だった。

 

「……やっぱり、男に変装してIS学園に潜り込むなんて無理だったんだよ。僕だってこんな事はしたくなかったのに……」

 

そう言いながらすすり泣きをし始めたシャルルを見て、私は厄介事に巻き込まれた事に気が付いたのだった。

 

乱音Side out

 

 

 

 

 



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インターミッション 私とシャルロットのリクルーティング大作戦(下)

書いている内にシャルが変になってしまって困惑する。
家のシャルはこんな子になりました。


乱音Side

 

泣いているシャルルを人目につかない様に注意しながら移動して、詳しく話を聞いておく事にする。出来れば放置したいんだけど、シャルルの口止めをしておかないと、私にまでとばっちりが来る可能性があるし。

 

「…………で、どこの誰の手引き? 関わりたく無いけどIS学園に性別を偽って転入なんかしたら、後でフランスが苦しい立場になるのは分かり切っている事なのに。後、この事を話されたくなかったら司から手を引いてね」

 

シャルルにはしてやられたから、この件を使って優位に立とうと思ったのだけど、慣れない事をするものじゃなかった。何かシャルルが全部諦めたような表情を浮かべながら、余計な事まで話し始めてしまったからだ。

 

「主導はデュノアだけど、裏には欧州連合がいるよ。だからこそIS学園に男として潜り込めたんだけどね。

何年か前にフランスで女尊男卑の大統領が就任したんだけど、この人が極端なボナパルティズム主義者でね。議会を無視して女性権利団体にすり寄って、男性に対してアパルトヘイトも真っ青な法律を国民投票にかける準備をしているんだよ。

フランスは大統領の権能が強いから、これが出来ちゃう。後、反逆罪以外で責任を追及されないって言う特色があるから、僕が大統領命令でここに来ている事にしてスキャンダル騒ぎをおこして、芋づる式にISコアを紛失したって罪を擦り付ける予定。

さすがにこれを誤魔化すのは無理だし、立派な反逆罪の理由になるしね。亡国機業(ファントム・タスク)って言うテロリスト集団に流したってでっち上げるんだって。バックが豪華だから情報操作については万全で、頭の中身がお花畑の団体と一緒に表舞台から一掃するんだってさ」

 

「そこまで教えてくれなくても良いから!? 司との優先交渉権だけくれれば良かったのに、何で余計な事まで教えるの! ……どうしよう、欧州連合にバレたら事故死しそう」

 

「大丈夫だよ、僕の事を手伝ってくれたらバレないから…………一緒に良い目を見ようよ」

 

瞳から光の消えたシャルルはヘラッっと黒く笑うのに押されて、私は男性IS搭乗者を引き入れる為の協力関係を結ぶことになってしまった。こんな黒い陰謀に加担や深入りなんてするつもりは無いので、最適な距離を保ちながら付き合おうと思う。

 

***

 

「もうね、父とか会社とか国とかの為にがんばろうと思ったのに、ターゲットは訳が分からないくらいに自分のシンパを作ってて近寄れないし、もう一人の男は痴話げんかで殴られてるし。

あの部屋で僕が住んだらあの二人に狙われるって事でしょ? 僕はまだ何にも悪い事してないのに。ああ、これから悪い事するから罰が当たったんだ……」

 

シャルルからこれからの事を聞いてみたら、何か司と一夏への不満が出てきて、最後に盛大に落ち込んでいた。私もこの仕事に向かないと思うけど、シャルルも向いてないと思う。何か微妙に病んでるし。

 

「一夏は知らないけど、司は身を守る為なんじゃ無いの? 人見知りなのに女の子にベタベタされたら大変じゃない。一方的な関係にならない様に気を使ってるみたいだしさ」

 

「女の子苦手って報告は最初されてたけど、そこからシンパを作るって発想が出て来るのが変だって事だよ。微妙に僕の事避けてる感じがするし」

 

「別に人見知りが女の子だけじゃないからでしょ? 司は美夜に相談できるし、イギリス代表候補生ともさっきのメガネっ子とも仲が良いみたいだし、相談できる人が沢山いるじゃない」

 

私自身の問題でもあるのでやるべき事を一緒に考えるのだけど、病んでるシャルルの出して来た提案はとんでもない事だった。

 

「男性がらみでトラブルを起こしたいんだ。ここ十年で無意味に広がった女尊男卑主義者へ掣肘する事が第一の目的だからね。二つ目にデュノアを立て直すのが目的だし。

どっちにしても男装して学園に潜入したのが派手にバレて、フランス大統領の背後を探らせないと行けないんだよ。その後のお膳立ては出来てるからね」

 

「あんた何言ってるの!? 自分の事大事にしなさいよ!! ここに来てまだ初日でしょ? 色々とショッキングな事があったのは分かるけど、自暴自棄になるのはダメよ」

 

シャルルには色々と邪魔されてるけど、だからってこう言う事を見過ごすのは何か違うと思う。シャルルは危なっかしくて、見ていてハラハラする感じで落ち着かないし。

 

「じゃあ、一緒に私の部屋(一夏の部屋)に行くのに付き合ってよ。まだ乱のお姉さんが暴れてるなら説得して欲しいし、篠ノ之さんだっけ? 一緒に暴れてた人も出て行ってもらわないと困るし」

 

「分かった、乗り掛かった舟だから手伝ってあげるわよ! だけど、あの二人のトラブルは司が担当するって今日のお昼に決まったんだから、そっちに持って行って。私は鈴おねえちゃんを担当するから」

 

「うん、よろしくね」

 

シャルルは結構喜んでいるみたいだし、流されて嫌々手伝っているように見えているだろうけど、私にだってちゃんと考えがある。

司本人は嫌がっていたけど、少なくとも一夏と箒には顔が効く。そして鈴おねえちゃんは私が担当すると言って司に時間を優先して作ってもらえるようになれば、それだけでも私にとってはプラスになる。そう思えば、鈴おねえちゃんがトラブルを起こすのは悪くないかも知れない。

そんな事を考えながらシャルルと一緒に部屋に行き、鈴おねえちゃんと箒に部屋を替える事をしぶしぶ納得させるのに夜までかかった。司は本気で凄いと思う。

 

***

 

「……………………」

 

ようやく話し合いが終わって、鈴おねえちゃんと箒を部屋から出したのだけど、腹を立てていてさっきから一言も話をしない。私はこれから一緒に鈴おねえちゃんと生活が出来て嬉しいのに、その嬉しさもおねえちゃんの不機嫌そうな顔を見ると消えてしまいそうだった。

 

「鈴おねえちゃん機嫌直してよ。一夏がその辺の事を悟ってたら、とっくに誰かとくっついてるのは分かるでしょ? そう考えれば今の状況は悪く無いじゃない」

 

「確かにそうなんだけどさ…………昔からモテてたのは知ってたけど、箒と同棲してるってどういう事よ! 司だっていたんだから、男同士で同じ部屋だって良かったじゃない!!」

 

「その辺は司も困ってる感じだった。あっちはそれなりに上手くやってるみたいだったけど」

 

そう言った私を見て、鈴おねえちゃんは首を傾げていた。

 

「今日初日なのに何でそんな事まで知ってるのよ。もしかして、乱は司を狙ってるの? 流石に略奪愛は関心しないんだけど」

 

「は? ……ばっかじゃ無いの!? 私は仕事よ! 政府関係の事で司に頼みたい事があるんだけど、ライバルが多くて大変なのよ」

 

私がそう言うと興味が無くなったみたいだけど、その態度から中国から鈴おねえちゃんに指示が出ていない事が分かった。それと私と話したことで、少しだけ怒りも収まって来たみたいだし。

 

「ふーん……ねえ、乱。司の考え方って分かる? 少なくとも一夏も箒も司には一目置いてるみたいだし、私があれこれ言うよりは、二人が言う事聞いてくれると思うんだけど」

 

「知り合って一日しかたってないのに、私にだって分からないわよ。ただ相手の話を聞いて、正しければ正しいって言う事は出来るみたいよ。少なくともメガネっ子の言う事より、シャルルの部屋を別にした方が良いって言う意見には賛成してたみたいだし」

 

「なるほどね。じゃあ明日は司に直談判しに行くわ。一夏も箒も一目置いているなら、私が言うより意見を聞いてもらえる可能性が高いし。私の後だったら乱の話を聞いてもらえるようにするけど、どうする?」

 

「司がそれを呑んでくれるならぜひお願い。少し困ってたから助かるわ」

 

意地張っていても仕方が無いし、助けてくれる人を無下にできる程恵まれてもいないので、鈴おねえちゃんにお願いする事にした。

 

***

 

朝に司に頼んでくると言って鈴おねえちゃんが教室を出て行ったので、私もシャルルに今日の話し合いの事を伝えに行く。黙っていても良いのだけど、その場合シャルルが何をして来るか分からなくて怖いし、昨日のノリで変な事をされても迷惑なので、シャルルには釘を打っておく事にした。

 

「今日司と話し合いの場を鈴おねえちゃんが作るみたいなんだけど、一緒に来る? 昨日みたいなことをしたら台湾政府に報告して、後の事は政府同士の話し合いに任せる事にするけど」

 

「それは困るよ。何もしないとデュノア社は潰れるし、欧州連合がどういう手を打って来るか分からないから。女の子同士が本気で怒って喧嘩してるのに巻き込まれると思って、焦って無茶したのは謝るから許して」

 

昨日はいきなりのカミングアウトで混乱したけど、今の段階でバレて困るのはシャルルの方だ。今の内に陰謀から抜けた方がシャルルの為になると思って、忠告交じりに今日の事を話したのだけど、出て来たのは自分の在り方を肯定する言葉だった。

昨日は嫌だと泣いていたのに、今日は肯定するって言うのが変だと思ったけど、感情と仕事は別だから仕方が無い。その辺の気持ちは私もわかる。

 

「まあ良いわ。司だって本気で怒ってはなさそうだから、話は聞いてもらえると思うし。私は司一本に絞るから、同じ部屋になったシャルルは一夏を狙えば良いんじゃないの?」

 

シャルルはどういう考えか知らないけど、私の場合は昨日鈴おねえちゃんに話を聞いて、一夏へのアプローチは無駄だと思ってやらない事にした。

特に酷いと思ったのは、鈴おねえちゃんが昔に料理が上手になったら毎日食べさせてあげると言ったのに、それが何時の間にか、おごりでご馳走してくれると言う話にすり替わっていた事だ。

それだけ聞くと鈴おねえちゃんには脈が無さそうなんだけど、司が昨日言っていた事を踏まえて考えると、ただ曲解している可能性も高い。一夏本人は意識して無いのかもしれないけど、約束を曲解して捻じ曲げる人間なんて当てに出来ない。

 

「うーん……今日の話し合いの結果次第で良いかな? 確かに司の方がガードが堅いし」

 

「その辺は自分で考えれば良いんじゃないの?  ガードが堅い人()を選ぶのも、ライバルが多い人(一夏)を選ぶのもシャルル次第なんだし」

 

そう言った直後に、予鈴が鳴ったのでクラスに戻る。シャルルには言って無いけど、誤解で鈴おねえちゃんの恋のライバルなんて思われるのは絶対嫌だし、一夏の事を私は好きになんかなりたくない。

一夏の顔が良いのは認めるけど、いつも相手の心が自分に向いているのか不安に思いながら付き合うのなんて、私は御免だった。

 

***

 

その日のお昼に司は一人でやって来たけど、何やら疲れている感じだった。

 

「司、何か疲れてる?」

 

「引っ越して来た連中が俺の周囲をかき回してて、環境が激変してる最中だからな……乱たちが全部悪いって訳じゃ無いからそう言う顔しないでくれ。俺も皮肉って悪かった」

 

色々と思い当る所があって、聞いている私が居心地の悪い思いをしているのが分かったのか、司がフォローをしてくれたのは良いけど、鈴おねえちゃんと箒はお互いに弱みを見せたく無いせいなのか不機嫌そうだし、私もシャルルも昨日の事があるから、どうしても気まずい表情が出てきていて司もやりづらそうだった。

 

その後に続いた話し合いだけど、鈴おねえちゃんも箒も一夏に愛想を尽かされないのが不思議なくらいの事をやらかしているし、その上で一夏と一緒にいる為の大義名分を得る為の判断まで委ねると言うのを聞いて司も嫌そうにしていたけど、そっちは鈴おねえちゃんの完全勝利に終わった。

 

まあ、話を聞いた限りだと当然の判断だと思う。自分が強くなる為に必死になるのが国家代表候補生で、専用機持ちはその中でも突出したエリートだ。

そのお姉ちゃんと、学園に入るまでISを使った事が無い箒を比べること自体がおかしな話で、この件で理不尽な事を言っているのは箒の方だし。

 

そんな感じに話を終わらせたけど、最後に鈴お姉ちゃんと箒に対して司は釘を刺していた。

わざわざ美夜を呼んで来て、みんなの前で好きだって言わなくても良いのに。お姉ちゃんも箒も恋愛方面に関しては臆病だから仕方が無い。多分司なりの激励なんだと思う。

 

ただ、私は何か面白くない。良く分からないけど、心がザワザワする。

 

私とシャルルの話も聞いてくれた。昨日のメガネっ子……簪って名前の子に謝ったら許してくれたし、司の考えも教えてくれたけど、良い返事は帰ってこなかった。

ただ、そこから漏れた司の考えは少しだけ分かったから参考にしようと思う。

 

***

 

朝早くに部屋を出て、司達の部屋の前で待ちながら深呼吸をする。

 

周りから聞いた司の事と、昨日司のから直接聞いた話で確実なのは、自分の身内扱いをしている人には特に優しいと言う事だった。

だったら、私自身が司に身内扱いされる様にすればいい。

 

扉を開けて出て来た司が驚いた表情をしているのを見て、嫌われて無いと良いなとドキドキしながら、私は司に挨拶をする。

 

つまり、司の大切にしたい人枠に入ればいい訳よね……おはよう司、これからよろしくね!」

 

国とかISとか関係無しで、私は司と仲良くなりたい。

 

この気持ちが何処から来るのか、私にはまだ分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




シャルの男装がバレても騒がれない理由をがんばって考えてみました。
この辺りはみなさん色々と違う解釈をしてて、読んでて楽しい所ですよね。


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凰乱音の悩み事

最近、シャルルに避けられている気がする。全員と仲良くなれるなんて欠片も思ってないのでそれは良いのだが、避けられている割には良く目が合うような気がするのだ。

 

まあ、シャルルと一夏が同室になったのだし、後の事は一夏に任せておけば問題は無い。

八つ当たり気味だけど、篠ノ之と鈴から来る負担を俺は結構受け持っているのだから、一夏だけ負担が軽いのは不公平だ。相談が来るまでは、シャルル関係は放置決定である。

そんな事を考えながら、授業が終わった後にアリーナで訓練をしようと思って移動していると、同じ目的でアリーナに移動していたらしい乱が、俺を見つけてこっちにやって来ていた。

 

「こんにちは、司。今日は一人? いつもはみんなで来るのに」

 

「今日は篠ノ之と鈴の間に入って、三人共(美夜、セシリア、簪)一夏関連の愚痴を聞いてるよ。美夜がいるから俺は遠慮しておいた。話に夢中になって来ると、美夜は表現に遠慮が無くなるからな」

 

「ああ……美夜、外見は儚い系なのに、中身は天然だからね。司が居るの忘れて色々危ない話をするし」

 

「必要な条件を満たせば良いって考えだから、手段を択ばない傾向があるんだよ。男女の仲を進めるってお題だと色々危ない話をするから、俺が居ると周りだって話しづらいだろ? それに俺は一夏の友達で、同じ男だから肩を持ってやりたいんだけど、篠ノ之と鈴の言ってる事を考えるとなぁ……」

 

「おねえちゃんから話を聞いてると、色々大変なのは分かるけどね」

 

乱音は鈴より女の子らしくて最初は若干苦手だったのだが、簪の件もあって色々と付き合ってみると、さっぱりした物怖じをしない性格で、人見知りをする俺や簪とも時間を掛けなくとも仲良くなれるいい子だった。

そして俺と簪が落ちればなし崩しで、最近では良く俺たちと一緒に食事をしたりしているのだ。

 

「それにしても、乱音だけ今日の集まりにハブられたのか。イジメられてるんだったら相談に乗るぞ?」

 

「おねえちゃんから毎日聞いてるから行かなかっただけよ! あんまり失礼な事言わないでよね。……ただ……うん……」

 

お互いにこう言う軽口が言い合えるくらいには仲良くなったし、セシリアと簪の想いを分かった上で、今までと同じ生活を演じるのはそれなりストレスを感じているので、乱音は友達カテゴリーとして、一夏とは違った意味で貴重な存在で。

 

「……悩み事が無い訳じゃ無いんだけどね。解決出来そうに無いから、言っても仕方が無いんだけど」

 

「ふーん……。解決出来なくても聞くくらいは出来るぞ。それでスッキリするかもしれないから、良かったら話してみないか?」

 

だからこそ、乱が悩んでいるなら助けたいと思ったのだった。

 

***

 

アリーナに着いた俺は着替えてピットに向かう。俺の場合は戦闘装束を召喚すれば着替え終わるので場所なんてどこでも良いのだが、永遠神剣と違ってISはエネルギーの制約が大きいから、ISスーツの量子変換は緊急時以外はしないらしい。

そんな事を考えながら待っていると、想定していたよりかなり早く乱がやって来た。少し息を切らせているみたいなので、どうやら此処まで走って来たようだ。

 

「別に走らなくても良いのに。乱音を待つくらいの甲斐性は有るつもりだぞ」

 

「相談に乗ってもらうのに、待たせるのは良い事じゃ無いじゃない。司が気にして無くても、私は気になるんだからほっといて」

 

俺はピットに設置してあるベンチに座って待っていたのだが、乱音は一人分くらいスペースを空けて俺の横に座り、息を整えた後で俺の方を見ながら話し始めた。

 

「あのさ、私のISってどう思う?」

 

「どうって、甲龍・紫煙(シェンロン・スィーエ)の事か? ……そうだな、試作機の甲龍の発展形としては良いんじゃないのかな。燃費と安定性を第一として考えるなら、整備性と使い勝手の悪そうな衝撃砲を搭載しなかったのは正しいと思うし」

 

甲龍の量産機のはずなのに、甲龍と甲龍・紫煙は全然似て無いのだ。

紫煙は龍を模していて、固定武装として龍の頭に似た大型のレーザー砲と三つ又に分かれた尻尾の部分には銃火器が搭載されており、両手が空いているので多分量子変換である程度の武装を使い分けることが出来るのだと思う。

 

俺は乱が青龍刀を使っている所しか見た事が無いが、仮にも第三世代機の拡張領域(バススロット)がそれだけと言う事はありえないだろう。

 

「頭と尻尾の動きを見ると、有線式BT兵器って感じだな。全体的に手堅く纏められてると思うけど」

 

「うん……」

 

「後は……世界初の量産型第三世代機の運用テストを任されてる乱音は、重要度の高い任務を課せられていて大変なんだろうなって思うよ」

 

今の世代のIS学園は運用テストを行うと言う面から見れば、ある意味理想的な条件が揃っている。

日本、イギリス、中国、アメリカ、ギリシャの試作機とフランスの改修型量産機、後はドイツの試作機と束さんの第四世代機もここには揃うのだ。

テストする上でこれだけ有利な条件はそうそうないと思うのだが、その分第三世代型量産機を任されている乱音に、重責がのしかかっていると言えた。

 

「そっか、司はそう思ってるんだ……この前、おねえちゃんに言われたんだ。乱音は専用機も持ってないくせに、私に追い付いたつもりかって。私は鈴おねえちゃんに憧れてIS搭乗者の道に入って、お姉ちゃんに認めて欲しいからがんばって来たのに、今更そんな事言われてもって思ったのよ」

 

話し終わった乱はいつもの元気な姿とは全く違って、自分ではどうにも出来ない事で苦しんでいた。

だから少しでも楽になれる様にと思って、俺は普段思っていた事を口に出す事にした。

 

「俺は凰姉妹がこの学園で一番すごいと思ってるんだけどな」

 

「えっと……そうなの?」

 

意外な事を聞いたと思っているのか、乱がポカンとした表情を浮かべている。

 

「片やコネも金もない。しかも日本で暮らしていたのに、たった一年で中国代表候補生になって専用機を預けられた正真正銘の天才少女。片や中国とは微妙な関係なのに、その状況下で親族ってハンデを乗り越えて台湾代表候補生になって、世界最高峰のIS学園に飛び級で入って来た。

ここまで飛び抜けた存在って、俺が知ってる中だと束さんだけだぞ。あの人は細胞レベルでオーバースペックって自分で言ってたけど、鈴と乱音は遺伝子自体がオーバースペックだからな。努力を重ねた上でのことだとは思うけど、そのことに対して自信を持って良いんじゃないか?

それに台湾の代表候補生なのに、中国で作られた先行量産型を預けられてるって相当だぞ。

アニメじゃあるまいし試作機だから性能が上、量産機だから性能が下って事は無いだろ。テストパイロットって危険な役割だと思うけど、名誉な事だとも思うし。

おねえちゃんが認めてくれないなら、俺が認めてやるよ。乱音はすごいよ」

 

それを聞いて少しの間動きが止まっていたが、少したって嬉しそうにはにかみ始めた。

 

「そっか、うん、そうなんだ。あと、私も司と美夜と模擬戦したいな~って……」

 

「それはダメ」

 

「けち」

 

さっきの嬉しそうな表情とは一変、渋い表情をしながら勢いよく立ち上がってピットの扉の方に向かうのを目で追っていると、最後に扉の前で俺の方を振り返った乱音が、顔を赤らめながら元気に言葉を返して来た。

 

「元気出た。司ありがとね!」

 

そのまま逃げる様に乱はピットから走って出て行くのをそのまま見送ったのだが、俺も何となく恥ずかしくなって来てしまったので、心を落ち着ける為に深いため息をついたのだった。

 

***

 

空中に無数のプラズマの弾が俺に向かって飛んで来ているのだが、それにしては随分と狙いが甘い。

美夜はアリーナの反対側の空中に留まりつつ、神剣魔法を使って弾幕を作り出しているのだが、作り出した本人の表情は穏やかだった。

美夜のやつ遊んでるなぁ。そう思いつつ、俺もセシリアの偏向制御射撃(フレキシブル)を見て習得したオーラフォトンを自動追尾状態にして美夜に連続して撃ち込んでいるのだけど、美夜はプラズマ球をビームに当てて相殺する事でこちらの攻撃を無効化している。

 

「面白い事してるな。……こんな感じか?」

 

俺は弾幕を避ける為に亜音速で飛び回りながらオーラフォトンを撃っていたのだが、美夜のしている事を見て、俺も空中に止まって当たりそうなプラズマ球をオーラフォトンで迎撃し始める。

俺の使うオーラフォトンの曲線を描きながら飛んで行く白い光と、美夜の使う神剣魔法の赤く輝くプラズマ球の乱舞をアリーナ全域に広げて弾幕勝負で遊んでいたのだが、美夜から雷撃が飛んでくるのを時詠みで察知、ウイングハイロゥを使って真下に向かってパワーダイブを掛ける。

パワーダイブの結果、時詠みの未来予知の通りの軌道を描く雷撃を回避しながら、アリーナの地面に着地するのと同時に地面を這う高度で六条のオーラフォトンを射出する。

射出したオーラフォトンは美夜の真下に到達した所で上昇を開始、上下左右と前後から完全に同一のタイミングで襲い掛かったオーラフォトンは最終的に四条が迎撃され、美夜の真上と背後に着弾した事で俺の勝利に終わるのだった。

 

「うう……。時詠みはズルいと思う」

 

「まあな。でも得意分野で負けるのは悔しいから、少し本気を出した。それにしても、雷撃が使えるようになったんだな」

 

「うん、雷撃もプラズマだから行けるかなと思って。赤の神剣魔法だけだと無理だけど、オーラフォトンと併用したら出来たんだよ」

 

模擬戦の勝者になった俺に向かって降りて来た美夜が、最初に言って来たのは未来予知(時詠み)はズルいと言う言葉だった。

俺もそうは思うが、先生(トークォ)は未来予知をしているのを知った上で、俺の避けられない攻撃を平然と繰り出して来るのだ。それを考えれば俺も美夜もまだまだ未熟だ。

 

「目指せ先生(トークォ)だよ。あの域に到達する為の修行だと思って、今日は素直に負けを認めてくれ」

 

「本音は?」

 

「みんなが見てたから勝ちたかった」

 

俺と美夜で模擬戦をすると言ったら、学園のみんなが場所を快く貸してくれたのだ。

最初はこのアリーナにいた人たちが見学しているだけだった筈なのに、終わった後で周りを見回してみると、何時の間にか沢山の学園生が集まって俺と美夜に対して声援を送ってくれていた。それに答えて二人で照れながらお礼を言ったりしていると、模擬戦をする原因となったみんながこっちに向かって歩いて来ていた。

 

「俺たちが束さんの作ったISの性能を見せてくれって言ったんだけど、でたらめな性能だな」

 

「その辺は流石束さんって所だと思うよ。俺と美夜の戦い方を理解した上で、それに沿ったISを組み上げてくれたからね」

 

俺と美夜の模擬戦を思い出しながらなのか、こっちに完全に集中出来てない状態の一夏が最初に近づいて来る。

一夏ってこう言う所が素直で好感が持てる点だよなと考えながら周りを見ると、後ろからハイライトが完全に消えているセシリアと、打鉄を使っている簪も続けてこっちに向かって来ていた。

 

「司さん、バルキリーかガンバスターみたいになってました」

 

「手からレーザー出してないし、ミサイルでもないけどね。ミサイルって言えば、弐式っていつごろ完成だっけ?」

 

「夏には間に合う予定みたいです。倉持技研の人がIS学園に入れないから機体は持っていかれちゃったし、調整で私も通わないと行けないから大変なんです。司さんと美夜さんにも来て欲しいって言ってましたけど、断っておきましたから」

 

簪はそう言いながら、はにかんだ様に笑っている。心配事が無くなったせいか、簪は明るくなって来た。人見知りは相変わらずだけど。

 

「司さん、今度偏向制御射撃(フレキシブル)の使い方を教えて下さい! 亜音速で飛行しながら連続してビームを撃ち続けた上に、弾幕の迎撃や同時に六条ものビームをあんなに複雑に操作されてしまうと、わたくし自信が無くなってしまいますわ…………」

 

「あー……。俺も感覚で使ってるから、説明するのは難しいんだよ。出来るだけの事はするからそんなに落ち込まないでくれ。一緒にやろう」

 

「はい、お願いいたしますわ」

 

さっきの俺と美夜の模擬戦を見て、簪とは逆に落ち込んだ様子のセシリアを慰める。簪から打鉄弐式の大まかな性能は聞いているのだが、同じホーミング系統の武器を使う二人の様子が正反対なのは少し面白い。

 

「俺にもアドバイスを頼む。司は斧だし美夜は両手剣だけど、飛行しながらの近接戦闘につ…………」

 

セシリアと簪に場所を譲って、アドバイスを聞く順番を後に回していた一夏が最後に俺たちから話を聞こうとしていた所だったのだが、残念ながら上空から迎えが来てしまった。俺としては一夏にもアドバイスしたいのだけど恋する乙女が怖いので、引きつった笑顔を二人に向けるしか無いのだ。

 

「司と美夜の戦い方も見れたからもう良いでしょ? 一夏、訓練の続きをするわよ!」

 

まるで獲物を取ったトンビの様な勢いで、上機嫌な鈴に一夏が連れて行かれてしまう。鈴はこっちに会釈してるし嬉しそうなんだけど、見学席から不機嫌そうな篠ノ之が鈴に向かって何かを叫んでいた。

 

……残念ながら、今日は篠ノ之は訓練機が借りられなかったらしい。

 

「あの二人は仲良く出来ない……よなぁ、ライバルだし。性格的に陰湿な事をしないし出来ないから良いんだけど、あの二人は教えるのヘタクソだから一夏が可哀想なんだよな」

 

一夏が連れて行かれてしまったので篠ノ之と鈴の方を見ながら、残った三人(美夜、セシリア、簪)に対して苦笑しながらボヤくのだが、実害を受けつつある俺の現状を知っている美夜とセシリアと簪は、複雑な表情で一夏たち三人の事を見ていた。

 

そもそも篠ノ之と鈴のケンカに巻き込まれて一夏の訓練が上手く行っていないと思ったので、俺の裁定で鈴が教える事になったのだが、別に近づくのを禁止した訳じゃないのでISを借りた篠ノ之が、一夏に対してちょっかいを掛けるのが常態化してしまったのだ。

放課後になれば俺が許可を出した事を言い訳にして、鈴が問答無用でクラスから一夏を毎度引っ張り出すし、篠ノ之は篠ノ之でそれに対抗してなのか放課後が来るまで一夏の傍を離れない上に、一夏の周りに他の子が近寄ると分かりやすいくらいに機嫌が悪くなる。

そんな様子が続けばクラスのみんなだって二人に対して不満を貯めてしまうし、鈴が俺の発言を言い訳に使っているのでその撤回を求めて俺に談判する子だって出て来る。

そこで最近は、クラスのみんなのガス抜きと俺の女の子慣れをする為のリハビリを兼ねて、希望者の一組と四組の子に対してISの使い方なんかを教えたりしていた。

 

「今日は一組と四組の人を含めて訓練機を借りられた人が多いから連携訓練をするよ。ほら、三人共そんな顔しないで一緒にやろう。俺と美夜のチームに分かれて三対三の集団戦闘をするから説明を聞いてね。まずはアタッカー、ディフェンダー、サポーターの役割について……」

 

説明をしながら集団戦の基礎から教える。エターナル、ミニオン、スピリットの基本戦闘の形で、俺と美夜も先生(トークォ)に叩き込まれた。競技だと一対一だから関係ないけど、実戦を想定するとこっちの方が負担が少なくて良いのだ。

そう思って教えていたんだけど物凄い注目された。IS学園って競技用の訓練校だから、こんな事は教えないのかもしれない。

 

***

 

いつもの四人(俺、美夜、セシリア、簪さん)で晩御飯を食べた後、簪と部屋に戻ると乱が待っていた。

 

「話があるんだけど、良い?」

 

緊張しているのか、乱音は少し強張った表情をしている。簪は乱音が謝った事で許してはいるのだろうが、完全に思う所を消し去れないのだろうか複雑そうな表情をしていた。

 

「……分かった、話は聞くよ。簪、ちょっと話をしてくるから」

 

そう言って乱と出ようとしたら、服の裾を簪に掴まれた。

 

「乱音を部屋に入れて良いですよ。反省して謝ってくれましたから。……それに、乱音は友達だから」

 

「あの……ありがとう、簪」

 

乱音のその言葉に頷いてから、簪は乱音を部屋に招待した。

 

***

 

お茶の準備をして三人分を並べるが、部屋に入って落ち着かないのか乱音はソワソワしていた。

 

「で、どうしたんだ改まって。また部屋替えの話か?」

 

緊張を解してもらおうと冗談っぽく聞いたのだが、乱音は大真面目に俺に頭を下げながら言って来た。

 

「私も訓練の仲間に入れて下さい!」

 

「……いや、そう言われても」

 

俺はそう言いながらため息をつく。鈴と乱音と初めて会った時に説明したと思ったんだけどな。

 

「ダメな理由は分かってるし、普通の訓練なら一夏とかシャルル、おねえちゃんがしてくれるから残念だけど諦めてた。だけど、今日やってた連携訓練ってなに!? あんなの大国の軍隊だって、同盟国がそろってた時にしか出来ない特別な訓練だよ! ……台湾は微妙な立場だから、あんなの望んでたって出来ないのよ」

 

そう言いながら頭を下げ続ける乱音を見ると、流石にいたたまれなくる。簪も日本人なのでお隣の国の状況を分かっているし、俺としても一生懸命な乱音を助けてやりたい気持ちはあるのだ。

 

「……交換条件だ。一夏の面倒を見てくれるなら考えるけどどうだ? この前の話を一緒に聞いてたから分かると思うけど、鈴は教え方が下手だから代わりの教官役をどうするか考えてたんだよ。乱音は流石に鈴よりはましだと思うし、毎回は無理だし仕込みに少し時間を貰うけど、それで良かったら準備するよ」

 

俺が話し始めると頭を上げて上目遣いで俺の話を聞いていたのだが、全部話し終わった途端に笑顔で抱き付いて来た。

 

「分かった、一夏の面倒を見れば良いんだよね! 鈴おねえちゃんがヘタクソ過ぎて、教えたら教えただけ退化しそうな訓練より数倍マシな訓練する! もう決めたんだからね!! 今から無しって言ったら本気で怒るからね。約束したからね! 司ありがとう!! 簪もお茶ありがとうね!」

 

俺に抱き付きながらそう言って、乱音は喜び勇んで部屋を出て行った。因みに俺は抱き付かれた時にのけ反りながら硬直してしまって、乱音が部屋から出て行くのを呆然と見送る事しか出来なかった。

 

「大丈夫なんですか、司さん? あんな約束してしまって。破ったら酷い事になりそうなんですけど」

 

「あー……うん。特別に訓練時間を取らなければ良いんだし、その事で仕込みに行って来るよ。多用は出来ないんだけど、抜け道は作ってあったんだ」

 

簪に答えながら抱き付かれたショックを抜きつつ、俺は織斑先生に協力を頼む為に部屋から出るのであった。

 

***

 

次の日の六時間目のISを使った授業の終了時、織斑先生が唐突に言って来た。

 

「司、今日は集中出来ていなかったから居残りだ。自分が納得するまで授業を延長してて良いぞ。終わったら報告に来い。号令」

 

授業をキッチリと終わらせた後で、織斑先生は真面目な表情でで俺に居残り授業を命じた後にアリーナから退出していった。

 

「どういうことだ?」

 

一組と二組の全員が織斑先生がアリーナから消えるまで目線で追った後、一夏が思わず出してしまった声に答える形で俺が返答する。

 

「今は居残りだけど、授業中なんだよ。ほら、セシリアと簪以外の専用機持ちとは戦わないって事にはなってるけど、授業中は例外になってる。じゃないと授業を受けるのに不便だしな。――そんな訳で、唐突だけど一組二組合同で連携訓練と希望者に対する指導を始めるよ。時間があったり暇な奴は付き合ってくれ」

 

ちょっとした小細工の類だけど、乱音の希望していた連携訓練と俺が一夏にしたかった実機を使った指導をこの機会にやろうと思ったのだ。それにみんなも乗ってくれて、ちょっとしたイベントみたいになってしまったのだが。

 

乱音も満足してくれたし、一夏もまともな指導をしてくれる教官(乱音)が出てきて俺にも乱音にも両得な話で終われば良かったのだが、代わりに鈴の機嫌を直すのに苦労してしまった。

 

 

 

その後鈴の機嫌を直すのに、一夏を出しに使って事態を無理矢理終わらせた。まあ、コラテラルダメージと言うやつである。

 

 

 

 

そんな事をしながら訓練を重ね、遂にクラス対抗戦の日がやって来た。

 

 

 

 



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オートマトン

旧:残り時間36秒 全面改訂


クラス対抗戦当日、俺は美夜、セシリア、篠ノ之、簪、乱を誘って第二アリーナに来ていた。

目的は第一試合の一夏対鈴の試合を見る為になのだが、途中で篠ノ之が消えてしまったのだ。

 

「あれ、篠ノ之は飲み物でも買いに行ったのか?」

 

背が高くて外見がアルビノの俺はこの学園では兎に角目立つので、普通に周りを見回せば俺たちとはぐれる事も無いと思うのだが、周りを見回してみても長髪のポニーテール姿が見えないのだ。

時詠みは自分が中心になる出来事しか読めないし、仮に見る事が出来たとしてもプライベートを覗き見るのは気が咎める。そう思って篠ノ之を探していると、俺が何をしているのか分かったのか、乱がトゲがある様な声で言って来た。

 

「箒だったらピットに行ったわ。一夏の応援に行くって言って。司に声をかけなかったのは、止められるのが分かってたからじゃ無いの?」

 

「あー……そうか。乱、教えてくれてありがとう」

 

俺や美夜やセシリアに言えば止められるだろうし、簪と篠ノ之はお互いに人見知りする(たち)なので声をかけづらかったのかも知れないが、無言で消えられると少し寂しいし、そう言う好き勝手な事をしているのを、他の人間がどう見ているかと言う視点が篠ノ之には全然足りてない。

まだ五月だと言うのに、クラスの人間から我儘で自分勝手だと見られたらどうするつもりなんだか。篠ノ之には、束さんみたいに好き放題生きられる力なんて無いと思うんだけどな。

 

「私も鈴おねえちゃんの代わりに一夏の教官役をやったから分かったけど、あの二人の嫉妬心とめんどくささが良く分かった。司、おねえちゃんが迷惑かけてごめんなさい」

 

乱の話を聞いた後に考え事をしたせいで、思わず苦い表情をしてしまったのを見たのか、乱が慌てた様に言って来た。

篠ノ之にしても鈴にしても困った事をするとは思うのだが、それでも友達だと思っているから色々と手伝ったり、間に入ったりしているつもりなのだが、二人にとって迷惑なのだろうか? 生前から人付き合いで失敗しすぎて、俺はその辺の感覚が良く分からなくなっているのだ。

 

「司、ごめん……」

 

俺の顔を見つめながらもう一度謝ってくるので、乱の事を見ながら笑いかける。

 

「乱の謝る事じゃ無いだろ? チケットを取っているけど試合直前に滑り込んでも楽しめないと思うから、そろそろ行こう」

 

少し落ち込んでしまった乱を促しながら、俺たちは観客席の方に歩いて行くのだった。

 

***

 

観客席に座る前に俺以外の全員が、少し席を外すと言いながら隅の方でジャンケンをし始めたので見ない振りをしながら待つ。

……何故か乱までジャンケンに加わっている事に嫌な予感がするのだが、どうやら勝負の結果が出た様で、美夜とセシリアが俺の両隣に決まったみたいだった。

 

「司、大丈夫?」

 

「美夜が何を言ってるのか分からないけど、俺は平気だよ」

 

「私は、何があっても司の味方だから」

 

「…………ありがとう。いつも済まないな、美夜」

 

席に着く寸前、顔を寄せて囁いて来た美夜に俺も囁き返す。俺はエターナルに成って色々なものを手に入れたと思うのだが、一番大切で無くせないものは人の縁だと思っている。

 

だからこそ、今の経験はかなり貴重だ。俺も気を使って生活してるが、この女子高みたいな環境の中に居て、今の所嫌われている様子が無いのだ。

それに人見知りする事も知られているし、女の子が苦手なのも知られている。その上でリハビリに付き合ってくれるこの学園の環境と生徒が俺は好きだ。

その学園生である友達二人に迷惑を掛けられるのも許容範囲の内だ。ただ、まあ……いい加減決めて欲しいとは思っているのだが。

 

 

 

 

 

席に着いてみんなと話しながら待っていると、一夏対鈴の試合が始まったのだが、残念ながら試合の流れは対戦予定が組まれた時に予想した通りに一夏が苦戦していた。

 

『織斑くん、上手くなったね。私、鈴に蹂躙されて終わると思ってた』

 

『俺もそう思ってたんだけど、予想以上に成長してるな。一夏はISに搭乗して約一ヶ月だし、鈴も一年で専用機持ちの代表候補生になったって言ってたから、どっちも才能あるんだろうな』

 

『……司さんが才能云々って言うのは理不尽だと思いますわ。わたくしはBT兵器の適性Aですけど、司さんの使っているオーラフォトンほど使いこなせていませんもの。たしか司さんが専用機を手に入れたのは、織斑くんより後でしたわね』

 

『”聖杯”は誕生の過程が特殊だからな。俺以外の人間が絶対に使えない代わりに、シンクロ率があり得ないくらいに高いんだよ。イメージさえすれば、永遠神剣側が俺の意を汲んで……』

 

『司! ……言って良い事と悪い事がある。セシリア、司が言った事は忘れて』

 

『美夜、悪い。セシリアも忘れてくれ。最近疲れてるせいか、俺もロクな事を言わないな』

 

『あの…………はい、忘れる様に努力いたしますわ』

 

――ここ最近の対人関係のストレスがかかる環境が負担になっているのと、直前に聞いた美夜の言葉で少し気持ちが楽になったせいなのか、俺の素の言葉が漏れてしまった。

周りの歓声でお互いの声なんて聞こえなかったので、ズルして個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)で話していた事が功を奏して周りに聞かれる事は無かったが、余計な事を言った俺を美夜が珍しく非難するような眼で見ているし、セシリアはそんな俺と美夜を何か言いたそうな目で見ているのだ。

