デスゲームでオワタ式を強制されたのでゾンビプレイします (にゃー)
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オワタ式デスゲームとかなんの冗談だよ

 あなた達は人間の耐久力の限界と聞いて何を思い浮かべるだろうか?

 頭大のコンクリートブロックに直撃すること、地上数メートルから無抵抗で落下すること、人間の耐久力を超え、それを死に至らしめる方法は山ほどある。

 

 だが、俺はこう答えるだろう。

 

 化け物(敵性エネミー)の攻撃を受けること。

 

 今、俺がいる世界は所謂仮想世界。

 ただし、物語でよくあるデスゲームが行われている仮想世界だ。

 

 デスゲームの形式はわかりやすくロールプレイングゲーム。

 スタート地点から数多のダンジョンを攻略し、ゴール地点のラスボスを撃破することが目標である。

 

 そして、ロールプレイングゲームの常識に漏れず、レベルアップ、ステータスアップの概念がある。

 

 ステータスアップの方法はキャラクターごとに決められた最大値を最大レベルで割ってその数値ずつ上がるものではなく、レベルアップごとに貰えるポイントを任意のステータスに振り分ける方式だ。

 

 まあ、その振り分けられるステータスは筋力と敏捷しかないのだが。

 HPはレベルアップでの上昇の他、筋力に振ることでも多く上昇する。

 敏捷の1.2倍程度らしいが。

 

 その代わり敏捷は非公開ステータスのスタミナの回復速度が上がると言われている。

 

 防御力は防具での補強の他、防御力を上げるスキルを取得することで向上する。

 

 なぜ、俺がこんな話をしているかといえば、デスゲーム初日、こんなふざけた世界を作り上げた男の宣言とともにスキルスロットに強制的に嵌められたスキルに原因がある。

 

 そのスキルの名前は【成長の代償】

 

 スキルの効果は振り分けたステータスに対するポイントあたりの効率が五倍になるというもの。

 ふざけたスキルであり、ここまでならばデスゲームで生き残るのにこれほどのものはないと言いきれるものであっただろう。

 

 だが、スキル名の通り、代償が付いている。

 それは、HP上昇率0%というものだ。

 

 つまり、レベルアップ、ステータス振り分け、恐らくはスキルでの固定値上昇やバフなどの上昇も打ち消されるだろう。

 もう一度いうが、このゲームはデスゲームである。

 ここでの死が現実での死に直結する。

 今いる街の付近の敵ならばクリティカルでスタンしたところにスタン補正で倍増された攻撃を4、5回受けてもHPは全損しないだろうが、進んでいくにつれ敵の攻撃力は増し、防具やスキルで防御力を高くしたところで貫通してくるダメージは初期HPを軽々と上回るようになる。

 

 ベータ時代のトップタンクの俺が言うんだ。間違いない。

 

 これはべータ時代には『ゴミスキル』『スキルスロットの無駄』『死偽装(死んだフリ)の方がマシ』と言われたスキルを取らざるを得ない。

 

 ちなみに、この世界で死んだ場合、ポリゴン片となってリスポーン地点に戻されていたのだが、【死偽装】は高度な死体の振りをシステムが勝手にやってくれるだけのスキルである。

 

 そんなスキルより劣ると言われたスキルの名は、【食いしばり】

 名前からしてなんとなく分かるだろうが、体力が全損する場合、固定値残して耐えるというものである。

 固定値はスキルの熟練度とイコールで最大1000である。

 ベータ時代のトッププレイヤーの武器スキルが最高で300程であり、そのHPは軽く数千を超えていたのでいくら熟練度が高くなったところで焼け石に水であった。

 

 さらに、【食いしばり】がクソだと言われる理由があり、それはHP90%以上から一撃で全損するダメージを受けた場合に発動するというものである。

 自分のレベルに見合った攻略をして、防具もしっかり更新しているならばHPが90%以上も削られることはほとんどない。

 というか、ボスの強攻撃でも単発ならば6割行くか行かないかと言ったところだ。

 連撃ならば10割コンボもあったのだが、連撃には【食いしばり】は発動しない。

 故にゴミスキルと言われていたのである。

 

 ただ、食いしばりを取得するのは暫くあとにありそうだ。

 理由としては【成長の代償】が強制的にスロットを埋めてしまったために、使えるスロットがひとつしかないからである。

 初期スロットは二つ。レベルアップしていくとひとつ増える。十上がるごとにひとつずつである。

 つまり、レベルが十になるまではクソザコナメクジなHPでなんの保険もなく戦わなくてはいけないのである。

 

 ちなみに、レベル十の適性の敵は、朧気な記憶だがタンクとして防御を固めていた俺のガードの上から初期HPの八割近いダメージを与えてきていた気がする。

 

 つまり、今回は【成長の代償】とかいうクソスキルのせいで実質的に敏捷ファイターにならなければいけない俺の防御力では全損する可能性もあるということである。

 

 【成長の代償】のメリットとデメリットを思いつく限り上げていくと

 

 『メリット』

 ・ステータスがHP以外ものすごく高くなる

 ・【食いしばり】の熟練度が初期HPを超えれば毒などを除いて実質的に不死身となれる可能性がある。

 ・序盤も序盤最序盤では圧倒的な狩り効率をたたき出せる(攻撃を食らっても全損せず、高ステータスであるため)

 

 『デメリット』

 ・HPが増えない

 ・ほかのプレイヤーと比べて使えるスロットにハンデがある。

 ・筋力振りのメリットが減り、防御を固めてもワンパンされる可能性が高いので必然的に敏捷振りとなる。

 ・明らかに異常なスキルであるために必然的にソロプレイを強制される。

 ・【食いしばり】が成長するまではこの街の周辺以外ではワンパンされる可能性があるため気を張り続けなければならない。

 ・俺をワンパンできる敵が出てくるあたりからは狩り効率が大幅に落ちる。

 ・元トップタンカーである俺の経験が生かせない。

 

 これくらいだろうか。

 ベータ時代の俺はがっしり耐えて反撃するタイプであったため、敏捷プレイヤーとしての戦い方は見た感じでしか知らない。

 スキル構成はwikiでちらっと見たことがあるので覚えているが、最低限必須と言われていたスキルを取得するのも【成長の代償】と【食いしばり】で枠が埋まるため遅くなる。

 とりあえず、これからの行動方針はこの街の周辺で敏捷プレイヤーとしての戦い方を少しでも把握すること、レベルを上げて【食いしばり】を取得すること、【食いしばり】の熟練度を初期HPの200の9割の180に達成させること。これが俺の当面の目標である。

 その後は毒などのスリップダメージ対策となるスキルをとってからようやくまともに戦闘用のスキルを取得することが出来る。

 初期スロットは二つだから、武器スキルと【成長の代償】、【食いしばり】、スリップダメージ対策のスキルで四つ、つまりはレベル三十からようやくまともにスキルを選べるということか。

 なかなか辛いものがあるな。

 

 ちなみに、【食いしばり】の取得条件だが、こいつはベータ時代最も簡単に取得できるエクストラスキルと言われていて、何もしなくても気がついたら有効化できるようになっていた程である。

 その条件は10回HPが1になるというもの。

 ベータ時代はHPが1を通過して0になってもカウントされていたためダメージを受けて10回死ねば誰でも有効化できたのだが、この世界では違う。

 まずは10回臨死体験をしなければな……。

 

 ◇

 

 始まりの街付近の雑魚をチクチクと倒すこと一週間。

 ワンパンできるため倒した数こそ多かったが、経験値の量はお世辞にも多いとはいえず未だレベル六である。

 最初はオーソドックスな片手剣で戦っていたのだがなんかしっくり来ず、曲刀へ、それでもしっくり来なかったために短剣、細剣といたり、ようやく細剣で落ち着いたところだ。

 細剣はフェンシングに使われるような形であるが、あれよりも刀身はプランプランしてないし、刃も付いている。

 斬ることも出来るし、突くことも出来る。

 もっとも、片手剣に斬ることは劣るし、槍に突くことは劣る。

 その最大の売りは速いことにあると俺は思う。

 といっても細剣歴三日の俺が言ってもというのはあるが。

 そもそも片手剣は剣で攻撃を受け止める戦い方をすることが多いので俺のHPでは合わず、曲刀は癖があり、短剣は短すぎて戦いにくいという消去法で選ばれた武器であるためなんとも言えないものがある。

 

 そろそろ細剣にも慣れてきたのでちょっくら遠出をしてみようと思う。

 この街で最高の防具をつけているし、次の街周辺の敵でも三回は攻撃を耐えられるはずである。それに今の俺の敏捷値はレベル三十まで敏捷に極振りした数値と同じであるはずなので当たることも攻撃を認識していればないだろう。

 

 次の街に向かって俺は駆けた。

 その日、風になったプレイヤーという都市伝説が生まれた。

 

 二つ目の街は一つ目と比べて引きこもっているプレイヤーがおらず、かといって攻略しているプレイヤーは次の街へ行っているため実質的独占でき、到着から日が沈むまでの数時間でレベルをひとつあげることが出来た。

 経験値効率も一つ目の街と比べ倍近かったこともレベルアップの理由だろう。

 この街はベータの時はササッと通り過ぎていたため宿の位置がわからない。

 フラフラと宿を探していると

「ソコのおにーサン」

 と声をかけられた。

 この胡散臭いイントネーションはと思って振り返るとそこには可愛らしい金髪の少女が立っていた。

 

「どうしたお嬢ちゃん。春売りなんてしちゃいけないぞ。お金は上げるから自分を大事にしなさい」

 

 そう言って300コルを実体化させ、少女の手に握らせる。

 300コル――少ないと思われるかもしれないが結構な大金である。

 味もクソもないが量だけはある黒パンが1コルと言えばわかるだろうか。

 

 少女は赤面したあとに目付きを鋭くして、

 

「お前、もしかしなくてもバーストだナ? 実質初対面にそんなことが言えるヤツなんてオイラは知らないからナ」

 

 そう言って少女は俺に詰め寄ってくる。

 

「それで、美少女になってしまった子ネズミちゃんはネコ科の俺のところにきて何がしたいんだ? ――本当に食べられたいなら昔みたいに食ってやってもいいが」

 

 俺が囁くと子ネズミこと鼠のアルゴは顔を真っ赤にして離れる。

 特徴的なフェイスペイントをしていたので一目で分かったよ。

 

 そして俺は閃く。こいつならこの街の宿知ってるんじゃないか?

 

「まあ、なんでもいいけどさ、情報屋としてここにいるならこの街の宿を教えてくれない? 風呂付きででかいベッドかあるといいな。情報料はその300コルってことで」

 

 始まりの街ではボロ宿暮らしだったから少しくらい贅沢したい。

 そう思って条件をつけると「バーストのエロ野郎」と胡散臭いイントネーションも忘れて走り去っていった。

 

 ……自分で探すか。




狩りを終えて広場に転移させられたキリトさんのHPは350ないくらい。
初期レベルなら200くらいでも間違いないと思う

オリ主の名前はバステト様から、女神?なんのこったよ(すっとぼけ)


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デスゲームで情報不足とか笑えないから

アルゴって書くの難しいな?

あとそれとは別にアルゴを若干改変してキャラ崩壊?してます

リアルの同級生の知り合い→リアルの知り合いに変更


 街をふらふらとさまよい歩くこと十数分、もう宿屋マークの店に泊まろうかと考えていた。

 宿屋マークの店はインスタンスであり、何人でも泊まれ、値段も格安なのだが、その代わり風呂なし布団なし窓なしスペースなしと酷いものである。

 十層を越えるくらいからは宿屋マークでもそこそこのサービスが提供されるようになるのだが、ここは一層である。

 まともな寝床を探さないとまたあのボロ宿に逆戻りだ。

 金はあっても寝床がないって言うのは辛いところだな。

 

 ふと、ベータ時代に鍛えたシステム外索敵スキルが反応した。

 うなだれたまま路地裏に入り、敏捷値を解放して一本向こうの曲がり角を曲がる。

 

 路地裏を確認した鼠は俺がいないことに気がつき、そのまま路地裏を駆けてくる。

 俺が曲がった十字路に差し掛かると同時、鼠の右手を掴んでこちらへ引っ張り込むと、鼠の正体は文字通りの鼠ちゃんであった。

 

「まさか戻ってきてくれるとは思わなかったな。とりあえず宿の場所を教えて欲しいんだが?」

 

「ベータ時代からオレっちから隠れるためのシステム外スキルを身につけていたヤツがよく言うヨ。宿には案内してヤルから解放してほしいネ」

 

「はいはい、じゃあさっき言った宿を頼むよ。こっちはもうクタクタなんだ」

 

 アルゴに先導されてNPCの民宿に到達する。

 一晩100コルとかなり割高だが風呂も広いしベッドもフカフカだったので許容範囲内である。

 

 部屋に入って椅子を二つ持ってきてアルゴを座らせると、自分は椅子を前後逆に使って座る。

 

「で、なんで鼠がこんなところにいるんだ? てっきり最前線か始まりの街のどっちかにいると思ってたんだが。まあ、一週間全く会わなかったから前線にいると思ってたけど」

 

「…………だヨ」

 

「ん? なんだって? もう一回言ってくれ」

 

「バーストを探してたって言ったんだよ!」

 

「俺を? そりゃなんでだ?」

 

 アルゴは一瞬間を開けて、深呼吸をしたあとに

「そんなの決まってるヨ。ベータテスト時代のトップタンカーのお前さんが前線にいない、かと言ってログインしていないワケでも死んだ訳でもナイ。始まりの街で腐ってるはずもナイ。にも関わらずお前さんの姿は愚か噂すら聞こえてこない。そりゃ、ベータ時代の知り合いとして心配もするサ」

 

「んー。そうか。心配かけて悪かったな。とりあえずフレンド登録するか?」

 

 心配をかけていたようなので正直に謝る。

 俺はちょっとどこがおかしいのか他人に共感することがほとんどできない。

 リアルで二つ下の知り合いの過去を聞いても「で?」とか、「それが?」としか思えなかったくらいである。

 客観的に見て、彼女の過去はそんな一言で済ませていいはずもなく、俺は黙ることで彼女との関係を壊さないようにした。

 今回も、「そのくらいで?」としか思えていないのだが、流石に成長して思ってもいないことを言えるようになった。

 

 アルゴにフレンド申請を送り、可否を待つ。

 アルゴはたっぷり十秒ほどウィンドウを睨んでから

「情報屋としては情報の売買以外のためにこういうことはしたくないんだけどネ。バーストは特別だヨ」

 そう言って受諾のボタンを押した。

 

「そんで、本当に俺を探してただけなのか?」

 

「そうだヨ。でもここに来たのはお前さんがなかなか見つからないから食い扶持を稼ぐための情報収集。まさかお前さんが噂の風になったプレイヤーだったとは思わなかったケドね。一体どういった風の吹き回しだい?」

 

 お前は元タンカーの癖にデスゲーム環境下で慣れない敏捷振りをしてどういうことだと言いたいのだろう。

 さて、こいつは売れるものなら自分のステータスですら値段をつけて売る女だ。

 喋っていいものか悩んでいると

 

「別にコレをタネに稼ごうってワケじゃないヨ。単純に知り合いがどうしてこんなことをしてるのかが気になっただけ。だから、()は教えてくれると嬉しいかな」

 

 アルゴの一人称が切り替わったのを聞いてこいつならば話せると瞬時に答えを出した俺は、ウィンドウを可視化してアルゴに見せる。

 

「【成長の代償】? 聞いたことのないスキルだね。覗いていい?」

 

 アルゴの問いに俺は頷いて返す。

 アルゴは俺のウィンドウをタップしてスキルの詳細を開いたあと、じっくり三度読み返して顔色を変えた。

 

「強力なスキルだね。でも、あまりにもデメリットがキツすぎる。もしかしなくてもこれがタンクを諦めた理由?」

 

 俺は頷いて、タンクとして戦えなくても、体力が増えなくても、強力なスキルを得た人間として、元ベータテスターとしてこのゲームをクリアする義務があると答える。

 アルゴはダメだと言うが、戦わないということはこのまま腐っていくことしかできないということだ。

 それに、【食いしばり】もある。

 あれさえ取得、育成できればひとまずゾンビプレイは可能だ。

 そう言えば、

「ふざけるな! バーストは【食いしばり】の取得条件と育成条件を知ってて言っているのか!?」

 と怒鳴られる。

 

 【食いしばり】の取得条件はHPが10回1になること。

 これは発動条件とは違い、九割以上とか、一発で、みたいなものは無いはずだ。

 次に、育成条件。これは【食いしばり】を発動するという単純なもの。

 つまり、俺がゾンビになるまでにはエネミーにワンパンされて、【食いしばり】を発動。正真正銘のオワタ式の中で敵を倒すか逃げ切るかをしてから体力を全快して再びワンパンされる。

 これを約二百回繰り返す必要があるのだ。

 だが、死ななくなるんだ、それくらいの修羅場超えても余裕でお釣りが来るだろう。

 

「…………きっと私が何を言っても考えは改めないよね。分かった。ただし、約束。絶対に死なないこと。死なずに攻略組まで上がっていけば何でもしてあげるから、だから絶対に死んじゃダメ」

 

「ハナから死ぬ気はねーよ。俺は絶対に攻略組に返り咲くからそれまで男を作らず待ってろよ」

 

 アルゴは再び赤面して咳払いをひとつ入れてから

「それじゃあ商売の時間だ。今回は特別に安くしとくヨ?」

 

「じゃあ、俺の戦い方に合いそうなものはないか? 特に武器だな。細剣は細すぎてどうもしっくりこない。かと言って片手剣も曲刀も短剣もダメだ。欲張るなら片手剣より軽くて細剣より斬ることに向いてるのがいいんだけど」

 

「……直刀がいいだろうナ。あれはSAOの一般的な片手剣とは違い細身だからナ」

 

 ちなみに、直刀はこの街の非戦闘クエストで手に入るらしい。

 そのクエストの内容は簡単で、1000コルを納品するだけである。

 序盤で1000コル使うということでその性能はそこそこと言ったところで、強化すれば2層中盤あたりまでは通用するらしい。

 

 次にスキルだが、スリップダメージ無効のものである。

 毒や出血などの無効化系スキルを育てていくと一定までのダメージを無効にするスキルが取得可能になるらしい。

 ベータ終盤に見つかったスキルなのでまだ詳細はわからないが、少なくとも存在は確認されているとのこと。

 HP%でのダメージ無効ではなく、固定値での無効ならば将来的にスリップダメージ対策と【食いしばり】をひとつのスロットで満たせるようになるかもしれない。

 

 最後に、【食いしばり】の育成方法。

 完全に安全とはいえないが、この街から迷宮区とは逆に行ったところに攻撃間隔が長めで基本的に一体しかいない敵が出るらしい。

 レベルが上がって【食いしばり】を有効化したら行ってみようと思う。

 

 そして、外もいい時間になっていたためフカフカのベッドに身を投げ、久しぶりにぐっすりと眠った。

 アルゴも一緒に。

 ベータ時代からネカマだとは思っていなかったが、まさかここまでの美少女とは思わなかったな。

 役得役得。



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一層の端のくせに強いモンスターが多すぎる

 朝目が覚めるともうアルゴはいなかった。

 寝顔を拝みたいところだったが仕方ないか。

 視界の隅にメッセージが届いていることを告げるポップアップが点滅していたので確認してみると送り主はアルゴからだった。

 

 内容は

『寝顔可愛かったゾ

 PS;攻略組に復帰するのは十層が開放される前によろしくね』

 

 と言ったものだった。

 急げば急ぐほど危険になるんですがそれは。

 まあいい、とりあえずアルゴには攻略情報を定期的に買うと連絡して宿を出る。

 その後は1000コルを持って直刀クエストを消化し、スキルスロットをいじって細剣から片手剣へと切り替える。

 上げ直すのは面倒だが、直刀は思ったより手に馴染むので細剣を使い続けるよりはマシだろう。

 【食いしばり】を取得するためにレベル十を入れたいので朝から狩りだ。

 

 手に持った感じで分かっていたが、軽く振りやすく、細剣とは違い半ば強引に切りに行っても折れないため使いやすい。

 ソードスキルこそ片手剣のものだが、素の動作で細剣のように扱うことも出来るし花丸をあげたいところだ。

 

 今日も誰とも会うことがなかったため狩場を独占でき、三時前にはレベル十に入っていたので一度圏内にもどり、必要なアイテムを集める。

 【食いしばり】取得条件はHPを1にすることなので貫通ダメージを使ってやろうということだ。

 圏外でないとダメージを受けないためちょっとだけ圏外へ出て、大雑把に短剣でHPを減らしていく。

 30を切ったところでピックに切り替え、

 チクチクと削っていき、10を切ったところでピックを突き刺し貫通ダメージの間隔を覚える。

 三秒で1ダメージか。

 確認してからでも間に合うな。

 

 それから一時間ほど自傷と回復を繰り返し、【食いしばり】を有効化した。

 有効化した直後にわざわざ1回ごとに体力満タンにしなくてもよかったんじゃと思ったのは別の話。

 

 【食いしばり】が有効化したので次は熟練度上げだ。

 昨日アルゴに教えて貰ったところに行くと、ゴーレムのような奴がいた。

 あれだなと思って近づくと、とても動きが緩慢で、ゆるゆるであった。

 腕を振りかぶるのも遅くて大丈夫かと思いつつ攻撃を受けると数メートル吹き飛ばされ、当たった場所がベータ時代を含めても一番の痛みを感じている。

 幸い、ゴーレムはあの周辺から動かないようなので痛みが取れるまでポーション回復などに務め、全快すると同時に殴られに行く。

 熟練度を見ればしっかり上がっているが、一回殴られる事に三分ほどかかり、ポーション代もそこそこかかる。

 ここで【食いしばり】を上げる以上遠出は無駄だし、この周辺で稼ぐしかないか。

 

 その後、三週間ほどゴーレムに殴られ、その鬱憤を晴らすように街の周りのモンスターを壊滅させ続けていると、途中で一回殴られて一上がるのではなく、数回殴られて上がるようになっていた【食いしばり】もようやく百まで熟練度が上がった。

 単純な折り返しではないが、数値上は折り返しだ。

 そう思ってあれからずっと世話になっていた宿へ帰ると――町長の家らしい――町長の頭上にクエストマークが浮かんでいた。

 今までは無かったのだが、どんな条件だと思いながら話しかけてみれば、クエスト内容はこの街周辺の生態が崩れてモンスターが大量にやってくるとのこと。

 その討伐に力を貸してほしいらしい。

 

 大量、がどんな数かはわからないが正直囲まれるときついと思っていると、町長からひとつの石を渡された。

 曰く、街の宝らしく所持している人の体力を回復し続けるものらしい。

 宝だからあげることは出来ないが、討伐を手伝ってくれているあいだは貸し出してくれるそうだ。

 詳細を見てみれば、秒間200回復すると書いてある。

 

 ……ん?

 秒間200ってことはあれか?

 一秒攻撃を受けなければ体力満タンか。

 それなら行けるかもしれない。

 いないとは思うが俺をワンパンする攻撃力のやつが来ても【食いしばり】で耐えてこの石で回復できるし。

 運が良ければ熟練度上げもできるかもしれない。

 それに、報酬も結構豪華だし、参加するのもいいかなと思って受領のボタンを押す。

 町長はありがとうと言って今日はゆっくり休みなさいと二階を指さしたので今日はゆっくり休むことにした。

 

 翌朝、アルゴから攻略会議が開かれたとメッセージが来たのでこっちも今回のクエストデータを送っておく。

 内容は後回しになるが対価としては十分だろう。

 

 一階に降りると町長から話を聞いてモンスターが来る方向へ移動する。

 

 行ってみればかなりの数はいるが、この街周辺で見たことがある奴らばかりで、一つ一つの塊が多くても三匹か四匹なので問題なく倒せそうだ。

 【成長の代償】のおかげでワンパンでモンスターを倒せるのもあり、楽々とモンスターを壊滅させると、ボスのような敵が現れた。

 

 名前は、«バーサークキャット»

 名前を囲んでいる二重カッコはネームドボスモンスターということだ。

 ネームドボスはネームドモンスターより強く、フィールドボスよりは弱いという立場のモンスターで、こいつをソロで倒せるのが上級者だとベータ時代の一部のバカが言っていたが、ついに最終日までソロで倒せたやつは見たことがなかった。

 

 このクエストは恐らくベータ時代にも見つかっていなかっただろうし、攻撃パターンも分からないため少し怖いが、こちらは確定で一発耐えて一秒後には体力全快、ステータスも【成長の代償】のおかげで十分ある。

 なんとかなるだろう。

 

 そう思って切り込んでみれば体力は【食いしばり】が発動して百。

 猫の体力は二本のバーの一本目の数パーセントほどが削れている。

 

 こっちの攻撃は当たってるみたいだが、あちらの攻撃は全く見えなかった。

 もしあれが連続攻撃なら俺は死んでたわけか。

 今まで戦った敵はあまり素早い動きをしてこなかったから素早い敵との敏捷ファイターとしての戦い方が身についてない。

 ステータスはこっちが勝ってるだろうが相手は素早い動きをすることを前提として作られたAIなため、戦い方を身につけるには十分だろう。

 攻略組に戻った時に【食いしばり】に頼りきりではすぐに異常に気づかれる。

 しっかり躱すことが出来るようにならなければ復帰など夢のまた夢だろう。

 

 攻撃を軽視、防御も軽視、ただ相手の動きを見ることに集中する。

 

 SAOでは進む度に敵の速さが際限なく上がっていくということは無い。

 人間が動かすアバターではそんな速さの敵には対応出来ないからだ。

 なので今回俺が攻撃を見ることが出来なかったのは単純に速さに慣れていなかったり、攻撃に意識が向いていたためだ。

 元々の俺の戦闘スタイルは攻撃を受け止めてから反撃するというスタイルであった。

 攻撃する時には敵の攻撃が終わっているのが当たり前だったため敏捷ファイターの攻撃しながら攻撃を躱す、逸らすという戦いに慣れていないのだ。

 こいつの速さは一級品だ。

 こいつさえ見切ることが出来れば大体の敵の攻撃はしっかり()()ことが出来るはずである。

 幸い、リジェネ石もある。

 練習にはうってつけだ。

 

 猫が突っ込んでくる。

 後にステップし、攻撃方法を見る。

 右か、左か、それともかみついてくるか。

 

 猫が右前脚をあげて振りかぶる。

 俺から見て左側から弧を描くように飛んでくる前足を避けるために俺は右斜め後ろへと再びステップをする。

 攻撃をよけられた猫は振った足の勢いを使って地面を踏みしめて跳んでくる。

 単純な突進は左右のどちらかに避ければいい。

 ついでに横腹に攻撃を入れてやろうと思ったら折りたたまれていた左前脚で引っかかれ、それにより猫は減速、俺を支柱に円を書くように着地する。

 大きく後方に飛んで距離をとる。

 体力は回復した。

 はっきり言えば、こいつの攻撃パターンは見切る必要は無い。

 見切らず予備動作で攻撃を予測して躱せるようになるのが目標だ。

 

 再び猫に突撃する。今度は左からの攻撃。

 突撃の勢いは殺さず、猫の体がでかいおかげで空いている地面と鞭のような腕の隙間に蛇のように滑り込み、そのまま脇腹へ一撃。

 

 視界の隅で尻尾がしなるのが見えたが対応出来ずに吹き飛ばされる。

 

 直刀を地面に突き立てて減速し、猫の方を見ればこちらへ疾走してきている猫。

 戦闘中の一秒というのは長く感じるもので、まだ回復がすんでいない。

 思いっきり横に飛ぶと、ステータスの高さもあり、何とか回避することが出来た。

 攻撃するたびに反撃されてるがこんなんじゃ敏捷ファイターとは名乗れない。

 

 今度は猫の後に回り込むように動いて尻尾を斬りつける。

 尻尾が暴れて来るが、流石に真正面にあるものには当たりはしない。

 しっかり避けて離脱する。

 やっぱり四足歩行のモンスターは攻撃がわかりやすいな。

 突進か前足、後に回れば尻尾か後ろ足。

 このまま攻撃の頻度を増やしていこう。

 

 攻撃を避けることができるように攻撃を入れられる回数が二回三回と増え、ボスが現れてから一時間が経つとようやく倒すことができた。

 

 当然LAは俺だ。

 ネームドボスのLA報酬も、ほかのLA報酬と同じく一級品だ。

 とはいえ、条件さえ揃えば複数回戦うことが可能であり、フィールド、エリアボスと比べれば格下であるため数層先に通用するかしないかと言った程度だが。

 

 今回のドロップは防具。

 正直、防具はいくら強くても最前線に出ればワンパンされることには変わりがなさそうだと思ってあまり期待せずに詳細を開けば、ステータスはしょぼい代わりに【索敵】スキルを所持スキルの中の最大熟練度のスキルの半分の値で使用できるというものだ。

 現在の最大値は【食いしばり】の百二十。つまり【索敵】は六十相当で使えるということか。

 装備部位は腰、ベルトである。

 今まで防具は買ってなかったから部位が空いていたので丁度いい。

 

 それじゃあ、さっさと帰ってクエストクリアの報告をしますかね。



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キャンペーンクエストが生えてた

装備の詳細が多少変わりました。
勾玉が敏捷プラス5パーセント、ボス猫のLAが【隠蔽】ボーナス(ryです。


 町長の家へ帰り、クエストクリアの報告をする。

 かなり多めの経験値と、1万コル。最後にどちらかを選ぶのじゃと言った感じの箱が二つ。

 片方は結婚指輪を入れてそうな箱で、もう片方は1m近い横長の箱だ。

 どちらにするか迷った後、横長の箱は武器が入っていると仮定し、小さい箱を受け取った。

 まだ第一層だし、そこまで強い武器は必要ないだろう。

 そもそも俺はもうしばらくは【食いしばり】上げのためにこの周辺の雑魚狩りしかしないからな。

 

 小さな箱に入っていたのは予想通り指輪――ではなく、クリスタルでできた勾玉のようなものだった。

 詳細を開けば、現在は首装備として使用できるらしく、時間が来ればテイムモンスターとなるようだ。

 テイムモンスターってこんな簡単に手に入ったものだったかなぁ。

 防具としての効果は永続的な敏捷バフ。プラス5パーセントである。

 こっちを選んで正解だったかな。

 将来的にテイムモンスターが約束されて、【成長の代償】と相性がいいパーセント系の装備だ。

 とりあえずアルゴに報告。

 ザコ敵はあんな感じで、ボスはネームドで~っと。

 これで完成だな。

 明日からはまたゴーレムとの戯れだ。

 

 

 

 ボス攻略会議、つまり俺がボス猫を倒してから数日が経過した。

 俺はいつも通りゴーレムに殴られて憂さ晴らしに周囲の敵を狩り尽くすということを繰り返しているとアルゴからメッセージが届いた。

 内容はー。

 

 ……。おいおい。マジですかい。キリト君そんなことしちゃったのか。

 攻略には参加し続けるだろうけどこれからどうなるか分からないな。

 出来るだけ早く攻略組になれるように頑張るか。

 

 それにしてもキリトって男だったのか。

 あのイカにも女ウケしそうな王子様系のアバターは女の子の理想像みたいなものだと思ってたんだけど。

 まあ男でも女でもいいか。

 あと二ヶ月以内に会いに行こう。

 ここに一ヶ月かかったとはいえ、それは不慣れであったり装備やスキルを一から揃えなければいけなかったからだ。

 一層でも三層まで強化していけば通用する武器は多くあるし、たっぷりひと月かけたんだから攻略にも慣れているだろう。

 早めに見積もって一層攻略に一週間。

 二ヶ月――八週間後ならばギリギリ十層以内だ。

 

 とりあえずアルゴには今度キリトに会いに行くとメッセージを返して再び殴られる作業に戻る。

 もうひと月ほど殴られ続けているが、何故か飽きない自分がいる。

 殴られて、モンスターを倒して、ぐっすりと眠る。

 結構この世界に馴染んでしまったみたいだな。

 

 

 第二層が開放されて一週間、いつも通りにモンスターを虐殺して帰ると再び町長にクエストマークが。

 受けてみればそのクエストは前回の続き物らしい。

 キャンペーンクエストは基本的に最初にそうであると分かるものもあるのだが、希に二つ目以降にしかその表示がないものもあるのだ。

 そういったクエストはもれなく豪華報酬が用意されている。

 

 今回も前回と同じく雑魚狩り&ボス討伐らしい。

 難易度は多少上がっているらしいが、まあなんとかなるだろう。

 今回の報酬は前回受け取らなかった方の箱らしい。

 リジェネ石も貸し出してもらえるらしいので受領して翌朝に備えることに。

 

 

 日が昇り、起床して再び例の場所へ。

 前回よりモンスターの数は多いが、ひと塊の数は変わっていない。

 あれからひとつしか上がっていないが、【成長の代償】のおかげで実質五レベル分ステータスが上がっているので前回より早く倒してネームドボス戦へ。

 名前は変わっていなかったが、その尻尾は二股に割れており強くなっていると思われた。

 

 前回より速くなっている。が、それは俺も同じ。

 前回より大きくなっている。が、回避技術は向上した。

 前回より攻撃が強烈になっている。が、どうせ一発で食いしばり発動だ。

 前回とは違い火を吹いてきた。が、【食いしばり】も育っているので延焼ダメージで即死することは無い。

 

 流石に火を吹かれたときはビビったが、それに気をつければ前回と同じようなものだ。

 前回とそう変わりないタイムで討伐することが出来た。

 LA報酬は指輪、どことなく日食を感じさせる指輪で、防具としての効果は【隠蔽】熟練度プラス10%というもので、【隠蔽】を有効化していない場合は熟練度1として取得しているものとするらしい。

 取得しているものとすると言っても実際に取得している訳では無いため熟練度は増えないが、【索敵】がないプレイヤーから隠れる助けくらいにはなるだろう。

 

 【食いしばり】は、十上がって百五十か。

 あと三十でとりあえずゾンビプレイ可能だな。

 ただ、今まで五十刻みで上げるのがめんどくさくなっていったしここからが実質的な折り返し地点だったりするかもしれないな。

 

 再び町長に報告し、報酬を受け取る。

 今回受け取った箱には一本の片手剣が。

 片手剣って言ってもその元? みたいなもので、好きな片手剣の武器をこいつに触れさせるとそれと同じ形状の、その形状にあったステータス配分の、元々決まっている強さの剣になるらしい。

 正直よくわからなかったので噛み砕いてみると、この元にはレベルいくつ程度みたいな強さが決まっていて、今俺が使っている直刀なら軽めでステータス補正は力と敏捷がメインと言った感じか。

 アニールブレードのようなものなら逆に重めで力と耐久に補正がかかると言った感じだろうか。

 

 とりあえずやってみないことには分からないためやってみれば、出来たのはベータテスト終盤でもなかなか見なかった業物。

 つまり、十層クラスである。

 ……もしかして、このクエストってゲームが結構進行してから受けるべきクエストだったりするか?

 残念ながら要求値にステータスポイントが足りないため、(【成長の代償】は、ステータスを五倍にするが、要求値には干渉しない)装備はできないが、とりあえずこれが装備できるようになれば攻略組としてやっていけるだろう。

 

 まだ日は高かったためゴーレムに殴られに行き、帰り道にモンスターを虐殺し、ベッドに倒れ込む。

 そんな日々に戻るとするか。

 

 

 町長のクエストをクリアして三週間。ようやく【食いしばり】が百八十を達成した。

 二連続でワンパン級の攻撃を受けても大丈夫か、若干不安だったがしっかり二連続で【食いしばり】は発動してくれたので一安心である。

 現在の最前線は五層まで上がっているらしく、そのレベルは平均二十二程度らしい。

 俺の今のレベルは十二なので十も差があるというわけだ。

 まあ、経験値効率が悪いここにずっと篭っていたし仕方がないか。

 

 とりあえずは明日今まで俺を殴り続けたゴーレムをぶっ壊して町長にお礼を言って狩場を変えよう。

 事前にアルゴからスリップダメージを伴う攻撃をしてこない敵の居場所を聞いておいたのでゴーレムを倒せばあとはそこでレベリングをするだけだ。

 

 そう思って町長の家へ帰れば三度目のクエストポップアップ。

 二回目の時点で終わりのマークがついてなかったから続くと思っていたが、三週間後のいまがその時だったか。

 さて、このクエストの条件はなんなのか。

 ひとつはサービス開始から一定時間経過。

 ひとつは町長宅への長期滞在。

 ひとつはプレイヤー個人による街周辺のモンスターの大量討伐。

 

 俺は三つ目が怪しいと思っている。

 クエスト内容に生態系が乱れるとかあった気がするし。

 

 この三週間、前のクエスト以前も含めれば約二ヶ月。この街で倒したモンスターはどのくらいだったか。

 少なくとも千は超えているし、なかなかこの街でそんな数のモンスターを倒すプレイヤーはいなかっただろう。

 まあ、ベータテストは短かったので一定時間経過や長期滞在なんかも可能性としてはあるのだが。

 とりあえずクエスト内容の確認。

 

 ふむふむ。

 基本的な内容は変わってないけどボスが変わってるみたいだな?

 今まではごろにゃーんとした猫をでかくしたものだったが、今回のボスはライオンらしい。

 まあ、なんとかなるだろう。

 ちなみにこのキャンペーンクエストはここで終了だ。

 これをクリアしてゴーレムを倒したら移動だな。

 クエストに備えてゆっくり休もう。



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かみさま

 ぐっすり眠り、クエストへ旅立つ。

 今回も雑魚ばっかりだと思ったら雑魚の塊が三個とでかい猫と尻尾が二本のでかい猫が一匹ずつ。

 幸いボス猫たちは離れているので気が付かれないうちに雑魚を片付ける。

 

 その後は尻尾が一本の猫に攻撃して二本猫から離れるように誘導しながら戦っていく。

 【食いしばり】があるとはいえ二本猫の炎で体力が九割を切ったらワンパンだ。

 警戒に越したことはないだろう。

 

 猫の攻撃の隙間に攻撃を入れていき、三十分ほどで一体目を倒すことが出来た。

 幸いなことに二体目には気が付かれていない。

 

 初期値の【隠蔽】スキルを使って二体目の背後から近づき、尻尾を切断する。

 一発で切断することが出来、クリティカルで入ったため二本のバーのうち一本目の三割ほどを吹き飛ばすことが出来た。

 

 尻尾を切り飛ばしたあとは普通に戦い、炎を吹く動作をすると同時に横っ飛びをして回避する。

 しかし、猫の口からは炎が吐き出されていなかった。

 

 ……もしかしたら、尻尾が炎を出すために必要な器官だったのかもしれない。

 炎が出せないならばこっちのもので、一体目とほとんど同じタイムで撃破した。

 さて、ライオンはどこだ?

 

 待っていると森の方向から何かが飛んできた。

 それは土埃をあげて着地し、そのまま突っ込んでくる。

 俺は、左肩を前に出した体勢で剣を左肩の前に来るように右手で持ち、ぶつかるのと同時にその勢いで回転し敵を切り裂きながらその衝突で受けるダメージを殺す。

 殺しきれなくても問題は無いのだが、ダメージを受けないということは、体勢が崩れていないということなのでそのまま攻撃に移ることが出来るため、着地をして尻を向けている敵の尻尾を攻撃しておく。

 バックステップで距離を取り、敵の姿と名前を確認する。

 姿はクエストメモに書かれた通りライオンで、名前は«バステト»である。

 

 バステトの名前の通りそのライオンはメスであり、神話の神を元に作られたボスであることが見て取れる。

 

 HPバーは三本あり、今の攻撃で一本目を一パーセント削れたか削れてないか程度、つまりほとんどバーは動いていなかった。

 冗談キツイぜ。

 

 

 バステトが目からビームを放ってきたと思ったら着弾地点がごうごうと燃えているし、口から火炎を放ったと思ったらその範囲は二股の猫の数倍だったりと、明らかに一層にいるプレイヤーが倒すことを想定されていない強さだった。

 先に進んだプレイヤーがこのクエストの話を聞いて降りてきて倒すことを前提とした難易度だ。

 今のところは炎にさえ気をつけていれば攻撃が直撃して吹き飛ばされても実質ノーダメージで済んでいるので対等に戦えているが、炎を浴びたら多分死ぬだろうな。

 リジェネ石があるとはいえ延焼ダメージとバステトの攻撃のタイミングが被ってしまえばその時点でガメオベラだ。

 

 多分こいつも尻尾を切断すれば口から炎は出せなくなると思うのだが、ステータスが高いせいかなかなか後ろに回れない。

 苦戦しているうちに一時間、二時間と時間が経ち、三時間目に差し掛かると同時に尻尾の破壊が完了。HPバーの二本目が吹き飛んだ。

 正直、かなりきつい。

 前座の猫達を含めればもう四時間ぶっ通しで戦闘中だ。

 【食いしばり】もこのクエストだけで5も上がっている。

 ソードスキルも試してはみたが、剣にソードスキルの光が集まるとバックステップで逃げられて目からビームで攻撃されるためすぐに選択肢から外した。

 ベータ時代、フロアボスですらそんな挙動は見せたことがなかったと思うんだが、製品版でAIが良くなってるのか?

 それなら最悪のアップデートだな。

 デスゲームでなければ難易度が上がってもまあ許容できるが、これはデスゲームだからな。

 一番を言えばすべての敵がただのカカシがよかった。

 

 そうだ、とふと思いついたことを試してみる。

 ソードスキルを発動させ、ライオンがバックステップをするための体勢になると同時に体を動かしてソードスキルをキャンセルする。

 一瞬の硬直が生まれるが、初期スキルであり、即行でキャンセルしたため文字通り一瞬だ。

 そのままバックステップしたライオンを追いかけ、視線の先から外れビームを避けて再びソードスキルを発動。

 ビームを出したままのライオンの胴体に直撃し、そのHPが一気に数パーセント削り取られる。

 よし、パターン入ったかはわからないがこれで攻めよう。

 

 ビームを打ち終わったライオンは左前脚で薙ぎ払うように動き、体の向きを九十度変える。

 それと同時に腕の範囲外へと逃げ、再びソードスキルを始動させる。

 ライオンがバックステップのために踏ん張るのを見てソードスキルを解除して飛び込もうとすると、ライオンはこちらに飛び込んできていた。

 

 は!? ふざけんな。 【食いしばり】がなければ即死だった。

 

 思いっきり吹き飛ばされ、空中で一回転してしっかりと着地する。

 宙にいる時間が長かったせいでライオンは目からビームの体勢だ。

 再び横に思いっきり飛び、なんとか回避してそのまま突進する。

 もうソードスキルなんて使ってやるもんか。さっきまでみたいに地道にチクチクチクチクと攻撃してやる。

 

 それから一時間後、クエスト開始から五時間たってようやくライオン――バステトは倒れた。

 神話の神様を元にしたボスでこんなに苦戦したんだからLA報酬もいいものだろうと期待していると、ウィンドウに現れたアイテムの名前は『太陽神の瞳』どうやらこの世界ではバステトはセクメトと同一視されているらしい。

 もしかしたら今回のバステトが敵対モブだったのはセクメトの狂気が抜けていない状態だったのかもしれないな。

 

 それにしても太陽神の瞳って、いきなりすげーものがドロップしたな。

 効果はどんな感じなんだ?

 ふむふむ、暗所での発光機能と毒の無効化か。

 発光機能は太陽としてのもの、毒の無効は太陽の光を浄化の光に当てはめられて設定されているのかもしれない。

 まあ、欲張るなら出血と延焼、他にも何個かあるスリップダメージすべての無効化が欲しかったが。

 まあ、麻痺毒にも効果があったら最強だから今度調べてみるか。

 

 どれほどの光を放つかはわからないが、使用制限はなさそうなので片手が塞がり、光る時間にも限りがある松明やランタンとは違い便利そうだ。

 装備部位も耳であるため問題は無いな。

 

 戦いが終わって糸が切れたように倒れそうになった体を無理やり動かして町長の家へ帰る。

 クエストクリアの報告をすると、このキャンペーンクエストの裏側が語られた。

 疲れでまともに聞くことが出来なかったが、昔この街では猫――つまりバステト信仰があったのだが、バステトに何者かの悪意が入り込み、残虐な神へと変貌してしまったそうだ。

 昔の人達はバステトをなんとか封印して、残虐な神となったバステトの力を削ぐために教会などを閉鎖したそうだ。

 バステトの封印はバステト自身の力を使って行っていたらしく、バステトの力が弱まれば封印の力も弱まり、いつかは封印が解ける。

 封印が弱まって神気が漏れ出たことで生態系が乱れ、バステトの化身として二体のボス猫が現れたとか。

 セクメトから悪意が抜けた後転生したとされるバステトに悪意が宿ったことによりセクメトにもどり、炎の息を吐くことができるようになったりしたのだろう。

 セクメトは炎の息を吐いたという話もあるし。

 

 それにしても、今回の推理は五分五分だったな。

 多分クエストの条件は時間経過。

 クエストの内容は今語られた通りであり、俺の推理通りであったというわけだ。

 

 それじゃあ、内容をアルゴに送りますかね。

 

 ちなみに、今回の二体のボス猫のLA報酬は前回と同じものだった。

 複数持っていても使えないし、とりあえず【隠蔽】のほうはアルゴにあげようかな。

 【索敵】はアルゴが取ってなかったらアルゴにあげるとしよう。

 ところであいつのレベルはどのくらいだ?

 二十になってないとしたら三枠で、【隠蔽】、【爪】あとは【疾走】や【軽業】、【索敵】かなんかか?

 まだ【所持重量拡張】は早いし、あるとしても【投剣】あたりか。

 

 都合よく【索敵】を持っていないかはわからないが、今度会ったら聞いてみるか。

 

 街の歴史を話し終わった町長は、以前渡したクリスタルからいつかバステト様が現れるでしょうと言って報酬を持ってきた。

 報酬は残念ながらエジプト神話に関係する品ではなかったが、やはり一層のプレイヤーがクリアすることを想定されていないのかかなりハイスペックな代物であった。

 バステトを封印した時に使ったものの残りらしく、延焼ダメージを無効化する外套だ。

 真っ黒の布で出来ており、フードもついている。

 フードに猫耳のごとき突起があるのが少し気になるが、性能もベータテストでみたことがない程であり、敏捷を底上げする他、炎ダメージを耐久度に変換する効果や、隠蔽ボーナス、索敵ボーナスもあり、地形効果の寒さにより受けるダメージも無効と良いこと尽くめである。

 

 流石シークレットキャンペーンのクリア報酬だな。

 コルも20万コルと大金で、クリア報酬の経験値でレベルアップもした。

 バステトを倒した時の経験値でひとつ上がっていたため、このクエストだけで二つだ。

 

 さて、これであとはゴーレムを倒せばこの街にいる理由はないのだが、今日はまだ昼だ。

 流石にゴーレムとの連続戦闘は避けたい。

 あいつはなんとなくだがこの辺の雑魚とは違う気がするからな。

 ネームドモンスターですらないが、そんな感じがする。

 となると街をぶらつくくらいしかないんだが……。

 

 そうだ、完全にクリスマスとか正月とか忘れてたしアルゴを呼びつけてアイテムを渡すついでに遊ぶとしよう。




エジプト神話について話してましたが、多分これ以降は出てこないです。(出てきました)


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拠点変更

SAOの読者減ったのかなー昔書いてた時はもうちょいUAの勢いあったなと思って昔のを確認してみたらこれの六倍くらい投稿してるのにUAが倍程度しかなくて驚いた

あと、オリ主が入手した装備の性能が若干変わりました

クリスタルの勾玉は敏捷アップ
ベルトは索敵有効化
登場してなかった2本尻尾のボス猫のLAは指輪で隠蔽ボーナスor有効化です

書いてる側ですら把握してないとかもうこれわかんねぇな


 アルゴを呼び出せば、二十分待ってくれというメッセージのあと、きっちり二十分後に街の正門にやってきた。

 

「バーストが……プレゼントなんて……珍しいこともあったものだ……ネ?」

 

 始まりの街方向から全力ダッシュしてきたアルゴが息を切らせながら言う。

 

「まあな。この二ヶ月、結構世話になったし、クリスマスとか正月とか忘れてたから区切りがついた今、ちょっぴり遊んでおこうかなってな」

 

 それでプレゼントなんだが――と包装もなしにLA報酬をトレードウィンドウに二つともぶちこむ。

 

「お前が【索敵】を持ってるかは知らないけど、持ってないなら両方役立つはずだ」

 

「……【索敵】はまだスロットがなくて取得してないヨ。それにしても、こんないいもの貰っていいのカ?」

 

「世話になってたお礼ってな。それに俺は同じの持ってるし、二つあっても予備という名のストレージの肥やしにしかならんからな。使ってもらえると俺も嬉しい」

 

「そういうことならありがたく貰っておくヨ。部位もベルトと……指輪、指輪なんてね。序盤じゃなかなかいい装備が無い部位だから嬉しいヨ」

 

「プレゼントも終わったところで遊ぼうと思うんだが、残念ながら俺にはエスコートできん。この街も町長の家の周辺以外知らないし、始まりの街だってよくわからん。上層もベータテストの時にちらっと見たくらいだ」

 

 俺がそういうと、アルゴは首を振って近くに人影がないのを確認すると、俺に近づいて袖をちょいちょいとしたに引っ張る。

 腰をかがめてアルゴと目線を合わせると、アルゴは少し背伸びをして耳元でぼそりと囁いた。

 

「まあ、俺はそれでもいいけど。こんな何でもない日の昼間っからでいいのか?」

 

「バーストにはプレゼントを貰ったけど、私には用意がないから」

 顔を真っ赤にしてつぶやくアルゴ。

 

 それなら、そんな事じゃなくて元気になれよと俺は言う。

 通常の思考回路のアルゴじゃあ、ここまで簡単に体を差し出すわけがない。

 意識的にしろ無意識的にしろ、だれかとのつながりを求めているのだろう。

 事実、拒否の言葉を聞いたアルゴの瞳は揺れている。

 

「そんな事しなくても俺はお前の友人だし、キリト君もお前を恨んだりしてないはずだ。アイツはネトゲ廃人でコミュ障でLAゲッターなんていうどうしようもないやつだけど正義感は強く感じたし、自分の行動には自分で責任が持てるタイプの人間だからな」

 ――だから、そんなに気にしてないでSAOを楽しもうぜ。

 

 感情表現が大げさなSAOだからか、アルゴは泣いて俺の胸に顔を埋めた。

 俺みたいなのろのろベータテスターとは違い、こいつはベータテスター一番の情報屋とか、そんな肩書きを持ってる奴だ。

 責任を感じていたんだろうな。

 いくらベータテストで一番信頼されていた情報屋だからって、正式サービスの変更点を知っているわけがないし、一人でボスの偵察を行えるわけもない。

 だから、そんなに気に病むな。

 

 アルゴを宥めること半刻ほど、吹っ切れたように俺の胸から顔を上げたアルゴの笑顔はとても綺麗だった。

 

 余談だが、そういえばと切り出したアルゴに、オネエサンの体がそんなこととはなんだ! と怒られて路地裏の民宿に連れ込まれたのは別の話。

 

 

 

 路地裏の民宿で一晩明かし、起きてみればいつものようにアルゴは居なかった。

 メッセージもないがそれは昨日のことを思い出せば送られていない理由もなんとなく察せられるというものだ。

 

 俺が宿を出てそのままゴーレムの所へ向かうと、ゴーレムは壊れて動作を停止していた。

 

 ……俺が壊す前に壊れてるってどゆことー?

 いや、ここが現実世界ならともかくここはゲームの世界だ。

 壊れたならばポリゴン片となって消えるはず。

 ならこれはなにかのイベントか?

 

 そう思って調べてみれば、ゴーレムのパーツのひとつにバステトの祠という名前のものがあった。

 

 もしかして、こいつにバステトが封印されていたのか?

 となると、俺がこいつに殴られるためにこいつを動かしたことで封印が弱まったとか。

 有り得そうだな。

 他にも名前付きの部位がないかと探していると、アイテムとして使用できる部位があった。

 名前は、封印の酒壺というものだ。

 大きさは200ミリペットボトルくらいか。

 手のひらに乗るサイズだ。

 詳細を開くと、『悪意に侵されたバステトを封印していたツボ。封印は破られ、本来の力は失っているが、封印そのものの力がなくなった訳では無い』

 とフレーバーが出てきて、その下に使用用途が書かれていた。

 その使い道は、スキルをひとつ、熟練度ごと収納するというもの。

 本来はスロットから外したスキルはつけ直しても育て直しになるのだが、これがあればふたつのスキルを交換しながら育てられるということだ。

 これを見て俺はピンときた。

 【成長の代償】は何故かスロットから外せないが、こいつを使えば外せるのではないかと。

 いまからタンカーとしての戦い方に戻すにはステータスポイント配分的に時間がかかるので却下だが、普通の敏捷ファイターとして戦えるのではないかと。

 だが、その結果、なんの成果も得られませんでした。

 くそが! もはや呪いだよこれ。

 呪いの力に頼ってゾンピプレイしようなんて考えた俺もおかしいかもしれないけどさ。

 

 もう他には無さそうだし、ゴーレムを倒せなかったのは残念だが、そろそろこの街とおさらばする時が来たか。

 町長に挨拶をしたら最前線――の一個下のスリップダメージを与えてこない敵しかいない穴場で狩りをしよう。

 最前線は攻略組がレベリングだったりをしてるだろうからな。

 

 

 町長に挨拶をして、始まりの街の転移門から最前線の一つ下、第七層へ飛ぶ。

 目的の地点は少し遠いが、マップデータはもらっているし、俺の敏捷なら二時間もあれば確実につくはずだ。

 

 進行方向に現れるモンスターを引き倒しながら移動していると気付かされる。

 この武器って今まで使ってたけど一層のクエストアイテムなんだよね。

 しかも無強化だし。

 当然この層で通用するはずもない。

 まあ、ステータスの暴力で今はクリティカル三発くらいで倒せているのだが。

 キャンペーン報酬の剣もまだ装備できないし……。

 まあ、拠点とする街に着いたら考えればいいだろう。

 

 迷宮区最寄りの街の最寄りの街から迷宮区最寄りの街とは反対方向に行ったところにある街へ到着した。

 

 正直アルゴに説明された時は意味がわからなかったが、迷宮区最寄りの街(A)の最寄りの街(B)から迷宮区最寄りの街(A)とは反対の街(目的地)に着いたということだ。

 事前に聞いていた町長の街に泊めてもらえるよう頼んで、武器屋を覗いたりして直刀を探す。

 が、片手剣といえばアニールブレードのような西洋剣しか見つからない。

 仕方ないのでクエストマークを探して街をふらふらしていると、鍛冶場の前を通りすぎたところで声をかけられた。

 振り返ってみるといかにも今まで鉄を叩いてましたよと言った感じのおっさんと、その頭上に輝くクエストマーク。

 

 ビンゴ!

 

 おっさんの話を聞けばおっさんは昔、直刀打ちだったのだが、西洋剣が流行ってきたことでそのシェアを縮小、食い扶持を稼ぐために仕方なく西洋剣を打っていたとのこと。

 そんなおっさんがふと外を見てみれば、直刀を腰に下げた俺を見つけたので俺の剣を打ってくれるそうだ。

 ただし、西洋剣と直刀では使う鉱石が違うらしく、その鉱石を取りに行ってもらうのが条件らしいが。

 

 純粋な採掘クエストならば無理だったが、討伐クエストみたいなのでクエストを受けて件のモンスターが出る坑道へやってきた。

 

 早速現れたのはピッケルを持ったところどころが岩っぽいゴブリン。

 そういえば、純粋な人型と戦うのは随分久しぶりだな。

 ゴーレムも人型といえばそうだが、あいつとまともに戦った記憶が無いので却下だ。

 

 人型はパターンこそ多いが、この階層のAIではそこまで脅威となる攻撃は行ってこない。

 単純なピッケルの振り下ろしを半身になって躱し、首に攻撃を加える。

 四割ほど削れたゴブリンのHPだが、同時に岩っぽい部位からガスが吹き出す。

 慌てて飛びのくが、よく考えたら毒は太陽神の瞳で無効になってるし、延焼もキャンペーン報酬の高性能猫耳フード付きコートで無効になっているんだった。

 単純なダメージだとしたらそれこそ問題は無いし。

 いや、攻略組としてまともに戦うなら今の反応で正解なんだけどさ。

 付近には誰もいないしゴリ押しもいいと思うんだ。

 時間短縮になるしね。

 

 ガスの噴射が終わったところで攻撃を誘って回避し、今度はソードスキルで首に攻撃する。

 当然ソードスキルは通常攻撃よりダメージが大きいので六割残っていたHPを削り飛ばし、一体目討伐。

 大体三十秒くらいかな。

 鉱石のドロップ率がどんなもんかは分からないけど昼過ぎには終わるだろう。



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装備調達

日刊透明加点1位になっててびっくりした
色なしだとランキング緩いんですかね?


 とりあえずは十二時まで狩りっぱなしをすることにして帰ると、素材を取りすぎてきていたようでおっさんにちょっと時間はかかるがいい剣を作ってもらえることになった。

 とはいえ、俺にはキャンペーンの十層以上クラスの剣があるのでそこまでいいのじゃなくてもいいと思いながら鍛冶場をあとにする。

 

 二時間半ほどの狩りでレベルも二つ上がり、直刀の要求値にも少し近づいた。

 お昼を食べて今度はアルゴに教えて貰った狩場へ行く。

 坑道も結構楽だったし、本来なら明かりが欲しいところなのだろうが、太陽神の瞳が照らしてくれていたので不便はなかった。

 あちらには人もいなかったし、こっちの狩場と比べて効率がいいようなら坑道で狩りをするのもいいだろう。

 

 こっちの敵は蔦が絡まりあってできたような人型の敵。

 動きはとろいが、振りかぶった腕の攻撃は蔦が伸びてきて攻撃するので最初は少し苦戦したが、慣れてしまえば逆に攻撃機会となる。

 伸びた蔦をそのまま切り裂き、返す刃で胴体を斬る。

 部位破壊ダメージも入り、一回の攻防で撃破することが出来た。

 

 アルゴは前線にでて戦うタイプじゃないのに、俺の戦闘の仕方というか、そういうのに合致した敵を紹介してくれる。

 かなりすごい事なんじゃないか?

 俺がアルゴと同じ情報を持っていたとしても他人の全く異なる戦闘スタイルの奴に適切な狩場を紹介できるだろうか?

 

 日が暮れるまでたっぷり六時間狩りを続け、レベルも三つ上がる。

 前線に出てきたので経験値の量が結構増えたのでレベルの上がり方も十分だ。

 五層の頃の平均レベルは二十二だったが、今のレベルは二十六ほどらしく、順調に攻略は進んでいるそうだ。

 このゲームは各層に出てくるモンスターのレベルは階層+2~8くらいで、安全マージンが階層プラス10と言われてるのもレベルが高い方の敵とエンカウントした場合でもレベルで勝てるようにということだ。

 現在の最前線は八層。上に振れてもモンスターのレベルは16。正直攻略組のレベルは高すぎだと思う。

 今は順調に進んでいてもレベルを上げて殴る理論が通じなくなった時にどうなるかが不安である。

 街に帰り鍛冶場を覗いてみるが、明日の昼過ぎまではできないらしいのでそのまま町長の家に戻ることにした。

 

 

 日が暮れる頃に寝て、日が昇るのと同時に起きているせいか、夜間にボス攻略があったらしいが気づくことが出来なかった。

 九層が解放され、八層から攻略組はいなくなっただろうが、今日はここで戦うことにする。

 朝から狩りをして昼過ぎに剣をもらう。

 半日もかからないクエストの報酬としては破格の剣で、蔦のモンスターはカウンターでクリティカルを入れればワンパンできるほどになった。

 例の剣までの繋ぎとしては十二分だろうか。

 俺が攻略組として復帰するまでの期限はあと一週間あるかないかと言ったところだろう。

 レベリングも重要だが、攻略組のメンバーとして十分な防具を用意しなければな。

 俺はまだ初期防具だからな。

 敏捷が上がる装備を中心にアルゴにリストアップしてもらうとして、俺はベータ時代に使っていた靴を取りに行くとするか。

 あの靴は全身金属鎧だった俺の足のおそさを克服するための唯一の皮装備で、敏捷値を底上げする靴である。

 その効果は靴としても破格のもので、おそらくベータ時代一の装備である。

 受けられる街とクエストNPCの位置的に多分偶然見つけられた俺しか知らなかったクエストだ。

 九層も開放されたことだし行ってみますか。

 

 アルゴにメッセージを送り、俺は転移門を使って九層へ転移した。

    

 

 九層の端、これまた迷宮区とは逆方向の街だ。

 路地裏を駆け回り、クエストNPCを探す。 

 クエストNPCは飼い猫を探して路地裏を徘徊しているのでなかなか見つけることが出来なかったが、ようやく見つけることが出来た。

 このクエストは逃げてしまった飼い猫を探すクエストで、その猫を見つけた報酬として靴をもらうものである。

 当時は敏捷値が低かったので苦戦したが、装備で【索敵】は使えるし、敏捷値も高い。

 さらに、NPCに広場で待つように頼むと了承してもらえたので、今回は余裕でクリアだ。

 猫を捕まえてフードの中に入れ、広場の依頼主のところに連れていくと、お礼にお店に案内されて靴をもらった。

 ベータ時代はクエストを受けてすぐに猫探しに出たので猫を見つけたあとに路地裏で猫を探しているクエストNPCを探すハメになってかなり苦労した。

 ベータ時代に路地裏でこのNPCにあったのは偶然であったし、何より敏捷が低かったからな。 

 

 貰った靴は(くるぶし)上五センチほどのブーツで、踝の辺りからかかとに向けて羽根ペンの羽のようなものが両側についていた。

 ベータ時代とは違うデザインに驚いたが、多分これはクリア時間で報酬が変わるものなんだろう。

 ステータス補正も1.2倍ほど高くなっていていい感じだ。

 このクエストはアルゴに報告しておこう。

 次は手の装備かな。

 正確性と敏捷値が上がるやつだ。

 アルゴのメモによるとこの街の外れにあるはずなんだが。

 

 ……あったあった。

 今回のクエストは仕分けクエストだ。

 仕分けまでの早さと正確さで報酬のランクが上下するらしい。

 仕分けと言っても簡単なもので、見た目で判断ができるので低いランクでクリアとなることは少ないらしい。

 ただ、高ランクとなると一気に難しくなるらしく、攻略法を知っていないとダメらしい。

 攻略法は一旦すべての仕分け品をストレージにしまうこと。

 ストレージにしまえば不良品とそうでないものに区別され、あとは不良品を廃棄箱に、正規品は元あった場所に戻す。

 それでクリアだ。

 

 依頼主に渋い顔をされたが、クリアタイム、正確性ともに最高クラスのクリアなので最高ランクの報酬をゲット。

 指ぬきタイプのグローブで、手首のところに銀の刺繍があるものだ。

 防御力は皆無だが、ステータス補正に全振りしたものである。

 今日中にもうひとつくらい集めておきたいかな。

 上下に腕と靴と首飾り、耳飾りに指輪。兜は視野が狭まるからいらないし、サブアームも敏捷値が下がるからいらない。

 背中装備はフード付き外套があるからいらないか。

 となると結構防具集めも早く終わりそうだな。

 頭は髪飾りみたいなのはあるのだろうか?

 前髪が邪魔になるからピンがあるなら使いたいんだが。

 アルゴに聞いてみればあるとの事で、中でも敏捷値が上がる装備を紹介してもらう。

 ……。結構近いな?

 

 

 とりあえず行ってみようか。九層の主街区。

 その中心の城と言っても過言ではない豪邸にそのクエストはあった。

 訪れてみれば来るのはわかってましたとばかりに中に案内され、館の主と話すことになった。

 待っていたよと切り出され、クエストNPCとはいえ、未来を見通しているような言葉にちょっと憧れる。

 そんな主の依頼は街の裏手にある湖に出る黒騎士を打ち倒して欲しいとの事である。

 なんでも黒騎士は街の守衛でも太刀打ちできないほどで、そんな黒騎士がこの館の一人娘の身柄を要求しているのだとか。

 クエストの設定なので仕方ないとは思うが、SAOの守衛はシャレにならないほど強いのだが、さすがに無理がある設定ではないだろうか。

 まあ、アルゴが紹介してきたクエストでクリア不可なんてことはないだろうから依頼を受けて、早速裏手の湖にやってきた。

 

 湖にいるのは漆黒の馬に乗ったこれまた漆黒の鎧を着込みランスを持った黒騎士がいた。

 黒騎士は俺の姿を見ると館の主は愚かな選択をしたなと呟いて襲いかかってきた。

 

 流石に馬に乗っている敵の相手は初めてだ。

 馬の上からの攻撃はリーチが長く躱しにくい。

 後ろはがら空きだと思って近づいてみれば、馬の後ろ足で蹴り飛ばされる。

 

 ……とりあえず馬殺すか!

 本体と別口のHPだとしても同じだとしても、黒騎士ではなく馬を攻撃すれば戦いやすい。

 別に黒騎士だけを倒す必要は無いのだ。

 

 槍の攻撃を躱し、馬の顔面を切りつける。

 噛み付いて反撃してくるが、それではリーチが足りない。

 後に跳び、噛みつきを回避して突進を誘発する。

 黒騎士は馬の横腹を蹴り、突進を指示する。

 馬だけならば、激突の瞬間にずれればいいが、黒騎士が上に乗っていることで槍のリーチ分自由に激突の瞬間を決められるので、少し回避は難しいが、槍での攻撃を誘った後、横後方に跳び、馬の突進も合わさり横へ移動することに成功する。

 そのままソードスキルで、黒騎士ごと馬を攻撃し、馬が怯んだところにもう一発。

 黒騎士が槍を持ってない方の手の側に跳んだため、槍の攻撃も行われずさらにもう一発。

 そろそろ潮時だと判断して後ろへ避ければ、髪を掠って槍の先が通り過ぎていった。

 

 大ぶりの攻撃の後の隙にもう一発入れて再び突進を誘発する。

 再び突進を指示する黒騎士にニヤリと笑って回避を入れる。

 回避後にソードスキルを入れて、槍のタイミングで腰を落として頭上を通過させ、切り上げのソードスキルで止め。

 

 リザルトを確認して、館に戻るさなかAIのレベルについて考える。

 少なくともさっきの黒騎士はバステト以下のAIだ。

 同じ距離、同じ行動を取れば十中八九同じ行動を返してくるAIだったからそれは決定である。

 となると、バステトは十層以降のユーザーが戦うことを想定されたAIだということ。

 もしかしたら俺は結構敏捷ファイターとして腕を上げたのかもしれないな。

 まあ、ステータスが高くて【食いしばり】があるという精神的余裕があるからかもしれないが。



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速さが足りない!

色つきました、ありがとうございます。
あと透明ランキング以外にも乗りましたありがとうございます。


 館へ帰り、討伐の報告をすると、単発クエストとしては明らかに多い5万コルを受け取り、屋敷を出ることになった。

 髪留めは? と思いながら執事に案内されて外へ向かっていると、「あの!」と声をかけられた。

 振り返ってみればまだ十にも満たないであろう女の子がいて、俺が振り返ったあとにこちらへ駆けてきた。

 女の子は魔王を倒してくれてありがとうございましたと言い、これを受け取ってくださいと髪留めを渡された。

 

 魔王というのは黒騎士のことだろうか。

 まあ、お姫様を攫うのはいつの世も魔王か。

 となるとあの黒騎士はこんな小さな女の子の身柄を要求していたのか……。

 髪留めを受け取って前髪につけ、悪い奴には気をつけろよと軽く頭を撫でて少し先で待ってくれている執事の方へ移動した。

 

 

 さっきは手早く髪留めをつけたが、髪が邪魔にならないように留めたい。

 広場に座って試行錯誤しながら髪をいじっていると、栗色の長い髪をたなびかせた美少女と女顔の優男が転移門から現れ、外門の方に歩いていった。

 くそ、リア充爆発しろ。

 装備も見た感じこの階層の上位装備だったし、勝ち組というやつは凄いんだな。

 

 イラッとしたのでアルゴにさっきの二人組のことを聞くメッセージを作り、序におすすめの髪の留めかたを教えてくれと書き、メッセージを送る。

 少しするとどこで見た? というメッセージが返ってきたので九層の主街区と返す。

 

 髪留めをいい感じの位置にするために髪をいじっていて気がついたんだが、このゲーム髪の毛の一本一本まで再現されてるのね。

 物理演算もおかしくないし、それを展開できるナーヴギアも、一万人分処理できるサーバーもすごいと思った。

 

 メッセージを返して十分くらい後、後から髪留めを取り上げられて何者だと振り向こうとしたら髪を弄られていい感じに固定された。

 頭を振ってズレた時に視界を塞がないか試してみても問題は無い。

 振り向いてお礼を言うと、案の定アルゴだった。

 

「それで、リア充コンビはどっちに行ったんダ?」

 

 あっち、と外門の方を指す。

 アルゴはため息をついてならいいやと俺の横に座る。

 

「有名人かなんかか?」

 

「攻略組の中でも結構な有名人だヨ」

 

「ふーん。俺はアルゴ以外のやつと話したことないし知らなかったな」

 

「まっ、ボス攻略に出れば会えるヨ。ところで、もう攻略組としてやれるカ?」

 

「防具集めてレベルをもうちょい上げればな。戦い方はクエストボスとか相手にして結構うまくなったと思うし。問題はコレね」

 

 上着をつまんでパタパタさせながら言う。

 

「まだ初期装備なのカ……。さっき見つけたクエストがあるから行ってみるカ? 多分上着が貰えるクエストだと思うゾ」

 

「じゃあ案内頼むわ。どんなクエストとかわかるか?」

 

「見つけたばかりだからなんとも言えないナ。多分討伐系じゃないと思うゾ」

 

 時間がなるべくかからないクエストがいいかな。

 アルゴに案内されて八層へ転移し、迷宮区最寄りの街へと移動した。

 道中では、あまり敵は出てこなかったが、出てきた敵はさっさとワンパンしていたので平和な旅路となった。

 

 迷宮区最寄りの街は主街区とは違い、そこまで栄えてはいなかった。

 まあ、迷宮区からモンスターが来るからその前線基地みたいな設定なのかもしれない。

 街の中央付近の服飾屋へ案内されて、クエストNPCに話しかけるとクエストが始まる。

 クエストの内容は街中に一定数のチラシを時間内に配るというもの。

 マップに区域わけがなされ、同一区域内で大量に配ることは出来ないらしい。

 一応2人で受けている扱いなので一緒に街を回ることも出来るが、俺もアルゴも効率厨。

 店は中央付近にあるのでここから上下に分かれて、時計回りで街を一周して配ることになった。

 

 店を出ると、「競走だゾ」と言ってアルゴが屋根の上に跳んで走り去っていったので俺も負けじと街を駆ける。なかなか入り組んだ構造にイラついたので俺も屋根に登り、上からチラシをばらまいていく。

 もしかしなくてもアルゴはこの街が入り組んでることを知ってたな?

