魔法少女まどか?ナノカ (唐揚ちきん)
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第一話 転校生とピンク

 「初めまして。夕田(ゆうた)政夫(まさお)です。僕はこれからこの見滝原中学校で皆さんと一緒に学生生活を楽しんで行きたいと思います。皆さん、どうぞ(よろ)しくお願いします・・・」

 

僕は自己紹介の予行練習に書いた紙を読み上げる。

う~ん、少し堅苦しいかもしれない。だが、テンション上げた自己紹介で(すべ)ったら、目も当てられない。どうした物だろうか。

散々家でも書き直ししたはずなのに、いざ転入当日になると不安になってくる。

 

転校生。それが今の僕を一番端的に表す単語だった。

出会う物や人が新鮮で柄にもなく、どきどきする。

この見滝原中学校がかなり特徴的なせいもあるだろう。

何せ『教室の壁が全てガラス張り』という頭のおかしい設計をしている。この学校の建設を依頼した人間がまともじゃなかったのか、それとも設計者の趣味だったのか、どちらにしてもイカれているとしか思えない。体育の時とかどうするのだろうか?本気で気になる。

 

「夕田君。暁美さん。それじゃあ、教室に向かいましょうか」

 

考えごとをしていたら、担任の眼鏡を掛けた先生に呼ばれた。

僕ともう一人の転校生が黙って、先生の後に続く。

 

そうそう、僕が一番不思議に思ったのが、このもう一人の転校生、暁美ほむらだ。

転校生が同じ日に入ってくる。これはまだいい。あり得ないことではない。

問題は、なぜ二人とも『同じクラス』なのかだ。

普通は二人転校生が入ってきたら、人数調整のためにクラスを分けるのではないだろうか。

 

そして、『暁美ほむら』という少女自身も不思議だ。

名前が、とかそういう下らないことではない。職員室で僕と会った瞬間に、無表情な顔がまるであり得ないものでも見たかのように驚愕に染まった。

そこから怒涛(どとう)の勢いで質問責めに合った。

「あなたは何者?」とか「あなたはいったいどこから来たの?」とか、やたら早口で聞いてきた。

もし僕が自意識過剰な人間だったら、一目ぼれされたかと勘違いしていただろう。

まあ、暁美ほむらは、びっくりするくらい容姿が整っているから、僕なんかとは釣り合いが取れないだろう。僕としても三つ編みヘアーに黒ブチ眼鏡を掛けた、純朴そうで地味な感じの女の子の方が好きだしね。

 

そうこうしている内に教室に着いた。

担任はちょっと待っててね、と言った後、教室に入っていった。

当然、僕と暁美ほむらは廊下に取り残される。

僕は初対面の印象からか、この女子が苦手だった。何か僕のこと(にら)んでくるし。

冷たい印象のあるマネキンじみた整った顔に見つめられると怖い。なぜ恐怖の代名詞とも言える幽霊が男じゃなく、女ばかりなのか良くわかる。

内心、早くしてくれと担任に念じるが、当人は透けた扉の向こう側では、目玉焼きの焼き加減について盛大に語っていた。おい、あんたマジふざけんなよ!

 

ようやく、目玉焼きの焼き加減の話が終わり、入室の許可が担任から出される。

僕は、ほっとして教室に入った。

 

そして、僕は驚愕した。恐らく先ほどの暁美以上の驚愕だ。恐怖と言い換えてもいいかもしれない。

 

ほとんどの生徒の髪と目の色がおかしい。

取り分け一番ヤバイと思ったのが教室の真ん中辺りにいるツインテールの女の子。

 

桃色(ピンク)

 

なぜそんな色に染めたのだろうか。そしてそれだけでも十分キてるのに追撃の同色の眼球。恐らくはカラーコンタクトだと思われる。というか顔立ちからして明らかに日本人なのだからそれ以外にあり得ないのだ。

 

校則違反だとかそんなレベルじゃない。もっと恐ろしい物の片鱗を味わった。

 

 

「夕田君。大丈夫?顔色悪いわよ」

 

担任の声でフリーズした思考がよみがえる。

 

「・・・大丈夫です。何でもありません」

 

そう。大丈夫だ、政夫。落ち着け、クールになるのだ。前の中学校でも落ち着きのある優等生で通ってたじゃないか。

そうだ。素数を数えるんだ。2・3・5・7・11・13。いいぞ。落ち着いてきた。

 

「そう。それならよかった。じゃあ、まず夕田君から自己紹介始めてください。名前は先生が書いておくから」

 

よし。頑張れ、僕。

クラスメイト達の方を向いて、自己紹介の準備をする。うわ、駄目だ。ピンクが。ピンクが気になってどうしても視線がそっちに吸い寄せられる。

 

「えー。皆さん初めまして。夕田政夫です」

 

耐えろ。耐えるんだ。

 

「僕はこれからここ見滝原中学校で皆さんと一緒に」

 

こんなに時間が長く感じられるのはいつ以来だろうか。

 

「学生生活を・・!」

 

ピンク色の髪の少女の視線と僕の視線がとうとう合ってしまった。

ビクリと僕の心臓が飛び跳ねる。

髪と同じピンクの眼球の直視に耐えられず、僕は思わず目を()らしてしまった。

 

「おくっていきたいとおもいます・・!」

 

若干口調が早口になってしまったが何とか無事自己紹介を終えることができた。

 

その後、暁美ほむらも自己紹介を終えて(なぜか暁美もピンク髪の子にガンを飛ばしていた)、僕達は指定された席に座った。

やはり転校生は珍しいらしく、僕の方には男子が、暁美の方は女子が集まってきた。

 

当たり障りのない挨拶と趣味などについて彼らと話した。

彼らも例に漏れず、髪を染めていたが、ピンクや青という超ド級のカラーリングを見たせいであまり気にならなかった。

 

 

「僕は中沢。よろしくね、夕田君」

 

「こちらこそよろしく、中沢君。いやー、転校初日で友達できるか心配だったんだ」

 

 

一番好感を覚えたのはこの比較的あまり目立たないヘアカラー(あくまで見滝原中基準で)の男子生徒の中沢君。その割りに担任絡まれることが多いらしい。

いわゆる草食系男子というやつだ。話していてほっとする。

この学校の異常性をまざまざと見せ付けられたせいでまるで別の世界に(まぎ)れ込んだかのような気分だったが、ようやく僕が知っている現実らしくなってきた。

 

「ねぇ、男の方の転校生」

 

中沢君との会話に癒されていた僕に、不意に女子に声をかけられた。

席に座っている僕を中心とすると中沢君と反対側に青い髪の少女が寄ってきた。

気分よく友達と会話を断ち切られたので、ちょっとむっとしたが顔には出さず、返事をする。

 

「何かな?えーと……」

 

「美樹さやか。よろしくね」

 

青髪の女子、美樹さやかは快活に笑った。

 

正直、好きになれそうにないデリカシーが大幅に不足しているタイプの人間だ。髪の色もかなり奇抜だ。まあ、王者(ピンク)よりは幾分かマシではあるが。

 

「いや~、アンタさっきさ、まどかのこと見つめてたじゃん?もしかして一目ぼれかなーと思って」

 

「まどか?」

 

「ああ、鹿目まどか。あたしの大親友。桃色のツインテールの子って言った方が転校生には分かりやすいかな」

 

なるほど、ピンク髪の子か。

それにしても随分となれなれしいな。会って間もない人間を『アンタ』呼ばわりとは。

まあ、ごまかす理由もないし、正直に言うか。

 

「ああ、彼女(のピンク色の髪)がどうしても気になってね。もし不快にさせたんなら、悪気はなかったって伝えてくれないかな?」

 

 

「・・・・」

 

急に美樹がぴたりと黙った。そして次の瞬間にやにやと下世話な笑みを浮かべた。

「あんた凄いことさらっというのね。ねぇ、今の聞いたまどか?」

 

美樹の後ろに隠れていたらしい鹿目が顔を赤くして出てきた。

 

なぜそんなことをしていたのだろうか?さっきのことがそこまで嫌だったのだろうか?

取りあえず、謝っとくべきだろう。

「さっきは不躾(ぶしつけ)(なが)めちゃってごめんね。でも悪気はなかったんだ。ついつい鹿目さん(のピンク色の髪)に目が奪われちゃって」

 

僕は謝罪をするが、鹿目は先ほどよりも真っ赤になって、うつむく。顔面に血が昇るほど頭にきてるのだろうか。

髪をそんな風に染めているぐらいだから、ひょっとしてこいつらレディースか何かなのかもしれない。

校舎裏とかで奇抜な髪の女子たちに木刀で滅多打ちにされる自分を想像する。普通にありそうで怖い。

 

「そうだ。転校生、あたしたち帰りにショッピングモールに寄るんだけど、良かったらアンタも来ない」

 

相変わらずにやにや笑いながら、美樹は僕にそんなことを提案してきた。

つまり、そこで僕を袋叩きにするってことか、何て恐ろしいやつらなんだ。クソ、だがこのままじゃ中沢君まで巻き込みかねない。とにかく、ここは素直に承諾するしかない。

 

「・・・・わかった。いいよ。僕も行こう」

 

「そうこなくっちゃ!」

 




アットノベルズから、こちらに移らせて頂いた者です。
稚拙な文章ですが、どうか大目に見てやってください。


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第二話 CDという名の遺物

どうしてこうなったんだろう。

 

暁美が急に具合が悪くなったと言い出し、鹿目さんが保険委員として彼女を保健室に連れて行くこととなった。

うん。ここまでは分かる。

僕は実際に見たわけではないが、体育の授業で中学陸上の記録を塗り替えたらしい(陸上部の人たちが騒いでいたのを聞いたので信憑性は高い)というのに何をほざくかとは思ったが、この際それは置いておこう。

 

ちなみに更衣室は流石にガラス張りではなかった。当たり前と言えば、当たり前なのだが、かっ飛びすぎてるセンスの校舎なので実際に目撃するまで信用ができなかった。

しかし、安心したのも(つか)の間で、女子の体操着のしたは廃止になったはずのブルマだった。校長の趣味か?

 

話を戻すが、問題はなぜ僕がそれに同行しなければ行けないのか、だ。

 

いや、原因は分かっているの。全てはあの青髪が『そうだ。せっかくだから政夫もまどかに保健室の場所、案内してもらえば。場所分かんないと不便でしょ』とかにやにや笑いながら提案したせいだ。

ここで僕が断れば、放課後の女暴走族チーム【ディアーアイズ(仮)】のリンチがより苛烈になる、故に選択肢はなかった。

それにしても美樹のなれなれしさは留まることを知らないな。呼び方がいつの間にか『転校生』から名前呼びに変わっていた。まだそれほど親しくないんだから、苗字で呼べよ。

いつか他人との距離感を誤って、人間関係壊すぞ。

 

 

そんなこんなで今この状況にあるのだが。

辛い。ひじょーに辛い。

暫定(ざんてい)レディースのヘッド鹿目まどか、そして常に鉄面皮で文武両道の暁美ほむら。

そんなやつらが超至近距離にいる。これは苦痛以外の何物でもない。僕にできるのはせいぜい黙って早く保健室に着くことを祈るぐらいだ。

暁美と鹿目さんは(かろ)うじて会話のようなものを繰り返していた。

会話と言っても鹿目さんが話題を振って、それに暁美が二、三言答えると言う一方的なコミュニケーションだ。

 

 

「暁美さんって」

 

「ほむらでいいわ」

 

「ほむらちゃんって変わった名前だよね。あ、いや別に変ないみじゃなくって・・・そのかっこいいなって・・・」

 

それはどうだろう?確かに漢字で『(ほむら)』とか『(ほむら)』なら格好いいかもしれないが、ひらがなで『ほむら』って何かマヌケな感じが否めないんだけど。もしかして、鹿目さん流の皮肉か?

僕としては、ポケモンのルビー・サファイアに出てきた「ウヒョヒョ」と特徴的に笑うマグマ団幹部を思い出して、軽く笑えてくるのだが。

 

「ッ・・・鹿目まどか」

 

「は、はい」

 

「貴女は自分の人生を貴いと思う?家族や友達を大切にしてる?」

 

おいおい、何か語りだしちゃったよ。いくら中学二年生だからって、本当に厨二病の人間初めてみたよ。

鹿目さん固まってるし。まあ、無理もないけどさ。

しかたない。助け舟か。そうすれば、ひょっとしたらリンチは許してくれるかもしれない。

 

「君自身はどうなんだ?暁美さん」

 

「急に会話に割り込んできてどういうつもり?夕田政夫」

 

暁美が僕を射抜くように睨む。

こわッ。暁美さん、目こわッ。ギャグ漫画日和のウサ美ちゃんみたいな目してる!

だが、ビビるな、僕。鹿目さんのヘアカラーの方が百倍怖いはずだ。

 

「さっきから、君は他人を突き放したような態度ばかりだ。そんなんじゃ君が言うところの『大切な友達』もできなければ、『貴い人生』も送れないよ」

 

体育の件でクラスメイトに褒められても『別に』の一言で返した時は、沢尻エ〇カかよっと内心で突っ込んでしまった。

 

「・・・・・大きなお世話よ。貴方には関係ない」

 

「鹿目さんにあれだけ語ってた君がそれ言うの?」

 

発言がブーメランになってることに気がついてないのか、こいつは。

 

「ッチ。とにかく、鹿目まどか。もし貴女が今の生活を大切に思っているなら、今とは違う自分になろうだなんて、絶対に思わないことね」

 

露骨に舌打ちされた上、無視して鹿目さんに話しかけ始めやがった。

生まれて初めて僕は本気で女を殴りたいと思った。

 

 

 

 

 

「うわッ、何それ!?転校生ってそんなキャラだったの?文武両道で才色兼備かと思いきや実はサイコな電波さん。くー!萌えか?そこが萌えなのかあ!?」

 

ショッピングモールにあるカフェの一角で、やたらとテンション高い青髪さんが他の客の迷惑も考えず叫んだ。

 

「少しも萌えないし、不快感しか周りに振り向かないよ、あいつは。電波どころかキ〇ガイの領域に片足突っ込んでる。一週間もすれば周囲に引かれて孤立するね。あと美樹さん、声でかい」

思い出しただけでも腹が立つ。

あの鉄面皮の社会不適合者め。個人の能力だけで社会を生きていけると思うなよ。

 

「そ、それは言いすぎだよ。ほむらちゃんも悪気があったわけじゃないと思うし・・・」

 

なぜかあの社会不適合者を擁護(ようご)するようなことを言う鹿目さん。

話してみると鹿目さんは不良でも何でもなかった。むしろ、荒んだこの世間では天然記念物並みに珍しい良い子だった。

 

「でも鹿目さん、悪気もないのに舌打ちしたのなら、あいつ真性のクズだよ」

 

「いけませんわ。政夫さん、実は好意の裏返しとも考えられますわ」

 

ナチュラルに僕の名前を呼ぶ、昆布や若布を彷彿(ほうふつ)とさせる黄緑色の髪をした女子、志筑仁美さん。この子もお(しと)やかに見えて実際は美樹さやか並みにアグレッシブな女の子だ。

 

「そんな事より、まどかさん。本当に暁美さんとは初対面ですの?」

ほら、その証拠に舌打ちを『そんな事』で流したよ。

 

「うん。常識的にはそうなんだけど・・・昨夜あの子と夢の中で会った・・ような・・・・」

鹿目さんはたどたどしくそう答えた。

 

「それは最悪の悪夢だね。さっさと忘れた方がいいよ」

いや、暁美は鹿目さんのこと知っていたみたいだから、呪いか何かを鹿目さんにかけているのかもしれない。どこまで嫌なやつなんだ、暁美ほむら。

 

「政夫くん。さっきからほむらちゃんに対してちょっと酷すぎるような気が・・・」

 

「気のせいだよ。鹿目さん。でも、あの手の(やから)は鹿目さんみたいな優しい人間につけ込んで悪さするから気をつけてね」

 

あははと引きつった苦笑いするカラフルな髪の三人。僕、なにか引かせるようなこと言ったかな。

 

 

 

それからすぐに志筑さんは家の習い事で帰り、僕らは美樹の要望によりCDショップに向かうことになった。

だが、アイポッドで好きな曲をダウンロードしている僕は、正直CDに興味がなかった。

安くて豊富な種類の音楽をほとんど無料(ただ)みたいな値段でダウンロードできるのに、たった数曲しか入っていないCDなんてもはや過去の遺物だ。カラス除けの置物でしかない。

そんなことを考えていると鹿目さんが挙動不振にあちこちを見回し始めた。

 

「え?誰なの?どこにいるの?あなた・・・誰?」

 

突然意味不明なことを言い始めた。

どうしちゃったんだ!?鹿目さん!まるで暁美のような厨二病を・・・・・・ハッ、まさかこれは暁美ほむらの呪い!!

 

鹿目さんは急にどこかへ歩き出した。だが、足並みはしっかりしているので結構速い。

なんかもう、あれは駄目だ。明らかに電波でサイコな領域だ。僕には手に負えない。

僕も帰ろう。お家に帰ろう。でん、でん、でぐりがえしで、ばい、ばい、ばい。

ちょっと無責任に帰ろうとした。

 

「政夫。まどかがどっか行っちゃったみたい。いっしょに来て」

 

美樹は僕の手を掴むと、僕の返事も聞かずに鹿目さんを追いかけて走り出した。

 

 

 

美樹に連れられてショッピングモールの裏の「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた看板のある大きな倉庫に着いた。

倉庫の扉は開かれており、明らかについさっき人が入って行った痕跡(こんせき)が残っていた。

 

「ここにまどかが入って行ったのね。それじゃ政夫・・」

 

「うん。帰ろうか。関係者以外立ち入り禁止って書いてあるし」

(きびす)を返して、僕は帰ろうとするが、美樹に制服の襟首(えりくび)を引っ張られる。

一瞬、結構本気で呼吸ができなくなった。

 

「何でそうなるのよ!まどかを助けに来たんでしょ!」

 

「いや、美樹さんが勝手に引っ張って来ただけだから。大体、鹿目さんが自分の意思でここまで来たなら助けなんていらないだろう?」

 

「うっ、それは・・」

 

美樹は僕の言葉にたじろぐ。後先考えず、その場のノリだけで行動するからこういう目に合うんだ。少しは反省してほしいものだ。

 

「いや、でもほら、こういう所は危ない奴とかが居そうで危険じゃない?だから」

 

一見正論にも聞こえる自分の(おこな)いの言い訳だ。だが僕には効かない。

 

「そうだね、身勝手な考えで『立ち入り禁止』のルールを破るような危ない人たちがね」

 

「うっ・・・!」

 

僕の一言で美樹はまた言葉に詰まった。

自分達も危ない人間に入るという事に気付いたようだ。考えが足りないだけで頭は存外悪くないらしい。

 

とは言う物のいくら美樹でも、流石にこんな場所に一人で行けというのは可哀(かわい)そうだ。それに変な電波を受信してしまった鹿目を放っておくのも色々な意味で危ない。

 

「わかったよ。一緒に行こう」

 

「さっすが、政夫。話がわかるぅ~」

 

パァーっと顔を輝かせる美樹。なんて単純な女なんだ。将来ホストとかに引っかかりそうだ。

 

 




もう一話投稿しました。
若干手直ししたりしてます。


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第三話 巻き込まれますか?巻き込まれませんか?

薄暗い倉庫の中に入ると鹿目さんと誰かの話し声が聞こえてきた。

これは本格的に危険かもしれないな。急ぐか。

僕は美樹を置いて鹿目さんの声が聞こえる方角に走った。

 

奥に行くと鹿目さんの後ろ姿が見えてきた。あのピンク色の髪は見間違えようがない。

そしてもう一人の声の正体も明らかになる。

 

「やっぱりお前は悪人だったんだな。暁美」

 

鉄面皮の社会不適合者、暁美ほむらが銃を鹿目さんに向けて立っていた。

 

「何の用?夕田政夫」

 

「お前なんかに用はないよ。この犯罪者」

 

暁美の持っている銃。最初はモデルガンだと思ったが違う。

火薬が炸裂したような独特の臭いが周囲を取り巻いている。恐らく、これがいわゆる硝煙の香りってやつだろう。

加えて、床に銃痕(じゅうこん)のようなものまで残っている。

こいつの持っている銃は間違いなく本物だ。

 

「ここはアメリカじゃなく、日本だよ。銃は持ってるだけで犯罪、まして実際に発砲なんてしちゃったらもう言い逃れなんてできやしないよ」

 

暁美は何一つ焦った様子を見せず、平然としている。

生権与奪が自分にある(ゆえ)の余裕だろうか。だとしたら、口封じとして、僕も鹿目さんもいずれ殺される。

どうする?一体この状況をどうする?

 

「ここに入る前に警察呼んでおいてよかったよ。転ばぬ先の杖ってやつだね」

 

無論。ハッタリだ。逃げられない以上相手に引いてもらうしかない。

僕はできるだけ余裕な振りをする。

 

「日本の警察は無能無能言われるけど実際そうでもないと僕は思うんだよ。あと二分もすれば着いちゃうんじゃないかな。このショッピングモール、近くに警察署あるし」

 

しかし、少しも焦る様子を見せない暁美。二分以内にここから逃げる逃走手段を持っているのか、それとも後先考えないほど自暴自棄なのか分からない。

どちらにしても、ここが正念場だ。下手に暴走して銃を乱射したら終わりだ。

 

「なあ、暁美。今なら引き返せるぞ。銃を捨ててくれ。警察にはいたずら電話だったってことにしておくからさ」

 

「なぜ?貴方は私のことがきらいなんでしょう?」

 

乗ってきたか。よし、ここでできるだけ親身なことを言う。

こいつだって、無難に済ませておければ、それに越したことはないはずなんだ。

 

「僕も君も転校してきたばかりでお互いのこともよく知らないけどさ。僕はせっかく君と同じクラスなったんだから、一緒に中学校を卒業したいんだ」

 

「・・・・・」

 

暁美は何も言わない。鹿目さんも僕の顔を不安そうな顔でじっと見つめている。

 

「だって、運命的じゃない?同じクラスに同じ日に転校してくるなんてさ。普通ないよ。だからさ、暁美さん。君のこと、もっと教えてくれないかな。君と友達になりたいんだ」

 

自分で言っておいて、何ほざいてるんだろうという気分になるがこの際致し方あるまい。

 

精神科医の父親のおかげで、精神が不安定な人間の扱いにはちょっとばかり自信がある。

僕は笑顔で手を広げて敵意がないことを示しながら、暁美に近づく。

片手をゆっくりと暁美に伸ばす。

暁美の手から銃を離させ、手を握りしめる。暁美は抵抗しなかった。いつも通りの無表情な顔が少し揺らいでいるように見えた。

 

「君に何があって、なぜこんなことをしたのかは知らない。でも僕達は友達だ。辛いことが合ったらいつでも頼ってよ」

 

自分でもこんなにうまくいくなんて思ってもみなかった。恐らく、暁美自身、こんな言葉をかけるような人間は周囲にはいなかったのだろう。

何にせよ、僕は生き残れた。今はそれでいい。

 

よし暁美をまるめ込めることに成功した。これで一件落着・・・。

 

「政夫!ちょっと避けて!」

 

「え?おあッ!?」

 

とっさに反射的に後ろに飛び退()くと、暁美は右側から来る真っ白い煙に巻き込まれていた。

 

「政夫、まどか、こっち!」

 

声の方を見ると、美樹が暁美に消火器を噴射していた。

何やってんだお前ー!せっかくいい感じに暁美をまるめ込んで無理やり和解したのに。

僕の努力全部パーだよ。頭がパーの青髪さんのせいで。

しかたない。ここは鹿目さんを連れて逃げるか。

もう暁美との話し合いは無理だ。確実に僕に裏切られたと思ってるだろう。怒り狂って銃を発砲しない内に逃げるのが得策だ。

 

「鹿目さん、逃げるよ」

 

「う、うん」

 

鹿目さんを立たせて、僕らは美樹の方へ向かって走った。

美樹は消火器の中身を全て暁美にぶちまけた後、空になった消火器を暁美に投げつけた。良い子は絶対にまねしないでください。

それから、三人で出口に向かって逃げていると、美樹がいら立ったようすで喋る。

 

「何よあいつ。今度はコスプレで通り魔かよ!つーか何それ、ぬいぐるみじゃないよね?生き物?」

 

は?ぬいぐるみ?生き物?一体何の話をしているんだ?

鹿目さんの方を見る。彼女は何かを抱えるような仕種(しぐさ)をしているが『何も持っていない』。

 

「わかんない。わかんないけど・・・この子、助けなきゃ」

 

この子?

確かに鹿目さんは腕に抱えている物を見るように下を向いて話しているが、当然そこには何もない。

このおかしな状況のせいで二人とも狂ったのか?なら、さっさとここを出て病院に連れて行かないと。

幸い、僕の父さんは精神科医だ。父さんなら、彼女たちをどうにかしてくれるだろう。

 

「あれ?非常口は?どこよここ」

 

「変だよ、ここ。どんどん道が変わっていく」

 

「・・・・・・」

 

最初は錯乱した二人の戯言(たわごと)と聞き流していたが、これは確かにおかしい。

僕はまっすぐ走って、さっきの暁美がいた場所に着いたのだ。来た道を戻っているのだからすでに非常口が見えてこないのはどう考えても妙だ。

 

鹿目さんが叫んだ。

 

「やだっ。何かいる!」

 

まだ、何かおかしなことが起きるのか?頼む。鹿目さんの見ている幻覚であってくれ。

そう祈って、鹿目さんが見ている方を向く。

本当に『何か』いた。

綿のような表面の球体にカイゼル(ひげ)の生えた『何か』としか形容できない物体。しかも一体や二体じゃない。

ポテトチップスのロゴにこんなのがいた気がする。取りあえずポテチおじさんと命名しておこう。

ポテチおじさんたちは僕たちの方へ取り囲むように近づいてくる。

 

「冗談・・・だよね。あたしたち、悪い夢でも見てるんだよね?ねぇ!」

 

怯えた目で必死に現実逃避を繰り返す美樹。

 

ポテチおじさんは、大きな(はさみ)をどこからともなく、取り出して襲いかかってきた。

『悪夢は起きても覚めない』

何かの本で読んだフレーズを僕は思い出した。

これはもう助からないな。ここまで絶望的だと逆に冷静になってしまう。

せめて出口がどこかにあれば、僕が身体を張って二人を逃がすくらいはするのだが、出口がない以上、二人はどの道、助からない。寿命が1分かそこら延びるだけで怯える時間が増えるだけだろう。

 

その時、僕らの前にいたポテチおじさんが二、三体吹き飛んだ。

 

「危なかったわね。でももう大丈夫」

 

僕らの後ろから足音が聞こえてきた。

振り返ると、そこには金髪ドリルヘアーのお姉さんがいた。

 

 




手直しし始めて気付きましたが、本当に適当に書いていたんですね、私・・・。
びっくりするほど、主人公の性格がおざなり過ぎます。


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第四話 サン〇オさんごめんなさい

僕らのピンチに颯爽(さっそう)と登場した金髪ドリルの女性。

ゆっくりとしたこちらに近づいてくるその姿に敵意は感じられない。助けてもらったのだから、取りあえず今は味方だろう。というかここまでやって、もしもいきなり化け物に姿を変えて襲いかかってきたら、もう何も信じられない。

 

「あら、キュゥべえを助けてくれたのね。ありがとう」

 

金髪ドリルの女性、長いので仮にドリ子さんとしておこう。そのドリ子さんが鹿目さんの腕の中を見て、微笑んだ。

キュゥべえ?何だそれ?

 

「私、呼ばれたんです。頭の中に直接この子の声が」

 

鹿目さんもそれに答える。

この人や鹿目さんには一体何が見えているのだろうか。

ただ一つ僕が言えることは、何もない空間にあたかも何かが存在しているように話しているその姿は、酷く気持ちが悪いということだけだ。まるで精神錯乱者同士が『おままごと』でもしているようだった。

 

「ふぅん・・なるほどね。その制服、あなたたちも見滝原の生徒みたいね。2年生?」

 

鹿目さんを見て何かに気付いたように納得するドリ子さん。

 

「え?あなたたち『も』ってことは、あなたも中学生なんですか?!」

 

体つき(主にバスト)からして高校生ぐらいだと思ったのだが。言われてみればドリ子さんも見滝原中学の制服を着ていた。

 

「その言い方ちょっとに引っかかるけど、まあ、いいわ。自己紹介しないとね。でも、その前に」

 

ドリ子さんが手に持っていた用途不明の卵型の黄色い宝石をかざす。

 

「ちょっと一仕事、片付けちゃっていいかしら」

 

これまた意味不明の片足で円を描くような奇怪なステップを踏む。思わず何やってんですかと軽く問い詰めたくなるのをぐっと(こら)えた。

 

「ハッ!」

 

これで何も起きなかったら、僕も「ハッ」と嘲笑したのだが、実際はそうはならなかった。

ドリ子さんはやたらと胸を強調する、ちょっとお洒落なファミレスの制服みたいな格好に一瞬で変わると虚空からマスケット銃を取り出して、周りにいたポテチおじさんを蹴散(けち)らしていく。

 

「す……すごい」

 

鹿目さんは憧憬(どうけい)の視線でそれを見つめるが、僕の感想は違った。

怖い。素直にそう感じた。おれほど恐ろしかったポテチおじさんをああも容易(たやす)く蹴散らしているあの人が、何よりあんな力を持った人が平然と同じ中学に存在していることが怖かった。

とてもじゃないけど同じ『人間』には見えなかった。

 

「も、戻った!」

 

ポテチおじさんが全て倒されると周囲の空間が元に戻り、今まで一言も喋らなかった美樹が声を上げた。

こいつ、鹿目さんよりメンタル弱いな。普段の開けっぴろげなテンションは弱い自分を隠すためのものだったんだな。

 

「魔女は逃げたわ。仕留めたいなら、すぐに追いかけなさい。今回はあなたに譲ってあげる」

 

急に後ろを振り返ったドリ子さんが僕ら以外の誰かに向けて話し始めた。

ドリ子さんのやや上を向いた視線の先には先ほど美樹に消火器をぶちまけられた暁美がいた。

 

「私が用があるのは・・・・・」

 

「飲み込みが悪いのね。見逃してあげるって言ってるの。お互い、余計なトラブルとは無縁でいたいとは思わない?」

 

まったくですね。美樹には数百回ぐらい聞かせてやりたい言葉だ。

暁美は鹿目さんの方を未練があるように見ていたが、乗っていた足場から飛び降りてどこかに行ってしまった。

明日教室で腹いせに僕が襲われたりしないかが心配だ。

 

 

ドリ子は鹿目さんが抱えていた僕には何も見えない何かを預かると、床に置いて、黄色い宝石を近づけた。

淡い黄色の光が床を照らすが、やはり僕には何も見えなかった。

 

「お礼はこの子たちに。私は通りかかっただけだから」

 

「あなたが、私を呼んだの?」

 

「何で、私たちの名前を?」

 

三人の女子中学生が何もない床に話しかけている。どう見ても怪しい儀式か何かにしか見えない。

 

「……あのさ、君ら何と話してるの?」

疑問に耐え切れず、思いきって聞いてみる。

すると、ドリ子さんはうっかりしていたというように、自分の額を軽く叩くと、再び床に話しかけた。

 

「ごめんなさい。普通の人には、キュゥべえの姿は見えなかったのを忘れていたわ。キュゥべえ、この子にも見えるようにしてくれないかしら」

 

『わかったよ、マミ。これでその少年にもボクの姿が見えるようになったよ』

 

突然、床の上に白いウサギと猫を混ぜて、デフォルメしたような生き物が現れた。

こ、こいつは……。

僕はその謎生物を(つか)み上げて、顔に近づけた。

 

「『シナモロール』の主役キャラ、シナモン!……じゃない。よく見るとシナモンより全然可愛くない」

 

何だ、こいつ。パクリか?劣化シナモンか?中国製なのか?むしろ『シナモン』じゃなくて『支那モン』だな。サ〇リオに訴えられるぞ。

 

『酷い言い様だね。ボクの名前はシナモンじゃなくて、キュゥべえだよ』

 

そう言うわりに支那モンは完全な無表情だった。まったく表情が変化しないのでかなり不気味だ。

 

「ごめんごめん。僕が知っているキャラクターに君の特徴が酷似(こくじ)していたから、つい言ってしまったんだ。気に(さわ)ったのなら謝るよ」

 

『別に気にしてないよ』

 

だろうね。まったくそんなそぶりを見せていないし。

 

「ありがとう。君は心が広いね」

 

取りあえず、お礼を言っておく。この生き物は何を考えているか分からない。得体の知れなさなら、暁美ほむらやポテチおじさん以上だ。用心しないといけない。

そう考えていた時、座っていたドリ子さんがスクッと立ち上がった。

 

「私も自己紹介しておかないとね。私は巴マミ。あなたたちと同じ、見滝原中の3年生。そして・・・」

 

ドリ子改め巴先輩は、なぜかそこで一旦(いったん)言葉を区切る。

 

「キュゥべえと契約した、魔法少女よ」

 

そして、言葉と共にドヤッという効果音が似合いそうな笑みを浮かべた。

恥ずかしくはないのだろうか。ないのだろうな。そうじゃないとあんな事は胸を張って言えないだろう。

 

僕らをピンチから救ってくれた巴マミ先輩。

僕が彼女についてわかったことは、羞恥心(しゅうちしん)を持ち合わせていないということだけだった。

 

 

 

 

「一人暮らしだから遠慮しないで。ろくにおもてなしの準備もないんだけど」

 

あれからいろいろあって、そのまま巴先輩の家に行くことになった。

僕としては帰りたかったのだが、鹿目さんと主に美樹に強引に連れて来れられてしまった。

 

「うわ……」

 

「素敵なお部屋……」

鹿目さんが巴先輩の部屋を見て感想を漏らす。

(おおむ)ね、僕もその感想に同意だ。一人暮らしというわりに、綺麗に整頓されていた。

だが、物が少ないというわけでもないのに、妙に空々しい印象を受けた。

一言で言い表すのなら、生活感がない。モデルルームです、と言われればそれで納得してしまいそうな程だ。

 

座って待ってて、と言われたので三人で座ろうと思ったのだが、テーブルが三角形なのでこのまま座ると、巴先輩が座れなくなってしまう。

どうしようかと思っていると、鹿目さんが僕の方を見て隣に少しスペースを作って座ってくれたので、好意に甘えて、そこに腰を下ろした。

何て優しくて気遣いのできる子なのだろう。ちなみに美樹は平然と一番最初に座っていた。

 

そんなことをしていると巴先輩がケーキと紅茶を持ってやってきた。

……巴先輩。先ほどおもてなしの用意はないと自分で言っていたはずじゃなかったでしょうか。

ひょっとして友達がよくここに遊びに来たりするのだろうか?

 

「美味しそうなケーキが四つも。いいんですか?巴先輩が友達のために用意したものでしょう?」

 

そう僕が聞くと、巴先輩はちょっと苦笑いをしながら答えた。

 

「家に招いたりしたのはあなたたちが初めてよ。だから気にしないで食べて」

 

待て。

それは、つまり一人暮らしで友達も招くわけでもないのに、家にケーキをいくつも買い揃えているということか。

悲しすぎる!いくらなんでも悲しすぎるだろう、それは。

じゃあ何か、誰も来ないにも関わらず、いくつかケーキを店で買うのか?最低でも四つも。

 

「んー、めちゃうまっすよ」

 

そんな僕の同情を他所に美樹は美味しそうにケーキを食べていた。こいつはもう駄目だ。人を気遣うという機能をそもそも持っていない。

 

「マミさん。すっごく美味しいです」

 

君もか、鹿目さん。しかしこっちはなぜか許せる。不思議!日頃の行いって大事だね。

 

「ほら、夕田君もどうぞ。美味しいわよ」

 

巴先輩は僕にケーキを差し出してくれる。確かにここで食べないのは失礼だろう。

フォークで一口大に切って口に運ぶ。

美味しい。しかし、このケーキを巴先輩が一人で買って、一人で食べていたのを想像すると素直に喜べない。

 

「……すごく、美味しいです」

 

「ありがとう」

 

ああ、巴先輩の笑顔が痛々しく見える。

 



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第五話 胡散臭いマスコット

「さてと、それじゃあ魔法少女について話しましょうか。キュゥべえに選ばれた以上、あなたたちにとっても他人事じゃないものね」

 

巴先輩は魔法少女について頼んでもないのに話し始めた。

 

いや、僕は支那モンに選ばれたわけじゃなくて、純粋に巻き込まれただけなんですけど。めちゃくちゃ他人事なんですけど。

だけど、悲しい巴先輩の一面を垣間(かいま)見てしまった僕は、楽しそうに語る巴先輩に水を指すことはとてもできなかった。

 

テーブルの上に乗っていたキュゥべえが、ずいっと身を乗り出す。

 

『ボクは、君たちの願いごとを何でも一つ叶えてあげる』

 

「願いごとって・・・」

 

鹿目さんが興味深そうに聞き返す。

 

『何だってかまわない。どんな奇跡だって起こしてあげられるよ』

 

胡散臭いことを無表情で言う支那モン。

いくらなんでも怪しすぎるだろう。

こちらにとって(うま)すぎる話は必ず裏がある。今どき、こんなのに引っかかる馬鹿なんて……。

 

「え!ホントに?」

 

いた。残念ながらすぐ近くに。

 

『でも、それと引き換えに出来上がるのがソウルジェム』

 

「これがそのソウルジェム。キュゥべえに選ばれた女の子が、契約によって生み出す宝石よ。魔力の源であり、魔法少女であることの証でもあるの」

 

そう言って、巴先輩はいつも持ち歩いている黄色の宝石をテーブルに乗せる。

まるで3分クッキングみたいなノリだね。QP3分クッキングならぬ、QB3分クッキングと言ったところか。

 

「最初見たときも思ったですけど綺麗ですね。一体どんな材質でできてるんですか?」

 

オパールに似ているが多分違うだろう。大きさもでかいし、売ったら、かなりの値段にはなりそうだな。

 

「私にも分からないわ。キュゥべえは知ってる?」

 

『そんなことよりマミ、大事なことを説明し忘れてるよ。この石を手にした者は、魔女と戦う使命を課されるんだ』

 

巴先輩は、支那モンに聞くが、支那モンはそれには答えず別の話題を持ち出した。

あまりにも露骨すぎる。ここにきて支那モンの不信感がぐっと高まった。

 

「魔女?」

 

「魔女って何なの?魔法少女とは違うの?」

 

鹿目さんも美樹も、まるでそれに気がついていない。『魔女』という新しい単語に興味が行ってしまっている。騙されやすい人間の見本みたいな二人だ。

対照的に巴先輩も支那モンの不自然な話題のそらし方に疑問をもっているようだった。

 

『願いから産まれるのが魔法少女だとすれば、魔女は呪いから産まれた存在なんだ。魔法少女が希望を振りまくように、魔女は絶望をまき散らす。ね、マミ』

 

 

支那モンは、何一つ伝わらない抽象的でふわっとした説明をした後、黙って考えこんでいた巴先輩を再び会話に巻き込む。

 

 

「……え?ええ。理由のはっきりしない自殺や殺人事件は、かなりの確率で魔女の呪いが原因なのよ」

 

ソウルジェムについて余程知られたくないことがあるらしい。ひっとしたら、それを聞いたら鹿目さんたちが魔法少女になることを止めるほどの事かもしれない。

 

「そんなヤバイ奴らがいるのに、どうして誰も気付かないの?」

美樹はそんなことには一切気がつかない。アホみたいに支那モンの話を正直に聞いている。

 

『魔女は常に結界の奥に隠れ潜んで、決して人前には姿を現さないからね』

結界……?あの迷路のようになった倉庫みたいな場所のことか。

 

「結構、危ないところだったのよ。あれに飲み込まれら普通は生きて帰れないから」

 

「巴先輩は、何でそんなことしてられるんですか?」

 

僕なら、絶対に嫌だ。あんな所にはもう二度と行きたくない。

 

「そう、命懸けよ。確かにキュゥべえに選ばれたあなたたちには、どんな願いでも叶えられるチャンスがある。でもそれは、死と隣り合わせなの」

 

巴先輩は、鹿目さんと美樹に厳しく言い放った。

二人はそれを聞いて考え込む。

なるほど、話を聞いて分かったが、やはり巴先輩は馬鹿ではない。だが、それならなぜこんな胡散臭い契約をしたのだろうか。

 

まあ、僕にはまったく関係ないが、最後に一つだけ一番気になったことを支那モンに聞いてみよう。

 

「ねえ、支那モン。魔法少女側のメリットはわかったけど、君自身のメリットは?」

 

僕にはとてもじゃないが、この生き物が人間のために慈善事業をしてくれるようには見えなかった。

 

『ボクの名前はキュゥべえだよ。そんなことを聞いてどうするんだい?君は魔法少女になれないんだよ』

 

また、はぐらかした。だが、僕もここで食い下がらない。

 

「聞いてみたいだけさ。……それともそんなに隠し通さなきゃいけないようなことなの?」

 

僕の言葉により、周囲に不穏な雰囲気が(ただよ)う。鹿目さんや美樹もそれを感じとったのか、不安そうな表情になっていた。

 

「夕田君、何を……」

 

『いいよ、マミ。答えてあげるよ、夕田政夫。君はエントロピーという言葉を知っているかい?』

 

僕をたしなめるように巴先輩が口を開いたが、支那モンは意外にも僕の質問に答えてくれるようようだ。

これ以上誤魔化(ごまか)しても鹿目さんや美樹から不信感を抱かれるだけだと判断したのだろう。正しい判断だが、なぜかあまり褒めたくない。

 

 

 

 

 

『・・・ということなんだ』

 

「つまり、支那モン君は宇宙のエネルギー不足を解消するためにソウルジェムを作ったり、グリーフシードっていうのを集めてるわけなんだ」

 

魔法少女のマスコットは実はエネルギーを求めて地球に飛来した宇宙人でした。

なんか急にファンタジーからSFにジャンルが変わっちゃったよ。

 

「そ、そんなの、私聞いてなかったわよ!」

何より巴先輩も相方の世知辛い正体を知らなかったらしく、ショックを受けていた。長年一緒にいたのに知らなかったのか。

 

『聞かれなかったからね』

キュゥべえはそれにシレっと答える。いや、それくらい聞かれなくても言うべきだろう、常識的に考えて。

これじゃ魔法少女についても『聞かれなかった』秘密が他にもたくさんありそうだ。

鹿目さんも美樹も、やっとこの生き物の怪しさに気付いたのか固唾(かたず)を飲んでこちらを見ていた。

 

『じゃあ、まどか、さやか。ボクと契約する気になったら、いつでも呼んでね』

 

さらに僕は支那モンから情報を聞き出そうと思ったが、支那モンはこれ以上不都合なことを喋らないようにするためか、そそくさとベランダから外に出て行ってしまった。

残された僕ら四人はしばらくの間、無言だった。

 

しかたなく僕は最初に口を開く。

 

「巴先輩・・・友達は選んだ方がいいですよ」

 

「だ、大丈夫ですよ、マミさん。キュゥべえだって宇宙の寿命を延ばすとか言ってましたし、別に悪い奴ってわけじゃないと思いますよ!」

 

次に美樹が無責任に巴先輩を勇気付ける。

いや~、他にも絶対魔法少女について不利益なことを隠してるだろう、じゃなかったら逃げるように去った理由がない。

 

巴先輩は無言で下を向いたままで、僕や美樹の言葉にも反応しなかった。

ショックがまだ抜け切っていないのだろう。命をかけて戦っているわりにメンタルが弱すぎないか?

とにかく、僕にできることは何もない。魔法少女とやらにもなれないし、なる気もさらさらない。

 

家に帰ろうと、立ち上がった時、今まで黙っていた鹿目さんが急に口を開いた。

 

「マミさん。私も魔法少女になります。そうすれば、マミさんは一人ぼっちじゃなくなります」

 

え!?何を言い出すんだ、この子は。

魔女の危険性も支那モンの怪しさも自分の目で見たはずなのに、よくそんな軽率なまねができるな。美樹ですら、そこまでしないぞ。

そして、会って間もない先輩をボッチと明言するのは流石に酷くないか!?

 

「何を言ってるの?! 鹿目さん! ちゃんと私の話を聞いてたの?(いのち)()けなのよ?私への同情なんかで簡単に決めていいことじゃないわ」

 

巴先輩も慌てたように鹿目さんを説得するが、見た目によらず鹿目さんの頑固でそれに応じようとしない。

 

「わかったわ。でもしばらく私の魔女退治に付き合ってみてからにして。魔女との戦いがどういうものか、その目で確かめた上で魔法少女になるか、じっくり考えてみるべきだと思うの」

 

最終的には巴先輩が折れて、鹿目さんを魔女退治を見学させることに(おさ)まった。

 

「まどかだけじゃ心配です。マミさん、私達も連れて行ってください」

 

親友が一人で危険な場所へ行くのが見過ごせなかったのか、危険を冒してまで叶えたい願いがあるのか、美樹も魔女退治見学会に参加を申し込む。

 

待て待て。

『達』?僕まで入ってるのか?それは本気で嫌だぞ。

 

「ちょっと待って。なぜ僕までナチュラルに巻き込まれてんの。おかしくない?」

 

「男だったら、細かいこと言わないの。それともアンタ、危険な場所にこんなか弱い女の子たちだけで行けっていうの?」

 

「いや、巴先輩がいれば平気でしょ。というか君らはいざとなったら、魔法少女になって戦えるけど、僕は何もできないぞ?」

 

そうなったら、この中で一番早く死ぬのは僕じゃないか。

大体、『契約』ができない僕にはそんなことするメリットがない。美樹が僕に言ってるのは『無意味に命をさらせ』と同じ意味だ。

 

「大丈夫よ。夕田君」

 

巴先輩が、僕と美樹の会話に入ってくる。

そうです、巴先輩。この馬鹿に言ってあげてください。

 

「あなたたちの命は私が必ず守るわ。保証してあげる」

 

急にやる気になった巴先輩は僕に自信たっぷりにそう言い放った。

……えっと、あの、お気持ちは嬉しいですが、僕が聞きたかった台詞はそれじゃないです。

あと、その自信はどこからやって来たんですか?そしてさっきまでの落ち込みっぷりはどこへ消えたんですか?

 

逆に不安になりつつあった僕だが、やる気になった巴先輩には馬耳東風らしく、僕の話は一切聞いてもらえず、()し崩し的に魔女退治見学会に参加するハメになってしまった。

 

 



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第六話 悪夢と嘘つき

「鹿目さん。最初に会った時から、ずっと思ってたんだけど何で髪ピンク色に染めてるの?」

 

「ああ、桃色髪(これ)のこと?染めたわけじゃないよ」

 

「え!?……まさか生まれた時からその色だったんじゃないよね」

 

「私も最初は政夫くんと同じ黒髪だったんだよ。でもね・・・この町にいると髪の色が自然と変わっちゃうの。不思議だよね」

 

「……じょ、冗談だよね。もちろん」

 

「政夫くん、この町でほむらちゃん以外で黒髪の人に会った?」

 

「…………嘘だ」

 

「嘘じゃないよ。ほら、この手鏡見て。政夫くんの髪が見えるよね。綺麗なオレンジ色の髪が……」

 

「嘘だ……嘘だ嘘だうそだああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアぁぁぁぁ――――」

 

 

 

 

ジリリリリ。ジリリリリ。

時代遅れの旧型目覚まし時計のけたたましい音で僕の意識は覚醒した。

 

あれは夢か……。恐ろしい夢を見た。近年まれに見る悪夢だ。

未だに心臓の鼓動が大きい。

少し胸に手を当てて、深呼吸。よし、(おさ)まってきた。

時計を見る。ちょうど時計の針が七時を指している。さっさと起きて学校に行かないと。

 

「おはよう。よく眠れたかい?昨日は随分と疲れた顔をしていたからね。朝ごはん、作っておいたよ」

 

顔を洗って居間に行くと、父さんが朝食を作って待っていてくれた。

 

夕田満。僕の父であり、たくさんの病院からオファーが絶えないほど有名な精神科医だ。

そのせいで僕はよく転校するはめになっているが、それを恨んだことは一度もない。

母さんが小学校に入る前に亡くなって以来、男手一つでずっと僕を育ててくれた自慢の父親だからだ。

 

「ありがとう、父さん。昨日は転校初日で疲れちゃってさ」

 

「う~ん。でも、それだけじゃないだろう?」

 

流石は父さん。鋭いな。

本職の精神科である父さんに嘘は効かない。この人に嘘を吐いてばれない人なんかいないだろう。

でも、いくら何でも父さんに魔法少女の話せない。そんなことをすれば間違いなく、父さんの職場(びょういん)に連れて行かれてしまう。

 

「話せないなら、別にいいよ。そこまで根掘り葉掘り聞くつもりはないから。ただ危ない事はしないでね」

 

そう言うと父さんは、新聞に目を落とした。

『危ない事』、か。転校初日でイジメられたのか、じゃなくて僕自身が危険な事をすることに釘を刺した。

つまり、父さんは僕がそういった『危ない事』をしようとしていることに気付いている。

実の息子とはいえ、よく一目でそこまで分かるなぁ。

 

その後、僕は朝食をとり、制服に着替えて出掛けた。

父さんは行ってらっしゃいと言っただけで、最後まで『僕に昨日あった事』を言及(げんきゅう)することはなかった。

 

 

鹿目さんたちと待ち合わせしている場所に向かっている時、不意に曲がり角から、僕の進路を(はば)むように人影が現れた。

 

「少し、時間を取らせてもらえるかしら。夕田政夫」

 

そこにいたのは紛れもない銃刀法違反の犯罪者、暁美ほむらだった。

 

 

 

 

「それで、何の用かな?暁美さん」

 

近くにある公園で少し暁美ほむらと話すハメになってしまった。

逃げようかとも思ったが、拳銃を所持している可能性がある人間に、後ろを見せるほど僕の危機管理能力は甘くない。

 

「単刀直入に言うわ。鹿目まどかや美樹さやかと一緒に、巴マミから離れなさい。魔法少女は貴方たちが思ってるほど、甘い物じゃないわ」

 

暁美は、冷たい凍えるような瞳をしていた。そこには、何かに対する強い執着が感じ取れる。

 

ふむ。ちょっとカマをかけてみるか。

 

「いや、もう手遅れだよ。美樹さんはともかく、鹿目さんは契約しちゃったし」

 

「う、嘘ッ!?そんな……」

 

暁美は目を皿のように広げて、まるでこの世の終わりが来たかのような声を吐いた。

 

「ああ、嘘だよ。確かに巴先輩に同情して、魔法少女になるとか言っていたけど、まだ契約はしてない」

 

そう言った途端(とたん)、暁美に制服の襟首をグイっと掴まれた。

 

「貴方は私を馬鹿にしているの?・・・」

 

「違うよ。支那モン、いや、キュゥべえと鹿目さんの出会いがいくらなんでも出来すぎてたから、ひょっとして暁美さんとキュゥべえはグルなんじゃないかと思ってね。カマをかけさせてもらったんだ」

 

あの倉庫でキュゥべえが鹿目さんに助けを求めたとしても、鹿目さんがショッピングモールにいなければ意味がない。だから、暁美とキュゥべえが実はグルで芝居でも打っていたのかと思ったのだが……。

 

「ふざけないで!私があいつとグルなわけないでしょ!」

 

暁美は、珍しく大きな声を出して激昂した。この怒り方は演技ではないな。

 

「そのようだね。ごめん、君に失礼なことしちゃったね。許してくれるかな」

 

しかし、今のやり取りでわかったことがある。

あのぱっと見、無害なマスコットにここまで怒りを浮かべるなんて尋常じゃない。間違いなく、暁美は支那モンがどういう存在なのか知っている。

 

そして、暁美が支那モンとグルではないということは、支那モンは暁美に襲われながらも、あの鹿目さんのいるショッピングモール向かっていたということ。支那モンがどれほど狡猾であるかがうかがえる。

 

やはり、あの宇宙生命体は怪しい。少なくても僕や鹿目さんの味方ではないことは確かだ。

 

最後に、この女は鹿目さんのことを本気で大切に思っている。

同性愛者なのだろうか。だとすれば、こいつはこいつで鹿目さんにとって、かなり危険な存在だ。

 

結局のところ、暁美は僕の知りたい情報を一つも話してはくれなかった。

ただ言いたいことだけ言って、さっさと行ってしまった。

何て女だ。このコミュ障が!だから、お前は友達が居ないんだ。昼食の時間、独り寂しく便所で飯でも食っていろ!

 

いけない。つい、無意味に熱くなってしまった。

そろそろ僕も学校に向かわないといけない。それに鹿目さんたちを待たせたままだ。

彼女たちは、すでに先に行ってしまっただろうか?それならいいんだが、もし僕のことをまだ待っているとしたら急がなくちゃいけない。

 



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第七話 価値観の違い

「あ、政夫くん、おはよう」

 

「政夫遅ーい。女の子を待たせるなんて最低だぞ」

 

「寝坊でもしてしまったのですか?政夫さん」

 

待ち合わせの場所に着くと、ピンク、水色、緑の三人が待っていた。

それだけなら、僕は謝罪と挨拶を彼女たちに送り、談笑でもしながら学校へ向かうんだが、もう一人、いや、もう一匹そこに僕を待っていた奴がいた。

 

『やあ、夕田政夫』

 

支那モン。

胡散臭(うさんくさ)い中国製のシナモロールのキャラみたいなマスコット。

だが、その実態は宇宙からエネルギーを求めてやってきた地球外生命体だ。どんなに愛想を振りまいてきても決して油断してはいけない。

こいつの目的がエネルギーだということは分かっている。だが、『何がエネルギーに変換されているのか』までは言わなかった。

 

何より怪しいのは、『願い事』のことだ。

自分達ですらエネルギー不足で困っているのに、果たして魔法少女になる女の子の『願い事』を叶える余裕なんてものがあるだろうか?

エネルギー保存の法則がある以上、『願いを叶えるためのエネルギー』が元手(もとで)として必要になるはずなのだから。

 

・・・まさか。

『願い事を叶えるためのエネルギー』すら願った少女に払わせているのか。

だとしたら・・・。

 

 

『お~い。政夫ー?聞いてる?』

 

思考に没頭している僕の頭の中に、突然美樹の声が直接(・・)響いた。

弾かれたような勢いで美樹を見る。彼女はいたずらが成功したと言わんばかりの笑みを浮かべていた。

 

こいつ・・・今、僕に何をした?まさか、すでに魔法少女になったのか?

僕の脳裏を過(よ)ぎった考えを頭に響く鹿目さんの声が否定する。

 

『違うよ、政夫くん。キュゥべえが私たちの考えてることをテレパシーみたいな力で(つな)いでくれてるの』

 

考えただけで思考が繋がる?

だとしたら、最悪だ。このわけのわからない生き物に、自分の中身が覗(のぞ)かれていると思うだけで鳥肌が立つ。

 

『酷い言い様だね、政夫。そんなにボクのことが嫌いなのかい?』

 

これすらも筒抜けらしい。プライバシーを保護しようという概念はないのだろうか。ないんだろうなぁ、多分。

 

「お三方(さんかた)とも、さっきからどうしたんです?しきりに目配せしてますけど」

 

志筑さんは一人だけ疑問符を浮かべていた。どうやら、彼女にはテレパシーが伝わっていないらしい。

それは良い事だと素直に思う。こんな頭をお互いに覗き合うような冒涜的な行為に混ざる必要などないだろう。

 

『ぼ、冒涜的って・・・。そう言われるとそうかも知れないね』

 

『政夫。ちょっとアンタ大袈裟(おおげさ)すぎ』

 

僕はせめてもの抵抗として、テレパシー会話には参加せず、志筑さんと声を出して話すことにした。

 

「う~ん。僕にも分からないね。きっと僕らは目と目で語り合う間柄になったってことじゃないかな?」

 

「まあ!たった一日でそこまで急接近だなんて。でもいけませんわ、お三方。三人でなんて。それは禁断の、恋の形ですのよ~!!」

 

突然、志筑さんはバッグを落として、意味不明の台詞を発しながら、走り去ってしまった。

別に嘘も吐いてなければ、それほどおかしいことも言っていないのにどうしたのだろうか?

 

「あぁ…。今日の仁美ちゃん、何だかさやかちゃんみたいだよ」

 

なるほど、うまい事言うな、鹿目さん。確かにあの脳みそが沸(わ)いたような言動は、まさに美樹のようだ。

 

 

『つーかさ、あんた、のこのこ学校までついて来ちゃって良かったの?あんた、転校生に命狙われてるんじゃないの?』

 

『どうして?むしろ、学校の方が安全だと思うな。マミもいるし』

 

『マミさんは3年生だから、クラスちょっと遠いよ?』

 

 

学校に着いても、鹿目さんや美樹はテレパシーで支那モンと会話をしていた。

美樹は支那モンが暁美に襲われることを危惧(きぐ)しているようだが、僕としてはその地球外生命体の方がよっぽど恐ろしい。

なぜ二人とも平気でソレを信用してるんだ?重要な事項を説明しなかった理由を「聞かれなかったから」と平然と言い張るような生き物なんだぞ?確実に他にも何か重要なことを隠しているに決まってる。

そして何より、鹿目さん達が何も反応していない以上、僕が今考えているこの思考は鹿目さん達には届いていない。これはつまり支那モンが都合の悪い思考は繋がないようにしているという事だ。

 

『ご心配なく。話はちゃんと聞こえているわ。見守ってるから安心して。それにあの子だって、人前で襲ってくるようなマネはしないはずよ』

 

巴先輩の声までもが僕の頭に響く。

ですが先輩、僕の『話』は少しも聞こえてはいないのでしょうね。

それよりもテレパシーの圏内(けんない)が思った以上に広い。大体何メートルぐらいまでなら、カバーできるのだろうか?

 

そうこうしている間に暁美が教室に入ってきた。相変わらずムッツリとした無表情をしている。

あいつもあいつで信用ならないが、支那モンについて何らかの情報を知っている以上どうにかしてそれを聞き出さないといけない。僕の危険を少しでも減らすために。

 

 

 

 

その後、僕らは学生らしく英語の授業を受けてた。

なるほど。受動態はbe動詞+過去分詞となるわけか。

昨日も思ったけど、前の学校よりも若干授業のレベルが高いような気がする。ここ私立じゃないよね?むしろ市立だよね?

 

そんな風に授業を終え、昼食の時間となった。

僕は中沢君たち男子グループと一緒に食べようと思ったのだが、美樹にほとんど無理やり屋上に連行され、鹿目さんたちと昼食を食べることになった。せめてもの反抗として中沢君も誘ってみたのだが、美樹がどうしても駄目だと騒いだため諦めた。

それにしても魔法少女の話をするためとはいえ、「中沢は絶対来ちゃ駄目!」は酷すぎるだろ。中沢君、しょんぼりしてたぞ。

 

「ねえ、まどか。願い事、何か考えた?」

 

美樹が鹿目さんに切り出す。授業中ずっと上(うわ)の空だったのは、それについて考えていたのだろう。

数学の時間も教師に指名されて慌てていた。最終的に支那モンに答えを教えてもらい、事なきを得ていたが。

 

「ううん。さやかちゃんは?」

 

「私も全然。何だかなぁ。いっくらでも思いつくと思ったんだけどなぁ。政夫は何かある?」

 

急にこっちに話を振ってきた。こいつは僕にどう答えてほしいんだ?

 

「僕は関係ないだろ?それとも答えたら、それを美樹さんが叶えてくれるの?」

 

「えっ!?いや、それは・・・。ちょっと意見を聞きたかっただけだし」

 

「なら、僕はその『願い事』なんて物は、ない。というより気持ちが悪いよ」

 

自分が願っただけで願いが叶うなんてどう考えても普通じゃない。まるで自分の願望を勝手に汚されているみたいだ。

少なくても僕は自分の努力の介入していない結果なんていらない。

 

「き、気持ち悪いって・・・。あんたは願いとか夢とか叶ってもうれしくないの?」

 

美樹は僕の言っていることがまったく分からないよいったようすで聞いてくる。

 

「『叶った』じゃなくて『叶えてもらった』でしょ?そんな見っとも無い真似してまで、僕は願いなんて叶えてほしくないね。それじゃまるで乞食(こじき)だよ」

 

僕の言葉を鹿目さんも美樹も黙って聞いていてくれている。

その目は真剣そのものだった。ならば、僕も本心で答えるまでだ。

 

「僕はね、自分の夢も願いも自分で叶えてこその物だと思ってる。そうじゃなきゃとても胸を張れないよ」

 

『どうしてだい?結果が変わらなければ、過程なんてどうでもいいじゃないか』

 

今まで何も言葉を発しなかった支那モンが僕の意見に反論してきた。

その発言にこの生き物の本質が少し見えた気がする。

恐らくこいつは『エネルギーを集めるため』なら過程を選ばないのだろう。僕の中で支那モンの信用度がますます下がった。

だが、僕はこの生き物に人間として答える。

 

「人間は時には結果よりも過程を重視することがあるのさ。いわゆる『誇り』だよ」

 

もっともこれは僕の主観であり、他の人間には当てはまらないかもしれないが、それでも人間とは『そういうもの』であってほしいと思う。

 

確かに結果が全てだという人もいるが、人生においての結果は『死ぬこと』だ。生きている間にどんなものを手に入れても、死ぬ時にはみんな失ってしまう。生きてる間は皆過程でしかないのだから。

だからこそ、僕は、僕が少しでも納得できる生き方をしている。

 

『ふーん。ボクには理解できそうにないな』

 

「だろうね。僕もそんな君が理解できそうにないよ」

 

無表情の不気味なマスコットの見つめる。相変わらず、何を考えているのか分からない目をしていた。

しばらくにらめっこを続けていると、チャイムがなった。

どうやら昼休みが終わったようだ。

 



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第八話 魔法少女体験コース

「さて、それじゃ魔法少女体験コース第一弾、張り切っていってみましょうか」

 

巴先輩がハンバーガーショップの店内で高らかに宣言する。

(はた)から見たら、相当痛い人だ。いや、事実かなり痛い人なんだけどね。友達もいないっぽいし。

僕達は巴先輩の『魔法少女体験コース』とやらに参加するためにハンバーガーショップに集まっていた。・・・今更だけど、僕やっぱり要らないよね?正直もうすでに、帰りたいんだけど。

 

「準備はいい?」

 

「準備になってるかどうか分からないけど…持って来ました!何もないよりはマシかと思って」

 

美樹はごそごそ鞄をあさると、金属バットを取り出した。

それを見て僕は口に含んでいた飲み物を噴き出しそうになった。

「持って来ました」じゃねーよ。それ、学校の備品じゃねーか!マジックでばっちり側面に『見滝原中学校』って書いてあるぞ!

 

「まあ、そういう覚悟でいてくれるのは助かるわ」

 

巴先輩はそう苦笑いするだけで美樹に注意はしなかった。それでいいのか、最上級生。

 

「・・・鹿目さんは何か持ってきたの?」

 

僕は鹿目さんに話を振った。

君はこいつと違って変なもの持ってきたりしてないよね、という意味を言外に滲(にじ)ませる。

 

「え?えっと。私は…」

 

鹿目さんはノートを一冊取り出して、ページを開いてからテーブルの上に乗せた。

書かれていたのは、ピンク色のフリフリしたファンシーな衣装を着たデフォルメされた鹿目さん自身が描かれていた。

え?そんな黒歴史ノート見せられても、僕はどう反応していいか分からないよ。

美樹は、歯に衣着せぬリアクションをする。気持ちは分かるけど。

 

「うーわー」

 

「と、とりあえず、衣装だけでも考えておこうと思って」

 

一応羞恥心はあったらしく、照れたように慌てていた。でも、これ数年後に思い出してクッションに顔をうずめて足バタつかせるレベルのものだよ。

 

「ま、政夫くんは何か持ってきたの?」

 

話を強引にそらそうと鹿目さんは僕に振った。

僕は鞄から、数十枚に及ぶ原稿用紙を引っ張り出した。

 

「僕も鹿目さんと同じで武器になるような物は持ってこなかったけど、とりあえず、遺書だけでも考えておこうかと思って」

 

一応、武器を持ってくることも考えたが、下手に攻撃手段があると気が緩むので持ってこなかった。逃げに徹して、巴先輩に何とかしてもらった方が生存率は上がるだろう。

なぜか鹿目さんと美樹はそれを見て唖然としていた。

 

「い、意気込みとしては十分ね。でも夕田君。そこまで覚悟しなくても・・・」

 

「何言ってるんですか、巴先輩。死ぬかもしれないんですよ?実際、僕らは昨日死にかけた。そういう場所にこれから行くんです。これくらいの覚悟は必要不可欠ですよ」

 

そう。一歩間違えば死ぬのだ。簡単に。何の意味もなく。

僕に言わせてもらえば、鹿目さんや美樹のスタンスの方が異常だ。遊びに行くのとはわけが違う。

 

 

 

ハンバーガーショップを出た後、鹿目さんはおろか、お調子者の美樹までほとんど喋らなかった。二人は思いつめた顔で巴先輩の後に付いて行く。ちなみに僕は最後尾だ。

 

「基本的に、魔女探しは足頼みよ。こうしてソウルジェムが捉える魔女の気配を辿ってゆくわけ」

 

巴先輩は、ソウルジェムをかざして歩きながら、僕たちに説明を説明をする。

裏路地を通り、薄暗く寂(さび)れた区画へと入っていく。周囲には嫌な雰囲気が漂ってきた。

しばらく歩いたところで巴先輩がぽつりと呟(つぶや)いた。

 

「かなり強い魔力の波動だわ。近いかも」

 

その言葉に僕らに緊張が走る。いよいよ来るのか。

そのまま進むと大きなビルの前についた。

 

「間違いない。ここよ」

 

「あ、マミさんあれ!」

 

鹿目さんの言葉で彼女が見ている場所を見上げると、自殺寸前の女の人が見えた。

やばいと思った時には女性は飛び降りていた。

 

「ハッ!」

 

声と共に魔法少女の姿になった巴先輩は、どこからともなく黄色いリボンを召喚する。そして、そのリボンは落ちてくる女性を見事にキャッチしてみせた。

すごい。もう駄目だと思ったのに。僕の中で巴先輩の株がストップ高になった。

 

「魔女の口づけ…やっぱりね」

 

巴先輩は女性の首の辺りを見てそう言った。

僕も見てみると女性の首に変なマークがあった。『魔女の口づけ』と言うぐらいだから、この自殺未遂も魔女のせいなのだろう。たしか魔女の呪いの影響で割と多いのは、交通事故や傷害事件と巴先輩は説明していた。

 

「この人は?」

 

鹿目さんが心配そうな顔で巴先輩に聞いた。

 

「大丈夫。気を失っているだけ」

 

そう聞いて、鹿目さんはほっとした安堵を見せた。優しいな鹿目さんは。そこまで面識もない人を心配できるなんて。それに比べて・・・。

僕が美樹を見ると、不思議そうな表情を返された。

 

「どうしたの?政夫」

 

「いや。何でもないよ。僕も同じようなものだしね」

 

「さあ、三人共。行くわよ」

 

巴先輩に(うなが)されて、僕たちはビルの中に入っていく。

ここからが本番だ。

 

「今日こそ逃がさないわよ」

 

ビルの中に入ると巴先輩は、傍から見ても分かるくらいはりきっていた。多分、僕ら見学者がいるせいだ。

・・・地味だもんな。人知れず平和を守ると言えば、聞こえはいいが実際行う側からすれば、たまったものではないだろう。

 

「美樹さん。ちょっとそのバット貸してもらえる?」

 

巴先輩は美樹から、金属バット(見滝原中学の備品)を借りると表面をそっと()でた。すると、バットは発光してみるみるうちに形が変形する。

なんという事でしょう。匠の技により、ただの金属バットはデコレーションされ、華麗に生まれ変わりました・・・・って、何してんだ、この人!それ学校の備品!そんな魔改造しちゃってどうするつもりだよ!

 

「うぅ、うわぁー」

 

「すご~い」

 

何で二人ともそんな好意的に見てるの?突っ込もうよ!こんなの絶対おかしいよ!

 

「気休めだけど。これで身を守る程度の役には立つわ。絶対に私の傍を離れないでね」

 

巴先輩は、何かをやり遂げたような達成感あふれる表情しておられた。これはもうだめかもしれんね。

僕はもうすでに精神的に疲れたよ。もう帰りたい。

 

 

 

 

とうとう僕らは魔女の結界の内部まで来てしまった。

仕方ない。ここまで来たら気持ちを切り替えよう。少しでも情報を集めて、今後の役に立たせるとしよう。

僕は周囲を見回す。そして、ある事に築いた。

前は余裕がなくて気がつかなかったが、この結界の模様というか背景はずいぶん人工物のような外観をしている。

なぜだ?魔女とかいう存在が人間よりも高位の存在だとするなら、人間が作り出した物にここまで関心を示すものだろうか?

近いものを上げるなら父さんの仕事の関係で見た、精神分裂症の患者が書いた絵のようだ。

 

「来るな、来るなー!ちょっと政夫も何かしなさいよ!女の子だけに戦わせる気なの?!」

 

美樹は髭と目玉がたくさん付いたアイスクリームみたいな使い魔(ミニアイスおじさんと命名しよう)を必死で振り払おうとしていた。

うるさいな。無理やり連れてきといて何言ってんだろう、あの青髪は。

しかも、デコレーションバットを振り回しているが、一発も当たっていない。というかバットからバリアのような物が発生して防いでいるため、バット自身を振り回す意味は皆無だった。君は一体何がしたいの?

 

「どう?怖い?三人とも」

 

先頭を歩きながら、マスケット銃で使い魔を打ち落としていた巴先輩は振り返って、僕らに聞いてきた。

 

「な、何てことねーって!」

 

美樹は無駄に虚勢を張るが、怯えているのが簡単に読み取れた。前も思ったがこいつは間違いなく、僕や鹿目さんよりもメンタルが脆(もろ)い。時折(ときおり)見せる威勢のよさも内心では恐れている証拠だ。

 

「怖いけど…でも…」

 

鹿目さんは小さな声で答えるが、多分僕よりも落ち着いている。恐らく、恐怖より魔法少女というか巴先輩への憧れの方が強いせいだろう。美樹とは対照的だ。

 

『頑張って。もうすぐ結界の最深部だ』

 

突然、支那モンの声が足元から響いた。

忘れてた。この似非(えせ)マスコットもついてきていたんだった。言葉を発しなかったから、その存在をすっかり失念していた。

 

「見て。あれが魔女よ」

 

おかしな装飾をされた扉をいくつも(くぐ)ると、ホール状の空間に蝶の羽がついた寸胴な身体に頭が溶けかけたアイスクリームみたいな化け物が椅子に座っていた。

気持ちが悪い。あれのどこが魔『女』なんだ?一体どこら辺に女の成分があるんだよ!性別なんか存在してなさそうだよ、あれ。

 

「う…グロい」

 

「あんなのと…戦うんですか…」

 

美樹も鹿目さんも、僕と同じような感想持ったらしく、二人とも顔色が悪くなっていた。

対して巴先輩はそんな二人を気遣うように、優しく微笑んだ。

 

「大丈夫。負けるもんですか。下がってて」

 

そしてデコレーションバットを床に深々と突き刺した。その途端に不思議な光が周囲を覆った。多分バリアか何かだろう。

 

巴先輩は、魔女がいるホールへと飛び降りた。

そして、難なく着地する。そしておもむろにスカートを持ち上げると、そこから二丁のマスケット銃を取り出した。そのスカート、どうなってんですか。四次元空間とかと繋がっているんだろうか。

魔女は巴先輩に向かって、自分が座っていた椅子を投げ飛ばす。

巴先輩はすくむことなく、避けながら銃を撃つ。魔女は大きさに関わらずに機敏な動作でホール内を縦横無尽に飛び回って避けた。

巴先輩のマスケット銃はやはり単発式らしく、一発ずつ撃つと投げ捨てていた。

どうするのかと思ったら、今度はベレー帽を振ると何丁もの銃が出現する。そのいくつもの銃を手に取り、一発撃っては捨て一発撃っては捨てを繰り返す。

魔女はこれも飛び回って避けた。

 

「あっ…ぅ…ぇ…あっあ!」

 

突然、巴先輩が変な声を上げた。よく見ると、足元にいたミニアイスおじさんがまとわり付いていた。

ミニアイスおじさんは巴先輩の足から腰の辺りに一列になって組み付くと、そのまま(ひも)状になった。巴先輩を宙吊りに持ち上げる。

巴先輩はそれでも気丈にマスケット銃で魔女に攻撃を当てるが、壁に思い切り叩きつけられてしまった。

 

鹿目さん達は声を上げるが、僕だけは巴先輩が死んだらここをどう抜け出すかを模索し始めていた。

ここから急いで入ってきた入り口まで逃げれば、どうにかなるだろうか?

 

「大丈夫。未来の後輩に、あんまり格好悪いところ見せられないものね」

 

巴先輩のその台詞と共に、魔女の後方にあったバラの花が崩れ、そこから黄色いリボンが生えてきた。恐らく、巴先輩が魔女に気付かれず仕掛けておいたのだろう。

あんな姿をしているくせに魔女は花が傷ついたことにショックを受けたらしく、リボンの方に近づいていってしまう。案の定、魔女は長く伸びた無数のリボンに絡め取られ、身動きが取れなくなった。

それを見逃すほど、巴先輩は愚かではない。というよりこうなるようにあらかじめ動いていたと見た方がいいだろう。

 

「惜しかったわね」

 

巴先輩は首元に付いているリボンを引き抜くと、そのリボンで自分を宙吊りしている紐を切り裂いた。そのリボンは巻きつくように形を作ると、巨大な銃に姿を変えた。

 

「ティロ・フィナーレ!!」

 

巴先輩のは謎の単語を叫ぶと、巨大な銃口から黄色い光の弾丸が発射され、魔女に激突した。魔女は光に包まれると消え失せた。

巴先輩はなぜかこちらに振り向いた時にティーカップで紅茶を飲んでいた。どんだけ余裕ぶっこいてんですか、先輩。

 



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第九話 いつの間にか穴だらけ

戦いが終わり、魔女の結界が解けた。

巴先輩もあの魔法少女の衣装であるファミレスの制服のような服装から、見滝原中の制服へと変わっていた。

 

「これがグリーフシード。魔女の卵よ。運がよければ、時々魔女が持ち歩いてることがあるの」

 

 

巴先輩は、床に落ちている上と下の両端が(とが)った、手のひらに収まるほどの大きさのオブジェを拾って言った。

 

「た、卵……」

 

美樹が、怯えた表情で一歩引いた。あんな化け物が生まれてくる卵と言われれば、誰だってそんな態度を取るだろう。

うん?そのグリーフシードから魔女が生まれるなら、最初の魔女は一体どこから発生したんだ?雌鳥(まじょ)(グリーフシード)を産むことはわかったが、一番最初の雌鳥(まじょ)は自然発生したのか。謎は深まるばかりだ。

 

『大丈夫、その状態では安全だよ。むしろ役に立つ貴重なものだ』

 

僕の思考をよそに支那モンはいつも通り、口も動かさずに喋る。ハンバーガーショップではポテトを食べていたので、口自体は開くはずだろうに。

まあ、そんなことはどうでもいい。気になっていたことを巴先輩に聞こう。

 

「すいません。自分でも分かるくらい空気の読めていない発言なんですが、何であの化け物が女って言われているんですか?雌雄なんて存在しそうにありませんでしたけど」

 

「え?えーと……それはキュゥべえがそう読んでいたから。そうよね、キュゥべえ?」

 

やっぱりというか予想通りというか、巴先輩は知らなかった。むしろ、気にもしていなかったようだ。

何でそんなにこのケダモノに全面的に信頼を寄せられるのか本当に謎だ。

 

『うん。魔女と名付けたのは確かにボクらだよ。これ以上に適切な呼び方は存在しないからね』

 

「そうなの?魔女というより魔物って感じだったけど。まどかはどう思った?」

 

「そうだね。思ってた『魔女』よりも、ずっと不気味で怖かった」

 

美樹や鹿目さんも(おおむ)ね、僕の意見と同じようだ。

ならば、好機だ。こいつは僕が聞くだけなら「何でそんな事を聞きたがるんだい?君には関係ないじゃないか」とか言って追求から逃れるが、魔法少女候補生の彼女達が聞くのなら、答えなくてはいけないはずだ。

 

「それで『魔女』と名付けた経緯は何なの?教えてくれよ、『キュゥべえ君』」

 

あえて僕は支那モンではなく、名前をはっきりと呼んだ。もちろん、嫌味だ。それとより真摯(しんし)にせまり、誤魔化(ごまか)しをさせないためでもある。

 

『あれらはもともと、女の子だったからね。それが成長した結果だから魔女、なんだよ』

 

衝撃の真実。僕を含めた皆が絶句した。

だが、僕はその可能性も考えていたので、やっぱりかという感想しかなかった。

元人間ならば、結界の内部があれほど人工物を意識していても不思議ではない。それよりもこいつがさっき言った『ボクら』という方が引っかかった。

支那モンは複数、存在しているのか。それとも他に協力者がいるのか。どちらにしても恐ろしいな。

 

「…………う、嘘よね?キュゥべえ。冗談にしては悪ふざけが過ぎるわよ……?」

 

巴先輩の声は震えていた。先ほど魔女相手に立ち回っていた彼女とは同一人物には見えない。

まあ、無理もない。ただの化け物だと思って戦っていた相手は、実は人間のなれの果てだなんて平然ではいられないだろう。

 

『本当だよ、マミ。ボクが今まで君に嘘をついた事が一度でもあったかい?』

 

支那モンはそんな巴先輩ににべもなく、淡々と言う。巴先輩は(ほう)けた表情で膝をついた。

今まで一緒に過ごしてきた巴先輩の気遣いや同情の類は一切見受けられない。

しかし、巴先輩にはかわいそうだが、多分支那モンが言ってることは真実だろう。こんな嘘を吐くメリットが支那モンにはない。

僕は、さらに支那モンを問う。

 

「あれが魔女と呼ばれる理由については分かったよ。なら、なぜ普通の女の子が魔女になってしまったんだ?原因とかは分かる?」

 

『ああ、それは……』

 

支那モンは僕の問いに答えようとした次の瞬間、穴だらけになって倒れた。

 

何が起きたのか理解できなかった。

僕は目を離したり、(まばた)きすらもしていない。それにも関わらず、支那モンは穴だらけになり死んだ。

どうしたんだ?一体何が……。

絶句していた鹿目さんと美樹も、呆けていた巴先輩も、誰一人として何が起きたのか理解していないようだった。

 

「夕田政夫」

 

僕らがいる場所の横にある通路から、声と共に暁美ほむらが出てきた。

その手には、前にも見た拳銃を握っている。

 

「私は言ったはずよ。鹿目まどかや美樹さやかと一緒に巴マミから離れなさいと」

 

底冷えするような声で彼女は僕に銃口を突きつける。

 

「もう二度と魔法少女には関わらないと約束しなさい。もちろん、そこの二人もよ」

 

やはりこいつは魔法少女に関して知っている。そして、それは他の誰かに知られてはまずいことだ。

この場合、僕や鹿目さん達に聞かせたくなかったのか、それとも巴先輩の方に知られたくなかったのかによって、これから僕が取っていかなければならないアクションが変わるのだが……。

取り合えず、今は暁美の言葉に従っておこう。両手を上げて、降伏の意思を見せる。

 

「うん。分かったよ。君ら魔法少女には、もう関わらないよ。ね、鹿目さん。美樹さん」

 

こいつが支那モンをどうやって殺したのかは分からない。だが、ここでYESと答えなければ、僕が『どうなるか』は想像に(かた)くない。

 

 




どのくらいが丁度いい長さなのか、考えながら投稿させてもらってます。

やっぱり3000文字はあるべきでしょうか?


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第十話 みんな仲良く

僕は、暁美が現れた後、なんとか鹿目さんと美樹を説得して一先(ひとま)ず帰らせた。二人とも、特に鹿目さんの方は納得してはいなかったが、どうにか頼み込んで事無きを得た。

 

「これでいいんだろ。それじゃあ、僕も帰らせてもらうよ。あとは魔法少女同士でご勝手に」

 

「ま、待って……夕田くん」

 

僕もこの場からさっさと立ち去りたかったが、巴先輩に引き止められてしまった。

一瞬、制止を振り切って帰ろうかと考えたが、一応巴先輩は僕の命を救ってくれた恩人なので仕方なく留まる。

 

「……何でしょうか?巴先輩」

 

今こうしている間も、暁美は僕に銃口を突きつけている。お前はもういい加減で銃下ろせよ。

 

「友達としては……友達としては私と一緒にいてくれるの、よね?魔法少女としてではなくて」

 

巴先輩は(よど)んだ瞳孔の開いた目で僕を見ながら、そう聞いてくる。いつもの自信にあふれた目ではなく、病んだ女の目だ。ものすごく怖い。というか僕に聞かないでください。

僕は答えずに暁美の方を見る。巴先輩の意見はありなのかと彼女に言外に問う。

 

「駄目よ。絶対に駄目。巴マミに関われば、必然的に魔法少女にも関わってしまう」

 

駄目だったらしい。だが、それは巴先輩には納得できなかった。

 

「何で貴女にそこまで決められなくちゃならないのよっ!!関係ないじゃない!」

 

ヒステリックに巴先輩は(わめ)いた。支那モンの正体を聞いた時よりも取り乱している。

涙をにじませながら怒る巴先輩は年相応の女の子で、普段の先輩然としていたのは見栄(みえ)を張っていただけにすぎなかったようだ。

正直言って逃げたいな~、この空気から。何ていうか、女子特有のピリピリした空間が周りに充満している。もう魔法少女がどうとか関係ないよね。

 

ん?ふと、この状況から逃避したくて視線を巡らしているとあることに気がついた。

巴先輩の持っているソウルジェム、前に見た時よりも色が(にご)っている。

間違いない。僕の目の錯覚でもない。この前は一点の(くも)りのない綺麗な黄色だったのが、やや薄暗い黄色へと変わっていた。

 

「……っ!!巴マミ!早くグリーフシードを使いなさい!」

 

僕に向けていた銃を下ろし、暁美はクールな表情を一転させて、慌てたようすで大きな声を出した。

それに対して、巴先輩は暁美の言葉を聞こうとせず、耳を(ふさ)いでまるで駄々っ子のように首を振る。

暁美はとうとう()れて、巴先輩のソウルジェムとグリーフシードを強引に奪うとソウルジェムにグリーフシードを押し付けた。すると、巴先輩のソウルジェムの(にご)りがグリーフシードへと吸い込まれた。

 

どういうことだ?ソウルジェムが魔力の源なのなら、暁美の行動の意図がまるで分からない。敵に塩を送るようなものだ。まさか、ソウルジェムが濁ると魔法が使えなくなるだけじゃなく、他にも何か起きるのか?そして、それは暁美にとって不都合なことなのか?

 

僕は暁美と巴先輩を観察しながら、状況を脳内でまとめる。

まず、暁美は支那モンを瞬殺した。これは暁美が何らかの魔法を使ってやったのだろう。それがどんなものかは気になるところではあるが一旦置いておこう。

支那モンが言おうとしていたことは、普通の女の子が魔女になる原因と理由。

これを僕らに聞かせたくなかったので、暁美は支那モンを殺した。ならば、暁美はそれを知っているということになる。

 

次に暁美は、巴先輩から僕と鹿目さんと美樹を引き離そうとしていた。これは鹿目さんがメインであって、僕と美樹はおまけのようなものだろう。転校初日でも鹿目さんにあの意図のよく分からない厨二病っぽい説教をしていたことからも分かる通り、こいつが大事なのは鹿目さんだけだ。

鹿目さんが魔法少女になることを極端に忌避している。

この件に関しては、暁美が異常に『会って間もないはずの』鹿目さんに固執しているところが不可解だが、(おおむ)ね僕は暁美に賛成だ。

巴先輩には悪いが、少なくても僕は何度も何度もこんな異常なことに付き合わされたくはない。

 

最後が巴先輩のソウルジェムが(けが)れるのを極端に恐れていること。

これが謎だ。分かるのは、ソウルジェムが濁りきるとただ単に魔法が使えなくなるだけではないということだ。

 

ふと。

 

ふと、僕の頭で単語同士が線のように繋がった。

 

『魔女』は元は『普通の人間の女の子』。そして、『魔法少女』もまた『普通の女の子』が元だ。

『魔女』は『グリーフシード』から生まれる。『魔法少女』も『ソウルジェム』を契約時に生み出す。

これは余りにも似すぎてはいないだろうか。

 

(『普通の女の子』⇒『魔法少女』)≒(『普通の女の子』⇒『魔女』)

 

どこから来たのか分からない『グリーフシード』。濁りすぎると危険な『ソウルジェム』

 

(『ソウルジェム』+『穢れ』⇒・・・・・・・・・『グリーフシード』?)

