足柄辰巳は勇者である (幻在)
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プロローグ 始まりの日

新シリーズ、のわゆ編のパラレル作品を書こうと思います!

二月三日は千景の誕生日という事で千景イベントを全力でやって、誕生日千景を手に入れましたァ!アハハハハハハハハハ!!!!

と、発狂はここまでにしておいて、本編をどうぞ。


――――バーテックス。

突如、天より襲来した、人類を殺す事だけを目的に、全世界を滅ぼそうとする、人類の天敵。

通常の兵器は効かず、人を、ただ殺す事しか考えていない存在。

そんな奴らの手によって、世界中は蹂躙され、人類の生存権は、一部を除いて、全滅した。

そんな無敵な存在に、唯一対抗できる存在。

各地で、特殊な力に目覚めた、少年少女たち。

 

神の力を使う『勇者』。

 

神の声を聞く『巫女』。

 

いずれも、神に見初められた少女たち。

ただ、それらにも例外はつきもの。その少女たちの中に、生き残った地域にたった一人、男の勇者が存在する。

 

これは、四国にてたった一人、男の勇者として戦った、一人の少年の物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

広島県岡山市

 

そこにある、和式の一軒家にて一人の少年が、夜にも関わらず木刀を振るっていた。

山鳩色の髪、それなりに鍛えられた体。男らしい顔立ち。

男子としては、完璧な容姿をしていると言っても良い。

ただ、彼のそんな欠点として、問題視されるのは・・・・

「九百九十七・・・・九百九十八・・・・九百九十九・・・・・ぬあ!?」

突然、頭上に何かが落ちてくる。

思わず手を止め、頭に付いたそれを触ってみると、ドロッとした白い液体。

カーカー、という鳴き声に顔をあげれば、そこには今まさに飛んでいく鴉の姿が・・・・

「ぶわ!?」

さらに、いきなり水をかけられる。

「・・・・火野・・・」

「えへへ、お兄は相変わらず運がありませんね」

そういうのは、彼の妹である『足柄(あしがら)火野(ひの)』。まだ、小学二年生だ。

その手には、水が溢れ出るホースの先端。

木刀を持つ少年、『足柄(あしがら)辰巳(たつみ)』は、少々運が無い。当時、小学五年生。

 

 

 

 

場面変わらず、縁側にて。

辰巳は渡されたタオルで体を拭いていた。

「酷い目にあった・・・・」

「ふふ。そうですねぇ~」

と、柔和に笑う火野。

だが、その直後突然、地面が揺れる。

「きゃ!?」

「火野!」

態勢を崩した火野を支える辰巳。

だが、揺れはすぐに収まる。

「最近多いな」

「そうですね」

辰巳の言葉にうなずく火野。

「おーい、辰巳、火野、大丈夫か?」

「あ、父さん」

「パパ!」

縁側へと出てきた父に飛びつく火野。

「お前はまた振ってたのか」

「まあ、日課だからな」

「本当に、俺の息子は剣術馬鹿になってしまったなぁ・・・」

幼いころから、剣士に憧れ、剣道を嗜んでいる辰巳は、その努力と相まって全国ベスト4に入る程の実力を持つ。

だからこそ、鍛錬は欠かせないのだ。

「父さんは相変わらず骨董品あさりか?」

「ああ!」

辰巳と火野の父は、比類なきアンティーク好きだ。

ネットで見つけた骨董品を見つけては競り落とし、そしてそれを部屋に飾る。

鑑定の眼もなかなかのものであり、少なくとも()()()()のものまでは偽物か本物かを見分けられる。

「今回競り落としたのはかなりの値打ちものだぞ!」

「へえ、どんなものだよ?」

「効いて驚け!バルムンクだ!」

「「ばるむんく?」」

二人揃って首を傾げる。

そんな二人を、父は部屋に案内した。

父の部屋は相変わらず、古い骨董品ばかりだ。

質の悪い事に、それら全ては本物だ。

本当に良い鑑定スキルだ。

そんな部屋の中、父の作業台ともいうべき机の上に、一本の錆びついた剣が横たわっていた。

「お前たち、グラムを知ってるか?」

「ぐらむ?」

「あれだろ?西洋のシグルドが使ってたっていう、魔剣」

「その通り!これはその実物だ」

「「ハァ!?」」

父の突拍子も無い事に、思わず驚く二人。

「見ろ、このフォルムを、この柄に輝く青い宝石を!伝承のものとは幅はかなり狭いが、この柄に埋め込まれてる宝石は本物だ。つまり、この剣は本物のバルムンクという事を証明してるんだ」

「流石にこればかりは偽物なんじゃ・・・・」

「いーや!絶対本物だ!」

まるで子供のように語り出す父親に呆れる辰巳に対して、火野は目を輝かせていた。

 

こんな父親だが、生計はしっかりしている。

母が事故で死んでいる中、美術館で働いているのだが、鑑定士としても活躍しているため、収入はかなりのも。

さらに、競り落とすのも、かなり気が向いた時であり、子供の事を第一に考える、父親の鑑とも言うべき人物だ。

だからこそ、辰巳たちはこの父親を憎めない。

 

「そんな訳で、これは本物のバルムンクだ」

「よーくわかったよ。分かりやすい解説どうもありがとう」

「とても勉強になりました!」

「そうかそうか!やっぱり火野は良い子だなぁ」

「えへへ」

父親に頭を撫でられ、顔を綻ばせる火野。

それに、呆れながらも笑みを零す辰巳。

「さて、俺はまた風にでもあたってきますよ」

「そうか。寝るのは早めにな」

「分かってるよ」

「あ、私も行きますー!」

そんな訳で、二人して庭に出た二人。

星の輝く星空を見上げ、辰巳は、黄昏る。

「・・・・お兄?」

「ん、ああ、悪い。ボーッとしてた」

「・・・ママの事を思い出していたのですか?」

「・・・ああ」

辰巳と火野の母は、事故で死んだ。

即死ではなく、まだ意識はあったが、溢れ出る血を止める事は出来ず、その場で絶命してしまった。

まだ赤ん坊だった火野と父は、家にいて知らないが、母親と一緒にいた辰巳は、苦しそうにうめく母の姿を、その眼に納めていた。

今でも鮮明に思い出せる。

母が最期に残した言葉を。

「・・・俺は、あの日なにも出来なかった。だからこそ、決めたんだ。苦しむ人々を、俺の手で守ってやるって」

それほど乗り気じゃなかった剣道に打ち込もうと思ったのも、その時だ。

「だから、今度は父さんもお前も守る。俺は、ただその為だけに、剣を振るってきたんだからな」

そう、言い終えた時だった。

 

今までにない程の地震が起こった。

 

「うわ!?」

「きゃあ!?」

立っていられない程の地震だった。辰巳は、中腰になって持ち前の足腰の強さでどうにか態勢を保つ。

火野は、小さく悲鳴をあげて尻もちをつく。

揺れは数十秒と続き、やがて収まった。

「ふう・・・・今まで無い程に揺れたな・・・・・」

火野の方を見た辰巳。だが、火野の表情は、酷く青ざめていた。

「火野?」

「・・・・怖い」

一言、そう呟いた。

「怖い・・・・何か・・・怖いものが・・・空から・・・・」

「空?」

辰巳は、空を見る。

そこには、満点の星空が輝いて―――――違う。辰巳は直感的にそう悟った。

星が、不規則に不自然に動いている。

鳥では無い。鳥はあんな風に動かない。

なら、なんだ?そう思う間もなく――――

 

 

 

 

絶望が、空から降ってきた。

 

 

 

 

ありとあらゆる場所で、何かが落ちてきて、大きな音が響いた。

その内の一つが、こちらに落ちてくる。

「火野!?」

それを見た辰巳の行動は速かった。

火野を抱え、すぐさま家から背を向け、飛ぶ。

次の瞬間、轟音と粉塵が巻き起こり、その衝撃波が、辰巳の背を叩く。

それが収まり、振り返れば、そこには、潰れた家があった。

「父さん!?」

「パパ!」

二人は、慌てて潰れた家の中に入る。

そこで、二人は見た。

 

白い異形を。

 

「なんだ、こいつは・・・」

「パパ!」

火野が叫び、そちらに視線を向ける。

そこには、木材の間に、足を挟まれ、腹に鉄柱が刺さった父の姿があった。

それで、辰巳は白い異形が父親に向かって、その巨大な口を開いている事に気付いた。

それを視認し、確認した瞬間、辰巳の中で何かが焼き切れた。

咆哮をあげ、そこらに落ちていた木材を手に取り、飛び上がって、上段からそれを叩き落す。

だが、その木材は呆気なく折れた。

さらに、白い異形はそんな辰巳を、コバエを払うかのように体当たりをかまし、壁に叩きつけた。

「お兄!?」

「げほ・・・父さんの所に迎え!」

打たれ強さに自信のある辰巳は、その衝撃に耐えられた。

それを聞き受けた火野は、すぐさま父親の元へ走り出す。

「パパ!パパ!」

「ぐぅ・・・火野か・・・」

「はい!そうです!しっかりしてください!パパ!」

背後では、白い異形が迫ってきている。

そんな白い異形を、辰巳が無理にでも食い止めようとしている。

そんな辰巳を、白い異形は鬱陶しそうに体当たりをかましていた。

父は、自分の体の有様を見る。

(ああ・・・これはだめだな・・・)

そう、悟ってしまう。

父は、何かを決したかのように、ある場所に指を指す。

「・・・火野、よく聞きなさい。あそこにある剣を、辰巳に渡すんだ」

「え・・・」

その指の先には、錆びついた西洋長剣、バルムンクがあった。

「あれを・・・でも、どうして・・・」

「良いから、速く!」

「わ、分かりました!」

火野は、それに向かって走る。

それを手に取り、持ち上げようとする。だが、あまりにも重い。

「うう・・・!」

とても、火野の力では持ち上げられない。

だが、そこで火野は思いいたる。

 

別に持って行かなくてもいいのでは?

 

「お兄!こちらに来て下さい!」

「!?」

「速く!」

「わ、分かった!」

火野にけしかけられ、走り出す辰巳。

「この剣を!」

「それは・・・ッ!」

火野の意図を察した辰巳は、バルムンクに向かって手を伸ばす。

その後ろからは、白い異形がそんな事させんとばかりに大きな口を開けて迫ってくる。

辰巳は、剣に向かって手を伸ばす。

その背後から、白い異形が噛みついてくる。

そして――――

 

 

 

 

それは、北欧の主神によって与えられた宝剣。

神々によって、息子を殺された屋敷の主の長男を討ち取った剣。

神々に逆らいし、竜の血を浴びた剣。

 

それは、神を憎む竜の怒り(グラム)を纏う、魔剣。

 

 

その名は―――――滅竜剣『バルムンク』。

 

 

 

 

 

白い異形が、両断される。

白い異形が倒れた、その場所には、鞘から抜き放った剣を、片手で天高く掲げる少年の姿。

抜き様に、白い異形を切り捨てたのだ。

錆びは、いつの間にか全て消え、刃は、白銀に輝き、光を反射していた。

「お兄・・・・」

そんな兄の姿を、火野は見上げる。

「父さん!」

辰巳は、バルムンクを鞘に納めると、すぐさま父親に向かって走り出す。

それを、火野も思い出したかのように立ち上がり走り出す。

「父さん!」

「パパ!」

「はは・・・凄かったよ辰巳。今まで一番きれいな斬り方だったじゃないか」

「そんなこと言うなよ!待ってろ!すぐに助ける!」

「いや・・・この鉄棒が肝臓に刺さっててな・・・たぶん、死んでる」

「それでも生きられるだろ!」

「いや・・・今の状況から考えて、病院も機能していないと思う」

澄ませば、聞こえてくるいくつもの悲鳴。

きっと、他の場所にもあの白い異形が現れたのだろう。

「辰巳・・・火野・・・・よく聞け」

「嫌だ!アンタ根性の別れとか言って死ぬつもりだろ!そんな言葉聞きたくない!」

「そうです!皆で一緒に生きるんです!パパはいないなんて嫌です!」

二人は、どうにかして足に挟まっている木材をどかす。

だが、腹に刺さっている鉄棒は、背後の木材から突き出ているものだった。

辰巳が、それをバルムンクで斬ろうとするが、

「いやぁあ!誰か助けてぇえええ!!」

「!?」

どこから聞こえた悲鳴に、思わず手が止まる。

そして、躊躇。

どちらを助ける?

父か?さっきの人か?

父さんはまだ助かる。だけどあの人が殺される。ならその人を助けるか?でもその間に父さんが死ぬかもしれない。なら見捨てるか?どうする、どうするどうする?

「迷うな」

「「!?」」

「俺はどうせ助からない。なら、助けられる命を助けろ。目の前にある、絶対に助けられる命を助けるんだ」

父は、二人の頭に手を置く。

「生きろ、辰巳、火野」

そして、口から血を吐き出す。

「父さん!」

「パパァ!」

「げほ・・・・行け、行くんだ・・・・そして、多くの人たちを助けろ・・・・お前たちなら、出来る。俺は、そう、信じている・・・・」

そして、手から、力が抜けた。

その眼から、生きていた光が、消えた。

「「・・・・・」」

二人は、絶句する。

「いやぁあああ!」

そのすぐあと、背後から、一人の女性が、子供一人抱えて、その場に入って来た。

その背後から、白い異形がやってきていた。

その脅威は、すぐその女性を、殺――――せなかった。

白い異形が、両断される。

「・・・・え?」

女性は、腰が抜けたのか、その場にへたり込む。

その白い異形の屍の上に、少年は立っていた。

頬から、涙を流して。

「・・・・」

そして、少年は、女性を見た。

少年の後ろから、いくつもの白い異形たちがやってきていた。

少年は、へたり込む女性に、一言。

 

「―――生きたいなら、ついてこい」

 

少年は、手に持つ剣を、両手で持ち、白い異形に向かって走り出す。

 

 

 

 

 

 

その後、辰巳と火野は、生き残っている人たちを引き連れ、火野の先導のもと、瀬戸大橋を進み、四国へと逃れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、三年。

 

 

 

 

 

 

 

 

丸亀城の外周を、一人、ジャージを着込み、フードを被った状態で走る、一人の少年の姿があった。

その背中には、武骨な西洋長剣。

石垣の名城として知られるこの丸亀城の外周は、かなり広く、走り込みには最適だ。

齢にして十四歳。

剣道を初めて十年。本格的に鍛錬を初めて十年。

 

始まりの日から、三年。

 

この日まで、奴らの事を、忘れる事はなかった。

一番下の広い石垣の上にて、少年は止まる。

そこから、瀬戸大橋の方向を見る。

「・・・・」

何を思ったのか、フードを脱ぎ、背中の剣を右手で抜き払う。

正眼の構えを取り、しばし心を落ち着かせる。

そして、少年、足柄辰巳は、剣を振るい始める。

様々な型をふるい、反復反芻する。

「精が出るな、足柄」

「ん?」

ふと、声をかける者が一人。やってくるものが二人。

「若葉とひなたか」

腰に、刀を携えた黄朽葉色の髪をしたポニーテールの少女『乃木(のぎ)若葉(わかば)』と低身長であるが、黒髪と大人びた雰囲気を醸し出す少女『上里(うえさと)ひなた』だ。

「おはよう」

とりあえず挨拶しておく。

「ああ、おはよう」

「おはようございます」

二人も、返事を返す。

ひなたが、顔を傾け、辰巳に問う。

「無理はしてませんよね?」

「ああ」

柔かい笑みに、辰巳も笑みを返す。

辰巳は、剣を背中の鞘に叩き込む。

「・・・・もう三年だな」

辰巳は、大橋の方を見る。

「ああ、そうだな」

若葉とひなたも、辰巳の隣に立つ。

「・・・・奴らは、私の友達を殺した。罪のない多くの人々の命を奪った」

若葉が、そう重々し気に、言う。

「必ずバーテックスに報いを受けさせる。そして、奪われた世界を取り戻す」

「ええ。私も若葉ちゃんについていきます」

「夫婦かお前ら。まあ平常運転だからいいけど・・・」

突っ込む気もないのだが、そう言ってしまう辰巳。

 

 

西暦二〇一八年――――足柄辰巳は、勇者の御役目を担っている。

 

 

 




次回『勇者たちの日常』

平和はいつまでも続かない。


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勇者たちの日常

四国、香川県丸亀市。

そこにそびえ立つ丸亀城は、勇者や巫女たちの為の学校として改装させられていた。

生徒の数は、七人。

一人目は、教室で箒を使って埃を掃いている足柄辰巳。

二人目は、黒板を黒板消しを使って黒板を掃除している乃木若葉。

毎朝いち早く登校するのは若葉、二番目に辰巳だ。

辰巳が、掃除道具を片付けた直後の事だ。

「おはよー!ああ!?また辰巳と若葉が先に来てる!?今日こそはタマが一番乗りだと思っていたのにー!」

活発で軽快な声が聞こえた。

それと同時に、扉が開き、小柄で活発そうな少女が入ってくる。

三人目の『土居(どい)球子(たまこ)』だ。

彼女も、勇者の一人だ。

「お、おはようございます・・・」

その後ろから、大人しそうな少女が、球子の後ろから入ってくる。

四人目の勇者、『伊予島(いよじま)(あんず)』だ。

「おはよう、球子に杏、相変わらず元気だなお前は」

「へっへ~ん。それがタマの取り柄だからな」

胸を張る球子。

「おはよう、土居、伊予島」

「若葉!それに辰巳!明日こそはタマが一番乗りしてやるかんな!」

しかしすぐさま若葉に向かってビシッと指をさして宣戦布告する球子。

かれこれ、数えるのもめんどくさいほどに言っている気がする。

「タマっち、朝から喧嘩売るのやめようよ~」

と、杏がそう止めるも、球子は今度は杏に向かってジト目を向ける。

「あ~ん~ず~、何が『タマっち』だ!タマは杏より年上なんだぞ!タマっち先輩と呼べ!」

「タマっちは良いんだ・・・」

「タマっちは良いのかよ・・・」

二人揃って呆れる辰巳と杏。

球子は辰巳、若葉と同じく中学二年、たいして杏は一年だ。ただ、実は年齢は同い年である。

その理由は、杏の方に何かしらの理由があるようで、その内容までは知らない。

 

基本的、この学校に学年の概念は余り関係なく、基本的に学年は混合なのだ。

 

さらに、その後ろからもう一人入ってくる。

ひなただ。

「おはようございます・・・ってタマっちさん?どうしたんですか?そんな恨めしそうに・・・」

しかし、球子はただ何気なく入ってきたひなたを――――特に胸の特定部分を――――睨み付けていた。

「・・・球子?」

「くぅ!いつもいつも見せつけやがって!こんな悪魔のブツ!今すぐ成敗だッ!」

と、ひなたに襲い掛かる球子。その両手はひなたの豊満な胸を掴んでいた。

「きゃ!?ちょっ、タマっちさん、胸、揉まないで下さい!」

「揉んでない!むしろもぎ取ってやる!」

「やめろ球子!」

「ぎゃん!?」

ひなたの胸を揉みしだく球子の頭部を、かた~い本の角で思いっきりブッ叩く(ブックコーナークラッシュする)辰巳。

「ううう・・・邪魔するな辰巳!タマはあの悪魔のブツを成敗せねばならんのだー!」

「もう一度喰らうか?」

「ヒィィ!?」

「だ、大丈夫だよ!タマっち先輩はまだ成長途中なんだよ!」

「うわ~ん!なんか杏にも上から目線で言われたっ!」

「なんでそうなる・・・・」

「それと辰巳さん!本の角で人を殴るなんて、読書家である私としては許せません!恥を知って下さい!」

「今度は俺の方に矛先が!?」

そんな感じでワーギャーと騒いでいると、この教室もう一人入ってくる。

黒髪の長髪の少女、五人目の勇者、『(こおり)千景(ちかげ)』。中学三年。

彼女は、騒ぐ彼らを一瞥すると、すぐに興味が失せたかのように、自分の席に座り、鞄からゲーム機を取り出すやらすぐさまゲームを始める。

今時珍しくも無い、サバイバルシューティングゲームだ。

そんな千景を、辰巳は横目で杏の説教を聞きながら見る。

チャイム寸前、駆け込む者が一人。彼女が、最後の六人目の勇者。

赤みがかった桜色の髪が目立つ、活発な少女、『高嶋(たかしま)友奈(ゆうな)』だ。

 

足柄辰巳、乃木若葉、伊予島杏、土居球子、郡千景、高嶋友奈、上里ひなた。

 

以上の七名が、このクラスにいる唯一の生徒である。

 

 

 

 

 

 

本日は、新学期初日。

だが、普段から、バーテックスに対する訓練を行っている勇者たちにとって、そんな事に、あまり実感を感じないのだ。

ただし、勇者といえども学生、それも中学生なので、義務教育は必須だ。だから、普通の学生と同じように、生活をしなければならないのだ。

午前の授業、その日は、三年前、自衛隊とバーテックスが戦った時の映像を見せられる事から始まった。

自衛隊が放つ銃弾、砲弾、ミサイル、その全てが弾かれ、傷一つつける事が叶わない。

 

バーテックスを討つ事が可能なのは、勇者の持つ武器。

 

辰巳の剣は、西洋長剣。宿る霊力は『バルムンク』。

かつて、人々を恐れさせ、神に逆らった竜を討った神々の宝剣。

しかし竜を討った時、その血を一身に浴びたその剣は、竜の怒りをその身に宿し、神々を恐れさせる魔剣へと変貌した。

さらに、本来の持ち主たる男の妻が、夫の無念の死への復讐の為にその剣を使ったと言われるので、呪われた魔剣ともいえる剣でもある。

科学的鑑定の結果、剣自体は、どこにでもありふれた鉄の剣とと言われたが、埋め込まれている宝石は、確かに本物とだったらしい。

神の力を宿さぬが、神に叛逆せし竜の力が込められた剣であるため神の加護と相当の力を持っているらしい。

しかし、辰巳にとってはその事実はどうでも良い。

必要なのは、戦えるか戦えないかだ。

もとより、辰巳がここにいるのは、この四国に生きる者たちを守る為だ。

『勇者』として、戦う為に。

 

 

 

映像の後は、戦闘訓練がある。

格闘訓練やそれぞれの武器の訓練、他には座禅と組んで精神修養なども行う。

その中で、辰巳は、他の勇者たちの武器を確認していた。

 

若葉の武器は刀。

彼女は、幼いころから居合を修めていたので、これほど相性の良い武器は無いだろう。

 

球子の武器は旋刃盤、もとい楯。

活発な彼女には、どうして楯なのか、と思うが、一応攻撃にばっか使っているから、辰巳はあまり気にはしてはいない。

 

杏の武器はクロスボウ。

攻撃一点の武器である筈の遠距離武器を何故気弱な彼女が持っているのか、それも辰巳にとっては疑問だが、もとより体力のない彼女には、合っていると思う。

 

千景の武器は大鎌。

かなりのサイズの鎌だ。勇者にあまり乗り気ではない彼女には向いてないような武器だが、多数の敵を一気に倒す事が可能だろう。

 

友奈の武器は手甲。

格闘技を必要とする武器の為、彼女にはありとあらゆる武術が教え込まれている。正直、勇者の中であれが一番扱いやすい武器だろう。何せ、ただ殴るだけなのだから。

 

と、以上が、この四国に生きる勇者たちの武器だ。

この三年間、辰巳たちはバーテックスとは戦っていない。

だが、いずれ世界を取り戻すためには戦闘は避けられないし、逆にこちら側から攻撃を受ける可能性だってある。

だからこそ、訓練は欠かせないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

午前の授業が終わり、食堂にて、七人一緒になって昼食をとる辰巳たち。

食堂には、辰巳達の他にも、数人の大人たちがいた。

辰巳たちの教育を受け持つ教師たちの他に、バーテックスへの対策を政府から全てを委任された組織『大社』の人間たちだ。

各自、セルフサービスで昼食をとっていく。基本的に、昼食は全て無料であり、支給されるものだ。

だから、遠慮する必要もない。

しかし、それでも全員、『うどん』という食べ物を選んでしまうのは、この香川のうどんを食べてしまえば、当然の結果といえる。

 

 

 

 

 

ただ一人を除いて。

 

 

 

 

 

「どうしてお前はいつもカツ丼なんだ?」

「何を言うんだお前は。馬鹿か?」

「ば・・・」

球子からの質問を、蹴落とす様に返す辰巳。

「俺はうどんよりカツ丼の方が好きだからカツ丼を食べる。ついでにご飯は全国共通和食において絶対にかかせない主食の一つでありさらに生活に欠かせない栄養素がたっぷりと詰め込まれおりかの戦国時代においても夜戦食として前線を支え続けた至上の戦場食だついでに豚は肉共通であるビタミンミネラルは当然入っているがそこへ更に糖質からのエネルギー産生をうながすビタミンB1を始めとするビタミンB群や亜鉛鉄分カリウムが含まれているんだ疲労回復にこれほど打って付けの食べ物が他にあるのかええ?」

ずらりと言葉を並べ噛む事なく途切れる事なく述べた辰巳。

「何を言うのかと思えば」

それに対して答えたのは若葉だ。

「うどんこそが至高の戦場食だろう?麺類の中では最も消化効率の高いうえに病や疲労などで身体機能が落ちている者でも素早くエネルギー補給が出来るまさに至上の戦場食ださらにトッピングによって栄養バランスが取れ特につゆにはたんぱく質が多く脂質が少ない上にカルシウムやアミノ酸に鉄分が備わっており骨の形成や貧血防止にも繋がるついでに噛み応えも抜群であの玄妙な歯応えはただのご飯では味わえないものだろう」

と、辰巳同様長い言葉を一つも途切らせず噛まずに述べる若葉。

双方の間で火花が散る。

「また始まっちゃったよ」

「相変わらずですね」

友奈が苦笑し、ひなたがくすくすと笑う。

その間に辰巳と若葉は互いにご飯とうどんの良さをズバズバと述べあい、ヒートアップさせていっている。

「はいはいそこまでだですよ、若葉ちゃん、辰巳さん」

「・・・・命拾いしたなうどん」

「命拾いしたのはカツ丼の方だろう?」

ばちばちと火花が散る。

相も変わらずこの二人はこの調子だ。

「訓練の後のご飯は美味しい!」

友奈が屈託のない笑顔でそういう。

そんな友奈を微笑まし気に見る千景。

「こらあんず、行儀が悪いぞ」

「ああ!?今良い所だったのに・・・」

杏から本を取り上げる球子。

「ダメだぞあんず。ちゃんとご飯を食べてからだぞ」

「はーい・・・」

そう言われ、大人しくうどんをすする杏。

そんな杏の様子に、辰巳は思わず頬を綻ばせる。

(杏は相変わらずだな)

しかし、そこで視線をかつ丼の器に向け、物思いにふける。

 

いつ来るかもわからない、敵の襲撃。

それに備える為とはいえ、もう少し彼女たちに自由を与えてもいいのではないのだろうか。

そう思う辰巳。

辰巳は、四六時中、剣を振っている事がもはや日課というか癖となっている。

それはもう隙あらばと言った感じで、朝起きて素振り、昼休みに素振り、放課後に素振り、真夜中に素振りと、もはや一日のほとんどを素振りに費やしているような生活をしているのだ。

それでよく過労で倒れないのかと思うが、ちゃんとセーブしている。

以前に、それで倒れた事があるのだが、その話は別の時に。

とにかく、辰巳にはそういう時間はどうでもいいのだが、それでも彼女には自由な時間をもう少し与えてやるべきだ。

 

「にしてもさー、毎日毎日訓練訓練って、なんでタマたちがこんな事しないといけないんだろーな」

と、球子が辰巳が考えていた事と同じことを言い出した。

「バーテックスに対抗できるのは勇者だけですからね・・・」

「そりゃ分かってるよ、ひなた。でもさ、普通の中学生っていったらさ、友達と遊びにいったり、それこそ恋・・・とかしちゃったりさ。そういう生活をしてるもんじゃん」

溜息をつく球子。

この問いに、答えたのは若葉だった。

「今は有事だ、自由が制限されるのは仕方あるまい」

それに、球子は納得しない。

「う~ん・・・」

「我々が努力しなければ、人類はバーテックスに滅ぼされてしまうんだ。私たちが人類の矛とならなければ――――」

「分かってるよ!分かってるけどさあっ!」

バンッ!と机を叩き、声を荒げて立ち上がる球子。

だが、すぐに自分のした事に気が付き、座ってうつむく。

「・・・ごめん」

「タマっち先輩・・・」

辰巳は、その様子をカツ丼を食べながら黙って見ている。

バーテックスとの戦いは命懸け。

下手をすれば命を落とすかもしれない。

そんな状況の中、ただでさえ運動が苦手、格闘技の成績も、この中では一番悪い杏が、果たして生き残れるかどうか。

なにより、杏を傷付く事を、球子が良しとする訳が無い。

暫定リーダーという立場を持つ若葉であっても、それは理解している上に、自身のその立場に自信を持つ事が出来ないでいるのだから、球子の言葉は心に刺さる。

そんな、冷え切った空気の中、耐えきれんとばかりに辰巳が口を開く。

「はいはいお前ら――――」

「ごちそうさま!今日も美味しかった!」

としてところで、友奈に遮られた。

「・・・・・」

出鼻を挫かれ落ち込む辰巳。

「どうしたのみんな?深刻な顔して」

「・・・・友奈・・・さっきまでの話、聞いていなかったのか?」

「え、えっと・・・・ごめん若葉ちゃん!うどんが美味しすぎて、周りの事が意識から飛んでっちゃって・・・」

その答えに、一斉に溜息をつく一同。

「ええ!?なんでみんな溜息つくの!?」

それにショックを受ける友奈。

だが、すぐにいつもの調子に戻り、友奈は言う。

 

「大丈夫だよ。私たちはみんな強いし、みんなで一生懸命頑張ればなんとかなるよ!」

 

屈託のない笑顔で、そう言った。

 

 

 

 

 

放課後、辰巳は、丸亀城の近くにある林の芝生の上で、一人剣を振るう。

袈裟懸け、逆袈裟、右薙ぎ、左薙ぎなど、さまざまな角度から剣をふるい、動き回る。

 

バーテックスとの戦いは、常に何が起こるか分からない戦争の場。

 

相手が一人だけの決闘や試合とは違う。

相手は集団でかかってくるために、こちらはそれに対抗するために一対多数を想定した戦い方をしなければならない。

それ故に、辰巳の剣術は、それを想定したものとなっている。

それだけではない。

集中力の使い方、体の構造、物理学、剣術指南書からの学習、急所の把握、敵の能力への知識など、さまざまな事を理解、分析、思案し、自らの戦い方を構築していく。

それによって生まれたのが、対バーテックス用に作り上げた、辰巳オリジナルの剣術。

敵を屠り、生きる者を守る為の、活人の剣。

辰巳が、正眼の構えになる。

対天(たいてん)剣術、『疾風(はやて)』」

瞬間、辰巳の姿が霞み、気付けば、どこからともなく投げられた丸太が、無数に切り裂かれ、バラバラになり、地面に落ちる。

「ふう・・・」

剣を下ろし、少し休む。そんな辰巳に、ぱちぱちと、小さく拍手を送る者が一人。

「流石です、辰巳さん」

ひなただ。

その脇には、いくつもの掌サイズの丸太が置いてあった。

「悪いな、付き合わせて」

「ふふ、貴方が無理しないようにするためです」

剣を肩にかつぐ辰巳に、ふふっと笑うひなた。

 

二人のこのような交流は、勇者として招集され、この丸亀城に集まって間もないころに始まった。

まだ、辰巳が、父親や周囲の人間を食い殺された事が原因で、それがトラウマとなり、バーテックスに対して酷い復讐心を抱いていたころ。

自分の復讐に周囲を巻き込みたくないと思って、一人、ただ一人、誰ともあまり関わらず、人懐っこい友奈相手でもうまく避け、夜遅くまで剣をふるい続けていた日々の頃。

夜になって寮を抜けだして剣を振るっていた時、その日は酷く心が荒んでいた。

理由は覚えていない。ただ、ひなたに何かを言われたという事は覚えていた。

とにかく、ひなたの言葉で過去の事を刺激され、それでただがむしゃらに剣を振るって、無理が祟って、気を失った時。

目が覚めたら、どういうわけか、ひなたの顔が目の前にあった。

ただ、こちらを心配そうに、顔を覗き込み。

 

『あまり無理しないで下さい。それで、心配する人は確かにいるんですよ?』

 

ひなたは、辰巳にそう叱りつけた。

そして屈託のない笑みを向けてくれた。

そして、辰巳は気付いた。

何の為に戦うべきか。それは、死者の為の復讐ではなく、生者の為に守護する事。

今目の前にある、笑顔を守るべきだと。今に生きる、人々を守るべきだと。

 

 

それからというもの、ひなたは時々、辰巳の秘密の特訓を見に来るようになった。

ただ、若葉との行動を共にする事が多いので、希に若葉も訓練に付き合う事もある。

その内、ひなたも辰巳の訓練を付き合うようになり、先ほど、丸太を投げるのと同じように、手伝ってくれるようになったのだ。

先ほどの、対天剣術が一つ、『疾風(はやて)』は、その名の通り、まるで一陣の風が吹くが如き速さで剣を振り抜き、相手を切り捨てる技。

正確には、一直線に走ってすれ違い様に剣を速く振るい、直線状の複数の相手を一瞬にして屠る体技なのだが。

「対天剣術・・・・いつみても、人間業とは思えませんね」

「その為にここまでやってきたんだからな」

剣を肩にかつぐ辰巳。

「しかし、今日は若葉はどうした?」

「学校が始まったので、いつもの定時連絡を放課後にやっているんです」

定時連絡。

この四国以外でも、人類の生存圏は確かに存在する。

その一つが、長野の諏訪湖あたりだ。

そこを、たった二人で守護する勇者が存在する。

 

白鳥(しらとり)歌野(うたの)』と『狗ヶ崎(いぬがさき)(たける)

 

バーテックスの襲撃からの三年間、一人の犠牲者も出さずに、今日まで戦ってきた勇者だ。

しかし、やはり敵の勢力は圧倒的で、今では諏訪湖東南の一部のみしか結界が張られていない。

「そうか・・」

「だから暇なんです」

そう子供のように笑うひなた。

 

いつもの、何気ない日常。

いつもの、変わりない日常。

義務教育と訓練、それの繰り返し。

特訓と見物、それの繰り返し。

変わりない平穏な日常。

そんな、彼らの日常は―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――ついに、終わりを迎えた。




次回『初陣』

敵を斬る。守る為に。


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初陣

何気ない、日々の中。

そろそろ夕日が沈むころ。

この日は、辰巳が一人だけで特訓を見に来ていた時の事だった。

 

突如、辰巳の携帯端末から、けたたましい程の警報音が鳴り響いた。

 

「!?」

それに驚くも、すぐに落ち着きを取り戻し、辰巳は理解する。

「来たか・・・・」

グッと拳を握りしめる。

剣を背中の鞘に叩き込み、神樹が作り出した壁のある方角へ視線を向ける。

「・・・・守ってやるよ・・・・この四国を」

辰巳の見える視界が急激に変わっていく。

海の向こうから伸びてくる蔦や根が、建物や車など覆っていく。

「これが、樹海化・・・」

それは、神樹がこの世界を守る為の最終手段。

結界内の時間を止める事で、人類守護の為の世界を作り出す、固有結界。

「・・・・よし」

辰巳は走り出す。

携帯の画面に表示されている、他の勇者と合流する為に。

そこで、開けた場所にでる。

そこには、若葉、友奈、千景の三人が揃っていた。

「悪いな、遅くなった」

「あ、たっくんだ!」

そう声をかける。

若葉は、すでに変身しており、友奈と千景はそのまま。さらに球子や杏もいる。

全員、その手に自らの武器を携えている。

「これで全員揃ったな・・・これが私達の初陣だ。我々の手で、バーテックスどもを討ち倒す!」

若葉が、一同に向かってそう言う。

「それはいいけれど・・・・当然、貴方が先頭に立って戦うのよね・・・リーダーなのだから・・・」

と、千景がその様に呟いた。

場の空気が、険悪さを帯びる。

(どうしてこのタイミングで言うかなぁ・・・)

思わず頭を抱えたくなる辰巳。

「誰が先頭とかじゃなくて、全員で戦えばいいでしょ?それがチームワークってもんですよ」

と、球子が呆れたように反論。

しかし千景は、辰巳の後ろに隠れる杏を見る。

「チームワーク・・・・」

そう呟く千景。

杏は、手を震わせており、顔色が悪い。

「伊予島さんは、戦えるのかしら?」

そう、言う千景。

事実、杏は恐れている。

敵との戦いに、死ぬかもしれない恐怖に。

命を落とすかもしれない戦場は、彼女のような人間には、荷が重すぎるかもしれない。

「伊予島。怖いのは分かるが、私達が戦わなければ人類が滅びる可能性だってあるんだ。顔をあげろ」

若葉が彼女にそういう。

若葉は根っからの武人気質。故に、不器用なので気の利いた言い方は出来ない。

「ご、ごめんなさい・・・」

さらに恐縮する杏。

「若葉、もういいだろ」

そんな二人の間に、球子が割って入る。

しかし、空気は最悪だ。

だが誰も何も言わないなか、一人だけ明るく声を発する者がいた。

「みんな、仲良しなのはいいけどさ、話し合いは後にしようよ!」

「「「「「仲良し?」」」」」

「言うでしょ?喧嘩するほど仲が良いって」

「「いやそれは違う」」

「いやそれは違うわ」

「いやそれは違うぞ」

「友奈さん・・・私もそれは違うと思います・・・」

「皆に速攻で否定された!?」

息の整った否定に、まとめてショックを受ける友奈。

だが、すぐさま気を取り直し、力強く言う。

「でもみんながケンカする原因を作ったバーテックスが、すぐそこまで来てる。怒るにしてもケンカするにしても、相手はあいつらだよ」

友奈のその言葉に、一同はハッとなる。

そう、そもそもこのような事になっているのは、奴らが来たからだ。

(そんな当たり前な事実になんで気が付かなかったんだろうな・・・)

辰巳は、手袋の手首あたりの端を持ち、ぐっと引く。

「よし、それならそういう事で、さっさとアイツらを片付けに行くぞ!」

「よっしゃ!それじゃあタマ達も気合入れるか!」

気合を入れる球子。

「みんなで仲良く勇者になーる!」

友奈の掛け声を合図に、一同がそれぞれ、自分の端末のアプリを起動させた。

 

辰巳は竜胆を想起させる白と灰色。

友奈は山桜を想起させる桃色。

球子は姫百合を想起させる橙。

千景は彼岸花を想起させる紅。

 

それぞれの装束を着込む中、杏だけは、変身出来なかった。

変身するには、意志にも大きく左右される。

戦う意志がなければ、勇者に変身する事は、不可能。

「ご、ごめんなさい・・・・・」

申し訳なさ故か思わず謝る杏。

そんな杏の頭を、球子が撫でる。

「気にすんなっての!タマたちだけで全部倒してくるから」

「・・・うん・・・」

杏は、うつむいたまま頷く。

その様子を、辰巳は無言で見つめ、すぐに視線を敵に向ける。

「・・・・」

あの白い異形。

辰巳は、一度深呼吸をしてから前に出る。

「先に行くぞ、若葉」

「私も行こう」

辰巳は背中の剣を引き抜き、若葉は腰に差した刀の柄に手を添える。

 

竜を殺しその憎悪を纏う魔剣(つるぎ)と命を宿し生きる大刀(かたな)

 

名を、『バルムンク』と『生大刀(いくたち)』。

 

その二つの武器を持って、桔梗と竜胆は敵に向かって走り出す。

「勇者よ、我に続け!」

若葉の掛け声とともに、二人は跳躍する。

そのまま、有象無象の衆の中へ飛び込む。

剣を上段に構え、振り下ろす辰巳。

すると、目の前にいた化け物―――バーテックスを縦断、後ろにいた敵さえも巻き込んで一気に斬る。

辰巳の剣は、三年前と比べ物にならない程に洗練された。

そして、集中力の使い方も、他の誰よりも、鍛え抜いた。

 

 

まず、色はいらない。

 

 

自分の視界から、あらゆる色を排除、それによって、色を認識する為の集中力は、全て動体視力へ移行させる。

視界に移る光景が、遅くなる。否、思考速度が加速する。目に映る光景が、鮮明に見える。

光と影の情報を、一瞬にして視界に刻み付け、僅かな塵一つも見逃さない。

無色視界(ノンカラーサーチ)

色の無い世界。

故に、敵の動きがよく見える。

視界の隅に見える若葉の姿がよく見える。

幼いころから習ってきた居合によって、敵を次々に斬り捨てるその剣捌きは、初めて見た時とは比べ物にならない程に洗練され、美しく昇華している。

あの分なら問題ないだろう。

「オオオッ!」

一瞬の助走。そこから、一気に加速する。

「対天剣術『疾風』」

瞬間、辰巳の姿が消え、一直線上にいたバーテックスが一瞬にして切り裂かれる。

気付けば、辰巳はその一直線上の先にいた。

「遅い」

剣を払い、次の敵へ向かう。

 

 

 

 

 

全員、順調に敵を倒していく。

杏は、球子のピンチによって変身でき、千景は先ほどまで、後ろで動けなかったが、友奈に励まされ、戦線に出た。

そして、ある程度倒したところで、敵に新たな動きが見えた。

「下がってく?」

「いや、これは・・・・とうとう本気を出したって事か・・・」

バーテックスが、融合を始めたのだ。

 

バーテックスは、融合する事によって、他の生物が何百年かけて成し遂げた『進化』を、一瞬にして成し遂げるのだ。

 

それは、『進化体』と呼ばれる。

棒の様な物に変化したバーテックス。

「なんだあいつ?」

球子が首を傾げる。

進化体は、まだ一個体であるバーテックスとは比べものにならない程の力を持つと言われているが、あれは、そんな牙さえも持たないように見える。

「まずは私が・・・・!」

杏が、その能力不明の敵にクロスボウを向け、引金を引いた。

連射式故の連射力で連続射出された矢が、棒状のバーテックスに迫る。

だが、そこで敵に動きが現れた。

突然、棒から何かの板がホログラムのように出現したのだ。

それに矢が、弾かれ、杏の元へかえっていく。

「!?」

しかし、跳ね返った矢が、杏を貫く事は無かった。

「あぶねェ!」

「対天剣術『縄張(なわばり)』」

球子が杏の前に出て楯を構え、辰巳がさらにその前に出たからだ。

自分の周囲に、半球状の空間を想定。その空間に入ってくる害意あるものを、すぐさま叩き落す、反撃結界(カウンターシールド)

それが、『縄張』。

主に、防衛に使われる技なのだが、この場において、最も効果的な剣術だ。

「無事か杏」

「あ、ありがとうございます」

「すまねえ辰巳、助かった」

「いいってもんさ。さて・・・」

辰巳は上空の敵を見据える。

「あれは反射板って訳か・・・」

あれほど杏の矢を正確に反射できるなら、おそらく球子の旋刃盤も効果はないだろう。

「アレも通用するかどうか・・・」

辰巳がそう逡巡していると、その敵に向かって単騎突っ込んで行く者がいた。

 

友奈だ。

 

「友奈!?」

「勇者パァァアアアンチ!」

拳をバーテックスに叩きつける。

だが、反射板はひび一つつく事は無い。

だが、それでも友奈は拳を振るうのをやめない。

「一回で効かないなら、十回、百回、千回だって叩き続ければ良い!」

そして、友奈は、『切り札』を発動する。

神樹には、地上のあらゆるものが概念的記録として残っている。

それにアクセスし、抽出し、自らの体に体現させる、勇者の『切り札』にして急激なパワーアップ手段。

 

それは、暴風を具象化した精霊。名を『一目連』。

 

友奈の姿が変化し、その力がその身に宿る。

「千回!勇者パァァァンチ!!」

目にも止まらぬ拳の嵐が、バーテックスに叩き込まれる。

まるで釘を打つかのように、ダメージが消えきる前に次の攻撃が叩き込まれるため、ダメージは蓄積され、反射板に亀裂が入る。

何度も何度も何度も拳が叩きつけられ、やがて、その体は、木端微塵に打ち砕かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

四国最初のバーテックスの襲撃は、勇者たちの勝利で終わった。

あの戦いの後、大社は勇者の存在を大々的に発表した。

そして、勇者が勝利した事も。

若葉がしていた諏訪との通信の記録も報告された。

彼らも精一杯、この絶望的状況で戦っているという事実は四国の者たちに希望を与えた。

 

 

ただ、諏訪との通信が切れたという事は、秘匿された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『・・・・あ、もしもし、お兄?』

「よう火野。最近の調子はどうだ?」

『はい、絶好調です!』

「そうか、ならよかった」

『お兄はどうですか?』

「とくにはねえよ」

『あ、お兄、初のバーテックスの襲撃の撃退、ご苦労様でした。怪我はありませんよね?』

「ああ、雑魚ばっかだったからな。問題無かったよ」

『ほ・・・・なら良かったです。ひなたさんは元気にしてますか?』

「ひなたか?相変わらず若葉の写真とったり一緒に行動したりしてるよ」

『アハハ・・・まあ、元気なのが分かってよかったです。何せ、未来のお兄の伴侶・・・』

「それは無い」

『・・・・お兄、この際、『恋』というものを経験したらどうですか?」

「鯉?池で泳いでる魚の事だろ?そんなもの経験してどうするんだ?」

『そっちじゃありません!というか何故に魚のコイなんですか!?』

「コイといったらコイだろ?」

『・・・・・はあ』

「ん?なんで溜息?」

『お兄なんて知りません!』

「何故に!?」

『・・・・・・まあ、茶番はさておき。お兄、『切り札』はまだ使ってないですよね』

「ああ。今回の戦闘では一度も使わなかった」

『いいですか?あれは他の勇者の切り札を()()()()ものです。その上、体への代償が大きいものです。だから、アレの使用だけは、絶対にやめてください。いいですね?』

「ああ、分かっている」

『ならよしです。それでは、ひなたさんによろしくと行って下さい。安芸さんからも』

「分かった。それじゃあおやすみ火野」

『おやすみなさいです』

 

 

 

 




次回『Gは嫌いだ』

黒いアイツは人類共通の敵。


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Gは嫌いだ

某日――――

 

 

「ハァアッ!」

若葉の居合の一閃が、辰巳に迫る。

「フッ!」

辰巳は、それを流れるように受け流す。

 

対天剣術『灯篭(とうろう)

 

灯篭が流れる川の如く、力に逆らわず、相手を制する柔の剣術。

 

そのまま、流れるように若葉に斬りかかる辰巳。

若葉はそれをバックステップで回避し、すぐさま前に向かって地面を蹴り、唐竹から刀を振り下ろす。

しかし辰巳はそれをまたもや灯篭で柄から受け流し、そのまま袈裟懸けに振り下ろす。

若葉はそれを体を大きく傾ける事でかわす。

「くっ!」

だが、そこで終わりではない。

振り下ろした時、辰巳はさらに大きく体を捻り、そのまま若葉に体当たりを当てる。

「くぅ!」

倒れまいと地団駄をを踏みながら後退する若葉。

「対天剣術――――」

「しまっ―――」

「――――『疾風(はやて)』」

地面を蹴り、自らの体が霞む程に、一瞬にして加速。

そのまま若葉に、突風のような連撃をお見舞いする。

 

 

寸止めで。

 

 

技の衝撃で尻もちをつく若葉。

「・・・また負けたか」

「俺の袈裟懸けの後にすぐに攻撃できれば、まだ行けたかもな」

悔しそうな表情をする若葉に笑いかけ、辰巳はいつもの癖で、木刀を背中に回してしまう。

「惜しかったですね若葉ちゃん」

ひなたが若葉に手を差し伸べる。

「今日こそはと思ったんだかな・・・やはり鍛え方の違いか」

「戦闘において色はいらないからな」

「その時点でもはや人間の域を超えてますよね・・・・」

苦笑いする若葉とひなた。

そもそも、幼少の頃から子供がするようなものではない練習を自らに課してきた辰巳にとって、常人離れした事をやってのけるのは造作もない事だ。

少なくとも、自分の視界から色彩を排除するという事をやってのける時点で、辰巳はもはやただ人ではない。

 

人を守る為に、自らを鍛えよ。

 

それが、辰巳の誓いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういや、今日は千景はいないのな」

「今回は千景が特別休暇だからな」

丸亀城の教室にて、そう談笑する若葉と辰巳とひなた、そして球子と杏と友奈。

だから、ここにはいない。

「ひなたの方から何か神託は来てないのかー?」

「ええ。今のところ神託は来ていません」

「なら良し。下手に敵が来てもらっても困るからな」

「来ないのが一番だな!」

球子が頷く。

「それにしても、私たちも随分と有名になりましたよね」

辰巳たちの前にある机の上には、いくつもの週刊誌。

「あ、これ、若葉ちゃんのインタビューが載ってるよ!」

「こっちは辰巳だな」

「若葉は俺達のリーダーだから分かるが、なんで俺もなんだ?」

「きっと、副リーダー的な存在だからじゃないですか?」

ひなたが含み笑いをする。

「俺はそんな器じゃないんだけどな・・・」

「そうでもないさ。お前は、実際、皆の武器の特性や有利性について色々と言ってくれているだろう」

「それだと副リーダーじゃなくて先生っていう立場になるような気がするんだが・・・」

げんなりした表情で返す辰巳。

「確かに、辰巳さんは先生って感じしますよね」

「それはタマにも分かるぞ!辰巳の教え方はめちゃくちゃ分かりやすいからな!」

「その教えを忘れて窮地に陥ってたのは誰だ?」

「う・・・・つ、次からは大丈夫だ!油断はしない!」

「頼むぞ。それで死んだら俺達は当たり前として杏が悲しむぞ」

「それは心配するな!タマは死なない!」

自信満々に言い放つ球子。

「それはそうと、お前らに相談がある」

辰巳は、某どこかの人類補完計画を企んでいる男のポーズをしはじめる。

「なに?たっくん?」

「実は妹からの質問なんだがな」

「ああ、火野ちゃんから」

「なんなんだ?」

辰巳が懐から端末を取り出す。そして、とあるメールアプリを起動して、それを皆に見せる。

「・・・・・・・えーっと、『ふと、思ったのですが、巫女の皆さんはゴキ○○が苦手らしいです。何故苦手なのかはよくは分からないけど、勇者の皆さんなら、当然怖がりませんよね?』」

『・・・・・』

誰も、何も言えない。

「火野は、昔っから人間にとって駆除対象となる奴は排除して当然と思ってる故の質問なんだろうが・・・・お前らはどうなんだ?」

それに対する一同の反応はこうだ。

 

「ふ、ふ!あ、あんなもの、わ、私にかか、れば、ただのそこらにいる虫同然だ!」←若葉

「も、もちろん、私は問題ないですよ?何せ、若葉ちゃんが守ってくれるんですからね!」←ひなた

「た、タマも問題ないぞ!ご・・・ゴキ・・・の一匹や二匹・・・・た、タマに任せタマ、え!」←球子

「え、ええ!勇者になったんです!そ、そんな虫なんて、こ、怖くもなんともありませんよ?」←杏

「だだ大丈夫!私これでも、ひゃ、百匹はゴ・・・・・を退治した事はあるもんね!」←友奈

 

全員、挙動不審だ。

「じゃあお前ら」

『?』

「丁度そこに、(くだん)の虫がいるから退治してみろ」

『ゑ?』

辰巳が指さした先、そこには、カサカサと動く黒い虫が―――――

『ぴぁあ――――――!!!』

絶叫が迸り、辰巳以外の全員がその黒い物体のいる壁とは反対側に逃げる。

「・・・・・」

「ち、違うぞ辰巳!こ、これはだな、私はひなたを守ろうとしてだな!」

「明らかにひなたよりも先に壁に辿り着いてたよな?」

「わわ私は本当は怖くなんてありませんよ!?若葉ちゃんが傍にいてくれるなら、あ、あんな虫なんともありません!」

「そう言ってるがガタガタと震えてるよな?」

「た、タマは、杏に引っ張られて仕方なくここに来ただけだ!べ、別にゴキ・・・なんて全然怖くないもんね!」

「その割には、目に涙溜まってるぞ?」

「わわ、私はちょーっと苦手ですけど・・・・ほんとーにちょーっと苦手なだけですけど、勇者になった今、あ、あんな黒い何かなんて全然怖くなんてありません!」

「お前は無理するな。マジで無理するな。球子にしがみ付いている時点で説得力は皆無だぞ」

「・・・・・ごめん、本当はとても苦手です」

「お前は何か言い訳しろよ」

完全に怯えている一同。

辰巳はそれに呆れるしかない。

「しかし・・・」

『ヒィッ!?』

辰巳が振り返った瞬間、黒いアレが動き出す。

それに若葉たちがビビる。

その黒い何かは、何故か辰巳の視線から全力で逃れるように天井を走っていく。

「こ、こっちにくるぞぉぉぉお!!」

「わ、若葉ちゃぁああん!」

「ひ、ひなた!それだと動きにくい!」

「うわぁあん!こっちに来ないでぇええ!!」

「誰か助けてぇええ!!」

直後、黒いアレが翼を広げて天井から若葉たち目掛けて飛んできた。

『ぴぁああ―――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!!!!』

先ほどよりも大きな絶叫。

若葉たちが四方八方へ逃げ回る。黒いアレは、そのまま空中を飛び回ると――――突如としてそのゴキブリを掴む手があった。

『!?』

全員が驚く。

「全く、虫一匹に騒ぎ過ぎだ」

辰巳はそのままゴキブリを手に持ったまま窓を開け、そのまま外へ放り投げた。

「はい終わり」

「「た、辰巳ぃぃぃい――――――――――――――――!!!」」

「「辰巳さぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああん!!!」」

「たっく――――――――――――――――――ん!!!」

全員が辰巳に抱き着く。

「分かってたぞ!タマはお前がやる時はやる奴だってな!」

「信じてました!辰巳さんが動いてくれるって!」

「流石だよたっくん―――!!」

「お前がいなかったらどうなってた事か・・・!」

「改めて貴方がいてくれてよかったと思いました」

「そうかそうか、お前ら、そんなに俺がいてくれてよかったか。うん・・・・・だけどなお前ら」

辰巳は自分の携帯端末を取り出す。

「さっきの騒ぎ、ばっちり火野に聞かれてたぞ」

『・・・・・』

絶句する一同。

『・・・まあ、ひなたさんはともかくとして・・・・・若葉さんまでゴキブリ苦手だったんですね』

火野の申し訳なさそうな声に、一同は何も言えない。

いや、言葉を発する事を忘れていた。

『偶然、お兄から電話が来たかと思えば、まさかここまでなんて思いませんでしたね・・・・まあ、誰にでも苦手なものはあるという事ですね。それでは皆さん、お勤め、頑張って下さい。では』

ぶつり、と電話が切れる音がした。

「・・・・・図ったな辰巳」

「なんの事やら」

辰巳は得意げに笑う。

 

 

 

しかしその直後。

 

 

 

窓から戻ってきたゴキブリが辰巳の鼻先に引っ付いた。

 

 

 

 

『・・・・・』

誰も、何も言わない。

辰巳は、ゆっくりと鼻先に引っ付いたゴキブリを引っぺがすと、今度は思いっきり地面に叩きつけた。

『・・・・・』

やはり誰も何も言わない。

辰巳は無言で箒と塵取りを持ってくると、叩きつけられた衝撃で瀕死になったゴキブリを箒で履いて、そのままゴミ箱に入れた。

「・・・・・よし、次の授業の準備をしようか」

そして辰巳は何事もなかったかのように爽やかな笑みを浮かべ、自分の席に戻った。

その時、その場にいる全員が思った。

 

辰巳は絶対に怒らせない様にしよう、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千景が、香川に戻ってきた。

そして、間もなくしてバーテックスの二度目の襲撃がやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「前回よりも多いな」

辰巳は、高台に上って、敵の数を軽く見積もった。

「辰巳ー!」

「ん?」

ふと、そこへ球子がやってくる。

「球子か、どうした?」

「敵の様子はどうだ?」

「簡潔に言って前回よりも多い」

「そっか・・・・」

球子も、敵の方を見る。

「・・・・球子、少し提案がある」

「なんだ辰巳?」

「お前と杏で俺を援護してくれ。俺が討ち漏らした敵を倒すだけで良い」

「お前は十分に強いよ思うが?」

「何を言うか。集団戦において、強さとチームワークは大切だ。その為の訓練を積んでこなかったから、上手くできるかどうか分からないが、俺はお前らを信頼して戦う。背中は任せる」

辰巳は、背中から剣を引き抜く。

若葉たちは、すでに敵に突っ込んでいる。

球子は、すぐにニヤリと笑う。

「分かった。あんずにも伝えておいてやる!背中はタマたちに任せタマえ!」

「ああ、頼んだぞ!」

高台から飛び降りる辰巳。

地面に降り立つと、一気に加速して敵の集団に突っ込む。

正面から、複数のバーテックスが襲い掛かる。

辰巳は、それを『疾風』で斬り伏せる。

さらに、別方向からやってきた敵を、横薙ぎの一閃で斬り伏せる。

今度は頭上から。下段からの斬り上げで迎撃。

さらに、群がる様に全方位から襲い掛かってくる。

「対天剣術『風車』」

力任せに剣を振り回し、体を軸として回転し、一気に周囲の敵を倒す。

だが、まだ第二陣があったのか、すぐさま次のバーテックスの集団が、技の出し終わりを狙って襲い掛かってくる。

だが、辰巳は至って冷静だ。

何故なら、背中を預けられる仲間がいるからだ。

 

すぐさま、どこからか矢や旋刃盤が飛んできて、バーテックスを撃ち落としていく。

 

「ナイスだ」

「言っただろ!背中はタマたちに任せタマえってな!」

「協力は何よりも大切ですから」

「よし、このまま押し切るぞ!」

「おう!」

「はい!」

そうして、敵を倒していく勇者たち。

 

その内、敵が融合を始めた。

 

「大きくなっただけ?」

「どうなんだろうな」

進化体のその大きさに首を傾げる杏と球子。

「どちらにしろ倒すしかないだろ」

辰巳は、ふと若葉の方へ視線を向ける。

若葉は、他の融合していないバーテックスを倒す事に集中している。

おそらく、若葉の援護は望めないだろう。

ならば、ここにいる者たちだけで対処しなければならない。

その時だ。

 

突如、進化体の口の様な部分が開いたかと思うと、そこから無数の矢が放たれた。

 

『ッ!?!?』

それに全員が目を見開く。

「うわぁぁあああ!?」

「『縄張(なわばり)』ッ!」

球子が旋刃盤を楯状に展開し、辰巳は防御型剣術『縄張』で矢を叩き落す。

だが、その連射速度及び射出量は、杏のクロスボウの比では無い。

流石の辰巳も、対応しきれない。

矢が、腕、足、脇腹と掠める。

「ッ!?辰巳さん!」

「致命傷は避けてるッ!大丈夫だッ!」

そうは言うものの、いつまでも耐えられるかわからない。

だが、突如として、進化体は、狙いを三人から友奈へと変える。

「ッ!?逃げろ友奈!」

「うわわわわわ!?」

矢の雨から逃げる友奈。

「これじゃ近付けないよー!」

あまりにも矢の数が多すぎる。

さらに進化体は友奈から千景へ狙いを変える。

 

無数の矢が、千景に突き刺さる。

 

「ぐんちゃぁぁぁあああん!!?」

友奈の悲鳴が響き渡る。

千景の体が崩れるように倒れ、樹海の底へと落ちていく。

だが、辰巳には分かっていた。

 

千景が貫かれる直前、()()()()()()()()()()()()()事を。

 

周囲に、数人の千景がいた。

「あれは、切り札か?」

「間違いないな」

球子の言葉を、辰巳が肯定する。

 

七人という数から、決して増えも減りもしない、現にその姿を縛り付ける妖怪『七人御先』。

 

その力を纏った千景は、七つの場所に同時に存在し、七という数に縛られ、決して、七人という数から増える事も無ければ減る事も無い。一人殺されようが、二人殺されようが、すぐさま次の千景が現実へと入れ替わり、やられた千景が消滅する。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが、この七人御先の力だ。

故に、今の千景は不死身だ。

(どういう心境の変化かは知らないが・・・・まあやる気出してくれただけありがたいか)

七人に分裂した千景が、進化体に七撃同時に攻撃した。

 

 

そして、この日のバーテックス侵攻は、今回も勇者たちの勝利に終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それで、お兄はいつになったらひなたさんに告白するんですか?』

「なんでそうなるんだ」

電話相手の火野に突っ込みを入れる辰巳。

『今のお兄があるのは、ひなたさんのお陰ですし、それに、ひなたさんはお淑やかで綺麗で大和撫子で、まさにお兄にぴったりな人です。これ以上ないくらいの人です』

「お前な。アイツは若葉一筋だぞ?そんな奴が俺なんかに振り向いてくれるかっての。そもそも俺はアイツの事は仲間、そして友達として好き(like)なのであって、決して異性として好き(love)な訳じゃねえんだぞ?」

『料理も上手ですし、剣術バカのお兄にはもってこいの人ですよ』

「おい人の話聞いてたか?」

『はい聞いてませんでした』

「聞けよ!?」

思わず声を荒げる辰巳。

『まあまあ、落ち着いて。しかし、好きになる相手はお兄の自由です。ですが、私はひなたさんを推します。きっとひなたさんはお兄の最高のお嫁さんに――――』

「切るぞ」

『あ!?おに―――』

ぶつり、という音と共に、通話を切る辰巳。

「全く、火野の奴は」

「ずいぶんと推されちゃってますね~、私」

「そうだな・・・・・ってうおぉ!?」

ここは丸亀城の近くにある、辰巳の特訓場となっている林。

時刻は九時を回っている。

そして、先ほどの通話は辰巳と火野との定期的な行為の一つだ。

ただ、今回は――――

「聞いてたのかひなた」

「はい、聞いてました」

「ちなみに私もだぞ」

そこには、ひなたと若葉もいた。

「いや、好かれてますねぇ、火野ちゃんに」

「俺にとってはいい迷惑だ」

「しかし、ひなたを嫁にか・・・・白無垢が楽しみだな」

「おい若葉、お前何気に楽しんでないか?」

「親友が結婚式を挙げるとなれば、それが楽しみになるのは当たり前だろう?」

「ぐ、いつもは天然でポンコツで居合だとかその辺りしか取柄の無い癖に、こういう時だけは正論を言いやがって」

「おいそれはどういう意味だ!?」

「まあまあ落ち着いてください二人とも」

今にもケンカに発展しそうな辰巳と若葉の会話を止めるひなた。

「火野ちゃんの事はともかくとして、そろそろ戻った方が良い時間ですよ」

「みたいだな」

辰巳は、右手に持っていた剣を背中の鞘に叩き込む。

そうして三人は自分たちの寮へ戻っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ、この時辰巳は予想だにしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

日課の鍛錬を終え、寮に戻って来た時の事。

ふと、郵便ポストに、手紙が入っている事に気が付いた。

「なんだ?」

ポストから引き出し、部屋に戻って中身を空けてみる。

そこには、一枚のチケットと、手紙が。

「えーっと・・・・」

 

『お兄へ。

初めに言っておきますが、この手紙がこれがとどく三日前に出したものであり、前日の電話とは一切関係ないかもしれません。

挨拶は抜きにしておいて、早速ですがこれでデートに行ってきてください。

相手は当然、ひなたさんですよ?

このチケットは、高松市の水族館のペアチケットです。

手に入れるのに結構苦労したので、絶対に行ってきてくださいね。

良いですか?絶対ですよ。

もし行かなかったら大社を抜け出してきた苦労が水の泡になっちゃうから、絶対に言って下さいね。

では、良い報告を楽しみにしています。

勇者としても、頑張ってください。

火野より』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辰巳は、予想していなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさか妹がここまで本気なのだという事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回『波乱のデート 前編』



オリキャラ紹介

足柄辰巳
中学二年
身長166㎝
趣味 鍛錬(剣道を嗜んでいた) 
好きな食べ物 カツ丼 
概要
初代勇者、四国組唯一の男の勇者。
髪の色は山鳩色(母親からの遺伝によるもの)。身長は勇者随一に高い。
自身のオリジナル剣術『対天剣術』を操る。
幼いころに母親を事故で亡くし、三年前、父親をバーテックスに殺されている。
家族は妹の火野だけ。
他の勇者よりは、失う事に関しては一番、凄惨な過去を持っている。
戦闘力は勇者の中で一番強い。学力も随一。特に理科。(更に言って物理分野)
教えるのがとてつもなく上手い。
特に、武器の扱い方についての教え方は、勇者一同がから賞賛されている。
若葉とはよくうどんかカツ丼かで言い争う事が多い。
性格は、三年前当初は、父親を失った事でかなり気性は荒かったが、ひなたによってかなり落ち着いている。
困っている人は放っておけない。
戦闘においては冷静沈着。
指揮官というよりは兵士の様な役割が合う。
個人での戦闘よりチームワークを優先する。

勇者において。

武器 滅竜剣『バルムンク』 西洋両手直剣 

切り札 不明

戦闘スタイル 近接変化型 状況に応じて戦い方を変える。

チームワーク優先。





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波乱のデート 前編

とある公園で。

 

「・・・・」

辰巳は、そこで、ある人物を待っていた。

その背中には、ボディバックと大きな布包み。

ボディバックはともかく、布包みの方は、彼がいつも持ち歩いている西洋長剣だ。

服装は、リネンシャツを前開きにし、下には横縞のモノクロのシャツ。

下には、ジーンズといった服装だ。

そんな彼を、ちらほらと見る通行人たち。

初めての襲撃の際、その個人情報は大々的に放送されたために、顔はすでに四国中に知れ渡っているから当たり前だ。

さて、そんな辰巳が何故こんなところにいるのかというと。

「待たせましたか?」

ふと、そんな辰巳に声をかける一人の女性。

辰巳がそちらを向けば、ワンピースに藍色のノースリーブのシャツといった服装のひなたがそこにいた。

その肩には、趣味の良いショルダーバック。

「いや、今来た所だ」

「そうですか」

ひなたは笑う。

「さ、行きましょうか」

「ああ」

二人は並んで歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そもそも、事の始まりは、辰巳が火野から送られたとあるペアチケットにあった。

 

「―――――そんな訳で、今度の日曜日、俺とここに行ってくれないか?」

「はあ・・・・」

学校で一通りの説明をした辰巳に、思わず困ったような笑みで返すひなた。

周りには、当然、クラスメイトたちがいる。

「良いんじゃないか?」

と、若葉。

「きゃー!辰巳さんがひなたさんをデートに誘ってるよタマっち先輩!」

「分かった。分かったからゆするな杏!」

辰巳のひなたへの誘いに、何故か興奮している杏。そして、その興奮ぶりに振り回されている球子。

「わー、水族館かー。私も行ってみたいな。ねえぐんちゃん!」

「え・・・・ええ、高嶋さんが行きたいなら・・・・」

と、こちらは別の意味で羨ましがっている友奈と、少し困惑している千景。

「俺としては、何故、今になってこんなものを送って来たのか訳が分からないんだが・・・・」

「そうですねぇ・・・」

辰巳はともかくとしてひなたも困惑している。

辰巳としては、いくら妹の頼みでも本人が断るなら、悪いがこの話はなかった事にしたいところだ。

しかしひなたとしては、可愛い後輩と思っている火野の想いを踏みにじりたくない。

そんな訳で、ひなたは、自分の一番の親友へ相談する事にする。

「どう思いますか、若葉ちゃん」

「行ってみたらどうだ?良い気分転換になるかもしれないしな」

「はあ・・・」

若葉の言葉に、ひなたは思わず息を吐く。

 

こういわれては仕方が無い。

 

「・・・行きましょうか」

「・・・そうか」

辰巳も、火野の苦労を無駄にする訳にはいかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電車に乗る二人。

「午前は、水族館を見て回って、昼に昼食、その後はイルカショー・・・・で、良いか?」

「はい、構いません」

火野からの物凄く簡潔なスケジュール表を読み上げ、確認を取る辰巳。ひなたは良いそうだ。

「しかし、よく行くと言ったなお前」

「本当は若葉ちゃんと一緒に過ごしたかったんですけど、若葉ちゃんに言われてしまったら、いかざるを得ません」

「そうか」

意外と混んでおり、座る場所が無いために、立っている訳だが、その態勢は向かい合っている感じだ。

そんな中で、電車がカーブに入る。

「きゃ」

「うお」

歓声の法則によってひなたが前のめりに倒れる。

それを辰巳が支える。

そして、ひなたのふくよかな胸の感触が、辰巳の胸板に伝わった。

(うわ・・・・)

その柔らかさに、思わず声が漏れそうになる。実は、辰巳は今までに女子に触った事はほとんどない。

不幸体質、と言われるが、その範囲は鳥の糞を喰らったり、犬の糞を踏んづけたり、など、いわゆるどうでも良い所でドジを踏むというものだ。

「す、すみません」

「いや、良い」

思わず密着する形になってしまったが、辰巳の強靭な精神は、男性としての野生を抑え込む。

実は、ひなたの方も理性が危ない事になっている。

(い、良い匂い・・・・)

そう、辰巳の匂いだ。

それが、あまりにも()()()()()であったために、思わず気分が高揚しているのだ。

すぐに離れたかったが、もっと嗅いでいたいという欲求が邪魔して離れられないひなた。

(だ、だめですー!こんな事で、は、発情なんて・・・!)

予想外な事に、無言の混乱を引き起こす辰巳とひなた。

 

 

 

 

 

 

 

そんな様子を、案外近くで見ている者たちがいた。

「きゃー!辰巳さんとひなたさんがくっついてますよ!ほら見てみて!」

「わー、二人とも顔が赤いよぐんちゃん」

「そ、そうね・・・」

「若葉はどう思うんだ?あれ」

「どうと言われてもな・・・・」

興奮して声を荒げている(結構声抑えてます)杏、辰巳とひなたの様子にわくわくしている友奈に、いきなり振られてどう返せばいいのか分からない千景と、ひなたの親友である人物に心情を聞く球子、そしてその本人である若葉は首をひねる。

一応、興味深々に二人の様子を、隣の車両で見ている一同なのだが。

「せ、狭い・・・」

千景の言う通り、辰巳たちが乗っている車両より、若葉たちが乗っている車両の方が圧倒的に混んでいるのだ。

杏は二人の様子に夢中な為に気付いていないが、他の者たちは、そのテンションが返ってうざい事になっている。

「あ、あんず、一応分かったから静かにしてくれないか?」

「あああ、二人の顔が赤くなっています。きっと、ひなたさんは辰巳さんの匂いで発情し、辰巳さんはひなたさんの胸のふくらみで興奮してるに違いありません。きゃー!」

「ちょっと、伊予島さん、静かに・・・・」

「アンちゃーん、皆苦しそうだよー?」

「そうだぞ杏、周りの客にもめいわ・・・・うわっと!?」

そこでカーブに入る電車。

当然、慣性の法則によって、車両の片側へ押し込まれる客たち。

「きゃ!?」

が、ここでなんのいたずらか、若葉と千景が密着する羽目になる。

「ちょ、ちょっと乃木さん」

「す、すまない千景」

千景がキッと若葉を睨み、若葉は申し訳無さそうな表情になる。

身長がほんの四センチしか違わない二人。当然、顔の距離も近くなる。

すぐに離れる二人。

しかし、他の三人はその様子にまるで気付かない。

理由は、明快。

辰巳達だ。

 

 

 

 

 

「だ、大丈夫かひなた?」

「は、はい・・・」

辰巳たちがいる側とは逆の方向に運動エネルギーが働いたため、ひなたが倒れかけ、それを辰巳が支えたのだ。

倒れなかったため、大事には至っていない。

「こんなに混むとは思わなかった」

「私もです」

そこで、電車が止まる。

辰巳たちが降りる駅では無い。

ここで、何人か降りてくれる事を祈る。だが、その祈りとは裏腹に、さらに乗客が入って来た。

「うわ!?」

「きゃ!?」

それによって、さらに密着する辰巳とひなた。

ひなたは辰巳の胸板に顔を押し付け、ひなたの豊かな胸は、さらに辰巳の体に押し付けられる事になる。

(うわぁ・・・)

(ひあぁ・・・)

人が多くなった事で熱がこもり、汗をかく二人。

しかも辰巳が汗をかいた事によりその匂いが強烈になり、ひなたはさらに悶絶する事になる。

ついでに、ひなたも汗をかいた事により、その姿がより煽情的になり、辰巳の理性を崩しにかかる。

(は、早くついてくれぇぇぇえ!!!)

(は、早くついてくださいぃぃい!!!)

 

 

 

 

 

(は、早くついてくれぇぇえ!!)

(は、早くついてぇぇえ!!)

それは、若葉と千景も同じだった。

せっかく離れたかと思ったら、ただでさえぎゅうぎゅう詰めだった車内にさらに降りる客がいないなか乗客が乗り込んでくるから、また千景と若葉が密着してしまったのだ。

しかも、かなりぴったりと。

さらに互いの汗が互いの服を濡らし、ある意味、精神に作用する匂いが互いの体から漂ってくる。

「の、乃木さん・・・もうちょっと離れて」

「ち、千景こそ・・・もう少し向こう行ってくれ」

どうにかして離れようとする二人。

ふと、若葉が()()()()()()()()()()()()()を動かした。

「んあ・・・」

思わず、声が漏れてしまった。

「千景?」

「あ、貴方・・・ひゃん!」

文句を言おうとした千景がさらに素っ頓狂な声を挙げる。

二人とも、実はスカートだ。

制服に使われている物だが、若葉はちょっとした変装のために、イメチェンまがいな事をしている。

千景も似た様なもの。

しかし、そのスカートの中にはパンツという下着一枚。つまりは布一枚。

その中には女性の性感帯ともいうべき―――――――まあ、そういう事だ。

ついでにいって、千景の右足も若葉の股に入っている。

ここで、唯一若葉に負けたくないと思っている千景が思いつく事は一つ。

 

仕返しだ。

 

「そっちがその気なら・・・・」

「千景、何を言って・・・ひぅ!?」

若葉も甘い声を漏らす。

「どう乃木さん?ここをこうされる気分は?」

「ま、待て千景・・・んあ・・・」

ついつい、若葉がよがる姿に()()()()してやり続ける千景。

「な、なるほどな・・・お前がその気なら・・・・」

そして、実は電車内の暑さでまともな考えが出来なくなってきている若葉は、そんな千景に反撃する。

「んあ!?・・・やったわね・・・」

「んひ!?・・・この・・・」

なんとも変な雰囲気になっている二人。

「おい、あっちはあっちで変な事になってないか?」

「なんで二人とも怖い笑い方してるんだろ・・・それに顔赤いよ」

そんな()()()()()()()()()()()()()()()()を遠くから見ている球子と友奈。

杏は、辰巳たちの事で気付いていない。

しかしふと杏が。

「あ、ひなたさんに痴漢している人が・・・」

「「!?」」

すぐさま視線を若葉たちから切り、隣の車両を覗き込む球子と友奈。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん・・・・?」

ふと、自分の尻に感じた、誰かが触ってくる感触。

(これは・・・)

さきほどまで、辰巳の匂いで悶絶していた訳だが、その感触で一気に現実に引き戻されるひなた。

そして、その手つきからして、悟る。

 

痴漢だ。

 

不愉快だ。実に不愉快だ。

自分の体を他人、しかも、邪な感情をもった者に触られるなど、吐き気がしてならない。

この場合、どうすれば良いのだろうか。

こういう時は、若葉がいち早く気付いてくれるのだが、今はその肝心な若葉はいない。

ならどうする?

どうにかしなければ、これからって時に暗い気分で行かなければならない。

いっその事、ここで痴漢と叫んで―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電車の扉が開いた瞬間、ひなたのすぐ後ろにいた男が、扉にむかって投げ飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁああ!?」

「・・・・え?」

何が起きた?

ひなたは、そう思うしかなかった。

気がついたら、ひなたの後ろにいた男は、乗客を飛び越えて駅へと放り出されていた。

「いっつつ・・・」

「おい」

そして、ひなたを片腕で抱き寄せる、一人の男。

男は、どうやら顔から地面に突っ込んだらしく、情けなく鼻血を垂らしていた。

「何、ひなたに痴漢してんだ」

ドスの効いた声で、そう脅す辰巳。

「ひぃいいい!?」

「辰巳さん・・・・」

すっかり怯える痴漢の犯人と、そんな辰巳の様子に魅入ってしまうひなた。

「すいませーん!ここに痴漢がいまーす!」

そして、辰巳が、駅員に向かって叫ぶ。

それを聞きつけた駅員たちが、慌てて逃げようとする男を捕まえて、どこかへ連れて行った。

「・・・・」

「大丈夫かひなた?」

「え、あ、はい・・・ありがとうございます」

電車の扉が閉じて、電車が出発。

相変わらず、二人は密着したまま。

ただ、二人の雰囲気は、先ほどまでとは違っていた。

ひなたは、辰巳が自分の為にしてくれた事に胸を無意識にときめかせ、辰巳は、ひなたの辛そうな顔を見た瞬間に感じた激情の余韻に浸りながら、次の駅を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ。痴漢で辛そうな顔をしている少女を助ける男子。まさしくお姫様と王子様・・・・えへへ・・・」

「おいあんず!よだれが口からたれてるぞ!?まるっきり変態に見えるぞ!?やめろ!」

「そうだよアンちゃん!まわりの視線がとても痛い事になってるよ!?」

そんな二人の様子を、興奮しきった様子でビデオカメラに収めている杏と、そんな杏と一緒にいる為が、同じ車両に乗っかっている乗客から奇怪な眼で見られている事に半ば顔を青ざめさせている球子と友奈。

「んあ・・・乃木さん・・・」

「んん・・・千景・・・・」

一方で、こっちは全く持って危険な雰囲気に入りかけている若葉と千景。

互いの眼はとてもとろんとしたものになっており、一歩間違えれば一線を超えそうな程に呆け切っている。

当然、二人はこの興奮の正体をしらないし、経験も無い。

故に、どうにか二人はギリギリの所で理性を保っているが、それも長くは続かないだろう。

(千景・・・こんな顔になって・・・・って、駄目だ駄目だ、これ以上は踏み込んだら絶対に戻れなくなる!)

(乃木さん・・・可愛い・・・・・って、何を考えているのよ私は!?よりにも寄って乃木さんにこんな気持ちになるなんて!)

「おい、そろそろ止めた方が良いんじゃないかあれ?」

「え?どういう事?」

その様子に、顔を引き攣らせている球子と何か分かっていない友奈。

そこで、電車が止まる。

「あ!?二人がおりますよ!急いで急いで!」

「わわ!?待ってよアンちゃーん!」

「おい二人とも!?おい、若葉に千景!変な雰囲気に飲みこまれてないで降りるぞ!」

「はッ!?あ、ああ分かった!」

「すぐ行くわ・・・・!」

大慌てで二人を追いかける一行。

 

 

 

 

 

 

「?」

「どうかしたんですか辰巳さん?」

「いや、誰かに付けられている気がしてな・・・」

「あらあら・・・」

ふい、と後ろを向いたひなた。

そこにいるであろう者たちに、顔でメッセージを送る。

 

 

――――後で覚えておいてくださいね?

 

 

 

 

 

 

それはしっかり伝わっていただろう。

「ひぃいい!?今、ひなたがこっち見ていなかったか!?」

「これは、もうバレてるんじゃないか?」

「なんだか後が怖いわ・・・」

「あ、アンちゃん、なんだかヒナちゃん、怒ってるみたいだし、今日はこれぐらいにして帰った方が良いんじゃ・・・」

「いいえ!最初から最後まで全部見ます!もちろん!寮につくまで!」

『ええ・・・』

もはや杏の暴走は誰にも留められない。

さらに若葉と千景は電車での一見でなんとも気まずい雰囲気になっている。

さらに、そもそもからして戦場に活きるタイプである辰巳に加えて巫女故か感の鋭いひなたが、五人の尾行に気付かない訳が無い。

 

 

 

 

 

だからこそ。

「あらあら、帰らないみたいですね。これは後で『お仕置き』が必要かもしれませんね」

「どうする?いっその事水攻めにでもするか?」

激痛(げきいた)足裏マッサージにします♪」

「おう・・・」

ひなたの黒い部分を垣間見た気分だった。

それはそうと、水族館に到着する辰巳とひなた。

「おお、混んでるな」

「休日ですからね」

その多さに思わず感嘆し、二人は受付でペアチケットを使用。中に入っていく。

付録としてストラップを貰った。

イルカのストラップで、赤と青の二つである。

「わー、可愛いですね」

「俺としてはペンギンが良かったがな」

「ペンギンがお好きなんですか?」

「水の中において、あれほど泳ぎの得意な鳥はいない」

「なるほど」

中は、意外と野外が多かった。

勿論、室内のものもあるが、それ以前に、ふれあいというものを目的とした体験が多かった。

例えば、一面透明のボートに乗って、イルカと触れ合う透明ボートイベント。

現在においてこれほど一押しのものはないらしく、さらに、こういうのは世界唯一らしい。

「わあ、見てください辰巳さん!」

「おお!」

ボートの下をイルカが通り過ぎる。

それに年相応にはしゃぐひなたと辰巳。

さらに、イルカが水面から顔を出し、ボートへ近づいてくる。

ひなたが、イルカの頭を撫でる。

「辰巳さん、イルカの肌って意外とすべすべですよ!」

「どれどれ・・・・お、本当だな」

ひなたに誘われ、辰巳も頭を撫でてみる。

 

なるほど、確かにすべすべだ。

 

次はアザラシの餌やり体験だ。しかも説明付き。

辰巳が、魚をアザラシに近付ける。

するとアザラシは、それをぱくっと加えこみ、一気に込みこんだ。

「おお・・・」

「はい、私からも・・・・わあ・・!」

ひなたからの魚も食べるアザラシ。

その様子に、更に興奮するひなた。

「辰巳さん!次はあっちに行きましょう!」

「お、おう!?なんかいつもよりはしゃいでないか!?」

「良いじゃないですか!」

ひなたに手を引っ張られ、連れていかれる辰巳。

 

 

 

 

 

 

 

その様子を、遠くで観察している一同と言えば・・・・

「ああああ!良い笑顔、良い笑顔です二人とも!そのまま距離をどんどん近づけて、最後には・・・ああああ!!」

「二人ともすっごく楽しそう・・・・いいなあ!」

「なんかなちゅらるにイチャイチャしてないかあの二人?」

「なんだか羽目を外してるわね・・・」

「ひなたが楽しそうで何よりだ」

もはや周囲の目を気にせずに興奮しきっている杏、二人の様子に羨ましがる友奈、引いている球子、同様の千景、微笑む若葉。

それぞれが三者三様で二人の様子を見守っていた。

 

 

あとでとんでもないお仕置きを喰らうともしらずに。

 

 

それは置いておいて。

ふと友奈の腹が鳴る。

『・・・・』

「あ、あはは、お腹すいちゃったみたい」

「そういえばもう昼だな・・・・」

「こんなこともあろうかと、お弁当持ってきましたよ」

「お、気が利くなあんず!」

「ま、仕方が無いわね」

五人は、ここは欲求に従い、しかし二人の後はしっかり追跡(ストーキング)した。

 

 

 

 

 

アシカプール観覧席にて、二人並んで昼食を取る辰巳とひなた。

「弁当任せてしまったが、持ってきたよな?」

「ええ、ぬかりありませんよ」

と、ひなたの持っていたバックの中からタッパが二つほど。

「軽くサンドウィッチにしてみました」

「お、美味そうだな」

「どうぞ」

ふたを開け、中身を辰巳に差し出すひなた。

一つを取り出した辰巳は、それを一口かじる。

「うん、美味い!」

「それは良かったです」

レタスによるシャキシャキ感、卵の味わいに、トマトの甘味が重なり、ドレッシングに味付けが、絶妙なうまさを生み出している。

そのうまさに、辰巳は感嘆するほか無い。

「若葉ちゃん以外に作ったのは初めてなので、気に入ってもらえたようで何よりです」

ひなたは心底嬉しそうに答える。

「ひなたは食わないのか?」

ふと辰巳は、ひなたは全く食べていない事に気付いた。

「あ、ええ。食べますよ」

ひなたは、すぐにサンドウィッチの一つを手に取り、食べ始める。

 

 

 

 

その様子は、当然、杏たちに見られている訳で。

「二人仲睦まじくお弁当を食べる、ああ、恋の物語なら定番のシーン!これは見所です!」

「あんず!痛い!周りの視線が痛いからもう少し落ち着いてくれ!」

「そうだぞ杏、これでひなたに見つかったりしたら・・・」

「もう見つかってると思うのだけれど?」

「ヒナちゃん、嬉しそうだね」

勇者一行、昼食にそれぞれの弁当を食べながら二人の様子を見ている。

杏に至ってはとうとうビデオカメラまで取り出してきた。

「しかし・・・・」

若葉は、二人仲良く話す辰巳とひなたを見る。

「ひなたが楽しそうで良かった」

ここでひなたを不機嫌な事にさせるような事をすれば、すぐさま斬りかかるところだが、今の所問題ないようだ。

ふと、昼食を終えたであろう二人が立ち上がる。

「おっと」

「追いかけますよ!」

もの凄い勢いで昼食を食べ終えた杏が立ち上がる。

それに苦笑いしながらも、一行は二人を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ、この時、彼女たちどころか、辰巳とひなたも気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へっへっへ、カワイ子ちゃんみっけ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

危険な魔の手が迫ってきている事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回『波乱のデート 後編』




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波乱のデート 後編

「みんなー!こーんにーちわー!」

『こーんにーちわー!』

ステージにいる女性の声に応えるように、子供たちが声を張り上げる。

その中には、ひなたもいた。

「始まりましたよ、辰巳さん!」

年相応にはしゃいでいるひなた。

「おお」

一方の辰巳もこれから始まるショーに期待している。

 

二人は今、この水族館のメインイベントであるイルカショーを見に来ているのだ。

 

「こーんにーちわー!」

「おい友奈!?お前まで乗るな!」

「良いじゃないか球子」

その中には、辰巳たちを尾行していた若葉たちの姿も。

「あーもうじれったい!もう少しくっついてもいいじゃないですか!」

「貴方も大概にしたらどうなの?」

そして杏は相変わらず興奮しており、千景は引いていた。

ちなみに辰巳たちは最前列、若葉たちは最後列だ。

下手すれば見つかってしまう位置だが、それでも距離的には一番離れて安心できる。

 

 

さて、それでは早速始まったイルカショーではあるが、なんとも見事なものだ。

イルカのジャンプなどは勿論、イルカが水槽から乗り出す事もあれば、回転しながら高く飛び上がるものもあった。

ただ、このようなショーにおいて、もはや当たり前と言える事態といえば―――

 

 

―――イルカによって起きた波が、観客席に降り注ぐ事だ。

 

 

案の定、その波は、最前列にいる観客たちに降りかかる。

しかし、そこで咄嗟の判断か、辰巳がひなたの前に乗り出して、波から庇う。

「あぶね・・・・ぶわ!?」

「きゃ!?」

が、そこで足を、というか手を椅子の上で滑らして、思いっきりひなたに倒れ込み、抱き着く形になってしまった。

「す、すまないひなた!」

しかし、すぐさま辰巳はひなたから離れる。

「い、いえ、大丈夫です・・・」

(あれ?なんで残念そうな顔してんだ?)

何故か、僅かばかり拗ねた様な表情になったひなたに首を傾げる辰巳。

だが、その間に波の第二陣が襲ってきた。

「どわぁあ!?」

「きゃ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんで足柄さんだけ・・・・」

「あー、あいつ変な所で運が無いからな」

辰巳の運の悪さに引いている千景と苦笑している球子。

「手を滑らして触れ合う二人の男女・・・・まさにラッキースケベ!この色男め!」

「親父臭いよ、アンちゃん・・・」

そして、留まる事の知らない杏のテンション、とうとう引き始めた友奈。

「む・・・・」

ふと、若葉は何かに気付いたかのようにひなたの隣を見た。

「ん?どうしたの乃木さん?」

「いや、ひなたの隣に、さっきまで誰かいた様な・・・・」

「気のせいじゃないのかしら?」

「そうだと良いんだが・・・ん?」

ふと、若葉は隣をみた。

そこで、今、若葉と千景の距離が近い事に気付く。

「「!?」」

電車での事が重なり、すぐさま離れる二人。

その体温は、何故か急上昇してしまっていた。

(なんで今日はこんな気持ちになるんだ!?)

(どうして乃木さんなんかでこんな気持ちになるのよ!)

 

 

だが、ここで若葉の脳内からは、先ほど感じた違和感は完全に吹き飛んでいた。

 

 

 

 

 

それが、ひなたを恐ろしい目にあわせると知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、楽しかったな、イルカショー」

「はい!」

水族館内を歩く辰巳とひなた。

辰巳はまだ幾分か濡れているが、ひなたが持参してきたタオルで大体の水分はふき取った。

「あら?」

「ん?どうしたひなた」

「財布をどこかに置いてきてしまったみたいです・・・・」

「何!?」

「すみません、きっとあの会場に落としてきてしまったようです。すぐに戻るので待っててください!」

「あ!?おいひなた!」

駆け出すひなた。

そして、頭を掻く辰巳。

「参ったな・・・・」

柱の傍に立ち、辰巳はひなたを待つ。

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?ヒナちゃんどっか行っちゃったよ?」

「財布を忘れたみたいですね」

「そんな事も分かるのか?」

「指向性マイクを実装してるので!」

「お、おう・・・・」

「無駄に用意周到ね・・・・」

その様子は、当然若葉たちに見られている。

ただ、この時は、特に気にする事も無かった一同。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イルカショー会場にて。

 

「可笑しいですね・・・・この辺りに落としたと思ったのですが・・・・」

財布を探すひなた。

「すみません、お探しのものはこれでしょうか?」

ふと、後ろから、一人の男から声をかけられ、肩越しに後ろを見たひなた。

その手には、ひなたの財布が握られていた。

「あ、そうです、ありがとうございま――――」

そこで、突然、後ろから、口に何かの布を押し付けられた。

その途端、意識が闇に引きずり込まれていく。

目の前の男が、醜悪な笑みを浮かべていた。

(嵌められた・・・・)

今更気付いてももう遅い。

(辰巳――――さ―――――)

そのまま、ひなたの意識は闇に堕ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・遅い」

何時まで経っても来ないひなたを待っている辰巳は、そう呟く。

 

 

「ひなたの奴、遅いな」

「何かあったのかな?」

若葉たちも、怪訝そうな表情でひなたを待っていた。

「財布が中々見つからないんじゃねえの?」

「それにしては遅すぎるんじゃないかしら?」

楽観者である球子の予想を否定する千景。

だが、その中で杏だけは口元に手を当てて、何かを考えていた。

「ん?あんず、どうした?」

「・・・・・もしかして・・」

「アンちゃん?」

「ひなたさん・・・誘拐されたんじゃ・・・・」

「何!?」

杏の言葉に、真っ先に喰いかかったのは、親友である若葉。

「確かに、考えられるわね。でも、こんなに人が多い場所で、そんな事出来るかしら?」

「そこなんですよね・・・」

千景の言葉に、杏は悩む。

「とりあえず、手分けしてひなたを探そう。その方が確実だ」

「そうですね」

「お、辰巳も動き出したぞ」

球子の言葉に、全員が辰巳の方を見る。

そこには、今歩き出した辰巳の姿があった。

「追いかけてみましょう」

杏の言葉に、誰も反対はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「いない・・・・」

イルカショーの会場にて、辰巳はひなたを探していた。

「若葉たちの所にいった・・・だとしても、ひなたなら言ってもいいと思うが・・・」

辰巳は、周囲を探す。

しかし、何も見つからない。

「くそ、どこに・・・」

「あ、あの・・・・」

「ん?」

ふと、後ろから声を掛けられる。

振り返ると、そこには、誰もいない――――――訳では無く、視線を下げてみればそこに一人の少女が立っていた。

少女は、おどおどしながら辰巳を上目遣いに見ていた。

辰巳は、そんな少女に視線を合わせるように屈んで、答える。

「なんだ?」

「あ、あの・・・勇者様・・・で、いいですよね・・・?」

「まあ、そうだが・・・・」

特に否定する気も無く、答える辰巳。

「だけどサインとかは今は勘弁してくれ。今はそれどころじゃ・・・・」

「一緒にいたお姉さん・・・・怖いおじさん達に、連れていかれて・・・・」

「!?」

少女が言った言葉と、差し出してきた携帯端末に、驚く辰巳。

携帯端末は、ひなたのスマホだ。

 

この少女は、ひなたがどこにいったのか知っている。

 

「いつ?どこへ?どこに連れてかれた?」

「えっと・・・時間は覚えてないけど、お姉さんがおじさんに話しかけられて、その間に後ろからもう一人、お姉さんの口に手を当てたら、ぐったりしちゃって・・・」

「・・・・」

辰巳は、己の過失を悔やんだ。

考えておくべきだった。ひなたは、容姿はかなり良い方だ。体格も、大抵の男なら引かれるほどの胸を持っている。

気は当然、引けるだろう。

その事を考えれば、ろくでもない奴らに連れていかれる事は考えられた。

だが、辰巳は、せいぜいがナンパ程度の奴らにしか絡まれないと思っていたが、ここまで陰湿にやるとなると、相当犯罪慣れしている。

「くそ・・・」

「ご、ごめんなさい。ここまでしか覚えてなくて・・・」

「いや、ありがとう。教えてくれて・・・・そうだ。来ていた服とか、分かるか?」

「えっと・・・・一人が青い服で、もう一人が黄色と黒の服だったと思う・・・」

「青い服と黄色と黒の服・・・・夏だから半袖の筈だな・・・・・」

辰巳は立ち上がる。

「教えてくれてありがとう。そろそろ親の所に戻れよ!」

辰巳は、スマホを受け取り走り出す。

(ひなた・・・・!)

辰巳は、走り出す。ひなたを探して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識が、覚醒する。

視界は真っ暗。おそらく、目隠しをされているのだろう。

(失敗しました・・・)

ひなたは、心の中でそう呟く。

顔はよく覚えていないが、とにかく、二人組の男に、薬品を染み込ませた布かガーゼを口に押し当てられ、眠らされ、どこかに運ばれたのだろう。

起きるまでずっと寝ていたので、一体いつまで車に乗っていたのか分からない。

しかも、複数の男たちの笑い声が聞こえる。

「お、起きたみたいだぞ」

ふと、誰かの声が聞こえた。

すると、誰かが近付いてくる音が聞こえ、それが止まると、目隠しに使われていた布が取り払われる。

「うっひょ、やっぱかわいいじゃねえか」

目の前の男が、醜悪な笑みでひなたの顔を覗き込む。

ひなたは、それに嫌悪感を持つも、どうにか耐える。

そして、その場にいる人数を確認する。

おおよそにして十人以上。

とてもではないがひなたでは対応できない。

「胸もデカいしな」

他の男が、ひなたの胸を掴む。

「!?」

それにひなたは驚くも、耐えるように歯を食いしばる。

「こんな事をして、ただ済むと思っているんですか?」

ひなたは、強情に努める。

「おー強気だねぇ、お嬢さん」

ふと、リーダー格と思わしき男が、ひなたに近付く。

「・・・なんですか?」

「へっへっへ。良い表情だね。じゃあ、お嬢さんのその強気な態度に免じて、さっきの質問に答えてやるよ」

リーダー格の男は、醜悪な笑みを浮かべながら、言う。

「済むと思ってるぜ?何せ、もう何十回と繰り返してんだからな!」

「!?」

男は、そう声を荒げた。

「それで、何人もの女どもを泣かしてやったよ。どんな強情な奴でも、一旦()を覚えちまえば、もう忘れられねえ。二度と普通の生活には戻れねえんだなこれがよ。だいたいの奴が()()()()()()()()―――――こんな風になァ!」

突如、布が裂かれる音が聞こえた。

ひなたは、それが自分の着ている服だと気付くのに、数秒を要した。

「うっひょお!綺麗な肌してんじゃん!」

「こりゃ虐めがいがあるな!アハハハ!」

「リーダー!俺に先にやらしてくれよ!」

「あ、ずるいぞテメェ!」

周りの男がひなたを見て下劣な感情を丸出しに言い合う。

目の前の男が、ナイフでひなたの服を切り裂いたのだ。

それに、一瞬恐怖に飲み込まれそうになったひなただったが、しかしすぐに気持ちを振るい立て、ひなたは男に向かって、言い放つ。

「こんなもので、私が負けるとでも?」

「ああ、思っちゃいない・・・・だけどな」

男は、舌を出して、ひなたの裂かれた服を掴む。

そして、思いっきり引き千切り、ひなたの上半身を全て晒した。

「!? いやぁあああ!」

思わず、ひなたは叫んだ。

そして、男は高笑いをした。

「アヒャヒャヒャヒャヒャ!!!良いね良いねェ!良い叫び声だ!」

「――――」

まさかここまでやられるとは流石にひなたは思っていなかった。

服を破る。

そして、男の言動からして、おそらく、男たちがこれからひなたがやろうとしてる事は―――――。

それを想像したひなたは、とうとう耐えられず、涙を流す。

(いや・・・助けて・・・・辰巳さん・・・・)

「さて、そろそろお楽しみの時間と行こうか・・・・」

「!?」

ひなたは顔をあげる。

目の前には、男の醜悪な笑み。

「い、いや・・・・」

「そう怖がるな。痛いのは、初めだけだからよ」

「こ、来ないで下さい・・・・」

あとじさるひなた。

男の手が、ひなたに触れる。その直後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひなたたちのいた、廃工場の扉が、突如として吹き飛ばされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

『!?』

その場にいる者たちが、一斉に扉に注目する。

土煙が舞う中、そこから現れたのは――――。

 

「――――辰巳さん!」

 

足柄辰巳だった。

 

ひなたが歓喜の声を挙げる中、辰巳は、周囲を一瞥する。

そして、ひなたを見つけた。

「ひなた――――ッ!?」

そして、()()()()()()

「おい」

「へい!」

リーダー格の男が声を出すと、部下の一人がひなたの首にどこから取り出したのかナイフを突きつけた。

「そこを動くなよ彼氏クン。大事な彼女を傷つけられたくなかったら・・・ておい。動くなって言ったよな?」

男の忠告を聞かずに、辰巳は歩いていた。

「おい、聞いてるのか?動いたら・・・・」

次の瞬間、男の顔を何かが通り過ぎ鈍い音が聞こえた。

それは男の背後から聞こえ、小さな悲鳴が聞こえた。

「ぐべあ・・・・!?」

振り返れば、そこには、布に包まれた棒のようなものの先端が鼻先に突き刺さっている男が、仰向けに倒れていた。

それは、ひなたにナイフを突きつけていた男だった。

「・・・動いたら・・・・なんだ?」

辰巳の声が聞こえ、男は振り返る。

そこには、何かを投げた後の態勢で静止している辰巳の姿があった。

自分が背負っていた剣を投げ飛ばしたのだ。

そして、その剣は、鞘と布に包まれた状態で、ひなたにナイフを向けていた部下をノックアウトしたのだ。

一瞬の静寂の後、他の部下がすぐさま動く。

「て、テメェッ――――!?」

しかし、その部下はいきなりもんどりうってコンクリートの地面に倒れ込んだ。

「おせぇよ」

いつの間にか、辰巳がその男にボディーブローを叩き込んだのだ。

その光景に、男たちは後ずさる。

「あ、あああああ!」

さらに、部下の一人が声を上げた。

「こ、コイツはぁああああ!!!」

「おい!コイツがどうした!?」

「こ、このガキ!ゆ、勇者の足柄辰巳ですぜ!い、今めちゃくちゃ注目されている、バーテックスに対抗できる唯一の―――――」

「何!?」

リーダー格の男は辰巳を見る。

辰巳は、鬼が如き気迫で男たちを睨みつけている。

「お前達は一人も逃がさない・・・・」

辰巳は、ひなたの元へ歩み寄り、上着をひなたにかける。

そして、ひなたが座っているソファの後ろに回り込み、そこに落ちている布に包まれた剣を拾う。

「どこにもな」

そして、剣を抜剣し、ひなたの手に巻き付けられていた布を切り裂く。

「あ・・・・・」

「待ってろ。すぐに片付ける」

辰巳は剣を納め、そして、男たちの方を見る。

すると、そこでは、拳銃を辰巳に突き出している男たちの姿があった。

「調子乗るなよガキ。勇者だろうがなんだろうが、オトナを舐めてると怪我するぞ」

リーダー格の男は、あくまで余裕な笑みを崩さない。

どうやら、本気で勇者を舐めている様だ。

いくらバーテックスに対抗できるからといって、しょせんはどこにでもいる中学生。

そう思われても仕方がないだろう。

しかし、彼らは知らない。

 

 

辰巳は素でも強いという事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず、話にならなかったと言っておこう。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・」

「で、怪我するとか言ってたが、お前らの言うオトナってこんなもんなのか?」

周囲は惨憺たる状態だった。

辰巳は男たちに対して一回も剣を抜く事無く、弾丸を避け、叩き落し、敵を次々に気絶させ倒していった。

鞘に納められた剣で殴られた男たちは全員、顔がひしゃげたり、腕や足が曲がってはいけない方向に曲がっていたり、腹を抑えて蹲っている奴もいる。

そこらにあった瓦礫を剣で飛ばして男たちに叩きつけるような事もしてきた。

そもそもからして、実力が違い過ぎる。

もともと辰巳には天賦の才能があった。

そこに確かな鍛錬を積んだことで、辰巳は恐ろしい程の身体能力を身に着けている。

そんな男に、こんな素人共が勝てる訳がない。

「まあとりあえず」

辰巳は振りかぶる。

「待っ・・・・」

「寝てろ」

 

対天剣術『振打(しんだ)

 

まるでバットを振るかのように、スイングする力任せの剣技。

が、今回は鞘に納められているので、男の顔を吹っ飛ばすだけに終わった。

全てが終わった後、辰巳はひなたの元へ走る。

「ひなた、改めて言うが大丈夫か?」

辰巳が声をかけても、ひなたは俯いたまま。

肩に手を置いてみる。

「・・・ひなた」

辰巳は、ひなたの名前を呼んだ。その時、ひなたが躊躇いもなく辰巳に抱き着く。

「ぬあ!?ひなた!?」

「・・・えぐ・・・・ひぐ・・・・・」

驚いた辰巳だったが、聞こえた嗚咽に、思わず黙る。

そして、辰巳はひなたの背に手を回し、ギュッと抱きしめる。

「大丈夫、もう心配無い。大丈夫」

「ひぐ・・・・はい・・・うう・・・・えぐ・・・」

ひなたの嗚咽が引くまで、辰巳はひなたを抱きしめ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、隠れてみていた若葉たちを引っ張り出して、代わりの服を買って貰う事になった。ちなみに出費は辰巳から。

真新しい服を着たひなたと、電車に揺られる一同。

 

帰りも満員だった。

 

「ちょっと乃木さん!胸押し付けてこないで!」

「押し付けてるのは千景だろ!というか太ももが当たっているぞ!」

「私が悪いって言うの!?」

「じゃあ他に誰がいる!?」

なんの因果かぴったりと密着しあった若葉と千景が言い争いをしている。

その顔は赤い。

「あうう・・・・・」

「あんず、流石にひなただけは敵に回したくないから味方はしないぞ」

「でも何も壊す事ないじゃないですかぁ~。せめてデータ消去にして下さいよ~」

「やれやれ、ほ~らよしよし」

一方で杏はビデオカメラがひなたによって破壊された事に号泣し、球子は慰めてるのか解らないような事を言っている。

「あはは・・・で、ヒナちゃんとたっくんは相変わらずべったりだね!」

「友奈さん!言わないで下さい!」

「そもそもなんでこうなった」

そして、友奈と背中合わせに、ひなたとは真正面を向いた状態で密着している辰巳の姿があった。

「でもカッコよかったよたっくん」

「ぐす・・・・ええ、まるで囚われのお姫様を守る騎士(ナイト)みたいで、とても感動しました。本にしたいくらいです」

「杏さん?」

「・・・・というのは冗談です・・・」

「弱いな!?・・・まあ、カッコよかったといえば、確かに男ども薙ぎ倒している姿は良かったな。腕を折るとことか」

「そこはやばい所だろアウトドアガール」

思わずツッコミをいれる辰巳。

「まあ、怪我がなくてよかったよ」

「あう・・・・」

と、ひなたの頭を撫でる辰巳。撫でられたひなたは赤面する。

「あ!ヒナちゃんずるい!私も服買ってきたんだから撫でてー!」

「はいはい」

向きを変えて背中に抱き着いてくる友奈の頭を肩越しに撫でる辰巳。

そこで、電車がカーブに入り、中にいる乗客たちが慣性の法則に従って、外側に向かって詰められる。

「んあああ!?」

「はあああ!?」

そこで、若葉と千景が何でか分からないが叫んだ。

「どうしたんだあいつら?」

「さあ、なんだろうね?」

辰巳と友奈がそろって頭に疑問符を浮かべる。

「あらら・・・」

「二人とも・・・」

そして、どういうわけか理解している球子と杏は苦笑いを浮かべている。

「ふしゅう・・・」

「ん?ひなた?ひなたー!?」

一方のひなたは辰巳の匂いをかいで昇天していた。

先ほどの事も相重なって、相乗効果を与えたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一言で言って、火野の目論見は大いに成功したといえるだろう。

 

 

なにせこの一件で、二人の距離は十分に縮まったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回『無自覚』

少女は、自らが暴走している事に気付かない。


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無自覚

「あいつら、いつも仲が良いよな」

教室にて、ふと辰巳がそう呟いた。

その視線の先には、二人して同じウォークマンに繋がったイヤホンを片方ずつつけて曲を聴いている杏と球子の姿があった。

「本当ですね」

ひなたも頬の手を当てて同意する。

「本当に仲良しさんだよね、アンちゃんとタマちゃん」

「まるで姉妹みたいだよな」

「それだ!」

辰巳の例えに、ビシッ!と指さす友奈。

「確かに、あの二人は仲が良い。戦いの時でも、よく一緒にいる事が多いからな」

若葉もそれには賛成する。

「仲良しすぎるってのもあるけど」

千景は相変わらずゲームをやっている。

「お前、それ本当にあきねえよな」

「貴方には関係ないでしょう?」

「まあ興味は無いがな」

そんな会話を繰り返す中、辰巳は、火野から聞いた千景と杏、そして球子の出生について思い出していた。

 

 

まず千景について。

 

千景は高知県の田舎で生まれた。

ごく普通の家庭に生まれたごく普通の少女――――というのならば、今の千景の性格はあまりにも普通とは程遠い。

理由は、親の関係だ。

彼女の両親の関係は、いわば最悪。父親は、無邪気な子供をそのまま大人にしたかのような性格で、いつも自分優先。妻が熱を出していても、その日の飲み会を優先させる程の父親、そして夫として欠けた人物。

家事や育児さえも面倒くさがる程の人物だ。

対して母親の方は、そんな夫を見限って不倫。その事は、話題の少ない田舎ではあっと言う間に知れ渡り、村における千景の両親の立場は悪くなった。

そして、その影響はその二人の子供である千景にも降りかかった。

街を歩いていれば陰口、学校に行けば虐め、先生でさえも汚物を見るような目で見てくる。

とにかく全てが敵に見えた。

服を燃やされたりもしたらしい。それなのに先生は全員見てみぬふり。

おそらく、彼女がゲームを始めたのは、そんな周囲から自分を切断する為。

そうしていれば、何も感じないから。

虐められていた彼女だからこそ、かつてある神が死んだ友人と間違えられた事に激怒して喪屋や祭壇を切り倒すのに使われた『大葉刈』に選ばれたのだろうが。

現在、千景の母親は『天空恐怖症候群』のステージⅡにかかっており、転職によって収入の減った父親一人で看病しなければならないことになっている。

これに辰巳は一言、『自業自得』としか言えない。

 

 

一方で杏と球子について。

まず杏は、生まれつき体が弱く、よく入院していたらしい。

そんな訳で、出席日数が足りず、学年を一つずらす事になったのだ。

そんな彼女は、その一学年ずれたその教室に馴染めなかった。

周囲は、初めは年齢の違う杏を同じように扱おうとしていた。

しかし、その気遣いが、杏にとっては苦痛だった。

年齢という僅かなしこりが、杏を苦しめた。

その苦しみが、本を読んでいる時でさえ、涙が出て来るほどに大きかった。

 

ここでいきなりだが、球子の方へ切り替えさせてもらう。

球子は、幼少の頃からガサツな子だと言われてきたようだ。

その理由は彼女の生活にある。

とにかく活発。元気。やんちゃの三点セットがまるまる収まったような性格で、ケンカでは男子にだって勝てる程に元気。

毎日、外でケンカや危険な遊びに手を出すものだから親にはいつも心配かけてばかりだった。

そんな球子を見て母親はいつもこう言うのだ。

『どうして女の子らしく出来ないのか』と。

その『女の子らしく』とは何なのか、球子には理解出来なかった。

彼女はとにかく気が強い上にけんかっ早い。

その性格は、どう努力しても治る事は無かった。

 

 

気弱な杏と気の強い球子。

こんな正反対な二人が出会ったのが、三年前のバーテックス襲来の日だ。

それぞれ別々の神社でそれぞれの武器を手に入れた二人。

しかし杏の方は持ち前の気弱さが災いして戦う事が出来なかった。

一方の球子は、円盤のような楯を手に入れ、こう思った。

自分にぴったりではないか、と。

巫女の指示に従い、バーテックスを倒していく球子。

その中で、巫女から杏の事を知らされ、急いでそちらに向かった。

そして、杏と球子はそこで出会った。

そこから何があったのかは知らないが、そこは二人の問題だろう。

そんな訳で辰巳は深くは追及はしない。

しても無駄だと分かっているから。

 

 

 

 

「辰巳さん、どうかしたんですか?」

「ん?ああ、少し考え事を・・・・」

ひなたの声に、思わず顔を上げた辰巳。

そこで、硬直した。

「どうかしましたか?」

「・・・・・近い」

「え・・・・あ」

そう、近いのだ。額がぶつかり合いそうな程にひなたの顔が眼前にあったのだ。

それに気付いたひなたは顔を赤くしてさっと辰巳から離れる。

「す、すみません・・・!」

「い、いや、俺のほうこそ・・・・」

辰巳があやまる必要は無いのだが、とにかく互いを見れなくなる辰巳とひなた。

その様子に、訳が分からず首を傾げる若葉、訳知り顔で微笑む友奈、呆れる千景だった。

 

 

 

 

そんなこんなで、午後の事。

 

また、バーテックスが襲来する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだアイツ?」

球子がそう呟いた先。

バーテックスの群れの中を一体だけ突出してツッコんでくる個体が一体いた。

「あれは・・・・進化体か?」

辰巳が呟き、その視線の先には、人間の下半身しかない変なバーテックスがそこにいた。

「へ・・・変態さんだ!」

友奈が顔を引きつらせて言う。

「あれは食えんな」

「はい録音終了。ひなたに聞かせてやる」

「な!?それだけはやめてくれぇええ!!」

録音を完了させたスマホをしまう辰巳からそのスマホを全力で奪うとする若葉。以前、ひなたにバーテックスを喰った事について釘を刺されているからだ。

 

最終的に足の裏ぐりぐりマッサージを喰らう事になったのだが。

 

ふと球子が意味深な笑みを浮かべていた。

「ふっふっふ・・・」

「タマっち先輩?」

杏の問いかけに、球子は得意げにあるものを取り出してきた。

「こんな事もあろうかと、秘密兵器を持ってきたのだ!タマだけに、うどんタマだぁあああ!!」

「うわさむ」

「雰囲気ぶち壊すなお前は!」

気を取り直して。

「そ、それは!」

「知ってるの若葉ちゃん?」

「ああ!最高級手打ちうどん!讃岐うどんの申し子、吉田麺蔵さん(65)が小麦と見ずに拘りぬいて打ったという究極の一品!その喉越しは愉悦を極め、大地を丸ごと食したかのような恍惚感が得られるという最高のうどん!」

「なんだその無駄に長くうどんの良さを語りたいが為に作られた説明文は!?」

「それを、どうするつもり?」

千景が聞いてくる。

「大社の人が言う限り、あいつらには知性があるんだろ?それに、あの人間の下半身のような形・・・」

「そっか!だったらうどんに反応して隙が出来るかも!」

「その通りだ、友奈!この最高級讃岐うどんを前にして、人なら冷静ではいられない!」

「いやちょっと待て、隙が出来るか出来ないか以前そもそもバーテックスは―――」

「てやぁあ!文字通り喰らえぇぇええ!!」

「人の話を聞けやぁあああ!!」

辰巳の話を聞かずにうどんを進化体の進行方向に投げる球子。

一方で進化体は止まる事無く走り続ける。

そして、進化体がうどんに食いつく――――事は無かった。

「「「「「!!!?」」」」」

「あー、やっぱりな」

それに、辰巳以外の全員が驚愕する。

「うどんに、何の反応も示さないだと!?」

わなわなと手を震わせる若葉。

「釜揚げじゃなかったからかよ!?」

「ううん、タマちゃん、釜揚げじゃなかったとしても・・・最高級うどんを無視するなんて・・・・」

他の二人も同じ気持ちだ。

やはりバーテックスとは分かり合えないのか・・・・・。

と、そこであまりにも長ったらしいため息がその緊張した空気に流れた。

「たっくん?」

「どうした?」

「あのさぁ・・・・・・あいつの、どこに、()()()()んだ?」

「「「「「・・・・・」」」」」

一同は、走り去っていった進化体の方を見る。

 

確かにその進化体に、口なんてものは無かった。

 

「ついでに言って、人間しか食わないような奴らが、うどんなんてものを知ってるのか?」

「「「「「・・・・」」」」」

「馬鹿だろお前ら」

誰も何も言えない。

辰巳は呆れたまま背中の剣を引き抜く。

「さっさと行くぞ。あの進化体は他の奴らでどうにかしろ」

完全に呆れた辰巳は他の者たちを置いて一人さっさと走っていく。

「くう・・・あとで絶対回収してやる!」

そう悔し気に球子は呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「らぁ!」

すれ違いざまにバーテックスを切り払う辰巳。

その背後からもう一体襲い掛かってくるが、上空から襲い掛かった者によって危機を逃れる。

「勇者キィーック!」

友奈がライダーキックよろしく蹴りをバーテックスに叩き付ける。

「ナイスだ友奈」

「えへへ」

照れたように頭をかく友奈。

「ハアッ!」

掛け声が聞こえ、そこへ視線を向けると、そこには鎌を薙いで複数のバーテックスを鏖殺していた。

あの進化体は球子と杏が担当したのだ。

「ぐんちゃんすごい!」

友奈に褒められ、あからさまに嬉しそうな顔をする千景。

千景の元へ向かう友奈と辰巳。

「今回の敵はそれほど多くは無い。あの進化体は球子たちに任せて、俺たちは連携して敵を倒していこう」

「連携・・・」

ふと千景は、ある方向へ視線を向けた。

そこには、一人戦う若葉の姿があった。

「あの人は、どうなのかしら?」

「・・・・」

辰巳は思う。

あまりにも突出し過ぎだと。

まるで、敵を求めて戦う猛将のようだ。

あれでは、いずれ自らを傷付けてしまう。

「無自覚、か・・・」

辰巳は、それが、かつての自分だと思うと、なんとも言えない気持ちになった。

結局、辰巳、友奈、千景の三人は、千景と辰巳で前に出て、友奈に遊撃を頼むという形で戦った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、その戦いにおいての被害は、球子が二足歩行型バーテックスの攻撃を受けて左肩を脱臼した程度で、その他は誰も怪我を負わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

食堂にて。

「おい杏、一応右腕も使えるんだから食べさせなくても・・・・」

「右腕だけじゃ食べづらいでしょ?」

「本当に仲良いよなお前ら」

球子は脱臼によってしばらく左腕を吊っていなければならなくなり、それによって杏に食べさせられるような状態になっているのだ。

「いいなあ・・・・私も一口食べたいなぁ・・・・」

「ダメだぞ友奈、あれは球子のいわば『戦利品』・・・・一口くれなんてはしたないぞ」

「おい若葉、ヨダレ足してる時点で説得力皆無だからな」

思わず額に手を当ててしまう辰巳。

ふと、ひなたが立ち上がる。

「ん?どうしたひなた」

辰巳がひなたに聞くと、ひなたは顔を赤くして辰巳に耳打ち。

「う、それはすまなかった・・・」

「いえ」

ひなたの用は、トイレだった。

「もう、若葉ちゃんったら・・・・」

水道で手を洗うひなた。

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

「――――ッ!?」

突如として猛烈な吐き気が彼女を襲った。

そして、その場に崩れ落ちる。

「――――ッハア――ハア・・・・ハア・・・・・」

どうにか吐き気を抑え込むひなた。

そして、脳内に宿ったイメージに、思わず体を震わせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・辰巳さんが・・・・・血塗れになって・・・・死ぬ・・・・?」

 

 

 

 

 

 




次回『邪竜の決死戦』


巫女が見た結末は、余りにも悲惨で――――


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邪竜の決死戦

香川県高松市。

そこは、四国有数の温泉郷が存在する都市だ。

そこにある最高級の旅館にて勇者一向は泊まっていた。

「ああぁぁぁぁぁあああぁああああああぁああああ、生き返るぅぅぅぅぅぅぅううううぅぅう~~~」

あまりにも緩み切った顔をする若葉。

「もう、オジサン臭いですよ若葉ちゃん」

そんな若葉に苦笑するひなた。

「ああ!?もう若葉が入ってる!?一番風呂狙ってたのに!」

「球子がぁぁあああ、『旅館探検だ!』といってぇぇええ、走り回ってたからだろぉぉぉぉおお?」

「うわ!?溶けかけの飴みたいな顔をしてる・・・・しかし、三番目はタマのものだ!とぉう!」

「湯舟に飛び込んじゃダメだよタマっち先輩~」

ざっぱーんと湯に飛び込む球子。

「タマちゃんは相変わらずだな~」

「騒がしいわね・・・・」

さらに友奈や千景もやってくる。

 

 

勇者としてのお役目を果たしていく、辰巳、若葉、友奈、千景、球子、杏の六人に、巫女として一緒に暮らすひなたたちは、大社から休養として、この旅館で過ごす事を許されたのだ。

 

 

 

 

 

ふと、若葉はひなたが男湯・・・辰巳のいる方向を見ている事に気付いた。

「・・・ひなた?」

「ん、なんですか若葉ちゃん?」

「どうした?さっきから辰巳の方ばっかり見ているが・・・」

「いえ、特に何もありませんよ?」

「そうか・・・・」

 

最近、ひなたの様子がおかしい。

 

辰巳の事を避けているように見えるのだ。

否、そういう訳ではないのだが、辰巳を見ては、すぐに辛そうな顔をして視線を逸らすのだ。

何があったのか知らないが、辰巳と何かあったのか。

それにしては辰巳は普段通りだ。

若葉は、そんな親友の様子に、心配せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな辰巳であるが―――――思いっきり沈んでいた。

いや、気持ちがではない。湯に思いっきり沈んでいるのだ。

これは一種のトレーニングだ。

水の中でなら、重力という邪魔はなくなり、体の隅々まで意識を向けられるのだ。

それによって、体の内部の筋肉の動きや血流を感じる事が出来るのだ。

そうする事によって、自身の集中力を高める事が可能。剣の動きにもキレが増す。

しかし――――一瞬の雑念が入り、辰巳は湯から出た。

「はあ・・・・」

その理由は、最近のひなたの様子についてだ。

「声音がおかしいし、何かに怯えているようにも見えたな・・・・」

火野に羨ましがられるような所に来ている訳だが、そんな気分になれず、辰巳はひなたの事を案じていた。

まるで、自分に見える何かに怯えるかのように。

今まで、ひなたにその様な事をした覚えはない。

もしそうなら、すぐに謝っている筈だ。

だというのに、それには一切の心当たりがない。

 

唯一、自分と彼女との違い。

 

「神託・・・か・・・」

それで何を見たのかわからないが、おそらく、自分の身に何かあったのだろう。

何か、恐ろしいものが。

 

だとしても、辰巳は戦うのをやめない。

 

「ひなたにそんな風にさせてしまう何か・・・・」

一つの決意を込めて、辰巳は、夜空を睨みつける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風呂から上がって。

若葉たちと合流した辰巳。

その後、あまりにも豪勢な食事を頂き、自分達の部屋に戻ってきた所で。

「温泉も入ったし、ご飯も食べたし・・・でも寝るにはまだ早いな。ゲームでもするか?」

ふと球子がこういった。

「ゲームか・・・・お前ら何を持ってきた?」

「私は将棋盤を持ってきました」

「おお、ヒナちゃん渋いね。私は王道のトランプ」

「ゲームなら、そこにあるわ」

千景が指さす先には据え置きの最新型ゲーム機がおかれていた。

「俺はすごろくを持ってきた。妹特製のな」

「へえ、火野ちゃんが作ったすごろくなんだ。どれどれ・・・・」

全員が、辰巳の広げたすごろくを見た。

「まだ中身は見てないんだが、なんでも王様ゲームと合体したような奴で、このカードを・・・・どうした?」

気付くと、一同がすごろくを覗き込んだまま固まっていた。

「・・・・・なにこれ?」

「あわわわ・・・」

「こんな恥ずかしいのできるかぁあぁあ!」

「流石に・・・これは・・・」

「なんてものを作ったんでしょう、あの子は・・・・」

「これは・・・・うむ・・・・」

全員が戸惑っている。

まだ盤面を見ていない辰巳には訳が分からない。

ふと、持っていたカードの束の一部を落としてしまい、それを拾おうとしたら、そこに書いてある事に硬直した。

 

 

曰く『一番の人に自分の性感帯を触らせなさい』

 

 

 

 

なんとも生々しい内容だった。

「――――んなの出来るかぁぁぁぁぁあああ!!!!」

辰巳の怒号が旅館に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遊び疲れて、勇者一同が寝静まった頃。

「まさか若葉の弱点が耳だとは・・・・」

トイレで目が覚めてしまった辰巳が、部屋への帰りに廊下を歩いていると、ふと目の前に人影がある事に気が付いた。

その身長や体つきからして、辰巳はその人物の名前を呼んだ。

「どうしたひなた?」

「少し、寝付けなくて」

その人物はひなただった。

「そうか」

「・・・・・」

ふと、ひなたは辰巳の顔をまじまじと見るなり、すぐさま辛そうな顔になって顔を逸らした。

「・・・・どうした?」

「いえ、なんでもありません・・・」

「・・・・なあ、俺に出来る事なら、なんでもするが・・・・」

辰巳がそう言うと、いつもはここですぐに返答を返すひなたが、下を向いたまま、黙った。

「・・・・ひなた?」

「・・・・でしたら・・・・」

ひなたが何かを呟いたと思ったら、いきなり辰巳にぎゅっと抱き着いた。

「え!?ひなた!?」

「・・・・・・約束してください」

ひなたの体は、辰巳が見た事無いほどに震えていた。

「次の戦いは、必ず無事に帰ってきてください・・・・・!!」

嗚咽の混じったその声に、辰巳は一瞬目を見開くと、すぐに目を細めて、ひなたを抱きしめる。

「ああ、約束する」

泣いてるであろうひなたを、泣き止むまで抱きしめ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、次の襲撃が始まった。

「多い・・・・」

辰巳が、丸亀城の屋根から敵集団の姿を捉えていた。

その数は、今までの数十倍だ。

目算しただけでも千以上。

「これは慎重に・・・・」

「待って下さい若葉さん!」

「ッ!?」

杏の声が聞こえそちらに視線を向ける。

そこでは、若葉が先に敵集団に突っ込んでいく姿が見えた。

「あの馬鹿・・・!」

すぐさま若葉に続いて敵集団に突っ込もうとしたが、そこで敵の動きがおかしい事に気付いた。

「あれは・・・!?」

バーテックスの集団が、突っ込んできた若葉を取り囲むように動いているのだ。

「まずいッ!」

敵の意図に気付く辰巳。

「皆、ここままじゃ若葉が危ないぞ!」

石垣に降りる辰巳。

「そうも言ってられないわ」

「何を言って・・・・」

「辰巳さん、あれを」

杏が指さす先。

そこで、集団の一部が、神樹に向かって侵攻していた。

「な、あいつら・・・・!?」

元々の数が異常であるために、その一部は、一部といっても本来なら勇者全員で取り掛からないといけない数だ。

「どうする。あのままじゃ・・・・」

「友奈、来いッ!」

「分かった!」

球子が何か言う前に辰巳と友奈が若葉たちの方へ行く。

「お前らはあの別動隊を頼む!俺たちは若葉の所に行く!」

「分かりました!気を付けて!」

「分かった。タマに任せタマえよ!」

敵に突っ込んでいく辰巳と友奈。

「後ろにいろ!」

「分かった!」

友奈が辰巳の後ろに回ったのを確認した辰巳は、両手で持った剣を前に突き出す。

「対天剣術『猪突(ちょとつ)』ッ!!」

砲弾の様な勢いでバーテックスの群れを中を突っ切っていく二人。

「ぐッ!?」

だが、勢いは長くは続かず、何十体目かで、剣が突き刺さり、威力を殺されてしまう。

しかし、すぐ後ろの友奈がその突き刺さったバーテックスを殴り殺し、前に出る。

「急ごう!たっくん!」

「ああ!」

そこからは、群れの中を半ば強引に突っ切っていく辰巳と友奈。

その視線の先。

若葉の刀を持つ右腕、主に右肘にバーテックスの一体が噛みつく。

「あ・・・ぐぅうぅううう!!」

焼けるような激痛が走っているのだろう。若葉の表情が苦悶に歪む。

「若葉!」

辰巳が叫ぶ。

だが、若葉の表情はすぐさま憤怒の表情へと豹変する。

「どれほどの痛みを、苦しみを、お前たちは罪なき人々に与え続けたぁぁぁあああ!!!」

絶叫、そして、刀を左手に持ち変え、振り回す。

だが、怒りに溺れた彼女は、自らの背後に迫る、敵の一体に気付かなかった。

「さ、せ、る、かぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁあああ!!!」

辰巳が、剣を槍投げよろしくぶん投げた。

その剣が、若葉の背後にいたバーテックスを刺し貫く。

「ッ!?」

そのまま一気に若葉の元へ走る。

バーテックスが、武器を無くした辰巳へと群がっていく。

だが、辰巳はその近付いてきたを殴り飛ばして強引に若葉の元へ向かう。

「舐めるなぁあぁあぁああああ!!!」

殴って殴って殴りまくって、無理矢理活路を開く。

「辰巳、友奈、なん―――」

「この馬鹿がッ!」

「あぐ!?」

困惑する若葉を殴り飛ばす辰巳。

「もう少し回りの事を考えて動け!この馬鹿ッ!」

「ッ・・・すまない・・・」

「ハア・・・・説教は後だ」

投げ飛ばした剣を回収する辰巳。

「若葉ちゃん!たっくん!」

友奈が叫ぶ。

いつの間にか、撤退不可な程に敵に周りを囲まれていた。

「友奈・・・・」

若葉は、友奈の姿を見る。

その姿は、群れの中を無理矢理にも突っ込んだ為か、ボロボロだった。

それは辰巳も同じ。

「・・・・死ぬなよ」

「お前が言うな」

「若葉ちゃんもね」

背中に合わせに敵を見据える三人。

敵が襲い掛かってくる。

それに対して、三人は迎撃を始める。

だが、流石に数が多いのか、体にどんどん疲労が溜まり、それによってダメージが蓄積されていく。

「くそ!数があまりにも・・・・」

悪態を吐きながらも敵を斬り倒していく辰巳。

ふと、敵の攻撃を避ける為に飛び上がった。

その時、辰巳は見た。

 

壁の方向から、六つの巨大な砲台のようなものが、砲口を赤く光らせ、まっすぐにこちらを狙っている事を。

 

そしてそれは―――――一つずつが勇者全員を狙っている事も。

 

猛烈に嫌な予感が走り、辰巳は叫ぶ。

「避けろみん―――――」

だが、遅かった。

砲弾は放たれ、それが、勇者全員を穿った。

『うわぁぁぁぁぁああああ!!』

悲鳴が、轟く。

全員が宙を舞い、血を巻き散らす。

全員、直撃こそしていないが、それでも、爆発によって吹き飛ばされていた。

その中で、ただ一人、動ける者がいた。

 

辰巳だ。

 

しかしその体は爆発の影響でボロボロになっている。

それでも、辰巳の体は動いた。

地面に落下する際、どうにか着地に成功する辰巳。

砲弾が放たれた瞬間、無理矢理、迎撃を図ったのだ。

結果、他の全員よりは比較的軽傷で済んだのだ。

「ぐ・・・・皆!」

同じように砲台に撃たれた味方を探す。

吹き飛ばされている間も、味方の落下地点は見えていた。

あの様子から見るに、直撃はしていない上に誰も腕が吹き飛ぶとかの重傷は負っていないが、それでも、あの砲撃は強力だった。

さらに、その落下地点に敵が群がっていく。

「ッ―――!!」

辰巳は、走り出す。

途中で襲い掛かってくるバーテックスを斬り殺し、仲間を探す。

「若葉ぁあぁ!!」

まず最初に若葉の元へ駆け寄る。

「若葉――――ッ!?」

そして、絶句した。

体中から血を流し、勇者装束がところどころ破れている。

死に至るほどの致命傷は受けてはいないが、それでも重傷である事には変わりはない。

それに歯を食いしばるも、辰巳は若葉を抱えて、他の仲間の元へ飛ぶ。

 

友奈、球子、杏、千景。他の四人も、若葉同様、重傷だった。

 

 

 

 

敵の集団から遠く離れた、神樹に近い場所で、五人を降ろす辰巳。

「動けるのは俺一人か・・・・」

砲撃をどうにか防げたのは辰巳だけ。

他の五人は、動けない程の重傷を負っている。

「た・・・・つ・・・・み・・・・さ・・・・・」

杏が、朦朧とする意識の中、彼の名を呼ぶ。

それに、辰巳は微笑み、杏の頭を撫でる。

「あ・・・・・」

「ここは、怖くても頑張り所だろ」

立ち上がり、辰巳は笑う。

右手で背中にある長剣を握る。

そして左手を上げ、一言。

 

 

 

「またな」

 

 

 

そして、辰巳は走り去っていく。

その後ろ姿に、杏は手を伸ばすも、その前に、意識が闇に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ、大量にいる敵集団の正面に立つ辰巳。

そして、自らのもつ西洋長剣を、地面に突き立てる。

「よくもやってくれたな・・・・」

若葉、友奈、球子、杏、千景。

誰もがこの三年間の日常を共にした、大切な仲間たちであり、友達だ。

 

だからこそ、辰巳は怒っていた。

 

この怒りを、どこにぶつければいい?簡単だ。

 

 

 

その元凶へとぶつける。

 

 

 

「悪いな、火野」

火野への謝罪を口にして、辰巳は、空に向かって、熱い魂で叫ぶ。

 

 

それは天に逆らいし、幻想の魔獣。

空を制し、炎を選んだ、力の象徴の一体。

神々に牙を剥きし、邪悪なる竜。

討たれてもなお、その憎悪を抱き続ける、その竜の名は――――

 

 

「来やがれ、ファブニールッ!!!!!」

 

その瞬間、辰巳の持つ剣、滅竜剣バルムンクの柄の宝石が緑色に輝きだす。そして、それはとてつもなく強大な光の流れとなって、周囲に巻き散らされ、流れ出す。

それは、溢れんばかりの生命の奔流。

それが辰巳の周りに渦巻き、そして、辰巳の背後に突如として巨大な灰色の竜が出現する。

圧倒的衝撃波を巻き散らし、その竜は、徐々に辰巳にその頭を下ろしていく。

次の瞬間、竜は粒子となり、辰巳の体に纏われていく。

 

 

辰巳の切り札。

それは、幻想の邪竜『ファブニール』を鎧として纏う事。

北欧神話、またはゲルマン神話、ニーデンベルグの指環などに登場する、邪竜。

辰巳の持つ剣に存在するファブニールそのものを、鎧として体現するのが辰巳の切り札。

身体能力が大幅に強化され、友奈が使う()()()()()()()を凌ぐ膂力を得る事が出来る。

さらに、鎧を纏っている間は、例え傷を受けたとしても、その傷は竜の再生力によってすぐさま治る。

 

 

それはまさに、邪竜をその身に纏って、戦う力。

 

 

辰巳の勇者装束の上から、灰色の鎧が纏われていく。

さらに、辰巳の右手にある剣が一回り大きくなり、細身の長剣から大剣へと変貌させていた。

辰巳は鎧纏われた自分の姿を見る。

不格好なほどに、頑丈で頑強な鉛色の鎧。

頭部は竜を模したメイルで纏われ、視界が急激に澄んでいく。

そして感じる。自分の力を強制的に引き上げてくれている事を。

 

これなら、守れる。

 

だが。

「悪いな、ひなた」

剣を構える辰巳。

「約束、守れそうにない」

次の瞬間、辰巳の姿が消える。

そして、轟音が鳴り響き、大量のバーテックスが、一太刀の元に斬り殺されていた。

相手が人間なら、おそらく呆然としていただろう。

だが相手は恐怖を知らない化物ども。

先ほどの砲撃であっても、味方の犠牲を前提とした砲撃。

敵は、どうやらこちらの戦法では通用はしないらしい。

だが、それでも引くわけにはいかない。

「覚悟しろよ、化物ども」

辰巳は剣を振りかざす。

 

「ここから先は―――――通さないッ!!」

 

地面を蹴り、飛び上がる辰巳。

直線状にいるバーテックスたちを斬り捨てていく辰巳。

さらに四方八方からやってくるバーテックスを次々に斬り捨てていく。

剣を一薙ぎするだけで、数十という数が消し飛ぶ。

だが、それでも敵は襲い掛かってくる。

「―――ッ!?」

その中で、敵が引いていく。

「まずいッ!」

バーテックスが、融合し始めたのだ。

このままでは進化体が形成されてしまう。

「させるか――――」

空中で融合を始める敵に突撃しようと飛び上がった直後、辰巳が六つの爆発と共に吹き飛ばされる。

「ぐあぁああああぁああああ!!」

体を焼けるような激痛が襲う。

そして、地面に叩き付けられる。

「ぐ・・・あ・・・・」

精霊化のお陰で、大きなダメージには至っていない。

だが、それでも出血が激しい。

精霊化によって、防御力と耐久力も大幅に強化されているため、大体のダメージは軽減されたのだろう。

だが、それでもダメージが大きい事には変わりはない。

しかし、竜の再生力によって、傷は癒えていく。

「ぐ・・・う・・・・」

あの砲撃を放ったのはおそらく、壁の方向、というか壁の上にあった、あの砲台の所為だろう。

進化体を形成するのを見越して、あらかじめ用意していたのだろう。

「くそ・・・そういう仕組みか」

そして、直撃を受けてわかった、砲弾の中身。

 

 

あの砲台は、()()()()()()()()()()()()()()()()を使っているのだ。

だからこそ、あれほどの破壊力を発揮できた。

この間の矢を飛ばしてくる敵の放つものとは訳が違う。

あれは連射力と貫通力を重視したもの。対してあの砲台は威力と破壊力を求めた、『対城兵器』だ。

それを六つ同時に喰らって、無事で済むわけが無い。

 

だが、それでも生きている。動ける。

 

 

戦う事が出来る。

 

 

まだ痛む体を起こす辰巳。

「ぐ・・う・・・・」

そして、空を見上げる。

そこには、ほぼ全てのバーテックスが、それぞれの形へと進化した後だった。

融合したから数は減っているが、それでも、まだまだ数はいる。

もはや、絶望的な状況だろう。

 

 

しかし、それでも辰巳は諦めない。

 

 

まだこの四国には、沢山の人たちが生きている。

生きたいと願う人々がいる。

日常が生きている。

ただ当たり前の日常が、そこにある。

辰巳が守りたいものがそこにある。

 

 

だからまだ戦える。戦う事が出来る。

「まも・・・・るん・・・だぁッ!!」

飛び上がる辰巳。

進化体の一体を斬り捨て、次へ飛ぶ。

次の進化体に向かって袈裟懸けに剣を振り下ろす。しかしそれで斬れたのはほんの一部分。

すぐさま斬り返して追撃しようとしたが、突然、腹に何かが突き刺さるような激痛が走った。

背後から、進化体の一体が矢を無数に放って来たのだ。

それが辰巳の背中から雨のように襲い掛かる。

「ぐああぁぁあああ!!?」

激痛に悲鳴を上げる辰巳。

だが、それでも、目の前に敵を執念で斬り殺す。

「守るんだァァァァアアアッ!!!」

次の敵を斬り裂く。

「絶対にお前ら化物如きに壊させるものかぁぁぁああ!!」

血が撒き散らされる。

それは、全て辰巳の血。

だが、それでも辰巳は止まらない。どれほど傷付こうと、死に近付こうとも、辰巳は戦うのをやめない。

胸の中で燃える激情のままに剣を振るう辰巳。

時には吹き飛ばされる事もあった。撃ち抜かれることもあった。

サソリの様な敵に、右肩を穿たれる事もあった。

それでも辰巳は止まらない。止まる訳にはいかなかった。

「化物には分からねえだろうな!この力は!」

剣を振るい、敵を薙ぎ払い、斬り裂き、討ち捨て、断ち切る。

「ただ奪うだけのお前たちなんかに理解できる訳がねえ!守るべきものを持つ奴だけが持つ力だ!そんなものを持たない化物如きに、俺は負けないッ!!」

ただの全力で剣を振るい続ける辰巳。

突如として、壁の方向から砲弾が六つ飛んでくる。

辰巳は、その砲弾を全て斬り飛ばす。

「何遠くから見物してんだ――――」

地面に降り立つ辰巳。

大剣を両手で持ち、剣の正面に構える。

すると、突如として剣から眩い光が放たれる。

それは、暴力的に暴れ狂う、生命の奔流。

 

邪竜の持つ、圧倒的生命力。

 

「悠々と見てんじゃねえよ―――――――化物風情がッ!」

剣を振りかざす辰巳。

 

「我こそは、邪悪なる竜である―――」

 

それは、幻想の邪竜の放つ、咆哮(ブレス)

 

「今こそ、天に我が怒りを示し、天に居座る神を撃ち落とす――――」

 

邪竜の怒りが、解き放たれる。

 

「―――()えろ『怒り狂う邪竜の咆哮(ファブニール・ブレス)』ッ!!!」

 

直線状に放たれたその光の激流は、壁の上に構えられた固定砲台の右端を破壊する。

「おおおおおおぉぉぉぉおおおおぉぉおおおおおおおッ!!!」

絶叫する辰巳。そのまま左に向かって薙ぎ払う。

光の激流は左へと方向を変え、全ての砲台を、その周辺にいたバーテックス全てを消し飛ばす。

薙ぎ払った後、辰巳は、杖代わりとする様に剣を地面に突き立てた。

 

やはり消費が激しい。

 

だが、まだ戦える。

敵はまだ、星の数ほどいるのだから。

「ハア・・・ハア・・・・ハア・・・・」

項垂れ、地面に滴る血を見る。体中から、再生能力による赤い蒸気があがる。

「・・・・・」

(ああ、そうか・・・・これだったのか・・・・)

ひなたが、怯えていた事は、きっとこれだったのだろう。

「はは・・・・なるほどな・・・・流石に未来の事までは頭が回らなかったな」

笑う辰巳。

 

 

力には、何事においても代償というものが必要だ。

どれほど強力な力であっても、過ぎた力は自らの身を滅ぼし、破滅させる。

それは、辰巳の纏う竜の鎧であっても同じ。

鎧によって異常に強化された身体能力が、自らの体に多大なる負荷をかけ、破壊しているのだ。

強力な再生能力を持っているが、体は人間のまま。体そのものが強化されるのではなく、あくまで鎧が強制的に体を動かしているに過ぎない。だから、鎧の発揮する膂力に、いくら強靭に鍛えた辰巳の体であっても、耐えられないのだ。

だから、すでに辰巳の体の中はぐちゃぐちゃだ。

骨が折れ、内臓が弾け、筋肉が千切れ、血管が破裂し、靭帯が切れ、肺はずたぼろ。

ただ、何故か心臓だけが強靭に動き続けて、激しく体中に血を送り続けていく。

おそらく、これが自身の最終的生命線だろう。

だが、心臓をやられれば――――死は確実。

 

だが、それでも彼は諦めない。

 

大切な少女を守る為に。自分の帰りを待つ、少女の為に。

 

 

少年は、戦う。

 

 

「行くぞ、バァァァテッックスゥウゥゥゥゥウウゥゥウウウウッ!!!!」

進化体の何体かが矢を放ってくる。

その雨の中を突っ切っていく。

矢の雨を、『縄張』によって叩き落していく。

体中の再生したばかりの骨がバキバキと音を立てて折れていく。しかしその直後に竜の再生力によって再生していく。

飛び上がり、敵を斬り殺す。

斬る斬る斬る。

裂く裂く裂く。

断つ断つ断つ。

どれほど速い敵だろうとも、どれほど硬い敵だろうとも、どれほど強い敵だろうとも、どれほど高い敵だろうとも、辰巳は剣を振るのをやめない。

「『怒り狂う邪竜の咆哮(ファブニール・ブレス)』ッ!!!」

竜の咆哮を放つ。敵の数が一気に減っていく。

だが、それでも敵は文字通り星の数だけいる。

それだけでは、全てを喰い尽せない。

「ガァァァァアアァアァアアアアァアアアアッッ!!」

バーテックスの一体を掴み、地面に叩き付ける。

拳でその皮膚を貫く。

片手で剣を振るい、敵を断ち斬る。

ただただ敵を殺す。

全てを守る為に剣を振るう。

守りたい。

ここに生きる人々の日常を、生活を、想いを、今生きている命、これから生まれてくる命、人の未来、人の可能性、前に進む勇気を、その為の場所を。

 

 

 

邪竜は、守りたいと願った。

 

 

だから、邪竜は戦う。

ここに住まう人々の為に、ごく当たり前の日常を壊されてもなお生きる人々の為に、強く、善き者であり続けようとする者たちの為に。

 

邪竜は、戦う。

 

(頼む神樹・・・)

心の中で祈祷する。

また、剣が緑色の光を発する。

三度目の『怒り狂う邪竜の咆哮(ファブニール・ブレス)』だ。

(俺に、全てを守らせて欲しい。救わせて欲しい。その為に、まだ戦わせてくれ)

竜の生命力を解き放つ。

薙ぎ払う。星を喰らい尽くす。

だが、それでも星はその輝きを失わない。

まだ、喰い足りない。

それでも邪竜は飛び上がる。

(まだ持ってくれ)

剣を薙ぐ。

バーテックスの一体に、左足を噛まれる。すぐさま斬り捨て、次の敵に向かう。

(全てを守り通すために)

斬り落とす、斬り殺す。

辰巳は、ただ目の前の存在を斬る。

(仲間を、友達を、家族を守る為に)

足を矢に貫かれる。

腕を斬られる。

爆発を諸に受ける。

意識が何度も途切れる。

だが、それでも――――

「ごふッ!?」

突然の喀血。

体から感覚が失われていく。

さらに、視界が赤く染まり、鼻から血を流し、耳から血を噴き出す。

それは、外傷的ダメージを受けたにしては、異常な症状。

 

これは、毒。

 

いつの間にか、撃ち込まれていたのだろうか。敵も味な真似をしてくれる。

その毒が、知らぬ間に辰巳の体を蝕んでいたのだ。

体が前に倒れていく。

体に力が入らない。感覚が抜けていく。

心臓の鼓動も、いつの間にかどんどん小さくなっていった。

だんだんと、眠くなってきた。

いい加減疲れた。寝たい。

このまま倒れて、休みたい。

痛いのは嫌だ。苦しいのは嫌だ。辛いのは嫌だ。

誰かが死ぬのを見るのはもう嫌だ。

だったら、目を閉じれば、もう見なくて済む。

耳を塞げば、何も聞こえなくなる。

悲鳴も、卑しい声も、助けを求める声も。

自分を苦しめる声は、聞こえなくなる。

なら、それで良い。

 

もう、疲れた――――

 

 

 

そのまま、地面に倒れ込む―――――――

 

 

 

 

ガキィンッ!!!

 

 

 

 

――――事は無かった。

 

剣を、地面に突き立てたのだ。

 

もう、動かない筈の体が、動く。

痛みに悲鳴をあげる体が、動く。

重い傷に軋み上げる体が、動く。

動かす度に傷付く体が、動く。

毒で犯されている筈の体が、動く。

折れた骨によって皮膚を貫かれた体が、動く。

 

もう疲れた。痛い、辛い、苦しい。

だから戦うのをやめる。

そんな、全力で戦って、力尽きて、誰にも責められないような事を成し遂げた男の心には―――――

 

 

 

 

 

そんなやすっぽい諦めは微塵も無かった。

 

 

 

(それ・・でも・・・・・!!)

痛くても良い。辛くても良い。苦しくても良い。

どんな苦痛を負う事になっても、どんな苦難をその身に受けようとも、決して、負けたくない。

醜くても、卑しくても、どれほど汚らわしくても構わない。

自分に、戦う力がある限り、抗い続ける。

最悪の運命を捻じ曲げて見せる。

誰の為でもない、自分の為に。そして――――

(ひなたを・・・・守る・・・・為に・・・・!!!)

いつだって真っ先に思い浮かぶ、少女の為に。

 

 

(俺に、化物を討ち倒す力を――――ッ!!!)

 

 

例え、『(ASH)』になろうとも。

 

 

邪竜(たつみ)は剣を掲げる。

心臓がどれだけ弱ろうとも関係無い。

体がどれほど傷付いていようとも構わない。

視界が真っ暗でも構わない。

目が見えないのなら鼻で探す。

鼻が利かないのなら耳で探す。

耳が聞こえないのなら口で探す。

口で分からないなら、体で探す。

体で探せないなら、己の感で探す。

腕が使えないなら足で、足が使えないなら頭で、ありとあらゆる手段で敵を殺す。

剣がズタボロになって、折れたとしても、戦うのを絶対にやめない。

この世の全てから逃げたくない。負けたくない。

何があろうとも見つけ出して殲滅し尽くす。

ただ、己の全てを掛けて、目の前の敵を討ちたいだけ。

 

たった一人、愛しいと思った少女を守りたいだけ。

 

だから、竜はその顎を開け、空に向かってその叫びを放つ。

「思い知れ、化物ども。これが、俺の、俺たちの『気合』と『根性』と――――」

剣が、輝きだす。まるで、辰巳の想いを表しているかのように。

竜の生命力と、自身の血を撒き散らして、辰巳は剣を振り下ろす。

 

 

「『魂』だぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁああああああぁああああぁぁぁぁああああああぁぁああああぁあぁああああああああああああああああッッッ!!!!!」

 

 

 

 

邪竜は、天に向かって咆えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハア・・・・ハア・・・」

まだ治りきっていない体に鞭を打ち、若葉たちは、血みどろの戦場を歩く。

樹海化はまだ解かれていないが、敵の姿は見えない。

「ハア・・・ハア・・・ハア・・・・辰巳・・・どこだ・・・?」

叫ぼうとしても、その為の体力が無い。

「辰巳さん・・・辰巳さん・・・・!」

「辰巳・・・・どこにいるんだ・・・・辰巳ぃ・・・・!」

重傷の杏に肩を貸しながら、辰巳を探す球子。

「足柄さん・・・・・どこにいるの・・・?」

大葉刈を杖代わりに、同じように辰巳を探す千景。

「たっくん・・・・たっくん・・・!・・・どこにいるの・・・!」

重い右足を引きずるように歩きながら、辰巳を探す友奈。

あまりにも血が飛び散りすぎていて、そこから辰巳がどこにいるのかが分からない。

半壊したり、影も残さない程に破壊された建物。

穿たれたり、クレーターの出来た地面。

爆ぜたかのように断ち切られた神樹の蔓。

そして、おびただしい程の、血。

だが、友奈は、見つけた。

半壊した建物。

その壁に、寄りかかるように座っている、辰巳の姿を。

「たっくん・・・・!」

その姿を捉えた友奈は、自分の体の事など忘れて急いで辰巳の元へ向かう。

「すごいよたっくん・・・・!」

友奈は、彼を誉める。

しかし剣を抱えるように座る彼は、反応を示さない。

「あの数の敵を・・・・一人で倒しちゃうな・・・・ん・・・・て・・・・・・」

友奈の言葉が、だんだんと小さくなっていく。

辰巳が、まるで答えてくれないのだ。

座ったまま、微塵も動かない。

友奈の歩く速さも、だんだんと遅くなり、そして、距離がたった三メートルのところで、立ち止まった。

「友奈、見つけたのか・・・!」

友奈の話し声を聞きつけ、やってくる若葉たち。

だが、友奈は反応しない。

「・・・・・友奈?」

「高嶋さん?」

反応しない友奈。

彼女は、ただ、辰巳の方を見ていた。

怪訝に思った球子と杏は、友奈の見る、辰巳の方を見た。

「「――――」」

そして、絶句した。

「あ・・・・ああ・・・・」

「嘘だろ・・・・おい・・・・・」

二人は、狼狽えた。

千景も見た。彼女も、口元に手を当てた。

「・・・・・ひどい・・・」

そして、若葉も見た。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・辰巳?」

そこにいたのは―――――見るも無残にボロボロになった辰巳の姿があった。

体中を血で染め、勇者装束は大部分が破れており、伸ばされた左足は太腿の部分の肉が骨が見えるほどに引き裂かれており、だらりとした左腕は今にも千切れそうな程に肉がなくなり、腹には穴が空いて、剣を抱えられるように置かれた右腕の肩には穴が空いて、皮膚は裂けていた。

頭からも血を流し、その顔面全てを赤く染めていた。

 

しかしその表情は―――――笑っていた。

 

まるでやり遂げたと言わんばかりの誇らしげな笑み。

「・・・・何・・・笑ってるの・・・・」

友奈は、震える声で呟いた。

「こん・・・・なの・・・・みとめない・・・よ・・・・?」

「そうだぞ・・・たつみぃ・・・・こんな所で・・・・くたばるような・・・タマじゃ・・・ないだろ・・・・?」

球子も、引きつった笑みで呟く。

「そう・・・・ですよ・・・・・・こんな・・・・・ところで・・・・ねむってる・・・・場合じゃ・・・ないですよ・・・・?」

杏も、引きつった顔で呟く。

「・・・・ッ」

千景は、見ていられず、目をそらした。

あまりにも、酷過ぎる。

「おい・・・・・辰巳・・・・返事をしてくれ・・・・なあ・・・・・辰巳・・・・」

若葉は、信じられないとでも言うように、辰巳に歩み寄る。

「嘘だと・・・いってくれ・・・・たのむから・・・・・・おねがいだから・・・・うそだって・・・いって・・・・」

辰巳のすぐ傍で、膝まづいた。

そして、辰巳の頭に、自分の額を当てた。

「おきてくれ・・・・・たつみ・・・・・」

若葉の目から、涙が零れる。

友奈が、耐えきれずに、泣き叫んだ。

球子も、とうとう嗚咽を漏らしながら泣き、杏も声を押し殺して泣いた。

「こんな・・・簡単に・・・・・・」

千景は、涙を流す事は無くても、ただ、辰巳の姿が恐ろしく、膝をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

樹海化が解けた時、ひなたが聞いたのは、友奈の天を貫くような泣き声。

酷い恐怖と焦燥感に駆られたひなたは、すぐさま丸亀城の石垣に向かう。

そこで見たものは、天に向かって泣き叫ぶ友奈。

嗚咽を漏らして泣く杏を抱きしめ、自分も泣いている球子。

ただ絶望感のままに打ちひしがれて俯いている千景。

そして、血塗れの少年を抱えてすすり泣いている若葉。

その、血塗れの少年を見たひなたは、体中の血が、一気に抜けるような感覚を覚えた。

体が震える。

怖い。

事実を知るのが怖い。

だけど、それでも、ひなたは歩いた。

そこにいる、少年の姿を確認する為に。

「・・・・たつみ・・・・・さん・・・・?」

その時、若葉は弾かれるように顔を上げた。

「・・・・ひなた」

「―――――」

表情を失ったひなたの顔は、今の若葉にはとても恐ろしく見えた。

あの、お淑やかでどこか子どもっぽい、表情豊かな少女が、ただの一点、血塗れの少年、辰巳を見たまま、その表情を変えてなかった。

そして、若葉の向かい、辰巳のすぐ傍に座り、辰巳の血に濡れた頬に触れた。

 

冷たい。

 

ついこの間まで感じていた温もりが、感じられない。

とても、冷たい。

「・・・・・ちゃんと」

ふと、そこで、若葉は、ひなたの目からとめどない程大量の涙が溢れ出ている事に気付いた。

「ちゃんと・・・・・無事に帰ってくるって、言ったじゃないですか・・・・・・約束・・・・・したじゃないですか・・・・・・」

若葉は、何も言う事が出来なかった。

 

 

「――――――――うそつき」

 

 




次回『悔恨と独占欲』

それは、初めて抱いた感情


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悔恨と独占欲

いくつもの点滴、心電装置、生命維持装置、呼吸補助機。

彼の周囲にある機械の数は、数えるのも億劫ともいえる程の数が置かれており、その中心にいる彼の体には、前進に包帯がまかれ、所々で血が滲み出ていた。

目元さえも、包帯で覆われ、まるでミイラのようだった。

だが、それでも、彼は、足柄辰巳は生きていた。

その事に、喜ぶべきなのだろうが、それでも、彼が、目覚めないという事実には変わりはない。

そして、その原因となったのは、自分だと自分を責め続けている若葉は、ガラス越しに、無残な状態になった辰巳を見つめていた。

「・・・・・私のせいだ・・・」

「その通りよ」

誰に言ったでもない呟きだったが、どうやら答えてくれる者がいたようだ。

そちらに視線を向けると、右腕を布で吊っている友奈、松葉杖でどうにか歩いている杏、頭に包帯を巻いた球子、点滴をもってこちらを睨み付けてくる千景、そして、辰巳の方を感情の無い表情でみつめているひなたがいた。

「どうしてこうなったか、貴方には分かるの?」

「・・・・・私の突出と無策が原因だ」

無謀な特攻、激情にままに刀を振るった事、辰巳に殴られるまで、止まる事が出来なかった。

それが一番の原因、辰巳をこんな風にしてしまった理由だと若葉は確信していた。

「違う。やっぱり貴方は何も分かっていない」

だが、千景はそれを一蹴した。

「一番の理由は、貴方が戦っている理由よ・・・!」

「何・・・?」

「怒りに飲み込まれるのも、周りを危険に晒しているのも気付かない。ただただ己の自己満足の為だけに剣を振るっている。報いがどうとか報復がどうとか、そんなものに縛られているから貴方は怒りに呑まれやすいのよ」

千景は、何も理解していない若葉に向かって言い放つ。

 

「貴方は、復讐の為だけに戦っているのよッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病室にて。

「復讐の為だけに、戦っている、か・・・」

そうなのかもしれない。

あの日、中国地方へ修学旅行で行った時、バーテックスは若葉のその日出来たばかりの友達を喰い殺した。

その日の事が忘れられず、ただ、その友達が受けた痛みを、苦痛を奴らに返すために戦ってきた。

だが、辰巳がああなり、千景に言われ、若葉の生き様である『何事にも報いを』を、正面から叩き潰された今、若葉には何をすれば良いのか分からなかった。

「私は・・・・・何をすれば・・・・」

 

 

 

 

 

あの日、病院で奇跡的に息を吹き返した辰巳。

確かに止まっていた心臓が、病院で動き出したのだ。

そこには、全員歓喜した。辰巳が生き返った事に喜んだ。

 

しかし、医師の言った次の一言で奈落へと落とされた。

 

辰巳の体は、驚異的な回復スピードで破裂していた内臓や骨まで裂けていた肉が修復されていったのだが、どうやら、敵が生成した毒にやられており、脳がそれでダメージを受けている可能性があるのだ。

さらに、無理で急速な自己修復が、その毒の回りを早めており、体を蝕み、とても危険な状態であるという事だ。

とにかく、たとえ命の危機は脱したとしても意識が回復するかどうかは分からないのだ。

現在の医療技術には、バーテックスの作る未知の毒を解明する事は不可能であり、下手をすれば、辰巳は一生目を覚まさない可能性だってあるのだ。

 

 

 

 

そんな状態に辰巳が陥っているのに、自分は何故悠々と生きているのだろうか。

そうとしか思えない若葉の心は、どうしようもない程に弱っていた。

「私は・・・どうすれば・・・・」

ふと、そこで、思い出す。

今の自分に、最も頼れる人物の事を。

「ひなた・・・・」

若葉は、ベッドから降り、病室を出る。

そこまで時間が経っていないなら、まだ辰巳の病室の前にいる筈だ。

重い足取りでひなたの元へ向かう若葉。

エレベーターで、集中治療室へ向かい、廊下を歩くことしばらく。

窓に両手を触れたまま動かないひなたを見つけた。

その姿を認めた若葉は、ひなたに声を掛けようとして―――――やめた。

「・・・・ごめんなさい」

「―――――」

ひなたの呟いた、謝罪の一言。

体が震え、足から崩れ落ち、手を窓の縁において、そして、すすり泣く。

「ごめんなさい・・・私が・・・・神託で・・・貴方が・・・・こんな事になる事を・・・・伝えていれば・・・・・こんな事には・・・・・う・・・ひぐ・・・・」

とうとう耐えきれずに、声を漏らして泣く。

「う・・・うわぁあああああぁぁぁぁぁ・・・・・ああ・・・・あああ・・・・」

泣き叫ぶ、とは程遠い程に小さな声だが、それでも、そのひなたの声は、とても弱々しく、深い悔恨が、自ずと分かった。

そして、若葉が、自分がどれほど愚かな事をしようとしていたのかを悟った。

 

 

 

 

 

(馬鹿か・・・・私は・・・・いや、救いようの無い馬鹿だ・・・・)

自身の病室へ逃げ帰った若葉は、ベッドの上で自分の思慮の無さを呪った。

 

もはや、若葉を若葉として保つ為の要素は、一切なかった。

 

怒りに任せての無謀が特攻によっての辰巳の状態。

 

千景に指摘された、自らの戦う理由。

 

そして、苦しんでいる親友の事をお構いなしに頼ろうとした自分の愚かさ。

 

もはや、若葉が自分を保つ為の要素は何も無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、無事に退院した勇者一行。

しかし辰巳の意識だけは、まだ戻らず、病院の集中治療室で治療を受けている。

「張り付け、火炙り、首吊り、電気椅子、串刺し、爪剥がし、水攻め、鞭打ち・・・・アハハハハハ」

「怖いよ。なんか怖いよ若葉ちゃん!?」

「サメ、ワニ、クマの餌、馬や象の踏み台、井戸の中、牢獄、高所落下・・・・フフフフ」

「屍か!?」

「餓死、窒息死、溺死、毒殺、刺殺、銃殺・・・・」

「な、なんだか若葉さんが怖いよ・・・・ち、千景さん!」

「わ、私に言われても困るわよ・・・・!」

さっきからレコードのように拷問方法や処刑方法を呟いて、まるで死んだ魚の様な目になっている若葉のおぞましい程の暗い空気に引いている一同。

ただし、ひなただけは若葉の隣で、まるで気付いていないかのように俯いたままだった。

「ひなたの奴も、辰巳があんな風になってからずっとあれだもんな・・・」

いつもの落ち着いた雰囲気はなくなり、今のひなたの状態は酷く落ち込んでいた。

今にも自殺を図りそうな、そんな雰囲気だ。

授業の間もずっと呪詛のように己の知る限りの拷問方法を呟きまくっている若葉に、学校が終わるまで動こうとしないひなた。

なんだか、この二人がいるだけでこの場の空気が一気に冷えていくような感じがしてたまらない。

「お、おい言い出しっぺは千景だろ?どうにかしろよ」

「だから私に言われても困るわよ」

「え、えーと・・・きょ、今日はいい天気だね~!」

外は雨である。

「ああ、雨に打たれて熱にうなされるのもいいな・・・・ふふふ」

「ああ!?また新たな自虐方法を思いついちゃった!?」

もはや自分を見失いかけている若葉。

もはやどうすれば良いのか分からない。

「こんな時、足柄さんならどうしたのかしら?」

千景がつぶやいたその一言。

「・・・・ごめんなさい」

『!?』

突如としてひなたが呟き始めた。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・・」

若葉の独り言を重なって、もはや恐怖のハーモニーである。

「ぐぐぐぐぐんちゃん!」

「あ、えっと、私の所為だと言うの!?」

「他にどういえばいいんだよ!?」

もはや恐ろしい過ぎて教室の隅へ逃げる四人。

 

 

その日は、そのまま恐ろしいまでのひなたと若葉の合唱を聞きながら過ごした。

 

 

 

その日の夜。

膝を抱えて、うずくまっている若葉。

(ああ、今日何したか全然覚えていない)

もはや生きる屍を化した若葉には、そういうのはもはやどうでも良いのだが。

この際、自分が勇者だという事も忘れて、このまま落ちていくのも良いとも考えている若葉にとって、今見えるもの全てが無意味に見えて仕方が無い。

何せ、仲間を傷付け、親友の事を一切気にしなかったろくでなしだと自分を自己嫌悪しているからだ。

「ひなたに嫌われても、仕方が無いだろうな・・・・」

そんな事を呟いた時、突然、扉の方からノックが聞こえた。

(こんな時間に誰だ・・・?)

