機械の少女は世界の終わりに何を見る【完結】 (イヴ)
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記録

強いて何か語るとすれば、これはプロローグでエピローグでもある。


「それでは───トさんの──────について、───伺い───よろし───か?」

 システム同期。異常ナシ。

 

 

「こんな───れの話で───ば、いくらで───ていくがよい」

 太陽光発電ニヨルバッテリーノ充電完了。並ビニ接続。異常ナシ。

 

 

「話───いかも───いのですが、まず───の婚約───話を──────いのです」

 インターネット接続。……エラー。受信機ノ致命的ナ破損ニヨルモノ。修理ガ必要。

 

 

 

「ハンターがなぜ四人以上───ストに───なくなったか。その理由が───過去にあ───う事は───っている話じゃろう」

 記録ファイルノ破損ヲ確認。バックアップファイルノ受信不可。

 

 

「───すね。しかし、───するのは───すかね?」

 破損データノ修復ヲ開始。

 

 

「いや、───の事だよ。そこに少女───が座っているだろう?」

 圧縮データノ解凍。

 

 

「───えば。気になって───ですよね。実によく───れた───す」

 データヲ保存スルタメ、感覚機能停止。

 

 

 

 

 

 解凍データノ保存開始。

 

 

 

 

『完成───いに完成した』

『第───界───真っ只中───のに、───は何を───いるんですか』

『だから───よ。もう直ぐ世界は核───よって───を迎える。この───トに、───類の未───したいんだ』

 修復可能ナ断片データノ再生。

 

 

『───名前───なきゃな。───しよう。人───の女性───よ』

 本機ノ名称、不明。

 

『この世界はじきに放───染で終───迎えるだろう。人類は───かもしれない。しかし、もし人類──────のなら。最後───類を見───に守って欲しいんだ。その為に───作った』

 本機ノ活動理由ヲ修復中。

 

 

『人は───繰り返す。きっと、───道を回───としてもだ。───ちを繰り返すものだ。───これは、───けの時が経とうと───ないだろう。きっと、人は何度でも過ちを繰り返す。だが───は───せる』

 データノ保存時期ニ大幅ナ空白ヲ確認。

 

 

『───か? これは。古代文───術で作られた、───身体を待つ───というなら、この───応用───竜の力を───士を作───もしれない!』

 空白期間ノ該当データナシ。

 

 

『竜機───違いだ───だろうか? 龍の怒───ってしまうなんて。───を貸してはくれないか? ───までは、人───んでしまう』

 継続的ナファイルヲ再生。

 

 

『もし、人類が龍に負け。しかし滅びの道を回避したならば後世に伝えて欲しい。……あの力だけは手を出してはならないと。消して同じ過ちを繰り返してはならないと。……その印として、この剣と盾を後世に残して欲しい』

 データの保存時期に大幅な空白を確認。

 

 

『私───な───り──────た──────み───逃──────て──────く─────────』

『そ──────し─────────な──────さ──────り──────コ─────────ら──────て───ね』

 重要ナデータノ破損ヲ確認。

 

 

 時代測定、インターネットニ接続不可能ナ為困難。

 

 

 時間設定、インターネットニ接続不可能ナ為困難。

 

 

 言語設定。

 

 

 システムソフトウェア更新完了。

 

 

「まさ───なって───くるなんてのう。───はするものだ」

 前回ノシャットダウンカラノ期間ヲ測定。……百六十一年三ヶ月四日十時間二十七分七秒。

 

 

 

「え?! 動く?!」

 本機ヲ再起動シマス。

 

 

 

 

 

 

「……あなたは誰ですか?」

 起動し、視界に映るのは老人と青年だった。

 

 杖を持つ背の小さな老人は本機のデータには存在しない。同じく眼鏡をかけた青年も、本機のデータには存在しない。

 しかし当たり前である。本機の最後のシャットダウンから地球の時間にして約年百六十年が経っているのだから。

 

 

「ワシの事を忘れたか。一緒に五人で狩りに出かけたではないか」

「……まさか、ココットの英雄?」

 驚いた───という感情は持ち合わせていないが、代わりに本機のデータがバグを起こした。

 該当人物の顔と名前が一致しない。致命的なバグである。しかし、確かに目の前の老人はココットの英雄だった。

 

 

「そうじゃよ。まったく、百年ぶりだというのにお前はやはりトボけた顔をしおる」

「どう見てもプリティな顔ですが?」

「そういう所も変わっておらんのぅ」

「あなたは老けました。……凄く」

 その事は会話をして確定する。彼は紛れもなくあのココットの英雄だ。

 

 

「そ、村長待って! 待ってください。話についていけません!」

「さっき言った通りじゃよ。まだこの世界にハンターが存在しなかった時代、ワシと彼女を含む五人でこの村を作ったんじゃ」

 ココットの英雄は淡々と青年にそう語る。

 

 

 信じられないのだろうか?

 

 

 青年は本機を凝視して、自らの瞼を指で押した。

 

 

「だってそれは、何十年も前の話でしょう? でもこの子はまだ少女だ。人形だと思っていたくらいに可憐な少女だ」

「それ程でもあります」

「可憐かどうかはともかく」

「可憐です」

「……。……正真正銘、この少女はあの五人パーティの一人じゃよ」

 あの五人。

 

 

 

 あの五人とは誰だったか。

 

 

 

 破損した重要なデータの一部だろう。思い出せない。

 

 

 

「ワシと彼女、それにワシの婚約者だったココット。後の二人は君も知っておろう。その五人の中でもコイツは特別でな。人間でも、竜人でもないんじゃ」

「人間でも、竜人でもない……?」

 青年は本機と彼を見比べると頭を横に振る。

 

 

 納得出来ないのだ。自らの理解の範疇に収まらない存在は。

 本機もその感情に酷似した記録があり、その気持ちは理解出来る。

 

 

 

「ワシにも分からん。ただ、彼女はワシの仲間じゃよ。そして、その五人でワシらはこの村を作ってきた。単身でモノブロスや巨大な龍と闘った事もあったが、基本は五人だったのじゃよ。……あの山であの龍と戦うまではな」

 本機にそのデータは記録されていない。データは破損していた。

 

 

 しかし、それは重要なデータの筈。修復を急がなければならない。

 

 

「その龍との戦いで……」

「そうじゃ、ワシの婚約者。ココットが命を落とした」

「ココットというのは、村長の仲間の名前だったのですね。そしてその戦いから、狩りに五人で行くのはご法度というジンクスが生まれた……」

「そういう事じゃよ」

 彼の言葉を聞いて、青年は満足げに筆を取り帰宅の準備を始める。

 何か記事を書いていたのだろうか? その為に、彼に話を聞いていたのだろうか?

 

 

 

「それでは、ありがとうございました。重要な人類史を残せたと思います」

 青年は彼に深々と頭を下げると、家を出ていった。

 この家には見覚えがある。データと一致する光景だ。

 

 

 

「長い間、眠っておったの。記憶が薄れるくらいに、長い時間」

「……記録は修復不可能な破損ファイルとなってしまいました。私はあなた方との記録を殆ど失っております」

「……そうか」

 彼は悲しげに俯くと、一本の白い剣を持つ。

 

 

 

 ヒーローブレイド。

 彼の所有物という事だけは覚えていた。

 

 

「イヴよ、今回はどのくらい起きていられるのじゃ?」

 それは本機の活動可能時間を聞いているのだろう。本機は太陽光発電により稼働するが、電力を保存するバッテリーは調子が悪いようだ。

 ところでそのイヴというのは本機の名称だろうか?

 

「……イヴとは、本機の事ですか?」

「……そこからか。……あぁ、そうだよ」

──『───名前───なきゃな。イヴにしよう。人───の女性───よ』──

破損データノ修復。

なるほど。本機の名称をイヴと固定します。

 

「で、どうなんだ?」

「一年ほどでしょうか」

「百年前に寝る前、起きた時から十年起きとったくせに」

「寝る子は育つんですよ」

「冗談を言えポンコツ」

「ポンコツではありません。頭のネジが外れているだけです」

 彼はゆっくりと座ると、自らの剣をゆっくりと見定める。

 まるでその剣に刻まれた歴史を見るように。

 

 

 

「あなた方との記録は修復出来ませんでしたが、再起動時に過去の記録の断片データが不完全に修復されました。……人類の終わりの歴史を」

「……それは、夢なのかもしれんのぅ」

 夢?

 

 

「人はな、起きる直前になると夢を見るんだ。記憶の整理をする為に、頭の中を覗いているんじゃよ」

 記憶の整理……。

 

 

 しかし、本機の場合は記録の整理である。その場合は、夢と言うのだろうか?