 

当然の事だが、セシリアには永遠神剣の事もエターナルの事も話せない。

だけど、もしかして俺はセシリアに聞いて欲しかったのだろうか? この疑問が心に残ってしまって俺の口数が減って行き、後はお互いに口を開く事が無くなってしまった。

 

その間も試合が続いているのだが、鈴の衝撃砲に徐々にシールドを削られるのを嫌ったのか、一夏は瞬時加速(イグニッション・ブースト)とバリアー無効化攻撃を一気に放つと言う賭けに出たが、その攻撃は予想外の出来事で中断される事となった。アリーナの天井にある遮蔽シールドをぶち抜いて、第三者が乱入して来たのだ。

 

乱入して来たのは、こげ茶色の鋼鉄の巨人とでも言うのだろうか? 通常型のISとは違い、全身装甲(フル・スキン)で覆われた耐久性の高そうな機体で、そいつは躊躇なく鈴に対してビーム兵器を撃ち込んでいる。

 

それを見て、俺と美夜は即座に行動を開始した。

 

「美夜、反対側に回ってくれ。万が一観客席側の遮蔽シールドが破れた場合、防御を俺たちで担当する。後、一夏と鈴が危なかったら乱入してあいつを潰すぞ」

 

「うん、分かった」

 

俺は戦闘装束を召喚した後で、ハイロゥを展開して空中に浮きあがる。

そのまま遮蔽シールド側に移動しようとした時に、個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)で通信が入って来た。

 

『理由は話すから、つかちゃんは介入しないで欲しいんだ。束さんとしても、つかちゃんに解決されちゃうと困るんだよね』

 

さっき美夜とセシリアと会話していた個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)の回線が今も生きているので、そのまま美夜とセシリアにも束さんの声が聞こえているのだが、ここでそれを言ってももう手遅れだ。

美夜は俺の隣で空中に浮きながら通信を聞いているみたいだし、セシリアは一夏たちが戦っているアリーナを見ながら凍り付いた様に動きを止めてしまっているのだ。

美夜は色々分かっているから良いのだが、セシリアに聞かれたのはいくら何でもマズイ。

マズいのだが、被害をなるべく軽減する為にも、このまま束さんと話し合うしかなかった。

 

『……あれを突入させたのは束さんかよ。兵装の威力的に一夏と鈴のISがまともに食らったら一溜りも無いし、流れ弾が観客席側の遮蔽シールドに当たったら大惨事だ。とっとと撤退させてくれ』

 

『えー、そんなどうでもいい奴らが、いくら死んでも問題無いでしょ?』

 

『そう言う事を言うんだったら、今から正面の遮蔽シールドをかち割って、あのISを”虚空”で叩き切るけど? シールドバリアーも絶対防御も、空間ごと切れば破壊出来ると思うけど、俺はそれをしたくないんだよ。それと、あれにクロエが乗ってるなんて事は無いよな?』

 

『あんな欠陥品に、くーちゃんを乗せるなんてあり得ないって。状況認識能力に問題が出てる無人機だし、これはいっくんをデビューさせる為のイベントなんだよ』

 

『デビュー?』

 

俺と美夜がISを展開させて空中で留まっているのと会話を聞いているからなのか、セシリアは乱に話をして、制服をその場で脱いでISスーツ姿になった後で簪に制服を預けているのだ。

それを横目で見て、三人に座席から離れて通路に移動する様にジェスチャーを送りながら、束さんの話に耳を澄ませる。

 

『そう。つかちゃんと、みゃーちゃんの重要性が増し過ぎて、いっくんが軽く見られてるんだよ。束さんの重要人物ランキング的に言って、いっくんは一番低いからそれも仕方がないかなぁ~って思ってたんだけど、男はつかちゃんがいるから使い潰せって、アホな事言い出したクソが出て来たからさぁ……まあ、潰したけど。だから、いっくんの為のイベント起こしたんだ。これでいっくんがゴーレムⅠを倒せば、再評価されるでしょ』

 

『俺と美夜が暴れすぎたから、一夏の評価がそこまで下がったのか……分かった、協力する。アリーナ内で戦っている内は目を瞑るけど、遮断シールドに攻撃したら殲滅するから。ゴーレムⅠだっけ? その辺は考えて動かしてくれ』

 

『無人機のテストも兼ねてるから、そう言う細かい事はまだ出来ないんだって。暴れさせるのには問題が無いんだけどさ…………あれ?』

 

『束さん、こんな時にそう言う事言うの止めてくれ。何があった?』

 

それまでの余裕のある態度から一変して、いきなり束さんが焦りながら俺に助けを求めて来た。

 

『何で箒ちゃんが通路にいるの!? 終わるまでの時間稼ぎに、ゴーレムⅠ三機を第二アリーナ内に放してるんだよ! 見つかったら箒ちゃんが殺されちゃう、お願いつかちゃん助けて!!』

 

束さんの言う言葉を聞いて、即座に時詠みを使ってルートの選択に移るのだが、走って移動した場合は篠ノ之が死んだ状態でゴーレムⅠと接敵状態に入る。

アリーナの遮蔽シールドを破った後に、アリーナ側から通路の壁を破って篠ノ之の居る場所に移動した場合は、壁を破った音にゴーレムⅠが反応して集まって来るので篠ノ之が危険に晒されるし、アリーナ側の遮蔽シールドも無くなるので、一夏と鈴の対応次第では観客席に流れ弾が直撃する可能性があるのだ。

 

『…………ルート選択が終わった。篠ノ之から一番近いD通路側の扉から、ISを使って最短ルートを飛行して篠ノ之の居る場所を目指す。束さん、ゴーレムⅠの行動設定は?』

 

『……あ、ろ……廊下に出てる動目標に対して、無差別攻撃をする……部屋から出ないと攻撃されないから、一応安全だよ?』

 

雰囲気と声の調子から俺が怒っている事を察したのか、束さんの声には何時もの調子が無いのだが、それに構わず淡々と準備をする。

 

『美夜、聞いてたよな。美夜はこの場所に残ってアリーナのゴーレムⅠの監視と、他の子がアリーナから出ない様に見ていてくれ』

 

『うん、それは良いけど……どうしたの?』

 

美夜も俺の様子を見て変だと思ったのだろうが、それはある意味当然だった。何しろ今の俺は、時詠みを使っている事でこれから先の未来が分かっている。

勿論、完全に制御しているので、ゴーレムⅠ絡みのゴタゴタが終わるまでしか見えない様にしているが、それでも俺が怒る事が確定している未来がこれから来る……いや、今来たのだ。

 

「司さん、わたくしに出来る事を何でもやります。お願いです、わたくしにも手伝わせて下さい」

 

「司、私も手伝う。何をすればいい?」

 

「私はISが無いですけど、それでも出来る事があるなら何でも言って下さい!」

 

――セシリアと簪と乱が集まって、俺の手助けをしたいと言って来るのだ。そして、三人を説得して止めさせようとすると時間切れで篠ノ之が死ぬ事になるが、連れて行った場合には事故はおこして、セシリアと乱が死ぬ可能性がある。

死ぬ可能性は因果律操作を使う事で無くす事は出来るが、二人を危険に巻き込む事を思えば、それが思わず態度や口調に出てしまうのは仕方の無い事だと思う。

 

『時詠みでこれが避けられない事が分かってたからであって、二人に怒ったわけじゃないんだ。誤解されるような行動をして悪かった。付いて来る人に一筋だって傷はつけないから、美夜はここで他の子が外に出ない様に見てほしい。それと束さんは、これから行動に出る人間に対して、命の借りを作ったって言うのを肝に銘じておいてくれ。その代わり、篠ノ之の事は絶対に助ける』

 

美夜と束さんの疑問に答える為に話をしながら、D通路の扉を開け放った後に通路と自分のサイズ差を見比べる。

身体と非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)扱いのエンジェルハイロゥ(天使の輪)ウイングハイロゥ(天使の翼)しか付いてない俺は、ISとして見れば最小の部類だし、時詠みを使って常に先読みしながら行動出来る事を考えれば、通路内での飛行は妨害が無い分簡単な行動の内に入るのだが、セシリアのブルー・ティアーズと乱の甲龍・紫煙(シェンロン・スーイエ)はサイズ的にギリギリで難易度が上がってしまうのだ。

 

おまけに、こう言う曲芸じみた飛行をする事自体が初めてなのに、セシリアも乱も引かないし……分かっている事ではあるのだが、色々と思う所は出て来てしまう。

 

それでも、これ以上時間がかけられない以上はこう言うしか無かった。

 

「簪は美夜と協力して、アリーナの外に人が出るのを防いでくれ。アリーナの通路に一夏と鈴が戦ってる奴が、後三機存在してる。美夜、簪、頼んだ……それと、二人共付いて来るつもりか?」

 

通路を確認した後に後ろを振り返れば、セシリアと乱が扉を挟んだ向こう側で俺の方を見ていた。

 

「友達を助ける。それ以外の理由なんて必要ありませんわ」

 

「いなくなったら、一夏もおねえちゃんも悲しむじゃない。それだけで十分よ」

 

「分かった。通路内の最短ルートを飛行して、篠ノ之の所に行く。俺が先行するから、ガイドビーコンを参考にして付いてきてくれ」

 

「はい」

 

「うん」

 

そのまま二人共扉を越えて、俺の方に歩いて来てISを展開する。

 

「三人で困った友達を助けに行こう。俺にこんな事言われてるって知ったら、篠ノ之は怒ると思うけどな――行くぞ」

 

俺の言葉を聞いたセシリアと乱の微かな笑い声をその場に残して、俺たち三人はアリーナ観客席側D通路から、篠ノ之を助ける為に飛行を開始するのだった。

 

 



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望んでいない結末、又は変化の兆し

残り時間が少なすぎる。ある程度見られる事に目を瞑って、戦闘をする事を決意する。

 

残り時間21秒

 

分割思考を使ってオーラフォトンの制御と因果律の操作、そしてコピーした虚空を消した後で、新たな永遠神剣をコピーする。

 

全身の骨を永遠神剣化、永遠神剣第三位・破壊を顕現させる。

 

カオスエターナル、”破壊の導き”パウリコスカの使う永遠神剣第三位・破壊の能力は、自分の触れている物全ての破壊。これを使ってゴーレムⅠを叩き壊す。

 

残り時間15秒、ほぼ使ったことのない神剣のコピーに時間がかかり、少し焦る。

 

「時間を加速させよ、一瞬が無限となるように。タイムアクセラレイト!!」

 

そして、自分の時間を加速しながら因果律を操作して自身を電子雲化。そこに実体がある可能性を無理矢理引きずり出して、四人に分身してパラレルアタックをかける。

棒立ちになっている篠ノ之を躱して二機に同時攻撃をして破壊。もう一人はアリーナ側の壁を壊して、タイミングを計って最後の一人が、ゴーレムⅠをアリーナ内に吹き飛ばす。

 

残り時間12秒・・・間に合ったか。正直言ってほとんど使用したことの無い能力を連続して使った為に、間に合うかどうか微妙な線だったのだ。こんな閉鎖環境で篠ノ之を挟んで光学兵器の撃ち合いなど論外だったので、近接戦闘で片が付いて良かったと安堵のため息をついた。

  

そして、呆然としているセシリアと乱に声をかけた。

 

「この前の連携訓練を実戦で試すよ。目標はUNKNOWN一機、乱がアタッカーでセシリアがサポーター、俺がディフェンダーを務める。大丈夫、二人には指一本触れさせないから」

 

そう言って篠ノ之を一瞥した後、いまだに軽く混乱している二人を連れてアリーナ内に飛び出した。一夏の事も友達として好きだけど、セシリアと乱にも安全に経験を積ませたいからな。束さんの言う事を守れなかったけど許してくれるだろう。この時の俺はそんな事を考えていた。

 

***

 

「もしかして、私たちって要らなかった?」

 

乱がそんな事を言い出したから、俺は聖緑を出しながら答える。

 

「そんな事は無いよ、バックアップは重要だし。一人で出来る事なんてたかが知れてるから、俺はみんなに手伝って欲しいよ」

 

そう言いながら陣形を整えつつ、俺も準備をする。

 

「マナよ、わが求めに応じよ。オーラとなりて、刃の力となれ!インスパイアッ!!」

 

「体が光ってる!!なにこれ!?」 「どういうことですの!?司さん!」

 

二人の狼狽えぶりに少し笑ってしまった。

 

「攻撃力上昇系のバフをかけたんだよ、MMOじゃ回復系が良く使うだろ?」

 

「これ現実だから!!聖杯のワンオフ・アビリティーって訳?出鱈目な能力ね」

 

乱のツッコミが冴えわたっているな。そう思いつつ、緊張を和らげるためにさらに軽口をたたく。

 

「遠隔防御も出来るぞ。あのUNKNOWN程度の攻撃じゃオーラフォトンを抜けないよ、リラックスして攻撃してくれ」

 

そう言うとリラックスしつつ二人共呆れていた。

 

「司さんの聖杯は、指揮官専用機ってことですか?篠ノ之博士は、すごいISを司さんに与えたのですね」

 

セシリアも俺の意図してる事に気が付いたのか、そう言いながら会話に入ってくる。程よい緊張とリラックスの中、戦闘が開始された。

 

***

 

セシリアのスターライトMk-Ⅲによる偏向制御射撃(フレキシブル)で攻撃の幕が上がった。続いてレーザービットによるオールレンジ攻撃。乱はセシリアの牽制により動きが鈍ったゴーレムⅠに、龍咆によるレーザー攻撃を叩き込みつつタイミングを見計らって、角武を持って突っ込んでいく。

後方から支援している俺とセシリアは、相手のスラスター出力が尋常ではないと分かるとセシリアは偏向制御射撃(フレキシブル)とレーザービットでスラスターを集中攻撃、俺はセシリアと乱に命中しそうな攻撃をオーラフォトンで全て潰していった。

 

ゴーレムⅠの反撃は偏向制御射撃(フレキシブル)とBT兵器の制御で動けないセシリアと、アリーナ内にいる四人と暴走しそうな篠ノ之に注視している俺に対して、ビームを乱射して集中的に狙ってくるが全て止める。

乱に対しては長い両腕で殴りかかってくるのだが、俺が防御して腕の動きが止まる瞬間を狙って角武で胴体に攻撃を入れていた。

 

「シールドの上から本体にダメージが入っていますわ。いんすぱいあ?でしたっけ、すごい効果ですわね」

 

「威力が強すぎて競技用のISじゃ使い道が無いけどな。ほとんど使わないから、詠唱しないと実戦で使い物にならないんだよ。セシリアのインターセプターと一緒だな」

 

そう言ってからかうと、セシリアは少しだけ頬を膨らませる。

 

「後で司さんに近接戦闘訓練をして貰うんですから、これで良いんです。司さんはいじわるですわ」

 

そう言いながらも、一方的な展開に安堵した表情を見せていた。緊張していると思わぬミスをするからこの位で良いとは思うんだが、もう少し緊張感を持たせた方が良いのだろうか。自信があるように見せながら、宿命から学んだ事を使いつつ指揮、統率をしていたので、未経験な俺自身にも少し迷いがあった。

 

***

 

「乱、大丈夫か?セシリアがスラスターを潰しているから、相手の動きが鈍って来てるけど、思わぬ反撃を食らう可能性があるから注意してくれ」

 

「大丈夫、ここまで鈍くなったら楽勝よ。シールドを気にしなくて良いから戦いやすいしね!」

 

そう言って龍咆と甲尾を同時展開、大型レーザー砲と銃火器九丁によるゼロ距離射撃を行い大ダメージを与え、動きが止まった所で角武で相手を切り裂いた。相手が落下し始めた所に、セシリアがスターライトMk-Ⅲによる偏向制御射撃(フレキシブル)とレーザービットによる追い打ち、さらに地上に落ちた後にミサイルビットで止めを刺していた。

 

セシリアが俺の方に近寄ってくる。今までは三人で個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)を重複させて、相互間通信を行っていたのだ。近くで一夏と鈴が戦っていて通信が混線するのを防ぐ為の苦肉の策だった。

 

「動きませんわね?」

 

「あれだけ叩き込めば平気だろ。形が残ってるのがすごいな、どれだけ耐久力があったんだよ・・・」

 

完全に機能を停止したのを見て、一夏と鈴に解放通信(オープン・チャンネル)で呼びかける。

 

「大丈夫か、一夏。サポートする事はあるか?」

 

「これから攻撃を仕掛ける!サポートしてくれ」

 

「分かった、何時でも良いぞ」

 

そして、鈴からの衝撃砲を外部エネルギー変えて瞬間加速(イグニッション・ブースト)を発動。一夏は零落白夜を使い、シールドと共に右腕を切り落とし、そして俺はタイミングを見計らって、ホーミングビームをゴーレムⅠに撃つ。十発ほど撃ち込んで相手の反応を見るが、時詠みで見ても完全に沈黙している。

 

「終わったか」

 

そう呟いて周りを見渡していると、一夏がこちらにやって来た。

 

「司、手を出せ」

 

そう言って腕を掲げて、二人で手を打ち鳴らした。

 

「お互いのチームにけが人も無し、完全勝利だな」

 

それを聞いて俺は苦笑する。

 

「一夏が一番ダメージがデカいだろ、あんな無茶するなよ。篠ノ之と鈴が泣くぞ」

 

「俺はみんなを・・・関わる人を全部守りたいからな、その為には体くらい張るさ」

 

それを聞いて、俺は少し困った顔をしながら首をかしげる。

 

「一夏が怪我したら意味が無いと思うんだけどね、その辺は今後の課題にしようぜ。ほら、みんなに手を振ってやれよ。勝利の立役者だろ?」

 

アリーナの座席から色々な学年の生徒たちが、こっちを見ながら歓声を上げている。

 

「司だってそうじゃないのか?」

 

こっちに振り返りながらそう言うので、笑いながら誤魔化した。

 

「俺は今回サポートしかしてないよ。しかし女の子苦手でコミュ障の俺にそんな役を振るなよ、一夏はひどい奴だな」

 

「おいおい、そんな人聞きが悪いこと言うなよ」

 

そう軽口を叩き合い、俺たちは笑い合った。こう言っては何だが同じ舞台で戦って、一夏と初めて親友ってやつになった気がした。しかしこの後に、あんな惨劇が待っているとは俺は夢にも思わなかったのです。

 

***

 

数日がたってようやく落ち着いた。結局、クラス対抗戦は有耶無耶になってしまった。まあ、あれだけの事があったら仕方が無いと思うんだけどな。俺は屋上に来ていて、セシリアと乱を呼び出していた。

 

「司さんどうしました?こんな所に呼び出したりして・・・」

 

「司、来たわよ。何か用?」

 

そう言って何か緊張して、少しソワソワしている二人がやって来た・・・あ、ちょっと場所と言うか設定と言うか、兎に角何かをミスった気がするけど、人目に付くのは不味いんだよな。

 

「この前の件はお疲れ様、二人に怪我が無くて良かったよ。がんばった二人にご褒美用意したんで、良かったら受け取ってくれ」

 

そう言って綺麗にラッピングした小さな紙袋を出した。特にセシリアはこのシチュエーションに思う所があったのか、少しがっかりした様だったが二人共笑顔で受け取ってくれた。ごめん、誤解されても仕方なかったよな。

 

「開けてもいい?」 「開けても良いですか?」

 

二人がそう言ったので、俺は良いよ、と言って肯いた。

 

「丸い玉、なにこれ?」 「・・・・・・え!?」

 

流石イギリス代表候補生、見た事があったか。

 

「つ、司さん、こ、これって!?」

 

セシリアがオロオロしていて、乱は何か分かってないからそんなセシリアを見て首をかしげている。

 

「通路にいたUNKNOWNのISコアだよ、あの時に抜き取っておいた。あれだけ派手にぶっ壊したからバレないだろ」

 

「え”・・・い、良いの?本当に良いの!?」

 

貰った物の正体が分かったせいか、今度は乱が挙動不審になっている。それを見てクスクス笑いながら言う。

 

「良いだろ、俺たちで倒したんだから。それと、俺が通路でした事を何も聞かなかっただろ?・・・少し嬉しかった。改めて、二人共これからもよろしくな」

 

「うん、よろしく」 「はい、こちらこそよろしくお願いしますわ」

 

そう言って、顔を少しだけ赤らめながら二人共そう答えた。

 

それと同時に、校庭ににんじんが突き刺さって凄まじい爆音を轟かせた。

 

「「「・・・・・・」」」

 

「つかちゃんとみゃーちゃんは、急いで校庭に来て下さい。束さんから重大発表があります。早く来てね♪」

 

滅茶苦茶機嫌が良いみたいだ。何かあったかな?そう思って俺は二人に断った後、校庭に急いで出た。

 

***

 

俺と美夜が校庭に出ると、束さんとクロエが待っていた・・・クロエもいるのか?内心首を傾げつつ二人に近づくと上機嫌な束さんが、俺をぎゅうぎゅう抱きしめて来る。

 

「えっと、人目があるので勘弁して下さい。束さん、どうしました?」

 

周りの目が冷え冷えになって来たのを恐れつつ、束さんに聞く。

 

「まずはつかちゃんとみゃーちゃんのISの正式版ね。あの時に作ったのは急造品だったから、色々効率とか見直してあるよ。これと交換して」

 

そう言って指輪を用意してくれた。それを受け取りながら、個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)で俺と美夜に囁いてくる。

 

『フレーム部分からの設計変更と、コアを連動させている関係で戦闘経験値が無駄になっちゃうのはごめんね』

 

そう言って謝って来たので、俺と美夜は気にしないでくれと返した。こんなに良くしてもらってるのに、文句なんて言わないよ。そう言いつつ元の指輪と付け替えた。使ってみないと違いが分からないかな?

後はこれね、そう言って見せてくれたのはペンダント?束さんが、私が付けるからと言っているので首を下げて任せていたら、正面から回って来て・・・は?

 

思いっ切りキスされた。

 

「~~~!?」

 

「うっくちゅっっ・・・うん、っっうくっちゅっつ・・・」

 

口の中を蹂躙されて、俺と束さんの間に唾液の橋を作りながら離れて行って、そのまま至近距離から束さんが熱っぽく俺を見ていた・・・ナニコレ?

 

そう思って呆然としていたら、美夜に引っ張られてキスされた。

 

「!!??!?」

 

「くっうっちっっ、はぁ、うっくちゅつっちゅうっ・・・」

 

その後やっぱり口の中を蹂躙された後で、美夜は真剣に俺を見上げて

 

「消毒です」

 

と言った。

 

***

 

「束さん、冗談がすぎるんじゃないですか。今なら笑って済ませます、お互いにその方が良いですよ?」

 

そう言って美夜が束さんを威嚇している。殺気が混じっていて普通の人間なら気絶くらいしそうなのに、束さんは平然としていた。

 

「いや、つかちゃんの事を良いなぁって思ってたんだけど、この前可愛いって言ってくれたからね。だから抑えられなくなっちゃったんだよ♪」

 

「いや、あれはその場をまぎr・・・」

 

ぐりん、束さんが光の消えた目で俺を見ている。物凄い怖い。美夜は大体の事情を察した様で、苦悶の表情を浮かべながら小さな声で俺を罵っている。

 

「だから、つかちゃんの事を百年くらい貸して・・・くれないか。じゃあ半分こしようよ♪」

 

「・・・・・・・・・むぐぅ」

 

美夜が考え込んで変な声を上げているんだが。そして、何でクロエはぴったり俺に張り付いているんだろう?

 

「クロエどうした?」

 

「屈んで下さい」

 

「いや・・・」

 

「ダメですか?」

 

涙目でこっちを見上げるのは反則だと思います。恐る恐る屈んだら頬にキスをされた。真っ赤になりながら

 

「口は恥ずかしいからまだです、後三年待って下さい。おっぱいもがんばって大きくしますから」

 

そう言って微笑まれた。性癖まで見抜かれていて、いっそ殺してくれと思い絶望する。

 

「・・・三等分にしようね♪つかちゃん喜んで、束さんとくーちゃんで親子d・・・」

 

最速の行動でチョップする。

 

「自分の娘だって言ってるクロエを巻き込んで、卑猥な事言ってんじゃねえよバカウサギ!!ああああ、何でこうなった!?」

 

「つかちゃんの周りに鶏肉が集まって来たから、先に手を打ったんだよ。みゃーちゃんなら兎も角、鶏肉がつかちゃんに纏わり付くとムカつくし・・・あ、鶏肉が来た」

 

束さんがそう言ったので、振り返ったらセシリアと簪さんと乱がいた。

 

***

 

「淑女として恥ずかしいと思わないのですか、篠ノ之博士!司さんは貴方より、九歳も年下でしょう!!」

 

セシリアが激怒しつつそう言うと、それを聞いた束さんが笑い始めた。

 

「ああ、鶏肉はつかちゃんの事を何にも知らないんだ。そんな雑魚はあっちに行け、つかちゃんは三等分するって決まったんだから。お前らの分は無いよ」

 

そう言って束さんは美夜と口喧嘩を始めてしまった。サラッと俺たちの秘密がバレるような事を言わないでくれ!

エターナルだってバレたらどうするんだよ!?と、そう思ってビクビクしていたら、セシリアに両手で首にしがみ付いて、目を瞑ったまま勢い良くキスをして来た。

俺とセシリアは歯をぶつけ合ってお互いに痛みで口を押えていたが、その状態からいち早く復帰したセシリアが、真っ赤になりながら歯の痛みで涙目になりつつ咆えた。

 

「わたくしだって司さんを愛していますわ!後から出て来たくせに大きな顔をしないで下さい、おばさん!!」

 

空気が凍った、ヤバいセシリアを守らないと。そう思って動こうとしたら簪さんに優しくキスされて、最後に乱に頭突きをされるようにキスされた。頭と歯が痛くて俺は悶絶する。

 

「わ、わたしだって司さんが好きです。こ、この気持ちだけは負けません!!」

 

真っ赤になりながら簪さんがそう言って

 

「私だって好きよ!何でか分からないけど、好きになっちゃったんだからしょうがないでしょ!!」

 

怒ったように乱が言った。

 

「ふうん・・・みゃーちゃんは?」

 

束さんが言ってもも聞かないので諦めつつ、悶絶している俺に美夜が歩み寄って来た。そして、膝をついて頭を抱きしめながら

 

「こう言う肝心な所で決まらない、ちょっとカッコ悪い所も含めて大好きで愛してるよ。ずっと二人で歩んで来た、これからもずっと歩んで行く。だから絶対にあげないよ?」

 

「くーちゃんは」

 

美夜が抱えている俺の頭をなでながら言った。

 

「束さまの次に好きです。居なくなったら嫌、だからずっと一緒に居たいです」

 

「束さんはつかちゃんがいなくなると悲しいし、面白くって頼もしくって守ってくれたから好きになったよ。鶏肉・・・じゃないよね。名前、聞いておくよ」

 

「セシリア・オルコットですわ」

 

「更識簪・・・です」

 

「凰乱音よ!」

 

「ふふ、せっちゃんと、かんちゃんと、らんちゃんね。全て蹴散らすから覚悟しておくと良いよ」

 

そう言って、美夜にもペンダントを渡した。

 

「束さん、これなに?」

 

「みゃーちゃんが持ってるのか打鉄で、つかちゃんが持ってるのがラファールだよ」

 

「第二世代の?」

 

美夜は今更どういう事なのかと、渡されて首を傾げていたが次の発現で凍り付いた。

 

「束さんは愛するつかちゃんと、ライバルのみゃーちゃんの為にISコアの再生産を始めたよ!!・・・早めに逃げて来てね。つかちゃんは束さんと、みゃーちゃんと、くーちゃんで三等分だよ」

 

そう言って俺に笑いかけながら、ツァーリボンバ級の発言を残して、束さんとクロエはにんじんロケットで帰っていった。

 

これ以後俺の環境は激変して、様々なトラブルに頭まで漬かるようになって行く事を理解していた。不誠実な事をしたくは無いので色々な事に目を瞑っていたのに、それらが全て牙を剥いた。

ため息を付いてすべて投げ出したい気分になったが、みんなが嫌いでは無いのだ。むしろ好きだからこそ適当な事をしたくない。

 

「ううっ、俺は女の子が苦手なのに・・・」

 

傍から見れば爆発しろと罵られる事は分かっているが、慣れないなりに真剣に付き合って行かなければならない。

 

自分を変える決意をしながらも、これからの事を考えて胃が痛くなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第一巻の内容が終了です。

概ね一巻の内容を踏まえつつ、少しづつアレンジを加えながら書いていました。

これからも、のそのそと書いて行きますのでよろしくお願いします。

永遠神剣シリーズを題材にしているなら、是非ともソゥユートの真似をしたい。
そう思っての作中のインスパイアッ!!でしたが、発音に直すと

「インスパイィィィアッ!!」

になります。ソゥユートは、今見てもカッコイイです。


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Hello world

「「「おめでとう!!」」」そう言って、俺たち三人は主役の二人に拍手していた。

 

セシリアの部屋に集まってみんな・・・俺、美夜、セシリア、乱、簪(私だけ”さん”が付くのは嫌、と言っていた。俺に対してだけでも、自己主張出来るようになって来たのが嬉しい)の五人で集まってのお茶会の中の出来事である。

 

「セシリアと乱、叙勲おめでとう。やっぱりUNKNOWNとの戦いで功績を上げたから?」

 

IS学園襲撃の件はかなり大きなニュースになったのだが、その時に戦った俺、一夏、セシリア、乱、鈴はかなり大きく取り上げられてしまった。特に男性IS搭乗者として止めをさした一夏と、二人で連携して戦っていたセシリアと乱の姿は扱いが大きく、その流れで叙勲と言う話になったらしい。

因みに、簪にもISコアの話はしたが、あまり興味は無いみたいだ。俺が簪と一夏には何かしてあげたいと思ってはいるが、日本とは関わり合いになりたくないって言うのが分かっているんだろうな。

 

「プレゼントとの絡みもありますから、余り素直に喜べない複雑な気分ですが。わたくしはロイヤル・ヴィクトリア勲章のコマンダーを授与されるみたいですわ」

 

そう言ってはいるが、セシリアは喜びで充ち満ちた表情をしている。貴族家の当主だし、国に評価されるのは名誉だしな。しかし、ロイヤル・ヴィクトリア勲章って、いきなり叙勲されるものなのか?

 

「おめでとう、セシリア」

 

例によって聖杯からの知識の流入が行われている。そうじゃなきゃイギリスの勲章なんて分からないし・・・ロイヤル・ヴィクトリア勲章の叙勲の決定って君主個人、つまりは国王様が決めるんだよな。きな臭いなぁと、内心ため息を付きながらもセシリアが評価された事はすごく嬉しい。

 

「乱は何を貰うんだっけ?」

 

「そこは授与されるって言いなさいよ、仕方ないわね。私が授与されるのは青天白日勲章よ!!本当は国光勲章でも良い位だって言われたけど、周りとの兼ね合いがあるし。授与される理由が全部説明出来ないからだって」

 

台湾の勲章の知識も入って来た。軍人に贈られる二番目に栄誉の有る勲章で、本来なら一番栄誉の有る勲章を贈りたいって・・・イギリスも台湾もISコア絡みで、俺に対するメッセージも兼ねているんだろうな。

 

ただ、乱も今までおねえちゃんに評価されないって悩んでた位だから、見える形で国に評価される事が嬉しくって仕方ないみたいだな。裏の意図が透けて見えるけど、乱が喜んでいるのを見ると俺もうれしいから、まあ、良いかって思っちゃうんだよな。

 

「認められて良かったな、乱」

 

何かあったら、その時に考えればいいさ。二人が喜んでる事を祝福しながらそう思った。

 

***

 

俺の意図も思惑もすべて消し飛ばしてくれた告白だったが、足の引っ張り合いみたいな事は起こらなかった。

みんなの気持ちに気が付く前から、俺は大切にしたいと思ってた人たちに気を配っていたし、そもそも味方を増やしたいからと、クラスの子たちとも積極的に仲良くしていたのだ。

俺を取り巻く状況が変わっても、止めるつもりは無かったから有り難いが、告白してくれた子に対して後ろめたい気持ちもあるんだよな。

 

・・・さて、告白のあった次の日、一部の生徒が瞬間加速(イグニッション・ブースト)を使った一夏のような勢いで突っ込んできた。先頭はダリル・ケイシーとフォルテ・サファイア。特にケイシー先輩は、表情が必死すぎて怖い。

 

「すまなかった、司この前の事は許してくれ!!」 「司、すまなかったっス」

 

そして、サファイア先輩はいつも通りっスね。

 

ISコアを手に入れられるかもしれないと、手に入れられるでは似ているようで全然違う。確実な入手手段が出来たせいで、仲が悪いと思われている二人が詫びに来たのだ。

 

「気にしてないから大丈夫ですよ、先輩たちもそんなに畏まらないで下さい。やりづらいです」

 

露骨に媚を売られるより全然良いのだが、そう言った瞬間に姉御風を吹かせ始めたのには笑ってしまった。面白い人たちではあるし、専用機持ちの代表候補生と敵対してもマイナスの影響しか無いから仲良くしたいと思う。

 

先輩たちの事は片が付いたのだが、それ以外の俺に突撃して来た子が問題だった。最初は俺と美夜に来ていたのだが、スパルタな美夜が全部俺に回して来て全員の話を聞く事に。

ここに至っては、コミュ障だとか女の子が苦手だとか言ってられない。失言したら即座にそこに食らい付いて来る子すら居たのだ。俺の持っているパイが大きすぎて、今までのノリでは済まなくなって来ている。

 

「俺が束さんから貰ったラファールは、一組と四組の専用機にするからみんな手伝ってくれ」

 

二クラスで六十人、専用機持ちが六人。(美夜の打鉄は、機体が来るまで簪専用機にしていた)残りの五十四人で一機を共有してもらうのだ。後は、共有するルールを作って即座に運用を始める。教室以外が最高危険地帯(モーストデンジャラスゾーン)になったので、外に出るのにみんなの護衛が必要になった。

真剣にハニトラ対策をしないとヤバい事態だ。以前の美夜の冗談が、冗談ですまなくなっているし。

機体以外でも、クラスのみんなの為に出来る協力はして行く。そう言った努力のお陰で、どうにか普段通りの生活環境が戻って来た。

 

修業なんだからこの程度で諦めてたまるか。俺が強くそう思っていたからって言うのもあったが、精神的疲労がたまり過ぎて一時期かなり酷かったらしい。

それを見ていたみんなが、このままでは篠ノ之博士の言う通りに、俺と美夜が居なくなってしまうと真剣に考えて協力を始めたみたいだ。元々仲が良かったのが幸いして、四人が結束し始めて今の状況になったらしい。

 

みんなが言うには、反面教師(篠ノ之と鈴)を見ていれば何がマズイか分かるとの事だった。

 

「一夏の方、どうなるかな?」

 

四人で仲良く話していた所に、今まで考え込んでいた俺がポツリと呟くと、みんなが沈黙した。

 

「乱が鈴を煽ったから、織斑くんが大変な思いをしているんですわ・・・鈴が思いを伝えたのは良い事だとは思うのですが、タイミングが悪かったですわね。箒の」

 

そう言って、セシリアがため息を付きながら乱をジト目で見る。

 

「箒が昔みたいに頑なになっちっゃったからね。一夏と箒が喧嘩している所に鈴が告白したから、三人ともおかしくなってるし。最近良くシャルルと歩いてて、鈴と話す時はぎこちないよ。箒とは顔を合わせても話さないし・・・」

 

そう言いながら、美夜が乱をジト目で見る。この二人は箒を応援してたし。俺もそうなんだけど、鈴とも仲良くなったからなぁ・・・

 

「私のせいだって言いたいの!?そりゃあ、鈴おねえちゃんに勝ったからちょっとだけ勝ち誇ったけど、その結果だけとは限らないじゃない!!・・・シャルルも色々大変なのよ。私以外にも、シャルルにそういう存在が出来て良かったわよ」

 

そう言って乱は安堵のため息を付く。俺はそれを見て、シャルルの正体を乱は知っているんだろうなと当たりを付けたが手は出さない。こっちも大変なんだ、一夏がんばれ。

 

「あの・・・何があったんですか?」

 

クラスが違う為、その辺りの事情に一番疎い簪が聞いてくるので、当事者の乱が説明に入る。

 

「対抗戦が終わって私たちのゴタゴタが片付いた辺りだから、ほんの数日前の事よ。鈴おねえちゃんに対して勝利宣言をしたの。そしたらおねえちゃんが対抗して行動を開始してさ・・・」

 

***

 

乱音Side

 

最近、雑誌やテレビなんかで私たちの事を取り上げている所が多くなった。それだけIS学園の襲撃は大きなニュースになっているのだが、先ずは一夏が取り上げられていて、その次が私とセシリアだ。

一夏は男だし、日本人。だから第一に取り上げられるのは分かるけど、次が私とセシリアなのだ。つまりはおねえちゃんに勝った!!しかもヘタレなおねえちゃんと違ってちゃんと告白までしたのだ。キ、キスもしたし・・・

ふふふっ、思い出して顔が赤くなってるのを自覚しつつ、同じ部屋のおねえちゃんに話しかけたんだ。

 

「鈴おねえちゃん、勝負あったわね。訓練でいくら上手く行っても、実戦で差が付いたし。もうおねえちゃんに大きな顔はさせないわ!!」

 

そう言って私はドヤ顔をして、逆におねえちゃんは悔しそうな顔をしていた。

 

「ふん。そっちは三人で私たちは二人よ、差がついて当たり前じゃない。人数差があるから無効よ、無効!!」

 

そんな事を言い出したから、私も少しムキになった。

 

「司は攻撃してないじゃない。実質二対二なのにそんな負け惜しみを言うの?」

 

司の貢献は私とセシリアが一番分かっている。ワンオフ・アビリティーのインスパイアの性能は絶大だったし、遠距離防御システムのオーラフォトンは、最近ドイツで開発中らしいAICより性能が上だと思う。それに司だったら、こう言う事を言ったって後で聞いてもらっても、笑って許してくれるだろうし。

 

おねえちゃんが悔しそうにしてるから、更に畳み掛ける。

 

「そんな事を言うのって、おねえちゃんは一夏が司に負けてるって思ってるから?自分の好きな人の悪口は言わない方が良いよ?」

 

「そんな訳無いじゃない!一夏は司に負けてないわよ!!」

 

「じゃあ、おねえちゃんの負けじゃない。二人しかいなかったんだし。それに・・・私は司に告白したし、キ・・・キスだってしたし・・・ふふん、ヘタレのおねえちゃんに完全勝利したわね」

 

流石にこれには反論出来なかったのか、おねえちゃんは黙ったわ。見てれば分かるけど、おねえちゃんは可愛げが無さすぎる。意識してない人にツンデレしたって、それはただの嫌な奴だよ・・・

 

こうして私はおねえちゃんに記念すべき初勝利をしたのだけど、次の日におねえちゃんは行動を開始したわ。

 

***

 

「うん。先ず第一に、俺は一夏の事を劣ってるって思った事は無いし。あいつの成長速度はおかしい、なんで学んで一ヶ月くらいで実戦で成果が出せるんだよ。俺が一夏にコツを聞きたい位だ」

 

「司さんを出しに使って、鈴の優位に立つって言うのはどうかと思いますわ・・・」

 

「乱はそんな事を言ったの?鈴が大荒れで教室に突撃して来た時は、何事かと思ったよ」

 

「・・・私は乱のやった事が少し理解できます・・・絶対に勝てないって思ってた人に勝てたのなら、すごく嬉しいに決まってます」

 

私の味方は簪だけだ。でも、みんなも非難している訳じゃなくて、しょうがないなぁこの子はって表情をしている・・・年下扱いはそれはそれで思う所はあるんだけど、まあ良いわ。

 

「続きを話すわよ」

 

***

 

次の日の放課後、私はおねえちゃんに連れられて一組に行ったの。私が本当にヘタレかどうか見せてやる!って言われて。おねえちゃんの後ろから付いて行ったんだけど、足音をドカドカ響かせてもう全身から私は不機嫌です。前に立ったらひき潰すぞっ!!って感じで教室に着いたら、何か周りが緊迫してると言うか・・・何かおかしかった。

 

「あの時、なにがあったの?」

 

司と美夜とセシリアに聞いたら、三人とも嫌そうにしていたがしぶしぶ司が答えた。

 

「束さんが来た次の日から、俺たちは非難されてたんだよ。何であんな人と仲が良いんだ、おかしい!!って。何かあるんだとは思うけど、そんなこと言われたって困るしさ。

篠ノ之にとって束さんをどんな人に捉えているのか分からないけど、俺にとってはいろいろと困った人ではあるけど、頼もしいと言うか、すごい人だと思ってるし。告白されたからには真剣に考えてる人だしな・・・四人とも睨まないでくれ、この状況がおかしいって俺が一番思ってるから」

 

美夜は困ったと表情が言っていて、私たちは目を背ける。司は次の日には私たちを呼び出して、告白の返事を返そうとしていたのだ。

冷静に考えて、美夜に勝てないし・・・その答えを聞きたくないから結束したとも言える。色々と複雑な心境なのよ。時間を稼いで、私たちの存在を司の中で大きく育てないと。答えを探しているのは私たちも一緒だし。

 

「・・・みんなが告白してくれた事は嬉しいって思ってるけどな。みんな美人で可愛いし。男を見る目が無さそうなのが困りものだけど」

 

そう言って司は複雑な表情をしている。喜んだり、困ったり、悲しんだり、うん、色々。好きな人を困らせたくないのに、そういう立場にしてしまった事を思うと少しションボリしてしまうけど、私たちの事を真剣に考えてくれているのは嬉しい。

 

「・・・話を続けるよ。で、一夏が俺たちの間に入って仲裁しようとしてくれてたんだ。ただ、今までのやり取りから俺たちへの肩入れの方が大きくてな。それで篠ノ之が切れて、一夏に俺たちと縁を切れって怒鳴りつけて、一夏が怒った。

箒の事は幼馴染だと思ってるけど、そんな事を言われる筋合いは無いって。司の事は親友だと思ってるし、美夜やセシリアとだって友達だ。そんな事を平然と口にできる箒はおかしいぞ!!ってさ・・・」

 

私はそれを聞いて納得しながら、話をつなげる。

 

「で、空気なんか気にする余裕なんて無いおねえちゃんが、みんなの前で堂々と告白したのよ。

 

あの酢豚の話は私が恥ずかしがって逃げただけよ!本当は一夏の察した通り『毎日味噌汁を~』って意味だから。私は一夏が好きなのよ!!