のろのろと扉に向かって扉を開ける。

「誰だ・・・?」

そして、息を詰まらせた。

「遅くにすみません、若葉ちゃん」

「ひ・・・・な・・・・・た・・・・・」

そこにいたのは、若葉の親友である、ひなただった。

 

 

 

「何しに来たんだ?」

若葉は、ひなたにお茶を出してそう聞いた。

最近、ひなたと話す機会の一切が無かったから、どう聞けばいいのか分からなかった。

「明日、この寮を出る事になりました」

「な・・・・!?」

いきなり、ひなたの口から聞かされた衝撃の事実に、思わず動揺してしまった若葉だったが、すぐにその動揺も静まっていった。

(ああ、そうか、ひなたは辰巳を傷付けた私といるのが苦痛になったのか・・・・)

もはやネガティブな方向にしか物事を考えられなくなった若葉は、そう一人合点してしまう。

「出ると言っても、大社に呼び出されただけなので、また戻ってきますよ」

「そ、そうか・・・・・」

が、次のひなたの言葉でホッと息を吐いてしまう。

ただ、やはり自分が確立する為の全てを砕かれた今でも、親友がいなくなる事は流石に苦しい。

(私はだめだなぁ・・・・)

「その事を言う為に来たのか?」

心の中で自己嫌悪し、皮肉を含んだつもりでそう返した。

「いえ、最近、若葉ちゃん分が不足してしまったので、久しぶりに若葉ちゃんと過ごそうかと思いまして」

「そうか・・・」

いつも通りに聞こえるが、やはりひなたの声はどこか暗い。

本当は、自分の事を責めたいのではないのだろうか。

自分の無謀な突出の所為で、辰巳は今、意識不明の重体に陥っているのだ。

きっと、許せない筈なのだ。

「・・・・なあ、ひなた」

若葉は、恐る恐る、聞いた。

「・・・怨んでないのか?」

「何にですか?」

ひなたは、首を傾げた。

「その・・・・私が、無謀に特攻したせいで、辰巳があんな事になったのを、怨んでないかって・・・」

「ああ、その事ですか」

ひなたは、理解したかのように笑った。

「私が、若葉ちゃんを責める訳がないじゃないですか・・・」

「しかし、私は・・・」

反論しようとする若葉だが、次の言葉が見つからない。

それに、ひなたはふっと笑い、若葉に聞いた。

「では若葉ちゃん、どうして、私が辰巳さんの事で若葉ちゃんを怨んでるなんて思ったんですか?」

「そ、それは、病院で、お前が、辰巳の病室の前で、泣いていて・・・」

「ああ、見られてたんですか・・・・」

恥ずかしいですね、と付け加え、頬に手を当てた。

しかし、ひなたは、優しく微笑み、そして語り出す。

「私たちと辰巳さんが出会ったのは、勇者として、初めて顔を合わせた時でしたね」

「ああ、あの時の辰巳は、今とは程遠かったな」

出会った当初の辰巳は、バーテックスへの憎しみを表に出しており、あまり周囲と関わろうとしなかった。

昼休みとなれば、すぐさまどこかに行き、食事は一緒に取る事なく、そして気付けば教室に戻っている。

そして、僅かに見えた疲労している様子から、昼休みという時間にまでも鍛錬に使っていた事が嫌でも分かった。

「そういえば、辰巳を始めに仲良くなったのは、ひなただったな」

「はい、辰巳さんと過ごす事一ヶ月、私が彼を怒らせてしまって、私が謝ろうと探していたら、森の中で無我夢中に剣を振っていた所を見つけたんです」

そして、その直後に力無く倒れたところも見た。

「あの時は驚きました。突然、倒れてしまうんですから」

「そうだったのか・・・・」

「それで、私じゃ運べなかったので、そのまま膝枕してあげたんです・・・・いえ、これは正しくないですね」

ひなたは、自分の胸に手を当てた。

 

「―――独占したかった」

 

「・・・・え?」

それは、ひなたにしては、あまりにも予想外な言葉だった。

「覚えていますか、私が階段で足を滑らした時の事を」

「あ、ああ」

あれは、勇者として一緒に過ごす事たった三日。

石垣の階段で、ひなたが足を滑らして後ろに落ちそうになった事があったのだ。

その時、ひなたを助けたのが辰巳だった。

横抱きで、落ちたひなたを助けたのだ。

「きっと、その時からだったと思います。私が、彼に()()()()したのは」

「・・・・・・・・ん?一目惚れだと!?」

思わず驚く若葉。

「あんな気持ちは初めてなんです。若葉ちゃんの時とは違う独占欲を持ったのは」

「ひ、ひなた・・・・まさかそれって・・・・・」

開いた口が塞がらない、とはこのことだ。

まさか、自分の親友が、こんな気持ちを抱いてしまうなど、思いもよらなかったのだ。

「ずっと考えていました。どうしてここまで彼の事を心配してしまうのかを」

ひなたは、若葉が見たこともないような表情で言った。

 

 

「まさか、私が、若葉ちゃん以外に夢中になれる人が出来るなんて、思いませんでした」

 

 

ひなたの両目から、一筋の涙が零れ落ちた。

「ひな・・・た・・・・」

「気付いたのは、今さっきなんですけど、異性を好きになるって、ここまで気持ちの良くて、苦しい事なんですね」

その瞬間、若葉の体の内側から、止めどないほどの感情の波が押し寄せ、それが若葉の心を圧迫した。

そして、机に伏し、必死に感情の昂りを鎮めようとする。

だが、それでも、若葉には、胸一杯の申し訳なさしかなかった。

「すま・・・ない・・・私が・・・・あんな事・・・しなければ・・・・ッ!!」

ひなたは、そんな若葉を見て、思わず呆気にとられるが、若葉の気持ちを汲み取り、それ故に、彼女に近付き、そして抱き締めた。

「謝らないで下さい若葉ちゃん。若葉ちゃんが全部悪い訳じゃありませんから」

「でも・・・私は・・・私はぁ・・・・・!!」

若葉の懺悔に、ひなたは黙って、そして優しく抱きしめながら聞いた。

「えぐ・・・・・・・わから・・・ないんだ・・・・ぐす・・・千景に・・・言われた・・・・事に・・・・対する・・・・答えが・・・何も・・・・」

今、若葉を再起不能にしているのはそれだ。

己が信念である『何事にも報いを』を否定され、若葉は自分を見失っているのだ。

今、ここで言えば、きっと若葉は立ち直れるだろう。

しかし、それはあくまで一時的なもの。それをより確かなものとするには、その答えを自分で見つけなければならない。

だからこそ、ひなたは最後の最後で、若葉を突き放した。

「それは、自分で見つけるべきものです」

「・・・・・」

「その答えは、他人に教えられるものではありません。それはあくまで仮初めのもの。自分で見つけることで、初めてそれは、若葉ちゃんの答えになります」

若葉は、顔をあげる。

まだ涙で濡れたままだが、その眼は、まっすぐにひなたを見ていた。

「・・・ひなたはもう、見つけたのか?」

そして、そう聞いてきた。

それに対して、ひなたは自信を持って言った。

「はい、しっかりと」

ひなたは、しっかりと答えた。

「そう・・・・か・・・・」

それを聞いた若葉は、涙を拭い、ひなたから離れる。

「分かった。私も自分で探してみようと思う」

「はい、それでこそ若葉ちゃんです」

二人は、その夜、固く誓い合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その翌日、ひなたは大社の役人と共に寮を後にした。

 

 

 

 

 




次回『見出した答え』

見つめるべきは、過去ではなく現在である。


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見出した答え

ひなたが寮を出て行った日、学校での事。

若葉は自分の机に突っ伏していた。

(昨日、ひなたにあれほどの啖呵を切ったは良いが・・・・何をすればいいのやら・・・・)

未だに何をすればさっぱりわからなかった。

「はあ・・・・」

まだ刀を振る気にもなれずに、何もする気が起こらない若葉。

否、何をすれば良いのかさっぱり分からないから動けないのだ。

そんな、怠け者のように机に突っ伏している若葉に、一人近付くものがいた。

「若葉さん」

「ん・・・?」

杏だ。

「少し良いでしょうか?」

「ああ、別に良いが・・・?」

その杏の表情は笑っていたが、どこか真剣なものだった。

 

 

 

 

 

杏に連れられ、外に出た若葉。

ただ、杏の意図はまだ分からない。

「な、なあ杏、何故いきなり外に・・・」

そう聞きかけた時、杏が不意に止まった。

そこは、とある家の前だった。

「ここの家に住んでいる大学生のお姉さんは、広島の大学に通っていたんですが、バーテックス襲来の際に四国に逃げ込んだものの、天空恐怖症候群を発症。本人もご家族も苦しんでいました。ですが、勇者が活躍しているというニュースを聞いて、少しずつ症状が回復していっているそうです」

そう説明した杏は、次の家へと歩いていく。

昔から丸亀に住んでいる人、四国外から避難してきた人、その誰もが、勇者が活躍している事を聞き、少しずつ、敵への恐怖を乗り越え、前向きになってきている事を、杏は若葉に説明した。

そして、若葉は一人の女性とあった。

「あの、もしかして若葉様でしょうか?」

その女性は、ベビーカーを一つ、押していた。

「そうですが・・・・」

「私、あの日、島根の神社で救っていただいたものです」

 

三年前、若葉、そしてひなたは、修学旅行先で、地震のために神社に避難していた。

そして、バーテックスが襲来し、島根の神社にて、命を宿す神の刀『生大刀(いくたち)』を手に、バーテックスを撃退した。

その女性は、その時、助けて頂いたのだと言う。夫と共に。

そして、彼女の押すベビーカーにいる赤ん坊は、四国に避難した後、生まれたのだと言う。

 

その子の名前は、『若葉』。

 

勇者、乃木若葉から取られた、勇者のように気高く生きて欲しいという想いを込めた、名。

若葉は、自分と同じ名の子を、抱いた時、悟った。

(ああ、そうか・・・)

 

若葉は、あの日、友達や罪無き一般人の命が、跡形もなく消えたあの日の事が、忘れられなかったのだ。

ただただ、死者に対する報いだけを頼りに生きてきた。それこそが、若葉を縛り付けていたものでありトラウマ。

若葉を、ただ憎しみのままに刀を振るう復讐鬼へと変貌させていた、根源。

「実は、辰巳さんも初めは若葉さんと同じだったんですよ」

「え・・・」

女性と別れた後、杏はふとそう言った。

「実は、辰巳さんと初対面の時、睨まれて泣いてしまった事がありまして」

「ああ、あの時はいきなりで驚いたぞ」

「ふふ、それで、一ヶ月が経ったある日に、突然辰巳さんがその事を謝りに来たんですよ」

「そうなのか?」

杏は、まるでこの間の事のようにつぶやく。

「私があんまりにも情けなかったから苛立っていたって。そんなんじゃバーテックスと戦えない、て思ってたらしいんです。ですが、辰巳さんはひなたさんに叱られた時に悟ったそうです。守るべきは過去じゃなくて今なんだって」

「・・・・そうだな」

そう、見つめるべきは惨劇の過去ではない。未来を紡ぐ現在(いま)だ。

そして、守るべきは死者の復讐では無い、生者の未来である事。

 

そう、全てを守る為に刀を振るう。それこそが、若葉の求めた答えだ。

 

 

「さて、そろそろ丸亀城に戻りましょうか」

「そうだな、球子あたりが心配してそうだな・・・・」

「タマがどうしたって!?」

「「うわ!?」」

突然、どこからともなく現れ、二人に抱き着く球子。

「タマっち先輩!?」

「どうしてここに?」

「私もいるよ」

さらに友奈まで出てくる始末。

「いや深刻そうな顔で学校出ていくから、てっきり決闘でもするものかと・・・」

「しないよッ!?」

全力で否定する杏。

「球子にも心配かけてしまったんだな・・・・」

「べ、別にいーよそんな事は」

照れたように顔を背ける球子。

しかし、背けた視線のその先で、ある事を思い出す球子。

その視線の先には、電柱。

「おーい!お前も隠れてないでいい加減出て来いよ!」

ビクリッ!と誰かが飛び跳ねたような気がした。

「ほらほらぐんちゃん、呼ばれたんだから出て出て」

「わ、分かった。分かったから引っ張らないで高嶋さん!」

電柱から出てきたのは、千景だった。

「千景・・・」

「わ、私は土居さんや高嶋さんに無理矢理連れてこられただけだから・・・・」

「そんな事言って、一番そわそわしてたのぐんちゃんだよ?」

「し、してないわ!」

友奈の言葉を全力で否定しようとする千景。

その様子を見て、若葉は想う。

 

こんなに心配してくれる仲間たちがいるのに、私は――――

 

 

「すまなかった」

 

若葉は、頭を下げ、誠心誠意、謝った。

「過去に囚われ、復讐の怒りに我を忘れて、一人だけで戦っている気になっていた」

それゆえ、辰巳があんな状態になってしまった。

辰巳が、たった一人、勇者の中で最も体の負担の大きい切り札を使ってまで奮戦させる羽目になってしまった。

だからこそ、もう間違わない為に、ここに誓う。

「これからはもうそんな戦いはしない」

もう二度と、仲間を傷付けないようにするために。

「今生きる人々の為に、私は戦う。だから―――これからも共に戦ってくれないか?」

若葉は、頭をあげて、そう聞いた。

それに対して、一同は。

「もちろんです、若葉さんはリーダーですから」

「当然!タマに任せタマえ!」

「私も、若葉ちゃんと一緒に戦うよ!」

杏、球子、友奈がそう、笑って返す。

「口ではなんとでも言える」

そして千景。

その言葉に、若葉は視線を下に向けてしまうが、次の言葉で、さっと顔をあげた。

「だから、行動で示して」

「千景、じゃあ・・・」

「私も、少し言い過ぎたから・・・・」

顔を赤くして、そう答えた千景に、若葉は思わず安心してしまう。

 

もう、若葉は大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冬の冷たさが、濡れた肌に痛む。

しかし、彼が受けた痛みは、こんなものではないだろう。

だから耐えられる、耐えて見せる。

ひなたは、そう心の中で自分に言い聞かせ、自らを苛む痛むを、ほぼほぼ無と化していた。

が、その横にいる少女は、耐えられずに声を挙げる。

「もー、死ぬかと思った!寒い!痛い!真冬だけは滝行はおまけしてほしいわ、神樹様ぁ」

その女性の名は、『安芸(あき)真鈴(ますず)』。

ひなたより一つ年上ではあるが、二人は自然と気が合った。

「うるさいですよ真鈴さん。毎日やってるんですから、その度に声を挙げないで下さい」

「うわー、火野ちゃん冷たい」

その安芸に向かって、叱るのはひなたよりも幼い少女。

その少女こそが、勇者『足柄辰巳』の妹であり巫女の『足柄火野』だ。

基本、巫女は大社で生活する事の多い。

その中で、火野は巫女一番のしっかり者であり他の者の面倒を見れるほどの寛容さを持ち合わせている。

年齢はひなたより下なのに、その頑張りはひなたでさえも関心する事だ。

「火野ちゃん、無理はしていませんか?」

「あ、いえ・・・」

ひなたにそう聞かれ、火野は口籠る。

辰巳の状態は、当然、巫女たちにも聞かされる。

その中で一番、失神しそうになったのは彼女だろう。

たった一人の家族だ。その家族を失えば、きっと正気ではいられないだろう。

しかし彼女は、強く振舞った。

誰にも、己の弱さを悟らせない様に。

しかし、どうやらひなたには弱いようだ。

「・・・・すみません、まだ、抜けきれなくて」

「きっと戻ってきますよ」

「はい・・・」

火野は、照れたように笑う。

「・・・お姉様」

「はい?」

「なんでもありません」

そっぽを向いてしまった。

 

 

 

 

 

滝行を終えた巫女たちは、列を成して、神樹の祀っている場所へと向かう。

周囲からは、低く平坦な歌のようなものが聞こえる。

周囲には白い装束に包んだ人が幾人もおり、木の陰に集まって祝詞を唱えていた。

そんな異界のような場所を真っ直ぐ歩いていく中、火野はひなたに話しかけた。あくまで、小さな声で。

「ひなたさん、ひなたさん、少し良いですか?」

「はい、なんでしょう?」

「実は、神樹様からの神託で、また不吉な事を聞きまして」

「不吉・・・」

火野は、巫女の中では特殊で、結界の外の情報を、()()()()()()()()()()()()()のだ。

「どんなものですか?」

しかも、その内容はかなり鮮明。

それ故に、火野は精神的に強くなったのだろう。

その情報が、嘘か本当か分からないが、それでも聞いておくにこした事は無い。

「私が予想する限り、バーテックスに喰われた人が、バーテックスを逆に取り込んで力を得る・・・そして、生き残っている生存者たちを虐殺する、というものです」

「・・・・・」

あまりにも凄惨だったのか、火野の顔色は、どこか悪い。

「人が、人を・・・?」

「はい、そうなんです。さらに、その人たちは何かしら自我に何かしらの欠損や歪みを抱えているようです。しかし、それでも、人を殺す事において、容赦は一切しないようです。そして、その人たちのせいで、もう他の生存者はいないと・・・・」

「そ、そうなんですか?」

「はい」

馬鹿げている、そう思いたいひなた。

もし、そんな輩がいたら、勇者たちはその手に持つ武器を向けられるのか。

ふと、ひなたから見て火野の反対側から、安芸がひなたに耳打ちする。

「悪いニュースを聞いたあとは、良いニュースを聞きたくはないかしら?」

「安芸さん?」

「諏訪との通信が途絶えたのは知っているよね?」

「ええ、通信をしていたのは若葉ちゃんですから・・・・」

若葉曰く、あの初めての襲撃の日、諏訪との通信が途絶えた。

その時の、諏訪の勇者、『白鳥歌野』の最後の言葉は―――

 

 

『乃木さん、あとはお願いします』

 

 

それを聞いて、おそらく、諏訪は終わったのだろう。

「そう・・・でね、火野ちゃんの神託と相まって、他に生存者はいないって思われてたの。だけどね、生きてたのよ」

「誰が、ですが?」

「―――諏訪がね?」

「なんですって―――むぐッ!?」

思わず、声を荒げてしまうひなた。

しかし間一髪で火野が口を塞いで阻止する。

幸い、周囲は気にしていないようだ。

「むむ――――ぷはあ・・・・それって、もしかして・・・」

「詳しい事は分からないけど、確かにそういう神託が下ったのよ。諏訪はまだ生きてるって」

「そうですか・・・」

まだ、諏訪は生きている。

それならば、きっと若葉だけでなく、他の勇者も喜ぶだろう。

しかし、火野の言う、悪い方向での神託は、一体どういう事なのだろうか。

 

人が人を殺す。

 

そんな恐ろしい事があって良いのだろうか?

 

 

 

 

そして、ひなたたちは、神樹と相対する。

すると、ひなたは自然と神樹の前で膝まづき、神樹に頭を下げた。

神話において、人は神の前では立っている事は出来ない、というが、どうやら本当のようだ。

しばらくして、何かしらの許しを得られたのか、緊張が解かれ、立ち上がれるようになるひなた。

そして、ひなたは神樹の幹に触れた。

神樹に触れると、まるで生き物に触れているかのような温かさを感じた。

それこそが、神樹が神の樹である事を示している証明なのかもしれない。

 

神樹は生きている。

 

そう、実感する。

しかし、突然、ひなたの背筋に、まるで蛇が這うような冷たさを感じた。

(え・・・・)

何かが、神樹に触れている手から流れ込んでくるかのような感覚を覚える。

頭が重い、痛い、立っていられない、足に力が入らない、眠い、怖い、寒い、冷たい、助けて、怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い――――

「ひなたさん!?」

「上里ちゃん!?」

「上里様!?」

「いかん、瞳孔が開いて――――」

声が遠のき、聞こえなく、嫌だ、怖い、行かないで、そっちに行ってはダメ、行かないで、消えないで、手の届かない所に行かないで、まだ伝えていない事がある、嫌だ嫌だ、怖い怖い、伝えたい事があるのに、言わず仕舞いなんて嫌だ。

 

 

死なないで――――辰巳さん。

 

 

 

ひなたの意識は、抗いようもない意識の混濁に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心電装置が、一定の間隔で、心臓が動いている事を示す。

そのコードが繋がれているのは、一人の包帯だらけの少年。

口からは呼吸補助装置が繋がれており、体の各所から包帯に滲み出ている血は、どこか痛々しい。

しかし、彼は確かに生きている。

ただ、自らの体を蝕む毒に犯されているだけ。

だが、その体は、確かに生へ向かって目覚めを時を待っていた。

 

バーテックスによって撃ち込まれた毒が、その意味を無と化していく。

 

彼は、確かに生へと向かっている。

しかし、それでも、人を殺す事に恐ろしいまでの執念を持つバーテックスが、そこで終わらすほど甘くは無かった。

 




次回『伝えたいコト』

伝えたいから、死ねない。


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伝えたいコト

――――辰巳の容態が急変した。

 

 

それを聞いた勇者一同は、その日の授業や訓練など投げ出して病院に向かった。

「辰巳!」

「たっくん!」

「辰巳さん!」

「辰巳!」

「足柄さん・・・!」

辰巳のいる手術室にて、そこに辿り着いた若葉たち。

そこには、白衣の男性が一人。

「ハア・・・・ハア・・・・辰巳は・・・どうなって・・・!」

「落ち着いてください」

「落ち着けないよ・・・だって、たっくんが・・・」

「まだ死ぬと決まった訳ではありません。それに、そんな状態ではまともに話を聞けないでしょう?」

その男性の対応は至って冷静だった。

彼は、説明の為に用意された者だった。

辰巳の主治医は、今、手術室の中で、全力の対応を試みいるとの事だ。

「辰巳は、順調に回復していったんじゃなかったのかよ!?」

「ええ、確かにそうです。しかし、最後の最後で毒が本気を出してきたんでしょう。良くある話です。とあるウィルスに犯された人間に抗生物質を投与すると、ウィルスが死にたくないがためか抵抗の為に体内で暴れるという事が」

男性の対応は、本当に冷たいものだった。

「辰巳さんは、今、どんな・・・」

「血圧の上昇、それによる血管の破裂、さらに、一部内臓の溶解が見られるとの事です。一言で言って、死ぬ直前と言ってもいいでしょう」

「そんな・・・・」

杏の体がぐらつく。

「あんず!しっかりしろ!」

「辰巳さんが・・・」

杏の体を支える球子。

しかし、球子の表情もとても険しいものだった。

「足柄さんの、生存率は・・・」

千景が恐る恐る聞いてくる。

「限りなく0%(ゼロ)に近いかと」

「嘘・・・・」

声を漏らしたのは友奈。

千景は、口角を歪める。

男性の表情は、無表情のまま。

まるで、隠す気など無いかのように。

若葉は、歯を唇が切れる程に食い縛り、手を血が滲みそうな程に握りしめた。

(いくら騒いだところで、辰巳がどうにかなる訳じゃない・・・・それでも――――)

若葉は、辰巳がいるであろう手術室を睨み付けた。

そして、泣きそうな程に表情を歪めて、心の中で、辰巳に向かって言う。

(ひなたが、待っているんだぞ・・・辰巳・・・・!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ぐあぁぁぁあぁぁあぁああああぁぁあああああああぁああああ!!!!」

何もない、荒野の中で、少年は、あまりの痛さに叫んでいた。

それは、()()()()()()()事による、背中の激痛。

受け身を取り損ねたが故に、激痛が少年の脳を焼く。

だが、それでも少年は立ち上がらなければならない。

 

目の前にいる、『竜』から逃れる為に。

 

目の前にいるのは、黒い鱗を持ち、エメラルドの瞳を持つ、巨大な竜。

その竜が、今、少年に牙をむいていた。

少年の体は、まさにボロボロ。

爪で裂かれた事によって出来た裂傷や、尻尾の打撃を喰らった事によって出来た痣。

内臓や骨がいくつも砕かれているだろう。

「ハア・・・ハア・・・」

動けない。

このままでは、死ぬ。

「なんで・・・こんな・・・・・ぐあ!?」

突如として前足で踏まれる。

その竜の圧倒的体重量が少年に一気に圧しかかり、中身を圧迫し、さらに果てしない程の激痛を与える。

「ぐあぁあああぁあああああ!!?」

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い――――――ッ!!

苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい――――――ッ!!

少年は、あまりの痛さに叫んだ。

痛い、何故、こんな事になっている。

 

何故、俺がここに立っている?

 

あまりにも突然の事が立て続けに起きて、訳が分からなくなっている。

何故、こんな目に合わなければならない。

何故、こんな事にならなければならない。

何故、こんな場所に自分は立っている。

様々な疑問が、彼を蝕む。

まともな思考を出来なくしていく。

まるで自分が自分でなくなっていくかのように。

怖い、目の前にいるバケモノが怖い。

何故、このバケモノは俺を狙う?

俺が一体何をしたんだ?

 

 

竜の手が、少年から退かされる。

 

 

(なんだ・・・?)

やっと、開放してくれるのかと思った。

だが、事はそう簡単には進まない。

竜が、頭を下げてくる。

そして、その巨大な口が開かれる。

(喰われる――――ッ!?)

竜が、少年の下半身に喰らいつき、そして、頭を上げ、高く掲げた。

下半身が、バキバキと音を立てて、歪んでいく。

(ああ―――)

俺は、ここで死ぬのか。

ならば、さっさと殺して欲しい。

痛いのは嫌だ。

苦しいのは嫌だ。

辛いのは嫌だ。

消えてしまいたい。

どうせこのまま辛い思いをするくらいなら、死んだほうがましだ。

 

どうせ、俺には何も無いし、何か欲しいものが――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、少年の脳裏に、一人の少女の顔が浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如として少年は竜の上顎と下顎を掴んだ。

「ぎ・・・あぁぁぁぁぁぁあああぁあああああああああああああああぁぁああぁぁぁぁぁあああ!!!!!」

そして、絶叫して、竜の口を無理矢理開けようとする。

(死ね・・・ない・・・・・・・俺は死ぬ訳にはいかない―――――ッ!!!)

突如、芽生えた執念。

ただ一人、会いたいと思う人に対する、想い。

ただ、その人の為だけに燃やす情熱。

伝えたいが故に、行きたいと思う。

(だから――――)

 

愛の為に、少年は咆えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺に従えッ!!!ファァアブゥニィィィィイルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウゥゥゥゥウウウウウウウウッッ!!!」

 

 

瞬間、少年を喰おうとしていた竜―――邪竜『ファブニール』は、突然、緑色の光を巻き散らした。

さらに、だんだんと半透明になったかと思ったら、実体を失くしたかのように、少年が体を通り抜けて、地面に落ちた。

見上げるとファブニールの眼は、先ほどとは違って、とても穏やかだった。

まるで、母親のように行きなさいとでも言うかのように。

 

 

かつて感じていた温もりを、くれるかのように。

 

 

 

やがて、竜が消え、代わりに、後ろから誰かがいるのを感じた。

 

 

 

それは、今、少年が最も欲していた存在(ひと)だった。

振り返れば、そこには、黒髪の少女がいた。

とても穏やかな表情で、とても安心したかのような表情で、こちらを向いて、笑っていた。

その少女に、少年は、笑って謝った。

「―――ごめん、約束、守れなかった」

「・・・・本当ですよ、もう」

少女が駆け出す。

そして、少年の胸に飛び込む。

その存在を確かめるかのように、しっかりと抱きしめた。

そして、少年も少女を抱きしめる。

「・・・・おかえりなさい、辰巳さん」

「・・・・ただいま、ひなた」

辰巳とひなたは、そう言い合った。

「本当に心配したんですから」

「すまない。俺も俺で必死だったんだよ」

手を握り合ったまま、そう言い合う二人。

「・・・辛かったか?」

「はい。とっても」

辰巳が聞くと、ひなたは大きくうなずいた。

「もう貴方が帰ってこないのではないかと、何度も思いました」

「ごめん」

「でも、帰ってきてくれて良かったです」

ひなたは、もう一度、辰巳がいる事を確かめる為に、その胸元に顔を埋める。

いつまでも、こうしていたい。だけど、そう長くは続かない。

「・・・・そろそろ戻らないと」

「もう、終わりなんですね・・・・」

「大丈夫だ」

ひなたの不満そうな表情になるも、辰巳がそんなひなたに言う。

「向こうで、いつでも会える」

「・・・そうですね。いつでも会えます」

ふと、ひなたは辰巳の手を取り、胸元まで持っていく。

「ただ、その前に、貴方に伝えたい事があります」

辰巳は、首を傾げる。

しかし、ひなたはお構いなしに、辰巳に言う。

 

「私は、貴方に恋してます」

 

自分でも、驚くくらい、するりと出た、言葉。

異性に言う事はないだろうと思った、大切な言葉。

それに、虚を突かれたかのように驚いたような表情をする辰巳。だが、すぐに、安心したかのような表情になり、辰巳も言った。

 

「俺も、お前を愛してる」

 

その瞬間、二人の手から、温もりが消えた。

まるで、互いに実体のない幽霊になるかのように。

「どうやら、ここまでのようです」

ひなたは、名残惜しそうに、辰巳を見上げる。

「そうだな・・・いつ帰ってくる?」

「明日、少し不謹慎な事をおみやげに帰ってきます」

「それは、手厳しい事で」

「・・・・敵は、待ってはくれませんから」

しばしの沈黙。

だけど、二人は、笑う。

「もし、戦いが終わったら、またデートに行かないか?」

「はい。よろこんで」

返事は、いらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手術室の扉が開く。

それに、一同は一斉にそちらに視線を向けた。

そこから出てきたのは、術衣姿の医師。

「辰巳・・・辰巳はどうなりましたか!?」

若葉は、その医師に問い詰める。

他の者が止めない事から、全員も同じ気持ちだった。

「・・・・心臓が止まった時は、流石にもうだめかと思いました」

その言葉に、息が詰まりそうになる。

「内臓のほとんどが機能を停止し、肺の機能も止まり、脳は酸欠状態、血管の破裂によって血液はどんどん失われ、それに対応している間に、他の臓器は死んでいく。そして、とうとう心臓まで止まった。その時ですよ」

医師は、振り返る。

そこから出てきたのは。

「ようお前ら」

まるでなんでもないかのように手を振ってくる辰巳の姿だった。

『・・・・』

それに全員が絶句する。

先ほどの医師の言葉では、例え治ったところでもはやまともな生活は出来ないかに思われた。

だが、そこで平気そうに手を振ってくる辰巳の姿は、とてもではないがそんな容態の人間とは思えなかった。

「突然、心臓がまた動き出したかと思ったら、ものすごい速さで体中の臓器がその活動を再開していったんですよ。まるで体中の毒が死滅していくように。さらに、麻酔を打ち込んでいるいた筈なのに意識が覚醒する始末。本当に人間かと思いましたよ」

「いやあ、体の中身が開かれている状態で目が覚めたのは、なかなかに斬新な体験だったな」

と、冗談っぽく笑う辰巳。

それにあんぐりと顔開けたまま茫然としている勇者一同。

その様子に、辰巳は、安心させるように笑い、謝罪する。

「悪い、心配させたみたいだな」

その言葉に、一同の目尻が熱くなる。

そして、友奈が耐え切れず辰巳に抱き着く。

「たっくんッ!」

「どわ!?」

「良かった!良かったよぉ・・・!!」

「ああ、よしよし、泣くな泣くな」

「そんな事出来ません!」

「おうわ!?」

さらに杏まで辰巳に抱き着いてくる。

そんな二人を、辰巳はあやすように頭を撫でる。

「心配させやがって」

「全くね・・・」

球子はいまにも泣きそうな顔で、千景は安心したような顔でつぶやく。

「辰巳・・・・」

そして、若葉は友奈と杏をあやしている辰巳に歩み寄る。

辰巳は若葉の方を向き、そして、何かを悟ったかのように微笑む。

「・・・答え、見つかったみたいだな」

「・・・私も良いか?」

どうやら、若葉も限界らしい。

辰巳はフッと笑い、友奈と杏を左手側に寄せ、()()()()()()()()()()

そして、若葉はそこへ飛び込む。

「辰巳・・・・辰巳・・・・!!」

「ああ、目一杯泣け」

友奈と杏と共に、若葉は声を挙げて泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を開ける。

「あ、起きました!」

「ほんと!?良かった・・・」

目の前には、安芸と火野の顔があった。

「大丈夫?意識ははっきりしている?」

「はい、大丈夫です・・・」

体は、少しだるい。だが、心はとても満たされている。

「ひなたさん?」

火野が、不思議そうにひなたの顔を覗き込んでくる。

「なんだか幸せそうですが・・・?」

「・・・そうですね。そうかもしれません」

何せ、やっと想いを伝えられたのだから。

「そんな事より、神託が来ました」

ひなたは安芸たちに言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

暗黒の空、埋め尽くす、無数の小さな輝き(星々)

 

其の輝き、流星の如く、落ちる。

 

小さき輝き、重なり合い、果てしない程、大きな輝きとならん。

 

その中に、黒い輝き一つ。

 

闇の様に蠢き、無数の星々と共に、落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

されど、ひなたは想う。

 

 

 

 

その無数の輝き――――星さえも霞む程に、咲き誇る六輪の花。

 

鴉の様に飛び、鬼のように討ち砕き、狐の様に蹂躙し、炎の様に燃やし、雪の様に凍らせ、竜の様に喰らい尽くす。

 

その六つの花たちは、それぞれの輝きを持ち、決して、空の星たちに負けない、と。

 

 

ひなたは信じている。

 

 

 

 

 

心優しき邪竜が、人を守ってくれる事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まもなく、後に『丸亀城の戦い』と称される戦いが始まる。

 

その戦いにおいて、勇者たちは、命を賭して挑む。

 

 

 




次回『決戦前夜』



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決戦前夜

今回は短めです。




驚異的スピードで回復していった辰巳が、その命を危険に晒したその翌日。

ひなたが帰って来た。

辰巳の病室にて、勇者一同と、ひなたが相対していた。

そして、ひなたがもたらした、新たな神託によって、その場に緊張が走った。

「近いうちに、敵の大規模な侵攻がやってきます」

「本当に手厳しいの来たなオイ」

ひなたの言葉に、辰巳は十分な緊張をもって言った。

「次の侵攻は、この間の比ではありません。各自、万全を期して挑む様に」

「ああ、分かっている」

「この間の様な事にはならないようにしないとね」

「辰巳ばかり無茶させてタマるかっての」

「もう辰巳さんのあんな姿は見たくないから・・・」

「この間のような失態はしないわ」

全員、気合十分だ。

「辰巳さんは、明日には退院できるんですよね?」

「ああ。医者はさじ投げたがな」

まるで悪夢だ!と叫んでいたらしい。

それはともかくとして。

「なら、良かったです」

ひなたは、まるで夫を心配して、安心した妻のような表情で微笑んだ。

その様子に、ひなたとの付き合いが一番長い若葉が気付かない訳が無い。

「二人の様子がなんだか眩しく見えないか?」

「それはタマも思った」

「ヒナちゃん幸せそう」

「すでに付き合ってるんじゃないのかしら?」

「いや流石にそれはないだろ?」

千景の言葉を否定する球子。

「どうしたお前ら?」

「皆さん?」

「ああ、いやなんでもないぞ」

若葉はなんでもないように答える。

それに首を傾げる二人だったが、若葉は、まるで分かっているかのように笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寮に帰り、それぞれがそれぞれの部屋に戻った頃。

若葉だけはひなたの家に上がっていた。

二人で机を挟んで話し込んでいた時、ふと若葉はひなたにある事を言った。

「辰巳が目覚めて良かったな」

「ええ、本当に」

「誰よりも早く気付いていたからな」

「はい」

「そして誰よりも先に会いに行っていたと」

「はい・・・・・ん?」

 

お分かりだろうか?

 

若葉がひなたに対して言っていた事を。

 

それに気付いたひなたが、引き攣った笑みを浮かべて、わなわなと震え始める。

「わ、若葉ちゃん・・・・」

「ふっふっふ・・・・」

してやったりと言わんばかりに笑い、かしゃりとスマホのシャッターを押す若葉。

「―――!?」

「さてこの写真を・・・」

「消して下さいッ!!」

「断る!積年の恨みだ!」

部屋の中でどたどたと追いかけっこを始めるひなたと若葉。

だが、常日頃から体を鍛えている若葉に、全く運動していないひなたが勝てる訳が無かった。

「ハア・・・ハア・・・まさか、私が、若葉ちゃんに、写真を撮られるなんて・・・・」

あり得ないとでもいうように床にへたり込むひなた。

「あまりにも嬉しすぎて浮かれてたんだな」

まだ悪い笑みを浮かべている若葉。

それに悔しそうに上目遣いで睨み付けるひなた。

「うう・・・・消してくださいお願いしますなんでもしますからぁ~」

「ダメだ。これを皆に送って今までの取られた写真の恨みを全部返してやる」

「ひぃぃ!!やめてください!」

流石にそれには堪える様子のひなた。

若葉は、冗談だ、と言ってポケットにスマホを入れる。

もちろん、写真は消していない。

「うう、なんだか若葉ちゃん、意地悪です・・・・」

「そりゃ弄りたくなるさ。親友に恋人が出来たのだからな」

机に顎を乗っけてつっぷすひなたの額を小突く若葉。

「あう・・・」

「改めて、おめでとう、ひなた」

「・・・ありがとうございます」

ひなたは、本当に幸せそうに笑った。

(次の戦い、決して辰巳をあんな目には合わせない。合わせる訳にはいかない)

ひなたの笑顔を守る為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、無事退院した辰巳をひなたが迎え、一緒に並んで歩いていた。

「まさか三日で治ってしまうなんて、思いもよりませんでした」

「俺も驚いた」

ただの並木道を、並んで歩く二人。

ふとひなたは周囲を見渡すと、何を確認したのか、スッと、辰巳の左手に自分の右手を重ね、寄り添うように密着する。

俗に言う『恋人つなぎ』だ。

それに一瞬、辰巳はキョトンとするが、すぐに笑みを零し、握られた手を握り返す。

もう、恥ずかしがる必要などないのだから。

そのまま歩いて寮まで戻る。

ふとそこで、ひなたが恋人つなぎを解いて、辰巳の前に立つ。

それに、首を傾げる辰巳。

その顔は俯かれていて、表情はうかがえない。

「・・・・辰巳さん」

「ん?」

「今度こそ、約束してください」

ひなたは顔をあげる。その表情は、真剣そのものだった。

「必ず、無事に帰ってくると、約束してください」

そう、力強い眼差しで、そう言ってくる。

それに辰巳は呆気にとられるも、すぐに微笑み、確かに言う。

「ああ、必ず、帰ってくる。みんなと一緒にな」

誰も失わせるわけにはいかない。

どれほど苦しくても、辛くても、自分の後ろに、たった一人でも守りたい者がいる限り、彼は決して負けはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

邪竜は、ありとあらゆる災厄を喰らい尽くすだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、遂に敵の大規模侵攻が始まった。

 

 

 




次回『丸亀城の戦い』

そこは人類最後の絶対防衛線。


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丸亀城の戦い

丸亀城の天守閣の上から、辰巳は敵の姿を一望する。

敵の数は、今までにない程、大量だった。

というか、比喩ではなくまさに無数だった。

「火野からの神託では、あの中に、バーテックスの力を手に入れた人間がいるんだよな・・・」

 

 

 

ひなた曰く、火野から神託からも、とてもではないが信じられない神託が下った。

 

バーテックスの力を手に入れた人間が襲い掛かってくる、と。

 

さらに、人間を殺す事において、何の躊躇もないとの事だ。

つまり、こちらにおいてもそれはもはや人間と認識すべきではない。

杏は勿論として、友奈、球子、千景、そして若葉もそれについては苦い顔をした。

だが、辰巳だけはその事実をしっかりと受け入れていた。

火野の神託は、内容こそ凄惨なものだが、外した事は無い。

事実、外へ調査に行った武装船団の報告から、火野の言ったような存在を確認したと聞いた。

という事は、そういう事なのだろう。

敵には元人間がいる。正確には、『バーテックス人間』なる存在が。

もし、仲間が躊躇う様なら、自分が――――

「てい」

「ぬあ!?」

いきなり額に手刀を入れられる辰巳。

「ゆ、友奈?」

友奈だ。

「たっくん難しい顔してるよ」

友奈がそう指摘してくる。

「・・・そうかもしれないな」

前回のような事になるかもしれないのだ。

それを考えると、自然と気が張ってしまうのも仕方がない。

「大丈夫だよ」

友奈が手を引いて、辰巳を丸亀城天守閣から降ろす。

「今度は、しっかりと作戦練って来てるんだから」

そこには、今まで共に戦ってきた仲間たちが立っていた。

若葉、球子、杏、千景、そして友奈。

確かに、今の状況において、これほど頼れる者たちはいない。

「・・・そうだな」

「よし、皆で円陣組もう!円陣!」

「あ、良いですね」

「良い気合の入れ方だからな」

勇者一同が、円陣を組む。

千景も戸惑っていたが、友奈に誘われ、輪に加わる。

若葉が、叫ぶ。

「四国以外にも人類が生き残っている可能性―――希望は見つかった。希望がある以上、私達は負けるわけにはいかない。この戦いも、必ず四国を守り抜くぞ!ファイト、」

「「「「「「オォーッ!!」」」」」」

一同の掛け声が、重なる。

 

 

 

 

「今回の戦いにおいて、相手が数で来るなら、こちらは陣形で行こうと思います」

杏が出してきた案というのは、陣形を率いての防衛ラインを作り、そこで敵を迎撃するというものだった。

丸亀城の正面、西、東に一人ずつ置き、遠距離攻撃の可能な杏は天守閣の屋上から援護、残る二人は、後方にて待機。

交代制(ローテーション)によって戦う事で、後方で待機している者は疲労の回復をする事が可能。

つまり、長期戦を想定した耐久型陣形だ。

 

正面に若葉、東に友奈、西に球子、後方にて待機は千景と辰巳となった。

 

そして、今回の戦いは、黒い星として神託として出てきたバーテックス人間がいる事が分かっている。

その存在は今までの敵より強い事が分かっている。その為に、勇者の中で一番強い辰巳を温存しておく必要がある。

というのが、建前上の説明なのだが、本心は。

「辰巳には前回無理させたからな」

「今回はたっくんは後ろに下がって休んでて」

「今度は私達が頑張る番です」

「タマに任せタマえ、ってな」

「貴方は、後ろで、大人しくしてて」

と、無理矢理という形で後ろで待機させられる事になったのだ。

「まあ、それもそうか・・・」

傷は完全に治っている。

しかし、それで彼女たちの心の傷が治る訳ではない。

無理した代償、というものだ。

辰巳は、それを承諾した。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、始まる敵の侵攻。

勇者たちは、それぞれの武器を振るい、敵を屠っていく。

辰巳は、天守閣に立つ杏の横で、観測手を担っていた。

辰巳の観察眼は凄まじい。

敵の細かな動きまで正確に見抜き、かつ、味方にどのように指示するべきかをちゃんと分かっている。

「なんだか、私が助けられているみたいですね」

「そうか?お前は味方の体調の事を見抜く事においては俺を抜いていると思うが・・・」

「それでも、私がこうして皆さんを的確に援護出来ているのは、辰巳さんのお陰です」

「そうか・・・・右斜め前方二時、友奈に群がってるぞ!」

「はいッ!」

杏がすぐさま矢を放つ。

 

その様子は、千景と交代した若葉にも見えていた。

「すごいな・・・」

辰巳は、今まで、誰かと連携する事で戦ってきた。

球子に背中を任せ、杏に遠くの敵を任せ、友奈に前を任せ、千景に一撃を任せる。

その全てにおいて、辰巳は、協力というものをおろそかにしなかった。

辰巳は、日常において、誰かとの信頼関係を気付く事を意識してきたのだ。

「私とは大違いだな・・・・」

いや、と若葉は思う。

私は変わった。もう、一人で戦う事はしないと。

「今思えば・・・」

若葉は、辰巳をもう一度見る。

「お前は、私の憧れだったな」

そう思いふけり、若葉は、正面を向く。

今、同じものを守る仲間が戦う戦場から、目をそらさないために。

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いが、順調に進むゆく中。

 

ふと、壁の上で、その様子を見ている者がいた。

「GLLLLL・・・・」

およそ人のものとは思えない唸り声。

その姿は、真っ黒い甲冑に包まれており、その手には、禍々しい程に黒く染まった、大剣。

「GLLL・・・コロス・・・・ニンゲン・・・コロス・・・・マイ・・・コロシタ・・・・ニンゲン・・・コロス・・・GLLL・・・・・」

その声には、どうしようもない程の憎しみが込められていた。

目の届く、遠い場所は、炎を纏う巨大な車輪が、敵を燃やし尽くしていた。

 

自分の心を理解してくれた、大切な者たちが、死んでいく。

 

それを、許す程、この存在は甘く無かった。

 

「LLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLッ!!!!」

 

憎しみにまみれた絶叫が迸り、黒い甲冑は討ち取るべき敵に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その叫び声は、辰巳に届いた。

「来る・・・!」

「え・・・」

辰巳は、背中の剣へと手を伸ばす。

「辰巳さん・・・?」

「どうやら、最悪の敵、てのが来たみたいだぞ」

そこで、千景の叫び声が聞こえた。

「何よあれ・・・!?」

全員が、そちらを向く。

皆の視線の先、そこには、謎の土煙が、真っすぐこちらに向かって舞い上がってきていた。

「何アレ!?」

「なんだァ!?」

「あれは・・・」

友奈、球子、若葉が驚きの声を上げる。

「もしかして・・・神託の・・・!」

杏が、その表情をこわばらせる。

だが、辰巳は前に出る。

「あ、辰巳さん!」

思わず引き留める杏。

「・・・・さっさと終わらせてこい」

辰巳は振り返る。

「そうしたら、俺は死なない」

そう、安心させるように笑った。

それに、杏は己の心配が霧散していくような感覚を覚え、そして、自然と笑みが浮かんだ。

「はい、すぐに終わらせてきます。ですから、どうかご武運を!」

それに、辰巳はしっかりと頷いて、天守閣から飛び降りる。

視線を感じる。

真っ直ぐにみつめる球子、頑張れと言っているような友奈、しっかりやれというような千景、そして、信じてると言っているような、若葉。

背中を預けられる、大切な仲間たち。

辰巳は、その仲間たちの為に、胸に宿る熱き想いを燃やして叫ぶ。

 

「来やがれ、ファブニールッッ!!!!!」

 

それは幻想の邪竜。

ありとあらゆるものを略奪せしめし邪悪なる竜。

天上の神々に牙を剥いた、反逆の竜。

討たれてもなお、その憎悪は留まる事を知らない、暴虐の化身。

 

その力が、辰巳の体に鎧として纏われる。

灰色の、竜の鎧。

その鎧を纏う事で、辰巳の身体能力は大幅に強化され、竜の力がその身に宿る。

そして辰巳は、正面から迫る敵に突っ込む。

「オオオオオオオオォォォォォオオオオオオオオッッ!!!」

刃を振りかざす。

そして、土煙を巻き起こしている存在へ、一気に叩き付ける。

「LLLLLLLLLLLL!!!」

黒い閃光が、土煙の中から迫り、辰巳の剣と正面衝突する。

衝撃波が、土埃を吹き飛ばす。

地面に足を付き、そのまま鍔迫り合いに持ち込み、辰巳は、改めて敵の姿を捉えた。

辰巳よりも圧倒的に巨大な体躯。全身を完全な漆黒の甲冑で覆い、表情は伺えないが、それでも、とてつもない憎しみを感じた。

彼の持つ剣も、辰巳の邪竜鎧装によって僅かに巨大化した大剣よりも、分厚く、幅広い漆黒の大剣を持っていた。

質量に加え、体格差が相まって、この鍔迫り合いは、漆黒の甲冑を来た、黒騎士の方が有利に見える。

だが、それでも辰巳は、拮抗していた。

黒騎士がどれほど力を入れようとも、その押し合いは、どうあっても動かない。

姿勢、力の入れ方、重心の位置、それらの行程を全てクリアする事で、体を一種の鉄の塊のようなものとしているのだ。

「LL・・・・コロス・・・・コロスゥ・・・・!」

呪詛のように呟かれたその言葉。

それに、辰巳は一瞬動揺してしまった。

「なん・・・うお!?」

それによって力が一瞬緩み、均衡が崩される。

そして、黒騎士は好機と言わんばかりに剣に力を籠め、辰巳は後ろに大きく弾いた。

地面をゴロゴロと転がる辰巳。

しかし態勢を立て直し、靴底、片膝、片手を擦り減らしながらどうにか停止する。

「コロス・・・・ニンゲン・・・・コロス・・・・マイ・・・・コロシタ・・・・・ニンゲン・・・・コロス・・・!!」

「・・・・・」

「LLLLLL!!!」

黒騎士が斬りかかってくる。左斜め上からの斬り下ろし。

辰巳はそれを斜め前方に転がる事で回避。

しかし黒騎士はすぐさま振り向いて追撃。

辰巳も振り向いて迎撃に移る。

下段左斜め下から撃ち上げられる斬撃。

辰巳は、それに合わせるように剣を振るう。

剣が触れ合う。しかし、黒騎士からは、衝突による衝撃は感じなかった。

 

対天剣術『灯篭』

 

相手の力を受け流し反撃する、柔の剣。

それによって、剣の軌道を完全に逸らし、その一撃を躱す。

だが、それでも黒騎士は攻撃をやめない。

「GLLLL!コロス!ニンゲン!コロス!マイ!コロシタ!」

「・・・・」

呪詛のように叫び続ける黒騎士。

しかし、辰巳は何も言い返さない。

黒騎士の猛攻を、全て灯篭によって下がりながら受け流しかわしている。

「コロス!ニンゲン!フクシュウスル!」

「・・・・ああ」

突然、下がっていた辰巳が止まった。

さらに、黒騎士の剣を、真上へと受け流した。

互いに、剣を掲げる状態になる。

「そうかよッ!」

その瞬間、辰巳は、黒騎士のがら空きの胴に蹴りを叩きつけ、吹き飛ばす。

「GL・・・・!?」

建物の壁に叩きつけられ、その建物が倒壊する。

崩れ去った建造物。

その中から、黒騎士が何事も無かったかのように這い上がってきた。

「お前が復讐の為に戦っているのは良く分かった。けどな」

辰巳は、剣を構える。

「俺にだって、譲れないものがあるんだよ!」

ここに生きる人々を守る為、共に戦っている仲間を守る為、そして、大切な恋人を守る為に。

 

 

天に逆らいし邪竜は、自身を滅ぼした刃を振りかざす。

 

 

黒騎士は起き上がる。

そして、呪詛と共に、辰巳に斬りかかる。

「コロスゥゥゥゥウウウウウ!!!」

「来いッ!!!」

白銀の剣と漆黒の剣が正面衝突する。

その合わさった場所から、とてつもない衝撃波が迸る。

「オオオオ!!!」

「GLLLLLLL!!!」

目まぐるしい程の、斬撃の応酬。

それは拮抗している。

体格、筋力、それらにおいて、圧倒的アドバンテージを持つ黒騎士が、どうしても、辰巳に剣劇で勝てない。

それは、辰巳が技術、動体視力において、黒騎士を凌駕しているからだ。

だが、それでも互いの剣は相手に届かない。

これでは拉致が開かない。

「対天剣術―――」

そこで辰巳が動く。

「GL!?」

一瞬、距離を取ったかと思うと、剣を高く振り上げ再突進。

そのスピードは、一瞬にして辰巳と黒騎士のとの距離を縮めた。

「『滝打(たきうち)』ッ!!」

上段からの振り下ろし、肉眼では捉えられない速度で迫る斬撃を、黒騎士は己の大剣をもって防御する。

その威力に、後ろに吹き飛ばされる黒騎士。

だが、黒騎士は、吹き飛ばされる勢いをすぐさま踏ん張る事で殺す。

しかし、一度は態勢が崩された事には変わりはない。辰巳はその隙を逃さず追撃する。

「『疾風(はやて)』」

突風が叩きつけられるが如く、無数の斬撃が飛んでくる。

黒騎士は、それに対応出来ない。

それぞれの斬撃が、鎧を打ち、内七撃は甲冑の関節部分に叩き込まれる。

「GL・・・!?」

「オオオオ!!」

すれ違い、すぐさま踏みとどまり、振り返りそのまま剣を横に薙ぐ。

「ッ!?」

「LLL!!」

だが、そこで終わる程黒騎士は甘くは無かった。

関節部に斬撃を叩き込んだ筈なのに、何事もなかったかのように剣を振り下ろしていた。

(間に合わねぇ!?)

回避も防御も間に合わないタイミング。

斬撃は、どうにか踏みとどまった辰巳の鎧を袈裟懸けに切り裂き、後ろに吹き飛ばす。

「ぐぁぁあああ!?」

地面を転がる。

そして仰向けに倒れる。

「ぐ・・・鎧越しに、あの威力かよ・・・・!?」

切り裂かれた鎧、そこから滲み出る血。

それを見て、辰巳は改めて戦慄。

やはりこの存在は危険だと。

それほどの深手ではないのですぐさま立ち上がる辰巳。

「コロス・・・コロス・・・・・コロス・・・・コロス・・・」

敵は、呪詛を呟きながら近づいてくる。

「そんなに殺したいか・・・・」

辰巳は、剣を構える。

ふと、辰巳は周囲のバーテックスの動きが可笑しい事に気付く。

ある一点に集まっている事に。

そちらに思わず視線を向ける。

そこでは、今までにない程巨大なバーテックスが形成されていた。

「あれは・・・!?」

「GLLLLLL!!!」

「ッ!?」

黒騎士が地面を蹴って辰巳に襲い掛かる。

剣を右やや斜め上から振るう。

辰巳はそれを受け止める。

「ぐ、ぅ、!?」

その重さに耐えきれず、無様に地面を転がる。

すぐに態勢を立て直し、敵の追撃に備える。

案の定、敵は執念的なまでに辰巳に攻撃を仕掛けてくる。

その黒騎士の後ろ、巨大進化体バーテックスをなお見る辰巳。

その巨大バーテックスに向かって、飛んでいく巨大旋刃盤。

球子の切り札『輪入道』によるものだ。

炎を纏い、周囲を転がりまわる、炎の妖怪。

その力を纏った球子の旋刃盤は巨大化、例え持ち主から離れても、その動きは自由自在。

さらに炎を纏う為に殲滅力に秀でている。

その巨大旋刃盤の上には、五人の影。

若葉、友奈、千景、球子、杏の五人だ。

「あいつら・・・!」

「GLLLL!!!」

黒騎士が剣を振り下ろす。それを辰巳は『灯篭』によって受け流し、すれ違い、かわす。

(あの様子なら、あのバーテックスは問題ないだろう・・・)

そう、安堵した時だった。

突如として黒騎士の殺意が膨れ上がったのを感じた。

「!?」

「サセナイ・・・・ニンゲン・・・コロスタメ・・・・・ソンナコト・・・・サセナイ!!!」

黒騎士が剣を掲げる。

突如として、とてつもない漆黒の粒子の奔流が、黒騎士の大剣から発せられた。

「んな!?」

それに、思わず驚く辰巳。

それは、どうしようもない憎しみの感情。

あり得ない程大量の、負の感情。

怒り、憎しみ、妬み、嫉妬、哀しみ、恐怖・・・数えたらキリがない程に、凝縮された、負の感情の流れ。

それは、まるで、黒騎士が溜め込んできたもののようだった。

それほどまでに、人間というものを殺したいのか。

そして、この黒騎士は、辰巳の背後、若葉たちのいる方向にその負の感情を叩きつけようとしていた。

おそらく、巨大バーテックスの完成を阻止しようとしている若葉たちの妨害目的でその負の感情を放とうとしているのだ。

正面から受ければ、ただではすまない。

だが、それでも、辰巳にだって譲れないものがある。

「そうか、そっちも大技を出すって訳か」

剣を構える辰巳。

「だったらこっちも、大技で対抗させて貰う」

柄の青い宝石を中心に、緑色の光の粒子が発せられる。

 

それは、溢れ出る竜の生命力。

 

「我こそは、邪悪なる竜である―――」

 

「ノロイコロセ、ウラミコロセ、スベテヲコロシツクセ――――」

 

二つの力の奔流が、余波だけでも張り合う。

 

「今こそ、天に我が怒りを示し、天に居座る神を撃ち落とす――――」

 

「ワガカタキニ、ゼツボウトヤクサイヲモタラセ―――――」

 

 

二つの力が、正面から激突する。

 

「―――咆えろ『怒り狂う邪竜の咆哮(ファブニール・ブレス)』ッ!!!」

 

「―――コロセ『深淵の絶望纏いし巨砲(ディスペアー・キャノン)』ッ!!!」

 

 

 

瞬間、音がその場から消し去られた。

それと同時に色が吹き飛ばされ、視界には白一辺倒の景色しか見えなくなる。

体中を、とてつもない衝撃が叩きつけられる。

だが、それでも負ける訳にはいかない。

引き下がる訳にはいかない。

だって、これに負けてしまえば、後ろにいる若葉、友奈、千景、球子、杏が死ぬ。

そして、完成した巨大バーテックスによって神樹が破壊されれば、四国を守る結界がなくなり、それによってバーテックスが四国におしよせ、そこに住まう人々が死に、ひなたも死ぬ。

 

それだけは、絶対にさせない。

 

「――――――――オオ」

だから、辰巳は咆える。

剣を握りしめる。

全てを守る為に、自らの『正義』を貫き通すために、辰巳は、咆える。

「―――ォォォォォォォォオオオオオォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!」

地面が、悲鳴をあげる。

空気が、裂ける。

空が、轟く。

莫大な負の感情を放つ黒騎士に対し、辰巳は竜の生命力、そして、怒り(グラム)

 

 

あまりにも多くの理不尽を突きつけてくる、神への怒り。

 

 

だからこそ、勝つ。

大切な人に、会う為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

邪竜は、咆えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二つの奔流が、爆発、相殺された。

その場に、巨大なクレーターを作り、ありとあらゆるものを、破壊し尽くしていた。

その中心に、二つの影。

「「ハア・・・ハア・・・ハア・・・」」

鎧のほとんどが吹き飛び、体の各所から血を流す辰巳。

そして、同じように、黒い甲冑のほとんどを吹き飛ばされた、()

まるで色素が抜けたかのように真っ白な長い髪、同じように血の抜けたかのように真っ白な肌。

その目は黒く、そして、とてつもない憎しみの炎を燃やしていた。

辰巳と黒騎士の女は地面に剣を突き立て、どうにか立っていた。

「・・・まさか、女とは思わなかった」

「・・・・・コロス・・・・」

冗談交じりに呟いた言葉を無視してなお、呪詛を吐く黒騎士の女。

「マイ・・・・コロシタ・・・・・ニンゲン・・・・コロス・・・・」

「・・・・自分も、人間だって事、気付いてるか?」

「LL・・・・ワタシハ・・・コロス・・・・イモウト・・・・マイ・・・・・コロシタ・・・ニンゲン・・・・コロス・・・・ゼンジンルイ・・・・ホロボス・・・・!」

どうやら、()()()()()()ようだ。

それは、とてつもなく強大な憎しみを原動力に動く、殺人マシーン。

その身が滅ぼされるまで、この女は、その大剣を振り続けるのだろう。

その華奢な体格からはありえない力で、剣を持ち上げる。

おそらく、バーテックスの力を手に入れた事で、本来ならありえない力を引き出しているのだろう。

もう、止まらないだろう。

「・・・悪いな」

辰巳は剣を構える。

 

「・・・・・・もう終わりだ」

 

瞬間、女の左足が無くなる。否、斬り飛ばされる。

「・・・・すみません」

それは、若葉だ。

その姿は、元の勇者装束とは大きく変わっていた。

それは、若葉の切り札『源義経』。

人間離れした脚力を持つ、神速の武人。

伝承において、『八艘飛び』と呼ばれる絶技によって、もはや肉眼では捉えられない程に凄まじいスピードで動く事が出来る、神速の切り札。

それが、若葉に与えられた切り札だ。

「ウ・・・ァア・・・!」

女は、足を斬り飛ばした若葉に向かって、剣を振り下ろそうとする。

だが、高速で動ける彼女を、片足を失った黒騎士では、捉える事は出来ない。

剣は空ぶる。

さらに、右足に数本の矢が撃ち込まれる。

「ウア・・・!?」

「ごめんなさい・・・!」

地面に膝をつく。

だが、それでも剣を地面について立ち上がろうとする黒騎士。

その、剣を持つ両腕が、斬り飛ばされる。

「いい加減にしなさい」

「ごめんな・・・」

千景が、大葉刈によって右腕を、球子が旋刃盤によって左腕を斬り飛ばしたのだ。

「ア・・・」

そして、たおれゆく女の懐に飛び込む影があった。

 

友奈だ。

 

その両目からは、止めどない程の涙が溢れ出ていた。

「ごめんね・・・」

その顎に、強烈なアッパーカットを叩き込んだ。

女の体が上空へ吹き飛ばされる。

「もう、良いだろ」

態勢は、正面が上。女の目の前には、剣を逆手に持って振りかざす辰巳の姿があった。

「ア・・・」

そして、辰巳はその剣を彼女の心臓につきたてた。

 

 

 

 

 

 

 

「―――――ワタシハ―――イモウトトイキタカッタ――――」

「そうか」

「―――ソレナノニ――――マワリノヒトタチハ―――イモウトヲコロシタ――――ジブンダケイキタイタメニ―――」

「・・・・・そうか」

「――――ソンナヤツラヲ―――ドウシテユルセルノ?―――ワタシニハ―――トテモジャナイケド――――」

「それでも、前を向いて進まなきゃいけないんだ。アンタはどっか進まずに、戻るべきだったんだ」

辰巳は、彼女の耳元で囁く。

「―――あんたの妹が望んだのは、復讐だったのか?」

「―――――」

彼女は、答えない。

だけど、ほう、と、何かを悟ったかのようなため息が聞こえた。

「――――ソウ――ネ―――マイガ――――ソレヲノゾムハズガナイ――――」

「アンタは、もう十分頑張った。もう、安らかに眠れ」

「ウン―――ソウ―――スルワ―――――」

掴んでいた筈の体が、消える。

その体の中心にあるのは、彼女の『核』。

きっと、それが、彼女の魂を繋ぎとめていたものだろう。

「・・・・さよなら、妹の為に戦い続けた、黒い騎士よ」

辰巳は、それを、破壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

虹色の光が飛び散り、天に向かって舞い上がる。

それと同時に、辰巳の体から力が抜ける。

(ヤバ・・・無理しすぎた・・・)

態勢を立て直せない。

何せ、巨大な二つの力の奔流の正面衝突の爆発の中心近くにいて、それによってボロボロになった体に鞭を打って敵を追撃したのだ。

もう、体が動かない。

「たっく―――――――――――――――ん!!」

ふと、そこで、友奈の叫び声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だだっ広い草原に、辰巳は立っていた。

以前、ここに来た事はある。

 

ここは、邪竜の心象世界。

 

辰巳の剣に込められた、邪竜の魂が作り出す、邪竜だけの世界。

辰巳の目の前に、ずしん、と巨大な竜が降り立つ。

 

邪竜『ファブニール』だ。

 

その眼差しは、以前のように、母親のような温もりを感じさせてくれた。

とてもではないが、あの獰猛で醜悪な竜とは思えない。

だが、それでも辰巳は、その眼差しに、かつてのなつかしさを感じずにはいられなかった。

そう、それはまるで――――辰巳の母親の様に、暖かい眼差しだった。

竜が、その頭を降ろしてくる。

それに、辰巳は両手を広げて、迎え入れる。

吐息が吹きかかる。

ファブニールが、その額を辰巳に擦りつけてくる。

「・・・・こんな方法で会いに来るなよ・・・」

辰巳は、そう呟いた。

「―――母さん」

その瞬間、ファブニールの体が緑色に発光する。

光を撒き散らし、その中から、一人の女性が姿を現す。

「・・・良く分かったわね」

女性が、辰巳の母が、そう微笑む。

「俺が母さんを間違える筈がないだろ」

「ふふ、そうね。貴方は火野より甘えてきたものね」

母は、懐かしそうに語る。

話したい事は、沢山ある。だけど、そんなに時間は無い。

それだけが、心惜しい。

「辰巳、いつか言ったと思うけど、守りたいものは、見つかった?」

「ああ、覚えてるよ。やっと見つけた」

それに、母は安心したように笑う。

「なら、安心ね。どんな極限にも、竜のように立ち向かう。それが、貴方の辰巳という名前の意味よ」

母は、見送る。

「行きなさい。ひなたちゃんが待ってるわよ」

「うん、さよなら、母さん」

「さよなら、私の辰巳――――」

そうして、視界が真っ白に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を、開ける。

「あ、起きましたか?」

目の前には、ひなた。

「・・・・ひなた」

「あまり無理をしないで下さい。それで心配する人は、確かにいるんですよ?」

ひなたは、そう叱りつけるように言った。

後頭部には、何か、柔らかい感触を感じた。

「・・・思い出すよな。俺とお前が初めてケンカして、仲直りした時の事を」

「はい、今でも、鮮明に思い出せます。貴方との、大切な思い出ですから」

辰巳が、ひなたに向かって手を伸ばす。

ひなたは、頬に触れた辰巳の手を、その上から、両手で手に取り、そっと自分の頬に当てる。

そして、愛おしそうに、互いに見つめ合う。

「・・・・夢を、見ていた・・・」

「・・・・どんな夢ですか?」

ひなたが、辰巳に顔を近付ける。

「・・・優しくて、暖かくて、そして、厳しい、そんな夢だった」

「それは、素敵な夢ですね」

二人の唇が、触れ合った。

そして、離れた時、遠くから声が聞こえた。

「あ、辰巳がいたぞ!」

「良かった・・・!」

「あの人がそう簡単に死ぬ筈がないでしょう?」

「たっくーん!私達、勝ったんだよ!」

「お疲れ様、辰巳!」

仲間の声を聞き、辰巳は立ち上がる。

 

 

どれほど苦しくても、辛くても、かの邪竜のように強く在り続けよう。

 

 

辰巳は、この地に、そう誓いを立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回『四国外調査』

目指すわ、希望の見える場所。



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四国外調査

ついに、四国の外に出ます!


長野県諏訪湖周辺。

守屋山のふもとの平地。

そこで、ただ黙々と畑を耕す、いくにんもの、人影が見えた。

その中で、活発に鍬を振るう少女が一人。

「よっこいせ・・・っと!」

ざくっ!と土に鍬が突き刺さる。

そこで、額の汗を拭う少女。

そこへ。

「うたのーん!」

鍬を持つ少女に向かって、全速力で走ってくる少女がいた。

「ん?みーちゃん?どうしたの?そんなに慌てて」

「ハア・・・ハア・・・ハア・・・う、うたのん!」

くわっ!と息をあげながら、鍬を持つ少女に向かって何かを言おうとするが、息が上がっているためになかなか口に出せない。

「ストップストップ。まずは息を整えて。すってー、はいてー」

すーはーと深呼吸をする、少女『藤森(ふじもり)水都(みと)』。

そして、水都は目の前の少女、『白鳥(しらとり)歌野(うたの)』に言う。

「うたのん、四国から、来るって・・・」

「・・・・!」

水都の言葉を聞いた歌野の顔色が変わる。

「本当?みーちゃん」

「うん。さっき、土地神様から、四国の――が、この間の大規模侵攻を凌いだから、こっちに、来るって・・・!」

水都は、必死に、そう言う。しかし、その声には、嗚咽が混じりに、どうにも、自分が最も言いたい事が、どうしても先に出てしまう。

「うたのん、やっと、やっとだよ・・・哮さんが、繋いでくれた、想いが・・・!」

水都の両目から、涙が溢れ出る。

「ええ、やっと、哮兄の、願いが、叶う・・・・!」

歌野の目からも、涙が流れる。

 

 

 

 

 

諏訪を囲む結界は、すでに存在しない。

だが、バーテックスは、その一切が入り込んでいなかった。

その理由は、諏訪を囲む、()()()

まるで、壁のように燃え盛るその炎は、神を嘲笑う魔王のように、近付くバーテックスを全て焼き払っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、行くか」

ひなたを抱き、辰巳がそう言う。

「うわあ・・・」

「お姫様抱っこですね」

「というか見ているこっちが恥ずかしいわ!」

他の一同が、辰巳のその堂々とした姿に、思わず顔を赤面させる。

 

 

 

この間の大規模侵攻を凌いで数日。

火野の神託によって、四国外の生存者はいないと思われていた。

しかし、諏訪がまだ生きているという可能性が他の巫女からの神託で出てきており、前回の大規模侵攻によって大半の戦力を失ったバーテックスの侵攻は、しばらく沈静化するとの事で、勇者が四国外を離れる事が可能、諏訪生存の可能性の確認をする為の時間が出来たのだ。

結界外の瀬戸内海の離島にて行われた実験によって判明した事は、次の通り。

まず、第一に結界外でも勇者の力を行使できるという事。

第二に、結界外の空気は侵攻以前よりも清浄であるという事。

第三に、神の力を織り込んだ通信が可能だという事。

それらの事を踏まえ、結界外での調査は可能と判断。

 

しかし、やはり火野からの神託は残酷なものがあった。

 

この間の侵攻で現れた、バーテックス人間の存在。

それの出現によって、その存在は、空想のものから実在のものとなった。

結界外の事について、一度も神託を外したことのない火野の言葉であっても、その存在を見た事も無い者たちにとっては、流石に信じられない事だったが、勇者たちの証言で信じざるを得なかった。

 

火野の神託では、諏訪以外に生存者はいないとの事。

 

流石に、その事実には受け入れがたい事が大きい。

四国と諏訪以外に、生存の可能性はない。

その理由は、バーテックス人間の出現と大きく起因しているらしい。

 

バーテックス人間が現れたのは、諏訪からの連絡が途絶える数日前。

辰巳よりもたらされた『核』の存在から、おそらくバーテックスから核を与えられた人間が、それに成る事が可能らしい。

当初は、数十という数が確認されていたらしい。

その者たちのお陰で、全国に生き残っていた人類のほとんどが全滅。

生存の可能性があった沖縄や北海道も、すでに壊滅しているとの事だ。

だが、どういう訳か諏訪だけは無事だという。

その理由までは不明だが、とにかく、諏訪だけは生きている。

だから、諏訪の無事を確認する為に、勇者たちが遠征に出掛ける事になったのだ。

 

 

 

ひなたもいるのは、神託をいつでも受け取れる巫女が必要であるため、勇者たちと最も関わりの深いひなたが抜擢されたのだ。

 

そして、現在。

「ひなた、大丈夫か?」

「はい、辰巳さんが落とす訳が無いって分かっていますから」

「そうか」

四国を旅立ち、諏訪を目指す勇者たち。

その道中、もしかしたら、生存者がいる可能性を考えて、都市に一つ着くたびに、探索をする事をする事になった。

そして、瀬戸大橋を越え、最初についた倉敷市臨海部の工業地帯は――――見るも無残な状態となっていた。

「酷いな・・・」

建物を徹底的に壊し、潰し、人間の痕跡を消そうとしているかのようだった。

その先の倉敷市も、徹底的に壊されていた。

かつて、昔の風景を残す事でも有名だったこの街の姿は、いまやその原型を留めていない。

そして、次の神戸も、ビルや建物が徹底的に破壊されていた。

「ここは二手に別れて探索しよう」

若葉の提案の元、辰巳、ひなた、若葉、千景と友奈、球子、杏という形で別れる事になった。

 

 

 

 

「・・・・」

辰巳は、険しい顔で荒廃した街を歩く。

その後ろを、同じような表情で若葉と千景、そして、心配するような表情のひなたがついてくる。

「もう、本当にだれもいないのでしょうか・・・」

ぽつりとひなたが呟く。

「ここも、全滅したのよ・・・」

千景が、怒りを滲ませた声で、そう呟く。

あまりの大破壊に、人の痕跡が見つからない。

若葉は、何もいえない。

火野の神託がある以上、誰かが生き残っている可能性は、ゼロに等しいから。

「・・・・ッ」

ふと辰巳は、前方のある一点を睨み付けた。

そこで蠢く、複数の白い異形。

「バーテックス・・・!」

辰巳が、低く呟いた、その時。

その脇を一瞬にして駆け抜けていく者がいた。

「千景・・!?」

千景だ。

「お前・・・たちが・・・ッ!!」

怒りにその顔を歪め、数体しかいないバーテックスを切り刻んでいく。

やがて、バーテックスが動かなくなった時、振り上げられた千景の腕を辰巳が掴んだ。

「もう良い。次に行くぞ」

「・・・・・そうね」

短く、賛同する千景。

 

結局、生存者を見つけるには至らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、美味しかった!」

「何故うどんしか持ってこなかった・・・」

六甲山近くのキャンプ地にて、勇者一同は休息をとっていた。

球子のアウトドアの知識によって、水源の確保、薪の確保などに成功した勇者一同は、問題無く、野宿にいそしんでいた。

ただ、食料担当の友奈が持ってきたのは全てうどんで、それに辰巳はショックを受けていた。

「えっと・・・なんだかごめんね?」

「いや、いいんだ・・・・どうせ俺なんて・・・」

どんどん沈んでいく辰巳。

そんな辰巳を、よしよしとなぐさめるひなた。

 

 

結局、生存者は見つからなかった。

 

 

おそらく、火野の神託は、きっと本当なのだろう。

それに、とても申し訳無さそうな火野の表情が思い出される。

「辰巳さん」

ふと、沈んでいた辰巳に、ひなたが安心させるように囁く。

「まだ一日目です。きっと、他で生きている人もいますよ」

「・・・・そうだな」

ひなたの言葉に、そう、答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石に冷たいね」

「夏だったらもっと楽しめたのにな、こうやって水の掛け合いとかしてな!」

「きゃ!つめた!やったな!」

バシャバシャと、背後から女子たちの仲睦まじくはしゃぐ声が聞こえる。

「冷たい水に浸かる時は、動かずにいるべきだ」

「体温が奪われますからね」

「あんなに動き回るなんて、銃撃戦の中に飛び込んでいくようなもの――――」

「うりゃあぁああ!」

「ひあぁあああ!?」

さらに一際大きな水の音。

「どうせ動いててもじっとしてても寒いのは同じなんだ」

「だったら皆で楽しもうよー!」

球子と友奈の楽し気な声が聞こえる。

「ほう―――だったら私たちも容赦しないぞ」

ざぱり、と、どうやら若葉も臨戦態勢に入ったようだ。

皆が楽しいのは良い事だ。

そう、良い事なのだが―――

(これはいくらなんでも生殺し過ぎるだろ・・・・!)

岩一枚挟んで一人見張りにいそしむ辰巳。

そう、今、他の女子一同は全員、岩の向こうで一糸纏わぬ姿で水浴びを楽しんでいるのだ。

それは、唯一の男である辰巳にとっては生殺しもいいところ。

「なんでこんな目ばっかり会うんだ俺は・・・」

本当にろくな事が無い。

それはともかく。

辰巳は日記を書く。

勇者になり、もし、自分たちの代でバーテックスが倒せなかった時の為に、次の代の者達の為に記録を残しているのだ。

「生存者見つからず。全滅の可能性有り・・・と・・・・はあ」

思わずため息が出る。

街の惨状、生存者を見つける事叶わず。

もともと火野の神託から、そのような事は分かっていたが、いざ確認してみると、とてもじゃないが堪える。

さらに、まだ遭遇していないが、バーテックス人間の存在もある。

気を緩めていられない。

と、そう思った時。

「どわぁ!?」

突如として頭上から水が降りかかる。

「・・・・」

「それそれ、まだ行くぞ!」

「うわ!?この、やったな!」

「きゃ!?もう!」

「喰らえぐんちゃん!」

「きゃ!?た、高嶋さん何を・・・」

「せぇい!」

「きゃああ!?今のは乃木さん!?ならばもう容赦はしないわ!」

水の掛け合いが激化したのか、辰巳の方へ雨のようにバシャバシャとかかっていく。

水は冷たい。だが、それでも辰巳の胸の中で疼くこの激情はどうしようもないほどに燃え滾っていた。

そして――――

「お前らァ!静かに水浴び出来ねえのかァ!!!」

辰巳は、()()()()()()()、若葉たちの方へ怒鳴る。

そこで、彼女たちのはしゃぎ声が消えた。

「お前らが飛ばした水がこっちまで掛かってくるんだよ!もう少し静かに遊べないのか――――」

そこではたと気付く。

今、彼女たちは水浴びをしている。

その為の水着を、彼女たちは持ってきていない。

よって彼女たちはいま、裸なのであって―――

「・・・・あ」

気付いた時にはもう遅い。

若葉の居合によって鍛え抜かれた体型的に美しい足。

球子の幼いながらも元気っ子ならではの体つき。

杏の病弱故の綺麗な白い肌。

友奈のしっかりと土台の作られ、鍛えられた腕。

千景の傷がありながらの女性らしさのある腰。

そして、ひなたのふくよかな裸体。

三者三様、十人十色。

それぞれが持つ裸体の魅力に辰巳は――――鋼の精神で耐えきった。が。

「ご、ごめ――――」

「この変態ッ!」

「石ッ!?」

時すでに遅く、石を投げつけてくる球子。

だが、辰巳は持ち前の反射神経でその石を回避する。

「避けるなッ!」

「無理な話だ!」

互いに怒鳴り合う球子と辰巳。

だが、どうでも良い所で運の無い辰巳だ。

石が辰巳の背後のなんの偶然か木で跳弾して辰巳の後頭部に直撃した。

「ぎゃんッ!?」

それで意識が吹き飛ぶ辰巳。

が、しかし、完全に吹き飛んだわけではないようで、持ち前の足腰でよろよろとする体を支え、やがて、水の中に入る。

「ん?」

そして、ついに倒れ込む――――千景に向かって。

「きゃあああああ!?」

「ああ!?ぐんちゃーん!」

「おいおい・・・」

もつれ合うように倒れ込む二人。

「いっつつ・・・ん?」

そこで意識が覚醒したのか、起き上がる辰巳。

頭を抑えつつ、閉じていた目を開ける。

すると、そこにはこちらを赤面した顔で睨み付けてくる千景の姿があった。

「・・・・・なんの状況だこれ?」

「それは、私が聞きたいわよッ!」

「ぐは!?」

強烈な平手打ちを顔面に喰らい、吹き飛ばされる辰巳。

その先には―――ー球子。

「え?なああ!?」

球子の()()()に顔面から入り、倒れ込む。

「たたた・・・・」

そして、辰巳は起き上がり、今度は目の前に球子がいる事を確認する。

その顔も、真っ赤に染まっていた。

「・・・・なんでさ」

「さっさとどけ!」

「そげぶッ!?」

今度はグーパンで吹き飛ばされる辰巳。

そしてまたもやその先には一人――――友奈だ。

「へ、きゃああああ!?」

「今度は高嶋さんが・・・・!」

またしても直撃。

「ぼがが!?」

しかし今度は辰巳が下になったようで、水が一気に口の中に入る。

慌てて顔を水面から出す。

「ぷはッ!」

そして、胸元に重く柔らかい感触。

そちらに視線を落とせば、友奈が真っ赤な表情でこちらを見ていた。

「・・・・・おい、お前は」

「ごめんなさいぃぃぃぃいッ!」

「今度は巴投げぇぇぇぇええ!?」

思いっきり体を反らし、辰巳の体を起こすと、その勢いのままに後方へぶん投げる友奈。

その先には―――杏。

「ひあああ!?」

ザッパァアアンッ!と水飛沫を上げ、水の中に飛び込む。

そして顔をあげれば、そこには他の者と同じように顔を真っ赤にした表情の杏がいた。

「あ・・・あ・・・あ・・・」

「・・・・・・・あー・・・!?」

何かを言おうとしたら突然両肩を掴まれる。

「あんずに手を出そうとは良い度胸だな」

「高嶋さんに手を出そうとするなんて良い度胸ね」

「・・・・勘弁してください」

ドスの効いた声で旋刃盤と大葉刈を向けてくる球子と千景に、もはや泣き始める辰巳。

「い、い、い・・・いやぁぁあああ!!!」

「いやお前まで追い打ちなんてないだろぉぉぉぉおおお!!?」

しかしお約束かな、杏まで辰巳をどついて吹っ飛ばす。

その拍子にどうやら後ろで生大刀を持ってきていた若葉と正面衝突する事になる。

「な!?うわぁああ!?」

「今度は若葉かぁあああ!!!?」

水飛沫があがり、二人して倒れ込む。

「くっそ・・・・なんで俺ばっかり・・・」

「おい・・・」

「ん?」

「一回死んでみるか?」

目の前には、若葉の赤面した顔。

そして、辰巳の手は、若葉の鍛えられた腹筋のある腹をむんずと掴んでいた。

胸、ではなく腹だ。

「・・・・・・」

「じゃあ死ね」

「まだ返答して―――うごあ!?」

流石、というべきか、若葉の強力無慈悲な一刀が辰巳の意識を刈り取った。

(不幸だ・・・・)

辰巳は、吹っ飛ぶ中で、そう思うしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こいつどうしようか?」

「とりあえずそこらの木にでも縛り付けておきましょう」

気絶した辰巳を木に逆さに縛り付けている球子と千景。

「はあああ、びっくりしたぁ・・・」

「これがラッキースケベをされる側の気持ちなんですね・・・・」

「アンちゃん?」

未だに鼓動が鳴りやまない友奈と杏。

「全く、日本男児にあるまじき行為を・・・・」

剣を鞘に戻し、そう失望の声を漏らす若葉。

「・・・・むう」

その中で、何故か残念そうな表情をするひなた。

そして、縛られている辰巳を睨み付け、あることを決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん・・・んぅ・・・?」

気付けばすでに深夜。

「あ、起きましたか?」

「・・・・これは何の罰ゲームだ?」

目の前には、ひなたの顔。

後頭部には柔らかい感触。どうやら膝枕をされているようだ。

「ふふ、安心してください。もう全員水浴びを終えて今は寝ています」

「俺にはお前の腹黒い笑顔の理由を知りたいのですが?」

「あら、そんな顔をしてますか?」

「分からないとでも?少なくとも若葉ほどではないがお前の感情の変化に気付けるようにはなったぞ」

「そうですか・・・・では、思いっきり不機嫌になってみます」

すると、ひなたの表情は目に見えて不機嫌になった。

「・・・で、その不機嫌の理由は?」

「恥ずかしいので教えません」

「ああ、そう・・・・」

ぷいっとそっぽを向いてしまうひなた。

一方で鈍感な辰巳は何が何だか分からない。

ひなたが何故不機嫌なのかを考えていると・・・

「へっくし!」

くしゃみをした。

「そういや、濡れたまんまじゃねえか」

今は冬、そんな時期に濡れた服を着るのは、まさしく自殺行為。少なくとも風邪を引いてしまう。

「あ、そうでした。ごめんなさい、配慮が回らなくて・・・」

「いや、大丈夫、すぐに着替えれば大丈夫だろ」

起き上がり、自分の荷物の所に行こうとする辰巳。

そんな辰巳を見て、ひなたは一瞬の逡巡の後、何かの意を決したのか、辰巳に思いっきり抱き着いた。

「ひ、ひなた!?」

「こうしていれば、寒くないですよ?」

そう、いたずらに笑うひなた。

「お前なぁ・・・」

「いやですか?」

ぎゅむっ、と辰巳の体に自身の豊かな胸を押し付ける。

そして、辰巳はそんなか弱い彼女(こいびと)の願いを、無下に振り払う事は出来ない。

「・・・・いや、じゃない」

ひなたは内心でガッツポーズをする。

(やりました!何故か辰巳さんに限って中々一本を取れないところを今度こそ取ってやりました!)

内心歓喜に浸るひなた。

だが、そこで油断が生じたのだろう。

突然、辰巳がひなたの方を向いたかと思うと、片手でひなたの顎をくいっと持ち上げ、顔を思いっきり近づけ、一言。

「―――――お前が、キスしてくるならな」

「――――――ッッ!?!?!?!?」

邪竜(たつみ)の甘い挑発。

巫女(ひなた)は五百のダメージを受けた。

一瞬にして体温をあげさせられ、顔を一気に赤面させる。

(はっ!いやいや何動揺しているんですか私は。私たちはすでに恋人同士なんですよ。キスの一つや二つ、いまさらなんだって言うんですか!)

「い、良いですよ。辰巳さんからしてくれるっていうならですけどね」

と、むふー、とやってやったと言わんばかりに答えるひなた。

流石に、この言い返しには動揺してしどろもどろに――――

「あ、そう」

と思って言ったらあっさり唇を重ねられた。

「んん――――ッ!?」

しかも、長い。

ロマンチックも何もあったものでもないキスではあるが、それでも完全な不意打ちであった事だけは言っておこう。

唇が離れ、辰巳が一言。

「うん、満足」

その瞬間、ひなたの中で何かが切れた。

「ど・・・・・」

「ん?」

「どうしていきなりするんですかわたしまだこころのじゅんびできてすこしはふんいきをかんがえてくださいしんじられないもうしんじられないなんでいきなりなんですかどうしていきなりなんですかこれでもはずかしいんですよあなたははずかしくないんですかそんなのひきょうですわたしのどうようをかえしてくださいさいていですさんざんきたいさせておいてこれですかわたし――――」

「いたたたたたたた!?わる、悪かった!だからポカポカ殴るな痛いから!」

もはや何言っているのかさっぱりなひなた。照れ隠しにポカポカと辰巳を殴る。

 

 

 

 

ちなみに、今のやりとりは全部()()()()()()訳で・・・・

 

(たっくん大胆だなぁ)

(ぐへへ・・・・全部とってやりましたよ・・・・)

(甘い、なんか口の中が物凄く甘いッ!?)

(もう少し、時間と場所を、わきまえて欲しいものね・・・)

(ふっふっふ・・・仕返しの為の写真またとってやったぞひなたー!!)

 

 

 

結局、その夜は、ひなたの照れ隠しの叫びが響き続けた。




次回『残酷な現実』

その光景は、あまりにも凄惨だった。


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残酷な現実

大阪――――

そこへ辿り着いた勇者一同は、大阪の惨状に、やはり絶句していた。

「酷い・・・・」

建物はやはり破壊され、人いたという痕跡は、はやり見つける事は、難しいそうだ。

「そういえば、大阪の梅田駅あたりにはすっごく広い地下街があるみたいですよ。そこなら雨風も凌げるし

シェルターみたいに避難している人がいるかもしれません」

杏がふとそう言いだした。

「そうだな・・・地下ならば、出入り口を塞いでしまえばバーテックスも侵入できないだろう。地上よりも安全かもしれない。そこに行ってみるか」

若葉がそう答え、他の一同も賛同する。

ただ、辰巳は何かしら嫌な予感を感じていた。

(なんだ・・・この、うなじのあたりがピリピリする感じは・・・・)

最悪の状況を予想して、辰巳は地下街に入った。

 

 

 

地下街は広いため、これ以上時間をかけない為にも、勇者一行は二手に別れる事にした。

 

結果、西側を辰巳、球子、千景が。東側を若葉、ひなた、友奈、杏が探索する事になった。

 

 

 

 

 

「おーい!誰かいないかぁー!」

球子がそう叫ぶ。

しかし、返事はない。

「どこも壊れていない?」

千景は、ふとそう呟いた。

千景の言うように、地下街はどこも壊れていないのだ。

ただ人の手が入っていないのか、ほこりが多いのが気になる程度だ。

否、防火シャッターがこじ開けられたようにひしゃげているものがあった。

「もしかしたら、どこかに人が隠れているのかもしれないな!」

球子が、そう誤魔化すように答える。

「だと良いんだが・・・」

辰巳はそう呟きながら、この地下の様子に疑問を感じていた。

ここは、そこまで大きな破壊はされていない。

ただ防火シャッターが、不自然に閉じられているものと閉じられたがひしゃげているものが、一つの道を作る様にあった。

気になり、三人は、そのひしゃげている防火シャッターを辿って行った。

「・・・・!?」

ふと、それを辿っていくうちに、辰巳が顔色を変えて止まった。

「辰巳?」

「どうかしたの?」

球子と千景が突然立ち止まった辰巳に首を傾げる。

「・・・・・血の匂い」

「え?」

「ッ!」

「あ、おい!?辰巳!?」

突然走り出した辰巳。

その後を慌てておいかける球子と千景。

進んでいくうちに、血の匂いが濃くなっていく。

それに、球子と千景も気付く。

そして――――

 

「・・・・・・・・・おい、なんの冗談だこれは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方で、こちらは東側を探している若葉たち。

「おーい!誰かいないかー!」

こちらは西側と違って何かが壊されたような痕跡はなく、人が生きていた痕跡が残るだけの場所。

「何も壊されていないから、生きていると思うのですけど・・・」

「誰かー!いませんかー!?」

何の返事も無い地下街。

どれほど呼びかけても、帰ってこない返事。

「どういう事だ・・・・?」

「誰か生きてると思うのですけど・・・」

若葉とひなたも、その事に首を傾げる。

「誰か・・・」

「へいへい、うるせえなぁ」

『!?』

突然帰って来た返事、一同はそちらに視線を向ける。

「せっかくいい気分で眠ってたのによぉ」

暗闇から、一人の男が出てきた。

体格が大きく、体の毛が濃い、まるで獣のような男性だった。

「生存者です!」

「良かった!すみませーん!」

生存者が見つかった事に安堵の息を吐く一同。

少なくとも、一人は見つけられた。

友奈が思わず、彼に駆け寄る。

「良かったですね若葉ちゃん」

「ああ―――」

そこで、地下街の風向きが変わった気がした。

先ほどまで、若葉たちが風上だった風の流れが、あの男の方から風が流れるように変化した。

その風が、若葉の顔あたりにあたった時――――

 

 

 

突如、背筋が凍るような感覚が若葉を襲った。

 

 

 

(なんだ・・・この匂い・・・どこかで嗅いだような・・・)

いや、これはその時よりも濃い。

なんだ、なんの匂いだ。

「んあ?」

ふと、男が友奈に気付いた。

「なんだ・・・」

そこで若葉は見た。

暗闇の中で、男の口角が、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「――――生きてる『餌』がいつじゃねえか」

 

 

 

友奈は、気付いていない。

 

 

聞こえたのは、若葉のみ。

 

「離れろ友奈ァァァァアアアアァアアアァアアアアァアアアアアァアアアアアアァァアァァァァァアアアアアッッ!!!!」

 

「え・・・?」

友奈が振り向く。

その瞬間、背後の男が異常に開いた、人間ではありえない()()()()()()()()()()()()()()、友奈に()()()()()()()()()()

それを見た若葉の中で、何かが沸騰して、爆発する。

 

 

「降りよッ!!義経ッ!!!」

 

 

ガキィンッ!!という音が響いた。

「・・・・・ありゃ?」

男は、歯応えの無さに疑問を感じ、今さっき、突風の様に過ぎ去ったものに目を向ける。

「・・・・ほぉう」

それに、男は化け物の様な口を見せ、舌なめずりをして(わら)う。

「生きがいいのも嫌いじゃないぜぇ、お嬢ちゃん」

「貴様・・・ッ!」

振り向いた若葉は、その男に鋭い眼光を向ける。

「わ、若葉・・・ちゃん・・・?」

ふと、若葉の腕の中にいる友奈が、若葉を見上げる。

 

あの一瞬、若葉は切り札を発動し、神速の武人『義経』をその身に宿して、『八艘飛び』を率いて友奈を喰われる前に救出したのだ。

 

「友奈、無事か?」

若葉は思わず友奈の安否を確認する。

「だ、大丈夫・・・・だけど・・・あの人・・・・」

「・・・・・血の匂いがする。それも、とてつもなく濃い」

「!?」

それに、友奈は目を見開き、先ほどの男を見る。

「嘘・・・・そんな・・・」

「・・・・バーテックス人間・・・・」

杏は信じられないかのように、そしてひなたは苦い顔をして男を睨み付ける。

「柔らかそうな女が二人、引き締まってそうな女が二人、今夜は御馳走だなぁ」

「答えろ」

若葉は、友奈を下ろし、刀を抜いてそれを男に向ける。

「ここにいた人たちはどうした?」

「ああ、()()()()?」

男は何の躊躇いも無しに応えた。

「美味かったぜぇ。生きてる人間の肉というのはよぉ。悲鳴を良いBGMを引き立ててくれて、より一層楽しめたぜぇ」

男は、狂喜したように嗤う。

その顔を醜態に歪ませ、生理的に無理な程に愉悦な表情をしていた。

「・・・・本当に、全員喰い殺したのか?」

「おいおい人聞きの悪い事言うなって。ただ俺の食事になってくれただけだよ。いやぁ、協力的で助かったぜ」

「・・・・・そいつらは、何か言っていなかったか・・・・・・?」

「ああ?んー・・・・・なんか、タスケテー、とか、クワナイデーとか言ってたみたいだが・・・まあ食事の時の音楽って事で、中々――――」

そこで、若葉の中で何かが切れた。

「貴様ァァァアアァアアアアッッ!!!」

若葉が地面を蹴り、八艘飛びによる神速移動で男に突進、そのまま刀を振るい、横一文字にぶった切る。

しかし、そこで大きな金属音が響いた。

「!?」

「おおっとあぶねえあぶねえ」

いつの間にか、男の手には巨大な大剣が握られていた。

 

否、それは、右腕と同化した巨大な白い大剣。

 

「なッ!?」

「いいねえ、食事の前の運動だ・・・・たっぷりと楽しませてくれよなァ!」

若葉を弾き飛ばし、今度は逆に襲い掛かる男。

そのまま真上から力任せに振り下ろす。

しかし若葉は八艘飛びで上に躱し、天上を蹴って男の背後に回り、すでに納刀した刀から一気に居合を放つ。

その一撃は、確かに男の背中を斬る。

 

その瞬間、男の背中から血が噴き出る。

 

「・・・・!?」

それに思わず眼を見開き、距離を取る若葉。

「おおっと、今の効いたねぇ」

だが、男は効いていないとでも言うように平然としていた。

だが、問題はそこではない。

そう、問題なのは、男の体から血が噴き出た事だ。

 

若葉は、人を斬った。

 

以前、バーテックス人間である黒騎士の脚を斬り飛ばした事がある。

だが、その時は、辰巳がすぐに止めの刺してくれたから、そこまで考えはしなかった。

しかし今回は違う。

今は、辰巳がいない。

あの男を――――殺せる者がいない。

友奈は、その性格上、人を傷つける事が出来ない。

杏も、友奈同様、誰かを傷付ける事が出来ない。

ひなたは、そもそも戦えないから、論外。

そして若葉。

 

 

人を斬った事実によって、動きが大きく鈍る。

 

 

 

「今度は俺の番だァ!」

「ッ!?」

いつの間にか男が若葉のすぐそばまでに来ていた。

若葉は、男の振り下ろした一撃を刀によって凌ぐ。

だが、男の猛攻は止まらない。

「どうしたどうした!?さっきまでの威勢はどうしたァ!?」

「ぐ・・・ぅ・・・・」

男の一撃は大雑把だが、それでももともとの腕力によるものか、とてつもなく重い。

若葉なら、その連撃を凌ぐ事は簡単だろうが、人というものを攻撃してしまったショックで、動きが鈍っているのだ。

「オラァ!」

「ッ、しまッ・・・ぐあ!?」

男が突如として左拳で若葉を殴り飛ばす。

「わかばちゃん!」

「ぐ・・・う・・・」

まともに喰らった事で、立ち上がれない若葉。

「んだよ、これで終わりかぁ?まあ良い。お前は後だ」

男は、ひなたと杏の方を見る。

「やっぱ、まずは美味そうなのから頂くか」

舌なめずりをして、男は二人に近付く。

「ひっ・・・」

短く悲鳴をあげる杏に、声を出せないひなた。

「や、やめろ・・・!」

そこで、男を引き留める声があった。

「ああ?」

友奈だ。友奈は、男を必死に睨み付けて、構えていた。

「ひ、ヒナちゃんやアンちゃんに手を出したら、許さない!」

しかし、友奈の体は震えている。

やはり、バーテックスの体とはいえ、元は人間という事で躊躇いがあるのだろう。

だが、男はそれにお構いなしにその口角をさらに吊り上げる。

「良いぜぇ」

そして、友奈に向き、飛びかかる。

「まずはテメェから喰ってやるよッ!!」

大剣を振り上げ、友奈の頭上から、その大剣を振り下ろす。

粉塵が巻き起こる。

「ゆう・・・な・・・!?」

若葉は、目を見開く。

「・・・・ああ?」

しかし、男は怪訝そうな顔をしていた。

やがて収まる粉塵の中で、友奈は地面に尻もちをついており、男の大剣は、受け止められていた。

その剣を受け止めていたのは―――――

 

「・・・・・何友奈に手を出してんだ」

 

辰巳だった。

「「辰巳さん!!」」

ひなたと杏が揃って叫ぶ。

辰巳は、剣を水平にもち、友奈を斬る筈だった大剣を受け止めていたのだ。

「高嶋さん!」

そこへ千景と球子もやってくる。

「あ、ぐんちゃん・・・・」

「怪我はない?」

「うん、大丈夫・・・・」

「良かった・・・・」

千景はさぞ安心したように笑う。

「うっらァ!」

「うお!?」

弾かれた男はたたらを踏みながら下がる。

「んだよ、他にもいるなら言ってくれっての」

男は深底うんざりしたような表情で呟く。

「んー、かなり引き締まった体格の男が一人、痩せてそうな女が一人、ちっさいのが一人か」

「おい待て、タマはこれでももう中学生だぞ!」

「・・・・・・聞かせろ」

辰巳は男に剣を向けたまま、男に聞く。

「この地下街の広場にあった、大量の血しぶきの痕。あれ全部お前がやったのか?」

「血しぶき・・・・ああ、食事の時に噴き出た汁の事か。ああ、俺が全部喰ったぞ」

「そうか・・・・」

辰巳は、身を沈める。

「・・・・だったら俺がお前を喰っても良いよな」

その瞬間、辰巳は対天剣術『疾風』を使って男の懐に飛び込んだ。

「んな!?」

下段からの斜め下からの斬り上げ。

それが、男の胴体を捉える。だが、浅い。

「チッ」

舌打ち。だが、それでも辰巳の猛攻は止まらない。

「対天剣術『暴嵐(ぼうらん)』ッ!!!」

そこから、辰巳は目にも止まらぬ速さで男に連続して斬撃を与える。

男は大剣を楯代わりにしてその連撃を防ぐ。

だが、それでも重い。

「ぐ・・・ぉ・・・!?」

「対天剣術『牙貫(きばぬき)』ッ!!!」

動きが止まったところで、辰巳は男の大剣に向かって、刺突を放つ。

すると、その刺突は大剣をいとも容易く貫通。男の胸を穿つ。

「ぐは!?」

血が舞う。

辰巳が剣を突き立てた胸から、血が流れ出る。

しかし辰巳は、その血を気にしていない。

男の体から力が抜け、辰巳によりかかる様に倒れる。

その光景に、一同は絶句する。

静寂がその場をつつむ―――――だが、男の左手が突如として辰巳の首を掴み、地面に叩きつけた。

「ぐぅ!?」

「ハッハー!今の効いたぜぇ?」

そのまま辰巳の首を片手で締める男。

辰巳は苦悶の表情をして、その左手を引きはがそうともがく。

「辰巳さんっ!!」

ひなたが思わず叫ぶ。

それに我に返った若葉は、すぐさま立ち上がって、辰巳の援護をしにいこうとしたところで、

「手を出すなァ!」

辰巳に止められ、思わず止まってしまう若葉。

しかし辰巳は、その間に、足を折り曲げ、男の体に向かって蹴りを一発いれる。

「ぐお!?」

男の体が浮く。

そして辰巳は剣をその衝撃で引き抜き、男の左手を容赦なく斬り飛ばす。

「ぐあぁあ!?」

男の拘束から逃れ、立ち上がった辰巳。

その間に、男は地面に倒れ伏す。

「お前の核は――――」

そして辰巳は――――――

 

「ここだァッ!!」

 

 

男の右腕を、肩にかけて、躊躇いも無く斬り飛ばした。

 

 

 

血が舞い、飛び散る。

斬り飛ばされた男の右肩からは、三角錐の核が、真っ二つにされて出てきた。

「・・・ァア、もうおしまいか」

男は、無くなった右腕を見て、何かを悟ったように呟いた。

「ま、予想以上に楽しめたから良いかァ・・・」

次の瞬間、男の体は砂となり、消滅した。

「・・・・」

辰巳は何も言わず、その剣を背中の鞘に納める。

場は、静寂に包まれていた。

それに若葉は俯き、歯を食いしばった。

(・・・・思わず、躊躇ってしまった・・・・)

あのような外道は、生かしては置けない。

それが、バーテックス人間なる、人類の敵となる存在なら、なおさらだ。

だけど、その化物に残っていた人間としての部分が、若葉にその者を殺す覚悟を鈍らせた。

怒りに乗ったままだったら、どんなに楽だったろうか。

だが、若葉の性根がそれを許さなかった。

敵とはいえ、元は人間。

結局、若葉に人を殺す覚悟なんて無かったのだ。

誰もが動かないなか、ただその中で、一人だけ辰巳に近付く者がいた。

ひなただ。

「・・・・・」

ひなたは、辰巳の傍に立つと、懐からハンカチを取り出し、顔についた血を拭う。

「ひなた・・・・」

「・・・・汚れたままじゃ、落ち着かないでしょう?」

「・・・・すまない」

微笑むひなたに、申し訳なさそうな顔をする辰巳。

(ひなたは強いな・・・)

あんな状態の辰巳にも、躊躇わず接する。

おそらく、相当な勇気が必要な筈だ。

(それに比べて、私は・・・・)

若葉は、自分の無力さを痛感した。

 

 

 

そしてそのあと―――

 

「誰も生きていない?」

「ああ」

辰巳、千景、球子の話から、西側には、奴の食事場であろう広場があった。

辰巳が若葉たちの元へ向かう道中で拾った日記には、あの男が地下街の入り口にあるバリケードを破り、バーテックスと一緒に侵入したらしい。

この日記の持ち主は、避難者の人間に、すでに息絶えていた妹を囮として投げ、そして、日記の持ち主はそんな妹を抱えて別の方向へ逃走。

そこで、喰われたようだ。

ただ、この惨状を見る限り、通常個体のバーテックスに喰われたのはこの日記の持ち主とその妹のみ。

他の人間は地下街の広場に追い詰められ、そこで全員、喰われたのだろう。

その証拠に、肉片はおろか、骨の欠片さえもなく、あるのは、そこら中に飛び散った血飛沫の痕しかなかった。

「そんな・・・・」

「じゃあ、ここにはもう・・・」

「誰も居ない」

辰巳の結論に、一同は絶句するしかなかった。

それから、一同は地下街を出て、次の街へ向かう。

 

目的の諏訪に行くために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その行く末を、影から見る者たちがいた。

「奴ら、諏訪に行くみたいだな」

「それは困るなぁ。あそこに入られると僕たちでも手が出せなくなっちゃうよ」

「どうする?辿り着く前に殺るか?」

「その方が良いだろうねぇ」

「ヒッヒッヒ、ならばあとは行動に移るだけです。それで良いですよね?紅葉(もみじ)ちゃん」

一人の男が、高台に上る少女を見上げる。

身長は若葉ぐらい。黒髪で長く、その髪を後ろでまとめている。

その腰には、無骨な黒鞘と赤鍔の刀。

「・・・・そうだな」

そして、少女は、深い蒼の瞳を、諏訪に向かって進んでいく勇者たちに向けた。

 

 

「―――すぐに殺そう。私の復讐の為に」

 

 

少女は、憎しみの籠った視線を、彼らに向けた。

 

 

 

 

「――――全人類の滅亡の為に」




次回『相対』

明確な敵意を持って。


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相対

大阪を越え、その次の京都を越え、名古屋を越え、高速道路にやってきていた。

「球子、大丈夫か?」

「ん、ああ・・・」

辰巳は、疲れている様子の球子に声をかけた。

「大丈夫だぞ」

「さっきの精霊の使用が体にきたんだな・・・」

 

それは、ここに来るまで、名古屋で見たものが原因だった。

名古屋の建物を覆いつくす程に引っ付いていた人間よりも一回り大きな、卵のようなもの。

それを見た球子が、衝動のままに、切り札である輪入道を使用し、その卵を焼き払ったのだ。

 

その時の無茶が、体にきているのかもしれない。

「辛かったらいえよ。背中ぐらいは貸してやる」

「いや良いよ。お前はひなたを運ぶ事に集中してな」

そう言って先に行く球子。

「タマっちさん・・・・」

「まあ、あのままだったら俺も使いそうになったからな・・・」

ふと、辰巳は背後を肩越しに見る。

「・・・また視線ですか?」

「ああ・・・・少なくともジェットコースター並みに走っている俺たちに追い縋ってくるなんて、奴らしかいねえだろうな」

背後にいるであろう、敵。

その姿を視認したい所だが、流石に無理だろう。

「たっくーん!早くしないと置いてっちゃうよー!」

「ああ、悪い」

辰巳は走り出す。

後ろにいる気配を気にしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・また見られたな」

「もしかしたら、気付かれているのかもしれませんねぇ。まあ、卵の事についてはあとでいくらでも作れるから問題は無いんですけどね」

「当然、真っ先に狙うべきはあの女の子だよね?」

「もちろんです。気付かれているならば結構。殺す事には変わりありませんから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、諏訪の前にある、伊那市にて。

「ここもか・・・」

もはや見慣れた惨状に、一同は何も言わない。

誰も何も言わず、その街の中を進んでいく。

 

そこへ、彼らの目の前に立ち塞がる者がいた。

 

『!?』

思わず身構える一同。

「お前は・・・」

「ヒッヒッヒ、こんにちわ、勇者の皆さま、ワタクシ、名前を『(かわず)蛭間(ひるま)』と言います」

と、目の前の男は被っていたシルクハットを外して、お辞儀をする。

見た目は、細身の体格で長身。服装はマジシャンのようで、その顔はまるでピエロのような笑みを浮かべていた。

「あ、どうも・・・・」

「目をそらすな」

思わずお辞儀を返そうとする友奈を止めて、辰巳は一同の前に出る。

その間、杏に()()()を告げて。

「そこをどいてくれ。俺たちはこの先へいかなきゃならないんだ」

「おや、独り身である私を置いて行くんですか?」

「信用ならない奴は連れて行かないタチでな」

「冷たいですねえ」

「ああ、俺は冷たい男なんだ」

「ふむ、それならば、諏訪はすでに滅んだという事実はどうでしょう?」

『!?』

それに目を見開く一同。

が。

「嘘だな」

辰巳はばっさりとその事実を蹴っ飛ばした。

「って嘘かよ!?」

「いやいや嘘なんて吐いていませんよ。じかにこの目で見てきましたから」

「じゃあ、その証拠はあるのか?」

「ええ」

蛭間が何かを投げてくる。

それを受け取る辰巳。

その写真には、まるで壁のように燃え盛る蒼い炎の写真が写っていた。

「なんだこれ?」

横から覗き込んでいた球子がそう呟く。

「ここに来るまで撮ってきた諏訪の写真ですよ。諏訪は、その様な炎が燃え盛っており、とてもではありませんが、近付く事が出来ませんでした」

「そんな・・・・それじゃあ・・・」

友奈が、後ずさる。

「諏訪は・・もう・・・」

若葉が悔しそうに顔を歪ませる。

「・・・・・・で?」

しかし、辰巳は到って冷静だった。

「なんでこんなもん見せた?」

「なんでと言われましても、それが諏訪の現状ですよ?」

「これ、炎の壁を写してるだけで、()()()()()()は映してないよな?」

それに思わず押し黙る蛭間。

「この写真を見る限り、諏訪の看板が移っている事から諏訪だというのは分かる。だが、肝心の諏訪の人々の様子が移されていない」

「それは炎によって灰も残さずに燃やし尽くされたからですよ」

「ついでにこんな炎を燃やし続けるには相当なエネルギーが必要になるはずだ」

「バーテックスなら可能ではないのでしょうか?」

「さらに言ってお前はなんでこのあたりをうろついていたのも気になる」

「それは先ほどとったばかりでして・・・」

「これ、数か月前にとったもんだろ?」

ふと、辰巳がそのように指摘する。

「どうしてそう思うので?」

「傷に加え、ところどころ劣化して古い。さらに()()()()()()()()()。少なくともこれは取られてから一度潮風に晒されたことになる」

「それはカメラをとるさいのフィルターが」

「それでも潮風にさらされる事は無い。ついでに言うとだな」

辰巳は、蛭間を睨みつける。

「お前、なんでバーテックスの事知ってた?」

「む?あの化物の事でしょう?それが・・・」

「その名前が公表されているのは四国と諏訪だけだ。なのにお前は、その名前を知っていた。なんでだ?」

「それは、私が諏訪の・・・」

「お前、言ったよな?()()()()()()()()()()()()()()()()()だってな」

「・・・・」

「つまりお前は諏訪の人間ではない。そして、お前が何故、この写真を見せてきた理由は、この炎の事を調べられると、何か不便な事でもあるからだろ?そう、例えば・・・」

辰巳は、右腕をあげる。

 

「この炎の壁が、諏訪を守る結界の役目を持っている、とかな」

 

その時。

「来ましたッ!!」

杏が叫ぶ。

その直後に、両側にあった建物の上から、二人の人影が下りてくる。

「チッ、もうとっくにバレてたのかよ」

さらに、左側の壁の上から、誰かが覗き込んでいた。

その男の傍には、浮遊する二つの球体。

その球体が横に割れ、中には円柱のようなものがあり、そこから何かが銃口のようなものが伸び、そこから何か光の弾丸が放たれる。

「させるかッ!」

しかし、勇者たちの反応も速かった。

球子が前に出て、その射撃を楯で防ぐ。

その間に杏は降りてきた敵に向かって矢を連射。

「チッ」

「おおっと」

だが、その矢は全て弾かれる。

片方は、異常に巨大化した腕で、もう片方は鞘から抜かれた刀によって。

「ッ!?散開ッ!」

「若葉!ひなたを!」

「任せろ!」

若葉がひなたを抱え、それぞれがバラバラに、上から来た敵の攻撃をかわす。

するとアスファルトの地面が砕かれ、そこにクレーターを作った。

「う~ん、奇襲に失敗しちゃったか」

降りてきたのは、辰巳たちと同じように中学生ぐらいの少年少女だった。

片方は、緑の髪を切りそろえた、童顔の少年。

もう片方は黒髪を頭の後ろで結った、身長が若葉ぐらいの大人びた少女。

ただ、少年の方はその腕をまるで化物のように変質させていた。

その色は、白い。

「やっぱり、バーテックス人間・・・・!」

千景が鎌を構える。

「奇襲は失敗しちゃったけどさぁ・・・・別に殺しちゃっても、良いんだよねェッ!!!」

少年が地面を蹴り、千景に接近、その剛腕を千景に叩き付ける。

「きゃあ!?」

「ぐんちゃん!」

吹き飛ばされ、壁に叩き付けられる千景。

「ぐ・・ぅ・・・」

壁にめり込み、そして剥がれるように地面に真っ逆さまに落ちていく。

しかし、友奈がギリギリの所で駆け付けた事により、落下死する事は無かった。

「ぐんちゃん!ぐんちゃん!」

「う・・・高嶋さん・・・・」

「良かった・・・ぐんちゃん・・・!」

「友奈、後ろだ!」

「!?」

気付けば後ろから少年が襲い掛かってきていた。

「死んじゃえ!」

「くッ!」

友奈は千景を連れて飛び、少年の追撃を回避する。

だが、少年はそれでも追い縋る。

「くッ!」

「アハハハハッ!!」

一方で、辰巳は少女の方を相手をしていた。

そこでは怒涛の剣戟が繰り広げられていた。

互いの剣がぶつかり合い、無数の金属音を響かせる。

「なんて重さ・・・!」

「オオオッ!!」

暴嵐(ぼうらん)』によってゴリ押ししている辰巳。

「辰巳さん!」

「ッ!」

杏の叫びに反応して下がる辰巳。

するとそこへ上から弾丸が降ってくる。

「うわ、なんて反応速度だよ・・・」

見上げれば、球体、衛星のようなものの銃口をこちらに向けてくる男の姿があった。

「紅葉、どうだ?」

「流石にやりにくい。人間のクセに・・・」

少女、紅葉は忌々し気に刀を構える。

「杏・・・・」

「あまり無茶なお願いは聞けませんよ」

「あいつを封じてくれ」

「分かりました。やってみます」

さらに、こちらでは若葉と球子が蛭間の相手をしていた。

若葉の後ろにはひなたがいる。

「うーん、ものの見事に見破られてしまったね」

蛭間はさぞ残念そうにそう呟いた。

「まあ、どちらにしろ殺すから、厄介事が増えただけか」

「ッ!」

ぐっと構える若葉と球子。

「ひなたには、傷一つつけさせない」

「ふむ・・・・」

ふと考え込む仕草を見せた蛭間。

 

「・・・・無理だと思うよ?」

 

気がつけば、若葉の目の前にナイフが飛来してきた。

「若葉ちゃんッ!!」

間一髪の所でひなたが若葉を引っ張り、ナイフの直撃から助ける。

「何が・・・」

「ほんの手品ですよ」

「!?」

いつの間にか、蛭間が若葉の後ろに立っていた。

(いつの間に―――ッ!?)

「悪いですが、彼女は貰います」

蛭間はそう言い、ひなたに向かって手を伸ばす。

「させるかッ!」

そこへ球子の旋刃盤が飛来する。

しかし、

「甘いですよ」

蛭間は、どこからともなく、ステッキを取り出すと、それで球子の旋刃盤を弾く。

「な!?」

「それでは・・・・」

「オオオッ!!」

しかし、その間に出来た時間が、若葉に抜刀させる時間をあたえ、蛭間を下がらせるに至る。

「ほう、これは一筋縄ではいかない」

蛭間は、くっくっくと笑う。

「しかし、その子を庇いながらでどれくらい持つのでしょうかね?」

蛭間が踏み込んでくる。

「くッ!」

刀を両手に持ち、迎撃の構えを取る若葉。

だが、若葉と蛭間の間に、球子が割って入り、蛭間のステッキによる突きを楯状に変形した旋刃盤で防ぐ。

「ぐッ!?」

「おや?」

「球子!?」

「ぐ・・・ここはタマに任せて先に行け!」

「しかしッ・・・!」

「正直ひなたがいると邪魔なんだッ!それに、今この中で一番速いのは若葉だ!ひなたを安全な場所に、急いで逃がすんだ!」

球子がそう叫ぶ。だが。

「そうはさせませんよ」

突如として蛭間が煙と共にその姿を消す。

「な!?」

それに驚く球子。

「失礼」

「ッ!?若葉ちゃん!」

「しまった!?」

いつの間にか背後に回られ、ひなたを連れ去られてしまう。

「ひなたッ!!!」

叫ぶ若葉。蛭間は四階建ての建物の上に立つ。

「我々の目的はこの巫女です。彼女さえいなくなれば、貴方達が四国の現状を知る方法は無くなります。最も、諏訪に行けば、その問題もなくなってしまうから、結局は貴方達も殺すんですがね」

蛭間は、醜悪な笑みを浮かべる。

「ッ!」

「おっと動かないで下さい。そこで彼女が死ぬ瞬間を傍観していて下さい」

そう言い、蛭間は袖から新たなナイフを取り出し、それをひなたの首筋に向ける。

その瞬間、若葉の体から血の気が引くような感覚に襲われる。

「では、死んでください」

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおッッ!!」

絶叫する若葉。

そのままナイフがひなたの首へ迫る。

 

 

 

 

だが、どこからともなく飛来してきた西洋長剣が蛭間の肩を貫く。

「ぐお!?」

そのまま蛭間は剣にあった運動エネルギーのままに吹き飛ばされる。

その中で、蛭間は見た。

辰巳がこちらに向かって剣を投げ飛ばしたという事実を。

(まさか、あの距離から、自分の得物である剣を投げてくるとは・・・!)

剣を投げる際、正確に蛭間を肩を狙い、かつひなたに当たらないように投げ飛ばしたその技術もさることながら、驚くべきは相手も手練れだという事に、自分の武器を投げ飛ばす無鉄砲さに驚いた。

否。

「敵を目の前に武器を捨てるとは、なめているのかッ!!」

紅葉が、その刀を横一文字に薙ぐ。

だが、それが振り切られる前に、辰巳がその顔面に拳を叩き込んだ。

「ごふ!?」

「別に舐めちゃいねえよ」

辰巳は、左半身を前に出して構える。

「お前との戦いよりも、ひなたの方を優先しただけだ」

「ッ・・!」

それに歯噛みする紅葉。

一方で、蛭間の手から逃れたひなたは、あろうことか()()()()()()()()()

「若葉ちゃん!」

若葉の名を呼ぶひなた。

「任せろ――――降りよ、義経ッ!!!

若葉の装束が変化し、その身に神速の武人『源義経』を宿す。

そのまま飛び、ひなたを受け止める。

「ひなた、怪我は」

「辰巳さんのお陰でなんとも」

「よかっ―――――」

安心したのも束の間、背後で大きな土煙が舞い上がる。

「きゃあぁあああ!?」

「うわぁああああ!?」

「友奈!?千景!?」

砕かれた建物の中から、友奈と千景が吹き飛ばされてきたのだ。

「大丈夫か!」

「うん!大丈夫!」

「私も問題ないわ・・・・」

どうにか立ち上がる友奈と千景。

「ふぅん、まだ立てるんだ」

破壊された壁から出てきたのは、やはり一人の少年。

「裕也君、まだ倒せていないのかい?」

「やっぱり強いよ~、なかなかに楽しめるよ―――――()()()()()()()

狂喜に浸った笑顔を向ける少年、裕也。

その笑みに、悪寒が走る。

(やむを得ないか・・・・!)

「全員!精霊の使用を認めるッ!!急いで片づけるぞッ!!」

叫ぶ若葉。

「その方が良いわね」

「よし、やるぞー!」

それを聞いた千景と友奈は、真っ先に切り札を使う。

 

「――――出番よ、『七人御先』」

「――――来い、『一目連』ッ!!!」

 

千景は七人に分身する事で不死を得る『七人御先』、友奈は暴風の化身と呼ばれる『一目連』をその身に宿す。

「あれ?服が変わった」

「これは」

「ハァアッ!!!」

初めに、友奈が前に出る。

そこから繰り出されるは、超速で放たれる嵐の如きラッシュ。

「うわ!?」

裕也は、思わず両手を交差させてそのラッシュに耐える。

「オオオオオオオォォォォォォォオオオオオオッ!!!」

嵐の如きその連撃は、裕也の動きを確実に止めていた。

その横から、七人に分身した千景の一人が左右から襲い掛かる。

「とった・・・!」

左右からの同時攻撃。

裕也は、友奈の猛攻によって動けない。

――――だが、突如として裕也の口元が吊り上がる。

『!?』

「なぁんてね」

裕也が、友奈を弾き飛ばす。

「うわぁ!?」

「遅いッ!!!」

「ッ!?」

そして裕也は、両側から襲い掛かってきた千景を、あろうことかデコピンで吹き飛ばした。

「「ああ!?」」

「ふぅん、この程度なんだ」

裕也はつまらなそうに三人を一瞥する。

「精霊の力が・・・!?」

ひなたは、驚愕する。

「いや・・・・あれはやせ我慢だ」

だが、若葉は見抜いていた。

裕也の腕が、確かに傷ついている事に。

「精霊の力が、全く効かないわけじゃないんだね」

「そうとわかれば、あとは殺すだけよ」

千景と友奈が構える。

それに裕也は、ニタァ、と笑う。

「へえ、まだ戦うんだぁ?」

 

一方で。

武器を失い、決め手に欠けている辰巳と精霊の使用を躊躇っている杏。

(精霊の使用は、体にどんな影響を及ぼすか分からない・・・)

杏は、これまで勇者の切り札の事について、ある仮説を立てている。

まだ決定的な証拠は無いとはいえ、勇者の使う切り札は、そのどれもが妖怪悪霊怨念をその身に宿すという『憑依』だ。

それこそ、使えば通常よりも数倍の力は手に入れられるだろう。

だが、その見返りが、何も全くない訳がない。

杏は、そこを忌避しているのだ。

しかし、

「ハアッ!」

「うお!?」

紅葉の上段からの振り下ろしを体を捻ってかわす辰巳。

辰巳の切り札の鍵である剣は、先ほど蛭間に投げつけていて辰巳の手元には無い。

杏が取りに行けば、どうにかなるかもしれないが、それでも上にいる男が狙撃してくるので、杏はその男を抑えるのに手一杯。

辰巳は切り札を使えない。対して自分は精霊を使わない。

精霊の使用は、どんな危険性があるのかあるのか分からない。

だけど、そうであっても。

「ぐぅ!?」

「くたばれ、人間ッ!!」

 

それでも、誰かが死ぬのはみたくない。

 

「――――お願い、『雪女郎』ッ!!」

 

その瞬間、辰巳の背後で、何かが凍り付く音が聞こえた。

そして、背筋が文字通り冷える感覚も。

 

これは・・・・

 

「ッ!?」

次の瞬間、紅葉が攻撃を中断、大きく背後に飛んだ。

そして辰巳の目の前に真っ白い粉のようなものが振ってきた。

「冷たッ!?」

それは、異常な程に圧縮された冷気。

「大丈夫ですか?」

後ろから聞こえた杏の声に、辰巳は思わず振り返る。

「・・・・なるほどな、それがお前の精霊か」

「はい」

杏の変化した勇者装束。

そして、彼女のまとう冷気。

 

 

彼女が憑依させたのはありとあらゆるものを凍らせる死の女『雪女郎』。

その力は、『氷点下以下の冷気を発し、操る事』。

その冷気は自由自在に操れ、広範囲に渡って凍らせる事も可能であり、逆に集中させて絶対零度の一撃にする事も出来る。

 

 

「辰巳さん、ここは私が食い止めます。その間に、辰巳さんは剣を回収してきてください」

「大丈夫か?」

「はい。辰巳さんが早く戻ってきてくれれば良いんです」

杏のその返しに、きょとんとする辰巳だったが、すぐに笑みを零し、踵を返して走り出す。

「死ぬなよ」

「任せてください」

そして、走り出す辰巳。

「逃がすかッ!!」

上のいる男が衛星から光線を放つ。

「させませんッ!」

だが、杏が氷で壁を作り出し、その光線を阻止する。

さらに、矢を放ち、上にいる男を狙う。

氷点下の冷気を纏った矢は、周囲を凍らせて男に迫る。

「やべっ!?」

男は慌てて飛び降りる。

そこへ矢が通り過ぎ、周囲を凍らせる。

「あっぶねえ・・・・」

飛び降りた男は、その惨状に感嘆の息を漏らす。

「とんでもねえな」

「まともにあたるのは良くないな」

紅葉は、男の左腕を見る。

「ん?ああ、掠っただけでこれだよ」

その左腕は、真っ白に凍っていた。

「問題はないだろう?」

「まあ、そうだな」

二人して杏を睨みつける。

以前までの杏だったら、足がすくんでいただろうが、今は違う。

(もう、あのころの私とは違うんだ!)

「ここは通さない!」

杏は冷気を発して、敵の足を止める。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、辰巳は恐ろしい速さで蛭間の元へ向かっていた。

蛭間がいた建物にものの数秒で辿り着き、急いで蛭間を探す辰巳。

「驚きました」

そこへ、蛭間が左肩を抑えて現れた。

その右手には、辰巳の剣。

「まさか剣を投げてくるとは、貴方はなかなかに型破りの剣士のようだ」

「別に俺は()()()()()()。勇者だ」

辰巳は構える。

「お目当てのものはこれでしょう?流石にこれは隠す事は難しいですね。貴方はこの剣と()()()()()()ようだ」

蛭間は剣を片手に持ち上げる。

その瞬間、辰巳は一瞬で蛭間との距離を詰めて剣に向かって手を伸ばす。

「急がないでくださいよ」

「ッ!?」

辰巳の腹に、ステッキの先が突き立てられていた。

「・・・ん?」

―――という事は無く、ギリギリの所で辰巳の手がステッキをどうにか受け止めていた。

「なかなかの反応速度だ。しかし」

ふと、蛭間は一旦辰巳にステッキを押し込んだ。

「ッ!?」

「これは予想出来なかったでしょう?」

突然、蛭間はステッキを引いたかと思うと、そのステッキの中から刃がその姿を現した。

「仕込み杖かッ!?」

辰巳は慌てて蛭間から距離を取った。

「それだけではありません」

蛭間が指を鳴らす。

すると、蛭間の周囲に無数のハトらしき鳥が出現する。

「行きなさい」

さらに指を鳴らすと、ハトは一斉に辰巳に向かって飛んでいく。

「気をつけて下さい。振れれば爆発しますよ」

「なにッ!?」

蛭間の言葉を聞いた辰巳は、それらのハトから逃げる。

(くそ!数が多いッ!?)

剣は相変わらず蛭間が持っている。

それに、大量にいるハトの攻撃からも逃れなければならないのだ。

どうにか巧みに体を捻ったり、さながら体操選手のようにハトの集団をかわしていく。

だが、いつまでもつか分からない。

いずれ限界が来る。

「ふふふ・・・・・アハハハハハハッ!!!」

突如として高笑いをする蛭間。

「手も足もでないだろうッ!剣を投げたのは失敗でしたね!そうでなければ私に武器を取られることも、そのように追い掛け回される事も無かっただろうッ!!まさに滑稽!あの女を見捨てていれば、今頃苦戦せずに済んだものを――――」

「うるせェッ!!」

蛭間の言葉を遮って叫ぶ辰巳。

「俺にとってなぁ――――ひなたを失う事が自分が死ぬ事より辛いんだよッ!!」

そう怒鳴り散らず辰巳。

それに対して蛭間は。

「そうですか」

まるで堪えていないかのように言い。

「なら死になさい」

さらなる攻撃を仕掛けようとした、その時。

 

 

 

「オーケイ、その心意気、気に入ったわ!だから、私が手伝ってあげるわ!」

 

 

 

突如としてどこからか聞こえた声。

気付いた時には、どこからともなく飛んできた縄のようなものが蛭間の持っている辰巳の剣に絡みつき、蛭間からその剣を取り上げる。

「何ッ!?」

「なんだ・・・!?」

さらに、その縄が剣からほどけたと思ったら、今度は一気にハトを迎撃し始めた。

瞬く間にハトを全て撃ち落とし、全て消滅する頃には、辰巳の目の前に辰巳の剣が落ちてきた。

辰巳がそれを引き抜くのと同時に蛭間と辰巳の間に降り立つ者が、一人。

 

金糸梅を想起させる勇者装束を身に纏う少女。

その手には、先ほど縄だと勘違いしていたが、その本当の正体は、長い鞭だ。

 

「これはこれは」

蛭間は、その人物を見て、両手を広げる。

「まさか結界の外に出て来るなんて驚きですよ」

その表情を、笑いながらも確かに驚愕していた。

「――――白鳥(しらとり)歌野(うたの)さん」

その名に、辰巳は驚く。

「白鳥・・・歌野・・・・!?」

その名は、かつて若葉が諏訪との通信で話していた相手の名前。

その人物も、勇者だったと聞く。

つまり――――

「あんたが・・・・諏訪の勇者・・・!?」

そして、少女―――『白鳥歌野』は振り向く。

「諏訪の勇者、白鳥歌野よ。よろしくね、四国の勇者さんたち」

 

 

 

 

今この場に、諏訪の勇者が参戦した。

 

 

 

 




次回『到達 諏訪の炎の壁』


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到達 諏訪の炎の壁

猛烈な吹雪が、紅葉と男の二人を襲う。

「おわっと!?」

「チッ・・・・」

それを飛んでかわす二人。

「すっごいなこの吹雪」

「だけど長くは続かない筈だ。このまま・・・」

突如、頭上から氷の棘が降り注ぐ。

「空気中の水分を凝縮して作ったのかよ!?」

それを左右に別れてかわす。だが、絶対零度の冷気が二つに別れて二人を追う。

その様子を、冷気に包まれた状態で見ている杏。

「このまま足止めを・・・・」

その時、背後からとてつもなく大きな声が響いた。

「四国の勇者諸君ッ!!今すぐに諏訪に向かって走ってッ!!」

「え!?」

突然の事で驚く杏。

そこを見れば、先ほど辰巳が剣を投げた建物の屋上に一人の少女が立っていた。

「あれは・・・白鳥歌野だと!?」

「なんでアイツがあんな所に!?」

その人物に驚く紅葉と男の二人。

(あの人を知ってる・・・?)

杏は首を傾げるも、すぐに聞き覚えのある声によって、彼女が信頼に値する存在だと理解する。

「今はコイツの言う事を消け!諏訪に入れば安全だッ!!」

辰巳が、誰かと戦いながらそう叫ぶ。

それを聞いた杏は、すぐさま踵を返して走り出す。

「ッ!治郎ッ!」

「分かってるよッ!」

男、治郎が衛星から杏に向かって光弾を発射する。

だが、杏はそれを飛んで回避。

しかし、衛星は光弾を連射して撃ってきて、空中にいる杏を追撃する。

そこへ輪入道を使った球子が旋刃盤を使って杏を救出。光弾の脅威から助ける。

「タマっち先輩!」

「大丈夫かあんず!?」

「うん!」

「このまま行くぞ!」

二人はそのまま仲間の元へ向かう。

 

そして。

「ハァァッ!!!」

友奈が疾風が如き勢いの拳を裕也に叩きつける。

「ぐぅ!?」

それによって大きく下がる祐也。

「いったた・・・・すごいねぇ」

裕也はにたりと笑う。

「高嶋さん、そろそろ・・・」

「うん」

千景が友奈に何かを囁いたかと思うと、七人いる千景のうち、六人が裕也に襲い掛かる。

「ハッ!何人でかかってこようよ関係ないんだよッ!!」

裕也がすぐさまその六人の千景を迎撃する。

しかしその間に、残った千景や友奈はその場から離れるようにどこかへ飛ぶ。

「な!?」

(この三人は囮!?)

友奈と千景は、諏訪のある方向へ向かおうとしているのだ。

「悪いけど、そうはさせないよッ!」

六人の千景を弾き飛ばし、アスファルトの地面にその手を突き立てる。

そして力任せに地面を抉り取った。

「潰れろッ!」

そのまま逃げていこうとする友奈たちに向かって大砲さながらの威力で投げ飛ばす。

「高嶋さんッ!!」

それを見た千景の一人が叫ぶ。

それに気付いた友奈だったが、間に合わない。

そのまま抉り取った地面が、友奈に直撃する。その直前。

 

 

横から恐ろしい速度で何かが通り過ぎ、友奈と千景をかっさらった。

 

 

「な!?」

それに驚く裕也。

「ッ!?乃木さん!?」

それは、義経を憑依させた若葉だった。

「助かったよ若葉ちゃん・・・・・でも速すぎるよぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお!?」

「すまない」

「上里さんは大丈夫なの!?」

若葉の背中にはひなたがしがみ付いていた。

「すみません・・・今は答える余裕がないくらいですぅぅぅうッ!!!!」

若葉の操る義経の能力は『飛べば飛ぶほど程加速する』。

 

 

 

ここでおさらいさせて貰うが、

 

辰巳のファブニールは『竜の力をその身に宿す』。

若葉の源義経は『飛べば飛ぶ程加速する』。

千景の七人御先は『七人に分身して不死になる』。

友奈の一目連は『嵐の如く速く動ける』。

球子の輪入道は『炎を纏って殲滅する』。

杏の雪女郎は『絶対零度の冷気を操る』。

 

以上である。

 

 

 

よって、若葉の速さはすでに不可視の領域に入っており、一瞬で祐也から引き離す。

そして、若葉は一気に戦場から離脱する。

それと同時に、辰巳が蛭間を吹っ飛ばす。

「ぐお!?」

そのまま建物から落下する。

「よし、白鳥、良いぞ!」

「オーケー、それじゃあ私たちも彼女たちに続きましょうか!」

辰巳と歌野も、若葉たちの後を追う。

「逃がさん」

だが、そこへ紅葉が恐ろしい速度で辰巳たちに追いついた。

(速いッ!?)