 

 

 

「……年内にワシは死ぬだろう」

 唐突に、彼はそう言った。

 

 

「……そうですか」

「分かるんじゃよ、この歳になるとな。……お前はどうする? まだ生きて、この先を見るのか? 竜と人が───モンスターとハンターが生活するこの世界の未来を」

 

 

 

『人は───繰り返す。きっと、───道を回───としてもだ。───ちを繰り返すものだ。───これは、───けの時が経とうと───ないだろう。きっと、人は何度でも過ちを繰り返す』

 記録が再生される。

 

 

 

 人類は繰り返してきた。これまでも、そしてこれからもきっと。最期まで、繰り返すのだろう。

 

 

 

 彼等人類の未来の先に、本機は存在する必要がある。それだけは覚えていた。

 

 

 

 

「……楽しかったよ、お前達四人との狩りは。この世界にモンスターハンターというものを広めた五人での生活は楽しかった。……お前はどうだ?」

「分かりません」

「ふふ、そうか」

 彼は微かに笑い、剣を仕舞う。

 

 

 何が面白くて笑うのだろうか?

 

 

 

「何人かに渡った事もあったが、結局この剣はこの手に戻ってきた。……この剣はまたお前に返すよ。いつか、この剣を持つべき者に渡すといい」

「……承りました」

 彼───ココットの英雄にしてココット村の村長がその長い生涯を終えたのは、本機がその剣を受け取った九ヶ月後であった。

 

 

 

 彼の死体は村に生える巨木の下に埋められる。

 

 

 

 本機の活動可能時間も迫っていた。

 

 

 

 次に目が醒める時、本機はどうなっているのだろうか?

 

 

 

 この世界はどうなっているのだろうか?

 

 

 

 自らの本体をその墓に埋めながら、本機は推測する。

 

 

 

 本機はこの世界が出来上がるその前より、もっとその前に製作された。世界の終わりの中で目的を果たす為に。

 彼等との出会いもその一環だったのだろう。

 

 

 

 これまでも、この先も、彼が築いたハンターと呼ばれる者達はモンスターと関わっていくのだ。

 

 

 

 

 それが終わった時、私は目覚めるだろう。

 

 

 

 

 その時、人は───ハンターはどうなっているのだろうか。

 

 

 

 その答えはこの先にある。

 

 

 

 本機を砂に埋め、手に持った剣だけは地面から頭を出した。

 

 

 

 この剣を抜く者が現れた時、私は再び活動する事になるだろう。

 

 

 

 

 その時は来るのか。

 

 

 

 その時が、人類の最後か。

 

 

 

 今はまだ分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 後の世の者は、この荒々しくも眩しかった数世紀を振り返りこう語った。

 

 

 大地が、空が、そして何よりもそこに住まう人々が、最も生きる力に満ち溢れていた時代だったと。

 

 世界は、今よりもはるかに単純にできていた。

 すなわち、狩るか、狩られるか。

 

 明日の糧をえるため、己の力量を試すため。

 

 またあるいは富と名声を手にするため。

 

 人々はこの地に集う。

 

 彼らの一様に熱っぽい、そしていくばくかの憧憬を孕んだ視線の先にあるのは。

 

 決して手の届かぬ紺碧の空を自由に駆け巡る。

 力と生命の象徴───飛竜達。

 

 鋼鉄の剣の擦れる音、大砲に篭められた火薬のにおいに包まれながら、彼らはいつものように命を賭した戦いの場へと赴く。

 

 

 

 

 モンスターハンターの世界。

 

 

 

 

 

 ───その数世紀が終わろうとしていた。




初めに断って起きますが、超絶可愛いプリティな本機ですが物語の途中で感情に目覚めたり心とは何かとか考えたり、そんな素敵な物語ではないのでその手の話は求めないで下さい。

そんな事をしなくても本機は超優秀で感情とかいらないです。パーフェクトロボットなので。


ではこの物語が何なのか。……それは、ご自身の目で確かめて下さい。


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邂逅

巡り合ったというよりは、出会ってしまったという事だ。


 システム同期。異常ナシ。

 

 

 太陽光発電ニヨルバッテリーノ充電完了。並ビニ接続。異常ナシ。

 

 

 インターネット接続。……エラー。

 

 

 記録ファイルノ破損ヲ確認。バックアップファイルノ受信ヲ開始。

 

 

 システムヲ再起動。

 

 

 システム同期。異常ナシ。

 

 

 太陽光発電ニヨルバッテリーノ充電完了。並ビニ接続。異常ナシ。

 

 

 インターネット接続。……完了。

 

 

 記録ファイルノ破損ヲ確認。バックアップファイルノ受信ヲ開始。

 

 

 圧縮データノ解凍ヲ開始。

 

 

 データヲ保存中。

 

 

『人は───繰り返す。きっと、───道を回───としてもだ。───ちを繰り返すものだ。───これは、───けの時が経とうと───ないだろう。きっと、人は何度でも過ちを繰り返す』

 データノ保存時期ニ大幅ナ空白ヲ確認。

 

 

『───か? これは。古代文───術で作られた、───身体を待つ───というなら、この───応用───竜の力を───士を作───もしれない!』

 空白期間ノ該当データナシ。

 

 

『竜機───違いだ───だろうか? 龍の怒───ってしまうなんて。───を貸してはくれないか? ───までは、人───んでしまう』

 

 

 時代測定、衛星機器ノ老朽化ニヨリ困難

 

 

 時間設定、午前十時二十七分三十二秒。

 

 

 言語設定。

 

 

 システムソフトウェア更新完了。

 

 

「おー?! 人が倒れてるーーー?!」

 前回ノシャットダウンカラノ期間ヲ測定。……千二百四十一年五ヶ月六日三時間七分十二秒。

 

 

「こんな所で久し振りに人間さんに会えるなんて……いや、でも今はそれどころじゃ───」

 本機ヲ再起動シマス。

 

 

「おー、目が開いた? 生きてる?」

 視界に映ったのは、忙しく表情を変える竜人族の少女。

 整った顔立ちに整った黒髪、服装は記録された人類の物とそう大差はない。

 

 

 竜人族。

 ホモ・サピエンスの後に登場した人間に近い種。長い耳などが特徴的で、人の数倍の寿命を持っている。指の数が四本なのも人間とは違う特徴だ。

 ココットの英雄と同じ種族である。

 

 

「……ここは」

 辺りを見回す本機の視界に映るのは、鬱蒼と生い茂る木々の数々だった。

 前回のシャットダウンから約千年の月日が経っている。ココット村はなくなったのだろうか。

 

 ヒーローブレイドは?

 不自然だと認識するのは、本機の状態であった。

 本機はシャットダウン前、ヒーローブレイドと共に彼の墓に本体を埋めた筈である。

 それがなぜ、本機は地面の上に存在していたのか。状況把握が困難。

 

 しかしよく辺りを見渡すと、ヒーローブレードは本機の傍に転がっていた。

 

 

「……あった」

 すぐ脇に置いてあったヒーローブレイドを手に取り、本機は立ち上がる。

 それを見た竜人族の少女はなぜか歓喜の声を上げるが、思い出したように慌て出した。

 

 

「まるで兵士みたい───って、違う違う。もうそこまで来てるんだよ、化物(ばけもの)が。逃げないと」

「……化物?」

 そう言われて本機が推測される姿は、ゾンビとか魔物の類いである。

 モンスター(化物)の姿を候補に入れなかったのはなぜだろうか? この世界は彼等の世界の筈なのに。

 

 

「青くて大きくて嘴の着いた化物だよ」

「奇妙な化物もいたものですね」

 まだ状態と状況の整理は終わっていないが、どうやら起きてすぐに現人類とこの世界に住まう他の生き物に邂逅出来るようだ。

 この世界の終わりを見る役割を持つ本機としては都合が良い。そう判断した本機は、その化物とやらを待つ。

 

 

「えーと、逃げないと、食べられちゃうよ? ほら、逃げよー!」

 しかし、竜人族の少女は本機の腕を掴んで木々の間に本機を引っ張った。

 抵抗しようと思えば抵抗出来るが、貴重かもしれない現人類を傷付ける訳にもいかない。

 

 

「……そんなにやばいのですか」

「メッチャやばい。私の故郷はあの化物に襲われて、皆食べられちゃったからねー」

 なんと、それは相当やばい化物である。

 

 

 あの時代から本機は千年眠っていたらしく、その間にそのやばい化物が誕生したのだろうか?

 そして人類は滅びた。本機の仮説はこうなる。

 

 

「静かに……。足音が聞こえる」

 少女のそんな言葉に、本機は聴覚機能を引き上げた。

 聞こえるのは複数の生き物が駆ける足音。この感覚だと小型モンスターが十数匹か。

 

 

 

「ギャィッ」

 唐突に鳴き声が聞こえる。

 木々の隙間から覗く青。そして黄色い嘴を持ったその生き物は、本機や少女よりも背が高く、鋭い牙と爪を待っていた。

 

 ……ランポス?