 『さっき見つけた』と言っていたし、一度ここに来てクエストを自分自身で見つけたんだろう。

 屋根に登ると移動が楽になり、三十分ほどでチラシを配り終えて店に戻る。

 そこには既に配り終えて紅茶を飲んでるアルゴがいた。

 クエスト終了の報告をしてアルゴの向かいに座る。

 クエスト報酬はアルゴの予想通り上着。

 防御力は皆無だが、正確性が上がる装備だ。

 

 向かいに座っているアルゴは報酬ランクが最高だったから許すけどと前置きをしてから、ステータスの割には遅いと文句を言う。

 アルゴはどのくらいで配り終えたのかを聞くと、二十分ほどで終わったそうだ。

 なんでも俺は、敏捷ファイターとしては十分かもしれないが、速さを生かしきれてないらしい。

 【疾走】や【軽業】がないから仕方ないかもしれないけど、とアルゴ。

 たしかに俺は瞬間離脱とその逆しか行っていなかったな。

 撹乱とかそんな感じの戦い方はやってなかった気がする。

 今まで迷宮区で戦ったことはないが、迷宮区だと壁があるためその戦い方では難しいし、フロアボスも部屋が広いとはいえ参加人数が多くなるため難しくなるらしい。

 らしいというのはアルゴも実際に確かめた訳ではなく、主街区でみたリア充の女の子の方から聞いたかららしい。

 それなら今度のレベリング場所は迷宮区でやってみるかな。

 毒を使う奴がいるって聞いたけど太陽神の瞳のおかげで毒は効かないし。

 今日はもう夕方だから九層に戻ってまた迷宮区に行ってると夜になるからやめておくとする。

 となると今日は暇だ。アルゴに用事があるかを聞いてみれば、暇だというので夕飯に誘う。

 ベータ時代に見つけた穴場が九層の主街区にあるんだよね。





 


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ゲームの世界で娯楽を求めるってなんか複雑

誤字報告をいただきました。
これすごい便利ですね。どこどこが間違っているよと伝えるだけの機能だと思ったら、ワンボタンで修正できるんですよね。
これの味を知ったら自分で誤字を見つけて修正する気が……。

感想も何個かいただけました。励みになります。


 アルゴと飯を食った翌日、最前線の迷宮区で閉所での戦い方を確認しながらレベリングしていると、ついにレベルが二十に達した。

 安全地帯に戻り、四番目のスキルはどうしようかなと悩む。

 一番優先順位が高いのは出血に対する耐性だ。

 現状俺が死ぬ要因はスリップダメージによりHPが九割を下回ることが主だからな。

 流石にここまで進んでくるとどんな敵でもダメージを貰う=HPが吹き飛ぶ=【食いしばり】でHPが全快する(【食いしばり】の熟練度は既に初期HPより高くなっている)ので、攻撃によって普通にHPが九割を下回ることは考えなくていいだろう。

 そして出血という属性は、俺が知るスリップダメージの中ではそこまで脅威ではない方だ。

 まず、出血を使ってくるのは基本的に曲刀か刀を持った敵、例外的に見るからにヤバそうな爪を持った敵のみである。

 さらに、出血は延焼や毒とは違い、直接攻撃でしか付与されることはないのだ。

 その代わり放置した場合のダメージ量は多かったりするのだが、俺の場合は20ダメージ受けるだけで致命傷なのであまり関係がない。

 回復方法も専用POTで時間をかけて治す毒や、転がり回って火を消す延焼とは違い、出血部位にポーションをかけるだけと簡単なので、その脅威度はまずまずと言ったところなのだ。

 

 出血耐性の他には、昨日アルゴに言われた【疾走】や【軽業】。ソロのストレージには限界があるので【所持重量拡張】、敏捷ファイターの強みであるクリティカルを出しやすくするための【精密動作】などがあるがどれも有用で迷う。

 

 とりあえず、ここの迷宮区には出血モンスターはいないみたいだしほかの候補を試してみようか。

 

 まずは【疾走】

 初期熟練度でも走る速さが上がったことが実感出来た。

 ただ、俺の全力速度は【成長の代償】でかなり高いのでそこまでの恩恵は感じなかった。

 

 次は【軽業】

 初期熟練度だと一秒ほどしか立体的な動きはできなかったが、壁を走るのが楽しい。育ったあとの使い勝手が楽しみである。

 

 【所持重量拡張】

 ただストレージ容量が増えただけ。まだモンスターの素材なんかは軽めだからそこまで必要じゃないことを思い出した。

 

 最後に【精密動作】

 これも初期熟練度なのでそこまで恩恵は感じなかったが、狙った部位の狙った場所へ攻撃がしやすくなった気がする。

 

 俺的にはこの四つの中だと【軽業】が面白くて閉所で敵の後に回るのも楽になって結構好きだったかな。

 スキルを試しているうちに思い出したが、俺には封印の酒壺がある。

 スキル熟練度をそのままにスキルを付け外しできるアイテムだ。

 出血を与えてくる敵がいるところでは出血耐性、そうでない時は【軽業】を付けるようにすれば枠が無駄にならなくていいかもしれない。

 欲をかくなら【軽業】と【精密動作】も使い分けたいが、それは仕方がないことだ。

 次のスキルスロット増設までお預けにしよう。

 

 それからは、昨晩アルゴと寄った食事処のテイクアウト品を食べて日が暮れるまで【軽業】で壁を走りながらモンスターを倒しまくった。

 【軽業】の裏技とでも言おうか。壁を走っている時にジャンプをして、空中で体の向きを180度反転し、反対側の壁に着地してすぐさま走り始めると、【軽業】によって壁を走り続けられる時間がリセットされ、無限に壁を走り続けることができると知った時は驚いた。

 

 迷宮区を出て近くの街へ帰ろうとすると、アルゴから急いで九層の主街区に来いというメッセージが入った。

 すぐそこの街で寝泊まりしようと思ったが、仕方がない。

 二十分ほど待てと言って封印の酒壺に【軽業】をしまい、空いたスロットに【疾走】を入れる。

 移動速度上昇。走るぞ!

 

 

 十五分ほど文字通り疾走しているとようやく主街区にたどり着いた。

 アルゴに到着のメッセージを送ると、詳しい道順が書かれたメッセージが返ってきたのでその通りに路地裏に進む。

 案内された先は寂れたバーだった。

 客はアルゴ一人だけ。

 俺が来たのに気がついたアルゴに隣に座るように促され、とりあえずお茶を注文してからアルゴに問いかける。

 

「急いでこんなところに来いなんてどういうことだ?」

 

「ぁ……その……」

 

 怒っているように取られてしまったのだろうか、アルゴには珍しくどもっている。

 

 少しして、アルゴが口を開く。

 

「昨日の……」

 

 昨日? クエストのことだろうか?

 

「昨日の、でーとがゴシップ屋にすっぱ抜かれたんだヨ」 

 

 でーと。デート。なるほど、逢引か。誰のだ? 攻略組で有名な優男と美少女のか?

 

 アルゴはウィンドウをいじって紙を一枚取り出すと、おずおずと差し出してくる。

 受け取って読んでみると、その内容は――

 

『鼠のアルゴ! 夜の路地裏に消える!

 読者様方は鼠のアルゴをご存知だろうか? そう、五分話すだけで百コル分のネタを抜かれると噂されている凄腕の情報屋である。現在も攻略組の情報をまとめ、必要としている人に流すなど、攻略に一枚噛んでいる彼女だが、私は偶然そんな彼女の逢引現場を目撃した。

 私は今までも何度か彼女の情報を抜けないかとあとを付けたりしてみたことがあるのだが、その結果は悔しいことに全敗! 情報屋としての格の違いを見せつけられた。今回もダメで元々とつけてみたところ……なんと! 気づかれることなく尾行が続けられたのである。鼠のアルゴは横にいる猫耳フード付きの黒い外套を身にまとった男性の腕に甘えるように抱きつき、男性に頭を撫でられ蕩けるような表情をしている。これが逢引でなくて何だろうか! 再び尾行を続けようとした私だが、彼女らが進む先が路地裏であったことに気が付き、アブナイ匂いを感じたのでここで尾行はうちやめとした。

 下記画像は現在の攻略状況では超貴重でレアドロップでしか落ちないと言われている記録結晶を使い撮ったスクリーンショットである』

 

 最後の画像は夜であるため見づらいが、たしかに俺とアルゴのものだった。

 言い訳させてもらうなら、あれは路地裏の段差に躓いたアルゴを抱きとめて、気をつけろよ。と、ぽんぽんと頭を叩くように撫でつけたシーンである。

 路地裏に行ったのも例の穴場の食事処が路地裏にあるからで、決してアブナイことをするために路地裏に向かった訳では無いのだ。

 

「よく撮れてるじゃん。保存しとこ。それで、この記事がどうしたんだ? 嘘は書かれていないし、仕方ないんじゃないか? 娯楽が少ないSAOの性質上ゴシップは好まれるだろうし」

 

 そう、嘘は書かれていないのである。

 記者の主観で書かれた記事のため、甘えるように抱きついたように見え、路地裏に向かう俺たちからアブナイ匂いを感じ取ったというのは嘘ではないだろう。

 

「うにゃー! そうじゃなくて、情報屋として自分の情報を抜かれたことが悔しいだけだヨ」

 

 鼠がうにゃーって。つか、それなら俺が来る必要なくないか?

 

「あ、まあ……そうだナ。そう、今日来てもらったのはこのゴシップ記者を釣るために再び夜の街に繰り出すためだヨ」

 

「まあ、いいけど俺はそういうの得意じゃないぞ?」

 

「わた……オイラと一緒に街を歩いてくれるだけでいいゾ」

 

「まあいいけど、それじゃあ飯食べに行こうぜ。釣るってことは目立つ場所の方がいいのか? なら中心部かな」

 

 

 その後、普通に店に入り、食事をして、解散となった。

 翌日には連日デートと大きく書かれた記事が発行されていた。



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お使いクエストってやっぱりめんどくさい


以前あとがきで評価コメントでうんたら~って言っていたのに今まで評価コメントに気が付きませんでした。
評価コメントをくれた皆様ありがとうございます!

午後から用事があるのと区切りがいいので2000字と短めですが投稿


 ゴシップ記者を釣るためのデートをした翌日、号外として配られた記事を読み、昨日もつけられていた事を知る。

 俺も装備で【索敵】を持っているし、アルゴで見つけられなければ俺も見つけられないないだろうなと思いつつ【索敵】を発動していたのだが、残念ながら俺もアルゴも見つけられなかったようだ。

 記事に写っているとてもいい笑顔をしているアルゴの写真を保存し、記事をストレージに仕舞って今日の予定を確認する。

 といっても予定らしい予定などないためクエストを消化するか迷宮区に潜るくらいなのだが。  

 そういえば、攻略組になるとして面接のようなものは必要なのだろうか?

 ベータ時代は集合場所に集まってパーティごとの役割を決めるだけだったが、デスゲームとなった今ではそんな楽ではないだろう。

 まあいいか。少なくとも今は九層の攻略会議が行われるとアルゴに教えてもらってないし、会議に参加してダメそうだったら十層で参加させてもらえるように頼めばいい。

 

 

 残る初期装備の部位はズボン。

 クエスト受注場所は九層の主街区外門付近の詰所か。

 迷宮区に行くとしても通り道だし受けてから何をするか決めるか。

 

 

 詰所に入るとSAO最強と言っても過言ではない守衛たちの視線が突き刺さる。

 冷や汗をかきながらあたりを見回し、クエストマークが浮かんでいる守衛に話しかけ、クエストを受領する。

 クエストの内容は三十分以内に迷宮区最寄りの街の詰所に荷物を届けること。

 

 確か、昨日俺が迷宮区最寄りからここまで全力疾走して十五分ほどだったか。

 【成長の代償】でステータスブーストがされていることを考えれば、一般プレイヤーではなかなか辛いクエストなんじゃないだろうか?

 道中の敵はワンパン出来ないだろうし、移動速度も遅い。敵を最低限の回り道で避けながら全力で走って間に合うかどうかと言ったところか?

 少なくともベータ時代の俺のビルドじゃ絶対にクリア出来なかったな。

 

 しかし、このクエストの報酬がズボンとわかっているということはクリアした奴がいるってことだし、意外とクリアできるのかもしれない。

 

 【疾走】は昨晩の移動からつけっぱなしであったためそのままに、フィールドを走る。

 今日は一体も敵と遭遇せず、下り坂が多かったため、昨晩より大幅にタイムが縮み、十分ほどで到達した。

 

 詰所という地獄のような空間に入り、荷物をNPCに渡すと、別の荷物を渡され、主街区の詰所に届けるように言われる。

 

 ……? アルゴのメモには書いてない展開だな。

 ということはこれもクエスト内分岐で報酬が良くなるやつか?

 俺の装備調達クエストはランク上下があるやつばかりだな。

 

 とりあえず、こっちに時間制限はないらしいが、こいつを届ける時間が早ければ報酬が良くなるかもしれないので急いで戻ることにする。

 

 往復二十五分、ひたすら走り続けられたのは疲労を感じない仮想世界だったからだろう。

 非公開ステータスでスタミナがあり、敏捷性を上げるとスタミナ回復速度が上がるという話もあったが、実際はどうなのだろうか?

 

 三度目の詰所への入室。なんでこいつ戻ってきてんだといったような視線が突き刺さるが、アイコンが浮かんでいるNPCに向こう側からの品です。と受け渡す。

 少し待たされたあと、荷物の中身を確認した守衛に報酬と情報を渡される。

 報酬はアルゴの情報通りズボン。

 情報は九層のボスのものだ。

 

 ベータ時代の九層のボスは、一つ目の巨人、サイクロプスで、特殊攻撃こそないが、攻撃力が異常に高く、ガチガチに固めたタンクでも防御の上から三割から四割ほど持っていく化け物であった。

 体力も下層までのボスより一段多く、単純な高火力高耐久のパワーファイターは強いということをトッププレイヤーたちに分からせたボスである。

 そんなボスだが、守衛の話では再生機能を得たらしく、体力を一段目のレッドゲージまで削ると二段分回復し、しかし行動パターンはレッドゲージに入ったあとの暴走状態のままという悪夢のようなボスになっているとか。

 当然対策もあり、太陽の力が付与された弓で射ることで再生機能を喪失させることが出来るらしい。

 俺はギリシア神話には詳しくないが、サイクロプスはアポロンの八つ当たりで殺されたとかなんとかって話があった気がするし、多分それが元となった設定だろう。

 

 しかし、SAOには弓という装備は存在しない。

 何らかのイベントアイテムだと思われるがどうだろうか?

 守衛に尋ねてみれば、さっき俺が運んできた荷物こそが太陽の弓らしい。

 貰ったりできないですかね?

 

 聞いてみれば俺が今日中に荷物を運んできた場合は俺にあげるようにという文が先程の情報が書かれた手紙に書かれていたようで、快く譲ってもらえた。

 

 弓を受け取って、詰所を出てため息を吐く。

 下手をすれば攻略組全滅もあったベータ時代からの変更点を知らされたのだ。溜息をつきたくもなる。

 アルゴに今回のクエストの詳細とボスの情報を送る。

 とりあえず休憩しよう。精神的に疲れたし、アルゴからのメッセージを待ってから動いた方がいいだろうし。



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攻略組のトップがサボテンとイケメンとカップルとか一人仲間はずれがいるな

 アルゴにメッセージを送ったあと、広場まで戻り休憩する。

 精神的にかなり疲れた……。

 座ったままでできる最大限の態勢で休んでいると、十分か、二十分かしてアルゴの声で呼びかけられる。

 俺が疲れているように見えるからか心配してくれるアルゴだが、そんなことよりもクエストの方が先だ。

 アルゴはこのクエストにボス情報が関わってくるなど全く考えていなかったが、クエストクリア時のNPCの反応からランク制だと睨んでいて、敏捷値が高い俺ならばと思って紹介したらしい。

 その結果ボス情報の滅茶苦茶重要なものを得ることが出来てアルゴも驚いているらしい。

 

 現状攻略組は二つのギルドとソロやコンビなどで構成されているらしく、二つのギルドは迷宮区などの攻略、フィールドボスやフロアボスの中心として活動していて、その他がベータ時代にボス情報を得られたクエストを消化しているらしい。

 そのため、攻略速度は早いが、ボスの情報を取りこぼしたりして死者が出かけたりしているとか。

 そのくせレベルとやる気だけは高いから死にかけても次の階層でさらに情報を集めようとしないらしい。

 今回のクエストはかなりきつかっただろうが、下層のクエストも全てが全てここまで難しいという訳では無いだろうに。

 半端に情報があるというのも考えものだな。

 

 そこまで話し終えて場所を移動する。

 攻略組の有力者を集めているらしい。

 その移動中に息抜き替わりにほかのクエストのことも聞いたが、そのクエストも大半はアルゴがクリア済みのもので、NPCのセリフからランク制だと睨んでいたクエストたちである。

 俺の報酬とアルゴの報酬で被ったりもして確定は出来なかったものもあるが、何個かはランク制だと確定したらしい。

 話も終わり、主街区中心部から少しいったところにあるカフェへたどり着いた。

 どうやらここが目的地らしい。

 

 カフェに入るとまず目に入ったのはカフェより酒場の方が似合いそうなモヤッとボール。

 それは、こちらを見るとフンッと鼻を鳴らしてそっぽを向く。

 俺かアルゴか、はたまた両方か。敵意とまでは行かないが、少なくとも好ましくは思われていないらしい。

 次に目に入ったのは髪を青く染め、片手剣と盾という王道なスタイルであろう青年。

 流石にベータ時代の勇者顔達には劣るが整った顔をしていて、攻略組筆頭ということを考えれば結構もてそうである。

 百層まで攻略しリアルに戻ったあとに爆発しろ。

 二人か。ということはこれが攻略組トップギルドのギルマスか副マスと言ったところか。

 その他代表で一人か二人来ると思っていたけど考え違いだったようだな。

 え? テーブル席でお茶をしてるカップル? ただの一般客かなにかでしょ。

 攻略組にあんな空気の奴がいるわけないしな。

 

 とりあえずモヤッとボールと勇者様に挨拶する。

 モヤッとボールは機嫌を損ねるとめんどそうなので先に目を合わせてからだ。

 

 モヤッとボールはキバオウ。アインクラッド解放隊とか言うののギルマス。何となく背中側の空間からストレージに入っている無数の武器を射出しそうな声だった。

 勇者顔はリンド。ドラゴンナイツプリゲートとかいうののギルマス。

 ディアベルとかいう人の遺志を継いで頑張っているらしい。

 初対面でそんなこと言われても困る。

 

 二人に情報がなんだかんだと聞かれたので話そうとすると、カップルにちゃちゃを入れに行ったアルゴがチョット待った! と待ったをかける。

 

 振り返れば頬を染めた美少女と頭をポリポリかいている女顔が。

 

 アルゴにもういいよと言われて話し始める。

 

 といっても長々と話すことなんてない。

 守衛に話されたことをそのまま話し、裏付けとしてボス情報が自動的に書き込まれるウィンドウを可視化して、同時に情報共有タブに放り込む。

 共有タブはボス情報の他にもマッピング情報だったりも放り込めたりする。

 

 この行為はボス情報に虚偽がないことの証明になるとともに、相手側のウィンドウに追加する意味がある。

 共有ウィンドウって名前だし当然だな。

 慣れた手つきでそれを行うと、キバオウがなんか言ってきた。

 

「なんやお前。随分なれとるやないか。今まで見たことない顔やけどどこで習ったんや?」

 

「元テスターだしな。慣れてるのも当然だろ」

 

 俺が何気なしにそう言うと、この場の全員が声を上げる。

 なんか変なこと言ったか?

 

「…………。イイ度胸やんか。ワイがテスターを好ましく思っとらん事を知っとって言ってるんやな?」

 

「いや、知らんし。んー……。そういえば一層の攻略会議でベータテスターを糾弾したサボテンがいるって聞いたことがあるな。それか? あとはギルド内の不穏分子かなんかを御せないサボテンがなんとかとか?」

 

 お前? と視線を投げかける。

 すると勇者顔がまあまあ、と仲裁に入ってきてひとまず終わりとなった

 そのままボス戦の話に戻るように誘導され、弓の話をする。

 弓は小さめのもので、矢はセットになっていない。

 当然SAOに矢がある訳もなくどうするかと言えば、弦を引っ張れば光の矢が自動的に装填される。

 ついでにサイクロプスにある程度は追尾するらしいので外す心配も、外したとしても弾切れの心配もないのだ。

 弓をよこせとサボテンはいうが、当然却下。

 こっちが苦労して入手したものをタダで渡すわけないだろ。

 金かと聞かれるが、金はいらない。

 防具は基本的に回避してるので消耗しないか、消耗したとしても初期装備だった上着とズボンばかりだったので修理は楽。

 黒猫のコートも暖炉に突っ込めば耐久回復するので修理は不要で普通ならかなりかかる修繕費は武器だけにしか使われなかった。

 さらに言えば出ていく金が修繕費以外には食事と宿程度だけでポーションは念の為といった感じでしか持っていないし、使わないので最近は新調していない。

 つまり金には全く困ってないのである。

 

 ならなんやって言われても、普通に攻略組に入れてくれればいい。

 そうすればこれでサイクロプスは弱体化させてやるし、攻略にも参加する。問題はないと思うけど。

 

 俺の空気の読めないというか、普通は言わないことをいうスタイルにブチ切れたサボテンに攻略組入りたいなら相手をしてやるから表にでろと言われて、入団試験のような何かが始まった。



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カフェでの座り方って結構重要だと思う

今回は会話多いのでテンポ悪いかも知れません。
というか会話文苦手なのでいつにも増してひどい出来になってるかと


 店を出てそこまで広くはない通路で俺とサボテンが向かい合う。

 なんやかんや今まで走るために【疾走】を有効化していたし、【軽業】に変更しておくか。

 一撃決着で送られた決闘メニューを見て、ついこれでいいのか? と質問する。

 俺の装備からして敏捷ファイターって分かってるだろうし、コロッセオのようなところならともかく、ここでは俺が圧倒的に有利だ。

 

 サボテンは早くしろと言うので受諾を押して、カウントダウンを待つ。

 

 六十あるカウントがゼロになったその時、俺は右前方に思いっきり飛び出した。

 右前方には当然建物があり、その建物の壁を紫色の破壊不可というメッセージとともに蹴り飛ばし、サボテンの後ろ側に回り込み、癖で首筋へ伸びる剣を無理やり下側に修正しながら切りつける。

 サボテンも攻略組。何とか反応し、ギリギリ剣先が触れる程度で回避するとそのまま振り向いて突進してくる。

 かすった程度だから一撃決着の条件に満たないと思ったのだろう。

 しかし、それと同時に俺の勝利を告げるウィンドウが開かれた。

 

 かすっただけでもダメージがクリーンヒットと認識される程のものならば一撃決着は終了するようだ。

 事実、サボテンのHPは二割ほど削れている。

 

 サボテンはケッと面白くなさそうな声を出してから負けを認め、俺の攻略組入りも認め、帰っていった。

 

 ……あれ? てっきり負けを認めないとか攻略組に入れてくれないとかあると思ってたけど、意外とすんなり行ったな。

 ちょっと頑固でベータテスター嫌いでめんどくさいところはあるけど筋は通す人なのか?

 

 あまり好ましい人ではないのは事実だけど、アレみたいなのとは違って付き合いがあっても平気そうな人間だな。

 

 観戦していたアルゴ以外はなんだあの動きといった感じの顔をしている。

 ぶっちゃけ、俺ってチーターみたいなもんだしな。

 なんか罪悪感が湧いてきた。ステータスで数倍勝ってたからあんなに圧倒的な戦いになったんですごめんなさい。

 それもこれも全部茅場晶彦ってやつが悪いんだ。

 まあ、一応リスクも背負ってるし。と、意識を切り替えて一番話しかけやすいリンドに話しかける。

 リンドは俺に話しかけられると意識が戻ってきたのか、何度か頷いて次のボス攻略は頼むよと言って去っていった。

 

 残ったカップルはどうしようか迷ったが無視する。

 表に出たらブラックコーヒー……と言うほどイチャイチャしてないな。

 ビターチョコでも食べよう。あるか知らないけど。

 帰ろうとした時にアルゴに腕を引っ張られ、カフェに引きずり込まれる。

 そのままテーブル席に連行され、俺を窓際に座らせて、蓋をするようにその隣に座る。

 カップル達に座るように促して、二人が座るとまだお互い自己紹介がまだだったろ。と、自己紹介が始まった。

 

 始まったと言っても、俺も優男も口を開かずに美少女がオロオロしている。

 深呼吸した美少女は意を決した用に自己紹介を始める――と思ったら普通に俺に質問してきた。

 

 質問は簡単にまとめれば、私も敏捷ファイターだけどそんなに速くなるにはどうすればいいですかとかスキルはどんな感じですかとかそんな感じ。

 途中で優男に止められたが、まあそれくらいなら問題ないだろう。

 デスゲームとなったこのゲームではスキル構成やステータス振りがバレるということはPKの難易度が下がり、命の危険に直結するのだ。

 とはいえ、流石に【成長の代償】の話はしないし、殺されることは多分ないだろう。

 こいつらはそこまで悪い人に見えないし。アルゴのお気に入りっぽいし。

 

 俺は武器の要求値を満たすため以外には筋力に振ってないと言い、大体対比は1:9くらいだと思うという。

 ついでにさっきの決闘で使ったスキルは【軽業】だけだと答える。

 ちなみに、一般的な敏捷ファイターの筋力:敏捷の割合は3:7から4:6程であり、筋力多めのダメージディーラーは半々から6:4くらいだと思う。

 あくまでもベータ時代の話なんで今もそうかは分からないが。

 

「あとはあれだな。君は金属鎧着てるけど俺は着てないでしょ? 俺の防具は防御力ほとんどないんだよね。金属とか皮と比べてって意味じゃなくて文字通り。各部位が初期防具の三倍か四倍くらいかな?」

 

 アルゴに紹介された防具たちは俺の事情を知っているアルゴが最もいいと思った装備たちだ。

 つまり、防御力を切り捨ててほかのところにステータスが振り分けられてる装備である。

 

 一層のキャンペーンで入手したものはそこそこ防御力があるが、一番強い黒猫のコートも軽金属鎧と同等程度だ。

 

「あ、勘違いして欲しくないからいうけど、これが一般的とかそういうんじゃないから。俺はさっさと攻略組になりたくてこんなアホみたいな振り方と防具選択をしてるだけで普通は軽金属か皮の鎧を着て防御力を上げて、筋力に振って補正でHP底上げするものだから」

 

「あの、どうしてそんなことが出来るんですか? 元テスターならこのゲームの難易度を知ってると思いますし、普通から逸れているということはそれだけやりづらいということだと思います。ただ、攻略組になりたいと言うだけでそこまで出来るのはどうしてですか?」

 

 そりゃあんた、【食いしばり】でゾンビプレイができるからだよ。とは口が裂けても言えない。

 どう答えるか迷ったが、これならば嘘でもないしいいだろう。

 

「俺には世話になった奴がいてな。そいつと約束してるってわけだ。攻略組に返り咲くってね。ついでに言えば開始二ヶ月くらいは一層の二つ目の村にいてね。スタートが遅れたからそれなら走る速度をあげるしかないでしょ?」

 

 なるほど。という納得の表情とともに、約束で命をかけられるのかという困惑も混じりあった顔をする美少女。

 

「まあ、その世話になったってやつがこいつなんだけどね」

 

 と、隣に座ってるアルゴの肩を抱き寄せ、両側からほっぺをむにむにする。

 

「あ、ああ! キリトくん! この人あれだよ! 今朝の記事の人!」

 

 キリトくんと言われた優男ははてなマークを浮かべている。

 ってキリト?

 

「今更だけど自己紹介しない? お互いに名前知らないわけじゃん?」

 

「あ、えっとアスナです。キリトくんとコンビを組んでます」

 

「キリトだ。元テスターでビーターとか呼ばれてるな。アスナとコンビを組ませてもらってる」

 

 おお、まさかこいつがキリト君だとは。

 なんかイメージと違う気がするが、こいつはすごい偶然。

 いや、ここに集められたのは攻略組トップだし、必然だったのかもな。

 相変わらずLAの多くをかっさらっていってるんだろうか?

 

「バーストだ。よろしく。ソロでやってる」

 

「!? ッッ! アルゴ、ちょっと来い」

 

 驚いたキリト君が立ち上がり、机に太ももをぶつけて悶えてアルゴを連れてどこかに行った。

 

「え、キリトくん? ……バーストさんってキリトくんと知り合いかなにかですか?」

 

「俺も元テスターだったからな。それで知られてるのかもしれないな」

 

 とりあえず誤魔化してみる。キリト君の反応が楽しみだ。

 

「あっ、そうでしたね。ベータテスターって千人だし知ってるってこともあるのかも」

 

「それはそうとアスナちゃんはキリト君のこと好きだったりするの? 男女でコンビって半端な信頼関係じゃ難しいでしょ」

 

「違います! キリトくんは、その……頼りになるパートナーなんです。 恋愛感情とか、そういうのは……」

 

「ふーん。そっか、キリトと宿は同じ?」

 

「はい、部屋は違いますけど同じ宿を取ってます。えと、私も聞きたいことがあるんですけどいいですか?」

 

「はいどうぞ。アスナちゃんみたいに可愛い子の質問ならなんでも答えちゃう」

 

 そう答えたと同時に脇腹を思いっきり突かれる。

 いつ戻ってきたのかとても不機嫌そうな顔のアルゴがいた。

 

「なあ、バースト。一応アルゴに確認したけど()()バーストだよな? トップタンカーでベータ時代にここのボスの壁役をほとんど一人で務めた」

 

「まあ、それであってるぞ。ついでに言えば勇者顔のLA独占野郎と組んで使わない装備を流してもらってたやつでもある」

 

「……なんで敏捷ファイターに転向したんだ? お前の腕ならタンクでも……というよりタンクの方が死ににくいだろうし攻略組としても十分やれただろ?」

 

「まあ、俺にも事情があるってことで。そんなことより、キリト君って男だったんだな。てっきりネナベだと思ってたわ」

 

「はあ!? 昔の俺ってそんなに女っぽかったか?」

 

「超勇者顔といい、仕草と言い、王子様に憧れてる女の子が自分で王子様作ったと思わされるような感じだったな。多分ボス戦参加してたやつの半分くらいはそう思ってたはずだぞ? な?」

 

 アルゴに話を降ってみる。実際ベータ時代にはそんな感じの話をしたことがある。

 

「フン」

 

 が、無視。俺なんかしたか?

 

「正式サービスでもお前達はそのままなんだな。なんか羨ましいよ。俺はそういうことを出来るやつがいないからな……」

 

 キリト君がそう言うと、フンッという声とともにアスナちゃんの肘がキリト君の脇腹に突き刺さった。

 

「「お互い大変ですね(ダナ)」」

 

 アルゴとアスナちゃんがお互いにため息を吐く。

 

 つか、そろそろレベリング行きたい。攻略組としてトップには認められたけどまだ平均レベルに届いてないからな。

 そう思っているとアスナちゃんが、

「あっ! そうだった。今朝の記事のアルゴさんと写ってるのってバーストさんですよね?」

 

 そう言って記事を渡される。

 

「そうだな。つっても前日にすっぱ抜かれたから記者を探したいってアルゴに頼まれて一緒にいたんだけどな。結局見つかんなかったけど」

 

「デートじゃなかったんですか?」

 

「おとり捜査みたいなものじゃないか?」

 

「はぁ……アルゴさん頑張ってくださいね……」

 

 女の子の空気に入ってしまった二人を見て、俺はキリト君と首を傾げる。

 

「あ、俺のことは呼び捨てでいいぞ。お前に君付けされるとなんかムズ痒いし」

 

 キリト君のことは呼び捨てで呼ぶことになり、フレンド登録をして店を出た。

 なんか、女の子って思ってたよりかなり難しいな。

 特に複数人いると難易度は急上昇するみたいだ。

 

 とりあえず、攻略会議が開かれるまでは迷宮区でレベリングしておこう。

 




なかば自分用も兼ねたオリ主の装備紹介
多分読みにくくなってるのでスルーしていいと思います

頭:髪留め(ピン)/黒騎士を倒して貰った。

耳:太陽神の瞳/バステトを倒して入手した。黄色のクリスタル 毒無効と発光機能

首:勾玉クリスタル/時期が来ればバステトになるらしい。キャンペーンクエスト報酬でもらった。

指:日食みたいなデザイン/隠蔽ボーナス キャンペーンネームドボス報酬

上着/アルゴとビラ配りをして貰った。

ズボン/荷物運びをして貰った。

背中/猫耳付き黒コート。 延焼無効隠蔽、索敵ボーナス、炎ダメージを耐久度に変換。

靴:羽根つきブーツ/迷子の猫を探して貰った

ベルト/索敵を所持スキルで一番熟練度の高いものの半分で有効化。キャンペーンネームドボス報酬

手/指ぬきグローブ。手首に銀の刺繍がある。

武器/両刃直刀 8層のクエスト報酬。素材を過剰に渡したためステータスが強化され、最大強化されている。

予備武器/両刃直刀 予備と呼んでいいのかわからない未だ要求値を満たしていない装備。無強化で上の装備の性能を上回っている。キャンペーンクエスト報酬で貰った。

その他レアアイテム/封印の酒壺 スキルを熟練度そのままに一つだけ外せるもの。使用回数制限は無し。バステト封印の祠となっていたゴーレムの残骸から入手。

光の弓/九層のボスを弱体化させるために使うアイテム


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猫っていうものはすごいものだ。

たくさんの誤字報告を頂きました。
嬉しいと同時にこんなに誤字ってるんだと情けなくなります。
皆様ありがとうございます


 カフェを出た俺はそのまま外門へ向かい、そこから迷宮区を目指した。

 思わぬ知り合いとの再会もあり、ある程度は精神的に回復したが、それでも全力で走って向かう気にはならず久しぶりに地形を眺めながらふらふらと移動していた。

 

 だからだろうか。いつもならばコンマ数秒で流れていく風景の中にけもの道を発見した。

 もしこの世界がリアルであったなら、ここら辺は多くのプレイヤーに踏みならされ、けもの道も見つからなかったと思うが、あくまでもこれはゲームだ。

 いくらプレイヤーが踏みならしても、その草はプレイヤーの重さがなくなり次第元の状態へ戻る。

 流石に草刈りをされれば消えるが、それでも翌日には元通りだ。

 そんなところにけもの道。

 何かあるな。そう思った俺は迷宮区に向かっていた足を止め、けもの道へ入っていった。

 

 けもの道をたどること二十メートルほど、何も無いところで道が途切れる。

 ここは街道からはなれ、草の背も腰ほどまでに高くなった場所だ。

 それでも一応はあたりを眺めての確認はできる。

 つま先で立ち、周囲を眺めるが踏みならされたような跡は見当たらない。

 何も無かったか、と気を落としてうなだれると、その視界の先に横穴を発見した。

 地面から三十センチほどの高さまで草が割れて、出来ている横穴だ。

 体高三十センチほどの動物が通ったあとだろう。

 そのまま視線を上にあげると草は不自然に曲がり、横穴の真上にも伸びていた。

 つまり、けもの道を見つけて入ってきた探索力の低いプレイヤーを追い返すトラップのようなものだろう。

 今まではけもの道で草が潰されていたが、ここからはもじゃもじゃと生えている未開の地、めんどくさそうだがこの横穴をたどってやろうじゃないか。

 

 横穴の空いている方向へ歩く。

 草を刈り、かき分けやすくしてから横穴を探す。

 横穴を見つけたら再びその方向へ進む。

 

 途中で横穴の方向に進んだら急に方向転換がされていて横穴を見失ったり、方向転換に気が付かずまっすぐ進めば落とし穴にはまったりとしながら三時間ほどフィールドをさまよい歩いているとようやく草原を抜け、目的地のような場所へたどり着いた。

 そこは神聖なという言葉が似合う場所だった。

 どこからか湧き水が湧き、岩には苔が生えている。

 水で濡れた苔や草木が日の光を反射し、しかしその中心の祠の周りには雑草一本苔一()()もない。

 そんな祠に近づく勇気もなくその場に棒立ちしていると、後から蹴り飛ばされる。

 慌てて剣を抜いて振り向けば、そこには一匹の猫が。

 猫のカーソルは敵性エネミーのものではなく、街にいるNPCのもので、しかし街の守衛のように戦闘もでき、その実力が圧倒的な場合に表示される黒色のものであった。

 

 再び慌てて剣を収めて猫のカーソルを見る。

 このタイプのNPCは敵対行動をとると敵性エネミーになることがあるんだよね。

 まだ変わっていないようでよかった。

 猫のNPCというのは初見だが、とりあえず話しかけてみる。

 俺が質問をするとにゃーにゃーと答えてはくれるのだが、何を言っているのかが理解できない。

 近づけばいいのか? とか、立ち去ればいいのか? とかここはなんだ? とか聞くこと十分ほど、猫は俺の首にかかっているバステトの勾玉を器用に外して祠に持っていった。

 

 普通は武器以外は外されないんだけどなと思いながら、イベントの一環だろうと思いそれを眺めていると、祠から何かが流れ出て、勾玉へ入り込んでいった。

 

 少し待つと猫が勾玉を咥えて戻ってきて、俺の首にかける。

 え、これだけ?

 てっきりバステトが復活すると思ったんだけど。

 なんか変化があるだろうと思って詳細を開いてみれば、フレーバーテキストが追加され、敏捷値の補正が強くなっていた。

 今までは、首装備として使用でき、時間が来ればテイムモンスターとなるといったことが書かれていただけだった詳細に追加されたフレーバーは以下の通り。

 

『バステト信仰最後の祠から信仰心を得た勾玉。その力は十分に高まっているが、同じ存在が邪魔をして復活することが出来ないでいる。同一存在を所持者が打ち倒すことで復活後の力はさらに増すことだろう』

 

 つまり、この城のどこかにいる同一存在、多分フィールドボスかフロアボス。クエストボスかもしれないが、なんとなく違う気がする。

 クエストボスなら多分一層のキャンペーンクエストには終了のマークがつかないはずだしな。

 

 次に、幾らか神聖さが失われた祠を調べてみる。

 

『猫族が作り出したバステトを信仰する祠。人族がその信仰をやめ、施設を封印した今でも唯一残り、今なお信仰の場として使用されている場所。現在はバステト復活の補助にその神聖な力を消費し、その力を弱めている』

 

 神聖さがあったのも、今は弱まって感じているのも実際にあるものみたいだな。

 それにしても人それぞれ感じ方が違うであろう雰囲気をどうやって演出しているのやら……。

 

 ゴーレムの時のようにアイテムは落ちてないようなので、とりあえずお祈りしてマップにマーキングをしてこの場を離れる。

 バステト信者ってわけではないが、俺の名前もバステトにあやかってるものだし、将来的にはバステトにお世話になるかもしれない。

 ボス戦の前くらいにはお祈りに来るのもいいかもしれないな。

 

 そのまま街道に戻り、迷宮区に急ぐ。予想外に時間を食ってしまったからな、無駄な時間どころか有益な時間だったが、それでも時間を消費したことは事実。さっさとレベリングを開始しよう。

 

 最寄りの街を無視してそのまま迷宮区へ。

 できるだけ経験値量が多い敵が出てくる深層へ向かい、敵を倒す。

 勾玉がアップグレードされて敏捷補正が高くなったおかげか、先日より討伐スピードが上がっている気がする。

 いつも通りの道を通り、エンカウントする敵を倒して深層を目指していると、これまた新しい道を見つける。

 正確には隠し通路、触れない限り閉じたままの壁だ。

 昨日まではなかった気がするが、さて……。

 

 壁に触れ、道を開き進んでいく。五分ほど歩くと開けた場所、と言っても迷宮区ではといったものだが。

 直径二十メートルほどの円形闘技場のような感じだ。

 中に入れば唐突に入口が封鎖される。

 ……え? 転移結晶は十層から販売ですよ?

 まだ俺持ってないんだけど。デストラップかなにか?

 

 ちょっぴり冷静さを失いながら闘技場の中心に近づくと、上前方の大きな穴から一匹の動物が飛び込んできた。

 咄嗟に後に飛び、それを回避すると火炎放射が追撃してくる。

 燃えないように猫耳ローブを盾にしながら回避する。

 ようやく相手の姿を確認すれば、二又の猫。

 名前は«バーサークキャット»バステト関連のイベントか。

 流石にこいつが勾玉のいう同一の存在ってことはないだろう。

 こいつも一層の時よりは強くなっていることがカーソルの色から見て取れる。

 多分攻撃パターンも増えてると思うが、こっちも強くなったし、何より黒猫のコートもある。

 延焼ダメージへの対策は出来ているし、多分負けることはないだろう。

 それじゃあ、やりますか。

 

 

 結論からいえば、8回目までは行動内容の変化はなかった。

 そう、8()()()。猫は9つの魂を持つとはいうが、まさか8回も復活してくるとは思わなかった。

 最大HPが低めで、9回合わせてフロアボスの半分程度で済んでいると思うし、攻撃パターンはフロアボスより単調であるためいうほど脅威ではなかったが、それでも大量のHPを削らされたことは事実。

 精神的に結構疲れている。9回目の復活では、1回目に切断して以来切れたままだった尻尾が新しく生え、その目もいつかのバステトのようなものになっている。

 

 多分ビーム打ってくるな。そう思った時には既に発射されていた。

 急いで横に飛べば、着弾地点の石畳が真っ黒に焦げている。

 んー。難易度的にはバステトの方が高いのかな。

 あそこは草が生えていて打たれれば打たれるほど燃えている場所が増えていったからな。

 次々と場所を移動して戦っていたからなんとかなっていたが、こっちは炎を気にして戦うことはなさそうだ。

 

 安定第一で後に回りながらビームを躱し、ついでとばかりに尻尾を攻撃し、破壊する。

 心配していたパターンの変化も既に知っているものだったので精神的な余裕も出てきた。

 そのまま削りきってコングラッチュレーション。

 LA報酬は……なんだこれ? コンタクトか?

 ペイント要素で目の色を変えられたりするのは知ってるけどコンタクトってのは初めてだな。

 詳細を見てみれば装備として使えるみたいだし。

 装備部位は、アクセサリ。今の俺でいえば太陽の瞳を付けているところだな。

 アクセサリ枠は二枠あるので装備して、あの日に茅場からプレゼントされた手鏡で確認してみると、瞳孔が縦に割れて、金色の瞳になっていた。

 いわゆる猫目ってやつだな。一部のプレイヤー(ネカマなど)からは蛇蝎のごとく嫌われているこの鏡だが、結構便利である。

 ストレージ容量は全く食わないし外で普通に鏡として使うことも出来るし、曲がり角の確認も出来なくはない。

 手鏡というものはベータ時代を含めても見たことがなかったアイテムだし、あそこでもらえて良かったと思う。

 ちなみに、猫目のコンタクトの効果は【索敵】ボーナスだ。

 俺の【索敵】は装備で【片手剣】の半分の値で(【片手剣】の熟練度が【食いしばり】を抜いてトップになった)使えるようにしているものだが、これにはしっかりボーナスが乗り、【片手剣】の六割ほどの値で使えるようになった。

 【精密動作】にも補正が乗るが、残念ながら【精密動作】は所持していないので無効。残るは正確性のブーストだ。

 猫関連でゲットした装備はみんな高性能で便利だな。

 

 さて、さすがに疲れたし街に戻って寝よう。

 




一応難易度設定的にはバステト>今回のボス猫となっています。
HP総量では今回の猫の方が多いですが、攻撃パターン、威力、地形などが組み合わさってバステトの方が高いということですね。

それから、装備部位ですが、頭、首、上着、背中、腕、ベルト、スボン、靴、指輪×2とアクセサリ×2となっています。
あとはメインとサブアームですね。

……装備部位が足りなかったりしませんよね?
自分でも把握しきれてない……


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〇〇人組作ってーとかシャレにならないから

一応言っておきますが、私の神話知識はwikiをかじっただけです。
ガバガバです。
間違いがあるかもしれません。
間違いは指摘してもらえると嬉しいですが、設定は変更しません。
というかできません。


 迷宮区最寄りの街に戻ると、外門に攻略会議の通知のビラが貼ってあった。

 日付は明日の二時。

 このゲームのプレイヤーの多くは昼休憩で街に戻ってくるので、昼ごはんを食べ終わったあとに参加できるような配慮だろう。

 とりあえず明日は俺も昼に戻ってくることにして、そのまま宿のベッドへ向かった。

 

 寝て起きると、アルゴから攻略会議のことを知らせるメッセージが届いていた。

 知ってる。と返そうとして、昨日機嫌を損ねられていたことを思い出す。

 ありがとうと返信して迷宮区に繰り出す。

 昼には街に戻ってこなければいけないが、とりあえず昨日ボス猫と戦ったところに戻ってみようと思う。

 昨日はすぐ帰ってしまったが、先に進む道がどこかに出来ているかもしれないし、出来ていなくてもボス猫が飛び出した穴からどこかに行けるかもしれないからだ。

 その為に鉤爪付きロープを購入してある。

 

 

 昨日戦った広場へ戻ってきた。

 少なくとも歩いて行けるところに通路は無さそうだ。

 なので、ボス猫が出てきた穴に鉤爪を投げ入れ、迷宮区の床に突き刺さったことを確認して登り始める。

 ロープという不安定なもので登っているが、体のスペックが良いからか、らくらくと登ることが出来、穴の奥に足を進める。

 広場への通路と同様、五分ほどで通路は終わり、行き止まりにたどり着いた。

 

 そこは、見るからに邪悪な場所だった。

 バステトの祠とは違い、雰囲気でそう思わせるのではなく、単純に存在しているものがただただダメだった。

 

 辺り一面に広がる血痕。それは中心にある祠まで汚している。否、祠から漏れて出ているようにさえ感じられる。

 その祠の名前はセクメトの祠。

 ここにいたボス猫はセクメトの化身だったみたいだ。

 血にまみれているのも、セクメトが血に狂っていたからだろうか。

 血が好きすぎて、血液に似せて作った酒数千杯を飲んで酔いつぶれた隙に悪意を抜かれたという話もあるし。

 

 うーん。壊した方がいいのだろうか。

 祠ってなんとなくそこから神様とか出てきそうな感じがする。

 日本の神様なんかは神社から神社にワープできるみたいな話を聞いたことがあるようなないような気がするし。

 放っておいたらここから化身がまた現れて殺戮を行いそうだし壊しておくか。

 

 祠を壊すと、中から出てきた神様的なパワー。ただし、その力は負の方向に染まっている。

 それがふわふわと空間を漂っていると、太陽神の瞳が光り輝き、その光が空間を覆うと、神様的なパワーから負の属性が消滅し、中立な力となったものを勾玉が吸収した。

 勾玉の詳細が変わっているかもと思い見てみるが、今回は変化がないらしい。

 

 次に破壊した祠を見てみる。先程の光の影響か、血に濡れていた祠は綺麗になっていて、触るのに嫌悪感は感じないで済んだ。

 無造作に切りまくった石材をどけてゴーレムの時のようにアイテムがないかを探してみると、ありました。

 セクメトの指輪。効果はスリップダメージと共にステータスダウンを引き起こす状態異常、疫病を通常攻撃に付与するという、割と強めの効果だ。

 ここにあった理由としては、セクメトの祠に置くことで化身を作り出すことが出来るかららしい。

 結果的に祠を壊して正解だったな。

 指輪はいい効果だが、なんか装備したくない。

 今のところセクメトは敵だしな。そう思っていると勾玉が光り、神聖パワーが指輪に入っていき、バステトの指輪となった。

 詳細を確認すると、疫病の付与は失ったが、逆に疫病のスリップダメージを無効にし、疫病のステータスダウンを低下させる効果になったようだ。

 

 疫病を振りまくセクメトから、病気や悪霊から守るバステトへ冠する名前が変わったことによる変更だろう。

 これなら俺的にもかなり使いやすいし、何よりバステトの名前となったので付けるのに拒否感はない。

 最後の指輪枠にバステトの指輪をはめ、これで全枠装備完了。

 もう何もなさそうだし、迷宮区の順路に戻ってレベリングを再開しよう。

 

 

 レベリングを終え、昼前に街へ戻ってきて昼ごはんを食べて攻略会議の場へ。

 少し早いがまあ、早く来ることで悪いことはないだろう。

 やることもないので、バステト関連のことを考える。

 多分、バステトの同一体はセクメトだろう。

 祠があって化身がいたのが何よりの証拠だ。

 セクメトというのは確定でいいだろうが、果たして一体だけなのだろうか?

 バステト、というかエジプト神話の神は習合という考えで多くの神々と同一視されることがある。

 バステトはテフヌトとハトホルと同一視されることもあるが、どちらも善性の神だったと思う。

 なので多分敵にはならないと思う。

 となると、バーストかなぁ……。

 バーストっても俺の事じゃないけどね。

 クトゥルー神話に出てくる旧神で、エジプト神話の猫の女神と言われており、その女神はバステトとされている。

 しかし、その性質はバステトの温厚なものではなく、むしろセクメトに近いものである。

 敵となり得る悪性であり、バステトの同一体と言っても問題は無いであろう神。

 もし同一体が複数いるならこいつとも戦うことになるだろう。

 ただ、クトゥルー神話はほんとにかじった程度しか知らないし、あそこの神話の神様ってめちゃくちゃやばい奴らが多かったりするからちょっと不安である。

 

 そんな考えを巡らせていると、ついに五分前になったらしく、リンド主導で軽めに会議が始まった。

 と言ってもまだ時間前なので今回の会議の流れを確認する程度だが。

 

 五分後、時間がやってきて会議が開始される。

 会場を見てみれば人数は四十人くらいだろうか?

 フルレイドには足りないが、十分な数である。

 今回の攻略で重要となるタンクの数もPotローテが安全にできるくらいは居るし、多分問題なくクリアできるだろう。

 

 会議も終盤に差し掛かり、リンドが情報提供者として俺の名前を呼ぶ。

 手招きされたので前に出て挨拶をしていつかのように守衛から得た情報を話す。

 俺の弓の腕を心配するやつもいたが、ほぼ自動追尾だと言うとなら大丈夫かとなった。

 

 メンバーに情報が行き渡り、パーティを組む時間になる。

 サボテンとリンドのギルドからは十五人、五人三パーティずつが参加し、残る十数人で三パーティを組む。

 五人組が二つと二人組が一つでき、俺があぶれた。

 多分だが、あの五人組二つのうち片方はギルドで残りがソロの寄せ集めだろう。

 寄せ集めと言っても結構仲は良さそうなのでボス攻略でのみの固定パと言った感じだろうか。

 つまり俺が入り込む要素はない。

 となると必然的に八パーティに収めるために二人組に交ぜてもらわなければならないんだが、知ってのとおりその2人組はキリトのところだ。

 仕方ないので務めて明るめに話しかけ、交ぜてくれるように頼めば、アスナちゃんの方から逆にお願いされ、キリトにも了承されたので無事に規定パーティ数に収まることが出来た。

 パーティができると各々の役割を決める。

 俺の役割、というか今までのキリトたちの役割は遊撃。つまり取り巻きを倒すか適当にボスのHP削っといてねと言うだけのものである。

 今回は弓を射る必要があるのでガッチガチな役割が割り当てられていないのもいいだろう。

 敏捷ファイターとしての戦い方もタンク組がヘイトをとってくれてるなら随分楽になる。

 

 ちなみに、弓は開幕速攻で使って、消滅しなかった場合はレッドゲージに入る直前と入った直後にも使う予定である。

 使用タイミングとか明言されてないから念には念を入れてというやつだ。

 役割が決定され、解散。

 明日の十時頃にここに再集合して迷宮区を突破、そのままボス戦へということである。

 猶予がある理由は必要なアイテムを買い集める時間をとるためなのだが、今回は強いて言うならポーションだけあれば良い。

 毒なんかの状態異常にする攻撃は使ってこないからだ。

 なので俺はそのまま迷宮区へ向かう。

 今回はキリトたちも付いてくる。連携の確認というやつだな。

 迷宮区に入って基本を確認する。

 キリト始動の連携では片手剣を持ったキリトがパリィし、アスナちゃんが胸を細剣で突き、俺が首を切り飛ばす。

 アスナちゃん始動ではアスナちゃんが敵の攻撃を受け流し、キリトが重攻撃を行い、俺が首を切り飛ばす。

 俺始動の連携では俺が首を切り飛ばし、キリトとアスナちゃんは棒立ちをしている。

 切り飛ばす。と言っても比喩表現だ。首を一閃してクリティカルでHPを全損させただけである。

 SAOに即死攻撃はないからな……たぶん。 

 

 

「なあ……」

 

 キリトが口を開く。言うな、分かってる。

 

「今まで完全ソロだったしまともに受け止めれば大ダメージだから躱してクリティカルしかやったことないんだよ……」

 

 ていうか点の攻撃で難しいアスナちゃんは兎も角キリトはできるだろ?

 

「俺は正確性が低いからクリティカルにならないこともあるし、そもそも当たらないこともあるぞ。だから基本的に当てやすい胴体ばっかだな」

 

 アスナちゃんは、部位クリティカルと言うよりはカウンター気味に当ててクリティカル率をあげるタイプらしいので、彼女も胴体派らしい。

 

 ベータテスト時にはクリティカルなんて気にしてなかったから知らなかったが、クリティカルには部位とカウンターにボーナスが乗り、俺はその両方を満たしているらしい。

 クリティカル発動率のみならず、ダメージ倍率も高くなるので俺はワンパンできてるんだとか。

 

 今まで気にしたことなかったから知らなかったし、アルゴに聞いたこともなかったが思わぬ収穫である。

 連携も微妙ながら確認したのでそのまま迷宮区で狩りを続けて夜になって明日に備えて早めに帰宅した。



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ボスのタゲを全時間受け持つとか頭がおかしいやつじゃないと無理でしょ

 攻略会議の広場への集合や、道中は特に問題がなかったので端折らせてもらう。

 

 ボス部屋の前ではリンドの勝とうぜ! という単純な、しかし効果がある呼びかけと、キバオウの熱血系バリバリの円陣が出来ていた。

 どちらでも士気が上がり、ボス部屋へ突入する。

 タンク隊が入り、ファーストタンカーがハウリングをしてタゲをとる。

 そしてアタッカーたちがヘイト値を気にしながら攻撃を加えていく。

 指揮を執るために後ろ側で控えているリンドにアイコンタクトで確認をし、仮に発光してタンク隊の防御を邪魔しないように攻撃が終わった瞬間に矢を放つ。

 矢は、常識的な光量で(矢が光ることが非常識という指摘は置いておいて)サイクロプスへ向かって飛んでいき、直撃。

 サイクロプスのHPバーには変化はないが、サイクロプスは蹲り、大きな隙ができる。

 

 こんな隙ができた時は一人二人全体を見渡せるやつを残して総攻撃。

 ヘイト値なんて気にせずに殴り続けろ。

 

 三十秒か、一分か。比較的長めなボーナスタイムが終わり、サイクロプスが立ち上がる。

 その六段あるHPバーの最上段をほぼ削りきり、今にも五段目に突入しようとしていた。

 立ち上がる際の腕を使ったなぎ払いも後ろで見ていたプレイヤーがその前兆を告知していたのでそれに巻き込まれるプレイヤーはいなかった。

 

 ヘイトが誰に向かっているかわからない状態。

 タンク組がそれぞれ別のパーティのヘイトを一身に集めるタンク最大のスキルを使う。

 タンクの人数は五掛ける二パーティで十人。

 八パーティあるうち、二パーティがタンク隊なので、六人がスキルを使い、別々のパーティにいる二人がその後にスキルを使用する。

 すると、ヘイトの回り方は以下の通りになる。

 その他パーティ×6→タンクa組3名&タンクb組3名→タンクb組3名→タンクa組1名→タンクa組4名→タンクb組1名。

 

 簡単に言うならば、全プレイヤーが稼いだヘイトを個人のプレイヤーが背負うということである。

 タンクは【隠蔽】も所持しているのが基本で、【隠蔽】には瞬間的にヘイトをゼロにするスキルもあるため、POTローテを行う場合は、それを使用し、直後にスイッチ要因がハウリングをすることでタゲをタンクに固定しながらPOTローテが行えるということだ。

 この、パーティ単位のヘイトを奪う強烈なスキルだが、当然弱点もあり、【挑発】のスキル値によりある程度短縮されるものの、冷却時間が二十分以上というとんでもない切り札なのである。

 が、考え方を変えれば序盤に使うことが出来たということは終盤には再使用が可能になっている可能性があるということである。

 

 四十人以上が稼いだヘイトが固まったため、ここからはダメージディーラーはヘイトを気にする事はない。

 各々隙を突いて攻撃をすることになる。と思われたが、最後にスキルを使用したプレイヤーを差し置いてサイクロプスは俺に向かって突進してくる。

 仮に、俺が俺以外のプレイヤーが稼いだヘイト値よりもヘイトを稼いでいたとしても、タンカーのスキルでそれもなかったことになっているはず。

 つまり――

 

「特殊ヘイトだ! 何分かはわからんが俺が絶対的に狙われる! 全部避けてやるからその隙に攻撃しろ!」

 

 特殊ヘイト、それは文字通り特殊なヘイト値である。

 今回のサイクロプスは、太陽の弓で射ることがその特殊ヘイトのスイッチだったのだろう。

 

 サイクロプスの攻撃の際に発生する踏み込みによる衝撃波を軽くジャンプして躱し、その圧倒的な力で振るわれている剛の棍棒をその力を利用して受け流す。

 空振りさせるより大きく体勢を崩し、目玉の位置が低くなったサイクロプスの瞳を切りつけてクリティカルでダメージを与える。

 弱点に攻撃をもらったサイクロプスは数秒頭を抱え、隙ができる。

 その隙に攻略組が全力の単発ソードスキルを当て逃げし、サイクロプスが行動を始める。

 変わらず俺を狙うサイクロプスは受け流しが難しくなる素手での掴みかかりを行ってくるが、お前の間合いはベータ時代に散々と学習させられた。

 ギリギリ指が届かない範囲まで下がり、指が目の前を通り過ぎた時に指を思いっきり切りつける。

 中指が破壊され、恐らくあちらの手では棍棒を持つことは出来ないだろう。

 イラついたのかサイクロプスは地団駄をふむ。

 それにより発生する揺れを小刻みにジャンプして躱しながら懐に潜り込み、高く飛んで再び目玉を切りつける。

 再び大きく隙を晒したサイクロプスにソードスキルが炸裂し、最下段のHPバーが赤になる三割の直前、およそ三割二分ほどまで削れた。

 ここまでおよそ二十五分。

 現在の【挑発】の熟練度ならもう再使用可能になっていると判断して光の矢を再度放つ。

 初撃よりは光が弱いが、たしかに光っている矢が再びサイクロプスに突き刺さり、最初同様大きな隙を作り出す。

 

 最初に出来た隙よりかは明らかに短い隙だが、ボスが作り出すにしては明らかに大きな隙。

 ボスのHPはみるみるうちに削られていき、なぎ払いが行われる頃には残すは数ドットとなっていた。

 俺は、攻略組に戻るということはこういうことだろうと、再び飛び上がり、目玉を切りつける。

 斬った勢いでソードスキルの発動体勢へと移行し、そのままソードスキルを再び目玉に叩き込み、そのHPを全損させた。

 

 サイクロプスがポリゴンとして爆散するのを見ると同時、張り続けていた気持ちの線がぷっつりと切れ、そのまま落下する。

 辛うじて受け身をとってダメージはゼロにするが、そのまま立ち上がれずに石畳に寝転がる。

 

 疲れた。

 今回の戦闘、最初の数分以外は俺がすべての攻撃を対処していた。

 被弾はゼロだ。全て受け流したためダメージもゼロ。

 ラストアタックもとったし、恐らくMVPも俺だ。

 これが、攻略組に戻るということ。

 ベータ時代の攻略組トップタンカーにして、LA取得率第二位、MVP取得率第一位のバーストが攻略組に戻るということだ。

 

 だけど、疲れた……。

 トップタンカーだからってボス戦中全部攻撃を対処していたわけじゃないんだぞ。

 もはや精神力の問題だったよ。

 もうムリ。今日は一層のイノシシとすら戦いたいとは思わない。

 

 キリトの手を借りて起き上がり、剣を高く掲げる。

 同時に攻略組から雄叫びが上がる。

 これだよ。これが好きなんだ俺は。

 ベータテスターも一般も関係ない。ただひたすらに勝利を喜んで、その喜びのままに叫びまくる瞬間が。

 昔一緒に叫んだ奴らはベータテスターを糾弾する流れによって姿を隠してしまったり、正式サービス開始直後に死んでしまったりとちょっと悲しかったが、こうやって一般プレイヤーたちと叫べるのはとても嬉しい。

 ただ、残念ながら今日は疲れすぎていて叫ぶに叫べないが。

 報酬の分配をダイスで行い、転移門のアクティベートを行うことになる。

 誰が行うかという話になって元気が有り余っている奴らが行くことになりかけたが、待ったをかけて俺に任せてもらうように頼む。

 疲れているが、そのためなら頑張れる。

 ここから主街区までは十五分もかからないだろうしな。

 リンドの一声で俺と、キリトたちに任せてくれることになり、十層へ向う。

 

 攻略は転移門の有効化までが攻略ですよ。

 フラフラながらキリトたちに助けられながらモンスターを倒して主街区の中心にたどり着く。

 転移門を前にして、キリトに背中を押されて転移門を有効化する。

 有効化を知らせる光と同時に疲労は限界を迎え、意識がぷっつりと途切れた。




戦闘描写難しい……

フロアボスという原作でも出てくる絶対的な力の象徴を前にして初めて俺TUEEEEが出ました。

ネームドボスやらクエストボスやらをソロってる以上今更かも知れませんが。


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女の子の寝顔って涙より破壊力があると思う

この次から数層飛ぶので二千字弱ですが投稿します


 目が覚めれば知らない天井。

 ……そうか。パーティを組んでいたキリトたちが部屋をとってくれて投げ込まれた感じだろう。

 今度お礼を言っておかなければな。時間は二十二時すぎ。

 ボスを倒し終わったのがちょうど昼過ぎくらいだったから十時間くらい寝ていたっていうことか。

 十時間しか寝ていないとはいえ、(アバター)自体は疲れていなかったおかげか、もう普通に動けそうだ。

 あの疲れから丸一日眠っていてもおかしくはないと思ったが十時間しかってのもおかしいか。

 体を起こしてウィンドウを開こうとする。

 分配には半ば無意識的に参加していたため何が回されたのか覚えていなかったのだ。

 ウィンドウを開くために右腕を振りあげようとすると、何かが右腕を握っているのに気づく。

 

 そちらを向いてみれば椅子に座ったまま寝ているアルゴが。

 ……。心配かけたかなぁ。こいつは割と責任を感じるやつだからな。

 自分との約束で攻略組に復帰した俺が倒れたなんて聞いたら自分を責めているかもしれない。

 こいつが起きた時にそんなことも吹き飛ぶことを祈ってアホみたいに広いベッドに寝かせる。

 メニューを開くのは右手でないとダメなので手を離してメニューを開き、再び握って左手で操作する。

 目を引いたアイテムはハデスの隠れ兜。

 サイクロプス――キュクロープスがハデスに作ったとされる兜だ。

 効果は【隠蔽】ボーナス。それ以外のステータスは低いが、ボーナスの値がかなり高い。上層に行ったとしてもボスのLA報酬クラスでなければこのクラスのボーナスはないのではないかと思えるほどだ。

 効果量は50パーセント。俺の【隠蔽】の値は1なのでいらないが、アルゴには有用だろう。

 他にもボスの素材が多いが、正直使わなさそうである。

 多分だけど加工したところで筋力とか耐久にボーナスがつく系だと思うし。

 隠れ兜を実態化させると、兜というよりティアラだった。

 草冠と言った方が近いかもしれない。

 少なくとも俺には似合いそうにないのでアルゴに上げることはこの瞬間に決定した。

 他にもなにかないかなとストレージを漁って何も無いことを確認してメニューを閉じる。

 もう夜だし、やることがないなと思って何をするか考えて気がつく。

 今ならアルゴの寝顔が見放題であると。

 今までアルゴの寝顔は見たことがなかったので覗いてみれば、いつものお姉さんぶろうとして失敗したりしているアルゴよりも幾らか幼く見えた。

 いつか、起きている状態でもこの顔を見せてもらえないだろうかと思いつつ、眠気が襲ってくるまでアルゴの顔を眺め続けた。

 

 

 一時頃に二度寝して五時頃に起きる。流石に十時間寝たあとの二度寝ではそう眠ることができなかったようだ。

 まだアルゴは寝ているので再び眺めて時間を潰す。

 起きた時に俺がいなかったら心配するだろうし。

 自意識過剰? いいえ、十時間も気絶していたやつが起きたらいなくなってたとか確実に心配する。

 リアルなら通報ものだ。

 三十分ほどすると、アルゴが目覚め、もぞもぞと動き始める。

 女の子が目覚めたばかりのところを目撃するとかかなりすごい事じゃないか?

 アルゴは上半身を起こすと、ぽかんとしながら目を擦る。

 その後にキョロキョロと当たりを見回し、真横にいる俺を見て目を見開いて身を引いた。

 いくらベッドが広いとはいえ、そこまで飛び退くと落ちるぞ?

 ほら落ちた。

 

 むぎゅ。と情けない声出して頭から落ちたアルゴは、圏内だからダメージこそ受けないものの、頭を押さえて涙目になっていた。

「寝顔可愛かったぜ」

 そんなアルゴに俺はキメ顔でそういった。

 

「年相応っていうか、普段作ってるキャラより幼く見えて庇護欲と……嗜虐心かな? そんな感じのものが掻き立てられたわ」

 

 未だに頭を押さえていて目尻に涙を溜めているアルゴの顔をあげさせて涙をなめとる。

 アルゴの視界にはハラスメント警告が出ているはずだが、正直このまま黒鉄宮送りにされても悔いはない。

 顔を真っ赤にして逃げ出したアルゴだが、あの調子なら俺が心配していたような感じにはなっていないだろう。

 プリプリと俺に怒っているはずだし、そんな中で自分を責めるなんてことはすっかり抜けているはずだ。

 

 それから三十分し、素材を売却をしているとアルゴからメッセージが飛んできて、内容を確認してみると、次やったら黒鉄宮送り! とだけ書かれていた。

 今回はセーフみたいだ。いや、良かった良かった。

 それじゃあ、アルゴの機嫌を取るためにここらのクエストを消化して片っ端から情報を送っていきましょうかね。

 あ、ハデスの隠れ兜渡すの忘れてた。



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殺されないならどんな敵だって殺してみせる

 俺がぶっ倒れたボス攻略から五週間、ベータテストの情報も完全になくなったにも関わらず、死者三名という犠牲者の少なさ、速さでもって十八層への扉が開かれた。

 俺のレベルは今の戦闘で三十一となり、新しく追加されたスロットには【精密動作】が入っている。

 武器も一層のキャンペーンクエストで入手したハイスペックな直刀となっている。

 ここまで攻略して分かったことだが、この剣は少なくとも二十層クラスである。

 つまり、今のところはかなり強い武器ということだな。

 特殊効果がある防具は変更していないが、攻略組に馴染むために防具を新調しているため防具の多くが変更されていた。

 現在の攻略組の平均レベルは二十九ほどで、若干安全マージンより高いと言ったところだろうか。

 いままでそこまで苦戦せずに突破できていたためレベリングの時間が足りないのだ。

 アルゴとの関係は良好で、週に三度は食事に行くほどである。

 ちなみに、ハデスの隠れ兜は十層攻略がなされる前にプレゼントしている。

 その際、ようやく俺の猫目に気がついたアルゴを最大限にからかってやったが、あれは可愛かった。

 

 そして、バステト関連だが、今まで全く進展していな()()()

 過去形なのは今、進行している実感があるからである。

 十八層は砂漠地帯で、迷宮区の階段から眺めるだけでピラミッドが何個もあるのが見て取れた。

 階段から外に出て十八層を踏み締めれば眼前にあるオアシスには無数の敵性エネミーでない猫のNPCたちが。

 これで進展していなかったら一体いつ進展するというのだろうか。

 キリトや攻略組には悪いが、この階層では攻略のためのクエストやダンジョンのマッピングは一切しない。

 バステト関連のイベントを探したい欲がすごいのだ。

 フィールドボスやフロアボスには参加するので連絡は忘れないように。

 そいつらを俺が倒せれば復活するバステトの力が増すかもしれないからな。

 

 オアシスのにゃんこに話しかける。何を言っているか分からないが、バステトのことを尋ねるのだ。

 とりあえず的を射た質問をしていれば何かをしてくれるのは猫族の祠で実証済みだ。

 にゃーと鳴いた猫について行くと、ひとつの巻物がある場所へ案内された。

 主街区とは逆方向だし、迷宮区の前にあったオアシスから三時間ほど歩かされたが、成果はあったので良しとする。

 手に取って広げてみると、一枚のウィンドウが開かれた。

 本なんかを開くと表示されるウィンドウと同じものだ。

 内容はバステトについて書かれたもので、簡単に言えばこのフロアにバステトの同一体がふたりいるよ! ってものだった。

 よく見れば詳細も書かれているし、もしかしなくてもフィールドボスとフロアボスの情報集め終わったのでは?

 ボス情報ウィンドウを開いてみるが、追加はされていない。違うのか?

 とりあえずこの巻物はここから持ち出せないみたいだし、記録結晶を使ってスクリーンショットをとっておくか。

 それじゃあフィールドボスのところにひとまず偵察に行きますか。

 巻物には場所も書かれていたし見に行くだけなら十分だ。

 巻物の場所からさらに二時間ほど歩き、ピラミッド付近の()()となっている場所にやってきた。

 【隠蔽】のスキルレベルは初期値だがないよりはマシ。【隠蔽】を発動させながら砂地に伏せてボスを眺める。

 ボスの形はいつかのバステトのようなメスライオンだ。

 バステトの肉体は今この世界にはないし、となるとバーストかセクメト。

 巻物にはセクメトは人の体に猫の顔と書かれていたのであの巻物が正しいならあれはバーストだろう。

 見ただけで正気度(SAN値)が削れるような見た目でなくて良かったと思う。

 クトゥルー神話に詳しくない俺でもそういうのは知ってる。

 ちょっかいをかけるのはやめておこう。流石にボス戦直後でフィールドボスは頭おかしいし。

 ここから近くの街は主街区ではなくここに来る時に視界に写った街だろうからそっちに行こうかな。

 

 その街の中心には神殿があった。かつては水路であっただろう大きな溝があった。かつては緑が覆っていたであろう痕跡があった。街の入口には大きな建物があり、そこには壮大な彫刻があったが、吹き荒れる砂で覆われていた。

 そこは、見るからに死んでいる街であった。

 

 死んでいる街であってもそこに人達は生きていた。

 適当な宿を借りてNPCにバステトやバースト、セクメトの話を聞くが、バステトとセクメトの話は聞くことが出来ず、反応を返したバーストの名前にはあれは神ではないと返ってくるばかり。

 なにかあるなと思い、明日はこの街でバーストのことを探すことにする。

 

 お世辞にも良いとは言えない宿で夜を過ごし、日が昇ると同時に街を探索する。

 まずは宮殿かな。

 

 宮殿に向かってみるが、入口で神官に入場拒否される。

 拒絶の仕方からクエスト系で入れるようになるということではなさそうだ。

 仕方ないので路地裏に入る。路地裏のNPCは、街の人達が知っていて教えてくれないことを金さえ積めば教えてくれるから割と重宝している。

 路地裏にいるおっさんに3000コルを積み、バーストについて教えてもらう。

 アレは、神官たちが作り出した女神の化身、といっても正当なものではなく、邪法によって作られた邪悪な化身だということらしい。

 そして神官たちは今も尚実験をしているのだとか。

 

 んー。なんか聞いたことがあるな。

 ブバスティスだったか? クトゥルー神話のバーストに関係がある街で、半人半獣の女神が現れたとかなんとか。しかし、その女神は女神ではなく神官たちが作り出した化身だとかそうではないとか。

 明言はされていなかったはずだが、どうだったか。

 やっぱりそこまでは覚えていないわ。まあ、それがわかってもそこまで意味は無いか。

 バーストのことは分かっているし。

 バステト関連のイベントを知らないプレイヤーがリアル知識を使って推理するところなのだろう。多分。

 

 クトゥルー神話のバーストは名前こそ違うもののほとんどバステトと同じようなものなので、バステトが習合により多くの神の権能を持つようにバーストも同じものを持っていると考えていいのだろうか。

 太陽神の娘としての延焼、セクメトとして疫病、多産の神としてのモブ大量生産などが思い浮かぶか。

 とりあえず俺一人なら問題ないか?