それに驚く辰巳。だが。

「悪いわね、今日の所は尻尾を巻いてエスケープさせてもらうわ!」

歌野が鞭を振るい、加速増幅された威力で紅葉を迎撃。

しかし紅葉はそれを体をひねる事でギリギリで回避。

「!?」

「終わりだ」

そのまま紅葉が歌野に刃を突き立てようとしたその時、どこからともなく冷気を纏った矢が紅葉を襲った。

「ッ!?」

それには攻撃を中断する事をやむを得ず、また体を捻って回避する。

辰巳と歌野が視線を向ければ、そこには、巨大化した旋刃盤に乗った杏と球子が見えた。

「大丈夫ですか!?」

「ノープロブレム!助かったわ!」

「杏!吹雪を起こせッ!!」

辰巳が叫ぶ。

それに杏は一瞬、何故なのかと戸惑ったが、すぐに辰巳の意図をくみ取り、旋刃盤から降りる。

「凍れッ!!」

そして、そのまま冷気を前方に一気に開放する。

その冷気は猛烈な吹雪へと変わり、目の前の光景を一瞬にして銀世界に変える。

「マジかよッ!?」

その意図に気が付いた治郎はすぐさま建物へと隠れる。

他の者も同じだ。

そして、その吹雪は杏の前方の街を凍らせていく。

「よし」

「あんず、乗れ!」

「うん!」

球子が戻ってきて、杏がその上に乗る。

そのまま全員、その場から一気に離脱する。

「・・・・逃げられたか」

冷気から逃れる事に成功した紅葉は、無表情で辰巳たちが向かった先を見つめていた。

「やれやれ逃げられちまったな」

そこへ次郎がやってくる。

「まあ良い。どうせ、後で殺す事になるんだからな」

踵を返し、紅葉は引き返す。

「全く、喋り方は男真っ盛りなのに、あれで女なんだもんな」

治郎は呆れたように紅葉のあとを追いかけ、その後を、どうにか凍った建物から出てきた蛭間と裕也がついていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、先に行っていた若葉たちは、とうとう諏訪についた。

だが。

「これは・・・・!?」

しかし、その表情はあまり浮かばないものだった。

何故なら、目の前を巨大な蒼い炎の壁が立ち塞がっていたからだ。

「これは・・・・諏訪全体を覆っている!?」

ひなたが、驚いた表情で、その光景に絶句していた。

「大丈夫なの・・・これ・・・・」

「分からない・・・でも・・・・」

千景と友奈も、なんとも言えないようだ。

「この中に・・・・諏訪は本当にあるのか・・・?」

「あるわ」

「!?」

そこへ、遅れてやってきた辰巳、球子、杏、そして、歌野がやってきた。

「あの炎の中なら、バーテックスは入ってこれないわ。そして、人は絶対に燃やさない。ついてきて」

歌野は、若葉たちのいた建物から降りる。

その後を、四国の勇者一行はついていく。

どんどん炎に向かって歩いていく歌野に対して、他の者達は怪訝そうな表情で近付いていく。

改めて見てみると、周囲の建物は、やはり破壊されていた。

おそらく、ここが諏訪の防衛ラインだったのだろう。

そう、考えているうちに、勇者たちは炎の目の前に立っていた。

「な、なあ、大丈夫なのか?このまま進んでも」

「大丈夫よ、貴方たちがバーテックスじゃなければね」

歌野は、なおもなんでもないかのように炎に向かって突き進んでいく。

 

 

そして、歌野は躊躇いも無く炎の中に入っていった。

 

 

『!?』

それに思わず驚く一同。

歌野はすぐさま炎の中に消えていった。

一同は顔を見合わせて、やがて覚悟を決めたかのように、一人一人、炎の中に入っていく。

「ありゃ?」

「熱く・・・・ない・・・?」

だが、その炎は()()()()()()

「むしろ・・・」

「温かい?」

その青い炎は、まるで旅の疲れを癒していくかのように温かった。

「皆、進むぞ」

辰巳は、そんな皆に声をかけて、ひなたの手を引きながら歩く。

そして、全員が炎を抜けた先。

 

 

 

盛大な歓声が響いた。

 

 

 

 

「な!?」

「これは・・・・!?」

突然に驚く一同。

そこには、沢山の人々が辰巳たちに歓声を送っていた。

周囲には崩れた建物があるものの、その壁には横断幕が飾ってあり、そこには『ようこそ諏訪へ』と書かれていた。

それに、一同は茫然としていた。

何故、自分たちが来る事が分かっていたのか。

ふと、辰巳たちの目の前に、一人の巫女服を来た少女が歩いてくる。

それに気付いた一同は、そちらに視線を向ける。

「あ、みーちゃん!」

「お疲れ様うたのん」

歌野は、その人物の元へ駆け寄り、少女は嬉しそうに微笑む。

そして、彼女は歌野の横を通ると、辰巳たちにお辞儀をした。

「ようこそ、諏訪へ。私はここで巫女をしている『藤森水都』と言います。私たちは、貴方達を歓迎します」

少女、水都は、そう微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、町一番の旅館に泊まる事になった若葉たち。

目の前には、豪勢な食事が置かれていた。

『オオオオ―――!?』

その豪勢さに驚く一同。

「すごい・・・」

「これは釜飯?」

「うなぎ!うなぎがあるぞ!」

「味噌を使った料理もあるよ!」

「随分と歓迎されているわね・・・・」

「あの魚の輪切りのようなもの・・・鯉か・・・・」

「どれも美味しそうですね」

その豪華さに圧倒される一同。

「みんな遠慮しないで良いわよ。ここにあるものはどれもこの諏訪でとれたものだから」

「この野菜は白鳥さんが作ったものか?」

若葉の問いに、歌野が頷く。

「イグザクトリー。それと、歌野で良いわ」

「そうだな。それなら私も若葉で構わない」

「オーケー若葉」

「早速仲良くなってる・・・いや、元々通信で話し合っていたんだから当然か」

もう親しくなっている若葉と歌野の様子に辰巳は関心していた。

「今日は旅で疲れてるだろうから、沢山食べて構わないません。その後はお風呂にでも入って、疲れを癒してください」

「わー、温泉もあるんだー!」

水都の言葉に、友奈が喜ぶ。

「水浴びはしたけど、お風呂には入っていませんでしたね」

「そうだな・・・」

「・・・・ん?なんでこっち見てるんだ?」

何故か辰巳をジト目で見る若葉。

「・・・・歌野。ここの温泉は混浴か?」

「ん?ああ、心配しないで。混浴なのは()()()()()()だから大丈夫よ。室内でもしっかり夜景は見れるから」

「そうか・・・」

「だからなんでこっち見てるんだ?」

辰巳は訳が分からないとでも言うように首を傾げる。

「たっくん・・・」

「まさか忘れたとは言わせないぞ?」

「いえ、この場合は忘れていた方が良いものよ」

「うーん、またやるなら今度はビデオに収めたいところ・・・」

『それはやめろ』

「あう・・・」

一斉に何かをやめさせられる杏。

「だから何を言ってるんだ?」

「辰巳さんは思い出さなくて結構です」

「ああ、そう・・・・」

ひなたに言われ、追及する事をやめる辰巳。

 

 

 

 

そのまま豪勢な食事を楽しむなか、ふと若葉は歌野に聞いた。

「なあ歌野。ここの勇者は二人だった筈だが、もう一人の勇者はどこに・・・」

そう聞いた瞬間、歌野と水都の顔色が変わった。

というか、悪くなった。

「・・・・・歌野?」

「あー、忘れてた」

歌野は誤魔化すように、乾いた笑みを浮かべた。

「もう、いないのよ」

そして、かなり衝撃的な言葉が告げられた。

「・・・すまない」

若葉は思わず謝ってしまう。

「ああ、謝らないで。どうせ言わなくちゃいけない事だから」

そこで歌野は、隣にいる水都に声をかける。

「大丈夫?みーちゃん」

「うん・・・・大丈夫、落ち着いてきた」

水都も、若干顔色は悪いが、それでも大丈夫なようだ。

そして、水都は毅然とした態度で、四国の一同を見た。

「若葉さん、そして、四国の皆さん。私とうたのん、そして、諏訪のこれからの方針を伝えます」

水都は、本来なら内気そうな様子から、あまりにも予想外な事を言ってきた。

 

 

「私たちは、諏訪を捨てます」

 

 

 

『・・・・ハア!?』

その言葉に、当然の様に全員驚いた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!何故、諏訪を捨てるって・・・」

「ああ、少し語弊があったわね。落ち着いて落ち着いて」

歌野が立ち上がりかけた若葉を制止する。

「まあ、それらの説明には、色々と時間がかかるから、今は諏訪に来たばかりで疲れてるだろうから明日にしようと思っていたのよ」

「それは良いんだが、どうして突然・・・」

辰巳がそう聞き、水都が口を開いた。

「ここに入ってくる時に、青い炎の中を入って来たんですよね?」

「ええ、それがどうかしたの?」

「現在、諏訪を守る()()()()()既に存在しないんです」

「その代わり、あの炎が、諏訪を守っているんですか?」

「その通りです」

水都は肯定する。

「あの炎がある限り、バーテックスは決してこの諏訪に入り込む事はありません」

「ならさ、別に捨てなくても大丈夫なんじゃないのか?」

「そんな永続的なものならどんなに良い事か・・・」

球子の最もな指摘を、水都は否定した。

「長くは続かない・・・だろ?藤森」

辰巳の指摘を水都は頷きをもって肯定した。

「四国との通信が切れた、十月。それから一年間しか、あの炎は、持たないんです」

「つまり、今年の十月・・・その日になれば、炎は消えるという事ですか?水都さん」

「そうなんです」

一同が、絶句する。

たった一年しか持たない、敵を一切通さない結界。

確かに、消えてしまうなら、ここよりもっと安全な四国に避難すべきだろう。

ただ、辰巳は、その事実よりも、別の事に視点を置いていた。

「一応、事情は分かった。だけど、三年間守り通してきたものを、何故今になって捨てようと考えたんだ?町の人たちは、それを了承しているのか?」

辰巳がそう指摘すると、水都は首を振った。

「町の人たちの了承は既に得ています。そして、これは、ある人の願いでもあるんです」

「願い?」

「はい、あの結界を張った張本人・・・・諏訪のもう一人の勇者、『狗ヶ崎(いぬがさき)(たける)』さんの願いなんです」

「哮さんの・・・!?」

若葉は、その名に驚く。

「皆には、知ってもらいたいの。この、諏訪の誇りであり、英雄であり、私のお兄ちゃんの様な存在で、そして、みーちゃんの大好きだった、誰よりも格好良い、勇者の事を」

歌野の言葉に、一同は息を飲む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、神にではなく、悪魔に見初められた男の、大きな偉業を成し遂げるまでの話。

 

 

誰よりも、誰かの命を守る事に、その命を燃やした、男の物語。

 

 




次回『狗ヶ崎哮は勇者である 前編』

それは、語り継がれるべき、勇者(おとこ)の物語。


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狗ヶ崎哮は勇者である 前編

「ん・・っしょ!よ・・・っせ!」

鍬を振り下ろし、畑を耕す。

それは、白鳥歌野にとっては、当たり前ともいえる日常の一つ。

それを遠目で見るのは、木陰で夏の日差しを回避している藤森水都だ。

遠目で、おおよそ女子がするような事では無い、畑耕しをやっている歌野を見て、水都はいつもすごいと思う。

相当な力がいる筈なのに、彼女はそれを幼少の頃から続けているのだ。

別に親が農家な訳ではないのに、単なる趣味として畑を耕しているのだ。

その力強さに感嘆しない事は無いだろう。

「皆さん、そろそろ休憩にしましょう!」

ふと、歌野がそう言ってきた。

その言葉に、周囲にいた大人たちもそれぞれの作業の手を止め、木陰に入っていく。

ふと、その集団の中に駆け寄っていく、一人の男がいた。

「お疲れ~。さあ俺様特性の塩おにぎりを食って体力つけな大人共!」

黒髪でワイシャツを来たその男は、全員の前にお盆の上に乗っかった大量のおにぎりを差し出す。

「わーい!哮兄のおにぎりだー!」

歌野を筆頭に、他の大人たちも、彼のおにぎりを一つずつ手に取っていく。

「んー!デリシャス!やっぱり哮兄の作るおにぎりは美味しい!」

「そう思うだろ?何せこの狗ヶ崎哮が作ったおにぎりなんだからな!」

胸を張って高笑いする男。

彼の名は、狗ヶ崎哮。

特技は料理のみ。

勉強はあまり得意ではないが、化け物級の力と体力を持つ、高校二年生だ。

 

歌野と哮。

 

二人は、幼馴染にして――――この諏訪を守る勇者である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三年前、世界各国で、人類を蹂躙し尽くした白い異形の怪物、『バーテックス』。

奴らの出現以前にも、世界各国で地震や暴風雨などの災害が頻繁に起き、それによって人類を摩耗していた。

そこへバーテックスの出現だ。人類は、絶望の淵へと叩き落されたに等しい。

幸い、長野の諏訪には土地神による結界が形成され、結界内の被害は少なかった。

だが、結界外にいる人たちは、被害を免れず、多くの命が失われた。

そして、その中で、唯一神に選ばれ、勇者として覚醒したのが歌野と哮だった。

二人は、自らの危険を顧みず、結界の外で戦った。

水都は、長野に逃げ込む人々の混乱の中で、危うくバーテックスに喰われかけた所を、哮に助けられたのだ。

当時、十四歳だった哮と、十一歳だった水都。

ただ、その時は、屈託のない笑みを見せられて、とても心が安堵した事を覚えている。

後に、三人は、自分たちが神に選ばれた存在、『勇者』と『巫女』であると、四国から通信で告げられた。

だが、すでに生きる気力を失いかけていた人々に、歌野を畑を耕しながら、哮は歌野が作った野菜で料理を作りながら、人々を励まし続けた。

今は苦しいが、いつかきっと活路が見つけられる。

結界で生活する為には自活をする必要があるから、生き残る為に、畑を耕そう、魚を獲ろう。

人は、どんな災害にあっても、必ず立ち上がれた。

 

だから立ち上がろう。どれほど苦しくても、必ず、自分たちは立ち上がれる、と。

 

バーテックスは結界を破ろうと執拗にやってくる。

その度に二人は戦った。外から逃げ込んでくる者がいたら、自ら結界の外に出て助けに向かった。

どれほど傷付いても、誰からも認められなくても、二人は、決して弱音を吐く事は一切無かった。

諦めずに、歌野は畑を耕し、哮は料理を作り提供し続けた。

それを繰り返す事一年。希望を見失いかけていた人々が、歌野の畑を耕す姿に感化され、哮の料理で背中を押され、一人、また一人と二人に協力し始めた。

歌野と同じように畑を耕し、魚を獲る為に湖に船を出す。

また、哮と同じように、料理を作り、それを貧しい人々に提供する者たちも出てきた。

ただ悲観しているよりも、体を動かしていた方が暗い気持ちは紛れる。

現実逃避、ではない。

人々は、確かに前を向いて歩き始めたのだ。

 

『どんなに辛い目にあっても、人は必ず立ち上がれる』

 

それが、いつしか、諏訪の人々のスローガンとなっていた。

 

 

 

 

そんな事を思い出しながら、水都が諏訪の人々の様子を見ていた。

そこへ、一つおにぎりを差し出された。

「あ、哮さん」

「お前も食えよ」

「・・・ありがとうございます」

水都は、そのおにぎりを受け取り、一口限る。

ほどよい塩の味が、口に広がった。

「美味しい・・・!」

「そりゃよかった」

哮も嬉しそうに笑い、水都の横にどっかと座る。

「あ・・・」

哮との距離の近さに、水都は思わず、木陰に入っている筈なのに体温が上がるのを感じた。

(きっと、この日差しの所為だよね・・・)

そう、一人で勝手に納得する水都。

 

 

その時、突如としてけたたましい程のサイレンが鳴り響いた。

 

 

それを聞いた瞬間、その場を緊迫した空気を包み込む。

それは、バーテックス襲来を意味する警報音。

しかし、歌野は慌てず声を挙げる。

「スクランブル!勇者白鳥歌野、征って参ります!」

走り出す歌野。

「行くぞ、水都!」

それと同時に哮も立ち上がり、走り出す。

周囲の人々の声援を受けながら、三人は、走り出す。

 

 

歌野、哮、水都の三人がやってきたのは、畑からそれほど、むしろすぐ近くにある、諏訪大社上社本宮だ。

そこにある神楽殿には勇者がその力を振るう為の武器と装束が置かれている。

歌野の扱う武器は鞭。

かつて、この諏訪を治める神が、対立している神との決闘の際に、藤蔓を使ったとされており、歌野の鞭にはその蔓と同じ力が宿っている。

対して哮の使う武器は日本刀。

ただし、こちらの霊力は全く不明であり、さらにその力も未知数なのだ。

未だに、その正体が分からないままだが、ただ分かっている事は、それがかつて、明王の中で最大の力を持つ神が使っていたとされる炎を纏いし剣である事だけ。

だが、その力も歌野同様、否、それ以上の力を有しているのは明らかである。

さらに、歌野は来ていた作業服を脱いで、勇者専用の装束へと着替える。

これなら、動きにくくても、多少は肉体の安全を保障できる。

だが、どういう訳か哮にはその装束は無かった。

その理由は、彼の力に見合う装束が無かったからだとか。

「水都、敵が来ている方向は?」

着替える必要の無い哮は、武器を手に取るや、すぐさま水都に聞いてくる。

それに水都は慌てて答える。

「ここから東南方向です!たぶん狙いは、上社前宮です!」

「前宮の『御柱』を狙ってんのか」

「ふふん!じゃあここからが私たちの見せ場って訳ね!ショーの始まり!」

着替え終わった歌野が聞くが否やすぐさま東南に向かって飛んでいく。

哮もその後を追おうとする。

「あ、あの!」

「ん?」

「が、頑張って下さい・・・・」

水都の言葉に、哮は二カッと笑い、

「おう!」

と答えて走り出す。

「先行ってるぜ歌野!」

「あ、待ってよ哮兄ー!」

とんでもない速力で、一気に歌野を追い抜き、さっさと先に行ってしまう哮。

そして、水都もその後を追うのだった。

 

 

 

 

『御柱結界』

諏訪を守る結界はそう呼ばれていた。

バーテックス出現当時、諏訪を囲むように、突如としてその柱が無数に出現した。

四つの社を結ぶように形成されたその結界は、その内部にバーテックスを招き入れる事は無かった。

しかし、敵も馬鹿ではない。当然、その結界を形成する御柱を壊しにかかった。

御柱の耐久力も無限ではない。

それを守る役目を持つのが、勇者である哮と歌野の役目だった。

しかし、それでも限界というものはある。

バーテックスは徐々にその数を増やしていき、やがて歌野と哮の二人では対応しきれなくなり、四つの御柱のうち、二つを放棄、当時諏訪全体を覆っていた結界は、その範囲を縮小させ、その範囲は、諏訪湖東南の一帯までとなった。

 

 

 

息をあげ、やっとの思いで目的の前宮まで来てみると、すでに襲来してきていたバーテックスは、そのほとんどが倒されていた。

「貴方で、ラストッ!」

最後の一体を、歌野が討ち取る。

歌野と哮の二人が()()無事であることに、水都は安堵の息を漏らす。

哮は、周囲を見渡し、そして水都に気が付く。

「ん?来てたのか水都」

煤のついた普段着。しかしその服に傷は一切ついていなかった。

「まあ、うん、心配だったから」

「俺と歌野が負けるわけねーだろ」

「そうよ。私と哮兄のコンビネーションを前にして、立っていられる奴なんていないわ!」

と、高らかに言い張る歌野。

しかし、そんな彼女でも理解しているのだ。

 

 

まだ終わっていない事に。

 

 

「やれやれ、こんな奴らがここを守っているのか」

その声を聞いた途端、二人はすぐさま構える。

その先には、一人の清楚な真っ白いスーツと真っ白な外套(マント)を来た、美形の男。

「みーちゃん、下がってて」

「う、うん・・・・!」

水都は、慌てて、まだ結界の範囲内である領域に入り込む。

「美しくないねえ。特に男の方は野蛮な感じがするよ」

その言葉に、水都はムッとなる。

(哮さんは野蛮じゃないもん)

しかしその言葉に反応したのは、何も水都だけではない。

「ちょっと貴方、まるで哮兄が獣のような男って言いたい様ねぇ?」

「その通りだろう?」

「確かに哮兄は高校生にしては結構野蛮な生活してる不良だけど、そこが哮兄の良い所よ!」

「フォローになってないよ、うたのん・・・」

何気に酷い事を言っている歌野に突っ込む水都。

しかし男はまるで理解できないとでも言っているかのように首を振った。

「美しくない。実に美しくない。そんな武器を、女性である君が振るうべきじゃない」

「お生憎さま、こうでもしないと私の守れないものが守れないので」

そこで男はなんとも大げさなリアクションをし出した。

「ああ!世の中なんて残酷なんだ!こんな幼き少女に武器を持たせるとは、土地神はなんと惨たらしい事をするのか!」

「私は感謝しているわ」

「可笑しい!その思考は間違っている!君のような美しい少女は戦うべきではない!そう、だからこそ――――

 

 

――――その呪縛から解き放ってくれよう!」

 

 

 

瞬間、男の外套がその形を変化させた。

それは端をいくつもの布切れに変えると、それらを、一気に歌野へ向かわせる。

その先端は、まるで鋭利な刃のように鋭かった。

「うたのん!」

思わず叫ぶ水都。

歌野は、それに対して鞭を振るおうとする。しかし、

「セェイッ!!」

哮がその間に割って入り、その攻撃を全て弾き飛ばす。

「んん?」

「哮兄!?」

それに男は怪訝な表情をし、歌野は驚く。

そして哮はその剣の切っ先を男に突きつけ叫ぶ。

「お前!さっきから黙ってりゃ好き勝手言いやがって!!その上歌野に攻撃するとはどう了見だゴラァ!」

怒っている様子の哮。

しかし、男はそんな哮を無視してなおも歌野に攻撃しようと布を伸ばす。

だが哮は当然の如く、驚異的な反応速度で全て弾き飛ばす。

「邪魔をしないでくれないかい?僕は彼女を救済したいんだけど?」

「殺そうとしている事の何処が救済だ!?」

「救済だとも、この世は醜い。大人の勝手な都合で、世の中の女たちは常に虐げられて生きている。そんな彼女たちを救済する為には、この世界から解放するしかない!その為の方法が、これなのだよ!」

男はさらに手数を増やして再度一斉に攻撃していく。

これぐらいなら、哮の驚異的な身体能力で()()()()()()()()()()()()

しかし、哮が剣を振るうよりも早く、歌野が鞭を振るって、その布を全て叩き弾く。

「残念だけど、それじゃあ私は救えないわね」

歌野は不敵な笑みを浮かべて、そう言い放つ。

それに、男は嘆くように、やはり大げさなリアクションを取る。

「ああ!やはりか!君も救済を拒むのか!救済の手を振り払い、自ら茨の道へ進むとは、なんと愚かな事だ!しかし大丈夫だ!僕が君を、否か応でも救って見せよう!僕の手で、僕の力で!!」

そして、男はまた刃のような布を放つ。

「歌野、飛べ」

その時、哮がそう言ったのを聞き取った歌野は、疑いも無く哮と共に跳躍。

その途端、地面が砕け、そこから白い布が出てきた。

「何!?」

よもや、かわされるとは思っていなかったのだろう。

「行くぞ!」

「ええ!」

着地と同時に走り出す歌野と哮。

「くッ!」

男は近づけないと言わんばかりに布を伸ばしてくる。

気付けば、その布が振るわれた壁や地面は、まるで鋭利な刃物で切られたかのように全て切り裂かれていた。

それを見れば、その布の脅威が十分に伝わる。

ならば、敵の攻撃は全て歌野が弾き、哮が突っ込んで行くに限る。

 

 

最も、そんな事しなくても()()()()()()()()()()

 

 

歌野が布を弾き、哮がどんどん男と距離を詰める。

「ッ・・・!」

男が、防がれている事に怒り、顔を歪める。

だが、そうしている間に哮は男と距離を詰める。

そして、哮の間合いに入った瞬間、男は、いきなり醜悪な笑みへとその表情を変貌させた。

「ッ!?」

気付いた時にはもう遅い。

「僕の前から消えたまえ!」

突如として男の腕が、いきなり紙のように薄くなったかと思うと、その形を変えて、マントも加えて哮の全方位から攻撃をしかけてきた。

「哮さんッ!」

水都は思わず叫んだ。

完全に嵌められた。

男は、最初からこの一撃を狙っていたのだ。

全方位から、死角の無い攻撃をしかける。それも無数に、一度に、だ。

そんなもの、普通は全方位を守れるバリアとか楯とかなければ防ぐ事は出来ない。

万事休す。そう思うのも、無理もないだろう。

 

 

 

 

しかし、嗚呼、しかし、それは、哮を相手にした、自らをも攻撃に使った男にとっては、愚策中の愚策であった。

 

 

 

 

 

瞬間、突如として、哮に攻撃しようとしていた布全てが、一斉に灰となって虚空に消えた。

 

 

 

 

「・・・・は?」

さらに、前方は男の両腕で構成されている。故に、男の両腕は絶賛、物凄い勢いで燃えていた。

「ぎゃぁぁああああぁあああぁぁあぁぁぁぁあああぁああぁあああ!?」

甲高い悲鳴を上げ、男は地面をのたうち回る。

「熱い熱い熱い熱い!?な、なんだよこれ!?なんだよこれぇええええ!?」

男の両腕を燃やしているのは―――――青い炎。

空のように広い青でもなく、海のように深い青でもなく、ただただ、『青』い炎。

そして、その炎の発生源は、哮だった。

その青い炎は哮の全身を包んでいた。

しかし、哮自身が、焼かれている様子はない。むしろ、燃えていた。

 

哮自身が、その炎を放っていた。

 

「あー、やっちまった」

哮は、頭を掻く。

「あまり使いたくねえんだよな、この力」

哮は、自らの体に纏われている炎を見ながらそう呟く。

「まあ、このまま待っていても、お前が死ぬのは決定事項なんだが・・・・」

「ま、待って・・・」

「うるさいから死んどけ」

男の懇願を無視して、哮は一気に刀を振り下ろした。

その一撃は、男を真っ二つにし、その中にあった核を打ち砕いた。

そして、男の体は砂となり、消滅した。

「・・・・」

水都は、その光景を遠くから見ていた。

何も、言えなかった。

「哮兄!」

そんな哮に、歌野は近寄る。

「大丈夫?」

歌野は、まだ青い炎に包まれている哮の体に触れる。

 

しかし、歌野は熱さを訴えない。

 

それもそのはず。

 

彼の炎は()()()()()()()

 

その理由は分からないが、どうやら本人曰く、()()()()()をしているとの事。

「ああ、心配すんな」

哮は笑う。それが、無理なものだと、遠くにいる水都でも分かる。

 

 

奴ら、バーテックス人間が現れたのは、一年前。

その時は、いつも通りにバーテックスを倒し、その日は、そのまま終わるはずだった。

だが、その時、彼らが現れた。

人の形をしたバーテックス、否、バーテックスの形をした人間。

彼らは、壊れた人格で、歌野と哮に襲い掛かってきた。

歌野は狼狽え、彼らを攻撃する事は出来なかった。

しかし哮は、炎を使って、その敵を一網打尽にした。

その時の哮の辛そうな顔は、水都の心をとても痛めた。

こんな時に、自分が何かの役に立てたらな、と。

 

 

 

「さ、今回の襲撃は終わったんだし、早速畑に戻って、作業の続きしましょ」

「え!?まだやるの!?」

歌野のつぶやきに驚く水都。

「諦めろ水都。知ってるだろ?コイツは『日常』を大事にする奴だってな」

そんな水都を、哮が諭す。

歌野は、どうにも毎日の繰り返しである『日常』を大事にしたがるのだ。

それを無しにしても、もはや禁断症状が出るほどまでに夢中になっているものを、やめられる訳が無かった。

そして、戻ってみれば、二人は諏訪の人々から沢山の賞賛を得ていた。

歌野は目立ちたがりな性格であるために、それに胸を張って嬉しがっており、哮もその賞賛を大いに受け入れていた。

 

 

これが歌野と水都と哮の――――否、諏訪の日常だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、歌野と水都の二人は、哮の家に泊まりに来ていた。

「ほぅれ、この狗ヶ崎哮特製蕎麦の完成だ!」

「わーい!」

「いつみても、哮さんの作る料理は美味しそうです!」

ふるびた一軒家。

田舎に立てられた木造建築のように、古い作りの家が、哮の家だった。

 

哮に、親はいない。

 

バーテックス襲来の数日前に、度重なる災害によって、別の街で救助活動を行っていた両親が、瓦礫の下敷きとなって死んだのだ。

 

その時、哮は家で留守番をしており、家に両親の死体が運ばれてきた時は、泣き叫んだそうだ。

 

その時から、この家には哮だけしか住んでおらず、手頃なバイトでも見つけて生活を繋いでいた。

 

勇者となってからは、援助も入ってどうにか楽になったみたいだが、それでも苦しい事には変わりないらしい。

そんなだというのに、水都は未だに自分たちの為に料理を振舞ってくれる哮の気が知れなかった。

だが、そんな疑問も、哮の蕎麦を食べれば一瞬で吹き飛ぶのだが。

「それで、四国との連絡はどうだ?歌野」

「ずずー・・・・・ん、大分ノイズが入ってきてるけど、まだまだ大丈夫よ」

「四国の様子はどうだ?」

「平和だって」

「ふーん」

まるで兄妹のように話し合う歌野と哮。

そんな二人の様子に、水都はなんとも言えない感情を感じる。

簡潔に言って不快。

それがどういう気持ちなのか、水都には一切理解出来なかった。

「四国がまだまだ無事なら、俺らも無事にここを守っていかねえとな」

「オフコースよ。どんなに苦しくても、この諏訪は私たちが守って見せる!」

ぐッと握り拳を作ってガッツポーズを取る歌野。

ふと、哮がある事を口に出した。

「そういや、今日お前ら泊まってくのか?」

「んぐ・・・・!?」

その問いかけに思わずむせる水都。

「あ、泊まる泊まるー!泊まるわ!」

「ちょ!?うたのん!?」

それに対して歌野は手を挙げて何の躊躇いも無しに笑顔で答えてしまった。

「ん?どうしたのみーちゃん?」

「どうしたのじゃないようたのん、一つ屋根の下に年頃の男女が・・・その・・・・」

「私はいつも泊まってるけど?」

もはや何も言うまい。

しかし、それはそれで心配であるが、何かの不快な気持ちが、歌野と哮が一緒にいる事を嫌がり、水都は、後で自分らしくないと後悔するような言葉を口走った。

「それなら・・・私も・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やってしまった。

そう思っていても仕方が無い。

哮の用意した寝巻を着て、水都はぐるぐると回る思考で必死に何故このような事態に至ったのかを必至に考えていた。

「ぐがー・・・・ふがー・・・・」

「すー・・・・すー・・・」

それは、自分のすぐ隣で、哮と歌野が寝ている事だ。

しかし、重要な問題はそこではない。

 

 

 

 

(な、なんでこの布団から哮さんの濃厚な匂いがぁ・・・!?)

 

 

 

 

 

そう、水都が入っている布団から、何故か哮の濃厚な汗の匂いがしてくるのだ。

何故このような事になったのか。

哮の両親が残した布団があり、哮のを加えて三つあり、それを三人で分けて使う事になったのだ。

上から三つ。

一番の上を水都が、その次を歌野、そして最後が哮。

そのような配分になったのだ。

そう、そこまでは良かった。良かったのだ。

 

だが、それが、哮が()()()使()()()()()()()とは思わなかったのだ。

 

よくよく考えてみたら、哮の性格上、皿洗いなどの台所仕事や服などの洗濯は進んでするのだが、どういう訳か()()()()()()()()()()()()()()のだ。

だから、その布団には夏に寝ている間に哮が掻いた汗が染み付き、さらにずっとそのままだったのだ。

そして、哮は押入れの中に片付ける際、わざわざ他の布団をどかして一番下に入れる筈も無いし、ましてやそれを別の所に置くわけが無い。

よって、一番上の布団は哮のものであり、水都が見事にその布団を引き当ててしまったのだ。

しかし、問題はそこではない。

 

「ん・・・んん・・・・」

どういう訳か、この匂いを嗅ぐと体が火照るのだ。

体が熱い。夏であるのは分かるが、この熱さは、気温から感じるものでは無い。

さらに、頭もボーっとしてきて、脳裏に哮の姿が映し出される。

(哮さん・・・)

哮が、水浴びの為に川に行った時に見た、哮の逞しい体。

太ってもおらず、逆に細すぎもせず、ただ鍛える事によって浮き出た筋肉と、川水によって濡れた肌が、その姿を一層、美しくも格好良く見えて・・・・

「ん・・・・んぁ・・・・」

どういう訳か、()()()()()()()()()()()

「あ・・・なに・・・これぇ・・・」

哮の事を考える度に、その部分の熱さは一層増していき、疼いてくる。

(哮さんの事を考える度に、体が熱くなって、切ないよぉ・・・)

そして、水都の手がその部分へ伸ばされていく。

(いけ・・・ない・・・事なのにぃ・・・)

水都は必至にその衝動を抑え込もうとするが、それは仕方ない事なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だって、それは人として当たり前な行為なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「昨日、水都の変な声が聞こえた気がしたが・・・・何もしてないよな?」

「はいぃ!?う、うん!何もしてない!何もしてませんよ!」

「なんでそんなに必死なの?みーちゃん」

何かを全力で否定してくる水都の行動に首を傾げつつも、三人は畑に向かう道を歩いていた。

その中で、水都はふと、自分の前で楽しく話し合っている歌野と哮を見る。

その二人を見る度に、水都はいつも思う。

 

二人が眩しい、と。

 

「ん?どうした水都?」

ふと、哮が水都が浮かない顔をしている事に気付いて声をかけた。

「あ、いえ・・・・」

なんでもない、と言おうとしたが、水都はそこで思いとどまり、どういう訳か、今の心情を吐き出した。

「・・・・私には、二人が眩しく見えます。いつも前向きで、一生懸命で、みんなの中心にいて。長野のみんなが、四国の乃木さんだって、うたのんや哮さんの事が好きだろうし」

それとは反対に、水都は気弱で人見知りだ。

仲の悪かった両親や祖父母のせいで、一層他人の表情を伺うようになってしまった。

ネガティブな性格の所為で、友人と呼べるのは、歌野と哮だけだ。

だから、二人が他人と仲良くしているのをみると、胸の中を、なんとも言えない不快さを感じ、不安になってしまう。

「みーちゃんだって皆から大人気だと思うけど。長野の人は誰だってみーちゃんの事好きだし、すごいって思ってるわ」

「それは私がたまたま巫女に選ばれたからだよ。だから、うたのんと哮さんの友達になれて、特別視されているだけだよ」

言っていていたら、さらに気分が沈んでくる。

『巫女だから』『白鳥歌野のパートナーだから』『狗ヶ崎哮と一緒にいるから』

友好的な性格の二人とは、根本的に違う。

そう思うと、自分がどんどん惨めになっていく。

「うーん・・・・」

ふと、水都の頭を、哮がぽんぽんと叩く。

「俺は水都の事好きだぞ?」

「えぇ!?」

突然の告白。

「そそそそそそれは一体どういう意味で・・・!?」

「水都は自分の事役立たずとか思ってるみたいだけどさ、俺はそんな事ないと思うぜ」

「え・・・?」

「前に、外から子供が避難してきただろ?その時にお前は危険顧みないで助けに行っただろ?」

「で、でも、その後すぐに哮さんが来て敵を倒したから・・・」

「いや、俺じゃ間に合わなかった。あの時、お前があの子を助けたから、俺が間に合ったんだよ。だから、誇っても良い」

頭をなでなでされ、水都は哮に言われた事を、心の中で反芻する。

「そうよみーちゃん!貴方にも良い所はあるんだから!」

横から歌野が抱き着いてくる。

「それに、結構可愛いしな」

「かわ――――ッ!?」

その発言を水都の脳が理解した瞬間、水都の中で何かが爆発した。

「ん?あれ?みーちゃん?みーちゃーん?」

「おーい、どしたー?」

完全に固まってしまった水都。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな日常が、いつまでも続けばいくと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

少なくとも、今の私たちは、そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの、大規模侵攻が起こるまでは。




次回『狗ヶ崎哮は勇者である 後編』

未来を守る為に、生命を捧げよ。


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狗ヶ崎哮は勇者である 後編

九月――――

 

 

 

「いってぇ・・・」

哮は、そうぼやく。

「哮兄、大丈夫?」

「止血してりゃどうにかなんだろ」

哮の左肘からは、バーテックスに噛まれたためか血が流れ出ていた。

それ以外にも、哮の体は所々傷付いており、歌野の体も少なくない傷が出来ていた。

 

今日は、敵の大規模侵攻に見舞われた。

 

哮と歌野は、その侵攻をかろうじて食い止めていたが、流石に厳しく、結局、哮の炎を率いて敵を一匹残らず燃やし尽くした。

どうやらその中にバーテックス人間も混じっていたようで、一緒に燃えたみたいだが。

しかし、それでも限界がある。

いくら哮の炎が敵を一気に焼き殺せるからといって、頼り切るのはよくない。

もしかしたら、哮がその炎を扱えなくなる可能性だってあるのだ。

戻れば、そこで待っていた水都が眼を見開いて哮に駆け寄る。

「哮さん!?大丈夫ですか!?」

「ああ、ちょいと質の悪い犬に噛まれてな」

「治療しないと・・・!」

「頼む」

救急箱を持ってきた水都が哮の怪我を治療している間に、歌野はどこかへ行こうとする。

「うたのん、どこか行くの?」

「ええ、四国との通信をね」

「今日は激しかったんだから、休んでいたほうが・・・」

「ありがとうみーちゃん。だけど四国との通信も、私の大切な『日常』なの。だから守っていかないと」

歌野は、さっさと通信室へ向かう。

決して、浅くない怪我を負っているのは、何も哮だけではない。

歌野だって、痛いのだ。その苦痛に顔を歪めながら、普段通りにしようと振舞っている。

 

結界は狭まり、土地神の力も弱くなってきて、それに反比例するかのように、否、それ以上に敵の侵攻は強くなっていく。

 

「これで、良いよ思います」

「悪いな」

哮は、包帯のまかれた左肘を見てから立ち上がる。

「あー疲れた。さて、そろそろ投げ出しちまった料理の続きでもするかね」

「だめだよ哮さん。そんな腕で・・・」

「こうしときゃニ、三日で元に戻るっての。それに、俺も歌野と同じようにいつも通りに過ごしたいんだ」

笑って返す哮に、水都は、どうしようもないやるせなさを感じた。

 

もう、哮も、歌野も、分かっているのだ。

 

 

 

 

―――――諏訪は、もう長くはない、と。

 

 

 

(もう限界だよ・・・・土地神様・・・!)

四国では、バーテックス対策機関である『大社』が存在する。四国にも六人の勇者が存在する。

四国で、反攻の為の準備が整い次第、諏訪と挟んで挟撃すると聞いたが、それまで――――

 

(待てないよ・・・・このままじゃ・・・諏訪が、うたのんが・・・哮さんが無理だよ・・・・!)

 

 

 

それから、かつてない程の侵攻が起こるという新たな神託が来たのは、それから間もなくだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、水都は一人哮の家を訪れていた。

相変わらずボロボロで、その癖、中は綺麗だった。

「お邪魔します・・・」

返事は、無い。

それもそうだろう。まだ哮は戻ってきていない。その理由は、哮が幼稚園で子供たちに料理を振舞っているからだ。

材料は、もちろん歌野が作った野菜だ。

そんな、もぬけで鍵もかかっていない家に、勝手に上がり込むなど、不法侵入も良い所だ。

まあ、自分は哮の友人なのだから問題はないと勝手に納得して、水都は上がり込んだ。

しばし中を散策した後、水都は、まだ入った事の無い、哮の部屋の前に立つ。

「・・・・」

好奇心半分、恐怖半分。

そんな思いの中、水都は、意を決して、扉を開けた。

中は、意外なほどに綺麗だった。

勉強机と棚。棚には、料理の為の本や、子供でも分かる本。あと、剣術指南書などが置いてあったが、埃をかぶっている事から、本の類はあまり読まなかったと見える。

まあ、それも当然だろう、と水都は思う。あの哮が、大人しく本を読んでいる事などありえないだろうから。

しかし、水都の眼に止まったのは、勉強机の上にある、一冊の本。

「これは・・・・手帳・・・・?」

それを手に取り、試しに中を開いてみる。

それらを読み進めていく。

「ただいまぁー」

哮が、帰って来た。

「さぁて、そろそろ『御記』の続きでも・・・・」

自室を覗いた哮の言葉が、そこで途切れる。

そこに、どういう訳か水都がいたのだから。

「・・・・水都?」

声をかけると、水都は気付いたのか、こちらを向いた。

「哮さん・・・」

そして、水都はこちらを見るなり、体を震わせて、怒っているのか、それとも恐ろしいのか、その眼に涙をいっぱいに溜めて、哮に言った。

「哮さん・・・これ・・・」

哮は、気まずそうに頭を掻き、そして、水都に言う。

「そこに書かれてる通りだよ・・・・俺は、()()()()()()()()()()

「で、でも土地神様は何も・・・・」

「俺が頼んだんだよ。言わないでくれってな」

「だけど・・・・だけど・・・・!」

水都は、涙に濡れ、くしゃくしゃになった顔で、さらに何かを言おうとする。

だが、言葉が出てこない。

ここに書かれている事は、それほどまでにショックな事なのだから。

「・・・・悪いな。俺の願いは、お前たちに生きててもらう事だ。その為なら、俺は()()()()()()覚悟だ」

「そんな事、きっと、うたのんが・・・・」

「ああ、許さねえだろうな。でも、それで良い。俺は、誰に認められなかろうが、誰かを守れるなら、それで良い」

「でも・・・でも・・・でもぉ・・・・!」

「泣くなよ水都、何も、今すぐ()()って訳じゃねえんだ。まだまだ生きられる―――」

「無理だよ・・・もう、明日には、私たちは―――」

殺されるだろう。その言葉は、喉に出かかって、止まる。

今度の侵攻は、これまでの比じゃないほど強大だ。

いくら、歌野と哮が強くても、今回ばかりは無理がある。

それに、哮は、その炎の()()()()()()()()()()可能性だってあるのだ。

そして、その時は――――

「怖えよ。物凄く、怖い」

哮は、水都の頭を撫でる。

「だけどな。俺はそんなんかよりも、お前らが、お前が死ぬ方が何よりも怖いんだ。もう、何も出来なくて終わったんじゃ、親父やお袋に顔向けできねえんだ。親父やお袋だって、人を助けて死んだんだからな」

哮の手は、どこかぎこちない。

きっと、自らを苛む恐怖を押し殺しているのだろうが、手から、その感情が直に伝わってくる。

だけど、それでも哮は笑っていた。

きっと、自分を安心させるために。

それに、水都は、どうしようもない無力感を感じていた。

 

ああ、もし、自分が彼の苦しみを受け止められたら、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ついに、敵の大規模侵攻が始まった。

「これで、フィニッシュッ!!」

「オッラァッ!」

哮と歌野の二人が、最後の敵を倒す。

しかし、二人ともボロボロだ。

「はあ・・・はあ・・・・流石の私も、辛いわね・・・・」

歌野がそう言葉を漏らす。

そして、倒れそうになる歌野を、水都が支える。

「うたのん!しっかり!」

「うぅ・・・ありがと」

そんな二人の様子を、哮は無言で見つめる。

そして、その後、自分の手の中にある日本刀を見る。

歌野の体力は限界だ。

いくら、勇者が強力な力を持っていても、それでも体力には限界がある。

しかしバーテックスの数もそれほど多くない。

おそらく、様子見か二人の体力を削る為の先遣隊だろう。

それを思うと、この後に来る敵は、もう防ぎきる事は出来ないだろう。

(腹・・・くくるしかないか・・・・)

そう、内心思う哮。

「そろそろ、四国との通信の時間ね。いかないと・・・」

歌野は、体に鞭を打って通信室へ向かう。

水都は、それを止めようとはせず一緒についていく。

哮も、その後を追っていく。

 

「・・・・いえ、ちょっとしつこいバーテックスを退治してやっただけです・・・・今日は、朝からずっと、戦い続けている感じで・・・・バーテックス襲来の影響で、通信機が壊れてしまったみたいですね・・・・しばらく通信は出来なくなりそうです・・・そちらも大変だとは思いますが、頑張って下さい・・・・諦めなければ、きっと、なんとかなるものです・・・私も、哮兄と一緒に、この御役目を、二年も長く続けられて。たくさんの野菜を育てられましたし・・・乃木さんとも友達になれましたし・・・・とても幸せでした。ああ、もうノイズばかりで・・・ほとんど声が聞こえませんね」

 

そして、歌野は、通信の相手に、最後の言葉を告げた。

 

 

「乃木さん、後はよろしくお願いします」

 

 

そこで、通信は途切れた。

もう、その通信機が四国と繋がる事は、二度とないだろう。

その様子を、水都と哮は黙って見つめていた。

そして、歌野は立ち上がり、水都に歩み寄った。

「泣かないで、みーちゃん」

気がつけば、水都は泣いていた。

「・・・・今、神託があったの。最後の神託だって・・・・」

「どんなお告げだったの?」

「よく三年も守り続けたって・・・うたのんと哮さんと、私が敵をひきつけていたお陰で、四国は敵に対抗する基盤が出来たって・・・」

「そっか・・・」

歌野が、安心したかのように微笑む。

しかし、水都は違う。

これではまるで、自分たちが囮のようではないか。

「こんなのって・・・!」

水都が、悔しそうに顔を歪める。

しかし、やはり歌野は安心したかのように笑う。

「良かった・・・・本当に、私たちが頑張ってきた三年間は、無駄じゃなかったのね・・・」

その様子に、哮は思う。

(もう、良いよな・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、哮、歌野、水都の三人は、上社前宮の境内に立っていた。

空を埋め尽くすほどのバーテックスが、諏訪の結界を取り囲むように浮かんでいるのが見える。

中には、融合して、進化体になるものもあった。

「よし、それじゃあ頑張りますか」

「歌野」

「何?哮兄?」

振り向いた歌野に、哮は、今さっきとってきた手帳を投げつける。

「?」

「読め」

それに首を傾げつつも中身を読む歌野。

「哮さん・・・それって・・・」

そして水都は、その手帳を知っている。

歌野が、だんだんとそれを読み進めていくうちに、その表情を、驚愕へと変えていく。

先ほどの力強い笑顔は存在しない。

「哮兄・・・・これ・・・って・・・・」

「見ての通りだ」

哮は歩き出し、歌野の頭を撫でて、前に出た。

「俺は死ぬ」

「ダメッ!!」

歌野は、哮の手を掴んで止める。

「それはダメ!絶対にダメ!」

歌野は、必死に哮を呼び止める。

「いなくなっちゃヤだ!これからもずっと、哮兄と一緒に生きて行くの!私が農業王になるまで、ずっと一緒にいるの!」

まるで駄々っ子のように哮の腕にしがみ付く歌野。

「でも、このままじゃ諏訪が・・・」

「そんなの関係無い!私は誰かが犠牲になるのは嫌なの!誰かが死ぬくらいだったら、私が、私が・・・!」

「歌野・・・」

「そうですよ」

ふと、水都も哮に歩み寄る。

「そんな方法、皆認めません。誰かが死ぬなんて、そんな、そんな悲しい事、あっちゃいけないんです。いけないんです・・・」

水都は、その両目から涙を流し、哮の歌野が抱き着いていないもう片方の腕に抱き着く。

そして、嗚咽を漏らす。

「哮兄、それだけは絶対に許さない。誰かが、例え神が許しても、私は許さない。だから哮兄、その方法だけは、その方法だけはやめて・・・・お願い・・・!」

「お願いします哮さん、貴方だけが犠牲になる必要なんてありません。もっと、別の方法があるはずです。ですから、それだけは、やめてください・・・・」

二人の、すすり泣く声が聞こえる。

哮は、それにしばし沈黙してしまう。

だが、歌野と水都には、思いも寄らない。

 

 

 

その声が、哮の決意をさらに固めてしまう事を。

 

 

 

「・・・・・・学校のクラスメートの鈴木は、将来医者になりてぇみたいだ」

突然、哮が何かを喋り始め、二人は顔を上げた。

「隣の席の飯田はファッションデザイナー、幼稚園にいる健吾はサッカー選手、健吾が好きな明美は服屋、小学生の竜児は家業を継いで長野一の蕎麦屋になりたい。近所の山田はパティシエになって、バアちゃんに美味いケーキをご馳走したいんだと」

それは、今まで哮が会ってきた、諏訪に生きる子供たちの夢。

「北条は、今やってるバイオリンで、諏訪の人たちに音楽を届けたい。大工の西島は沢山の家を建てて、そこに避難してきた人たちを迎え入れてやりたい。皆が皆、夢を持ってる。大人にも子供にも、未来がある」

哮は、二人の頭にそれぞれの手を置く。

「俺は、そんな奴らの夢を守りたい。未来を守りたい。願いを、守りたい」

「哮兄・・・」

「哮さん・・・」

「歌野は将来、農業王になるんだろ?だったら俺は、そんなお前の夢を応援したい。そして、守りたいんだ」

哮は、笑う。

だけど、それはあまりにも無理して笑っているように見えて、二人の心をさらに締め付ける。

「笑え、歌野、水都。お前らは、やっぱり笑ってる方が一番良い」

「笑え・・・ないよ・・・・哮兄がいないと・・・私・・・・笑えないよぉ・・・・!」

とうとう泣き崩れる歌野。

「行かないで、行かないでぇ・・・・!」

ここまで弱々しい姿を見せるのは、おそらく、初めてだろう。

事実、歌野は、誰にもその弱さを見せた事はない。

「・・・・私の・・・将来の・・・・夢・・・は・・・・」

そこで、水都はふと、ある事を語り出す。

「水都・・・・」

「・・・・今まで、夢なんて・・・持った事なんて無かったけど・・・・うたのんや・・・哮さんに出会って・・・今、やっと、自分の夢・・・持てた・・・・・・・」

とぎれとぎれに、水都は言う。

「・・・そっか」

「私・・・・宅配屋さんになる・・・それで、うたのんが作った野菜を、日本中に・・・ううん、世界中に・・届けるんだ」

「ワールド・・・!?」

「そりゃすごいな」

「うん、世界中に・・・・・それでね、最初は、やり方が分からなくて、戸惑う時もあるし、うたのんと方針の違いで喧嘩しちゃったりで、なかなか上手くいかないんだ」

「おう」

「でも、喧嘩してもすぐに仲直りして、だんだん、宅配の仕事が上手く行くようになって」

「うんうん」

「うたのんの野菜は、評判が良いから、口コミから色んな人から沢山の注文が殺到するんだ。私は、毎日忙しく働いて、沢山の野菜を届けて」

「うん」

「それでね・・・・・毎日、沢山働いて、とっても疲れて。だけど、そんな忙しい日々の中で、一つだけ楽しみな事があるんだ・・・」

「へえ、どんな?」

「哮さんの、手作り料理」

水都は、なおも俯いたまま。

「家で、いつも、うたのんの野菜で作ってまっててくれてる。それがいつもいつも楽しみで、だから頑張れるんです」

水都は、顔を上げる。

「その料理は、とても美味しくて、いつも、私に元気をくれるんです。辛い時も、悲しい時も、私を、笑顔にしてくれるんです。哮さんの料理が、私は、大好きなんです」

その顔は、泣いていた。笑いもせず、ただただ、辛そうな表情で、泣いていた。

 

「――――哮さん、好きです。大好きです。ですから、ずっと、ずっと一緒にいて下さい」

 

水都は、哮に、告白した。

今まで、気付かなかった、その想いを、今この場で吐露して。

哮は、夢を守りたいと言った。

哮と一緒に暮らしたいと言った。帰ってくれば、いつも料理を作って待っていてくれる哮がいる。そんな日常を、水都は望んでいる。夢見ている。

その未来を、哮は壊す事は無いだろう。

ある意味、水都の意地の悪い思惑が、水都の言葉にある。

だけど、ああ、それでも――――

 

「悪い、水都。その未来だけは、守れそうにない」

 

彼は、それだけは守れないのだろう。

「ッ!」

水都は、哮に向かって駆け出す。どんッ!とその体にぶつかる。

そして、強引にその唇を重ねた。

「「――――」」

静寂が、流れる。

歌野は、その様子を、ただ黙ってみる事しか出来ない。

やがて唇が離れ、水都は、その顔を哮の胸に押し付け、彼を責める。

「・・・守るって、言ったじゃないですか」

「悪い」

「嘘つき」

「そうだな」

どんな事を言っても、彼は、止まらないだろう。

とうとう、水都までもが崩れ落ちる。

「う・・・うぅ・・・ぅ・・・・」

水都は、悔しそうに、嗚咽を漏らしながら涙をボロボロと流す。

「歌野、水都」

哮は、二人の名を呼ぶ。

「俺は、楽しかった。歌野がいた十四年、水都がいた三年。その毎日が、俺は楽しかった。辛い時もあった、悲しい時もあった。だけど、俺はお前達がいたからここまで生きてこれた」

哮は、自分の額を、二人の額に当てる。

 

「ありがとうな」

 

哮は、立ち上がる。

「あ、哮に・・・」

立ち上がって止めようとする歌野。

しかし、その瞬間、左足脛に何かが叩き付けられ、それに伴った激痛と何かが折れる音が、歌野をまた地面に膝をつかせる。

「あっぐぅ・・!?」

「うたのん!?」

「悪いな、歌野、水都。行って来る」

哮が踵を返して歩き出す。

「待って!待ってよ哮兄!」

なおも立ち上がろうとするが、左足があまりに力が入らず、まともに立ち上がれない。

「うたのん、足が・・・」

「え・・・!?」

見れば、左足の脛のあたりが、横に曲がっていた。

「折れてる・・・!?」

「そんな・・・」

ここで、突然の骨折。

それはおそらく、哮が歌野の足を折った事に他ならない。

哮の目の前には、あまりにも多すぎる、無数のバーテックスの集団。

哮は、その集団に向かって、刀を鞘から抜き放つ。

「哮兄・・・!」

「哮さん・・・!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方で。

「さてさて、そろそろ動き出した方が良いんじゃない?」

無数に存在するバーテックスの群れ。

その中に、総勢()()()()()()()()()()()がいた。

各々、それぞれの武器を持って、諏訪を嫌な笑みで見ていた。

「さっきの先遣隊でクソったれどもの体力は削ったんだ。楽勝楽勝」

「早く殺そうぜ。あんなゴミみてえな人間どもをさ」

それぞれが早く早くとけしかけてくる。

その中にいるリーダー格らしき男が、醜悪な笑みを浮かべている。

「そろそろ潮時だな」

その言葉を聞いた者たちが一斉に立ち上がる。

「よっしゃぁ!」

「待ちくたびれたわ!」

「殺す!滅茶苦茶に壊してやる!」

「クズな人間どもに、残酷な方法で処刑してやるわ!」

騒ぎ立てるバーテックス人間たち。

彼らは、自分達を、正当な存在と見ている。

悪いのは奴らだ。自分たちから大切なものを奪った。だから奪ってやる。人生を壊してやる。奴らを滅亡させてやる。

ただそれだけを胸に、彼らは人を殺す力を手に入れたのだ。

「良い度胸だ」

リーダーは、叫ぶ。

「突撃だァ!人間どもを蹂躙し、絶望を味合わせてやれッ!!」

「「「オオオオオオオォォォォォォォオオオオオオッ!!!」」」

雄叫びを上げ、彼らは一斉に諏訪に向かって走り出す。

それと同時に、空中にただよっていたバーテックスたちも進撃を開始する。

もはや、敵にとってこの状況は絶望的。

これほどの数を、たった二人で倒し切れる訳がない。

負ける要素が、一切無い。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、突如として、目の前に青い火柱がたちのぼった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

敵が侵攻してくる。

これを、たった一人で倒し切るのは不可能だろう。

いくら化け物級の身体能力を有している哮でも、無理だ。

だからこそ、()()()()()

「水都ッ!!歌野ッ!!!」

哮は、背中越しに二人を名前を呼ぶ。

「よぉく見ておけッ!!これが俺、狗ヶ崎哮の、最後の生き様だぁぁあああぁああああぁあぁぁぁああああぁあああぁぁぁぁあああああああああああああああぁぁぁぁぁああ!!!!!!!」

哮は、鞘を投げ捨て、その地面に、刀を突き立てた。

そして、哮の体から、莫大な青い炎が放出され、それが天に向かって立ち昇る。

 

 

 

哮の力の正体。

それは、悪魔の王―――『魔王サタン』と契約する事によって得た、『炎の災害(サタン・フレイム)』。

火に関するありとあらゆる『害』を操り、敵を全て燃やし尽くす、災害の力。

それが、哮の青い炎の正体だ。

だが、その力が炎の災害であるならば、何故、その炎に触れた歌野は燃えなかったのか。

その理由は、哮が悪魔のような存在になっているからだ。

悪魔は、特定の人間にしか接触しないし契約もしないし、()()()()()()()

つまりは、炎の影響を与えたくないと思うだけで、その相手はその炎に燃やされないのだ。

特定の相手にしか害を与えるように、与えたくない相手には害を成さない。

それが悪魔の力だ。

その気になれば、建物だって消し炭に変える事が可能だ。

だが、悪魔と契約していて、()()()()()()()()()()()

 

哮が、魔王サタンと契約する上で捧げた代償は、寿命と血を繋げない事。

 

一つ目は至って簡単だ。炎を使う度に、その度合いに応じて寿命が消費される事だ。

もう一つの代償は、子を成せず、自分の遺伝子を次の世代へ託す事が出来ない事だ。

決して結ばれず、誰にも異性としての好意を持たれない。どれほど想いを伝えようとも、その血を次の世代へと繋ぐ事が不可能。

ましてや、養子だって取る事も出来ない。

そんな、ある意味での孤独な呪いだ。

しかし、その呪いは、完全ではないにしろ、破った者がいた。

 

藤森水都。

 

彼女だけは、哮を想った。想い続けた。魔王の目論見を見事に打ち破って見せたのだ。

これに魔王は――――大いに満足した。

よもや、人が自分の呪いを完全ではないにしろ打ち破る事が出来た事に、魔王は、哮に、()()()()()()()()

だが、それは本来で言えば契約の外の事。

ならば、新たに契約すれば良い。

魔王が()()()()()()()()()()()()。それを哮は、躊躇いも無しに受け入れた。

例え、二度と会う事は叶わなくても、生きていてくれるなら、もう、悔いは無いのだから。

 

 

――――切り札発動『魔王サタン』

 

 

青い炎を発する哮の姿が変化する。

爪が伸びて尖り、頭からは角が生え、腰からは尻尾が生える。

それは、さながら人の形をした悪魔の様だった。

哮は、目の前から押し寄せてくる化け物どもを一瞥。

しかし、地面に突き立てた剣は抜かず、続けて何かの詠唱を始めた。

 

 

もう、時間は一分として残っていないのだから。

 

「我、魔王(サタン)の名において、この世に炎の厄災をもたらしてくれよう――――」

 

哮は、想い出す。今までの日々を、一つ一つ。

 

「東の森を燃やし、西の海を干上がらせ、南の大地を焼き、北の空を赤く染めよ――――」

 

幼少、まだ幼く、お転婆だった歌野の相手を初めてした日。

 

「文明に崩壊を、世界に終焉を、この世に生きとし生ける全ての命に、終わりを与える―――」

 

歌野が勇者として目覚め、戦っている姿を見て悔しくなって、その時に、魔王サタンに声をかけられた日。

 

「我は悪魔の王、畏れ多き、魔界を統べる魔の王なり――――」

 

そして、水都と初めて会った、あの最初の災害の日。

 

「王の許可無くして、汝らは誰の赦しを得て其処に足を踏み入れている?―――――」

 

全部全部、大切な、哮の思い出。

 

「其処は、我の領地なるぞ。その領地に踏み込んだからには、それ相応の罰を与えてくれよう――――」

 

 

 

 

 

その全てを、テメェにくれてやるよ。

 

 

 

 

 

「―――――早急に立ち去れ、不敬者めらが―――『何人たりとも立ち入れぬ魔王の領地(魔王結界)』」

 

 

 

 

突如、火柱が左右に広がったと思ったら、諏訪を一気に囲んだ。

「「なッ!?」」

それに、驚く歌野と水都。

それは、今こちらに向かって突っ込んできたバーテックス人間たちにも同じだった。

だが。

「恐れるな!所詮はまやかしだッ!あんなもの、易々と越えてみろッ!!」

リーダーがそう叫ぶと、周囲のバーテックス人間が、当たり前だと言わんばかりに咆哮、一気に炎の壁に突っ込む。

 

だが――――

 

「ぎゃぁぁああぁぁああああぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁああああぁ!?!?」

悲鳴が、上がった。

しかし、その悲鳴は一瞬にして消えた。

それは何故か。その悲鳴を出した本人が一瞬の内に消し炭になったからだ。

それに、一同は立ち止まってしまう。

だが、その中の数名は突っ込む事やめずに炎の壁の中に突っ込む。

しかし、結果は同じ。突破叶わず、消し炭となって消えた。

それに、彼らは足を止める。

上空にいるバーテックスも、炎の壁に突っ込んでいくたびに、その全てが焼き尽くされていく。

「・・・・なんだ・・・これは・・・・!?」

リーダー格の男が、呆然とする。

「ち、ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおぉぉおおおおお!!!」

一人の男が絶叫して、その手に持つ銃を撃つ。

それは、炎の壁に振れる直前で、余波で消滅した。

それに、彼らは絶句する他無い。

 

 

 

 

 

 

 

そして―――――

炎の壁を作った、哮は、地面に刀を突き立てまま手を離し、後ろにいる水都と歌野に向かって振り向き、笑う。

 

「笑え、歌野、水都」

 

その言葉を告げた直後、哮が一瞬のうちに、その姿を灰へと変え、跡形も無く消滅した。

 

 

次の瞬間、炎の壁が、一斉に外に向かって広がり始めた。

 

 

 

「な、なにぃぃぃぃいいぃいいいいい!?」

それに彼らは驚愕する。

炎の壁が、その範囲を広げてこちらに迫ってくる。

自分たち、人を超越した存在を軽々と消し炭にしてしまう、文字通り死の壁。

その速さは、あまりにも速く、例え一目散に逃げようとしても、一瞬にして追いつかれ、焼き尽くす。

それは、彼らにとっては、さながら悪夢のようだろう。

男は、どうしてこうなった、と思考まもなく、呆気も無く炎に呑まれた。

周囲にいた無数のバーテックスも、全て焼き尽くされ、やがて、炎の壁はかつて諏訪の結界があった範囲にまで広がった。

炎の勢いが強まったのではない。ただ、壁が進行したのだ。

それによって、諏訪は、絶対的防御を誇る炎の壁―――『魔王結界』によって、守られた。

 

 

 

 

 

 

自分がもっと強ければ、こんな事にならなかったかもしれない。

 

自分が戦えていれば、何かが変わったかもしれない。

 

だけど、今更後悔したところで、すでに結末は迎えてしまったのだ。

 

だから、もう、何をしようと、全て手遅れ。

 

否、哮が悪魔の力に手を出した時から、この運命は、決まっていたのかもしれない。

 

だけど、嗚呼、それでも―――――

 

 

 

 

 

―――――もっと、一緒にいたかった。

 

 

 

 

 

だから二人は、泣いた。

天を貫くように、大声を上げて泣いた。

諏訪の全域に届く様に、四国に届く様に、世界中に轟く様に、地の底へ届く様に。

悔しさ、悲しみ、怒り、無力感、恨み、憎しみ、切望感、絶望――――様々な感情が二人の胸の中で渦巻く。

何故、どうして、何も出来なかった、こうすれば良かった、何故言わなかった、どうしてこうなった。

訳が分からなくなる、頭の中がぐちゃぐちゃになる。

だけど、いくら考えても無駄で、分からなくて。

ぐちゃぐちゃになった先にあったのは――――――『無』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、数日。

歌野は、一人病室で、ただただ無為な日々を寝て過ごしていた。

「――――」

考える事も投げ出して、ただ何もない白い天井を見上げている。

体を一切動かす気も起きず、ただ左足から感じる痛みを感じたまま、歌野は、ただ時間が過ぎるのを待っていた。

しかし、いつも通りの何もない日々が、ただ当然の様に過ぎていくのだと思っていた矢先。

 

 

病室の扉が開いた。

 

 

怪我をした初日には、沢山の人が見舞いに来てくれたが、彼らの投げかける言葉は、全て右から左へ流れて行き、何の反応も示さない歌野に、だんだんと人が減っていき、やがて、食事を運んできてくれる看護婦以外、誰も来なくなった。

今回も、また()()()()()()()食事を運んでくる看護婦かと思ったが、今回は違った。

「うたのん」

聞き覚えのある声。

あの日以来、自分を病院に運び込んでから、一度も見舞いに来る事の無かった、藤森水都が、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

「あまり、食べてないみたいだね」

「・・・・」

水都の言葉に、歌野は何も返さない。

事実、歌野はこの際餓死でもしようか思って、ここ数日何も食べてこなかったのだ。その証拠に、今の歌野は、以前よりも痩せている。

それをどうにか阻止する為の措置として、数少ない点滴を使ってどうにかされているが、正直言って迷惑でしかない。

「・・・・何しに来たの?」

皮肉、そのつもりで言った言葉。

以前までの歌野だったら、決して言わないであろう、その言葉。

それに水都は、苦笑いを零しながら、話し出す。

「今日、哮さんの家に行ってたんだ」

「そう・・・」

「前に、哮さんが残してくれた、手帳あったでしょ?あれに、ね。置手紙の居場所が書かれてたんだ」

水都は、歌野同様、ただ過ぎていく日常を無為に過ごしてきていた。

ただ、歌野と違うとすれば、歌野が落とした哮の自分の力に関して記した手帳が手元にあった事だ。

暇だから、読み進めていくと、最後のページに、何かの居場所を示す地図のようなものが書かれていた。

それに書かれていた物の配置から、それが哮の部屋だと断定。

特にする事もなく、水都は哮の家に行き、彼の部屋へと入り、そして、箱を見つけた。

それは小さな金庫。

哮の頭の悪い暗号を解読し、暗証番号を入力すれば、その金庫はいとも容易く開き、そしてその中に、四通の手紙が入っていた。

 

一つ目は、炎の壁、『魔王結界』についての手記。

二つ目は、四国にいる勇者に向かって書いた手紙。

三つ目は、今後の諏訪の方針を書いた申請書。

四つ目は、歌野と水都に書いた、遺書。

 

「読む?」

「やだ」

即答。

そんな死ぬ事を前提に書いた手紙など、聞きたくなかった。

だけど、水都は、それが分かっていたかのように、その手紙を読み上げる。

 

 

歌野と水都へ。これを読んでるって事は、俺は死んじまったみたいだな。まずは、悪い、と謝っておく。どういった形になるかは知らねえが、たぶん、俺はお前達を振り切ってまで力を使っちまったのかもしれないな。それについては、きっと俺は後悔しないだろうな。まあそれはともかく。

まずは歌野。

お前の事だ。俺がいないと何も出来ないとかほざいてんじゃねえのか?残念な事にお前は俺がいなくてもやれることはやれる。なにせ、俺には畑仕事なんて出来ねえからな。ついでに、料理なんて練習すりゃあ出来るし、体力もあるから力仕事も出来る。まあ、俺の代わりにそういう事はやってくれって事だ。いや、料理は水都に任せるべきか?まあ、そこはどうでも良いか。とにかくお前は力関係ならなんでも出来る。そう断言する。

次に水都。

お前は、自分は弱いとか、引っ込み思案なんて思ってるかも知れねえけどよ、案外、お前は結構話す方だぜ?人の表情をうかがっちまう時もあるけどさ、お前はその表情の変化を恐れずに言葉を投げかけられる、結構肝の据わった奴だぜお前は。だけどそれでも遠慮する事が多い。お前はいつも肝心な所で自分の言いたい事を言えねえから、いっつもそこにはムカムカする。もうちっと自分の本心をズパズパ言えるようになれ。良いな。

そして、最後だ。

俺は死んじまったが、後を追おうとするなよ?そんな事したら俺が地獄の彼方までぶっ飛ばしてやるからな。

どんなに辛くても関係無い。生きてくれればそれでいい。だけど、もし耐えきれないような事があったら、泣け。目いっぱい泣いて、そして、その後は全部水に流して笑ってくれ。俺は、そんなお前達の笑顔が好きなんだ。どんな事があっても、後ろ向いて立ち止まらないで、前を向いて歩いてほしい。それが、俺の願いだ。

長くなってしまったようで悪いが、これで全部。後は、お前達がどうにかしてくれ。

四国の奴らにもよろしく言っておいてくれ。

 

それじゃあ、さよなら、歌野、水都。ちゃんと歳とってから来いよ。

 

狗ヶ崎哮

 

 

水都が、手紙を読み終えた頃。

歌野は、膝を抱えて黙っていた。

「・・・・ずるいよね」

水都は、自虐的な笑みを浮かべていた。

「こんな、手紙で気持ちを伝えて来るなんて、ずるいよね」

声が、震え始める。

「皆、悲しんでるのに、こんな、勝手な事・・・・ずるいよね・・・・」

水都は、ぽたぽたと、涙を流す。

だけど、水都はすぐに涙を拭い、さらに二通の手紙を出す。

「読んで、うたのん」

「・・・・」

歌野は、その二通の手紙を受け取る。

そして、それらを読み進めていくうちに、その眼は徐々に開かれていく。

「これって・・・・」

「私は、それに従おうと思う」

「・・・・」

歌野は何も言えない。

そこに書かれている事が本当であるなら、どうしようもないから。

「うたのん、私たちは、哮さんに言われた筈だよ。生きて欲しいって。だから、私は生き続けるよ。醜くあがき続ける。生きる為ならなんでもする。だけど、その為には、うたのんが一緒じゃなくちゃダメだと思う。だって、うたのんまでいなくなっちゃったら、私、本当に何も出来なくなるもん」

「・・・・・」

歌野は、その手紙を握りしめる。

「これから、諏訪の皆を集めて、その事を伝える。その上で、決断させる。残る人と、残らない人を分からせる。もし、まだうたのんが立ち上がれないっていうならそれで良い。私一人でやるから」

水都は立ち上がり、病室から出ようとする。

しかし。

「待って」

歌野が呼び止める。

「誰が、立ち上がれないって?」

振り向いた水都の視界に、こちらをキッと睨みつける歌野が顔があった。

それに、水都は口角を僅かに吊り上げ、持ってきた弁当を、歌野に差し出す。

「それじゃあ、ちゃんと食べないとね。最近、食べてないんでしょ?」

その弁当から漂う匂いに、歌野の腹の虫が鳴った。

「・・・・」

それに歌野は顔を赤くして、水都は微笑んだ。

自棄になって、歌野はその弁当箱を奪い取ると、蓋を開けて、中を見ずに、箸でそれを口の中に運ぶ。

しばらく口を動かした後、歌野は、その料理の味に、どうしようもないなつかしさを感じた。

「みーちゃん・・・これって・・・・」

「哮さん。料理の事については熱心だったみたいでね。ノートを取ってたんだ」

「それを見つけて真似てみたって訳ね・・・」

それに、歌野は笑みを零し、そして天井を仰ぎ見る。

「あー、みーちゃんは強いなぁ。私なんか目じゃないくらい、ストロングよ」

「そんな事ないよ。うたのんだって、強いよ」

「いいえ、私は弱いわ。哮兄がいなくなったからって全部投げ出そうとしたんだもん。だけど、みーちゃんは自分で立ち上がれた。これはもう完敗って認めるしかないじゃない」

「それじゃあうたのん。私は勝者として、敗者であるうたのんに一つお願いを聞いてもいいかな?」

「どうぞ、仰せのままに」

水都は言う。

 

「ずっと私の傍にいて欲しいな」

 

「・・・それだけで良いの?」

「それで、私のする事を手伝って欲しい。傍で、見ていて欲しい。その代わり、うたのんがしたい事を、私にも手伝わせて欲しいの。それじゃダメかな?」

その水都の問いに、歌野は笑って返す。

「ダメな訳ないじゃない。ノープロブレムよ」

歌野は、拳を突き出す。

「必ず生き残りましょう」

それは、哮が最も好んだ行為。

「うん」

それに、水都も拳を突き出し、ぶつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

諏訪にある、とある広場にて。

そこには、諏訪に生きる全ての住人がそこにいた。

全員、哮の戦死に哀しみ、そして、勇者が死んだ事でまた希望が失われ始めていた。

そんな中に、用意された壇上に、上がる者が一人。

それに気付いた諏訪の人々が、一斉に視線を向けた。

その人物とは、水都だった。

水都は、毅然とした表情と態度で、一同を見ていた。

その様子を、少し離れた所で、松葉杖をつきながら見ている歌野がいた。

水都は、人々を一度を見渡すと、口を開いた。

「巫女の藤森水都です。本日は、招集に応じてくれた皆さまに、感謝を申し上げます」

頭の下げ、感謝の意を示す。

「先日、狗ヶ崎哮さんが、敵の大規模侵攻によって、その命を落としました。その代わりに、諏訪には、絶対不可侵の炎の壁が形成され、敵の侵攻を完全に阻止していると言っても良いでしょう」

それに、一瞬ながらも、安堵の息が漏れるのを感じた。しかし、水都はそんな空気を許さない。

「しかし、あの結界は、先日の大規模侵攻の日から、およそ一年経った日に、その力を失い、消滅してしまいます」

それを聞いた瞬間、周囲がざわめき始める。

だが、水都はそれを無視して、さらに話を進めた。

「あれは、哮さんが自分の命と体を代償にして作った結界です。しかし、それでも限界があり、たった一年しか持ちません」

空気が、重くなる。

たった一年。それしか時間がないのでは、もはや、助かる可能性は――――

「一年です」

しかし、水都は、諦めていなかった、

()()一年持つんです」

その言葉に、人々の俯かれていた視線は、再び水都に集まる。

「もう一人の勇者、白鳥歌野は、とある場所と交信していました。それは、この諏訪から遠く、そして、安全な場所であり、六人の勇者が存在する場所――――四国と、我々は交信していたんです」

水都は言う。

「そこでは敵に対抗する為の基盤がすでに完成しており、この諏訪より、ずっと安全です。もし、その四国から勇者が来た場合―――

 

――――私は諏訪を捨てます」

 

その言葉に、一同は驚く。

今まで生まれ育ってきた場所を捨てて、より安全な場所へ逃げる。

そんな事をしても良いのか――――

「驚くのも無理もありません。しかし、これは哮さんの意思であり、願いでもあります。生きていて欲しい。夢を叶えて欲しい。やりたい事をやって欲しい。哮さんは、ここに生きる全ての人の未来を守りたいと、そう言ったんです!」

水都は、叫ぶ。

「私は諏訪を捨てます!しかし、私は貴方達を見捨てたくない!全員で生き残って、四国に行きたい!どれほど困難であろうと、私は貴方達を見捨てずに、四国に行きたい!どれほど醜くても、生きていたい!」

水都は拳を突き上げる。

「だから私は貴方達に言います!生きましょう!全員で!どれほど小さな希望でも、生き残る事が出来るなら縋りつきましょうッ!」

水都は、叫ぶ。諏訪中に轟くように、地の底にいる、最愛の人に届くように。

 

「どんな辛い目にあっても人は必ず立ち上がれるッ!!!たった一つの希望に賭けて、全力で、本気で、生き抜きましょうッ!!!!」

 

息をあげる水都。

言った。言い切った。言えるだけの事は言った。

返事は、――――無い。

それならそれで、まだ説得を続けるつもりだ。

 

何せ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

その為に腕を下ろしてさらなる説得を試みようと思った所で―――

 

「分かった」

 

そんな声が聞こえた。

「哮の奴がそう言ったんなら、アンタの案に乗ってやるよ」

それは、哮と同じくらいの背丈の男子。

彼は確か――――範蔵(はんぞう)、と哮は読んでいた筈。

さらに、他の者からも声があがる。

「あ、アタシも」

気弱そうな、短髪の女性、身長は水都より高い。

彼女も、確か哮の知り合い。

「俺もアンタの案に乗るぜ」「哮さんの願いなら」「タケちゃんにはいつも助けられてたからね」「死にたくないしな」「生きられるのなら」

沢山の人々が、水都の言葉に賛同するかのように声をあげる。

しかしどこかぎこちない。

おそらく、想像してしまっているのだろう。

四国の勇者が来る保証なんて無い。それまでに、あの結界が持たず、消えてしまうかもしれない。

しかし、それでも諏訪の人々は、希望に向かって手を伸ばしているのだ。

哮の願いを、哮が繋いでくれた命を――――哮が託してくれた、勇気のバトンを。

ならば、水都は、彼らの前に立った者として、答えねばならない。

水都は、もう一度拳を突き上げる。

「生きましょうッ!!皆でッ!!」

それに答えるかのように、拳を突き上げて、声を挙げた。

 

 

狗ヶ崎哮が繋いだ、バトンを繋げるために――――

 




次回『そして今へ』

繋いだものを繋げるために。


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そして今へ

すいません。
先週は季節の変わり目にものの見事に風邪を喰らって投稿できませんでした。
さらに報告として、自分はこれでも学生の身なので投稿が不定期になる可能性があります。
それでも土曜の零時には、つまり週一は投稿できるように頑張っていくつもりです。

それとしばらくこの『あたゆ』の方の投稿が滞ります。

理由としてはもう一つ、これの『ゆゆゆ』時空にあたる『ふちゆ』が色々とクライマックスなのでストック作るのにあちらに集中しまくってるからです。

なので、『あたゆ』と『ふちゆ』の同時投稿が出来なくなってしまうかもしれませんので、その辺りは悪しからず。

こちらの勝手な都合で楽しみを削ってしまう事をお許しください。

というかよくここまで週二で投稿してきた自分を褒めたいんですがね・・・アハハ・・・

そんな訳で、これからの投稿ペースが色々と変わってきてしまうかもしれないので、覚悟していて下さい。では、本編をどうぞ。


「――――これが、事の顛末です」

水都の締めの言葉に、誰も何も言わない。

それほどまでに、その話は衝撃的で、悲しい話だった。

しかし、やはり持ち前の精神力で感傷に浸っていない辰巳が、第一に口を開いた。

「大体の話は分かった・・・・手紙がある、て言ってたが、それは今どこに?」

辰巳は、そうたずねる。

それに顔を見合わせた歌野と水都は、懐から一通の手紙を取り出し、それを差し出す。

「これです」

辰巳は、それを受け取り、封を切って中身を開く。

歌野と水都以外の全員が、その手紙を横から覗き込む。

 

 

四国の勇者の方々。

狗ヶ崎哮と申します。この度は諏訪に来て下さり、ありがとうございます。

堅苦しい挨拶はここまでにしておいて、まずは初めましてと言っておく。

正直、歌野からは乃木若葉って奴の事しか聞いてないから、他六人の事は何にも知らないんだが、とりあえず、俺の事は知っていて欲しい。

まず得意な事だが俺は料理が得意だ。

これでも諏訪の皆に絶賛されるほどの腕前は持ってるんだぜ?どうだ。すごいだろ?

あと好きなものと言えば蕎麦だな。うん、長野の蕎麦は四国のうどんより美味い。これは未来永劫変わる事の無い真理だ。異論は言わせない。

あとは、ってなにも書く事はねえな。まさか自分がこんなにも書く事がねえとは思わなかったな。

ガキの頃は結構なケンカ坊主だった事や、町中じゃ知られたガキ大将だった事くらいか・・?まあ、歌野やばあちゃん以外に手紙出した事ねえから、他人に手紙書くのは結構ムズイな。

まあ、それはともかく、だ。

お前たちに、頼みたい事がある。

諏訪の奴らを、無事に四国に送り届けて欲しい。

勝手に死んじまったバカが言う事じゃねえけどよ、諏訪の皆を、歌野や水都を守って欲しい。

もちろん、お前たちにも生きててほしい。どんなにつらくても、生きる事を諦めないで欲しい。

最後の最後で、生きてて良かった、て思って欲しい。

そんな人生を送って欲しい。

ただ、それだけだ。

それだけ守ってくれれば、後の事は任せる。

 

どうか、歌野と水都の事を、よろしく頼む。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・必ず」

読み終えた辰巳は、ゆっくりとその手紙を机の上に置く。

「・・・・すまない」

若葉は、涙で濡れた顔をくしゃくしゃに歪め、項垂れた。

ひなたは、そんな若葉の背中をさする。

「謝らないで若葉。ただ貴方が、哮兄の繋いでくれた・・・・バトンを受け継いでくれれば、それで良いの」

歌野は、若葉を慰めるようにそう言った。

辰巳は、一度全員に目配せをする。

その意図を読み取った一同は、頷き、了承する。

辰巳は、水都と歌野の方を見る。

「・・・本日をもって、俺たちは狗ヶ崎哮、そして、諏訪と盟約を結ぶ。そして、盟約に従い、貴方達諏訪の人々を、四国へ護送すると約束しよう」

「寛大な処置、ありがとうございます」

水都は頭を下げ、感謝の意を示す。

「さて、それについていくつか聞きたい事が・・・・」

「どうやって四国へ護送するか、ですね?」

「まあ、そうなる」

水都は、一度間を置いて話し出す。

「まず、四国に行く中で徒歩はキツイと判断し、車を使用する事に決めました」

「燃料はあるのか?」

「あの災害以来、車を使っている人は一人もいませんので、それに、備蓄もちゃんとあります」

「ならよし」

「使用するのはトラック、それもオーバースタイルのものを使う事にしました。

「荷物を積む部分がむき出しになってる奴か・・・大丈夫なのか?」

「バーテックスから逃走する際に、小回りを利かせた方が良いと思いまして」

「そうか・・・・」

「食料もある程度持っていきます。少なくとも十日分」

「十日以内に四国につかなければならないのか・・・・まて、寝込みの際のバーテックスへの対応はどうするんだ?」

「それについては、まずは四国へ逃げる際の手段を話し合った後でよろしいでしょうか?」

「そうか・・・・分かった。続けてくれ」

「では、逃走する際は、バーテックスとの遭遇をなるべく避ける為に、先頭車両に、私かひなたさん、巫女を置いて、道を誘導する事になります。もし、逃走経路が塞がっていた場合、あなた方でそれらを吹き飛ばせるほどの火力を持つ人がそれを破壊するか、あるいは別のルートを探し出して逃げるしかありません」

「火力なら、俺のファブニールか球子の輪入道・・・あとは()()()()として友奈のアイツだな・・・」

「タマは別に問題ないぞ」

「いや、球子は杏に次ぐ遠距離攻撃が可能だ。その点を考えたら、障害物の破壊は俺がやった方が良いだろ」

「分かりました」

これで、逃走経路のついての話し合いは済んだ。

まとめるとこうだ。

 

逃走にはトラックを使用し、一台につき数名。人を乗せる車両と職掌を乗せる車両に分かれ、それぞれが運ぶ。

先頭車両には巫女を乗せ、バーテックスのいない経路を導く。障害物があった場合は辰巳が『怒り狂う邪竜の咆哮(ファブニール・ブレス)』の手加減バージョンで粉砕する。

さらに、それでもバーテックスの追跡を逃れられない場合は他の勇者が迎撃する。

 

こういう事になる。

「それで、寝る際の警備ですが、あの結界を使います」

水都は、諏訪を守る炎の壁を指差す。

「あれをどうするんだ?」

「哮さんが残した手記によれば、あれの要は、哮さんが使っていた刀です。それは、普段は誰にも抜けない様になっています。もちろん、うたのんであっても抜く事は出来ません。ですが、私には抜けます」

水都曰く、哮はあの刀を抜けれるのは水都と設定したらしい。

その意図は分からないが、さらにあの刀は、鞘に収まっている状態ではただの刀だが、ひとたび抜けば周囲に見えない炎の結界を形成。近付くものを全て燃やす事が可能らしい。

その範囲は、抜いた長さに比例し、天球状に展開されるらしい。

さらに、走行中でも発動可能で、剣を中心に展開されるらしい。

しかし、それでは代償である『哮の寿命』が消費されてしまう。

だから、走行中の使用は、最終手段としてあまり多用は出来ない。

「そうなると、防衛する際の陣形も必要になってくるな」

「あ、それについては私が」

「頼む」

杏の申し出にうなずき、辰巳はまた水都の方を見る。

「とりあえず、今回はここまでって事にしておこう。良いな?」

「はい」

話し合いは一旦打ち切り、一同は一息つく。

「すみません。休んでもらうつもりが、こんな堅苦しい話になってしまって」

「まあ、もともとのんびりする気なんて無かったがな」

「疲れているでしょう。お風呂の用意が出来ているので、入ってきてはどうでしょうか?」

「なら先にこいつらを入れてやってくれ。俺は後で良い」

「混浴なんてまっぴらだからね~」

と、歌野が余計な一言を言った。

「ああ、本当にな」

「覗きにくるなよ辰巳」

「その時はどうなるか分かっているわね?」

「・・・・・何したんだ?」

何故か殺気立っている若葉、球子、千景の三人。

それに何故か首を傾げる辰巳。

それに苦笑する友奈、杏、ひなたの三人。

そして察したのか同様に苦笑する歌野と水都。

 

 

 

 

結局、訳が分からぬまま、辰巳以外の全員が温泉に入る事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁあぁぁあああ・・・」

そんな訳でさっそくとろけ切っている若葉。

「まさか若葉が大の風呂好きとは・・・・」

「そうなんですよ」

歌野がそれに苦笑し、ひなたはニコニコとしながら肯定する。

「でも不思議ね」

「何が?ぐんちゃん」

「あの炎の壁ってとっても大きい筈なのに、夜はちゃんと暗いのね」

確かに、あれほど炎が燃え盛っているのに、それが発する光の影響はほとんどない。

「それは、あんまり光が強くなり過ぎないようにって、哮さんが配慮したみたいなんですよ」

その疑問に、水都が答えた。

「へえ。哮さんってすごいんだね」

もちろん(オフコース)!哮兄は頭は悪いけどああ見えて結構運動が得意でね、一度料理を作らせたらそれはもう絶品でもはや諏訪の名物といっても良い程に諏訪の食文化をさらに進歩させたまさに諏訪料理の父と言っても良い程の―――」

「はいはいうたのんそこまで、皆が呆気にとられちゃってるよ」

熱烈に語ってきた歌野に、一同は唖然としていた。

「こほん・・・まあ、誰が何と言おうと、哮兄は凄いって事よ!少なくとも料理に関しては右に出る者はいないわね」

うんうんと一人勝手に納得している歌野。

それは水都も頷くところだ。

そして、それを豪語してくる彼女を見れば、その腕は認めざるを得ないと頷いてしまう、四国組の一同。

「でさでさぁ」

そこで歌野は一同を見渡すと、ある人物にとってとんでもない事を言い放った。

「誰が辰巳のフィアンセ?」

「ぶほッ!?」

その問いに、ひなたが思わずむせた。

「ななななななにを――――」

「ああ、それならひな――――」

「待て若葉」

突如として若葉の口を塞ぐ球子。

「むぐ・・・!?」

それに思わず抗議しようとするが、球子が何かを耳打ちすると、途端に大人しくなった。

「?」

「さぁて、誰なんでそうなぁ」

球子がわざとらしくひなたに視線を向ける。

それに思わず顔を引き攣らせて肩をびくりと震わせるひなた。

「そういえば、そんな事考えた事無かったわね」

千景がいきなりな事を言い始める。

「格好いいですよね、辰巳さん」

「うんうん、たっくんちょっと運ないけど、格好いいよね」

「ああ、思わず惚れてしまいそうな程にな」

全員、心にもない事を言い出す。

「それに教えるのも上手いし」

「そういえば辰巳って料理出来たっけ?」

「出来ると思いますよ。それに頭も良いですし」

「物理に関しては私たちの知る限り、奴に敵う者はいないだろうな」

「たっくんうどんは食べないけどカツ丼好きだったよね」

そして、杏がとんでもない事を言った。

「あ、そうなると、辰巳さんに彼女はいないって事ですよね!」

「あら、結構容姿良いから彼女の一人や二人はいるものだと思っていたわ」

「アハハ・・・・なるほど・・・」

その杏の言葉に、素直に受け取ってしまう歌野と、どういう事なのか察して苦笑する水都。

「あ、それなら」

そして友奈が手をあげて、

「私告白しちゃ――――」

「だめですぅぅぅぅぅぅうううううぅぅううう!!!!」

何かを言いかけた友奈の言葉を遮って、ひなたが叫んだ。

「辰巳さんは、私の恋人(もの)ですぅ!!」

そして、暴露した。

沈黙がその場を包む。

しかし、水都以外の全員が黒い笑みを浮かべた。

「へーえー」

「引っ掛かったな」

「見事にはまったわね」

「ふふ、ひなたさん可愛い」

「ヒナちゃん顔真っ赤~」

「自分から暴露したな、ひなた」

そして、ひなたは自分が嵌められた事に気付いて、次の瞬間湯舟に一気に沈んだ。

「あああ!?ひなたさん早まらないでください!」

「離してください水都さん!このまま沈めさせてください!」

「それじゃあ辰巳さんが心配しますよ!」

辰巳の名前を出した途端に、今度は露天風呂の方へ逃げるひなた。

「逃げちゃった」

「物凄い逃げ足ね」

「ひなたの奴、辰巳の事になると一気に慌てるからからかいがいがある」

「若葉ちゃん、笑い方がなんだか悪いよ」

逃げて行ったひなたを生暖かい目で見送った一同。

 

 

 

 

しかし、彼女たちは知らない。というか、ひなたは予想もしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハア・・・ハア・・・・全くもう、お風呂からあがったらみんなお仕置きです」

頬を膨らませていじけるひなた。

そして、肌に突き刺さる寒さを感じて、ひなたは自分が屋外にいる事に気付く。

「ああ、ここが露天風呂ですか・・・」

目の前に広がるのは、湯気を立ち上らせる温泉。

戻ったら弄られるタネにされる。

ならばと思い、ひなたは湯舟に使ってみる。

「ああ・・・やっぱり露天風呂は一味違いますねぇ・・・」

そう、ぼやいて横を見た時。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

そこに、設置されていた岩の影に山鳩色の髪をした少年がいた。

その顔は、青ざめているのか赤らめているのか分からないという表情で、必死にひなたに気取られないように制止、なおかつひなたから目を逸らしていた。

そして――――

 

「・・・・・・・・なんでいるんですか?」

 

ひなたは、青ざめた状態で蚊の鳴くような声でそう問いかけた。

「いや・・・ここって男女別々じゃなかったっけ?」

「確かにそうですけど露天風呂は違いますよ?」

「そうなのか?」

「話聞いてなかったんですか?」

「正直、若葉たちがなぜ俺にあんな目を向けてくるのか分からないという事でいっぱいだった」

「辰巳さんにしては珍しいですね・・・・」

「ああ、その・・・・・すまん」

「・・・一応聞いても?」

「別に男女別々なら時間ずらさなくても大丈夫だと思い、入ってたんだが露天風呂がある事に気が付いて外に出て入っていたらお前がいきなりものすごい勢いで別の扉から出てくるから逃げるに逃げれなかった」

一息にそう言う辰巳。しかし視線はそらしたまま。

気まずい沈黙。

「お、俺もう・・・」

そう言って風呂場から出ようとした辰巳。

しかし、その腕をひなたが掴んだ。

「え・・・ひなた?」

そのままぐいっと引き、自ら体を密着させる。

それに、辰巳は心の中で悲鳴をあげる。

(な、なにやってんのコイツ!?)

突然の出来事に混乱する。

しかし、ひなたの次の一言でその混乱は一気に収まる。

「・・・・二人きりの機会、しばらくありませんでした・・・」

いや、数日前もあったよな?

なんていう事は言わず、辰巳は諦めてひなたに腕を掴まれたままになった。

しかし――――

(ひなたの体は綺麗だな・・・・)

なんて、思ってしまった。

運動している訳では無い。しかし、適度な栄養摂取や量によって、肌は白く、体格も良い。決して太すぎず細すぎず、しかし華奢で、柔らかい。

ただ、本当に美しいと思うなら若葉が理想的だと思っている。特に足腰は良く鍛えられており、引き締まってまるで鹿のような足で――――

「むぅ・・・」

「ん?どした?」

「今若葉ちゃんの事考えていたでしょう?」

エスパーか何かなのですか?

という事は言わず、適当に誤魔化す。

「ひなたの体は綺麗だなって思ってな」

そう、まさしくそれは爆弾発言だった。

「――――」

ひなたの顔のみならず体中が真っ赤になる。

「あぅ・・・・」

蚊の鳴くような声で声を漏らし、顔を逸らすひなた。

そこで、辰巳も今自分がした発言に気付き、同様に顔を赤くしてしまう。

「いや・・・その・・・・・」

また、気まずい沈黙が二人の間に流れる。

しかし、その沈黙は、ひなたが破った。

「・・・・辰巳さんの」

「ん?」

「辰巳さんの、良い所は、困っている人を見過ごせない事です。道に迷っていたら案内する。ケンカしていたら仲裁する。誰かがものを落としてしまった時は拾ってあげる。犬が逃げたら捕まえてあげる。沢山の人を、助けようとする。それに、何かを教えるのも上手です。若葉ちゃんの剣を振り方を指摘してあげる。友奈さんの組手の相手をしながら戦い方を教える。球子さんに立ち回り方と防御の仕方を実践させる。千景さんに鎌を振る際に必要な筋肉の付け方をレクチャーしてあげる。杏さんに、弓の撃ち方と立ち回り方を教えてあげる。沢山の事を、皆さんに教えてあげています」

ひなたは、辰巳の腕を掴む手にさらに力を込める。

「だけど、辰巳さんの一番凄い所は、剣術です。人とは思えないような技を沢山編み出しています。誰よりも、沢山努力しています。それを、私はよく知っています・・・・」

そこで、辰巳は気付く。

「ひなた・・・お前、まさか歌野や水都の話を聞いて、やきもち焼いてるのか?」

「・・・・」

無言。それはこの場合では肯定を意味する。

そんな、ひなたの子供っぽい所に思わず吹き出す辰巳。

「笑わないで下さい・・・」

「悪い。でも、嬉しいよ」

ひなたはいわば、歌野や水都の言う狗ヶ崎哮という人よりも辰巳の方が凄いと言いたいのだろう。

だが、若葉と違って、ひなたにとっては初めて好きになった異性であり、経験のない事だ。だから、何をすれば良いのか分からず、ただそれによってともなう気恥ずかしさがあってあの場で言い出せなかったのだろう。

そんな風に、ひなたが辰巳の事を大事に思っている事が、辰巳にとっては嬉しかった。

「ひなた」

辰巳はひなたの名前を呼ぶ。

ひなたは、まだ恥ずかしいのか躊躇いがちに振り向いてくる。

「お前を好きになって良かった」

そう、改めて告白する。

それに、ひなたは一層顔を赤くする。

そんなひなたの紅い頬に手をあげ、顔をあげさせる。

無理矢理視線を合わされたひなたは、やがて諦めたかのように目を閉じる。

「私も・・・・貴方を好きになって良かったです・・・」

月と青い炎が照らす夜の中、二人は愛を囁き合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな甘い夜を過ごした二人と、その様子を()()()()()()()()七人。

その翌日。

「討伐だと?」

若葉がそう呟いた。

場所は旅館の食事の間。

当事者は、杏。

「はい。今回の諏訪の人たちを護送する際に確実な障害となるあのバーテックス人間。彼らを排除したうえで実行するべきと判断しました」

杏は、真剣な表情で、そう言った。




次回『討伐戦』

討ち取るは、目的の障害。


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討伐戦

朝――――

辰巳と歌野、水都とひなたは、とある一室に来ていた。

「突然、パソコンと私の携帯を貸してくれって言ったけど、何に使うの?」

歌野がそう聞きながらパソコンの前に座る辰巳に自身の携帯端末を渡す。

「簡単な事ですよ」

「お前のに四国の勇者システムを入れる」

辰巳の手には一本のUSBメモリー。

それは、四国で作った、歌野専用の勇者システムのデータが入っていた。

「諏訪についたら、そこにある機材を使って白鳥歌野の端末に勇者システムをインストールしとけって大社に言われてたんだよ」

「それを入れると何が起こるの?」

「アニメのように変身が出来る」

会話している間に歌野の端末に勇者システムをインストールする辰巳。

「新しくアプリが入っている筈だぞ」

「リアリー?どれどれ・・・・おお!」

歌野の端末には確かに勇者に変身する為のアプリが入っていた。

「これを押せば勇者に変身できるの?」

「ついでに性能もこちらと同等になる筈だ。つまり、前より敵を沢山倒せるって事だ」

「よーっし!では早速、レッツ!メタモルフォーゼ!」

歌野が勇者システムを起動すると、金糸梅を想起させる装束に歌野が一瞬にして纏われる。

「わーお!」

「すごい・・・!」

「アメイジング!やっぱり都会は凄いわね!」

「これでどこでも変身できるはずだ」

「サンクス辰巳!」

そんな訳で変身を解除する歌野。

そこでひなたが両手を打ち鳴らす。

「では、そろそろ皆さんの所に戻りましょうか」

「そうね」

「行くか」

その場にいた一同が同意し、揃って他の者達がいるであろう食堂に向かう。

「おーい戻ったぞ・・・・・何があった?」

「辰巳か?」

入った途端に感じた並々ならぬ空気に、思わず気を引き締めてしまう辰巳。

「何かあったんですか?」

「実は、今回の護送作戦において、確実に排除しておきたい事がありまして・・・・」

「バーテックス人間の討伐か?」

「その通りです」

そこには、諏訪周辺の地図が書かれていた。

「彼らは、確実に私たちの邪魔をしてきます。むしろ、殺しにくるでしょう。それに、他にバーテックス人間がいないなんて保証はありません。ですので・・・・」

「真っ先に討伐して、他のバーテックス人間が来る前にさっさとこの諏訪を出る・・・で良いのかしら?」

「その通りです」

杏の提案は、先日襲撃してきたバーテックス人間たちを、先に討伐してから諏訪の人たちを運ぶ、という事だった。

しかし、討伐する事は良い。

問題なのは・・・・

「良くこの作戦を思いついたな、杏?」

辰巳が、杏に向かってそう問いかけた。

そう、これは、もともと人間だった奴らを殺す事に他ならない。

気が弱く、優しい杏が、普通そんな事を思いつくはずが無いのだ。

それに杏は、一瞬気まずそうに、顔を俯かせた。

「・・・・正直に言って、誰かを殺すなんて、思わなかったです」

しかし、と杏は言う。

「もう、そんな事を言っている余裕は、無いんですよね・・・・」

現代において、人を殺す事は、人としても法律的にもダメだ。

しかし、相手はすでに人の身を捨てた化け物。さらに言えば、こちらの命を奪いにくる敵だ。そんな敵に、大勢を守る為に戦っている自分たちが手加減をする事なんて出来ない。だから――――

「やるしかない」

若葉が、そう呟く。

「若葉ちゃん・・・・」

「ここから先、奴らを人間と認識する事は、もはや不可能だろう。言葉は通じても、話し合いも出来ない」

覚悟を、決める。

 

「奴らを倒し、諏訪の人々を四国へ送り届ける。良いな」

 

それに、誰も反論はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

諏訪の炎の壁の前に立つ、勇者一行。

「それじゃ、行ってくる」

「危険になったら、すぐに壁の中に退避してくださいね」

ひなたと水都に見送られ、全員その手に端末を持つ。

「今回の戦いにおいて、精霊の使用は躊躇う必要は無い。相手はそれほどまでに強いんだからな」

「うーん、私も精霊使えたら良かったんだけどなー」

「すみません・・・一応使えない事はない事はないのですけど・・・・」

「なら足柄さんと一緒にいればいいわ。足柄さんなら良い立ち回り方を教えてくれるはずよ」

「ナイスアイディアだな千景。それなら歌野も遠慮せずに戦えるだろ」

「よし、それじゃあ行こう!」

全員がアプリを起動する。

「皆仲良く勇者になーる!」

 

辰巳は竜胆。

若葉は桔梗。

歌野は金糸梅。

千景は彼岸花。

杏は紫羅欄花。

球子は姫百合。

友奈は山桜。

 

それぞれがそれぞれをを想起させる勇者装束を身に纏う。

「行くぞッ!」

若葉の号令に合わせ、全員が炎の壁に向かって走り出す。

「気を付けて・・・」

その様子を、ひなたと水都は見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方で・・・・

「忌々しい・・・・」

唐突に紅葉がそう呟いた。

その視線の先にあるのは諏訪を守る炎の結界。

まるでこちらを嘲笑うかのように揚々と燃え盛る炎の壁が、紅葉にとっては忌々しいものだった。

しかしそれは紅葉だけに限ったことじゃない。

「あの炎の所為で数多くの同胞が死にましたからね」

紅葉の隣に蛭間が降り立つ。

「あの炎さえなければ諏訪など・・・」

「それは仕方が無い話です。よもや神ではなく悪魔に魂を売った者がいたなど誰も思わなかったのですからね」

そこで会話が途切れる。

だが、今度は別の方向から声が聞こえてきた。

「やっこさん。出て来たぜ」

「治郎・・・」

近くの建物に腰掛けていた治郎がそう言ってきた事に首を傾げる二人。

「どういう事だ?」

「あいつら、真っ先に俺達を消しにかかりやがった」

「そうか・・・」

刀を掴む手に力を込める。

なるほど、自分たちが四国への護送を阻止してくるのは分かっていた。

ならばすぐさま殺しに来るのは道理だ。

敵は七人。

対してこちらは四人。

問題は――――無いだろう。

「ならば、返り討ちにしてくれる」

その言葉に、その場にいる二人も頷く。

「祐也。起きろ」

「んぅ・・・・ふあぁあ・・・・何?もう来たの?」

紅葉の問いかけに横になって寝ていた裕也が上体を起こし、眼を擦りながらそう聞いてくる。

「そんなところだ」

「そっかぁ・・・じゃあ、起きないとね」

裕也は、さぞ楽しみにしていたかのように起き上がる。

「どこから来ていますか?」

「丁度真っ直ぐこっちに向かって飛んできてるよ」

全員が全員、それぞれ臨戦態勢に入る。

「丁度いい機会だ。ここで皆殺しにしてやる」

紅葉は刀を抜き放ち、これから来るであろう敵を睨み付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

炎の結界を飛び出し、街の中を一気に駆け抜ける勇者一行。

しかし、肝心の敵を見つけられていない。

「どこに・・・」

一同が周囲を見渡す中、唯一勘の良い辰巳は、目の前から物凄い勢いで迫ってくる気配に気づいた。

「ッ!若葉ッ!!」

辰巳が叫ぶと、若葉はそぐさま正面を向いた。

そこへ、何かが矢の如く飛来してきた。

「ッ!」

若葉は、直感的に生大刀を抜刀。

そして、金属音。

「ぐぅッ!?」

だが、勢いは向こうにあった様で、若葉はそのまま後方へその何かもろとも、落下。

「若葉ちゃん!?」

それに思わず叫ぶ友奈。しかし、直後に千景が叫ぶ。

「高嶋さん、前!」

「え・・・・きゃぁあ!?」

さらに飛んできたもう一つの何かに吹き飛ばされる友奈。

地面に叩き落されるも、どうにか受け身を取った事で落下時のダメージは無い。

だが、目の前の敵は、どうにも猶予を与えてくれないらしい。

「久しぶりだねぇ」

「貴方は・・・・」

目の前には、禍々しい四肢を持つ少年が立っていた。

「高嶋さん!」

すぐさま友奈の援護に向かおうとする千景だが、どこからか飛んできた()()()()()()()()()()()に行く手を阻まれる。

「くッ!?」

「行かせませんよ」

その攻撃の元は、あの蛭間だった。

「邪魔、しないで!」

「それは無理なそうだ・・・・むッ!?」

蛭間が何かを言い終える前に辰巳が上空から剣を振り下ろしてくる。

蛭間はそれを間一髪で回避する。

「貴方ですか・・・・」

「行け、千景ッ!!」

「足柄さん・・・」

辰巳の言葉に、千景は一瞬複雑な表情をしたが、すぐに踵を返して友奈の元へ飛ぶ。

「行かせませんよッ!」

しかし当然の如く蛭間はそれを阻止しようとする。その攻撃は、爆発する光の鳩。

その無数の鳩を、辰巳は全てを防ぎきれない。

だから、全て防げるものに任せる。

「それはこっちの科白よ!」

「何!?」

振るわれる事で、威力とスピードが加速増幅する武器である鞭が振るわれ、鳩が一瞬にして全て叩き落される。

「白鳥歌野さん・・・・」

「悪いけど、貴方の相手は私たちよ」

歌野と辰巳が蛭間の前に立ちはだかる。

一方で。

「くぅ!」

「アハハハ!!!」

友奈は祐也の猛攻に苦戦していた。

禍々しい腕と脚から放たれる破壊力抜群の打撃は、一撃でもまともに喰らえば重傷になる事間違いなしだろう。

さらに言ってこのままでは逆にやられるのがオチだ。

だから、使用は躊躇わない。

 

「来い『一目連』ッ!!!」

 

暴風雨の具象化ともいえる妖怪『一目連』その身に宿し、友奈はその速度を持って祐也の一撃を、片腕百発をもって打ち返す。

「んんッ!?」

「ヤァアッ!!」

そしてもう片方の腕で祐也を殴り飛ばす。

そのまま後退させられる祐也。

しかし、効いている様子は無い。

「アハハ」

「ッ・・・」

友奈は、その様子に戦慄しながらも構えを解かない。

たが、このままでは状況が好転しない事もない。

 

友奈一人なら。

 

「ハァッ!!」

「うぐ!?」

気合の一声と共に、千景の振り下ろした一撃が、祐也の背中に斬撃が迸る。

「ぐんちゃん!」

友奈は思わず声を挙げる。

だが。

「ぐ・・・この、やろぉ!」

「ッ!?」

裕也が振り向き様に放った裏拳が、千景に直撃する。

「きゃあ!?」

そのまま壁に叩きつけられる千景。

「ぐんちゃん!?」

悲鳴染みた叫び。

「舐めた真似を・・・」

怒りに顔を歪める祐也。

しかし。

「足柄さんとやり合ってなかったら危なかったわね・・・」

しかし千景は思った以上のダメージは負っていなかった。

幸いにも、祐也の攻撃は辰巳よりも遅かった事が功を奏したのだろう。

「良かった・・・」

「チッ・・・」

友奈は安心し、祐也は忌々し気に顔を歪めた。

 

さらに一方。

銃撃が襲い掛かってくる。

それを球子が防ぐ。

その背後から杏が射撃。

その射線には――――まるでファンネルのように動き回る衛星。

しかし衛星は杏の攻撃をかわして再度射撃してくる。

さらに、その数は、以前見た時より四つに増えている。

その為に―――

「タマっち先輩!右!」

「ッ!?」

杏が叫び、球子が右を見ると、そこには路地裏からこちらを狙う衛星がいた。

「くそッ!」

球子はすぐさま杏を抱えて後方に跳ぶ。

「これは厄介だな・・・!」

「敵の位置が分からない・・・!」

衛星による遠隔射撃。

自分は安全地帯から一方的に攻撃出来るというこの状況は、杏と球子を苦しめていた。

 

 

 

そして―――

 

「ぐぅッ!」

振るわれた一撃に、靴底を擦り減らして後退する若葉。

彼女の目の前には、奇しくも同じ日本刀を持つ少女。

しかしその視線は、こちらを確実に殺す気でいる意思を感じる。

他の仲間は、すでに別の敵に集中していて援護にこれないだろう。

だとすれば、今この場で頼れるのは、自分の技量のみ。

そして、目の前の相手は相当な使い手。

自分でも、勝てるかどうか分からない。

だけど、それでも負ける訳にはいかない。

自身の刀を鞘に納める若葉。

それに首を傾げる敵―――紅葉だったが、すぐさまその意図を察する。

それは、一刀に全てを込める、居合道。

幼き日より修めてきた、絶対的自信を誇る、彼女の武器。

そして、もう一つ、勝率をあげる為の強硬手段として、もう一つの力を発動する。

 

「―――降りよ『義経』」

 

その身に、神速の身体能力を持つ武人を宿し、若葉は、紅葉と相対する。

 

 




次回『衝突』

剣戟に踊る。


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衝突

杏と球子は、苦戦していた。

「くっそ!一体どこにいるんだよ!」

アスファルトの上を走り回り、四方八方、どこからともなく飛んでくる光線の嵐を防ぎ避ける球子と杏。

「あんず!お前の賢い頭でどうにかならないのか!?」

「そんな事言われても、相手がどこにいるのか分からないんだからどうしようもないよ!」

「それを考えるのがあんずの仕事だろ!」

まさしくその通りなのだが。

しかしこのままではジリ貧である事には代わりはない。

あの衛星、二つ操作するだけでも二本の腕を、()()()()()()()()()()()()()()()()のと同じように難しい筈なのに、それを同時に四個とは恐れ入る。

「せめて、相手の位置を見分ける為の目印があれば・・・」

そんな杏たちの様子を見るのは、そんな衛星四つを操る治郎だ。

「いいねいいねぇ。じわじわと追い詰めちゃうよぉ」

治郎はニヤニヤと戦いの様子を完全な安全地帯から見ていた。

彼の操る浮遊衛星は、遠隔からでも脳裏に映像を流す事の出来るカメラ付き。

それも四つの景色を同時に見れるのだから、どこからでも自由に攻撃出来、相手の動向を探る事が出来る。

事実、それによって一つの衛星から敵がどちらを向いているのかを把握し、別の衛星で死角から攻撃するという戦法を取っているのだ。

その連続攻撃は、二人の体力を徐々に削っていく。

「さて、いつまでもつかねえ」

 

一方で。

「アハハハ!!」

「ぐぅう!?」

裕也の猛攻に、友奈と千景は防戦一方、否、回避に徹していた。

裕也の一撃は、どういう訳か昨日より()()()()()()()()()()()()

放たれる一撃の一つ一つが、地面を抉り飛ばし、建物を一撃で倒壊させるほどの威力を持っているのだ。

そんな急激にパワーアップしてきた敵に、友奈と千景は苦戦するほか無い。

しかし千景は、まだ精霊を使用していなかった。

「アハハ!どうしたのどうしたのぉ!?その程度かぁ!?」

「舐めるなッ!!」

しかし、その攻撃はどれも()()()()()()

「ハアッ!」

友奈の暴風の一撃が裕也に叩き込まれる。裕也はそれを片腕で防ぐ。しかし友奈の攻撃はそれで終わらない。

「ハァァアアッ!!!」

それはまさしく嵐と呼ぶにふさわしい連打。

恐ろしい速度で放たれる嵐の打撃は、祐也を下がらせる。

「オオオオオオォォォォオオオオッ!!!」

「ぐぅッ!調子に乗るなよッ!!」

突如として裕也が地面を踏み砕く。

その砕かれた破片が、友奈を襲う。

しかし――――

 

友奈の『右』が炸裂した。

 

「なッ!?」

それは、全ての破片を吹き飛ばし、さらには祐也にまで迫ってくる。

猛烈な嫌な予感を感じた裕也は思わず両手を交差させて構える。

次の瞬間、衝撃が祐也の両腕を貫いた。

「が・・ぁ・・!?」

予想外の衝撃に、祐也は思わず口から血を漏らす。

そして、吹き飛ばされ、建物の壁に叩きつけられる。

「ぐ・・が・・・!?」

何が起きたのか分からない祐也。

「びっくりした。思わず右出しちゃった」

そこには、『右手』を突き出す友奈の姿があった。

 

 

友奈の基本スタイル。

大社より空手などの格闘技術を学ばされていた友奈だが、どれを基本に訓練すれば良いのか、当初分からなかった友奈は、最近心を開いてくれた辰巳に相談する事にし、その事について話した時、辰巳からこういわれた。

『ボクシングだな』

辰巳曰く、ボクシングの狭い範囲の中で素早く動くスタイルが友奈には合っているらしい。

それはその通りで、辰巳が提示した訓練メニューに従って訓練した結果、短距離での移動、小回り、それらの俊敏さに基づく要素が友奈を強化していった。

それ故、友奈の戦闘スタイルは次第にボクシングに収まっていった。

そこで、友奈は辰巳から言われた通りに、牽制に左、決め手に右を使うというスタイルを取ったのだ。

木を叩き、そこから落ちてくる葉を片手一本で十枚掴み切るという行為を繰り返す事でジャブを鍛え、サンドバック相手に右を打ち続けるという行為を繰り返し、その結果―――――

 

 

 

 

とんでもないハードパンチャーが完成した。

 

 

 

友奈が、構える。

「ぐ・・・ぅ・・・」

祐也は、よろよろと瓦礫から出る。

今、祐也はあまりにも無防備だ。このまま襲い掛かれば、仕留める事は可能だろう。

しかし、友奈はそうしない。

やはり、人相手には、どうしても抵抗があるのだ。

「お・・・ま・・えぇ・・・・!」

祐也が、怒りのこもった目で友奈を睨み付ける。

それに友奈は思わず怖気づいてしまう。

そのまま膠着状態が続く。

 

 

しかし、千景が裕也の上から奇襲をしかける。

 

 

 

「な!?」

「待たせたわね」

それに目を見開く裕也だが、呆けている暇は無いらしい。

上方からだけでなく、下段からもさらにもう一人の千景が襲い掛かってくる。

「なッ!?」

さらに後ろ、右、左から、合計四方、四人の千景が同時に攻撃を仕掛けてきた。

その同時四撃を、裕也はまともに喰らって大きく後退する。

「大丈夫、高嶋さん」

「うん、助かったよぐんちゃん」

切り札、『七人御先』を発動して七人に分身した千景。

これによって、千景は不死となる。少なくとも、裕也に彼女は殺せなくなった。

だが―――

「・・・うざい」

裕也がぽつりと呟く。

「なんでだろうな、どうしてもお前だけはうざいって思っちゃうんだよね・・・・良い所をどういう訳か邪魔してくるから、いい加減、殺したくなるんだよね・・・・」

「奇遇ね」

千景も鎌を構えて答える。

「私も貴方を殺したいって思ってたわ。高嶋さんを傷付けた貴方を」

「ああ、そうか。そうなんだ・・・・・じゃあ、殺してやるよッ!!」

突如、裕也が爆発する。

その直後、裕也の姿が、さらにおぞましい程に変わった。

肌は黒く変色し、両腕両足は先ほどの禍々しいものからさらに禍々しくなり、まさしく『化け物』と称するに相応しい姿になった。

「「・・・!?」」

その恐ろしさに、二人は息を飲む。

「アハハ、さあ、殺し合い(楽しい事)を始めようか」

 

 

 

 

 

さらに一方で。

金属音が響き、長剣と細剣がぶつかり合う。

繰り返される斬撃の応酬に、両者は一歩も引かない。

否。

「ハァ!!」

蛭間が何も持たない左手で目くらましの爆発を引き起こす。

しかし辰巳はそれを無視して横に一閃。

蛭間はそれを飛んで回避し、被っていたシルクハットを外すとそのシルクハットから無数の光の鳩を羽ばたかせる。

それは言わずもがな、あの爆発する鳩だ。

しかしその鳩は、全て、歌野の振るう鞭によって叩き落される。

ならばと蛭間は今度はトランプを取り出し、それを五枚引き抜き、それを並べる。

「ストレート」

それは二から六までの連続した数字。

それが一つにまとまったかと思うと、砲弾並みの勢いで飛んでくる。

歌野と辰巳はそれを飛んで回避。しかし次の瞬間、二人のいた建物の床が爆散し、砕け散る。

「Wow!ポーカー!」

「多彩だな」

しかしそれで終わらない。

蛭間が仕込み杖を一閃。

そこから光の斬撃が飛んでくる。

それに対して辰巳が反転、さらに歌野が足を折り曲げ、互いの足裏を合わせ、互いに互いを蹴る。

すると作用・反作用の法則によって互いが反対方向に動き、その斬撃を回避する。

「ふむ、先ほどので仕留められると思ったんですがね」

先ほどの回避。あれは相当な連携が無ければ無理な話だ。たった一晩ともに過ごしただけでは簡単に養えるものではない。

つまりは、ひとえに歌野の無情の信頼と辰巳の卓越した技量あっての事だろう。

というか、辰巳と歌野の相性が、あまりにも良すぎるのだ。

空間把握に長けており、周囲への気配りが最も出来る辰巳に、共に戦う仲間を信頼し、尚且つ相手の意思をくみ取って思い切った行動に出られる歌野。

辰巳の行動を邪魔しようとする要素を歌野が排除し、尚且つ辰巳が前に出る事で歌野への害意を排除する。

これほど相性の良い組み合わせが他にあるだろうか。

(言いたくないけど・・・・哮兄より合わせやすいッ!!)

(他の皆より歌野の方がやりやすい。言いたくないが)

事実、二人も心境では認めざるを得なかった。

そして。

「ふっふ~ん。四国と諏訪の勇者の力が合わさった今、私たちには敵なしなのよ!Do You Understand(お分かり頂けたかしら)?」

「なるほど、これは手強い。しかし、それでやられるほど私は甘くありませんよ」

「だろうな。だけど、お前にはここで死んでもらうぞ」

地面を蹴る辰巳。

それと同時に歌野が鞭を振るう。

蛭間が出したのは四色の四つのボール。

その内の一つ、青い玉を投げる。

それが地面に着弾すると同時に、そこから大量の水が津波の様に溢れてくる。

「「ッ!?」」

それを見た二人の行動は速かった。

まず歌野の鞭が辰巳の腕に巻き付き上空へ飛ばす。次に辰巳が鞭を引っ張り、歌野を空中へ引っ張り上げる。

それによって溢れ出た水から逃れる二人。

目を合わせずに行ったその連携は、まさしく偶然か必然か。

 

 

勿論、後者なのだが。

 

 

しかしそれで終わる辰巳と歌野では無い。

歌野が鞭を振るうと、辰巳の体が引っ張られ、辰巳の体が歌野より後ろになる。

だがそれは、撃鉄を起こした(準備を完了した)拳銃と同じようなもの。

「ハァアアッ!!!」

歌野が気合の一声と共に鞭を振るえば、辰巳が弾丸並みの勢いで蛭間に向かって飛んでいく。

それに対して蛭間が手に取ったのは赤い玉。

それを投げれば、それは空中で爆ぜ、爆炎を巻き散らす。

その爆炎は、辰巳を覆うほどに勢いが強い。

まともに喰らえばひとたまりも無い。

だが、そんな状況においても、辰巳は前に包む事を躊躇わない。

「対天剣術『雲刈(くもがり)』ッ!!!」

雲を刈り斬る。それは実体無きものを斬る事を前提とし、吹き飛ばす事を目的とした剣技。

その一撃は、実体無き、エネルギーの塊である爆炎を吹き飛ばした。

勢いはそのまま、辰巳は蛭間に斬りかかる。

だが、それで蛭間が詰んだわけではない。その手にはまだ残る二つの玉。

次に投げたのは、黄色の玉。

それが爆ぜた途端、光が迸り、(いなずま)が輝いた。

その電撃が辰巳を襲う。

「ぐぅあ!?」

強力な電撃を辰巳は諸に喰らう。

蛭間は、残った最後の緑の玉を辰巳に叩きつけようとする。

しかし、それを投げようとしたところで、その左腕が止められる。

何事かと振り向いた時、そこには左腕に絡みつく鞭が。

その鞭は、蛭間の背中から回り込み、蛭間の右側から辰巳の背中へつながっている。

否、それは、辰巳の背中に隠れていた歌野の鞭だった。

「なんと・・・!?」

辰巳が前のめりに倒れていく。

それと同時に、歌野がこちらに足を折り曲げ、あからさまに飛び蹴りを喰らわせるぞと言っているような態勢で蛭間に飛んできていた。

「ヤァァアアッ!!!」

その一撃が蛭間の右腕に叩きつけられる。

「ぬぅ!?」

蛭間は吹き飛ばされ、床を転がり、後退する。

着地した歌野と、わりとダメージを喰らっていないかのように立ち上がる辰巳。

「なかなか上手くいかないわね」

「ああ、そうだな・・・・ん?なんか打ち合わせたっけか俺達?」

「あれ?どうだったかしら?」

似た者同士。

「まあ良い。とにかくアイツ倒して他の皆の所に行くぞ」

「ええ」

剣と鞭、近距離と中距離の武器による連携を持って、二人は道化師を打ち倒す。

 

 

 

 

 

そして、ここでは、若葉と紅葉が激しい剣戟を繰り広げていた。

「オオオオッ!!」

若葉が壁を飛び回り、飛びかかると同時に刀を抜刀、紅葉に斬りかかる。

しかし紅葉はそれをいとも容易く受け流す。

受け流されたと感じるや否や若葉は体を反転させ地面に着地、敵が反撃してくるまでにその射程から外れる。

まさしくヒット&アウェイ戦法だ。

しかし、ヒットからアウェイに移るまで、そしてアウェイからヒットに移るまでの時間があまりにも短く、そして動いている範囲があまりにも広く、まさしく四方八方からの連撃。

しかし、すでに肉眼では捉えられない程に加速している筈の若葉の猛攻を、紅葉は全て凌ぎきっていた。

「くッ!」

さらに加速する若葉。

しかし、紅葉はそれでも自らが持つ剣で全て防いでいた。

(なん・・・で・・・!?)

その状況に、若葉は驚愕を隠せない。

この戦法は辰巳と編み出したものだ。

若葉が宿している『義経』は、その逸話において凄まじい脚力を持っている事で有名だ。

特に、『八艘飛び』と呼ばれる八艘の船を次々に飛び越えていく体技は、源氏を学ぶ上では決して欠かせない体技だ。

その『八艘飛び』によってどんどん加速して行っている若葉に紅葉はついていっているのだ。

肉眼では捉えられない筈の、若葉の『速さ』。決して自惚れている訳では無いが、それでも大抵の敵に見切られるほどやわなものじゃないという自負はある。

しかし、紅葉はそれをものともしない。

(どんな動体視力をしているんだ!)

そして、若葉が今度は紅葉の背後から居合を叩き込もうとした、その時。

「その速さの秘密はその脚か」

紅葉が振り向き、若葉の居合を初めて回避した。

「な・・・!?」

気付けば、左足に鋭い痛みが走っていた。

「ぐぅ!?」

思わず失速。ギリギリのところで地面に手を付いてどうにか受け身をとって態勢を立て直す若葉。

しかし、その足に受けた斬撃がどうにかなる訳では無かった。

「それで、その速さはもう使えないだろう」

紅葉は、若葉に憎悪を込めた視線を向けながら若葉に斬りかかる。

若葉はすぐさま立ち上がって『八艘飛び』を発動させようとするが、脚の痛みでそれがはばかれる。

その間にも、紅葉が凶刃を振るう。

若葉は仕方が無く刀を構えて迎撃する。

しかし――――紅葉の膂力は予想以上に強かった。

「ぐぅあ!?」

剣が弾かれ、大きく仰け反る。

完全な隙に紅葉は返す刃にで若葉の胴に一撃を入れようとする。

「くッ!」

若葉は生き残っている右足で『八艘飛び』の脚力を発動。

どうにかその刃の射程圏内から逃れる。

「逃がさんッ!」

しかし、それでも紅葉は追い縋ってくる。

(こいつ、こんなに・・・!?)

よく考えてみたら、紅葉と辰巳が互角に戦っている時点で気付くべきだった。

若葉たち()()が使っている勇者システムでは、辰巳の潜在能力に()()()()()()()()のだ。

だから三年間、辰巳の(からだ)に合うように勇者システムを改良、強化していった結果、身体能力、防御力などが若葉たちの勇者システムよりもかなり強化されているのだ。

その結果、あの日の砲撃に耐えられた上に、強靭な膂力とあの剣技を体現できたのだ。

そして、その辰巳と互角に打ち合う紅葉が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

故に、若葉は紅葉に真正面からでは勝てない。

義経を使っていてもそれは同じ。

若葉は、完全に紅葉に押されていた。

どうにか防げてはいるが、それでもこの防御が破られるのは時間の問題だ。

どうにか打開する方法は無いものか。

 

 

 

 

 

あるには、ある。

 

 

 

 

 

しかし、これはまだ構想段階で、実践どころか使った事もない。

つまりはぶっつけ本番の技だ。

成功率は限りなく低い。

だが、この状況を打開するには、これを使うしかない。

しかし、それで勝てるかと言われれば、つい言い淀んでしまう。

それほどまでに、この技に確証が持てないのだ。

それに、この足で、成功するかどうかも分からない。

「ハアッ!!」

「ぐぅッ」

紅葉の一撃に、また大きく下がらされる。

しかし、このままでは――――

(迷ってる場合じゃないッ!!)

若葉は、覚悟を決めて、刀を納刀する。

「ッ!させんッ!!」

紅葉が踏み込んでくる。

一方で若葉は深く身を沈める。

紅葉が刀を振り上げ、上段からの振り下ろしを若葉に向かって振り下ろす。

それはあまりにも速く、すぐに若葉の頭上に迫る。

このままでは、頭部を真っ二つにされるのがオチだ。

 

 

 

 

 

次の瞬間、若葉は真横に向かって回避した。

 

 

 

 

「むっ!?」

それに振り下ろしが空振りに終わる。

しかし、先ほどの移動。

その速さは、若葉のこれまでの速さを遥かに凌駕していた。

(何をした・・・・!?)

そして、紅葉は若葉が避けた方向へ視線を向けた。

 

 

しかし既に若葉は紅葉の眼前に迫っていた。

 

 

「!?」

それに思わず目を見開く紅葉。

しかし、それすらお構いなしに若葉は刀を抜刀し、紅葉に一撃を入れに行く。

すんでの所で紅葉は若葉の居合を防ぐ。

居合を防がれた若葉はそのまま紅葉の脇を駆け抜けていく。

紅葉は、すぐさまその若葉を追いかけようとする。

しかし、既に若葉はそこにいた。

今度は驚愕する暇もなく、()()()()()()()()()()()()()

それを、どうにか防ぐ紅葉。

 

 

若葉が行っている事は、義経の能力の『奥の手』を使った、()()()()()()

切り札には、それぞれ『奥の手』が存在する。

それは、大量の体力を消費する代わりに、一時的に、あるいは強力な攻撃を繰り出す事が出来るのだ。

義経の奥の手は、『たった八歩だけ超神速を発揮する』ことだ。

足腰にかかる負荷はとてつもないが、それでも、たった八歩を踏み込む間だけは、若葉はこの世にあるもののどれよりも速くなる。

故に、たった一秒間、若葉は超神速の武人となる。

そのたった八歩の間に放たれる八連撃の居合の名は――――

 

 

 

 

「――――『八艘・居合』ッ!!!」

 

 

 

コンマの間に七撃目まで紅葉に叩き込む若葉。

その間を全て防ぎ切った紅葉だったが、その七撃目で僅かに隙を見せた。

(ここだッ!!)

若葉は、そこを狙って一直線に突き進む。

切られた左足は既に限界、おそらくこれが最後のチャンス。

だから若葉は、この一撃に全身全霊を込めて、紅葉に向かって抜刀する。

 

 

 

 

 

 

 

「――――甘いな」

 

 

 

 

 

 

次に舞い上がったのは、紅い鮮血。

それは紅葉のものでは無く、若葉から、僅かに舞い上がった物だ。

若葉の刀に血はついておらず、紅葉の刀は――――若葉の心臓に突き刺さっていた。

「な・・・に・・・!?」

確実に、決まった筈だった。

だけど、それはいとも容易くかわされ、代わりに反撃の一撃を入れられた。

「わざわざ作った(すき)に自ら飛び込んでくれるとはな」

「が・・・・か・・・」

心音が、急激に聞こえなくなっていくのが分かる。

それだけじゃない。

血の気が引いていく。胸に刺さった刃の冷たさが伝わってくる。それを中心に体温が吸い取られていきそうだ。恐怖が支配する。これを引き抜いたらどうなる?恐怖が痛みが分からない。怖い。死ぬ。死んだ?分からない。理解しようとすればするほど頭の中がぐちゃぐちゃに――――

「もう貴様は用済みだ。死ね」

「や・・・・やめ・・・」

若葉の胸から、紅葉の刀が抜かれる。

「ぁ、・・・・」

若葉の胸から、とめどない程の血が溢れ出てくる。

その量に、若葉は、それが自分の体から出ていると理解すれば、だんだんと意識が遠のいていく。

脚の力が抜け、自然と義経も解除される。

やがて、若葉は地面にうつ伏せになり、そして、そこに大きな血だまりを作りながら、沈黙した。

「・・・・ふん」

紅葉は、その若葉をゴミを見るような眼で一瞥すると、さっそうとそこから去ろうとする。

その足音を聞きながら、若葉は、心の中で、こうつぶやいた。

(みんな・・・ひなた・・・・・すまない・・・・)

そう謝罪し、重くなった瞼を下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――寝るんじゃねぇよッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――ッ!?」

ハッと目を覚ます若葉。

視界は明瞭。呼吸もしっかりしている。心臓の鼓動も――――聞こえる。

体が―――軽い。

ひれ伏していた血だまりから体を離し、起き上がる若葉。

なんだ、体が異常に軽い。

それに呼吸も安定している。というか、()()()()()()()()()()()()()

それに、刺された筈の心臓が元に戻っている。しかも、しっかりと鼓動を刻んでいる。

何が起きた?

それが一切分からず、若葉は混乱するまま。

しかし、突如背後から感じ取った殺気に気付き、勢いよく体を反転。その手に持つ刀で、その一撃を防ぐ。

「貴様、何故・・・!?」

「お前は・・・・!?」

鍔迫り合いの中、紅葉が信じられないとでも言うような表情で若葉に刀を押し込む。

しかし、そこで若葉は気付く。

 

紅葉の力が、そこまで強くない事に――――否、自分の腕力が強くなっている事に気付いた。

 

(これなら――ッ!)

「ぬぅあぁ!」

「な!?」

そこで、若葉は初めて紅葉を押し出した。

「ハァアッ!!」

さらに、若葉が一撃を紅葉に入れる。

それは、どうにか刃によって防がれたが、彼女は大きく下がった。

「ぐぅ!?」

やはり、力があがっている。

一体、何が起きたと言うのか。

心臓の突然の再生、否、死んだ筈の若葉の謎の復活。

それが、若葉にとっての最大の疑問。

しかし――――

「貴様・・・・」

紅葉が、憎悪のこもった眼で、若葉を睨み付けてくる。

どういう訳か知らないが、この疑問は後にしよう。

まずは―――

(目の前の敵を倒す―――ッ!!!)

若葉は、刀を構える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いは、さらに激化していく。

 




次回『激化』

戦いはさらなる方向へ。


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激化

大変お待たせしました!




「ハアッ!!」

辰巳が剣を横に薙ぐ。

それを蛭間は飛んでかわす。

しかし、そこへ歌野の鞭が飛んでくる。

「ぐぅ!?」

その一撃をどうにか片腕で防ぐ。

「まだまだ行くわよ!!」

そこから歌野の鞭の連撃が殺到する。

しかし、蛭間は頭のシルクハットを取るや、すぐさま光の鳩を飛ばし、迎撃する。

爆発と爆風によって、鞭の軌道が乱れる。

「シット!」

「十分だッ!」

その隙に、辰巳が蛭間の背後に回り込み、剣を振りかぶる。

「ッ!?」

「対天剣術『振打』ッ!!」

バットをスイングするかのように振るわれた一撃が、蛭間を襲う。

しかし、蛭間はその一撃を後う事か、()()()()()()()()()()()()()()()()

「なんッ・・・!?」

「ハッ!」

さらに空いた手で五枚のトランプカードを投げる。

それを辰巳は下がってかわす。

「面倒な奴だ・・・」

「手品師なもので」

蛭間は嫌な笑みで答える。

(他の皆はどうしてる・・・・?)

ふと、辰巳は視線を蛭間から外す。

その隙を蛭間は逃す筈がない。

「余所見とは関心しませんね!」

「そりゃあ私がいるからねッ!!」

「ッ!?」

背後の歌野が襲い掛かる。

「小賢しいッ!」

蛭間は仕込み杖を一閃する。

しかし、歌野は体を反らしていとも容易く回避する。

「な・・・!?」

そのまま足を振り上げ、蛭間の顔を蹴り上げるような蹴りを放つ。

それを蛭間は体を反らしてかわす。

(まさかの格闘戦・・・!?)

それも、鞭を率いての死角からの攻撃を加えた奇想天外な体術だ。

どこでどうやったらそんな技術を会得できるのか・・・

「私は、常に考えて動いてるの。どうすれば被害を出さずに済むか。どうすれば相手を早く倒せるか。鞭はどんな風に振るって、私はどんな風に動けばいいか。それをいつも考えてた。そして、その結果がこれ。哮兄との特訓を重ねて、この三年ずっと磨き続けた体術。その結果がこれよ」

鞭を率いた近接格闘。

哮のセンスを頼りに殴られ続けるという特訓の末に手に入れた拳と鞭の複合格闘術。

 

それがこの『スネイク・アーツ』

 

蛇のように唸る鞭と殴打による、歌野の格闘術だ。

「ダダダダダダダッ!!」

拳で殴る、脚で蹴る、鞭を打つ。その圧倒的連撃に、蛭間は防戦一方になる。

しかし、そのまま黙ってやられる蛭間では無い。

その手には赤い玉。

「少し落ち着きなさい、(モンキー)

「ッ!?」

近付き過ぎた事が仇になったか。

火焔が二人の間で炸裂し―――――

 

「お願い、『雪女郎』ッ!!」

 

―――なかった。

直前でその紅い玉が凍り付いたのだ。

それも、どこからともなく白い空気を纏った矢が直撃して。

「なんですと!?」

「What!?」

歌野が視線を、矢が飛来してきた方を見ると、雪女郎を発動させてこちらにボウガンを構えている杏と、何かから杏を守っていると思われる球子が見えた。

そのまま、二人は歌野達のいる屋上に足を踏み入れる。

「辰巳!こいつら頼むッ!!」

「ッ!」

球子の叫びに、すぐさま周囲の状況を確認する。

周囲には、四つの衛星。

それら全て、杏と球子を狙っている。

それらから、辰巳は次の行動を瞬時に判断する。

「『疾風(はやて)』ッ!!」

風が如き速さで駆け抜けすれ違いざまに斬り捨てる高速剣技。

その速さで、一体目を斬り捨てる――――

「なッ!?」

だが、狙った衛星はいとも容易く辰巳の攻撃を避けた。

 

 

 

「まさか、仲間の所へ逃げ込むなんてね」

治郎がいやらしく笑う。

「ま、どうせ全員殺すんだ、一石二鳥、いや、一石四鳥って奴だ」

くっくっくと、治郎は嗤う。

 

 

 

 

 

が、その考えがあまりにも甘かった事を、あとあと思い知る事になる。

 

 

 

 

「すみません!敵の位置が分からなくて、しばらくそれらの相手をして下さいませんか!?」

「分かり切った事を聞くな。任されたッ!」

辰巳が笑って返す。

「球子、楯掲げろッ!」

「え!?なんでだよ!?」

「いいから!踏み台にするッ!」

「! そういう事か!ならタマにまかせタマえよ!」

球子が縦を掲げ、辰巳が高く高く飛び上がる。

そして、回転しながら、周囲の街並みを見る。

一方の治郎は、空中で身動きの取れない辰巳を、追撃しない手は無い。

「飛び上がったのが仇になったな。剣士クン」

衛星のうち二つが辰巳を挟む様に狙う。

そのまま、光弾が放たれる―――その前に。

どこからともなく二本の矢が飛来してきた。

「なんッ!?」

あわててかわす二つの衛星。

杏が下から狙撃してきたのだ。

さらに、

「少しコイツの攻撃凌いでくれないかしらッ!」

「今厳しいんだけど!?」

歌野の要求に、二つの衛星の攻撃を防ぐのに精一杯な球子が返す。

「私がどうにかするよ!」

「杏!?」

「大丈夫!無理はしないよ!」

「頼んだぞ・・・!」

球子は不承不承ながらも了承し、蛭間の前に出る。

「どれほど防げますかねッ!!」

蛭間の圧倒的連撃に、球子はその場で堪える。

「ぐぅ・・・ぅ・・・」

一方の杏は、衛星の攻撃を避けつつ、反撃する。しかし今は雪女郎を憑依させている。

ならば、氷結による攻撃が可能だ。

「凍れッ!!」

冷気を刃として放つ。

しかしそれを衛星はいとも容易くかわす。

(衛星が二つになったぶん、避けやすい・・・・でも、キツイッ!!)

衛星の光線が、杏の肩を撃ち抜く。

「あぐッ!?」

焼けるような痛みに、思わず苦悶に顔を歪める。

しかし、歯を食い縛って耐える。

「ぐ・・・うぅ・・・」

一方の球子は、致命傷は避けつつも、体中に傷を作っている。

「中々粘りますね・・・・ならこれはどうですか?」

黄色い玉を取り出した蛭間。

それを球子に投げつけると、玉の破裂と共に、球子を電撃が襲う。

「ぐぁぁぁあああぁぁあぁああぁあああ!?」

絶叫する球子。

しかし、球子は倒れない。

「やはり粘りますか。そろそろ倒れてくれるとうれしいのですが?」

「ハッ!そんなの、嫌に決まってるだろバーカ!」

球子は、意地を張ってそう言う。

「そうですか、ならばさっさとくたばって下さい!」

蛭間の攻撃の再開に、構える球子。

(早くしてくれ歌野ッ!!)

内心で、そう叫ぶ球子。

しかし、突然、地面が崩れた。

「「「なッ!?」」」

突然の足場の崩落。

それに下の階へ落下していく球子、蛭間、杏の三人。

否、もう一人、歌野だ。

「お前か歌野!?」

歌野が地面を踏み砕いたのだ。

「Yes!でもNo Problem!辰巳の援護はちゃんとするわ!」

「え!?それってどういう・・・!?」

杏が言い終えるのを待たずに、歌野は行動に移る。

なんと、鞭や拳で崩れた瓦礫を上空へ打ち上げたのだ。

その弾かれた無数の瓦礫は、未だ上空にいる辰巳と衛星に向かって飛んでいく。

「あぶね!?」

二つの衛星はそれらをかわしていく。

だが、彼は気付かない。

それが攻撃の為のものではなく――――

「捉えたぞ」

「!?」

次の瞬間、衛星の一つが、縦に真っ直ぐ真っ二つにされた。

そして、辰巳は、その飛んでいる瓦礫を()()()()()宙をかける。

「しまった!?」

「もう遅い!『滝打』ッ!!」

上段から滝が打つかのような一撃を振り下ろし、衛星を破壊する辰巳。

その間二秒。

そして、辰巳は瓦礫の一つを足場にして、一気に地面へ弾丸の如き速さで落ちる。

「やべッ!?」

辰巳が剣を振るう。

下にいた衛星の内一体を斬り捨て、もう一体を斬り損ねる。

「チッ!」

それに舌打ちする辰巳。

「流石辰巳!」

「すごいです!」

球子と杏が素直に賞賛する。

「信じてたわよ!」

「俺もお前が瓦礫を打ち上げるのは分かっていた」

歌野と辰巳が拳を打ち合わせる。

 

 

 

「なんてこったい・・・」

予想外の展開に、治郎は茫然とする。

「まさか一気に三つもやられるなんてな・・・」

だが、治郎は慌ててはいない。

「ま、あと一つ残ってるし、蛭間さんの援護でもしようかね」

くっくっくと笑う治郎。

 

 

 

 

 

 

 

 

その一方で。

激しい衝撃が周囲を破壊していく。

「ヤァァァアアッ!!」

友奈の怒涛のジャブのラッシュを、裕也が同じようにラッシュで返す。

それも、互いに片腕だけで拮抗していた。

その背後から千景が鎌を薙ぐ。

しかし裕也は飛んでかわすや、右手に持ったコンクリートの破片を一気に千景に投げる。

弾丸の如く飛んでいく破片をもろに喰らう千景だが、その姿は霞と消え、また無傷な千景が現れる。

さらに、裕也の左右から、もう二人の千景が出現。

「チッ!」

舌打ち、のちに片方の千景の振るった鎌を掴み、もう片方の千景にぶつける。

そして――――

「メテオスマッシュッ!!」

二人の千景の胴体に風穴を開けるほどの拳打が放たれ、二人の千景が絶命する。

しかし、すぐさまその二人の千景も霞と消える。

「チッ、厄介な能力だな」

「あ、そう!」

上空から千景が刃を振り下ろす。

しかし、裕也をそれをいともたやすく受け止め、吹き飛ばす。

「でも、個々の戦闘力は大したことないな」

ニヤリと笑う裕也。

その後ろから友奈が襲う。

「勇者パンチッ!!」

友奈最大の右のフィニッシュブロー。ハードパンチャーである友奈のその一撃は、ありとあらゆるもの打ち砕く。

「メテオスマッシュッ!!」

しかしすぐさま裕也も反撃する。

互いに拳が正面衝突し、吹き飛ばされる。

「きゃ!?」

「ぐ!?」

友奈は千景に支えられ、裕也はどうにか踏みとどまる。

「高嶋さんの『右』を相殺するなんて・・・・」

「でも相殺するだけなら、手はあるよ」

友奈は『右』の調子を確かめつつ、またファイティングポーズをとる。

しかし、千景にはわかる。

(高嶋さん、まだ・・・)

そう、本来の友奈の一撃なら、先ほどの衝突も打ち勝っていたはずだ。

だが、それが相殺されたということは、()()()()()()()()ことに他ならない。

それに、初めに『右』を決めた時も、そうだった。本当なら、あれで仕留めきれるはずだった。

なのに、決めれなかったということは、その時も友奈は手加減したのだ。

やはり友奈は()()()()()

それも致命的なほどに。

(やっぱり高嶋さんに、あいつは倒せない・・・・)

そう感じた千景は、友奈の前に出る。

「ぐんちゃん?」

「高嶋さん、援護をお願い」

「え?あ、ぐんちゃん!」

千景が走り出す。

その先では、裕也が瓦礫を掴んで握り潰し、手ごろなサイズにまで粉々にした後でぶん投げる。

しかし、七人同時に殺さなければ殺せない『七人御先』を宿している千景にはそれは効かない。

その一方で他五人の千景が一斉に裕也に襲い掛かる。うち一人は背後で待機している。

「「「「「ハァァッ!!」」」」」

六人の千景が一斉に鎌を振るう。

それぞれ別々の方向から、互いの邪魔にならないように、完璧な角度で入っていく。

しかし、あろうことか裕也はそのすべてを受け止めた。

「なッ!?」

それに驚愕する千景。

都合同時六撃。

右手、右肘、左手、左肘、そして歯。

それらで防いでいた。

(刃が、通らな――――)

「くたばれよ」

ニヤァ、と笑った裕也が、五人を一斉に弾き飛ばす。

そして、弾丸が如きスピードで六人の千景を進行方向から殴り飛ばし、一か所に集める。

「ぐんちゃん!」

「すっこんでろッ!」

裕也が一際巨大な岩を持ち上げ、それを友奈に投げつける。

しかし友奈はそれを左で破壊、一気に裕也に突っ込む。

「勇者―――」

「ノロい!」

「ッ!?」

裕也の拳が、友奈の拳よりも速く友奈に到達する。

どうにか左手で防ぐも、威力が高く、吹き飛ばされる。

「きゃぁああ!?」

「高嶋さん!?」

友奈に時間を取られたことでどうにかばらけることができた千景たち。

「よくも高嶋さんをッ!」

再度突撃する六人の千景。

だが、裕也の視線を全く別の方向を向いていた。

千景たちが鎌を振るう。

しかし裕也が地面を蹴り、一気に千景たちの視界から消える。

「!?」

それに目を見開く間もなく、共有される記憶から、裕也の狙いを知る。

「まさか・・・・!?」

裕也が向かったのは、隠れていた千景の居場所。

「しまった・・・・!?」

建物の中に隠れていた千景を、裕也は掴んで外に放り投げる。

そして、七人の千景たちが、裕也と()()()に全員とらえられる。

「死ね!!」

裕也の右腕が、赤く発行する。

「マグマメテオスマッシュッ!!」

文字通りの灼熱の熱戦が放たれる。

距離があるはずなのに、それはまるで極太の光線のように千景たちにせまる。

七人御先の唯一の攻略法、それは、()()()()()()()こと。

今、七人の千景が、裕也の熱線の直線上にいる。即ち、今、千景は、絶対絶命なのだ。

「しまっ・・・・!?」

死を覚悟する千景。だが、そこへ、友奈が飛び込む。

「奥の手発動――――!!」

友奈の右手に、風が収束する。

 

一目連の奥の手。

それは、巨大な暴風雨を巻き起こし、それを収束させて放つ、『圧縮開放型』の必殺技。

 

「神風・勇者パンチッ!!」

 

マグマの如き熱線と、暴風雨を圧縮した嵐。

その二つが正面衝突し、とてつもない衝撃をまき散らす。

「きゃあ!?」

「高嶋さん!」

空中にいた友奈たちは吹き飛ばされていく。

一方の裕也は、衝撃によって建物が崩れることに気付くや、すぐさま脱出して瓦礫に埋もれるのを回避する。

「ふう、危ない危ない」

やれやれというように呟く裕也。

友奈たちは吹き飛ばされ、ここにはいない。

「仕方ない、追いかけるか――――」

そう呟いて、追いかけようとしたとき。

 

 

 

グサッ

 

 

 

「・・・・・は?」

胸に感じる、冷たい感触。

「・・・やっぱり、足柄さんの言った通りだった」

それは、巨大な刃。反りのあるそれは、刀にしては大きく、あまりにも幅が広い。

そして、その刃は、裕也の『御霊』を破壊していた。

「な、なぁぁぁあぁぁあああ!?」

驚愕に絶叫する裕也。

「な、なんで!?なんでだぁ!?」

「簡単な話よ」

裕也の熱線と、友奈の暴風の衝突の瞬間、一人の千景が、地面に向かってもう一人の千景を投げた。

衝撃波が巻き散らされる中、千景は刃を地面に突き立て、吹き飛ばされるのを阻止する。

そして、気配を殺し、裕也に接近する。の筈が、偶然にも裕也はこちらに背を向ける形で着地してくれたので、後は鎌を振るって刃を突き立てるだけで良かったのだ。

「あれほどの力を持っていたのに、間抜けな最後ね」

千景の憐れむ様な視線に、裕也はその表情を怒りに歪めて叫ぶ。

「ち・・・くしょお・・・」

徐々に体が砂に変化していく。

それは、バーテックスにとっては絶命を意味する。

「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおぉぉおおッ!!!!」

絶叫と共に、砂になり消滅した。

その様子を眺めながら、その場に立っていた千景も消失した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その情報は、すぐさま他のバーテックス人間に衝撃となって伝わった。

そして、同時に勇者たちにも伝わった。

「ッ!?今のは・・・」

『やべえよ蛭間のダンナ、裕也がやられたッ!』

治郎の報告に、蛭間はその表情を唸らせる。

「今のって・・・」

「きっと、友奈さんと千景さんがやってくれたんですよ・・・!」

球子と杏が歓喜する。

Congratulation(やったわね)!」

「あと三人、さっさと倒すぞッ!」

歌野も喜び、しかし辰巳は油断せずに剣を構える。

 

その時。

 

「うわぁぁあぁあああ!?」

「きゃぁぁああぁああ!?」

『うぉぉお!?』

突如として建物の壁が悲鳴と共に吹き飛ぶ。

「いったたぁ・・・」

「せ、背中から当たった・・・・」

粉塵の中で、頭を抑えながら起き上がる友奈と、背中を抑えて悶えている千景がいた。

「友奈、千景!」

「あ、たっくんにタマちゃんにアンちゃんに歌野ちゃん!」

「やったのか!?」

辰巳が聞く。

「それが・・・」

「ええ、七人御先で仕留めたわ・・・」

「え!?そうなの!?」

友奈が驚きに目を見開く。

「その様子じゃわかってないようだな・・・・」

「あはは・・・」

額を抑えて呆れる千景と苦笑する杏。

「貴方達・・・」

その時、酷く低い声が聞こえた。

「戦いの最中に楽しく雑談とは、随分余裕ですねぇ・・・」

見ればそこにはゆらりとした動きをする蛭間がいた。

それを見た全員が、すぐさまそれぞれの武器を構える。

「そんなに余裕なら、すぐに余裕が無くなる程の殺人劇(ショー)を見せてあげますよッ!!」

その蛭間の表情は、憎しみが込められた眼で、嗤っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして――――。

紅葉の刃が、若葉を吹き飛ばす。

「ぐぅ!?」

靴底を擦り減らして後退する若葉。すかさず紅葉が追撃する。

しかし若葉は刀を、振るって迎撃。さらなる紅葉の追撃。すかさず迎撃し、弾き、今度は若葉が反撃に転じる。だがその攻撃を紅葉はいとも容易くかわし、若葉の腹に蹴りを入れる。

「ぐぅ!?」

それで吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる若葉。

「がは・・・・!?」

「死ねッ!!」

そこへ紅葉が突きを繰り出す。

背中を叩きつけられたことで、肺の中の空気は吐き出され、一瞬動けなくなる筈。

受け身取ったとしても、それ以前に腹を蹴られた衝撃から立ち直るまでには、復活はできない。

その事を踏まえた上で、紅葉は若葉に止めを刺しにかかる。が。

「ぜ、ぁああ!!」

「ッ!?」

しかし若葉は立ち直って見せた。

手放し掛けた右手の刀を握りしめ、そのまま片手で紅葉の刃を逸らし、眼球へ突き立てられる筈だった一撃を逸らしきる。

すぐさま若葉はその場で回転、壁に沿って紅葉から離れようよする。

しかし、紅葉はそんな若葉に追撃をしかける。

壁に突き刺さった刀を、その刃が向いている方向に刀を振るい、回転をつけながら壁づたいに逃げる若葉を追撃する。

紅葉の刀が若葉を捉える瞬間、若葉はすでに刀を収めている。

「ハァッ!!」

電光石火。洗練された若葉の居合が、紅葉の刃と激突する。

弾いたのは―――若葉。

弾かれたのは―――紅葉。

「なに!?」

「ハァアッ!!」

驚愕する紅葉を他所に、返す刀で追撃する若葉。

首を狙った一撃。

しかし紅葉は体を反らしてかわす。

「くッ!」

「ハァッ!」

腹に蹴りを貰い、また壁に叩きつけられる若葉。

崩れた態勢からの無理矢理の蹴りだが、その態勢を地面に手を着く事で立て直し、再度、若葉へ追撃する。今度は様々な方向からの連撃。合計八撃。奇しくも先ほど若葉が放った『八艘・居合』と同じ数。

しかし、『八艘・居合』と違う点は、三次元移動しながらの攻撃ではなく、一方方向からの連撃だという事。

その連撃を、若葉は見切れるのか。

先ほどの蹴りを鳩尾に喰らった若葉は、苦しそうに顔を上げる。

行ける。そう思い、紅葉は刃を振るう。

あまりにも速い、八連撃。常人では見切れない、超高速の連続切り。

その連撃を、今の若葉が防ぎきれるはずが――――

「何ッ――――!?」

 

防ぎ切った。

 

あまりにも、常人離れした反応速度で、紅葉の八回の連撃を、全て弾ききった。

「オォッ!!」

若葉が、上段から真っ直ぐ振り下ろしてくる。

その一撃を、紅葉は下がってかわす。

 

何が起きている。

 

立ち直りが早い。動きが軽い。攻撃が重い。

それらは良い。どれも対応圏内だ。

 

だが、あの異常な『反応速度』はなんだ?

 

ありとあらゆる攻撃に対する対応が、全て()()()()()()()()()

それで()()()()()()()という事実。

紅葉は思う。

この手で心臓を突き刺すまでは、奴にそれほどの力は無かった筈だ。それ以前に、あれ程の反応速度は持っていなかった筈だ。

いや、それ以前に、()()()()()()()

確かにこの手で心臓を貫いた筈だ。

位置も狂わず、出血も確認した。

 

確かに心臓の鼓動を止め、息の根を止めた筈だ。

 

なのに、何事も無く生き返ったのだ。

足の傷も無くなっている。

あれほど深い傷を、あの一瞬でどうやって直したというのか。

それが、分からない。

分からないのだ。

しかし、そう考えている間に、敵は既に攻撃態勢に入っていた。

 

 

 

 

 

熱い熱い熱い熱い熱い熱い。

焼ける焼ける焼ける焼ける。

燃える燃える燃える燃える。

 

体が熱い、内側から焼けそうで、今にも燃えそうだ。

そう思うほど、今、若葉の体は滾っていた。

空気を吸う度に釜戸の炎に息を吹きかけるかのように、体の熱が増す。

それがエネルギーとなって、血流を加速させる。

このままアクセルを踏み抜けば、自分はどうなってしまう?

今にでも爆発してしまうのではないのか?

爆発四散して、何もかも消し飛んでしまうのではないのか?

 

怖い

 

それがとても怖い。だから――――

(私は、全力を出せない・・・出したくない・・・・!!)

その事実に、若葉は紛らわすように剣を振り下ろす。

荒い剣戟。

しかしその全てを紅葉はかわし逸らし弾く。

(乱暴な太刀筋だ・・・・避けられて当然か・・・)

しかし、それで諦める訳にはいかない。

仕留めなければならないのだ。

ここで、コイツを仕留められなければ、諏訪の者達を安全に四国に送り届ける事が出来ない。

だから振るう。とにかく振るう。

コイツを任された者として、刀を振るい、とにかく仕留める。

刀が弾かれ攻守が逆転する。

敵、紅葉の連撃が迫る。若葉は()()()()防ぎきる。

紅葉の蹴りが迫る。若葉は身を引いて()()()()威力を殺す。

斬撃が迫る。()()()()対応する。攻撃が迫る。()()()()対応する。攻撃、()()()()対応する。()()()()対応。()()()()対応。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()―――――

 

()()()()、対応していく。

 

全てがギリギリの対応。一歩間違えれば致命傷は間違いはない。

全力も出さずに、対応出来ているだけでも、上出来だろうか。

とにかく、敵の攻撃を凌ぎきる。

()()()()、対応していく。

 

 

 

 

 

 

 

乃木若葉は気付かない。

 

 

 

 

 

 

「ハアッ!!」

反撃に剣を振るう。

その時、若葉の剣が、一瞬青く光った。

「ッ!?」

その時だけ、若葉の剣速が急激に跳ね上がった。

威力も、段違いに跳ね上がる。

 

 

 

 

乃木若葉は気付かない。

 

 

 

 

突如、紅葉の胸倉を掴んだ。

「な!?」

その時、若葉は紅葉を引き寄せ、囁いた。

「――――調子に乗るなよ」

「――――ッ!?」

次の瞬間、壁に叩きつけられた。

「がッ・・・あッ・・・!?」

それだけじゃない、壁を突き抜け、建物の向こう側へ叩きつけられる。

「ぐ・・ぅう・・・」

「やれやれ。何考えてんだよコイツは」

どうにか起き上がる紅葉が見たのは、生大刀を片手に肩に担ぎ、崩れた建物から歩いてくる一人の男の姿だった。

「全力を出すのが怖いって、以外と臆病だったんだな。ま、それも仕方ねえか。待ってる奴がいるんだからよ」

彼女らしからぬ笑みを浮かべる、彼女。

いや、違う。

「お前は・・・誰だ・・・!?」

「ん?俺か?」

彼女の声で、彼女の顔で、『彼』は答える。

「俺は――――」

 

 

 

しかし、その声は、突如立ち上った黄昏色の光によってかき消された。

 

 

 

 

 

 




次回『終局』

ここに、また一つ、戦いが終わる。


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終局

それは、数分前。

「ハァアアッ!!!」

無数の鳩が襲い掛かり、それを歌野が全て撃ち落とす。

その間を縫って杏がボウガンで狙撃するも、そこへ分かっていたかのように鳩が立ちはだかり、防ぐ。

その瞬間に投げ込まれた赤い玉が爆発、火焔を巻き散らして杏を襲う。

「『雲刈』ッ!!」

そこへ辰巳が割って入り、その炎を引き裂く。

そこへ光弾が迫り、それを球子が防ぐ。

「くッ、流石に鳩が多すぎるわ!」

「狙撃も防がれてしまいます!」

「まだあの丸い奴がいるからそれも警戒しねえといけねえ!」

余りの数の多さ、狙撃への防御、本体のいない敵の攻撃。

それらの要素によって、今、彼らは膠着状態を余儀なくされていた。

「ふふ、どうしましたか?もう見飽きてしまいましたか?」

蛭間が、くっくと笑う。

その頭にシルクハットをかぶっておらず、そのシルクハットは地面に置かれており、その穴からは無数の鳩が吐き出され続けていた。

「あれをどうにかして欲しいんだけどねぇ!」

「く、杏!冷気だ!」

「でもそれじゃあ皆さんに・・・・」

「向きを指定すればいい!」

「く・・・・すみませんッ!!」

杏が雪女郎の力を解放する。

しかし―――

「させませんよ」

剛炎が立ち塞がる。

「あつっ・・・!?」

その炎の前に、杏の冷気が全て無効化される。

「あんずの冷気を無効化したのか!?」

「Dangerous!厄介ね」

「そんな・・・・」

その時だった。

蛭間の横の壁が突然粉砕される。

「むッ!?」

「勇者パーンチッ!!」

友奈渾身の『右』が、蛭間に炸裂する。

しかし、蛭間はそれをいとも容易く躱す。

「おっと惜しい」

「くッ!」

友奈は悔しそうに顔を歪める。

そんな中で、辰巳は思う。

(まだか、千景・・・!!)

 

 

 

 

 

千景は、隠れているであろう最後のバーテックス人間を探していた。

「どこにいるのよ・・・!?」

七人御先の力で七人に分裂しているとはいえ、相手がどこにるのかは困難を極める。

「敵は予想以上に強い・・・それに、衛星も最後とは言え、かなり厄介・・・・急がないと・・・・」

千景は、急ぎつつ、周囲に注意を払いながら敵を探す。

(どこにいる・・・・私なら、どこに隠れる・・・・?)

一つ、高台から様子を見る。

二つ、地下に隠れて遠隔操作する。

三つ、建物に隠れる。

この中で、敵が取る行動は・・・

「ッ!」

千景は、他の千景とも思考を共有する。

そして、その三つの場所を、()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほらほら、どうしましたか!?」

「くぅ!」

蛭間の仕込み杖の剣捌きに、友奈はどうにか手甲で対抗する。

「友奈!」

そこへ辰巳が入り込み、入り込む者全てを斬り捨てる『縄張』で対抗する。

「ゼッァアッ!!」

「ぐッ!?」

辰巳が蛭間を下がらせる。

「ハアッ!」

そこへ歌野の鞭が迫り、続けて蹴りが襲う。

蛭間はその二連撃を、鞭は飛んで、蹴りは素手で受け止める。

「ここだッ!!」

球子が楯を射出する。

「ここですッ!!」

さらに別方向から杏がボウガンを放つ。

「無意味ですッ!!」

しかし、蛭間はカードを取り出すや、それを投げて球子の楯と杏の矢を弾く。

「くッ・・・」

「くそ・・・!!」

そこへ辰巳と歌野が飛び込む。

完全に息の整ったコンビネーションアタック。

互いに目を合わせずとも、まるでお互いの動きが手に取るかのように分かるかのように、二人は蛭間に激しい連撃を叩き込んでいく。

「さすッがにッ貴方達ッ二人はッ勘弁ッです、ねッ!!!」

「「ッ!?」」

蛭間がカードを取り出す。

「ストレートフラッシュッ!!」

「ぐあ!?」

「まぶしッ!?」

五枚のカードが輝き出し、二人の視界が焼かれる。

それは、音無しの閃光爆弾(フラッシュバン)

まるでカメラのシャッターのように輝いたその光に、二人の網膜は焼かれる。

蛭間は距離を取って、シルクハットから再度鳩を出す。

「鳩が来てますッ!!」

杏が叫ぶ。

それを聞いた二人の行動は、まさしく予想外なものだった。

「「逃がすかッ!!」」

なんと、前に出て自ら鳩の大軍に突っ込んだのだ。

「何!?」

まだ視界は白い。

だが、それでも、()()()()()()()()

そして、辰巳の剣技によって磨かれた観察眼と、歌野の獣じみた直感が、蛭間の行動と鳩の動きを見切っていた。

「進みなさいッ!!」

「任せたぞッ!!」

歌野が鞭を振るい、鳩を叩き落とし、歌野が作った道に辰巳が自らつっこむ。

「タマたちも手伝うぞッ!」

「援護します!」

「前は任せて!」

球子が楯を投げる。杏がボウガンを撃つ。友奈がジャブを乱発する。

それによって辰巳が蛭間への道が開け、一気に辰巳は蛭間への距離を縮めにかかる。

「二歩で到達します!!」

杏の叫びに、辰巳は蛭間との距離を測り、飛び込む。

剣を掲げ、上段に構える。

「対天剣術――――」

辰巳の射程に、蛭間を捉える。

「―――『滝打』」

「くッ!」

蛭間が仕込み杖を掲げるも、細身の刀身のソレは、大剣(グレートソード)に近い両手剣(ツーハンデッドソード)の攻撃に、耐え切れない。

結果、その刀身は折れる。

「ぐぅ!?」

(浅い・・・!)