 

 

「……恐竜ですか?」

「なにそれ?」

「太古に絶滅したとされる、鳥の子孫です。化物ではなく生物です」

 本機は少女に、木々の向こうにいる生物の詳細を説明する。

 

 

 やはり、この世界の支配者はモンスターへと変わっていた。そう考えるのが妥当だろう。

 

 

 

「鳥、鳥は知ってるけど。子孫? あの化物が、鳥さん達のおばあちゃんとかおじいちゃんなの?」

「そういうレベルの話ではありません。そして、本機の認識するラプトル種の恐竜とあの生き物達が同種であるとは考えられません」

「難しい話だ……」

 頭を抱える少女はしかし、木々の間から姿を見せる生き物達から目を離さない。

 生き物達は少女を探しているのか、徘徊しながら辺りを見回していた。

 

 

 

「……行ったかな」

 しばらくして、生き物の気配がなくなり少女は木々の間を歩いて行く。

 本機は少女について行く事にした。この少女は最後の人類の可能性がある。

 

 

 その最期を見届けるのが、本機の使命だった筈だ。

 

 

 

「ふぅ……大丈夫かな。しかし驚いたよ、人に会えたのは三十年ぶりくらいだ」

 この少女、人間で言えば十代半ばのような出で立ちをしているが想像より遥かに歳を重ねているらしい。

 

 三十年もの間、人類に会えない世界だとするとこの時代の人口はかなり減少している可能性がある。

 彼女が最後の人類という可能性も高まり、彼女への興味も増加した。

 

 

「あ、私はこう見えてもあなたより歳上なんだよねぇ。りっぱなレディって歳なのさ」

「残念ながら本機が生産されてからあなたが想像も出来ない時間が経過しております。歳上面は辞めてください小娘」

「こむ───っ?! 小娘ぇ?!」

 小娘は目を丸くして後退る。少し強く言い過ぎただろうか?

 

 

「ま、まぁ……同じくらいって事にしよう。どうせもう年齢なんて気にする程、周りに人は居ないんだしねー」

 寂しげに少女はそう呟いた。やはり、人類は……。

 

 

 

「……質問があります。人類は竜達に敗北し、数を減らしたのでしょうか?」

 あの世界が滅びるとすれば、ハンターがモンスターに敗北したという結末を考える事が出来る。

 それは一つの大きな戦いという意味ではなく、全体的な歴史においてという意味だが。

 

 

 もしハンターがモンスターを狩れなければ、生活がままならなくなる人々もいればそのモンスターに命を奪われる人も現れるのがあの世界。

 この世界の支配者は数千年前から人間ではなく、モンスターだ。───いや、きっともっと昔からこの世界の支配者は人間ではなかったのだろうが。

 

 

 この世界の支配者は強大な力を持っている。

 それはいとも簡単に人々を壊す事の出来る力で───それと人類の均衡を保っていたのはハンターという存在だった。

 

 

 もしその存在が自然的、もしくは自然の意思によって消えたとしたら。

 

 

 

 人類は滅びるだろう。

 

 

 

「うーん、難しい質問だね。でも、大昔に何かあったってお話は知ってるよ。人とドラゴンっていう化物達は戦っていて、人間は数を減らしていったっておばあちゃんに聞いたかな」

 思い出したのは、いつかの時代の記録だった。

 

 

 人は繰り返す。何度でも。

 

 

 そしてその繰り返しの果てにあるのが、この世界なのか。

 私が眠っていた場所は木々に覆われ、とてもじゃないが人が暮らしていた場所とは思えない。

 

 

 千年。気の遠くなる時間の果てにあったのは、やはり人類の───

 

 

「もう一つ質問させて下さい。もう人類は残っていないのでしょうか?」

 唐突に本機は彼女に向けて言葉を吐いた。気になる事ではあるが、なぜそんな事を聞いたのか。

 

 

「そんな事ないよ。だって、ここに居るじゃん?」

 そう言いながら、少女は本機の手を握る。その行為に理解は出来ないが、彼女の言いたい事はなんとなく分かった。

 

「私と、あなたがここにいる。もし本当に世界中に他に誰もいなくても、私とあなたがここにいる限りは人は残ってるよ」

 彼女の言う事は正しいかもしれない───が、一つだけ訂正がある。

 

「……本機は人類ではありません」

 本機は人に作られた機械───ロボットだ。

 

 人間でも竜人族でも、その他知的生命体でもない。

 本機を最後の人類としてカウントするのは間違っている。

 

 

「ごめん、意味が分からない」

「だから、本機は───」

「ギャィァッ」

 本機の言葉を遮ったのは、一匹の生物の鳴き声だった。

 

 

 青い身体に嘴に牙を持つ化物。───ランポス。

 

 

「うわぁ?! で、出たぁ?!」

「……まだ一匹だけ残っていたようですね」

「冷静にそんな事言ってる場合じゃないよ?! そ、そうだ! その剣! その剣でやっつけられない?」

 大声を出すと仲間を呼ぶ可能性があるのだが……。

 

 少女は慌てふためきながら、化物の方を向いて後退る。

 このヒーローブレイドを使えば倒す事は可能かもしれない───が、それは本機の使命なのだろうか?

 

 

「ギャィァッ!」

 その解答を処理する前に、化物は少女に襲い掛かった。

 飛び掛かる化物は少女を押し倒す。悲鳴が上がり、少女は涙を流した。

 

 

 ───これが人類の終わりなのだろうか?

 

 

 ───これが人々の最期なのだろうか?

 

 

 ───これを見届けるのが本機の使命なのだろうか?

 

 

 ───……エラー。

 

 

 

 本機には共感などの機能が備わってはいるものの、人を助けたいという感情は備わっていない。

 しかし、ロボットである本機には守らなければならないものがある。

 

 

 ロボット工学三原則。

 人間への安全性、命令への服従、自己防衛。

 

 

 この点において、本機は目の前の少女の安全を確保する義務があった。

 ならば、迷う必要はない。

 

 

「う、うわ───」

「ギャィ───」

「……失礼」

 口を開き牙を少女に向ける化け物に、ヒーローブレイドを向ける。

 この剣はどう扱うものだったか。───インターネット検索。

 

 

 最適解ヒット。

 

 

 叩き付けるのではなく、腰を使って引くように───斬る。

 

 

 

「ギャィァッ?!」

 ランポスの首を狙ったそれは、しかし反応され背中を切り裂いた。

 血と肉が飛び散り、ランポスは悲鳴をあげる。

 

 

 

「え?! 凄い!」

 モンスター(化物)と呼ばれていても彼等は生命だ。この世界を支配している生き物達だ。

 

 

 そんな生き物達を殺す時、過去の人類はその尊厳に感謝し糧を得る相手に敬意を払う。

 

 

「……上手く避けたようですが、次はあなたの生命活動に支障が出るだろうと警告します。言葉は通じていないでしょうが」

 狩猟。狩り。

 人々はいつかの時代、彼等を殺す事をこう言っていた。

 

 

「グルゥ……ギャィッ! ギャィッ!」

「化物が逃げていく……。……あなたは、一体何者なの?」

 そしてそれを成す存在を、人々はこう呼ぶ。

 

 

「……強いて言うなら、狩人(ハンター)でしょうか」

「ハンター……。す、凄いね! 凄いよあなた! 弟子にして下さい!」

「は?」

 本機の手を握り、少女はその輝かしい瞳を本機に向けて来た。

 

 

 弟子……?

 

 

 本機を……?