 攻略組がバーストの位置を嗅ぎつける前にちょっかいかけて可能なら倒してしまおう。

 流石に俺がソロで倒したなんて誰も思いやしないだろうし。

 

 バステトが習合で様々な側面を持っていることで思い出したが、確か性愛の神としての側面もあるんだよね。

 今度アルゴと飯に行った時に話してみよう。

 

 バーストの疫病対策に結晶を用意する。

 スリップダメージこそ受けないが、ステータス低下が割ときついからな。

 ザコ敵が大量に出てきた時用に直刀も何本か補充しておき、これで準備は万端。

 いざ、バースト戦へ。

 

 ()()の一番深くなっているところにバーストはいた。

 敏捷値を発揮して奇襲をかける。

 今までの経験から尻尾を破壊すれば弱くなることは分かっているので尻尾にぶちかます。

 やはり【成長の代償】が強いのか一発で尻尾を破壊することが出来、三段あるHPの一段を二割ほど削り飛ばした。

 ……。明らかにHPが低いな。

 しかし、こいつの名前はフィールドボスを表しているし、名前もバーストとなっている。

 どういうことだ?

 とりあえず経験通りに戦い、基本的な動作はそこまで変わってないことを把握する。

 十分ほどでHPを削り飛ばし、そういうことかと納得する。

 こいつも復活するのだ。多分九回倒すことになるんだろうな。

 

 そのまま攻撃を続け、三回目の復活から疫病をばらまいてきた。

 ステータスが下がり倒す速度が遅くなる。

 六回目の復活からは取り巻きの生産だ。

 額から蛇の生えた人間、山羊の角の生えた人間、象の鼻を持つ人間、ケンタウロスに良く似た人間、出来損ないの肉塊。

 動物と人間の特徴を併せ持った異形たちと、何者にもなれなかった出来損ないの肉塊が多く生み出され、襲いかかってくる。

 あれか? エジプト神話の神様は人間と動物の姿が合わさってるから人為的にそうすれば神様になれるみたいな?

 しかし、その性能は言うほどではなく容易に切り伏せられる。

 予備の直刀に持ち替えてバッサバッサとポリゴンへと変えていく。

 バーストへなかなか刃は届かなくなったが、自動回復はないようなので着実に削っていく。

 七回目の復活。モンスターを生み出す量が増えた。

 八回目の復活。これで残機はゼロだ。太陽は既に落ち、闇の中での戦いとなっている。

 異形の者達とバーストと俺の戦いを太陽神の瞳が照らしている。

 

 バーストを完全に倒したのは残機がゼロになってからさらに三時間後であった。

 所要討伐時間十四時間。使用結晶数二十四個。使用直刀十二本。レベルアップは二つ。【片手剣】の熟練度は百五十ほど上がり六百の大台に乗った。

 途中から完全に作業になった、というか生み出される異形がちょっと正気度を削ってくる見た目になったので焦点をずらして漠然と敵を把握して動いているものを考える前に斬っていたのでそこまで疲労していない。

 LA報酬は羽付きの靴。いつかのクエスト報酬とは違い、天使の羽をそのままもぎ取ってミニチュア化したような、翼とも言うべきものだ。

 効果は敏捷性ブーストと【軽業】ブースト。

 恐らくバステトの持つ天空神の側面を抽出したものだろう。

 バステトの勾玉にも変化があり、復活を邪魔する存在が欠けたことが読み取れる一文が追加されていた。

 とりあえず帰るか。




ソロでフィールドボス倒すとか俺TUEEEEのタグが大興奮して仕事しまくってる……。


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ボスをフリーモードで使用できるゲームってよくあるけどストーリーで使えたらどうなるんだろう

お気に入りが900超えました。1000を超えた時に何らかの企画をしている作者様は多いですが自分もなにかした方がいいのでしょうか?


 バーストとの戦闘の後、帰るのもめんどくさかったので九層の主街区に転移結晶を使って転移してきた俺は、最高級の宿のベッドの上で寝転がっていた。

 今回の狩りは結晶二桁使って転移結晶も使ったけどそれでも黒字。

 本来レイド用の素材も独り占めだから真っ黒黒で大儲けだ。

 この素材はフロアボス攻略後の分配にさりげなく混ぜるとして、一人でフィールドボス倒しちゃってどうしよう。

 少なくとも俺だと分かる奴はいない。

 アルゴは俺のこと知ってるし、分かるかもしれないが、確信を持つほどではないだろう。

 何が問題かといえばフィールドボスはフロアボスの練習になっていることもなくないんだよね。

 攻撃パターンの一部が、とかそんな感じ。

 これ、巻物の情報を持ってる俺がソロでやっちゃった方が良かったりするか?

 まだここに来てから日は経ってないし、攻略が進んでいるとしてもフィールドボスの情報が集まったくらいだろう。

 それなら急いで迷宮区をマッピングして、運良くボス部屋を見つけられたら気付かれずにソロでやれるはずだ。

 

 フロアボスが勝手に倒されるのも一度だけ、それもフィールドボスと同じ階層ならイベントだと勘違いするんじゃないか?

 十八層のブバスティスの奴らは神様神様って感じだったし、太陽神の娘が邪悪なる子らを討ち滅ぼした。みたいな感じでどうにかならないか?

 流石にフロアボスじゃならなそうだなぁ。

 最悪バレてもクエストの一環で弱体化したやつと戦ったみたいなことを言えばいいか。

 デスゲームでも自分の利益を求めるとかゲーマーというか、廃人というか、内側しか見ないで行動を決定する癖が出てきているが今回はやらせてもらおう。

 アルゴには街の情報を聞いてみることにして明日は迷宮区に向かって移動して探索だな。

 

 

 九層の転移門から十八層に転移――ではなく、猫族の祠へ向かう。

 あれ以来ボス攻略前には毎回訪れているので猫達も快く迎えてくれ、軽くお祈りを。

 といっても神社でのお祈りの作法すら把握していないので適当にパンパンと手を叩いてお願いしますと心のうちで呟くだけだ。

 というか、この祠を通して信仰するバステトは俺の首の勾玉らしいけどね。

 主街区に戻って転移門から十八層へ。

 主街区から遠くに見える迷宮区の方へ移動していく。

 蟻地獄や蠍という初見のモブに若干苦戦しながら迷宮区にたどり着けば、中は普段と変わらぬ石畳がのぞく。

 これなら蟻地獄なんかには苦戦しないで済むなと考えて迷宮区の奥へと足を進めた。

 

 迷宮区に潜って四時間ほど。途中で昼休憩を挟んだりしたが、分かれ道で現れる猫に先導されて迷宮区を歩いていると、モブは猫を見て逃げ、進む先には新しい分かれ道と猫がいてとそんな感じで歩き続け、ボス部屋を発見した。

 マップを開いてみれば無駄な道は一切通っていない。

 猫の道案内はリアルでも何回かお世話になったし、なんの抵抗もなく付いてきてしまったが、相変わらず猫はすごいな。

 猫にお礼を言ってからボス部屋の扉を開いてボス戦に臨む。

 と言っても偵察戦だ。中にいるのは身長二メートルほどの半人半獣の神。

 HPバーは三本で、猫の尻尾を生やしていた。

 あーはいはい。完全に理解したわ。

 とりあえず武器の予備を補充してないので帰らせてもらいますね。

 踵を返して帰ろうとしたその時、本来ならば開きっぱなしのはずの扉が音もなく閉じられた。

 ……。転移結晶もダメですか。

 バステトイベントは辛いなぁ。

 それじゃあ倒してやるよ。俺を殺せなければお前が死ぬだけだぞ。

 

 

 このボス戦はおかしい。どこがおかしいかと言えばまずはボスの大きさ。本来ならもっとデカいはずなのだ。

 次に入口の扉が閉じられること。結晶が転移結晶のみ使えないこと。

 つまり、これは完全なイベント戦だ。

 本来のボス攻略ではないと考えてもいいだろう。

 だからあの巻物で得た情報はボス情報ウィンドウに追加されなかったのだろう。

 

 ボス――セクメトは炎のような息を吐く。その息は実際に石畳を燃やしたり、疫病の状態異常を付与してきたりと同じモーション、同じエフェクトから別の効果を与えてくる。

 炎の攻撃は問題ない。しかし疫病は結晶がそこまで余裕が無いのでできるだけ避けたい。

 なので炎の息はすべて回避する。

 

 手に持った錫杖のようなものを戦いの女神の名に恥じない技量で振り回す。

 まともに取り合うのは危険だと判断し回避する。

 壁ぎわまで下がって【軽業】で後ろを取る。

 本来なら一発くらい入れられるが、即座に振り向かれ、錫杖の一撃に吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされる前にぎりぎりかすらせることが出来たがそれではそこまで削れていない。

 

 まるで対人戦をしているみたいだ。

 これを九回殺さないと行けないとか嘘だろ?

 

 ルーチンがあるAIだとは考えない。人が入っているようなものだと考えて、ならばそいつの癖を読み取る。

 昔やった対人ゲーを思い出してその時の思考回路を発掘していく。

 相手の回避の癖、攻撃の癖、間合いを詰める時の癖、画面越しの世界よりも確実にこちらでの方が癖は読み取りやすい。

 自分の好きなところを見ることが出来、主観で見えるというのもポイントだ。

 ただひたすらに、それこそ自分が相手そのものになると錯覚するほど思考を研ぎ澄ます。

 

 裏に回った時の回転は基本的に右から。

 攻撃の高さは俺の胸のあたり。

 速度は無理やり振り回すような強引さがある速さ。

 故に俺に当たらなければ速度を殺すことが出来ずにふらつく。

 裏に回って攻撃を繰り出される瞬間にしゃがむ。 

 既に攻撃を繰り出していたセクメトは高さを変更できずに空振り。

 こっちは攻撃を行っているあいだ、空振りで体勢が崩れているあいだに好き勝手に攻撃する。

 

 正面からの攻防。その技量の高い攻撃は正面からまともに打ち破るのは無理だ。

 俺はこの世界である程度剣を振ってきたが、それでもそこまで高い技量を持っていない。

 ならばまともに打ち合わなければいい。

 俺の最大の特性。体力が全損する攻撃を受けてもHPが二百以上になるように攻撃を耐える。

 思いっきり錫杖の攻撃を受け、吹き飛ばないように踏ん張ってから攻撃をする。

 カウンター扱いでクリティカルが入ったセクメトのHPはようやく二段削り飛ばせたところだ。

 痛いが、必要経費。ゲームの中の演出だ。

 

 牽制の炎の息。何度か受けて気がついたが全く同じモーションではない。疫病の方の息を吐く時だけセクメトの右手が拳となっているのだ。

 今回は開かれている。炎の息に飛び込んでそのままセクメトの首へ攻撃を加える。

 ようやく一回目。少なくとも攻撃パターンが変わるまではゾンビ上等の精神でやれるだろう。

 

 五回目の復活でセクメトはその頭上にある太陽を模した円盤をもぎ取ると右手に持って盾とし、左手に持っていた錫杖を短く持ち、腰を落とす。盾持ちの片手剣ファイターのようなスタイルとなる。

 

 お前の円盤ってそんな使い方だったのか。

 流石に知らなかったわ。

 

 武器が錫杖から片手剣へと切り替わったことで相手の思考を読み取り直すことになる。

 攻撃より防御を重視したカウンタースタイル。

 後ろを取られた場合は剣ではなく盾を回して攻撃を防ぐことを優先する。

 炎の息は忘れたかのように使ってこない。

 完全にSAOでのPvPのような戦いになった。

 おかしいところを上げるとすれば俺がゾンビだったり相手がボスエネミーなだけ。

 相手の防御をかいくぐり攻撃を加えていき、相手は盾で俺の攻撃を防ぎながら希に俺の攻撃の出始めに攻撃を合わせて力押しでダメージを狙ってくる。

 違和感。それを感じた時には既に遅かった。

 俺の攻撃で絶妙に威力を殺された突きは俺の防御力によりダメージを軽減され、俺のHPを()()()。数値にして百七十二。それほどの量が俺のHPバーから消失した。

 全力で後に飛んで、予想外のスリップダメージに対応するために持っていた回復結晶を砕く。

 これは、高度なAIではない。

 確実に中に人間が入っている。そう確信して再びセクメトと向き合う。

 打ち合うのはまずい。俺の攻撃で意図的に威力を殺してくるとか頭がおかしすぎる。

 中に人が入っているとはいえガワはボスエネミー。ステータスはアホみたいに高いはずなので、わざと威力の低い攻撃をしたところで俺のHPは一撃で吹き飛び【食いしばり】が発動する。

 さらに威力を落とすには俺の攻撃を利用するしかない。

 ならば後出し。それならば俺の攻撃に当てて来ることは無理だろう。

 攻撃ができない体勢への攻撃も有効だ。

 とりあえず、ワンパンこそされないがツーパンされる可能性が出てきた。

 いのちだいじに。ソードスキルなんて以ての外だ。高い威力のソードスキルを利用されHPが削られ、硬直にもう一発食らうことが簡単に予想できる。

 中に誰が入ってるかなんて知らないが、そっちはボスのガワと回数制限の復活。こっちは条件付きの不死性だ。条件は五分だろう。




ちょっと迷走気味。なんか気がついたらこんなボス戦になっていました。
ボス戦後の展開はは? ってなるかもしれないですが一応考えてあります。



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デジタル時計は日付も同時に見れるようにするべき

 長く感じられた激闘の末、片手剣使いと化したセクメトとの死闘が終わった。

 勝者は俺だ。HPが減った回数は二桁へ突入していた。回復結晶は一桁しか持ち込んでいなかったので、終盤は文字通りのオワタ式での戦いだった。

 ポーションを飲んでもいたが、あれは即効性もないし、割合回復なのであまり意味もなかった。

 一層のキャンペーン報酬の剣はとうの昔に折れ、バースト戦で使わなかった予備の剣で戦うことになっていた。

 文字通りボロボロだが、勝者は俺。

 セクメトを討伐し、バステトの復活を妨げる存在がいなくなったからか、勾玉が白く光り、いつかの祠のように神聖な雰囲気を垂れ流す。

 光が収まると俺の首に勾玉はなく、足元に一匹の子猫がいた。

 子猫の身長は二十センチ弱。手のひらサイズであり、名前はバステト。

 俺にテイムされている扱いで、詳細を開けば補助型らしい。

 リジェネ、霊特攻、死者特攻、蛇特攻、ステータス増強、運増強、農業、芸術ブースト付与。毒、麻痺、疫病の治療。索敵、アイテム収集などなどなど。

 これでもかといったくらい詰め込まれていた。

 闘争の神ではあるが、子猫の姿をとっているため戦闘能力は低いらしい。

 バーストとセクメトのLAをとったボーナスとしてバステトが強化されているのは、恐らくこのふたつだ。

 まず、バステトが俺の周囲5m以内にいる時に俺のHPを分間3400(レベル掛ける100)回復する。

 これ、はっきり言って異常である。たしか、今レベル三十五くらいで【戦闘時回復】が十秒で三百行かないくらいだ。

 バステトの回復量を十秒間に変換すると、五百六十六。つまりキリトの二倍くらいの自動回復量が付いたということ。

 次は、悪霊系とゾンビ系、悪魔系への常時特攻。これもバステトが俺の周囲5m以内にいることが条件だが。

 効果は1.34倍。そこまで高くないと思われるかもしれないが、常時であり、レベルが上がる毎に0.01ずつ倍率が上がるのが強いところだ。

 悪霊系は始まりの街の黒鉄宮でバフをかけてもらうか高価な聖水を使ってバフをかけるかしておかなければ基本的に攻撃が通らないのである。

 現在の最高級聖水でもその倍率が1.4倍で制限があるということを考えればその強さが分かるだろう。

 本来ならもっと倍率が低く設定されていてなんか便利だなーと思える程度のものだったのだろうが、俺は二体とも倒したからか倍率が酷いことになっている。

 バステトの確認を終えてセクメトの戦利品を確認する。

 まずは一層でも見た、この戦いで折れた直刀の元となった武器のモト。

 それとは別に、恐らくバステトイベントを進行させた報酬として勾玉がストレージに入っていた。

 効果は祠から神聖パワーを吸収した勾玉と同じで、バステトを収納出来るらしい。

 ベータ時代に四人か五人ほどテイムを成功させたプレイヤーがいたが、そいつらは揃ってモンスターボ〇ルみたいなアイテムが欲しいと言っていた。

 つまりこの勾玉はかなり便利なものだな。

 他のアイテムは見たところセクメトの素材なので確認は後回し。

 最後に時間を確認すれば、十五時と書かれていた。

 えーと。たしか昼休憩をして一時間弱歩いた気がするから十三時くらいから戦い始めて、今は十五時か。

 意外と戦闘時間は短かったんだな。

 バステトを抱えて転移結晶で帰ろうとすると、バステトが力んで神聖パワーを放出する。

 それに反応してポップアップ通知がされ、スキルウィンドウを開けば【成長の代償】が点滅しているではないか。

 

「え、ちょっと! ちょっと待って! 今はこのスキルいじらないでほしいかなーなんて! いやほんとに!」

 

 焦ってそう言えばバステトは神聖パワーを霧散させ、【成長の代償】の点滅は収まった。

 こいつが無くなったとしたら俺はどうなるのか。

 ステータスは大幅に下がり、その代わりにHPは数十倍から数百倍になる。

 それで俺は戦えるのだろうか? 分からない。

 とりあえず、二時間しか戦ってない割に疲れたし帰って寝るとしよう。

 九層へ転移して昨日も使った宿屋へ向かい、ベッドに横になって泥のように眠った。

 

 

 目が覚めて時間を確認すると十七時。二時間しか寝れなかったのかと思いながら99+と書かれているメッセージタブを開く。

 誰だこんなにメッセージを送ってきてるのは。

 迷宮区にいる時は送られたメッセージを受信出来ないが、出たら受信できるようになる。

 例えるなら圏外にいた携帯が圏内に入って大量のメールを受信するように。

 迷宮区から転移してきた時はどうだったかな。

 うーん。疲れてたからか覚えてないな。

 

 メッセージタブには999+と書かれている。

 へー。こっちでも999件以上は表示されないのか。

 さーっと流し見てみればアルゴとキリトが六三くらいで残りがほかの知り合いたちだな。

 ただ、ひとつおかしいことがあるとすれば、日付が三つあることである。

 一日しか潜っていなかったのに三日分とは、バグかなんかか?

 とりあえず大量にメッセージを送ってきているアルゴとキリトにメッセージ爆撃すんなハゲと送って二度寝をすることにした。

 

 

 ドンドンドンというノックを超えたドアバンに起こされ、外にいるのが声からしてアルゴとキリト、あとはアスナちゃんだと思いドアを開ける。

 

 ドアを叩いていた二人はそのまま部屋になだれ込み、ドアの外にはアスナちゃんだけが立っていた。

 

「とりあえず入る?」

「お邪魔します……」

 

 アスナちゃんに椅子を出して、ついでにアルゴとキリトにも座布団を出した俺はベッドに腰掛けてメッセージ爆撃したわけだったり宿凸の理由を聞いてみたりすると、なんと二人がいうには俺はまる一日位置情報がわからず、二日連絡が取れなかったらしい。

 もう訳が分からない。

 俺は半日しか迷宮区にいなかったぞと言うと、アスナちゃんからも二日連絡取れませんでしたと言われる。

 ……。いや、流石にないだろ。セクメトとの戦いが二十四時間以上だったとか絶対嘘だ。

 あの集中の仕方で二十四時間以上戦ってたとか確実に人間やめてる。

 でも、考えてみれば三時間で剣が予備も含めて何本もポキポキ折れるわけがない。

 まさか、本当に?

 十八層を解放した日付と今日の日付を確認すれば、俺が迷宮区に潜った日から確かに二日経っていた。

 二日、まさか二十四時間以上戦闘して、二十四時間以上寝ていたとかが有り得るのか?

 聞けば位置情報が確認できるようになってから二十四時間以上移動をしていなかったらしい。

 なんだそれ。もう無茶苦茶だよ。

 よくわからないまま謝罪をして、メッセージをすべて消去する。

 お詫びにキリトとアスナちゃんには今度何かしらのアイテムを、アルゴには今から日付が変わるまでの命令権をプレゼント。

 心配かけたお詫びとはいえいくら何でも酷くないか?

 キリトたちがまた今度と言って退出すると、俺とアルゴの二人きりになった。

 説明。と短くいったアルゴに俺は、はい? と聞き返す。

 再び、説明とだけ言ったアルゴの威圧感は尋常ではなく、思わずハイ。と返事をしてしまう。

 

 ただ、説明と言われてもな。偵察しに行ったら閉じ込められて頑張って戦いましたとしかいいようがない。

 転移結晶すら使えなかったからなぁ。

 中に人が入ってましたっていうことは話さないようにしてボス戦であったことを話す。

 中身のことを話さないので俺が死にかけたのも内緒だな。

 話を聞き終えたアルゴはとりあえず納得すると、それじゃあ外に行こうと言う。

 とりあえず俺の奢りでSAOの数少ない娯楽施設を回り、始まりの街で一番高い、それこそ10万コル単位のところで夜景を見ながら食事をして宿へ戻ってきた。

 アルゴは俺の部屋に入ってそのままベッドに座ってニコニコとこちらを見ている。

 なんか、今日のアルゴはなんか違う。

 よくわからないがなんか違うのだ。機嫌がいい時でもあそこまでニコニコしなかったし、街を歩く時だって今日ほどベタベタしなかった。

 飯を食べている時はあーんを要求してくるし、命令権があると言っても何かが違うのだ。

 

 そういえばアルゴにいうことがあったんだと思ってアルゴの横に座って囁く。

 

「バステト。つまりバーストは性愛の神の側面もあるんだってさ」

 

 いつもなら顔を真っ赤にして距離をとるはずなのに、今日のアルゴは違った。

 こちらへ振り向くと体重をかけながら唇をおとし、口内を蹂躙する。

 視界の隅にはハラスメント警告が表示されている。

 女性側に表示されることが多いこれだが、しっかり男側にも表示はされるのだ。

 ノーを選択し、アルゴの顔を上げさせる。

 俺とアルゴのあいだには唾液の橋がかかっていた。

 無駄にリアルなんだよなSAOって。

 劣情に濡れたアルゴの瞳はなんとも淫靡で、ハイライトが欠けていた。

 再びアルゴの貪るようなキスが始まり、俺の理性が溶けていく。

 論理コードを解除することなく続けられたそれは、アルゴが寝落ちするまで続いた。

 

 ほんと、何だったんだろう。明日もアルゴの様子を見ることにしよう。

 なんか危なっかしいし。

 そう思って俺も寝ようとした時、一通のメッセージが届いた。

 フレンドメッセージではなく、同じ階層にいる名前を知っているプレイヤーに送ることが出来るインスタンスメッセージだ。

 内容は今から一時間後、猫族の祠で待つというもの。

 送り主はひーす、ヒースクリフ?

 正直、知らない奴の呼び掛けに応じる理由はない。

 アルゴが心配だし余計に行きたくない。けれど、猫族の祠というワードが俺をひきつけた。

 最近噂に聞くオレンジプレイヤーの仲間かもしれないし、アイテムを買って猫族の祠へ向かった。




ひーすくりふ。一体なにひこなんだ……。

そしてハイライトが欠けたアルゴに起こった心境の変化とは?

ちなみに、全く関係ないのですが、最近シノノンヒロインの小説を読みました。
不遇がなんとかって感じのやつだったようなそうでないような気がします。
面白かったです。


1000件以上のメッセージの7割がアルゴだったようですが、どういうことでしょうね(すっとぼけ)


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ゾンビプレイするって言ったけど運営にやめさせられそう。

どうするかかなり迷ってる


 ベッドからするりと抜け出した俺は、宿の備え付けストレージにボス素材をすべてぶち込んで身軽になり、結晶を買いに行く。

 今回のメインは解毒結晶だ。

 麻痺状態では転移結晶は使えないので、麻痺を回復できる解毒結晶を購入制限まで。

 麻痺ピックを投げられて解毒し、スピードをゼロから上げる時に再び麻痺になんてことがありえるかもしれないからだ。

 太陽神の瞳の発光機能は意図的にオフにして、猫族の祠へ向かう。

 黒猫のフードを深くかぶり、眼球への月光の反射すら気にかけて慎重に気配を探る。

 バステトはコートの内側に隠れてもらいながら【索敵】を二人がかりで行う。

 俺の【索敵】では祠の前に1人、バステトの【索敵】でも1人。

 祠を覗けば一人の青年。暗くてわからないが青年というには年をとっているかもしれないな?

 まあ、見た感じイケメンだ。スーツとか似合うんだろうな。爆発しろ。

 

 バステトの【索敵】はかなり強いためないとは思うがヒースクリフ本人が隠れていることも考えてインスタンスメッセージを送る。

 何かしら反応をすればとりあえずあいつが本人だ。

 

 送った瞬間、ポップアップが来たのだろう。ピクっと反応して右手でメニューを開く動作をする。

 即時受信なのね。リアルとは違って同一サーバーでやり取りされてるから当たり前かもしれないが。

 ヒースクリフはメッセージを読んだ後にメニューを閉じ、左手で何やら操作をすると俺の視界に不死属性を付与しました。と言った感じのポップアップが浮かぶ。

 どういうことだ?

 ヒースクリフは暗闇の中でこちらへ向かってくると、君をとって食おうという訳では無いと言って椅子をふたつだし、片方に座る。

 その態度はリアルのカフェでお茶をしているようなリラックスしたもので、器の違いを見せつけられた気がした俺は、椅子に座ると質問を投げかける。

 

「ふむ、君をここに呼び出した理由か。場所はどこでもよかったのだけどね。君のログを見る限りここを気に入っているようだからここに呼び出したのだよ」

 

 俺が聞きたいのはここを指定した理由ではなく、呼び出した理由なんですけどねぇ。

 

「十八層のフィールド、フロアボスがソロで突破された。そう言えばわかるかい?」

 

 そういえばさっきログとか言っていたな。となると運営側――中に干渉できる運営がいるなら警察がさっさと解放してるか。となると、茅場晶彦。

 

「うん、ここまで早く正体を推理してくるとはね。スキルのことを隠したり、ここへ来たあとの行動だったり。君は随分頭が回るようじゃないか」

 

 つまり、茅場が俺をここに呼んだ理由は俺を殺すため。――いや、違う。ならば不死属性を付与する必要などないし、そんなことが出来るならボタン一つで殺すことも可能なはずだ。

 何故だ?

 

「十八層のフィールドボスがソロで撃破された時、私やカーディナルですら発見、修正できていないバグで撃破されたのかと思って覗いてみれば、そこには君がいた。ログでは十何本の武器を使い潰し、ステータスの力で強引にねじ伏せた君がね。スキルを覗いてみれば、私が設定した覚えのないスキル。調べてみれば、NPC、それもボスに付与されているスキルが変質したものだった」

 

 【成長の代償】はNPC用のスキルだったのか。

 道理で外すことが出来ないはずだ。

 

「スキルが付与されたのは完全にこちら側の不手際だったが、私は私のゲームのバランスを崩壊せしめるプレイヤーを見極めねばならなかった。想定外のスキルでシステムの穴を突き、擬似的な不死性を持った君が不死性だけを頼りに戦っているようならば、殺すこともためらいはしなかっただろう」

 

 いつ、試されたのか。問えばセクメトのアバターの中に入っていたのはこいつらしい。

 まずはセクメトとして戦う。

 その時俺は、不死性を盾にしたゴリ押しだった。

 ゴリ押しが有効な相手だからしているのか、そうでなくても無理矢理に突破してきていたのか。

 確かめるために戦闘スタイルを変更したという茅場。

 それが、あの盾剣士。

 あいつの技量はすごかった。

 

「君は、その凄い奴に勝ったのだけどね? ステータスが高くなっているとはいえ、私の方がステータスは高かった。体力も圧倒的だったし、君の不死性を突破する手段も限定的だが持ち合わせていた。それでもなお君は私に打ち勝った。スキルに頼り切りの弱者ではないことを証明してみせた。こんな理不尽な世界を作っておいて何をいまさらと言うかもしれないが、しっかりとした力を持っている君を私の左手で殺すことは私が許さなかった」

 

 しかし、そのスキルを野放しにしておく訳にはいかないと茅場はいう。

 

「今更リビルドを許可したところでいきなり君が重戦士になれば何かがあったと勘ぐられるのは避けられない。かと言って救済措置がなければ君は突出したステータスもなく、ただ速いだけのマラソンランナーだ。それでは君の強さが損なわれる」

 

 君と一日戦い続けて疲れた頭で私は考えたと茅場。

 

「考えた末、私は君のスキルを書き換えることにした。バステトが復活した時に君のスキルが点滅したのは完全な予想外だったが、君が止めてくれて正直助かったよ。ある程度考えておいたことがパーになるところだったからね。流石にあの戦闘のあとで一から考え直すのはきつかったと思う。君は少し前までこうこうだったからこうするよ。というのは納得出来なかったからね」

 

 それで、俺はどうやってまともになるんだ?

 

「これでも私は二十四時間以上君の相手を全力でした頭を使って考えたのだよ? 少しは労ってくれてもいいと思うんだけどね。とりあえず、今考えているのはこんな感じだね。嫌だというなら考え直すことも考慮に入れよう。完全にこちらの不手際で起きたことなのだから」

 

 送られてきたメッセージにはスキルの詳細が書かれていた。

 

 まず、ステータス補正は切れる。HPも、それ以外もだ。

 その代わり、今までのレベルアップ分も含めて、これから得るステータスポイントの取得数が1.5倍。

 リビルドはさせないし、ステータス無双もさせないがお詫びとして筋力に新しくポイントを振るチャンスを与えると同時に今後のステータスポイントの増量でお詫びというところか。

 ついでに、体力が九十パーセント以上ある時は、コンボを食らっても絶対に即死はしない。

 また、百パーセントある時に受けるダメージは防御力などで差し引く前の値を十分の一にしてその後に改めて防御力で減算する。

 

 【食いしばり】がいらないというのであれば、同熟練度の別のスキル(エクストラスキル含む)に変更も可能だということだ。

 

「天才茅場晶彦さ、流石に疲れた頭で考えたせいで大変なことになってるぜ? 流石にダメージ十分の一にしてからあらゆる軽減手段を適用したら今度こそ本当の不死身になるぞ? 俺はこれを貰ったらポイントをすべて筋力に振って金属鎧を着込むな。十分の一にしたダメージをさらに軽減して、スキルでさらに軽減してってな。流石に上に行っても最初のダメージが十分の一になったらまともなダメージにならないだろ」

 

 お前はそういうのを望んでないんだろと俺。

 

「……。完全に失念していた。さすがの私でも君との戦闘のあとではまともに頭が回っていなかったらしい。これは持ち帰らせてもらって、後日話し合いたいのだがいいかね?」

 

 まあいいけど、あ、でもなんで俺にこんなのがついたかくらいの説明はほしい。

 お前が茅場晶彦だってことを言わないことと交換で。

 

「分かった。頭の休憩を入れた後にまとめてメッセージで送るとしよう。その後に君のスキルのことは考えさせてもらうがいいかね?」

 

 分かった。とりあえず夜遅いし帰らせてもらうね。

 あ、あとこの大量の解毒結晶、お前の呼び出しに警戒して持ってきたんだけどいらないから原価で変換してくれない?

 

「……。分かった。後ほど対応しておこう」

 

 それじゃあ帰るわ。あ、対応ついでにこの転移結晶の補充も頼むよ。

 

「…………了解した」

 

 転移結晶を砕き、主街区へ帰ると不死属性を解除しましたというポップアップが出て、不死属性が解除された。

 帰って寝るか。

 

 

「まさか瞬時に穴を見抜くとはな。流石ゲーマーと言ったものか。死の可能性が極限まで低いとはいえこの世界を楽しみ、仕様に正面から喧嘩を売って不死性を獲得。その不死性が絶対のものではないと追い詰められてもなお笑いながら戦い続けたプレイヤー。評価をさらにあげて詫びのランクも高くするとしよう。まずは、結晶類の補填だったか。……評価を改める必要はあるのだろうか?」

 

 

茅場からバーストへの秘匿メッセージ。【成長の代償】について

 

 レベルごとに一定ポイントしか振り分けられないSAOにおいてボスエネミーのステータスをレベルを上げずに高くするために作られたスキル。

 本来の名前は【ボス属性】

 レベルを高くしない理由は高くしすぎると経験値補正や、ダメージ補正が高くなってしまうからである。

 手間をかければボス一体ごとにそこに至るまでの平均レベルを予測し、適切な絶対経験値量、ダメージ補正コミコミのステータスを設定できるが、流石に馬鹿らしいので専用スキルを作ることになった。

 

 バーストについた理由としては、完全にボスエネミーと名前が一致していたからである。

 相互監視システムのあるカーディナルでは、こいつはボスではないと言うカーディナルAとボスであると言うカーディナルBがおり、ボスならば【ボス属性】を付与せねばならないし、ボスでないならば付けてはならない。

 正式サービスのチュートリアルの一万人一斉転移、一斉アバター変更の負荷でバグを起こしたカーディナルは、妥協案として【ボス属性】を改変し、仮にボスでなかったとしても致命的な問題にはならないスキルを付与し、ボスだった場合でも付与はしたという言い訳ができ、自己崩壊が起きないように理論武装。

 その後、バーストから完全に目を離した。

 

 他にも何名かボスと名前が被っているプレイヤーはいたが、ABC順で1番目にいたバースト(Bast)に目をつけ、その処理を行った。

 バーストの処理を終えたカーディナル両名は、自己崩壊が起きないようにバーストの処理とともに【ボス属性】のタスクをクリアしたものとみなし、破棄。以降一切触れることは無かった。




どうしまひょー
適当にスキル考えてタイトル微妙にいじって終わりでもいいかもなー


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落とし穴って施設を維持してる側も不便だと思う

どうでもいいと思いますが、バステトイベントが18層だったのは理由があります。
詳しくはあとがきで


 部屋に戻ってベッドに寝転がると、寝たままのアルゴに抱きつかれた。

 俺としては嬉しいんだけど、寝る直前でこれはちょっと寝づらい。

 仕方ないので体の向きをアルゴと向き合うように変えて寝る。

 やっぱり寝る時は仰向けが一番だよなぁなんて思ったりもしながら、アルゴの可愛い寝顔を楽しんで眠った。

 

 朝、ちうちうと吸われているような感触とともに目が覚める。

 アラームで目が覚めた訳では無いので目覚めは良好だ。

 SAOにはアラームという機能があるのだが、これは脳内に目覚まし時計を突っ込まれて延々と鳴らされ続けてるがごとく不快感で、これに起こされるくらいなら自分で起きてやるという感じで自分を脅迫して起きるツールだと俺は思っている。

 

 閑話休題

 

 ちうちうと吸われている感触があるところ――首筋を見てみればアルゴの頭が。

 俺が起きたのに気がついたアルゴは顔を上げておはようと言う。

 俺も挨拶を返して吸い付いている理由を聞いてみるが、残念ながら教えてはくれないようだ。

 ならいいけど。と言ってお返しにオレもアルゴの首筋に吸い付く。

 猫が鼠の首筋に口をつけてるって字面だけ見たら完全に捕食シーンである。

 

 いつもならこの辺で飛び退いて逃げていくんだが、今日のアルゴは一味違って俺に強く抱きついて身をゆだねてきている。

 やっぱり、何かがおかしいな。いや、寝起きの俺の首筋に吸い付いていたこと自体がおかしいのだが。

 

 吸い付くのをやめて何かあったのかを聞いてみるが、何も無かったらしい。

 アルゴがそういう時は、本当に何も無かったかあったけど絶対に話せないことがあったかの二択だと俺は思っている。

 今回の反応からは読み取れなかったが、何となく何も無かったんじゃないかと思った。

 

 ちなみに、こういう他人の考えてることを考えるのは俺はとても苦手である。

 こっちを嵌めようとしてたり、見極めようとしているやつの考えは結構わかるのだが、こういう普通の感情を読み取ることはとても苦手である。

 

 つまり、俺が何もないって思ったってことは多分何かあったんだろうなと思いながら再びアルゴの首筋に吸い付く。

 

 俺としては吸い付くならもうちょっと下だったり、指先がいいんだが、仕方ない。首筋は吸い付くってよりか噛み付く方が征服欲というか、支配欲というか、そんな感じのものが刺激されて好きだ。

 

 そういえば、結構強く吸い付いてるのにマークがつかないな。マークがついて隠そうと焦ってるアルゴが見たかったのに。

 

 このままベッドの上でアルゴとダラダラしていてもよかったが、十九層も解放されてるだろうし、解放されてから丸一日は眠り続けてたんだからそろそろ先に進みたいところだ。

 アルゴにそろそろ攻略に行かないとと告げてアルゴを抱き上げて俺の上からベッドの上へ移動させる。

 アルゴは行ってらっしゃいと言ってニコニコ笑って手を振って見送ってくれた。

 

 

 おかしい! 絶対おかしい。お姉さんぶりたいアルゴがあんな童女みたいなことをするのは絶対おかしい。

 というか、あの日来ていたメッセージの千件以上ある中で半分以上はアルゴだった。

 メッセージは消してしまったので見れないが、あの中にヒントがあったかもしれない。

 キリトも三割近く送ってきていた気がするし、やばいかもしれない。

 となるとアスナちゃんくらいしか相談できる相手いないじゃん。

 

 とりあえずアルゴの様子がおかしいけど何か知らない? とメッセージを送っておこう。

 

 あとは転移門から十九層へ移動してゾンビプレイ最後かもしれない狩りだな。

 茅場はさっさとスキルの情報をよこしてほしい。

 

 

 十九層は密林で、視認しにくい植物系モンスターや昆虫系モンスターが多くいたのだが、バステトの【索敵】スキルが非常に有能で、本来なら奇襲をかけられるところを逆に奇襲を仕掛けまくってやった。

 バステトが時折かけてくれるステータス増強や、運増強で狩りはテンポよく進み、ドロップアイテムの落ち方もいい気がする。

 農業ブーストがついたときはどういうことだと思ったが、植物系と昆虫系への特攻効果もあるらしい。

 畑に植物系がいたら養分吸われるし、昆虫系は害虫だからだろうか。

 アイテム収集もすごいもので、植物の種から鉱石、果ては結晶アイテムまで拾ってくる。

 正直バステト、というかテイムモンスターを自分から離れたところで行動させるのは怖いのだが、普通にモンスターの索敵範囲内に入っても気づかれないことから何らかの効果が発揮されていると見ていいだろう。

 単純に二十センチもないから気が付かれていないということでは無いはずだ。

 

 昼休憩に安全地帯で十九層の主街区で買った昼ごはんを食べる。

 

 俺のサンドウィッチに興味津々で肩まで登ってきたバステトにちょっとちぎって分けてみると、美味しそうに食べた。

 すると、バステトのウィンドウが開き、ステータスの欄の敏捷値がひとつ上がっていた。

 

 ペットって食べ物食べてステータスが上がるのか。

 今度から気にしてみよう。

 

 思わぬ発見があった昼休憩を終えて再び狩りを続けていると、密林の木のあいだに人一人がぎりぎり入れるかどうかと言ったサイズの穴を発見した。

 したと言ってもバステトが見つけてくれたのだが。

 その横穴を通っていくと、マヤ文明? っぽいピラミッドのような何かを発見した。

 ピラミッドの上に四角い箱がのっているようなやつだ。

 四方に設置されている階段を使って上まで登ると、四角い箱に入口があることに気づく。

 中に入ってみても何もない。

 そのまま部屋の中心に進むと、落とし穴が開いて下へ落とされた。

 落とし穴の先は汚い水で、慌てて陸地に上がって浄化結晶を砕く。

 

 とりあえずこんな悪辣な罠を考えた茅場は死んでよし。

 

 周囲を眺めてみれば遺跡型ダンジョンのようなものか。

 水の汚さ具合からしてかなり前の遺跡って設定だろうし、となると出てくるのは霊とかアンデッドとか、悪魔とかかな?

 バステトのバフもろ乗りだな。

 もろ乗りはいいんだけどスケルトンかミイラで頼む。

 ゾンビみたいな腐ってますって感じのやつは嫌いなんだよね。

 

 進んでいくと皮がすべて剥ぎ取られて吊るされている人間っぽい何か。 

 その下に滴る血液から最近。というか数時間もたってないんじゃないかと思う。

 見ていて楽しいものではないので視線を背けて考える。

 昔の遺跡だと思ったけど遺跡を利用して何かが行われている施設だと考えていいのか?

 ブバスティスの神官をもっと悪くした感じのヤツがいるのかもしれないな。

 

 マヤ文明とかちらっと見てトップの神様のことをちょっと調べただけだから本当にわかんないんだよな。

 バステトに関連しているものは無さそうだし。

 

 皮が剥がれたナニカが吊るされていた部屋を出て通路を進んでいく。

 広間らしいところから声が聞こえてくるので覗いてみれば、血を滴らせる何かをまとって踊っている。

 あー完全に思い出した。

 確か生贄から皮を剥ぎ取ってそれを着て踊るんだっけ?

 すげーなーおい。病気とかやばそう。

 バステトの【索敵】では三人だけしかいないみたいなので広間に飛び出てとりあえず一人を倒す。

 その間に二人は踊りを中断して石でできたナイフを取り出す。

 なんだっけあれ。黒曜石だっけ?

 黒曜石って何となく硬いイメージあるけど鉄と打ち合ったらどうなるんだろう。

 あと黒曜石って割ったら切れ味すごかった気がするし出血もありそうかな?

 昔あれで指の皮切った覚えがあるし。

 

 とりあえず打ち合いも被弾も避ける方向で。

 一人がソードスキルで突っ込んでくる。

 もう一人は大きく回って後ろを取ろうとしているみたいだ。

 ソードスキルを躱して黒曜石のナイフを弾き飛ばしてから蹴り飛ばす。

 ダメージは微妙だが、回ってこようとしていたやつの方向に蹴り飛ばすことが出来た。

 そのまま接近し、蹴り飛ばしたやつに追いついて斬る。

 反応したもう一人が構える前にナイフをはじき飛ばして斬る。

 あとは素手になったふたりとの作業プレイだ。

 

 ふう、無事に倒すことが出来てよかった。

 ただ、出血持ちは怖いな……。今までにあまり出血持ちと戦ってなかったから出血耐性のスキルが育ってないから無効に出来ないんだよね。

 受ける確率を下げてダメージ量を下げることがかろうじて出来てるくらい。

 即時撤退のために転移結晶をサブアームに持って移動するみたいに治癒結晶を持ちながら探索しようかな。





18な理由は、猫が9つの命を持つということから、バーストとセクメトで9つずつ。イコール18
また、数霊学では2桁の数字は足し合わせて1桁にすることから1たす8で9
バースト、セクメト、バステトで3つの9となる。

にわかなりに考えた理由となります


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ゲームマスターから攻略情報が送られてくるとか監視されてるみたいで怖い

 ピラミッド内部の遺跡のような研究施設のようなところを探索すること三時間ほど。

 バステトにナビゲートみたいなスキルはないんだけどなと思いつつ先導されながらゾンビやスケルトンやレイスを倒していく。

 

 生皮被りながら踊っていたのは最初の三人以外に見つけていない。

 出てくる敵は対策がないとダメージが通りにくかったり攻撃が当たらなかったりするのだが、バステトの常時バフで効率よく倒すことが出来ていた。

 打撃以外に耐性があるスケルトンを一刀両断できたのは少々驚かされた。

 五回くらい階段を降りてようやく最下層っぽいところに来た。地下があったら最下層ではないので地上一階と言った方がいいだろうか。

 そこにはいるわいるわ生皮かぶって踊ったり今現在生皮剥いでいたりするやつが。

 ぶっちゃけここって普通にR18G指定されてもおかしくないと思う。

 いくらかマイルドだけど実際に生皮剥いているところなんて見ることは出来ないぞ普通。

 

 ステルスゲームのごとく一人一人消していくと、賢いAIなのか数が減ったことに気がついたようだ。

 が、どうせ上に遊びに行ったんだろうと言って特に気にせず元の作業に戻っていった。

 前言撤回。阿呆だ。

 二十人はいたメンバーを三人まで減らすと、ようやく異常に気がついたのか何やら騒いで自身の胸に黒曜石のナイフをそれぞれ突き刺し、出血した血液で何かを描き終わると同時、三人ともポリゴンとなって消滅した。

 

 なんとなくさ、こういう時って神様召喚とかの流れじゃないか?

 帰ろう。セクメトあらため茅場と戦ったあとに武器は補給してないから三本しか持ってないんだ。

 茅場には言われてないけどボスエネミーを今の状態の俺が倒しまくるのはあまりいい気はしないだろうし。

 

 そう思って転移結晶を使おうとすれば当然のように使用不可。

 少なくとも十七層まではこんなギミックなかったんだけどな。

 追加されるとしても二十層みたいなキリがいいところからにして欲しかった。

 

 覚悟を決めてボスが現れるのを待つ――けど一応文様を足で消そうとしてみる。

 残念ながらもうイベントが始まったせいかキャンセルはできないようだ。

 

 出てきた敵は、ククルカンという名前の羽付き蛇? ドラゴンみたいなやつだ。

 ククルカンは、多分俺が知ってる唯一のマヤの神様だ。

 創造神だかなんだかで、多くの人たちが名前だけは聞いたことがあるケツァルコアトルと同じだとか。

 

 ケツァルコアトルは人身供養を止めさせたとかなんとか、そんな感じで昔の神様と喧嘩したとか聞いたことあるけど、こいつ思いっきり生贄に応えて出てきたよね。

 キャンペーンの導入だとしたら俺は本当に知らないので勘弁して欲しい。

 

 全く知らない神話のおそらく高難度だろうクエストをデスゲームで攻略しとうない。

 

 召喚直後は空を飛んでいたククルカンだが、地面に着地するととぐろを巻いて戦闘形態となった。

 

 飛ばれてると倒せないからか、飛んでいても狭くて逆に不利だと考えたからか。

 まあどちらでもいい。飛んでないならやりようはいくらでもある。

 

 まず気をつけること、巻き付かれたら詰みだろうからそこだけは絶対に避ける。

 尻尾のなぎ払いも高威力そうだし吹き飛ばされそうだから時短の意味でも回避。

 噛みつきもあるだろうからそれも回避。

 最悪牙とかに当たらなければなんでもいいので口の上側とかにぶつかりに行って避けることも考えに入れておく。

 あとは、火を吹いたりしてくるだろうけど予測はできないので臨機応変に。

 知ってる神様なら予測はできるんだけどね……。

 

 様子見に放られた尻尾の攻撃を回避し、それと同時に尻尾を切りつけておく。

 ククルカンの四段あるHPバーのうち一本のバーが目に見えて減り、目算で十パーセントほどもけずれていることが分かる。

 ああ、そういえば、バステトのバフに蛇特攻もあったなと思い出す。

 しかし、1枠のバフくらいでボス級エネミーがここまで削れるとは思えない。どこかで何個か重複しているのだろう。

 神様特攻なんてのはないし、多分バックストーリーで悪魔に取り憑かれたとかそんな感じのものがあって特攻が付いているとかそんな感じだと思う。

 

 大きくひるんだククルカンに接近し、目を切りつける。こいつがそうかは分からないが蛇の目は魔眼だったりすることが多いからな。

 ソロで石化とかしたら確実にパリーンだ。

 

 近くに長いこといると巻き取られる気がするので一旦離れると、ククルカンはハウリングをする。

 同時に石畳の下からどす黒い液体が噴出する。

 血か? 生贄の生皮を剥ぐ時に地面にこぼれた血だと言われるのが一番納得できる。

 どす黒い液体は人の形となり、右手に盾、左手に剣を持った剣士となった。

 

 ……。茅場か? いや、流石にないだろう。もしそうだったら俺は死ぬぞ。あいつを相手にしながらボスの相手は無理だ。

 

 とりあえず数を減らすために血の人形に斬りかかってみる。

 人形はあっさり切り裂かれHPを全損、人の形を保てなくなり地面に吸収されていった。

 茅場は入ってないのね。よかった。

 

 そのままボスに切りかかり、再びダメージを与える。距離をとるついでに噛み付いてきた顔を斬りつけて攻撃を回避する。

 

 もう楽勝ムードだなこれは。最近戦ったのが茅場inセクメトだったり、フィールドボスのバーストだったりしたから感覚がおかしくなってるのかもしれない。

 

 HPが減るにつれて火を吹いたりするようになったり、最下段がレッドゾーンに入ると空を飛ぼうとしてきたりしたが、火の息はバステトイベントでさんざん対処したし、空を飛ぶにしてもわずかしか体力が残っていない状態でそんな隙を晒されれば追撃をしてそのまま全損させる以外の選択肢はなかったので飛ばれる前に撃破となった。

 

 LA報酬はストレージに入れているだけで敵からドロップするコルの量が1.1倍になるアイテム。

 一応ボス属性付きだっただろうに随分弱いな。

 

 ククルカンを倒した直後、茅場からメッセージが届く。

 

 本来ならキャンペーンクエストが始まるはずだったのだが、神話関連のクエストは一人一種しか受けられないらしいのでクエスト進行は無し、あとボスを倒すのはできるだけ控えてくれとのこと。

 倒さざるを得なかったから倒しただけだと返信して探索を再開する。

 

 といってもバステト頼みだが。

 一時間ほどこの階層を周り、ある程度のアイテムを回収したと判断して俺は転移結晶を割った。

 出口が見つからなかったのだ。

 

 主街区へ転移すると同時、アスナちゃんからメッセージの返事が来る。

 ダンジョン内だと送受信ができないからな。

 

 内容はアルゴの変容についてのもの。

 なんでも俺が茅場と殺し合いをしていた頃、丸一日迷宮区から出てきていないことに気がついたアルゴは滅茶苦茶俺を心配してくれていたらしく、キリトやアスナちゃんに頼んで迷宮区の捜索を頼んだらしい。

 それでも見つからず二人が迷宮区から出てきてアルゴに報告すると、それとほぼ同じ時刻に俺が転移結晶で主街区に戻ったらしく、位置特定が可能に。

 メッセージを送るが返って来ずにまた一日がすぎた。

 その頃にはアルゴは精神的に参っていたみたいで、五分に三、四通のペースで俺にメッセージを出し続けていたらしい。

 

 それからしばらくして俺からのメッセージ。

 その内容から特に何かがあった訳では無いと分かったアルゴは俺の宿にダッシュしてきたらしい。

 

 五分に四通のペースってかなり早いなと思った俺は、あることに気がつく。キリトはどうなんだ?

 あいつのメールが三割くらいあった気がするけど。

 

 それもアスナちゃんに聞いてみると、すぐに返信が返ってきて、『キリトくんは同性愛者ではないんです。ただバーストさんが心配で、アルゴさんも心配だっただけです』と書かれていた。

 そう。それは良かった。あいつもアルゴと似たようなことしてたのね。

 その後すぐにもう一通とどいて、『バーストさんはアルゴさんの特別な柱だと思うのでできるだけ心配をかけないようにしてあげてください』と言われた。

 

 最近結構仲はいいと思うし、ベータ時代からのからかいの延長線で長いことデスゲームに取り込まれてて発散できない欲をお互いに発散するために一夜を共にすることもあるが、言うほど特別な柱になっているのだろうか?

 少々自信はないが、外側から見てそう見えるなら少しくらいはそうなんだろうと思うことにした。

 

 大量メッセージ問題が解決した俺は、ククルカンの報酬をストレージにしまうために一度宿へ戻ることにした。



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壊れた器は二度と戻らない

眠いので書き終わってるところまでを投稿します。


 部屋に戻ってストレージにククルカンの素材を入れると、後から抱きつかれる。

 首を傾けて後ろを見てみれば予想通りアルゴだった。

 ここにいるってことは外に行ってないのか?

 振り返ってアルゴを抱き抱えてから、ベッドに腰をかけ、膝にアルゴをのせる。

 腹部を抱き抱えるようにして後からアルゴに問いかける。

 

「俺がお前の柱になってるってのは本当か?」

 

 アルゴはこくんと頷いてこちらに体重を預けてくる。

 

「柱ってなんだ? 精神的な支柱ってのは違うだろ? お前は抱え込むこともあるけど基本的に一人でもやれるやつだ」

 

 俺がそういうとアルゴはさらに体重をかけてきてベッドに倒れることになる。

 反射的にアルゴを抱き抱えていた手を離し、受け身のような何かをとると、ハイライトの欠けたアルゴが馬乗りになるように俺の上にいた。

 アルゴはそのまま体を倒し、俺の左胸に耳を当てると、脇の下を通って肩を抱きしめるように両腕を回してくる。

 そして「一人じゃ何も出来ない。昔は出来ていたかもしれないけどバーストがいなくなった途端頭が真っ白になって何も考えられなくなった」と言う。

 俺が探索に行っていた時も何も考えられず布団にくるまっていたらしい。

 

 マジか……。こりゃあアスナちゃんが心配したりキリトが数百件もメールを送ってくるのがわかる気がする。

 俺はアルゴが好きだ。からかわれた反応も、お姉さんぶろうとしているのも、時折見せる年相応の笑顔も。

 だから、アルゴがこんなになっているのに耐えられない。

 

 俺はアルゴを強く抱きしめるとずっと一緒にいてやると囁き、結婚申請を送る。その申請は光の速度で受理され、俺とアルゴはシステム的に夫婦となった。

 

 これで少しくらいは一人じゃないと思ってくれて回復するといいんだけど。

 俺は絶対に死なないと言ってアルゴを撫で付ける。

 結局はそういうことなんだろう。居場所もわからない。連絡は取れない。精神的な柱がすっぽ抜けたら誰でもこうなる。

 一度抜けた柱は元通りにはならない。嵌め直してもぐらつき、また抜けるのではないか、今度は折れるのではないかと心配になる。

 それが今のアルゴだと思う。

 こういうのには回復結晶のようなものは無い。

 ポーションのようにゆっくり治していくしかないのである。

 

 精神的な疲労が溜まっていたのだろう。俺が撫でていると眠りについたアルゴ。

 今日くらいはこのままくっついて寝ているのもいいだろう。

 こういう時は柱が近くにいてやるに限る。

 少しでも離れればフラッシュバックが起きて良くないことになるのは実体験済みだ。

 

 俺は、寝落ちするまでずっとアルゴを抱きしめながら頭を撫でていた。

 

 

 翌朝、アルゴが目覚めて身じろぎする刺激で目が覚め、おはようと挨拶をする。

 アルゴの瞳は朧気だが以前のような意思の光が灯っている。

 このまま何週間か何ヶ月か経てば、少なくとも表面上は元に戻れるだろう。

 

 アルゴと今日の予定を話し合う。

 俺は十九層へ探索へ行くというと、その瞳が風に吹かれるロウソクのように揺れる。

 結婚したことでダンジョンにいても位置情報は分かるし、メッセージのやりとりもできると言うと、その揺れは収まる。

 

 アルゴにもアルゴの仕事がある。もし何かあったら連絡しろと言って二人で宿を出て転移門で別れた。

 十九層へ転移すると同時に茅場からのメッセージが届く。

 スキルが決定したから直接会って話がしたいとのことだ。

 ご丁寧に猫の祠へ続く回廊結晶まで添付されている。

 GM特権ってすごいな。俺は改めてそう思った。

 

 猫の祠へ転移すると茅場に迎えられる。

 とりあえず茅場に文句を言う。お前と二十四時間デートなんてしたせいで俺の知り合い改め嫁が精神的に不安定になっちまったじゃないか。

 

 茅場は形の上では謝罪をしたが、人間の精神は私にはどうとも出来ないのでねと言う。

 

 仕方ないのでスキルのことを話させることにする。

 茅場は結構考えたのだがと前置きをしてバステト復活の際に【成長の代償】が点滅したことを覚えているかと切りだした。

 覚えていると答えると、あの点滅は高度なAIを持つことになったバステトが、(バースト、セクメト討伐でAIの質も上がっていたらしい)俺のスキルの異常に気が付き書き換えようとしたかららしい。

 結果的に書き換えは未遂に終わったが、茅場がそのスキルについて調べたところ面白いスキルだったらしく、それを強化したものだと言う。

 まず、俺のステータスはレベル相応のものとするらしい。

 俺のステータスは実質五分の一となる訳だから、その補填として一部装備の性能を向上させるとのこと。

 一部に当てはまる装備はバステト関連の装備で、今の俺の装備だとコンタクト、太陽神の瞳、首の勾玉、セクメトの指輪が変化したバステトの指輪、隠蔽ボーナスをつける日食の指輪、アルゴにもプレゼントした【索敵】を強化するベルトにバースト報酬の靴。最後に黒猫のコートだ。

 

 こいつらの性能を書き換えて、さらに俺のレベルが上がるにつれてステータスを向上させることにするらしい。

 それから、バステトが使えるバフのすべてをバステトの半径5m範囲内にいれば自動的に有効化、バステトの行動で重ねがけ可能とするとの事。

 また、【食いしばり】は好きなエクストラスキル。といってもすべてを明かすことは出来ないので俺が欲しいと思ってスキルを茅場の脳内データベースから検索して当てはまるものがあればそれを有効化することにするようだ。

 

 ときに、今更思ったことなんだけど、こんなに俺を優遇していいの?

 GMって中立じゃないとダメでしょ。

 

 茅場がいうには、これでも優遇が足りないくらいらしい。【成長の代償】の価値が100だとするのなら、今回俺に付与するものはだいたい60くらいだという。

 俺がわざと【成長の代償】を入手したならともかく茅場側のミスだったため仕方ないお詫びだということだ。

 ちょっとニュアンスは違うけどソシャゲの詫び石みたいなものかと納得すると茅場は苦笑いして頷いた。

 それじゃあエクストラスキル決めね。




次回からデスゲームでオワタ式を強制されたのでゾンビプレイをしていたら運営対処を食らって詫びとしてスキルをもらいましたを投稿します。(適当)

ぶっちゃけ物語の根幹となるスキルを変えるとかありえないですよね。
ファンタジーMMOやってたと思ったら全く互換性の無い異世界転生で銃と火薬のFPS世界に行くくらいありえない。

本当にごめんなさいです


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ゾンビプレイを辞めさせられたと思ったら別口のゾンビプレイが始まった件

スキル決定まで。
気がついたらゾンビプレイが続行されていたのでタイトルの変更はとりあえずなしです。
最初からオワタ式なんてなかったようなものですし。


 最初に聞いたのは二刀流のこと。

 両手に剣を持つのってロマンだよね。

 そう思った質問だったのだが、茅場としてはかなり痛いところを突かれたらしく、コレはダメだと言ってからあるとだけ答えてくれた。

 

 じゃあまともな遠距離攻撃手段とか。銃とか弓とか。

 茅場は続けて苦い顔をしながらそれもダメと言う。

 あるにはあるんだ……。

 

 魔法みたいなのはないか? 詠唱する感じのやつ。

 開発当初はあったが、没となってスキルの形になっていないらしい。詠唱データは残っているらしいが。

 

 じゃあ空を飛べるのは? 羽でバサバサって。

 スキルとしてはあるがNPC属性をつけているからダメ。

 

 ダメなスキルばっかだな。いや、突拍子もないものを聞いてるからダメなのか。

 

 猫語……はあるとしてもそこまで有用じゃなさそう。

 軽業の互換か? あれ楽しいし。いや、何も互換じゃなくても。

 

 といってもそんなに思い浮かばないぞ。

 【片手剣】と【軽業】、【精密動作】あと速度が落ちるから【疾走】があればまともに戦えるし、その他の補助も敏捷ファイターなら【索敵】と【隠蔽】があればとりあえずいい。

 【投剣】も釣り出しのためのシングルシュートだけならスキルがなくても使えるし。

 今更上位互換スキルが出てきてもあまり変わらないと思うのが俺の考えだ。

 欲しいのは、今後ゾンビプレイができなくなることで確実に機会が無くなるソロでの超長時間の戦闘ではなく、短期戦における切り札、またはボス攻略に使える全体サポート。

 

 なにかないかと聞けば茅場はあるという。

 

 本来八十層以降に取得条件が達成可能になるスキルで、名前を【インカーネイト・オーバーライド】自身にステータス全体強化のバフをかけ、その時かかっているバフの効力を倍加するというもの。熟練度が上がるとスキル起動時のバフの強度が上がるらしい。

 初撃決着モードでいう『被弾』まで効果は続き、スキル解除の原因となった攻撃によるダメージは無効とする。

 スキル冷却期間は十二時間。熟練度最大まで上げれば四時間まで減るらしい。

 

 茅場が言うにはこのスキルの取得条件を明らかにさせ、攻略組が全員所持してボスに殴り込みをかけてこのスキルを維持出来るのであれば八十層以降の攻略は劇的に楽になるだろうとのこと。

 ただし、その条件は複雑で、仮に明らかになったとしても取得するのは難しいらしいが。

 

 なら、それにしようかな。早く取得していれば熟練度も上がりやすいし、バステトがバフをかけてくれるから相性もいい。

 茅場に数分待つように言われて祠の猫達とバステトが遊んでいるのを――バステトが崇拝されているようにも見えるが――眺めていると、スキルウィンドウがポップアップする。

 確認してみれば【成長の代償】と【食いしばり】がなくなり、【猫神の加護】と【インカーネイト・オーバーライド】が嵌められていた。

 漢字ばっかのスキルウィンドウに横文字が並ぶって言うのもビックリだな。

 

 【猫神の加護】によってバフアイコンがズラッと並び、HPは5400まで上昇した。

 

 キリトは6000だとか7000だとかそれくらいだったと思うから俺はやっぱりHP低いな。

 バステト5m範囲内にいることで適用されるバフも【猫神の加護】に適用されているるしく、分間レベル掛ける100点だったリジェネがレベル掛ける200点となり、その数値は6800点となった。

 一分間待てば体力がフル回復する計算である。

 形は変わって完全性は無くなったが、ゾンビモードは健在のようだ。

 悪霊系などへの特攻も、掛け合わされる訳ではなくそのまま足し合わされ、1.34倍から1.68倍まで上がり、もはやその系列は怖くなくなったと言えるだろう。

 バステトのアクティブ行動で使えるバフの霊特攻なども【猫神の加護】で有効化されているため、実質的な倍率は二倍以上になっている。ここにバステトがバフをかけてくれて、【インカーネイト・オーバーライド】を適用したら何倍まで上がるのか。

 

 茅場にお礼を言ってその場を離れようとすると、十九層への回廊結晶を受け取る。

 なんでも個別補填よりかは万倍楽らしい。

 その他にももうしばらくしたらただのプレイヤーとして攻略に参加させてもらうからよろしくと言われ、それに返事をしてから回廊結晶を砕いて移動した。

 

 【成長の代償】は安全だったし楽だったけど若干飽き気味だった。これからはもっと世界に色がつくことだろう。

 これからの世界が楽しみだ。

 




おそらく来るであろう質問を予測して先に答えておきます。

【猫神の加護】について。
電子時計は日付も(ryに書かれているバステトのアクティブ行動↓
リジェネ、霊特攻、死者特攻、蛇特攻、ステータス増強、運増強、農業、芸術ブースト付与。毒、麻痺、疫病の治療。索敵、アイテム収集などなどなど
 のうち、毒麻痺疫病の治療、索敵、アイテム収集はバフではないのでプレイヤーには付与されません。
 代わりにバフとなるリジェネ(ry はバステトが使える強度で付与されます。
 それに加えてもう一度バステトのアクティブ行動で再付与が可能となるので強度は最大二倍となります。

 バステトの5m範囲内にいることで付与されるリジェネや、各種特攻も【猫神の加護】適用条件が5m範囲内であるため二重に適用されます。

 【インカーネイト・オーバーライド】によるバフ強化はステータス強化バフを付与したあとに倍加をかけるためバフがない状態でも高強度のステータス強化が行われます。
 それに加えて【猫神の加護】による永続バフも倍加されます。
 全部もりもりで敏捷の実数値は【成長の代償】時代にぎりぎり追いつく程度となります。それ以外は圧倒的に上となりますが


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特攻が効く敵を大量に倒す方が経験値的にはうまい

一言付き低評価を初めていただきました。
とても嬉しかったです。自分の作品を読んでくれて、ダメなところを指摘してくれてありがとうございますです。
設定に関連するものでしたので改善は厳しいですが次回作があれば頑張ってみようと思います。


 スキルを入手してから五日日、スキルの使い方や下がったステータスとの向き合い方にも慣れてきた。

 十九層も突破され、明日は二十層のフィールドボス戦だし、アルゴはとりあえず外面だけなら情報屋として復活した。

 アルゴの快復が表面的なものと言ったのは、夜――二十時以降からはバーストニウムとかいう謎成分が足りなくなって行動に支障が出るらしいのだ。

 なので十九時には狩りを切り上げて拠点に戻るのが最近の基本である。

 そのため、ちょっと狩りができる時間が減って、ステータスが弱体化したことにより経験値効率が落ちる――と思っていたのだが、敏捷以外は普通だった時とは違い、【インカーネイト・オーバーライド】適用下ならば敏捷を頭に、それぞれのステータスが一定値上がるのでダメージ量自体は伸びている。

 尤も、まともなダメージを受けてしまうと狩りの効率は大きく落ちるのだが、そのおかげか【食いしばり】によってある程度の被弾を許容していた時とは違い攻撃への反応速度が二日だけでも分かるほど向上した。

 【猫神の加護】で性能が上昇している防具で一番嬉しかったのはバーストを倒した時に入手した靴。元は敏捷が高まるだけだったのだが、空中歩行限定解除、空中動作制限緩和というオプションが生えて空中を足場に一歩だけ動けるようになったのだ。

 これが楽しくて楽しくて【軽業】と組み合わせて木が大量に生えている密林を縦横無尽に飛び回ったものだ。【軽業】で木に着地するだけで歩数制限は回復したので木を蹴って宙を蹴ってもう一度木を蹴ってと本当に楽しかった。

 他にもコンタクトに夜間視覚補正が付いたり、黒猫のコートに寒さ無効だけではなく凍傷無効もついたりと、数値だけの上昇で済まない強化が行われた。

 

 

「明日のボス戦は夜にやるって通知が来てるけど大丈夫か?」

 

 机の向かい側で椅子に座っているアルゴに問いかける。

 二十層のフィールドも、全体という訳では無いが、森があり、『ひだまりの森』という名前の通り陽の光がよく通る森である。

 そんなフィールドで戦うのはカマキリ。昆虫なので暗ければ戦いやすくなるのではないかという意見が出て夜に戦うことになったのだ。

 こっちの視界も狭まるが、俺たちは慣れているからな。

 ゲーム側で最低限の補正もされるし、月光があれば十分に戦える。

 

「出かける前にちゅーしてくれたら我慢するよ」

 

 アルゴの話し方は以前からの鼠という皮を脱いだときの話し方なのだが、その話し方に混じって幼さを感じさせる部分が出てくるようになったので、その度に心臓がキュッとなる。

 からかい甲斐は無くなったが、俺が浮ついたことを言うといいよってなったりするのでこの変化も悪いことだけということではない。

 だからといってまたアルゴを傷つけようとは思わないが。

 

 明日のことが決まったので明日に備えて寝ることにする。

 

 

 昼、ひだまりの森でカマキリと戦いながら考える。

 俺の体からは白色の光が鱗粉のように漏れており、この光が【インカーネイト・オーバーライド】の効果が適用されている証拠である。

 

 俺の考え事は、カマキリの目についてだ。

 昔の俺はカマキリがどこを向いても黒目で見てくることに興味を持って調べてみたのだが、その結果なにかがわかった気がするんだよな。

 カマキリの目を見ながら戦闘をしていたが特に思い出せないまま戦闘は終わった。

 うーん。気のせいかな。ちょっと気分転換ついでに場所を変えよう。カマキリの肉はバステトが嫌いみたいだし。

 

 ちなみに、猫は雑食である。ライオンを見れば分かるが魚が特別好きというわけじゃないんだな。

 バステトの最近のお気に入りはブッシュスネーク。藪から蛇の肉である。

 こいつは名前の通り薮の中に生息していて、戦闘能力はそこそこと言ったところだ。

 薮それぞれにポップ確率が設定されていて、そのポップ率は3パーセントないくらいだと言われている。

 バステトはこいつを見つける達人で、勝手に薮を漁って蛇をアクティブにするのだが、こいつに戦闘能力はない。

 急いで俺の元に戻ってくると俺の体を駆け上がり、肩の定位置に陣取って早く倒せと急かすのである。

 

 蛇特攻もついている俺は楽々倒せるが、自分で倒せないなら刺激するなと言いたいところだ。

 因みにブッシュスネークはB級食材を落として、その価格は1万コル前後と高めなのだが、その全てはバステトの腹の中に収まっている。

 30万コルくらいは食ってるんじゃないかなこいつ。

 そのおかげで蛇特攻の倍率が上がったり、バステトの敏捷値とHPが上がったりしているので全くの無駄ということではないのだが。

 因みに以前倒したククルカン。あいつも肉を落としていたのだが、その肉もバステトの腹の中に収まっている。

 うちのエンゲル係数はこいつのせいでめちゃくちゃである。

 

 道中で三匹ほどブッシュスネークを倒して廃墟に移動する。

 この廃墟はひだまりの森とは対照的で昼でも建物内は真っ暗で、照明アイテムがなければ足元を見るのも厳しいところだ。

 俺には太陽神の瞳があるので問題なし、ここに出る敵は霊系ばかりということもあり、聖水の出費を気にして攻略組でもここで戦っているやつは俺以外に知らない。

 アホみたいな倍率の霊特攻で壁から次々に現れる敵を一刀両断し続けること数時間。

 レベルはひとつ上がり、高位の聖水の素材ともなる霊魂の欠片を大量に入手した。

 NPC売りでも15万コルは硬いな。

 時刻は十七時と少し早いが、アルゴとの約束があるので宿へ戻ることにする。

 

 宿に戻って先に帰ってきていたアルゴに帰宅を告げる。

 いつもならここから夕飯を食べに行って一日の報告をしたりするのだが、今日は少しお預け。

 軽く話をして、キスをしてから再び宿を出る。

 集合時刻に遅れると問答無用で置いていかれるからな。

 

 集合場所に来ると、キリトが寄ってくる。アルゴの様子を聞きに来たのだ。

 ある程度は回復したよと言うと、良かったと胸をなでおろすキリト。

 今回のボスはカマキリ、つまり高い攻撃力だろう鎌の一撃が予想されるためタンク隊が多めだ。

 

 ひだまりの森への移動中もバステトがブッシュスネークを釣ってくるので今回も同じパーティとなったキリトたちは苦笑いしている。

 ボス戦が行われる場所までのエンカウントはブッシュスネークだけで、随分と楽にたどり着くことが出来た。

 ここまで人数がいるともう少しエンカウントするのが基本なんだけどね。

 比較的開けた場所でカマキリを待つ。

 三つ戦闘可能場所があり、その中で一番戦いやすいところがここだ。

 時計を確認するとあと五分ちょっとでここに飛んでくることがわかり、最後の作戦確認をする。

 といっても作戦は簡単で、タンク隊ふたつが両手の鎌を止める。そのスイッチ要員にタンク隊ふたつ。

 斧やハンマーのような重い一撃ができる奴らは足を集中的に狙い、俺たちはヘイト取りすぎないように気をつけながら頑張ってねという感じである。

 

 特殊ギミックがないボスでの基本戦術だ。俺が一人で十八層を突破してしまったため若干レベルは落ちているが、それでもまだ三十越えばかりだ。

 レベルが高いということはそれだけ強いということだな。

 作戦会議が終わってそれぞれが配置につくと、羽音とともに巨大カマキリが飛んできた。

 カマキリは着地すると、こちらを確実に睨んできている。

 その瞳は完全に黒く染まっており――思い出した。カマキリの瞳は複眼で、黒目に見えるところは偽瞳孔と呼ばれるものであり、黒目とは一切関係がないのだ。

 複眼は単眼より光を多く取り込む。そのため暗所でもカマキリは狩りができるのだ。

 偽瞳孔について説明すると、ボールの球面にストローを沢山つけて中を覗いて見ても、ひとつの視点からボールが見えるのは一部だけ。残りはストローの内側しか見えないだろう。

 しかし視点を変えれば見えなかったところからボールを見ることができるようになる。

 これが、カマキリと目が合う理由である。

 そして、夜になると偽瞳孔が大きくなる理由は、ストローたちが光を取り込むために大きくなりボールを見ることが出来る角度が大きくなるからである。

 

 詳しく知りたいならば調べてもらうとして、つまりカマキリは夜目が利くのである。

 それを知らない軽装のプレイヤーがカマキリに突撃していくが、カマキリは複眼特有の広い視野でそれを確認するとその大きな鎌で一閃する。

 軽装プレイヤーは思いっきり吹き飛ばされ、そのHPを赤く染めた。

 昆虫系の敵は、弱っているプレイヤーを徹底的に狙う性質がある。

 タンクが庇うが、鎌の形、夜というフィールドで距離を見誤ったタンクの盾をすり抜け軽装プレイヤーはポリゴンとなった。

 十五層以来か。

 リンドとキバオウが喝を入れ――自分のギルドのメンバーでないことで少し心の余裕があるのだろう――前線を構築する。

 俺も意図的に切っていた太陽神の瞳を発光させ、少しでも戦いやすいフィールドとする。

 五分とは行かないが、少しは戦いやすくなっただろう。




敏捷以外が普通(敏捷だけ突出していてほかのステータスはほかのプレイヤーと同じくらい)


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カマキリは雌の方が強いっていうけど相対的な評価は当てにならないものだ。

思いっきり文字が抜けてて意味が全く変わる部分があったので修正。

これは、【猫神の加護】により強化されるイベントがこの階層にあるという通知だ

これは、【猫神の加護】により強化された装備が入手できるイベントがこの階層にあるという通知だ。


今回本当に短いです1000文字しかないです。
原因はエジプト神話で習合がありすぎてどことどこをくっつけてどんな関係かをWiki見ながらまとめても時間がかかるから。

ラー=ホルス=アトゥムその娘がバステト=セクメト=テフヌトで、その夫がプタハ=オシリスで……ってのがまとめきれてないのです。

また、チラ裏でオワタ式SAOを見つけました。
影響されそうなので読んでいませんが、今度読んでみようと思います。


 鎌の独特な攻撃範囲に苦戦しながらも、月の傾きが変わったことにより光が多くさしたり、時間の経過による慣れで鎌への対応も安定していき、メインアームが安定して受けられるようになったカマキリはそこまで脅威とならずに討伐が終了した。

 犠牲者は最初の一人のみである。

 ここは圏外であるので軽く黙祷をするのみで解散となり、素材の分配などは粛々と行われた。

 俺はこの空気が嫌いなので分配にアイテムを渡してそのまま主街区に転移してきた。

 別に人が死んだから悲しくなっている訳では無い。

 辛うじて名前を知っているだけのプレイヤーが死んだだけで心を傷つけるならば、俺は既に攻略組にはいなかっただろう。

 他のメンバーだって同じだ。悲しみこそするもののその悲しみはごく一時的なものだ。

 そうでなければこのゲームの攻略などやっていられないのだから。

 人の死を本気で悲しめない俺は、そんな俺が嫌いなのだ。

 リアルでもそうだった。現実味がなく、あっさりと失われた命。それを知ってもろくに動かなくなった心。

 この世界は過酷だが、理不尽に失われる命というのは少ない。

 自分を高め続けていればある程度は平気というのはある種の安心感を感じる。

 

 宿に帰ってきてアルゴに帰宅を告げる。アルゴにボス戦の様子を聞かれたので軽くだが話しておいた。

 アルゴは死者が出たことを悲しんで、「バーストは死なないよね」と問いかけてくる。

 俺は短く「死なない」とだけ答えてベッドに寝転がる。

 死んでたまるか。リアルより幾らか楽なこちらの世界で死ぬようなら俺は向こうに帰っても生きていられないだろう。

 

 いや、リアルのことを考えるのはよそう。鬱になりそうだ。

 考えるのはこの城の攻略、強い武器防具の在り処、バステト関連のクエスト。

 そしてアルゴのことと、キリトやアスナちゃんのことだけでいい。

 

 意識を切り替えた俺は、アルゴを引き寄せると、うずくまるように布団を巻き込んで眠りについた。

 

 

 フィールドボス攻略から二日。フロアボスが攻略され、次の階層が開放された。

 フロアボス戦はサクサクと進み、死者ゼロで抑えることが出来た。

 フロアボスはフィールドボスより大きい雌カマキリで、取り巻きとして子カマキリを生み出したが、ダメージディーラーたちの迅速な取り巻き討伐で終始有利に運んだのだ。

 厄介な鎌の攻撃も、フィールドボスで学習したタンクプレイヤーを中心に対処し、危なげない勝利だった。

 二十一層へ上がると、バステトが反応すると同時に特殊ポップアップが表示された。

 これは、【猫神の加護】により強化された装備が入手できるイベントがこの階層にあるという通知だ。

 この階層でクエストなりイベントなりで獲得できるということだから、出来れば上が開放される前に見つけたいところだ。

 パッと見た感じでは、二十一層は鍛冶が盛んそうな街と、火を起こすのに使われそうな森と鉱山らしき山があるところだ。

 本当にこの階層にバステト関連のものがあるのだろうか?