 

これらのことを組み合わせて、最悪の考えが組みあがる。

 

(『普通の女の子』⇒『ソウルジェム生成』⇒『魔法少女』⇒『グリーフシード生成』⇒『魔女』・・・・・・)

 

魔法少女のソウルジェムが濁りが一定を越すと、グリーフシードになり、魔女を生み出す。

あくまで僕の推測に過ぎないが、この考えならば、暁美の不可思議な行動に説明がつく。

 

だとするなら、今僕が取らなければならない行動は一つ!

 

 

うずくまる巴先輩に近づいて、その手を握り締める。

 

「巴先輩!僕と友達になりましょう!」

 

巴先輩は目の端に涙を溜(た)めた顔で僕を見つめた。

 

「ほ、ほんとう・・・?ほんとうにわたしとおともだちになってくれるの?」

 

たどたどしい涙声で僕に聞き返す。完全に幼児退行してる。この人、本当に上級生か疑問になってきた。

僕は優しくだけど力強く巴先輩の手を握りながら、笑って言った。

 

「当たり前じゃないですか。巴先輩、いえ、巴さん。貴女と僕はもう友達ですよ。一緒にケーキだって食べた仲じゃないですか」

 

自分で言ってて何言ってんだと思うが、この際関係ない。グリーフシードで濁りがなくなったとはいえ、ストレスによってまた濁るならここで魔女になるかもしれない。だったら、こうするのが一番生存率が高い。

ここで巴さんに魔女になられたら危険だし、何より後味が最悪だ。

 

「ちょっと夕田政夫。私との約束は……」

 

「そうだ!暁美さんも巴さんと友達になろうよ。仲良くなるチャンスだよ?」

 

暁美がまた銃を僕に突きつけて喋りだしたが、強引に言葉をかぶせた。

そして、巴さんに聞こえないように暁美の耳元で(ささや)く。

 

「……じゃないと巴さんに魔法少女が魔女になるって教えちゃうよ?」

 

「なッ!何でそれを貴方が……」

 

反応から見て、僕の推測は正しかったらしい。ならば、ここで一気(いっき)にたたみ掛ける。

 

「そんなことより、君の答えは?ねえ、暁美さん。ここで巴さんが魔女になったら色々と困るんじゃない?倒したとして、鹿目さんにどう説明するつもり?」

 

「それは……」

 

最後に駄目押しの台詞。

 

「もし巴さんが急に居なくなったら、鹿目さん、魔法少女になってでも探すだろうなぁ」

 

「くッ……分かったわ。巴マミ、今までの非礼、お()びするわ。ごめんなさい。もしよければ、私と仲良くしてもらえないかしら」

 

暁美は、巴さんに頭を下げて、ソウルジェムとグリーフシードを返した。

うんうん、いいよね。素直に謝れるって。

その光景を見て(うなず)いていると、暁美にギロっと横目で睨まれた。ちょっと悪乗りが過ぎたかな。自重しよう。

 

「暁美さんが・・私と友達に?」

 

巴さんはいきなり暁美さんの態度が急変したことに戸惑っていた。無理もないけど。

ここで僕はあえて空気を読まず、携帯を取り出して二人に向ける。

 

「よし。それではお互いの番号とメールアドレスを交換し合おう。まずは巴さんから。僕が受信しますんで赤外線送信お願いします」

 

未だに少し呆然としている巴さんにテンションを「早く早く」と急かす。

言っといて気づいたが、巴さん携帯持ってるんだろうか?親も友達もいないなら、必要ないから持ってない可能性もあるな。

 

しかし、僕の心配は余計だったようで、巴さんはポケットからちゃんと黄色い携帯電話を取り出した。

僕は携帯を赤外線受信の画面にして待つが、しばらくしてもデータが来ない。まさか・・・。

 

「巴さん、ひょっとして赤外線機能分からない、もしくは付いてないんですか?」

 

「・・・えっと、赤外線って何かしら?」

 

もじもじと恥ずかしそうに僕に尋ねた。

そうか・・・使ったことなさそうですもんね。

 

仕方なく、僕が巴さんを渡してもらい操作すると赤外線機能自体はちゃんと付いていた。

操作している時、見せてもらったが着信履歴が間違い電話とチェーンメールしかないのと、登録件数がゼロなのが見ていて僕の心をえぐった。この人、本物のぼっちだ。そりゃ友達欲しくて喚くわけだよ。

 

無事に巴さんとお互い登録を終えると、今度は暁美とも登録をする。暁美はしぶっていたが、大人しく電話番号を交換に応じた。

こいつも、クールな表情を保っていたが赤外線機能をいじる時やたらたどたどしかった。僕と巴さんの見よう見まねでやっているが明らかだ。案外かわいらしいところもあるんだね。

 

 




ちょっとにじふぁんの時より改良しました。
でも大筋の内容は変わってません。


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第十一話 お喋りタイム

「あ、グリーフシードをどうにかしないと!」

 

お互いのアドレス交換が終わると、巴さんが突然思い出したように言った。

ああ、そういえばグリーフシードって魔女の卵なんだったっけ?孵化(ふか)する可能性があるわけか。

 

「今まではどう処理してたんですか?」

 

「いつもはキュゥべえが食べてくれるんだけど……」

 

巴さんは形のいい眉を八の字型にして、困った顔をした。……あー、殺されちゃったからねー、支那モン。

殺した張本人の暁美を見ると少しも悪びれたようすもなく、気取ったポーズで髪をファサッとかき上げた。『ファサッ』じゃねーよ。どうしてくれんだよ。

死骸(しがい)とかした支那モンへ目をやると、そこには白く崩れた支那モンをおいしそうに食べる支那モンが、って……え?

 

「のおおおおおわああああぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

『がつがつがつがつ……きゅっぷい。政夫、いきなり奇声を上げたりしてどうしたんだい?』

 

崩れた支那モンを食べ終えた支那モンがさも不思議そうに聞いた。

なんだ、こいつ……。いや、支那モンは「ボクら」と言っていたから複数匹いるのは分からなくもないが、なぜ死骸を食べた?共食いか?それとも……。

 

「キュ、キュゥべえ!あなた死んだんじゃ……」

 

『そうだよ、マミ。さっきの肉体は駄目になってしまった。まったく、勿体(もったい)ない事してくれるよ、暁美ほむら』

 

『前の支那モン』と変わらないトーンで支那モンは暁美の事を非難するように見た。『睨んだ』ではなく、あくまで『見た』だ。そこには仮にも仲間を殺したほむらへの憎しみも悪意も感じられない。

前の支那モンと記憶を共有しているのか、それとも意識までも共有しているのか、何にしても「勿体ない」で済ませるとは……つくづく人間とは価値観が違うな。

 

支那モンに文句を言われた暁美は特に気にしたようすもなく、トレードマークの無表情で驚愕に染まった巴さんのグリーフシードを勝手に取ると支那モンに放った。

 

「ほら、(えさ)よ。ありがたく受け取りなさい」

 

『餌とは酷い言い草だね』

 

支那モンの背中の模様のある部分がハッチのように開くと、そこにグリーフシードが入っていった。

これが支那モン側の魔女退治のメリットであるエネルギー回収か。

自分で魔法少女を作って魔女に変える。それを魔法少女に倒させて、グリーフシードにする。壮大な自作自演だな。胸糞(むなくそ)悪い。

だが、ここでそれを巴さんに話せば、張りぼてメンタルの巴さんがどうなるかは簡単に想像がつく。未だに支那モンに信用を置いてるみたいだし、今は教えない方がいいな。

 

 

 

 

「待ちなさい。夕田政夫」

 

その後、表通りで巴さんと支那モンと別れて、家まで帰ろうとした時、暁美に急に呼び止められた。

と言うと、まるで僕が暁美の行動に驚いているように聞こえるが逆だ。僕はこうなることをあらかじめ予期していた。

 

「何かな?暁美さん。僕はこれから家に帰って、夕飯のお米をとがなきゃいけないんだけど?」

 

しかし、あくまで顔には出さない。あからさまに面倒くさそうな表情をする。

暁美は僕に『何を』、『どこまで』知っているか聞いてくるはず。だから、逆にそれを利用して暁美の持っている情報を聞き出す。

 

「貴方は一体どこまで知っているの?」

 

ほら来た。

思った通り、暁美は駆け引きが苦手のようだ。聞き方がストレートすぎる。コミュニケーション能力の低さが(あだ)となったな。

 

「う~ん?何が?取りあえず、君のスリーサイズは知らないけど?」

 

「ふざけないで・・・!」

 

「まあまあ、落ち着いてよ。暁美さん。とりあえず、立ち話もなんだし、そこのファミレスにでも入らない?」

 

僕はそういうと暁美の返事も待たずに、ファミレスの中に入っていく。

駆け引きで一番重要なのは相手のペースを乱し、なおかつ自分のペースに持ち込むこと。

 

「な、待ちなさい!」

 

「すいませーん。2名。禁煙席お願いします」

 

ウェイトレスの案内に従い、席に腰掛ける。そろそろ夕食時なので人が多かった。

父さんに外食することをメールで伝えると、メニューを広げて笑顔で暁美に話しかける。

 

「暁美さんは何食べる?僕は夕飯に響くと困るから、デザート系にしようかな。あ、せっかくだから、男一人じゃ頼みにくいチョコレートパフェなんか頼んじゃおう」

 

「貴方は私をおちょくっているの?夕田政夫」

 

暁美はすこぶる不機嫌な顔で僕を睨む。まあ、ここまでされれば誰だってそう思うよね。

しかし、いくら怒ろうともここでは銃を出して(おど)すことはできないだろう。そのために場所を変えたのだ。

 

「暁美さん。そのフルネーム呼ぶの止めない?うっとうしいし、厨二病っぽいよ?それにさ、暁美さんの態度って、どう聞いても人にものを頼む態度じゃないよね?」

 

暁美はうつむくと、ぎりっという音を出した。多分、歯をかみ締めたな。

僕は内心結構ビビリながらも、情報を聞き出すために程よく暁美を怒らせる。

無口な人間ほど怒ると饒舌(じょうぜつ)になるものだ。隠してることをぽろっと吐き出してしまうくらいに。

 

「……政夫。貴方が魔法少女について、どこまで知っているか教えてもらえないかしら」

 

頭を下げて、僕に頼んできた。でもなぜ名字じゃなく、名前で呼ぶの?そんなに親しくないだろう。

なかなか耐えるじゃないか。ここまで行くと、いっそのこと情報を小出しにして、普通に聞き出すのも手かもしれない。

 

「暁美さん。君はどこまで知っているの?まずそれが分からないと僕もどこから話せばいいか分からないよ」

 

大凡(おおよそ)すべてよ。ソウルジェムが魔法少女の魂である事も、魔法少女が魔女になる事も、インキュベーターの事もすべて知っているわ」

 

おいおい。さらっとかなり重要な情報()らしてくれちゃったよ。チョロいよ!チョロすぎるよ!暁美ほむら!

ソウルジェムが魔法少女の魂?なるほどな。だから、僕がソウルジェムの材質を聞いた時、支那モンは話さなかったのか。……当然ながら、巴さんは知らないんだろうな、きっと。

 

「インキュベーターってのは支那モン、キュゥべえのことでいいのかな?」

 

「ええ、そうよ。あいつらの本当の名前は孵卵機(インキュベーター)。それであいつらについて知っているの?」

 

支那モンの本当の名前?どうやって知ったんだ?流石に暁美自身が勝手につけたってわけではないだろう。まあ、いいや。それより、暁美の質問に正直に答えてやるかどうかだが……ここは正直にいくか。

 

「宇宙からエネルギーを求めて来た生命体で、グリーフシードをエネルギー源として集めてるってことぐらいかな?エントロピーだったっけ?」

 

「もうそんな事まで知っているの?!」

 

暁美は大きな声と共にテーブルに身を乗り出した。うわッ。止めろよ。他のお客さん、びっくりして見てるよ。

集団の中で生きる能力がない人間は、人目を気にしないから嫌だ。

 

「暁美さん、落ち着いて。それで暁美さんはどうやってその『魔法少女に関する秘密』を知ったの?」

 

そこがまず問題だ。支那モンは暁美のことをよく知らないようだった。つまり、支那モンから直接聞いた可能性は低い。でも、暁美の方は支那モンや魔法少女について知りすぎている。

 

暁美はしばらく思い悩むように黙っていたが、やがてゆっくりと話し始めた。

 

「私は一ヶ月後の未来から来たの……」

 



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第十二話 カミングアウト

暁美の話を聞き終えた僕は、情報を整理して暁美に確認をとる。

 

「えーと、つまり君は鹿目さんを救うために何度も同じ一ヶ月を繰り返してる、ということでいいんだね?」

 

「そうよ。話が早くて助かるわ」

 

何でも一ヵ月後、ワルプルギスの夜という、なんだか厨二心くすぐられるネーミングの魔女が来て、この見滝原市をめちゃくちゃにするらしい。

そして鹿目さんは最強の魔法少女になって立ち向かい、ある時は相討ちに終わり、ある時はワルプルギスの夜を倒せたものの代わりに最悪の魔女となったそうだ。

その(たび)に暁美は時間を巻き戻している。その過程で魔法少女の真実にたどり着いたという。

 

突拍子(とっぴょうし)もない話だが、一応嘘ではないと仮定して考えよう。そうなると、いくつか気になるところがあるな。

 

「ちょっと質問なんだけど、暁美さんは時間を巻き戻していると言ったけれど、今回以前の僕と出会ったことってあるの?それといつも起きることは暁美さんが過去に体験したことと同じなの?」

 

「ないわ。貴方と会うのはこれが初めての事よ。それから私の体験した過去と食い違う事いくつかあるわ。例えば、いつもは大体、まどかは私と出会う前から魔法少女だったけど、今回はまだ魔法少女になっていない事とか、・・・私の知らない魔法少女が現れた事もあったわ」

 

暁美は首を振った。

これがすでにおかしいことに暁美は気づいてない。本当に過去を巻き戻しているのだとしたら、『繰り返し』である以上、暁美を除いて過去と同じことしか起きないはずなのだ。

『暁美の目の届かない場所』で暁美の知らない何かが起こっているのなら、別におかしいことはない。だが『暁美の目の届く場所』で暁美の知らない何かが起きることは、暁美が何かしない限りは絶対にありえない。

 

「これは僕の仮説なんだけどさ。暁美さんにとって『ここ』は並行世界なんじゃないの?」

 

「どういう事?」

 

「つまりね。暁美さんがは『悲惨な結末の未来』から『そうなる一ヵ月前の過去』に戻ったんじゃなくて、『悲惨な結末の未来』から『そうなる一ヶ月前によく似た並行世界』に来てしまったんじゃないかってことだよ。ひょっとしたら君が今まで『過去』だと思っていたのも、実は『過去によく似た平行世界』だったかもしれないね。心当たりとかなかった?」

 

「……もし仮に貴方の言う通りだとしても、まどかを助けられるのなら私にとって何ら変わりはないわ」

 

暁美は少し押し黙った後に、毅然と言い放った。少し黙ったところを見ると心当たりはあるのだろう。だが、暁美の言葉には迷いはなく、覚悟が込められていた。

 

立派だ。実に高尚な考えに違いない。いくら何度も心を砕くような時間を過ごしたとしても中学生でここまでのことが言えるものだろうか。…………なんてことは僕は少しも思わなかった。

なぜなら、それはあまりにも鹿目さんの命を軽く見ているのと同意だからだ。

 

「全然違うよ。暁美さん。『並行世界』だということは、君が見てきた『鹿目まどか』と『鹿目さん』は限りなく近い別人ということになるんだよ」

 

「……?言っている事の意味が理解できないわ」

 

眉をひそめるだけで暁美はまったく分かっていないようだ。

なぜここまで言っても分からないのだろうか。ひょっとして理解するのを拒んでいるのかもしれない。

 

「もし暁美さんが『過去』ではなく『並行世界』から来ていたなら、暁美さんが去った後も『並行世界』はそのまま存在し続ける。つまり、この世界の鹿目さんを救ったとしても、死んだ『鹿目まどか』は死んだまま、魔女になった『鹿目まどか』は魔女になったままだ」

 

暁美は『鹿目さん』を無数にいる『鹿目まどか』の一人程度に考えている。何度もやり直しができるとはそういうことだ。次があると思ってしまえば、一回一回が軽くなる。

恐らく、今まで暁美が失敗し続けた理由の一つだろう。

 

暁美の顔が見る見るうちに青ざめていく。目が皿のように開いている。

理解したのだろう。死んでいった『鹿目まどか』が皆すべて『たった一人しかいない存在』であったことに。

 

でも、僕は納得ができない。

暁美が魔法少女でなかった世界で、『鹿目まどか』に命をかけて守ってもらったにも関わらず魔法少女になったと暁美は言った。それは最初の『鹿目まどか』の想いを踏みにじったことに他ならない。

勝手な願いで最初の『鹿目まどか』が成し遂げた結果を暁美は台無しにしたのだ。そして、助けるどころか、何人も『鹿目まどか』を死ぬことよりもおぞましい魔女に変えてしまった。

 

こいつは一体何人の『鹿目まどか』を犠牲にすれば気が済むんだ?こいつが憎むインキュベーターと結果的には何も変わらないじゃないか。

そのくせ、自分は『鹿目まどか』を救うとほざく。

ふざけるな。彼女の命を何だと思ってるんだ。

 

「君にとって『鹿目まどか』はみんな同じに見えたのかい?」

 

最後にそう吐き捨てて、僕は席を立った。

こんな人の命を冒涜(ぼうとく)するような奴と一緒に居たくなかった。

店に入っておきながら、何も頼まずに帰るのは少々マナー違反の気がしなくもないが仕方ない。

 

「……貴方に何が分かるの。あの苦しみも知らないくせに!」

 

「だから?『お前の知らない苦労を私はしている。だから私は偉い』、って言いたいの?ハンディキャップを(かさ)に着るような幼稚な意見だね」

 

暁美の目を見てはっきりとそう言ってやった。僕は生まれてこの方、父さん以外に口論で負けたことは一度もない。

暁美は俯いて押し黙った。

 

どうしようか。ここでお別れしてもいいが……一応、暁美を(なぐさ)めの言葉ぐらいはかけるべきか。

でも僕はこいつのやってきたことを許せそうにはない。少なくても、僕の価値観では到底納得できない行いだ。

 

だが、鹿目さん達、そして僕自身が一ヶ月後の絶望を乗り切るためには暁美の力が必要になってくるだろう。ここまで知っといて、平然と安全な日常に一人だけで帰るのは、無責任以外の何物でもない。

仕方ない。ここは我慢しよう。

 

「暁美さん。本当に『鹿目さん』を救いたい?何人もいる『鹿目まどか』の一人じゃなく、一人しかいない人間として」

 

「当たり前よ!私は……わたしは、まどかの友達なんだから……」

 

俯いているから表情は見えなかったが、涙まじりの声だった。

でも、信用できないな。友達だったのは最初とその次の『鹿目まどか』であって、この世界にいる『鹿目さん』じゃない。この()に及《およ》んで『鹿目まどか』と『鹿目さん』を混同して考えている。

 

「だったらできる限り協力するよ。これから一緒に頑張ろう」

 

暁美の傍に寄って、手を握り締めた。

あの薄暗い改装前の倉庫と同じ、優しさも思いやりもない形だけの握手。

そんな僕の手を暁美は握り返してくれた。

 

「……わかったわ」

 

こうして僕と暁美は協力関係(おともだち)となった。

 




改めて見ると、政夫、酷い奴ですね。


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第十三話 登校日和

「あれ?鹿目さん、どうしたの?こんなところで突っ立ってて」

 

「ティヒヒヒヒヒ」

 

「痛ッ!何!?何で小豆(あずき)投げてくるの!?意味分からないんだけど!ちょッ止めて」

 

「ティヒヒヒヒヒヒ」

「ティヒヒヒヒヒヒヒヒ」

「ティヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」

 

「うお!鹿目さんが増えた!?痛い!痛いって!!だから何で小豆投げてくるの!?」

 

「ティヒヒヒヒヒ」

「ティヒヒヒヒヒ」

「ティヒヒヒヒヒヒヒヒ」

「ティーヒッヒッヒッヒッヒ」

 

「やめて!やめてくれぇ!あと最後の鹿目さんだけ飛びぬけてテンション高くない!?」

 

 

 

 

 

ジリリリリ。ジリリリリ。

僕は昨日と同じように目覚まし時計の音で意識を覚醒した。

また悪夢か。暁美の話を聞いたせいか、やたら大勢の鹿目さんが出てきた。超怖かった。

携帯でもいじって気分を変えよう。

 

「あれ?メールだ。うわ……!」

 

画面にはメールが来たことを告げるアイコンが出ていて、受信メールが四十通ほど届いていた。

送り主はすべて巴さん。どうやら5分おきにメールをくれたらしい。どれだけ人に飢えてたんだ、あの人。

マナーモードかつバイブレーションを最弱にしていたせいで昨日はメールに気づかなかった。

とりあえず、全部見るのは手間なので、最後のメールだけ見てみよう。

 

『件名:何でメール返してくれないの?   

本文:私のこと嫌いになっちゃったの?私が頼りないから?駄目な先輩だから?ねえ、嫌いにならないでよ……私達、友達でしょ?そうよね?昨日、夕田君言ってくれたよね?お友達だって。お願いだから嫌いにならないで嫌いにならないで嫌いにならないで嫌いにならないで嫌いにならないできらいにならないできらいに……』

 

「うおわッ!」

 

あまりの狂気(ただよ)う文面に携帯を落としてしまった。

何これ……?怖すぎる。ヤンデレかよ、巴さん。ソウルジェム濁ってたりしたら、シャレじゃ済まない。

これはメールじゃなく、電話で話した方がいいな。

すぐさま僕は、巴さんに電話を掛けた。……ワンコールで繋がった。速い。

 

「もしもし。夕田です。とも・・・」

 

『夕田君!良かった……メール全然返ってこないから、嫌われたのかと思っちゃったわ。そんな訳ないのに、ごめんね?勝手に勘違(かんちが)いしちゃって』

 

あの、僕まだ何も言ってないんですけど。……この人、結構やばいな。

 

「……すみません。ちょっと携帯見てなくて」

 

『いいのよ。気にしないで。私と夕田君はお友達なんだから、ね?』

 

嬉しそうな声が僕に返ってくる。このテンションの落差が怖い。

支那モンに魔女の正体を明かされそうになった時も、友達になると言った瞬間にショックから一変して立ち直っていた。要するに『巴マミ』という人間はとてつもなく不安定なのだ。

 

「本当にすみませんでした。これからは気を付けます。それじゃあ」

 

『待って。もう切っちゃうの?もっとお喋りしましょうよ』

 

「何言ってるんですか。学校で会って直接話せばいいでしょう。長話してるとお金が掛かるし、遅刻してしまいますよ」

 

『そう……?そうよね。私ったら、浮かれちゃって。それじゃ学校でね』

 

ふー。巴さんと会話をするとひやひやする。いや、そんなことより早く着替えて、朝食を取って出かけないと本当に遅刻してしまう。

 

 

 

父さんと朝食を終えて僕は家を出ると、真っ直ぐ鹿目さん達がいる待ち合わせの場所に行く。

場所に着くと、ピンク、青、緑の三人の少女が待っていた。ただ昨日とは違い、和やかな雰囲気ではなかった。

美樹は腕組みをして仁王立ちして僕を睨(にら)み、鹿目さんも控(ひか)えめながらも怒った表情をしていた。まあ、十中八九、昨日の暁美の件だろう。何も知らない志筑さんがおろおろしているのがその証拠だ。

さて、何と言ったものだろうか。

 

 

 

 

「さあ、話してよ。昨日何があったのか」

 

待ち合わせの林道で僕は美樹と鹿目さんに問い詰められていた。と、言っても主に質問するのは美樹の方だ。

僕にわざわざ聞くということは支那モンには、まだ会っていないということか。

なぜだ?あの似非(えせ)マスコットなら、死んだところを見られたぐらいで、二人に会わなくなるほど可愛げがある奴じゃない。ということは・・・恐らく。

 

「志筑さんもいるこの場で?」

 

僕は、話以前に雰囲気についていけていない志筑さんの方を見て、わざと志筑さんにも聞こえるような声量で言った。

こう言っておけば、志筑さんは当然ながらこの話に興味を持つだろう。自分だけ仲間はずれにされているようなものなのだから。

 

「あの、先ほどから一体何の……お話ですか?」

 

僕の予想通り、志筑さんがおずおずと美樹に尋ねた。言外に自分にも教えろという思いが伝わってくる。

 

「あ、えっーと、その、何て言えば……ねえ、まどか」

 

「う、うん」

 

美樹は返答に困り、慌てふためいて鹿目さんに振る。だが、鹿目さんも頷くだけで何も言えない。

それはそうだろう。『魔法少女』や『魔女』がどうのこうのなんて話したら、ただの電波だ。加えて、まだ平穏を享受(きょうじゅ)している志筑さんを巻き込みたくないという思いもあるはずだ。

 

そして、ここで僕が助け舟を出す。

 

「実はねー、志筑さん。この一緒に登校するメンバーに一人加えたい子がいてさー」

 

「どういう事なんですか?」

 

美樹と鹿目さんは、僕の予想外の発言に「えっ?」という顔になっていたが、構わずに志筑さんとの会話を続ける。

 

「ほら。暁美さんだよ。あの子、人見知りなんだけど、ちょっといろいろあって仲良くなったんだ。・・・ねえ、暁美さん。そんなところに隠れていないでこっちに来なよ」

 

僕は、隠れて近くにいる『だろう』暁美に向けて言った。

すると、すぐに林側の方から、暁美が現れた。僕以外の三人は驚いていたが、僕は少しも驚かなかった。

やっぱりね。今までこっそりと鹿目さんを尾行していたのだろう。支那モンが鹿目さんに会うのを阻止していたのだ、恐らくは昨日僕と別れてからずっと。……超ストーカーだな。

 

「彼女、極度の恥ずかしがり屋でね。だから、志筑さんに受け入れてもらえるか分からなくて。ごめん、隠しごとなんかしちゃって。ほら、二人とも志筑さんに謝って」

 

美樹と鹿目さんに近づいて、二人にしか聞こえない声でぼそっと言う。

 

「君たちには何がなんだか分からないと思うけど、魔法少女のことを知られるよりはずっとマシだとは思わない?」

 

「うッ。それは……」

 

「分かった。政夫くんに合わせるよ」

 

二人とも、志筑さんに頭を下げて、今まで仲間はずれにしてしまったことを詫(わ)びた。

志筑さんは「お気になさらないでください」と、微笑みながら僕と二人を許してくれた。まあ、志筑さんを騙してしまった結果になるが仕方ないだろう。人を守るための嘘は美しい……ような気がする。

 

二人が志筑さんに謝っている間、暁美が僕に近づいてきた。

 

「……いつ気が付いたの?私がいる事に」

 

「いや。気付かなかったよ。ただいるだろうなと推測しただけ」

 

「またカマを掛けられたってわけね」

 

「でも、これで愛しの鹿目さんを合法的に見張ることができるだろ。僕に感謝してよ?」

 

「『愛しの』って、まるで私が同性愛者みたいじゃない」

 

「違うの!!?」

 

「違うわよ!!確かにまどかは大切な友達だけど、そんな目であの子を見てはいないわ!」

 

うわっ。魔女とか使い魔見たときよりも、驚いたわ。いや、でも嘘だろ?ただの友達のためにそこまでできるわけない。

しかも最初に出会った『鹿目まどか』と過ごした時間はたった一ヶ月。次の時間を合わせても『友達であった』時間は二ヶ月でしかない。

恋愛感情ならば、人間の性的本能と密接な関係だから、短い期間でも(はぐく)むことができるが、友情は時間をかけてゆっくりと育てなければ生まれない。

暁美が気付いていないだけで、鹿目さんへの感情は恋愛感情なのではないだろうか。

 

「貴方は私の事を何だと思っているのかしら」

 

「え?コミュ障の武装レズビアン……じょ、冗談だよ。許して。そんな顔で怒らないで。せっかくの美人が台無しだよ?」

 

暁美が僕のことを今にも殺しそうな表情で睨むので、平謝りして機嫌を取る。

実際、そこまで僕の言ったこと間違ってないと思うけどなー。

 

 

それから僕らは昨日のテレビ番組がどうとか、そんなありきたりな話をしながら、5人で学校に向かった。美樹や鹿目さんは暁美に警戒してろくに会話に入ってこなかったので、正確には僕と志筑さんが話し、それに時折、暁美が相槌(あいづち)を打つだけだった。

 



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ショウさん登場編
番外編 ホストと紅い魔法少女


俺は女が嫌いだ。

泣く。(わめ)く。甲高い声を出すしか能のねぇ馬鹿どもだ。

殴ろうが、蹴ろうが心なんざ痛みやしねぇ。

だから、俺のようなホストがナンバー1なんてやってんだろう。俺が間違ってるなら、世界が俺を罰するはずだ。でも俺は何の責め苦もなく、毎日を平然と生きている。

つまり、俺、魅月(みつき)ショウは何一つ間違った事はしちゃいない。

 

そう、俺は間違ってなんかいない。

なのに、何で俺は今『こんな訳の分かんねぇ場所』にいる!?

 

俺が今、絵の具でマーブル模様に塗ったくったようなイカれた空間にいた。

何がどうなってんのか、さっぱり分かんねぇ。俺は普通に町角を曲がっただけなのにいつの間にかこんな場所に立っていた。

 

「fdjmrfoskmdsndosdskfklsmsrjkvmdksd???」

 

突然、意味不明な言語とも、動物の鳴き声とも取れない音が聞こえてきた。

 

「な、何だ?一体……」

 

思わず、うろたえた声が出ちまう。

周りの空間が歪み始めて、そこから、『毛糸で作った巨大な手袋のようなヒトデ』としか言い表せない化け物が次々に現れた。

そして、その『手袋のヒトデ』どもの後ろに、さらに大きな『ニット帽とセーターを組み合わせて作ったチョウチンアンコウ』のようなヤツが公然と鎮座(ちんざ)している。

 

「うわああああああああああああああああああ!!」

 

何だこれはなんだこれはナンダコレハ。

震えが止まらない。気持ちが悪い。真っ直ぐ立っていられない。

逃げたいと心の底から思うのに、身体は沈み込むように蹲(うずくま)ってしまう。

せめて顔だけでも上げようして、『眼』が合った。

 

毛糸のような質感のくせに人間よりも生々しいチョウチンアンコウの『眼』。

俺は、なぜか今まで貢がせて捨てた女の恨みのこもったあの目を思い出していた。

好意から憎しみに感情が逆転した時の目。

それがチョウチンアンコウの『眼』と重なった。

 

殺される。

それが俺が唯一理解できるこの場の全てだった。

チョウチンアンコウの手下の手袋ヒトデが俺に一気に群がる。

駄目だ。もう助からない。目をつむって、身体を丸める。

 

「おお。久しぶりの大物の魔女じゃねーか。こりゃツイてるな」

 

次の瞬間、俺に届いたのは痛みや衝撃でもなく、女の子の声だった。

 

「あれ?一般人もいんのかよ。ま、いいか。おい、アンタ。助かりたかったらじっとしてな」

 

俺が声のする方を向くと、真っ赤な髪をポニーテールのように束ねた少女がそこにいた。

髪と同じ紅い衣装と、少女の身体とは不釣合いな巨大な槍。

身に纏(まと)っているのは、とても少女とは思えない歴戦の戦士を思わせる雰囲気。

 

「なん、なんだ?お嬢ちゃんは」

 

俺の疑問に答えずにに少女は、周囲にいた手袋ヒトデを槍で凪(な)いで一掃していく。

それはあまりにも一方的で、まるでヒトデたちは彼女に倒されるためだけに存在していたなどと思わせるほどだった。

 

「さ~て、雑魚は片付いたし、そろそろメインディッシュと行こうか」

 

ぺろりと紅い少女は舌なめずりをした。

よほど余裕なのだろう。紅い少女にとっては勝って当たり前の戦い。いや、どんな勝ち方をすれば、自分がより楽しめるかを考えてしまっているようだった。

それほどまでに彼女は強かった。

だが、その強さが逆に仇(あだ)になった。

紅い少女の死角から手袋ヒトデが現れる。少女はそれに気がつかない。

 

「避けろ!後ろだ!」

 

「え?ッしまっ!」

 

俺の叫びも空しく、紅い少女は避けることができず、手袋ヒトデに絡(から)み付かれる。

だが、少女も自分に組み付いた手袋ヒトデを引き剥(は)がすために、槍を振ろうとするが、

 

「なっ!こっちもかよ!」

 

槍を握る腕ごともう一体の手袋ヒトデに組み付かれていた。そのせいで紅い少女は身動きが取れない。

・・・いや、『もう一体』どころの話じゃねぇ。

マーブル模様の空間が歪み、次から次へと少女に組み付くように手袋ヒトデが現れていく。

やべぇ、紅い少女を数で圧殺する気だ。

だが、俺にできることは手袋ヒトデに向かって、大声で叫ぶくらいしかない。

 

「止めろ!お前ら、今すぐその子から離れろ!」

 

そう俺が叫ぶと、手袋ヒトデは一斉に少女から離れた。まるで俺の言うことを素直に聞いたかのに。

まさか、俺も素直に聞くとは思ってなかったので、思わずポカンとしてしまった。

いや、呆けてる場合じゃねぇ。あの紅い子は無事なのか?

 

「な、何だぁ?アンタ、なんかしたのか?」

 

無事のようだ。膝をついて息をしているが、深刻そうなダメージは負っていない。

俺に今起こった事について聞いてくるが、答えてる暇はなかった。

再び、手袋ヒトデどもが紅い少女を圧殺するために群がり始めたからだ。

俺はイチかバチかで試してみる。

 

「おい!手袋ヒトデども!その子に手を出すのは止めろ!襲うなら、あの馬鹿でかいチョウチンアンコウにしろ!」

 

俺の叫びに答えるように、手袋ヒトデどもは少女を狙いから(はず)し、自分達の親玉(俺はそう思った)に襲い掛かる。

 

「jsgfjkskedksrjlvksem!!!?」

 

ニット帽をチョウチンのようにぶる提(さ)げていた、セーターで作られた巨大なアンコウは、手下が急に裏切った事に驚いて、なにやら喚(わめ)く。

紅い少女はそれを見て、驚いた顔で声を絞り出した。

 

「嘘だろ……使い魔が、魔女を襲ってやがる」

 

使い魔?魔女?あのヒトデとチョウチンアンコウのことか?

どこら辺が魔『女』なんだ?いや、でもアンコウって確かメスの方がオスより何倍もでかいんだったけ?

まあ、そんなのどうでもいいか。よし、もし俺の命令が聞くのなら……。

 

「おい!チョウチンアンコウ!お前、自害しろ!」

 

もしかして、チョウチンアンコウの方にも、俺の命令が聞くかと思ったが駄目らしい。

チョウチンアンコウは俺の声に何の反応もせず、手袋ヒトデと戦っている。

チッ。やっぱ無理か。

 

「なあ、お嬢ちゃん。あんたもあれを倒すために、ここに来たんだろ?だったら、手を貸しちゃくれねえか?」

 

「それはいいけど。……アンタ、ほんと何物だい?使い魔を操る人間なんて聞いたことないよ?」

 

紅い少女は俺に怪訝(けげん)そうな表情を向けるが、俺がマジで頼んでる事が伝わったようで、取り合えず協力してもらえた。

 

「手袋ヒトデども!そのチョウチンアンコウに組み付いて押さえつけろ!」

 

俺が命令を下すと、アンコウとの戦いで半分くらいの数に減ってしまった手袋ヒトデどもだが、ちゃんと言うことを聞いてアンコウを押さえ込む。

 

「今だ!嬢ちゃん!」

 

「あたしにまで命令すんな!」

 

少女は怒鳴るものの、俺の言うことには一応聞いてくれたらしく、その大きな槍でアンコウをズタズタに切り裂いた。手袋ヒトデも巻き込まれて、刻まれていた。

断末魔の叫びを上げる間もなく、アンコウは刻まれて、消えた。

 

アンコウが消えると、途端に空間が変わり、元の町角に戻った。

 

「さて。じゃあ、アンタのことを聞かせてもらえる?あ、あと」

 

紅い少女は俺にお菓子を差し出した。

 

「食うかい?」

 

「そんじゃ、まずは自己紹介としようか。俺の名前は魅月ショウ。お嬢ちゃんは?」

 

「あたしは佐倉杏子だ。あとお嬢ちゃんて言うな。なんか馬鹿にされてるみてーだ」

 

俺と、紅い少女こと佐倉杏子は近くにあった喫茶店にいた。

俺が立ち話もなんだからと思って座って落ち着ける場所を考えた結果、中学生くらいの女の子を連れていてもヤバくない場所がここぐらいしか思い浮かばなかった。

 

「んじゃ、俺の質問からでいいか?」

 

「構わないよ。それよりケーキ頼んでいい?」

 

・・・それは俺に(おご)れっつーことか?なかなかちゃっかりしてやがる。

 

「良いぞ。好きなモン頼め。生憎(あいにく)と金には苦労してねぇしな」

 

仮にも俺はナンバー1ホスト。給料もそこらのリーマンとは段違いだ。

それに必要なら、いくらでも金を出してくれる女を何人もキープしてる。

 

「チッ!嫌味なヤツ。じゃ、遠慮なく頼むよ。あ、すいませーん。このデラックスパフェ3つとこれとこれとこのケーキお願い」

 

好きに頼めとは言ったが、よく頼むなー。一人で食えんのか?

ま、んなことはどうでもいい。肝心の話を聞かせてもらわねぇと。

 

「まず、あの魔女と使い魔だっけ?アレいったい何なんだ?」

 

杏子は水の入ったグラスを傾けつつ、答えた。

 

「簡単に言っちまえば、あたしら魔法少女の敵さ。あの変な空間、『結界』の中に人間を連れ込んで餌にしてんの。使い魔は、その魔女の手下」

 

「魔法少女?」

 

さっきの杏子がなっていたアレか?でも魔法少女つーより、武装少女って感じだったぞ。槍とか持ってたし。

いや、でも昔やってたセーラー〇ーンも設定上、結構物騒(ぶっそう)だったような気がする。

俺がそんなことを考えていると、今度は杏子の方から質問してきた。

 

「それよりもショウ。何物なんだ?アンタ。使い魔を操る人間なんて聞いたこともないぞ」

 

「呼び捨てかよ。まあいい。・・・・そう言われてもな、俺にもワケが分かんねぇんだよ。取り合えず、言ってみたら言う事聞いたみたいな」

 

「ハア?なんだよ、それ」

 

杏子は俺の説明に納得いかないらしく、ちょっと不機嫌になった。だが、そんなの俺に言われても困る。

頑張ったら、できたとしか言いようがないんだから。

 

『その質問にはボクが答えよう』

 

足元から突然声がしたかと思うと、テーブルの上に何か白い生き物が飛び乗った。

若干、驚いたものの、俺はそれをじっくり見る。

何か、ウサギと猫を合体させたような生き物だった。

 

「キュゥべえじゃん。どうしたんだ。グリーフシードならまだ穢れは全然溜まってねーぞ?」

 

どうやら、杏子の知り合いらしく、平然とその生き物に話しかけていた。

だが、その生き物、キュゥべえとやらは杏子ではなく、俺の方に顔を向けていた。

 

『やあ。魅月ショウ。直接話しかけるのは初めてだね』

 

「俺のことを知ってんのか?」

 

『まあね。君の妹、魅月カレンが魔法少女になった時、その願い事が君についてのものだったからね』

 

「魔法少女ってあいつがか!?いや、それよりもカレンの事を知ってんのか?あいつは今、どこに居るんだ?!」

 

俺の妹、魅月カレン。あいつは六年前から、行方不明になっていた。

警察もまったく手がかりが掴めず、事件は迷宮入りになり、カレンの捜索は打ち切られた。

俺はあいつに会いたい。高校中退して、ホストとして働き始めたのもカレンと一緒に生活するためだった。

ほんの少しの希望を持って聞いた俺の問いに、キュゥべえはあっさりと残酷に言い放った。

 

『彼女ならもう居ないよ。ちょうど今から、六年ほど前かな?魔女と戦って、魔法少女としての使命を全うしたんだ』

 

俺はその言葉に脱力した。

今まで本当に、もしかしたら、どこかでカレンが生きてるんじゃないかと思いながら生きてきた。その薄い希望が今、完全に断ち切られた。

 

「……そいつの願い事ってのは?」

 

今まで黙って俺とキュゥべえのやり取りを聞いていた杏子が、突然低い声を出した。

 

『ああ、そうだったね。話がそれてしまったよ。まあ、ショウにも分かるように簡単に説明すると、魔法少女は魔女と戦う代わりにボクらが一つだけ願いを叶えてあげるんだ。そして魅月カレンが願った事は……兄の魅月ショウが必要とした時に女性が何でも言うことを聞く、というものだったんだ。その願いのお陰で君は使い魔を操れたんだ。まあ、願ったカレンが並みの魔法少女だったから、魔法少女や魔女にはその力は効かないみたいだけど』

 

な……何だ、それは。

じゃあ、すると、俺がナンバー1ホストになれたのはカレンのおかげだったのか?

いや、そんな事はどうだっていい。重要なのはあいつが死んだのが俺のせいってことだ。

何でだよ……。俺はお前と一緒に生きていくためにホストなんかになったのに。それじゃ意味ないじゃねぇか!

 

「……っ馬鹿野郎」

 

俺はそうつぶやいた。そしてその瞬間、思い切り襟首を掴まれ、テーブル上に上半身を乗せるはめになった。

 

「てめー……、それが命差し出してまで、願い事を自分に使ってくれた妹に対する言葉か!!」

 

杏子は俺の胸倉を掴みながら凄む。

細腕にも関わらず、かなりの怪力だ。きっと俺の首くらい簡単にへし折れるだろう。

だが、俺は自分の言った言葉を撤回するつもりは、まったくなかった。

 

「ああ、そうだよ。俺の妹は……カレンは大馬鹿野郎だ!」

 

「てめぇー!!」

 

「ナンバー1なんか成れなくてよかった。金なんてなくてもよかった。あいつが居てくれるだけで……そばに居てくれるだけで、俺は幸せだったのに。何でそんな下らねぇ願いなんかで命差し出しちまうんだよ!」

 

俺は泣いていた。

ぼろぼろと零(こぼ)れ落ちる。見っとも無いとか、恥ずかしいとか、そんなことは気にも留めなかった。まるで言葉にならない俺の感情が涙腺を通して、(あふ)れ出たようだった。

 

「……悪かった」

 

杏子は俺の胸倉から手を話した。

俺は何も言わなかった。いや、涙のせいで何も言えなかった。

しばらく、無言でいると杏子の注文したケーキとパフェが届いた。杏子は何も言わずにそれに手をつける。

 

「なあ、杏子。俺にも魔女退治手伝わせてくれねぇか?」

 

俺は杏子にそう言った。

もう二度と妹と同じ境遇に苦しんでいるヤツがいるなら、手伝いたい。傲慢かもしれないが、それが俺の心からの本心だった。

 

 




いきなり、番外編が入って申し訳ありませんが、そうじゃないと話の都合上杏子が登場しなくなってしまうので、ご容赦ください。


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番外編 ホストと天才バイオリニスト少年

「ショウさん。聞いてくださいよ。ここの病院食がですね・・・」

 

「その話はこの前も聞いたつーの。ま、元気そうで何よりだわ」

 

今、俺、魅月ショウは後輩のエイジの見舞いに見滝原にある病院に来ていた。

ちなみに後輩が入院している理由は「女に刺された」といういうかなりヤバイ理由だ。俺の『必要に応じて女に言うことを聞かせられる』という能力(※この話の前の番外編を参照)でぎりぎりのところを止められたもののエイジは入院を余儀(よぎ)なくされたのだ。

 

「それじゃ、俺はそろそろ帰るわ」

 

「え、マジっすか?もっと話しましょうよ。ここつまんねーんすよぉ」

 

「雑誌何冊か持ってきてやっただろ。それでも読んでろ」

 

生意気に個人病室なんか取るからだ、馬鹿。

そう言って俺はエイジの病室から出るが、そのまま帰るつもりはなかった。もう一人、見舞いをしてやらなきゃいけない奴がいるからだ。

 

俺は廊下を少し歩いたところにあるエイジとは別の個人病室に入る。

 

「オッス。坊主。元気してるか?」

 

「あ。ショウさん!来てくれたんですか」

 

俺が声を声をかけると、嬉しそうに顔をほころばせる少年。名前は上条恭介。テレビにも何度か出た事のある天才バイオリニスト少年だ。

普通なら俺みたいなホストなんかと接点は何一つないんだが、たまたま一人で暇そうにしていたこいつに話しかけたら何か知らんが(なつ)かれた。

 

「おう。それより指の方の調子はどうだ?」

 

恭介は交通事故のせいで左手に大怪我を負っちまったらしい。将来有望なバイオリニストなこいつから大切な手を取り上げるとは、神様って奴が本当にいるんだとしたらとことん性根が腐ってやがるんだろうな。

 

「・・・もう、治らないかもしれません。奇跡や魔法でもない限り・・・・・」

 

恭介は(うつむ)いて、そうこぼす。

その表情は諦めと共に悔しさが(にじ)んでいた。

 

奇跡や魔法か。魔法少女について知っちまった俺には、もうその言葉に希望を見ることはできそうにない。そんな物は果てしなく大きい代償と後悔しか生まないことを俺は身を持って知った。

だから、こいつに言わなくちゃならない。例え、伝わらないとしても。いや、伝わらないまま何も知らずに一生を終えた方が幸せなんだろうがな。

 

「恭介。いいか、よく聞け」

 

恭介は顔を上げて、俺の顔を見る。

こいつ、ホント素直な奴だよな。今時の中学生ってこんななのか?同居人の『あいつ』に見習わせたいぜ。

 

「女って馬鹿だからさ。男がちょっと困ってたりすると、大事なモン差し出してしてまでくっだらねぇ『願い事』なんかに使っちまうんだ。だからよ。女の前じゃ、そんな事は口に出すんじゃねぇぞ?」

 

「えっと、意味はよく分からないですけど・・・分かりました。女性の前ではこんな顔、絶対にしません!」

 

恭介は自分でも言った通り、やっぱり俺の言った意味はよく分かっていないみたいだ。まあ、当然だわな。

それでも、俺の言った事は守ってくれるだろうな。こいつ、素直だし。

 

その時、病室のドアが突然開いた。

それと同時に元気な女の子の声が飛び込んでくる。

 

「恭介ぇー。お見舞いに・・・って誰!?」

 

青い髪の活発そうな女の子。年は恭介と同じくらいだろう。

にしてもいきなり誰はねーだろ、普通。礼儀正しい恭介とは真逆だな。

 

「この元気ハツラツオロナミンCなお嬢ちゃんは恭介の彼女か?」

 

「いえ、ただの幼馴染です。・・・ちょっとさやか!ショウさんに失礼すぎるよ!」

 

恭介が幼馴染という言葉を発した瞬間、青髪のお嬢ちゃんはショックを受けたような表情をした。なるほどな。あっちの方は恭介に惚れてるわけか。

 

「まあまあ、俺は気にしてねぇよ。それから、恭介。彼女は別れたらそれで終わりだが、幼馴染との関係は一生変わらねぇんだから大事にしてやんな。んじゃ、俺はこの辺で帰るとするわ」

 

そう言って青髪のお嬢ちゃんの脇を通って、病室を出ようとする。

その時にお嬢ちゃんにそっと耳打ちした。

 

「うまくやんな。早くしないと他の()に取られちゃうぜ。あいつ、顔良いから」

 

「えっ!あ、いや・・・頑張ります」

 

顔を真っ赤にさせるお嬢ちゃん。いやー、初心(うぶ)だね~。

そうだ。紅いと言えばあいつに電話しなきゃな。

病室を出てると、俺は携帯を取り出して、電話をかける。

 

「もしもし。俺だ」

 

『え、ん、これ繋がってんのか。えーと、もしもし。誰だ?』

 

あたふたとしながらも、相手は電話に出た。

こいつはまだ携帯も使いこなせないのか。じーさんばーさんだって今は普通に使ってるぞ。

 

「俺だよ。ショウだ。てか、画面に名前表示されてんだろ?せっかく携帯買ってやったんだから使いこなせよ、杏子」

 

『仕方ねーだろ!携帯なんて初めて使うし。魔法少女同士ならテレパシー使えるから・・・』

 

「分かった分かった。んで、今日何食いたい?職場(クラブ)行く前に作ってやるから、俺の家で待ってろよ」

 

『・・・・・』

 

ん?なんだ杏子の奴。急に黙ったりして。リクエストする料理を考えてんのか?

 

『・・・・何でここまでしてくれんだ?あたしに優しくしたって何の得もねーぞ』

 

なんだ。そんな事か。

 

「あのな、杏子。言っただろ?俺はお前にできる限り協力するって」

 

俺は誓った。

妹と同じ犠牲者は出さないと。

 

『礼は言わないぞ』

 

「結構だよ。こちとら好きでやってんだから」

 

ぶつっと音がして、通話が切れる。まったく、可愛くない奴だ。

カレン。あいつはお前と違ってぶっきらぼうでな奴だけど、やっぱりどっか似てるわ。

 



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第十四話 お見舞いにGO

市立の中学校にそぐわぬハイレベルな授業を終えて、時間帯は飢えた生徒たちの食欲が支配する『昼休み』へと突入していた。

 

屋上では美樹の勝手な提案で昨日と同じく、僕らは屋上で昼食をとることになった。僕らというのは、僕、鹿目さん、美樹、巴さん、暁美、そして……。

 

『やあ。おはよう、皆。いや、もうこんにちわの時間だね』

 

疑うことを知らない純粋無垢な少女の命を石ころに変え、化け物にした挙句(あげく)、エネルギーにするという鬼畜の所業(しょぎょう)を行う、マスコット型宇宙人支那モンこと『インキュベーター』さんだ。

お食事どきにお前の顔なんか見たくもないんだよ。消えろ去れ!この腐れマスコットが!

 

ちなみに志筑さんは美樹が無理を言って(はず)してもらっていた。せっかく僕が仲を取り成してあげたのに無に(かえ)しやがって。食事時に仲間外れにするとか、結構傷ついたりするだろう、ましてや志筑さんは女の子なんだから。

間違いなく君らの絆に亀裂が入ったぞ。

 

「きゅ、キュウべえ!!」

 

「アンタ、転校生に殺されたんじゃなかったの!?」

 

鹿目さんと美樹は、当たり前のことながら支那モンが生きていることに派手に驚いていた。巴さんは苦笑いしながら、昨日あったことを二人に説明してくれた。

こうすることによって、僕が説明するよりも信憑(しんぴょう)性を持たせる。特に暁美と友達になったという(くだり)なんかは僕が言っても美樹は信じなかっただろう。

 

まあ、そんなのはどうでもいい。今はお昼の時間だ。

 

「さあ、皆。そんなケダモノなんかほっといて、ご飯食べようよ」

 

『ケダモノとは酷いね。ボクは政夫に嫌われるような事を何かしたかい?』

 

「僕にはしていないね。『僕には』」

 

こいつと話していると胸糞悪くなる。

こいつに取っては女の子の命など興味すらないのだろう。善悪以前の問題だ。価値観があまりにもかけ離れているせいで分かり合うことなんてありえない。

そんな存在に好意なんぞ向ける理由がない。暁美の方がはるかにマシだ。

 

 

「そうだ。私皆にお弁当作ってきたの。口に合わないかもしれないけど」

 

僕と支那モンのギスギスした会話をぶち破るように、巴さんは小脇に抱えていたものを屋上に備え付けてあったベンチに置いた。

……重箱だった。

8段くらいある馬鹿でかい重箱。『あれ?今日体育祭でしたっけ?』と問いたくなるような立派な重箱。

少なくても平日の特別でも何でもない日に持ってくる品物ではない。

 

「ちょっと作りすぎちゃったかしら。でも味には自信があるわよ?」

 

どや顔でそう語る巴さん。

よほど楽しみにしていたのが嫌でもひしひしと伝わってくる。

あの、すいません。僕、普通にお弁当持ってきてるんですけど。

 

皆自分のお弁当があったが、それは家で食べることにして、重箱を食べた。

当然ながら、食べきることができなかったので、巴さんが目を外した瞬間に支那モンの背中をこじ開けて残った料理をすべて突っ込んだ。支那モンはうめいていたが、巴さんを悲しませないために犠牲になってもらった。

そんな感じで僕らは比較的和やかに昼休みを過ごした。

 

 

 

 

放課後は僕と暁美の強い要望で、『魔法少女体験コース』はお休みしてもらうことした。

美樹は文句を言うと思ったが、意外にもあっさり受け入れてくれたのが驚きだ。何か用事でもあるのだろうか。絶対に反対すると思ったんだが。

 

暁美は巴さんと一緒に『魔女退治のコンビネーションを確かめるため』という名目で、魔女退治に行ってもらった。これで二人に何かしらの絆が生まれてくれれば、巴さんは鹿目さんや美樹を魔法少女に引き入れることをきっぱりと諦めてくれるかもしれない。

 

それにしても今日は僕は自由なわけだ。いやー、なんかすごい久しぶりな気がする。

クラスで一番仲良くなった中沢君を誘って遊びにでも行こうかな。

 

「あ。政夫。アンタ今日暇でしょ?ちょっとつき合ってよ」

 

「これから、上条君のお見舞いに行くんだよ。良かったら、政夫くんも一緒に行こうよ」

 

僕の自由は10秒で消えてしまった。

ここで断っても、何だかんだで一緒に行くことになる。今までのパターンからいってそうなるだろう。

美樹の押しの強さはもちろん、鹿目さんも誘ってるように見えて「当然行くよね?」って顔してるもん。絶対鹿目さんって、Sだよ。

 

 

 

「ほらね。結局連れてこられちゃったよ……」

 

僕はできる限りの抵抗を(こころ)みたが、予想通り彼女たちに連れられて病院まできてしまった。

そういえば、この病院は父さんが働いている職場でもあるわけだ。時間があったら、父さんに会いに行くのもいいかもしれない。

 

「政夫、ブツブツうるさい。男なんだから女々しい事言ってんじゃないわよ」

 

「さやかちゃんは男の子よりも男らしいもんね」

 

「ま、まどか~」

 

美樹が僕のぼやきに反応し、それに鹿目さんが微笑みながら、さらりと酷いことを言っていた。

……やはり鹿目さん、Sっ気があるだろう。まあ、イジられる対象が僕に向かなければどうでもいいけど。

病院の待合室まで来ると、美樹が僕と鹿目さんの方を向いた。

 

「それじゃ、私、恭介のお見舞いしてくるね」

 

「え?三人で行くんじゃないの?」

 

「政夫くん。ここは二人っきりにしてあげようよ。ね」

 

鹿目さんはそう言うが、だったら最初から連れてくんじゃねーよと思ってしまう。

これはもう『一緒にお見舞いしよう』じゃなく、『お見舞いに行く私の背中を見送れ!』だろう。何で僕が連れてこられたのか本気で意味が分からない。

 

『別にいいじゃないか。政夫はそこまで上条恭介に会いたかったわけじゃないんだろう?』

 

今まで何も言わず、ただ勝手に付いて来ていた支那モンが僕にそう言った。

確かにそうだけど、納得いかない。さらにこいつにたしなめられるような発言をされたせいで尚更(なおさら)納得がいかない。

 

「……そうだね。それじゃあ、僕は君をイジリ倒して時間を潰すとしようかな。鹿目さんもする?ストレス解消に持って来いだよ」

 

『やめてくれないか、政夫』

 

「可哀そうだよ、政夫くん」

 

支那モンの頬(ほほ)の両端を引っ張って弄(もてあそ)ぶと鹿目さんに怒られてしまった。

仕方ないので二人と一匹でしりとりをして暇を潰した。

父さんに会いに行こうかとも思ったが、父さんは暇じゃないだろうし、何より鹿目さんと支那モンから目を離すのは危険な気がした。

ふと思ったが支那モンの声も姿も周りの人は認識できないなら、僕らのしりとりはちぐはぐに聞こえるのだろうな。

 

それから、思ったよりすぐに美樹は戻ってきた。

 

「はあ……。よう、お待たせ」

 

「あれ?上条君、会えなかったの?」

 

「そうなの。何か今日は都合悪いみたいでさ。わざわざ来てやったのに、失礼しちゃうわよね」

 

嘘だろ。これだけ人の時間を無駄にさせといて会えませんでしたとか……。

何だろう、ものすごくやるせない。

 



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第十五話 絶望に触れてみて

何しに来たんだかわけが分からないが、僕ら『三人+一匹』のご一行は病院から家に帰ることになった。

 

「本当に時間、無駄にしちゃったねー。美樹さん」

 

僕は嫌味たらしく、美樹に言ってやる。

 

「悪かったわよ!後でジュースでもおごるから。まどかもそれで……って、どうしたの?」

 

鹿目さんはさきほどから病院の壁の方ををじっと見つめていた。

最初は、美樹のなめた態度に、菩薩(ぼさつ)のような彼女もとうとう切れたのかと思ったが、それにしてはどうにも様子がおかしい。

 

「本当にどうかしたの?鹿目さん」

 

「あそこ……何か……」

 

鹿目さんが指を指した場所を見ると、病院の柱に『黒い湯気のような物を(まと)った何か』が突き刺さっていた。そして、僕はすぐにそれが何か理解した。

グリーフシードだった。

そんな馬鹿な……。あれは魔法少女のなれの果てなんだから、あんなところに刺さる理由なんてあるはずが……。

 

『グリーフシードだ!孵化しかかってる!』

 

鹿目さんの肩にぶら下がっていた支那モンがいつもよりも大きな声を出した。

まさか……こいつか!こいつがあそこにグリーフシードを埋めたのか!?

 

確かさっき、美樹がお見舞いに行っている間に、鹿目さんが飲み物でも買ってくると言って席を外していた。僕もその時にトイレに行っていた。

その短い時間の間、支那モンを認識できる人間はその場には誰一人いなかった。つまり、支那モンは間違いなくその間『自由』だったということだ。

 

これはあくまで僕個人の想像に過ぎない。しかし、いくら何でもタイミングが良すぎる。

『鹿目さん』が『支那モン』を連れている状況での『孵化しかけのグリーフシード』。そしてその病院には、彼女の親友の大切な人であろう上条君が入院している。

笑ってしまうほど、できすぎた状況。僕は『何者かの悪意』を感じられずにはいられない。

 

『マズいよ、早く逃げないと!もうすぐ結界が出来上がる!』

 

支那モンの(あせ)ったように聞こえる声が、僕の耳には酷く白々しく響いた。

だが、ぼうっとしている時間は、僕にはない。

うろたえてる鹿目さんに僕の携帯を渡した。

 

「鹿目さん、巴さんと暁美さんの電話番号が入ってるから電話して。多分二人とも一緒にいると思うけど」

 

「う、うん」

 

「美樹さんは、いざとなったら鹿目さんを連れて逃げて」

 

「に、逃げるって・・・。政夫、アンタ何かする気なの?」

 

「まあね」

 

できればやりたくないのだが、迷ってる暇はなさそうだ。

ここには父さんが働いている。僕のたった一人の大事な肉親が。

だったら、どうにかしなければいけない。

 

「支那モン、ちょっと来て」

 

返事も待たずに、鹿目さんの肩にぶら下がっていた支那モンを引っつかむと、そのままグリーフシードが刺さっている柱に近づいた。

グリーフシードまでの高さは大体目測で僕の頭上3センチというところだろう。グリーフシードの形状は巴さんが見せてくれた奴とほぼ変わらない。ならば、柱に埋まっているのは先の尖った部分が1,2センチほどのはずだ。

これならば、可能だな。

 

僕は支那モンを足元に置くと、グリーフシードを両手で握り締める。

 

「うッづぁ・・・!」

 

触れた瞬間、指先を通して得体(えたい)の知れない何かが僕の中に流れ込んでくるのを感じた。

倦怠(けんたい)感、不快感、恐怖感、絶望感。

そのすべてがない交ぜになって僕の身体の内部を駆け巡る。

脳みそにぬるま湯を流し込まれているような気持ちの悪い頭痛。

胃を爪を立てられながら握り締められているような吐き気。

 

今の僕の心情を端的に表すのなら『死にたい』という一言に集約されるだろう。

何もかも投げ捨てたい。思考も感情も全部まとめて捨ててしまいたい。

 

「ぐッあ゛ぁ゛・・・!」

 

『危険だ!政夫!それは絶望の塊そのものだ!触れ続ければ命に関わる!』

 

支那モンの心にもないありがたい言葉を無視して、僕は片足を壁にかけて力の限り引っ張る。

 

「あ゛ぎぃあ゛ぁ゛・・・」

 

鹿目さんや美樹がこちらに何か言ってるようだが、耳鳴りが酷くて聞き取ることはできなかった。

グリーフシードを引っ張り続けている手には感覚がなくなっていた。

頭は重く感じられ、思考がうまくできない。

視界も急に霞み始め、自分が何をしているかも分からなくなってくる。

 

それでも、引っ張る。引っ張る。引っ張り続ける。

多分、実際は一分も経っていないだろうが、僕には永久のように感じられた。

 

そして、急に僕の視点が動き、気づいた時には僕は倒れていた。

失敗したのかと思った。

 

だが、僕の感覚のない手の中にはグリーフシードがしっかりと握られていた。

 

「……し……、支那モン!背中を開いて……!」

 

『……まさかただの人間の君が』

 

「早く……ッ!」

 

『はいはい。わかったよ』

 

支那モンの背中の模様の部分ががぱっと開いた。僕はそこに寝そべったまま、グリーフシードをを放り込んだ。

とりあえず、どうにかすることができた。まあ、何の力もない僕には上出来といったところだろう。

体に少しずつ感覚が戻ってきた。頭痛も吐き気も回復してきている。

 

「政夫くん。大丈夫なの?」

 

「アンタ無茶しすぎでしょ!」

 

僕の方に鹿目さんと美樹が心配そうに駆け寄ってきた。

なんとか上体を起こして、片手を上げて無事ということアピールした。

 

「……鹿目さん。魔法少女にならなくたって、できることぐらいいくらでもあるよ」

 

「えッ?」

 

「ちょっと政夫。いきなり何言い出してんの?」

 

「うーん、ただ思ったことを率直に述べただけだよ。あ、でも僕みたいに危険なことはやっちゃ駄目だよ」

 

美樹の方は、僕の言ったことが理解できなかったらしく、ちんぷんかんぷんな顔をしていたが、鹿目さんの方は思うところがあるのか考え込むような表情になった。

 




シャルロッテ誕生回避して、マミさんの寿命を延ばしました。

戦えない代わりに主人公には苦労してもらいます。


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第十六話 病室にお邪魔します

それから5分くらいして、巴さんと暁美が到着した。

支那モンが僕がどれだけ危険なことをしていたのかチクったせいで、僕はその場にいた女の子全員にこっぴどく怒られた。

その場所で正座をさせられて四人に(しか)られたので、病院から出てきた人たちにくすくすと笑われてしまった。

驚いたことに一番僕を激しく怒ったのは巴さんではなく、暁美だった。それも怒った理由が鹿目さんを巻き込んだことではなく、僕が危険な行いをしたことに対してのものだった。

 

「聞いているの、政夫。貴方は一歩間違えれば、命を落とすところだったのよ!いつも冷静なくせに、どうしてこんな危険な事をしたの!」

 

「あ、暁美さん。政夫君も反省してる事だし、お説教はその辺でいいじゃない」

 

「良いわけないわ。巴マミ、貴女も魔法少女なら、普通の人間が孵化寸前のグリーフシードに触れる事がどれだけ危険な事か分かるでしょう!」

 

こいつにとって僕はそこまで重要な存在でもないだろうに、一体何を考えているのだろう。

小賢(こざか)しい似非(えせ)マスコットの台詞を使うなら『わけが分からないよ』と言ったところだ。

 

 

 

病院の前で30分ほど正座をされた後、念のために僕は身体に異常がないか、病院で調べてもらった。当然の(ごと)く、父さんにバレたが、『あんまり女の子たちに心配かけちゃ駄目だよ』と笑われただけですんだ。

どうやら、正座でお説教をくらっていたのが、知られてしまったようだ。看護師さんたちにまで「正座の子」と言われていたのが、すごい恥ずかしかった。

鹿目さんたちは、付き添うと言ってくれたが、僕は遠慮した。

 

検査の結果、といっても精密検査ではないので簡単なものなので、あまり時間はかからなかった。

せっかくなので美樹の幼馴染の上条君に会ってから帰ろうと思い、彼の病室を看護師さんに聞いて病室に向かった。

 

病室の扉の前まで来ると、ホスト風の格好をした顔立ちの整った男と出会った。

 

「お。恭介の友達か?」

 

人懐っこい表情を浮かべて僕に尋ねてきた。

外見に反して、凛とした目付きをしている。僕はいい人そうだなと思った。

 

「まだ彼とは友達ではないですけど、そうなりたいと思って会いにきました」

 

「ほお。友達じゃねーのか」

 

じいっと僕の目を探るように見つめてくる。相手がどんな人間か見定めている目だ。僕は何も後ろ暗いことなどないので逆に見つめ返す。

しばらくして、済まなさそうに笑った。

 

「悪いな。ガン飛ばしちまって。恭介の奴はちょっと前まで有名人だったから、時々嫌がらせや冷やかしに会いにくる奴がいるんだよ。坊主(ぼうず)は違うみたいだな」

 

やっぱりそんなところか。

なんでも『若き天才バイオリニスト』らしいからな。そういった理由のない誹謗(ひぼう)中傷をする人間も少なくないのだろう。

 

「いえ。気にしてませんよ。それより貴方は・・・上条君のお兄さんですか?」

 

「いや、違う違う。俺は魅月ショウ。恭介とは、ただの知り合いだよ。そんじゃ、邪魔しちまって悪かったな」

 

そう言うと魅月さんは背中越しに手のひらをひらひらと去っていった。

なんか格好良いな、あの人。ハードボイルドな渋さを感じる。

 

 

僕は病室の扉を軽くノックする。

 

「どうぞ。入ってきて構いませんよ」

 

部屋の主の許しを得ると室内に入室させてもらった。

 

「君は?」

 

「初めまして、上条君。僕は夕田政夫。君が入院している間に見滝原中に転校してきた者だよ。よろしく」

 

軽く頭を下げて挨拶する。人間関係は初対面の印象で決まると言っても過言ではない。

それが僕が暁美を未だに好きになれない理由の一つでもある。

 

「夕田君か。僕は上条恭介。よろしく。それで……」

 

『今日は何で僕の病室に?』って顔してるな。まあ、普通、何の接点もない人物が会いに来たらそうなるよね。

ここは、美樹の名前を使わせてもらうか。

 

「僕は美樹さんと友達になってね。今日も彼女、君にお見舞いに来たんだけど、会えなかったらしくてね。ちょうど僕は身体の調子が悪くて病院に検査に来てたものだから、美樹さんの代わりにお見舞いしようかと思って来たんだ」

 

「そうか。多分、リハビリしてた時だろうね。さやかには悪い事しちゃったな」

 

上条君はばつが悪そうに薄く笑った。

元気がないな。怪我人だからと言ってしまえば、それまでだが何か悩みを抱えているように見える。

 

「上条君、何か悩みでも抱えてる?良かったら、僕で良かったら聞くよ?」

 

「え?いや、悩みなんて、ないよ……」

 

「会ったばかりだけど。だからこそ、気兼(きが)ねなく話せたりするものだよ。僕、こう見えても人の話を聞くのうまいんだ」

 

「……不思議な人だね、夕田君は。これは、さやかにも言ってない事なんだけどね、僕の手は動かないんだ。先生にも言われたよ。現代の医学では無理だって」

 

上条君は右手で自分の顔をつかむように(おお)う。だが、吐き出す言葉は止まらない。むしろより一層、声を荒げて喋る。

 

「無理なんだ!もうバイオリンの演奏は!なのに、さやかは聴かせるんだ!僕に自分で弾けもしない曲を!嫌がらせのように毎日毎日!」

 

積もり積もった鬱憤(うっぷん)を言葉と共に泣きながら吐き出す。

きっと美樹、そしてあの魅月さんにすら言うことができなかったのだろう。

自分でも、それが仕方のないことであり、美樹への八つ当たりであることに気がついているから。

 

上条君の(なげ)きは最後の方には、すでに言葉ですらなくなっていた。獣の鳴き声のような慟哭(どうこく)。意味も理由もない抑《おさ》えきれないほど感情の発露《はつろ》。

それらをすべて聞いて、僕は上条君に言った。

 

「よく、頑張ったね」

 

「・・・え?」

 

「だって、そうだろう?今まで上条君は、誰にもそんな気持ち言わずに一人で頑張ってたんだろう?美樹さんを傷つけまいと、その言葉を自分の心にしまい込んでいたんだろう?それなら、労(ねぎら)われるべきだよ」

 

「でも、頑張ったって・・・・もうバイオリンも弾けない。僕にはもう何もないんだ・・・」

 

何を言っているのだろうか?この人は。

自分がバイオリンを弾くしか価値のない人間だとでも思い込んでいるのか?

恐らくは、周囲の人間は『頑張れ』と無責任な応援をし続けたのだろう。彼はその重圧に応(こた)えようとして追い詰められてしまった。

だとするなら、上条君の嘆きを聞くかぎりでは、もっとも上条君を追い詰めたのは美樹だ。

 

「上条君。それは違うよ。バイオリンが弾けなくなっても、上条君は上条君だ。何もないわけないよ。君は、バイオリンを弾くためだけの機械じゃないんだから」

 

上条君の目をはっきりと見つめて、僕の思ったことを言った。

上条君は驚いたように僕を見て、再び涙を流して泣き出した。

そして一言だけ僕に返したくれた。

 

「……ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

それにならって僕も返した。

 

その後、好きな漫画やゲームの話で盛り上がった。

ギャルゲーの幼馴染ヒロインについて語った時に上条君は「実際は幼馴染はお互いに異性として見ない」と発言していた。

多分、僕のカンだと美樹は上条君に女性として好意を持っているだろう。

だが、上条君に届くことは永久になさそうだ。

 




ショウさんとの邂逅。これにより物語が繋がっていきます。


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第十七話 ああ!窓に!窓に!

夜、僕は夕食を食べ終えた後、机に向かって宿題をしていた。

 

えーと、この数字をここに代入して、展開してと……。

なかなか難しいな。僕が数学を得意じゃないことを差し引いたとしても、問題のレベルが高すぎる。

ちょっと気分転換しよう。

 

僕は外の空気でも吸おうと窓に近づくと、窓の外には黒髪の少女が無表情で(たたず)んでいた。

 

「うッぎゃああああああああああああああ!!」

 

絶叫を上げて尻餅(しりもち)をつく。

何これ? ホラー? ホラーなの? 教えて稲川淳二!?

恐怖でおろおろしていると父さんが僕の叫び声を聞きつけたらしく、すぐに僕の部屋にやって来た。

 

「どうかしたのかい?今、すごい声が聞こえたんだけど」

 

「ま、窓の外に女の子の幽霊が・・・」

 

「窓の外?誰もいないけど?」

 

父さんは窓を開けて、外のようすを見てくれたが、何も異常がないらしく怪訝(けげん)そうな顔をした。

僕も続いて窓の外を見るが、父さんの言った通り、外には物陰一つなかった。

見間違いだったのか?いやそっちの方が僕としては嬉しいが。

 

「今日は色々あったから疲れているんじゃないかな?まあ、僕は部屋にいるから、何かあったらまた呼んでくれて構わないよ」

 

「ごめんね、父さん」

 

父さんは自分の部屋に戻っていった。

僕も数学の宿題の続きに取りかかろう。無駄な時間を過ごしてしまった。

そう思って、ふと何気なくまた窓に目をやると、『いた』。

幻覚ではない。はっきりとそこに黒髪の無表情の女の子が……ってよく見たら暁美じゃないか!

 

「な、何してるの?こんな夜更(よふ)けに」

 

暁美はさも不満そうな表情で僕を睨む。

 

「……何もあんなに大きな声を出さなくてもいいじゃない」

 

第一声がそれか。

だが、明らかに自業自得だろう。こんな時間に窓の外を無表情で突っ立てたら普通は驚くぞ。

 

「少し貴方と話したい事があったのよ。入れてくれる?」

 

「それ、電話かメールじゃ駄目なことだったの?」

 

「……………………とにかく部屋に入れてもらえる?」

 

「おい。何だ、今の間は。忘れてたんだな、携帯の存在を。文明の利器を」

 

恐らく、友達がいない(ゆえ)に『携帯を使う』という概念が薄いのだろう。真性のぼっちの(さが)みたいなものだ。

……悲しい子だな。というか、せめて玄関から入って来いよ。

仕方がないので暁美を窓から部屋に(まね)き入れた。

靴を平然と窓の(さん)に置こうとしたので僕は切れかけた。汚れたら、誰が掃除すると思ってるんだ。

 

「ちょッ、靴は!……ちゃんと外に置いてね。それで話って何?」

 

「病院にあったグリーフシードの件についてよ」

 

あー、あの僕が、孵化する前に支那モンの背中に突っ込んだグリーフシードのことか。かなり危険なことだったとこいつに大激怒されたのは、よく覚えている。

でも、その話は終わったんじゃなかったのか?

僕の疑問に答えるように暁美は、続けて言う。

 

「今までの時間軸通りなら、巴マミはあのグリーフシードから生まれた魔女に、頭ごとソウルジェムを()み砕かれて死ぬはずだったわ」

 

「そ、それはかなりヘビーだね・・・」

 

僕は『その光景』を想像した、が、僕の精神衛生上よろしくないので早々に打ち切った。

でも、まあ、結果的に巴さんが助かったのなら、それでいい。命を張った甲斐(かい)があったというものだ。

 

「それで?」

 

僕が聞くと、暁美は神妙な顔で頭を下げた。

 

「本当にありがとう。心からお礼を言うわ。貴方のおかげで巴マミの命が救われた。ううん、それだけではないわ。巴マミとの協力関係まで築く事ができたわ。これでワルプルギスの夜と戦う戦力が増やせた」

 

「……その言い方はないんじゃないかな?まるで巴さんのことをただの戦力としか(とら)えてない風に聞こえるよ」

 

感謝の言葉よりも、巴さんの命を軽く見るような言い回しに意識が行く。

もしそうなら暁美との協力関係を改める必要があるかもしれない。暁美は、鹿目さんを大事にしているのは構わないが、その他の人間の命を軽く見ているのだとしたら、それは支那モンと何一つ変わらない。

すなわち、僕にとっての『敵』だ。

 

「そう聞こえるなら、そうなんでしょうね。私にとってまどか以外の事はどうでもいいの」

 

「最低だね。君の嫌いなインキュベーターと似通(にかよ)った考え方だ。ほむキュベーターとでも呼んであげようか?」

 

「……ッ、貴方に何が……!」

 

またそれか。都合が悪くなると、そうやって不幸な過去を盾にする。

そんなものはただの言い訳に過ぎない。辛い想いをしたからといっても、それで他人の命を値踏みする理由になんかならない。

 

「分からないよ。分かりたくもない。人の命の価値を勝手に決める下種な思考なんて」

 

しばしの間、僕と暁美は無言で睨み合いを続けた。

ああ、こいつのことがどうしても好きになれない。会話をしていると腹が立つ。どうにも冷静でいられなくなる。

 

暁美の表情は、抑え切れない感情が詰まったようだった。

その中でもっとも大きいものは、『理解されない苦しみ』だろう。自分だけが真実を知っている孤独感。自分の事を信じてもらえない疎外感。

どれも、僕は知らないし、知ったところで理解することはできない。それは暁美自身が背負うべきものだ。結局のところは、自業自得なのだから。

それが、最初に『鹿目まどか』の想いを踏みにじったこいつの罪だ。

 

「……私だって。私だって!精一杯やってるのに!どうしてそんな事言うの?まどか達には優しくするくせに、どうして私だけはそんなに厳しいの?ねえ、どうして!」

 

「……言い過ぎたよ。ごめんね」

 

こいつもこいつで切羽(せっぱ)詰っていたようだ。確かに辛さでは巴さんの境遇をはるかに凌駕(りょうが)しているものな。

何だかんだ言ったって、こいつも中学生。自分以外のことに責任を背負える年齢じゃない。

でも、気に食わないものはしょうがない。僕とこいつは根本的に馬が合わないのだ。

 

「暁美さん、きっと疲れが()まってるんだよ。もうそろそろ夜遅いから帰った方がいいんじゃない?」

 

意訳すると『面倒くさいのでさっさと帰れ』と言う意味になる台詞を吐いて、ご退場願う。

父さんに見つかったら、説明に困る。客観的に見れば、夜遅くに自分の部屋に女の子を連れ込んでいるとしか見えないからな。

若干、いつもの無表情よりムスっとした顔で暁美が呟いた。

 

「……やっぱり優しくないわ。私にだけ冷たい」

 

「じゃー、どーすればいいんですか?頭でもなでましょうかー?それともハグの方がいいですかー?」

 

暁美はまだごちゃごちゃ言うので、適当な態度で聞く。切れるかとも思ったが、切れて帰ってくれるならそれでも構わなかった。

 

「……じゃあ、頭の方で」

 

暁美は椅子に座っている僕の前で女の子座りすると、頭を僕の方へ突き出した。

……暁美流の冗談だろうか。だとしたら、非常に反応のし辛いギャグだ。

僕が戸惑いながらも、僕は恐る恐る手を暁美の頭に伸ばす。

ここで暁美がすくっと立ち上がって、「冗談よ」とでも言ってくれないかと願ったが、そんなことは起きなかった。

 

そっと前から後ろにできるだけ優しく暁美の頭を()でる。髪には(つや)があって、母さんの髪を思い出させる触り心地だった。

だが、心理的には凶暴な肉食獣か、不発弾に触れているような感覚だった。

理解不能な要求をされたせいで、僕の中の暁美ほむら像が崩壊しつつあった。本気で何を考えているのだろう。

考えの読めない人間ほど怖いものはない。

 

「えっと……どうでしょうか」

 

恐怖心からか、意図せず敬語になってしまった。

暁美はそれに対して気にしたようすもなく、少し陶酔したような声で答える。

 

「そう、ね。もう少し強くてもいいわ」

 

暁美は頭を突き出しているのでどんな顔をしているか見ることができなかったが、少なくても不快そうではないようだ。

要求通り、もう少しだけ撫でる強さを上げる。

 

「……………………」

 

「……………………」

 

何これ?

 

お互いに無言で、時を過ごした。

何と言うか、(はか)らずも女の子に触れているのに、気まずさだけを味合わされた。




政夫の謎の役得。

本人にしてみれば、軽く罰ゲームかも?


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番外編 ホスト、情操教育を考える

「ッ・・・ショウ!」

 

「そっちの二体は、杏子の動きに合わせて魔女を攻撃!反対側の四体は側面から魔女を攻撃しろ!残りの三体は俺の周囲に集まれ!」

 

俺、魅月ショウは現在、杏子と共に魔女と交戦中だった。

杏子に魔女の注意を引いてもらって、俺は能力で使い魔達を操り、魔女を側面から攻める。

 

『mvkrmermnv,srelp;dpffkrkflfd.flkvodfl』

 

魔女は形容しがたい声を上げて、杏子でも攻撃した使い魔でもなく、俺を(ねら)って襲い掛かってきた。

いくら化け物つっても、自分の使い魔が俺に利用されてんのが気に食わねえのか?

だけどな。

その考えは・・・命取りだぜ!

 

「魔女の面にぶちかませッ!」

 

俺の周囲にあらかじめ配置しておいた使い魔で、突っ込んできた魔女にカウンターをかけさせる。

 

『ldjrosd;sbnrti!!?』

 

魔女と激突した三体の内、二体は使い魔は消滅したが、魔女を(ひる)ませる事に成功した。当たり所がよかったんだろう。思った以上にダメージを食らわせられたっぽい。

 

「使い魔ども!集合して一緒に一斉攻撃!杏子はトドメを頼む!」

 

「おう。任せな!」

 

怯んでいる魔女に、俺は間発(かんはつ)入れずに七体の使い魔どもに一斉に攻撃させた。使い魔達は、何の躊躇(ちゅうちょ)なく、勢いをつけて魔女へ特攻していく。

 

魔女から使い魔を奪い、その使い魔で魔女を攻撃する。その事に俺は、ほんの少し罪悪感を感じるが、そんな事を言っても仕方ない。

俺はホスト。

生きるために『女』を利用する。それだけだ。それは使い魔でも変わらない。

 

ほとんどの使い魔が消滅した直後、猛攻(もうこう)で傷ついた魔女を杏子の槍が切り裂いた。

魔女は消滅して、歪んだ背景が元の風景に戻る。

杏子は魔女が落としたグリーフシードを拾うと、嬉しそうに俺の方に近づいてきた。

 

「楽勝楽勝。やっぱ、ショウがいると楽でいいわ。魔力もほとんど使わずにすむしな」

 

「そいつはよかった。……おい、残りの使い魔。自害し……」

 

俺は生き残った使い魔を自害させるために命令を下そうとした。こいつらは、放っておくと、人を食らって、魔女になるからな。魔女を倒したら、死んでもらわないといけない。

 

「ちょっと待て、ショウ。そのまま逃がしといてよ」

 

「……杏子。俺と約束したよな。グリーフシードに余裕があるときは使い魔も殺すって」

 

「っち。融通(ゆうずう)聞かねーな、ショウは。分かったよ」

 

やれやれと言った調子で杏子は(あきら)めた。

杏子はちゃんと理解していない気がする。

使い魔を逃がせば、人が死ぬ事を。それが自分と同年代や年下の子供かもしれないという事を。

『頭』ではなく、『心』で理解していない。

 

「使い魔ども、自害しろ」

 

「……あ~あ」

 

俺が使い魔を自害させると、杏子はもったいなさそうに声を出した。何度も(しか)ったが、杏子はいつもわざとそんな風に言う。

本当は悪い子じゃないのに、妙にこいつは自分本位なところが玉に(きず)だ。

 

自分が『社会の中で生きている』という意識が薄いのかもしれない。集団意識が薄いから、自分以外の人間がどうなっても関係ないと本気で思ってやがる。

 

「……杏子」

 

「何だよ。またお説教か?悪かったよ」

 

「いや、違う。お前、学校行け。金と手続きは俺がしてやるから」

 

「はあ!?何いきなり言い出すんだよ!」

 

杏子は今、学校に行っていない。年齢は自分でも覚えていないとか言ってたが、背格好からして中学生くらいだろう。

やっぱ、このくらいの年齢のガキは学校で協調性とかを身につけるべきだ。

 

「だ、大体アタシ死んだ事になってるから、戸籍だってないし……」

 

「じゃあ戸籍、用意したら学校行くんだな?」

 

「それは……」

 

杏子にしては、珍しく(うつむ)き、言葉を(にご)した。

ほ~。まったく、行きたくないわけじゃないワケだ。ゲーセン言ってるか、菓子食ってるだけじゃつまんねぇだろうからな。だったら、話は簡単だ。

 

「決まりだな。今週中にはお前を中学校に入れてやる」

 

さて、俺の『お得意様』のマダム達に頼んで、偽装戸籍を作ってもらうとするか。

ナンバー1ホストの腕の見せ所だ。

 

そうするとやっぱ学校は風見野か?でも、この辺の中学は私立ばっかだし。

……いや、隣の見滝原駅の近くに市立の中学校があったはずだ。駅に近い俺の家から考えれば、風見野の市立や公立よりもあそこの方が近いな。

 

「……いいのかよ」

 

ぽつりと小さな声で杏子が聞いてくる。

頼まなくてもでかい声ではきはき物を言うタイプのくせに、こういう時は無駄に萎縮(いしゅく)しやがる。

 

「いいんだよ。つーか、今まで戸籍もないガキを家に連れ込んでたの方がやべーよ。警察にばれたら、普通に捕まってたぞ」

 

「そうじゃなくて!……アタシはショウに世話になりっぱなしで、その上さらに学校まで……」

 

杏子が喋り終わる前に紅い綺麗な髪に指を突っ込んで、がしがしと頭を撫でる。

ったく、何でこいつは。

 

「ちょっとッ、人が真面目に話してる時に」

 

「俺は少なくとも、お前に俺ができる事をしてやりたいだけだ」

 

「ッ……」

 

「分かったら、素直にもっと迷惑かけろ、馬鹿」

 

カレンに、妹にしてやれなかった事を杏子にしてやりたい。

もう一度、『兄貴』としての義務を果たしたい。

それが俺にできるせめてもの償いだ。

 




杏子がそろそろ本編で書けそうです。


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第十八話 切れてませんよ?