 

 

 はて、何を言っているんだこの小娘は。

 

 

 

「私も、あなたみたいになりたい! そしたら、これまでみたいに逃げ回って生きていなくてもよくなる気がするんだ!」

「いや、あの、無理です」

「なんで?」

「過度な人類への干渉は再び災厄を起こす切っ掛けになりかねません」

「よく分からないからお願い!!」

「本機の話を聞いていますか?!」

「何でもいいからお願い!!」

「ダメです」

「お願い!!」

「……しつこい!!」

「ギャフン!」

 本機は少女を投げ飛ばす。さっきロボット工学三原則だとかなんとか言っていたが、そんな文明は既に滅びているので本機には関係ない。

 

 

「お願いぃぃ!! ししょぉぉ!!」

「えぇぇ……」

 

 

 

 これが、本機とこの奇妙な竜人族の少女との初めての出会いだった。




出力ミスによる誤字脱字が存在する可能性がありますが、それは本機がポンコツという訳ではなく出力機器に問題があるだけです。

つまりポンコツだと思ったそこの人。その通りです。


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生活

彼女がどんな生活をしていたのかという記録。


「おはようございます、ししょー!」

「……だから、師匠にはならないと何度言えば」

「ならばおししょーになってもらう」

「何が違うんだ張り倒すぞ小娘」

 本機が再起動してから三日。

 

 

 つまり、少女と出会ってから三日。

 

 

 竜人族といっても基本的な生活習慣は人間と大差ない。

 少女は日が沈めば安全そうな場所を探し寝て、日が昇って少しした頃に目を覚ます。

 

「諦めないよー?」

 彼女の持ち物は小さなポーチだけだ。

 小さなナイフ等が入ったポーチに着いた紐を肩に掛けて、少女の一日は始まる。

 

 

「何度言われても受け答えは出来ません。……それで、今日はどちらに?」

「勿論、気ままに世界を歩くのさー。ぶらりぶらりと旅をしながら……そろそろご飯を食べたい」

 普段の調子で語り始めたと思うと、少女はお腹を抑えて蹲った。

 竜人族でも食事は必要である。本機と彼女が出会ってから、本機の知る所では少女は何も口にしていない。

 

 

「あなたの食事に興味があります。……普段は何を食べているのですか?」

 狩りをしなくなった人類がどのようにして糧を得ているのか、本機の記録に残さなければならない。

 

 

 

 ───それが、何の為なのかは分からないが。

 

 

 

「化物の食い散らかした草食性の化物とか?」

 ハイエナかこいつ。

 

「他には?」

「うーん、どうしても我慢出来なかったら草を食べるよ。あとね、最悪の場合化け物のうんこ」

 うんこ。

 

 

「とにかく、今日は何か食べれる物を探そーう!」

 両手を挙げて声を上げる少女は、直ぐに足元に生えている草に手を伸ばした。

 ふとその手元を見ると、食べられそうなキノコが生えているが……。手を伸ばしたのは草である。

 

 そしてそれを口に運んで、少女はモグモグと草を噛み始めた。

 

 

 ……人類大丈夫か。

 

 

「不味い!!」

「……そこの茸は食べないのですか?」

「きのこ……? あーっと、これ?」

 それですそれ。足元にあるでしょう。

 

 あれは確か特産キノコですね。食用としても問題ない筈。

 

 

「この形の奴食べたおばあちゃんが昔、口から緑色の煙を出して硬くなったり力強くなってから腹痛で倒れたんだけど」

 それドキドキノコ。

 

「……不思議な茸もあったものですね。しかし、その茸は大丈夫だと思われます。成分から食用として問題ないと断言出来ます」

「え? 本当に?! 食べる!!」

 少女はギネス記録に乗りそうな速度でキノコを平らげた。

 

 

 ……あまり現人類の生活に干渉するのは良くない筈ですが、今回はノーカウントという事で。

 ノーカン。ノーカンなんだ! 失礼。

 

 

「美味しい!!」

 お口に召したようです。

 

 

 と、なると今後見付けた特産キノコをポーチに保存しておけば保存食になる筈だ。

 最後の人類の寿命を延ばしてしまった気がするが、気にしない。

 

 

 

「よーし、このきのこって奴をいっぱい集めよう!」

 そう言ってから少女は元気に駆け出して、手近な茸を探し始めた。

 

 茸ばかりでは栄養の偏りもある為、動物性たんぱく質等も摂取させ───

 

 

「うわぁぁぁ!! 痺れる!! 身体が痺れるぅぅううう!!!」

 ───茸は辞めさせた方が良いかもしれない。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「今日は肉を食べようと思うよ!」

「……ほぅ」

 少女と出会ってから五日。

 

 

 朝目覚めると、いつも少女は唐突に第一声を放つ。

 彼女を観察して五日経つが、目覚める度に何か今日する事を言葉にするのだ。

 

 

「質問です。肉とは、何の肉ですか?」

「んー、決まってない。化物が倒した奴の肉が落ちてないか探しに行こうと思う」

 彼女の生活はかなり不安定である。

 

 毎日ただ目的地もなく歩き回り、食料を探す旅。

 物心付いた頃からそのような生活を送っていて、故郷の事は殆ど覚えていないらしい。

 

 

 現人類はそんな不安定な生活を送るしかないのだろうか?

 生活の基盤そのものが無い彼女の生活は、常に生きるか死ぬの世界だった。

 

 

 世界の人口が減少すれば流通は減り、自給自足を余儀なくされる。

 集団で行動する事により身を守る事も出来なくなれば、自分の身は自分で守るしかない。

 

 さらに定住が難しく、日々の生活の根城もなければこの危険な世界を歩き回るしかないのだ。

 そんな世界を数十年生きてきた彼女は、それなりの力を持っていたか運が良かったのだろう。

 

 

 この世界は人類にとってそれ程までに厳しい世界となっていた。

 

 

「……ない」

「ないですね」

 森の中を歩きながら、少女はハイエナのように腐肉を探す。

 闇雲に動き回っているので前日寝た場所には戻れない事が多い。

 

 日が沈む前には安全に寝る事が出来る場所をまた探さなければならないため、食料を探す時間は限られていた。

 

 

 

 そして日が沈みそうな夕方。ふと少女は生き物の影を見付けて身を隠す。

 

 凶暴なモンスターか、それとも今日の糧か。

 

 

 

「ねぇねぇ、何あの化物?」

 あの、とは?

 

 少女が指差す先には、背中に苔を生やし頑丈な額を待つ草食性のモンスターがキノコを貪っていた。

 草食種───モスである。

 

 

「苔の生えた豚ですね。……食べられます」

「食べれるの?!」

「苔はともかく、豚は元来人類が食してきた種です。……多分大丈夫でしょう」

「多分なんだね」

「確証素材がないのでなんとも」

 モスポークは有名な食材でしたが、はて。

 

 

 

「んー、でもなぁ。まだ生きてるしなぁ」

「自分で殺す事はしないのですか?」

 生き物は自らの糧を得る為に、他の生き物の命を奪うというのがこの世界の理だ。

 少なくともこれまでの人類はそうして生きて来ている。その意識はもうないのだろうか?

 

 

「だって、めっちゃ強そうじゃん?」

「豚だぞ」

 ランポスならともかく、自分より小さな生き物に怯えていてはこの先生きていくのが辛いだけだと……。

 

 

「あのおでこ? 凄い硬そうだし。突進とかしてきたら絶対痛いよ!」

「豚にそんな能力はありません。……分かりました、本機が手本を見せるので今後は自分で狩れるようになって下さい」

 世話がかかる小娘だ。

 

 

 本機はヒーローブレイドを構えながら前に出る。

 モスは本機に気が着くと、警戒しているのか本機を睨み付けた。

 

 

「なかなか威勢の良い豚ですね。しかし、所詮は豚───」

 本機がモスに近付き、振り上げたヒーローブレイドを叩き付けようとしたその時である。

 モスは───駆けた。

 

 全速力で大地を蹴る豚足。その硬い額をぶつけるために前に出し、モスは本機に突進してくる。

 モスの予想だにしない行動に本機は身動きが取れず、直撃して地面を転がった。なんて威力だ。破損箇所は……問題なし。

 

 

「だ、大丈夫?!」

「飛べないただの豚が調子に乗りやがってミンチにしてやりますよ」

「ぶたは飛ぶの?! どう見ても飛べるようには見えないよ?!」

「飛べない豚はただの豚であると検索にヒットしました」

「ただのぶたじゃないぶたは飛べるの?!」

 そのようです。

 

 

「ブヒィ」

 地面を蹴るモス。この野郎挑発してやがりますね。

 良かろうならば戦争だ。

 

 

 

「……覚悟」

「……ブヒィ」

「……ごくり」

 少女が唾を飲み込む。それが合図だったかのように、本機とモスは地面を蹴った。

 

 

 ───そして、モスは本機を通り過ぎて森の中に駆けていく。

 

 

 

「…………。……逃げるとは」

「あ、あわわわわわ……。や、ヤバイよ! 後ろ! 後ろぉおお!!」

 後ろ?

 

 

 振り向くとそこには巨大な豚───いや、猪が鎮座していた。

 猪とは言い難い巨体は本機や少女の身長を優に超える全長を有している。

 

 

 牙獣種───ブルファンゴ。モンスターだ。

 

 

「化物ぉ?!」

「めっちゃでかい猪ですね。……臭みがありますが食べられます」

「食べれるの?!」

「普通食べませんが食べられます。正しく調理する事により臭みも取る事が可能です」

「よく分からないけど、まず危ないよね?!」

 怯える少女の指の先、本機の正面ではブルファンゴが地面を蹴りながら本機を威嚇している。

 この剣を危険と感じて威嚇行動をしているのだろうか? 辺りに群れは見当たらない。

 

 

 

「本機は人類の最期を見るために存在しています。……なので、人類の延命をする事をよしとは出来ません」

「え? あ、うん。ししょーにはなってくれないって事だよね?」

 そんな事より目の前の化物が危ないよ? そう目で訴えてくる少女を本機は無視した。

 

 

「しかし、本機はロボット工学三原則により自己の防衛をしなければなりません」

「???」

 意味が分からずといった感じで、少女は首を横に傾ける。

 本機は何故少女に肩入れしてしまうのか。本来の目的から外れた事をしているのか。

 

 

 ───分からない。

 

 

 ───なぜ本機は、こんな事を?