 



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VRゲームでリアルな〇〇とか勘弁して欲しい。

 とりあえずは森へ行ってみる。猫族の祠も木に囲まれたところにあったし、なにかあるかもしれない。

 豊穣の神としての側面も持っているので可能性は十分だろう。

 森を探索してみるが、比較的弱いモンスターが多い。

 昆虫型に特攻がついているのも原因だろうが、単純にレベルが低い。

 これは期待できそうにないと思い、探索を切り上げようとした時に木の影となって隠れていた地下への入口を発見した。

 それを見るなりバステトが地下へ潜っていき、バステトの5m圏外に出ると弱体化する俺は慌ててバステトを追いかけた。

 

 中に入ってみると、坑道のようだ。

 しかし、備え付けの照明がない真っ暗な坑道だ。

 太陽神の瞳があるので見通せているが、明かりを持たずに入ったり、中で明かりが切れたら迷ってモブにやられて死ぬかもしれないと思わせるくらいには真っ暗だ。

 中にいる敵は犬、ジャッカル系というのだろうか? そんな感じの奴らだ。

 エジプトで犬といえばアヌビスか? いや、セトもそうだったかな。セトはアヌビスの父って話もあった気がするし。

 そんなことを思いながら進んでいくと、坑道には似合わない川が現れた。

 川って言えばナイル川か? ナイル川とセトといえばオシリスか。オシリスのバラバラ死体を引き上げたのはイシスとアヌビスだから、もしかしたらあの犬達も敵対関係があるのかもしれないな。

 川に沿って進んでいくと一枚の石碑が。それに触るとウィンドウが表示される。

 内容は石碑のものだ。

 といっても文字は書かれていない。絵で何かが説明されているのだ。

 

 川に飛び込む絵と川から何かを持ってくる絵、その何かを集めて石碑の前に置く絵。

 つまり川に潜ってなんかを探してこいということか。

 実は俺、猫科の例に漏れず水が苦手なんだよね。

 カナヅチってわけじゃないけど水が苦手なのだ。

 アイテム収集がアクティブ行動であるバステトに頼んでみるが、こいつも水は苦手らしい。

 仕方ないのでバステトを首にかけてある勾玉にしまい、(この状態でも【猫神の加護】によるバフ効果は続く)意を決して水に飛び込む。

 いつかのククルカンの遺跡とは違い、水が澄んでいて幾らかマシである。

 空中歩行限定解除や、空中動作制限緩和などが若干効いているのか、水の中でもそこまで不便せずに底を歩くことが出来る。

 因みに水深は三メートルから五メートルほどである。

 息継ぎを何度かしてそこにあるアイテムを拾い集めていく。

 三百メートルほど川を逆走して底にあったアイテムを全てストレージに入れた俺は浮上して石碑の前に戻る。

 明らかに関係がありそうなのは牛の手足と顔、胴体。

 それに加えて人間の手足と顔、胴体と男根。

 

 多分どっちかを並べるんだと思うんだよね。

 ただ、男根はおかしいんだよ。オシリスは魚にバラバラ死体の男根を食われていてミイラとなってもついてなかったから。

 となると牛なんだが、オシリスと牛って関係あったか?

 いや、そもそもここは前提としてバステト関連のものであるはずだ。

 【猫神の加護】は、名前の通りバステトに関連のあるものが強化されるのだから。

 極端な話エジプトと全く関係なくても強化されるはずだ。

 オシリスとバステト、もしくはセトとバステトに関係はあっただろうか?

 バステトと習合された神の中にはハトホルがいて、ハトホルはオシリスの息子のホルスと関係があると言われているが、流石にその程度の関係ではないだろう。

 一から思い返してみる。

 この階層は鍛冶が盛んなところだ。

 ここは陽の光が一切ささない坑道だ。

 

 ……。そうか! 鍛冶に使われる鉱石、それが取れる陽の光が一切ささない坑道。

 鍛冶の守護神で暗いところが好きな神は、セクメトを妻に持つプタハ。プタハはミイラであり、地下資源――地下つまり冥界と関わりがあるとされてオシリスと紐付けられることもある。

 となるとセクメトと習合されたバステトの夫は間接的にオシリスとなり、関係性もできる。

 

 ……で、牛と人間どっちを並べればいいの?

 川から引き上げられてミイラとなって冥界の神となったオシリス=プタハなら、男根はかけてないとおかしい。

 消去方で牛となるのだろうが、牛となる理由が思い浮かばない。

 プタハは確かバステトや、ほかの神のように半神半獣とはならなかったはずだ。

 オシリスも確かそんなものはなかったし……。

 

 ああ、そうか。アピスの牛、またはオシリスの雄牛。

 牛に特定の特徴が何十個もあると、その牛は神の化身とされて崇拝されたんだ。

 新しく同じ特徴を持つ牛が見つかると、古い方は川に沈められたというし、つまりそういうことだろう。

 

 それにしてもよく俺の頭は都合よく情報を引っ張り出せたな。

 昔から思い出そうとしても思い出せないのに何かに関連したことを体験したりするとそれに引きずられるように色々思い出すんだが、この記憶の思い起こし方ってたしか女性的なものなんだよな。

 

 まあいいか、とりあえず牛のパーツを並べよう。

 

 プタハの化身が復活し、それと同時に石碑の正面の床、つまり俺が立っている地面が割れて下へ落とされた。

 その時牛からのテレパシー的なもので冥界の蛇を倒してくれと言われた。

 

 冥界の蛇ってあれか? ラーの太陽運行を邪魔する、アトゥムの敵、その娘のテフヌトの倒す敵とも言われるアペブとかアポピスとかいうめっちゃやばそうな蛇。

 

 バステトのおかげで蛇特攻はあるけど最高神の敵とか辛そうだな。

 

 

 落下した先は真っ暗な場所だった。

 少なくとも太陽神の瞳で照らされる範囲では壁のようなものは見えない。とても広い空間だ。

 ここが原初の水、ヌンの中なら太陽神の瞳はすべてを照らせると思うのだが、そうでないということは冥界なのだろう。

 デスゲームで冥界にこさせるとかちょっと茅場は頭がおかしいと思った。

 

 中心――かは分からないが、とりあえず歩みを進める。すると、太陽神の瞳が点滅し、それと同時に何かが飛びかかってきた。

 ギリギリで躱したが、太陽神の瞳の光が切れる。

 慌てて後に飛んで、真っ暗な世界となって姿が見えなくなった敵から距離をとる。

 

 すると、再び太陽神の瞳が発光し、世界を明るく照らす。

 五メートルほど前方には、体の太さが二メートルを超える大蛇。

 アポピスと表示されたそいつの名前に、予想が当たっていたことによる安堵と、アポピスの神話の一部を思い出して同時に恐怖する。

 

 俺が恐れたものは、アポピスが太陽の運行を邪魔して日食を起こすというものである。

 太陽神の瞳はアポピスに付与されたその話からアポピスのそばに近づくとその効果を失うのではないかと予想をつける。

 

 とりあえずは太陽神の瞳が光らなくなる範囲の測定だな。一メートルくらいなら突っ込んで攻撃してそのまま離脱ということも出来なくはなさそうなので、それを期待することにしよう。

 

 あとは攻撃パターンだな。こいつの攻撃手段を俺は知らない。太陽神の敵として語られているので弱いということはなさそうだが。

 単純な蛇の図体を使った物理攻撃だけなら割と楽になりそうなんだが……。

 

 突撃はしないで少しずつ距離を詰めていく。五メートル、四、三、点滅が始まった。二、一、完全に消灯。

 もう一度後に飛んで尻尾のなぎ払いを躱す。

 ……ちょっと面倒だな。

 尻尾のなぎ払いでも俺とあいつの距離が近づけば太陽神の瞳は消灯するようだ。

 一メートルという微妙な距離で視認での把握が無理になるのは少しきつい。

 距離を開けたまま【インカーネイト・オーバーライド】を使っていくかを考える。あれは僅かに光るので戦いやすくなるし、ステータスも上がるので有用だろう。

 ただ、攻撃パターンが剥がれ切ってない状況で使うとなると途中での被弾が怖いところだ。

 

 そう思っていると、太陽神の瞳以上の光で照らされた。

 一瞬の思考の空白とともに結構な勢いでHPが削られているのに気づく。

 光から離れてアポピスを見れば、その瞳から光を放っていた。

 バステトやバーサークキャットなんかのビームとは違う目から光線か。

 うーん。エジプト系は目から何かを出すのが流行っているのか?

 ラーの瞳もそうだし、こっちでの目からビーム系もそうだ。となるとこいつが出した光はなにか。

 アポピス……元太陽神でラーに太陽神の座を奪われたからラーに敵対していた説があったんだっけ。

 となると今の光は太陽の光か?

 遠近対応で真っ暗空間、灯りも近づくと無効化される。ぶっちゃけ今までのボスで最大級にクソボスである。

 こいつの弱点とかないっけな……。確かラーの船に乗ったセトがこいつを退けるとかで天敵と呼ばれることもある。曰く、ラーを守れるのはセトだけだとか何とか。だけどセトとこいつを同一視する話もあるんだよな。

 仮にSAOでセトが天敵だったとして、どうやってセトを持ってくる?

 セトといえばジャッカルだったり、明けの明星だったり、北斗七星だったりする。

 因みに、北斗七星はセトがホルスと戦った際に欠損した左足である。

 ん? 左足……? ありました。誰のものかわからないバラバラ死体が。この左足がセトのものなら大逆転できるだろ。

 左足をストレージから取り出してどうするかを考える。 

 とりあえず相手の攻撃のあとに避けられないように投げつけてみよう。

 と、そう言えばセトはホルスとの戦闘で睾丸ももぎ取られてたんだったな。 

 たま付き男根もセットで投げつけてやろう。

 

 目からビームや尻尾攻撃、噛みつきに巻き付きなどを躱しながら攻撃パターンを見極めつつ、投擲のタイミングを伺う。 

 俺としてはこんなものを持ち続けていると頭がおかしくなりそうなのでさっさと投げ捨てたいのだが、太陽神の瞳が光ってくれないのでなかなか必中を確信できるタイミングがない。

 

 一メートルというのはこちらに向かってくる攻撃を避けるものとして見ると、かなり広い。 

 あちらの尻尾の方が俺が躱す時に出す速度より速いので、最大限に距離を取っていても追いつかれそうになるのだ。

 かと言って離れすぎればこちらからの遠距離攻撃手段がないのでビームにいいようにされる、なかなか大変だ。

 もう【インカーネイト・オーバーライド】解放してもいいか? 接近戦のデータは取れてないけど中距離戦では被弾する可能性はほとんどないだろう。速度も上がるので尻尾との距離も開きやすくなる。 

 よし、使うか。




自分なりにバステトの家系図をまとめてみましたが、家系図の一番上にくるバステトと同一視された神からみると、ラーとホルスが習合された関係から曾孫のホルスが父親になったりしてカオスです。
素人が習合について深く触れようとすると大変そうなので軽くまとめただけで諦めました。


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弱点を突かれてもいかにも効いてませんよという顔ができないと簡単に死ぬ

エディタを開いていた時間に対して文字が少ない(3300字)


 【インカーネイト・オーバーライド】を使用して隙を伺う。 

 被弾したら終わりなので起死回生の一手となるだろうセト(仮)のパーツ投擲までは攻撃は封印だ。

 そもそも、右手に足を左手に男根を持っているために直刀はストレージにあるから攻撃手段はないのだが。

 無手でも攻撃できるスキルとして【体術】なんかがあるが、俺はスキル枠の都合で取っていない。突進系の硬直が短いソードスキルがあるそうなので回避に結構便利そうという理由でいつかは取ろうと思っている。

 

 閑話休題。とにかくアポピスの攻撃を躱し続けて必中のタイミングを伺う。

 アポビスはでかいんだからそんなに伺う必要ないだろと思うかもしれないが、こちらが投げる素振りを見せると慌てて避けようとするのだ。

 なので、相手が完全に間に合わないタイミングを見極めてやらないといけない。

 相手の反応からこのパーツが有効だと確信できるのでより慎重になる。

 

 五分か十分か、流石に一時間ということはないだろう。

 尻尾によるなぎ払いをたまたまこちらが移動していた方向に回避することが出来、いつもよりも早いタイミングで安置にたどり着くことが出来た。

 つまり、未だ攻撃を続けているアポピスへの投擲チャンス。

 【投剣】スキルがなくても使える【投剣】のソードスキル、“シングルシュート”を起動して足を投げる。

 続けて左手の男根も投げつける。

 アポピスは尻尾攻撃が終わったあとに回避しようと移動をしたが、その体が大きかったこと、回避のタイミングが遅れたことが仇となり直撃。

 そして世界が明るくなった。天井に太陽が現れたのだ。

 俺の予想じゃ太陽神の瞳が近づいても光ってくれるようになると思ってたんだが、それ以上とは。

 相手の姿が見えてるならもう怖いものはない。

 このゲームでの死因はバッドステータスを受けてハメ殺されるか集団に袋叩きにされるか、初見MOBに突撃して初見殺しにやられるか、攻撃を欲張って死ぬかのどれかだ。

 俺はソロでボス級を倒すのには慣れているから攻撃を欲張ることは無い。アポピスの初見殺しだろう真っ暗空間も突破した。今回はタイマン戦だし、バッドステータスで一番危険な麻痺は強化された太陽神の瞳が毒無効に加えて麻痺軽減を得ているのでハメ殺しにはならないだろう。

 そもそもバステトが治してくれるし、サブアームに結晶を持っていればさらに安全だ。

 

 つまり――この勝負俺の勝ちだ!

 

 

 太陽が現れてから一時間半ほど、近接戦のパターンを剥ぐためにすこし時間をかけたが、被弾なしで討伐が完了した。

 総戦闘時間は四時間ちょっと、アポピスの最初の隙を伺うのに時間をかけすぎたな。

 

 アポピスのLA報酬はアペプの鎖

 アペプが所持している鎖という訳ではなく、アペプを拘束していた鎖という意味だろう。

 古代エジプトでは描かれたものはそのまま、その通りに存在すると考えられていたため、神に仇なすアペプは必ず拘束された状態で描かれたからだ。

 店売りの鉤爪付きロープの完全上位互換のようで、耐久無限、長さ無限、戦闘時に敵を縛り付けた場合はその拘束の効果が強化されるとのこと。

 もっとも、店売りのロープでも敵を拘束することは基本的にしないし、この鎖で拘束した場合は別枠の耐久度が設定されてそれがゼロになると拘束が解除されるそうなので拘束に使う機会はなさそうだが。

 

 俺がここからどうやって上に戻ろうかを考えていると、先ほど石碑の前で復活させたアピスの牛が降りてきて背に載せて上まで送ってくれた。

 

 そして鎖から解き放たれた蛇を倒してくれてありがとうとテレパシー的なもので伝えられてお礼として睡蓮の髪飾りを受け取った。

 

 睡蓮は、プタハとセクメトの息子とされるネフェルトゥムに関係がある花だ。

 原初の水ヌンに咲いた睡蓮が花を開くとその中にはタマオシコガネがいて、そのタマオシコガネが姿を変えてネフェルトゥムとなったとされているのだ。

 また、睡蓮はその中に太陽を生み出したとされ、神殿の池に睡蓮がよく植えられていたという。

 ネフェルトゥムはセクメトの撒く疫病を静められるとされ、癒しの神としての一面ももち、しかし人を罰することもあったという。

 また、ネフェルトゥムは死者の魂の計量に立ち合い、罪人を切り裂くとされた。

 魂の計量については死者の書に記されているのだが、簡単に言えば閻魔大王の裁判が死者の心臓と真実の羽根と言われるものとを天秤にかけるものとなり、心臓が羽根より重ければ生前罪を犯したとされ、心臓――魂をアメミットに食われ、二度と転生出来ないとされていた。

 それに立ち会ったとされるネフェルトゥムに関係のある装備だからか、オレンジプレイヤーへの特攻なんていうデスゲームとなったSAOでは使い物になるか怪しい効果と、もはや過剰となりつつある霊体やアンデッド系への特攻が付与されている。

 また、ネフェルトゥムとなったとされるタマオシコガネ――スカラベが復活と再生の象徴とされているからか、リジェネも付与されていた。

 特攻もリジェネも飽和気味であるが、ないよりはあった方が嬉しいので良しとする。

 

 まあ、俺は一人で髪留めをつけることが出来ないので帰ってからアルゴにつけてもらうとする。

 九層からずっと使っている髪留めも耐久度回復のために外すたびにアルゴにつけ直してもらっていた俺が、飾りがついている髪留めをうまくつけることが出来るとは思えないからな。

 時間もいい感じだし、アルゴももう帰ってそうだ。俺も帰るとしよう。

 

 

 宿に戻ってアルゴに髪留めをつけてもらおうとしたら「ただでさえ前髪が長くて女に見えることもあるのに花飾り付きなんて」と笑われたが、仕方がない。

 前髪が長いのは事実だし、マッチョ系でもないし、黒猫のコートで体の線がさらに隠れるので仕方が無いのだ。

 しかし、言わせてもらえばキリトの方が万倍女っぽい。もしもあいつがビーターと呼ばれることがない世界線があったとしたら確実に“みんなのオトコの娘アイドルキリトちゃん”が俺やアルゴのプロデュースで生まれていただろう。

 

 今日も森で何度か倒したブッシュスネークの肉をバステトにあげて俺達も飯を食う。

 食事中も何度か髪飾りを弄られたので、俺はいつかアルゴに恥ずかしい格好をさせることを心に誓った。

 ……言うほどアレかな? この髪留め。

 ピンの形で、折り返しとなっている側に小さく花が咲いているだけなんだが。

 俺としては花系の髪飾りによくある花の下に留め具がある花が大きいタイプじゃなくてよかったと思っているところだ。

 とりあえず、ないとは思うがズボンの部位がスカートじゃないことを祈ろう。

 もしスカートになっていたらオレンジカーソルになることも厭わず一般プレイヤーとして攻略に参加しに来る茅場を殺そう。

 流石にこのスキルを渡してきたんだからそこら辺の整備もしているはず。

 しているといいなぁ……。

 

 アルゴの弄りの合間に聞いた話では、ここ、二十一層には剣の見た目を比較的自由にデザインできるNPCの鍛冶屋があるらしい。

 今のSAOは鍛冶師が比較的多くなってきていて、超特殊な素材を扱わない限りプレイヤーに頼むのが主流になっている。

 ただし、プレイヤーメイドでは鉱石の傾向によりある程度の造形の傾向を固定できるが、それ以外は完全ランダムになる。

 俺にはセクメト戦の報酬で得た形をコピーして性能をその形に合うように配分しながら武器となる武器の素がある。

 店売りの直刀はそこまでいい形ではないので今まで温存していたのだが、自由に形を決められるというのならちょっとお邪魔しに行きたくなる。

 やはり、アルゴの情報屋としての腕は頭一つ抜けているな。

 他にも鉱石を割り増しで買い取ってくれる回数、個数無制限のお得クエストなんかもあるらしい。

 川の底から拾い集めた中に鉱石は結構あったはずだし今度行ってみようかな。

 そう言うとアルゴは案内を申し出てくれて、明日デートすることになった。 

 因みに、以前アルゴと結婚したので財布が共有となり情報代は発生しなくなっている。

 稼ぎは狩りに出ている俺の方が多いが、アルゴは本来コルで買えないものを持ってきてくれているし、二人とも財布の紐は固めのようなのでコルは溜まる一方だ。

 景色がいいところに家でも買ってみたいな。




武器の素とかいう便利なアイテムを作った過去の私を評価すると同時に便利すぎるのでぶん殴りたくもある。

一番悩んだのはプタハから貰う装備です。
結果睡蓮の髪飾りに。


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NPCとプレイヤーの違いはお互いの要望を叶えあえるところにあると思う

デート回(甘さ控えめ)


 アルゴと街を歩く。二十一層の街は俺がパッと見て決めつけたとおりに賑やかな街だった。

 街のあちこちでカンカンと鉄を叩く音がして、NPCの呼び込みの声。

 今改めて考えてみればSAOはすごいな。

 この規模の街を少なくとも百個は同時に維持しているのだから。

 NPCの家や、売り家となっていて入れない建物も多くあるが、表通りの店は数十店あり、その全てで買い物ができるのだ。

 その品ぞろえも統一されている訳ではなく、同じジャンルの店でも微妙に品ぞろえが違うのだ。

 その一店一店を覗いて品ぞろえをメモしていく。

 アルゴは昨日も一通り見たらしいが、日によって品ぞろえが違わないか、値段が違わないかなどを確認しているそうだ。

 ウィンドウショッピングにも思えるがその本質は情報収集。デートの内容としては酷いかもしれないが、これが結構楽しい。

 様々なジャンルの店に入ってその店ごとの内装を確認する。NPCも昔のゲームのような固定応答しかしないものでは無いのでアルゴとNPCの駆け引きのようなものも見ることが出来る。

 とは言っても中に人が入っている訳では無いので特定のワードを盛り込んだ会話をすればよさそうなのだが。

 何回かその駆け引きを見て俺でもできそうだと思ってやってみればまともな駆け引きにならず商品を買わされたりもした。

 アルゴに言わせればワードだけではなく、仕草や、特定のタイミングで特定のものに触るなどが必須らしい。

 酒場の地下にある秘密基地に入るための符牒みたいだなというと、その通りだと返された。

 アルゴがかわいいから店主も駆け引きを甘くしてくれてるみたいなことはないかと聞いてみれば薄らと頬を染めて腕に抱きついてきて赤くなった顔を隠すように腕に押し付けてくる。

 

 鉱石買取NPCのところにたどり着くと、共有となったストレージを覗いて少し考えた後に二割ほどを残して売り払うアルゴ。

 残した鉱石はここよりも若干高く買ってくれるフリーの鍛冶師に売りに行くそうだ。

 NPC売りというのはコルしか産まないが、職人売りはお互いに欲しいものが手に入れられて、さらに職人側の熟練度も上がるといういいことずくめの売買だ。

 このまま職人の方に行くかと思ったが、流石にデザイン武器を作りに行くから武器は買いませんなんてことになると怒られるらしいので先に作りに行くとのこと。

 俺の武器は十八層の店売り――それ以降の階層では直刀は売られていないしクエストも発見されなかった――なので、買い替えを勧められるだろうとの判断だ。

 

 デザイン武器のNPCの元へ。このデザイン武器は戦闘用にも使えるが、その本来の使用用途は店を飾り付けたりするような装飾用だぞという説明をNPCにされて武器を作り始める。

 

 基礎はもちろん直刀。持ち手は刃の幅と同じくらい。両刃で先は刺突もできるように尖らせて……。

 ん? 装飾用だからか持ち手側に穴が空いていてそこに糸状のものを通してアクセサリーを括りつけられるのか。

 確か余ってる勾玉があったよな。敏捷を上げるやつ。バステトの勾玉と比べて月とスッポンだったのでストレージの底に放置していたやつだ。

 取り付けてみるか。ないとは思うが勾玉のステータス効果が付いたら儲けだし。

 こんなものでいいかな。軽量化しすぎると耐久値がボロボロになりそうだし。

 ああ、刀身の長さを少し長めにしておこう。今使っているのは少し短く感じてるからな。

 重心が変にならない程度に長ければちょい当て離脱が楽になる。

 他には鞘のデザインもあるのか。

 直刀は西洋剣と違って鞘が付いているのだが、その鞘のデザインは全て同じなんだよな。

 それがデザインできるとなると結構面白くなってきた。

 どんなものにしようかな。とりあえずベースの色は黒かグレーかな? 派手目にすると多分ハイドレートに影響が出る。

 ベースに黒で暗めのグレーでウジャト眼でも入れてみるか?

 いや、流石にないだろ。バステトの印みたいなのはなかったかな。

 うーん。エルダーサインくらいしか思い浮かばない。

 普通に猫でいいか。アルゴの方をちらっと見て思いつく。猫が鼠をくわえている絵にしよう。

 ベースをアルゴが使っているフードマントの赤茶にして、黒猫と鼠だ。

 もう片面には猫の額に座っている鼠の絵と。こんな感じでいいか。

 

 最後に一通り確認して問題がないことを確認、決定ボタンを押すとNPCがそれじゃあ作ってくるぞと言って別室へ行く。

 五秒後、俺がデザインした鞘とそれに収められている直刀を持って帰ってきた。

 武器のステータスを見れば、その数値は高くないものの、配分はかなりいい感じだ。これなら武器の素に形をコピーさせる意味はあるだろう。

 持ち手の穴に通した紐に勾玉をつけて武器の素を使用する。

 武器の素は形を変えて俺がデザインした武器と同じ形になった。

 

 ステータスは結構高めだ。武器の素がボス報酬だったからか、セクメトから落ちたから【猫神の加護】による強化が働いているのかは分からないが、それはレベルが上がっていって【猫神の加護】による強化が強くなれば分かるだろう。

 

 コピーの元となった戦闘力が低い直刀をストレージにしまう。いつかマイホームを作った時に飾り付けに使うとしよう。

 

 店を離れて鉱石を売るために鍛冶師の元へ行く。

 ギルド専属ならギルメンが集めた鉱石を武器にして売ることで若干の赤字になることはあっても熟練度を上げながら金を稼ぐことが出来るのだが、フリーの鍛冶師だと話は違ってきて、鉱石は買うか自分で取らないといけないし、取りに行くなら戦闘技能も必要とかなり大変なロールだとおもう。

 そんな茨の道を行く鍛冶師がどんなやつなのか、ちょっと気になるな。

 

 

 アルゴに案内されながら鍛冶師の元へ移動する。

 その移動の際、俺の左腰に下げられた直刀の鞘をチラチラとアルゴが見ているのがわかる。

 アルゴの方を向いている面はどっちだったかな。

 多分鼠が猫の額に座ってる絵の方だったと思うけど。

 

 少し歩いてたどり着いたのは鍛冶場。一応宿にもなっているらしく、泊まっている場合は鍛冶場を割引料金で使えるとか。

 

 どんなデカブツが出てくるかなと思っていたら、予想に反して出てきたのは地味ながら結構な美少女であった。

 エギルみたいなのを予想していたギャップでビックリした。

 少々見惚れていると、アルゴに脇腹を小突かれる。

 

 リズベットと名乗った少女はとりあえず入んなさいと中へ迎え入れてくれた。

 ソファーに座るように促されて要件を聞かれる。

 まあ、俺はしばらく座っていてよさそうだな。

 トントントンと話が進んでストレージから鉱石が消えて代わりにコルがふえる。

 リズベットは結構喜んでアルゴにお礼を言っている。

 この層で今のところ発見されている鉱石の中では最高級の素材らしい。

 売りが来ないと思いながらもダメ元で買取を出してみたらかなりの量が来ておお喜びってことらしい。

 

 その後アンタだれ? って話になって俺は自己紹介をする。一応攻略組だというと攻略組の得物を見てみたいというのでさっき作ったばかりの直刀を渡す。

 鑑定をしてそのステータスを覗くとびっくり仰天のリズベット。

 なんでもこの前見たボスドロップの細剣より総合ステータスが高いらしい。

 片手剣と細剣という違いはあるものの、同ランクの場合の総合ステータスはほとんど同じなのでこの剣はボスドロップ以上だということになるらしい。

 

 となると、【猫神の加護】が効いているかな。最近の細剣のボスドロップは十九層だったと思うし、武器の素は十八層のボスドロップだ。

 流石に一層上のボスドロップを素で抜いているということは考えにくいからな。

 【猫神の加護】が効いているこの剣は折らないように気をつけよう。

 あと、NPC修理だと三割くらいの確率で最大耐久度が低下するから腕のいい鍛冶師を探さないとな。

 ついでにこの直刀と同じ規格のものを打ってくれる鍛冶師もだな。

 ボス戦だと耐久度足りないってこともありえるし。

 

 考えが口から出ていたのか、はいはーい! と立候補してくるリズベット。

 ところで、俺の考えはどこまで漏れていた? 【猫神の加護】はまだ知られてないと嬉しいが。

 アルゴに目で問いかけると大丈夫だと返ってきた。

 

 なら一安心。俺の返事が遅れたからかちょっと心配そうな顔をするリズベット。

 俺が腕を信用していないと思ったのか最高傑作だという剣を見せてくる。

 ステータスを見てみれば、今日アルゴと回った店においてあった剣よりステータスが高い。 

 これを作るために使ったのは二十層の素材だというのでその腕は確かだろう。

 

 ひとつ頷いてよろしくと右手を差し出す。

 その後は細やかな内容の決定をする。

 

 まず、俺が入手したレア度が特別高くない鉱石は全部タダで卸す。

 これは俺が言い出したことで、レア度が高いものも卸そうと思っていたのだが流石に悪いということでこうなった。

 代わりにリズベットは俺の剣を無料で修理する。また、俺が無料で卸した鉱石である程度直刀を作ってこちらへ送る。

 

 ほかにも本当に細々としたものもあるが、大体はこんな感じだ。

 俺は鉱石を売りに行く手間が省けてリズベットは仕入れに必要な金と時間が減る。

 リズベットの熟練度が上がれば俺に回ってくる直刀が強くなって他の商品の売値も上がる。

 

 お互いにメリットしかない取引だ。

 

 その後は俺とアルゴの関係をネタに昼ごはんを食べて解散となった。

 

 アルゴもこれから用があるみたいなのでデートは終わり。俺も新しくなった得物の試し斬りに行こうかな。

 




まだ髪を染めてなくてフリフリを着ていないリズ登場

ぶっちゃけリアルでリズ並みの女の子がいたら学年じゃなくてクラスの男子の注目を集めるくらいはあると思う。

MOREDEBANにもある程度焦点を当てていきたい。

次は二回目クリスマスまでとぶかもしれません。
そうなった場合はキリトくんがアスナと決別していて黒猫団のトラウマを背負っているというかなり悲しい状況になります。


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クリスマスボスをクリぼっちで倒す必要なくない?

一気にクリスマスへ。



 SAO開始から一年と少し、あと一週間もしないうちにあるクリスマスイベント。そのフラグボスに向けて攻略組の多くが攻略を後回しにし、フラグボスへ向けてのレベリング、情報収集などを行っている。

 俺とアルゴの関係はこの一年でさほど変化はなかった。 

 アルゴのバーストニウム補給機関とやらがバージョンアップされ、アルゴが寝る前に帰宅できれば平気になったくらいか。

 俺とアルゴの関係性が変わらなかったとはいえ、SAOでは多くの事件が起きた。

 二十五層でギルド一つでボスへ突貫し、多数の死者を出したアインクラッド解放隊は第一層で始まりの街に残ることを決めた者達を助けるためのギルド、MTDと合併し、アインクラッド解放軍と名前を変え、攻略組から退いた。

 その後、二十三層から攻略組に参加してきたヒースクリフ(茅場晶彦)率いる血盟騎士団がその後釜に座る。

 新興のギルドではあったものの、GM特権か、ユニークスキルと呼ばれる【神聖剣】を使った鉄壁のヒースクリフ、それが率いる少数精鋭たちを差し置いてトップギルドの席に座れるギルドがなかったのだ。

 また、俺はヒースクリフの戦いぶりを見てセクメトの中に入っていたのが茅場だと改めて認識した。

 そして、血盟騎士団の勢いに負け、トップギルドの座から引きずり下ろされかけていたリンド引きいるDKBはトップに固執するプレイヤーが離反し、別の大型ギルドへ合流、名前を聖龍連合と変え、レアアイテムのためならば一時的にオレンジになることも厭わないと言われるほどの暴力的なギルドとなった。

 一方、それを望まなかったリンドたち少数派は、中層プレイヤーの補助をするギルドとなったようだ。

 キリトとアスナちゃんの関係も変化し、二十五層前後で関係性が変わり、アスナちゃん、否。アスナ様が血盟騎士団のサブマスとなったことで完全に縁が切れたように思える。

 攻略会議でも以前のような会話はなく、あったとしても二人の意見が激突する口論のようなものだけだ。

 二人が離れたからか、アスナは攻略を急ぐような鬼軍曹と化したし、キリトは一時期穏やかな雰囲気に戻ったものの、六月末くらいからレベリングを急ぐようになった。

 クリスマスボスの話が噂されるようになってからはそのレベリング速度は向上し、狩場が限られて狩れる敵も限られるソロのくせに恐らく攻略組トップとなっているだろう。

 アルゴがいうにはソロでクリスマスボスを倒そうとしているとかいないとか。

 

 俺のアルゴ以外の人間関係といえば、キリトとアスナとは基本的に連絡は取らなくなった。

 リズベットとは未だに取引の相手として宜しくさせてもらっていて、リズと呼ぶお許しが出たのは先月の話だ。また、リズはアスナとの交友があるらしく、アスナの話はソコソコ入ってきている。

 キバオウとは二十五層を境目に一度も顔を合わせたことはなく、リンドともDKBが解散となってからは顔を合わせたことは無い。

 キリトと面識があるという共通点を持った風林火山のクラインや、イカついマッチョのエギルとはお互いに知り得たキリトに関する情報をやり取りしてキリトが壊れないように気を使っている。

 尤も、キリトの情報を提供してくれるのは大体がエギルなのだが。

 俺も制限をとっぱらえば色々話すことが出来るのだが、その大体はアルゴ由来。

 つまりアルゴの商売道具なのであまり話すことは出来ないでいた。

 リズに卸す鉱石以外は全てエギルに卸していて、エギルからはお前が素材を売りに来るとコルが無くなるから纏めてではなく定期的に来いと言われているくらいだ。

 

 俺個人といえば、未だにソロで活動し続けている異端児としてキリトとともに槍玉に挙げられることが多い。

 いつだったかは忘れたが、聖龍連合や軍のオレンジまがいの行為の噂が聞こえてくると同時に、俺は自衛のため、目の前の悪行を止めるためならば殺人も厭わないと宣言した。

 尤も、今まで殺人はしたことがないし、俺の宣言で聖龍連合と軍、オレンジプレイヤーたちの行動が抑制されたかは完全に未知数だ。

 血盟騎士団が同じ宣言をしてくれれば確実に効果があるだろうが、今のところ攻略以外には目を向けない方針らしいので望み薄だ。

 他といえば装備の新調や、レベルアップにおけるスキルスロットの増設での変化くらいだろうか?

 現在のスキルは以下の通りとなっている。

【片手剣】【猫神の加護】【精密動作】

【軽業】【インカーネイト・オーバーライド】

【体術】【隠蔽】【索敵】【急制動】

 

 【隠蔽】と【索敵】は装備により有効化されていたのだが、熟練度五十ごとに有効化できる拡張機能が有効化できていないことに気づき、慌てて取得したものだ。

 【急制動】はエクストラスキルの一つで、取得条件は恐らく素早く動き続けることだと思っている。

 効果は止まっている状態から百パーセントの速度までの加速、百パーセント状態から止まること、剣の切り返しなどの急に動きを変える動作は基本的にやりづらかったり無理だったりとなっているのだが、その制限を取っ払う事が出来るものである。

 おかげでよーいどんの瞬間から百パーセントの速度を出せるし、ゴールラインを切った瞬間に止まることも出来る。

 フェイントの動作も常に百で動けるので基本的に見抜かれることもなく、AIのレベルが上がってきた今でも十二分にソロでやれている。

 剣の切り返しは手数を向上させたし、他に解除された制限も有用である。

 

 また、封印の酒壺で熟練度が上がったままの【疾走】を保存しているのだが、交換するスキルがなく取得が後回し後回しとなっている。

 

 装備の方はとりあえず一式【猫神の加護】による強化が行われる装備を揃えることが出来た。

 その重量は布製、防御力は軽金属未満といったところの防具たちと、アホみたいな係数のリジェネにより、攻略組の浮沈艦と呼ばれ、ヒースクリフだけでは盾が足りない時には盾をやらされることもある。

 申し訳ないが俺は【武器防御】を取得してないし、直刀はまともに受け止めると折れかねないのでヒースクリフ以外のメイン盾が出てくることを祈っている。

 昔はタンクやりてーなーなんて思っていたが、タンク歴二ヶ月、敏捷ファイター歴一年以上となった今ではタンク欲はなくなったと言ってもいい。

 

 俺のペットのような神様であるバステトは、攻撃手段こそないものの、サポート役としてはこれ以上ないほどであり、中層にいるフェザーリドラよりも優秀だと言われている。

 バフの効果量も高くなっており、おそらく俺が【インカーネイト・オーバーライド】を取得したばかりの全乗せ倍加あたりならばバステトにバフをかけてもらうだけで達成しているのではないかと思えるくらいである。

 【インカーネイト・オーバーライド】も熟練度があがり、冷却期間と効果発揮中の倍加効果が向上した。

 そう言えば、一時期取得可能スキルリストに【二刀流】が表示されたことがあり、欲しかったのだがスキルスロットの枠がやりくりできずに見送っていると、いつの間にか消滅していた。

 恐らく別の誰かの所へ行ったのだろうと予想をつけている。

 

 現在俺は、キリトがソロでボスへ挑むようならそれに加勢できるようにレベルが上がったことでその倍率も高くなった特攻を頼りにその立地の悪さ、出現する敵のめんどくささから敬遠されている幽霊屋敷でレベリングをしている。

 朝から晩まで十八時間ほどぶっ通しのレベリング。

 これを一週間ほど続けている。最初の頃は疲労でぶっ倒れそうになったりもしたが、もう慣れたからかそこまで疲労を感じなくなっている。

 

 キリトは恐らく蟻塚でのレベリング。

 一体一体の経験値効率はあちらの方が上だろうが、こっちは一体倒したら二体になるという敵が相手である。

 本来はしっかりした対応をすることで分裂を防ぐのだが、それを行わずにプラナリアのように増える敵を倒しているおかげか、レベルの上がり方がかなり良い。

 あと一日か二日あれば確実に七十五に乗るだろうという速さだ。

 キリトのレベルはまだわからないが、きっと七十五には乗っていないと信じたい。

 もし俺の方がレベルが低ければ加勢の意味がなくなってしまうからな。




自分のことを棚に上げてキリトくんのレベリング効率がおかしいというバーストであった。

攻略組トップギルドの移り変わりとか間違ってないですよね?


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サンタさんは絶望のクリぼっちが撃破する。

ちょい短め(2500)


 イブ当日。キリトはやはりクリスマスボスをソロで倒そうとしているらしい。

 今日の夜にボス出現ポイントへ行き、日付が変わると同時にボスを倒すつもりなのだろう。

 アルゴには悪いが、イブのお祝いはなしだ。

 今日も朝から夕方までレベリングを続行する。

 それから数時間寝て日付が変わる前にボスの元へ向かうとしよう。

 俺のレベルは現在七十九。ひとつ上げればスキルスロットが増設され、封印の酒壺に入れてある【疾走】を有効化することが出来る。

 キリトとコンビでボスを攻略するという前提でなら【武器防御】が欲しいのだが、流石にボスに通用するほどの熟練度は稼げないだろう。

 まだ眠っているアルゴの頬にキスをしてメッセージで書き置きをしてから宿を出る。

 さあ、分裂モンスターは何体倒せるかな。

 

 

 時刻は夜。キリトは【隠蔽】のスキルでフレンド追跡をされないようにしているようだが、俺の索敵スキルはこの一週間でコンプリートされた。

 分裂モンスターの中心にいたから上がり方がおかしかったんだよね。

 よってその追跡防止策は無効。キリトがいるのは三十五層。となるとキリトがボスが出ると睨んだのは迷いの森か。

 迷いの森といえば巨大な木があったし多分あそこだろう。

 それじゃあ俺も行くとしますか。

 

 転移門から三十五層へ転移し、レベルが八十になったことにより開いたスキルスロットに嵌められた【疾走】のおかげで普段よりも速い速度で走る。

 入り組んだ森の木々は【急制動】によってしっかり躱していき、迷いの森が迷いの森と言われる所以の区画移動が起きる前に中心部へ向かって移動する。

 巨大な木の根元についた時はまだキリトはいなかった。

 遅れてやってきたキリトは呆れたようにため息をついてからお前も止めに来たのか? と尋ねる。

 ここでYESと答えて止まってくれるようならばクラインとエギルが困るわけもなし。

 俺はボスを倒しにきたんだよというと、キリトが譲ってくれないかと頼んでくる。

 蘇生アイテムならやるから二人でやらないかと言ってみるが、キリトは一人でやることに意味を見出しているようだ。

 

 俺にはキリトの気持ちは分からないが――大量のプレイヤー反応だな。キリトがつけられていたかここをボスの出現場所と睨んだ奴がいたか。

 まあどちらでもいいか。

 俺にはキリトの気持ちは分からないが、キリトがそうしたいならそうさせてやるべきだろう。

 キリトの戦いを邪魔させないために俺は外のヤツらを止めておくと言ってキリトにパーティー申請を送る。

 

 キリトはノータイムで拒否を押してくるが、お前のHPがイエローに入ったら問答無用で加勢する。先に来ていた俺がお前にボスを譲る条件だ。

 というと、二度目の申請を受諾した。

 足止めの奴らは先客がいると言っても引かないようなら適当にふんじばってやればいいだろう。

 クラインたちのギルドも来ているみたいだしあいつらと協力すればなんとかなるかな。

 

 

 結論からいえば、キリトは一度もイエローにならずボスをソロで突破した。

 時間こそかかったがそれは本来レイド用コンテンツであるボスにソロで挑んだのだから仕方が無いだろう。

 

 わらわらと集まってきていたのは指定暴力団、もとい聖龍連合。

 フルレイドでやってきた彼らは先客など知ったことかと俺が引いた線を跨いできたので適当にふんじばってやった。

 アペプの鎖がかなり役に立ち、範囲無限、耐久無限、ダメージなしの範囲攻撃を振り回すだけで行えたため、俺がオレンジになることなく相手を全員昏倒させることが出来た。

 まあ、振り回すのが楽しくて適当に戦っていたら攻撃をしてきた聖龍連合の一名がオレンジになったためいつかの宣言通りに攻撃したら、最近レベルを上げすぎて、さらにオレンジへの特攻が付いているからか一撃でレッドゲージまで削ってしまったが、殺してはいないしそのおかげで戦意喪失させることが出来たので問題は無いだろう。

 

 彼らをレベリング途中に何個か入手した回廊結晶で主街区に転移させたあとは入口でキリトの戦いぶりを眺めていた。

 ちなみに、回廊結晶は一定階層以上の全ての敵が低確率で落とすものである。

 そのため中層プレイヤーが一攫千金を狙うことが出来たりするアイテムだ。

 転移場所に赴き、転移場所を指定するコマンドを使うことでそこへ集団転移できるアイテムなのだが、未指定の場合は主街区となる。

 

 キリトの戦いぶりを見ていると、気づいたことがあった。

 なにか、左手が物足りないのだ。まるで、今までは左手に何かを持って戦っていたことを思わせるような動きだ。

 無意識的にだろうが、左手の存在しない剣を振ろうとするような動きが僅かに見える。

 クラインたちは気になっていないようだし、【二刀流】の存在を知っている俺だから気がつくことが出来た違和感だろうか?

 俺の元から消えた【二刀流】がキリトのもとへ回っていたとすると、どのような条件なのだろうか?

 

 ゲージごとに攻撃パターンが増えてくるボスに苦戦したキリトだったが堅実な立ち回りでボスを攻略し、あとに残ったプレゼント袋を漁ってひとつのアイテムを手に取ったあとに崩れ落ち、精神的な柱を失ったような雰囲気で俺たちに蘇生アイテムの詳細を話して転移結晶を割って帰っていった。

 

 ……。まず、残ったアイテムどうしようか。蘇生アイテムはここに残ってるし、プレゼント袋もここに残っている。

 俺一人では運びきれないし風林火山のメンバーに頼んでエギルの店に運ぶか。

 今度キリトに渡してもらえばいい。

 

 エギルへ頼むメッセージを送る際、宛先選択でアスナの名前を見つける。

 昔、アスナに“柱”について話されたことを思い出す。

 アスナの本質が変わってないことを期待して現在のキリトの状態を記したメッセージを送った。

 

 アイテムの運搬の話をクラインにすると、キリトを心配してないのかよと言われたが、それにはとびっきりの人を送ったと言ってアイテムを運ばせる。

 

 あの二人の仲が回復すれば、攻略組の華に憧れて攻略をしているヤツらの士気は下がるだろうが、昔のふたりを知っている古参連中は士気がある程度上がるだろうし、今の攻略組のピリピリした雰囲気もどうにかなるだろう。

 

 エギルの店にアイテムを運んだらしばらく狩りをするのは休憩かな。

 クリスマス、正月と攻略ペースが落ちるだろうし、何より最近戦いすぎてアルゴに構ってやれてない。

 逆に俺がアルゴニウム不足になりそうだ。




キリトのレベルを10も上回るバースト、攻略組レイドを実質一人で無力化するバースト、キリトの無意識的な行動理由を推察するバースト、キリアスの仲をどうにかさせようとするバースト。

オリ主TUEEEEのタグが大活躍する一話でした。


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男の嫉妬とか七分殺しくらいにする理由にはなるらしい。

今回はかなり賛否が別れると思います。
今回の展開で少なくとも二件は事件がなくなりますし。
茅場の行動にも違和感を感じられるかも知れませんが、全ては私の都合です。あいつらを書くの難しいねん(本音)


 年末のアルゴの最後の仕事に付き合い、年明けは布団の中で丸くなったり日向ぼっこをしたりとデスゲームの中での出来事とは思えない十数日を過ごした俺たちは、一部の攻略ガチ勢たちの活躍でボス部屋が発見され、情報も剥がされるのと同時に休暇を終わらせた。

 

 大晦日にはレッドギルドと名乗るギルドが立ち上がったが、その翌日、たまたま居合わせた俺とヒースクリフに黒鉄宮送りとされた。

 たまたま俺とヒースクリフ……ここは茅場と言った方がいいか。俺と茅場が話しているすぐ近くでレッドギルドが殺人事件を起こしていて、そこから逃げてきたプレイヤーが俺と茅場の密談の場に乱入、それを追ってきたレッドギルドメンバーが追いついて殺害。

 レッド連中はまさかこんなところにお前らがいるとは思わなかったとテンションをあげて俺たちに飛びかかってきた。

 茅場はかなり大きなため息をついた後に左手を操作し、そこにいるメンバー全員を麻痺状態にした。

 茅場は本当に不本意なのだがと言ったあとに回廊結晶をこちらに投げ渡して「あとは分かるね」と転移していった。

 ……聞かれていると困るもんな。まさか攻略組トップギルドのギルマスが茅場だなんて。

 その後はギルマスと思われる奴の右手を動かしてギルドウィンドウを表示。

 そのメンバーリストに乗っているメンバーがここにいる全員と同じ数なのを確認したあとに回廊結晶で黒鉄宮行きのゲートを開いて投げ込んだ。

 

 

 攻略会議の場ではもう休みは終わりかという顔をしている奴らが三割、もっと働けという顔をしている奴らが二割、なんであいつがという顔の奴らが四割、残りの一割はやっとか。と言った顔だ。

 

 “あいつ”とはもちろんキリトのことで、キリトは椅子に座らされておりその後にはアスナが立っている。

 昔そのものとは言えないが、今までと比べれば雲泥の差だ。落ち込んでいたキリトも吹っ切れたとまではいかないもののある程度は復活しているようだ。

 どうやら攻略の鬼と呼ばれていたアスナは、一週間ほど攻略を休んでいたそうで、その間にキリトのそばに居続けたらしい。

 攻略の場でも攻略の鬼としての顔とキリトのパートナーとしての顔半々であり、アスナの立ち位置に苛立つ血盟騎士団のストーカーみたいな顔をしている両手剣使いが、おそらく今のアスナに言ってはいけないであろう言葉ナンバーワンを叩きつける。

 

 “薄汚いビーター”それがアスナの堪忍袋の緒を切った言葉だった。

 お嬢様然としているアスナだが、彼女の沸点は意外と低い。

 キリトの凄さを語り始め、最後には「わたしがここ(血盟騎士団)に入るまでの半年近くはこの人とコンビを組んでいたんですからね」と締める。

 

 クラディールと呼ばれた男は鉾を収めるわけでもなく、その先をキリトに向けると決闘を申し込む。

 キリトはアスナにアイコンタクトを行い、アスナがそれに頷いた結果、攻略会議初のデュエルが開始された。

 

 興味無さそうにしながらも内心でキリトを応援するやつらと血盟騎士団を初めとしてクラディールを応援するやつら。

 キリトの完全アウェイだと思いきや、ギルメンなんか気にしないとばかりに大声でキリトを応援するアスナ。

 キリトはひとつため息をつくと意識を切り替えて勝ちを目指す顔になる。

 あの顔ができるってことは大丈夫だろう。

 クリスマスボスを倒した後のすべてに絶望してそうな顔をしていたやつができる顔ではないからな。

 

 デュエルが始まると同時、二人が真っ直ぐに距離を詰める。

 正面からぶつかった場合、力で勝る両手剣のクラディールが勝つと思われたが、キリトのレベルはそんなもんじゃない。

 仮にクリスマスから今まで一度も戦っていなかったとしてもそのレベルは高く、その戦闘技能は骨の髄まで染み込んでいた。

 

 上から振り下ろされる両手剣の力を巧みに逃がし、剣を合わせて弾き飛ばすと、返す刃でクラディールを切り裂いた。

 初撃決着であったものの、クリティカルで入ったキリトの攻撃はクラディールのHPを大きく削り、ギリギリイエローに入る程までダメージを与え、勝者を告げるWINNER表示がキリトの上に浮かぶ。

 

 アスナはぐっと拳を握ってキリトの勝利を喜ぶと、クラディールにサブマスとして謹慎を命じる。

 理由は同じ攻略組のメンバーに暴言を吐いたこと、あまつさえ周りの迷惑を鑑みず決闘を挑んだこと。それにより、ボス攻略における信頼関係を維持するため。というものだった。

 ツッコミどころはある。周りの迷惑とかほとんど迷惑に思っていた奴はいないし、決闘を許可したのは誰だっけ? とかその決闘でキリトを応援してたのは誰だっけとか。

 それでもアスナの言い分は尤もで、今のクラディールはボス攻略でキリトの背中を刺してもおかしくないと思えるほど憎悪で歪んでいた。

 クラディールはわかりましたと呟いて転移結晶を割ってこの場から立ち去った。

 

 アスナはうちのギルメンが失礼しましたと謝ってから攻略会議を開始した。

 

 

 ココ最近のボス攻略では一番の苦戦の果て、一応死者ゼロでボスの討伐に成功した。

 苦戦した理由としてはみんな休憩していたために、戦闘のカンが鈍っていたからだ。

 誰かが座り込みながらこれからは長期休暇は取らないようにしようと呟く。

 誰も声を上げないが、内心で頷いているやつがほとんどだろう。

 

 アスナが立ち上がって手拍子をする。分配の時間だ。

 自然とみんなが立ち上がってアスナの周囲5メートルほどにあつまる。

 

 ……あんなやついたか?

 血盟騎士団のタンクはヒースクリフを除きフルフェイスの重鎧を着込んでいる。

 なので名前が見えない以上判別はしにくいのだが、その得物と動き方が明らかに違った。

 

 両手剣を持ち、HPはMAX、移動するならば一直線にアスナの元へ移動するはずの足はふらふらと何かを探すように揺れている。

 

 俺がその正体を看破し、行動に移した時にはもう遅かった。

 そいつは走り出し、一人のプレイヤーに両手剣で切り上げるように攻撃を加えていたからだ。

 それを見た俺は今回のボス戦では使う機会がなかった【インカーネイト・オーバーライド】を起動し、【急制動】でスタートしていた。

 武器での攻撃では恐らく殺してしまうので下手人の目の前で止まると同時に回し蹴り。

 下手人は吹き飛んでボス部屋の壁にぶつかるとスタンのデバフを受けてHPバーを三割まで減らした。

 切られたプレイヤー――もちろんキリト――のHPはギリギリレッドで留まっているのでセーフだな。

 基本的にボス戦を終わらせたあとにはHPが減っていても比較的安めのポーションでHPを回復する。

 もうこれ以降戦うことは無いのだから高いポーションや結晶を使う必要性がないからだ。

 そのせいでギリギリグリーンだったキリトのHPは半分ほど削られて残りわずかとなっていた。

 

 金属鎧が壁に激突する音でようやく異常に気が付いたメンバーは、一斉に下手人の方を向く。

 その惨状を目の当たりにした彼らは目をそらすようにこちらを向いて、キリトのHPバーが赤く染まっていることに気づき、続いて隣に立っている俺のカーソルの色を確認し、再び下手人のカーソルの色を確認する。

 

 とりあえずスタンが解けて転移結晶で逃げられると面倒だし動きがあったら攻撃できるようにしておこう。

 【急制動】を使わないで下手人の元へ移動する。

 

 このまま回廊結晶で黒鉄宮送りにしてもいいのだが、一応答え合わせをしておきたい。

 クラディールの影響を受けたやつでしたなんてなったらクラディール本人にキリトが闇討ちされかねないし。

 

 スタンしていてうなだれている下手人の兜を剥ぐ。本来想定されていない外され方だからか、HPが減るが関係ない。

 そのHPが赤く染まる直前に兜を剥ぎおわり、中から出てきたのはクラディールでした。

 ポーチを遠くに蹴り飛ばしてコートも剥ぐ。これで結晶の隠し場所はないだろう。

 胸を踏みつけてキリトの横にいるアスナを呼ぶ。

 これはギルドの問題だからな。

 

 最終的にクラディールは黒鉄宮送り、血盟騎士団は内部を見直すことに。

 アスナはキリトへの詫びとして内部調査が終わるまでの期限付きでキリトへ貸し出された。

 

 俺はいつかの宣言が嘘ではないと以前打ちのめした聖龍連合のメンバー以外にも知らしめ、若干攻略組のメンバーから距離を取られることになった。

 




お気に入り1000件に気が付きました。
1000件記念になにかした方がいいのだろうか?
以前ベータ時代のものを書くと言いましたがなかなか辛そう。
かといってアルゴとの絡みは今回の頭のように○○した。で終わりになりそうだし……。
次の投稿までに匿名解除して活動報告アンケするか考えておきます。

さいごに。
ぷーさんごめんなさい。流石にGM権限には勝てなかったよ
私としてはラフコフきらいではないですがその活動方針がうまく理解できないためまともに書くことが出来ないのです。


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犯罪者も攻略組も天秤の針がおかしいのは同じだ。

活動報告アンケしてもどの道書けなさそうなので匿名解除は見送りました。
なにか思いついたら1000件突破~とか1100件突破~といって投稿しようと思います。

これからもよろしくお願いします


 二月下旬、俺はある目的のために迷いの森に来ていた。

 クリスマスの時とは違い、雪は完全に融けている。

 迷いの森専用の地図を見ながら一エリア一エリアを洗っていく。

 洗うといっても結構雑だ。エリア中央で【索敵】の拡張機能で範囲が向上したサーチングを行うだけだ。

 俺は追跡のような便利機能の取得が少ない代わりに看破ボーナスと索敵範囲向上の取得数が多いのでできる探索手段だな。

 

 三つか四つめのエリアで恐らく目的の人物だろう反応を見つけた。

 何故かソロで活動してるし、複数のエネミーに囲まれている。

 なんとなくやばそうだし急いだ方がいいかな。

 着いて平気そうなら手を出さなければいいし。

 

 いつかのように【急制動】で木々を避けながら移動すると、完全に追い込まれた少女の姿が。

 ほんの少しの思考の後、彼女を助けることを選択。

 俺のレベルはこの層プラス五十ほどあるので余裕のワンパンで三匹のゴリラを倒し、少女に声をかける。

 

 ありがとうございます。と言われるが、俺にその言葉を受け取る権利はない。目的のために少女のテイムモンスターを見殺しにしようとしたのだから。

 まあ、まともな考えができる人間ならば必死に主を守ろうとするテイムモンスターを見殺しになんかできなかったってことだな。

 

 一応少女に話を聞く。

 ロザリアという女とパーティーを組んでいたこと、分配で揉めて飛び出してきたこと。

 一応パーティーを組んでいたのは知っていたのでただの確認だが。

 

 さて、どうしようかな。助けたお礼に頼みを聞いてほしいとか言ったら確実に勘違いされそうだし。

 うーん。まあここで言ってみるか。

 

「俺はあるオレンジギルドを壊滅させるために君を助けたんだけど、良かったら協力してくれないか? もちろん絶対的に安全とは口が裂けても言えないけど俺の神様に誓って君を守るから」

 

 オレンジギルドという言葉に顔を青くして協力という言葉に首を傾げ、安全ではないという言葉に再び顔を青くして守るという言葉に安心したような顔をする少女は、少し考えたあとに「よろしくお願いします」と協力を申し出てくれた。

 

 とりあえずここで長いこと話しているとオレンジ連中に聞かれる可能性もゼロではないし、どっかで座りながら話そうと言うとオススメの店があると言う少女。

 森を出たらそこに行くことを約束して森を出るために移動を開始――する前に。

 

「オレンジギルドを釣るためにレアアイテムを利用したいんだ。その為には君のテイムモンスターがやられてしまったと奴らに思わせるのが一番だからその子を隠したいんだけど」

 

 何か方法はある? と聞いてみる。

 

 指先を顎に当てて少し考えた少女は服の中に隠すとかですかね?

 と笑いながら言った。なんか、純粋すぎて眩しい。

 ないなら、と俺には必要ない――俺以外のビーストテイマー垂涎の――アイテムをトレードウィンドウを開いて送る。

 いつか話したテイムモンスター用のモンスタ○ボ○ルだ。

 装備部位は指で、指輪に宝石類が付いている場所には平べったく、小さな鏡がついている。

 鏡からテイムモンスターを出し入れするらしい。

 俺にはバステト専用の勾玉があるから完全にいらないな。

 指輪と違ってステータス補正もあるし。

 

 

 少女はこんなレアアイテム受け取れませんと言うが、作戦のためには必要だ。というと渋々トレードを受けてくれた。

 それに、と俺は服の内側に入れてあった勾玉を取り出して二回つつく。

 中からバステトが現れて、この通り俺には必要のないものだしねと言う。

 

 バステトは俺の手のひらに着地すると、そのまま俺の肩へ飛び乗ってくる。

 その後、目の前の少女の頭に飛び移った。

 珍しいな。アルゴくらいにしか乗らないのに。

 

 頭の上のバステトを優しく持ち上げて胸元まで持ってきた少女は小さく笑ってバステトをひと撫でしてから俺に返却する。

 俺の手のひらに収まったバステトをフードにしまって、そう言えば自己紹介をしていなかったことに気がつく。

 お互いに自己紹介をすると、二人揃って驚いた。

 俺はこの少女が中層のビーストテイマーとして有名なシリカであることに。

 少女は俺が攻略組唯一のビーストテイマーであることに。

 となると、この子がフェザーリドラか。初めて見るバステト以外のテイムモンスターだけど、意外と大きいんだな。

 

 ピナと呼ばれるフェザーリドラにも挨拶をしたあとピナには指輪に隠れてもらって俺たちは三十五層の主街区に向かった。

 

 

 現在の三十五層は中層プレイヤーの主戦場となっているらしく、結構人の数は多かった。

 シリカに案内されて食事処に行くまでの間に多くの男性プレイヤーに声をかけられていた。

 大方、ロザリアたちとのパーティーが解散となった話を聞きつけた奴らだろう。

 シリカはお誘いは嬉しいですが、と言った上でしばらくはこの人と一緒に活動するのでと俺の後に隠れるように断っていた。

 

 うーん。この男達から向けられる嫉妬の視線はいつ向けられても心地よいな。

 俺の装備が金属のひとつもないからか大して強くもないのだろうと決めつけたプレイヤー二人組に抜けがけはやめてくれと言われるが、タイミングよくバステトがフードから出てきてくれたので、テイマーとしてお互いに参考に出来るところがあるんでなと言って適当に躱しておいた。

 

 シリカは迷惑をかけてすいませんと謝ってくるが、別にいいのだ。むしろ男冥利に尽きる。

 アルゴをなだめる時の癖で気にするなと髪を梳いてやると、急に大きな声でこっちにお店があるんですよーと歩いていってしまった。

 

 追いついて少し歩くと目的の店にたどり着いた。

 宿屋と一緒になっているレストランらしい。

 

 中に入ろうとすると隣の道具屋から数人が出てくる。

 大半は普通に広場に歩いていったのだが、最後尾の若作りを頑張っている女性とシリカの目が合った。

 女性はシリカに無事に森から抜けられてよかったねと笑いながらいい、続けてアイテムの分配はもう終わったわよとバカにするように告げる。

 シリカはいらないって言ったはずですと会話を切り上げようとするが、シリカの肩にピナの姿がないことに気がついた女性がトカゲちゃんはどうしたと言う。

 シリカはちらっと指輪を見たあとに俺の方を見る。

 ああそうか、シリカはこの女性が俺の標的だとは知らないんだったか。

 

「明日は思い出の丘に行くんだ。悪いが準備があるからここまでにしてくれ」

 

 行くぞ。とシリカの手を取って店の中に入る。

 後ろで何やら言っているが、無視した方がイラつかせることが出来るだろう。

 

 宿屋のチェックインをするためにフロントへ歩く。チェックインを済ませてから待っていてくれたシリカと合流し、レストランの奥の席に座ると、シリカは謝ろうとするがその必要は無いと手を上げて制する。

 メニューを開いておすすめを聞こうとすると、丁度NPCのウェイターがマグカップを運んできた。

 中に入っているのは深い赤色の飲み物で、ヘルメスの血と呼ばれる飲み物だ。

 ステータス増強系の飲み物は全ては『○○・イコル(イコール)』と名前が付けられていて、ヘルメス・イコールは現状見つけられている増強系アイテムの中で最も敏捷値の上昇量が高いアイテムである。

 カップ一杯で敏捷値+三。回数制限は二回だ。

 下位互換としてルビー・イコールというのもあるのだが、あちらは一杯で+一、回数制限は五回となっている。

 一杯飲んだあとに続けて飲むことは出来ないため明日の朝にもう一杯飲んでシリカのステータスを増やそうというわけだ。

 俺は現状の回数制限増強アイテムは全て限界まで使用しているので特に変わりはないのだが。

 

 その後、先程の女性の話をシリカが振ってきて、なぜあのようなことをするのかと問われる。

 

 ロールプレイの一環と言ってしまえば簡単だが、デスゲームでああいうことをするやつははっきり言って異常だ。

 攻略が滞る可能性云々、一致団結云々ではなく、閉鎖的空間で悪事を働いたものの末路など分からないはずもないのだが。

 良くて監禁、最悪殺される。一時の楽しみのために悪事に手を染めた結果がそれでは釣り合いが取れないだろう。

 

 まあ釣り合いが取れないといえば攻略組も同じだ。

 気を抜いたら死ぬ戦場に出て得られるのがひと月に数パーセントデスゲーム解放に近づくというものと、世界のトップにいるという優越感だけなのだから。

 この世界で一番リスクと実益を天秤にかけて楽しんでいるのは中層プレイヤーだろうな。

 

 そう言うと、シリカは攻略組の方たちは私たちに希望を与えてくれる太陽みたいな存在ですと言ってくれた。

 

 うん。シリカみたいな可愛い子にそう言ってもらえるなら攻略組の男達は喜んで死地に飛び込むだろうな。

 少し間を開けて俺はどうなのかと聞かれたので俺も応援されたら攻略に力が入るだろうなと答える。

 

 その答えのすぐあとに食事が運ばれてきてシリカはお腹すいちゃったなーと食べ始めた。

 俺も結構お腹減ったしここの料理は結構美味そうだと思い料理に手をつけた。




アルゴの時よりも力が入っているかもしれないな?

原作があるからある程度書きやすいってのがあるんですけどね。


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“少女”がおめかししたら天使としか表現できないのも仕方が無いと思う。

ちょい短め(2000)

この作品はハーレム作品ではございません(おそらく)


 夕飯を食べ終わった頃には二十時を回っていた。いつもならアルゴの元へ帰るのだが、もともと二日掛ける予定だったため前日にバーストニウムとやらを過剰摂取させてきた。

 多分明日の夜までは平気だろう。

 このまま寝るというのも選択肢のうちだが、やはり明日のことをシリカと確認しておきたい。

 そもそも四十七層に行くことすら伝えてないのだ。さすがに当日に四十七層に行きますなんて言われても無理だろう。

 

 俺かシリカの部屋で打ち合わせをしようと思って提案すると、シリカが俺の部屋に来ることになった。

 

 部屋に入るとアイテムを扉の近くに設置する。【隠蔽】の拡張機能で使用可能となるアイテムで、俺の【隠蔽】熟練度以下の【聞き耳】を無効化するものである。

 

 用意が終わり席につき、まず最初に明日の目的地が四十七層と告げると、少々驚いたような顔をするシリカ。続いて守ってくれますよねと上目遣いで問われる。

 あそこの敵は四十七層の中でも攻撃力が低い奴らばかりだし、攻撃も単調なのでエネミーには指一本触らせないし、仮にシリカが攻撃を受けても一割も受けないだろうと答える。

 

 私のレベルは四十四ですけど平気ですかというシリカに、まだ装備を渡してないのを思い出す。

 ストレージを開いてモブドロップの装備を何個か選ぶ。

 俺は装備できないので近いうちにエギルの店に持っていこうと思っていた装備たちだ。

 次々とトレードウィンドウに移していって確定のボタンを押す。

 

 シリカは指輪に加えてこんな装備までと遠慮をするが、俺の目的のために上層へ来てもらうのだし、これくらいは当然だと答える。

 それでも渋るので仕方なくシリカの右手を握ってトレード完了のボタンがあるところをタップさせる。

 

 もうっ! と怒るシリカに対して返却は受け付けないからとりあえず着替えてみてと部屋を出る。

 

 部屋を出てみるとそこには首をかしげながら耳を壁に当てている一人の男の姿が。

 ドアをしっかりと閉めてから蹴り飛ばし、何をしていたのかを問う。

 まあ、答えはわかりきっているのだが。

 男はロザリアという女から盗聴を頼まれたと言い、何も聞こえなかったから勘弁してくれと命乞いのような何かをする。

 圏内だから殺そうと思っても殺せないんだがな……。

 とりあえずウィンドウを可視化させてギルドウィンドウを表示させる。

 少なくとも俺が壊滅させようとしているタイタンズハンドのメンバーではないみたいだ。

 

 ならば今回はいいかと思って男を解放する。その際、これ以降一切ロザリアとは会わないこと、仮に圏外で遭遇したら結晶を割ってでも圏内に逃げることを推奨する。とアドバイスをしてやった。

 

 男が一階に降りていくのを見たあとに部屋をノックして入っていいかを聞く。

 いいですよーと返事が返ってきたので入ってみれば、天使がいた。

 まあ、もちろん比喩なのだが。似合っているよと軽く褒めてから動作に問題はないかなどを確認する。

 SAOでは防具のサイズは自動で調整されるのだが、例えば篭手が手首を回せる範囲を狭めてしまったりなどと色々と問題があることもある。

 シリカは短剣を軽く振るって問題がないことを確認すると大丈夫みたいですと笑った。

 でも、と言ったシリカは部屋着に着替えたいのでと俺にもう一度出るように言う。

 

 俺は全身布製だから気にならないけどシリカは前の装備も今の装備も軽金属が使用されていたか。

 疲れを残すのは良くないしと納得した俺はもう一度部屋を出た。

 その際廊下を眺めて男が戻ってきていないかを確認してみるが、戻ってきてはいないようだ。

 

 俺も戦闘用の服から部屋着に着替える。

 適当なズボンとグレーに金で太陽と猫が描かれたシャツだ。

 慣れてはいるがやはりイヤリングや指輪は重量を感じるので勾玉以外のアクセサリもすべて外して完全リラックスモードだ。

  勾玉はそんなに重くないしストレージにしまうとバステトが強制的に表に出てくるからしまうことが出来ないのだ。

 

 シリカに呼ばれて入ると天使が以下略。こっちに来てからこんなに感情を揺さぶられるのはアルゴ以外にいなかったな。

 再び椅子に座ってアイテムをひとつ出す。

 ミラージュスフィアという立体的にマップを表示する貴重品だ。

 フロアボスの時は使われないが、フィールドボスの時はしばしば使われることもある。

 

 ミラージュスフィアを展開すると、シリカは綺麗と零すが、さすがにこれは見慣れてしまったのでそうは思わない。とりあえず本物はもっとすごいぞと答えておく。

 

 そして立体的に表示されたマップを指さしてここには――と色々と説明しているうちに結構時間が経っていたようで、シリカは机に体を預けるように眠っていた。

 まあ、今日は普通に狩りをしたあとにソロで森を歩いて死にかけるなんて体験をしたのだから疲れていて当然か。

 俺はシリカをベッドに運んで毛布をかける。

 さて、俺はどこで寝ようかな。

 寝袋はあるが――とストレージを開こうとしたところで右袖が握られていることに気がつく。

 

 俺の部屋だし、やましいことをするわけでもなし、まあいいか。



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さすがに秒間回復量がインフレしすぎじゃないかなと思った

残酷な描写が含まれます?