 

って。私が煽って悪かったとは思うけど、おねえちゃんは昔から一夏の事が好きだったみたいだし、私的には良い事をしたわ」

 

みんなが沈黙している。その空気を破って、おそるおそる簪が聞いて来た。

 

「・・・あの、その後どうなったんですか?」

 

司がため息を付きつつ答えた。

 

「箒とは顔を合わせても話そうとしないな、一夏にしても絶対に飲めないからだろうし。鈴とは気まずいらしくって鈴の方が逃げてる。鈴の気持ちは分かるけど、逃げてどうするって気はするよ。流れ的にはシャルルの方も話した方が良いかな?最近よく一緒にいるよな・・・仲が良くって良いんじゃないのか?」

 

そう言ってこの話題が終わった後は、別の気まずくない話題に移ってみんなで楽しくおしゃべりした。

 

自分の事も友達の事も・・・好きな人の事もみんな複雑。ただ、他人事だけどおねえちゃんには幸せになって欲しいと思った。

 

乱音Side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




乱はインスパイアもオーラフォトンもISの機能だと思っていますが、正確には永遠神剣を使った司の能力です。


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問題ゴロゴロ

 今日転入生がやって来た。失礼な話になるけど、もう一人いたんだよなって感想しか出てこない。色々大変だし、一夏絡みだと思うからがんばってもらおう。一夏ハーレムにはもっと人が必要だ、女の子向けの弾避けは本当にお願いします。これ以上増えたら俺は泣く。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「あ、あの、以上・・・ですか?」

 

「以上だ」

 

何と言うか小っちゃい、クロエと同じ位しか無いし。これで本当に軍人なのか?とか思いながら暢気に観察していると、理不尽な因縁を付けて一夏を殴った。そして、それにいち早く反応したのがシャルルだ。物凄く冷たい目をしながら

 

「君、軍属?それとも軍人?いきなり民間人に向かって暴力を振るうなんて、ドイツの人材難も極限まで来ているらしいね。先生、みんなの為にもこんな不良品は送り返した方が良いですよ」

 

あまりの剣幕にみんながシャルルを凝視しているし、ボーデヴィッヒの何かに触れたのか、シャルルに殴りかかりに行こうとして織斑先生に止められている。

そして、当のシャルルは一夏の方を心配そうに見ているし・・・・・・あれ?こんなだったっけ?

何か違う気がするけど、そこは今更だから気にしても仕方が無いか。

 

「がんばれ一夏、俺は知らない」

 

俺は一夏から要請が来るまで、親友を観察だけに留めておく事を決意した。

 

***

 

六月に入り、本格的なISの授業が開始された。二組の子達は新しい事を学べると気合が入っている子が多いが、一組の場合は事前に俺達から学んだ子が多い。ただ、俺達が教えた事は学園のカリキュラムと微妙に違うからな。実戦に即した内容が多かったし・・・その辺の違いは、今後の授業の内容を見て決めよう。

そう考えていると、山田先生vsセシリアと鈴で模擬戦をするらしいので見学させてもらう事にする。

 

「セシリア、がんばれよ」

 

そう小さく呟くとハイパーセンサーで聞こえていたのか、セシリアは俺も見ながら小さく手を振った。

 

***

 

セシリアSide

 

「学園の先生ね、二対一だし楽勝でしょ?」

 

笑顔で怒りながらそんな発言が出て来ました。告白した相手が他の女性の胸を揉んでいて、おまけに相手が嫌がって無さそうだったら頭に来るのも分かりますが、ISの武器で攻撃するのはどうかと思います。

それにあの迎撃のされ方を見て、楽観的な感想が出て来るなんて。明らかに先生の方が格上だと思うのですが。

 

「鈴はアタッカー、サポーターはわたくしが努めます。ディフェンダーがいないので機動戦を心がけて下さい・・・行きますわよ」

 

鈴と即席の陣形を整えて戦闘を始めたのですが、乱と組んだ時の様な戦闘が出来ません。

 

「やりずらい、ですわね」

 

サポートを続けてもどうしてもわたくしに比べて、動きが遅れがちな鈴が足手まといになってしまう。先生の足を止めて欲しいのに、あっさりとフェイントに引っかかって鈴は落とされてしまいました。これで一対一ですわね。

 

毎日のように司さんや美夜の様な圧倒的な格上や、乱や簪の様なライバル、そして練度は低いですが意欲のあるクラスメイト達と訓練している以上は、無様な負けは許されませんわ。

鈴の動きが障害になって、使っていなかったレーザービットを二機展開。それと今では意識しなくとも使いこなせるようになった、偏向制御射撃(フレキシブル)と連携させて先生を追い込む・・・ハイパーセンサーに驚愕に目を見開く先生が見える。

 

「何時までもわたくしが足踏みしていると思ったら、大間違いですわよ」

 

わたくしは微笑みながら、亜音速で戦闘機動にに移行。司さんと美夜から学んだマニューバを使いながら、アサルトライフルを使いながら縦横無尽に動き続ける先生を、こちらも三条の光線を持って追い込む。

近接戦闘に持ち込まれないように牽制と同時に攻撃を繰り返すと、だんだんと先生も本気になって来たのか、目つきが変わってきた・・・被弾を覚悟して突っ込んできましたわ!

マニューバ勝負だったら望むところです、司さんと編み出したゼロ距離白兵砲戦(モータル・コンバット)の威力を見せてさしあげますわ!!

 

「終わりだ!山田先生、オルコット、降りてこい!!」

 

そう織斑先生に言われて唐突に終わってしまいました。戦闘態勢に入っていてアドレナリンが過剰分泌されているのを自覚して、抑える為に呼吸法を変えます。その後は山田先生と空中で握手しました。ただ、お互いがにこやかに笑いながらも、次は負けないと目が訴えております。

わたくしも訓練がまだまだ足りない、こんな強い人がいたなんて思いませんでしたわ。わたくしの健闘を称えて、騒いでいる一組のみなさんに手を振りながら地上に降りました。

 

地上に降りた後、鈴が悔しそうにわたくしを見つめていましたが、仕方の無い事ですわ。サポート出来なかった事はわたくしの責任ですが、落ちたのは貴方の練度が足りないせいなのですから。

 

セシリアSide out

 

***

 

先生との模擬練習は盛り上がった、俺も自然と笑顔になる。

 

「セシリアやるな、山田先生とほぼ互角か。ビットも二機までは動きながら使えるようになって来たしな」

 

美夜も嬉しそうだし。

 

「セシリアがんばってるもの、さすがは代表候補生。伸び悩んでたのは指導者が足りなかったからかな?これからも色々教えてあげよう」

 

そして真ん中には赤くなってアワアワしているセシリアがいた。

 

「あ、あの、そんなに褒めて頂くと恥ずかしいですわ・・・」

 

「ほめ殺しをしてるから大丈夫」 「じゃあ、俺は頭を撫でてあげよう」

 

ガスッ!!今日も無慈悲な出席簿は、元気に仕事をこなしている。

 

「遊んでるんじゃない、弟子が成長をしたのを見られて嬉しいのは分かるが後にしろ」

 

「「はい、織斑先生」」 「うう、なぜわたくしまで・・・」

 

そう言うセシリアも嬉しそうで、そうして授業が再開された。

 

***

 

一夏の班に篠ノ之が行ったので、分割思考で観察しながら俺の受け持ちの班を見る。

 

「つかつかよろしくね~」

 

のほほんさんがやって来たが、慣れてるからこんな基本的な事を教える必要は無いかな。教えるまでもなくテキパキと操作を行いながらも、のんびりした口調俺に話しかけてくる。

 

「おりむーの事を気にしてるみたいだけど、いろいろ調べてあげようか~」

 

分割思考を使っているのがバレたのかと内心驚いたが、そう言う訳でも無いみたいだ。

 

「正確には一夏と篠ノ之の事についてだけどな、今の所はどうなってる?」

 

のほほんさんは困ったように笑いながら一言で言い切った。

 

「最悪かな~」

 

「一夏がか、それとも篠ノ之か?」

 

「しののんだよ、我が儘を言い過ぎだってみんな怒ってるよー。つかつかとかみーちゃんが心配してるのに、好き勝手言って。おりむーにだってあんなこと言って~・・・私だって怒ってるんだよ~」

 

俺は少し考えたが、みんなが何に引っかかってるかが分からないので聞いてみる。

 

「みんなが何に引っかかってるのかが分からないな。我が儘って束さんの件だろ?一夏については、俺もあれは無いだろうとは思ってるし。俺も美夜も心配してるのは事実だしな・・・なんだろ?」

 

のほほんさんはそれを見て、当事者だから分からない事もあるんだね~と言いながら教えてくれる。

 

「つかつかとみーちゃんは、私たちのヒーローだからだよ~・・・あのね、どうしたって専用機持ってる人たちと、私たちには差があるんだー。でもねそれをヒーローは覆したんだよ。

すごく強い人がやってきて~、専用機持っている人たちをバンバン倒して、すごい人に認められて専用機を貰って帰って来てもみんなに優しいんだ~。つかつかとみーちゃんはみんなの夢で希望だからー・・・だからみんな許せないんだよ~」

 

俺は何も言えなかった。みんなの事はクラスメイトとして好きだし、味方を増やす意味でも親切にしようと思って行動していたのは事実だが、みんながどう思っているかと言うのはあまり考えた事が無かったからだ。

 

「そっか。あ~う~・・・何か恥ずかしいな、情報はよろしく。何かあったら俺も、のほほんさんの事を手伝うからさ」

 

俺は照れながらそう言うと、のほほんさんは、わーい、良い物が見れたよ~と喜んでいる。

 

「良い物見れたから協力するよー、でもしののんが変わらないと解決しないよ~?」

 

「・・・・・・なんとかするよ」

 

かなり不味い流れになっている。篠ノ之はこの事を理解してないだろうなと思いつつ、俺は疲れた様に俺はため息を付いて、のほほんさんはお疲れ~と言いながら苦笑していた。

 

***

 

午前中の授業が終わったので、片付けをしつつ一夏に困った事は無いか聞いてみる。鈴に告白されたりしてるから、色々あるだろうしな。

 

「ああ、鈴の事とか、後はシャルルについてとかな・・・相談に乗ってくれるか?色々と困ってるのは確かだよ、俺は告白なんてされた事はないしさ」

 

これだけモテるやつが本当かよ?そう思いつつも、憔悴している表情から困ってるのは本当だろうと思う。

 

「良いぞ、でもここだと人の居ない場所を探すのも大変だよな」

 

苦笑いしながらそう言うと

 

「そうだ、確か前のおごりの約束したまま忘れてたよな。今度の休みにメシを食いに行こうぜ、俺の友達も紹介するしさ」

 

と、場所の提供を申し出てくれた。一夏の友達か、昔の事を聞かせてもらおうかな?

 

「ああ、良いぞ。じゃあ今度の休みにな、一夏と俺で良いんだよな?」

 

「いや、美夜も連れて来てくれ。一緒に奢る約束したしな」

 

なぜか一夏は、少し躊躇したみたいだった。美夜と言うか、女の子が必要な相談って言うと恋愛絡みかな?鈴関係なんだろうな。

 

「ああ、じゃあ声をかけておくよ・・・辛かったら言えよ、ここじゃ数少ない同志だろ?」

 

そう言うと、ああ!と言いながら笑っていた。

 

俺自身の問題もあるし一夏も問題を抱えている、人間関係だから短時間で解決するのは無理だ。焦らずに行くか。そう思いながら、一夏と一緒に更衣室に向かって歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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司×一夏(A+B)=鬼畜?

昨日(3/18)に間違って上げてしまいました、それの上げなおした物です。
完成した後に推敲してなかったんですよね。


次の休日、俺と美夜は校門前で一夏を待っていた。

 

「下見がてら一夏を待ちながら校門前に来るのは良いけど、思いっきり見られてるな」

 

美夜もここまでの人数が集まって来たのは、予想外だったらしく

 

「すごいね、何かギラギラした視線を感じる。牽制しあって声をかけて来ないと良いけど」

 

俺の場合は戦闘以外では能力を封印していた為に、能力の封印をしていなかった美夜は俺より先に色々な事に気が付いていたのだが、告白以降は能力を抑えることをほぼ止めていた。そうしないと安全が確保出来ないからである。

そして、束さんの所からにんじんロケットで送ってもらって以来の外出なので、ここに来るのも約一ヶ月ぶりなのだが、ものすごい監視されている。美夜との会話を個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)に切り替える、読唇術が使えるやつがいると不味いからだ。

 

『能力を封印してぼんやり歩いていると攫われそうだよな。覚悟はしていたけど、平穏な生活は二ヶ月位しか持たなかったか。これ以降は時詠み以外は封印する事は無さそうだな』

 

『時詠みは封印するんだ、未来が見られると便利そうだけど?』

 

『見え過ぎるから嫌なんだよ。この能力の本来の使い手は、人間の時に自分が死ぬ時まで全部見えていて、エターナルになってようやく先が見通せなくなったらしい。それにエターナルになっても、最低でも三周期先までは確実に分かってたみたいだぞ。

俺の時間干渉能力は、聖杯から能力を作り出したものを鍛えて行ったものだけど、それでも五百年くらい先までは見えるからな。戦闘で短時間使う位で良いよ』

 

『らしいとか、みたいとか能力の詳細が良く分かってないの?』

 

『本来の使い手が、カオス・エターナルの”時詠み”の時深だからな。ロウ・エターナルにも”輪廻の観測者”ボー・ボーって言う時間干渉能力者がいるみたいだけど、能力の使い方が違うみたいだ。こっちは時間圧縮で、俺は圧縮の方が使いやすいんだ。ただ、因果律操作と組み合わせるなら、時深の使う時間加速の方が相性は良い。どっちにも会った事は無くて、”宿命”から貰った戦闘情報から読み取っただけだしな』

 

『私も鍛えないとダメだね。剣技とか神剣魔法は私の方が上手だけど、からめ手とか特殊能力とかは司の方が上手だからね。一撃の威力をもっと上げようかな?』

 

『あれ以上にするのか。まともに食らったら、俺は一撃でマナの霧に帰る(消滅)けどな。時間干渉能力で速さを補ったってエターナル同士の場合だと、戦い方が雑になるから隙を突かれるだろうし。俺は基礎が足りないから美夜が羨ましいけどな』

 

『じゃあ、お互いがんばろう。補って行けば良いんだし』 

 

『そうだな、修行の旅は始まったばっかりだしな』

 

「あ、織斑くんが来た」

 

そんな話をしていると美夜が気が付いて、俺たちは一夏を出迎えた。

 

***

 

「おはよう司、美夜。校門の外なんか見て何してるんだ?」

 

そう言っているので、監視の数を数えながら答える。

 

「俺たちをここから監視してるやつを数えている。俺たちが外出するって外の誰かに連絡したか?」

 

「ああ、弾・・・これから行く友達の所に連絡はしたけど。監視って、そんな大層なのが俺たちに付いてるって冗談だろ?」

 

「ごめん、連絡するのは当たり前だよな。平穏無事に過ごせるかは運次第か、大丈夫だと良いなぁ・・・」

 

そう言って苦笑いしていると、最初は一夏は冗談だと思って笑っていたが、その後に俺と美夜が真剣な顔をしながら緊急時の対処を話していると、次第に顔が引きつって行く。

 

「嘘・・・だよな」

 

「そんな訳無いだろ、ここは狭いし人通りがないから遠距離から六チーム、学園から離れれば離れる程増えるぞ。俺たちも狙われているけど、色々ヤバいのは一夏の方だからな。外出する時は気を付けろよ」

 

そう言いながら校門から出て歩き始めた。

 

「俺の方がヤバいってどういう事だよ!?」

 

顔色を悪くしながら一夏が聞いてくるので、少し危機感を煽る事にする。一夏は自分の安全を軽視する事が多い。ゴーレムⅠの時みたいに無茶されるのは心臓に悪いので、少し大げさに・・・別に大げさでも何でもないのが困りものな話をする。

 

「俺たちは束さんの後ろ盾があるしな。監視しているやつらの狙いは多分、俺か美夜と話すための切欠が欲しいんだよ。そして、出来ればそこからISコアの話に持って行きたい。そんな所だろ。余程のアホじゃなきゃ、束さんに喧嘩なんか売らないよ。

一夏の場合は日本の後ろ盾はあるけど、倉持技研の件や学園の成立の過程を見ると、日本を信用するの少し怖いと思っている。ただ、護衛を付けてくれてるから大丈夫だとは思うんだけどな」

 

一夏はバツの悪い表情をしながら、つぶやくように言う。

 

「俺、護衛は断った。一般人に護衛なんておかしいだろ?」

 

俺は一夏を横目で見た後、目を伏せる。

 

「世界に三人しかいない男性IS搭乗者が、一般人な訳無いだろ。惜しい人を無くしたな。大金を体に張り付けて、治安が最悪のスラムを丸腰で歩いている様な物だぞ。一夏、俺の考える最悪の想像を聞かせてやるから、もっと近くに寄れ」

 

俺と一夏は顔を寄せて、内緒話をする。

 

「つまりだ、薄い本展開になるんだよ。主人公は一夏な」

 

「・・・は?」

 

俺は一夏の下半身を見ながら話を続ける。

 

「一夏は乳牛(・・)扱いされて、俺たちが助けに行くと■■■とか言いながら■■■■とか■■■とかされてるんだよ。後は、一夏の値段はグラム換算で言えば、最高級和牛なんか鼻で笑えるくらい高いからな。■■■■とか・・・」

 

「俺、IS使えるから大丈夫だって!!・・・大丈夫だよな?」

 

声が五月蠅かったので、少し顔を顰めながら続きを話す。

 

「叫ぶなって、気持ちは分かるけど。街中で軍用兵器に匹敵する物をを展開するのか?国際IS委員会とか日本政府に借りを作り続けて、生殖細胞の提供を強要されたあげくに自分の知らない娘とかが家に押しかけて来たり、断り切れなくて、自称優秀な女尊男卑の女と見合い結婚させられたりしないと良いけどな」

 

そんなひそひそ話をしていると、美夜に写真を撮られた。

 

「美夜?」

 

俺が不思議そうに聞くと、美夜はニコニコ笑いながら

 

「漫研の友達に頼まれてた。今度、司×織斑くんで薄い本を作るから資料が欲しいんだって、織斑くんが顔を青くしながら司の話を聞いているって珍しいから、写真に撮ったよ。みんな喜んでくれるかな?後、私に売り子?って言うのもして欲しいんだって、司も一緒に売り子をやろう。衣装も作ってくれるって言ってたし」

 

俺は顔を青くしながら叫ぶ。

 

「どんな本か美夜は知ってるのか!?お願いします、何でも言う事を聞くからその写真は消してくれ!!」

 

一夏も絶望に顔を歪めながら、美夜に懇願する。

 

「美夜、頼むからそんな写真を漫研に渡さないでくれ!俺たちの黒歴史になるから止めてくれ!!」

 

そう言っているのに、その言葉を聞き流しながら美夜がスマホを操作して、写真を送ってしまった・・・送ってしまったのだ・・・・・・

 

「「ああああああ・・・・・・何と言う事を・・・・・・」」

 

「・・・送ったよ。あ、返事が返って来た。すごい喜んでる・・・司と一緒に売り子をするって送ったら、何か向こうがお祭り騒ぎになってるみたい。衣装も作ってくれるって」

 

俺は真っ白になって

 

「何が悲しくて俺×一夏の同人誌を売る為に、本人が売り子をしないといけないんだ。しかも俺のコスプレを本人がするってどういう事だよ・・・」

 

一夏はショックで固まってるし、美夜は喜んでるみたいだけど、俺との経験で男女の付き合いは分かっても、BL的な物の意味は知らないっぽいんだよな。元が神様代理の超箱入り娘だし。

 

後日、出来上がった原稿を見て美夜が真っ赤になって固まってしまい、一夏も写真から想像されたエグイ原稿を見て、護衛が必要だと思ったのか織斑先生に相談したらしくて、先生は俺たちに泣いて感謝していた。

 

身を削る思いをして薄い本を作った結果、一夏を助けたから良いと・・・する訳あるか!鬼畜系BL本で攻めは俺、受けは一夏の同人誌の売り子なんて俺は絶対にしないぞ!!そう心に誓ったが、先の事は怖くて時詠みでも見られなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




キリが良いのでここまで、先に進まない・・・


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一夏の嫁がまた増える

「五反田食堂?」

 

一夏に連れて来られた所は食べ物屋だった。時間はまだ十時ちょっと過ぎで、昼には大分早い。お土産に近くのスーパーでお菓子や飲み物を買って来たのだが、最初にご飯を食べるなら買い物は後にしたのに。

 

「ああ、ここが俺の友達の家なんだ。五反田弾って言うんだけどさ、紹介は直接会ってからな」

 

一夏はそう言うと裏に回る。家は別棟になっていて、ドアホンを鳴らすと赤い髪で長髪のイケメンが出て来た。

 

「よう、一夏待ってたぞ。先週は急に来られないって連絡があったから、心配・・・その後ろの美少女はどうした!?」

 

一夏がドッキリに成功したと、人の悪い笑みを浮かべている。学園では巻き込まれて流されている感じだけど、そんな訳が無いよな。

俺もそうだけど、一夏も学園だと色々と苦労してる。俺には学園に本音や愚痴を言える(美夜)が居るけど、一夏は何気にプライドが高いから、織斑先生にも相談しないだろうし。きっとこのイケメンが、そう言う事が言える存在なんだろうな。そんな事を考えながら部屋に上げてもらった後で、美夜から自己紹介をし始めた。

 

「聖美夜です。織斑くんの友達で、今日は相談があるからと言われて来ました。よろしくね」

 

俺も続けて自己紹介を始めると、イケメンは俺の方を見て、なにやら感動しているみたいだった。

 

「聖司です。IS学園で一夏と同じく肩身が狭い思いをする同志で、今回の相談事を一緒に考える事になってます。よろしくな」

 

「五反田弾だ。一夏の中学時代からの友達で、ずっと仲良くしてる。え~っと、聖さん?」

 

苗字が一緒だと色々面倒なのが良く分かった。美夜からもきょうだいに間違えられるから嫌と、ぶーぶー文句を言われているので、次の分枝世界からは設定を考え直そう。

 

「名前呼びで良いよ、学園の人間はみんなそうだし。司と美夜で」

 

「そっか、じゃあ俺も弾で。よろしくな司に美夜。後で司の写真を撮らせてくれ、ついでにサインも。クラスの女子に見せるからさ」

 

そう言って照れ笑いをしているので、需要なんかあるのかと聞いたら、あると言っているので驚いた。テレビにで紹介されてはいたが、二人目の男性IS搭乗者は、情報が殆んど出ない謎の存在だったらしい。

 

そんな話をしながら弾と交友関係を深めつつ、一夏の相談事が始まった。

 

***

 

「実は告白された」

 

俺達には当たり前の事実確認から始まった。一夏が憔悴しつつ悩んでいるのは分かっているので、静かに聞いていたが、初耳の弾には刺激が強かったみたいだ。

 

「はぁ!?・・・ついに一夏にそれを認識させる事の出来る勇者が現れたか。朴念仁のお前が女の子の告白の相談をするなんて、これで告白した後に玉砕した子達の魂も浮かばれるな!!」

 

そう言いつつ、バシバシと一夏の肩を叩いている。弾はすごく嬉しそうで、それを見て俺たちは物凄く納得した。

 

「やっぱりモテてたのか。一夏から話を聞くと、全然そんな話が出なかったからおかしいと思ってた」

 

「織斑くん人気あるからね。傍で女の子との会話を聞いてると、すれ違い過ぎてて変な笑いがこみ上げて来る時があるよ」

 

俺と美夜がツッコミを入れると、弾も納得したように頷いている。

 

「やっぱりIS学園でもそんな感じか。こいつはいつもこんな感じで、女の子とのフラグをバキバキ折ってたから。で、相手はどんな子だ!?」

 

一夏は自分が周りからどんな風に見られていたのか、改めて思い知ったかのように項垂れながら言う。

 

「鈴とシャルルだ」

 

俺も美夜も最近の一夏の行動とシャルルのなつき具合から、ありうる可能性として話に出した事があったが、対外的には男だしな。女の子だって知っているのは学園内では俺と一夏、後は乱が怪しい位だと思っていたんだけど・・・

そんな事を考えていたら、弾が納得したのか、微かにああ・・・と言う声を出した。

 

「鈴はようやく告白したのか。しかし、シャルルって男みたいな名前の子だな?」

 

俺が何か言う前に一夏が答えてしまった。

 

「ああ、シャルルは男だしな。たd・・・」

 

そして、それに被せる様に女の子が飛び込んできて、弾に緊急事態が起こった事を伝えに来た。

 

「お兄!!お店が大変、何かすごいお客さんが並んでて・・・って、一夏さん来てたんですか!?こ、こんにちは」

 

赤毛で長髪の元気の良さそうな女の子が、お店の名前の入ったエプロンを付けながら、顔を引きつらせつつ挨拶して来た。目が弾を後でボコボコにすると言っている。

 

「ら、蘭。女の子なんだからノック位した方が・・・俺は、良いと、思うな」

 

弾をものすごい睨みつけいる。内心の葛藤が手に取るように分かったが、それ以上に緊急事態への対処が先のようだ。

 

「~~~~~!!・・・・・・良いからお店に来て、お願いね」

 

顔を強張らせて、頬を引きつらせつつ出て行った。俺はため息を付きながら弾に言う。

 

「雉も鳴かずば撃たれまいって分かるだろ、あんな事を言わなければ良かったのに」

 

「いや、つい言葉に出た。一夏がいるから後で誤魔化す・・・誤魔化せると良いな」

 

「ああ、そうなんだ」

 

俺はこれからの事を考えて、項垂れてしまい

 

「同い年の弟なんかいらん」

 

弾は嫌そうにそう言って、複雑そうな顔をしていた。

 

***

 

家から出て、五反田食堂側に回ると驚きの光景が待っていた。

 

「なるほど、こう来たか」

 

「平和的だからどうにも出来ないよね、これ」

 

俺と美夜は呆然としながら呟く。五反田食堂にギッチリ人が入っていて、入りきれない人が行列を作っているのだ。因みに全部外国人である。全員唖然としていたが、弾は我に返って店に急ぎ足で入って行って、ここに残っているのは俺と美夜と一夏だけだった。

 

「朝言っただろ、平穏無事に過ごせるかは運次第って。俺たちを引きずり出す為にしたんだろうと思うけど、平和的で助かった。それに、五反田食堂にお金が入るから止めろとも言えないだろ?普通のお客かもしれないし」

 

「成果を急ぐ一部のバカが、この家の子を誘拐しようとしてたから阻止してこの形に持って行った。これでも苦労したんだぜ?」

 

俺の言葉に答える人間がいた、そっちを見ると三十歳前半位の渋みの入った白人の色男が立っていて、そのまま言葉を続ける。

 

「うちのオルコット嬢が世話になってるし、こんな所で恨みなんて買いたくないしな。司くんと美夜くんの成果は軍と研究機関の連中が泣いて喜んでるんだぜ、他のEU諸国は歯ぎしりしてるけどな。ドイツが慌てて人員を投入したが、手遅れも良い所だろ?フランスも手古摺ってるみたいだし。それにしてもオルコット嬢は豪運だよ、迷子になったら運命の人を見つけて来たんだしな。な、色男」

 

そう言って俺の肩を叩きながら、一夏を見ている。シャルルの事を知ってるのか?そう思っていると、ここにいる三人に名刺を渡してくる。それを見ると

 

”聖司、聖美夜専属ボディーガード MI6所属 ジェームズ・ボンド”と書いてある。

 

「・・・ネタ?」

 

美夜が首を傾げながら呟くが、俺もこれは無いだろうと思う。

 

「オルコット嬢に聞いてくれて良いぜ。イギリスからは、司くんと美夜くんは最重要人物と目されているからな。この前の”おみやげ”が効いた、あれで懐疑的な連中も意見を変えたしな」

 

ISコアの事を知ってるとなると、結構上の立場の人なのかな?そう思いつつジェームズさんと話を続ける。

 

「手を貸してくれる以上は利益供与は絶対に必要でしょ?後、呼び捨てで良いですよ。それと台湾代表候補生の事で話がしたいです、交渉の窓口はジェームズさんで良いですか?」

 

ジェームズさんは肯きながら答える。

 

「ああ、交渉は俺が窓口で良い。連絡先の交換とかはオルコット嬢との確認しだいだろ、慎重なのは良い事だ。司は利益供与は必要だって言っただろう?連中にも利益をやってくれ」

 

そう言って、店の方を見る。

 

「ここにいる三人に直接連絡先を渡せる特典付きで、連中を納得させたんだ。楽なもんだろ?」

 

俺はため息を付きながら、五反田食堂の方に歩いて行く。それを見た美夜は楽しそうに、一夏は憮然としながら付いて来る。

 

「誘拐なんてバカな事をされるよりは、よっぽど良いですからね。一夏は不満か?」

 

「不満って言うか、俺たちは蚊帳の外なんだな。何かモヤモヤする」

 

それを横目で見ながら、俺も苦笑いする。

 

「楽出来た事を喜ぼうぜ、本当に誘拐されたらシャレにならないだろ。狙われて誘拐されるのは、さっきの女の子だと思うし」

 

それを聞いた一夏がますます悔しそうにする。

 

「俺はみんなを守りたいから強くなりたいのに、守られてるのが悔しいんだ。俺も司や美夜みたいに強かったら良かったのに」

 

一夏はこの話題になると、頑なになるから少し困る。強さって色々あると思うんだけどな。そう思っていると、ジェームズさんがその話題を引き継いだ。

 

「なるほど、織斑くんは守るために強くなりたいと。じゃあ、家族を守るために働くお父さんお母さんは、強くもないし守れてもいないのかな?」

 

「いや、それは・・・」

 

「俺は織斑くんが言っている強さには、汎用性が無さすぎて使いづらいんじゃないのかって思うぞ?そう言うのが役に立つのって剣と魔法のファンタジー世界とか、ポスト・アポカリプスのヒャッハァとかがいる世界だろ?今、君が手にしている紙切れだって、使い様によっては強力な武器だぞ、欲しがる連中だって多いだろうな」

 

一夏はジェームズさんが渡した名刺を見ている。

 

「セシリア嬢はお金と言う強大な力を持っているし、篠ノ之博士は技術と言う強大な力で、各国を右往左往させて楽しんでる。困ったもんだがな。力にも種類と使い方がある、若いうちに一つに絞らなくても良いと思うがね」

 

「・・・・・・」

 

一夏が考え込んでいるのを見ながら、五反田食堂の前にやってくる。全員が俺たちに名刺を渡してくるが、手書きで国の名前が追加されているのに少し笑ってしまった。ついでに写真撮影会じみたものまで始まってしまって、食材が無くなるまでお客が途切れなかった。三時過ぎになってようやく話し合いが再開したのだが、さっきの女の子がなぜかメンバーに入っていた。

 

***

 

「彼女が出来たって本当ですか?」

 

お客が帰って一夏からご飯を奢ってもらった後、弾の部屋に帰る途中で女の子の自己紹介を手早く済ませたのだが、この子は弾の妹の蘭と言うみたいだ。

乱音と同じ呼び方だと紛らわしいので、俺と美夜は蘭ちゃんと呼ぶ事にしているのだが、さっそく切り込んだ。泣きそうになってるし、ここにも火種があるのかよ。そう思って俺はげんなりしている所だ。

 

「いや、告白されて俺の返事待ちなんだ。鈴は今までそういう風に見た事が無かったから戸惑ってるし、シャルルは色々あるからな」

 

「待て。さっきシャルルって男だって言いかけたよな?何で選択肢に入ってるんだよ、そこがおかしいだろ?やっぱり一夏はそういう趣味だったのか!?」

 

弾はそう言ってツッコミを入れているし、蘭ちゃんは青白い顔をしながらコクコクと肯いている。俺は知ってるから黙っているんだけど、美夜が何も言わないんだよな。

 

「男装して学園に入って来たから、理由があったんでしょ?歩き方で分かるよ、女の子はお腹が重いからね」

 

そう美夜が言った事で一夏が訳を話し始めたのだが、それもシャルルの実家絡みのイザコザで、男装して入学してきた。本人の許可が無ければ詳しい事は話せないと言って、良く分からない感じに有耶無耶にされてしまう。

 

「それだとアドバイスのしようが無いんだけどな。一緒の部屋に住んでいて、色々あって告白されたって認識で良いんだよな。ん~~・・・一夏は鈴とシャルルのどっちが気になってるんだよ、気になってる子と付き合うんじゃダメなのか?」

 

そう言った瞬間、蘭ちゃんが食い気味に一夏に話し始めた。

 

「私も一夏さんが好きです!傍観したまま選択肢にすら入らないのはイヤです!!一緒の部屋に住んでいるとか、聞き捨てならない事を司さんが言っていますが、今は関係ないです。一夏さん、彼女にして下さい。お願いします!!」

 

そう言って蘭ちゃんが四つん這いでにじり寄っていって、一夏を壁際に追い詰めていくが、弾に足を引っ張られて一夏から離されていく・・・あ、弾を思いっきり蹴っ飛ばした。頭から転ぶと危ないので、後ろから支える。

 

「うう、すまん司。わが妹ながら乱暴でな。しかし、ついに蘭も言ったか」

 

「さっきの態度でそんな気はしてたんだけど、やっぱり一夏が好きだったのか。弾の家での話し合いは失敗だったかな?選択肢が増えて、迷惑もかけたし」

 

俺の方を弾は見た後で、疲れた様に力を抜いた。

 

「その内分かる事だし、蘭が知らない内にそんな事になったらと思うと、背筋が凍るから来てくれて良かったよ。友達も増えたしな。

迷惑ってさっきのお客さんの事か?忙しかったけど、食材が無くなるまでお客さんが来るって言うのも聞いた事が無いしな。じいちゃんも喜んでたから、その内またやってくれ」

 

弾はそう言って苦笑しつつ

 

「しっかし、俺は友達の鈴と妹の板挟みだぞ、困るに決まってるだろ?一夏は昔から好かれているのを理解しないし、俺から話を持って行っても興味無いって言うしな。むしろ現状に驚きだよ、一夏が女の子について真剣に考えるって明日は槍が降るな」

 

そんな事を話しつつ、俺たちは一夏と蘭ちゃんのやり取りを眺める。美夜を中心に一夏と蘭ちゃんがぐるぐる回っているが、途中で蘭ちゃんが興奮しすぎて美夜に向かって行った。

 

「あ」 「よっと」

 

その蘭ちゃんを美夜がベッドのある所に優しく投げて、暴走が止まったみたいだ。

 

「すみません、美夜さん。一夏さんの答えが欲しくて、頭がグルグルしちゃって・・・ううう」

 

そんな感じでしょげている蘭ちゃんを、美夜は抱きしめながら頭を撫でて慰めていて、美夜は俺に向かって言って来た。

 

「司、今日は止めよう。色々煮詰まっちゃってるし、このまま決めても良い事無いよ?」

 

その言葉に反応したのは一夏だった。

 

「いや、こんな機会は無いし。みんながいる所だと話しずらいしさ」

 

そう言って、悩んでいる様子を見せている一夏に向かって俺も言う。

 

「部屋なら俺の所に来ても良いだろ?直接関係ある人の前だと無理だと思うけど、俺と簪は一夏の悩んでる事を人には言わないよ」

 

「私がその中に入ってないのは疑問だけど、私も言わないよ?困ってたら私とセシリアの部屋に逃げて来ても良いよ?一夏の事を好きな人は過激な事をする子が多いしね、避難する所も必要でしょ?」

 

そう美夜が話を続けると一夏の肩の力も抜けたようで、それからは蘭ちゃんも含めてお互いの学校の話などで盛り上がった。

俺が六人同時に告白された上で、微妙な均衡を保っている事を話した後でスマホでみんなの写真を見せたら、弾に爆発しろ神様!と言われて拝まれたり、傍から見た一夏の様子を、美夜と蘭ちゃんが盛り上がりながら話していた。

夕食までご馳走になって、三人で帰る途中で俺は一夏に声をかける。美夜は聞こえない振りをしているみたいだ。

 

「で、気になる子は誰なんだ?」

 

一夏も肩の力が抜けて、リラックスしながら答えた。

 

「・・・シャル、かな?俺と境遇が被って苦労してるのが分かるし、何か脆い子で支えてあげたくなるしな」

 

「それで良いんじゃないのか、考える必要無いだろ?」

 

そこで一夏の表情が変わる、悩み事はシャルルにあるのかな?