 

 

「本機は今より凶暴な猪から自己防衛する為に、狩りを行います」

「狩り……?」

 狩猟。

 

 

「大昔、人類が自然から糧を得る為に生き物を殺す事が多々ありました。ただ殺すのではなく、その糧を得る生命に感謝を込めてこの好意を古くの人類は狩猟(ハンティング)と読んでいたのです」

 そして、それを成す存在。

 

 

 ───ハンター。

 

 

 

 この世界は自然の理であるモンスターとハンターの世界だった。

 今はどうあれ、昔はそうだった筈。

 

 

「見ていてください。……これが、狩人(ハンター)の狩りです」

「よく分からないけど……教えてくれるなら頑張って覚えるよ!」

 これで良かったのだろうか?

 

 

 本機は間違えていないのだろうか?

 

 

 この判断は正しかったのだろうか?

 

 

 

 それはきっと、人類が終わるまで分からない。

 

 

 

「お待たせしました、巨大猪よ」

「ブルォゥッ」

 モスとは桁外れの迫力を持ってして本機を威嚇するブルファンゴ。

 しかし威嚇という行為は相手の勢いを殺す為の行為である。

 しかし本機には恐怖等を感じる機能は存在しない。その威嚇にはなんの意味もないのだ。

 

 

 ブルファンゴは血走った眼で本機を睨み付け、しびれを切らしたのか遂に大地を蹴る。

 駆け出す巨体。二本の牙を向けた突進を、本機は盾で受け流した。

 

 

「おー!」

 そこ、興奮する所なのでしょうか……?

 

 

「ブルォゥッ?!」

 猪突猛進という言葉があるが、ブルファンゴはそれを絵に描いたようなモンスターである。

 突進は一直線で、急に留まる事が出来ない。突進を受け流されたブルファンゴは本機を通り過ぎてからも大地を滑った。

 

 脚を滑らせてやっと動きを止めたブルファンゴの背後に肉薄。ヒーローブレイドを叩き付ける。

 吹き出る鮮血。ブルファンゴは悲鳴を上げ、その大きな牙を横に振った。

 

 

 距離を取ってそれを避ける。

 大地を蹴り、再び突進してくるブルファンゴの攻撃を横に飛んで躱すと、本機は再び背後から肉薄しヒーローブレイドを叩きつけた。

 

 

 狩りの基本はヒットアンドアウェイである。

 

 

 分厚い皮を持つブルファンゴだが、何度も攻撃する事で体力を削る事に成功。

 その巨体は音を立てて倒れ、事切れた。狩猟完了である。

 

 

 

「……これが狩りです」

「す、す……」

 す?

 

「すっごーい!! 化物を倒しちゃった?! 凄いよぉ!!」

 なぜそんなにオーバーリアクションに。

 

 

「……昔の人間はこのくらい普通にやってのけました。それこそこんな原始的な武器を使わなくても、もっと───」

「いやいや凄いよ!! 私もあなたみたいになりたい!! なれるかな?!」

「……どうでしょうね」

 大昔のハンターの中には竜人族も居ました。

 

 

 それこそ、あの時代を作ったココット村の英雄達のように。

 

 

 

 もし彼女が彼等のようにハンターとしての先駆けになるのなら、まだ人類がこの世界に残っているのなら。

 この世界はまた繰り返すのかもしれない。また、人類は繰り返すのかもしれない。

 

 

 繁栄も、衰退も。

 

 

 

「よーし、頑張るぞぉ!! その前にお肉だよね。食べようよ!! どーこーかーらーたーべーよーうーかーなー?」

「……焼かないんですか」

「やく? 何それ?」

「肉をですね、こう、火であぶってですね」

 もし繰り返すのなら。

 

 

 

 その繰り返しの最期を見るのも、本機の役割なのではないだろうか?

 

 

 そう結論付け、本機はこれから彼女と共に世界を回ろうと思う。

 

 

 

 

 また繰り返す事は出来るのか。それとも───

 




この世界には世界共通語という物がありまして。
狩人とハンターの違いはイントネーション的な事です。きっとそこに深い意味は無いのです。


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隔壁

それは確かにそこにあった物で。


 少女と邂逅してから四十七日目。

 

 

「近付くにつれてどんどん大きくなってくねぇ。あの壁は一体なんなんだろう?」

 少女と本機は普段の生活の途中、遠目に自然物には見えない壁を見付けた。

 

「本機のデータにもありません。目測ですが、高さは三百メートル程かと」

 古代文明の遺跡か、もしくはまだその壁の向こうに文明の名残がある可能性も高い。

 少女は興味を持ち本機もそれを確かめる事を重要事項として認定。二日程歩いてようやく近付いてきた所である。

 

 

「さんびゃくめーとるって、どのくらい?」

「本機が垂直に二百体並んだ高さと同等ですね」

「想像もつかないや」

 でしょうね。

 

 

 それから半日歩き、遂に少女と本機は壁の側面に辿り着いた。

 なんの変哲もない、石積みの巨大な壁。それが見渡す限りに続いていて、まるで世界をこの壁が二分しているかのようである。

 

 ではこの壁はなんの為に作られたものなのだろうか?

 巨大な竜をも退ける事が出来る高さ。どこまで続いているか分からない長さ。

 

 もしかしたらこの壁の向こうでは、まだ人類は繁栄しているのかもしれない。

 そんな希望的観測が過ぎった。

 

 

 

「凄いねぇ、高いねぇ、長いねぇ〜っ!」

「暗くなって来ましたし、壁の調査は明日にしましょう」

「それは賛成。疲れたもんねー」

 本機に疲労という概念はないが、少女には少しこたえたのだろう。

 彼女はその場に倒れるように座り込むと、徐ろに保存食として残しておいたキノコを食べ始めた。

 

 

「この先に何があるのかな?」

「……さぁ。その前に、壁の向こうに行く方法を探さなければいけません」

 登って行くのは───現状の技術と本機の機体性から導かれるに不可能である。

 壁を掘り進んで行くという方法は途方もない。何処かに抜け道がないか探す方が早いと結論が付いた。

 

「楽しみだねぇ〜」

「興味はありますね」

 少女と出会い、本機はこの世界の最期を見届ける旅をし始めている。

 

 その終焉は何時なのか、何処なのか。

 

 

 この先にその答えがあるのか。

 

 

 ただ、最期に向けて───

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「うわぁ〜おぉ……」

「これで壁の向こうに行く事は出来ますが……。壁の中では人類が繁栄しているというのは本当に希望的観測に終わりしたね」

 翌日。少女が見付けてしまった(・・・・)のは、壁に開いた大きな穴だった。

 

 

 穴というよりも、三百メートル強の壁が一部崩壊して中に入れるようになっている場所を見つけたのである。

 

 その穴は、まるで何かに外側から押されて砕かれたかのように───内側に壁だった破片がばら撒かれていた。

 

 

 

「何かおっきな化物に壊されちゃったのかな?」

「この巨大な壁を破壊出来る生き物ですか。想定出来ませんね。……もしそんな存在がいたのならば、中にいたであろう人類は───あ、あの壁は三百メートルだぞ?! と驚愕していたでしょう」

 人類はその日思い出した、的な。

 

 

 

 超大型モンスターの中にはこの壁よりも巨大なモンスターがいただろうか?

 記憶ファイルの破損が惜しい所である。

 

 

 

「とりあえず中に入ってみよぉ〜」

「壁の中には何も残っていない可能性が高いですよ? もしこの壁を破壊出来る生物が壁の中の文明を攻撃した場合、人類に成すすべはなかったと思われます」

「うーん、よく分からないけど。……この中に何があるのか、私は気になるから!」

「気になる……?」

 興味本能という物だろうか?

 

 

「あなたも気になるでしょ?」

 その機能こそが、今の本機を動かしている原因であるのだから。───答えは決まっていた。

 

 

「……そうですね。興味があります」

 人類に何が起きたのか。その答えがこの先にあるのだろうか?