SAOの性質上流血はないですが。

それから一部を意図して算数字で表記しています。


 シリカと同衾したのだが、目覚めたシリカにビンタされたりするようなものはなかった。

 そもそも俺の方が早く起きたので当たり前なのだが。

 アルゴからモーニングメッセージが届いていたので返信していると、シリカが起きてきて俺の部屋のベッドで寝てしまって、俺が起きていたからまさか徹夜させてしまったのではという勘違いはあったが、ストレージから寝袋を出して誤魔化しておいた。

 

 それでも謝ってくるので実は――と同衾したことを伝える。

 その反応は一年前のアルゴそっくりで、とても懐かしい気持ちになることができた。

 

 その後、シリカは一度自分の部屋に戻って着替えや、備え付けのストレージから消耗品を補充して戻ってくる。

 朝食を下のレストランで食べて、ヘルメスの血も飲んで準備完了。

 転移門前まで移動するが、シリカが私は四十七層の名前を知らないので指定お願いしますと右腕に捕まってくる。

 

 四十七層――フローリアを指定して転移すると、目の前に広がるのは数回しか見ていない花畑たち。

 凄い。と漏らすシリカに簡単にこの層のことを説明する。

 フラワーガーデンと呼ばれていること、圏内はカップルのデートスポットであることなどだ。

 思い出の丘については昨晩最初に説明したので説明は省いておいた。

 

 中央広場から圏外に出るまでの時間に攻略組のことを聞かれる。

 最近ではアスナとキリトの仲がそこそこの速度で修復されてきていたり、聖龍連合が若干大人しくなったくらいか。

 俺の話も聞かれたが、何を話すか迷う。

 アルゴに女の子と一緒にいる時は他の子の話をしてはいけないと言われているし、となるとバステトのことくらいかな。

 よく好物のレアエネミーを釣ってきて倒せと言われたりすることを話す。

 四十七層には何がいたかな。少なくとも思い出の丘方面にはいなかった気がする。

 

 南門を抜けて圏外へ。シリカは初めての自分のレベル以上の階層だろうが、思ったよりリラックスしているようだ。

 緊張しているのも悪くは無いが、半日くらいはかかりそうなのでリラックスしている方が総合的にはいいだろう。

 

 初エンカウント。この四十七層が圏内のみデートスポットと言われている理由は、圏外だとモンスターが出て危険だからという理由以外にもうひとつある。

 出てくるモンスターが生理的嫌悪感を感じさせるから。

 これに限る。四十七層は攻略の際もそこそこ時間がかかったプレイヤーの精神にダイレクトアタックしてくる層なのだ。

 当然のようにシリカもダメージを受けて蹲って目を背ける。

 どこぞのカリスマガードのような態勢だ。

 

 伸びてきた触手に適当に剣を合わせると、逆に敵の体力が吹き飛びポリゴンとなる。

 レベル差、特攻の倍率。色々な要素はあるが俺がここの敵に負けることはないだろうな。

 

 その後もシリカが疑似餌に引っかかったりして何度か触手に絡め取られたりしたが、装備がしっかりしているということ、拘束がメインの攻撃だったこともありダメージは僅か、最初こそは触手と少女というやばげな組み合わせに度肝を抜かれたが二回目以降は速攻で処理をさせてもらった。

 

 何度かモンスターを倒すとシリカもモンスターの姿に慣れたのか普通に弱点を狙って攻撃を重ねて一人でも撃破できるようになっていた。

 シリカ一人で倒せるのならシリカの経験値的にも一人で倒してもらった方がいいので危なくならないように後ろで見守りながら思い出の丘への道を歩く。

 

 もう少し歩くと思い出の丘へ。思い出の丘は一直線に登ることは出来ず、くるくると回って登らなければいけないらしい。

 一本道ではあるので迷う必要は無いが、その分モンスターのポップ率は高く、複数エンカウントが連続することもままあった。

 複数モンスターと同時にエンカウントした場合は、一匹を残して処理し、残った一匹をシリカが処理するというパターンで進んでいく。

 パワーレベリングのようであまり好ましくないかもしれないが、シリカならばこの戦闘結果が俺ありきのものだと分かっていてソロで上層に行こうと思うことはないだろうという確信があったのでこうしている。

 

 ぐるぐるぐると弧を描く道を進んでいき、ようやくてっぺんにたどり着く。

 本来ならばペットの心を持ったテイマーが来ないと何も無いはずの岩には、二輪の花が咲いていた。

 縁に切れ込みのある葉の間から長く伸びたワインレッド色の花茎の先に、白い五弁の花が輪状に咲いているその花は「プリシラの花」という名前がついている。

 アルゴが出先で詳細を見ることが出来ないレアアイテムを見つけたら使えと共有のストレージに入れてくれていた鑑定アイテムを使うと、その効果は二体のテイムモンスターにそれぞれの花を使用するとお互いのステータスにより一定値の補正がお互いに入るというものだった。

 

 おそらく、ビーストテイマー二人が来るかテイムモンスター二体が来るかしないと咲かない花なのだろう。

 シリカには花は咲いていないと話していたので驚いていたが、俺が鑑定したウィンドウを可視化させてみせると凄いと声を上げる。

 俺の知り合いにテイムモンスターを持っている奴はいないので帰ったらピナとペアにさせてほしいと頼むと、快く了承してもらえた。

 

 花を摘み取りお互いのストレージに仕舞うと、それじゃあ帰るかと道を下り始める。

 

 花を摘むことが条件となっているのか、行きではたくさんエンカウントしたモンスター達とは一度もエンカウントすることは無かった。

 道を降り切る前にこのあとの展開の予測をシリカに話しておく。

 おそらく思い出の丘を出て少ししたところでオレンジギルドが待ち伏せていて、シリカが入手したと奴らが勘違いしている「プネウマの花」を脅し取ろうとするはずである。

 

 全員拘束するが、万が一、一人でも俺が引いた線よりシリカ側に抜けていったら九層へ転移するようにと言う。

 結晶は高いので使うことにならないのを期待していますねと言ったあとに頑張ってください。と、まるでオレンジギルドを脅威に感じていないようにシリカが言う。

 そこまで信用されてるなら裏切るわけにはいかないな。

 

 思い出の丘を出て一本道から少し開けたところに入るところで【索敵】に反応が出た。

 一人ならバカ正直に罠に突っ込んで食い破ってやるのだが、今日はシリカがいるので安全策。

 とりあえず分かっているから出てこいと呼びかける。

 それでも出てこないのでじゃあ結晶で帰るかとポーチから取り出す動作をすると慌てて飛び出してくる今回の標的。

 

 シリカはオレンジギルドとは聞いていたがまさかロザリアがそのトップだとは思っていなかったらしく少し驚くが、オレンジの常套手段だと伝えると成程、と納得する。

 

 俺と奴らの距離は十五メートルほど、今の立ち位置に剣で線を引くと、六メートルほど前に出る。

 これくらいがシリカと離れられる距離かな。

 挑発をすればタイタンズハンドのメンバーが一斉に飛びかかってくる。

 数は十人ほどだが、スペースの関係上俺の三百六十度を囲んでも五人か六人程でしか同時に攻撃できない。

 余った数人がシリカの方に抜けていかないように上手く隙を作ってやって、わざと俺に攻撃させることで十人のオレンジのタゲを取り続ける。

 二分ほど戦闘が続き、オレンジの1人が俺のHPが減っていないことに気がつく。

 

 俺のレベルは86、HPは12700。十人がかりで俺に与えるダメージは十秒間で600ほど。

 俺のHP回復速度は分間86掛ける100の二倍で17200。十秒間に換算すると約2866。俺の装備がなくなるまで攻撃しても俺のHPが全損することはないだろう。

 

 それを伝えるとタイタンズハンドの戦意が完全に萎え、シリカを人質に取ろうと俺の後ろへかけていく奴や、転移結晶を取り出そうとする奴らが現れる。

 俺は努めて手加減して、以前の聖龍連合の時のように特攻が乗らないように予め髪留めを外していたり、クリティカルが乗らないように気をつけたりして俺の後ろに抜けていったオレンジの足を破壊する。

 体力はギリギリ三割残っているくらいか。

 

 続いて転移結晶を取り出そうとしているオレンジたちは左右の腕を切り飛ばす。

 唯一オレンジでないロザリアはこちらから攻撃するとめんどくさい贖罪クエストを受けなければ行けないのでアペブの鎖で拘束する。

 部位欠損を起こした奴らは回復結晶を使うことも出来ず、少しずつ削れていく自分のHPを見て叫んでいる。

 俺は回廊結晶を砕き、大人しく黒鉄宮に行くならばあそこは圏内だから助かるぞというと足が欠損していないやつは全速力で、腕が欠損していないやつは這うようにゲートに入っていく。

 

 最後に残ったロザリアは命乞いするように何かを言うが、そんなことを聞くはずはない。

 さっさとゲートに投げ込んで鎖を回収するとシリカの元へ戻った。

 

 今更ながら四肢欠損させるとかエグかったかな。せっかく仲良くなれたんだし嫌われてなければいいけど。

 

 話しかければ先程までとあまり変わらない調子で返事をしてくれる。

 とりあえず街まで帰ろうというと、足が動かないとシリカ。

 やっぱりショックだったのかな……。

 そう思うが俺ではなくタイタンズハンドの奴らが怖かった。自分の欲望のために他者を平気で攻撃できる人間の怖さが怖いなと思ったとフォローしてくれる。

 

 それなら良かったと足が動かないシリカを抱えあげて主街区まで歩いた。




回復量がエグすぎる。キリトくんが78の時の受けるダメージが十秒で400。体力は1万4500。戦闘時回復での回復量は十秒で600となっております。

オリ主TUEEEE回ですね。

回復量の計算間違ってないよね?


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鼠だって猫に文句を言いたくなるんです

とりあえずシリカ回は終わりです

あとプネウマの花のプネウマって実在する花の名前じゃないっぽいです?
どんな意味があるのでしょう


 三十五層の宿に戻るまではとても静かな時間だった。

 気まずい雰囲気となっている訳ではなく、単純にシリカが赤面して黙ってしまっているからなのだが。

 宿に戻って俺とシリカの部屋どちらに入ろうか迷っていると、シリカが俺の部屋を指さすので中に入ってシリカを椅子に下ろす。

 それじゃあピナを外に出して花を使おうと言うと、左手についた指輪の鏡面部分を二回つつくシリカ。

 合図でピナが出てきてシリカの肩に停る。

 俺もバステトをフードから取り出して机におろす。

 ピナがバステトの周りをパタパタと飛んだ後、寄り添うように着地すると、仲良く腹ばいとなる。

 花を取り出して、使用方法通りに俺はピナへ、シリカはバステトへ花を当てると花が白く光って消滅し、二体のHPバーの隣に白い花が咲く。

 バステトのステータスを見ると一回りほどすべてのステータスが向上し、ピナのスキルのようなものがアクティブ行動一覧に表示されていた。

 一部は灰色になっており使用出来ないようだが、体力の即時回復やバフなども増えてバステトがこれまた強くなった印象だ。

 ピナの方もバステトのスキルが表示されているらしく、特攻系バフが使えないのと、5m以内リジェネの倍率が分間レベル掛ける十まで下がっていること以外はほとんどそのまま使えるようだ。

 

 シリカはバステトちゃんってこんなに強かったんですかと驚いているが、そんなに強いんです。

 俺が攻略組で戦えてるのはほとんどバステトのおかげ。

 【猫神の加護】もバステトがいないと機能しないし、バフがないと【インカーネイト・オーバーライド】もステータス増強するだけのスキルになるし。

 だから俺の神様なんだよねバステトは。ほんとに。

 その後、夕飯を食べて二十一時。先程からメッセージのポップアップが過労死を起こしそうなくらい働いている。

 シリカにそろそろ前線に戻らないとと言うと、明日の朝からじゃダメですか? と言われる。

 前線に戻るだけならば明日の朝でもいいんだけどね。俺にはボス(アルゴ)攻略が待ってるからな。

 早く戻らないとどうなるかわからん。

 渋るシリカをまた会えると宥めて別れ、未だホームとしている九層へ転移した。

 

 転移してメッセージを開くとはやくはやくとたくさんのメッセージが。

 もう少し過剰に供給させておかないとまずかったか。

 

 急いで宿へ戻って扉を開けると、扉の直線上にあるベッドに足を組んで座っている。

 昔、間に合わずに遅れて帰ってきた時は冷や汗ダラダラでベッドの毛布にくるまっていたんだが。

 なんか状況が違うか? そう言えばその時はメッセージ一通しか来なかった気が。一年近く前のことだから記憶が薄れてるな。

 

「正座」

 

 有無を言わさぬ、それこそ攻略の鬼時代のアスナを軽く上回る圧を感じる言葉に思わず言われた通りに正座をしてしまった。

 

 昨日今日何をしていたのかを問われる。

 一昨日伝えたとおりにタイタンズハンド壊滅させてました。(あと女の子助けてました)

 

 ふーん。とひどく冷たい瞳でこちらを見るアルゴ。

 窮鼠という訳では無いが、アルゴもこんな目を出来るんだな。

 一枚の紙切れを取り出したアルゴはそれをこちらへ投げ渡してくる。

 ポイッて感じではなくふわふわとか、ひらひらという感じだ。

 

 読め。と目で伝えてくるアルゴに、俺は紙切れに書かれた内容を音読する。

 

『攻略組ソロプレイヤーバースト、中層プレイヤーとカップル成立か?

 攻略組唯一のビーストテイマーにして、軽装から想像出来ないほどの耐久力から「不沈艦」とも呼ばれるバースト氏が昨晩三十五層で中層で活動中の女性プレイヤーと食事を摂っているのを私は目撃した。彼は、上層プレイヤーの女性とも深い関係にあると噂されている人物である。

 もし、そんな彼が中層プレイヤーと関係を持つことになったとしたらこのゲームが始まって以来の大スキャンダルである。私は今日の目的としていたチーズケーキを断腸の思いで諦め、徹夜で彼らが泊まることになった宿を監視することにした。食事を終えた彼らはそのまま二回の宿へ向かう。宿は絶対的なセーフエリアなため監視をすることは出来なかったが、翌朝中層プレイヤーの女性が五十層クラスの装備で宿から出てくるのを目撃。当然、中層で活動していた彼女には入手の機会がない装備である。しかし、バースト氏であれば余裕で入手ができるであろう装備だ。

 二人はそのまま転移門へ向かうと、女性プレイヤーがバースト氏の右腕に抱きつくと同時、バースト氏が転移先を指定する。

 他人に転移先を指定させるという行為はお互いのあいだにかなり強固な信頼関係がなければ行えない行為であることはご存知だろう。それが女性プレイヤーであれば尚更のこと。

 それだけではなく、転移先はデートスポットとして有名な四十七層である。私も少ししてから転移すると、遠目に仲睦まじく話しながら歩いている二人を発見した。

 そのまま監視を続けていると、行き先は南門。四十七層の圏外は出現モンスターの関係上デートには向かないが、南門のその先――思い出の丘は話が別である。

 思い出の丘のてっぺんにはモンスターがポップせず、ベンチなどもあり景色もとてもいいことから例外的にデートスポットとしても扱われる立地である。私は二人が圏外に出たことで追跡を諦めようとしたのだが、攻略組のソロプレイヤーの黒づくめの剣士を発見し、彼に同行を頼む。

 彼はその雰囲気から気難しく取られるのだが、優しい心の持ち主で、攻略組で、顔も良いという優良物件である。私は若干の下心を持ちながら彼と一緒に思い出の丘へ向かった。

 彼は戦闘力が皆無な私が圏外に出ることに難色を示したが、どうしてもと言うとエネミーには私に指一本触れさせないと言ってナイトのように道中に現れる敵を次々と倒していく。

 エネミーの数が増えた思い出の丘でも鎧袖一触で倒していく。思い出の丘は一本道なのでてっぺんまでは登れなかったが、彼とのデートはかなり良いものだった。

 先に上に行ったバースト氏たちに気が付かれないように早めに下へ降りる。

 少しして降りてきた二人の距離はさらに近づいていた。

 私の同行者は二人から隠れるために【隠蔽】で隠れようとする私を胸に抱き、その黒いコートで私を包むと、奴の【索敵】スキルはカンスト程度では誤魔化せないと言って私を隠してくれた。

 再び私たちが二人の後ろへ位置するようになり、彼らを監視していると突然現れたオレンジカーソルの集団。

 バースト氏はいつかの宣言のとおりに情け容赦なく彼らの四肢を切断し、回廊結晶を砕くとオレンジプレイヤーとグリーンカーソルのギルドメンバーを黒鉄宮へ送る。

 彼に恐れをなしたのか、それともオレンジプレイヤーに恐怖を感じたのかは分からないが、女性プレイヤーは足が動かなくなったと言う。

 そんな女性プレイヤーをお姫様抱っこすると、バースト氏は主街区へと消えていった。

 私もオレンジプレイヤーの人間の闇深さに恐怖して完全に腰を抜かしてしまい、同行者にお姫様抱っこで主街区まで送ってもらったのだが、それは全くの余談である。

 

 この記事は、バースト氏以外の人物のプライバシーを守るためプレイヤーネームを伏せさせて頂きました』

 

 なんだこれ。あのゴシップ記者まだ記事を書いていたのか。

 昔、俺とアルゴの食事をすっぱ抜いたやつである。

 ここに出てきているのはアイツとシリカとキリトかな?

 アイツとシリカは分かるとしてもキリトはなんで四十七層にいたんだ。

 つか、見出しに比べて後半はキリトとのデートしか書かれてないじゃないか。

 

 アルゴは……シリカのことを怒っているのか?

 確かに仲良くはなったが関係を持つと言われるほどではないぞ。

 シリカと一緒にいたのは、悪く行ってしまえばオレンジギルドを壊滅させるためだし。

 まあ、一緒にいて楽しくなかったと言えば嘘になるが。

 俺の音読を聞いてさらに不機嫌になったアルゴ。

 さて、どうやって機嫌をとろうか。



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再認識

私がこういうの苦手だと再認識しました。
前代未聞の1500字

次話をどうするか迷っているので多分今日中にもう一話はないです。
リズのフラグはもとからキリトに立たせるつもりでしたので心の温度をどうするかって感じです


 機嫌が悪いアルゴの隣に座ってからアルゴを抱き抱えて膝の上に乗せ、一晩中つついたり撫でたり抱きついたり愛の言葉を囁いてみたりと、ひたすら機嫌をとろうとしたが、ついに機嫌が良くなることは無かった。

 

 ただ、もう朝だというのに俺の膝の上から抜け出さないことや、抵抗しないことを考えると、少なくとも嫌われているということはなさそうだ。

 今までは嫌われたりしたらそこまでの関係だったと割り切っていたのだが、さすがに一年一緒にいてそうはならないようだ。

 何とかしたいのだが、さすがに一日フィールドにいてPvPもやって、徹夜というのはキツかったようだ。

 気がつけばアルゴを膝に乗せて抱きついたまま寄りかかるように寝てしまっていた。

 

 

 バーストが私を構い続けて数時間。

 どうしても綻びそうになる頬を必死に維持しながら堪えていると、バーストの体がもたれ掛かるように背中側から体重を預けてくる。

 すうすう、と規則正しい呼吸をしていることから眠ってしまったのだろう。

 確実に疲れていたはずなのに、こうして朝まで私に構ってくれたことはとても嬉しい。

 そもそも私は怒っていなかった。

 記事を見て少し嫌な気持ちになりはしたが、別段怒るほどの事じゃない。

 でも、少し気になったのだ。私が素っ気ない態度を取り続けた時のバーストの反応を。

 

 私がそうしているから鏡のように対応してくれているのではないかと思うことが少しだけあったのだ。

 バーストは敵味方の区別がしっかりしていると言われているが、それはバーストが鏡のように対応しているからだと私は思っていた。

 もし、キー坊がバーストに剣を向けたとしたらバーストも同じように剣を向けるだろうと思わせるくらいには。

 

 私だけなのか、それとも“鏡”の前提からは間違っているのかは分からなかった。

 けど、それだけでいい。私はバーストに愛されている。

 それだけでいい。それが分かるだけで記事を見て心に生まれた黒い靄の何倍もの多幸感を感じられる。

 私はアラームをバーストの分まで切ると、既に眠っているバーストと一緒に横になって眠った。

 

 

 気がついたら昼間だった。

 アルゴは――近っ!

 まあ良かった。勝手に寝て愛想つかされたみたいなことはなさそうだ。

 それにしてもまだ眠いな。寝たのが六時か七時くらいだったろうしまあ仕方ないか。

 二度寝――も悪くないのだが、三十五層にいたヤツらには昨日の記事の俺の相手がシリカだとわかる奴もいるだろう。

 ゴシップ記者にメッセージを飛ばして対応させよう。

 

 意外に思われるかもしれないが、俺とアルゴはゴシップ記者とはフレンド登録をしている。

 何度かすっぱ抜かれたあとにとっ捕まえた結果、記事は書くけど都合の悪いことだったら修正するよといった感じでメッセージが送れるように

フレンド登録をしたのだ。

 まあ、俺もアルゴも【隠蔽】であいつにフレンド位置検索されないようにしているのだが。

 

 ちょいちょいとメッセージを書く。

 修正がきつそうだったとしてもより大きな話で上書きしてもらう。

 これは絶対だ。そうだな……キリトと一緒に歩いたってことだからアスナが怒ってたりしないかな。 

 対応が無理ならば、そのあいだに突っ込んでいってもらう。

 そう書き加えてメッセージを送信。

 

 わずか十秒ほどで返信がきて、全身全霊を持って対応させていただきますというメッセージ。

 まあ、アスナは怖いからな。頑張って欲しい。

 

 もうやることもないし二度寝をしようと再び寝転がると、ちょうどアルゴの顔が目の前に来た。

 目尻は垂れ下がって口元も柔らかくなっている。

 こんな可愛いだけのアルゴでも昨晩みたいな雰囲気が出せるってすごいな。

 単純にSAOの感情表現がオーバーすぎるのか、アルゴがそういう方向に強いのかは分からないが。

 ちょんちょんと頬をつついてみればニヘラと笑うアルゴ。

 うん。やっぱり嫌われたくないな。

 

 しっかりとその想いを胸に刻みつけてから夜に備えて寝ることにした。




アルゴ視点のような何かを入れたがアルゴ要素がキー坊という一ワードだけしかないという。

ほんと難しいですね


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あって便利なものとあって不便なものがある。

前話が短かったので眺め(5500)
心の温度ですが、殆どは圏内で進行します。


 店に入ると同時、セイッという掛け声が聞こえた。

 発生源は入口からまっすぐ進んだところにあるカウンターの前の黒づくめの男。

 その男の右手には予備武器の中でも突出したものが欲しいなと思い、マークしていた片手剣。

 その剣が叩きつけられる先は、カウンターから半分ほどはみ出るように置かれた黒一色の剣。

 俺は、圏内であるのに切り札の【インカーネイト・オーバーライド】を使用し、敏捷値を鬼のように倍増させ、店内が荒れるのも構わず駆け出した。

 滑空という言葉が当てはまるようなめちゃくちゃな動作の後、ギリギリで剣と剣のあいだに左手を滑り込ませる。

 強烈なノックバックが発生し、カウンターの奥に叩きつけられたが、俺の剣は守られたようだ。

 

 目を丸くする黒づくめの男――キリトと、店がめちゃくちゃじゃないと叫ぶ店主――リズベット。

 

 俺に馬乗りになって襟首をつかみ、ガンガンと上下に揺さぶる。

 視界が揺れまくって気持ち悪いので圏内で攻撃を受け、ダメージを受けていないため効果継続中の【インカーネイト・オーバーライド】で上がった筋力値を活かしてそのまま立ち上がる。

 当然、俺に馬乗りになっていたリズは床に落ちるが、まずはキリトだ。

 

 ステータス振りから戦い方、武器の傾向まで全てが筋力重視の脳みそまで筋肉野郎、通称キリトに説教をかます。

 お前が壊そうとしていた武器を見てみろ、少なくとも下手なプレイヤーメイドの十数倍の値はつく超業物だぞ。

 ステータス傾向を見てみろ、耐久値と重量が削れている代わりに敏捷値補正が高いだろ。

 そんな繊細な剣をお前の脳筋ソードに叩きつけてみろ、一体どんな結果になるかは目に見えているじゃないか。

 

 キリトは壊そうとしていた訳ではなく耐久度を試そうとしていたとか言うが、そんなことは知らん。

 結果的に俺が腕を挟み込まなければ壊れていたのだからその言い分は通りません。

 キリトに謝らせることに成功した俺は、今度なにか奢れよと言って店を出ようとすると、非常に強い力で肩を掴まれる。

 

 振り返れば鬼という言葉が当てはまる形相のリズベット。

 そのまま左手でフードを掴まれ、店の奥へ連行される。

 キリトも右手で掴まれて俺と一緒に連行だ。

 

 

 鍛冶場の石床に正座させられた俺たち。

 キリトも結構正座が様になっているなと思う。

 俺? 俺はアルゴに何回か正座させられたことがあるから慣れてるんだよ。

 

 リズは鍛冶場の奥から箱を持ってくる。その中には同一規格の直刀がたくさん入っていた。

 リズはそれを俺の膝に載せると、再び鍛冶場の奥へ行き似たような箱を運んでくる。

 キリトは立ち上がって逃げようとするが、横から腕を伸ばして肩を押さえつける。

 今ならお前より筋力値は高いのだよ。

 

 そのままリズは片手剣がたくさん入った箱をキリトの膝に載せると、鍛冶用の椅子を持ってきてそこに座ると説教を始めた。

 

 店の商品を壊そうとするな。

 店をめちゃくちゃにするな。

 店に入ったなら最低限なにか買え。

 

 簡単にまとめるならこうだろう。

 その後、俺には店内の整理清掃と、二日間の店番。 

 キリトには五十五層の鉱石入手クエストへ同行が言い渡された。

 

 リズは、「あんた達は私の剣が簡単に壊れるって言いますけどね、適切な素材を使えばあんた(キリト)の剣が何本束になっても一発でぽきぽき折れる剣が作れるんですからね!」といって、キリトを引きずって鍛冶場を出ていった。

 

 キリトの膝の上に乗っていた箱が倒れ、中の剣ががらがらと音を立てて床へ落ちる。

 

 それも綺麗にしときなさい! という声が閉まり掛けのドアの先から聞こえたので俺は自分の膝の上の箱を床に下ろしてから片付けを始めた。

 

 

 水車がついた立派なこの店は、リズがどうしても欲しいというので有り余るコルを放出して権利書を購入、リズにプレゼントしたものである。

 三百万ほどしたが、内装はリズが用意したので少なくとも四分の一――百万コルほどはリズが用意したと言えるだろう。

 なのでこの店は俺にサブオーナー権がある。

 とは言っても今までそんなものを利用する機会などなかったのだが。

 

 本来なら店の内装に部外者が手を加えることなど不可能なので俺にサブオーナー権がなければ店がめちゃくちゃになることは無かったのだが、サブオーナー権があることで店を綺麗にすることが出来る。

 全く、あって嬉しいのかなくて嬉しいのかわかったもんじゃない。

 

 幸い、ショーウィンドウの硝子は割れていなかったので荒れている布や、壁にかけてあった剣などを元の位置に戻していく。

 一時間半程で店を元通りにすると、ついに暇になる。

 一応俺にもNPC店員を操作する権限はあるはずなのだが、操作方法がわからない。

 仕方ないのでカウンターの裏側に椅子を出して客を待つ。

 NPC店員が使えないならPC店員を使えばいいじゃないということだ。

 なお、性能はトントンか若干劣るくらいである。

 値引き交渉に応じたらリズになんて言われるか分かったもんじゃないからな。

 

 店番一時間。とても暇だ。先程まではバステトを撫で回していたのだがついに愛想をつかされてフードの中で丸くなって眠りについている。

 

 二時間経過。後回しにしていたレベル九十のスキルスロットの使用先、ほかのスキルの拡張機能などをだいたい埋め終わった。

 

 三時間経過。無駄に思考を回して結論を遠回しにしていたが、拡張機能なんてだいたい決まりきっているものだ。ついに全ての拡張機能を埋め終わった。

 

 四時間経過。九十になってあいたスキルスロットに裁縫のスキルを嵌め直した。

 先程つけたスキルは熟練度ゼロだったので付け替えにデメリットはない。

 裁縫って意外と楽しい。

 

 六時間経過。ついにエギルの所へ持っていってなかった素材が尽きた。そもそもかなりランクが高めの素材なのでまともな品をひとつも作ることが出来なかった。

 

 七時間経過。ようやく店が閉じる時間となった。

 二十時まで店にいたが誰も来なかった。

 外に出て扉の外にかかっている、OPEN/CLOSEの掛札を裏返そうとしたら最初からCLOSEだった。解せぬ。

 今日はエギルの所によって熟練度上げのための素材を買い込んでから宿へ帰ろう。

 

 

 エギルの店に到着。相変わらずの立地である。

 決して悪くは無いが、そもそもアルゲードは店を構えるのに向いた店ではないのだ。

 素材をすべて売却し、エギルに「だからこまめに来いと……」と言われるが、こまめに来て欲しいなら最前線の転移門前に店を構えるといい。

 裁縫に使う素材を大量に買うと言うと、一瞬はてなマークを浮かべたが、明日の朝までに用意しておくと言われたので明日の朝、リズの店に行く前に受け取りに来るとしよう。

 

 

 翌朝、エギルの店で大量の素材を受け取り、代わりに大量のコルを渡してきた俺はリズの店に入る。

 当然ドアの掛札はOPENとしておいた。

 

 そう言えば昨晩からキリトとリズの位置情報が把握出来ない。

 辛うじてダンジョンにいるということがわかるだけだ。だが、二人とも生きているしキリトがいるのだから全く問題は無いだろう。

 

 熟練度が低いあいだは使用できる素材より若干ランクが上のものの方が効率がいいらしい。

 アイテムは作成できないし、素材は減っていくが熟練度がもりもり上がる。

 

 店番を始めて二時間ほど。初の客がやってきた。

 中層のプレイヤーらしく、カウンターにいる俺を見て一瞬落胆の表情を見せていた。

 リズ目当てのプレイヤーだろうか。SAOの男女比はえげつないものとなっているので、その中でも貴重なかわいい女の子であるリズを目当てに来る奴も一定数はいるのだろう。

 

 完全にリズ目当てという訳では無いらしく、修理の依頼をしてくる。残念ながらリズが数日開けているので修理はできないと言うと、項垂れる客。

 これではこの店の評判が下がってしまうので中継ぎとなる武器、または武器を新調するように勧めてみる。

 あまり乗り気ではなかった客だが、「あの攻略組のアスナさんの武器もここの店で打たれたものですよ」という言葉にノックアウトされたのか、結構高めの細剣を購入していった。

 八万コルの売上ゲットだぜ。

 

 それから立て続けに客がやってきて、いずれも修理を頼んできて無理ですという定型文のあと武器の購入を勧めると全員が購入していった。

 

 鍛冶屋は基本的に武器の売上よりも修理で稼ぎ、たまに武器が売れて臨時収入。稀にオーダーメイドでボーナスが入るようになっているらしい。

 そう考えるとかなりいい感じなのではないだろうか。

 

 それから昼前まで熟練度上げに専念し、ついに三百を超えた。 

 かなりのスピードだがここからは辛めらしい。

 実際敏捷が高い俺でも作成までの時間が結構かかる。

 素材も適性のものでないといけないらしい。

 そうだ。と俺に光明がさす。

 【インカーネイト・オーバーライド】で敏捷値を上げれば回転数をあげることが出来るのでは?

 

 スキルを起動して裁縫を試す。

 ふんふん。いい感じだな。素材は沢山あるしまだまだやれるぞ。因みに、エギルのところで購入してきたのは五十万コル分である。 

 結晶を転移結晶以外に使わない俺からしたらそこまで辛い額ではない。それこそ趣味としてぽんと用意できるくらいには。

 

 一時間ほど裁縫を続け、作りたいものが作れるようになるとさらに楽しくなってきて次を作ろうと思ったのだが、客が来たので中断。

 いらっしゃいませーと営業スマイルをして、お決まりの修理はできませんからの武器購入のルーチンをこなす。

 やっぱりアスナのネームバリューはすごいな。アスナの名前を出すと男どもは気持ち悪い顔をして武器を選んで買っていくのだから。

 

 それからさらに数時間。三時に新しい客がやってきた。ドアの開く音とともにいらっしゃいませーと営業スマイル。 

 もう慣れたものである。

 今回の客は、「うわっ」とここまで聞こえる大きさで漏らす。

 いくら何でもひどくないかと真顔に戻って客の姿を見てみれは、攻略の鬼改め閃光のアスナ様じゃないですか。

 

 よーすと声をかければリズを知らない? とアスナ様。

 昨日からフレンド追跡ができなくて心配になってきたらしい。

 多分もうそろそろ帰ってくるというと、それでも心配というので、あと一時間経っても帰ってこなかったら俺が迎えにいくと言う。

 それなら……と言ってなんとか落ち着いたアスナに椅子を出して座らせる。

 アスナ本人も居れば売上は爆上げだろう。

 

 そのままアスナと話しながら裁縫をすること三十分。一パーティまるごと入ってきた奴らにテンプレ対応をして武器を予備も含めて一人二本。合計十二本を買わせる。 

 これで俺が裁縫のために使った額を普通に取り返したことになる。

 売れれば鍛冶屋はすごい儲けが出るな。材料費を差し引いたとしてもだ。

 

 そしてさらに三十分。アスナを連れて五十五層へ行く。

 アスナにはクエストの開始場所で待機してもらい、俺は山を登る。

 山頂までは難なく登ることが出来たが、何もいないな。

 

 空を仰げば上空にはドラゴンの姿が。とりあえずあいつを倒して帰ろう。 

 ここからでは届かないのでアペプの鎖を最大限に勢いをつけて投擲する。 

 長さ無限という強みがここで活きる。

 空を飛んでいるドラゴンの胴体部分に引っかかると、ぐるぐるぐるぐると勢いのままに縛り付ける。

 別枠耐久度が表示され、それがどんどん削られていくが、ゼロになるよりも早くこちらへ引き寄せる。 

 雪原に追突したドラゴンはHPバーを少し削り、拘束から抜け出すとこちらへ攻撃を仕掛けてきた。 

 左右の鉤爪と氷ブレス、突進に尻尾のなぎ払いと全てを躱し、逆にこちらは足場が悪い雪原ではなく、空中歩行が限定的に可能となる足装備の効果を最大限に利用して空中から攻撃を重ねる。

 【インカーネイト・オーバーライド】が未だ有効なため、三十分ほどでボスクラスのドラゴンを倒し終わると、俺は山を降りてアスナを迎えに行った。

 圏内に入り、アスナの位置情報を特定して二人で店へ帰ると、何故かリズとキリトがいた。

 あの山は一本道なのですれ違わなければ帰ってこれないと思ったのだが……。 

 ああ、結晶があったか。

 その後、アスナがリズの無事を喜んだ後にキリトがいることに驚いたり、アスナに俺たちの悪事……悪事? をリズが告げ口したりしてアスナに怒られることがあったが、万事解決。 

 その後、今日の売上の額をみたリズはかなり驚いてどうやって売ったのかを訪ねてくるので、適当にアスナの名前を出しただけだというと、普段はアスナの名前を出してもこんなに売れないという。 

 どうして? とお互いにはてなマークを浮かべながら、キリトが折れかけた剣を報酬にもらい、ついでに昔から続く取引の品である数うちの直刀を受け取って宿へ帰った。 

 明日は昨日今日の分を取り返すようにレベリングだな。

 

 

『奇跡のNPC店員!? 自我を得た美少女NPC

 某プレイヤー商店で奇跡的なNPC店員が一日限りで目撃された。そのNPC店員はカウンター裏の席で裁縫を行いながら、客が入店するととびきりの笑顔で応対し、店の商品を自発的にプレイヤーに勧めるなど、とてもNPCとは思えない対応をしたそうだ。 

 そのNPCは猫耳付きの黒フードをかぶり、前髪を睡蓮の飾りがついたピンで留めており、目は猫のように縦に割れていたという。 

 また、目撃したプレイヤーによってまちまちだが、猫耳フードの上に子猫を載せていたという話や、神秘的に光っていたという話もある。

 私はその店に突撃してみたが、店主は「その日は店を空けていたので知りません」の一点張りで何一つ情報は得られなかった。 

 別の店にも現れるかもしれないと言うことで、発見者には当日に報告していただけた場合に限り報酬を払わせていただくので是非、ご報告をお待ちしております』




ニコニコ笑って愛想良くしてフードをかぶって武器とかの代わりに裁縫道具とか持っていれば美少女に見えるという主人公の話でした。

いつだったかキリトに女顔と言っていましたがブーメラン刺さってるようです

髪飾りの時にも若干触れたかもしれないけど


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SAOはCERO:Bくらいのゲームです()

今回も短め……。

とりあえずこの話系列やって七十四層やってユイちゃん時系列で何かやって七十五層でSAO編は完結予定
それ以降はどうなるか分かりません。

PSPがお亡くなりになっていたのでimなぞるのも無理そうですね。


 【裁縫】の熟練度が五百に到達し、実用性はともかく見た目だけは思う通りに作れるようになったある日、エギルの店でS級食材が振る舞われるというメッセージが回ってきた。

 参加確認の残りは俺とアルゴだけらしく、俺達が参加すれば、メンバーはアスナとリズ、シリカにキリト、クライン、エギル。それに加えて俺とアルゴの八人となるらしい。

 シリカはふた月ほど前に五十層まで上がってきていたらしく、その時に武器の修理にリズの店に行ったところ共通の話題で仲良くなったらしい。

 アスナともリズつながりで仲良くなっているらしく、やはりこの世界は狭いなと思ったところだ。

 せっかく貴重なS級食材が振る舞われるところに手ぶらで行くのもなんだし、全員のコスプレ衣装でも作っていってやろう。

 アスナはコック服とかかな。今回料理を作ってくれるのはアスナらしいし。

 リズはなんだろう。困ったこととかを自分の中に溜め込んじゃうしウサギとか。

 ウサギは寂しがりではないが、わかりやすく異常を訴えてくれないから飼い主がしっかり見ていてあげないと間に合わなくなるって話を聞いたことがあるし。

 

 シリカはノータイムで猫一択かな。

 キリトは……狼とかかな。意外とさみしがりだし犬の方がいいかもしれないけど、それでも一匹狼感はあるしな。

 クラインは侍――は普段と変わらないし……どうしようか。

 とりあえず最後に作ることにしよう。

 エギルはスーツにサングラスが一番だろうけど流石にパーティには無いか。

 普段は鎧にインナーかインナーだけだし、普通にワイシャツとジーパンというのもいいかもしれない。

 今回のホストだし、バーのマスターみたいな感じで。

 アルゴはネズミ耳をくっつければいいだろう。

 フェイスペイントは寝る時以外つけっぱだし。

 俺も安直だが猫耳をくっつければいいだろう。

 

 動物系がかなり多いな。カチューシャとか帽子系列なら簡単に作れるし、いろんな種類の耳を持って行ってみるか。

 猫耳、犬耳、狼耳、狐耳、ライオン耳、うさみみ、虎耳、熊耳、狸耳、豚耳、猪耳、ねずみみ、リス耳、牛耳、羊耳、馬耳、猿耳、象耳 、羽耳、エルフ耳 。

 ほとんど同じようなジャンルのものから一般的ではなさそうな家畜系の耳まで取り揃えるSAOの凄さよ。

 作っておいてなんだが、羽耳とエルフ耳は明らかに気色が違う。

 付け加える感じではなく、今の耳を変更する感じだしな。

 ちょっと種類が多すぎな気もするが、とりあえず全部三つずつと、キリト用の狼耳プラスワンと言った感じで作っていく。

 【インカーネイト・オーバーライド】の熟練度もあげるためにスキルを使ってから裁縫を開始する。

 アイテムを出して針を通して――と三時間ほどやり続けたところでようやくすべての耳が完成した。

 耳を作ったあとに再び作成可能リストを開くと尻尾も作成可能になっていたのでこっちも三つずつ作っていく。

 腰で結んで垂らすタイプのやつらしい。

 ゲーム内なんだから謎の力で生やせばいいのにと思ったが、“生やす”尻尾は倫理コードを解除しないと作成、装備できないらしい。

 このゲーム、たしか対象年齢十二歳以上とかだったと思うが、倫理コード解除とかいうもののせいで下手な十八禁のゲームより()()()きがする。

 そこから更に一時間ほどでコック一式を作り終え、ワイシャツとジーパンも作る。 

 さて、思ったよりは素材が余っているな。 

 ちょっとくらい趣味に走ってもいいか……。

 

 アルゴのマントをポンチョと呼べる程度まで短くして、その下に肩、ヘソ出しのもはや服と呼んでいいのか謎の服。ボトムスは超ミニのスカートにニーソで完成。

 今度これを着させて夜の街を歩かせてみよう。

 実質的にポンチョ以外はないも同然の服装なのでアルゴがどういう反応をするか見ものである。

 まだ余っているので灰色ベースで露出度高めのネズミモチーフのものを作る。

 当然()()も作成させてもらった。

 アルゴには内緒の特設ストレージに隠しておこう。

 

 あとは、一着分くらいの材料かな。クラインのコスプレはどうするか迷うな……。

 




クラインのコスプレはどうするか迷うな……。


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せっかく脳みそ読み取るゲームなんだから付け耳が脳波でピクピクする機能くらい付けて欲しかった

 クラインの被り物を作り終えた俺は、S級食材とは言わないまでも、上等な素材を探してフィールドに来ていた。

 【裁縫】を封印の酒壺に収納し、フリーとなった枠に別のスキルをはめての探索だ。

 因みに、十個目のスキルスロットに入っているスキルは【加速】である。

 これは【疾走】が前提スキルとしてあるもので、【疾走】が走りにのみ適用されるのに対し、【加速】はそれ以外の多くの動作に適用されるものである。

 裁縫を行っている時は【疾走】【加速】以外の枠を【裁縫】に入れ替えて【インカーネイト・オーバーライド】を使用して行っているということだ。

 

 本来A級やB級食材は早々お目にかかれるものではないのだが、俺には美食家バステトがいる。

 バステトを連れてフィールドを歩いていればそれくらいの敵を一時間に三体か四体ほどのペースで持ってきてくれる。

 ヒドゥンボアというひとつ上にS級食材を落とすハイディボアがいるイノシシを釣ってきたバステトに感謝しながら胴体に傷をつけないようにして討伐する。

 討伐するとポリゴンになるので胴体を気にする必要はなさそうなのだが、ゲン担ぎというやつだ。

 ほぼ百パーセント食材を落とすとはいえ、確定ではないのだから、これくらいして精神安定を取りたいのだ。

 ある程度の量が揃ったら別の層へ向かってほかの食材を狙う。

 肉一種類というのは流石に飽きるからな。

 

 湖周辺の魚――この時だけはバステトが水に入る――や、山奥の植物系モンスターなど、様々なモンスターを倒し、A級食材十六個、B級食材二十四個を収集し、これで十分だろうと思ったところで狩りを終了した。

 

 

 参加確認メッセージから三日後、アルゴを連れてエギルの店にやってきた。

 今日が食事会当日である。

 ちょっと早めに来てエギルにカーテンとレールなんかを取り付けてもらおうと思ったのだ。

 せっかく被り物が多いとはいえ普段と違う格好をするのだからそういうものがあった方が盛り上がるという判断だ。

 早めの訪問に少々驚かれたが、その後にカーテンを六つの部屋になるようにかけてもらって準備完了。

 それから少ししてやってきた女の子三人組に挨拶をして、アスナに集めておいた食材を譲渡する。

 アスナはその量に驚いていたが、バステトがいるからなと言うと納得していた。

 その後、シリカがお久しぶりですと抱きついてきて、リズは呆れたようにため息をついていた。

 

 シリカとはあの時以来会っていなかったので本当に久しぶりである。

 適当に撫でてやって、アルゴからの視線が痛いので床に下ろしてやって、五十層まで上がってきたことを褒める。

 シリカは俺がトレードしてくれた装備のおかげと謙遜するが、五十層クラスの装備を持っていれば誰でも五十層で活動できるようになるようならこの世界に中層プレイヤーはいないだろう。

 上のヤツらが使わない装備を下に流すだけで簡単に上にやってくることになるのだから。

 つまりシリカの実力である。

 

 その後、キリトがクラインに絡まれながらやって来て今日の参加者が揃った。

 

 俺はトレードウィンドウを開くと、それぞれにアイテムを送信する。

 ちなみに、作成者の権限でそれぞれのアイテムは「〇〇のお着替え」となっている。

 丸に入るのはそれぞれの名前だ。

 エギルに用意してもらったカーテンに全員を押し込んで着替えさせる。

 ちなみにカーテンの外にいるのは俺とアルゴだけである。

 俺達も耳をつけて五分待ってからカーテンを全開にする。

 着替えに五分とは短い気もするが、SAOでは装備フィギュアを弄るだけでいいのでその分時間がかからないのである。

 

 アスナとエギルだけが全く違う服装で、キリトたちはそのままの装備に頭だけが違った感じになっている。

 ちなみに、武装してやってきたのはキリトだけなのでキリトには適当な黒系の服を追加で渡しておいた。

 

 リズは普段店で着ているふわふわのドレスアーマーからアーマー要素を無くしたようなもので、そのふわふわの髪などと相まって童話の世界からやってきたような感じである。

 そこに生えるうさ耳がさらにといった感じだ。

 

 シリカはワインレッドを基調にしたワンピースで、猫耳が生えることで妹系の雰囲気がさらに強くなっている気がする。

 

 キリトは俺が渡した黒系の服を着て、暗色系のピンと立った狼耳を付けている。

 少々恥ずかしいのかそっぽを向いているところも狼感がアップである。

 

 最後にクライン。

 クラインは相当悩んだ。

 サムライか猿のイメージしかないものだから相当悩んだ。その癖下手に頼れるところがあるから安直に猿というのはダメな気がしたのだ。

 当初は緩い和服――着流しでいいのではと思ったのだが、やはりと言うべきか、クラインは和服を着てきていたので変更して正解だった。

 その和服はそのままに、頭の上にあるものそれは――動物の耳などではなくちょんまげである。

 これくらいしか思い浮かばなかったのだ。許せクライン。

 リズやキリトとエギルには大ウケしているので問題は無いだろう。

 その後、各々の評価をしてから作ってきた耳を放出して付け替えたりして遊び、キリトの腹の音でアスナが厨房に入った。

 ちなみに、人気だったのはエギルの猫耳とアスナの狼耳である。

 エギルはネタとして、アスナはその雰囲気と狼耳が非常にマッチしてこの場の全員で見惚れるほどであった。

 リズの犬耳も元気な反面寂しがりだったりするリズによくあっていて、リズがキリトに甘えるような素振りを見せた時にはキリトもかなり狼狽えていた。

 ちなみに俺とアルゴとシリカ、クラインは初期装備が一番という結論になった。

 なお、シリカとアルゴはお互いに威嚇のような何かをしている。

 付いている耳的にはシリカが有利そうなのだが、シリカが勝てるビジョンが見えないのは何故だろうか。

 

 アルゴが威嚇しているのはまあ、分からなくなくもないのだが、シリカはなぜなのだろうか。

 威嚇されてるからし返しているだけか?

 ……流石にそんな子じゃあなさそうだしな。

 とりあえずアルゴの首筋をなぞって咎めると、アルゴは威嚇をやめてちゅーちゅーと鼠の真似をして軽いキスをしてくる。

 みんなの前なので一回だけで終わらせる。

 そもそもそんなキャラじゃないだろ。

 リズとクラインは何やら羨ま妬ましい感じでため息を吐き、シリカはフシャーと威嚇を強める。

 

 エギルに首根っこ引っ張られてカウンター裏に引きずり込まれると、やり過ぎると空気が悪くなるかもしれんからイチャつくのは程々にしてくれと警告。

 空気が悪くなるのは好ましくないのでアルゴにカウンター裏からメッセージを送り、問題は解決だ。

 そもそも俺は人に見せびらかすようなのが苦手なのだ。

 その後、アスナが次々に料理を運んできて部屋がいい香りに包まれる。

 メインディッシュは確定ドロップのS級食材。

 確定ドロップとはいえその入手手段は限られており、五十六層の森の中に出る超巨大ボスグマの討伐が条件なのである。

 なお、熊の強さはネームドボスを上回るほどであるのだが、キリトとアスナで倒してしまったそうだ。

 もう七十層目前まで攻略が進んでいるとはいえ、ネームドボスクラスをコンビで倒せるとは流石である。

 

 熊肉は鍋となって出てきた。最近は暑くなってきているが、だからこそ鍋が良い。

 超巨大グマの癖に大量にドロップはしなかったそうで、流石に八人の腹を満たすほどではなかったが、その味は別格であった。

 素材がいいとここまで行くのかと思う反面、ここまで美味い料理を作ることが出来るアスナの熟練度はどうなっているのかと思わされる。

 

 その後、俺が用意してきた食材が調理された姿のものにも手をつけ始める。

 

 ステーキに刺身という豪華なラインナップに、栄養を気にする必要は無いSAOの中だからこそ美味しく味わえるサラダなど。様々な料理を楽しんだ。

 俺が好きだったのは魚系の料理だ。

 NPCレストランだと肉も魚もあまり変わらず、一番うまい料理がいいのだが、そこを一歩越えた先にあるアスナの料理だと魚系がかなり美味しく感じられた。

 食事を終えて満足した俺たちだが、そこで解散とはならずにエギルが出してくれた飲み物を飲みながらぐだくだと日付が変わるまで話し続けた。

 ちなみに、エギルはリアルでバーテンをしていたらしい。

 道理で似合っているはずだと思った。




たくさん集まっても普段通り会話文がほとんどないという……

これじゃあ集まった意味が無いじゃないか……
いつも通り脳内で適当に再生していただけると嬉しいです


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脳筋と敏捷特化では脳筋の方が決定力があるのは当たり前である

原作一巻にようやく入った()


 七十四層、その迷宮区で今日も俺はソロで戦っていた。

 ここに出る主要モンスターはリザードマンロード。つまり、トカゲだ。

 俺の特攻は蛇には乗るがトカゲには乗らない。

 故に、普通に戦うことになるので経験値効率はそこまでいい訳では無い。

 何故、そこで戦っているのかといえば、去年のクリスマスに使っていたような性質のフィールドがないから――ではない。

 単体の効率は七十四層に劣るが、時間効率でいえばはるかに優れた俺専用と言ってもいいほどの難易度のフィールドが七十二層に存在する。

 では、何故経験値効率に劣る場所で戦っているのか。

 それは、経験値だけじゃないんだよと嫁さんと攻略組のお偉いさんに言われたからである。

 俺は、今までは気になるダンジョンにアタックしたりレベリングに使えそうなフィールドに入って効率が良さそうな位置を探したりと迷宮区の探索にはあまり参加していなかったのだ。

 あまり、というのは稀に気になるフィールドや、レベリングに使えそうなフィールドが迷宮区だったと言うだけであり、最上層まで探索したことは一度もない。

 

 そう、一度もないのだ。それがバレた。

 攻略組トップクラスの癖に攻略組の目標トップクラスの目標の迷宮区の踏破に貢献してないとは何様? という感じだろう。

 ベータ時代に引き続いて俺は貢献度ボーナスや、ラストアタックボーナスなどの取得率がかなり高い。

 そんなレアアイテムスティーラーである俺がボス戦でしか活躍していないということがバレればどうなるか。

 そんなのは決まりきっている。ソロプレイヤーのことをよく思わない連中が俺たちを追い出そうとするのだ。

 ソロプレイヤーは、その危険さからプレイヤースキルが高い奴が多い。

 といっても上層で活動しているソロプレイヤーは十人ちょっとしかいないし、攻略組の枠組みに入るやつでは俺とキリトを入れても片手で足りるほどだ。

 ソロプレイヤーは経験値をすべて一人で得ることが出来るためにアイテムや経験値を多く所持している。

 それを自己中心的なプレイだと批判するやつも一定数いるのだ。

 なお、ソロプレイヤーの数の話は七十層に入る前の話である。

 七十層に入ってからはエネミーのアルゴリズムにイレギュラー性。つまり事故要素が増えておりソロプレイの難易度が高まった。

 そのため現在のソロプレイヤーは俺とキリトだけ。それ以外のソロプレイヤーは七十層以下で活動し続けているか、コンビ以上で活動している。

 

 なので俺に迷宮区のマッピングが言い渡されたのである。

 なお、キリトはアスナとのコンビで活動している。

 

 話はそれたが、そういう理由で俺は今トカゲ男と特攻の乗らないまともな戦いをしているのである。

 七十層からはイレギュラー性が増えたとともに、AIの学習速度が増している。

 コンビ以上ならスイッチによる撹乱がさらに効果を増すので問題は無いのだが、ソロだとその学習性が厄介なのでさっさと倒すのがセオリーとなっている。

 といってもソードスキルの軌道や移動距離などは固定値なため、ソードスキルを誘発出来れば問題はない。

 下層の頃ではソードスキルは怖いと言われていたが上層ではボーナスとまで言われている。

 なので俺もソードスキルを誘発して立ち回っている。

 距離を取れば曲刀系突進スキルで突進してくるので最初の個体で把握した距離で立ち止まって鼻先を剣先が通り過ぎるのを待つ。

 空振りしたトカゲ男に、こちらも片手剣重攻撃スキルでダメージを加えていく。

 一度で三割から四割ほどのダメージで、二度もやれば学習機能で通じなくなる。

 残った体力は別のスキルを誘発させて削るのだ。

 昔、特攻が乗らない敵は一撃で倒せないので面倒だなというと、キリトはそれが普通なんだよと呆れていたことを思い出す。

 

 バステトが肩でなー、と鳴いて戦闘の終了を告げるベルの替わりになる。

 再び迷宮区の探索を開始する。

 迷宮区は特に目印などないので分かれ道に入ったらどちらかに進んで行き止まりが現れるまで進み続けるのだ。

 正解の道が分からないので一日進み続けて階段が見つからなければ帰って翌日別の道へと繰り返すのだ。

 俯瞰視点で迷宮区を見ることが出来れば便利なのになと思っているところだ。

 

 今日も往復の時間を考えてこの道の探索を諦めて帰ろうとすると、途中の三叉路のひとつからキリトたちが飛び出してきて、もう一方の道へ突き進んでいく。

 その形相から何かあったなと確信し、俺も【インカーネイト・オーバーライド】を起動して追いかけることにした。

 

 その先にはボスエリアを示す柱と扉が。

 異常を挙げるとすれば、柱にはボス戦中を示す青白い炎が灯り、開きっぱなしの扉の向こうでは明らかにフルレイドに満たない人数の重装備プレイヤー達が戦っている。

 その相手は悪魔という言葉がふさわしい山羊頭の巨体をもつフロアボス。

 下層でフロアボスソロ討伐をした俺が言うことではないかもしれないが、本来フロアボスとは偵察をしたあとにフルレイドで挑むものである。

 中のヤツらを知っているらしいキリトいわく、二人足りないらしい。

 

 二人。それが意味する価値はかなり高い。現在の人数は十人、元の人数は十二人。

 フルレイドから二人が抜けただけなら問題なく立ち回ることが出来るが、二パーティーから二人ではまともにボスと戦うことも出来ないだろう。

 

 キリトが転移結晶を使うように呼びかけるが、中のメンバーは結晶が使えないと叫び返してくる。

 結晶が使えない。つまりHPを瞬間回復させることも、転移結晶での離脱も許されない。

 ここにいない二人のメンバーはポリゴン片となって消え去ったのだろう。

 リーダー格の男は撤退など許さんと叫び、突撃命令を下す。

 突撃命令は下策も下策である。

 以前俺がオレンジプレイヤーの集団を相手にしたように、複数で単数に同時に挑んでも意味が無いのだ。

 同時にではなく、連携するように戦わなければいけない。

 そうしなければ圧倒的強者であるボスに一蹴されるだけなのだから。

 

 突撃するメンバー達に山羊頭から炎のブレスが放射され、その勢いに負けて突進が緩む。

 そこに巨体が持つ剣が突き刺さる。

 そのまますくい上げられるように切り飛ばされ、ボスの頭を超えるように俺たちの前に落下してきたのはリーダー格の男だった。

 そのHPバーは全損しており、蘇生アイテムの期限である十秒を超えてポリゴン片となって霧散する。

 アスナは目前の死に堪えられなくなったのかボス部屋に突進し、キリトと俺、あとからやってきたクライン率いる風林火山のメンバーも追って入場する。

 

 若干冷静さを欠いているアスナを補佐するようにキリトが立ち回り、俺とクラインが二人の作った隙に攻撃を加えて軍のメンバーからヘイトを奪い取る。

 その隙にクライン以外の風林火山のメンバーが生き残りをボス部屋の外へ運び出す。

 が、俺達が戦っているのはボス部屋の中央、対して生き残りがいる場所は入口の正反対だ。

 なかなか運び出すことが出来ず、そのうちにアスナの補佐で防御を繰り返しているキリトのHPがどんどん削れていく。

 

 ボスの攻撃がキリトの体を捉えると、そのHPを大きく削る。

 それを見て我に返ったアスナと俺たちに、キリトはボスの攻撃にソードスキルをぶちあてて空白の時間を生み出すと十秒持ちこたえてくれと要請する。

 

 俺もアスナもクラインも、速度重視の武器であるために武器防御には適さない。 

 二人はわからないが、そもそも俺は【武器防御】のスキルすら持っていないのだ。

 それを分かっていてそう頼んだということは、キリトには切り札があるということだろう。

 

 思いつくのは【二刀流】クリスマスのあの日に感じた違和感と、リズの打った剣が使われていないという事実。

 だが、ただ一つのスキルでボスを打ち倒すことが出来るのだろうか?

 俺も【成長の代償】と【食いしばり】でフロアボスを倒しはしたが、あれはGMに回収されるほどの反則スキルである。

 【二刀流】がそこまでの力を持っているのかは疑問だが、少なくとも状況を好転させる力は持っているだろうと信じてキリトを待つべくボスのヘイトを維持する。

 三人でタゲを分散し、ボスの振り向きにより時間を稼ぐという面倒な戦い方で十秒を稼ぎ、キリトが二本の剣を持っているのを横目で確認すると、ボスの胴体にソードスキルをぶち当てて再び一瞬の空白期間を作りキリトとスイッチする。

 

 それからのキリトはすごかった。

 左右の剣にライトエフェクトを纏わせ、何回ソードスキルを使っているんだと言わんばかりの連撃を繰り返す。

 その剣速は【急制動】を使用している時の俺を上回るのではと思わされるほどで、ボスの攻撃をギリギリで躱すような頭がおかしい攻防の末、ボスのHPバーを吹き飛ばした。

 キリトのHPバーはドット単位まで削られており、本当にギリギリの戦いだったことが見て取れる。

 本当ならば俺達も参加するべきだったのだろうが、キリトとボスの打ち合いがギリギリの綱渡りであることを理解していた俺たちは参加することでその均衡が崩れることを恐れて攻撃することが出来なかったのだ。

 キリトが吹き飛ばしたボスの体力は、早めのレッドゾーンに入ったラストゲージの三割ほどだったが、それでもまともな防御も回復も行わずに一息で成し遂げたキリトは凄いと思う。

 なぜなら、ソードスキル一回でゲージの三割を吹き飛ばすことが出来るというのならば、その瞬間火力は凄まじいものとなるからだ。

 あの時【二刀流】を取得しておけばと思う反面、あれはキリトが扱う脳筋剣だからこその結果だと思わされるところもある。 

 そもそも俺は器用ではないのでソードスキルはともかく普段の戦いで二本の剣を使うのは難しそうだ。

 

 ボスがポリゴンとなったことを見届けたキリトは、いつかの俺のように崩れ落ち、そこにアスナが駆け寄る。 

 HPバーが消滅していないこと、ポリゴンとなっていないことから生存はわかるが、やはり心配なのは心配なのだ。

 

 キリトほどではないが、俺達もさすがに疲れ、床に座り込む。

 もうフロアボス少数攻略は懲り懲りだ。




バーストはしょっちゅうイエローバーやレッドバーにまで削られているという裏設定があるのですが、それ用のエクストラスキルを考えておけばよかったと思いました。


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一芸に秀でる者は多芸に通ずとは言うが、ユニークスキルは流石にインチキだった

最近はスマホを触るとハーメルン開いて誤字報告や感想などがないかを確認するほどで、稀に夢にまで見ます。


 七十五層の転移門を有効化したあと、ホームに戻ってキリトのことをアルゴに報告する。

 アルゴは少し考えた後、誰かが記事にするダロと記事を書くことはしないようだった。

 ちなみに、俺のスキルの【猫神の加護】や【インカーネイト・オーバーライド】は一応攻略組に知られている。

 知られた時期がヒースクリフの【神聖剣】に近かったからユニークスキルを疑われたが、【猫神の加護】がバステト由来のバステト関連スキルであること、【インカーネイト・オーバーライド】はよく分からないが【猫神の加護】が生えた直後あたりに生えたということにしてテイマー専用か、特殊な条件があるエクストラスキルとして認知されている。

 【急制動】にもユニークスキル疑惑があったが、七十層に上がってからアスナを始め、敏捷ファイターが取得可能スキル欄に名前を確認したことからエクストラスキルであるということが決定した。

 尚、アスナたちは俺の【急制動】の使い方が気持ち悪くて【急制動】は取得しない方針らしい。

 

 つまり、キリトが正真正銘の二人目のユニークスキル使いであるのだが、なぜアルゴは情報を拡散しないのだろうと考えていると、いつの間にかアルゴに正座&重しとして(全然重くないのだが)膝の上にアルゴが俺と向かい合って座る態勢で説教が始まる。

 

 その説教は夜まで続き、二度とレイド単位以外でボス攻略に臨まないことを約束させられた。

 俺としても少数攻略はゴメンなのでしっかりと約束をして目尻に涙を溜めているアルゴを抱きしめて頭を撫でてやる。

 記事を書く時間よりも俺を説教する時間をとったということかな。

 愛されてるなぁ……。でもそんなSAOもあと四分の一。リアルで会えるのかどうか分からないが、その時まではこうしていたい。

 

 翌日、キリトの活躍は多少大げさに書かれてはいるものの、嘘はなくアインクラッド中に広まっていた。 

 それに加えてSAOの矛と盾。【二刀流】と【神聖剣】の決闘が告知された。

 表向きは二人のユニークスキル使いの強さを見せつけて士気を高めるためらしいが、本当の理由は血盟騎士団の幹部がキリトのアスナ独占をよく思っていなかったところに少数ボス攻略。

 流石に危険すぎる。我らが副団長を殺す気かと言った感じのヤツらを鎮めるために、ヒースクリフが「決闘してキリトくんが負けたらウチ(KOB)のヒラね」という感じで決闘を持ちかけたところ、脳筋のキリトは考えるより先に了承をしていたらしい。

 なお、キリトが勝った場合の商品は決めていないというヒースクリフの絶対性を信じている血盟騎士団員だが、あいつは昔(インチキスキル所持の)俺とボスアバターを利用したタイマン勝負で負けているんだぞ。

 キリトが必ず勝つとは言えないが、キリトの勝つ未来も十二分にあると俺は思っている。

 

 さて、茅場晶彦という男が団員を納得させるためにこんな面倒なことをするだろうか。

 あいつなら口先ひとつで丸め込めそうな気もするが……。

 なにか目的があるようだが、キリトをギルドに入れて何があるのだろうか。

 うむむ。わからん。わからんが少なくともゲームの根幹を揺るがすことにはならないだろう。

 俺もスキル交換のあとに何度かあいつと会っているが、俺への補填とレッドギルドに覗かれた時、あとは【神聖剣】の取得以外か?

 それ以外のタイミングではGM権限を使っていない感じだったし。

 二ヶ月ほど前に会った時は俺のレベリング速度が速すぎてトップとして追いつくために迷宮にもぐり続けるのが辛いと言っていたくらいだし。

 

 そして迎えた決闘当日。

 七十五層主街区の中央にお誂向きに設置されたコロッセオは空いている席がひとつもないほどの観戦客で溢れていた。

 

 コロッセオの中央で向き合うキリトとヒースクリフは、何やら会話をしているようだが、最前列の俺の位置からでもその内容を聞き取ることは出来なかった。

 その後、十メートルほど離れて右手をヒースクリフが操作すると、宙にカウントダウンが表示される。が、キリトもヒースクリフもその数字を注視することは無い。

 二年もこの世界にいれば少なからず決闘を経験する。

 つまり、慣れだ。最初の頃は数字を見ていたキリトも決闘を繰り返してそのセオリーを学び、体でカウントダウンを覚えたのだ。

 

 【DUEL】の表示がされると同時に二人が同時に動き出す。

 キリトの二刀流ソードスキルを盾と剣で捌いたヒースクリフは、再び空いた距離を詰めるように大盾に体を隠しながら突撃する。

 キリトは間合いを掴めず、剣から離れるように盾側に回避するが、十字架のような形をしている盾の下端で突く様に攻撃を繰り出す。

 あれは知らない攻撃だな。

 昔戦った時は円盾だったから当然か。

 キリトは左右の剣の腹を重ねて防御すると、その衝撃を利用してさらに距離をとる。

 

 攻撃の【二刀流】防御の【神聖剣】かと思われていたが、剣を二本扱える【二刀流】は武器防御に優れ、盾に攻撃判定がある【神聖剣】は手数に優れる。

 全く違うスキルなのにその恩恵はほぼ同じ。

 違うとすればどちらに重きを置かれているかと言うだけで、ユニークスキルの強さが際立つ攻防であった。

 その後も激しい攻防が繰り広げられ、初撃決着に足る決定打をお互いに与えられないまま決闘は進む。

 決闘が強制終了される五割近くまでお互いのHPは削れていき、ついにキリトが攻勢に出た。

 ボス戦でも見せた二刀流の超連撃。

 ヒースクリフのHPをガードの上からゴリゴリと削っていき、ついにヒースクリフの盾を剥がし、最後の一撃を加えようとした時に世界がブレた。

 これは、最前列にいて、超速の世界に足を置いている俺だから気がつけたことだろうか。

 ヒースクリフ以外の全オブジェクトの状態が固定され、その空間をヒースクリフだけが動いたような違和感。

 少なくともキリトは実感しているだろう。

 ――あいつズルしやがった!

 盾が奇妙に移動し、あっさりとキリトの攻撃を弾くと、ソードスキルの硬直で動けないキリトに簡単な突き攻撃を加え、決闘は終了した。

 

 世界に忠実な男だと思っていたがそうではなかったか? いや、違う。あのヒースクリフの表情はレッドを拘束した時と同じ顔だ。

 不本意ながら使わざるを得なかったような、そんな表情をしている。

 

 決闘の終了を告げるWINNER表示とともに湧く観客には目もくれず、ヒースクリフは控え室へ消えていった。

 

 勝者へのインタビューのようなものもなく不完全燃焼ながらも終了した翌日、黒の剣士キリトの血盟騎士団入団と、黒の剣士と閃光の結婚、及びしばらくの攻略休止という大ニュースを持って観客達に燻っていた熱は発散された。

 

 非公式(俺個人)の二人への質問では、決闘の後招集された二人にキリトの入団と、アスナの一時退団を認める旨が通知され、ついでとばかりにキリトも入団直後に一時退団。

 その後、何やかんやとぼかされて結婚に至ったらしい。

 尚、二人は下層の隅っこに新しい家を買って休暇を満喫するそうだ。




あとはユイちゃん時系列(何も考えてない)と七十五層の決戦だけですね。
主人公が主人公できるのはユイちゃん時系列の別場所の話だけなので結構悩みます。


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リアル知識を要求する謎解きはもう勘弁してほしい

もはや何を書いているのかわからない現象
最初から迷走してましたが。
あと1話か2話で完結すると思います。
なお、あとはほとんどキリトが主人公するのではないでしょうか。
スタートボタンを押しても問題なさそうです。


 あの決闘から数日、俺はレベリングに行く気力も湧かないままアルゴの護衛として上へ下へ右へ左へとアインクラッドの情報収集の補佐をしていた。

 そんなある日、久しぶりに猫族の祠へ一人でお参りに来たのだが、祠の扉のようなものが開かれ、中にワープしますよと言わんばかりの渦が出現していた。

 久しぶりのバステト関連イベントか?

 最近そこまで強いやつとは戦っていないが大丈夫だろうか?