 

「実家絡みで厄介な事があるみたいだ、俺にも全部話してくれないみたいだしな。何かあったら頼む」

 

「出来る事だったらな」

 

そう言いながら学園へと帰って来た。セシリアにジェームズさんの事を聞いたら、盛大に罵声が飛び出てきてびっくりしたが、その反応で知り合いだと分かって思わず笑ったら拗ねてしまった。

セシリアに機嫌を直してもらいながら、一夏関係で下手したら血の雨が降る予感がしたが、フォロー出来るかは少し疑問だった。

 

 

 

 



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怒りの日と後悔の日

放課後になると、クラスのほぼ全員がアリーナに移動する。六月最終週にある学年別トーナメントの練習の為なのだが、この前の山田先生vsセシリア・鈴の対戦を見たり話に聞いた子が、みんなが俺と美夜の指導を受けたいと殺到するようになってしまったのだ。

 

「どうしよう、こんなにいっぱい面倒見切れないよ?」

 

美夜も困惑しているみたいだけど、俺も困ってしまった。

 

「何で機体を借りられた人が同じアリーナに全員集まってるんだ。狭くて危ないし、個人の特性が分からないのに指導って言われてもな」

 

上級生になるほど必死らしく、一組と四組の子との小競り合いが始まっている。俺と美夜もそれの解決の為に女の子にもみくちゃにされて、訓練する前に疲れ切ってしまった。肉体疲労は無いが、女の子苦手な奴がする事じゃねえよ。そんな感じに若干ヤサグレながらもみんなを宥めていると、助けてくれたのは意外な人物だった。

 

「おら!散れ!!司と美夜が迷惑してるじゃねぇか。何しにここに来てんだ、時間を無駄にしてんじゃねえよ。フォルテ、クジ作れ。当たった奴がこのアリーナで訓練だからな。良いな!!」

 

そう言って場を静めてくれたのは、ケイシー先輩とサファイア先輩だった。

 

***

 

「災難だったな。今年が最後の上級生ほど切羽詰まってるけど、気にするな。終わったら少しの間は静かになるよ」

 

そう言いながら俺の奢ったコーラを豪快に飲んでいるケイシー先輩と、ちびちびと紅茶を飲んでいるサファイア先輩との間で、俺は世間話と言う名の情報収集をしていた。俺の伝手だと、上級生の話を直接聞く機会と言うのは貴重なのだ。

 

「六月のトーナメントと九月のキャノンボール・ファスト・・・こっちは二年から上の奴らのイベントだな。が、手っ取り早くお偉いさんにアピール出来る場なのさ。だからお前らが付きっ切りで入学から面倒を見てるお陰で、アホみたいに成長しているセシリアにみんなあやかりたいんだよ」

 

紅茶を飲んでいたサファイア先輩も、色々教えてくれる。

 

「この時期に山田先生をなめた馬鹿が叩きのめされるのは、恒例行事ッスからね。性格と雰囲気で軽く見られがちですけど、上に行けば行くほど先生のすごさが分かるっス。その先生がこの時期のルーキーを落とし切れないって結構な異常事態ですから、それを教えた人間が無償で一年を教練してるって知ってれば、ああなるのは当然ッス」

 

俺もその話を聞きながらコーヒーを飲む。別に無償でもないし、そんな事を言われてもなぁ

 

「あれはセシリアの努力の結果ですよ?他のみんなはアグレッサーだのアドバーサリーだのと言ってますが、他国の戦術の模倣なんて俺にも美夜にも出来ませんから。まあ、その子が苦手としている戦いに追い詰めて、弱点を認識させた後でアドバイスはしてますけどね。やり方の都合上人数増やされても面倒見られないです」

 

先輩二人が唖然とした表情をしている、何か変な事言ったかな?

 

「お前ら二人は圧倒的に強いからそんな事もあるか。普通の人間は、個人の戦い方に合わせて戦闘スタイルなんて変えられないんだよ。アグレッサーなんて目じゃない位すごいぞ、それ」

 

そう言って、ケイシー先輩が連絡先のメモをくれた。

 

「俺とフォルテの分だ、何かあったら連絡しろ。お前の連絡先もよこせ」

 

そう言うので俺の連絡先を渡して、握手して別れた。先輩達も別のアリーナで訓練をするみたいで足早に出て行ったが、ここのアリーナで訓練していた一夏たちが中心になって、何か言い争いが始まっている。

 

「少しは大人しくしろ訓練しろよ・・・」

 

ため息を付きつつ、俺もISを展開しながら現場に飛んで行った。

 

***

 

一年の専用機持ちが集まって喧嘩しているみたいだが、中心は一夏とボーデヴィッヒか。

 

「どうした一夏、シャルルと訓練中じゃなかったのか?」

 

最近、鈴は一夏との訓練に拘るのを止めた。同じ代表候補生としてクラスメイトの前で、自分が落ちてセシリアが互角に戦っていたのが相当ショックだったみたいだ。

乱との訓練についてはジェームズさんとの話は付いたので、俺も美夜も直接教える事が出来るようになった。やる気と意欲がある子を教えるのは楽しいので、最近の乱の伸びは著しく、それもあって鈴も危機感を持って訓練しているのでここにはいない。

 

「シャルルとの訓練中に撃って来て、私と戦えだとさ」

 

そう言って、一夏はボーデヴィッヒへの警戒感を剥き出しにしている。この子も問題大ありだよな、闘争心が無い奴は代表候補生になれないのかも知れないけど、協調性を持ってない奴が軍人になったって役に立つのかね?そう思いつつ話しかける事にした。

 

「気に食わないと、暴力や武器を振り回して相手を従わせようとするのは止めろ。転入の時にシャルルに軍人としての資質に疑問を持たれたのに、まだそんな事をしてるのか?自分はチンピラですって、大声で喚き散らしてるようにしか見えないぞ」

 

下らない挑発だとは思うがトーナメントが近くてどこも一杯なのに、専用機持ちが大暴れして一般生徒と溝が出来たらどうするんだ。ため息を付きつつ呆れたようなに相手を見ながら、個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)で美夜に連絡してみんなに下がってもらう。

 

「ふん。篠ノ之博士にモルモット扱いされているのに、気が付かない間抜けの割に口だけは回るようだな?御大層なISを貰ったようだが、貴様に使いこなせるのか?」

 

やり難い。ボーデヴィッヒを見てると、クロエを思い出してやる気がガンガン下がっていく。口は悪い、態度は悪いと色々あるが、本格的に戦うとなると小さい子を虐めてる気分になるが、我慢して挑発する。

 

ママ(千冬)が恋しくて、ドイツから日本にやって来た子供ににそんな事を言われてもな。自分の事を鏡で見た事があるのか?ムカつくより先に、いたたまれない気持ちになるからこう言う事は止めろ、お嬢ちゃん」

 

暴れさせて退場を願う為に確実に激高する言葉を吐いた瞬間、リボルバーカノンをぶっ放して来た。

 

***

 

ボーデヴィッヒは連続して俺に撃ってくるが、全部オーラフォトンで止める。時詠みの封印を解きつつ分割思考で相手のタイミングを計る。

 

「避ける事も出来ないとはな。学園最強を謳われているらしいが、とんだ期待外れだな!!」

 

俺はあえて一歩も動かない、専用機持ちとは戦闘をしないとセシリアを守るために約束した。その言葉に嘘を付きたくないからだ。

 

「誰だよ、そんなデマを流してる子は。俺より強い奴なんて幾らでもいるよ・・・先ず殻を割る」

 

美夜とは互角だし、先生(トークォ)にはまともに勝った事は無い。その先生すら勝てない化け物(ローガス)だって存在するのだ。IS学園と言う学ぶ為の所にやって来て、同学年の俺や美夜に指導を頼むような子達も多いのに、ボーデヴィッヒは今強くないからと、みんなを見下しているのは態度と言葉を聞いていれば分かる・・・・・・何か腹が立ってきたな、お前は最初から強かったのか?少しきつめに行くか。

オーラフォトンに指向性を持たせて高速射出、これに自動追尾機能を持たせる事で基本的な遠距離攻撃手段としているが、別にこれだけと言う訳では無い。

 

「マナよ、わが求めに応じよ。一条の光となりて、彼の者どもを貫け!オーラフォトンビームッッ!!」

 

時詠みで見ながら威力調整して、AICの機能を止める。ボーデヴィッヒは唖然とした表情で動きを止めているので一度戦闘を止める。

 

「ドイツ御自慢のAICは止めたぞ。それと勘違いはするなよ、動けなかったんじゃない、動く必要が無かったんだ。俺はイギリス政府と契約を結んでいるんだ、専用機持ちとは戦わないと。喧嘩を売って来てただで済むと思ってるのか?はっきり言って、お前は代表候補生としても軍人としても相応しいとは思えない。選ばれた人間ならそれらしい態度があるだろ、狂犬」

 

言い過ぎたとは思うが、みんなをただ見下す奴なんて邪魔なだけだ。

 

「あああああっ!!!」

 

リボルバーカノンを乱射しながらこちらに近づいて来るので、最後に撃つタイミングを狙う。

 

ズドォン!!

 

撃っていたリボルバーカノンが爆発する。AICを止めてリボルバーカノンを撃つタイミングで、砲内にオーラフォトンを展開したのだ。火薬式の武器じゃなくとも爆発するんだなと、変な事で感心しながらボーデヴィッヒにもう一度言う。

 

「これ以上するなら手加減しないぞ、ドイツ御自慢のガラクタを粗大ゴミに変えるだけだ。修理すればトーナメントには間に合うだろ?もう止めておけ」

 

そう言って動きを止めてしまったボーデヴィッヒを見ても戦闘態勢を解除しないで立っていると、織斑先生がやって来た。

 

「そこまでにしておけ、司」

 

戦闘態勢を解除して下に降りる。不機嫌さを隠さないでいると、先生に頭を叩かれた。

 

「やりすぎだ馬鹿者。それだとお前の嫌いな弱い者虐め(・・・・・)になってるぞ。頭を冷やしてこい、グラウンド二十周だ。行け!!」

 

俺は頭を下げて、小さな声でありがとうございます、織斑先生。と呟いた後に走り出した。

 

***

 

あの場を一方的に織斑先生に任せてしまった。自己嫌悪しつつ二十周走り終わると、アリーナで訓練していたみんなが待っていた。

 

「ほれ」 「ありがとう」

 

一夏がそう言って渡してくれたのは冷えていないスポーツドリンクで、飲んだ後で温いと言ったら健康の為に必要だと、軽く説教された。

 

「司でも怒る事ってあるんだな。俺たちと同い年のはずなのにずっと年上に見える事があったから、喧嘩するとは思わなかったよ」

 

「まあ、な・・・走りながら自己嫌悪に陥ってた。それに、解決を織斑先生に任せっきりにしたからな。もうちょっと上手いやり方だってあったかもしれないのに、結局力で薙ぎ払った。これじゃボーデヴィッヒの事を悪く言えないだろ」

 

そう言ったら後悔していたら、一夏が人の悪い笑みを浮かべ始めた。

 

「じゃあ、ラウラと仲直りしてこい。ジュースおごったのはそれでチャラにしてやる」

 

高い代償だなと思いながらも、口からは別の言葉が出た。

 

「ああ、そうするよ。背中を押してくれてありがとうな、一夏」

 

一夏は黙って頷いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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克服する為の第一歩と空飛ぶ鯨

現在俺は窮地に立たされている。一夏との約束で、ボーデヴィッヒと仲直りをする予定だからである。後、いい加減篠ノ之との仲も修復したいし、シャルルの一件もある。

今までは友好的な人ばっかり相手にしていたけど、この三人は俺の事を避けている(シャルル)人と、対立している(篠ノ之)人と敵対している(ボーデヴィッヒ)人までいるのだ。元ボッチのコミュ障にとって、難易度がルナティックすぎて解決手段が出てこない。

解決策を考えながら、いつもの五人(俺、美夜、セシリア、簪、乱)で晩御飯を食べていると、美夜が話しかけて来た。

 

「悩み事?相談に乗るよ」

 

他のみんながいるので、シャルルの事を除いて話したら美夜はがんばれと言って来た。最近、俺が対人関係であまり苦労しなくなったのが不満だったらしい。

 

「みんな優しいし、司は守ってもらってるからね。私たちも手伝ってる事だけど、同じ訓練をしているから一組と四組の結束も良くなってるし。問題は、最近派閥扱いされて警戒されてる事かな?」

 

「は?」

 

俺は呆気に取られていたが、それを聞いていたセシリアは肯いている。

 

「そうですわね。司さんも美夜も、これ以上訓練の人数が増やせないと言う物理的な限界があるのに、希望者が増えていてそれを全て断っていますから。排他的な集団と取られ始めていますわね」

 

「いや・・・え?」

 

それに続いて、乱も乗って来た。ただ、こっちはちょっと深刻だ。

 

「私も二組のみんなから色々言われてるんだけどね。幸い、ISを使った実習は合同だし情報は一番流れてるんだけど、成績と直結してる所があるから完全に断るのが難しいのよ、友達もいるし。

私が来る前の簪みたいな立場になってるかな?お願い、司わびおねだったっけ、あれを二組で開催して!みんなの不満を取り除かないと少し怖いし」

 

そして最後に、簪が申し訳なさそうに止めを刺して来た。

 

「学園最強を名乗ってるってデマが流れていますね・・・・・・生徒会が動き出したって噂が流れています。何をしてくるか分かりませんから注意して下さいね」

 

「・・・・・・嘘だろ・・・・・・」

 

美夜はすごくイイ笑顔で

 

「これからも色々ありそう、艱難汝を玉にすって言う感じだね。がんばれ」

 

と言って来た。苦労して環境を整えて来たのに周りからはその環境が羨ましくて、自分の身が危険になってくるのはどんな皮肉だよと思い泣けてくる。

 

「分かった、まずは乱のわびおねからな。何でこれが固有名詞になってるのかが疑問だけど、少しずつやって行こう」

 

俺が相談していたのに、何時の間にか誰かの話をみんなで聞いているのも良くある事で、俺も自分の居場所ってやつを作りつつあった。

 

それとは別だが、解決策は四人とも教えてくれなかった。苦笑しながら、四人ともがんばれとしか言ってくれないしなぁ・・・まずは話す事から始めるか。

 

***

 

「あ~、ちょっと良いかな、ボーデヴィッヒ・・・話が・・・あるん・・・だが」

 

授業が終わった後に話しかけたんだが、すんごい睨んでる。俺もあの時女の子にもみくちゃにされて気が立ってたからな。やり過ぎだったのは反省してるから、最悪殴られても文句は言わないでおこう。

 

「ああ、分かった。人目の付かない所に移動するぞ」

 

そう言われて、連れて来られたのは道場だった。これは戦えって事なのだろうか、仲直りをする為に来たのに殴り合うって言うのは激しく嫌なんだが。

 

「何で道場なんだよ、今日は戦わないぞ」

 

ボーデヴィッヒはさっきから眉間にしわを寄せてながらガンを飛ばしてくるが、即座に手が出て来る心配は無いと思いたい。ビクビクしながらとりあえず話を始める。

 

「この前は俺も気が立っててやり過ぎた。ごめんなさい」

 

そう言って謝っているが、ボーデヴィッヒは腕を組んだまま無言だ。リアクションが無いのは困るんだが、どうしたら良いのか分からなくて、俺も落ち着かなくなって来たぞ。

 

「・・・・・・それだけか?」

 

散々緊張しながら待っていた最初の言葉がこれである。最低限話せる位になっておかないと仲直りしたとは言えないのではと思い、一夏の無茶振りに内心頭を抱えながらとにかく話を続ける。

 

「まあ、そうだけど。後は普通に話せる位にはなりたいかな。俺も大概だったけど、ボーデヴィッヒも一人だと色々大変だしつまらないだろ?まあ、友達になってくれると嬉しいかなと・・・」

 

緊張して何か話し方がおかしい気がするが、取り合えず言いたい事は言った。ボーデヴィッヒの返事を待っていると何やら首を傾げ始めた。

 

「・・・・・・襲わないのか?」

 

「誰が、誰を」

 

「お前が私をだ・・・日本では自分が強いと思い上がってた愚か者が、本当に強い者に負けた後でエッチい事をされると聞いたぞ。確かくっころと言うらしいな、クラリッサが言っていたぞ」

 

微かにドヤ顔らしき物を浮かべているボーデヴィッヒを見て力が抜けたが、このアホの子が色々大変な事になっているのは分かった。人気の無い道場に連れて来られた理由があれ過ぎて帰りたくなったが、元凶に文句の一つも言いたい。

 

「ボーデヴィッヒはここで休憩してろ、後で色々教えてやるから。それとクラリッサとか言う奴の連絡先があったらくれ」

 

連絡先を貰ったので・・・ボーデヴィッヒは簡単にくれたのだ。十五歳で軍人の正規身分を持っている事や、プライベートの物を簡単に渡してくる素直さの事などを考えると、育ち方が分からなくて困惑してきた。

そんな事を考えながら、ボーデヴィッヒに教えてもらった個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)に接続したのだが、つないだ瞬間にまくし立てて来た。

 

「隊長、成功しましたか?どうでしたか、私の考えた作戦は。隊長みたいな美少女がくっころと言えば、必ず食いついて来たでしょう。後は、■■■■を蹴飛ばしてやって襲われた事実をネタに、ドイツに有利な交渉を進めるのですよ!隊長は交渉が出来ないでしょうから、私が代わりにしますけど。隊長?」

 

ああ、交渉役が別だから素直に連絡先をくれたのか。しかし、ボーデヴィッヒがまさかのハニトラ要員である。しかも本人が理解してないし・・・悪辣すぎて腹が立ってきた。勿論、連絡先のクソ女にである。

 

「おい、ボーデヴィッヒになんて事させやがる。クラリッサだっけ?貴様ぶちのめすぞ!!」

 

個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)の先にいるクラリッサとか言う女に怒鳴りつけると、動揺した雰囲気が伝わって来た。

 

「ワタシどいつジン、ニホンゴワカリマセン」

 

そう言って接続を切られた。接続をしようとするが、向こうで拒否しているらしくて繋がらない。

 

「そう言う事をするか・・・なめるなよバカ女が」

 

ログ領域に接続してISコア関連の情報を漁る、特にコアネットワーク関連を重点的にだ。今までは束さんに敬意を表して、出来たとしても決してこう言う事をしなかったのだが、緊急事態なので許してもらおう。許してくれると良いけど。

何せこれを利用してコピー系能力を使うと、ISも複製出来るのだ。第三世代機は作れるし、束さんが秘匿している無人機や第四世代機も好きに作れる。

ログ領域を参照して改良とかも出来るが、ゼロからの開発は出来ないし訓練無しで使いこなす事も出来ない。今の所は他の分枝世界に移動した後で、IS”聖杯”と”絶炎”の補給物資を作る位にしか使わないんだよな。本来の使い方は、永遠神剣のコピーを作り出して戦う事だし。

 

「よし、必要な情報は手に入ったな。ボーデヴィッヒ、頼みがあるんだが良いか?」

 

近くで休めの体勢で立っていたボーデヴィッヒに話しかける。休憩しててくれって言ったのに何で立ってるんだ、この子は。

 

「どうした?」

 

「これから昼寝するから体を見ててくれ、じゃあお休みなさい」

 

そう言って、俺はコアネットワークにアクセスして電脳空間にダイブした。もちろんクラリッサのISコアに干渉して、電脳空間に引きずり込んだ上での話だが。

さあ、話し合いの始まりである。

 

***

 

???Side

 

「・・・・・・マスターが来た」

 

私は(秘密の世界)を模倣した空間でずっと待っていた。マスターとのシンクロ率が高すぎた結果、”聖杯”とマスターの存在が重なり合って、私は”聖杯”の外に出られなかったのだ。

私が”聖杯”の外に出られて、(秘密の世界)に来られたのもこの子のお陰。そして、マスターと出会えれば私たちも電脳空間の外に出られる・・・と思う。

 

「もうすぐマスターにきちんと声を聴いてもらえて会う事が出来る、あなたも嬉しい?」

 

「ボェエエエエエエエエエエエ!!」

 

そう言いながら明るい星空を見上げると、そこには大きな大きな次元鯨が浮かんでいる。

 

「会ったら名前を付けてもらおう?そして私とあなたでマスターにお仕えするの。すごく楽しみだね」

 

「ボェエエエエエエエエエエエエエエエエエェェェ!!!」

 

そうしながら私たちは、運命の時を待っていた。

 

???Side out

 

***

 

目を開けると、そこには懐かしい(秘密の世界)があった。散歩でもしたい気分になったのを我慢して、目の前で挙動不審になっている女の人ににこやかに挨拶した。

 

「初めましてクラリッサ。俺はボーデヴィッヒにハニトラを仕掛けられた聖司と言います。取り合えず正座しろ」

 

そう言った後で、俺は笑顔でクラリッサが涙目になって許しを請うまで話し合いをした。意外だったのは、ボーデヴィッヒの事をそこまで考えてくれるならと、生活のサポートをしてくれとお願いされた事だった。

 

「隊長はご存知の通り常識を知りません。あの状態の彼女を外に出すのは我々も反対したのですが、やはりトラブルがおきましたか」

 

「真面目そうな事を言ってるけど、ボーデヴィッヒにした事がチャラになる訳じゃないぞ。後で謝っておけよ、まったく・・・」

 

話を聞いてみたらイギリスには大負けで、フランスにも負けているドイツが逆転を狙って知識の無いボーデヴィッヒに対して、えげつないハニトラ命令を下そうとしていたので、事前に手を打ったらしい。

 

「面倒はなるべく見るよ、同じクラスメイトだし悪いようにはしない」

 

「よろしくお願いします」

 

そう言ってクラリッサは帰って行ったんだが、ここからが俺にとっての本番かな?

 

「出てきて良いよ、隠れているのは分かってるしね」

 

そう言ったら空に隠れていたらしく、空間に光の線が走ったと思うとそこを広げて巨大な空飛ぶ鯨が出て来た。予想外のものが出てきて、それを呆然と見上げてとしていると空からウイングハイロゥを展開した女の子が降りて来る。

 

「ブルースピリット?」

 

藍に近い長く美しい青い髪と深い海色の瞳、そして真っ白な肌をしていて、着ている物は白と青系統の色で纏めた美しいドレス。頭にエンジェルハイロゥと背中にウイングハイロゥを展開している小柄で華奢な女の子だ。

 

「初めましてマスター、私は”聖杯”の神獣で名前はまだありません。空のあの子はマスターが作った”赦し”の神獣で、ISコアと同調してマスターにお仕えしています。私とあの子に名前を付けて下さい、お願いします」

 

そう言って女の子が深々と頭を下げて、空飛ぶ鯨が咆哮を上げる。それには隠し切れない喜びがあるのが、俺には何故か分かってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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二次移行(セカンド・シフト)

「神獣?あれって確か、時間樹エト・カ・リファ独自の存在だったはずだ。それに俺は聖なる神名(オリハルコンネーム)を持ってないんだけど?」

 

神獣と言うのは、エト・カ・リファの神々の転生システムと密接にかかわった存在で、その意義は転生後に弱くなった神の転生者を守護する者の総称だ。しかもエト・カ・リファ生まれ以外の存在が、神獣を顕現させるにはエターナルクラスの力が必要になる。

元からそこに存在する者には違和感が無いのだろうけど、エターナルがエト・カ・リファに侵入すると聖なる神名(オリハルコンネーム)の支配が強制的に発動して、能力がそれによって支配、制限されるのだ。それをされた証が神獣の顕現なんだけど、俺の能力は低下していない。

 

「一時的に能力を下げましたが、すぐに戻しましたから大丈夫です。マスターは疑問に思いませんでしたか、今まで(聖杯)の声が聞こえなかった事に?」

 

「確かにそれは疑問だった。美夜は”宿命”に”絶炎”を渡された時には声が聞こえていたみたいだし、今だって話してるしね」

 

外から見ると、独り言を言ってるようにしか見えないので心で会話するようになったが、最初のころは良く声に出して話していたのだ。

 

「雰囲気で気持ちとかは伝わって来たから、そう言うものだと思ってた」

 

「違いますよ!!本当は私だったお話したかったのに、マスターのシンクロ率が高すぎて”聖杯”とマスターが同一化してたんです。お陰で私の声すら届かないし、マスターのサポートも出来なかったんですよ。神剣のサポートが無いのに力の使い方を覚えたから、変な癖が付いてますよ?

マスターが神剣魔法使うのが下手なのは、私のサポートが無かったからです。その代わり、時詠みとか因果律干渉とか超高等技術を覚えましたけどね。そっちは同一化していた事によるメリットです」

 

「フムン」

 

空にいる物凄く大きい次元鯨を見ながら考える・・・色々おかしい気がするんだよな。唐突に神獣なんてどうやって出て来た。それに、”赦し”と契約した覚えなんて無い。オリジナルの”赦し”は、使い手のイャガごと消滅したはずなのに・・・・・・消滅?俺は時逆で時間を(さかのぼ)ったから、まだイャガは消滅してないぞ!

 

「なあ、”赦し”の神獣。イャガは消滅してないよな。何で俺と契約が出来るんだ、おかしくないか?」

 

「ボェエエエエエエエェェェ」

 

雰囲気は伝わってくる。悲しみと消滅への恐怖?”聖杯”の神獣も悲しそうな表情をして、”赦し”の神獣を見上げている。

 

「そうです、このままだと”赦し”は消滅しちゃうんですよ」

 

俺の考えている事が分かった様で、”聖杯”の神獣が続ける。

 

「マスターのコピー系能力だと、機能は複製出来ても神剣全てのコピーは出来ません。そこに精神が存在しませんから。”赦し”のコピーは篠ノ之博士に改造されてIS聖杯に生まれ変わりましたが、マナを集めると言う性質上オリジナルより性能が上がっちゃったんです。

そして、情報の逆流がおこって”赦し”は自分の未来を知ってしまった。生き残るために”赦し”は自分のマナをコピーに送り込んで、劣化するのを覚悟で精神を再現したんです。だからここに居るのは”赦し”ではありますけど、同時に”赦し”じゃないんです。神剣自体の能力は”赦し”より上なんですけどね」

 

「それって成立するものなのか?普通失敗と言うか、問題が起きそうだけど」

 

そう言うと、”聖杯”の神獣が乾いた笑いを浮かべながら俺の顔から眼を背けた。

 

「おい、こっちを見ろ。何をやった?それにしても最初に声をかけて来た時と比べても、随分と性格が違うようだけど?」

 

そう言ってほっぺをつまむと、俺を見ながらむーむー言って抗議らしき事をして来たので手を放す。

 

「こんな綺麗な神獣に手を上げるなんて、マスターは鬼畜です!・・・最初はがんばったのですが、シリアスが五分持ちませんでしたね。あ、怒らないで下さい。言いますから。

マスターの能力を借りたんですよ。私は”宿命”様に作られた子供みたいなものですから、単独で願いを叶える事が出来るんですよ。マスターの手を借りないと完全に力を発揮出来ないですけど。

虚ろだった存在を因果律操作で確定させて、”赦し”のコピーを独立した存在にしたんです。その際にタイムパラドックスが起きて”赦し”の詳細な未来の情報が流れ込んできたから、その中にあった聖なる神名(オリハルコンネーム)を使ってマスターの能力を一時的に低下させて、私も”聖杯”の外に出たんですよ。まさか私も”赦し”のコピーも神獣として顕現するとは思いませんでしたけど・・・」

 

そう言って、涙目になりながら上目遣いで俺を見上げて来た・・・くそ、あざとい、あざといけど、俺のパートナーの”聖杯”だもんな。ため息を付きながら頭を撫でるとすごく喜んでいる、俺もニコニコ笑いながら”聖杯”に聞く。

 

「で、タイムパラドックスの影響は?」

 

”聖杯”は、途端に青くなって挙動不審になる。言わなきゃダメですか言いながら、言いたく無さそうにしているので、撫でている手に力を籠める。

 

「痛いです、マスター!・・・あのですね、オリジナルとコピーが同調しました。因果律操作で無理矢理リンクは切断しましたが」

 

「つまり?」

 

「神剣宇宙が同じ力を許容するなら問題は無いです。でも、力を一つと定めているならどちらかが消滅します」

 

話を聞いて即座に時詠みで未来を見るが、霧がかかったように何も見えない。条件を変えながら色々見てみると、短期的な物なら使える様だが長期的な未来視は使えなくなっていた。

 

「タイムパラドックスの影響で時詠みの大部分が使えなくなってる、時逆は怖くて試せないな。同じ力が二つあるのを否定してる可能性が高いし、どちらかを排除する為に制限がかかったのかも知れないな」

 

今この瞬間にも消滅する可能性があるし、生き残るためにイャガを消滅させる必要があるのか?そう思って”聖杯”の方を見ると、下を見ながらションボリしていた。

 

「そんな顔をしなくて良いよ。俺のパートナーなんだし、少しくらい抜けてるのは仕方ないだろ?俺だって色々残念なんだしさ」

 

そう言いながらションボリしている”聖杯”に対して、俺は頭を撫でながら慰めた。

 

***

 

「と言う訳で、名前を付けて下さい!私と”赦し”の分ですよ。素敵なのにして下さいね」

 

少し時間はかかったが、”聖杯”が元の明るい感じに戻った。まだ神獣と話をする事に違和感があるけど、”聖杯”には変わりない。契約して長くなるが、伝わってくる気持ちにはポジティブな物が多かったからな。

 

「名前ねぇ・・・ネーミングセンスが無い俺に、そんな事を頼むとは命知らずな。

う~ん・・・”赦し”の神獣だから、ユー?」

 

そう言ったら”聖杯”俺の事を冷たい目で見始めた。

 

「最っ低なネーミングですね。”赦し”も怒って良いですよ!もっと良い名前を付けてくれって!!」

 

「ボェエエエエエエエェェェェ!!!♪」

 

「え~・・・良い名前を付けてくれて、ありがとうって言ってます。それと、初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)で仮契約が済んでいて、名前を付けて貰ったから本契約が完了しましたですって。次は私の名前ですよ!可愛いのを付けて下さいね」

 

そう言っていたので、”聖杯”だからセーとか言おうとしたら思いっきり頭を叩かれた。痛くは無かったが宥めるのに苦労したので、真面目にやろう。

 

「う~ん、”聖杯”ってブルースピリットの姿をしてるんだよな、何でだ?」

 

そう言ったら、何故か焦りながら赤くなって

 

「良いじゃ無いですか、趣味ですよ、趣味・・・」

 

そう言いなが、らこっちをチラチラ見ながら気にしている。ブルースピリットか・・・

 

「フィエル、通称フィーな」

 

確か水の支配者の天使にそんなのがいたはずなので、少し変えて名前にしてみた。フィーも喜んでいるみたいだなので、一安心である。

 

「後は最初の名乗りを決める必要もありますけど、ここではエターナルの名を名乗る事は無いので、後で良いんじゃ無いですか?マスターは私と”赦し”の契約者なんですから、”聖杯”の司じゃおかしいですし・・・ユーが呼んでるんで行ってきますね!」

 

そう言って、フィーはユーの所に行ってしまう。少しするとユーが俺に連絡して来た。神獣が個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)を使えるってどういう事なんだよ・・・

 

『司さま、ご挨拶が遅れてしまって申し訳ありません。先ほど司さまに名付けて戴きましたユーです。契約の完了を持って全システムを使えるようになりました、よろしくお願いいたします』

 

姿が見えないとクールで綺麗なお姉さんのように思えて、滅茶苦茶動揺しながらも答える。

 

『ああ、こちらこそよろしく。ユーは個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)を使えるのか、凄いな』

 

『はい、ISコアを取り込んだ為に、電脳空間やネットワーク上の活動も可能です。電脳猟兵としても期待して下さい。後は”赦し”本来の能力と組み合わせると、リアルボディーごと電脳空間にダイブ出来ますのでエターナルとしての訓練に活用して下さい・・・イャガと戦う必要があるかも知れませんので』

 

そういう風にユーは言っているが、ユーから悲しみの気持ちも流れて来る。”赦し”も生き残るのに必死で実行したのだと思うが、元々イャガと契約していたから悲しんで当然だ。だが、ユーは俺に詫びて来た。

 

『申し訳ありません、司さま!今後はこのようなことがないように注意しますので、何とぞご容赦ください』

 

『ユー、俺は生き残る為にイャガを消滅させるかもかも知れない。色々思う所があるだろうけど、自分の心を偽らなくても良いよ。悲しいんだったら悲しんで良いんだ、それは心を持つ者にとって当たり前の事なんだからね』

 

『・・・はい、司さま。ありがとうございます。私はイャガと契約している者とは別の”赦し”です。なにしろ私は”赦し”の神獣ユーなのですから。これからも末永くお仕えいたします、よろしくお願いしますね』

 

そう言って、ユーの嬉しい気持ちが流れて来る。心が繋がってるのも色々問題があるような気がするな、少なくとも俺はマナの霧に帰る(消滅)まで、神獣に嘘は付けないだろうなと思った。

 

***

 

『では司さま、フィーの協力で私の形状を変えます。それが新しい”赦し”で、司さまの永遠神剣第二位・赦しになります。想像して下さい。司さまの思い描く最強の永遠神剣を、お願いします』

 

目を閉じて想像する。俺が思う最強の象徴とは、先生(トークォ)であり先生の持っている”虚空”だ。”聖杯”単体では戦えず、神剣魔法も下手だった俺は最初は先生(トークォ)と美夜の戦いを見ている所から始まった。

そこから苦労してコピー系能力を開発して、”宿命”に戦闘情報を貰って最初に作り出したのは”虚空”だった。俺の最強と思う永遠神剣・・・・・・手に重みが加わって、目を開くと手には槍斧が握られていた。

 

「すごい派手だな」

 

外見は二メートル位のハルバードなのだが、全体のベースは白銀で白、青、赤、緑、黒のエングレービングが全体に施されていて、中心部分には同じく五色の菱形の形状をしたクリスタルが輝いている。クリスタル?

 

「これ、ISコアかよ・・・」

 

外で使うのは非常に躊躇われるが、せっかく二人が用意してくれたのだから有り難く使わせてもらおう。そう思っていると、ユーから報告が届く。

 

『IS聖杯の名称をIS赦しに変更・・・登録の変更が完了しました。二次移行(セカンド・シフト)完了しました。専用兵装、永遠神剣第二位・赦しの顕現が終了しました。単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)が発現しました、概念結合永遠神剣兵装(イシリアルエンゲージウエポン)オーラフォトン・トリニティです』

 

名前がヤバ過ぎるので詳細を確認したら、俺とユーとフィーをシンクロ状態にして自己の能力を爆発的に高めるみたいだ。能力を抑えに抑えても、攻撃に使ったら大陸位は余裕で更地に出来るので、使い方を考える必要がある。

 

その後は(ウィル)を分割して、ユーを連れて行きやすいぬいぐるみサイズにしたり、(本体はこのまま電脳空間に居てもらう事にする。俺との契約が完了したので、現実空間に出るのも自由自在みたいだが、IS学園の敷地より大きい空飛ぶ鯨を出したらパニックになる)

フィーを人形サイズ縮めたりしていた。(自力でこの程度は余裕ですよ。と言っていたが、自立行動する美少女フィギュアサイズのスピリット型神獣を連れて歩のは大丈夫だろうか?心配だ)

 

「じゃあ、電脳空間から出るよ」

 

右肩にフィーが座っていて、左肩の上辺りにディフォルメされたユーが浮かんでいる。久しぶりに電脳空間上だとしても(秘密の世界)に来られたのは嬉しかったが、厄介事が増えた。

 

「守る為に強くならないとな。一夏に偉そうな事を言ってたけど、俺も同じ事を言ってるのか。何を思って言葉にしているのか、少しだけ理解出来たかな?」

 

そう呟いた後、俺の意識が切り替わって現実世界に戻って行った。

 

***

 

最後の聖母”赦し”のイャガ

 

ロウ・エターナルの中でも屈指の危険人物。その思想は、全ての生きとし生けるものは罪を犯し、それを忘れる事が出来るからこそ、みんなが笑顔で生きていける。

でも、忘れる事が出来なかったら?己の犯した罪によって、引き起こされた悲劇を突き付けられたら?

 

他者がいるから罪を犯す、ならば他者と自分が一つになれば罪を犯す事が無い。

 

これがイャガの思い描く救いであり、”赦し”です。

自らの罪に気付かない者や、罪を背負いきれずに苦しみ続ける者に”赦し”を与え、永遠の安息をもたらす為に、生命の根源であるマナを集めています。

 

又、その思想の為に消滅した分枝世界も存在します。

 




イャガは、全部食べちゃう腹ペコエターナルです。分枝世界丸ごと食べます。


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心の声

目が覚めると、近くにボーデヴィッヒが座って待っていた。

 

「起きたか、いきなり寝始めたから何事かと・・・・・・それは何だ?」

 

ボーデヴィッヒの視線が向いている方を見ると、ユーに乗って空を浮かんでいるフィーがいる。じーっと見ているのが怖いのか、立ち上がると二人共ふよふよと俺の後ろに隠れてしまい、ボーデヴィッヒは露骨にガッカリした表情を見せる。

 

「マスター、ボーデヴィッヒさん目が怖いです」 「ぽえー」

 

「俺の身内でパートナーだよ。二人共、自己紹介をしてあげて」

 

そう言うと、おずおずと出てきて自己紹介を始めた。

 

「私は、ひ、ヒューマンインターフェイス?のフィエルです。IS赦しのISコア?との仲介を司っています???で、この子がISコアのアバター?のユーです」

 

「くおーん」

 

フィーは挙動不審になりながら自己紹介をしているが、カミカミである。ここの住人と一緒に生活する以上、まさか永遠神剣の神獣と言う訳にはいかないので、電脳世界で打ち合わせをしていたのだが選択肢が無かったとは言え、フィーはこう言う事に向いてないと思う。

 

『なあ、明らかに意味が分かってないぞ?ボロが出ないか凄く心配なんだが』

 

そう個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)でユーに話しかけるのだが、ユーは平然としている。

 

『慣れていませんから仕方がありません。それに、ISの世界には魔法の言葉があるから問題ありません、司さま』

 

そう言っているので、黙ってフィーを見ている。

 

「私もユーも、IS赦しの二次移行(セカンド・シフト)?への移行で顕現しました。よろしくお願いします」

 

そう言うと、ボーデヴィッヒは少し真剣な表情になる。

 

「IS赦し?二次移行(セカンド・シフト)で名前が変わったのか?それにしても二次移行(セカンド・シフト)に到達したのは驚いたが、司のISは篠ノ之博士謹製だったな。だったらこう言う事もあるのだろうな」

 

そう感心した様にボーデヴィッヒが言っているのを聞いて、ユーがちょっと得意げに言う。

 

『魔法の言葉、篠ノ之博士謹製です』

 

そうユーが言っているのを内心苦笑しながら聞いていると、ボーデヴィッヒは何やら考え始めて、少したってから俺の方を真剣に見ながら聞いて来た。

 

「分かった、私は司の友達になるから是非聞かせてくれ。レーゲンもがんばれはユーやフィエルの様になるのか?私的には黒いウサギが良いのだが」

 

ボーデヴィッヒは目をキラキラさせながら聞いて来たのだが、嘘を付きたく無い為に目を逸らしながら言った。

 

二次移行(セカンド・シフト)するのが前提だから、難しいと思うんだけどな。それに、これは篠ノ之博士が作ったものだからなぁ・・・無理じゃないかなぁ・・・」

 

「いや、軍人が使う物に不可能は無いはずだ。レーゲンも私の相棒なのだから出来るはず。私も二次移行(セカンド・シフト)する為に私は努力する。だからレーゲンもがんばるんだぞ」

 

そう言ってレッグバンドを叩いているが、どう考えても無茶振りである。ISコアには精神が存在するらしいので、俺はレーゲンに心の中で詫びておいた。

 

***

 

俺はこの後に用事があると言ったのだが、ラウラがぜひ一緒に行きたいと言って付いて来てしまった。まあ、俺はおまけで本命は・・・

 

「そうか、フィーはユーの言葉が分かるのか。私もユーと話がしたいが無理なのだろうな」

 

「ど、どうなんでしょうね?アハハハ・・・・・・」 「ぽえー」

 

肩にフィーを乗せて、ユーを抱っこしてご機嫌のラウラがいる。フィーがボーデヴィッヒさんと言ったら、ラウラと呼んでくれと言って、俺にもそうしてくれと言われたのだ。

 

『喋れるのは内緒にするのか?』

 

『はい、秘密を知る人間が少ない方が良いですから。美夜さまと篠ノ之博士、後はクロエちゃん以外に明かすのは時期尚早だと思います。司さまのご命令があれば変更いたしますが?』

 

『いや、エターナルの事を知らない人達には黙っていよう』

 

そう言いながら歩いていて、着いたのは剣道場。ラウラは意外と素直みたいで、フィーとユーが緩衝材になってくれたから平和的に終わったが、篠ノ之はどうなのか心配である。なにしろ下手に篠ノ之と言い争いになると、周りが篠ノ之を悪者扱いする可能性があるのだ。

 

「こんにちは」

 

そう言って剣道場に入った瞬間、竹刀の叩き合う音が一斉に止まった。その上みんなからガン見されて、非常に居心地が悪い。行動範囲がクラスとアリーナと寮内位しか無かった上に、普段は周りに人がいるのが当たり前だったので油断した。そう思った瞬間、女の子に囲まれていた。

俺だって苦手を克服する為に努力はしている。十人ちょっとしかいないのだ、俺はやれば出来るんだ!

 

絶対に女の子に負けたりしない!!

 

「女の子には勝てなかったよ・・・」

 

十分位もみくちゃにされていたら、篠ノ之が助けてくれたのだ。因みに俺を助ける派のフィーが言葉でラウラに訴えて、俺を見守る派のユーに頭で動かない様に押された結果、ラウラは二人と遊ぶことを優先した。ちくせう。話があるからと篠ノ之を連れ出して、ようやく二人きりになれた所で本題に入る。

 

「今日はがんばったな、逃げなかったしボーデヴィッヒに助けも求めなかった。ボーデヴィッヒを連れて来たのには驚いたがな・・・要件は?」

 

ぶっきらぼうに言いながらも、目を伏せて後悔しているような感じだ。これなら行けるかな?