 

 

 

 ……非常に興味がある。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 壁の中は巨大な森林となっていた。

 

 

 もしこの壁の中で文明が過去に栄えていたとしても、それはその全てが自然に還る程の遠い昔の話なのだろう。

 人の姿はやはり、見当たらない。

 

 

「これまでと同じで普通に森だねぇ」

「残っていた人工物はあの壁だけですね。壁の中がどれ程の大きさなのか分かりませんが。……逆に、我々が元々壁の中で生活していたという考え方も出来ます」

「それはそれで面白いかもね!」

 実は壁の中にいたのは自分達だった。なんて、二流の物語によくありがちな設定ですが。

 

 

「まぁ、否定しますが」

「えぇ?! 自分で言っておいて?!」

「先程、巨木に登り遠方を確認してきました。通り抜けてきた壁の反対側、つまり進路方向に同じような壁を視認出来ます」

 つまり壁は円形か平行に、この森を囲う形で作られている。

 ここは真に壁で覆われた立地だ。どちらが中か外かという哲学はさておき。

 

 

「うーん、それじゃあの壁は何のために作られてたのかな?」

「人類が壁を作るなら、理由は外敵から身を守る為でしょう。それは何も化物だけではなく、敵対する人類という事もありえます」

「敵対する人類……?」

 少女は本機の言葉に首を横に傾ける。まるで意味が分からない、そんな表情だった。

 

 

「過去、人類は人類同士で争う事もありました。それはどんな時代であれ、変わりません。それとは別の外敵として、あの化物達が挙げられます。……どちらにせよ、ここに文明を築いてきた人類には外敵がいたと考えるのが正しいでしょう」

「じゃあ、あの壁を壊したのはその外敵……なのかな?」

「それは確証がなく、なんとも」

 この先にその答えがあるのか。

 

 

 それは人類の最後か、それとも───

 

 

 

「行ってみよっか」

「……良いのですか? この先は壁で、その先に進める確証はないのですよ」

「別に私は目的地もないしねぇ、おししょーと一緒なら何処でもいっちゃうよぉ」

「だから師匠ではないと……」

 そういう事なら、その気持ちに甘える事にする。

 

 

 向かうは反対側の壁。

 

 

 あの壁を破壊した犯人の向かう先。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 ソレ(・・)を少女が見付けたのは偶然であった。

 

 

 日が沈む頃、休める場所を探していた少女は巨大な岩に出来た窪みを見付ける。

 奥行きの深いその場所は、窪みと言うよりは洞窟に近い形状だった。

 

 この壁の中にもモンスターは居て、何度か遭遇している。

 さらに雨も降って来たという現状を考えるに、その洞窟は今の少女にとってはとても都合の良い場所だった。

 

 

 そして、その洞窟で永きの間眠っていただろうソレ(・・)と邂逅する。

 

 

 

 巨大な身体は龍のよう。

 しかしそれは竜ではなく、しかしそれは龍に等しかった。

「なんだろう……これ?」

「……竜騎兵」

 覚えていた。

 

 

 それだけは、覚えていた。

 

 

 人類が犯した過ち。人と竜の戦争を厄災とした起因。

 

 

 

 竜騎兵。龍に等しい兵器(イコール・ドラゴン・ウェポン)

 

 

 かの大戦の時代、人は数多の竜の命から一つの生命を作り上げる技術を有していたらしい。

 

 その集大成がソレ(・・)である。

 

 

 

 あの壁と同等の全長。一対の翼を有し、その巨体を支えるのはそれ一つだけでも竜と同等の質量を持つ四肢だ。

 

 しかしその四肢は地面に付いておらず、身体は洞窟に埋まるように天井に固定されている。

 良く見れば所々が破損し、内部機構は原型を留めていなかった。

 

 

 

「死んでるのかな?」

「死んではいないし、生きてもいない。……コレは、本機と同じような存在です」

 記憶の断片に、ソレと同じ物が映る。

 かの大戦に本機は間接的に関わっていた。断片的な記録だが、それは確かだろう。

 

 

「どういう事?」

「コレの命は作られた物だという事です。数多の化物の身体を繋ぎ合わせ、生命の理の外から埋め込まれた命。……本機はコレより高性能ですが、本質としては何も変わりません」

「ごめん、良くわらからない」

 しかし、コレはいつの物なのだろうか。

 

 

 かの大戦は、本機が眠るよりも遥か前の時代に起きた事だ。それがこうして残っている物だろうか?

 

 

 

 一つ考えられるとすれば───

 

 

「……簡単に言えば、人間の出来ないことを代わりにする為に人間に作られた物です」

「人間に出来ないこと?」

「世界の終焉を見る事や……そうですね───世界を終わらせる事。戦争の兵隊として戦う事」

 ───人はまた繰り返したという事。

 

 

 

 人類は何度でも繰り返す。

 

 いつかの時代、いつかの時に、誰かがそんな言葉を落とした。

 

 

 

 その相手は竜だったのか、龍だったのか、人間だったのか、人だったのか。

 そのどれにも当てはまらない何かか。

 

 しかし、人はまた繰り返した。そして、その成れの果てがこの朽ちた兵器なのではないだろうか?

 

 

 

「戦争……」

「遠い昔、かの時代に人と竜の戦争がありました。本機の知る、一番新しい戦争です。……結末までは本機の知る限りではありませんが、その時も同じような物を人は作り上げました」

 もし仮にこの竜騎兵が竜達との戦争の為に作られたのなら、人類は本当に救いようがない。

 その答えを調べる事は出来るだろうか? この竜騎兵の破損具合を見るに、巨大な何かと戦った痕跡があるが。

 

 

 

「うーん、何か重要な物を見れた気がするね」

「……そうですね、これは重要な記録になるでしょう。本機はあなたが休息を取っている間にこの兵器を調べます」

「うん、分かった! ずっと思ってたけど、おししょーが寝ないのはその……作られた物だからなのかな? よく分からないけど」

「……そうですね。コレと本機の本質は同じ物です。……作られた物として、その目的を達成する」

「難しいね」

「簡単ですよ」

 兵器が作られたという事は、戦いがあったという事である。

 

 

 兵器を作る目的とは、それ以外にありえない。

 

 

 その理由を調べる事は出来るだろうか?

 

 

 そこに人類の最期のヒントはあるだろうか?

 

 

 この竜騎兵は最期───何を見たのか。

 

 

 

「───あなたは、何のために作られたのですか?」

 龍に等しい兵器は沈黙し、ただ有機物の朽ちる時を待っていた。

 

 この兵器が自然に還るまでどれだけの時間がかかるだろうか。

 数多の竜の命はここに眠り、大地の糧となっていく。

 

 

 

 この世界の最期に一体、何が───

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 それは答えなのだろうか? それとも───

 

 

 壁の中に入って二日目。

 前日は日暮れのせいで見えていなかった物の全貌が───いや、全体が見えてきた。

 

「これも、ししょーが言っていたりゅうきへい(・・・・・・)なのかな?」

「これは違います。……これは、巨大なドラゴンです」

 少女と本機の前にあるのは、巨大な生き物の頭部の骨だった。

 

 

 その骨だけで竜一匹程の質量を持つそれは、朽ちてもなお威厳を放っている。

 内部は朽ちて小動物の巣になっているが、その周りは他の地よりも命が溢れている様に感じた。

 

 この龍が朽ち、この地に膨大なエネルギーとして還ったのだろうか。

 

 

 

 そしてその頭部から少女が竜騎兵を見つけた洞窟まで、この生物の背骨と肋骨が連なっている。

 洞窟だと思っていたのはこの生き物の尻尾だったのだ。つまり、あの竜騎兵はこの超巨大な生物に潰されていた───そういう事になる。

 

 

「りゅうきへいは戦う為に作られたって言ってたよね? その相手は、この骨の主なの?」

「……そうでしょうね」

 この龍がこの場で朽ちているという事は、竜騎兵はこの龍と相打ちという形になったのだろうか?

 しかし壁は突破され、身の危険を守る事が出来なくなったこの地の文明は滅びた。

 

 

「それじゃ、りゅうきへいはおししょーの言う所のハンターだったって事?」

「それは違います」

 本機が否定すると、少女はそのままの表情で首を横に傾ける。

 それが分かっていないから、人類はまた繰り返したのかもしれない。ならば、もう繰り返さない為にこれだけは教えなければならない。

 

 

「狩人の狩りは、戦いであってもお互いの尊厳を賭け命を賭け、勝利した者は敗者を糧とする一種の自然の理でした。遠い昔の世界の狩人とはそういう者だったのです」

「それじゃ、りゅうきへいは?」

「……アレは殺戮です。狩りではない。数多の命を己の私利私欲で奪い、そして自然を殺していく。この世界の理から離れた行為」

「難しいね……」

 そうですね。

 

 

 だから、人は間違える。

 

 

「遠い昔、人類はこの世界を敵に回しました。戦争は何も糧を生まず、ただお互いが消耗するだけの愚かな行為です」

 それでも、人類は繰り返した。

 

 

 その結果が目の前にある。本機が見るべき物はこれだったと見せ付けるように。

 

 

「難しいけど、なんだか悲しいお話だね」

「……それだけ分かってくれれば良いのです」

 その気持ちさえ忘れなければ。

 

 