緑の玉を投げる蛭間。そこから風が巻き起こり、辰巳を後退させる。

「どう!?」

「浅いッ!」

歌野の短い問いかけに、辰巳も短く答える。

そこでやっと視力が回復していき、視界が鮮明に見える。

「ぐ・・・・お前たち・・・!!」

蛭間が、恨めしそうにこちらを見る。

「まだやる気か・・・!?」

球子が楯を構えつつそう呟く。

その時だった。

突然、辰巳の携帯が震動し、辰巳はそれを取り出して耳に当てる。

「千景か・・・!?」

『最後の一人を見つけたわ!』

「ッ!!」

辰巳はすぐさま周囲に目配せする。

それを見た一同は一斉に構える。

「どこだ・・・!?」

「悠長に通話とは、余裕ですねぇッ!!」

蛭間がカードを投げる。それを球子が防ぐ。

「やらせるかよ・・・・!!」

球子が、そう叫ぶ。

「貴様・・・・!」

「・・・・そうか。分かった」

ふと、辰巳が、そう呟いた。

それにその場にいる者達全員が視線を向ける。

そこには、携帯を片手に耳に押し当て、千景と通過している辰巳の姿があった。

「ここから、北北西だな」

そうして、辰巳は地面に剣を突き立てた。

そして、辰巳は叫ぶ。

 

「―――来やがれ、ファブニールッ!!」

 

その身に宿すは欲に塗れた人の成れの果て。

その身は灰色に、竜鱗を纏い、この世の全てを略奪する、邪竜。

 

今、辰巳は、ここで己が最大の切り札(ワイルドカード)を切った。

 

「辰巳・・・!?」

「何故・・・!?」

「ここでファブニールを・・・!?」

杏、球子、友奈が驚いている中、辰巳は、ある方向に剣を向けた。

 

そちらは北北西。今、辰巳が呟いた方向。

 

それで、歌野は理解する。

「ッ!!」

いきなり蛭間に襲い掛かる歌野。

「おっと惜しい」

しかし蛭間はそれを回避する。

「隙をついて私を仕留めるつもりでしたか?それはいささか傲慢というものでは―――」

「セェイッ!!」

蛭間が言い終える前に歌野の後ろ回し蹴りが蛭間の顎を狙うが、それさえもかわされる。

しかし歌野も追い縋る。

鞭と体術の複合格闘技『スネイクアーツ』を率いて、歌野は蛭間を襲う。

それは余りに激しく、一切の隙を許さぬ猛攻だった。

その歌野の猛攻に、蛭間も余裕をなくしていく。

わずか一分以下の攻防の末、歌野の蹴りが、蛭間を捉える。

「ぐぅ・・・!?」

「今よ杏!アイツの脚を凍らせて!」

「え!?わ、分かりました!」

歌野の叫びに戸惑いながらも、杏は雪女郎の冷気を発動。

それによって蛭間の脚が凍り、その場から動けなくなる。

「く、こんなもの――――」

 

「我こそは、邪悪なる竜である――――」

 

祝詞が、聞こえた。

それに、蛭間は視線を向けた。

そこには、剣を掲げ、黄昏色の光を巻き散らし、竜の鎧を纏った辰巳がいた。

「―――――まさか」

 

「撃ち放つは竜の咆哮、染め征くは黄昏の景色――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっべぇ!?」

その様子は、衛星を介して、治郎にも見えていた。

辰巳達のいる、()()西()()()()、一目のつかない、路地裏から。

「このままじゃ()()()()を喰らっちまう―――」

そう、今、治郎は辰巳の『奥の手』の射線にいるのだ。

このままでは、治郎は、辰巳によって消し飛ばされる。

「そんな訳にはいかねえ。絶対に生き残って、奴らに復讐を―――」

 

「――――そうはさせないわ」

 

「!?」

突如として、後ろから何者かに抱き着かれる。

「お前・・・!?」

「年貢の納め時よ!」

彼岸花を想起させる紅い装束を纏った、郡千景だ。

「チッ!離れろ!」

暴れる治郎。しかし。

「大人しくしなさい!」

「な!?」

振り上げられた右腕に、さらにもう一人の千景が抱き着く。

それだけではない。

左腕、両足、前方から腰。

合計六人の千景が、全力で治郎を抑え込んでいた。

「おい・・・待て・・・・やめろ・・・・!!」

「ここで、消えなさい!!」

「い、嫌だァァアアアアッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――今こそ、天上の神々を失墜させ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぅ!!」

赤い玉を取り出し、凍った足に投げつけようとする。

しかし、そこへ歌野の鞭が迫り、その赤い玉を叩き落す。

「―――ッ!!!貴様らァァアア!!」

蛭間は、地獄からの叫び声のように、憎しみの表情で歌野達を睨み付ける。

しかし、歌野は怯まない。

 

「これが、貴方の運命(Fate)よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――この樹海(もり)に、今一度、我が存在を刻む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、戦いの中で進化した、邪竜の咆哮。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――撃ち放つ『黄昏に咆える邪悪なる竜(ファブニール・フォン・アテム)』ッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊予島杏から見て、その一時だけ、辰巳が、本物の邪竜に成ったように見えた。

それは、黄昏色の幻想のようでもあった。

辰巳が、黒い竜と成り、息を大きく吸い込んだかと思えば、次の瞬間には、その咆哮を解き放っていた。

黄昏色の竜の咆哮(ドラゴン・ブレス)。あの日の咆哮よりも、一際強大な力の奔流。

それが、蛭間を呪詛の断末魔と共に飲み込み、長野の街を駆け抜けた。

そして、その咆哮が駆け抜けた先には、何も残っていなかった。

 

 

 

 

「――――凄い」

そして、やっとの事ではき出せたのは、その一言だけだった。

「ハア・・・ハア・・・ハア・・・」

辰巳は、明らかに疲弊した状態で、剣を下ろしていた。

そこで、辰巳の携帯が鳴り、辰巳がそれを取り出して耳に押し当てる。

「千景か・・・?」

『威力が強すぎるわ!退避してた私まで巻き込むつもり!?』

「それはすまない。それで、もう一人の方は?」

『私と一緒に跡形も無く消し飛んだわ』

「そうか・・・」

辰巳は、安堵したかのように呟き、ファブニールを解除する。

「ぐ・・・!?」

反動で、体に痛みが走り、思わず膝をつく辰巳。

「辰巳!」

「たっくん!?大丈夫!?」

「ああ、動けなくはない。が、流石にキツイかな・・・」

杏も雪女郎を解除し、辰巳に駈け寄る。

「無理しないでください」

「無理して勝てるなら、それに越した事はないだろう」

どうにか立ち上がりつつ、辰巳は体の調子を確認する。

そして、一同にいう。

「千景と合流して若葉の所に行くぞ」

その言葉に、意義を唱える者達はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――」

紅葉は、茫然としていた。

この短い間に、一気に三人もの同胞が殺された。

「おー、今のなんだ?すげえ威力だったけどよ。あれ、こっち側の奴らの攻撃だったりしてな」

目の前の存在は、面白そうに先ほどの光に興味津々だった。

それが、紅葉の火に油を注ぐ行為だという事には気付かずに。

「何が面白い・・・・」

「?」

「一体、何が面白いって言うんだッ!!」

紅葉が叫ぶ。

「私の大切な同胞(なかま)が死んだ!それの何が面白い!!」

紅葉は叫び、目の前の存在(てき)に斬りかかる。

しかし、その存在(てき)は、それをいとも容易く躱すと、紅葉の腹に一撃、蹴りを入れて、そのまま後ろの建物の壁に叩きつけた。

「がは・・・!?」

「その理由には、俺も分からくはねえよ。だけどな。()()()()()()()()()()()()()()

その存在は言う。

「一から十まで、お前らの仲間意識の一切を否定してやる。どんな理由があろうが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

その存在は、そう断言した。

その言葉に、紅葉は、内側から、何かが沸騰していき、爆発しそうな程の、胸の中の激情を燃え上がらせていた。

「きぃさぁまぁぁああ・・・・・!!」

今にも激突しそうな、紅葉と、その存在。

その存在は笑う事無く、青い柄の刀を片手に構える。

紅葉は怒りに顔歪めながらも、両手で赤い柄の刀を握りしめる。

一触即発、そんな張り詰めた空気が、場を充満した。

 

その時――――どこからともなく一羽の鷹が紅葉とその存在の間に割って入った。

 

「「!?」」

それに驚く二人。

しかし、紅葉の方は、見知らぬ乱入者というよりも、知っている人物が割って入って来たかのような驚き方だった。

その鷹は、その存在を一度睨み付けると、すぐさま紅葉へと視線を向けた。

その鷹の行為に、紅葉は一瞬体を強張らせ、やがて悔しそうに顔を歪めると、「分かった」と一言呟いて、刀を鞘に納めて飛び上がった。

「な!?逃げんのか!?」

その存在は叫ぶ。

しかし、紅葉は建物の上からその存在を見下ろし、やがて、口を開いた。

 

「―――この借りは必ず返す。首を洗って待っていろ、勇者ッ!!」

 

そう言い残し、去っていく紅葉。

「・・・・・なぁんか、とんでもねえもん着せちまったな」

その存在が、申し訳なさそうに、しかし気楽にそう呟いた。

「ま、為せば為るだろ」

そう一人頷き、ソレは内側に()()()()()()()少女の意識に語り掛ける。

「悪いな、勝手に体借りちまって・・・そう怒んなって・・・・ああ、そうだ・・・・んだよ、もう少し誠意のある奴と思ってたって?馬鹿言ってんじゃねえよ・・・ま、なんだ、今のお前は()()()()()()から、これだけは承知しといてくれよ。・・・・ま、いきなり言われても混乱するわな」

傍から見れば、一人で喋りまくっている変人のように見えるだろうが、本人は違う。

「それと、そろそろ俺は消える・・・ああ?水都?いいよ。もう俺の言葉なんか必要ねえって。・・・・固い奴だなお前は、それじゃあモテねえぞ?・・・あーわりいわりい。怒んな怒んな。・・・ま、なんだ。この力を制御できなきゃ、アイツらには勝てねえ。いいか。怖がるな。この力は、もうお前のもんだ。・・・・使い方だぁ?んなもんセンスだよセンス。こうパーッとやってワーッとわればいいんだよ。・・・分からねえか。まあいい。そろそろ限界だな」

ソレは、空を見上げる。

「・・・・・最期に、一言言っとくぜ」

ソレは、誇らしげに笑って告げた。

 

「歌野と水都を任せた」

 

そして、ソレの意識は、落ちた。

「若葉ー!!」

「若葉ちゃーん!」

「若葉さん!!」

「無事か若葉!?」

「乃木さん」

「若葉ー!こっちは片付けたわよー!」

それと同時に、彼女の元に、彼女の仲間たちがやってくる。

「若葉、アイツは?」

「・・・・どうにか退けた。だが、逃がしてしまった」

「そうか・・・・・」

少女―――乃木若葉は、空から目を離し、自分の掌を見る。

そして、それを握りしめ、一言。

「・・・・ああ、必ず」

若葉は、その胸に、一つの約束を抱えて、振り返る。

「戻ろう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

乃木若葉は気付かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その身が、『狗ヶ崎哮』に成りつつあることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

諏訪よりも北、東北地方にて。

そこに紅葉は、膝をついて(こうべ)を垂れていた。

「・・・・今回は失態だったな。紅葉よ」

そんな紅葉に声をかけるのは、鷹を肩に乗せた、一人の女性だった。

その姿は、豊満も良い所ではあるものの、見る者全てを魅了するような美貌を持っていた。

それだけではない。彼女の他にも、まだ九人。彼女を入れると十二人もいる。

「・・・・申し訳ありません」

「よい。今回は妾たちも応援を送れなかった故、お前は何も悪くない」

「いいえ、この度、我が同胞たちが死んだのは、私がまだ弱かった故です。しかし、どうか処罰は待って欲しいのです」

「ほう」

女性は、面白げに笑みを浮かべる。

「奴らに、復讐する機会を与えて欲しいのです」

まるで、何かを抑え込みながら、絞り出すかのような声だった。

それは、彼女の激情の激しさを物語っていた。

「ふむ・・・・よかろう」

女性が、座っていた玉座らしき場所から飛び降り、紅葉の前に降り立つ。

「しかし、今のお前はまだ弱い。故にお前には妾直々に稽古をつけてやろうぞ」

「ッ!?」

その言葉に、紅葉は顔を挙げる事はせずとも、反応はした。

「そなたの剣技は、確かに卓越しておるが、まだ()()()()。その上、あの精霊とかいう異形の力にも対抗せねばならん。今は亡き『黒騎士』不道(ふどう)(みお)の憎悪の力は、あの足柄辰巳とかいう()()()の『黄昏の力』に敗北した。それ故に、そなたもそれ相応の力を手に入れればならん」

「・・・・・何をすればいいのでしょう」

その返答、女性は満足げに笑う。

「簡単な話よ。そなたのその憎悪。それを、お前の望む形に具象化させればよい。しかしその為には、もっと食わねばならん。お前の場合。あと()()()()()かの?」

その女性の言葉に、紅葉は内心で歓喜の叫びを挙げる。

「うれしいか?」

しかし女性はそれすらも見据えたかのように紅葉に囁く。それに紅葉の体が強張る。

「ならば行くがいい。その上で稽古をつけてやろう」

「・・・・・ありがとうございます」

紅葉は感情を押し殺した声で、早急にその場を立ち去る。

その様子を見送る。

「ホンマにいいんかいな?」

そこへ、なんともふざけた表情をした男が女性に歩み寄る。

「よい。奴はまだまだ伸び代がある。おそらく、この御竜(おりゅう)を超えるかもしれん」

「マジでかいな?それはつまり、ウチらを超える事と同義だということやで?」

「そうだ。しかし、忌まわしき事か、あの勇者一向の中で、あやつを退けた乃木若葉という女は、()()()()()()()だというのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「それはつまり、あの勇者(ブタ)もまだ強くなるって事ですかいな」

男の口調は、とても軽い。とても緊張感が無い。

しかし、その眼にこもる憎悪だけは、それが、彼もまた、人類に絶望し滅亡を望む者たちの一人だという事が、ひしひしと伝わってくる。

「しかし、敗北した訳ではない。十分に殺し得る可能性はある。だからこそ、行こう」

女性、御竜は、背後にいるあと八人の者たちに言い放つ。

 

「人類最後の生存権、四国に向かうぞ。いいな?十天将(じってんしょう)たちよ」

 

 

 

十天将。それはまさしく、天に居座りし神々より、神の家臣として認められた、バーテックス人間の中でも最強の力を有する、十人の精鋭。

 

 

 

『悪竜』の白銀(しろがね)御竜(おりゅう)

 

『無残』の市丸(いちまる)(じん)

 

『英雄』の志典(しでん)浩二(こうじ)

 

『傀儡』の浅井(あざい)久遠(くどう)

 

『空襲』の榛名(はるな)幸恵(さちえ)

 

『斬殺』の川津(かわず)五右衛門(ごえもん)

 

『負情』の御須(ごす)聖羅(せいら)

 

『怪物』の峻司(しゅんじ)(ひらめき)

 

『災厄』の清水(しみず)(れい)

 

『叛逆』の望奴(もうど)明石(あかし)

 

 

 

これが、十天将。十人の、バーテックス人間の精鋭。

 

それに対抗するは、七人の勇者たち。

 

 

 

 

 

 

 

 

後、とある事件を通して、郡千景が流れ着いた街の神社の巫女が書き記した書物には、彼らの事はこう書かれていた。

 

 

『邪竜』の足柄(あしがら)辰巳(たつみ)

 

『天狗』の乃木(のぎ)若葉(わかば)

 

『鬼王』の高嶋(たかしま)友奈(ゆうな)

 

『雪女』の伊予島(いよじま)(あんず)

 

『炎輪』の土居(どい)球子(たまこ)

 

『妖狐』の(こおり)千景(ちかげ)

 

『大蛇』の白鳥(しらとり)歌野(うたの)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さあ、ここからだ。

 

ここからが、真の戦いの始まりだ。

 

天と地、双極にして対となる、二つの勢力の戦い。

 

天より見下すはその玉座を()()()()()()()()

 

地より見上げるはこの世界の神々の集合体にして、世界樹(ユグドラシル)

 

攻めるは十人の幹部。迎え撃つは七人の勇者。

 

 

 

 

さあ、『聖戦』を始めよう。血みどろの『戦争』を始めよう。どちらが正義かを決める『大戦』を始めよう。

 

 

 

さあ、賽は投げられた。

 

 

 

 

 

だが、これだけは予言しておこう。

 

 

 

悪魔の王にして魔界の王に見初められし少女と、地獄の業火にその身を焼かれながらもその憎悪を忘れなかった少女。

 

 

邪竜(ファブニール)をその身に宿す男と、悪竜(ヴォーティガーン)をその身に宿す女。

 

 

 

この、二対の戦いにおいて、片方だけの生存だけは許されないという事を――――




次回『変化』

一人は幻想の獣へと、一人は人ならざるモノへと。


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変化

『それでは、次のニュースです。先日、四国へと避難してきた諏訪の人々の居住区が完成しつつあるとの事であり、それにともなって、生活が安定してきているとの事で――――』

「だーかーら!うどんよりも蕎麦のほうが美味しいに決まってるわ!」

「いいや!うどんの方が蕎麦の数倍は美味い!」

「なにおう!」

「やるか?」

「やめないかお前ら」

「「ぎゃん!?」」

もはや日常となりつつある若葉と歌野のうどん蕎麦論争おいて、辰巳のツッコミは当たり前となってきている。

「うう・・・邪魔するな辰巳!これはうどんと蕎麦の神聖な戦いなんだぞ!」

「そうよ!その神聖な戦いを邪魔するなんて失礼にもほどがあるわ!」

「今は食事中だ。静かに食え静かに。別に論争は今じゃなくても出来るだろう?」

「いいや!今だからこそやる必要が・・・・」

「わーかーばーちゃーん?」

「ひぅ」

「ひぃ」

なおも何かを言おうとした若葉をひなたが黙殺する。ついでに歌野を巻き込んで。

「ご飯の時間なんですから、今は静かに食べましょーねー?」

「わ、分かった・・・」

「Yes Ma'am・・・」

ひなたの威圧には勝てず、大人しくそれぞれのうどんと蕎麦を食べ始める二人。

「ふう・・・」

「でも以外でした」

ふと、水都が口を開けた。

「辰巳さん、四国にいるんですから、てっきりうどん好きなのかと思いましたが、蕎麦の方がお好きだったなんて思いもよりませんでした」

「まあうちは年越しとかは蕎麦一択だからな。ついでに父さんが作ってくれた蕎麦が美味いのなんのって・・・・・」

途中で一気に尻すぼみしていく辰巳の声。

「そう・・・父さんの蕎麦・・・・」

「あああ!?辰巳さんのトラウマがフラッシュバックしてます!」

「ええ!?す、すみませんすみません!」

陰りを移した辰巳の眼にひなたが慌てて辰巳を慰めにかかる。

「まさか辰巳がそっち側の人間だったなんてなー」

そんな様子の中、球子はそう呟いた。

「ですよね。あまりうどんを食べませんでしたし、それに、カツ丼しか食べてませんでしたし」

杏もそれに頷く。

「あの時、うどんを好きにはならなかったのね」

「く、てっきりあの瞬間からうどん好きになっているものとばかりに・・・」

千景の言葉に若葉は悔しそうに手を震わせる。

理由はまだ彼女たちが集まった頃の話であり、地元民である若葉とひなたが歌野と水都を除く勇者全員にとあるうどん屋を紹介し、そこでうどんを食べさせた時に皆おどろいて夢中で食べていたが、唯一辰巳だけは微妙な顔をしていたのだ。

「ふっふっふ、それほど辰巳と蕎麦の絆は深いって事よ!」

歌野が思いっきり立ち上がって豪語する。

まさしく傲慢の塊!

「わーお歌野ちゃん言うねー」

そんな歌野の様子を否定するでもない友奈。

 

 

これが現在の丸亀城の日常。

 

 

 

 

 

 

あの、対バーテックス人間撃滅作戦において、三人の撃破及び、一人を撤退に追い込めた事に成功し、無事に諏訪の者たちを四国に送り届ける準備が整った。

さらに、向こうでも受け入れの準備が完了しつつあることで、こちらが着くころには終わるとの報告を受け、勇者一向及び諏訪の住人たちは、予定通り、出発を開始した。

道中、何体かのバーテックスに襲われる事はあったが、一日おきのひなたと水都の誘導によって、遭遇する回数は少なく、さらに障害物の破壊に辰巳の『怒り狂う邪竜の咆哮(ファブニール・ブレス)』を使用、襲ってきたバーテックスは他の勇者の尽力によって事なきを得た。

その結果、被害の一切を出さずに四国に到着したのだ。

その後、歌野と水都は、寮の部屋の増設が完了するまで、しばし他の勇者の部屋で暮らす事となり、それから数日後に、新しく与えられた部屋に住む事となった。

 

 

 

 

 

―――――余談だが、歌野がふざけて辰巳の部屋に泊まろうとした事は、ひなたの真っ黒い感情によって止められたのはまた別の話。

 

ちなみに、その結果で歌野は若葉の部屋、水都はひなたの部屋に泊まる事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして数日後、現在、教室に新しく歌野と水都を加えた状態で授業を受けつつ訓練にいそしむ日々を送っている。

 

 

 

 

 

 

しかし――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハアッ!」

「ふっ!」

辰巳と若葉が木刀を打ち合う。

木刀の中には鉄棒が仕込んであり、それなりに丈夫に作られている。

さらに若葉の鞘も、本物の刀に使われていた鉄仕込みの鞘を使用している。

そんな、試合の中、辰巳はある違和感を感じていた。

(なんだ・・・・?)

剣を打ち合う中で、辰巳は、若葉の異変に気付く。

 

あまりにも、体の反応速度が速い。

 

確証がある訳ではないが、若葉は、辰巳の攻撃を全て()()()()()()している。

辰巳ほどの剣速があれば、常人では見切れない程の速さで敵を打つ事が出来る。だが、若葉は普通に剣を振る時ではなく、居合を使う時でのみ、その神速を発揮する。言い換えれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

それなのに、若葉の体は、辰巳の攻撃全てに対応しきっていた。

(どういう事だ・・・?)

そこで辰巳は一つ試してみる事にした。

辰巳の持つ最高の速さを誇る突進技。

「対天剣術『疾風』ッ!!」

突風の如く走り抜け、敵をすれ違いざまに数回斬りつける辰巳の突進技。

今まで、若葉はこの技を見切り防ぎ切った事は無い。

若葉を、都合四回の斬撃が迫る。

「せっぁッ!」

しかし、若葉は、その四撃を全て防ぎ切った。

「なっ・・・!?」

すれ違いつつ、辰巳は今の若葉の対応に驚いていた。

(何が起きた・・・!?)

脅威的な観察眼と洞察力を持つ辰巳の目には、若葉は、確かに斬撃を見て反応して防いだ。

それだけならまだいい。しかし、その動き方にはいささか()()()()()()

若葉の限界以上の速さで肉体が動き、辰巳の疾風を防ぎ切った。

通常ならば、それで腕が痛くなる筈だが・・・・

「どうした辰巳?その程度か?」

若葉には、その様子が一切感じられない。

不敵に笑い、なおも剣を構え続ける若葉。

その表情に苦悶は無く、腕の痛みに耐えている様子はない。

「・・・」

「ん?どうした?」

若葉が首を傾げる。

すると。

「すごいよ若葉ちゃん!」

「ん?」

友奈が称賛の声を挙げる。

「とうとう辰巳さんの疾風を攻略できたんですね!」

「やったな若葉!」

さらに杏や球子からも称賛の声を受ける。

「そうか?私からしたら、辰巳が手加減したかのように見えたが・・・・」

「え?そうなの?」

友奈が思わず辰巳を見る。しかし、辰巳を首を横に振る。

「いや、単純にお前が強くなっただけだろ。この間のアイツは結構強かったからな」

「そうか・・・うむ、そうかもしれない」

納得し、頷く若葉。

しかし、辰巳の元へ、歌野がやってくる。

「で?本当の所はどうなの?」

若葉たちに聞こえないように歌野が聞いてくる。

「・・・・あまりにも反応速度が速かった。正確には反射神経。通常、反射神経が関係する反射速度は、必ず『知覚し、理解し、対応する』という三行程を行わなければならない。並みの人間なら、その反射速度は、0.3秒、短距離選手(スプリンター)なら0.15秒と言われている。俺も、それなりに鍛えれば、0.1秒はいけるが、それ以上は無理だ。だが、さっき疾風を打ち込んで数えた若葉のその反応速度は、0().()5()()()()()()()()

「・・・!?」

「まだアイツは気付いていないのかもしれないが、その気になれば俺たちが一回の行動を起こすまでに最大でも三回は行動を起こす事が出来る事が出来るんだ。単純な話、俺が疾風で四回斬りつけるまでにあいつは()()()()()()()()()事が出来るんだよ」

その数字に、歌野は言葉が出ない。

それ即ち、若葉は辰巳よりも強くなる事が出来るという事なのだ。

しかし。

「早々に気付かせてやれば、アイツの居合もさらに昇華するだろうな。もしかしたら、某飛天なんとか流の奥義を習得できるかもしれないな」

「そんな事になったら若葉本物の化物になりそうね・・・・」

そう冗談を交えつつ、歌野は、若葉を見た。

「・・・・私の疑問はね」

「ん?」

「さっきの若葉の剣の振り方、哮兄に似ていたんだ」

「哮さんに?」

「ええ。大雑把なのに鋭いあの振り方は、間違いなく哮兄のものだったわ・・・・どういう事なのかしら・・・・?」

「・・・・」

辰巳と歌野は、心のどこかで、こう思っていた。

 

若葉は、変わってきている。

 

それが、一体何に変わるのか、二人には分からなかった。

「ま、強くなるに越したことはないだろ。ついでに、俺たちは二人で組めばどんな敵にだって勝てるんだ。頑張ろうぜ?」

「・・・そうね。よし、そうと決まればLet's Tryよ!」

そう声を挙げ、また訓練を再開する。

しかし、その中で、千景はただ一人、黙々と鎌を振るっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしその中で。

 

「悪い、今日の午後、病院に行ってくる」

食堂にて、辰巳はこういい出した。

「またですか?」

「ああ」

「なんか辰巳ばっかり病院って、どっか悪いとこでもあるのか?」

「この間の無理がまだ続いているみたいでな。それに俺のファブニールはお前らのと違って、化物クラスの力を有しているから、それに対する検査も多いんだよ」

「ファブニールですか・・・」

ふと水都が話に割り込む。

「ドイツのニーベルンゲンの指環に出てくる邪竜の事ですよね。それが辰巳さんの精霊になっているんですよね?」

「まあな。ま、友奈のアレも大概だけどな?」

「アレ?何それ?」

辰巳の言葉に、歌野が頭に疑問符を浮かべ、友奈を見る。

「んっふふ~、秘密ー」

「ええ、教えてくれたっていいじゃない」

歌野がしつこく友奈に聞いてくるが、友奈はそれを軽々とかわしていく。

その間に辰巳はそばを食べ終え、立ち上がる。

「それじゃ、俺もそろそろ行くよ」

「あ、それでは気を付けて」

ひなたに一言かけて、食堂を出ていく辰巳。

「・・・・」

「心配か?」

「ええ・・・」

若葉の言葉を否定することは無く、頷くひなた。

「辰巳なら大丈夫さ。今まで、どんな窮地に立たされても、切り抜けてきただろう」

「・・・・はい」

その時のひなは、そう答える事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・進行が進んでるね」

かつて、辰巳がバーテックスの毒によって絶命の危険に立たされた時の手術を手掛けた医師が、カルテを片手にそう言った。

「この黒い痣から検出されたDNAは、明らかに君のものとは違う。いや、それ以前に、()()()()()()()()()()。これは明らかに異常だ」

辰巳の、左肩を中心として見える、黒い痣。

「今のところ、問題は無いように見えるけど、これ以上ファブニールを使えば、君に何が起きるか分からない。戦闘時は、なるべく控えるように」

「分かりました」

辰巳は上着を着て、そう応じる。

「これからも研究を続けるつもりだが、何かわかり次第、君に連絡を入れる事にするよ」

「ありがとうございます」

「・・・・本当に良いのかい?」

「なにがですか?」

「この事を、他の仲間たちには言わないのかい?」

「・・・」

医師の言葉に、黙ってしまう辰巳。

「・・・ファブニールを使わなくても、いずれバレてしまうと思うよ。早急に言っておいた方が良いだろう」

「・・・・助言、ありがとうございます」

辰巳は最後にそう言い残し、診察室を出ていく。

「・・・・難しい事を言うな」

肩を抑え、辰巳は、そう呟いた。

病院を出ると、そこにはひなたがいた。

「ひなた、来ていたのか」

「はい。心配だったので」

「わざわざ悪いな」

「お体の方は大丈夫ですか?」

ひなたは、辰巳の体に触れる。

「大丈夫、まだ反動があるとかで、無理はするなって言われてるだけだから」

「・・・・そうですか・・・・」

ひなたは、それしか返す事しか出来ず、結局それ以上の事は話さず、二人は丸亀城に帰っていく。

 

 

その道中。

 

「んっしょ・・・よっせ・・・!」

「ん?歌野じゃないか」

丸亀城の近くにある畑で、鍬を振るっている歌野の姿を見つけた。

「ん?Ho!辰巳とひなたじゃない。病院の帰りかしら?」

「まあそんな所だ」

「ふぅん・・・・」

「・・・・なんですか?」

ふと、歌野はひなたを見て、嫌らしくにやけた。

「・・・・旦那様のお迎えご苦労様、お・く・さ・ま♪」

「だん・・・ッ!?」

歌野の突拍子も無い言葉に一気に顔をリンゴのように真っ赤にするひなた。

「ななななな何を言ってるんですか!?」

「えーだって二人はそういう仲なんでしょ?」

そう言って歌野は握った拳の人差し指と中指の間から親指を出す。

「なぁ!?ま、まだそういう関係には・・・」

「まだって事はいつかやるのね?」

「あうぅ~」

顔を真っ赤にして、とうとう撃沈するひなた。

しかしその寸前、ある事に気付いて、勢い良く辰巳の方を見たひなた。

「って!なんで辰巳さん何もいわないんですか・・・」

しかしそこにいたのは、口元に片手を当てて、視線を逸らして耳まで真っ赤になってる辰巳の姿があった。

「・・・・・考えてなかった」

「・・・・ひぅ」

その反応に、ひなたは何も言えなかった。

「ひなたさんって、本当に辰巳さんの事になると何も言えなくなるんですね」

「水都さん!?」

「水都・・・」

そこへ、木陰で休憩してた水都が口を開いた。というかそこにいたのか。

「な、何故そこに!?」

「うたのんの畑仕事の様子を見ていたんです。それにしても、普段はしっかりとしているのに、辰巳さんにはデレデレなんですね」

尊敬します、なんて言って水都にしては珍しくからかいに来ている。

それにさらに顔を真っ赤にするひなただったが。

「そ、そういう水都さんだって!哮さんの事になると結構惚気るじゃないですか!嬉しそうにへにょへにょしちゃって!」

「はうあ!?」

その思わぬ反撃に思わず体をのけぞらせる水都。

「それに、歌野さんから聞きましたよ!哮さんは結構良い匂いがするって!それで何か盗んでその・・・お、〇〇〇〇(ピ―――)・・・・とかしてるんじゃないんですか!?」

「な!?な、何言ってるんですか!?ぬ、盗んだ事はありませんよ!」

「そうですか?哮さんの家に泊まる機会があったらしいですけど、まさかベッドの中で・・・」

「ああああああ!!やめてやめて!というかひなたさんもそう言ってますが、そんな事言ってるって事はそういう事してるんじゃないんですか!?」

「ひぅ!?そそそそ、そんな、辰巳さんの汗に塗れたシャツなんで盗んでなんていないんですからね!」

「ほら盗んでるんじゃないんですか!?」

「しまった!?で、でも!パンツの一枚ぐらい取ってるんじゃないんですか!?」

「パンツじゃないもんタオルだもん!」

「水都さんも何か盗んでるんじゃないですか!」

「あああ!?」

もはやハチャメチャな事になりかけている、というかなっているこの口喧嘩。

が、そこで辰巳がひなたの肩を掴んだ。

「ひなた。その話詳しく」

「は・・・はい・・・」

ゴゴゴと黒いオーラを出して微笑む辰巳に、ひなたは何も言えなかった。

「青春ねぇ」

その様子を、歌野はさわやかな眼で見た。

しかし、ふと表情を改め、歌野は辰巳を見る。

未だに青ざめるひなたを黒い微笑みで威圧している辰巳。

しかし、辰巳のその表情に、何かしらの違和感を、歌野は拭いきれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寮。

「ひなた」

「ん?なんでしょう、歌野さん」

「ちょっといいかしら?」

「?」

歌野の誘いに、首を傾げながらも応じるひなた。

「貴方、最近辰巳がおかしいって事に気付いてる?」

「・・・・」

その歌野の問いに、ひなたは、俯いて沈黙する。

歌野はそれを肯定と受け取り、話を続ける。

「貴方、このままじゃ絶対後悔するわよ」

「後悔・・・ですか・・・?」

「ええ。辰巳は明らかに何かを隠してる。それがなんなのかは分からないけど、きっと、何か危険な事よ。分かるのよ。何かを抱えていても平気でいようとする人が」

「・・・」

それは、歌野の鋭い勘が告げる、警告。

歌野の力を、ひなたは辰巳からありありと聞いている。

 

身体的に柔らかく、柔軟。常に周囲を見て、相手の弱点を探るところから始め、そして、味方の戦いのクセや弱点を見切り、それをどう立ち回れば補えるかを、常に考えている、性格からは考えられない、常に考えているタイプだ。そこに獣並みの勘が上乗せされるのだからそれは質が悪い。その思考が、結果的に、近接における高いセンスと脅威的な洞察眼を持つ辰巳と考えが重なり、結果的に相手が何をしたいのかを互いに感じ取れるようになっているのが。

その事には、ひなたは嫉妬しつつも、互いに信頼に足る真の相棒(パートナー)と認めている。

 

最も、結婚するとしても正妻の座は渡さないが。

 

その歌野が、警告をしている。

その事に、ひなたは、ぎゅっと手を握りしめた。

「・・・・私は・・・」

どうにか、言葉を絞り出そうとするが、そこから先が出てこない。

「・・・・ま、聞くだけでも、何か変わると思うわよ」

歌野は、ひなたの肩に手を置く。

「戦う力も持たない巫女でも、役に立つ事はあるわ。それに、貴方は辰巳の恋人なんだから、自信持ちなさい」

「歌野さん」

「Good luckよ、ひなた。迷うくらいならぶつかっていきなさい」

歌野の激励に、ひなたは、精一杯の礼を返す。

「・・・・ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・やはりそうか」

『はい。こうなってしまった以上、もうファブニールは使わないで下さい』

「それは出来ないかもしれない」

『何故・・・そのまま使い続ければ、もう、()()()()()()()()()()()()()んですよ』

「もう、俺が失って困るものは無い。あるとすれば、それはこの丸亀の皆だ。()()()で、何かある訳じゃない」

『それでも・・・・ひたなさんを泣かせるつもりですか!?』

「そんな事で泣かせはしないさ。いいや、絶対に泣かせない」

『・・・・それなら、良いですが・・・』

「それと火野。お前、そろそろ神託が下りて来たんじゃないか?」

『ッ!?何故それを・・・』

「声音が少し低いし、息遣いもわずかに苦しそうだ。何を見た?」

『・・・・・敵が、あと二週間の間にやってきます』

 

 

 

 

 

『皆さんに、伝えておいてください。今度の敵は、今までの敵とは訳が違います』

 

 

 

 

 




次回『レクリエーション』



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レクリエーション

その日の授業は、火野の神託を基にした対策会議となった。

「じってんしょう?なんだそりゃ?」

球子が、黒板に書かれた文字を見て思わずそう呟いた。

「十天将、天上の神々が、たった十人にだけ、力を分け与えた精鋭たちの事です」

司会のひなたの補佐を担っている水都が、資料を見ながらそう答えた。

 

補足しておくが、辰巳の妹である足柄火野は、他の巫女とは違い、神樹の悪い神託(じょうほう)を受け取る事の出来る巫女だ。

その神託は、最悪の未来と情報を火野に与え、それから、最悪に対する対策を講じる事が出来るのだ。

 

「火野ちゃんからの報告では、敵の数は全部で十人。それぞれが勇者の精霊使用時と同じ能力を有しているとの事ですが、その能力までは分からなかったようです」

若葉が顎に手を当てる。

「能力は分からないが、十人はいると・・・それでひなた、その十人に対する対策だが・・・」

「はい。相手が十人なのに対して、こちらは七人。数的に私達が不利であり、実力的にも、私達の方が弱いと推測されます」

「でも、タマたち、あの四人を倒したんだぞ?問題なんて・・・」

「七人でやっと、て感じだよ。ああいう奴らより強い奴が出てくるってなると、相当キツイと思うな」

球子の言葉を、否定する杏。

「考えすぎじゃないのか?」

「火野ちゃんは、諏訪で倒した人たちが手榴弾であるなら、十天将は原爆ほどの力があると言われています」

「マジかよ・・・・」

球子も、火野の能力は知っている。

今まで、バーテックス人間や四国の外の現状などからも、実例を踏まえて、球子もその能力の凄さは実感している。

「その為、大社ではこちらも勇者システムの強化及び、新たな精霊の使用を実行すると、決定を下しました」

「ええ!?」

そのひなたの言葉に、最も声を挙げて驚いたのだ杏だった。

「杏さん?」

「アンちゃん?」

それによって、他の者たちの注目を集めてしまい、杏はどもって座ってしまった。

「いえ、なんでもありません・・・」

「そうですか・・・・先ほどの、新たな精霊の使用についてですが、現状新たな精霊を使用するに値する勇者は、現時点で三人です」

「誰なんだ?ひなた」

若葉が聞くと、ひなたは告げた。

「若葉ちゃん、歌野さん、千景さんです」

「おおー!」

「て、タマは入ってないんかーい!」

嬉しいのか声をあげる友奈とずっぱりとツッコミを入れる球子。しかし、ひなたは申し訳なさそうに応じた。

「すみません。現状、タマっちさんに合う精霊がいないもので・・・」

「ぐぅ・・・・」

「安心しろ球子、俺にもいないから」

「辰巳さんの場合はその精霊が強力過ぎるような気が・・・」

杏が苦笑する。

「おめでとうぐんちゃん!」

「ありがとう、高嶋さん」

「これで私と同じ二体目だね!」

「そうね」

はしゃぐ友奈につられてなのか嬉しそうに頬を緩める千景。

「ついに私にも、他の皆と同じような精霊が・・・Fantastic!」

「良かったね、うたのん」

一方で、こちらも歓喜に浸っている歌野と、それを微笑まし気に見る水都。

「新たな精霊・・・これで辰巳の負担も減る・・・」

また、若葉は拳を握りしめていた。

そう、口々に精霊について騒いでいたが、そこでひなたがパァンッ!と両手を打ち鳴らした。

「ただし!その新たな精霊は体に大きな負担をかけます。ですので辰巳さん」

「ん?」

「この三人だけでなく友奈さんも加えた四人の訓練メニュー、考えてきてください。ただし、()()()()()()()

ひなたのその言葉に、辰巳は一瞬呆気にとられたが、やがてニヤリと不敵に笑った。

「ああ、特に心配なのは千景だからな」

「・・・・」

その言葉と同時に辰巳の目がキラリーンと光り、それを見た千景は血の気が引くような感覚を感じた。

「たたたた高嶋さん・・・」

「えーっと・・・頑張れぐんちゃん!」

グッとサムズアップする友奈に、千景はこの瞬間、何かが終わりを迎えたように感じた。

「とりあえず、今日はこれで終わりです。また、新たな神託が下り次第、連絡します」

その一言で、その日は解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後―――――

「ハアッ!」

「ふッ」

辰巳と千景が打ち合っていた。

というよりは、辰巳が千景の攻撃を受けているようにも見える。

「鎌は俺たちの使う武器の中で一番重い、それ即ち、俺たちの中で一撃の攻撃力が一番大きいって事だ。だが、その分隙が多い。一撃一撃、柄を持つ位置を変えるんだ。どの態勢から、どう振れば、柄のどの位置を持てば速く、鋭く振れるのか。それを常に考えて鎌を振るえ」

「ッ・・・はい!」

千景の鎌の使い方は、この三年でかなり卓越してきている。

足捌きに加え、鎌という武器の特性につてもしっかりと理解が身についている。

「やぁッ!」

それが証拠に、千景は刃だけでなく、柄も率いて攻撃をしている。

これによって、攻撃に手数が増えて行っている。

しかし、その攻撃さえも、辰巳の攻撃の前には届かない。

(当然ね・・・だって、足柄さんは私の・・私達の師匠なんだもの)

辰巳は、勇者の中では、リーダーというよりは先生のような立場の存在だ。

その意識は、千景に十分にある。

「少し疲労が出てきている。その時の対処法は?」

「敵の状態を見て、一気に片を付けるか下がって味方と交代するか撤退する・・・!」

「そうだ。だが今は―――」

「味方は、いない・・・!」

千景が鎌を振るう。

鎌を手の中で回し、下から一気に刈り上げる。

それを辰巳は見を引いて紙一重でかわす。

「そろそろこっちからも行くぞ」

「ッ!」

一瞬、辰巳が身を沈めたかと思うと、次の瞬間には辰巳は千景の眼前に迫ってきていた。

「くッ!」

辰巳の突きを、千景は鎌を使って剣の横っ腹を叩き逸らす。

そこから繰り出される辰巳の連撃。千景は、それをかわし防ぎ、下がりながら辰巳の間合いから常に逃れようと行動する。

「そうだ。相手の武器が飛び道具でないなら間合いから離れろ。リーチはお前の方が長く重い。だから回避するときは常に安全圏へ逃れる事だけ考えろ。だけどそれで安心するな」

辰巳の上段斬り『滝打』が迫る。それを、千景は後ろに下がって、どうにか紙一重でかわす。

しかし、そこから剣が跳ね上がり、また千景を下段から狙う。

千景はさらに下がりつつ、かわせないその攻撃を鎌の広い刃を使ってどうにか逸らし切る。

(上手い・・・)

鎌の刃は刀に比べて広く重い。しかし、広いからこそ、横で受けた際の範囲の広さは役に立つ。

そこを上手く使ってきたのだ。

「それでいい。自分の武器の特性と弱点をしっかりと理解して攻撃と防御をしろ」

剣を振りながら、辰巳は剣を振るう。

千景は苦悶に顔を滲ませながらも、その言葉にうなずく。

「少しレベルを挙げるぞ」

「え・・・」

「対天剣術――――」

千景が大きく踏み込む。それは、彼の名持ちの技の一つ。

「『牙貫(きばぬき)』ッ!」

「ッ――――!!」

高速で突きだされる、絶対貫通の刺突。

刺突は全ての剣技に置いて、最大の()()()を誇る技だ。

それゆえに、決まれば、確実に相手に致命傷を与える事が可能なのだ。

そして、辰巳の『牙貫』は、今の千景には対応できない。

それに、思わず目をつむる。

 

 

 

バキッ!!

 

 

 

気付けば、千景の木製の鎌は折れていた。

この鎌は練習用のものであり、彼女本来の武器である『大葉刈』は、今この道場の彼女の鞄の横に置いてある。

「あ、やべ」

辰巳のやってしまったと言わんばかりの言葉を言っている間に千景は床にしりもちをついた。

「・・・・」

「悪い千景、折れちまったな」

「・・・・いえ、大丈夫よ」

差し出された辰巳の手を取り、立ち上がる千景。

そこへ、何かが走ってくるかのような足音が聞こえた。

「おーい!何か凄い音が聞こえたけど・・・」

友奈だ。

「高嶋さん」

「わ!?その鎌折れちゃってるけどどうしちゃったの?」

「心配しないで高嶋さん。ただ足柄さんが少し本気になっちゃっただけよ」

「え!?たっくんが本気!?若葉ちゃんと歌野ちゃん以外に?」

「まあな」

友奈の驚きをあっさりと肯定するものだから、友奈は驚く他無かった。

「でも、自主練するなら呼んでくれればよかったのに・・・」

「それは・・・私が、自分からやりたかったから・・・・」

「でも一人より二人の方が良いよ」

「ま、いい練習相手になるしな」

「それにしても、ぐんちゃん、帰ってから毎日自主練してるよね。どうしたの?」

千景は、この頃、毎日のように自主練に没頭していた。

それがどういう理由なのか、辰巳は知らないが、特に追及はせず付き合っていたのだが。

「・・・・いつバーテックスの襲撃があるか、分からないから」

「そういや、ここ最近バーテックス人間の事ばかりで、普通のバーテックスの事は完全に蚊帳の外だったな」

「それに、十天将とかいう奴らもいるし、私の新しい精霊も、うまく使えるようにならないといけない・・・・」

「・・・・・本音は?」

辰巳は、千景に聞いてみる。

「・・・・私は、早く戦いたい・・・・早く、バーテックスどもが来ればいいのに・・・・」

「千景・・・お前・・・」

千景は、床をじっと睨みつけていた。

「勇者は・・・戦って勝つからこそ価値がある・・・四国の人たちだって、それを望んでいるわ・・・・」

千景のその言葉に、辰巳は否定できない。

勇者は戦う。そして、普通の人より力がある。それゆえに、人々に尊敬され、そして恐れられる。

その勇者が弱ければ、人々は、怯える事はおろか尊敬する事もないだろう。

だが、そんな理屈は、友奈には通用しない。

「うーん、私はぐんちゃんが一緒にいてくれるだけでも嬉しいよ?価値とかそういう難しい事がなくても」

本当に、友奈は凄い、と辰巳は思う。そう思える程の強さが、彼女にはあるのだから。

「・・・よく、分からないわ」

千景はそう呟いて、友奈から目を逸らす。

それに辰巳は仕方がなさそうにため息を吐いて、二人に言う。

「さ、千景は練習用が折れてしまったから、今度は本物を使って素振りをしよう。友奈、お前はアレの使用に備えて、体を作っておけ。腕立て、腹筋、スクワット・・・いろいろとあるぞ」

「うわあ多い・・・・でも頑張るぞ!」

友奈は、そうガッツポーズをとって早速腕立てを始める。

千景も、大葉刈を取りに行く。

その様子を見て、辰巳はふと、左肩に痛みが走った事に気付き、その肩を掴んだ。

そこには、あの黒い痣があった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レクリエーション?」

翌日の事、突然若葉からその様な提案をされた。

「内容は丸亀城全体をフィールドとしたバトルロイヤル形式の模擬戦・・・・最後まで生き残った奴は他の奴ら全員になんでも命令する事が出来る・・・か・・・」

辰巳が内容に目を通しつつ、愕然とする。

「・・・・・これ、勝ち目あるのか・・・・特に杏」

「安心しろ。武器の使用は安全を講じて、模擬用のを使い、それ以外ならばなんでもしてもいいというルールだ。つまり、不意打ちとかありという事だ」

「なるほど、共謀して相手を陥れるってのもありって事か・・・」

資料を見つつ、視線だけを横に向けると。

「なんでも命令出来るんだな。なら乗った!」

「面白そうですし、私もやるよ」

「やろうやろう!」

「そうね・・・」

「ふっふっふ、この農業王の実力を見せてあげるわ!」

他の勇者たちは乗り気だった。

「・・・・良いだろう」

辰巳は、ひなたに紙を渡しつつ、不敵に笑う。

「ただしやるからには―――――全力でやってやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして始まった模擬戦。

辰巳は、一人森の中で、腕を組んで立っていた。

そこへ一人、やってくる者がいた。

「なるほど、みーちゃんの言った通りだったわね」

「お前が来たか、歌野」

目を開け、剣を引き抜く辰巳。

「てっきり若葉が来るものだと思ってたが・・・・」

「若葉は友奈とやりやってるわよ」

「お、それは見てみたかったな」

「でも残念。私が相手よ」

歌野は腰の鞭を留め具から外し、構える。

「丁度良かった。お前とは、一度サシでやり合いたかったんだ」

「奇遇ね。私もよ」

互いに臨戦態勢に入る。

因みに、辰巳が使っているのは中に鉄棒が入ったそれなりに重さのある木刀。

一方の歌野はそれほど殺傷能力もないのでいつも使っている鞭をそのまま使っている。

そのまま、数秒の静寂が流れたが、先に動いたのは、辰巳だった。

「シッ!」

ほぼ一歩で、おおよそ五メートルの距離を縮める辰巳。そのまま、右斜め下から一気に斬り上げる。

しかし、それを予期してたかのように歌野は、辰巳の斬り上げを軽いステップでかわす。

辰巳は返す刀で追撃して、やめる。その代わり体を思いっきり逸らす。

「とっ」

目の前を景気の良い破裂音が炸裂する。

「やっぱ勘が良いわね!」

それは歌野が鞭を振るい、限界まで伸ばされた時に聞こえる空気がはじける音。

辰巳は、それを体を大きく逸らす事で回避したのだ。

態勢を立て直しつつ、辰巳は剣を構える。

(やっぱ隙がねえな)

(やっぱり隙が無いわね)

互いに、敵の出かたを伺う。

辰巳の剣に対して歌野は鞭。

鞭は、振るえば振るうほど、どの武器よりも速く、敵を叩く事が出来る。

しかし、それは先端での話であって、接近されればそれまで。

鞭は根元に行けば行くほど、その威力は弱まる。

が、しかし、歌野には特筆すべき点がもう一つある。

それは体術。歌野が、哮と共に作り上げた、鞭と体術の複合格闘術『スネイクアーツ』を持っているのだ。

それの体得は、今の歌野を何倍にも強くしている。

だからこそ、辰巳は攻めあぐねている。

一方の歌野は、そういったスネイクアーツという体術においてのアドバンテージをもつものの、彼女が攻めあぐねている理由は、彼の洞察眼の問題だ。

辰巳の眼は、というよりかは、視野がとても広い。

呼吸や筋肉の動き、体型や視線の向きと動き、爪先の向き、武器の角度、そして癖や血色に至るまで、ありとあらゆる要素を、徹底的にぬかりなく見ている。

そこから、相手の次の行動を予測し、対応するというのが辰巳のスタイル。ほぼ勘だけで動いている歌野に対して、辰巳は相手をよく見て動くタイプ。そんな正反対な性質を持つ二人が、何故互いの動きを把握できるのか。

単純な話、辰巳が歌野という人間を()()、歌野が辰巳と言う人間を()()()()()()()()からだ。

さらに単純な話をすれば性格上、辰巳にとって歌野は分かりやすく、歌野にとって辰巳は信じやすい相手だったというのもある。

見て、観察して、予測して、計算して、動く辰巳に対して。

見て、感じて、深く考えず、信じて、動くのが歌野。

互いに、考える事は根本から違えど、最終的に『信じる』という所に行きつく二人は、良くも悪くも、相手の考えてる事が手に取る様に分かってしまうのだ。

だからこそ――――

(踏み込んでくるッ!)

歌野がそう予測し、辰巳が踏み込む。

(蹴りが飛んでくるッ)

袈裟懸けの一撃をかわし、回転をつけて迫る歌野の蹴りを辰巳は回転しつつかわす。

(周りながら一閃ッ!)

(しゃがんでかわす。そこからアッパー)

(顎をあげて避ける)

(そこで下がって鞭を振るう)

(剣で弾きつつ、追いかけてくる)

(木を伝って下がる)

(そこを剣を投げて落としにかかる。・・・あこれ当たる!?)

(そう焦ってわざと態勢を崩して地面に落ちる・・・鞭ッ!?)

(慌ててしゃがんでかわす。Revenge(仕返し)!)

(この野郎・・・・ならこれでも喰らえッ!)

(石!?)

辰巳が石を投げる。

腹に向かって飛ぶそれを歌野は体を折ってかわしつつ、鞭を振るう。

(当然剣を取りにいくわよね!)

(分かってるから鞭を振るうッ!)

歌野が鞭を振るう。その先には辰巳の横姿。

(飛ぶ、そしてハンドスプリング!)

(すかさず歌野の鞭が足を襲う)

(逃がさないわよ!)

(捕まえられるものなら捕まえてみろ!)

そこから地獄の鬼ごっこが始まる。

そしてその様子を、丸亀城の天守閣最上階から見る者がいた。

「むぅ・・・」

「辰巳さんがうたのんと楽しそうにしてるのが羨ましいですか?」

「ぎく・・・」

双眼鏡から目を離し、目を向ければそこにはニヤニヤと笑う水都の姿があった。

「べ、別にー」

「ふふ、とても乙女な顔になってますよ」

「・・・・水都さんに言われたくありません」

「う・・・」

「そういえば、若葉ちゃんたちの方はどうですか?」

「ああ、こっちも凄いですよ」

視線を向ければ、そこは、辰巳たちよりも一際激しい事になっていた。

 

 

 

 

 

 

「ハァアアアッ!!」

友奈の高速ジャブが若葉を襲う。

しかし若葉は、驚異的な反応速度で全て弾く。

「くぅ、中々攻めきれない・・・!」

「今度はこっちから行くぞ!」

「来いッ!」

若葉が木刀を鞘に納めて友奈に迫る。

「ハアッ!」

「ッッつぁ!」

若葉の、超高速の居合を、友奈は瞬間的に放たれるジャブで返す。

左手に重い衝撃が走り、思わず顔をしかめてしまう。

しかし、そうも言ってられず、若葉の追撃は止まらない。

恐ろしい間隔の短さで二の太刀が迫ってくる。

友奈は、それをジャブでは無く手甲で防ぎ、軽いフットワークで下がる。

「くぅ・・・なんだかたっくんのより重い気がするよ~」

「お前も、中々反応が良くなってきたんじゃないか?」

「今の若葉ちゃんに言われてもね」

再び、ファイティングポーズを取る友奈。

若葉も木刀を鞘に納め、居合の構えを取る。

 

 

事の発端は単純明快、若葉と友奈が遭遇してしまったからだ。

この模擬戦は一人だけで戦う遭遇戦(バトルロイヤル)。故にこういう組み合わせも可笑しくは無い。

 

若葉のアドバンテージは刀の射程と、ある日突然発達した反射神経。辰巳からその事実をもたらされ、自分の反応速度についてこれるように努力しているつもりだが、未だにそれには慣れておらず、使える用途は今の所、防御と居合のみである。

対して友奈のアドバンテージは軽いフットワークと肉眼では捉えられない程素早い『左』のジャブと、破壊力抜群の『右』のブロー。短い距離であるなら、友奈は若葉よりも速く動けるし、スタミナも十分。しかし左と右の鍛え方が違う為、基本的に防御と牽制にしか左は使わない上に、右はとっておきだという事も、すでに知られているし、その威力も周知の事実でもある。

それ故に、友奈の方が劣勢に見える。

 

だからこそ、友奈は押されている。

「ぐっぅぅ・・・・!!」

若葉の連撃に、友奈の『左』に限界が来ている。

『右』を放とうと思えば放てるのだが、今の若葉にそれを当てる自信は無いし、放てば確実な隙となって、そこを突かれてしまう。

「どうした!その程度か!?」

「ま、だ、だよ!」

どうにか強がるも、やはり若葉は強い。

 

だから、だからこそ――――

 

 

 

 

――――ここで『新兵器』を繰り出す。

 

 

 

「ッ!?」

その時、若葉は猛烈に嫌な予感がして、その身を思いっきり引いた。

そして目の前を、何かが横切った。

(今のは・・・・!?)

「ヤァアアッ!!」

友奈の体は、回転している。

時計回りに、若葉に背中を向けて。

その大きな隙を若葉は見逃さない。

大きく刀を掲げ、そのまま一気に振り下ろそうとする。

しかし、その瞬間も、若葉の直感が危険を知らせ、振り下ろした剣を、振り下ろす途中で思いっきり腹の辺りにまで引く。

そして、次の瞬間、その刀に重い衝撃が走り、若葉を吹き飛ばす。

「ぐぅ!?」

靴底を擦り減らし、石垣ギリギリまで下がらされる若葉。

そして、その猛烈に嫌な予感の正体を知る。

「なるほど・・・蹴りか」

「その通り」

その答えを肯定するかのように、友奈は右足をさげた。

「歌野ちゃんの戦い方を見て、蹴りもありなんじゃないかなって思ったんだ。それをたっくんに教わったら、上半身のスタイルをそのままにして、下半身を空手にするって言ったんだ。それでたっくんに教えてもらいながら、そして出来たのがこれ」

上半身をボクシングなどのハードパンチャー型、そして下半身は様々な蹴りを使えるバランス型。

それが、今の友奈に新たな手数を与えていた。

「いっくよー!」

「来い!」

踏み込む友奈。

そこからジャブを二回。

それを体を傾ける事でかわす。

そこから飛び上がり、両足で交互に二回、若葉は木刀で二回とも防ぎ、空中で隙だらけの友奈に一閃。しかし友奈はその木刀に乗ると、わざと吹き飛ばされる事で衝撃を緩和。そのまま地面へ落ちていく友奈だが、そこへ若葉はすかさず刀を薙ごうとする。だが、それよりも早く、友奈が、地面に手を付いて回転。その回転を利用して若葉を蹴る。若葉はどうにか木刀で防ぐ。

「くッ・・・!」

思わず下がる若葉。

友奈の新たな、蹴りのアドバンテージ。

足は、胴体や頭という人体でも最も重い部分を支えているために、その筋力は、腕の三~四倍に匹敵する。その上腕よりも長いために、腕の射程よりも広い範囲で戦える。

(なかなかに厄介だな・・・)

刀を構えつつ、そう考える若葉。

若葉のアドバンテージ的に言えば、刀のリーチと速さ、そして威力。さらに言って反射神経に居合だ。

居合一撃なら、どうにかなる。だが、友奈のあの多様性をどうにかしなければ、勝つ事は出来ない上に、友奈には未だに一撃必殺の『右』の『勇者パンチ(フィニッシュブロー)』がある。

それを警戒しなければならないし、()()()()()()()()()()()戦わなければならない。

友奈が地面を蹴る。

それを若葉は、反射神経を持って対応する。

だが、いくら反射神経が防御において万能でも、その防御は、肉体に多少なりとも負荷をかけ、通常よりもスタミナを大幅に喰らわれる。

若葉の表情に疲労が滲んでくる。

「くッ!」

そこで若葉は友奈を引き離す。

「おおっと!」

「まだ試作段階だが・・・・仕方が無い」

若葉が、刀を鞘に納めた。

それはまさしく居合。

だが、どこか違う。

若葉は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「・・・・無形」

それは、一種の戦闘放棄ともいえる態勢だが、本当にそうなら、両手をあげるだろう。

しかし、若葉は脱力している。

人間、脱力した状態からの反応が一番速い。

そして、どの生物も、窮地に立たされる程、常識では考えもよらない行動及び、力を発揮する。

故に、背水の無形。

「・・・本気だね」

「そうでなければ、この戦いに意味はないからな」

「そっか、それじゃあ・・・」

友奈が右拳を引いた。

「私も、本気でいくよ」

それは、友奈とっておきの最強の『フィニッシュブロー』。

若葉最速の居合と友奈最大の拳打。

静寂が、流れる。

緊迫した空気が流れ、そよ風が吹く。

 

決着は一撃。

 

若葉の居合が友奈に決まるのが先が、友奈の拳が若葉を沈めるのが先か。

 

そうした緊迫感が流れる中で――――

 

 

 

 

友奈が踏み込んだ。

 

 

 

「ッ!!」

一拍遅れて若葉も動く。

おおよそ0.05秒以下の反応速度を持って、若葉は刀の柄に手をかける。

そして、親指で鍔を弾きつつ、抜刀。同時に右足を前に踏み込み、地面を踏み砕く。

ここまでで、若葉の抜刀速度は、友奈の拳のスピードを上回る。

どれほど友奈の拳が強力であろうとも、速さにおいて、若葉の居合に劣る。

それ故に、若葉は、この勝負は自分が勝ったと確信していた。

刀はなおも鞘から抜かれていく。鞘なりに、引っ掛けないよう、ただただ滑らかに、弾丸の如く、刃を抜き放つ。

鞘から解放された刃は、反射速度によって、若葉のこれまでの居合を速さの点で大きく凌駕していた。

それ故に、若葉の刀は、友奈に先に到達した。

 

 

そう、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

衝撃は、一瞬。

気付けば、若葉の体は大きく後ろに吹き飛ばされ、倒れていっていた。

視界は空へ。その視界に、くるくると宙を回る木刀が見えた。

腕は上へ弾かれており、重心は後ろへ。

倒れるのは免れない。それ故に――――

 

 

「私の負けだな」

友奈の拳を眼前に、若葉はそう潔く降参した。

「ハア・・・ハア・・・勝った」

友奈は、額に汗をにじませながら、それでも笑っていた。

「まさか木刀を狙っていたとはな」

「前にたっくんが言ってたんだ。お前の有利な点は、武器が拳である事。拳は壊れない限り、手放す事は無いし、紛失する事もない。逆に剣士は、剣を取り上げられればあとは体術で対応するしかない。しかし、体術で勝っているお前なら、そんな奴簡単に捻れるだろって」

「流石だな」

しかし、それだけではないだろう。

友奈は、人を本気で殴れない。それが友達であるならなおさらだ。

そして、若葉が奥の手を出してきた時点で、気付くべきだった。

剣士である以上、若葉は必ず剣を振るう。ならば、剣を狙い、無力化させた方が、友奈の戦い方には合っている。そして若葉は友奈のその性格を完全に忘れていた。だから武器を弾き飛ばされた。

若葉は目元を腕で覆った。

「完敗だ・・・ああ、くそう、悔しいな」

せめて辰巳に負けたかった。などと女々しい事は死んでも口には出さない。

「よし、まずは一勝!・・・でも限界・・・」

ふらぁ、と後ろに向かって倒れる友奈。どうやら、限界だったのは若葉だけではないらしい。

「ぜはー・・・ぜはー・・・もうだめ、限界」

「そうか・・・」

流石に若葉も先ほど居合で体力の全てを使い切ってしまった。事実上リタイアだが、しばらくは動けそうにない。

そんな二人に近付く者が一人。

「あ、ぐんちゃん」

「なに・・・!?」

大鎌を携えた千景である。

「ずっと伺ってたのか・・・」

「そうよ」

「あー、これぐんちゃんにやられちゃうパターンかな~、これ」

友奈は若葉の居合の迎撃による体力の消費で動けない。故に千景に対応出来ない。

一方の千景はまだ一戦もしていないので、体力は有り余っている。

「ごめんなさい」

「いいよ。そういうルールだもん」

「・・・」

鎌を振りかぶる千景。

そして―――

「えい」

こつん、と友奈の額に当てた。

「・・・・おい」

「何かしら?」

「そこは一思いに一気にやるもんじゃないのか!?」

「高嶋さんだもの。そうやるのは貴方だけよ」

「辰巳は!?」

「足柄さんは後が怖い」

「・・・・」

千景の良い訳にもはや何も言えない若葉。

とりあえず、これでこの戦いの優勝候補が一気に二人も減った。

「あとは土居さんと伊予島さん、それと――――」

「オラァァアアッ!!!」

「セェエエエイッ!!!」

「「「!?」」」

突如、丸亀城の林の方から土煙が舞い上がったかと思ったら、そこから土だらけの辰巳と歌野が取っ組み合いながら出てきた。

そのままゴロゴロと転がり、一気に距離を取る。

「ぜー、ぜー、てめ、しぶといにも程が、あるぞ・・・!!」

「はー、はー、貴方、に、いわれたく、ないわね・・・!!」

不敵に笑いながら相手を睨み合う辰巳と歌野。

それと同時にとてつもない殺意を互いに感じる。

だから千景はその場から動けない。

(目を付ければ殺される・・・・!!)

「ん?千景じゃないか」

「ひっ」

「あら?若葉も友奈もどうしたの?リタイア?」

「ああ、ものの見事に友奈にやられた」

「私はぐんちゃんに」

「「ほーおー」」

きらりーんと二人の眼が光る。

「ののの乃木さん・・・」

「まあ、頑張れ」

「この人でなし!」

若葉の意味深な笑みに叫びながら、(千景)(辰巳)(歌野)の戦いに巻き込まれる。

「行くぞぉぉぉぉ!!」

「来ぉおおおい!!」

「もうどうにでもなれぇええ!!」

もはや自棄になって二人の戦いに参加する千景。

だが、互いに思考が分かっている辰巳と歌野と違い、千景は二人の動きの一切を、自身の経験から予測しなければならない。

 

が、それは辰巳と歌野も同じ。

 

千景という不確定要素が割り込み、二人は、互いに戦いにくくなる。

 

辰巳の剣が歌野を襲うも、歌野はそれを飛んで回避。その横から千景が鎌を振るい、辰巳は下がって回避する。そこへ歌野が飛び蹴りを繰り出し、千景はそれを鎌の柄で防ぎ、そこで無防備な状態の歌野へ辰巳が上空から『滝打』を繰り出す。歌野は千景の鎌を踏み台にして横に跳んでそれをかわす。辰巳はかわされて空ぶった剣を引き戻し、そのまま千景へ薙ぐ。それをあらかじめ構えていた鎌の柄で防ぐ。

「ぐぅ!?」

(このまま・・・・!)

辰巳は怯んだ千景に向かってさらに連撃を叩き込む。

しかし千景は辰巳の連撃を巧みに避ける。

(俺の攻撃を後ろへ下がる為の推進力に・・・成長したな・・・だが!)

「まだ甘いぞッ!『振打(しんだ)』ッ!!」

「くッ!」

辰巳のバットをフルスイングするかのような横薙ぎの一撃が千景を叩く。

それによって吹き飛ばされた千景は、地面に無様に倒れる。

「くぅ・・・・」

「ぐんちゃん!」

それを見ていた友奈が叫ぶ。しかし彼女はすでに敗北した身、手助けは許されない。

そんな千景に、辰巳は無慈悲にも追撃する。

「くッ!」

だが、それでも、故郷で散々な虐めを受けてきた千景にとって、地面に倒れる事など日常茶飯事。

そして、皮肉にも辰巳との鍛錬と、彼女のしぶとさに関する知識が、ここで威力を発揮した。

千景が地面についていた手を、辰巳に向かって振った。

その時、開かれた千景の手から、何かが巻き散らされる。

(これは・・・土!?)

それは倒れた時に千景が握り絞めた、砂の一部。

それを、辰巳の顔面に向かって投げたのだ。

つい踏み込み過ぎたせいで、その直撃を諸に喰らう辰巳。

(しくじった・・・!!)

視界を潰される辰巳。

その辰巳に向かって、千景は低姿勢の状態で鎌を振るう。

辰巳は、その一撃を、柄で防いだ。

(変則ガード!?)

「こなくそッ!」

確実な隙から繰り出された一撃を、受け止められた事に驚愕する千景。

しかし、その一撃で、()()()()()()使()()()()()()()()

「くそ・・・」

「ハアッ!」

辰巳の背中に、歌野の鞭が襲った。

直撃を受けた辰巳は前のめりに倒れる。

「Thank You、千景。そしてSorry」

歌野が鞭を構える。

千景は慌てて立とうとするも、それよりも速く歌野が鞭を振るう。

(やられる・・・!)

そう、覚悟した時。

 

 

どこからともなく飛来した矢が歌野の手から鞭を叩き落し、旋刃盤が千景の横っ腹に直撃した。

 

 

「What!?」

「ぐぅあ!?」

予想外の出来事に、理解が追いつかない二人。

しかし、この戦いの敗北条件である、『降参』と『致命傷判定』のうち、片方を受けた千景はここでリタイア。

そして、余りにもタイミングのいい飛び道具二つの飛来に、歌野は冷や汗を額に滲ませつつ、引き攣った笑みを浮かべた。

「杏、球子・・・」

「どうだお前ら!これがタマとあんずのコンビネーションだ!」

「隠れて隙を伺ってた奴が何言ってんだ・・・」

「う、うるさいな!」

辰巳のツッコミに図星を突かれつつも、球子は投げた旋刃盤を回収して、歌野を見る。

「これで千景さんはリタイア、歌野さんも武器がないので、詰みです」

「策略家め、してやられたわ」

「歌野さんが辰巳さんとぶつかった時点で、私たちの事は忘れていると思いましたから」

「否定出来ないのがこれまた悔しい」

杏の不敵な笑みに、歌野は悔しそうに笑う。

「それじゃあ、御覚悟を」

球子と杏の二人組に対して、歌野は鞭の無い丸腰状態。

どうにか持ちこたえる事は出来るだろうが、策略家である杏の事だ。

二手三手と何か策を用意していると思う。さらに歌野は辰巳との戦闘でかなり体力を持っていかれている。

流石にこれ以上の戦闘はきつい。

「あー、もう、降参よ降参。ひと思いにやっちゃって」

「では」

杏がボウガンの引金を引く。

 

 

が、その矢は歌野ではなく、球子の額に直撃した。

 

 

「おうふ!?」

「「「・・・・・・は?」」」

その場にいた者達全員が間抜けな声を挙げた。

「あ、あんず・・・?」

球子が信じられないとでもいうかのような表情で杏を見上げる。

「これで、タマっち先輩もリタイア。歌野さんは先ほど『降参』と言ってくれたので実質リタイア扱い。若葉さんは友奈さんに対して降参と言っている上に、友奈さんは千景さんにやられ、辰巳さんは歌野さんに、そして千景さんはタマっち先輩にやられているので、私の勝ちですね」

やってやったと言わんばかりにどや顔する杏。

それに、一同は茫然とした。

「・・・・本当の意味で策略家だったな・・・」

「本当の敵はあんずだった・・・・」

辰巳が感嘆している間に、球子はショックでがっくり膝をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい加減、俺のものになれよ球子」

甘い声で囁く若葉。その姿は何故か男子制服を纏っており、その目の前には壁に背中を押し当て、恥ずかしそうに俯く小さな髪を下ろした少女が一人。

辰巳の片手は壁に押し当てられており、その光景は、俗に言う、壁ドンというものだった。

「だ、ダメだよ若葉君、タマには他に好きな人が・・・・」

「やめなさい!」

そこへ、割り込む者が一人。

「球子が困っているだろう!」

なんと男子制服を来た歌野だった。

「お前は・・・」

「歌野君・・・・って、なんじゃこりゃぁあああ!!!」

が、そこで我慢の限界なのか、小さな少女が声を上げる。

言わずもがな、球子だ。

「ああ!?ダメだよタマっち先輩!ちゃんと台本通りにやってくれないと!」

「なんだよこれ!?なんでタマがこんな役!?なんでタマがヒロイン役なんだよ!?しかもそのヒロインの設定が内気で低身長な少女って!?タマは小さくないぞ!」

「いや小さいだろ・・・色んな意味で」

「ぼそりというなぼそりと!」

反射鏡を持っている辰巳がわざとらしく滑らした言葉に食いつく球子。

「というか辰巳はいーよなー!こういうのに参加させられなくてなー!」

「仕方が無いよタマっち先輩。そうしたらひなたさんに殺されてしまいます」

青ざめた顔で、背後にいるひなたの黒い殺意を感じながらそう呟く杏だが。

「俺は別にいいが・・・」

「ダメです!」

「安心しろひなた。たかが演技だ。それでお前との関係がどうこうなる訳じゃないからさ」

「それでもだめです!」

「ううむ・・・・」

ひなたの断固拒否の勢いに唸る辰巳。

 

実は辰巳もやってみたかったりする。

 

その意図を察した水都は、ちょっといたずら心で、辰巳に耳打ちする。

「ん?・・・ふむふむ・・・分かった。やってみる」

水都からのアドバイスを元に、辰巳はひなたにもう一度説得を試みる。

「やっぱりダメなのか?」

「ダメです」

「分かった。それならば、やった分だけお前の命令をなんでも聞くというのはどうだ?」

「・・・・・なんでも?」

ぴくりと反応するひなた。

「ああ、命にかかわるような事は出来ないが・・・そうだな。ここで全裸になる、という命令までならなんでも言う事を聞いてやるよ」

「流石にそこまではやめてください!それでもだめです!」

「ふむ・・・・ならば、この間言っていた俺のシャツを盗んだ事を・・・・」

「許可します!」

あっさりと掌を返したひなた。

「おい、なんか聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたが・・・」

「わぁかぁばぁちゃぁぁん?」

「・・・・なんでもない」

ひなたの威圧に黙殺される若葉。

「辰巳さん!参加してくれるんですね!」

「許可が下りたからな」

「なら次のフレーズは何にしましょう!?修羅場かな?恋人同士の喧嘩かな?それとも兄妹の禁断の恋かな!?ああ、やりたい事が多すぎてやりきれるかどうか心配だよ!」

「珍しく杏が暴走してるな・・・」

杏の暴走ぐあいに引きつつ、ふと辰巳はここからそそくさと逃げようとしている千景を見つけ、そして捕まえる。

「ひぃ!?」

「ちーかーげー?何勝手に一人で逃げようとしてるのかなー?」

「は、離して足柄さん!私は、あんなのに巻き込まれるつもりは・・・」

「逃がしませんよ千景さぁん?」

「ひぃ」

さらには杏まで捕まえてくる始末。

「た、高島さ・・・・」

「頑張れぐんちゃん!」

友奈に助けを求めようとしても一瞬で望みが断たれ、お先真っ暗となる。

「さてさてさーて、千景さんには何の役をしてもらいましょうか・・・・せっかくだから辰巳さんと一緒がいいよね。浜辺デートかなぁ、夕日の中の告白かなぁ、それとも自殺寸前の所を止められるシーンはどうかなぁ?」

杏の真っ黒な笑みが広がっていく。

「わーおアンちゃん黒ーい」

「辰巳と千景のコンビねぇ、面白そうね」

「ふっふっふ、タマが受けた屈辱、お前も味わいタマえ千景!」

「ああ、辰巳さんが千景さんと一緒にぃぃ・・・!!」

「ひなたさん落ち着いて」

「この際千景の写真もとって・・・」

「乃木さんそれしたら大葉刈で狩るわよ!」

他の勇者や巫女などの呟きにツッコミを入れつつ、千景は後ずさる。

「ふーむ、よし、決めました」

「まっ・・・!」

何か言おうとする杏を必死に止めようとする千景だったが――――

「これです」

「た・・・てなにこれ?」

しかし差し出されたのは、一枚の紙だった。

「千景さんには、これを受け取ってもらいます」

それは、卒業証書だった。

「千景、お前三年だったよな。だから作ったんだよ。卒業証書」

実は、模擬戦開始前にひなたを通して千景以外の勇者たちにこう話しがついていた。

 

模擬戦で最終的に生き残った者が千景に卒業証書を渡す。もし千景が生き残ったら、全員でそれを渡す、と。

 

結果、杏が最終的に勝ったために、杏がそれを渡す事になったのだ。

「でも・・」

しかし、千景はそれを受け取る事を渋る。

仮令、学年的に中学では無く高校にあがるといっても、この教室から出る訳ではない。

だから、こんなものを受け取っても意味はないと思うのだが。

「形だけでも、やっておいた方が良いと思ってな」

「ええ。私も、その方が良いと思います」

若葉とひなたが、そう諭す。

「ま、とにかく受け取っておきなさい。貰って損なものじゃないでしょ?」

歌野が、そうすすめる。

まあ、どちらにしろ、これはレクリエーションの『命令』。

「・・・『命令』なら、仕方が無いわね・・・」

恥ずかしそうに、しかしとても嬉しそうに、顔を赤らめて、千景は、それを受け取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

炎が、揺らめく。

 

その炎は、静かに燃える。

 

静かに、緩やかに、心臓(エンジン)を常に温める。

 

だが、今の心臓(エンジン)では耐えられない。

 

時間が、必要だ。

 

 

 

 

魔王が、嗤う。

 

それを、一人の少女が睨み付けるように見上げた。

 

そう睨むな、と魔王は肩を竦める。

 

それは出来ない、と少女は言い返す。

 

そうか、と魔王はつまらなそうに呟いた。

 

されど魔王は嗤う。

 

 

 

―――その炎は、何が為に使う?

 

 

 

その問いに、少女は毅然と答える。

 

 

 

 

―――人々の為に使う。

 

 

 

 

魔王は嘲笑する。

 

 

 

 

―――いかにも()()()()言葉だ。

 

 

 

 

少女は、それでも毅然とする。

 

 

 

 

―――笑うなら笑えば良い。だが、仲間を笑うことだけは許さない。

 

 

 

魔王は応じる。

 

 

 

―――良い。だからこそ人間は面白い。

 

 

 

魔王はなおも続ける。

 

 

 

 

 

 

―――見せてみろ。我の呪いを超える、汝ら人間の力を――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女は、炎に焼かれながら、叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

――――ああ、見ていろ、人間の力を、人間の可能性をッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

壁の外。本州より。

「あれが四国の神樹の壁・・・なんとも忌々しそうなものを作ったね」

小柄な少年が、何故か()()()()槍の上に乗ってそう呟いた。

その呟きに、答える者が一人。

「そうですなぁ・・・・ま、中にいる人間(ブタ)どもを一掃すればいいだけの話ですさかい。ちゃっちゃとやっちゃいましょうや」

嫌らしい笑みを浮かべる、関西弁の男。

「まあ待て、まずは様子見と行こうではないか。丁度『新型』も出来上がったところでもある」

あの十天将のリーダーともいうべき女性、白銀御竜だ。

「迅、怜、まずはお前たちだ。私は紅葉の稽古をつけなければならん」

「あいよ」

「ほな、いってきますわ」

軽快に歩き出す、迅と呼ばれた関西弁男と、怜と呼ばれた小柄な少年。

その後を、追随するかのように、巨大な物体が浮遊していた――――

 

 

 

 

 

 

 

 




次回『最初の犠牲(スケープゴート)

『災厄』は突然に、犠牲は『無残』に。


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最初の犠牲(スケープゴート)

注意


とんでもない描写があります。

かなりグロいです。

苦手な方はブラウザバックを推奨します。


――――『地獄』

 

そう、形容する以外に、この光景を表す事は出来なかった。

 

「■■■■■■■■――――――――!!!!」

 

叫ぶ、人の形をした――――『竜』。

人とは思えない叫びで、周囲にいる『敵』を蹴散らし、破壊し、徹底的に、塵も残さないように、念入りに、確実に、絶対的に、殺し尽くしていた。

それは、まさしく神話の『怪物』。あるいは、伝承に伝わる『化物』。

乃木若葉は、その神話を垣間見ているような感覚に陥っていた。

 

―――何故、こうなった?

 

乃木若葉は、武人の力を纏い、そう、声にならない声でそう呟いた。

『竜』の咆哮は、怒りを込め、憎しみにまみれており、そして―――――泣いている様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

果たされない約束と、今失われた二つの『命』を守れなかった事を、悔やむ様に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「花見?」

突然、杏と球子の口から、その様な言葉が出てきた。

「もうすぐ四月なので、全員で見に行きませんか?」

「せっかく桜が咲きそうなんだ。だったら、皆で見に行こうぜ!」

その二人の言葉に、友奈は乗り気で元気よく答える。

「楽しそう!やろうやろう!」

「そうですね。丸亀城にいて、桜を見ないなんてありえませんからね。ですよね?辰巳さん」

ひなたも乗り気なようで、辰巳の方を見る。

「ああ、うん・・・・そうだな」

何故か落ち込んでいる辰巳がいた。

「・・・・あれ?なんでそんなに暗いんですか?」

「うん・・・桜っていえば母さんの名前でさ・・・・それ思い出したら、うん」

「あああ!?そ、そんなに暗くならないで下さい!お、お花見ですよ!?楽しまないと損ですよ!?」

「まあ、うん、そうだな。いい気分転換になるかもだしな」

どうにか立ち直る辰巳。

「お母さんの名前、桜って言うんだ」

「正確には『良い桜』と書いて『桜良(さくら)』って言うんだよ。桜のように美しく、良い人生を送って欲しい、て意味らしい」

「へえ」

友奈が興味を示し、それに辰巳が答える。

「花見か。いい気分転換になるだろうし、いいんじゃないか」

「若葉、それさっき辰巳が言ってたわよ。もちろん私もAgreeよ!」

若葉と歌野の同意も得られた。

「でも、バーテックスは二週間以内に来るのでしょう?そんな事してていいのかしら?」

「そ、そうですよ。もしその間に敵が来たら、どうするんですか?」

しかし、千景と水都は乗り気ではないらしい。

その意見は最もだ。確かに火野の神託では、近々、敵がやってくるかもしれないのだ。

そんな状況で、そんな呑気な事をしててもいいのか。

しかし、そんな難しい考えを断ち切るかのように、友奈が千景の頬を引っ張る。

「た、たかひぃまひゃん・・・!?」

「ぐんちゃん、難しい顔をしてるよ。いいじゃない、お花見ぐらい!」

「そうよみーちゃん、次のバーテックスをちゃっちゃと倒してしまえば、あとはお花見の準備をすればいいだけなんだから」

「うたのん・・・」

「それに、哮兄なら、身構えて重い空気を作るよりも、楽しんで笑った方が良いってきっと言うわよ」

「・・・・そうだね」

歌野の説得に、水都はうなずく。

「よし!それじゃあ俄然やる気が出てきた!次のバーテックスをさっさと倒して、祝勝会としてお花見するぞー!」

掛け声が、教室中に轟く。

辰巳も窓の外を見て、笑みを零して、呟く。

「早く、花見が出来ると良いな」

 

――――この黒い痣に、喰われる前に―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、敵が襲来してきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数はそれほどでもなく、ざっと数えて百体。

「なんだよ。これまでにないほど熾烈になるっていってたのに、案外そんな事もなかったな」

球子が拍子抜けとでもいうかのように呟く。

「油断するな。十天将がどこかにひかえてるかもしれない。警戒を怠らないでくれ」

「はいはい分かってるよ。タマに任せタマえよ」

辰巳の注意を軽く受け流す球子たちを他所に、杏は辰巳に歩み寄った。

「辰巳さん」

「ん?どうした杏?」

「・・・・左肩、大丈夫ですか?」

杏の問いかけに、辰巳は一瞬目を見開き、やがて細めて問い返す。

「・・・・いつから気付いてた」

「最近、辰巳さんが左肩を気にするようになってたので、それで、何かあるんじゃないかと思いまして」

「そうか・・・・」

「・・・・ファブニール、ですよね?」

「・・・・どうしてそう思う?」

杏は、説明する。

「私たちが使っている精霊は、確かに強力なものです。ですが、そのほとんどが悪霊や妖怪などの、人に害を及ぼすようなものばかりです。若葉さんの『義経』だって、兄頼光に殺された事で怨霊になったという話があるじゃないですか。それに、貴方の『ファブニール』は、その中でもダントツで危険なもの。だから、体のどこかに、何か不具合があるんじゃないかと思いまして・・・」

「なるほどな・・・・それで、お前は俺に何を要求する?」

「・・・・・今回の戦いでは、『ファブニール』を使わないで下さい」

「・・・・分かった」

杏の要求を、あっさりと受け入れる辰巳。

「それがお前にとっての正しい判断なんだろ?だったら俺はそれに従う。だけど、もし危険な状態になったら・・・・・」

「分かっています」

杏は、確固たる眼差しで、辰巳を見つめる。

それに辰巳は安心したように笑う。

「そんじゃ、いくか」

「はい!」

すでに敵に向かって飛んでいった若葉たちに続くように、二人も飛び上がった。

比較的、簡単に片づけ終わり、全員、精霊を使う事無く無傷で済んだ。

実は、若葉、歌野、千景の三人はまだ新たな精霊を使えるようになるにはまだ至っていない。

「ふぃー、終わったー!」

「今回はかなり楽勝だったね」

球子が呟き、友奈が伸びをする。

「これで終わりかしら?」

「だといいんだが・・・・」

歌野の言葉に辰巳が答えようとする。

 

 

その時―――拍手が聞こえた。

 

 

『!?』

「いやあ、関心関心。あの程度では苦にもならんのやなぁ」

全員が、勢いよく身構える。そこには、一人、白髪で、ひょろりとした、なんだかお気楽そうな顔をした男が、樹海の根に腰をかけていた。

「・・・・誰だ」

辰巳が、剣を構えつつ、そう問う。

「誰・・・・?ふむ、人間(ブタ)()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「ぶた・・・!?」

その男のいきなりの暴言に、思わず絶句する友奈。

「俺は足柄辰巳だ。言っておくが、()()()()()()()()()?」

辰巳の言葉に、男は僅かに反応する。

「ふむ・・・口が達者なようで」

「それが取り柄なんでな」

「あー、嫌だ嫌だ。これだから人間(ブタ)は嫌いなんや」

「おい、お前、さっきからタマたちをブタブタ言ってるが、そんなに他人に暴言吐いて楽しいか!?」

球子が怒声を上げる。

「――――黙れ人間(クズ)

「ッ・・・!?」

濃密な殺意が、その場に充満する。

「お前らこそ、ワイらの同胞を殺しまくって楽しいか?虐げて楽しいか?ワイらだって必至に生きてるんや。それなのになんでお前たちはワイらを殺そうとするんや?なんの力も持ってないゴミクズどものくせに、ワイら『十天将』に逆らうな」

冷たい眼差しに、球子は何も言えない。

否、それは他の者達も同じだった。

杏は、その怒気に怖気づき、友奈は彼らの存在というものに動じて、千景は男から発せられる死のビジョンを振り払えず、歌野は何も言えず、若葉は、自分がした事を改めて感じて動けなかった。

 

ただ一人を除いて。

 

「お前さ」

「ん?」

「お前が今やろうとしてる事ってさ、俺達を殺す事だよな?」

「そうや、それがどうかしたんか?」

「それ、俺達と同レベルって事に気付いてるか?」

辰巳の言葉に、男のこめかみに僅かに青筋が浮かび上がる。

しかし、すぐに冷静さを取り戻すと、やれやれと頭を振って口を開いた。

「やっぱ口が達者な奴は嫌いですわぁ。ま、これから死ぬ奴らの戯言を聞いた所で、()()()()()()()()()()()

くっくと笑い、男は言う。

 

「十天将が一人『無残』の市丸迅や。どうかよろしゅうございます」

 

 

 

 

 

 

 

瞬間

 

 

 

 

「そしてサヨナラ」

 

 

 

 

辰巳が叫んだ。

「飛べェッ!!」

『ッ!!』

一番初めに跳んだのは歌野、しかしその後に動いた若葉が歌野を追い越し、それに続くように、他の勇者が飛ぶ。

次の瞬間、辰巳達がいた所が、突如爆散した。

「なッ!?」

「何!?」

何が起きたのか分からず、戸惑う。

しかし、辰巳の眼には見えていた。

「・・・・剣を射出したのか」

「答え合わせする気は毛頭ありませんで?」

迅の周囲には、いつのまにか空中に複数の剣が漂っていた。

「何・・・あれ・・・?」

「Oh・・・」

それが一体なんなのか、勇者たちには分からない。だが――――

「若葉、義経ッ!!」

「分かった―――降りよ『義経』

辰巳の言葉に若葉が叫び、その身に神速の武人を憑依させる。

「他の奴らも精霊を使っとけ!」

「辰巳さん、貴方は・・・」

「分かってる。温存しておくッ!!」

その言葉に、歌野以外の全員が答える。

 

「―――来い『一目連』ッ!!」

「―――出番よ『七人御先』ッ!!」

「―――行くぜ『輪入道』ッ!!」

「―――お願い『雪女郎』ッ!!」

 

それぞれが、自分たちの精霊をその身に憑依させる。

しかし、まだ歌野は、自分にあった精霊を持っていない、故に、彼女は精霊を使えない。

しかし、それでも、戦う事が出来る。

対峙する両者。

敵は一人、一方こちらは七人。十分に勝ち目はある――――

「なんや?一対七だから勝てるとか、そう思ってるのかいな?」

迅の言葉に、その場にいる者達が首をかしげる。

しかし、その言葉の意味を、すぐさま理解する事になる。

迅の後ろ、壁の向こう側から、巨大な何かがやってきていた。

「・・・・・なんだ、あれ・・・」

今までに見た事もないようなサイズの、バーテックス。

尾らしき器官の先には、鋭い針があり、三本の手のようなものは、巨大な球体を抱えていた。

「やっときなすったか。あれがワイらの新型の一つ『スコーピオ』や」

巨大なバーテックス、『スコーピオ』と呼ばれたそれは、なおもゆっくりとこちらに進撃してきていた。

ふと、そのスコーピオのすぐそばから、何かが飛んでくる。

それは、一人の少年であり、その少年は槍の上に寝っ転がっていた。

「な・・・!?」

「どうなっているんだ・・・!?」

その摩訶不思議な現象に、驚きを隠せない、勇者たち。

「やあ、連れてきてあげたよ」

「遅かったなぁ」

「アレのスピードが遅くてね。それで、こいつらがあの忌々しい人間どもを守ってるっていう勇者って奴かい?」

ふと、その少年が、勇者たちを見た。

(・・・・冷たい)

友奈は、その眼差しに怯えた。

あの小さな少年でさえ、あんな、ゴミを見るような眼が出来るのだろうか。

「ま、いいや」

ふと、少年は、なんと()()()()()()()()()()()()()、彼らにその切っ先を向けた。

「僕の名前は『清水怜』。ま、覚えてなくてもいいよ。どうせ死ぬんだしね。人間」

嘲笑うかのような笑み。

おそらく、これが、彼らなりの怒りの表現の仕方なのだろう。

それほどまでに、人を憎んでいるのか。

「御望み通り、自己紹介も終わったし、始めようや、人間(ブタ)

瞬間、辰巳が仕掛けた。

間髪入れず、あまりにもフライングな辰巳の先制攻撃。

「『疾風』ッ!」

そのまま迅の首を取りにかかる。

迅は体を反らしてその一撃を躱す。

「チッ!」

「舌打ちしたいのはこっちですわ」

瞬間、辰巳を迅が空中に用意していた剣が、まるでミサイルのように襲う。

空中では身動きが取れない。故にこの攻撃は、直撃する。

 

誰かの介入がなければ。

 

刃が直撃する瞬間、辰巳を横から何かがかっさらっていく。

「!?」

それの正体は若葉。若葉の精霊、義経の能力の『飛べば飛ぶほど速くなる』能力で、一瞬で回り込んで辰巳を危機から救ったのだ。

「助かった」

「気にするな。行くぞ」

若葉が高く飛び上がる。

そこで辰巳を手放し、辰巳に向かって足を向ける。

そのまま、辰巳の足裏を蹴っ飛ばし、地面に向かって、辰巳を落下させる。

「対天剣術合技『飛断(ひだん)』ッ!!」

蹴っ飛ばすエネルギーと、重力を掛け合わせた、全体重を乗せた絶対切断の一撃。

そして、そのあまりの速さに、迅はかわす暇がない。

だが。

「僕を忘れて貰っちゃ困るよ?」

怜が割って入って来た。

浮遊する槍が、辰巳の剛撃を防いだのだ。

それ以前に―――

「飛断に耐えた・・・!?」

その槍は、確実な破壊力を有している飛断に耐えたのだ。

おそらく、相当な頑丈性を有しているといえるだろう。

だが、今問題なのは――――

(威力を全て殺された・・・!)

誰も持っていない筈の槍、空中浮遊するそれは、確かに辰巳の一撃を防ぎ、そして、辰巳に大きな隙を与えた。

「ほな、さいなら」

その隙を見逃す程、敵は甘くない。

迅が空中の剣の切っ先を変え、いくつかの剣が辰巳に狙いを定める。

そのままでは、剣が射出され、辰巳が串刺しにされてしまう。

しかしそれを黙って見ていられる程、彼女たちが動かない訳が無い。

「させませんッ!」

杏が、クロスボウを連射する。

それと同時に、友奈と歌野が前に出る。

矢は冷気を纏い、故に威力が高い。

だが。

「甘いね」

次の瞬間、槍が光ったと思ったら、無数の短剣へと変化し、杏が放った矢を全て叩き落した。

「な・・・!?」

「これが僕の武器、『霊装・トリアイナ』だよ」

 

トリアイナ。

それは、海の神ポセイドンが使用する穂先が三叉ある(もり)のような槍の事だ。

海の神ゆえに、海に関係する形態に変形し、莫大な力を行使する事が可能。

 

そして、この無数の短剣に分裂するこの形態の名は―――。

 

 

「第三形態『カランギダ』」

 

 

アジ科、という意味を持つ形態。それ故に、その刃は全て、一個の群れという意味を成す。

だが、それで止まる彼女たちではない。

「やぁああッ!!」

「はぁぁあッ!!」

友奈が超高速でジャブを放つ。

歌野が加速する鞭を振るう。

短剣は叩き落されていき、確実な穴が出来る。しかし―――

「知ってるかい?アジの群れはね・・・・多少が犠牲が出る事を前提で動くんだよ?」

次の瞬間、短剣が一斉に友奈と歌野に襲い掛かる。

このままでは確実に斬り刻まれる。

だが――――

「勇者パンチッ!!」

すかさず友奈が『右』を繰り出す。それも、暴嵐を巻き起こす『神風』で。

その風は短剣の嵐を突っ切り――――辰巳を吹っ飛ばす。

「うおぁぁあああ!?」

「あ!?飛ばし過ぎた!?」

彼方へ吹っ飛んでいく辰巳。

その様子に、しまった、と思ってしまう友奈。だが。

「天敵に襲われた時とか、すぐさま大軍で回避行動を起こし、また元の形に戻る。だからこそ、君たちはこの攻撃を避けれない」

なんと、吹き飛ばした筈の無数の短剣が、瞬く間に戻っていき、元の大軍となって友奈と歌野を襲う。

流石にこれには二人は反応出来ない。

「千景ッ!」

だが、ふと短く若葉が叫ぶと、若葉は歌野を上空からかっさらい、千景は友奈を横へ引っ張り投げ飛ばす。

次の瞬間には千景は無数の短剣と餌食となり斬り刻まれる。

「ぐんちゃん!」

「大丈夫よ」

しかし、それでは死なない。

それでこの七人御先(ちかげ)は殺せない。

七人同時分身及び存在の分割。七人はそれぞれ彼女であり、彼女の分身であり、互いに本物。

故に無敵、故に不死。たかが一人を跡形も無く斬り刻んだところで、彼女は死なない。

「おや?」

「喰らえッ!」

そして、怜の側面から、球子が巨大旋刃盤を投げる。

 

「霊槍・トリアイナ、第一形態『トリアイナ』」

 

気付けば、無数の短剣はまた輝き出し、その姿を先ほどの槍へと変形させる。

そして、その槍で球子の巨大旋刃盤を弾き飛ばす。

確実に重量が上の筈の球子の旋刃盤が、だ。

「な!?」

「知ってるかい?海の生物はね?人間なんかよりも耳が物凄く良いし、危険を察知しやすいんだよ!」

槍が、球子に向かって一直線に突き進む。

楯の役割を果たせる旋刃盤は先ほど弾き飛ばされて球子の手には無い。

さらに、球子は投げる際に空中に跳んだ。故に回避も出来ない。

だから、その槍は必中不可避。

されど、それも想定の内。球子の脚に極太のローブのようなものが絡みつき、一気に地面に向かって引っ張られる。

「うおあ!?」

「はーい一名様ごあんなーい」

「うげあ!?」

そのまま地面に無様に落っこちる球子。

「てっめー、歌野!もうちょっとマシな助け方なかったのかよ!?」

「Sorry、でも助かったから許して?」

「まあ、いいけど・・・・さ!」

球子が手を振り上げる。

すると、弾き飛ばされた旋刃盤が弧を描いて戻ってきて、怜を襲う。

「無駄だよ、霊槍・トリアイナ、第二形態『クラーケン』」

また、槍が輝いたかと思うと、次に出てきたのは巨大なタコ。

その出現と同時に、足が球子の巨大旋刃盤を受け止め、その回転を止める。

「な、なんだありゃ!?」

「Wow!?Big octopus!?」

その巨大さは、規格外とはいかないが、少なくとも球子の巨大旋刃盤よりはかなりデカい。

「迅」

「あいよ」

しかし、これで球子の旋刃盤は封じられた。その間に迅が空中の剣を一気に射出する。

それらは、全て勇者たちをロックオンしており、追尾する。

機動力を持つ若葉、攻撃の到達タイミングをずらせば助かる千景、一撃で剣を粉砕出来る友奈の三人はともかく、まともな迎撃方法及び回避能力を持たない者は、この攻撃の餌食になる可能性がある。

だが、それでも、見捨てる理由にはならない。

「ッ!!」

千景が動き、剣と歌野、球子、杏の間に、それぞれ一人ずつ割り込む。

そして、無数の剣が三人を千景を串刺しにする。

だが、それでは死なない。

七人同時に死ななければ、決して死ぬ事はないのだから。

さらに。

「お前にぶつけてやるッ!!」

超速で動く若葉が、迅に迫る。

「そうはいきませんな」

しかし、迅はまた新たな剣を出現させると、すかさずそれを射出する。

これでは、挟撃される。

しかし若葉は止まる訳にはいかない。

ここで普通なら、横に逃げると考えるだろう。

だが、若葉はあえてそうしなかった。

 

若葉は、そのまま突っ込んで剣を全て弾き飛ばした。

 

「なんやて・・・!?」

「私の反射神経、舐めるなッ!!!」

そう、若葉の反射神経は、常人のそれを凌駕している。

それによって引き起こされる、『高速防御』は、ありとあらゆる害意を凌ぎきる。

故に、若葉は迅に急接近出来た。

「取った・・・!!」

すでに納刀した刃を、低姿勢から一気に解き放つ。

「・・・・と、思うやろ?」

しかし、迅はニヤリと笑った。

それに、若葉はとてつもない悪寒をゾッと感じ、すぐさま距離を取った。

離れた直後、先ほどまで若葉がいた足元から、無数の剣が真上に向かって射出された。

「なん・・!?」

「おや、外してしもうたか。ま、それでも、当たるんだけどな」

「ッ!?」

若葉の後ろから、無数の剣が落ちてくる。

土煙を巻き起こし、大きな衝撃を無数に巻き起こす。

「若葉さん!」

「直撃じゃないかこれ!?」

それぞれの悲鳴があがるも、しかし若葉は無事だった。

「・・・なんでや?」

「ハア・・・ハア・・・危なかった」

直撃の瞬間、若葉の反射神経が機能し、直撃する剣だけ全て、あの一瞬で弾き飛ばしたのだ。

やはりすさまじい反射速度である。

「やれやれ、無駄にしつこいですな、ゴキブリかなんかですか?」

「生憎と、私はしぶといと過大評価されている身なんでな。せめて知力に長けた『(からす)』と称して欲しいものだ」

不敵に笑う若葉。しかし、それがどうしても()()()()()()()()()()()

「ホンマ、ウザイなぁ」

更なる剣を出現させる迅、その数、先ほどの比ではない。

「ッ・・・・」

これには流石に若葉も笑みを引っ込める。

「死ねや」

刃が、放たれる、その寸前。

 

 

 

 

何かが降ってきた。

 

 

 

 

「がぁぁああぁあああ!?」

悲鳴が聞こえ、思わずその場にいた者達が一斉に視線を向ける。

そこには――――

「た、辰巳・・・!?」

「たっくん・・・!?」

そこには、ボロボロな状態の辰巳がいた。

「ぐぅ・・・がぁ・・・」

装束は所々破れ、体のどこもかしこもから血を垂れ流している。

さらに、その体の所々が赤くはれ上がっていた。

「辰巳さん!大丈夫ですか!?」

杏が慌てて駆け寄る。

「ぐう・・・・杏か・・・?」

「はい!何があったんですか!?」

「きをつけ・・・・がはっ・・・」

何かを言おうとする前に、吐血する辰巳。

「辰巳さん!?」

「辰巳ぃ!」

若葉が叫ぶ。しかし、迅は、まるで愉快そうに笑う。

「くっくっく・・・どうやら、想像以上の出来栄えのようですわ」

「どういう事だ!?」

「あれやあれ」

迅が指さす方。そこには、あの巨大サソリ型バーテックスがいた。

「まさか・・・・辰巳はあれにやられたのか!?」

「その通りや。しっかり、現勇者中最強と謡われるあの()()()が、こうもあっさりやられるとは・・・・ホンマ、愉快やわ」

けらけらと笑う迅。

「今までのカスは、お前らの言うバーテックスやない。()()()()()()()()()()や」

「かん・・・せい・・・けい・・・・だと・・・!?」

若葉は、驚きを隠せない。

それを愉快そうに見て、迅は言う。

「悪いがオタクらに勝ち目はありまへん。大人しく、人類(ブタ共)が虐殺される光景を、指をくわえてみてるがいい」

にやぁ、と醜悪な笑みを浮かべる、迅。

それに、若葉は刀を構えるも、動かない。

しかし、そうしている間にも、あの巨大バーテックスは、こちらに到達する。

「辰巳さん・・・辰巳さん・・・!」

杏は、目に涙をためて呼びかける。

そして、辰巳はどうにか動く口で、答える。

「に・・・げ・・・ろ・・・・」

「え・・・」

「あい・・・つは・・・」

辰巳は、指を指して、答える。

「ゆう・・・なにしか・・・・たおせ・・・ない・・・!」

その時、スコーピオが、千景の分身の一体を射程に捉えた。

 

 

気付いた時には、千景はスコーピオの針に貫かれていた。

 

 

『―――!?』

あまりにも、一瞬の事で、理解はできなかった。

しかし、あのサソリは、確実に千景を刺し貫いた。

だが、それでは千景は殺せない。

「たかが一体殺したぐらいで、私を殺せるとでも・・・?」

刺し貫かれた千景以外の六人の千景が、一斉にスコーピオに飛びかかる。

しかし――――。

「無駄だよ」

怜が、呟く。

「それはただのサソリじゃない。生物の頂点に立つ、バーテックス『スコーピオ』なんだよ」

六つの刃が振り下ろされる。

軽快な金属音を響かせ、千景たちは降り立つ。

『なっ!?』

しかし、スコーピオには傷一つついていなかった。

「なんだと・・・!?」

若葉は、驚愕に立ち尽くす。

いくら、千景の能力が自らの強化ではなく、不死化する分身といっても、精霊を纏った攻撃。それも六ケ所同時にだ。

「杏ッ!」

「はい!」

球子が叫び、杏がクロスボウガンを構える。

六ケ所同時攻撃、それがだめなら、一点集中の強化攻撃ならどうか。

それ故に、杏は引金を引く。

放たれる、絶対零度の矢。

それが、一直線に突き進み、スコーピオに直撃する。

「やった・・・!」

直撃に、僅かに安堵する杏。しかし、それでもスコーピオには傷一つつかない。

「そんな・・・・!?」

渾身の一撃も効かない。

しかし、それならば、友奈の『右』は――――。

「勇者パンチィッ!!!」

二度目の奥の手発動による、渾身のブローがスコーピオに炸裂する。

すでに友奈は動いていたのだ。それゆえに、完全に隙をつく事が出来たのだ。

これでだめなら、もう打つ手が――――。

「くぁ・・・!?」

それでも、スコーピオには傷一つつかなかった。

「高嶋さんの、右が・・・・!?」

「きか・・・ない・・・!?」

千景と若葉は驚愕に言葉を漏らす。

「アッハッハッハッハッ!!!」

その途端に高笑いが響き笑う。

「なんって面白い顔しとんのやアンタら!そう、その顔や!ワイらはずっと、お前らのそんな顔がみたかったんやッ!!!」

歓喜、いや、狂喜に振るえる迅。体を仰け反らせ、天に向かって嗤う。

「さあ、今度は何で絶望してもらいましょうか?」

にやぁ、と笑う迅。

その笑顔に、若葉は、怯える。

(こ・・・怖い・・・)

その狂気に、その感情に、若葉は怯えた。

力は、こちらが総出でやって、互角、否、それ以上。

こんな奴らが、あと、何人出てくるのだろうか。

そもそも、勝てるのか?こんな化物染みたやつらに?辰巳でも勝てないような化物がいるのに、どうやって勝てと言うのだろうか。何か策はないのか?この状況を打開する何か――――

「考え事している場合かいな?」

「ッ!?」

気付けば、刃は若葉の喉元まで迫ってきていた。

「っくぁ!?」

驚異的な反射神経でその刃を弾き飛ばす若葉。

そして、その間にスコーピオは、未だ空中にいる友奈に向かって針を突き出す。

「高嶋さんッ!」

千景が助けようと飛び上がる。しかし間に合わない。このままでは、友奈は串刺しにされる。

 

しかしその時、巨大タコが捕まえていた巨大旋刃盤がそのサイズを一気に小さくした。

 

「な!?」

それに驚く怜。しかし、そうしている間にも旋刃盤は巨大タコの手から逃れ、次の瞬間、また元の大きさに戻り、友奈に向かって一気に飛ぶ。

「何ッ!?」

その光景に、杏は球子を見る。球子は、かなりの疲労を、顔に滲ませていた。

(まさか・・・一度解除してまた発動をしたの・・!?)

しかし、その行動が功を奏した。

巨大旋刃盤は友奈を横から掻っ攫い、見事窮地から救い出した。

「わ・・・ありがとー!タマちゃーん!」

「おう!」

友奈のお礼に、球子は、無理をしながらもしっかりと答える。

しかし、スコーピオは友奈を執拗に狙う。

巨大な針が、友奈を旋刃盤の上から叩き落そうと振り下ろされる。

しかし―――。

「こっちよ!」

すかさず歌野が背後から鞭を振るう。

その鞭が、スコーピオを叩く。が、その身に一切の傷を作らない。

そして、スコーピオは歌野を無視する。

「あら?Ignore(無視)?それはそれで、結構Shockingなんだけどねッ!!」

しかし歌野は追撃をやめない。

連撃を続ける。

「おっと、連続して()()()()を叩きつけているみたいだけど、そうはいかないな」

「ッ!?」

だが、そこへ怜が邪魔に入る。

「霊槍『トリアイナ』、第四形態『シーペント』」

「ぐぅ!?」

まるで、蛇のように歌野の首にしまる、鞭。

「これは・・・がぁ・・・!?」

「どうだい?蛇っていうのはね。そうやって獲物を締め上げてから捕食するんだよ。もちろん、海蛇も例外じゃない」

歌野の首を締め上げ、そのまま窒息させるという根端か、一気に締め上げる。

「歌野ォ!」

若葉がすぐさま助けに行こうとするが、

「そうはさせません」

迅が妨害してくる。その手に剣を持ち、若葉の前に立ちふさがる。

「そこをどけェッ!!」

「どけと言われてどくのは弱い奴らだけや」

若葉が刀を振るう。しかし、迅はそれに見事に対応してみせる。

「何!?」

「剣を使えんのは、お前らだけじゃないって事や」

そのままの状態から、剣を一気に射出する迅。若葉は後ろに飛びのき、回避に徹する。

しかし、その間にも歌野の首は絞め続けられている。

「が・・・かぁ・・・・」

「ふふ、どうだい?苦しいだろう?僕らはいつも、その苦しみを味わってきたんだよ」

脳に酸素が行き渡らなくなり、その肌を蒼白にする歌野。

しかし怜は、それを楽しそうに見ている。

このままでは、歌野は、死ぬ。

「させないッ!」

だが、そこへ千景が飛び上がり、鎌を振るう。

「引っ込んでろよ」

冷たい声。気付けば、千景は、鞭の先端が肩に当たっていた。否、それは――――蛇の頭。

「な・・・!?」

「海蛇の毒は、強力な神経毒だ。だから、痛みは一瞬のまま、ゆっくりと安らかに死ねる」

千景の体が地面に落ちる。

だが、それでも残り六人の千景が襲い掛かる。

「うざいよ」

しかし、三人は頭部の牙、あと三人は尻尾によって叩き落される。

「流石にこれ以上邪魔が入るのはよろしくない。ここで一度死んでもらうとするよ」

歌野を締め上げる力が一気に上がる。

それによって、歌野の意識は一気にブラックアウトしていく。

(たけ・・・にぃ・・・・みー・・・ちゃ・・・)

大切な人の名前を、脳内に思い浮かべながら、そのまま意識を手放し掛ける、その時―――

 

 

剣が飛んできた。

 

 

「うわ!?」

それは歌野の首のすぐ横を通り過ぎ、歌野を締め上げていた蛇を切断する。

「なんだって・・・!?」

「――――はぁッ!!!」

呼吸が復活した、コンマ数秒。歌野はその体を捻り、怜の体に一撃、蹴りを叩き込む。

「ぐぅ!?」

不意打ちに対応できず、吹き飛ばされる怜。

「しって・・る・・・かしら・・・!」

歌野は、落ちる最中で、怜に指を突き出す。

「蛇ってのはね、追い詰められた瞬間に、天敵に噛みつく事が出来るのよ・・・!!」

落下していく。

流石に酸欠状態が長すぎた。

まだ意識が朦朧となっている。このままでは頭から落下してしまう。

だが、そこへ千景が飛んできた彼女を受け止める。

「まったく、辰巳さんと違って、貴方は世話が焼けるわね」

「あはは・・・・Thanks」

ふと、千景は、先ほど剣が飛んできた方向に目を向ける。

そこには、ボロボロの状態で、何かを投げ終えた態勢でたたずむ辰巳の姿があった。

(全く・・・・無茶して・・・)

その様子に呆れつつも、他の千景が飛んできた剣を回収する。

しかし、その間に、辰巳は吐血して膝をつく。

「辰巳さん!」

その辰巳を杏が支える。

「無茶しないでください!」

「げほ・・・無茶しないと勝てないだろ・・・!」

「足柄さん!」

剣を持った千景が戻ってくる。

「これ」

「すまない」

剣を受け取る辰巳。その直後に、上空から短剣の雨が降ってくる。

「お前たち・・・よくもやってくれたな・・・・!」

そこには怒りに顔を歪めた怜が、空中に浮遊していた。

「あいつ・・・!」

幸い、直撃は無く、全員無事だ。

「杏、すまない」

「え・・・?」

「使う」

剣を地面に突き立てる。

それで、杏は、辰巳がしようとしている事を悟る。

「まっ・・・!!」

 

「――――来やがれ『ファブニール』ッ!!!」

 

辰巳の姿が変わる。

装束は鎧に、頭部は竜を模した鉄兜に覆われ、剣は一回り大きく。

それは、まさしく、邪竜の鎧。

 

体現するは、黄昏の邪竜。

 

「・・・・・それが、御竜さんと同等の力を持つ、ファブニールか」

怜が、辰巳の姿を見て、そう呟いた。

傷は、鎧の自動回復機能によって完治する。

「行くぞ・・・・!」

踏み込み、辰巳は、一気に走り出す。それに身構えた怜だったが、辰巳はあろうことか、怜を()()()()

「な・・・!?」

その行動に怜は目を見開くも、すぐさまその目的を悟る。

辰巳の走っていく先には、なおも球子の巨大旋刃盤に乗った友奈を狙う、スコーピオ。

辰巳は、その力を持ってスコーピオを打倒する気なのだ。

「そうはさせないよ。霊槍『トリアイナ』第一形態『トリアイナ』ッ!」

無数の短剣が一つにまとまり、槍と化す。

その槍が、何か、禍々しい気配を出すと、その身を海色の光に包まれる。

 

「これこそは太古の海を支配せしめし、覇者の力――――」

 

怜は、その槍を振りかぶる。

 

「その巨体は全ての生物を凌駕し、その顎はありとあらゆる生物を噛み砕く―――」

 

海色の光は、その強さを増し、やがて、強大な力となって、解き放たれる。

 

「故に、その力を抑えつけられるもの、無し―――!!!」

 

怜は、その槍を投げた。

 

 

「―――喰らい尽くせ『太古の海を支配せし鮫の王(メガロドン)』ッ!!」

 

 

 

巨大な鮫が解き放たれた。

それは、巨大な口を開けて、辰巳を襲う。

「辰巳さぁぁあん!」

「足柄さん、避けて!」

杏と千景が叫ぶ。

しかし鮫は止まらない。

「無駄だ。鮫の聴覚は距離を知り、嗅覚で接近し、視覚で視認して、至近距離となると獲物の出す微弱な電気で正確な位置を割り出す。故に、この攻撃は必中だよ」

怜は不敵に笑う。巨大な鮫は、そのまま辰巳を飲み込まんと迫る。

だが、突如として辰巳が振り向いた。

「そう来ると思った!!」

そして、辰巳も切り札を切る。

 

「我こそは邪悪なる竜である――――」

 

剣から、黄昏色の光が発せられる。しかし、鮫が予想以上に速く、辰巳の目の前に迫っていた。

 

「ッ―――『黄昏に咆える邪悪なる竜(ファブニール・フォン・アテム)』ッ!!!」

 

詠唱をすっ飛ばした、即席の砲撃。

黄昏色の咆哮が、巨大な鮫と衝突する。

「グ――ギ―――ッ!!」

「無駄だよ。いくら君の邪竜の息吹が強力でも、大海の覇者であるメガロドンには勝てない」

無理な態勢からの、必殺の砲撃。

その、不十分な条件が、辰巳の撃ち負けた事を物語った。

「ぐぁああ!?」

「辰巳さぁあああん!!」

押し負けて、吹き飛ばされる辰巳。

それに悲鳴をあげる杏。歌野は、ただ息を飲むだけ。

しかし、歌野には分かっていた。

吹き飛ばされる辰巳、その先に、友奈を襲う、スコーピオがいる事を―――

「ッ!?しまった!?」

「もう遅いッ!!」

辰巳が剣を振りかざす。

「『滝打』ィィ―――!!」

メガロドンの威力を剣で受けつつ、後ろへ飛ぶための推進力とし、それによってついた加速によって敵を叩き斬る。その瞬間だけでも、その一撃は、強烈な一撃になる。

その一撃は、スコーピオに到達する――――その寸前、横から剣が飛来。それによって軌道がそれ、真っ二つにする筈だったスコーピオの体は、体の四分の一を吹き飛ばされるにとどまる。

「な―――!?」

「そうはいきませんな」

剣の嵐によって、若葉を完全に封殺した迅が、辰巳の一撃を逸らしたのだ。

「やろっ・・・」

「霊槍『トリアイナ』、第三形態『カランギダ』」

さらに、怜が短剣の雨を降らせる。

空中にいて、それを諸に喰らった辰巳は、その体を斬り刻まれて、地面に落ちる。

「たっく――――ん!!」

友奈が叫ぶ。それと同時に、球子の旋刃盤から飛び降りる。弾丸の如き勢いで、地面に突っ込み、なおも追撃しようとする怜よりも先に倒れ伏す辰巳に到達。

一目連の能力である風を使って、辰巳をかっさらう。

「チッ!しぶとい!」

「勇者パンチッ!!」

それでもなおも追撃をやめようとしない怜に向かって、友奈は拳を振るう。

『右』から放たれる嵐の暴拳。それが怜に直撃する。

そのまま友奈は辰巳を安全な所まで運ぶ。

「たっくん!たっくん!」

どうにか鎧の修復能力によってある程度までは回復しているようだが、それでも喉は潰されたのか言葉を発せないようだ。

「たっくん・・・・」

「やれやれ、酷いじゃないか」

「ッ!?」

ふと、いきなり背後から聞こえた声に思わず振り返る友奈。

そこには、先ほど友奈の『右』を喰らった筈の怜がいた。それも、()()で。

「・・・嘘」

「嘘じゃないよ。まあ、君たちを絶望させるためには、わざと互角を演じて、その後圧倒的強さを見せつけて、力の差を知らせてから殺そうとしてたけどね」

その口ぶりから、友奈は戦慄する。

彼らの言っている事は、本当であるならば、彼らは、まだ、全力を出してすらいない。

それだけじゃない。完全にこちらを弄んでいるのだ。

 

圧倒的力の差があるから。

 

「うん、良い顔をするじゃないか」

怜の顔が、その姿に似合わず、気持ち悪く笑う。

「く・・・」

「いいよいいよぉ。もっと絶望してよ。そして僕たちの為に、悲鳴を――――」

「ちょっと黙れよクソガキッ!!」

瞬間、巨大旋刃盤が怜を襲う。

「おおっと!?びっくりしたぁ。酷いなぁ。今良い所だったのに」

「ふざけんなよお前。さっきの何が楽しいだ。タマは絶対に、そんなの楽しいとは認めないぞ!」

球子が、旋刃盤を操作する。

球子が操作する事で移動する巨大旋刃盤が、怜を襲うも、怜は空中浮遊している。いとも容易く躱される。

「チッ、めんどくさいな。霊槍『トリアイナ』、第二形態『クラーケン』」

無数の短剣が輝き、その姿を巨大なタコへと変形させ、球子の巨大旋刃盤を捕まえる。

「舐めるなッ!」

しかし、次の瞬間、旋刃盤が爆発したかと思えば、巨大タコの脚から逃れていた。

「『タマブースト』ッ!!」

それは球子の使う『輪入道』の奥の手、一定時間、火力を上げて威力と速さを上昇させる『火力噴射』。

それによって威力は底上げされ、ただ使う時よりも数倍の威力を発揮する。

故に球子の旋刃盤は巨大タコの体を打ち据える。だが。

「タコは軟体生物の一種だ。それ故に、弾力性とかがあって打撃とかにはめっぽう強いし、ついでに破れにくいから、斬撃にも強いんだよ」

しかし、効かない。

「くそ・・・!」

「さっき君はなんと言ったかな?クソガキ、だっけ?だったら僕も言わせて貰うよ」

タコの脚が、球子を打ち据える。

「死ねよゴミクズ」

「がっぁあ・・・!?」

口から血を吐き出し、彼方に飛ばされる球子。

「タマっち先輩!!」

「ほーぉー、お嬢ちゃん、随分とあのガキにご執心のようやなぁ?」

「ッ!?」

いつの間にか、背後を取られていた。

(しまっ・・・・!?)

慌てて振り向く杏。しかし、その時――――

 

 

 

 

視界が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

「――――――――あぁぁぁあぁぁあぁぁああああぁぁぁあああああぁぁぁぁぁああぁぁああああ!?!?!?!?」

同時に、目から強烈な痛みが走り、脳を突き抜ける。

思わずボウガンを取りこぼし、それすら気にならない程、杏は自分の両目を抑える。

それと同時に、どこからか咆哮が迸った。

「杏―――――――ッ!!!」

若葉が絶叫し、義経の奥の手を発動。たった八歩だけ、音速を超える移動を可能とする、超神速を使い、一瞬にして迅に接近する。

そして、その音速の中、刀を抜刀。迅を吹き飛ばす。

「杏!しっかりしろ!杏!!」

若葉は杏に駈け寄る。

しかし、杏はなおも目を抑えたまま。

「うう・・・その、声は・・・若葉・・・さん・・・?」

「そうだ!どうした!?何をされ―――」

とうとつに、若葉の言葉が止まった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()・・・・」

 

杏の閉じられた眼から、血が流れ出ていた。

その事実に、若葉は、想像せざるを得なかった。

「あは、アハハハハハハハハハハハハッ!!」

仰向けに倒れている迅が、そのままの状態で高笑いする。

瞬間、若葉がその迅に向かって剣を突き立てる。

「いやぁ、滑稽滑稽。なんとも無様な姿やなぁ」

「ッァア!!」

今度は背後から。振り向き様に剣を振るう若葉。しかし、その眼前に、刃が迫っていた。

「ッ!?」

とっさに頭を傾ける若葉。しかし刃は若葉の額を切り、さらに若葉は態勢を崩して地面を転がる。

「ひゃは、どうしたんです?そこに何かありますかいな?」

「・・・・しい」

「はい?よう聞こえんかったわ」

 

「何が可笑しいッ!!?」

 

若葉の怒号が轟く。

「杏の眼を奪って、何が可笑しいッ!?そんなに笑えるのか!?杏の、大好きな本を読む為に、必要なものを、奪って一体何が可笑しいッ!?」

若葉の殺意のこもった怒号。しかし迅はそれをどこ吹く風と受け流す。

「いい。実にいいで、その顔、まさしく怒り。憎しみや。その、怒りのままに動く奴を叩き伏せる時の快感が、一番、心地良いんや」

「ッ―――きっっっさまァッ!!」

完全に怒りに取り憑かれている若葉が、迅に襲い掛かる。

「どこ・・・どこ・・・タマっち先輩・・・・お願い・・・答えて・・・」

一方の杏は、手を前に伸ばし、ふらふらと彷徨っている。

「杏!そっち言ったら落ちるわ!!」

歌野が叫ぶ。しかし、それでも杏は彷徨う。

「あんずぅ!!」

球子が叫ぶ。

叩きつけられてボロボロの状態で、球子は叫ぶ。

しかし。

「タマちゃん逃げて!!」

「え・・・・!?」

気付いた時には空中に跳ね上げられていた。

「が・・・はぁ・・・・!?」

「うるさいよ。ゴミクズ」

そのまま杏の方へ向かって叩き落す。

「げぼぁ・・・!?」

体中が痛む。

少なくとも、体中の骨にヒビが入っているかもしれない。

あまりの痛さに、体が動かない。

「球子ッ!!」

歌野が駆け寄ろうとする。しかし、そこで横から来るものに気付き、慌てて退く。

スコーピオだ。

「くっ、どいてッ!!」

スコーピオが立ちはだかり、行く先を阻まれる歌野。

「皆・・・!」

友奈が、辰巳を抱え、戦いの様子を茫然と見ている中、彼女の横に誰かが落ちてくる。

「若葉ちゃん!?」

「ぐぁ・・・」

そこには、無数の切り傷を作ったボロボロの若葉がいた。

体は血に塗れ、動く事すら出来ないようだ。

すでに、精霊も解除されており、その反動さえも重なっている。

「いやいや、予想以上に弱かったなぁ」

「ッ!?」

見上げれば、迅がこちらを見下していた。

その顔を、醜悪さに満ちた笑みに染めていた。

友奈は、その笑みに、怯えつつも、立ち上がる。

「おや?やる気ですかいな?でもすんませんなぁ」

「僕が相手だ」

「ッ!?」

タコの脚が、友奈を襲う。

しかし友奈はそれを飛ぶ事で回避する。

「あ・・・!?」

ふと、そこにいた辰巳と若葉を見るが、いつの間にかいなかった。

「探し物はこれかい?」

「あ!?」

見れば、タコの脚に、辰巳と若葉が捕まっていた。

それだけではない。何人かの千景も捕まっていた。

「くぅ・・・」

「そんな・・・!?」

「しばらくそこで大人しくしててもらうよ。ま、どうせ皆殺すんだけどね」

くっくと笑う怜。

逃れている千景は、どうにか杏たちの所に行こうとしている。だが、巨大タコによって阻止されている。

歌野はスコーピオによって足止めされ、辰巳と若葉はクラーケンの脚に掴まり、友奈でさえも、そのタコに足止めされている。

そして、杏は、目を潰されており、球子は、叩きつけられた衝撃で、動けない。

「さぁて、そろそろ楽しい愉しいショーの時間や」

迅が、その手に剣を持ち、杏と球子に近付く。

「あん・・・ず・・・にげ・・・」

「タマっち・・・?どこ、どこにいるの?」

目を潰された事により、杏は一種の恐慌状態に陥っていた。

球子はどうにか杏に逃げる様に促すが、上手く口が動かない。そもそも、声が出せない。

「さぁて、まずは()()()()にしましょうか・・・」

迅が、剣を持ち上げる。

「よし、ここにしよう」

 

刃が、杏の腹を貫いた。

 

悲鳴が響き、杏は、地面を痛みにのたうち回る。

「ん~、いい音やぁ」

「アンちゃん!!」

友奈が、助けに入ろうとする。しかし、怜が邪魔をする。

「邪魔しないで!勇者パンチッ!!」

風を纏うフィニッシュブロー。

それが、行方を阻むタコの脚に直撃する。しかし衝撃はまともに伝わらず、吹き飛ばされる事なく、逆にしなやかなその足が、友奈を吹き飛ばし、壁に叩きつける。

「くっぁ・・」

叩きつけられると同時に、一目連が解除される。

「高嶋さん!!」

千景が叫ぶ。だが、それで何かが好転する訳じゃない。

「さて、次は・・・」

「や・・・」

「ん?」

「やめ・・・・て・・・くれぇ・・」

球子が、どうにか絞り出した懇願。

「ん~、嫌や」

剣を振り下ろす迅。

杏の胴体に、縦に一筋、深い傷が出来る。

「あぁああああぁあああ!!!」

また、悲鳴が迸る。

「さて、勇者は丈夫で、それも精神力が強いと聞くでぇ?一体どこまでだったら耐えられるんやろうなぁ?」

他の勇者は助けにこれず、唯一、一番近いところで、何も出来ない。

その事実に、球子は、今すぐにでも自分を引き裂きたい気分になる。

倒された杏の腹が切り開かれる。

臓器がむき出しになり、噴き出た血が、彼女の白い肌を赤く染める。

「そんじゃ、解体ショーといきましょか」

手を突っ込む迅。

そして、その手に、臓器を一つ掴み、それを力任せに引き抜く。

「まずは、腎臓」

「ぎっぃあああ!?」

内臓に、神経はあるのかどうかは知らない。だが、杏は、あまりの痛さに叫ぶ。

「いい、いい・・・もっとや、もっと、良い声を聞かせてくれや・・・!!」

 

彼は『無惨』の市丸迅。

 

己がどれほどの大罪を犯そうとも、一切気にも止めず、どれほど惨たらしい事をしようとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

それが、彼だ。

 

 

「あん・・・ず・・・・あんずぅ・・・・!!」

球子は、地面を這いずって、杏の元へ向かおうとする。

(きめ・・・た・・・・んだ・・・・タマは・・・あんずを・・・・絶対に・・・・守るって・・・・なのに・・・)

手を伸ばす。しかし、その間にも、杏のはらわたは曝け出される。

大腸、小腸、十二指腸、肝臓、腎臓、子宮、尿道、肋骨、腰骨、腹筋、神経・・・・数えたら、霧が無いほど、杏の腹から、内臓が引き出される。

「内臓のバーゲンセールやぁ」

返り血で血まみれになった迅が、その体を仰け反らせて、歓喜に震える迅。

もはや、ここまでくれば、杏はもう、助からない。

生きる為に必要な内臓は、全て曝け出された。

あとは、心臓と肺。

それのどちらかを抜き出せば、あとは絶命する。

「くっそぉ!!!」

歌野が、スコーピオの攻撃から必死に逃れる。

今すぐにでも、二人の元に行きたい。でも、行けない。

「どいて・・・どきなさいよ・・・どけぇッ!!」

怒号を迸らせて、歌野はスコーピオに鞭を叩きつける。

だが、傷一つつかない。

 

運命とは、非情なものだ。

 

それは一体、誰の言葉だったか。

 

ふと、スコーピオの攻撃が唐突に止まった。

「!?」

それに目を見開く歌野。しかし、その驚愕は、一瞬にして恐怖に変わる。

 

()()()()()()()()()

 

その事実から、歌野は、最悪の結末を否応なく予想してしまう。

「だ――――」

しかし、それは遅く、運命は彼女たちに味方せず――――

 

 

 

 

 

球子の命を奪った。

 

 

 

 

 

 

スコーピオの針が、球子の背中を刺し貫く。

「―――――――――――ぁ」

あまりにも、呆気無く、抵抗する間もなく、球子は、針に貫かれた。

そこは腹。しかし、スコーピオにとっては、針を打ち込んだ時点で()()()()()()だった。

 

巡るのは、一瞬。

 

「ごぼぁ・・・!?」

それだけで、体中の、穴と言う穴から、血が溢れ出た。

「おんやぁ?いい仕事してくれるやないか」

それは、ただ単純に針に貫かれただけでは、決して起きない、症状。

それは、まさしく、かつて辰巳が受けた毒と同等、否、それ以上の猛毒。

体中の穴と言う穴から血を噴出させる、人間の常識を超えた、毒。

それが、球子の体を一瞬にして巡り、瞬く間に、その命の灯を消していく。

「あ・・・ぁ・・・」

もはや、声を出す事も、出来ない。

杏を、助ける事も出来ない。

死は絶対。助かる事など、無い。

でも、ああ、だけど―――――

 

 

 

 

(・・・・なあ、辰巳)

 

 

 

ふと、視界に移った、彼女の楯。

その名は、『神屋楯比売』。

とある女神の名を冠した、楯。

 

 

 

(もう・・・助からないかもしれない・・・けどさ・・・・)

 

 

 

それを見て、球子は、繋がったままのワイヤーから、想いを込めた。

 

 

 

 

 

(せめて―――――あんずの、さいごの――――言葉を――――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――――どけ」

「ん?」

ふと、怜の耳に、誰かの声が聞こえた。

しかし、それを理解する前に―――――力が爆発した。

 

「どけぇぇええええええぇぇぇえええぇえええぇえええぇええええぇえええぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええぇええぇぇぇえええ!!!!」

 

辰巳の中に流れる、邪竜の力が爆発し、巨大タコの足を吹き飛ばす。

「なに!?」

それに驚く怜だったが、辰巳はそれすら気にせず、()()()()

それは、邪竜の鎧に新しく現れた、『推進力装置(スラスター)』。

それによって爆発的速度を叩き出し、一瞬にして杏と球子の元へ到達した。

「な!?」

「ガァアアァアアッ!!」

剣を片手に振り下ろす。竜の膂力をそのままに、叩きつけられた剣は、地面を破壊し、迅を吹き飛ばす。

「杏!!」

辰巳は、杏を抱き上げる。切り開かれた中身は、その臓器を肺と心臓のみを残し、全て曝け出されている。

しかし、まだ、生きていた。

「た・・・み・・・さ・・・」

杏が、手を伸ばしてくる。

それを、辰巳は掴む。

「杏・・・・!!」

「たつ・・・み・・・さん・・・・」

杏は、残った力で、辰巳に、言った。

 

「・・・・勝って・・・ください・・・・・・・大好き・・・・です・・・」

 

その言葉を最後に、杏の手から、力が抜け、辰巳の手から滑り落ちる。

辰巳は、何も言えなかった。

ふと、そこへ迅がやってくる。

「やれやれ・・・酷い事しますなぁ。せっかく楽しい気分やったのに。これじゃあ興ざめや」

全く持って酷いと言わんばかりの言い草。しかし迅は笑う。

「でも、この落とし前は、アンタでつけさせてもらうわ。どうか、御覚悟を――――」

 

 

 

カ ラ ダ ガ ア ツ イ

 

 

 

辰巳が、立ち上がる。

しかし、明らかに様子が可笑しい。

ゆらり、としてもいなければ、足がおぼつかない訳でもない。

ただ、彼の中の、何か、()()()()()()が、暴走を始めていた。

それは、幸い鎧の中に留まり、しかし、明らかに異常な事態を招いていた。

 

 

 

カ ラ ダ ガ ア ツ イ

 

 

 

行き場を失った熱が、閉じ込められた器から出ようとするかのように。

噴火寸前の火山が、今その時を迎えるかのように。

 

手順を間違えた、原子力発電所が、その機能を暴走させるかのように――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワレハジャアクナルリュウデアル

 

 

 

 

スベテヲリャクダツシ、スベテヲハカイシ、スベテヲオノガママニスル、ジャリュウデアル

 

 

 

 

イマコソ、ソノカセヲトキハナチ、ソノホンショウヲアラワソウ

 

 

 

 

ソウ、コレコソガ、ワガゲンテン、ワガシンジツ、ワガツヨサ

 

 

 

 

 

 

ワガナハ、ジャアクナルリュウ

 

 

 

 

 

 

 

 

コノヨヲスベテリャクダツセシメシ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――今、爆発する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――人だった略奪の竜(ファブニール)デアル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、邪竜は、もはや人の叫びとは言い難い、黄昏の叫びを迸らせた。




次回『失う事でしか僕らは強くなれない』

人は間違いを犯すから強くなる。間違いなくして、人は成長しない。


故に、人は道を踏み外す。


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失う事でしか僕らは強くなれない

咆哮が、迸る。

 

そして、瞬く間に鎧が変化し、禍々しいものに変わる。

それはまさしく、彼の怒りを、憎しみを、哀しみを体現しているかのようだった。

「うるないなぁ」

瞬間、辰巳(人の姿をした竜)の体を、六本の剣が貫く。

「まったく、遠吠えなら山でやってろっちゅうねん」

迅があきれ果てた様子で串刺しにされた辰巳の姿を一瞥し、他の勇者へ視線を逸らす。

 

 

瞬間、迅が顔を歪ませて吹き飛ばされた。

 

「げぼあ!?」

あまりにも突然の事に、吹き飛ばされながら混乱する迅。しかし、考える前に、今度は叩きつけられる。

「げが!?」

それでも終わらない。反応する間もなく、顔面に衝撃を受けて高く蹴り上げられる。

「ぐべあ・・・・!?」

(な、なんや・・・?)

吹き飛ばされる中、迅は見る。

 

エメラルド色の瞳を血走らせて、こちらに剣を振りかざす、人間(バケモノ)の姿を。

 

「迅ッ!!」

しかし、そこへ怜がトリアイナを槍状にして化物に叩きつけた。

化物はそのまま地面に落とされる。

しかし迅は落下してくも、怜によって助けられる。

「大丈夫かい!?」

「あ、ああ・・・ホンマ、助かったで・・・」

迅は、ふと、吹き飛ばされたあの化物を見る。

そこには、槍の一撃を受けても立ち上がる、人の姿をした化物の姿がいた。

「■■■・・・」

おおよそ、人のものとは思えない唸り声をあげて、こちらを見上げていた。

「なんやアレ・・・」

「分からない。だけど、僕らの敵じゃ・・・・」

そう、言いかけた時、不意に化物の姿が消えた。

「「―――ッッ!?」」

次の瞬間には二人とも地面に叩きつけられていた。

「ぐが・・・!?」

「げぼ・・・!?」

地面に叩きつけられ、痛みに一瞬意識が遠のく。

しかし、それすら許さないように、化物は、その剣を黄昏色に輝かせる。

「■■■■■――――ッ!!!」

咆哮、同時に、剣を振る。その剣から、斬撃が()()()、連続で振るうものだから、その斬撃は、まるで雨のように地面に降り注ぐ。

その威力は、おおよそ人に出来る技では無く、文字通り、()()()()()()()

それも一度や二度ではない。何度もかち割ったのだ。

その攻撃を諸に喰らう迅と怜・・・否。

斬撃の雨が止み、化物が地面に降りたつ。

しかし煙が張れると同時に、そこには、僅かながらにダメージを受けている迅と怜の姿があった。

「調子のるなや」

「こっからが本気だ・・・クズ野郎」

どうにか防いだようだ。

だが、それで終わるはずもなく――――

「■■■■■―――――ッ!!!」

咆哮が迸り、化物は、憎き敵に襲い掛かる。

 

 

 

 

寸前、横から針で貫かれる。

 

 

 

 

「■■―――!?」

その場にいるものは、虚を突かれたかのように茫然とし、化物は地面に叩きつけられる。

その針はしっかりと化物を地面に縫い付け、動けないようにしていた。

その針を刺した正体は、あの巨大な、スコーピオ。

 

完成型の、バーテックス。

 

そしてその針には、あまりにも()()()()()()()()()()()()が仕込まれていた。

「・・・・はっ」

迅が、乾いた笑みを零す。

「なんや、簡単な事やないか。毒針ブッ刺せばそれで終わりやないか」

化物は、動かない。

流石に、体中の穴と言う穴から血を噴出させる毒には敵わないのか―――。

「さて、次にいきましょうや」

「そうだね、流石に興ざめだけど――――」

 

 

 

しかし、その()()()()は、圧倒的力の前には、無意味だった。

 

 

 

黄昏色の光が迸り、スコーピオが跡形も無く消し飛ぶ。

あまりにも呆気無く、一瞬の間に、スコーピオはその姿を消滅させた。

それは、邪竜の咆哮。化物の切り札である、『黄昏に咆える邪悪なる竜(ファブニール・フォン・アテム)』だ。

だが、いささか、いや、余りにも、威力が強すぎた。

それが、天を貫き、空を割った事実に、誰もが驚愕する。

 

全てを融解させる邪竜の咆哮。

 

そして、化物は、平然とそこに立っていた。

開けられた腹の穴は一瞬にして塞がり、何事も無かったかのように、鎧さえも元に戻る。

まるで、初めからそんな事は無かったかのように。

そして、邪竜は、今度こそ、敵二人に襲い掛かる。

そして、そこから一方的な戦いとなる。

「んなあほな―――」

言葉は許さない。

「ちくしょ―――」

悪態も許さない。

ただ、憎い。憎くて憎くて仕方が無い。

己が感情のままに、衝動のままに、憎悪のままに、化物はその手に持った剣を振るっている。

「こなくそッ!!」

迅の剣が、化物の右腕を斬り飛ばす。

「それじゃあ、まともに剣なんてふれ―――」

迅が何かを言いかけるまえに、変化は訪れる。

 

斬り飛ばされた化物の腕が、即座に再生した。

 

「・・・んなあほな―――げびゃ!?」

また、何かを言い終える前に、殴り飛ばされる。

そう、これだ。これそこが、化物が、勇者たちが叶わなかった十天将の二人を圧倒している理由なのだ。

 

 

邪竜の生命力及び、()()()()()

 

 

それが、化物の壊れていく体を無理矢理直し、動かしている。

だが、しかし――――その回復力は明らかに異常だ。

 

「――――『太古の海を支配せし鮫の王(メガロドン)』ッ!!!」

 

巨大な鮫が化物を襲う。化物の体の左半分が食われる。

「はっ!体の半分以上も食われれば流石に――――」

怜が何かを言いかける前にも、化物の体は再生した。

なんの狂いも無く、完璧に、元の姿に戻る。

「・・・・・嘘だろ」

「■■■■・・・・!!」

怜は、戦慄する。

よもや、ここまでの化物が存在するなんて誰が予想できただろうか。

どれほどの攻撃を受けようとも、再生し、また剣を握り、そして蹂躙する。

それはまさしく、彼の邪竜のようだった。

しかし、それでも、やはり、何かが可笑しい。

いくら竜でも、腕の一本足の一本、吹き飛ばされても回復なんぞ出来ない筈だ。

掠り傷程度、切り傷程度、そんなものものの()()()で回復できるものを、この化物は、ほんの()()で全快にしている。

一体、どうやったら、そこまでの事を――――

 

 

 

 

 

その疑問は、歌野にもあった。

何故、あそこまでの力を、彼は発揮できるのか。

その手に球子と杏の死体を抱え、回収した内臓も持って、そう考えていた。

ただ、その心は、酷く、落ち着いていた。

もう、二度めの喪失だからか。それとも、それほど親しくなかったからか。

いや、そんなの関係無い。もし、そうであったなら、この四国での思い出は一体、なんだったのだ。

「若葉・・・」

「ッ、歌野・・・!」

歌野は、地面に膝をついて、戦いをただ傍観していた若葉の元へ向かう。

そこには、精霊を解除した千景、そして、友奈がいた。

そして、歌野がその手に抱えた、杏と球子を見て、言葉を失う。

「ッ・・・」

「酷い・・・」

「そん、な・・・」

三者三様の絶望の仕方で、二人の死を嘆く。

若葉は悔しそうに顔を歪め、千景は恐ろしそうに、そして友奈は、その目尻に、涙を浮かべていた。

だが、そんな空気を吹き飛ばすかのように、化物の咆哮が迸った。

生き残った勇者たちが一斉にそちらに視線を向ける。

そこには、もはや人とは言い難い戦い方をする化物と、常軌を逸した価値観を持つ二人の人でなしを圧倒している様子が見て取れた。

その戦いように、彼女たちは、何も言えなかった。

「辰巳・・・」

腕が吹き飛ばされようが足が斬り飛ばされようが、化物は―――辰巳は止まらない。

「・・・・・なるほどね」

その中で、歌野だけが、冷静だった。

「・・・どういう事だ、歌野?」

「辰巳のあの再生力、異常だとは思わない?」

「たしかに、異常、ね・・・・」

千景が、酷い顔色で、どうにか答える。

「そもそも、邪竜ファブニールなんている特大Scaleのバケモノを憑依させておいて、人の体が耐えられる訳が無い。器が中身の力に耐えられず、はじけ飛ぶ筈なのよ」

「何がいいたい・・・?」

若葉が、多少声を低くして問う。

その問いから、若葉は、考えている事を放棄している事を、直感で思ってしまう歌野だが、仕方が無く答える。

「辰巳の体は、ファブニールの力に耐えた。そして、そのファブニールの力が、一人の人間に、()()()()()()()()()()()?」

「ッ・・・そうか」

千景が、歌野の説明に、とある答えを見出す。

「圧縮されるから・・・ファブニールの力が、過剰に発揮される・・・」

「水鉄砲と同じ原理よ。穴が小さければ小さい程、水は遠くに飛ぶ・・・」

即ち――――

「邪竜の再生力が、過剰に発揮されるため、腕が吹き飛んでも再生する・・・・」

若葉の言葉に、歌野は「Bingo」と答える。

「だから、辰巳は敗ける事はない・・・・でも」

心配なのは、もっと別な事。

それほどの再生力を発揮させておいて、果たして元の人間は、その原型を留めておけるのか――――

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて、勝負に先が見えてきた。

「こなくそッ!!」

迅が、無数の刃を飛ばす。

それが、化物と化した辰巳に殺到する。

だが、その無数の刃が、突如として弾かれた。

「なッ!?」

それに驚愕する迅。しかし、それもそうかもしれない。

何せ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「な、なんでや・・・」

剣を何度も辰巳に叩きつける。しかし、その全ての剣は、辰巳の体が弾く。

「なんでや・・・」

よくみれば、鎧は破壊出来ている。弾いているのは、『肌』。

そう、肌が、鋼のように固くなっているのだ。

 

それは単純な話、トレーニングと同じだ。

 

筋肉も、筋トレによって、その筋線維が千切れ、再生する時に、今度は強く太くなるのと同じ様に。

人が、殴られ続けれれば、やがてその痛みに慣れていくのと同じように。

折れれば、今度は強く、太い骨に再生するのと同じように。

 

 

辰巳の()膚は、斬られ破られていくたびに、強く硬く、文字通り驚異的な『()の鎧』となったのだ。

 

 

だから、もう、迅の攻撃は通用しない。

「く、くそがぁぁぁあああぁあああ!!!」

絶叫し、迅は剣を射出しまくる。

しかし辰巳にそれは効かず、その進撃を止められない。

その追いかけ方は、迅に恐怖を与える。

「霊槍『トリアイナ』第二形態『クラーケン』ッ!!」

しかし、突如として、辰巳の四肢を、巨大な触手が拘束する。

それは、巨大なタコの脚だった。

「いい加減にしろよクズ野郎が」

怜が、槍を変化させたのだ。

「やっと捕まえたよ」

辰巳が、振りほどこうよもがく。だが、タコの脚は、一本を残して全て辰巳の四肢に絡みついているために、振りほどけない。

「随分と、好き勝手してくれたようだけどさぁ。君がもう物理攻撃じゃ死なないなら、締め上げて、その首をへし折ってあげるよ」

タコの脚が、辰巳の背後から首を締め上げにかかる。

このままでは、辰巳は首を絞められ、窒息してしまうだろう。

「そのまま苦しんで死ね」

呪詛を込めた、一言。その一言と共に、タコの最後の脚が、辰巳の首を絞める。

 

その時だった。

 

 

「■■■■――――」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

突如、頭部の、竜の頭のような兜が、不意にその口らしき部分を開いた。

そして次の瞬間、黄昏色の閃光が迸り、怜の上半身を消し飛ばした。

『――――ッ!?』

その光景に、その場にいたものが、全員、驚愕した。

そして、迅が絶叫した。

「れぇぇいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいぃぃいいいいッ!!!!」

それは慟哭か。迅は無数の剣を空中に展開し、それを辰巳に叩きつけ、一気に吹き飛ばす。

そして、上半身が吹き飛ばされて地面に落ちていく怜の体を受け止める。

「怜!おい!怜ッ!!」

必至に呼びかけるも、すでに声を発するための口が無いから、答える事は無い。

「嘘だろ・・・・おい・・・怜・・・・!」

信じられない、とでもいうかのように、目を見開く迅。

だが、そんな様子を許さないとでも言うように、唸り声をあげて無傷の辰巳が歩み寄ってくる。

「・・・・なんでや」

「■■■・・・」

ふらりと、立ち上がる迅。

その雰囲気に、かなりの殺気を込めて、迅は鬼の形相で振り向く。

「ワイらが一体何をしたぁぁあああぁああ――――」

絶叫、すかさず、斬撃。

迅の体は、辰巳の一刀のもと、呆気も無く吹き飛ばされ、左肩から右脇腹にかけて、切断される。

宙を舞う迅は、その最中で、目の前のバケモノが、口を開くのを見た。

そして、なにかを思う前に、邪竜の息吹によって、一気に消し飛んだ。

それはあまりにも呆気無くて、杏と球子が死ぬまでの戦いが、彼らの強さが、一瞬にして無になって。

そこには、一人の勝者の姿しかなく、敗者は、地面に倒れ伏していた。

その様子を、勇者たちは、言葉を失ってみていた。

「辰巳・・・・」

「たっくん・・・」

もはや、何も言えない。

あれほど、圧倒されていたのに、今は、あの化け物が、一瞬にして敵を屠った。

その姿は、まさしく世界最強とまでいわれる竜のようで。ありとあらゆるものを略奪せしめした邪竜のようで―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと、若葉は、辰巳の視線がこちらを向いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その場にいた者全員が、背筋が凍るような殺気を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・まず」

歌野が、声を漏らす。

自分たちの傍には、杏と球子がいる。

その姿はあまりにも無惨で、残酷なまでの姿で放置されていた。

それだけなら、まだいい。

問題なのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

もし、彼が、彼女たちの死体を()()()()()()と思ったのなら。そして()()()()()()()()()()()()()()()()

 

次の攻撃対象は、勇者たちにになる。

 

「逃げてぇぇえええ!!!」

歌野が絶叫して、若葉、友奈、千景の三人が飛び上がる。

次の瞬間、彼女たちがいた地面が吹き飛び、砕かれる。

「■■■■■――――――ッ!!!」

人のものとは思えない絶叫が響き、辰巳は、彼女たちを追撃する。

「たっくん・・やめて・・・・!!」

「辰巳!正気に戻れ!」

友奈と若葉が言葉を投げかけるも、耳に入っていないのか辰巳は勇者たちを襲う。

「死ぬ・・・殺される・・・・足柄さんに・・・殺される・・・!?」

「千景!葛藤するのはいいけどそれは今は後回し!逃げる事だけを考えて!!」

目の前の事実に恐怖し、その結果を想像してしまう千景と、その千景を叱咤しつつ、杏と球子の死体をかかえながら逃げる歌野。

辰巳は、樹海を破壊しながら、彼女たちを襲う。

「辰巳・・・頼む・・・目を覚ましてくれ!」

若葉の必死の懇願も届かず、辰巳は感情のままに剣を振り回す。

「く・・・たっくん・・・!」

友奈が、絞り出すように声を漏らす。

しかし、いつまでも逃げられる訳がなく、とうとう辰巳の攻撃が、――――歌野に届いた。

「きゃあ!?」

「歌野!?」

「歌野ちゃん!」

叫ぶ若葉と友奈。歌野は、どうにか攻撃を喰らう前に、杏と球子を投げ飛ばしている。

だが、それによって防御が出来なかった。

「ぐ・・・・ぅぅ・・・・が!?」

地面に倒れ伏し、痛む体を必死に起こそうとする。しかし、その頭を、辰巳は踏みつける。

「■■■・・・」

「ぐ・・・ぅ・・・」

剣を振り上げる辰巳。

「やめろ!辰巳!!!」

若葉は、すぐさま義経を発動しようとするが、その為の体力が無く、呆気も無く失敗する。

千景は、恐怖でその場を動けない。

このままでは、歌野は殺されてしまう。

このままでは、辰巳は殺してしまう。

どうすればいい?どうすればこの最悪の状況を打開できる?

何か、何か、何か―――――

 

 

 

 

 

 

 

『オレの存在を忘れるな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如として、辰巳が吹き飛ばされた。

「「!?」」

その光景に、若葉と千景が、目を疑う。

だが、たしかに辰巳は吹き飛ばされた。

「■■■・・・・!!」

辰巳は、立ち上がる。

その視線は、歌野の傍らに立つ、一人の少女に向けられた。

「・・・・嫌だ」

しかし、その姿は、大きく違っていた。

肥大化した手甲、変わった戦装束、頭に生えた角。

それは、友奈の、もう一体の精霊の発動を意味していた。

 

 

其は、強欲の塊。暴虐の化身。

 

 

 

「歌野ちゃんが死ぬのも、たっくんが殺すのも、どっちも嫌だ」

 

 

 

己が欲のまま、財を奪い、人を襲い、街を壊し、暴虐の限りを尽くした。

 

 

 

「これ以上、誰かがいなくなるのが嫌だ」

 

 

 

己が傲慢の為に、人を見下し、命を潰し、精神を破壊した。

 

 

 

「だから、止めるよ」

 

 

 

其は強欲の塊、暴虐の化身。力の権化。

 

 

 

 

 

 

 

―――――それは、太古より語り継がれし、鬼の王。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の者は王である。何物にも止められぬ、鬼の王である。その名は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――『日ノ本に住みし強欲の王(酒呑童子)』」

 

 

 

 

 

 

今、鬼の王が動き出した。

 

 

 

 

「■■■■■―――――!!」

辰巳が絶叫し、友奈に襲い掛かる。

友奈はファイティングポーズを取り、辰巳を迎え撃つ。

辰巳の大剣が振り降ろされ、友奈が右のフィニッシュブロー放つ。

 

衝突、そして、衝撃。

 

それだけで地面が砕け、それによって生じた衝撃で、互いに吹き飛ばされる。

 

「うぅあぁああ!?」

「■■■!?」

吹き飛ばされるも、どうにか踏みとどまる両者。

だが、辰巳はすぐさま飛びかかる。

「■■■―――ッ!!」

辰巳が剣をデタラメに振ってくる。友奈はそれを左のジャブで応戦する。

衝撃が、樹海の空気を震わせる。

友奈の拳と辰巳の剣が衝突する度に、樹海が軋む。

「アァッ!!」

突如として友奈が辰巳の振り下ろした両手首を掴むと、そのまま力任せに振り回す。

何度も何度も地面に叩きつけ、ただただ力任せに振り回す。

「■■!!!」

「ッ!?」

何度か地面に叩きつけた時、不意に友奈の体が浮き上がる。

辰巳が、逆に友奈を持ち上げたのだ。

「しまっ」

声を発し終える間もなく、墜落。

「げあ・・・・!?」

背中から叩きつけられ、思わず手を放してしまう。

しかし、それだけでは終わらない。

剣を振り上げた辰巳。そして、それを一気に振り下ろす。

友奈はそれを頭を傾ける事で回避し、飛び上がって距離を取る。

「あ、危なかっ―――」

距離を取った友奈。

しかし、辰巳はそれでも追い縋ってくる。

剣を後ろに引いて、友奈を射程の捉え、そのまま一気に断ち切るつもりなのだ。

だが、それよりも前に友奈の拳が辰巳の顔面に叩き込まれる。

「勇者パンチッ!!」

吹き飛ばされ、建物に叩きつけられる辰巳。

「ハア・・・ハア・・・ハア・・・」

息をあげ、友奈は辰巳を見る。

その中から、へこんだ壁にめり込む辰巳の姿があったが、しかし、まだ意識はあるようで、すぐにでもこちらに飛びかかってきそうだ。

(まだ・・・動けるんだ・・・)

「――――チッ、めんどくせえ」

 

突如として、舌打ちが聞こえた。

「!?」

それに思わず友奈は口を押える。

(私、今なにを言って―――)

「友奈ァッ!!」

「ッ!?」

若葉の声に顔をあげれば辰巳がこちらに向かって弾丸の如き勢いでこちらに飛んできていた。

「くるっ――――いい加減にうせろトカゲ野郎ッ!!」

振るわれた剣を、掬いあげるかのようにアッパーを放ち、軌道を大きく反らした後、もう片方の手で、辰巳の頭部を叩き落す。

だが、それでも辰巳は起き上がって攻撃してこようとする。

「まだ―――くたばれッ!!」

だが、その辰巳にまた拳が振り下ろされる。

「オラオラオラァッ!!」

拳が連続で叩き込まれる。

それは嵐のように辰巳を叩き続ける。

だが、目の錯覚だろうか。

 

友奈の拳の威力がどんどん上がって行っている。

 

「何が起きている・・・!?」

「流石にあれは私にも分からないわ・・・」

その様子を、どうにか歌野をつれて安全圏にまで逃げた若葉は見ていた。

 

酒呑童子。

大社でさえも危惧される、力の権化。

その力は、ファブニールに匹敵し、ありとあらゆるものを蹂躙する。

そのあまりの強さに、大社では、ファブニール同様、使用は控えるように言われていた。

それを使用している友奈だが、どうにも、いや、明らかに様子が可笑しい。

 

辰巳が、友奈を殴り飛ばす。

「ぐあ・・・!?」

「■■■ッ!!」

寝転がった状態から飛び上がり、友奈を上から剣を振り下ろし、地面に叩き落す。

「ぐぅ・・・!?」

さらに、辰巳は落下し友奈を追撃しようとする。

「く・・・調子に乗るなよ!!」

だが、友奈はその状態から拳を振るった。

落下の力が合わさった辰巳の振り下ろしと、友奈渾身のフィニッシュブロー。

それらが正面衝突し、全てが吹き飛ぶ。

辰巳は上空へと吹き飛ばされ、友奈の右拳は、イカれる。

「ぐ・・・・ぎぁ・・・・!?」

友奈が苦悶の声を漏らす。

「ぎ・・・テメェ、痛がんなよ!」

そのすぐあとに、全く違う口調の言葉が友奈の口から発せられる。

「やれやれ、ほぼ直感で()()()()()()()()()()()()()()っていうのに、なんだその様は・・・・・それは・・・君も・・・だよね・・・・?・・・うっせぇ!そんなこと言ってる暇あんならあんな奴さっさとやるぞ!!わかってる・・・・!!」

立ち上がる友奈。なにやら一人で何かつぶやいていたみたいだが、今はそんな事関係無い。

今は、どうにかして辰巳を止めなければならない。

「■■■■――――!!」

上空で、辰巳が、兜の『口』を開いた。

「やべっ・・・」

瞬間、咆哮が轟く。

その砲撃は、すぐさま友奈がいた場所を融解させ、大穴を空けた。

だが、友奈はどうにか回避できたようだ。

「いい加減に・・・して!!」

飛び上がる友奈。辰巳はブレスを吐き終えている。

そこへ友奈は拳を叩きつけようとする。

だが、辰巳は友奈の拳を掴んだ。

「ッ!?」

そのまままた、地面に叩きつける。

「―――アッ!?」

背中から叩きつけられた所為か、肺の中の空気が一気に吐き出される。

だが、その友奈にさらに追い打ちをかけるかのように、辰巳の剣が友奈の壊れた右腕を貫いた。

「――――――ッ!?」

声を発せないから、友奈は悶絶するしかない。

息を吸おうにも、痛みで、呼吸がままならない。

辰巳が剣を引き抜き、それを逆手にもって振りかざす。

(動け・・・動け・・・!!)

友奈が、必死に体に命令を下す。

すると、ほぼ無理矢理な感じて右足が動き、辰巳を蹴り飛ばす。

すぐさま起き上がり、悲鳴を挙げる体を黙らせながら、飛び上がって、さらに蹴り上げるかのように三回、回転蹴りを叩きつける。

「ぐ・・・げほぉ・・・・」

あまりにも無理をした状態での、蹴り技。

呼吸がままならず、体が軋みまくり、すでにダメージも限界を迎えている。

着地もまともに出来ず、落下。だが、それでも、辰巳は攻撃をやめない。

(たえ・・・た・・・?)