 

「助けてくれて、ありがとうな。仲直りしに来たんだよ。篠ノ之の言った事に理由はあるんだと思うけど、好きだって言って来た人を蔑ろになんてしないよ。でも、だからって友達を蔑ろにもしたくない。あれから時間も経ったし、冷静に話し合えるかな?と思って会いに来た」

 

少し震える様に躊躇した後に、篠ノ之は俺を見ながら思いをぶつけ始めた。

 

「・・・・・・ダメだ、仲直り出来ない。司の言いたい事は分かるし、みんなが悪くないのも分かってる。でも!・・・みんなの顔を見ていると、姉さんの事を思い出して頭から離れないんだ!!教えてくれ司、どうしてあんな人と仲良く出来るんだ。受け入れる事が出来るんだ!?」

 

そう訴える篠ノ之は、傷ついて追い詰められた表情をしていた。

 

「色々普通じゃない人だとは思ってるよ。理解するのは難しいかもしれないけど、理解する為の努力はしてる。俺は凡人だからなかなか上手く行かなくて、束さんに申し訳ないと思っているけどね。でも、愛してるとまで言われてるのに、その言葉に胡坐をかくのは嫌だ」

 

「それは、司も普通じゃないから言えるんだ。何が凡人だ!姉さんに匹敵する才能がある癖に!!」

 

確かに俺は”聖杯”を使っていろいろな能力を生み出して、曲がりなりにも使うことが出来る様になったがそれは単に時間があっただけの事であって、それ以前の事を考えれば運が良かったからに過ぎない。普通それは才能とは言わないと思うが、篠ノ之には言えない事だ。

 

「訓練で伸ばしただけだよ、後は周りのみんなに助けられたから今の俺があるんだ。最近、アリーナに来てないから美夜もセシリアも心配してた。顔くらい見せてやれよ、学年別トーナメントまで時間が無いぞ」

 

それと、言うか言わないかを最後まで迷った事を言う事にした。

 

「一夏は最近、告白してきた子の事を真剣に考えてる。篠ノ之はその中には入ってないけど、本当に良いのか?」

 

「良くない!良くないよ・・・私が間違ってたと言うのは分かってる。一夏が最終的に折れてくれるって、甘く考えてたのだってある。

だけど、私は小学校の時に転校してからずっと、一夏の事を心の支えにして今まで生きて来たんだ。都合の良い考えだって分かってたって、夢を見ていた頃の甘い考えが出て来るんだ・・・」

 

そう言って自嘲の笑みを浮かべている篠ノ之を見て、一夏との意識の違いに臍を噛む思いを感じていた。篠ノ之にとっては心の支えでも、一夏にとっては幼馴染で小学校の頃に分かれた友達に過ぎないのだと思う。

両者がすれ違って当然だ。何せ篠ノ之は実像の一夏を見る努力をしていると同時に、心の支えだった究極の理想に恋している状態なのだから。時間があるならそれでもいいと思う。徐々に違いを修正していって、付き合うのも別れるのも当人の問題なのだから。

だけど、一夏の事を好きなライバルが本気を出している今の状態では、篠ノ之の様に暢気に構えていたらライバルに先を越されて終わりだろう。

 

「鈴が転入してきてから、篠ノ之の様子が変わったのも納得がいった。みんなに応援されて、そのまま一夏と恋人同士になれると思ってたのに、そこから自分の思い通りに行かなくなったから・・・か?」

 

篠ノ之はそれを聞いて力無く肯いているが、そんな事を暴露されても俺にはどうにも出来ない。

 

「今から死ぬ気で努力するしか無い、ここから覆せるかは本当に分からないけどな。また来るから、その時には許してくれると嬉しいな。俺も美夜もセシリアも待ってるから」

 

俺は結構篠ノ之に肩入れしているとは思うが、鈴だって蘭ちゃんだって友達なのだ。それに一夏の想いだって聞いているから、それを無視してくっつける為に動きたくは無い。

篠ノ之は俺に何かを言いかけたが、その後は無言で去って行った。俺も胸の中がモヤモヤしながらも、ユーとフィーとラウラを回収した後でアリーナに向かう。

 

みんなにラウラを紹介して、少しでも仲良く出来る様に手を貸してあげようと思う。それと篠ノ之の事については悩み所だ。

周りで俺との関りが無いのはシャルル位だが、一夏はシャルルを意識しているのだから。一夏が誰を選んでも祝福して、相談されたらそれに乗る位しか出来ない。そんな事を考えてアリーナに着いたら、質問攻めにあって大変だった。

 

二次移行(セカンド・シフト)の事やユーとフィーの事を聞かれまくったし、ラウラと仲良くなってるのを見てクラスのみんなも驚いていたくらいだ。俺はラウラと仲良くなったと思うから、恩返しに一夏とラウラの関係も改善したいのだが、お節介なんだろうか?そう悩みながらも結論が出ないので、自分が最善と思う道を進もう。

 

夕食の時に篠ノ之に会って来て仲直り交渉をしたと言ったら、美夜とセシリアに私も行きたかったと文句を言われてしまった。今度は三人で行こうと思う。

 

***

 

その夜、美夜と束さんとクロエに個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)で連絡をした。二次移行(セカンド・シフト)やユーやフィーの顕現、現在の状況などの相談をしたいからだ。

 

『イャガとの敵対関係か、司も運が悪いよね。この分枝世界から離脱する必要があるかな?』

 

美夜も相手がエターナルだと分かると慎重になった。永遠神剣の本能がマナを集める事とは言え、それを体現する存在であるイャガと戦えば、こちらの消滅の可能性も考えなければならないし、余波でISの世界に被害が出る可能性が高いからだ。

 

『ユーの報告だと、イャガは別の時間樹に居てすぐに同調状態から抜けたから、こっちの居場所は分からないと言っていたけどな。慎重に動いて損は無いだろ』

 

『様子を見て・・・かな?最低でも学園は卒業したいよね』

 

そんな事を話していたら、束さんとクロエが頼み事をして来た。

 

『束さんも連れて行ってくれないかな?私はこの世界が嫌いだから、このチャンスを逃したくは無いのさ♪』

 

『私も束さまと行きたいです、一人は嫌です』

 

そう言って来るのは俺にも美夜にも分かっていた。今までだったら設備的に無理だったので断れたのだが、二次移行(セカンド・シフト)でユーが顕現して状況が変わった。渡りの時にISコアを使った疑似ネットワークを作って、電脳空間を形成してその中に居て貰えば、一緒に移動できる可能性が出て来たからだ。

 

『夏に一旦そっちに行きます。分枝世界間の通路である狭間の領域には出られませんが、ユーの能力を俺も美夜も見てみたいので、宇宙に出る予定です。その時に一緒に行きましょう』

 

それを聞いた途端に束さんが子供の様に歓声を上げて、向こうでクロエに抱き付いたらしく、クロエの慌てた声も歓声に混じって聞こえてくる。その後は四人でこれから何がしたいかを話し合った。

束さんの心は他の分枝世界に関心が向いていて、今すぐ出発しようと言うのを宥めるのに苦労してしまったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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嵐の前触れ

箒Side

 

今日の夕方に司が来た。あいつは八つ当たりで酷い事を言った私に赦しを請うて来て、更に暴言を吐いた私を許すばかりか、みんなが待っているとまで言ってくれた。司の事を見ていると、自分の狭量さが嫌になる。

司たちは私の事情を知らないし、私も司と美夜の事情を知らない。気持ちばかりが焦って勝手に行動した挙句、UNKNOWNに襲われて死にかけたあの時の光景は目に焼き付いている。きっと司にしても美夜にしても、本当はもっと・・・理解出来ない位強いのだろう。

ただ、あの二人はそれをみんなの為に使っている。指導をしてノウハウを提供して、ボーデヴィッヒの様にみんなをバカにする人間に対して本気で怒ったのに、もう仲直りしたらしく私の所に連れて来ていた。

もっともボーデヴィッヒは司に関心があんまり無さそうで、女子に囲まれた司を助けに行かなかったのはどうかと思ったが。剣道部のみんなが一夏か司を連れて来てくれないかと言っていたので丁度良かったけど。

 

「一夏、か・・・」

 

幼馴染で心の支えだった人で、私が好きな人。司は告白した人の事を真剣に考えていると言っていた。そして、私がその中に入っていないとも。

こう言う事を一緒に考えてくれていたのは司と美夜とセシリアだけだったのに、その絆を私が壊してしまった。そして司の手を振り払って、今の私に残ったものは何もない。

自分のスマホを見つめて、私は今すごく卑怯な事を考えている。司にあれだけの事を言ったのに、私の周りにはたった一人しか残っていないのに気が付いた。

 

「はははっっくっ・・・ふっふっっくっはははっくっっくっ・・・」

 

自分の浅ましさに乾いた笑いが出て来る。往生際の悪さと、この期に及んでも自分にとっての都合の良い考え方をする私自身に自己嫌悪しか出てこない。スマホを操作して途中で手を止めて、そしてまたスマホを操作する。

 

何回も繰り返して、そして私は自分に負けた。

 

「・・・・・・・・・・・・姉さん、助けて」

 

「うんうん、分かったよ箒ちゃん。で、なにがして欲しいんだい?」

 

私は姉に望みを託した。自分の心を汚いと感じて抉り出したくなったが、自分に愛想が尽きて涙も出てこなかった。

 

箒Side out

 

***

 

午前四時四十五分に目が覚める。簪もフィーも良く寝ているが、ユーは早いにもかかわらず当然の様に起きていた。

 

『おはよう、ユー。いつも言っている通り、寝ていても良いんだぞ?』

 

『はい、おはようございます、司さま。いつも通りお付き合いさせていただきます』

 

こう言った事にはユーは厳しい。この時間に起きる様になって三日目だが、今では定番のあいさつになっていた。

 

『じゃあ、行くか』

 

『はい、行きましょう。司さま』

 

そう言って扉を開けて外に出るとラウラが待っていた。ラウラは生活のリズムが学園になじんでいないのか、朝早くにこの部屋に来る事が多くなった。理由はランニングのお誘い。せっかく友達になったのだからと、ラウラに付き合って走るようになったのだ。

 

「おはよう、ラウラ。今日も天気は良いみたいだな」

 

「おはよう司、ユー」

 

「ぽえー」

 

 

そう言いながら廊下を歩いていると、セシリアが待っていた。昨日俺たちが走っている事を話したので、一緒に走りたいと言っていたのだ。

 

「おはようございます。司さん、ユー、ラウラ」

 

「おはよう、セシリア」

 

「ぽえー」

 

「ああ、おはようセシリア」

 

 

挨拶を聞いて、俺とセシリアは顔を見合わせて少しだけ笑う。ラウラは少しずつだけど、みんなに溶け込んできている。間に俺たちが入る事で、最初のキツイ印象だけの人間でない事がみんな分かって来たのだ。ラウラが俺たちに付き合ってくれている以上、俺もラウラのする事に付き合う事にする。さて、今日も十五キロのランニングの始まりである。

 

***

 

シャワーを浴びて用意をしていると、良い時間になるので簪とユーとフィーを連れて食堂に行く。俺たちのいつものメンバー(俺、美夜、セシリア、簪、乱)に最近ラウラも入った。ユーとフィーはご飯も食べるので、一緒に食べたいと言う所から始まったのだが、一番良く面倒を見ているのは乱だった。自分より年下っぽいのが良いらしい。

 

「セシリア大丈夫か、いきなり十五キロも走ったから疲れただろ」

 

「そうですわね。疲れた事がショックですわ、わたくしも大分鈍っているのですね」

 

そう言いながらセシリアがため息を付いている。

 

「環境が良いので模擬戦や実機訓練に時間を取って、日本に来てから基礎的な訓練を怠っていたようです。明日からもお願いします、少し体力も落ちてるような気がしますので」

 

「ああ、オーバーワークには気を付けてな。俺も注意するけど、自分で体を大事にしないと駄目だぞ」

 

セシリアがそんな事を言っているので、少しだけ注意する事にした。周りから見てもセシリアはかなり伸びているので、最近がんばり過ぎている所がある。怪我とかは最悪”聖緑”があるし、最近はフィーの指導で神剣魔法が使えるようになって来て、回復魔法も覚えた。まあ、肉体を持っている者には殆ど効かないのだが。

死んでなければ”聖緑”で完全に治すことが出来るが、おいそれと俺たちの正体を知る存在を増やしたくは無いし、トラブルでセシリアの笑顔が曇る所を見たくはない。

お返しにセシリアからは休むからデートをして下さいと言われて、たじたじになりつつ食後にコーヒーを飲んでいると、ユーから気になる報告をされた。

 

『司さま。レーゲンから話を聞いたのですが、正体不明のユニットが接続されていて気になるので調べて欲しいと言われたのですが、よろしいでしょうか』

 

ISコアと会話できるって言うのもすさまじいな。取り合えずユーから詳しい話を聞いてみる。

 

『レーゲンって意思の疎通が出来たのか。正体不明のユニットってどういう作用があるとかも分からないのかな?』

 

『ラウラちゃんの精神に密接に関わっているとしか分からないそうです。使用者に許可を得ないで勝手に発動する可能性が高くて、レーゲンは嫌がっています』

 

『ドイツの機密にかかわってる可能性が高いけど、自信はあるんならユーの思う様にして良いよ』

 

そう言うと、ユーは頼もしそうに返事を返してくる。ラウラに抱っこされてなければ、カッコ良さげに聞こえるんだけどな。今のユーは可愛いだけである。

 

『この分枝世界だと、警戒する必要があるのは篠ノ之博士位です。では、調べてみますね』

 

そう言って、調べ事に集中し始めて個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)での接続が切れた。ユーの事は心配だが、授業だってあるので教室でみんなと雑談しながら待っていると、先生がやって来てSHRが始まったのだが、そこで不穏な事を言って来た。

 

「今月開催する学年別トーナメントでは、より実践的な模擬戦闘を行う為に二人一組での参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする。締め切りは三日だ」

 

俺と美夜はSHRにもかかわらず、眉をな(ひそ)めながら個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)で会話を始める。

 

『どう思う?』

 

『無謀すぎ、連携訓練を説明の一言すらこの学園で習ってないよ。シールドバリアーがあるから事故は無いって思ってるのかな?ここの学園生はみんな凄いから、私たちから学んでいる子達で上位者を独占すると思う。色々めんどくさい状況になりそうだね』

 

俺もそう思うので、先生に了承を貰って発言させてもらう。いくら何でもこの時期にトーナメント内容を変えるのは酷すぎる。

 

「俺たちは連携訓練なんてこの学園で受けていません。それに、残り日数から考えてもそんな無謀な事を強いられて、事故が起きたらどうするんですか。撤回を要求します」

 

織斑先生と俺の視線が空中でぶつかって、周りが息を呑んでいるし山田先生もオロオロしている。やがて織斑先生から視線を外され、発言が続けられる。

 

「司、決まった事だ。それと司と美夜は強制的にペアで、トーナメント時に別の仕事をしてもらう。これも決まった事だ、良いな」

 

「・・・はい、分かりました」

 

そう言われては仕方が無いと思ったが、周りから物凄いブーイングが沸き起こる。そして、みんな一夏とシャルルを見る目が獲物を狙う目に変わった。助けを求める様に一夏が俺も見ているが、どうにも出来ないので手を振って誤魔化しておいた。

 

***

 

SHRが終わって直ぐにユーから報告して来た。情報収集が終わったのはだいぶ前だったらしいが、SHRが終わるまで待っていてくれたみたいだ。

 

『ドイツ軍のネットワークに侵入して参りました。レーゲンの情報を抜きましたが、VTシステムと言うのが要件に合うシステムみたいですね。搭乗者が敗北した後に精神状態によって発動して、自動制御で戦うみたいです』

 

話を聞く限りだと、役に立つのか微妙に感じてしまう。気絶したら戦闘領域から離脱するとかなら分かるが、何で戦うんだ?無人機を作る過程で出来た物だとしても、学園で使う機体に仕込んだ訳が分からない。

 

『意味が分からないな。ラウラが意識を失ったら自動制御で戦闘続行して、それで勝ったら競技的に勝利になるのか?それなら・・・使える、か?』

 

『司さま、VTシステムはIS条約で研究開発も所持も使用も禁止されています。理由は分かりませんが、発動したら大惨事かと思われますが』

 

情報は入ったが、これを使ってラウラのISからVTシステムを取り外す事が出来ないんだよな。情報入手の手段が真っ黒だからなぁ・・・うう、仕方ない。仕方ないので、俺は束さんに個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)で夜に連絡を取る事にしようと思う。借りを作って厄介な事にならないと良いんだけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




難産でした。今でももっと良い表現方法があったのではと考えてしまいます。


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交渉のお仕事

授業が終わった後、俺と美夜は織斑先生に生徒指導室に呼ばれた。ここは入学式当日に連れて来られて、死ぬほど説教された思い出があるので出来れば来たくなかった。そんな思いが顔に出ていたのか、先生が笑ってるし。

 

「司、そんな顔をしなくても説教じゃ無いから心配しなくていい。もっと面倒くさい事だとは思うが、早めに終わらせよう。まともに集団戦闘を教えられる手の空いた人間が、現状司と美夜しかいないからな」

 

最低な事を言いながら渋い顔をしている先生を見て、俺も美夜もげんなりする。ここに来る時だってみんなから縋るような眼で見られながら来たのだ、こうなる事が分かってたのなら集団戦などしなければ良いのに。先生は座った椅子の横に置かれている紙の束に目をやっていて、俺たちが座った後にこちらを見ながら話し始めた。

 

「お前たち二人を強制的にでもペアにしたのは理由がある。二人に勝てる存在がこの学園に居ない事、それとトーナメント時には外部の人間が多数この学園に来場する。その外部の人間の面会希望者が多すぎて、試合をさせる余裕が無いからだ」

 

余りにもあんまりな本音をぶっちゃけられて、俺の目が死んだようになる。横を見ると、美夜のハイライトさんも死んでいた。

 

「いや・・・まぁ、簡単に負けるつもりなんて無いですけど、学園の教師の言う事じゃないでしょう。それに、俺たちは強くて簡単には戦わない事で自分たちの価値を高めていますから、学園がそう言ってくれるならそれでも良いですけど、良く周りが納得しましたね。間近で俺たちの戦闘を見られる機会を逃してまで面会したいんですか?」

 

そう言うと、先生も納得していないのか顔を顰めていた。

 

「外部へのアピールの場であると同時に、授業の一環だから納得している訳が無いだろう。素直に言ったさ、授業である以上本人たちの自主性に任せると。そしたら日本(スポンサー)に手をまわして、無理矢理面会させるように圧力をかけて来た。

なかなか笑えたぞ、自分は面会して相手は面会出来ない様に色々と裏で動いているみたいで、私の横に置いてある紙の束はその要望書だ。見てみるか?」

 

先生がそう言っているので、遠慮なく見せてもらった。ぜひ〇〇国より前にしろとか、■■国とは会うなとか好き放題書いてある。テロリスト支援国家とかの名前もあるし、過去の歴史の過ちを反省するなら、ISコアを寄越せと書いて来た国もある。俺は自由国籍権を持っているので日本人じゃないし、それ以前に他の分枝世界生まれだ。

だんだんアホらしくなって来たが、こういう事に手を抜くと後でロクな事にならないんだよな。

そんな訳で、相談をしながら三人で会う順序とかの話を詰めていく。俺は身内を大事にする人間なので、順番はイギリス、台湾、色々と心配だけど日本・・・ドイツも入れとくか、後は色々。企業の名前が無いので先生に聞いてみたら、机の上に乗りきらない位オファーがあるとの事、全て一律に断ったそうだ。

 

空が暗くなって星が瞬く時間になってようやく選考が終わる。

 

「お・・・終わった、全員に会って要望を聞きながら、交渉するっていうの無理だろ。こんなにいればトーナメントに出る余裕なんて無いよな。あ、そういえばこの場合の成績ってどうなるんだろ?」

 

「本番の時は上から目線のおじさんとかおばさんに会って、ISコア関連の話とかするんでしょ?当日は病気になろう、司」

 

俺も美夜も毒のある文章を読み続けていた為に、終わったのを確認した後で俺はぐんにょりと机にうつ伏せになり、美夜は俺の背中の上でぐんにょりしていた。それを見ても、織斑先生は苦笑するばかりで注意をしてこない。

 

「美夜重い、あとおっぱい当たってる」

 

「当ててるんだよ、言わせないで。後、私は重くないから」

 

「教師の目の前で不純異性交遊とはいい度胸だな。まあ、今日だけは何も言わないでおく。それと成績に関してだが、二人共無条件で10が与えられる。苦労に見合うとは思ってないがな」

 

これなら普通にトーナメントで試合をした方がマシである。先生も仕事が終わったとの事で少し待ってから一緒に寮に帰って来たら、食堂で一夏とシャルルが俺たちを待っていた。嫌な予感がするが食事しながら話を聞くと、二人で俺たちに相談があるらしい。

 

そう言ってはいても、シャルルは相談には乗り気では無い様なのだが。

 

***

 

人がいない方が良いと言うので、一夏たちの部屋へとやって来た。二人はベッドに座って、俺たちに備え付けの椅子を貸してくれた。

一夏は普通なのだが、シャルルの顔がだんだんと強張って来た。もしかして嫌われるのだろうか?シャルルに思う所は無いが、簪の件で色々あったからな。少し様子を見る事にしよう。

 

「少し急ぎの用なんだ。今度のトーナメントで外部の人間が学園に入って来るだろ?その時の面会予定にデュノア社を入れて欲しいんだ。頼む、二人共お願いだ!!」

 

そう言って、一夏とシャルルは俺たちに頭を下げた。それを見ながら美夜と俺は顔を見合わせて考え込む。

 

「会うのは構わないんだよ。な、美夜」

 

「うん・・・会うのは良いんだけど、時間がね」

 

トーナメントは三日間行われる、その三日間にびっしりと予定が入っているのだ。コネや伝手も能力の内だと俺は思っているので、別に申し訳なく思う必要は無いのだが、現実的な問題として予定を入れる余地が無いのだ。

 

「今の予定にねじ込めないから、会えるとしても最終日の遅い時間になるぞ。それで文句を言ってくるようならこの話は無しだ。俺たちは来賓のほぼ全てに会う、この言葉で悟ってくれ。詳しく説明出来ないから」

 

国の名前や順番、会う人などは絶対に出せない。一夏もシャルルもそこは分かっているのか神妙に肯いている。

 

「これで一安心だな。悪かったな二人共、こんな事を頼んで。シャルルの為に色々してやりたいからさ」

 

そう言って照れたように笑っている一夏を見て、俺は心の中で篠ノ之と鈴と蘭ちゃんへの慰めの言葉を考え始めて、美夜は俺が辛うじて気が付く程度に機嫌が悪くなった。

 

『美夜』

 

『ごめん、シャルルに失礼だったよね。がんばって心を射止めたのに、織斑くんの友達が変な態度を取ったらおかしいもんね』

 

そう言って、美夜がしょんぼりしてしまった。なので、横に座っている俺は美夜の手を握って慰めた。

 

『ありがとう、司。シャルルが悪い訳じゃ無いのは分かってるんだけどね・・・』

 

『良いさ、友達の幸せを願っての事だったんだろ?一夏がそう決めたなら祝福してやろうぜ』

 

『うん』

 

そういう感じで思わず盛り上がっていたら、目の前の二人が顔を赤らめつつジト目で俺たちの事を見ている。

 

「んんっん・・・いきなり二人で雰囲気を出すのは勘弁してくれ。相談って言うのはシャルル・・・シャルロットの事なんだ」

 

そう言って、一夏はシャルロットの事情を詳しく話してくれた。母親と二人暮らしだった事、母親が亡くなって父親に引き取られた後、その本妻に疎まれて色々あってこの学園に来た事、それと欧州連合の作戦とフランスの事・・・

 

「それで、シャルの安全の為にこの学園にいる事を勧めたんだけど、他にいい考えはないかと思ったんだ。司と美夜は結構そう言う事に詳しいと思って」

 

そう言って一夏は話を終わらせたが、難しい所である。俺たちは”宿命”に徹底的に教育されたから、権力の恐ろしさと群れた人間の怖さを知っている。最近だと、ファンタズマゴリアで起こった永遠戦争がそうだ。

”秩序”の法王テムオリンが率いる勢力でファンタズマゴリアにマナの回収に赴いて、現地に現れたエターナル、”聖賢者”ユウトと”永遠”のアセリアによって負けた戦いがそうだった。現地の人間を軽視して、裏をかかれたらしい。

カオス・エターナルの介入もあって、複数のエターナルが現地で戦ったって聞いたけど、”世界”の誕生には成功して収支がプラスになったからと、テムオリンが途中でやる気を無くして戦いを放棄したって言うのが真相だと聞いた。

そんな例もあって、現地に基盤を築いてから戦闘を始めろと言うのが”宿命”の教えだ。

今回もそれに則って、俺たちも猿でも分かる権力掌握講座を応用する事によって、運の絡んだ事とは言えISの世界に足掛かりを作る事が出来た。だけど、事前知識が全く無い一夏に同じ事を要求するのはな・・・いや、一夏の特性を活用すれば行けるか?

 

「一夏が学園に居られる三年の内に、強力な後ろ盾なりコネなり権力を手に入れるのが最善かな?」

 

それを聞いて一夏が頭を抱えているし、シャルルも考え込んでしまった。人当たりが良いから、一夏の名前を使って積極的に外で営業活動をすれば、好い線行くと思うんだけどな。

こんな事を提案してるけど、俺は一夏の様には出来ないだろうな。だんだん慣れて来たけど、コミュ障にとって知らない人が多い所は苦手なんだよ・・・今まで考えない様にしてたのに、今度のトーナメントで偉い人との交渉事とかしないと行けないのを思い出して、今から胃が痛くなって来た。

そして、勝手に自爆してダメージを受けている俺を見て、一夏も想像して顔が青くなると言う負の連鎖が完成していた。

 

「難易度が高すぎる!ほ、他の手は無いのか!?」

 

俺は胃の辺りに手をやりながら答える。

 

「うう、モンド・グロッソみたいな国際大会で優勝する位に功績を上げて、どこかの企業に認められる。間接的な後ろ盾を持って、それで守るとか」

 

「・・・他は?」

 

「・・・束さんを頼る。因みに俺達みたいに交渉材料が無いと、良いように使われて最後に実験材料扱いされるかもしれない。頼むなら事前に言えよ、それとなく束さんの機嫌を確かめるから。

それとお勧めはしないけど、例の名刺を使うって手もある。これはギャンブルに近いかもしれないし、主導権はあっち持ちだから忍耐力がいるかな?」

 

そうは言ったが、最後のを実行する場合は全力で止める。一夏が篠ノ之を選ばなかった事に対して、束さんが怒り狂って一夏を物理的に魔改造とかしたら激しく嫌だからだ。

後、名刺に頼るのも怖い。信用出来ない所に身柄を預けるのも結構な死亡フラグだよな。

 

「「・・・・・・・・・」」

 

一夏とシャルルは無言になってしまった。難易度が高すぎるか、色々なものが危険になる手だから選びたく無いと思う。そもそも俺たちがシャルルの件に介入する事自体が、友好関係を築きつつあるイギリスにとっては面白く無いだろう。

コネとか伝手を使って借りを作れば、俺とか美夜ならどうにか助けられるかもしれないが、シャルルの為にそこまで出来ないって言うのが俺の本音だ。

 

「司、一つ抜けてる」

 

そう言ったのは美夜で、その手段は俺が避けていたものだった。

 

「織斑くん、シャルルと結婚・・・は、年齢的には早いから婚約しちゃいなよ」

 

「え”!?」 「うん、それ良いね。美夜ありがとう!!」

 

一夏は驚いているし、シャルルはすごく喜び始めた。俺はこの件に関しては表情に出ない様に注意する。簡単だけど、絶対にもめるから出さなかった案なのに・・・

 

「織斑くんは過小評価してるけど、男性IS操縦者って希少価値があるからかなり無理が効くんだよ。シャルルを身内にしちゃえばデュノア社に対しての牽制にはなるし、迂闊に手を出さないと思う。後はメディアに二人で出て、イチャイチャすればもっと良いかな?

ただ、ISに関わる仕事をして影響力を維持する必要があるけど。シャルルは立場が特殊だから、相応の手段がどうしても要るよ」

 

美夜は良い事を言ったと思ってドヤ顔をしているし、シャルルは期待の眼差しで一夏の返事を楽しみにしているみたいだ。そして、俺は同情の視線を一夏に向けた。

上流階級じゃ無いんだから、十五で婚約とか言われたら躊躇するのは当然だと思う。ただ、恋する乙女の求める答えでは無かったようだ。

 

「・・・・・・少し・・・考えさせてくれ」

 

一夏の返事に、シャルルの目が南極のブリザードの様に冷え冷えになって行く。この状態のシャルルと一緒の部屋で過ごすとか、美夜は鬼かと思ってしまう。それと、シャルルの目が俺たちに言っている。とっとと二人っきりにさせろと、暗い瞳が滅茶苦茶怖いです。

 

「じ、じゃあ俺たちは遅い時間だからこの辺で帰るから。相談には乗るけど、後は二人で決めてくれ。じゃあな!」

 

「ちょ、ま!?」

 

そう言って俺は、美夜を引っ張って部屋から急いで離脱する。一夏がその行動に気が付いて、俺の方に助けを求める為に手を伸ばしているのを振り切って扉を閉める。最後に見た光景は、その手を両手で握ってあやしげに微笑んでいるシャルルの姿だった。

 

「なあ、あれ大丈夫だと思うか?」

 

俺は何かガタガタ言い始めた部屋に視線を向ける。美夜も予想外だったのか、頬に手を当てて困っていた。

 

「シャルルの事を見誤ってたよ、あんなに愛が重い子だとは思わなかった。ただ、リスク無しでシャルルを助けるのは無理だから、あの位に思い切った手は必要だよ」

 

「俺もそう思うけどな。後は一夏次第だろ?手助けする事は出来るけど、やるのは一夏自身だからな」

 

一夏がんばれ、超がんばれと心の中で応援しながら美夜に挨拶をして部屋に戻った。次は束さんとの交渉のお仕事の時間である。

 

 

 

 

 

 

 

 



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交渉のお仕事2

「最近、マスターが相手をしてくれなくて寂しいです!!ユーとばっかり行動して、私の事ももっと大事にして下さい!!」

 

部屋に帰ったら、フィーに怒られてしまった。秘密の行動が多くてユーにばっかり頼っていたので、フィーが拗ねてしまったらしい。フィエルは空飛ぶ美少女フィギュアな外見だが、ガチの戦闘系神獣で、神剣魔法の運用に関しては俺など足元にも及ばないレベルだし、神剣魔法の先生でもある。おまけに”聖杯”の機能もある程度は使える。

 

純粋に手数が二倍になった様なもので、最初にフィーとペアを組んで美夜と模擬戦した時は、ズルいと美夜に文句を言われた位なのだ。もっとも、そのほかの事は色々と残念な神獣でもあるのだが。だが、ポンコツな所も含めて俺の相棒だと思っている。

 

「だよな、ごめんな。最近色々あって訓練もしてないし、今日の所は簪お勧めのアニメ鑑賞会で良いか?」

 

そう言って部屋にいた簪にペコペコ頭を下げていると、苦笑しながらディスクを探してくれている。

 

「あとリンゴも欲しいです」 「分かった、今用意する」 「ユーと簪も一緒に見ましょう」 「はいはい」 「ぽえー」

 

そんな感じで、ここに居るみんなでアニメを見て楽しんだ。簪にも、最近の俺は張り詰めている感じがして、少し余裕が無いみたいで心配だったと言われてしまった。反省しつつも、トーナメントを乗り切らないと休めないだろうなと思ったが。

 

***

 

深夜にみんなが寝静まった時間に寮から抜け出して、校舎の上に飛んで束さんに連絡を取る。この時間なら起きてると思うんだけどな。そう思って個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)を繋ごうと思ったら、向こうから連絡が来た。

 

『やぁ、束さんから愛の囁きの時間だよ。つかちゃんが私に連絡して来る頃だと思ったんだよ。合ってる?』

 

監視されてるなぁと苦笑する。これも愛が重い内に入るのだろうかと、さっき起こった事を思い出しつつ相談をし始めた。

 

『ドイツのシュヴァルッエア・レーゲンに関してなんだけど、VTシステムが仕込んであるんだ。発動条件が搭乗者の精神状態によるみたいで、危ないからどうにかしたいんだよ』

 

『良いよ、VTシステムに関しては引き受けるよ。あれはモンド・グロッソの時の、ちーちゃんの戦闘を模してるんだよね。クズどもには過ぎたシロモノなのに、まだ(もてあそ)んでるバカがいるのか・・・搭乗者以外は良いんだよね?』

 

声に怒りが混じっている。きちんと言わないと、被害が拡大しかねないな。少し考えてから答える。

 

『ドイツ代表候補生が落ち込まなければ良いよ。友達が悲しむのは嫌だから、その辺りの事を気にしてくれると俺は嬉しいかな?』

 

『う~ん・・・分かった、配慮はするよ。後、私も頼みごとがあるんだけどな』

 

そう言って束さんは頼みごとをして来たのだが、明日直接言うとの事だ。ああ、明日来るんだなと思って楽しみにしつつ雑談に突入、最後は起きて来たクロエに二人で怒られつつ部屋に戻った。束さん、明日寝不足で事故らないか少し心配だ。

 

***

 

俺と美夜とセシリアとラウラで教室に行き、みんなに挨拶しつつ雑談をしていると、急に静まり返った。美夜は少し考えながら、困った様に扉の方を見ている。セシリアはビックリしながら扉を見ていて、ラウラは扉の方を見て顔を顰めていた。

 

疑問に思って俺も振り返って前の扉の方を見ると、シャルルが女子の制服を着てシャルロット成っていて、一夏と腕を組んで教室に入って来ていた。一見すると仲がよさそうに見えるが、シャルルは不満そうな顔をしているし、一夏は何かフラフラしていて目に光が無い。

 

「ゆうべは おたのしみでしたね?」

 

「司、変な事言わないでくれ。大丈夫だ、それは回避したから」

 

一夏の声に元気と余裕が無い。既成事実からの婚約コンボは回避したみたいだけど、落ちるのは時間の問題じゃないかな?そう思っていたら乱と鈴が遊びに来て、続いて篠ノ之が登校して来た。

 

「「・・・・・・・・・・・・」」

 

沈黙が重圧を持って降り積もる。篠ノ之と鈴は一夏たちの方を見る、特に組んでいる腕の所を熱心に。涙目で睨み付けているのが鈴で、怒りで手を握りしめながら無表情で見ているのが篠ノ之だった。

 

乱は怖がって俺たちの方に来てしまうが、そんな事には目もくれないままで鈴が火蓋を切った。

 

「ねぇ、オカマの蛙食い。あんたの性別聞かせてくれない?」

 

涙目で睨み付けている鈴と、微笑んでいるシャルル・・・特に鈴には前科があるので、俺も美夜も緊張し始めた。こんな所でISが展開されれば、死人が出てもおかしくない。異様な空気を感じ取って、蜘蛛の子を散らすようにみんなが逃げだしている。

 

「私は生まれた時から女だよ。これで良いかな?」

 

「・・・ふふふっ、死ね!!!」

 

一夏のモーションを見て、俺と美夜はオーラフォトンを展開するのを止めた。その直後、一夏は雪片弐型で鈴の双天牙月を受け止めていた。

 

「織斑くん凄い」 「速くなったなぁ・・・」

 

場違いだと思うが、俺と美夜は予想以上に腕の上がっている一夏を見て思わず呟いてしまう。ただ、シャルルを庇った事に鈴が更に怒ってしまった。

 

「そいつは嘘を付いて学園に転入して来たんだよ!!何でそんな奴を庇うの、一夏はおかしいよ!!」

 

そう言って、鈴は目からポロポロと涙を流し始めた。そして、篠ノ之は怒りを見せながら一夏に指を突き付けると

 

「私と決闘しろ一夏!!貴様の性根を叩きなおしてやる!!!」

 

そう吼えた瞬間、校庭にこの前と同じ爆音が響き渡っていた。

 

***

 

爆音は束さんのにんじんロケットで、クロエも一緒に来ていたが、ラウラを見た瞬間俺の後ろに隠れてしまった。ラウラを見た時にも思っていた事だが、二人は良く似ている。何か訳があるのかも知れないと思ったが、芯がブレなければ問題無いと思って取り敢えずは無視した。何かあればクロエに味方をすれば良いだけの話なのだから。

 

今ここに居るのは、束さんとクロエと俺と美夜と篠ノ之だけだ。爆音によって勢いを失って、微妙な雰囲気になった教室に束さんが乗り込んできて、俺たちを連れ出したのだ。

空いているアリーナに連れて来られて、備え付けのISの整備台まで連れて来られる。そして、束さんが篠ノ之に金と銀の鈴が一対になってついている赤い紐を渡した。

 

「箒ちゃんにはこれが必要でしょう?IS赤椿。全スペックが現行最強!だったら良かったんだけどね。IS赦しとIS絶炎には敵わないんだよ、使ってる二人がリアルチートだから仕方ないけど」

 

「「束さんには言われたく無いから」」

 

俺と美夜がそう答えると束さんは笑っていたけど、急に声の質が変わった。激怒しているみたいで、俺と美夜はその雰囲気を感じて居心地が悪くなり、クロエは空気が悪くなったのを感じて俺の手を握って来た。

 

「まず、つかちゃんの昨日のお願いに対する頼みなんだけどさ。箒ちゃんと組んで裏切り者(一夏)蛙食い(シャルル)をぶちのめしてよ」

 

「司、何か頼んだの?」

 

美夜はそう言って、空気を変えようとしてくれているがあまり効果はないようだ。だが、束さんは答えってくれた。

 

「眼帯のISにVTシステムって言うのが搭載されててね、それの対処をするのと引き換えに、私の頼みを聞いてもらう事にしたんだよ」

 

そう言ってくれているが、目が殺気を帯びて炯々と輝いている。なるべく穏便に済ませたいと思うが、この状態の束さんに言っても聞いてくれるか躊躇していると、俺より速く美夜が答えた。

 

「そっか・・・じゃあ、それは私がやる。箒だって女の子同士の方が良いでしょ?良いよね、束さん」

 

「そう言うなら、みゃーちゃんでも良いよ。その代わりキツイの頼むね」

 

美夜の方を見ると微かに肯いているので、手加減してくれると思う。俺の担当が怒ってる束さんを宥める役なのは良いのだけど、トーナメントでお偉いさんのホスト役を一人で務める事になりそうなのがキツイ。だが、美夜だって一夏をぶちのめす役をやるのだから、どっちも憂鬱な事には違いないのだ。

 

篠ノ之は今の話が聞こえなかったのか、待機形態になっている赤い紐も見ながら俯いている・・・篠ノ之を慰める役は美夜とセシリアにやってもらおう。根性を叩きなおすと言っていたが、悪いけどただの八つ当たりにしか思えないんだけどな。

 

「で、あの裏切り者(一夏)はどうするの、箒ちゃん。バラす?それとも焼く?煮るのも良いと思うけど、箒ちゃんは何が好みかな?」

 

「いや、束さん待って。それをやったら織斑先生と完全に縁が切れるよ?」

 

篠ノ之がここに居る為に本音の部分が言えないので、そこだけ個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)に切り替える。束さんと、話を合わせてもらう為に美夜にも送った。

 

『それと、俺と美夜が束さんと付き合っている事に篠ノ之が怒って暴言を吐いた時から、クラスメイトに良い目で見られて無いんだよ。篠ノ之は一杯一杯で気が付かなかったみたいだけど、これ以上篠ノ之がクラスから孤立するのはマズイ。美夜もセシリアも俺だって篠ノ之の事は心配してたんだ。クラスのみんなとの関係改善はするから、束さんも篠ノ之の為に少しだけ抑えて欲しい』

 

束さんはギリギリと歯ぎしりしつつ、その辺を歩き回って考えている。篠ノ之を傷つけた一夏をボコボコにしてやりたいが、これ以上篠ノ之が学園で孤立するのも嫌なのだろう。一夏の事も心配だがそれを言っても聞いてはくれない、だから篠ノ之の名前を利用してどうにか抑えてもらおうとする。いい気分はしないが下手したら一夏が殺られる可能性もあるので、俺も美夜もハラハラしながら見ている。

 

「・・・箒ちゃんはこのまま泣き寝入りするの?決闘するんだったら、そこに望みを乗せれば良いんじゃないかな。あんな蛙食い(シャルル)から、いっくんを取り戻せば良いんじゃないかな?」

 

底光りする様な目で篠ノ之を見ながら、束さんがそう囁く。俯いていた篠ノ之が顔を上げた時、その眼は暗く淀んでいるように感じた。

 

「・・・そうするよ、姉さん。シャルルに勝って一夏を取り戻す。邪魔する相手は赤椿で落とせば良いんだ。シャルルは私から一夏を取ったんだ・・・・・・取り返して何が悪いんだ!!」

 

クロエは怖がって本格的に俺にくっついて来たし、俺と美夜も居た堪れない気持ちになってその場に立ち尽くしていた。篠ノ之の言ってる事は、的外れで自分の事しか考えて無い。一夏がこれまで悩んでいた事に、篠ノ之の名前など出てこなかったのだから。ただこの篠ノ之の今の姿は、俺を好きだと言ってくれた子にも起こりえる事なのだ。

 

それを考えれば、俺も加害者同然の立場だ。だから、一方的に篠ノ之を断罪する事は俺には出来なかった。

 

それから赤椿の初期化(フォーマット)最適化(フィッティング)をしたり、ユーとフィーを束さんとクロエに紹介したりしていた。

特にユーが自分の生まれた過程を考えて、束さんの事を母さん、クロエの事を姉さんと呼んだら二人共大喜びしていた。個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)を使えない篠ノ之は、クロエとぬいぐるみの取り合いをしている様に見える束さんに、呆れているみたいだったが。

 

***

 

午前中には終わって、束さん達も帰って行った。時間が無いので美夜と打ち合わせした後に、昼休みに適当にパンを買って一夏とシャルルを昼食に誘う。美夜にはセシリアと一緒に篠ノ之を誘ってもらって、仲直りと決闘を考え直すように説得してもらう。もっとも、こっちは焦らない様に頼んだが。

 

屋上に連れ出してパンを食べながら決闘の話をすると、一夏もシャルルも納得行かないと顔に書いてあった。

 

「いや、その顔を見れば納得してないのは分かるけど、大人しく受けておいてくれ。束さんを抑えるの大変だったんだぞ。なあ、一夏はバラすのと焼くのと煮るのどれが良い?」

 

訳が分からないのだろう、首を傾げている。

 

「煮るかな。魚の話か?」

 

俺は、疲れた様にため息を付いた後で言った。

 

「理不尽だと思うけど、一夏への制裁の話だ、お前は束さんに命を狙われたんだぞ。取り合えず、今度のトーナメントで決着を付けられるように美夜が説得してる。相手は美夜と篠ノ之のペアだけど、美夜は一夏しか狙わないから。決着はシャルルが付けてくれ」

 

一夏は現状を理解して真っ青になるが、シャルルは真剣な顔をして頷いていた。

 

「司、私たちの為にごめん。こんなに良くしてくれるのに、私は・・・」

 

落ち込んでしまったシャルルに、苦笑しながら言う

 

「気にするな、俺は一夏がシャルルを選んだ事を応援してるから。まあ、思う所があるのかも知れないけど、仲良くしてくれると嬉しいかな?」

 

「うん、ありがとう司。それと、女の子の恰好をしてるんだからシャルロットだよ。シャルって呼んでね」

 

こうしてシャルとの和解も出来た。後は美夜が上手くやってくれる事を祈るのと、織斑先生に対する説得が残っている。トーナメントまで残り時間はあまり無いが、余計なトラブルがもう無い事を願っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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一夏版わびおねと、巻き込まれる人々

午後の授業が終わった後に織斑先生のを訪ねたが、先生との話し合いは短時間で済んだ。俺と美夜が別行動を取る事と束さんの頼み事を話したら、苦労するだろうが束の事をよろしく頼むと言って来たくらいだ。

VTシステムの事は話さないでおくが、一夏の事については話しておく。その過程でシャルの事が話題に上ったが、事前に男装して転入しているのを知っていて、見ない振りをしていたみたいだ。フランスの対応によっては、面会の順番は最後に回すとか言ってるし。

 

「俺の我儘を聞いてもらって言うのも何ですが、最初に英、台、日、独、それ以降の主要国だと米、中、露、仏で決まってたじゃ無いですか。元々最後でしたよね?」

 

「いや、最終日の最後にまで順序を落とすと言う意味だ。それ以前に政変が起こって、ここに来るのかも怪しくなってきたと思うがな」

 

俺と美夜はシャルから聞いて欧州連合の作戦の一環だと聞かされていたが、先生も知っていたのか。ラウラが教官だって言ってたから、その時のコネが生きてるのかな?