 きっとこの世界は終わらなかった筈なのだから。

 

 

 

 いつ忘れてしまったのか。

 

 

 

 この旅でその答えが見つかるだろうか。

 

 

 

 目の前にあるこの光景は、ある意味で本機の目的を果たす物だった。

 

 それだけは確かである。

 

 

 

「さて、この先はどうしますか? この生物は壁を壊しましたが、この地で朽ちている以上向こう側の壁は健全であり通り抜けられないと推測出来ます」

「それでも、先に進むかな」

「……なぜ?」

 その先に道があるとは限らないのに。

 

 

「何もなかったら戻れば良いんだよ。道がなかったら戻って、また進めば良い。そうやって繰り返していけば、いつかどこかに辿り着くのさ」

 少女はそう言って、朽ちた龍が見据える向こう側の壁へと歩き出した。

 

 

 不思議な考え方をする少女である。

 しかし、成る程、それは間違っていない考えだ。

 

 

 とにかく進んで、ダメだったら戻れば良い。

 

 

 そして人類は繰り返す。

 

 

 その先にある答えを探して。

 

 

 

 三日目の夕暮れ。壁に辿り着き、少女は一つの答えを見付け出した。

 

「いやぁ、やっぱりダメかぁ!」

 壁は健全である。非力な少女や本機では、あの龍のように壁を壊す事など出来ない。

 そこには道はなかった。少女は残念そうに壁を見上げる。

 

 

「この先に何があるのかなぁ」

「気になりますか?」

「あの大きな化物が目指していた何かがあるのかなって」

「アレが目指していたのはきっと……」

「きっと……?」

「……いえ、なんでもありません」

 言うだけ野暮だ。

 

 

「……戻りますか?」

「うん、戻ってやり直す! その前に今日は寝る!!」

「そうですね、日も暮れてきましたし。そこの壁の窪みで───」

 突如、大きな地鳴りがする。

 

 上から何かが降って来た。これは───壁の破片?

 

 

「え、何?」

「地震……?」

 それにしては、揺れは断続的だ。

 まるで巨大な何かが歩いている。そんな地鳴り。

 

 ───何か居る?

 

 

 

「ヴォゥゥゥゥォォァゥゥゥウウウッ!!!」

 ソレは壁の外から聞こえた。

 

 空気を揺らす振動。それだけで石の壁は割れ、破片が落ちてくる。

 本機は少女の手を引いて壁から離れた。何かが居る、それだけは分かる。

 

 

 

「うぇ?! か、壁が!!」

「な……」

 そして突然、壁は崩壊した。

 

 まるで何かに外側から押されたかのように。

 少女から一キロ離れた壁が崩壊し、順に付近の壁も崩れていく。

 

 

 本機は少女を連れて出来るだけ壁から離れた。

 

 幸い崩壊の速度は遅く、瓦礫が飛んでくる事は無かったが───

 

 

 

「うわぉ……」

 ───少女の行方を阻んでいた壁は取り除かれる。

 まるでこの先に進めと言わんばかりに。

 

 

 

「進んでみるものだねぇ」

「……そう……ですね」

 こんな事があるのか。

 

 

 ふと遠く離れた地に視線を移す。

 

 その先に映る巨大な影。その姿はこの地で朽ちた龍と酷似していた。同種の生物なのだろうか。

 

 

 

 この世界は彼等の世界である。

 

 きっと彼等にとって、この巨大な壁は邪魔だったのだ。

 この世界の理である龍がその掃除をしたに過ぎない。簡単な理屈である。

 

 

「……でもなんだか、寂しいね」

「……そうかもしれませんね」

 やはり、人類は終わってしまったのだろうか。

 

 

 この地に人々の痕跡が消える頃、この世界はどうなっているのだろうか。

 

 

 

 その日はただ、その巨大な命の影が消えるまでその姿を見届けていた。




ソレは過去を物語っていた。


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海岸

その場所はきっと、自然に溢れた場所だった筈だ。


 少女と邂逅してから百八十七日目。

 

 

「おししょーーー! でかい川見付けたよ、でかい川!!」

 現人類は語彙力が削がれている気がします……。

 

 明くる日も明くる日もただ歩き続け、ただ生きる日々。

 この生活の先に何があるのか。竜人族の寿命は長い。……きっと何か見付ける事は出来る筈。

 

 

 そんな日々の一日。いつものように食料を探していた少女が大声で戻ってくる。

 いや、だから、そんな大声を出したらモンスターが来ると何度言えば───

 

 

「うわぁ?! 出たな?!」

「ウァゥッ!」

 言わんこっちゃない。

 

 少女を囲む小さなオレンジ色。ランポスとは違い小柄な体格を持つその生き物も───モンスターである。

 ジャギィ。ランポスと同種属の肉食小型モンスターだ。

 

 

「ウァゥッ、ウァゥッ」

 薄紫とオレンジ色。そして扇のような耳な特徴的な竜が、四匹で群れて少女を囲む。

 少女は背中に背負っていた木の板と棒を瞬時に構えて、ジャギィ達を牽制した。

 

 

「来るならこーい!」

 先端を削った木は槍となり、持ち易く取っ手を削った堅い木の板は盾となる。

 ランスと言われる武器を模した様な、そんな彼女の得物が飛び掛かってくるジャギィを貫いた。

 

 

「やぁっ!」

 振り払われ、地面に転がる息途絶えた竜。

 それを見た仲間達は心底驚いたような鳴き声を出してから、全力で逃げて行く。

 

 退治完了だ。

 

 

「上手く使えるようになってきましたね」

「それほどでもー、あるかなぁ? なっはっはっ」

 彼女と出会ってから約半年。あまり干渉するのは良くないと分かりつつも、少女に戦い方を教え、武器まで与えてしまったのはきっと間違いだろう。

 

 それは人類の最期を変えてしまうかもしれない行為だ。しかし、それでもやってしまった事はしょうがない。

 本機はポンコツである。それは本機の所為ではなく、本機の製作者の問題だ。

 

 

 ほ、本機悪くねぇ! 本機は悪くねぇぇ!

 

 本機ばっか責めるな!

 

 わ、悪いのは製作者だ! 本機は悪くないぞ!

 

 

 ……失礼。

 

 

 これでもし人類だけでなく世界が終わるようなら本機の責任はとんでもない事になる訳だが。……まぁ、その時はその時です。まずありえないでしょう。

 

 

 話を戻して。

 

 

「それで、そのでかい川というのは?」

「あ、そうだでかい川! こっちこっち、でかい川があったんだよ。水が赤いの!」

 水が赤い……?

 

 木々の間を通り抜けて数分歩く。

 ここ半年で川を見る事は希にあったが、その全てが普通の水だった。

 

 赤い水? 何かの見間違いではないだろうか。

 例えば夕暮れが水面に反射しているのだとか、水中に赤い体色のモンスターがいるとか。

 生き物の血が大量に流れているのかもしれない。川の水が赤いというのは理解に及ばないので、本機はそう推定する。

 

 

 しかし、少女が案内したどり着いたその場所には───紛れもない赤い水が広がっていた。

 

 

 少女がでかいというだけあって、その水面は地平線まで続いている。そして視界に映る限りの一面の水は赤かった。

 多分これは川ではなく海なのだろう。しかし───海とて本機の記録では赤い筈がない。

 

 

 ……これは何だ?

 

 

 これは本当にこの地球の海なのか?

 

 

 

「赤い……海」

「ねーねーおししょー。この川だと流石に水浴びしない方が良いかな? なんか汚いよね」

「まぁ、どう見ても辞めた方が賢明ですね。それと、多分これは川ではなく海だと思われます」

「うみ?」

「川の水が流れ着き、世界の七割を締める膨大な水の溜まり場の事です。海の水分は蒸発して雲となり、雨となって再び地上を循環します」

「んー、よく分かんない」

 このバカが最後の人類だと思うと心が痛みますね。心はないですが。

 

 

「つまり、川の流れる先に海があるのです。この海岸沿いを歩いていけば、いつか川に辿り着きます」

「おー、なるほどねぇ。そろそろ水浴びもしたいし、それじゃ川を目指そう!」

 分かってるのだろうか。

 

 

「それじゃー、こっち! こっちの方に行こう」

 彼女が指差す方角へ本機と少女は歩いて行く。

 

 この旅は本機の旅ではなく、少女の旅だ。

 本機はただこの少女の最期を見届けるのみ。そしてその中で人類の最期を見定める。

 

 

 

 ……しかし、なぜこの海は赤いのだろうか。

 

 

 この先にその答えがある事を信じたい。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「まさか、船が見付かるとは」

 数刻歩いたのち、岩が見えたと思い近づけばそこにあったのはこの旅で二度目の発見となる───人工物。

 

 

 鉄等で作られた巨大な箱───船。

 人や物を乗せて海を渡る為のこの乗り物は、人類を大陸進出に進ませた大きな発明であった。

 