「フフ。フフフフフフ…………」

 

思わず、笑いがこみ上げる。

今日は休日。安息日。学校がない。つまり、今度こそ本物のフリータイム!

 

「僕は自由だぁぁぁぁぁぁ!!」

 

一週間がここまで長く感じたのは初めてだ。見滝原に来てから、僕の心の休まる時はほとんどなかった。地味に命の危機に見舞われたことも何度かあった。

あれ?僕、アニメや漫画の不幸系主人公並みに不運なんじゃないだろうか?

まあ。今はそんなことは気にせず、ゆっくりしよう。

 

仲良くなった中沢君を含むクラスの男子を誘って、遊びに行こうかとも考えたが、やっぱり家で一人でゲームでもしよう。

今日は、どこかに行きたい気分でもないし、誰かと遊びたい気分でもない。

まだクリアしてなかったゲームの続きでもプレイしようか。

 

僕がゲーム機とコントローラーをリビングにあるテレビに繋いでいると、『誰もいないはずの』僕の部屋のドアが開き、中から黒髪の少女が現れた。

そんなホラー的登場の仕方で現れてくれたのは、暁美ほむらだった。……こいつ、また僕の部屋の窓から侵入しやがったな。そろそろ本気で警察に通報するぞ。

 

「お邪魔するわ。政夫」

 

「帰ってくれ、暁美さん。僕は今日はゆっくりしたいんだ」

 

ゴーホーム、ホムラアケミ。略してゴーホムホムだな。……だからどうしたというわけじゃないけど。

正直に言って今日一日くらいはこいつに会いたくなかった。

こいつはアリさん引越しセンターもびっくりするほど、大量の厄介(やっかい)事を運んできてくれるからな。

 

僕は暁美の方を見もせずに、ゲーム機にディスクを入れて、ゲームを起動させる。

軽快な音楽と共にオープニングムービーが流れ出す。だが、それを最後まで見ずに飛ばして、スタート画面の『つづきから』を選択した。

 

「真面目に聞いて。これは大事な事なのよ」

 

「僕も今、真面目にゲームがしたいところなんだ。暁美さんの話は明日聞くよ。だから、今日は帰って」

 

僕は無視して、ゲームを続ける。

テレビ画面の中では前回セーブした場所に主人公キャラが立っている。ステータス画面を開いて主人公の状態を見た。うーん、このレベルならボスもギリギリで倒せるかも。

行っちゃうか、ボス戦。

 

主人公で雑魚を蹴散らしながら、ボスの元を目指す。

だが、そろそろ終盤が近いので雑魚も雑魚で侮れない。

 

マジックポイントを可能な限り、使わずにボスの前にたどり着いた。このボスやたら強くて、しっかりレべリングしてから来ても全然倒せやしないんだよな。ゲームバランスちょっときつ過ぎやしませんか?

回復アイテムをほとんど使い切ってしまったのが、心残りだ。だが、贅沢は言ってられない。

 

『良くぞ来た。ゆ…』

 

長ったらしい台詞を吐こうとしてくるボスのイベントシーンをスキップで飛ばす。

ガタガタ言わずにさっさとバトれ。お前の演説を聞きに来たんじゃない。それは前に戦って負けた時、散々聞いたわ!

 

戦闘が始まると同時に、即効で今使える一番ダメージ量の多い技を選択する。

 

()でよ!魔界より来たれし、我が魔獣!』

 

主人公のかけ声を上げると、主人公の(かたわ)らに無数の腕の生えたライオンのような怪物が出現した。

これは主人公が持つ特殊能力、『召喚魔獣(ガーディアン)』。この召喚魔獣を使って敵を倒していくのが、このゲームの醍醐味だ。

ちなみに『アームドライオン』というのが主人公の召喚魔獣の名前だ。改めて見るとひねりのない名前だよな、これ。

 

『くはははははは!!死ねぃ、死んでしまえ!俺の前に立つなァ!』

 

やたら口の悪い主人公がボスに大ダメージを与える。

だが、ボスも高威力技を放ってくる。伊達にラスボスではないな。

 

何ターン過ぎたか分からない。主人公のヒットポイントも残り二桁。もうこれ異常ダメージを負えばゲームオーバーになってしまう。

 

『行けぇ。アームドライオン!!』

 

主人公の最後の一撃。これに耐えられたら、僕の負けだ。行ってくれ、頼む!

 

 

そして、ボスのグラフィックが画面からいなくなり、勝利の音楽が流れてきた。

 

「勝った……?よっしゃあああああ!ようやく倒せた!!」

 

僕は勝利の余韻に酔いしれていると、突然、画面が真っ暗になった。

 

「え……は?どういうこと?」

 

「私の話を聞きなさい」

 

見ると、暁美はゲーム機本体に繋がるコンセントを引き抜いていた。

こいつ……!絶対にやっちゃいけないことを平然と!まだセーブしてなかったんだぞ!?

僕は暁美の方に身体を向けた。

 

「……暁美ほむら。そこに座れ」

 

「やっと話を聞く気になったのね?それじゃ……」

 

暁美は僕が切れたことに気付かず、話を再び始めようとした。

だが、僕はそれを許さずにただ先ほどの言葉を繰り返す。

 

「座れ]

 

「え……」

 

「座れ、と言ってるいるのが聞こえないのか?」

 

「……わ、わかったわ」

 

暁美は僕の前に座った。

意図せず、僕の声のトーンが平淡になっていた。多分、顔から表情も消えていることだろう。

弾けるような怒りはなかった。だだ酷く、心が冷えていくのを感じる。

口調がいつもとは違う、威圧的なものになっていた。

 

「お前は今何をした?」

 

「……ゲームのコンセントを抜いたわ」

 

「なぜだ?」

 

「貴方が私の話を聞いてくれなかったから・・・」

 

「ほう。許可なく勝手に他人の住居に上がり込み、己の話を拝聴してもらえなければ、どんな暴挙も許される、と。素晴らしくお前にとって都合の良い意見ではないか、暁美。お前の両親や前の中学校の教師どもは、お前にそう教えた訳だな」

 

胡坐(あぐら)をかいた足に手を置き、大仰(おおぎょう)(うなず)きながら暁美を見据える。

今の僕がどんな顔をしているか想像もできない。ひょっとしたら、笑っているのかもしれない。

 

「えと……、その、怒っているの?」

 

まるで怯えたように暁美は、僕に尋ねてくる。叱られた子供が大人に()びるような、そんな聞き方だった。

ただ威張り散らすことが目的の人間ならば、それは効果的だっただろう。

だが、暁美にとっては残念なことに僕はそのような人間ではなかった。

 

「怒っている?……とんでもない。僕は褒めているのだよ。お前の受けてきた教養を。お前を育ててきた教育者達を。それらに惜しみない賛辞を送っているのだよ」

 

「……謝罪するわ。私は貴方がそんなに怒るとは思わなかったの」

 

「なぜ謝る?僕はお前を褒めているのだぞ?嬉しいだろう?笑え、暁美」

 

「ごめんなさい」

 

申し訳なさそうに暁美は目を()せ、頭を下げた。しかし、駄目だ。これは心からの謝罪ではない。

怒られたから謝る。よく分からないけど、頭を下げて、謝罪の台詞を吐き出せば、怒りは静まるだろう。

そんな程度の誠意のない子供じみた謝罪だ。

僕がなぜ怒っているかも理解していないだろう。

 

「笑え」

 

「本当にごめんなさい……」

 

「僕は笑えと、言っているんだ。聞こえないのか?それとも日本語が理解できないのか?」

 

「もう絶対にしないわ!金輪際、貴方を怒らせるような事は絶対にしない!約束するわ!」

 

「……その言葉ァ、永久に忘れるなよ」

 

僕は仕方なく、暁美を許すことにした。といっても暁美の謝罪の言葉を信じたわけじゃない。

なんかもう別にどうでもよくなってきたからというのが主な理由だ。

 

「それで何のようで来たの、暁美さん」

 

ようやくその言葉でほっとした表情で暁美が顔を上げる。誰もまだ『許した』なんて言ってないんだけどね。

 

「美樹さやかの件についての事よ」

 

「美樹さんがどうしたの?」

 

一応聞き返すが、大体の予想はついている。

 

「美樹さやかが上条恭介のために魔法少女になる。そして・・・」

 

「魔女になる。そんなところだろう?」

 

美樹の上条君への感情。上条君の治らない左手。そして、上条君から美樹への感情。

その三つから導き出される答えなんてこのくらいだ。

 

「察しがよくて助かるわ」

 

暁美は僕の答えに満足したように、ふっと笑った。

ようやく笑ったな、こいつ。初めて見た。

 

「何だ、暁美さん。笑うと案外かわいいじゃないか」

 

僕が軽口を叩くと、暁美は頬を紅潮させて、急に顔をまた伏せてしまった。

あれ?今度は僕が怒らせてしまったかな?

 




怒らせると、何しでかすか分からないのが政夫です。


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第十九話 交差する想い

僕は暁美を連れて病院に来ていた。

目的は上条君に会うためだ。もっとも、会うのは僕ではなく、暁美の方だが。

僕は暁美に準備はできたかと尋ねる。

 

「暁美さん、段取りは覚えている?」

 

「ええ。私が上条恭介の病室に行って少し話をした後、偶然を(よそお)い美樹さやかと(はち)合わせする。そして、美樹さやかに私が上条恭介に好意を抱いてるような台詞を吐いて、美樹さやかを()きつける」

 

「そう。美樹さんは暁美さんのことを嫌っているからね。そんなことをすれば、上条君を取られまいと告白を急ぐだろう」

 

そして十中八九、振られる。上条君は美樹に異性としての好意を抱いていないのだから。

美樹は間違いなく傷付く。だが、上条君の手を治そうと魔法少女になることはしなくなるはずだ。

なぜなら、美樹が上条君の手を治そうとするのは、自分に好意を向けてほしいからだ。

 

暁美が体験した世界では、美樹が魔法少女になった後に上条君と志筑さんが交際して、その結果、美樹は絶望して魔女となったという。

もし、美樹が打算なしで、上条君の手を治したというなら絶望などしないはずだ。『自分が好きだった幼馴染』と『自分の親友』が付き合うことになった。それは辛いだろうが、悲しいだろうが、最終的には祝ってやるべき事柄のはずだろう。

 

だいたい、失恋のショックで絶望すること自体、僕から言わせればふざけてる。そんなものは大抵の人間なら、誰でも体験する程度のことだ。

本当に好きならば、ソウルジェムになったぐらいで諦めるなよ。暁美によれば、肉体だってちゃんと成長するらしいじゃないか。

 

実際のところ、美樹が告白できなかったのは純粋に振られるのが怖かっただけだろう。『魔法少女』だからなんてものはただの言い訳にすぎない。

 

「それじゃ、暁美さんは上条君の病室の近くで待機してて。美樹さんが病院に来たら、僕がメールして知らせるよ。そしたら、上条君の病室に入って、自己紹介と軽く会話をお願い」

 

本来は病院で電話はいけないのだが、この場合は仕方ない。ちなみに美樹が来てから、暁美を上条君に合わせるのは、会話を持たせるコミュニケーション能力がない暁美への配慮だ。

美樹の方には僕が、前以(まえも)って『一緒に上条君のお見舞いをしよう』と連絡をして、待ち合わせている。あと十分ほどで美樹は病院に着く手筈(てはず)になっている。準備は完璧だ。

 

「わかったわ」

 

暁美は短く答えるとエレベーターを使い、上条君の病室へ向かった。

僕は、待合室の椅子に座り、美樹を待つ。

 

 

 

少しして美樹が病院に現れた。

 

「ごめん、政夫。少し遅れちゃって」

 

「気にしないでよ。一時間も待ったわけじゃないんだから」

 

笑顔でそう言った。

このくらい大したことじゃない。何しろ、僕はもっと君に酷いことをしようとしているのだから。

美樹に気付かれないように、こっそりと暁美にメールを送った。

 

「それじゃ、行こうか」

 

「うん!」

 

威勢のよい美樹の返事が僕の罪悪感を叩いたが、黙殺した。

僕は美樹に上条君と会って友達になったことを話しながら、エレベーターで上条君の病室に向かった。

そうして、上条君の病室に前についた。

 

よし。あとはここで暁美が出てきてくれれば……。

僕は暁美に合図するためにドアを軽く、三回ノックする。

 

すると、いきなりドアが開き、暁美が弾けるように飛び出してきた。

そこまで慌てる必要はないのに。まったく暁美は演技が下手だな。

 

「な、あんた……転校生!?何でここに!?」

 

美樹が驚いて目を丸くする。声も若干、裏返っていた。

ここで暁美は美樹に自分が上条君に好意があるようなことを(ほの)めかす手筈になっている。

 

「……ちょっと来て」

 

「は?」

 

しかし、暁美は美樹には目もくれず、僕の腕をつかむと階段の方まで引っ張って連れて行こうとする。

何をしているんだ、暁美!?段取りと違いすぎる。

暁美が何をしているのか、さっぱりつかめないが仕方ない。

 

「美樹さん。暁美さんのことは僕に任せて、予定通り上条君にお見舞いして来なよ」

 

暁美に引きずられながらも、美樹にそう言った。

美樹は当たり前ながら、状況をよくわかっていないようだったが、取り合えず、頷いて上条君の病室へ入っていった。

今は美樹は後回しにせざるを得ない。問題はこいつの方だ。

 

「どういうこと?予定と違うよね?何がしたいの?暁美さん」

 

僕は暁美を咎めるように睨む。

もし、暁美の答えがふざけたようなものなら、僕は烈火の如く怒鳴りつけるだろう。

だが、暁美は僕に背を向けたまま、何も言わない。

 

「暁美さん!」

 

「……告白されたわ」

 

ぽつりと小さな声で僕に背を向けたまま、暁美は答えた。

 

告白?

はっきり言って意味が分からない。主語と修飾語が足りないので何が言いたいのか意図がつかめない。

 

「誰が誰に?」

 

「私が。上条恭介に」

 

「はいィ?」

 

暁美の言葉の意味は理解した。だが、今度は言っている言葉の内容自体が突拍子もなさすぎる。

少なくても、『この世界』では暁美と上条君に接点などなかったはずだ。

だとするなら、上条君はいきなり病室を訪ねてきた暁美に愛を(ささや)いたということか?

会って五分も経っていない相手に?よく知りもしない相手に?

軽薄過ぎだよ、上条君!?

 

「ど、どういうこと?詳しい経緯を聞かせてもらえる?」

 

「知らないわよッ!!私が聞きたいくらいだわ!!」

 

暁美は振り返ると、(つば)を飛ばさんばかりに僕に怒鳴った。

このままでは(らち)があかない。

暁美をなだめて、落ち着かせる。

 

「落ち着いて、暁美さん。大声を出したって何も変わらないよ。いつものクールな暁美さんに戻って」

 

「……はあ。そうね。私とした事が取り乱してしまったわ。ごめんなさい」

 

「それでもう一度聞くけど、経緯を教えて。できるだけ詳細に何があったのかを」

 

「まず、私は貴方のメールが来た後、すぐに上条恭介の病室へ入ったわ。それで挨拶をして、自己紹介をしたの。その間、上条恭介は私の事を見つめたまま、何も言わなかったわ。心配になって、近づいたら、いきなり手を握られて……」

 

「告白された、と」

 

こくりと暁美は頷いた。

なるほど。一目惚れというやつだろうか。

言われて見れば、暁美はどこに出しても恥ずかしくないほどの美少女だ。僕は悪印象しか抱いてないから、それほど魅力的には感じられないけれど、初見ならころりと恋に落ちるのも分からないでもない。

 

そういえば、上条君は髪の長い女性が好きとか言ってた気がする。

しかし、いきなり告白するとは普通思わないだろう。

 

「まあ、暁美さん。これは考えようによっては大チャンスだよ。よりスマートに美樹さんに上条君への想いを諦めさせることができるんだからさ」

 

「それは、どういう事かしら?」

 

「どういうことって君が上条君と交際関係になれば、美樹は上条君のことを、ひいては彼の左手を治すために魔法少女になることを諦める。上条君はバイオリンを弾けないままだけれど、恋人の恋愛がその傷を癒してくれる。君は同性愛という不毛な恋愛から目を覚ます。考えられる限り最大のハッピーエンドじゃないか!」

 

「貴方はまだ私がレズだと思っているの!?いい加減にしないと私も怒るわよ!!」

 

「分かってる」

 

女の子が好きなのではなく、鹿目さんが好きだと言いたいのだろう。惚れた相手がたまたま同性だったのだ、と。

しかし、真面目な話、暁美もそろそろ報われてもいいんじゃないだろうか。

今まで自業自得とはいえ、『鹿目まどか』のために頑張ってきたのだから、普通の恋愛でも楽しむくらいは許されるはずだ。

上条君は顔が整っているし、親が資産家の超玉の輿(こし)だ。片手が不自由というハンデがあったとしても、お釣りがくるほどの優良物件だろう。

 

ワルプルギスの夜と戦った後にでも、清らかな恋愛のある生活でも送ればいい。

うん。まさにハッピーエンドだ。

 

僕と暁美が階段付近で会話をしていると、上条君の病室から美樹が飛び出してきた。

美樹は僕らを見向きもしないでエレベーターの方に向かって走り去って行った。こちらを向かず、俯いてのでどんな表情を浮かべていたのかは正確にうかがえないが、頬に水滴が流れていた気がする。

 

「美樹さん!」

 

僕は声をかけるが、美樹は振り向きもしなかった。ちゃんと聞こえているかも怪しい。

後を追いたいが、まず何があったのかを上条君に聞く必要がある。

暁美を一先(ひとま)ず、上条君の病室の前に待機させて、僕は病室へ入室した。

 

「あ。夕田君じゃないか。また来てくれたのかい?」

 

「こんにちは、上条君。今、美樹さんがすごい勢いで出て行ったのを見たんだけど・・・何かあったの?」

 

取り合えず、それとなく自然に上条君に聞いてみよう。

いかにも不思議そうな顔で僕は上条君にそう聞いた。

 

「それがさ、僕にもよく分からないんだ。さやかに『今、僕の運命の人とすれ違わなかった?』って聞いたら質問攻めされて、正直に答えたら、急に飛び出して行っちゃったんだ」

 

うん。明らかにそれが原因だね。

幼馴染の少年に想いを寄せていた少女の乙女心を光の速さで切り裂いたわけだ。

そりゃ泣くでしょうよ。告白する前から、すでに詰んでるようなものだもん。

 

「……そ、そうなんだ。ちなみにどんな質問されたか聞いてもいい?」

 

「うーん……『今出て行った奴の事が好きなの!?』とかな」

 

どう答えたかは聞かなくても、美樹の態度で分かった。

まあ、これで美樹の魔法少女化、ひいては魔女化を未然に防ぐ事ができただろう。まさか、上条君の左手を治して、『恭介、アンタの手を治したのは私。だから転校生よりも私を好きになって』なんて言ってきたりはしないはずだ。

状況を知っている僕とかならともかく、普通の人に言ったらただの頭がおかしい子にしか思われないからな。

 

「そうだ。夕田君は見てない僕の運命の人」

 

上条君が目をキラキラさせて僕に尋ねてきた。多分、美樹に聞いたときもこんな感じの目をしていたのだろう。

想い人がこんな顔で自分以外の女性のことを語る。

さぞ辛かっただろうな。思わず美樹に同情してしまう。

 

「運命の人って……ああ。黒髪でクールな感じの女の子?」

 

知っていながら、白々しく聞き返す。

ここで普通に答えてしまったら、僕と暁美の関係を怪しまれてしまうからな。

 

「そうそう!その子だよ!彼女が病室に来てくれた時、これは運命だと感じたね。きっと僕と彼女は運命の赤い糸で結ばれているんだ!」

 

上条君は身振り手振りで自分の感情を表現している。

この前の鬱憤もそうだが、こういうところを見るとやはり上条君は人よりも感受性が強いのだろう。

音楽家の素質とでも言うべきか。

 

それにしてもテンション高いなー、上条君。本当に怪我人なのか疑わしく見えるよ。

 

「その子ならさっきすれ違ったよ。彼女は僕と同じ、見滝原中に転校して来た子だよ。たしか名前は暁美ほむら、だったかな?ちょうど僕と同じ日に転校してきたんだ。だから、学校に復帰すれば、簡単に会えるよ」

 

「え!それは本当!?なら、頑張ってリハビリして早く歩けるようにならないと」

 

上条君はとたんに元気な声で、そう言った。

現金な人だな。この前は『僕にはもう何もない』とか言っていたのに。

まあ。前向きに頑張ると言っているのだからこれでいいか。恐らく、上条君に足りなかったは生きるための目標だったのだろう。

 

だが、上条君がなぜそこまで暁美に対してそこまで好意を抱いているのかが分からない。

 

「上条君。暁美さんのどこに()かれたの?聞いたところ、ほとんど彼女のこと知らないみたいだけど?たしかに上条君の好きな女の子のタイプはロングヘアーだとは聞いたけど」

 

「そうそう。夕田君の好きな女の子のタイプはたしかテンプレートの委員長みたいなだったっけ?」

 

「うん。黒髪で、三つ編み。眼鏡をかけていたら、最高だね」

 

「ぶふッー!!げほッ!げほッ!」

 

僕が好きな女の子のタイプを語ると、廊下の方から噴き出したような声が聞こえた後、続いて()き込むような音が響いた。

多分、病室のドアの前にいる暁美だろう。何やってんだ、あいつは。

 

「廊下で何かあったのかな?」

 

上条君は気になったようで、病室のドアの方を見た。

やばい。ここで暁美が見つかったら、上条君に何て説明すればいいのか分からない。

 

「た、ただの(せき)をした患者さんが廊下を通っただけだよ。上条君が気にすることないよ。それよりも上条君が暁美さんに好意を抱いた理由が聞きたいな」

 

「ああ。ごめん。えっと、僕が暁美さんを運命の人だと思ったわけ、だったね。そうだね、彼女はまさに僕が思い描いていたような女の子だったんだ」

 

「思い描いていた女の子か……」

 

理想の女性像ってやつか。

僕にとっての絶滅してしまった『テンプレートのような委員長』みたいなものだろう。

それが上条君にとってはそれが暁美ほむらだったと。そういうわけか。

 

「うん。僕のバイオリンが擬人化したら、あんな女の子になるんだろうね」

 

はい?バイオリン?擬人化?

 

「えっと……どういうこと?」

 

上条君は先ほどよりも饒舌(じょうぜつ)に僕に語ってくれた。

その様は詩歌のようにも感じられた。

 

「つまりね、夕田君。僕は長年『自分のバイオリンが女の子にならないかなー』、とずっと思っていたんだよ。だから来る日も来る日もバイオリンを弾き続けた。僕の思いが伝わり、バイオリンが女の子になってくれる、そんな日を目指してね。しかし、僕は交通事故で左手が動かなくなってしまった。絶望したよ。僕の想いが終わってしまうような気がした」

 

そこで上条君は言葉を区切って、視線を僕から天井へと移す。そして、動く方の右手を伸ばし、虚空をぎゅっとつかんだ。

まるでミュージカルのような無意味な演出。上条君は完全に自己陶酔している。

 

「でも、神は僕を見捨てなかった。ずっとバイオリンを努力してきた僕の元に、彼女を送ってくれたんだ。彼女は、僕が自分のバイオリンに抱いてきたイメージそのものなのさ」

 

ごめんなさい。意味が分かりません。

思わず、そう声に出してしまいそうになるが、ぐっと(こら)えて上条君の言葉を解読する。

えっと、つまり暁美を好きになった理由は。

 

「……自分のバイオリンっぽい雰囲気をしていたから、で合ってる?」

 

「そう!!そうだよ、そう!さっすが夕田君。誰もこの事を理解してくれないと思ったけれど、やっぱり君だけは分かってくれるんだね!!」

 

嬉しそうに笑う上条君が遠くに感じられた。僕は何とか理解できたものの、とてもじゃないが常人にはついていけない思考回路だ。支那モンよりも複雑怪奇じゃないだろうか。

天才と馬鹿は紙一重というけれど……これは越えちゃいけない一線を軽々飛び越していないか。

 

「そ、そっか。じゃあ僕はそろそろ帰るよ。早く元気になってね」

 

月並みなお見舞いの言葉を吐くと、返事も聞かずに上条君の病室から出た。

これ以上あそこにいると脳の構造を侵食されてしまう気がした。

 

「ふー。と、いうことらしいよ。バイオリン子さん」

 

「……誰がバイオリン子なのよ、誰が」

 




この話の上条恭介君はちょっと一部おかしいところがありますが、どうかご了承ください。


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第二十話 消えた馬鹿を追え!(前編)

「でだ、バイオリン子さん」

 

僕がふざけて言うと、暁美はげんなりした表情になった。

 

「……そのネタいつまで引きずる気なの?」

 

冗談はさて置き、飛び出して行った美樹を見つけなくてはいけない。

自暴自棄には、……なってるだろうな。告白する、しないレベルどころの話じゃなかったし。

 

「二手に分かれて美樹さんを探そう。暁美さんは直接会うといろいろ面倒なことになると思うから、見つけたら僕に連絡して」

 

美樹もそこまで馬鹿じゃないとは思うけど、ひょっとしたら支那モンに(そそのか)されて、魔法少女の契約をしている可能性があるかもしれない。

まあ、『願いごと』で上条君の想いをどうこうするほど下種なことはしないだろう。だが、念のために美樹の真意を確認しておかなければいけない。

 

「分かったわ。・・・・・それから政夫、さっきの話は本当なの?」

 

「さっきのって、何の話?」

 

急にそこで暁美は言葉を(にご)し始めた。

顔を横に向けて、視線をさまよわせる。

 

「あの……あれよ。ほら、その……タイプが、どうとか……」

 

「ああ。上条君と話してた好きな女の子のタイプのこと?」

 

「そ、そう。三つ編みで眼鏡の子が……」

 

「好きだけど……。それがどうしたの?」

 

「……いえ、ただ聞いてみただけよ。本当にそれだけなのよ!」

 

暁美はいきなり怒ったように声を張り上げた。

意味が分からない。挙動不審すぎる。

ハッ!まさか暁美、お前……。

 

 

上条君の謎思考に脳を汚染されて、正気を奪われたのか!

なんてことだ。ドア越しに人を発狂させるとは……恐るべし、だな。上条君。

まるで現代に巣くう『クトゥルフ』だ。

 

 

そんなこんなで僕は病院から出ると、暁美と別れて、美樹を探しに行った。

そうだ。巴さんにも電話をかけて、一緒に探してもらおう。案外、巴さんの家に美樹がお邪魔しているかもしれないからな。

 

「もしもし、夕田ですけど」

 

『あら!夕田君じゃない!どうしたの?私に何か用事……ッも、もしかして遊びのお誘いかしら!!』

 

「残念ながら違います。美樹さんが失恋のショックでどこかに行ってしまいました。見つけたら、優しく保護してあげてください」

 

『・・・そうだったの。分かったわ。見つけたら連絡するわね。あと政夫君、その言い方だと美樹さんが逃げ出したペットみたいよ』

 

少し、いや、かなり残念そうな声音で巴さんは僕に突っ込みを入れてくれた。

そんなに遊びたかったのか。だったら今度、みんなでどこかに遊びに誘ってあげるべきかな。

まあ、それよりも今は美樹を探さなければ。

 

「ご協力ありがとうございます。それでは」

 

お礼を言って電話を切った。

巴さんのところにはいなかったか。じゃあ、鹿目さんのところはどうだろう。

彼女は美樹の親友だし、失恋の傷を(なぐさ)めてもらっている可能性は高い。

だが、僕は鹿目さんの電話番号も住所も知らない。クソッ、こんなことなら、聞いておけばよかった。

 

待てよ。

たしか暁美は生粋(きっすい)の鹿目さんのストーカーだ。

なら、多分住所を知っているはずだ。

僕は暁美に電話をかける。

 

「もしもし、暁美さん。美樹さん捜索中に悪いんだけど、鹿目さんの住所教えて」

 

『まどかの・・・?ああ。そういう事ね』

 

暁美は察しよく理解して、僕に鹿目さんの住所と、ついでに美樹の住所も教えてくれた。

……やはり知ってたのか。よく考えたら、こいつ僕の住所も勝手につきとめたんだったな。本物のストーカーだ。

 

電話を切って、まずは鹿目さんの家に向かう。

自分の家に帰ってる可能性もなくはないが、心にショックを受けた人間の心理なら一人にはなりたくはないはず。休日なので、親に相談している線もあるが、中学生の年頃ならそういったことは多分しないだろう。ましてや、失恋なんて気恥ずかしいことだ。親しい友人に相談するのが普通だろう。

 

 

 

 

鹿目さんの家の前についた。

思ったよりも大きい。鹿目さんて、実は結構な富裕層の人間なのか。

いや、そんなことは今はどうでもいい。僕は玄関についているインターホンのチャイムを押して、話しかけた。

 

「ごめんください。鹿目まどかさんのクラスメイトの夕田政夫という者です。鹿目まどかさんはご在宅でしょうか?」

 

『政夫くん?どうしたの?』

 

インターホンから返ってきた声は鹿目さん本人だった。

よかった。鹿目さんの親が出ていたら、説明が面倒だったからな。

 

「単刀直入に言うね。美樹さんが上条君に振られてちゃったみたいなんだ。それでショックを受けてどこかに走り去ってしまってね。探してるんだけど……鹿目さん何か知らない?」

 

『ええ!?さやかちゃんが!!それ本当?!』

 

その反応なら、鹿目さんのところにはいないみたいだな。

だが、鹿目さんなら僕よりも美樹のこと知っているだろう。無駄足にはならない。

 

「本当だよ。詳しい説明はできないけど。よかったら、美樹さんを探すのを……」

 

『うん!わかった。すぐ行くから、ちょっと待ってて』

 

僕が言い終わる前に鹿目さんはそう言って、インターホンを切ると十秒くらいで家から出てきた。

は、早い。

 




今回は前編、後編に分けてあるのでちょっと短めです。


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第二十一話 消えた馬鹿を追え!(後編)

「さやかちゃん、やっぱり家にはいなかったね」

 

鹿目さんはしょんぼりと肩を落とした。

あの後、念のため美樹の家まで二人で行ったが、美樹は戻って来ていなかった。

 

「というか鹿目さん、美樹さんの携帯に電話すればいいんじゃない?」

 

「あ!えへへ。よく考えたらそうだね。すっかり忘れたよ」

 

思い出したとばかりに鹿目さんは目を丸くした。

申し訳なさそうな笑みが、可愛(かわい)かったので許そう。僕も鹿目さんの勢いに押されて言えなかったのも悪かったしね。

 

「もしもし……あ、さやかちゃん、今どこにいるの?」

 

あっさり電話に出たな。いや、良いことなんだけど、ここまで時間かけて簡単に終わると何だか拍子抜けだ。

 

「え?何言ってるの、さやかちゃん。よく聞こえないよ?」

 

……何だか雲行きが怪しい。鹿目さんの顔が次第に曇(くも)っていく。

美樹が何て言っているのか、僕も聞かなくてはいけない気がする。

 

「鹿目さん、スピーカーホン・モードにしてくれないかな?」

 

鹿目さんは頷(うなず)くと、携帯を耳から離して、スピーカーホンのボタンを押した。

 

『まどか。私、今最低なことしようとしてる』

 

暗く沈(しず)んだ声が携帯から聞こえた。普段の無駄に明るい美樹とは思えない。

僕は嫌な予感をひしひしと感じた。背中にじんわりと汗が噴き出る。

 

『今、キュゥべえと一緒にいるの。願いごと、決まったんだ』

 

……ッ!

 

「美樹さん!今どこにいるッ?場所は!!」

 

『政夫もそこにいるんだ。ひょっとして探してくれてた?だったら、ごめんね。迷惑かけてさ』

 

「いいから、早く!場所を教えて!!」

 

『……病院の屋上だよ』

 

ちッ!灯台下暗しか。

エレベーターの方に向かったから、外に出たと勘違いしていた。

僕のミスだ。致命的すぎる。

だが、美樹の家から病院までそう遠くない。

 

「鹿目さん!僕は先に向かうから!」

 

「あっ、政夫くん!?」

 

急がなくちゃいけない。先ほど会話で「最低なことを『しようとしている』」と美樹は言った。

なら、まだ願いごと『叶えてはいない』ということだ。

まだ、間に合う。美樹が道を踏み外す前に止められる。

 

そして、電話じゃ駄目だ。

直(じか)に美樹に会わないと止められない。そこまで美樹は追い詰められている。

美樹はそこまで性根の腐った人間じゃないはずだ。

 

 

 

僕は病院まで戻ってきた。

運動会や体育祭以上に全力で走ったため、息切れしている。もともと僕は体育会系の人間じゃないんだ。

むしろ、一般的な中学生よりも体力はない。自発的に体を動かしたのなんて、小学三年生の時、半年だけ柔道を習っていたくらいだ。

 

病院の窓口の受付の人や看護師さんたちが奇異の目で僕を見るが、関係ない。

ぜいぜいと息を吐きながら、エレベーターの方を見る。

駄目だ。全部、すぐに来そうにない。上の方に留まっているものばかりだ。

 

階段を使うか?

この忌々(いまいま)しいほど大きい病院の長い階段を。

無茶だろう。ここまで走ってきただけで、僕は体力を使い果たしたと言っても過言じゃない。

下手をしたら、(のぼ)ってる内に、倒れるかもしれない。

ふうっと息を吐いて、整える。

 

「畜っ生!!」

 

僕は全力で階段を駆け上がった。

足を上下に動かさなくてはいけない分、走るのよりも辛い。

胃の中から、食べた物が出てきそうだ。

 

階段、

 

踊り場、

 

階段、

 

踊り場、

 

階段、

 

踊り場、

 

階段、

 

踊り場、

 

階段、

 

踊り場、

 

階段、

 

踊り場、

 

階段、

 

踊り場、

 

階段、

 

踊り場、

 

階段。

 

その繰り返し、わき腹と心臓がぎりぎりと痛む。吐き気が強まり、(のど)の辺りまでせり上がってくる。口の中になぜか鉄さびのような味が広がる。

 

幸いなことは駆け上がってる最中、人にぶつからなくてよかったことだ。

いや、皆が皆、エレベーターばかり使うから、現在進行形で僕が困っているのか。

 

ようやく、屋上(ゴール)に扉が見えた時には、僕は涙目になっていた。

屋上のドアノブをつかむと、回しながら、力の限り引っ張った。

 

「はぁ、はぁ、……ま……間に合ったのか?」

 

入り口から少し離れたところ、ちょうどドアからまっすぐ正面に美樹が見えた。

 

「……来たんだ。早かったね、政夫。まだ私は契約してないよ」

 

美樹がそう言った時、僕は安堵(あんど)のあまりその場に座り込みそうになった。

だが、まだだ。やらなくてはいけないことは、これからなのだから。

 

『どうしたんだい?政夫。そんなに慌てて』

 

腹の立つ支那モンを無視して、大きく深呼吸すると僕は美樹に向き合う。

 

「美樹さん。何を願うつもりだったの?」

 

「政夫には関係ないでしょ?」

 

「大有りだよ。友達のことだからね」

 

美樹と上条君。二人の友達である僕には見過ごせないことだ。

知らぬ存ぜずで、放っておいていい間柄じゃない。

 

「上条君が自分を好きになってくれるよう願おうとしてたんだろう?」

 

「……だったら何?別にいいでしょ?私の願いなんだから、何を願おうと私の勝手よ!」

 

見苦しい。ここまで浅はかな人間だったのか、美樹さやか。

僕は心の底から軽蔑した。

こんな人間をわずかながら信用していた自分が馬鹿だった。

僕の前にいるのは友人でも、知人でもない。

僕のもっとも嫌いな『下種な人間』がただ一人立っているだけだった。

 

「いいわけないだろう!人の想いをなんだと思ってるんだ!お前の勝手な願いで、上条君の人としての尊厳を踏みにじるな!」

 

「アンタには分からないでしょうね。人を本気で心から好きになった事がないから、そんな事が言えるのよ!」

 

その言葉で僕は切れた。

美樹に近づいて、胸倉をつかみ上げる。

 

「本気で人を心から好きになったやつが、自分の勝手な都合を好きな人に押し付けるわけないだろうがッ!!」

 

美樹の目を睨みつける。

美樹は僕から顔を(そむ)けるが、そんなことは許さない。

 

「目を()らすな!」

 

僕からも、現実からも、自分自身からも。

目を逸らすことは絶対に許さない。

 

「私だって……わかってるよ。こんな事したって何にもならない事ぐらい……」

 

「だったら!」

 

「でも、嫌なの!!受け入れられないんだよ!恭介が、私から離れて行っちゃうのが……嫌で、嫌でしかたがないの」

 

「なら、願いごとで上条君の心を手に入れるのか?無理やり想いを()じ曲げて、それでお前は上条君と一緒に生きていけるのか?何の罪悪感もわだかまりもなく、平気な顔で生きていけるのか?」

 

「分かんないよぉ!……だから、願えなかった。……だから、政夫が来るまで待ってた」

 

美樹はぼろぼろと涙をこぼす。

僕は安心した。

僕の前にいるこいつは、短い時間ではあったが、僕が知っている美樹さやかのままだった。

 

「じゃあ、止めろ!そんな気持ちで願いを叶えたって幸せになんかなれない」

 

「……分かったよ。だから、手、離して」

 

僕は美樹から手を離した。

美樹は服の(そで)で涙を(ぬぐ)った。それくらいなら、ハンカチ貸してやったのに。

 

『それで願いごとはどうするんだい?』

 

支那モンが口を出してきた。

僕は支那モンをつかむと、美樹の顔の前に持っていく。

 

「それより、支那モン君はちゃんと説明したの?『魔法少女になると魂がソウルジェムになって、ソウルジェムの方が本体になること』とか『ソウルジェムが濁りきると、魔女になってしまうこと』とかを」

 

あえて、自然な感じでそう聞いた。まるで何でもないことのように平然なトーンで。

 

「え!?何それ、どういう事……?」

 

『……何故、君がそんな事を知っているんだい?』

 

美樹は、言っていることが理解できないといった表情で呆然とした。

まあ、いきなりじゃそうなるだろうな。

 

「美樹さん。聞いての通り、魔法少女って君が考えてるよりもデメリットの方がはるかに多いよ?それでもなる?魔法少女に」

 

 




前編後編に分けるほど、じゃなかったかもしれません。


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第二十二話 秘密と矛盾

美樹に魔法少女について僕が知っていることを教えた。

美樹は顔から、血の気が引いて呆然としている。頭の中で情報の処理が終わっていないのかもしれない。

 

もちろん、暁美のこと一切、言わなかった。信憑性などわざわざ口に出す必要もない。

なぜなら、当事者の支那モンが証明してくれるのだから。

 

「僕の言っているところに何か間違いはあった?『インキュベーター』君」

 

『取り立てて訂正するほどの間違いはないね。でも政夫。何故、君がそこまでの情報を知っているんだい?』

 

「ヒ・ミ・ツ☆」

 

ウインクと共に支那モンに()めた答えを返してあげた。

自分でやっといて何だが、非常に気持ち悪いな。鹿目さんあたりがやれば似合うのだろうが、僕じゃ無理だ。

 

『……ふざけてるのかい?政夫』

 

「どうしたの?ひょっとして怒ってる?感情ないって聞いたけど」

 

『誰かに聞いた?やはり誰かからボクらの事を教えてもらったんだね。それは一体誰だい?』

 

「おいおい。ごまかしはよくないよ、インキュベーター君。君……実は感情豊かなんじゃない?」

 

僕は前から思っていた。

こいつが感情がないわけがない。そんな事はありえない。なぜなら、感情がなければ、こいつらのやっている事は矛盾してしまうのだから。

 

『ボクらには感情なんて存在していないよ。感情なんて精神疾患の一種だよ』

 

「でも、君はこの星にエネルギーを求めてやって来たって、言ったよね?宇宙の寿命とやらを延ばすために」

 

『それがどうかしたのかい?』

 

「何で、そんなことする必要があるの?」

 

そう。まずそれがおかしい。

感情がないというなら、そんなことを気にする必要なんてないだろう。わざわざ、地球に来てまで、そんな面倒くさいことをする理由がない。

 

感情がないということは、生への執着も、死への恐怖もないということに他ならない。

親愛なる中沢君の言葉を借りるなら、『宇宙が寿命が尽きても、尽きなくても、どっちでもいい』と言ったところだ。

そもそも、感情がなかったら、文明なんて生まれないんじゃないだろうか。

必要は発明の母。『悩むこと』も『苦しむこと』もないのなら、何かを生み出すきっかけなどない。

 

「宇宙が寿命を迎えることが、ひいては自分達が消滅することが怖いの?感情ないのに?」

 

『……。言われてみれば、確かにおかしな事だね。今まで考えた事もなかったよ。でも、ボクらに感情は……』

 

「あるよ。絶対にある」

 

支那モンが言葉を言い切る前に僕は口を(はさ)む。

断言できる。

こいつらは感情を忘れ去ろうとしてるだけ。表にはでなくても、確実に感情は眠っている。

 

「君らが嘘を吐かないなんてのもさ。案外、自分自身にすら吐いている嘘をごまかすためなんじゃない?」

 

ならば、揺さぶってやればいい。こいつらが、ごまかしている自分達のブラックボックスを大声で指摘してやればいい。

 

『……わけが分からないよ。ボクらには感情なんて』

 

「インキュベーター君。君らに感情は……あるよ」

 

支那モンの耳元に僕は口に近づけて、そっと(ささや)いた。

今だって、たかだか僕の軽口で揺らいでいるように見える。

僕には分かる。こいつらは、嘘吐(うそつ)きだ。僕自身が嘘吐きだからこそ、同じ嘘吐きには鼻が利いてしまう。

 

 

 

 

 

 

「……政夫、私たち騙されてたの?」

 

ようやくフリーズしていた美樹が復活した。

 

「さあ?こいつらには騙していたなんて思ってないんじゃないかな?『聞かれなかったから、答えなかっただけ』とでもほざきながらさ」

 

ぽいっと支那モンをつかんでいて、軽く地面に放り投げた。

僕の言葉でダメージを受けていたのか、支那モンは受身も取れずにコロンと転がった。

 

「それで、まだ願いごと叶えたいと思ってる?まあ、何を願おうと間違いなく悲惨な末路をたどることになるだろうね」

 

『魔法』や『奇跡』があろうとも、そこに『救い』はないのだから。

代償がでかすぎて、『死ぬ覚悟をしてでも叶えたい』くらいの願いでもない限り、損をするだけだ。

 

「……うん。ありがとね、政夫。私もう少しで後悔するところだった」

 

美樹は僕に向かって、穏やかに笑った。

そういう顔もできるのか。思った以上にかわいいじゃないか。暁美にだって負けてはいない。

何せよ、これで美樹が魔法少女になることはなくなったな。

 

「それじゃ、僕はもう帰るよ。何だか疲れちゃった」

 

明日は間違いなく凄まじい筋肉痛に襲われることだろう。帰りに湿布でも買わないと。

美樹から離れて、屋上のドアに向かった。

僕はすっかり気が抜けていた。でも、やり遂げた達成感が胸の内にはあった。

 

 

「キュゥべえ」

 

だから……。

 

「願いごと、決まったよ」

 

その時、すぐに反応することができなかった。

 

「なッ……!」

 

一瞬、美樹が何を言ったのか分からなかった。

先ほど、上条君の想いを変えることを諦めたのではなかったか。

魔法少女の契約のデメリットを知って、契約を取りやめたのではなかったのか。

 

「美樹さん!!」

 

僕は美樹に向かって手を伸ばした。

実力行使でも、契約を()めさせるために。

 

だが、身体は思うように動いてくれない。散々酷使(こくし)した挙句(あげく)、心まで緩んでいたせいだ。

僕の手は・・・美樹には届かなかった。

 

 

「恭介の手を治して。それが私の願いよ」

 

え?

 

美樹の言葉に僕の頭の中は真っ白になった。

その言葉はさっきの台詞よりも理解しがたいものだった。

 

『契約は成立だね。おめでとう。君の願いはエントロピーを凌駕(りょうが)した』

 

支那モンの耳から出ている毛のようなものが長く伸びて、先端の方が美樹の胸に吸い込まれた。

 

「うっ…」

 

美樹のうめきと一緒に胸から、青く光る小さな物体が引きずり出された。

それは紛れもなく美樹のソウルジェムだった。

 

 

 




結局、マジカルさやかちゃんの誕生は阻止できませんでした。


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番外編 紅い魔法少女の恥じらい

アタシは佐倉杏子。

いや、ショウが新しく戸籍を作ってくれたから、今は魅月杏子だ。

 

今の時刻は午前二時。普段ならとっくに寝ている時間だけど、アタシはどうにも寝付けなかった。

自分が寝転がっているベッドを見る。

これもショウがアタシにくれたものだ。元々はショウの妹が使っていた物らしいけど、かなり気に入っている。

 

そのショウはまだ帰ってきていない。帰りがここまで遅くなったのは今までになかった。

ショウは今日、「帰りが遅くなるから、早く寝とけ」とは言っていたけど、やっぱり心配だ。

家の前で待ってようか。

そんな事を考えていると、ショウが帰ってきた。

 

「うぇッ……!あの豚ババア、どんだけ男に飢えてたんだよ。俺を腹上死させる気かっつーの」

 

「お帰り。ショウ」

 

「杏子。お前まだ起きてたのかよ。もう寝ろよ、明後日から中学校に編入だろ?」

 

ショウはしょうがない奴だと、アタシの事を笑いながら頭をなでてくれた。

大きくて、優しい、大人の手。

いつもなら、恥ずかしさのあまり、「子供扱いすんな」と振り払うが今日はしたくなかった。

 

「……ショウ、女の人抱いてきたのか?」

 

アタシがそう言うと、ちょっとショウは困った顔をした。

ショウはホストのくせにモラルに厳しいとこがある。アタシは前にショウに何か恩返しができないかと、考えた時、ショウに身体を(ささ)げようとした事があった。

 

ショウに会う前の一人ぼっちだった頃、アタシに近づいてくる大人はみんな身体目当てだったからだ。まあ、ホテルに連れ込もうとされた時は、軽く腕を(ひね)って、財布だけ奪うだけだったけど。

 

だから、アタシはそれなりに男に好かれる顔立ちをしてる事も知ってたし、それで少しはショウを(よろこ)ばせられると思った。

 

でも、ショウはそんなアタシを引っ叩いた。

『冗談でも、二度とそんな事を言うな』って。

 

その後、悲しそうな顔でアタシをぎゅっと抱きしめてくれた。

それ以来、アタシはショウにそういった事を話題を出した事はない。

 

 

「あー……あれだ。水商売やってりゃ身体売るくらいよくあるもんだぞ。女と違って、男の場合そこまで深刻なモンじゃねぇし……つーか、あのババアは何故か俺の力が効きづらいんだよな。図太いババアに使い魔以上に扱いが難しいぜ」

 

「アタシの戸籍の件の奴なんだろ?だから、ショウは好きでもない奴と……」

 

ショウは、はあっとため息を吐くと、アタシのおでこを指で弾いた。

 

「いたっ。何すんだよ」

 

「ガキが下らない事で悩んでんじゃねぇよ。お前くらいのガキはな、もっと楽しい事考えてりゃいいんだよ!分かったら、さっさと寝ろ」

 

ショウはそう言うと、風呂場に行ってしまった。

いつだってそうだ。ショウは優しい。アタシに心配させまいと、頑張ってる。

はっきり言って、アタシの親父なんかよりも、アタシを大事にしてくれてる。

そんなショウがアタシは好きだ。

『妹』としてじゃなく、『女』として。

絶対に口には出してやらないけど。

 

なんとなく、悔しい感じがしたのでアタシは自分のベッドじゃなく、ショウのベッドに(もぐ)りこんだ。

鼻から、ショウの(にお)いが流れ込んでくる。

安心できる優しい匂いだ。でも同時に胸がドキドキする。

 

ショウがシャワーを浴びて戻ってくると、ショウのベッドで目をつぶって寝たふりをした。

 

「ん?あ……、しょうがねぇなー」

 

少し困ったような、でも優しい笑顔を浮かべた。

タオルで()れた髪を拭(ふ)いてるのを、こっそりと薄めで(のぞ)く。

濃い茶髪の髪がショウにはよく似合ってる。

 

見蕩(みと)れていたら、パジャマに着替えたショウが電気を消して、ベッドに入ってきた。

慌てて、アタシは寝たふりをする。

 

「明日、頑張れよ」

 

ショウはアタシの頭を優しくなでた。すごく穏やかな笑みを浮かべてる。

やばい。顔が赤くなりそうだ。

 

だけど、ショウはすぐに横になって寝息を立て始めた。

すごく疲れてたんだな……。アタシのために。

 

う~……。

 

ショウがぐっすり寝ている事を確認する。

誰も周りにはいない事は分かっているのに、周囲を見回す。

 

よし。

 

こっそりと静かに。

 

アタシはショウのほっぺにキスをした。

 

自分でやってから、猛烈に恥ずかしくなって、顔を隠すように毛布に(くる)まる。

は、恥ずかしい。

今夜はとてもじゃないけど、眠れそうにない。

 

 




ホントに番外編です。


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第二十三話 楽しいクラスメイト

「おはよ!まどか、仁美、政夫!……それと転校生」

 

「何か空耳が聞こえるけど、無視して学校行こうか、みんな」

 

平日の朝、いつもの待ち合わせの場所で僕は鹿目さん、志筑さん、暁美の三人に笑顔でそう言った。

 

(みんな)の返事も聞かずに、『誰もいない場所』と僕とを見比べて困った顔をしている鹿目さんと志筑さんの手を引いて歩き出す。暁美も僕らに続いて足を動かす。

 

「ちょ、ちょっと政夫!無視しないで」

 

「まーた空耳が聞こえるよ。困ったな~。耳鼻科に行かないといけないかもしれないね」

 

鹿目さん達に話しかける。

『空耳』なんかに絶対に耳を貸してやらない。

僕が手を引いている二人はまた『誰もいない場所』をちらちら振り返りながら、何かを言いたそうな表情を浮かべているが気にしない。

一体どうしたというのだろう?暁美のように平然といつも通り歩けばいいのに。

 

「……ひょっとして怒ってる?政夫、めちゃくちゃ怒ってるよね?」

 

いい加減うざったい。

だけど、『空耳』なのだから仕方がないね。まったく困ったものだよ。

 

「ごめん!本当にあの事は悪いと思ってるよ。……政夫がやった事を無駄にしちゃったようなもんだしね」

 

道を(はば)むように、僕らの行く手に『何か』が現れて、頭を思い切り下げた。

しかし、僕らは『何か』を避けるように迂回(うかい)して歩き出す。

 

「お願いしますッ!無視しないでぇ!!」

 

がしっと腰に『何か』が組み付いてきた。

それでも、僕は平然と前だけに視線を向けて進む。

ああ、ただでさえ、筋肉痛で身体のあちこちが痛いのに!

 

ちッ。仕方ない。

何が何でも無視し続けるつもりだったが、予定変更だ。

 

「……おい」

 

「政夫!許してくれたのぉ?ありが・・・」

 

「邪魔だ、青。退()け」

 

冷めた目で、僕の腰に手を回している青い奴を見下す。

本当はもう視界にも入れたくはなかったが、これじゃ前に進めないので我慢しよう。

 

「そんなぁ……」

 

「去れ。もうここにお前の居場所はない」

 

青い奴は涙目になるが、そんなことは知らない。

人の好意を無碍(むげ)にする奴など、どうなろうと構わない。

 

「ま、政夫君。もうさやかちゃんを許してあげてよ……」

 

「そうですわ。何があったのか知りませんけど、これはあんまりです」

 

優しい鹿目さんと志筑さんは、愚かにもこの俗物を許せという。

だが、駄目だ。それはできない相談だ。

この青い奴は、どうしようもない奴なのだ。許せば、また同じようなことを仕出(しで)かすだろう。

 

しかも、こいつが魔法少女になったせいで、鹿目さんが支那モンに()け込まれるチャンスを与えてしまったことになる。

厄病神って、青髪なんだな。初めて知ったよ。

 

「政夫ぉ~、許してぇ~」

 

「美樹さやか。いつまで政夫にくっ付いているつもりなの?いい加減、離れなさい!」

 

僕にしがみ付いている青い奴を、なぜか暁美が引き離そうとしている。

まあ、何でもいいか。

暁美頑張れ!そいつ、魔法少女になったせいで筋力が上がったらしく、僕の力じゃ引き離せないんだ。

 

 

 

 

 

最終的に僕は青い奴に敗北した。

暁美の力でも引き離せなかったので、仕方なく『形だけ』許すことにした。

こんな馬鹿なことをして、遅刻などしたくはない。

 

教室に入ると中沢君を除くクラスの男子達が僕に詰め寄ってきた。

その内の一人、(ほし)凛太郎(りんたろう)君が一歩前に出てきた。

 

「夕田~。お前は毎回毎回、かわいい女の子(はべ)らしやがってぇ……。モテ男気取りか、今畜生!特に暁美さんと仲良くしやがって許さねー!!」

 

「星君、どうしたの?急にそんなこと言い出したりして」

 

「星じゃねー!スターリンと呼べ!!このタラシニコフが!!」

 

ス、スターリン?

ああ、なるほど。星凛太郎だから、スターリンか。でも、それってあんまり名誉な名前ではないんじゃないか?

そして、タラシニコフって何だよ……。

 

星君、改めスターリン君は胸を張って宣言し出した。

 

「ここに集まった男子はすべて暁美さんに好意を抱いている者達、すなわち『ほむほむファンクラブ』の者達だ!」

 

「ほ、ほむほむファンクラブ?」

 

それは暁美本人にちゃんと許可を取っては……いないな。確実に。

 

「俺達はほむほむが大好きだ!あの(さげす)んだ目で見下されるのが好きだ!冷たくあしらわれるのが好きだ!あのストッキングで包まれた足で踏まれたいと妄想するのが大好きだ!!」

 

『オウ!オウ!オウ!』

 

周りの男子達はスターリン君のトチ狂った言葉に賛同するように呼応する。

どうやら、このクラスにはまともな思考をもった男子はごく(わず)かしか存在していないらしい。

 

「で……結局のところ、僕に何が言いたいの?」

 

「むむむ。今ので伝わらなかったのか?」

 

君らの頭がおかしいことは嫌というほど伝わったよ。

 

「ほむほむと限度をもって接しろ!()()れしくするな!もしよかったら、俺にほむほむとの交流の場を提供してください!!」

 

最後のは、僕へのお願いになっていた。

 

「スターリン、貴様抜け駆けする気か!」

「ほむほむファンクラブの鉄の(おきて)を忘れたのか!」

謀反(むほん)じゃー!皆の者ー、スターリンが謀反を(たくら)みおったぞー!」

「殺せぇ!奴を血祭りにしろ!裏切り者を粛清(しゅくせい)するんだ!」

 

スターリン君はクラスの男子達に捕縛されると、どこかに連行されて行く。

ずるずると引きずられながら、こちらを向くその顔は何とも情けなかった。

 

クラスの女子たちは、それを完全に無視して化粧品や洋服のことを楽しそうに話していた。

いいなぁ、そのスキル。僕も欲しい。

 

「は、放せー!俺は想いのままを言葉にしただけだー!俺は無罪だー!!弁護士を呼べぇ!法廷で!法廷で話し合おう、な!」

 

教室がガラス張りなので、廊下に出た後も彼の醜態(しゅうたい)が丸見えだった。

廊下にいた人たちは、驚いたようすでその光景を見送っている。

アホばっかだな。転校して来た日は、皆普通の連中だったのに……。

 

「夕田君」

 

「あ、中沢君……」

 

僕の肩をこのクラス唯一のまとも男子である中沢君が軽く(たた)いた。

 

「楽に考えるんだ。『どっちでもいいや』ってね」

 

「そうだね。そうするよ」

 

僕は世界の真理の一つに触れた気がした。

 




政夫は結構根に持つ男です。
男キャラが寂しかったので、灰汁の強いクラスメイトを書いてみました。


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第二十四話 教室大岡裁き

「今日からこの学校に編入した、さく……じゃなかった魅月杏子だ。よろしく」

 

朝のホームルーム、僕のクラスにまた転校生が入ってきた。いや編入生か。

ちなみにスターリン君を引きずっていった男子達は、何かをやり遂げたような顔をして帰って来たが、スターリン君だけはあれ以来戻ってきていなかった。

怖かったので、彼があの後どうなったのか聞くのは止めておいた。

 

何にしても、人数が増えすぎだろう。なぜこのクラスなんだ?当初から、他のクラスよりも人数が少なかったのか?

『魅月』という名も気になる。

あの病院で会った魅月ショウさんの妹だろうか。それにしては顔が似ていないが。

 

それよりも、この編入については暁美が見てきた他の世界でもあったことなのかが気になる。

暁美に目を向けると、驚愕の表情を(あら)わにしていた。

その顔から察するに、これもイレギュラーというわけか。

 

 

 

ホームルームが終わると、クラスメイト、特に女子が魅月さんの(そば)に群がった。

まず最初に田中さんが話を切り出す。

 

「魅月さんって、前はどこの学校だったの?」

 

「杏子でかまわねーよ。……中学校は色々あって行ってなかった」

 

「……もしかして家庭の事情ってやつ?」

 

続いて、川村さんが興味深深といったようすで聞いた。そういう込み入った事情に臆面(おくめん)もなく入っていくあたり、僕はちょっと無神経だと思った。

だが、魅月さんは気を悪くしたようすもなく、適当に流す。

 

「まあ。そんなもんかな。でも今は……あー、うん。た、頼れる兄貴がいるからな」

 

「へえ。お兄さんいるんだ。どんな人?写真ある?」

 

「ああ。携帯に入ってる。えーと、ほらよ」

 

魅月さんは携帯を取り出し、操作して、カメラで撮ったであろう画像を見せた。

遠目からでは確認しづらいが、あの画像は魅月ショウさんだ。やはりあの人の妹さんだったのか。

 

「うわ~。カッコいい……」

「ホント、びっくりするぐらいイケメン!」

 

二人とも携帯のカメラ画像に見蕩れて、黄色い声を出した。お世辞ではなく、恐らく本心からの言葉だろう。

 

「そうだろー?なんせアタシの自慢の兄貴だからな」

 

そのようすに気をよくしたのか、魅月さんは胸を張って、クラスの女子に兄の画像を見せて回っていた。

 

それにしても驚くほど早くクラスに溶け込んでいる。はっきり言って、暁美の数百倍はコミュニケーション能力がある。

というか、暁美が今までいたポジションをあっさりと()(さら)っていったな。

もう、これで暁美に話しかけてくれる女子は鹿目さんか志筑さんぐらいしかいなくなったわけだ。哀れ、暁美。これに()りたら、人間関係を勉強するべきだ。

 

そう思って暁美の席に近づくと、難しい顔で悩んでいた。

 

「どうしたの、暁美さん?ついにコミュニケーションの重要性を理解したの?」

 

「政夫。ちょっと顔を貸してもらえる?」

 

「嫌だよ。一時限目に遅れちゃうだろう?」

 

それに、ほむほむファンクラブの人達にこれ以上敵視されたくない。学校で敵を作らないようにしてるんだから、少しは気を使ってほしいものだ。

 

「いいから!」

 

だが、そんなこともお構いないしに、暁美は無理やり僕を引っ張って、教室から連れ出そうとする。

やめろぉー!学校生活だけは平穏に過ごしたいという僕の気持ちが分からないのかー!

必死で抵抗するが、全身筋肉痛の身体ではとても魔法少女の腕力には敵わず、僕はずるずると教室の扉へと引きずられて行く。

 

誰か!僕を助けてくれる人はいないのか!!

 

「転校生。アンタ、政夫をどこに連れて行く気?」

 

救いの声を上げてくれたのは何と、青い奴こと美樹さやかだった。

どうでもいいけど、その暁美のことを転校生と呼ぶくせはよしたほうがいいと思う。僕も転校してきた日は同じだし、魅月さんとも混同する(おそ)れがある。

 

「……美樹さやか。貴女には関係ないわ、引っ込んでいてくれないかしら?」

 

「嫌よ。何でアンタにそんな事言われなくちゃいけないわけ?政夫は私の友達なんだよ!」

 

美樹は、暁美がつかんでいる僕の腕と反対の腕をつかんだ。

な、なにをする気だ?お前ら…・・・まさか。

 

「私は政夫に大切な話があるのよ!」

 

暁美が僕の左腕を廊下側に引っ張る。

 

「知らないわよ。そんな事!」

 

それに対抗して、美樹が僕の右腕を窓側に引っ張った。

僕は両サイドから引っ張られ、人間綱引き状態になった。俗にいう『大岡裁き』という奴だ。

 

「いだだだッ!!痛い!二人とも手を放して!」

 

ただでさえ身体が筋肉痛で(きし)んでいるところに、この仕打ち。お前らは鬼か!

二人とも僕の言葉には耳を一切貸さず、力を(ゆる)めるどころか、さらに力を込めて引っ張り出す始末だ。

クラスの連中は面白そうに遠巻きに見ているか、完全に無視を決め込んでいるかのどちらかだ。

鹿目さんと志筑さんはどちらに味方すべきか、分からずに困った顔を浮かべるばかりで頼りにならない。この危機を唯一どうにかしてくれそうな中沢君は教室には居なかった。

 

「痛い痛い痛い……痛いっつってんだろうが!!」

 

僕は大声で怒鳴りつける。

声に驚いて、二人の力が弛んだ瞬間、手を思い切り振り払った。クラスメイトの視線が一斉に集まったが、そんなことは気にしてはいられなかった。

鈍い痛みがじんじんと肩に留まって鳴り止まない。あのままだったら、腕が外れていたかもしれない。

 

 

「え……あの」

 

「あの政夫、ごめん」

 

二人とも謝ってきたが、許すつもりは毛頭なかった。

こいつらは本当に自分の都合しか考えない。だから、人に迷惑をかけても心から反省することなど一生できないだろう。

両名ともに一度同じようなことをしたのに、まったく成長していない。

 

「鹿目さん……僕、保健室行って来るから、授業始まっちゃったら先生に言っといてくれない?」

 

暁美と美樹を無視して、鹿目さんに話しかけた。

 

「え……あ、私が付き添うよ。保健委員だし。仁美ちゃん、遅れちゃったら先生に」

 

「わかりましたわ。私から、先生に言っておきます」

 

鹿目さんは志筑さんにそういうと、僕の方にきた。

僕は鹿目さんに悪いからと遠慮したが、彼女は頑固にも食い下がったので仕方なく、お願いすることにした。

 

「わ、私も」

 

「お前は来るな。あと暁美も来なくていい」

 

「…………」

 

美樹と暁美が付いて来ようしてきたので、一蹴(いっしゅう)した。

何か言いたそうな目をしていたが僕の知ったことじゃない。

 

 




杏子ちゃんが見滝原中にやってきました。

やったね、まさちゃん。友達が増えるよ!


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第二十五話 それぞれの悩み

鹿目さんと一緒に保健室に向かって、廊下を歩いていると、ふいに鹿目さんがぽつりと言った。

 

「……さやかちゃん。魔法少女になっちゃったんだってね」

 

美樹が魔法少女になった後、僕が鹿目さんと巴さんに連絡したので、鹿目さんはある程度大雑把にはそのことを知っていた。

そして『なった』ではなく、『なっちゃった』と言ってるあたり、鹿目さんの中で魔法少女への考え方が変わったのだろう。

 

「ごめん。止めようとしたんだけど、失敗しちゃった」

 

言い訳がましい説明は頭の中で百個は浮かんだが、僕は口には出さなかった。最終的に美樹を止められなかった僕にそんなものをいう資格はないからだ。

 

「政夫くんが謝る事ないよ。十分頑張ってたの私知ってるよ?」

 

「頑張っても、結果を出さなきゃ意味がない時もあるよ。取り返しのつかないことなら、尚更(なおさら)ね」

 

そう、取り返しがつかない。

恐らくは美樹は上条君を諦め切れなかったのだ。しかし、願いで心を支配することもできなかった。

中途半端な意志と覚悟。あまりにも不安定すぎる。

 

巴さんの場合は、その不安定だが力がある。船で例えるなら、タイタニック号といったところだ。よほど大きな氷山(しょうがい)にぶつからない限りは何とかなるだろう。

それに引き換え、美樹は泥舟。ちょっとしたことで沈んでもおかしくはない。非常に危うい存在だ。

 

鹿目さんは僕の顔を神妙な表情で上目づかいで見上げる。

改めて思うが鹿目さん小さいな。下手すると150センチもないんじゃないか。

 

「政夫くんはさ。もし願いごとができても、絶対にしないって言ったよね?」

 

「ああ。言ったね」

 

「どうして?どうしてそこまで言い切れるの?神様とかに祈った事とかはないの?」

 

鹿目さんの顔は何時になく真面目だ。それでいて、どこか自信なさげだった。

 

神様、か。僕にとって、あんまり良いイメージはないな。

すごく情けない頃の自分を嫌でも思い出させられる。

でも、正直に答えよう。じゃないと、鹿目さんに失礼だ。

 

「……あるよ。でもね、『祈ってる』だけじゃ駄目なんだ。自分の手でどうにかしないと人は前に進めない。神に祈ることは否定しないけど、神に(すが)るようになったら人間終わりだよ」

 

これは、僕が色んな人と出会って、時間をかけて学んで、ようやく気付けたことだ。

幼稚園の頃は心の底から祈れば、神様が助けてくれると思っていた。間違ったことさえ、しなければ必ず報われると信じていた。

 

でも、それはただの勘違いだった。

どうにもならないことは、どうにもならない。祈ろうが、願おうが、叶わないものは叶わない。

僕は母親の死を通じてそのことを知った。

 

そして、それが正常で正しいってこと。

辛くて、悲しくて、どうしようもないことがあるからこそ、人は必死で生きられる。

簡単に失ってしまうからこそ、本気で努力できる。

妥協して、割り切れるところは割り切って、それでもどうしても曲げられないところを押し通す。

 

都合の良い『奇跡』ばかりでは、何も成長できやしない。

きっと、世の中が理不尽だから、人間は強く()れるんだと、僕は思う。

 

「きっとさ、今のままじゃ叶わない願いがあるから、叶えようと思って、努力するんじゃないかな。それの願いが今すぐ叶うなら、きっとそれはもう願いでも何でもないよ」

 

「うまく、言えないけど…………きっと、それは政夫くんが強い人だから言えるんだと思うよ」

 

珍しく、というか初めて鹿目さんが怒ったような顔をした。

その眼光は言外に納得ができないと、僕の意見を真っ向から否定しているようだった。

 

「私みたいに何もできない弱い人間はチャンスがあったら、それに縋っちゃうよ……」

 

「そうかな?本当に『何にもできない弱い人間』なら、人の意見に批判なんかできないよ。鹿目さんは多分自分を卑下しすぎなんじゃない?」

 

そうこう話しながら、歩いている内に保健室の前にたどり着いていた。

もう少し鹿目さんと話したいことがあるが、それだとただのサボりだ。鹿目さんもそろそろ教室に帰らないと授業に遅れててしまうだろう。

 

「鹿目さんは、鹿目さん自身が思ってるよりずっと優しくて強い女の子だよ。僕が保障してあげる」

 

「……そうかな」

 

「そうだよ。それじゃ、付き添いありがとうね」

 

取りあえず、鹿目さんにお礼を言って別れ、僕は保健室に入る。

それにしても、鹿目さんも鹿目さんで悩みを抱えているんだな。何とかしてあげたいけど、今のところは本音が聞けただけでも良しとしよう。

でも、こういうのは普通仲の良い親友に話すべきじゃないのか?

志筑さんは仕方ないとして、美樹あたりが……。いや、あいつもあいつで自分のことだけで精一杯か。

 

 

 

 

 

僕は養護教諭に腕を見てもらった後、保健室のソファでそのことを思案していた。

もちろん、養護教諭には許可を頂いている。

随分、痛いなと思っていたら、身体のあちこちが肉離れを起こしていたらしい。急な激しい運動は身体に毒だということを身にしみて理解した。

 

休みの日も全然休めなかったので、ちょっとゆっくりしようと神経をリラックスモードに移行していると、保健室のドアが開いた。

 

「失礼します。体調が悪くなってしまったので少し休ませて下さい」

 

疫病神がこの場に降臨した。ドアから顔を出したのは暁美だった。

僕が心休まる場所はみ存在しないのか……。暁美は、僕をいじめているのかい?

 

「うむ。許可しよう」

 

養護教諭は軽く頷くと、机に向かってデスクワークの続きを始めた。

僕の時もそうだったが、つくづく無口な人だ。

恐らく、養護教諭が許可したのは、暁美が入院していたことを知っいるからだろう。

暁美はさも自然に僕の隣に座った。

 

「……ここなら、落ち着いて話ができるわね」

 

「……それで何しに来たの?」

 

暁美が小声で話しかけてきたので、僕もそれに合わせて小さな声で聞いた。多分、聞かれてはまずい話なのだろう。もっとも、あの寡黙な先生が生徒の会話などに耳を傾ける姿など想像できないけれど。

 

「あの編入生、魅月杏子は魔法少女よ」

 

またか。もういいよ。魔法少女は、お腹一杯だよ!

心底嫌そうな顔で暁美を見たが、それに気付くほどのコミュニケーションスキルなど暁美が持ち合わせてるわけもなく、淡々と話を進める。

 

「彼女は私の知っている限り、家族は皆心中して天涯孤独の身だったはずよ」

 

「え?待って。たしか兄がいるって、魅月さん教室で話してたよ?」

 

意味が分からない。

僕自身、彼女の兄である魅月ショウさんに会ったことがあるのだ。

 

「彼女の本名は佐倉杏子。『魅月』という姓は『この時間軸』以外では名乗っていなかった」

 

「じゃあ、魅月ショウさんに引き取られたってことなのか……」

 

一度会って話しただけだが、良い人らしいのは見てとれた。僕は人を見る目には自信がある。

あの人なら、居場所のない少女に居場所を作ってやるぐらいのことはやりそうだ。

 

「え……?貴方は佐倉杏子が言っていた『兄』の事を知ってるの?」

 

「一度、病院で会ったことがあるだけだけどね。上条君とも知り合いらしいよ」

 

上条君の名前を出した途端、暁美は複雑な表情を浮かべた。

そういえば、彼の告白の件については暁美の中ではどう処理されたのだろうか。気になるところだ。

 

「そう……上条恭介の……」

 

「で、暁美さん。上条君の告白の返事は決まった?」

 

「うう……。胃が痛くなってきたわ」

 

暁美はぐったりとして、ソファからずるずるとすべり落ちた。

恋愛でここまで悩むとは、意外に乙女チックなところがあるんだな。

僕はもう少し踏み込んで聞いてみる。

 

「上条君のこと嫌いなの?」

 

「……貴方は人の事をヴァイオリンの化身扱いする人間に好意を抱けるのかしら?」

 

「う~ん。そう言われると厳しいかもね。でも上条君は話してみると結構面白いよ?」

 

「他人事だと思ってるわね……」

 

暁美はじと目で僕を睨む。

そりゃ、人事ですもん。真剣に考えるわけないじゃないか。

 

「でも、真面目な話、そろそろ上条君は学校に復帰するよ。左手も治ったわけだし」

 

本格的に暁美は身の振り方を考えなければいけないだろう。下手をすれば、それが美樹が魔女化を決める決定打になる。

生半可な気持ちではいけない。

 

「分かってる。でも……」

 

「だから、いっそ付き合っちゃえばいいじゃないか。美樹さんのことは、僕と鹿目さんで慰めるとしてさ」

 

「そうじゃないわ。私が好きなのは!……ま……」

 

急に顔を赤らめて暁美は目を泳がせながら、もじもじと人差し指をこねくり回す。

別に今更そんなに恥ずかしがる必要なんてないのに。

 

「知ってるよ。まどか、つまり鹿目さんだろう?でも、鹿目さんはレズじゃないんだ。ここら辺で君も現実を見ないと…・・・ゥッ!!」

 

僕は最後まで言葉を言い切ることができなかった。

なぜなら、暁美の右拳が華麗に決まったからだ。舌を噛まなかったことは本当に幸いと言えよう。

痛いという以前に意味分からなかった。

急に視界に保健室の天井が映し出された後、次の瞬間には暗転した。薄れ行く意識の中で、僕は『保健室の天井って案外綺麗だな』と思った。

 

 




あまり内容は進んでいないです。申し訳ありません。


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第二十六話 知らない間にこじれる運命

「おい。もう起きろ」

 

低い声が耳に響いて、僕の意識は覚醒した。

目を覚まして、僕の目に一番最初に飛び込んできた映像は、無表情の養護教諭の顔だった。

 

「おわっつ!」

 

「人の顔を見るなり奇声を上げるとは、随分だな?夕田」

 

養護教諭は心外そうな表情を僕に向ける。

いや、寝起きでその顔が近くにあったら、誰でも奇声を上げますって。

 

「あはは・・・すいません」

 

一応、善意で起こしてくれたようなのでこの場合は僕が悪いのだろう。謝罪をすぐにできない人間は、社会では嫌われる。言い訳せずに僕は養護教諭に謝った。

 

「そんな事はいい。それよりももう帰れ。帰りのホームルームも終わる時間だぞ?」

 

「え!?」

 

慌てて保健室の時計を見ると時刻は午後3時を回っていた。

嘘だろう?じゃあ、つまり僕は暁美にノックアウトされたまま六時間近く気絶してたのか。

大幅に授業をサボってしまった。試験の前に中沢君にノートを写させてもらわないといけない。

 

あー。これもそれも暁美のせいだ!あいつめ、図星を指されて切れるとは、とんでもない奴だ。あとで必ず謝罪をさせよう。

それに養護教諭もなぜ今まで起こしてくれなかったのか。別に文句をいうつもりはないが、起こさなかった理由を養護教諭に尋ねる。

 

「あの先生?起こしてくれても良かったんじゃ……」

 

「すまん。忘れていた。そこの保健委員が来てくれて、ようやくさっき思い出したところだ」

 

「保健委員?」

 

僕が聞くと、養護教諭は僕の方を向いたまま親指で後ろを指した。

見るとそこには鹿目さんが立っていた。養護教諭の存在が濃すぎて全然気が付かなかったが、どうやら僕が目を覚ました時から居たようだ。

 

「政夫くん、大丈夫?様子を見に行ったほむらちゃんは、政夫君はとっても疲れていたみたいでぐっすり寝てるって聞いたから、放課後までそっとしてたけど……」

 

鹿目さんは心配そうに聞いてくる。

 

あははは…………あの(アマ)ァ、自分でやっておいてよくもまあヌケヌケと!この借りはいつか絶対返してやる!

暁美に対して怒りを覚えたもの、心配してくれた鹿目さんを安心させるために僕は笑った。

 

「大丈夫だよ。多分ちょっとした寝不足だよ心配かけてごめんね」

 

「ううん。政夫くんが元気でよかったよ」

 

鹿目さんは僕に合わせて微笑むが、そう言う鹿目さんの方がどこか元気がなかった。

こりゃ僕がいない間、確実に何かあったな。

 

「何か……あったんだね?」

 

僕がそう確信を持って聞くと、鹿目さんは驚いた顔をした後話し始めた。

 

「政夫くんは何でもお見通しなんだね。……お昼休みにね、いつもと同じようにみんなで屋上に集まって、お昼食べてたの」

 

でも政夫くんがいないからいつも通りじゃないんだけどね、と鹿目さんは付け足した。

 

いつもと同じね……。ということは志筑さんが参加していないのもいつもと同じってことか。そろそろ本格的に友情に亀裂が走っていないだろうか心配だ。

 

「そしたら、魅月さんが来て、マミさんと知り合いみたいだったけど険悪な感じになっちゃって。あ、魅月さんも魔法少女らしくて……」

 

えらく説明がたどたどしいな。

必死に言いたいことを伝えようとしている意志は伝わるけど、いまいち鹿目さんが何が言いたいのか分からない。

取り合えず、魅月さんと巴さんは魔法少女としての面識があり、かつ仲が良くないことは理解した。

 

「それで最終的にどうなったの?」

 

鹿目さんに結論を促す。()かしているようで悪い気はしたが、これでは話が見えてこないので仕方がない。

鹿目さんは言葉に詰まりながらも最後まで僕に伝えてくれた。

 

「えっと、放課後、二人だけで話があるから今日は魔法少女体験コースはお休みにしてって、マミさんが……」

 

 

暁美と巴さんが和解してからも魔法少女体験コースは続いていた。と言っても、あれから魔女は現れず、使い魔ばかりとの戦いだった。

そうなると当然グリーフシードはでないので、暁美は巴さんにできる限り魔力を使わせないように気を配って戦っていた。巴さんの方も無闇に必殺技である「ティロ・フィナーレ(なぜかイタリア語)」を使うことはほとんどなかった。恐らくは支那モンに魔女は、元は女の子だったと言われたせいで自分がやってきたことが正義だったのか疑問を持ち始めているからだろう。

 

両親を失った巴さんにとって『魔女退治』とは誇りであり、すべてだった。それに従事することによって生きがいを得ていたと言っても過言ではないはずだ。

もしも、魔法少女が魔女になると知ったら、間違いなく巴さんは壊れるだろう。自分がやってきたことが正義の所業ではなく、ただの同族殺しだと知ってしまうから。

だから、未だに巴さんにはそのことを教えられていない。これは推測だが、魅月さんも魔法少女の秘密については知らないのではないだろうか。

 

駄目だな。考えれば、考えるほど嫌な気分になっていく。

僕は気分を変えるために、鹿目さんに別のことを尋ねた。

 

「そうだ。暁美さんや美樹さんはどうしたの?少なくても美樹さんはいつも鹿目さんにべったりなのに」

 

そして暁美の方も暇さえあれば、鹿目をストーキングしているから、ある意味でこっちもべったりだが。

 

「さやかちゃんもほむらちゃんに何か話があるみたいで、放課後じっくりと話したいって言ってたよ」

 

あー。美樹の方は上条君についてだな。思いっきり三角関係だもんな。

まあ、そっちは部外者が首を突っ込むと余計に話がこじれそうだから、そっとして置こう。

 

「それじゃ、久しぶりに鹿目さん帰りにどこかに寄ってから帰ろうか」

 

僕が何気なく提案すると、鹿目は照れたように顔を朱色に染めた。

 

「え!?それって……もしかして、デ、デートのお誘い?」

 

「あー……。そう言われてみればそうだね」

 

確かに男女二人っきりでどこかに行くことをデートと呼ぶのなら、そうなるだろうな。

僕としては、鹿目さんのストレスを軽減するために気分転換のつもりで誘っただけなのだが、女子の目線と男子の目線では物の捕らえ方が大きく違うらしい。

 

「じゃあ止めようか?鹿目さんも変な(うわさ)とか流されちゃ困るだろうし」

 

「ううん。行くよ!せっかく政夫くんが誘ってくれたんだもん」

 

「え、そう?ならよかった」

 

なぜか微妙に鹿目さんは(りき)んでいるのがよく分からなかったが、魔法少女だの魔女だのに頭を悩ませているよりずっと健康的だ。

今日は鹿目さんに楽しんでもらおう。

 




連投です。


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第二十七話 流れるような大ピンチ(前編)

「カラオケ、楽しかったね」

 

「そうだね。鹿目さん、驚くほど歌上手かったから聴いてるこっちも楽しかったよ」

 

僕は鹿目さんと一緒にカラオケに行って遊んだ。最初は一時間だけのつもりが意外に盛り上がり、二時間も延長してしまった。

それに加えて、鹿目さんの歌がお世辞ぬきで上手かったのも要因の一つかもしれない。カラオケ評価で90点代をバンバン出していた。

 

「そんな事ないよ。政夫くんだって……あれ?仁美ちゃんだ」

 

「あ、本当だ」

 

前方に志筑さんがふらふらとした足取りで歩いているのが見えた。どこか虚空を見つめて歩むその様は、夢遊病患者のそれによく似ている。

飲酒、あるいは危ない薬にでも手を出したのか?

 

「仁美ちゃ~ん。今日はお稽古事……ぁ」

 

「……!これは」

 

僕と鹿目さんが志筑さんに近づくと、すぐにその原因が分かった。酒や薬なんかよりももっと性質(たち)が悪いもの、『魔女の口付け』が志筑さんの首元にくっきりと浮かんでいた。

僕らが至近距離まで近づいているのに、志筑さんはこちらに気付かない。

 

「仁美ちゃん。ね、仁美ちゃんってば」

 

「あら、鹿目さん、それに夕田さん、御機嫌よう」

 

鹿目さんが志筑さんの肩をつかんで揺さぶると、ようやく反応を示した。それでもまだ目が虚ろで、本当に僕らに目の焦点を合わせているのか微妙なところだった。

 

それよりも気になるのは今、志筑さんは僕らのことを『鹿目さん』、『夕田さん』と苗字で呼んだことについてだ。いつもなら名前で呼ぶのにも関わらずに。

これは完璧に魔女に操られているせいだろうか。それとも、もう志筑にとって、鹿目さんは苗字で呼ぶ程度の間柄になってしまったということだろうか。僕は後者ではないと信じたいな。

 

「ど、どうしちゃったの?ねえ、どこ行こうとしてたの?」

 

鹿目さんはそんな事には気にも留めず、心配そうに志筑さんに話しかける。

だが、志筑さんは虚ろに笑って楽しそうに答えた。

 

「どこって、それは……ここよりもずっといい場所、ですわ」

 

「ここよりもいい場所、ね。それはネバーランドか、どこかかい?」

 

皮肉がつい口をついて出たが、志筑さんは気にした様子はない。

 

「ああ、そうだ。お二方もぜひご一緒に。ええそうですわ、それが素晴らしいですわ」

 

名案でも思いついたかのように、一人で何度も頷くと僕らの答えも聞かずに勝手に歩みを再開する。

どうしたものか。とにかく、巴さんや暁美に電話をかけよう。

 

「ま、政夫くん……」

 

不安そうに僕を見る鹿目さん。どうしたらいいのか分からないのだろう。

 

「取り合えず、志筑さんを追いながら、美樹さんに電話をかけて。成り立てとはいえ、美樹さんは魔法少女だ。僕らと違って魔女と戦うことができる」

 

僕は鹿目さんにそう言うと、志筑さんを追いかけながら巴さんに電話をかけた。

プルル……と電話がつながる前に聞こえる音が途切れた。

 

「あ、もしもし。夕田ですが……」

 

『お掛けになった電話は現在電源が入っていないか、電波の届かないところにあります。番号をお確かめになるか、もう一度お掛け直し下さい』

 

無常にも電子音声が電話が繋がらないことを告げる。

クソッ。どういうことだよ。

この場合、希望的に観測を述べるなら、『もうすでに巴さんは魔女の結界の中にいるため電波が届かない』といったところだが、最悪の場合は『魅月さんと交戦するはめになって、携帯そのものを壊されている』というものだ。この場合は確実にこちらには来れない。

 

だが、こんな時のために僕は暁美の連絡先を交換してある。

備えあれば憂いなし。今度は暁美に電話をかける。

 

「もしもし。暁美さ……」

 

『お掛けになった電話番号は現在……』

 

「お前もかよ!!」

 

つい突っ込みを入れてしまった。

暁美。お前、一体何のためにいつも鹿目さんストーキングしてるんだよ!こういう時のためじゃないのか!?ええ!?どうなんだ、おい!