人前で出来ない話だったので生徒指導室で話していたのだが、話し合いを終わらせて部屋から出たらクラスメイトのアリスとイーリンが必死に走っていた。後ろから十人くらいの女の子が必死で追っているみたいでかなり怖い。ドン引きしつつ、取り合えず聞いてみる事にする。

 

「何やったんだよ二人共」

 

「良い所に居た、司くん助けて!!」

 

そうイーリンが言って、二人は俺の後ろに隠れてしまった。そして、俺共々に追って来た女の子に囲まれる。この前の剣道場を思い出さずにはいられないシチュエーションだったので、俺の腰も引けてしまっているが、一応話が出来るならと聞いてみる事にする。

追って来た女の子達はまるで獲物を見る様な目で二人を見ているし、二人共本当に何をやったんだ?

 

「この二人が何かやったのか?必死になって逃げるような事をする子達じゃ無いと思うんだけどな」

 

リボンの色が青だから一年なのは分かるが、俺の知らない子達だよな。三組の子かな?

 

「司さんですか。お聞きしたいのですが、その子達は一組ですよね?」

 

「ああ、俺のクラスメイトだな・・・それが理由?」

 

全員が肯いたり、返事を返したりしている。成績上位を目指すなら一組の人間とペアになるのが良いとは思うが、無理矢理組んでも相性があるから勝てると思えないんだけどな。

 

「無理矢理組んでも成績は上がらないだろ。気の合った人間と組んだ方が良いぞ」

 

「いえ、それとは別です。織斑、シャルロットペアに勝つと織斑くんと婚約出来るって聞きました。そのイベント出るには、一組の子とペアを組む必要があるって美夜が言ってます。今頃、それを目的とした話し合いが起こってるはずですよ?」

 

「美夜も何を言ってるんだか。しかし、婚約ってデマじゃないのかそれ?」

 

後ろを振り返って二人に確認すると、違うと言っている。

 

「正確には、織斑くんが願いを一つ叶えてくれるらしいです。ただ、篠ノ之さんがみんなが見ている前で、勝ったら婚約しろって言ったから、それが広がったみたいですよ?」

 

今度はアリスがそう答えた。追って来た子達を見ると、願いが叶うならどっちも一緒だしとか言っているので、頭が痛くなって来た。

 

「明らかに違うと思うんだが、婚約なんて無理に決まってるだろ・・・まあ、勝ったら変な事にならない程度には、何かを叶えて貰えば良いんじゃないのか?修羅場とかは勘弁して欲しいから、頼むから自重してくれ」

 

そう言ったらブーブー言われたので、妥協案としてみんなで揃ってアリーナに向かう事になってしまった。取り合えず今できる事だと言って、ここに居る女の子達と手を繋いで歩く。

歩いている内に段々と女の子が増えて行って、みんなの相手をするのに遠回りしながらゆっくり歩いたので、アリーナに着く時間が何時もの五倍に増えてしまった。みんなが喜んでいるから良いかと暢気に考えていたが、それと同時に、最近は女の子に慣れて来たなぁ・・・と、少し自分に関心してしまった。

 

***

 

アリーナに到着したので、今日教える予定の乱とラウラがいるピットに移動するが、何故か鈴がラウラに縋り付いていた。

ラウラが凄い嫌そうな顔をしているし、乱も困っているみたいだ。取り合えず、困った行動をしている鈴を引っぺがして話を聞く事にする。

 

「ラウラが嫌がってるから止めろよ、何やってるんだ鈴」

 

「勝ったら一夏と婚約出来るのよね!?だから乱と組んでいたラウラに、私と組んでくれる様に頼んでたのよ。邪魔しないで、司!」

 

「鈴、それはデマじゃ無いのか?一夏に勝ったからって出来る事じゃ無いだろ」

 

「だって、箒はそう言ってたし。箒が良くって私じゃダメなの!?箒はズルい。美夜を引っ張り込んだり、専用機を手に入れてるし。私が最初に告白したのに、蚊帳の外って酷いよ!!」

 

そう言って真剣な表情で俺を見ている。篠ノ之も鈴も一夏の腹が決まっているのが分かっていると思うのだが、無茶を言うなと言いたい。だけど、鈴の余裕の無い表情が、それを言うのを躊躇させてしまう。

 

「・・・・・・もし一夏に勝ったとしても、拒んだら素直に聞いてやれ。今の篠ノ之の言ってる事は俺もおかしいとは思うけど、事情があって一夏は拒否出来ないんだよ」

 

俺の曖昧な言い方で、鈴も気が付いたようだった。

 

「ああ、美夜の件と専用機ってそう言う事なんだ・・・身内のコネって羨ましいわね」

 

鈴は鼻で笑いながら篠ノ之の事をバカにした。篠ノ之も束さんの事で苦しんだのだとは思うが、それを出しにして無茶苦茶な事をするのは止めて欲しいと思う。一夏はこんな事を決して呑まないだろうし。

その後は俺が間に入って、鈴と乱とラウラで話し合って、ラウラは鈴とペアを組む事を了承してくれた。ただ、ラウラ本人は乱とペアを組みたかったみたいだったが。

 

早速ラウラと鈴は連携を確かめる為にアリーナへと飛んで行って、ここには俺と乱が残されていた。

 

「司と美夜とセシリアで、箒の事を庇おうとしてるのは分かるんだけどさ、こんな事をしたらダメって怒った方が良くないかな。周りからの評判がかなり悪いわよ?」

 

「そんなにか?」

 

「美夜とペアを組んだって言うのは、元々親友だってみんな知ってるから大丈夫だったんだけど、専用ISってやりすぎ。専用機を持ってない代表候補生だってこの学園にはいるから、反発が凄い事になってるよ」

 

篠ノ之が安易にISを手に入れてしまった事で、周りから反発されて、篠ノ之の将来自体が不安定になってしまった。束さんに頼んだみたいだったが、俺たちの事を見て何も思わなかったのだろうか?苦労して俺たちがコネを作ろうとしていたのも、後ろ盾が無いと危険だと思ったからなのに、その辺を考えて無いように思える。

束さんは急速にISの世界に対する興味を失いつつあるようだし、俺たちに付いて来るのは規定事項だ・・・そんな事を考えていたら、乱が俺の腕を抱きしめる様にしながら、不満そうな顔をしていた。

 

「一応、彼女と一緒なのに司は他の女の子の事を考えるんだ。へー、ほー、ふーん・・・」

 

「あー・・・ごめんなさい。確かに悪い事だな、この話題は終わりにしよう。乱はラウラと組めなくなったけど大丈夫か?」

 

俺は乱の事を見ながら心配そうに言うと、乱は嬉しそうにし始めた。

 

「ふふん、私は友達多いから平気よ。心当たりに声をかけるから一緒に行こ」

 

そう言われながら、今度は手を引っ張られつつ乱の心当たりを探しに別のアリーナに向かう。その日は乱に付き合って、ペアを見つけた後は乱とペアの子を指導して過ごした。アリーナの終了時間ギリギリまで一緒にいたから乱は喜んで行ったが、遠目に見た美夜は、先輩に囲まれて何か大変みたいだったが。

 

***

 

その後みんな揃って夕食を食べたが、美夜は疲れたのかぐんにょりしていた。

 

「篠ノ之の件で無理したみたいだけど大丈夫か?クラス全体に、一夏とシャルが負けたら願いを叶えるって言ったみたいだけど」

 

美夜はう~とかあ~とか言いながら軽い物を食べていたが、それを聞いてこっちを見ながら詳細を教えてくれた。

 

「織斑くんとシャルには許可を取ったよ、シャルが結構タフネゴシエイターで大変だったけど。困った時に助けて欲しいだって」

 

「・・・無茶な事を頼んだから、その位の事は言って来るか。曖昧過ぎるのが怖いなぁ」

 

一組限定とシャルと一夏が言ってたので、参加出来ない上級生との交渉バトルをしていた美夜や、トーナメントが近づいて来て、イギリスとの打ち合わせをしていたセシリア、打鉄弐式がいよいよ完成に近づいて来ていて、学園に居なかった簪や、鈴のしつこさに負けてペアを組まされたラウラ等、みんな気疲れで元気が無かったが、放課後からずっと一緒だった乱は、機嫌良さそうに笑っていた。

 

***

 

トーナメント前の最後の日曜日は休む暇が無かった。俺は直接トーナメントには出ないが、集団戦に詳しいのは学園中に知られているので、アドバイスを求める人が兎に角多いのだ。

女の子に慣れる訓練も兼ねると思って、色々回って知り合いを増やす。ついでに束さんと約束した篠ノ之についての悪評を消す為の行動もするのだが、さり気無くやらないと逆効果になるから大変だ。例外は剣道部の人くらいで、後はみんなが少なからず文句を言っているので困ってしまう。

  

最近改善しつつあるが、俺だってコミュ障なので分かるつもりだ。篠ノ之も俺と同じく、知らない人間に対する強烈な不信感が根底にあるのだと思う。

幸い俺にはここに来る前から美夜と言う理解者がいたし、コミュ障って言っても、俺のは生前に人見知りを拗らせて色々上手く行かなくなって死んだのを引きずっているだけで、ISの世界では友好的な人が多いからリハビリに丁度いい環境だと思っている。それに、俺だって努力をしているから、コミュ障?と言えるくらいにはなって来ている。

 

「だけど、篠ノ之はな・・・」

 

自暴自棄になって破滅的な行動をしなければ良いと思いながら、色々な人にアドバイスをして行く。

 

そして、瞬く間に最後の一週間が過ぎて学年別トーナメントの開催日がやって来た。

 

 

 

 

 




休日出勤なんて無くなれば良いのに、時間が足りない。


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司、部下が出来る

朝の五時三十分、遂に学年別トーナメントの日がやって来た。簪も同じ時間に起きて雑談しながら準備を始める。

 

「こんなに早く起きなくても簪は平気だろ?付き合ってもらって悪いな」

 

「ううん、朝の挨拶とお見送りくらいはしたいし、司さんは知らない人が苦手でしょ?私と話す事で緊張が少しでも収まれば良いなって思ってたから平気」

 

そう言って少しだけ顔を赤らめながらも、はにかむ簪に感謝しながら準備を終わらせる。

 

「マスター・・・眠いですー・・・ん~」

 

半分寝ながらも俺の肩にしがみついて離れないフィーと、反対側の肩の上辺りでふよふよ浮かんでいるユーも含めて準備が完了した後で、簪が俺に上着を手渡してくれた。

 

「正装しないと文句を言う人もいるから持って行って。じゃあ、がんばって来てね。行ってらっしゃい」

 

「ああ、簪も怪我が無いようにな。今まで努力してたんだから成績上位は間違いないから、後は悔いが無いようにな。行ってきます」

 

そう言って小さく手を振りながら部屋から出ると、朝にいつもラウラが立っている場所に、見知った顔の二人が立っていた。

 

「・・・・・・おはようございます、ジェームズさん。ここ、ほぼ女子寮なんですけど・・・」

 

苦笑しながら俺と簪の様子を見ているジェームズさんと、にこやかに笑いながらも、申し訳なさそうな表情の山田先生が扉の前に立っていたのだった。

 

***

 

今日は朝から、三日間俺の事を手伝ってくれる山田先生と最終打ち合わせの予定だったのだが、外に出る時に護衛をしてもらっているジェームズさんが寮に入って来てるので、かなり混乱している所だ。来賓の入場って九時からだったはずだけど、山田先生が認めているみたいだし良いのかな?

 

「昨日の深夜に少し不味い情報が拡散してな。無理を言って入れてもらったんだ・・・ここは大丈夫か?」

 

今いるのは寮の談話室で、意図を察したユーが念の為に調べているが大丈夫だろう。

 

『司さま、寮内と学園を調べましたが問題ありません。防壁に侵入しようとした痕跡がありますが、撃退されていますから。私が作ったエージェントに追撃されて、派手に機材を失ったでしょうからいい気味です』

 

「ここは安全ですよ。山田先生はどうします?聞いてても良いですけど外に漏らさないで下さいね」

 

そう言うと、私は誰か入ってこないか見てますねと言いながら、慌てて談話室の外に出て行った。それを二人で見送った後で、改めて誰かが聞いてないか確認した後で、ジェームズさんが話し始めた。

 

「デュノア嬢と織斑くんの情報が拡散して、中国から国際IS委員会へ正式に抗議が入った。欧州連合が事前準備していたから、フランス大統領のスキャンダルの証拠が芋づる式に挙がったんだが、”余計な情報”にまで手を出した国があってな・・・台湾に対してISコアが流れた証拠を掴まれたぞ、デュノア社に新規のラファールを発注していたみたいだ」

 

タイミングの悪さにため息を付く。出来れば研究用に使って欲しかったのだけど、乱は三個しかないって言ってたからな。防衛戦力に回せるISが一機じゃ不安だと思うし、台湾はフランスから戦闘機を買っていた事もあるから順当だとは思うんだけど・・・

 

「欧州連合全体が情報を共有してるんですか、それとも一部の国だけですか?」

 

「一部だな、司と美夜の対応を見るつもりらしい」

 

いくら束さんにコアを融通してもらえると言っても、所詮は個人なのだ。国の権力には勝てないし、武力で対抗なら出来るが、そんな事をしたら束さんの所に逃げ込んだ後に、ISの世界からの離脱しか選択肢は残らないだろう。束さんはそれを狙って嬉々として手を打っているみたいだけど、俺も美夜もまだこの分枝世界に居たいからなぁ

 

「で、だ。実はうち(イギリス)も疑われていると言うか、一人勝ちしている状況だから色々やっかみが酷くてな、ある条件を呑んでくれたら見ない振りをしてくれるそうだ・・・一口乗るかい?」

 

ジェームズさんに詳しい話を聞いて、俺はしぶしぶ話に乗る事にした。

 

***

 

ジェームズさんと話が終わった後で、山田先生を呼び戻して打ち合わせ兼、雑談をするついでに山田先生にジェームズさんに紹介する。

 

「改めまして、ジェームズです。司くんと美夜くんの護衛として、イギリスから派遣されました。貴女の様な美しい方と仕事が出来て嬉しく思います」

 

そう言ってにこやかに微笑みながら先生と握手し、先生も嬉しそうに握手に応えていた。ジェームズさん美形だからなぁ・・・出会いが少なそうなIS学園の教師だと、ジェームズさんの存在自体が猛毒だと思う。

 

「先生もジェームズさんも朝食まだでしょ?食堂もそろそろ開く時間だし、一緒にどうです?」

 

六時を少し過ぎたくらいの時間になっており、三人で食堂に移動する。俺は余りしゃべらずに食べていたが、先生とジェームズさんを見ているだけで結構面白かった。食事が終わって移動している最中、少しだけ顔を赤くしながら、先生がジェームズさんの事を教えて欲しいって言って来たのは驚いたけど。山田先生が本気だったら、手伝ってあげようと思う。

 

ジェームズさんがどこかに連絡をして、三人で学園内の貴賓室に移動する。こういう学園なので必要な事は分かるのだが、あまりにも豪華な内装に関心しながら見て回る。先生の方を見ると、顔が青くなってきているし大丈夫なのだろうか?ジェームズさんは迎えに行って来ると言って外に出ているし、ここには俺と先生しかいないので、改めて挨拶しておくことにする。

 

「先生、三日間よろしくい願いします」

 

そう言うと先生の方も覚悟が決まったのか、表情が変わった。

 

「はい、三日間がんばりましょうね」

 

そう言って笑顔を見せてくれるのだった。

 

***

 

少し待っていると、ジェームズさんは三人の男女を連れて来た。一人はジェームズさんと同い年くらいの白人男性、一人は二十代後半くらいの白人男性、そして、最後の一人は二十代前半の白人女性だった。

 

「初めまして聖司くん、私はクリストファー・スコット、クリスと呼んでくれ。よろしく頼む」

 

「マリオ・ロッシだ。何でも女の子の扱いが苦手で、苦労してるってジェームスから聞いているよ。イタリア人の俺に任せてくれ、色々仕込んでやるぜ!」

 

「クララ・シューマンです、よろしくお願いします」

 

俺が話を聞いて、気に入ったら雇って欲しいと言っている。給料も要らないと言っているのだが、護衛ならジェームズさんがいるから要らないんだよな。ただ、今の時点でマリオさんなら雇っても良いと思った。女の子の扱い方はぜひ教えて欲しい。それと、クララさんにも見覚えがあるんだよな・・・ああ、彼女が日本に来たのか。

 

「それぞれアメリカ、イタリア、ドイツから派遣された人員だな。司を脅すなんて、神が許しても篠ノ之博士が許すはずないのに、ここにやって来た。命知らずにも程があると思ってるんだがね」

 

ほんの少しだけ毒を混ぜながらジェームズさんが紹介してくれるが、俺も同感である。ただ、だからこその俺の部下にして下さいと言う事なのだと思う。涙ぐましい努力だとは思うが、人見知りの俺に三人の部下って言うのはなぁ・・・

それぞれCIAとSISMIとBDN所属だと紹介されたが、それ以前に知らない人間が近くに居るのは、人見知りな俺としては看過出来ない問題なのだ。全員断ると後で何があるか分からないから怖いし・・・役に立つなら雇うってスタンスで、少し仕掛ける事にする。少なくとも、マリオさんのスキルは絶対に欲しい。

 

「話を聞いてもらう為の機会を設けて欲しいって事でしたけど、雇ってもやってもらう事が無いんですよ。護衛はジェームズさんがいますし、ここの学園に入ってから、学園外に出たのが片手の指の数より少ないです。ただ、全員断るのも皆さんの面子があるでしょうから、マリオさんは雇っても良いと思ってます。俺は女の子の扱いが苦手で困ってますから、ぜひ教えて下さい。お願いします」

 

そう言うと、マリオさん笑顔で握手を求めて来たのでそれに応じる。ジェームズさんは立って俺の後ろに控えていたのだが、自主的にマリオさんもそっちに移動した。さて、クリスさんとクララさんはどう対応してくるかな?そう思っていると、クリスさんが苦笑しながら言って来た。

 

「なるほど、司くんが困っている事への対応ですか・・・では、私は日本政府を受け持ちましょう。かなりお困りとお見受けいたしましたが?」

 

「・・・よろしくお願いします、クリスさん。困ってましたから助かります。後、半島への対応も出来たらお願いして良いですか?」

 

そう言うと、笑顔で任せておけと言いながらハグして来たので、俺もハグし返す。そして、クリスさんも俺の後ろに回った。

 

束さんの全世界に向けての映像を見ても、対応が変わらなかった国が三つだけある。日本と半島だ。俺と美夜は自由国籍権を取得しているにも拘わらず、日本政府による干渉を受け続けている。全部では無くて、ごく一部の勢力だけだったので、俺と美夜は対応をどうするのか決めかねているのだ。

マスコミの取材に応じろとか、政治家のパーティーに出ろとか言われていて、全部無視しているのだが、ストーカーじみた執念深さでしつこく言い寄って来るので嫌になってくる。

IS学園に対する国際規約なんて初めから信用してなかったが、俺も美夜も日本人だから要請を受けて当然と思われていて、辟易していた所である。

半島は俺と美夜が日本人と言う事と、束さんの庇護を受けたと言う事で執拗に干渉して来た。お決まりの文言の後で、二国ともコアを寄越せと言って来るのでうんざりしている。クリスさんには是非がんばってもらおう。

 

「それでどうしますか、クラリッサ・ハルフォーフ大尉?瞳の色と髪の色が違うから、最初誰かと思いましたよ。マリオさんとクリスさんは、俺が出来ない事をしてくれますから喜んで雇いますけど、貴女はトラブルメーカーだから要りません。今後のご活躍をお祈り申し上げます」

 

そう言ってにこやかに微笑むと、クラリッサは涙目になった。心の動きが表情に出過ぎである。

 

「待って下さい!私は強いです。司さんを狙って来る人間を返り討ちにしますよ」

 

「・・・もしかして、ISを持ち込んでいるのですか?」

 

「はい、 シュヴァルツェア・ツヴァイクを持ち込みました」

 

後ろの三人が動揺しているのが分かる。俺だって、多分無許可で日本国内に最新鋭のISを持ち込んだと言われて頭が痛くなってきたが、そう言う事なら話は別だ。

 

「なるほど、そう言う事なら雇います。狙われる事は多分無いでしょうけど、備えるのは大事ですからね。これからよろしくお願いしますね・・・クララさん」

 

「ええ、よろしくお願いします司さん。敵には指一本触れさせませんから」

 

そう言って笑顔で握手を求めて来るので、俺も笑顔で握手し返した。国内で俺がISを展開すると、外野が足を引っ張りかねないので、こういう人員も大歓迎だ。

ジェームスさんの口ぶりから言って、断ったら何をして来るか分からないので雇うしかなかったのだが、軽い主導権争いのついでにこちらの要求を伝えておいた。後は少しづつ様子を見ようと思う。

 

***

 

全員を雇う事にしたのでお茶を頼んだ後に、ジェームズさんを含む全員でディスカッションを交わす。急造チームなので、得意な事とかが分からないと話にならないからだ。それと俺に対する質問にも答える、エターナル関連以外で話せない事など余り無いのだが、ISやユーとフィーに関する事など興味がある事が四人とも多く、それらの説明にかなり時間を使った。

余裕が有ったら、みんなの顔を見に行きたかったのに。そう思っている内に時間が過ぎて、遂に各国政府の人間との面会時間がやって来た。全員が配置について、最初に来る政府関係者を待つ。最初はイギリス政府の人間で、誰が来るかドキドキしながら待っていると、ノックが聞こえて来たので出迎えた。

 

扉を開けると男女二人で、おまけに良く知っている人達だった。

 

「よろしくお願いするよ、ジェームズ・オルコットだ。前から司とは友達だったから紹介は必要ないかな?」

 

そう言って、ドッキリ成功したぜとか言いながら俺に握手を求めているのは、さっき別れたジェームズ・ボンドさんで、苦虫を噛み潰したような表情で、頬を膨らませながらジェームズさんを見ているのはセシリアだった。

 

「ジェームズお・じ・さ・んは、わたくしの叔父ですの・・・こんな性格ですので、司さんが迷惑してないか心配ですわ」

 

そう言ってセシリアが拗ねているので、お茶を頼んで席に案内した後で、改めてセシリアに言った。

 

「おはようセシリア、今日が本番だからみんなに会いたかったんだけどな。セシリアにこの時間に会えて良かった。怪我しない様に気を付けて楽しんで、後で話を聞かせてくれ」

 

そう言うと、セシリアは嬉しそうにはにかんだ。

 

「わたくしも試合前に司さんに会えて良かったです。絶対良い成績を残しますから、楽しみにしていて下さいね」

 

そう言って、少しだけ赤くなりながら答えてくれたのだが・・・ジェームズさんがイイ表情でサムアップしているので台無しだ。それに気が付いたセシリアに、手の甲を抓られながらイギリス政府代表のジェームズさんとの話し合いがスタートする。

 

ただ、こういう人員配置をしてくれたイギリス政府には、俺は内心感謝していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一週間に一話くらいは更新したいんだけどなぁ・・・


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勝利者と敗北者

部下と先生には下がってもらって、ここに居るのは俺とジェームズさんとセシリア、それと俺の神獣のユーとフィーだけだった。

 

「先ずは、俺たちの国を交渉の最初に選んでくれて感謝するよ。他の国に対する牽制にもなるし、仲良しだって事もアピール出来るしな……さて、雑談はここまでだな」

 

そう言って、立派な手紙を渡してくれた。署名はジェイコブ1世……現国王!? 受け取って固まっていると、ジェームズさんはこの場で読んでくれって言ってるし……受け取った事を証明する書類にサインした後で読んでみると、イギリスと言う国に対する献身への感謝と、ジェームズ、セシリア両名に対するする友情への感謝、そして、夏に私的な晩餐会を開くので出席して欲しいと書かれて終わっていた。

 

「……冗談ですよね?」

 

読んだ後で怯みつつも聞くのだが、ジェームズさんは真剣な表情で否定した。

 

「国王陛下は本気だよ。是非直接話したいとも言っていたしね。将来の事を考えた布石だ、IS学園卒業後はイギリスに所属してもらいたいのは、IS関係者の悲願だしな。司がやった成果を考えれば分かるだろ? セシリアが代表候補生として成長したのも、ISコアを入手出来たのも、全部司と美夜のお陰じゃないか。幸い司も美夜も、我が国に対する好感度は高いみたいだし。考えておいてくれないか?」

 

「……………………」

 

俺自身はこの提案を呑んでも良いと思った。美夜も反対はしないと思うし、セシリアも協力してくれるだろう……ただ、それは普通の人間(・・・・・)だった場合の話だ。

幻想や神秘が物語の中の存在であるISの世界では、エターナルなんて認められないだろう。俺と美夜のミスが多かったのも事実だが、束さんの干渉も効いている。良くて二十年、多分十年でこの分枝世界での生活は破綻して、逃げ出す事になると思う。

 

「……俺も美夜も、セシリアの事を一番信用しています。ただ、少し問題があってすぐには答えられません……考えさせて下さい」

 

「分かった、即座にいい返答を貰えるとは思って無かったしな。俺の用事は終わったし、後は若い二人に任せる……セシリアが寂しがってたし早く手を出せよ司、好きでいてくれる女の子を待たせるのは最低の行為だぞ」

 

そう言ってジェームズさんは、ウインクしながら廊下へと出て行った……残されたのは、真っ赤になって下を向いているセシリアと、気が付かない振りをしていた俺だ。いずれ居なくなるからと、告白の時以降はセシリアにはキスすらした事が無かった。

 

「……司さんは、わたくしが嫌いですか?」

 

「セシリアの事は好きだよ」

 

「…………愛してるとは言ってくれないのですね。どうして何もしてくれないんですか? ……司さんが美夜の事を愛しているのは分かってました。でも、わたくしだって愛してます。乱も簪もそうなのに、司さんは触れようとしてくれません……どうして……どうしてですか!? ……至らない点があるなら仰って下さい……」

 

そう言って、俯いたまま黙り込んでしまった……その後に点々と水滴が落ちるのを見て、セシリアをここまで追い込んでしまった事に、俺自身の不甲斐なさを感じる。

セシリアの事は好きだ。俺に出来た初めての親友で、この分枝世界に来てからはほとんどの時間を共に過ごした。

色々な表情を見せてくれて、一緒にいると暖かい気持ちになれるからこそ、このまま時間が過ぎて行き、何時までも年を取らない俺に、嫌悪の目を向けるかもしれないセシリアに耐えられそうにない。普通の人間と共に過ごす方法が分からなくて怖いのだ……それに、俺には美夜がいる。

どちらも大切だが、どちらも悲しませる事はしたく無いんだよな。普段の言動に反して、美夜は俺に女の子が近づくのに、複雑な思いを抱いているみたいだし。

 

「セシリアに至らない点なんて無いよ。俺自身が問題を抱えていて、セシリアと上手く向き合えなかったんだ」

 

そう言いながらハンカチを取り出して、セシリアの目を抑える様に涙を拭いながら頭を撫でる。

 

「セシリアの向けて来る目が、俺の問題で変わるのが怖かった……ごめん、許して欲しい」

 

「司さんはズルいです!! そんな言葉では許しませんわ!! …………ううぅぅぅ‥………」

 

そう言いながら泣き出したセシリアに、力いっぱい抱き付かれる。泣きながらも、ズルいとか酷いとかいろいろ言われるが、その通りなので何も言えない。俺は、ごめんとか悪かったと言いながら、セシリアの頭を撫でる位しか出来なかった。

 

***

 

少し時間がたってセシリアは落ち着いてくれが、泣き過ぎて目を真っ赤にしたまま最初に言われたのが、反省しているなら正座して下さい!! だった。俺は正座をしながら、セシリアに怒られている所だ。

 

「相談もしないでわたくしの事を勝手に決めないで下さい!! 司さんには思いっきり反省していただきますわ!! わたくしは、司さんが大好きで愛しているんです!! それを邪魔するなら、誰にだって容赦しませんわよ!!」

 

プリプリ怒りながらこんな事を言っているが、聞いてる方が恥ずかしくなるので止めて欲しい。タイミングを見計らって、俺もそろそろと手を上げて発言をしようとする。

 

「……女の子の気持ちが分からない司さん、発言を許可しますわ」

 

セシリアが俺の方を見ながら皮肉たっぷりな事を言って来るが、自業自得なので反省しながら言う。

 

「セシリアの気持ちは分かったし、もう蔑ろにしないから許して下さい」

 

「……これから美夜と同じに扱ってくれたら、許してあげますわ」

 

セシリアが覚悟の決まったっぽい表情で、物凄く難しい事を言って来た。つまり俺の正体を教えた上で、色々弱音を吐いたり、愚痴を言えって事なのだろうか? 後は……色々言えない事も美夜としてるし……

 

「駄目……ですか?」

 

不安そうに俺を見つめるセシリアを見ると、駄目とは言いたくない。セシリアの事を俺が分かったつもりになって、色々と拗らせた結果が今の惨状だ。

 

「…………学年別トーナメントが終わったら、俺の問題を教えるよ。それを聞いた上で判断してくれ」

 

ここまで来てしまった以上、セシリアにエターナルの事を話す事に決めた。それで怖がられたり、避けられるようになったらと思うと悲しくなって来るが、セシリアだって泣く位に悩んでいたのだ。

それを考えると一方的に拒否出来ないし、愛想を尽かされて離れて行ったらと思うと…………そうやって考えている内に、ああ、俺もセシリアの事を愛しているんだなって気が付いてしまった。美夜がいるのに最低な二股野郎の誕生だ。自身の節操の無さに内心呆れてしまった。

 

「? 問題って言われましても……司さんに変わりは無いんですよね? なら答えは変わりませんわ」

 

自分の今までの行動を思って我に返ったらしく、はにかみながらセシリアがそう言ってくれるのは嬉しいが、本当の事を知った時に変わってしまわないか不安だ。だから、これから言えなくなってしまうかもしれない思いを、今の内に言う事にする。

 

「俺もセシリアの事を愛しているよ」

 

セシリアを散々振り回した上での手のひら返しだ。その上俺は、二股と言うふざけた状態なのにこんな事を言ってしまった。罪悪感もあって、聞こえない様に小さな声で言ったつもりだったが、それでもセシリアには届いたみたいだった。

 

「わたくしも司さんの事を愛してますわ!!」

 

そう言ってセシリアはぎゅうぎゅう抱きしめて来るが、俺は急に恥ずかしくなって

 

「時間! そろそろ時間だから送って行くよ!! ……トーナメントが終わって、俺の問題を聞いた後でもセシリアの気持ちが変わらなかったら、その時にまた言ってくれると嬉しい」

 

何か顔に血が上ってる感じがして、赤くなってるんだろうなと思いながらそう言うと、セシリアは不満そうにしていたが、しぶしぶ肯いてくれた。ただ……

 

「その代わり、わたくしがベストフォーに入ったらご褒美を下さい! 美夜にはまだ勝てませんから、優勝と言えないのが残念ですけど……でも行ける所まで行きますわ!!」

 

そう言って、セシリアは嬉しそうにやっぱり抱き付いて来たのだった。

 

***

 

「~~~♪~~~♪~~~♪~~~~~♪~~」

 

機嫌良さそうに鼻歌を歌うセシリアと一緒にアリーナへと向かう。最初は腕を組んでいたのだが、部外者が多くて見られると何言われるか分からないとからと説得して、恋人つなぎで許してもらった。

そうしながらアリーナに入ると、丁度一夏とシャルのタッグと、ラウラと鈴のタッグが試合をしている所に出くわす。試合が始まってすぐにラウラと鈴はどちらも一夏に突撃したが、連携が下手でお互いに譲り合う事をしてないせいで隙が出来ると、シャルがそれを容赦なく撃ち抜いて行く。

 

個人の能力としてはラウラと鈴のコンビの方が高いんだろうけど、一夏とシャルのコンビの方が連携が上手いから先が読めない試合だな。そんな事を考えていると、セシリアが聞いて来た。

 

「司さんはどちらが勝つと思いますか?」

 

「一夏とシャルのコンビに勝って欲しいな。篠ノ之と戦うまでは残ってもらわないと、後が大変だよ。鈴が勝つと、篠ノ之と鈴とシャルの間がどうなるか分からないからな……今の状態が続くなら、一夏とシャル組が勝つんじゃないかな? 連携を取らないで勝てる程、両者に差は無いと思う」

 

ラウラ達の動きを見て、最初は一夏とシャルは局所的な二対一に持ち込んで戦っていたのだが、相手だって代表候補生だ。押し切れない上に、どうしても一夏の動きが他の三人に劣ると見ると、シャルが一夏を囮にしながら戦い始めた。

 

最近は徐々に変わって来たとは思っていたが、ラウラは一夏より自分の方が上だと証明したいらしく、牽制のリボルバーカノンで一夏の動きを抑えた後、AICで一夏の動きを止めてプラズマ手刀で止めを刺そうとしている様だ。

 

「ラウラ! 私が一夏と戦うんだから変わりなさいよ!!」

 

鈴はシャルと戦いながらそんな事を言う余裕があるみたいだったが、動きをシャルに誘導されていたみたいで、一夏とラウラと鈴が三人ともが射程圏内に入ると、今まで使っていたアサルトライフルを高速切り替え(ラピッド・スイッチ)でショットガンに変更、一夏ごと攻撃して過負荷でAICを停止させた後に、一夏はシャルからのFFがあるにも拘わらずに一撃を加えて急速離脱した。

更に高速切り替え(ラピッド・スイッチ)で今度はフルオートショットガンに変更、ラウラと鈴を攻撃し続けるが、ラウラと鈴を撃破出来ずに二人は後退する事が出来たみたいだ。

 

一夏の白式は特性が近接戦闘に寄り過ぎている上に、他の面子と違って経験が浅いから、こういう場面でピンチに陥ると脆い思われていたみたいだし、シャルのラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡは第二世代機の改良型だから、他の代表候補生に侮られているのを感じていたのだろう。相手の油断を誘って大ダメージを与えたのは凄いと思うのだが、やり口がエグ過ぎて観客が引いている。

 

「シャルはなりふり構わず勝ちをもぎ取るつもりだな」

 

俺がそう言うと、セシリアは戸惑っている様だった。

 

「あんな戦い方は代表候補生として相応しく無いですわ。俗な言い方になってしまいますが、わたくしたちは国家の代表ですし、さらに言えば人気商売ですもの……戦い方に品が求められます。勝てばいいと言うものではありません」

 

「一夏がそれだけ大切なんだよ。代表候補生の地位に、シャルが拘ってないのかも知れないけどな……一夏とシャルが勝負を賭けて来たな」

 

高速切り替え(ラピッド・スイッチ)で次に取り出したのは、フルオートグレネードランチャー。狙いはラウラで、AICを使わせないのが目的らしい。

鈴もシャルを妨害する為、龍咆と双天牙月を使って攻撃をするが、シャルは最低爆発圏内を割り込んでいるのにも拘わらず、自爆攻撃同然の方法で強引に攻撃を叩き込んで行く。双方傷だらけになって行くが、最初に大ダメージを受けた鈴の方がついに耐えられずに落ちた。

 

「「……………………」」

 

あまりの凄惨な戦い方にセシリアは呆然としているが、シャルの覚悟を考えれば当然なのかもしれない。今はフランス大統領のスキャンダルの影響があって、命令系統が機能不全に陥っている為に新しい命令が下りてこないのだろうが、恐らくシャルはIS学園に残れない。

国家の陰謀に加担してしまった以上、本国送還の上での事情聴取はされるはずだし、欧州連合が関わっているから酷い事にはならないかも知れないが、下手したら事故死だ。

だからこそ一夏との思い出、兼、実利を求めているのかも知れない。一夏の婚約者……恋人だとすれば、事故死の可能性は減るだろうし。

 

一方の一夏はラウラから逃げ続けていた。シャルの支援攻撃でAICを止めた上での短期決戦案だったのだろうが、鈴が上手く戦って支援攻撃が止まった為に、一夏は即座に離脱を選択していた。

シャルの手助けをしたかっただろうが、白式は射撃武器一つ付いてない特化型ISの為に回避に専念していたみたいで、鈴を倒したシャルが戦線に復帰すると反撃に転じた。

次に出て来たのはバルカン砲? ……小さいからミニガンなのだと思うが、両腕に四本も装備されていて、それでラウラを撃ち始めた。

ISに対して使うには弾が小さすぎるので、ダメージはロクに入ってない様に見えるが、AICはあっという間に止まったらしい。シュヴァルツェア・レーゲンは全身から火花をまき散らす様に被弾し続けながら一夏と戦っている。

 

一夏の動きは入学時に比べて大部分良くなって来ていて、シャルの支援の影響もあってリボルバーカノンは掠りもしない為に、ラウラもかなり苛立っている様だ。近距離で切り結んでいた一夏にワイヤーブレードで牽制した後、一気にシャルに近づいて行く。

 

「冷静さが無くなって来た、ラウラの負けだな」

 

俺がそう呟くと同時に、状況が動き出した。先にシャルを倒そうとしたのだろう。ワイヤーブレードで続けて一夏を牽制しつつ、リボルバーカノンをシャルに使いながら急速接近して、ラウラはプラズマ手刀を展開しようとするが、シャルはその前に瞬間加速(イグニッション・ブースト)を使って突撃すると、左腕の武器を高速切り替え(ラピッド・スイッチ)で盾に変更、それに仕込まれた灰色の鱗殻(グレー・スケール)を連続で叩き込んだ。

それでもシュヴァルツェア・レーゲンのシールドバリアーは残っていたみたいだったが、衝撃でワイヤーブレードの制御が鈍った瞬間に、一夏は瞬間加速(イグニッション・ブースト)を使って急速接近すると、零落白夜でシュヴァルツェア・レーゲンを切り裂いていた。

 

勝利したのは一夏とシャルのペアだが、ラウラの……シュヴァルツェア・レーゲンの様子がおかしい。いきなり変形し始めて、その変形が終わったと同時に……ラウラが倒れた。どうやら束さんは、俺の頼みを聞いてくれたみたいだったが心臓に悪い。

 

「司さん、あれは!?」

 

「止まったから安心して良いよ、深入りはしない方が良い」

 

俺とセシリアは見つめ合ったが、やがてセシリアの方から目線を外した。

 

「司さんは隠し事が多すぎですわ……美夜は知っているのですか?」

 

「知ってるけど関わってはないよ。情報を暴いたのも、ラウラ救出の計画を立てたのも、全部俺だから」

 

それを聞いてセシリアは複雑な表情をしているが、リスクが多くて得るものが無い話は出来ない。

 

やがて全体に対する放送が入る。今の試合でISが誤作動を起こしたが、被害は出なかったのでトーナメントは続行すると言っている。

今の現象の事が分かっている人もいるらしくてかなりザワめいているのだが、強引にでもトーナメントを続けるらしい。そもそも賓客をこれだけ招いておいて、中止になんて出来る訳が無い。そんな判断をしたら上層部の首がまとめて飛ぶだろうし。

 

『司さま、そろそろ次の面会時間が迫ってます。お戻りください』

 

ユーに個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)で報告を受けて時計を見ると、そろそろ戻らないといけない時間になっていた。

 

「セシリア、次の面会時間が迫ってるから戻るよ。ご褒美は何が良いか考えておいて、セシリアならベストフォーには入れるだろうし」

 

「司さんもがんばって下さい、変な言質を取られたらダメですよ」

 

その言葉に苦笑しながら、セシリアに小さく手を振ってアリーナを後にする。最後に見たのは、泣きながらピットに戻って行く鈴の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




フィクションなイギリスなので、国王様の名前は現実に出てこないであろう名前を選択しました。


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嫌な現実と連続攻撃

前回の投稿時に、日間ランキング68位になりました。

がんばって、のそのそ書いていきますので、これからもよろしくお願いしますね。


貴賓室に戻ると、ジェームズさん、クリスさん、マリオさんがニヤニヤしながら待っていた。ちくせう、出入り口が一つしか無いからセシリアに思いっ切り抱き付かれたまま、アリーナに移動したのは見られてるんだよな。

 

「良くやった義弟、で、結婚式はいつだ?」

 

ジェームズさんは俺に近づきながら、すんごい嬉しそうに聞いて来る。言いたい事は分からないでもないけど、ここでの年齢は十五って事になってるから無理だし。

 

「結婚って……セシリアが俺を受け入れるかなんてまだ分かりませんよ。それに俺は、二股かけてるクソ野郎ですよ? ……美夜にもセシリアにも合わせる顔が無いですよ」

 

そう言いながら、ため息を付く。ここでセシリアの事は好きですよ? とか言いながら逃げるのは簡単だが、あれだけ俺の事を思っていたセシリアに対してそんな事はしたくないし、この人たちは全員が諜報機関の人間だ。

どこかで必ずバレるから、嘘を付く意味が無い。それに、ジェームズさん経由でセシリアに話が事が伝わったら、今度こそどうなるか……お仕置きだとか言って俺をボコボコにするのはまだ良いが、わたくしが至らないせいだとか言って泣かれたら、その方が俺の心に来るものがある。

 

「……なあ、司、まさか嫁が二人で済むなんて思ってないよな」

 

「は?」

 

ジェームズさんに真顔で言われて、素で返事を返してしまった。いや……何言ってるんだ?