 ……多分大丈夫だろう。そう思って渦に手を伸ばすと、転移する時特有の感覚とともに視界が光に包まれた。

 

 転移先は、明らかに今までのSAOとは気色が違う場所だった。

 そもそもアインクラッドの外に来ている。

 空中にある透明な床を確かめながら、先へ進むと、今度は金色の渦。もうどうにでもなれと再び俺は渦に飛び込んだ。

 

 次の転移場所は、黄土色の石で作られた超巨大円形闘技場だった。

 俺の向かい側にいるのは、百九十ほどのがっしりした巨体の頭に巨大なフンコロガシがくっついている――否、頭そのものがフンコロガシであるエネミーだ。

 

 ついに来たか。と思わされる。敵の名前は“ラー”エジプト神話の創造神とされる神である。

 HPバーは脅威の九本。これは復活はしないだろう。

 直近のバステトイベントは比較的な楽なものばかりだったから油断していたが、バステトイベントはフロアボスの討伐をさせようとする頭がおかしいイベントであることを忘れていた。

 少数攻略は懲り懲りだと思ったところに単数攻略。

 全く、めんどくさいことをしてくれる。

 

 とりあえずは予備の剣からかな。

 クイックチェンジで予備の剣を取り出し、構えるとラーは距離を詰めてその手に持った杖で薙ぎ払ってくる。

 地に伏せるように上体を屈め、攻撃を回避したあとに切り上げるように攻撃を繰り出す。

 その攻撃は正中線を綺麗に切り裂き、ラーのHPバーを目に見えて削った。

 

 ……バステトの農業ボーナスの昆虫特攻が効いてそうだ。

 これなら比較的楽に倒せるだろう。

 

 俺は切り上げで伸びきった体を、上側に縮めるように跳ぶと、ラーの胸板を蹴りつけて離脱する。

 距離をとった俺に再び距離を詰めて横凪の一撃を加えてこようとするラー。

 その攻撃はさっき見たばかりだ。

 同じ手段で回避しようとすると、屈んだところで左肩に激痛がはしる。

 見てみればそこにはラーの杖が叩きつけられていた。

 HPバーはギリギリでイエロー。

 俺の回復速度はかなり早いので攻撃を受けた直後はレッドまで削られていたのかもしれない。

 

 転がるように離脱してHPが回復するまで反撃は考えずに距離を取り続けて時間を稼ぐ。

 三度ほどラーの突進を受けたが、杖が振られたあとの空気の動き方や、土煙の舞い方がおかしかった。

 横に凪がれたのならば土煙は横に舞うはずだし、縦に叩きつけられたのなら左右に割れるように舞うはずなのだ。

 それなのに振られ方と舞い方に差がある。

 つまり、ラーの攻撃は見えているのと違う方から飛んでくる。

 さて、どうやって攻略するか。

 攻撃のあとにどのように振られたなと理解するのは簡単なのだが、カウンターを入れるためにはその前に攻撃の軌道を看破してそれに合った回避をしなければならない。

 やろうと思えば急速接近、急速離脱で攻撃を入れることは出来るだろうが、カウンターとしてダメージボーナスが乗らないし、何より疲れるので九本ゲージがあるこいつにやりたくない。

 

 それからHPが満タンになるたびにラーの攻撃を近距離で回避しようと試してみるのだが、なかなか上手くいかない。

 そして、何となく違和感がある。土煙も違和感の一因なのだが、それ以外になにか、絶対的に変なところがある気がするのだ。

 この普通ではありえないようなものを見た時のムズムズした感覚はそう感じるものではない。

 

 考えて、距離をとって、よく見て、理解する。

 ラーの腕と影の動きが一致していないのだ。

 そりゃあ違和感を感じるはずである。

 影の動きは土煙と連動している。つまり、影の動きから予想して動けばなんとかなるはずだ。

 太陽神が影の動きで攻略されるとは何たる皮肉か。連撃となると流石に影の動きを追えないために離脱することになるが、単発攻撃にカウンターを重ねていき、ようやくゲージを三段吹き飛ばした。

 すると、東側の空に浮かんでいた太陽が真上に移動し、ラーの姿もフンコロガシの男からハヤブサ頭の男へ変化した。

 ハヤブサのラーの攻撃手段はフンコロガシの頃と変わらず、杖による攻撃だ。

 しかし、先程まで脅威であった実際の動きと目に見える動きが違うということがなく、防御係数も低く設定されているのか、あっさりと再び三段のゲージを吹き飛ばし、あと三段だと思った瞬間、HPが減り、黒く染まっていたゲージに緑色の光が灯る。

 それは、HPの回復を意味していた。

 回復されたHPは三段。こいつがハヤブサになってから削った分と同等である。

 

 ギミックを解除しないとHPが回復するボスなんかはたまにいる。

 が、こいつの話は今まで全く聞かなかった。

 そもそもバステトイベントはすべてが突発的なのだから当たり前だ。

 つまり、ノーヒントでギミックの突破が必要というわけか。

 デスゲームでこんなことをさせるなんて絶対におかしい。

 

 さてさて攻撃を避けながら思考タイム。もう一回くらいは攻撃してもいいかもしれないが、どうせギミック持ちだ。

 

 ラーは多くの神と習合された存在であり、様々な姿を持つ。さっきのフンコロガシはその形態の一つであるケプリ。別の神という訳ではなく、ラーの別形態とされているものだ。

 いまの姿はハヤブサ。ラー・ホルアクティ――ラーとホルスが習合されたものであり、ラーの昼の姿はハヤブサとされている。

 夜の形態もあるが今は関係なさそうなので省略。

 多分、いまのラーはホルスの性質が前面に出ているものだと思う。

 ホルスは太陽の目と月の目を持ち、ハトホルを妻にする太陽神だ。

 少なくとも再生に関連する逸話は……。

 いや、昔セトとホルスが戦ったということを思い出した気がする。

 ホルスはセトの左足と男根をもぎ取って、ホルスは左目をセトに持っていかれたという話があったはずだ。

 その後、左目は月と時間の神、トートに癒されてホルスの元に戻ったという。

 そのことからホルスの左目は再生の象徴として見られることになったとか。

 そもそも、月とは満ちて欠けるものであり、それそのものが再生の象徴でもあるか。

 つまり、左目が無くなれば回復はできないだろ!

 そう思って俺は、()()()目を切り裂いた。

 左側。()()()()()左側。つまり、右目を切り裂いた。

 どうしてこんな簡単なミスをしたかと聞かれれば、答えは単純だ。

 戦闘中に考え事して左目が弱点だと看破して、テンションが上がって考えなしに攻撃をしたとか、そもそも戦闘中に左右を考えたことがなかったとか。色々あるが、俺が切り裂いた右目は、そのまま地面に落ちると、雌ライオンの頭を持つ女性となった。

 

 ホルスの左目は月の瞳、ウアジェトの目。

 ホルスの右目は太陽の瞳。では、その名前は?

 ラーの瞳である。 

 ラーは片目を作り替えて地上に落とし、その女神は、破壊の限りを尽くしたという。

 その女神は、ご存知セクメトである。

 ふざけんなと叫びたいが、これは俺のミス。

 ホルスの左目も切り裂いて視界を奪った後に、セクメトを見て戦いを始める。

 今回は中に誰もいなさそうだ。

 AIとしての戦い方のような気がする。

 セクメトも基本的には杖での攻撃と、いつかのように二種類のブレスをうち分けてくる。

 躱して攻撃、躱して攻撃。

 疫病をもらったらステータス低下がめんどくさいので結晶を割る。

 視界を奪ったはずのラーも攻撃をしてくるのでしっかり躱してから遠くに吹き飛ばす。

 こいつらの優しいところはボスなのにでかくないところである。

 普通のボスならば吹き飛ばすなんてことは出来ないのでとても優しい。

 でも、どうせ優しいならタイマン勝負して欲しい。

 セクメト自体はメイン討伐目標ではないからか、意外と体力が低く、いつかのように復活することもなかったので撃破。

 セクメトとの戦闘中に何度か吹き飛ばしたラーのHPもそこそこ削れていたので、四段目を削りきって残り三段。

 回復されることはなく、無事に次の段階に進みそうだ。

 次も変身するのだろう?

 たしか、羊だったか。

 

 そう思っていると、円形闘技場が浮き出して移動を始める。

 五分ほどでアインクラッドを見ることが出来る所まで移動し、やっとラーの第三形態が現れた。

 今までの半人半獣とは違い、完全な羊の姿だ。

 一般エネミーと比べれば大きいものの、フンコロガシよりは倒しやすそうだと思っていると、上から何かが降ってくる。

 後に跳んで回避すれば、そこにいるのは犬頭の人型。

 名前はセト。ああそうですか。

 今の俺は太陽の運行を妨げる冥界の悪魔ってことね。

 さて、相手はオシリスをバラバラ死体にするくらい強い軍神様だ。

 ラーがちょっかいかけてこないとしても厳しい戦いになりそうだ。

 

 セトは普通に強かった。炎の息を吐くわけでも、視界を奪ってくるわけでもないが、単純に強い。

 例えるのならば奇抜な攻撃手段を持つエネミーではなく、基礎を固めに固めてきた結果の強さ。

 攻略組のヤツらが持つような強さである。

 早く巧みな杖さばきに、足での攻撃など、なかなか苦戦させられる。

 こちらも杖をくぐり抜けるように肉薄し、攻撃を加え、足での下段攻撃は【体術】のソードスキルでサマーソルトを行い回避する。 

 超近距離での踊るような戦闘がどれほど続いたか。 

 俺のHPも何度か赤くなり、その度に防戦へと入りを繰り返したが、最後は足技を読んだソードスキルで左足を切り飛ばして撃破した。

 

 セトがポリゴン片となり消滅すると、宙に浮いていた闘技場が大きく揺れ、羊の姿をしているラーが夜の闇に包まれてそのHPバーを減らしていく。

 ラーが闇に包まれたことで暗くなったことにより耳にかけられた太陽神の瞳が発光を始める。

 

 やっとクリアか。と思った瞬間、勾玉からバステトが出てきてラーの闇へ向かって走る。

 あれが演出であれば問題は無いが、ダメージ判定があればバステトはあっさりと死んでしまうだろう。 

 【急制動】でバステトを捕まえるが、俺の腕の中で暴れるバステト。

 ……もしかしなくても助けたいとかか? 

 いちおうラーの娘とされることもあるしな。 

 さて、救うとして、何をするべきか。

 バステトがこんな反応をするということはどこかに道があるはずだが……。

 

 闇を中和できないかと太陽神の瞳を近づけてみる。効果はなし。

 太陽の運行を妨げる闇、つまりアペブと仮定してアペブを拘束するための鎖を巻き付けてみる。効果は皆無ではないがHPの減少は止まらない。

 何かないかと周囲を見てみれば、俺が切り飛ばしたセトの左足が消滅せずに転がっていた。 

 セトの左足を拾って闇に投げつける。やはり効果がない訳では無いがHPの減少は止まらない。

 

 万事休すか。

 最後の悪あがきとして闇を攻撃してみよう。 

 どうせ当たらないかラーのHPが削れるだけだろうが。

 武器は【猫神の加護】が乗る切り札。

 バフは【インカーネイト・オーバライド】まで含めた全乗せ。

 LAボーナスは頂いていくぞと一閃すれば、闇は切り裂かれ、その直後、ラーのHPバーもゼロとなった。

 暗く、太陽神の瞳の光で見通していた空間は太陽に照らされたように明るくなり、俺の足元にここへ来る時に通った金色の渦が出現し、転移の光に飲み込まれる。

 報酬貰ってないのだがと思ったが、転移の強制力には適わず、視界が白く染まった瞬間、一瞬の浮遊感とともに転移先へ移動した。



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斬れぬものなどあんまりない! とはいうが、本当に斬れるとは思わなかった

SAOのステータスってどうなっているのでしょうか
原作1巻p91ではレベルアップで上昇するのはhp筋力敏捷力とスキルスロット。
1巻p266-267にかけては筋力と敏捷力のどちらを上げるか任意となっています。

このことから
①ドラクエ式にレペルアップで固定値上昇があり、ステータスポイントの割り振りのようなものもある

②p91の方の上がるというのは振り分けられるという意味でステータスポイントしか存在しない

のどちらかかなーと思います。
あと振り分け可能なステータスは筋力と敏捷力しかないのでしょうか?
ALOではステータスはなさそうなので省いて、GGOではSVRVITDEXAGLなどが出てきますし。

追記:原作8巻p382に思いっきり書いてありましたね
このふたつしか能動的に上げられるステータスがないというのは主人公のキャラを出すのになかなか苦労しそうですね

わからん!

あと一話か二話で終わります


 ラーの闇を切り裂いてから一週間後、結局何も報酬は得られなかったなと思いながら七十五層の迷宮区をぶらぶら歩いていると、攻略会議で見慣れた顔が二十個ほど固まって移動しているのを発見した。

 近づいて声をかけてみれば偵察に向かうらしい。

 もうマッピングが終わっていたのかと思いながらも、じゃあ俺も参加させてくれと言えば彼らはソロプレイヤー――キリトがギルドに入り俺だけになってしまったが――に悪感情を持っていない連中だったため快く参加を許可してくれた。

 

 七十五層はクォーターポイントであるため、慎重に偵察を行うそうだ。

 ガチガチのタンクをまずは入らせて、扉の外から後衛が観察、タンクたちには結晶の類を全開で使用してもらい、ある程度パターンが剥がれるか誰かが離脱したら全員転移となるらしい。

 因みに、後衛組はスタンや麻痺などがおきた場合の救助要因で、敏捷力高めのメンバーだ。

 俺はどちらでも良かったが、タンク組とは違う戦い方であるためその速さを活かして後衛に入ることになった。

 ボス部屋まで先導されて移動すると、相変わらず禍々しい扉。

 その威圧感は七十四層のものと比べ物にならないほどの気がする。

 

 扉を開け、タンク十名がボス部屋に入る。

 ゆっくりと進んでいき、ちょうど中心へとたどり着いた時に、ドンという大きな音を立てて両開きの扉が閉じられた。

 

 後衛組のリーダーは、とりあえずもう一回開くことを提案し、全員で押したり引いたり上にあげたり下にさげたり、左右にずらしてみるが効果は無し。 

 ならばとシーフ系列のスキルをマスターしているやつが解錠を試みるが、そもそも鍵開けが実行できない。

 最終手段として扉を攻撃してみるが、何度攻撃しようが返ってくる音は一定で、壊せそうには思えなかった。

 一発の火力が足りていないのではと思った俺は、切り札である剣を取り出してバステトにステータス増強系のバフをかけてもらって【インカーネイト・オーバーライド】を起動し、【片手剣】単発ソードスキル最大威力の重攻撃を仕掛ける。

 明らかに今までの攻撃とは違う音のあと、扉に穴が空いた。

 穴と言っても腕一本通るかどうかという小さな穴だ。

 今度は斬撃系の最大威力技を選択し、攻撃を加える。

 破壊不可属性が付与された物体を攻撃しているような感触が続き、剣をふり終わると切り付けた範囲より明らかに広い範囲が切断され、扉の下半分が消滅した。

 中には骸骨のムカデのようなボスと、三人まで数を減らしたタンク隊。

 まだ五分も経っていない。

 俺は増強されたステータスを解放し、骸骨に向かって走り、その勢いをのせて骸骨の横っ腹を思いっきり強打すると、骸骨は横転して転がっていく。

 その隙を逃さずにタンク隊を離脱させてその後に俺も続いた。

 

 全員で転移結晶を砕いて――結晶代は攻略組のギルドが負担してくれるらしい――五十五層、血盟騎士団の本部がある街へ転移した。

 

 血盟騎士団のボス攻略担当のプレイヤーに七十五層のボス部屋で起こった事を話すと、この話は団長に上げておく。

 今日はご苦労さまだった。ゆっくりと休んでくれと言われ解散になった。

 

 解散後、ボス部屋の扉を切り裂いた感触に違和感しかなかった俺は破壊不可属性が付与されたオブジェクトを何度か攻撃してみていた。

 感触としては似ているが、なんだか違う気がする。

 そもそも破壊不可設定がされている物体は攻撃すると紫色のシステムエフェクトが出るのだから、それが出なかったあの扉がそうでないことは明らかだ。

 まあいいか。

 明日にも攻略会議が行われるだろう。

 それまでに二回の攻撃だけで異常に耐久力が削られたこの剣を直してもらいに行くとしよう。

 

 リズの店へ行き、修理を頼むとかなり驚かれた。

 俺はこの剣を基本的にフロアボスでしか使わないし、その際の耐久度の減少だって三割がいいところだ。

 なのに耐久力は半減、最近はフロアボスの攻略も行われていないとなればどうしてこうなったのかと気になるらしい。

 単純に二回扉を切ったといえば、二回だけでこんなに削れるのか、とか切る必要がある扉って何とか聞かれるが、明日にはボス攻略があるかもしれないから朝までに頼むというと、すべてに納得したようで、完璧に仕上げてあげるから待っててと鍛冶場と売り場のあいだの部屋の椅子に座らされた。

 

 三十分ほど待てばかんせーい! という言葉と共にドアが大きく開け放たれ、剣がポイッと飛んでくる。

 剣のステータスを確認すれば文字通り完璧だ。

 本来は耐久度が半減したアイテムを修復する際には最大耐久度が下がることがあるのだが、それがなく。しっかりと耐久度が回復している。

 それだけではなく、修理ボーナスと呼ばれる耐久度回復処理のあとに確率で付与されるボーナスステータスまで付いている。

 

 思わずリズの頭を撫でるが、あんたじゃなくてキリトにしてもらいたいのと一蹴される。

 お礼としてキリトに明日攻略会議あるから手入れをしておけとメッセージを送ると、それじゃあアスナも来ちゃうじゃないと項垂れるリズ。

 それでも二人の剣を完璧にしてやるわとガッツポーズをして鍛冶場に入っていった。

 

 俺はリズの店を出ると、大きく深呼吸して明日の攻略会議に向けて意識を切り替えていった。




ほかのプレイヤーが壊せなかった扉を壊したり、範囲が拡大していたり……一体どんなトリックがあるんだ……?


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意志の力ってなんやねんと思っていたが納得させられた。

あと1話です
長くてもあと2話


 翌日、予想通りに招集がかかり、ボス攻略会議が行われた。

 ヒースクリフが偵察結果を話し、結晶無効化に加え、ボス部屋の入口が閉ざされるという状況に動揺が広がっていたが、ヒースクリフの俺が扉を壊した。という言葉に安堵のため息が一斉に上がる。

 あまり士気を下げることは言いたくはないが、もう一度やれと言われてやれる気はしないと発言すると、その理由を問われる。

 

 なんというか、ステータスとかバフとかスキルとか武器とかで壊せた気がしないのだ。

 何に要因があるかわからない以上、前回と全く同じことをしてもその何かが欠けているかもしれない。

 そう言うとヒースクリフは興味深そうに顎に手を当てた後、扉の破壊は最終手段とすると言ってボスの情報を話していった。

 

 タンク組の話では、あの骸骨の正面にある二振りの鎌は防御力無視、または即死効果があり、盾や武器でガードできなかったプレイヤーが一撃でやられたそうだ。

 さらに、側面の無数の足も攻撃手段としていて、敵が移動するだけで鋭い足が襲ってくるという。

 攻略会議としては異例の六時間以上の会議の末、前方の鎌はタンクではなくトッププレイヤー中のトッププレイヤーである、俺とヒースクリフ、キリトとアスナが請け負うことになった。

 メイン攻撃を相手にすることがないタンク組は側面の足を担当することになり、火力担当として瞬間火力が高い一撃型や、一瞬で手数を出せるカタナ使いなどが側面に。

 

 会議初期は士気がかなり低かったものの、ここを突破しなければどうせこの世界で死ぬだけだということを感じさせるヒースクリフの言葉で士気は上がり、日をまたいでもその熱は継続すると思われたが三時間の休憩の後にボス攻略を行うことになった。

 

 俺は、攻略会議の時から【インカーネイト・オーバーライド】を起動していたので、三時間休憩のあとならば冷却は終了している。

 ボス戦では一撃もらっても最高火力を維持できるということだ。

 

 会議が行われた広場のベンチに寝転がり休憩していると、ヒースクリフがやって来て俺にひとつの仮説を話した。

 それは、茅場がこの世界を作った秘めた理由に関係するそうで、心意がどうのと言っていたがよく分からなかった。

 曰く、【インカーネイト・オーバーライド】は心意を使うための脳機能やらなんやらを刺激するもので、そもそも最初から非活性だった場合はスキル自体獲得出来ないとのこと。

 スキルを使い続けた俺は人よりも心意に近づいているので使うことが出来たとかできないとか。

 茅場はいつかこの目で見れることを期待しているよと言ってギルドのほうに戻っていった。

 そして三時間後、結晶無効化空間での戦闘になるため、普段は結晶を買い集めるところ、最高級の回復ポーションをポーチに詰め込んだプレイヤー達が集結していた。

 俺の秒間回復量は異常だが、それでも回復が追いつかない可能性もあるので効果時間と回復量が長く多いものを多く選択して購入してある。

 本来は効果時間が短く(≒素早く回復できる)ポーションが好まれるのだが、俺は別方向だ。

 集まったプレイヤー達の中にはエギルやクラインたちもいて、キリトや俺に軽口を言ってくる。

 張り詰められていた雰囲気が幾らか弛緩し、丁度いい具合となったところでヒースクリフが回廊結晶を砕き、現れたゲートに俺たちは入っていった。

 

 ゲートの先には閉じられた両開きの扉。

 しかしその扉には見覚えのある傷がついていた。

 俺が開けた穴と切り裂いた位置が修復できなかったかのように歪みを持って存在していたのだ。

 それでも上下半分になっていたはずの扉はくっついているので俺たちを閉じ込める機能に問題は無いのだろう。

 

 ヒースクリフが扉を開き、俺たち鎌組を戦闘に、逆V字になって部屋に入る。

 偵察隊からの情報で、中央に達してからワンアクション後――ドアが音を立てて閉じた――上からボスが降ってくる!

 中心に達していた俺たち四人はバックステップし、その後に逆V字に広がっていたがプレイヤー達はタンクを内側に、円を書くように広がった。

 

 俺たち四人の鎌対処手段はこうだ。

・ヒースクリフが頑張ってひとりで鎌を一本受け持つ

・アスナとキリトが頑張ってもう一本を受け持つ

・俺が頑張って側面組よりダメージを稼いでヘイトを正面に向けさせながら【隠蔽】のスキルでパーティメンバーのヒースクリフ、キリト、アスナにヘイトを押し付ける。

 

 俺がダメージレースに負ければ側面組がなぎ払われるし、どちらかの鎌が抜ければ多分俺は一撃で死ぬ。

 不死身プレイができなくなってからここまであの時が恵まれていたと感じたことは無い。

 だがヒースクリフは茅場だし、キリトとアスナは最強夫婦だ。俺が死ぬことはないだろう。

 

 【軽業】【急制動】【加速】に加え、装備についている空中動作可能オプションで常時浮かびながらという言葉がふさわしいほどの戦い方で骸骨にダメージを加えていく。

 空中の歩数制限は【体術】のソードスキルで誤魔化したり、骸骨の顔を足場にしてリセットしたりと攻撃を加える。

 

 下側は三人でスペースがちょっとキツめなので俺はできるだけ降りない戦い方をせざるを得ない。

 さらに、ヘイト値を予測しながら【隠蔽】スキルで三人にヘイトを押し付けていく。

 遅ければ鎌は空中の俺の体を切り裂くだろうし、早ければ冷却時間が間に合わなくなる。

 空中で戦いながらの緻密なヘイト管理。

 鎌こそ飛んでこないものの、口で食らいついてこようとするので首の可動域を超えた高所にいなくてはいけないのでなかなかに辛い。

 

 俺が完全に攻撃一本に専念でき、それ以外のことはヘイト管理しかやっていなかったからか、通常のボス攻略より短めの四十分で討伐は成功した。

 足場にする骸骨が砕け、情けなく落下しダメージを受けて【インカーネイト・オーバーライド】が切れるが、ボス攻略が終わった今ならば問題ない。

 慣れない完全空中戦に、ミスを許されないヘイト管理をしていた脳から熱が抜けると同時に強烈な頭痛が襲う。

 向こうで脳内出血でも起こっているのではないかと錯覚するほどだ。

 側面組も全員無事、その多くが大の字になって寝転がっている。

 即死攻撃こそ飛んでは来なかったものの、無数の足の攻撃を捌くのはなかなか大変だったのだろう。

 キリトたちもお互いに寄りかかるように座り込んでおり、ヒースクリフは変わらず俺たちを眺めていた。

 ……少しばかりは疲れた演技でもしないと聡いやつにはそろそろバレるんじゃないかと思う。

 今回は最後のクウォーターポイントだし、その内容も凄まじいものだったのだから。

 

 そう思いながら頭痛をこらえるために一瞬目を瞑ると、破壊不可属性が付与されているものに攻撃をした時特有の音が聞こえた。

 慌ててヒースクリフの方を見れば、予想通りその正面にシステム的不死を告げるメッセージと、そのメッセージに剣を阻まれたキリトの姿があった。

 

 あーあ。これでこの世界も終わりかな。

 恐らくこのあとは決闘の流れになってキリトが勝てばゲームクリア。負ければ茅場は攻略組を抜けてどっかに行くし、アスナはたぶん立ち直れない。

 血盟騎士団は崩壊して聖龍連合だけになるが、流石にヒースクリフのカリスマは超えられない。

 少しずつプレイヤーは減っていき、八十層になる頃には攻略組はいなくなるだろう。

 流石に俺一人でここから先を制覇していく自信はないし、この世界はこの瞬間に終了だ。

 

 そんなことを寝転がりながら考えているうちに、キリトはヒースクリフ=茅場晶彦と結びつけた推理を話していたらしく、見事だと茅場が答えていた。

 KOBのメンバーの一人が激昂して茅場に切りかかるがいつかのように左手を操作して麻痺させる。

 その直後、どさどさという音が聞こえて全プレイヤーが麻痺させられたのだろうと結論づける。

 実際に俺の体力バーにも麻痺を知らせる表示がされている。

 俺は装備で麻痺は半減しているし、バフがかかっていれば現状最高レベルでも数秒で解毒されるのだが、そうならないことを見るにシステム的な強制麻痺だろう。

 左手で体を動かして首を傾けるだけで二人を見ることができるように体の位置を変える。

 

 茅場とキリトの決闘が始まり、闘技場で行われた時よりも激しい攻防が繰り広げられる。

 ボス戦直後だというのにすごいな。

 俺は他人事のように考えながら観戦していると、今までソードスキルを使わずに立ち回っていたキリトがソードスキルを起動した。

 茅場はニヤリと笑う。

 あーあ。死んだなキリトのやつ。それにしても考えられるうち最悪の終わり方か。

 

 ソードスキルを完全に捌ききった茅場が、キリトの体力を全損させるためにソードスキルを放つ。

 その攻撃はどういう手段かシステム的麻痺を抜け出したアスナがキリトを庇うことで防がれた。

 代わりにアスナのHPが全損し、何度も見たポリゴンの欠片となって消えていった。

 

 キリトは絶望したようにアスナが残した細剣を左手に持つと、攻撃とも言えない動作で茅場に切りかかる。

 茅場は盾で防ぐこともせずに右手のエリュシデータを弾き飛ばすと、アスナの体力を全損させた技と同じ技でキリトの胸を貫いた。

 キリトの体力バーが削れていき、ゼロになるその直前、茅場のオーバーアシストにも似たブレがキリトの体に起こり、キリトが左手に残ったアスナの細剣で茅場の胸を貫いた。

 

 なるほど。心意、意志の力。茅場が見たかったものはあれなのだろう。茅場は抵抗することもなく体力バーを減らし、その体力がゼロになると同時にシステムアナウンスによってゲームクリアが通知された。



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別れと別れと別れと……

とりあえず終わりです。
ALO編とGGO編には期待せずに待っていてください。
しばらくしたらまたSAO書こうと思っている(設定書き始めている)のでそれが終わるかエタるかしたら書こうかなーと思います。


 気がつけば夕焼けの中に存在していた。

 アインクラッドが一望出来ることから猫族の祠から一時的に跳んだ場所だろうか。

 起き上がって周囲を見回せば、雑誌で何度か見た気がする顔が存在していた。

 

 その顔、茅場は先程キリトくんたちと挨拶をしてきたよと言った。

 

 俺は、予想より早く終わって終わり方もめちゃくちゃだったけど楽しめたよとお礼を言う。

 茅場も私もこの世界に求めたものをすべて回収できたという。

 

 なるほど、やはりあれが心意の力か。

 茅場にあの崩れかかっている城は攻撃しても平気なのかと問う。

 疑問符を浮かべたあとに問題は無いが、手段はあるのかねと口元を歪めて言った。

 

 あるぜ。とっておきのがな。

 キリトとアスナを見て俺は理解した。心意とはこういうものだ。

 半透明となった体で半透明となった鞘から俺が切り札としていた剣を抜く。

 その剣を透明な床に垂らし、振り上げる。

 俺が自然体で敵と戦うことに多用していた技とも言えないそのひと振りは床を割き、雲を割く。

 無数の破壊不可ウィンドウを突き破りついにアインクラッドにひと振りの傷を付けた。

 

 距離も威力も関係なく、システムすら超越する意志の力。

 人に最初から宿り、しかし振るわれない振るえない力。

 仮想世界でデスゲームという極限状態に陥ってもなおその使用者は現れない。

 そりゃあ見てみたくなるものだ。

 キリトに先は越されたが、お礼として見せることが出来て何よりだ。

 

 その後、俺は茅場に剣と盾を投げつける。

 最下層で買える安売りだ。しかし、その盾は十字盾となっている。

 俺も最初にアルゴに教えてもらって入手した直刀を構える。

 

「最後なんだ。インチキスキルとインチキアバターに頼らなければどちらが強いのか確かめようぜ」

 

 茅場はふっと笑うと、今までのすべてを成し遂げた顔から一転。キリトとの決闘ですら見せなかった表情になって白衣を脱ぎ捨てて剣を構える。

 

 体が重い――ステータスの恩恵を受けなくなったのだから当たり前だ。

 剣が重い――それが命を奪う武器の重さだ。

 

 俺と茅場は決闘の開始を告げるものなど何もなく同時に駆け出した。

 

 その中心点に到達すると、茅場は横薙ぎの一撃を振るう。

 防御に重きを置いた茅場らしくない一撃だが、その目には炎が点っていた。

 結局、剣に魅入られたからこそ二年間も戦っていたということだ。

 屈んで躱し、突きによってダメージを与えようとするが、それを茅場は盾を回すことにより十字部分を動かして受け止める。

 

 屈み、突きによって腕を伸ばしている俺に向けて垂直の振り下ろし。

 盾とは逆側に転がって回避し、立ち上がりながら剣を切り上げる。

 茅場はステップにより回避して、一瞬の膠着状態が生まれた。

 次に動くのは俺。透明な床を舐めるように姿勢を下げて接近すると、切り上げるために剣の刃を縦になるように持ち替える。

 それを見て茅場が動いたことを確認し、そのまま横に叩きつけた。

 茅場は上側に足をまとめるようにジャンプして回避すると、そのまま上側から切りつけてくる。

 回避は無理だと判断した俺は、茅場の盾を蹴りつけて体勢を崩させ、同時に距離をとる。

 

 茅場がこれでは千日手だなと言って、もうそろそろ時間だという。

 見ればアインクラッドはほぼ全て崩壊していた。

 ちょっとインチキかなと思いつつも覚えたての心意を足に宿らせる。

 過剰光が発生し、その足で床を蹴り出せばとてつもないスピードで飛翔していた。

 が、茅場は横に避けてそれを回避。

 そして、もう時間だ。私の脳のスキャニングが成功すればまた会えるだろう。それまでにその力を十全に発揮できるようにしておいてくれたまえ。

 と言って消えていった。

 それと同時に透明な床が割れ、久しぶりの、それこそ二年ぶりのログアウト特有の感覚が襲ってきた。

 

 さよならアインクラッド。

 

 

 次に目が覚めたのは病院だった。

 ナースコールを押して体に刺さっている針や電極などをはがす。

 ベッドの淵を支えにして立ち上がり、壁に手をつくとこの二年間での衰えを感じざるを得ない。

 あの空で感じた重さの何倍も重い。

 もとから筋肉質ではなかったが、あそこでの身体能力くらいは取り戻したいなと思いながらベッドの周囲をしばらく歩いた。

 疲れてベッドに座り込むと同時にナースがやって来て俺をベッドに再び寝かしつけると電極の類をつけ直していく。

 それから三日後、電気マッサージによって本当に最低限の筋力を取り戻した俺は、リハビリを行っていた。

 走るとか、ダンベルをあげるなんてものは夢のまた夢。

 五百ミリリットルペットボトルを入れたビニール袋を持って服を着て病室を歩き回るだけだ。

 五百ミリリットルペットボトルは十キロを超える重さに感じられ、布の服は皮か何かで出来ているのではと思うくらい重さを感じさせる。

 そんなリハビリを一週間ほど続けるとSAO対策何とかとかいうところのお偉いさんがやってきた。

 サーバーをモニタリングして得ることが出来る位置情報とレベルから俺を攻略組だと断定して押しかけてきたそうだ。

 SAOにログインしていたプレイヤーは大多数がログアウトできたが、死者を除いて三百名ほどがログアウトせずにいるということを聞いた。

 内側の情報を色々と提供して、プレイヤーネームをいってもらえばリアルを教えるがというお偉いさんだが、俺にはその気は湧かなかった。

 アルゴには会いたいが、たぶんアルゴは俺に会わない方がいい気がする。

 適当に拒否すれば、キリトくんはなんやかんやと聞かれてつい反応する。

 キリトではなく和人と言ったらしく、キリトのリアルネームらしい。

 キリトが生きてるってことはアスナも生きてるのかなと聞いてみれば、アスナはログアウトできてない組らしい。

 なんとなく嫌な予感がしたが、とりあえずはまともに活動できるようにしないと解決もできない。

 リハビリ施設も整っている事だし、SAO未帰還者救出に協力するとかなんとか言って、俺は東京に出ることにした。

 昔はこの街にいたあの子も俺が壁をやれなくなったからと言うと自意識過剰かもしれないが東京に行ったみたいだし。

 会えるとは思わないが、東京中をリハビリがてらに歩いていれば可能性はあるだろう。

 

 お偉いさんをうまいこと丸め込んで(丸め込まれてもらって)資金などは負担してもらうことになった俺はその二日後、東京に飛び出した。




ヒロインはアルゴらしいですが、最終話付近に登場していません。
タグ詐欺というタグをつけるかアルゴのタグを消してください。

(Good:999/Bad;0)[返信]


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ALO
まさかまさかとは思っていたが手抜きゲーだな。


完結と言ったな。
あれは嘘だ。
新しく書いていた方は序盤書いただけで満足しちゃったのでこっち続けます。

筋トレとか全く知らないので適当ですがVR実現できる世界観ではこんな感じということで。


 東京に飛び出した俺は、ひとまず病院で筋力をジムに通えるくらいに回復させた。

 中央の技術は割とすごいもので、一週間も経たずに貧弱ヒョロもやしくらいにはなったのでそこからはトレーナーをつけてもらってジム通い。

 走って腕立てすればいいと思っていたが、剣を振るうにはインナーマッスルとかも重要とかなんとか言われて、そういう筋肉を発達させる為のトレーニングもした甲斐もあり、復帰からひと月半――十二月半ばでそこらの不良には筋肉量で劣らないほどになった。

 四十日でそんなになれるの? とは俺も思ったのだが、砂漠に数年間放置したカピカピのスポンジに水を吸い込ませる作業だったからこそここまで早く完成したとのこと。

 つまりSAOサバイバーはやろうと思えばムキムキになれるということだな。

 俺は体の表面に筋肉が出るタイプではないらしく、相変わらずのほっそり女顔なのだが、とりあえずはここで満足しておくことにする。

 トレーナー曰く、俺みたいなタイプは磨けば磨くほど筋肉量が増えていき、最終的に筋肉ダルマになるらしいので遠慮しておいたのだ。

 トレーナーとお別れする際に、日々の筋トレを怠ると急造の筋肉だから結構すぐに衰えるよ。と教えて貰ったため、餞別として筋力維持メニューを受け取った。

 内容はジョギングや腕立てのような特別な器具がなくても行えるものの詰め合わせだったので流石だと言わざるを得ない。

 

 ジム詰めで、スケジュールのゼロから二十四まで管理されていた生活が終わり、俺はVR空間に久しぶりにダイブしたくなったため、今一番大きいVRMMOであるALOを購入することにした。

 VRハードの現行機はアミュスフィアというらしいが、それは脳みそレンチンが絶対に起きないようにナーヴギアの脳波観測機能を落とした安全だが機能に欠けるものであったため、お偉いさんを拝み倒してナーヴギアの回収をやめてもらったのだ。

 一度だけアミュスフィアでダイブしたが、あの違和感は凄まじいものだった。

 脳からの命令を汲み取る機能が劣化しているせいか、素早く動こうとすると命令が間に合わずに転ぶのだ。

 二度とあの欠陥機を使うものかと誓ったほどだ。

 ALOの規約ではナーヴギアを使用してもハードウェアチートにならないそうなので存分に遊ぶことが出来る。

 ALOは家電量販店でも売っているくらいには人気ゲームなので東京に来る際に借りたボロアパートから出て店へ向かう。

 今はまだSAOサバイバー用の学校が整備されていないので少なくとも四月までは遊び放題だ。

 

 ちょうどこの時間は中学高校の下校時間のようで、制服をきた人達がチラホラと。

 SAO時代に接した人は年上か同年代でもキリトやアスナのように明確な目標とそれを成し遂げるという意志を持っていた人達ばかりだったが、普通に生きている少年少女はそんな目をしないらしい。

 そんなことを考えながら駅二つ分ほど離れたところにある家電量販店まで走り、ALOを購入する。

 金はSAO被害者への慰謝料や対策本部のお偉いさんから貰ったりで暫くは何とかなりそうだ。

 学校が始まってからは対策本部に協力した代金として給料も入るらしいし、考えることはさほどない。

 帰りも走っていると、俺の城であるボロアパート最寄りの大型病院を通りがかった時に首筋にピリッと電気が走ったような気がした。

 SAO時代の殺気としか表現出来ないものを感じ取った時の感覚。

 慌ててバックステップして姿勢を低くして――

 首を振って立ち上がる。

 もうあのゲームは終わったんだしただの気のせいだろう。

 家に帰った俺はタオルで汗を拭って薄手の服に着替えてからナーヴギアをセットする。

 流石にSAOのソフトは回収されていたので長らく空っぽだったスロットにALOのソフトを挿入し、有線LANを繋いで準備完了。

 今は体が熱いが外は冬。タオルケットを被って魔法の言葉を口にする。

 ――リンクスタート

 

 

 久しぶりのダイブで五感をこちら側に送るためのゲートを潜り、簡単なセットアップ空間に下り立つ。

 まずはアカウント登録。

 IDはSAO以前から使っているものを流用し、パスワードも以下略。

 キャラクターネームは迷うことなくBastと入力する。

 実際は猫神系列の誰の名前をいただくかを悩んだりもしたが、結局これに落ち着くのだった。

 種族も一覧を見た瞬間に決めていたケットシーに。

 ALOは原則種族で固まって遊ぶゲームらしいので、猫耳の女の子がいる種族を選択――という訳ではなく、単純に猫つながりだ。

 さらに理由を求めるならば、突出した属性適応を持たない代わりに凹んだところもなく、ついでに五感が鋭く、テイムモンスターを連れる事も出来るらしいのでこれにしたのだ。

 どうせ俺は魔法をあまり使わないだろうから突出した属性は必要ない。

 属性適応と言っても消費MP軽減だったり威力・継続時間上昇だったりとそこまで重大なものではないのであとから魔法を使いたくなっても問題は無いだろう。

 種族を決定し、いざ妖精の世界へと最終確認ボタンを押した俺は、金色の渦に呑まれて転移していた。

 転移先はケットシー領の中心。

 周囲を見渡せば男男男。

 ああ、VRになったことで女性人口は増えたけどやっぱり男ばっかなんだな。

 ネカマネナベもできないようになっているし、ちょっと残念。

 次にアバターを確認する。

 ケットシー特有の猫耳と尻尾。

 尻尾は確認してみるにへその裏側より少し下から生えているらしい。

 意識してみると、尻尾を動かすことが出来た。

 先っぽだけを動かしてハートの形を作ってみたり、豚の尻尾のように丸めてみたりと結構できるようだったが、とりあえずは腹に巻いておく。

 プラプラしていて集中しにくい。

 次はALO目玉の翅。

 事前情報ではコントローラー操作と随意飛行というものがあって後者はイメージで飛ぶらしい。

 左手でコントローラーを出現させて適当にスティックをいじって見るが翅を強制的に動かされているようで気持ちが悪い。

 今の操作で翅の感覚は掴んだので尻尾のように動かしてみれば、浮力が生じてコントローラーが消滅。

 随意飛行ができるようになったみたいだ。

 次はスキルの確認だな。

 最初に装着するのは武器か魔法と翅系か魔力系。スロットをユルドで拡張してもう一種類翅系か魔力系らしい。

 ステータスを開いてみれば、そこには既に複数のスキルがハマり、拡張されたものが。

 スロットは十個も拡張されており、初期スロット合わせて十二個のスキルスロットには以下の十個のスキルが装着されていた。

【片手剣】【精密動作】【軽業】

【体術】【隠蔽】【索敵】

【急制動】【加速】【疾走】【裁縫】

 

 片手剣、精密動作となぞっていき、急制動が出てきてようやく気がつく。 

 これ、俺のSAO時代のスキルだ。

 ストレージを開けば殆どが文字化けしている。

 アルゴとの共有ストレージだったので勝手に捨てるのは申し訳ない気がするが、バグ検索に引っかかったら厄介なので文字化けしているものを全て捨てると、残ったのは勾玉がひとつと直刀が一本だった。

 勾玉は言わずもがな二年間ずっと首にかけていたバステトの勾玉。

 直刀は最後に茅場と戦った時に使った初期装備だ。

 勾玉と直刀を装備して思考タイム。

 まさかまさかとは思っていたがこうなるとはね。

 ALOは生い立ちやそのグラフィックからしてSAOのデータをコピーして改変を加えたもの疑惑が俺の中にはあったのだが、本当にそうだとは思わなかった。 

 二年近く前のことを思い出せば、茅場は詠唱データも没となったがあると言っていたし、飛行系のエンジンもNPC用に開発してあると言っていたのでそれを掘り起こしてちょっと改変したのだろう。

 ……手抜き&パクリじゃねーか!

 という言葉は飲み込んで、SAOのパクリならこのスキルを持っていても問題ないかなと納得して最後に勾玉を二回つついてみる。

 やはり勾玉からはバステトは現れず――と言ったことはなく普通に出てきた。

 ステータスを確認してみると確かにバステトだ。

 バフの種類はかなり多い。

 しかし、バフの強度は下がっているし俺の生命線だったリジェネは十秒で二百とかなり落ちている。

 まあ、あの数値はデフォルトではなくフロアボスソロ攻略ボーナスだったのだから仕方ないか。

 ついでにバフをかけるのにはバステトのMPを使うらしいので昔みたいに大量に重ねてもらうのは難しそうだ。

 通貨もアホみたいにあるのでとりあえずは店売りの最高装備を購入してくるとしよう。




今この時系列ではしののん中学生で四月から高校入学ですよね?
若干不安


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剣がナンバーワンだなと改めて思った。

アリシャの一人称わかんないヨー

最大HPが増えたという記述を消去。
レベルがないから上がらない。何をやっても初期値からほとんどHPが動かないってどういうことなの……。

スキル性はmoeしかやったことないですけどあれでも生命力スキルとか防具で上がりましたよね?

武器スキルとか魔法スキルが上がって威力が増して……ってなると廃人たちの戦いはワンパンになりそうだし、ファイター向けスキルは防御力などの向上、メイジ系はMPとかそっち方向の上昇と考えてもわけがわからないよ(´・ω・`)


 NPC商店の最高品質装備を買って装備する。

 最高品質なだけあって、その装備の補正はかなりのものであった。

 このゲームでは種族間でそこまで仲が良くなく、まともな装備を作れるのがレプラコーンだけであるため店売りの装備がかなりの性能を持っているらしい。

 最終的な序列は伝説武器(レジェンダリーウェポン)>プレイヤーメイド最高級品>モブドロップ最高級品>プレイヤーメイド>モブドロップ>NPC最高級品

 となるらしい。まあ、ホームタウン周辺の雑魚から落ちる装備よりかはこの装備の方が強いのでいいだろう。

 フィールドに出て狩りをするかなと考えていると、男達が慌てて走っていく。

 領主がログインしたとかなんとか。

 一度見に行ってみよう。

 頭の上で伸びているバステトを肩に移して男達が向かった方へ移動する。

 その先は四つの闘技場が合わさった場所で、その中央では一人の女性プレイヤーが演説のようなものをしていた。

 周りの男衆が邪魔で近づけないので少し離れた場所の高台に陣取って眺めてみる。

 体格は細身の低身長で、水着に半透明の衣を適当にくっつけたような大胆な服装で、男達の視線を独り占めしている。

 性別は固定、体格も半固定で顔の造形などはランダムではあるもののある程度はリアルに影響されるこの世界では随分な美少女っぷりだ。

 その少女は五分ほど話したあとに、突発闘技大会を開催するという。

 護衛のようなメンバーは面食らっていたものの、いつもの事なのかすぐさま受付を作り、この建物の使用時間を延長したようだ。

 

 さて、遠くから見ていてわかったことがある。ケットシーって基本的に金髪系なのね。

 俺、髪も耳も尻尾も黒なんですけど……。

 そういうこともあるかと自分に言い聞かせて受付を済ます。

 案外反応は薄く、普通に受付を済ませた俺は、Aブロックに振り分けられて四つの闘技場で乱戦を行うことになった。

 参加者数が多すぎるから選別するらしい。

 闘技場は一辺五十メートルほどの正方形で、飛行制限も上空五十メートルまでらしい。

 そこに五十人ほど投げ込まれ、戦闘が始まる。

 狭くはないが広くはない。そんなところでの決闘はかなり辛いものになると思われたが、なんだこれは?

 まるでVRが発展する前のゲームのような戦闘だ。

 剣で切って鎧で受けて切り返す。魔法は広範囲のものか誘導性が高いものを選択してブッパ。

 一部はそんな奴らを斬っては捨てとやっているが、その動作もそこまでのものでは無い。

 せいぜい思い出の丘で潰したギルドメンバーくらいのものだろう。

 世界が変わるとここまで変わるのかと落胆した俺は、適当にエリア内を駆け回って首を切断していった。

 ALOはSAOより攻撃位置に重きを置かれているらしく、首に攻撃が当たったプレイヤーは一発でリメインライトというものに変化した。

 魔法を打ってくるやつもいたが、誘導性能が高いものは引き付けてから回避し、範囲攻撃は上空に逃れることで回避する。

 武器で攻撃してくるやつは話にもならず、軽くフェイントをかけてやると見当違いの方向へ攻撃をする。

 制限時間十分という時間でこの闘技場には俺と無数のリメインライトだけが残った。

 

 Aフィールド以外ではそれぞれ四人ずつが生き残ったらしく、それぞれ総当りで戦ったあとにABCDブロック覇者で総当りの決勝を行うらしい。

 俺は既に決勝進出が確定しているのでそれぞれの闘技場が眺められるところに案内されて試合を見ることになった。

 

 俺と戦った奴らが特別弱かったのか、他のブロックのやつらは結構まともな戦いをしている。

 剣一辺倒のやつは居るが、魔法一辺倒はおらず、近距離でも獲物で牽制、魔法でダメージを与えるということをしている。

 レイド単位になると話は変わってくるかもしれないが、トーナメントともなると近接型の方が有利みたいだな。

 施設の備え付けなのか、なにかの魔法なのかは分からないがズームできるモニターに手をかけて気になる戦闘を覗いているとなにかに後から抱きつかれる。

 細長い指が俺の上半身をまさぐり、何やらいい感じの匂いも漂ってくる気がする。

 まあ慣れてるんですけどね。

 手を逆に絡めとって俺の後ろから前に移動させる。

 その人物は遠目から見た領主様だった。

 

 俺の【索敵】にも引っかからなかったことから高い【隠蔽】やそれに準ずる魔法を覚えているのかもしれないな。

 備え付けのソファにポイッと投げてその向かい側に座る。

 ちょっと嬉しかったけど初対面の男の体をまさぐるとか何考えてんの?

 

 領主様――アリシャ・ルーは単純にAブロックで無双した俺と会話したかったとか。

 Aブロックは大会初参加者だったりが集められたところだったらしいのだが、そうだとしても無双した俺がかなり珍しかったとかなんとか。

 そもそも俺のような敵の攻撃を回避するプレイヤーは一握りで、それこそ大会上位者くらいしかいないらしい。

 全くの無名で目立つ見た目をしているのに俺を見たことがあるやつが誰もいないということから気になった領主様は俺に会いに来たんだとさ。

 

 俺はあらかじめ決めていた言い訳を領主様に話す。

 VRMMOは始めたてだけどVRのアスレチック系とか剣に触れる感じのゲームとかのゲームを長いこと遊んでたんだよーとタイトルもあげて答えると、なるほどと納得される。

 何でも上位プレイヤーの半数ほどは俺と同じソフトで特訓のようなことをしているらしかった。

 こっちも魔法とかALO特有のものを聞きたかったのだが、ちょうど決勝進出者集合時間になったのでお話は終わりと打ち切られ、「あたしとお話したかったら優勝してネ」と言って何やら唱えて消えていった。

 隠蔽魔法のようなものかなと納得して俺は集合場所に向かった。

 

 

 集合場所には少しだけ試合を見た短剣で牽制しながら魔法を使うやつと、剣一辺倒のやつ、あとは竜に乗って対戦者をぺちゃんこにしていた奴がいた。

 剣のやつは怖くないけどほかは少し怖いかな。

 魔法って何があるかわからないし。

 予選で使われた魔法なら対応できるけどよくわからない魔法は対応できるか怪しいからな。

 

 短剣、剣、竜の順番で戦うことになり、ふたつの闘技場に別れて戦闘を行う。

 決勝なのに同時進行なのかとは思ったが、時計を見ればもう十八時。たしかにそこまで時間はかけられないな。

 

 短剣と向かい合い十五メートルほど離れる。

 近距離と遠距離の有利不利をつけないために設定された距離らしいが、この程度ほんとに一瞬で詰められるぞ?

 魔法ってそんなに早く発動できるものなのだろうか。

 直刀を抜いて下段に垂らす。

 決闘の際の基本的な構えだ。構えと言って良いものなのかは分からないが、とりあえず決闘の時はいつもこんな感じで戦っていた。

 

 完全決着で決闘を開始して六十秒のカウントダウンを待つ。

 すると短剣使いは何やらブツブツと呟いていて、その体の周りに文字が何個も浮かぶ。

 え、決闘開始前から詠唱ってありなのか。

 そう思ってるうちにも詠唱は終了し、バフ的な効果が追加されたのであろう。短剣使いに青いベールが貼られる。

 続けて二個バフがかけられて一度詠唱中断。

 時間を確認するように目を動かした短剣使いはもう一度詠唱を再開した。

 六十秒経過し、それをSAOの時から変わらぬ感覚で察知、突っ込むと直径三メートルはあろう巨大な闇の塊が突っ込んできた。

 【急制動】で突進を中断、真横に跳んで鋭角に短剣使いに突っ込もうとすれば、既に奴は空に飛んでいた。

 ……随意飛行は使えるようになったけど空中戦闘はどうかな。

 SAO時代のやつは浮くというより足場を作るという感じだったし。

 高度を稼ぐ時の定番技、ソニックリープを起動するために剣を肩に担ぐが、残念ながらALOにソードスキルはない。 

 その事を思い出して翅を出現させて地面をしっかりと踏んで飛び出す。

 弾丸のように空へ飛び出した俺は短剣使いの詠唱が終わる前に接近して肩に担いだ直刀を振り下ろす。

 短剣使いもガードしようとするが間に合わず、肩から両断されて地面に叩きつけられる。

 流石に終わったかなと思い、着地をすればそこに飛んでくる闇の矢。

 慌てて斬り飛ばして対処すれば、今度は槍が飛んできてとキリがない。

 土煙が舞っている中に飛び込んで攻撃するが、今度はしっかりガードされる。

 視界がほとんどないってのによくガードできるな。

 ガードできるっていうなら弾き飛ばすだけだ。

 土煙の中の戦闘はやりづらい。

 剣で牽制し、ガードされたところを蹴りつける。

 流石に蹴りは受け止められなかったようで、土煙から追い出すことに成功し、追撃からのラッシュ。

 純粋な打ち合いになればこっちのもので、魔法の詠唱をことごとくキャンセルさせて勝利した。

 

 もう片方の試合よりは俺の試合の方が早く終わったらしく、大会運営の人に回復魔法をかけてもらってちょっと休憩。 

 空いているスキルスロットに魔法を填めていって戦闘前に使えそうなものを探すが、魔法の名前と詠唱文しか表示してくれないのでお手上げ。 

 次の試合からはバステトにバフを頼むことにする。

 

 五分ほど休んで次の戦い。剣一辺倒の人はなんかとても疲れている感じがした。

 しかし、カウントダウンが始まると意識を切り替えて詠唱を始める。

 君も魔法使う人なんだ。

 バステトにステータス増強とリジェネを付与してもらう。

 その効果量は微々たるものだがないよりはマシだ。

 テイムモンスターにも蘇生魔法が使えるらしいが無駄に死なせることは無い。勾玉に戻ってもらって戦闘開始。

 お互いに直進し、剣を打ち合うとこちらが一方的に弾き飛ばされた。

 なんだ? やつの筋力がアホみたいに高い? 

いや、打ち合って一拍置いて吹き飛ばされた気がするな。

 となるとまた魔法か。とりあえず剣には触れないようにしよう。

 フェイントをかけてもしっかりと対応してくる剣士だったが、剣での戦いならこちらの方が何枚も上手。 

 剣で受け止めたり流したりということが出来ずに面倒だったが時間をかけてしっかりと撃破した。

 

 回復魔法をかけてもらってすぐに最終戦。 

 竜を使って相手をぺちゃんこにしていたやつが相手だ。

 カウントダウンが始まりバステトにバフをかけてもらい勾玉に帰らせる。

 相手は六十秒全部使ってひとつの魔法を詠唱すると、展開された魔法陣からは竜が出てきた。

 大きいけど、そこまで強そうじゃないな。

 いつだったかリズを雪山に探しに行った時についでで倒したクリスタルドラゴンよりは弱そう。

 

 戦闘が始まると竜の背に乗るテイマー。

 飛び立たれるより前に片翼を破壊するべく駆け出して飛翔、勢いそのままに下から上へと切り上げれば竜の翼が破壊され、飛ぼうとしていたところで翼がなくなったため墜落する。

 起き上がって尻尾で薙ぎ払ってくるので翅を出して飛んで回避し、上から落下しながら竜の首に目標を定めて攻撃する。

 攻撃は命中し、大ダメージを与えたが一撃死にはならないらしい。 

 爪での引っ掻き攻撃とともにテイマーから誘導性能が高い魔法が飛んできたため引っ掻きを躱してから竜の体を盾にしてガード。 

 予想外のフレンドリーファイアに怯んだ竜にもう一度首への攻撃をプレゼントして撃破。

 図体はでかいがあくまでもプレイヤーが扱えるレベルということか。

 あとは作業のようなもので、最終的にはテイマーの降参で勝負がついた。



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青少年として

なぜ……?


 初見のものに戸惑うものはあったものの、初戦闘からの連戦で優勝をした俺は、突発大会だから実力者が少なかったのだろうと決めつけて表彰台に上がる。

 一位は俺で、二位はテイマー、三位は短剣使いだったようだ。

 四位の剣士も入れて突発大会では上位にランクインしている奴ららしく、それを押しのけて優勝した俺にインタビューのようなことが行われた。

 俺は別ゲーから移住してきてALO特有の要素に戸惑いましたが優勝出来て良かったですとか、魔法を使ってみたいですとか言っていた気がする。

 閉鎖的なSAOならいざ知らず、オープンなところではある程度猫をかぶっていた方がいいのだ。

 ケットシーだけに。

 

 優勝賞品は十万コルと、領主様と一対一でお話する権利。ちなみに行使は義務で、売却はできないらしい。

 羨ましいぞーという観戦客たちのヤジの中、領主様に引きずられて建物の中に連れられていき、ひとつの部屋に入る。

 座ると一言。どこの間者?

 間者といきなり言われてもすぐには理解出来ず、少し間を置いてスパイのことかと理解する。

 別にスパイじゃないんですけど。

 そう言っても信じてもらえずに、領を追放するとかなんとかえげつないことを言われるので、観念して生い立ちを話すことにした。

 部屋の仕様なんかを聞いて、誰にも聞かれてないことを確かめた俺は領主とかいうすごい地位に長いこと就いているアンタの人間性を信用して。と強調してから話す。

 まずは、SAOサバイバーであること。

 ナーヴギアでALOにログインしたらSAO時代のスキルと通貨が引き継がれていたこと。

 SAOとALOの共通項が多すぎることからSAOのコピーサーバーかなにかを流用しているから引き継がれたのではないかということ。

 俺はSAOサバイバーであることがバレることはそこまで危惧していないので話し終えると、領主様はしばらく考えたあとに運営対処とかがあるかもしれないので、とりあえずスキルは熟練度リセット、通貨は一度外に出してロンダリングのようなことをした方がいいと提案される。

 まさかここまで早く他人に話すとは思っていなかったが、彼女の言うとおりにすることにした。

 熟練度リセットはMMOプレイヤーとして断腸の思いではあったが、実行し、通貨は一度彼女に預ける。

 こうした理由はいくつかあり、未プレイのゲームを強くてニューゲームするのにはゲーマーとして思うことがあったこと、俺に提案する彼女の顔がスキル値の高さに嫉妬するような顔ではなく、初心者で同じ領の仲間が良い方向に向かうように考える顔であったこと、ついでに高いスキル値を持っていると見えない世界もあると思ったからだ。

 魔法系の便利さなんかは相応のスキル値でないと実感しにくいだろうし。

 

 装備と所持金とスキルスロットの拡張数以外は初心者と同じになった俺はこれからどうするかを考える。

 すると、彼女は俺を領の内側に入れることを考え始める。

 ほんの数分前までスパイを疑っていたやつをそうするってどうなのと思っていたが、流石に一人では即決できないらしいので保留となり、ここからは優勝賞品だヨーと言ってソファーに向かい合わせで座っていた席順とは変わって俺の横に座って体を寄せてくる領主様。

 そこいらの一般ピーポーなら赤面して最悪強制ログアウトまで行くのかもしれないが、残念ながら慣れている。

 お話タイムということなので、ALO特有の魔法と翅に関係するスキルのことを聞く。

 どうやら種族ごとに結構違っているらしく、サービス開始直後に情報サイトをそれぞれ違う種族の編集者が編集した結果情報がごちゃごちゃになってこのゲームの情報サイトはゲームの体質もありほとんど最低限のことしか書かなくなったのだとか。

 魔法だと領主様――今はアリシャらしい――の所持している【闇魔法】は低熟練度には使い勝手が良い攻撃魔法が揃っており、上がっていくにつれて遠距離通話などができるようになるらしい。

 他にもケットシーにおすすめなのは【召喚魔法】で、テイムモンスターに適性のあるケットシーが使うと召喚されるモンスターのステータスが強化されるらしい。

 【闇魔法】を取得して、トーナメントで対戦相手がやっていたバフ系列のものがないかを聞いてみる。

 恐らくSAOサバイバーの中では俺が一番バフ有用性を知っているのではないだろうか。

 バフに特化した魔法はないが、ペットの猫ちゃん(バステト)がバフを使えるならと【使役魔法】を勧められる。

 とりあえずは魔法は二種類もあればいいだろうということで【使役魔法】を取得して終了。

 あとは魔力系列の制御だとか循環だとかそんなスキルの話を聞いてみるが、そっち系は基本的に純魔がとるスキルらしい。

 キミはどっちかと言わずともファイターダヨネーと言われるのでまあそうだなと答える。

 SAO組が純魔だったら驚きである。

 ファイター向けの翅スキルである【風斬りの翅】と【制動の翅】と【曲芸の翅】便利スキルである【長寿の翅】と【月光の翅】を紹介される。

 それぞれ飛行速度の強化、飛行中の急ブレーキ性能の強化、宙返りなどの動作ペナルティ軽減、飛行可能時間の増加、月の光での翅の再生速度の強化と言ったもので、とりあえず【風斬りの翅】と【曲芸の翅】だけを有効化しておいた。

 SAO時代からのスキルも弄り、

【片手剣】【精密動作】【軽業】【隠蔽】

【索敵】【急制動】【加速】【疾走】

【闇魔法】【使役魔法】【風斬りの翅】【曲芸の翅】となった。

 簡単に言うならば地上でも空中でも【軽業】と【曲芸の翅】でトリッキーに動き回り、【疾走】と【風斬りの翅】で素早く動き、SAO時代の剣技は存在しないソードスキル以外はそのままと言った感じだろうか。

 【軽業】【疾走】には地上限定と書かれていたので翅スキルを取ったが、【急制動】にはなかったため、空でもあの動きができるのだと思う。

 というか大会でできた。

 そしてアリシャがそろそろ落ちる時間だと言ってフレンド登録を投げてくる。

 まさか初フレンドが領主様だとはな。と思いながら登録すると、また今度ネーと言ってアリシャは落ちていった。

 もう飯時なので俺も落ちることにして、初ログインの結果を覚えてからログアウトした。

 

 

 ログアウトして体を起こす。タオルケットをかけていたとはいえやはり冬は冷えるな。

 暖房を入れて薄着の上にもう一枚着ると、炊けているはずの炊飯器を覗き、しっかり炊けていることを確認すると冷蔵庫に入れてあった食材を取り出す。

 肉と野菜。つまり肉野菜炒め。

 俺は料理が苦手なので単純に焼くか茹でるくらいしかできないが、それで十分だ。

 塩コショウで炒めて丼に米をよそってその上にフライパンから肉野菜炒めを移して完成。

 食事を手早く終わらせて風呂に防水端末を持ち込んで一通り体を洗った後に湯船でALOについてまとめ始める。

 まず、セーブデータのフォーマットはほとんど同じ。グラフィックも今日見た限りではほとんど同じ。

 バステトが出現したことからサーバーもそっくりそのまま引っ張ってきているかもしれない。

 SAOサバイバーとしての観点から二つのゲームの共通点を書き出して対策本部のお偉いさんに送る。

 彼は未帰還者がALOに囚われていると考えているらしく、その情報を集めているらしかった。 

 とはいえ大企業相手なので下手に調べるわけには行かずなかなか進展していないらしい。

 

 ……うむむ。イカンイカン。青少年の欲望が顔を出しかけた。慣れているとはいえあの接触率はダメだったらしい。

 軽く筋トレしてもう一度シャワーを浴びて汗を流したら寝るとしよう。




別ゲーから移住してきたby店売り最高装備所持者

気がついたらスキル熟練度リセットしてた
なんででしょうね。
ちなみにスキルスロットは通貨で拡張する感じとなっています。
あとスキル熟練度の獲得には最初の一ヶ月(無料期間)にはボーナスがかかることにしよう。
あとは大量の通貨でボーナスをかけられることにしよう。

え?なに?そうするなら最初からリセットするなって?
アーアーきこえなーい


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二週間もあれば新しい世界にも順応できる。そう、SAOサバイバーならね

1回書き終わってから誤って消してしまい書き直したので書いたつもりになっている文章があって前後が伝わらなくなっている可能性が僅かにあります。


 ALOにログインして二週間、筋トレや食事の時間以外の時間の殆どをALOで過ごした俺は、無料期間中の熟練度ボーナスを利用して熟練度を鍛えていた。【急制動】【加速】【疾走】【風斬りの翅】を特に鍛えたのだが、それには理由がある。

 単純にSAO時代に行っていた動きが【急制動】の熟練度低下で出来なくなったりしていたという理由もあるが、ALOのダメージ算出式からして移動速度が速ければ速いほどそのダメージは増加するからだ。 

 つまり、これらのスキルは移動系のスキルでありながら、火力スキルでもあるのだ。

 鍛えない手はない。

 

 そして領の外で狩りをしようとしていたところ、アリシャからPKについて話される。

 ケットシーはシルフと同盟を組むか組まないかといったところらしく、とりあえずシルフをキルするのは禁止。

 プーカとレプラコーンも取引相手なのでダメ。

 それ以外の種族はとりあえずオッケー。特にサラマンダーはたくさん殺してオッケーと言われる。

 なので俺は、ケットシー領を南下してシルフ領を抜けてサラマンダー領とシルフ領のあいだでキャンプ狩りを行っていた。

 狩りの対象はモブエネミーではなくサラマンダー。

 あからさまに初心者なやつは見逃しているが、中堅くらいと思われる装備をある程度揃えている奴ら以上はすべて野良デュエルを仕掛けて倒している。

 ALOにはB(ボーナス)S(スキル)P(ポイント)という自由に振り分けられる熟練度が存在し、その獲得手段は色々あるが簡単なものはほかのプレイヤーが溜め込んだものを奪うことだ。

 レベルが存在しないこの世界でエネミーを倒す理由は、通貨やアイテムの取得以外にもBSPの取得という理由があるのだが、そうするよりもはるかに楽なのが他種族のPKである。

 無論、相応の腕が必要になるが。

 一週間ほど無敗で狩り続けた俺は、【闇魔法】に殆どのBSPを注ぎ、夜間に限り自領↔マーキングポイントのワープを可能にする魔法を有効化させてログアウトやアリシャとの面談などのための移動手段としていた。

 そんなある日、アリシャにキミをわたしの護衛に任命するヨーと言われて申請ウィンドウが送られてきてそれを了承。

 どうやら重鎮プレイヤーたちも俺がスパイでないと確信してくれたらしい。

 その理由は「サラマンダーを狩りまくっているから」どうやら現状スパイを送り込むほどの種族はサラマンダーしかいないらしいのでそのサラマンダーを倒しまくっているのならスパイではないだろうとの事だ。

 護衛と言っても四六時中アリシャにくっついていなければいけない訳では無いらしく、アリシャが領の外に出る場合のみくっついていけばいいらしい。

 そして護衛となったからかアリシャの体力バーが視界の端に表示されるようになり、二百四十時間に一度アリシャの元へ転移できるアイテムを入手した。

 アリシャは私がピンチになってたらオフでも助けに来てネ~と言っていたが、領主が倒されるとペナルティが酷いらしいので了承しておく。

 開始一ヶ月でヘルモードはゴメンだからな。

 

 それからも狩りを続け二週間も経つ頃にはこの世界の戦い方をできるようになっていた。

 高速空中戦闘中の呪文詠唱なんかはその筆頭だろう。

 その頃にはワンパーティほどならば余裕を持って狩れるようになっていたが、流石にツーパーティは辛く、囲んで棒で殴るを体現したような囲んで広範囲魔法と誘導魔法で殴る戦術にボコボコにされて逃げ出したこともある。

 魔法という概念があるために、SAOと比べて対多数は厳しいなと思いながら少数を倒してツーパーティの追っ手から逃げる。

 俺が逃げ続けられたのも【闇魔法】が有能だったからだ。

 視界を塞いだり自分を隠したりとする魔法から、単純な牽制魔法まで色々あるので俺にぴったりな魔法だった。

 

 なんとか逃げ続けていると、流石にワンパターンであることに気がつく。

 タンクで防御して、メイジで焼き尽くす。

 その隙に包囲してという感じなので、まずは指揮官を殺す。

 奇襲で指揮官がやられたことに驚いているタンクとメイジの間に闇でできた壁を生えさせる。

 この壁は近くの翅の力を吸い取るためタンクたちは飛んで超えることが出来ずに分断でき、メイジたちに突っ込めば同士討ちを恐れて魔法の詠唱ができないメイジたち。

 そのままメイジを全員倒して最後には闇魔法を空から引き撃ちしてタンクたちを倒してゲームクリアだ。

 受けに回ると厄介だが、攻めれば大したことは無かったな。

 こういうパーティは大体モブ狩りには強いがPVPはそこまで強くないのだ。 

 それに気づくために時間をかけたがツーパーティくらいまでなら余裕かな。

 と思っていれば、翌日に遊撃を加えてミニレイドとなったサラマンダーたちに襲われて命からがら逃げ出すことになるのだが、シルフ領の森でゲリラ戦を行って一人一人倒してやった。

 タイマンなら負ける気はしないね。

 

 

 年が明け、年始セールで色々安くなっているところで買い込んで家に帰ったところでインターフォンがなった。

 何気に初ピンポンだ。

 郵便屋は来ないし友人もいないので仕方がないが。

 開けてみれば十五歳前後の少女。

 今日付けで越してきました朝田です。と言って引越し蕎麦を差し出されるので受け取ると、少女と目が合った。

 そして、俺がSAOに囚われる前の記憶が掘り起こされる。

 ……気が付かれていなさそうだな。

 俺はどうしたらいいのだろうか。久しぶりと声をかける? 知らんぷりをする?

 悩んでいると蕎麦を受け取ったままの体勢で固まっていた俺に彼女が声をかけてくる。

 反射的に「大丈夫だよ。詩乃」と返事をすると今度は彼女が固まる番だった。

 

 そのまま家に上がられて何個か質問される。

 最初にきた質問はSAOから解放されてからなぜ会いに来てくれなかったのか。

 俺は会いに行ったのだが、お爺さんに「詩乃は東京に行ったわ!」と追い返されたのだ。

 連絡先とかも教えてもらえなかったのでてっきり嫌われたのかと思っていたが……。

 

 詩乃曰く、東京に出てきたのは今日が初めてらしく、その時も多分家にいたらしい。

 完全におじいさんに嫌われていることが確定した。

 次は、俺のベッドの上に転がっているナーヴギアをみてなぜこんなものを使っているのかと睨みつけてくる。

 当事者以外からしてみればナーヴギアは知り合いの精神を二年間も閉じ込めた悪魔の道具だ。

 けれど俺からしてみれば二年間も命懸けで戦ってきた戦友のような何かだ。

 それにアミュスフィアより高性能なのだから使わない理由がない。

 最後の質問はSAOでの交友関係だった。

 あちらからこちらへ引っ張ってきている関係は(今のところ)ないと答えれば、詩乃は納得して質問を終えた。

 

 次は俺の質問の番。

 聞きたいことはただ一つだ。俺がSAOに囚われたことで詩乃の身の回りに起こった変化。

 詩乃は話したくなさそうにしていたがしっかり聞き出せば、俺が壁をできなくなったせいでそれまで堰き止められていたものまでが全て濁流のように襲いかかってきたらしい。

 ……そりゃあ詩乃大好きなお爺さんに嫌われるわけだ。

 話しながら泣き出してしまった詩乃をなだめているといつの間にか寝てしまったようでベッドに運んで布団をかけてやる。

 

 SAO時代もこんなことが何度かあったなと思いながら携帯端末を持ってキッチンへ移る。

 俺は料理が苦手だが決してメシマズではないのだ。

 しっかりしたレシピがあれば少なくともまずくはない料理が作れる。

 料理サイトを開くと、二年前までは詩乃が大好物だったレシピを検索し、俺は料理を始めた。

 




二話か三話の同級生が~って所を多少改変しました。
前書きに変えたよーって書いてあるので気になる方は2話と3話を開いてまえがきにある方を軽く読んでやってください。
ちなみにその知り合いはアサダサンです


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ざるそば以外のそばの作り方ってよく考えてみれば知らなかった

多分次くらいから原作3巻時系列に入りますー


 海老の天ぷらと詩乃に貰ったそばでザルそばを作った俺は詩乃を揺すり起こす。

 詩乃は意外と寝起きが悪いのだが、天ぷらを作ってやったぞといえばシャキッと目を覚ました。

 一人暮らしなので小さめのテーブルに蕎麦と天ぷらを運べば、一瞬喜んだ後に二年前には見たことがない冷めた目で睨まれる。

 蕎麦のゆで時間は完璧だった!

 天ぷらの作成方法も一番人気のレシピを使った!

 一体何がいけないというのだ!?

 

 結論、天そばは基本的にあったかいのがいい。

 

 詩乃は文句を言いながらも俺が作った料理を食べてくれ、組み合わせは微妙だけど味はいい。

 と言って完食してくれた。

 

 それから詩乃が東京に来た理由を話してもらう。

 簡単に言えば東京の高校に入るから。

 まだ一月なのだが、新年度までは自宅学習をするらしい。

 ならば詩乃には東京の恐ろしさを伝えてやらんとな。

 

 まず、大前提として詩乃は地味だが美人だ。

 二年前はかわいいねーと言った感じだったにも関わらず、今は芯が通ってそうな理知的な美しさがある。

 なので確実に高校に入れば男からも女からもちょっかいをかけられるはずだ。

 男からは付き合ってくれとかそんな感じで、女からは美人な朝田さんをグループに入れればカースト上がるだろと言った感じで。

 

 なのでその美しさを隠すためにメガネ、多少野暮ったいものをかけるしかない。

 そうしなければ信じて送り出した詩乃が――となりかねないからな。

 友人関係すべてを伝えろとは言わないが、困ったことがあったらなんでも伝えろ。

 二年間も仕事をサボったツケとしてなんでも解決してやる。

 最後に、男友達が何かの間違いで出来たら絶対に報告しろ。

 あと告白されたら彼氏いるんでと断ること。

 絶対だ。以上、黒猫お兄さんとの約束ダヨ!