朦朧とする意識の中、友奈はどうにか体を転がしてその一撃を避ける。

衝撃が友奈を叩きつけ、さらに転がし、その反動を利用して友奈は立ちあがる。

「■■■■■・・・」

唸り声をあげて、こちらを見る辰巳。

友奈は、考える。

右はすでに壊れて使えない。左手もあと五、六発が限度。

足は使えるが、()()()()()()()()()()壊れるかもしれない。

精霊との()調()()は、かなり深いとこまで来ているから、『彼』との会話も可能だが、それでもまともな会話が成立するとは思えない。

呼吸も、まだ整っていない。

 

このままでは、殺される。

 

このままでは、彼に殺人をさせてしまう。

 

それだけは、嫌だ。彼を、人殺しになんて、させたくない。

 

だって、だって、彼は―――誰よりも優しいから。

 

「う・・・ぎ・・・」

左拳をあげる友奈。右腕は骨が砕けて使えない。それは分かっている。

でも、それでも、諦める理由にはならない。

「絶対に・・・正気に・・・・戻して・・・・あげる・・・から・・・・」

だから、だから――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このままでは友奈が死ぬ。

 

 

その結末が、手に取るように分かってしまった若葉は、どうにかその結末を変えられないかと、模索した。

何か、何かないのか。最も最悪な未来を変える、鍵となるものが。

その時、誰かが、指を指してくれたような気がした。

そちらに視線を向ければ、そこには、球子の旋刃盤、及び、楯があった。

これが、一体、どうしたというのだろうか。

だが、何故か、若葉は自然とそれを手に取っていた。

 

 

――――頼む、投げてくれ。

 

 

声が、聞こえた気がした。

大切な、友達からの、願いを聞いた気がした。

だから、若葉は、それを、居合の要領で振りかぶった。

「任せろ――――」

短く、呟いて、若葉は、旋刃盤を投げた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辰巳が友奈に襲い掛かった、その直後。

辰巳の顔に、すこん、と円盤のようなものが当たった。

スローになった世界で、友奈は、それが、球子の旋刃盤だと、すぐに分かった。

一体、だれが投げたのか。

だが、あまりにも軽い。そんなものじゃ、辰巳は止まらない。

止められる、はずが・・・

 

 

『辰巳!!』

 

 

コ エ ガ キ コ エ タ

 

 

「――――た・・・ま・・・・こ・・・・」

「ッ!?」

 

止まった。

 

辰巳が、止まった。

 

 

球子の名前を呼んで止まった。

 

 

からん、と地面に落ちた旋刃盤を見つめ、静止する辰巳。

その様子は、ただ茫然としているようで、ぴくりとも動かなくて。

「た・・・・ま・・・・・こ・・・・・・」

そして、目から、涙を流して――――鎧を解除した。

「・・・・!」

友奈は、その様子をただ黙って見ている事しかできなかった。

あれほど暴れていた辰巳が、あまりにも呆気無く、止まったのだ。

唖然としない訳が、無い。

でも、それでも、止まってくれた。

「たっくん・・・・」

だけど、悲しいかな。

 

辰巳の左腕が、真っ黒な痣に覆われていた。

 

否、それは痣などではなく、『竜鱗』。

 

辰巳の左腕全体が、真っ黒な竜鱗で覆われていたのだ。

 

「たっくん・・・」

「・・・・」

返事はない。だが、やがて動いたかと思ったら、後ろに向かってばたりと倒れた。

どうやら、気絶したようだ。

「・・・・・良かった。とまって、くれ・・・・た・・・」

もう、友奈も限界だった。

うつ伏せに倒れ、薄れゆく意識の中、ある事を思った。

(あんちゃん・・・たまちゃん・・・・お花見、いけなかったね・・・・)

それは、もう果たされない約束。

(さくら・・・・みたか・・・った・・・・なぁ・・・・・・)

そのまま、友奈は眠った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・む」

ふと、御竜がその手に持つ槍を動かすのをやめた。

それに驚き、紅葉も、剣を振るうのをやめた。

「・・・・どうかしましたか?」

「ふむ・・・迅と怜が死んだ」

「ッ・・・!?」

あまりにも淡々に述べられた情報に、紅葉は衝撃を受けた。

「な、なぜ・・・・!?」

「・・・・足柄辰巳が暴走したようだな。二人は、その暴走したあの男に敗北したといった所だろうか」

「ッ・・・!!」

紅葉は、悔しそうに顔を歪める。

「お前が気に病む必要は無いぞ。まだお前は、我らとともに戦う資格を持っていないのだからな」

「・・・・・はい」

感情を押し殺した声で、絞り出すように答える紅葉。

「そう急くな。時間はたっぷりとある。これから奴らの力を削りつつ、確実に仕留めていくさ。なに、それまでには仕上げてやろうぞ」

「はい・・・お願いします」

刀を構える紅葉。

「ふふ、その意気だ、紅葉よ。その憎悪を、もっともっと燃え上がらせるのだ」

 

 

 

 

 

人は、失う事でしか強くなれないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勇者側被害

 

乃木若葉 体各所にて、斬撃痕あり

白鳥歌野 顔面打撲及び、頭蓋鼻骨折

高嶋友奈 右腕粉砕骨折 身体各所血管破裂、筋肉断裂、及び昏睡。

足柄辰巳 昏睡

郡千景  比較的軽傷

 

伊予島杏 殉職 死因 解体及び失血

土居球子 殉職 死因 毒殺

 

街への被害

 

建物倒壊、および、地面の陥没など。

 

死者、約十六人。重軽傷者合わせ、六百人以上。

 

 

 

十天将側被害

 

『無惨』の市丸迅 死亡

『災厄』の清水怜 死亡

 

バーテックス数百 退治

完成型バーテックス 仮称『スコーピオ』破壊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勇者、残り五名。

 

十天将、残り、八名。

 

 




次回『八岐大蛇《ヤマタノオロチ》』

大蛇は、それでも天に咆えて――――


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八岐大蛇

土居球子、及び、伊予島杏の死亡、または、殉職。

そして、足柄辰巳と高嶋友奈の、一時戦線離脱。

 

それらの情報は、大社にそれなりの衝撃をもたらし、事実上、現在戦力となるのは、若葉、千景、歌野の三人だけ。

 

さらに、辰巳の体に起きていた異変については大社そのものも把握していなかったらしく、改めて、辰巳に対しての緻密な検査が行われた。

 

 

その結果―――――辰巳は、その体を徐々に『竜の体』へと変化させていた事が分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

参列の列に、辰巳と友奈の姿は無く。

 

そこにいる勇者は若葉、歌野、千景だけで。

 

泣き崩れる人がいて。

 

その死を嘆く人がいて。

 

その死を憐れむ人がいて。

 

しかし式は、淡々と進んでいく。

 

一度内臓全てを体の外へと出され、絶命した体には、手間だったが内臓は全て戻され、穴も塞がれた。

 

風穴を開けられたほうは、塞ぐ手段がなく、そのまま。

 

傷口は隠され、ガラスの中から、白い装束を来た、二人の遺体が、眠っているかのように、そこの在った。

 

 

 

 

 

 

辰巳と友奈は目覚めず。

 

友奈は重症によって。辰巳は、おそらくこの間の暴走によって。

 

辰巳の左腕は、黒い竜鱗に覆われていた。

 

葬儀が終わって、数日。上里ひなたは、一人、大切な人の帰りを、ただひたすらに待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ひなた」

「若葉ちゃん・・・」

辰巳の病室に、若葉が入ってくる。

「来てくれたんですね」

「ああ。すまない。大社に言われた新たな精霊を使えるようになる為の鍛錬で、なかなか来れなくて・・・」

「いいんです。辰巳さんどころか、友奈さんもあんな状態ですから、その分、新たな精霊を使えるようにならないと・・・・」

ひなたの表情は、どこか暗い。

 

杏と球子の凄惨な死体。

 

友奈の重傷。

 

辰巳の状態。

 

それらの数々の要素が、一片に叩き付けられたのだ。

精神的に来ても、おかしくはない。

そして何より、辰巳の左腕。

その左腕が、異様な程に変化しているのだ。

形は人。しかし、その体表は、全て真っ黒い竜鱗に覆われている。

初めは、とても小さな鱗で、米粒程度であったという。しかし、今回の一件で辰巳が暴走し、想像以上の力を発揮し、辰巳自らがその体を変質させた。

さらに、彼の皮膚そのものも変化し、弾丸さえも通さないようなそんな硬質な体を創りあげてしまっている。それが、一重に竜の再生力の為せる業だろうが、それでも、辰巳の使う竜の力が危険なものである事には変わりはない。

おそらく、この先、竜の鎧を使い続ければ、その回数に比例して浸食が進むかもしれない。

今後は、彼にその力の使用を控えて貰いたいものだが・・・・

 

「辰巳は、それを聞かないでしょうね」

「そうだな・・・」

辰巳の性格をよくしっている若葉とひなただからこそ、彼がそんな言葉一つで止まるような存在ではない事は知っていた。

それは、辰巳なりの正義の貫き方なのかもしれない。

しかし――――

「そんなに、苦しそうにしないでください・・・私も、辛くなってしまいますから・・・」

辰巳の眠っているその表情は、どこか、辛そうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・」

千景は、一人、自室に籠っていた。

ただ一人、体を縮こまらせて。

その眼の下には隈が出来ており、一睡はしていないのはなくても、睡眠不足だというのは十分に分かる。

ふと、千景が眠気に負けて目を閉じた。

 

 

 

目の前に、化物が立っていた。

その化物が、その手に持った大剣を、こちらに振り上げる。

そして恐ろしい咆哮を挙げて、それを一気に――――

 

 

「ッ!!?」

それでまた目を覚ます。

「ハア・・・ハア・・・ッ・・・・怖い・・・・」

あの日、辰巳に襲われて、杏や、球子が死んでから、ずっとこの夢を見る。

あまりにも惨たらしく殺された杏と球子の事。

その二人の死によって暴走した辰巳に襲われた事。

その二つの事実が、千景に、決して浅くないトラウマを植えつけてしまったのだ。

酷く、それも根深く。

その事があり、千景は悪夢を見るようになっている。

その悪夢によって、千景は強制的に覚醒させられる日々を送っているのだ。

だが、彼女にとって最も重要なのは、寝不足だという事ではない。

「しに・・・たく・・・ない・・・!私は・・・あんなふうに・・・死には・・しない・・!足柄さんに・・・殺されたりなんか・・・しない・・・!!」

彼女の行動原理は、ただただ『死にたくない』という想いのみ。

生き残る為ならば、どんな手段を率いてでも、そして――――

「愛されないまま・・・死ぬのは・・・いやだ・・・!」

愛されるための価値を見出すために、彼女は、今もなお、恐怖と戦っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――げほッ!ごほッ!」

人気のない林の中で、歌野は吐いた。

その表情は憔悴しきっており、体中からは滝のように汗を流していた。

「ハアッ・・・ハアッ・・・ハアッ・・・・!」

さらに、息も上がっている。立っていられない。膝をつく。

「ぐ・・・ゲホッ・・・おえぇえ・・・」

胃の中身は空っぽなのに、それでも何かを吐き出そうと、歌野の体は強制してくる。

「ハア・・・ハア・・・き、キツイ・・・わね・・・さすが・・・に・・・」

歌野が行った事。

それは、彼女に与えられた、いきなり使うにはあまりにも強大過ぎる精霊を、その半分をその身に宿してみたからだ。

そう、()()だ。

それだけで、この様。

「ハア・・・く・・・くそ・・・・」

がくがくとする足に鞭を打って、立ち上がろうとする歌野。

しかし、あまりにも体力を持っていかれたのか、立ち上がる事すらままならない。

「ハア・・・・これが・・・・『八岐大蛇』・・・!」

 

 

八岐大蛇。

日本の神話において、その力は、友奈の酒呑童子を凌ぐ力を持つ、最強の蛇の妖怪。

しかし、その実態は、水と山の神であり、洪水の化身とされる事が多い。

伝説において、素戔嗚尊(スサノオノミコト)に退治されるのだが、その方法は酒を飲んで泥酔して寝た所をやられたというなんとも間抜けな話なのだが、その力は絶大。

何せ、友奈の使う酒呑童子の親ともいわれるほどの大妖怪だ。

その気になれば、若葉や千景の使う精霊どころか、辰巳の力さえも超える精霊になりえるのだ。

 

その属性は、主に水。洪水を引き起こすだけあって強力であり、水のある所では絶対的力を発揮する。

 

それが、歌野に与えられた新しい力――――なのだが・・・・

 

 

 

「げほッ!!ごほッ!!」

先ほどよりさらに激しく咳き込む歌野。

(な、何よ・・・これ・・・・!?)

何かが、流れ込んでくる。

映像が、浮かび上がる。

激しい水の音、雨が体を打つ音、冷たい感触、煮えくり返る様な激情、心地よい快楽、首に来る激しい痛み。

「があ・・・あ・・・!?」

ありとあらゆる情報が、一度に叩き込まれるかのように、『八岐大蛇』という人格が、流れ込んでくるかのように。

「う・・ぐ・・・」

やっと、落ち着いてきた。

「ハア・・・ハア・・・」

芝生の上に寝そべり、青空を見上げる。

「・・・・・短かったな」

歌野は、一人そうぼそりと呟いた。

ほんの、一ヶ月と少し。

球子と杏とは、それくらいしか過ごしていない。

だけど、それでも、やはり悲しい。

大切なものを失うのは、これで二度目だ。

一度目は狗ヶ崎哮。あの日も、自分が弱かったから、彼を死なせてしまった。

「・・・」

もう、弱かったから守れなかった、なんていう言い訳はしたくない。だから―――

「よっ、と」

バッと起き上がる歌野。

体を鍛えるのはあと。

今は、精霊の力に精神的に耐えられるようにする。

だからこそ。

 

「―――Standby『八岐大蛇』ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

「あ、お帰りうたのん・・・ってどうしたの!?」

「あー、だいじょぶだいじょぶ。かなり無茶したけど命に別状はないから」

「それでも結構きつそうだよ!?」

寮に戻ってきた歌野は、かなり憔悴しきっていた。

そんな歌野に水都が肩を貸す。

「いやぁ、八岐大蛇の力をある程度使ってみたんだけどね・・・・これが結構きつくて」

「どこでやったの!?」

「人の寄り付かない山」

「あ、そう・・・じゃなくて!」

水都は、これまでにない程ご立腹だった。

「もし失敗して体がはじけ飛んだりしたらどうするの?」

「おおう、随分とストレートに言いますな・・・まあ、その点についてはちゃんとセーブしてるからNo Problemよ」

「でも・・・・」

「大丈夫よ、みーちゃん」

椅子に座り、歌野は無理にでも笑う。

「絶対に死なないから」

そう、力強く言った。

その力強さに、水都は、ついつい頷いてしまう。

「・・・分かったよ。でも、本当に無茶はしないでね」

「分かってるわ。絶対に、次の戦いは」

そう、次の戦いでは、誰一人として、犠牲など――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日、たった数日。

それだけで、次の敵がやってきた。

戦闘に出られるのは、たった三人。

傷は、神樹からの加護なのかものの三日で完治。

しかし友奈の怪我だけは回復せず、さらに眠ったままなものだから、戦いには参加していない。

辰巳も昏睡状態。

故に、若葉、千景、歌野の三人だけ。

(まだ、新たな精霊を使える様にはなっていない・・・・このままで勝てるのか・・・?)

未だ、若葉は新たな精霊を使えていない。

それは、千景も同様。

だが、歌野は分からない。今は、どうなのだろうか・・・?

しかし、その考えを断ち切るかのように、金属同士が擦れる音が聞こえた。

「ああ?んだよ三人だけかよ」

そこにいるのは、二人。

一人は、白銀と紅のラインの入った甲冑で全身武装した、やけに声の高い男。

「拍子抜けだな。迅や怜をやったって奴がどこにいるんだよ」

身構える三人。

「よお、クソヤロウ共、俺は『叛逆』の望奴明石だ」

あくまで、高圧的だ。

それは、これまであってきたバーテックス人間と同様。変わる事は無い。

だが、あの甲冑の望奴とかいう奴の威圧だけは、違う。

あれは、人をあざけりながら、狩猟するような、狩人の眼ではない。

あれは剣士。もっと言って騎士。相手を確実に叩き潰し、確実に仕留める目。

 

奴だけは、辰巳に近い何かを感じる。

 

「・・・・」

視線を逸らせば、他のバーテックスが、神樹に向かって進行してきていた。

それも、本来なら()()()()でやるもの。

でも、今は、三人しかいない………――――。

「・・・・やるわよ」

「ああ」

「・・・ええ」

歌野の言葉に、若葉は力強く、千景はおずおずと、頷いた。

「あの鎧は、私がやる。若葉と千景はバーテックスをお願い」

「ッ!?しかし、一人で・・・・」

「大丈夫、使()()()()

歌野の言葉に、若葉は一瞬目を見開き、やがて悔しそうに顔をゆがめ、落ち着き、頷く。

「分かった、任せろ」

「分かったわ・・・・」

千景も頷く。

それぞれの得物を手にとり、構える。

「作戦会議は終わったか?」

「ええ、ばっちりとね」

「そうかい・・・じゃあ、いくぜ」

望奴が、その手に剣を持つ。辰巳の細身の長剣とは違い、かなり幅は広く、短いが、それでもかなりの重圧さを感じさせる。

 

「―――降りよ『義経』」

「―――出番よ『七人御先』」

 

若葉は、神速の武人を、千景は、七人の亡霊を。そして――――

 

 

「――――Standby『八岐大蛇(ヤマタノオロチ)』ッ!!」

 

 

歌野は、山と水の神にして、八つ首の大蛇の姿をした、荒魂(アラミタマ)を―――

 

 

 

 

 

体には蛇の入れ墨。それは歌野の体を駆け巡り、生きているかのように動く。

装束の露出部分は増えるも、髪は圧倒的力故に伸び、腰から伸びる裾は八つの蛇の形に変化する。

右目は白眼は黒く、瞳孔は赤く。

その威光は、まさしく、神を思わせた。

 

 

 

これこそ、歌野が宿した、神にして山をも越える巨大さを超える八つ首の蛇。

『八岐大蛇』の降臨である。

「歌野・・・!」

「白鳥さん・・・!」

その雰囲気に、思わず圧倒される若葉と千景。

「・・・はっ」

一方、望奴は笑っていた。

「なんだそれ?強くなったように見えねえが?」

「どうかしらね・・・・これでも、今すぐにでも貴方(オマエ)に襲い掛かりたくてうずうずしてるんだけど・・・」

確かに、歌野は何かに耐えている様だった。

「行って・・・!」

「分かった、負けるんじゃないぞ」

「誰に言ってるのかしら・・・!?」

歌野のそこの言葉をかわぎりにバーテックスの大軍へ飛ぶ二人。

「そして――――」

「「ッ!!」」

歌野と望奴が衝突する。

「づッ―――――アァァァアァァアァアアアッッ!!!」

「ッ!?」

歌野が突っ込む最中で前方に向かって回転。

そのまま望奴に向かって踵落としを繰り出す。

「おっと!」

しかし望奴はそれを軽々避ける。

が、空ぶった踵落としは―――地面に軽々と巨大なクレーターを作った。

「うっひょお!」

「このッ!」

歌野が鞭を振るう。

瞬間、鞭の先端が肥大化したかと思えばその先端が蛇となって望奴を襲う。

「おおっと、あぶねえあぶねえ」

だが、それすらも軽々とかわされる。

「くっ!」

「今度はこっちから行くぜぇッ!」

「ッ!」

望奴が剣を振りかざす。そのまま振り下ろしてくる。

歌野はそれを下がって回避するも、望奴は追撃をやめない。

まるで獣のように荒々しく激しい攻撃だった。

剣の振り方、威力、速さ、そのどれをとっても強力無慈悲。あまりにも威力が高い。

だが、それと同時に暴れる獣のように切れがない。乱暴であり、雑。それだというのに、こちらの動きを正確に予測して襲い掛かってくる。

恐らく、自分と同じ、勘で動くタイプだ。

そんな相手に、どう戦うか。簡単だ。

(勘で動くなら、勘で勝負してやる)

相手は剣、たいしてこちらはほぼ徒手空拳にかたよっている鞭と体術の複合武術。

だが、こちらの鞭には、とあるアドバンテージがある。それは――――

「うおッ!?」

望奴が体をそらして、蛇の噛みつきをかわす。

「追え、大蛇(パイソン)ッ!!」

それは、無限に相手を敵を追いかけ続ける、『蛇の鞭』。

「チィッ!」

蛇は望奴を追い続ける。

しかし望奴は追いつかれれば蛇の頭を叩いて弾き飛ばす。

そのまま弾丸のようなスピードで歌野に迫る。

「舐めないで・・・!!」

剣が横薙ぎに迫る。歌野はそれを超低姿勢で回避する。そのまま立ち上がる勢いを利用して、腹に一撃入れようとする。

「そんだけ思いっきり振り切っちゃったら、反応が遅れ・・・」

「おせぇよ」

「ッ!?」

気付けば、吹き飛ばされていた。

理由は簡単だ。

 

蹴られた。

 

「ぐぅ!?」

ゴロゴロと地面を転がり、倒れ伏す歌野。

蹴りは、戦国などの時代にも当たり前に使われた。主に相手を地面に倒し、押さえつける為にだ。

(思いっきり入った・・・・!?)

肋骨が軋む。

かなりの脚力を有しているようだ。

「はっ、結構楽しめたが、まだまだだな」

「くっ!」

飛び上がる様に立ち上がる歌野。

目の前には望奴が立っている。

甲冑から除く視線は、相手を見下すような冷たいものを感じる。

「まあいい、ここで死ね」

「ッ・・・」

剣を突きつけられる。

だが、歌野は笑う。

「貴方、これで終わりって思ってる?」

「出来ればそうであって欲しいな。そのほうが楽でいい」

「そう・・・それは残念だったわね」

突如、歌野の鞭が分裂する。

(これをやれば、確実に機動力は損なわれるけど・・・やるしかない・・・・)

分裂、といっても、纏められた紐が解かれるような感じであり、八つに別れたその鞭は、どれも蛇の頭をしていた。

「『八岐大蛇(ヤマタノオロチ)真ノ御姿(マコトノミスカタ)』」

巨大な蛇の首が、八つ。

「ひーふーみー、今回は蛇狩り祭りだな」

「いって・・・ろ・・・!!」

体が軋む。それを無視して歌野は蛇を使う。

八つの蛇を同時に操る事。それ即ち、八つの腕を同時に扱う事にも等しい。

しかし、歌野のとてつもない集中力は、その操作を可能にしていた。

だが、彼女が使っているのは、日本最強の大妖怪。かの日本三大妖怪を凌ぐほどの力を有する、蛇の神だ。

だからこそ、()()()()()

「がぁああ!!!」

絶叫、そして、使役。

八つ首の蛇が一斉に望奴に襲い掛かる。

「それが奥の手って奴か・・・」

しかし、望奴は、兜の中で笑う。

「いいぜ、ならこっちもちったぁ本気だしてやる」

彼が、そう呟いた、その時。

 

 

赤雷が迸った。

 

 

「――――がっぁ・・・!?」

「おせえな」

いつの間にか、腹を刺し貫かれていた。

赤い光が迸ったそのすぐ後に、腹をやられていた。一体、何をされた。

「な・・に・・・・が・・・・!?」

「俺の能力は『電気』。簡単な話、体を()()()()()させる事で、高速移動が可能なんだぜ?」

「そん・・・な・・・事が・・・・・」

「可能なんだよなぁ。ほら」

「――――ッ!?」

望奴が、歌野に電流を流す。それは歌野の体を細胞から焼き、絶叫させる。

それは天を貫き、何度か歌野の意識を吹き飛ばしては引き戻す。

何度目かの覚醒の後、望奴は剣を引き抜く。

歌野の腹から血が湯水の如く溢れ出る。

「ぐ・・・ぁ・・・・ァアッ!!」

しかし、それでも歌野は蛇の操作をやめない。

蛇の一体が望奴に襲い掛かる。

「おっと」

しかし、望奴はそれを軽々とかわし、さらにその首を斬り飛ばす。

さらに、歌野は二匹の蛇をけしかけるが、それすらも斬り捨てられる。

「無駄無駄」

それでも歌野は負けじと今度は四体同時に襲い掛からせるも、雷の如き速さで捌かれ、首を斬り飛ばされる。

だが、それでも懲りずに歌野は残りの一体をけしかける。

「無駄だっつってんだろ!」

だが、それすらも真正面から一刀両断される。

これで、全て斬られた。歌野にはもう、攻撃手段が――――

「アァァアアッ!!」

「な!?」

斬り飛ばされた蛇の影に隠れ、歌野が望奴の腹に抱き着く。

そして、八岐大蛇の膂力を全て足に込めて、足が壊れる事を覚悟して一気に()()()()()()()()

「うお!?てめ・・一体何を考えてやがる!?」

「さあ・・なんでしょうねぇええ!!」

一気に跳んで、海岸付近。

(このまま自分もろとも海に沈める気か・・・!?)

そこで望奴は行動を起こす。自らの体に、強力な電撃を叩きつけるかのように歌野に放つ。

その電撃に撃たれた歌野は、望奴を抱きしめる力が緩む。その隙を逃さず望奴は歌野を掴むと、そのまま海に向かって投げる。

海の表面張力は、叩きつける力が強ければ強いほど、固くなる。

下手をすれば、コンクリートをも上回る硬さにもなる。

海面に叩きつけられるように海に沈む歌野。その地点には、おそらく歌野の腹から流れて出た血が、海を赤く染める。

一方の望奴は無事に陸に着陸する。

「ふー、あぶねえあぶねえ。このまま海に落ちる所だったぜ。さてと」

望奴は神樹の方を見る。

「かなり遠くに飛ばされちまったな・・・ま、いいか、時間はかかるがすぐに・・・・ん?」

ふと、望奴は踏み出そうとした足を止めた。

なんだか、海が震えているように見える。

「なんだ・・・?」

そう、呟いた直後に、それは起きた。

突如として、海から水柱が噴きあがる。

「うおあ!?」

それに驚く望奴だったが、そう考える暇もなく、その水柱は、無数の水の砲弾となって望奴を襲う。それを飛び上がって回避するも、その砲弾並みのサイズでマシンガンのように降り注いだ水弾は、地面を大きくえぐった。

「マジかよ・・・・」

「マジよ」

突如聞こえた声に顔を上げる望奴。そこには、湧き上がる水の上に立つ歌野の姿があった。

「八岐大蛇は水の神。だから、こういった芸当は軽いもんなのよ」

歌野の体を走る蛇の入れ墨が、一層大きくなる。

 

精霊には、『深度』がある。

以前、交流と深めようと杏と話しあった時に聞いた話だ。

精霊には、その力を使用する為の『深度』が存在する。

『切り札』にある、『奥の手』には、そういった精霊との憑依率なるものを一時的に引き上げ、通常の力の数倍の力を発揮できるらしい。

 

「杏の、言った、通りだったわね・・・・」

そして、それには同時にリスクが伴う。

 

精霊は、そのどれもとっても『悪霊』や『怨霊』と称されるものが多い。

辰巳のファブニール、若葉の義経、千景の七人御先、友奈の酒呑童子。

どれも、人に仇為し、不幸をもたらした者ばかり。

だが、歌野の使う『八岐大蛇』は、それらとは一線を凌駕する。

 

 

 

『自我』があるのだ。

 

 

 

「ク・・・・ククク・・・」

歌野の口角が、異常なまでに吊り上がる。

左目が、右目同様、白眼が黒く染まる。

 

その、強力な『自我』がある故に、歌野の意識を喰われていく。

 

「クク・・・カカカ・・・・カカカカカ・・・・」

辰巳の暴走も、この『自我』によるもの。あまりにも荒れ過ぎた辰巳の心を、『ファブニールの自我』がコントロールし、暴れさせたのだ。

そして、友奈に現れた異変も、これと同じもの。

友奈は、初めて実戦で酒呑童子を使った。だから、その事実を知らない。

故に、友奈は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

だからこそ、友奈の意識に、『酒呑童子の自我』が入り込んでしまった。

幸い、友奈の精神力は強く、酒呑童子が友奈を認めていたが故に、喰われる事は無かった。

 

だが、八岐大蛇は違う、否、白鳥歌野は違う。

 

まだ、()()()()

その力を使うには、()()()()()()()()()

 

 

「カカカ・・・愚かな娘よ。まだ友の死で精神が不安定だというのに、ここに足を踏み入れるとは」

八岐大蛇が嗤う。

「その残った己が自我、我が自我に喰われぬよう、気を付けよ・・・・まあ、力には振り回されるかもしれんがな」

八岐大蛇が嗤う。八岐大蛇は、あくまで戦いには参加しない。この戦いでは、貸すのは力のみ。

使うものにゆだねる。しかし――――歌野の精神はそれに耐えられず、()()()()()()()

「暴走とは、理性が消えた状態をいう。あの男は、友の死によって理性が消滅したが故に暴走をした。だが、お前は違う。お前は、まだ()()()()

薄れゆく意識の中、彼女は、『彼』の言葉を聞いていた。

「もう後戻りはできんぞ?クカカ」

 

意識が、変わる。

 

「待たせてすまんのう」

「・・・お前、誰だ?」

「儂か?まあ、気軽に大蛇(オロチ)とでも呼んでくれ。のう?()()()()

瞬間、斬撃が歌野を―――大蛇を襲う。

「おおっと、危ない危ない」

しかし大蛇はそれをあまりにも()()()()()()()()()()()()

「人間の体は固いから、なかなかに不憫じゃのう」

「テメェ・・・」

望奴は、大蛇を睨み付ける。

「ん?どうした娘っ子―――」

「―――俺を『女』と呼ぶなッ!!」

また斬撃が大蛇を襲う。しかし蛇のように柔らかい動きでかわされる。

「ほう、そんなに『女』と呼ばれるのが嫌か」

大蛇はこれまでにないほど嫌らしく笑う。

「テんメェ・・・!!」

兜越しからでも分かる程の殺気。しかし大蛇はそれを軽く受け流す。

「そうカリカリするな。ま、どうせお前のような『獣』『畜生』風情に、そんなものは無理だろうがな」

挑発を続ける大蛇。

それに、望奴の怒りがついに頂点を超える。

「そうかい・・・・そんなに死にたいか」

「生憎と、儂は既に死んでいる身でな。まあ、今憑依しているこの女子が死ぬと、困る者がいる故、そう簡単に勝ちを譲る気は無いがの」

ケラケラと笑う大蛇。

「なら死ねッ!!」

兜が変形し、その素顔が露わになる。

それは、口調に似合わぬほど美形で、どこをどう見たって女だった。

「ほう、中々いい顔立ちをしておるではないか。そんな顔をしていたら――――喰いたくなっちゃうのぉ?」

「安心しろ。喰われるのはテメェの方だ!!」

赤雷が迸る。

望奴は一瞬にして大蛇との距離を詰め、掲げた剣を一気に振り下ろす。

しかし大蛇は、それを片手一本で受け止める。

 

それと同時に、腕が爆ぜるように血を噴き出させた。

 

「おおっと、やはり人間の体は脆いな。故に、楽しみ甲斐がある」

大蛇は笑い、水を操作して望奴を水で横から叩き、吹っ飛ばす。

「ぐぅお!?」

「ほれほれ」

海面から無数の水柱が立ち上る。それら全てが望奴に向かって迫ってきていた。

「舐めるな―――!!」

望奴はその身を電気へと変質させ、襲い掛かってきた水を駆け上る。

「ほう」

それに、大蛇は笑みを零す。

望奴は咆哮して大蛇に襲い掛かる。

「なるほど、海水ならそんな芸当も出来るか」

壊れた右腕を持ち上げる大蛇。

「ウッラァッ!!!」

渾身の振り下ろしが、大蛇に叩き込まれる。だが、大蛇はそれを壊れた腕でまた掴んでいた。

「ならば、これはどうだ?」

大蛇が水を操作すれば、水がたちまち集まって、巨大な水玉となって望奴を閉じ込める。

「がぼ・・・!?」

「ちなみにそれは超純水だ。電気は通さんぞ。・・・・む」

得意げな大蛇が、突然その顔を曇らせる。

そして、壊れかけている左腕を見る。

「ふむ、それほど痛いか」

叫ぶ、その体本来の持ち主の意識の声を聞き、大蛇はめんどくさそうな表情をする。

「チッ、もう少し我慢せんか」

そう呟いた直後、水泡が爆発する。

「む」

「てんめぇぇえ!!!」

体の中を走る電撃を使って水泡をはじけさせたのだ。

「おおう、獣のような獰猛さを持ち合わせていながら、なるほど、それほど冷静な判断も下せるという事か」

「うるせぇ!テメェは今すぐにでも叩き潰す!」

「そうはいかん・・・と言いたいところだが、そろそろこの体も限界だ。その案には賛成だな・・・ぬ!?」

突如として望奴が赤く光り輝く。

「これは・・・ちとまずいかもな」

ここで大蛇は初めて表情を引き締める。

赤い光は、電気。

余波として放たれた電気が地面を削り、空気を裂き、震わせる。

「・・・行くぜぇ」

一瞬、身を沈めた望奴。次の瞬間、地面を踏み砕いて大蛇でさえも反応出来ない速度で接近した。

「なんと・・・・!?」

「オッラァッ!!!」

下段から、地面ごと振り上げる、渾身の斬り上げ。

それが大蛇の―――歌野の体の左腕に直撃する。

血が飛び散り、大蛇は空高く飛ばされる。

だが、左腕は斬り飛ばされていない。

その左手には、水が纏われていた。

 

砂利などを纏った高圧で放出される水は、強固な楯ともなる。

 

「やれやれ・・・ここまでやってやったんだ・・・あとで感謝の言葉一つでも貰うぞ・・・!」

苦し紛れにそう言葉を漏らすも、敵はすでに大蛇の上をとっていた。

「終われ」

剣に赤い雷が集束される。

 

「―――これこそは、憎き人類に復讐する、裁きの鉄槌」

 

雷は、古来より、神の怒りとして語り継がれてきた。されどこれは、そんな神の力が及ぶ天罰ではなく、憎き圧政者たちへの叛逆の、怒りの雷撃だ。

 

「立ち上がるは今、憎き者たちを地に落とし、奈落へと落とし、我らの怒りを示す時――――」

 

今こそ、人誅(じんちゅう)の刃が振り下ろされる。

 

 

 

仮令、天が裁かなくとも、我らは貴様を許さない。それが、人誅の意である。

 

 

 

故に―――

 

 

 

「―――怒りを知れ『是、我が叛逆の意思也(ブラッディーリベリオン)』ッ!!!」

 

 

 

鉄槌が下される。

その直撃をまともに受けた大蛇は、地面に叩き落される。

雷は、そのまま地面を穿ち、その着弾点に、巨大なクレーターを作った。

地面に降りた望奴は、雷によって焼かれ、煙を吐き出すクレーター中心部・・・大蛇及び白鳥歌野の様子を見る。

「・・・ハッ、流石に直撃喰らえば、塵となって消えるだろ」

望奴は口角を吊り上がらせ、剣を担いで次に行こうとする。そう思い、振り返った、その時。

 

「――――まだ甘いんじゃないかしら?」

 

突如として、水柱が立ち上った。

「な・・・!?」

それに驚いて振り向く望奴。

そこには、大量の水を操る、大蛇――――否、白鳥歌野の姿があった。

「あの野郎・・・最後に稽古だとか言って、こんな大技撃たせる気なんて・・・つくづく食えないわね・・・・まあ、あれでも神様だから当然か・・・」

体は軋む、千切れかけている左手の感覚はもうない。血を流し、大蛇(バカ)の所為で体の中身もボロボロ。だけど、この一撃を放つ事は出来る。

「八つの首の力を一度に集束させて、放つ、八岐大蛇最強の必殺技・・・受けてみなさい」

技の安定を放る為に、歌野は、詠唱を開始する。

 

「満たせよ満たせ、その泉を。積もれよ積もれ、その山よ――――」

 

八岐大蛇は水と山の神。そして、八人の娘のうち、七人を喰った、荒魂(アラミタマ)の一角。

 

「酒を運べ、美味い酒。我を満足させる酒を持ってこい――――」

 

しかし、最後の一人は、とある男神によって阻止され、そして、殺された。

 

「我が腹には、神々より奪いし剣在り。その剣、雲を呼び、雨を降らせる、宝剣にして神剣―――」

 

その時、大蛇の腹から出たのは、神々の神剣。

 

「我は神。水と山の神。洪水の化身にして蛇の神。今こそ、神の名のもとに、その剣を抜き放たん――――」

 

その名は――――

 

 

 

「――――荒れ狂え『水災引き起こし蛇神の剣(アメノムラクモ)』ッ!!!」

 

 

 

 

―――アメノムラクモ。漢字では、天叢雲剣。

 

それは、八岐大蛇が腹に中にいれ、素戔嗚尊(スサノオノミコト)に倒されるまでに持っていた、神々の神剣。

一説には『草薙剣(クサナギノツルギ)』ともいわれるが、今歌野が使っているのは、雲を呼ぶ剣。

 

 

その力の概要は、八つの首のそれぞれの力を一つに集結させ、それを水の刃として放つ、絶対切断の大技。

 

望奴は、先ほどの大技で力のほとんどを消費し、その上、歌野が保健でしかけておいた『罠』が望奴の足を捉え、動けなくし、そして、望奴でも反応出来ない速度で、その体を一刀両断した。

「・・・チッ」

舌打ちする望奴。

「もうちょっとは、この人生を謳歌したかったな・・・・」

その言葉を最後に、望奴は砂となり消えた。

「ハア・・・ハア・・・ぐ・・・」

一方の歌野は、かなり消耗しており、膝を着き、両手をついた。

「ぐあぁああ!?」

しかし、左腕のダメージが酷く、崩れ、仰向けになる。

 

体中が痛い、特に左腕。出血、酷い。痛い、何も考えられない。苦しい。心臓が弾けそうだ。眠い。寝たい。

 

その様な様々な欲求が歌野を襲う。

八岐大蛇は流石に強力過ぎた。

おそらく、辰巳はこれほどの負荷にいつも耐えてきたのだろう。

いや、この八岐大蛇はファブニールを超える程の力を有していると聞く。それなら、まだ救いになるか。

遠のく意識の中、歌野は、誰かの叫び声を聞く。

視線を動かせば、そこにはこちらに全速力で向かってくる若葉の姿が見えた。

(そっか・・・全部、倒したのね・・・)

若葉の表情は必至そのもので、今にも泣き出しそうで。いつも凛々しい彼女からは想像もつかないような苦しそうな表情をしていた。

それを眺めながら、歌野は、目を閉じる。

 

 

――――今度は、しばらく、先になって――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

対十天将戦、第二回。

 

結果。

 

十天将『叛逆』の望奴明石、死亡を確認。

 

被害。

白鳥歌野 左手半壊、治療可能。全身の骨にヒビが入り、肉体にもかなりのダメージが入っている模様。故に、昏睡状態が確認されており――――

 

 

 

 

――――治療の為、一時戦線離脱を決定す。

 

 

 

 

 

 

 

戦闘可能勇者、残り、二人。




次回『崩れゆく結束』

仮令分かっていても。


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崩れゆく結束

疲労が―――酷い。

意識が、朦朧とする。

しかし、折れる訳にはいかず、剣を地面に突き立て、立ち上がる。

空を見上げる。目の前には、巨大な口を開ける異形が――――

 

刹那、斬り捨てる。

 

それらの単純な動作で、バーテックス、呼称『星屑』は砂と化して消える。

 

「ハア・・・ハア・・・ハア・・・」

最後の一体だったのか、樹海化が解除される。

それを感じながら、若葉は膝をついた。

光に包まれ、気付けば、そこは丸亀城の石垣の上。

横からも、苦しそうな息遣いが聞こえ、見ればそこには自分と同じように地面にへたり込む千景の姿があった。

その傍らには巨大な大鎌『大葉刈』がある。

「ハア・・・ハア・・・千景・・・大丈夫か・・・?」

「ハア・・・誰に・・・言ってるの・・・?」

苦しそうに、答える若葉。

まだそんな口が聞けるなら大丈夫か、と答えようとしたが、口が上手く回らない。

 

これで、何度目の襲撃だ・・・?

 

そう思うのも何回目か。

 

一日に数回、それが一週間も続いている。

 

流石に、そんだけの襲撃を受ければ――――疲労が溜まるのも、当然だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辰巳、友奈、は起きず、歌野はつい先日目覚めたものの、左腕は治り切っておらず、戦いには出られない。

その為に、戦いは若葉と千景の二人でやらなければならず、この連続襲撃に、いい加減疲労感が溜まってきていた。

「ふう・・・・」

「大丈夫ですか?若葉ちゃん」

ベンチに座る若葉を、ひなたが労う。ここに水都はいなく、歌野の看病にいっている。

「ああ・・・・なんとかな」

相当な疲労が溜まっているのか、答えるのも煩わしい程になっている。

「精霊の使用頻度、かなり多くなっていると聞きますが・・・」

「ああ、だけど、躊躇ってはいられない。早急に倒さなければ、現実に被害が・・・・」

「問題なのは、現実への被害だけじゃないわ」

「千景・・・」

そこへ、千景がやってくる。

「十天将・・・・さらに、土居さんを殺したあのバーテックスの事も考えなくちゃならないのよ」

千景も疲労困憊といった様子で、その表情が、とても険しいものになっている。

「ああ、それも、そうだな・・・」

「貴方は言われた?精霊の使用が多すぎるから控えろって」

「ああ、言われた。体にかなりの負荷がかかっていると言われた」

それに、千景は煩わしそうに愚痴をこぼす。

「あいつら、分かってないのよ・・・なんのために血の滲む思いで精霊を使っているのか・・・少しでも被害を減らすためなのに・・・」

拳を握りしめ、悔しそうに、呟く。

「何様のつもりよ・・・・自分たちは戦わずのうのうとしてるくせに・・・・だったら精霊なんて使わずに戦ってやる・・・それでどれほどの被害が出るのか、身をもって知るがいいわ・・・だいたい、アイツらは・・・」

「千景、言うな」

千景のヒートアップして呪詛と化し始めた言葉を遮る若葉。

ここにいるのが若葉だけならいい。しかし、ここには他にもひなたもいるのだ。

『自分たちは戦わずのうのうとしている』。その言葉が、ひなたを少なからず傷つけていると思ったからだ。

それは事実であり真実だ。

もし、この場で辰巳がいれば、烈火の如く、千景に向かって怒っただろうか。

「いえ、いいんです」

しかし、ひなたは首を振って千景の手を取る。

「千景さんの言っている事は本当なんです。ですから、どうか全部吐き出しちゃってください。受け止める覚悟は出来てますから。それで、千景さんの心が、軽くなるのなら・・・」

ひなたの言葉に、思わず押し黙ってしまう千景。

だが、数秒の沈黙の後に、千景は彼女の手を振り払う。

「放っておいて・・・どんなに吐いた所で、()()()()()貴方に、理解なんて出来ないわ」

そう、突き放すような言葉を吐き捨てる千景。

そのまま去ろうとする千景の肩を、突如若葉が掴んだ。

「おい千景、その言い方はないだろう!?」

突然の怒声。まさかのタイミングで、若葉が、キレる。

「こんな状況だから苛立つのは分かる。だがそれを理由に他人を傷つけて良い訳がないだろう!?こんな状況だからこそ今私たちが協力して―――」

しかし、今度は若葉のその言葉に苛立った千景がキレる。

「貴方は、本当に正論しかいわないわね・・・!!」

「なんだと・・・!?」

「正論ばっかりで、その上無神経な貴方らしいわね。他人の事を考えないで、ただ正論だけで場を収めようなんて、傲慢にも程があるわよ。それに、正論ばっかり並べた所で何か変わる訳でもましてや弱い人間の心に響くわけでもない、この状況が覆る訳でもない。そんな事も分からない貴方に、何かを言われる筋合いなんて無いわ・・・!!」

「ッ・・・その言い訳、弱いお前らしいな・・・!」

「なんですって・・・!?」

「こんな時に弱気になるな!怖いからって逃げて良い訳がないだろう!?正論だけしか述べれない?ならお前はどうなんだ!?一体どういった理屈で戦っている!?何なら()()()()を動かせる!?どうなんだこの―――」

「やめてください!」

突如としてひなたの声が響き渡る。

それは、今悪い方向にヒートアップしていた千景と若葉の口論を止めた。

そして、その声が二人を正気に戻した。

「あ・・・・」

そして、今、若葉は自分が何を言っていたのかを自覚する。

「わたし・・・は・・・・」

よろよろと千景から離れ、己の口に手を当てる。

「・・・ッ!」

その様子をしばし茫然と見ていた千景だったが、突如として踵を返して去っていく。

そのまま自室へと帰っていき、ベッドに突っ伏す。

「高嶋さん・・・・高嶋さん・・高嶋さん・・・・!!」

現在友奈は面会謝絶されており、会う事は出来ない。

酒呑童子の使用に加えて、暴走した辰巳との戦闘で、体にかなりの損傷があるようなのだ。

千景にとって友奈は心の支え。それがない今、彼女の心はどんどん暗く陰鬱な方向へ傾いていた。

「あんな・・・・あんな言い方、しなくても・・・・」

若葉のあの言動、および、形相。

「弱いって何よ・・・・私は弱くない・・・・弱くなんてない・・・!」

そう自分に言い聞かせて呟いた、その時――――

 

『そう、貴方は弱くない。弱いのは正論にばかり頼る乃木さんの方よ』

 

突如として聞こえた声に、千景は顔を上げる。

そこには、もう一人の千景がいた。

『正論しか言えず、それで他人をまとめた気になってる可哀想な乃木さん。あんな言い方をしないと自分を守れない。本当に哀れな人』

何を言っているのだろうか。

『自分が正義と思い込んで貴方を断罪する気でいるのよ。それに、彼女はきっとあなたの事を仲間とは思っていないのよ。あの表情を見たでしょう?あの言葉を聞いたでしょう?他人を弱いといって貶める、あの言動を』

若葉のあの言動。そして、表情。

よくよく考えてみると、あれは自分への嫌悪の現れなのかもしれない。

「でも・・・あの人は・・・・」

それでも、認めたくない自分がいる。

『否定するの?あんな事を言われたのに?庇うの?あんな顔を向けられたのに?』

目の前の自分が嗤う。

『乃木さんは敵よ。私をいじめていた連中と同じ、敵よ――――』

その時、スマホが鳴った。

それと同時に、目の前の自分も消えて、やがてここが自分の部屋だという事を思い出す。

「何・・・?」

千景は、とりあえず、鳴っているスマホを手に取り、その液晶画面に現れた文章を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・」

若葉の表情は、とても暗いものだった。

(私は、あの先を、なんと言おうとしたんだ・・・・?)

ひなたの想いを踏みにじった千景に憤ったまでは良い。だが、あの時、若葉は千景に向かって言ってはいけない言葉を言ってしまった。

お前は弱い、と。

何故、このような言葉を言ってしまったのか。いや、それよりも問題なのは、ひなたが止めてくれなければ自分の口から出ていたであろう言葉だ。

あの時、自分は、一体何を―――。

思い出そうとすれば、そう思うほど、酷く怖くなる。

それに若葉は頭を抱え、うめく。

「私は、どうしてしまったんだ・・・」

「ふむ、随分と溜め込んだようじゃの」

「!?」

突如として聞こえた、聞き慣れた声。

それに慌てて顔をあげる若葉。

「う、歌野・・・!?」

そこにいたのは、今治療中の筈の歌野がいた。左腕は粉砕骨折によってギプスをはめられており、体のいたるところに包帯が巻かれていた。

しかし、彼女に決定的な変化があった。

 

片目が紅い。

 

血の様に、真っ赤にだ。それだけでなく、白眼の所は黒く、墨のように真っ黒だった。

そして、その醜悪そうな笑みで、若葉は、それが歌野ではない事を見抜く。

「いや・・・・誰だ?」

「ほう、分かるか。流石の洞察眼だな。まあ、あの男には劣るが」

「質問に答えろ。貴様は誰だ?」

「まあ落ち着け。今のお前は色々と問題を抱えているのだろう」

「だから質問に――――」

「黙れと言っている」

歌野ではない何かが放った威圧に、若葉は想わず黙る。

「儂がせっかくお前に起きている変化を教えてやろうというのに、いや、その言動もその影響の一つか」

「・・・・一体、私には何がおきているんだ・・・?」

「まあ、その説明は、あやつらを含めてしてやろう」

歌野じゃない何かが、若葉の背後に視線を向ける。

そこには、ひなたと水都の二人がいた。

少し落ち着き、歌野じゃない何かがベンチにすわって、説明を始める。

「さて、まず儂じゃが、お前たちの言う精霊が一つ、『八岐大蛇』じゃ」

「八岐大蛇・・・うたのんが使う筈の精霊」

「そうじゃ。まあ気軽に大蛇(オロチ)とでも呼んでくれ。しかし、こやつはまだ備えも十分ではないのに儂を使いおってな。結果として儂が精神を侵食する羽目になってしもうた」

大蛇の言葉に、その場にいるものが驚愕する。

「安心せい、あくまでこやつの意識が眠ってるときだけしか儂は出ん」

「それで安心しろっていうのか・・・!?」

「短気な奴じゃのう」

「呑気に言うな!」

「若葉ちゃん、落ち着いて」

怒鳴る若葉をなだめるひなた。それに若葉は渋々といった様子で引き下がる。

「さて、ではまずは乃木若葉、おぬしのその短気さの理由だが、端的に言って儂ら精霊のせいじゃ」

「精霊のせい、だと?」

「雪女郎は雪山にて登山者を遭難させ死に至らしめる死の女。輪入道は自ら纏う火で火事を引き起こす厄災。一目連は嵐を持って家やものを破壊し、七人御先は海で溺死した七人の人間の亡霊。義経に至っては兄に殺された怨みを持つ怨霊だ。そんな人間にとっては害悪にしかならないものを体に宿して、果たして精神は無事だと思うか?」

「体の中に、悪いものを入れてる影響で、勇者たちの精神が侵されているとでも言いたいんですか?」

「全く持ってその通りじゃ」

大蛇は悪びれもせず肯定する。

「それで、そんな人間にとって害悪にしかなりえないものを憑依させ続ければ、どうなると思う?」

「・・・・精神に異常をきたす?」

「飛躍しすぎじゃ。瘴気が溜まるんじゃ」

大蛇が、右腕を若葉の胸に差す。

「心が瘴気によって侵され、精神が悪い方向へと傾き、結果的に不安定にさせるのじゃ。マイナス思考、不安、不信、恐怖、自制心の低下、および、破滅的な思考。そんな風な感じに感情として現れるのじゃ。今現在、貴様が陥っているその短気さもその影響の一つだ」

「そんな・・・」

若葉は、頭を抑える。

「どうにかならないんですか?」

「穢れ祓いとか、そういうのに長けたものを使えばいいかもしれんが、如何せん、その力を与えているのは神だ。神の力には神でなければならん」

「そう、ですか・・・」

「ただまあ、心を強く持てば問題はない。しっかりと自覚し、精神を強く保てれば問題ないじゃろう。難しい話じゃない筈だ。のう?」

大蛇は試すかのように若葉に向かって笑う。

それに少しムッとしながらも、若葉は深呼吸をし、そして、心にしっかりと自制心をかける。

「・・・・よし、いいぞ」

「その意気やよし。さて、と、これで精霊の使用への危険性は分かったな」

「ああ」

「だが、それは単純に精霊の外側の力を使っているだけに過ぎん」

「どう意味ですか?」

ひなたが聞く。

「精霊の使用には、その精霊との同調性というものがあるのじゃ」

「同調性・・・?」

「そうじゃ。それにはいくつか階層があってな。まず、お前たちが精霊を纏う。これだけならば、まだ瘴気が溜まるだけでとどまる。しかし、さらに深く潜れば、精霊の意識との対話が可能じゃ」

「精霊との・・・対話・・・!?」

「その通りじゃ。精霊にも、それなりに自我が存在するからの。そして、今儂がこの女子(おなご)の体を借りている理由の一つでもある」

大蛇は、得意げに語り出す。

「実は、それなりに深い階層に潜れば精霊の力をより深く、より強く引き出す事が可能じゃ。お前たちのいう奥の手も、一時的に深い階層に入って力を引っ張りだす行為そのもの。だが、その力をさらに引き出す方法として、その奥の手の階層のさらに下にもぐらなければならない。しかし、その時気を付けるべきなのは、精霊の心象世界じゃ」

「精霊の心象世界・・・なんだそれは?」

「一言で言って、精霊が心の中で描いた世界。その精霊が存在する理由、あるいは根源とも言っても良い。問題なのは、その階層に潜った瞬間、精霊の自我に自らの自我が侵食されかねないという点だ」

「・・・・!?」

「この女子、まともな心構えも出来ていないのに勝手にその領域に・・・いや、無意識下でその領域にうっかり足を踏み入れてしまったと言った方がいいかの。まあ、そのせいでこの馬鹿は儂の自我に喰われかけたのじゃが」

「う、うたのんは大丈夫なの?」

「安心せい。まだ消えとらんし、これから自我を強くしていけば問題はない。むしろ、儂を喰い返す程の精神力を持った方が良い。ただまあ、それは()()()()()()()。通常の精霊ならば、自我を完全に喰われる事は無い」

それに思わず安堵の息を吐く一同。しかし、大蛇はその空気を一気に緊迫させる。

「じゃが、儂らは違う。乃木若葉、貴様は今、『大天狗』を使えるようにしているのだったな」

「あ、ああ・・・それがどうかしたのか?」

「覚えておけ。儂と同等、あるいはそれに近しいものおよびそれ以上、人間の力では手に負えぬ力を持つ精霊は、人間の自我を完全に喰らう事が出来る」

『・・・!?』

「大天狗及び、酒呑童子、玉藻の前の、お前たちのいう日本三大妖怪は、儂ほどではないが、自我を喰われる可能性がある。力を使用している間に、自我を乗っ取られ、暴走してしまう可能性もある」

「そんな・・・・」

「心を強く持てばいい。幸い、大天狗は義理堅い奴じゃ。お前とは相性がいいかもしれんな。あの高嶋友奈という女子もなかなかの精神力の持ち主だ。それに、欲深い所もよく似ておるから親和性は高いだろう。足柄辰巳は、もともとある精神力でファブニールの自我を抑えつけている。問題はないだろう。だが、あの郡千景という女はどうかの・・・」

「どういう意味だ・・・?」

「ふむ・・・・・今最も心が不安定なのは、あやつだと思うのだが・・・玉藻の前は卑しい奴じゃ。きっと心の隙をついて食うぞ」

あっさりと衝撃事実を告げる大蛇。

「気を付けろ。おそらく、お前たちの中で最も心が不安定なのは奴じゃ。そんな奴に、三匹中、最も穢れている玉藻の前をつかわせてはならん」

大蛇は、険しい表情で、三人に告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして――――

 

「・・・・ん」

一人の少年が目を開ける。

見慣れない白い天井を見て、少年は、今自分がどうなっているのかを考え、そして悟る。

左腕を持ち上げて、視界にさらせば、左腕は真っ黒な痣に・・・いや、黒い鱗に覆われていた。

「・・・・」

それをしばし見て、額の上に置いた。

「・・・・杏・・・球子・・・」

やがて、酷く小さな声、とある二人の名前を呼んだ。

しばらくの沈黙のあと、体を起こす。ふと、自分が寝ていたベッドの横にある机の上に、見覚えのある円盤が置かれていた。

それは、球子が使っていた楯。

「神屋楯比売・・・・」

何故ここに、とは呟かなかったが、少年はおもむろに手に取ってみる。

 

瞬間、思考がスパークした。

 

「づッ!?」

頭の中を走った、映像。

 

 

千景が、危ない。

 

 

別の誰かの声でそんな言葉が思い浮かんだ。

「千景が・・・・!」

少年はすぐさまベッドを下りる。

その時、つい掴んだベッドの鉄格子が、握りつぶされている事に気付く。

それに驚くも、立ち止まっている暇は無い。少年は躊躇いなく点滴の針を抜いて、窓を開ける。

「たしか高知だったな・・・間に合うか・・・・!」

そして少年は飛ぶ。病衣のまま、おおよそ七階の高さから一気に落ちる。

しかし、不思議と恐怖はなく、着地すれば地面のアスファルトは踏み砕かれ、少年は、生身のまま飛ぶ。

「急げ・・・!!」

絞り出すように、少年は走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高知県のとある田舎。そこは千景の生まれ故郷であり、そして、最も忌むべき場所だった。

両親の不祥事が原因で、話が広がり、虐めの対象にされて。

ただ、勇者になった途端にこの街の人たちの態度は一変した。

まるで、自分のように誇らしげになり、千景を褒め称える。

そこで千景は悟った。

自分が強ければ、自分が勇者として活躍すれば、皆褒めてくれると。愛してくれると、称えてくれると。もう、寂しい思いは、苦しい思いはせずに済むと。

 

そう、思っていたのに――――

 

 

 

勇者が死に、四国では様々な異常な現象が起こり、そのせいで人々の心は荒んでいき、犯罪、自殺にまで走る者達まで出てきた。

 

そして、その原因や責任の全てを、人々は勇者に押し付けてきた。

 

何故、守ってあげているのに、そんな事を言われなければならない。

 

『役立たず』『使えない』『何やってんだ』『どうにかしろ』『勇者とは名ばかり』『税金返せ』『全部あいつらの所為だ』『マジ使えねえ』『弱い』

 

様々な暴言や罵詈が、ネット上でやり取りされている事実を知った時は、まずは怒りがわき、失望が沸き、やがては、暗い憎悪の感情が芽生えてきた。

 

その状態で、故郷に戻った。母親は、『天恐』を悪化させていると聞いている。

それはどうでも良い。

ただ、問題なのは――――

 

 

―――この街の人たちの、態度。

 

 

まるでこちらを軽蔑するかのように、陰口をたたくかのように、冷たい視線を向けてくる。

陰口を聞けば、何故か自分の所為で人が死んでいる事になっている。

何故、何故、何故。

家につけば、その答えはすぐに分かった。

庭に投げ込まれた紙や、塀に書かれた文字。それは、どれも千景とその家族に向けられた、罵詈雑言。

『死ね』『役立たず』『クズの娘はクズ』『死ね』『消えろ』『ゴミ一家』『人を守れやしない』『人殺し』『役立たずの勇者』

そんな言葉が、書かれていた。

 

 

何故、何故、何故!?何故こんな事を言われなければならない!?何故私が責められなければならない!?守ってやっているのに!誰のお陰で生きていられると思っている!?全部、全部私たちが奴らを殲滅しているからだ!なのに、なんでお前たちは責められる!?

 

 

父親からも暴言を言われた。

「お前はクズだ。この役立たず」

その他云々は、もはや耳に入らない。

何故なら、今、最も見てはならないものを見てしまったから――――

 

――――『土居球子と伊予島杏は無駄死に、税金の無駄』

 

――――『死んだ勇者は役立たず。つまり土居球子と伊予島杏は無能』

 

――――『こんな奴らに金を払う必要は無い。役に立たないなら消えろ』

 

 

 

 

 

 

――――――『死んだ二人は、いるだけ無駄だった』

 

 

 

 

 

 

 

              ナゼ

 

ナゼ、コンナコトヲイワレナケレバナラナイ?

 

マモッテアゲタノニ、イカシテアゲタノニ

 

ナゼコンナコトヲイワレナケレバナラナイ

 

ナゼセメラレナケレバナラナイ

 

フザケルナフザケルナフザケルナ!!

 

タタカッテナイクセニ、タタカッタコトスラナイクセニ

 

オマエタチニコンナコトイウシカクハナイ

 

ナゼアイサナイ、ナゼタタエナイ、ナゼホメテクレナイ

 

ガンバッタノニ、イッショウケンメイタタカッタノニ

 

キズツイテキズツイテ、コワイオモイヲシテ、タタカッテキタノニ

 

ナンデ、ホメテクレナイノ!?

 

モウ、ダレモ、ワタシノコトヲホメテクレナイノナラ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

         コ ロ シ テ ヤ ル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、今に至る――――

 

目の前には服を引き裂かれ、体にいくつもの切り傷を作り、血を流す、自分を虐めていた女子(ゴミ)

少女(ゴミ)は完全に恐怖で、焦点の合わない視線でこちらを見ている。

微かな嗚咽を漏らし、ずりずりと尻もちをついたまま後ずさる。

「―――コタエロ(答えろ)

今思えば、あの時聞こえた、もう一人の自分は、自分の心の声そのものだったのかもしれない。

だって、あれが、彼女の本性なのだから。

ソシテ(そして)、アジワエ《味わえ》」

鎌を振り上げる。

装束はすでに勇者のもの。

その力を持ってすれば、この大鎌を片手で持ち上げる事など造作もない。ゆえに―――

ワタシタチノ(私たちの)イタミヲ(痛みを)クルシミヲ(苦しみを)―――」

 

――――致命傷を与える事が出来る。

 

「―――イマココデシレ(今ここで知れ)ッ!!!」

 

少女が顔を庇うように腕をあげる。このまま行けば、この鎌は少女の腕を斬り飛ばして左肩に入り、鎖骨を断ち切って、そのまま右脇腹に駆け抜けるだろう。

そして、そのまま絶命する。それで終わり。

 

 

 

 

ここで第三者の介入が無ければ。

 

 

 

 

 

金属音が鳴り響く。

 

 

「・・・・・え?」

「ぐっ・・・!?」

鎌の刃は、何者かによって止められた。

山鳩色の、眠っていたからか以前より伸びた髪。エメラルド色の瞳。屈強な体つき。そして、真っ黒くなった、左腕。

「あし・・・がら・・・さん・・・・!?」

「剣を引け、千景」

見間違う筈がない。この人物は、勇者で唯一の男であり、全勇者最強の男であり、現在、昏睡状態の筈の――――足柄辰巳だった。

辰巳は、真っ黒い竜鱗に覆われた、鋼以上の硬度を誇る左腕で千景の大葉刈の斬撃を受け止めたのだ。

その服装は病衣のまま。汗も相当掻いている事から、全力でここまで走って来たのか。

何故、ここに?どうして、なんで、一体、いつ目覚めた?

そんな様々な疑問が、よぎる。筈だった。

しかし千景にとって重要なのは彼がここにいる事ではなく、彼の行動にあった。

「邪魔・・・しないで・・・!」

「ぐぅ!?」

勇者の力を纏っている千景に対して、辰巳は勇者の力をまとっていない

故に、辰巳は力で負け、弾かれる。

そんな辰巳に向かって千景は鎌を振り上げる。

「ッ!」

辰巳は左腕を掲げ、千景の攻撃を逸らす。

振り下ろされた刃は地面を砕く。

「やめろ!」

「うるさい!」

千景は聞く耳を持たない。

振り回される鎌。それを辰巳は、鋼以上の硬度を持つ鱗に纏われた左腕で防ぎ逸らし続け、乱撃を避け続ける。

「やめるんだ。人を、殺せば、もう後戻りはできなくなるぞ!」

「それでも、構わないわ!無駄だった、何もかも無駄だった!必死に戦ってきたのに、守ってあげたのに、その報いがこれだなんて・・・こんな、こんな事になるぐらいなら、こんな奴らを、守る、価値なんて・・・!!」

「他人に価値をつけるなッ!」

辰巳が反撃する。握り絞められた左拳が、千景の鎌を叩く。

「ぐ!?・・この!」

しかし、それでも辰巳が劣勢なのは変わらない。

「他人の、しかも、自分を虐めて蔑んできた奴らの言葉など糞喰らえだ!そんな奴らに自分の価値を求めるなんて間違ってるに決まってるだろうが!」

「じゃあ、誰に価値を求めろっていうのよ・・・・!」

「仲間がいるだろ!?歌野や水都、ひなたに友奈、そして若葉がいるだろうが!」

「ッ・・・・でも、それでも・・・私はこいつらを許せない!!」

鎌の一撃が、辰巳の右側面を狙う。

辰巳は脇腹を狙ったその一撃を掌で受ける。だが、衝撃は受け止めきれず、衝撃が腹を突き抜ける。

「がッ・・・・」

「騙された!裏切られた!もう何もかも信じられない!どうして誰も褒めてくれないの!?どうして誰も愛してくれないの!?どうして、誰も、誰も私の事を・・・・うぅ・・・・」

気付けば千景の両目から涙が流れていた。

「千景・・・」

「ぅう・・・ぅわぁぁぁああぁああ!!!」

まるで子供の癇癪のように、乱暴に鎌を振り回す千景。

それを辰巳は、左腕だけでは捌ききれない。

(まずっ・・・!)

ついに、辰巳の首の付け根を狙った一撃が、入る。

だが、その瞬間、千景の鎌は大きく弾かれた。

その弾いた正体は――――

「無事か!?辰巳!」

「若葉!?」

青い勇者装束を纏った、乃木若葉だった。

若葉が居合を使って、千景の鎌を弾いたのだ。

「なんで・・・」

「お前がいないと聞いてな。それで千景も一緒に出ていると聞いて、もしかしたらと思ったら、案の定だった」

「乃木・・さん・・・貴方まで・・・・!!」

「千景、もうやめろ。これ以上は、お前が苦しくなるだけだ」

「貴方に何が分かるのよ・・・!!」

今度は若葉に向かって鎌を振り上げる千景。

しかし、若葉に攻撃は届かない。驚異的な反射速度を持って、千景の攻撃を全ていなし、防ぐ。

「やめるんだ!これ以上やっても、何かが変わる訳じゃない!」

「うるさい、うるさいうるさい!貴方に何が分かるのよ!いつも周りに褒められて、称えられて、愛されてる貴方に、いつもいつも蔑まれて虐められてきた私の気持ちなんて、分かる訳がない!!」

涙を流しながら叫ぶ千景。

「放っといてよ。もう放っておいてよ!!」

「嫌だ!」

踏み込んだ若葉の刃が、千景の鎌を弾き飛ばす。

「あ・・・・」

「どんな事があろうとも、私はお前を放っておかない!私は、お前を止めるぞ!千景!」

若葉は、千景に刃を向け、そう叫んだ。

 

極端に言えば、それだけで良かった。

 

千景の攻撃は、鎌を弾かれた事で止まり、それによって狭まっていた彼女の視界が広がった。

周囲には人だかりが出来ており、恐らく、千景と辰巳の戦闘による騒ぎに引き付けられてやってきたのだろう。

人とは、例え危険があっても、好奇心に突き動かされる存在なのだから。

 

だが、ここにいるのは全て千景の敵。そしてこの騒ぎの元凶は千景。故に千景は注目を浴び、その大衆の視線に込められた感情は全て――――

 

 

 

―――軽蔑と嫌悪だった。

 

 

 

「千景・・・」

ふと、辰巳が、千景に言った。

「・・・これが、お前がした事の結果だ」

そして、躊躇いがちに、その言葉(やいば)を叩きつけた。

「・・・い・・・い・・・・や・・・・」

後ずさる千景。

「見ない・・・で・・・見ないで・・・」

やがて、膝をつき、頭をかかえ、うずくまる。

「嫌いにならないでください・・・嫌わないでください・・・・どうか・・・・どうか・・・私を好きでいて下さい・・・・」

 

そこには、ただ一人、理不尽にうちひしがれる、年相応の少女の姿しかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

その後、千景は、若葉と辰巳とともに丸亀に帰った。

 

だが、千景のしたことを動画でとっていた者がいたらしく、劣勢だった辰巳を助けた若葉は、まさしく英雄で、そしてそんな辰巳を攻撃していた千景の勇者としての地位は―――――

 

 

 

 

 

 

――――どんぞこまで失墜した。




次回『破滅』

もう、彼女に逃れる術はない。


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破滅

今回も、結構酷い描写があります。
ですので苦手な人はブラウザバックを推奨します。

それでもいい人は、どうぞ本編へ


テレビに、若葉が写っている。

その若葉の様子を、辰巳は拘束された状態で見ていた。

「・・・なんでだ」

「勝手に病院から出るからです」

ひなたがふくれっ面でそう叱る。

「もう、いきなりいなくなったからとても心配になったんですからね」

「すまない・・・」

「謝るぐらいなら警察はいりません。それはそうと、お体の調子はどうですか?」

そのひなたの質問に、辰巳は一度押し黙る。

「・・・・力の調整が難しい。皮膚は弾丸さえも通さなくなって、筋力もかなり上がってる。だが、あまりにも急だったからだ、力加減が良く分からない」

「それについては、少しずつ慣れていきましょう。それはそうと、左手の方は・・・」

「こっちについてはあまり問題はない」

辰巳の左腕は、真っ黒い竜鱗で覆われていた。

こうなった理由は、辰巳はこう説明した。

 

辰巳の切り札である、『怒り狂う邪竜の咆哮(ファブニール・ブレス)』と『黄昏に咆える邪悪なる竜(ファブニール・フォン・アテム)』は、心臓を炉心として、そこから発生したエネルギー、この場合は邪竜の生命力だが、それを左腕を経由して剣に直接流し込み、解放しているからだ。

だが、竜の生命力は、経由した左腕の細胞に少なからず影響を与え、徐々にその体質を変化させていった。

さらに、邪竜の鎧を纏った際に付与される強力な自己治癒力は、その本質は徐々に使用者を竜の体質へと変質させるものだという事が、改めて分かった。

数か月前の侵攻の際、辰巳がたった一人で戦っとき、その能力をフルに活かして戦ったために、その時点で辰巳の体は体質を竜のものへと近づけていたのだ。

 

この二つの事から、辰巳の『竜化』ともいうべき現象は、左腕を中心に広がって行っていた。

 

ひなたが、辰巳の左手を握る。

「・・・・前までは、辰巳さんの熱が感じられました」

「・・・・そうか」

「でも、こんな鱗に覆われてからは、あまり、熱を、感じません・・・・」

ぎゅう、とひなたは、辰巳の左手を強く握りしめた。

ふと、テレビの方から大きな歓声が聞こえた。

「どうやら、演説は成功したみたいだな」

「そうですね」

若葉が行った演説。

それは、大社が計画した、民衆の不安を取り払う為のものだ。

今や英雄視されている若葉を、演説の場に出し、そして大社が創った文書を読み上げさせる事で、人々を鼓舞する気なのだ。

その目論見は成功し、今や、若葉や勇者たちを非難する者達はいないと言っても良いだろう。

「一人を除いて、な」

辰巳は、傍らにおいてあったノートパソコンに目を移す。

そこには、たった一人の勇者を対象に、誹謗中傷などの書き込みがあった。

その対象の勇者というのは、他でもない、郡千景の事だ。

「まるで正義と悪だな。わざと千景を悪者として使う事で、若葉の英雄的立場をより一層強固なものにしてる」

「悪があれば、正義もある・・・・悲しいですが、それが、道理というものです」

ひなたも、納得していない様子だった。

それは、大社が計画したものではない。ただ民衆が勝手に千景を悪者としているだけであり、それが結果的に若葉の立場を強固なものとしたのだ。

大社にとっては嬉しい誤算かもしれないが、辰巳達勇者にとっては、とても芳しくない状況だ。

「千景さん、今頃何をしているのでしょうか・・・」

「家族と丸亀に引っ越してきたんだろ?だったら今は家にいるはずだが・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千景は、自室に籠って、一人若葉の演説を見ていた。

写し出された若葉は、人々に称賛され、喝采されて、褒めたたえられて。

それに対して自分はなんだ。

あの一件が原因で、今や自分の評価はどんぞこだ。ネット上でも彼女を批判する声や書き込みが多く、もはや千景を勇者という者は誰一人としていない。

先日の一件が原因で、千景は勇者としての力を取り上げられ、自宅で謹慎を受けている。

人々から忌み嫌われ、謹慎の為に誰一人として会う事は叶わず、力も奪われた。

いつから間違った。いつからこうなってしまった。

「う・・・ぅう・・・・」

勇者としての価値も、賞賛も、仲間を失った。

友奈は未だ目覚めず、下の階では暴れる母親が父親が暴言を吐きながら抑え込んでいる。

その騒音が、一層千景を苛立たせ、劣等感を感じさせる。

何故、何故、何故。

生まれも育ちも全く違う。それだけでこの差。

彼女は称えられるカリスマのような存在で、自分は忌み嫌われる悪者のような存在で。

賞賛されてるのは彼女で、嫌われてるのは自分で。

仲間から信頼を集めているのは彼女で、信頼を失ったのは自分で。

考えれば考える程、彼女が憎い。憎くて憎くて仕方が無い。

でもここで彼女を攻撃すれば自分の立場は一層悪くなる。

どうすれば良い。どうすれば良い。

「たか・・・しま・・・さん・・・・高嶋さん・・・高嶋さん・・・!!」

会いたい。彼女に会いたい。怪我は大分治っている。今なら面会謝絶も解かれている筈だならば会っても問題はない筈だ今は一刻でも会いたい彼女に会いたい急げ急げ自分が自分であるうちに早く。

心がぐちゃぐちゃになって、そんな状態のまま、千景は家をこっそりと出て、病院に向かう。

病院の警備員に見つからない様に、裏口から入り、友奈の病室へと向かう。

そんな、コソコソと隠れながら、人目につかないように歩く様子に、千景は、さらに惨めな気分になる。

もはや、彼女に勇者として価値はなく、ゴキブリのように嫌悪される対象だ。

今までのようには、いかない。

やがて、友奈の病室にたどりつき、何故か病室が開いている事に気付いた。

(誰か、入っているのかしら・・・?)

疑問に思いながらも、中を覗いてみる。そして、千景は、息を詰まらせた。

中にいたのは―――若葉だったのだ。

(な・・・ぜ・・・)

何故、ここにいる。何故、彼女はここに来ている。何故、彼女の隣に立っている。

極端な話、若葉は毎日友奈の、いや、今入院している勇者全員の見舞いに、来ているのだ。

だから、彼女がここにいるのは、単純に時間が被ったからだ。

だが、今の千景にそれが思いつく余裕は無かった。

そのまま逃げる様に、病室にも入らずに帰っていく。

走って走って、走り着いた先の家に入り、階段を駆け上り、自室に籠る。

そして―――――

 

 

「――――アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!!」

 

 

 

絶叫し、部屋にあるありとあらゆるものを破壊しつくす。

パソコン、ゲーム機、本、枕、ベッドや机にガラス。目に映るもの全てを破壊し、壊して、やがて、千景の部屋は嵐が過ぎ去ったかのような惨状となった。

 

全部盗られた、全部奪われた、全部失った。

 

 

ト リ カ エ サ ナ イ ト

 

「・・・そうよ」

千景は、携帯を取り出す。

「取り返すの・・・・全部、取り返すのよ・・・!!」

千景は、大社に、ある一つの文章を送った―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

樹海の中で、立つのは若葉一人。

辰巳は、未だ竜化の影響が解明されていない為に勇者の力は返されておらず、歌野はまだ左腕の治療で動けず、友奈は眠ったまま。千景は謹慎中で力を剥奪されている。

だから、ここは若葉一人で凌がなければならないのだ。

「やるしかないか・・・」

未だ、新たな精霊は使えず。

大蛇の話にあった、自我を喰われかねないという事にも、注意しなければならない。

しかし―――

「それでも、諦める訳にはいかない」

鍔を親指で押し上げる若葉。

刃が鞘と鍔の間から覗き、光を反射して光る。

ふと、背後から足音が聞こえた。

振り向けば、そこには、千景がいた。

「千景・・・!?」

「迷惑、かけたわね」

千景は心配などいらないとでもいうかのように、笑う。

「もう大丈夫なのか?」

「ええ。心配いらないわ」

「そうか・・・」

若葉は、心底安心した。

あの千景が、自分の意思で、あの状況を乗り越えてくれたのだから。

おそらく、いや、きっと心配はいらないだろう。

「先に行くぞ!」

敵を視認次第、若葉は飛ぶ。

敵の数は、変わらず千近く。一人だけなら不安だったが、もう一人いると、とても心強い。

目の前の何体かを斬り捨てていく。

ふと、千景の様子が気になり、振り向いた。

「千景、大丈夫か―――」

すると眼前に巨大な刃が迫ってきていて――――

「ッぁ!?」

驚異的反射で膝を折り曲げて体を反らしてかわした。

そのまま大きく飛び退いて、距離を取る。

そして、今、こちらに刃を振るった張本人を見て、驚愕する。

「千景!?」

なんと、千景だった。

「何故・・・!?」

「流石ね、乃木さん今ので確実に仕留めたと思ったのに」

「なんでこんな事を・・・!?」

「ねえ、乃木さん、不条理とは思わない?貴方は皆から愛されて、私は疎まれ嫌われている・・・」

千景の様子が可笑しい。

何か、嫌な予感がする。

とても、濃い殺気を感じる。

この殺気は――――紅葉以上か。

「千景、どうしたんだ!?しっかりしろ!!」

襲ってくるバーテックスを斬り捨てながら、そう呼びかける若葉。

だが、千景は聞いていない。

「どうして、こんな事になるのかしら・・・?私、分かったのよ・・・」

今、最も称賛されていて、自分が得るはずだった栄光をかっさらって、唯一の友達をとっていく存在。それは――――

 

「 ア ナ タ ガ イ ル カ ラ ヨ 」

 

千景は、嗤っていた。

しかしその眼に込められているのは、決して喜びなのではなく、深く暗い、昏い憎悪だった。

「貴方を殺せば・・・・勇者が私しかいなくなれば、皆、皆私に頼らざるを得ない。皆、私を頼るしかない・・・・高嶋さんの傍にいられる・・・・!貴方が受けてる賞賛を、愛を、全部、私が受けられるのよ・・・・・!だから、だから・・・」

 

 シ ン デ 

 

悪寒が、走った。

千景の姿が、変化する。

頭には狐のような三角耳。装束は紅い着物となり、腰からは尻尾が生え、その姿は、若葉の生存本能が激しく警報を鳴らす程までに――――暴力的なまでに美しかった。

 

故に、人々は恐れた。

 

その美貌に、その性格に、その所業に。

 

人に混じり、人を騙し、人を誑かす、最低最悪の妖怪。

 

化かす事においては現実を狂わせ真実を騙し、本当を偽り、事実に成り代わる。

 

まさしく人にとっては嫌悪の対象でしかない、妖術系最強の妖怪。

 

その名は――――『玉藻の前』。

 

「ばか・・・・な・・・・」

千景が、新たな精霊を発動させるなんて。

「乃木さん・・・」

千景が、動く。

「死になさい」

新たな気配がした。

見渡せば、そこには、大量の千景がいた。

「な・・・・!?」

間もなく、大量の千景が襲い掛かってくる。鎌を振り上げ、若葉に向かって一斉に鎌を振り上げてくる。

茫然としている若葉に向かって、おおよそ四十以上の刃が振り下ろされる。

だが、刃が直撃する瞬間、若葉は地面を踏み砕いた後にその場から消えた。

「精霊、ね・・・」

唯一、攻撃しなかった千景が振り向けば、そこには、精霊『義経』を憑依させた若葉がいた。

「千景、やめてくれ」

「いやよ」

千景の開いた手に、炎の玉が現れる。

「燃え尽きなさい―――火遁」

「ッ!?」

向けられたそれが、突然、業火となって若葉を襲う。

若葉はそれを飛んでかわすも他の千景が若葉を襲う。

(くッ、止むを得んか!)

刃を抜く若葉。神速で放たれた居合が、分身である千景の体を引き裂く。

 

瞬間、血が飛びちった。

 

「・・・・・え?」

「かは・・・!?」

目の前の、腹を斬られた千景が吐血して、落ちていく。

(まさか・・・・ほんもの・・・・?)

間もなく、背中に鋭い痛みが走る。

「ぐぅ!?」

「悶えなさい」

「―――がぁぁぁあぁぁあああ!?」

その直後、まるで銃にでも撃たれたかのような痛みが背中に走った。

態勢を崩す若葉。

さらに、別の千景が若葉の腹に、圧縮した風を炸裂させ、若葉を一気に落下させる。

「がは・・・!?」

地面に叩きつけられる。その瞬間、今度は地面から打ち上げられた。

「ごは・・・!?」

合計三撃。

若葉は宙を人形のように飛び、地面に叩きつけられる。

「ぐ・・・ぅう・・・」

あまりにも重い攻撃を喰らい過ぎた。

(さ・・・きの・・・千景・・・は・・・・)

周囲を探してみる。

ふと、目の前に立った千景を見上げた。

「ひっ・・・・」

そして短く悲鳴が漏れた。

その千景は、先ほど若葉が腹を切り裂いた千景だった。

「のぉぎぃさぁん・・・・?」

「や、やめろ・・・くるな・・・」

鎌を振り上げる千景。

若葉は、恐怖で動けない。

「惨めね」

千景は嗤う。

「そんなあなたの姿を見たら、皆どう思うでしょうね」

醜悪な笑みで、千景は、その様子を見る。

「のぉぎぃ―――」

「うわああぁぁあぁああ!!」

恐怖のままに、若葉は剣を振るった。

千景の首を跳ね飛ばし、首から噴き出る血を見る。

だが、それでもその千景は動くのをやめず、さらに、周囲から別の千景が襲ってくる。

「あぁあぁあああ!!」

斬る、斬る、斬る。

血が飛び散る、かかる、浴びる。

それはまさに惨劇、血の雨が降り注ぎ、まるで、一人の少女が狂乱のままに大量殺人を起こしているように見える。

「来るな、来ないで、お願い・・・こないで・・・・・!」

支離滅裂な太刀筋で、若葉は千景たちを斬り捨てていく。

考えてみれば、若葉も精霊の瘴気に犯された者の一人だ。

普通の彼女なら、あそこで、()()()()()という考えはしない筈なのに。

なのに、若葉は偽物とはいえ千景に刃を向けた。

それが、千景の術中にはまってしまったのだ。

若葉を徹底的に絶望させて、そして、殺す。

それこそが、千景の思いついた、最低にして最高の復讐。

全てを取り返すための、千景の、計画。

その術中に、若葉は、もうハマってしまったのだ。

「ハア・・・ハア・・・」

やがて若葉に反撃の意思はなくなり、刀を下ろす。

(なんで・・・・こんな事に・・・)

何人もの、斬り殺した筈の千景が、嗤って襲い掛かってくる。

首を跳ね飛ばしても、腕を斬り飛ばしても、致命傷を与えても、襲ってくる。

こちらの名前を呼んで襲い掛かってくる。

どうしてこうなった。

一体、いつからこうなってしまった。

どうして、こんな事になってしまったのだろうか。

一体、どこで間違ってしまったのだろうか。

(もう、いい。もう、疲れた)

偽物とは分かっていても、もはや自分にまともな考えが出来るとは思えなかった。

血を見てしまった。それも仲間の血だ。

それだけで、若葉の精神は半ば狂い壊れた。

ただ、もっと、千景と仲良くしていく方法があったのではいかと、今更ながらに思った。

もっと、仲良くしていれば、もっと、彼女の心の声に耳を傾けていれば。

何か、違う結末があったのではなかったのだろうか。

もう、刀を振るう事は出来ない。

出来る事なら、ひと思いに、この首を―――――

(―――斬り飛ばしてくれたなら)

血まみれの千景が、襲い掛かってくる。

その鎌は横一文字に、若葉の首を狙って―――――

 

―――――次の瞬間、若葉の生大刀が、千景の大葉刈を弾いた。

 

その若葉の行動に、千景は目を剥く。

(―――死ね、ない・・・・!!)

歯を食いしばって、若葉は、生大刀を構える。

(死ぬわけには、いかない!)

「オオオオオオォォォオオ!!!」

絶叫し、襲いかかってくる千景たちの攻撃を、驚異的反射速度で防いで行く。

もう斬らない。斬りはしない。斬ってなるものか!

若葉は、反撃しない。反撃せず、全ての千景を退けていた。

ただただ、生きるために。

死にたくない、なんて後ろ向きな感情なんかじゃない。

生きたいと、今を生きる、勇者や巫女たちと共に生きたいと、そう、前を向いて言える想いで、剣を振るっていた。

だから、殺さない。斬らない。傷つけない。

「千景!!」

だから若葉は叫ぶ。

「私は前に言った!」

嗤う千景に向かって若葉は叫ぶ。

「お前を止めると、必ず、お前を止めると!だから―――」

剣を薙ぎ、叫ぶ。

「――――お前を止めるぞ!千景!」

 

「 ウ ル サ イ 」

 

後ろから、殺気を感じて、若葉は振り向いて迎撃しようとする。

目の前には、まだ、血に塗れていない千景。その口元は大きく歪み、その眼には暗く激しい憎悪を燃え上がらせて鎌を大きく振りかぶっていた。

若葉は片手で左から、居合の要領で、千景は右から、大きく薙ぐように。

同じ方向での交差法。

このままいけば、鎌と刀の刃は正面衝突し、互いに弾かれる。

 

しかし、その時若葉は、どういう訳かすでに振るわれた刀を左手で掴んでいた。

 

「っぐぅ!?」

若葉の表情が苦悶に歪む。

何故、こんな事をしたのか。

それは、若葉が、目の前の千景を、()()()()()()()からだ。

それは事実であり、千景は、なおも抵抗する若葉に苛立ち、自ら手を下しに来たのだ。

だが、ここで若葉は判断を間違えた。やはり精霊の影響が抜けなかったのか、若葉は、心のどこかで『千景を斬ってしまう』と思ってしまい、思わず刃を無理矢理止めたのだ。

若葉の刃は止まり、千景の刃は、なおも若葉の首の付け根に向かって迫る。

(ああ・・・・死んだ)

若葉は、死を直感した。

もう、迎撃しようにも間に合わない。

どれほどの反射速度を持っていようとも、鎌は、こちらの刃が捉える前に、首に突き刺さる。

頸動脈をやられれば、そして、その奥にある頸椎を切断されれば、そこまで深く刃が入れば、死は免れない。

(とった・・・!)

一方の千景は狂喜に震えていた。

ついに、ついに憎き乃木若葉を仕留める事が出来る。殺せば、もう勇者は自分一人。全ての人が自分を見てくれる。褒めてくれる。愛してくれる。

さあ、もう少しだ。もう少しで、この女の首を――――

 

 

 

 

しかし刃は若葉の首に届かなかった。

 

 

 

 

「――――え?」

突如として無数にいた筈の千景の分身が消滅。

それと同時に千景の『玉藻の前』が解除される。

突然の事に、千景は茫然として、攻撃が中止となる。

「な、何が・・・!?」

何が起きたのか分からず、次に起きたのは勇者装束の消滅だった。

「え・・・・!?」

気付けばそこにいるのは、いつもの制服を着ただけの千景だった。

さらに今の今まで軽々と振るえた鎌が突如として重くなり、持っていられず落としてしまう。

そして、最後に感じたのは―――――

 

 

―――何か、決定的な何かがぶつん、と切れる感覚だった。

 

 

「千景!?どうした!?」

若葉は呼びかける。しかし千景は答えずスマホを取り出し、再度勇者に変身しようとする、が。

「ない・・・!?」

その為のアプリが消滅していた。

いつも、スマホの液晶画面にあった、勇者に変身する為のアプリのアイコンが、綺麗さっぱりと消えていたのだ。

「なんで・・・どうして・・・!?」

訳が分からず、混乱する千景。

だが、そんな千景に向かって、口を大きく開けて襲い掛かってくる、星屑がいた。

「あ・・・・」

それを千景は茫然と見ている事しか出来ず、そのまま星屑の餌食になる―――

 

―――事は、なかった。

 

「やめろォ!!」

絶叫、そして、両断。

若葉が、真上から刀を振り下ろし、星屑を一刀両断したのだ。

「千景!私の傍を離れるなッ!!」

振り向いて、叫ぶ若葉。

さらに、他の星屑が襲い掛かってくる。

その全てを、若葉は一瞬にして斬り捨てる。

まだまだ襲い掛かってくる。それでも若葉は、迎撃する。

その全てを、千景に近寄らせず事はせず。

「なん、で・・・・どうし、て・・・・」

訳が分からず、千景は問いかける。

「私は、貴方を・・・」

「そんなの関係無いッ!!」

怒鳴る若葉。

「お前は私の仲間だ!これ以上失ってなるものか!これ以上、死なせてやるもんか!私は、もう、何一つ失いたくないんだッ!!!」

若葉は、義経の奥の手『八艘飛び』を発動し、群がる星屑を一層する。

それでも、星屑は襲うのをやめない。

「どんな目に会おうとも、どんな辛い目に会おうとも、私はお前を見捨てない!見捨てたくない!必ず、一緒に帰るんだッ!!」

それで、千景は気付く。

(ああ、そういう事か)

何故、彼女が尊敬されるのか。何故、自分が嫌われるのか。

それは、単純に心の強さだった。

彼女の心は強く、自分の心は弱かった。

ようはそれだけ。

ただ、彼女には支えてくれる友人が昔からいて、自分には、そんな友達はいなくて。

様々な環境が関わっているのかもしれないけれど、それでも、彼女は、強くあり続けたのだ。

そして、ずっと、自分の事を見てくれていた。

それだけじゃない。あの丸亀城にいた全員が、皆、自分を褒めていてくれた。

傍にいてくれた。大切にしてくれた。愛してくれていた。好きでいてくれた。

それに、気付けなかった。

ただ、それだけだったのだ。

だが、ならば、それならば、私も―――

 

「――――がっかりだ」

 

ふと、冷たい悪寒が、若葉と千景の間に走った。

星屑の集団の中心。

そこに、一人、男が立っていた。

全身を鎧で包み、片手には丸い銀色の楯、もう片方には、刀身が大きく湾曲した、鎌のような刀身をした剣、ハルパーを持っている。

一歩踏み出す度に、がしゃん、がしゃんと鎧同士が擦れ合い、その兜の隙間から、こちらを睨み付けていた。

「・・・・」

若葉は、言葉を発する事は出来ず、千景は、がちがちと歯を打ち鳴らす。

それほどまでに、その男の威圧は、その場の空気を一気に凍てつかせていた。

「いつでも、殺せるチャンスがありながら、結局は失敗に終わるとは、非情にがっかりだ」

低く、冷たい口調。

「今だってそうだ。今そいつは雑魚どもの相手に手一杯だ。その間に、背中から心臓を刺せば、お前の復讐は成功するというのに、その気を失うとは」

心底、失望した、とでもいうかのように、男は千景を見下した。

その眼光に、千景は何も言えず、ただそこにへたり込んでいる事しか出来ない。

「もう、何もしないなら、今ここで死ね」

男がハルパーを振りかぶり、千景に突撃する。

「っゥアァ!!」

だが、その間に若葉が割って入る。

ハルパーの一撃から、千景を守る。

「させない・・・・!!」

「チッ」

舌打ちをする男。

鍔迫り合いに突入するも、他の星屑は、なおも千景を狙って襲い掛かる。

「ッ!!」

若葉は、男の膂力を、後ろへの推進力にして離れ、千景に襲い掛かる星屑を斬り捨てる。

だが、そこへ男が千景に剣を掲げる。

振り下ろされたその一撃を、若葉はどうにか刃を挟み込む事で防ぎ、無理矢理弾き飛ばす。

そして若葉は、一気に畳み掛ける。

「オオオオッ!!」

己の反射神経をフルに使って、乱撃を叩き込む若葉。

0.05秒以下の間隔で放たれる連撃。普通なら、反応できない筈の攻撃を、男は全て防ぎきっていた。

「無駄だ。お前の攻撃は俺には届かん」

楯で、若葉の連撃を止める男。そして、そのまま楯で若葉を殴る。

「げほ!?」

吹き飛ばされ、神樹の太い蔓に叩きつけられる若葉。

「俺は『英雄』の志典浩二。貴様らに鉄槌を下す者だ」

男、浩二は、そう高々と名乗り上げる。

「英雄・・・・」

千景は、その言葉を呟く。

「貴様には失望した。勇者を殺した暁には、俺達の仲間に引き入れてやっても良かったものを」

浩二は、千景に歩み寄る。

「ひっ」

「ッ・・・・やめろぉ!!」

若葉が飛ぶ。しかし、星屑たちは、その突撃を阻む。

「ッ邪魔をするなぁぁぁぁああ!!!」

絶叫し、若葉は星屑を斬り捨てていく。

だが、それでも星屑たちは若葉の邪魔をする。

その間にも、浩二は千景に近付く。

「いや・・・来ないで・・・」

「死ね、勇者。我らが悲願の為に」

剣を振りかざす浩二。その冷たい眼光は、なおも千景を見据えており、このまま振り下ろせば、千景の左肩を切り裂き、鎖骨を断ち、心臓に至るだろう。

今の千景は、もはやただの一般人と同じだ。

反撃はおろか、逃げる事さえも出来ない。

敵は、それほどまでに、強大なのだから。

そして、今、絶体絶命の刃が、千景に、振り下ろされた――――

 

 

 

 

 

「――――良かった、今度は、間に合った」

 

 

 

 

()()()()()()、血が飛び散り、その声が聞こえた。

金属音は折れる音、血は千景のものでは無く、声は、千景の悲鳴ではない。

では、何か。

 

若葉が、斬られていた。

 

「の・・・・ぎ・・・・さ・・・・」

千景は、絞り出すように、呟いた。

血が頬に付着し、その冷たい感触が、千景の体温を一気に下げる。

生大刀は半ばから折れており、若葉の左肩から脇腹にかけて、決して浅くない傷が出来ており、間違いなく、致命傷。

「・・・チッ、心臓には届かなかったか」

短くそう吐き捨てる浩二。

そして、その数秒後、若葉が、千景に向かって倒れた。

「あ・・・ああ・・・・・」

血の水たまりが広がり、千景の服を赤く染めていく。

「今度こそ、終いだ」

また剣が振りかざされる。

このままでは、死んでしまう。死ぬ?誰が?私?()()。彼女。誰?私の大切な人。守ってくれた人。死なせてはならない。ならどうする?どうすれば良い?どうすれば助けられる?どうすれば救える。どうすれば彼女を守れる。どうすれば、どうすれば――――

「いや・・・」

気付けばそれはシンプルで、まだ気づいてなくて。

「いやぁ・・・」

いうだけなら簡単だけど、難しくて。

「いやだぁ・・・」

 

これしか、方法が無いから、実行するしかなくて。

 

 

「死ね――――」

 

 

 

 

だから、叫んだ。

 

 

 

「死なせたくないッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、奪った。

 

 

 

 

神の力を――――この、『神奪(しんだつ)』で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『終わらぬ命など無く、そ(ヒガンバナセ)れでも世界は廻り続ける(ッショウセキ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、玉藻の前が、その正体を見破られ、逃げて逃げて、逃げた先で己の死を悟った時、この世の全てを怨んでその身を変えた石。

その石が発する呪いは、全ての命を平等に奪い、死に至らしめる、最高にして最凶の呪術。

そして、なんでもかんでも化かし騙してきた彼女の、たった一つの、唯一の真実。

 

嘘しか言ってこなかった化け狐の、たった一つだけ示した、本当にして、事実。

 

 

 

それだけは、彼女が存在したという、証、故に――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、突然の事。

 

数人の子供たちが公園で遊んでいたときの事。

 

とあるカップルが街中でデートしていた時の事。

 

学生たちが学校で勉強をしていた時の事。

 

会社で会議が行われていた時の事。

 

漁師が海で魚を獲っていた時の事。

 

とある母親が泣き喚く子供を必死に慰めていた時の事。

 

路地裏で、不良が喧嘩していた時の事。

 

引き籠りの男性が、ネットサーフィンに勤しんでいた時の事。

 

そして、巫女たちが、神託を受けた時の事。

 

 

 

病院で、ひなたと水都が立ちくらみ、辰巳と歌野に、悪寒が走った時の事――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香川は、崩壊した―――――

 

 

 




次回『災厄の勇者』

故に彼女は、全てを背負う。


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災厄の勇者

千景が結構酷い事になってます。

苦手な方はすぐさま回れ右してブラウザバックしてください。


それは、突然だった。

いきなり、ぐらりと地面が揺れ、ひなたが態勢を崩したところを、拘束具を引き千切って辰巳がひなたを支えた。

そして、大丈夫か、と聞く間もなく、とてつもない轟音が、窓の外から聞こえ、そして、窓ガラスが一斉に割れた。

「きゃあ!?」

「うお!?」

あまりにも突然の事に、ひなたも辰巳も訳が分からず、ただただ揺らされるままに、辰巳はひなたに覆いかぶさる様に、その揺れに耐えた。

今まで経験した事もないような地震に、辰巳であっても立つ事が出来ない。

それほどまでに、この地震は大きく、動けない。

ほぼ、一時間ほどは経過しただろうか。

揺れはそれほど続き、やっとの事で止まった事を確認して、立ち上がる辰巳。

「ひなた、大丈夫か?」

「・・・・」

「ひなた・・・?」

しかしひなたに返事はなく、辰巳は心配になって、ひなたの体に触れる。

びくり、と一度跳ねたあと、ひなたは、ゆっくりと振り向いた。

それは、先ほどの地震が起きる前の元気な表情ではなく、とても、恐ろしい何かを見たかのような、悪夢でも見たかのような顔だった。

「どうした?何があった・・・?」

「あ・・・あ・・・」

上手く口が動かせないのか、嗚咽しか漏らせないひなた。

辰巳は仕方が無く、ひなたを抱き上げ、ベッドに座らせる。

「大丈夫か?水でも・・・」

ふと、ひなたは、窓の外を指差した。

それにつられて、辰巳も外を見た。

「―――――なんだよ、これ」

そして、信じられないものを見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識が、覚醒する。

いつの間にか眠っていたのか、だるい体を持ち上げる。

ここはどうやら丸亀城の石垣の上のようだ。

未だぼんやりとする意識。しかし、次第にはっきりしていき、ある、重要な事を思い出す。

「そうだ、乃木さん・・・!!」

慌てて周囲を探し、そして、すぐ傍で仰向けになって倒れている少女を見つけた。

体には飛び散ったであろう血がついており、しかし、彼女が着ている制服には血が切り裂かれてもいなければ、血が流れ出ている訳でもなかった。

念のために、呼吸や脈をとってみれば、どちらも問題はなく、まるで眠っているようだった。

「良かった・・・・」

その様子に、心底安心する。

その時、風が吹いて、それに混じっていた砂粒から顔を腕で庇い、それが収まった時、腕をどかした。

「――――――」

そして、見てしまった。

今まで見えていた筈のビルや建物、そして木に、地面。

それら全てが――――

 

 

 

跡形も無く崩壊していた。

 

 

 

「なん・・・で・・・」

どうしてこうなっている。どうしてこんな惨状になっている。

一体、何故―――

そこで、ふと思い出す。

 

樹海がダメージを受ければ、現実世界にも影響が出る、と。

 

つまり、樹海がなんらかのダメージを受けて、その結果こうなってしまったのだろう、と、そんな呑気に千景は思考して――――

 

 

―――いなかった。

 

 

 

「あ・・・ああ・・・・ああああ・・・!!!」

千景は、自分がした事を思い出す。

 

若葉を助ける為に、神樹から()()()()()『玉藻の前』の力を引き出し、それの奥の手を発動させた。

それは全てを死に至らしめて破壊する、『死』の概念の究極形。

その力で、千景は、樹海の一部を()()()のだ。

ただ、若葉を守りたかった。それだけだ。

 

その結果がこれだ。

 

人々を傷付け、若葉を殺そうとしたのでは飽き足らず、樹海を破壊して香川の一部を崩壊させた。

少なくとも、丸亀は全滅。他の街にも、きっと被害は出ているだろう。

死者は大量。怪我人もきっといっぱいいるだろう。そして、その怪我人の中からも、死者が出るだろう。

「ハハ・・・ハ・・・」

その事実に、千景は乾いた笑い声をあげた。

 

これは報いだ。

 

たった一人に嫉妬して、神の力を使った報いがこれなのだ。

これで、自分の評価は、もはや改善不可能なほどに落ちぶれるだろう。

大量の市民を殺した大量殺人者。嫉妬に駆られたサイコパス。

勇者でありながら民衆を殺した最低な勇者――――

 

 

ちょっと待て。

 

 

もし、これが、バーテックスの所為であると大社が公表した場合、その全ての責任は勇者全員となる。さらに、現在、歌野、友奈、辰巳は療養で戦いには参加しておらず、戦闘に出たのは、自分と若葉の二人だけになる。

もし、その全ての責任が、自分たちに降りかかれば。そして、今現在神格化し始めている若葉が、この一件で、その人気を一気に失ったりしたら――――

「・・・だめ」

千景は立ち上がる。

「そんなの、絶対にさせない・・・・」

考えろ。どうすれば最悪の結末を回避できる?

勇者の信頼を失わず、そして、皆を守れる方法を。

考えろ。考えろ。

今、自分に出来る事を考えろ。

「・・・・・あった」

そして、思い至った。

「これなら、皆を、高嶋さんを・・・乃木さんを、守れる・・・・」

しかし――――

(これをやれば、私はもう、皆と・・・・)

千景は、若葉を見る。

まだ気絶しており、穏やかな寝息が聞こえてくる。

今までの千景であったなら、呑気なものね、と言って呆れていただろうが、今はもう、違う。

千景は、未だ眠る彼女の元へ行き、しゃがんでその手を両手でとった。

そして、一度深呼吸をして、決意を固めて、千景は若葉に告げた。

「乃木さん。私は貴方の事が嫌いよ。いつも私より強くて、気高くて、沢山の人に褒められてた貴方が、嫌いだった」

ぎゅう、と若葉の手を握る手に力を込める。

「だけど、貴方が、嫌いなのと同じくらい――――」

千景は、両目から、涙を流して、

 

「――――貴方のことが、好きだった」

 

 

いつ、この力を手に入れたのか分からない。

でも、不思議とこの力の使い方は分かっていた。

だから、迷いなく使うことにした。

乃木若葉という端末を経由して、神樹にアクセスする。

繋がりを感じたら、あとは、蛇口を捻って流し込むだけ。

 

 

気付けばば千景は、あの赤い勇者装束に身を包んでいた。

その手には、彼女の大鎌が握られており、軽々と振れた。

これで、準備は整った。

そして、千景は、まだ眠ったままの若葉を見て、一言、告げた。

 

「ありがとう、さよなら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街中は騒然としていた。

「ひでぇ・・・」

思わずひなたが何故か持っていた辰巳の勇者システムを奪い取って病院を飛び出してきた辰巳だったが、いざ現場へときてみれば、そこは余りにも酷い有様だった。

建物は原型も残さずに崩れ、地面は割れたり陥没したり、草木は塵になるほどに枯れ果て、そこに動く人影は、ほとんどいなかった。

辰巳は生存者を探すべく、周囲を見渡した。

だが、どこもかしこも、悲惨な状態で、生存者を見つける事は困難を極めた。

ふと、子供の泣き声が聞こえて、辰巳はすぐさまそちらにむかった。

そこには、瓦礫の下敷きになっている女性と、そのすぐそばで泣きじゃくる子供の姿が見えた。

その様子から、親子のように思える。

「うう、おかあさん、おかあさん・・・!」

「うう・・・」

辰巳はすぐさま駆け寄って呼びかける。

「大丈夫ですか?今助けます」

すぐに瓦礫を退かしにかかる辰巳。

女性の上に乗っかっていた瓦礫を軽々と持ち上げて、どかして、絶句する。

「・・・・・ッ」

足が、潰れていた。

瓦礫の下敷きになった際、押し潰されたのだろう。

「・・・・」

辰巳は堪えるように、女性を瓦礫から出して、どこか平たい場所に寝かせる。

「意識はありますか?」

「うう・・・・・あ、あなたは・・・」

「足柄辰巳です。これを噛んでいて下さい・・・」

少し逡巡したのちに、辰巳は、女性にある事を耳打ちする。

それに、女性は一瞬目を見開く。その後辰巳がまた何か耳打ちすると、やがく悔しそうに顔歪めて、諦めたかのように目を閉じた。

辰巳はそこらにあった木片を咥えさせると、まず、両足を落ちていた紐で縛り血を止めて、次に剣を抜いて、その潰れた足を両断した。

「――――――――ッッ!?」

「すまない。我慢してくれ」

痛みに悶える女性。ちなみに、子供の方は、気絶させておいた。

この歳で、血を見せるのは、とてつもなく酷な事だから。

女性の脚は、修復不可能なほどに潰れていた。

だから、一度切断して止血した方が、生存率はあがる。出血量は、問題はない。

辰巳は立ち上がる。

そして、また走る。

いくつもの泣き声を聞いた。その度に、救助をした。

ふと、何人目かの救助で、手遅れで、すでに死んだ少女を助け出した時、その父親らしき男が、辰巳の胸倉を掴んだ。

「ッ!?」

「なんでもっと早く来てくれなかった・・・・!!」

父親は、両目から涙を流していた。

「どうしてもっと早く来てくれなかった!お前が早く来てくれたら、娘は、娘は、助かったんだぞ・・・!!」

その言葉に、辰巳は、何も言えなかった。

もっと、早く、来ていれば・・・

「そうよ・・・・」

ふと、とある老婆が、辰巳に詰め寄る。

「アンタがもっと早く来てくれたら、ウチの息子は助かったんだ・・・・!!」

他の者からも、声があがる。

「そうじゃない・・・・」

一人の青年が、辰巳を指差し、責め立てる。

「これ、全部バーテックスの所為なんだろ?だったらなんでそいつらを早く倒してくれなかったんだ・・・」

「ッ・・・」

それは、すなわち、お前たちがしっかりしていれば、誰も死ななかった。という、主張だ。

しかし、辰巳は戦闘に参加しておらず、こうなった原因をよくは知らない。

「お前たちが早く、バーテックスを倒していれば、俺の家族は死ななかったんだ・・・どうしてくれるんだよ!!」

感情を爆発させるように、青年は、辰巳を責める。

「俺の姉さんも死ななかった」

「何をしていたんだ・・・・」

「お母さんを返してよ!」

「この役立たず!」

「力をもっておきながら・・・!」

「お前たちの所為で死んだんだ!」

「なんとか言ったらどうなんだ!」

「どう落とし前つけてくれるんだよ!」

何人もの、生存者たちが、一斉に辰巳を責め立てる。

それに、辰巳は、何も言えない。

皆、混乱しているのだ。

あまりにも突然に景色が変わり、あまりにも突然に大切な人が死んだ。

 

その、あまりにも突然な事に、誰もついてこれていないのだ。

 

だから、何か、ぶつける物が欲しいのだ。

 

その標的が、()()()に勇者である辰巳に向けられたのだ。

 

「人でなし!」「家族を返せ!」「お父さんを返して!」「母さんを返せ!」「弟が死んだ!」「お前の所為で!」「お前たちは俺達を守ってくれるんじゃなかったのか!」「妹をどこへやった!」「娘を殺した!」「ろくでなし!」「どうしてくれるのよ!」

 

ついには、石まで投げつけられる始末。

その発端は、まだ幼い子供だった。

子供に常識は、通用しない。力があろうとなかろうと、何かを変える力が無かろうと、子供にとっては、大切な人を、母親、父親を奪ったという事が、重要なのだ。

子供にとって、理由はそれだけで十分なのだ。

だから、今彼が思いつく最大の攻め方で、辰巳を攻撃しているだけに過ぎない。

だから、辰巳は、何も言わない。言えないのだ。

そして、その様子を、遠くから見ている者が一人。

「・・・・酷い」

ひなただ。

辰巳が出て行ったあと、すぐに病院を出てかけつけたのだ。

どういう訳か、病院だけは無事で、その周辺全ての建物が崩壊していた。

数々の悲鳴が聞こえるなか、ひなたはなりふり構わず、辰巳を追いかけた。

そして、目にした光景がこれだ。

感謝される事は無く、尊敬される事もなく、ただ民衆の怒りのはけ口になっている、愛する人の姿を、その眼に納めてしまった。

何故、彼が責められている?何故、彼が責められなければならない?

彼は、今回の戦いには参加していない。だから、こうなってしまった責任は、彼にはない。

なのに、何故、彼は今、責められている?

彼を責める所は、どこにもない筈だ。

責めるというのなら、今回の戦いに参加した者達だろう。なのに、何故、彼一人が責められなければならないのだ。

 

許せない。許せない。許せない。許セナイ、ユルセナイ・・・・!

 

「ハア・・・ハア・・・ハア・・・」

鼓動が激しい。息が荒くなる。虫唾が走る。胸を掻きむしりたくなる。

胸の中ではマグマのような激情が迸り、ひなたは、だんだんとその理性を失っていく。

 

その時、彼女の変化に気付いた者は、誰もいない。

 

彼女の髪が金色となりかけ、彼女の激情を現したかのように、風になびかれた訳でもないのに、波のようにうねったのだ。

 

 

 

それは、とある英雄の妻。

しかし夫であるその英雄は、口論となってしまった王妃の策略により暗殺され、その事件がきっかけで、醜い復讐に駆られた悪鬼となった、復讐の鬼女。

その名は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、その力が解放される事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如として、どこからか、とても愉快そうな高笑いが聞こえた。

その場にいた者が、一斉にそちらに視線を向けた。

そこには、赤い彼岸花の装束を纏った、一人の少女がそこにいた。

「―――失礼、愚民が何の罪もない男を責め立てるこの状況は、実に滑稽過ぎて、思わず大笑いしてしまったわ」

その少女は、あまりにも醜悪な笑みを浮かべて、こちらを見下すかのような視線を、大衆に向けていた。

その少女は―――

「こ、郡千景・・・!?」

「なんでこんな奴が・・・」

そう、現在絶賛嫌われ者扱いされている勇者、郡千景だった。

「千景・・・・お前、確か・・・」

「ちかげ・・・さん・・・?」

さらに、予想外の人物の登場に、辰巳もひなたも驚いていた。

「お、おいお前・・・!」

ふと、一人の男が、千景に歩み寄る。

「どうしてくれるんだ・・・どうして、俺達がこんな目に合わなくちゃいけないんだ・・・・どうして、俺の家族が死ななくちゃいけないんだよ・・・なあ、答えろよ」

男が、千景を指差し、叫ぶ。

「答えろよ!郡千景ぇ!」

千景に対する民衆の評価は最低。嫌悪と軽蔑の対象であり、悪の象徴。

それが、今の千景の立場。辰巳からの視点では、勇者は、守れなかった事に、責任を感じて何も言えない筈だった。

だが、千景は、男のその主張を、あろうことか――――

「ふんッ!」

「げぼあ!?」

 

()()()()()()()()

 

『な―――ッ!?』

蹴り飛ばされ、宙を舞い、そして、瓦礫だらけの地面に叩きつけられる男。

その光景に、周囲の人間は何もいえず、そして――――

 

「――――アハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」

 

千景の笑い声だけが響いた。

「な、何が可笑しいんだよ・・・!?」

一人の男が、千景に向かってそう言う。

「何が可笑しいって、()()()()()!お前たちの所為で人が死んだ?家族が死んだ?()()()()()()()!死んだのは全部自分の責任でしょう?なのになぜ他人の所為に出来るのかしら?滑稽過ぎて笑えるわ!!アハハハハハハ!!」

本当に、楽しそうに、面白そうに笑う千景。

「ほんとっ、愚民の考える事は愚鈍で滑稽ね。自分の命欲しさに他人を見捨てて、自分の幸せの為に他人を不幸にして、挙句の果てには責任転嫁して他人を責め立てる救いようのないクズども・・・・大義名分とか思ってるのかもしれないけど、ふふ、ほんとっ、これだから愚民は滑稽で飽きないのよねえ」

「な、なんなんだよお前・・・!」

「お、俺達の気も知らないで・・・!!」

「知らないわよお前ら愚民の気持ちなんて。お前たちは、いつも牧場で育てられている家畜どもと同じ。そんなただ喰われるだけの存在の気持ちなんて、考えたくもないわ。むしろ反吐が出る」

千景は、民衆を見下す。

「私は勇者よ?お前たちとは違う。力があり、いつでもお前たちを()()()()()皆殺しに出来る、特別な人間よ?そんな私を前にして、よくそんな口が利けるものね。ねえ?愚民ども」

あまりにも冷徹で、汚い家畜を見るような目。

そんな冷徹な眼を前にして、民衆は何も言えない。

辰巳とひなたも、茫然と見る事しか出来ない。

「そう言えばお前たち、ネットでは随分と私の事をディスってたみたいだけど、いるのかしら?人が見ていないような所でしか陰口叩けないゴミ共は」

その言葉に、何人かが反応する。

「そういう奴らがいるから、この社会は良くならないのよねぇ。まあ、どうせ民衆も心のどこかではそう思ってるんでしょう?自分達を守れない役立たずども、ってね。全く、馬鹿すぎて呆れてものも言えないわ」

その言葉に、一人の男が声をあげる。

「ほ、本当の事だろ!?」

「はあ?何勝手に責任転嫁してくれちゃってんの?言ったでしょう?()()()()()()()。お前たちが死のうが死なないが、私には関係無いわ。私はただ単純に敵を屠っていただけ。お前らの為に戦っていた訳でも、ましてや、お前たちの命なんざ、考えてる訳ないでしょう?お分かり?私にとって、貴方達なぞどこにでも蟻と同じ、踏めば死ぬ虫けら同然なのよ」

完全に、民衆を見下している千景。

「千景・・・どういうつもりだ・・・・?」

「千景さん・・・何を・・・・」

その千景の言動に、辰巳とひなたは、何も言えない。

「・・・・せえ」

ふと、誰かが呟いた。

「ん?何か言ったかしら?」

「うるせえんだよ!なんだよさっきから好き勝手言いやがって!俺達がゴミだと?だったらお前はそれ以下のクズだ!」

男は、喚くように叫んだ。

「お前のような奴に、どうこう言われる筋合いなんかねえんだよ!!こっちだって必至に生きてんだ!それなのになんでお前はそんな事言えるんだ!どうしてお前は簡単に人を傷つけるような事を言えるんだよ!!」

男の主張に、他の者達も賛同して、千景に向かって()()()()()()

 

だが、それは突如として、男が倒れた事で止まった。

 

「ぐあ・・!?」

男の左肩。そこに、尖った瓦礫が突き刺さっていた。

「・・・よし、命中。ナイス私のエイム力」

千景が、手頃な石を男に向かって投げたのだ。正真正銘、勇者の膂力で。

「はっ、よわ。そんなんでよく私にそんな口が聞けたものね。滑稽すぎて逆にわらえ―――」

「おい」

突如として、かなり重い声が、その場に鳴り響いた。

その声の主は、他でもない、辰巳だった。

「お前、自分が何をしたか、分かってるのか?」

辰巳の、深淵のように濃い殺気を叩きつけられている千景。

一瞬、怯えたかのような素振りを見せたが、すぐに、先ほどの笑みを浮かべて、肯定する。

「ええ。何?足柄さん。そんな愚民一人の為に、まさかブチギレてるのかしら?はっ、馬鹿らし」

「馬鹿なのはお前だ。千景。なんでこんな事をする?」

「なんで?そうねぇ、敢えて言うなら・・・・」

次の千景の発言は、流石の辰巳も、絶句をせざるを得なかった。

 

「私がこの災害を引き起こした張本人だからかしら?」

 

その時、辰巳は、頭を重い鈍器で殴られたかのような衝撃を喰らった。

この、災害を、彼女が引き起こした?一体、何の冗談だ・・・?

「なん・・・だと・・・」

辰巳が、表情を強張らせて、そう呟いた。

そして、辰巳の心情を見抜いたのか、これまでにない程に、千景は嗤い転げた。

「何その顔!?物凄く受けるんだけど!?まさか私がこの大災害を引き起こしたとは思わなかった訳!?何それ、間抜けにも程があるんだけど!?」

あまりにも可笑しいのか、腹を抱えて笑い出す千景。

「ねえ!?今どんな気持ち?どれほど驚いてる?今まで信頼していた奴に裏切られる気持ちってどんな気分?ねえ?どんな気分なの?教えてよ足柄さん?ねえ、ねえ!!」

とても、とても愉快そうに笑う千景。

「信じられない?だったらもう一度言ってあげるわ。この大災害を引き起こしたのは私よ。この、郡千景が、樹海を破壊し、この街を破壊してやったのよ!!」

両手を広げて、抑えきれぬ感情を吐き出すかのように、嗤い叫ぶ千景。

「・・・・何が、可笑しい」

「ええ?何か言ったかしらぁ?」

「何が可笑しいんだ!?お前がこの災害を引き起こした?一体なんの冗談だ!?」

「二回も言ったのに、まだ信じられないのかしら?私がこの災害を引き起こしたの張本人よ。いやぁ、まさかこんな事になった責任を全部足柄さんに押し付けられているなんて思いもよらなかくて、思わず笑っちゃったわよ。いやぁ、実に楽しい状況だったわ」

「どうしたんだよお前・・・・なんで、こんな事をやってるんだよ!?」

「はっ、何をいまさら。それを聞いて何をするの?復讐?報復?説得?悪いけどどれも無駄よ。何をやっても、何もかも手遅れだから」

千景は、なおも高圧的な態度をやめない。

そこで、ふと、辰巳は、ある事を聞いた。

「おい。若葉はどうした?」

「・・・・」

「若葉は、どうしたんだ?」

ここで、初めて、千景の言葉が止まった。

そして、見た。

 

千景の眼に、微かな憂いを。

 

「・・・・・まさか」

辰巳が、その先を言おうとする前に、千景が口を開いた。

「さあ、どっかでくたばってんじゃないのかしら?」

笑みを引っ込めて、冷徹な表情で、そう告げた。

「・・・・そう、か」

そこで、悟ってしまった。

千景が、どうして、あんな態度をとっているのか。

「・・・・お前が、この大災害を引き起こしたんだな」

「ええ?何度も言わせないでくれないかしら?」

「そうか・・・・」

「ああ、そうだ。この際だから言わせて貰うわ」

ふと、予想外にも、千景が新たに何かを言おうとする。

 

「土居球子と伊予島杏を殺したのは私よ」

 

「―――な・・・!?」

それは、まったくもって予想外な言葉だった。

「何をいって・・・」

「あの時言ったのは全部嘘。実に楽しかったわ。貴方達がバーテックスに気を取られている間に不意を突いて伊予島さんを昏倒させて、その後にじっくりと体を解体してやったわ。あとから来た土居さんは、すぐ傍に来てたあのサソリの攻撃の楯にさせてもらったわよ。あの人が持ってたものと同じようにね」

昔の事を思い出すかのように、そして、その時の感覚を思い出すかのように、嗤う千景。

「何?その顔?」

辰巳の表情を見て、また千景は嗤い転げる。

「何その間抜けな顔!?何?もしかしてすんなりと信じちゃったわけ?あの洞察眼に優れた足柄さんが、まさかこんな間抜けな嘘を見抜けなかった訳?なんて間抜けなのかしら?間抜けすぎて逆に尊敬するわ!?アハハハハハハ!!!」

高笑いが響く。

辰巳の周囲から、小さな陰口が聞こえた。

「なんて奴だよ」「最低なクズだ」「なんであんな奴が勇者やってんだよ」「ふざけんな」「仲間を騙してたなんて」「酷い」

勿論、千景が言っている事は嘘だ。

杏と球子の死の瞬間は、勇者全員で見ている。

今、こんな嘘をついている理由は・・・

「馬鹿野郎・・・・ッッ!!!」

辰巳は、悔しそうに、本当に悔しそうに、歯を食い縛った。

「辰巳さん・・・・」

ふと、ひなたが、辰巳に話しかける。

「千景さんの、言ってる事は・・・・」

「・・・・ここから先は、何も言わないでくれ」

歩き出す辰巳。それに気付いた民衆たちが、道を空けるかのように、どいていく。

「・・・・全部、嘘だったのか」

「・・・・ええ」

「・・・・今までの、思い出も、表情も、涙も、全部、全部・・・・嘘だったのかッ・・・・!!」

辰巳が、背中の剣に手を伸ばす。

「ええ、全部、ぜぇんぶ、嘘よ」

千景が鎌を構えた。そして、醜悪な笑みで、そう答えた。

「そう、か・・・」

やがて、辰巳の中で、一つの諦めが決まって、一つの決心がついた。

剣を引き抜き、辰巳は、千景を睨み付けた。

「だったら俺は――――お前を許さない」

「あ、そう、勝手にすれば?」

 

 

やがて金属音が響いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

郡千景は、大量殺戮の現行犯の元、拘束された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大社。

そこにある、巫女の宿泊施設にて、足柄火野は、とある場所にやってきていた。

そこは、数日前の大災害を引き起こした張本人、郡千景が収容されている、独房。

一片五メートル面積二十五平方メートル、高さ三メートルの、コンクリートで出来た、地下に作られた独房だ。

扉は鋼鉄で出来ており、そう簡単には破られないように出来ている。さらに壁が丈夫で分厚いため、破ろうとしても徒労に終わるだけの、シンプルで頑丈な造りとなっている。

天井には地上に真っ直ぐ繋がっている通気口があり、そこから換気が常に行われている。

さて、たった一人、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を、何故、地下にあるこんな頑強な所に収容していおく必要があるのか。

 

理由を、火野は知っている。

 

ふと、何人かの男や巫女たちとすれ違った。どれも大社で働いている役人たちだ。

巫女の任期は十八まで。それを過ぎれば神樹との繋がりは断たれるが、そこから先をどうするかは、彼女たち次第だ。

ただ、今気にするべきはそこではない。

 

彼らから、()()の匂いがする。

 

(今回は()()()()か・・・)

火野は、自分を、とても残酷な人間だと思っている。

独房の二重扉を開け、中にいるであろう、郡千景の姿を見る。

 

しかしそこにいるのは、あの日、人々を罵倒して笑い転げていた少女の姿は無かった。

 

服は引き裂かれ、体中には切り傷や痣だらけで、スタンガンを直に受けたかのような痕もあれば、爪を剥がされた様子も見られる。

首は締め付けられていたのか、手首足首には押さえつけられていたからか、腹には殴られたのか、あちらこちらに絞められたことによる痕がついている。

さらに、いくつかの注射の後もあり、まともな反応も示せていない。

そんな彼女に、火野は声をかけた。

「ほら、起きてください。治療の時間ですよ」

そう、声を投げかければ、彼女は、体を起こした。

薬によって意識が朦朧としているからか、それともそうする以外にする事がないからか。

顔をこちらに向ければ、()()()()()()()いつもの彼女の顔が見えた。

 

右目は使い物になっておらず、頬には三本の深い切り傷。口には()()()()()()()()()()()痕があり、首には火傷、髪はばっさりと切られ肩あたりにまで短くなっている。

 

醜い、とは、この事だろうか。

今の彼女は、人として、あまりにも醜かった。

残った左目に生気は無く、もはや、生きる屍のようだった。

火野は、持ってきた救急箱の中から、一本の注射器を抜き出す。

「さて、まずは薬を抜きましょうか」

火野は、躊躇いも無しにその注射器を千景の首に刺す。

千景はなんの反応も示さず、それを受け入れる。

次に火野は、彼女につけられた傷の治療をする。

 

 

 

何故、火野がこんな事をしているのか。

 

 

 

 

 

 

この発端は、郡千景が捕まった四日後の事。

その日、火野は、千景に聞きたい事があって、千景のいる独房を訪ねた時だった。

独房の中から、悲鳴が聞こえた。

偶然にも開いていた扉の隙間から、中を覗いてしまった時、見てしまったのだ。

千景が吊るされて、ただただ、巫女たちの怒りのままに殴られているその姿を。

いや、巫女だけではなかった。家族を殺された大社の役人たちもいた。

巫女や大社の者たちは、涙を流しながら、千景を殴り続けていた。それだけではなく、カッターやナイフなどを使って、彼女の体に傷をつけていた。なるべく、彼女を苦しめるようにするためか。

その時、火野は気付いてしまった。

 

その状況に、何も感じなかったのだ。

 

恐ろしくなる事もなければ、面白半分に混ざろうとも思わなかった。ただ、何も感じず、不快なだけだった。いや、不快ではなかった。本当に、何も感じなかった。

 

人が傷付くさまを、何も感じず、怒る事も、面白がることも、何も。血を見ても震える事も無く、ただ、その状況を冷静に見る事が出来ていた。

やがて、気が済んだのか、彼らが彼女を攻撃する事をやめたところで、火野は出た。

そして、彼らに言った。

 

『私が治療する。そうすれば、もっと苦しめる事が出来るでしょう?』

 

そう言った時、微かに、千景が笑ったように見えた。

 

 

 

 

 

 

そうしてこの一ヶ月、ずっと、火野は、何の意味も無く家族を奪われた者達の怒りを受け続けている彼女の治療を続けていた。

しかし、流石に見るのも飽きてきた。

(そういえば、そろそろ彼女の刑を何にするのか決まる頃だったか)

他人事のように、火野はふとそう思った。

(確か、会議の際にでたのは・・・・)

一つ、彼女は死刑にすべきだ。

二つ、勇者という御役目を汚した彼女の死体を処理するのは嫌だ。

三つ、多くの人々を殺した罪を償わせるために、彼女には生き地獄を味わってもらう。

四つ、街を破壊したので、それ相応の借金を背負わせるべき。

五つ、どうせ死ぬのだから借金なんざ背負わせるだけ無駄。

(・・・・などだったか)

他にも多くでたような気がしたが、考えるのも億劫だった。

だが、このまま死なせるのも惜しい。

今、死刑に処しても、街の人々の中に納得しない者が出るかもしれない。

さて、どうしようか。

「う・・・・あ・・・・」

「ん、薬が抜けて来たようですね」

「う・・・・ひ・・・・の・・・・・」

「黙っててください、集中できません」

現在、千景はうつ伏せの状態になっている。

(それにしても死刑なんて、彼女はもはや人間以下の存在に成り下がっているというのに、何故そこまでの事をしなければならないのか・・・・せめてその証拠を創ってしまえばいいのに・・・)

ふと、火野は、千景の傷だらけの背中を見た。

切り傷や打撲だらけ、さらに紐で縛り上げられたのか、それによる痕もあった。

そこで火野は、とある本で読んだことを思い出した。

 

ある貴族は、その体に自分のものの証明として、その体に刻印を刻んで、自分のものと主張したと・・・

 

「・・・・この手があった」

火野は、一人そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千景が、あの大災害を引き起こして、数日が経った。

 

 

 

 

 

 

辰巳の口から、千景の事を聞いた友奈は、まず、烈火の如く怒った。

「ぐんちゃんがそんな事するわけない!!」

友奈には、信じられないのだろう。

目覚めて早々、千景が街を破壊したなんて、混乱して怒るのも、当たり前なのだろう。

「・・・お前が、そう思うのは勝手だ。だが、他でもない千景が肯定しちまってる。大社も、おそらくその方が都合がいいからって話を進めるだろう」

「それなら直談判しよう!ぐんちゃんがそんな事する訳がないって、ちゃんと言えば・・・・」

「そんなんで民衆が納得してくれるならな」

「そんなの関係ない!友達より、世界を取るなんて、私には出来ない!」

「お前が何と言おうと、もう千景の有罪は決定的だ。どんなに俺達が喚いても、余計アイツの立場が悪くなるだけだ」

「でも・・・そんな、そんなのって・・・!!」

とうとう泣き崩れる友奈。

そんな友奈を、辰巳は見下ろす事しか出来ない。

「・・・・これは、俺の勝手の推測だがな」

辰巳は、膝を着いて友奈に言う。

「アイツは、本来なら勇者全員で背負うべきものを勝手に一人で背負い込んだんだ。俺は、ただアイツの意思をくみ取っただけだ。それで何も悪くないと言えば、嘘になるが、それでもアイツは、一人で背負うって事を選んだんだ。俺は、そんなアイツをこう思う」

辰巳は、躊躇いも無く、その言葉を言った。

 

「―――救いようのない馬鹿」

 

その言葉に、友奈は息を飲んだ。

「なんで俺達を頼らない。どんな事になっても庇ってくれる仲間がいるのに、なんでアイツは俺達を頼らなかった。たった一人で背負うものじゃないのに、なんでアイツ一人だけ背負わなければならない。そんな俺達の想い踏みにじってアイツは勝手にあの道に突っ走った。相談もせずに一人勝手にだ。結果、アイツは今現在厳重な監視の元に拘束されている。そして全国民全てを敵に回している。いいか友奈。()()()()()()()()。俺達はアイツの思い通りの結末を迎えちまったんだよ。もう、後戻りはできないし、助ける事も出来ない。そんな事になった結果を作ったアイツを馬鹿と言わないでなんて言うんだ?少なくとも俺は、そう思う」

辰巳は立ち上がって、病室を出ていく。

「どちらにしろ、もう何も出来ない。お前に、そして俺もな」

扉が閉まる。

その後一分も経たずして、病室の中から、友奈のすすり泣く声が聞こえた。

「・・・ッ!」

思わず壁を殴ろうとして、やめた。今の自分の筋力はあり得ない程に強化されている。一挙手一投足、その全ての行動が何かの破壊に繋がってしまう状態だ。

だから、辰巳は、このやるせない気持ちを、どこにぶつけるべきか、分からなかった。

廊下を歩いて、自分の病室に戻ろうとする。

しかし、その辰巳の向かう先に、一人の少女が立っていた。

その少女というのは―――

「・・・・火野?」

「こうして会うのは久しぶりですね、お兄」

 

 

 

 

 

 

病院の屋上にて。

「千景の刑の内容が決まりました」

想定内、とまではいかないまでも、予感はしていた。

「・・・どんな内容だ?」

辰巳は、火野に聞く。

火野は、淡々と、冷淡に答えた。

「・・・・全人権の剥奪」

「・・・・どういう意味だ?」

「そのままの意味です。彼女は、今後の人生において一切の人権を剥奪、つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()として扱う事に決めました」

「・・・・」

その判決に辰巳は、()()()()()()()()()()()()

「分かりますか?人権が剥奪されるという事は、それは家畜と同じ。ただ使われるだけの存在です。人として生きる事は許されず、人の常識を使う事も許されず、人として買い物する事も許されず、人として暮らす事も許されず、人の法律に訴える事も許されず、人と対等に関わる事も許されず。ありとあらゆる()()()()()()()()()()()()()()()んです」

即ち、こっから先の人生、千景は生きている中で人とは扱われなくなる。

生きていても人ではなく、死んだとしても人として扱われず、不当に、そこらにいる動物と同じように、弄ばれても、虐められても、たとえ殺されたとしてもだれも文句は言わない。

さらに、人権もないから()()()()()()()()()()()()()()()。そして、また、彼女が法を犯した場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

即ち、人間以下の存在に成り下がる事と同義だ。

 

彼女は、もうこれからの人生、誰から何を言われても、反論も出来ないし、殴られても警察に掛け合う事も出来ない。

全ての人間が彼女を見下し、人間としては扱わない。

「そんな訳です」

ひと、火野が口を開いた。

「人でなくなった彼女の戸籍は抹消される為に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「な・・・!?」

さらに予想外な事に、辰巳はまた驚く。

「なんでだ!?」

「なんでとはおかしなこと聞くんですね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

火野の言葉に、絶句する辰巳。

「大罪人、といってもいいのでしょうけど、生憎と彼女はもう()()()()()()()()。故に、大罪()という表現は正しくない。そして、もう人ではない彼女に人だった頃の名前は必要ないと判断され、新たに大社で名前を付ける事にしました」

その名は―――

 

 

(クサビ)

 

 

「楔・・?」

「ええ。楔は、本来は物を割ったり、物と物とが離れないように圧迫する事という矛盾した用法を持つ道具の一種です。割る為の道具であり、離さない為の道具。この二つの矛盾と同じように、人としての権利が無いのに、人の形をしているという矛盾した存在である、という意味を込めて、そう名付けました。故に、彼女のこれからの名前は、楔という事になりました」

そう言い終えた火野。

「・・・・・それで、千景から全人権を剥奪・・」

「楔、ですよ」

「知るかそんな事。でだ。千景から全人権を剥奪するのは良い。だけど、それならアイツは一体どこで・・・」

「ああ、それなら――――」

火野は、冷徹な笑みを浮かべて答えた。

 

 

「――――死体の処理がめんどくさいので()()()()()()()()()()()きました」

 

 

気付けば辰巳は火野の胸倉を掴んでいた。

「・・・どういう意味だッ・・・・!?」

「う・・ぐ・・・どういう・・って、そのままの・・・・意味・・・です・・・・樹海を破壊した、不届きものの死体なぞ、埋めてやる価値すらないと()が判断して・・・・結果、神樹様から遠い地域で勝手に野垂れ死にさせれば良いんじゃないかと・・・・()()()()()()()()

「ッ・・・!?」

胸倉を掴まれると共に首を軽く締められている火野が、苦し紛れにそう言う。

「そういえば、言ってませんでしたね・・・・どういう訳か楔の刑はどうするかで結構揉めていたので、私が全人権剥奪の刑を提示しました」

「なんだと・・・!?」

「何もかも、あまねく全ての権利を剥奪する。さらに、()()()()()その証として背中に焼き印をして、会話する事を出来ない様に()()()()()。そして、その情報を全てのメディアに提供。テレビ、新聞、ネット、SNS・・・・あまねく全て何もかも、四国全域の病院や警察にさえも情報を流して、彼女が誰も頼れないようにした。()()()()()()()()ように動いた。もう、この四国に彼女の居場所は存在しません」

「火野・・・てめぇ・・・!!」

火野の衣服を掴む手に、さらに力を籠める。

「うぐ・・・にくい・・・ですか・・・?でも、それ・・・()()()()()()()()?」

「ッ・・・」

「彼女を・・・殺戮者郡千景を捕まえたのは、他でもないお兄です・・・その事実を、破壊された街の人々は全員知ってします。そしてこう思っています。『足柄辰巳は郡千景という『クズ』を成敗してくれた乃木若葉に次ぐ英雄』、だと」

否定したい、と思う辰巳だが、千景を仕留めた時の歓声を背中に受けた時の事を思い出して、酷い背徳感を覚えていた。だが、それでも、この四国を全滅させない為にも辰巳は―――一を斬り捨てて全を取ったのだ。

それは、人として正しい事なのだと、誰もが言うだろう。

だって、人は、否、この世に生きとし生ける全ての生物は――――

 

 

――――失う事でしか強くなれないのだから。

 

 

「・・・・」

辰巳は、大人しく火野から手を離した。

「・・・軽蔑しますか?」

「・・・いや」

「そうですか・・・この話は、他の勇者にも言います」

「いや、俺から伝えておく」

「そうですか・・・・では、私はこの後も、大社で色々と仕事があるので」

そうして、火野は去って行った。

その後、辰巳は、今この病院にいる、全ての勇者と巫女に、火野から聞いた事を、全て、あまねく何もかも、隅々まで話した。

 

歌野は、その表情をあまり崩さずに、黙って聞いた。

 

水都は、泣く事はしなかったが、その内容にかなり衝撃を受けていた。

 

友奈は、その場で泣いた。あんまりだ、と泣き喚いた。

 

ひなたは、多少の衝撃は受けたものの、話してくれた辰巳をねぎらった。

 

そして、つい先日目覚めた若葉は――――

 

「・・・そう、か」

「ああ、火野が話してくれた事として、今は高知にいるみたいだ。最も、どこに置いてきたかは、分からないがな」

「そうか・・・・ありがとう、話してくれて・・・」

若葉の声に、いつもの様な覇気は無かった。

 

 

千景を捕まえ、拘束して大社の人間に任せた後、すぐさま丸亀城へと向かい、そこで、血まみれの若葉を見つけた。

だが、見た所外傷はなく、どういう訳か傷があったであろう場所には、傷は一つもついていなかった。

だが、油断は出来ず、すぐに病院へと投げ込み、詳しい検査を行わせた。

ただ、その時辰巳が拾ったのは、若葉が愛用していた、折れた生大刀だった。

刀身は半ばからぽっきりと折れ、もはや修復は不可能。

結果として、若葉は勇者として戦う為の武器を失った。

 

 

 

そのショックもあってか、それとも、千景が捕まった事についてのショックか、若葉はここの所暗いままだった。

だが、頭を垂れていた若葉が、ふと、何かを呟き出した。

「・・・・千景は、確かに、暴走していた。精霊の影響で、確かに暴走していた。でも、それでも、私が大怪我を負って、気を失う前に、アイツ、泣いてたんだ・・・」

憎い筈なのに、嫌いな筈なのに、千景は、泣いていた。

「その後はおぼろげで、覚えてないけど・・・・アイツが、何かを叫んだ時・・・・傷口の痛みが引いて、そして、冷たくなってた体が温められたような気がしたんだ・・・・」

血が抜けて、心臓の鼓動が小さくなって、ただ、死ぬのを待つしかなかった、暗くて、寂しくて、冷たい感覚の中で、感じた温かい温もり。

「その時、思ったんだ・・・アイツが、私を助けてくれたんじゃないかって・・・だから、アイツは、最後の最後で、自分に打ち勝って、そして、私を守ろうとしてくれたんじゃないかって・・・そう、思った・・・思ったんだ・・・・」

辰巳は見た。若葉の顔から、煌く何かが零れ落ちた事を。

「なあ、辰巳ぃ・・・」

若葉は、掠れた声で、聞いた。

「どこで・・・まちがったんだろうなぁ・・・・」

それは、若葉の、人生初めての弱い部分の吐露だった。

「もっと、もっと、もっと・・・千景と、なかよく、していく、方法があったんじゃ・・・ないかって、そう思ってしまうんだ・・・もっと、仲良くしていたら、千景も、あんな風にはならなかったんじゃないかって・・・そう思ってしまうんだ・・・・われながら笑えてくるよ・・・・私は、リーダーなのに・・・仲間の思いなんて、何一つ考えてなかったんだ・・・千景が今どう思ってるかなんて、考えもしなかったんだ・・・アイツが、謹慎を喰らってた時に、意地でも会いに行くべきだったんだ・・・そうすれば、きっと、何か、変わった筈なんだ・・・・変わった・・・筈なんだ・・・」

若葉は、泣く。

全ては自分の責任だと、千景の心を理解しなかった、自分の責任だと、その結果が千景に全てを背負わせてしまう事になってしまった。

その事を、若葉は、悔やんでいるのだ。

「生大刀も折れてしまった・・・私は、これからどうやって、千景に償いをしていけばいいんだ・・・?」

嗚咽混じりに、そう、誰にでもなく問いかけた。

辰巳は、その姿に――――とうとう我慢できなかった。

「ッ・・・!」

「!?」

辰巳は、若葉を抱きしめた。

「・・・・辛いなら頼れ。お前は一人じゃない。償う為の答えも、一緒に探してやる。だから、もう、悲しまないでくれ・・・・!!」

辰巳に抱きしめられ、その温もりを感じて、若葉は、自然と抱きしめ返していた。

「・・・・うん」

その様子を、水都は、扉の横で聞いていた。

「・・・」

そして、その手に握る、かつて、諏訪で、歌野と哮と一緒にとった写真を見た。

やがて、水都は一つの決意を固めて、歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、郡千景が引き起こした災害は、のちに『千景(せんけい)災害』と呼ばれ、千景は、この先受け継がれる歴史において、『災厄の勇者』としてその名を刻んだ。

そして、『千景』の名は、忌み子に名付けられる名として、勇者の歴史に深く刻まれる事になる。

事実、それからの勇者たちの中で、『黒髪で眼が茶色の子』は、そのほとんどが()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()

故に、今から百四十年後に、否応なく、その『黒髪で眼が茶色の子』として生まれた『少女』全てにその名が与えられ、決して勇者の御役目を与えず、周囲から忌み嫌われ疎まれる存在として扱われた。そして、その名を与えられ、蔑まれてきた少女たちは、例外なく『郡千景』という存在を心の底から憎んだ。

また、彼女は新世紀においての最初の『咎人』、『楔』として生きていく事となる。

 

 

だが、この時、大社の誰もが予想出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

千景・・・楔は、流浪の果てに、とある男と出会い、その男と結婚し、子を儲けるという事を。

 

 

 

 

そして、その子がまた子をなし、遥か未来で―――また勇者として戦う事を。

 

 

 

 

この時、誰もが知りえなかった―――――




次回『オモイデ』

彼らは思い出す。今までの人生を。


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オモイデ

珍しく長くなった。

一万五千以上とは、我ながら打ち過ぎだな。わっはっは!

では本編をどうぞ。


夢を見た。

 

とても懐かしい夢を。

 

 

 

「なあなあ辰巳ー」

「なんだ球子」

ある日の事、もう二年も前の事になるが、球子が木刀を振るっている辰巳に声をかけた。

「この後付き合いタマえ」

「・・・別に良いが・・・」

そんな訳で訓練が終わった後に来たところというのは・・・

「何故アウトドアショップ・・・」

「いいからいいから。おおー、これなんかいいな!」

球子が手に取ったのは、彼女のものにしては幾分かサイズの大きいジャケットだった。

「おいそれ大きすぎないか?・・・お前に」

「う、うるさいな!」

思わず球子が顔を赤くして反論するが、すぐさま手に持ったジャケットを辰巳に向けた。

そして、そのままじっと辰巳をジャケット越しに見つめる。

そこで辰巳にはある一つの結論が出来た。

「・・・おい、まさかそれ俺のじゃ・・・」

「え?そうだけど?」

「何変な道に引き込もうとしてんだこのアウトドアガールがッ!!」

「変とはなんだ変とは!これでもれっきとしたしゅみの一部なんだぞ!」

「俺の趣味とは関係ねえよ!」

と、しばし口論した後に落ち着いて、改めて辰巳が球子に聞く。

「で、なんで俺の分を買おうとしてるんだ」

「そりゃあ無論、山登りに付き合って欲しいからだ!」

「なんでだよ・・・」

「山はいいぞぉ、川では魚が獲れるし、森では木の実や山菜なんかも採れるし、自然の中で感じる魅力もあるんだぞ。きっとお前も気に入る筈だ!」

「あ、そう・・・」

「ああ!その眼、さては信じてないな!よぉし!絶対だ!絶対にお前を山に連れて行って、山での生活の面白さって奴を教え込んでやる!!特に釣りの楽しさって奴を叩き込んでやる!!」

「はいはい、そうですか」

 

 

 

 

結局、この約束は果たされなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、別の日の事だ。

 

その日の放課後、辰巳は忘れ物をしたとかそういうのとかで(良くは覚えていない)教室に戻った時の事、そこで机に突っ伏して寝ている杏を目撃した。

(何してんだ・・・?)

しばしの逡巡のあと、辰巳は彼女を起こす事にした。

「おい、杏、起きろ。杏」

「んん・・・あと、五ページだけ・・・」

「そこはあと五分だろ・・・」

無駄なツッコミをしつつ、辰巳はなおも杏を起こしにかかる。

「ん・・んにゅ・・・・はれ・・・?」

寝ぼけているのか、舌があまり回っていない。

寝ぼけた状態で辰巳を見つめ、そのまま数秒、やがて意識が覚醒してくると・・・

「・・・・はわ!?」

ぼふん、とその顔を真っ赤にした。

「あれ!?私!?なんで!?辰巳さん!?」

「落ち着け」

「はうあ!?」

とりあえずチョップを叩き込んで黙らせる。

「うう・・・」

「それで、どうしてこんな所で寝てたんだ」

「ああ、それは・・・・」

気付くと杏の手には、一冊の本があった。

「ふむ・・・恋愛小説か」

「はい・・・って良く分かりましたね」

「妹が同じような本を持っていてな。その本と同じタイトルだったから、もしからと思ってな」

「ははあ・・・流石辰巳さん、私達の中で一番の洞察力と記憶力を持つ人・・・」

杏が何やら関心しているが、辰巳はそれにしばし苦笑いしつつ、何故こんな所で寝ていたのか聞く事にした。

「というか、なんでこんな所で寝ていたんだ?」

「ああ、実は昨日、これの前の一巻を徹夜して読んでしまって、で、そのまま次巻を・・・」

「なるほど、寝不足か・・・」

「・・・・辰巳さん?」

何故か辰巳の雰囲気が怖くなっている事に気付く杏。

「・・・・よし、杏・・・」

「ひぃぃ!?」

「徹夜した罰として、明日丸一日本読むの禁止な?」

「そ、そんな殺生なぁ!!」

ついつい泣き叫ぶ杏。

「うう・・・あんまりですぅ・・・」

「体調管理はしっかりやっとけって言っただろ」

「うう・・・・そういう辰巳さんは本とか読まないんですかぁ」

「読まない事は無いぞ。主に剣戟系の創作ものだが」

「ラノベですよねそれ!?」

あまりにも簡単に返された事にいじける杏。

「しかし、お前ほんとに本が好きだよな」

「あ、はい。本を読んでると、自然と本の中の登場人物になり切れるというか、本の世界に入れて、とても心が穏やかになるような、そんな感じがするんです。悲しかったり、辛かった内容だったら泣いてしまいますし、逆に楽しいと思えるなら笑う。そんな、沢山の感情がこの本の中に詰まってると、そう、思えるんです」

「ふーん・・・俺には良く分からないな」

「それでも、です。昔は、学年の違いで、前のクラスメートたちと溝が出来ていた時に、辛い気持ちから逃れる為に、読んでいただけなんですけど、今は、同じ勇者の皆さんがいます」

「・・・・そうか、良かったな」

「わ」

辰巳は、杏の頭を撫でる。

「むー、もう!いきなりなでなでしないで下さい!」

「悪いなー。お前の様な大人しそうな奴見てると、つい近所で飼われてた子犬の事を思い出してついな・・・・・うん」

「あ」

もはやお決まり、というべきか。過去が少しでも関わると落ち込む辰巳の悪い癖がまた出てしまった。

「近所の子犬・・・」

「ああ!お、落ち込まないで下さい!」

よほどショックなのか、膝を抱えて丸まってしまう辰巳。

「ああ・・・・」

普段はとても頼りになるのだが、バーテックスの侵攻が始まる以前は、こうして膝を抱える程にまで落ち込むのだ。

こうなるとしばらくは動かなくなる。

それにため息をつきつつ、杏はある事を思いつき、辰巳と同じように膝を曲げてしゃがむ。

「辰巳さん」

「・・・」

「もし、昔の事を思い出して、そうして落ち込んでしまうようなら、一つ、何かおまじないをして元気をつけて下さい」

「・・・おまじない?」

「はい。おまじない一つで、結構変わるものですよ?そうですねぇ・・・」

少し考え込んで、杏は、よし、と呟いてから辰巳に、おなじないの言葉を言った。

「『為せば大抵何とか為る』」

「・・・なんかの本の一節か?」

「いえ、私が考えました」

「・・・・そっか、為せば大抵何とか為る、か」

一つ呟いた後、立ち上がる辰巳。

「ありがとう杏、どうにかなりそうだ」

「それは良かったです」

辰巳の感謝の言葉に、杏も、微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

今思えば、あの言葉にどれほど励まされ、支えられた事か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・ん」

鳥の鳴き声で目覚める辰巳。

いつの間にか寝てしまったらしく、起き上がる。

体を起こすと、胸辺りに置いていた本があぐらをかいていた膝の上に落ちた。

それは、杏の部屋から持ってきた一冊の恋愛小説。

辰巳は今、森の中にいる。それも、川の傍で、釣りをしていた。

日差しに耐える為に、麦わら帽子を被り、何匹が釣った魚が、そばにあるバケツの中に入っていた。

合計、四匹。

それは、辰巳の知る、死んで、そしていなくなった勇者の数。

狗ヶ崎哮を始め、伊予島杏、土居球子、そして、郡千景。

最初の三人は死に、最後の一人は、遠い土地で、孤独に寂しく生きている。

その事実が、辰巳の心を締め付ける。

「・・・為せば大抵何とか為る」

辰巳は、丁度魚がかかったと思わせる竿の先の動きを見て、すぐさま釣り上げる。

その後、もう一匹釣って、その日は切り上げる事にした。

 

 

道中、ある程度瓦礫が撤去されたお陰で、人が通れる程度には道が開けていた。

だが、あの大災害、『千景(せんけい)災害』による建物の倒壊や、死者の把握などはまだ出来ておらず、唯一、無事だったのは、辰巳たちがいた病院と、丸亀城だけだった。

街の壊滅のために、ある程度の住人は病院や避難所で住む事となり、その為に食料を回さなければならず、とりあえず夕飯だけは自炊するという事で、今現在、辰巳がここ毎日魚を釣ってきていた。

丸亀城の石垣の階段を上ると、そこには、若葉がいた。

「よお」

声をかけると、若葉は、すぐに振り向いてくれた。

「辰巳か。どうだ、釣りの方は?」

「とりあえず人数分は釣ってきた。大きさに個体差はあるが、まあ大丈夫だろ」

「そうか。ならば今夜は焼き魚だな」

若葉は、そう言って、また、壊れた丸亀市の様子を見た。

「・・・今日もずっとここに立ってたのか?」

「ああ。生大刀が折れてしまった以上、あまりやる事がなくなってしまってな」

「いや、練習用の木刀はあるだろ?」

「そうなんだが・・・どうにも、やる気が起きなくてな」

若葉の生大刀は、半ばから折れてしまっために、神性を失った訳ではないが、修復は不可能だった。

故に、若葉は事実上戦力から外されてしまったのだ。

もちろん、勇者装束を纏っていれば多少体術で戦う事は出来るだろうが、それでも、戦力で劣るのは確かだ。

しかし、それは同時に、千景を失った事への心の傷を癒す時間を作ってくれたようにも見えた。

若葉の場合、居合をやっていればいいのではないかとも思うが、今の若葉にとっては、居合をやっていても、答えは見つからないだろう。だから、こうして、居合以外の方法で答えを探そうとしているのだ。

「俺は戻るが、夕飯時になったら呼ぶからな」

「ああ、分かった」

辰巳と若葉は、そこで別れた。

 

 

 

次に会ったのは友奈だ。

「あ、たっくん、帰ってたんだ。おかえり」

友奈は、笑ってそう答えてくれる。だが、どこか無理をしているように見える。

「・・・おう、ただいま」

「あ、今日も魚釣ってこれたんだ。すごいなぁ」

いつもの元気はとうにない。それは千景の事によるショックからくるものなのか。

「お前・・・疲れてるだろ?」

「・・・」

それに一瞬驚いたような表情をした友奈だったが、やがて観念するかのように笑った。

「あはは、すごいね。あっと言う間にバレちゃった」

「何年お前らを見てきたと思ってる。疲労貯めてることぐらい分かる」

「そっか、すごいなぁ。たっくんは」

現在、勇者たちの訓練メニューは、今自分たちが使える最強の精霊との同調を安定させる事だった。

杏の手記、そして、辰巳の状態、さらに、歌野に憑依した八岐大蛇の言動から、ある程度、精霊の力を引き出せるまで同調率を高める必要があるのだ。

その手っ取り早い方法が、精霊との会話。

だが、その為には自らの体に精霊を宿す必要があり、その度に瘴気が溜まっていくのはいなめない。

だが、それを気にしていられる程、今の状況はあまりよろしくない。

「それで・・・どうだった?」

恐る恐ると言った感じで聞く辰巳。

それに、友奈は、弱々しい声で。

「・・・ごめんね。今日は、少し休ませて」

「そうか・・・夕飯時には呼ぶからな」

二人はそうして別れた。

千景の刑の内容を聞いてから、友奈の元気があまりない。

いくら無限の体力及び元気を有する友奈でも、あの内容は流石に堪えたようだ。

だから、ここの所、空元気を見せてきているように見える。

 

 

 

次に会ったのは、歌野だった。

彼女は、何故か友奈と違ってそれほど疲労していないようだった。

「歌野?なんでお前はそんなに疲れてないんだ?」

「うわ、出会って早々それとはひどいわね。No Problemよ。結構八岐大蛇との同調も安定してきたから、楽に使えるようになっただけよ」

「そうか・・・」

「ただまあ、ここ最近の友奈の心は不安定になってるから、同調率も不安定になってるみたいだけどね。そう言う貴方は、ファブニールとの同調はどうなの?」

「これみりゃ分かるだろ」

そう言って辰巳は左腕の袖をまくって見せる。そこには、真っ黒い竜鱗に覆われた左腕があった。

「同調のし過ぎな上に力を使い過ぎたからな。肉体にまで変化を起こしてるよ。お前だってろうだろ?」

辰巳も言い返す。

事実、歌野の右目にも少なからず変化が起きていた。紅くなっているのだ。血のように真っ赤に。

「八岐大蛇、その力は俺のファブニールに匹敵するかそれ以上の強さを持っている。だから、俺と同じような変化が起きても可笑しくはない。だろ?」

「貴方には言われたくなかったわ・・・いえ、貴方だからこそ言えるのね」

歌野はもの悲し気な眼をして、すぐに気を取り直す。

「それよりも、みーちゃん見なかったかしら?」

「水都?朝にどこか出かけてくのを見たが・・・それっきり何も分かってないぞ」

「そう・・・知らないなら良いわ。シャワー浴びてくる」

「夕飯時には呼ぶ」

「よろしく。期待してるわ」

そう言って歌野は辰巳の脇を抜けて去って行った。

その後ろ姿を見送りつつ、辰巳も歩きだす。

 

 

 

最後に会ったのはひなただった。

「あ、辰巳さん。おかえりなさい」

「ただいまひなた」

ひなたは、どういう訳か球子の部屋から出てきた。

「球子の部屋の掃除か?」

「はい・・・球子さんのキャンプセットを避難所などに寄付した方がいいかと思いまして。その方が、タマっちさんも許してくれると思いますし・・・」

ひなたの声が、だんだんと声が小さくなる。

しかし、己を奮い立たせるように、声の調子を戻す。

「これから、杏さんの部屋を掃除するんです。ただ、いくつか本を持って行って、避難所の皆さんの気を紛らわす事が出来ればと思っています」

「そうか・・・魚置いたら手伝ってもいいか?」

「え、でも・・・・」

「頼む。夕飯まではまだ時間があるだろう?」

「・・・そうですね。お願いします」

辰巳は、すぐさま魚を部屋に置くと、杏の部屋に向かった。

やはり、杏の性格上、本を読む為に、部屋の中はとても片付いていた。

いくつもの本棚に、ぎっしりと本が並べられており、恋愛、SF、探偵、歴史、フィクションなど、さまざまなジャンルの本が、ジャンル及びあいうえお順にきっちりかっちりと並んでいた。

あいつらしい、と思いつつ、辰巳は杏の部屋を見渡す。そこでふと、驚異的観察眼を誇る辰巳の眼に、ひなたでも見落としそうな場所に、一冊の手帳がある事に気付いた。

気になり手に取って、開けて中身を読んでみた。

 

 

 

 

 

 

九月某日―――

今日から日記をつけてみる事にしました。

理由は・・・・なんとくなくです。

とにかく、今日の事について。

今日は、若葉さんとひなたさんに、あるうどん屋に連れて行ってもらいました。

この時、まだ私は、タマっち以外とはあまり仲良く出来てなく、あの足柄辰巳さんという人が怖くてあまり話す機会が少なかったと思います。

発端は、友奈さんが香川のソウルフードであるうどんを食べてみたいと言い出して、それに若葉さんとひなたさんがおすすめの店を紹介したからでした。

それで、そのうどん屋に行って食べてみた所、とても美味しかったです!!