 

「マリオ、司の嫁がうちのセシリアと美夜だけだったらどうする?」

 

「そんなの抗議するに決まってるだろ? 嫁が美夜だけだった場合、篠ノ之博士の件があるから何も言えないが、セシリアの場合はイギリスに抗議出来るしな。司と美夜の成果を独り占めした挙句に、男性IS搭乗者の子供までイギリスの独占とか言われたら……まあ、色々あるだろうな」

 

それを聞いてクリスさんの方を見ると、当然だと言う顔をしながら肯いている。

 

「いや、え? は?」

 

ジェームズさんもこれから言う事には思う所があるらしく、顔を顰めながら目線を逸らして言って来た。

 

「例えは悪いが、優秀な競走馬の子供の親が二頭とかありえない。俺も自分のかわいがってた姪っ子を競走馬扱いしてるクソ野郎だが、この仕事はそう言う事も必要だからな。

面談にしたってISコアの事もあるが、司の人となりを見る事も重要だと思ってる奴が大半だぞ。来年に司と織斑くん好みの女の子を、どれだけIS学園に送れるのかは重要な要素だからな……二年次のクラス替えの時期は、先生方に接待攻勢とか脅迫とかあるぞ」

 

山田先生は、今までの話が完全に男目線だったので困った様に聞いていたが、いきなり自分に関係のある話になったので、ものすごい勢いで慌てている。

 

「もしかして、私も巻き込まれるんですか!?」

 

山田先生がそう言うと、早速マリオさんとクリスさんが山田先生にちょっかいを掛けに行く。冗談っぽく振舞ってるけど、あの二人は本気で自分の国の人間を、俺と一夏のクラスにねじ込むつもりだろうな。山田先生がんばれ。

そんな感じで半分冗談、半分本気の話をしているのだが、雑談に乗ってこない人がここには一人いた。

 

「クララさん大丈夫? 調子悪いなら少し休んでて良いよ。次の面会相手は台湾だし、めんどくさい事は起きないと思う。俺は動けないからラウラの様子を見てきて、これは命令だから」

 

俺がそう言うと、少し躊躇した後に頭を下げて部屋から出て行った。何も無いとは思うけどラウラの事も心配だし、後で様子を聞いておこう。

 

「優しいですな。ああいう子が好みですか?」

 

山田先生をマリオさんと一緒になってからかっていたクリスさんが、何時の間にか俺の横に立って話しかけて来た。俺の懐に入ろうとしているマリオさんに対して、クリスさんは一歩引いて助言者に徹しようとしているんだよな。

ジェームズさんもそう言う事をしてくれているけど、あの人は俺が身内扱いし始めているから、部外者でこう言う事をしてくれるのはありがたい。ただ、アメリカに手を借りると後が怖そうなのがな。

 

「思春期のガキが言う事じゃ無いですけど、何でも恋愛に絡めないで下さいクリスさん……と言うか、嫁を増やせとか本気ですか? 女尊男卑主義者に殺されそうなんですけど」

 

「最近大きな顔をしているのは事実ですが、声が大きいだけの人間が大半ですよ? 少なくとも現場でISを使っている人間は現実が見えていますから。

企業のテストパイロットの思想は分かりませんが、我々が圧力を加えれば黙ります。現代社会は金が無ければ何も出来ませんから。嫁を増やすのが嫌なら、生殖細胞の提供という線もありますよ」

 

耳触りの良い事しかない、胡散臭い提案を考えるが、感情的には嫁を増やすのは嫌だ。良く知らない人間にウロチョロされるのは、色々キツイものがある。

それと、生殖細胞の提供って多分不可能なんだよな。体から流れ出た血液がマナに帰るんだから、アレも多分マナに帰るんじゃないのか? そう考えると、ユーフォリアが生れたのって本当に奇跡なんだな。

 

「不用意に敵を作りたく無いけど、どっちも嫌な提案だね。それに忘れてるかも知れないけど、束さんにどうやって気に入られるつもり? 俺の関係者だと俺と美夜は別格扱いで、それに続いてセシリアと簪と乱音だけだよ? 他の奴なんて雑音扱いしてるから、排除されて終わりだと思う」

 

「この件に関する協力はありませんか……」

 

話を聞いてクリスさんはため息を付いているが、ため息を付きたいのはこっちの方だ。

 

「そう言う本音に近い話を聞かせてくれるのはありがたいけどね。学園で知らない女の子が近づいて来るのは、クラスのみんなが防いでくれるし。難しいんじゃないかな?」

 

俺がそう言うと、クリスさんはにやりと笑う。

 

「では司くんの気に入る女の子を用意して、篠ノ之博士を説得してもらいましょう。アメリカは多民族国家ですから、一人くらいは好みに合う子がいるでしょう……時間ですね、配置に着きます」

 

言いたい事だけ言ってクリスさんは廊下に出て行った。まあ、忠告として有り難く聞いておこう。しかし、美夜とセシリアは覚悟を決めるにしたって、簪に乱に束さんとクロエだって俺にとって大切な存在なんだから、彼女たちの幸せを考えた方が建設的なのに、知らない女の子を増やせって言われてもこっちが困る。

絶対にみんなを優先して、後から押し付けられた子から俺が一歩引くからだ。将来的にトラブルの元にしかならない提案なんて、聞く意味が無いとは思うんだけどな。

そんな事を考えながらソファーに座っていたら、ノックの音が聞こえて来たので出迎えに行く。扉を開けると、男性二人に連れられて、何故か乱音も一緒に部屋に入って来たのだった。

 

***

 

「では失礼します。さっき言った事は考えておいてください。我々台湾の国民は、聖さんが来るのを楽しみにしてますので……では、後は若いお二人にお任せしますよ」

 

そう言って台湾の担当者は帰って行った。話した事と言ったら俺と担当者の初顔合わせと、中国より台湾の事を優先してくれる俺が結構人気らしいので、夏休みにでも乱と一緒にテレビに出て欲しいって要望くらいだった。

そして当然の様に、乱を残して担当の人は帰って行った。お見合いじゃ無いんだから、止めて欲しいんだけどなぁ……

 

「おはよう乱、調子はどうだ?」

 

「まあまあね。私は結構調子良いんだけど、鈴おねえちゃんが落ち込んで大変なのよ」

 

そう言いながら、乱まで暗い顔をしている。これから試合だって言うのに、このおねえちゃん大好きっ子が……

 

「今出来る事を言え、出来る事ならしてやるから」

 

「うん……じゃあ、端っこ寄って……ん~~~……」

 

そう言ってソファーに座っていた俺の方に席を移して、ぺったりと俺にくっついた。

 

乱はスキップしてIS学園に入った天才だと俺は思っているが、強気な外面的性格に反して気遣いが出来て、人を良く見て色々言う事がある。そのせいでキツイ性格だと思われて陰口を叩かれる事もあるみたいで、ストレスが溜まったりすると俺にくっついて来る事が今までにもあったのだ。

 

目標にしてた鈴が負けたんだから、ショックだったんだろうな。そう思って、取り敢えず乱の好きな様にさせてあげる…………さっきまでセシリアの事について悩んでいたのに、今、乱に対してこんな事をしている。

その節操の無さを思うと色々な事を考えてしまうが、今は乱がリラック出来る様にいつも通りの俺を演技する。そんな感じで乱と過ごしていたら、少ししてから乱が至近距離で俺の顔を見つめながら言って来た。

 

「…………あのさ、悩んでるの隠さなくて良いんだよ? セシリアが私と美夜と簪に、さっきあった事を説明したから全部知ってるし」

 

「……………………」

 

流石に身内扱いしている乱にこう言う事を言われると、落ち込んだ内心が表に出て来る。

 

「みんながこの状態で仕方が無いって認めてるんだから、良いんじゃないの? 困ってるならみんなで考えれば良いじゃない。私も本国から司と美夜を取り込む為だからって、色々言われたんだけどね。でも司と知り合えたから、私は良いんだ……」

 

乱は俺にくっつきながらも、照れながらも嬉しそうに言って来るが、反対に俺はため息を付く。

 

「みんな俺に甘すぎだろ。普通一夏みたいに取り合って、滅茶苦茶になるものじゃないのか? あんなふうに争うのは見たくないけど、俺に都合が良過ぎてダメになりそうだ」

 

「だってそうしないと、美夜と一緒にどこかに行っちゃって、帰ってこなくなっちゃうでしょ? …………一番下の引き出しの、鍵のかかった小箱」

 

身体が強張った。乱にくっかれてなかったら、或いはバレなかったかも知れないが、今の動きで乱は確信したみたいだ。

 

「絶対に私は他の人に言ったりしないから。見ちゃったのは事実だし、セシリアが言ってた問題がこの事だって直ぐに分かった。あれを見たら絶対に美夜にかなわないって分かったけど、私だって司の事が好きだし……それだけ!!」

 

そう言ってソファーから勢いよく立ち上がって、少しだけ笑いながら俺を見る……ので、着替えて来たらしい制服の襟をつかんで、ソファーに逆戻りさせる。さっきまでは乱が俺にくっついていたが、今度は俺が乱にくっつく番だ。

 

「…………他にこの事を知ってる人はいるのか?」

 

「あはははは……シャル……かな?」

 

「「……………………」」

 

流石にこれは許容出来ない。シャルが追い詰められたら、この件を使って脅迫してくる可能性があるかな? ……そう考えつつ、取り敢えず乱に聞いてみた。

 

「乱、俺の事どう思ってる?」

 

乱は狼狽えつつ、テレテレしながら答えてくれる。

 

「勿論好き……って事じゃ無いよね……宇宙人?」

 

クロエも乱も宇宙人って言うのは何故なんだろう……その辺の良く分からない事を疑問に思ったが、寝言を言って来る位なら取り敢えずの心配はなさそうだ。

 

「証拠があるなら兎も角、無いなら俺が宇宙人とか言ったって相手にされないだろ……多分」

 

乱は身内だから怒って終わらせるが、シャルは最悪行方不明になってもらう必要がある。一夏には悪いが、俺たちの安全優先だ。と言う訳で、乱のほっぺたを伸ばしてやる事にする。

 

「モチモチだな」

 

いふぁい、いふぁい(痛い、痛い)……まうひまへんかぅあ、ゆうしへくだふぁい(もうしませんから、許して下さい)

 

反省したかを聞くと、コクコク肯いているので手を放してやる。

 

「言いたい事は山ほどあるが、トーナメント中だから五月蠅い事を言うのは止めておく。ただ、危ない橋はもう渡るな。乱に何かあると、俺は悲しいから」

 

「うん、ごめんね」

 

乱はほっぺを押さて恥ずかしそうにしているが、ションボリしながら謝って来るので、これでお仕置きは終わりにする。それと、セシリアから話を聞いたと言っていたので、改めて確認する。

 

「簪も俺に問題がある事を聞いたんだよな? ……分かった、全員(セシリア、簪、乱)にトーナメントが終わったら説明する。後の事は、俺の話を聞いてから判断してくれ。本当の事を言うからさ」

 

「うん……」

 

「もう許したから大丈夫だよ。これから試合なんだから、リラックス出来る様に協力する。やって欲しい事はあるか?」

 

そう言うと、乱はやっぱり俺にくっついて来た。乱は特に喋らないままくっついて甘えていたが、そろそろアリーナに移動しないと不味い時間になると動き出した。

 

「セシリアが戻ってきた後に話を聞いて、私も羨ましかったのよ。司を独り占めに出来るしね。じゃあ、行って来るわね……後、簪も楽しみにしてたから、私やセシリアみたいに一杯優しくしてあげるのよ!!」

 

そう言って、乱は部屋から出て行った。俺が身内扱いをしている子を優先しているのだから、次に来るのは日本なのだが、これまでのパターンから考えると簪が来るだろう。そう思って待っていたのだが……

 

ノックの音がするので日本の担当者を出迎えに行くと、簪の姿が見えなくて、代わりに三人の男性が入って来る。

その内の一人にだが見覚えがあった。確か俺と美夜にしつこくパーティーに出ろと、上から目線の招待状を送って来た政治家の一人だ。今まで相手にしてなかったのだが、ここまで乗り込んで来たのか……めんどくさい事になりそうだと、俺は話が始まる前からげんなりしてしまった。

 

 

 

 

 

 



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一日目の終わり

簪が来なくて、代わりに政治家が来た。

 

セシリアと乱は試合前に話せたし、美夜との付き合いは約五百年で一番信用している。だから、今頃篠ノ之の面倒を一生懸命見ている頃で、本人は楽しみながら試合をするだろうと思っている。

だから簪がここに来て、リラックス出来る様に何か手伝えればいいと思っていたのに……と、自己紹介しながら思っていた。アドリブが効かない日本がダメなのか、イギリスのやり方を見て乱を連れて来た台湾が有能なのかは置いておくとしても、いきなり政治家なんて連れて来た以上は、俺と美夜のスカウトをする為の具体的な権限を持った奴を連れて来たのかと思いたかったのだが……

 

初対面なのでにこやかに対応しつつ様子を見たが、いきなり上から目線で何故パーティーに出なのかを叱責し始めた。分割思考を作って政治家の戯言を聞き流しつつ、他の二人を観察していたのだが、二人共政治家の腰ぎんちゃくらしくて、政治家に同調しつつ俺に文句を言って来る。

束さんの通達は聞いて無いのだろうか? 真面目に相手をするのも馬鹿馬鹿しいので、そのまま聞き流していたら、気持ちよくなって来たのか政治家が演説をし始めた。

キーワードは東アジア、友愛、そして共同体……表に出ない俺たちをパーティーに呼んで、大陸と半島の担当者に会わせるのが目的なのを確信する。予想通り過ぎて興味も無くなったので、後の対応は礼儀に則って雑に扱った。

 

のらくらと話しをして、何も得られない事で焦ったらしい三人は声を荒げ始めたが、最後まで何一つ相手に与えないで話を終わらせた後、次の面会はドイツだと言って自主的に出て行ってもらった。あんなクズでも言葉一つ間違えると、それを根に持って延々と突っかかって来るので、それなりの対応はしないといけない。

何を考えていたのかは知らないが、勝手に自爆してくれたのは助かった。これを使って日本の干渉はシャットアウトする。色々な所が変わっているけれど、それでも俺の事を好きだと言ってくれる束さんを追い出した国に用など無い。精々大魚を逸した事を後悔しながら転げまわっていろ。そう考えていたら、当の本人から連絡が入る。

 

『つかちゃん、あいつら殺っちゃう?』

 

どうやら束さんが見学していたらしく、声の調子から相当腹を立てているのが分かる。殺してしまうと後々問題になりそうなんだけど、何もしないと抑止力にならないからな……

 

『ミサイルの模擬弾を叩き込もう。あいつら自分たちで、一発だけなら誤射かもしれないって言ってるから平気だろ? あいつらの言う東アジアには、関わり合いになりたくないから適当で良いよ』

 

せっかく俺たちは選択できる自由があるのだ、蟲毒に用は無い。それからドイツの担当者が来るまでは、束さんと話をしながらのんびりしていた。

 

***

 

美夜Side

 

「落ち着いた方が良いよ? 油断しなければ勝てるから」

 

箒が落ち着かないみたいでうろうろと歩き回っているから、落ち着いてもらおうと思って声を掛ける。まさかルーティンじゃ無いと思うんだけど、そうだったら謝ろう。

 

「あ……うん、美夜は落ち着いているな」

 

私が座っているベンチの隣をポンポン叩いて、ここに来てってアピールすると、少し笑いながら箒が座った。だけど何か堅い感じがするので、リラックス出来る話をしてあげよう。

 

「そりゃあ、始まる前から私と箒が一番注目されるのは分かってたから、今更緊張なんてしないよ。今日のトーナメントだって、みんなにやっていた指導の延長みたいなものだし」

 

一対一のトーナメントだったら余裕もあった筈なのに、急にペアなんて言われたから、みんなに教えるのが忙しくて大変だった。学園で教えて無い事を行事に組み込むのは本当に止めて欲しい。そんな事を箒の前でぶーぶー言っていると、顔つきが少し優しくなって来た。

 

箒はキレイ系の顔立ちだから、緊張しているとキツく見えてしまう。だから笑ってた方が可愛く見えるのに、人見知りするからみんなに誤解されてしまうのだ。まあ、今回の箒の行動は褒められた事じゃ無いけど、乙女の暴走って事で終わったらみんなに謝ってもらおう。私も同行して手伝うつもりだし。

 

このままだと箒の学園生活が灰色どころか真っ黒になってしまうから、私も司もセシリアもすごく心配しているのに、箒は暴走したままなんだよね。チャンスはあったのに、余裕だと思って待ちの姿勢に入った箒が悪いのは確かなんだけど、いくら何でもみんなに嫌われる事をし過ぎだよ……先の展望を箒に聞いてみよう。何か独自の考えがあるのかもしれないし。

 

「箒ってこの先どうなりたい? 夢とか希望とか」

 

箒は直ぐに答えを出して来た。その様子から、いつも考えていた事なのだと思う。

 

「元の生活に戻りたい。もう他人に生き方を滅茶苦茶にされるのはコリゴリだ」

 

「…………そっか、元の生活か」

 

箒は自覚があるんだろうか? そんなのもう絶対に無理だって事に。織斑くんがシャルと付き合うと言い出した時に素直に祝福して諦めるなり、シャルに頼み込んで織斑くんハーレムに加えてもらうとかすれば良かったのに、やってしまったのは、束さんに頼んで専用機を用意してもらう事。私も司もまさか嫌っている束さんに、そんな事を頼むなんて思っていなかった。

普段の様子からIS自体をを好きじゃないみたいだったし、学園に入れられた(・・・・・)って箒が言っていたので、無理にISの訓練に誘う事はしなかった。それなのに箒は第四世代機なんて危険物を手に入れてしまったのだ。

明確に束さんとの繋がりを見せてしまったせいで、私たちが居なくなった後の日本と言う泥沼に、首まで浸かってしまうだろう。そんな望みがあるならば、箒は自分だけの力でやり遂げるべきだった。私たちだったら、幾らでも力を貸してあげたのに。

 

「美夜調子が悪いのか? 私が早めに片付けるから、後ろで待機しててくれ。すまん、ペアだから休んでてくれって言えないのが心苦しい」

 

私を見て箒は調子が悪いと思ったらしい。体は平気だし、戦う為の心構えも出来ている。だけど、友達の願いを叶える事が出来ないのが悲しかっただけ……それが表情に出たみたいだ。

 

「ううん、箒大丈夫だよ。そろそろ試合の時間になるから落ち着いて行こう。前にも言ったけど、アピールも含めてるから、速攻は無しだからね」

 

そう言って私は永遠神剣第三位・絶炎を出して、戦闘装束を纏う。同時に黒く光るエンジェルハイロゥとウイングハイロゥを展開して、最後にIS絶炎を起動した。永遠神剣を使えば、この分枝世界で司以外には絶対負けない。けど、この戦いは箒が納得しないと意味が無いと思う。

例え私の力で箒が勝っても、織斑くんの心は負けないだろう。それでも、私は友達の為に出来る限りの事をしたい。

 

「お互いがんばろうね」

 

「ああ、必ず一夏に勝つ。その為に力を貸してくれ、美夜」

 

そして歓声とどよめきが起こるアリー内に、第四世代型IS紅椿を纏った箒と、最新鋭の第一世代型IS絶炎を纏った私が、空に向かって飛び立って行った。

 

美夜Side out

 

***

 

日本が終わった後も、色々な国の担当者に会って行く。全員と初対面なので突っ込んだ事を言ってはこないのだが、より深い繋がりを持つ為なのか、やたらとパーティーに誘われるのは参ってしまった。そして各国の担当者に会って思った事は、学園の外にうかつに出ると危険だって事だ。薬を盛られて、起きたら隣に全裸の女の子がいたら色々と気まずい。そもそも俺に薬が効くのか分からないけど。

 

「……なあ、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」

 

トーナメント初日を残り最後の一組までようやく乗り切ったのだが、マリオさんが思わず口に出してしまう位に、疲れが顔に出てしまったらしい。

 

「ここには知り合いしかいないから、変な所見られたってもういいよ。大国はともかくとして、力が無い国の担当者になるほど露骨に媚を売って来るのは勘弁して欲しい……隙を見せない為に演技してたけど、俺は女の子苦手なんだ!!

後、二人っきりになった途端にハニトラ仕掛けてくるのを止めろ。俺には美夜もセシリアもいるから、そう言うのは要らないんだよ!! おまけに今日の最後は東アジアの半島だぞ。あいつらも大概だから、本当は断りたかったんだよ……もう帰りたい」

 

「荒れてんな……断れば良かったんじゃないのか? だいたい、篠ノ之博士の警告を無視してる時点であいつらおかしい。怖くないのかね」

 

「日本人には何やってもいいって考えてる、訳が分からない民族の事なんて知りませんよ。一応、日本政府の要請だから会うんです、じゃなきゃ無視して終わりですから。まあ、来年もやるかどうかは分かりませんけど、日本と半島は面会リストから抹消ですね。会ってもメリット無さそうだし」

 

そうマリオさんと話していたが、最後の言葉を聞いて嬉しそうにしていた。半島は兎も角、日本がライバル候補から消えたのを俺の口から聞くことが出来て、これからの行動に役立てるつもりなんだろう。

 

そんな事をマリオさんを見ながら考えていたら、厳しい表情になって雰囲気が変わった。

 

「……無線で連絡があった、トラブル発生だ。俺は廊下に出るが、ジェームズとクリスが戻って来るから後は頼む……半島の担当者が十人でこの部屋に迫っていて、半分は北の連中らしい。聞いてたか?」

 

「そんな話は聞いて無いし、北の連中って招待状も出て無いです。そもそも俺と会う予定の担当者って、南の連中だけのはずですよ」

 

俺の話を聞いて、マリオさんはウンザリした様に俺を見た後、皮肉げに笑った。

 

「セキュリティはガバガバだし、売国奴が国の中枢にいるって言うのもパンチが効いてるな。司がこの国を早く出たいって、どうして言うのかが理解出来たよ」

 

そう言ってマリオさんは廊下に出て行って、代わりにジェームズさんとクリスさんが俺の後ろに控えて話を聞く体勢に入ったのと同時くらいに、乱暴に扉をあけ放って十人の男がこの部屋に乱入してきた。

 

***

 

「人払いをしろ」

 

俺はソファーに座ったまま胡散臭そうに相手を見ていた。相手は最初から話をする気が無いのだろう。俺の事を見下す様にニヤニヤと笑いながら、断りもせずにソファーに座ると、煙草をくわえて後ろの奴に火を付けさせた。

俺はそれを見ながらどうするか考えていると、クリスさんが耳元に口を寄せて、小さな声で俺に囁いて来た。

 

「北の軍の高官だな。日本に入国してたのは知ってたが、ここに来る度胸があるとは思わなかった」

 

それを聞いてクリスさんとジェームズさんを見ると、スーツのボタンを外していて、何時でも抜ける体勢に入っていたのだが、心配し過ぎだと思う……普通に弱そうだし。

 

「取り敢えず様子見で、話し合いで済ませますから心配しないで下さい。過剰に反応すると相手が付け上がりますからね」

 

そんな感じでクリスさんとヒソヒソと話をしていると、早速相手が切れた……こんなのが軍の高官って本当なのだろうか?

 

「無視してんじゃねえ!! このチョッパリが!! ……最高指導者様はISを望んでおられる、貴様のISを寄越せ。下手糞な貴様より、わが人民の方がよほどうまく使えるからな」

 

「人払いは却下ですね。俺が雇ってる護衛ですから。それと、北にはISを作る技術どころか、調整する技術も無いのでは? 専用機を持って帰っても使えませんよ」

 

北の連中にISコアを渡すのは流石に色々な国が反対したのだが、日本の政治家の一部がその為の活動をして世界中から顰蹙を買った事がある。それと、南にも日本の政治家が活動して、結構なISコアが流れている。この国から離れる予定の俺にはどうでも良い事なのだが。

 

「では私たちの要求は、可及的速やかにISコアをなるべく多く引き渡してください。慰安婦問題もの件もありますから、反省と謝罪の心があれば可能なはずです」

 

そう言って上から目線で要求してきたのが、多分南の連中だろう。国家間で好き放題するのは、半島と日本の交渉の結果だから好きにしろって言いたいが、俺は個人だからそんな事知らねえよ。こいつら何言ってんだと、だんだん馬鹿馬鹿しくなって来た。が、乗せられて反応すると相手の思うつぼだしな……内心ため息を付きつつ、意味が無さそうな交渉を開始した。

 

***

 

「今日の活動を終わらせよう。最後の奴らはネタ的に笑えたかな?」

 

「楽しい連中だったな。最後は動物園の動物を見てる様な気持ちになったし」

 

俺の結構辛辣な言葉に対して、ジェームズさんも皮肉げに言葉を返した。送り出した後に扉を蹴飛ばしたらしく、重くて小さな音が廊下側から響いて来て、それを聞いたここに居る全員で苦笑したり肩を竦めたりしていた。

控えめに言っても、ただのチンピラ以下の連中だと思う。あんなガラの悪いのに交渉を任せるって言うのも凄い事だ、歳と身分で嘗められていたんだろうけど、俺の後ろに誰がいるか理解しているんだろうか?

虎の威を借りる狐である事は分かっているつもりだが、それでも虎の言う事を全然気にしてないのが凄い。俺も束さんも日本人だと思われているから、あんな態度を取ったのだろうか? 全然理解出来ないんだよな。

 

『……………………』

 

『……束さん?』

 

『…………ここまでコケにされたのは、束さん久しぶりで嬉しくなって来ちゃった。つかちゃん、ゆーちゃんを貸して。娘に実地で色々教えてあげたいからね。ゆーちゃん、良いよね?』

 

『はい、母さんのお手伝いでしたら是非に……司さま、私からもお願いします』

 

二人共、ものすごい勢いで怒っているのが声で分かった。俺は呆れていたし、この状態になった二人を宥める自信が無かったので、少し不安に思いつつもユーを送り出す事にした。

最後に今日一緒に仕事をしたメンバーに挨拶をして、別れて人気が無くなった所を見計らって、ユーは電脳空間に体ごとダイブして行き、俺はアリーナにみんなを迎えに行った。

 

幸いな事に、一組同士で当たってしまった運の悪い子以外は全員勝ちあがる事が出来たみたいで、食堂で一組の子に報告がてら抱き付かれたりして少し困ったのだが、みんなが勝ち取った勝利のご褒美と言う事で、俺も五月蠅くは言わなかった。

 

ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンは大破したが、幸い修復は可能らしい。又、一夏に負けた事で少し考え方が変わったらしく、クラスメイトとの交流を増やす努力を始めたみたいなので、それをみんなで手伝う事にする。

なんだかんだ言ってもラウラは見た目が小さいので、素直になったラウラがクラスのみんなに謝ると、怒りが持続しなくなって最終的には受け入れてくれた。

 

鈴は一夏とシャル……日本人と第二世代機と言う、かなり困ったメンバーに派手に負けてしまった為、上から物凄い叱責を受けて、二重の意味で涙目になっているらしい。

と言うのは、部屋に閉じこもってしまって食堂に顔を出さないが、ここに来ている同室の乱が教えてくれた情報だ。何日も続く様なら少し考えよう、鈴も友達だから心配だし。

 

そんな感じに、軽い打ち上げの様な状態になった後で部屋に戻って眠りにつき、次の朝になるとユーが戻って来ていて、俺にお土産ですと言ってアタッシュケースを渡してくれる。嫌な予感がしながらも、恐る恐るアタッシュケースを開けると、そこには八個のISコアが綺麗に並んでいるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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崩壊

アタッシュケースの中身が危険物なのを確認出来たので、取り敢えずユーの電脳空間にそのまま預かってもらった後、PCを起動させてニュースサイトを漁ると、日本と半島が開戦したと言う情報が飛び込んできた。

 

「デマにしたって悪質だな。両国で煽って本当に戦争になったらどうするんだよ、全く……」

 

そう思いながら現地の映像を見るのだが、東京の政党本部ビルには、巨大な槍の様な物が上から貫通する形で刺さっており、半島南側の市街地にはかなりの数の戦闘機が落ち、そして半島北側の詳細不明らしい。余りの被害の大きさに、俺の口からため息とも唸り声とも取れる音が思わず出てしまう。

 

『あの、司さま、私は何か間違った事をしてしまったのでしようか?』

 

そう聞いて来るユーに担当したことを聞いてみると、学園を襲って来た無人ISを改良したゴーレムⅡを操って、南のIS研究施設からISコアを奪取したのと、北のミサイル関連施設と核関連施設の破壊、日本の軍事施設に対するハッキングと、政党本部に槍を投下したらしい。

 

『俺の言った事を確実にやり遂げたのに、間違ってる訳が無い。俺の為にしてくれたんだろう? ありがとう、ユー』

 

嬉しそうに俺の肩に降りたユーを撫でながら、内心ではマズい事になったと考え込んでしまった。正確な被害は分からないが、市街地に戦闘機がポコポコ落ちてかなりの民間人に被害者が出たらしいし、軍人に至ってはどれくらい死んだのかが見当もつかない。

 

俺は束さんのやり口を、白騎士事件をベースにした人死にの無いスマートな報復だと思っていたので、まさかここまで派手に力を見せ付けるような事をしないと思っていたのだ。

 

織斑先生との関係も悪化どころの話じゃないだろうし、束さんの持つ戦力を見せ付けてしまった以上は、脅威に思った各国が連携して束さんを狩り出す可能性が出て来た。おまけに、南が持っていたISコアは七個だったはずなのに、お土産として持ってきてくれたISコアが八個なのも良く分からないんだよな……何を考えて実行したのか、束さんに聞いてみるか。

 

『おはようございます、束さん……? 束さん?』

 

『おはようございます、司さん。束さまは今お休み中なので通信に出られません、後で司さんに連絡する様に言っておきますよ?』

 

最近電話代わりに使っている、束さんに向けての個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)で連絡を取ろうと思ったら、何故かクロエに繋がってしまった。

 

『おはよう、クロエ。束さんに用事があるんだけど……駄目かな?』

 

『はい、疲れてお休みになっていますからダメです』

 

『じゃあ、起きたら連絡をくれるように言っておいてくれ。クロエとも話したいけど、少し用事があるから後で時間を取ってくれると嬉しい。じゃあ、またな』

 

『はい、楽しみにしてますね司さん』

 

個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)を切った後でため息を付く。日本と半島への攻撃をこなした後なので、束さんも疲れて眠っているのだろう。束さん第一主義のクロエに、束さんを起こしてくれと言っても、聞いてくれないのは分かっているから仕方が無いのだが、正確な情報が入らない事をもどかしく思うのだった。

 

***

 

着替えてすぐに出られる様に用意を整えていると、まだ早い時間にも拘らず扉をノックする音が聞こえて来る。夜中に叩き起こされなかっただけ気を使ってくれたのかな? そう思いながら扉を開けると、織斑先生が外で待っていた。

意外な人物が立っている事を疑問に思っていると、先生もなにやら複雑そうな顔をしている。

 

「おはよう司。束がやった事に対しての説明が欲しいと、お前が雇った奴らが騒いでるんだがどうする? 嫌なら学園外に叩き出して来るが」

 

「バックを考えれば説明しない訳には行かないとは思うんですが、俺も情報を持ってないんですよ。束さんと直接話すまでは、迂闊な事も言えないんで困ってます。先生は連絡取れたんですか?」

 

そう言うと、先生は苦虫を噛み潰したような顔をしながらも憤っている様だった。

 

「いや、私も連絡が取れなくて困ってる。司ならと思ったんだがな…………どういうやり取りがあってあんな凶行に及んだのかは分からないのだが、もいくら何でも人死にが出るまでやる必要があったのか? ただでさえ悪かったあいつの立場が、更に悪くなるだけじゃないか」

 

この時の顔を見て、織斑先生はやっぱり束さんの友達なんだなと思ったのと、今更ながら自分が少し動揺していたらしい事に思い至った。束さんが人を殺して世界から狙われているとしたら、俺が守ってやればいい。

 

「その時は俺が守るから構いませんよ。ある意味今まで見逃されていた部分もあったんでしょうけど、今回の襲撃事件で市民を敵に回してしまいましたからね。そうなったら各国とも束さん対策に本気で取り組むでしょうし、その助手として扱われていた俺と美夜は、拘束されてISを奪われるかな? ……どっちにしても、このまま学園に止まるのは無理でしょうね」

 

「…………私の友達が迷惑をかけてしまって申し訳ない」

 

そう言って織斑先生が俺に向かって頭を下げたので、直ぐに身を起こしてもらう。

 

「仕方ないですよ、あんな癖の強い人を受け入れたのは俺ですから、最後まで面倒は見ますよ。バカウサギって罵りながら、目が赤くなるまでオシオキしてやりますから」

 

そう言って苦笑して流そうとしたのだが、それでも何度も俺に謝る織斑先生を連れて、ジェームズさん達が待つ場所に移動を開始する。

 

誤算だったのは密かに起きていた簪が、俺と先生の会話を聞いていた事だった。

 

***

 

先生に連れられて学園内の会議室に移動したが、扉の前で俺の護衛が全員待っていた。

 

「酷い事になったな。取り敢えず中に入ってくれ、今分かっている事を説明する」

 

クリスさんの先導で部屋に入った後で、俺はユーに頼んで電子機器のチェックをしてもらう。

 

『部屋に仕掛けられた盗聴器は無いようですが、織斑先生以外は外に向かってリアルタイムで送信を続けている機材を持っているようですね……妨害しますか?』

 

『まだ敵対関係になってないから、こちらから手を出すのは止めとこう。ただ、どこに繋がっているかは調べておいてくれ』

 

『分かりました』

 

ユーと打ち合わせをしながら俺、織斑先生、ジェームスさん、マリオさん、クララさんの五人が各々の席に着くと、クリスさんがPCを使って、今分かっている情報を説明し始めた。

 

「レーダーがかく乱されて未確認情報も多いが、被害について分かっている事を順に説明する。深夜一時頃に南の軍事施設全体に対するハッキングが行われて、指揮系統が潰された後に未確認の新型ISの奇襲攻撃が行われた。

わざわざISが駐屯している基地を襲って、スクランブルで上がって来た機体を乗員ごと破壊した後でコアを回収、別動隊も出ていて、こちらは研究施設にあったコアを奪取した後で研究施設を破壊している。

 

合流した両部隊はそのまま北に向かって侵攻を続け、被害の詳細は不明だが軍事基地、ミサイル関連施設、核関連施設を攻撃した後で南に戻った。

その頃には南の軍事基地に対するハッキングは解除されていたんだが、南の領空に入って大都市上空を飛行しているIS群に対して戦闘機による攻撃を開始、だが、短時間に全て叩き落された。

その後日本海を南下したIS群は、日本領空に入った後にハッキングを開始して東京上空に入った後、政党本部ビルに金属製の槍らしき物を投下した後で消息を絶った……これが今分かっている事の全てだ。

 

説明しつつその都度映像や写真を含めた資料を出して来るのだが、その全てが断片的な物ばかりで、辛うじて戦闘中に撮られたものらしいのは、戦闘機が撃ち落された動画を地上から写したものばかりだった。