 

志筑さんはこちらに反応せずに前をふらふらと進むだけだったが、鹿目さんは携帯を片手に驚いた表情をしていた。

 

「ど、どうしたの?政夫くん」

 

「いや、携帯の意味をちょっと問いたくなっただけだよ。それより美樹さんには連絡取れた?」

 

「ごめん。さやかちゃん、携帯切ってるみたいで繋がらない」

 

そっちもか……。

あいつらは携帯を持っている意味あるのか?こういう緊急で連絡をとりたいと時のために携帯を持ってるんじゃないのか?そもそも魔法少女って、一応魔女と戦うのが仕事みたいなものじゃなかったか?

腹を立ててもしょうがないな。何か別の方法を考えなくてはいけない。

 

もういっそのこと志筑さんを無理やり連れ帰るというのはどうだろう。後ろを振り返って帰り道を確認すると、背後にぞろぞろと志筑さんと同じように『魔女の口付け』をされた人たちが集まっていた。

 

「げッ……」

 

しくじった。

退路を断たれた。

これじゃ志筑さんを連れて帰るのは無理そうだ。そんなことをして、この人たちが暴れだしたら、僕一人ではどうすることもできない。ましてや、鹿目さんがいる状況だ。

 

こいつらは志筑さんの言った『ここよりもずっといい場所』に行くために来たのだろう。

その人たちがこれだけ密度で進んでいる。つまりこれは目指している場所が近いということを表している。

 

「政夫くん……」

 

鹿目さんは僕に助けを求めるように見つめてくる。僕がどうにかしなくてはいけない。だけど、どうやって……?

 

 




ちょっと短めです。


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番外編 一方その頃 紫と青の魔法少女

これは政夫たちがピンチに巻き込まれている時のほむらとさやかの話です。
番外編ではありますが、ストーリーには密接してます


~ほむら視点~

 

上条恭介の入院している病院。

その屋上で私、暁美ほむらで待たされていた。私を呼びつけた美樹さやかは一向に姿を見せない。

もしかしてからかわれたのかしら。もしそうなら頭にくるどころじゃ済まない。いくら私が嫌いだからってやっていい事とそうでない事の区別くらいあるでしょうに……。

 

帰ろう。時間の無駄だった。

そう思ってドアの方に向かうと、ドアが開いた。

 

「わあ……!暁美さん、本当に来てくれたんだね」

 

現れたのは、車椅子に乗った上条恭介。そしてその車椅子を押しているのは、私を散々待たせた美樹さやかだった。

 

「……どういう事なのか説明してくれるかしら?」

 

私は意味が分からず、美樹さやかに尋ねるが、彼女は何も答えない。

代わりに上条恭介が驚いたように聞いてきた。

 

「え?暁美さんは手の治った僕のヴァイオリンの演奏を聴きにきてくれたんじゃないの?」

 

ヴァイオリン?演奏?

見ると上条恭介の腕の中には高級そうなヴァイオリンがあった。

もしかして、それを聴かせるために美樹さやかは私を呼んだのだろうか。私は美樹さやかの顔を見つめると、懇願するような目で私を見つめ返された。

きっと恐らくはそうなのだろう。

 

最初からそう言えば、上条恭介の事を好意的に思っていない私は来なかったと思う。だからといって美樹さやかがやっただまし討ちのような事を肯定するつもりはさらさらないけれど。

 

こんな時、政夫ならどうするだろうか。きっと美樹さやかの意図をくんでこんな風に言うだろう。

 

「冗談よ。美樹さんに誘われて、貴方のヴァイオリンを聴きに来たわ。ぜひ演奏を聴かせてちょうだい」

 

「良かった。もしかしてさやかに何も聞かされてないのかと思ったよ」

 

できるだけ柔和な笑みを浮かべて言うと、上条恭介は安心したかのように笑った。

 

そして私は美樹さやかを見る。

彼女は驚いたように目をまるくしていた。私が気を使ったのがそんなに珍しいのだろう。

これは『貸し』よ。美樹さやか。貴女の力は『ワルプルギスの夜』との戦いで(おお)いに利用させてもらうから、覚えておきなさい。

私は演奏中に鳴らないように携帯の電源を切ってポケットに入れた。

 

 

 

それから上条恭介のヴァイオリンの演奏が始まった。

美樹さやかは私の隣にきて、彼の演奏を黙って聴いている。

夕焼けを背にしてヴァイオリンを弾く上条恭介は、それなりに格好良く見えた。少なくても、前よりは上条恭介に対してのイメージは良いものになった。

 

「何て曲なのかしら……」

 

「『亜麻色の髪の乙女』。ドビュッシーの曲よ。……恭介の好きな曲」

 

ぽつりと漏らした独り言に美樹さやかがそっと答えてくれた。

意外ね。クラシックなんて美樹さやかの柄じゃないのに。それとも上条恭介に話題を合わせられるように覚えたのかしら。

美樹さやかの瞳が少し(うる)んでいるように見えるのは、夕日の(まぶ)しさだけのせいではないだろう。

 

……夕日といえば、政夫は怒っているかしら。流石にあそこで右ストレートは我ながらなかったと思う。明日にでも謝ろう。

 

 

 

演奏が終わり、今まで閉じていた目を開いて上条恭介は私に聞いてきた。

 

「どうだったかな。僕の演奏。手が治って、一番最初に暁美さんに聴いてほしかったんだ」

 

その台詞を聞きたかったのは私ではなく、隣にいる美樹さやかだっただろう。

美樹さやかは相変わらず喋らない。上条恭介に気を使っているためだろうか。

 

「とても良かったわ。クラシックはあまり聴いた事はなかったけど、そんな私にもいい曲だとわかるほど」

 

これはお世辞ではなく私の本心。口のうまい政夫と違って、私はお世辞を言うのが苦手だ。

昔は身体が弱くて病院で寝てばかりいたし、魔法少女になってからは人付き合いどころではなかった。

今でも人付き合いが得意になったわけではないけれど、それでも少しは頑張れるようにはなった。

 

「そう言ってもらえると幸いだよ。本当は夕田君やショウさんにも聞いてほしかったけれど、それでも最初に暁美さんに聴いてもらえてすごく嬉しいよ。さやかもありがとうね」

 

「ううん。気にしないで。恭介が喜んでくれれば何よりだよ」

 

美樹は笑ってそう答えた。何故そんな風に笑顔でいられるのだろうか。もし私が美樹さやかの立場なら、とてもじゃないが笑ってなどいられそうにない。

 

 

美樹さやかは上条恭介を送ってくると、すぐに戻ってきた。

今度こそ本当に話ができるわね。

 

「私を呼んだ理由は上条恭介の演奏を聴かせるためだったのかしら」

 

「それだけじゃないわ。転校生……ううん、ほむら。頼みがあるの」

 

美樹さやかは初めて私の名前を呼んだ。ぎゅっと拳を握りしめている。

ゆっくりと私の方に近づいてきて、いきなり土下座をした。

 

「え?ど、どういう事」

 

予想外の美樹さやかの行動に思わず、どもってしまった。

美樹さやかはそんな事はお構いなしに、頭を屋上のコンクリートにつけたまま、私に話しかけてきた。

 

「恭介と付き合ってあげて!!」

 

美樹さやかが何を言っているのか分からなかった。

貴女は上条恭介が好きではなかったのか。魔法少女になってまで彼の手を治したのではなかったのか。

 

「……言っている意味が分からないわ」

 

「恭介はアンタの事が好きなの!だから……」

 

美樹さやかは顔を上げない。上げられないのだ。大嫌いな私に今している顔を見られたくないから。

それでも涙のにじんだ声は彼女がどんな顔をしているのか、他人の事を察するのが苦手な私にも容易に分かった。

美樹さやかは今、泣いているのだ。

どれだけ上条恭介を愛しているのかが伝わってくる。

 

「ごめんなさい、さやか。私には……好きな人がいるの」

 

それでも、私は彼女の言葉を踏みにじらなくてはいけない。ここで頷く事はそれこそ彼女への侮辱に他ならない。

 

「……本当に。本当にごめんなさい」

 

私は謝罪の言葉を吐きながら、屋上から去った。美樹さやかから逃げた。

…………私は卑怯者だ。

 

 

 



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番外編 一方その頃 黄色と赤の魔法少女

~マミ視点~

 

寂れた廃ビル。

人気のないこの場所で赤い髪をした女の子が壁に寄りかかり、私の方を見てにやりと笑った。

 

「よう。本当に逃げずに一人で来たんだな」

 

私、巴マミに声をかけたのは私の元から去った魔法少女、佐倉杏子さんだった。

 

「学校で会った時はびっくりしたわ、佐倉さん。またこの町に戻ってきたのね」

 

彼女と私は昔、と言ってもそれほど前ではないけれど、魔法少女の師弟のような間柄だった。その頃は姉妹のように仲が良かったと思っていた、……少なくても私の方は。

 

「今は魅月杏子って名乗ってんだ。覚えといてくれよ、『マミ』」

 

「随分と出世したのね、『佐倉』さん。昔は私の事をさん付けで呼んでくれたのに」

 

売り言葉に買い言葉。呼び捨てにされたせいでちょっと意地悪な事を言ってしまった。

ぴりぴりと剣呑(けんのん)な雰囲気が周りに漂う。

 

「……お高くとまってんじゃねーよ。子分が二人もできたから調子に乗ってんのか!」

 

佐倉さん改め、魅月さんは今にも飛び掛ってきそうな目付きで私を睨みつけた。

 

「二人?ひょっとして暁美さんと美樹さんの事?もしそうなら訂正してもらえないかしら。彼女たちは私の友達よ」

 

私の大事な友達を子分なんて呼び方で呼んでほしくない。まして、私を裏切った魅月さんなんかにはそんな事を言われる筋合いはない。

私も負けじと魅月さんを睨み返す。

 

一触即発の空気。

それを最初に破ったのは意外にも魅月さんの方だった。

 

「……やめよう。今日はアンタと喧嘩するために呼んだわけじゃないし」

 

「じゃあ、私と仲直りでもしに来てくれたの?」

 

それだったら嬉しい。結局、喧嘩別れみたいになってしまったけれど、私は魅月さんの事を嫌っているわけじゃない。むしろ、本当の妹のように思っていたくらいだ。

 

けれど、魅月さんの口から出た言葉は和解の言葉とは程遠かった。

 

「マミ。この狩場をアタシに譲れ」

 

……がっかりした。

期待していた分だけ、裏切られた。

もうどう転んでも楽しいお喋りにはなりそうにないけれど、一応魅月さんに問い返す。

 

「……もし仮にあなたに見滝原を譲ったら、使い魔もちゃんと倒してくれるの?」

 

「グリーフシードに余裕があれば……使い魔も倒してやるよ」

 

途中、魅月さんは葛藤(かっとう)するように黙り込んだがそう答えてくれた。

その答えは、魅月さんからしたら妥協した結果なのかもしれない。でも、到底私が納得できるものではなかった。

 

『グリーフシードに余裕があれば使い魔も倒す』ということは、つまり裏を返せば『グリーフシードに余裕がなければ絶対に倒さない』ということだ。

魅月さんにここを譲れば、確実に使い魔に襲われて命を落とす人が増える。そんな事は絶対に許されない。

 

「話にならないわね。昔より丸くなったかと思えば、あなたは少しも変わっていないわ」

 

「そう言うアンタも、相変わらず頭のお堅い正義馬鹿のままだな」

 

吐き捨てるように魅月さんはそう言うと、指輪をソウルジェムに変えて自分の前に(かか)げた。

彼女の濁り一つない赤いソウルジェムが薄暗いビルの中で煌々(こうこう)と輝く。

 

「ソウルジェムを出しなよ、マミ。やっぱりアタシたちは『コレ』で白黒決着つけなきゃダメみたいだね」

 

「そのようね」

 

私も彼女と同じように指輪をソウルジェムへと変化させる。魅月さんと違い多少濁りが目立つ。

ここ最近、使い魔ばかりと戦っていたせいでグリーフシードが一つも手に入らなかったからだ。この状況では私の方が魔力をフルに使えない分、不利だ。

それでも、関係ない。

私は魔法少女。魔女や使い魔から人の命を救う事が使命なのだから。

 

 

 

 

~杏子視点~

 

結局戦う事になっちまったか……。

アタシは内心頭を抱えていた。

そもそもマミを呼び出したのは、マミに魔法少女なんて危ない事から手を引いてもらいたかったからだ。

 

昔と違って今のマミには心を許せる友達がいる。『魔女退治』なんかにすべてを捧げる必要なんてない。

マミはアタシよりもずっと『魔女退治』を恐れていた。それでも戦っていたのはマミにそれしか生き方がなかったからだ。

 

そして、そんなマミの元から去ったアタシが今更そんな事を言う権利はない事も知ってる。

アタシ自身もショウと出会うまで、そんな風に誰かの事を気遣うなんてしなかったと思う。でも、アタシはショウのおかげで一度は諦めた幸せを手に入れられた。

 

魔法は徹頭徹尾、昔自分のために使うなんて言ってた手前、『マミのため』なんて台詞は吐けない。だから、あんな喧嘩腰の言い方になっちまった。

 

はあ。自分で言うのも何だけど、アタシってホント素直じゃない。ショウが近くにいれば、どうしたらいいか一緒に考えてくれるのに。

馬鹿だと思うけれど、自分の性格はそんなに簡単には変えられない。

 

アタシはマミのソウルジェムを見る。ほら見ろ、やっぱり『(けが)れ』が目立ってる。

そんなんじゃ、いざという時に魔力が全然使えずに、魔女にやられちまう。

 

「どうしたんだ?ソウルジェムに『(けが)れ』が溜まってるみたいだけどそんなんでアタシと戦えるのか?」

 

「関係ないわ。むしろハンデとしてちょうどいいくらいよ」

 

心配して言ったアタシの言葉に言葉にマミは一切耳を貸さない。

ああ、そうかよ。だったら、力ずくで認めさるだけだ。

 

アタシとマミの身体がほとんど同時にソウルジェムの光に包まれる。

向こうは黄色。こっちは赤。

光が霧散した時にはマミもアタシも魔法少女の姿に変わっていた。

 

「来なさい」

 

マミが挑発するように両手に二丁のマスケット銃を出して言う。

 

「上等だ!」

 

アタシも槍を出してマミへと走る。

向かってくる弾丸を床にキスするぐらい腰を(かが)めてかわした。魔力が足りてないせいか、弾丸のスピードは鈍く、思ったほど避けるのには苦労しなかった。

 

「ちぃッ!」

 

マミは弾の切れたマスケット銃をアタシに向かって投げつけてきた。

 

「はッ、甘いよ!」

 

マスケット銃を槍で(はじ)いて、後方へと飛ばす。

だが、その一瞬の隙にマミはベレー帽から新しいマスケット銃を取り出していた。流石はマミ。伊達に長年魔法少女をやってるわけじゃないな。

 

だけど。

 

「せりゃあ!!」

 

この距離なら、アタシの槍の方が速い。

いくら、マミでも銃を構えて撃つよりも、アタシが振り下ろした槍がマミを吹き飛ばす方が絶対に速いはずだ。

 

しかし、マミはアタシのそんな想像を軽々と越えた。

(はさみ)のように交差させた二丁のマスケット銃でアタシの槍を受けると、左へ受け流した。

全力を込めて振り下ろした分、勢いがついて横によろけそうになる。

 

マズい。ここで床に倒れたら負ける。

何とか持ちこたえようと、両足で踏ん張る。

 

「がぁ……!」

 

意識が足に向いた(わず)かな間に、マミの蹴りがアタシの脇腹に決まった。

予想すらしていなかったその一撃に受身なんて取れるはずもない。アタシは五メートルほど床を転がった。

 

「銃だけに気を取られていたあなたの負けね」

 

起き上がると顔のすぐ前にマスケット銃の銃口が見えた。

マミは勝利を確信した表情でアタシを見下ろしている。

 

正直に言って、アタシは油断をしていた。

いくらマミとは言え、まさか魔法もそう使えないほどソウルジェムが濁っている相手に負けるとは思ってもみなかった。

 

だけど、一つ。

一つだけ、マミは失態を犯した。

 

「……なあ、マミ。アンタ、昔アタシに教えてくれたよね」

 

銃口を突きつけられたまま、アタシはマミに話しかける。

素直なマミは、相変わらず馬鹿正直にアタシに問い返してくれた。

 

「昔教えた事?」

 

「勝利を確信した時こそ、油断してはいけないってね!!」

 

アタシは寝転がったままの体勢で槍を操り、多関節武器に変え、マスケット銃を突きつけるマミの首に巻きつかせる。

蛇のように巻きつく多関節の槍に首を絞められ、マミは注意はアタシから()れる。

その隙にアタシはマミを蹴り倒して起き上がり、体勢を立て直す。

 

だが、流石はマミだ。

体勢を起こした瞬間、マミはとっさにマスケット銃でアタシが握っている槍の柄を撃った。

 

「ッ!」

 

腕に直撃はしなかったものの衝撃で槍を手放してしまった。

結果として、マミは首に巻きつく槍から解放された。

だが、マミもマスケット銃を撃ってしまったために、武器はない。

 

マミのソウルジェムの濁りから言って、おいそれと魔法は使えないはずだ。

アタシはもちろんグリーフシードのストックがあるから、魔法は好きなだけ使える。

けど、アタシは何もマミを殺したいわけじゃない。ここは一旦引いておこう。

そう決断すると、首が絞まっていたせいで咳き込んでいるマミを尻目に窓から、廃ビルの外へと逃げた。

 

 




戦闘描写は苦手です。


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第二十八話 流れるような大ピンチ(中編)

僕と鹿目さんが着いた場所は薄暗い工場だった。

工場の中には先客と(おぼ)しき人たちが虚ろな表情をして待っていた。ちなみに入ってきた出口はシャッターが閉められ、早々に逃げ道を潰されていた。

 

「そうだよ、俺は、駄目なんだ。こんな小さな工場一つ、満足に切り盛りできなかった。今みたいな時代にさ、俺の居場所なんてあるわけねぇんだよな」

 

陰気な顔をした男の人が(うつむ)いて、ぼそっとつぶやいた。恐らくは、この工場の経営者だったのだろう。

……ご愁傷(しゅうしょう)様としか僕にはコメントできない。このご時世新しい職を見つけるのも難しいだろうし、借金なども背負っていたなら目も当てられない。

 

僕がヘビーな人生を歩んでいる男の人を同情していると、僕の隣にいた鹿目さんが僕の(そで)を引っ張った。

 

「どうしたの?鹿目さん」

 

「政夫くん、あれ……」

 

鹿目さんの視線の先には、バケツに洗剤をどぼどぼと惜しげもなく入れているおばさんが居た。

そのすぐ近くには、バケツに入れた洗剤とは別の種類の洗剤が置いてある。

確実に『さあ、お掃除しましょう』なんて雰囲気ではない。どうか考えても自殺の準備だ。

 

ああ、本当に参っちゃうなー。せめて僕らのような輝かしい未来ある子供達を巻き込まないでほしい。

切実にそう思う今日この頃。まあ、志筑さんにのこのこ付いて来たのは僕らなんだけどさ。

 

とにかく、無理やりにでも止めないと。

僕は洗剤をバケツに注いでいるおばさんを止めに入ろうとする。

 

「おい、待てよ。夕田ぁ」

 

だが、ふいに僕の前に誰かが僕の行動を阻止(そし)するように立ちふさがった。

その人物を見て、僕は目をまるくした。

 

「スターリン君……。何で君がここに」

 

「決まってんだろぉ。俺らはここで肉体を捨てて生まれ変わるんだよ……」

 

他の人たちにと同じく虚ろな目をしたスターリン君(本名 星凛太郎)。教室であった時とは、別のベクトルで狂っていた。

厨二病みたいなことを口走っている。いくら、実際に中学二年生といっても痛々しいことに変わりはない。

 

「アホみたいなこと言ってないで、早くそこを退()いて、スターリン君。生まれ変わりなんて存在しないよ。人間は死んだら、それで終わりだ。誰かに好きになってほしかったら、生きて努力すればいいだろう?」

 

スターリンを(さと)すが、彼はまるで僕の言うことを聞いていない。腕をだらりと垂れ下げて見つめる様は、顔色と(あい)まって映画やゲームにでてくるゾンビのように見えた。

 

「お前はさぁ、恵まれてるからそんな台詞が吐けるんだよ……。俺みたいにモテない男は一度死んで、神様に転生させてもらって、チートで美形な人間にならないとかわいい女の子たちと接点ができないんだよぉぉぉぉ!!」

 

フィクションと現実を混同しているようなことを口走りながら、僕に向かって襲い掛かってきた。

アニメか漫画の見すぎだろう。そんな都合の良いことなんか起こるわけないって気が付かないものかな。

なぜか周囲の人たち、特に男性はスターリン君の台詞に感動したらしく、パチパチと拍手をしていた。アホか、お前ら。

 

「政夫くんッ!」

 

「大丈夫、ちょっと離れてて」

 

鹿目さんは悲鳴に近い声を上げるが、僕はそっと彼女を離れさせて、スターリン君を迎え撃つ。

手を伸ばして僕につかみ掛かろうとするスターリン君の腕を逆につかみ返し、同時に彼の足に僕の足を引っ掛ける。

 

「おお!?」

 

重心を崩したスターリン君をそのまま背負い投げる……とこの硬い床では死んでしまう可能性があるので寝技に持ち込む。

マウントポジションの体勢をとり、相手の片腕と頭を抱え込むようにして腕をクラッチして締め上げる。

通称『肩固め』。英名はアームトライアングルチョークとも呼ばれている。

 

一見、関節を極める技に見られるが、実際は頚動脈を絞める技だ。

そのため、本来はかなりの危険な技であり、小学生では絶対に教えてもらえないのだが、この技を昔通っていた道場のアナーキーな師範代は平然と小学校低学年の僕に教えていた。

まさか今になって、あのむちゃくちゃな師範代から教わった技が役に立つとは思わなかったよ。

 

ほどなくして、スターリン君の身体が脱力する。完全に気を失っただろう。

腕を解いて、彼の口に手をかざす。

よし。息はある。これで命に別状はないだろう。

 

即座にスターリン君から離れると、僕は『混ぜると危険』のマークが書かれた洗剤を混ぜようとしているおばさんからバケツを奪う。

おばさんはぼんやりとした顔で僕を見るが、気にも留めなかった。

危険なネルネルネルネはもうお終いだ。

 

僕は入り口付近にある窓にガラスを無視して、力の限りバケツを放り投げる。

思いの他軽い音をたてて、窓ガラスが砕け、洗剤の入ったバケツは工場の外に飛んでいった。

 

いくら勢いをつけたと言っても、普通は頑丈にできてるはずの工場の窓ガラスが、バケツでこうもあっさりと割れるとは……。この工場、結構老朽化してる。これじゃ潰れるわけだよ。

 

「ま、政夫くん!」

 

この工場の(もろ)さに感謝と呆れを抱いていた僕に、鹿目さんの声が飛ぶ。

振り向けば、工場内にいた人たちが僕を生気のない顔で睨んでいる。いや、目の焦点が合っていないので、睨んでいるという表現は適切じゃないかもしれない。

 

まあ、こうなることは大体予想がついていた。だから、僕は数ある窓の中から、入り口付近の窓に近づいたのだ。

流石に高い位置に設置してある窓には脚立でもない限りは届きそうもない。仮に脱出できたとしても、鹿目さんを置いて行くはめになってしまうだろう。

 

でも、この場所の近くにはシャッターの開閉スイッチがある。さっきシャッターを閉めていた人がボタン押していたのを僕は確認していた。

僕は壁についているそのスイッチに目掛けて走った。工場内の人たちが鹿目さんがいる場所が離れるよう、うまく誘導する。

 

「鬼さんこちら~♪手の鳴る方へ~♪」

 

目の焦点がおかしい上、口を半開きにしている人たちに追われるのは途轍(とてつ)もなく恐ろしかった。そこには捕まったら何をされるか分からない怖さがある。

そのため僕も(なか)ばヤケクソになっていた。

 

ようやく、開閉スイッチにたどり着くとすぐさまボタンを押す。しかし、壁に(そな)え付けてある開閉スイッチの傍にいるということは、すなわち逃げ場を完全に失ったということだ。

 

津波の如(ごと)く迫ってくる人たちに成す(すべ)のない僕は無常にも飲まれていく。だが、ここにこれほど人数が密集しているなら、対角線上にいる鹿目さんの周りにはほとんど人がいないはずだ。

 

「政夫くんっ!!」

 

鹿目さんの泣きそうな声が聞こえたが、人間津波で彼女の顔を見ることは叶わなかった。それでも開閉スイッチだけは死守しながら、鹿目さんに呼びかける。

 

「今、わずかだけど入り口のシャッターが開いてる!そこから逃げて!!」

 

「そんな事できないよ!」

 

「勘違いしないで!巴さんたちを探して呼んで来てって言ってるんだよ!!」

 

「でも……!」

 

鹿目さんの煮え切らない態度のまま、一向に動く気配がない。彼女は優しいが、そこで割り切れないのはただの弱さだ。

 

「鹿目さん!」

 

僕は手足をつかまれ、床の上に無様に倒される。頭も押さえつけれるが、声だけは鹿目さんに届くよう、(のど)を振るわせた。

 

「これは!今!君にしか!できないことだッ!!」

 

「……!分かった。すぐに戻るからね!」

 

その声と共に走り出す足音が聞こえ、やがて遠ざかっていった。

冷たい床に押し付けられ、うつ伏せにされたまま僕は薄く笑った。

良かった。

取り合えず、鹿目さんだけは逃がせた……。

 

 




ちょっとぶつ切り間があります。
申し訳ありません。


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第二十九話 流れるような大ピンチ(後編)

今の僕の現状を端的に表すなら、『王手(チェックメイト)』という言葉が相応(ふさわ)しいだろう。

両手、両足、おまけに頭まで工場の床に押し付けられて、まったくといっていいほど身動きが取れなくなっていた。まさに、手も足もでない。

唯一の出口であるシャッターも鹿目さんが逃げた後、すでに閉められてしまった。

 

僕は顔を動かせないため、目だけで周囲を見回す。

虚ろな目の人たちは僕を見下ろすが、生気の抜け落ちた表情からは、彼らの感情すら読み取ることができなかった。

 

命乞いは無意味だろう。一応、言葉を(かい)するぐらいは思考は持っているけれど、慈悲や躊躇(ちゅうちょ)が残っているとは到底思えない。

 

参ったな。この人数にリンチされたら確実に死ぬ。それでも、鹿目さんを見捨てて逃げて一生後悔するよりは(はる)かにマシだけれど。

やれやれだよ、まったく。今日は遺書書いて来てないのに……。

 

 

 

「がふッ……!」

 

僕の脇腹に誰かの蹴りが入る。

それを境に複数の人間の足が一斉に僕に襲い掛かった。

手足を押さえられているせいで顔を守ることすらできずに、ストンピングの嵐を身体中に受ける。

 

声を上げる暇すらない。

腹部から、顔に至るまで余すところなく、執拗(しつよう)に踏みつけられている。

動作が鈍いせいで、一撃一撃はそれほど重くなく、狙いが雑なのが救いといえば救いかもしれない。

 

「が……は……」

 

とは言え、雨のように降り注ぐ暴力にどうすることもできず、ただ耐えるしかない。

鼻や口から血がこぼれて、呼吸をすることすら難しくなってきた。

全身が痛い。痛すぎて、かえって頭がぼうっとしてくる。

   

 

死を覚悟した僕だったが、不思議とそれほど絶望してはいなかった。

僕は自分のできる範囲で自分が納得できる行いをした。

僕をここまで育ててくれた父さんには悪いが、例え、ここで死んでも悔いは残らない。暁美のように時間を戻して、シャッターを開いた時まで戻ったとして、僕はまた自分より、鹿目さんを逃がすことを選ぶだろう。

 

 

ただこのまま僕が死んだら、志筑さんや今は気絶してるスターリン君も再び自殺を再開してしまうなぁ、という思いが頭をかすめた。

そうなると、鹿目さんは気に病むだろう。下手したら、支那モンと契約して魔法少女の願いごとを使ってしまうかもしれない。

 

…………あーあーあー。まだ死ねないじゃないか。

アホみたいに自己満足して何も考えなければ、未練もなく死ねたのに。馬鹿だな、僕。

 

頭を押さえ付けられているせいで、僕の頭を床から持ち上げることはできない。ちょうど耳のあたりに手のひらが置かれている。感触からして恐らく男性のもの。

僕はストンピングの嵐の中、舌を伸ばして、その手のひらをベロリと()めた。血の混じった唾液が手のひらにこびり付く。

 

「うあ……!」

 

思考が鈍っているとはいえ、自分の手のひらにいきなり(ぬめ)り気のあるものが接触したのだ。生理的本能が働き、手のひらの持ち主は僕の頭から手を離した。

 

頭が持ち上がると、周りの連中が行動するより早く、僕の腕をつかんでいる人たちの顔面に血の混じった唾液を吐きかける。彼らも急な反撃に驚いて手を離した。

 

生きる意志がなくなろうと、思考が狂っていようと、人間である以上はふいに顔面に何かが付着すれば反応してしまう。思考が鈍ければ、なおさら動物的な本能が優先される。

 

上半身が自由になると、僕を踏みつけていた人たちを突き飛ばす。僕を何度も踏みつけていたせいで、彼らの体勢は必然的に片足を上げていた状態になっていた。

この体勢は、前か後ろを押されれば、簡単に倒れてしまうほど不安定なもの。(ゆえ)に彼らはあっさりとドミノ倒しの(ごと)くひっくり返る。

 

あとは身体をひねって、僕の足の太ももを押さえていた男に肘鉄(ひじてつ)を食らわせた。思い切り勢いをつけたせいでゴキゴキと背骨が盛大な音を立てた。

 

「おぐゥ!」

 

ただでさえ筋肉痛なのに、()つ、成人男性複数に何度も踏まれたり、蹴られたりしていたのだ。

そこに骨の痛みまで加算され、泣きそうなほどの激痛が走る。だが、その甲斐あってか、僕の肘鉄は足を押さえていた男の鼻に直撃した。

 

「~~~~~~!!」

 

彼は鼻血をこぼしながら、もだえるように転がった。

罪悪感はあるが、後悔はしていない。こちらの方が圧倒的に不利なのだ。文句を言われる筋合いはない。

周りの人間が再び僕に襲い掛かる前に、ふらふらの身体を引きずり起こして、彼らの足の隙間を通り抜け、ゴキブリのように人込みを脱出する。

 

僕が彼らを出し抜けたのは、別に『僕の中に眠るパワーがピンチにより覚醒した』とかではなく、純粋に彼らの思考能力が落ちていて反応が極端に鈍くなっていることと、単純に運が良かったからだ。彼らに確固とした統率者がいなかったのも、原因の一つかもしれない。

 

 

 

 

運良く逃げ(おお)せられた僕は、部屋の奥の方にある扉を開いて中に逃げ込んだ。

鍵をがちゃりと閉めて、一息吐く。僕の日常はいつからこんなにデンジャラスになったのだろう。

とにかく、ここで作戦を立てて、あの人たちをどうにかしなければいけない。でも魔女を倒さなければ、『魔女の口付け』は消えないわけだから、魔法少女がいないと話にならない。

 

まずは何か身を守るための道具を探すために、部屋の中の方を向く。

するとどこからか黒い煙のようなものが現れ、女の子の小さな声が聞こえた。

 

げっ……。一難さって、また一難か。

突然世界がきり変わり、なぜか僕の後ろの壁がテレビの山になっていた。

 

「しかも何か出てきたしッ!」

 

多分、魔女の使い魔なのだろう。気持ちの悪い笑顔をした、漫画家とかがよく使うデッサン人形のような生物がテレビの画面から()い出してくる。

よく観察すると頭の上にリングがあり、背中には小さな翼らしきものが生えている。

ひょっとして、それで天使のつもりなのだろうか。敬虔(けいけん)なキリスト教信者から、聖書で殴られても文句は言えないデザインだ。

 

そのできそこないエンジェルが僕に群がってきた。まるで大きな昆虫にアリがまとわり付いているようだ。

 

「クソッ!離れろ、変な髪形のデッサン人形がぁッ!!」

 

身体を振って引き離そうとするが、宙を舞うできそこない天使どもには意味をなさない。得体の知れない生き物が自分の身体に触れているというこの状態は不快以外の何物でもない。思わず鳥肌が立つ。

 

一瞬、僕の身体は大きくたわむと、バラバラに分解されていく。

 

ああ。今度こそ本当に死んだ……。

 

 




意外に政夫がパワフルなのは、火事場のクソ力です。
別に不思議な力に目覚めたわけではないです。

それにしても、諦めが良いのか、悪いのか分からない主人公ですね。


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第三十話 折れない心

「……………え。あ?どこ……ここ?」

 

不細工なデッサン人形たちに身体を解体されたはずの僕は、いつの間にかおかしな空間に浮いていた。

上と下に長細くなっている円柱形の空間。十中八九、魔女の結界の内部だろう。

空間の側面には遊園地のメリーゴーランドを模した絵が描かれていた。

心なしか僕の身体がグニャグニャしてるように見える。錯覚や、福本漫画に(はま)っているせいではない。

 

まだ、僕は生きているのか?

なぜだ。僕を殺そうと思えば殺せたはずだ。わざわざ躊躇する理由が見えない。

 

もっと深く考え込もうとした僕の思考は唐突に中断された。

上の方、この円柱の空間の上面から、羽根の生えたテレビとそれを支える天使もどきのデッサン人形が舞い降りてきた。

明らかにデッサン人形たちとは形が違う。あれがこの結界の魔女なのだろうか。薔薇の魔女とは違い、もはや見た目が生物ですらない。

 

羽根付きテレビは僕のすぐ近くへとやってくる。距離をとろうと身体を動かすが、すぐさまデッサン人形が僕の手足をつかんで逃がさしてくれない。

 

羽根付きテレビの画面が良く見えるほど、近い距離に来た。

画面の中には、女の子がステージの上に立っている影絵のような映像が映っている。影絵の女の子はツインテールの髪型をしていた。

 

そういえば魔女は元は魔法少女、つまり一番最初は普通の女の子だったんだよな。それが今じゃ電化製品の姿で人を殺している。非常に哀れだ。

 

羽根付きテレビの画面が突然切り替わり、今度は女の人が映った。

一瞬、脳がフリーズした。画面に映っている女性は僕のよく知っている人だった。

 

「お・・母・・・さん?」

 

夕田弓子。僕が幼稚園生だった時に病気で死んでしまった僕の母親。

身内の贔屓目(ひいきめ)なしでも、黒髪に眼鏡が似合う綺麗な人だった。

 

画面の中の母さんは、最初は元気そうな顔をしていたが、徐々(じょじょ)に痩せこけ目が落ち(くぼ)み、亡くなった時と同じ顔に変わっていく。

僕の心にかつての喪失感が広がる。

どうにもならない母の病気の悪化。それを見ていることしかできない無力感。

 

当時、幼稚園児だった僕はそれが耐えられなかった。

評判のいい神社に行って、少ないお小遣いを賽銭(さいせん)箱に入れて祈った。

来る日も、来る日も祈り続けた。遠足のお菓子を買うお金も『神様』にお願いするために使った。

その頃の僕は、心を込めて願い続ければ、いつか母さんの病気が治ると信じていた。

 

でも、世界は幼い僕に容赦ない現実を突きつけた。

母さんは、呆気なく死んだ。それを僕が知ったのはちょうど神社で『神様』に祈ってきた帰りだった。

『神様』なんて都合のいい存在は居なかった。どうにもならないことは、何をやっても変えられない。

それを僕は身をもって思い知った。

 

 

 

 

「…………それで?」

 

僕は、羽根付きテレビにそう聞いた。

 

「――――――――――――――――」

 

画面では再び、母さんの映像を巻き戻し、母さんが弱ってくる様子を見せてくる。

 

「いや、それを見せてどうするの?ひょっとして僕が絶望でもすると思ったの?」

 

くくっと馬鹿にするように僕は笑った。

多分、そうだろう。絶望して魔女になったこいつは、絶望しない僕が気に食わなかったのだ。

しかし、今更そんなものを見せられても絶望などするわけがない。

 

「そんな過去、とっくの昔に乗り越えたよ」

 

口元で笑いながら、目だけは羽根付きテレビを睨みつける。

確かにこの過去は僕にとって辛い過去だ。だが、大抵の人間が体験している、言ってしまえばどこにでもある不幸。

誰もが乗り越えて生きている、ありふれた過去だ。そんなものでは僕の心は揺らがない。

 

「―――――――――――ッ!」

 

羽根付きテレビは左右にその身体を揺らした。まるで小さな女の子が地団駄(じだんだ)を踏んでいる様を想像させる。

 

「もしかして怒った?そんな(なり)して、案外かわいいところもあるんだね」

 

僕は羽根付きテレビを挑発するように言った。にやにやと口元を歪める。

なるほど。ある程度は人間らしい感情もあるのか。

それに人の過去まで探って、その映像を見せるわけだからある程度知能があることは間違いないはずだ。

 

「――z――――zz――――――ッ!!」

 

画面が砂嵐に変わり、ズザザーと耳障りな雑音が鳴り響く。

その音に反応したのか、僕の手足をつかんでいたデッサン人形たちが力を込めて引っ張りだした。

 

「……ッあぐぁ!!」

 

強烈な痛みが僕の身体を襲う。

だが、それよりも僕の身体に起こった現象に目を(みは)る。

 

伸びたのだ。手足が。

まるでゴムか何かのように形状を変えて、僕の身体は伸び広がる。

 

「……うぇぐ」

 

自分の身体が何か別の物のようになって行くその様はおぞましさを感じざるを得ない。激しい痛みに加え、生理的嫌悪が僕の脳を(むしば)んでいく。

 

それでも、僕は羽根付きテレビを睨みつけることをやめない。

こんな相手に屈服するなんて、それこそ死んだ方がマシだ。

 

「……君に……どんな辛い過去があるかなんて知らない。……でもね。そんな風に絶望して……挙句の果てに無関係な他者にまで悪意をぶつけるような『負け犬』なんかには……僕は絶対に屈しない」

 

僕は痛みで引きつる顔にできる限り馬鹿にした笑みを浮かべてみせる。

 

「―――ズザザザザザ―――――――――!!」

 

羽根付きテレビの画面の砂嵐はより酷くなっていく。それに応じて、デッサン人形たちは引っ張る強さを上げた。

 

「ッぎぃッ……!あはは……本当に、怒りっぽいねぇ……きみ……」

 

恐らく、僕の身体を引きちぎり殺すつもりなのだろう。

痛みが脳を支配されて、思考もままならない。

 

ああ、まったく。どうせ両腕を引っ張られるなら、暁美と美樹の方がまだ良かったかも。

あの騒がしいタイプの真逆の馬鹿二人を思い浮かび、死ぬ寸前だというのに少し笑えた。

 

 

 

 

 

「使い魔ァ!今すぐその子を放せ!」

 

激痛で気が遠くなっていた僕の耳に男の声が響いた。

とうとう幻聴まで聞こえるようになってしまったか。そう思ったが、その声と共に痛みがなくなった。

 

「……え?」

 

何が起きたのか分からず、僕は周りを見回す。

そして痛みが引いた理由を理解した。デッサン人形たちが僕から手を離していたのだ。

 

なぜ魔女の忠実な使い魔であるこいつらが僕から手を離したんだ?さっきの声の命令を聞いたのか?いや、そもそもさっきの声の主は誰だ?

 

痛みから解放された僕の脳を、瞬時に疑問が埋め尽くす。

 

その時、上からさきほどと同じ声が降ってきた。

 

「スゲェ格好いい啖呵(たんか)だったぜ?さっきの台詞」

 

颯爽(さっそう)と一人の男が飛び降りてくる。

その男の顔には見覚えがあった。僕が上条君の病室の前であった美形の男性、魅月ショウさん。

 

「魅月……ショウさん?」

 

魅月さんだけだと、魅月杏子さんと混同してしまうので僕はフルネームで呼んだ。

ショウさんは僕のすぐそばまで来ると、ピタリと急停止した。

 

「おっ。誰かと思えば、あん時の坊主じゃねぇか」

 

「ど、どうやってここに?というか何で普通に浮かんで……」

 

そこまで言って、僕は気付いた。

まるで支えるようにデッサン人形たちがショウさんの身体にくっ付いている。

 

「そ、それ……」

 

僕がショウさんにくっ付いているデッサン人形を指差すと、ショウさんはそれに気付いたようで軽く苦笑いをした。

 

「ああ。こいつらね。取り合えず、俺が『命令』してる間は安全だぜ。ま、実際に襲われてたお前からしたら、信用できねぇかもしれねぇけどな」

 

『命令』?使い魔を完全な制御下に置いているのか?この人何者なんだ?

超展開すぎて、まったくと言っていいほど状況が飲み込めない。

 

ショウさんは混乱している僕の頭の上にポンと軽く手を置いた。

 

「わりぃな。いろいろワケ分かんねぇ事ばっかだとは思うけど、ちょっと待っててくれ。あのテレビ倒さねぇとこっから出られないからよ」

 

安心させるように力強くショウさんは僕に笑いかけてくれた。

危機的状況はそれほど変わっていないはずにも関わらず、僕の心に安堵(あんど)の色が広がる。

なんだこの安心感。下手をしたら涙が出るかもしれない。

 

ショウさんは僕の頭から手を離すと、羽根付きテレビの方へと向き直る。

口元には不敵な笑みを浮かべているが、その両目は鋭く、突き刺すようなものだった。

 

「てめぇがこの結界の魔女か。恭介のダチ、(いじ)めてくれやがって覚悟はできてんだろうな。ここはてめぇのテリトリーなんだろうが、こっからはてめぇが『(ゲスト)』で俺が『主人(ホスト)』だ。たっぷりサービスしてやるから感謝しな!」

 

 




この物語のヒーローのショウさんが登場しました。
今までは、この話のためのプロローグだったのです!





……ごめんなさい。それは流石に言い過ぎでした。


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番外編 通りすがりのホスト

「仕事終わった~~!」

 

俺、魅月ショウは仕事場のホストクラブ『プレギエラ』から出て、店の前でぐっと背筋を伸ばした。

ソファとはいえ、ほとんど座りっぱなしだから、身体を伸ばすのが気持ちいい。

 

いつもより比較的早い時刻だが、オーナーが妹ができた俺を気遣って、帰してくれたのだ。本当にあの人には良くしてもらっている。

 

両親が死んだせいで高校を辞めて妹を養わなきゃいけなかった俺に、働く場所を与えてくれたのもオーナーだった。俺にとってオーナーはもう一人の父親と言ってもいい。

そうだ。今度、ちゃんとオーナーにも杏子を紹介してみよう。俺にできた新しい『妹』を。

 

せっかく早めに帰れるんだ。杏子に何か美味いもんでも食わせてやるか。

俺は携帯を操作して杏子に電話をかける。

プルルという音の後に電波が届いていない(むね)を告げる電子音声が聞こえた。杏子の奴、電話切ってんのかよ。

今日は編入初日だから、仲良くなった友達とまだ遊んでいるから携帯を切っているのかもしれない。でも、電話を切るってのはおかしい。普通マナーモードぐらいにするだろう。

 

いかん。心配になってきた。

魔法少女なんていったところであいつの中身はまだ幼いガキだ。何かしらの不測の事態に陥ってる可能性もなくはない。

まあ、杏子に限ってはそんな事はないとは思うが一応探すか。ひょっとしたら、この町の魔女と戦っているのかもしれないし。

俺は杏子を探すために歩き始めた。

 

魔女と戦っているんだとしたら人通りの多い場所よりも、人気(ひとけ)のない場所の方が妥当だな。

俺は勘で魔女の居そうな寂れている場所を探す。『勘』といってもそれほどあやふやな物じゃなく、魔女の結界内に入り込んだ経験から、何となく魔女の結界の気配が分かるのだ。

流石に杏子のソウルジェムほど性能がいいわけじゃないが、手当たりしだいに探すよりはマシだろう。

 

 

勘に従って進むと、街灯の少ない狭い道に出た。

道の先には小さな工場が見える。その工場から、何か嫌な感じがしているが見ただけで伝わってきた。

 

間違いない。あそこだ。杏子と一緒に魔女の結界内に何度も入った俺には分かる。

うまい表現が見つからないが、その場所と周囲が何か『浮いてる』気がするのだ。例えるなら、白い画用紙の一点が黒く汚れているようなそんな感じだ。

 

 

俺は工場へ入ろうと近づくが、その時工場のシャッターが突然開き始めた。

とっさに俺は身を潜めた。魔女関係で油断したら、危険だという事は経験則から知っている。

さて、鬼が出るか、蛇が出るか。

 

だが、警戒していた俺の予想に反して、シャッターから出てきたのはピンク色の髪をした女の子だった。

ピンク色の髪の女の子は見滝原中学の制服を着ていた。

という事は杏子と同じ学校の生徒とになる。ひょっとしたら、同じクラスの子かもしれない。

それよりも彼女は今にも泣き出しそうな顔をしていた。妹を持つ兄としては同じ年頃ぐらいの女の子がそんな顔をしているのを見るのはかなり辛い。

 

とにかく、中の事情を聞くにしても、彼女に話しかけなければいけない。俺は彼女に近寄って言葉を投げかけようと口を開いた。

 

『お困りのようだね、まどか』

 

だが、俺よりも早く、まどかと呼ばれたピンク色の髪の女の子に話しかけたヤツがいた。

彼女はその声に反応して、俺と反対の方向に顔を向ける。

 

「……キュゥべえ」

 

魔法少女をサポートしてくれるマスコット、キュゥべえがそこにいた。

何であいつがここにいるんだ?いや、待て。何であの子キュゥべえが見える、というか知っているんだ?あの子も魔法少女……には見えないな。

 

ピンク色の髪の女の子改めまどかは、はっと何かに気付いた顔をした。

 

「そ、そうだ。キュゥべえは魔法少女に通信ができるんだよね?マミさん達を呼んでほしいの!」

 

『今は無理だよ。彼女たちは僕の通信が届く距離にいないからね』

 

「そ、そんな。だって、早くしないと政夫くんが……政夫くんが死んじゃうかもしれないのに……」

 

顔を手で押さえ、ぼろぼろとまどかは涙をこぼし始める。嗚咽(おえつ)(こら)えようとしているが、どうにも抑え切れないようだった。

しゃくり上げながら、その場に膝を付いて(うずくま)ってしまった。

 

『でもまどか。政夫を救う方法はあるよ』

 

「……え?」

 

泣くのをとめて、まどかはキュゥべえを見る。

キュゥべえはまるで何でもない事のように言った。

 

『君が魔法少女になって政夫を助ければいい。それが最も確実な方法だよ』

 

「……私が魔法少女になれば……政夫くんを助けられるの?」

 

『造作もない事だよ。ここに魔女も倒せるから、志筑仁美を含めた”魔女の口付け”を受けた人達も救う事ができる。まさに一石二鳥ってやつだね』

 

「だ、だったら私。あなたと契約して魔法少女に……」

 

 

まどかがそう言いかける前に、キュゥべえの元へと駆けつけると思い切り蹴り飛ばした。身体の軽いキュゥべえの身体は俺の蹴りで転がりながら遠くの方まで飛んで行った。

 

「馬鹿野郎がッ!!」

 

なんて事しようとしやがるんだ。明らかな誘導尋問みたいな真似しやがって。

こいつはまた杏子やカレンみたいな子を増やすつもりなのか。死と隣り合わせの危険な世界へ放り込むつもりなのか。

 

「キュ、キュゥべえ!?」

 

俺は蹴り飛ばした時に振り抜いた足を戻し、驚きのあまり呆然としているまどかへと向き直った。

 

「おい、お嬢ちゃん。まどかとか言ったか?」

 

俺が聞くとビクっと身体を震わせると、まどかはおどおどしつつも答えた。

 

「え!?あ、は、はい。あの……あなたは?」

 

「俺は魅月ショウ。通りすがりのナンバー1ホストだ」

 

「ほ、ホスト!!?お酒を飲むのが仕事のあのホストさん……?」

 

俺が急に登場した事にまだ頭がついてきておらず、ちぐはぐな事を言い出している。ま、無理もねえか。

何しろ俺だって今の状況があんまり飲み込めてるわけじゃねぇからな。

 

「俺の事は一先(ひとま)ず置いておいて、お前は今キュゥべえと契約しようとしてただろ?」

 

「え、ななんでキュゥべえの事知って……あれ?そもそもキュゥべえって普通の人には見えないはずじゃ……」

 

『それはショウが普通の人間じゃないからだよ、まどか』

 

俺とまどかが会話をしていると、視界の外へ消えていったはずのキュゥべえがすぐ近くにやって来た。

結構強めに蹴ったつもりなのだが、キュゥべえの奴はピンピンしている。

 

「普通の人間じゃないって……どう言うことなの、キュゥべえ?まさかこの人も魔法少女なの!?男の人なのに!?ホストさんなのに!?」

 

「落ち着け。俺はそんなファンシーな存在じゃないから安心しろ」

 

キュゥべえの発言でますます混乱しているまどかをなだめ、話を再開させる。

たっく。キュゥべえの野郎は面倒くさい事にさせさがって。

 

「もう短刀直入に聞くぞ?さっきちょっと聴いたかぎりだと、お前はこの工場の中に大切な奴がいて、そいつを助けるために魔法少女になろうとしてた。合ってるか?」

 

「はい……」

 

「じゃあ、後は任せろ。俺がそいつを助け出してやる。だから魔法少女になろうなんて考えるな。ありゃお前が想像してるほど楽なモンじゃねぇ」

 

何度も杏子の魔女退治を手伝ったが、その俺ですら魔女退治は未だに慣れない。使い魔を操る俺の特性上、使い魔に襲われる事はないが、醜悪なイタズラ書きみたいな魔女を前にすると嫌悪と恐怖が心の奥から噴き出してくる。

 

気を抜けば死ぬかもしれない。そんな世界だ。

少なくても、まどかのような普通の女の子が入り込んでいい世界じゃない。本当なら杏子にだって止めてほしいくらいだ。

 

「あの……」

 

まどかが心配そうな顔を俺に向けてくる。まあ、俺みたいなのが『助けてやる』なんて言ったところで不安だろうな。どう見てもヒーローなんかには見えないだろうし。

 

「安心しろ。取り敢えずは俺は魔女と戦えるから」

 

つっても、魔女そのものが使い魔以上に戦闘能力が高い場合は完全にお手上げだがな。

 

だが、まどかは首を振る。

 

「そうじゃなくて、私を何で助けてくれるんですか?まだ会ったばっかりなのに」

 

言われてみればそうだな。仮にも命を懸けなきゃいけないのに、出会って三分も経ってない女の子を何の得もないのに助けるっていうのはちょっとおかしいかもしれない。少なくても、カレンを失って女に八つ当たりばかりしていた俺だったら絶対にしなかっただろう。

 

「格好つけてぇからだよ。俺はホストだからな」

 

きっと、俺のために死んでしまったカレンに見せたいからだ。お前のお兄ちゃんはこんなに格好いいぞって。

要するに単なる見栄(みえ)だ。でもどうしても譲れない俺の見栄。

 

俺はまどかと離れると工場の壁を触れながら、工場の周りを回る。

シャッターはまどかが出てきてからは閉まっており、そこから入る事は不可能だ。第一もし入れたとしても魔女の結界の中まで入る事はできないはずだ。

 

だから逆転の発想。

俺が中に入るのではなく、奴らに俺を結界の中に入れさせればいい。

 

「ここだ」

 

工場の側面のある一部。

そこだけ触っていると気持ちの悪い嫌な感覚がなだれ込んでくる。魔女の結界の中で感じる気分と同じものだ。

恐らく、魔女の結界内と繋がっているのだろう。

だったら話は早い。魔女の結界内は使い魔が結構な頻度で徘徊(はいかい)している。

 

「使い魔!!そこにいるなら、俺の前に出て来い!!」

 

俺が叫ぶと、壁から天使を模した人形が三体ほど()い出してきた。うへぇ、かなり薄気味悪い人形だ。ひゃっきんで売ってたとしても俺なら買わない。

 

「よし出てきたな。それじゃあ俺を結界の中に連れて行け!」

 

 

 




政夫は視点として側面の主人公です。

ショウさんはヒーローとしての側面を持つ主人公です。


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第三十一話 グンナイベイビー

凄い。

僕の目の前で起こっている状況への感想は、まさにその一言に集約する。

 

「魔女の羽根を抱えている使い魔!そいつの羽根を引きちぎれ!!」

 

ショウさんの声と共に、羽根付きテレビの両サイドの羽根を大事そうに持っていたデッサン人形達は、急に心変わりをしたようにその羽根を僕に対してやったようにゴムのように引っ張り、そして引き伸ばす。

 

魔女の下僕である使い魔を操っているのだ。それも魔法少女とは(えん)所縁(ゆかり)もなさそうなショウさんが、だ。

 

 

『――z――zaz―――zizaziuziaizuiauzza――――――ッ!!』

 

ザリザリと羽根付きテレビの画面いっぱいの砂嵐が一際(ひときわ)揺れた。

その様子は魔女の悲鳴そのものだ。身体をもがくかの様に暴れるが、移動に必要な羽根自体をつかまれているため身動きがまったく取れていない。

 

ぶちりっと安っぽい音がして、羽根付きテレビは唯一のチャームポイントだった羽根を失い、秋葉原で安売りしてそうなただのテレビと化した。

 

『――――――――ッ!!』

 

画面からは砂嵐すら消えて灰色をぼんやりと映し出しているのみ。引きちぎられた羽根と接合していた場所からは、絡まったケーブルのようなものがダラリと顔を出している。

僕が感じるのは明らかにお門違いだが、その無残な姿にどうしても哀れみを感じてしまう。

 

「まだ終わらせねぇよ。羽根をちぎった使い魔はそのまま魔女を押さえてろ!残りの使い魔は俺の周りに集まって、その後、俺の命令と共に魔女に突撃!!」

 

ショウさんの号令に従い、デッサン人形たちは軍隊然と機敏に動いて陣形をとる。陣形はちょうどショウさんを基点に円を描くかのように綺麗にまとまる。

その様は、どこか絵画めいていた。

 

もう羽根なしテレビに逃げ場はどこにもない。先ほどまで僕がそうであったように魔女は『王手詰み(チェックメイト)』。

この状況から、巻き返すなど不可能だ。

 

羽根のないテレビはただのテレビだ、というように、もがいていた魔女も今では微動だにしない。

自分の分身であり、忠実な手下でもあった使い魔に裏切られ、その使い魔の手により殺されようとしている。魔女にとって、それは一体どんな心境なのか。僕には僕には分からない。

 

「これで(とど)め……!?」

 

ショウさんが死刑執行の宣言をしようとした瞬間、魔女の灰色の画面に唐突に映像が映し出される。

ブラウンの肩まで伸びた髪に、あどけなさの残るかわいらしい顔をした僕と同じ中学生くらいの女の子。どこかショウさんに似ている気がするのは僕の気のせいだろうか。

 

「カ、カレ……ン……?何で……」

 

カレンというのが画面に映っている女の子の名前らしい。それを知っているということはつまり、ショウさんの知人、いや、顔立ちからして家族と見て間違いないだろう。ショウさんの『血の繋がった』妹かな。

 

「カレンが俺を責めてるのか?ごめん。カレン、俺が……俺が頼りなかったばっかりにお前を……」

 

ショウさんが画面に向かって何やら脈絡のない言葉を(つむ)ぎ出す。

まずい。これはあのテレビの魔女の十八番(おはこ)の過去のトラウマを呼び起こす能力だ。

ショウさんの言葉から察するにあのカレンっていう女の子はすでに他界しており、それをショウさんが気に病んでいるのだろう。魔女はそこにつけ込んだのだ。

 

ショウさんの周りに陣形を組んでいた使い魔が、身体をよじる様な仕草を始めた。

もしかして、ショウさんの気がそれたことで使い魔の操縦が緩み、再び魔女の支配下に置かれようとしているのか?

もし、そんなことになったら、形勢は一気に逆転してしまう。僕はもちろん、ショウさんまで使い魔に殺されるはめになってしまう。

 

僕はショウさんに向けて、大声で呼びかける。

 

「ショウさん!そいつらのそれはあくまでショウさんの記憶の一部を見せているに過ぎません。惑わされないでください」

 

ショウさんは僕の方へ顔を向ける。そこには明確な迷いが垣間見えた。

 

「だけど……カレンは俺の事をきっと恨んで……死んだはずだ」

 

「カレンさんがあなたにとってどんな人だったかは知りませんが、死んだ人間は何も語りません!『はず』なんて不確かな台詞で決め付けないでください!それは死んでいった人たちへの侮辱です!」

 

「お前にはカレンの事なんて分からねぇだろうが!知ったような口を……」

 

「なら、ショウさんには分かるんですか?死んだ人の気持ちが」

 

「それは……」

 

ショウさんは口ごもった。反論できないからだ。

 

誰も亡くなった人の気持ちなんて分かるわけがないのだ。死んだらそれで終わりだ。天国も極楽も三途の川もない。

だだ、人生という名の長い糸がぷっつり切れて終わり。途切れた先など存在しない。

 

「だったら、そんな風に決め付けて逃げないでください!カレンさんの死とちゃんと向き合って、受け止めなきゃいけないんです!」

 

そうでなければ、カレンという人が本当の意味で報われない。

ショウさんは(うつむ)いていて、僕の言葉が届いたかどうかは分からない。

突然、ショウさんの肩が小刻みに震え始めた。一瞬、泣いているのかと思ったが違った。

ショウさんは笑っていた。

 

「……くっ、ははは。まさか中学生のガキに諭されるとは……。俺も焼きが回ったかなァー。おい坊主。お前の名前は政夫でいいのか」

 

「え?何で僕の名前を……」

 

なぜショウさんが名乗ってもいない僕の名前を知っているのか疑問に思ったが、すぐに得心が行った。

そもそもショウさんがこのタイミングで魔女の結界内に来ている時点で気付くべきだった。きっとショウさんは鹿目さんに出会ったのだろう。そして彼女に頼まれてここに助けに来てくれた。

大体の筋書きはこんなところで合っているはずだ。

 

「政夫、お前の言う通りだ。カレンが俺を恨んでいるかなんて、誰にも分かんねぇ。勝手に俺が決め付けてただけだ。ありがとな、おかげで目が覚めたぜ」

 

ショウさんは僕から魔女に視線を移す。その横顔には迷いはもう見えず、どこかさっぱりとした表情をしていた。

 

「下らねぇ事考えてんのはもう終わりだ。大人ってのは子供に格好いいところを見せるのが仕事なんだから、もっとシャッキとしねぇとな」

 

魔女の画面には相変わらず、カレンさんの映像が流れている。

その画面をショウさんはまっすぐ見て、指を指す。

 

「使い魔ども、一斉突撃!!画面目掛けて、ぶちかませッ!!」

 

その命令を言うや否や、円陣を組んでいたデッサン人形たちは魔女目掛けて殺到する。

魔女の画面を数の暴力が襲うが、魔女に逃げ場はない。両サイドをがっちりと抱えているデッサン人形がいるため、魔女は吹き飛ぶことすら許されない。

 

『――――――――!!』

 

「Good Night, Baby」

 

ショウさんのその台詞を最後に魔女は爆発した。

 

周囲のメリーゴーランドの模様がかき消え、元の工場に戻った。

魔女の口付けで操られていた人たちは電池が切れたように倒れている。傍に寄って、脈を確認したが大丈夫だった。

 

凄く疲れた。身体から力が抜けて、僕はその場に座り込んでしまう。

何で友達とカラオケに行った帰りにこんな体験しなくちゃいけないんだ。

 

「おいおい。情けない格好すんなよ。ほれ、お前の彼女(ハニー)がお待ちだぜ?」

 

僕が脱力していると、ショウさんが笑いながら入り口付近の壁に近寄って、シャッターの開閉スイッチを押した。

開いたシャッターから入ってきたのは、鹿目さん……そして、暁美。

 

「政夫くん!その顔……ごめんね。私のせいで」

 

鹿目さんは申し訳なさそう顔で僕に駆け寄ってきた。

よく見ると泣いた跡が目の周りにある。たくさん心配をかけてしまったんだろう。

僕の顔が()れて、鼻や口元から血を流しているせいで、さらに心配させてしまってるのだろう。

 

「心配かけてごめんね。でも大丈夫だよ。僕こう見えて結構頑丈だから。それより、鹿目さん凄いじゃないか。ショウさんを連れて来てくれたのは君だろう?」

 

「ううん、私は何もできなかったの。あそこにホストさんが駆けつけてくれたのは偶然なの」

 

鹿目さんは所在(しょざい)無さ()にしょんぼりと肩を落とした。

だが、そこでショウさんがポンっと鹿目さんの肩に手を置いた。

 

「そうでもないぜ?俺がここに魔女がいるって完全に確信できたのはこの子のおかげだ。あそこでまどかに出会わなかったら、ひょっとしたら帰っちまったかもしれねぇ」

 

「そんなのただの偶然ですよ……私は結局何も」

 

それでも自信なさそうに落ち込む鹿目さん。

そんな彼女に僕は笑い掛けた。

 

「でも、その偶然を引き寄せたのは間違いなく鹿目さんなわけだろう?」

 

「え?」

 

「自分にとって都合の良い偶然を、人は『奇跡』って呼ぶんだよ。鹿目さんは奇跡を起こしたんだ。支那モンに頼らずにね。自信を持って」

 

鹿目さんは最初、僕の言っていることが分からなかったようだったが、少しづつ理解したようで最後には笑みを浮かべてくれた。

 

「ありがとう。政夫くん」

 

「お礼を言うのは僕の方だよ。ありがとう、鹿目さん」

 

二人ともお礼を言い合うその姿はちょっとおかしかった。自然とお互いに顔が(ほころ)ぶ。

その様子にショウさんは口笛を吹いて茶化した。

 

「ヒュー。いいねぇ、中学生の恋愛は。初々しくて」

 

「れ、恋愛とか、そんなのじゃないですよ、ホストさん!」

 

茶化されたのが余程恥ずかしかったのか、鹿目さんは顔を真っ赤にした。何にしても和やか雰囲気だ。

さて、僕は鹿目さんと一緒に入ってきた『付属品』を見た。

 

「今更、のこのこ何しに来たの?暁美さん。ピクニックか何かかな?」

 

笑顔の僕の口からさらっと嫌味がこぼれる。

この短い間に僕は二回、いや、最初の洗剤自殺も(あわ)せると三回も死に掛けたんだ。

というか、現在進行中で結構死にそうだ。

このくらいの嫌味は許されるだろう。

 

「……仕方なかったのよ」

 

「ほう。君の愛する鹿目さんまで生命の危機にさらしても申し開きのある理由があると。それはぜひぜひ聞いてみたいね」

 

じっくりとこいつから何があったのか聞くとしよう。

まあ、何があろうと学校でされたアッパーの件は許すつもりはさらさらない。僕を気絶させてくれた報いを受けてもらおう。小学校時代、粘着質の政夫と恐れられた僕のしつこさは収まるところを知らない。

 

 




身体がボドボドでも報復を優先する政夫。
こいつ、かなりタフですね。


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第三十二話 ファミレス裁判

「被告人暁美ほむら、何か申し開きはありませんか」

 

僕が暁美に慄然と告げた。

何やら物言いたげに僕を見るが、結局何も言わずに押し黙る暁美。

 

そうここは裁判所……ではもちろんなく、ファミレスの店内だ。もっと詳しく語るなら、前に暁美と一緒に入ったが何も頼まずに帰ったあのファミレスだ。

僕らはあの後、工場からこのファミレスにやって来ていた。工場の中でスターリン君や志筑さんを含む『魔女の口付け』に操られていた人たちは、目を覚ますと一様に首を(かし)げながら帰って行った。

 

「被告人って……。政夫くん、流石にそれはちょっと言いすぎじゃないかな?」

 

「そうだな。まあ、俺も詳しい事は知らねぇが、もうちょい穏便でもいいんじゃねぇか?」

 

傍聴席、じゃなかった。僕らのすぐ近く隣に座っている鹿目さんとショウさんは、暁美を擁護(ようご)するようなことを言うが僕はこの女を許す気はなかった。

 

暁美がこうやって人に擁護してもらえるのは、(ひとえ)に容姿が整っているからだ。誰が最初に考えたのかは知らないが『可愛いは正義』とはよく言ったものだ。

 

しかし、僕にはそんなものは通用しない。暁美が僕の好みのタイプではないからではない。

美少女だろうが、何だろうが裁かれないといけないことがある。

 

「……確かに僕も少し感情的になりすぎていたよ」

 

だが、まあここでこの怒りをぶちまけてしまうと僕の評価が(いちじる)しく下がってしまう。ましてショウさんとこうやって話し合いの場を設けるのはこれが初めてだ。ここで悪感情を持たれるのは『今後のこと』を考えるとあまり好ましくない。

 

だから、ここは許そう。寛大な心でっ・・・!

時には納得できない理不尽なことにも、妥協して人は進むのだ。

 

「ごめんね。被告(・・)

 

「……政夫。貴方、性格悪いって言われない?」

 

暁美が俯きして、僕を恨みのこもったような目で見上げる。

そんな目で僕を睨める立場か!この世界と限りなく近い並行世界を見てきたにも関わらず、ろくに優位に立てないくせに!

僕は多少イラっときたが、そこはさらりと受け流す。

 

「ほら、僕ってツンデレだから」

 

「初耳だわ。私にはいつデレるのかしら?」

 

あははははは。そんなもん一生来ねーよ!

お前が僕に対してやってきた仕打ちを思い出せ。

 

「さて、無駄話はこれくらいにして、そろそろ本題に入りましょうか」

 

僕は暁美との不毛な会話を断ち切り、ショウさんの方に顔を向けた。

ショウさんもこれから僕が言わんとしていることが想像できたのか、表情を引き締めた。

鹿目さんだけは会話の雰囲気に変わりようについて来れていないのか不思議そうな顔をしている。まあ、鹿目さんには取り合えず聞いていておいてもらえばそれでいいか。

 

「ショウさん。大前提として『魔法少女』についてどのくらい知っていますか?」

 

「そう来るって事はお前は俺よりも知識があるって事だな?」

 

探るような目でショウさんは僕を見る。

やれやれ、大人だけあってそう簡単に情報は漏らさないか。まだ警戒されているのだろう。ギャルゲーでいうなら攻略対象とのイベントをろくにこなさずに告白したようなものだ。

 

ならば、興味の引くような話題を提示すればいい。嫌でも本音と情報を引きずり出す。

 

「そうですね、多分知識だけならショウさん以上だと思います。例えば……そう、『魔法少女の殺し方』って知ってますか?」

 

「なッ、政夫!」

 

一早く反応したのは、僕の正面にいた暁美だった。

こいつにとっては感化できない話題だろう。いきなり意味もなく、弱点をさらすようなものだからな。

だからこそ価値がある。信用を勝ち得ることができる。

暁美に少しだけ黙っててもらえるようアイコンタクトを送った。暁美は納得したような様子は見られなかったが、しぶしぶながら引き下がってくれた。

 

「え?どういう事……?魔法少女の殺し方……?何を言ってるの政夫くん!?」

 

意味が分からないようで困惑する鹿目さん。ただ字面から剣呑な話であることは分かったらしく、表情から怯えが(にじ)み出している。

 

「……面白い話だな。続き、話してもらえるか?」

 

ショウさんの方は僕の予想通り食い付いてきた。興奮しているのを(さと)られまいと(つと)めて冷静な様子を保っているものの、それが返って興味を抱いているのが見て取れる。

なんせある意味で義妹の命に関わることだ。胸倉をつかんででも聞き出したいというのが本音だろう。

 

「いいでしょう。お話します。まず魔法少女には魔法を使うための『ソウルジェム』という魔力の源が存在しているのはご存知ですね?」

 

「ああ。それくらいは」

 

「魅月杏子さんから聞いたんですか?」

 

「そうだ……ちょっと待て。何で杏子が魔法少女だって事を知っているんだ?」

 

ショウさんは不信感を(あらわ)にして僕に詰め寄った。

ふむふむ。よほど魅月さんのことが大切と見える。彼女のことを本当に大事に思っているのだろう。

これなら、『魔法少女の秘密』を知っても魅月さんを拒絶したりしないはずだ。

 

「彼女が自分から教えてくれたんだよ。ねえ、暁美さん」

 

ここで僕は暁美に話のバトンを渡した。今まで黙っていてくれた彼女に発言を任せよう。

暁美は僕の方をじろっとわずかに睨んだ後、ショウさんの方へ向き直り、軽く会釈(えしゃく)をした。

 

「ここからは政夫に代わって、私がお話します。初めまして、暁美ほむらです。魅月ショウ……さんでよろしかったでしょうか?」

 

「ああ。呼びにくかったらショウでいいぞ。あと敬語も別にいらねぇよ。なんか政夫と違ってお前の敬語は違和感ある」

 

「そう。じゃあそうさせてもらうわ。それで魅月杏子の件だけれど、彼女とは今日学校で出会ったわ」

 

やはり、暁美はショウさんには過去から来たことはいうつもりがないらしく、魅月さん、いや、杏子さんとは今日初めて知り合ったことにするらしい。

無難な選択だ。暁美にとってはこれ以上自分の秘密を暴露する理由などないのだから。

 

暁美が屋上で杏子さんにあった経緯を伝え終わると、ショウさんは少し眉間(みけん)(しわ)を寄せていた。

 

「まずったなー。そっか、魔法少女って他にも大勢いるんだったな。魔女っつーか、グリーフシードの取り合いになっちまう。もっとよく考えて杏子を中学に入れるんだったぜ」

 

どうやら、ショウさんは杏子さんと巴さんたちが敵対している状況を知って、彼女を見滝原中学校に編入させたことを後悔しているようだった。

 

ここはフォローするべきところだな。

 

「でも、杏子さんはクラスにもうまく溶け込めていましたし、彼女を中学校に入れたこと自体は少しも間違いじゃありませんよ」

 

むしろ、少しでも杏子さんのためにそこまで行動したショウさんは本当に偉いと思う。血の繋がってもいない相手にそこまで思いやれる人間は少ないだろう。

 

「ありがとうな、政夫。それで……」

 

「分かっていますよ。最初の『魔法少女の殺し方』ですよね?ちゃんとお話ししますよ」

 

この場所で僕が聞きたかったことはショウさんが『魔法少女の秘密』を知っても杏子さんとうまくやっていけるかどうかだった。彼女が真実を知ったショウさんに拒絶され、魔女化する恐れがあったからここまで会話を長引かせたのだ。

 

だが、それは僕の杞憂(きゆう)だった。はっきり言って魅月杏子という人物はよく知らない。だけれど、ショウさんになら安心して話すことができる。

このことを杏子さんに教えるかどうかはショウさんに決めてもらおう。

 

 



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第三十三話 魔法少女の秘密

「ソウルジェムが魔法少女の本体だと……?そんな馬鹿な事があるか!」

 

がたっと音をたてショウさんは椅子から立ち上がった。周囲の人の目も気にしていないあたり、完璧に冷静さを欠いている。そして、その顔は怒りを隠そうともしていなかった。

 

「う、嘘だよね……政夫くん」

 

鹿目さんは悲痛に表情を歪め、今にも泣き出しそうだ。自分自身のことではないのにも関わらず、ここまで悲しめるのはやはり彼女の優しさゆえだろう。あるいは支那モンに騙されかけていたことにも少なからずショックを受けているのかもしれない。

 

だが、二人へ僕は嘘を吐くわけにはいかない。心苦しいがはっきりと彼らに言った。

 

「ところがどっこい真実です。これが真実。(うそ)(いつわ)りは一切語っていません」

 

「なら証拠は、証拠はどこにあるんだよ!」

 

信じられない。いや、信じたくはないと言ったようにショウさんが僕に問い詰める。

やはりそう簡単には信じてもらえないか。

仕方ない。できればやりたくなかったが直接証拠を見てもらおう。

 

「それはこれから実演しようかと思います。……暁美さん」

 

「嫌よ」

 

暁美は僕が言葉を(つむ)ぐ前に拒絶の意志を表す。

(さと)いこいつは僕が何を言いたいのか、すでに理解したのだろう。

ぎゅっと指輪状になったソウルジェムを、もう一方の手で覆い隠す。絶対に渡さないと言わんばかりのポーズだ。

 

「ソウルジェムを貸せ、と言いたいのでしょう?これを私から百メートル離して、本当に心臓が止まるか実演する気なのね」

 

「暁美さん、時には命を懸けなければ信頼を勝ち得ないことだってあるんだよ。僕を信じてソウルジェムを託して」

 

「これは私の魂そのものなのよ。おいそれと誰かに預けられるわけないじゃない。それとも逆の立場だったら、簡単に命を預けられるとでもいうの?」

 

「うん」

 

暁美の問いに僕は一言で返した。

当然のことだ。

それはもちろん疑うことは大事だが、信じることを恐れていたら何もできやしない。

身体を張ることを渋る相手に一体誰が心を開くというのだろう。

 

「な……!貴方は質問の意図を理解していないの?それとも口先だけの言葉で私を言い包めようとしているのかしら?」

 

「だって逆の立場ってことは、僕が君に命を預けるってことだろう?それなら信用できる。君は理由もなく僕の命を奪うようなことは絶対にしない」

 

まあ、僕の命と鹿目さんを天秤に掛けるような状況なら間違いなく、こいつは僕を裏切るだろうが、逆に言えばそんな状況にでも(おちい)らない限りは安全だろう。

今のところ、僕は暁美を『信頼』してこそいないが『信用』している。役には立っていないものの、進んで害を与えてくる存在ではない。それは確実だ。

 

「僕はこんなにも君を信用しているのに、君は僕を少しも信用してくれていなかったの?」

 

「そ、そういうわけじゃないけれど……」

 

「暁美さん」

 

僕は正面に座っている彼女の手を優しく包み込むように両手で握った。

 

「あ……」

 

暁美は僕が触れると小さな声を出した。

そうやって僕が悪意の欠片もない、無害な存在だとアピールする。

自分の体温を相手に感じさせることによって、親近感をわかせるカウンセリングの初歩的なテクニック。

 

「大丈夫。僕に任せて。きっと悪いようにはならないから、ね」

 

笑顔と共に優しく、でもはっきりとした声で(ささや)いた。幼子に教職の人間がよくやるようなパフォーマンス。相手の目を見ながら、間を()けつつ、ゆっくり言葉を発するのがポイントだ。

 

「わかったわ。あなたにわたしのソウルジェムをあずける」

 

ようやく折れてくれた暁美は()めていた指輪を抜き取ると、卵状のソウルジェムに変えて僕に手渡した。

暁美はなんか少しぽやぽやとした幼い口調になっていた気がするがきっと平気だろう。

 

僕は暁美の手から自分の手を退かすと、まるで詐欺師を見るような目で僕を見ていたショウさんの方を向く。

 

「さて、実演を始めるに当たってですが、まずはお互いに電話番号を交換しておきましょう。今、暁美さんが言ったように僕はこのソウルジェムを持ってファミレスから離れますので、ショウさんは暁美さんの脈拍を測っていてください。鹿目さんはそのサポートをお願い。脈拍が完全に消えたら電話をください。そしたらすぐに戻ってきますので」

 

「オーケー。分かったぜ」

 

「……うん。できるだけがんばるね」

 

一応、暁美は女の子だから、男のショウさんに身体をベタベタ触られるのは嫌だろう。これは僕から暁美への最低限の配慮だ。

愛する鹿目さんに身体を合法的に触ってもらえるのだ。さぞ嬉しいだろう。

 

僕はショウさんと電話番号を交換し終えた。実はよく考えれば分かることなのだが、暁美の携帯には僕の電話番号がすでに登録されているので、ショウさんと電話番号を交換する必要はないのだ。

これは今後ショウさん、そして杏子さんと連絡を取り合うためのものだ。あれだけ警戒心のあったショウさんから合法的に且つさりげなく連絡先を聞き出すタイミングを探すのは大変だった。

 

ファミレスを出て、表通りを少し歩く。これで2,30メートルくらい離れただろうか。

手に持った薄紫色の宝石、暁美のソウルジェムを見つめる。

本当に綺麗な色合いをしているな。質屋に持ち込めば、かなりの額になるだろう。そんなことをするつもりは毛頭ないけど。

 

ファミレスからおよそ50メートルぐらいの地点。当然ながら電話はかかってこない。

そのままずんずん突き進む。

大体自己計測で100メートル程度の地点に到達すると、ショウさんから電話がかかってきた。

 

『おい!本当に脈も心臓も呼吸も止まっちまってる。やばいぞ!』

 

「瞳孔も開いていると思いますよ。それで信じてもらえましたか?」

 

『ああ。信じる信じる!てか何でお前、そんなに平然としてんの!?大事な友達なんだろ?まどかは泣きそうだっていうのに!』

 

「暁美さんが僕に言ったことが本当ならソウルジェムさえ戻せば蘇生するはずです。僕は彼女の言ったことを信用しています」

 

そう言って通話を切った。

今来た道を逆行し、急いでファミレスに戻る。

ショウさんには冷静に言ったけれど、やはり知り合いがそんな状態なのは僕の精神衛生上よろしくないようだ。どうにも気持ちが落ち着かない。

 

息を切らしてファミレスのドアを開くと、思った以上に強く引いてしまったようでウエイトレスが驚いたように僕を見ていた。

 

「一名です。席はすでに知り合いが取っているので」

 

早口に言うと、ウエイトレスの返答も聞かず、暁美たちがいる席に向かう。

席に行くと、暁美はぐったりとして横になっていた。それを鹿目さんが支えている。

とっくに100メートル圏内に入っているのに暁美は目覚める気配がない。最悪の状況が脳裏に過ぎるが、思考停止するには早すぎる。

 

ソウルジェムをだらりと弛緩した暁美の手のひらに握らせた。すると暁美は眠っていただけみたいに起き上がる。

どうやら、ソウルジェムと魔法少女の肉体は見えない糸のような物でリンクしているようだ。100メートル離れるとその糸がちぎれ、再び結び付けるには直接肉体に触れさせなければならない。

 

僕は席に座ると何事もなかったかのように話し出す。

 

「それでソウルジェムが魔法少女の本体ということは分かってもらえたと思います。それではもう一つの秘密についてお教えしようかと」

 

「おいおい、まだあるのかよ。これも俺はかなりショック受けてんだけど」

 

「そうですね。面倒な前置きもなしに言っちゃいましょう。ソウルジェムに穢れが溜まりすぎると魔女になります」

 

さらりと勿体付けずに言うと、シーンとした静寂が舞い降りた。

ショウさんも鹿目さんも何も言わない。暁美はただことの成り行きを見ているといった風情だった。

きっと恐らくはこれ以上ショッキングなことは言わないだろうと思っていたのだ。さっきの話はほんの前座でしかなかった。

 

「これは流石に実演は無理です。でも僕がこの期に及んで嘘を吐いていると思うのなら、どうぞ信じなくても結構です。ただし、その結果は当然自己責任ですが」

 

 



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第三十四話 信用を勝ち得る誠意

僕が全てを語り終えた後、ファミレスに集まったみんなは解散となった。

ショウさんの顔色は蒼白どころか土気色になり、傍から見ても大丈夫そうではなかった。

やりすぎたような気がしないでもないが、これは魔法少女である杏子さんと一緒に暮らしていく上で、絶対に避けては通れないことだ。衝撃的すぎる話だが、きちんと受け入れて欲しい。

 

鹿目さんの方もかなり辛そうで、ふらふらと覚束(おぼつか)ない足取りをしていた。そのため、暁美に家まで送って行ってもらうよう(すす)めた。

男である僕が送って行くと、鹿目さんのご両親が妙な勘繰(かんぐ)りをしかねない。ただでさえでもいっぱいいっぱいの彼女にこれ以上いざこざの種をまくのは(こく)すぎる。

 

帰り際、僕が暁美と鹿目さんと別れる時に、暁美は僕だけに聞こえる程度の小さな声でぼそりと話した。

 

「政夫。まどかに話すのは急過ぎたんじゃないかしら?」

 

「辛いからと言って先延ばしにしたって最終的には知るはめになるよ。それに苦しいことから逃げているだけじゃ、前へは進めない」

 

「それは……あくまで貴方の自論でしょう」

 

「経験論だよ。誰にでも当てはまる話さ」

 

嫌なことでも、衝撃的なことでも逃げてるだけじゃ、いつか必ず破綻してしまう。ならば、立ち向かわなければいけない。

目を()らし続けても、目の前に立ち(ふさ)がる現実は消えてはくれないのだから。

 

二人に別れを告げて、僕は家へと帰った。

余談だが、またあのファミレスで何も注文せず、帰ってしまった。店のブラックリストに()せられてても文句は言えない。

 

 

 

制服は汚れている上に、顔は怪我だらけなので、父さんに何を言われるかと思ったが、父さんは僕の顔を見た後、困ったように笑った。

内心、怒られるだろうなと思っていたので、拍子抜けしてしまった。

別に怒られたかったわけではないが、息子がこんな格好で帰ってきた理由ぐらい聞いてもいいのではないだろうか。

 

「えっと……怒ったり、何があったか聞いたりしないの?」

 

「息子が男の顔をして帰ってきたんだ。きっとそれなりの理由があったんだろう。だったら、怒れないよ」

 

何もかも見透かされたような言い方に、少し冷や汗をかきながら突っ立ていると、父さんは風呂に入ってすぐ寝るように促した。

実の父親ながら、どこまでも読めない人だ。魔法少女や魔女のことを知っているとしても僕は驚かない。

 

父さんは放任主義にも見えるが、純粋に僕のことを大人扱いしている。

自由とは自分以外、誰も守ってくれないことを言うのだと、僕に教えてくれたのは去年中学生になった時だった。

そのおかげで自主性のある人間に育ったのだから、感謝してもしきれないな。

 

 

 

 

 

 

次の日の朝、顔の腫れも大分収まった僕はいつものメンバーたちと登校せずに、一人早めに学校に来ていた。

目的は一つ。巴さんと会うためだ。

僕はポケットの中にある、グリーフシードを触る。これは昨日、ショウさんが倒した羽根付きテレビの魔女が落とした物。

 

もちろん、勝手にショウさんから奪ったものではなく、ちゃんと断りを入れて頂いた物だ。あの話をした後に知り合いの魔法少女のソウルジェムの穢れが溜まっているという旨を何気なく言ったら、あっさりと譲ってくれた。

 

義妹の杏子さんのことを考えると簡単には渡してもらえないかと思ったが、簡単にくれたのは意外だった。そのために用意していた罪悪感をくすぐる台詞や、話した情報料としてグリーフシードをもらう作戦を使わずにすんだのは僥倖(ぎょうこう)と言える。

 

三年の教室の前に来ると、廊下を歩いていた女子生徒のグループを呼び止めた。

 

「あの、巴マミさんがいる教室がどこだか知っていたら教えてもらえませんか?」

 

「ああ。巴さんなら私達と同じ教室だから、ちょうどそこの教室よ。君は……ひょっとして彼氏?」

 

「いえ。違います。ちょっと巴先輩にお世話になった後輩ですよ。それではありがとうございました」

 

変な誤解をされないようきっぱりと言った後、軽く頭を下げて、三年の女子グループから離れた。

僕が少し離れた後、女子グループが会話をしているのが聞こえた。

 

「巴さん、この学校にちゃんと知り合いいたんだ」

 

「歩美、それヒドすぎ……」

 

「でも、クラスでかなり浮いてるから心配してたけど良かったわ」

 

普通、孤立している人間は総じてからかいの対象になることが多いが、それを凌駕(りょうが)して哀れまれてるあたり、どれだけ巴さんがボッチなのが分かる。

聞いてると涙腺(るいせん)にくるので、早足で教室の扉を開く。

 

「失礼します。巴マミさんはいらっしゃ……」

 

「ゆ、夕田君!何!も、もしかして私に会いに来てくれたの!?」

 

僕が言葉は、テンションの高い巴さんの声に途中でかき消される。

教室の中央あたりの席にぽつんと一人で座っていた巴さんは凄い勢いでこちらにやってきた。

参考書や過去問題集を広げていた少数の真面目な三年の先輩たちが、ジロっと僕の方を睨む。本当にすいません……。

 

「何かしら!ひょっとしてどこかに遊びのお誘い?」

 

目をキラキラと輝かせ、大きな声で僕に尋ねてくる。あれー巴さん、あなた、受験生じゃなかったでしたっけ?