『失われた時を求めて』のアルベルチーヌがマドレーヌの味から遥か過去を旅したように、いずれ将来、自分も過去の記憶を旅をしそうな程の衝撃を受けました。

友奈さんやタマっちもとても驚いていて、千景さんに至っては、食べながらそのおいしさを味わっていました。

何故か、辰巳さんだけはとてつもなく渋い顔していましたが・・・・

 

とりあえず、この日は、若葉さんとひなたさんのお陰で、うどん好きになってしまいました。

 

 

 

十月某日――――

先日、辰巳さんからの九十度謝罪を受けてから数日。

この日は皆さんにとても迷惑をかけてしまいました。

ネヴィル・シュートの『渚にて』という本を呼んでいたら、悲しくなって、ついやめられなくなって・・・・

その内に寝てしまっていたようで、気付いたら辰巳さんの背中に乗っかっていました。

その傍にはタマっちがいて、どうやら、皆必死に探してくれていたみたいでした。

一番最初に辰巳さんが見つけてくれて、その後にタマっちが来てくれて。

その時に、辰巳さんにぐちぐちよ説教を受けて、最後に『皆お前を心配してる』って言葉は、とても印象に残りました。

 

『渚にて』

その内容は、滅びゆく世界で、そこに生きる人たちが、終わるその時まで普段通りの生活をしていくという物語。

もし、今、この世界がそうであるなら、私たちは、きっと、大丈夫だよね。きっと。

 

 

 

 

十二月某日――――

この日はとても珍しい事がありました。

なんと、あの千景さんが、クリスマスという言葉に反応したのです。

すぐに友奈さんが嬉しそうに声をかけて、説明していたんだけど・・・・上手く伝わってなかったらしく、後から辰巳さんが正しい説明をしてやっと理解したようです。

ただ、千景さんの家ではクリスマスパーティはやらかったようで、それには、とても驚きました。

だけど、友奈さんは、やった事がないならやろうと言い出して、皆でクリスマスパーティをする事に決まったのです。

私とタマっち、友奈さんとひなたさんに千景さんで飾り付けをする事にして、辰巳さんがクリスマスツリー、若葉さんがパーティで食べるケーキや骨付き鳥を買ってくるという役割分担をしました。

楽しいパーティになるといいな。

 

 

 

 

 

 

二月某日。

今日はバレンタインデー。

そんな訳で、勇者の女子勢全員で、辰巳さんにチョコを送る事にしました。

ただ、皆、男の人にチョコを送った事がなくて、戸惑いながらも、どんなチョコが喜ぶのかを相談して、結局それぞれ違うものを送る事になりました。

辰巳さんは、苦笑いしながらも受け取ってくれました。そして、私たちの前で食べて見せてくれました。

一人一人、ちゃんと感想を述べて・・・まあ、長すぎな気がしましたけども。

それでも後で皆悶絶していた事は、この際黙ってておきましょうか・・・というか私も悶絶してたし。

 

 

 

 

 

 

十月某日

この日、三年前以来のバーテックスの侵攻が始まりました。

その時、私は、足が竦んで動けませんでした。

でも、タマっち先輩のピンチに、思わず体が動いて、そしたら、変身出来ていました。

辰巳さんの言った通りでした。どんなに戦うのが怖くても、それを乗り越えられるのが人間だ、て。本当に、その通りでした。

その日の侵攻は、若葉さんと辰巳さんのお陰か、快勝といった結果となりました。

本当に、若葉さんもそうですが、辰巳さんは凄いです。流石、私たちの中で、一番強い勇者です。

きっと、辰巳さんがいれば、私たちは、きっと負けません。私はそう信じています。

 

 

 

 

一月某日

 

この日、辰巳さんが、死にかけました。

 

辰巳さんの血を見た時、そして、辰巳さんが息をしていないと聞いた時、なんだか、自分が自分じゃなくなるかのように思えました。何も覚えてなくて、辰巳さんが救急車で搬送されるところまでは覚えていましたが、その先は、ただ茫然としていたと思います。

辰巳さんが息を吹き返したと聞いた時は、とても安心したのを覚えています。安心して、思わず気絶しかけたのも覚えています。辰巳さんが、まだ油断できないと聞いたのも、覚えています。

心配だった。とにかく心配だった。

我ながら、この精神状態で日記を書けている事には驚いていますが、たぶん、今日は一睡もできないかもしれない。

怖い、辰巳さんがいなくなるのが怖い。

辰巳さんがいなくなってしまったら、私は、私たちは、一体、どうすればいいのでしょうか。

 

 

 

 

 

一月某日

辰巳さんが危険な状態に晒され、そして何事もなく復活した事に驚いたその翌日。

なんだか、辰巳さんとひなたさんの間の空気が、とてもいい雰囲気になっていました。

まるで、恋人のような、夫婦のような、そんな、甘い関係のような。

まだ、確信は持てていません。ですが、どうしてでしょうか。

 

心が痛い。

 

前に、二人がデートをすると聞いた時と同じような。その時は、私が前に読んだ恋愛小説と同じ内容の展開だったので、特に気にしませんでした。ですが、その後のデートの日には、確かに心はずきずきと痛んでいました。それと同じような感じでした。

ただ、辰巳さんと、いつもより嬉しそうに話し合うひなたさんが、とても妬ましかったというのを覚えています。

どうして、こんな感情を抱いてしまうのか。まさか

 

 

 

 

――――その日の内容は、中途半端に途切れていた――――

 

 

 

 

二月某日。

改めて、辰巳さんとひなたさんが、正式に交際する事が決まったようです。

皆、祝福していて、二人は、とても恥ずかしそうにしていました。

私も、祝福しました。ですが、心の底では、とても悔しがっていました。

正直に言いましょう。

 

私は、辰巳さんが好き。

 

まさか、自分の初恋がこんな形で終わるなんて、思いもよりませんでした。

好きな事を、その相手が他の誰かと交際を始めたと言った所で自覚するなんて、我ながら、恥ずかしい限り。でも、だからといって二人の関係を引き裂きたくはない。せっかく、付き合えたのに、それがたった数日で破局してしまうなんて、私としても嫌だった。

好きな相手だからこそ、幸せになって欲しいとも思う。

ですから、これからの人生、二人の幸福がいつまでも続くように。そう、願っています。

そう、願っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日記は、まだまだ続いていて。

そのページをめくる度に、そんな事もあったか、と思い、そして、心に突き刺さった杭を、どんどん深く打ち込んでいく。

 

 

 

 

 

三月某日

昨日の晩、タマっち先輩が部屋にやってきて、花見をしようと言いました。

その事を皆に提案したら、皆賛成してくれました。

辰巳さんも、いつもの癖を出していましたが、とても楽しみにしてそうでした。

そこで、初めて辰巳さんのお母さんの名前を知りました。

 

桜良(さくら)』というそうです。

 

満開の桜のように美しく、良き人生を送れるように。そんな願いを込めた、名前だそうです。

その時の辰巳さんの顔が、とてももの悲し気だったのを、今、ここで書いている時でも思い出せます。

だから決めた。

そんな悲しい顔をしなくて済むように、私が辰巳さんを楽しませるんです。今回だけは、ひなたさんに悪いですが、辰巳さんを独り占めにさせてもらいます。

私が、辰巳さんを楽しませるんです。

それを思うと、今からでもとても心が弾んでしまう。

早く、お花見時になって欲しいです。

次の戦いも勝って、絶対に、皆でお花見をするんです。

 

きっと、必ず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日も若葉は石垣の上に立つ。

そして、今までの、千景との事を思い出す。

そして、また、泣いた。

もっと、千景と仲良くしていく方法があったのではないかと、今でも思ってしまう。

そうであったなら、今頃、この隣には、千景がいたのではないかと、そう思ってしまう。

この夕焼け時。たった一人見続ける事に、意味があるとは思えない。

でも、それでも、若葉は、この景色を眺めていたかった。

 

 

あれはいつの事だったか―――

 

 

 

 

一年前、まだ、バーテックスの侵攻が再開される前の事。

空が夕焼けに染まり、まだ崩壊していなかった街の姿を見ていた時の事。

「何をしているのかしら?」

ふと後ろから声を掛けられ、振り向けば、そこにはあきれ顔で若葉を見ていた千景の姿があった。

「千景か、どうした?こんなところで」

「それはこちらの科白よ。貴方こそこんなところで何してるの?」

「何って、この景色を眺めていただけだが・・・・」

「・・・あ、そう」

「なんだ自分から聞いておいて」

淡泊な反応に、思わずムッとしてしまう。だが、それが彼女なのだと、それ以上は何も言わなかった。

ただ、どうせ彼女もいるのだ。

「千景」

「なに?」

「一緒に見ないか?」

「なんでよ」

「どうせ暇なのだろう?」

図星なのか、何も言い返さない千景。

「綺麗だぞ」

また見てみれば、沈みかけた夕日の光と、昏くわずかにいくつかの星が輝く空が見えた。

「・・・・少しだけよ」

千景は、不承不承と言った感じで、若葉の隣に立った。

「・・・ねえ、乃木さん」

「なんだ?千景」

「どうしてあなたは、いつもここに来てるの?」

「・・・・そうだな」

若葉は、その問いに、なんとなく答える。

「この夕日を、というよりも、この街を見てると思うんだ。皆、ここで精一杯生きてるって」

「・・・」

「三年前のあの日、世界は奪われた。だが、ここに生きる人たちは皆、それでも頑張って生きているんだ。私は、そんな人々を見て、皆の持つ勇気を見て、私も頑張ろうと思えるんだ。だから、見ていられる。毎日、見て、日々の糧にしてるんだ」

「・・・よく、分からないわ」

「いいさ、それでも。いずれ分かる日が来るさ」

若葉は、笑って千景を見る。

ただ、その時、ほんの少し絶句したのを、彼女は覚えている。

風になびく黒髪が夕日に照らされて輝いて、その光が作り出す影の作られ方によって、目の前にいる彼女が、この世のどれよりも美しく見えた。

 

まさしく、絶世の美女のように。

 

その横顔を、もって見てみたいと思った。

「ぎゃん!?」

「ああ!?大丈夫ですか辰巳さん!?」

だが、それはふと聞こえた悲鳴と慌てる声によって中断されてしまった。

「今の声は、足柄さんと上里さんかしら?」

「え、ああ、そうだな」

「・・・どうしたの?」

「え!?い、いや!なんでもないぞ!」

その時は、どうにか誤魔化してみせた事を思い出す。

あの時の彼女の怪訝そうな顔も、不意に可愛いと思ってしまった事も、どうにも否定できない。

 

 

 

 

 

 

「・・・千景」

気付けば、また泣いていた。

もうあの横顔は見れないのか、もう彼女の悪態を聞けないのか、もう、彼女と笑い合う事さえも出来ないのか。

そう思うと、どんどん涙が溢れてくる。

これほどまでに、涙が出るなんて思わなかった。

杏や球子の時は、どうにか我慢できたのに、千景の事を思うと、何故か、涙が止まらない。

たぶん、いや、きっと、ひなたが死んだ時でも、ここまで涙は流さないかもしれない。

(ああ・・・そうか・・・)

それで、気付いた。

 

(私は・・・千景に・・・恋をしていたのかもしれない・・・・)

 

寡黙で、ゲームが好きで、あまり主張せず、その癖負けず嫌いで、容姿も良くて、よく拗ねて、本心をぶつけてくれて、何かに気付かせてくれて、誰よりも勇者であろうとして、友達を大切に思ってくれる、彼女が、千景の事が、若葉は、好きだった。

「は・・・今更こんな気持ちに気付くなんてな・・・さらに同性相手にとは、我ながら、呆れ果てたものだ・・・」

涙はなおも流れ続ける。嗚咽も止まらない。

ただ、悲しくて哀しくて、悔しくて口惜(くや)しくて、情けなくて。

彼女を、千景を守ってやれなくて、胸が今にも張り裂けそうだった。

心が、圧し潰されてしまいそうで、とうとう膝が折れる。

「う・・・うぅ・・・・」

頭を垂れて、胸を掴んで、必死に溢れ出る激情を抑え込もうとするも、どうしても声が漏れてしまう。

今は、ただ、その場でうずくまったまま、何もしたくない。

そう、思った時。

 

「若葉さんって、あんまり泣かないイメージがありますけど、そんな風に泣くんですね」

 

ふと、聞こえた声に、若葉は、顔をあげた。

横を見れば、そこには、何かの包みを抱え、若葉に向かって微笑む水都の姿があった。

「少し意外でした」

いたずたっぽく笑う彼女に、若葉は、自虐的な笑みを浮かべる事しか出来なかった。

「は・・・まさかお前にこんな情けない姿を見られるとはな・・・・」

「別に、悲しい時は泣いたって良いんですよ。特に、こういう時は」

水都は、若葉に向かって歩み寄る。

「でも、いつまでもそうしている暇は、ありませんよ」

水都は、若葉のすぐ傍で、その布包みを解く。

 

それは、一本の太刀。

 

黒鞘に刀身を隠されたその刀は、とある神秘性を感じさせた。

「・・・それは」

「これは、哮さんの刀です」

「なんだと・・・!?」

「名前は、『倶利伽羅剣(くりからけん)』」

 

倶利伽羅剣。

それは、不動明王が右手に持っていたとされる、炎を纏いし剣。

悪神百鬼を討ち滅ぼす力を持つ明王の中で最強の力を有する不動明王の剣の力は、悪意持つ者の全焼。

そこへ哮の扱う魔神の炎が加われば、確かにそれは炎の能力において、最強の力を有していても可笑しくはないだろう。

 

 

「これを、貴方に受け取って欲しいんです」

水都は、その刀を、若葉に差し出した。

それにしばし茫然としていた若葉だったが、すぐに視線を逸らして、拒否する。

「・・・・だめだ、受け取れない。私には、その刀は()()()()・・・・」

「そんな事ありません。若葉さんは、十分にこの刀を振るうのに値します。他でもない、今の所有権を持つ私がそう思ってるから」

「だが、私は、守れなかった・・・哮さんのように・・・私は、守れなかったんだ・・・!!」

杏を無惨に殺されてしまった。

球子をあのサソリから救ってやれなかった。

千景を、守る事が出来なかった。

その全てが、今の若葉には重圧になって、その刀を持つ事を拒んでいた。

その、若葉の懺悔に、水都は――――

()()()()()()()()()()鹿()()()()()()()()()?」

 

完全否定した。

 

「生きてるならそれでいいじゃないですか。生きてるならその人の分まで生きていけばいいじゃないですか。その人が本来なら貰う筈だった幸せを、貴方がその分受け取っていけば良いじゃないですか」

「だが・・・私には・・・」

「私は、哮さんの分まで生きていくつもりです」

その水都の言葉に、若葉はハッとなる。

「哮さんの分の幸せも、哮さんが生きていくはずだった人生も、全部、私が背負って生きていくんです。それが、生かされた者の責務です。私は、そう思っています」

だから、と水都はつづけた。

「受け取って下さい。『生かされた者』として、しっかしとその責任を果たしてください。他の誰でもない、乃木若葉として、球子さん、杏さん、千景さん、そして、哮さんの意思を継いでください」

水都の真っ直ぐな視線に、若葉は、ただ黙る事しか出来なかった。

やがて、彼女は、座り込んだまま、水都の持つ刀を手に取り、刃を、ほんの少しだけ露出させた。

 

 

その時、蒼炎が噴き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――よう」

気付けば、周囲は青白く明るい場所となっており、目の前には、狗ヶ崎哮が立っていた。

「・・・哮さん」

「おう、狗ヶ崎さん家の哮さんだ」

「・・・私は、本当に貴方の刀を受け取っても良いのだろうか?」

若葉は、視線を逸らして、そう問いを投げかけた。

 

が、返答として帰って来たのは、強烈なデコピンだった。

 

「ぬぐぁ!?」

思いっきり吹き飛ばされ、床と思われる場所に倒れる。

「な、何をするんだ!?」

痛む額を押さえながら、涙目で哮を上目遣いに睨み付ける。

「馬鹿かお前は。うじうじ考えてる暇あんのかアホ」

「な・・・ま、まともに勉強が出来なかった貴方には言われたくない!」

「図星だろバーカ。それともなんだ?そんなに悩む事なのか?ああ?」

「そ、それは・・・私は、守れなかったんだ・・・」

項垂れる若葉。

それに哮は頭を掻きつつ、しゃがんで若葉と同じ目線になって若葉を睨み付ける。

「若葉。いつも思うがお前は考えすぎなんだよ。もうちょっと頭柔らかくして考えろ。今お前に必要なのはなんだ?」

「それは・・・」

「強くなる事だ」

哮は、断言した。

「誰よりも強くなれば、どんな脅威からも人々を守れるんだ。いいか、人は失敗から学ぶんだよ。守れなかった。だけど自分は生きてる。ならその時の失敗を次に生かそう。そう考えときゃいいんだよ」

「そんな単純な事で・・・」

「いいんだよ。少なくとも、今のお前には絶対に必要な事だ。だから、強くなれよ。その為なら、俺は喜んでお前に刀くれてやるぜ」

哮は、立ち上がって若葉に手を差し出す。

「お前なら、きっと誰よりも強くなれる。他でもねえ。()()()()()()()お前なら」

哮の言葉に、それでも若葉はまだ迷う。

だから、哮は若葉の頭を撫でた。

 

「笑えよ、若葉。人間、笑ってる顔が一番だ」

 

得意げに笑う哮。

その笑顔に、自然と若葉も、笑みがこぼれてしまう。

「ふふ、そうだな。ありがとう、哮さん」

「おう、どういたしまして」

「もし、貴方が生きていたのなら、惚れていたかもしれないな」

「そりゃ残念。俺の一番はもう決まってる」

「それは、本当に残念だ」

若葉は、握った哮の手を見る。

男らしく、ごつごつとした、大きな手だった。

「今思えば、父さん以外に、頭を撫でられたのは初めてだったな」

きっと、この時若葉は、その人生において、一番の笑顔を見せただろう。

「頑張れよ、若葉」

そして、哮のその最後の声援を最後に、若葉は――――

 

 

 

 

倶利伽羅を抜いた。

 

 

 

 

蒼炎が巻き散らされ、水都は思わず顔を腕で覆い隠す。

巻き起こった突風に、驚きつつも、水都は、安心したように若葉を見た。

そこには、倶利伽羅を抜き放ち、毅然と立つ、若葉の姿があった。

凛々しく立つその姿は、かつて見た、勇者として戦う若葉そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高嶋友奈は、どことも知れぬ洞穴に来ていた。

「やっと来たか」

振り向けば、そこには巨大な大男がいた。

いや、それは人間ではなかった。

茹で上がったタコのように赤い肌、口からはみ出る程大きい下顎の歯。牙ともいうべきか。ボロボロの古い服を着ており、その手には赤い巨大な盃と、酒の入っていると思われるヒョウタン。

そして何より、額から生えている、二本の角。

それは、日本で言われる『鬼』の部類に入る存在であり、友奈が知る限り、鬼という種族において最強の力を有する存在。

彼こそが、『酒呑童子』だった。

「私・・・さっき寝た筈だけど・・・・」

一方の友奈は混乱していた。

辰巳と別れた後、友奈は自室に戻って、すぐさまベッドに横たわって泥の様に寝た筈だった。

それが気付いてみれば、こんな陰鬱な所に来ているとは。

驚かないのも無理はない。

「そりゃ簡単だ。テメェが無意識に俺と接続して勝手に来ちまったんだよ」

「そう、なんだ・・・」

「まあ、寝てれば精神は安定するからな。それで難なく入れたんだろ」

「そっか・・・・」

友奈は、力無く答える。

未だに、千景の事についてダメージが残っているようだ。

「まあなんだ。ここに座って酒でも飲め」

「・・・・私、未成年なんだけど」

「いいんだよ。実際に呑んでる訳じゃねえんだからよ」

くっくと笑う酒呑童子に、友奈は呆れつつも、酒呑童子から酒の入った小さな盃を貰った。

しばしその透明で水にも見えるその液体を見つめ、一口飲んでみる。

「―――――ッ!?!?!?!?」

が、突如として体を焼くような感覚が友奈を襲い、悶絶する。

「おおっと、まだこの酒はお前には早かったか」

「―――!!―――!?」

声も上げられない程に悶絶する友奈。その為に酒呑童子に文句の一つも言えない。

ふと、友奈は酒呑童子を、酒を飲んだことによって真っ赤になった顔で睨み付けた。

それを見た酒呑童子は、何故か笑った。

「ギャハハハハハハ!!おまっ、なんだその顔!?そんな顔すんなっ、わらっちまうだろ!?ギャハハハハハ!!」

大笑いも良い所。酒呑童子は面白可笑しく笑い転げる。

「――――ッ!!な、なにが、おかしいの・・・・・ッ!!」

どうにか回復した友奈が酒呑童子に向かって叫ぶ。

「いや、だって、おまっ、そんな、茹でダコみたいな顔されて、うひひ、笑わね、訳、ねえだろ!?ギャハハハ!!」

「う~、笑わないでよ!酒呑童子!」

友奈は涙目になって文句を吐く。

だが、不思議と体がぽかぽかしてくる。

何故だろうか?酒ってこんなにおいしいのか?

そう思うと、もう一杯飲みたくなってくる。

「どうだ?友奈」

酒呑童子が、友奈に聞く。

「楽しいか?」

「え・・・・」

気付けば、友奈は、忘れていた。

千景の事を、辛かった事を。

「あ・・・」

それに気付いて、友奈は、恐ろしくなる。

どうして、忘れていられたのかと。

しかし、酒呑童子はそんな友奈の心なぞ知らないとでも言うように、ある事を言った。

「どうせ辛い事なんて、こんな下らねぇ事で忘れちまうんだ。だったら面白おかしく人生を謳歌しちまおうぜ?」

「で、でも・・・・」

「それに、お前が辛そうな顔してたら、黄泉の国にいっちまったアイツらが浮かばれねえだろ」

「・・・!」

「だったら笑ってた方が良い。天高く届くように声を出して笑って、自分は心配ねえって言っとけよ。そうすりゃ、アイツらも安心すんだろ」

それを聞いて、友奈はどこか納得したような気分になる。

それもそうか。

確かに、友達が死んだのは辛い。だけど、自分が辛くて、立ち止まって、泣いていたら、きっと安心して成仏できないと思う。

それならば・・・

盃に残った酒を一気に飲み干す。

「酒呑童子」

「ん?」

「もう一杯」

「お、いいぜ」

いっそ馬鹿になって笑おう。笑って笑って、天国にいる杏と球子が安心出来るように。そして、遠い場所できっと精一杯生きているであろう千景に届くように、笑おう。

友奈は酒を飲みこむ。

頭がボーっとする。体が熱くなる。こっから先は自棄。もうどうにでもなれ。

「ああああぁぁあ!!今日は騒ぐぞー!!どんどんつげー!!」

「お前、これオレの酒だかんな!?」

「うるさーい!どうせ酒なんてそれ一本なんでしょー!!それに持ってるの貴方なんだからもっとつぎなさいー!」

「いうかテメェ!だったらどっちがどんだけ飲めるか勝負だ!!」

「望むところだー!勇者なめるなー!!」

もはや完全に酔っている友奈。

ただ、今、この時だけは、笑おう。とにかく、馬鹿になって騒ごう。

 

死んだ人たちが、前を向いて歩いていけるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで、おぬしはまた来たのか」

「寝ている間でも何かしたいものなのよ」

滝の音が、鼓膜を心地よく叩く。

ここは滝の前、そして目の前には川が流れており、歌野の目の前には、巨大な八つ首の大蛇がいた。

 

ここは八岐大蛇の精神世界。

 

歌野が、まだ入った(ダイブした)のだ。

「懲りない奴じゃのう。ま、どうせ、また()()()()()()()()んじゃろうけど」

八岐大蛇の首の一つがある場所を見る。

そこには、とある岩に突き刺さった、一本の剣があった。

「あれの力の五割は一応引き出せるだろうに」

「ダメよ。五割じゃダメ。ちゃんと、()()使えるようにならないと」

歌野は、その突き刺さった剣の前に立つ。

「これを抜かない限り、次の戦いは勝てない。いいえ、()()()()()()。だから」

歌野は、その剣の柄を握る。

「この数日、ずっと考えて来たわ。貴方の使い方。千景の行為。杏と球子の死。友奈と若葉の苦しみ。みーちゃんとひなたの辛さ。そして、哮兄と辰巳の強さについて、ずっと考えてた」

どうすれば、良かったのか。どうすれば、こんな事にならずに済んだのか。

考えて考えて、苦手だけど考えて。

結局、辿り着いたのは、『何もかも遅い』だった。

それ以外の答えが見つからなかった。

誰かが死んでも、もう遅い。何かが壊れても、もう遅い。

過ぎた時間が戻らない。それは、何がどうあっても、覆らない、この世の理。

それを覆す事は、自分たちには出来ない。

すでに決定してしまった過去は、変える事なんて出来ないのだから。

だけど―――

「未来を変える事は出来る」

どれほど絶望的な状況でも、覆す事は出来る。どれほど困難な場面でも、変える事が出来る。

そう、未来は変えられる。

「私たちにとって絶望的な未来は、変える事が出来る。その為には、力が欲しい。絶望の未来をぶっ壊して、私たちの未来に作り変えられる程の力が。だから」

歌野は、その剣を抜く。

 

「この剣をいただくわ」

 

歌野は得意げに言ってのける。

それに八岐大蛇は大いに笑った。

「カカカカカカカ、良いぞ白鳥歌野。それでこそ、儂が選んだ女子じゃ。いいだろう。この大蛇、貴様という存在に力を貸してやろうぞ」

大蛇の言葉に、歌野も笑う。

「ええ、頼むわよ。大蛇」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少年は泣いた。少女の日記に記された、本当の心に。

 

少女は立つ。誇り高き男の意思を継いで。

 

少女は笑う。死んだ人たちが、前を向いて歩けるように。

 

少女は抜き放つ。未来を変える為の(ちから)を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決戦の日は、近い。




次回『友の楯と弩 魔王の炎 鬼王の酒 大蛇の剣』

紡いでいくのは、それぞれの物語。

そしてついに、決戦が始まる。



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友の楯と弩 魔王の炎 鬼王の酒 大蛇の剣

四分の三タイトル詐欺です(土下座)

だってそんな描写書く暇なかったんだもん!

「言い訳しとる場合か!」

返す言葉もございません!しかしだからといってブラウザバックしないでください!

本編楽しんでください!


「ふむ・・・」

御竜が、紅葉を見て、ふと声を漏らす。

「こんなものか」

そこにいるのは、紅い炎を纏った一人の少女。

彼女の周囲には何もなく、ただ、大量の()がそこら中に積もっているだけだった。

「もうよかろう。これで妾がお前に教える事は無くなった」

「ありがとうございます」

紅葉が、紅い炎を消して、頭を下げた。

「良い。妾もなかなか楽しめた故、礼はいらん。それと、早々に悪いが準備をしておけ」

「準備を・・・?」

「ああ。お前に稽古をつけている間に、準備が整った」

「・・・!では・・・」

「ああ」

御竜が、その口角を吊り上げ、これまでにないほど嗤った。

 

「攻め込むぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

樹海化した街を背景に、勇者たちは、攻め込んできた敵の大軍を見ていた。

「十天将は、残り六人。だが他のバーテックス人間がいないとも限らないからな。事実数は分からない」

「それでもやる事は変わらないわ。敵をとにかくぶっ飛ばせばいいのよ。I'm want kill!」

「ああ。どれほど敵が強大でも、私たちのやる事は変わらない。私は、ただ敵を斬るのみ」

「皆気合入ってるね。私も頑張らないと。全部殴り飛ばしてやる」

辰巳が、背中の剣を引き抜き、地面に突き立てる。

歌野が、留め具から鞭を外す。

若葉が、腰に差した刀、倶利伽羅を引き抜く。

友奈が、掌に拳を叩きつける。

「手筈通りに行くぞ。いいな?」

「ああ」

「問題ないわ」

「うん!」

「よし、それじゃあ、いくぞ!」

そして、彼らは、精霊をその身に宿す。

 

「―――来やがれ、『ファブニール』ッ!!!」

 

「―――降りよ、『大天狗』ッ!!!」

 

「―――Standby、『八岐大蛇』ッ!!!」

 

「―――来い、『酒呑童子』ッ!!!」

 

辰巳は、最強の一体と謡わられる人が成りし邪竜。

 

若葉は、神々が住む天上の世界を焼き尽くした魔縁の王にして、最強の天狗。

 

歌野は、山と水の神にして、洪水の化身とも言われる、最強の妖怪。

 

友奈は、強欲にして傲慢、かの最強の大蛇の子にして、全ての鬼の頂点にたつ、鬼の王。

 

 

それぞれが、己が持つ最強の精霊―――竜、天狗、蛇、鬼をその身に宿す。

 

 

「いくぞ、お前らァ!!」

「おう!」

「ええ!」

「うん!」

そして勇者は、同時に地面を蹴った――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ふむ、流石だな」

送り込んだ先遣隊を、ものの数分で片付けた勇者たちに、関心する御竜。

「ちょっとちょっと御竜ちゃん、何敵を褒めてくれちゃってんのさ」

そう声を挙げるのは、赤髪の高校生ぐらいの少女、『空襲』の榛名幸恵だ。

「ふむ、気に障ったのならすまんな。本来なら、勇者全員が揃って対処すべき程の軍勢を、たった四人で片付けてしまうとは思わなくてな」

御竜は戦闘狂である。

彼女がバーテックス人間になったのは、人間への復讐心ではなく、単純に強いが故に、さらなる強敵と戦ってみたいという自分勝手な願望も良い所なのだが、それは他の奴らも同じだ。

彼女だけが、他の者達は違う感性を持っている。だが、それでも自分に与えられた役目は遂行する気らしい。

「さて、誰が私を満足させられるだろうか」

御竜は、不敵に笑う。

だが、それでも彼女は指揮官でもある、故に、命令を下さなければならない。

「そろそろ下でくすぶっている奴らを出撃させろ、これ以上不満を募らせて暴走されても困るからな」

「了解した」

御竜が命令を下したのは、体を全て隠す程の外套に見を包み、顔全体を覆う仮面を被った男だった。

「さて、お前たちの出番はまだだ。しっかりと疲労させんとな」

そこで、大きな金属音が響いた。

「お前か、閃」

そこに視線を向ければ、鎖で全身を縛られた大男が鼻息を荒げて暴れていた。

口さえも鉄のようなもので覆われているために聞こえるのは唸り声だが、それでも今すぐにでも暴れたいという思いが見て取れた。

「まだだ。我慢しろ。お前の出番はまだだ」

御竜は期待している。あの四人のなかに、与えられた絶望を切り抜けてくる、強者の存在がいる事を。

故に――――

「我が戦略的に与える絶望、凌いで見せろ勇者よ」

御竜は、指揮を執る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まずは、若葉の戦いを見て貰う事にしよう。

 

若葉の『大天狗』の能力は、単純な飛行能力。しかし、その速さは絶大で、今時のジェット機および戦闘機も眼では無い程の速さを誇っている。

だが、その反面、その速さ故に若葉の体には高い圧力がかかっており、内臓、および、脳がかなりのダメージを受けるのだ。

 

()()()()

 

 

 

『―――右だ』

「ッ!」

大天狗との対話が可能になる程に精霊との同調率を高めた若葉の肉体は、強靭な天狗の体そのものとなっていた。

故に、高速移動による圧力はないも同然で在り、叩きつける風も、どこ吹く風、なんとも気にならない。

いや、その身を大天狗へと変化している故に、()()()()()()()のかもしれないが。

そんな高速で動く中で、若葉は己が持つ反射神経を使って、横切ったバーテックスをどんどん斬り捨てていく。

その戦い方はまさしく鬼神が如し、若葉は鬼の形相で敵を屠っていた。

そんな若葉を、大天狗は咎める。

『前に出過ぎだ。外側から切り崩していけ』

「ッ!?」

大天狗の声で引き戻され、大軍へ突っ込もうとしていた若葉はすぐさま方向転換、薙いで、一度に敵を五体斬り捨てる。

『良い刀だ』

「ああ、そうだな・・・」

若葉の持つ刀、かの不動明王が振るいし、この世の悪意を斬り捨てる『倶利伽羅剣』、および倶利伽羅は、その伝承に見合うほどの切れ味を誇った。

多少、重く感じるも、それでも片手で振れない重さではない。両手で持てば、それ相応の力を発揮するであろう。

だが。

()はまだ使うな』

「ああ、分かっている!」

若葉は再度突撃を開始する。

今の若葉には、引き留めてくれる存在がいる。だから、遠慮なく突っ込める。

「何事にも報いを―――私から千景を奪ったその報い、受けて貰うぞッ!!」

『こんなところで惚気るな』

「なんでここで台無しにするんだお前は!?」

 

前言撤回、少し余計な事を言うのはどうにかしてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次は、歌野。

歌野の役目は、大方に言って、敵の大部分の殲滅。

歌野の能力は強大ゆえ、その力をフルに活用する気なのだ。

だから、歌野は『真ノ御姿』を使い、八つの砲塔から強力無慈悲な砲撃を敢行していた。

「こういうのは杏の役目なんでしょうけど・・・やるしかないわよね!大蛇!」

『ふん、それはどうでも良い事じゃが、思う存分使うが良い』

歌野の背後の湖が唸る。

それらが分裂し、程よい大きさの水泡となる。

「『徹甲水弾(ウォーターシェル)』ッ!!」

叫ぶと共に、それらは、強力な水弾となってバーテックスの大軍を襲う。

たったそれだけで三割は削れた。

流石に、歌野一人だけでは、敵を殲滅するのは不可能。

あまりにも威力が高いために、視野が狭くなり、小さな敵などは見逃してしまう事が多い。

空は若葉が対処している。

ならば、陸を張ってくる敵はどうするか?

「それは、王様に任せるっきゃないでしょ」

『うまくやっておろうな、あのバカ息子は』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――悪寒が』

「何故か私までその悪寒が来たんだけどどうしてかな?」

苦笑しつつ、友奈は目の前の敵を殴り殺す。

それだけで、直線状十メートル、幅二メートル程度、平面的に二十平方メートルの範囲内にいた敵が一瞬にして消し飛ぶ。

ただのジャブでこれ。これこそが酒呑童子の怪力と友奈の技術を合わせた力。

 

これが、現勇者中最大のパワーを有する、友奈の戦い。

 

一方的な蹂躙、殺戮。それはもはや戦闘とは呼べぬほどに圧倒的で、そして、惨たらしい。

友奈の、あまりにも強大な力が、今、歌野が打ち漏らした敵を屠りに屠っていた。

同調によって肉体的強化もさることながら、基本的なパワーまで強化された友奈の力は、これまでにないほどに強化されていた。

故に、友奈は笑っていた。

「アハハ」

それは、鬼としての自分を受け入れた故。

鬼は、力があるが故に、己が欲しいものを奪い、気に入らないものを壊してきた。

その全てが自分の愉悦および快楽の為に。酒によって踊り、蹂躙によって笑い、己が本能のまま、ただただ笑い暴れまくった。

故に、友奈は笑う。

自分は鬼だという自覚の元に。

「ほらほら、どんどん来なよ。じゃないと、一瞬に終わってつまらないよ?」

狂気的ともいえるその笑顔。

それはまさしく傲慢で、強欲で、だけど、今この戦いにおいて、彼女はまさしく最強だった。

『さあ、もっと楽しませろ』

「どんどん来い。お前たちは所詮――――」

 

「『(オレ)たちの遊び道具なんだから!」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして――――最後に、この男。

「―――『炎輪炉心機関(タマエンジン)』、始動。回転開始」

左腕二の腕にある円盤のようなものが、かしゃん、という音と共に、回転を始める。

それが回転の速度を上げて、緑色の光を舞い散らして、その輝きを増していく。

やがて、その光が最高潮に達すると、鎧の隙間から光が迸り、燐光を撒き散らす。

目の前にはバーテックスの大軍。

辰巳は剣を大きく振りかぶり、狙いを定める。

「―――『零式吹雪撃鉄(ブリザードトリガー)』、用意(チャージ)

右腕には、黄金の杭を備えた、ボウガンの台座部分。その杭の部分が、ガキンッ!、という音と共に後ろ側から飛び出る。

その間にも、バーテックスの大軍は迫ってくる。

次の瞬間、辰巳が、右腕の撃鉄を叩き落す。

 

「―――『点火(バースト)』」

 

瞬間、バーテックスの大軍が、一瞬にして消し飛んだ。

 

「・・・・ふう」

ファブニールの力は、あまりにも()()()()()()()

それは、竜本来の気性の粗さ故か、あるいは辰巳が御しきれてないからなのかは分からない。

しかし、そのお陰で辰巳の肉体は竜に作り替えられている。

 

 

都合、三回。

 

 

それが辰巳が行使できるファブニールの使用限度。

それを過ぎれば、辰巳はその身を完全に竜へと変え、人とは違う何かになり下がってしまう。

現在、辰巳はそれを一回使用して、残りは二回となっている。

辰巳も、その使用回数を超えるつもりは毛頭ない。

かならず、生きてひなたの元に帰る為だ。

 

そして、もうお気づきかもしれないが、彼の左腕には球子の旋刃盤、右腕には杏の金弓箭が装着されている。

 

理由は、辰巳の竜化によるファブニールの急激強化。及び、エネルギーの莫大さ。

いくら勇者の中で最大の戦闘センスを持つ辰巳でも、荒ぶる竜の力を完全に御する事は出来ない。

故に、辰巳は球子の力を使う事にした。

 

円は、完全を意味する。

 

円であるが故に欠けた部分がなく、どこをとっても対照的であり、途切れる事もない。

故に『無限』。

球子の楯は丸く、そして回転する。その回転を利用して楯にエネルギーを循環させる。

まず遠心力により楯の縁へ力を貯め、そこから徐々に中心へ集める。そして満タンになると周囲に黄昏色の燐光を撒き散らす。

あとはこのまま開放すればいい。だが、その為には、()()()()()が必要だ。

その為の杏の弩。

球子の楯に溜め込まれたエネルギーを、指向性を持たせつつ解き放つためには、逆方向から叩いて、本来の方向から放出する。それこそが、辰巳が出した結論だった。

球子の楯の回転によってエネルギーを溜め込み、杏の弩による衝撃で一気に解き放つ。

これこそが、『炎輪炉心機関(タマエンジン)』と『零式吹雪撃鉄(ブリザードトリガー)』の機能。そして、それから放たれる砲撃を―――

 

 

氷火竜式能動強化(ハウリング・バースト)』と呼んだ。

 

 

「もう一発だ」

辰巳は、再度エネルギーの装填にかかる。

楯が回転する。

しかし、それをさせんとばかりに、融合した進化型バーテックスが、矢やら砲撃やらを辰巳に向かって放つ。

「ぬるい」

しかし、辰巳は、それをただの一振りで全て吹き飛ばす。

エネルギーが溜め込まれているのはあくまで楯。故に、エネルギーチャージ(装填)中でも、反撃が可能。

これがこの『氷火竜式能動強化(ハウリング・バースト)』の強み。

力を貯めている間は攻撃できないかと思われるが、これはそうでもない。

 

 

補足しておくが、これは、チャージによる()()()()()()()()()()()

 

 

故に――――

「―――『点火(バースト)』」

いきなり、辰巳が急激な加速を引き起こしてバーテックスの大軍の生き残りに向かって突っ込む。

対天剣術『疾風(はやて)』による、高速移動だ。

が、それだけではない。

氷火竜式能動強化(ハウリング・バースト)』による、行動強化による、ジェットブーストだ。

ただ、その中でも辰巳はさらに装填(チャージ)を敢行した。

「―――『点火(バースト)』」

加速による加重力。剣を振る事による斬撃、及び重量。故に―――

 

敵の残党は跡形もなく消し飛ぶ。

 

「こんなものか」

地面に着地し、辰巳は剣を払う。

ふと、辰巳は、自分の剣を持つ手を見つめた。

そして実感する。

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

どうにも感じてしまう安心感。快感。

まるで、この姿が自分であるかのような、そんな、感覚。

その感覚に、辰巳は戦慄する。

「くそっ・・・」

(確実に食われてきている・・・)

もう、辰巳の体はほぼほぼ竜だ。

人間のそれとは違う。

鋼のような皮膚に加えて、この様だ。

「頼む・・・せめて、この戦いが終わるまでは――――」

辰巳は、味方と合流するべく、飛ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「歌野!」

「あ、若葉!」

あらかた、というか全てのバーテックスを相当した若葉は歌野の元へと戻ってきていた。

「どうだ、敵の動きは?」

「後ろから見てたけど、まだバーテックス人間が出てきていないところを見ると、威力偵察か体力を削るのが目的かしら・・・?」

「ならば作戦は失敗だな。全て切り捨ててやった」

「私もほとんど倒したわ。他の二人は・・・・」

歌野がこの場にいない二人の事を言いかけた所で、辰巳と友奈も戻ってくれる。

「ただいま」

「もどったぞ」

「おお!・・・しっかりやったんだろうな馬鹿野郎」

が、突然歌野の口調が代わり、それによって友奈の体が強張った。

「ひぃ!?戻ってきてそうそうそれはないだろ親父!」

「知らんな。欲張りだが傲慢なお前の事だ。何匹か逃がしたのではないだろうな?」

「んな事してねーよ!一匹残らず潰してやったわ!」

事実、八岐大蛇と酒呑童子は親子である。

故に、鬼の王である酒呑童子であっても、父親である八岐大蛇には頭が上がらない。

「おいおいお前達、そんな事をしている場合か?」

そこへ若葉が割って入り、止める。

「ぬぐ・・・勝手に体の主導権のっとるな!気持ち悪いでしょ!」

「っぷはぁ!や、やっと戻った・・・・」

それと同時に歌野と友奈も体の主導権を取り返す。

「しかし、深く潜るのはやはり危険だな・・・・」

「ああ。俺はともかく、友奈と歌野は要注意だな」

「うう、でも、これでも頼りになるんだよ?」

「パワー面においてはね。それに、精霊は今回の戦いにおいては絶対に必要な要素よ。若葉も、哮兄の剣を授かったんだから、それ相応の働きしてよね?」

「無論だ」

歌野の言葉に若葉が頷く。

そこで、辰巳が話しを切り替える。

「それじゃあ、今度は・・・・バーテックス人間だ」

四人が見る先。そこから、地面をありえない速度で走ってくる人影が見えた。

勇者以外でそんな動きを出来る存在は、この世でたった一つ。

 

バーテックスと融合した、人類滅亡を望む『バーテックス人間』だ。

 

「イケイケぇぇえ!!」

「ぶっ殺す!!」

「あそこだァ!!」

「今日こそ人間ども皆殺しにしてやる!!」

誰もかれもが人間に対する呪詛を叫びながら走ってくる。

それを見て、もはや辰巳たちは怯まないし、躊躇わない。

ただ、憐れみ、殺すだけだ。

「歌野はこのまま後方支援、俺と若葉と友奈は交代しながら打ち漏らしを片付けるぞ!」

「ええ!」

「ああ!」

「分かった!」

辰巳の指示に従い、それぞれが地面を蹴った。

まず、歌野が密集している場所へ砲撃する。

直撃したバーテックス人間たちは、塵芥と成り果て消滅する。

「怯むなァ!」

「殺してやる!」

それでも彼らは止まらない。

「そっかぁ」

しかし、そんな彼らの進撃も――――

「それは(オレ)たちも同じだよ」

―――鬼の様な笑顔で笑う彼女の前には、止められるどころか反対方向に吹き飛ばされてしまう。

「ぎゃぁぁあああ!?」

「ぐあぁあああ!?」

「アハハハハ!人がゴミのようだー!」

どこぞの大佐のようなセリフと共に、バーテックス人間たちを殴り飛ばしていく友奈。

「この、化物が!」

ふとそこへ一人の女性が、その手に剣を持って友奈に襲い掛かる。

その剣には、相手を死に至らしめる毒が塗り込まれている。

だが、そんな、()()()()()()()()()()()()()()()()()など、彼女に通用する訳もなく―――

「勇者パンチ!」

もはや、腕を振るうだけで壁を破壊出来る突風を起こせる彼女の前には、触れる前にその原型を留める事など出来なかった。

「チィ!」

「調子にのるなよ!」

だが、まだまだバーテックス人間はいる。

歌野が砲撃をくらわしたとしても、その数は悠に千はくだらない。

そして、その一人一人が、決して雑魚などではない。

突如として友奈は顔に右腕を掲げた。その直後に手甲に何か重い衝撃が走り、吹き飛ばされる。

「ぐぅ!?」

(これは・・・狙撃!?)

その衝撃の正体は、遠い建物の屋上から狙撃銃(スナイパーライフル)を構える一人のバーテックス人間の男が放った、地面をも穿つ弾丸だった。

一般に対物狙撃銃(アンチマテリアルライフル)と呼ばれる代物が存在するが、その威力はそんなものの比ではない。

だが、それでも友奈の手甲はそれを防いだ。

「くっ!」

故に友奈はそれに注意を逸らさざるを得ない。

それだけではない。

突如として地面からでた手が友奈の脚を掴む。

「!?」

「へへっ、捕まえた」

それは、一人の年端もいかない少女。その手はモグラのような手袋が装着されており、おそらくそれで地面を掘り進んできたのだろう。

さらに、動きの止まった友奈へすかさず大きなハンマーを持った男が友奈に向かってハンマーを横から叩きつける。

「死ねやッ!!」

直撃する。しかし、吹っ飛ぶ事はなく、友奈は、そのハンマーを片手で受け止めていた。

「・・・・この程度?」

その声は、僅かに怒気を孕んでいた。

「この程度で、(オレ)を倒そうなんて、自惚れるのも大概にしろ」

友奈が、掴まれていない片足を持ち上げる。

それに気付いた少女が再び地面に潜る。だが、

「せいッ!」

踏み付け(スタンプ)、よって、陥没。

それによって地面が圧縮され、密度が増し、地面にいた少女を、()()()()

「ぐぴゅ」

実際、そんな悲鳴があがったが、地面にいたため友奈には聞こえない。

さらに、ハンマーを握り、離れないようにして、もう片方の手を引き絞る。

それは、右腕。

「しま・・・・!?」

「遅いよ」

にやりと笑う友奈。

瞬間。かつて世界最大と言われた戦艦の主砲のような砲弾が放たれたかのような轟音が轟いた。

 

「――『鬼』勇者パンチ」

 

瞬間、その拳の放たれた先にいた地面及びもの全てが吹き飛ばされ、粉微塵になった。

「よっし」

軽くガッツポーズを取る友奈。

「殺せぇ!」

「俺が殺してやる!」

「殺す!殺してやる!」

友奈の強さを前にしても、怯まないバーテックス人間たち。

「まだ来るのぉ?よし、それじゃあ・・・」

「友奈、代われ」

「・・・といきたいところだけど、ここは引こうかな」

と、友奈が突然後ろを向いて逃げ出す。

「逃がすな!」

「死ね!ろくでなし共!」

その友奈を追いかけようとするバーテックス人間たち。

だが、そこへ上空から何かが落下してきた。

隕石の様に見えたそれは、地面を砕き、土煙を舞い上がらせる。

それでも、バーテックス人間たちは驚かず突き進む。

土煙の中に揺らめくシルエット。

そのシルエットに向かって、一人の女性が、戦斧(ハルバード)を横に薙ぎ払う。

だが、それが霞んだかと思うと、その一撃は空ぶっていた。

そして、その影の正体は、すでに女の懐に飛び込んでいた。

「なっ」

「ハッ」

短い掛け声と共に、刃が抜き放たれる。

その一撃は、女の胴と腰を切り離すに至った。

「・・・行くぞ」

低くそう呟くと、その影は一瞬にしてその場から姿を消した。否、一瞬にして移動した。

そして、バーテックス人間の集団をまんべんなく駆け抜け、抜き放った刃をゆっくりと鞘におさめる。

やがて鞘口と鍔が当たると、走っていたバーテックス人間たちの殆どが一刀の元に両断されていた。

今や、超高速でその刀を振れるようになり、どんな攻撃にも対処可能な力を身に着けた彼女には、こんな芸当は造作もなかった。

「天狗は、身軽だと聞く」

しかしそれでもまだバーテックス人間たちはいた。

「枝から枝へ、飛び移るその強靭な脚力は、脱ぎ飛ばした下駄が山を越える程らしい。その脚力は、初速だけでも、義経の八艘飛びを超える」

一人のバーテックス人間が、戦槌を振り下ろす。

しかし、それよりも速く、相手を斬り捨てる。

「お前たちのノロマな攻撃など、私には届かんぞ」

若葉が、彼らに向かってそう告げるのと同時に、霞の如くその場から消えた。

そして、たった一振りで三、四人を斬り捨て、返す刀でさらに斬り飛ばす。

その剣速は、もはや肉眼では追えない。

ものの数分で三百はくだらない程のバーテックス人間が切り捨てられる。

彼らは決して弱くはない。

ただ、彼女たちが強すぎるだけなのだ。

それほどまでに、彼女たちは、強くなったのだ。

「そろそろか」

若葉が空へと逃げる。

「逃がすか」

そこへ先ほど友奈に狙撃した狙撃手のバーテックス人間が若葉へ銃口を向けた。

「―――お前で最後だ」

しかし、その声が聞こえたのと同時に、喉を大剣が貫き、その直後に、ごきん、と剣が回転し首がへし折れる。

思考する間もなく絶命。

その思考を奪った相手というのは、いわずもがな、辰巳だ。

辰巳は、残るバーテックス人間たちを見下ろす。

「・・・・これぐらいなら、いいか」

辰巳は、大剣を掲げる。

 

「―――我は邪悪なる竜である」

 

黄昏色の光が天を突く。

 

「撃ち放つは竜の咆哮、染め征くは黄昏の景色――――」

 

楯が回転し、その力の上限をいかんなく引き上げる。

 

「今こそ、天上の神々を失墜させ――――」

 

撃鉄を起こせ、弾はすでに装填された。

 

 

ならば撃て、全てを黄昏へと変える、邪竜の咆哮を―――

 

 

 

 

「――――この樹海(もり)に、今一度、我が存在を刻む」

 

 

 

 

 

――――今、解き放て。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――解き放て『黄昏に咆える邪竜の咆哮(ファブニール・フォン・アテム)』」

 

 

 

 

黄昏が、飲み込む。

 

 

 

その咆哮は、ほとんどのバーテックス人間を飲み込み、跡形も無く消失させる。

それが過ぎ去った場所には何も残らず、そこにいたバーテックス人間たちは、跡形も無く消滅していた。

「・・・ふう」

辰巳は、剣を払う。

そして、楯を見た。

今の所オーバーヒートには陥っていないようだ。

しかし、先ほどのはまだ()()()()()()で放ったものだ。

「全力で撃てば・・・・」

おそらく、この程度では済まないだろう。軽く考えても重いオーバーヒートに陥るだろう。

この程度の連続使用には耐えられるだろうが、果たしてどれくらいもつか。

ふと、辰巳は、壁の方から、鋭い視線を感じた。

そちらに視線を向ければ、そこに、幾人かの人影が見えた。

おそらく、その中の誰かが、こちら見たのだろう。

しかし、辰巳は、それを無視して若葉たちの元へ飛ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイツら・・・・」

その様子を、紅葉は、血の滲みそうな程に手を握りしめてみていた。

「御竜様!今すぐ行きましょう!今こそ奴らを殺す時です!」

紅葉が、御竜に向かってそう進言する。

しかし、御竜は答えない。

「・・・・・御竜様?」

その御竜の様子に、紅葉は思わず怪訝そうな表情となる。

だが、御竜はその眼を片手で覆うと、やがてその身を震わせた。

「・・・・くく」

僅かに聞こえた笑い声。

「くく、ハハハハハハハハッ!!!」

やがて御竜は大きく笑い声をあげた。

その様子に、紅葉のみならず、他の十天将も驚く。

「足柄辰巳よ!やはりそなたは素晴らしい!そう、そなただ。そなたこそ、この妾と対等に戦える、唯一の存在に成りえる存在だ!ああ、良い!実に気分が良い!!これほど打ち震えた事は無いぞ。ああ、戦いたい。今すぐにでも、そなたと死合(しあ)いたいぞ。だが、まだ足りん・・・」

突如として御竜が右手を前方に突き出す。

「待たせたな十天将たちよ!お前たちの出番だ!己が仕留めたいと思う存在を、己が本能のままに殺しに行け」

その声の重さに、その場にいる者が震える。

「行け!そして蹂躙せよ!我らの力を、今こそ示すのだ!」

槍を取り出し、御竜は、峻司を縛り付けていた拘束具を破壊する。

ほぼ全身を覆うようなものだったために、その全貌が露わになる。

その肌は緑に染まり、拘束具によって圧迫されていた肉体が解放されてさらに巨大になる。

 

その姿は、まさしく『怪物』

 

というか、まんま『ハ〇ク』である。

その直後に、峻司は咆哮する。

「ウォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――!!!」

「行くがよい!相当溜めていた事だろう!」

咆哮と共に、峻司が飛ぶ。

一瞬にして、瀬戸内海を超えて、陸へ。

「そんじゃ、アタシもいきましょうかね!」

幸恵も、まるで昆虫のような羽を広げて飛ぶ。

「拙者も参ろう」

五右衛門も、その手に一本の刀を持って降りる。そして、()()()()()

「僕は人形の準備でもしてるよ」

そう言って、両手を前方に突き出すのは仮面を被り、その全身を外套に身を包む男、浅井久遠。

「・・・・俺も行こう」

見た目は完全に女性なのにその正体は男の御須聖羅も飛ぶ。

「今こそ、皆の仇を討ち取ってくれる」

紅葉が腰の刀―――天羽々斬(アメノハバキリ)を抜く。

奇しくも、若葉が以前使っていた生大刀と持ち主を同じにする剣だ。

そして紅葉も飛んでいく。

その様子を見て、御竜はほくそ笑む。

「さあ、乗り越えて見せよ、足柄辰巳よ。せいぜい、妾を失望させてくれるなよ?」

御竜は、本当に、嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 




次回『激突 怪物《バーテックス》と化物《ゆうしゃ》』

ぶつかるは、それぞれの怒り―――


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激突 怪物(バーテックス)化物(ゆうしゃ)

それは、突如空から降ってきた。

 

「オオオオオオオォォォォォオオオオッ!!!」

『!?』

それを聞いた勇者一同は、すぐさま散開。

直後、衝撃。

何かが上空から降ってきて、地面をへこませ、クレーターを作る。

「なんだ!?」

若葉が叫ぶなか、それは、姿を現す。

 

巨大な体、緑色の肌、凶悪な顔つき。

 

「ハ〇クだ!?」

「確かにそうだけど目を輝かせてる場合か!?」

そのハ〇クのような男、峻司が歌野を視界に入れると、飛んで突っ込んでくる。

「うっそでしょ!?」

そのあまりの速さに驚愕する歌野。

それはまさしく弾丸の如くであり、とてもではないが避けられない。

だが、避けられないのなら――――

「迎撃するのは早いわ!」

歌野は水を操り、いくつかの水泡を作り出す。

そして、それを一気に峻司に叩き付ける。

「『水徹甲弾(ウォーターシェル)』ッ!!!」

その水弾が、峻司に叩き付けられる。

しかし、峻司は、その水弾を全て弾き飛ばした。

「なッ!?」

驚く歌野。

しかも減速もしないので、このままいけば歌野に直撃し吹き飛ばされてしまう。

万事休す―――ッ!!

「もう、誰も―――」

しかし、そこへ割り込む者がいた。

「―――死なせるもんかぁぁぁぁぁぁああああ!!」

友奈が、峻司の突進を止める。

「ぐぅッ!!」

あまりの重さに、友奈の表情が苦悶に歪む。だが、それでも右拳を振りかぶり、全力の『右』を解き放つ。

勇者パンチ(フィニッシュブロー)ッ!!!」

友奈渾身の一撃。

通常時でも強力なその一撃は、おおよそ五割同調した酒呑童子の力で力が上乗せされ、峻司を吹っ飛ばす。

そのまま建物に叩き付けられ、その建物が倒壊する。

「ハア・・・ハア・・・」

息をあげる友奈。

視界が歪む、ぐらつく、吐き気がする。

だが、まだ耐えられる。

「友奈、大丈夫?」

「うん、大丈夫、まだいける」

友奈は、平気そうに笑う。

その様子を、若葉は上空から見ていた。

「良かった・・・」

どうにか無事だという事を確認できたわけだが、まだ油断は出来ない。

そう思っていた矢先。

「はぁい、薄汚いコバエさん」

ふと背後を見れば、そこには、昆虫っぽい羽根を生やした女性がいた。

「お前は・・・・」

「薄汚いハエに名乗る名なんて無いわ」

「そうか、奇遇だな。私もお前のような輩に名乗る名はない」

互いに睨む二人。

若葉の武器は刀、対して、敵が持つのは槍。

そして、同じ飛行系の能力を有している。

「・・・・行くわよ」

そう、女性が呟いた時―――

 

まるで地面を蹴るかのように急加速して若葉に接近してきた。

 

(速いッ!?)

そのあまりの速さに驚き、回避が不可能と判断、脅威的な反射神経で、その一撃を防ぐ。

「ぐぅッ!?」

「遅い、遅いわぁ、やっぱり遅いわ、貴方」

「なッ・・めるなァ!!」

どうにか弾き飛ばし、若葉は上空へ飛ぶ。

その後を女性―――『榛名幸恵』が追いかける。

「アハハ、どこに行こうって言うの?」

「ッ!?」

そして、若葉に追いつく。

(はや・・・過ぎる・・・・!?)

「墜ちなさい」

槍を叩き付けられ、落下する。

「ぐぅぅ!?」

どうにか空中に踏みとどまり、幸恵を睨みつける若葉。

「なぁに?その眼は?気に入らないわね」

幸恵は、そんな若葉を見下した。

そして、地上では――――

「そのお命、頂戴する」

「―――ッ!?」

突如聞こえた声に、歌野は思わず友奈を突き飛ばす。

「歌野ちゃ―――ッ!?」

その声が、届く前に―――

 

―――鮮血がほとばしった。

 

「ぐぅあ!?」

皮一枚、といった具合だが、それでも血が飛び散る。

歌野の腹に、横一文字の斬撃が走ったのだ。

「む、意外と浅かった」

そして、その斬撃を放った張本人は、武士のような恰好の男。その手に持つのは一本の刀。

それも、白木鞘。刃以外の全てが木で出来たものだ。

その刀を、男はいつの間にか鞘に納めていた。

「若葉と同じ、居合タイプね・・・」

「違うぞ、女」

「え・・・?」

「居合はあくまで攻撃手段の一つ、拙者本来の戦い方は―――」

瞬間、男の姿が霞む。

「――――ッ!!!」

猛烈な悪寒。しかし、おそ―――

 

「―――舐めるなッ!!」

 

しかし、歌野は反応しきった。

それと同時に、神速で放たれた男の居合を、水の刃で弾き飛ばす。

「ぬッ!?」

それに目を見張る男は、すぐさま距離を取る。

「・・・なるほどね。それが貴方の強さって訳ね」

この男―――『川津五右衛門』は、十天将の中で、剣速において最速を誇る男。

故に、相手は切られた事に気付くのに時間を要する。

だが―――

「水ってのはね、この世のどの刃よりも、良く斬れるのよ。そして、何よりも速いわ」

例えば、ウォータージェット。

これは、超高圧で水を噴出し、対象を切断する装置だ。

あまりの切れ味にダイヤモンドさえも切断するその威力は、一重に『ウォーターカッター』とも呼ばれる。

そして、その威力を引き出すには――――超高速の速さが必要。

「変幻自在の水の刃。これが私だけの力」

 

これが、歌野の『その水、蛇が如く(アメノムラクモ)』。

 

大蛇より授かりし、神秘の剣を、自分なりに扱いやすくした、歌野だけの神剣。

それを見て、五右衛門は、一切表情を崩さず、構える。

「なるほど、だが、そんな刃で拙者を斬れるとでも?」

「ええ。思ってるわ」

そして歌野は横目で友奈を見る。

「友奈は、ソイツは任せたわ」

「うん、任せて」

友奈は拳を打ち合わせて、峻司にむく。

歌野も、水の剣を構えて、五右衛門を睨み付ける。

上空では若葉が戦っている。

(あれ―――)

そこで歌野は猛烈に嫌な予感がした。

(じゃあ辰巳は?)

そう思った直後に―――

 

 

 

 

「■■■■■■――――――ッッッ!!!」

 

 

 

 

最悪の咆哮が轟いた。

「・・・・嘘でしょ」

歌野は、そう呟く事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは数分前。

「チッ!」

どこからか飛んでくる、紫電の矢。

それをかわす辰巳。

「ふむ、これもかわすか」

そう呟いたのは、一人の青年。

それも、かなり女性に近い容姿をしていた。

そんな青年が、紫電に揺れる弓を構えて、堂々と辰巳を狙っていた。

通常、こんな堂々としていれば、すぐさま弓の軌道を読まれかわされ、そして反撃でやられるのがオチだ。

だが、辰巳はそうしない。その理由は―――

「くッ!」

突如として、矢が全く別の方向から飛んでくる。

それを辰巳はどうにかかわしているが、とにかく、辰巳はその矢の()()()()()を警戒していた。

 

その青年の名前は『御須聖羅』。

 

その能力は、紫電を持って相手の感覚を支配する事。

 

その能力を、辰巳は直感を持って気付いていた。

否、正確には、分かった訳ではないが、彼の本能が、それを受けてはならないと告げているのだ。

「しかし、ここまで姿を曝け出して、攻撃もしてこないとは」

「・・・」

聖羅は考える。

どうすれば、自分の()()を全うする事が出来るのか。

「・・・やはりこの方法しかないか」

そして、とある結論に至った。

突如として地面を蹴って辰巳に急接近する聖羅。

「ッ!?」

それに目を見開くも迎撃の構えを取る辰巳。

すでに『炎輪炉心機関(タマエンジン)』は装填(チャージ)を完了させている。

あとはこのまま放てばいいだけ。

「終われ――――点火(バースト)ッ!!」

その一撃を振り下ろす辰巳。

衝撃が轟き、聖羅の姿が、一瞬にして、消し飛ばされる。

あまりにも、呆気なく。

「・・・ふう」

一息ついて、辰巳は剣を払う。

「皆の所に行かないと・・・」

そう呟いて、走り出そうとした、その時。

 

「―――辰巳さん」

 

時が止まった、気がした。

それは、失われた筈の声。もう、聞けない筈の、声。

その声、辰巳は、振り向いた。

「――――杏・・・!?」

そこに、杏が、伊予島杏がいた。

「なん・・・で・・・」

「なんで、とは、おかしなことを聞くんですね」

杏が、微笑んで歩み寄ってくる。

だって、ありえないじゃないか。だって、彼女は、あの日、―――

「辰巳さん」

杏が、辰巳の眼前にまでやってくる。

杏は微笑んで、辰巳を見上げた。

辰巳は、何も言えずに立ち尽くす。

そして――――

 

 

 

 

 

 

「――――どうして助けてくれなかったんですか?」

 

 

 

 

 

そして、いつもの彼女からは考えられないような笑みを見せた。

それは、あまりにも凶悪で、狂喜的で、恐ろしくて。

「どうしてなんですか?こんなに貴方を思っていたのに。こんなにも、貴方を愛していたのに」

「あん、ず・・・?」

「どうして?どうして?どうして?どうして?私はこんなに愛していたのに、こんなに好きだったのに、どうして見捨てたんですか?どうして助けてくれなかったんですか?」

「杏、違う、違うんだ・・・」

「なんでですか?なんでですか?どうして私よりひなたさんを選んだんですか?ひなたさんより私の方が貴方の事が好きなのに、どうしてひなたさんなんですか?」

杏は、ひたすらに問いかけてくる。

その眼に光は無く、その表情に生気は無く、ただただ死人のように笑う杏。

その、表情が、辰巳を恐怖させる。

「どうしてなんですか?どうして、どうしてどうしてドウしてどうシテどウシてドウシてどウシテドうしテドウシテドウシテどうしてどうして―――」

「や、やめろ――――」

辰巳が、思わず杏を突き飛ばそうとした、その時――――

 

ぐさり――――

 

そんな、嫌な音がした。そして手からも、血の気が引くような感覚がした。

「――――あ」

辰巳の剣が、杏の腹を貫いていた。

「ごふ―――」

吐血する、杏。

(落ち着け、これは幻だ。きっと奴が見せている幻に過ぎないんだ。だから落ち着け。これは本物じゃない。だから気にする必要なんてどこにもないんだ。そうだ。気にする必要なんて―――)

「たつ・・・み・・・さん・・・・」

辰巳は、思考から、これは幻だと、割り切ろうとする。

だが、次の、杏の()()()()()が、辰巳のそんな思考を、完全に断ち切った。

 

 

「ごめん、なさい」

 

 

歯止めはもう、効かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、十天将の中で、唯一戦闘能力が低い。だが、その分、こういう事には慣れていてな。人が苦しむ姿は実に良いものだ」

聖羅は、辰巳の頭に両手を挟む様に触れながら、そう呟いた。

目の前には、たった一匹の化物。

事実、聖羅の能力は、確かに精神を操るが、その本質は『悪夢を見せる』事。

辰巳は、今、強制的に悪夢を見せられているに過ぎない。

だが、その悪夢とは、その人が最も怖いと思うものを見せるもの。

辰巳にとっては、杏の死は、トラウマそのもの。

だから、こうなった。

「俺の役目はこれで終わりだ。さあ、好きに暴れると言い」

そして、咆哮が轟く。

 

「■■■■■■■■――――――ッッッ!!!」

 

その咆哮と共に、聖羅は跡形もなく消し飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんてことだ」

若葉は茫然としていた。

その理由は明白。辰巳の、再度の暴走。

もう起こらないと思われていた、最悪のパターン。

「余所見している場合かしら?」

「ッ!」

超高速で飛んでくる幸恵。

その四方八方から迫るその攻撃を、全て若葉は凌いでいた。

 

突然だが、ギンヤンマという昆虫をご存知だろうか?

トンボの仲間で、その体色が美しいとされる昆虫である。

しかし、その特筆すべき点は、その最高速度。

通常時で12.5㎞だが、その最高速度は、時速100㎞に迫るのだ。

この速度は、昆虫界最速を誇り、さらにいうと、トンボ特有のホバリングおよび、ストップ&ゴーにおいて、世界中、どの生物および、飛行機などの機械にも、急停止と急加速機能を持ち合わせているのを含め、最速だ。

ゆえに、若葉は、幸恵に勝てない。

「くぅ!?」

幸恵の槍が徐々に若葉を追い詰めていく。

日本最大のトンボであるオニヤンマは、スズメバチさえも捕食する。それが人間サイズになってみよう。

 

鴉なんて、ただの獲物になりさがる。

 

「ぐぁぁぁああ!!」

幸恵の槍が、若葉の肩を貫く。ついに、若葉の反応速度を幸恵の飛行速度が追い抜いたのだ。

それによって落下する若葉。だが、どうにか体制を整え飛翔しなおす。

「ぐっ・・・」

貫かれた肩を抑えつつ、どうにか距離を取ろうと飛ぶ若葉。

だが、それでも幸恵は追いかけてくる。

「どこに行こうというのかしら?」

「ッ!?しまった!!」

幸恵が、若葉の背後から抱き着く。

そして、その口角を思いっきり釣り上げて、その口を大きく開いて――――

 

「いただきまぁす」

 

若葉の首筋に噛みついた。

「ぐあぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁああぁあああ!?」

ありえないほどの激痛が、若葉の脳を貫き、焼く。

そのまま幸恵は、そのまま噛み千切った。

オニヤンマの顎の強さは、人間の皮膚を噛み千切って出血させるほど。

その大顎にやられた虫は、それだけで致命傷になり得て、絶命する。

鮮血が飛び、頸動脈にまで達したそれは、若葉の体から急速に血を抜いていく。

そして若葉は、そのまま落下していく。

「ふふ、ごちそぉさま」

落下していくその様子を見つつ、幸恵は口についた血を腕で拭った。

そのまま若葉は地面に墜落。

「う・・・あ・・・・」

その傷跡はひどく、頸動脈どころか声帯にまで届くほど噛み千切られており、そして、致命的だった。

その傷跡から、とめどないほどの血が流れ出ていた。

もう、助からないだろう。

「これで終わりね、さて、次は・・・・」

 

「■■■■■■■■■■―――――!!!!」

 

「ッ!?」

突如聞こえた咆哮に、幸恵は、背筋が凍るような感覚を覚えた。

そして、本能のままに上空へ飛んだ。

何かが、つま先を掠め、遠ざかる。

そして、幸恵は見た。

「・・・・嘘でしょ」

そこには、蝙蝠のような翼をはやし、高速移動する、灰色の物体。

否、それは、竜の力を纏った、足柄辰巳だった。

それも暴走状態。鎧は変化し、より竜に近い姿になっていた。

いや、それは、まさに竜人とでもいう姿だった。

その彼が、姿を変化させて背中に翼をはやしたのだ。

彼の腰には、竜の生命力を放出する推進力装置。翼はあくまで飛ぶ角度を調整するためのもの。だが、辰巳に憑依する邪竜の経験が、辰巳に、竜としての飛び方を教えていた。

否、備えていた。

「■■■■■■■――――――!!!」

咆哮が轟き、辰巳は剣を振りかぶる。

幸恵は、その一撃を受けるのはまずいと思い、すぐさま回避行動に移る。

辰巳の飛行はあくまで直進的。よけるのは容易い。

辰巳の洗い横薙ぎが、上に交わした幸恵をとらえることなく空振る。しかし、辰巳は体の体制を変え、推進力装置の向きを操作、前方に噴出させ、幸恵を追いかけるように飛翔。

「なッ―――!?」

その動きに目を見開く幸恵。

追いかけてくる辰巳の振り下ろしが、迫る。

幸恵は慌てて槍で受け止める。

瞬間、剣が爆発する。

「きゃぁぁぁぁあああ!?」

それによって、地面に向かって落下してしまう幸恵。

「くっ、調子に乗るんじゃないわよ!」

空中にとどまり、今度は幸恵の方からしかけてくる。

 

その速さは、今までのそれを超えていた。

 

「アンタには、迅と怜をやったツケを払ってもらうんだからね!」

「■■■■■■――――!!」

辰巳が、剣を振りかぶる。

ただの一振りで大地を断割する一撃が、幸恵に迫る。

だが、幸恵はその攻撃を紙一重でかわすと、すかさず辰巳の胴に一撃を入れる。

「■■■――ッ!?」

「ほらほら、まだまだ行くわよッ!!」

もはや積乱雲ともいうべき乱撃が巻き起こる――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウオオォォォォオオオオ―――――ッ!!!」

「ハァァァァァアアァアア―――――ッ!!!」

友奈と峻司の拳が正面衝突する。

それだけで大気が爆ぜ、衝撃が迸る。

一見、互角のように見えるが――――

「ああぁああ!!」

友奈が悲鳴を上げる。それと同時に、右腕が軋む。

先ほど放ったのは、右のフィニッシュブロー。

対して峻司が放ったのは同じく右。

しかし、友奈が放ったのは、洗練され、限りある努力の末に身に着けた最強の一撃。

対して、峻司が放ったのは、ただでたらめに振るわれた、単純な殴打。

それで、負けたのだ。

友奈絶対の自信を持つ、最強の一撃が、ただの攻撃によって破られたのだ。

思わずよろめいた友奈に、峻司はすかさず左拳を振るう。

その一撃を、友奈は、あえてひところに踏み込む事でかわす。

(まともに受けちゃだめだ・・・!!)

右はまだ使えるが、先ほどの衝突をもう一度すれば、確実にこの右腕は壊れる。

さらに、先ほどの一撃で、かなり軋んでいる。

もう乱発は出来ない。

ならば――――

ステップを踏む友奈。

「ワン、ツー・・・・」

峻司が、右拳を振るう。

それを、友奈は軽やかなステップでかわし、そして―――

「スリーッ!!」

左を人体急所の一つ、脇の下に叩き付ける。

脇下に攻撃を受ければ、衝撃はろっ骨を突き抜け肺に至る。呼吸もままならず指一本も動かせなくなる。

斬撃であるなら神経が集中している場所であり、圧迫による止血が出来ず、相手を失血死させる事が出来る部位である。だが――――

「ウォォォォオオオッ!!!」

「くッ!」

皮膚自体が厚いのか、衝撃が通らない。

だが、諦める訳にはいかない。

でたらめに拳が襲い掛かってくる。

それを友奈は軽快なステップを使ってかわし、その隙を縫って、何度も左で峻司の右脇下を叩き続ける。

たとえ一発で効かなくても、何度もたたき続けていれば、いづれは――――

「ウオォォォォオオオオオォォオオオ――――――――――――!!!」

峻司の咆哮が一層強くなる。

それを聞くだけでも、脳が揺さぶられる様だ。

そのまま、峻司は拳を振るう。

 

()()()()()()()()

 

「ッ!?!?」

その事実に驚き、友奈は紙一重でそれをかわす。

(速くなった!?)

『この野郎・・・』

そこで、酒呑童子の声が聞こえた。

(酒呑童子・・・?)

『こいつ、怒りに比例して強くなれる能力らしいな!』

「え―――ッ!?」

 

峻司閃。

その能力は、怒りによる無制限のパワーアップ。

その怪力は物理法則を無視し、その肌は全ての攻撃を無効化する。

どんな攻撃も、どんな衝撃も、どんな爆発にも耐えられる存在。

それが峻司閃。

ていうか、もはや『ハ〇ク』そのものである。

 

故に、友奈では、勝てない。

 

腕を振るう速度、パワーが、徐々に速くなる。

それは、友奈が拳を一定の場所に叩き付ける回数に比例していく。

段々と上がっていくパワーとスピードに、友奈はだんだんと焦りを覚える。

(はやく・・・しないと・・・!)

何度も左を叩き付けても、一向に倒れるどころか怯む気配がない。

本当に、蚊に刺されているような気分なのだろうか。

それだけで、相手はその怒りをどんどん高めて行っている。

 

これ以上は、無理だ。

 

『右』を振りかぶる友奈。

(もう、これしかな―――)

そのまま放とうとした、その瞬間――――

 

 

―――峻司が、その両手を叩いた。

 

 

打ち合わせたその手から発せられた音は、否、衝撃は、友奈の目の前で炸裂し、友奈の意識を、フリーズさせた。

そのまま、峻司は右腕を振りかぶった。

「ウオォォォォオオオオォォオオオ――――――ッ!!!」

ハルクの伝説において、その拳の一撃は、地球サイズの隕石を破壊する程である。

故に、その一撃を喰らえば、友奈の体は、確実に爆発四散する。

だが、友奈の思考は、先ほどの猫騙しによって停止している。

故に友奈は体を動かせない。避けようとすら思わない。

峻司の右腕が降りぬかれ、その先の地面及び大気が全て吹き飛ばされる。

そうして、右腕を振りぬいた峻司の目の前には、友奈はいなかった。

 

そう、目の前には。

 

峻司は振り向く。

そこに、二人の少女がいた。

一人は、高嶋友奈。どうやら、先ほどの思考停止から戻ったようだ。

そして、そんな友奈を抱きかかえているのは――――

「・・・若葉ちゃん?」

先ほど、首を噛み千切られた筈の、乃木若葉だった。

「ハア・・・ハア・・・間に合った」

そう呟きつつ、若葉は、噛み千切られた筈の自分の首に手を当てる。

確かに、完全に抉れていた筈の首が、今は何事も無かったかのように治っている。

「わ、若葉ちゃん・・・首・・・」

「ん?ああ、さっき噛まれてな・・・・」

「ううん、火傷したみたいになってる・・・」

「え・・・・」

友奈に言われ、若葉は、刀の刀身を鏡代わりにして自分の首筋を見る。

そこには、確かに噛み千切られた部分の皮膚が、火傷痕のように褐色になっていた。

(傷跡は残る・・・か・・・)

『おそらく、お前の中にある狗ヶ崎哮の力の一端だろう。おそらく、致命傷の場合は痕が残るようだな』

「その様だな」

大天狗の考察を聞きつつ、立ち上がる若葉。

そして、空を見上げる。

そこでは、暴走した辰巳が幸恵と空中で激戦を繰り広げていた。

「辰巳・・・」

「たっくん・・・・」

空で暴走する辰巳。その辰巳を心配そうに見る若葉と友奈。

だが、それよりも、今は――――

「ウゥウ・・・」

目の前の敵をどうにかしなければならない。

「・・・・友奈、どうだ?」

「右がかなり痛い。左はまだ大丈夫だけど」

「そうか、私はまだ十分に動けるぞ」

「そっか・・・」

友奈は、目を閉じ、そして、また目を開いた。

「若葉ちゃん・・・」

「なんだ?」

「時間、少しだけ稼いでくれないかな?」

「何・・・・?」

若葉は、思わず聞き返した。

「奥の手があるの。だけど、その為には、少し時間が欲しいの」

「・・・・わかった。任せろ」

若葉は、僅かばかり浮き、そして、峻司に向かって飛翔する。

「ウオォォォォオオオオォォオオオ!!!!」

敵の接近を認識した峻司は、すぐさまその拳を振るう。

「はやッ!?」

その速さに目を見開くも、持ち前の反応速度で、体を回転させてその拳の下に潜り込む。

そして、そのまま刃を振るい、脇腹に一撃を入れる。

(硬い――――!!)

だが、刃は通らない。

かの不動明王が使っていた宝剣が、通用しない。

だが、若葉の役目はあくまで討伐ではなく時間稼ぎ。

その為に、若葉は少しでも峻司の意識を友奈から逸らさなければならない。

だが、純粋な剣技と高速飛行では足止めをやり遂げる事は出来ない。

だから、使うのだ。

 

大天狗の真の力を。

 

「大天狗!」

『心得た!』

若葉が叫ぶのと同時に、若葉の背中から生える黒い翼から、真っ赤な炎が舞い上がる。

「うが!?」

それに驚く峻司。

 

大天狗。

その妖怪は、かつて、天上の神々の大地を全て焼き払ったと言われる、神に唯一叛逆した妖怪。

その炎は、神の建物を焼き、神の体を焼き、神の地を全焼する。

 

それが、大天狗の真の力。

 

「――――『天空火生三昧(てんくうかしょうざんまい)』」

 

炎を纏った若葉が、そう呟き、峻司に炎を放つ。

「ウォォォオオオオオオッ!!!」

峻司が拳を振るう。

すると炎は全て吹き飛ばされる。

だが、その間に若葉は峻司の背後に回っていた。

「ハアッ!!」

炎を纏ったその一撃は、峻司の背中に直撃する。

しかし、効いている様子はない。

(やはり効果無しか・・・・)

「ウオオォォォォオオオオッ!!」

峻司が振り向きざまに左腕を振るう。

それを若葉はしゃがんでかわし、飛び上がる。

「だが、これでまだまだ足止めが出来る」

若葉は刀を構える。

(たのんだぞ、友奈・・・)

若葉は、ちらりと、今、奥の手の準備をしている友奈の姿を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

激しい剣戟が繰り広げられる。

斬撃が斬撃を呼び、斬撃が斬撃を撃ち飛ばす。

鋼の刃と水の刃。

その二つの刃が、もはや常人ではとらえられない速度で交錯し、たった半径二メートルの中で飛び交っていた。

「ぬんッ!!」

五右衛門の刃が歌野の首筋に迫る。それを歌野は水の刃で弾き飛ばし、反撃といわんばかりに弾いた水の刃で五右衛門の肩に斬りかかる。

だが、本来実体のない筈の水の刃を、どういう訳か五右衛門は斬り返して見せた。

(どういう能力よ!?)

それに悔しそうに顔を歪めつつ、さらに一撃を加えようともう一歩踏み込もうとする。

だが、そこで悪寒が走り、踏み込んだ足を、前にではなく後ろに向かって体が飛ぶように蹴り、次ぎの瞬間、鼻先を刃の一閃がかすめた。

「うわわ!?」

地団駄を踏む様に距離を取る歌野。

「ハア・・・ハア・・・チッ、なんて厄介な・・・」

『さしずめ、実体無きものを物理的に捉える能力か。その気になれば、水の上に立つ事も可能だろうな』

「それでも、高圧水流よ。普通は向こうが弾かれるはずでしょ」

『それほど奴の剣技が卓越しているという事だろう』

悔しいが、それは歌野でさえも認めざるを得ない。

彼の剣技は、辰巳や若葉のそれとは、次元が違う。

その気になれば、次元さえも斬り飛ばしてしまうかもしれない。

「厄介ね・・・・だけど、だからこそ私が貴方の相手で良かった」

「む、それはどういう意味であろうか?」

首を傾げる五右衛門。

「貴方は、剣士よ。そして、ありえないほどの剣技を持ち主だわ。若葉や辰巳だったら、純粋な剣技で勝負してしまうかもしれない。だけど、それじゃあ貴方には勝てない」

剣技では勝てない。そう、それは絶対。

ならば、それ以外ならどうだ?

「異能なら、私は、貴方に勝てる自信があるわ」

歌野は、水の刃のみならず、水の弾丸や砲弾まで出現させる。

それだけではない。水の手裏剣や、槍、短剣など、ありとあらゆる武器と言う武器が、歌野のまわりに権限していた。

「行くわよ、最強剣士。その刃、折れないようにね」

「何を言うかと思えば・・・思いあがるなよ、餓鬼(ガキ)

次の瞬間、歌野は、無数の斬撃を解き放った。

そして、五右衛門は鞘に納めた刃を解き放った。

 

 

 

 

それはまさしく、血みどろの戦い。

 

竜と虫は空で踊り、鴉と鬼は怪物を相手取り、大蛇は最強の剣士を迎え撃つ。

 

それは、まさしく、神話で語られるべき、大戦。

 

されど、それを知る者はなく、ただ、この戦いで生き残る者は――――

 

 

 

 

 

たった三人。




次回『聞こえた友の声』

戦いは、さらなる方向へ。


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聞こえた友の声

「■■■■■■―――――!!!」

咆哮がとどろく。

それと同時に、辰巳が蹴り飛ばされる。

「しつっこいッ!」

幸恵が、蹴り飛ばしたのだ。

それで辰巳は、大きく飛ばされるもとどまり、再度反撃に出ようとするが、先ほどまで幸恵がいた空中には、何もいなかった。

それがどういう事なのか、結論に至る前に、今度は横から頭を蹴られる。

そのまま蹴りを放った幸恵はその進行方向のまま辰巳の射程から離脱。

そして、すぐさま視界が外れ、また別の方向から攻撃をしかける。

それに辰巳がどうにか反応しようとするが、予測してみた方向にいた幸恵は、すぐさま急激な緩急で方向転換し、姿を視界から外し、反応出来ない程の速さで追撃していた。

やけくそになって剣を振れる時はある。しかし、それでは幸恵のスピードに追い付けず、躱され、その隙をついて攻撃されて、落下する。

まさしく一方的。為すすべなく、蹂躙されている。

「■■■■■■――――――!!」

しかし、幸恵の攻撃は、全て辰巳に通用していなかった。

「ったく、どんだけ硬いのよこいつは!」

そう悪態を吐く幸恵。

事実、速さに特化した彼女の攻撃では、辰巳の鋼以上の高度を持つ皮膚を貫通する事は出来ない。

もし、彼に攻撃を通用させる事が出来る者がいるとしたら、それは、御竜はもちろんの事、五右衛門と峻司、そして、可能性として、紅葉くらいか・・・・

「ウオォォォォオオオオォォオオオ―――――――!!」

その時、突如として聞き覚えのある咆哮が聞こえた。

「峻司!」

幸恵は思わず、その声の発信源に視線を向けた。

そこには、飛行能力によって、峻司の放つ拳の嵐をどうにか掻い潜って応戦している勇者の姿があった。

その勇者は、炎を纏い、峻司を焼き尽くそうと攻撃しているが、どうにも効いていないようすだ。

その事実に、幸恵はほくそ笑む。

「ふふ、馬鹿なコバエね。峻司にその程度の炎が通用するとでも思ってるのかしら」

ふと、幸恵は思いつく。

あの峻司に、この化物をぶつけてみたらどうか。

確実性があると思ったら、すぐさま行動に移る。

「ついてらっしゃい!」

幸恵は、辰巳を挑発して峻司の元へ飛ぶ。

その事に、峻司を相手取っている勇者、若葉が気付く。

「お前は・・・!?それに・・・辰巳!?」

「峻司、新しい獲物よ!」

幸恵がそう叫ぶと、峻司がすぐさまそれに気付いて、幸恵の方を見る。

そして、背後から人とは思えぬ咆哮を迸らせてせまる辰巳を見た。

それを認識した瞬間、峻司は、飛んだ。

「なッ!?」

「え!?」

それに若葉と、今、峻司を倒す為にある準備をしていた友奈は目を見開き驚く。

その峻司の行動に笑みを零した幸恵は、すぐさま峻司の突進の軌道から外れる。

そして、目の前から接近する辰巳と峻司が正面衝突した。

 

 

ぐしゃぁ・・・・

 

そんな音が響いて、辰巳の体から、血が爆散した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァァアアッ!!!」

ありとあらゆる水の暴力が、五右衛門に降り注ぐ。

しかし、五右衛門はその悉くを全て避け切っていた。

(あたら・・・ない・・・!!)

この暴風雨の如し攻撃の数々は、実は歌野の精神をかなり削っているのだ。

八岐大蛇自身のバックアップもあるが、それでも彼女への精神の負担があまりにも大きい。

しかし、そんな五右衛門は、そんな彼女の精神を削る攻撃を掻い潜って一撃を入れようとしてくる。

「ッ!」

その度に歌野は鞭を使って牽制しようとする。

その鞭の先には水の刃が備えられており、超振動するその刃は、ありとあらゆるものを切断する。

だが、五右衛門はそれをいとも容易くかわすと、すぐさま歌野の懐に入り込んでくる。

「死ね」

「ッ!!!」

脇腹に走る、痛み。それは、彼女の本能を揺さぶる警告が与える。攻撃の直撃予想地点。

その一点に向かって、五右衛門の刃が迫る。その攻撃を、歌野は高圧の水流の楯で防ぐ。

「チッ」

舌打ち一つ。しかしそれで諦める五右衛門ではなく、そして次の攻撃を赦す歌野でもなく、五右衛門の返す刀が歌野の首に迫り、歌野は再度高水圧の楯で防ぐ。

すかさず歌野は左掌に水の弾丸を作り出し、それを五右衛門に向かって発射。五右衛門は、ありえない反応速度でそれをかわし、もう一度斬りかかる。

そのような、一進一退の攻防戦が繰り広げられる。

しかし、どういう訳か――――歌野が押されている。

水という実態を持たず、変幻自在の性質を持ち、その気になればコンクリート並みの硬さになれる性質をも持ち合わせているものを自在に操る歌野に対して、五右衛門はただその一刀の刀を振るっているだけ。

そんな、確実に力や威力で勝っている筈の歌野の攻撃を、五右衛門はその悉くの全てを弾き斬り飛ばし凌いでいた。

まさしく達人。

「なんっで・・!?」

「分からんか、娘」

ふと五右衛門が歌野に、自分が押されている理由を答えた。

 

川津五右衛門。

彼は、実は日本では名の知れた居合の達人。

その一閃は、肉眼ではとらえる事が出来る、カメラのスローを使っても、ただ普通に剣を振っているとしか思えないほどの速さで振りぬかれている。

彼に斬れぬ物はなく、ひとたび得物を握らせれば、それが鉄だろうが鋼だろうが、悉く全て斬り捨てる事が出来るのだ。

剣に生き、剣を極限まで極めた男。それが、川津五右衛門。

しかし、彼にも家族がいた。

妻一人と、息子一人。

彼の人生は、まさしく順風満帆であり、幸福であった。

 

 

―――一人の男がそそのかすまでは。

 

 

その男は、五右衛門に近付き、こうささやいた。

 

『あの子供はお前の子じゃない』

 

そう、そそのかした。

ようは、五右衛門の子どもは、妻が別の男と交わった結果生まれた子であり、血縁上、五右衛門の子どもではない、という事だった。

当然、五右衛門は初めは信じなかった。

だが、その男が見せた写真によって、全て壊れた。

 

それは、妻が別の男と交わる写真。

 

それを見た五右衛門は、怒り狂い、己が手で妻と息子を斬り殺した。

そのまま怒りのままに家さえも斬り倒した。

ただただ、怒りと悲しみのままに。

 

 

 

 

あとで、知った。それが全て嘘だという事を。

 

 

 

 

あの写真は、合成。とても精密に作られた写真であり、五右衛門は、その写真一枚如きに騙されたのだ。

その事実をもたらしたのは、五右衛門をそそのかしたあの男。

男は、ひょうひょうとした態度で、五右衛門を嘲笑った。

 

『騙したのは僕だ。だが殺したのはお前だ』

 

五右衛門は、その時から家族殺しの殺人者となった。

剣に生き、剣を極めた男は、ただの殺人者へとなり下がったのだ。

 

たった一人の男によって。

 

誰も、彼の言葉を聞きいればせず、強さを求め続けるが故に、自分の家族にさえも手を出した、醜い殺人者。

そんなシナリオを、五右衛門は歩かされたのだ。

 

それと同時に、バーテックスの襲撃が始まり、そして、彼は、誰も自分の言葉を信じなかった人類に、この手で復讐すると誓った。

 

だから、彼はなったのだ。人を蹂躙する存在『バーテックス人間』へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の能力は、純粋な剣技と斬撃。

極みに究めた剣技は、ありとあらゆる敵を討ち、その斬撃はありとあらゆるものを両断する。

それが、五右衛門の能力。

 

 

魂を込めた血に濡れた剣技。その純粋な想いが込められた、そのたった一つの剣技が、彼の最強の一を作っていた。

 

 

 

その一が、歌野の力に勝っているのだ。

 

 

 

 

「それが、お前と拙者の絶対的な差だッ!!」

五右衛門が刀を鞘に納める。

(来るッ!)

歌野は防御の構えを取る。

「笑止ッ!!」

五右衛門は叫ぶと共に、刃を抜き放つ。

「一斬必殺――――」

放たれるは、最強にして最速の一撃。

 

 

「――――『二ノ太刀不要(ニノタチイラズ)』」

 

 

 

歌野の、防ぐという判断は、極端に言って間違いだった。

抜き放たれた、五右衛門の刃は、歌野の張った高水圧の楯を()に斬り裂いた。

歌野の水流の楯は、下から水流を噴き上げるというもの。

しかし、刀のように薄いものは、水流の影響を受けにくく、水は全て避ける。

故に、突破は可能。

鞘に納めた刃の向きを上にして、柄の向きさえも上にして抜き放ち、そのまま弧を描いて上段から叩き付けるその居合。

それが、神速で放たれるそれが、歌野に理解される前に、頭部に直撃する―――――

 

 

 

 

 

筈だった。

 

 

 

 

 

「なん・・・・だと・・・・!?」

五右衛門の最強の一撃は、歌野の()()()()()()()()()()()()()ところで、止まっていた。

そして、その一撃を止めた正体、それは―――――

歌野の、両手の甲だった。

歌野の、交差された手の甲が、五右衛門の刃を受け止めていたのだ。

「・・・・やっぱり、そう来たわね」

「馬鹿な・・・・どうやって予測した!?」

「簡単な話よ。()()()()()()()()

「そんなでたらめを・・・!」

「でたらめなんかじゃないわ」

歌野は、得意げに語る。

「さとりっていう妖怪をしってるかしら?」

「なに・・・?」

「相手の心を見る事が出来る妖怪よ。その妖怪に姿を見られれば最後、心の奥底のどんな思惑だって見抜かれてしまう。そんな、ふざけた能力を備えた妖怪よ」

「それがなんだというんだ?」

「あら?これだけ言っても分からないの?私達勇者の共通能力は、精霊を憑依させる事よ」

「そんな事分かっている。今お前は――――」

「私が一体いつ、()()()()()()()()()()()()()()()()のかしら?」

「ッ!?」

そこで、五右衛門は気付く。

 

「そう、私は今、二体の精霊を同時に使っているのよ」

 

今思うとおかしかったのだ。

歌野では、五右衛門の神速の斬撃には対応出来ない。

互角に打ち合う事は出来ない。

ならば何故、五右衛門の攻撃に全て対応できたのか。

 

それは、歌野が、八岐大蛇だけではなく、さとりという妖怪までもを憑依させているからだ。

 

『全く、無茶をする奴じゃのう』

「それほどでもないわ」

それは、ほぼ賭けに近い行為だった。

成功するかどうか分からない。逆に、二匹の精霊を受け持つ事で、精神に多大なる不可がかかり、最悪廃人化する可能性だってあった。

もしくは、精霊の瘴気にやられて、精神的に最悪な方向へ傾いてしまうかもしれなかった。

だが、歌野の持つ、特大級の精神力が、それを可能にしたのだ。

ある意味、究極の反則技。

精霊の憑依は原則一体という常識を破る、歌野の反則技。

 

精霊二体同時使用。

 

「そこまでするか・・・!?」

「ええ、するわ!哮兄が守った諏訪の皆、そして、哮兄の最愛の人であり、私の親友であるみーちゃんを守る為。そして、この四国を守るためにッ!!私は、どんな事だってしてみせる!!!」

さとりの能力で五右衛門の意図を文字通り見抜き、そして、八岐大蛇の力の全てを身体能力へ割り振り、見事防御してみせた歌野は、手の甲で挟み込んだ刀を押し返し、そして弾いた。

「『スネイクアーツ』ッ!!」

すかさず、歌野は鞭と体術の複合格闘術『スネイクアーツ』で五右衛門を追い詰める。

「ハァァァァァァアアアアアアッ!!!」

八岐大蛇を、その小さな体に収束したその乱撃は、五右衛門を確実に追い詰めていた。

(こんな、事が・・・!?)

なりふり構わず、歌野は五右衛門を叩き続ける。

しかし、五右衛門は腐っても最強の剣客。

歌野の乱撃にある隙を縫って、その腹に、刀を突き立てる。

「がッ!?」

腹筋の合間を縫って、その奥にある大動脈に到達したその一撃。

確実に致命傷だ。

だが。

「つか・・・まえ・・・たぁ!!」

(!? ぬ、抜けん!?)

何故か、その刃は抜けなかった。

筋肉を収束させ、刃をわざと抜けないようにしているのだ。

歌野の右手に、水が集まる。

それが球体を作り、それが、五右衛門の目の前に突き出される。

「もう、にがさ、ない・・・!!」

血を吐き、歌野は、叫ぶ。

 

 

「――――『その水、蛇が如く(アメノムラクモ)』ッ!!」

 

 

歌野最強の水の刃が、五右衛門の喉を貫く。

「―――――みご、と」

五右衛門は、それだけを言い残し、砂となって消えた。

 

刀ごと。

 

「ごふッ!?」

腹から、大量の血が流れ出る。

「あの野郎・・・最後の最後でいい置き土産してくれたわね・・・!」

『落ち着け、歌野。血も水と同じだ』

「OK、分かったわ。こうね・・・・」

歌野が意識を集中させると、流れ出た血が、急に止まり、それどころか歌野の体に戻っていく。

『しばらく傷が塞がるまで待っとれい』

「そう、させて、もらうわ・・・・」

流石に、二体同時使用は無理があったのか、すぐさまさとりの能力を解除する歌野。

それと同時に地面に倒れ込む歌野。

(まだ・・・だまよ・・・・八岐大蛇を解除しちゃだめ・・・・まだ、敵が、残ってるんだから・・・・・!!)

歌野は、そう自らを叱咤し、沈みかける意識を必死に繋ぎとめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辰巳が、いとも容易く、地面に沈んだ。

あの、暴走状態の辰巳が、たった一撃の元に、沈んだ。

その事実が、友奈と若葉の思考を止めていた。

「ウオォォォォォオオオオォォォオオオオ――――――――――――――!!!」

そして、今、血と臓腑を撒き散らして地面に倒れ伏す化物のすぐ傍で、緑の怪物が雄叫びを挙げていた。

「ふふ、やっぱり(ひらめき)は凄いわ。その強さ故に周りから恐れられて、悪口を言われて恐れられて、殺されそうになって、いつも独りぼっちだったが故に、世界を壊そうとする生きた破壊兵器・・・・やっぱり、彼こそが、私達の切り札ね」

幸恵は、その光景に、狂喜するように嗤っていた。

「た、たっくん・・・・」

友奈が、思わず手をのばす。

その時、峻司の視線が、友奈に向いた。

「ひっ・・・・」

その視線に怯える友奈。

まだ、準備は終わっていない。

『アレ』を発動させるための準備が、まだ、出来ていない。

まだ、彼と戦う為の準備が出来ていない。

峻司が、こちらに向かって歩いてくる。

逃げなければならない。だが、足がすくんで動けない。

峻司の放つ威圧が、とてつもなく重いから。

それは、若葉も同じ。

そして、こう思っていた。

 

誰があんな化物に勝てるのか。

 

今もなお、怪物は友奈に刻一刻を迫ってきている。

助けなければ、だが、体が言う事をきかない。

声で奮い立たせようとしても、言葉さえも喉の先へ出てこない。

まさしく万事休す。

もう、何も出来ないのか――――

「■■■■―――――!!!」

しかし、突如として脅威的再生速度で復活した辰巳が、峻司の背後から大剣を振り下ろした。

「辰巳ッ!」

思わず叫ぶ若葉。

その強力無慈悲な一撃が、峻司に叩き付けられる。

地面が陥没し、土煙が舞い上がる。

まるで一つの爆発が起きたかのような衝撃波が撒き散らされ、周囲を吹き飛ばす。

その一撃を受ければ、どんな敵もただではすまないだろう。

だが、そんな一撃は、怪物にとってはただの蚊に刺されたようなものだった。

峻司が振り向く。もはや、その眼には怒りではなく呆れが移っていた。

巨大なその手が、辰巳の両手を掴む。それだけでばきりと骨が砕ける音が響き、次の瞬間、まるで子供がぬいぐるみを地面に叩き付けるかのように、何度も何度も辰巳を地面に叩きつけ続けた。

まさに遊戯とでもいわんばかりの行為に、辰巳の体はボロボロ。

その叩き付けは、回数を重ねるごとに速く、重くなり、どんどん地面を砕いていく。

やがて一際強力な最後の一撃が叩き付けられ、辰巳は、地面にめり込んだ。

鎧はボロボロ、体中からだは血を流し続け、掴まれていた腕はもはや無残としか言いようがなく、振り回されたからか千切れかけていた。

そのまま動かないかに思えたが、次の瞬間、辰巳の兜の口のような部分が響き、そこから黄昏色の砲撃が放たれた。

その一撃は、峻司の上半身を飲み込み、空を貫いた。

その一撃は、以前、迅と怜を屠ったものと同一。

これを喰らえば、いくら防御力が高くても、ひとたまりも――――

 

 

しかし怪物は平然としていた。

 

 

「・・・・・バカな」

若葉が、そう呟いた。

辰巳の、あの咆哮を、あの化物は耐えきったのだ。

否、それどころか、効いてすらいない。まるでどこ吹く風のように涼しい顔をしていた。

峻司は拳をふりあげる。そのまま、地面に倒れ伏す辰巳に向かって振り下ろす。

「■■■!!」

しかし辰巳は、めり込んだ体を無理矢理地面から抜くと、その一撃を回避。

からぶった拳は地面を砕くも、辰巳は、すぐさま剣を構えた。

すると、左腕につけられた楯が高速回転する。

力を貯める為の機関『炎輪炉心機関(タマエンジン)』だ。

それが、一瞬のうちに臨界に達し、そのまま、解放(バースト)する。

「■■■■―――――――!!!!」

咆哮と同時に、『零式吹雪撃鉄(ブリザードトリガー)』が叩き落され、溜め込んだ力が解放される。

それは、辰巳の最強の技『黄昏に咆える邪竜の咆哮(ファブニール・フォン・アテム)』。

それも、『炎輪炉心機関(タマエンジン)』によるチャージのオマケつき。

まだ、全力で放たれた事がないから、威力はわからない。

だが、この一撃を本気で撃てばおそらく、大陸は吹き飛ばせるかもしれない。

そんな一撃が放たれる。

 

 

 

 

 

筈だった。

 

 

 

 

瞬間、大きな破裂音が響いた。

「――――」

それは、峻司の猫騙し。

辰巳の目の前で、対象の意識を一時的に吹き飛ばす、強力無慈悲な、拍手。

それが、暴走した辰巳の思考を止めた。

峻司が、拳を振り上げる。

そして、その一撃が辰巳に叩き付けられ、地面に押しつぶされる。

そのまま、峻司は、何度も、何度も拳を叩き付け続けた。

とにかく徹底的に、もう、立ち上がれない様に。

再生さえも追いつかない程、速く、重く、確実に死ぬように。

何度も何度も何度も。

やがて、その乱撃が終わるころには――――

 

殴られ続けて、もはや立ち上がる事すらできない、無残な怪物の姿があった。

 

「たつ・・・み・・・」

その光景に、若葉は、息をのんだ。

あの状態の辰巳でも叶わない怪物。

(そんな奴に・・・・どうやって勝てと言うんだ・・・・)

「絶望したかしら?」

「ッ!?」

背後から聞こえた、声。

それに、若葉は本能のままに前に飛んだ。

背中を何かがかすめ、すぐさま若葉は後ろを見た。

そこには、槍を構える幸恵がいた。

「貴様・・・・・」

「どう、圧倒的力の前に絶望する気分は?さぞ、素晴らしいのでしょうね」

「く・・・・」

その幸恵の言葉に、若葉は何も言えない。

事実、若葉の足は震えている。

それは、あの規格外の化物の放つ威圧によるもの。

そして、その圧倒的強さからくる、恐怖。

もはや、あの化物を倒せる存在はいない。

辰巳は、戦闘不能。友奈は、なにかしらの準備をしているようだが、それも頼りになるかどうか分からない。

大天狗の力でも、どうにかできる自信はない。

 

絶望。

 

もう、それ以外浮かばない。

「諦めなさい」

ふと、幸恵が囁く。

「これ以上抗った所で無駄。どれほどあがこうと、もはや貴方達に勝ち目は無いわ。だったらさっさと諦めて、楽になりなさい。あとは、運命のままに」

幸恵の言葉が、若葉の耳に滑り込む。

確かに、このまま戦っても、あの化物に勝てる確証はない。

このまま戦った所で、なぶり殺しになれるのが落ちだ。

もう、これ以上、戦った所で―――――

「・・・それでも、断る」

だが、若葉はその提案を蹴った。

「それでも、私は諦めない。例え、この世界が終わると分かっていても、それに屈したら、それは、心の敗北を意味する。それは嫌だ。死ぬなら、せめて、心では負けないようにしたい。心まで屈してしまったら、大事な何かが、なくなってしまうかもしれないから」

だから、若葉は倶利伽羅を構える。

そして、炎を発する。

「だから、私は諦めない!」

若葉は、そう叫んで幸恵を睨みつけた。

「あ、そう」

一方の幸恵は、面白くなさそうにそう呟いた。

「負ける、ねえ。すでに負け戦になってるこの戦いに、一体これ以上、何に負けると言うのかしら」

まあいいわ、と続ける幸恵。

「その傲慢な心も打ち砕いて、全て終わらせてあげるわ」

そう、槍を構えた時だった。

 

 

 

ぎぎっ

 

 

 

そんな音が聞こえた。

まるで、歪んだ金属と金属が擦れるような、そんな音が。

その音に、思わず若葉は振り向き、幸恵はそちらに視線を向けた。

「■■・・・」

「・・・・うそでしょ、閃のあの連撃を受けて、まだ生きてるっていうの?」

辰巳は、生きていた。

今もなお、峻司を倒さんと、手を伸ばそうとしているのだ。

だが、体に蓄積されたダメージが思った以上に深く、まともに体を動かす事が出来ないようだ。

それに気付いた閃の行動は、至って単純(シンプル)

 

止めを刺す事だ。

 

拳を振り上げる峻司。

若葉はすぐさま助けに入ろうとするが、その間にすぐさま幸恵が入り込む。

どけ、と若葉が叫ぶ。幸恵はそれを聞き入れない。

このままでは、辰巳が今度こそ殺されてしまう。

どうにか、どうにかしなければ―――――

 

 

「やめろ」

 

 

突然、そんな声があがった。

峻司は、拳を振り上げたまま、声がした方向へ視線を向けた。

そして、目を見開いた。

 

そこには、鬼がいた。

 

「ごめんね、たっくん。遅くなっちゃった」

少女は、謝罪する。

 

少女の肌は赤く染まり、目の色も赤く染まり、体からは蒸気が発せられている。

それだけではない。

 

角が、生えている。

 

飾りなどではない。額の皮膚の下から、突き破って出ているのだ。

犬歯も見える。とてつもなく鋭い、牙ともいうべき歯が、唇の下から見えた。

腕にあった巨大な手甲は無く、そこにあるのは彼女の一見して細い腕。

 

それは、精霊との完全同化。

人としての枠を完全に外れ、人外の存在へ足を踏み入れる、禁断の領域。

そう、それは、それはまさしく――――

 

 

鬼だった。

 

 

 

「酒呑童子、完全同調!」

そう、今、高嶋友奈は、酒呑童子と完全に同調した。

友奈は、今、人としての枠を外れたのだ。

その、ただならぬ姿に、峻司は、警戒せざるを得ない。

「・・・・」

「・・・・」

双方、動かず。互いに睨み合い、今にでも、衝突しそうだった。

その中で、幸恵は思う。

(大丈夫、閃にはありとあらゆる物理攻撃は効かない。あの子に勝ち目なんてないわ)

そう、峻司の勝利を確信していた。

静寂が、身を包む中、小石が、地面の落ちた。

 

瞬間、友奈が動いた。

 

たった一歩で峻司の懐に入り込んだ。

それも、地面を踏み砕いて。

そのまま友奈は、峻司が反応する前に拳を振りぬく。

その拳が、峻司の腹に突き刺さる。

「―――――げぼ」

そんな、声が聞こえた。

そして、峻司が顔を歪め、吹き飛ばされる。

そのまま、数々の建物を破壊し、吹き飛ばされる。

「・・・・・嘘でしょ」

その光景に、幸恵は、目を疑った。

あの峻司が、初めて顔を歪めたのだ。

それも、痛みで。

友奈の拳は、あの細い腕は、峻司のあの規格外の硬さを誇る皮膚に突き刺さったのだ。

「・・・・行ける」

友奈は、振りぬいた拳を、いっそう強く握りしめる。

「これなら、倒せる」

友奈は、飛んだ。峻司に向かって。

「勇者ぁぁぁああ――――――」

拳を振り上げる友奈。

それに対して、峻司は―――――

「―――――ウオォォォォオオオオォォオオオ―――――――――!!!」

友奈を迎え撃つかのように拳を振り上げて構えていた。

「―――――パァァァァァァァアンチィィィィィィイイイイッ!!!」

「オオオオオオオオォォォォォォォオオオオオオォ―――――――――!!!」

拳が、正面衝突する。

それだけで、周囲にあった瓦礫の全てが吹き飛ぶ。

「貴方は、私が倒すッ!!!」

「ウォォォオオオオオオォオ――――――!!!!」

そう叫んで、拳の応酬が繰り広げられる。

一方、若葉たちの方では、そんな激しい戦いの様子が、遠目からでも見えていた。

拳がぶつかり合う度、瓦礫という瓦礫が飛んできて、そして、地面を砕いて抉り飛ばして、もはや、その戦いは一種の暴風雨のような光景になっていた。

「まさか・・・」

ふと、背後から声がした。

そこには、幸恵が槍を構えていた。

「閃にダメージを与えられる奴がいるなんてね」

「それが友奈だ。アイツはいつも、私達が想像もつかないような事をしてのける」

若葉は、振り向くのと同時に、倶利伽羅を払う。

「今度は先ほどのようにはいかないぞ」

「それは、どうかしらね」

互いに睨み合う二人。今度は、こちらがぶつかり合うのか。

そう言った空気が充満した時。

 

 

 

 

 

――――黄昏色の光が、立ち上った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辰巳は、一人、広い草原の上に立っていた。

何もなく、だだっ広い、緑の草原。

「ここは――――」

辰巳は、ふと呟いた。

「俺は、死んだのか・・・?」

あの状態になると、竜の力が過剰に発揮される。

そして、終わった後でも、その時の事は、朧気ではあるが、覚えている事がある。

特に、痛みを伴う攻撃は。

だから、あの緑の怪物にたこ殴りにされた事は、しっかり覚えている。

だが、勝つ事は出来なかった。

そんな状態で、意識を刈り取られるとは思わなかったが。

「ここが死後の世界とは・・・・なんにもないな」

辰巳が、そう呟いた時。

 

「ここは、生と死の間にある世界です」

「神樹様が作ってくれたんだぜ」

 

息が、止まるかと思った。

それほどまでに、その声は、とても懐かしくて、もう聞く事はないと思っていた。

振り向けば、そこには、見知った人物が、二人いた。

「杏・・・球子・・・」

「よ、辰巳」

「久しぶりです、辰巳さん」

伊予島杏と、土居球子だった。

「なんで・・・」

「なんか知らないんだけどさ。気付いたらここにいてさ」

「それで、神樹様が教えてくれたんです。ここは生と死の間であり自ら作った場所であると」

「なんでそんな事を・・・」

「それはきっと、お前が一番危なかったからじゃないのか?」

「危ない・・・?」

辰巳は思わず首を傾げた。

「私達の中で、唯一西洋の怪物であるファブニールでも、瘴気は溜まります。辰巳は、知らず知らずのうちに、瘴気に犯されていた。だけど、それに私達が気付けないほど、辰巳さんは元気だったんです」

「だけど、そのせいで、あの時お前は暴走しちまったんだ。お前でも気付かないほど溜め込んでた負の感情が、一気に爆発したんだろうな」

「・・・」

辰巳は、絶句していた。

まさか、自分も瘴気に犯されていたなんて、思わなかったのだ。

だが、同時に納得していた。

今まで、どことなく、やる気が入っていなかったようにも思えた。

ようは、そういう事なのだろう。

千景の時も、あの時はあれでよかったのだと、無理矢理納得しようとしていた。

本当は、認めちゃいけない事の筈なのに、仲間として、認めてはいけない事の筈なのに。

「俺は・・・」

だから、あの時、溜め込んでいた瘴気が爆発した。

あの暴走は、瘴気が極限にまで溜め込んだ状態から、切っ掛け一つで爆発するいわば爆発し続ける爆弾のような状態なのだろう。

「まあ、その爆発のお陰で体んなかの瘴気は全部吹き飛んじまったみたいだけどなー」

「そんな呑気な事言わないでタマっち先輩、辰巳さんにとっては重要な事なんだよ」

そんな風に言い合う二人だったが、すぐに辰巳に向き直る。

「辰巳さん、戻って下さい。貴方は、ここにいるべき人ではありませんから」

「どういう意味だ・・・・?」

「お前にはまだやるべき事があるってことだよ」

「やるべきこと・・・・?」

「貴方はまだ死んでいません。そして、まだ皆さんが戦っています」

二人の言葉に、辰巳は息をのむ。

しかし、すぐに辛そうにうつむく。

「だけど・・・・俺に何が・・・」

「出来ます。辰巳さんなら、きっと最悪の未来を変えられます」

「どうしてそう言えるんだ?」

「辰巳は、タマたちの切り札だからだよ」

「俺が、切り札・・・・?」

「はい。辰巳さんがいてくれたから、私達は今までの敵に勝てたんです。他でもない、辰巳さんの力があったから」

杏は、辰巳の手をとり、そして、祈るように辰巳に言う。

「辰巳さんがいてくれたから、今の私達がいるんです。辰巳さんがいてくれたから、私達は、今日まで戦ってこれたんです」

「例え暴走しても、辰巳は、皆を守ったんだ。だってさ、辰巳はさ、優しいじゃん」

球子は、辰巳の背中を叩く。

「優しい辰巳だから、負けなかったんだ。タマたちは、負けなかったんだよ。辰巳のお陰で、タマたちは、諦めずに戦えたんだ」

「辰巳さんが諦めなかったから、私達は、貴方が好きになったんです。辰巳さんは、私達にとっての、英雄(ヒーロー)なんです。ですから―――」

「だから―――」

 

「諦めないで下さい」

「諦めるな」

 

そう、二人は辰巳に告げた。

他の誰でもない。辰巳に、励まされて生きてきた、二人からの、応援。

「今ここで辰巳さんが諦めてしまったら、きっと、後悔しますよ?」

「だから頑張れ!もう、タマたちはこれで会えなくなっちゃうけどさ、辰巳ならきっと、あいつらに勝ってくれるって信じてるから」

二人の、真っ直ぐな眼に、辰巳は、自然と心が軽くなるような気がした。

そして、自分の胸に手をあてて、想う。

 

いつも元気で、明るい、友奈。

 

お調子者だが、頼りになる、歌野。

 

誰よりも、強い心を持っている、水都。

 

己の信念をもって、戦う、若葉。

 

そして、最愛の人である、ひなた。

 

誰もかれもが、辰巳にとって、大切な人たちだ。

辰巳は、そんな皆を守りたいと思った。

だからあの日、英雄の剣を握ったのだ。

皆を守る為に。全てを守る為に。大切な人の為に。

もし、そうなら。もし、許されるのなら―――――

 

「・・・ありがとう、杏、球子」

辰巳の感謝の言葉に、微笑む杏と球子。

「おう」

「どういたしまして」

「行ってくるよ」

「ああ、行ってこい」

「いってらっしゃい、辰巳さん」

辰巳は、手を前に出す。その手に、あの大剣を握る。

そして、辰巳は、その名を叫ぶ。

 

 

 

彼の者は、竜殺しの英雄。

 

強大な邪竜を討ちし、最強の竜殺し。

 

一人の妻を最愛とし、人々の希望となった、一国の王子。

 

その最後は悲惨。されど彼の人生に願いはなく。

 

赦されるのなら、今度は、己の願い為に――――

 

 

 

 

 

「来やがれ、『ジークフリート』ッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして、黄昏の英雄が、その姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

その姿を、若葉は、間近で見た。

 

髪は銀色に、背中を覆うほどにまで伸びたその髪は、背中を隠し。体色は強く日焼けしたかのように黒くなり、その双眸はエメラルドに輝いている。

鎧は剥がれ、代わりに篭手とレギンスとベルトを纏い、胸元はさらけだし、頭部と胴以外の全てに鎧は纏われている。

 

 

その風格は、まさに英雄が如く。

 

 

「辰巳・・・・」

若葉は、そう声をかけた。

すると辰巳は、微笑んで答える。

「心配かけたな。もう大丈夫だ」

「・・・・バカ野郎」

若葉は、目尻に涙を浮かべて、そう言った。

「どういう事よ・・・」

ふと、幸恵が信じられないとでもいうかのように、辰巳に問うた。

「なんで、あれだけ殴られて、平然としていられるのよ・・・!?」

その問いに、辰巳は答える。

「・・・・仲間だ」

「なんですって?」

「仲間がいてくれたから、俺は今、ここに立っている。仲間がいなければ、俺はここにいない」

辰巳は、背中の剣を抜く。

そして、その剣を幸恵に向けた。

「だから俺は、ここに立っているんだ」

そう言い放った時、突如として、辰巳達の傍に、何かが落ちてきた。

土煙が舞い、僅かな風圧が若葉たちを襲う。

「―――――くく」

そして、笑い声が聞こえた。

「良い。良いぞ。足柄辰巳。お前こそ、私が追い求めた存在だ」

かくして、そこに、白銀御竜が推参した。

「お前が、十天将の親玉か」

「ご名答だ。妾が十天将の統率者にして『悪竜』の名を冠されている、白銀御竜だ」

御竜は、そう高らかに名乗り上げる。

「ああ、もう我慢できぬ。お前という敵と戦いたくて、体が熱く火照って、どうしようもないのだ」

槍を顕現させ、それを薙ぐ。

それだけで、周囲の瓦礫が吹き飛ぶ。

「・・・若葉、離れてろ」

辰巳は、己の心臓に―――正確には、心臓があるであろう胸の上に左手を当てる。

「白銀御竜だったな。俺は足柄辰巳。勇者の中で、先生の立場にいる者だ」

「名前は知っていた。だが、先生とは、なるほど。勇者たちにそれなりの戦い方を教えたのはお前か。なるほど、それほどの実力を有しているとは、ますますこの戦いが楽しみになってきたぞ」

「言ってろ戦闘狂」

「否定はせんよ。私は、ただ戦いたいのだ。一対一で、誰にも邪魔されず、互いの全てを出し尽くして戦いたいのだ。それが、私の生き甲斐だから」

「その為に、バーテックス人間になったのか?」

「それも否定はせんよ。ただ、魔王のような立場で生きていれば、いずれ妾に匹敵する力を持って妾を討ちに来る、そう、本物の『勇者』のような存在が来てくれると信じていたのだ。その結果、お前という存在が現れた」

御竜は、歓喜していた。

「妾は待っていた。妾と互角に戦える存在を、敵を。そして現れたお前という敵を、存在を。だから妾はここに来たのだ。お前を戦う為に」

「どうしてそこまでする?お前にとって、戦う事がそれほど大事なのか?それ以外で、何か、楽しめる事はあったんじゃないのか?」

「そうかもしれんな。だが、それは血というものだろう」

「血・・・?」

「妾の両親は、とにかく戦う事が好きでな。毎日のように互いの得物を持って試合をしていた。だけど、二人とも楽しそうで、私も惹かれたのだ。結果、妾もとんだ戦闘狂になってしまったのだよ。だけど、後悔はしていない。これが、妾の生き甲斐となってしまった以上、妾に引き戻る事は出来ない。だから、妾は最後までこの生き方を曲げるつもりは毛頭ないぞ」

言い切る御竜。

「お前こそどうなんだ?足柄辰巳」

そして、聞き返してくる。

「・・・・俺は、お前のように戦闘狂になった覚えは無い。だけど、母さんが、言ってたんだ。自分の大切な物を守れる男になれって。だから、俺はここにいる。俺が守りたいものを守る為に。ここに立っているんだ」

辰巳は、その手に持つ剣の柄を、両手で握りしめて、叫ぶ。

「だから、俺はお前を討つッ!!!」

それに、御竜は大いに満足したように笑った。

「良いぞ、やはりお前は良いぞ!足柄辰巳!それでこそ倒し甲斐があるというものだ!」

「悪いが倒すのはお前じゃなくて俺だ!そして勝つのもの俺だ!」

「いいや、妾が勝たせてもらう!お前を討ち取り、私はお前の屍を超えていく!」

双方、準備は出来ている。

 

「―――――十天将筆頭、白銀御竜」

「―――――勇者筆頭、足柄辰巳」

 

「行くぞッ!!!」

「来いッ!!!」

 

 

 

 

かくして、ここに、二匹の竜が激突した。




次回『ぶつかる意思』

力と力は、全てを吹き飛ばしてぶつかり合う。


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ぶつかる意思

「ああぁぁぁぁぁああああああ!!!」

「ウオォォォオオオオオオォォ!!!」

錯綜する拳と拳。

衝突する度に周囲の瓦礫が吹き飛び、一面を更地にしていく。

その度に体が軋み、悲鳴をあげて、脳を激痛が貫く。

しかし、彼らは痛いとは思わない。

 

何故なら、精神が肉体を凌駕しているから。

 

友奈の細い腕が、峻司の腹に突き刺さる。

その細い腕からは考えられないような膂力によって、衝撃が突き抜ける。

それに、峻司は血を吐く。だが、持ちこたえて、反撃する。

その拳が友奈の頭を捉えて、大きく仰け反らせる。

一瞬、意識が飛ぶものの、こらえて、また反撃する。

「ウオォォオオオオオオオッ!!」

が、それよりも速く、峻司が両手を組んでそれを再度友奈の頭に叩き落す。

「がッ!?」

普通だったらここで地面に直撃する前に頭が爆散している筈だ。

だが、それに耐えて、友奈は渾身の右のフィニッシュブローを叩きつける。

強力無慈悲な友奈の『右』。

それが突き刺さり、峻司が吹き飛ぶ。建物をいくつか貫通して、めり込む。

めり込んだところをすかさず友奈の蹴りが迫る。

跳躍、からの回転しての、上からの回転蹴り。

それが峻司の頭部に直撃、思わず前のめりになったところを、着地待たずの友奈の後ろ回し蹴りのような連撃が炸裂し、地面にその頭を叩きつけられる。

だが、すかさず峻司がその足を掴むと、そのまま起き上がって、地面に叩きつける。

そのまま何度も叩きつけ、しかし七回目に地面に叩きつけた所で友奈の左腕を掴んでいた左腕が引っ張られ、その巨体が浮く。友奈が掴まれていた左足を、地面に叩きつけられると同時に力を込め、持ち上げたのだ。

そのまま、地面に叩きつける。その拍子に左手が左足から離れ、友奈は、拳を振り上げ、峻司に叩きつけようとする。

だが、その寸前で峻司の猫騙しが炸裂する。

だが、ギリギリの所で回避に成功した友奈。だが、そこで隙が出来て、峻司が立ち上がり、その腹に重厚な蹴りが炸裂し、今度は友奈が建物を何軒か貫通。そのまま壁にめり込む。

「ぐ・・・ぅ・・・・」

どうにか意識は保っている。そのままの状態で壁から脱出する友奈だったが、すぐ目の前にみた光景で、茫然とする。

 

峻司が、その手に巨大な鉄骨が握られていた。

 

「うわぁ!?」

思わず跳躍、同時に体を水平にする。直後に目の前をフルスイングされた鉄骨が通過する。

同時に、友奈は足元からとてつもない風圧が通過したのを感じた。

しかし、それを気にしている暇は無い。

すぐに、振られた鉄骨が()()()()()

それが、友奈に直撃し、振り切られる。

しかし、友奈が吹っ飛んでいった様子は無い。

峻司は、しばし友奈の姿を探し、やがて、握っていた鉄骨の重さに違和感を感じてその鉄骨を見たところ、そこに友奈が猿のようにひっついていた。

「あ、あぶない・・・」

内心ほっとしながらも、休んでいる暇が無いのは分かっている。

「ウゥゥウ・・・・!!」

「あ」

鉄骨が持ち上げられ、そのまま地面に叩きつけられる。

だが、友奈はすぐさまそれを離す。すると、峻司の丁度、頭の上に投げ出される。

友奈は、そのまま蹴りの反動を利用して体に回転を掛ける。

その回転の威力と共に、『右』を放つ。

その拳が峻司のこめかみにクリーンヒットし、大きく体を傾ける。

だが、それでも峻司は耐えて、空中で身動きのとれない友奈に拳を叩きつける。

「ぐぅ―――ッ!?」

そのまま壁に叩きつけられ、逆さまの状態で壁にめり込む。

「ハア・・・ハア・・・ハア・・・・」

体中が痛い。意識が飛びそうだ。

『大丈夫か?』

「ハア・・・うん、まだ、行ける・・・・」

壁にめり込んだまま、体の中の酒呑童子に向かってそう答える友奈。

だが、相当やばいのは確かだ。

 

完全同調。

精霊の使用は、本来なら肉体の外に強化を及ぼすものだが、精霊との同調率を高める事によって、内側にまでその体質、能力を備える事が出来る。

だが、それにはリスクが伴い、精神に異常に来たす瘴気の増加は当たり前として、肉体的には、その精霊が強力であればあるほど、()()()()()()()()()()

それが完全同調となれば、言わずもがなだろうか。

ようは、辰巳の竜化と同じ現象が起きているに等しいのだ。

友奈の場合は、『鬼化』といった所だろうか。

さらに、同時に精霊の精神に喰われるという現象も起こる。

友奈は、今、酒呑童子の自我に喰われかけている。

だが、それでも友奈は踏み止まっていた。

完全同調という、人の枠を外れる所業を行ってもなお、踏み止まっていた。

鬼に喰われる事を、無意識に拒んでいた。

鬼になる事は受け入れているのに。

 

どうにか、壁から抜け出し、そして、大きな足跡のする方向へ視線を向ける。

そこには、緑の肌の怪物が、ゆっくりこちらに向かってきていた。

友奈は、鉄の味がする液体を吐き捨て、その緑の怪物を睨み付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空の戦いは、あまりにも速く、そして苛烈だった。

「ほらほらどうしたの?その程度?」

「くっそぉお!!」

圧倒的機動力を持つ幸恵に対して、速さでも小回りでも完全に負けている若葉は、どうにか炎で応戦していた。

さらに、炎の操作に集中しているために、その速さはさらに低下している。

槍の斬撃が若葉に迫る。

「っぷなぁ!?」

しかし、すかさず翼から炎を放出し、どうにか幸恵の接近を防ぐ。

「チッ」

(なかなか攻め込めないわね)

若葉は、どうにか幸恵の機動力を殺す為に炎を使ってその移動範囲を狭めようと躍起になっている。

しかし、幸恵の機動力は若葉の炎の動きを上回り、一瞬にして若葉に接近してくるのだ。

だが、若葉の驚異的反射神経は幸奈の機動力を上回ってその接近を防ぐように炎を噴出している。

(だけど、相当ばててるようね)

見れば、若葉は相当、息をあげていた。

「ハア・・・ハア・・・ハア・・・」

脅威的反射神経。仮に『超速反射(ハイパーリフレックス)』と名付けるとして、その超速反射(ハイパーリフレックス)には、一つの弱点が存在する。

それはスタミナ。反射というものは、通常の行動の数倍の速度で行動を起こすものであるがゆえに、その数倍分の動きのスタミナを消費しなければならない。

炎の放出。その無理矢理な操作が、若葉の体力を削りに削っていた。

このままでは、体力が尽きてしまう。

それでは炎を出すことも、高速で飛ぶことも難しくなる。

さらに、集中力も切れてくる。

このままいけば、負けるのは必至だ。

持久戦に持ってくるのは、あまりにも無謀だったか――――

幸恵が突っ込んでくる。

若葉は、すかさず炎で迎撃しようとする。

しかし、交わされ、今度はかなりの距離の接近を許してしまう。

「ッつあ!」

だが、若葉は、そこから一気に炎を放出し、交代させようとする。

だが――――

「もう効かないわ。『急加速(クイックアップ)』」

その瞬間、幸恵が急激に加速し、炎の突っ込む。

「なッ!?」

それに目をむいた若葉、だが、声を発した直後に、若葉の腹に、幸恵の槍が突き刺さっていた。

「がはっ」

バランスを崩し、地面に向かって落ちる若葉。

「他愛ないわね」

ぺろり、と血がついた槍の刃を舐める幸恵。

その間に、若葉は地面に落下。落下時のダメージをどうにか飛翔することで軽減したようだが、腹のダメージが大きいのか、腹を抑えて地面に立って、前のめりになっている。

「まだ立つのね。いいわ」

幸恵は、とどめを刺しに、若葉へ接近する。

(これで最後よ・・・年貢の納め時ね、人間!)

もはや、幸恵の勝利は揺るがない。それほどの自信が、彼女にはあった。

空中戦での、圧倒的強さと、機動力。それらにおいて、若葉は劣っており、そして圧倒されていた。

そして、若葉は自分の動きを捉えられていない。

目で追うのが精一杯のはずだ。

だから、この一撃で決まるはずだ。

この戦いのすべてが。

幸恵は、『急加速(クイックアップ)』によって、もはや肉眼では捉えられない速度で若葉に接近する。

若葉は未だ下を向いたまま。今更顔を上げたところで、反応するのは無理だ。

それほどまでに、幸恵は速いのだ。

真正面から、若葉の頭を貫くために、槍を突き出す。

その槍の切っ先が、若葉の頭部に到達する―――――

 

 

 

「―――――『鴉螺灼(アラヤ)』」

 

 

 

――――――しかし、槍は若葉の頭部を貫かず、どういうわけか若葉の左側を通過していた。

その事を疑問に思った幸恵だったが、ならばもう一度突けばいいと思い、そのまま通過して、飛び上がろうとした。だが、上手く飛べない。何故か、重心移動が上手くできない。

なぜだ。なぜ、上手く飛べない?このままでは、地面に落ちてしまう。そう思いつつ、幸恵は、自分の体を見た。

 

そこには、切断された自分の胴体があった。

 

それに目をむく幸恵。

何故?何故!?何故、こんな事になっている!?一体いつ斬られた!?

しかし、そんな思考をする前に、幸恵の体は炎の包まれる。

その思考が完遂する前に、幸恵の意識は、消滅した。

灰となった幸恵の別れた二つの体は地面に落ち、そのまま砂となって消滅する。

「ハア・・・ハア・・・ふう・・・」

一つ息を吐いて、若葉は、抜刀した刀を鞘に納める。

 

なぜ、若葉が勝利するに至ったか。

 

それは、一か八かの賭けだった。

 

若葉は、炎を使った持久戦では勝てないと戦闘中に悟り、ある作戦を思いついたのだ。

まず、幸恵に自分を地面に落としてもらう。ようは彼女が何かしらの攻撃を若葉にしかけ、若葉を地面に叩き落としてくれないか、という事だ。

ただ、その時に重要なのは、若葉の傷の治癒について。

どういうわけか若葉には他の勇者、いや、辰巳の超回復までにしてはないほどの回復能力を持っているらしい。らしい、というのは確証がないからだ。

つまり、彼女の攻撃によって落下するが、その時、上手くかわせず怪我を負ってしまうかもしれない。それでは、落下したときの幸恵への対処に支障が出てしまう。

これが、賭けの一つ。

結果的に若葉の腹に開けられた穴は多少の痕を残して完治している。

そして、次の賭けだが、それは単純に、幸恵がこちらに接近してくれるかどうかだ。

おそらく、とどめを刺そうとして、来るかもしれない。だが、逆に用心して近づかないかもしれなかったのだ。

それでは、若葉の最大の技を当てることが、できなくなってしまうからだ。

そして、結果的に、幸恵は自分の勝利を確信して接近してきた。

 

若葉最大の居合の存在を知らなかったから。

 

 

それが、超神速抜刀術『鴉螺灼(アラヤ)』。

 

 

無形の構え、背水の陣ともいえる態勢から放たれる、居合。

その速さはどの攻撃を追い越し、相手に確実なカウンターを叩き込める、超神速の若葉だけの必殺技。

驚異的反射神経と居合に対する才能(センス)によって作り上げられたこの技は、若葉の人生の集大成ともいえる一撃必殺の絶技だ。

だから、若葉はこれにかけることにしたのだ。

これが、第三の賭け。

この三つの賭けに勝った若葉だからこそ、この戦いで勝利を勝ち取ったのだ。

だが、その分の疲労も激しい。

鴉螺灼は、速さもさることながら威力も申し分ないわけなので、体力の消費が激しい。

だが、疲労が出るからって、休んではいられない。

「すぐに・・・・友奈のところへ、いかないと・・・・」

そう呟いて、飛ぼうとした、その時。

「行かせないよ。乃木若葉」

 

連戦の宣告が告げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周囲は一面更地・・・とは言い難く。地面は砕けに砕け、へこんだり盛り上がったり、電柱が突き刺さっていたり、とにかく凸凹で酷い有様で、言葉では形容しがたいほどに、そこは、酷い有様だった。

 

一言で言うなら、大地が砕けている。

 

その砕けた大地に、友奈は立っていた。

「ハア・・・ハア・・・ハア・・・」

体中からは血を流し、打撲や殴られた後のようなものが、体中に残っていた。

しかし、それは対峙している男も同じようなもの。

緑の肌についた傷口からは、赤い血が流れ、殴られた痕もくっきりと残っている。

まさしく、満身創痍だ。

互いににらみ合い、そんな沈黙の状態が続いていた。

だが、いずれは決着をつけなければならない。

それに、互いに撃てる一撃は、これが最後。

つまり、次の一撃で、決着だということだ。

「・・・・酒呑童子」

『おう』

「あれ・・・準備できてる?」

『ああ、用意しといたぜ』

「そっか・・・」

そう呟くと、ふう、と一息をついた。

これが、最後――――

ぐっと腰を落とし、右拳を引く友奈。

それに反応して、峻司が両手を地面につけてかがむ。

峻司の体は、どんな攻撃を跳ね返す上に、打たれ強く、友奈の攻撃の全てを耐えてきた。

しかし――――これはどうだろうか?

酒豪である鬼、その中でも一際酒好きな酒呑童子。その肌の赤さの理由は、酒の飲みすぎで赤くなったと言われている。

そして、酒を飲めば、体は熱くなる。

ならば、もっと飲めばどうなるか。体が熱くなるような、酒を飲めば、体の熱さはどれほどなものになるだろうか。

体を動かすには、エネルギーが必要だ。鬼にとっては、酒がエネルギーだ。

だからこそ―――――

 

 

 

 

手には、いつの間にか一つの盃があった。

 

 

 

 

「――――乾杯」

一言呟き、それを一気に飲み干す。

瞬間、体が()()()

「く―――かっはぁ――――」

体が燃えるように熱くなる。しかし、同時に、気分がとてもよくなる。

もう、()()()()()()()、酔うという感覚。

だが、その酔いも、今は、エネルギー。

完全同調の影響で、赤くなった肌が、更に赤くなる。

角が、更にその存在を誇張するかのように伸びる。

俯いていた状態から、友奈は顔を上げる。

「――――来い」

 

その名は、『千紫万紅(センシバンコウ)地創羅刹(チソウラセツ)』。

 

鬼の力をさらに強める為の、()()()()()()()()()()()()()

故に、これは神樹となった神々の一柱である酒の神が作り出した、鬼神強化用の火酒だ。

その効力は、飲んだ者の体を一時的に火照らせ、本来引き出せぬ筈の()()()()()()()()()()()()()()()()()()、一歩間違えれば、酒に逆に呑まれてしまうかもしれない特上の酒だ。

だが、十全にその力を全身に巡らせることが出来れば、その力は、全てを文字通り玉砕する、破壊の力を手に入れる事が出来る。

そんな、完全強化された状態で、友奈最強の右が炸裂すれば、一体どうなるか――――

だが、啖呵を切ったからには、相手も止まらない。

「ウオォォォオオオオオオオォォォォオオォォォォォォオオオォォオオオ―――――――ッッッ!!!」

咆哮が大地に轟き、峻司は、その宇宙まで一っ飛び出来る脚力で、一気に友奈に突っ込む。

それはまさしくミサイルのような勢いで、否、それ以上の勢いで突っ込んでくる。

対して友奈は前に出した左足で地面を踏み砕き、右腕を振りかぶる。

「勇者―――――」

そして、右腕に限界にまで力を込めて――――

「―――パァァァァアアアァァアアアアアンチィィィイイッッッ!!!」

 

――――峻司は両拳を前に出し、

 

――――友奈は右拳を突き出し、

 

 

 

相手に叩きつけた。

 

 

 

衝撃が轟き、地面を砕く。

友奈の足元に巨大なクレーターが作り出され、友奈の右腕の骨が――――粉砕される。

「ぐあっぁ―――――!?」

しかし、既に大量のアドレナリンが分泌されているからか、痛みは感じない。

否、酒の所為で痛みが完全に吹き飛んでいる。

だが、押し込まれているのは確かで、友奈の体は、どんどん仰け反っている。

「ウゥオオオォォォォオオオオオォォォオオオオ――――――!!!」

「くぅ――――ァ――――」

どんどん押し込まれ、その圧倒的質量の前に、成す術無く、押し込まれる。

「ァア――――」

「ウゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!」

まるで、くたばれとでもいうかのように、地面に足をつけた峻司が、友奈を地面に圧し潰した。

「くぁぁ・・・・」

圧し潰され、意識が混濁していく。

 

 

まけ・・・た・・・・?

 

 

そう、想った時――――

 

 

 

 

 

 

一人の少女の、笑顔を思い出した。

 

 

 

 

 

 

「―――――――ッッッ!!!!!」

カッと目を見開き、咆哮を一つ。

「うぅぅぉおおおおおぉぉぉぉおおおおおぉおぉぉおおおおおあああぁぁぁあああぁぁあああぁぁぁああああああああ!!!!!」

力が溢れかえり、峻司が力を緩めた一瞬の間に、力尽きた筈の友奈が、峻司の拳を押し返す。

「――――全身」

突如として、友奈が握った右拳の指を全て弾き飛ばし、峻司の腕を弾き飛ばす。

「――――全霊」

そして、そのまま振りかぶって、峻司の顔面に、その最強の拳を叩きつけた。

 

「勇者パァァァンチッッッ!!!!」

 

そのまま、体を燃やすような衝動に任せたまま、峻司を地面に叩き落し、その顔面を叩き潰した。

同時に、拳打の衝撃で上昇気流が発生、下に放った筈のパンチの衝撃が全て空に向かって竜巻の様に巻き起こり、天を突く。

やがて、その竜巻が収まる頃には、そこには、地面にひれ伏す敗者と、満身創痍ながらも立っている勝者の姿しかなかった。

頭が破砕し、原型を留めず完全に押し潰れていた。

やがて、峻司の体は砂となり消え、友奈は、その様子を黙ってみつめていた。

友奈の右腕は、内部出血で全部青くなっており、骨は粉々。

もはや、使い物にならないであろう。

しかし、それでも、『左』は残っている。

「・・・いかない・・・と・・・」

ある方向を向いて、友奈は、ふらふらとある場所へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

若葉は、その場に立ち尽くしていた。

「いやはや、まさか、幸恵君を倒してしまうとは、少し予想外だったが、お陰で僕が出撃する羽目になってしまったよ」

そこには、顔面を覆う仮面に、体全体を覆うような大きな外套を纏った、一人の男がそこにいた。

だが、問題はそこではない。

 

若葉を取り囲むようにして、大量の人形やら、大男やらが無数にいる事だ。

 

それも、地上に限った事は無く、空中にも、空を覆うように存在していた。

「・・・・」

若葉は、冷や汗を垂れ流す。

その圧倒的な量に、絶句しているのだ。

「僕の能力は、『泥人形(ゴーレム)を作り操る事』。ただ、僕の場合はそのバリエーションが凄まじいから、こんな事になってるんだけどね」

武装も様々、剣や槍、銃や弓も、もはや武器の種類は数えるのも面倒な程に広かった。

「さて、と、乃木若葉、僕は君を殺さなければならない。これも僕たちの悲願である『人類滅亡』の為だ」

銃や弓を持ったゴーレムが、一斉にこちらにその銃口を向けた。

「では、さようなら」

男が手を振り下ろした時、飛び道具を持ったゴーレムの銃や弓から、一斉に銃弾や矢が発射される。

それも連射。

ガトリングやマシンガン、ハンドガンにアサルトライフル、スナイパーライフルなど、ありとあらゆる銃器が、連続して大小様々な弾丸を放ってくる。

若葉に、この無数の銃弾を避ける事も、かわす事も出来ない。

いくら驚異的反射神経を持っていようが、この数は防ぎきれない。

しかし、それでも、若葉は、己の本能がままに、剣を抜き、迎撃しようとした。

無駄だと分かっていても、抵抗せずには、いられなかったから。

 

しかし、銃弾が若葉に届く事は無かった。

 

「―――『昇破水壁(ウォーターウォール)』ッ!!」

突如として若葉の目の前に一人の少女が降り立ち、周囲に水の壁を形成。圧倒的圧力で噴出される水が、銃弾やら矢やらを全て弾き飛ばす。

「歌野!?」

「Goodmorning、若葉、少し寝てたわ」

それは、頭から血を流し、腹に切り傷を作った歌野だった。

他にも、傷があり、ボロボロだ。

だが、歌野は平気そうに笑う。

「すまない、助かった」

「どういたしまして。さあて、そろそろ行くわよ!」

銃撃の中、歌野は水の壁から受け止めた弾丸を逆に一斉に放つ。

それによって銃を持ったゴーレムの何十体かが一斉に砕け散る。

そして、銃撃が緩まるのと同時に、歌野は『昇破水壁(ウォーターウォール)』を解除する。

それと同時に、若葉が落ちていく水を突っ切って飛翔。

「『天空火生三昧』ッ!!」

そして、翼から炎を放出し、空中にいるゴーレムたちを一気に焼く。

だが、元が土だからか、あまり効果がないように見える。

しかし―――

「うぉぉぉぉおおおおおおおおぉぉおおおおおおおぉおおおお!!!」

若葉の放つ炎が、その火力を一層強める。

「燃えろぉぉぉぉぉおおおおおッッッ!!!」

そして、突如としてゴーレムたちがその姿を保てず、その形を崩していく。

「ふむ、炉心を破壊したか」

そう、彼の作るゴーレムには、全て動かすための『炉心』が必要なのだ。

それを、若葉は最初の放火で察知して、そして火力を強めてその核を破壊したのだ。

「だが、かなりきついだろう?それは」

しかし、それは若葉にとってはかなりの精神力を使う。

「若葉!炎を出すんじゃなくて、剣で斬る事だけを考えて!大丈夫!その刀に斬れないものなんてないから!」

地上から、歌野がそう叫んでくる。

「・・・そうだな」

若葉は、倶利伽羅を持つ手に力を込める。

「哮さんの、刀なら!」

そう叫び、若葉は、ゴーレムの集団に突っ込んで行く。

同時に、歌野も八岐大蛇の力を酷使して地上のゴーレムを破壊していく。

その様子を、男――――『傀儡』の浅井久遠は呆れ半分関心半分で見ていた。

「やれやれ、流石といった所か。俗に勇者と言われるだけはあるね・・・・む」

ふと、横から凄まじい風が叩きつけてくる。

「・・・やれやれ、あっちもあっちだね・・・せめて、もう少し静かにやり合って欲しい所だね」

そちらの視線を向ければ―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

二匹の竜が、暴れていた。




次回『邪竜(タツミ)VS悪竜(オリュウ)

英雄を纏いし邪竜は、今、最強の悪竜に立ち向かう。


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邪竜(タツミ)VS悪竜(オリュウ)

その戦いは、熾烈を極めた。

 

 

御竜の槍の連撃が、辰巳を襲う。

その全てを、辰巳はいなす。

一撃目の突きを捉えたら、後はそのまま絡みつくように剣を動かし、高速で放たれる連撃の全てをいなしていく。

だが、全てとは言わず、何撃かは辰巳の体を貫く。

しかし、その一撃は薄皮一枚に到達するのみで、全て、致命傷には至らない。

そのまま、辰巳は『零式吹雪撃鉄(ブリザードトリガー)』を叩き落し『氷火竜式能動強化(ハウリング・バースト)』を発動。剣を振り下ろす時の推進力及び破壊力を強化。

それによって黄昏色の斬撃が飛び、射程外に逃げた筈の御竜を捉える。

しかし、御竜はそれを回す槍で反らし、そしてその逸らした先の大地が断割される。

 

 

――――流石だ辰巳!逃げ着れたと思ったがまさか斬撃を飛ばしてくるとはな!

 

 

――――そうかよ!お前こそ無駄に速い突き繰り出しやがって!

 

 

互いの武器を打ち合わせる度に、互いの思考が頭の中に叩きつけられるようだった。

しかし、それほどまでに二人は昂っていた。

御竜の槍が薙ぎ払われ、辰巳はそれを体を反らしてかわす。そのまま体を回転させて態勢を立て直し、低い姿勢から斬り上げるかのように剣を振るう。その一撃を御竜は槍の柄で防ぐも、踏み込んだ辰巳がそのまま突きを放つ。その突きを御竜は顔を傾けて回避し、辰巳の腹に蹴りを一発入れる。それで距離を取られる。

すると御竜が突如として空いている左手を空に向かって掲げた。

すると、突如として煉獄色の杭のようなものが三つ出現する。

「喰らえ」

短く呟き、御竜は思いっきりその手を振り下ろした。

その三本の杭は真っ直ぐ辰巳に向かっている。

その三本を見て、辰巳は剣を右手のみに持ち、それを肩に水平に担ぐように、左手は胸の前に出しつつ、構えた。

「対天剣術―――」

そして、最初の一本目は体を回転させて威力をあげた一撃で破壊。次の二本目はもう一度回転して斜め下から斬り上げ破壊。最後の三本目はバク転して一歩ほど下がったあとに左から水平に薙いで破壊。

「――――『三巴(みつどもえ)』」

回転による威力を底上げした三撃を叩きつけるという技だ。

(これを防ぐか)

一方の御竜は歓喜するかのように、体を突き抜けるゾクッとする快感に身を震わせる。

 

ああ、なんと強くたくましいのだろうか。

 

そう思った矢先今度は辰巳から仕掛けてきた。

装填(チャージ)――――」

炎輪炉心機関(タマエンジン)』が回転し、エネルギーを貯める。

黄昏の力が剣に注ぎ込まれ、その刀身が一層に輝き出す。

「――――点火(バースト)ッ!!!」

そして、『零式吹雪撃鉄(ブリザードトリガー)』を叩き落し、その力を解放。

 

()()()()()()

 

「―――『竜月(リュウゲツ)』ッ!!!」

 

真上から叩き落されたその斬撃は大地を断割しながら御竜に向かって突き進む。

「セァッ!!」

対して御竜は短く叫び、槍をその斬撃の一点を突く。すると飛んだ斬撃は槍をするりと抜け、御竜の横を通り過ぎていく。

(上手い・・・)

それに辰巳は感心する。

御竜は、とにかく受け流すのが得意なのだ。

時には強引に、時には柔軟に、ストイックな性格であるのと同時に、繊細で身長。

戦いにおいてありとあらゆる戦術を、瞬時に切り替えて変則的な戦いをしてくる。

それが、御竜の戦い方。

「フハハッ!!」

御竜が、笑う。

「どうした辰巳!まだまだこんなものではないだろう!もっと、もっとやりあおうぞ!」

「そうだなッ!!」

辰巳は短く応じると地面を蹴って、御竜に一気に接近する。

御竜は槍を構えて迎撃の姿勢を取る。

二人の間に言葉は無く、ただただ相手と全力の命のやり取りをするのみ。

御竜はなおも笑い、辰巳はなおも前に。

槍の一撃をいなし、剣の一撃を防ぎ、度々飛んでくる蹴りや拳にも対応し、しのぎを削る。

剣と槍がぶつかり合い、鍔迫り合いになる。

「流石だな辰巳・・・私は今、嬉しいぞ」

「そうかよ。そいつは何よりだよ。ただ、これが世界の命運をかけた戦いじゃなきゃもう少し楽しめたんだがな」

「同感だ。つくづく、私たちは神というものに縛られているらしい」

火花が散る。

「ああ、お前とは、どんな形でもいいから、神も周りも関係なく、ただただ楽しい死合いをしたかったぞ」

「そうか・・・だけど、きっとその時の俺は命のやり取りはしない。やるとしたら、それはどっちも生きるかもしれない全身全霊だと思う」

「ふ・・・私もそうかもしれなかったな」

「否定しないんだな」

「ああ。こうならなければ、私はこうならなかっただろうな」

切なそうに笑う御竜。しかし――――

「だが、今はこの様な会話は不要」

「・・・・そうだな」

否定はしない。だって、今は――――

「「今は、全力で相手と死合うだけッ!!」」

互いに弾き合って距離を取る。

「辰巳。お前が英雄ジークフリートをその身に纏うというのなら、妾も、同様の事をしてみせよう」

突如、赤い光が御竜を包む。

同時に巻き起こった衝撃波に、辰巳は思わず顔を腕で庇う。そうしつつ、辰巳は、御竜の姿を見た。

御竜の姿は変わっていた。

衣服は消え、代わりに多少の露出のある真っ黒な鎧を纏っていた。

「これぞ、お前たちで言うところの、妾の精霊『ヴォーティガーン』だ」

ヴォーティガーン。

かつてのイギリス、ブリテンにて、白き竜の血を飲み、その身を竜へと変え、ブリテンの意思のもと、人間を滅ぼそうとした『卑王』の異名を持つ、ブリテン王の一人。

結局のところ、アーサー王の持つ聖槍によって討ち取られてしまうが、それでも、最強の竜の一角であることには変わりはない。

そして、彼女の手に持つ槍。

形状はかなり違うが、それでも、辰巳の・・・ジークフリートの直感が告げていた。

 

 

あれこそが、自らを討ち取りし、聖槍『ロンゴミニアド』だと。

 

 

その圧倒的存在感に、竜殺しはそれに圧し潰されそうになる。

「・・・すっげぇ」

「ふふ、そうか、嬉しいぞ」

心の底から出た誉め言葉に、御竜は嬉しそうにはにかむ。

しかし、だからといって辰巳の直感が告げていた。

 

これは敗ける、と。

 

どう足掻いても、今のままでは確実に蹂躙されて負ける。

その圧倒的存在感に、力に、強さに。

 

そう、()()()()()()

 

「見てろよ」

辰巳は、剣を構える。

「・・・そう来るか・・・・・!!!」

そして、次の辰巳の行動を予測した御竜が、その表情を一層吊り上げる。

「来やがれ―――――」

 

それは天に逆らいし、幻想の魔獣。

 

空を制し、炎を選んだ、力の象徴の一体。

 

神々に牙を剥きし、邪悪なる竜。

 

討たれてもなお、その憎悪を抱き続ける、その竜の名は――――

 

 

「――――『ファブニール』」

 

 

 

黄昏色の光が、輝く。

 

竜殺しの英雄、ジークフリートは、竜の血を浴びる事で、鋼以上の硬度を持つ皮膚を獲得したという。

故に、彼を傷つけられる者は存在せず、故に無敵だった。

そんな彼の頑丈さに、さらに頑丈な鎧を着込んだら?

それが竜の体で出来ていたら?