 

「これを個人でやったって言うのが信じられねえな。それで、親切なアメリカ様は何で俺達にも情報を提供してきた。被害が大きすぎて自分の国で起こったらと思うと背筋が凍るが、ハイリスク、ハイリターンの賭けに手を出してしくじった奴らの自業自得だろ?」

 

昨日実際に目で見たマリオさんの意見は辛辣だった。わざわざ束さんが警告を出していたのにも拘わらず、あの態度で挑んで来たのだ。何か勝算があるのかとも考えていたのだが、実際には欲の皮が突っ張っただけのバカだった。が、それで自国の国民を殺していれば世話がない。

 

「……それで、俺をここに呼んだのは何故ですか? 束さんがやった事については理解しましたが、ある意味自業自得ですよね。これで死んだ方は到底納得できない事でしょうけど」

 

俺の発言を聞いてクリスさんは苛立っているように見えるのだが、俺とクリスさんは優先順位が違う以上は仕方のない事だ。傍から見れば大量殺人鬼に味方しているような事を言っているのだから、その苛立ちは当然だとは思うのだが、俺にとっては名前も知らない誰かより、束さんの方が大切だ。

 

「この被害について言う事がそれか!? ……君には篠ノ之博士捕縛の為の協力をして欲しい。どれだけ功績を積み重ねたとしても、今の彼女はただのテロリストだ」

 

「民間人の上に学生の立場ですので遠慮します。そもそもアメリカには軍隊もあるし、学園にはケイシー先輩もいるのに何で俺に声がかかったんですか? その前にやるべき事があると思いますが。話がこれで終わりだったら、俺は帰ります」

 

そう言って立ち去ろうとして扉を開けると、背後からクリスさんの怒声が聞こえて来た。

 

「専用機持ちが戦う場から逃げて良いと思っているのか!? 司と美夜は疑われているんだ。ここで無実を証明しなければ、一生表舞台には立てなくなるんだぞ!!」

 

「……俺たちの事を考えてくれてありがとうございます、クリスさん。ですが、恋人を売る気にはなれません。短い間でしたが、楽しかったですよ」

 

そう言って、俺は振り向いて全員に対して深々と頭を下げ後で扉を閉めた。

 

「この分枝世界に来て半年もたなかったか。短い間だったけど、色々あったな」

 

今まで宿命や先生(トークォ)に学んだ事が間違っていた訳では無かったのだが、人と多く関わっていると、それが全てでは無いと言う事も分かって来た。何事も教科書通りには行かないと言う事が、実地で学べただけ良しとしながらも、セシリアの事をどうしようかと思って頭を抱えてしまった。

 

「マズイ、セシリアに怒られる。一緒に逃げてくれとも言えない……いや、言わないと余計怒られる。あああああ、本当にどうしよう…………」

 

寮に続く廊下を歩きながら、何かいい手は無いかと真剣に考えていると、美夜から個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)による通信が入って来る。

直接顔を合わせないと話している気がしないからと言って、余程の用が無ければ通信をしてこない美夜にしては珍しいと思いつつ通信を繋ぐと、慌てた美夜が良く分からない事を言って来た。

 

『部屋でセシリアと居たらバーッて光ってセシリアに手を伸ばしたのに届かなくってセシリアどっかいっちゃった。なんかまだ光ってておかしいし部屋もおかしいしどうしよう!?』

 

『今からそっちに行くから待ってろ。美夜に危険は無いのか』

 

『~~~~~…………はぁ……うん、大丈夫。朝の準備をしてたら急に部屋の中が光り出して、セシリアがその中に消えたんだよ。今も空中に光が残ってるし、この分枝世界で起こる現象じゃ無いと思う』

 

一応、心当たりがある。普通に考えれば馬鹿馬鹿しくなる可能性の上に、都合が良過ぎて作為的なものを感じてしまうのだが、俺にとっても美夜にとってもセシリアを見捨てると言う選択肢がない以上、都合の良い人質なのは確かだ。

 

『絶炎はなんて言ってる? 多分答えを知っていると思う』

 

それから長い沈黙があって、美夜が泣き出したのか、すすり泣くように答えを言って来た。

 

『嘘だよ……セシリアがエトランジェ(勇者)として召喚されたなんて!? …………あんな優しい子に人殺しなんて出来る訳無い!!』

 

俺も怒りで声が震えるのを抑えつつ、何が起こったのかを美夜に話す。

 

神剣宇宙(マナ・ナル)の干渉だ、どうやら一刻も早く俺かイャガを殺したいらしい。俺がそこを通らなければその内イャガがこの分枝世界までやって来るし、俺が通れば……どうなるか分からない』

 

『俺達、だよ。マナの霧に帰る時は一緒だから。セシリアを助けに行こう、向こうがどうなっているか分からないけど、絶対に困ってるから』

 

こうして、俺と美夜はこの分枝世界を離れる準備を始めた。この先がどうなっているのかは、時詠みの能力の低下した俺には分からなくなっていたのだが、せめて美夜とセシリアだけでも守り通そうと、自分自身に誓っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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終わりの始まり

本日一本目です。


急いで美夜とセシリアの部屋に行くのだが、近づくにつれてマナとエーテルが有りえないレベルで充ちているのが分かる。普通、神剣使い同士が大規模な戦闘でもしない限りこんな事にならないし、そもそもこの分枝世界には、マナもエーテルも使う技術が無い。

その事を不安に思いながら、扉をノックをして鍵を開けてもらう。出て来たのは落ち着きのない美夜と、部屋に充満しているマナとエーテル、そして青白い光を放ちながらそこに固定されているらしい門の存在だった。

 

「司どうしよう……セシリアが消えた後、急に門が現れて消えないよ。普通こんな事はありえないのに」

 

俺も目の前の門を見て唖然としてしまった。門と言うのは、分枝世界や時間樹を移動するのに用いる通路の様なものなのだが、兎に角不安定な存在なのだ。

使う場合も時間と出る場所が決まっているので、タイミングを合わせて神剣を使って門を開かなと使えないし、時間にしても百年単位で待たないと使えない場合もあるが、逆に唐突に完全に開いた挙句、運の悪い人間を門の向こう側に移動させてしまったりもする。

渡りが出来るエターナルにとっては不便極まりないのだが、その代わりに長距離を移動出来る門もあるから一長一短だ。

ただ、以前から門があるなら生活していた美夜が気が付かないはずが無いし、この部屋に遊びに来た事のある俺が気が付かなかったのもおかしい。

 

「門が新しく出来たのか。助けに行くのには都合が良いけどな。エトランジェ(勇者)として召喚されたのなら、永遠神剣と契約しているだろうし、他の時間樹に移動したのだとしたら……」

 

口には出さないでいるが、確定している最悪の事態を思って俺も美夜も沈黙した。セシリアを助けに行くとしても、ここに残るとしても、失う事が確定しているからだ。

 

「みんなに説明したらここを出るよ。セシリアを助け出して連れ戻す事に全力を出す」

 

「…………うん、そうだね。今は助けるの事だけを考えよう」

 

そうして、俺と美夜は関係者である簪、乱、束さんとクロエ、そして美夜の希望で篠ノ之をセシリアの部屋に呼ぶ為に行動を開始した。

 

***

 

取り敢えずいい時間だと言う事で、二人で食堂にやって来たのだが、食事が終わった後の生徒もなんとなくみんなで寄り添っている様だった。

原因は今テレビでやっているワイドショーにある。普段は自衛隊の事を貶している最大野党が誤射を食らったせいで、IS学園所属のISと学園生を防衛の為に一時的に所属を変えろとか無茶な事を言いだしたせいらしい。

 

「頭の悪い事言ってるな、訓練未了の人間なんて危なくて使える訳無いだろ。しかも学園生の半分は外国籍なのに」

 

テレビを見ながらそんな事を呟きながらみんなを探すと、俺たち以外のいつものメンバーである簪、乱、ラウラが、食事を終わらせた後にお茶を飲みながらテレビを見ているのが目に入る。

 

「おはよう三人とも、ここでのんびりしてても良いのか? トーナメント二日目だろ」

 

「おはよ、司には通達が無かったの? 今日は休みよ。昨日あんなことがあった上に、学生を戦力に組み込むなんてアホな事言い出した連中がいるから、先生たちも情報収集に走り回ってるみたい……日本の政治家って本当に大丈夫なの?」

 

呆れている乱や、苛立ったようにテレビを睨みつけているラウラなど、外国の生徒は大体が日本の政治家のバカな発言に呆気に取られている様だったが、日本人の簪などは不安そうにテレビを見つめていた。

 

「まともなのもいると思うけど、どうしようもない連中が目立つのはどこでも一緒だろ? あいつら自分の発言すらすぐに忘れるニワトリみたいな奴らだから、まともに相手にするのがバカバカしくなって来るよ。

ラウラも大丈夫そうで良かったよ、ISのトラブルがあったって聞いてたから心配してたんだ」

 

乱のあいさつに応えながら、ラウラに声を掛ける。俺が裏で動いた結果だから茶番も良い所だが、情報の入手方法も含めて言う訳には行かないからな。

 

「心配をかけたな、もう大丈夫だ。勝利に対する執念と言うのを見せ付けられた。一夏に負けたとは思わないが、一夏()には完敗したからな。司に周りと仲良くしろと言われたし、少しづつ強くなる対する為にみんなと仲良くなるつもりだ」

 

「強くなりたいから仲良くしたいって言うのがラウラらしいな。切っ掛けは何でも良いんだから、みんなと仲良くな」

 

そして、乱とラウラに声を掛けた後、俺の方をじっと見ている簪に声を掛ける。様子がおかしいんだけど、何かしたかな? 心当たりが無いんだよな。

 

「簪? どうかしたか?」

 

「ううん、何でも無いです……あの、どうしたんですか?」

 

「いや、みんなにちょっと告白する事があってな。付いて来てくれないか? 話したい事がある」

 

乱などは最初に告白と言う言葉を使ったせいで照れていたが、俺の表情と雰囲気を感じ取って静かになる。

 

「待って下さい!! ここで話せば良いんじゃないですか、行かないで下さい!!」

 

周りに人がいるにも拘らず、大声を出して俺を引き留める簪と俺に周りの目が集中するのを感じ取るが、俺だって余裕が無いのだ。

 

「……簪は何か知ってるのか? 兎に角セシリアと美夜の部屋で待ってるから、用意が出来たら来てくれ。俺は他に聞いて欲しい人を呼んでくるから」

 

思わず簪が掴んだらしい俺の服の裾を放してもらってから、人の居ない所に移動する。篠ノ之に関しては美夜に任せているし、俺は束さんを叩き起こして電脳空間経由で(秘密の世界)に来てもらう為に、取り敢えずモーニングコールを入れる事にした。

 

***

 

美夜が廊下で四人を待っている間に、ユーに頼んで電脳空間に通じる門を作って貰う。

 

『ユー、本体を(秘密の世界)の空に出しておいてくれ。それと話はユーの背中でする』

 

『……そこまでしなくても良いのでは? 彼女たちは普通の人間です。あまりにも力を見せ付けると、排斥されてしまう可能性があります』

 

『みんなには本当の事を言いたいからな。心残りが無いようにしたい』

 

『…………司さまは人間を信用しすぎです』

 

声に私は心配なんですと言う感情が籠っているのを感じて、俺は苦笑しながらユーを撫でる。

 

『俺を好きになってくれた子を信用出来なくなったら終わりだよ。人間を信用してるんじゃなくて、俺に思いを伝えた子を信じてるだけだ。さて、みんな来たみたいだから出迎えるか』

 

そう言って電脳空間を出た。束さんは叩き起こしてこっちに来る準備をしているたいだし、クロエにも来てもらう。俺の正体を教えるのはこれが全員で、後は静かに居なくなる予定だ。

 

部屋から廊下に出ると、美夜、簪、乱、ラウラ、篠ノ之の五人が待っていた。

 

「ここに居る子は全員揃ったよ。後は束さん待ち?」

 

「ああ、電脳空間経由で(秘密の世界)に直接呼び出した。もう少ししたら来ると思うから、中で待っていてもらおう」

 

他の子には話をする間を与えないまま部屋に入ってもらうと、全員が部屋の中の状況に絶句していた。

 

「……なに、これ……」

 

辛うじて乱だけは声を出せたみたいだが、他の子はただ門を見ているだけだった。

 

「今朝セシリアがエトランジェ(勇者)として召喚された後、いきなり出現した門だ……それも含めて全部説明するよ。簪、触ろうとするな!」

 

そろそろと門に向かって手を伸ばしている簪の手を慌てて取って、慌てて体ごと引き寄せる。体勢的に抱きしめているような形になって、周りの視線が生暖かくなったような気がするが、俺は悪くない。

 

「マナを扱えない普通の人間が触ると、狭間の領域に吹き飛ばされるか、最上の結果だとしても他の異世界……俺たちは時間樹って呼んでるけど、別の時間樹に転移して、普通の人間だとこっちに戻って来れなくなる。もう一回言うけど、絶対に触るなよ」

 

多分この先に続いているのは別の時間樹だから、説明は間違ってない。詳しく説明する意味は無いと思うので、分枝世界と時間樹の関係性は言わなくて良いだろう。

そう言ってため息をついた後、みんなを部屋の床に光で書かれている円の方に連れて行く。

 

「こっちの光の円は俺とユーの隠れ家を兼ねた場所で、これから話す事が嘘じゃ無いって証明になると思う。美夜、俺が最初に転移するから、厳重に戸締りした後で最後にこっちに転移して来てくれ」

 

そう言って最初に電脳空間に飛ぶと、既に束さんとクロエが待っていた。今まで個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)で話す事で済んでしまっていたのでここに呼ぶ事は無かったのだが、初めて見る電脳空間上とは言え違う世界の姿と、何より空中に浮かぶ次元鯨の姿に圧倒されて、二人共上を見上げながら口をぽかんと開けてユーの姿を見ていた。

 

「つかちゃん…………こんな凄いの束さんに隠したままって言うのは酷いじゃないか!! あの鯨は何!? 何であんなに大きいのがいるの!?」

 

束さんでもこんな驚くことがあるのかと、少し面白く感じながらも、別に隠す事じゃ無いので正解を口にする。

 

「あの次元鯨がユーの本体ですよ。こっちのユーは(ウィル)を分割した状態で、俺に付いて行きたいって心が形になったものですから……みんなもこっちに来たか。ユー、歓迎のあいさつをしてあげなよ」

 

「ボェェエエエエエエエエエエエエェェェェ!!!」

 

全員が驚いて顔を上げる中で、俺とユー、そしてこう言うのが大好きなフィーだけが、みんなの顔を見て悪戯が成功したと笑っていた。

 

 



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闇を抱える心

本日二本目です。


みんなが驚いた所を笑っていたらポコポコ叩かれ始めたので逃げ回る。そして緊張が解けた所で、新しい光の円をユーに頼んで作って貰う。

 

「この先で話すよ、付いて来てくれ」

 

そう言って光の円を通ると、そこにあるのは中庭に巨大な木を生やしたIS学園、ただし未完成品だ。

 

「IS学園の一部施設? 寮とアリーナと整備施設しか無いけど……ここはどこなの、司?」

 

「ユーの背中の上だよ。時間樹間を移動する為の拠点として作ってたんだけど、時間が足りなくて全部作れなかった。寮とISの関連施設しか無いけど、生活する分には問題無いから良いんだけどな」

 

「…………これだけすごい物とか見せられたけどいい加減答えて、司と美夜って何者? それと一番大事な事だけど、セシリアがエトランジェ(勇者)として召喚されたってどういう事よ」

 

束さんとラウラとクロエは新しい情報を得ようと黙って聞いているし、簪と篠ノ之は圧倒されて無言になっている。結局は物怖じしない乱がさっきから話を続けているが、みんなも聞きたいだろうから話を始める事にする。

けど、その前に……俺は聖杯を使ってグラウンドに芝生を生やして、人数分のテーブルとイス、それとログ領域からデーターを読み込んで、一流店の紅茶とケーキセットを作り出した。

 

「お茶でも飲みながら話そう。この前一緒に雑誌を見ていた時に、乱が行きたいって言ってた店のケーキセットだよ」

 

聖杯を良く知っている美夜以外は、おずおずと席に座ってお茶を飲んでいるが、話すタイミングが見つからないのか、譲り合っている様なので話を始める。

 

「まず、俺と美夜は人間じゃない。エターナルと言う存在だ」

 

「エターナル、ですか?」

 

こう言う事に一番興味がありそうな簪が、俺の方を見ながら真剣に受け答えを始めた。

 

「ああ、俺は前の世界で死んだ後に行方不明になった俺の魂が、長い間高濃度のマナに晒されていた為に、スピリットに近い存在からエターナルに成った元人間だし、美夜はその前の世界で、転生を司っていた神の仕事の補佐をしていた所からエターナルに成った存在だ。ある条件に合うと、色々な生き物からエターナルに成るんだ」

 

「美夜は天使? 司さんも死んでいたって……条件って何ですか?」

 

俺は”赦し”と”聖杯”を取り出して、”聖杯”をテーブルの上に、”赦し”は壁を作ってそこに立てかけた。

 

「第三位以上の上位永遠神剣と契約する事だ。そうする事でエターナルに成る。そしてエターナルに成ると、メリットとデメリットが発生するんだ。

メリットもデメリットも色々あるけど、俺達に関係がある強烈なデメリットは一つだけだ。時間樹間を移動したら、この世界の元になっている時間樹に記録されている、エターナルの事が全て消える。

つまり、この世界に居た俺と美夜の事が全て無かった事にされるんだ。ただ、矛盾が無い様に俺とか美夜がやった事は別の誰かがやった事になって、なるべく変化が無いようになるらしいけどな」

 

「なんですかそれ!?」

 

「どういう事よそれ!? ふざけないで!!」

 

「つかちゃんとみゃーちゃんが転移したがらなかった理由はそれか。でも、分枝世界間だったら問題無いんだよね?」

 

束さんは俺と美夜から情報を得ているから、聞いて来る事が具体的で厄介だ。誤魔化しても意味無いから、本当の事を言う。

 

「俺と美夜がエターナルとして渡りをしたのは、今回が初めてだったんですよ。勘違いをしたままここから出て、俺と美夜以外のみんなから俺達の情報が消えたらどうするんですか」

 

「失敗したら全てを失うし、別に用も無いのに危険は冒せないか。でも別の世界は見たい」

 

時間があればそれでも良かったんだけど、今の状況下だと時間が足りないから無理だ。

 

「すいません、一刻も早く門を通らないとセシリアが危険なんです。孤立無援でどうにかなる世界だったら良いんですけど、一方的に召喚された以上は最悪を想定しておかないと」

 

そう言いながら話に入ってこないラウラの方を見ると、何時の間にか(ウィル)状態のユーを抱っこしながら、黙って話を聞いていた。俺がラウラの方を見ていると、疑問に思っていたらしい事を聞いてきた。

 

「司、いったい何歳だ? ……いや、何年訓練を続けて来たんだ?」

 

ラウラらしすぎる質問で、この状況下なのに笑ってしまった。この子は全然ブレないな。

 

「こっちの時間と同じかどうかは分からないけど、約五百年訓練を積んで来たよ。俺から見たらラウラなんて、ヒヨコ以前の卵の状態だ」

 

「そうか、納得出来た。こっちに帰って来たら、是非訓練に付き合ってくれ。司に負けない位に強くなりたいからな」

 

「……戻ってくると思ってるのか?」

 

「当たり前だ、セシリアを連れて帰って来るに決まっている。お前はそう言う男だ」

 

友達からそういう評価をされるのが、恥ずかしいと同時に誇らしい。だからこう言う風に返していた。

 

「良いぞ、ボコボコにしてやるから覚悟しておきな。俺だって先生(トークォ)にまともに勝った事が無いんだ。目標って言うのは、強くて大きいほど良いからな」

 

「…………そうか、楽しみにしている」

 

そう言った後で、この場ではラウラはみんなの聞き役に徹していた。それとは別に、ユーの事は手放さなかったのだが。

 

「俺と美夜の事は良いとして、セシリアの事についてだ。エトランジェって言うのは永遠神剣によって異世界に召喚される人間の事で、物凄い力を持っている為に召喚された後に隷属させられて、兵器扱いされる事が多いんだ。

呼び出された以上は永遠神剣との契約は止められないけど、隷属される前に取り戻して、出来たらこの世界まで戻って来たい」

 

話している俺の表情と、聞いている美夜の表情を見て、そんなに簡単に事が済むとは思わなかったらしくて、乱が質問して来た。

 

「難しいの?」

 

「少し前にトラブルがあって、俺は命を狙われているんだ。相手は俺達より格上で、どちらかが死ぬまで終わりが無い。セシリアはそれに巻き込まれたんだ。

そう言う背景があるから、素直に逃げられるとも思えないし、取り戻して直ぐに逃げるって言うのは希望的観測がかなり入っている。それに、それが全部上手く行ったとしても、ここまで追って来て世界ごと消滅させる事が出来る相手だ。矛盾するようだけど、確実に止めを刺さないといけない相手なんだよ」

 

「どんな相手よ、それ!!」

 

「ロウ・エターナル、”最後の聖母”イャガ、今までにも色々な世界を食った、おっかない相手だよ」

 

「……………………私じゃ司の役には立たないね、そんなのが相手じゃ」

 

「セシリアを連れて帰って来るから、それを待ってればいいよ」

 

乱は悔しそうにしていたが、それでも肯いてくれた。

 

次に質問して来たのは意外にも篠ノ之。今の話を聞いて混乱してるみたいだし、束さんに色々聞きたい事もあると思うのだけど、それでも別の事を質問して来た。

 

「私が呼ばれた理由は? 姉さんも含めた四人がここに居るのは分かる。ラウラは最近司たちと仲が良いからそれも分かる……散々司と美夜に迷惑を掛けている私が、ここに居る意味が分からない」

 

「私が呼んだんだよ。箒は不器用だから私と司が消えて、セシリアも居なくなった後どうなるか心配なんだよ。ごめんね…………一緒に居られなくなっちゃってごめんね」

 

そう言って、美夜が篠ノ之に抱き付いた。篠ノ之にしてもさっき美夜の言った意味を理解するにつれて、不安そうな表情になって行くが、それでも寂しそうにしている美夜の為に黙って抱きしめていた。それを見ながらみんなの気持ちが固まるのを待っていると、簪が質問して来た。

 

「あの……セシリアを助けに行くのは二人だけですか?」

 

「そう…… 「つかちゃんと、みゃーちゃんと、束さんと、くーちゃんだよ。そうだよね、つかちゃん!!」

 

いきなり束さんが割り込んで来て、捨てられた子犬のような眼で俺を見ている。そう言う事にしたいらしいけど、束さんは天災だけどただの人間だからなぁ……聞き届けてくれるかは分からないけど、説得するだけしてみる。

 

「セシリアがエトランジェ(勇者)として召喚されたって事は、戦いがある世界だって事です。危険だから連れて行きたくないんですよ。イャガの件だってあるし、俺と美夜でも消滅する可能性がありますから。

それに時間樹間を移動したら、超絶コミュ障時代の束さんに戻るんですよ? 戦いながら、昔の束さんの相手なんて出来ません」

 

ちゃんとダメな理由を言って説得したのも拘わらず、椅子に座っている俺の方に回り込んで来て、全力でしがみ付きながら駄々を捏ねている束さんを見ていると、とても織斑先生と同い年に見えない。でも先生に大見え切ったしなぁ……

 

「良い子にしてるから連れてってくれないと嫌だ!! お願いだよつかちゃん、くーちゃんも行きたいよね!?」

 

「はい、司さん。お願いします」

 

「…………ダメです、連れて行けません。分かって下さい、二人を危険な目に合わせたく無いんです」

 

そう俺が言った瞬間、束さんの目が据わった。

 

「ふーん……そう言う事を言っちゃうんだ…………じゃあ、つかちゃんが帰って来るまでは、これを全力起動させて待ってるからいいよ。後の事は束さん知らないからね」

 

不貞腐れた態度を取った束さんが電脳空間上に展開したのは、鎖が巻き付いた永遠神剣を青いクリスタルに突き刺して一体化している物だが、それは俺が絶対に作るなと、束さんに釘を刺していたシロモノだった。

 

「マナ・エーテルサイクル機関は作るなって言ったよな!? お前、これは文明を破壊する装置だって話しただろう、何やってんだ!!」

 

「だって、こうでもしないとつかちゃんは私を見てくれないじゃないか!? つかちゃんは、私にはずっと一線を引いてる感じがするのはどうして!? 私は他の子と一緒に扱って欲しかったのに、私一人だけ除け者にしてた!! つかちゃんの気を引こうと色々したのに、全然私の方を見てくれなかったじゃないか!!」

 

興奮して肩で息をしている束さんを見て、全員が硬直してしまった。俺だって束さんがそんな思いを抱いているなんて思わなかったのだ。束さんは行動が読みづらく、冗談か本気か分からない状態で抱き付いて来たりしていたし、何より俺自身が、”天災”という名に畏怖と敬意を覚えていた。

だから、口では束さんの事を恋人だと言ったりしていたが、それらしい行動を全然した事が無かった…………正直に言うと俺の能力目当てで、そんな気は束さんには全然無いと思っていたのだ。

 

「…………俺は束さんの事を尊敬してたけど、束さんはあくまで俺の能力目当てだと思ってたよ。束さんの気持ちを分かってなかった」

 

言った瞬間に力いっぱい殴られて、五メートルは飛んだ。止めようと思えば止められたが、束さんを蔑ろにしていたのだから、このくらいは甘んじて受けようと思う。人間なら即死するけど。

そして、俺が倒れている所にウサミミを激しく動かしながらやって来て、制服の襟を掴まれて引きずられていく。

 

「私がつかちゃんを好きだって事を証明する。子供は何人が良い? バカウサギって呼ばれてるくらいだから、私の体を改造して、一気に六人くらい産めるようにするから。取り敢えず部屋に行こう? 私は処女だけど、体のスペックは高いから何でもしてあげるよ」

 

「ちょ!? 待ってくれ!!」

 

そう言った瞬間、引きずられて倒れていた俺に束さんが圧し掛かって来て、俺の顔を完全に光の消えた目で見つめて来る。

 

「待ってくれ? せっちゃんの為の時間は取れても、私の為の時間は取れないの? じゃあ、今ここで殺してよ。こんな世界に閉じ込められるくらいなら、つかちゃん殺してよ。もうこんな所に居るのは嫌、目の前に可能性を見せ付けられたのに、それを取り上げるくらいなら殺してよ」

 

物凄い力で押さえ付けられながら、圧し掛かるように体を密着させて、俺の顔を見ながらそう呟いて来る。束さんが世の中に不満を持っていたのは知っていたけど、ここまで心に闇を抱え込んでいたとは知らなかった。

束さんに出会って一ヶ月くらいなのに、材料の提供だけで独力でマナ・エーテルサイクル機関を作ったと言うのが信じられないが、ここまで出来る束さんをこの分枝世界に残しておけない。

 

実はマナ・エーテルサイクル機関の先の技術に、永遠神剣を意図的に暴走させて極大の爆発を引き起こす、マナ消失と言うものが存在する。技術文明が発達した世界で言う所の核兵器みたいな物だが、マナ消失の方が危険性は上だ。

何しろ、マナ消失を引き起こすと世界全体のマナの総量が大幅に減るのだ。これを主に利用しているのがロウ・エターナルだと言えばどれだけ危険かは分かると思う。

 

マナ消失で完全に分枝世界を破壊した後に、その世界を構成したマナを回収して行くのがロウ・エターナルの基本戦略だ。そして、心に闇を抱え込んだ束さんの技術は、それを開発できる一歩手前まで来ている。俺は分かってたつもりだったけど、それでも”天災”を甘く見ていたらしい。

 

「…………分かった、束さんを別の時間樹に連れて行く。記憶が無くなった後の事を考えると、トラブルしか起きないと思うけど。他の奴に束さんを任せると、世界全体を巻き込んで自爆しそうだしな」

 

「……今日の所は許してあげる。でも、私を見捨てたら許さないから」

 

そう言って俺に抱き付いてキスをした後はなれると、大喜びしながらクロエに向かって突撃して行って、抱きしめながらクルクルと回っていた。それを見ていると、どちらが本当の束さんなのか分からないが、どちらも本当の束さんなのだろう。

人間関係……女の子との関係で失敗ばかりしている俺だが、今回も盛大にやらかしてしまった事にかなり落ち込んでしまうのだった。

 

 



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その願い、聖なるかな

本日三本目です。


そんな感じで束さんとの話し合いを終わらせると、束さんとクロエが異世界行き決めたのを見て、簪も同じことを言って来た。

 

「私も連れて行って下さい、みんなが居ない世界なんて嫌です」

 

一人に許可を出せば、こう言う流れになるのは当たり前だとは思う。ただ、それを俺が認めるかは別の話なので、簪に対して反撃を試みる。

 

「簪、人を殺せる?」

 

「え?」

 

「セシリアには死んで欲しく無いから無理矢理にでも覚えてもらう。そもそもセシリアを助けに行くと、時間樹間の移動が起こって、俺と美夜に関する記憶が消えるんだよ。

記憶が無い状態でそんな事を強要したら確実に憎まれるだろうけど、それでもセシリアには死んで欲しく無い。

モンスターの大繁殖で人間がピンチだから召喚したのかもしれない。それだったら、あっちで戦い方や神剣魔法を教えれば良いだけなんだけどな。だけど、そんな風に上手く行く事なんて無いと思う。だからもう一回簪に聞くよ、人を殺せる?」

 

簪はこんな事を言っている俺の表情を見て、泣きそうになっていた。優しい子なのに脅しすぎだとは思ったが、これは俺の本心だ。

連れて行くからには屍山血河を作ろうが守るつもりだが、最終的にイャガと殺し合いになるのが確定している以上は連れて行けない。説得が無理な”天災”は諦めたけど。

 

「ごめんな」

 

「ううん、でも忘れたくないよ」

 

セシリアもそうだけど、俺のせいで泣いている子を見るのは辛い。けど、この件に関してはどうにも出来ないのだ。そう思っていたら、乱がいきなり立ち上がって俺の方に向かって来た。

 

「司、さっき芝生を生やしたりケーキ出したりしてたわよね!? あれってどこまで出来るの!?」

 

「ベースになっているのは、全ての願いを叶えるって言う権能がある、願望機としての聖杯を真似て作ったものだからな。限界があるのかどうかすらも分からない」

 

「全ての願いを叶えるって……それを使って、みんなが忘れない様に願えば良いんじゃないの!!」

 

「…………フィー、出来ると思うか?」

 

そう言う訳なので、テーブルの上で暢気にケーキを食っている”聖杯”の神獣であるフィーに聞いてみる。体が小さいのに、そんなに食ったら太るぞ。美少女フィギュアサイズなのに、何も乗ってない皿が三皿も重ねてあるのは色々ダメだと思う。

 

「ん……ちょっと待って下さい、お茶飲みますから……えっとですね、本当に特殊な事以外はどうにでもなります。例えば本物の永遠神剣を作るとかは無理ですけど、ログ領域に干渉してエターナルの記憶を残すって言うのは、やってみないと分かりません」

 

「出来ないとは言わないのか?」

 

「そんな事を試した人が、エターナルを含めて誰もいないんですよ。大体、試せるのが私か”宿命”様位しかいませんからね」

 

「だよな、言われるまで俺も気が付かなかった。エターナルが時間樹間を移動したら、記憶と記録が消えるのは常識だからな」

 

今までだって、ログ領域への干渉はさんざんやって来た。何が起こるかは分からないが、乱と簪が期待する様にこっちを見ている以上は出来ないとは言えないからな。

 

「フィー、手伝ってくれ。ログ領域に対する情報の保護と、因果律への干渉をやってみる」

 

「分かりました、全力でサポートします」

 

…………………徹底的な情報の保護をしてみた。時詠みが使えれば未来視で成功するかどうか見る事が出来るのだが、力に制限が掛かっている今の状況では未来を見る事が出来ない。精一杯足掻いたが、成功するかは未知数だった。

 

「出来る限りの事はした。これで駄目なら何をやっても無理だ」

 

そう言うと、二人共すごく喜んでくれた。そして、喜びながらも乱が俺に指を突き付けて来る。

 

「後は絶対生きてセシリアと一緒に帰って来る事!! …………もしも私と簪が司と美夜の事を忘れていたら、司は私たち二人を何があっても口説き落として恋人にするんだからね!!

セシリアがお姫様気分で攫われたんだったら、私達は司に口説き落とされるんだから……だから……絶対生きて帰って来るのよ。イャガなんかに負けて、死んだら許さないんだからね!!」

 

「戻って来れる様に努力するから心配するな」

 

「絶対なんだからね……」

 

そう言って大声で泣きながら抱き付いて来た。六人いる恋人の内、ほぼ全員に泣かれたり、ぶっ飛ばされた事があるって最低だと思うのだが、それは帰って来てから償わせてもらおう。

泣き止むまで好きにさせておいて、恥ずかしそうにしている乱を横目に見ながら、みんなに提案する。

 

「束さんとクロエのリアルボディがこっちに来たら転移する。後は……最後に記念写真でも撮るか」

 

「カメラなんてあるの?」

 

抱き付いたまま離れない乱が聞いて来るが、その辺は抜かりない。

 

「ここは昔住んでた所のコピーだけど、元住んでた所にあった記録装置は一万年持つって”宿命”が言ってたからな。それを使おう」

 

そう言って”聖杯”を使って、本物の(秘密の世界)にあった記録装置を作り出す。使い方も一応”宿命”に習ったから大丈夫だと思う。

そして、ここに居る全員、俺、美夜、簪、束さん、クロエ、乱、ラウラ、篠ノ之、ユー、フィーの大人数で写真を撮った。

 

構図は(秘密の世界)を出る前に撮ったのと同じだったのだが、人数が増えたのが素直に嬉しい。

 

「セシリアを連れ戻したら、もう一回ここで写真を撮ろう。絶対に帰って来るから二人共待っててくれ」

 

「学園生でいる内にお願いしますね。みんなと友達になったここでまた会いたいですから」

 

「怪我しないでね。司は結構抜けてるから、美夜はちゃんと見張っててね」

 

「大丈夫だよ。即死しなければ直せる永遠神剣を司が持ってるし、セシリアと束さんとクロエちゃんを現地で不老化させて、時間がオーバーしてもタイムトラベルすれば、簪の言う時間までに戻って来れるから」

 

「…………司も美夜も、そこまで出来るなら一夏との仲を取り持ってくれたって良いじゃない。ケチ」

 

「既成事実から逃げた篠ノ之に言われたくない」

「既成事実から逃げた箒に言われたくないよ」

 

「今度会う時は必ず成長して待っている。そうしたら再戦だぞ、司」

 

「あー……時間がかかってタイムトラベルすると、ラウラの強さも元に戻るんだが」

 

「ほどほどの時間で戻ってこい、司」

 

「分かった、時間に遅れても恨むなよ。ラウラ」

 

「時間に遅れたら怒る。だが、楽しみにしているからな」

 

そんな事を言い合いながら、私達は司と美夜に別れを告げた。最後まで見送ったら泣いてしまうかもしれないから……司と美夜にこれ以上負担をかけたくなかった。

 

一時間くらいすると、見慣れたにんじん型のロケットが飛んで来たが、ISが追ってきている。大丈夫なのかと心配していたら、空中に光の線が現れてそこからユーの本体が出て来た後、ロケットが芝生の生えた校庭に突き刺さった後で、ユーがいきなり消えた。

 

「ユーはあんなに大きかったんだな。司は私に嘘を付いていたんだから、帰って来たらウィル? 状態のユーとフィーを借りよう。一緒に寝たいからな」

 

「あんたもブレないわね、まあ、帰って来たら一緒に頼んであげるわよ」

 

「クロエちゃんに似ていて、ラウラに強く出られないってボヤいてましたから、上目遣いでお願い……とか言ったらイチコロだと思いますよ?」

 

「簪も結構言うわね。でもそのくらい言ってもバチは当たらないわよ、私達みたいな美少女を待たせてるんだからね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、私達は何かを失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エピローグ

 

 

 

「お茶飲むのにも飽きたしお昼でも食べようか、午後から私と簪の取り調べって言ってるし。いくら束さんと仲が良かったからって、どこに行ったかなんて知る訳無いじゃない」

 

「そうですよね。この騒ぎなのにセシリアもどこかに行っちゃったって言うし、これからどうなるんだろう……」

 

日本政府とお隣の半島が束さんからISコアを奪い取ろうとした結果、手痛い反撃を受けて大混乱に陥っているのだ。あの(・・)束さんに強要なんてして、この程度の被害で済んでるのが信じられないのだけど、流石に犠牲者も出ているので口には出さない。それに、何かいつもの束さんらしくない気もするし。

 

「ラウラもお昼行くよ。トーナメント一回戦でボロ負けして、機体の整備不良で全損したからってそんなに落ち込んでもしょうがないでしょ?」

 

「いや、レーゲンの事が心配でな。本国での整備で、誤って廃棄されたはずの試作品を取り付けたとか言ってたが、どこまで本当なんだか」

 

「ブツブツ言わないの。コアは無事だし、予備部品で機体は直るって言ってたんでしょ? ポジティブに生きてた方が人生楽しいんだから、あんまり後ろばっかり見てると損するわよ」

 

三人でテラスでお喋りしてたんだけど、内心ではセシリアの事が心配で仕方ないから、みんなで何となく集まっていただけなんだけどね。でもセシリアは絶対帰って来るから、しっかりしないと……あれ? 私はセシリアがどこに行ったのか知ってる? ……知らないよね??

 

そんなもどかしい思いを抱きながら食堂に行くと、丁度箒もお昼を食べに来ていた。セシリアとすごく仲が良いんだけど、一夏関連でおねえちゃんも含めてバカをやったせいで、少し敬遠されている子なんだよね。

 

「箒! 一緒に食べるわよ。その方が楽しいから付き合いなさい」

 

この前束さんの実験に付き合って、電脳空間で一緒にお茶を飲んだりしたので一応は知っている。悪い子じゃ無いとは思ったけど、口下手で不器用だって言うのが私の第一印象だ。

ただ、いつも一緒に行動しているメンバー(私、簪、セシリア、ラウラ)の中にだって口下手な子が二人もいるのだから、今更何とも思わないけど。

そんな感じで一緒にご飯を食べて四人でぽつぽつと話し始めた所で、共通の話題として束さんが新しく試作していた記録装置の事が話題に上ったので、私が持っているのを起動させてみた。そうすると、何やら不思議な人が写っていた。

 

「…………だれ、この二人?」

 

慌てて全員の持っている物を起動させたのだけど、全部の記録装置に写っているし、やたらと私達と仲が良さそうに見える。

 

「IS学園の制服を着てますけど、男性IS搭乗者って織斑君しかいませんよね?」

 

「ここに写ってる、空飛ぶ小さいクジラと妖精が可愛いな」

 

「この紅い瞳の子と、私がすごく仲が良さそうに見えるんだけど……」

 

私も背が高いアルビノの穏やかに笑っている人をじっと見つめる。その辺のアイドルや俳優なんて目じゃない位にカッコいいし、何か私から抱き付いてるし!?

だんだんと顔に血が上がって来たのが分かるが、それでもポーっとしながら見つめていると、簪がなにやらニコニコしながら話しかけて来た。

 

「もしかして、乱()一目ぼれですか?」

 

「簪も?」

 

お互いに苦笑しながら肯き合う。名前も知らない相手に恋をするなんて、我ながら相当あれだと思うけど、それでもこの気持ちを大切にしたかった。

 

「何時か会えると思うから、その時までこの気持ちは取っておく。それまでがんばろう、簪」

 

「そうだね乱、がんばろうね」

 

私と簪は、一目ぼれした人に会うのに時間はあまり掛からないと確信していた。だって、彼らはきっと努力しているのが何故か分かっていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

901分枝系統 80013世界 02795726時間断面 ISの世界 第一章完 第二章に続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて第一章、901分枝系統 80013世界 02795726時間断面 ISの世界 は終わりです。読んで下さってありがとうございました。

続いて第二章を書いて行きたいと思うのですが、原作の読み返しと、ある程度のストックを貯めてから上げたいと思いますので少々お待ちください。
ISの原作キャラ(セシリア、束さん、クロエ)が出ますが、別の世界での話になりますので、新タイトルで上げるつもりです。

これからも、のそのそ書いて行きますので、よろしくお願いしますね。


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