 

 美人だとか言われて照れたのか若干頬を染めている詩乃だが、とりあえず約束してくれたので一安心だ。

 田舎と違って本当に東京は怖いからなぁ。

 まあ、田舎も田舎で怖いところあったけどね。

 

 その後はそろそろ荷解きをするという詩乃に協力しようとするが、洋服メインと言われ拒否られて、詩乃は隣の部屋に帰宅。

 俺は食器を片付けてALOにダイブすることにした。

 

 いやー、まさかここまで偶然が起こるとは。

 こっちから探すように街を歩いていたつもりだったが、まさかまさかの隣の部屋に越してくるという展開。流石に驚きだ。

 

 

 ALOにダイブした瞬間、アリシャからメッセージが届いた。

 狩りしたいから付いてきてーというメッセージだ。

 ログアウトしたのはケットシー領内だったのでそのままアリシャの元へ行き、合流する。

 領主といえども一プレイヤーであるため、狩りはしたい。

 けど領主が死ぬと……という問題をある程度解決できる機能が、俺とアリシャのあいだの護衛機能だ。

 モブエネミーの攻撃に限り、アリシャがやられたとしても俺が生きていればリメインライトは消滅せず、俺がリメインライトを持って領内に戻るか、蘇生魔法をかけて復活させるかすればデスペナも無くなるというものである。

 そもそも俺がしっかり護衛すればいいのだが、それでは本末転倒なのだ。

 ただのプレイヤーとして狩りをしたいのに過保護に守られてしまうのはアリシャの望むところではないからな。

 ちなみに護衛はほかの種族のプレイヤーと領主が近くにいると色々な補正がかかって強くなる。

 そっちがPKへの対策だな。

 

 アリシャは強者の部類に入り、扱いの難しいクローを扱うテクニカルインファイターだ。

 剣とは違ってパリングがほぼ不可能なその武器だが、連撃速度などはかなり高く、懐に潜り込まれれば一気に体力を持っていかれること間違いなしである。

 近づくための牽制として【闇魔法】を持っているし、ケットシーらしく【召喚魔法】での巨大モンスター召喚や、ケットシーの切り札であるテイムモンスターも所持している。

 領主としてフィールドになかなか出られないためスキル値は若干劣るが、プレイヤースキルだけで考えればALOトップ百には確実にランクインする腕前だ。

 蝶の谷という中央に続くフィールドダンジョンの敵ならばいざ知らず、そこら辺のフィールドモブならばちょちょいのちょいと倒してしまうので、俺の出る幕はないのだが、踊るように敵を倒すアリシャを見るだけでも結構楽しい。

 

 すると、俺の視界に表示されているアリシャの体力バーの横に騎士のマークが出現した。

 アリシャが戦っているモブを切り伏せて、アリシャを抱いて付近の森に隠れる。

 急に抱き抱えられて移動させられたからか、怒っているアリシャだが、俺が理由を話すと納得する。

 騎士のマークは付近に他種族のプレイヤーがいる証拠。

 仮に発見されればデスペナも惜しくはないとばかりに突貫されるだろう。

 なのでALOの基本的移動手段である翅での飛行中には見つかりにくい森に入り、【闇魔法】を使ってさらにハイド補正をかける。

 五分ほど隠れているとチカチカと騎士のアイコンが点滅し、最終的に消滅した。

 見つかりやすい金の髪を持つアリシャの頭を隠すために上着の内側に入れていたアリシャを外に出すと、流石に接触しすぎたか褐色な肌でもわかるくらいに顔を真っ赤にして怒っている。

 触れるとさらに酷くなることは分かっているので今日の狩りをどうするか聞けば、充分楽しめたし。ということで終わりとなった。

 時間もよく見れば二十二時を回っている。

 領に戻る時間なんかも考えればいい時間だろう。

 俺たちはほかのプレイヤーに気をつけながら領へ戻り、ログアウトした。




黒猫のお兄さんからしてみれば詩乃ちゃんは妹分なのです。
美人だなんだと言ってますがウチの○○ちゃんは可愛いなーって感じです。
同級生設定だと書きにくかったので事前に書き換えておいたのさ。

黒猫のお兄さんのリアルネームもそろそろ決めないと和人君と会話する時に黒猫のお兄さんと呼ばせる他なくなってしまう。


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リアルでの再開。個人情報が一方的に抜かれてるって怖い

前話が2000字くらいだったので平均維持で(話が長引いて)四千字あります。
一応原作3巻に触れたかな?


多分というかほぼ確実に次回はあの人が登場します。

定期メンテ→緊急メンテに修正


 俺は詩乃を探すためにブラブラと都内を走っていた日課を辞めることなく今日も走っていた。

 ルートを設定するのが少々面倒だが、走るというのは楽しいものだ。

 SAOもたくさん走っていた気がするし、スピード中毒になっているのかもしれない。

 ちなみにスピードとは速度のことで、怪しいお薬の別名ではない。

 今日はALOの緊急メンテだったため、昼間に走っていたのだが、スーパーを通りがかった時に日常ではありえないような風景を目撃した。

 それは、黒く、大きく、主婦というにはあまりにも大きすぎた。

 

 つまり、エギルである。エギルが白いTシャツの上にエプロンを着て両手にまん丸膨らんだビニール袋を持ってスーパーから出てきていたのだ。

 

 声をかけるかは迷ったが、エギルならあの世界を憎んではいなさそうだし、何よりそうだったとしても大人な対応をしてくれると思った俺は、よーす。とSAO時代にエギルの店に入る時の挨拶をした。

 

 エギルは一瞬戸惑っていたが、俺が前髪を上げると誰だかわかったようで、久しぶりだなと笑ってくれた。

 リアルでも中の名前で呼ぶことはオフなどではよくあることだが、ゲームがゲームだ。

 その事を考えてくれたのか、エギルが自己紹介をする。

 アンドリュー・ギルバード・ミルズ。それがエギルの名前だった。

 こっちも自己紹介。猫神(ねこがみ)黒虎(こくと)

 エギルは今年で二十七歳らしい。

 俺は今年で十七だ。十七だけど四月から高校一年生だ。

 

 立ち話もなんだしと案内されたのは、スーパーからほど近いバーだった。

 近いけれども、裏通りにあるので精神的な距離は結構ある知る人ぞ知ると言った感じの店だ。

 カウンター席に座らされたのでとりあえず飲み物を注文。

 白ワインが欲しいな。SAO時代には何度も飲んだ飲み物だ。

 

 うちを潰す気かとエギルに軽くチョップされ、コーヒーを出される。

 SAO時代は酒を飲んでも酔わなかったのでうまいうまいとガブガブ飲んだのだが、リアルではまだ飲める年じゃない。

 コーヒーを一口飲んで、軽く話をする。

 

 この店はSAOに囚われる半年ほど前に開店して、軌道に乗ったところでエギルがSAOに囚われたらしい。

 二年間たち、今でもなお残っているのは奥さんが一人で店を回してくれていたからとのこと。

 エギルはリハビリを頑張って年末前には復帰、それ以来はバーテンとして頑張っているらしいが、客の人気は奥さんが独り占めしているらしい。

 俺も筋トレ頑張ったんだぜと腕を出せば、その細腕でか? と笑いながら握ってくるエギル。

 しかしその表情は一転し、中身が詰まっていて甲殻類なら美味そうだなというよく分からない答えを出す。

 今ならエギルとの腕相撲でも勝てるかもなと冗談を言えば、エギルがカウンターに肘をつき、試してみるかという。

 受けてたった俺は、数秒後には肩を抑えて痛みを堪えていた。

 結論、エギルの筋肉すごい。

 

 そう言えばと、キリトとアスナが生きていることを伝える。

 あの時は二人とも死んでしまったと思っていたのでいつかエギルとクラインには絶対に伝えてやろうと思っていた。

 ちなみにエギルは既にキリトと連絡を取っていたらしい。

 先月末、つまりクリスマスや年末行事のある頃にキリトから連絡が来たんだとか。

 あいつもSAO対策うんたらのお偉いさんに目をつけられていたらしく、協力ついでに俺たちの番号やらを教えて貰っていたらしい。

 なにそれこわい。

 

 俺はエギルにキリトのリアルを教えてもらい、これから会いに行くことにした。

 そこまで遠い距離ではない。いつもより走る距離が長くなるのはあまり好ましくないが、まあいいだろう。

 コーヒー代を払って店を出ると、携帯端末でエギルの店にGPSのピンを立てるとキリトの家に向かった。

 

 ◇

 

 キリト――桐々谷和人の自宅には二時間も経たずに到着した。

 インターフォンを鳴らせば女の子の声。

 和人君の友人なんですけどーといえばおにーちゃーんと和人を呼んでからヤバッと、インターフォンから聞こえてくる音がなくなった。

 慌てて通話を切ったのだろう。

 しばらくすればSAO時代より子供になったのではと感じさせる少年が出てきた。

 雰囲気がそうなだけで顔は変わらないのでよっすと手を挙げて声をかける。

 少年はバ――と一言出そうとして止めてから、頭を掻いて久しぶりだなと言う。

 やはりSAO時代のプレイヤーネームは禁句なのだろう。

 

 知ってるかもしれないが、猫神黒虎だといえば、菊岡さん(SAO対策うんたらのお偉いさん)から聞いてるよと答える和人。

 ゆーは何しに我が家へ?

 と問われるが、理由はない。強いていえば一方的に情報が抜かれていると聞いたから来ただけだ。

 

 誰に聞いたと聞かれたのでアンドリュー・ギルバード・ミルズと答えると、ああエギルかと納得する和人。

 ここまでは電車できたのかと聞かれ、走ってきたと答えればマジかと驚かれ、とりあえず上がっていくかと提案される。

 

 そんじゃあお言葉に甘えて。と、玄関から上がろうとしたのだが、縁側というのだろうか。

 庭に面した廊下のようなところが目に入り、何となくそちらでいいかと和人に問いかける。

 今日日日本(きょうびにほん)であんなのがある家はなかなかないだろう。

 

 縁側に座れば和人が「直葉ー」と妹ちゃんに声をかけてお茶を持ってくるように頼む。

 

 少しすると、パッツンでスタイル抜群の女の子が風呂上がりっぼく肌を紅潮させ、髪を濡らしてお茶を持ってきてくれた。

 

 お礼を言って受け取ると、彼女に和人との関係を聞かれる。

 SAOの中でのことはあまり話さない方がいいかなと和人に目配せすれば、最低限になと目で返ってくる。

 

 SAOの中で知り合いになったんだぜーと言えば、SAOのことを聞かれる。

 お兄ちゃんは何も話してくれないんですとのこと。

 まーそればっかりはな。

 当事者とはいえ部外者でもある俺が妹ちゃんに話すわけにはいかないといえば、そうですかと残念そうな顔をする。

 見た感じ高校に上がるか上がらないかと言ったところだろうか。

 これくらいになるとお兄ちゃんなんて知らない!

 となると聞いていたが、やはり二年間のお兄ちゃんニウムがなければこうなるものだろうか。

 

 話題を変えるべく何かないかとあたりを見回せば、竹刀が壁に立てかけてあった。

 二人に剣道をやるのかと聞いてみれば、和人が自慢げにうちの妹は全中ベストエイトなんだぜと言う。

 ベストエイトがどのくらい強いのかは分からないが、結果を出せているということは凄いのだろう。

 

 持ってみます? と竹刀を妹ちゃんに渡され、持ってみれば――

 

「重いな……」

 

 と思わず言ってしまう重さがあった。

 妹ちゃんはですよね! お兄ちゃんってば軽いっていうんですよ!?

 とまくし立てる。

 俺が重いと言ったのは重量的な話ではなく、重心というか、そんな感じだ。

 和人も重量ではなく感覚的なことを言ったのだろう。

 適当に笑ってごまかすと、和人に振っていくかと聞かれる。

 リアルではまだ剣を振ったことないしと頼んで裏手の道場に案内される。

 道場で妹ちゃんに教えて貰って振ると、思っていたよりもキツい。

 現役剣道部員は素振り千本とかやるのだろうか。

 出来なくはないだろうがかなり疲れそうだ。

 

 しばらく振っていると、道場の奥から剣道の防具を着てそれとは別にもうひとつ防具を持った和人がやってきた。

 和人に言われて妹ちゃんに防具を着せてもらうと、試合となった。

 妹ちゃんは黒虎さんは初心者なんだよ!

 と言っているが、本当にそうだ。

 剣道の試合形式なんてメンドウコテくらいしか知らないぞ。

 和人は軽く笑ってルールとかは気にするなと全中ベストエイトの前で酷いことを言う。

 

 竹刀を受け取って構える。

 俺も和人も中段の構えなんて知らんとばかりの構えだ。

 俺も和人も左手を前に出し、剣を体で隠すように半身になり、俺はだらんと完全に垂れ下げ、和人は重心を落として下段に構えている。

 

 妹ちゃんは、黒虎さんも!?

 と驚いているが、恐らく和人の構えを見たことがあったのだろう。

 お互いに構えてぴったり六十秒後、俺と和人は動き出した。

 

 剣道の距離であったため決闘のように距離が開いていた訳では無い。

 しかし、現実の体であることでその分は相殺されていた。

 ゼロ距離になり、和人が剣を振り上げる。

 SAO時代と比べればノロノロだが、俺の体の動きもノロノロだ。

 ギリギリで躱し、九十度移動して剣を振り上げている和人の手に下段からの攻撃。

 和人は俺から離れるように横に跳ぶと、床に着地してこちらに向き直る。

 それからはお互いに打ち込み、躱し合う戦いとなった。

 SAO時代は三次元的な動きがあったが、今回は平面的な戦いだ。

 お互いに防具を着込み、竹刀を振り続けていると、流石に疲れる。

 二人同時に後に跳んで息を整える。

 もはや剣道の道具を使った別のなにかだ。

 

 竹刀を左脇側に抱え込み、左手をあげて剣の腹を撫でるように構える。

 和人との距離が近くなると左側から水平に剣を振り――後に下がることで躱され、振り終わりに攻撃しようと和人が上段に剣を構えて突進してくる――すぐさま柄を左手で掴んで切り返す。

 ばしーん!! という甲高い音が道場いっぱいに響き渡った。

 

 和人は数歩ふらついたが、倒れるまでは行かなかった。

 大丈夫か? と聞けば今日二回目だから大丈夫だと返される。

 頭の防具を外した和人が道場の床に座り、«スネークバイト»なんて久しぶりに見たわと感嘆の声を漏らす。

 リアルでは剣を振ってなかったがALOではさんざん振ってたからな。

 

 あんな試合見たことなかった! ……そもそも剣道じゃない気がするけど。

 と賞賛してくれる妹ちゃんに防具を脱がせてもらい、やっぱり剣道じゃないんだと思う。

 

 防具を片付けて見様見真似で礼をして道場を出ると、和人が外出するとの事で今日は解散となった。

 和人とついでに妹ちゃんに連絡先を教え、俺は走って家に帰ることにした。

 

 

 「みつけた」

 

 

 家に帰った俺は、シャワーを浴びて汗を流す。

 和人との試合もそうだし走ったことによる汗の量も半端ではない。

 途中のスーパーで買った常温のスポーツドリンクを一気飲みすると、シャワーの水をしっかり拭いてから少し休憩をするために寝ることにした。

 流石にハードワークすぎたわ。

 




猫神黒虎

小さい頃は女の子と見分けがつかないこともあったため、もはや虎(笑)であり、クロちゃんと呼ばれていた。
どこかの飼い猫か!と怒って男っぽくなるためには筋肉だな!
と筋トレをしたものの、体質のせいで目に見えて筋肉がつくことはなく、半年と経たずに筋トレは終了した。

いろんなゲームのキャラクターネームに猫系の神様の名前を使っているが、SAOの少し前からはバステト、バスト、バーストと言った感じの名前が多い。


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その少女、精神不安定につき――

前半が寝起きで頭が回ってなくてついでにムラムラしていたときに書かれたものなのでR17.9?
一応R15の範疇に入っているかと。

書いていた時間に比べて2000字と短めです


 目が覚めた俺は、時計を見てそろそろ夕飯の支度をするかとキッチンにたった。

 米は昼間に家に出る前に予約炊飯をしていたのであと十数分もすれば炊けるだろう。

 今日は焼き魚だ。

 

 俺は焼き魚はなんとなく難しそうと肉だけを焼いていたのだが、詩乃に一回教えて貰ったら焼けるようになった。

 やはり、レシピを見るよりも実際に教えてもらうほうが何倍も理解しやすい。

 

 チルド室から魚を取り出し、コンロ下の魚を焼いたりするために使うグリルの準備をしているとインターフォンが鳴った。

 

 珍しいな。詩乃は一人暮らしを頑張りたいお年頃なのかなかなかウチには来ないし誰だろうか。

 

 ドアを開けると何かが胸に飛び込んできた。

 体勢が悪かったせいか受け止めきれず、そのまま押し倒される。

 

 泥棒かと一瞬思うがそれにしては小さいし、そもそもこんなところに泥棒に入るヤツがいる訳ないだろう。

 僅かに上半身を上げて確認をしてみれば、黒髪の女の子のようだった。

 女の子は深呼吸を繰り返している。

 

 ……何この状況。

 上半身を完全に起こして床に座ると、いつの間にか背中に手を回されていたのか思いっきり抱きつかれている。

 ――これ、どこかで……。

 

 一年以上前の記憶が掘り起こされる。

 いつだったか、普段より遅い帰りになった時のことだ。

 宿のドアを開けた時に同居人が中から飛び出してきて廊下で今のようなことになった覚えがある。

 ということは――

 

 俺は少女を抱き抱えたまま立ち上がり、開きっぱなしのドアを閉める。

 それにしてもいつまで深呼吸してんだコイツは。

 ベッドに寄りかかるように座って少女の名前を呼ぶ。

 俺の考えが正しければ、というか俺の知り合いにこんなことする女の子一人しかいないし。

 名前を呼ぶが反応がない。

 というか俺が立ち上がる時に落ちないように支えたせいか、いつの間にか彼女の片腕が俺の背中から彼女の下腹部に移動している。

 一応リアルでは初対面の人間の家に押しかけて何をしているんだこいつは。

 未だ深呼吸を繰り返している変態の顔を俺の胸から離してやると、目はやばい薬をやっているのではとばかりにトロトロに蕩け、頬は紅潮し、一言で言えば発情していた。

 しかし、そのパーツの一つ一つは見慣れたもので、やはりアルゴだった。

 

 SAO最終盤では俺への依存のようなものもほとんど、というか少なくとも俺が見る限りでは完全に治っていたのでリアルでは会わない方がいいと思っていたのだが、気のせいだったようだ。

 むしろ二ヶ月近く会ってなかったせいで悪化している。

 こんなことならSAO対策うんたらのお偉いさんにリアルを教えてもらうとまでは言わなくても現状を伝えてもらうくらいは頼んだ方が良かったか。

 進んだ時計の針は戻らないので今更考えても遅いか。

 

 俺はとりあえずアルゴがまともに会話できるようになるまで――それこそ二時間ほどアルゴを抱き抱えていた。

 今日の夜はおにぎりか何かかな。

 

 

 二時間ほどでまともに戻ったアルゴとはまず自己紹介から行う。

 俺から自己紹介をして、アルゴの自己紹介となったのだが、春園――と言ってから首を振って猫神亜子と名乗りやがった。

 

 亜子はSAO終了後にリハビリを済ませる頃までは普通に生活できていたらしいのだが、道を横切る黒猫を見た瞬間に俺に会いたい衝動が爆発して都内を徘徊していたらしい。

 たまたま俺が亜子の視界に映り、亜子は俺を追ってきて家を特定、自宅に戻っておめかしして戻ってきたらしい。

 亜子が俺についてくることが出来たこと、おめかしに戻って再び俺の家に来る時間のことから推測は出来ていたが、やはり亜子の家はこの周辺らしく、徒歩十分ほどらしい。

 俺が寝ていたのは二時間弱だから、百分前後は服を選んでいたのかと考える。

 思考を読んだように服を選んでいたのは三十分程だと言われれば、どこに時間をかけたのかと疑問が出る。

 風呂に入って体を隅々まで綺麗にしてきたから時間がかかったらしい。

 まあ、色々と台無しなんだが。

 亜子が発情しているあいだに抱き抱えながらできる最低限のことは済ませていたため既に沸いている風呂に亜子を入れる。

 色々とアレだからな。

 俺は近くのコンビニで下着から何まで全てを買うことにして風呂に入っているあいだに家を出た。

 下着は使い物にならないくらいになっていたし、上もクシャクシャで風呂上がりに着る感じではない。

 ズボンが見つからずに戸惑ったが、そろそろ上がるんじゃないかと急いでデカ目のワイシャツと下着を購入して家に戻る。

 店員に女性用の下着ですけどと確認されたが問題ないですと答えた時に酷い顔で見られたが問題は――あるけどいい。

 家に帰ると中から声が聞こえる。

 詩乃か?

 

 ドアを開けて中に入ると、そこには髪を濡らして既にワイシャツを着ている亜子と言い争っている詩乃がいた。

 二人は俺が帰って来たのに気づくと、同じ顔をして俺に問いかける。

 

 ――この女は誰?




春園亜子

は る ぞの
 あ こ

頑張って考えました()


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修羅場は何度も潜り抜けてきたつもりだったが今回の修羅場は初体験だった。

最近寝起きで頭が働かないか腹痛で頭が働かないかムラムラしていて変な方向に飛んでいくか眠くて頭が働かないかで普段より迷走している気がします。
あと結構書いたなと思っても短かったりとちょっと大変です。

誰から依存系アルゴのR18書いてください(懇願)


 誤解だ! と一瞬言いそうになったが、何が誤解なのだろうか?

 俺はナイスボートな主人公ではないし、そもそも誤解もクソもない。

 

 二人にお互いを紹介しようとして――悩む。

 どうやって紹介すればいいんだ?

 

 亜子を紹介するならばSAOの中での出来事を話さなければならない。

 中の出来事はあまり話したくないのでお偉いさんにしか話していない。

 サバイバーであることはそこまで隠してはいないが、中の出来事となると話は別になる。

 詩乃にも中の出来事は話していないのでなかなか紹介しにくい。

 

 では反対に詩乃の紹介はどうだ?

 詩乃と出会ったのはあの事件が起こってからだ。

 紹介というならばいついつ会ったとか、どこどこ所属のというのが普通だろう。

 事件のことは未だに詩乃の心に傷をつけたままなのでなかなか話しづらい。

 そうなると俺と詩乃との関係も話しにくい。

 

 そこまで考えた俺は、至極単純に超絶簡単に紹介をすることにした。

 

 朝田詩乃、SAO前の知り合い。

 春園亜子、SAO中の知り合い。

 

 亜子はそれほどリアクションは取らなかったが、詩乃はSAOの関係はこちらに引っ張ってきていないんじゃないのと不機嫌になる。

 やはり詩乃からしたらSAOは変わらず憎むべきものなのだろう。

 

 亜子とは今日再会して、服が汚れたから風呂に入れていたと言う。

 うん。問題ない受け答えだ。

 

 詩乃はそう……と言って、SAOでの俺と亜子との関係を聞く。

 夫婦です(はーと)

 なんて言えば確実に激怒されそうな雰囲気を纏っている詩乃にどう伝えればいいかを迷い、閃く。

 

 亜子にはSAOで迷惑をかけてそれから一緒に行動するようになったんだと。

 詩乃はなら、その女には特別な感情なんて一切抱いてないのねと言われるがそれは違う。

 好きじゃなかったら一緒にいないだろう。

 

 二人の立場は全然違うが、俺から見た二人との関係の俺の立ち位置は似たようなものだ。

 好きな人が困っていて、それを俺が一緒にいることで解消できたり和らげられたり出来たから俺が一緒にいたのだ。

 

 ◇

 

 それからは色々あった。詩乃が泣き出してしまったり亜子が浮気ダメ絶対と言い出して俺の膝の上を陣取ったり、それに反応した詩乃が浮気という言葉に反応して関係を深く追求してきたり、亜子があっさりバラして詩乃がVRMMOの結婚システムに驚愕したり。

 

 最終的に二人はそこそこ仲良くなり、時計を確認すればもう二十四時を回っていた。

 三時間以上やっていたのかと思いながら(三人で話しながらおにぎりを作って食べていた)今からどうするかということになった。

 詩乃はすぐ隣なので帰れるが亜子は近いとはいえ徒歩十分。流石にこの時間に女の子を歩かせるわけには行かない。

 

 ということで詩乃の家に泊めてやってくれと頼んだはずなのだが、何故か俺のベッドで全員寝ることになった。

 ALOに潜る時間を考えて質が良くてできるだけデカいベッドを買っていたがやはり三人だと窮屈だ。

 ピッタリと密着され、俺は悶々とした夜を過ごすことになる。

 最近はALOが面白くてALOで寝落ちして眠ることばかりだったし、リアル側の時間も筋トレや食事なんかの時間で埋まっていたので致す時間がなかったのだ。

 暴発しそうになるのを堪えながらSAO時代に半ばまで開発していた気絶睡眠(ノーモーションバージョン)を行って眠りに落ちた。

 

 

 目が覚めればトントンとキッチンから音が聞こえてくる。

 両脇で眠っていたはずの二人はいなくなっている。

 一応ズボンの中を確認して暴発していないことを確認して安堵してから俺は襖一枚隔てられた先にあるリビングに向かった。

 

 寝る時以外は全開にしてある襖を開けた先にあったのは二人のエプロン装備の後ろ姿だった。

 昨晩は(何故か詩乃も)下着にワイシャツだったというのに対し、今のふたりは年頃の女の子のようにお洒落をしている。

 なんかいいなぁ。と思いながら眺めていれば、完成したようで朝食が運ばれてくる。

 

 今朝の献立はおにぎりと野菜室の野菜全盛り超具沢山味噌汁と卵焼きだ。

 

 東京に出てきてから家で味噌汁も卵焼きも作ったことがなかったのでかなり久しぶりの献立だ。

 

 朝食を食べながら今日の予定について聞かれる。

 食べ終わったら少し休んでから走って、特に何もなければそのままALOに潜る予定だったから特に何も無いな。

 どっか連れてけってなら問題なく連れていけるが。

 走る時間を聞かれ、大体一時間半から二時間くらいと答えれば二時間走ってきてと言われよく分からないまま了承した。

 食器洗い機に食器を片付けて、食休みをしていると二時間後には戻ってきてねと着替えさせられて家を追い出された。

 

 きっちり二時間後に家に戻ると、先程までとは服装が変わった二人の姿が。

 街に連れていけと言われ、準備を終えて何度か足を運んだ駅前をぶらつくこと数分。

 二人は家電量販店に入っていき、俺も付いていくといつの間にかアミュスフィアとALOを購入している二人の姿が。

 ……君たち、どこにそんな金があったんだ?

 

 アミュスフィアを購入するとすぐさま俺と詩乃が住むボロアパートに戻ることになった。

 俺がついていく意味は果たしてあったのだろうか?

 まあアミュスフィアを狙ったひったくりとかも少ないながらいるらしいし意味はあったか。

 

 俺の部屋でアミュスフィアを開封し、有線LANの差込口に新たに差し込まれたふたつの端子。

 フィッティングなどの様々な事前準備を二人が終えたところで、俺の端末に電話が入った。

 

 和人からだ。

 よーすと電話に出れば、走っているのか聞こえにくいがアスナがうんたらと言っていて、最後にエギルの店に来てくれ! と電話が切られた。

 

 亜子に誰から? と聞かれたのでキリトからだと答えて、ALOにログインしようとしている二人には悪いが用事ができたとエギルの店に向かうことにすると、二人ともALOのダイブを後回しにして付いてくることになった。

 先輩プレイヤーである俺がいないとPKに襲われちゃうというなんとも可愛らしい理由からだ。

 和人はアスナがなんとかと言っていたので詩乃は連れていかない方がいいのかもしれないが、うまい言い訳が思いつかなかったため、電車でエギルの店に向かうことにした。




私がワンシーンに出せる最大人数は二人です。
それ以上はグダグダになります。
次回はこの三人にキリトとエギルも加わるので大変なことになります。
ALOにダイブするとエギルが抜けてリーファが増えます。
つまり大変です。


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証拠はあるんですか証拠は! 偶然の一致です。 記憶にございません

 路地裏に入っていくことを怖がる詩乃の背中を押してたどり着いたのはエギルの店。

 よーすとドアを開けばいらっしゃいとエギル。

 詩乃は完全に怯えてしまって俺の背中に隠れるが、俺がカウンターに向かって進むのでエギルとの距離もだんだん近くなる。

 カウンター席に座ると、今日はどんなようで来たんだ?

 とエギル。

 俺が、用がなければきちゃいけないのか? と言えばそんなことは無いけどな返される。

 

 今日来た理由は和人に呼ばれたからだといえば、なるほど。と頷いて、二度手間になるのは面倒だから和人が来るまでコーヒーでも飲んで待ってろと言われ、コーヒー三つとショートケーキが二つ。

 亜子と詩乃の分だけで俺の分はないようだ。

 

 とはいえエギルも客が俺たち以外におらず暇なのか話しかけてくる。

 具体的には俺と二人の関係だな。

 エギルに大きめの液晶のタブレットを貸してもらい、国民的マスコットである鼠を表示、ちょうど耳のあたりだけが亜子の頭からはみ出るように倍率を調整して亜子の頭の後ろに持っていけば――なるほど! と手を叩いて納得するエギル。

 お察しの通りネズミのアルゴこと、春――猫神――亜子でございます。

 おい、被せるな。春園さんです。

 んでこっちの眼鏡をかけたかわいこちゃんは、俺の妹分のようななんというか、つまり幼馴染? とも少し違う気がするがSAO以前の知り合いである。

 名前は朝――猫神――詩乃。

 お前も被せてくるのか。朝田ね。

 亜子も詩乃もしてやったりという顔をしているので、つい二人がとっておいたショートケーキのイチゴを二つとも食ってしまった。

 最初はエギルを怖がっていた詩乃だが、ショートケーキにつられていつもの調子に戻ったらしい。

 

 もぐもぐとイチゴを食べながら二人の紹介が終わると和人がチリンチリーンと入口から入ってきた。

 よーすと手をあげれば同じように返してくる和人だが、なんとなく急いでいるようだ。

 そのままカウンター席に座ると、あれはなんだとエギルに問う。

 あれってなんだよという顔の俺たち三人を見て、エギルはカウンターの下から一枚の写真を取り出す。

 金色の格子の向こう側に白で統一された調度品たちがあり、そこに腰掛けている一人の少女。

 画像が荒く、はっきりとは言えないがアスナに似ているな。

 どう思うとエギルが聞き、詩乃以外の三人が似ている。と一斉につぶやく。

 詩乃ははてなマークを浮かべていたが、あいつ(和人)のSAO時代の恋人に似てるんだよとだけ言って話を進める。

 

 エギルは俺たちの返答を聞いて、やっぱりなとつぶやいた。

 和人はこれはどこなんだとエギルを急かす。

 エギルはカウンターの下からひとつのソフトを取り出すと、この中だ。と言った。

 

 そのソフトはALOと呼ばれ、SAO事件から未だ醒めない三百人の被害者たちが幽閉されている可能性があると、対策本部のお偉いさんが考えているソフトで、実際そのデータはSAOのものをほとんど流用されて作られているものだ。

 

 世界樹、全プレイヤーの到達目標であるその木の上に正規ルートではなく多段ロケット式で飛んでいこうと考えたやつがいたらしい。

 そいつらが限界まで飛んだ先でスクリーンショットを撮りまくった結果、その中にこの写真の拡大もとが入っていたらしい。

 もっとも、それに対して運営は緊急メンテナンスを行ってプレイヤーが入れないように障壁を設置したらしいが。

 和人はパッケージを舐めまわしたあとに、ある一部分をみて何やら思いつめた顔をしてから首を振り、エギルにアスナ以外の未帰還者が写っている写真はないかと問いかける。

 そんなものがあったら警察に連絡してるよとエギルは言って首を振る。

 

 和人はエギルにALOを貰うこととなり、ソフトを受け取って店を出ていこうとした。

 ので引き止める。

 俺が来た意味ある?

 いや、確かにアスナの居場所はしれたから意味はあったけどさ。

 それに、ALOの中にアスナがいるなら俺も十二分に協力できる。

 和人を座らせると、対策本部のお偉いさんがALOを睨んでいることを教え、とりあえずエギルに番号を教えて伝えてもらうことにした。

 俺の名前を出してもらえれば多分平気だろう。

 エギルがカウンターの奥に引っ込んでいったあと、和人と、ついでに亜子と詩乃にALOのことを教える。

 合流すれば詳しいことは中で伝えられるのだから簡単なことだけだ。

 それが終わったあとに解散し、エギルから対策本部の動きを聞く。

 どうやらこれだけでは証拠が足りないらしい。

 動けないとは言っていたが、ALOの調査にさらに力を入れるとは返ってきたようだ。

 それを聞いて俺たちはボロアパートに戻った。

 

 帰りの電車で、ほとんど話がわかっていなかったであろう詩乃に補足をする。

 あの写真に写っていたのは、和人のSAO時代の恋人で、その写真が撮られたのはALOの中。

 つまりALOの中には未帰還者であるアスナは確定として、そのほかの未帰還者達もいるかもしれない。

 三百人の精神がどこにあるかを探している機関があって、そこに連絡してみたけど企業のゲームに決定的な証拠がないまま踏み込むのは難しい。

 だから俺たち――というか俺と和人は証拠をつかむか、直接アスナをログアウトするのが目的である。

 その為には未だクリアされていない世界樹を登らないといけないんですけどね……ハハッ。

 

 俺は多分だが、と前置きして少なくとも楽しんでゲームはできないかもという。

 だから俺と一緒にではなく自由にやることを勧めるが、亜子はあーちゃんを助けるんダロ?

 とネズミのアルゴとして返答し、詩乃もこういう悪事が許せないのか私も手伝うわと返してくる。

 レベル制ならば足でまといになるかもしれないが、スキル制なので二人がいて不利になるということはないだろう。

 亜子は情報屋として活動していたが戦闘が全くできないという訳では無いし、詩乃も運動神経はそこそこある。

 装備の類も俺がSAOから引き継いだ通貨を使えば買い揃えられる。

 二人には悪いが手伝ってもらうことにしよう。

 

 ◇

 

 ボロアパートにもどり、俺のベッドから布団を剥ぎ取り、いつ使うのかもわからず押入れに押し込んでいた予備の布団と組み合わせて三人寝転がれる場所を確保すると、俺たちはそれぞれハードを被ってダイブする。

 

 和人にはログインしたらとりあえずアルンまで来るように言ってあるし、ログアウトするたびに進捗を伝えるように言ってある。

 あいつもナーヴギアでログインすると言っていたので恐らくSAO時代のものが引き継がれているから一人でもアルンまでは来ることが出来るだろう。

 本当に、SAO時代のフレンド登録していなくても名前がわかればメッセージが送れるインスタンスメッセージが恋しくなる。

 魔法でも何個かあるのだが、完全に無関係の人間にメッセージを送れるのは【音魔法】の高位スペルのみだ。

 【闇魔法】にもフレンドのフレンドまでならメッセージどころかテレビ通話を行えるものがあるのだが、和人とのフレンド登録がないことから完全に無意味だ。

 

 俺はALOにログインしたあと、二人を待った。

 二人は俺と同じくケットシーでキャラクターを作り、俺が初日にログインした広場に現れた。

 

 アルゴとシノン。二人とも安直だな。俺も猫神から連想して付けているので変わらないかもしれないが。

 

 俺はアルンに続くダンジョンのすぐ近くに転移マーカーを設置しているのだが、あれは個人用の転移で複数人は運べない。

 しかし、進む時間を削ってでも今日は二人にALOを教えようと思う。

 翅と魔法、それからシノンには武器を試してもらわないといけないか。

 

 とりあえず防具はNPC売りの最高級品と、俺がPKで集めたプレイヤー達の二軍装備をプレゼントして防御を固めさせる。

 一軍装備は基本的にドロップしないので二軍、予備の装備となってしまうわけだ。

 しかし、俺とは違ってスキルによるステータス補正が皆無であるためか――俺もスキルリセットしてしばらくは初期装備であった――軽金属どころか革が使われている装備すら装着できなかったためその防御力上昇は微々たるものだろう。

 もっとも、ほかの場所、それこそ俺が愛してやまない敏捷力や正確性は増しているはずなので、装備による強化は成功と言えるだろう。

 

 その後にシノンに武器を試させ、俺が使っている片手剣、アルゴのクロー、短剣細剣曲刀と様々なものを試したが、ALO筆頭の微妙武器である弓に落ち着いた。

 槍以上魔法以下のリーチで、システムアシストによる命中補正のある距離が付かず離れずの距離という把握しにくい場所にあるのでなかなか使われない武器だ。

 しかしそれでも強いやつは存在するらしく、魔法とは違い、やろうと思えば連射できるその特性を活かし、近寄らせない立ち回りをしながら魔法を使うやつがいるらしい。

 シノンは理詰めで動くタイプでもあるので慣れたらすごいことになると思う。

 武装を確定させたあとに、とりあえず何をするにも必須となる翅の使い方を教える。

 二年間SAOにいたアルゴは、その中で人間には存在しない部位である尻尾を人には言えないところから生やして操作した経験があるので三十分ほどの練習の後に随意飛行を取得。

 シノンはVR初体験であったが、翅を触ったり、同じく存在しない部位であり、動かし方が翅よりも多い尻尾を外側から動かしてやると、その本来存在しないはずの部位を動かす感覚が理解出来たのかアルゴに遅れること十分ほどで随意飛行をマスターした。

 ケットシーはほかの種族と比べ、随意飛行可能者が多いという噂があるが、尻尾による経験ができるというのも大きい要因なのかもしれない。

 

 その後は二人のスキルスロットをSAOから引き継いだコルに加え、大量のプレイヤーからもぎ取ったコルにより最大解放すると、スキルの考察を始める。

 まず、インファイターであるアルゴは【軽業】【疾走】や、【精密動作】などのSAO時代から馴染み深いスキルを選択。

 【風斬りの翅】などのスキルと気に入ったという【幻惑魔法】、【音魔法】を取得した。 

 どちらも情報屋として活用できそうな魔法だものな。

 

 シノンは【精密動作】【射撃補正】【視認可能距離向上】などといった弓に関係するスキルと空中でも体勢が安定する【不動の翅】、空中での射撃にマイナス補正がかからなくなり、逆にプラス補正がかかるようになる【必中の翅】などを取得。

 魔法は【光魔法】と【氷結魔法】。どちらも遠くを見通せるようになるスペルが存在する魔法だ。

 シノンさんはどこに向かってるのだろうか。

 

 

 それからはひたすら戦闘し、アルゴは接近戦を、シノンは接近戦を行っている俺たちに当てないように敵に攻撃を当てる練習をした。 

 他にも、魔法を使うより詠唱がない分、敵に気付かれずに特定の敵だけを狙って釣り出すなどのテクニックも習得してもらった。

 

 アルゴはSAOで多少の戦闘経験があるからともかく、シノンも前衛が足止めしている。という条件でならまともに戦えるようになり、かなりいい傾向と言える。 

 無論、装備による補正でステータス値が高くなって熟練度相応の敵では役不足であるということもあるのだが。

 スキル値が高くなればステータスも伸び、そうなれば装備できなかった装備もできるようになる。

 アルンに行くまでに十分に戦闘が出来ればきっと世界樹攻略でも助けになってくれるだろう。

 



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全く、油断も隙もあったものでは無い。

ALO編を書くにあたり、かなり困ったことになりました。

キリトたちは十五時にログインします。
十九時にローテアウトして夕飯、二時間ほど(3巻p216)かけてルグルー前の湖に到着、レコンからメッセージが届き、サラマンダーと戦闘。
戦闘後ルグルーに入ってリーファが落ちて長田くんと通話。(そろそろ翠が帰ってくる時間らしい)
一時の会談まであと四十分
直葉がリログしてアルン高原まで走れば会談まであと二十分。

(ゲーム内時間で1時に行われる)会談まであと何分だと思えば、四巻にはリアルで2時で寝落ちしそうなキリトがいて、サクヤたちと別れたのが午前一時過ぎという文章があります。(p14~15)

時間の経過どうなってるの?
まっっっったく分かりません。
辛すぎるよ……

活動報告を立てておくので助けてください。

追記:若干のオリ展開混ぜればもんだいないじゃーん!
ということに気がついたので頑張ります。


 夕飯時にログアウトして、三人で夕飯を食べた。

 その後は亜子を家に送り届け、二時間ほどALOで遊んでからその日は解散となった。

 俺も亜子も暇人ではあるが、詩乃は自宅学習があるため翌日一時過ぎ程にALOで落ち合うことになっている。

 

 昨日今日と三人で一緒にいたこともあり、なかなか静かになった自室で若干の寂しさも覚えながら端末をいじる。

 和人からの連絡は来ていなかった。

 まあ、このくらいの時間になると向こうで寝落ちしてこちらに戻ってくる可能性もあるか。

 とりあえずは明日に期待だな。

 

 そう納得して俺も睡魔に身を任せた。

 

 

 目が覚めると、視界の隅に写る携帯端末がメールの通知を告げる点滅を繰り返していた。

 中を開けて確認してみれば、和人からのメッセージ。

 件名は寝落ちしてた。

 睡眠バカに相応しい件名である。

 

 内容はバグかなにかでシルフ領付近が初期スポーン地点で、偶然あった女性プレイヤーに道案内をしてもらえるようになったらしい。

 和人――この場合はキリトだろうか?

 アレは一日一緒にいるだけで女心をすぐに奪っていく天然のハーレム作成マシーンだ。

 リズだけではなく、他にも何名か攻略組にキリトに向ける目が恋する乙女のものが何個かあったのを覚えている。

 恐らく数日中にキリトとシノンが()()()出会うだろうが、俺としてはフラグが立たないか心配である。

 立つようならばアスナを救出したあとにキリトをボッコボコにしてフラグを折る覚悟まである。

 亜子がいる俺が言うのも変かもしれないが、リア充爆発しろ。

 

 和人にはルグルー回廊入口で待つから着いたたら一旦落ちて伝えろと言っておく。

 こっちも先についたらメッセージを送るので入れ違いになるということは避けられるだろう。

 スイルベーンからルグルー回廊までは四時間もあれば到着するだろう。

 ログインの時間が午後三時と言っていたので七時くらいか。

 うーん。時間が微妙だな。

 亜子もSAO学校に備えて上京して来ているらしく、一人暮らしであるので、夕飯の時間は自由だがあまり遅くに摂るのはよくない。

 やはりこちらは先行してルグルーに入り中立地帯でログアウト、夕飯を食べて待機というのがいいだろう。

 幸い、中立街には伝言を伝えてくれるガードもいるのでこちらならばログアウトの手間もなく、入れ違いになることも防げるだろう。

 

 書いていた文章をすべて消し、『今日は時間的にルグルーが最終地点になるだろうからそこで合流。街についたら伝言用のガードに到着したことを告げるメッセージを残すこと。こっちもついたら同じようにしておく』と文章を送る。

 実際はルグルーにたどり着くのは二十一時か二十二時頃だろう。

 ログアウトするまでには時間がありそうだがそうならばルグルー回廊で戦闘をすればいい。

 流石にあそこから眠くなるまでにアルンにたどり着くことは出来ないからな。

 

 鳥のササミを使ったお茶漬けを食べ、俺は日課のランニングに向かった。

 

 

 ランニングの帰り道、亜子の家によって今日の予定を伝えておく。

 インターフォンを押すと、寝ぼけているのであろう亜子の声で応答され、俺が来たぞーと言えばたっぷり十分ほど(女の子の準備時間にしては短いのかもしれないが)待たされ、家に上げられた。

 

 俺たちは昼を食べたあとにログインし、八時前頃にはルグルーにたどり着く予定だ。

 キリトに伝言を残しログアウトして飯を食ってキリトたちと合流する。

 これが今回の目的だ。

 そう伝えれば今日も俺の家で夕飯を食べよう。ということになって亜子はアミュスフィアと周辺器具を用意して準備完了。と外出準備完了の亜子。

 そうなら夕飯の食材を買って帰ろうか。

 

 ナーヴギアより軽量化されているが、その周辺機器まで含めればそこそこに重い。

 俺は亜子が持っているアミュスフィア入りの手提げカバンをひょいっと奪い取って俺が運ぶという。

 そのままスーパーに入り、食材の購入。

 亜子は個人経営の食事処の一人娘らしく、食材のよしあしを見てくれた。

 会計のオバチャンに仲がいいのねとからかわれたりして、食材をビニール袋に入れて店を出る。

 今晩は比較的食事時間が短くて済み、かつ食休みに時間を使うことなく再ログインできる海鮮丼とあさりの味噌汁だそうだ。

 

 徒歩十分の道のりを、やたらと軽装で外に出たために寒そうにしていた亜子と手をつなぎながら歩く。

 女の子は冬でもフリフリの薄っぺらい服をよく着てられるな。

 とは昔から思っていたが、オシャレと寒さは等価交換らしい。

 まあ俺は亜子ならどんな服装をしていても可愛いと思うけどな。

 そう言うと手から伝わってくる亜子の体温が急上昇する。

 顔を見ればもう真っ赤で手を繋いでいなければ駆け出して言ってしまうのではないかと思うほどだ。

 俺はさらに強く手を握ると、残り数分の家までの時間を楽しんだ。

 

 ◇

 

 家に帰ってきたのは十時過ぎほどだった。

 アミュスフィアの準備をするのにも時間はかからず、詩乃を呼ぶにしてもまだ早い。

 昼時に呼んでご飯を食べ終わったら少し休憩してからALOにログインするのが丁度いいだろう。

 

 SAO以来、数ヶ月致していなかったし、時間的にも丁度良いのだが流石にリアルでは初体験。

 ついでに詩乃がすぐ隣の部屋にいるのでその手のことは少なくとも今はする感じではないだろう。

 ただ、昼までの時間をぼーっと過ごすのは時間の使い方としてもったいないのでALOのニュースを亜子と読むことにした。

 亜子をあぐらの上に座らせて、タブレットを亜子の前に回して見る。

 ALOのニュースは基本的にアルンで起こったことや、アップデート情報が多い。

 種族は基本、閉鎖的なのでなかなかニュースとなるものがないのだ。

 エギルの店で聞いた多段ロケットの話や、アルンの他種族ギルドがヨツンヘイムの邪神エネミーの親玉を体力半分まで追い込んだとか。

 亜子が目をつけたのはアルンのニュースではなく、比較的珍しい外側のニュースだった。

 

 何でもサラマンダーがここ最近大量に狩られているらしく、そのせいか世界樹攻略のために他種族の領主を襲うかもしれないとのこと。

 これは匿名掲示板の書き込みで、書き込んだ主がどの種族なのかは全くわからない。

 古参と思われる書き込みは()()()()()()()()()()()が行われていると囃し立て、新参はやべーじゃん。とコメントを残す。

 百数十ほど書き込みが続いたあとにサラマンダー狩りができるってどこの種族よ。

 という書き込みがあり、古参新参混ざって議論が行われる。

 大前提としてサラマンダーは全種族中で現状一番パワーがあるとされる種族である。

 その理由はALO黎明期、シルフの領主を罠にかけてその報酬として多大な税金をシルフから徴収したからである。

 そんなサラマンダーを、それこそ大規模作戦に打って出るほど削ることができる種族なんているのか?

 そういう問題である。

 領が面しているシルフだという書き込みにはそりゃ無理だろという書き込みがつき、属性的に相性の良いウンディーネであるという書き込みには領地が離れすぎているという指摘がつく。

 そのまま議論が続き、自身をサラマンダーと名乗る被害者の書き込みがひとつ。

 その内容は黒髪のプレイヤーで、猫耳が生えていたやつに狩られたというものだった。

 耳が生えているプレイヤーなど一種族しか存在しない。

 ケットシーは基本的に金髪だが、どの種族でも稀に基本的な外見から外れたアバターが生成される。

 つまりそれだろうと当たりをつけ、黒猫に狩られたプレイヤーにいくつもの質問が続く。

 

 曰く、一人でツーパーティーを壊滅させた化け物。

 曰く、最初にサラマンダー狩りが行われたときは初期装備だった。

 曰く、スリーパーティから何度も逃げ続けながらサラマンダー狩りを続け、森に誘い込んでゲリラ的に壊滅させた悪魔。

 

 最初の方の何個かの書き込みはまともに議論の対象となっていたが、一人でパーティを壊滅云々という話になると流石にないだろ。解散。となってスレッドは終了したようだ。

 

 ニュースを見ながら亜子の肩に顎を置いたり、頬をつついたり、首をなぞったりお腹を触ったりとしていると、亜子の頬をつついてた指が、横を向いた亜子にぱくりと食べられてしまった。

 指を奥に入れすぎないように第二関節から適当に動かしてみれば、亜子の口内が吸い付いてくる。

 舌と思われる柔らかいものが指に絡みつき、頬の内側が左右から刺激する。

 くぽくぽという淫靡な音がなり、亜子の口の端から涎が垂れた時、ハッと我に返る。

 

 いかんいかん。

 SAO時代のお決まりのルートだった。

 亜子を膝の上に乗せると何故かスキンシップがだんだんと激しくなって最終的に指を咥えられ、ムードが出来上がっていきそのまま……。

 と言った感じがかなり多かったのを覚えている。

 指を引き抜いて代わりに一度だけ唇を落とすと、時間を確認する。

 もういい感じの時間だし、そろそろ詩乃を呼ぼうか。

 



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手札は少しだけ見せるのがいい。残りの札の存在を隠せるからだ。

わーいバタフライエフェクトらー(白目)


 詩乃を呼んで昼ごはんを食べたあと、予定通りに一時にALOにログインした。

 アリシャから今日――正確には明日――の深夜一時に会談があるから付いてきてーというメッセージが。

 確かシルフとの会談だったか。

 しかし一時に会談に行くとなれば、今日はルグルーに行けなくなってしまう。

 

 アリシャには今日はルグルーにまで行く予定があると断って、しかし君の身が危なくなったら転移して駆けつけるので安心してくれとメッセージを送る。

 

 暫くして仕方ないなーといった感じのメッセージが返ってきて、俺たちはルグルーに向けて移動を始めた。

 

 ケットシー領を南下しシルフ領の森を抜け、飛行制限がかかる山岳地帯に数時間かけて到着した。

 VR初心者のシノンが少し疲れているように見えたので休憩してから、ルグルー回廊に入る。

 ここに出る敵は基本的に図体のデカい敵なのでシノンの弓は当て放題だ。

 洞窟の中は暗いため、【闇魔法】の暗視スペルを唱える。

 光源を生み出すことでも視界を確保できるのだが、光源の用意よりもこちらの方が確実なのだ。

 光源と敵のあいだにものが挟まることによって敵が見えなくなる。ということがないからだ。

 

 ルグルー回廊の敵であるオークなどを倒しながら二時間ほど。ようやくルグルーに到着した。

 入口の伝言用ガードに俺達が到着したことを告げるメッセージを残して宿屋でログアウトする。

 もう十九時をとっくに回っていて、あと十数分もすれば二十時となる。

 

 ログアウトして三人揃って起き上がり、味噌汁を温め直して酢飯を作り――とやっていると食事が終わる頃には二十一時を回っていた。

 そろそろキリトがルグルーに到着しているかもしれないので、二人には風呂に入ってくるように言って俺はALOにダイブした。

 

 ログインすると、伝言用のガードを確認する。

 残念ながらキリトたちからの伝言は来ていないようだ。

 仕方ないので暇つぶしがてらにルグルーから続く橋を渡り、ルグルー回廊に入る。

 この一本道の通路しかスイルベーン側からルグルーに入る通路はないのでここで戦いながら待っていればキリトたちと少しは早く合流できるという判断だ。

 オークを狩り続け、遅々たる速度でBSPを入手していると、サラマンダー狩りはすごい効率だったんだなと今更ながらに理解する。

 他種族撃破ボーナスに加え、BSPをキルした相手が持っていれば一定値奪えるからだ。

 

 三十分ほどそうしていると、前方から二名と、その後に二十一名が走ってくるのが【索敵】で捉えられた。

 数字の問題からきっちりフルメンバーの三パーティと、それに追われる二人という感じだろうか。

 

 逃げているであろう二人がオークを倒している俺の横を通り過ぎ、そのメンバーがシルフとスプリガンであることを確認した俺は、オークを手早く片付けると二人を追いかけた。

 和人からシルフの先導で来るということは聞かされていたし、スプリガンでプレイしているということも知っていたからだ。

 流石にこの時間にキリトと先導者以外のシルフ、スプリガンの二人組がここを通るとは考えにくい。

 

 二人に追いつくと、シルフが、え? 何この人!? と驚いていたが無視してキリト(らしき人物)に挨拶をする。

 バーストくんでーすと言えば、お前か!

 と返事が来てサラマンダーの大部隊に追われてるから街まで逃げるぞ!

 と言われてさらにスピードをあげることに。

 俺が言えたもんじゃないが、サラマンダーの大部隊に追われるって何をやらかしたんだこいつは。

 キリトの胸ポケットには話に聞くプライベートピクシーが入っており、キリトをパパと呼んでいて驚いたが、SAO時代に数日だけ触れ合ったMHCPの子だろうか?

 

 走り続け、あと十数メートルで街に入るという距離まで走ったその時、ルグルーの入口を塞ぐように土魔法の壁が生やされた。

 

 ……普通にマナー違反じゃねーか?

 街から外に出られないじゃん。

 

 入口が封鎖され、一本道の橋の反対側にサラマンダーの大部隊が陣取る。

 絶体絶命かな。

 

 タンク三人に加え、その後にはメイジが十数人。

 明らかにピュアファイターを殺すためだけの部隊だ。

 しかし、俺らが生きるにはそれを打ち破らねばならない。

 橋の幅的にも剣を振るえるのは二人が限界。

 シルフのお嬢ちゃんにはサポートをしてもらうことになり、俺はバステトに【使役魔法】でブーストをかけてからバフを重ねがけしてもらう。

 SAO時代に猛威を振るった特攻、その中の蛇に対するダメージを倍増させる効果はサラマンダーに対しても有効だった。

 リジェネ、特攻。その数値はあの時と比べれば雲泥の差だが、縮小版完全体バースト様の復活だ。

 

 キリトと一瞬だけ目を合わせ、キリトを先頭に一列になってサラマンダーに突進する。

 キリトの陰に隠れ、キリトがサラマンダーに突進し、大剣と見間違える片手剣を振るい、それが防がれるのを確認した俺はキリトの背中を踏み台にしてタンクたちの防御を抜けようと飛翔する。

 翅による浮力は得られないが、それによる空中動作の補正は得られる。

 直線的な火力重視の火球を躱し、三人のタンクの後ろ側に着地したその時、タンクの後ろに隠れていたであろう軽装のプレイヤーに吹き飛ばされる。

 その先は湖。

 水中には強力なエネミーがいるし、仮にいなかったとしても水に落ちれば魔法のいい的だ。

 タンクのタワーシールドの端をなんとか掴み、俺との位置を交換するように引き寄せると橋に着地する。

 しかし、タンクの外側に押し出されてしまった。

 湖に落として二人に減ったはずのタンクはいつの間にか補充され、三人で盾の裏に隠れる陣形をとっている。

 その後から直線型の威力重視の火球が複数飛んでくる。

 闇の矢を生み出す呪文を咄嗟に唱え、数個は打ち消すことに成功したが、十発近くの火球が俺たちの周りに着弾し、爆発する。

 

 タンクは無視して奥のメイジに魔法を浴びせようとするが、予備であろうタンクたちにその尽くを防がれ、とりあえずは前衛でその役を務めているタンクを倒すことを考えることにした。

 見ればキリトはピッタリと並べられた三枚のタワーシールドの極わずかな隙間に大剣を突き刺し、テコの原理を持ってその防御を崩そうとしていた。

 それに対し、必死に踏ん張っているサラマンダーに向けて盲目を付与するスペルを唱える。

 レジストされることなくその効果を発揮した呪文は、タンクの視界を奪い、そのバランス感覚を崩させた。

 

 【盲目】といっても完全に視界が潰される訳では無い。視野と視認可能限界距離が狭まるだけだ。

 しかし、急に視野がせばまればバランス感覚が失われるのは必至。

 俺は何度もこの魔法に救われていた。

 

 確かに、この戦法ならば個人的技量が高いキリトたちを倒すことは出来るだろう。

 俺が嫌いな戦闘手段にして、しかし有効だとも知っている戦闘パターンだ。

 しかし、俺がここにいたことでその目論見は破られたようだな。

 圧倒的なプレイヤースキルを持つキリトと、それに匹敵する技量を持つ俺。

 どちらかひとりだけならば戦闘パターンの強さに押しつぶされていただろうが圧倒的な存在であるフロアボスを俺たちは何十度も攻略している。

 その戦闘により得られた経験値は基本的に複数人で振るわれるものだ。

 

 タンクの隙間が空いたところにキリトが突進する。

 後ろで待機していたであろうサブタンクが盾を構える前に首元に大剣を突き刺し絶命させると、まだいるサブタンクに吹き飛ばされて再びタンク隊の外側に弾き飛ばされる。

 蘇生魔法は長い詠唱を行うため唱えられてはいないだろうが、それでもまだ複数いるタンクを全員倒すには時間がかかる。

 俺のリジェネも間に合っておらず、後衛のシルフのMPもそこまで余裕はないだろう。

 やられるのも時間の問題かという考えが浮かんだその時、ルグルー側、シルフの後、壁の上から大量の火球が降り注いだ。

 対象は俺とキリトではなくサラマンダー側だ。

 サラマンダーのメイジたちはそれを撃墜するべく発射弾数に優れる弾幕魔法を放つが、その弾幕は火球を通り抜け遠い空に消えていった。

 驚愕するサラマンダーたちは、火球のダメージを少しで漏らすためにヒーラーも含め全員が防御態勢をとる。

 火球が地面に着弾し、爆発すると思われたその時、火球は音もなく消えていった。

 いつまで経っても衝撃が来ないことに気がついたメイジが防御態勢を解除してその顔を上げると同時、その額に一本の矢を生やし、エンドフレイムとなって絶命した。 

 矢が生える音は続き、さらに数名を撃破したところでサラマンダーたちは矢を防ぐための防御を行う。

 しかし、メイジたちは火力を押し付けてこなくなったし、ヒーラーたちはタンクを回復しなくなった。

 キリトがタンクの盾の上から連続攻撃を叩き込むとようやくタンクを一名撃破し、その穴に侵入。

 今までの鬱憤を晴らすかのように暴れたおし、一人のメイジを残して全滅させた。

 残った一人のメイジも倒せなかった訳ではなく、後ろのシルフに頼まれて残された奴だった。

 

 俺は土魔法の壁の上を眺め、後でお礼を言わないとなと一人呟いた。




戦闘描写書いてるけどきちんと伝わってる?

俺とキリトは苦戦しながらも最終的に幻影の火球と飛来した矢に助けられ、サラマンダーたちを倒した。

っていう文章だけで事足りてたりしません?

戦闘描写はずーーっと苦手意識があります


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時間よ止まれ! そなたは少しせっかちすぎる。

 俺はいつの間にか色がついていたパーティ欄に表示されている二人の体力バーを確認する。

 先程まで――少なくともオーク狩りをしている時は――はログアウトしていることが分かるグレーの表示だった。

 時間を確認してみれば既に二十二時を回っていた。

 キリトにフレンド申請を飛ばし、シルフとキリトに生き残りのメイジの尋問を任せる。

 そもそも俺は当事者ではなく巻き込まれたようなものだ。

 術者のリメインライトが消滅し、連動するように土の壁が消えたため入場できるようになったルグルーに入れば、その門の左右の柱には寄りかかるように二人がいた。

 二人にお礼を言い、助けてもらえなかったら自爆魔法のペナルティを払うところだったと安堵する。

 俺のリスポーン地点は宿屋で休憩したことによりここ、ルグルーとなっている。

 キリトたちは道中の街かスイルベーンがリスポーン地点だろうから時間的に俺が死ぬのが一番手っ取り早い。

 しかしそうすると、通常より大きい自爆魔法のペナルティに加え、俺のスキル熟練度はBSPが殆どを占めているため全スキル熟練度値半減なんてことも起こりかねない。

 本当に、最終手段だったということだ。

 

 アルゴとシノンには夜間の空腹を紛らわせるという建前でカロリーが高い(=値段が高い)出店のアイテムを何個か買わされ、しばらくするとキリトからメッセージが届いた。

 一段落したから合流だと。

 キリトの位置情報を検索して二人を連れて行くと、そこにはログアウトしている(中に誰もいませんよ)先程のシルフの姿もあった。

 

 同行者がいるとはいえ中立街の宿屋以外でログアウトするのは如何なものかと思ってキリトに確認してみれば、俺と合流少し前に彼女のフレンドから意味深なメッセージが届いていたらしい。

 そのメッセージの送り主は既にログアウトしており、しかしリアルでの知り合いなためリアル側で連絡を取ろうという考えのもの一時ログアウトしているのだと。

 

 彼女が戻るまでに キリトたちがサラマンダーから聞いたことを聞く。

 ニュースサイトで見た通りに近々サラマンダーは大規模作戦を決行するらしく、そのための不安分子を処理しに来たとのこと。

 今キリトたちを倒して不安分子の排除と言えるとしてもこの世界はデスゲームではないのでリスポーン地点から作戦決行地点までの移動時間のあいだだけしか不安は取り除けない。

 つまり、ここよりはスイルベーンの方が作戦決行地点には遠く、かつスイルベーンからここまで移動するまでには作戦は終了しているような場所――

 

 そこまで考えたところでシルフがログインしてきたらしく、大変!

 と何やら焦っているようだ。

 彼女は俺たちを見るなりケットシー!? と驚いていたが、君たちにも関係あるかも!

 そう言ってアルゴとシノンの手を引いて移動していってしまう。

 俺とキリトはなにがなんだかわからないまま彼女を追いかけた。

 

 彼女に並走しながら話を聞くと、シグルドという古株がサラマンダーと内通していて今日の会談の情報をサラマンダーに売り飛ばしたらしい。

 つまり、そういうことか。

 サラマンダーの大規模作戦とやらはシルフ、ケットシーの領主を討つことだと。

 確かに一回やっただけで勢力争いから抜け出し、一強とも言われる行為だ。

 それを二回目、さらに二種族の領主をまとめて倒したらどうなるか。

 

 アルン高原に続く洞窟の前にたどり着くと、シルフ――リーファは勢いで引っ張ってきちゃったけど……と俺たちは来なくてもいいと告げる。

 まあ俺は行くし、キリトも行くと言っている。

 アルゴとシノンも俺が行くならということで来るそうだ。

 しかし、今からまともに移動しても間に合わない。

 アルン側に続く洞窟はルグルー回廊と比べれば短いが、それでも抜けるのに一時間はかかる。

 

 俺はアルゴとシノンを担ぎ、キリトはリーファを担ぐ。

 俺たちは洞窟に踏み出し――一迅の風となった。

 キリトのプライベートピクシーに先導され、最短距離で洞窟を抜けたその時、パーティメンバーとは別枠で視界の隅に表示されていたアリシャの名前の横の騎士アイコンが赤く塗り替えられた。

 会談開始まであと三十分もあるんだぞ!?

 

 先程から騎士のアイコンはずっと点灯していたのだが、それはシルフと合流したからだろうと考えていた。

 メッセージも送られてこないし、HPは全く減少していなかったし、なによりアイコンの色が青みがかった騎士のマークだったからだ。

 ――赤の騎士マーク。それは他種族との戦闘を始めたと言うことを伝える印だ。

 

 山の側面に出入口がある洞窟から最大速度で空に飛び出した俺たちは、翅を使って移動していた。

 アルゴとシノンも自身の翅を使って飛んでいる。

 もう時間が無い! というリーファに対し、悪いが俺は先に行く。と告げてキリトにアルゴとシノンのことを頼む。

 

 リーファにはどうやってと首をかしげられてしまったが、ストレージからひとつの結晶を取り出すとリーファは驚きの声をあげた。

 

 SAO時代から使い慣れた転移のボイスコマンドを発声すると、俺の体は光に包まれた。

 

 ◇

 

 転移の先は真っ平らに切り均された巨大な石の上だった。

 近くには見慣れた執政部のメンバーと、シルフ側のメンバーがいた。

 上を見上げればサラマンダーの大部隊がいる。

 

 まだ直接的な戦闘は始まっていない――とはいえシステムが戦闘開始と認識する程度にはバフ魔法がかかっていたりするのだが――ようなのでとりあえずは交渉のような何かを行うことにした。

 護衛のバフが乗っていても多分あの数は倒せない。

 具体的な数値が分かればどれほど戦えるかもわかるのだが、ALOは基本的なステータスはHPとMPくらいしか表示されないのだ。

 装備による強化もパーセント強化なのでそれから自分のステータスを推し量ることは難しい。

 

 平らな岩の上に、一本の横線を引いてから一人飛翔する。

 

 指揮官に話があると言えば、正直に出てくれたようだ。

 

 俺は言う、この会談を襲うということはシルフ・ケットシーのみならず追加の二種族も敵に回すことになるがいいかと。

 

 対して指揮官はこんな土壇場でそのような戯言が信用出来るとでも? と、俺の言葉をこれっぽっちも信じていないようだ。

 まあ、当たり前。仕方が無いことだ。だって嘘なんだもの。

 

 しかし、だからといってこのまま引き下がれば敗北だ。

 俺は自分の嘘の強度をあげていく。

 アリシャの護衛に任命されている俺が最初から会談のメンバーに居なかった理由がわかるか?

 それは、この会議に極秘で参加する種族の大使を護衛していたからだ。

 その大使は現在アルン高原をこちらに向かっている。

 俺もその護衛にいたのだが騎士のマークが赤く染まったんだ。

 無事に大使を連れてこれたとしても会談がなければ意味が無い。

 基本的にモンスターが出ないフィールドであるし、護衛も俺の他に三名いる。

 先んじて俺が領主の護衛専用の結晶で転移してきたってわけだ。

 

 しかし司令官は俺の嘘八百だと見抜き、単純にリアルの都合で先ほどログインしたばかりではないかと言う。

 

 ならば、なぜ俺がサラマンダー狩りを最近していなかったかは説明がつくか?

 

 俺がそう言うと、指揮官の顔が曇った。

 後ろにいるメンバーの顔を見て、確認されたプレイヤーは何度か首を縦に振る。

 それを見た指揮官はなるほどな。

 と呟いたあと、しかし大使とやらが来る前に全滅させてしまえばそいつにはシルフとケットシーの罠であったと納得させられる。

 そう言って部隊を展開した。

 

 仕方ないか。我らが大使様(最大戦力)が到達するのを待つ他あるまい。

 俺は後ろにいる会談メンバーにサラマンダーがその線を超えたらお互いの領主を殺せと叫ぶ。

 サラマンダーに殺されるよりかは百倍マシだろう。

 俺の叫びとともにサラマンダーたちは動き出した。

 六十――七十名を超えていそうなサラマンダーたちはひとまずは俺を圧殺することを選んだようだ。

 俺一人でも生き残っていれば噛み付いてでもサラマンダーの退却を許さないと考えているのだろうか。

 確かに、大使が来た時に会談の場所でサラマンダーの大部隊と戦闘をしている俺がいれば俺たち側の罠であると誤解させることは難しいだろう。

 誤解させるためには俺たちを全員殺し、部隊は退却、隠れて大使を待ち、狙撃魔法なりなんなりで殺すのが必須だからだ。

 

 魔法というものがある限り絶対ではないが、六十人、七十人いようが一斉に攻撃できる数は限られている。

 この状況は俺の思う壺だ。

 弧を描いて展開しつつあるサラマンダーの部隊に俺は突進した。

 その中心にいるのはサラマンダーの指揮官。 

 とりあえずこいつを殺せば部隊はパーティ単位まで崩れるだろうし、殺せなかったとしてもこいつの近くにいることで範囲魔法は使いづらいはずだ。

 護衛のバフにより普段の何倍も強くなっている感覚を感じながら指揮官の胴を狙って袈裟斬りを放つ。

 それは指揮官の両手剣に阻まれたが、図体で勝るそいつを数メートル後方に吹き飛ばすことに成功した。

 

 体を九十度回し、孤の右翼の部隊に向けて範囲魔法を放つ。

 【闇魔法】最大威力の自爆魔法を除けば範囲と威力は最上位に上る魔法。 

 俺はせいぜい五、六人も倒せれば十分だろうなという気持ちで放ったものだったが、護衛のバフが予想以上に強力なのか、その魔法は半径二十メートルほどの球体となり、その範囲にいたプレイヤー十数名のHPバーを全損させた。

 

 本来《護衛》とは実質的な効果が薄いものである。

 なぜなら、護衛が活躍するということは領主がほかの種族に圏外で補足されているということであり、それは最大限気を使って避けなければいけないものだったからだ。

 故に、バフの効果は説明文程度しか知られず、本当の強さを知っているものはいたとしても倒された昔のシルフの領主の護衛と、それが効果を話した者だけだろう。

 

 その効果は領主のそばに他種族プレイヤーがいる時に限りステータスを上昇させるというものだ。

 だが、その上限は――?

 

 答えは無限だ。領主のそばにいる他種族プレイヤーの数だけ一律でそのステータスを向上させる。

 サラマンダーの部隊は七十人。シルフの会談参加者は十二人。

 さて、そのステータスはどこまで伸びるのでしょうか?




サラマンダー狩りのバタフライエフェクト

キリト達を倒すための部隊が増員されていた

サラマンダーの大部隊が原作より早く会談会談の場に到着していた(会談参加者は開始一時間近く前から揃っていた)

サラマンダーの大部隊が十人単位で増員されていた

サラマンダーがあとを顧みずに戦闘を開始した(サラマンダー狩りで大打撃を受けているため。多分原作ユージーン将軍ならここまで強引に戦いを始めない)


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二年間も一緒にいれば大体はわかるが、大体しかわからない

半分くらい戦闘描写デース


 戦闘を開始してから五分ほど。サラマンダーの大部隊と一人で渡り合っていた俺だが、段々と劣勢になってきていた。

 敵の数を減らせば減らすだけ不利になる。

 理解の及ばない理不尽が俺を襲っていた。

 最初に十人以上を倒したあの魔法も、二発目は半径十メートルに、三発目は半径五メートルほどに。

 本来の範囲と比べればはるかに上だが、この大部隊を相手にするには圧倒的に力不足だった。

 最初は七十を超える数がいただろう部隊も、パッと見た感じメイジ二パーティ、タンク一バーティ、アタッカー一バーティの合計四パーティ程まで減っていた。

 俺は四十人近くをこの短い時間で倒した訳だが、どういう訳か俺のステータスは低下を続けているし、生き残った三十人弱は単純な装備の質でも、プレイヤースキルでも上位の者達だ。

 

 俺がシラフでまともに正面からかち合って倒せるのは精々一パーティ。奇襲できれば二パーティ。地形を活用できれば三パーティ。

 しかし、ここは障害物も何も無い空中だ。

 奇襲ができるチャンスは交渉のために投げ捨てたし、地形の活用もそもそも障害物も何も無いこの場所では行えない。

 

 それでも領主(アリシャ)を殺させるわけにはいかない。

 俺は彼女を守ることを約束して護衛になったわけだし、なによりここで会談が潰されてしまえば世界樹攻略は遠ざかってしまう。

 この種族会談は世界樹合同攻略という頭の狂った――しかし有効かもしれない作戦の前提なのだから。

 

 それからさらに時計の針は進む。

 パーティのリーダー格を執拗に狙い、その統制を崩させながら撹乱する。

 時間さえ稼げば勝ちなのだ。

 

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 俺が一番脅威に感じず、半ば放置していたアタッカーのパーティが俺の包囲網から外れ、領主たちの方へ向かった。

 存在しもしない大使が到着してしまえばこの戦闘バランスは崩れる。

 ならば、四種族を敵に回したとしても内、二種族の領主を討って少しでも対抗できるようにと考えることは不自然なことだろうか?