何というかクラスで浮いているというのは、こういう空気の読めない行動が原因なんじゃないだろうか。

 

「巴さん」

 

「何かしら!」

 

「……場所を変えましょうか」

 

これ以上真面目な先輩方の勉強を邪魔するのも何なので、常時開放されている屋上に場所を移す。この時、なぜか巴さんは楽しそうだった。

屋上につくと、中央に設置されている変わった形のベンチに腰掛けた。巴さんも僕の隣に着席する。

 

「それで何の用件かしら」

 

「これです」

 

制服のポケットから、グリーフシードを取り出して、巴さんに手渡す。

 

「グリーフシード!?なんで夕田君が?」

 

「暁美さんが昨日魔女と戦って得たものです。自分が渡すと巴さんが遠慮するからって」

 

さらっと巴さんに嘘を吐く。

理由は二つある。一つはショウさんのことを知られると芋蔓(いもづる)式に魔法少女の秘密が巴さんに伝わりかねないから。二つ目は巴さんの暁美への好感度を上げることで信頼を強めるため。

これは暁美自身にやらせた方が効果的なのだがあいつは嘘が苦手そうなので、逆に不信感を抱かせてしまう可能性があった。

 

「そうだったの。じゃあ暁美さんにお礼を言っておかないと」

 

「僕が言っておきますよ。同じクラスですし、巴さんに直接言われると素直になれないかもしれないですから」

 

「そうね。それじゃ夕田君、お願いね」

 

「はい。任されました」

 

和やかに笑い合った後、巴さんはソウルジェムをグリーフシードで浄化した。黄色い宝石は、みるみる内に元の輝きを取り戻す。

ふー。これで一番の懸念事項は消化したな。

 

『ボクの出番だね』

 

聞きたくもない頭に響く声が聞こえたかと思うと、支那モンがどこからともなく現れる。

暁美の話じゃ思った通り、僕をダシにして鹿目さんに契約を迫ったらしい。どこまでも抜け目のないケダモノだ。

 

支那モンは背中に付いている口で今しがた使い終えたグリーフシードを飲み込む。

クソ。こいつらの役に立っていると思うと虫唾(むしず)が走る。

 

「やあ。支那モン君。お腹がいっぱいになったなら、ちょっと席を外してくれないかな?」

 

『だからボクの名前はキュゥべえだよ、政夫。別にボクらは食欲を満たすためにグリーフシードを回収しているわけじゃないからその発言は不適切だね』

 

そんなことは知ってるよ。お前と会った時にご大層な理由とやらを語ってくれたのはちゃんと覚えている。

宇宙のためだと寝言をほざきやがって。最初から自分のためだと答えればまだ可愛げあったものを。

 

「知ってるよ。じゃあ悪いけど、どこかに行ってくれない?君がいると不快だから」

 

『酷い言われようだね。ボクが政夫に何かしたとでも言うのかい?』

 

「分かった分かった。じゃあ君のインキュベーター脳にも解る台詞で言ってあげるね。……『いいから、とっとと失せろ』」

 

『…………』

 

支那モンを追い払うと、巴さんは目をぱちくりさせ驚いていた。

いけない。普段は見せない一面が出てしまった。だが、大丈夫。まだ巻き返せるはず。

こほんとわざとらしく咳払いをして、場の空気を無理やり()える。

 

「それで鹿目さんから聞いたんですけど、魅月杏子さんからどこかに呼び出されたって本当ですか?」

 

途端に巴さんの顔に影が差す。巴さんにとってあまり好ましい話題ではないようだ。

 

「……ええ。本当よ」

 

「良ければお話を聞かせてもらえませんか?巴さんも自分一人で抱えているより『友達』に話した方がすっきりすると思いますよ」

 

「……そう。そうよね。じゃあ夕田君聞いてもらえるかしら」

 

あえて『友達』という単語を強調したのだが、思ったより反応が(かんば)しくない。

それでも、話してくれるようだから良しとしよう。

 

 

 

巴さんの話によると、杏子さんとは少し前まで一緒にコンビを組んでいた魔法少女だったらしい。

彼女とはそれなりにうまく関係を築けていたが、グリーフシードを持たない使い魔まで狩っていく巴さんの正義の味方じみたやり方が杏子さんには受け入れられなくなり、やがて決別した。

 

そして昨日、杏子さんがこの中学に編入してきたことにより、再び合い間見えることとなったそうだ。

巴さんは和解を望んでいたが、杏子さんの考え方は昔と変わっておらず、結果戦うことになった。

勝敗はうやむやのまま終わり、杏子さんには逃げられて和解はできないまま終わった。

 

 

 

まとめるとこんなところか。

気になるところがあるとすれば、杏子さんのグリーフシードへの執着だ。魔女化の危険を知っているのならともかく、ただの魔力の保持のためにそこまでこだわる理由が分からない。

ひょっとして、『誰かのために何かする』という考え方そのものが嫌になっただけ、とかはないだろうか。

 

しかし、彼女をどうにかするのは僕じゃなく、ショウさんの仕事だろう。僕は僕がなるべく後悔しないようにやるべきことをするだけだ。

僕は話を終えて心なしかすっきりしているような巴さんを見る。

 

巴さんにも伝えるべきか……否か……。この判断が恐らく今後を決める。

恐らくは教えればパニック状態に(おちい)ることは間違いない。巴マミという人間のアイデンティティを根本的に破壊しかねない事実だ。

彼女は両親を失った痛みを『正義の味方の魔法少女』でいることで納得していた。それを丸ごと奪うようなものだ。

 

「巴さん、ありがとうございました」

 

「いえ、私こそこんなことを語っちゃって、ごめんね」

 

少し照れた笑みを見せる巴さん。

この笑顔を粉砕するようなことを僕はこれから、しなければならない。

 

「ところで巴さん、マスケット銃って、変身しなくても出せますか?」

 

「え?ええ、それほど大量でなければできるけど……」

 

「じゃあ出してください、一丁で構いませんので」

 

巴さんは理解ができないといった顔をするが、それでも頼む込む。

怪訝(けげん)そうな表情を浮かべるが、巴さんはソウルジェムから一丁のマスケット銃を取り出してくれた。

 

「はい。でも下手に扱っちゃ駄目よ?危険なものだから」

 

巴さんが僕にマスケット銃を渡そうとするが、僕は首を振った。

 

「いつでも撃てるように構えてください。でもトリガーは引かないでくださいね」

 

そう言って、僕は巴さんの構えているマスケット銃の銃口を僕の心臓へと押し当てた。

 

「なッ!!何をしているの夕田君!?」

 

「落ち着いてください。これからちょっとお話を聞いてもらうだけです。ただ・・・・『何があっても冷静』でいてください。じゃないと僕が死にます」

 

命を懸けなければ信用を勝ち得ない時、今がまさにそれだ。

 

 




死にたくないのに、必要ならば平然と命を懸ける。
主人公の覚悟。

ちょっと前まで普通の中学生していたのに、人って成長するものなのですね。



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第三十五話 二人っきりの屋上

学校の屋上で男女が二人仲良くベンチに座っていると言い表せば、さぞ穏やかな情景が浮かぶことだろう。あるいは、恋愛物のドラマの一シーンのようにロマンチックで甘酸っぱい気分が起きるかもしれない。

 

だが、残念なことに僕と巴さんの周りにある雰囲気はそんなものとは程遠い緊迫したものだった。

黄色と白のおしゃれなデザインのマスケット銃。そんな物騒な小道具がこの舞台をぶち壊しているからだ。

 

そのマスケット銃を構え、指を引き金に掛けているのは巴さん。銃口がぴったりと心臓のあたりに押し付けられているのが僕。

ここだけ説明すれば、巴さんが加害者で、僕が被害者に聞こえてしまうが、それは大きな間違いだ。

 

「……ねえ、夕田君。……意味が分からないわ。もうこんな事やめましょう?」

 

「意味ならありますよ、巴さん。これから話すことについて、あなたの心が僕の言葉から逃げ出さないための必要な措置(そち)です」

 

【挿絵表示】

 

 

彼女のわけが分からないという顔を見れば理解できる通り、この状況を強要しているのは僕の方だ。むしろちゃんと説明もされておらず、こんなことをさせられている巴さんは被害者と言っても過言ではない。

 

だが、この行為には意味がある。こうして僕の心臓に銃を当てさせていることで、巴さんをパニックにさせる余裕をなくしているのだ。

言ってしまえば『人質』だ。

 

「お話するのは『あなたが聞かされていなかった』魔法少女の秘密についてです」

 

「魔法少女の……秘密?」

 

「そのマスケット銃を取り出した『ソウルジェム』。それは魔力の源とおっしゃっていましたね?」

 

「ええ、キュゥべえはそう私に言っていたわ……」

 

キュゥべえがそう言った、ね。

この人はあの似非マスコットのことを一度も疑わなかったのだろう。目的すら教えてもらっていなかったのにも関わらずだ。

ただ支那モンが言ったから絶対にそうなのだ、と思考を停止したわけだ。

ならば、そこから攻めて行くとしよう。そうしないと僕が何を言っても、『キュゥべえが私に嘘を吐くわけがないわ』の一言で封殺されてしまう。

 

「巴さんはキュゥべえと事故で死にかけていたところを『偶然(・・)』出会ったんでしたよね。それで魔法少女になって一命を取り留めた」

 

巴さんは話が()れたことでやや不思議そうな顔をした。

 

「……そうよ。それが何かしら?」

 

「おかしいとは思いませんでしたか?そんなまるで仕組まれていたかのような偶然」

 

「一体……何が言いたいの?夕田君」

 

一気に表情が強張(こわば)る巴さん。この人も馬鹿ではない、何かしら疑問には感じていたらしい。

でも、巴さんは疑うことができなかった。あんな不思議生物でも、両親を失った巴さんには掛け替えのない存在だったってことか。

ああ、またこの人を傷つけなきゃいけない台詞が増えちゃったな。

 

「キュゥべえは任意で魔法少女や魔法少女候補の少女以外にも姿を見せることができます。ちょうど僕がそうなように。……もしも運転していた巴さんのお父さんの目の前に『見たこともない小動物』が『突然』現れたなら、驚いて事故を起こしてしまってもおかしくありませんよね」

 

「そんな……だって?キュゥべえは……」

 

巴さんの手に持ったマスケット銃が震える。その表情にも悲壮の色が見え始めた。

 

「落ち着いてください。引き金を引かないで。僕が死にます。それとこれはあくまで推論です」

 

と言っても、まず間違いないと僕は睨んでいる。瀕死の重傷を負った少女が魔法少女の素養をたまたま持っていた、なんてどう考えてもできすぎだ。

 

「話を戻しましょう。ソウルジェムは……実はあなたの魂です。それが魔法少女の本体とも言えます。そのソウルジェムが肉体から100メートル離れると、魔法少女は絶命します。逆に言えばソウルジェムが砕かれない限りは魔法少女は死にません」

 

「う……嘘よね。さっきから夕田君は性質(たち)の悪い冗談ばかり言って……ひ、酷いわ。私をからかってるの!?」

 

目尻に涙を浮かべ、巴さんは激昂した。

思った通りの反応。だが、こうなることを予想して僕はこの状況を作り上げた。

 

「本当にそう思いますか……?命を張ってまで、あなたを悲しませる冗談を僕が言っていると、本当にそう思うんですか?」

 

マスケット銃の銃口をより一層、自分の胸に押し付ける。

これで巴さんが引き金を引いたらと思うと恐怖が身体の中から()り上がってくる。

心臓の音が銃を通して巴さんの腕に届くかも、なんて下らないことを想像してしまう。

 

恐怖で銃に目を落としそうになるけれど、目線はもちろん巴さんの目だけに向け続けている。

巴さんと真正面から逃げずに向き合う。これが僕にできる最大限の誠意だ。

 

「……思わないわ。本当に夕田君が嘘を吐いているなら、そんな目はできるわけないもの」

 

巴さんもまた僕の瞳をまっすぐ見据えてそう言ってくれた。

今までそんなことを気にする暇なんてなかったので、改めて思うがこの人、本当に顔が整っている。同じ美少女でも暁美とは違い、少しも鋭いイメージがない穏やかな可愛らしい顔立ちだ。

そんな人に見つめられて、僕は少し照れてしまいそうになる。

 

「ありがとうございます。それではキュゥべえが隠していた、もう一つの重大な秘密について話します。準備はいいですか?」

 

「わざわざ聞くって事は、さっきの話よりもショックが大きいって事ね?……わかったわ。続きをお願い」

 

巴さんが覚悟を決めたように顔を引き締める。それでもやや幼い顔立ちの巴さんはには似合わない。

心臓に銃弾が打ち込まれるかどうかの瀬戸際で、緊張で冷や汗がじんわりと背中に(にじ)んでいる状況にもかかわらず、つい微笑(ほほえ)ましくなる。

 

「ソウルジェムに(けが)れが溜まりすぎると、ソウルジェムはグリーフシードに変わります」

 

「ッ……!それって……」

 

「魔女は」

 

これを言ったら、僕、死ぬかもしれない。

覚悟はしてたとはいえ、死にたくはないな。せめて結婚して、子供を作って、老後に年金もらってから死にたい。

 

「魔法少女のなれの果てだったんです」

 

「―――――ッ!!」

 

マスケット銃の引き金にかかった巴さんの指が震えている。いつ限界を迎えて、僕の胸に押し当てられた銃口から弾丸が飛び出してもおかしくない。

 

「気をしっかり持ってください!!あなたは今、僕の命を握っています!」

 

「だって……だってそれじゃあ私が今まで倒してきた魔女は――――みんな私と同じ魔法少女だったの!?」

 

もはや、巴さんは涙を(こら)えることもせず、裏返った声で僕に問いただす。

しゃくり上げながら、僕に違うとでも言ってほしいように、縋るような瞳で見つめている。

 

けれど、僕は彼女の望む答えをあげることはできない。

都合のいい優しい欺瞞(ぎまん)で、彼女の立ち向かわなければいけない現実を覆い隠してしまうのは、何の解決にもならない。

きっぱりと、はっきりと、僕は巴さんに告げる。巴マミを支えていた『人々を影から守る正義の味方』という肩書きを奪い取る台詞を。

 

「はい、そうです。あなたが殺してきた魔女は、みんなあなたと同じ、キュゥべえに願いを叶えてもらったただの女の子だったものです」

 

「じゃあ私も魔女になるの……? ソウルジェムさえ(にご)れば、私も魔女に……?だったらみんな……」

 

「死ぬしかない、とでも言うつもりですか?」

 

巴さんの言葉の先を予想して、彼女より先に言った。

 

「それはただの『逃げ』です。仮にあなたを含めた魔法少女を皆殺しにして自殺しようとも、『キュゥべえ』はまた新しい少女を魔法少女に作り変えるだけですよ。何にも知らない少女たちがあいつの語る『奇跡』に(おび)き寄せられて、最後には魔女にさせられる」

 

「だったら!私はどうしたらいいのよ!?」

 

「生きたらいいじゃないですか」

 

「え?」

 

先ほどの恐慌が嘘のように、巴さんは止まった。呆けた顔で僕を見る。本当に年上なのか疑問に思ってしまう。

普通じゃない境遇だから仕方ないとはいえ、手間のかかる先輩だ。

 

「『死にたくない』と願ったんでしょう?だったら生きればいい。魔女になるその時まで、魔法少女として、あなたの思うがまま生きていけばいい」

 

「でも、私は……魔法少女は人間じゃないじゃない。絶望を()き散らすだけの魔女になる存在なのよ?どうやって生きていけって言うの?」

 

「今まで通りに生きていればいいじゃないですか。それに、巴さん」

 

銃口を押し当てさせていた手の反対の手で、巴さんの顔に触れる。

親指で巴さんの涙をピッと弾くように払った。

 

「人間ではなかったとしても、僕は巴さんの友達です。それじゃ、足りませんか?」

 

「夕、田君……。本当?私とまだお友達でいてくれるの?」

 

もうマスケット銃は必要ないようだ。巴さんの手から、銃を引き剥がして脇に置いた。すると、マスケット銃は自分の役目は終えたというように静かに消滅した。

 

僕は両手で巴さんの手を握る。マスケット銃を握り締めていた手には、その跡がくっきりとついていた。

 

「言わないとわかりませんか?」

 

「夕田君、ありがとう」

 

泣き虫な先輩は笑いながら、また泣いた。

 




マミさんが事故った時にあまりにキュゥべえがタイミングが良すぎたので、こんな風に書きましたが、……これって独自解釈ですかね?


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第三十六話 クラスの皆には内緒だぜ☆

「もう少しだけ一緒に……、ううん。これ以上夕田君の(そば)にいると際限なく甘えちゃいそうだから、私は教室に戻るわ」

 

「ええ、それじゃあ。今度会った時は格好いい巴さんを期待してますよ」

 

「もう……。そんなにからかわないでよ」

 

泣き止んだ巴さんは少し怒ったように僕を見て、屋上から立ち去った。ちょっと口が過ぎたかな。でも、本気で怒っていたというよりは、照れ隠しのようだったし、多分大丈夫だろう。

 

巴さんが教室に帰っていった後、見計(みはか)らったかのように暁美が屋上の扉から顔を(のぞ)かせた。

こいつ、さては隠れてどこかから見ていたな。鹿目さんだけじゃなく、僕にまでストーキング行為を働くとは、呆れたストーカーだ。

 

「……政夫、貴方は実は命を粗末にするのが好きなんじゃないの?」

 

いつも以上に仏頂面(ぶっちょうづら)な顔と不機嫌そうな声で暁美は僕を睨む。

仮に僕がそんな自殺志願者だろうと、こいつには関係ないだろうになぜそんなに苛立っているんだ?ひょっとして、僕のことを心配しているのか?

 

いや、それはないな。暁美にとって大切なのは鹿目さんだけだ。

他の人間がどうなろうと、こいつにはどうでもいいことのはず。(げん)に巴さんのことはただの兵力扱いしていた。

 

「……い、いや……そう、でもないよ……」

 

「!貴方……」

 

どうやら暁美も気付いたようだ。

僕が震えていることに。

巴さんが居なくなる前は(かろ)うじて押さえられていたが、もう限界だった。

 

手、足、身体の末端から中枢にかけて震えが止まらない。

怖くないわけなかった。(みずか)ら銃を胸に押し当てていたのだ。

銃という最低限の知識さえあれば、どういった『結果』になるか目に見えている物は予想がつく分、魔女よりも恐ろしい。

 

「そう。貴方も……無理をしていたのね」

 

暁美の静かな問いに、言葉すら出せなかった僕は黙って(うなづ)いた。

予想していた最悪の仮定が脳裏を()ぎり、寒気がする。一向に止まる気配を見せない不快な振動が、僕を捕らえて放さない。

 

落ち着け。もう終わったんだ。

そう自分に言い聞かせるが、恐怖の警鐘は鳴り止まない。

 

そんな中、僕の手を誰かが取って、優しく握りしめた。

顔を上げると、暁美がいつの間にか僕の傍に近づいて来て、僕の手を握っていた。

 

「暁、美さん?」

 

「手を握られると、ふ、不思議と何故か安心するのよ。だから、ほら……」

 

急にしどろもどろに弁解を始める暁美。

一瞬、こいつが何をしているのか分からず、僕はポカンとしたが、すぐに不器用ながらも(なぐさ)めてくれようとしていることに気が付いて、その似合わなさに思わず笑みがこぼれた。

 

「くっ、あはははははは!」

 

身体に溜まっていた恐怖が霧散するのを感じる。

今まで震えていたのが嘘みたいだ。

 

「あははははははははは!!」

 

「なッ、何で笑うのよ!納得いかないわ!」

 

最初は突然笑いだした僕に面食らっていた暁美だが、次第に腹が立ったのか、怒り出した。

それが、ますます僕の笑いを誘う。

 

「だ、だって、くふっ。可愛すぎるよ。暁美さん」

 

僕は笑いを(こら)えながらも何とか言葉を吐き出した。

 

「か、可愛い?政夫。また私をからかっているでしょう!」

 

「からかってないよ。混じりけのない素直な感想だって」

 

今度は暁美は(ほほ)をわずかに紅く染め上げる。まったく見ていて飽きない。楽しいやつだ。

今までが今までだったから、暁美への印象が百八十度変わってしまった。

どうしても意見が合わない知人から、実は面白おかしい知人にランクアップだ。

 

ようやく。

 

ようやく暁美のことがほんの少し好きになれそうだ。

 

 

 

 

暁美と一緒に屋上から教室に戻ろうとした時、僕はふと気付いて暁美に尋ねた。

 

「あれ?でも何で暁美さんがここにいるの?鹿目さんたちと登校してくる時間よりもかなり早い気がするんだけど」

 

僕は巴さんと誰にも邪魔されずに話すために、結構早い時間に登校してきた。

いつも林道で待ち合わせをしている時刻になったら、鹿目さんたちにもう学校に行っていることをメールで知らせるつもりでいた。

暁美はちょっと顔を曇らせながら答えた。

 

「それは……私も今日は一人で早く登校したのよ」

 

その表情は幼い子供が後ろめたいことを黙っている顔だった。

何をしたんだ?…………ハッ!まさか!!

 

 

 

『まどか。邪魔者は去ったわ。これからは女の子同士でしか味わえない事を教えてあげるわ』

 

『え!?何するの、ほむらちゃん?嫌だよ。そんな事やめてよぉ…・・・』

 

『ふふ。もう遅いわ。今夜は寝かせない』

 

『やっ……!女の子同士でそ、そんな事……。やめてぇ!!』

 

 

 

昨日、鹿目さんを家に送った時にレズビアンとして欲望に歯止めが効かず、送り狼と化してしまったのか!

 

しまった。あの時間帯なら家族もいるだろうと(たか)(くく)っていたが、まさかそこまで理性がぶっ飛んでいたとは……。

クッ。すまない、鹿目さん。僕が暁美を信用したばかりに、取り返しのつかないことを!!

 

 

「……最近、政夫が何を考えているのか大体分かるようになったわ。でも安心して、“欠片も合っていないから!!”」

 

コミュ障の分際で生意気な。

僕はどこぞの主人公()りに、『君に僕の何が解るってんだよおぉぉぉ!』とでも叫んでやろうかと考えたが時間と労力の無駄にしかならないので止めた。

 

「僕の考えが分かるかどうかは別にして、鹿目さんたちと一緒に登校しなかったのは何で?」

 

「美樹さやかと顔を合わせづらいのよ」

 

「上条君のことで何かあったんだね?」

 

そう言えば、昨日美樹に呼び出されたとか鹿目さんが言ってたな。

男を巡る三角関係。所謂(いわゆる)修羅場って奴だ。絶対に関わりたくない。

 

暁美は憂鬱そうに髪をかき上げる。だが、いつもの無意味に誇らしげな『ファサッ!』という後ろにビックリマークを付けた軽快なものではなかった。

 

「……上条恭介の想いに応えてやってほしいと頼まれたわ。土下座までしてね」

 

「そりゃ思い切ったことするね。自分に決定的なトドメを刺してって言ってるようなものじゃないか」

 

いや、下手にチャンスがありそうな今の状況の方が美樹にとっては辛いのかもしれない。

だが、本当に美樹は上条君を諦め切れているのか(はなは)だ疑問だ。もし美樹の中で割り切れていなければ、絶望して魔女になってしまう。

 

まあ、僕は美樹にちゃんと説明した上で説得したにも関わらず、あいつは魔法少女になったんだ。友達としての義理は果たした。

後はどうなろうと美樹の自業自得としか言いようがない。

 

 

 

 

 

教室に入ると、僕が登校してきた時よりも人数が増えていた。

中沢君もいたので、ノートを貸してもらい、受けられなかった授業の分を勉強する。

うわ。英語とか一日だけで結構授業進んでるな。でも、中沢君のノートはカラーペンなどできちんと色分けしてあり非常に見やすい。これなら、遅れも取り戻せる!

 

二十分ほどノートを書き写したりして復習していると、スターリン君が僕に声をかけて来た。

 

「おい、夕田。少し話があるんだが、いいか?」

 

「ああ。いいけど?」

 

「ちょっとトイレまで一緒に来てくれ」

 

スターリン君はいつになく真剣な顔で僕を連れて行く。

一体何の用だろう?

それにしても命に別状はないとはいえ、魔女の口付けを食らった翌日に普通に登校してくるとは、結構根性あるなあ。

 

トイレにはちょうど僕らの他には誰もいなかった。

ここで何の話があるというんだろう。僕はスターリン君の方を見るが、彼は後ろを向いたままだった。

 

「……魔法少女」

 

「!!」

 

スターリン君がぽつりと漏らした単語に僕は戦慄(せんりつ)した。

なぜスターリン君がその言葉を知っている?いや、そもそも僕に言っている時点でバレているのか?

 

「俺が工場で気絶して目を覚ました時、お前そんな台詞を言ってたな。それでピーンと来た。お前は……俺と同類だって事にな」

 

「まさか……君」

 

知っていたのか。魔法少女のことを。魔女のことを。

 

一気に空気に緊張が走る。

スターリン君はおもむろに僕に紙袋を差し出す。

 

「クックック。多分、お前も気に入ると思うぜ。昨日、目を覚ましてもらった借りだ。受け取りな」

 

全てを見通したような目で僕に笑いかけるスターリン君。

君は一体どこまで知っているのだろうか。

黙って紙袋を受け取り、中の物を取り出した。

 

そこには……。

 

 

 

 

 

『魔法少女レイ~禁断の触手~』と書かれたパッケージのゲームソフトが入っていた。

 

スターリン君を見つめ直す。すると彼は晴れやかな笑顔でこう言い放った。

 

「クラスのみんなには内緒だぜ☆」

 

言葉ではなく、握った拳をスターリン君の右頬目掛けて振りぬいた。

僕の拳は逸れることなく綺麗に決まり、スターリン君は不浄なトイレの床に()いつくばる結果となった。

 

「がぁはぁッ!!な、何をすんだ。夕田ぁ」

 

「その台詞、そっくりそのままお返しするよ!!」

 

意味が分からない。何がしたいんだ、この男。

R18指定のゲームを僕に渡してどうする気なんだよ。

 

「俺はただ、昨日工場内で気絶してた俺を起こして助けてくれた夕田が、魔法少女萌えだと思ったから、お礼としてお気に入りのエロゲーをプレゼントしただけなのに……」

 

『目を覚ましてもらった借り』って文字通りの意味かよ!てっきり『魔女の口付け』から解放してもらったことかと思って、ビックリして損した。

別にこいつは魔法少女のことを知ったわけでも何でもなかった。ただ単に僕が『魔法少女』というフレーズを口ずさんだ時にたまたまそれを聞いていただけだったわけだ。

 

「いらないよ!というか学校にエロゲーを持ってくるな!どういう神経してんだ、君は」

 

「そんな事言わずにちょっとやってみろって。マジエロいから。マジ(ハマ)るから」

 

「やるかボケェェェェェェェェッ!!」

 

僕はトイレの床に寝転がったまま、エロゲーを勧めてくる馬鹿野郎にゲームの入った紙袋を投げつけた。

 

 




正直、主人公よりもスターリン君書いてた方が楽しいです。

ネタキャラはいるだけで場を盛り上げてくれます。


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さやか&杏子編
第三十七話 アグレッシブだよ!上条くん


「なあなあ、夕田。俺たちって友達だよな?」

 

「知らないよ」

 

僕が『魔法少女萌え』だと勘違いしたスターリン君は、同好の士を見つけたと言わんばかりに目をキラキラさせ、僕に構ってくる。

非常に鬱陶(うっとう)しい。どこかに行ってくれないだろうか。

慣れなれしくくっ付いてくるスターリン君を押し退けて、中沢君に借りていたノートを返した。

 

「ありがとうね。中沢君」

 

「ああ。写し終えたの?随分早かったね」

 

本当はまだ全部は写しきれていないが、今日の一時限目に英語があること考えると今返さざるを()ない。もうそろそろホームルームまで少し時間があるが、それでもギリギリまで借りるのは気が引ける。

取り合えず、重要そうなところだけざっと抜いて書き出したので、それほど困りはしないはずだ。

 

今まで特に気にしていなかったのだが、中沢君の席って暁美の隣なんだな。

可哀想な中沢君。こんな愛想のない女が隣とはついていない。息苦しくて授業中も息が詰まる思いなんじゃないか。

 

「何かしら、その目は」

 

暁美が僕に不機嫌そうな目を向けてくる。

いちいちこちらの顔を気にするな。いつものスルースキルはどこへやった。

 

「何でもないよ。そんなに怒らないで」

 

ドウドウと馬を落ち着ける要領で暁美をなだめていたら、教室の扉が開いて上条君が松葉杖を突きながら、教壇側の方から教室に入ってきた。

こちらに気がつくと嬉しそうな顔で寄ってくる。

 

「やあ、夕田君。おはよう。学校で会うのは初めてだね」

 

「おはよう、上条君。退院したんだね。元気そうで何よりだよ」

 

お互いに挨拶をしながら、僕は上条君の左手を眺める。

彼の左手は右手同様、松葉杖をちゃんと握り締めていた。

『動かない』と言われていたその手が、感覚もないと嘆いていた手が、しっかりと上条君の身体を支えるため使われていた。

 

「動くようになったんだね」

 

僕が上条君の左手を見ながら言うと、彼はとても嬉しそうな笑顔で話し始めた。

 

「そうなんだよ!凄いよね。本当に奇跡だよ。きっと神様がまだ僕にバイオリンを弾いてもいいって言ってくれてるんだよ」

 

上条君は(いと)おしそうに自分の手を見つめながら、実感のこもった口調で述べた。

きっと上条君は予想もしていないだろう。その左手のために幼馴染がどんな代償を払った、いや、払い続けるはめになったのかを。

当然と言ってしまえばそれまでだが、美樹は本当に報われないな。まあ、頼んでもいないのにそんなことをした美樹に非があるのだ。上条君に責められる要素は一つもない。

 

「おめでとう、上条君。ほら、暁美さんも」

 

こっそりとこの場から離れようとしていた暁美の腕をつかんで僕はエスケープを邪魔する。

何さりげなく、逃げようとしてんだお前は。

 

「……放して」

 

「逃げ出さないならいいよ」

 

僕は暁美の顔をじっと見る。

暁美は目を(そむ)け、そっぽを向く。

まるで今にも逃げ出したいと書かれているようだった。夏休みの宿題から逃げ出そうとする子供のみたいだ。

 

だが、ここで逃げるのはなしだ。そんな甘えは許さない。

僕は笑顔のままで暁美に上条君との対話を促す。

暁美は僕を恨みがましい目で見た後、しぶしぶながらも上条君と向き合った。

 

「……退院おめでとう。上条恭介……君」

 

「ありがとう、暁美さん。これは多分君のおかげでもあるんだ」

 

「私のおかげ……?」

 

「うん!君がお見舞いに来てくれてから、例え手が動かなくても頑張ろうと思えるようになったんだ。そうやって足のリハビリをしていたらいつの間にか手も元のように動くようになった。バイオリンだってまた弾けるくらいに。……本当に君は僕の女神様だよ」

 

……べた惚れだね、上条君。

それにしても女神様なんてキザな言い回し普通中学生が使うか?ひょっとしてショウさんの影響か何か。

その美形な顔立ちにはフィットしているからいいが、僕なら一生ネタにされる台詞だ。

 

そんな台詞を投げかけられた暁美の方は、あまり嬉しそうな顔は浮かべていない。というか引きつっている。

見てる分には面白いよなー、こういうの。絶対に当事者にはなりたくないけど。

 

 

「暁美さん」

 

スゥーと深呼吸をして一拍(いっぱく)空けた後、上条君は静かに、でも、はっきりと暁美にこう言った。

 

「今日、僕とデートして下さい」

 

突然の発言。暁美唖然。それも当然。

 

上条君の台詞により、教室と僕らの周囲の温度が切り離された。他のクラスメイトの話し声が妙に空々しく聞こえる。

暁美の隣に座っている中沢君にいたってはこちらを向いたまま硬直している。

その気持ち分かるよ、中沢君。完全な部外者なのにそんなことを聞かされればそうなるよ。

 

言われた本人の暁美でさえ、口を金魚の如く開閉していた。

文字通り、言葉を失っていらっしゃる。

面と向かって告白されたのは実はこれが初めてだったりするのかもしれない。

 

「駄目、かな?」

 

まったく返事をする気配を見せない暁美に、上条君は不安そうな顔で聞く。

 

「ほら、上条君返事待ってるよ。暁美さん」

 

取り合えず、僕は暁美の肩を揺すって返事を(うなが)した。

暁美は「どうすればいいの?」という声が聞こえそうな顔で僕に助けを求めるが、それに答える気は毛頭(もうとう)ない。上条君が勇気を出してデートに誘ったのだから、断るにしても暁美自身の言葉で言わなければ失礼だ。

僕が助け舟を出さないことを悟ったのか、暁美は上条君に向き直り、そして――――――。

 

「わかったわ」

 

意外にも肯定の返答をした。

 

へー。あれだけ嫌がっていたのにデートには行ってつもりなのか。実は上条君のことを気に入っていたのかもしれない。何にしても報われない同性愛に生きるよりは生産的だ。

 

「本当!?じゃあ放課後に一緒に帰ろうよ」

 

「わかったわ」

 

暁美の返事を聞くと上条君は嬉しそうに席に戻って行った。

青春してるな~。長い入院生活でまったく学園生活を送れていなかったのだから、これでつり合いが取れるだろう。

 

「それにしても君がOKするとは思わなかったよ」

 

僕は話しかけるが、なぜか暁美は無言だった。

 

「暁美さん?」

 

「なんで……」

 

「え?何?」

 

「何で咄嗟(とっさ)に『わかったわ』なんて言ってしまったのかしら」

 

 

え?

 

まさか、こいつ。

 

咄嗟(とっさ)って、デートを受けるつもりなかったの?」

 

暁美はごまかすように髪をかき上げる。

 

「……不用意に言葉が出るときって怖いわね」

 

こいつ、本当に酷いな。適当に言っただけかよ。

しかしまあ、これが美樹にとってどうなるかが気になるところだ。

本当に上条君のことを諦めているのか、それを試させてもらう良い機会と言える。

 

僕は透明な教室の壁の向こうの廊下から、鹿目さんや志筑さんと一緒に登校してきた美樹を見ながら、今後の未来に思い()せる。

 

 




「恭介はこんなこと言わない!」とおっしゃりたい上条恭介ファンの皆様。
本当にごめんなさい。

ですが、この物語の上条君は基本こんな感じなので、温かく見守ってください。


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第三十八話 ストーキング・ザ・デート

中学生の恋愛というのは結局のところ、思い込みのようなものだと僕は思う。

本当に異性が好きだというよりも、『誰かを好きになっている感覚』に酔っているだけだ。『恋に恋するお年頃』という奴だ。

 

かく言う僕も見滝原中に転校する前の中学校で女の子と付き合っていた。告白してきたのは向こうからだったが、僕はそれに応えて恋人同士になった。自分で言うのも何だが彼女とはうまくやっていたと思う。

僕が転校するため、仕方なく別れることになったのだが、本当に彼女のことが好きだったなら遠距離恋愛もできたはずだ。事実、付き合っていた彼女はそれを望んでいた。

しかし、僕は遠距離恋愛はお互いに何かと大変だからと説得して、最後には彼女ときっぱり別れてしまった。

 

まあ、何が言いたいかというと、だ。

わざわざ長年好意を抱いていた相手とはいえ、そこまで必死になれる美樹のことがよく分からないって話だ。

 

「政夫。アンタ、ちゃんと真面目に見てるの?」

 

美樹が少し遠い目をしていた僕に、小さく(しぼ)った声で(ささや)く。

 

「見てるよ。上条君と暁美さんが一緒に下校しているところを余すことなく、しっかり見てる」

 

僕と美樹は今現在、上条君と暁美の二人を尾行している。

なぜこんなことをするはめになったのかというと、話は昼休みにまで(さかのぼ)る。

 

 

 

鹿目さん、美樹、巴さん、暁美そして僕という明らかに男女比率がおかしいいつものメンバーで屋上にてランチをしていた。

ちなみにあまり関係ない話だが、杏子さんは今日学校に来なかった。巴さんに負けたことがショックで休んだのか、それとも……。

まあ、彼女のことはショウさんに任せよう。外野がごちゃごちゃ言うことじゃない。

 

「はい。夕田君。召し上がれ」

 

巴さんが僕に唐揚げを(はし)(つま)んで差し出してくる。

 

「ど、どうもありがとうございます。それじゃここに・・」

 

僕は弁当箱の(ふた)を出して、そこに乗せてくれるように頼むが、巴さんは不思議そうな顔で僕を見返す。

 

「何言ってるの?夕田君。さあ、『あ~ん』て口開けて」

 

「え!?何でですか?」

 

意味が分からない。僕と巴さんはそんなことをする間柄ではなし、巴さんがそんなことをするのは今回が初めてのことだ。

そして何より、僕は誰かに食べさせてもらうのがあまり好きではない。鳥のヒナみたいでなんか嫌だった。付き合っていた彼女ともそれが原因で喧嘩になったことがあるくらいだ。

だが、巴さんはにこにこと笑顔で箸を差し出してくる。

 

「はい。あ~ん」

 

仕方ない。ここは後輩として先輩からの好意を素直にもらおう。

 

「あ、あ~ん」

 

「どう?おいしい?」

 

「は、はい。おいしいです。とっても」

 

「そう!それは良かったわ!」

 

物凄く嬉しそうな表情で僕に笑いかける巴さん。

そこには、いつもどこか先輩として気を張っている姿は完全に消滅していた。

朝の会話が巴さんにここまで影響を与えるとは正直予想していなかった。いや、今までは我慢をしていただけで本来の巴さんはこんな性格の人間だったのかもしれない。

 

「……いい身分ね。鼻の下まで伸ばして」

 

暁美が脇から嫌味を飛ばしてくる。

上条君のことで気が立っているのかもしれないが、それは完璧にお前の自業自得だ。僕に当たるんじゃない。

 

「物を食べていたんだから、顔面の構造的に鼻の下なんか伸びないよ。それよりも上条君とのデートのために君も『あ~ん』を練習しておいた方がいいんじゃない?」

 

わざと美樹がいるこの場で言った。

鹿目さんは昨日のファミレスの話が衝撃的すぎて、未だにどこか暗かった。美樹も美樹で上条君の件で元気がなく、会話に入ってこようとはしなかったが、今の言葉で急にこちらの話に入ってきた。

 

「恭介とほむらがデートってどういう事!?」

 

ほむら……?

いつの間に名前で呼ぶようになったんだ?ついこの前までは『転校生』で固定されていたのに。

まあ、いい。良い感じに反応してくれた。僕は内心ほくそ笑みながら、美樹に詳しい説明をする。

 

「どうもこうもそのままの意味に決まってるだろう。今日放課後、上条君と暁美さんがデートするだよ」

 

「ちょ、ちょっと政夫!」

 

暁美が僕に咎めるように語調を強めて、睨みつけた。それで美樹が魔女化したらどうする気だと言外に責める。

しかし、こんなことぐらいで魔女になるなら美樹に未来はない。

上条君への想いを諦められるかがが、美樹の分岐点だ。だったら、そうそうにけじめを着けなくてはいけないだろう。

 

僕は美樹をじっくりと観察する。どういう反応を示すかで、今後のしなければいけない行動が百八十度変わってくるからだ。

 

「そ、そうなんだ。じゃあ、ほむら。恭介を今日は楽しませてあげてよ。あいつ、ずっと入院生活で退屈だったと思うし……」

 

ぎこちない笑顔。

上ずった声。

(はた)から見てもやせ我慢で言っていることが分かる。

やはり、上条君のことは諦めきれていないようだった。これでよく『暁美に上条君と付き合ってあげて』なんて言えたものだ。もし、暁美がそれに頷いていたら、美樹は魔女になっていたかもしれない。

 

「さやかちゃん……。無理してない?」

 

隣にいた鹿目さんが心配そうに美樹の顔を覗き込む。

魔法少女の真実を知ってしまった鹿目さんには、今の美樹の状態が非常に危ういものだということが分かっている。親友としては、さぞ辛いだろう。

 

「大丈夫だよ。まどかは心配性だなあ」

 

あはは、と美樹は笑うもそこには力はなく、空気が抜けたようなタイヤのようだった。

 

「美樹さん」

 

巴さんが美樹の名前を静かに呼んだ。

そこには僕に『あ~ん』をしていたぽやぽやした巴さんではなく、先輩の威厳が漂うきりっとした女性がいた。

 

「今日の魔女退治はお休みしていいわ。本当は魔法少女としての戦い方をしっかりと教えてあげたかったけれど、今のあなたは少し休養が必要みたいね」

 

「え、でも、マミさん。私……」

 

「美樹さん。先輩の忠告はちゃんと聞くものよ?」

 

柔らかく微笑む巴さん。まさに年上の女性としての貫禄だ。

僕が間違っていた。あの甘えてくる巴さんも、今の先輩然とした巴さんもみんな『本来の巴さん』だったもだ。別に気張っていたのでなく、こういった一面もまた巴さんのごく自然な一部だった。

 

「はい……。分かりました」

 

「良かったわ。美樹さんが聞き分けの良い子で」

 

そう巴さんは言った後、僕の方に向き直り、再びお弁当のおかずを箸で摘んで僕に差し出す。

 

「夕田君。はい、『あ~ん』」

 

オンオフ切り替え早いな!

頼れる先輩モードは早々に終了し、またぽやぽやお姉さんモードへと巴さんは移行していた。

 

 

 

 

まあ、そんなことがあって、今僕と美樹はデートしている上条君と暁美を追跡していた。

なぜ、僕までこうなったかというと、こいつの強引さに押され、しぶしぶ付き合うことになった。じゃあ鹿目さんは一緒じゃないのかと美樹に聞くと、「こんな事にまどかにさせるわけにいかないでしょ!」と怒られた。

じゃあ、僕はいいのかよ!

 

「政夫、さっきから集中力ないよ?ちゃんとしてないと見つかっちゃうから、もっと真面目にやってよ」

 

僕の横で美樹がそう僕に文句をつける。

だが、残念ながら暁美の方には最初から僕らに気付いている。さりげなく、横目でこちらを何度も見ていた。

あいつはストーキングのプロなのだ。素人の追跡など、暁美の前では児戯(じぎ)に等しい。

 

それにしても、松葉杖を突きながら、暁美と談笑している上条君はどこかシュールだ。好きな人と早く話がしたいという心理は分かるが、デートは足が治ってからにするべきだったと思う。

 

「あ、二人が喫茶店に入っていくわ。追うわよ!」

 

「はいはい」

 

どこまでも追いかけていくその根性は認めよう。将来、マスコミ関係の仕事にでも就いたらいかがですか?

 

窓から上条君と暁美が店内の奥の方の席に座ったのを見計らい、僕らも店に入った。

店員に声をかけられる前に上条君たちの死角になる席に座った。

そして、彼らの話に美樹と僕は耳を傾ける。

 

「こうやってじっくり話すのはこれが初めてだよね?」

 

「ええ。初対面ではいきなり……その……告白されたから……」

 

戸惑いと照れの混じった暁美の声に、上条君が謝罪した。

 

「ごめん。それはちょっと気が動転しちゃってて、いきなり告白を……。あ、でも、もちろん冗談でもないよ。こういうの一目惚れっていうのかな?」

 

ナチュラルに口説く上条君。

やっぱりショウさんの影響か、台詞にはホスト臭がする。

 

「……私に聞かれても困るわ」

 

暁美は、本当に困ってるようなトーンの声で返した。

まあ、一目惚れと言っても、『自分がバイオリンに対するイメージした女性像』という常人ならまず意味の分からない惚れ方だ。しかも、暁美はそれを聞いてしまっている。素直に喜べないのも理解できる。

 

「く~!恭介があそこまで言ってるんだから、ちゃんと返してあげなさいよ!ほむらのヤツ……」

 

そんなことを知らない美樹は暁美の対応に不満のようだった。

というか、こいつは二人にはうまくいってほしいのか?

この機会に聞いてみるか。

 

「ねえ、美樹さん。君は上条君に本当に暁美さんと付き合ってほしいの?」

 

「え!?そりゃ……まあ、恭介が幸せなら私は」

 

「じゃあ二人が抱き合ってたり、キスし合ってても平気なの?」

 

そう僕が言うと、美樹の顔色が変わった。いきなり頭に冷たい水でもかけられたような顔。今初めてそんな想像しましたと書いてあるようだった。

結局のところ、こいつは覚悟したつもりになっていただけで、何一つ深くまで考えていなかった。何もかもが中途半端。本人は至って本気になっていたと思い込んでいるのが致命的だ。

 

「それは……」

 

「答えられないの?でも彼は君のこと親友だと思っているから、暁美さんと恋人になったら、嬉しそうに報告してくると思うよ。『聞いてよ、さやか!僕、暁美さんと付き合うことになったんだ!』ってね」

 

僕は上条君の声真似をして、美樹に聞かせた。恐らく、上条君ならこんな感じで答えるだろう。彼にとっては美樹はあくまで『幼馴染』の『親友』なのだから。それ故に自分に好意を抱いているなんて欠片も考えていない。

 

「嫌……そんなの……そんなの聞きたくない!」

 

美樹のヒステリックな声が静かな喫茶店の中に響き渡る。

当然ながら、それは近くにいる上条君の耳にも入った。音楽家の耳っていうのはわずかな物音にも反応してしまうらしいから、なおのことだろう。

 

「さやか?君もこの店に来ていたの?」

 

上条君がこちらに気付き、話しかけてくる。

だが、

 

「……ッ」

 

そんな上条君を無視して美樹はかばんをつかむと、逃げるように店から出て行ってしまった。

 

暁美は席を立ち、僕の方までやってくる。

 

「政夫。……さやかに何をしたの?」

 

その目は明らかに非難の色がこもっていた。この状況下じゃ無理ないが、僕より美樹の味方らしい。名前で呼び合うようになるとは、お互いにかなり仲良くなっていたのか。

僕が思うことではないけれど、ちょっと嬉しいな。

 

「ちょと現実を突きつけてみただけだよ」

 

「そう」

 

次の瞬間、思い切り暁美に顔を(はた)かれた。

頬に異常な熱さにも似た痛みが同時に訪れる。

 

「追いなさい」

 

「言われなくてもそのつもりだよ」

 

とは、言うものの僕が行ってどうにかなるものなのだろうか?しかし、放っていくわけにもいかないのもまた事実だ。

 

「上条君。デート邪魔しちゃってごめんね」

 

僕は呆然としている上条君に謝った後、美樹と同じようにかばんを拾い、店から出て行く。

周囲の他のお客様の目線が頬の痛みの同じくらい痛い。きっと僕が二股でもかけた最低な男とでも思われているのだろう。暁美に引っ叩かれたせいだ。

けれど、僕は暁美に対しては、恨みは少しも感じない。むしろ、美樹のために怒ったことについて、感動すら覚えている。

 

それにしても、何も頼まず飲食店を出て行くのがデフォルトになりつつあるな、僕。

 

 




恭介×ほむら、は個人的に有りだと思います。


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番外編 とても苦いコーヒー

~ほむら視点~

 

 

政夫がさやかを追って、喫茶店から出て行ったのを見送った後、私は上条恭介の向かいの席に座り直した。

 

「えっと、さやかどうしたのかな?あんなに泣きそうな顔して……。暁美さんは何か知ってる?」

 

上条恭介は、心配している表情で私に聞いてくる。

いきなり飛び出して行った幼馴染を心配しているのは私でもわかる。

でも、間違いなくその原因の一つであるこの男が言うと何故か白々しく感じられてしまう。

本人に非がないのは百も承知。実際に上条恭介は、さやかに異性として好意を向けられていることに気が付いていない。

 

それでも納得がいかないのは、きっと私が女だからだろう。

言葉にしていなくても、想いは伝わってほしいと思ってしまうのが女という生き物だ。

 

「大丈夫よ。政夫が追いかけて行ったから」

 

私がそう言うと、上条恭介は少し驚いたような表情を浮かべた。

私、何か変な事を言ったかしら?

 

「……どうしたの?」

 

「いや、夕田君の事を信頼してるんだなと思って」

 

信頼。

確かに私は政夫を信頼しているのかもしれない。

彼ならどうにかしてくれる気がする。現に私にはできなかった巴マミの説得に政夫は成功している。

私が何度も失敗して結局できなかった事を政夫は一回で成功させた。

 

……本当に人の心に入り込むのがうまい男だ。

 

「そうね。私は政夫を信頼しているわ」

 

「…………」

 

その言葉に上条恭介は、押し黙った。

会話が途切れ、しばらく沈黙がこの場を支配した。

残念な事に私には、この沈黙を打ち破って会話を始めるほどのコミュニケーションスキルはない。

しかし、先に声を発したのは上条恭介だった。

 

「……あの、ひょっとして暁美さん。夕田君の事が好きだったりする?」

 

「…………………………………………な、え?えぇ!?」

 

私は上条恭介の言葉を理解するのにほんの少し時間を要した。私の口から出たとは思えないほどの間抜けな声を吐き出してしまった。

い、いきなり何を言い出すのだ、この男は。

顔が紅潮していくのがわかる。言葉では表現できない感情が私の身体の中を駆け巡っている。

 

「……言っている意味がよくわからないわ」

 

声が裏返らずにきちんと言えたのは自分でもすごいと思った。

意識を集中させ、赤面した顔を元に戻す。普通の人間なら意図的にやるのは無理なのだろうが、私は魔法少女だ。自分の身体なら魔力を通して大抵の事はどうにかできる。

 

「言っている意味って……そのままの意味だけど?」

 

「それは私が政夫の事を異性として好意を抱いているかどうか、という事!?」

 

「う、うん。そうだけど」

 

少し声を荒げてしまったせいで、上条恭介は引き気味になっていた。

それにしても、なんて事を聞くのだろう。

私の心の中の柔らかい部分に(えぐ)り込むような発言だ。

 

私が、ま、政夫の事が好きかどうかなんて……。

また顔に血液が上がってきそうになったが、それを何とか押さえる。

 

そもそも、私にとって『夕田政夫』という人間はなんなのだろう。今まで深く考えた事もなかった。

最初に会った時は、イレギュラーとして現れた嫌な男だと思った。

 

『さっきから、君は他人を突き放したような態度ばかりだ。そんなんじゃ君が言うところの『大切な友達』もできなければ、『貴い人生』も送れないよ』

 

私がまどかに忠告をしているのに、横から茶々を入れてきた。私が舌打ちまでしてしまったほどだった。

 

二回目に会った時は、私は彼に銃を向けていた。

 

『だって、運命的じゃない?同じクラスに同じ日に転校してくるなんてさ。普通ないよ。だからさ、暁美さん。君のこと、もっと教えてくれないかな。君と友達になりたいんだ』

 

今、思えば政夫はただ私を落ち着けるために言っただけの言葉だとわかるが、あの時の私は本当にその言葉が嬉しかった。

そういえば、初めて同級生の男子に手を握られたのはあの時だ。ループで心が磨耗(まもう)していた私にはあの温かい手が心地よかった。

 

そして、この時間軸で私に涙を流させたのも政夫だった。

 

『君にとって『鹿目まどか』はみんな同じに見えたのかい?』

 

あの一言は私にとって、今までやってきた事を全否定するようなものだった。

でも考えてみれば、政夫の言うとおりだった。

 

私に友達だと言ってくれた最初の『まどか』。私が一緒に戦おうと言った『まどか』。そして、その他大勢の『まどか』。

私は『まどか』達の笑顔を思い出す。

彼女達は、本当に寸分違わずみんな同じだったわけじゃなかった。私が勝手に同じだと思い込んでいただけだった。

自分の失敗をなかった事にしようとしていたのかもしれない。私には『次』があっても、彼女達には『次』なんてなかった。

私が何度世界を巻き戻そうと、『そこ』にいるのは『世界で一人だけ』の『まどか』だったのに。

 

 

『暁美さん。本当に『鹿目さん』を救いたい?何人もいる『鹿目まどか』の一人じゃなく、一人しかいない人間として』

 

その政夫の言葉に私は答えた。

この世界の『まどか』を守ると。もう二度と逃げないと決めた。

 

『だったらできる限り協力するよ。これから一緒に頑張ろう』

 

政夫はそう言って、私の手を優しく握り締めてくれた。その(ぬく)もりは私がずっと求めていたものだった。

 

 

ソウルジェムの秘密を、魅月ショウやまどかに実演する時、ソウルジェムを預ける事を渋った私は政夫に逆の立場なら、信用できるのかと聞いた。

政夫は平然と信用できると答えた。

 

『だって逆の立場ってことは、僕が君に命を預けるってことだろう?それなら信用できる。君は理由もなく僕の命を奪うようなことは絶対にしない』

 

誰にも信用されてこなかった私を当たり前のように信じてくれた。

今までそんな事を言ってくれた人なんかいなかった。

人に信用されるのがどれだけ嬉しい事なのか教えてくれた。

 

あの時に、私は――。

 

 

「私は……」

 

「言わなくてもいいよ」

 

「…え?」

 

戸惑う私に上条恭介は寂しそうに笑った。

 

「気付いてなかったかもしれないけど、暁美さん、今すごく幸せそうな顔してたよ」

 

幸せそうな顔?私が?

私は自分の顔に手を添える。特に変わりない。

いつも通りの顔をしていたつもりだったが、上条恭介にはそう見えたらしい。

 

「夕田君の事を考えてたんじゃないかな?」

 

その言葉は尋ねるようだったが、確信がこもっているように聞こえた。

私は何も言えずに黙り込む。

顔を紅くしないようにすることで精一杯だった。

 

「僕には多分、暁美さんをそんな顔にできないだろうね……」

 

彼の笑顔が私の心を痛める。きっと政夫に会う前の、ただひたすら『まどか』を助けようと世界を巻き戻し続けていた私だったら、気にも留めなかっただろう。

 

「最後に一つだけ聞かせてもらっていいかな?」

 

「……何かしら」

 

「もしも……もしも夕田君より先に僕が君に出会えていたら何か変わったかな?」

 

「何も……変わらなかったと思うわ」

 

ここで奇麗事を述べれば、私も上条恭介も傷つかずに済んだかもしれない。

でも、嘘は吐きたくなかった。そんないい加減な答えを私を好きになってくれた人に言いたくはなかった。

 

「そうか、僕じゃ駄目だったのか……。でも、今日のデートだけは最後まで付き合ってくれない?」

 

「ええ。最後まで付き合せてもらうわ」

 

私達は同じコーヒー注文して飲んだ。私の人生の中で一番苦いコーヒーだった。

上条恭介の方はどんな味だったのか、私にはわからない。

 

 




騙されないで、ほむほむ!
政夫、それほど君のことを信頼してないよ!


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第三十九話 妹想いのお兄さん

「どうしたもんだろうかな?」

 

喫茶店から出た僕は、通りを見渡すがすでに美樹の姿はどこにもなかった。

当然といえば、当然か。今、魔法少女になった美樹は暁美と同じくらい足が早い。その美樹が走って逃げたわけだから、視認できるほど近くにいるはずがない。

 

もっとも見つけたところで僕では美樹に追いつけるはずもない。

ここは美樹が行きそうな場所に目星をつけて先回りするべきだろう。

 

最初に思い浮かぶのは美樹の家。

だが、可能性は薄いと思う。

美樹の両親は共働きだと美樹自身が言っていた。今のあいつは誰かに慰めてもらいたいと考えているはずだ。誰もいない自宅はより一層孤独感をかき立てる。

美樹が強がっているのは、弱いメンタルを隠すためのもの。巴さん以上に孤独には弱いだろう。これまでのあいつを見れば一目同然だ。

 

と、すれば、だ。次に可能性があるのは鹿目さんの家。

しかし、これもこれでない気がする。美樹は鹿目さんの前だけでは格好を付けたがる。多分、頼れる親友を演じていたいのだろう。そういうところが逆に心配や迷惑をかけるのがあの馬鹿には分かっていない。

 

ふいにぽつりと僕の頬に何かが触れた。

上を見上げると、いつの間にか空は曇っていて、雨がぽつぽつと降り始めていた。

僕が風邪をひく前には美樹を見つけ出さないといけないな。

 

そう思った矢先、僕のズボンのポケットにしまってあった携帯が突然鳴り出した。

美樹ではないだろうな、と思いながらも、(わず)かに希望的観測をしつつ、通話ボタンを押して、携帯を耳に当てる。

 

『政夫!俺だ。魅月ショウだ!いきなりで悪いが、杏子を見てないか!?』

 

大音量の声が僕の耳から脳に送り込まれる。思わず、僕は携帯から耳を離してしまった。

しかし、気を取り直してすぐに声の主に返事を返す。

 

「残念ながら見てませんね。学校にも来てませんでしたし。それよりもショウさん、そんなに慌ててるってことは……」

 

『……ああ。昨日の夜にな。その、話したんだ。お前から教えてもらったことを。それで……口論になって……畜生!!俺が……!俺が!杏子に………』

 

ショウさんの声のトーンは暗く沈んでいた。話し方も鹿目さん並みにたどたどしい。電話の向こうにいるのは、あの頼りになる大人の代表のようなショウさんではなかった。

 

仕方ない。ここはショウさんを落ち着かせよう。

一呼吸置いた後、僕はショウさんに呼びかける。

 

「ショウさん」

 

『え?何だ?』

 

「好きです。結婚して下さい」

 

『…………………………………………は?』

 

少しの間、ショウさんが電話の向こうで硬直していたのが分かる沈黙があった。

ショウさんが今どんな顔をしているか、容易に想像できる。

 

「どうですか?落ち着きました?」

 

『……あ、ああ。今、本気で頭が真っ白になったぜ』

 

「今、どこに居ますか?取り合えず、合流しましょう。話はそれから、ということで」

 

『お、おう。今は………そうだな。昨日お前らと行ったファミレスの近くだ』

 

また、あのファミレスか……。もう僕、ブラックリストに載せられてる可能性があるから行きたくないのだが、(いた)し方あるまい。

 

「それじゃ、そのファミレスに入ってて下さい。僕もそこに行きます」

 

『……政夫、お前スゲーな』

 

急にショウさんが意味の分からないことを言ってきた。

 

「何がですか?」

 

僕が聞き返すと、ショウさんは恥ずかしそうに答える。

 

『いや、俺よりも(はる)かに年下なのにしっかりしてるからよ。何つーか、大人として立場がねぇ……』

 

「そう感じられるのは、ショウさんがまともな責任感を持つ大人の証拠ですよ。本当に駄目な大人はそんなことを考えたりしません。あの手の大人は、他人に責任を押し付けることに思考を巡らすことだけしかしませんから」

 

ショウさんが本当に無責任な大人なら、杏子さんが出て行った責任を僕に押し付けて(わめ)くこともできた。それをしなかったのは、ひとえにショウさんがまともな大人であるからだ。

僕は、父親が医者だから病院関係の後ろ暗い話をいくつか知っている。父さん(いわ)く、医者というのは腐った大人の宝庫だとか。

 

『本当にお前中学生かよ?』

 

「ピッチピチの十四歳ですよ。それじゃ、後はファミレスで話しましょう」

 

ショウさんとの通話を終えると、僕は携帯をポケットに押し込み、ファミレスに向かう。

当然、美樹のことを忘れたわけではないが、ショウさんの件の方が重大に思えたので、そちらを優先させる。

 

どこにいるか分からない美樹を(しらみ)潰しに探すよりも有意義だろう。

そもそも、自業自得の美樹にそこまで同情してるかと言えばNOだ。こんなことになることが分かっていたから、あれだけ必死に止めたのだ。それにも関わらず、魔法少女になったのはあいつの責任以外の何者でもない。

僕は、そう考えながら、ファミレスに向かった。

 

 

 

ファミレスに着いて、店内に入ると、ウェイトレスさんに警戒された表情で見られた。

やっぱり、ブラックリスト入りしてるのか僕。

軽くショックを受けつつも、ショウさんを見つけて、座席に座る。

 

「おお。来たか」

 

軽く手を上げて、僕の方を見たショウさん顔には、大きな(くま)ができていて、いつもは整えている髪型もボサボサだった。

見るからにくたびれた様子が読み取れる。

ひょっとして、昨日の夜からずっと杏子さんを探していたのか?

 

「ショウさん、いつから杏子さんのことを探していたんですか?」

 

「え?いつからって、杏子が家から出て行ってから探してるに決まってるだろ?」

 

当然そうに答える。むしろ、僕の質問の意図が分からないと言った顔をしている。

どれだけ妹想いなんだ、この人。

 

「食事とかは……」

 

「もちろん、食ってないぞ。昨日から杏子だって何も食べてないかもしれないんだから、俺だけ飯なんか食えるわけねぇよ」

 

……筋金入りの妹想いだ。

ここまで徹底してると、ため息すらでない。

 

 




政夫が酷いように思えますが、忠告したのに聞かなかったさやかにも問題があります。
ぶっちゃけ、そこまでさやかと親しいわけじゃないので・・・。


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第四十話 ファミレスデビュー

話はそんなに進んでいません。

ゴメンナサイ。


「『とろふわ卵のオムライス』。一つお願いします」

 

僕は『初めて』、このファミレスで料理を注文した。

そう『初めて』。来店三回目に初注文だ。これで店のブラックリストからの除名をされることを願うが、たった一回の注文でそこまで要求するのは虫が良すぎるだろう。

 

「ショウさんは何注文します?」

 

僕と顔を合わせるように反対の席に座っているショウさんに尋ねる。

だが、ショウさんは首を横に振った。

 

「俺はいい。さっきも言ったが、飯なんか食ってる場合じゃ……」

 

「それじゃあ、ウェイトレスさん。この『あっさり野菜チャーハン』ていうのを一つお願いします」

 

「おい、政夫!」

 

ショウさんの制止を無視して、僕はウェイトレスに注文を頼むんだ。ウェイトレスも素晴らしい営業スマイルを浮かべつつ、さっさと厨房の方に行ってしまった。

流石だ。きっとこれが接客業のプロって奴か。

 

「俺は杏子を見つけるまでは何も食わないって、さっき言っただろ!」

 

ショウさんは周りの客も気にせずに、僕に怒鳴った。

顔が驚くほど整っているせいで、不良なんかよりも余程怖い。こんな状況でもなければ、すぐにでも謝ってしまいたくなるほどだ。

僕はその怒りで釣りあがった目を見返しながら、ショウさんに(さと)すように言った。

 

「駄目ですよ。それじゃ身体が持ちません。こう言っては何ですが、そんなことをしてもショウさんの自己満足にしかなりません」

 

テーブル越しにショウさんの腕が伸びてきて、僕の制服の胸倉をつかんで、ショウさんの方に引き寄せられた。

ズルッと僕の上半身がテーブルの上に引っ張り出される。

 

「政夫……。お前、舐めた口利いてんじゃねぇぞ?」

 

「冷静さを欠いたままの今のあなたが杏子さんに会ったところで、何を言ってあげられるんですか?何をしてあげられるんですか?僕を殴って多少落ち着いてもらえるのであれば、好きなだけどうぞ」

 

一瞬たりとも、ショウさんの目から視線を離さない。まっすぐに見つめ返す。

杏子さんと何があったのかは詳しくは分からないが、大体の見当はつく。今のショウさんじゃ、杏子さんに伝えたいことも、うまくまとめられていないだろう。そんな状態なら、(あせ)るだけ空回りをするだけだ。

 

「…ッ!お前に何が!」

 

「分かりません。だから、話して下さい。杏子さんと何があったのかを。そしたら、僕も何かショウさんの力になれると思いますけど?」

 

暁美にも同じようなことを言ったなあ、と思いつつも、ショウさんの顔を見ながら、返答を待つ。

ショウさんはしばらく僕を睨んでいたが、やがて手を離した。

 

「お前、ホント根性ある奴だな。それでいて落ち着きがありやがる。どういう人生歩めば、中坊でそんなになるんだか……。分かったよ。俺の負けだ」

 

呆れたようにため息を一つ吐くと、それから、昨日の話をし始めた。

話をまとめると、ショウさんが昨日僕らと別れて、自宅に帰った後、杏子さんが魔法少女の格好のまま、玄関の前で力尽きたように倒れていた。

杏子さんの身体には傷がいくつかあったが、家の中に入れてベッドで寝かせていると見る見る内に傷口が(ふさ)がっていったらしい。それを見たショウさんは、杏子さんが人間でないことを改めて思い知らされてしまう。

杏子さんが目を覚ますと、何があったのか聞いたが、結局何も答えてくれなかった。

しょうがなく、その話を後回しにして、ショウさんは杏子さんに『魔法少女の秘密』を話した。

 

「あいつは何度も嘘だと(わめ)いたよ。俺は杏子を抱きしめて、『お前が例え人間じゃなくても、俺の妹であることに変わりはない』って何度も叫んだ。そんな理由であいつに苦しんでほしくなかったから」

 

視線を何も乗っていないテーブルの上に落とし、ショウさんはどこか自嘲(じちょう)気味に笑った。

分からないな。どこに杏子さんが家から飛び出す理由があるんだ。少なくても、魔法少女に対して、理解ある最上級の対応だと思うんだけれど。

 

ショウさんは、そんな僕の思考を態度で読み取ったらしく、自嘲の色をより濃くして笑う。

 

「杏子は俺に……『アンタは、アタシを本当の妹の代わりにしてるだけだ。アタシの事は少しも見てない』って突っ放されたよ」

 

「はあ!?そんなの言いがかりもいいところじゃないですか!?」

 

杏子さんのその行為は、ただの八つ当たり以外の何物でもない。うまくいかない幼児が駄々をこねてるのと大差ない。

 

だが、ショウさんは、首を左右に振った。

 

「俺はその時、否定できなかった。少なくても、杏子を拾ったのは間違いなく妹の、カレンへの贖罪(しょくざい)のためだった。あの工場の魔女に見せられた映像で気付いたんだ。…………俺は、カレンが自分のせいで死んだ事を、杏子に優しく接することで帳消しにしようとしていた屑野郎だって。俺がしていたのはただの『兄妹ごっこ』だったんだ」

 

 

ショウさんの万感の詰まった言葉。きっとその言葉に、『杏子さんをカレンさんの代わりにしたていた』ということに嘘はないのだろう。

打算があって、杏子さんの面倒を見ていたと言えなくもない。

 

でも。

 

「それでもあなたは今、『杏子さん』のためだけにヘトヘトになりながらも、杏子さんを探している。この事実にも、何の(うそ)(いつわ)りもないでしょう」

 

僕がそう言うと、ショウさんは顔を上げた。その表情は驚きに満ちていた。何でそんなことを自分は今まで気付かなかったんだというように。

 

「あの工場で僕はショウさんに言いましたよね?『カレンさんの死とちゃんと向き合って、受け止めなきゃいけない』って。『今』のあなたが探している『妹』は、誰ですか?」

 

「杏子だ!魅月杏子!決まってるだろ!!」

 

ショウさんの顔に活力が戻る。

目元の隈や、ボサついた髪は相変わらずだが、その目の輝きはいつもの頼り甲斐(がい)のある大人の瞳だった。

 

「じゃあ、杏子さんを見つけ出して、言ってあげてください」

 

「ああ。てか、お前マジですげぇ奴だわ」

 

「褒めても何もでませんよ。僕が調子に乗るだけです」

 

僕らの会話が終わるや否や、すぐにウェイトレスさんが注文した料理をテーブルの上に置いていく。

この人、聞いてたな。いや、空気を読んで待っていてくれたのか。律儀な人だ。美樹にも見習わせたいくいらいだ。

 

「そうと決まれば飯だ、飯。これから馬鹿な妹連れ戻しに行かないといけねぇからな」

 

そう言いながら、『あっさり野菜のチャーハン』を数十秒で食べ終えた。

余程お腹が空いていたのだろう。一応、胃に何も入れてなかったから、胃が(いた)んでいる可能性も考慮して、あっさりしたものを選んだのに。どうやら、余計なお世話だったらしい。

 

「それもくれ!!」

 

ショウさんの食べっぷりに目を奪われていると、チャーハンに付いてきたレンゲを僕のオムライスにまで手を伸ばす。

冗談抜きで、あっという間に、ショウさんは僕の注文した『とろふわ卵のオムライス』までぺろりと(たい)らげた。

……少し元気になりすぎた気が否めない。

 

自分だけ満腹になるとショウさんは伝票をつかんで、会計をするためにカウンターへ向かう。

 

「何ぼうっとしてんだ。政夫。飯を食ったら、杏子の捜索を開始するぞ」

 

僕は何も食べてないんですけど!、という抗議の叫びも無視され、無情にも僕のファミレスデビューは果たされることはなかった。

 

 



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第四十一話 これぞ文明の利器

ファミレスで結局何も食べられなかったまま、僕は何とも言えない思いで歩道を歩いている。

途中でショウさんがコンビニでビニール傘を二本買って来てくれた。僕はその内の一本を受け取って差す。これで雨に濡れずに済む。オムライスの恨みは水に流そう。

僕はお礼の言葉を述べつつ、ショウさんに尋ねた。

 

「昨日から杏子さんを探していたって言ってましたけど、どこら辺を探してたんですか?」

 

この答えによって、まずどこから探していくか、どこを重点的に探すべきなのかを考えなくてはいけない。

だが、ショウさんの答えは意外なものだった。

 

「ぶっちゃけると見滝原はあんまり探してない。ずっと風見野で探してたからな。見滝原に来たのは二時間前くらいだ」

 

一瞬、何故風見野で?と思ったが、そういえば杏子さんは自己紹介の時に風見野に住んでいるとか言っていた気がする。

自宅があるのが風見野なら、まずそこを探すのはある意味当然だ。

 

気を取り直して、僕はショウさんへの質問を変える。

 

「つまり、見滝原はそこまで探していないということですか?」

 

頬を軽く()きながら、ショウさんは少し言い辛そうに答えてくれた。

 

「まあ、そうだな。風見野をそこら中探し回ったが、杏子が見つからなかった。今も知り合いに手伝ってもらって風見野探してもらってんだが、ひょっとしたら見滝原に行ってるんじゃねぇかと思ってよ。あいつは昔、こっちに住んでたっつってたからな」

 

昔は見滝原に住んでた?

それは初耳だ。暁美には、そこまで詳しく教えてもらってなかった。

ならば、どこかに彼女の家、もしくはその跡地のような場所があるかもしれない。人間は、例えもう居場所がなくなっていたとしても、地元に戻ってきてしまう。帰省本能とでもいうのか。

自分が生まれ育った場所というものはそれほどまでに特別なものだ。まあ、僕はそうでもなかったけど。

 

「杏子さんが昔住んでいた場所のこと、何か聞いてませんか?」

 

僕がそう聞くと、ショウさんは両腕を組んで、難しい顔で考え込んだ。

杏子さんは、ショウさんにもあまり自分のことを語りたがらない人間なんだろうか。

僕自身は杏子さんのことをまったくと言っていいほど知らないので、ショウさんが知らないとなるとどうしようもない。

 

「あ!そういや、あいつ、教会に住んでたとかボソッと言ってたような気がするぞ」

 

「教会……ですか。では、彼女の父は神父さんか、牧師さんですね」

 

特徴的だな。これで検索範囲がグッと(せば)まる。

自分で言っといてなんだけど、牧師はプロテスタントだから結婚や妻帯者はありだけど、神父はカトリックでは妻帯者は不可じゃなかったか?

 

いや、確かカトリックの派生の東方正教会なら神父でも妻帯できたとか本で読んでことあるな。

そんなことを考えながら、僕は携帯を出して検索サイトに繋いだ。

 

「杏子さんの名字って、『魅月』になる前は何だったんですか?」

 

暁美に聞いたおかげで本当は知っているが、怪しまれないように一応聞いておく。

何で知ってるのか聞かれたら、暁美の事情を話さなくちゃいけなくなる。それは流石に駄目だろう。もしショウさんたちにも知られることになるとしても、僕が勝手に話して良いことじゃない。

 

「佐倉だ。佐倉杏子。それがどうしたんだ」

 

「いえね。ただネット世代の子は、知りたい情報をこうやって調べるんですよ」

 

検索欄に『見滝原』『教会』『佐倉』と入力して、検索を開始する。

すると、トップに出てきたのは、とある事件についてだった。

 

「一家焼身心中、ね」

 

恐らく、杏子さんだけは生き残ったんだろうな。魔法少女はソウルジェムが砕かれないかぎりは死なないらしいし。

それにしても、杏子さんはよくこれで魔女にならなかった。それともあるいは、家族を殺したのが…………止めよう。これは流石に邪推が過ぎる。

 

「佐倉一家って……これ杏子の家族のことじゃねぇか!!」

 

僕の携帯を無理やり取り上げると、ショウさんは声を荒げた。

自分が想像していたよりも杏子さんの境遇が悲惨なことに衝撃を受けているようだった。

 

確かに悲惨は悲惨だが、父さんの患者にはもっと悲惨な人生を歩んで心を壊した人を、僕は何人もいるのを知っている。実際に会って会話したこともある。そのおかげでそれほどショックは受けなかった。

聞いてるだけでこっちが死にたくなるようなあの人たちの壮絶な過去に比べると、幾分マシにすら思える。

 

「取り合えず、教会の跡地の場所は分かりました。行ってみましょう。もしかしたら、杏子さんがいるかもしれません」

 

「……何でお前は、そこまで平然としてられんだよ」

 

僕の淡白な物言いが(かん)に触ったのか、ショウさんが僕に突っ掛かってくる。本当に『(きょうこさん)』のことになると冷静でいられなくなるんだな。

それだけ、大切に思ってるってことは、伝わってくるがこう何度も興奮状態になられると(いささ)か面倒くさい。

 

まあ、僕が淡々としてるのも、また事実だ。

ぶっちゃけてしまうと僕は『魅月杏子』という人物をほとんど知らない。知ってることを挙げるとするなら、髪が紅いことと、社交性が暁美以上あることくらいのものだ。

これで感情移入しろと言われても、無理だ。面と向かって会話もしたことのない相手に同情できるほど、僕は博愛主義者じゃない。

 

 

とにかく、ショウさんを落ち着かせて、教会に行ってみなければ、話にならない。

 

「ショウさん。ここでそんな言い合いなんかしても何の解決にもなりません。本当に杏子さんを大切に思っているなら、今一番しなければならないことを忘れないでください」

 

「……お前って、わりと上から目線だよな。つーか、俺も変にムキになって悪かった。そうだな、教会に行こう。もし、杏子が居なくても杏子の気持ちに少しでも近づけるかもしれねぇ」

 

少し僕に対して思うところがあるみたいだったが、そこは大人の精神で納得してもらえた。これが美樹とかだったら、もっと面倒なことになっていただろう。

 

 

 

 

僕たちは携帯から見たマップに(のっと)って歩くと、少し街路から遠ざかると、大きな並木道を見つけた。

並木道は結構長く、雨が強くなっているせいで酷くうっとおしく感じられた。

そして、ショウさんも、僕も口数は少なく、会話と言えるほどの会話もないことも一つの要因だろう。ショウさんの方は完全に相槌(あいづち)を打つだけで、心ここに在らずといった風情(ふぜい)だった。

 

ようやく、並木道が終わると、教会が現れた。

教会の外装は、確かにやや朽ちてはいたが、屋根もちゃんと付いていて、思ったより原型を留めていた。

俄然(がぜん)、杏子さんがここに居る可能性も高くなってきた。

 

「この教会、それほど酷くはないですね……ってショウさん!?」

 

僕はショウさんに話を振ろうとしたが、ショウさんはそのまま無言で教会の中へと飛び込んで行った。

……本当に困った人だ。でも、好感は持てる。

血の繋がった家族を平然と殺す人間がいるこのご時世で、血も繋がらない家族のためにここまで必死になれる人間が一体どれくらいいるのだろう。

 

僕も続いて教会の中に入っていく。

 

「杏子!」

 

先に入ったショウさんは叫ぶように、杏子さんの名を呼んだ。

 

「ショ、ショウ!?何でここに!?」

 

探していた杏子さんは、やはりここに居た。

彼女は驚きを隠せずに戸惑った様子で顔だけでこちらを見ている。

杏子さんは紅い服に槍を構えて立っていた。だが、その槍を向けているのは僕らではない。

 

「……奇遇だね、美樹さん」

 

「……政夫」

 

やたら露出度の高い青い服装にマントを(まと)い、剣を握った美樹が杏子さんに向かい合うように立っていた。

 

 




本当はもっとストーリー変えようと思ったんですけど、後々のことを考えるとにじふぁんで書いてたのと変えすぎるのもよくないと思ったので、あんまり内容変わってないです。


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第四十二話 こいつってホント馬鹿

さて、どうしたものだろうか。

現状をまとめると、ショウさんと一緒に杏子さんを探すために、僕たちはこの朽ちた教会へとやって来た。そして、探していた杏子さんを見つけることができたものの、そこには美樹も居た。

と、こんなところだ。

 

「それで、美樹さんはこんなところで何してるの?コスプレ大会か何か?」

 

僕は美樹の方を見ながら、からかうような調子で聞く。

にしても何て格好してるんだ、こいつ。

肩やお腹を露出させて、胸元を強調するようなデザインの衣装。マントを羽織(はお)っているせいで、さらに変態度が上がっている。

魔法少女というか『魔法痴女』だな。羞恥心とかないんだろうか?両親が見たら泣くぞ。

 

「……そんなわけないでしょ。アンタこそ何でこんなとこにいるのよ?私を追いかけて来たってわけじゃないんでしょ」

 

「そんな格好で凄まれてもシュールなだけだよ、美樹さん。ちなみに僕は君を探してここに来たんじゃないよ。そこの人の手伝いってところかな」

 

僕を睨みながら、低いトーンの声で聞く美樹を適当にあしらいつつ、ショウさんの方を親指で指差した。

嘘を吐いて『君を追ってきたんだ』と歯の浮くような台詞を(ささや)いてやっても良かったが、自暴自棄になりかけている今の美樹に言っても、効果は薄そうだったので止めた。

何よりこいつは変なところで勘が鋭い。下手なことを言ってもすぐにばれるだろう。

 

まったく美樹を探すつもりがなかったわけではないが、この教会まで来たのは美樹を探すためじゃなかったのは変わりようのない事実だ。

 

「手伝い?……あ。恭介にお見舞いに来てた人」

 

「ああ!お前は恭介の幼馴染の子!」

 

美樹はショウさんに目を向けると、冷めた顔にほんの僅かに驚いたような表情を浮かべた。ショウさんも美樹と面識があるらしく、驚いていている。

そういえば、二人とも上条君のお見舞いに来ていた。顔を合わせていてもおかしくはない。

それが吉と出るか、凶と出るかは分からないが。

 

「ショウさん。取り合えず、こっちは僕に任せて、杏子さんの方に専念してください。そのためにここまで来たんでしょう?」

 

二人に面識があろうとなかろうと、今、ショウさんは美樹に構ってる場合じゃない。

余計な懸念などせずに自分のしなければいけないことをしてもらわないと。

 

「……そうだな。何だかそっちはそっちで因縁がありそうだし、その言葉に甘えさせてもらうぞ」

 

そう言うと、ショウさんは杏子さんの方へ駆け寄って行った。

向こうは任せておけばいいだろう。どうせ僕は杏子さんのことは詳しくない。それに、彼女のために何かするほど親しいわけでもない。

 

僕は睨みつけるような冷たい表情をした美樹を見る。

僕がどうにかしなきゃいけないのは、こいつの方だ。美樹の方へとゆっくりと近づく。

 

「政夫……いきなり割り込んできて邪魔しないでよ!あたしは今あいつと戦ってんの!!」

 

美樹の一人称が「私」から「あたし」に変わった。

一人称を変えるという行為は、自分を奮い立たせるため、もしくは、嫌な現状からの逃避するために使われるものだ。この場合は、恐らくは両方だろう。

杏子さんと争っていたのは、巴さんのことを侮辱された辺りだろうか。いや、ひょっとしたら八つ当たりに近いものかもしれない。

 

まあ、とにかく、ショウさんと杏子さんの会話を邪魔されるのは困る。注意を僕に集めさせないといけない。

僕は美樹のことを馬鹿にするような声音で、美樹に言葉を返す。

 

「戦う?実に勇ましい物言いだね、美樹さん。とても自分の本心から目を背けて、逃げ出した人の口から出た台詞とは思えない」

 

「……ッ!」

 

その言葉を聞いて、美樹の顔が一気に歪む。苦虫を噛み潰したような表情になり、視線も僕から自分の足元に泳ぐ。

本当にメンタル弱いな。攻撃的な性格のわりに打たれ弱い。というか、いつもの強気な性格は、こういう弱さを隠すためのものなのだろう。

 

この隙に、僕はズボンのポケットの中にある携帯を操作して、GPS機能を使い、現在地情報を出す。そして、その現在地情報をメールに添付して巴さんに送る。件名は『この場所に来てください』。

廃工場の一件から巴さんには携帯は切らないでくださいと言い含めているので魔女の結界内に居なければ多分届くはず。

これで『最悪の最悪』の状況は回避できると思う。それにこの際に、できるなら巴さんと杏子さんとの不和も解消しておきたい。

ちなみにこの間、僕は美樹から一瞬たりとも目を離していない。ポケットの中で操作していることにも気付かせないように最大限の指の動きで文字を打っている。

 

送信完了!これでよし。

 

後は、美樹との対話で僕がどこまでやれるかだ。

流石に巴さんに頼るのは最後の手段にしておきたい。仮にも僕は美樹の友達なんだから。

 

 

 

 

美樹さやかという人物に対する僕の感想はすこぶる悪い。

初対面からいきなり馴れ馴れしかった上に、やたらと僕を巻き込みたがる。直情的でよく考えもしないで突っ走り、周囲の人に迷惑をかける。そもそも、僕が『魔法少女』なんてものに関わりを持つはめになったのは、こいつが原因だ。

 

僕が転校して来たあの日、もし美樹にCD屋に誘わなかったら、もし美樹に立ち入り禁止の場所に連れて行かれなかったら、もし美樹に魔法少女体験コースに参加させられなかったら、僕は平穏な学園生活を送れていただろう。

 

さらに美樹は、僕が魔法少女になることのデメリットを教え、散々説得したにも関わらず、契約して予想通りに魔女への道のりを進んで行こうとしている。

 

こいつは一体何を考えているんだ。馬鹿か?馬鹿なのか?……馬鹿なんだろうな、きっと。

 

「ねえ。美樹さん。君は一体何がしたいの?いや、結局何がしたかったの?」

 

僕は目の前にいる美樹に尋ねる。

僕が聞きたいのは美樹が杏子さんと戦っている理由じゃない。美樹が自分に振り向いてくれない上条君の腕を治し、上条君と暁美をくっ付けようとしていることについてだ。

 

美樹は片刃の西洋刀を構えているが、顔は(うつむ)いており、視線は足元に落としていて、勇ましさの欠片もない。

本当にただのどこにでもいる中学生そのものだ。

 

「それは……恭介の事について?」

 

「そうだよ」

 

美樹は僕が何を聞いているのか分かったようだ。相変わらず、考えが致命的に足りないだけで頭自体は悪くない。

 

「あたしはただ恭介に幸せになってほしいだけだよ。ただそれだけ」

 

顔を上げて僕を見る美樹の顔には、それ相応の覚悟の色が見て取れた。

だが、僕はそれを見た上で、なお言い切れる。

 

「それは嘘だよ。美樹さん」

 

取り繕ったところで、何の意味もない。美樹の本心はそれじゃない。

誰かのためだけに頑張ると言えば聞こえがいいかもしれないが、そんなことは普通の人間には無理だ。何の得もなく、損をするだけのことを自ら進んでするのなんてのは、まともな精神をしていたらとてもじゃないが耐えられない。

 

「嘘じゃない!あたしは……恭介が幸せならそれでいいんだ!自分が不幸でもいい!だってあたしは、マミさんと同じ正義の魔法少女なんだから!!」

 

まくし立てるような早口で美樹は僕に叫んだ。まるで自分にそう言い聞かせるように。そう言うことで納得させるように。

自分の心が壊れてしまわぬように。

 

でも、僕はその悲痛な心の防壁を崩す。

そんな脆弱な壁に寄りかかっていたら、そう遠くない内に美樹は破綻するだろう。

 

だから、崩す。

 

まだ取り返しの付く内に、僕がなんとかできる内に、完膚なきまでにその防壁を崩壊させる。

 

「じゃあ、何であの時喫茶店から逃げたの?」

 

「そ、それは……」

 

「見たくなかったからだよね。上条君が暁美さんと恋人同士になるところが。そして、それを嬉々として自分に報告してくる上条君が」

 

「ちがッ……そうじゃ、なくて……」

 

僕の言葉に押されて、美樹は顔を歪めながら一歩ずつ後退していく。僕はそれに合わせて、美樹の方に近づいていった。

逃がさない。距離を取らせない。自分の殻に閉じこもらせない。

僕は美樹のすぐ近くに接近していく。

 

後ろに下がっていく美樹の背中が教会の壁に当たった。これ以上は下がれない。

僕は美樹の腕をつかみ、まっすぐ彼女の目を覗き込むように見て言った。

 

「君が望んでいたのは上条君の幸せじゃない。君自身の幸せだ。良い子でいれば、ご褒美がもらえると期待していたんだろう。我慢していれば、幸福の方から来てくれると、そう思っていたんだろう」

 

「あたしは……わたしは……」

 

美樹は嫌々をするように首を振る。目をつむり、西洋刀を捨てて、両手で耳を塞いでいる。

美樹にとって自分の正義が、善意が、まがい物だったことが、それほどまで耐えられないことなんだろう。

 

はあ。まったくもって、こいつは馬鹿だ。ここまで来ると呆れてくる。

 

「美樹!!よく聞け!それが普通なんだ!」

 

「……え?」

 

「頑張ったら、頑張った分だけ褒めてほしいと思うのは当然だ!誰かに親切にするの下心があるのは当たり前なんだ!むしろ、思わない方がおかしい!僕が通っていた柔道の道場の師範代は、こう言ってたよ。『『人の為の善』と書いて、『偽善』と読む。所詮、どこまで人のためだと言っても、それは結局自分のためだ。だが、それの何が悪い?何かも他人のためじゃなくて何が悪いというのだ。自己満足?大いに結構じゃないか。自分一人満足にできない人間が一体誰を満足できるんだ』ってね」

 

要するに美樹は潔癖すぎるんだ。人間っていうものは、そんなに綺麗じゃない。自分の嫌なところや、悪いところもちゃんと認めてなくちゃならない。

友達の成功を祝福しながらも、心の中で嫉妬することくらい誰しもある。肝心なのは、自分の中のそういった汚くて嫌な部分と向き合えるかどうかだ。

 

「でもッ、私は……そんなの嫌。嫌われちゃう。恭介にも、まどかにも、仁美にも、マミさんにも、誰にも……」

 

「だから、それは美樹だけに限ったことじゃないって。みんな、そうなんだよ。『人のため』って言いながら、自分のためにもなることをやってるんだ。少なくとも、今お前が挙げた人たちは、自分のことを棚に上げて、お前を糾弾するような人たちじゃない。それくらいお前の方が分かるだろう。巴さんはともかく、他の人は僕よりも美樹の方が付き合い長いんだから」

 

「……政夫も?政夫も私の事、嫌いにならない?」

 

消え入りそうなか細い声で、美樹は僕に目の端に涙を溜めた上目遣いで聞いてくる。

しおらしすぎて、一瞬どこの美少女かと思った。

 

「この程度で嫌いになるくらいなら、そもそもお前の友達やってないよ」

 

力強く断言してやると、美樹は僕に抱きついてポロポロと涙をこぼし始めた。

 

「わたし……馬鹿だよ」

 

「知ってる」

 

「迷惑とか……たくさん掛けるよ」

 

「もう散々掛けられてる」

 

「それでも……友達で居てくれるの?」

 

「今更すぎる発言だね、それ」

 

僕は、制服を涙で汚してくるこの馬鹿を頭を軽く叩いた。

まったく、こいつは本当に馬鹿だ。

 

「大体『友達』って、そもそもそういうものだろう。むしろ、何で鹿目さんたちに相談しなかったの?」

 

自分が無能だと理解しているなら、素直に周りの人間に助力を求めればいいことだ。

能力が足りないなら、その分誰かに補ってもらえばいい。それでこその友達だろう。

 

美樹は嗚咽(おえつ)交じりに僕に言い訳をする。

 

「だって……仁美には魔法少女の事……隠してるし。まどかには心配かけたく……なかったし」

 

志筑さんのことに関しては分かるが、鹿目さんのことはそれが一番理由ではないな。

美樹と鹿目さんの関係は一見互いに立場が同じに見えるが、気の強い美樹が鹿目さんを(かば)うようにしていることが多い。

つまり、美樹は鹿目さんのことを妹分扱いしている(ふし)がある。

 

溜息を吐きつつ、僕は呆れた。

 

「鹿目さんの前では格好いい『頼れる親友』でいたいの?」

 

「…………うん」

 

ほんの少しの沈黙の後に美樹は頷いた。

 

まったく。どうしてこいつは馬鹿のくせに格好付けたがりなんだ。

 

「じゃあ、次から僕に相談して。少なくても、一人勝手に暴走してわけ分からないことし出すより有意義だと思うよ」

 

「……わかった」

 

美樹は僕の制服に顔を埋めたまま、小さく答えた。

美樹にしては殊勝な態度だ。普段からこうならば楽なんだけど、それじゃ美樹らしさに欠けるな。

早く元の元気で陽気なこいつに戻ってほしい。

 

「……政夫」

 

「ん?」

 

「……ありがと」

 

「どういたしまして」

 

 

 




さやかに関する設定

この小説では、杏子とさやかの一人称を分けるために、さやかは普段人と話したりする時は『私』で、激昂したりすると『あたし』になります。


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番外編 情けない兄貴

 

「ようやく見つけたぞ、杏子。ずいぶん、心配したんだぜ?」

 

「……ショウ。何でだ?」

 

近づこうとする俺を牽制(けんせい)するように、杏子は槍を俺の喉元(のどもと)に突きつける。

 

俺は、喉元に付き付けられた槍をなるべく気にしないようにしながら、杏子の目を見つめる。

ファミレスでの政夫は、胸倉をつかんだ俺の目から目を逸らすことなく、まっすぐ見て話していた。それをみて、俺は杏子が出て行った時にちゃんと杏子の目を見て話していなかった事に気付かされた。

杏子をカレンの代わりにしていた事を後ろめたく思ってたからだ。

あの時、杏子にお前はカレンの代わりじゃないと言ってやれば良かったんだ。

 

 

最初、杏子に協力したのは、本当にただの贖罪(しょくざい)のためだった。

カレンに何もしてやれなかったから、境遇が似ている杏子に親切にして、自分の情けない過去を帳消しにしようとしていただけだった。

 

でも、それは違った。

ようやく気付けた。今度は手遅れになる前に分かる事ができた。

カレンはカレンで、杏子は杏子だ。二人とも、俺の大事な大事な家族だ。代わりなんかじゃない。

 

 

こんな単純な事に気付くのにどんだけかかってんだ俺。

情けねぇ。ホント、駄目な大人、いや、駄目な兄貴だ。

だから、もう今度こそ何があろうと杏子から目を逸らさない。絶対に逃げたりしない。

 

「何でって……何がだよ?」

 

「何でアタシの事、探してたんだよ!アタシはアンタの妹じゃない。ただのゾンビだ!化け物だ!魔女になるしかないだけの存在なんだ!」

 

「違う!」

 

杏子の自虐的な台詞に、俺は間発入れずに否定した。

絶対に杏子はゾンビなんかじゃない。化け物でもない。

 

「どこが違うんだよ!ソウルジェムがアタシたち魔法少女の本体で、ソウルジェムが濁りきれば魔女になるって教えたのはショウだろ!それにアタシはいつも使い魔を見逃してた。そのせいで人が死ぬのも知ってながらな!アタシは自分の事しか考えてない、人でなしさ!」

 

杏子は、俺に吐き捨てるように言う。でも、その声にほんの少し涙がかすれている事が伝わってくる。

辛くて、悲しくて、助けてほしいって、俺に訴えかけてくるかのように。

 

それなのに俺は、杏子になんて言ってやればいいのか思いつかない。こんなに自分が馬鹿である事を悔やんだ事は今まで一度だってなかった。

 

どうすればいいんだ?