 

精霊の二重発動。

 

それも、伝説級の英雄と怪物の多重展開(マルチインストール)

その結果、何が出来るか。

「――――素晴らしい」

歓喜に振るえる御竜の小さな声が、巻き起こる風切り音によってかき消される。

しかし、それすら気にならなくなるほど、その姿は、威風堂々としており、そして、何より、逞しかった。

鎧は纏われ、しかし兜は無く、その体に、竜の鎧が纏われる。

 

英雄と邪竜の合体。

 

本来ならありえない事態。

 

それを、辰巳は成し遂げたのだ。

 

「行くぞ」

剣を構えて、辰巳がそう告げる。

「ああ、出し惜しみは無しだ」

御竜も、槍を構える。

静寂がその場を支配し、しかし空気は未だ張り詰めている。

互いの視線が錯綜し、火花を散らして、やがて――――

「「ッ!!」」

戦いの火蓋が切って落とされる。

氷火竜式能動強化(ハウリング・バースト)』で弾丸以上の速さで突っ込み、対天剣術『疾風』で御竜に神速の連撃を放つ辰巳。

対して御竜は、それと同等の速さで槍を連続で突く。

刃と刃がまじりあい、火花を散らす。

耳が痛くなるような金属音が響き、その度に互いの命を消し飛ばす斬撃が飛ぶ。

一進一退、引く事は無ければ進む事も出来ない。

しかし、それは烈火の様に激しく苛烈で、また――――

 

――――美しく舞い踊る、宝石のような戦いだった。

 

剣を打ち合う度に、相手の殺したいという思いが伝わってくる。

その度に、御竜の心はときめき、高鳴る。

 

ああ、もし自分も恋をする時は、こんな気持ちなのだろうか。

 

そう思わずにはいられなかった。

「オオオッ!!」

全力の打ち下ろしが迫る。

それを御竜は槍を持って防ぐ。

そして、腕にとてつもない衝撃が走り、踏みしめた地面が陥没する。

「くあ・・・・」

思わず、声を漏らしてしまう。

しかし、それすらも、御竜にとっては歓喜と快楽へと成り代わる。

 

ああ、自分も打ち込めば、この高鳴る気持ちを伝える事は出来るだろうか。

 

「セッェイッ!!」

短い気合と共に、御竜は剣を押し返すと、深く踏み込んで、槍を右から薙ぎ払う。その一撃を、辰巳は剣を縦に構えて防ぐ。

「ぐぅッ・・・!!」

その表情が苦悶に歪む。

「――――伝わるか?」

「ッ!?」

「この、私の高鳴る気持ちが!!」

そこから、御竜の激しい連撃が辰巳を襲う。

「この感情が!この高揚が!この興奮が!お前に伝わっているか!?辰巳!!」

「ッ―――ああ、そうだなッ・・・!!」

当然、伝わっている。

そう、それは、とても狂おしい程に、鮮烈な感情。

「―――だけど、答えられないッ!!」

辰巳が、剣を薙ぎ、その連撃(ラッシュ)砕く(ブレイクする)

その答えに、御竜は――――切なそうに笑った。

「ああ、分かっていた」

先ほどの剣で全てわかった。

辰巳には、他に想う人がいるという事を。その者を、愛していると。

だから、御竜の想いには、答えられない、と。

「出来る事なら、側室でも構わなかった」

「それでも、二人同時に愛する事は出来ねえよ」

「そうか・・・・だが、私はこの想いを、これで終わらせる気は、毛頭ないッ!!」

「ああ、ぶつけてこい。今だけは、俺はお前のだけのものだッ!!」

「ああ、嬉しいぞ!!辰巳!!」

刃と刃がぶつかり合い、周囲のありとあらゆるものが吹き飛ぶ。

そして、その剣戟は、より一層、激しさを増す。

 

それは、二人にとって宝石のような時間だった。

 

互いに踊るように、殺し合うように、華麗に、鮮烈に、激しく、剣をぶつけ合う。

御竜の槍の切っ先が迫れば、辰巳はそれを弾き、辰巳の剣の刃が迫れば御竜はそれを防ぐ。

邪竜と悪竜、二人は似て非なるもの。剣と槍。英雄と反英雄。黄昏と煉獄。男と女。

炎輪炉心機関(タマエンジン)』が回り出す。

それを、御竜は察知し、すぐさま阻止しようと連撃を繰り出す。

しかし、辰巳はそれを楯のある左掌で受け止めた。

「なッ!?」

しかし刃は貫けず、その間に辰巳の左手に力が収束する。

「―――点火(バースト)ォッ!!!」

辰巳の掌から、黄昏色の光が迸る。

御竜は、すぐさま槍をひっこめて飛翔。

その一撃をかわし、今度は御竜から、杭が放たれる。

辰巳はそれを顔を傾けて回避。頬が切れ、血が飛び散る。

しかし、それでも辰巳は止まらない。

「―――『怒り狂う(ファブニール)―――」

「ぬッ!?」

剣が黄昏色に染まる。

「――――邪竜の咆哮(ブレス)』ゥッッッ!!!」

咆哮が轟き、大地を吹き飛ばす。

「凄まじいな・・・ッ!?」

一瞬、関心するも、辰巳がもう一度振りかぶっている事に気付く。

そして、その刀身は、また黄昏色に輝いていた。

「――――『黄昏に咆える邪竜の(ファブニール・フォン)――――」

振りかぶり、そして、解き放つ。

「――――咆哮(アテム)』ッッ!!」

先ほどのより倍以上の威力の砲撃が飛んでくる。

それを、御竜はどうにかかわす。

「―――大技の連続使用か!見事だ!」

体に多大なる負荷のかかる大技である筈の『咆哮系』の技。

それを二発連続で解き放っておいて、体が無事で済む筈がない。

しかし、辰巳は平然としていた。

「平気なのも全て、その楯と弩のお陰か」

御竜は、羨ましそうに辰巳の両手にある楯と杭―――弩を見つめた。

そう、この楯と弩が、負担を大幅に軽減してくれたのだ。

「どうやら、お前を倒すのに、今のままでは不足らしいな」

「それは俺もだ、御竜」

「ふふ、やっと名前を呼んでくれたな。嬉しいぞ」

御竜は、さぞ嬉しそうに顔をほころばせる。

しかし、すぐに表情を引き締め、槍を掲げる。

「―――故に、妾には、お前を倒す為の、絶対破壊の一撃が必要だッ!!!」

煉獄色の光が迸る。

その光の中で、御竜の槍が、目に見えて変化する。

槍の切っ先から螺旋と描き、それが徐々に形を変えていく。

それは、騎槍(キャバルリースピア)。本来なら馬に乗馬した状態で使う筈の武器であり、馬の速力を利用した突進を想定した槍の一種。

煉獄色の光が天を衝き、空を赤く染める。

それは、まさしく悪竜の名に相応しい力だろう。

それほどまでに、重圧で、圧倒的だ。

「―――さあ、お前を見せてみろ」

御竜の、誘うような甘い声。

その誘いに、辰巳はあえて乗る。

当然だ。

元から、一対一(サシ)での正面からの真剣勝負なのだから。

辰巳は、剣を構える。

炎輪炉心機関(タマエンジン)』が回り始める。

そして、剣から黄昏色の光が迸る。

その光も、紅く染まった空を衝く。

煉獄と黄昏。

その二つの概念が、今、その場でぶつかり合っていた。

炎輪炉心機関(タマエンジン)』の装填(チャージ)が、最大になる。

「―――行くぞ」

「―――来い」

しばし睨み合っていた二人が、ついに動き出す。

 

 

「聖槍、抜錨。我は彼の地の人間を喰らうもの」

 

「刮目せよ。我は邪竜、我は竜殺し、故に我は黄昏の覇者」

 

「彼の地の声よ。我は汝の声に従い、忌々しき槍を持って人を殲滅せん」

 

「邪悪なる竜は失墜し、英雄は竜の血を浴び、栄光をその身に受ける」

 

「彼の者の聖槍よ。我が声が届いているのなら、今こそその力をここに解き放て」

 

「されどその人生に叶えた願いは無く、英雄に喜びはなく」

 

「我は彼の地の意思であり、彼の地の守護者である」

 

「邪竜に生は無く、されど満足することも無く、その人生は終わりを告げる」

 

「聖槍よ、我が声に応えよ。そして魅せよ、その大いなる力を」

 

「我が手には我が振るい、我を討ちし、黄昏の魔剣」

 

 

「今こそ十二の封印を解き放ち、我は今、敵を討とう」

 

「その魔剣を持って、我は今、世界に酪陽をもたらす」

 

 

それは、星を繋ぎとめる嵐の描。世界の表皮を繋ぎとめる塔。全てを穿つ、『世界を救済する星の武器』。

 

それは、かの邪竜を仕留めし、聖剣と魔剣、両方の属性を持つ、黄昏の剣にして、竜殺しを成した、呪われた聖剣。

 

 

 

「―――殲滅せよ『彼の地の意思を受けし星の聖槍(ロンゴミニアド・ヴォーティガーン)』ッ!!!」

 

 

「―――解き放つ『天魔撃ち落とす黄昏の大剣(バルムンク・オーバーロード)』ッ!!!」

 

 

 

互いの全身全霊が、直撃する――――そして爆発する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉおおぉおおおおッ!!」

「はぁぁああぁあああッ!!」

若葉が飛ぶ、歌野が荒れ狂う。

彼女たちの周囲には、無数に迫ってくる泥人形(ゴーレム)たち。

その圧倒的数の暴力に対して、若葉たちはこれでもかと奮戦していた。

若葉が高速で空を飛び、空を飛ぶゴーレムたちを斬って斬って斬りまくる。

歌野は水を操り、泥人形たち押し流したり、高水圧の水のカッターで切り裂き、時には水弾で砕く。

だが、どれほど倒してもゴーレムの数は一向に減らず、むしろ増える一方。

「くそッ!どれだけ増えるんだこいつらは!」

「倒しても倒しても、いい加減にしてほしいわね」

二人とも疲弊している。

「ぐぅッ!?」

ゴーレムの放った銃弾の一発が歌野の足を貫く。

それに歌野の顔が苦悶に歪む。

「ッ!?歌野!」

「―――来ないでッ!!」

「ッ!?」

思わず駆け寄ろうとした若葉を制止する歌野。それで止まった若葉の目の前を銃弾が通過する。

「他人の心配なんて、している暇なんてないわよ!!」

歌野が、笑ってがくがくいう足で無理矢理立たせ、水弾を放つ。

「止まるんじゃないわよ!乃木若葉ッ!!」

「ッ!!」

歌野に叱咤され、若葉は飛ぶ。

しかし、追い詰められているのは確かだ。

「そろそろだね」

その様子を、久遠は遠目で見ていた。

彼が手を動かせば、土が盛り上がり、新たなゴーレムが生まれる。

要はそういう事だ。

彼が、ゴーレムが倒される度に、その倍以上のスピードでゴーレムを作っているのだ。

だから、数が減らないのだ。

「さて、じわじわと追い詰める恐怖はいかほどのものか」

仮面の奥で、くつくつと笑う。

一方の戦場では、徐々に若葉たちは追い詰められていた。

包囲網が狭まり、若葉の行動範囲が狭まっていく。

剣で襲い掛かってくるものを蹴っ飛ばしたり、斬り落としたり。

若葉の反応速度なら、ありとあらゆる不意打ちにも対応できるだろうが―――流石に数の暴力には敵わない。

大量のゴーレムの合間を縫って、二体のゴーレムが若葉の腕を掴む。

それによって若葉は腕を動かせなくなる。

「ッ!?しまった―――」

若葉が振りほどく前に、バズーカを構えたゴーレムが、若葉に向かってその砲弾を放つ。

「―――ッ!?」

その砲弾が、若葉に直撃。爆発を巻き起こし、若葉は落下していく。

そして地面に落ちる。

「ッ!?若葉!」

墜ちた若葉に気を取られ、歌野は、ゴーレムたちの接近を許してしまう。

すぐさま迎撃しようとするが、そのゴーレムたちが突如、赤く光る。

「ッ!?」

直後、爆発。

光と轟音が迸り、次に黒煙が舞い上がり、腫れるとそこには、若葉を庇って背中が焼けている歌野の姿があった。

「うた・・・の・・・・」

「げほ・・・No problemよ。こんくらい・・・」

「だが・・・」

「それに、貴方も結構酷いでしょ?」

どちらかというと、歌野の方が酷い。

背中は爆発によって焼け、かなりのダメージとなっているに違いない。

気付けば、ゴーレムたちは、若葉たちのすぐ目の前まで来ていた。

砲撃と爆破で動けない若葉と歌野。

そんな彼女たちに無慈悲に銃口を向けるゴーレムたち。

「く・・・」

「Shit・・・!!」

悔しそうに顔を歪める若葉と歌野。

その一方でゴーレムたちを操っている久遠は、遠慮なしに銃殺の命令を下す。

「死んでくれ、人間(クズ)ども」

そう言って、命令を下し、ゴーレムたちが引金を引いた瞬間。

 

 

突如としてゴーレムと若葉たちの目の前に、何かが降ってきた。

 

 

その何かとは――――

「ゆ、友奈・・・!?」

ボロボロの友奈だった。

「■■■■■■―――――――――――!!!!」

もはや人とは呼べない咆哮を挙げて、友奈は左手を振りかぶり、都合三回の拳打を放つ。

それだけでとてつもない風圧が発生し、ゴーレムたちは吹き飛び、そして風圧に当たっただけで圧し潰される。

「■■■■――――!!!!」

そのまま友奈は何度も左手を放ち、その風圧でゴーレムたちを瞬く間に破壊していく。

「なんて力だ・・・・」

「ええ・・・」

そのあまりにもでたらめな強さに、若葉と歌野は呆然とするほかない。

しかし、ゴーレムは確実に数を減らしていっている。

その事実が、久遠を焦らせる。

「この・・・・!」

あまりにも凄まじい速度で減っていくゴーレム。

それは久遠の生産力を上回っている。このままでは、確実に全滅して、あの化物はこっちに飛んでくるだろう。

「ならば・・・・」

そこで、久遠はゴーレムの製造を別の方向へ切り替える。

その間に、ゴーレムたちは友奈のジャブで砕け散っていく。

そして、最後の一体が、砕け散った時。

「全て倒したか」

久遠が、それを完成させた。

「だが、これならどうかな?」

 

現れたのは、あまりにも巨大な巨人。

 

その肉体は全て土で出来ているものの、その姿は一種の神々しさを見せた。

 

「なんだ・・・・あれは・・・」

「Oh・・・・」

あまりにも巨大なそれに、若葉たちは唖然とする。

 

 

其は、原初にして楽園(エデン)をもたらすもの。

 

 

汝、目覚めたのなら、我が願いに答えよ。

 

 

彼の者たちを楽園に導き、今こそ、人類を救済(せんめつ)せよ。

 

 

汝は原初にして最初の人間。

 

 

汝の名は―――――

 

 

 

「―――――『全ての始まりにして原初の巨人(アダム)』」

 

 

 

その、圧倒的存在感に、若葉と歌野は、その意識が押しつぶされそうになる。

その神々しさには、思わず目を逸らしてしまうほどの力があるから。

しかし――――この鬼は、そんな神ですら恐れない。

「■■■■■■■――――――――――!!!」

友奈が人ならざる声で叫び、飛ぶ。

左拳が、巨人の顔面に叩き付けられる。

それを受けた巨人の体が大きく仰け反る――――が、吹き飛ばないどころか倒れる事すらなく、むしろ耐えきった。

「な!?」

「友奈のパンチを、耐えきった!?」

ゴーレムは、その手に土で固めた剣を顕現、それで空中で身動きの取れない友奈を叩き落す。

地面に叩き付けられ、衝撃が背中を叩く。

「■■■――――ッ!?」

さらに、巨人は拳を振り上げ、それを地面に横たわる友奈に叩き付ける。

「友奈ァッ!!」

叫ぶ若葉。

しかし、叩き付けられた拳が、徐々に持ち上がっていっていた。

「■■■■・・・・・!!!」

友奈が、押し返しているのだ。それも、左腕だけで。

そのまま一瞬の内に左拳をその拳に叩き付け、その拳を弾き飛ばす。

そして立ち上がって、今度は胸にその左拳を叩き付けた。

巨人は、地面を削りながら後退する。

さらに、友奈は巨人の足に、ローキックを叩き付けて、片足を浮かせ、バランスを崩す。

「■■■――――!!!」

そして飛び上がり、その顎に渾身の一撃を叩き込む。

巨人の体が浮きあがる。

しかし巨人の体に、傷は一切ついていない。

巨人の目がぎょろりと友奈を捉え、次の瞬間には、友奈は遠くの山へ吹き飛ばされていた。

「友奈・・・!!」

「そんな・・・・!?」

遠くへ吹き飛ばされ、さらに土煙も上がっているから、友奈の様子が分からない。

その間に、巨人は若葉たちの方へ近づいてくる。

若葉と歌野は、すぐさま立ち上がる。

もう、他のゴーレムたちの攻撃でボロボロではあるが、まだ、戦う事は出来る。

しかし、これほどの相手を相手取る力は、残ってはいなかった。

それでも、彼女たちは、諦めない。

「やれやれ、その諦めの悪さには感心するよ。だけど、この『全ての始まりにして原初の巨人(アダム)』には敵わないよ」

そんな呆れた様子で、自身の勝利を確信する久遠。

その一方で、山へと吹き飛ばされた友奈は、

「―――――」

仰向けになって沈黙していた。

彼女の体は、とうの昔に限界を超えており、本来なら立っていられない程のダメージを負っているのだ。

それに、右腕もすでに骨が粉砕骨折しており、筋肉や筋が断裂しかけている。

もう一度、峻司に使ったような無茶をすれば、確実に右腕が壊れて、もう()()()()()な事になるだろう。

それほどまでに、友奈の体は、限界を超え過ぎていた。

「――――ァ」

しかし、それでも――――

「――――ぐ・・・ちゃ・・・・うた・・・ちゃ・・・・」

ぐぐぐ、と体を起こす友奈。

体が悲鳴をあげる。しかし、その痛みは友奈の脳には届かない。

 

すでに、精神が肉体を凌駕しているからだ。

 

『――――いいんだな?』

誰かの声が響いた。

『もう、右腕は元に戻らないぞ』

これは、最終警告。これを無視すれば、もう、最小でも、右腕は使い物にならなくなる。

だけど、それでも――――

「構わ・・・・ない・・・・!!」

友奈は、諦めない。

「だって、私は―――――」

 

 

 

巨人が剣を振り上げる。

「私がどうにか防いで見せるわ!だから若葉はその間に、アイツの核を――――」

「分かった!!」

頷き、若葉は剣を構える。

歌野は、すぐさま『昇破水壁(ウォーターウォール)』を発動させる準備を始める。

(お願い・・・間に合って・・・!!)

歌野は、己の全てを振り絞ってでも、この一撃を受け止める気なのだ。

一方の巨人は歌野の思惑など露ほども知らず、その剣を、渾身の力で叩き付けようと振り下ろす。

 

しかし、その直前、巨人の顔に流星のような勢いで何かが直撃した。

 

その直撃した何かとは――――

「友奈・・・!?」

友奈だった。友奈が、巨人の顔面に蹴りを叩き込んたのだ。

「ほう、生きていたか」

それに、感心する久遠。

「だけど、いくら尽力しようとも、僕の最高傑作には敵わないよ」

しかし、その自信は揺るがないようだ。

だが、その間に、友奈はすでに行動に移っていた。

その手には、一杯の杯。

「んぐっ・・・・」

それを一気に飲み干し、杯を投げ捨て、若葉たちの目の前に降り立つ。

「友奈!大丈夫なのか!?」

若葉が思わず呼びかける。

しかし、友奈は答えない。

赤かった肌が、さらに赤くなる。

そして、もうすでに骨が砕けに砕けている右腕を持ち上げる。

そこで、友奈は答えた。

「――――大丈夫」

巨人が剣を振り上げる。

「若葉ちゃんと歌野ちゃんは、大丈夫」

振り返って、笑顔で答える。

「ゆ・・・」

「来ォいッ!!!」

若葉が声をかける前に、友奈が巨人に向かって叫ぶ。

そして、それに答えるように巨人がその手に持つ剣を叩き落す。

「勇者ァ――――」

迫る剣。それに対して、友奈は拳一つ。

「―――パァァンチッ!!!」

拳と剣が衝突する。

その瞬間、友奈の右腕から、血が飛び散る。

それが顔にかかり、思わず顔をしかめる。

その圧倒的質量とパワーに、右腕がついに壊れたのだ。

「ぐっぅぅぅぅぅぅぅッッ!!!」

友奈の顔が、苦悶に歪む。

パワー以前に、右腕が限界なのだ。

だが、それでも、友奈はその剣を必死に受け止めていた。

(・・・・お願いッ!!)

友奈は、心の中で叫ぶ。

(今、だけ・・・・友達を、守る、力を――――!!)

砕けても拳は未だ健在。ならば、出来る筈だ。

「―――酒呑童子ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいッ!!!」

『―――おうよッ!!』

友奈の絶叫に、酒呑童子が応える。

砕けた筈の右腕がいきなりその形を元に戻る。

酒呑童子という存在が、表に出てきた反動で、友奈の体が、()()()()()()()()()()()()

しかし、それは一時的なもの。時間は、三十秒とない。だが、それだけあれば十分だ。

「い・・・ち・・もく・・れぇぇぇええんッ!!!」

さらに、友奈の右拳に風が収束する。

友奈のもう一体の精霊、『一目連』の能力だ。

暴嵐の如き、風の力が、友奈の拳に纏われ、やがて、剣を弾き飛ばす。

それによって、巨人の巨体がよろめく。

「馬鹿な・・・・!?」

その光景に、目を張る久遠。

そして、巨人の剣を弾き飛ばした友奈は――――

「―――ッ!!」

その双眸を巨人に向け、飛び上がる。

「――――――くぅぅぅたぁぁぁぁばぁぁぁぁれぇぇぇぇぇぇぇぇええええぇええええッ!!!!」

絶叫し、鬼の腕力と暴嵐の化身の風が、巨人に叩き付けられる。

その、圧縮され過ぎた空気が解放され、巨人の上半身に直撃し―――――

 

 

 

 

巨人の上半身を吹き飛ばした。

 

 

 

 

「やった・・・!!」

「Congratulationよ友奈!!」

友奈の圧倒的力が、今、原初の巨人を打ち砕いたのだ。

「・・・バカな・・・」

そう、唖然とする久遠。

しかし、それで終わりでは無かった。

 

風が、久遠に迫ってきていた。

 

「ッ!?」

しかし、気付いたときにはもう遅かった。

そのとてつもない圧力を伴った風は、久遠を地面に叩き付け、そして、そのまま圧死させた。

「ば・・・・か・・・・な・・・・」

最後にそれだけを言い残し、久遠は砂となり果て消える。

「ハア・・・ハア・・・ぐっぁぁ・・・」

そして、地面に落ちた友奈は完全に壊れた右腕の痛みに悶えながら、どうにか持ち前の精神力で立ち上がる。

「友奈!」

ふと背後から声をかけられ、振り向けば、そこには、こちらを安心するかのような顔で見る若葉と歌野姿があった。

どうやら、二人とも無事なようだ。

その事に一息安心して、呼びかけに答えようとする。

 

 

 

 

 

 

 

その時、友奈の心臓を、一本の刀が貫くのと、轟音がとどろくのは、同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を開ければ、視界には、様変わりした空模様が映った。

「・・・・そうか」

それで、御竜は悟った。

「妾は負けたのか」

「そうだな」

視界の端に、辰巳が映る。

その姿はファブニールとジークフリートを解除したためか、元に戻っていた。

だが、その表情には疲労が感じられ、立っているのがやっとという感じであった。

「・・・あの衝突は、確かに妾の方が勝っていた・・・・」

そう、二人の放った渾身の大技は、僅かに御竜の方が勝っていたのだ。

「だが・・・・()()()()()()()()

そう、確かに御竜の方が勝っていた。

しかし、それは辰巳へ到達するまで時間があった。

その間に、辰巳はもう一度『氷火竜式能動強化(ハウリング・バースト)』を発動させて、()()()()()()したのだ。

「もう少し、妾の槍がお前に到達するのが早ければ、妾が勝っていたか、あるいは、お前の威力の上乗せが足りなかったら、相殺されていたか・・・今となっては後の祭りか」

ふっと笑う御竜。

どうあがいても、負けは、負けなのだろう。

ならば、受け入れる以外に、自分に道はない。

すでに心臓も破壊された。砂となり消えるのは時間の問題だろう。

「・・・辰巳。最後に、遺言は良いだろうか?」

「・・・・なんだ?」

辰巳は、頷く。

「・・・お前が好きだ」

「・・・・」

「きっと、お前が想う者より、ずっとずっとお前を愛している・・・出来る事なら、お前が愛しているという女とも、勝負したかった」

「なんだよそれ・・・まるっきり乙女の思考じゃねぇか」

「妾も列記とした乙女だぞ?恋路でも、全身全霊でいたいんだ」

「そっか・・・」

しゃがむ辰巳。

そして、その唇に、そっとキスを落とす。

「っ・・・!?」

「別に、これぐらいはいいだろ」

その、あまりにも予想外で大胆な行動に、呆気にとられる御竜。

やがて、完敗とでもいうかのように、笑って、その目尻から涙を流す。

「ははっ、なんだか、お前に勝てる気がしなくなってしまったよ」

やがて、御竜の体が、砂となっていく。

「ああ、出来る事なら、生まれ変わった時に、お前の隣に――――」

それを最後に、御竜は、砂となり、消えた。

「・・・・さよなら。忘れないよ。お前の事・・・・・ん」

ふと、砂となった御竜の体から落ちた、一冊の手帳。

俗にいう、学生手帳ともいうべきものだ。

それを拾い上げる。

そして、それをそっとポケットの中に入れた。

立ち上がる辰巳。しかし、そこでよろめく。

慌てて剣を地面に突き立てる事で転倒は阻止したが、それで体に相当なガタが来ている事を悟る。

「これ以上の戦闘は流石に無理だな・・・・若葉たちは・・・・」

そうしてとある方向を向いた時、突如としてその方角にあった神樹の蔓がはじけ飛ぶ。

「なッ!?」

舞い上がる煙の中から、飛び出てきたのは、なんと歌野だった。

「歌野!?」

歌野は、地面を転がり、瓦礫にぶつかって止まる。

どうにか、体を持ち上げる歌野の姿は、すでに切り傷だらけでボロボロだった。

「歌野!何があった!?」

叫ぶ辰巳。

それに気付いた歌野は、辰巳を見て、すぐさまこう叫んだ。

「逃げてぇぇぇええぇええ!!!」

次に目に入ったのは、赤い炎を巻き起こして、現れた、一人の少女の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僅か数分前。

「・・・・あ・・・れ」

自分の胸から突き出す刃に、友奈は、訳が分からず呆然とする。

そして、それは若葉たちも同じだった。

「ごふ・・・」

口から血を吐き、友奈は、後ろを向いた。

そこには、暗い憎悪の炎を目の奥に揺らめかせて、背後から友奈の心臓を貫いている、紅葉の姿があった。

「・・・・・死ね」

短く、そう告げて、刀を引き抜く紅葉。

友奈の目の前は高い段差。頭から落ちれば、ただでは済まない。

「―――ッ!?友奈ァ!!」

我に返った若葉が、思わず高速飛翔。

「お前はッ・・・!!」

若葉の姿を見た紅葉の表情が、怒りに歪む。

それを見た歌野には嫌な予感が走り、水弾を紅葉に向かって放つ。

「ッ!?」

紅葉がそれを避けている間に若葉は落ちる友奈を回収する。

「若葉!アイツは私が抑えるわ!だから友奈を安全な場所へ!」

「分かった!!」

若葉は、すぐさま紅葉から逃げるように飛ぶ。

「逃がさない・・・!!」

紅葉は空いた手に炎球を作り出し、それを若葉に向かった投げつける。

「くッ!」

紅葉は、それを水の壁を持って防ごうとするが、それを張るよりも速く、炎球は若葉たちの方へ飛んでいく。

「しまった・・・!?」

そして、その炎球が、若葉に直撃する。

「ぐあぁぁあああ!?」

それによって大天狗が解除され、落下してしまう若葉。

「若葉ぁ!友奈ぁ!」

「まずは貴様から殺してやる!」

「ッ!?」

叫ぶ歌野に向かって剣を叩き付ける紅葉。

それを水の刃で受け止める歌野。

しかし、その瞬間、紅葉の剣から業火が舞い上がる。

「What!?」

それが水の刃を一気に蒸発させた事に驚き、飛び上がって下がる歌野。

「覚悟しろ。今から貴様を、地獄の業火で焼いてやるッ!!」

憎悪を込めた声で叫び、紅葉は歌野に斬りかかる。

 

 

 

 

 

 

 

一方の若葉たちは・・・・

「ぐ・・ぅう・・・・」

紅葉の炎の直撃を受けた若葉は、激痛が全身を苛み、その顔を苦悶に歪めていた。

しかしどうにか起き上がり、若葉は、友奈を探す。そして、仰向けになって倒れている友奈の姿を見つけた。

「友奈・・・!!」

這うように友奈に駆け寄り、その体を起き上がらせる。

「友奈!しっかりしろ!」

揺すって、呼びかける若葉。

「・・・・わか・・・ば・・・ちゃ・・・」

「ッ!!友奈!」

まだ意識がある事に、若葉は安堵するかのように呼びかける。

「わた・・・し・・・」

「大丈夫だ!ただ刺されただけだ!まだ、まだ助かる!だから・・・」

若葉は、その先を言わなかった。いや、言えなかった。

その言葉を、言うのが怖いから。

「・・・・ごめんね、若葉ちゃん」

しかし、友奈は、諦めたかのように笑っていた。

「・・・何がだ」

「ごめんね」

「何がなんだ・・・・」

「私、たぶん、たすからな――――」

「言うなッ!!」

若葉が、そう怒鳴る。

「頼む・・・言わないでくれ・・・」

そう言って、友奈を力の限り抱きしめる。

「・・・・ダメだよ。若葉ちゃん。現実にちゃんと目を向けなきゃ」

「何が現実だ・・・・お前が生きてる、これが現実だ・・・ちゃんと、目を向けて・・・」

「私が助からないっていう現実にも、ちゃんと、目を向けてよ・・・」

友奈が、諭すように言う。

その言葉に、若葉の体が、ぴくりと動くのを、友奈は見逃さない。

「ごめんね・・・辛いよね・・・こんな事になるなんて、悲しいよね。タマちゃんが死んで、アンちゃんが死んじゃって・・・それで、ぐんちゃんがいなくなっちゃって・・・辛いよね・・・」

友奈は、左手で、蹲る若葉の頭を撫でる。

「でもね・・・・それも全部受け入れて、前に進んで・・・・・私がいなくても、前を向いて、歩いて・・・」

友奈の両目から、涙が流れる。

「友奈・・・頼む・・・・死なないで・・・・死なないでくれ・・・これ以上、私に、何かを失わせないでくれ・・・・」

懇願するように、泣きじゃくる若葉。

「若葉ちゃん・・・」

友奈が、そう呼びかけ、若葉の手に、ある物を手渡した。

「・・・・これは・・」

「私の・・・・手甲・・」

それは、友奈の手甲。またの名を、『天ノ逆手』。とある地の神の皇子が、天の神に殺された恨みを吐き出しまくった、呪いの力。それは呪詛であり天に関するもの全てを殺す、まさしく『対天属性』に相応しい武具。

「あの子、とても・・・強い・・・から・・・これ・・・酒呑童子の力・・・入れてるから・・・・きっと、力負け、しないと・・・思う・・・から・・・」

左手で、その二つの手甲を握りしめさせる。

 

この天ノ逆手。

これは実は、友奈の酒呑童子に対する安全装置であり、その莫大な力を制限する役割を担っていたのだ。しかし、完全同調を使用する際に、これらの要素が邪魔になり得たために、友奈は手甲を外して戦っていたのだ。だから、手甲には傷一つ付いていない。

 

「だが・・・」

しかし若葉はそれを渋る。

「若葉・・ちゃん・・・」

「ッ!?友奈!?」

気付けば、友奈の目に光が映っていない。

 

もう、そこまでなのか――――

 

「――――ッ!!」

もはや、友奈は助からない。

その事実を突き付けられ、若葉は、悔しそうに顔を歪めてうつむく。

しかし、その顔に、友奈の左手が添えられる。

「・・・頑張ってね・・・先に、向こうで・・・見てる・・・か・・・・・ら・・・・・」

そして、友奈の左手から、力が抜け、地面に落ちた。

 

 

 

 

 

 

『――――よう』

気付けば、目の前に、赤い肌の鬼がいた。

「酒呑童子?どうしたの?」

『なに、もう休むんだろ?だったら一杯やろうぜ』

彼の手には、酒樽と、二つの杯。

「・・・・いいよ。飲もう、酒呑童子」

友奈は、その杯の片方を受け取り、酒呑童子が、その杯に酒を注ぐ。

『アイツらのこれからの未来に』

「皆のこれからの未来に」

 

『「―――乾杯』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・友奈」

返事は、無い―――――。

「―――――」

それを確認した若葉は、友奈を地面に横たわらせ、友奈から貰った手甲を付ける。

そして、ふらりと立ち上がり、今、歌野が戦っているであろう方向へ顔を向けた――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

斬撃が来る。

それを辰巳は自らの剣でいなし、さがる。

「ぐぅッ!?」

だが、歌野を抱えての片手のみでは受け流しきれず、衝撃が剣を持つ右腕を打つ。

しかし、それを気遣ってくれるような相手ではないのは、百も承知だった。

目の前の少女が、歌野ごと辰巳を斬らんとばかりに剣を横に薙ぐ。

それを辰巳は『氷火竜式能動強化(ハウリング・バースト)』で無理矢理後方へ飛び、どうにかその射程から逃れる。

「チッ」

舌打ちを一つ。

紅葉はそのまま辰巳たちを追撃する。

「辰巳!私を捨てなさい!その体で抱えたまま逃げ切るなんて無理よ!」

「駄目だ!お前を置いて逃げれるかっての!」

「貴方にはひなたが待ってるんでしょ!?」

「ならお前には水都が待ってるだろ!?いい加減黙ってろ!!」

左腕で抱える歌野の叱咤に怒鳴り返して、辰巳は片腕でどうにか紅葉の連撃を受け流し避け続ける。

だが、それも長くは続かず、少女の蹴りが、辰巳の腹に突き刺さる。

「ぐぅ!?」

そのまま吹き飛ぶ。その最中で辰巳は歌野を抱え込み、巨大な蔓に叩きつけられる。

「がはっ・・・」

衝撃全てを受けて、肺の中の空気が一気に吐き出される。

「辰巳!!」

そのままずり落ちて腰を地面につけてしまう辰巳。

先ほどの御竜との戦いでボロボロな上に、すでに体力は使い切っている。

もう、立ち上がる事すらできない。

もう動けないと悟ったのか、少女―――紅葉はゆっくりと歩いてくる。

まるで、死刑宣告とでも言わんばかりに。

「くっ!」

歌野は、辰巳を守ろうと立ち上がろうとする。

しかし――――

『すまぬな娘よ』

「え・・・?」

『限界じゃ』

八岐大蛇からそのような事を言われた瞬間、歌野の体を猛烈な疲労感が遅い、同時に八岐大蛇が解除される。

「え・・・」

立ち上がろうとしていた腕の力がふっと抜け、また倒れる。

「なんで・・・どうして・・・八岐大蛇・・・!?」

あまりの疲労感に、歌野は動けない。

それもそうだろう。

 

何せ、今までの疲労を八岐大蛇が全てカットしていたのだから。

 

その許容限界を超えたのだ。

事実、これで歌野も戦闘続行不能。

さらに辰巳も動けないときた。

その間にも、紅葉が近付いてくる。

抵抗しようにも動けない。

まさしく絶望的な状況。

この状況を覆す手段は、二人には、無い。

もう一度精霊を使おうにも、その為の体力がない。

このままでは、確実に殺されてしまう。

「ぐ・・・く・・・」

「ちく・・・しょう・・・・」

辰巳は痛みに悶え、歌野は悔しそうに顔を歪める。

そうして、諦めかけた時――――

 

 

 

目の前に、誰かが落ちてきた。

 

 

 

「な!?」

「ッ!?」

それに目をむく歌野と紅葉。

そして、さきほどまで俯いていた辰巳が、顔を上げる。

そこに、一人の少女の後ろ姿を見た。

「―――ありがとう、大天狗」

その言葉と同時に、彼女の姿が変化、桔梗を想起させる青い装束へとなる。

「貴様・・・」

その少女の姿を認めた紅葉の表情が、憎しみに歪む。

しかし、それは、その対象の少女とて()()()()

その少女の名は―――

「・・・若葉」

若葉は、紅葉を睨み付ける。

「・・・これ以上、仲間は殺させんぞ」

「ふん、貴様に何ができる?久遠さんのゴーレムにやられていた癖に、その体で私を止められると思っているのか?」

紅葉の指摘はもっともだ。

若葉の体は、これまでの戦いで、すでにボロボロの筈だ。

幸恵との激闘、ゴーレムによる攻撃。その二つの戦いが、若葉の体をボロボロにしていた筈だった。

しかし―――

「・・・私の体に、傷なんてあるのか?」

若葉の体には、そんな傷は一切なかった。

「何・・・?」

「何があろうと、ここはどかん。私は、その為にここに来たんだからな」

「・・・なるほどな」

若葉の低い声に、紅葉は、納得する。

しかし、共感はしない。

「私の仲間を奪っておいて、よく言える。だが、確かにそうだ。この戦いは、私とお前の勝敗を持って決まる。世界を殺すも生かすも、この戦いで全て決まるという事か」

これは決闘。

互いの命をかけた死闘。

この戦いにおいて、ひれ伏すのは敗者であり、立っているのは勝者。

故に―――

「我が名は、『乃代(のしろ)紅葉(もみじ)』。貴様のお相手(つかまつ)ろう」

紅葉は、刀を構えて、そう名乗り上げる。

「我が名は、『乃木(のぎ)若葉(わかば)』。その申し出、承る」

次に、若葉が鞘から刀を抜き放ち、その切っ先を向ける。

 

よく見てみると、二人の顔はよくにており、髪型も似ていた。

声音も口調も似通っていて、正眼の構え方も、ほぼ同一。

体格も身長もほぼ同じ。名前も、似通っている。

ただ違うとすれば、それは髪の色と、居合と剣道の違い。

 

されど、二人はもう、和解する事などないだろう。

 

それほどまでに、二人の胸の内に燃ゆる感情は、激しいのだから。

 

 

似ている、というのは、二人も認めている。

 

 

だから、虫唾が走る。

 

 

同時に地面を蹴る。

 

 

 

咆哮を上げて、剣を正面から叩きつける。

 

 

 

 

 

 

今、最後の戦いの幕が切って落とされた。

 

 

 

 

 




次回『乃木若葉(憤怒)乃代紅葉(憤怒)

その身、怒りのままに。


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乃木若葉(憤怒)乃代紅葉(憤怒)

大天狗の展開は、どういう訳か不可能、そして、義経さえも、使用する事が出来ない。

しかし、不思議と分かってはいた。

だから、若葉は、純粋な剣技で戦おうとした。

だが―――

「ぐッ!?」

―――乃代紅葉のそれは、乃木若葉のそれを超えていた。

「舐めるな勇者、誰に師事を得てきたと思っている。このような修羅場、飽きる程くぐっているぞッ!!」

紅葉のそれは、若葉の剣技を圧倒しており、若葉は防戦一方となる。

だから若葉は紅葉の剣の範囲から逃れるように下がりながら防御をする。

しかしそれでも、紅葉は若葉に追い縋ってくる。

初撃を用意に逸らされ、肩をぶつけられる。

そして胸に一閃を受け、鋭い痛みが脳髄を叩く。それだけで恐怖が叩きつけられ、本能が戦いを拒否する。

だが、若葉はそれを論理で押さえつけて、剣を振るう。

目の前にいるのは友奈の仇。だから引き下がる訳にはいかない。

 

渾身の振り下ろしはまたかわされ、今度は顔面に蹴りを入れられる。

 

痛烈な痛みが眼の奥で弾け、意識が遠のく。

しかし今の若葉では、致命傷を避けるのに精一杯。

次の攻撃が見える。しかし間に合わない。斬られる、激痛が走る。

「はっ――――く、ぅ・・・!!」

顔を歪め、苦悶に悶え、しかしそれでも若葉は前を見る事をやめない。

ただ剣を振るい、紅葉に対抗しようとする。

しかしそれでも有利なのは俄然、紅葉だ。

膂力や速度、筋肉や骨など、ありとあらゆる身体能力の根幹を支える要素全てが、若葉を上回っているのだ。

しかし、それでも若葉は戦いを選んだのだ。

あの日、島根県の神社で、生大刀をその手にもった時から、若葉は、戦う事を決めていたのだ。

苦しくても良い。辛くてもいい。

これは誰かの為の戦い。自分の為の戦い。仲間を守る為の戦い。まだ見ぬ何かを得る為の戦いであり、己の心を追認する為の戦いなのだ。

 

しかし戦況は圧倒的に乃代紅葉に傾いている。

 

どれほど強い意志を持とうとも、それは精神的スペックを埋めるだけであり、肉体的スペックの差は埋まらない。

「ぐ、ぅ・・・・!?」

斬撃を捌き、首を狙ってくる刃を防ぐ―――防ぎきれず、頬をざっくりと裂かれる。

後方にて、動けない事を悔しがる歌野の声は届かないが、それでも、青い桔梗の眼に宿る意思はまだ消えなくて――――

 

 

 

 

何かが可笑しい。

紅葉が、若葉を斬り合いをはじめ、圧倒的有利な状況のまま若葉を追い詰めながらの事、ふとそう思った。

若葉は、先の戦闘で疲労している――――という考えは、最初の打ち込むで即座に切り捨てた。

どういう訳か、若葉は傷のみならず体力まで全快になって回復していた。

それが一体どういう訳なのかは分からない。

だが問題なのはそこではない。

御竜との修行で、紅葉の実力は若葉の実力を圧倒している。

余裕を持って戦っている訳では無い。迅速に若葉を殺し、その後ろにいる辰巳と歌野もすぐさま殺そうと思っているからだ。

しかし、それでも、仕留めきれない。

焦りからの隙ゆえか。そう思ったが、違うと即座に判断する。

若葉の傷が、異常な速度で回復していっているのだ。

先ほど深く切り裂いた頬も、痕を残してもう完治している。

あまりにも、速い自動治癒(リジェネレーション)

斬った傍から青い炎が燃え上がり、傷を治す。

これは、それは一体、なんだ?

腹に一発入れ、若葉を蹲らせるような態勢にする。

そのまま剣を振り上げて、首を跳ねようとする。

しかし、それよりも速く、若葉は顔をあげて下から斬り上げてくる。

「チィッ!!」

それをかわすのも容易だ。だが、その代わりに攻撃を中断しなければならない。

そんな、仕留められそうなところで、攻撃を中断される。

若葉が経験した戦いは、紅葉の御竜との修行に比べれば、些細なものだ。

だが、それでも、若葉は紅葉に追い縋っていた。

精霊を使わず、純粋な剣技で、若葉は紅葉に迫っていた。

しかし、それならさらに本気を出せばいい。

紅葉は、自らの刀から片手を離し、その手に持てるだけの黒鍵を取り出した。

それを空中にほおり投げ、告げた。

告げる(セット)

黒鍵が一斉に若葉を狙う。

それを見た若葉は慌てて離れようとするが、間に合わない。

合計三本の黒鍵が、若葉に突き刺さる。

手、腹、足の甲。

その三点に全て突き刺さる。

彼女から、声が漏れる。

その間に、紅葉は地面を蹴り、若葉の首を跳ねにかかる。

若葉は、足の甲を黒鍵によって貫かれ動けない。故に、殺すのは簡単だ。

だが、

「―――砕けろッ!!」

若葉の手が足の甲に突き刺さった黒鍵に触れた瞬間、青い光が迸り、黒鍵は跡形もなく破砕した。

「な―――――!?」

その光景に、紅葉のみならず、その光景を見たものすべてが驚愕した。

そう、速い。

挙動が速い、立ち直りが速い、そして何より、対応が速い。

若葉の剣技は、幼いころから修めてきたものであり、そこいらの熟練者と並べると、確かに強いだろう。しかし、それでも紅葉の剣技には敵わない。

この三年。ただ人を殺すために磨き続けた剣技。御竜との修行において、その上達速度はあまりにも速かった。

しかし、その一方で、若葉の剣技はすでに()()()()()()()。これ以上の上達は見込めないという、その人の実力の限界。

紅葉の場合は、バーテックス人間となることで、その上限を突破した。だが若葉はそうではない。

だが、それでも、紅葉は理解していた。

 

若葉は今、現在進行形で急成長している。

 

その成長が、彼女が剣を振るう度に加速している。

そう、若葉の中で駆け巡る何かが、若葉の肉体を際限なく加速させていく――――――

 

 

 

―――――生きとし生ける全ての生命(いのち)は、僕らに弱さを許さない。

 

 

 

アクセルを踏む。

すると体の中で何かが全力疾走を開始した。

体を沸騰しているのかと思うほど熱い血が駆け巡る。

立て続けに腕と腹に突き刺さった黒鍵を破壊する。

以前までの自分であったなら、こんな芸当はできなかっただろう。

しかし、今、若葉の中で駆け巡るこの力が、若葉にその破壊の力を与えてくれていた。

 

勝て、と己の内側で誰かが叫ぶ。

 

勝つ、と自分自身が吠え立てる。

 

剣技で敵わない?それなら追いつけばいい。

膂力でも無理?それなら強くすればいい。

そもそもからして素体から隔たりがある・・・・・それでも己の何かが勝てと叫んでいる。

「オオオオオオォォォォォォォォォォォオオオオオオオッ!!!」

己の体の中にある力による、爆発的身体強化(ブースト)。剣を振るう度に筋組織が断裂するが、それはもはや自分に備わった自動治癒に全て丸投げる。

追いつかないというのなら、追いつけばいい。

弱いというのなら強くなればいい。

不可能ではないはずだ。だって私は、あの人からもらった剣を持っているのだから。

 

 

 

果たしてそれは、若葉が本当に限界を突破したからだからだろうか。

 

 

 

否、と、白鳥歌野は断言する。

若葉本人が気づいていない、彼女に起きている些細な変化。しかしそれは別の観点から見れば、大きな変化。

 

青い炎が、彼女の体を包んでいるのだ。

 

その青い燐光が宙に舞い、若葉は咆哮して剣を振るう。

若葉になんらかの変化が起きているのは、その場にいる若葉以外の全員が理解している。

だが、なぜそんな変化が起きているのかを理解しているのは、きっと歌野だけだろう。

歌野は、知っていた。

あの日、哮がいなくなって数日が経ったあと、水都が歌野を訪ねてきたときに持ってきた、哮の手記に書かれていた事。

 

―――――肉体は消えても、魂だけは剣に宿ってる。

 

今、若葉が使っている刀は、哮が使っていた刀『倶利伽羅』。

その刀には、哮の魂が宿っていたのだ。

そして、若葉はその魂を受け入れた。

だから今、若葉は急激な成長を促している。

青い炎は、哮が契約していた悪魔『魔王サタン』のものである『災厄の炎(サタンフレイム)』であり、最後の最後で現れた難敵を倒すために、助力してくれているのだ。

誇らしい、気分になった。自分の兄貴分が、それであるというだけで誇らしく、威張りたい気分になった。

 

あの時、言えなかった言葉がある。

 

言え。言ってしまえ。叫べ、思いっきり叫べば――――――きっと、滅茶苦茶に痛快だ!

 

「やっちゃえ、哮兄――――――――――――――――!!!」

 

かくして若葉(たける)は応えた。

 

 

 

―――――掴み損ねた理想の刃で、我が身を切り裂いても。

 

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

絶叫を迸らせ、若葉は駆ける。

放たれた黒鍵を弾き飛ばし、若葉は紅葉に向かって突っ走る。

「ッ!?」

その、あまりにも凄まじい速さに、紅葉は一瞬動揺する。

その動揺を狙いすましたかのように、若葉の剣が、ついに紅葉の頬に届く。

「っぁ・・・!?」

「ああぁぁぁああああぁぁああああああ!!!」

若葉の剣撃は止まらない。

その連撃すべてが紅葉の命を刈り取ろうと迫ってくる。

その成長は、もう紅葉の足元に及んできたのだ。

その成長に、紅葉は恐怖する。

何故、そこまでするのか。

彼女が自分を倒したい理由はある。そして立ち向かう理由もすべて理解している。

だが、ここまでする必要はない。自らの肉体の無事を顧みず、限界を超えて、戦い続ける理由が彼女には存在しないはずなのだ。

後ろにいる辰巳さえ復活すれば、そのための時間を稼ぐために防衛に徹していれば、勝利を掴めるはずなのに――――――

「あぁぁあああぁぁぁぁぁああぁぁあああああああ!!!」

怒りを伴った絶叫とともに、紅葉は、若葉の目の奥に宿る激情、そして、その力の源泉を理解した。

それは、至極単純で、あまりにも身近な感情――――――

 

 

『怒り』だ。

 

 

立場も、願いも、思想も、どうでもいい。勝利や敗北などこの際関係ない。ただ、憎いのだ。ここにいるだけでも虫唾が走るほど憎いのだ。今すぐにでも乃代紅葉を消し去りたいというほど、憎いのだ。

なんと俗悪で罪深い思考なのか。しかし、それでも、我慢ならないのだ。我慢ならないから、ここにいて、ここで剣を振るうのだ。

それはある意味同族嫌悪に近いものでもある。

しかしそれすら彼女の頭には無い。ただただ、彼女は、紅葉を――――

 

 

 

―――――野原に(そよ)ぐ全ての戦士に、今吹き荒れる、勇気の風。

 

 

 

剣が錯綜する。

刃が錯綜する。

斬撃がまじりあう。

火花が散る。

青い炎が燃え上がる。

赤い炎が燃え上がる。

若葉と紅葉が咆哮する。

 

ただ目の前の敵を、倒すために。

 

そして、とうとう若葉の膂力が紅葉のそれに追いつく。

それは狗ヶ崎哮の力ではない。

彼女が今付けている手甲――――高嶋友奈の天ノ逆手。それに込められた酒呑童子の力が、若葉の膂力を底上げし始めたのだ。

初めは使い方が分からなかった。今だって、若葉はそれの使い方を理解していない。ただ無意識で、彼女の紅葉を殺したいという想いに手甲が答えたのだ。

だから、膂力が紅葉に追いついた。

速さは、もはや人外の域に達した反射神経によって追いつかせる。

 

ついに互角。

 

しかしそこで若葉の成長は止まらない。

驚異的な反射神経で振るわれた剣の斜め下からの斬り上げ。それを紅葉は迎撃しようとする。

しかし、突如としてその刃が減速、急遽力の向きが反転し、一瞬にして斜め上からの袈裟懸けとなる。

「なッ!?」

それに目を剥き、紅葉は思わずさがる。胸に一撃入れられる。

鋭い痛みが脳髄を貫き、紅葉の表情が苦悶に歪む。

それだけは無い。

突きが迫る。それを防ぐ―――間に合わず、切っ先で肩が斬れる。

撃ち下ろしが来る。弾こうとする―――失敗、頬が削がれる。

徐々に、確実に、若葉は紅葉を超え始めている。

この戦いが始まって、ほんの数分程度の事の筈なのに、若葉は、凄まじい速度で成長しているのだ。

「アアアアァァァアアアッ!!!」

若葉の咆哮が炸裂する。その一撃を、紅葉は受け止める。

「狗ヶ崎哮・・・高嶋友奈・・・既に敗北した勇者が最後の障害とは・・・これも因果かッ!」

「がぁぁぁああぁあああああ!!!」

そのまま若葉が押し込み、そのまま斬撃を叩き込むも、射程から外れた紅葉には掠らない。

突如、紅葉が若葉に問いかけた。

「怒りか!?乃木若葉!!」

しかし若葉はすぐさま紅葉に斬りかかる。紅葉は分かっていたかのように迎え撃ち、鍔迫り合いに持ち込む。

そして叫んだ。

「彼女を殺された事に対する怒りか!?」

紅葉は、これだけははっきりさせたいのだ。

自分が高嶋友奈を殺したから、彼女は今、ここまで怒り狂っているのか。

その問いに、若葉は迷わず答える。

「ああ、私はお前が許せない・・・・・必ず殺すッ!!」

隠そうともしない感情を改めて言葉に乗せ、叫んだ。

そのまま押し込み、紅葉は距離を取らされる。

しかし、それ以前に、紅葉の中にはある感情がさらに爆発して燃え上がっていた。

「私と同じ怒り(感情)で挑んでくるだと・・・ふざけるなッ!!」

紅葉にだって、怒りがある。

紅葉にも、若葉と同じ親友がいた。

しかしその親友は、ある日殺された。

虐めという方法で、彼女の親友は殺されたのだ。

一般的にいって、それは『自殺』に部類されるものだ。

しかし、紅葉にはそんな事は関係なかった。

親友は、周囲の悪意によって、民衆の感情によって殺されたのだ。

周囲の人間、友達、教師、店員、両親、それら全てから、親友が殺されたのだ。

だからあの日、彼女は、バーテックス人間となったのだ。

全人類を抹殺する為に、新たに出来た同胞たちと共に、今の世界を殺すために。

だから、許せないのだ。

自分と同じ復讐心(かんじょう)で、立ち向かってくる、この、敵が、死ぬほど憎いのだ。

 

「お前にだけは――――」

 

殺したい。殺してやりたい。この手で切り裂き、臓腑を巻き散らし、惨たらしく殺してやりたい。

 

「お前にだけは――――」

 

殺す。殺してやる。たとえこの身が朽ち果てようとも、どんな事になろうとも、私はお前を殺してやる。

 

 

 

―――――それに刻め、穿て、報復の神話を。

 

 

 

「「絶対に負けるものか――――――ッ!!」」

 

 

 

 

 

貴様が死ぬほど憎いから。

 

 

 

 

―――――決着は、今。

 

 

 

 

青い炎と赤い炎が舞い上がり、若葉と紅葉の間で互いを喰い合うかのように燃え上がる。

たった一時だけ優位に立っていた若葉の立場も、いきなり同等の速度で成長しだした紅葉に差を取り戻され、血塗れとなって斬り合う。

紅葉の赤い炎は、その性質は若葉の青い炎と同じ災厄の一つだ。

だから、紅葉の怪我も、若葉と同様に一瞬にして治っている。

これで互いに互角。そして、もはや互いに攻撃一辺倒になっているが故に――――彼女たちは防御しない。

腹を裂かれても治る。腕を斬り飛ばされても、飛ばされる前に切断面がくっつく。足を貫かれても、瞬時に治る。骨が砕かれても、すぐさま再生する。内臓が破裂しても、また元に戻る。

飛び散った血は戻らない。その為、二人はもはや血塗れだった。

あまりにも惨たらしい斬り合い。常人が見れば、卒倒ものだろう。

だが、それでも二人は斬るのをやめない。

どれほど脳髄に痛みが叩きつけられようとも、痛みで意識が遠のいても、この両足が地面を踏みしめている限り、後退なんてしない。ただ目の前の相手を、殺すまで、斬るのをやめない。

 

 

―――――ここに遍く全ての正義に、今問いかけるその覚悟を。

 

 

だが、このままではらちが明かない。

どれほど斬っても相手は死なない。

だが、互いに急所への直撃は防いでいる。

おそらく、そこだけは、治癒の効果はないのだろう。

だが、どれほど狙っても、そこだけはどうしてもかわされる。

ならばどうする?どうすれば殺せる?

 

簡単だ。

 

 

治癒が効果ない程の一撃を叩き込む。

 

 

 

―――――伸ばし損ねたあの日の手で、誰かを求めるのなら。

 

 

 

 

それを悟った瞬間、若葉と紅葉は同時に行動に移る。

若葉は倶利伽羅(クリカラ)を鞘へと納め、無形の構えを取る。

紅葉は天羽々斬(アメノハバキリ)を両手で握りしめ、正眼に構える。

一瞬の静寂。

紅葉が地面を蹴り、若葉は抜刀へと移る。

紅葉の駆け出す速度はすさまじく、伝説の体術『縮地』とも大差ない程の速度を誇っていた。

一方の若葉の抜刀も速く、その速さは雷よりも速く、光さえも追い越せそうな程に速かった。

走る速さと剣を振るう速さを掛け合わせた、紅葉の斬撃。

居合特有の速さと人外の域に達している反射神経の速さを掛け合わせた若葉の居合。

色さえも失われた世界で、二人はもはや互いしか見えていない。

一分一秒でも、相手をこの世から葬り去りたい。

そんな想いのみが、二人の間に駆け巡っていた。

やがて、二人の距離が、互いの射程距離に入った瞬間(とき)、互いの最強がぶつかり合う。

 

超神速抜刀術『鴉螺灼(アラヤ)

 

乃代流剣術奥義『迅雷(ジンライ)

 

互いに抱くのは相手を殺したいと思う、憎しみの感情だけ。

その、二人の感情が、互いの最強を持って、ぶつかり合う。

 

 

 

―――――失うものは何一つ無いと、ここに墓場を立てて見せろ。

 

 

 

刃が、今、敵を切り裂いた―――――

 

 

 

―――――それに刻め、(かざ)せ、盲目の正義を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして、その戦いの勝者が決まった―――――

 

 

 

 

 

 




次回―――最終話『絶望の後には、必ず希望が待つ(L,espoir vient apres desespoir.)

最悪の絶望の後、邪竜は未来へと旅立つ。

竜胆は老いても咲き、それでも歩き続ける。

終わらぬ戦いに、終止符を打つ為に。














注意、次回、超最悪な事が起きます。そしておそらく予想外な事が起きます。

心してお待ちしてください。


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絶望の後には、必ず希望が待つ(L,espoir vient apres desespoir.)

ついに、最終回です。




――――気付けば、目の前に、巨大な玉座に座る、巨大な悪魔が、私を見下ろしていた。

 

私は、見上げることしか出来ず、動く事も、言葉さえも発する事が出来ない。

 

悪魔の口が動く。

 

――――支払いの時間だ、と。

 

一体、何の話なのか、と思った。だが、すぐに思い出す。

 

悪魔契約の事を。

 

私の持つ刀、倶利伽羅の先代の所有者である哮さんは、寿命を代償としていた。

 

そういえば、私は、何を代償にするか、決めていなかったなと、今更ながらに思った。

 

では、一体何が取られるというのだろうか?

 

悪魔が、片手を私に向け、何もない所で、何かを握る様な仕草をした。

 

すると、私の体の中から、何か、青い炎が抜け出て、それが、哮さんだ自然と分かった。

 

その魂は、私の胸から完全に抜けると、魔王の元へ行ってしまう。

 

すると魔王は、もう片方の手を伸ばした。

 

そして、その手で、私の―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決定的な何かが切れる感覚と共に、若葉は目を覚ました。

「―――――ッ!?」

飛び起きる、とはこの事だろうか。

ほぼ反射的に体を起こし、若葉は、茫然とした。

「・・・・ここ、は・・・」

そこは、病室。

そして、若葉は今、ベッドの上にいた。

自身の体を見下ろせば、それはもう酷い有様で、包帯が、右肩から脇腹にかけて巻かれていた。

体中には大量の切り傷の後があり、それらが褐色となって残っていた。

そして、若葉はどうしてここにいるのかを思い出す。

「そうか・・・私は・・・・」

 

 

 

 

紅葉との決戦に、勝ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの戦いで、若葉は、奥義の打ち合いで紅葉に勝利した。

 

若葉の『鴉螺灼』が、紅葉の『迅雷』を追い抜き、その体を両断して、勝利した。

しかしその後、若葉は気絶。ダメージが大きく、さらに、若葉でさえも迅雷を喰らっており、出血が激しかったために、すぐさま病院へ担ぎ込まれたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

後で、病室に入って来たひなたにタックルを喰らった後にその話を聞いて。

「若葉ちゃんは、もう戦わなくていいです」

あまりにも予想外な言葉が出てきた。

「な、何故・・・!?」

当然、若葉は動揺する。

その問いに、答えたのは辰巳だった。

「お前が使っていた倶利伽羅は、未だに魔王サタンと繋がってたんだよ」

「どういう事だ・・・?」

「簡単に言って、お前は紅葉に勝つために、魔王サタンに青い炎を使う事と()()()()()()()()()()事を交渉してたみたいなんだよ」

「私が悪魔と・・・!?」

「若葉ちゃんが気付かないのも無理はありません。辰巳さんから聞きましたけど、若葉ちゃん、とても怒ってたみたいでしたから、後先考えずにやってしまったんでしょうね・・・」

思い出してみれば、確かにあの時の自分は冷静を欠いていた。いや、欠いているなんてものじゃない。もはや完全に理性は吹き飛んでいた。本能のままに、紅葉を殺しにかかっていた。

「それで、その為の代償として、お前は、勇者としての力を失った」

「・・・」

今になると、容易に予想できた事だ。

あの時、確かに代償は提示させられていた。しかし若葉は、憎しみのままにその代償を了承した。

紅葉に勝つために、ありとあらゆるものを――――

「・・・・それだけじゃ・・・ないんじゃないのか・・・?」

若葉は、ひなたに問うた。

それを聞いたひなたは、一瞬目を見開いて、やがて目を伏せて、答えた。

「・・・・片耳の聴力、肋骨の何本かの消失、剣を扱う為の技術、及び、剣の使用不可。片目の視力など・・・数えるだけも、十個の代償を、若葉ちゃんは支払っています」

若葉は、それを聞いて、自分の両手を見た。

手の感覚が、無いのが分かる。

幸いに、味覚と嗅覚は残っていた。そして、先ほど気付いた、視界の左半分の消失。

ただ、それを若葉は辛いとは思わない。

「・・・・これで少しは、千景の気持ちが理解できただろうな・・・」

「若葉ちゃん・・・」

「若葉・・・」

この場に、歌野と水都はいない。

辰巳は持ち前の回復力ですぐさま復活した。しかし歌野はそういうのは備わっておらず、未だ入院中だ。

戦いの代償として、戦う為の力を失った。

友奈の仇を取れた。ならば、それでいいじゃないか。

そう、割り切ろうとした。しかし、だけど、それでも―――――

 

「―――まだ、戦いたかった」

 

若葉の嗚咽が、病室に響いた。

 

 

今回の戦いにおいて、高嶋友奈の殉職、乃木若葉の戦線永久退場という、決して安くない代償を支払う事になった。

その代わり、十天将は全滅。バーテックス人間も、今回の戦いで全滅したという。

だが、それでも、高嶋友奈の死と乃木若葉の戦線離脱は、相当な痛手となった。

現状、戦えるのは、もはや、足柄辰巳と白鳥歌野のみとなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある昼間。

辰巳とひなたは、四国を囲う壁の上にいた。

何故、二人がここにいるのか。

それは、大社から、とある任務を言い渡されたからだ。

外で、バーテックスが不穏な動きを見せているという、そんな報告があり、それが侵攻ではなく別の目的であるという懸念がある為に、それを調べて欲しい、という事らしい。

若葉はすでに戦力から外され、歌野はリハビリの為にこれない。

故に、辰巳のみでの任務となる。ひなたがいる理由は、今の世界を見たい、との事だった。

だから、一緒にここまで来た。

「外を見るのは、調査をして以来、初めてだったな」

「そうですね・・・」

二人とも、不安が表情に出ている。

今、外は一体どうなっているのか。

今日この日まで、バーテックスは襲来してこなかったが、果たして、それは一体どういう事なのだろうか。もし、敵が力を蓄える為に、わざと侵攻してこなかったのだとしたら―――――

「・・・行くぞ。離れるなよ」

「はい・・・絶対に、この手を離しません」

繋いだ手を、互いに握りしめながら、二人は、一歩踏み出した。

 

 

――――火野からの話で、現在、四国の景色は、全て神樹が作った幻らしい。

 

故に、人々は外の状況を知る事は無く。故に、人はその現状を知る術はなく。

 

その情報は、勇者たちにも分からない。故に――――

 

 

「・・・・なん、だよ・・・これ・・・・」

「・・・・嘘」

そこかしこに跋扈する、白い異形、異形、異形。

そして、それらが全て、複数の個体に集まってきていた。

それは、以前襲撃した、サソリ型バーテックスと同じ存在感を放つ、十三体の完成型バーテックス。

その中には、以前のサソリ型もいた。

あまりにも、信じられない光景に、二人は、何も言えなかった。

あの、ただの精霊では勝てなかったバーテックスが、十三体もいるなんて。

その中でも二体、ひときわ強い存在感を放ち、例え、暴走状態でも勝てるかどうか分からないような存在が、二体、いた。

片方は円形のアーチのようなものと、その中心にコアのように存在する球体を持つ個体。

もう片方は、そんなものが小物に見えるぐらいの存在感を放つ、上半身がアヌビス神のような体と、無数の蛇がいる下半身の個体。

おそらく、いや、間違いなく、勝てない。

仮令、ファブニールとジークフリートを重ねたとしても、勝つ事なんて出来ない。

それほどまでに、絶望的な状況――――

「辰巳さん・・・・」

酷く掠れた声で、ひなたが辰巳の装束の裾を引っ張りながら、とある場所を指さした。

そちらに視線を向ければ、まだ小さな個体―――『星屑』の集団が束になって、結界に突っ込もうとしていた。

だが、その全てが、結界の前で悉く弾かれ、侵入する事が出来なくなっていた。

以前までなら、そんな事は無かった。

それは、一重に結界が強化された結果なのだろう。

少なくとも、星屑程度なら、入ってくることはない。だが、あの個体はどうなのだろうか・・・?

星屑の何体かがこちらに気付き、襲い掛かってくる。

しかし辰巳は、その尽くを全て斬り捨てる。

(ひなたにだけは、手出しさせるか・・・・!!)

とにかく、ひなたを守りつつ、結界の中へ逃げようとする。

すぐに、この事を、報告しなければ――――

 

突如、形容しがたい音が響いた。

 

「なんだ!?」

「これは・・・!?」

それはあまりにも不快な音。その全てが、バーテックスから発せられていた。

不快の音は続き、やがて、バーテックスたちが妖しく光り出し、明滅する。

全てのバーテックスが光り輝き、そして、互いに呼応するかのように明滅を繰り返す。

何かが、起きようとしている。

しかし、それが何なのかが分からない。

 

突如、地面が揺れる。

 

「うわ!?」

「きゃ!?」

それはあまりにも立っていられないほどの揺れ。

辰巳はひなたをひっつかみ、引き寄せる。

大きな揺れは、収まる所かどんどん大きくなっていく。

バーテックスたちはなおも、明滅する。

さらに、天から無数の光の柱が降り注ぎ、それが海に突き刺さる。そして、その光を中心に、海が渦巻く。まるで、海の底に穴が空いたかのように。

天沼矛(アメノヌボコ)・・・」

ひなたが、そう呟いた。

 

天沼矛。

古事記において、伊邪那岐と伊邪那美の二柱の神が、日本大陸を作る為に与えられた槍。

それが、今、海を穿つために使われたのか――――

「違う・・・」

辰巳は、否定した。

「そんな、()()()()()()()()()()――――」

 

我は、示す、七つの大罪を――――

 

突如聞こえた、誰かの声。

それは、頭に直接響くかのような、そして、女性なのか男性なのかよくわからない声が響く。

この声は、一体誰だ?

 

――――人間よ、お前にこれを逃れる術は無い。

 

「辰巳さん・・・」

腕の中のひなたが呼びかけてくる。

どうやら、ひなたにも、聞こえたらしい。

辰巳は、一瞬だけひなたに目を向け、すぐに空を見た。

そして、見てしまった。

 

空に―――――全ての大罪を詰め込んだ、断罪の一撃を。

 

「―――――」

瞬間、動きが止まった。

あれは、なんだ・・・?

しかし、そんなもの考えるのも馬鹿らしい程、『それ』は、あまりにも、強大だった。

 

 

――――今こそ悔やめ、己の大罪を、その罪を、我が罰を持って、思い知れ。

 

 

天魔撃ち落とす黄昏の大剣(バルムンク・オーバーロード)』で迎え撃つか?不可能だ!あれはそんな()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

あれは、あれこそが、『神』だ!いな、そんな生ぬるい物じゃない。あんなもの、『神』さえも超えている。

あれが、あれこそが絶対的一撃。人間に逃れる事なんで出来ない、断罪の一撃だ。

そんなものを、撃ち返す力なんて、持っていない。

むしろ、存在しない。人間で、神で、あんなものを打ち破れる存在なんていない。

 

 

かくして、断罪の一撃が落とされた。

 

 

――――『断罪の鉄槌(エナトメイル・ガルディオン)

 

 

それは、異世界の神々の武器。

対象を罪人として、絶対的制裁を下す、断罪宝具。

それが、今、叩き落されたのだ。

 

「ひなたァッ!!」

辰巳が叫び、全力で結界の中へ飛ぶ。

結界の中に入れば、そこは何事も無かったかのような景色。

しかし、辰巳とひなたの間に、平穏なんて言葉なく。

辰巳は、腕の中の温もりにすがるように、ひなたは、自分を包む温もりを手放さないように、ただ、そこで震えて寝転がるだけだった。

 

 

やがて、震えは止まり、二人は、立ち上がる。

「・・・行くぞ」

「・・・はい」

酷く、掠れた声で、二人は、足を踏み入れた。

結界を抜ければ、そこは――――

 

 

 

――――地獄だった。

 

 

 

大地は赤く溶け、海は蒸発し、天は真っ暗。

白い異形が我が物顔で跋扈し、縦横無尽の飛び交う。

以前と、全く違う世界。いや、変わり果てた世界。

先ほどの光景が生ぬるくなるほど、その世界は、まさしく終わっていた。

それは、壊されたというのは、あまりにも似合わず、例えるのならば、それは――――

「・・・・断罪された、世界・・・」

断罪されたが故に、その刑罰は、おそらく、人類の再興の可能性を、完膚なきまでに断絶したのだ。

いや、この場合は、人類再興をする事をやめさせられた。

秩序のもとに、法の元に、自らの与えた罰の元、人類を、世界を断罪した。

その結果が、これなのだ―――――

 

 

 

 

その後、辰巳とひなたは結界内に入り、外で起きた事を、大社に報告した。

 

そして、一つの結論が出た。

 

 

神樹が力尽きた時、人類は、死滅すると―――――

 

 

 

 

 

 

「―――――なんですって?」

その時、足柄火野は、今降りた神託に、耳を疑った。

「火野ちゃん?どうしたの?」

後ろから、安芸真鈴か声をかけてくるが、火野の耳には届かない。

だって、その情報は、それほどまでに火野に衝撃を与えたのだから。

 

「―――すみません、少し、上層部へ掛け合ってきます」

 

その判断が、のちの自分を()()()()()()と知っていても、彼女は、そう決断せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日から、何日が過ぎたか。

歌野も退院し、勇者の力を失った事によって、治癒力が通常に戻った若葉も、無事に退院した。

しかし、次の敵がいつ来るか分からない。その為に、まだまだ強くならなければならない。

だから、辰巳は剣を振るった。

辰巳から話を聞いた歌野も、以前よりも厳しく訓練に没頭した。

その様子を、若葉は黙ってみているだけだった。

あの戦いで、剣の振り方も、剣を扱い方も、剣を持つ事すら出来なくなった若葉は、ただその様子を傍観する事しか出来なかった。

 

あの日から、たった一ヶ月。

 

「みーちゃんたち、最近学校に来ないわね」

「ひなたと水都は今、大社に行ってるらしい。なんでも、何か重要な話があるみたいでな・・・」

歌野の疑問に、もはや補給係となった若葉が答える。

ここ最近、ひなたと水都は、大社に行ったっきり帰ってこない。

「辰巳、そろそろ休憩した方がいいんじゃないか?」

若葉は、遠くで剣を振るう辰巳に声をかけた。

それに気付いたであろう辰巳は振り向く。

「ああ、そうだな」

そう短く呟いて、若葉たちの元へと向かい、辰巳は、若葉からスポーツドリンクを受け取る。

若葉は、そんな辰巳の様子を見て、表情を曇らせる。

 

最近、辰巳が笑う回数が極端に減った気がする。

 

いや、それは自分も同じだろうか。

何せ、球子も、杏も、千景も、友奈もいない。

彼を、笑顔に出来る者たちが、極端に減った。

それに、辰巳自身、負い目を感じてしまっている。

仲間を失った事に対する負い目、そして、先日の、世界が壊れたという瞬間を見て、何かが、狂ってしまったのだろうか。

「な、なあ、辰巳―――――」

そう、声をかけた時――――

 

 

辰巳と歌野が消えた。

 

 

「・・・・・え」

その、あまりにも突然な事に、若葉は呆然とする。

何が、起きた?

あまりにも、一瞬で、二人が消えた。

「辰巳・・・歌野・・・?」

周囲を見渡しても、どこにも誰も居ない。

予想外の事態に、若葉は、混乱する。

気が狂いかけて、思い出す。

 

樹海化の際は、勇者以外の全ての時間が止まる、と―――――

 

「・・・そうか」

敵が、とうとう来たのだ。

だから、二人は、戦場へ行ったのだ。

だから、丸亀城の石垣へ行けば、いつも通りの二人がいる筈だ。

きっと、大丈夫だろう。そう、大丈夫。な、筈だ。

なのに――――

 

 

気持ちが悪い。

 

 

胸糞が悪い。動悸が激しい。呼吸が荒くなる。

急がないと―――急がなければ――――きっと、必ず――――後悔する!!

 

そうして、急いで、丸亀城の石垣へたどり着くとそこには――――

 

 

 

 

 

 

血塗れの辰巳と歌野がいた。

 

 

 

 

 

 

「――――――ァ」

血の気が引くような感覚を覚え、若葉は一瞬、気が遠のき始めた。

しかし、持ち前の精神力と、ひなたの事を思い出し、持ちこたえて、若葉は、辰巳と歌野に駆け寄った。

辰巳は、体のあちこちに火傷の後があり、竜鱗があった右腕の鱗がほとんどとれている。まるで何かに殴られたかのような痕と噛みつかれたような痕も目立つ。

歌野も同様だったが、彼女の場合は、一段と目立つ怪我があった。

 

 

右腕が無かった。

 

 

肩と腕の付け根から、噛み千切られたかのように、消えていた。

その傷口から、血が湯水の如く溢れ出ていた。

それに卒倒しそうになりながら、若葉は、救急車を呼んだ。

そして、すぐに止血に取り掛かった。

酷く、長く息が止まっていたような気がする。

それほどまでに、こうして、何も知らずに戦いが終わり、そして、こんな姿にいきなりなって帰ってくる、そんな、あまりにも残酷過ぎる状況に、若葉は、震えを抑える事が出来なかった。

(ひなたは・・・何度も・・・・・こんな・・・・・)

若葉には、とても、荷が重かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、突然やってきた。

 

変化した世界で、辰巳と歌野は立っていた。

 

もう、十天将はいない。そして、これからやってくるのは、人類の天敵である、バーテックス、その、完成型。

もう、戦えるのは、辰巳と歌野だけ。

伊予島杏、土居球子、高嶋友奈は死に、郡千景は大罪を犯したゆえに高知へ流刑、乃木若葉は、乃代紅葉との戦いの代償で、勇者としての力を失った。

だから、これからの戦いは、二人だけで支えなければならない。

それほどまでに、戦いは、最悪な状況へ傾いてきているのだから。

そして、現れた敵を前にして、二人は――――――

 

 

 

 

 

何も覚えられないほど、激しい戦いをした。

 

 

 

 

相手は、上半身がアヌビス神、下半身が蛇の群れという、あの、強大なバーテックスだった。

その力は、二人の予想をはるかに超えており、それ故に、辰巳は、()()()()()を使い、歌野は、八岐大蛇の完全同調を使わざるを得なかった。

 

結果は―――――

 

 

 

「――――ッ!?」

そこで、辰巳は跳ね起きた。

そこは、病室。辰巳は一人、病室のベッドで、寝ていたのだ。

自分の体を見下ろせば、両手は完全に黒い鱗で覆われており、体のほとんどが、その黒い竜鱗で覆われていた。

幸い、顔には頬のあたりまでみたいだが。

だがしかし、辰巳はそれで理解する。

「・・・最後の一回を使った代償、か・・・」

これで、辰巳は完全に()()()()()()()

人としての形は保っているが、人としては、すでに死んでいるだろう。

すなわち、成り損ないの竜種。

ファブニールを憑依し続けて、その結果がこの様、だという事だろう。

辰巳はふと、日時を示す時計を見た。

「一週間・・・・!?」

その日付は、辰巳と歌野があの巨大バーテックスと戦った日より、一週間が経過していた。

それほど寝ていたという事なのだろう。

しかし、同時に納得する。

あれは、それほど強大な存在だったのだから。

「そういえば・・・・歌野は・・・・」

そこで、病室のドアが開いた。

そちらに視線を向ければ、そこには、水都がいた。

「水都・・・?」

「起きたんですね、辰巳さん」

酷く淡々とした、水都の声。

その声に、辰巳はちょっとした違和感を感じた。

「・・・・どうした?」

「・・・」

辰巳の問いかけに、水都は答えず、辰巳に歩み寄り、彼の前に、スマホを差し出した。

「すぐにひなたさんの所に行って下さい」

「どういう・・・」

「急いでください・・・・でないと――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大社本部の、木造の廊下を歩く、ひなた。

「ひなたッ!!」

突然、ひなたを呼び止める声が聞こえた。

振り向けば、そこには、竜胆を想起させる勇者装束を着て、息をあげてこちらを見ている辰巳の姿があった。

「辰巳さん・・・・」

その体は、もうほとんど、竜の鱗で覆われていた。

頬にまで、鱗がついているその姿は、人ならざる者になってしまったという事実を、否応なく、突きつけていた。

その姿を見て、ひなたは、もの悲し気な表情となる。

「ハア・・・ハア・・・・水都から、聞いたぞ・・・」

「・・・・そうですか」

辰巳の言葉に、ひなたは、俯いて答える。

「・・・・・やめてくれ」

「ごめんなさい。それは、出来ません」

「やめてくれ」

「出来ません」

「頼む・・・やめてくれ」

「出来ま、せん」

「やめてくれッ!!」

「出来ませんッ!!」

ひなたの叫び声に、辰巳が押し黙る。

「・・・できま・・・せん・・・・」

俯いた顔から、涙が零れおちる。

その光景に、辰巳は、悔しそうに顔を歪めた。

「・・・なんで・・・お前なんだ・・・・」

 

 

 

奉火祭。

火祭りとも呼ばれる、炎を率いて、鎮火を願う祈祷儀式。

 

それは、ある日の事、火野が、神樹よりこんな神託を受けた。

 

 

―――敵の異世界の神より、猶予を与える条件として、『上里ひなた』を炎の海へ捧げよ。

 

 

それはすなわち、助かりたくば、ひなたを生贄に捧げろと言う、休戦協定だった。

それに対して、大社では意見が二つに割れた。

たった一人の犠牲で済むなら、捧げるべきだという、推進派と、みすみす捧げる必要なんてない、無視すべきだという、拒絶派。

両者の意見は対立するも、かといって何もしなければ、また侵攻される可能性もある為に、拒絶派の方がいささか不利だった。

そこで、神託を受けた火野から、こんな提案を出された。

 

『わざわざ、ひなたさんを差し出す必要なんてありません。誰か別の人を差し出しましょう』

 

能力的に同等の水都を捧げるべきだ、という意見も出たが、それは、指名されたひなた当人がやめさせ、別の人を選抜した。

そして、その巫女を、炎の海へ捧げた結果―――――

 

 

 

――――辰巳と歌野が瀕死の重傷を負って帰ってきた。

 

 

 

ようは、神を舐め過ぎていたのだ。

たかが身代わり程度で神を欺ける筈がなく、身代わりを手渡した結果、危うく世界が滅びかけた。

そして、さらなる神託が下った。

 

『次は無い。今度、身代わりを捧げたら、我自らが、鉄槌を下しに行く』

 

つまり、神自らが、今度こそ人類を根絶するためにやってくるという事。

それが、どれほど恐ろしい事なのか、ひなたは知っていた。

火野は、それでも身代わりを差し出そうとしたが、敵の強さを身近で知ったひなたは、それに首を横に振った。

そして、今度こそ、ひなたが、生贄としてささげられる事になったのだ。

 

 

 

「・・・猶予は、一週間です。そして、明日がその期限です・・・もう、限界なんです・・・・」

もう、そこまで近付いているという事なのか。

「もう、嫌なんです・・・・私の所為で、辰巳さんが苦しむ姿を見るのが嫌なんです・・・・血塗れになって、帰ってくる姿に、耐えられないんです・・・」

絞り出すかのように、ぽつりぽつりと、自分の本心を吐露するひなた。

「・・・もう、これ以上、私が好きな人が苦しめられるのを、見たくないんです。ですから、今度は、私が、辰巳さんを守ります」

ひなたは、涙を拭いて、真っ直ぐ辰巳を見た。

「今度は、私が、辰巳さんを守ります」

瞬間、廊下の壁が吹き飛ぶ。

「――――ふざけんなッ!!」

辰巳が、殴って吹き飛ばしたのだ。

「そんな方法で守られて、何の意味があるんだよッ!お前が犠牲になる事に一体、どこに意味があるんだよッ!!ある訳がない、お前が犠牲になって良い事なんで、どこにもないんだよッ!!」

「それでも、私は行かなくちゃならないんです!このままじゃ確実に負けて、人類は全滅してしまいます!そうなるくらいなら、私一人の犠牲で終わらせるべきなんです!!」

「そんな事で諦めるなよッ!!まだ俺がここに立ってる!戦える!だからお前が犠牲になる必要なんて―――」

「戦えるからって勝てる訳じゃないでしょうッ!?一体どうやってあんな敵に勝つっていうんですか!?世界は滅んだ!人類再興も出来ない!()()()()()()()()()()()なんですッ!!」

「そんなものやってみなきゃ―――」

「やってもやらなくても同じですッ!!!」

「――――ッ!?」

ひなたの怒号に、辰巳が押し黙る。

「ファブニールとジークフリートの同時使用でも、たった一体にあの様だった!それも二人で戦って、その結果があれじゃないですか!?そんな、そんな結果を出して置いて、何がやってみなくちゃ分からないですか!?馬鹿じゃないんですか!?もっと現実を見て下さいよ!!」

ひなたは、両目から涙を流して、叫び続ける。

「もう私達が勝てる確立なんてこれっぽっちも残ってないッ!!どんなに頑張っても、私達では勝てない。だから、未来に託すしかないんです!!私が時間を稼ぐしかないんですッ!!何があろうとも、私が行かなくちゃ・・・人類は、神には勝てない・・・・」

あまりにも、重かった。

ひなたが背負ったものは、辰巳には想像も出来ないような、重圧だった。

人類(ひとびと)の未来、そして、辰巳(あなた)の未来。

ひなたは、それを、自分の命と天秤にかけたのだ。

たった一つの命で、救われる、何万と言う命。

ひなたは、自分の命よりも、全人類の未来を選んだのだ。

その覚悟に、辰巳は、何も言えない。

「・・・・どうしても・・・だめなのか・・・・?」

「・・・・・・は、い・・・」

「・・・そ・・うか・・・・」

辰巳は、力が抜けるように膝を地面についた。

その表情には、どこまでも深淵に落ちていくような絶望が映っていた。

「・・・・・ごめん、なさい」

謝罪が聞こえた。

顔を挙げれば、ひなたが、両手で顔を覆って、泣いていた。

「・・・最後まで、一緒にいられない女で、ごめんなさい・・・・こんな、不甲斐ない女で、ごめんなさい・・・最後に、辛い思いをさせる女で、ごめんなさい・・・苦しんでいる大切な人を、慰められない女で、ごめんなさい・・・・」

膝をついて、蹲るように体を丸めて静かに泣く、ひなた。

「こんな・・・こんな・・・・・最低な女で・・・ごめんなさい・・・・貴方の前から消える事を・・・・許してください・・・・許して・・・ください・・・・ゆるして・・・・・ごめん・・・・なさい・・・・」

その体は、とても小さく、何よりも小さかった。

そんな、今にも壊れてしまいそうな体を、辰巳は、そっと抱きしめた。

「・・・・俺の方こそ・・・お前を、守れなくて・・・・ごめん・・・・」

 

 

 

その戦いには絶望しかなく、敗北すらも、絶望で染められた―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

壁の上。

そこに、若葉と、歌野と、水都、大社の幾人かの役員と、そして、生贄に捧げられるひなたと、勇者装束を纏った辰巳の姿があった。

二人は隣り合い、手を繋ぎ合っていた。

若葉は、今にも泣きそうな顔になっており、歌野は、ただ気丈にふるまい、水都は、心配するように、その様子を見守っていた。

やがて二人は、神樹の結界を通り抜けて、炎の世界へ足を踏み入れた。

バーテックス達は、襲ってこない。

それもそうだろう。何せ、これからする事は、彼らの創造主へ供物をささげる行為なのだから。

壁の縁に立ち、二人は、炎の世界を眺める。

ひなたの手は、僅かに震えていた。

そして、その温もりを忘れないように、噛み締めるかのように、握りしめていた。

しかし、その時間は長くは続かず、ひなたの手が、辰巳の手を、すり抜ける。

「それじゃあ、行ってきます」

その声は、酷く震えていた。

きっと、まだ怖いのだろう。

そんなひなたの様子に、辰巳は、声をかけて引き留めた。

「ひなた」

その呼びかけに、ひなたは、振り向かずに、答える。

「・・・なんですか?」

「忘れものだ」

「え・・・」

辰巳は、ひなたの手を取り、それを手渡した。

「これは・・・・!」

それを見て、ひなたは目を見開いた。

それは、ひなたと辰巳が、初めてのデートの時に行った水族館でもらった、イルカのストラップ。

その時、赤と青の二つを貰い、ひなたが赤、辰巳が青を貰ったのだ。

それは、辰巳の青いイルカのストラップだった。

「でも、これは・・・辰巳さんの・・・・」

「赤いのは貰う」

辰巳は、懐から、ひなたの部屋にあった赤いストラップを取り出し、見せびらかす。

「せめての、お守りだ」

「・・・・」

ひなたは、手の中で光る、透明な青のイルカのストラップを見つめた。

やがて、その表情を崩し、ひなたは辰巳に抱き着いた。

「辰巳さんっ!!」

その胸に飛び込み、わんわんと泣き出す。

「離れたくないです!別れたくないです!ずっと、ずっと辰巳さんと一緒にいたいです!!ずっと、ずっと、辰巳さんと生きていたいです!!これからもずっと一緒にいて、結婚して、歳をとって生きたいです!!死にたく・・・・死にたくないよぉぉおおお・・・・・!!」

「分かってる・・・・分かってる・・・・全部、分かってる・・・・」

 

どれほど泣いても、神は許さない。

どれほど願っても、神は叶えない。

どれほど想っても、神は知らない。

 

だから、ひなたは、行かなくちゃいけないのだ。

「それじゃあ、今度こそ、行ってきます」

「ああ」

もう、先ほどのような震えは無く、その表情は、とても健やかだった。

ひなたは、炎の世界を見て、そして、その手に、青いイルカのストラップを胸の前で、両手で握りしめる。

 

怖かった。死ぬ事では無く、離れる事が、怖かった。

 

こんな気持ちは初めてだけど、きっと、私はこれでいい。

 

人の未来、そして、辰巳(あなた)の未来。

 

それらの為に、私は、何度だって、この命を賭けられる。

 

だから――――

 

 

「――――辰巳さん」

ひなたは、高らかに声を張り上げた。

 

「『絶望の後には、必ず希望が待つ(L,espoir vient apres desespoir.)』―――」

 

その言葉に、辰巳は、目を見開く。

「―――忘れないで、下さい」

そして、ひなたは、その身を炎の海へと投じた。

その手に、大切なものを抱えて。

 

 

―――――この身は生涯、あの逞しきあの人のもの。

 

 

―――――その身、捧げるのは、愛したあの人のみ。

 

 

―――――故に、私は貴方に嫁ぐことはない。

 

 

―――――なぜなら私は、あの人の、妻なのだから―――――

 

 

 

 

 

 

 

「――――共に行きましょう『クリームヒルト』」

 

 

 

それは、竜殺しの英雄の妻。

夫と息子の復讐の為に、自らの祖国を滅ぼした、卑しき鬼女。

復讐の悪鬼、全てを奪われた一国の王女。

 

その生涯を、一人の男の為に捧げた、ありふれた感情を持った、一人の女性。

 

ひなたの髪の毛が、金色に輝き、その双眸が紺碧に輝く。

それは、勇者にのみしか使えない筈の、精霊の使用。

この身を、ただでやる訳にはいかない。

何の代償も無しに、この身を奪えると思うな。

見るがいい、これが、何の力を持たなかった、()()の、気合と根性と――――

 

 

「――――魂です」

 

 

ひなた(クリームヒルト)は、最後の最後で、人類の意地を見せて、炎の中に消えて行く。

 

「今度こそ、さようならです。辰巳さん(ジークフリート様)

 

それだけを言い残し、ひなたは、満ち足りた笑顔で、炎の中に消えて行った――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ひなた(クリームヒルト)・・・」

そして、それに呼応するかのように、辰巳はジークフリートとなり、ひなた(クリームヒルト)が消えた炎の海を見た。

その先を呆然と見つめて、やがて膝から崩れ落ちた。

「うぅ・・・うあぁぁぁああああぁぁああああぁあああああああ!!!!」

そして、力の限り泣き叫んだ。

 

守れなかった。守られた。

 

その二つの事実が、辰巳(ジークフリート)をどこまでも苦しめた。

しかし、それでも、彼は、立ち上がる。

それが、大切な人の願いなのだから。

力の限り、これからの人生、全ての分の涙を流して、そして、辰巳は立ち上がる。

結界の中に戻り、ひなたが、その身を捧げたという事を伝えた。

若葉は、耐えきれず泣き崩れ、歌野でさえも涙を流し、水都も、泣いた。

絶望がまた一つ刻まれ、しかし、その分、彼らはまた、強くなる。

何かを失う度に、人は強くなる。そう――――

 

―――人は、失う事でしか強くなれないのだから。

 

 

 

 

ひなたがその身を投じた事で、人類には、百年の猶予が与えられた。

たった百年。されど百年。

それだけあれば、人は、準備を整えられる。

戦争で原爆を落とされても、人はものの数年で再興を果たしたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひなたが、その身を炎の世界へ投げ出して数日――――

「皆!大変だよ!」

丸亀の教室に、水都が駆け込んでくる。

「どうしたのみーちゃん?」

その様子の水都に驚いた様子で聞いてくる歌野。

「ハア・・・ハア・・・ハア・・・ひ、火野、ちゃんが・・・・」

「よし、少し落ち着け水都、深呼吸だ。吸ってー、吐いてー」

そんな水都を若葉が落ち着け、落ち着いた所で、水都がやや早口気味に辰巳達に告げた。

「ひ、火野ちゃんが・・・・上里ひなたを名乗り出したんです!!」

「「「ハアッ!?」」」

あまりにも予想外な事に、素っ頓狂な声を挙げる三人。

「なんでアイツが!?」

「どうしてひなたの名前を!?」

「何してるの!?」

「ひぃ!?私に言われてもぉ・・・!!」

一気につめよられ縮こまる水都。

その様子に、我に返った三人はとりあえず落ち着く事にした。

「それで、なんで火野が・・・」

「それが、巫女の大半を味方にして、突然、そんな宣言を・・・・」

「よし、とりあえず火野に会ってみよう、真鈴さんならどうにかして会わせてくれるかもしれない」

戦いが終わっても、辰巳の体は未だ竜の体、故にその力は勇者のそれに匹敵する。

その為、辰巳は三人を抱えて大社本部へと飛ぶ。

そして、おそらく巫女たちがいるであろう宿舎にむかう。そこで、丁度庭で箒を掃いている真鈴の姿を見つけた。

そのすぐ傍に着地する。

「うおあ!?」

「どうも真鈴さん!いきなりすいません!」

「ってアンタら!?随分とストイックな侵入方法ね!?いや足柄君だから出来ることか!?」

突然の来訪に多少混乱しているものの、そこはここでひなたの身近にいた巫女、すぐさま落ち着きを取り戻し、彼らの要件を察する。

「火野ちゃんに会いに来たのね・・・」

「そんな所です」

「ごめんなさい、火野ちゃんがどこにいるか知りませんか?」

水都が、真鈴に聞く。それに真鈴は、険しい顔で答える。

「たぶん、今は一人で大社本部にいると思う・・・」

 

 

 

 

火野は、一人、大社本部の廊下を歩いていた。

そこで、正面の廊下から、誰かがやってくるのが見えた。

その姿がはっきり見えた所で、火野は止まった。

「・・・ここに来るなんて珍しいですね、()()()()

「まさかお前にそんな風に呼ばれるなんてな、火野」

彼女の前には、四人の男女がいた。

()()()足柄辰巳、()()()乃木若葉、そして、()()()白鳥歌野と藤森水都。

皮肉、のつもりで言ったつもりだが、これはさほど答えなかったようで。

「私はひなたですよ?」

「いいや、違う、お前は足柄火野、俺の妹だ」

「いいえ、それこそ間違いです。私は上里ひなた。貴方の妹ではありませんよ」

火野は、あくまでひなたを名乗る。

その表情はどこまでも笑顔だった。

「火野、ひなたを名乗るのはやめろ。アイツは、死んだんだ」

若葉が、火野に向かってそう諭すように言う。しかし、火野は笑う。

「面白い事をいうんですね()()()()()、私はここにいるじゃないですか?」

「・・・・ッ!?」

あまりにも、自然とした態度に、若葉は硬直する。

彼女の呼び方が、ひなたそのものだったから。

しかし、その眼は、濁っていた。

あまりにも、どろどろのセメントのように濁っていた。

「そうだ、皆さん。本日より『大社』は『大赦』と改名する事にしました」

いきなり何かの報告を始める火野。

「それで、その実権を私が握る事になりました。これで、大赦の方針を、私が自由に決められるようになりました」

「「「な――――ッ!?」」」

まだ、小学生の彼女が、こんな大組織の実権を握る?なんて馬鹿げた話だ。そんな話が、通って良いのか?

「ですので、今後の事について、次の事を決めました」

火野は、満面の、それも、子供の笑顔で、恐ろしい事をさらりと言ってのけた。

「まず、かの大罪人『郡千景』の事は、今後の歴史において、『災厄の勇者』として『千景』の名前は忌み子として取り扱う事にしました。皆さん快く受け入れてくれました。それで、今後勇者の力を悪用した勇者は、その名前を与えて、永遠に軽蔑されるようにしました。これで、百年後の勇者たちは献身的に戦ってくれるでしょう」

その言葉に、若葉は胸の中で何かが煮え滾る感覚を覚える。

「もう一つ、大赦に暗部を作り、今後、大赦の方針に従えない者たちを粛清する組織を作ります。これは一般人も含まれ、反乱を起こそうとすれば、不幸な事故と称して反乱分子を快く粛清する事が出来るようになりました」

その言葉に、水都の背中を悪寒が這いずる。

それほどまでに、火野の表情は、残酷なまでに笑顔だった。

「どうですか?すごいでしょう?こうすれば、勇者はバーテックスとの戦いに専念できます。余計な事は考えず、ただただバーテックスを殺す存在になれます」

辰巳は、悟った。歌野は、知った。

 

火野が、完全に壊れた事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大社改め大赦本部から、丸亀城に戻った辰巳たち。

「・・・・・お前ら」

石垣を上る階段で、辰巳が若葉たちに声をかける。

「・・・・火野に大赦を任せちゃダメだ」

「ああ」

「そうね」

「はい」

その言葉に、全員が頷く。

「今の俺たちには、勇者であったこと以外、力は何も持ってない。だけど、これから力をつける事は出来る」

「今、大赦の役員が、巫女のほとんどが、火野ちゃんの味方です。千景さんの事を利用して・・・・」

「だが、その火野の思想に反対するものもいる。まずは、その人たちを味方に付ける」

「それで、百年の間に火野に負けないぐらいの勢力をつける」

今は強大でも、時間があれば、力をつけられる。

幸いと、敵の侵攻まで、百年の猶予が与えられた。ならば、それまでに力を付ければいい。

政治的に、負けない力を。

「俺は、もう人間をやめている。だから、この先、お前らより長生きできる」

それは、一重に呪いと呼ばれるものかもしれない。

だが、それでもやらなければならない事がある。

「『絶望の後には、必ず希望が待つ(L,espoir vient apres desespoir.)』」

辰巳は、ひなたの赤いイルカのストラップを握りしめて、辰巳が、ひなたが最後に残した言葉をつぶやいた。

 

 

 

 

後に、上里、乃木、白鳥の三家は、大赦のスリートップとして君臨し、藤森は白鳥に、安芸は乃木の傘下となり、支え、今後、乃木と白鳥の政治的力の増長を支援した。

上里と二家の対立は、今後三百年たっても変わらず、互いに牽制し合い、勇者運用の実権を奪い合う事になる。

 

そして、足柄辰巳は――――――

 

 

 

 

 

 

 

神世紀二九五年―――――

とある、大きな日本家屋。そこの表札には、堂々と『乃木』と書かれていた。

そこの庭で――――

師匠(せんせい)!今のどうですか?」

「まだ踏み込みが浅い。もう少し前だ。そして、肩はつねに―――」

「力を抜いておけ、でしょ?分かりました!」

かつての戦友より、明るい髪の少女が、木製の槍を持って笑う。

その様子を、一人の男が厳しくも、微笑みながら、その技を指導する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の名は足柄辰巳。

 

 

『勇者訓練指導官』にして、西暦の初代勇者実力筆頭『邪竜』足柄辰巳である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして物語は、次の世代へ―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

足柄辰巳は勇者である――――『完』。




~あとがき~

どうもこんにちは幻在です。

ついに、乃木若葉は勇者であるを原作とした『足柄辰巳は勇者である』完結です!

ぴったり四〇話で終了。いやぁここにくるまでの数か月、長かったです!

これを読んでいる人はお気づきかもしれないが、今回、Fate/apocryphaからネタをお借りして書いています。まあそれだけでもないんですが。

これまでのシーンやキャラは、様々な作品からキャラのイメージをお借りしています。まあ、主人公とかは完全にこっちのオリジナルですが。

最終決戦のシーンとかで、友奈と峻司閃との最後の激突の際は、『僕のヒーローアカデミア』からデクとあの筋肉マン(マジ)との衝突をイメージして書いたり、哮の炎とか性格については『青の祓魔師』の奥村燐のリスペクトだったり。

最後の若葉と紅葉の戦いは完全にジークと天草四郎の戦いを真似してますはい。ついでにニコニコで配信されてるMADを見て思いついて歌詞いれちゃったり。

あ、それと辰巳の竜化については、実ははじめは『アカメが斬る!』の主人公『タツミ』のインクルシオ異常進化状態の時を考えてました。

さて、これであたゆは終わってしまった訳ですが、一応完結という事にして、今後の事についてこの場で報告させていただきます。

活動報告の方でも書いたのですが、実は『刀使ノ巫女』の方で新たに何か書こうかなと思っております。

それと、これの本編である『不道千景は勇者である』略してふちゆにて勇者の章開始するために、こちらを優先させていましたが、ついに、開始する準備が整いました。

刀使ノ巫女よりもこちらを優先させるので、刀使ノ巫女の方はかなりの亀更新になるかと思います。ですので、その点についてはご了承下さい。

ついでに、こちらでは完結表記はさせてもらいますが、後ほど、ふちゆ主人公である不道千景誕生の原点となった郡千景の物語を掲載しようと思っています。

作品はそのまま。章を分けて投稿していきたいと思っています。

題して『失格者の章(ルーザー)』。

では、今度は新章『勇者の章(ブレイブ)』と新作『魔弾ノ射手(Madan No Shashu)』をお楽しみに。

それでは、ありがとうございました!


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失格者の章《ルーザー》
少女と男の邂逅 運命の始まり 蠢くは復讐の徒


やっと始まります、失格者の章(ルーザー)

千景改め、楔の、新たな物語が、今、開幕します!


勇者。

 

それは、この西暦の時代において、人々の希望ともいえる存在。

天からやってきた、人類の天敵、『バーテックス』。

その天敵を唯一倒せる存在が、勇者。

勇者は人々の為に戦った。

 

乃木若葉、足柄辰巳、高嶋友奈、土居球子、伊予島杏、そして、白鳥歌野。

 

彼女らが、人々に()()()()()()()()、そして()()()()()()()()者たちだ。

 

そう、尊敬された者達、だ。

 

だが、そんな尊敬される様な存在でありながら、最後まで、『忌み子』として、忌み嫌われ続けてきた存在がいた。

 

誰にも愛されず、疎まれ嫌われ続けたまま、終わってしまった勇者。

 

 

 

 

 

 

 

その名は―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高知県のとある街にて。

『全チーム!位置についたな!?ならば今回の目標をさらうぞ!』

警察の特殊回線から、その様な怒号が響く。

それを聞きながら、一人の男がその手に一本の脇差を握りしめていた。

『今回の標的は『(つかさ)正勝(ただかつ)』!『(くさり)』を所持している要注意人物だ!今回はその男の確保と奴の持っている『鎖』の破壊だッ!』

男は、目の前にそびえ八階建てのビルの正面に立つ。

『すでに(あきら)は侵入している。『一般科』の奴らは俺たちの()()()の援護をしながら注意を逸らせ!容赦するな!人間と思うな!出なければ死ぬ!返事ィ!』

無線から、騒がしいまでの怒号が響く。

だが、男は気にせず、脇差の柄を握りしめる。

『よぉーッし良い返事だ!お前も準備は良いなァ!』

「ああ、いつでも行けるぞ」

『よし!()()()()()()()()()()()ッ!』

そして、男は、脇差を抜く。

 

造代(つくりよ)様の眷属たる、御神刀(ごしんとう)の担い手が(ねが)(つかまつ)る。汝が造りし武器を率いて、汝が武器を壊す事を許したてまえ」

 

祝詞と共に、その脇差の真の姿を開放する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは、絶大なる力を手に入れた『使い手』の物語では無い。

 

しかし、絶大なる力を否定する『担い手』の物語でも無い。

 

そして、人々を守り続ける『勇者』の物語でも無い。

 

 

 

これは『失格者』の物語。全てを失った少女の、成り上がりの物語。

 

 

 

 

 

 

 

人々の罵倒され続けた少女が、ただの他人の当たり前の幸せを願う、物語だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人の少女が、空を見上げる。

そこには、夜空に輝く満天の星。

仮初の空。

「・・・・・・」

全てを失った少女は、ただの一言も言葉を発する事も無く、ただその空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨が降り注ぐ中、刑事の『久我(くが)真一(しんいち)』は、自身の机の前で突っ伏していた。

「あー、だるい」

「そんな事いうもんじゃないわよ。久我君」

そんな彼の頭を書類を挟んだファイルで叩くのは、彼の先輩である『氷室(ひむろ)聖子(せいこ)』。

「んな事言われたって、先日の事件の始末書を今さっき書き終えたばかりなんすよ」

「そんな君にとっても良いお知らせがあるわよ。新しい始末書がどーん」

と、真一の前に出されたのは、二センチ分重ねられた書類に束だった。

「・・・マジっすか?」

「ええ、マジ」

長い黒髪をなびかせて、そうにっこりと告げる聖子。

「鬼!悪魔!ドS!!」

「あらぁ?先輩に向かってその口の利き方は何かしらぁ?」

「ぎゃぁああ!?」

聖子のアイアンクローを喰らって悶絶する真一。

「全く、新人二十五歳がこの程度で喚くんじゃないわよ。もう四十の私よりは元気ありあまってるでしょ?」

「ぐおぉおお・・・」

「聞いてないか。まあいいわ。それ、帰る前までにやっておいてね」

それだけを告げて、さっさと行ってしまう聖子。

「くっそぉ・・・」

「災難でありますな、久我殿」

「ん?ああ、暁か」

ふと、真一の反対から声を掛けてきたのは、小学生と見紛う程の身長の少女だった。

長い黒髪をポニーテールにする事で、纏めているその少女は、その見た目からもう二十歳である。

そんな合法ロリな彼女の名前は『笹木野(ささきの)(あきら)』。

訳あって真一と一緒に仕事をしている。

「相も変わらず、氷室殿に仕事を押し付けられたようでありますな」

「ほんと、先輩には勘弁してほしい所だよ」

「でも、久我殿が優秀なのは、この署の誰もが知っている事実であります。だから、胸を張っても問題ないのではありませんか?」

「何言ってんだが、この仕事は慢心一つで命取りにもなるんだぞ。もうちょっとは気を引き締めろ」

「ふふ、そうでありますね」

 

彼らは警察。常に犯罪と死と隣り合わせに仕事している者たちである。

 

ふと、彼らのいる仕事場に置かれているテレビで、あるニュースが流れた。

『次は、あの『千景災害』の現状についてです――――』

「「・・・」」

真一と暁が、テレビに視線を向ける。

『復興作業が続いているものの、未だ行方不明者は多数おり、捜査は難航しているとのことです。生き残った住民たちは、病院や被災地外にある公民館などで避難生活を強いられており、元に生活に戻るにはまだ時間がかかるらしく、今後も政府はこれに対する対策を考えており――――』

「酷い話っすよね」

ふと、真一と暁の元に、段ボールを抱えた男性がやってくる。

何気に頼りなさそうな顔立ちの男は、真一と暁の後輩だった。

「祐郎か」

「どうも、久我先輩に笹木野先輩」

彼の名前は『市ヶ谷(いちがや)祐郎(ゆうろう)』。真一を慕う警部補であり、見た目通りあまり頼りにならない男。しかし、それでも必至に仕事をする様子はこの警察署ではダントツ。ちょっと有名な頑張り屋なのである。

「それにしても、あの災害引き起こしたやつは酷いっすよね。確か、こおり・・・なんでしたっけ?」

「先日、彼女に関する資料を分けられたばかりでありましょう?郡千景でありますよ」

「ああ、それそれ・・・って、久我先輩?どうかしたんすか?」

気付けば、真一の顔はかなり不機嫌になっていた。

「久我殿?そんなに彼女の名前を聞くのが嫌だったでありますか?」

「そんなんじゃねえよ。ただ・・・」

真一は、自分の机の隅に置かれた書類を見て、物思いにふけりつつ、口を開く。

「まだ十四歳の女の子から人権まで奪うのは、いささかやりすぎかと思うんだがな」

「それは、そうかもしれないっすけど・・・でも、彼女に恨みを募らせてる人も、多いんすよ?」

「まあ、それはそうだろうな・・・・」

だから、真一は強く言えない。()()()()()()()()()()()()少女一人を、庇う事は、彼には難しかった。

「『大いなる力には、大いなる責任が伴う』。トト()様の受け売りではありますが、彼女は、それ相応の責任を取らされたのでありますよ」

「そう、割り切れればいいんだがな」

真一は納得がいかない様子だった。

しかし、この問答がさらに続きそうだったので、最後の始末書を片付けて立ち上がる。

「久我殿?」

「帰る」

「あ、それじゃあ飯でも一緒に食いに行きません?」

「悪い、そんな気分じゃない」

真一はそれだけを言い、さっさと職場を出て行った。

 

 

 

久我真一。年齢二十五と若手。高卒であり、父親が怪我により退職したが刑事であり、母親はとある柔道道場所有のちょっとした名家のご息女であり、それゆえ、自然と柔道を学び、警察官となったのがつい五年前。刑事になったのは二年前であり、その時は、偶然かそうじゃないのかある事件を解決した事もあって昇進した。結果、かなり早い段階で刑事になれたある意味での天才なのだが、本人、数ある失敗も踏んでいるため、慢心はしていない。むしろ、父親があの様なので、油断していると自分も不自由な生活をおくってしまうとただ単純に恐れているだけなのだが。

「はあ・・・」

雨水が傘を叩く音を聞きながら、真一はため息を吐く。

それは、この間起きた事件の犯人を取り逃がした故の失態、そして、上司が以外とSな事に対しての不満の声だった。

仕事に忙殺されている訳ではないが、今自分がやっている()()()というものに、なんとも言えない、やる気を出せないのだ。

そのお役目というのは、とあるこの街を脅かす脅威から守るというものだ。

その為の力もあるし、守る気概は一応あるつもりだが。だが、いささか、このお役目にやりがいを出すことが出来ないのだ。

相手にしている奴らに対する法律は無い。そんな、法で裁けないような奴らを捕まえ、裁く。そんな、矛盾した事を、自分はしているのだと思うと、どうにも、自分が刑事である事に自信を持てなくなる。

「はあ・・・いつまで続くのか・・・」

そう、ぼやいた時。

「―――ッ!?」

 

突然、首を何かに締め付けられるような感触に見舞われる。

 

「くそ、こんな時にか・・・!!」

悪態を吐き、真一は、首が引っ張られている方向へ走り出す。

それと同時に、スマホが鳴る。

「暁か!」

『今、『無形刀』でそちらに向かっているであります!しかし送れるかもしれないので、被害の方だけを抑えていてくださいであります!』

「オーケーだ」

通話を切る。

「くそ、こんな時に」

路地裏に入り、真一は、懐から一本の脇差を抜いた。

「――――『連双砲』」

刀身を曝け出し、その刀の真の名を告げる。

すると刀が鞘ごと光りだし、それがそれぞれ形を変えて、やがて二丁の自動拳銃に変わる。

モデルとしては、M9に近いだろうか。

さらに、真一が来ていたスーツもその姿を変え、その手は黒の指ぬき手袋、全身を迷彩柄の入った黒のスニーキングスーツを着込み、肩及び脇にはガンホルダー。

それだけ見れば、軽装の軍人見える装備だ。

真一は、脇にあるガンホルダーに脇差から変化した拳銃『連双砲』を入れる。

「行くか」

そして、真一は地面を蹴る。すると常人ではありえない程の跳躍力を見せ、軽々と三階建ての建物の屋上へ出る。

それは、彼が纏う力が、人知を超えたものである事の証明。

 

彼らは『救導者』。この絡久良を守る、神の使いにして神が創りし武器の担い手。

 

 

 

真一は、走る。

行き先は絡久良市の西。

「近いな」

警察署からは離れている。

だが、幸い真一の自宅はこの方向にあった為、警察署から出たであろう暁は真一より遅れてくるだろう。

締め付けが強くなってきている事を認め、真一はホルダーに入れた拳銃を抜き、広い道路を挟んだ建物と建物との間を大きく跳躍する。そして、敵を視認する。

「公園だと?」

こんな雨の中、誰もいない公園で、何故、敵はここで力を――――

しかし、そんな事考えても仕方がないと真一は頭を振り、公園の雨に滑る土の地面に着地する。

土を含んだ雨水が飛び散り、真一の靴を汚す。

そして、相手が反応するよりも早く拳銃を敵に向けた。

「動くな。下手に動けば撃つ」

そして、警告。

幸い、相手は後ろを向いている。

ついで、武装も確認する。

相手の武装は・・・死神のものを彷彿とさせる、巨大な大鎌。人一人を上回るその巨大な鎌は、一種の威圧を感じさせる。

だが、そうであっても所詮は近接武器、距離でいえば拳銃であるこちらが有利だ。

しかし、真一は油断はしない。

たとえ、相手の武器が鎌であっても、相手の『字』によって、戦い方は大きく変わる。

ふと気づけば、相手はまだ高校生にも満たない中学生だと気づいた。

中途半端に切られた髪、白い装束、がっちりと躰を固めるような、拘束具。

それが、彼女の()()()()姿()なのだろうか。

「抵抗するな。ゆっくりとこちらを見ろ」

強い口調で促し、相手の出方を見る。すると少女は、こちらに向かってゆっくり振り向いた。

そして、その顔を見て、旋律する。

「・・・・郡千景」

かの、災厄の勇者と呼ばれた少女が、そこに立っていた。

しかし、その顔には、かつての面影はなく、右目は抉れているのを隠すためか包帯が巻かれ、左頬は口が裂けたのか糸で縫われており、反対の頬には深い三本の線の傷。

首にも目立つ傷があり、それだけ見てもまさしく惨いと思えた。

少女は―――郡千景はこちらの姿を認めると、ふと、ほお、と息を吐いた気がした。

その、濁りに濁り切った目が、さらに深く濁ったかと思った瞬間――――

彼女の姿が揺れた。

(来るっ・・・!?)

左に倒れそうになると思ったら、幽霊のような動きで鎌を両手で持ち、振りかぶりながらとんでもない前傾姿勢で真一を足元から攻撃してきた。

「チッ」

舌打ち、真一はすぐさま数発発砲。相手は、かの災害を引き起こした張本人であり、四年前世界中を襲った化け物『バーテックス』と戦ってきた戦闘経験者。それも、命を懸ける類のものだ。

そんな相手に、手加減なんてしていられない。

真一はすぐさま空いた手をもう一方のホルダーに突っ込みつつ右手の拳銃から三発弾丸を放つ。

その弾丸は全て千景の進行方向に向かっていき、このままいけば直撃は免れない。

しかし、それを予期していたのか、無理な態勢から足を一歩大きく踏み出し、そのまま横に転がってその弾丸を躱す。そのまま鎌を持つ位置を変えて再度突撃。

真一は冷静に右の拳銃を撃ちつつ左手に持った拳銃も同時に連発する。

しかし、当たらない。

(この程度じゃ仕留められないって事か)

真一が相手にしているのは、ただの少女じゃない。

『魔器』と呼ばれる、救導者の武器と同じ力が備わった武器を使う、悪事を働く者たち。その全員が、その魔器に込められた『悪霊の魂』によって悪意を増幅させられ、悪事を働く。

この少女も、その一人なのだ。

(体の身のこなしもさることながら、あの大鎌をうまく使って重心移動をものにしている。やはり、相当場数を・・・ッ!?)

突如、彼女背中から無数の鎖が飛んでくる。

真一は本能のまま、引き金を引いて鎖を迎撃する。

一発砲弾並みの威力を誇る、真一の『連双砲』は、その文字を『砲』とするだけあって、威力は申し分無い。だが、弾道を操作できるわけではないので、命中率は使用者のスキルに左右される。

だが、真一の銃の腕は並みの警官を上回る。

しかし、相手が一枚上手なのか、千景は、真一を鎌の射程にとらえる。

このまま振れば、鎌の刃は真一を貫くだろう。

だがしかし、真一の母親はとある柔道道場を持つ名家のご息女。故に――――

いつの間にか、千景の装束の襟を、真一の右手がひっつかむ。

「ッ・・!?」

ここで初めて千景が目をむく。

その間に左手は鎌を持つ右手首を掴み、その腕の方向に向かって引く。すると力に逆らえず、彼女の上半身が前のめりになる。当然、躰は反射的に体を支えようとして、足を前に出そうとする。しかし、その前に出そうとした足に前に、真一は右足を出す。

 

投げ技が一つ、『体落とし』

 

僅かに折り曲げた右足で、彼女の両足を跳ね、襟を掴んだ右腕を軸に、回転、濡れた土面に背中を叩きつける。

「―――ッ!!」

叩きつけられ、肺の中の空気を無理矢理吐き出される苦痛に悶える千景。

そして、真一は、すかさずその額に銃口を押し付けて、容赦無く引き金を引いた。

銃声が鳴り響き、しかし雨の打つ音がその音を掻き消す。

光が砕け散り、千景の白い装束は消えて、その体は、元の服装に戻る。

「・・・・なんだよこれ」

そして、真一は、その表情を歪める。

 

その姿は、まるで奴隷だった。

 

服は文字通りの布一枚。それ以外何も身に着けておらず、ただ上半身の前を隠すだけしか役割を果たしていない。背中は曝け出されており、うつ伏せにすれば、その背中には、資料に会った通りの、失墜を意味する枯れた木を想起させる焼き印がしてあった。

その体には、無数の傷がつけられており、スタンガンや火箸で叩かれた後、当然殴られた後もあり、さらには何か串のようなもので刺された後もある。先も見た通り、口には一度裂かれ、縫い合わされた様子もあり、その姿かしても、十分、化け物に見えた。

「・・・・」

そんな彼女の様子に歯を食いしばった後、真一は、魔器を探す。

魔器は、その人が普段身に着けている物に憑依し、それを武器へと変質させて悪事を働かせるのだ。

「・・・どこだ?」

だが、見当たらない。普通だったら、本人の周囲に落ちているもののはずなのだが。

「久我殿!」

ふと、そこへ暁がやってくる。

「終わったようでありますな」

「ああ」

「無事で良かったであります・・・あ」

ふと、暁は地面に横たわる少女を見つける。

「・・・・彼女が?」

「ああ。文字は『鎖』。この間()()()()()奴だ」

「魂だけ逃げたのでありましたね。まさか彼女に取り憑くとは・・・」

まるで憐れむかのような視線を千景に浴びせ、暁は真一の方をむく。

「それで、久我殿。魔器はどうしたでありますか?」

「それが・・・・見つからないんだ」

「え?」

真一にいわれ、暁も彼女の周りを探す。

だが、確かに魔器は見つからない。

「本当であります・・・これは一体・・・」

魔器は、必ず依り代となる道具が必要だ。

なのにそれが見当たらない。これは一体どういうことなのか。

その時、真一の携帯から着信音が響き渡る。

「ッ!」

「はい、こちら久我」

『真一さん!今回の魔器使いはどうなりましたか!?』

通話の相手の声は、まだかなり幼い。おおよそ十才程度だろうか。

「一応倒した。だが魔器の方は・・・」

『まだ壊していないんですね・・・良かった・・・』

「? なんで安心してるんだ?」

『真一さん、落ち着いて聞いてください』

真一は、暁と目を合わせる。

「・・・なんだ?」

『その人の魔器は、この間、壊し損ねた『鎖』の魔器です』

「それは知っている」

『それで、その魔器の本体なのですが・・・

 

 

 

・・・『心臓』、なんです』

 

 

 

「・・・・・は?」

真一は、その答えに、そんな間抜けの声しか発する事しかできなかった。

 

 

 

久我真一と郡千景、後の、久我楔。

 

 

後に夫婦となるこの二人の初めての邂逅は、決して、良いものではない。

しかし、運命的ではあるだろう。

 

運命に抗い戦い続ける刑事の男と、運命に縛られ従い続ける傀儡の少女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――――絡久良市市長、縄間(なわま)淳太郎(じゅんたろう)市長は、本日、港の工場問題について、改善の意思を示しているという意思表明をしており、これには市内でも期待の声が上がっております。縄間市長は、今後も市の環境の改善に力を尽くす方針であると公言しており――――』

 

―――偽善者め。

 

憎き相手を賛同するような報道をするテレビの画面を破壊し、男は、背中から生える四本のアームを仕舞う。

 

―――私から全てを奪った癖に、未だ偽物の仮面を被るか。

 

男はその目に憎しみの炎を揺らめかせ、自らの技術の全てを込めて、とある薬品の研究に集中する。

完成まで、もうすぐ。

「もうすぐだ・・・もうすぐ、貴様がしてきた悪事を全て、白日の下にさらされるのだ。今に見ていろよ・・・」

男は、それほどまでに嬉しいのか、その口角を限界にまで吊り上げる。

その背後に控えるのは、五人の同志。

全員、あの男に恨みを持つ者たち。

 

 

『毒』『翼』『鋼』『雷』『悪』『染』

 

 

 

 

さあ、もうすぐだ。もうすぐ、我が大願が叶う。

 

 

 

 

縄間淳太郎に制裁を、鉄槌を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは、一人の失格勇者の、成り上がりの物語。

 

 

 

 

 

本当に大切なものを見つける、物語だ。




次回『鎖の少女は語れない』




久我真一
職業 刑事
年齢二十五
黒髪 黒目 顔立ちは男性にしては良い方。

父親が退職はしたものの元刑事、母親は柔道場を持つ名家のご息女。妹が一人おり、その妹は現在大学生。
正義感を持ち合わせており、しかし熱血という訳ではなく常に目まぐるしく変わる状況に臨機応変に対応するほどの頭の回転を持ち合わせている。
潜入などが得意で、学生時代、その銃の腕前と格闘技術、そしてスニーキングスキルから、何某スパイゲームからもじって『スネーク』というあだ名をつけられていた事がある。
その銃の腕前は署内ではトップで、立った状態で制止した的には十発撃って十発当たるほどの正確さを誇る。一応、狙撃も出来る。
柔道を嗜んでおり、得意技は体落としと大外刈り。
さらにその技術を応用して、相手を地面に叩きつけたり壁に叩きつけたりと、相手を一撃で気絶させる事においては群を抜く。

後の千景―――楔の夫となる男だが、当然の如く本人はまだ知る由もない。

御神刀『連双砲』
『砲』の文字を有する二丁拳銃型の御神刀。
銃のモデルはM9。軍隊などで幅広く使われている銃である。
能力は『弾丸の威力を自由に変える事が出来る』。




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『鎖』の少女

―――そらを、ほしを、みていたかった。

 

ちじょうにあるもの、ぜんぶ、こわいから。

 

そらをみていれば、ただただむげんにひろがるそらをみていれば、いやなきもちをわすれられたから。

 

それに、ほしが、とてもきれいだったから。

 

せいざをさがした、ほしをさがした。

 

たくさんのほしに、なまえをつけたりした。

 

すでになまえがあることがわかっても、それでもなまえがつけられていないほしをさがしたりした。

 

 

ほしは、きれいだ。まっくらやみのなかでかがやくほしが、きれいだった。

 

 

 

あのひ、それをおもいだして、ほしをみようとした。

 

 

 

だけど、みえなかった。くもが、ほしをかくしてしまったから。

 

 

 

 

 

つめたい、つめたい。

 

 

 

 

 

からだも、こころも、しせんも、なにもかもがつめたい。

 

 

ぬくもりがない、かえりたい、かえれない、さびしい、くるしい、つめたい、あたたかくない、さむい、つめたい。

 

 

やがてなにもかんじなくなって、それでもほしをみたかった。

 

 

そして、おもった。

 

 

もし、どこか、とおいばしょへいけたなら――――

 

 

 

 

 

――――あのそらにかがやく、ほしのところへ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢は、そこで終わった。

そして、私は目覚めた。

久しぶりに嗅いだ、畳の匂い、木の匂い、そして、久しぶりに感じた、温かい朝の日差し。

上体を起こし、私は、今の状態を確認する。

視界の半分が無いのはいつもの事。だけど、いつも足裏に感じていた痛みはなかった。

それどころか、体中を苛む痛みもなかった。

畳の上に敷かれた敷布団、私の体にかけられた掛布団。

それが私の体を温めてくれたからだろうか。ずいぶんと、久しぶりにぐっすりと眠れた気がする。

ふと、ぱたぱたと足音が聞こえた。

「起きたようですね」

まだ、幼い子供の声。しかし、その声には、不思議と重みが感じられた。

見れば、襖の方で、こちらをしっかと睨みつける、少女の姿が見えた。

誰だろう、と首を傾げるも、少女は言葉をつづけた。

「起きて早々、申し訳ありませんが、貴方にはすぐに警察へ出頭してもらいます」

その少女の後ろからは、数人のスーツを着た男。

コートを着ている様子から、ああなるほど、と私は思ってしまった。

 

 

そして、昨日、私がしたことを思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眠い。非常に眠い。

昨夜、俺こと久我真一は、かの災害を引き起こした張本人である郡千景を捕まえ、そのまま、山奥にある神社に担ぎ込んで、そのまま帰って休もうとした所を暁の奴が署に連絡したのか呼び出され、今回の件の始末書を書かされ、さらに追加の始末書さえもやらされ気付けば時計は夜の十二時。そのまま帰路についたと思ったら今度は不良どもに絡まれている男子生徒一名を見つけ、軽くしばいた後はコンビニに寄って夕飯買おうとして今度は強盗が強盗している場面に遭遇。十秒で片付けた後は夕飯の弁当を買ってさあ帰ろうと思ったら今度は交通事故。何してんだ交通課と思いつつ救助活動、その後、救急車が来たあとさっさとその場から立ち去って住んでいるアパートにどうにか辿り着いたものの、今度はそこでストーカー女を発見。丁度、隣の家の新婚さんの旦那の方が目標だったようで、面倒くさいので締め上げてノックアウトさせて警察に突き出しそして家についたのが二時だ。そして家に帰って飯を食ってシャワー浴びて寝ようとした所で隣がいつもは静かな時間、防音対策してあるはずの壁すらも聞こえてしまうほどに盛ってしまってそれによって眠れず、そのまま一夜を明かしてしまったのだ。

だから、今俺は非常に虫の居所が悪い。

「おーっす、パシリくん!」

「だぁれがパシリだゴラァ!!!」

こんな機嫌が悪い時にからかってくるとはいい度胸だなぁオイ、得意の体落としで沈めてやろうかn―――

「ふぅん、上司に向かってそんな事言うんだ、久我君」

「・・・・ナンデイルンデスカーヒムロサン」

Oh・・・なんという事だろうか。絶対に怒らせてはいけない暫定一位の氷室聖子様になんて口の利き方をしたんでしょうぼかぁ。

「なんで?そんなの決まってるでしょ?アンタを呼びに来たのよ!」

「ぎゃぁぁあああ!?」

痛い!アイアンクローがめっちゃ痛い!相も変わらず痛い!?

どうにか解放され、俺は、さきほど聖子さんに言われた事を聞き返す。

「はあ・・・はあ・・・それで、俺を呼びにってどういう事っすか?」

「昨日捕まえた郡千景の事で、事情聴取するから呼んで来いって義馬の奴に言われたのよ。年下の癖して偉そうに・・・」

「立場上、アンタの方が下ですよね?」

「何かいった?」

「イイエナニモー」

くそ、頭があがらねえ・・・それにしても、あいつの事か。

 

郡千景。

ほんの数か月前に起きた、人類史最大最悪の大災害『千景災害』を引き起こした張本人であり、勇者として除名された唯一の少女の事だ。

当時、自らの意思で引き起こしたと思われており、本人自身の言質もとれているために、こんな大罪を犯した罰として、人間としての全ての人権を奪われた少女でもある。

まだ、成長途上の体であるにも関わらず、その体に受けた傷は千差万別。

人の恨みという恨みを受け続けてきたであろうその体は、あの時見た時には、とても小さく見えた。

 

 

「アイツから一体何を聞くっていうんだよ・・・」

「単純な話、魔器『鎖』についてよね」

「・・・」

現在、この警察署は特殊な事情を抱えている。

今回、御神刀の担い手に選ばれたのが俺と暁の二人であり、同時に警察官でもあるが故に、その事が署長に露見。よって、署長の手で魔器対策本部を設立する事になり、魔器使い討伐の際には必ず俺たち救導者が出る事になっている。

今いる救導者は二人。俺、久我真一とあの笹木野暁だ。

そして、俺たちは今、とある魔器使い――――郡千景を捕まえていた。

 

 

 

 

俺たちの目の前には、一方からは向こう側が見えない特殊なガラスを通して、郡千景の取り調べが行われていた。

その取り調べをしているのは、ヤクザ顔の巨漢の男『仁道(じんどう)源太郎(げんたろう)』さんだ。

あの人は、とにかく厳しい。部下にも犯罪者にも厳しく、自分にもかなり厳しい。

目の前で犯罪が起きたらとにかく殴るかタックルをかまして気絶させてから捕まえたり、この取り調べの際、相手が思うような供述をしてくれない場合はSなのかと思うほどの罵倒と相手を怒らせるような言動でとにかく言質を取りに行く、正直敵には回したくない人だ。

ついで、俺の本当の上司でもある。

そして、そんなヤクザ警官に取り調べを受けているのが、郡千景。

一ヶ月前、香川の一部を完全壊滅させた、人類の歴史上最悪な災害を引き起こした人物で、三年前、世界中を蹂躙し尽くした人類の天敵『バーテックス』を唯一倒せる存在にして人類の矛と盾となるべき『勇者』でありながら、人類を脅かし『失格勇者』や『災厄の勇者』などのあだ名を与えられ、人々から忌み嫌われる存在へとなり下がった、()()()()()()()

しかし、香川で悪逆を尽くした人間にしては、今目の前にいる少女は、あまりにも神妙としており、そして、あまりにも、落ち着いていた。

まるで、何もかもを諦めているかのように。

「聞いてるかぁ、オイ」

ふと源太郎さんの声が聞こえた。

「聞くぜぇ、お前はいつ、どこでそれを手に入れたぁ?」

迫力のある野太い声で、威圧する源太郎さん。

しかし、目の前の少女はしゃべろうとしない。いや、そうでもないか。

何かを喋ろうとしているが、喋れないようだ。

「・・・・チッ、そうかよ」

どっと椅子に腰を落とし、その視線を、見えないはずの俺たちにガラス越しに向けた。

「オイ、紙とペン持ってこい」

流石、というべきか。他の人たちは戸惑っている様子だから、俺が持っていくことにする。

手帳とペンは捜査には必要なものだからな。

扉をノックする。

「入れ」

返事が聞こえたので、俺は取調室に入る。

「持ってきたか?」

「俺ので良ければ」

「いいだろう」

「ついで、俺もここでいいでしょうか」

ガラスの向こう側で、動揺するような声が聞こえた気がした。

「いいぜぇ」

許可も下りたことだ。俺は取調室の隅に立つ。

「さて、これでいいかぁ?」

「・・・・」

ふと、千景がなぜかおどおどしている。

「なんでわかったか?そりゃあてめぇ、何か喋ろうとしてんのに喋ろうとしないからだろ?だったら考えられることは二つ。喋れないか、筆談じゃねえと会話できねえかだ。ちょいと部下のもんだが使えや」

差し出されて、戸惑う千景。しかし、やがてそれを手に取り、開いて何かを書いていく。

そして、それを見せる。

『わかりません。公園で雨に打たれていたら、突然背中を何かに叩かれて、気が付いたらあの姿になっていました。どうやら私の勇者としての力とは違うようですが、叩かれた時に、何かが断末魔をあげるような声が聞こえたました』

一旦ここで区切らせてもらうが、この女、ご丁寧にあの時の状況を事細かに書きやがった。

文面はまだ続いており、さらに読んでいく。

『『そ、そんな、何故、消える、いやだ、消えたくない。消えたくない』といったっきり、聞こえなくなりました。これは推測でしかないのですが、おそらく私の心に入り込んだせいで、私の()()()に耐え切れず、消滅したものと推測します』

源太郎さんが顎髭をじょりじょりとなでながら、しばし黙り込む。

「・・・まあ、いいだろう。それについては分かった。だがな」

俺でもビビる程、いきなり源太郎さんは机を叩いた。

「なんで久我を襲った?」

その問いに、千景は答えを素早く返した。

『退治される立場だと思ったからです。それで死ねるなら、むしろ本望なので』

その文字を見た時、俺は、なんとも言えない奇妙な感覚に陥った。

 

『私は、悪なので』

 

その時の千景の顔は、まるで自虐するかのように、薄く嗤っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結論から言うとだな。あの野郎嘘は言ってねえ」

一旦、取調室を出て、会議室にて今回の取り調べの結論を俺、源太郎さん、暁、氷室さん、祐郎、他数名を交えて話し合っていた。

「それ本当?正直私はあまり信じられないわね」

「それは俺も賛成っす。何せあの郡千景っすよ?街壊滅させて市民に暴行を加えたっていうじゃないっすか?」

氷室さんと祐郎を含めた警部補たちは、あまり千景に対して好感を持てていないようだ。

「まあ、源太郎さんがいうからにはそうなのかもしれないでありますが・・・ですが、郡千景は危険だと判断します。すでに鎖を取り除く準備は整っているとはいえ、まだ警戒するべきでありましょう」

暁も暁で、千景の事は信用出来ていないようだ。

「久我先輩もそう思いますっすよね?」

「ん?え、ああ、そうだな・・・」

やばい、いきなり話を振られたから生返事になってしまった・・・。

「どうした久我ぁ、なんか元気ねえな」

「ええ、まあ・・・・最近寝られてなくて・・・」

「氷室ぉ?」

「何?私が悪いの?」

この二人、ただでさえ仲が悪いので些細な事で空気がぎすぎすとするのだ。

だからその度に俺たちは胃に穴が空くほどの苦痛を受けなければならないのだが。

「そ、そんなことより、今はあの郡千景の事について話し合わなければならないでしょう!?」

「それもそうね」

「チッ、女狐が」

「何?」

「ああ?」

「だから睨み合わないでくださいよ・・・」

もうやだこの二人ぃ・・・・それはともかく。

「今は大人しくしてくれていますが・・・いつ暴れだすかわからない状態だからなぁ」

「その心配には及びませんよ」

突然、この会議室にはあまりにも場違いな幼すぎる声音が響いた。

会議室の扉を見れば、そこから、一人の巫女服を着た一人の幼い少女がいた。

年齢は見ただけでもたった十歳程だろうか。

「芽依・・・」

「めーいちゃーん!」

「はにゃぁああ!?」

俺がその少女の名を呼ぼうとした瞬間、キングクリムゾンでも発動したのかいつの間にか氷室さんが少女――――『神代(かじろ)芽依(めい)』に抱き着いていた。

てか、またかこのロリコン。

「今日も一段と麗しいでちゅね~」

「や、やめてください氷室さん!気持ち悪いですぅ!」

「ああ!幼女からの罵倒!なんて甘美な感覚なの!」

「・・・・・久我、やれ」

「アイアイサー」

源太郎さんに言われたので、俺はとりあえず氷室さんの首根っこを掴んで、そのまま気絶目的の背負い投げを敢行した。

「ぐふぅ・・・・」

「はあ・・・はあ・・・た、助かりました真一さん・・・」

芽依は崩れた巫女服を正すと、改めて俺たちに向きなおる。

「えー、先ほど心配はありませんといいましたが、彼女には一種の封印を創代様にお願いして施してももらいました」

「封印?」

「はい。一時的に魔器の発動を阻止する封印です」

この街は、刀がこの時代に伝わった頃より信仰している神がいる。

その神の名は『創代』。創造を司る神で、俺や暁の使う御神刀を作ったのもその神だ。

創る事に関してはどの神よりも秀でており、ある程度の力を消費し、どんな道具でも作り出す事が出来るのだ。

そう、()()()()、だ。

「なら、魔器による暴走はあり得ないという事でありますね」

「その認識で間違っていません」

「ならひとまず安心っすね!」

祐郎がそう言うも、俺としては、どうにも安心できる気分でもなかった。

「して」

そこで、この件の第一人者である『義馬(ぎば)孝明(たかあき)』課長が口を開く。オールバックで強面のイケメンな人だ。ただ、性格上あまり女性を近づける事はしない人だ。

「今後の奴だが、このまま牢屋にぶち込んでもよし、このまま釈放して一切忘れるのもよしだ。さて、どうする?」

「どうするって・・・・このままアイツが魔器を使って悪事を働かないともいえないっすよね?」

「というか、釈放なんて、笑えない冗談なんでありますが・・・」

郡千景の凶行は、すでにこの四国中に広まっている。

民を嘲笑う女狐、街を破壊した怪物、人の幸福を奪った悪魔・・・彼女自らが発した言葉が、人々の耳に届き、その評判は、まさしく凶悪犯罪者・・・いや、それ以下に向けられるそれと同じだ。

もちろん、この署内でも、評価は同じ。

だけど、あの日の、アイツの目は・・・

「そこでだ。久我。お前が奴の処罰を決めろ」

「・・・・は?」

何故そこで俺に話しが降られる?

「仕留めたのはお前だ。だから、お前が奴をどうこう出来る権利を持つのは当然の事だろう?」

「いやさぞ当たり前だろという感じで言わないでください困ります」

本当に困る。どうしろっていうんだよ。俺、学校での経験上女子に対する良い思い出があまりないんだけど。まともに相手したことあるのは妹だけなんだけどー!

それに俺、この二十四年の人生で彼女いないし!(泣

「仕方がないだろう。この署では犯人を捕まえた奴にその処罰を決める権利を与えられるというルールがあるだろう」

「確かにそうですけどもー!」

「で?お前はどうする気だ?」

「う・・・」

どうしよう、周囲の視線が俺に集まってるから結構怖い!

ええっと、この場合どうすれば・・・・

「う、うーむ・・・・」

周囲からの視線が突き刺さる中、俺は、たっぷり十秒考えた末――――

 

 

 

 

 

 

 

 

こうなった。

「えーっと、ここが俺の家だ」

『そうですか』

うん。わかってる。どうして凶悪な存在である郡千景を、自分の家に招き入れてるのか。

 

 

簡単に言って、俺はこいつを放っておけなかった。

目を離せば、すぐにでもどこかに消えてしまいそうなこいつを、どうしても放っておけなかったからだ。

・・・・アイツのように、誰にも知られることなく、消えてしまいそうだったから。

 

 

でも、傍から見れば完全に年ごろの娘を家に連れ込んでいる詐欺師の図が完成してしまう。

それだけは避けたく、年頃の中学生が着るような服を買って着させている。

まあ、それでもジーンズと黒シャツに白いウインドブレーカーを着させているだけなのだが。

そして、フードも被っているので、どこからどう見ても、彼女が郡千景と分からないだろう。

 

 

「そこらへんに腰をかけてくれ」

『いえ、このままでいいです』

いきなりかこの野郎。

『私に親切してくれなくても、いいです』

「そんな訳にはいかねえよ。自分でもなんでこんなことしてんのか分かんねえんだし。分からないなら分からないなりにとりあえず決めた事は最後までやるのが、母さんからの受け売りだからな」

『そうですか』

さっき書いたメモを使いまわしやがって。まあ文句はねえが。

「そういや、喉、潰されてんだっけ?飯食えるか?」

『お構いなく』

完全にこっちを突っぱねる気でいるなこの野郎。そこまで恩を売られたくないか。まあその気は毛頭ないんだがな。

さて、どうしたものか・・・・・いや、ちょっと待てよ。

「・・・いいから、言え」

「・・・」

しばし、考え込んだのちに。

『ただ声帯がつかえないだけなので、問題ありません』

なるほど、こいつ、命令形なら従うんだな。

親切心とかじゃなくて、とにかく強い『命令形』で言えば、とりあえず大抵の事には従ってくれそうだ。

さて、それなら・・・て、ん?

『ただ、味覚は失われています。ですので、あまり気合はいれないでください』

嘘だろ。味覚がないって・・・・

思い出せ、確かこいつが潰された部位は右目と喉。舌は抜き取られていなかったはずだ。

「おい、舌見せろ」

言えば素直に応じてくれる。うん。舌はあるな。

となると、ストレスとかそのあたりの・・・でも、まあ、やる事は変わらないな。

「とにかく、食え。味はあろうとなかろうと、生きる上では必要な事だ」

『そういうのなら』

署の奴らには何考えてるんだってかなり叩かれたが、まあ、こういうのも悪くないかもしれない。

「ああそうだ。少し向こう向いてろ」

「?」

首を傾げつつ、俺に背を向ける千景。

さて、と―――

「連双砲」

手に出現した拳銃、それの引き金をサイレンサー付きでぶっ放す。その矛先は窓。弾丸はカーテンを破らず、窓を破壊せずに貫通し、その外にいる奴を吹っ飛ばす。

「うわぁあああ!?」

悲鳴が聞こえたが気にしない。

『何を撃ったんですか?』

千景が、体を震わせて紙だけを見せてくる。

「・・・気にするな。いいな」

別に、暁が落ちただけだ。何も気にすることじゃない。

とりあえず、千景にはそこらのソファに座らせて待っててもらうとしよう。

とりあえず昨日食い損ねた鶏肉とかニンジンとかがあるから・・・うん、今日はシチューにするとしよう。

叔母さん直伝の家庭のホワイトシチューだ。

そうして、作られたシチューを、食卓の上に置く。

「できたぞ」

『はい』

筆談ではあるが、返事をしてくれるのはうれしい。

「いただきます」

手を合わせ、そう、呟いて俺はシチューを食べる。うん、上手い。流石に叔母さんのようにはいかないが、それでも美味しい事には変わりはないな。

さて、千景の方はというと・・・・て、おいおい。結構がっつり食ってるんじゃあないか。

「・・・・!」

こっちの視線に気付いたのか、スプーンを動かす手を止める。

「・・・・お前、嘘ついてたな」

「!・・・!」

何を慌ててるのか、傍らにあるメモ帳を手に取り、よほど慌ててたのか、かなり汚い文字で、それが掛かれていた。

『ごめんなさい。騙すつもりはなかったんです。ごめんなさい。嘘をついたつもりじゃなかったんです。ただ、知らなかっただけなんです』

「謝るなよ。ただ、それならそれで良かった。ていうか、知らなかったって、どういう事だよ?」

申し訳なさそうな顔をして、千景は改めて説明してくれる。

どうやら、この高知に捨てられ、放浪する上で、飢えをしのぐためにゴミなどを漁っていたりしていた際に、ゴミの味を認識しないようにしていたらしく、かなり苦しんでいたらしい。

それで、こういうものを食べるのは本当に久しぶりだったから、思わずスプーンをすくうのが早くなってしまっただけらしい。

「なら、遠慮なく食べろよ。今のうちだぜ。こんなに美味しい物を食べられるのはさ」

「・・・」

彼女はうなずき、やがてその皿に入っていたシチューは全て彼女の胃袋に入ってしまった。

「美味かったか?」

『はい』

満足そうに、彼女は言う。

『でも、本当にいいのでしょうか』

「何が?」

『私は郡千景です。丸亀周辺を壊滅させた、化け物です。たくさんの人を殺した、殺人鬼です。そんな私が、こんなものを』

「別に、いいんじゃねえか?」

俺の言葉に、こいつは驚いたような顔をする。

「飯を食うぐらい、誰だってする。狐やうさぎだって、獲物とか草とか食って生きてる。それで、どうしてお前が何かを食っちゃいけないなんて事になるんだ?」

『それは、私がたくさん人を・・・』

「それなら、そこらにいる動物は仲間を食い殺す?他の生物を殺す?そりゃ食う為だ生きる為だ。そして俺たちも生きる為に他の生物を殺してる」

『でも、人間が人間を殺す理由はありません』

「いやあるだろ。例えば俺なんか、この御役目与えられる前に人質とった人間の眉間撃ちぬいて()()()()()()よ」

『それは、その人質の人を助けたかったからでしょう・・・』

「それはお前も同じだろ?」

「・・・!?」

「図星かこの野郎」

まさか当たるとは思わなかった。でも、こんな奴があんなことをする理由には、十分に考えられる。

「・・・・」

『でも、関係ない人を殺す事はなかった』

「だろうな。でも、お前は誰かを守りたかった。お前にとって、何千という人間の命よりも、その人の命を守りたかったんだろ」

どんな事よりも、優先したいものがある。

その為なら、俺は何を犠牲をしてもいい。

「ならいいじゃねえか。少なくとも、俺はそれでいいと思ってる」

『人を、殺してでもですか?』

「まあ、そうなるな」

その為に、俺は銃を持っている。

「・・・」

『そんな、簡単に割り切れません』

「・・・そっか。ま、これは俺の持論だから気にするな」

そう言って、俺はシチューの最後の一口を口に運んだ。

「・・・・あ、そうだ」

そこで、俺はある事を思いついた。

「いつまでも郡千景と名乗ってちゃ、この先不便だろ」

『いえ、そんなことは』

「どうせ、この家に住むうえでも必要になってくるだろ。戸籍の方は俺で用意しておくからよ」

幸いと親父のコネもあるわけだしな。ケケケ。

『ですが』

「じゃあこうしよう。今日からお前は()()()だ」

首を傾げる。

「この先、お前の所有権は俺が持つものとして、お前の私生活などを全て管理してやる。あ、でも欲しいものとかあったら言ってくれよ。出来る限りなら買ってやるからよ」

「・・・・」

「という訳で、お前は今日から俺のものとして、新しい名前をくれてやる!喜べ」

むふふ、我ながら完璧な提案だ!こいつの私生活など全てを管理する事で、こいつに対する一切の害悪から守り、その上で新たな名前を与える。

これ以上良い案があるだろうか。うん、無いな。

 

あれ、でも、なんか俺の言葉に、何か重要な言葉が混じっていたような・・・・

 

「・・・・・あれ?」

「・・・・」

何故かこいつの顔が赤くなってる。

『その、俺の物って、あの、その』

「・・・・」

ああ、そういう事・・・・

 

 

 

やぁっちまったぁぁぁあぁぁぁあああああ!!!!

 

 

 

何言ってんの俺!?何こっぱずかしい事いってんの俺!?俺の物ってどこのキザ野郎だよ!どこの乙女ゲーの攻略対象だよ!?馬鹿なの死ぬの!?何俺の物宣言しちゃってんの!?まるで愛の告白みてえじゃねえかよ!だぁぁぁああ!考えれば考えるほど恥ずかしくなってくるぅぅぅううう!

「あー、その、だな、別に俺の物っていうのは告白とかそういう類のものじゃないからな?あくまで、奴隷とか・・・・って何言ってんの俺はぁぁあああ!!」

恥ずかしい!恥ずかしい!HA・ZU・KA・SHI・EEEEEEEEE!!!

椅子の上で悶絶しながら、俺は頭を抱える。その最中に、こいつは、何かを書いていた。

『その、初めてはあげられませんが・・・・よろしくお願いします』

初めてってなんだ。初めてってなんだよオイ!だぁもう!こうなりゃヤケだくそったれ!

「とにかくだ!名前決めるぞ名前!」

『あの、それでしたら、『楔』でいいでしょうか?』

「ん?『楔』って確か、お前のもう一つの・・・」

『あまり意識されていなかったようでしたので、それに、この名前も、それほど珍しくもないので』

「まあ、そうだな・・・・よし、じゃあまあ、日本人口における苗字ナンバーワンの数を誇る『佐藤』という事にして、お前は今日から『佐藤楔』だ。これでいいか?」

『はい』

「そっか、それじゃあ改めて、俺は久我真一。あの絡久良警察署で刑事をしている」

『佐藤楔です。趣味はゲームです。よろしくお願いします』

「おう、よろしくな。楔」

これで、こいつは今日から、佐藤楔という人間になった。

 

 

だが、この時、俺たちは知らなった。

 

 

 

 

 

 

 

この街に、恐ろしい陰謀が渦巻いている事に、まだ、気付いていなかった。

 

 

 

 

 




次回『魔器対策本部』

未知なる敵に対抗する為に。


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『魔』器対策本部

絡久良市は、神樹出現以前に街全体が信仰している神がいる。

その名は『創代』。

ものつくりの神にして、日本における漢字に意味を与えたとされる神。

その神への信仰が深く根付いており、大赦からの神樹信仰令を突っぱねた程。

ここの神自体も、神樹の一部になる事を拒んだからか、潔く手を引いてくれたが。

そして、この街には、ごく一部の人間しか知らない、とある御役目が存在していた。

それは、遥か昔に、この街を支配しようとした呪術師が、失敗の腹いせとして、百年に一度、創代を祀る神社がある山奥にある祠の封印を解き、そこに封印されていた、悪しき魂を開放するというもので、その悪霊が取り憑いた物とそれを所持する者に力を与え、悪事を働かせる武器である『魔器』の破壊を担う、『救導者』の事だ。

今回、救導者の証たる『御神刀』の担い手として選ばれたのが、警察の刑事二人であり、その事がその警察署の署長にバレた故に、救導者のサポートを最大限に行う為に、とある本部が設立された。

 

その名は、『魔器対策本部』

 

またの名を、『絡久良市限定第零課』である。

 

 

 

 

 

 

 

「何を考えてるんすか先輩!」

「何って、何をだよ?」

「郡千景をここに呼んだことっスよ!」

祐郎の怒鳴り声にうんざりしながら、俺は椅子の背もたれに体重をかける。

昨日からこれだ。

何考えてるんだ。自分が何してるのかわかってるのか。

確かにアイツに対する評判は最悪だ。ついでに言って、故意じゃなくても大量の死者を出した災害を起こした張本人でもある。

反感を持つのはしょうがないだろう。

しかし待ってほしい。

何故、全ての責任を彼女一人のせいにしなければならないというのか。

俺にはそこが理解できない。

「ていうか、お前。呼んだんじゃなくて連れてきたっていうのが正しい言い方だろ」

「あ、間違えたっス・・・じゃなくて!」

チッ、話しを逸らせなかったか。

「とりあえず我慢しろ。それに、俺や暁の目の届くところにいてくれた方が、下手な事をさせずに済むだろ?」

「それはそうっスけど・・・・」

「祐郎。お前の言い分は分かる。だが、だからといって現行犯でもない奴捕まえてどうする?アイツを捕まえた所でへーすごいなーで片付けられるぞ」

「で、ですが、アイツに恨みを持つ人たちは、この署にも沢山いるっス!それこそ、丸亀に恋人や親戚を・・・」

「言うな」

俺は、わざと低い声で祐郎の言葉を遮った。

「ッ・・・」

「分かってる。だから言うな」

そんなもの、はなから知っている。

アイツに、家族を殺されて、復讐の為に四国に行っちまった奴を知っている。

だけど、今のアイツは『佐藤楔』であって『郡千景』じゃない。

戸籍の事はすでに依頼しておいたし、遅くても一週間以内にその情報が持ってこられるだろう。

右目の事も、事故かなんかで誤魔化しておけばいい。

「・・・そんで、今、郡千景はどこにいるんスか?」

「署長室にいる。今は暁がついてるから、心配する事はないぞ」

「何の心配を・・・もう良いっス」

お、ようやく諦めてくれたか。さてそれじゃあ俺はこれからコーヒーでも。

「次の魔器使いと思われる輩をリストアップした書類、目を通しておいてくださいっス」

「なんでだ・・・・」

くっそ、コーヒー飲みながら見るか・・・

「・・・・」

「ん、ありがとう」

ふと、横からメイド姿の楔がマグカップに注いだコーヒーをくれたのでそれを受け取って一口すすって―――

「ぶふぅ!?」

め、メイド服だぁ!?

『どうかしましたか?』

楔が慌てた様子でメモを見せてくる。

「お、おま、なん、なんでメイド服・・・!?」

「なんでお前がそんな恰好してるんだ!?」

おい祐郎!どなるな!楔が怖がってるだろ!?

「・・・」オロオロ

「先ほど、署長の奥方と鉢合わせて、それで着せられたのであります」

楔の後ろから暁がやってくる。

「どういう事っスか?」

「あー、あの人の趣味か・・・」

署長の奥さんはデザイナー兼コーディネーターで、いつも道行く人に合う服を考えているのだ。

その対象は男女問わずであり、俺も暁もその餌食になった事がある。

「災難だったな」

『いえ、そんなことはありません』

「無理しなくていいんだぞ」

『はあ』

「久我殿、郡千景に情けをかける必要はないのでありますよ?」

「いいじゃねえか別に。それと、これからはこいつの事は『佐藤楔』呼べ」

「「さとうくさび?」」

「これから一緒に行動する上で、必要な偽名だ」

「まさか久我君、その子養うの?」

「あ、氷室殿」

「氷室警部!?」

ぬっと向かいデスクから顔を覗かせる氷室さん。

「何か悪い事でも?」

「いいの?郡千景を養うって事は、それ相当の批判喰らう事になるわよ?」

心なしか氷室さんの視線が冷たい。それほどまでに許せないか。

「別に、心配する事はありませんよ。偽名も用意しましたし、怪我の事は事故って事で片付けますよ」

「そう簡単に片付けばいいんだけどね。背中の焼き印見られたらおしまいよ?」

「その時は母さんの実家に逃げ込むさ」

そう言って、俺はコーヒーをすする。

「にがぁ!?」

『ごめんなさい』アワアワ

な、なんだこの苦さは・・・いや、苦いと分かれば飲めない程の苦さではない、か・・・

「ほら、まともにコーヒーも淹れられないじゃない」

「いや、人間練習すれば必ず上達します」

これは本当だ。俺も母さんの元でかなりの練習してきたから今の柔道の実力をつけたのだから。

「・・・・」

「・・・なんですか、そこまで不満ですか」

「・・・本当、貴方の正気を疑うわ」

そう言って氷室さんはどこかへ行ってしまう。

「流石に庇いきれないっス」

「今回ばかりは氷室殿に賛成であります」

それに続くように、祐郎も暁もどこか行ってしまう。

「やれやれだ」

『ごめんなさい』

楔の奴がひどくしゅんとしている。

そんなこいつの頭を、俺は優しく撫でる。

「!・・・」

「別にお前が謝る事じゃねえよ。こうなる事は分かってたんだ」

「だったら、さっそくでわりぃんだけどよ」

そこで、源太郎さんがやってくる。

「ちょいと二人で見回り行ってきてくれよ。このままだと楔が嫌がらせ受ける事になるぞ」

「・・・・」

「・・・おい、どうした?」

「なんで源太郎さんだけ優しんでしょうか?」

「喧嘩売ってんのかオイ」

「いやそういう訳じゃ・・・」

『喧嘩はだめです』

「そりゃ分かってんよそんなオロオロすんな」

一度話しを打ち切る俺たち。

「まあ、なんだ。俺としては、もう魔器使いどころか悪事を働こうとしねえ奴にそこまで根に持つようなことはしねえよ。思い切りがいいんだよ俺は」

「はあ・・・」

「とりあえず楔は着替えて行ってこい。デートだと思っていきゃあ何の問題もねえだろ」

「でっ・・・!?」

「ッ!?」カァァ

いやいやいや、何言ってるんだこの人は!?

『そんな、デートなんて、私には』

「てんぱり過ぎだ。文字が乱れてるぞ」

ほらぁ、楔も顔真っ赤じゃないかぁ。なんでこうなったぁ!

 

 

 

 

 

で、そのまま源太郎さんに為されるがままに、表向きはデートの見回りに出る事になってしまった。

「・・・・」

「・・・・」

どうしよう。街中を歩いているけど、かなり気まずい。

一応、楔の服は着替えてジーンズとフード付き白のウィンドブレーカーにしている。

日差しはまだ三月なので涼しい。だから楔の服装は間違いという訳ではない。

って、それはどうでも良かった。

今はどうやってこの空気は変えるかだ。

しかし、ふと、楔が何かメモを見せてきた。

『ごめんなさい。迷惑、でしたよね』

そんな言葉が、一列に並べられていた。

・・・・うん、そう言われると言われたでさ、色々とムカつくんだけど。

とりあえず俺は楔の手を掴む。

「・・・!?」

「別に迷惑じゃねえよ。もうデートでもなんでもいいから、お前に必要なもんと欲しいもん買いに行くぞ」

「・・・!」アワアワ

「ん?お金は大丈夫なのかって?あいにく趣味がある訳じゃねえし銀行の口座に溜まりに溜まりまくってるから結構余裕はあるぞ」

「・・・」

「だから気にすんな」

そう言った後に、俺は楔の頭をなでる。

 

 

 

そんなわけで、俺と楔はしばらく街の中を歩き回った。

楔の下着だとか部屋着だとかを買い、靴も買い、靴下とかも買ってあとは外出用の鞄も買った。他にも、小物や日常に必要なもの。そして楔専用の筆談の為の手帳とペンを買った。

よって、かなりの荷物になったし大出費となってしまったが、後悔はしていない。

『すみません。あんなに買って貰って』

買った荷物をとりあえず家に置きに行き、また俺たちは街の外を歩いていた。

「あー、気にするな気にするな。俺がしたくてやったことだから」

『ですが・・・』

早速という感じで手帳使ってもらってるが、その言葉のほとんどをそんな言葉で埋めてほしくはない。

「お前の俺の物だ。だから、お前はお前の心配してりゃあ良いんだ」

「~!」カァア

あれ、なんで赤くなってんだコイツ?まあいいか。

『そういえば、これからどこに向かうんですか?』

「ん?ああ、そういえば言ってなかったな。親父の妹・・・つまり俺の叔母さんの所にこれから行くんだ」

『叔母さん?』

「ああ、叔母さんが経営してる孤児養護施設『百合籠』だ」

 

 

 

 

 

俺の叔母さん、久我(くが)麻衣弥(まいや)は、警察官となった親父とは違って孤児を保護する為の施設を経営している。

そこには、親を失い、身寄りをなくした子供や、そもそもの捨て子など、様々な境遇の子供たちが、一人暮らしが出来るまで、日々楽しく生活している。

「ここだ」

「・・・!」

数多くの子供を収容できるように、大きく作られたこの建物は、とにかく横に広い。

二階建てであり、居間が広く作られている。

俺も何度かここにお邪魔した事もあるし、やんちゃではあるが、誰もが良い子だ。

『すごく広いです』

「ははっ、そうだろ?」

楔の言葉に頷きつつ、俺は門をくぐる。

「今だぁああ!!」

『わぁあああ!!』

「ぐあぁああ!?」

突然、大量の子供たちの襲撃にあった。

「!?」ビクゥ

「な!?ちょ、おまえら、なにし・・・!?」

「今日という今日こそは!逮捕してやるぅ!」

『たいほだたいほだぁ!』

「ちょ、そう簡単に捕まるかぁ!」

俺はどうにか大量の子供たちの拘束から抜け出すと、一気に逃走を開始する。

っていうか、またいつもの警察ごっこか!?

「まてぇええ!!」

「待てといわれて待つ泥棒はいなーい!」

ハッハッハー!この泥棒久我真一を捕まえられると思ったら大間違いだぞー!

「なら、これはどうかしら?」

「ん?・・・なあ!?」

ふと、聞き慣れた声が聞こえたかと思ったら、一人の女性が楔に向かって木の棒をナイフのように向けて拘束していた。

『助けてくださいくがさん』

ちなみに楔は俺の名前の漢字を知らない。

「ちょ、おま、卑怯だぞ!?」

「あら?子供相手に全力で逃げる貴方もそれなりに卑怯だと思うのだけれど?」

「ぬぐぐ・・」

こ、この野郎・・・・と、思っていたら、ガキ共に追い付かれて倒された。

「かくほー!」

「ぐぁぁああ!?」

「・・・!!」

ぐ、今鼻先ぶつけた・・・

 

そこで俺の意識は一度途切れた。

 

 

 

 

「あーらら、気絶しちゃった」

「・・・!」

私は今、動けないでいた。

久我さんが何故か知らないけど子供たちによって気絶してしまい、私はさっきから訳の分からないままこの女の人に人質?に取られてしまっている。

「ごめんなさいね。いきなりこんなもの向けて」

久我さんが気絶した事で、解放される。私は慌てて久我さんの元にかけよった。

声が出ないので、揺さぶる事しかできない。

「・・・!・・・!」

「だれだこのねーちゃん」

「しらないひとだー」

周りの子供たちがうるさい。

おのれよくも久我さんを・・・

「ごめんなさいね。だからそんなに黒いオーラ出さないでくれる?この子たち怖がるから」

「・・・」

『貴方は?』

とりあえず、私はこの女の人の事を聞く。

「私?そうねえ私は・・・」

そう言いつつ、その女の人は久我さんの体を片手でひょい、と枕でも持ち上げるかのように持ち上げて担いでしまった。

女性にしては、かなりの力だ。

「この甥っ子の叔母、て事かしら?」

それで私は気付く。

この人は、久我さんの叔母さんだ。

でも、どうして・・・?

「ふふ、どうしてって思ってるわね。まあ、いつもの事よ。いつもは逃げ切っちゃうんだけど、今回は貴方がいたからね。子供たちも大喜び」

見れば確かにしとめたぞー的なムードで騒いでいる男の子たちがいる、一部女子もいるけど。

「さ、入って、真一が連れてきた子だもの。歓迎しない訳にはいかないわ」

『ありがとうございます』

少し慌てて、汚くなってしまった。

でも、自然と悪い人じゃないと分かってしまった。

 

悪い人なら、もっと優しい言葉を投げかけてくるから。

 

 

 

 

 

案内されて出されたのは、オレンジジュースだった。

それを一口飲めば、口の中でみかんの酸味が広がっていく。

久我さんは、今はすぐそばの居間のソファに横たわらせ、鼻を冷やしている。

「えーっと、佐藤、楔ちゃん、だっけ?」

『はい』

私は、目の前の女の人、久我麻衣弥さんと話しをしていた。

一応、事情があると言い訳をしてフードを外すのはやめてもらい、他の子供たちは、この施設の職員の方々が相手をしていた。

「うちの甥っ子、結構我がままで大変でしょう?」

『いえ、むしろそのおかげでこちらが助かってます』

「あら、正直に言っていいのよ?」

『いえ、別に嘘を言ってるわけじゃないです』

「ふぅん・・・」

どうしよう、筆談だから誤魔化しが上手くできない。

沈黙という手段も使えない。

口が聞けない、という事が、これほどまでにきついものだとは思わなかった。

「それで、うちの甥っ子のどこが気に入ったのかしら?」

「・・・?」

え、何を言ってるの。この人。

「ほら、惚れた所とか、好きになった所とか」

「!?」

えええ!?なんでいきなりそんな話に発展するの!?