 

 あの線を超えたら恐らくシルフ・ケットシー両陣営はサラマンダーに殺されるのを防ぐためにお互いの領主を殺すだろう。

 そうなれば領主のデスペナによる領主館に蓄えられた通貨の移動が起こる。

 それは両陣営が返却し合えば問題ない。

 十日間に及ぶ税金の倍率変更だってしなければ問題は無い。

 しかし、確実に同盟の件は見送られる。

 一週間か、一月かは分からない。

 しかし――

 

 俺がアタッカーたちの動きに気がついて動き出した時にはもう遅かった。

 生き残りのタンクたちに道を塞がれ、メイジたちからは魔法で狙い撃ちにされ、未だ息がある指揮官の剛剣が振るわれる。

 ここで死んでは意味が無い、しかしあの線を超えさせても意味が無いのだ。

 俺は言葉にならない叫びを上げてタンクたちの壁を越えようとした。

 その時――線とアタッカーたちのあいだ、その進行を食い止めるように()()()が巨大な土煙を上げて墜落した。

 

 それに驚き、動きを止めるアタッカー。意識がそちらに向くタンク。

 俺はその隙を縫って包囲から離脱し、アリシャの横に着陸した。

 

 

「双方、剣を引け!!」

 

 墜落した何か――キリトが大声をあげる。

 それに驚いたアリシャに、あの人誰? と、問いかけられる。今回の切り札だと答えれば、その瞳をすっと細めキリトを見定めるようにその視線を固定した。

 

「指揮官に話がある!!」

 

 変わらぬ声量でキリトが叫ぶ。その言葉は、俺がこの場に転移してきて上げた言葉と一言一句違わず合致していた。

 

 先程まで俺の相手をしていた指揮官がタンクたちの横をすり抜けて前に出る。

 サラマンダーからしたらこの状況は絶体絶命だ。

 先程の俺の言葉が真実だとしたら、キリト――スプリガンともことを構えなければいけなくなったのだから。

 その状況を多少なりとも良くするため、キリトの要請に応じざるを得ない。

 

 しかし、サラマンダーの指揮官は恐れも知らずとばかりにキリトに返事をした。

 まるで、俺の話などこれっぽっちも信用していないとばかりに。

 なぜスプリガンがここにいるかは知らんが、どちらにせよその後のヤツら共々殺してやる。

 

 俺はキリトとこれっぽっちも打ち合わせをしていない。

 手札を大きく見せるためにキリトともう一種族を敵に回すとは言ったが、キリトがスプリガン(一種族)も敵に回す。といったり、三種族以上を上げたりすれば俺の言葉との矛盾から嘘を確実に見破るだろう。

 さらに、この指揮官は俺の発した言葉をこれっぽっちもキリトに伝えていない。

 「なぜここにいるか分からん」これが最高に最悪な言葉だった。

 

「俺の名はキリト。スプリガン=ウンディーネ同盟の大使だ」

 

 キリトがそう返答した時、俺は喜びに包まれていた。

 キリトの性格はあの二年間でよく知っている。

 不利な時には手札を大きく。しかし、必要以上にホラを吹かない。

 それでも()()()()使()だと言ってくれるかは五分五分だった。

 

 盛大な着地をしたキリトの周りには誰もいない。

 リーファもアルゴもシノンもそれぞれの陣営の近くに着陸しているからだ。

 それを見たサラマンダー指揮官は、キリトと俺の嘘を暴くための揺さぶりをかける。

 

「護衛の一人もいない貴様がその大使だというのか」その言葉はさらに悪辣だった。

 キリトが是と答えれば嘘、いると答えて俺やリーファだけをあげても嘘。

 きっちりと俺を含めて四人いることを言わなければならなかった。

 

 しかし、キリトはしっかりと俺を含めた四人を護衛だと言った。

 シノンとリーファは若干驚いたような表情をしていたが、サラマンダーの指揮官はキリトを揺さぶるのに意識を集中させていたためか気が付かれることは無かったようだ。

 

 しかし、()()()()()の護衛しか付けない、装備も際立ったものがないお前の言葉を信じることは出来ないと奴は言ってのけた。

 キリトはそれに対し、俺自身が最高の剣士だからな。とニッと笑って言った。

 だからそもそも護衛も必要なかったのさ。

 

 そういったキリトを舐めまわすように見たあと、サラマンダーの指揮官は苦し紛れにこう言った。

「オレの攻撃を三十秒耐えることが出来たら貴様を大使と信じてやろう」

 

 キリトは背中から大剣と見紛う片手剣を引き抜き、翅を広げて浮き上がり構えた。

 

 その瞬間、シルフ側から声が聞こえてきた。

 曰く、あの指揮官はサラマンダー最強の剣士。

 最強種族最強の剣士――つまり全プレイヤー最強だと。さらにあの両手剣は伝説級武器(レジェンダリーウェポン)だという。

 アリシャはさらに補足し、あの両手剣――魔剣グラムには特殊効果として剣や盾の防御をすり抜ける効果が付与されているらしい。

 

 なんだその馬鹿げた効果は。

 俺はこの世界でファイターとしてタンクとかち合った経験があるから知っている。

 ファイターは基本的に防御に回ったタンクを攻め倒すことは出来ない。

 なぜならその巨大な盾がALOのダメージ算出式に非常に有利な設定がなされているからだ。

 攻撃位置――盾なので倍率は非常に低くなる。

 攻撃速度――完全に盾で止まってから衝撃が伝わるのでその倍率は低くなる。

 被ダメージ側の装甲――鋼鉄の塊、巨大な盾の装甲値はかなりのものだ。

 

 唯一普段と変わらないものは武器の威力だけ。

 そんなファイター絶対止めるマンであるタンクの防御()をすり抜けられるということは、こいつはどんな敵でも剣が届く範囲に近づけば撃破できるということ。

 剣自体の威力だって伝説級、ということから凄まじいの一言に尽きるだろう。

 俺はSAO時代からの戦い方が回避一本であったため今回の戦いでもまともに打ち合うことはしなかった。

 しかしキリトは武器防御を前面に押し出した脳筋だ。

 叫んで伝えようとした時には既に戦いは始まっていた。

 

 グラムの情報を知らないキリトは敵側の筋力値を推し量るためにわざと攻撃を防御しようとした。

 しかし、その防御はすり抜けられ、飛ぶハエを撃ち落とすが如く吹き飛ばし、キリトは再び大きな土煙を上げて地面に墜落する。

 

 しかし、その直後にホバリングしているユージーン将軍に向かって鋭角に突進していき、上段から鋭い攻撃を浴びせた。

 

 キリトが来る前から戦っていた俺は知っていたが、奴は装備の強さだけに負ぶさっているだけではなく、確かな腕を持っていた。

 キリトの剣を防ぎ、流し、弾く。

 キリトの連撃の勢いが緩んだその隙に大ぶりの一撃を振る。

 

 おそらく、あそこまで大きく、それこそ()()()()()()()()()()攻撃を繰り出したのはわざとだ。

 わざと防げる攻撃を行い、その剣の性質を持って敵を両断する。 

 剣の強さを知り、活かす。そこいらのプレイヤーに出来る動きではない。

 

 キリトは二年にも渡って体に染み付いた動きで防御を行うが、グラムの能力によって攻撃をまともに食らって吹き飛ばされる。

 

 既に三十秒は経過していた。 

 しかしユージーン将軍に火が付いたのだろう。

 戦闘はまだ続く――

 



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今思い起こせば神聖剣vs二刀流の戦闘時間は異常だった。

原作の流れをなぞりなぞりー

キリトと合流するとどうしても原作沿いになっちゃうね、しょうがないね。


 戦闘は長くは続かなかった。

 そもそもタンクとタンクがかち合ったならばともかく、アタッカー同士の戦いで十分以上かかるのが異常なのだ。

 

 キリトのようなヒットアンドヒットの超インファイターは、敵の攻撃を剣で防御し、弾き返して隙を生み出す戦いを行う。

 そのため敵との距離は必然的に近くなり、俺のようなヒットアンドアウェイのプレイヤーと比べて敵の攻撃を受ける機会は多くなる。

 

 しかしキリトはヒットアンドヒット、敵の攻撃は複雑怪奇な飛行で躱し、隙を見つけて攻撃する。

 少しすると、キリトが仕切り直すためか、幻惑魔法の煙幕を放った。

 

 煙幕の中を何かが動くのを風の動きで認識したあと、ユージーン将軍が煙を切り払った。

 そこにはキリトは存在しなかった。

 逃げたのでは?

 そう疑うプレイヤーも執政部のメンバーにいた。

 しかし、リーファがそれを否定する。

 それと同時に上空からジェットエンジンのような音が聞こえてきた。

 全員揃って――ユージーン将軍も――上空を見上げるが、その先にあるのは太陽だ。

 目をやられたユージーン将軍は、しかしそれから目を背けることなく上空のキリトに向かって突進した。

 

 片手を後に隠す構えのキリト。

 リアルで剣道を行った時も空を飛んでいて上下が逆さまだということ以外は似たような構えをしていた。

 しかし、キリトのあの構えは本来二刀流でサブアームのレンジを悟らせないためのものだったのだ。

 

 あの世界を、黒の剣士を知らないユージーン将軍は無謀、苦し紛れと見たのだろう。

 二刀をもつキリトを見て笑うと、その剣をキリトの首筋に向けて振り抜いた。

 キリトの左手に持たれた細い白銀の片手剣はグラムと交差するように振られ、グラムの特殊能力によってすり抜けられる。

 が、その直後。白銀の剣をすり抜け、実態化したグラムに右手の巨剣が叩きつけられた。

 今まで回避されてことはあっても防がれたことは無かったのだろう。驚愕の気配を漏らすユージーン将軍に向けてキリトの本領が発揮された。

 

 二本の剣による芸術のような剣技。

 ユージーン将軍も後退しながらキリトの剣をすり抜けて打撃を与えようとするが、先程の攻防から分かる通り、連続での透過は出来ないグラムは二刀を持ったキリトの連続パリィによって防がれ、どんどんと上空からキリトに押し込まれる。

 行き着く先は地面。これが水平の戦いならばまだ話は分からなかっただろう。

 しかし、地面に押し付けられればもはや後退は不可能。キリトの剣技に押しつぶされる。

 

 ユージーン将軍は雄叫びをあげて何らかの装備の特殊効果を使用し、僅かにだがキリトを押し返し、その隙に致命打を与えようとグラムを叩きつけた。

 しかし、透過が行われるよりも早くグラムの刀身に接触した白銀の長刀がグラムを弾き、胴体をがら空きにしたユージーン将軍の胸に右手の巨剣が突き刺さった。

 

 最初の打ち合いの再現のように地面に墜落したユージーン将軍は、しかしキリトのように空へは戻らなかった。

 土煙が晴れ、そこにはユージーン将軍のリメインライトが残る。

 

 それを確認し、キリトの勝利が確定した瞬間、シルフ・ケットシーの両陣営から歓声が沸いた。

 サラマンダー側も今の勝負に見とれていたようで、そちらからも拍手が続く。

 

 確かにすごい戦闘だったが、俺だってあれより凄いことをしてなかったか?

 キリトにはいつもいい所を持っていかれる。

 茅場に心意を見せつけた時だってそうだったし、今回もそうだ。

 ごく僅かに、黒い靄のような何かが俺の心に生まれかけたその時。

 俺の隣にいたアリシャに、でも――キミの方がもっとカッコよかったヨ。わたしのナイト様。

 そう言われて、俺は素直にキリトの勝利を喜べた。

 

 シルフの領主がキリトの要請でユージーン将軍を蘇生すると、いくつか問答が行われた。

 キリトが初日に倒したというサラマンダーたちの中の生き残りがその時にキリトのそばにウンディーネがいたと証言し、キリトが大使だということは信用されたようだ。

 

 その後、ユージーン将軍はキリトにまたいつか戦おうと言ったあとに、俺の方を指差し、貴様とも純粋な勝負が行いたいものだ。

 そう言って翅を広げると生き残りのサラマンダーたちを連れて空の彼方へ飛んでいった。

 

 サラマンダーが去り、平和が訪れた会談の場で、何にもわかっていないシルフの領主が状況説明を求めた。

 

 同じ種族であるリーファがこの会談をシルフのスパイ(シグルド)がサラマンダーに売ったこと、俺たちと一緒にここに向かったこと、その途中で俺が一人転移していき、急いでこの場に来たことを話した。

 

 シルフの領主――サクヤがなるほど。

 と納得し、確かにシグルドは――とやつがスパイになった原因を話していった。

 

 シグルドへの対応はどうするの?

 リーファがそう問えば、サクヤはアリシャに月光鏡という魔法を頼んだ。

 これは、フレンドのフレンドまでテレビ通話をかけられる魔法だ。

 しかし、昼間だとその効果時間は短くなる。

 

 いいけど、まだ夜じゃないからあんまり長くは持たないヨ。アリシャがそう言うと、すぐに済むとサクヤ。しかしその言葉を聞いていないかのように振る舞うと――なので、わたしのナイト様にも協力してもらうヨ!

 そう言って俺の腕に抱きついてきた。

 ALOでは同じ魔法を使う際、密着することでその効果を増加させることが出来る。

 二発使うのと、強化された一発を使うのでは対応できる状況に差があるのだが、今回に限れば強化された一回にするのが正解だろう。

 しかし、ここまで密着しなくてもいいとは思うが……。

 今のアリシャの服装は領地にいる時よりは露出が少ないが、それでもワンピース型の水着のような、そこそこな露出度を持つ装備なのである。

 

 それじゃあいくヨ? そう言って月光鏡の詠唱を始めるアリシャに追いつくように詠唱を始め、なかなか難しいタイミングを合わせる詠唱を成功させた俺たちは、出現した円形の鏡の向こう側に映る光景を覗いた。

 

 その先はシルフ領の領主館にある執政室らしく、そうならばその椅子に座るのは本来サクヤのはずだ。

 しかし、座っているのは背もたれに体を預け、頭の後ろ側で手を組んで足を投げ出して執政机に乗せている男だった。

 

 サクヤがそれを見て、――シグルド。

 そう声をかければ情けなくバネ仕掛けのようにはね起きる男。

 今頃はサラマンダーに倒されているとでも思っていたのだろう。

 一瞬顔面を青白く染めたあと、開き直って自分が内通者であるということを暴露する。

 開き直って俺を追い出せばお前の政権だって危ういというシグルドはあまりにも滑稽だった。

 サクヤは、シルフであるということに耐えられないというのなら――そう言って領主用のウィンドウを操作すると、鏡の向こうのシグルドの眼前に青いシステムウィンドウが展開された。

 それは、追放用のウィンドウ。

 それが表示されたプレイヤーはごくわずかな時間領主と話す時間が与えられるが、月光鏡が起動していることでその時間が前倒しに使われたのだろう。

 権力の不当行使だと喚いていたシグルドは転移の光に包まれてどこかの中立都市に転移した。

 

 月光鏡が終了し、サクヤは自分の判断がどうだったのかは次回の選挙で明らかになるだろうと締め、ケットシー側に謝罪を入れる。

 シルフ側の問題で――結果的には無事だったとはいえ――危険に晒したのだからこの謝罪は当然だった。

 

 しかしアリシャは、生きていれば結果オーライだヨ! と返答する。

 ほかの人たちには聞こえていなかったようだが、未だに腕に抱きつかれている俺には聞こえるような声量で、騎士様に助けられるお姫様気分を味わえたし。

 と言っているのが俺にははっきりと聞こえた。

 

 その後、謎のスプリガンの少年、キリトの素性を探る両領主たが、キリトがフリーであることを知ると、その強さを買ってキリトを自領に招き入れようとした。

 特にサクヤの勧誘は凄まじく、その双丘をキリトの腕に押し付ける誘惑っぷりだ。

 リーファにキリトくんのは私のです!

 とその反対側から抱きつかれて赤面しているキリトを静かにスクリーンショットに収めると、キリトは相変わらずモテるなと呟いた。

 その言葉が誰にも聞かれていないと思いながら。



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やっぱりサラマンダー狩りの報酬はすごいものだった。

多分あと三から六話くらいで完結します


 リーファの頼みで、シルフ・ケットシー両陣営の世界樹攻略に参加できることになったキリトだが、資金の収集に問題があるとアリシャが言うと、物語でありそうなでっぷりと太った金貨袋を出現させた。

 資金の足しにと渡されたその通貨は、SAO時代のものだっただろう。

 ならばと俺もSAO時代に稼いだ通貨を同盟に差し出す。

 アリシャとの間でロンダリングのようなものをした時、そのまま種族に収めることも考えたのだが、税金を収めてもらうことになるからとやんわり断られたのだ。

 しかし、キリトの頼みで世界樹攻略を可能な限り早く目指したい現状ならば断られないだろうという判断だ。

 ついでに今回のサラマンダー大量討伐の報酬である通貨とドロップアイテムも納品する。

 ――勝った!

 

 俺の満ち足りたような顔に苦笑いするキリトだが、二人の領主がその額を数えればほとんど目標金額に到達しているらしい。

 ならばと今までのサラマンダー狩りでゲットしていた通貨も納入し、キリトに期限を聞く。

 

 最初から焦りのようなものは感じられていた。

 キリトは三週間と指を立てて言うが、やはり出来るだけ早くという言葉を付け加えたいのだろう。

 

 どんなにかかっても一週間で駆けつけると言ってキリトとリーファを見送った。

 俺は両領主を送り届ける必要があるからな。

 

 二人を見送ったあとに、とりあえず急いでケットシー領に戻ることとなった。

 万が一ではあるがサラマンダーが気を変えると面倒だからな。

 

 移動が始まり、空気を読んで空気に徹していたアルゴとシノンが声をかけてきた。

 あの女(アリシャ)って何?

 

 デジャブを感じながらもケットシーの領主で、俺のお姫様(護衛対象)だと答えれば、二人はアリシャを抱えて隅の方へいってしまった。

 

 俺達が今いるのは、蝶の谷というケットシー領からアルンに行くためのダンジョンで、ルグルー回廊のように中間都市がない代わりに、飛行制限がないフィールドとなっている。

 出現する敵も、ケットシーには迷惑をかけたからな。と、シルフたちが倒してくれるので楽ではあるが暇だ。

 サラマンダー数十人の討伐報酬であるBSPの振り分けなどをしながらケットシー領に向けて飛んでいると、後からなにかに追突される。

 

 ()()()はアリシャだった。

 振り返ってみれば、そのまま胸に顔を埋められ、条件反射で頭を撫でつける俺。

 すぐに我に返ってやめたが、俺の視線の先にいるアルゴとシノンの目はいつかのように冷えきっている。

 

 アルゴに教えて貰ったというか、アルゴが喜ぶ反応があの二年間で剣技のように体に染み付いているせいか、ついこんなことをしてしまうが、決して下心があるという訳では無いのだ。

 

 それにしても、前面は比較的露出が抑えられていたが、背中は殆ど全露出なんだな、今日のアリシャは。

 露出が少ないなんて嘘だった。

 俺が抱きとめたからか、翅をしまってしまったアリシャを離すことは出来ないし、かと言ってこのまま抱いていると背中に直に触り続けることになる。

 

 どうしたんだ? と聞いてみても、顔を埋めたままに返事はない。

 ちょいちょい、とアルゴとシノンを呼び寄せれば、美人な領主様に懐かれて良かったナ。とアルゴ。

 あの人も大概だとは思ったけどあなたもほとんど変わらないじゃない。とシノン。

 いつの間にか顔を上げていたアリシャは、英雄色を好むって言うし仕方ないヨ!

 そう言って俺の腕から抜け出すと、アルゴとシノンのあいだを飛行する。

 

 英雄って俺のことか? キリトの方がぴったりだと思うけど。

 俺は魔王に反逆した部下みたいなものじゃないかな。茅場からスキルもらってたわけだし。

 そんなことを考えていると、三人は揃ってため息をついた。

 

 

 無事にケットシー領にたどり着いた時には、もうリアルタイムで三時に差し掛かろうとしていた。

 会談場所から領に入るまでで二時間と考えれば速いとも言えるが、流石にほぼ半日ぶっ続けでログインしているために疲れた。

 アリシャとサクヤに挨拶をすると、ちょっと残って話したいというアルゴとシノンを置いて、俺は一足早くログアウトした。

 

 ログアウトして、ナーヴギアを外す。

 すっかり暗くなっている外の景色が見える窓にカーテンをかけて電気をつけると、何故かワイシャツ一枚の亜子と詩乃に毛布をかけて風呂に向かった。

 ちょっと夜更かししすぎちゃったかもな。

 

 

 手早く体を洗って風呂から出ると、既にログアウトしていた亜子と詩乃が、床に敷いていた布団を押入れにしまい、俺のベッドにも敷布団を戻してくれていた。

 ありがたいが、亜子はどこで寝るんだ?

 詩乃部屋でねるならこれでいいと思うけど……。

 

 結論、長時間のダイブで体が痛くなっていた二人は質の良い俺のベッドで寝ることを主張し、また三人で眠ることになった。

 ここまで密着して寝ないと行けないとなると、逆に体が痛くなると思うけど……。

 それからズボンを履いていないすべすべの生足を絡ませるのをやめてください。本当に、切実に。

 

 長時間のログインのあと毎回こうなるようなら折りたたみの普段はソファとかになるベッドをもうひとつ買うべきだろうか?

 そのことについて少し考えたあと、俺は気絶することで悶々として眠れないであろう睡眠時間を確保した。

 SAO時代のいつかのように、意気地無しという言葉が聞こえたような気がしたが、長時間ログインによる疲労からくる幻聴だろう。

 




アルゴさん:独占欲はない。ずーっと一緒にいてくれて大事にしてくれるならなんでもいい。

バーストくん:二年間のアルゴとの異常なスキンシップの量を、それ以前の経験がほとんどなかったために正常な量だと思い込んでいる。
スキンシップ依存のような何かでもある。
最近は暇な時間がない(ゲームしている時間が暇な時間というのは少し違うらしい)ため、SAO帰還後から溜まってるってやつらしい。

理性が持たないなら意識を落とせばいいじゃない!byバースト


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死んでもいいゲームなんだ。楽に行こうぜ。

超展開
原作の時間経過が早すぎるのが問題です。

あと二話くらいで終わりそう。


 先日も緊急メンテナンスが行われていた気がするが、今日は定期メンテナンスの日だった。

 午後三時のメンテナンス終了と同時にログインし――亜子と詩乃は二人でリアルで何かをするらしくログインしなかった――ケットシー領に降り立つ。

 こんなに早くログインしてもアルンまで移動するわけには行かないし、そうすると付近のダンジョンで遊ぶしかない。

 そう思っていると、同じくメンテ明けにログインしたであろうアリシャから領主館に来るようにというメッセージが届いた。

 ログイン地点から五分もしないで到着するところに領主館は存在するのでメッセージには返信せず、領主館へ向かった。

 

 領主館ではメンテナンス直後、午後三時であるというのにも関わらず十人や二十人ではきかない数のプレイヤーが右へ左へと走り回っていた。

 なんでもレプラコーンに装備を作らせるための環境を作っているらしい。

 俺もアリシャに指示されて大量の鉱石や、炉、装備を作る際に消費される通貨などを設置していく。

 レプラコーンに装備を作らせる際に面倒なのは装備を作る段階でも通貨を消費し、装備を作り終わったあとには技術料として通貨を渡さなければならないことだった。

 鉱石などはもはや人数分用意出来ていて、あとは通貨さえあればという状況らしい。

 

 準備を手伝うこと一時間ほど、昨日領地にたどり着いたあとにレプラコーンまで全速で飛んだケットシーたちが技術者(レプラコーン)を連れて帰ってきた。

 技術者たちは領主館に招き入れられると、一目散に炉へかけていき、その周囲に置かれている鉱石や通貨などを驚くような速度で消費し始めた。

 

 彼らは鍛冶中毒の連中らしく、中には当日に有給をとるという手段でここにいる奴もいるらしい。

 山のようにあった鉱石などはすぐに消費され、補充。次いでケットシーの奥の手である竜の鎧を作り始める。

 この鎧は防御力を高めるものでなく、テイムモンスターである竜に特殊行動を付与したりといったいわば竜用の武器だ。

 

 僅か二時間半で全ての装備を鍛え上げたレプラコーンたちは、各々領へと帰っていった。

 

 それから三十分すると、シルフの大軍がケットシー領へ到着。

 これから二種族合同フルレイドでアルンへ向かうことになった。

 移動は切り札である竜に乗ることで行われ、シルフの風魔法によって速度を強化された竜の大軍は、蝶の谷のモンスターを蹴散らしてアルンへと移動を始めた。

 

 

 僅か一時間でアルンに到着し、世界樹の根元で簡単な作戦会議が行われる。

 とはいえ、もうキリトたちが挑戦しているため簡単も簡単、なにせお互いにお互いの種族が扱える最高の遠距離手段を持って指揮官の命令に従って爆撃するだけなのだから。

 ちなみに、ケットシー側のメンバーは殆どがテイマーであり、そうでないのは俺くらいである。

 護衛のバフがシルフの軍勢分乗るということで、遠距離範囲魔法をブッパするお仕事だ。

 今回はテイムに成功している竜を全て引っ張ってきたとはいえ、僅か十頭。

 アリシャを含め十名のテイマーと俺の十一名がケットシーの戦力であり、それ以外の五十人以上の人数がシルフ側の戦力である。

 今回は基本的に遠距離攻撃しか行わないのでシルフの数が減ることはほとんどないし、最後までサラマンダー戦とそこまで変わらない能力値で戦うことができるということだ。

 

 シルフの大軍を先に入らせてから、竜に乗ったケットシーたちも入場する。

 やはりキリトたちが既に戦闘しており、キリトは羽虫のような数のガーディアンに囲まれていた。

 シルフか、ケットシーか。

 誰かがキリトにタグを付けて範囲攻撃に巻き込まないように気をつけろと叫ぶ。

 

 シルフはSAO時代についぞ見ることが叶わなかった飛ぶ斬撃を放って敵の数を減らし、ケットシー側は竜のブレスで殺虫スプレーの如くガーディアンを燃やし、撃ち落とす。

 俺はといえばアリシャが乗っている竜に相乗りさせてもらっていた。

 MPポーションを飲み、魔法の詠唱を開始する。

 今日この時だけのためにアリシャは俺にスキルの熟練度はそのままにスキルスロットから取り外せる、いわば封印の酒壺のようなアイテムを複数プレゼントしてくれた。

 そのアイテムによりスキルを取り外すと、BSPは再度振り分け可能となるという。

 俺はスキルビルドを切り替え、純メイジと言える構成となっている。

 会談の時よりは他種族プレイヤーが十人近く少ないが、スキル構成の変化によりあの時と遜色のないステータスを発揮しているだろう。

 つまり――半径二十メートルの範囲闇魔法の連射、貴様らに受けきれるか?

 アリシャと同時に詠唱することによりあの時よりも範囲、威力ともに上昇した範囲魔法が連射される。

 現在の俺を十、アリシャを二とした場合、二人で別々に放てば十二となるが、同時に詠唱し、ひとつの魔法とすればその威力は倍増する。

 

 『闇に飲まれよ!』

 

 俺やシルフ、竜たちの範囲攻撃によって瞬く間に撃破されるガーディアンたちだが、その出現スピードが異常だった。

 現状で秒間十――二十近く出現している。

 当然俺たちの攻撃には詠唱時間なり、エクストラアタックの冷却時間なり、ブレスの冷却時間が存在するためここまでの速度で出現されると対処ができない。

 しかし、あともう少しで先頭のキリトがゴールへ到着する。

 

 たかがひと月、たかがスキルポイントだ。

 

 翅を出してアリシャの竜から飛び出す。

 俺と同じく【闇魔法】を所持しているから分かるのだろうか。

 俺は正真正銘の【闇魔法】最大の魔法を詠唱する。

 ――自爆魔法。ひとくくりにそうは言ってもその種類は複数ある。

 デスペナルティの比較的軽いもの、重いもの。

 範囲が広いもの、威力が高いもの。

 

 今回は出血大サービスだ。デスペナ、範囲、威力、すべて最大級。

 しかも味方プレイヤーは巻き込まないオプションつき。

 

 次の瞬間、半径百メートル以上の世界樹の幹内部。その全てが闇魔法のエフェクトに埋め尽くされた。

 その範囲内にいたガーディアンは問答無用で消滅し、ガーディアンの出現地点でもあった六角形の穴たちはその出入口を闇の幕に覆われた。

 

 たっぷり十秒近く魔法のエフェクトが世界を覆い、それがなくなった時にはガーディアンは存在していなかった。

 新しく出現するはずのガーディアンも、闇魔法のエフェクトとは明らかに違う()()()燐光を放つ光の幕がその出入口を塞いでいて出現しない。

 

 自爆魔法を唱えたあとにも存在するはずのリメインライトはどこにも存在しなかった。

 

 ――【闇魔法】熟練度(カンスト)所持BSP四千四百四十四ポイント以上。

 その極めて難しい前提条件を突破した末に文字通り全てをなげうって発動できる文字通りの自爆魔法。

 もはやケットシー領の名簿に黒髪の少年は存在していなかった。

 

 少女の視界に常に表示されていたはずの体力バーも、HPを全損したことを伝える空っぽのものではなく、最初から存在していなかったようにあとかたもなく消滅していた。



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どうあがいても終了

 強制ログアウトした俺は嫌な汗を流そうとシャワーを浴びていた。

 ALOはSAOより歴史が短いからか心意の力を扱うのが困難であった。

 心意なんていうのはチートもいいところであったためにアスナを救うためとはいえ出来れば使いたくはなかった。

 今回を逃せば両種族は破産、世界樹攻略は月単位で見送られていただろうから使ったが、心意を乗せられる程のデータを持ち、広範囲に拡大する魔法が自爆魔法しかなかったのは残念と言わざるを得ない。

 恐らくプレイヤーネーム«Bast»黒髪のケットシーは今頃黒髪猫耳付きのレネゲイドとしてどこかの中立都市がリスポーン地点として登録されているだろう。

 

 フレンド、領地、スキルポイント、所持金。

 装備こそ糧とはしないものの、ステータスは初期値に戻っているはずなのでもはや装備は叶わないだろう。

 新しいキャラを作成するのもいいが、そのキャラクターがSAOのデータを引き継いでくれるかは分からない。むしろその可能性は極めて低いだろう。

 そうなると二年近く助けてもらっていたバーストともお別れしなければならない。

 当分はあのキャラクターで更新されたリスポーン地点であるどこかの中立都市を拠点にスキル上げなどをするとしようか。

 シグルドと会うこともあるかもしれないな。

 

 風呂から出て対策本部のお偉いさんに電話をかける。

 さっきキリトが世界樹の上に到達したはずだからもう時期証拠やらが出てくるなり、アスナが目覚めるなり、和人がALO――世界樹の上に幽閉されるはずなので二人を見張っておいてください。

 

 そう言うと、了解。といわれ、直後に君はゲームをゲームとして楽しむのはいいが、VR世界という第二のリアルとも言える世界でデスゲームでないとはいえ簡単に自分を殺せる考え方はどうにかした方がいいんじゃない?

 とも言われた。

 

 中のこと知ってるのか。

 そうは言われてもSAO時代から現実感を喪失してゲームとして楽しんでいたからな。

 アホみたいに強いスキルを不正規の手段で入手したって言うのもあるかもしれないけど。

 デスゲームですらそうだったんだ。なかなかゲームをゲームとして認識しつつリアルとしても認識するなんて言うのは無理かなぁ。

 というか、MMOなんて死んでも仕方が無いゲームだと思っていたんだが。

 VRになって、二年間たってその認識も変わったのか?

 ジェネレーションギャップ感じちゃう。

 考えておきますと言って電話を切る。

 考えないときの常套文句なのだが、今日は珍しく考えてみる。

 

 ……。

 

 ああそうか、アスナが救出されても、キリトが幽閉されても、多分強制捜査が行われるだろうし、そうなると良くてALOが終了。最悪はVR世界が終了か。

 そうなるとVRワールドともおさらばかなぁ。

 VR空間での在り方なんてもう考えるだけ無駄なのかもな。

 やることがなくなるし、運動と勉強くらいしかやることはないかね。

 PCゲームもあの世界を体験した今では楽しめそうにないしな。

 

 あー……。理解するとなんか寂しいな。茅場が作って茅場が一気に終わりに近づけた世界だとはいえギリギリ延命されていたというのに。

 俺、この先まともに生きていけるだろうか。

 ここ二年間は文字通りSAOにどっぷりであったし、今だってあの世界とのギャップを埋めるために体を鍛えているし、ALOにだってひと月間ではあるけどズブズブだった。

 やべ、本当に生きがいを見つけられるかが分からないな。

 

 今から勉強して、SAO被害者用の学校ではなくVRと離れたところに通って、たまにエギルのところでオフやって、VR世界を懐かしみながら生活して、卒業して大学に行くなり会社勤めになるなりして――

 

 うん。何とかなりそうだな。灰色の学生生活は嫌だし亜子にも高校受験を勧めてみよう。

 なに、俺は中高一貫校とはいえ進学できるくらいの学力はあったんだ。もう一度詰め込み直すくらいならば問題は無いだろう。

 

 そうとなれば、適当なテキストを買うとするかね。

 

 ナーヴギアをいつもより丁寧に片付け、財布と携帯を持って俺はテキストを買いに街へ向かった。

 

 

 社会と理科のテキストを複数買い、時間を確認すればもう八時前だった。

 今から夕飯を作るのもな。そう思った俺はジャンクフード店に向かおうとした。

 しかし、携帯端末のバイブレーション機能がメールが届いたことを告げる。

 立ち止まって確認してみれば、送り主は亜子で、ウチに来て。とだけ書かれていた。

 今日はリアルで何かをすると言っていたし、問題でもあったのだろうか?

 そう思った俺は空腹を忘れ、人混みを駆け抜けて亜子の家へ走った。

 

 

 亜子の家に到着したが、窓はカーテンで締め切られ、僅かな光すら外に漏れていなかった。

 恐らく家の中の照明も落ちているだろう。

 

 インターフォンを鳴らしてみるが、亜子は応答しない。

 二回、三回。

 人を家に呼びつけておいて風呂に入っているなんてことはないだろうし、どうしたというのだろうか。

 

 さらに五分ほどまっても応答はない。

 それどころか家の中からは人がいるような音が聞こえない。

 

 なにか冷たいものが背中を流れる。

 ドアの取っ手に触れ、引く。

 鍵はかかっていなかった。ドアが開かれ、家の中が確認できる。

 リビングに続く廊下、その先の扉からは光が漏れていなかった。

 

 ……。なんだろう。なにか、これを一度体験したことがある気がする。

 いつだったか。

 玄関で靴を脱いで家に上がる。

 自然と足音を立てないように歩いていた。

 

 リビングに続く扉のノブに触れ、扉を開けるとそこには――

 

 冷たくなって動かなくなった亜子が――

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんてことはなく、俺が扉を開けると同時に照明がつけられ、クラッカーが数発鳴った。

 照明によって目が暗み、クラッカーで聴覚を奪われた。

 敵襲!? なんて思うほど殺伐とした世界観を持っている俺ではなく、サプライズのようななにかなのだろうと納得する。

 見れば、世界樹攻略おめでとう。と書かれた紙が部屋を横断するように貼られていた。

 

 インターフォンがなってから十分近く経っても入ってこないから帰っちゃったのかと思ったわ。

 と、クラッカーを持った詩乃。

 

 テキストなんか持ってどうしたの? と、俺が提げているビニール袋の中身を確認して亜子。

 

 えっと……。こういう時って第一声はおめでとー! とか、そんな感じなんじゃないだろうか。

 とりあえずまともに受けごたえする。

 家に電気がついてなかったり、音がしなかったりしたら普通は入ってこないだろ。

 亜子からのメッセージが簡潔的すぎて何かあったのかと思わなければ普通に入ってこなかったと思う。

 

 テキストは高校入試用。

 そう答えれば亜子はSAO学校があるのになんで?

 という顔をする。

 

 俺は先程の考えを亜子に話すと、なるほどーと納得する亜子。

 詩乃にどこを受験するか聞かれるが、まだ決めていないと答える。

 申し込み期日までは一ヶ月近くあるし、それまでに決めるつもりだ。

 そもそも都内の高校なんて今まで興味もなかったから調べてないし、社会と理科のテキストを買ったのだって国語と数学と違って変化があるかもしれないと考えたから買っただけだし。

 

 すると、詩乃にひとつの高校を勧められる。

 詩乃が進学する予定の高校らしい。

 

 ――なぜ今まで気が付かなかったんだ!?

 都内の高校が危険だというのならば俺が一緒に通えば問題ないということに。

 

 即決。後で受験要項などを見せてもらうとして、とりあえずサプライズのようなパーティ開始しよ?

 

 椅子に座らされると、たくさんの料理が運ばれてきた。

 とはいえ量は三人で食べ切れそうな量で、種類が豊富と言うだけだが。

 

 料理に手をつけながら、この量だとかなり時間がかかったのではないかと聞く。

 少なくとも俺がログアウトしてからの一時間ほどでは作れると思わない。

 

 二人揃って絶対攻略できると信じていたと言う。

 なんか照れるが、流石にゲーム。それもMMOでそこまで信じられると困るぞ。

 

 それにしても、美味しいな。

 世界樹攻略が成功してよかったと思える。

 失敗していたらこの料理は食べられなかっただろうしな。

 

 一通り食べ終えたあとも、トランプなどのパーティグッズから、旧世代のテレビゲームなど、なぜこんなにあるんだという種類のゲームを遊び倒し、やはりこの日常は維持したいなと思えた。

 

 目標――――就職して亜子と結婚する。






――完――

ではありません。四巻末のように少しだけ続くんじゃ。
GGOはどうなるか分かりませーん。
きっとALO終わったあとに別の物書き初めてすぐ飽きて戻ってきます。

それにしてもSao編の終わりもそうでしたが、最後に駆け足になる癖どうにかならないんですかね……


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久しぶり、また会ったな、もう離れない。

 新年度、四月。

 俺たち三人はそろって受験戦争に打ち勝ち、奇跡的に三人が同じクラスとなった。

 ちなみに三人の学力は、詩乃≧亜子>俺である。

 そもそもよく考えてみれば、俺は国語と数学を少し尖った、ゲームに活用できる分野のみ得意としていて、理科と社会は平均点。英語は壊滅的だった。

 詩乃はさすが現役というべきか、全教科を卒なくこなしており、亜子もSAOに閉じ込められた当時は中学の学習がすべて終わっていなかったというのに情報屋として培った情報処理能力のせいかすぐに記憶、活用できるようになっていた。

 俺も単純な計算速度こそ上がっていたものの、公式やらはさっぱり忘れていたし、理科と社会は覚え直し。英語は相変わらずさっぱりだった。

 俺が合格できたのは単に詩乃に頼み込んでとりあえず抑えておくべきところを丸暗記したからだった。

 伊達に攻略組としてアイテムの管理をしていない。

 その記憶力だけならば自慢できるものだった。

 とはいえ付け焼き刃の記憶ももはやすっぱり抜け、放課後に亜子と詩乃に教えて貰っている恥ずかしい年長者なのだが。

 

 亜子と詩乃の高校デビューだが、二人とも自己紹介で全くと言ってもいいほど自己主張しなかったためあまり他人から話しかけられることは無い。

 俺たち三人で完結しているのは心地よいが、流石に社会に出ればそれではいかんだろう。

 

 そう思っていた時もあったのだが、クラスでトップクラス、学年全員の顔は確認していないので分からないが、俺主観なら高校でトップクラスの美少女っぷりを伊達メガネの上からでも発揮している亜子と詩乃は、今風。と言えばいいのだろうか? 化粧で素肌が見えないようないかにもカースト高いですよという感じの三人組に絡まれたりしていたのだが、すげなく対応し、その結果何をどうやったのかその三人組は俺たちの過去を暴いて学校中にばら撒きやがりやがったので俺たちは学校の省きものである。

 

 俺と亜子はサバイバーであることをそこまできにはしていないのだが、詩乃は過去が過去だ。そもそもその事を言われたくなくて東京まで出てきたのだからすっかり内向的になってしまっていた。

 流石に俺もこの状況でもっと外に目を向けろなどと言えないし、そもそも向けたとしても帰ってくるのは良くない視線ばかりなので向けなくても良いと思うようになった。

 ちなみにカーストが高そうな三人組はいつか絶対泣かすと決めている。

 

 俺たちの過去が明らかにされてから接触しようとしてくる男子生徒がいるが、俺か亜子がひと睨みすると去っていくのであまり問題にはなっていないが、何となく嫌な予感がするのでアレとは関わりたくないというのが本音だ。

 

 俺たちの進路のこと以外にも話すことがあるとすれば、VR世界は一度終焉を迎えたがもう一度生まれたということだろうか?

 キリトが世界樹の上でゲームマスターと戦闘をした時、茅場晶彦の残滓と呼べる意識と対話したらしく、その際世界の種子を貰ったらしい。

 その種はエギルの手で発芽し、誰でも作れる、誰でも運営できるVRゲームの基礎システムというものが全世界にばらまかれ、無数のVR世界を生み出した。

 その中にはALOも含まれていたのだが、俺は未だにログインしていない。

 なぜかと言えば簡単で、アリシャが酷く怒っているらしいのだ。

 時間を置けば置くほど酷くなるのは分かっているのだが、なかなかログインする決心ができないでいた。

 しかし、俺は今日の夜にはもう一度あの世界に遊びに行くことになるだろう。

 

 ◇

 

 エギルの店、ダイシーカフェには、本日貸切という掛札がかかっていた。

 この時間から貸切の札をかけたところでそもそも誰も来ないんだから意味が無いだろうと思いつつもドアを開けようと、ドアノブに手をかけた。

 しかし、その手は詩乃によって押し留められた。

 

「私はSAOに参加してなかったわけだし……参加するのはみんなに迷惑じゃないかしら?」

 

 そんなことを言う詩乃だが、その内心は未だにエギルを怖がっているだけである。

 それでも店に入ってケーキを出されれば恐怖心が無くなるのだから将来悪い大人に引っかからないか心配になる。

 俺は、いいんだよ。といって詩乃の手ごとドアを開けると、そこには今日の主役以外が揃っていた。

 主役というのは和人と明日奈だ。

 明日奈が帰ってきて初めて俺たちのSAOは完結するんだとはエギルの弁。

 リズがピンク色の飲み物を片手に店内をふらふらと巡回し、SAO時代に見たことある顔からない顔までが勢ぞろいしている。

 

 入店するといろんなヤツらに挨拶されるので挨拶を返していき、カウンター席にたどり着く。

 

 今日くらいは雰囲気に乗じて酒を飲めるのではないか?

 そもそもリズが持ってるのは酒だろ。

 

 白ワインを頼むと、出てきたのはジンジャエールだった。それも、とびきりに辛口な。

 

 亜子と詩乃にはいつものように紅茶とケーキを出しているあたり、俺に対するエギルのあたりはなかなかにきつい。

 それだけ打ち解けていると考えるべきか。

 

 炭酸が効きすぎているジンジャエールをちびちびと飲んでいると、酔っ払いにしか見えないリズが絡んできた。

 呂律はしっかり回っているが、いつもよりテンションの高いリズに絡まれる。

 SAO時代はこれでも真面目な中学生だったのよ。と言っていたが、これではその言葉も信じられないな。

 

 テンションが高く、話が二転三転していたが簡単に言えばなんでウチ(SAOサバイバー用の学校)に来なかったのよ。ということに集約される。

 簡単に言えば世界樹攻略と、実質キャラクターの初期化による燃え尽き症候群からくるなんやかんやである。

 VRが復活した頃には受験勉強真っ只中でもはや途中で投げ出すなどということはこれっぽっちも考えていなかったし、むしろ詩乃と同じ学校に進学することを考えていた。

 そんなことを何度か話したはずなんだけどなあと呆れ気味にもう一度繰り返してやると、シリカなんかねー。と、話がまたまた転がっていく。

 シリカは入学式のその日にバーストさーんと校舎を練り歩き、ついぞ見つからずに涙目になっていたらしい。

 シリカの反応からして真実なのだろうが、俺がいないだけでそこまでなるものだろうか?

 詩乃には、またか。と呆れられる始末。

 自己評価が低いとは詩乃によく言われるが、むしろ自己評価はかなり甘めにしているはずなのだが……。

 

 そんな会話をしていると、趣味の悪いバンダナを頭に巻いたスーツのおっさんが話しかけてくる。

 言うまでもなくクラインだ。

 

「イイよなークロ之助はさー女の子にいっぱい囲まれててよぅ。和人の奴だって明日奈ちゃんとずぅーっとくっついてるって話じゃねーか。俺だってよォ……」

 と、最初は妬みっぽく話しかけてきて最後には女が欲しいと愚痴を漏らす。

 これは何度か会った限り毎回行われていて、初回には亜子と詩乃を口説き始めたので金的を反射的に決めた結果、ナンパ紛いの行為は慎むようになったようだ。

 ちなみに、クロ之助とは俺のことで、俺が昔はクロちゃんと呼ばれていたことがどこかから漏れた結果定着したクラインから俺への渾名のようなものである。

 

 俺が到着してから三十分ほど、漸く主役がやってきた。

 リズの策略でわざと遅い時間を伝えられていたらしく、すっかり温まった場にSAOクリアの英雄様が現れたこともあり、店内のボルテージか上がる。

 リズに連れられて店の奥側にあるステージに上がった和人にスポットライトが当てられ、『SAOクリアおめでとう!』と全員で唱える。

 その後、和人は店内を周り、全員と挨拶をした後に疲れた感じでカウンター席に座ると、俺と同じくエギルに酒を頼んだ。

 当然出てくるのは酒ではなく、似たような飲み物だ。

 度数の強い酒を頼んだこともあり、舌先で確かめるように口をつけた和人は、気の抜けるようなため息のあと出された琥珀色の飲み物を一気飲みする。 

 どうやらウーロン茶だったようだ。

 

 カウンター席に座った和人のところにもクラインや軍のトップであったシンカーなどが訪ねてきて、馬鹿みたいな話をしたあとに、和人がエギルに二次会の予定を聞く。

 エギルは今夜十一時にイグドラシル・シティ集合だ。と、和人ではなく俺に向かって言う。

 和人も、「お前のことをみんな――特にアリシャとかアリシャとかアリシャとかが待ってるぞ」と言ってカウンター席を離れていった。

 

 

 午後十時、俺たちはそれぞれの家に帰っていた。

 俺の目の前には回収されてしまったナーヴギアに変わって(ナーヴギアでの洗脳実験がALOで行われていたらしく、流石に回収されてしまった)アミュスフィアが鎮座していた。

 これも被るのも数ヶ月ぶりか。

 と言っても数ヶ月前に被っていたのはナーヴギアなのだが。

 アミュスフィアを被り、ALOにログインすると、アカウント選択画面で旧ALOのデータと、SAOのデータがあると表示される。

 

 少し悩んだあとにSAOのデータを選択する。

 なんとなく気が付かれるような気がするがもし気が付かれなければアリシャの怒りをすり抜けられるかもしれない。

 俺は久しぶりな人と会うのがなかなか苦手なタチなのだ。

 亜子だってSAO後にこちらから会おうとはしなかったし、詩乃だってこちらで再開した時にこちらから声をかけるか悩んだ。

 エギルと和人はアレだからおいておくとしても、アリシャにこちらから会いに行くのはなんとなく躊躇われた。

 ALO時代のアバターを使っているといかにも会いに来ましたよって感じでなんとなく嫌だったのだ。

 そんな俺のめんどくさい思考を汲んでか、かなり長めのログイン時間が終わったあと、SAO時代のデータを使用するために種族の選択が求められる。

 さんざん迷った挙句、バステトがいるからと言い訳をして俺はケットシーを選択した。

 

 初期ログインポイントが自領とアルンを選べるようなのでイグドラシル・シティの真下であるアルンを選択してようやくALOの世界に旅立った。

 

 アルンにログインし、時間を確認すればもう集合時間間近だ。

 一時間付近も二つの選択で迷っていたなんて自分の意思力のなさには心底呆れさせられる。

 飛行制限がなくなったALOの世界での初飛行。

 俺は以前までなら障壁がはられていたアルン上空へと飛び立った。

 

 ギリギリ間に合った集合時間に、リズやシリカに手招きされて空を見上げる。 

 アルゴとシノンには遅いと怒られてしまった。

 

 月を見ていれば、その月がなにかに食われるかのように黒い影に侵食されていく。 

 その影は完全に月に重なり、そのシルエットを映し出した。

 楔形の天空に浮かぶ城。SAO時代にも外から眺めたことがある。

 あれは、アインクラッドだった。

 

 流石にこれは知らなかったぞ。しかし、つまり、あの時諦めたSAOの完全クリアが望めるのか。

 絶対に攻略してやると、城へ向けて飛び立つと、真横からなにかに追突される。

 

 ぐえっ! と仮想の肺から空気が漏れる。

 もう絶対離さない! と追突してきた何かから声が聞こえ、まさかと思いながら確認すれば、金の髪に猫耳。褐色の肌に露出度が高い服と。 

 なぜここにいるのか、とかなぜ気がついたのとか色々聞きたい人物であった。

 つまりアリシャだ。

 

 アリシャは俺に抱きついたまま、俺の背中側でウィンドウを操作すると、俺の眼前に一枚のウィンドウが表示される。

 それは、俺と彼女がフィールドに出るようになったきっかけのウィンドウ。

 受諾を押すと、視界の隅に彼女の体力バーが表示された。

 もはや領主の死亡に重大なペナルティはなくなったため殆ど必要のない職業となった関係が俺と彼女のあいだに結ばれ直され、俺は素直に口を開いていた。

 

「ただいま。アリシャ」

 

「おかえりなさい。わたしの騎士サマ」




――完――

アリシャがメインヒロインみたいだァ

出番があるつもりだったDEBANちゃんがほとんど出てこなかった……


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GGO
GGOとALOの最近と、リアルについて


復活かは分かりませんが、もう1本の筆が乗らないというか完全オリ展開が難しいので息抜きに。

今後もそんな感じで投稿するかもしれません。


 現在俺は、ガンゲイル・オンライン通称GGOを楽しんでいた。

 GGOは銃が支配するVRMMOで、敵も味方も大体が中・遠距離での攻撃手段を持っているというSAOとは真逆のゲームであった。

 一つだけ共通することがあるとすれば、プレイヤーの多くが本気であるということだ。

 GGOにはゲーム内通貨を電子マネーに変換できる機能があるため、ゲーム内で稼ぎまくれば毎月の接続料を補填する他、さらに実際に給料のようなものが発生するからだ。

 理由は『生存・解放』と、『金稼ぎ』という違いこそ存在するものの、本気のゲームであるということに魅せられていた。

 

 数週間前には新生アインクラッドの攻略を行っていたのだが、死が現実のものにならない。つまり死に戻り出来るアインクラッドに違和感を感じ、俺は七十五層まではあの城に関わらないことを決めたのだ。

 キリトにそう言ったところ、結構危険思想の持ち主なんじゃないか?

 と、からかわれてしまったが、実際SAOで俺の価値観はかなり変わったと思う。

 

 認めたくはないが、違法実験が行われていた頃の種族間対抗のPK推奨時代の(現状ALOはPKボーナスがかなり低くなったため自分の意見を無理矢理に押し通す時くらいしかPKは行われない)ALOの方が本気で戦闘ができて楽しかったし、それよりも全員が本気でモンスターを倒して、一致団結してボスを攻略する、そんなSAOの方が楽しかったのだ。

 

 あまり言うと懐古厨乙となってしまうので話を戻すが、今の俺は新生アインクラッドには触れない代わりに、七星剣という伝説級武器が入手できる寺の個人アタックを行っている。

 もちろんソロクリア出来るなどとは思っていないが、キリトたちに頼む前の事前調査ということだ。

 そして、そんな本気の事前調査の合間にはGGOにログインして鉄砲をバンバンとうっているというわけだ。

 

 そんなGGOでのステータス振りは、STR-DEX-AGL振り。

 SAOとは違い、複数のステータスが存在するゲームでの基本的ステータス割り振りは一極、もしくは二極が基本であるためになかなか歪なステータス割り振りと言える。

 

 しかし、GGOの基礎システムがカーディナルシステムの機能縮小版である世界の種子を使ったものであることを知っている俺は、今流行りのAGL一極集中の弱点を知っていた。

 簡単に言えば走る速度はそこまで伸びない。

 今はいいが、レベルが上がってくるにつれて体を移動させての回避は難しくなるだろうし、システム的な命中率何パーセント、回避率何パーセントという回避の方法も少なくとも五割は命中するようになる。

 SAO時代の俺たちは筋力と敏捷力しか振り分けるものがなかったからいいが、複数に振分けることができるこのゲームでAGL一極集中は地雷だ。

 やるならば防具も武器もいいものが装備できるようにSTR-AGLのSAO仕様でやれと言いたい。

 

 俺のSTR-DEX-AGL振りは、筋力上げて強い銃を使いましょう。器用さ上げて命中率をあげましょう。素早さ上げて移動速度を上げましょう。

 といった欲張りセットである。

 といっても均等振りではなくSTR-DEXがメインでAGLは最低限だ。

 自由に動けるVRMMOで機敏に動けないのは許せない俺が、必要だと思ったところまで振り分けるというなんとも大雑把な最低限だが。

 そして得物は高い筋力に見合わないハンドガンと、ライトセ〇バーである。

 といってもラ〇トセーバーは基本的に防御用。

 敵の銃弾が通る場所に置いておけば問答無用でその弾を消滅させるというインチキ効果を持っているからだ。

 ライ〇セーバーで切りつけた際のダメージもシャレにならないほど大きいのだが、今の環境では近づいて斬るよりも、攻撃を防いでリロード中にハンドガンで脳天を撃ち抜くほうが早い。

 リロードは基本的に物陰などの射線が通らない場所に隠れてやるのだが、こっちが追い立てれば相手はリロードを行うタイミングの尽くを逃し、結果的に一か八かのリロードを行って頭に穴を開けてくれるということだ。

 ちなみに、俺のハンドガンはデザートイーグルと呼ばれる拳銃で一番火力があるらしいものを使っている。

 その中でも装弾数と反動が残念な代わりに威力を求めているためになかなかピーキーな武装となっている。

 反動は高いSTRとそこそこのDEXで流しているが、軽めのハンドガンのように連射は出来ないので複数相手の戦いは少し苦手だ。

 

 が、複数相手の場合はこちらも複数。

 STRにほとんど振り切ったスナイパーが援護してくれるためになかなか負けることは無い。

 そのスナイパーとは、シノンのことである。

 シノンの過去的にGGOは無理だろうなと思ってやらないでいた時があったのだが、俺の部屋で端末をいじりながらVRMMOを物色していた詩乃がGGOを発見。

 気分を悪くしながらも克服するためにやってみると言い出して結果的に俺も詩乃もGGOにハマったというわけだ。

 亜子ことアルゴもGGOをプレイしていて、AGL-DEX振り。

 通常のAGL極型よりも命中精度が高いが回避補正などに薄い型である。

 そんなアルゴは俺とシノンが狩るためのスコードロン(パーティ)の調査やら偵察やら、ダンジョンの罠解除やらを担当してくれる最強キャラである。

 

 ステータス振りからあまり戦闘には適さないが、以前三人でダンジョンに潜った時には地下直行のエレベーター(シュートトラップ)にわざと突っ込むことで時間を短縮するという荒業のあとに、ボスフロアまで落とされてボスと戦闘を行った際には大活躍をしてくれた。

 

 そのボス戦ではシノンは落下地点からの狙撃、アルゴは落下地点よりボスとの距離が近くなり、ちょうど額の弱点と同じ高さの観客席。

 俺は闘技場に降りてボスを光剣で切り刻むという無茶な戦いをしていた。

 ボスが吐き出す有毒ガスは、最高級品のフィルターを数秒で腐らせ、鉤爪は当たれば即死だと直感し、熱線だってそれに同じだ。

 だが、その戦闘は序盤こそ苦戦(主にヘイトをとってる俺が)したものの、アルゴの放った一発の弾丸で勝負が決した。

 その弾丸は動き回るボスの額に吸い込まれ、ダメージこそ少なかったものの怯みを取ったのだ。

 頭を上げて、振り子のように戻って怯みから開放されたボスの額にもう一発の弾丸。

 次はシノンの狙撃だった。

 その怯みから開放されるとアルゴの攻撃。

 二人のリロードタイミングを考えてボスの体を登った俺は額付近に座り込んでローテーションに加わった。

 アルゴ、シノン、俺(光剣)。

 アルゴ、シノン、俺(光剣)。

 二人のリロードタイミングの周期は完全にずれていたため、俺が左手に持ったデザートイーグルでその順の攻撃を代行するということで完全にボスをハメ殺すことに成功したのだ。

 その結果入手したのがシノンの持つサーバーに数丁しか存在が確認されていないアンチマテリアルライフル。名を«PGM・ウルティマラティオ・へカートⅡ»という。

 へカートとはヘカテーであり、一発で敵プレイヤーを冥界に葬る(死に戻りさせる)アンチマテリアルライフルにはぴったりの名前だった。

 他にも装備が複数落ち、俺はエネルギー残量の制限がない最高品質の光剣を(光剣は品質により威力は上下せず常に一定でありエネルギー総量、消耗スピードなどからその品質が決定する)アルゴは偵察に適したSAO時代を思わせるくすんだ赤の光学迷彩機能を持ったマントを入手した。

 ちなみに、その三つ以外の報酬はなにもドロップしなかった。

 

 帰りはボス戦よりも過酷だった。

 地下――つまり高難易度のダンジョンの最下層。 

 当然出現するモンスターは強く、数だって多い。

 アルゴに先導される形で敵の少ない道へと進んでいき、どうしても戦闘が免れない時には発砲音で敵に察知されるのを防ぐためにドロップしたばかりの光剣で数秒かけて(大体の敵は一回斬ることができれば体力を全損する)撃破するという作業を数時間行ってダンジョンから脱出したものだ。

 アルゴとシノンには二度と調子に乗ってシュートトラップを起動させるなと約束させられたが、報酬を考えても帰りが辛すぎるため絶対にやらないと誓ったものだ。

 

 

 さて、GGOの話を沢山したが、残念ながら今はテスト期間。

 VRMMO禁止令が詩乃によって発令されている。

 

 GGOやALOに割いていた時間を勉強に振り分け直すのだ。

 本来ならば三人の誰かの家に集まって勉強することになっていたのだが、そこにおじゃま虫が一人入り、ファミレスで行うことになった。

 シンカワなんとかと言い、押しに弱い詩乃に無理矢理首を縦に振らせて参加してきたやつであり、新学期から近づこうとしてきた男子生徒である。

 俺はこいつの考えが全く読めん。

 俺たちの過去がばら撒かれてからも超積極的に近づこうとしてくるし、目がなんかおかしい。 

 SAO時代に一瞬だけ見たレッドの目にそっくりだ。

 なので俺は、勉強会を中断させることにした。

 腕時計をちらっと見て――

 

「あ、今日特売なの忘れてたわ」

 

 必殺、一人暮らし学生の特売アタック。

 おひとり様限定のものを買いたいから詩乃と亜子もついてきてくれ!

 

 シンカワくん? いやいや、無関係の人の手を煩わせる訳には行かないよ。

 お詫びとしてここの会計は払っておくから!

 じゃねー!

 

 

 会計を済ませ、店を出たところで

 

「ちょっと! この時間に特売なんてあるわけないでしょ!?」

 

 無い時間を選んで勉強してるんだから。と詩乃。

 

 いいか、シンカワは危険だ。おかしいと言い換えてもいい。

 アイツの目は狂信者や殺人者に似た狂った目をしている。

 そもそも俺たちに近づく理由が不透明だ。

 詩乃に惚れているという理由なら健全だが、そうだったとしても詩乃は嫁にやらんからダメだ。

 田舎のおじいちゃんだってそうするはずだ。

 

「新川クンのことは一先ず置いておくとして、黒虎が私を嫁に出さないとか言うのって、なんで?」

 

 聞かれたくない質問第一位である。

 答えないとダメ? 答えてくれないと納得しませんですかそうですか。

 

 妹分を嫁に出したくないなんて考えるのは当たり前のことだとは思うが、それくらいで男との接触を断ち切るほど俺は過保護ではない。

 何度も言っているとおり詩乃は俺の知らない間にかなり美人になったし、再開してからも昔みたいに接してくれている。

 そんな近い距離にいる美少女に独占欲なりを抱かない男がいるだろうか。 

 いないだろう。つまり、兄の俺が妹の詩乃を大事に思って嫁に出したくないと思うのと、男の俺が女の詩乃を独占したいというしょーもない理由もある。

 比率で言えば七三……いや、六四……三七くらいかなぁ。

 

「え……ふ、ふーん。そう。そういうことなら新川クンとは距離を置いてあげるわ」

 

 詩乃は俺と合わせていた視線を外して帰路につく。

 さすがにしょうもなさ過ぎて愛想つかれたりしたかなぁ。

 

 俺の背中に飛び乗った亜子に、「三人ずぅーと一緒だナ」と耳元で囁かれる。

 そうだといいなと俺は思った。




ダンジョンアタック(落とし穴で攻略)


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お気に入り二千ありがとうお昼寝会

番外編です。
暫くしたら最上段に移動させておきます。


 世界の種子、誰でも運営できて、誰でも設定できて、世界間のコンバートが可能。

 俺はステータスの伸び方が異常にいい世界を作って数ヶ月後、コンバートが解禁されてから別の世界にコンバートしてみたことがある。

 結果はほとんど初期ステータスでコンバートされるという結果だった。

 機能縮小版とはいえカーディナルの前では不正は無理なようだ。

 

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 そんな実験に使用した世界があったということだけだ。

 その時に茅場の残留思念からVR世界で眠ってもログアウトしないようにするプログラムを貰ってからは適当に寝るのに適しているだろう環境を設定して昼寝をしていた。

 

 すると、どこから嗅ぎつけてきたのかアルゴがやってきた。アバターはリアルそのものであるためアルゴというより亜子といった方が適切かもしれないが。

 その日はビーチにパラソルとビーチチェアを設置して水着で寝転がっていたのだが、完全に管理者権限を解放していたため亜子も管理者権限を行使して世界の種子に内蔵された水着のデータを選択して着用し、寝転がっていたのた俺に乗ってきたのだ。

 

 大きくはないが無くもない柔らかいものが俺の胸板でむにむにと形を変えるのは色々と良くなかったためにやにやと笑いながら体を動かす亜子を完全に抱き抱えて眠ることにした。

 俺と亜子の身長差は頭一つちょっとくらいなので難なく拘束することに成功し、相変わらず反撃への耐性が無く顔を真っ赤にした亜子を抱き枕にしての睡眠は極上のものだった。

 

 それからひと月もしないうちに今度は詩乃がやってきた。

 その日は確か山にハンモックをかけて亜子と昼寝をしていたのだったか。

 スナイパーとして培われたステルス性能を駆使して俺の後ろ側にやってきた詩乃は、ハンモックの下側から俺の背中に手を突っ込んできたのだ。

 唐突な接触に驚き、目が覚めた俺は半ば暴れるようにハンモックから落下した。

 亜子を上に背中側から落下した俺は、首を動かして周囲を眺めると、ちょうど真後ろに詩乃が立っていることに気がついた。

 寝転がったままに後ろを見るには必然的に見上げるような体勢になるわけで、山とは思えないくらいカジュアルな格好をしていた詩乃の見てはいけない部分を見てしまったりもした。

 

 その日は怒ってログアウトした詩乃だが、翌日以降からはほぼ毎日参加するようになり、亜子と共謀して体を密着させてくるせいで俺の昼寝時間が著しく減少し、代わりに幸せな時間が増えたりもしたのだが、しかし俺は昼寝をするために作ったのであって、イチャコラするのならばもっと直に感じられるリアル側でしたいと思っていたりもしていた。

 

 詩乃がやってきてしばらくした時のこと、珍しく三人揃って草原でぐっすり眠っていると、なにかの影で弱めに設定していた日光の光が遮られた。

 なんだと思って目が覚めれば、陽の光を遮ってシリカこと綾野珪子が立っていた。

 今日はいつもの装備ではなくSAO学校での制服を着ていた。

 普段会うのはALOの中だし、リアルで会う時はお洒落してきているので制服というのはなかなか新鮮であった。

 シリカはにっこり笑うと俺の左右を見てすこし迷ったあとに亜子の枕となっている俺の腕を枕として俺と亜子のあいだに割り込んで眠り始めた。

 寝起きで頭が回っていなかった俺はそれを見届けると大きな欠伸をしてもう一度眠ることにした。

 

 数時間後に目が覚めると、亜子は俺の横側から上に移動しており、ピッタリと張り付いていた。

 右手も左手も枕代わりとなっているので動かせない俺は、もう眠気はなくて二度寝はできないし、動けないしで亜子の寝顔を一時間ほど眺めていた。

 その後、目覚めた亜子が俺に寝顔を見られていたことに気がつき照れすぎて強制ログアウトになったりしたのだがそれは別のお話。

 

 

 シリカがお昼寝に加わって、ALOのデータからピナとバステトを呼び出すことにした。

 二人(二匹?)は仲良くずぅーと昼寝をしており、それを眺めているうちにいつの間にか寝ているという日々が続いた。

 そんなある日、みたことがあるようなないような女の子がやってきた。

 一応設定を見直して完全解放からクローズドにしていたはずなんだがな……。

 

 まあこの世界でなにかできる訳でもないので放置して適当に寝ることにすると、俺が寝転がった場所の横にその女の子が寝転がってきた。

 

 流石に初対面の女の子が隣に寝転がっているとなると冷静でいられる訳もなく――と思ったのだが、普段通りであった。

 ここはプレイヤーのアバターモデルを用意するのがめんどくさくてアミュスフィアのフィッティング結果をそのまま流用するように設定にしているため、亜子たちじゃないしなぁ。と思って思考が行き着いた先は、背丈やら雰囲気やらが似ているアリシャの存在だった。

 なるほど、アリシャならクローズドの条件を抜けてこれるしな。

 少し遅れてきたいつもの三人組はアリシャのこの姿――リアルを知っていたらしく、普通におひさーと各々俺の周りに集まって俺の体を枕替わりに昼寝を始めた。

 因みに俺の胴体の上は亜子の専用席らしい。

 

 ところで、流石に四人で一人の体を枕にするって難しくない?

 スペース的にそこまで使える場所ないよ俺。



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過去回想/小学生のあの日

評価ゲージが赤で文章力が810倍くらいある小説の投稿者に認知されていた驚きでねむみのままに書き上げました。
本編(GGO)には全く関係ないです

オリ主は人に共感し辛いとかいう若干サイコパスな設定があった気もしますが、そんなのしらなーい
読者の方も覚えてないでしょ
ということで、この話の中ではそんな設定は無視します。本編でも死に設定だったしね


「父親が死んだことはあるか? 母親が精神を病んだことは? 銃を突きつけられたことはあるか? 人を殺してしまったことはあるか!?」

 

 その時、俺は教師の首筋に十得ナイフを添えていた。

 鋏やヤスリがセットになっているちゃっちーナイフだが、当時の俺の膂力でも首の皮を裂くくらいならば可能だっただろう。

 

 なぜ、俺がそんなことをしていたかといえば、この教師が教職として……いや、人としてありえないことをしていたのを目撃したからだろう。

 

 幼少の俺の逆鱗となり得るのは朝田詩乃くらいのものであり、つまるところその時もそうだったのだ。

 

 この教師は、大多数の大人が居ないものとして扱う詩乃をガキみたいに中傷していたのだ。

 進級によるクラス替えの直後、詩乃の担任となったこいつは、よりにも寄って最初のホームルームでだ。

 俺がそれを聞いたのは遅刻したからだし、ただの偶然だったが、それでも聞いたことはかわりがない。

 朝のホームルームが行われている下級生の教室に乗り込み、気がついた時にはなんとなくカッコイイからという理由で所持していた十得ナイフを突きつけていたというわけだ。

 

 その後、詩乃のクラスメイトが騒いだことによって隣に教室から注意にやってきた男性教師に組み伏せられた俺だが、小学校という組織の性質である内々に済ますという特性によって注意だけで済んだのだが。

 

 

 

 

「ありがと」

 

 その放課後、詩乃を家まで送る途中でそう言われた。

 

「俺がムカついただけだ。はっきり言って、この街はクソだ。一番辛くて一番頑張ってるのはお前なのに、誰もかれもが朝田詩乃を見ようとしない。村社会の排他性と街社会の人の繋がりの薄さを悪いところだけ引っ張って濃縮したみたいな人間しかいない」

 

 俺と詩乃の地元は、ここ十数年で急激に発展した街のため、昔の村社会の悪辣さが残っていた。

 都会からやってきた人間も、それに当てられて悪性を増し、そして都会特有の人との繋がりの薄さを保つ。

 それによって生まれるのは本来ならば勇気ある少女とされるはずの詩乃を弾き出すような空気だ。

 

「高校生になったら都会にいかないか? 他人に興味が無い都会なら今みたいになることもない」

 

「都会は怖い場所だって教えてくれたのはあなたじゃない」

 

「都会よりもこの街はおぞましいって事だ。それに、詩乃みたいなかわいい女の子が一人で居ると怖い都会でも、俺が一緒にいれば平気だからな」

 

「あなた、ヒョロヒョロじゃない。都会の不良に敵うとは思わないけど」

 

「そんなところに近づかなきゃいいんだよ。詐欺師なんかはどこにいても来るかもしれないけど不良は表通りには出てこないだろ?」

 

 それは、本物の都会を知らず、一人の女の子を守っているという認識が自分を肥大させた結果の発言だったのかもしれないが、それでも至る所から悪意を向けられるこの街よりはマシだと本気で思っていた。この街から詩乃を守れる自分ならば、都会でもそれはかなうと。

 

「ねえ、私が高校生になった後に都会に行くとしたらあなたはどうするの?」

 

「その時は浪人でも何でもしてやるさ」

 

 

 

 

「えー、××先生ですが、先週限りで別の学校へと転属になりました」

 

 土日を挟んで月曜、全校朝礼で校長がそう言った。

 転属になったのは詩乃の元担任のクソ教師だ。

 

 俺のことが全く問題にならず、教師だけがひっそりと街から消えていったのにはやはり理由がある。

 俺の家、猫神家はこの街が発展するよりずっと前、まだ村であった頃までは猫の神の化身であるとされ、信仰の対象であった家だったからだ。

 校長はそんな猫神家の事を知る老人であり、恐らく信心深い人間だったのだろう。

 土日のうちに家まで来て勝手に教師の転属を決めたと行って帰っていったくらいだ。

 私立の学校だからといってフットワークが軽すぎるとは思うが、当時の俺はそんなことも気にせず、悪者を追い払ったことを誇りに思っていた。

 

 その日から俺は、例の教師を刺殺し、学校に隠蔽させた人間として扱われるようになった。

 事実とは全く違うが、噂の出どころはやはり詩乃のクラスメイトだろう。

 結局俺が何も出来なかったことを見ているはずなのに、放課後に詩乃を迎えにいくと怯えられるのだから人間というのは凄い。

 

「ごめんなさい」

 

 帰宅途中、先週とは真逆のことを詩乃に言われた。

 

「あれぐらい怖がってもらった方が色々と楽だし、なんの問題もない。元々友達も居なかったし、なんも変わらんよ」

 

 

 

 

 そして、その日から俺が見ていない場所でも詩乃に対する当たりは弱くなった。

 偶然とはいえ、ドンピシャなタイミングで教室に乗り込んだことが原因だろう。

 小中一貫校だったため、一足先に俺が中学生に上がってもその状況は続き、やはり俺は満足していた。

 だが、四六時中負の感情を向けられることにストレスを感じていたのだろう。

 趣味であったネットゲームが日常を侵食し、成績を落とし、そして最後にはSAOというゲームに俺は囚われた。

 俺個人としてはとても良い思い出ではあるが、残された詩乃がどういう扱いになったのかは未だに聞けていない。




なんか寝取られ小説みたいな文体になってた気がするけど、そんなことはありません
主人公に自己投影して作品を読むことが多い自分の性質上男が無力さを憎みながら寝取られる過程を見るそれはひじょーーーーーに苦手なので



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