俺はなんて言えば、杏子を救ってやれる?

考えても、考えても、そんな言葉は出てこない。

 

焦ってようがいまいが、結局俺は、杏子に何も言ってやれない。

女を(たぶら)かす甘い台詞はいくらでも持っているくせに、傷ついた妹を救うための言葉は一つもない。

 

 

だったら。

 

 

言葉じゃなく、行動で示せばいい。

 

 

「杏子……」

 

「何だよ……今更アタシに何を言おうって……」

 

杏子が台詞を言い終わる前に、俺は向けられた槍先を握り締める。指先に鋭い刃が食い込み、ポタポタと血が流れ出した。

 

「ショ、ショウ!アンタ何やって……!」

 

杏子はそれを見て、顔を青くさせたが、俺はそれに構わず、自分の胸に浅く突き刺した。

 

「痛ッッ……!」

 

(そば)で見ているから分かっていたが、この槍は本当に鋭いぜ。浅く刺したつもりが思ったよりも深く刺さっちまった。

 

「ショウ!?」

 

「どうした、杏子?化け物なんだろ?自分の事しか考えてない人でなしなんだろ?だったら、俺がどうなろうが構わねぇんじゃねぇのか?」

 

杏子の震えが槍を通して俺の傷口へと伝わってくる。この痛みは杏子が今感じている痛みの何分の一くらいなんだろうか。

こんな事をしても杏子を苦しめるだけかもしない。だが、妹に何にも言ってやれない馬鹿な兄貴には、こんな事ぐらいしかできない。

 

「ッ馬鹿か!!……こんな事して何になるんだよ!」

 

俺が握っていた槍が突然、消えてなくなった。

杏子が消したのだと理解する前に、ガクッと床に膝を突いてしまった。

昨日から杏子を探し回っていた疲れが、とうとう溢れやがった。

徹夜は慣れてると思ってたんだが、走り回っていたのと、座って酒を飲んでるのじゃ、疲れ度合いが全然違う。

 

「そうだなぁ……。何にもならないかもな」

 

ふらつく頭を押さえながら、目だけは杏子から離さないで俺は話を続ける。

 

「でも、そのおかげで気付けた事があるぜ」

 

「何にだよ……」

 

問い返してくる杏子の顔を見ながら、俺はかすかに笑った。

 

「こんな馬鹿な事する奴を傷つけたくらいでお前は泣いてる。少なくても、それができる奴は人間だ。化け物や人でなしは他人のために涙なんか流せねぇ……」

 

「!何だよ……それ。意味分かんねぇ……」

 

一ヶ月くらい杏子と一緒に過ごしてきたが、こいつの泣き顔なんて初めてみたぜ。そんなこいつが俺のために泣いてくれてる。兄貴冥利に尽きるってモンだ。

顔をくしゃくしゃにした杏子が俺に抱きついてきた。だが、膝を突いてるせいで、逆に杏子の胸に抱きこまれる形になったのは何とも格好が付かなかった。

 

やっと捕まえたぞ、この家出娘。ホントに心配かけやがって。

杏子をぎゅっと抱きしめ返すと、胸の傷が痛んだ。でも、この痛みだって無駄じゃない。もっと賢い方法があったのかもしれないが、馬鹿な俺にはこんな冴えないやり方の方がちょうどいい。

 

 

「ア、アタシは、魔法少女だ……」

 

「知ってるぜ、そんな事」

 

「魔女に、なっちまうんだぞ。傍に居たら、ショウまで殺しちまうかもしれない……」

 

「構わねぇよ。大事な妹の傍に居れんなら、命なんか惜しくねぇ」

 

「でも……」

 

何だ。こいつが俺から離れて行ったのは、自分が魔女になった時に俺を殺しちまうかもしれなかったからだったのか。自分が魔女になって死ぬ事よりも俺の身を案じてくれてたわけだ。

ホント、優しい奴だ。

でもな、杏子。そいつは兄貴ナメすぎってモンだ。

 

「もしお前が魔女になっちまったら、そん時は俺も一緒に死んでやる」

 

「え?」

 

「お前はたとえ魔女になったって、俺はお前の兄貴だ。死んでも独りなんかにさせやしねぇ。……覚悟しろよ?」

 

(せき)が切れたように本格的にしゃくり上げて泣き出した杏子の頭をなでながら、俺の元に返ってきてくれた妹を迎えの挨拶を言う。

 

「お帰り」

 

「……た、だいま」

 

カレンとは違う、この意地っ張りでワルぶってる、でも同じぐらい優しいこの妹と共に生きて、そして死のう。

そう改めて俺は心に誓った。

 

 




言葉で教える政夫と、行動で分からせるショウさん。
ちゃんと対比はできているでしょうか?

もうそろそろで大学が始まるので、更新速度が著しく下がると思いますが、完結はさせるつもりなので、よろしければ読んで下さい。


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第四十三話 先輩乱入

僕にしがみ付いて泣いている美樹の頭を軽く撫でている。

一応、こちらはこれで一見落着だろう。

 

ショウさんの方を見ると、膝立ちで杏子さんを抱きしめていた。どうやら、向こうも向こうで元の(さや)に収まったようだ。

こちらと構図が似ているのは、ちょっと面白い。

 

「ショウさ……」

 

いや、もう少しだけ二人を(ひた)らせてあげておくべきだろう。

ショウさんの愛がようやく伝わったのだ。しばらくは余韻に浸っても罰は当たらないはずだ。

それに家族の間に土足で入るのは野暮だしね。

 

美樹も空気を読んでか、僕から離れた後も杏子さんに再び剣を向けることもなく、無言でただショウさんたちを眺めている。美樹も美樹で杏子さんに対して思うところがあるのだろう。

鹿目さんの話によると、初対面ではマミさんに喧嘩を売っていたらしいし、今まで杏子さんに良いイメージを持っていなかったとしても無理はない。

特に美樹はちょっと独善的なところがあるからな。

 

兄妹(きょうだい)か……。僕は一人っ子だったから、そういう関係は(うらや)ましい。もし、母さんが生きていたら、僕にも妹か弟がいたのかもしれないな。

 

 

「夕田君!今駆けつけたわ!!何があったのか分からないけど、私が来たからにはもう安心よ!!」

 

 

大きな声と共に辛うじて付いていた教会の扉を蹴り倒し、巴さんが颯爽(さっそう)と現れた。

傘も差さずに走ってきたのか、前髪が額に張り付き、特徴的なドリル部分も雨で(しお)れていた。

意気揚々と黄色を基準とした魔法少女の格好でマスケット銃を構えてポーズをとっている。

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「………………」

 

 

何とも形容しがたい空気が教会内を支配していた。

 

 

 

ショウさんと杏子さんの周りにあった余韻は、巴さんの登場により完膚(かんぷ)なく破壊されてしまった。

自分で呼んでおいてなんだが、せめて、もっと静かに登場してほしかった。何でそんなテンション高いんですか。

ショウさんと杏子さんは、「空気読んでくれよ」と言わんばかりの冷めた視線を投げかけていた。空気を読まないことに定評のある美樹ですら絶句している。

 

「えっと……あれ?わ、私何か、変な事でもしたかしら」

 

周囲に漂う空気の温度差に気付いたらしく、巴さんは戸惑い出した。巴さんからしたら、満を持しての登場のつもりだったのだろう。

 

「いえ、こんなに早く来てくださってありがとうございます。巴さん。ですが……その、タイミングが良くなかったとしか言えないです」

 

本当に呼んでおいて申し訳ないが、間が悪すぎた。

僕は美樹に放してもらうと巴さんの方に近寄った。魔法少女の服装はそれほど濡れていないが、髪は水滴が垂れるほど濡れている。

 

「本当にすみません、僕のせいで。こんなに濡れてまで来てくれたのに……」

 

僕はポケットからオレンジのレースのハンカチを取り出すと、巴さんの顔に付いている水滴を(ぬぐ)う。これが僕にできるせめてもの誠意だ。

 

「ゆ、夕田君。()いてくれるのは嬉しいけど、ちょっとこれ恥ずかしいわ。みんな見てるし」

 

巴さんは恥ずかしそうに照れているが、どこか満更でもなさそうにしている。

大丈夫ですよ、巴さん。今さら周りの目を気にしたところであなたはもっと恥ずかしいことをすでにやらかしてしまっています。

額から耳の方まで拭くと、僕はハンカチを巴さんの顔から離す。

 

「あ……」

 

他人に顔を拭かれるのが心地よかったのか、ハンカチを離した時に巴さんは名残惜しげに声を漏らした。

 

「大分、水滴は拭えましたね」

 

髪の方は流石にハンカチではどうしようもない。これ以上は吸水性のあるタオルか何かで拭かないと駄目だ。

 

「あ、ありがとうね。それで夕田君。私をここに呼んだ理由ってもしかして……」

 

巴さんは僕から視線を外すと、教会の奥の方でショウさんと抱き合ってこちらを向いている杏子さんを見つめる。

流石は巴さんだ。僕の言わんとしていることをすでに理解している。

 

「ええ。多分、巴さんが思っているとおりです。巴さんにもう一度、魅月杏子さんと話し合いをしてもらいたくて来てもらいました」

 

僕は実際のところに立ち会ったわけではないが、昨日杏子さんと話し合いが成立せずに争いになってしまったらしい。

巴さんの話を聞いた限りでは、お互いに感情的になりすぎたせいだと感じた。

だから、今度は僕と美樹、ショウさんが外野として立ち会うことで、二人に冷静に話し合ってもらう場を作る。第三者に見られているという状況下では、人間は冷静であろうとするものだ。

 

人は誰かに見られているからこそ、恥ずかしくない振る舞いをしようとする。これは父さんの教えでもある。

『人の目を気にせず、自分が楽しければいい』で生きている人間は堕落の一途を辿(たど)る。人間は決して一人だけで生きているわけじゃない。社会の中で生きるということはそういうものだ。

 

 

巴さんは、僕のことに振り向くと困ったような笑みを浮かべた。

 

「夕田君って、かなりのお節介さんね」

 

確かに、巴さんたちの仲も聞きかじった程度の僕が二人の仲立ちをするのは、大きなお世話だ。そこまで干渉する権利なんて僕にはないだろう。

巴さんもいきなりこんなことをされても複雑な心境になるのは当然と言える。

 

でも……。

 

「差し出がましいとは思います。でも、感情って心に溜めていると時の流れで風化してしまいます。話し合えるのなら、少しでも早い方が良いと思います」

 

やっぱり、友達には後悔してほしくない。

母さんの死に目に会えなかった僕は、しばらくの間ずっと後悔していた。もっと言葉を交わせばよかったと。話したいこともたくさんあったのにと。

 

巴さんも両親を事故で失ったせいで、伝えられない悲しさを知っている。何の前触れもなかった分、僕よりもずっと辛かったはずだ。

 

「自分が言葉を伝えたい時、伝えたい相手は元気とは限りません。できる時にできることをしないと確実に後悔します。だから……」

 

「もういいわ、夕田君」

 

「巴さん……」

 

怒らせてしまっただろうかと思ったが、それは僕の杞憂(きゆう)だった。

 

「ありがとう。夕田君の気持ち伝わったわ。そうよね、言いたい事はちゃんと口に出さないと言えなくなっちゃうわ」

 

吹っ切れたように微笑みを浮かべる巴さんには、迷いの色はすでになかった。

 

「魅月さんとも仲直りしたいしね」

 

かつての僕に見せた弱さはもうここにはない。いや、これこそが巴さんの本来の姿なのかもしれない。

 

 




大学が忙しくてほとんど書けていませんでした。
もっと書いてから、投稿しようと思ったのですが、時間がうまく取れないので短いけどさっさと投稿しました。

すみません。


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第四十四話 だから彼女は人助けができない

今、僕は教会の座席の一つに座っている。

右隣の座席にはショウさん、左隣には美樹が僕と同じように座って壇上の方を向いている。ちなみにショウさんは胸に刺し傷(ショウさんは誤魔化していたが恐らく杏子さんの槍によるものだと思われる)があったが、巴さんがソウルジェムを(かざ)して治療してくれた。

 

そして、壇上に立っているのは巴さんと杏子さんの二人。互いに緊張した面持ちで向き合っていた。

だが、二人とも複雑そうな表情をしているものの険しい顔はしていない。一触即発という状況にはならないだろう。

 

巴さんと杏子さんが二人で腹を割って話し合いをし、僕ら外野はその成り行きを見守るという形になった。もし、二人が戦いを始めた場合、仲裁に入れるようにこのようにしたのだが…………何処かシュールだ。

 

 

 

「……マミ」

 

最初に口を開いたのは以外にも杏子さんの方だった。

 

「ショウの傷を治してもらった事は取り合えず感謝しとく。アタシはああ言う風に魔力を使うのは苦手だから、その……ありがとな。で、でも、それでアンタのやっている事全部認める理由にはならないからなっ」

 

素直に巴さんに感謝した後に、ちょっと恥ずかしくなったようでテンプレートのツンデレめいた発言をした。

巴さんが屋上で言っていた利己的で凶暴な人物というよりは、教室で見たような普通の女の子にしか見えない。むしろ、社交性がある分、暁美よりも良い子に見える。

 

「……驚いたわ。まさか、あなたが他人のためにお礼を言うなんて。ふふっ、それほどあのショウって人が大切なのね」

 

巴さん自身も杏子さんの対応は意外だったらしく、驚いているものの、そんな杏子さんの態度を好ましそうに微笑んだ。昔は仲が良かったそうだし、杏子さんを心のどこかでは信じていたのかもしれない。

 

きっと、巴さんの知っている利己的な杏子さんもまったくの間違いというわけではないのだろう。

でも、それはあくまで一面でしかなかったのだ。そして、一面しか持たない人間なんてこの世にはいない。好感を抱く一面もあれば、嫌悪感を抱かせる一面もある。

漫画のキャラクターとは違う現実の人間には、善人や悪人なんて言葉では測れない。

 

僕も暁美のことを一面でしか(とら)えられていなかった。

巴さんのことをただの戦力としか見なしていない心ない人間かと思えば、美樹のことをきつい言葉で傷つけた僕を美樹のために引っ叩いた。

暁美は感情をひた隠しているだけで、本来は誰かのために怒ったりできる優しい女の子だった。

本当に情けない。

自分で思っているよりも、僕は視野が狭かった。暁美の第一印象に(とら)われすぎていた。

これからは暁美にもう少し親切に接しよう。

 

 

杏子さんの方を見ると、さらに恥ずかしくなったようで、顔が髪と同じように紅くなっていた。

 

「わ、わりぃかよ!」

 

「いいえ、とっても素敵な事だと思うわ」

 

二人の間には最初にあったわだかまりのようなものはすでに影も形もなく、ただ普通の女の子同士のおしゃべりのような(なご)やかさだけがあった。

 

隣に座っているショウさんが、僕にこっそりと耳打ちする。

 

「これ、俺ら居なくても良かったんじゃねぇか?杏子も何か楽しそうだし」

 

「そうですね。思ったよりも簡単に済みそうです」

 

元々、ちょっとしたボタンの掛け間違いだったのだろう。お互い、仲直りの機会がなかなか見つからなかったり、時が経ちすぎたせいで妥協点を見失ってしまっただけで歩み寄れなかった。

 

美樹も和やかな二人を見て、ぽつりと呟いた。

 

「マミさん、私たちと一緒にいる時よりも楽しそう」

 

いや、流石にそれは気にしすぎじゃないか?最初の頃はともかく、今じゃ結構はっちゃけているよ、あの人。

 

「う~ん、そうかな?まあ、昔、仲が良かったって巴さんも言ってたから、気心の知れた間柄なんじゃないかな」

 

「そう、なんだ。あいつ、マミさんを馬鹿にしたよう事ばっか言ってたのに……」

 

あまりこの状況に納得していないといった表情の美樹。

今の言動から察するにやはり杏子さんと戦っていたのは、巴さんを馬鹿にされたかららしい。こいつは巴さんのことを妄信(もうしん)している節があるから、分からなくもない。

だが、半分くらいは上条君の件の八つ当たりが原因だろう。

 

「とにかく、今は成り行きを見守ろうよ。後に禍根が残らないことに越したことはないんだからさ」

 

「うん。……分かってる」

 

妙に素直になっているのが逆に怖い。嵐の前の静けさみたいなものを感じるが、美樹もこの場をめちゃくちゃにしようと考えるほど愚かではないはずだ。

 

 

 

「魅月さん。……この呼び方慣れないわね」

 

「だったら、杏子で構わねーよ。で、何だよ。改まって」

 

巴さんは今までしていた穏やかな顔を引き締めて、神妙な顔つきで杏子さんを見つめる。

ベテランの魔法少女たる所以(ゆえん)か、巴さんはこういった切り替えが非常に早い。微笑を瞬時に消して、きりっとした真面目な表情を浮かべている。

 

「あなたが急に人助けに対して否定的になった理由を聞かせてほしいの。私とあなたが対立するようになってしまった原因を」

 

その言葉を聞いた杏子さんはあからさまに目を背けた。(はた)から見ても、何か後ろめたいことを隠していることが分かる素振(そぶ)りだ。

 

「……別に理由なんて――――」

 

「杏子!!」

 

否定しようとしていた杏子さんの言葉を(さえぎ)り、座っていったショウさんが声を上げて立ち上がる。

 

「俺も聞きたい。お前に辛い過去があるなら、俺が全部一緒に背負ってやる。だから、隠し事はなしにしようぜ」

 

「ショウ……」

 

杏子さんは不安そうな顔をショウさんに向ける。

巴さんに言うのが嫌というよりも、ショウさんに聞かれるのが嫌なのだろう。

だが、ショウさんはそんなことは構わず、力強い笑みを浮かべながら、ドンと自分の胸を叩く。その時、胸の傷は内側までは完全に治っていなかったようで顔をわずかに(しか)めた。

 

(つう)ッ……安心しろよ、杏子。お前のお兄ちゃんはお前のためなら結構無敵だぜ?」

 

台詞と共に白い歯を見せ付けて、ショウさんは不敵な笑みをした。元々、顔が整っているせいもあり、驚くほど絵になった。

 

僕とは違い、打算しているわけでも、相手の反応を見ながら分析をしているわけでもない。ただストレートで裏のない本心をさらけ出すその様は、とても美しいものに感じられた。

とてもじゃないが真似できない。杏子さんを心の底から信頼しているからこそできる芸当だ。

それを見つめる杏子さんも覚悟を決めたように大きく頷く。

 

「……分かった。ううん、聞いてくれ、アタシの過去を」

 

そして、杏子さんは自分の過去を語り始めた。

 

 

 

 

「ここまで探しに来てくれたショウ達ならもう分かってるかもしれないけど、ここはアタシの親父の教会だった。親父は正直過ぎて、優し過ぎる人だった。毎朝新聞を読む度に涙を浮かべて、真剣に悩んでるような人でさ。 新しい時代を救うには、新しい信仰が必要だって、それが親父の言い分だった」

 

何かちょっと怖い人だな、杏子さんのお父さん。

新聞の内容を読んで涙を流すなんて、年齢の割りに感受性が強すぎないか。僕は感受性はそれほど高くない方だが、ちょっと杏子さんのお父さんの感受性は異常だと思う。

どのくらい前か知らないけど、娘の杏子さんが物心ついているなら、若くても三十台半ば程度ぐらいだろう。その年でそこまでいくと情緒不安定と言っても過言ではない。少なくとも、僕の父さんが新聞記事を読む度に涙ぐんでいたら、かなり嫌だ。

それに、情報社会において、新聞に書いてあることを何でもかんでも鵜呑みにするのはメディアリテラシーの観点からいっても(あや)うい気がする。わざと悲劇を脚色して彩る記事や、スポンサーの意向によって都合よく書かれている記事なんてよくあるものだ。

 

「だからある時、教義にないことまで信者に説教するようになった」

 

ええぇ!?

 

「もちろん、信者の足はパッタリ途絶えたよ。本部からも破門された。誰も親父の話を聞こうとしなかった。当然だよね。傍から見れば胡散臭い新興宗教さ。どんなに正しいこと、当たり前のことを話そうとしても、世間じゃただの鼻つまみ者さ」

 

そうでしょうね。

そもそも、教会にわざわざ足を運ぶような信者は、親や祖父母の代からその宗派に属している人達や、生活の基盤として何かを絶対的に信じていないと生きていけない人達ばかりだろう。

要は、背中を支えてくれる柱が欲しいのだ。教義を守ることによって、大規模な宗教に『正しい人間』という太鼓判を押して欲しいわけだ。

にもかかわらず神父自らがそれを曲げるようなことをすれば、信者は離れていくのは当然だ。

お金を出している以上は、正しい、正しくないは信者が決めることであり、求めていたものと違うものを寄越(よこ)されれば怒って当たり前だろう。

 

「アタシたちは一家揃って、食う物にも事欠く有様だった。納得できなかったよ。親父は間違ったことなんて言ってなかった。ただ、人と違うことを話しただけだ。5分でいい、ちゃんと耳を傾けてくれれば、正しいこと言ってるって誰にでもわかったはずなんだ。なのに、誰も相手をしてくれなかった。悔しかった、許せなかった。誰もあの人のことわかってくれないのが、アタシには我慢できなかった」

 

飽食の時代で食べ物に困るって、相当やばいな。

もうそこまで貧困を極めていたなら、生活保護を受けても良かったんじゃないだろうか。信者にどうこう言う前に市役所に行く方がずっと建設的な気がする。

 

「だから、キュゥべえに頼んだんだよ。みんなが親父の話を、真面目に聞いてくれますように、って」

 

そこで杏子さんは言葉を区切った。振り返って、教会の砕けたステンドグラスを仰ぎ見ている。

その時、支那モンに願った自分を思い出しているのだろう。携帯で調べたあの心中事件がこの話の結果なのだから、どう転んでもハッピーエンドにはなるはずがない。この話をすること自体、杏子さんの心の古傷を自ら(えぐ)り返しているようなものだ。

こちらに向き直ると、杏子さんは再び話を再開する。

 

「翌朝には、親父の教会は押しかける人でごった返してたよ。毎日おっかなくなるほどの勢いで信者は増えていった。アタシはアタシで、晴れて魔法少女の仲間入りさ。いくら親父の説法が正しくったって、それで魔女が退治できるわけじゃない。だからそこはアタシの出番だって、バカみたいに意気込んでいたよ。アタシと親父で、表と裏からこの世界を救うんだって」

 

杏子さんは自嘲気味な笑みを浮かべる。夢破れた大人が夢を追っていた子供頃の自分を(さげす)むような、そんな顔。

 

「……でもね、ある時カラクリが親父にバレた。大勢の信者が、ただ信仰のためじゃなく、魔法の力で集まってきたんだと知った時、親父はブチ切れたよ。娘のアタシを、人の心を惑わす魔女だって罵った。笑っちゃうよね。アタシは毎晩、本物の魔女と戦い続けてたってのに」

 

まあ、杏子さんの気持ちも分からなくもない。自分がやってきたことが、訳の分からない力による洗脳だと知れば、どんな温厚な人間でも切れる。

宗教家としての誇りも、家庭を支える大黒柱としての誇りも、同時に失ってしまったのだ。感受性が強すぎたのも、原因の一つだろう。

 

「それで親父は壊れちまった。最後は惨めだったよ。酒に溺れて、頭がイカれて。とうとう家族を道連れに、無理心中さ。アタシ一人を、置き去りにしてね。アタシの祈りが、家族を壊しちまったんだ。他人の都合を知りもせず、勝手な願いごとをしたせいで、結局誰もが不幸になった。その時心に誓ったんだよ。もう二度と他人のために魔法を使ったりしない、この力は、全て自分のためだけに使い切るって。……これがアタシが人助けが嫌いな理由だよ」

 

なるほどね。誰かを助けようとして手酷く失敗したから、自分で責任を背負えない『人助け』はもうしないということか。

利己的なのではなく、経験則から来る失敗を恐れての回避行動。これを責めるのは流石に(こく)だ。

 




またも更新が遅くなってしまいました。まだ読んでくださる方がいるのか分かりませんが、頑張って書かせて頂きます。


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第四十五話 怒りの咆哮

「あなたにそんな過去があったなんて知らなかったわ……。なのに私は……」

 

「……私、アンタの事、誤解してた」

 

杏子さんの話を聞き終えた僕らの感想は、(おおむ)ね同じようなものだった。

巴さんも美樹も杏子さんへの同情から悲しそうな表情を浮かべている。時に巴さんの方はほとんど泣きそうだ。

 

()してよ。別に同情してほしくて話したんじゃないんだ。そんな顔すんなって」

 

杏子さんは、気遣うように苦笑いしながら、巴さんを(なだ)める。

口調こそ淡々としていたが、自らの辛い過去を語ったのだ。杏子さんの心の中では、そう穏やかではないだろう。

それにも(かかわ)らず、他人を気遣えるのは立派だ。

 

だが、きっとそれができるのは、彼女が優しい女の子だからというだけではないだろう。他人を気遣うことができる人間は、心に自分のこと以外を考える余裕がある人間だけだ。

彼女にその心の余裕を作ったのは(まぎ)れもなく――――ショウさんだ。

 

そこまで考えて思考が一旦止まり、疑問が浮上した。

なぜそのショウさんは今、一言も口を()いていなんだろう、と。

ショウさんなら、真っ先に杏子さんを(なぐさ)めの言葉でもかけるはずじゃないのか、と。

 

 

ショウさんは、僕のすぐ近くで顔を(うつむ)かせ、杏子さんに駆け寄りもせずにその場で立ったまま身動き一つしていなかった。

ショウさんの周りだけ妙に張り詰めたような気配すら感じられる。破裂寸前の風船をイメージさせる、そんな不安になる静けさ。

 

「あの……ショウさん?」

 

僕が思わず、微動だにしないショウさんに恐る恐る声をかけた。

 

その瞬間、

 

「ふざっけんじゃねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!」

 

凄まじい怒声が教会に響き渡った。

 

 

 

あまりの唐突さに驚き、僕は呆然とショウさんを見つめる。

それはショウさんを除くみんなも同じようで、何が起きたのかも理解できないといった風情(ふぜい)だった。

 

しかし、ショウさんはそんなことは気にも止めずに、(せき)を切ったように言葉を(つむ)ぐ。

 

「おかしいだろッ!何で杏子が責められて、挙句にそんな想いしなきゃなんねぇんだよ!(わり)ぃのはどう考えても杏子の親父の方だろ!!」

 

ああ……、そうか。

ショウさんは杏子さんのお父さんに対して怒ってるのか。

 

「『人の心を惑わす魔女』?馬鹿か!?自分の大事な娘だろうが!!何トチ狂った事ほざいてんだよ!たかだか、人に言う事聞かせられるようになっただけじゃねぇか!むしろ、杏子に感謝するのが筋ってモンだろ!?くっだらねぇ!そんな事で家族を道連れに無理心中なんかしてんじゃねぇよ!!」

 

教会のひび割れて砕けたステンドグラスを睨みつけながら、ショウさんは怒りを声に込めて吐き出して続ける。

その言葉は杏子さんでも、僕らでもなく、亡くなった杏子さんのお父さんに向けられていた。

 

うーん。ショウさんが、杏子さんのことを何よりも大切にしていることは分かるが、いくらなんでも杏子さんのお父さんを責めすぎな気がする。

奇跡なんて得体の知れないもので人の心が操れるようになったら、誰しも平然としてはいられないだろう。

責めるところがあるとすれば、そこではなく、教義にないことまで説教するようになったことだと僕は思う。

それほど杏子さんのお父さんを擁護する気もないが、あまりにもショウさんが感情的なので(なだ)める意味合いも兼ねて、おずおずと発言した。

 

「あの……ショウさん。でも、ある程度杏子さんのお父さんにも同情の余地はあると思いますよ?いきなり人の心が操れる得体の知れない力が手に入ったりしたら、常人なら恐ろしいと感じるのは当然だと思いま――――」

 

「ねぇよッ!!」

 

最後まで僕が言い切る前に、ショウさんが言葉を(かぶ)せる。

僕に(つか)()からんばかりの剣幕だ。

 

「同情の余地なんかねぇよ!!俺だって、カレンの魔法少女の『願い事』のおかげで女の心をある程度操れる力をもらったけど、絶望なんかしちゃいねぇ!カレンが俺のためにしてくれた事だ!俺はこの力をもらった事はカレンに感謝してる!今、杏子の手助けができてるのもカレンのおかげだ!」

 

そうか……。

ショウさんがここまで怒っているのは、杏子さんのお父さんとショウさんの境遇が似ているからだったのか。

というか、ショウさんの妹さんが魔法少女だったんだ。初めて知った。使い魔を操る能力もカレンさんの『願い事』の副産物なのか?

 

「俺はカレンが魔法少女だった事も、俺が女を操れるのもカレンのおかげだって事も、最近になるまで知らなかった……!カレンが何も言わずにいなくなってからも、ずっと自分がどれだけカレンに助けられてたのかも知らないで生きてた。でも、杏子の馬鹿親父には、娘と……杏子と話し合うチャンスがあった!なのに、なのに何で杏子を傷つけるような事ばっかすんだよぉ……!!」

 

最後の方は涙を流しながら、ショウさんは叫んだ。

その叫びに含まれているのは、『悔しさ』と『憤り』だろう。

 

今までの断片的な情報から察するに、ショウさんの妹のカレンさんは魔法少女になり、女性の心を操る力(これのおかげでナンバー1ホストにまで上り詰めたのだろうか)をショウさんに与えた。そして、カレンさんは恐らく魔女との戦闘で命を落としたか……もしくは、魔女となってしまい、他の魔法少女に駆逐されたか、どちらにしてもすでに亡くなっているらしい。

最近になるまで知らなかったという発言からみて、『魔法少女』や『奇跡』のことは杏子さんと出合ってから知ったのだろう。

 

多分、いや間違いなく、ショウさんなら、カレンさんが『魔法少女』に関することを打ち明けていれば、全て受け入れていただろう。

だからこそ、その和解のチャンスがあったにも(かかわ)らず、杏子さんを拒絶した彼女のお父さんにショウさんは憤りを感じているのだ。

 

悔しくないはずがない。許せないはずがない。

自分がどうしても得られなかったチャンスを、汚らわしい物のように捨てた男の話を聞かされたのだから。

 

「すみません……。僕の見解だけで物を述べてしまって」

 

僕はショウさんに頭を下げて謝罪した。

失敗したな。知らなかったとはいえ、その人物にとっての背景の事情も省みなければ、一般論を説いても何にもならない。

 

まあ、だからって言って杏子さんのお父さんが何でもかんでも悪いとは思わないが、少なくてもショウさんにとっては、杏子さんのお父さんの境遇なんて『大したことないもの』以外の何物でもないのだから、ショウさんにまで僕の意見を押し付ける気は起きなかった。

 

物事を客観的に見すぎてしまうのは、僕のくせだな。これからは、ほどほどの度合いを見極めなければないないな。

 

「…………いや、俺もちっとばかし柄にもなく、取り乱しちまった。悪い……」

 

感情を吐き出して大分落ち着いた様子でショウさんも、謝ってきた。バツが悪そうに乱れた前髪を手櫛(てぐし)で整えている。

 

「杏子や他の嬢ちゃん達にも見っとも無いところ見せちまったな。すまねぇ。こん中で一番年上なのに、何やってんだか……」

 

「い、いえ、最初は驚きましたけど、それだけあなたが杏子さんを大切に思っている事を知れて良かったと思います。何でここまで杏子さんが素直になったのか、少しだけど分かりました」

 

ショウさんに頭を下げられ、巴さんは少し恐縮したように首を横に振った。

そういえば、この二人は面識がなかったな。今の叫びが、第一印象だとちょっと戸惑うだろう。

だが、ショウさんがいかに杏子さんのことを大切に思っているかを聞けたから、元友人として巴さんも安心できるだろう。

 

「こんなに優しいお兄さんを持っているなんて、ちょっと(うらや)ましいわ。杏子さん」

 

巴さんはそう言って、からかうように微笑みながら杏子さんに話を振る。

 

「…………」

 

杏子さんの答えは沈黙だった。

 

なぜなら、彼女は必死でこぼれ落ちそうになっている涙を押し留めることで精一杯だったから。

 

「杏子……」

 

ショウさんは、杏子さんの元へ歩いていく。

対照的に、そっと巴さんが空気を読んで二人から離れていった。先ほどの汚名を見事に返上する空気の読みっぷりだ。

僕の方を向いて、「どう今度はちゃんとやったわよ」と言わんばかりのどや顔で巴さんはウィンクをした。……それがなければ綺麗に決まってたのに。だが、そのお茶目なところが巴さんらしさでもあるけれど。

 

「……アタシがやった事は……家族を……親父を苦しめて、傷付けただけだった……」

 

「絶対に違う。杏子は、自分の親父の夢を叶えようとしただけだ。杏子の親父がそれを受け入れられなかったのは、度量が狭かったからだ。お前のせいじゃねぇ」

 

「でも、アタシのせいで……」

 

ショウさんからすれば杏子さんの行動は間違っていないのだろうけど、杏子さん自身は自分のせいで家族が心中したという思いが強いのだろう。ショウさんの擁護の言葉に納得できていないようだった。

 

そんな簡単に罪悪感は拭えないのは仕方ない。これは流石のショウさんでも無理だろう。

時間をかけてゆっくりと杏子さん自身が納得していかなくてはいけない問題だ。

 

「うるせぇよ」

 

ショウさんは杏子さんを深く抱きしめて、言葉を遮る。

 

「ぁ……」

 

「俺が良いっつってんだから良いんだよ!杏子に文句付ける野郎がいたら、俺がぶっ飛ばしてやる。だから、もう自分を責めんな。いいな?」

 

感情だけで作られたような凄まじい理論で杏子さんでやり込める。

むちゃくちゃも良いところだ。だが、ショウさんの中では筋が通っているのだろう。

 

「でも……」

 

「でももクソもねぇよ。ほら、返事」

 

「う、うん。分かった」

 

戸惑いながらも勢いに押され、杏子さんは頷いてしまう。

それを聞くとショウさんは嬉しそうに笑って、杏子さんの髪をくしゃくしゃにするように撫でた。

 

「おし。じゃ、この話は終わりだ。(うち)に帰んぞ。腹減っただろ?」

 

「え……うん」

 

「リンゴでも買ってくか。お前がいっつも食うせいで、もうなくなっちまってたし。アップルパイ作ってやるよ。大好きだろ、アレ」

 

荒業(あらわざ)荒治療(あらじりょう)

理屈も正当性もないごり押し問答だけで、無理やり解決させてしまった。

絶対に僕には真似できない方法、というより、ショウさんと杏子さんの信頼関係だからこそなせる業だな。

 

(むつ)まじい兄妹(きょうだい)を祝福するかのように、砕けたステンドグラスから漏れ出した夕陽の光が差し込み、彼らを包み込む。

 

「おお……」

 

(はか)らずしも、その光景は宗教画のような神々しさを感じられた。

いつの間にか晴れて、教会の外に広がる空は夕焼け色に彩られていた。

 




ようやく、杏子編が一旦終わりました。
途中、どうやって収拾つけるか悩みましたが、最終的にはショウさんが全てを持っていく感じにまとまりました。

というか、政夫以上に主人公してますね、ショウさん。


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第四十六話 燻った想い

皆で教会から出て、並木林を抜けると、ショウさんは改まって僕や巴さんにお礼を言った。

 

「政夫、お前には世話になったな。多分、俺一人じゃ杏子を見つけられなかったと思う。ありがとな。マミだっけ?胸の傷治してくれて助かったぜ。何かあったら、今度は俺が力貸すからな。んじゃ、俺らはそろそろ帰るぜ……ほら、杏子も別れの挨拶ぐらいしろよ」

 

教会からずっとショウさんに手を握られながら、照れくさそうにそっぽを向いていた杏子さんはショウさんに促されて喋りだす。

 

「分かってるよ。マミと、えーと……」

 

「学校では話さなかったし、まともに会話する前に戦いになっちゃったから、自己紹介まだだったね。私は美樹さやか。さやかでいいよ」

 

美樹も杏子さんの過去を知って、完全に打ち解けたのか、持ち前の人懐っこさで杏子さんを受け入れている。

こいつも結構コミュニケーション能力高いよな。そういえば、転校したての僕に一番最初に自発的に話しかけてきたのは美樹だったか。

 

「分かった、さやかだな。アタシの事も杏子でいいぜ。そっちのアンタは?」

 

「僕?」

 

「アンタ以外に誰がいんだよ。それでアンタの名前は?」

 

急に僕に話が回って来たせいでちょっと戸惑ったが、よく考えれば僕も杏子さんと会話したのはこれが最初だ。僕の方は、ショウさんや巴さん、暁美からある程度のパーソナリティを聞いて知っていたために一方的に知っているだけだ。

 

「ああ、ごめん。僕は夕田政夫。よろしく」

 

「ていうかアンタは何者なんだ?見たとこ、魔法少女でもないし……ひょっとして、ショウみたいに魔法少女の奇跡の恩恵を受けた人間か?」

 

「いやいや、違うよ。僕はただの何の変哲もない中学生だよ。しいて言うなら、偶然巻き込まれただけの一般人だ」

 

実際、それが僕の実状だ。

本当に何の因縁もなく、たまたま見滝原に引っ越して来たら、魔法少女や魔女なんていう訳の分からないものに巻き込まれた被害者でしかない。改めて考えると、結構可哀想な状況にいるんじゃないか、僕。

 

「はあ!?じゃあ、アンタ、魔法少女に何の関係もないのに魔法少女とつるんでるのかよ?」

 

「う~ん……、ちょっとそれも違うかな」

 

まったく何の関係もないのなら、僕はこんなにも深入りなんかしやしない。

正直に言わせてもらえるなら、僕は魔法少女関係のことには関わり合いになりたくはない。

過酷な運命を背負っている魔法少女には同情はするが、それだけで自分の平穏な日常を捨てて非日常に飛び込むほど、ウェットな性格もしていないし、自分が可哀想な彼女たちを助けてあげたいなんてヒーロー願望も持ちあわせてもいない。

 

「美樹さんや巴さんが僕の友達だからだよ。友達として、最低限やってあげられることをしてたら、ここまで付き合うはめになっちゃったんだ」

 

僕がこうして訳の分からない非日常に関わっている(さい)たる理由はそれだ。

友達になったから、最低限、僕が友達としてするべき義務を行ってるだけ。

鹿目さんを命懸けで魔女の結界から逃がしたのも、巴さんを命を張って説得したのも、友達としての義務感からやったことだ。

感動的な理由も、格好の良いヒロイズムもない、ただただ一人の人間として恥ずかしくない生き方をするために、学んだ倫理に沿って行動しているだけだ。

 

「要するに自分が納得できる行動とっていたら、こうなった、ってことかな」

 

「……よく分かんねーけど、アンタが納得してやってる事だってのは分かったよ」

 

「そこさえ、分かってもらえれば十分さ」

 

やや(あき)れの入った表情で杏子さんは僕を眺める。

まあ、こればっかりは僕の個人的な主義みたいなものだから、完全に理解してもらうことは不可能に近いだろうな。

 

「じゃあ、マミ、さやか、政夫。またな」

 

「ええ、さようなら。今度は家に紅茶でも飲みに来てね」

 

「うん、じゃあね」

 

「また明日、学校でね」

 

僕との会話を終えると、ショウさんに手を引かれて、帰って行った。

本当に仲の良い二人だ。あの調子なら、杏子さんは当分平気だろう。

 

 

 

 

 

「私も今日は取り合えず、パトロールを切り上げて家に帰る事にするわ。雨で身体も冷えちゃったから、お風呂に入って温まりたいし」

 

そうだ。巴さんは雨の中、傘も差さずに駆けつけてくれたため、濡れ(ねずみ)状態のまま、今までずっと過ごしていたのだ。

すっかり失念していた。

相当不快な思いをしただろうに、巴さんはそんなことは一言も口に出さず、我慢していたのだ。

僕は巴さんに頭を深々と頭を下げて謝罪をした。本当に申し訳ないことをしてしまった。

 

 

(かさ)(がさ)ねすみません。僕のお節介のせいで」

 

「ううん、いいの。おかげで大切な友達と仲直りができたから。じゃあね、夕田君、美樹さん」

 

軽く手を振って、巴さんは颯爽と(きびす)を返して立ち去っていく。

最近はお茶目な行動が目につくが、実は巴さんって相当格好良い人なんじゃないだろうか。

 

「さて、僕らも帰ろうか。そろそろ夕飯も近い時間だ」

 

今日は僕が夕飯の当番なのに結構な時間を浪費してしまった。今から、お米()いで、夕飯まで炊き上がるだろうか心配だ。最終手段として、サトウのごはんを買っていくべきか。

僕が夕飯のことで頭を悩ませていると、美樹は真面目な顔で僕に話しかけてきた。

 

「ねえ、政夫」

 

「何?」

 

「私さ、ショウさんって人の叫びを聞いて、自分の想いがどれだけ軽いものか気付いたよ」

 

「もう少し詳しく話してもらえる?」

 

それだけじゃ、いまいち美樹の言いたいことがよく分からない。

まず、美樹の抱いていた想いがどういうものなのか教えてもらわないと、文字通り話にならない。

 

「私は例え、恭介が私に振り向かなくても、恭介がバイオリンをまた弾けるならそれでいいと思ってた……私は無償でもいいって、思い込んでた」

 

だが、それは思い込みでしかなかった。

僕が美樹に言った通り、無償の愛なんて中学生には無理だ。それは夢見がちな女の子の地に足の着いていない故に生まれた空想のようなもの。

余程の人格者でもなければ、無償の愛は抱けないだろう。

 

「政夫に否定された通り、私の想いはそんな立派なものじゃなかった。見返りがない事にあたしは耐えられなかった」

 

美樹の一人称が『あたし』に変わった。これはかなり精神にキてるな。

 

「でも、ショウさんのは違った。あの人の杏子への想いは……無償の愛は本物だよ。あたしなんかじゃ、絶対にあんな風になれない」

 

まあ、そうだろうな。あんな人はそうはいない。

ショウさんのは正真正銘の無償の愛だった。あそこまで人を愛せる人間は現実では見たことがない。フィクションの世界から飛び出して来たような人だ。

 

「それに比べて、あたしの想いは薄っぺらくて軽いものだった」

 

自嘲の笑みを浮かべて、自分の想いをちっぽけなものだと吐き捨てる。

 

「それはおかしいだろう。ショウさんと君を比べる理由がどこにあるの?」

 

「え?」

 

美樹は(ほう)けた顔をこちらに向ける。外界から刺激を受けて、鈍い反応をするのは完全に自分の世界に浸りきっていた証拠だ。

 

こいつは、良くも悪くも繊細でメンタルが実に中学生的だ。ネガティブな自分だけの世界にすぐ没頭したがる。表面的には明るく振舞っていても、鬱屈としたものを溜め込むのはもうくせみたいになっている。

間違いなく、見滝原にいる魔法少女の中で一番最初に魔女になるだろう。この調子じゃ、暁美が言っていたワルプルギスの夜とかいうド級魔女を抜きにしても、中学を卒業する前には魔女になってしまう。

だから、あれだけ魔法少女になることを止めたんだ。こうなるだろうことが簡単に予測できたから。

 

「君は君で、ショウさんはショウさんだ。薄っぺらだろうと、軽かろうと、そんなことは関係ない。それは君の、君による、君だけの想いだ。他人と比較してどうなるの?何の意味も持たないよ、そんなこと」

 

「でも、それでもあたしはあたしが情けないよ……。こんな気持ちで恭介の事、好きだなんて思ってたなんて」

 

情けなく呟く美樹。

ショウさんの無償の愛を見せ付けられたせいで、卑屈になっている。さっきまで平気だったのに、躁鬱が激しすぎる。

今、こいつを家に帰すのは危険だ。きっと確実に一人でうじうじ悩むことは目に見えている。

 

仕方ない。かなりの荒療治になるが、ここは腹を(くく)ろう。下手を打てば、状況はさらに悪化するかもしれないが、このまま放っていても危険だ。

僕は覚悟を決めて、美樹に言った。

 

 

 

「美樹さん。君には今日中に上条君に告白してもらう」

 

 

 

「……は?ど、どういう事?」

 

僕の発言が美樹の中で認識されるまで数テンポかかったようで、遅れてリアクションが返ってきた。

その反応は予想した通りのものだった。

だが、分かりきったことを言うなというような態度で押し通す。

 

「どういうことって、そのままの意味に決まってるじゃないか」

 

「告白したって……恭介の気持ちはほむらに向いてるの!!今さら、あたしが告白したって意味ないじゃない!」

 

「意味ならあるよ。決着をつけるためさ。君の中にある『片想い』と決着をね」

 




今回は早く、書き終わりました。
いえ、というより、書いている内に書こうとしていた話の内容とは異なり、私の構想を外れる話となってしまいました。

一体どこを目指しているんだ、この小説は……。


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番外編 スイミーと僕

政夫の過去、というか独白です。

まどマギキャラは完全に出てきません。


かつて僕は五歳の時、母さんを亡くした。

内向的で人付き合いが大嫌いだった僕は、完璧に母さんに『依存』していた。

母さんさえ居れば、他に他者なんか要らないと本気で思っていたのだ。

それほどまでに母さんが僕に与えてくれた『愛』というものは、暖かで、心地よいものだった。

 

だからこそ、その愛を失った僕は壊れた。

人込みを嫌い、自分以外の他者を拒絶し、父さんすら(うと)ましく思っていた。幼稚園にも通おうとせず、家からも一歩も出ようとしなかった。

 

母さんの部屋の片隅で、母さんの形見のオレンジ色のレースのハンカチを握りしめて楽しかった思い出に浸り、そして、それが母さんがこの世に存在しないことを思い出し、泣き喚いて物を壊した。

所謂(いわゆる)、引きこもり、廃人そのものだった。

今、思い出しても、自分の幼稚さに腹が立つ。

 

『政夫はいつまでそうやっている気なんだい?そんな生き方をしていて、弓子が喜ぶとでも思っているの?』

 

精神科医の父さんは、僕に淡々と落ち着いた声で、軽く質問するように対話をしてきた。

『叱る』のでも、『怒鳴る』のでもなく、筋道立てた正論を僕に投げかけ続けた。

 

「……ぼくにはなしかけるなっ、このひとでなしが!おまえなんかおとうさんじゃない!なんでおまえがいきて、おかあさんがしんでるんだよぉ。しねよ!おまえがしね!!しねしねしねしねしねしねしねしねしねぇっ!!!!!」

 

だが、当時の僕は、そんな父さんが大嫌いだった。

母さんの死を受け止め、涙一つ流さずに葬式の喪主を務め、その後も特に変わらず悠然としていた父さんは、当時の僕には、母さんの死に悲しみを抱いていない冷血な人間にしか見えなかったのだ。

精神を病んだ人を治療する父さんの仕事の性質上、自分が取り乱している暇なんてなかったわけだが、当時の僕にはそんなことを考える余裕なんてなかった。

 

錯乱気味だったとはいえ、父さんには信じられないくらい酷いことを何度も言ってしまった。よくもまあ、こんなどうしようもないガキを見捨てずに育ててくれたなと関心する。

 

『政夫、今日は君に会ってほしい人たちが居る』

 

父さんには珍しく、僕が抵抗しても放さしてくれず、強引に引きずるように連れて行った。

着いた場所は当時の父さんが勤めていた大手の精神病院だった。

 

『さあ、中に入って』

 

その診察室の中には、十数名の男女が椅子に座って、僕を見ていた。年格好は大体高校生か、中学生くらいだったか、その全員が皆どこか陰のあるような人たちだった。

なぜか、父さんに渡された洗面器を持って、僕はその人たちの前にある小さな椅子に腰掛けた。

 

『じゃあ、さっそくだけどこの前頼んだとおり、皆の身の上話を僕の息子に聞かせてあげてほしい。いいかな?』

 

全員が頷き、一人づつ自己紹介をした後、彼らの話が始まった。

 

 

不幸、という言葉が陳腐な表現に聞こえるほど、悲惨な話の数々だった。

グロテスクで、インモラルで、救いようのない過酷な身の上話。話はどれも淡々としていたが、生々しく、臨場感に満ち溢れていた。

 

親に兄弟共々虐待を受けて、死んだ弟の肉を食べされられたお兄さんの話。

 

再婚してできた義父に性的虐待を受け、無理やり妊娠させられてしまったお姉さんの話。

 

不良に脅されて、不良が殺した死体を埋めさせられたお兄さんの話。

 

かつて差別を受けていた人間の家系だから、という理由で地域の住民すべてに迫害され、家を燃やされたお姉さんの話。

 

これらは『まだ』比較的何とか耐えられたが、他の話は聞いているだけでこちらが死にたくなってくるほどの(むご)い話ばかりだった。

 

 

そして何より、彼らがその辛い過去を背負い、その過去を克服しようと努力して、どれほど頑張って生きているのかを事細かに話してくれた。

 

 

感受性の強い幼稚園児に聞かせるべき話ではなかったが、当時のクズそのものだった僕には良い薬だったと思う。

 

僕は、何のために父さんが洗面器を渡したのか理解した。

堪えきれずに胃の中に入っていた物をすべて、その中にぶちまけた。

胃液しかでなくなっても、吐き気が止まらず、カエルのような声を出しながら、吐き続けた。

 

吐きながら、自分の愚かさを知った。

この世で一番不幸な人間のような顔しながら、自分はするべき努力を何一つしてこなかったことを痛感した。

父さんの少々スパルタな『治療』のおかげで、僕は母親の死を努力して乗り越えようと決意することができた。

 

「おとうさん……」

 

『何だい?』

 

「ぼく、おかあさんのこと、のりこえてもういちどがんばってみるよ」

 

『うん。政夫なら、そう言ってくれると思ってたよ』

 

父さんは僕の頭を撫でながら、優しく微笑んだ。

 

 

 

 

それから、僕は自分の弱さに向き合うことを決めた。

だが、その道のりは口で言うほど簡単なものではなかった。

 

人込みに入っていく覚悟をするのに二週間かかった。

人の話し声が耳に入ってくるたび、それがすべて自分の悪口に聞こえ、胃が締め付けられる痛みを感じられた。

 

他人に話しかける覚悟をするのに一ヶ月かかった。

それまでは、同い年のクラスメイトにすら、拒絶されるのが怖くて、傍に寄っても話しかけることができずに縮こまっていた。

 

どもらずに話すのに二ヶ月かかった。

それまでは、うまく言いたいことが表せず、笑われてはしないかと不安でいっぱいだった。

 

人の目を見て話せるようになるまで四ヶ月かかった。

それまでは、相手の目を見るとどうしても言葉が詰まってしまい、いつも目を泳がせてしまっていた。

 

相手に合わせて、話ができるまでには一年以上かかった。

それまでは、話に着いていけずに場を白けさせてしまっていた。

 

もちろん、排他的で仲の良い友達も居なかった僕に好意的だったのは先生くらいのもので、クラスからはほとんど()け者扱いで(くじ)けそうになった。

泣きそうになった時は、唇をかみ締めて一人で耐えた。自分よりも辛い境遇で頑張っているお兄さんやお姉さんのことを思い出し、己を叱咤(しった)して奮起させた。

 

 

 

 

小学生になってからは、幼稚園児だった自分がどれだけ父さんや先生に守られて生きて来たかを知るはめになった。

 

片親だからという理不尽な理由で虐めてくる虐めっ子たち。

 

自分がターゲットにされることを恐れ、露骨に見て見ぬ振りをするその他のクラスメイト。

 

責任を押し付けられることを嫌がり、僕の受けている仕打ちを虐めじゃないと言い張る担任教師。

 

幼稚園で仲良くなったが、保身のために僕に嫌がらせをするようになった元・友達。

 

小学校に入学した僕には、笑えるくらい味方が居なかった。

傷を付けられ、裏切られ、人間の汚さと弱さをまざまざと見せつけられた。

 

それでも、僕は周囲の人間と仲良くなろうと努力した。自分を生んでくれた母さんと、自分を立ち直らせてくれた父さんへ少しでも報いることができるならと、頑張った。

 

例え、大人数で一方的に殴られようと。

 

例え、上履きや筆箱を隠されようと。

 

例え、給食に虫の死骸を入れられようと。

 

例え、買ってもらったばかりのランドセルを画鋲で穴だらけにさせようと。

 

泣き出しそうになりながらも、どうしてこんなことをするのかと自分を虐めてくる連中に聞いた。自分に非があるならば、直そうと思っていた。

 

『でしゃばりなんだよ。かあちゃんいないくせに』

『それにおまえ、からだひょろくてヨワソーだし』

『ザコならザコらしくしてろよな。ウッゼーんだよ』

 

好きなだけ理不尽な言葉を投げつけた後、彼らは笑いながら僕に暴力を振るった。

意味などなかった。理由など不要だった。

彼らは、ただ単純に弱者である僕を虐め、(えつ)に浸りたかっただけだったのだ。

僕は彼らとの対話を諦めた。

 

学校に行くのが嫌で嫌でたまらなくなった。父さんに相談して助けてもらおうかとも思った。

けれど、それはできなかった。

父さんに情けない台詞は吐きたくなかった。もう一度頑張るという台詞を嘘にしたくはなかった。

僕は虐めっ子たちが虐めに飽きるまで耐え続けようと決心した。

 

 

逃げ場がなく、精神的に追い詰められた僕だったが、そんな僕にたった一人……いや、一匹だけ心を許せる友達ができた。

 

ある日の放課後、追ってくる虐めっ子たちから逃げていた僕は、川原の背の高い雑草が群生している場所に逃げ込んだ。そこでじっと息を殺し、虐めっ子たちをやり過ごすことに成功した。

ほっとしていると、ミャーミャーという鳴き声が僕の耳に届いた。声のする方へ、行くとそこには小汚いダンボール箱の中に入った小さな黒猫を見つけた。

僕が恐る恐る子猫を撫でると、嬉しそうに鳴いて、僕の手にじゃれついてきた。

その時、僕は涙を流した。ただ僕を許容してくれる存在がいることが嬉しかった。

 

それから、僕は放課後になると子猫と遊ぶために川原に行くようになった。家で飼えれば一番良かったのだが、父さんが重度の猫アレルギーだったため断念した。

学校の図書室で猫の飼い方について調べて、子猫には牛乳ではなく、粉ミルクの方がよいこと学んだ。

僕が赤ん坊の時に飲み残した粉ミルクの粉をお湯で戻し、哺乳瓶(ほにゅうびん)に入れて人肌程度に冷まして子猫に飲ませて育てていた。

 

いつまでも名前がないと不便だったので、国語の授業で習っていた『スイミー』という小さな黒い魚が仲間と協力して大きな魚を撃退する物語から取って、スイミーと名付けた。

スイミーは僕によく懐いていて、ゴロゴロと喉を鳴らして足元に擦り寄ってくるところが可愛かった。

 

 

 

 

『なあ、まさお』

 

今まで僕に嫌がらせや無視をしていた元・友達の一人、アキラ君が教室で僕に急に話しかけてきた。

 

「……なに?あきらくん」

 

『おまえ、なんでさいきんそんなにたのしそうなの?おれにもおしえてくんね?』

 

小学校に入ってすぐ僕を裏切ったアキラ君に軽蔑していたが、その頃の僕はまたアキラ君たちとも仲直りして、友達に戻りたいという思いがあった。

だから、簡単に教えてしまった。スイミーのことを。

 

 

 

その日から二日後、僕は学校に登校して自分の下駄箱の中に変なものが入っているのを見つけた。

赤茶けた色をしたビニール袋だった。

散々、虐めを受けていた僕は、虐めっ子たちが入れた芋虫の死骸か犬のフンだろうと思ったが、ビニールの中を開いた。

 

僕が甘かった。

 

奴らの悪意の大きさを見誤っていた。

 

中に入っていたのは、スイミーだった。

手足がおかしな方向に曲げられて、血にまみれ、顔には大量の画鋲が突き刺さっていた。

 

「……え?…………う、うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

一瞬、自分が見ているものが理解できなかった。その場にへたり込み、袋の中のスイミーを抱きかかえ、僕は絶叫していた。

 

『あはははははは!だいせいこー!』

『いやー、おもしれー!』

『ほーんと、おまえのおかげでさいこうにおもしろいもんがみれたぜ。さんきゅー、アキラ』

 

『そーだろー。あはははは!』

 

下駄箱の陰から僕を指差して出てきたのは虐めっ子たちと、アキラ君。

それを見た僕は、スイミーの時とは違い、即座に理解できた。

アキラ君が虐めっ子たちにスイミーのことを教えて、四人でスイミーを惨殺したのだ。

 

『いやー、まさお。ごめ~ん。そのねこ、ビニールにつめてサッカーしてたらしんじゃってさー』

『だから、わるいとおもってがびょうでトッピングしたんだぜ』

『あははは!トッピングってなんだよー』

 

楽しそうな下劣な笑い声が響いた。

 

僕の中にある感情が爆発しようとしていた。

悲しみではなかった。そんなものは当の昔に越えてしまっていた。

 

絶望でもなかった。そんな大人しいものとはかけ離れているものだった。

 

憎悪ですらなかった。そんな矮小(わいしょう)なものでは収まりきらないものだった。

 

脳髄を焼き、思考が真っ白になっていた。

拳が握り締めすぎて、いつの間にか変色していた。

虐めっ子たちが何やら僕に言っていたが、そんなものは耳に入っていなかったので覚えていない。そして、覚えている必要もないほど下らないものだっただろう。

 

僕の中にある感情は殺意だった。

取り合えず、こいつらを殺そう。

それが当時の僕の最後の思考。

 

無言で僕は飛び掛り、殴りかかった。誰を殴ったかは覚えていない。

ただそいつの顔面に自分の指の骨が折れるほど威力で、何度も拳を振り下ろした。

 

殺そう、と。ただただ殺そうと。

後先も考えず、脳内から湧き出る殺意に身を任せて。

 

 

その後はまったく記憶に残っていない。

霧がかかったようによく思い出せない。

 

ただのその小学校、というかその地域に居られなくなり、父さんも職場を移るはめになったのだけは覚えている。

 

 

 

 

ただ、僕はこの一件から人間の悪意というものが存在しているということを身を持って知った。自分自身も感情に身を任せれば、理性のないケダモノのに変わるということも。

 

だから、僕はそれ以来、柔和な笑顔の仮面を付けて、周囲の人間を観察して生活するようにした。

いつ、誰が、どのように、僕に対して悪意を向けてきても、事前に対処できるようにするために。

 

僕は人間不信に……いや、人間の根底にある悪意という存在を誰よりも信じるようになった。

 

 

<信じる者はすくわれる>

 

神様や人の悪意を信じた僕が『すくわれた』のは足元だけだった。

 

 




政夫の幼少時代の話ですが、本当はもっと長いです。
何度も何度も人の悪意に押しつぶされそうになって、今のひねた少年になってしまったわけですが、後は本編に絡められる形で書きたいと思います。

政夫が孵化寸前のグリーフシードを握っても、おかしくならなかったのは絶望に多少耐性があるからです。


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第四十七話 踏み出す勇気

「ちょっ、ちょっと政夫!」

 

僕は美樹を手を引いて、上条君と暁美がいた喫茶店に向かっていた。

まだ店に残っているか分からないが、一応行ってみて、居なかった場合は上条君の家の前で待たせてもらうつもりだ。

 

理由は美樹の中の上条君への想いに何らかの決着を着けてもらうためだ。ずっと不安定な躁鬱(そううつ)状態のままだと、いつ魔女化するか分かったもんじゃない。地面に埋まった不発弾のようなものだ。

 

「私まだ……告白するなんて言ってないよ。勝手に決めないで!」

 

僕の手を振り払うようにして、美樹は立ち止まった。

睨みつけるように僕を見るが、まったく覇気のない表情なので少しも怖くない。むしろ、心配になってきさえする。

 

「じゃあ、いつまでも解消できない片想いを続けていきたいの?それとも『もしも告白してれば、振り向いてくれたかもしれなかった』なんていう仮定に(おぼ)れていたいの?」

 

「そんな事っ!……そんな事しないよ。ただ――――」

 

「ただ?」

 

自信の無さそうな不安げの顔を手で覆い、美樹は悲痛な声を出す。

 

「本当に私が好きだったのは『恭介』だったのか、もう分からないの……」

 

相変わらず言葉が足りていないせいで何を言いたいのか掴めない。

音楽家の少年に惚れただけあってか、美樹の発言には詩的な表現が多すぎる。生憎(あいにく)と僕は芸術性が皆無なので美樹の発言の意図を読み取ってあげることはできそうになかった。

 

「頼むから、僕にも分かるような言い方で言ってくれない?」

 

「恭介はさ、ほむらと会ってすごく元気になってた。もうバイオリンの事を口に出さなくなるくらいに」

 

美樹が語り出した事は、僕の質問に沿っていないように感じられたが、僕はそのまま口出しせずにいた。

自分の中に(こも)るための言葉ではなく、僕に何かを伝えようとしている美樹の意思を感じたからだ。

 

「あの時、私はもの凄くいやだった。恭介がほむらの事を楽しそうに話す事だけじゃない……恭介がバイオリンから離れていくのが嫌だった。憧れだった恭介が普通の中学生になるのが嫌だったんだよ。……政夫。私、ショウさんの叫びを聞いて気付いちゃった。私は『ただの恭介』じゃなくて、『天才バイオリニストの恭介』が好きだったんだって」

 

なるほどね……。

だから、あれだけ止めても美樹は魔法少女になったのか。

美樹は上条君がバイオリニストじゃなくなることに耐えられなかった。

だったら、僕が当初予定していた上条君と美樹をくっ付けて、奇跡なんかに頼らずに二人で支え合って、生きていってほしいという未来は元からあり得なかったってわけだ。

 

実に笑えるな。

ピエロだったのは美樹ではなく、この僕だった。

それじゃあ、うまく行くわけもない。絵空事を追いかけていたようなものだ。

 

「だからさ、政夫。私に恭介に告白する資格なんてないんだよ。私の想いは『薄っぺら』なものだったんだから…………」

 

「じゃあ、何もせず諦められる?」

 

「うん……大丈夫だか、ら……」

 

「嘘だね。だって君、今にも泣き出しそうだよ」

 

「っう……うう……」

 

ポロポロと涙腺から水の玉が押し出され、瞳の淵に溜まっている。

それは美樹が胸の内に抑え付けている感情を表しているかのようだった。

 

美樹は、自分の想いが単なるエゴによるものだと言った。

でも、やっぱりそれだけじゃないはずだ。

そんな薄っぺらなものだけでは、人は動けない。

美樹の言っていることに嘘はないだろう。だが、他にも表に出していない真実が絶対に隠れている。

 

「美樹さん。君が上条君を好きだって気持ちは、本物だと思う。君が上条君を好きになったのは、バイオリンが上手に弾けるからだけじゃない」

 

「なんっ……で、何で、そう……言い切れるの?」

 

言葉を詰まらせながらも、美樹は僕に問う。

嗚咽(おえつ)を堪えた声は、僕に助けを求めるようにも聞こえた。

 

「『恭介が私から離れて行っちゃうのが嫌で嫌でしかたがない』。君は病院の屋上で、そう僕に言ったよね。あの時の言葉にだって嘘はなかったはずだよ。それなりに大勢の人間を見てきた僕が太鼓判を押してあげたっていい」

 

記憶力には僕は自信がある。

あの時、美樹の剣幕も叫びもしっかりと覚えている。だからこそ、僕も柄にもなく熱くなって口論してしまったのだ。

あの言葉に含まれた想いはエゴだけではなかったと断言できる。

 

「………………うう……」

 

「さて、もう一度だけ聞くよ。君は上条恭介君のことをどう思っているの?」

 

「す……き……だよ。大好きだよおおおおぉぉぉぉっ!!」

 

今まで必死に抑えてきた感情が涙と共に溢れ出したかの如く、美樹は号泣した。

決壊したダムのように、涙腺から次から次へと涙が噴き出す。

今まで言えなかった悲しさや悔しさ、それ以外にも沢山の感情がない交ぜになっているのだろう。

ただのその感情の群れは、すべて上条君への好意に起因するもののはずだ。

 

街中で大声で泣き喚く美樹は、夕暮れ時という時間帯もあり、酷く目立っていた。うるさそうにこちらを睨む人もいたが、僕は彼女を泣き止ませる気はなかった。

美樹にとって、この涙はとても重要な涙だと思ったからだ。

 

 

 

美樹が自然に泣き止むまで僕は、何もせずにずっと傍に居続けた。

眼球を紅くさせ、泣き()らし、しゃくり上げる美樹の顔を僕はオレンジ色のレースのハンカチで拭いた。少し前に雨に濡れた巴さんの顔を拭いたのでハンカチはまだ少し湿っていたが、それでも涙でグショグショのままよりは幾分マシだ。

 

うーむ。本当はずるずると引き延ばしにならないように今日中に()き付けて告白させようと思っていたのだが、流石にこの泣き腫らした顔で告白させるのは少々(こく)か。

鉄は熱い内に打つべきなのだろうが、少しだけ時間を取ることにしよう。

 

「美樹さん、今日中になんて言った手前、アレだけど告白は少し延期しようか」

 

「ううん、ダメ。ようやく覚悟が決まったんだもん。私、今日、恭介に告白する」

 

「でも……」

 

そんなに涙で腫れた目の顔で良いの、と言おうとしたが、美樹はその前に首を振り、そして、笑顔を作った。

今までの吹っ切れたような爽やかさを秘めた、美樹らしい微笑み。その笑みは、かつて病院の屋上で見せたものよりも、大人っぽく、深みがあり、何よりずっと美しいものだった。

 

「大丈夫。こういう顔の方が私らしいよ。それに今じゃなかったら、私、また泣いちゃうと思う」

 

「そっか……。じゃあ行こうか」

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

喫茶店に入ると六時過ぎにもかかわらず、喫茶店には暁美と上条君は未だに居てくれた。というか、僕らが出て行ってから、いつまで喫茶店で喋ってたのだろうか。彼是(かれこれ)(ゆう)に二時間ほど経っているのだが……。

まあ、こちらとしては好都合なので早速、接触させてもらおう。

 

上条君を前にして、美樹が怖気づくかと思ったが、本気で告白する覚悟を決めたらしく、僕に促させる必要もなく自ら進んで上条君たちの方へ近づいて行く。

 

い、勇ましい。

これがあの女々しいことを言いつつ泣いて逃げた美樹なのか……。

杏子さんの過去を聞いたり、ショウさんの叫びが美樹を短期間でこうも成長させたのだろう。傍で見ていた者としては非常に感慨深い。

 

このまま、すべて美樹自身に任せて、僕は静かになりゆきを見守るべきかとも考えたが、ここまで付き合ったのだから責任を持って関わろう。

 

上条君たちは、僕らが近づいていくと、こちらに気付き、手を振ってくれた。

 

「あ……さやか!さっきは急に飛び出して行ったから心配したよ。やっぱり、夕田君は連れ戻してきてくれたんだね。ありがとう」

 

「『やっぱり』?」

 

上条君の発言がいまいちよく分からなかったので聞き返す。

追いかけるとは言ったが、まるで美樹を僕が連れ戻すことを確信していたかのような物言いだ。

 

「暁美さんが夕田君がさやかを追いかけて行ったから大丈夫だって――――」

 

「よ、余計な事は言わなくて良いわ!!」

 

上条君の台詞を(さえぎ)るように暁美は上擦(うわず)った声を上げた。

暁美は頬を僅かに紅潮させ、僕と目が会うと、とっさに顔を背けた。何だ、こいつ。

 

どうやら、二人は僕が美樹を連れ戻すまでここで待っていたらしい。上条君の今の発言によると暁美が僕が連れ帰るから、美樹は絶対平気だと吹き込んでいたようだ。

信用してくれるのは良いが、根拠のない期待をされるのはあまり好きじゃない。度が過ぎた期待や信頼はたやすく妄信へと変わる。人を信じすぎると足元を(すく)われる。

今の暁美は、ちょっと危ういな。必要以上僕を頼るようにならないといいが……。

 

「恭介。……大事な話があるんだけど、いい?」

 

真剣な表情で美樹が静かにそう言った。

美樹の瞳には、もう迷いはなかった。クラスの男子なんかよりも男らしさを感じる。

 

「え?良いけど、急にどうしたの?さやか」

 

一方、相対する上条君は美樹がどんな話をこれからしようとしているのか、少しも分かっていないようだ。心底不思議そうな顔で美樹に返事をしている。

今まで、僕は真っ向から告白しようとしない美樹に呆れていたが、上条君の鈍感さも美樹に踏ん切りが着かなかった理由の一つだったのだろう。まるで恋愛アニメかギャルゲーの主人公だ。

 

「という訳なそうなので、僕と暁美さんは席を外そうか。良いよね、暁美さん?」

 

「……まさか、貴方、さやかに――――」

 

勘のいい暁美は、美樹がこれからしようとしていることに気付いたようだ。

だが、そこから先は言わせない。それは美樹だけが言う資格のある台詞だ。

椅子に座っている暁美をこの場から引き離すように、強引に腕を掴んで立ち上がらせる。

 

「じゃあ、僕達は店から出てくよ」

 

「ま、待ちなさい。いきなり何を……」

 

ぶつくさと文句を垂れる暁美を、ここに来るまでの美樹と同じように手を引いて、喫茶店から退出した。

美樹の告白まで居合わせるのは流石に野暮すぎる。今の美樹ならば、上条君の答えがどんなものでも受け入れられるはずだ。

 

外に出ると、暁美の手を離して、彼女と向き合った。

暁美は無表情ながら、瞳に怒りを(とも)して、僕を睨み付けている。凄い剣幕だ。

 

「政夫。貴方、自分がさやかに何をさせているのか分かっているの?」

 

「もちろん」

 

「……信じられない。貴方がこんな軽率な行動を取るなんて。それとも、さやかがどうなろうと構わないとでも思ってるの!?」

 

声を荒げて僕を糾弾する暁美を見て、僕は思わず笑みがこぼれた。

そのせいで、さらに暁美は僕に詰め寄って、怒りを(あらわ)にする。

 

「何がおかしいの!?」

 

「違うよ。嬉しいんだ。鹿目さんさえ無事ならそれでいいと言っていた君が、美樹さんのためだけに怒ってる。それがたまらなく微笑ましいんだよ」

 

「………………」

 

僕のその言葉で冷静になったのか、暁美は恥ずかしそうに目を逸らした。

照れと戸惑いがない交ぜになった複雑な面持ちの暁美を見ながら、僕はやはりこいつが心の優しい女の子であることを再確認した。

そして、僕が暁美を嫌いだった理由をはっきりと理解した。

 

『シャドウの法則』。父さんに教わった心理学の用語の一つだ。

これは、自分自身の嫌いな性格と同じ性格をしている他人を嫌いになるというものだ。

人は自分の中で認めたくない部分を他人に見出すと、その相手を嫌いになる。早い話が同属嫌悪だ。

僕は自分が、どこまでも冷酷になれる人間だということが嫌いだった。だから、同じように冷酷に見えた暁美のことが嫌いだったのだ。

 

「暁美さん」

 

「な、何よ」

 

「君は優しいね」

 

「……っ。私はたださやかが魔女になられると困るから言っただけよ。ワルプルギスの夜と戦うための貴重な戦力なんだから、こんなところで死なれると困るのよ」

 

僕が暁美を褒めると、突然、暁美はツンデレめいたことを言い出した。

さらにそれが墓穴を掘っている気がするが、面白いので話に乗る。

 

「じゃあ、その『貴重な戦力』を信じてあげなよ」

 

そう言って暁美に、にまっと笑いかける。

 

「くっ……、貴方って本当に性格悪いわね」

 

「そうだね。心優しい暁美さんと違ってね」

 

不機嫌そうにそっぽを向く暁美は、出合ったばかりの頃とはまったく違う印象しかなかった。

 

 




ようやく長かったさやか編も終わりそうです。

ですが、私はこれから大学のサークル活動が忙しくなるので、投稿が遅れてしまいます。
できれば気長に待って頂けると嬉しいです。


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第四十八話 受け入れられないもの

~さやか視点~

 

私、美樹さやかは今好きな人の前に座っている。

理由はただ一つ。その私の一番好きな人に……恭介に告白するためだ。

心臓が高鳴る。指先が(かす)かに震える。目の奥が熱くなる。

覚悟を決めて、ここまで来たはずなのにどうしても不安な気持ちは消えてくれない。

 

「それでさやか、話って何だい?」

 

恭介はそんな私の態度にも気付かず、いつものように落ち着いて様子で私に尋ねる。

まあ、恭介が敏感だったら、私もここまで苦労はしてないか。

ふう、と息をゆっくりと吐いて、気を落ち着ける。そして、私は口を開いた。

 

「恭介………………ほむらとはどんな事話したの?」

 

くぅっ……。何でそこでヘタれるのよ、私!