『いえそんな私は別にくがさんの事があのその』

「ちょっとちょっと文字にまで繁栄しなくていいから落ち着いて」

ど、どうにか落ち着いた後、私は麻衣弥の話を聞くことにした。

「あの子はね、兄さんの―――ああ、あの子のお父さんね―――血を濃く継いでるからか、結構やんちゃでね。それに、一度決めた事はどんな事があっても曲げないから、大変でね。こっちに家出に来た時はそれはもう大変で大変で」

なんだろう。この人、本当に楽しそうに語ってくれてる。

私の知らない久我さんを沢山知っている。

聞きたい。もっと、久我さんの事を。

「自分の物はとことん大事にする主義でね。捨てたものは数える程しかないわ」

自分の物、かぁ。そういえば、久我さん、昨日私の事を・・・・

「・・・!!」ボフン

「あら?どうかしたの?結構顔赤いけど?」

『いえ。別に俺の物宣言されたとかそんな事はありませんから』

「・・・へーえー」

うう、恥ずかしい。あんなこと言われたの生まれて初めてで、それで心の底から喜んで舞い上がったなんて、死んでも言えない。

私が机に突っ伏している時に、麻衣弥さんの笑い声が聞こえてくる。

「ぬ・・・うう・・・」

「・・・!」ガバリ

「あら、もう起きたの?」

久我さんが起きた。私はすぐに久我さんの所に飛んで行った。

『大丈夫ですか?』

「ん?楔か?俺はなんでここに寝てたんだ?」

『それは子供たちにやられたからです』

「子供・・・・ああ、そういう事か」

久我さんがこめかみに青筋を浮かべている。

怒ってるのが目に見えてわかる。

「起きたわね真一」

「あ!叔母さん、よくもやってくれたn」

「楔ちゃんに俺の物宣言しちゃったんだってね~、意外と男の子な所あるじゃな~い」

「ぬぁぁぁあぁあああ!?なんで知ってんだお前ぇぇえぁああああ!?」

「え?何?真一さん誰かに告白したの?」

「聞きたい聞きたーい!」

「とうとう真一にも彼女が!?」

麻衣弥さんの言葉を聞いたのか、周りにいた女の子たちが一斉に久我さんや麻衣弥さんに迫る。

「ぬぁああ!?ちょ!?お前ら何すんだぁぁああ!?」

そして久我さんが一瞬で埋もれていく。

久我さん、哀れ。

ふと、突然私は麻衣弥さんに後ろから抱きしめられる。

「・・・!?」

え!?何!?いきなり突然すぎて理解が追い付かな―――

「真一って、結構無鉄砲な所あるから、その時はしゃんと軌道修正してあげてね」

耳元でそう囁かれた後、すぐに麻衣弥さんが離れて、久我さんの所に向かう。

「はいはい。みんな離れて、このままじゃ真一が死んじゃうからねー」

不満たらたらな声を押しのけて、麻衣弥さんは真一さんを助け出す。

ただ、私の耳には、麻衣弥さんがいった言葉がいつまでも響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

くっそ、あのガキ共・・・楔は俺の彼女じゃねえっての。

まあ、俺の物宣言はしちまったから仕方がないが。

時間はすっかり夕方の五時。

かなり時間使い過ぎたな。そろそろ戻らねーと色々とやべーかもしれないからな。

「楔、そろそろ署に戻ろ・・・・何してんの?」

「・・・」ポケー

なんだろう、さっきから楔がどこかを見て上の空だ。

「楔?楔ー?楔さーん?」

「・・・!」ハッ

『ごめんなさい。ぼーっとしていました』

「何かあったのか?まあ別に気にしねえけど」

『すみません』

「謝る事じゃねえよ。それよりも、これから署に戻るぞ。いいな」

『わかりました』

楔も了承してくれた事だし、さっさと戻りますか。

そう思い、俺たちは署に戻ろうと歩を進めようとした。

 

その時、俺は首を絞めつけられる感覚を覚えた瞬間、すぐさま楔に覆いかぶさった。

 

 

 

そして、すぐ横にあった銀行の扉が爆発した―――――

 

 

 

 

 




次回『迸る『衝』撃』

文字通りの意味で。


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迸る『衝』撃

初めは、何が起きたのか分からなかった。

久我さんが突然、私に飛び掛かってきたと思ったら、久我さんの後ろが爆発して、そのまま私たち二人は吹き飛ばされた。

何が起きたのか分からず、私はただ、茫然とするしかできなかった。

「くそッ!こんな所で遭遇するかよ普通!」

悪態を吐いて、久我さんは爆発の方向を見ていた。

私も、つられて、その正体を見た。

そこからは、左右の手に大きな袋を持った、服装だけは変な男がいた。

いや、確かに普通の人が見たらそれは可笑しな恰好ではあるだろう。

しかし、久我さんたち『救導者』、そして、私の持つ『魔器』というものを持っているなら、そして、今起きた、銀行の壁が吹き飛ぶ現象が起きたこの状況から、その人物が一体何者かなんて予想するのはそう難しい事じゃない。

そう、彼は・・・・

「私と同じ・・・・『魔器使い』」

「正確には違う。あれは悪い魂に取り憑かれた()()()()()()()()使()()だ」

久我さんが、その懐から、一本の脇差を取り出す。

一方の男の外見は、丸い楕円状のバイザーを被り、服は何かの作業員の服の上にがめついジャケットを着ていた。そしてその手には丸い球体―――以前、特撮物で見た変身ヒーローのゴースト版の青い斥力と引力を使う奴に似た格好だった。

その男は、その顔を横に向けたかと思うと、凄まじい地響きを立てた後に、高い跳躍力をもってどこかに逃げ始める。

「野郎、逃がすか!楔はここにいろ!間違っても魔器を使おうなんて思うなよ!」

久我さんは、それだけを言い残して奴を追いかける。

そして、その手に持つ『御神刀』を抜いて、叫んだ。

「『連双砲』ッ!!」

その姿が輝き、その姿を黒いスニーキングスーツへと変えて、その手に拳銃をもって追いかける。

私は、そこにただ茫然とするしかできなかった。

「なんだったんだ一体・・・・?」

「そうだ!怪我人が出ているはずだ!救急車を・・・」

ふと、周囲の人たちの声で、フードが外れている事に気付いて、慌てて被りなおす。

そして、どこかに落ちているはずの手帳とペンを探して、拾う。

見つかった事にほっとして、私は、ぎゅっとその手帳を抱きしめた。

その後、久我さんが行ってしまった方向を見た。

 

 

 

 

 

 

 

逃走する魔器使いの男を追いかけて、俺は道路を車以上のスピードで走って追いかけていた。

「野郎・・・何か衝撃みたいな物を起こしてその威力で飛んでるみたいだな・・・」

そのお陰か中々追い付けない。

くそ、魔器を使って銀行強盗かよ。ありゃ完全に魔器に魂を売っちまった奴だな。

あんなに派手に逃げ回ってると、むしろ居場所がばれやすいっての。

まあ、こうして追いかけながら観察してると、アイツのあの『衝撃』が一体どこから発されているのか十分に分かるがな。

俺は一度飛び上がる。

そして、両手に持ったM9を男に向けて、引き金を引く。

放たれた弾丸は、真っ直ぐ飛んでいき、着地する寸前だった男の丸い何かに覆われた手に直撃する。

「ぐお!?」

当然、その丸い何かは魔器にとっての武器だからなのか、弾丸を軽々とはじく。だが、その威力までは殺せず、腕は跳ね上がり、やがて―――

 

―――()()()()()()()

 

衝撃を発するタイミングをずらされた為に派手に転んだ男は、その手に持った強盗に使った袋を前に落とす。

そして、倒れ込んだ男に、俺はM9を向ける。

「動くな。銀行強盗の現行犯でお前を逮捕する」

「チッ!ポリ公風情が!」

男が、球体のついた手をこちらに向ける。すると、その手の周囲の空間が歪んだように見えた。

てか、これまず―――

「喰らいやがれ!」

「うお!?」

その手から、何か、目に見えないエネルギーが発される。

その衝撃は俺の背後にあった車やらトラックやらを粉砕、吹き飛ばし、破壊する。

「ッ!?しまった・・・!」

「あばよ!」

「ッ!?」

男は袋を拾うとすぐさま衝撃を使って逃げ始める。

「ッ・・くっそぉ・・・!!」

俺は、後ろの壊れた車やトラックの中にいた運転手が乗員の安否に後ろ髪をひかれる思いのまま、男を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

転倒し、破砕された車の中にて。

「うう・・・」

「痛い・・・痛いよぉ・・・!」

「ぐ・・・おぁ・・・」

突然の事に反応できず、その体を打ち付けた、一つの家族。

ドアは歪んで開かず、さらには車がつぶれた事によって足を挟まれた運転席と助手席にいる一組の夫婦。その後ろには、ガラスが割れ、その破片を胸に受けた男の子が一人。

言わずもがな、この夫婦の子供だ。

その傷は致命傷、心臓に突き刺さっていないとはいえ、それでも出血が激しいのは確かだ。

その事には、すでに車のバックミラーを通して、理解はしている。だが、動けない。全身の痛みはそもそもの事、足が挟まって動かないのだ。

このままでは、子供が死んでしまう。

「あな・・・た・・・」

妻が、夫に声をかける。その声は、何かを懇願するようでもあり、自身の無力さに打ちひしがれているかのようだった。

そして、それは夫も同じ。

彼らにとってその子供は、掛け替えのない、たった一つの命だ。

だから、どうにかして助けたい。でも、助けられない。

「痛い・・・痛いよぉ・・・」

このままじゃ、確実に死ぬ。

何もできないまま、死んでしまう。

(頼む・・・誰か、誰か・・・あの子を・・・!)

夫が、必死に、そう願った時だった。

 

なにか、べごんッ!!という何かを無理矢理引っぺがすかのような音とともに、上の方向となる右側の扉が、前方後方どちらも同時に開かれた。

 

一瞬、何が起きたのかと理解する前に、誰かが車内に入ってくる。意識が朦朧としているからか、その人物の顔が、髪で隠れてしまっているからか、顔は分からないが、一人、白い服と拘束具のような鎖と鎧をまとった少女である事が分かった。

その少女は、車内に入ると、夫婦の足を挟んでいる部分を蹴っ飛ばして破壊し、動かせるようにする。

そのまま、二人同時に担ぎ、車外に出す。そして、素早い手つきで二人を寝かせると、すぐに車に戻り、そして一分もしないうちに子供の方も助け出し、夫婦の横に寝かせる。

しかし、その胸にガラスの破片が突き刺さっているという事には変わりなく、とてもではないが、すぐに救急車を呼ばなければ死んでしまうかもしれない。

そう思い、夫は、思わずその少女の腕を掴んでいた。

「ッ!?」

「た・・・たの・・・む・・・・お・・れ・・・たち・・・の・・・たから・・・なん・・・・だ・・・」

精一杯の声、だった。それ以上は声が出ず、力が抜けてしまう。

手も離してしまい、地面に落ちる。少女は、しばしその夫の事に驚愕しながら、やがてしっかりと頷くと、その子供の胸に突き刺さったガラスの破片を掴むと、一気に抜いて、すぐさま別の手をかざし、そして、声を出せない口で、何かを呟いた。

 

 ふういんばくさ しけつ

 

すると、その胸から溢れ出るはずだった血は一切あふれず、どういう訳か止血が出来ていた。

その事に、驚く暇もなく、夫はその意識を手放す。

その事に気付いた少女は、懐から一枚の手帳を取り出し、そのうちの一枚に何かを書いて、破ってその夫の胸の上に置く。

それには――――

 

『止血をしておきました。病院で処置をすれば、助かるとおもいます』

 

それだけが、書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さっきから弾丸を乱射してんのに全然当たらないとはどういう事だこれは。

いや、どういう事かじゃあないな。アイツがこっちが弾丸を放つ度に衝撃波を出してその軌道を逸らしているんだ。

俺の御神刀は『銃』ではあるが、あくまで力の根幹は『砲』だ。

だから、弾丸自体を特殊に出来るわけじゃなく、あくまで『銃そのもの』を強化する事しか出来ない。

まあ、その過程で弾丸を改造する事は可能なんだがな。

「口径拡張―――『熊殺し(デザートイーグル)』!!」

銃を変化させ、今度は、威力を重視したものとして、俺は引き金を引く。()()()

「ぐぉ・・・!?」

いてぇ、やっぱいてぇこの状態は!!俺の中で最大の威力を誇るこの『熊殺し(デザートイーグル)』は、威力が高い分、両手で撃たないと腕がぶっ壊れる仕様になってる。というか、威力がでかすぎて、御神刀を発動させた状態でもその反動を抑えきれず、逆に自分にもそのダメージが跳ね返ってくるのだ。

だが、そのおかげで、今度の弾丸は今までのものとは訳が違うぞ!

男がまた弾丸を逸らそうと衝撃波を放つ。しかし、その衝撃波をその弾丸は難なく突破し、その突き出された手を叩く。

「ぐあ・・・!?」

突き出された腕が上に弾かれ、男の顔が苦痛に歪む。そして、そのまま片腕を抑えたまま地面に落下。

「これで・・・」

そのまま俺は奴にM9を向ける。狙いは当然、男の眉間、急所だ。

ようは相手を気絶させればいい。御神刀は普通の武器以上の威力を持っているが、それでも人体は決して傷つけない。

しかし、御神刀が攻撃するのは、相手の精神体だ。そして、そのダメージは、急所であればあるほど、大きくなり、場所によっては相手を一撃で気絶させる事が出来る。

そのまま、俺はM9の引き金を引く、その寸前。

「クソが!」

奴は抑えていた手を離して再度俺に向かって衝撃波を放ってくる。

まずい、俺は今空中にいるから避ける事が出来な――――

「がッ!?」

頭が、揺れる。全身を、まるでトラックにでも衝突されたかのような衝撃が叩く。

そのおかげで、俺は態勢を崩し、地面に落ちる。

「ぐ・・・あぁ・・・・」

やばい・・・痛い、頭がガンガンする・・・!?これは衝撃波というよりも音波だな・・・!?

「けっ・・・あばよ・・・」

奴が、逃げる・・・だが、追いかけられない。立ち上がれない。衝撃が、まだ、体の中に残ってるせいか、体が、上手く、動かない・・・・

「ま・・・まて・・・」

拳銃向けようにも腕にも力が入らない。まずい、このままじゃ逃げられる――――

そう思うのと同時に、奴が衝撃波で跳躍する。このままでは、確実に逃げられてしまう。

そう思った時だった。

 

 

ジャララララララララララ・・・・・・・

 

 

ふと、そんな、金属の鎖の輪がこすれ合うかのような音が響いた直後に――――

 

 

 

ドガァアンッ!!

 

 

 

「ぐげあ!?」

「・・・・は?」

あ、ありのまま、今起こった事を話すぜ(何某フランス人風に)

突然、二本の鎖が飛んでいく奴を挟むように伸ばされた直後、何か黒い影が立体起動装置よろしく奴を捕まえて反対の建物の壁に激突した!

何を言っているのか分からないと思うが、確かに、何かが奴をとらえて吹き飛ばした・・・いや、突撃した。

土煙が舞い上がる壁に、俺はどうにか視線を向けた。

やがて、立ち込めていた土煙が消えて、俺は、その奴を捕まえた正体を見た。

「く・・・・楔!?」

そう、あそこで待っていろと言ったはずの、佐藤楔がそこにいたのだ。

「なん・・・!?」

なんでアイツがここに!?しかしそう思う間の無く、奴が楔に向かって拳を突き出す。楔は、慌てて後ろに鎖を伸ばして、そのまま鎖に引っ張られるがままに飛び気味に後ろに飛ぶ。

そして、衝撃波が発されるもそれをどうにか回避した。

しかし、そこで気付く。

奴の腕に、鎖が絡みついている事を。

「な、なんだこ―――」

「・・・ッ!!」

「うわ!?」

空中にいたままの楔がその鎖を引っ張り男を壁から引っぺがし、そしてそのまま反対側の道路に叩きつける。

「ぐげあ!?」

背中から叩き落された。ありゃ完全に肺から空気が出たな・・・・

と、そう思っていると、楔が奴に近付く。

その手には、見るも大きな死神の持っているような鎌。

「ま、まさか・・・」

あいつ、このまま奴を斬るつもりじゃ・・・まずい、魔器は御神刀とは違って、人を傷つけないようにはできていない!

「やめろ!楔!」

叫んだ。つもりだったが上手く声が出ない。

体もどうように上手く動かせない。

まずい、まずいまずい。非常にまずい!

頼む、動け、楔が鎌を振り上げる前に、千景が誰かを傷つける前に、速く速く速く――――

 

と、思っている間に、楔は、奴に向かって向けたのは、鎌の刃ではなく、鎌を持たない右手だった。

 

そして、声を出せない口から、何かを言った。

 

 

 

ふういんばくさ こうどうせいげん

 

 

 

次の瞬間、男に鎖が巻き付き、完全にその体を拘束した。

「・・・・は?」

思わず、そんな声が漏れた。

いや、やった事は理解できるんだが、なんだか今まで焦っていたのが全て杞憂に終わってしまった事に、なぜか体の力が抜けたから出たのだが。

ふと、楔がこちらをむいて慌てるように駆け寄ってきた。

「・・・!」アワアワ

どうやらこちらの状態を心配しているようだ。

とりあえず、ここは大丈夫だという事を伝える必要があるな。

「し、心配するな楔。これいぐらい、どうってことない」

「・・・」

しばし、俺の事をみつめていた楔。しかし、すぐさま何かを決心したかのような表情になると、俺に向かって右手を向け、また何かを呟いた。

 

でんどうれんさ しょうげき

 

すると、地面から鎖が現れ、それが俺の体に突き刺さる。流石に驚いたが、痛みがない事に気付いて、すぐに落ち着くことが出来た。

それで、これからが驚いた事なんだが、いきなり地面が割れたかと思うと、俺の中に残っていた衝撃の残滓?みたいなものが抜けたかのように体が軽くなった。

どうやら、鎖で俺と地面をつなげて、俺の体の中にあった衝撃を、電流のように地面に流したのだろう。

まさか、己の魔器をここまで自在に操る事が出来るなんて・・・敵になってなくて良かった。うん、心底そう思う。

「・・・・?」

楔が、まだダメージが抜けきっていないのかと慌てている。俺は、そんな彼女を安心させるべく、声を発しようとした。

 

 

その直前、楔の体を、一本の刀が貫いた。

 

 

「―――ッァ!?」

俺の後ろから楔の胸目掛けて投擲された一本の刀。それをもろに喰らった楔は、僅かに息を吐き、悲鳴も上げられずに地面に仰向けに倒れる。

その光景を見て、俺は思わず楔に駆け寄ろうとした。だが―――

「くさ―――」

「そこを離れてください!久我殿ッ!」

突如聞こえた声に、俺は思わず止まってしまう。

そして、その直後に、楔の上にその強靭な膝を叩き込む小さな影があった。

その正体は―――いわゆる忍び装束を着た暁だった。

「ッァ―――」

膝蹴りを喰らった事で、楔の意識が刈り取られ、その場に沈黙する。

「暁、何して―――」

「とうとう本性を現したでありますな、郡千景!」

暁は、楔の胸に突き刺さった刀を引き抜く。すると楔の変身は解け、もとの白いウィンドブレーカーとジーンズ姿に戻る。

「よもや久我殿を拘束し、動けない所を狙って止めを刺すという魂胆だったのでありましょうが、それもこれまで。上手く魔器『衝』をとらえて油断を誘ったのでしょうが、我輩の目までは欺く事は出来ないのであります。こうなればもう言い訳は不要。どうかご覚悟を」

そう言って、暁が楔の心臓にその刃をむける。

通常の魔器は対象が最も大事にしている道具や物に憑依し、そこから相手の魂を操る。だが楔の場合は特殊で、その取り憑き先が心臓なのだ。

だから、アイツの魔器は心臓を破壊しない限り壊す事は出来ない―――だから、

 

俺は暁を蹴っ飛ばした。

 

「がッ――――!?」

「何してんだァ!」

そして、思わず心の底から出た言葉を吐き出した。

暁は、完全に不意打ちだったのかいつもより数拍遅れて受け身の態勢に入り、そして、こちらを瞠目した様子で見た。

「く、久我殿!?一体なにを・・・」

「勝手な解釈するな馬鹿野郎がッ!!楔はそんな事してないわボケッ!!」

感情が昂ると、俺は口が悪くなるのを自覚している。だが、こればかりは(サガ)なのでしょうがない。

とにかく、楔を安否を確認しないと。

俺はそのまま楔を抱き抱えて容体を確認しようとした。だが、すぐさま横から何かの殺気を感じて、俺は後ろに飛び退いた。

「ぬあ!?」

すると、さっきまで俺たちがいた場所を衝撃が迸り、地面を砕いた。

その正体は言わずもがな、奴だ。

「ハァー・・・ハァー・・・ハァー・・・チッ、とんだ邪魔が入った!」

奴は、そのまま衝撃波を使って飛んでいく。

「な、まっ・・・」

暁は追いかけようとするも、こちらが気になるのか、追いかける事をしなかった。

そして、そのまま奴を取り逃がした――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、今回の魔器『衝』について、会議が開かれている中で。

「それで、結局の所、暁が勘違いさえしなければ、奴を仕留める事は出来たんだな?」

「全くもってその通りであります・・・」

義馬課長の言葉に、暁が力なく肯定する。

「やれやれ、仕留められる魔器を仕留めそこなった事を焦ればいいのか、それとも郡千景がそこまで魔器を使いこなせることになっている事を焦ればいいのか。まあ、今回は暁、貴様の責任だな」

「はい・・・」

「郡千景はあの現場に来るまでに真一が止められなかった車やトラック転倒の被害にあった者の救出をしたうえであの場にやってきた。対してお前がやったのはその賞賛されるべき人間を悪人だと勘違いして、真の悪人を逃がす功労者になった・・・やれやれ、随分と期待を裏切ってくれる成果だな」

「返す言葉もございません・・・」

昨夜、暁に凄まじい説教をした真一は、そのまま楔を連れて病院へ搬送。理由は暁が身体を傷つけるセーフティを勝手に解除していたが故の腹のダメージだ。

一方の暁は、真一からとてつもない説教を受けたショックが抜け切らないまま事後を報告。結局、久我が言った事をそのまま報告したので、お咎めを受けるのは暁一人となったのだが。

「・・・・」

(うう・・・久我殿の視線が痛いであります・・・)

背中に突き刺さる真一の視線に、暁はその気分をさらに沈めるしかなかった。

「ちょっと義馬、流石に攻め過ぎじゃないかしら?」

そこへ氷室が暁のフォローに入る。が、そのせいで今度は氷室が真一の人さえも殺せそうな眼光の餌食となる。

が、氷室は気にせず言葉を続ける。

「確かに勘違いである事には違いない。だけど、もしもそれが本当だったと考えると、暁の行動は正しいのではないのでしょうか?」

「この世に正しいも間違いもない。あるのはただ正義しかないか正義などないか。そしてコイツは現在進行形で街を破壊しまくっている魔器『衝』より、いつでも仕留められる郡千景を優先した。この場合、どっちを仕留めるべきだったか明白だろう」

「そう?今すぐにでも久我君を殺しそうな女より、ただ街を壊してるだけで人的被害の出ない男を仕留めるべきだった訳?それって一人切り捨てて大勢を救うって奴?ふざけんじゃないわよ」

「ふざけてるのは貴様だ氷室。人的被害がでないだと?実際奴によって交通事故が起きているだろう?これが人的被害以外の何になる?馬鹿も休み休み言え」

「それとこれとは・・・」

「なあ」

ヒートアップしそうな口論に、突如割り込む声。

「帰ってもいいか?」

真一だった。真一はいかにもうんざりした様子でそう言っていた。

「先輩?何言ってるんスか?」

祐郎が、信じられないという表情で真一に尋ねる。

「何って、これ以上の会話が無駄だと言ってるんだよ」

「無駄ってどういう事よ?」

「奴を取り逃がしたのは奴を拘束していた楔を気絶させた暁の責任。それでいいじゃないですか。それが不満ならそうなる前に仕留められなかった俺の責任を付け加えてもいい。いいですか氷室さん。今回ばかりは暁が悪い。それで十分です」

「本気で言ってるの?貴方、もしかしたら死んでたかもしれないのよ?」

「アイツにそんな度胸は無いですよ」

真一は、ドアの前に立つ。

「なんですって?」

「確かにアイツは大量の人を殺しました。ですが、()()()()()()()()()()()()()()()()。それに、人を殺しているという意味だけなら、俺も同じです」

そのまま、真一は会議室を出て行ってしまった。

「・・・・やっぱり、最近先輩おかしいですよ!どうしてあそこまで郡千景を庇おうとするんスか!?」

「そんなもの本人に聞け」

祐郎の喚きを一刀両断にしつつ、義馬は考える。

(さて、今回の魔器『衝』は流石に久我と笹木野の能力だけでは分が悪い。それに喰らえばしばらくは行動不能になるとも聞く・・・)

義馬の手には、郡千景―――否、佐藤楔に対する書類があった。

(この能力・・・上手く使えればあるいは・・・)

 

 

 

 

 

 

 

あの胸糞悪い会議から抜け出した後、俺は真っ先に病院へ向かっていた。

その理由は当然、楔の迎えだ。

腹の怪我は単純な打撲だった為に、適切な処置の元に今日中にでも退院できるとの事だ。

はあ・・・まあ、暁も暁で反省している事だし、もう暁に対してイライラするのはやめにしよう。

とりあえず、今は楔だ。

受付を済ませた後、俺は真っ直ぐ楔の病室に――――行けなかった。

いや、別に綺麗な女性がいて思わず声をかけた訳じゃないんだ。

ただ単純に、お見舞いに来たであろう婆さんが階段を上るのに難儀していたりでそれを手伝ったり、突然腹が痛いと訴えだした病人の為に看護師呼んだり、さらに道で困っている人を見つけたので道案内してあげたりと、とにかく、トラブルが多すぎたのだ。

決して言い訳してるわけではない。ただ事実を述べただけだ。

決して他意はない。頼む、信じてくれ。

そんなこんなで俺はどうにか楔の病室に到着した。

「ぜえ・・ぜえ・・・ど、どうにかついた」

全く、あの後もまだまだトラブルに遭遇しまくるし・・・何これ俺トラブル体質とかそんな感じなの?

一度呼吸を整えよう・・・・よし、それじゃあいざ!

「入るぞ、楔ー・・・・」

そうして、俺はドアを開けた。

「え!?真一さん!?待ってくださ・・・・」

ん?なんか声が聞こえたが、それに聞き覚えもあるのだが一体・・・

そうして俺は病室へ入った時に見たのは――――

 

 

上半身裸の、楔だった。

 

 

「――――」

「――――」

・・・・・うん、まだまだ成長期だからか、まだ小さいな、うん。まあ、これからだよ。

・・・・さて、と。

「死のう」

「ああぁぁああ!!だからってこんな所で拳銃自殺しようとしないでくださぃぃいい!!」

「離せ芽依!女性の裸見たんだ!これが妹なら良かったが相手は未婚の中学生だぞ!その裸を見たんだ!死ぬ以外の選択肢があるか!?」

「貴方が死んだら誰が楔さん養うんですか!?」

「じゃあどうしろってんだ・・・なんでお前いるんだ?」

俺の拳銃を持つ腕に必死にぶらさがっている芽依の存在に、俺は初めて気付いた。

「今気づいたんですか?楔さんの様子を見に来たんですよ」

「ここまでどうやって来た?」

「歩いてです」

「お前まだ小学生だろ。何してんだよオイ」

「小学生でも三年で富士山登った人はいるんですよ?」

ぐ、口が達者なガキめ・・・と、思っていたらいきなり枕が投げつけられた。芽依ではない。

「ぐ!?なにすん――――」

視線の先には、一枚のメモをもって胸を隠す楔の姿。

『出て行ってください』

その顔は真っ赤で、明らかに何が言いたいのかわかる。

「・・・・真一さん」

「言わんでもわかってる」

 

 

 

 

 

「そんな訳で、迎えに来たぞ」

『ありがとうございます』

未だ気まずい空気の中で、とりあえず話し合う俺たち。

一応、楔はいつもの白いウィンドブレーカー姿になってもらっている。

「そういや、楔から魔器を取り出す事は出来ないのか?」

「すみません。それはいくら創代様でも、破壊する以外は出来ないんです」

芽依が目に見えて落ち込む。別にそんな風に言った訳じゃないんだが・・・

『あの、私、これからどうなるのでしょうか?』

「どうなるって何が?」

『この間、あきらさんに攻撃されて、私は改めて思ったんです。私は、本当にこのままくがさんの傍にいてもいいのでしょうか』

その文面を見せ、楔は、俺に顔が見えないように顔を逸らす。

うん、まあ、はっきり言って。

「いや、そういうの黙らせるから。ていうか言わせねーし言ったらぶん殴るし」

「・・・!」オロオロ

「あ?そんなの悪いって?今回お前は何も悪い事はしてねーだろーがむしろ悪いのは暁だっつーの」

『でも』

「こんな事にでももくそもあるか。というか自分がやった事を誇り持ったらどうだ?転倒して潰れた車の家族助けたんだって?すげえじゃねえか。むしろ称賛されるべき事だってのに、なんでお前は褒められてねーんだっつの」

「・・・」

「それに、あの時俺は事故にあった人を助けるよりも奴を捕まえる事を優先してしまった。それをお前が補ってくれた。だから、礼を言いたいのはこっちの方だ。ありがとうな」

そう言い、俺は楔の頭をなでる。すると楔の顔がくしゃりと歪んで、やがて、残った左目のみならず、もう眼球の無い右目からも涙を流し、泣き始める。

その事にとりあえず安堵の息を吐く。

しばし、楔が泣き止むまで待っていると、次に聞こえた咳払いに、俺の視線は楔から外れる。

「さて、楔さんは気のすむまで泣いてもいいですが、今回、私が楔さんの所に来たのは、とある提案をしに来たからです」

「提案だと?」

思わず聞き返す。

「はい。今後、千景さん・・・いや今は楔さんでしたね。それで、楔さんに対しての提案なのですが・・・・」

芽依は、楔を真っ直ぐ見つめ、一方の楔はまだ目を赤く腫らしたまま首を傾げる。

 

「楔さん、貴方には、『救導者』になってもらいたいのです」

 

 

 




次回『『失』格者の矜持』


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『失』格者の矜持

どうも皆さん。あけましておめでとうございます。

今後もこの作品ともども、よろしくお願いします。

では、本編をどうぞ。


どうも、笹木野暁です。

先ほどの会議が終了し、我輩は今、自宅で自虐を味わっている所です。

「うう、久我殿をこれまでにないほど怒らせてしまったであります・・・」

あれほど怒った久我殿は初めてなので、かなり驚いたであります。怖かったであります。二度と見たくなかったであります。もう見たくないであります。

まあ、そんな事を考えながらベッドにうつ伏せになっている訳ではありますが。

それはそうと、今回の会議において、久我殿に対するヘイトが上がったように感じたであります。

我が署にも香川に大切な人を持つ者は多いうえに、街を破壊したという事が、周りの人たちの嫌悪感を加速させているようにも思えます。

我輩ですか?まあ、警戒はしてる、という所でありましょうか?

あいにくと我輩には香川に親しい人はいないのでそういう事はあまりないのであります。

というか、まあ、家族そのものがいない、というだけなんでありますが。

ああ、この話はまた今度にするであります。

一応、我輩はこの地を根城とする忍びの一族の末裔なのでありますが、まあ、やはり時代は移り変わるもの。今じゃすっかり廃れてるのであります。

まあ、その為の秘伝書とか全部燃えたのでありますがな。

ああ、もう、なんでこんな話になるのでありますか!もっとハッピーな話しをしなくては。

ハッピーうれピーよろぴくねーであります!え?何か違うって?気にするなであります!

うーむ、しかし何か話すとなると話題があまりにも少ない・・・

 

しかし、そこで我輩の首を、何かが締める。

 

「ああ、もう、なんでこういう時にまた現れるのでありますか!」

これは魔器使いが魔器を発動した時の合図。一度会敵した相手であるか、距離が近い場合にしか発動しないのでありますが、とりあえず今はその現場に行くであります。

報告?面倒であります!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絡久良市にある、歴史博物館。

その建物は横に広く、さらには内装も大理石をつかっているかのような広い。

人気もあり、休みとなるとかなりの客がやってくる。しかしその日は休館日であり、中はがらんとしていて誰もいない。

しかし、巨大なホールには、隠し金庫があり、その扉の巨大さゆえに、誰かが入って盗もうとしても壁が自動で全開きになるうえに客の目という監視がある以上、破壊する以外はかなり鉄壁ともいえる作りなのだが、その金庫に、昨夜の男が、魔器『衝』の持ち主が、その壁を破壊して中にある金を持ち出そうと袋に詰め込んでいた。

「そんなに詰め込んで、一体何を買う気でありますか?」

「ッ!?」

突如として声が聞こえ、振り向く男。すると、扉の入り口から逆さまになって男を見る暁の姿があった。

「別にお金に困ってるわけじゃないのでありましょう?それとも趣味でお金奪ってるでありますか?ああ、そうか、パチンコで大負けしたのでありますな」

返事なしに男が衝撃波を放つ。しかし暁は素早く金庫の中に入ると男の背後に回る。

「ここは立ち入り禁止、御退場願います!」

「ぬぐあ!?」

そして壁を蹴って体当たりをかまし、男を金庫から追い出す。

だが、その最中で男は暁に拳を向け、衝撃波を放つ。

「うわっと!?」

それを間一髪でかわす暁。

その衝撃波は、仰向けだったからか天井に直撃し、ヒビを入れる。

「危ないでありますな!それ使う免許持っているでありますかぁ?」

「うるせえ!さっきからペラペラしゃべってうるっせーぞ!」

「ありゃ?おしゃべりは嫌いでありますか?でもそう言わずにもうちょっと付き合ってくださいであります!」

暁が、その手にある忍者刀を逆手に持って男に接近する。

 

暁の御神刀『無形刀』の文字は『刀』。

その能力は暁の使う武器を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事。

メスから野太刀まで、ありとあらゆる刀剣に変化させる事が出来るのだ。

 

そして、今暁は、その刀を忍者刀にして戦っていく。

「チッ!吹っ飛べ!」

男が地面を両手で殴る、すると男は飛び上がって、向かってくる暁を上空から攻撃しようとする。

「おおっと!」

落下してきた男を急な方向転換で回避、しかし前に向かって一度前宙して方向を変えると、間髪入れずに反撃に出る。そして、すれ違いざまにその脇腹に忍者刀の一撃を叩き込む。

「ぬぐぅ!?」

「おや?掠り傷なのにそんな声だすのでありますか?」

「ガァア!!」

再度衝撃波を放つ。だが、暁には当たらない。

軽い身のこなしで、敵を翻弄していく。

そして攻撃が当たらない事にいらつく男。

「くそがぁああ!!」

そう叫ぶと、男はまるで守るように前かがみになって両腕を腹に抱えるような姿勢になった。

「何をして・・・」

その事に疑問符を浮かべる暁。しかし、突如として男の全身から衝撃波がまき散らされる。

「うあ!?」

突然の事に反応できず、暁はそのまるで爆発するかのような衝撃波をもろに受けて吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

「ぐぅ・・・!?」

床に落ちる。

(か、体が動かない・・・!?)

男の衝撃波は体に残る。その衝撃波が暁の体を揺さぶり続け、動きを封じる。

「へ、全く、手間かけさせやがって」

男は、暁が動けない事を確認すると金の入った袋をもって、その場を離れようとする。

「楔ぃ!」

「!?」

だが、その直前に、どこからか飛んできた鎖が男を襲い、暁を叩く。そして、

 

 ふういんかいさ しょうげきは

 

暁の体を苛んでいた衝撃波が抜け、体の自由が戻る。

「これは・・・!?」

「無事か暁!?」

「あ、久我殿!」

暁の前に、黒いスニーキングスーツ姿、または救導者としての戦装束に身を包んだ真一が降り立つ。

それともう一人、

「と、郡千景・・・・?」

『どうも』

楔が手帳に書いた文字を見せながらぺこりとお辞儀をする。

「なぜここに・・・?」

「話はあとだ」

『なんでも救導者になって欲しいといわれたのですが、まだ私は魔器使いですので止めはお願いします』

「なんか書くの早くなったなお前!?一体いつ書いた!?」

そんな事を喚く真一であったが、その顔を楔から逸らさずほぼ何も見ずに男に向かって右手の拳銃を発砲した。

「うお!?」

「チッ、外したか・・・とにかく話はあとだ。楔が奴の衝撃波をなんとかする。俺たちはその合間を縫って奴を叩く。いいな」

「りょ、了解であります!」

刀を逆手に持って構える暁、二丁の拳銃を男に向ける真一、鎌を片手に鎖をその手に掴む楔。

「くっそ、よってたかって多勢でやろうってのか!卑怯だぞ!」

「卑怯で結構、俺たち警察は確実な方法で犯人を捕まえるんだ」

「警察に卑怯もへったくれもないでありますよ」

『いや、面子も考えましょうよ』

楔のツッコミはむなしく空振り、男が拳を引く。

「くたば―――」

だが、男がその拳を突き出すよりも先に、楔の鎖が男の引かれた腕を縛る。

「な・・・・ぐあ!?」

それに気を取られた隙に、真一の弾丸が男に叩き込まれる。

そして男が膝をつく。

「暁!」

真一が叫び、そして、すさまじい速度で暁は男に近付く。

「く・・・そ・・がぁあ!!」

しかし、男は諦めず、残った左腕を振り上げる。

だが、その抵抗すら楔は許さなかった。

「が・・・!?」

鎖が鞭のように男を背中から打ち据え、そのついでに左腕を絡めとる。

そして、その首に暁の忍者刀が一閃される。

「ぐ・・・が・・・・!?」

男の意識が、吹き飛ぶ。

(決まった・・・)

楔は、純粋にそう思い、そして、暁のその綺麗な一閃に、彼女の事を思い出す。

(乃木さん・・・)

そう、思い出した時。

「い・・や・・・・だ・・・」

「「「!?」」」

男が、そう呻いた。

「馬鹿な!?」

「首を斬られたのに、なぜ意識を保っていられるのでありますか!?」

真一と暁が驚く。そう、御神刀は精神体を斬り、死ぬ事は決してないが、急所をやられれば確実に意識を吹き飛ばす。だが、例外も存在し、驚異的な精神力で耐え切る者もいるのだ。

おそらく、この男もそうなのだろう。

「おれ・・は・・・しに・・・たく・・・ないぃぃぃいいい!!!」

男が暴れ出し、衝撃波をめちゃくちゃにまき散らす。

「くっそ!めちゃくちゃにやりだしやがった!」

「急いでこの場を離れないと・・・!」

暴れる衝撃波の嵐の中、真一と暁、そして楔は逃げに徹する。

「うわぁぁああぁああ!!」

男にはもはや何も見えていない。何かしらの執念で暴れまわっているだけだ。

だが、そのおかげで建物はボロボロ。このままいけば、建物が壊れてしまう。

(なんとかしなければ・・・!)

そう、思った暁。だが、暁がとんだ先に、偶然にも男の放った衝撃波が飛んでくる。

「しまっ・・・!?」

避ける事もかなわず、衝撃波が暁に叩き込まれる―――――筈だった。

「ッ!」

「―――!?」

衝撃波と暁の間に、楔が躍り出たのだ。

「郡千景――――」

衝撃波が楔に直撃する。

「楔!?」

「ああ!?」

衝撃が彼女の体を突き抜ける。

「がぁぁあああ!!!」

さらに、男は手ごたえがあった故か、そこへ向かって衝撃波を乱射しまくる。

何度も衝撃波が楔に叩き込まれる。ただでさえ破壊力のある衝撃波をまともに喰らえば、いくら魔器で強化された肉体を持とうとも、ただでは済まない。さらに楔の体はあまりにも脆弱だ。あまり食事をしてこなかったがゆえに、筋力は衰え、体もやせ細っている。そんな体で、男の攻撃を受け続けられる訳が無い。

それゆえに、攻撃が直撃し続ける。

やがて、男が衝撃波を叩きつけるのをやめた。

そこに立っているのは、少女が二人。いや、年齢だけみれば、少女一人と女性一人だ。

そして、女性は地面に座り、少女は立ったまま。

確実に衝撃波の直撃を受けたはずだった。それなのに――――楔は立っていた。

「・・・なんででありますか」

「なんで、倒れねえんだ・・・!?」

男は、楔を睨みつける。

楔は倒れていない。あれほどの衝撃波を喰らっておいて、倒れようともしない。体は猫背になり、下を向いてはいる。

そして、ダメージも、確かに入っているのが分かる。だが、それでも少女は倒れない。

「・・・・――――」

楔の唇が、かすかに動いた。そして、その態勢のまま鎌を大きく振りかぶる。

「ひっ・・・」

男は思わず後ずさる。

「―――――」

楔が、また何かをつぶやく。だが、すでにその喉はつぶされている為に、声を発する事は出来ない。

だが、真一と暁には、何を言っているのか分かった。

 

 うしなわせない

 

確かに、そう呟いていた。

そして、楔は、その顔をあげる。まるで、鬼のような形相で、男を睨みつけた。

「ひぃ!?」

男は、今度こそ恐怖した。

犬歯をむき出し、眉間に皺をよせ、そして、振り被った鎌を握る手に極限まで力を込めて―――佐藤楔(郡千景)は声になれない絶叫と共に、その一撃を放つ。

 

 

 もうなにも うしなわせない

 

 

振るわれた鎌の刃から楔が斬撃の如く飛び出し、その一撃が男に叩きつけられる。

 

御神刀は、精神体を攻撃する事で、使用者の意識を刈り取る。

 

だが、それができないなら、意識そのものを封じてしまえば良い。

 

 

 ふういんばくさ いしきしゃだん

 

 

男に鎖が巻き付き、それが砕ける音と共に、掻き消え、そして男は、今度こそ地面に崩折れた。

それで、全てが終わった。

男は倒れ、魔器が解除される。中からは筋肉質な男が現れ、その傍らには、ボクシングで使われるようなグローブが落ちていた。

真一は、それを容赦なく撃ちぬき、それに込められていた文字が砕け散るのを確認すると、楔の方を見た。

楔は肩で息をしており、激しい息遣いが、静かになった博物館の中に響き渡る。

今にも倒れてしまいそうになるのを鎌を杖代わりにすることでこらえているが、流石に立っているのはつらく、膝立ちになってしまう。

しかし、楔は確かに、男に勝った。

だが、その勝利を掴むために彼女が行った行為を、暁は黙っていられなかった。

「どうしてでありますか・・・?」

楔の背中から、暁は問うた。

「どうして、逃げなかったでありますか?我輩は、貴方を攻撃しました。見捨てても良かったはずであります。我輩はそれほどの事をしました。それなのに、どうして貴方は逃げなかったでありますか?」

楔は、答える暇はないのか、答えない。

「答えてほしいであります。何故、貴方に酷い事をした我輩を、助けたでありますか・・・・?」

今にも泣きそうな暁。暁にとって、悪い事をしたのなら、それ相応の罰があるべきであり、決して、助けられるべきではないのだ。だから、それが無性に悔しくて、泣きたいのだ。

それを感じ取ったのか、楔は、震える手を動かして、手帳に文字を書き殴って、暁に向けた。

 

『私は、それ以上の事をしました。誰かの家族を奪いました。誰かの幸せを奪いました。だから、あれは当然の報いです。いえ、あれだけでは足りない。私は、これから、もっと罪を償わなければならない。だから、私は、誰かを守らなければならない。これ以上、誰かに大切なものを失ってほしくない。沢山の人の恨みを、苦しみを、私が、背負わなければならない。例えこの人生で全てを償えなくとも、私は、この命が尽きるまで、長生きして、罪を償っていく。そう、決めたんです。だから――――』

 

ふらふらと、立ち上がる楔は、暁の方をむいて、微笑んだ。

 

『――――そんな顔をしないでください。私は、誰かの笑顔が見れるだけで、とても元気になれるんです』

 

誰かの笑顔は、星のように輝いていて、星の数だけ、素敵なのだから。

 

「・・・・」

暁は、その文面にあっけにとられる。だが、やがて、その顔がその見た目相応に崩れ、泣き始める。

「・・・ぐざびどのぉ」

「!?」アワアワ

いきなり泣き始めた暁に、思わず慌ててしまう楔。

「気にするな。こいつ案外涙もろいんだ」

そんな暁の頭に手を置きながら、真一がそう補足する。

「くさびどのぉ・・・先ほどはありがとうでありまずぅぅ~・・・そしてごめんなざいでありまずぅ~・・・」

しかし、暁のその言葉を聞いて、楔は、思わず笑ってしまう。

不思議な人だと、そう思ってしまった。

しかし、同時に思う。

 

昔、こう言えたら、こう思えたら、何か変わっていたのだろうか。

 

だが、今更だ、と首を横に振る。

 

どこまで行っても自分は『失格者』だ。『勇者』でもないし、ましてや『救導者』にさえなれない。そんな、『出来損ない』が自分だ。

誰かの為どころか、自分の為に立ち上がる事が出来なかった結果が、この背中の烙印だ。

 

だから、自分はこれからも、失格者として、罪を償い続けると、楔はそう思った。だから―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「救導者にはならない・・・・ですか」

絡久良市にある山にある『創代神社』の居間にて、芽依は、楔の決断を聞いていた。

子供にしては、あまりにも芯のある視線に、楔でさえも、おもわず委縮してしまう。

それほどの存在感が、彼女にはあった。

「いいのですか?救導者となれば、貴方の魔器使いとしての脅威は消え、署の方々からはそれ相応の信頼を得られるかもしれないのですよ?そうはならなくても、その魔器の呪縛からは解き放たれます。それはいわば、貴方の郡千景としての名残。貴方は、その呪縛を一生背負っていくつもりなのですか?」

芽依の鋭い視線が、楔を射抜く。しかし、楔はその視線に一瞬怖気つくも、すぐさま、その手の手帳に文字を書き込む。

 

『郡千景も私。私は、この罪を一生背負っていく』

 

その文面を見て、芽依はため息を吐く。

「そうですか・・・・」

そう呟いた後、芽依は立ち上がり、楔に歩み寄る。その行為に、楔は思わず体が固くなるのを感じる。いや、実際、緊張で固くなっている。

芽依は、楔の心臓のある場所に人差し指をかざした。

「・・・お願いします」

そう一言呟くと、楔の左胸当たりに『鎖』の文字が浮かび上がり、その上から『封』の文字が現れ、それが重なり合い、そして楔の左胸の中に消えていく。

「・・・?」

「貴方の魔器を封印しました。今後、貴方が魔器を使おうとしても、魔器が発動する事はありません。これで、普通の一般人としてまともに生活できるでしょう。まあ、それも真一さんがいてこそではありますが」

そして、芽依はずいっと楔に顔を近づけると。

「いいですね。確かに貴方の魔器を封印しましたが、魔器使いである事は変わっていません。故に、創代様が張った結界の外。即ち、この街の外から出られるとは思わないでください。例え、貴方の正体がばれて街から追われる状況になっても、海に飛び込んでも、貴方が()()()()()()、この街から出られるとは思わないでください。そして、今後一切、救導者の御役目に関わらない事。この神社を頼らない事。いいですね?」

楔は、コクコクと頷く。芽衣の力強い視線が、楔の体を硬直させ、その目から視線を逸らすことは出来なかった。

数秒、視線をまじ合わせた後、芽衣がため息を吐いて、背中を向けた。

「さ、もう帰ってください。私、これでも巫女なんですから」

その背中を、数秒見た後、楔は一度礼をした後、その部屋を出て行った。

「・・・楔さん、今は救導者になりたくはないかもしれません。ですが、きっと貴方は、その力をもう一度使う時がくると思います」

芽衣は、悲しそうに、先ほどまで楔がいた場所を見た。

「辛い選択になるでしょう。苦しい思いをする事になるでしょう。ですが、貴方はきっと、救導者となって、戦う事になるでしょう」

しかし、視線を切って、芽衣は神社の裏にある滝へと向かい、その巫女服を脱ぐ。

 

 

――――それまで、穏やかな日常を。『勇者』郡千景。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔器はもう使えない。

試しに、力をつかってみようと思ったが、だめだった。どうしても力が発動しなかった。

でも、これでいい。

私には、これは過ぎた力だ。

勇者の、彼岸花の力と同じ、私が扱うには、あまりにも手に余る力だ。

だから、これでいい。

もう私は、人の域を超えた力は使わない。

だから支える人間になろう。

「ん?おう、戻ったか」

神社に続く階段を下りた所で、久我さんが待ってくれていた。

『待たせてすみません』

「いや、それほど待ってねーよ。それで、どうだ?」

久我さんが、聞いてくる。それに私は、メモを見せる代わりに笑顔で答えた。上手くできたかどうかは分からないけど、それでも、意思は十分に伝わったと思う。

「そうか・・・」

久我さんがそう呟く。

でも、これでいいのだ。

久我さんが、私の頭に手を置く。

「それじゃあ、帰るか」

その言葉に、私は頷く。頷く以外、出来ない。

 

 

 

もう、前に出て戦う事は出来ない。私は、もう、そんな存在ではないのだから。

 

 

だから、これからは、支える存在になろう。

 

 

『くがさん』

「ん?どうした?」

『わたし、これから料理を勉強します』

「ん?別に料理なら俺がするぞ?」

『いえ、私がやりたいんです』

「そっか・・・それじゃあ、期待して待つとするか」

久我さんが、楽しみにするかのように、くっくと笑った。

 

 

 

もう、私は戦わない。

 

 

 

だから私は、誰かをささえられる存在になろう。

 

 

 

それが私の―――失格者としての『矜持』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絡久良市にある、とある一室にて。

「練蔵の奴が捕まったか。使えないやつめ」

白衣を着た男が、そう吐き捨てる。

「そう言うなよ相馬(そうま)の旦那よ」

(げん)・・・」

その男に向かって、軽い口調でいうのは、機械的な服装を体に纏った男『女島(めじま)(げん)』だ。

「手筈は順調か?」

「丁度、『(リー)』の奴が例の材料を手に入れたみたいだぜ」

「そうか・・・」

「これから部下を使ってこっちに送ってくるみたいだぜ?」

「分かった。お前ももういけ」

「あいよ。ああ、そうだ」

元が、何かを思い出したかのように立ち止まる。

「なんだ?悪いが私はこれから・・・」

「郡千景を見た」

「・・・・・何?」

その名前を聞いた途端、相馬と呼ばれた男の中で、殺意が沸き上がる。

「どこで見た?」

「ちょうどこの街で。あのバカが街中で派手に暴れまわっていた時の事だよ。あの野郎、魔器使いになってやがったぜ。それも鎖だ」

「――――ッ!!」

相馬の顔に血管が浮かび上がる。

「だが、今はやめておいた方がいいぜ。今は警察に保護されてやがる」

「なんだと・・・!?」

「あの久我って野郎、なんでか知らねえが郡千景を庇ってるって話だ」

「・・・」

相馬の手が握りしめられる。

 

なんと愚かな。我が息子を殺した女をかくまうなど――――

 

だが、同時にうれしさもこみあげてくる。

 

 

自分の人生を台無しにした男と、自分の息子を殺した女。その二人を同時に殺せる事に、男は狂気する。

 

 

 

「待ってろよ縄間淳太郎、郡千景。貴様らには、これまでにないほどの絶望を味合わせて殺してやる・・・ッ!!」

 

 

 

くっくっくと、男の笑い声が、その部屋にこだまする――――




次回『振り向けば捨ててきた友達とか『夢』とか』

少女は、いまだ幸せを謳歌できず。


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振り向けば捨ててきた友達とか『夢』とか

今、俺の目の前には、とある料理が置かれている。

それは、カレー。茶色いルーが白いライスの上にかけられている、シンプルかつ、幅広く広まっている一般料理。

それを、スプーンでひと掬いして、そのまま、口の中に運ぶ。

咀嚼するように、何度か噛んで、飲み込んだ。

「うん、美味い」

その言葉に、目の前の楔が嬉しそうに顔を綻ばせた。

『よかったです』

「いやぁ、しかし驚いたよ。まさかここまで美味くなるなんて。やっぱ人間努力すべきだな」

初めの頃はそれは酷かったからなぁ。肉じゃがのはずが、何か得体のしれないものが出てきたからな。いやぁ、なんか独特な味がしたな。何かお星さまのようなものが見えて・・・・

『くがさん?』

「ん?ああすまないちょっと考え事してた」

『そうですか』

すると楔は新たに何かを書きこんだ。

『お酒いれましょうか?』

コイツ、最近美味しいお酒の作り方とかそういうのを勉強してるからなぁ。まだ十五だよな?

まあ、最近になって美味くなってきてるから頼むんだけどな。

「うん、頼む」

『わかりました』

なんか、本当に嬉しそうに台所にいったな。

まあ、それはともかくとして、俺は自分のスマホを見た。

そこに書かれている事は――――

 

 

 

 

 

「・・・え、死んだ?」

「はい、例の魔器『衝』の使い手である『来栖(くるす)練蔵(れんぞう)』が、取り調べの途中、突然、苦しみだしてしまってそのまま・・・・」

職場にて、暁から、あの魔器『衝』の使い手である来栖練蔵の事を聞いていた。

「死因は心臓発作による突然死・・・でもこれは・・・」

「魔器による他殺だな」

あの時、奴は死にたくない、と叫んでいた。

おそらく何か、干渉系の魔器の仕業なんだろうけど・・・

「おはようっス先輩方」

「ん?祐郎か」

そこへ、何かの荷物を抱えた祐郎がやってくる。

「郡千景・・・あいや、佐藤さんの様子はどうっすか?」

「ああ、最近買った料理本を見ながら、料理の練習してるよ」

「えっと・・・大丈夫なんすか?」

「最近、焦がす程度には上手くなってきてるよ」

「この前は、何か、ぶよぶよしたものでありましたよね・・・」

暁が遠い目をしてる・・・まあ、あれはトラウマになりそうだよな。あいつカップ麺しか作った事ないっていてたし、仕方がないっちゃあ仕方ないか。

「まあ、コーヒーの方は美味くなってきたし、お咎めはないっスけど・・・」

祐郎の視線が、他所へ向く。そこには、チャイナドレスを着てコーヒーを分けている楔の姿が・・・

「・・・また捕まったんスね」

「あの人、よほど楔が気に入ったみたいでな。家にも押しかけて来やがった」

「もはや完全なる着せ替え人形・・・」

楔の奴、猛烈に恥ずかしがってるし・・・・あ、目が合った、と思ったらすぐに逸らした。

 

最近、楔はよく人の為になる事をするようになった。

最初は、一緒に暮らしている俺が中心だったが、少ししたら署にも顔を出すようになってきた。

それなりに、誰かの支えになろうと頑張っているらしい。

まあ、街中を歩く時は、顔を隠さなくちゃいけないんだが。

 

それなりに、署に人たちとも打ち解けられてきたと思うが、それでもほんの数人。

「はい、久我君これ」

「うお!?」

俺の机に、大量の書類がドサッと置かれる。

「ひ、氷室さん」

「よろしく」

淡々とそれだけを告げてさっさとどっかに言ってしまう。

「・・・」

「氷室殿は、相変わらずでありますな・・・」

「先輩が悪いんスからね。氷室警部がああなったの」

「いやだってよ・・・」

氷室さんを筆頭とした数人が、楔を毛嫌いしているのは周知の事実だ。

理由はいわずもがな、この署内にも、丸亀を中心とした香川に親しい友人が親戚、家族を持つものが多いから。

だから、楔がここにいるというだけで嫌がらせをするものが多い。

その証拠に、何かが倒れる音がした。

「今のは・・・」

「楔!」

俺はすぐさますっ飛んでいく。そこには、床に倒れ伏す楔の姿があった。その傍にはお盆と、コーヒーの入ったカップが倒れていた。当然、中身もあふれている。

起き上がった楔は、その事に気付くと、すぐに持っていた布巾で床を拭こうとする。

「楔、大丈夫か?」

「・・・!」

駆け寄ると、楔は一瞬驚いたような顔をして、すぐにつらそうに顔を歪めて視線を逸らす。そして、手帳に小さく。

『ごめんなさい』

そう、短く書かれていた。

これだ。いつものように、楔に対しての嫌がらせがあるのだ。

「バケツと雑巾を持ってきたであります!」

暁が水の入ったバケツをもって、戻ってくる。そして、その中に入っている雑巾を使って、床にぶちまけられたコーヒーを拭きだす。

『ありがとうございます』

「これぐらい、お安い御用でありますよ」

申し訳なさそうにする楔の言葉に、暁は頭をなでながらそう答える。

しかし、その騒ぎの中で聞こえる、嘲笑には殺意を覚える。

「楔、今日はもう帰れ」

「・・・!」

「大丈夫だ。無理してここにいる必要はない」

そう諭すと、楔は、ゆっくり頷いて立ち上がる。

「暁、ここは俺がやる。お前は楔をたのむ」

「分かったであります」

暁が、楔を伴って部屋を出ていく。

それでもなお、嘲笑は消えない。

「・・・・よぉし、楔もいなくなった事だし」

俺は振り向いて、これ以上ないほどの笑顔で、

 

「 オ マ エ ラ カ ク ゴ シ ロ 」

 

 

その日の惨劇は、のちに『漢久我真一大激怒事件』と呼ばれるようになったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――とまあ、こういう事があった訳だが。

え?趣旨が変わってるって?まあ、初めの方だけ気にしてくれればいいよ。

そこで、楔が作ったカクテルが俺の前に置かれる。

『今日はミカンジュースと混ぜてみました』

「へえ・・・」

酒の事は分かんねーから、まあ全部楔任せだから、そこは任せる事にしている。

それで飲んでみた結果なんだが・・・・

「・・・もう少し努力すべし」

辛口なのは致し方ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

色付いた空の元、木々の根や蔓の上で、私は、襲い掛かるバーテックスどもを屠っていた。

何匹か切り倒し、その事を、皆に言おうとした矢先、私は、誰かに押され、蔓の下に落とされた。

「なにを・・・」

「黙れ」

何か言おうとしたら、すぐに黙らされた。

「私を殺そうとしたくせに、よく言う」

「え・・・」

私を見る彼女の目はあまりにも冷たくて、怖かった。

振り向けば、そこには、死んだはずの二人がいて、

「どうして、お前が生きてるんだ?」

「あの人を殺そうとしたくせに」

やめて。そんな目でみないで。

「どうせ、ぐんちゃんは一人だよ。どんなに愛想よくしても、ぐんちゃんを信じてくれる人はいないよ」

やめて、やめて、貴方までそんな事言わないで。お願いだから、これ以上、私を悪く言わないで。

「貴方はどこまで行っても一人、どうせ、地獄には一人で落ちるのよ」

「なのになぜ、貴方は誰かと一緒にいるんですか?」

一人にしないで、一人になりたくない、言わないで。お願い、私を突き放さないで。

「何を言ってるんですか」

また、気付けば、そこには、剣を持った、あの人の姿があった。

「お前が、突き放したんだろ」

そして、断罪の刃が、私の首へと落とされ、私の首は―――――

 

 

―――大量の屍の上に落ちた。

 

 

 

 

「――――ッ!!!」

声にならない悲鳴を上げて、私は目覚めた。

汗をびっしょりと掻き、借りたワイシャツは雨にでも晒されたかのように濡れ、視界は、涙でかすむ。

「―――、―――、―――・・・・」

私は、両手を自分の頭に当てて、そして、くしゃりと自分の髪の毛をつかんで、それで目を覆い隠すように下げた。

もう、見ないと思っていたはずの夢なのに、ここにきてから、より一層に見るようになった。

まるで警告のように、呪いのように、悪夢を見せてくる。

お前は幸せになってはならない。誰かと一緒にいてはならない。絶対に、幸せになるな。

そんな、幻聴が聞こえてくるほどに、私は、この悪夢にやられている。

署でも、嫌がらせがある。

どれほど久我さんが庇ったり、対処法を見つけても、私に対する嫌がらせは、終わらない。

 

学校で行われる、冗談や意味の分からずやるようなものじゃない。大人は、何もかもを理解したうえで、()()()()()()()()()()()()()()()、その手のいじめをするようになる。

 

子供と違って、大人はずるがしこいのだ。

 

どれほど傷つけても、大丈夫なように、その人の居場所を奪っていく。それが、大人の虐めというものだ。

 

 

子供の頃に受けた、いじめ程ではないが、それでも着々と私を追い詰めていく。

救導者となっていれば、この態度も変わっただろうか。

いや、変わらないだろう。

私なんかいなくてもやれる。あの二人だけで十分だ、と、そういう気持ちでやってくるだろう。

特に、あの氷室さんは明らかに私を敵視しており、その目は嫌悪以上の感情が溢れていた。

つまり、あの人は私を心底毛嫌いしており、憎悪している。

それは、当然の事かもしれない。

私は、それほどの大罪を犯した。故に、私は様々な人間から恨まれている。

そろそろ、限界かもしれない。私は、この日常から抜け出さなければならないのかもしれない。

でも、私は、どういう訳か――――

 

 

 

―――この家から、出たくはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、非常に眠い。

それもそうだ。いつもなら六時におきているものをその日は一時に起きてしまったのだ。

十時に寝て一時、一時です。つまり三時間。三時間しか寝てないのだ。

その間、私はずっと寝付けなかったのだ。ただ時間が過ぎていくのを、猛烈な睡魔があるにも関わらず寝られないこの苦痛を感じながら待っていたのだ。

「大丈夫か楔?結構ふらふらだぞ?」

『大丈夫です』

「おい文字」

どうやら、寝ぼけてかなり下手になってしまったようだ。

そう思っている間に、私は久我さんにソファに座らされる。何をしているのですか。

「服がいつもより湿ってるし、体もべたべた、ついで寝不足が分かる隈にその健康状態・・・悪夢でも見たか?」

どうしてだろうか。何故、久我さんはこうも私の事を的確に当ててくるのだろうか。

まるで、全てを見透かしているように。

だが、私は、その好意に触れるのが怖い。

『いえ、そんな事はありません。少し夜中に起きてしまっただけです』

「いや、大丈夫って事はないだろ・・・・とりあえず、今日は着替えて休んでろ、朝飯は俺が作っとく」

そう言うなり、久我さんはさっさと台所へ行ってしまう。

このマンションの一室に点在する久我さんの家は、リビングと台所が一緒になっていて、その他に部屋がもう二つある。その片方を私が使い、もう一つの方を、久我さんが使っている。

居候をさせてもらっている身としては、部屋を一つ与えられている事自体、恐れ多い事なのだが、どうにも、私は『命令』というものに弱くなったようになったと思う。

あの地獄の日々、激痛を伴う薬を飲まされたり、電流を流したりされるあの日々。

時には、強姦される事もあった。それも、発情した犬や馬なんかに。自分たちは一切手を出さず、人間じゃない存在に、体を徹底的に辱められ、そして汚された。

もし、私が他の誰かと愛し合う時に、その時の傷を何度も思い出し、苦しめられるように。

今思い出しても、ゾッとする。何度も何度も高嶋さんの名前を呼んだのを覚えている。何度も何度も助けを求めたのを覚えている。だけど、声が届くわけもなく、聞き入れられる訳もなく、私が泣きわめくたびに、彼らは、より楽しそうに私をいたぶった。

憎いから、憎い相手が泣き喚いているから。自分たちが受けた苦痛を、その元凶である私に与える事が出来るから。奪われた事に対する、復讐が出来るから。

だから、私は―――――

「楔、飯出来たぞ」

久我さんの声に、私はハッと顔を上げた。

どうやら、思考の海に潜ってしまったようだ。

まあ、それはともかくとしても、私は立ち上がり、食卓へ赴いた。

今日の朝ごはんは、卵焼きとほうれん草のおひたし、そして味噌汁とご飯だった。

そして、いつも思う。

「いただきます」

 

 

私は果たして、本当にここにいてもいいのだろうか・・・・・?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、暇であります」

今、我輩は街の警備に出ているであります。

我輩、これでも前は交通課だったのであります。

忍びとしての身体能力を駆使して違反運転やながら運転をしている馬鹿どもを取り締まるのが役割だったのであります。

ただ、実はこの仕事、とてつもなく暇なのであります。

我輩は御神刀なしでもビルの壁を登れるので、常に高い所から見回りをするのでありますが、何もない日だと、ただ街中をただ散歩するだけなのであります。

交通課に入れば、刺激的な毎日を送れるかと思っていたのでありますが、期待外れなのであります。

「あー。暇なのでありまーす」

そうぼやいた時。

「ん・・・?」

ふと視界に、なんか変な仮面を被った集団を見つけたのであります。

気になるのであります。

その集団は、何かしらの廃工場跡にて巡回をしているようで、どうやらあそこに何かしらのアジトがあるようであります。

ふぅむ、こういうのには、あまり踏み込まないべきなんでありましょうけど・・・・気になるからいっちゃえ!

 

 

 

 

 

 

 

さて、ある程度の人間は始末(気絶)したでありますが、うん、潜入捜査こそ我輩忍びの本領であります。お陰で皆殺し(気絶させただけです)に出来たであります。流石我輩。

さてさてさーて、中に入ってみればこれまら複雑。通路があって部屋があって、しかしそれなりに清掃されている事からいかにも怪しさ満点な所なのであります。

それに確認してみた所、ここは最近買い取られた場所なようであります。ますます怪しい。

それから、何人かのしていくうちに、誰かの個室のような部屋に出たであります。

「なんでありますか、ここ・・・」

ただ、オフィスとかそういう無駄に広い場所ではなく、何かの作業をする為の部屋のような場所であります。これを見る限り、特別詳しい事はなさそうでありますが・・・む、何かの地図があるであります。

「どれどれ・・・・んん?なんの印でありますか?これは・・・・」

その地図には、何かの地点においてバツ印があり、他にも別の色で様々な場所に印がしてある。

これは本当に一体なんなのでありますか・・・?

そこで、足音が聞こえた。

「おっと、そろそろずらかるのであります。大体は覚えたから、問題ないのであります」

我輩は、見つかる前にさっさとここからとんずらをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久我さんが出かけ、家の中では何もすることがないので、私は、近場の公園に来ていた。

そこでは、子供たちが砂浜であそんだり、ドーム状の遊具で遊んでいたり、ジャングルジムに上って何かしらの遊びをしていたりしていた。

それを見るだけでは退屈はせず、子供たちが遊んでいる様子を、私はただ、眺めていた。

その姿は、私にはまぶしくて、羨ましかった。

私には、あんなふうに遊べる友達はいなかったから。

小学校以下の頃は、本当に何もかもが敵に見えて仕方がなかった。傷をつけられ、馬鹿にされて、嘲笑され軽蔑され、何かを食べたいと思って料理の店に行っても突っぱねられて。

服は燃やされその度に怒られて、反撃しようものなら教師にチクられていつも私が悪者扱い・・・

思えば、ロクでもない人生だったと思う。

私に、友達なんていなくて、夢さえもなくて。

勇者になって出来た友達も捨てて、その時抱いた夢も捨てた。

人生さえも捨てて、私はそのまま屍のように生きて、そして誰にも嘆かれず、そして笑われながら死ぬ。そうなるのだと、信じてやまなかった。

むしろ、その死こそが私という人間の最後に相応しいのではないかとさえ思う。

こんな、ろくでもない親の元に生まれた子供が、ろくな人生を歩めるはずもなかったんだ。

「ねー、昨日の番組見た?」

「見た見た!」

「あれ超面白いよねー」

私が座っているベンチの後ろからは、私服姿の私と同い年くらいの女子たちが、楽しく談笑しながら過ぎ去っていく。

私も、もしかしたら、あの子たちのような人生を歩めたのだろうか。

でも、現実に『IF(もし)』なんてものは存在しない。あるのは過ぎ去った過去と、これから起きていく現実だけだ。

未来なんて誰にも分からないし、過去なんて帰られる訳もない。

私にあるのは、きっと、決定的な破滅だろう。

だから、せめて、今だけは、この幸せを失いたくはない。

久我さんと、もっと、一緒に――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――で!?なんでこうなったんだっけか祐郎!」

「変な仮面付けたテロ集団相手に交戦してんスよ!」

現在、俺はいきなり暴れ出したテロ集団に対して祐郎と共に戦闘を繰り広げている!

いきなりすぎて申し訳ないが、とにかくここまでの経緯を聞かせてやるから勘弁してくれ!

まず、署に来た俺は、いつも通り書類仕事に追われていた。だが突然、謎の武装集団がいるという通報を受けて、俺は祐郎や他数名と共に、その現場にやってきた。その現場は廃棄されたビル。そこで謎の仮面をつけた武装集団が、何かしらの装置を運んでいるという通報を受けたんだが、当然の如く気付かれたのだが、奴ら警告を聞かずに発砲してきやがったんだよ。

そして今に至る。はい説明終わり!戦いに戻る!

俺は遮蔽物にしているパトカーから身を乗り出し、すぐさま発砲。その弾丸は集団の肩やら足やらに直撃し、倒れる。

言っておくが、あいつらが装備しているのはアサルトライフルなどの軍事装備。

「あいつら、あんなものどこで手に入れたんでしょうね!?」

「知らん!そんな事言ってる暇があったら撃て!」

「でもいいんですか!?」

「安心しろ。俺は()()()だ!」

リロードして、俺はすぐさま反撃の発砲を放つ。アサルトライフルの弾丸が頬を掠めるが、直撃じゃないならなんの問題もない。俺はそのまま拳銃にある弾丸全てを銃口から吐き出させる。

「ひゃー、全弾命中。流石っス先輩!」

「そんな事言ってる暇があったら撃て、そうじゃないなら弾よこせ」

「当てる自身ないので全部先輩にあげるっス!」

「お前も戦えやァ!!」

その時、何か、電流がスパークするかのような音が聞こえた。

「なんだ・・・!?」

銃撃もやみ、そっと覗いてみると・・・そこにはタコの足のような青白く光る鞭を両手に持った男がそこに立っていた。

そしてその鞭には、『悪』の文字が。

「魔器ッ!?」

次の瞬間、男の鞭が俺の隠れていたパトカーを直撃し、爆発する。

「久我警部!?」

「市ヶ谷警部補!?」

叫びが轟き、場が騒然とするが、何の問題もない。

「・・・どういう事だ」

「いっつつ・・・」

俺は、御神刀『連双砲』を起動して、その攻撃をしのいだのだ。

「どういう事って、どういう事っスか?」

「こんな至近距離で魔器を発動させたんなら、どうしてセンサーが反応しないんだ」

「え!?首締まりおこらなかったんスか!?」

祐郎が驚くのも無理はない。実際俺も驚いてる。

鞭男が、俺に襲い掛かってくる。

俺は祐郎を抱えて後ろに飛んでかわす。

「だが、戦闘力としては魔器使いのそれとはかけ離れてる。適切に対処すればお前らにも対処できるぞ。あくまで常人の範囲内だ」

「常人の範囲内なら、どうにかなりそうっス」

祐郎が拳銃を構えて、そう答えてくれる。うん、良い後輩をもったな俺は。

「他にも出たらそっちで対処しろ、いいな!」

『了解!』

二丁のM9を構えて、俺は鞭男に向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

商店街を歩く。

正体は、当然の如くばれない。なぜならフードが深いウィンドブレーカーを着ているから。

商店街は、いつものように賑わっている。時々、買い物に来ることもあるから、少しだけお世話になる事が多い。それでも、あまり親しくならないようにしている。

だって、私の正体を知ったあの人たちの表情を、見たくないから。

今日は、散歩として外に出ているために、誰かに声をかける事もないだろう。

この散歩の目的としては、このあたりの地理を頭に叩き込む為だけど、もう一つ、ある。

それはまだ秘密。

ふと、横を三人の家族が見えた。娘一人の、仲睦まじそうな、家族。

「おとうさん、きょうのよるごはんはなに?」

「今日はハンバーグだぞ」

「ほんと!」

「よかったわね」

「うん!」

その女の子は、両親にはさまれて手を繋いでいて、花のような笑顔を綻ばせる。

私とは、違う、家族の形。いや、あれこそが、ありふれた家族の在り方で、ただ、私の家族関係が異常なだけだったのだ。

ただの普通の家族だったはずなのに。あの子の家族と、何も変わらないはずだったのに。

何が、違ったのだろうか。

一体、どこで何を間違えてしまったのだろうか。

だけど、どれだけ考えても、至るのはいつもあの両親の愚行で、そしてその子供である私はそれ以上の愚行を犯したのだ。

結局の所、クズの子からはクズしか生まれないのだ。

子供は、一番身近な大人を見て育つのだから。

そう思うと、目の奥がジン、と熱くなって、視界が霞んでしまう。

今更、もう遅いのだ。

温かい家族も、親しい友人も、楽しい生活も、何もかも、私は捨ててここに立っている。

あの人たちとは、全く違う道を歩んでいる。

今、あの人たちはどんな生活を送っているだろうか。

苦しい思いはしていないだろうか。

高嶋さんの怪我は治っただろうか。

白鳥さんは元気にやっているだろうか。

上里さんと足柄さんは、仲良くやっているだろうか。

藤森さんは怯えてないだろうか。

乃木さんは、元気にやっているだろうか。

しかし、私にそれを知る術は無い。

知る資格も、きっと、ないだろう。

いけない、油断するとすぐにネガティブな方向に考えが行ってしまう。何か別の事を考えなければ。

ふと、私の横を誰かが通った事を、その時の私は気付かなかった。

「へい・・・へい・・・ああ、今向かってる」

自分にいっぱいいっぱいだった私には、その人の存在に気付くことは出来なかった。

「これから最後の材料を手に入れる。待っていてくださいや、旦那」

ケケケケ、とその男は笑った。

私は、何か楽しくなりそうな事を考えながら、商店街を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの鞭男をかるーくのした後、俺は奴らの仲間が逃げて行った先に、部下をおいて一人先行していた。

「魔器使いが関わってるって事は、ただ事じゃないのは確かだな!」

そこはこのビルの地下駐車場。使われていないからかがらんとしているが、人の気配があるのは一目瞭然だ。

が、姿は見えない。

「どこに行きやがったあいつら・・・ん?」

なんだ・・・このお決まりな車の走行音は・・・・

と、思っていたらすぐ正面からトラックが突っ込んできた。それも魔器の加護付きのだ。

「うぉぉぉおおおお!?」

何某狩りゲーの緊急回避のように横に向かってダイブした俺の横を通過したトラックはそのまま街中に出る。

「・・・・くっそふざけんなよテメェらァ!!」

「先輩!?残りの奴らは!?」

「トラックで逃げた!お前らは車使え!俺は直接追う!」

「りょ、了解っす!」

トラックを追いかけ、俺は駈け出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅむ・・・こっちの青い印はアジトの目印なのでありますな」

先ほどの地図を暗記していたのでありますが、いつ忘れるか分かったものじゃないから改めて地図を買って印をつけて探ってみていた所、面白い事にあの謎の仮面集団の別アジトが見つかったのであります。

ふっふっふ、この忍者笹木野暁の手にかかれば、こんなもの見つけるのはお茶の子さいさいなのであります。

それで、今我輩はそのもう一つのアジト、どうやら地図の青い印、つまり、アジトの印には、その大きさによって主要度を決めているようであるらしく、我輩は、その中で一際大きなものの所に潜入しているのであります。

そして、今現在、ダクトを通ってボスらしき人物の部屋に向かっているのでありますが・・・

「ここでありますな」

見つけたので、潜入するのであります。通風孔の鉄格子を外して、潜入してみるとあらびっくり。なんとこの絡久良市の市長、縄間淳太郎に関する記事ばっかりではありませんか。

「・・・・本当にこれはびっくりなのであります」

おおう、かなりの事件性を感じるであります・・・・。

いやマジな話、これはかなり深いかもしれないのであります。

今まで姿をみせてこなかったのも不思議な話ではありますが、どうやら、綿密な計画を立てているようでありますな。

まず計画したという事で罪は重くなるのであります。

はてさて、他に何がありましょうか・・・むむ、これは、日記でありましょうか?

「読んでみるのであります」

さてさて、どんな内容なんでありましょうか。

 

 

 

 

 

「・・・・なん、で、あります、か・・・これ・・・・」

本当に、本当に、なんなのでありますか・・・・これは・・・

ほとんど、呪詛しか書かれていない。あの市長、縄間に対する憎悪や軽蔑、そして、この日記の人物があの縄間にされた事を綿密に書かれている。

もし、これが、本当なのだとすれば、この人物は、縄間市長に相当な憎悪を抱いている。

「他に、他に何かあるのでありますか・・・?」

探す、探す、探す。

写真を見つけた、二人の男女の写真を。見た所、どちらかが日記の人物でありましょうか。文字の癖からして男だと思いましょうけど、可能性は考えておくべきであります。

「もしこれが本当なら、急いで証拠をかき集めて、出動要請をしなければ・・・!」

何か、署を動かすに値する証拠を探さなければ・・・・

「これは・・・よし、これも、もっていこう・・・あとは・・・ッ!?」

そこで、我輩はあの日記を書いた人物の名前を知った。

しかしそこで、背後から足音が聞こえた。

「チッ!もうきたでありますか!」

でも、最低限の証拠はつかんだ!さっさとここからずらかるのであります!

 

あの日記を書いた男、それは――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

商店街を抜けて、市役所の前を通る。

ふと、そこで、私は市役所から、取材陣を伴って出てくる男の人を見つけた。

あれは確か・・・この街の市長の、縄間淳太郎さん、だったかしら?

少し興味をひかれたので、私はその縄間さんに近付いてみる事にした。

「バーテックスの出現により、人類は海の大半を失いました。だからこそ、工場から出る廃棄物の燃料などを減らすべきなのです。限られた海をより快適にして、魚類にとってよりよい住処を充実させるべきなのです」

なるほど、確かにそれなら漁業が活発になり、ついで世界の領土のほとんどを失った人類にとっての最大の問題である食糧問題の解消にも繋がる・・・・一応、神樹様のお陰でその点も問題ない筈なのだが、それを考えている暇はないだろう。何せ、人類はそこまで追い詰められているのだから。

戦線を退いた私はただ、あの人たちの勝利を祈る他ないのだが。

まあ、中々に良い人だという事は分かる。

 

・・・私が、人の悪意に敏感じゃなければの話だけど。

 

あの人、絶対に何か隠している。

というか企んでいる。おそらく、工場問題は、単なる資金集めの類なんだろうけど、何かを企んでいる事には違いない。

気になる。でも、私がそれを知った所で、何かが出来るわけはないだろう。

知らぬが仏。私は、下手な口出しはしない事にした。

この街の問題は、この街の人間がするべきなのだ。

私は、この街の人間ではないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

逃げるトラック。俺はそれを全力疾走で追いかける。

「くっそ!ただのトラックじゃねえなありゃあ!」

通常のトラックより明らかに速度が異常だ。なんだありゃ、電車か何かか!?

あの速度で事故らねえとかどんな運転テクニックだよ!よし、ふざけるのはここまでにして、おそらくあの『悪』と何か関係があるのだろう。そうじゃなければあんな風に走れる訳がねえ。

と、そう考えていたらトラックのコンテナの扉が開いて、中にいた男の一人が何かを向けてきた。てかあれってまさか――――

「ロケットラン―――」

言い終わる前に敵がロケットを撃ってきた。

「うおぉぉお!?」

すぐさまそれを空中で撃ち落とし爆発させる。この間のような大惨事にさせてたまるかっての!

だが、追い付けないってわけじゃない。このまま行ければ飛び移れるだろう。が、現実はそうはいかない。

今度はあのトラックの脇からセントリーガンが出てきた。

「うおあ!?」

その自動連射銃から乱射される弾丸を避ける。だがそれだけではない。

「RPG!?」

今度はアメリカの軍にありそうなミサイル兵器、RPGをぶっ放して来やがった。

てか、本当にあんな武装どこで手に入れたアイツら!?

それだけではなく。

「今度はガトリングガーン!?」

セントリーガンとは比べ物にならない速度で無数の弾丸が発射され、そこへRPGの砲撃も重なって道路はめちゃくちゃだ。

「くっそが!」

こうなりゃあの車パンクさせて事故らせてやる!もうなりふり構ってられるか!

ほぼ一瞬のうちにトラックの片方のタイヤをパンクさせてスリップさせてどっかの店に突っ込ませる。よし、怪我人はいないな。店の方はあとで賠償金出そう。

とりあえず俺はトラックに近付く。

「ったく、一体どうやったらこんな普通のトラックがびっくり兵器ボックスになるんだっての」

よっぽどの科学者がいるのだろうか。しかしこの日本にそんな兵器持ち込む余裕なんてなかった筈だが・・・

「アメリカ軍基地の名残・・・なんつってな」

とりあえず、今はこいつらが何を運ぼうとしてたか確認しないと。

「せんぱーい!」

「ん?祐郎か」

そこで祐郎たちがやってくる。

「もうめちゃくちゃっすよ!道路はボロボロになるわ、消火栓は吹っ飛んで水は溢れ出しているわ、もう大量の苦情が舞い込むのは必至ですよ!」

「悪いな。まさかあんだけの兵器をこんな街中で乱射しまくるとは思わなくてな」

「本当になんなんすかこいつら」

「さあな。ま、一人にだけでも白状させればいいだろ」

とりあえず、今はこのトラックの中を―――

 

 

そこで、俺たちの背後でパトカーが吹っ飛んだ。

 

 

「・・・・は?」

あまりにも突然の出来事で反応できなかったが、とにかく、パトカーが吹っ飛んだという事は分かった。

その吹っ飛び方が、異常だという事も、分かった。

舞い上がる炎の中、一人の男がやってくる。

姿は一見スーツだ。だが、問題なのは、その男が全身白黒で光っていて、とてもではないが人間とは思えない異様さを放っていた。

「・・・お前は・・・」

「・・・・久我真一だな。郡千景を匿い、あわよくば我々の邪魔するとは」

こいつ・・・どこで楔の事を。

とにかく、こいつは危険だ。

「えっとえっと・・・あ、あった!こ、こいつ!二十五年前にこの街にやってきた中国人家族の一人息子の『(リー)俊杰(チンチエ)』です!」

「おい、あの怪しさ満点のわけわからない体色状態のあいつの顔からどうやって個人を特定したテメェ!?」

「それが特技なんで!」

「ま、まあいい!とりあえず特定御苦労!本部に連絡しとけ」

俺は、男に―――李に拳銃を向けた。

「お前が一体何物なのか知らねえが、魔器使いであるなら、お前の魔器、破壊させてもらう」

「それはこちらのセリフだ。お前たち救導者の使う御神刀は我々にとって邪魔な存在、早々に破壊させてもらう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうにか屋上に出られたのであります。

「急いで署に向かわなければ・・・・」

そこで飛び降りようとしたところで、突如として腕にワイヤーフックがひっかけられる。

「な!?」

「フッフゥゥゥウウ!」

そのまま持ち上げられ、宙を舞う。

何が起きているのか分からず、我輩は地面に叩きつけられ、道路の上を引きずられる。

「づッ!―――『無形刀』ッ!!!」

すぐさま御神刀を発動し、身体へのダメージを軽減させて我輩はワイヤーの先を見る。

そこには、巨大な鋼鉄の翼を両手に装着して背中のジェットパックで飛んでいる男がいる事に気付く。

「くっ、あっ・・・この、調子に乗るな!」

我輩は両足を踏みしめ、さらには忍者刀を地面に突き刺し、男の飛行をとめる。

「うおっと!?」

男が一瞬ぐらついた所を狙って、我輩はすぐさま腕につけられたワイヤーを引っ張る。

「『翼斬(ウィンドスラッシュ)』ッ!!」

「ぬあ!?」

すると奴はこちらに向かって衝撃の斬撃をぶっ放してきた。

我輩は慌てて忍者刀を抜いてその斬撃を防御するも、その隙を狙われて我輩は宙を舞った。

「くっあぁぁぁぁあああぁああああ!!!」

縦横無尽に飛び回られて、やがては海岸沿いにあるコンテナ置き場に叩きつけられる。

「く・・・ぅう・・・・」

「ハッハー!いいカモが手に入ったぜ」

あの鳥男は、クレーン車のてっぺんに上って我輩を見下ろしてくる。

「・・・はっ、不意打ちした程度で勝ったつもりでありますか。なんと浅はかな男なのでありましょうか」

「好きなだけ言え。正々堂々やって勝てたら苦労はしねえっての」

「それは利口な事で・・・」

男の姿は、両腕につけられた鉄の翼はともかく、それを制御する為か、体中に機械的な装置をつけられている。ついで顔はバイザーによって隠されていたが、それが背中に回され顔が晒されてる。

ただのはげたおっさんなのでありますが。

だが、その姿が、とある神秘によって構成されているものだという事が、我輩には分かる。

「魔器『翼』」

そう呟くと、男はこれまでにないほどの笑みを浮かべた。

「その通り、そしてお前の無形刀の文字は『刀』。だがそこは問題じゃねえ。お前にとっての問題は、これから俺様によってその御神刀を破壊されるってことだ。いや、あるいは殺されてるかもしれねえってことだ」

「それは、随分な自信でありますな」

魔器が御神刀を破壊する?はっ、笑えない冗談であります。

「お前、街の一角でバイク屋を経営している、『ジョンソン・ハーバー』でありますな」

「ああ、ここには十年は済んでるぜ?ま、本業は別にあるが」

くっくっくと笑うジョンソン。

そんな奴に向かって、我輩は忍者刀を構える。

「来いよ」

「ん?」

「格の違いを見せてやるのであります」

女だからって、舐めるなよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

(曇ってきた・・・一雨来そうね)

空は、青空から一転し、灰色の曇り空へと変わる。

 

 

 

 

その日、少女の運命が変わる。

 

 

 

 

悪、李俊杰と対峙する真一。

 

翼、ジョンソン・ハーバーと対峙する暁。

 

そして、楔は曇り空を見上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・チッ、感づかれたか」

舌打ちをして、相馬は窓の外を見る。

「そろそろ、私も出るとしようか」

男は、かけていた眼鏡に触れる。

すると、そこから『染』の文字が浮かび上がり、それが形を成し、やがては四本の巨大なアームとなる。

そして、どこかに連絡を取る。

「・・・・私だ。出ようと思う・・・・ああ、例の物はその場で作る・・・・ああ、分かっている。せいぜい、しくじるなよ」

そうして通話を切り、相馬は外に出る。

「覚悟しろ。縄間淳太郎。貴様の仮面を今こそ剥いでくれる・・・!!」

相馬は、自分の部屋のある建物の屋上から、絡久良の街を見下ろした。

「そして、郡千景、貴様には、我が姪の苦しみを味合わせてくれる・・・ッ!!」

相馬は、冷めた、しかしその奥に暗い憎悪の炎をともし、そのアームを使って街中を移動していった―――




次回『正『義』とは何か』

正義の反対は悪ではなく、また悪の反対は正義ではない。


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正『義』とは何か

波導が、襲い掛かってくる。

「くぁっ!?」

襲い掛かる真っ黒な波導は、三日月を描いて俺の方に飛んでくる。それを俺は横に飛んで躱す。

反撃と言わんばかりに引き金を引くも、それを李の奴はやすやすを躱してくれる。

「ハァッ!!」

また波導攻撃。今度は地面に叩きつけてでの波のような攻撃。それを飛んで躱す。背後の建物が粉砕される。

「くそ!なんだんだ一体!?」

なるべくここから動かさないように立ち回っているが、かなりの攻撃範囲と距離があるうえに、こちらが近づこうとすれば近付けさせないとばかりに波導を放ってくる。

銃を持っている相手にそれは悪手かもしれないが、相手も飛び道具を持っているならそれも関係ない。

むしろ威力は向こうが上だ。

分が悪いのはこっちか?だが連射性能はこっちが上だ。当たればの話だが。

どちらにしろ、当てなきゃ意味がない。

「喰らえやッ!!」

もう一度拳銃を発砲。しかし、躱される。野郎、わざと距離を取らせることで回避する時間を稼いでるなくそったれが。

『アレ』を使うか?いや、アレは威力が高すぎる上に、直撃させる自信がない。

アイツの反応速度を見ても、直撃するかどうか分からない。

だが、銃弾が距離で当たらない以上、やる事は一つだ。

 

接近して叩きのめす!!

 

そう思い、俺は走り出す。

それに気付いた李の行動は、俺を近づけさせないように波導を放ちまくってくる。だがそれ全ては俺には全て見えている。だから、回避できる。

「ッ!?」

そうして、俺は奴を至近距離に納める。

拳銃の弾丸は、剣のように鋭利ではなく、丸形ハンマーのような形をしている。だから一部ではこう呼ばれる。

 

『強力な打撃武器』と。

 

俺は拳銃を至近距離で李に向ける。

そして発砲。李はぎりぎりの所で俺の向けた腕の方を蹴って回避するが、俺の拳銃は二丁だ。

だから、もう片方の拳銃を李に向け、振りぬくように引き金を絞り、連射する。

斜め下から、薙ぎ払うかのように放たれた弾丸は李の脇腹から反対の肩にかけて銃弾が連続で直撃する。

「ぐ、ぅう・・・」

顔しかめる李。よし、今すぐその気持ち悪いネオン体色を引っぺがしてムショ(刑務所の略)にぶち込んでやる!!

そう意気込んで、追撃の銃弾を放とうとした直前、李の手が俺の二の腕を掴んだ。

「―――ッ!?」

「『安らぎの悪夢(インヴィテーション・ナイトメア)』」

その時、暗い闇が、俺の意識を覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空を飛ぶ相手に、我輩は今、絶賛苦戦中。テヘ♡。

いやテヘじゃねーよ自分でやってて流石にイラついたでありますよ何してるんでありますかちくしょうめ!

とにかく敵は空を飛んで、上手く攻撃を当てられないのであります。

「オラオラどうしたぁ!!」

「くっそぉ!!」

壁を駆け上って、どうにか高度だけは保ってはいるが、それでも相手の自由な機動力には敵わない。かならず空中で躱されて、それでまた駆け上る。それの繰り返しであります。

「いくぜぇ!『羽撃ち(フェザーショット)』!!」

「ッ!?」

野郎!鋼鉄の羽をマシンガンのように飛ばしてきたであります!我輩はそれを自慢の脚力で躱していきますが、正直、防戦一方になっているのはいなめない。

「まだまだぁ!『翼斬(ウィングスラッシュ)』!!」

今度は翼による飛来する斬撃!これは威力が高い!

どうにか躱すも、空ぶった斬撃は地面を切り裂き、深い亀裂を生む。

「くぅ、遠い場所からじわじわと・・・!!」

「ハッハッハッハ!!やられるのも時間の問題だなぁ!なあ救導者さんよぉ?どうだぁ?俺のような奴にボコボコにされるのは」

「ゾッとしないでありますな。そんな高い所から高見の見物とはずいぶんと高貴な身分なようで。それとも、空飛ばないと殴られるから降りたくないとかでありますか?」

「全くもってその通りだが?」

「あ、それじゃあいつまで経っても我輩に攻撃は当てられませんな。いえ、むしろ射的は下手なほうで、雑魚、射的は雑魚ですか?」

ぴきり、という音が聞こえた。

「あらら、もしかして図星でありますか?知らなかったでありますなー、まさかお空をお飛びの貴方様が、距離を取っているのに射的下手とは」

さあさあ、どうでるでありますか?どうでるでありますか?

「・・・・」

「てぇ、無言で羽根連射すんのやめてなのでありますぅ!?」

「コロス、メテエハコロス」

「まさかの怒りのツボ!?ここまで機械的になるなんて予想外であります!?」

無数に降り注ぐ羽根の雨を掻い潜り、我輩は、走り回る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何やら、街が騒がしい。

どうやら、海沿いにあるコンテナ置き場と、街中で大きな交通事故が起きたらしい。

だが、その規模からみて、おそらくあの人たちが魔器使いと戦っているのだろう。

私は、あの芽依って子から、もう救導者の活動にはかかわるなと言われている。

だから、行くわけにはいかない。私がいけば、きっと気になって戦いに集中できないと思うから。

あの人たちが負けるとは思っていない。ただ、少しだけ心配だった。

怪我をしてないだろうか、悩んだりしていないだろうか。

その引き金を引く事を、その刃を振り下ろす事を、躊躇ってはいないだろうか。

辛い、思いをしていないだろうか。

きっと、勇者として活動していた私が、今の私を見れば、きっと嫌がってしまうかもしれないが、今は、それでいいと思ってる。

そう思っている間に、雨が降ってきた。

さて、どうしてだろうか。

 

とても、胸がざわつく―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「動くなぁあああ!!」

銀行の中で、そんな声が聞こえた。

窓際で、母さんを待っていた時に、強盗の男は、すでに職員に向かって拳銃を突き付けていた。

「その中に金ぇ入れろぉ・・・今すぐだぁ!!」

男は、半狂乱になってそう職員にうながしていた。他にも、仲間が一人。

周囲の様子を見張っているようで、その男は、職員に拳銃を突き付けている男が金を入れさせている間に、俺たち、銀行にやってきていた人たちにこう言った。

「下手に動いてみろ。その瞬間、テメェらの脳天ぶち抜いて脳ミソぶちまけてやるからなァ!!」

分かりやすい、脅し。

ふと、隣のスーツを着た男が、そんな警告を無視して外に助けを呼びに行こうとしていた。

だが、それもすぐに見つかり、ガラスに弾丸が直撃して、砕け散る。

「動くなつったよなぁ!?テメェッ!!」

「ひぃい!!」

「怖がるぐらいだったら動くんじゃねえよ!この、クズがァ!!」

男は、その男性に近寄って、屈んでいる所へ腹に蹴りを入れた。そのまま、スーツを着た男は腹を抑えてうずくまった。

「いいかぁ!次は外さねえし容赦しねえ!俺たちの仕事が終わるまで、きちんと大人しくしてりゃあ誰もしなねえんだ。いいなぁ!!」

先ほどの一発が決め手となったのか、すっかり怯えている客たち。

目に入った母さんも、下手に動けないでいた。

一方、職員に拳銃を突き付けている方も、金を入れる事をせかし、相手の方へ集中していた。

俺も、屈んで、その場でじっと動かなかった―――――

 

 

それでいいのだろうか?

 

 

この二人は、拳銃を持っている。殺す覚悟をもってここにやってきている。

そして、まともな考え方をしていないように見える。

もし、その銃口が、周りの人に、母さんに向けられたら、どうなるのだろうか・・・・?

 

「詰め終わったかぁ?」

「ああ、いいぜぇ兄貴ぃ」

金をありったけ詰められた鞄を肩に背負って、逃げようとする男たち。

そこで、ふと、兄と思われる男は、母さんに目を付けた。

「ちょうどいい・・・」

男の口角が、吊り上がるのが見えた。母さんが、怯えるのが見えた。

このままでは、母さんが連れていかれる。

「来いよ」

男の手が、母さんの腕をつかむ。

「い、いやです、誰が貴方たちなんかに・・・・」

「いいから来いっつってんだろ!!」

男の拳銃が母さんに向けられる。

 

殺される。

 

俺の手元には、ガラスの破片。なんでも切れそうな、鋭利な―――刃物。

 

殺されてしまう。

 

それを手に持って、俺は、足音を立てずに歩み寄った。

「いいかぁ?俺が来いっつったら来るんだよ・・・この拳銃が見えねえのかぁ?ああッ!?」

走ったのではない。必死になったのではない。ただ、全力で、確実に、奴を仕留める為に。

 

殺すために、一歩一歩を踏みしめるのだ。

 

そう、この世の法則など、たった一つだ。

 

 

 

殺される前に――――殺すッ!!

 

 

 

「―――やめなさい、真一ッ!!」

「はっ・・・?」

母さんの声が聞こえた時には、俺は、兄の方の男の首に、ガラス片を突き立て、引き抜いた。

そして、その傷口から、赤い液体が吹き上がる。

「え・・・な・・・あ・・・」

「死ねよ」

自分の口から出た、酷く冷淡な声。それが俺の声だと気付くのに、そんなに掛からなかった。だって、そんな感情を持ってるのは、俺だけなのだから。

「あ、兄貴ぃぃぃぃぃいいいい!!!???」

弟が、絶叫する。

大量の血を噴き出して、兄が倒れていく様を、弟は、驚愕のままに見ていた。

俺はすぐに、兄の体から離れ、飛び散る血を回避する。そして、倒れる兄の男は、ぴくぴくと痙攣した後、それっきり動かなくなる。

場が、騒然とする中で―――

「て、テメェェエエエエ!!!よ、よくも兄貴をぉぉぉおおおお!!!」

弟の方が、俺に向かって拳銃を向けた。そして、すぐさま弾丸が放たれる。

だが、俺は避ける事はしなかった。

 

何故なら、その弾丸は、俺には当たらないから。

 

俺の顔のすぐ横を通り過ぎた弾丸は、床のタイルを抉り、貫く。

そして、その銃声を皮切りに。

「きゃぁぁああああ!!」

「ひ、人が死んだぞぉぉおおお!?」

「ぎゃあぁあああ!!」

銀行の中は一気にパニック状態になる。

しかし、そうなった今でも、俺の頭は恐ろしく冷えていて、自然とその視界に兄が握っていた拳銃が入り、俺は、おもむろに、その拳銃を拾ってみせた。

「て、テメェ・・・そ、それで何するっていうんだ・・・・」

弟の男は、すっかり及び腰になり、震える手で、拳銃を俺へと向けていた。

俺は、そんな男の事を見ずに、ただ拳銃を物色。そして、その拳銃のスライドを引いた。

そして、俺はそれを持つ手を下ろした後、男の方を向いた。

「み、見るなよ・・・見るなよ・・・おい・・・」

男は、すっかり怯えているようだ。

「み、見るなぁぁああ!!」

男が、拳銃を引き絞って、弾丸を乱射する。

しかし、そのどれも、俺には当たらなかった。そんな、震える手で、当たる訳もないだろうに。

まぐれで一発はあり得たかもしれない。しかし、それすらお前には起きなかったようだ。

全弾撃ち尽くし、スライドが固定される。

「ひ、ひぃいい!?」

後ずさる。しかし、その距離は、拳銃から放たれる弾丸の射程距離内だ。

 

やらなければ死ぬ。何かしなければ殺される。だから、俺は殺す。

 

 

殺される前に、殺しかない。

 

 

両手で持ち、俺は、男を両目で睨みつけ、そして――――

 

「死ね」

 

引き金を引いた。

 

 

弾丸は、男の眉間へと命中し、男は、仰向けに倒れ、沈黙する。

一方の俺は、銃から来る予想外の反動に両足が踏ん張れず、そのまま吹っ飛んで倒れた。

両の腕を打ち上げる感触。腕に引っ張られて、倒れる感覚。そして、視界をよぎる銀行の天井。

そのまま、俺は受け身もとらずに、背中から地面に激突。

しばし、茫然とした。そののち、おもむろに体を上げて、目の前を見た。

そこには、二人の男の死体。一人は首を掻っ切られ、一人は眉間を撃ちぬかれていた。

肩に来る激痛すら忘れ、俺は、自分の両手を見た。

 

赤、しかなかった。

 

どうやら、兄の方の男が作った血だまりの上に落ちたらしい。

そんな、軽い気持ちな思考が、俺にはあった。

顔を拭おうとしたが、その腕すらも血まみれだという事に気付かずぬぐってしまう。

そして、そののちに、俺は頬を引っ叩かれた。

「なんて事を・・・ッ!!」

最初は、何故叩かれたのか分からなかった。

悪者を倒した。それだけのはずだ。

だけど、現実は違う。

俺は、殺したのだ。二人の男を。

しかし、俺の中にあるのは、後悔ではなかった。

何も、感じなかった。怯えも、なかった。

罪悪感もなかった。

ただ、そこにあったのは、冷たい、深海のような、ひんやりとした感覚。

冷たい、赤い液体。

 

それだけが、俺の手に残っていた。

 

 

 

 

 

そこから先の事は、スムーズに進んだと思う。

たかが、()()()()の所業になにをそんなに驚く事になるのか、分からなかったが、とりあえずまだ現役だった父さんや母さんにものすごく叱られた。

そして、小学生が殺人をしたなどとは、世間的によくないという事でかなりの規制がなされ、その事件の事は、一般的には、二人の強盗犯が仲間割れをして殺し合い、相討ちになったという事になった。

しかし、その場にいた者はやはり多く、その隠された事実は街の中におけるネットワーク介して広まり、やがては、学校にまでその事実がうわさされるようになった。

ただ、噂というだけで、それを立証する証拠はないために、そこまで重要視される事はないだろう、そう思っていたが、その噂を使って俺を叩こうとした奴らが出てきた。

ただの面白半分、という事らしいが(一応そいつらは言葉で封殺してやったが)、それを切っ掛けに、俺に対するいじめが増えてきたように思う。

 

 

それが俺、後に『殺人刑事』と呼ばれる事となる、久我真一の始まりだった。

 

 

 

 

そう、殺される前に殺さなければならないのだ。

 

何があろうと、どんな事があっても、俺は、殺さなければならない。

 

どんなに血を浴びようとも、どんなに罵倒されようとも、俺は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――テメェを殺す」

「ッ!?」

意識が覚醒する。

くそっ、こいつに掴まれると意識を遮断されるのか!

だが、俺はすでにコイツの顎の下に銃口を向けている。そのまま引き金を引いた。

間一髪の所で李の奴は頭を下げてそれを躱した。

「チッ!」

「くっ」

躱された。ならば追撃する。

殺さなければ―――こいつを殺さなければ、また、別の誰かが――――

 

 

 

 

 

 

その様子を、真一の後輩である祐郎は見ていた。

「・・・・まずい」

そして、祐郎は、今の真一の眼つきを見て、悪寒が背中を走った。

「先輩―――()()()()()()()()()!!」

 

真一は、実は、絡久良警察署内では、『殺人刑事』の異名を持っていた。

逃げる犯人の足を街中であっても容赦なく撃ちぬく。人質を取った強盗犯の肩を躊躇いもなく撃ちぬく。爆弾のスイッチを持つ爆撃犯の腕を何があっても撃ちぬく。

どんな時でも、彼は手加減せず、致命傷とならない程度に今までの現行犯たちを撃ってきた。

だが、もし、どうしようもなくなった時、犯人が、誰かを殺しそうになった瞬間、真一は――――

 

それが女であろうが老人であろう子供だろうが、どんな境遇に立たされた人間であろうが、容赦なく撃ち殺す。

 

例え、誰かの為に犯罪を犯した人間であっても、真一は、その眉間を、命を撃ちぬく。

 

普通、そんな事を頻繁に行っていれば、拳銃は取り上げられるのも当然。

だが、彼の積み重ねた実績が、それを許さなかった。事実、彼が撃たなければ、他の誰かの命が奪われていたという場面は、幾度となくあった。

だから、真一は、署内では孤立していた。

警察唯一の汚れ役として、ずっと。

 

そして、真一の眼つきが変わるとき、それは、殺人を犯す前兆――――ッ!!

いわゆる、彼の殺人スイッチがONになっているのだ。

 

「ダメっす・・・ダメっスよ!先輩!!久我先輩!!!」

しかし、祐郎の叫び声は虚しく、真一には届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨が、体を打つ。

「ハア・・・ハア・・・」

「くっそ、なんてすばしいっこいんだコイツは・・・・」

ぜ、全部避け切ってやったのであります・・・!!この雨の中、悉くを躱しきってやったのであります!!!どうだザマミロこのハゲタカ野郎め!!ワハハハハハ!!

「チッ、時間切れだ」

ふと、ハゲタカ野郎がそう呟いだ。

 

ハ?時間切れ?

 

「わりぃな、俺、これから用事があるんだ」

「なぁ!?逃げる気でありますか!?」

「あ・その通り、じゃあな~」

「わざわざ歌舞伎風にいうな!!こらぁ!飛んで逃げるなぁ!!!」

く、飛んでいるから奴の方が機動力も移動速度も上でありますか・・・・

「まんまと逃げられたでありますな・・・あ、そうだ。すぐに署にあの事を報告しなければ・・・・!!」

慌ててスマホを取り出す。しかしそこには、何度も不信着信の表示がされていた。

「なっ・・・って驚いてる場合じゃないであります」

すぐに署に連絡を取る。

「もしもし、こちら交通課の笹木野、今お耳に入れたい事が・・・・え・・・」

いきなり返ってきた怒声の内容に、我輩は、頭が真っ白になるのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

撃つ撃つ撃つ。

至近距離で、M9を乱射しまくる。

「ぬ、ぐぅ・・・・」

全て命中する。しかし、そのどれもが腕や足。致命傷じゃない。

「ハアッ!!」

波導が飛んでくる。それを躱して、頭部を狙って拳銃の引き金を引いた。

だが、それすらも躱される。頭に対するガードが厚い。

それならば、削り切るまで。

俺は、何度も拳銃の引き金を引いた。

「ぐっ、くっ・・・その目、いささか警官のものとは違うもの含んでいるな・・・・!!」

「・・・・」

李が、地面を殴り、衝撃波を波紋状に起こす。思わず後ろに飛んでしまった。

「そんなお前に問いたい。お前にとって正義とはなんだ?」

「正義・・・・?」

なんだ、いきなり・・・・?

「お前、『殺人刑事』と呼ばれているようだな。何故、相手を殺す?殺す必要はあったのか?殺される程の理由が、奴にはあったのか?」

「魔器の文字が『悪』の奴がよく吠える・・・・」

「『悪』・・・?ふっ、そうだな。確かに私の魔器の文字は『悪』だ・・・だが、だからこそ私はお前に問いたい。お前にとっての正義はなんだ?人を殺す事か?人々を守る事か?一体、お前の掲げる『正義』とは一体なんだ?」

正義・・・正義か・・・・

そんな事、考えた事もなかった。だが、強いて言うなら・・・・

「一を切り捨て全を救う・・・・ことじゃないのか?」

どうせ、全員が全員、幸せになれないのだから。

「・・・・何?」

ふと、李の雰囲気が変わる。

なんだ?なんだか、どす黒いものに・・・・

「多くを救う為に、少数を捨てる・・・本気でそう言っているのか?・・・ならばお前に正義を語る資格などないッ!!」

叫ぶ李。

「たった一つの命さえも切り捨てて全てを救うだと?ふざけるな!全てを救わずして、何が正義か!何が英雄かァ!!守るものの為に犠牲が必要などとは、貴様それでも警察かァ!!」

「よくいう・・・そういうお前は今現在進行形で街をぶっ壊してるじゃねえか」

「それもそうだ・・・だが、俺がやっている事は決して正義などではない。そしてお前も、正義を語る資格などない。俺は悪をもって悪を討つ!あの・・・私の両親を奪った、あの縄間淳太郎に鉄槌を下すためにッ!」

縄間淳太郎?何故、そこで市長の名前が・・・・

「おい。なぜそこで縄間市長の名前が出て・・・」

「そうか・・・お前たちは知らなかったな・・・・あの男は二十年前・・・私が十三歳の頃、とある実験で俺の両親を殺したのだ・・・そう、あの薬品実験のせいでなッ!!」

「薬品実験だと・・・?」

一体、何の話を・・・というか二十年前って、俺がまだ四歳の時じゃねえか。知らないぞそんな事。

「忘れもしない・・・奴は中国人である俺たちを誘拐し、ある薬の実験体として我々を病気にさせ、そしてその薬を服用させられ続けた・・・・だが完成したのはその病気に対する特効薬ではなく、その真逆、感染したものをものの三日で死に至らしめる、死のウィルス。奴はそれを作りだした!そして、俺の両親をそのウィルスで殺した・・・!!」

なんだそれは・・・・・

「・・・・仮に、そのウィルスがあるとして・・・」

「仮にではないッ!!そのウィルスは実在し、そして私はそのウィルスを体に投与された!幸い、その時受けた、魔器『悪』のお陰で一命をとりとめ、どうにかその研究所から脱出した。だが、もはや帰る手段も、家族をも失った私には、何もなかった!!そして誰も私の話を信じなかった!!だから私は復讐する!縄間淳太郎に鉄槌を下す!必ず裁きを下して見せる・・・ッ!!」

李は、手をきつく握りしめていた。

だが、そんな事はどうでも良い。

「話は終わったか。ならばさっさとその魔器を破壊させろ」

「ふっ、貴様は所詮、そこへ行きつくのか・・・だが、残念だったな。時間切れだ」

「時間切れ・・・?何を言って・・・」

その時、連続する風切り音と、奴を中心に叩きつける風圧が体を叩いた。

一体何かと顔を上げてみれば、そこには、ヘリが一台、飛んでいた。

「ヘリだと・・・・!?」

「さらばだ久我真一。まあ、すぐに会う事になると思うがな」

跳躍し、奴はヘリに乗り込んだ。

「逃がすかッ!!」

俺は、すぐさまヘリを落とすべく、拳銃の引き金を引いた。その弾丸は、ヘリのプロペラの接続部を狙い過たずに直撃し―――――

「無駄だ」

――――なかった。

いつ強化したのか、俺の弾丸が弾かれ、そのままヘリは上昇し、どこかへと飛んで行ってしまう。

つまり・・・逃がしたか・・・・

「くそっ・・・」

「先輩ッ!!」

「祐郎・・・?」

そこで、祐郎が慌ててこちらに走ってきていた。

心なしか、何か、慌てているようだが・・・・

「先輩ッ!大変っス!!」

「どうした?何があった?」

祐郎は、一度、心を落ち着かせるように呼吸を整えようとするも、まだ整え切っていない状態で、その先を言った。

 

「刑務所が、襲撃されました!!」

 

 

 




次回『変わる運『命』』

その運命は、少女を再び戦場へと向かわせる。


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変わる運『命』

雨が降ってきた。

周囲の人たちは、持参していた傘をさす人もいれば、慌てて走り出すもいた。

私?天気予報を見ていなかったという事で察してほしい。

ただ、今着ているウィンドブレーカーのお陰で、体そのものが濡れるという事は回避できそう。だから、私はフードをさらに深く被って、また歩き出す。

しばし歩いていくと、都内の道路で、何か、人だかりが出来ていた。

こういうのは、あまり関わらない方がいいのかもしれないけど、気になったので、そこへ行ってみる。

人だかりが多くて、向こう側は上手く見えない。

どうにか体が小さいのをいいことに人混みを掻い潜っていくと、不意にひっくり返って煙をふいているパトカーの姿が見えた。

それを見た瞬間、私は、不意に、どくり、と心臓が跳ねるような音がした。

「なんでも被害者はいないみたいよ」

「なんか街中でバズーカ乱射してたトラックがあったみたいだけど」

「誰も死ななくてよかったわねぇ・・・」

良かった?何が?これの一体どこが良かったのだろうか?

あの人は無事?警察がらみでこの惨事であるなら、きっと魔器使い関連の事のはずだ。

もし、あの人があのパトカーの下敷きになっていたりしたら・・・・

「そういえば、なんか変な恰好をした男がすげえジャンプでどっかいっちまったぞ」

「なんか仲間の警察官の人に刑務所がどうたらとか言われてたけど、警察関係の人なのか?」

そんな会話が聞こえた。

刑務所・・・たしか海岸の方にあったわね。そこに、あの人がいる・・・?

そう思うと、私は知らず知らずのうちに走り出していた。

胸騒ぎがする。もう関わるなと言われたけど、とても、いやな予感がする。

 

どうせ行ったところで何かできるわけじゃないけれど、私は、その刑務所に向かって走っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

畜生、畜生!!

まさか刑務所を襲撃するなんて、何考えてんだ!?

建物の屋上を飛び移ったり、駆け抜けたりして、最短距離で刑務所に向かう。

打ち付けてくる雨水の中、視界の先に、煙をふいて燃えている刑務所が目に入った。

「くそッ・・・!!」

急がないと、その思いだけで刑務所に辿り着いた俺は、刑務所の中から大量の脱走者がいる事に気付く。

あれのほとんどは魔器使いや、この四国に潜んでいた極悪非道な犯罪者たちを収容しており、この機会を逃さんと警備員を殴っては武器を奪い、そのまま逃走していた。

さらに外にはあらかじめ用意されていたかのようにトラックが数台置かれている。

くそっ、完全に計画的じゃねえか!

「とにかく、まずはあのトラックを・・・」

「おおっとさせねえぜぇ久我真一ぃ」

「!?」

殺気。を感じた時には俺はすでに飛び退いていた。そして、俺がさきほどまで立っていた建物の一角に雷が落ちる。

「電気!?」

「そう、だが正確には(いかづち)だ。魔器『雷』。それがこの俺、『江砺玖(えれく)(げん)』の力だ!」

見上げれば、電気を纏って空を飛んでいる男がいた。

「魔器使い・・・まさか、あの魔器『悪』も・・・!!」

「そう、俺たちはチームだ。チームプレイで今日一日に起きた事全てを起こした。そして、俺たちの計画も、かなりの段階にまで迫った」

逃げていく収容者、目の前には魔器使い。

どうする?どっちを優先する。

「と、まだおしゃべりしていたい所だが。俺はこれから哀れな子羊たちの脱走を手助けしなければならない。あばよ!!」

「ッ!?」

野郎、今なんつった!?

脱走の手助け?まさか・・・

しかし、その予想が的中した。

「痺れな!」

フェンスを作って脱走者を一人も逃がさないようにしていた警備員たちを、奴は事もあろうか、雷を落として全滅させやがった。

「さあ行きたまえ同胞たちよ!ただし、この門を出たが最後、『計画』が終わるまでは俺たちの元で動いてもらうぜぇ!!」

その声に一瞬の戸惑いを見せた収容者たちだったが、しかし関係あるかと一歩を踏み出し、次々に脱走していく。

「野郎!!」

瞬次に、俺は奴らを狙い打とうとした。

だが、背後からずしん、ずしんという音がして振り返れば、そこには見るも巨大な大男がいた。

その頑強そうな肉体に、固そうなプロテクターを体中につけ、頭さえも兜によって守られている。

その姿は、まるでサイ。

その大男が、拳を振り上げて、こちらに向かって振り下ろしてきた。

「うわぁああ!?」

慌てて飛び退き、建物から一気に落下。その最中で、俺は奴が一撃で建物の一角を砕くところを見た。

なんて力だ。あんなもの、まともに受けたらひとたまりもない。

と、そんな事考えている場合じゃない。今はとにかく、脱走者たちを・・・の前に着地!

どうにか両足で地面の着地に成功する。

御神刀のお陰で身体的強化が成されているから、それほど衝撃はない。

いつの間にか、トラックが何台か発射している。

くそ!今すぐにでも・・・

「おおっとそうはいかねえぜ」

俺の目の前にさっきのビリビリ男、江砺玖元が立ちふさがる。

「く・・・!」

もはや、先にこの男を倒さなければ。

「どけ!!」

即座に発砲するも、しかし、奴はどこかへ手を伸ばした途端、一直線にそちらに移動して回避しやがった。

「待て!!」

「待てと言われて待つ馬鹿はいねーよ。バァカ!!」

敵が逃げる。

俺は迷わず追いかける。この際脱走者の事はどうだっていい。

今はとにかく、奴を追いかける事が先決だ。

電流で直線的に移動しているようだが、どうやら奴は、僅かな電気を導線にして移動をしているらしい。おそらく、どこかをマーキングして、そこへ一気に向かうようにしているのだろう。

その場所は、どこでもいいみたいだが。

それにしても速いうえに避けるのも上手い。

この刑務所は、海面に浮かぶ。

故に出入り口は一つしかなく、海に潜ろうものならすぐさま海中の監視室や陸地にある監視センターで見つかって捕まるのがオチ。

さらに、バランスを保つために六方に支柱を建設しており、それによって地震のエネルギーを分散。さらに津波が来た場合でも、支柱が支えとなって流されるのを防ぐようになっている。

その支柱の間を、事もあろうに奴は掻い潜っている。

しかも破壊しながらだ。

「くそ!一体何が目的だ!」

「教える義理はないね!それに、どうせ言った所でお前たちは強力してはくれない」

「当たり前だ!!」

どうにか射程に収めるべく、俺は奴を追いかける。

そして、射程に入った所を撃つ。

「づっ!?」

肩に直撃、バランスを崩す。ここだ、俺は支柱を蹴って一気に奴にタックルを叩き込み、一本の塔の上に叩きつける。

そして、俺は奴の顎に銃口を押し付ける。

「答えろ。何が目的なんだ」

そう、脅した時。

「久我殿!左であります!!」

そんな声が聞こえ、見れば、いきなり何かに体当たりされて重い衝撃を体に受けた。

そのまま俺は体当たりされた何かと落下・・・・しなかった。

「よお久我警部」

「お前は・・・!?」

目の前にいたのは、外国人の男。確か名前はジョンソン・ハーバー。どっかのバイク屋を経営していると聞いているが、今の奴の装備は巨大な翼と武骨な金属の鎧を身に纏っている。

そして俺は、ソイツのせいで空を飛んでいる。

「気分はどうだぁ?爽快だろう!!」

「ああ・・・お前の顔が無ければなァ!!」

頭をぶん殴って、その痛みで奴は俺を離す。そのまま横に向かう勢いそのままに落下。高い刑務所のヘリポートに落ちる。

どうにか受け身を取って、立ち上がる。そこへ遅れてやってきたのか、暁がやってくる。

「久我殿!怪我は・・・」

「問題ない・・・それよりも・・・」

見れば、目の前にあの電気野郎がいる。

「お前たちの目的は一体なんだ・・・・!?」

怒鳴るように問いかける。しかし返ってくるのは薄気味悪い笑い声。

その代わり、横にいる暁が答える。

「奴らの目的は、この街の市長、縄間淳太郎への復讐・・・違うでありますか?」

その問いに、元はクックと笑う。

「ああ、ちょっぴり違う。俺たちはあくまで()()()。ただ依頼されただけだ」

「依頼・・・だと?」

「依頼・・・その依頼者は、李俊杰でありましょうか?」

「違うぜ」

あっさりと否定された。

「馬鹿な。彼の縄間淳太郎に対する恨みはあまりにも深かった。もし、彼でないなら一体・・・」

「ソイツに恨みを抱いている奴は一人じゃねえって事だ」

気付けば、周囲を囲まれていた。

電撃を放つ江砺玖元はともかく、先ほど俺をここまで飛ばしたジョンソン、プロテクターを全身につけた大男、サソリのような機械の尻尾を備えた全身緑装甲の男、そして、ヘリでここに降り立った、李俊杰。

俺と暁は、背中合わせになる。

「囲まれたであります・・・」

「見ればわかる」

魔器使いが一度に五人も・・・これは、明らかにまずい。

二人だけで、それ以上の数の敵とやりあうなんて。

・・・撃つか?

そう思い、連双砲のセーフティを外しかける。その時、

「待て、殺すなと命令されているはずだが?」

李の奴が、そう諭すように言う。だが、

「悪いな、俺は待てねえ!!」

大男がいきなり襲い掛かってきた。

振り下ろされる拳の一撃を間一髪で躱す。その最中で、李のやれやれとした溜息が聞こえたが、この際に気にしていられない。

大男は暁に狙いをつけて追撃する。その追撃を、暁は男の股をくぐって背後を取るも、横からサソリ男の尻尾がついてきてそれを躱す。

一方の俺は背中から電撃を浴びせてきた元の攻撃をかわし、反撃しようとしたがそれよりも速くジョンソンが放った羽弾が殺到、それを躱さざるを得なくなり、後ろに飛んで躱す。

そこへ大男の左の裏拳が後頭部に迫って、それを俺はしゃがんで回避する。

そんな大男に向かって暁が逆手にもった刀を撃ちおろすも、その攻撃は奴の皮膚の前に阻まれる。

「固い・・・!?」

「うがぁああ!!」

「あ!?」

腕を掴まれ、そのまま地面に叩きつけられる暁。

「あき・・・」

「他人の心配を、している、場合か?」

「ッ!?」

サソリ男の尾の針が俺を狙う。間一髪で避けるも、そこへ李の波導が飛んでくる。

それを飛んで躱すも、すかさずジョンソンの空中からの一撃を受け、ヘリポートに強制的に着地させられる。

その間、暁は大男の手から逃れ、その顔面に蹴りを一発いれのけぞらせ、その間に元に向かって刃を突き立てようとしていた。

しかし、それを電気による空中移動で躱し、さらにはサソリ男の尾の薙ぎ払いを受け、吹き飛ばされる。

「くぁ」

苦悶の声が響く。そこへ、追撃の大男の一撃が、暁の腹に突き刺さる。

声にならない悲鳴が、暁の口から漏れ出る。

「テメェッ!!」

頭に血が上るのを感じながら、俺は拳銃を奴へと向けた。

だが、それよりも速く、俺の背中に、何かが突き刺さった。

「がっ・・・・!?」

瞬間、どくん、と何かが流し込まれ、一瞬にして体が上手く動かせなくなり、俺は、地面に倒れ伏す。

心なしか、呼吸が出来ない。苦しい、熱い、街の喧騒が遠くに聞こえる、苦しい、寒い、熱い?なんだ。視界が白黒、まずい、これは――――

「俺の、神経毒は、相手の、全神経を、麻痺させる。ちょいと、痛覚以外の、五感も、鈍るように、しといたから、まともに、聞いちゃ、いないだろうがな」

くそ・・・毒か・・・しくじった・・・・

そこへ、暁ともども敵五人全員に滅多打ちにされた。踏まれたり、殴られたり、その度に体の節々で何かが軋み砕けて折れる音が響いた。

やがて、それが終わった、と思った直後に、俺と暁に、元の電撃が浴びせられた。

「「ぐあぁぁぁぁぁああ!?」」

悲鳴が雨空に虚しく響く。

逃げないと。今は、とにかく、逃げないと・・・

そうして、ヘリポートの塀に手をついた、その時、俺の手を何かが踏みつけた。手の骨が砕かれる感触。それによって伴う激痛、そして、神経のほとんどを麻痺させられた状態での、状況判断の遅れが、頭を可笑しくしていく。

その、掴んだ何かを見れば、それは、何かのアームだった。ショベルカーなどのような関節のあるようなものじゃない。まるでタコのようにうねり、そしてその先には四本の掴む為のアームの一本が俺の手にのしかかっており、他の二本は彼を持ち上げて支えており、残しの一本が、調整するかのようにその手首を回転していた。

そして、そのアームに引っ張られ、俺たちの前に現れたのは、一人の、黒い装束を身に纏った男だった。

目はゴーグルで覆い、防弾チョッキのようなものに加え、厚手のジャケットを着込み、その手も、厚手の皮手袋だった。

男は、そのゴーグル越しにでもわかるようなほど、冷たい眼差しをしていた。

そして、俺はその男を知っていた。

「・・・・嵐野(あらしの)相馬(そうま)・・・・」

かつて、大学時代における縄間淳太郎の同僚。そして四国における義手研究を推し進めていた人でもある。

バーテックスの出現によって海外とのつながりが切れてしまった為に何か別の事をしていると聞いていたが、まさか、奴が今回の一連の事件の首謀者とか、冗談にも程があるぞ・・・・

そう思っている間に、俺の手を掴むアームを持ち上げ、さらに余らせていた一本で暁の足を掴んで持ち上げた。

そして、顔を近づけて、鋭い声で、こう言ってきた。

「邪魔をするな」

それを最後に、俺たちは海へと投げ捨てられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

真一たちが落下していく様を見届けた後、相馬は彼らに向きなおる。

「成功した暁には、礼は弾んでやる。さあ、行け!!」

その号令と共に、彼らは、それぞれの役割を果たすためにその場を去っていった。

そして、相馬自身も、一度下を見た。激しい雨や、高い場所にいる為か、彼らの姿は見えないが、しかし、相馬は一瞥の後に、彼らと同じように、その場を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

激しい雨の中で、久我さんが落ちるのが見えた。

思わず、声をあげそうになったが、そもそも私はもう声を出せないのを忘れていた。

だけど、それすら気にならない程、私は焦っていた。

久我さんが落ちた。久我さんが海に落ちた。久我さんが、負けた。

死んでしまう。もし、泳げなくなっているのなら、助けないと。

そう思ったら、自然と私は海に飛び込んで、必死にあの人を探した。

嫌だ、怖い、行かないで。

貴方までいなくなってしまったら、私は、また、一人ぼっちになってしまう。

誰も助けてくれない。貴方が、貴方がいないと・・・

 

断食の影響で体重が軽くなり、力が弱っている私では、雨によって荒れている海を泳ぐことは難しかった。

 

だけど、必死に水をかいて、溺れかけてでも、私は久我さんを探した。

 

だけど結局は、救命艇によって助けられる事になって、その中で、並んで寝転がる久我さんたちを見つける事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街中にて、交錯する人々。

皆、家に帰る為に、仕事で疲れた体に鞭を打つ者もいれば、飲み会から帰る者。あるいは、と様々な理由をもって雨の降る街の中を歩く者がいた。

その様子を、嵐野相馬は高い建物から見下ろしていた。

「今までの、嘘の数々・・・」

その手には、赤い液体のようなものが入ったカプセル。

「今日をもって、お前は終わりだ・・・縄間・・・」

それを、自らの操るアームに掴ませ、そして、それを、二本のアームを持って砕いた。

中から溢れ出たのは、目に見えるほどにまで詰め込まれた、ウィルス。

それが雨の中、風にのって街の中に降り注ぐ。

それを見届けたのち、相馬はガスマスクを装着して、素早くその場を去った――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絡久良総合病院――――

 

集中治療室にて、ガラスの向こうで、いくつものチューブとコードにつながれ、呼吸器を口に当てられた真一と暁の姿があった。

暁は、いくつかの内臓にダメージが入っており、肋骨も何本も折れ、右足の脛あたりの骨を砕かれている。さらに、電撃による筋肉硬直も起きているらしい。

一方の真一は、暁よりも手ひどくやられたのか、右手の骨が砕かれているのはもちろんの事、体中の骨という骨が砕かれ、折られており、さらに、現在の医学では解明できない毒に侵されているという事だった。

すでに一日。時間にして二十四時間が経過している。

その集中治療室の前で、数人の人影があった。

「先輩・・・」

窓ガラスの前に立ち、二人の様子を心配している祐郎。

ベンチの横で腕を組んで神妙な顔をしている聖子。

そのベンチに座って、ずっとうなだれている楔。

「ああ、そうか・・・分かった・・・」

そして、部下からの報告を携帯越しで聞いていた義馬が戻ってくる。

「・・・街はどんな感じ?」

「世界の終わりだな。今、解毒剤を二十四時間体制で作ってるって所だが・・・正直、かなりの犠牲者が出るだろうな」

隠す気もなく答える義馬。

現在、街は突然蔓延した病気によって、警察の厳戒態勢をもって街を封鎖。さらに街中では脱獄囚と武装した警官たちによる壮絶な銃撃戦が繰り広げられており、まさしく紛争状態ともいえる状況になっているのだ。

「どうにかならないんスか?」

「どうにもな。相手が魔器使いである以上、その対処には救導者が必要不可欠だ。だが、その肝心の救導者がこの有様じゃあな」

そう言って、義馬は今、昏睡している真一と暁を見た。

 

―――真一の余命は、三日。

 

毒を受けてから、彼が死に至るまでの時間が、たったそれだけしかない。

すでに二十四時間、つまり、残り二日の余命しかない。

それを聞かされた時は、思わず楔は意識を失いそうになったのだ。

それほどまでに、ショックだったから。

魔器使いによる呪いのような攻撃は、その魔器使いを倒し、その魔器を破壊すれば解除される。

しかし、魔器使いがいない今、それはどうあっても難しい。

「じゃあ、どうすればいいんスか!?」

「あるだろう、その手段が」

祐郎の怒声に、しかし義馬は冷静に答え、そして視線をある方向に向けた。

「・・・ちょっと、本気なの?」

それを察した聖子が怪訝そうな表情をする。

「ああ。俺は本気だ」

「冗談やめて。彼女を使うなんて、私は反対よ」

「ならばどうする?このまま手をこまねいていては、いずれ敗北するのは我々の方だぞ」

「暁なら、回復する待てば・・・」

「あの傷が三日程度で治るものか」

「彼女が裏切らない可能性なんて、どこにもないでしょう!?」

「それなら俺たち全員に裏切る可能性はある。氷室。もう手段はこれしか残されていない。久我を救い、なおかつ、街を救えるのは、こいつだけだ」

「やめてよ・・・なんでこんな奴を英雄としてあがめなくちゃいけないの・・・だって、コイツは私の―――」

「佐藤さん・・・?」

突如聞こえた祐郎の声で、口論は収まった。見れば、楔がふらふらと幽霊のような動きで、窓ガラスへと近寄っていた。

そして、窓ガラスに触れて、中で眠っている、真一と暁を見つめた。

その行動に、周囲は、しばし黙っていた。

ふと、かすかに楔の口が動いたかと思ったら、唐突に出口に向かって走り出した。

「な!?どこに行く気・・・!?」

いきなり走り出した楔を追いかけようとした聖子の腕を、義馬が掴む。

「何よ・・・!?」

「いかせてやれ」

義馬は、短くそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

走る 走る 走る。

暗闇の中、必死に走った。

街のあちらこちらで火が上がっていた。

親と離れた子供が泣いていた。

銃撃戦に巻き込まれて死んだ人がいた。

事故で子供を失って泣く親がいた。

恋人を失って打ちひしがれる人がいた。

何故、何故と叫んでいた。

それは、いつか私がやった事。

いつも通りの日常が、突然、変わってしまった。変えてしまった。

私が変えてしまった。私が奪ってしまった。沢山の人の人生を。

それと同じ事が、目の前で繰り広げられていた。

沢山の人たちが泣いていた。

苦しんでいた。

辛い思いをしていた。

そして、そんな人たちの為に、久我さんたちが戦っていた。

必死に、誰かの幸せを守ろうと。知らない誰かの為に、命を張って戦っていた。

例えその身が傷つこうと、その人生を棒に振ろうと、彼らは、戦っている。

もう、被害者面はやめよう。

私はすでに加害者だ。

犯罪者だ。

嫌われ者だ。

でも、だからって、人を守りたいなんて思っていけないなんて、誰かが言ったわけじゃないんだ。

もう、逃げるのをやめよう。

私は、郡千景。勇者『郡千景』なんだ。

そして、佐藤楔。久我さんが名付けてくれた、私の新しい名前――――

 

 

 

神社の戸を、乱暴に開ける。

苦しい。ここまでノンストップで全力で走ってきたから当然だ。

でも、自然と、この苦しさが心地いい。

「・・・・来たんですね」

芽依ちゃんの声が、聞こえた。

「正直、この状況でこなければ、もう貴方に力を貸さないと思っていた所ですが、やはり貴方は来てくれましたね」

「・・・・・」

「ああ、ごめんなさい。喋れないんでしたね・・・まあ、これからのする質問に喋る喋れないは関係ないんですが」

苦笑する少女を、私は、とりあえず見つめた。

「・・・・問いましょう」

その言葉は、不思議と重かった。

「貴方は、我らが創代に全てをささげる覚悟はありますか?」

―――首を、縦に振る。

「貴方は、この街の為に、その命を捧げる覚悟はありますか?」

―――首を、縦に振る。

「貴方は、己が為に、そして、たった一人の為に、その力を振るう勇気はありますか?」

―――首を、縦に振る。

「ならば、貴方は、立ち塞がる障害を全て乗り越え、敵を打ち倒す為に、その体を酷使する覚悟はありますか?」

―――首を、横に振る。

「それは、何故?」

意地悪だ。と思った。だって、私は喋れないのに、何故、と聞いてくるのだから。

だけど、そんな事、紙に書かなくても、伝えて見せる。

 

だって、この体を壊してしまったら、きっと、たくさんの人たちに迷惑をかけてしまうから。

 

それが、いやだから。それでは、不足かしら?

 

ふっと、芽依ちゃんが笑った気がした。

「いいでしょう。この神社の巫女の名に懸けて、今から、貴方を救導者として任命します」

次の瞬間、この部屋の空気が変わった。

とても重い重圧を受けた。と思えば、優しいぬくもりに包まれたかのような感触。

そんな、温かさに、おもわず身をゆだねそうになって、だけどその時、私の胸から、光が溢れ出し、それが鎖の形を成して、私の胸から溢れ出す。

それが、私の目の前で収束していき、やがて一本の刀を形作っていく。

「――――その刀は、『救導者』の証たる『御神刀』が一つ」

その時、知らない声が聞こえた。低い、男の声だ。

それは、すぐに芽依ちゃんから放たれているというのはすぐに分かった。だけど、その顔は、優しい慈愛に満ちていて、まっすぐにこちらを見て、微笑んでいた。

「天を繋ぎ、地を繋ぎ、決して切れず、全てを束縛し、そして解放するその鎖につながれた、その武器の名は――――」

自然と、私は目の前にある刀を手に取った。

そして、溢れ出す光のままに、その刀を抜き放った。

 

 

 

「――――天鎖刈」

 

 

 

そして、私は、光に包まれるままに、その光に身をゆだねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空を駆ける、影が一つ。

それは闇夜に対抗するかのように白く、連続する金属同士がこすれ合う音と共に、街の中を飛び回る。

「――――市ヶ谷さん、この商店街を突っ切れば、今暴れている囚人たちがいるんですね?」

『ええ、そうっスよ』

「了解。すぐに片付ける」

右手に持つ鎌を握りしめて、そして鎖を自分の手足のように操って、空を駆ける。

そして、視界に移る、火。

その近くで、警察と、武装した囚人たちの銃撃戦が繰り広げられていた。

それを認めて、彼女は、すぐに向かう。

そして、パトカーの一台の上に降り立った。

「うお!?なんだ!?」

そのパトカーを遮蔽物にしていた警察官にとっては驚くほかないだろう。

しかし、その姿を見た時、思わずぎょっとしてしまった。

「どうか怖がらないでほしい。私は、貴方たちの味方だから」

彼女は、そう呟くと、パトカーを飛び降りて、今、囚人たちの元へとゆっくりと歩み寄っていく。

「・・・・おい、なんでアイツがこんな所にいるんだよ」

囚人たちは、思わず、後ずさる。

「・・・・警告する。今すぐ武器をすてて投降なさい。そうすれば、怪我をする事はないわ。だけどこれが聞き届けられなかった場合は、悪いけど、骨の一本や二本は覚悟してもらうわ」

大鎌と鎖を携えて、拘束具のような鎧の下には、エーデルワイスを想起させる、真っ白な衣装。

「・・・・郡千景」

誰かがそう呟いた。

「ええ、そうね・・・私は郡千景よ。でもね、それは貴方たちも同じ」

あえて、もう一つの名前は隠して、彼女は、悪役を演じる。

「さあ、もう一度聞くわ。今すぐ武器を捨てなさい。そして、大人しく警察にその身を預けなさい。さすれば、怪我をすることなく、事は片付くわ」

果たして、その警告は聞き届けられず、

「残念。それじゃあ、鏖殺してあげるわ」

少女は再び、戦場へと舞い戻った。

 

 




次回『激『動』の連鎖』

少女は、街を救う為、空を駆ける。


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激『動』の連鎖

―――孤児養護施設『百合籠』にて。

突如として蔓延したウィルスによって街中が感染者だらけとなり、病院では収容しきれないという事で、各地区の公民館や、この様な施設などに搬送している。

その為、百合籠の中は沢山の感染者で床が埋め尽くされていた。

その感染者だらけの床の隙間を、麻衣弥は器用に通り抜けて机の上に医療器具の入った段ボールを置いた。

「ふう・・・う、げほっ、ごほっ!」

しかし突然咳き込む。その時、何かを吐き出したらしく、着用していた防毒マスク(ガスマスクではない)を外せば、そこには赤い液体が付着していた。

「・・・・」

「麻衣弥さん」

「ああ、ごめんなさい。それ、向こうに持って行ってくれるかしら?」

「分かりました」

やってきた職員に指示を出しつつ、麻衣弥はそれを隠すようにまた着用した。

『―――現在、絡久良市に蔓延しているウィルスにより、多大なる被害が出てきており、警察は現在、街へと通ずる道を全て封鎖。しかし、街中で繰り広げられる脱獄囚と警察との戦いは熾烈を極めており、少なくない被害が出てきております。現在、縄間市長が解毒剤の開発に尽力していますが、それでも、時間が掛かるとの事です』

(不吉ね・・・)

テレビに移される警察と囚人たちとの戦闘の様子が映し出されているのを見て、麻衣弥はそう思った。

『ただ、市長は現在、この街にいると思われている『郡千景』が今回の事件の首謀者ではないかと推測しており、事実、その手の目撃情報が多く、警察もその線で操作をしていると――――』

「・・・・」

その話を聞いて、麻衣弥は、以前、真一が連れてきた彼女の事を思い浮かべた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

捕まえた脱獄囚たちを警察の人たちに預け、私は次の所へ飛んでいく。

『天鎖刈』と名付けられた私の御神刀は、その主軸たる『鎖』であるがゆえに、鎖を利用してどこかの蜘蛛男みたく、街中を自由に飛び回る事が出来る。ただし、鎖を打ち込む対象がなければ、この三次元移動は不可能なのだけれど。

さて、現状をおさらいしておきましょうか。

 

現在、絡久良の街には、正体不明の病が蔓延していた。感染していたのは、主に、街の中心にある大きなスクランブル式交差点を中心とした、外出していた人たち。さらに、その時窓を開けていた家の人や、屋上にいた人など、主に、ウィルスが発生した時に外の空気を取り込んだ人たちばかりだ。

現在、病院や、それに関連する施設で、解毒剤の生成を行っているけど、それが間に合うかどうかわからない。市長さんも力を入れてるみたいだけど、それでも、大丈夫とは思えない。

そして、街の中では、警察と脱獄囚たちの壮絶な銃撃戦があちらこちらに発生していた。その度に器物が破損し、巻き込まれた民間人から怪我人が出たり死人も出てきたりしている。警察側もなりふり構っていられないのか、射殺許可まで降りているほどらしい。

そんな、ウィルスといういつ収まるのか分からない驚異と警察と脱獄囚の壮絶な戦いという危険な脅威。そして、ウィルスを蔓延させないという事で封鎖されたこの街の中にいる人たちにとっては、まさしく世界の終わりを見ているようでしょうね。

そして、現在、その事件の首謀者である『嵐野相馬』率いる六人のテロ組織は、その全員が魔器使い。それに対抗できるのは、同じ『文字』の力を持った、『救導者』のみ。しかし、肝心の救導者たちは、その六人によって再起不能になっていた。

だから、私が出た。

創代様のお陰で、私の心臓にあった魔器『鎖』を、『天鎖刈』という御神刀に仕立て上げてもらった。

そして、おまけとして、抉られた右目を新しく作ってもらい、喉を直して声を出せるようにしてもらった。

さらに、まだ慣れないけど、落ちていた筋力をもとに戻してもらった。これによって、放浪していた時よりは上手く動けるようになった。

本当に、感謝しかない。

そして、改めて救導者となった私はすぐに義馬さんたちの元へと戻り、義馬さんの指示の元、市ヶ谷さんからの情報提供によって私は単独で動く事になった。

 

・・・・終始、氷室さんにはずっと睨まれてたけど。

 

私に、何か恨みでもあるのだろうか?十中八九、あの災害絡みの頃だろうけど、それならはっきり言ってほしい。罵詈雑言を受ける覚悟はあるし、必要ならば殴られるのも覚悟の上である。だけど、何も言わずにただ睨んでくるというのは、こう、溜め込ませているようで、何か辛い。

怒りの捌け口になってもいいけど、それを発散出来ているのなら、別に気にはしない。

 

 

 

それはともかく、私は今、この街で一番高い塔の上にいる。

「敵の目的は、結局なんなのかしら・・・・?」

あちらこちらで火の手があがり煙が立ち上り、ここだけみれば、まさしく世界の終わりと言っても過言ではないのかもしれない。

ついで、私の事を犯人と言ってる人がいるみたいだけど、まあそれは仕方がない事。

『あの力』を使えば、私でもこういう事は可能なのだ。無理もない。

ふと、久我さんの携帯が鳴ったので出る。

「もしもし、市ヶ谷さん?」

『楔さん、すぐに志垣支部に向かってください!そこで江砺玖元が暴れてるみたいっス』

「志垣支部ね、分かりました」

空中で躍り出る。

どうして私が久我さんの携帯を使っているのか。理由は今回の混乱によって支給ができない事と、私が久我さんの携帯の暗証番号を知っていたからなのだけれど、どうして知っているのかというと、その・・・見えたのよ。あの人が不用心だから。

とにかく、今はすぐにでも志垣支部にいかないと。

ついてみれば、これまた不思議な光景が起こっていた。

複数の巨大な装置から電気が発せられていて、それが支部を覆うような電気の結界を張っていた。

「あの装置を破壊すれば・・・」

思い立ったが吉日、その日以降は全て凶日ってね。

どうやら、江砺玖元はどこかへ行ってしまったようね。おそらく、事後って奴なのかしら?

建物から飛び降りて、鎖を使ってスパイダーマンよろしく空中を飛ぶ。

「ん?げえ!?郡千景!!」

建物はヘリに括り付けられて空中を飛び回ってるのが一つ、他は周囲の建物の上に一つずつ、計五つ。

合計六つ。

そして、守っているのは仮面を被った集団。

状況確認終了。行動に移る。

「『撃鎖(うちくさり)』ッ!!!」

鎖を弾丸のように射出し、装置に叩きつける。御神刀の力は勇者のそれに匹敵する。だから問題なく装置を壊せる。

まず一つ。

次の標的へ飛ぶ。見ればこちらに気付いた仮面たちがこちらにスナイパーライフルやらRPGやらを使ってこちらを狙ってきていた。

「くッ!」

スナイパーの弾丸を鎖による空中移動で躱し、RPGは発射される前に鎖で仕留める。

そして、二個目を破壊する!

次の装置も破壊して、そのまた次も破壊する。鎖による立体的機動を使って次の目標をどんどん破壊していく。

そして、最後のヘリに括り付けられた装置を、その手に持つ鎌で一刀両断する。

全ての装置が破壊され、支部を覆っていた電気の結界は解かれて、中から結界で出られなかった警察官たちが出てくる。

「よし、これで・・・・あ」

だけど、そこに来て敵にも増援が出てくる。

まずは彼らを片付けないと。

加勢をするために、私は床に落ちる。

「ハァア!!」

一人目を自由落下による着地で下敷きにして、次にすぐそばにいた敵は鎌の柄で弾き飛ばす。次にこちらの襲来に気付いた仮面の男を鎖によって吹き飛ばし、その次の標的を同じ鎖を使って弾き飛ばす。

銃弾を奴らは放つ。けどその弾幕を低い姿勢で潜り抜けて、そのまま鎌を薙いで残り三人の敵を三撃の元に仕留める。

「はあ・・・はあ・・・これで・・・」

終わった。と思った瞬間、突如として乾いた音が響いた。

「うぐぅ!?」

そして、すぐさま左腕を撃たれたと気付くのに、それほど時間は掛からなかった。

「!?」

見れば、そこには一人の警察官がこちらを恐ろしいのか、あるいは、憎んでいるのか、そんな目を向けてこちらに銃口を向けていた。

そうか、電磁波で私が来ることが伝わってなかったのか。

ならば仕方がない。逃げよう。いや、そもそも私には逃げる以外の選択肢はなかったな。

鎖を使って私は空中へ躍り出る。背後で、誰かが叫ぶのが聞こえたが、それは、雨音と風切り音でほとんど聞こえなかった。

少し離れた建物の屋上で、壁に寄りかかった。

左肩からは、撃たれた事で血が溢れていた。

貫通はしているから、止血するだけで十分だろう。

「封印縛鎖・・・止血」

ふと、発した自分の声は酷く掠れていて、分かっていたはずなのに手は震えていて。

「・・・ほんと」

ああ、やはり、これが私なんだと、自覚させられてしまう。

「元悪役のヒーローってのは、辛いわね・・・」

そんな、自嘲気味な独り言をつぶやいた時、携帯に連絡が入った。

「・・・はい、佐藤です。無事、志垣支部は防衛しきりました」

『ええ、報告で聞いてるっス。だけど申し訳ありませんが、そこから北にある新原区の支部にも向かってもらない無いっスか?鋼の魔器『近藤(こんどう)仁太郎(じんたろう)』が暴れて、そこの支部を囚人たちがRPGを使って潰そうとしてるんス』

「分かったわ。すぐに行くわ」

携帯を切り、私はすぐに飛ぶ。

どれほど悔やんでも、時間は待ってくれはしないのだから。

 

 

 

 

 

 

しばらく飛んだあと、確かにあの巨大な男が暴れまわっていた。

パトカーを何台も潰されたり投げ飛ばされたりされている。

投げられたパトカーの一台が、警察官の一人に落ちようとしていた。

私は、急いでそのパトカーに鎖をつなげてどこかへ投げ飛ばす。

「大丈夫ですか!?」

思わず駆け寄ったけど、

「こ、郡千景・・・!?」

怯えられてしまい、立ち止まってしまう。

そうだ。私は郡千景だ。昔の罪は、どうあがいても簡単に拭い去れるものじゃない。

「うぉぉぉおおお!!!」

「ッ!?」

背後から咆哮が聞こえる。気付けば背後にあの大男が両腕を振り上げていた。

慌てて目の前の警察官を抱えてその男の振り下ろしを躱す。

「くッ!」

その警察官を前に投げ飛ばして、私は、大男を・・・たしか、近藤さんを迎え撃つ。

拳が飛んできて、その拳をすれすれの所で飛んで躱し、振り抜かれた腕の上に立って鎌を思いっきり振り被る。そして、鎌を首に叩きつけるも、刃は通っていなかった。

(固い・・・・!)

「うがぁあああ!!」

「あ!?」

脚をもたれ、そのまま振り上げられて地面に叩きつけられる。

「ぐぅ!?」

背中中に、重い痛みが走り抜ける。しかし、近藤さんはそんな暇を与えてくれず、足を引っ張って持ち上げては、また何度も何度も私を地面に叩きつけた。

「あ!?が!?」

「うがぁああああ!!!」

そのまま、投げ飛ばされて、壁に叩きつけられる。

「ぐ・・・くぅ・・・あ!?」

「うおぉぉぉおおおお!!」

奴が、突っ込んでくる。

慌てて上に飛んでその突進を躱す。

男はそのまま建物を突っ込んでいってしまい、どこかへ行ってしまう。

「ぐ・・・か・・・」

地面に降り立ち、体中を苛む痛みに耐えながら、膝をつく。

「ハア・・・ハア・・・」

叩きつけられる・・・なんて事は、あの頃では体験できなかった事かな・・・・

まだ、囚人たちが残っている。だから、すぐに片付けないと。

鎌を杖にして、立ち上がる。

そして、地面を蹴って、体中を走り抜ける痛みに歯を食いしばって、私は、RPGやサブマシンガンなどを乱射する囚人たちを、一人残らず狩っていく。

鎖で叩きつけ、打ち据え、人を傷つけない機能をいいように利用する。

体が重いし痛い。だけど、こんな痛みは、私が乃木さんに与えようとした痛み、そして、私が壊してしまった、あの街の人たちの人生を思うと、ずっとずっと軽い。

銃弾が、私の体を打ち据える。溢れ出る血は、鎖の力で抑えてしまえば良い。痛みなんて、とうの昔に忘れた。

「あぁぁぁぁあああぁあああ!!!!」

絶叫を迸らせて、私は、この双眸で敵を見据える。

「私以外の人間が――――」

鎌を振りかぶって、私は一息に薙ぐ。

「人を殺すなぁぁあああッ!!!」

精神を断ち切る刃は、囚人たちの体を打ち据えて、地面にひれ伏せさせる。

「ハア・・・ハア・・・ハア・・・」

体中を苛む痛み。それに耐え切れず、うずくまる。

少しは、人を守れただろうか。

少しは、誰かの為に、自分の罪に報いれただろうか。

銃口が、こちらに向けられているのが分かる。

そうだ。私は、そうあるべきなのだ。

本当なら、誰からも、その感情を向けるべきなのだ。

ふらつきながら立ち上がって、鎖で飛び上がる。

体中が痛い。

でも、これでいい。いいのだ。

 

私には、これでいいのだ。

 

 

 

 

 

 

ふと、携帯に連絡が入った。

「はい・・・佐藤です・・・」

『こんにちは、佐藤楔さん』

知らない、女性の声だ。ひどく淡泊だな。

『市ヶ谷警部補に代わり、私『城島(きじま)玲菜(れいな)』が伝達を担当します』

「市ヶ谷さんは・・・?」

『市ヶ谷警部補は書類仕事に回されました。あまりにも情報が多いので猫の手も借りたい状況、ご容赦を』

「それなら仕方がないわね・・・」

『そんな事よりも緊急です。今、貴方の持つ携帯の端末のGPSから位置を把握しています。そこから南東八百メートル先のビルにて、火事が発生しています。中にいる民間人の救助を』

「分かりました」

火事か・・・急がないと、火が回ってしまう。

『どうやら食糧の調達の為にテロ集団が立てこもったようでして』

「追い詰められたから火を放って逃亡・・・という訳ですか。アジな真似を」

『息が多少あがってますね。いくらかダメージを受けましたか?』

「ええ。でも大丈夫です。能力でなんとかなりますので」

『ならいいのですが・・・』

「また連絡します。では」

通話を切って、私は、すぐに火事の起きているビルへと向かった。

そこから立ち上る、明かりと煙を見据えながら。

 

 

 

 

ビルは、酷い有様となっていて、火がビル全体を包み込んでいた。

あまりにも火の手が早すぎる。

「急がないと・・・!!」

ビルから躍り出て、窓から中に突入する。

中は火の海で、空気も焼けている。とてもではないが、呼吸がままならない。

それでも、叫ばないと。

「誰か!誰かいませんか!?」

「ここだ!」

どこからか、声が聞こえた。

鎖を飛ばして、上へ飛ぶ。

「どこ・・・?」

「こ、ここだ!ここにいる!!」

「!?」

崩れて穴の空いた床を見下ろせば、そこには、二人の男女が。

一人はまだ私と同い年ぐらいの男子で、もう一人は・・・

「ま、麻衣弥さん・・・!?」

どうしてあの人がここに・・・いや、そんな事よりも、あの人たちのいる床が今にも落ちてしまいそうだ。

鎖を二本、打ち込んでささえる。

「く・・・ぅう・・・・」

「貴方は・・・・!?」

「い、急いで・・・窓に・・・・!!」

体中が痛い。まださっきのダメージが・・・耐えろ、耐えるのよ、ここで意地張らなきゃいけないんだ。

「だめだ!遠すぎる!」

「くぅ・・・・だったらぁ・・・!!!」

鎖を、すぐそばの支柱に打ち付ける。そして、そのまま引っ張る。

お願い、倒れて・・・!!

みしりと音を立てて、支柱が倒れる。

やった。

「はや・・く・・・!!」

支えていられるのにも、限界がある。それも、かなり重い筈の床を、支えるなんて・・・!!!

二人が、倒れた支柱の上を渡り終える。

「ああ!」

そこで、私は鎖から手を離してしまう。間一髪か、二人はどうにか渡ってくれた・・・・

「危ないッ!!」

「え・・・・」

次の瞬間、背中にとてつもなく重い衝撃が叩きつけられた。

「がっ・・・・!?」

意識が一瞬遠のく。それと同時に、浮遊感が体を包み込み、落下している事に気付いたのは、天井が見えてからだった。

鎖を、どこかに打ち込まないと・・・

そう思えば、鎖を手に絡まらせるように天井に向かって放った。

このまま、どこかに打ち込まれて来れば、どうにか――――

鎖の勢いが弱まった所で、何かに掴まれた感触を感じて、そのまま、引き上げられていくのを感じて、朦朧とする意識の中で、私は、誰かによって、外に連れ出された。

 

 

 

 

 

火の手があがる建物が消化されていくのを見上げながら、私は、腕に包帯を巻かれていた。

その包帯を巻いているのは、麻衣弥さんだ。久我さんの、叔母さん。

「はい。終わったわ」

「ありがとうございます。えっと・・・・」

「名前は知ってるでしょ。貴方」

「え・・・?」

取り出した器具を救急箱に仕舞いながら、そんな事を言う麻衣弥さん。

どうしてだろう?顔は、見せた事・・・

「楔ちゃんでしょ?」

「・・・・どうして・・・」

「私、人の手を覚えるのは得意なの。感触とかは特に」

そう言われて、思わず自分の手を見る。

さんざん痛めつけられて、傷だらけになった、私の手。

「そんな傷だらけの手を持ってるの。貴方ぐらいよ」

「そう・・・ですか・・・・」

鋭い、観察眼だ。足柄さんに負けず劣らず、といったところだろうか。

きっと、たくさんの子供たちをみてきたこの人だからこそ、私だと分かったのだろう。

「あの、ごめんなさい・・・・だますつもりは・・・」

「真一が心配する訳だわ」

「え・・・?」

思わず、混乱してしまう。

そんな私の事なんて気にも留めないで、麻衣弥さんは、私の傷だらけの手を手に取る。

「自分の体に頓着なさすぎるのよ、貴方は。こんなにボロボロなのに、無理しすぎ。少しは休まないと」

「でも・・・今、頑張らないと・・・」

「確かに、今の貴方には力があるみたいね。だけど、だからといって、責任を一人で背負い込もうとしないで。いくら力があってなんでも出来るって言っても、そんな色んな事に手を回していられないでしょ?いつか必ず失敗するわ。だから、自分にしかできない事に集中しなさい」

「自分にしか・・・できない事・・・・?」

思わず、聞き返してしまった言葉に、麻衣弥さんは頷く。

「そう、貴方にしか出来ない事をやるの。今の貴方には、誰かを救う事の出来る手と、それに届く腕がある。長い腕で短い腕でやれる事やったって、やりにくいだけよ。いつかきっと失敗する。だから、自分がやれる事に集中して、それ以外の事は誰かに任せなさい。貴方一人で、なんでも出来るって訳じゃないから」

「・・・・」

なんでだろう。この人の言葉は、とても心にしみていく。

勇者をやめて、失格者の烙印を押されて、それで、人としての価値を失ったから、忘れていた。

勇者である自分には、何が出来て、何が出来ないのか。乃木さんはリーダーで強くて、高嶋さんは真っ直ぐで拳で戦えて、土居さんは守るのが得意で、伊予島さんは狙撃が得意で、足柄さんは本当になんでも出来て、上里さんは、戦えないけど、支えてくれる。

そんな・・・そんな仲間がいたからこそ、私は、今日まで生き残れた。

だけど、今は、そんな仲間なんていなかった。だから、忘れていた。

「私に、出来る事・・・!」

私に出来る事。それは――――

「分かったなら、もう行きなさい」

「・・・・はい」

私は、立ち上がって、そして、この手に持つ御神刀を抜き放って、叫ぶ。

「天鎖刈ィ―――――!!!」

白い光が輝き、私の体を包み込み、白いエーデルワイスを想起させる衣装を身に纏い、その上から、罪人のような、拘束具のような鎧を纏う。

「麻衣弥さん、手当、ありがとうございます」

「どういたしまして。行きなさい」

「はい・・・!!」

そして、私は鎖を伸ばして飛び上がる。

以前より、気持ちは軽くなった気がして。

 

だからこそ、そのすぐ後に、麻衣弥さんが血を吐いた事に気付かなかった。

 

 

 

 

 

だけど、それでも、私は前を向いて進む。

 

 

 

 

この街を、救う為に。

 

 

 

だって私は、『救導者(つみをせおうもの)』なのだから。




次回『毒をもって毒を制す』



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