本来なら、告白の台詞が出るはずだったのに、私の口から出たのは、ほむらとの会話の事についてだった。

 

「え?暁美さんと?」

 

恭介にとっても私の台詞は意外だったのか、面食らったように聞き返す。

でも、これは逆にファインプレーだったかもしれない。

ほむらとどこまで話したかを聞けば、少しは安心して告白ができると思う。

 

「……さやかならいいか。実はね、暁美さんに告白したんだ」

 

……………………聞かなければ良かった。

これで私の告白へのモチベーションはガクッと下がった。正直に言えば、この喫茶店から駆け出てしまいたいくらいだ。

だけど、政夫の前で啖呵(たんか)を切った手前、逃げ出すわけにもいかない。

私にだって、プライドがある。ここで逃げ出したら、格好悪いどころじゃない。背中を押してくれた政夫に顔向けできなくなる。

 

「へ、へえ、そうなんだ。それでほむらの返事はどうだったの?」

 

顔に出ないように心がけて、恭介の言葉を促す。

この程度で(くじ)けたら話にならない。

 

「見事に振られたよ。彼女には、もうすでに好きな人が居たんだ」

 

そう言った恭介の顔は、言葉とは違ってどこかすっきりした顔をしていた。

それが気になって、ついわざわざ聞かなくてもいい事を聞いてしまう。

 

「なんで、なんでそんな顔してられるの?!ほむらの事好きだったんじゃないの?!」

 

「好きだよ。告白して、振られた今でさえ、僕は暁美さんの事が好きだ」

 

「っぅ……」

 

私にとって、一番聞きたくない言葉を恭介は容易(たやす)く放った。

心が痛い。

痛くて、痛くて、死んでしまいたいとすら思えた。

でも、胸元を強く握り締めて、その痛みにじっと耐える。

これはツケだ。ずっと幼馴染という位置に居て、何もしようとしていなかった私の大きなツケ。

 

恭介は、何処か遠くを見つめるような目で言う。とても悲しげな笑顔をしながら。

 

「でもね。僕は暁美さんが幸せなら、それで良いんだ。彼女の隣に居るのが僕じゃなくても、彼女が笑顔で居さえすれば、僕はそれで構わない」

 

「あたしは!……あたしは嫌だよ!!そんな風に思えない!ううん、思えなかったよ!!」

 

「さ、さやか?」

 

恭介は突然私が声を荒げた事に驚いて、遠い目を止めて、呆然と私を見る。

私も一度は身を引いて、恭介とほむらの仲を取り持とうと思った。自分の幸せを我慢して、恭介の幸せを願えると思った。

でも、できなかった。

政夫に、恭介がほむらが付き合ったりしても平然としてられるのかと聞かれた時、答える事ができなかった。実際に、抱き合って、キスをしている二人を想像したら、胸が張り裂けそうになった。

結局、私は考えないようにしてただけ。現実から目を背けてた、ただの馬鹿だった。

 

だから、もう後悔したくない。

例え、振られるとしても、最後まで自分を突き通したい。

 

「恭介!あたしはアンタの事が好き!あたしと、あたしと付き合って!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、出てきた。おーい、美樹さん」

 

「さやか……」

 

暁美と一緒にすぐそばのバス停のベンチに腰かけていた僕は、一人で喫茶店から出てきた美樹に声をかける。

僕の隣で缶コーヒーをちびちびと飲んでいた暁美も、美樹に何かを言おうとしたが、言葉が続かず、複雑そうな顔を浮かべただけだった。まあ、君からしたら、何言ったらいいか分からないよな。下手なこと言って余計に美樹を傷付けるかもしれないわけだし。

 

「政夫……ほむらも、ひょっとして待っててくれたの?」

 

「うん。僕は帰ろうかと思ったんだけど、暁美さんがどうしても美樹さんを待ちたいって言うもんだから」

 

「さらっと捏造しないでくれるかしら!私はそんな事は一言も言ってないわ!」

 

事実をありのまま美樹に伝えたところ、暁美が不機嫌そうに僕に怒鳴った。

どこまで不器用なんだか……。そんなだから、コミュニケーション能力がいつまで経っても身につかないんだよ。

 

「はあ……。暁美さん、もうそういうツンデレいいよ。要りません。お腹いっぱいです」

 

「ツンデレじゃないわよ!大体政夫、貴方ねぇ……」

 

どうしても、クールを気取りたいツンデレがごちゃごちゃと言っていたが、それらを全て聞き流し、美樹に聞く。

 

「それで『決着』は着いたの?」

 

「うん。一応、ね」

 

美樹は泣きそうではなかったものの、嬉しそうな表情とは、とてもじゃないが言えたものではなかった。上条君からの返事を察するのは難しくない。それに一人で喫茶店を出てきた時点で予想はついていた。

それでも、美樹の中では何かが片付いたようで、前までは顕著だった張り詰めたものがなくなっていた。

 

「そう、でも後悔してない?」

 

「それはしてないかな。踏ん切りがついたって感じ」

 

「なら良かった」

 

受け答えもしっかりしていて、まるで陰を感じさせない美樹。無理に取り繕うとせず、自然体のままだ。本当に一皮向けたというか、成長したなあ。

今の美樹には失恋を乗り越えたからか、どこか大人びて見える。

 

「……綺麗になったね、美樹さん」

 

しみじみとした感想が思わず声に出してしまった。

美樹はビックリしたような目をした後、軽く笑った。

 

「なら、政夫が私と付き合ってくれる?」

 

「僕じゃ役者不足だよ。とても今の君にはつり合わない」

 

「そんな事ないと思うけど……」

 

「政夫、さやか。さっきから私を無視して二人だけで話さないでくれるかしら?……」

 

美樹が何かを言い掛けたが、話に入ってきた暁美に邪魔をされて最後まで聞くことは叶わなかった。

まったく最近はかなりアグレッシブになってきたな、こいつ。いや、ひょっとしたら今まで自分を抑え、我慢してきただけなのかもしれない。

暁美の過去をよくよく考えれば、抑圧されて生きてきたのだから、無理もないな。

 

「ごめんごめん。じゃあ、二人は仲良くガールズトークでもしながら、先に帰っててよ。そろそろ、お家の人が心配する時間帯だからね」

 

「貴方は?」

 

「ちょっとね」

 

「……何となく読めたわ。貴方は本当にお節介焼きね」

 

暁美には僕が何しようとしているか、分かったようで呆れている。少し腹が立ったが、暁美の予想は多分合っているので、何とも口惜しいが、言い返せなかった。

 

 

二人と別れた後もしばらく待つと、松葉杖を突いて上条君が店から退出して来た。

上条君と目が合うと、すぐさま僕は話しかける。

 

「やあ、上条君。良かったら一緒に帰らない?」

 

 

 

 

「僕を殴るために待ってたのかと思ったよ」

 

川の近くの道を上条君と一緒に歩いていると、ぽつり上条君がそんなことを漏らした。

 

「あはは、どんな野蛮人だよ。僕は」

 

小さく笑いながら手を振って僕は否定する。けれど、上条君は真顔で続けた。

 

「いや真面目な話だよ。僕が暁美さんに振られた事とさやかを振った事は聞いてるだろう?」

 

「本人の口から聞いていないよ。多分そうなったかなとは思ってたけど」

 

やっぱり暁美は上条君を振っていたようだ。

暁美に直接聞く時間は合ったが、面白半分聞くような話題でもなかったのであえて気かなったのだが……もったいないな、こんな将来有望なイケメンを振るとは。だが、あいつはレズだからそもそも相手が男の時点でアウトだろう。

 

「暁美さんは好きな人が居るらしくてね」

 

「へー」

 

上条君には悪いが、正直心底どうでもいい話なので自分でも驚くほど適当な返事をしてしまった。

 

「気にならないの?」

 

「うん、まあ」

 

そんなの鹿目さんに決まってるだろうしね。

あいつは鹿目さんを救うために並行世界を渡り歩いている。言わば、世界を越えたストーカーだ。鹿目さん一筋の女だ。

暁美が鹿目さん以外の人間に恋愛感情を抱く光景は想像できない。

 

「そんなことより、上条君。僕が何を聞きたいのか本当はもう分かるだろう?」

 

お互いに目を合わせずに僕と上条君は並んで歩く。もっとも、上条君は松葉杖なので僕が上条君のペースに意図的に合わせているのだが。

 

「『何で暁美さんに振られたのに、さやかの告白を受けなかったか』という事かな?」

 

「そうだよ。だからこそ、最初は僕に殴られるかと思ったんだよね」

 

僕が上条君を待ったのは、そこを尋ねるためだ。

だが、別に好きな女の子に振られたからといって、自分を好きだと言ってくれる女の子に鞍替(くらが)えすればいいなんて言うつもりは毛頭ない。

そんなものはむちゃくちゃだ。体育の授業で組む二人組みじゃないんだ。誰でも良いってわけじゃないことぐらいは理解している。

 

「上条君。ぶっちゃけると美樹さんに告白された時、満更(まんざら)でもなかっただろう?」

 

ただ上条君が美樹のことを振るほど嫌いだとは、どうしても思えなかった。恋愛感情ではなかったとはいえ、それなりに好意を持っていたことは間違いない。

上条君が病院に入院していた頃、美樹がCDを持ってきて自分に聞かせてくることが苦痛で仕方がなかったのに、それでも美樹を気遣って耐えていた。

美樹にある程度好意がなければできないことだろう。

 

「……そうだね。夕田君の言うとおりだよ。もし暁美さんに出会う前だったら、喜んで受け入れたかもしれない」

 

上条君は足を止めると、暗くなった空を仰いだ。

僕も彼に合わせて、立ち止まる。

ほんの(わず)かの沈黙の後、上条君はゆっくりと語り出した。

 

「さやかの事は好きだよ。もちろん、友人としてだけど、恋人になっても良いと思えるくらいには好きだ。でもね、それ以上に僕は暁美さんが好きになってしまったんだ。もしも、さやかと付き合っても僕は暁美さんの事が諦められるか分からない。そんな気持ちでさやかとは付き合えない。……他ならない、大切な幼馴染だからこそ、そんなことはしたくないんだ」

 

美樹のことが大切だから、なおさら付き合えないか……。

何と言うか、不器用なところも含めて、上条君は美樹と似ている。まっすぐで律儀で、楽に生きられないところなんかそっくりだ。

でも、その実直さは人間として立派だと感じられた。

 

「本当にもったいないことしたね、暁美さんは」

 

ここまで自分を本気で愛してくれる人を振るとは、愚かとしか言いようがない。これを機会にノーマルになるチャンスを(のが)してしまったな。

 

「え?」

 

「こんな格好良い男を振ってしまったことがもったいないってことだよ。美樹さんじゃないけど、大抵の女の子だったら放っとかないのに。絶対いつか後悔するだろうね、逃がした魚はでかかった、って」

 

「夕田君……。君にそう言ってもらえると嬉しいよ。否定されるかと思ったから」

 

上条君は僕の方を向くと安堵(あんど)したように顔を緩ませた。やっぱり美樹を振ったことを気に病んでいたようだ。一人で抱え込もうとするところまで美樹と同じだ。

 

「そんなことしないよ。君が本気で美樹さんを大事にしていたから振ったことに関しては、むしろ、男として君を尊敬するよ」

 

上条君。君は男の中の男だ。

美樹が彼を好きになったもバイオリンだけではないだろう。もしも、僕が女性だったら上条君に惚れていた自信がある。

 

「だから、君が負い目を感じる必要なんかないからね」

 

「……もしかして、夕田君、その言葉を僕にかけるためにわざわざ付いて来てくれたの?」

 

上条君の問いにどう答えようか迷ったが、正直な彼には正直に答えるのが一番いいだろう。変に気を使うのはむしろ失礼に当たる。

 

「……うん。実はそうなんだ。そのままだったら、上条君だけが誰にも打ちあけられずに、悪者みたいな扱いになっちゃうんじゃないかと思って」

 

自分のお節介ぶりを声に出して再確認すると、かなり恥ずかしい。それほど上条君とは親交が厚いわけでもないのに、流石に差し()がましすぎる気がしてきた。

 

「夕田君……。今さ、僕が暁美さんに振られた理由が本当の意味でやっと分かったよ」

 

ええ!?つまり、暁美が女の子にしか興味がない人間だということが分かっちゃったということか!?一体どの件で?そしてなぜこのタイミングで言うんだ?まるでわけが分からない。

僕が上条君の『謎はすべて解けた』的発言に愕然としていると、上条君は優しげに微笑むと左手を差し出してきた。

 

「握手、してもらってもいいかな?」

 

「うん?いいけど、急にどうしたの?」

 

いきなり握手を求めてきた上条君に、取り合えず従い、僕も左手を差し出す。

ぎゅっと僕の手を握った上条君は目を(つむ)って、お願いごとでもするかのように神妙な表情をする。

数秒ほどした後、上条君は目を開けて、手を離した。

 

「うん。これでよし」

 

「何が?」

 

「この僕の左手って、本当はもう動かないはずだったんだ。でも奇跡が起きて急に治った。だから、不思議な力が宿ってる気がしてね。それを夕田君にもお裾分(すそわ)けできないかなって」

 

魔法少女のことについて何も知らない上条君にとっては、『奇跡』というものが都合の良いもののように思っているのだろう。

聞いていて、少しだけやるせない気分になったが、顔に出ないように気をつけて上条君にお礼を言った。

 

「ありがとう。奇跡を分けてもらえたかは分からないけど、上条君の優しさは伝わって来たよ」

 

彼が善意で僕にそうしてくれたのは確かだ。それに関しては素直に嬉しい。

でも、僕は奇跡なんていらないと思うし、ない方がいいと思う。そんな都合のよいものは受け入れられそうにはなかった。

 

 




何ということでしょうか。レポートの期限もぎりぎりだというのになぜか投稿をしている自分がいました。

そんなことは置いておいて、今回でようやくさやか編が終了しました。
長かった~。
上条君とさやかはこの物語ではくっ付きませんでした。
しかし、報われない恋と決着を着けたさやかは、登場人物の中で成長することができました。


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第四十九話 穏やかな学園生活

「ふわあぁ~、眠い……」

 

大きなあくびと共に僕は眠い目を(こす)り、起床する。

一昨日から昨日にかけて色々あり過ぎて疲れていたせいで、眠りが浅く、目覚まし時計が鳴る前に目を覚ましてしまった。

だが、それを理由に学校を休むのは気が引ける。

二度寝する気にもならなかったので、僕はパジャマから制服に着替えて自分の部屋を出た。

洗面所で顔を洗った後、リビングに向かう。

 

「おはよう、政夫。疲れているようだけど大丈夫かい?」

 

リビングにはすでに父さんが居て、朝食の用意をしてくれていた。

 

「おはよう。父さん」

 

父さんは僕より遅く起きてきたことが一度もない。ちゃんと睡眠を取っているのか不安になってくるほど、早起きだ。それでいて、常にしゃっきとしていて、疲れた様子など微塵(みじん)も感じさせない。

 

父さんの作ってくれたベーコンエッグとほうれん草のソテーをトーストに乗せて、端の方から(かじ)り付く。ベーコンの塩気と半熟気味の焼き加減の卵の黄身のまろやかさが合わさり、さらにその味をトーストが見事に引き立てている。うん、美味しい。

 

グラスに注いだオレンジジュースを飲みながら、今日の朝刊に目を通す。

大々的に書いてあるのは、政治家の汚職問題くらいで、自殺があったとかそういう記事は極端に小さく書かれている。

一昨日の工場の件も新聞に載ったが、本当に申し訳程度の小さな記事だった。あの程度のことは見滝原市では大した事件ではなかったらしい。

 

魔女だの、魔法少女だの、のせいで見落としそうになるが、僕にはこの街自体がどこか狂っているように思えてならない。

自殺事件が僕が前に住んでいた街と比べても極端に多いのにも関わらず、メディアがそれほど着目していないのだ。まるで『そんなことはこの街では珍しくありませんよ』とでも言いたげのように見える。

 

そんなことを考えながら朝食を食べていると、玄関のチャイムが鳴った。

父さんが玄関に向かっているのを横目で見つつ、噛み砕いたトーストを嚥下(えんげ)する。

誰だ、こんな朝っぱらから、人の家に訪ねてくるのは。新聞の押し売りとかじゃないだろうな。

 

「政夫、お友達が迎えに来てくれたみたいだよ」

 

「友達?」

 

誰が来たのか一瞬だけ疑問に思ったが、よく考えれば僕の家を知っている知人はまだ一人しかいない。

オレンジジュースを飲み干して、ティッシュで口を(ぬぐ)った。父さんに促され、玄関に行くとそこには予想通り暁美が立っていた。

 

「おはよう、暁美さん。君がちゃんと玄関から入ってくるところ初めて見たよ」

 

僕は若干の皮肉を込めた挨拶を送る。

これを(さかい)に僕の部屋の窓を入り口代わりにしなくなってくれるとありがたい。

 

「私だって、その程度の常識くらい持ち合わせているわ」

 

ファッサっと髪をかき上げて、暁美はいかにも心外そうな顔を僕に向けるが、まるで説得力がない。

というか前から思っていたが、そもそもどうやって僕の住所を特定したのだろう?

 

「で、今日はどういったご用件で?」

 

「見た通りよ。一緒に登校しようと思って貴方を迎えに来たの」

 

迎えに来た?一緒に登校?一体どういう風の吹き回しだ?

いまいち暁美の意図が分からなかったが、わざわざ来てくれたのを無碍(むげ)に断るのは悪いと思ったので、僕は承諾した。

 

「分かった。取り合えず、歯を磨いてくるから、五分ほど待ってて」

 

「ええ、ここで待たせてもらうわ」

 

 

 

 

 

 

「それで何で急に一緒に登校しようだなんて考えたの?」

 

歯を磨き終わった後、学生鞄を片手に僕は暁美と共に待ち合わせの場所へ向けて歩いている。

まだ朝早いせいで、僕ら以外に見滝原中の生徒は見かけない。

いつもよりかなり早い時間だから、ひょっとすると鹿目さんたちはまだ待ち合わせの場所に着いているか分からない。まあ、いつも僕が一番遅く到着するから、今回は待つ側になってもいいけど。

 

「理由は……その、あれよ。上条恭介の事よ」

 

「上条君のこと?……ああ」

 

妙に歯切れの暁美に聞き帰してしまったが、すぐに何を言いたいのか気付いた。

そうか。こいつもこいつで上条君を振ったことを気に病んでいるのか。

ずいぶんと優しくなった、いや、素直になったという方が適切だろう。一週間ほど前の暁美とはもう別人だ。

 

「大丈夫だよ。彼も完全に君のことを割り切れてはいなかったけど、そこまでナイーブにはなっていなかったよ」

 

「そう。良かったわ。……それで政夫はその事についてどう思ったの?」

 

どう思った?意味がよく分からない質問だ。

僕が、『暁美が上条君を振ったこと』に対してのどのような感想を持ったのかを述べろ、ということでいいのだろうか?

 

「上条君を振るなんて暁美さんはもったいないことしたな~、と思ったよ」

 

僕が素直に感想を述べると、暁美はなぜかガッカリしたような顔で肩を落とした。理解ができない。今のどこら辺に落ち込む要素があったのか教えてほしいところだ。

 

「……つまり、貴方は私と上条恭介が付き合ったとしても何も思わない、という訳ね」

 

平静を装うとしているが、明らかに暁美の声のトーンはいつもより低かった。多分、本人は常時ポーカーフェイスを保っているつもりなのだろうが、少しでも観察眼に長けた人間なら一目で分かるほどしょんぼりした表情をしている。

 

落ち込んでいる理由はさっぱり分からないが、暁美の発言には誤りがあったので訂正させてもらう。

 

「おかしなこと言わないでよ、暁美さん。暁美さんと上条君が付き合って、僕が何も思わないわけないだろう?」

 

「え?……それは本当!?」

 

一瞬で暁美の瞳に輝きが(とも)る。

ちょっと心配になるレベルのテンションの上下具合だ。美樹ほどではないが、躁鬱(そううつ)病の()があるんじゃないだろうか。

僅かに引いてしまったが、僕は真面目に答える。

 

「うん。もちろん、ちゃんと友達として祝福するに決まってるじゃないか!」

 

自分で言うのもなんだが、僕はそれなりに友達思いの人間だ。

ある程度親しい友達同士が付き合ったのなら、笑みをもってお祝いするだろう。身銭を削って、ささやかながらパーティを開くのもやさぶかじゃない。

 

「はぁー……」

 

だが、僕の答えを聞いた暁美は額に手をやり、深いため息を()いた。

おおよそ、ため息を吐きそうにない暁美が、だ。

 

なぜだ……。その反応は理不尽すぎやしないだろうか。

別に褒めてもらおうなんて思ってなかったが、ため息を吐かれるのは流石に傷つくぞ。

 

 

 

 

 

暁美と謎に満ちたやり取りをしながら歩いていると、いつの間にか待ち合わせの場所に到着していた。

一番乗りかと思ったが、そこにはすでに先客が待っていた。

 

「あら、政夫さんとほむらさん。おはようございます。ご機嫌いかかがですか?」

 

「おはよう、志筑さん。身体は大丈夫だったの?それと、機嫌は良いかと言われると、そんなに良くないと答えざるを得ないよ」

 

 

一体何時に起きているのか聞きたくなるほど早いな、志筑さん。

昨日は学校を大事を取って休んでいたくらいなので、もう少し身体を(いた)わった方がいいと思う。

 

「大丈夫です。昨日だって両親が心配するから休んだだけであって、身体には問題ありませんでしたから。むしろ、ほむらさんの方が体調が優れないようですけど」

 

心配そうな表情で志筑さんは暁美を見る。

先ほどの僕との会話から、暁美はどこか落ち込んだ雰囲気を(まと)ったまま、志筑さんに挨拶もせずに僕らより少し離れて、突っ立っていた。

 

「あー、そうだね。何かさっきから調子悪いみたいで。……暁美さーん、志筑さんに挨拶ぐらいしたらどう?」

 

「……それぐらい貴方に言われなくてもするわ。おはよう、志筑さん」

 

今度は不機嫌そうになる暁美。一体どうしたというのだろう。

『女心は秋の空』というが、仮にも空を(かん)するのなら広さの方もそれ相応にしてほしいものだ。

 

「ふふっ。お二人は仲が良いのですね。羨ましいですわ」

 

上品に口元を隠して志筑さんは笑うが、僕としては特に仲の良いコミュニケーションを取ったとは思えない。もしかすると、羨ましいという発言は、最近鹿目さんたちと妙な距離感ができてしまったことに対しての無意識の発露かもしれない。

 

そうこうしている内に、ちらほらと登校する生徒の影も見えてくる。

しばらく、志筑さんと会話をしていると鹿目さんと美樹が来た。今日は何事もなく平穏であるといいな。

 

 

 

 

 

午前の授業を終わり、昼食の時間になった。

今日も今日で早乙女先生の英語の授業は、どうでもいい彼氏との別れ話が大半を占めていた。この調子でやってて中間テストの範囲まで終わらせられるのか心配だ。

 

「政夫、屋上行こう。マミさんが待ってるよ」

 

美樹がお弁当を片手に持って、僕の席へやって来る。後ろには鹿目さんと暁美も一緒だ。ドラクエを彷彿(ほうふつ)とさせる行儀の良い一列に軽く苦笑した。

 

「そうだね。でも、もう二人だけメンバーを増えてもいい?」

 

「え、中沢とか星とか男子を連れてくるの?それはちょっとやだな」

 

僕も男子なんだけど、と突っ込みを入れたくなったが面倒なのでそのまま話を続ける。

 

「志筑さんと杏子さんの二人だよ」

 

「……ああー!」

 

むしろ、後者の杏子さんはともかく、志筑さんはいつもハブっていたことに気付いたようで、やってしまったと言わんばかりの顔になる。

今まで上条君のことで頭がいっぱいになっていたようだから、完璧に失念していたのだろう。鹿目さんも同じような様子だった。

 

「わ、私、仁美ちゃん誘ってくる」

 

鹿目さんが列から離脱して、志筑さんの席の方まで行く。

良かった。最近、魔法少女関連のせいで志筑さんが孤立することを危惧していたが、これで少しは持ちなすはずだ。

 

「じゃあ、杏子の方は私が誘うね」

 

「うん。頼んだよ」

 

美樹も杏子さんを誘いに離れていく。

杏子さんも、せっかく巴さんと仲直りができたのだから、食事を共に取った方が良いだろう。

 

「ちょっと政夫、これはどういう事?何時(いつ)の間にさやかと魅月杏子は仲良くなったの?いえ、そんな事よりも彼女を巴マミと会わせるのは危険だわ」

 

「それについては屋上に来れば分かるよ」

 

 

 

 

 

何時になく大勢で集まった屋上。

鹿目さん、志筑さん、美樹、巴さん、杏子さん、暁美。そして、僕。

男女比6:1。(まご)うことなく、ハーレム状態だ。実際、教室を出る際にスターリン君に物凄い形相で「ブルジョワジーが!ふざけんな!美少女独り占めしやがって!!フラグを共産化しろ、バッキャロォォォ!!」と叫ばれた。

 

「おっす、マミ」

 

「こんにちわ、杏子さん」

 

元々友人だったらしい二人は、仲良くベンチに腰掛けて、談笑し始めた。

それを見た暁美は唖然として固まっている。

 

「ど、どういう事?一昨日はかなり険悪な雰囲気だったのに」

 

無理もない。お互いに確執があったのを知っている暁美なら、(なお)のこと、この状況は簡単には受け入れがたいことのはずだしな。

 

「和解したんだよ、巴さんと杏子さんは。いいよね、こういうの。まさに『仲良きことは美しきかな』ってやつだよ」

 

「政夫、一体貴方どんな魔法を使ったの?」

 

魔法、ね。まさか本物の魔法少女にそんな台詞を()かれるとは思いもしなかった。

今目に映る景色は暁美にとっては魔法と呼ぶほど受け入れがたいものなのか。

ただほんの少しだけ歩み寄ってみれば、そう難しくなく起きる必然なのに……。

 

「僕は特別なことは何もしてないよ。ただきっかけを作っただけ」

 

巴さんが渡してくれた重箱の一段に入っているアスパラのベーコン巻きを頬張る。

うん。美味しい。このアスパラ新鮮でベーコンと相性バッチリだ。

毎回、巴さんが重箱でお弁当を作ってきてくれるので、自分でお弁当を作らずに済んでいる。最初こそ、遠慮したが巴さんの押しに負けて、昼食をご馳走になっている。いつかお礼しないといけないな。

 

「そう、取り合えず貴方のお陰という事は分かったわ」

 

「いや、全然分かっていないよね」

 

暁美は、まるで僕が何かしたから二人が和解したと思っているようだが、それは買い被りすぎだ。彼女たちがお互いに歩み寄ろうとして成功したから、和解できたのだ。僕は本当に何もしちゃいない。

 

「それよりも政夫、一番聞いておきたい事が残っているわ」

 

「何?」

 

暁美は真剣な顔付きで、僕の顔を睨むように見つめる。

何だ?そんなに重要なことなんてあったか?思考を巡らせてみるが、思い当たらない。

 

「何故貴方は魅月杏子の事を名前(・・)で呼んでいるのかしら?」

 

「はあ?」

 

暁美の質問に対して、自分でも驚くほど間抜けな声が出た。

 

 




今回は、物語の繋ぎ部分なのでそれほど進展しませんでした。
ほのぼの感を少しでも味わって頂けたのなら、嬉しいです。


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第五十話 本当の気持ちと向き合いました!

「だから、『魅月さん』だとショウさんも該当(がいとう)しちゃうし、昨日からずっとそう呼んでるからであって、別に他意はないよ」

 

「……本当にそれだけかしら?」

 

 急におかしなことを言い始めた暁美に僕は辟易(へきえき)しつつも、律儀に答える。だが、暁美は釈然としない表情のままだ。

 大体、僕が誰を名前で呼ぼうがどうでもいいだろうに。さっぱり理解できない。女心は複雑怪奇だ。

 

「魅月杏子は可愛らしい容姿をしているから、大抵の男なら誰でも好意を抱いてもおかしくないわ。大方、貴方だってそうなんじゃないの?」

 

 妙にとげとげしく発言する暁美。

 杏子さんに対して何か思うところがあったのだろうか。仮にあったとしても、いつも合理的な暁美が気に入らないからという理由でこんなことを言うとは考え(がた)い。

 

 ……ふむ。ひょっとすると暁美は、『可愛い』という表現にコンプレックスでも持っているのかもしれない。確かに暁美は可愛いというよりも綺麗と言った方が適切な顔立ちをしている。

 思い返せば、前に僕が暁美に可愛いと言った時も過剰な反応を示していた気がする。

 なるほど。繋がった!つまり、暁美は『可愛い女の子』と思われたいわけだな。女子中学生なんだから綺麗とか美しいよりも、可愛いと呼ばれたいのも頷ける。

 

 すべてを理解した僕は暁美に最上級の笑顔を持って、彼女の欲しているだろう言葉を送った。

 

「大丈夫。君だって十分可愛いよ」

 

「なっ……!何言い出すの貴方は!馬鹿なんじゃないの!?」

 

 暁美は急激に頬を紅く染め上げ、上擦った声で僕を罵倒する。こういう風に照れたところは、素直に可愛いと思う。まあ、『微笑ましい』という意味合いでの『可愛い』だが。

  

「何々?さっきから二人だけで話して。私らも混ぜてよ」

 

 美樹が軽いノリで話に加わってくる。

 私ら、というのだから、鹿目さんと志筑さんのことも入れてだろう。

 巴さんと杏子さんは(つも)る話があったのか、二人だけで盛り上がっていた。今までずっと仲違いしていた旧知の友達同士なら無理もない。彼女たちはそのままにしてあげるのが優しさだろう。

 

「いや、別に大したことは話してないよ。それよりごめんね、志筑さん。いきなり知らない人たちと、昼食食べるはめにしちゃって」

 

 僕は志筑さんに会話を振って、彼女の様子を観察する。

 多少強引だったが、放って置くと鹿目さんたちとの接点が薄くなってしまう。『魔女の口付け』が付いていたくらいだから、原因が友情かどうかは分からないがある程度ストレスが溜まっていたことは確かだ。

 

「大丈夫ですよ、政夫さん。私、こう見えても人見知りするタイプではないですから」

 

「そう?なら良かったよ」

 

 顔色は悪くないし、目も不自然に()らしたりしていない。気を使って嘘を吐いているわけではなさそうだ。少し安心した。

 

「政夫ってわりと女の子には優しいよね。あ、それとも仁美狙ってるとか?」

 

 悪戯っ子のような笑みを浮かべて美樹が僕に聞いてくる。女の子は本当に色恋沙汰(ざた)が好きだな。

 というか、お前つい昨日振られたばっかだろうが。よくそういう発言ができるな。下手をすれば自分の傷口抉るような話題だろう。

 

「えー!?政夫くんて、仁美ちゃんの事好きだったの?」

 

 鹿目さんは箸を持つ方の逆の手で口元を押さえて、ビックリしたような真似までしていた。

 温和で優しいけど、年相応におちゃめというか、少しSっ気があるんだよな鹿目さん。そんなところも含めて可愛らしいけど。

 

「鹿目さんまで乗ってくるとは……。あのね、志筑さんにはちょっと失礼だけど、僕の好きな女の子はもっと地味なタイプの女の子だよ。野に咲く一輪の花のような感じの」

 

「じゃあ、具体的にはどんな女の子がタイプなんですの?」

 

 三人ともぐいぐい来るなぁ。僕を(いじ)ることで三人の溝が埋まるなら、それで良いけどね。

 

「具体的には――――」

 

「三つ編みで眼鏡の女の子、だったわよね」

 

 志筑さんの質問に答えたのは僕ではなく、なぜか暁美だった。

 そういえば、病院で上条君と好きな女の子のタイプについて話してた後に、暁美には教えていたっけ。どうでもいいこと過ぎて忘れていた。

 

「何でほむらが知ってるの?」

 

「……ちょっと小耳に挟んだだけよ。それだけよ。ええ、本当にそれだけ」

 

 暁美はちょっと早口で何かを誤魔化すように喋る。まっすぐ人の目を見て話す暁美が珍しく目を泳がせていた。

 

「その様子……怪しいですわね」

 

「な、何がかしら、志筑さん」

 

 テンションの高い志筑さんが意地の悪い笑みを浮かべて、ずいっと暁美ににじり寄る。その様子が不気味だったせいもあり、ちょっと暁美は身を引いていた。

 

「ひょっとしてほむらさん…………」

 

 志筑さんが何かを言う前に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

 やばい。今日はいつもより大人数のせいか、喋ってばかりで全然箸が進んでいなかった。急いで重箱の中身をかき込み、むせつつも片付けをする。

 僕ら二年生はともかく、三年の巴さんは今の時期に遅刻は洒落にならない。前期試験で行くのかは知らないが、教師からの評価が下がって良いことなどないのだから。

 

「はぐ、むぐ……ご馳走様でした。さあ、早くしないとまずいですよ。重箱は僕が洗っときましょうか?」

 

「平気よ、夕田君。それよりも教室に戻らないと。三年の教室は向こうだから、悪いけどもう行くわね。今日は楽しかったわ。杏子さんたちは……そうね、放課後でまた」

 

「おう。じゃあーな、マミ」

 

 重箱を回収すると巴さんは、駆け足で階段の方へ向かった。巴さんも巴さんで結構変わった気がする。前に比べて僕らに無理に取り繕っている感がなくなった。

 それに今の会話から察するに今日は杏子さんも含めて『魔女退治』をするのか。杏子さんとは完全に打ち解けたとみていいだろう。

 『魔女退治』か……。懸念事項があるとしたら、美樹や杏子さんもそうだが、巴さんが今まで正義のためにやってきた『魔女退治』が元同族狩りだと知って、それを平然と行えるのか心配なところだな。

  

 

 

 

 

 

~さやか視点~

 

「さやかさん、少しお時間をよろしいですか?」

 

 放課後、まどかと政夫と別れた後、ほむらや杏子と一緒にマミさんと合流して、魔女退治に向かおうとしていると思って教室を出ようとした時、ふいに仁美が私にそう言ってきた。

 

「え?うーん。でも……」

 

 親友だし、恭介の事で頭がいっぱいだった時はあんまり話せなかったから、仁美に付き合ってあげたいのはやまやまだが、今日は私に取って本格的に魔女退治に参加するからなるべくサボりたくはない。 どうすればいいか分からず、ちらっと横目でほむらたちを見る。

 

「行って来たら?巴マミには私から言っておくわ」

 

「そうだな。友達優先してやれよ。こっちは三人も魔法少女がいるんだから、さやか一人が来なくても平気だしな」

 

 二人とも素っ気なく私にそう言って、先に行ってしまう。

 昨日までの私なら、ほむらたちの態度に腹を立ててたと思うが、今は違う。ほむらの優しさや、杏子の過去を知った私には、二人が気を使って言ってくれた事が分かる。

 

「ごめーん。あと、ありがとう」

 

 二人の後ろ姿にそう言って、私は仁美に向き直る。

 

「いいよ、話。それじゃどこで話す?」

 

 

 

 仁美と一緒に来たのは、いつもまどかと仁美と私の三人でお喋りする行き付けのファーストフード店だった。適当に飲み物を買った後、席に仁美と向かい合って座った。

 ここに来るまで今まで見た事ないほど仁美は真剣な顔をしていて、話を振る雰囲気ではなかったのでどうしようか困惑していたが思い切って聞いてみた。

 

「それで…話って何?」

 

「恋の相談ですわ」

 

 一瞬、仁美の冗談かと思ったが、仁美はこんな真面目な顔して冗談を言うような人間ではない。それは親友の私が一番良く知ってる事だ。

 

「私ね、前からさやかさんやまどかさんに秘密にしてきたことがあるんです。ずっと前から……私……上条恭介君のこと、お慕いしてましたの」

 初耳だった。仁美が恭介の事を好きだったんだなんて、まったく知らなかった。そもそも、二人が話しているところも私は見た事なかったし。

 これが私が恭介に告白する前だったら、多分こんなに落ち着いた気持ちではいられなかったんだろうな。

 

「へぇー、そうだったんだ。全然気付かなかったわ。まさか仁美がねえ」

 

 思ったままの事をそのまま口に出すと、仁美は一気に複雑そうな顔になった。

 

「え、あの、さやかさんは上条君とは幼馴染でしたわね」

 

「うん。そうけど」

 

 Mサイズのコーラをストローで飲みながら、仁美に返事をする。私は恭介に振られたが、それで幼馴染という関係性は消えてなくならない。

 どうでもいい事だが、このコーラ氷の量がちょっと多すぎる気がする。ストローが氷に邪魔されて飲みずらい。

 

「本当にそれだけ?……私、決めたんですの。もう自分に嘘はつかないって。あなたはどうですか?さやかさん。あなた自身の本当の気持ちと向き合えますか?」

 

「え、どうしたの?仁美。何の話をしてるの?」

 

 時々、仁美はふざけてわけの分からない事を言うが、今回は輪をかけて分からない。もっとはっきりストレートに言ってほしい。

 

「あなたは私の大切なお友達ですわ。だから、抜け駆けも横取りするようなこともしたくないんですの。上条君のことを見つめていた時間は、私よりさやかさんの方が上ですわ。だから、あなたには私の先を越す権利があるべきです」

 

 ああ。そういう事か。私にとってはもう既に終わった事でも、仁美はまだそれを知らないんだ。

 決着がついた事を知ってるのは……政夫とほむらだけ。まどかにさえもまだ言ってなかった。

 

「仁美……」

 

 私が仁美に台詞を言う前に、仁美は宣言するように言い放った。

 

「私、明日の放課後に上条君に告白します。丸一日だけお待ちしますわ。さやかさんは後悔なさらないよう決めてください。上条君に気持ちを伝えるべきか――――」

 

「ごめん。私恭介にもう告白した」

 

 私がそう言った瞬間、空気が微妙になった。でも、これは私が悪いんじゃなくて、仁美が私の台詞を(さえぎ)ったせいで、私のせいじゃない……はず。うん、多分。

 

「……どういう事ですの?」

 

「昨日、色々あって恭介に告白したの」

 

「そ、それで結果は?」

 

「振られちゃった」

 

 苦笑いと一緒に自分でもあっさりするほど簡単にその言葉が出た。心も落ち着いていて、まるで大した事じゃないみたいだ。本当にすっきりとしている。

 今日だって、恭介の事はほとんど考えなかった。もう私の中では割り切りができているみたいだ。我ながら薄情な気もするけど、いつまでもずるずると引きずってて良いものでもない。

 

「何で、何でそんなに平然としてられるんですの?さやかさんは、ずっと上条君をお慕いしていたんじゃありませんか!」

 

 仁美はまるで自分の事のように怒ってくれてる。今回の事だって、私と親友だからこそ、こうやって面と向かって正々堂々と言ってくれた。

 心に余裕ができたから、こんな風に見れるんだろうな。ちょっと前の臆病な私だったら、仁美の事を恨んでいたかもしれない。

  

「う~ん。何でって言われてもね……。あえて言うなら、背中を押してくれた奴にこれ以上みっともない姿は見せたくなかったから、かな?」

 

 政夫の前で散々泣いたからか、恭介に振られた後も涙も出なかった。あれだけ言葉をかけてもらったら、情けないところなんか見せられない。

 

「その背中を押してくれた奴って、まどかさんじゃないですわよね?」

 

「うん。まどかじゃないよ」

 

 まどかだったら、あんなきつくて厳しい言葉絶対に言わない。まどかなら、優しい言葉で私を(はげ)まそうとして、私もそれに甘えて、結局何もせずに諦めてしまったかもしれない。

 

「とにかく、恭介に告白するのは仁美の自由だよ。まあ、好きな人がいるから無理って答えるだろうけど」

 

「え!?上条君にそんな相手が」

 

「大丈夫。振られるのもそんなに悪くないよ。もしそうなったら、まどかと私で慰めてあげるから」

 

 

 

 




何かさやかばかりをプッシュしている気がします。次はまどかをメインに据えた話にしたいです。じゃないとタイトル詐欺になってしまいますから。


……にしても、本当にデレる気ゼロだなこの主人公。


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マミ編
第五十一話 とあるコンビニにて


 今日は本当に穏やかなまま一日を過ごせそうだ。はあ、何て安心できる気分だろう。この街に来て、少しも休まることはなかった僕の心が今こんなに安らいでいる。

 魔法少女の皆さんはお互いにそれなりにうまく行っている。もう、遺書の必要があるデンジャラスな非日常は遠退(とおの)いた。というか、僕みたいに何の力もないごく平凡な男子中学生が関わってこと自体が既におかしかった。

 これぞ、本来あるべき日常なんだ!

 

 だが、僕の隣を歩いている鹿目さんは、(うつむ)いて、後ろめたそうな表情をしている。十中八九、考えていることは分かる。

 『自分だけ何もせず、こうしていて良いのだろうか』とでも思っているのだろう。親友の美樹が魔女との戦いに足を踏み入れることになったのだから、理解できなくもない。

 

「鹿目さん、どうしたの?具合でも悪いの?」

 

 自分でも白々しいと思うが一応念のために鹿目さんに直接聞く。万が一だが、純粋に体調が悪いという可能性もある。

 

「大丈夫、平気だよ。心配してくれてありがと、政夫くん。ただね……」

 

「みんな魔法少女になって魔女と戦うのに自分だけは何もしなくて良いんだろうか、ってことかな?」

 

 目を一瞬だけ大きくさせて、驚いたように鹿目に言った。

 

「すごいね、政夫くんは。私の考えてる事何でも分かっちゃうんだ」

 

「何でも、は流石に無理だけどね。大体のことは顔を見れば分かるよ。特に鹿目さんは顔に出やすいしね」

 

 人間観察は僕のちょっとした特技だ。昔……といっても小学校低学年の頃だが、人の悪意というものに触れてから人間不信になった僕は、信用できる人間かどうかをよく観察して(はか)るようになった。それが今ではどんなことを考えているかまで読み取れるように成長した。

 一言で言えば『環境』に適応したのだ。人が悪意を隠して、笑顔で詰め寄ってくるような『環境』に。

 

 そうなんだ、と鹿目さんは少し恥ずかしそうに小さく笑った。

 こういう育ちの良さを感じさせるような態度を見ると、自分がどれだけ汚れてしまった人間かを改めて思い知らされる。

 

 僕は鹿目さんのように綺麗には笑えない。

 自分がどの程度の笑みを、どんなタイミングで、見せればどういう反応が返ってくるのか常に頭の隅で考えてしまう。

 すべての行動は打算へと繋がるばかり。可愛げのない薄汚い所作だ。そして、そんな自分の所作を僕は受け入れてしまっているから性質が悪い。

 

「鹿目さん。取り合えずさ、魔女のことは巴さんたちに任せて、他のことを考えた方がいいんじゃない?」

 

「他の事?」

 

 首を傾げる鹿目さんに僕は続けて言う。

 

「やりたいこととか何かない?例えば……ほら。恋愛とかだよ」

 

 具体的なものに何を挙げるべきか悩んだが、恋愛関係なら鹿目さんも興味があるだろう。むしろ、女子中学生で恋愛に興味がなかったら、かなり不健全だ。

 

「ええ!?そ、そんなの急に言われても、まだ分かんないよ。私、初恋だって、まだした事ないもん」

 

 鹿目さんは恥ずかしそうに、わたわたと慌てる。

 視線が(せわ)しなく動き、挙動が少しおかしくなっている。

 

「そうなの?でも、鹿目さん可愛いから、結構男子にモテそうだけどな」

 

 僕がそう言うと、顔の前で手をぱたぱた振りながら、鹿目さんはちょっと大げさに見えるほど否定した。

 

「可愛いなんて、そ、そんな事ないよ!私は、マミさんやほむらちゃんや仁美ちゃんみたく美人じゃないし、地味だから……」

 

 …………地味?

 あれ、おかしいな。少なくとも『地味』という言葉は、ピンク色の髪の女の子を形容する言葉ではなかったと思う。

 あと、さり気なく美樹が(ハブ)かれている。鹿目さん的には美樹は美人のカテゴリーには含まれないらしい。

 

「それはないよ。鹿目さん(の髪)は地味なんかじゃない。それどころか目立つくらいさ」

 

 この街はカラフルなヘアカラーの人間が数多く居るが、ピンク色の髪の人間は未だ鹿目さん以外見たことがない。もし居たとしても、大した数じゃないはずだ。というか、そんなにピンク色の髪の人間が大量に居るとこなんか想像したくない。

 

「そ、そうかな……?でも、私なんて」

 

 鹿目さんは自分に容姿に自身がないのか、いまいち納得していない様子だ。

 大丈夫だよ、鹿目さん。君は、君が思っている以上にファンキーで反社会的なヘアカラーしてるから。まあ、色も薄くて淡いし、色としてのインパクトとしては杏子さんの赤髪の方が断然上だけど。 

 

「鹿目さんにとって、僕の言葉はそんなに信用できないものなんだね……。そうだよね、まだ知り合って日も浅いし……。何か、今までなれなれしくしちゃってごめんね……」

 

 寂しそうな表情と声色を即座に作って、僕は(うつむ)く。人が泣き出す一歩手前のような独特の雰囲気を意図的に(まと)わせる。

 暁美辺りなら冷たく「そうね」とか言いそうだが、心の優しい鹿目さんなら確実に否定してくれるだろう。

 

 案の定、鹿目さんは慌てて、近づいて慰めようとしてくれる。

 

「違うよ!そんな事ないよ!私、政夫くんの事、すっごく信頼してるよ!」

 

 ……背中を優しく撫でながら、そんなことを言ってくれてもらえると、冗談でやったと言い出しずらくなるので、止めてもらって良いでしょうか、鹿目さん。

 

「じゃあ、もう『私なんて』って言うのは止めて……。鹿目さんが自分のこと卑下するたびに僕は悲しくなってくるから……」

 

 さり気なく、鹿目さんにネガティブな発言をしないように釘を刺す。

 普通なら、話が微妙に繋がっていないことに気付くと思うが、僕を元気付けることに必死な鹿目さんはそれに気が付いていない。

 

「うん。もう言わないから、政夫くんも元気出して!」

 

「そっか。それは良かった」

 

 声のトーンを戻して、あっけらかんと鹿目さんに言うと彼女は無言で固まった。

 そして、その直後自分がからかわれていたことに気付いたらしく、怒って頬を膨らませる。

 けれど、性格上怒るということが苦手なようで、その表情から僕が本気で落ち込んでいないことへの安堵が見てとれた。

 

「政夫くん、酷いよ。私は本気で心配したのに……」

 

「ごめんね。ちょっとした悪戯(いたずら)だったんだよ。まさか、鹿目さんがそこまで心配してくれるとは思わなくて」

 

「ふんっ」

 

 そっぽを向かれてしまった。それにしても仕草(しぐさ)がいちいち可愛いな。暁美が夢中になるのも頷ける。

 しかし、怒らせてしまったのは僕の落ち度だ。どうにかご機嫌を取らねばなるまい。

 ふと、近くを見るとコンビニを見つけた。

 ここで何か鹿目さんに(おご)ろう。別にファミレスや喫茶店でもいいのだが、なぜかこの街に来て飲食店に入ると僕は何も口にできないというジンクスができてしまっているので、今回は避ける。

 

「お詫びに そこのコンビニで何か奢るから許してよ」

 

「え?それは何か悪いよ」

 

「いや、いいよ。コンビニにそこまで値が張るようなもの置いてないだろうし」

 

 鹿目さんを連れてコンビニに入る。

 自動ドアが開き、お馴染みの音楽が流れる。

 思考を魔法少女関連のことから、()らすことには成功したな。正直、僕はこのことに関して、鹿目さんはできれば蚊帳(かや)の外にいてほしいのだ。

 暁美が言っていた『魔女になった鹿目まどか』は世界を滅ぼすほどに脅威的で恐ろしいらしいので、魔法少女にはなってもらうわけにはいかない。

 

 いや、本当にこの街を護ることだけなら、鹿目さんに魔法少女になってもらい、あと二週間と少しの後に来るワルプルギスの夜とかいう巨大な魔女を倒してもらってから、ソウルジェムを砕いて死んでもらうのが一番被害の少なくて済む方法なのだろう。最大多数の最大幸福というヤツだ。暁美も『他の世界の鹿目まどか』は簡単にワルプルギスの夜を倒したと言っていた。

 

 だが、そんなことをすれば、僕は支那モンと変わらない。いや、それ以下の犬畜生に成り下がるだろう。何より、鹿目さんと仲良くなってしまった僕には到底選べない選択肢だ。

 

「どうしたの?政夫くん」

 

 少し思考に浸っていたため、コンビニの入り口付近でぼうっとしていたようだ。

 何でもない風を装って、軽く笑う。

 

「いや、何を買おうかな~と思ってさ」

 

 いけないな。僕の方が鹿目さんよりも魔法少女関連のことを考えるとは本末転倒だ。取り合えず、鹿目さんと一緒にジュースでも選ぼう。

 

 そう思って口を開こうとした時、チャリーンと小銭が落ちる音がすぐ(そば)で聞こえた。

 見ると、この街ではかなり珍しい黒髪で短髪の女の子が、レジの前で財布の中身をぶちまけてしまったようで、落としたお札と小銭を拾い集めていた。

 

 この時間帯は僕らのように学校帰りの生徒が多いらしく、レジには中高生くらいの男女の列ができていた。「おせーよ」とか「ふざけんなよ」などの小声で悪口が聞こえてくる。

 その人たちを擁護するつもりはないが、お金を落とした女の子はのろのろとした緩慢な動きでまるで急いでいない。正直言って、見ててイライラするレベルだ。

 

  別に僕は困ってる人を見過ごせないほどお人好しな人格はしていないが、それほど急いでいるわけでもない時に困っている人を無視するほど冷たい人間でもない。

 仕方ない。同じ黒髪の人間のよしみとして手伝うか。

 

「鹿目さん。ジュースとかお菓子とか先に選んどいてよ」

 

「あの人の手伝いするんでしょ?私も手伝うよ」

 

 鹿目さんはそう言ってにっこりと優しく微笑んだ。流石は元祖お人好しと言ったところか。本当に優しい性格をしている。

 

 二人でレジの前に散乱したお札と小銭を集めている女の子に近づくと、無言で一緒にしゃがんで彼女を手伝う。

 意外にも鹿目さんはテキパキしていて、思ったよりも簡単に片付けることができた。

 

「これで全部かな?」

 

「レジの下の隙間に挟まってた小銭も取り出したから多分そうだと思うよ。はい、どうぞ」

 

 鹿目さんが拾ったもまとめて、僕の分と合わせて女の子に渡す。

 なぜか僕らを見て呆然としていたが、お金を渡す時に僕の指先が僅かに彼女の指に触れるとビクっと動いた。

 

「あの、えっと……ありがとう」

 

 しどろもどろで小さな声だったが、女の子は僕らにお礼を言った。

 

「どういたしまして」

 

 近づいた時に気付いたが、この女の子も見滝原中の制服を着ている。同じ見滝原中の生徒のみたいだ。仕草が幼かったから『女の子』と表現したが、ひょっとしたら先輩かもしれない。まあ、そんなことはどうでもいいか。

 

 立ち上がって膝の汚れを落とすと、女の子はまだこちらを見たままぼうっとしている。

 何だ?僕の顔に何か付いてるのか?

 

「えっと、取り合えずは会計早く済ませた方がいいんじゃないですか?」

 

「え?あ、うん。そう、だね」

 

 レジで精算が始まり、やっと僕から女の子の視線が外れた。

 にしても、何で僕を見て呆然としたのか、いまいちよく分からない。親切されたことがなかったから、びっくりしたとか?いや、ないだろう、そんなこと。

 

「鹿目さん、僕の顔になんか変な物付いてる?」

 

「別に付いてないけど、どうしたの?」

 

「いや、ならいいんだ。じゃあ、何を買おうか?」

 

 多分、僕の顔が知り合いにでも似てたとか、そんな下らない理由だろう。

 そう言って僕は短い黒髪の女の子のことを思考の外に追いやり、買い物に気を向けた。

 




短い黒髪の女の子……一体誰なんだ!?
多分、大体の人は察しがついたと思いますが、ネタバレはしないで下さると幸いです。

よろしければ、感想とか書いて頂けると嬉しいです。


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番外編 その名はロッキー

ストーリーはまったく進んでいません。ギャグパートみたいなノリです。


 ロッキー。

 この単語を聞いて大抵の人間は、何を思い浮かべるだろうか。

 僕なら、「エイドリアーン!」と叫ぶボクサーか、ドラクエⅤのばくだんいわだ。

 

「はい、政夫くん。……どうしたの?政夫くんが買ってくれたお菓子なんだから一緒に食べようよ。おいしいよ、『ロッキー』」

 

 僕の隣に並んで歩いている鹿目さんが箱から一本取り出して、ぱくりとそれを(くわ)えてた。

 鹿目さんが僕の方に差し出した赤い長方形の箱型のパッケージには『Rocky』と大きく表記されている。一瞬、僕の見間違いかと思ったがそうではなかった。

 

 ロッキー……?ポッキーじゃなくて、ロッキー?

 商品登録とか、大丈夫なのか、これ。訴訟大国日本で、まさかこんなことをする企業があるとは到底思えない……。き、きっとどこか明確な違いがあるはずだ。そうでなければ許されない。

 

「……じゃあ、一本もらうね」

 

 紙でできた長方形の赤い箱の内側に収まった白地に赤で『Rocky』といくつも描かれた袋から、僕はすっと棒状のお菓子を引き抜く。そして、それを様々な角度から眺め回す。

 真横から、斜めから、上から、真正面から、じっくりと目で()め回すように。

 

 

 観察の結果から述べよう。

 ポッキーだ、これぇぇぇェェェーーー!?

 手を汚さないで食べれるように考案された、棒状のプレッツエルの三分の二だけをチョコレートでコーティングして、三分の一を持つ部分のあるチョコステック。

 「てくてく歩きながら食べるチョコスナック」ということで大好評し、今ではどこのコンビニでも見られるポピュラーなお菓子、Pocky。

 もはや、言い逃れはできない仕上がりだ。むしろ、ここまでポッキーそのものだと、ある種の潔ささえ感じられる。

 まさか、見滝原でこんなパチモンが存在していたとは。

 

 そこまで考えて、ふと僕はある疑問を抱いた。

 なぜ鹿目さんはこのパチモン製品を平然と受け入れているのだろう、という疑問だ。

 この疑問を納得させる答えは、僕の仮説の中でたった一つだけある。だが、この答えが正解だった場合、僕の中の常識が音をたてて崩れ去ることになるだろう。魔女や魔法少女など(かす)むほどに。

 

 しかし、僕は聞かなくてはならない!例え、自らの常識を危険にさらすことになろうとも、はっきりさせなければいけないことがあるからだ!

 

「鹿目さん……ポッキーって知ってるよね?」

 

 質問というより、そうであってほしいという願いを込めた確認だった。

 だが、そんな僕の懇願など知らない鹿目さんは首を僅かに傾げて一言言った。

 

「え?知らないよ?」

 

 その瞬間、僕の中の常識が完膚なきまでに破壊されてしまった。

 見滝原……流石は魔境と呼ばれる群馬県(グンマー)の都市なだけはある。

 前の中学の友達、大和(やまと)武蔵(むさし)、通称むっさんが「まっさんよ、お前はグンマーを知らな過ぎるぜ……」と遠い目をして僕を見送った理由が今分かった。いや、カラフルなヘアカラーのクラスメイトを見て、もっと早く気付くべきだった。

 

 ここは、見滝原市は魔境だったのだ!!

 人知を超越した場所に僕は今居るということが頭ではなく、心で理解できた。

 むっさん、僕はようやく辿(たど)り着いたよ……これが君の言っていた『グンマー』なんだね!

 

 僕は新たなる常識の門出(かどで)として、持っていたポッキー、否、ロッキーに思い切り(かぶ)り付いた。

 ガツッと鈍い音が口の奥でくぐもって響いた。歯に激痛が走り、脳にロッキーに対する形容詞が膨れ上がる。

 耐え切れず、声になる。

 

「かっ……てえぇぇぇェェェ~~~!!?」

 

 意味が分からない。ただ分かったことは、このロッキーというお菓子が信じられないくらいの硬度を誇っているということと、歯が欠けたかもしれないほどの痛みが口の中で(ほとばし)っていることだけだ。

 

「ま、政夫くん、大丈夫?」

 

「つぅ…………何これ?」

 

 落としかけたロッキーに目を落とすと、さらに信じられない情景が僕の目に飛び込んできた。

 僕が(かじ)ろうとしたロッキーは――――折れていなかったのだ。

 唖然とする僕に、心配して僕を覗き込むように見る鹿目さんは理解不能なことを言い出す。

 

「駄目だよ。ロッキーはちゃんとこうやって口に咥えて溶かさないと、歯が折れちゃうよ?」

 

 歯が折れる?お菓子で?何それ怖い。

 

「ちょっと箱見せて」

 

 ロッキーのパッケージには、注意書きとして『特殊な飴でコーティングされておりますので、咥えてよく柔らかくしてからお召し上がりください』とちゃんと明記していた。

 

「……ふ……ふふ、ふふふふ――――――」

 

 なぜか暗い薄笑いが込み上げてくる。

 そうか……。

 Rock=岩。

 つまり、Rockyという名前には『岩のように硬いお菓子』という意味が込められていたのか。

 完敗だ。僕の負けだ。

 ポッキーのパチモンなんて言って悪かったよ。本当に恐れ入る。これはロッキーだ。まったく別のお菓子だ。

 そういえば、Rockはスラングで『すごい』という意味も持っていたな。

 

「ふふ、鹿目さん。Rockだよ。このお菓子……」

 

「何言ってるの政夫くん!?大丈夫!?」

 

 




アニメで杏子がずっと加えてても一向に折れる気配がなかったお菓子の「Rocky」をネタにして書いてみました。映像を見る限りあのロッキー冗談抜きで硬いですよね~。

というか、この小説の最初のコンセプトこんな感じで政夫が見滝原市のものに突っ込みを入れる物語でした。
政夫は性格とか特になくて、常識をボロボロにされていくだけの狂言回しだったですが、どうして今の彼になってしまったんでしょう?
キャラが勝手に動き始めて、今の物語に変わっていってしまいました。


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第五十二話 不安の萌芽

主人公の政夫は今回出てきません。ほむら視点です。


~ほむら視点~

 

 暗く、どこまでも陰気臭い世界。

 白と黒しか存在しないのではないかと思うほどに色彩の欠いた場所。

 まるで影絵のようなこの場所は当然ながら、普通の場所ではない。魔女の結界の中だ。

 

 魔女の結界は基本的にカラフルなものが多い。きっと、魔女になった魔法少女の意識が反映しているのだろう。

 だとしたら、この気が滅入(めい)るようなモノクロームな結界を作った魔法少女はどんな女の子だったのか。そして、私がもし魔女になったとしたら、どんな結界を作るのだろうか。

 ……一人でこんな暗いところに居ると、次から次へとマイナス思考が浮かんできそうだわ。

 

 そう。いつものように一人(・・)だったら。

 

「おい。ほむらっつったか?お前、一人で先行くんじゃねーよ。危ないだろうが!」

 

「まあまあ、杏子さん。落ち着いて。暁美さんはそれなりに経験を積んでるようだから、そんなに心配しなくても平気よ」

 

「し、心配なんかしてねーって」

 

 私の後ろから、魅月杏子が文句を言いつつ現れた。彼女を(たしな)めるように巴マミもやって来る。

 一人じゃなく、自分と一緒に戦ってくれる仲間がいる。まるで魔法少女の秘密さえ知らなかった昔のようだ。

 でも、その頃とは決定的に違う事が一つ。それは彼女達二人はすでに魔法少女の秘密を知っている事だ。秘密を知って、なおも協力し合えている。

 

「……ごめんなさいね、魅月杏子さん。前はいつも一人で魔女と戦っていたから」

 

「ま、まあ、分かればいいんだよ。……アタシも一人で戦ってたからその気持ちも分かるしな。あと、呼ぶときは杏子でいいぞ」

 

 少し照れたようにそっぽを向き、頬をかく杏子。

 

「そうよ。暁美さんたら、いつもフルネームで呼ぶんですもの。私の事もマミでいいわ。本当は先輩だから『さん』付けで呼んでほしけどね」

 

 本当は『さん』付けしてほしいのか、ちらっと私に期待した視線を向けるマミ。

 

「分かったわ。これからはそう呼ばせてもらうわね」

 

 和気藹々(わきあいあい)とした会話。魔女の結界の中だから用心しなければいけないのだけれど、自分を押し殺して戦っていた時と比べてずっと心地が良かった。

 不思議な気持ちだ。どうしても届かなかったものが今当たり前のように手元にあるような、そんな感覚がある。

 

 これも政夫のお(かげ)ね。本人に言ったら絶対に否定するだろうけれど、マミと杏子の仲を取り持ったのは間違いなく彼の功績によるものだと思う。ううん、それだけじゃない。私が彼女達にこうして心を開けている事も政夫が居たからだ。

 

 今まで私はまどかに執着するあまり、まどか以外の人間の事を考えていなかった。でも、それではまどかを救える訳がない。

 まどかの周囲の人間も護らなければ、まどかは救われない。人間は一人だけでは生きている訳ではないのだから。

 結局のところ、私がしてきた事はまどかのためなんかじゃなく、全部自分の都合のためだった。私もさやかと同じように、『他人のため』って言い訳して現実から目を背けていたのだ。

 最近、政夫達と一緒に過ごして、その事がようやく理解する事ができた。

 何時の間にか人の心に土足で上がり込んで、現実を突きつけて、そして、当たり前のように解決してくれる。……本当にずるい男。

 

 

「それじゃあ、そろそろ気を取り直して奥に行きましょうか」

 

 マミがこの中では最年長らしく、場を仕切り、私達は結界の奥へと進んで行く。

 薄暗い結界内で不定形の影でできた蛇のような使い魔が道中私達に襲い掛かって来るが、魔法少女が三人も居るとそれほど脅威ではなかった。

 まず杏子が先陣を切って、槍で影の蛇の使い魔を粗方(あらかた)切り裂き、マミと私で生き残った使い魔を銃で打ち抜く。

 

 もしも、これが私一人なら、墨汁で満たしたような地面に巧妙にカモフラージュされた黒い影の蛇の使い魔は厄介な存在だった。

 けれど、私達は三人、つまり都合三対の目がある。誰かが地面に擬態した使い魔を見落としたとしても、他の二人がそれをカバーして対処する事ができる。特に杏子とマミのコンビネーションは素晴らしく息が合っていた。

 

 杏子の槍を避けるために身をくねらせて、迂回して飛び掛って来る影の蛇の使い魔をマミが狙い済ましたかのように打ち抜いていく。杏子はマミの援護射撃を疑いもせずに、さらに使い魔が密集しているところに突撃する。お互いにお互いを信頼しているから成せる技だ。

 杏子はマミが取りこぼした使い魔を倒してくれると信じているから、振り返らずに前へと進む事ができ、マミは杏子が大多数の使い魔を切り裂いてくれると信じているから、落ち着いて敵へ狙いを定めて撃つ事ができる。

 

 私も負けてられない。自然と胸の中が熱くなっていくのを感じる。意識が高揚しているのが分かる。

 まどかの事だけを考えて一人ぼっちで戦ってきた時にはなかったものだ。これが『仲間』がいる喜びなのだろう。

 私はマミの隣に並び、拳銃を構えて、使い魔を迎え撃つ。

 

 

 

 

 時間にして、十分もかからなかっただろう。

 この結界の最深部、魔女が居る場所まで私達は辿(たど)り着いた。

 

 相変わらず暗くて陰気なところだが、今まで黒と白しかなかった世界に一色だけ違う色が目に映った。

 太陽を模したような赤いオブジェ。それだけがこの空間で文字通り異彩を放っていた。

 

「あれがこの結界の魔女か……」

 

「まるで祈りを捧げている女の子みたいね」

 

 その太陽のオブジェのすぐ下に、こちらに背を向けて膝を突き、マミの言う通りオブジェに祈りを捧げる黒い女の子のような存在がいた。この場所の主、(すなわ)ち魔女だ。

 

「早いところ片付けましょう。いつまでもこんな場所に長居はしたくないわ」

 

「そう、だな……」

 

「……ええ。暁美さんの言う通りね」

 

 二人とも、ここまで来る時と違い、どこか歯切れが悪かった。どうしたのだろう?

 

 どこか疑問を感じつつも、先ほどと同じように近距離格闘が主体の杏子がフォワード、私とマミがバックアップで魔女の元へ詰め寄っていく。

 魔女の居る場所は、やや坂道のようになっており、近付くと影の蛇の使い魔が行く手を(さえぎ)るように地面から現れる。

 

 攻めづらい。使い魔がカーテンのように規律正しく並び、直接狙撃する事ができない。

 まるで凄まじい鉄壁の布陣だ。

 魔女自身は動く気がないのか、それとも動けないのか微動だせずに祈るように留まっている。

 

「くっ……こいつら、次から次へと。キリがねぇ」

 

 杏子が影の蛇の使い魔を切り飛ばし、隙間を作って少しずつ足を進めるものの、その隙間を補うように地面から使い魔が這い出してくる。

 驚くほどに防御に特化した魔女だ。

 

「杏子さん!暁美さん!一瞬だけでいいから、使い魔の壁をこじ開けてもらえないかしら。直接、魔女に『ティロ・フィナーレ』を当てるわ」

 

「分かった!」

 

「ええ、分かったわ」

 

 私は右手に付いている盾からサブマシンガンを取り出し、同時に時間を停止させる。動きの止まった影の蛇の使い魔の壁目掛けて乱射する。もちろん、杏子が射程圏内に入らないように使い魔に近付いてだけれど。

 近距離で乱射したサブマシンガンの威力は凄まじく、氷柱をへし折っていくように使い魔を打ち砕いていく。

 十分、一掃できた事を確認すると、盾を(いじく)り、再び時間を動かす。

 

「ん?え!?おい、これどうなってんだ!いつの間に使い間が……」

 

 時間を止めた事を知らない杏子は一瞬の間もなく倒された使い魔を見て、何が起きた分からず混乱していた。

 停止した時間を知覚できるのは、私が触れているものだけだ。今の杏子やマミなら私の手札を見せても構わないが、お互いに手を繋いでいたら杏子は槍を満足に振るえず、私もサブマシンガンを撃てない。

 今度、さやかも一緒の時にワルプルギスの夜対策も兼ねて、(みんな)に話す事にしよう。

 

「マミ!使い魔が復活する前に早く決めて!」

 

「わ、分かったわ」

 

 杏子ほどじゃなくとも、混乱していたマミだが、流石といるべきかすぐさま正気に返り、黄色いリボンを(まと)めてあげて巨大な銃を作り出す。

 マミが持つ一撃必殺の魔法。本来ならセットでリボンの拘束が必要だが、あの動かない影の魔女なら問題はないだろう。

 

「ティロ…………ッ」

 

 だが、何故かマミは『ティロ・フィナーレ』を放とうとしない。

 辛そうな表情を浮かべるばかりで、銃を構えたまま硬直している。

 

「どうしたの!何故早く撃たないと――」

 

「……彼女も魔法少女だったのよね」

 

 ぽつりとマミが言った。

 

「あの子も私達と同じ魔法少女だったのよね?私達と同じように魔女と戦って、そして……魔女になった魔法少女」

 

 苦悶(くもん)に歪むマミの表情。

 それを見て、私は理解してしまった。マミはあの魔女に同情しているのだ。最初にこの場所に足を踏み入れた時からずっと。

 

「ええ、そうよ!でも、あれは魔女よ。もう魔法少女ではない、ただの化け物なのよ!」

 

 駄目だ。いけない。それは踏み込んではいけない思考だ。

 

「私達だって、彼女と同じようになるかもしれないのに、そんな事が言えるの?私達のやっている事は……」

 

 私ですら、いつも考えないにしていた禁忌。マミは自分がやってきた事を全否定するような台詞を吐こうとしている。

 止めさせなければ。それだけは言わせてはならない。

 だけど、マミに対して何を言ったらいいのか、まったく浮かび上がってこない。

 

「ただの人殺し(・・・)なんじゃないの?」

 

「だったら……。だったら、どうすれば良いの!?どうすれば良かったの!?」

 

 怒りと悲しみが(のど)の奥から()り上がって、声になった。

 今までずっと一人で溜め込んできた言いようのない負の感情が抑え切れなくなっていた。

 

「魔法少女が人殺しだと言うなら、皆そうよ!貴女も私も!皆……!」

 

「おいッ!お前ら、話してる状況じゃねーぞ!!」

 

 杏子の声でハッと我に返り、魔女の方を向くと黒い地面から、使い魔とは違う影の津波がこちらに向かって押し寄せて来る。

 

 しまった!これじゃあ、避けられない!

 時間を止めたところで、あの黒い津波から逃げる場所がない。攻撃の手段がない魔女だと侮っていた付けがきた。

 使い魔に気を取られている間に向こうは虎視眈々(こしたんたん)と魔力を溜めていたのだ。

 

「ッちぃ!しゃあねーなぁ!!」

 

 杏子が魔力で柵のような防壁を作り上げる。

 だが、これだけで巨大な津波を防ぎ切る事は不可能だ。実際に勢いは()がれたものの防壁を圧迫して、(ひび)が入り始めている。

 

「マミ!アタシの防壁が砕ける前に『ティロ・フィナーレ』を使え!そうすれば、押し返せるかもしれねー!」

 

「……でも」

 

「早くしなさい!このままじゃ、三人とも死ぬ事になるわよ!」

 

「……分かったわ。『ティロ……フィナーレ』!」

 

 マミの抱える巨大な銃の銃口から、白黒の世界を破壊するかのように輝く黄色い閃光が(ほとばし)る。

 杏子の防壁が砕け散り、影の津波が押し返された。影の魔女が居る崖のような場所まで到達する。

 しかし、影の魔女は無傷ではないもの、まだ健在だった。

 

 私は再び、時間を止めて、影の魔女の元に近付いていく。

 影の津波を放ったからか、周りには魔女を守護する使い魔は一匹も居ない。

 

 今まで『魔女退治』と言ってやってきた事が、殺人のように思えてきた。いや、正確にはまどかを免罪符代わりにして、誤魔化してきた事を初めて意識しただけなのだろう。

 

 私はサブマシンガンをしまって、普通の拳銃を取り出した。弾の無駄遣いがしたくなかったのか、それともこのボロボロの魔女を蜂の巣にして殺す事に罪悪感を感じたのか自分でも分からなかった。

 

 

「…………死んでもらうわ」

 

 止まった時間の中で私は何を言っているのだろう。聞こえたところでもう意味など理解できるとは到底思えない。

 二、三発、弾丸を撃った後、時を再始動させる。

 

「魔女は、私が倒したわ」

 

 結界が消滅して、周囲の光景が元の見滝原市に戻っていく。

 二人は私がグリーフシードを拾うのを無言で見ていたが、やがてマミの方が口を開いた。

 

「……何でそんな簡単に殺せるの?」

 

「おい!マミいい加減にしろよ!やらなきゃアタシらが死んでたんだ!」

 

 杏子が私を擁護してくれるが、マミは杏子に視線だけを向けて言った。

 

「杏子さんだって、あの魔女に同情してたんじゃないの?」

 

「ッ、それは……」

 

 図星を指されたみたいに杏子は言葉に詰まる。

 そういえば、杏子の父親は神父だった事を思い出した。同情してたのはマミだけではなかったのだ。

 

「……ごめんなさい、酷い事言ったわ。先輩失格ね。少し頭を冷やすわ」

 

 マミはそう言い残すと、背中を向けて去って行った。私はマミに何も言えずにただ(うつむ)(ほか)なかった。

 

「ほむら。マミも別に本気でお前の事責めてるんじゃないんだよ。うまく言えねーけど、ただあいつには……正義だけが全てだったから」

 

「分かってるわ。大丈夫、ありがとう」

 

「そうか……。アタシももう帰る。じゃあな」

 

 杏子も私の事を心配そうに見ていたが掛ける言葉が見つからなかったようで、複雑な表情で帰って行った。

 

 どうして……。どうして、こうなるの?

 いつもこうやって、皆離れていく。この世界ならうまく行くと思ったのに。

 心細くて、どうしようもない。不安が思考を覆い尽くす。

 

 こんな時に、彼が傍に居てくれたら。飄々(ひょうひょう)とした笑顔でどうにかしてくれるのに。

 

「政夫……」

 

 




折角、うまく行きそうだった時間軸。しかし、物事はそううまくは行かない。
主人公の知らないところで不和が起こると、対処の使用がありません。

ほむらは政夫のおかげでうまく行っていると思っているで、ちょっと依存度が高くなっています。政夫もそれを危惧していましたが……。
本人からしたら、「別に僕はヒーローでも特別な人間でもないからね!」って言いそうです。

というか、やはりバトルのある展開は難しいですね。
これから、二月の六日までにサークルで書いている小説に取り掛からなくてはいけないので次に投稿できるのは、早くても二月くらいになりそうです。


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第五十三話 公園カウンセリング

「それじゃあ、またね。政夫くん」

 

「うん。じゃあ、また学校でね」

 

 鹿目さんと別れて、僕は自分の家に向かう。

 それにしても、本当に今日は何の危険や苦労もなく平和に終わったな。きっと日頃の行いが良いだろう。明日は土曜日で休日だし、のんびり過ごそう。

 

 

 そう思って歩いていると、曲がり角で見覚えのある人物を見かけた。

 先ほどローソンで会った見滝原では珍しい黒髪の女の子。……珍しいと表現するのは本来おかしいことなのだが、もうこの街では僕の常識が通用しないというのは『岩石菓子(ロッキー)』で教わった。

 

「え?あ!さっきの……」

 

「どうも。また会いましたね」

 

 相手も驚き具合からいって、僕の方が先に気付いたのだろう。だが、僕のことはしっかり覚えていたらしい。まあ、さっき会ったばかりだから当然と言えなくもないが。

 

 この辺りに住んでいるのだろうか?

 いつも僕は鹿目さん達と一緒に待ち合わせして学校に向かうので、行きはこの辺りの道を通らない。そのせいであまりこの辺の中学生とは基本的に会わないのだ。

 取り合えず、こちらから話しかけたのだから、先に名乗るのが礼儀だ。

 

「僕は見滝原中、二年の夕田政夫です。貴女は?」

 

「ボ、ボクは呉キリカ。三年生……」

 

 僕から目を逸らしながらも、ボソボソと小さな声で自己紹介をしてくれた。かなり内向的な人だな。確かに先輩だという可能性は考えていたが、本当に先輩だったとは……。念のために敬語を使っていて良かった。

 だが、この人、コミュニケーション能力が暁美とは別のベクトルで低い。正直、年下と言われた方がしっくりくる。

 それにしても、一人称が『僕』って女の子現実にいたのか。アニメやゲームの中だけの存在かと思っていた。

 

「じゃあ僕の先輩ですね。呉先輩はこの辺に住んでいらっしゃるんですか?」

 

「……いや、今日はたまたまこっちの道を通っただけで……本当はあっちの方」

 

 そう言って呉先輩は、僕から見て右側を指差した。この街に詳しくない僕には「あっち」とか言われてもいまいちピンとこない。ひたすらコメントに困るばかりだ。

 

「へえ、そうなんですか。僕は最近この街に越してきたから、あんまりこの辺の地理に詳しくないんですよ」

 

「そうなんだ……」

 

 遠回しに、「貴女の説明だとさっぱり解りません」という意味を込めて伝えてみるが、呉先輩は文字通りにしか伝わらなかったようで、小さく頷いただけだった。

 

 何と言うか……仮にも年上の相手を捕まえて、こう言うのもなんだが、暗めの小学校高学年くらいの子と会話しているようだ。話をしてても、こちらの意図を()んでくれない上に、あっさりと話題を切ってしまうため、驚くほど盛り上がりに欠ける。

 

 このくらいで話を終えて帰るとしよう。呉先輩もこんな退屈な会話を繰り返していても面白くもなんともないだろうし。

 

「それじゃあ、僕はこの辺で」

 

 僕は軽く頭を下げて、家に帰ろうとした。

 だが――。

 

「あ……。もう少しだけ……話したりしない、かな?」

 

 呉先輩は僕を呼び止めた。会って間もない僕と何を話したいというのだろうか。

 僕としてはもう話す話題もないので帰りたかったのだが、飼い主を必死で呼び止めようとする子犬のような目で見てくる呉先輩を無下(むげ)にあしらうのはできなかった。

 

「いいですよ。じゃあ……立ち話もなんですし、そこにある公園のベンチででも話しましょう」

 

 

 

 丁度近くに公園があったので、そこに呉先輩と一緒に入った。

 まだ三時半を過ぎた程度の時間だが、子供の姿は少なく、老人がゲートボールに興じているのをちらほら見かけただけだった。こういうのを見せられると少子高齢化が刻々と進んでいる様子を目で感じられる。最近というほどでもないが、小学生が外でスポーツをして遊ぶよりも、家に集まってゲームで遊ぶ方が多くなったのもこの光景の原因かもしれない。

 いずれにせよ、公園が酷く物寂しく思えることには変わりない。

 

 割りと綺麗なままのベンチが逆に利用する人の少なさを訴えているようで、微妙な気分にさせられる。呉先輩が無言で腰掛けた後に、僕は隣に座って話しかける。

 

「で、何か話したい話題はありますか?何でも構いませんよ。相談事でも平気です。僕、口は(かた)い方なので」

 

 まあ、そうは言ってみても、まだちゃんと挨拶して数分の僕に相談事なんかするはずもないだろう。呉先輩が好きな話題を振りやすいように言ってみたようなものだ。

 

「何でもいいの?」

 

「ええ。昔からよく相談事を受ける性質(たち)なんで」

 

 ……そのせいで友達のヘヴィーな家庭事情をよく聞かされたな。親と血が繋がってないとか、母親が愛人のせいで私生児だとか、正直僕に言ってどうするんだと思うような事柄ばかりだったが、悩んでいることを人に話すだけでもそれなりに胸の(つか)えを和らげることができるということを僕はその時学んだ。

 思えば、それは父親が精神科医をやっている影響かもしれないな。

 

「じゃあ、言うけど……ボクさ、ずっと学校がつまらないって感じるんだ。クラスの皆もどうでもいい事ばかり話ばかりしてて、それが下らなくて……」

 

 呉先輩は(うつむ)きがちにぽつりぽつりと悩みごとを吐き出した。

 ほとんど初対面の僕に話すくらいだから、恐らくは悩みを打ち明けられるような親しい友達はいないのだろう。ただ下らない話する程度にはクラスメイトとの交流がある分、巴さんよりはマシな気がする。

 

「なるほど。分かりますよ、その気持ち。何でそんな話題で盛り上がれるのって思う時ありますよね」

 

 まずは自分の感想を交えつつ、呉先輩を肯定する。最初から否定的な意見を述べてしまうと、相手が悩みを言い出しづらくなってしまうからだ。

 だが、多分、呉先輩が悩んでいるのはそのこと自体ではない。なかなか口に出せないからこそ、人は思い悩むのだ。簡単に表に出せるなら、そうそう困ったりはしない。

 

「そうなんだよ。それなのに、あいつらはまるでその輪に入って行けないボクが間違ってるみたいな目で見てくる。間違ってるのはボクの方じゃないのに」

 

 僕が共感をしたのが嬉しかったのか、呉先輩は最初よりもなめらかに言葉を(つむ)ぎ出した。

 ほんの少しだけ呉先輩の悩みの片鱗が見えてきた。

 この人は寂しいのだ。本心では人と語らいたいと思っている。けれど、どうしても冷めた目でその人たちを見下してしまう。その証拠に「クラスの皆」と呼んでいたのが、「あいつら」に変わっている。

 

 ならば、軽く揺さぶりをかけてみるか。

 

「一つ聞かせてほしいんですけど、呉先輩としてはどんな話題を皆で話したいんですか?」

 

「え……?」

 

 僕の問いに呉先輩が言葉を失う。僕の顔を向いたまま固まってしまったようだ。

 十中八九、何も考えていなかったのだろう。ただ批判をしていただけで、具体的な案はなかったと思われる。

 

 やっぱり、この人は寂しいだけなのだ。

 人の輪に入っていくことに恐れを感じている。迫害されることを怖がって近づけない。だから、下らないものだと決め付けて見下す。そうすれば、心の平安を得ることができるからだ。

 呉先輩は、イソップ童話の『狐とブドウ』に出てくる狐と同じで『クラスの輪』という名のブドウが手に入らないから、侮蔑することで自分を納得させている。心理学でいうところの『防衛機制・合理化』だ。

 

「質問を変えましょう。呉先輩はクラスメイトの皆さんと仲良くなりたいですか?」

 

「それは……わからない」

 

 僕の顔を見上げていた呉先輩は、また俯いてしまう。嘘ではなく、本当に分からないのだろう。

 クラスメイトに複雑な感情すぎて、自分でも把握しきれていないようだ。ほとんど無意識の内に合理化して逃げていたのかもしれない。

 僕は構わず、続ける。

 

「人と仲良くするのは嫌ではないですか?」

 

「嫌じゃ……ないかな。でも」

 

「でも?」

 

 両腕で自分の身体をかき抱くような姿勢で呉先輩は縮こまる。

 自分の足元を見つめながら、辛そうな表情で震え出す。

 

「怖いんだっ!人と親しくして裏切られるのが……!あの時みたいな思いをまたするのかと思うと……足がすくんで……」

 

 過去に人に手酷く裏切られたことがあるのだろう。呉先輩の声には悲壮感が満ちていた。

 小学校一年だった自分を思い出す。『スイミー』を殺されたばかりの僕もこんな感じだった。

 

 僕は呉先輩の手を優しく握りしめる。

 驚いたようにこちらを向く呉先輩に、僕は微笑みながらゆっくりと言った。

 

「大丈夫です。呉先輩はこうやって、僕と話せているじゃないですか。怖がりながらも、ちゃんと前に進めていますよ」

 

「……そう、なのかな」

 

 呉先輩は自信なさげに聞いてくる。

 気持ちは痛いほど分かる。その痛みや不安は僕も小学生時代は飽きるほど味わった。

 

「そうですよ。自信持ってください」

 

 けれど、乗り越えられないものではなかった。どれほど辛くても苦しくても、人は努力する意思さえあれば前に進んで行くことができるのだ。

 

「じゃ、じゃあ、もう少しだけ頑張ってみようかな……。えっと、政夫君?」

 

 ごそごそとポケットを漁りながら、呉先輩は携帯電話を取り出す。頬を紅く染めて、どこかもじもじとしている。

 

「何ですか?」

 

「アドレス、交換してもらえないかな?」

 

 そうか、呉先輩……。

 また一歩踏み出そうと頑張っているんですね。良いでしょう。そういうことなら、同じ辛さを知るものとして協力します。

 

「はい。喜んで」

 

 




本当は二月まで書くつもりはなかったのですが、つい時間を押して書いてしまいました。

はい。ということでおりこマギカのキャラ、呉キリカを出してみました。
ちなみに、作中で言っている「あの時」は公式の『魔法少女おりこ☆マギカ~noisey citrine』で幼少時代に「まるで双子の姉妹のように仲の良かった友達から、万引きの濡れ衣を着せられる」という過去のことです。
詳しく知りたい人は調べてみてください。


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第五十四話 蝋燭と名前

 風呂にゆっくりと(つか)った後、ドライヤーで濡れた髪を乾かす。パジャマに着替えて寝る準備を一通り終え、ごろりと僕は自分のベッドに横たわった。

 この瞬間が僕は(たま)らなく好きだった。

 身体がまだぽかぽかと温かく、それでいて一日の疲労が(ほど)良く抜けて、筋肉が緩んでいる。最高の気分だ。

 

「ん~~~……」

 

 寝転んだまま、大きく伸びをする。これがまた気持ち良い。

 風呂上りで血行が良くなり、背筋が(ほぐ)されている。

 こんなに良い気分で居られるのは今日は平和な一日だったからだろう。このところ僕は、危機的状況に(おちい)ることが多かった。

 そのおかげで、改めて安全のありがたみを身をもって知った。

 

 平穏な日常が、こうも貴重なものだったなんて今まで考えていなかったな。

 さて、幸せな気分のまま、ぐっすりと眠るとしよう。最近は疲れすぎて良く眠れなかったからな。

 

 電灯の明かりを消そうと、上体を起こしてベッドから降りた時、ふいに誰かの視線を感じた。

 視線を感じた先へ顔を向けると、そこには物憂(ものう)げに僕を見つめている髪の長い少女が窓の外に立っていた。人形めいた整った顔立ちが、より一層と不気味さを(かも)し出している。

 僕は窓に無言で近づき、閉めていた鍵を開ける。

 そして、亡霊のように(たたず)むその少女に向かって一言言った。

 

「…………何してるの?暁美さん」

 

 前にやられた時は本当に心臓が止まるかと思うほどビックリしたが、インパクトが強かった分、逆に一度やられると慣れが(しょう)じてしまう。

 

「政夫……」

 

 小さく搾り出すような声で暁美は僕を呼んだ。

 外が暗いせいなのと無表情気味なのが合わさり、暁美の表情が明確に読み取れない。

 

「……政夫ですけど?」

 

 よく分からないが、一応恐る恐る答えてみる。

 何だろう、この独特の何をしでかそうとしているか予想できない恐怖は。

 

「まさおぉ……!!」

 

 暁美はいきなり、窓枠を(また)いで部屋の中に飛び込んで来たかと思うと、僕を押し倒すように抱きついてきた。押されて尻餅を着いた僕の腋下(わきした)に、暁美は両腕を通して、背中に爪が()い込む程の力でしがみ付いてくる。

 痛い!すごく痛い!風呂上りでまだ皮膚が柔らかいから簡単に破ける!というか突然何すんだ、こいつ!気でも()れたのか!?

 

【挿絵表示】

 

 

「いきなり何をすっ――!……暁美、さん?」

 

 僕に抱きついている暁美の身体は小刻みに震えていた。両目を(つむ)り、僕の胸に顔を押し付けて、涙さえ流している。

 明らかに只事(ただごと)ではないのが一目瞭然だった。

 

「落ち着いて、暁美さん。理由も聞かずに『大丈夫だ』なんて軽々しく言えないけど、でもちゃんと僕は君の(そば)に居るから。だから、ほんの少しだけ安心して、ね」

 

 できるだけ優しく丁寧に、暁美の頭をかき抱くように撫でる。

 震えが徐々(じょじょ)に治まり、暁美は僕の顔を見上げる。その瞳には大粒の涙が溜まっていた。

 

「政夫……!」

 

「うん、政夫ですけども……。取り合えず、君が泣いている理由を教えてくれる?あと、いい加減痛いんで背中に爪立てるのも止めて下さい」

 

 

 

 

 

「急に取り乱したりして、ごめんなさい。私らしくもなかったわ」

 

 大分、落ち着きを取り戻した暁美をベッドに座らせて、真正面から話を聞くために僕は椅子に腰掛ける。

 

「それで、今日は一体どうしたの?」

 

 正直、十時過ぎの時間帯に家に押しかけられるのは非常に迷惑で、文句の一つも言ってやりたいところだが、今はそんな状況ではないので我慢する。むしろ、それよりも、背中に爪を立てられたことの方が重大だ。自分の指で背中を触るとビリッと電気が走るような痛みがする。思った通り、傷になってしまった上に、(わず)かだが出血までしていた。

 はあ、今日は何事もなく終われると思ったのに……。

 

「それは……」

 

 暁美が本題に入ろうとして口を開いた。だが、途中で何かに気付いたようにそれを止めて、まじまじと僕を見つめる。

 

「……貴方、随分(ずいぶん)と可愛らしい格好をしてるのね」

 

「そんな超どうでもいいことは、ほっときなよっ!」

 

 今、僕の格好は、デフォルメされたペンギンの絵柄があちこちに描かれたオレンジ色のパジャマだ。別にこのパジャマを特別気に入ってるわけでもなく、ファッションセンターのバーゲンで大安売りをしていたから買ったものだ。

 パジャマなんて、自分と父さんくらいしか見る人も居ないと思って適当に着ていたので、こうやって他人にそれを指摘されるとかなり恥ずかしかった。

 くっ、油断していた。顔が熱くなってくる。しかも、同級生に見られているというのが、これまた辛い。ダメージはさらに加速する!

 

「ふふ、貴方も照れることがあるのね。初めて見たわ。でも意外に似合っているわよ?」

 

 さっきまでの泣きそうな表情はどこへ行ったのか、暁美は口元に手を当てて軽く笑っていた。最近、と言っても付き合いがまだ浅いので何とも言えないが、出会った頃より格段によく笑うようになっていた。

 それに(ともな)い、性格もおちゃめになってきているような気も否めないが……まあ、良い方向に向かっているとは思う。

 

「うるさいよ。それで、まさか僕のパジャマ姿をからかいに来たのが君の目的なの?」

 

「いえ、残念ながら違うわ。……マミのことで相談に来たの」

 

 微笑みが()がれて、暁美の表情に再び影が差す。それでも、俯かずにまっすぐ僕の顔を見ているあたり、こいつはしっかりしていると思う。失礼な話だが、呉先輩を見て改めて暁美の芯の強さを確認できた。

 そんなこいつが僕に相談事をしにくるのは、余程(よほど)困っているからだろう。

 どうでもいいが、さらっと美樹に引き続き、巴さんの呼び方が変わっているのもこいつの心境の変化なのか?

 

「巴さんのこと、と言うと……魔女を倒すことに忌避し始めたとかかな?」

 

 僕の中で最も可能性のある理由を述べてみると、暁美は頷いた。

 僕の言葉に暁美は、喜んでいるようにさえ見える。

 

「本当に貴方は鋭いわね。その通りよ。マミは魔女退治を……人殺しなのかもしれないと言ったわ」

 

「人殺し、か」

 

 魔法少女にとって、魔女退治は元同族殺しだとは思うが、人殺しだとは僕には思えない。あそこまで変質しまったなら、もはや化け物以外の何者でもない。

 恐らくは巴さんにとっては、「人」と「魔法少女」と「魔女」が全てイコールで繋がってしまったのだろう。だとするならば、巴さんの中では自分のやって来た魔女退治への後悔と罪悪感が渦巻いているはずだ。

 懸念はしていたことだが、実際に現実になってしまうとは……。

 

「暁美さんは、巴さんのその意見をどう思っているの?肯定してるの?それとも否定してるの?」

 

 しかし、まずは暁美個人の意見を聞かせてもらうとしよう。同じ魔法少女として魔女を倒すことに対して、どう考えているのか参考にしたい。

 

「私は今まで考えないようにしていたわ。まどかを救うことだけを支えにしてね。……でも、今はマミの言いたい事も理解できる。けれど……」

 

「それを肯定してしまったら生きて行けない、ってところ?」

 

「何でもお見通しなのね」

 

 自分への理解が嬉しいのか、暁美は口元が僅かに(ほころ)ばせた。

 こいつは今まで、その程度のものすら与えてもらえなかったのだろうか?だが、必要以上に頼られても正直困る。

 僕は極々(ごくごく)普通の一般人なのだから。

 

「さて、巴さんの件だけど、やはり一番の問題は倫理的なものだね。魔女を倒す理由が自分が生きるためでは巴さんの性格上納得できないんだと思う」

 

「じゃあ、どうすればいいの?」

 

「大義名分が必要だ。元は自分と同じ魔法少女だった魔女を倒しても納得できるだけの大義名分が」

 

 巴さんは今まで孤独な戦いの日々を『正しいこと』だからという考えの(もと)に生きてきた。とても立派な所業だ。僕にはまねできない。

 しかし、だからこそ、『魔女=絶対的な悪』という定義が崩れてしまった今、巴さんは『正義』という肩書きを失ってしまった。

 

 ならば、新しく免罪符を与えればいい。

 名前も知らない赤の他人だけではなく、僕や鹿目さんを守っているという自覚をもたせる。

 

「要するに『自分のしていることは絶対的な正義ではないけれど、身近な友達を守るためだから仕方がない』という言い分を巴さんの中で納得してもらうんだ」

 

「具体的には?」

 

「具体的にはね――」

 

 暁美の聞かれて、僕は言葉を一度切った。

 何も考えていなかったのではなく、これから言う台詞は僕もそれなりのリスクが必要とされることだからだ。

 

「僕が魔女退治に同行して、巴さんに自分が戦うことによって魔女から人を守っているということを実感してもらう。ちなみに暁美さんと杏子さん、美樹さんは来ないで。じゃないと巴さんが止めを刺さなくても何とかなってしまうから」

 

 まあ、一言で言うなら、魔女と僕の命を天秤に掛けさせて選ばせるということだ。

 しかし、これはまた僕が命の危機に陥る可能性があるから、乗り気ではないのだが……放っておけば巴さんは立ち直れずに魔女になるかもしれない。

 

「……貴方、またわざわざ危険に首を突っ込むの?もしもマミが魔女を殺すのに躊躇(ちゅうちょ)したら死ぬかもしれないのよ?」

 

「いや、命のありがたみなら人一倍知ってるよ。でもね、やっぱり身体を張らないと、得られないものもあるよ」

 

 ましてや、巴さんに無理やり魔女の殺害をさせてるんだ。僕だけ何も賭けないのはフェアじゃない。僕なりに、彼女に友達としてやってあげられることをするだけだ。

 それが僕にとっての『正しい人間像』だ。

 

 だが、暁美はそんな僕を心配そうにしている。

 

「政夫、相談しに来ておいて、こういうのはなんだけど、何も貴方が全て背負う必要はないのよ?」

 

 暁美が僕の心配か……。本当にこいつは内心は良いやつだな。

 人間の多面性のことを忘れていた僕は偏見と初対面の印象だけで、暁美という人間を見ていた。自分の視界の狭さに呆れてしまいそうだ。

 

「ありがとね。君も今日の魔女退治ご苦労様」

 

 お礼と(ねぎら)いの言葉をかけた後、一つ良いことを思いついた。

 僕は机の引き出しから、ライターと薄紫色のアロマキャンドルを取り出して机の上に置く。

 

「それは何?」

 

「アロマキャンドルだよ。ちなみに香りはラベンダーだ。僕はこれを疲れた時に使うんだ」

 

 そう言って、アロマキャンドルにライターで火を(とも)した。そして、椅子から立ち上がって、部屋の電灯のスイッチをオフにする。

 ふわっと、優しく穏やかなアロマキャンドルの明かりが広がる。

 

「綺麗でしょ?」

 

「本当ね。こんなに小さいのに明るくて綺麗……」

 

 まるで明かりが(にお)いを運んできたように、ラベンダーの香りが鼻腔(びこう)に届いてくる。

 僕は椅子に座り直すと、暁美の方を向いた。

 暁美の瞳はアロマキャンドルの光が反射して、きらきらと宝石のように輝いて見えた。

 

「僕はね、この炎が好きなんだよ。自分をすり減らしながら、周囲を明るく照らそうとする様が人間の生き方みたいでさ」

 

「私は……そんな立派な生き方できてないわ」

 

「そんなことないよ。少なくても今の君は、美樹さんや巴さんのことをちゃんと気遣ってる。必死に照らそうとしてるよ」

 

「そうかしら?」

 

 こちらを向いた暁美の頬はアロマキャンドルの明かりで紅くなって見えるため、照れているのかいまいち分からない。

 それが面白くて、少し笑えた。

 

「それに君の名前の『(ほむら)』って、このキャンドルの上で燃えているような炎って意味だろう?」

 

「ええ。そうだけど」

 

 怪訝(けげん)そうな表情の暁美に僕は言った。

 

「鹿目さんは格好いい名前って言ってたけど、もしかしたら君の両親はこの炎のように美しいイメージを込めて付けたのかもしれない。だとしたら、君の名前はこれ以上にないくらい女の子らしい名前だな、と思ってさ」

 

「私の名前が、女の子らしい?……そんな事、初めて言われたわ」

 

 僕から顔を隠すように暁美はそっぽを向いた。

 その様子から見て、怒らせてしまったのかと思ったが、どうやら喜んでいるらしい。意外に乙女チックですね。

 

「ねえ、政夫」

 

 顔をこちらに見せないようにしながら、暁美は僕の名を呼んだ。あえて、僕も暁美の方に視線をやらず、アロマキャンドルをじっと見つめた。

 

「何?」

 

「今日は随分私に優しいわね。一体どうしたの?」

 

「僕はツンデレだって言っただろう?デレてるんだよ。どう僕って萌えキャラ?」

 

 若干、僕も恥ずかしくなったので、ちょっとふざけて誤魔化(ごまか)す。

 くすっと小さな笑い声が聞こえた。

 

「なら一つ、お願いを聞いてもらえないかしら?」

 

「種類によるね」

 

 僕がそう言うと、少しの間の後に恥ずかしそうに搾り出した声が僕の耳に届く。

 

「今度からは……その、名前で呼んでもらえない?」

 

 




政夫、ついにデレる。

いや、恋愛感情はもってないんですけどね。

感想お待ちしております。


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超番外編  もし政夫が最初の世界に転校していたら

これは決して、ありえないIFの物語。


転校生。それが今、僕を一番端的に表す言葉がそれだった。

出会う物や人が新鮮で柄にもなく、どきどきする。

この見滝原中学校がかなり特徴的なせいもあるだろう。

何せ『教室の壁が全てガラス張り』という頭のおかしい設計をしている。体育の時とかどうするのだろうか?本気で気になる。

 

「夕田君。暁美さん。それじゃあ、教室に向かいましょうか」

考えごとをしていたら、担任の眼鏡を掛けた先生に呼ばれた。

僕ともう一人の転校生が黙って、先生の後に続く。

 

そうそう、僕が一番不思議に思ったのが、このもう一人の転校生、暁美ほむらだ。

転校生が同じ日に入ってくる。これはまだいい。あり得ないことではない。

問題は、なぜ二人とも『同じクラス』なのかだ。

普通は二人転校生が入ってきたら、人数調整のためにクラスを分けるのではないだろうか。

 

まあ、そんなことはどうでもいい。

重要なのは僕と同じ転校生の『暁美ほむら』という少女のことだ。

なかなか変わった名前をしているがそれはこの際おいて置こう。職員室で僕は彼女と出会った瞬間に、 身体中に電撃が走ったかのような感覚になった。

 

一言で表すなら、『彼女は天使だった』と言えばいいかもしれない。

 

三つ編みに眼鏡(めがね)。これほど最高なコンビネーションは僕は他に知らない。可愛いとか、可愛くないとかそういう次元じゃあない。

 もはや、テロ。犯罪的可愛らしさ。必死に(こら)えなければ、僕は鼻血を噴き出して倒れていたと思う。

 職員室で暁美さんと少し話をしたが、見た目だけでなく中身も素晴らしい女の子だった。

 自分も緊張しているだろうに、僕に気を使って「一緒に頑張りましょう」と笑いかけてくれた時は、感動で泣きそうになってしまった。

 君はどこまで可愛くなればすむのかと問いたくなるぐらいの可愛さ。

 もうね、彼女を形容できる言葉は『可愛い』以外にありえない。むしろ、『可愛い』という概念を具現化した存在と言っても過言じゃないね。

 

 そうこうしている内に教室に着いた。

 担任はちょっと待っててね、と言った後、教室に入っていった。

 当然、僕と暁美さんは廊下に取り残される。

 何と言うか……対応に困る。

 こんなかわいい子が(そば)にいると心臓が胸の中で暴れまわってしまう。く、くるし~。

 思いがけず、僕は挙動不審に胸に手を当てながら、もがいてしまう。

 そんな僕を気にしてか、暁美さんが僕におずおずと話しかけてきてくれた。

 

「えっと、夕田さんも、き、緊張しちゃいますよね。転校初日は……」

 

 少々強張(こわば)った笑みも、彼女の愛らしさを前面に押し出すようなエッセンスにしかなりえない。

 あ~、もう、可愛いなぁ!畜生!

 

「そ、そうですね。第一印象は人間関係を築く上で重要ですから」

 

 僕が緊張しているのは主にあなたと二人っきりでいるせいですけどね。

 ああ、先生!早くしてくれ!こんな僕のストライクゾーンをピンポイントで狙ってくる女の子と長い間お喋りできる機能なんて、僕には付いてないんだから。

 内心、早くしてくれと担任に念じるが、当人は透けた扉の向こう側では、目玉焼きの焼き加減について盛大に語っていた。おい、あんたマジふざけんなよ!

 

 ようやく、先生の下らない愚痴のようなやり取りが終了した。

 『いい年こいてるんだから、公私を混同してるんじゃねーよ!』と声高に叫んでやりたかったが、ここはぐっと言葉を飲み込むのが本当の意味での”大人”というもの。

 先生の指示に従って、頭をぺこりと下げて教室に入る。

 暁美さんは教室に入る前に、むんと口を引き締めて握りこぶしを作って意気込みをしていた。……どうして君はそこまで僕の好みのツボを的確に突いてくるかなー。もしかして、僕を(もだ)え死にさせる気なのか!?

 

 

「ッ!……初めまして。夕田(ゆうた)政夫(まさお)です。僕はこれからこの見滝原中学校で皆さんと一緒に学生生活を楽しんで行きたいと思います。皆さん、どうぞ(よろ)しくお願いします」

 

 頭髪の色がヤバい人たちがわんさか居て、一瞬ギョッとしたがここで僕が自己紹介をしくじれば、連鎖的に暁美さんにまで迷惑をかけてしまう。

 目から入ってくる視覚情報を気合で受け流し耐え切った。

 特にヤバいのはピンクの髪のツインテールの子だ。

 あれは何だ?ギャグか?この中学校では頭髪指導を行っていないのか?

 絶え間ない疑問が僕に襲いくるが、次は暁美さんの自己紹介だ。そんな疑問は頭の片隅にでも放置しておこう。

 先生に(うなが)され、暁美さんはおっかなびっくり自己紹介を始めた。

 

「あ、あの…あ、暁美…ほ、ほむらです…その、ええと…どうか、よろしく、お願いします…」

 

 畜生!可愛いなあ~、もう!守ってあげたくなる。いや、むしろ保護したくなるよ!

 

「暁美さんは心臓の病気でずっと入院していたの。久しぶりの学校だから、色々と戸惑うことも多いでしょう。みんな助けてあげてね」

 

 先生は当たり前のことをクラスのみんなに言う。

 そんなもの言うまでもないだろうに。こんな可愛い女の子を助けてあげない奴は、間違いなく鬼の血が流れてるよ。悪魔だよ、悪魔。滅される立場の存在と言ってもいいね。

 

 

 

「暁美さんって、前はどこの学校だったの?」

「部活とかやってた?運動系?文化系?」

「すんごい長い髪だよね。毎朝大変じゃない?」

 

 やたら、クラスの女子が暁美さんの席の周りに集まって、彼女を質問攻めにしていた。

 

「あの、わ、私、その…」

 

 当然、暁美さんはどう答えていいか分からず、おろおろとしている。

 聖徳太子じゃないんだから、そんなにいっぺんに聞かれて答えられるわけないだろうが!少しは自重しようよ、クラスの女子!

 天然記念物である暁美さんに対して、もっと(つつし)みある行動をしてほしい。

 

「夕田はどこの学校にいたんだ?」

「なんか部活には所属してたのか?」

「お前は髪染めたりしねーの?」

 

 こちらも男子の連中から、質問を一気に投げかけられたので、それに対応する。

 

「神奈川の中学校だよ、って言っても親の都合でよく引越ししてたから、別に地元ってわけじゃないけどね」

「部活は入ってなかったかな。小学校の時に柔道習ってたけど、引越した時にぱったりと止めちゃったんだ」

「僕は親からもらったこの黒い髪が好きだから、染めたくはないかな。まあ、僕がそうってだけで、髪を染める人を侮辱してるということじゃないよ。誤解しないでね」

 

 まったく一度に聞かずにこちらが答えてから、新しい質問を出してほしいところだ。

 ふー。暁美さんの方はどうなっただろうか。クラスの人たちも少しは慣れない環境で戸惑ってる転校生に配慮してくれないものかな。

 

 その時、ピンク色の髪の子がそっと暁美さんに近づいて行くのが見えた。

 女の子にしては随分としっかりした歩き方。自分に自信のある人間しか(まと)えない雰囲気を持っている。

 恐らく、あの子が女子グループのボスだ。つまり暁美さんはボスに目をつけられようとしている。

 仕方ない。僕が間に割って入ろう。

 男子のみんなに席を外すことを許してもらい、暁美さんの席へ向かう。

 

「あけ……」

 

「暁美さん。確か、そろそろ薬飲まなきゃいけない時間だよね?保健室の場所、さっき見て覚えたから一緒に行かない?」

 

 女子のボス、名前が分からないから、ボスピンクと呼称しよう。そのボスピンクが暁美さんを毒牙に掛ける前に話しかけた。

 

「え?じゃ、じゃあお願いします」

 

 暁美さんは、驚いていたが僕の呼びかけに答えて、こちらに来てくれた。パタパタという擬音が似合いそうな少しだけ慌てた足音だ。

 

「あ、ごめん。楽しげに話してたみたいなのに」

 

 空気を乱してしまったことに、まるで今ちょうど気付いたように女子のみなさんに謝る。もちろん、嫌味に聞こえないよう、ごく自然なイントネーションで。

 

「私達こそ、ごめんね。気が付かなくて……」

 

 バツの悪そうに謝る女子たちに、僕は安心した表情で笑いかける。

 

「良かったぁ。優しい人たちみたいで僕はクラスにすぐなじめそうだよ」

 

 そう言って、僕は暁美さんを教室から連れ立って廊下へと出た。

 転校初日なら上々の出来かな。

 僕は自分の対応を頭の中で反芻(はんすう)する。

 

「その…ありがとうございます」

 

 僕は案内をするために暁美さんの前を歩き始めると、ぽつりと暁美がお礼を言った。

 

「いいよいいよ。気にしないで。クラスメイトなんだしさ」

 

 まあ、下心がまったくなかったとは言いがたいところだから、本当にお礼を言われると少し後ろめたい気もしなくわない。

 

「さっきも自己紹介したけど、僕は夕田政夫。気軽に政夫と呼んでくれると嬉しいな」

 

「え?そんな……名前でなんて」

 

「あ、嫌だった?じゃあ……」

 

「いいえ!そうじゃなくて……なら、私もほむらって呼んでもらって……」

 

 途中まで言いかけて暁美さんは口ごもった。

 内心、こんな可愛い子と名前で呼び合えるなんて最高だと思ったが、それよりも暁美さんの様子が気にかかった。

 ひょっとして、変わった名前だから気にしているのだろうか。

 

「もしかして自分の名前が嫌いなの?」

 

 単刀直入に聞いてみる。何気なく遠回りに聞く方法もあったが、僕はあえて正面から尋ねた。

 

「あんまり好きじゃないです。すごく、変な名前だし……名前負け、してます」

 

 ふーん。大方(おおかた)、暁美さんのかわいさに嫉妬した女子にでもからかわれたのだろう。だが、実際、変わってるという部分は否定できない。

 

「いいんじゃないかな、人がどう思おうが」

 

「えっ?」

 

「肝心なのは自分はどう思うか、だよ。僕が柔道を習っていた道場の師範代はね、いつもこう言っていたよ。『誇りを持て。誰かに誇る誇りじゃねぇ。自分自身に誇る誇りを持て』ってね。格好良いだろう?」

 

「誇り、ですか。でも私に誇れる部分なんて……」

 

 何を言っているのだろう、この人は。

 こんなにも人より(ひい)でた部分があるというのに。

 

「あるだろう?」

 

「どこが、ですか?」

 

 僕らは保健室の前まで着く。

 そこで僕は暁美さんの方を振り返って言った。

 

「とびっきり可愛いところ」

 

「え……あ、ええっ!?」

 

「……じゃ、じゃあ、僕は教室に戻ってるから」

 

 自分で言っておいて、非常に恥ずかしくなったので、教室の方へと戻る。

 後ろで暁美さんが何か言ってたが振り返ることはできなかった。

 いつから僕はあんなことを言えるような性格になったのだろう。ガラス張りの渡り廊下には、自分の赤くなった顔が映っていた。

 

 




これ眼鏡状態だったら、政夫べた惚れでしたね。というか軽く別人ですよ。
しかし、中学二年生だったら、むしろこっちが自然ですけど。


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第五十五話 私の戦う理由

今回はマミさんオンリーです。主人公は出てきません。


 ~マミ視点~

 

 (ほの)暗い空間。(いびつ)出鱈目(でたらめ)で不快な背景。それなのに乱雑に周囲に訳の分からない物体ははっきりと見える。

 そして、その空間の中央に鎮座している巨大な化け物が居る。

 

 そうよ。何をぼんやりしているの?

 ここは魔女の結界の中。そして、私は魔法少女。『悪い魔女』と戦わなければいけない『正義の魔法少女』だ。

 

 魔法少女の姿に変身した私は、マスケット銃を黄色いリボンで作り出す。ずっと扱ってきた私が『悪い魔女』と戦うための心強い武器。これで多くの『悪い魔女』とその使い魔を倒してきた。

 今日もこの銃で『悪い魔女』を…………。

 

 悪い……魔女? 『倒す』? 『殺す』のではなくて?

 そうだって、私は……『正義の魔法少女』だから。

 これは正しい行い。私は間違っていない。これは見滝原の人を守るための正義の戦いなのだから。

 

 魔女は何もして来ない。使い魔すら生み出す様子もない。

 何故? 私が攻撃しようとしている事は理解しているはずなのに。

 銃を持つ手が僅かに震えたが、それを押し殺して、マスケット銃を構える。

 

 魔女は私を見ている。ただじっと私のしている行為を眺めている。

 もしかして自分の防御を過信している? それとも、私のマスケット銃の威力を侮っているのかしら?

 前者だとしたら、私の攻撃を反射される可能性もある。用心しつつも、私は様子を見るためにマスケット銃の引き金を引く。

 魔女がとっさに攻撃してきても、弾丸を反射されようとも対応できるよう全身に神経を張り巡らせる。

 

 だが、結果は私の予想と異なり、魔女はあっさりと倒された。

 私の放った弾丸は魔女の大きな巨体を貫通し、断末魔すら上げることなく、床に横たわる。

 

 あっけない。そう思って魔女を見つめていると、その醜い巨体がぼろぼろと崩れた。

 

「……えっ?」

 

 崩れた魔女の中から出てきた女の子だった。私と同じようにどこか衣装めいた格好をしている。

 すぐに彼女が私と同じ魔法少女だという事に気がついた。

 

 出てきた少女は、私を冷たい目で睨み、低い声でこう言った。

 

「……人殺し」

 

「え……わた、し…は『悪い魔女』を……」

 

「人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺しひとごろしひとごろしひとごろしひとごろしひとごろしひとごろしヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシ……」

 

 憎しみと怨嗟(えんさ)のこもった少女の口から次から次へと吐き出される。

 

「ちが、う。だって私は正義の……」

 

 だって知らなかった……。そんな事キュゥべえは一言も教えてくれなかった。

 私はずっと人のために、自分を殺して頑張ってきたのに。

 

「ヒトゴロジ……ビトゴロジ……ビドゴロジ……ビドゴオボジィ……」

 

  血の混ざった唾液が言葉と共にこぼれて、言葉を(つむ)ぐたびに少しずつ聞き取り難くなっている。けれど、言葉に込めた私への悪意だけは変わらない。むしろ、徐々に強くなっているようにさえ思う。

 

「いや……嫌よ」

 

 私を責めないで!私を非難しないで!私を傷つかないで!私を苦しめないで!私に触れないで!

 私に私に私に私に私に……。

 

「嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌ァ――――――!」

 

 

 

 

 

 はっと目が覚めて、私は自分がどこにいるのか確認する。

 見覚えのある天井。15年間見てきた私の部屋の天井。

 

「あれは……夢だったのね」

 

 ポツリと一人(つぶや)く。

 安堵が私の中に広がる。人心地が付くと、自分が寝汗をかいている事に気が付いた。

 今見た光景は夢だった。でも、魔女が元魔法少女であり、魔女を私が殺してきた事は紛れもない現実でしかない。

 知らなかったとはいえ、私の犯した罪は決して消えない。夢の中のあの魔法少女のような存在から幾度も命を奪っていた。

 

 私はこれからどうすれば良い? 何を指針にして生きていけばいいのか、さっぱり分からない。

 今までは正義のためにと思って行動していたのに。(ふた)を開けてみたら、同族殺し以外の何物でもない。

 私は今まで何のために戦ってきたのだろう。

 

「お父さん……お母さん……」

 

 ずっと、堪えてきた自分の弱さをもう隠す事ができない。

 ベッドの近くに置いてある大きな熊のぬいぐるみを抱きしめる。自分の顔を隠すようにぬいぐるみに顔を埋める。

 

 助けてほしい。

 誰でもいい。私をこの苦しみから救ってほしい。

 甘えたい。縋りたい。泣き付きたい。

 

 どうしようもなく情けない想いが私の頭の中をぐるぐると駆け巡る。

 

 

『随分と元気がないようだね? どうしたんだい、マミ』

 

 急にかけられたその声に反応して、私はぬいぐるみに埋めた顔を上げ、ベッドの脇に目を向けた。

 当たり前のようにそこに居たのは、私が友達“だと思っていた”キュゥべえだった。

 

「キュゥべえ……」

 

『おはよう、マミ。今日は顔色が優れないようだけど大丈夫かい?』

 

 私の体調を気遣うような優しい台詞。

 けれど、私にはもうその台詞から白々しさしか感じられなかった。首を傾げた可愛らしいポーズにさえ、機械的に見えてしまう。

 

「しばらくぶりね。夕田君から、魔法少女の秘密は聞いたわ」

 

 何故教えてくれなかったのという抗議の意味を込めて、私はきつい口調でキュゥべえに言った。

 もうキュゥべえを信じる事はできなかった。でもせめて、キュゥべえの口から言い訳が聞きたかった。謝罪の言葉がほしかった。

 

『ああ、政夫は君にもその事を教えたのか。一体どこから手に入れた情報なのか言っていなかったかい? 本当に不思議な人間だよ、彼は。魔法少女としての素養もなく、ボクがわざわざ姿を現さなければ、視認する事さえできないのに何故そんな情報を知りえたのか非常に気になるよ』

 

 けれど、キュゥべえは少しも悪びれる様子もなく、私にそう返した。それどころか私の事には興味がないような素振(そぶ)り。

 私は理解してしまった。キュゥべえにとって私はただの道具でしかなかったという事に。

 私たちの間には友情なんて欠片も存在していなかった。

 自分の中の何か大切なものが突然ガラクタだと知ったような救いのない気分になりながらも、私は震える声でキュゥべえに尋ねた。

 

「……最後に一つだけ聞かせて。お父さんが運転していた車が急に事故を起こしたのは、あなたが原因だったの?」

 

『どうしてそう思うんだい?』

 

 キュゥべえには何の動揺も見られない。紅いガラス玉のような瞳に険しい顔をした私が映りこんでいるだけ。

 

「今までは考えた事もなかったけれど、あの時のあなたの登場はどう考えても都合が良すぎるわ。これも夕田君が言っていた事だけど、もしも急に『キュゥべえが運転中のお父さんの前に姿を現した』としたらあのいきなり起きた事故にも、都合の良いあなたの登場にも納得がいく」

 

『マミは長年一緒に過ごして来たボクよりも、会ってそう日も経っていない政夫の言う事を信じるのかい? ボクとマミは友達だっただろう?』

 

 否定するわけでも、肯定するわけでもなく、話を()らそうとする。

 その様子に私の苛立(いらだ)ちと不信感はさらに募っていく。

 

「話を逸らすのはやめて! 私がほしいのはそんな台詞じゃない!」

 

『今更そんな事を知ったところで一体何の意味があるんだい? ボクの答え次第でマミの両親が生き返るわけでもないだろう? 終わった事を何時までも気にするなんて訳が分からないよ』

 

「キュゥべえっ!!」

 

『確かにマミの父親に姿を見せたのは事実だよ。でも、それが直接の事故の原因になったかなんて、もう誰にも確かめる(すべ)はない。それが答えだよ』

 

 誤魔化しから一転して、開き直ったようにあっさりとキュゥべえは私に話し出す。

 

『あの時のマミは特に明確な願望を持っていなかったから、ボクとしては君が事故に合ってくれたおかげで契約ができて良かったけどね』

 

 空々しい声がどこか遠く頭に響く。

 怒りや悲しみよりも、空しさが心を圧迫する。

 

「そう……やっぱりあなたが……」

 

 いつの間にか握り締めていたソウルジェムから、マスケット銃が飛び出す。

 無意識の内に殺意が形になっていた。

 

 私が今こんなにも苦しんでいるのは『コレ』のせいか。

 私が今こんなにも傷つかなければいけなかったのは『コレ』のせいか。

 

『ボクを殺すのかい? 無駄だよ。マミだって見ただろう? 代わりなんていくらでも……』

 

 何時になく、落ち着いた気持ちで構えて、そして、引き金を引いた。

 

 キュゥべえの頭が()ぜて、フローリングの床にキュゥべえ“だった”何かがぶちまけられた。胴体の部分は空気が抜けたようにその場で潰れた。

 それをぼんやりと見つめて一つだけ頭に()ぎった。

 

 ああ、絨毯(じゅうたん)を敷いていなくて本当に良かった。

 




これはもう駄目かもしれませんね。本当は明るい話にしようかと思っていたのですが……。

というか、キュゥべえさんがまったく出てこないので書かなきゃいけないなと思って書いた話なのでご容赦してください。

ちょっとぐらいシリアスなのもいいですよね!


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第五十六話 正義の味方の味方

 ヒーロー。英雄。正義の味方。

 大抵の子供は皆、最初はこういったものに憧れる。

 そして、大人もそれを許容する。なぜならば、善悪の判断があいまいな幼い子供に道徳心を植え付けるのに、勧善懲悪はこれ以上にないくらい手っ取り早いものだからだ。

 具体的に例を挙げるなら、ウルトラマン、仮面ライダー、ヒーロー戦隊辺りがメジャーだろう。けれど、僕が憧れたヒーローはそのどれでもない。僕の中のヒーロー像は『戦う者』ではなく、『与える者』だった。

 

 アンパンマン。

 それが幼い僕が見たヒーローの中のヒーロー。

 ウルトラマンが怪獣を倒したとして、仮面ライダーが怪人をやっつけたとして、果たして彼らはお腹を空かせた子供に己の顔をちぎって食べさせてあげることができるだろうか。

 無理だろう。というより、それを映像化したらグロテスク極まりないものになるので止めてほしい。

 話が逸れたが、僕はアンパンマンほど献身的で、自己犠牲に溢れるヒーローは存在しないと思う。僕には敵を倒すよりも、誰かが傷付けた傷跡を癒す方が偉大に感じられた。こう考えるのは、きっと心が傷付いた人たちを癒す仕事をしている父さんを見てきたからだろう。

 

 幼い僕はアンパンマンに憧れて、困っている人に優しくした。自分の持てる限りのものを隣人に分け与えてきた。

 

 しかし、ある程度年齢を重ねると子供は皆ふと気付く。いや、この言い方は卑怯だ。

 虐めっ子に虐められ、クラスメイトに裏切られ、大切なたった一匹の友達を殺された幼かった僕が気が付いた、が正確だ。

 都合の良い正義の味方などに成れはしないことに。リスクを背負ってまで見知らぬ他人を助ける人間を人は馬鹿と呼ぶことに。悪事を見ても、見て見ぬ振りをするのが最も安全な方法だということに。

 他人に優しくして、何かを分け与えても感謝の言葉など一言も言われず、偽善者だと罵倒されることの方が多い。一歩引いて、冷めた目で自分の周囲を見回せば、そんな光景ばかりが目に付いた。

 

 アンパンマンが自分の顔を食べさせても、代わりの顔を焼いてくれるジャムおじさんは居ない。そして、顔をなくしたアンパンマンに世間は何もしてくれない。

 『正義の味方』がどれだけ『正義』のために行動しても、『正義』は決して『正義の味方』の『味方』にはなってくれないのだ。

 

 巴さんは事故で両親を亡くし、そして、魔法少女になって『正義』のために魔女と戦って今まで生きてきた。

 でも、それは巴さん自身が望んでそうなった訳じゃない。選択肢がそれしかなかったからそうなっただけだ。

 初めに会った時、僕は僕や鹿目さんたちを助けてくれた巴さんに感じたのは感謝ではなく、恐怖だった。使い魔を軽やかに一掃する巴さんを自分と同じ『人間』だと思わなかった。

 異常な力を持つ異常な存在。それが僕の巴マミという人物に対する印象。ある意味、その印象は合っていたが、同時に間違いでもあった。

 彼女の身体は支那モンとの契約によって、普通の人間とは異なるものに変えられていた。だが、彼女の精神はごく普通の女の子とさほど変わらないものだった。

 そう、普通の女の子。

 本来なら、両親の愛に(はぐく)まれ、友達と遊び、恋愛に夢中になる権利がある。断じて、化け物と戦うだけの都合の良い『正義の味方』なんかじゃない。

 だが、巴さんは生き続けるためにはグリーフシードが必要不可欠だ。生きるために魔女と戦わなければならない。

 だから、せめて納得して戦ってほしい。戦うための理由を巴さんにあげたい。

 命を救われた身として、巴さんの友達として、彼女に生きる理由を作ってあげたいのだ。

 僕は『正義の味方(アンパンマン)』には成れなくても、『正義の味方の味方(ジャムおじさん)』には成れるかもしれない。

 

 

 

 

 土曜日の午前九時を少し過ぎた頃、僕は巴さんの様子を見るために彼女が住んでいるマンションの前に来ていた。

 僕がまず今しなければいけないことは巴さんの心理状態を確かめることだ。これが分からない内は巴さんと共に魔女の結界に行くどころじゃない。別に僕は自殺がしたい訳じゃないのだから。

 一度、携帯で連絡してから来るという手段も考えたが、携帯での連絡だと「そっとして置いてほしい」などと言われた場合引き下がらなくてはならない。

 だが、直接会いに行けば、巴さんの性格上無下(むげ)にはしないはずだ。必要なら、デリカシーに欠けた人間を演じてみせて少々強引に粘ればいい。

 

 マンションの中に入ろうとした時、僕の携帯がなった。見滝原中の制服の時はズボンの右ポケットに入れているのだが、今はジーンズなので携帯はジャンパーのポケットに入っている。ジーンズのポケットは狭いので携帯を入れておくと、ポケット部分が出っ張る上に取り出すときに面倒だからだ。

 携帯を取り出すと画面には『暁美ほむら』と表示されている。僕はそれを耳に当てて通話ボタンを押した。

 

「もしもし、暁美さん。そっちで何かあったの?」

 

 暁美は今日は鹿目さんと出掛けにいく予定のはずだった。これは僕が暁美に提案したことだ。

 今日の僕の予定は巴さんの心理状況を確認した後、彼女の話を聞いてある程度彼女を精神的に安定させて、魔女退治に僕と二人だけで行き、巴さん自身に『身近な人間』を守っているという免罪符を肌で感じてもらうことだ。

 なので、巴さんと生活圏内の近い暁美と美樹が魔女退治に来られない理由を作る必要があった。ちなみに杏子さんはそもそも風見野の魔法少女だから関係ない。

 美樹の方は杏子さんの方で戦い方を教わりに風見野のへ行くとのメールがあった。昨日は魔女のところに行けなかったと文章に書いてあったので、巴さんの「魔法少女は人殺し」発言を知らないようだった。

 

『……………………』

 

「ん? 暁美さん?」

 

 まったくの無言。一瞬、通話が切れているのかと思って画面を見るが、ちゃんと通話状態のままだ。

 

『………………名前』

 

 ぼそっと暁美の声が聞こえた。音声自体は何の問題もなく繋がっているらしい。

 名前? 頭を傾げそうになったが、暁美の発言の意図を察した。

 

「ごほん……もしもし、ほむらさん」

 

『何かしら?』

 

 ……こいつ、予想以上に面倒くさい女だ。昨日の夜以来、名前で呼ばないと反応してくれない。

 それにしても、電話かけて来ておいて、「何かしら」はないだろう。むしろ、それはこっちの台詞だ。

 

「ご用件は何でしょうか?」

 

『いいえ。ただ、政夫はマミの事で休日を潰しているのに、私はまどかと一緒に遊びに出掛けるのは本当にいいのかと思っただけよ』

 

 暁美の少し申し訳なさそうな声色が聞こえてくる。いつもと同じ物静かな口調だが、自分だけ楽しい時間を過ごすことに罪悪感を抱いていているのが伝わってきた。

 せっかく(いと)しの鹿目さんと二人きりで遊ぶのだ。僕を気にすることなく、楽しめばいいのに。まあ、無理もないか。

 ならば、具体的な理由を付け足してやろう。

 

「あのね、ほむらさん。これは昨日も言ったけど君は『この世界での鹿目さん』とはあまり仲良くしていないだろう?」

 

『そう、かしら。いつもの時間軸に比べれば……』

 

「それじゃ駄目だよ。『他の世界の鹿目さん』と比べること自体間違っている。『この世界の鹿目さん』が君にとってどんな存在なのか改めて確認しなきゃ。それによって今後のモチベーションにも影響があるだろうしさ」

 

 もちろん、これも建前だけのつもりではないが、それ以上に仮にも友達の暁美に少しくらい楽しい思いをさせてあげたいという僕のわがままだ。

 

『私にとっての、この世界のまどかの存在……?』

 

 今まで深く考えたことがなかったのか、暁美は少し怪訝(けげん)そうな声だ。きっと暁美は真面目すぎて、思考が鹿目さんを救うこと一色で染まっていたのだろう。

『画用紙に定規を使わず、まっすぐな線を書け』と言われて、まっすぐ線を書くことに集中しすぎて画用紙をはみ出していることに気が付かない子供のようだ。柔軟性が足りていない。

 

「さらに鹿目さんも自分だけ魔法少女になっていないことに負い目を感じている。それを魔法少女である君が解消してあげるのも今回のデートの目的の一つだ。つまりは遊ぶためだけじゃなく、必要なことでもあるんだよ」

 

『デートって……』

 

 やや納得のいかなさそうだったが、マンションの前でずっと電話しているほど僕は暇な訳じゃない。

 

「それじゃ、今日は楽しみなよ。あ、でも鹿目さんにエッチなことはしちゃ駄目だからね?」

 

 そう言って通話を切り、再び携帯をジャンパーのポケットに入れる。

 さて、僕も僕で自分のやれることをしないといけない。マンションの中に入り、巴さんの家まで向かう。

 前に一度来た限りだが、僕は物覚えがいいので難なく巴さんの家の番号も覚えている。

 

 

 だからこそ、戸惑いを隠せなかった。

 巴さんの家のドアが半開きのままになっていたからだ。鍵はもちろん、チェーンすら掛かっていない。

 強盗? 不法侵入者? ――有り得ない。何故なら、そんな奴らよりも巴さんの方が遥かに強い。

 疑問が次から次へと沸いてくるが、ここで立ち往生している訳にもいかない。僕はそっとドアを開けて中へと忍び足で入る。これでは僕の方が不法侵入者のようだ。

 だが、ここで巴さんの名前を呼んでも、にこにこしながら巴さんが出迎えてくれるイメージは想像できなかった。

 不気味で、不安で、まるでホラー映画の登場人物になったような心境だ。学校の先輩の家に来ただけなのに、どうして僕はこんな思いを抱いているのだろうか。

 巴さんの家は静寂に満ちており、人の気配が微塵もしない。カーテンが締め切っており、朝だというのに薄暗かった。

 

「巴さん? 居ますか?」

 

 無言でうろうろしていても(らち)が開かないので、周囲を警戒しつつも巴さんの名前を呼んだ。妙な緊迫感のせいか、思ったよりもずっと小さな声しか出なかったが、無音の空間ではそれが大きなものに感じられた。

 けれど、返事はない。この家には居ないのか。だとしたら、それもそれで一大事だ。

 試しに携帯で巴さんの電話番号にかけてみた。

 携帯の電子音のすぐ後に、近くの部屋から急にくぐもった格調高いメロディが流れてくる。恐らくは巴さんの携帯の着信音だろう。

 とすると、巴さんの携帯はこの家にある訳だ。

 超希望的観測をするなら、家のドアが開いているのは閉め忘れただけで、携帯が鳴っているのに出ないのは、巴さんはぐっすりと眠っているため。部屋に向かえば巴さんの素敵な寝顔が待っている。

 ……有り得ないだろうな。それはもう現実逃避のような考えだ。

 多分、この家に巴さんは居ない。携帯を置いて、鍵も掛けず、ドアすら閉めずに飛び出して行ったと考えるのが自然だ。

 ではなぜ? ――分からない。分からないことが多すぎる。

 

 取りあえず、携帯が置いてある部屋に何か手がかりがあるかもしれない。

 僕はこそこそとするのを止めて、携帯をかけたまま、格調高いメロディのする方へとまっすぐ進んで行く。

 ドアにMAMIとローマ字で書かれている部屋、きっと巴さんの部屋だろう。メロディはこの部屋から聞こえてくる。人の部屋に無断で入ることにほんの少しだけ躊躇(ちゅうちょ)があったが、今さらだと思い直してドアを開けた。

 一番最初に目を奪われたのは真っ白い床だった。まるで雪が降り積もったようなその光景に、北海道にでも来たような錯覚を覚えた。

 

「何だ……これは?」

 

『おや? どうして君がここに居るんだい、政夫』

 

 むくりと白い床と同化していた何かが動いた。紅い二つのビー玉のような眼が僕に向く。

 そこに居たのは、ある意味全ての元凶とも言える存在、支那モンだった。

 

「……君こそ何でここに居るの? いや、それよりもここで何をしているの?」

 

『見ての通りさ。回収しているんだよ』

 

 そう言いながら、支那モンは白い床を食べ始めた。

 それを見て僕は、かつて暁美が銃殺した支那モンが崩れた豆腐のような姿になったのを思い出した。そして、それを当たり前のように食べる別の支那モンを。

 

 その瞬間、僕はこの白い床の正体に気が付いた。気が付いたが故に今の状況が僕の想像を超える最悪なものだということを理解した。

 この白い床の正体は……支那モンの残骸だ。

 つまり、床を覆うほどの量の残骸が出るほど、支那モンがこの部屋で殺されたということだ。

 それを行えるのは――――。

 

『まったく。マミにも困ったものだよ。いくら替えがきく身体とはいえ、こんなに殺されるとは……暁美ほむら以上だ』

 

 呆れたように支那モンは己の残骸の山を頬張り続ける。

 僕は巴さんのメンタルを過信しすぎていたのかもしれない。

 

 

  




(次回予告)

消えた巴マミ。
彼女の心は政夫が思っていた以上に病んでいた。
傷付いた彼女に政夫の言葉は届くのか?

次回『五十七話』


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第五十七話 最期の言葉

 状況は最悪と言っても過言ではない。

 部屋の床にぶちまけられた大量の支那モンの残骸を見るに、巴さんの精神状況は『かなりキている』。早急に見つけ出さないといけない。あるいは、もう取り返しの付かないところまで行っているかもしれない。

 

 ……他の魔法少女たちに連絡をすべきだろうか。そうすれば少なくても一人で探すよりも効率が良いはずだ。

 そう思い、ジャンパーのポケットから携帯を取り出した。暁美に電話をかけようとして、手が止まる。

 

 いや、この状況下で暁美を呼び出せば今ちょうどデート中の鹿目さんまで付いて来てしまう恐れがある。その場合、この支那モンが巴さんを見つけ出すことと引き換えに鹿目さんに契約を迫ってくるだろう。

 

 しかし、友達思いで意外に行動力のある鹿目さんがこのことに首を突っ込んでくるはずだ。暁美に巴さんのことを誤魔化して戻って来れるほどの話術も期待できない。

 逆に考えよう。暁美が一緒にいるから、鹿目さんはこの件に関わってこない。巴さんを(えさ)に鹿目さんが勧誘されない。そう考えれば、むしろこれは行幸。

 となると、美樹と杏子さんに手伝ってもらうか。だが、彼女たちは今風見野に居る。わざわざ呼び出しても時間がかかるだけ…………ん?

 

「支那モン君、一つ聞いてもいいかな?」

 

 はぐはぐと床に散らばった同胞の残骸を食す地球外生命体は、一時その動作を止めて僕の方に向き直る。

 

『ボクの名前はキュゥべえだよ。一体何が聞きたいんだい? 政夫』

 

「巴さんが今どこに居るか分かる?」

 

『分かるよ。魔法少女の反応なら、すぐに特定できるからね』

 

 思ったとおりだ。こいつは何匹も居る。それこそ、これだけ殺されても何の問題もないくらいに。けれど、いつも魔法少女に密着しているわけではない。

 にも(かかわ)らず、穢れを溜め込んだグリーフシードを回収する時にはいつも魔法少女の前に現れる。

 魔法少女を探知できる能力があるのは明白だ。

 

「なら、その場所を教えてくれない?」

 

『ボクがそれを教えて何のメリットがあるんだい? このままにして置けばマミが魔女になってくれるかもしれないのに』

 

 支那モンは当然のごとく、僕の頼みを突っぱねる。理解はしていたが、巴さんが魔女になることを心待ちにしているような物言いを聞くと、こいつを友達だと思っていた巴さんに同情するしかない。

 まあ、ここら辺は予想の範疇(はんちゅう)だ。逆に素直に教えてくれる方が、裏がありそうで怖い。

 

「そうだね。じゃあ取り引きと行こう。僕がなぜ魔法少女の秘密を知っていたか気にならない? 君が教えなかった情報をどこで手に入れたのか知りたくはない?」

 

 知りたいはずだ。必ず支那モンは食いついてくる。何せ、向こうは巴さんの居場所を教えるだけでいいのだ。交換条件としては破格と言っても過言じゃない。

 さあ、どう出る!

 

『それはつまりボクがマミの居場所を教えたら、君が魔法少女の秘密を知っている理由を教えるという事と考えて良いのかい?』

 

 支那モンはまるで、僕に言質を取るような言い方をしてくる。まさか、僕が「気にならないか」と言っただけで別に「教える」とは一言も言っていなかったなんて、子供じみた言い訳をするとでも思っているのだろうか。

 まったくもって心外だ。僕はいつだってフェアな男なのに。騙すことばかり考えているから、そんな思考しかできないのだ。

 

「最初からそう言っているだろう。でも巴さんが現在進行形で移動中かもしれないから、ナビゲート付きで頼むよ」

 

『……分かった。交渉成立だ。マミの居場所まで案内しよう』

 

 ほんの僅かな無言の間の後、支那モンは僕との取り引きを受諾(じゅだく)してくれた。もう少しごねられるかと思っていたが、あっさりと話がまとまった。

 多分、もう僕が巴さんの元に行ってもどうにもならないと踏んだのだろう。最悪すでに魔女になっている可能性も十分ある。

 

「ありがとう、キュゥべえ君。じゃあ、早速頼むよ」

 

 今の状況は大体こいつのせいだけど、今はそんなことを気にしている暇はない。利用できるなら、利用してやる。

 だが、僕はそんなことは顔に出さず、余裕の笑みを浮かべる。

 僕は受けた恩は必ず返す人間だ。かつて命を助けてくれた巴さんに報いるためにもここで引くわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

『ここだよ』

 

 図々しく、僕の肩に乗った支那モンがそう(つぶや)いた。

 支那モンのナビゲートで僕がやってきた場所は、ショッピングモール。より正確に言うなら、関係者以外立ち入り禁止されていた未改装のフロアだ。

 僕が転校初日に、突然走り出した鹿目さんを追って……いや、半ば強制的に美樹に連れて行かれた場所。そして、初めて巴さんと出会った場所でもある。

 それにしても、この場所はいつまでこのままなんだろうか。もう二週間も経っているのに未だに未改装のままだ。

 

「本当にこんなところに巴さんが居るの?」

 

『間違いなく、マミのソウルジェムの反応があるよ。それにボクは嘘は吐かない』

 

「必要最低限の真実も話さないけどね」

 

 肩に乗った支那モンがいい加減鬱陶(うっとう)しくなってきたので、床に降りてもらった。

 支那モンがここまで言い切っている以上、巴さんは恐らく近くに居るのだろう。ならば、こいつごと巴さんに狙撃される可能性も考慮しなければならない。

 

『政夫、約束どおり情報を教えてもらうよ』

 

「ああ、僕がどうして魔法少女の秘密を知っているかだったね」

 

 僕はフェアな人間だ。多分、暁美あたりならこいつとの約束など堂々と破り、木曜洋画劇場の主役のように支那モンの頭を弾くだろうが僕は違う。支那モンが元凶だろうが何だろうが、約束はきっちりと守る。

 

「暁美さんに聞いたから。以上」

 

 分かり易く、それでいて聞き取り易いように一言でまとめてあげた。

 支那モンは無言でガラス玉のような目で僕を見上げた後、尋ねてくる。

 

『……それだけなのかい?』

 

「それだけだよ。暁美さんが僕に話してくれたから知ってる。これ以上何とも言えないよ」

 

『どうして暁美ほむらが知っているかは……』

 

「さあ? それは約束の範疇じゃないからね。僕が答えるのは『魔法少女の秘密を知っている理由』だけだよ。――まさか騙されたとか、ホザかないよね?」

 

 足元に居る支那モンに向けて冷笑を浮かべる。

 僕は何一つ嘘は言っていない。全て真実だ。支那モンが期待していたほど情報量ではなかったというだけだ。それでも十分つり合いは取れているだろう。

 もはや、こんな奴に付き合っている理由はない。早く、巴さんを見つけないと。

 

 心底どうでもいいナマモノを後にして僕はフロアの奥へと進んで行く。

 そして。

 

「巴さん!」

 

 壁に寄りかかって、座っているパジャマ姿の巴さんを見つけた。

 膝を抱え込むようにして体育座りをしていた巴さんは、僕が声を掛けると俯いていた顔を上げてこちらを見つめる。その顔は暗い表情に包まれていたが、僕が現れたことへの驚きが見て取れた。

 

「夕田君……!? 何でここに……」

 

「探しましたから。ちょっとズルしましたけど」

 

 僕は巴さんの無事な姿を見て、内心安堵した。支那モンがまだ『ソウルジェムの反応』と言っていたので、魔女にはなっていないと思ったが、やはり自分の目で安否を確認しなければ安心はできなかった。

 

「それより、どうしてこんなところに居るんですか? 今日は僕、巴さんを遊びに誘おうかと思って家まで行ったのに……」

 

「駄目よ!!」

 

 僕の言葉を(さえぎ)るように巴さんは大声を上げた。

 壁に背中を擦り付けながら立ち上がり、巴さんは僕を拒絶する。そして、指輪をソウルジェムの形に変えて僕に突きつけるように見せた。

 

「見て! 私のソウルジェムはもうこんなに黒く(にご)ってる。多分、あと少しで私は魔女になるわ。理屈じゃなく感覚で解るの……」

 

 巴さんの言うとおり、黄色く輝いていたソウルジェムは前に学校の屋上で見た時よりもはるかに黒ずんでいた。

 きっとこんなところ来たのは、人気のないところを探してのことだろう。マンションの中で魔女になるよりは幾分マシだ。もっとも、すぐ傍にショッピングモールがあるのでベストな答えとは言い難いが。

 短時間で来られる人気の少ない場所を考えて来たんだろうが、うまく思考が回っていない。支那モンをあれだけ殺すほど精神状態だから仕方ないと言えば仕方ないか。

 

「そうですか。ただ何でそこまでソウルジェムが濁ったのか教えてもらえませんか? そのくらいなら時間あるでしょう。わざわざあなたを探し回った駄賃だと思って答えてくださいよ」

 

 さも、余裕そうな顔で巴さんにそう尋ねる。と同時に気付かれないように、少しずつ()り足で近づいて行く。

 普段だったら気付かれると思うが、今の冷静さを欠いた巴さんならば問題はないだろう。

 

「……夕田君。あなたは私に魔女になるその時まで魔法少女として生きていけばいい、そう言ってくれたわね」

 

「言いましたね」

 

「でも駄目だった。……私はもう魔法少女として生きていけない。改めて魔女を()の当たりにして、自分と同じだと思ってしまったわ。彼女たちを殺して、『正義』なんて名乗れない」

 

 泣きそうな顔で巴さんは悲しげに微笑んだ。その表情には『魔法少女』、いや、『巴マミ』にしか分からない思いが込められているのだろう。

 

「夕田君、あなたから杏子さんや暁美さんにはごめんなさいって伝えてもらえないかしら……」

 

 それが巴さんの最期のお願い。彼女らしい言葉だ。その台詞は僕に早く立ち去れという意味も含まれている。

 僕は巴さんのその想いを、優しさを、言葉を。

 

「嫌ですよ」

 

 ()んであげない。

 

 巴さんが喋っている内に少しずつ近づいていたので、それほど距離は離れていない。(ふところ)にしまってあった暁美からの(あず)かり物を取り出して、巴さんに一気に距離を詰める。

 

「なっ……!」

 

 巴さんの顔が驚愕の色に染まる。まさか僕が突っ込んでくるとは思わなかったのだろう。普通の感性なら、巴さんの意図を()んで涙ながらに立ち去るところだからだ。

 だが、僕は取り出した両端が鋭く(とが)ったソレをソウルジェムに思い切り押し当てる。

 

「伝えたかったら、自分で伝えてください」

 

「それは……グリーフシード!?」

 

 昨日の内に切り札として、暁美から受け取っておいて正解だった。念には念を入れといたおかげで本当に良かった。暁美には感謝しておかないといけない。

 巴さんのソウルジェムから、(よど)んだ濁りが吸い出され、元の美しい黄色の輝きを取り戻す。完全に、とまではいかなかったものの黒ずんだ部分がかなり減った。

 手元にあるグリーフシードはこれ以上穢れを吸い取ってくれないようで、奇怪な光を明滅させている。これで最悪の結末は避けられたな。

 

『そのグリーフシードは孵化(ふか)寸前だね』

 

 置いてきた支那モンが呼んでもいないのに颯爽と現れ、背中の(ふた)を開いてこちらに擦り寄ってくる。

 

『ボクが回収するよ』

 

「キュゥべえ、あなた……!」

 

 予想外の僕の行動に一時停止していた巴さんの顔が怒りに歪む。巴さんからすれば、どの面下げて自分の前に現れたって感じだろうからな。気持ちは分かる。

 僕は支那モンの背中の穴を一瞥(いちべつ)した後、無言で孵化寸前のグリーフシードを壁に思い切り突き刺した。

 

「ふん!」

 

『な!?』

 

「ええ!?」

 

 僕の咄嗟(とっさ)の奇行の支那モンも巴さんも、驚きの声を上げる。

 グリーフシードの光の明滅は激しくなる。まるで心臓の鼓動のようにも見えた。

 

『何をしているんだい、政夫!? そんなことをしたら、ここで魔女が(かえ)ってしまうんだよ!』

 

 叱責(しっせき)するように僕に向けて大きな声をあげる支那モンを無視して、巴さんの真正面に立ち、瞳の奥を見つめる。

 

「さて、巴さん。ここで魔女が出現すれば、ただの人間の僕は一溜まりもありません。――さあ、『正義の魔法少女』はか弱い一般人を救ってくれますか?」

 

「夕田君……あなた、まさか……」

 

 グリーフシードは一際大きく光ると、周りの空間が歪み、世界が塗り替えられた。




最後の方の政夫、何かもうギャグですね。一応構想ではかなりシリアスで緊迫した状況だったはずなんですけど。


宜しければ感想お待ちしております。


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第五十八話 半分の罪

前回までのあらすじ

第五十七話を見てください!


 周囲の光景が一瞬の内に薄暗い未改装のフロアから不自然な闇の中に変わった。

 『不自然』というのは地面は足元が見えないほど暗いのに、上の方は驚くほど明るいからだ。多少見づらい程度で周囲も十分視認することができる。

 まるで作り物のような“調整された闇”。ここが僕の知る常識を超えた場所であることをまざまざと見せ付けてくる。

 近くに支那モンが居ないところを見ると、奴は魔女の結界に取り込まれる前に咄嗟(とっさ)に逃げたらしい。もっとも別に居なくても何も問題はないし、むしろ鬱陶しい発言をされないだけありがたい。

 

「さて、どうしましょうか? 巴さん」

 

 隣に居るパジャマ姿の巴さんに問いかける。

 自分で口にしておいて何だが、びっくりするぐらい白々しい台詞だ。こうなることを見越してやったのだから。

 

「どうしましょうかって……この結界の魔女を倒すしかないじゃない」

 

 僕の発言にどこか複雑そうな顔で巴さんは、あのどこぞのウェイトレスのような魔法少女の姿に変身する。魔女になるのを(まぬが)れたとはいえ、流石に魔女を倒す覚悟はできていないようだ。

 だが、ここで巴さんに魔女を倒す覚悟を決めてもらわなければ、どの道彼女は魔女になってしまう。いや、それ以前に僕が死ぬことになる。

 こうなることは分かっていたが、せめて遺書ぐらい書いてきた方が良かったかもしれないな。

 

「それじゃあ、お願いします。か弱い僕を守ってください」

 

「最近気付いたけど、夕田君って食えない人ね」

 

「よく言われます」

 

「……ふふ」

 

 巴さんは呆れたような笑みを僕に浮かべる。さっきまでの何もかも諦めた笑みよりはずっと良い。少しは活力が戻ってきている証拠だ。

 ここで一番恐ろしいのは、巴さんが不安定になって恐慌状態に陥ることだ。もちろん、ここは魔女の結界の中だから慎重にならなくてはいけないが、それ以上にしなくてはいけないのは『ライン引き』だ。価値観の変動といってもいいかもしれない。

 巴さんの中で『魔女を倒す』という行為を許容のラインまで引き上げる必要がある。

 

「じゃ、早速エスコートして頂けますか?」

 

「そういうのは普通、女性が男性に言うものよ?」

 

「ジェンダーフリーって奴ですよ。僕、男女共同参画社会主義者なんで」

 

「……本当にあなたって口がうまいのね」

 

「恐縮です」

 

 そんなふざけた会話をしつつも巴さんは僕の前に立って、しっかりと守ってくれている。

 僕が普通の人間だということが分かるのか、僕を狙って飛び掛ってくる黒い影でできたような蛇の使い魔を一発も撃ちもらさずに倒していく。

 思考を切り替えているのか、その姿には一片の迷いもない。そこら辺は歴戦といったところだ。

 しかし、使い魔を倒すのは許容範囲なのか。魔女は駄目なのに。一般人の僕としてはちょっと理解に苦しむ。

 

 

 しばらく、この結界内を歩いた後、難なく最深部らしき場所に着いた。

 それにしても、魔女の結界というのは魔女によってかなり違うようだ。僕が入った結界は蝶の(はね)が生えたナメクジの魔女のものと、デフォルメされた羽根の付いたテレビの魔女のものと、ここで三つ目になる。前者の二つはカラフルで毒々しい印象があった。

 けれど、この結果は暗くて色が極端に少ない。ほとんど全てが白と黒だけで、あとは奥の方に見える太陽の塔が辛うじて赤色をしている。

 

「あれが……この結界の魔女よ」

 

「へえ、あれが……」

 

 太陽の塔のすぐ近くにこちらに背を向けるようにして、黒い人影があった。

 あれがこの結界を作り上げた魔女か。今まで一番人間の形に近いな。仮に『影の魔女』とでも呼んでおこう。

 影の魔女は僕らに反応する様子もなく、太陽の塔に祈りを捧げるかのように(ひざまづ)いている。もしかしたら動かないのではなく、下半身が床と融合して動けないのだろうか。

 

 しかし、それよりも重要なのは巴さんがあの影の魔女と戦えるかどうかだ。このグリーフシードは昨日の戦いで得たものだと暁美は言っていたし、最終的に影の魔女に止めを刺したのは巴さんだとも聞いた。つまりは交戦経験というアドバンテージがある。

 初見の魔女よりは戦い易いはずだ。もっとも、向こうの魔女にもひょっとしたら巴さんと戦ったことを覚えている可能性もあるので楽観はできない。

 

「………………」

 

 巴さんは複雑そうな表情で影の魔女を見つめながらも、マスケット銃をベレー帽から地面に何本か出現させて臨戦態勢を取る。

 影の魔女も微動だしないが、魔女を守るように影の蛇が数匹横一列になって真っ黒い床からぬっと生えた。襲い掛かろうとせずにこちらの様子を探っている。

 

「巴さん」

 

「夕田君、悪いけど今は喋っている余裕は……」

 

「そんなに魔女と戦いたくないですか?」

 

「っ……!」

 

 魔女と使い魔から目こそ逸らさなかったが、巴さんの顔に動揺が走る。

 今の状況がどれだけ危険かは理解している。自分の発言で巴さんがどういう反応を示すかも承知の上だ。

 けれど、それでも言わなくちゃいけない。今のままの巴さんが変わる転機はこの時を()いて他にはないだろう。

 

「だったら、僕を置いて逃げればいいじゃないですか」

 

「そんな事できる訳ないでしょ!?」

 

 巴さんが後ろに居る僕に振り返って怒鳴った。

 その瞬間、影の蛇が一斉に僕ら目掛けて飛び掛って来る。巴さんは軽く舌打ちをしてマスケット銃を地面から引き抜いて、飛んできた影の蛇を一匹一匹精確に打ち落としていく。

 影の蛇はマスケット銃の弾丸に当たると砕け散るように四散して、煙状になって消えた。全ての蛇を撃破すると巴さんは安心して肩を落とした。

 

 危なかった。巴さんの戦闘技術を信用していたとはいえ、一歩でも間違えたら巴さんも僕もあの影の蛇に食いちぎられていたかもしれない。分かっていたが本当に命懸けだ。

 物理的な脅威に肝を冷やしつつも、僕は恐怖など微塵も感じていないかのように淡々と喋る。

 

「どうしてですか? あなたは『正義の味方』じゃないんでしょう。僕を助ける理由なんてありませんよ? 今だって僕のせいで命を落としかねなかったじゃないですか?」

 

「どうして!? そんなの私が夕田君に死んでほしくないからに決まってるじゃない!!」

 

 巴さんは僕が見たことないほどの剣幕で怒っていた。穏やかで取り乱した時ですら、ここまで大きな声をあげたりはしなかった。

 ここまではっきりと言い切ってもらえると正直嬉しい。巴さんの中では僕の存在はそれなりに大きいようで何だか気恥ずかしくも感じる。

 

「その理由は、巴さんが魔女を殺す理由に足りえますか?」

 

「!……夕田君……。まさかそれを言うために……」

 

「答えてください。巴さん」

 

 巴さんに詰め寄り、瞳の奥を覗き込む。

 ここが正念場だ。戦う理由を与えてあげられるかどうかで彼女の行末(ゆくすえ)が決まる。

 

「私は……――っ、魔女が!」

 

 巴さんが言葉を(つむ)ごうとしていた時、突如今まで静観していた影の魔女が動きを見せた。

 何と言い表せばいいのか正しいのか分からないが、しいて言うならそれは真っ黒い巨大な大木のようだった。こちらに目掛けて巨大な真っ黒い大木が早送り映像のような速さで迫って来ている。

 

「夕田君は私の後ろに!」

 

 そう言うと巴さんは僕から魔女へと向き直り、黄色いリボンを出現させる。そのリボンが寄り合わさり大きな銃の姿に構成された。

 かつて、蝶の(はね)が生えたナメクジの魔女を一撃で粉砕した巨銃。巴さんの必殺の武器。

 恐らく、あの影の魔女を一撃で葬り去ることが可能だろう。だからこそ、今の巴さんにそれが使えるのか疑問だ。

 

 だが、影の魔女が伸ばす巨大な影の樹木はそうこうしている間にもこちらへと距離を縮めてくる。魔女の方もこの一撃で終わらせる気なのだろう。

 巴さんは巨銃を支えながらも、弾丸を発射させる様子はない。

 よく見るとその肩は小さく震えていた。まるで臆病な幼い子が悪いことをする一歩手前で良心が痛み出したようなそんな震えだ。

 こうしている瞬間も巴さんの中では『魔女を殺す』ということに葛藤があるのだろう。

 

「巴さん」

 

 僕は彼女を後ろから抱きしめた。

 

「夕、田くん?」

 

 唐突な僕の行動に巴さんは戸惑う素振(そぶ)りをする。けれど、僕はそれを無視して喋る。

 

「あなたが魔女を殺すことが罪だと言うのなら今は僕も一緒に背負います。僕には戦う力はありませんから全部は無理ですけど、せめて半分だけは背負わせてください」

 

 酷い男だと自分でも思う。今、僕は罪悪感に(さいな)まれている女の子に『殺し』を強要させている。

 半分背負うから、お前も半分背負えと共犯者に仕立て上げている。

 

「だから、巴さん。あなたも背負ってください」

 

「……夕田君。あなたって本当に食えない人ね。いいわ、私も背負う。だから一緒に」

 

「はい。一緒に」

 

 迫りくる黒く巨大な影の樹木が僕らの目と鼻の先ほどの距離まで近づいてくる。回避はもはや不可能だ。直撃すれば死は免れないだろう。

 

「ティロ……」

 

 しかし、避ける必要なんてない。

 

「「フィナーレ!!」」

 

【挿絵表示】

 

 

 巴さんと声を合わせて僕は叫んだ。

 銃口から黄色に輝く弾丸が発射されて、影の樹木を縦に引き裂いて飛ぶ。弾丸は輝きを増して、薄暗い闇を切り裂いて空間に黄色の軌跡を描いた。

 まったく勢いを殺さないどころか、弾丸はさらに加速をして影の魔女へと狙いを定める。

 影の魔女を守るように無数の影の蛇が現れ、壁状に固まるが、黄色の軌跡はそれを容易(たやす)く打ち砕いた。

 

 影の魔女が最期に一瞬だけ僕らの方に振り向いたように見えた。真っ黒でのっぺりと目も鼻もないその顔がなぜか僕には巴さんを(うらや)んでいるみたいに思えた。

 

 周囲の空間が歪み、不気味な世界からショッピングモールの未改装のフロアに戻っていく。

 (ほこり)っぽい不衛生な空気が無性に安心感を(かも)し出してくれた。今ならゴキブリすら愛おしく……いや、流石に無理だな。

 

 魔法少女の衣装から、再びパジャマの格好に戻った巴さんは僕に深々と頭を下げた。今気付いたが、履いているものも靴ではなくサンダルだ。どれだけ混乱していたかがよく分かる。

 

「ごめんなさい。私が不甲斐ないばっかりに、夕田君を危険な目に合わせてしまって……」

 

「それは僕が勝手にやったことですよ。それに初めて会った時に命を助けてもらった恩もありますし」

 

「でも、先輩として、魔法少女として、とても恥ずかしい行為だと……」

 

 申し訳なそうにする巴さんだったが、クゥ~と可愛らしく彼女のお腹が鳴った。真面目な話をしていた途中のことだったので、そのギャップが微笑ましくてつい笑ってしまう。

 

「くっ、あはははは」

 

「ち、違うの。今のは。ちょっと、そんなに笑わなくたっていいじゃない! 夕田君のいじわる」

 

 恥ずかしそうに怒る巴さんは、いつもよりも幼く見えて可愛らしく感じた。年上然としている彼女よりも(しょう)に合っているのかもしれない。

 ジャンパーから携帯を取り出してジーパンのポケットにしまうと、ジャンパーを巴さんに羽織(はお)らせる。冬ではないが、パジャマのままでは流石に寒いだろう。

 

「ごめんなさい。お詫びに昼食(おご)りますから機嫌直してください」

 

「ずるい人ね。夕田君は」

 

 巴さんに謝りながら、床に落ちていたグリーフシードを拾ってじっと眺める。

 今回は巴さんが助かっただけじゃなく、思わぬ収穫があった。

 それはグリーフシードがリサイクル可能だということだ。このことをうまく使えば、魔法少女の魔女化の可能性をある程度減らせるかもしれない。

 あとで暁美とも相談する必要がありそうだ。

 




今回でマミさん編終了と言ったところでしょうか?
本来ならここで政夫は死んでいたかもしれませんが、皆様が意外と政夫に好意的だったので死にませんでした。

あと、今更なんですが、政夫のキャラ設定出した方がいいでしょうかね?
多分、読んでれば大体想像できると思いますからなくていいと思いますけど……。

ちなみに「みてみん」というイラスト投稿サイトに政夫のイラストを絵凪さんに描いてもらったことがあるので良かったら見てください。すぴばるにあるのの拡大版ですが。


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第五十九話 隣に並んで

すいません、今回政夫出ません。
ていうかキャラが多いせいで政夫視点だけだと書ききれないので、このような感じになってしまいました。


~ほむら視点~

 

 

 私は本当にこんな事をしていていいのだろうか?

 ふと、そんな考えを脳裏に()ぎらせながら、テーブルの前のコーヒーカップに目を落とした。

 今頃、政夫は土曜日だというのにマミのために時間を潰して、彼女を再び立ち上がらせるよう尽力している。それも私が相談したせいで、だ。

 なのに、当の私はこうやって喫茶店でコーヒーを飲んでいる。自分のやっている行為が酷く無責任な事に感じられてならなかった。

 

「このお店初めて来たけど雰囲気が良いお店だね……どうしたの、ほむらちゃん?」

 

 私の目の前に座って店内を興味深そうに眺めていたまどかが、私の顔を見て急に心配そうに声をかける。いけない。今はまどかと一緒に居るんだった。彼女の前で心配させるような顔をする訳にはいかない。

 大体、政夫も電話で自分よりまどかの事を気にしろと言っていた。ここでまどかを余計な事で悩ませるなんて本末転倒もいいところだ。

 

「何でもないわ、大丈夫よ」

 

 内心を悟らせまいとしたせいで必要以上に冷たい声が出てしまった。表情もいつもより硬くなっているかもしれない。

 

「そ、そう……ごめんね」

 

 やってしまったと思った時にはもう遅かった。私のきつく聞こえてしまう言い方にまどかは申し訳なさそうに俯く。

 まどかに余計な心配をさせないための台詞が逆に彼女を傷つけてしまう。本当に私は相変わらず、どうしようもない程コミュニケーション能力が低い。

 重火器や爆発物の扱いは上達していっても、これだけは一向にうまくならないままだ。何か言って今の発言を補おうとしても何を言ったらいいのか、まるで浮かんできてくれない。

 

 最近は学校の昼休みでも皆と喋っているから多少はマシになってきたと思っていたが、振り返ってみれば私は大抵受け答えするだけで能動的に会話に入っていっていなかった。それも大抵が政夫が振ってきたものばかり……。

 今まで気付かなかったけれど、私が会話に入っていきやすいように政夫が話の流れを調整してくれていたのだろう。どこまでも気遣いばかりの男。きっと政夫の半分は気遣いでできているに違いないわ。

 もし彼が私の立場だったら、今のまどかにどんな事言うのだろうか?

 きっとこんな感じだ。

 

「気にしなくていいわ。でも心配してくれてありがとうね」

 

 そう言いながら、私はまどかに少し嬉しそうに笑みを浮かべて見せた。

 “魔法少女の秘密”を知ってからはいつの間に笑い方を忘れていたけれど、今では自然と浮かべる事ができる。誰も信頼できなかったあの頃と違う。私には心を許せる人が居る。

 

「よかった……。怒らせちゃったかと思ったよ」

 

 ほっとしたようにまどかも顔を上げて、私に笑い返してくれた。この笑顔は多分いつも通りの私だったら向けてもらえなかったものだ。そもそも、まどかが私に(くも)りのない笑顔を向けてくれたのは何時以来だっただろうか。

 私は忘れていた。この笑顔を守るために私が魔法少女になった事を。

 知らない間にまどかを救う事だけに必死になって、理由や目的を見失っていた。私にとってまどかがどんな存在なのか改めて理解できたような気がする。

 

「そんな事ないわ。ただ心配されるのになれてなくて、つい言い方がきつくなっただけよ」

 

「そっか。学校でもあんまり喋ってくれないから嫌われてるのかと思ってたよ。こうやってほむらちゃんと話せて本当によかった」

 

 そんな風に思われていたのね……。いつもの時間軸よりはずっと仲良くやれている、なんて考えていた私は何にも分かっていなかった。

 政夫はここまで理解して、まどかと一緒に遊びに行く事を進めたのかしら。

 

「それで今日は何で急に遊びに行こうって誘ってくれたの? あ、もちろん、嫌とかじゃなくて、ほむらちゃんがこういう風に誘ってくれるの初めてだからちょっとびっくりで」

 

「分かってるわ。誤解なんてしないから安心して」

 

 ちゃんと向き合って初めて分かる事がある。私はまどかの事を理解していたつもりで実際のところは分かっていなかった。

 ずっと目を背けて逃げていた。どうせ信じてもらえないと諦めていた。

 でも、それでは前へ進めない。私の事を理解してもらうにはまずは話さなければならない。

 私はまどかに全てを話した。私が魔法少女になった理由と私が見てきた絶望を。

 

 

 話し終わった後、コーヒーカップを取って、口元へ持っていく。中身はすっかり(ぬる)くなっており、あまり美味しくはなかった。

 まどかは今にも泣き出しそうなほど、悲痛に表情を歪ませていた。

 

「そんな……あんまりだよ。そんなのってないよ……」

 

「本当に信じてくれるの? こんな話を」

 

 全てを吐き出した今でもまどかに信じてもらえるか不安だった。仮に信じてもらえたとしても受け入れてくれるか分からない。

 どれだけ取り繕ったとしても、私は魔女になった『まどか』をずっと見捨て続けたのだから。

 

「信じるよ……。ほむらちゃんのこと、嘘つきには見えないもん」

 

 まるで当然のようにまどかは私にそう言った。

 ずっと聞きたかった言葉が私の胸に染み込んでくる。視界が(にじ)んでいると思ったら、知らない間に涙を流していた。

 

「確証なんて何もないのよ……説得力だって」

 

「『魔法少女にならなくたって、できることぐらいいくらでもあるよ』」

 

「え?」

 

 私の言葉を(さえぎ)ってまどかは脈絡もなくそんな事を言い出した。意味が分からず、私はハンカチで目元を拭いながらまどかの方を見る。

 しっかりと私を見据えて話すその姿が、最初の世界でのまどかを思い出させた。

 

「政夫くんがね、上条君が入院してた病院のグリーフシードを抜いてキュゥべえの背中に入れた時に私にそう言ってくれたの。だから、ずっと自分にもできることを今日まで考え続けて、ようやく答えが出たよ」

 

「答え……?」

 

「うん。私って鈍くさいし、何の取り柄もないし、私できることなんてほとんどないけど……それでも友達を信じることくらいはできる。だから、ほむらちゃんのこと絶対に信じるよ。それが私が魔法少女にならなくてもできることだから」

 

 まどかは手を伸ばして私の手を取って握ってくれた。手のひらから温かさが伝わってくる。

 優しく包み込むのではなく、ただただ真摯(しんし)に握ってくるその手には『最初のまどか』とはまったく違う印象を感じた。

 きっとこれが『この世界のまどか』の強さなんだろう。魔法少女としてではない、人間の強さ。

 

「……ありがとう、まどか」

 

「私の方がお礼を言う方だよ。守ってくれてありがとうね、ほむらちゃん」

 

 

 

 

 

 

「もうそろそろ映画上映する時間だよ」

 

 まどかが携帯を開いて時間を確認する。

 もうそんなに時間が経っていたのね。全然気が付かなかった。

 もともと、この喫茶店に居るのは映画館での上映時刻まで時間があり、まどかが入りたそうな顔をしていたからだ。内装がピンク系統の色で統一されているファンシーな喫茶店だったので、正直に言うと私のような人間にはちょっと居心地が悪かった。

 

「それじゃあ、そろそろ行きましょうか。映画館は確かショッピングモールの方だったかしら」

 

「うん。あ、そうだ。映画見終わったら、お昼どうしようか?」

 

「まどかの行きたいところでいいわ」

 

「じゃあ、いつも皆で言ってるハンバーガー屋さんでいい?」

 

「構わないわ」

 

 まどかと二人で並んで歩くのは、何故だかとても嬉しく感じられた。

 『彼女(まどか)』の後ろをついて行くのでもなく、『彼女(まどか)』の前を歩くのでもなく、隣に並んで歩いている。

 私は今初めて、本当の意味でまどかと友達になれた気がした。

 




杏子とさやかたちの方は……書かなくてもいいですかね。じゃないと話が進展しなくなってしまいますし。
今回はまどかを書かないとタイトル詐欺になる恐れがあるので出しただけです。

おりこ出したいんですけど、これ以上キャラ増やしたら話が破綻しそうです。
ハッ、その場合は政夫に退場してもらえばいいですね!


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第六十話 川原で稽古

まさかの一日での連続投稿。
今回も政夫出ません。番外編扱いでも良いレベル話ですね、これ。


~杏子視点~

 

 

「ほら、何やってんだ! 動きがトロくなってるぞ! 教会でアタシに()み付いてきた時の勢いを見せろ!」

 

 アタシは手に握った木刀を左斜めに振るう。

 

「くっ! ちょ、ちょっとタイム……!」

 

 さやかはそれを自分の木刀で受け止めようとして、足を必要以上に開いてしまう。そこをアタシは見逃すほど甘くはない。

 さやかの右足にアタシの足を引っ掛けて、内側から外側に払った。右足の靴が地面から離れて、さやかは当然バランスを崩してひっくり返る。

 仰向けに倒れたさやかの顔に木刀の先を突きつけて、アタシは頬を吊り上げた。

 

「これで二十三勝目だ」

 

「杏子ずるいよ。私、ちゃんとタイムって言ったのに……」

 

 さやかはアタシを睨みながら、不満そうに文句を言う。

 

「何言ってんだ馬鹿。少しでも強くなりたいからってアタシに稽古(けいこ)つけてって言ったのはアンタだろ。それに魔女との戦いにタイムなんてないんだよ」

 

 マミの事で頭を悩ませていたアタシの元に電話してきて、いきなり「稽古つけて!」とか言い出してきた時は何事かと思った。

 しかも、アタシの家が風見野にある事しか知らないのに駅前までに来て、「杏子の家どこ? 今駅前なんだけど」なんて言ってくるし。

 見滝原の教会でやりあった時はアタシも冷静じゃなかったけど、こいつは素で考えなしのヤツだ。信じられないくらい馬鹿だ。放っておくと間違いなく早死にするタイプだ。だからこそ、マミの件を後回しにしてさやかの稽古の手伝いをしている。

  

 ただ魔法少女になって行うと魔力が消費されるから、物置にしまっていた木刀を引っ張り出して近くの川原で稽古をする事になった。

 何で木刀が二本も物置にしまってあったかを聞くと、「男には中学生くらいの時はやんちゃしちまう生き物なんだぜ……」とどこか遠い目をしたので詳しく聞くのは止めといてやった。聞いてほしくない過去の一つくらいショウにだってあるんだと思う。

 

「でも、さっきからずっと木刀の打ち合いしてたんだから、流石にここら辺で休憩させてよ……」

 

「しっかたねーな。んじゃ、ちょっと早いけど休憩にしてやるよ」

 

「う~、杏子スパルタすぎる」

 

 文句言うなら他のヤツにやってもらえと思ったが、アタシ以外は遠距離武器ばかりだから無理だな。まあ、て言ってもアタシの得物は槍だから剣が得意ってわけじゃないけど。

 近くに置いてあったリュックから水筒を取り出して、中の冷えた麦茶をあおる。キンキンに冷えた麦茶は運動で体温の上がった身体に染み込んでくる。家を出る時ショウが持たせてくれてホント良かった。

 

「っぷはー!」

 

「あ! ずるっ! 私にもちょうだい」

 

 川原の斜面に仰向けで倒れていたさやかが、がばっと起き上がって水筒を奪おうとしてくる。飲み物すら自分で用意してこなかったらしい。こいつはマジでどうしようもないヤツだな。

 

「ずるくねーよ。何で自分で用意してきてないんだよ」

 

「いや~、思い立ったらすぐ行動が私の信念だからさ」

 

「じゃあ、その信念に(もと)づいて、そこで(かわ)いていけ」

 

「すいません調子こきました! (のど)カラカラなんです。飲ませてください」

 

 ったく。最初からそう言えばいいんだよ。

 呆れながら水筒をさやかに渡すと、直接水筒の飲み口を開けて逆さにしてグビグビと飲み始めた。……アタシがいうのも何だが、こいつ結構女捨ててるよな。

 

「ふ~。気分爽快! 魔法美少女さやかちゃん復活! 」

 

 テンション高く叫びながら、さやかは水筒片手に訳の分からないポーズをする。

 

「ほー。じゃあ稽古再開するか?」

 

「いや、……それはちょっと休ませて」

 

 アタシが木刀を自分の肩にトントンと当てて言うと、引きつった笑顔で首を振る。

 アタシもさやかに(なら)って斜面に寝そべる。背の低い草が背中を優しく包んでくれるおかげで思った以上に寝心地がいい。

 さやかに至ってはもう目をつぶって、今にも昼寝を始めそうだ。ホントこいつは自由気ままだ。

 

「なあ、さやか。お前がここまでする理由って何