 

「おししょー、これはなに? 人の家……にしては大きいよね」

「人を乗せて海の上を進む為の物です。考え方を変えれば家という表現も間違いではないですね」

 海を渡るというのは数日や数ヶ月だって掛かる行為である。その為、船の内部には人が生活する為の拠点が築かれている事が多い。

 つまりは、この船の中には人の生活の痕跡が残っているのかもしれない。この海が赤い理由も謎の為、その事に関して本機は非常に興味があった。

 

 

「……調べて見ても宜しいでしょうか?」

「んー、そうだね。それにもう暗いし、この家が安全そうならここで寝よーう!」

 誰かの根城になっている可能性もあり、人類を発見出来るかもしれない。

 そんな可能性も考えながら、本機は船の入り口を探す。

 

 

 浜辺に打ち上げられる形になっている船は五メートル程。元々港の船着場から乗るのが当たり前なのか、下面に入り口は見当たらない。

 

 ならばと、本機はヒーローブレードを構えた。

 

 

「え、おししょー? 何する気?」

「どうせ消え逝く人類の痕跡ですし、壁を破壊して中に侵入しようと」

「いいの?!」

「そーい!!」

 粉砕。玉砕。大喝采。

 

 

 腐りかけていた鉄の壁はいとも簡単に切り裂かれ、内部への道を開く。

 

 

「おー、中に入れる……」

「さて行きますか」

「おししょーって凄い冷めてるように見えて偶に突拍子もない事するよねぇ」

「頭のネジが飛んでるんです。行動処理能力を行う端末が長期の稼働によりバグを起こしていて、人でいう感情染みた感性を作り出しています。要するに本機はポンコツです」

「よく分からないけどおししょーってやっぱり人間じゃない?」

 それは常々言っている事なのですが……。

 

 

 まぁ、彼女にとって本機が人間であるかそうでないかなんて些細な問題だ。

 他の人間と長らく関わっていないのだから。

 

 

「では気を取り直して」

 船内に侵入。初めに入ったのは格納庫だと思われる場所である。

 中には何もなく、階段が見えたので素直に上に登った。

 

 

 上の階層には人々が生活するためのスペースが設けられていて、個室のような物が並んでいる。

 一つ一つ扉を開けていくと、そこには確かに人が生活していたという痕跡を垣間見る事が出来た。

 

 椅子やベッドが並んでいて、少ないが本も残っている。しかしどれもこれも一度炎に包まれたかのように黒い墨となっていた。読めるものは少ないだろう。

 何処かに人類史について書かれた本はないだろうかか? 殆どが燃えた部屋を探る中で、気になる一冊を見付けたのは本機ではなく少女だった。

 

 

「こんなのもあったよ、絵が書いてあるの!」

 文字の読めない少女が見付けたのは、手描きでイラストが描かれたページが開かれた一冊の本。

 本機はソレを手に取ると、何ページか開いてそれがどのような物なのか確かめる。

 

 

「これは……」

 それは───日記。

 

 人々がその日その日の記憶を記録する為の本。

 書き手がその時思った事が率直に書かれており、この船の過去を垣間見る事が出来る内容であった。

 

 

 読み上げる。

 

 

 ◯月◯日。

 私達の住んでいる島を襲っていた地震が止む気配はなく、住人達は島から離れる事を余儀なくされた。

 大きな船を二台用意して、二手に分かれ大陸の港に向かう。

 大海の荒ぶる神を討伐する事叶わず、故郷を離れる皆の思いを考えると心が痛い。

 

 

 ◯月◯日。

 航海の途中、もう一隻の船が原因不明の轟沈。

 なんらかのモンスターの攻撃を受けたと思われるが、救助も間に合わず気が付いた時には船は炎に包まれていた。

 生存者無し。調査に向かった乗組員も帰ってくる事はなかった。危険を感じた乗組員達は急いで現場を離れる事に決定。

 現場海域の海はまるで血のような色に染まっており、乗組員達は恐怖に震え上がる。

 我々に明日はあるのか? もし朝を迎える事が出来たのなら、その時にはやっと犠牲者の無念を考える事が出来るだろう。今はただ、恐ろしい気持ちでいっぱいだ。

 

 

 ◯月◯日。

 夜中になって大陸の光が見えてきた。明日の昼には辿り着くだろう。

 

 今朝方、海岸方面に山が現れた。

 まるで大地の化身かとも思える巨大な何かが。

 ソレは生きている火山のようで、我々の船を攻撃してくる。

 この日記を書いている時既に、まるで火山の噴火のような物が直撃して船は炎上。

 脱出は不可能だろう。煮えたぎるような赤い海に身を投げる乗組員達を見ながら、私はこの日記を書き連ねようと思う。

 

 私達、人は自然の怒りでも買ってしまったのだろうか?

 大地の怒りは故郷を揺るがし、新天地に向かう事すら許してはくれない。

 

 部屋が熱い。もう既に視界は火の海だ。この本も燃えるだろう。それでも私は書く、書く、書く。それしか出来ないのだ、それしか出来なかったのだ。

 

 嫌だ、死にたくない、誰か助けてよ。どうしてこうなったの? なんでこうなったの? 私達人は何を間違えたの?

 

 熱い、嫌だ、死にたくない。死にたくないよ、死にたくない、まだ手は動く、死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にた───

 

 

 

 乱雑に数ページにも及んで書かれた執筆者の最期の言葉。

 

 

 人類はやはり自然の怒りを買ってしまった。

 

 その結果、龍は怒り人類を攻撃した。

 

 

 

 やはりこれが答えなのか。

 

 

 人類の最期とはやはり、過ちの結果なのだろうか。

 

 

 少なくともこの本にはそう書かれている。

 

 

 

 ───人類は繰り返した。

 

 

 

 

「おししょー、なんて書いてあったの?」

「……あなたは知らない方が良い」

「えー、なんで?」

「ここに書かれていたのは愚かな人類の失敗の歴史、その末端です。これからを生きる人類にとっては必要ではありません」

「だからこそ、知りたいんだよ」

 だからこそ……?

 

 

「その、もじ? っていうのは私には分からないから。この先何が起きても未来に残す事は出来ない。だからこそ、未来に文字を残したいって思うんだよね。その気持ちが分かるっていうか───私だったら、残した文字を誰かに読んで欲しいって思う」

 なるほど……。

 

 

 未来のある彼女だからこそ、そんな考えを持っているのだろう。

 その気持が理解出来るのは本機がポンコツだからだろうか。

 

 

「では、教えます。この船の乗組員、この日記を書いた者に何があったのか……───」

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「昔の人は、悪い人だったのかな?」

「全てがそういう訳ではなかった筈です」

 ただ、折り合いが悪かった。時と場合と場所が悪かった。簡単で単純な事だったのかもしれない、難解で難しい問題だったのかもしれない。

 

 

 ただ、人類はほんの僅かな過ちを繰り返してしまっただけなのだろう。

 

 

「うーん、悲しいなぁ。……おししょーは、悲しい?」

「本機にはそのような感情はありません。……ただ」

「ただ?」

「あなたには繰り返して欲しくないですね」

 この先の未来を生きる者として、彼女には繰り返して欲しくない。

 

 ただ、それだけ。

 

 

「それじゃ、文字を書けるようになりたいなぁ」

「教えましょうか? 大陸統一言語」

 かの時代の少し前から、人類の言語はある程度纏まった。その理由は分からないが、元々人類は一つだったのだからなんの不思議もない。

 

「おー、本当に?!」

「えぇ、勿論。そして未来に文字を残すなら、ある意味でそれは本機の目的と合致します」

 手頃な場所に落ちていた読めそうな本を一冊拾う。この日記で文字を伝えるのは、少々気が引ける。

 

 

 

 タイトルは『五匹の竜の話』。ありがちなおとぎ話だが、このくらいの方が、文字を教えるのなら都合が良い。

 

 

 

「それでは読んで生きますよ。……むかしむかし、白いせかいのまんなかに、五匹の竜と人々がくらしていました」

 彼女の未来の先に何があるのか。

 

 

 それを文字にする事で、人類の最期の記録を残す。

 

 

 それでもきっと、本機の使命は達成される事になる筈だ。

 

 

 

 

 彼女の未来、人類の最期を記録に残す。それが、本機の使命なのだから。




きっと人類は繰り返した。


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遺跡

きっと彼は生きていた。


 少女と邂逅してから三百五十九日目。

 

 

「人が住んでたのかな……?」

「痕跡は見当たりませんが、この遺跡は人々の住居として機能していたと推測出来ます」

 辿り着いたのは広大な敷地に広がる遺跡群であった。

 

 これまで小さな遺跡を見つける事は何度かあったが、ここまで大きな遺跡が見つかったのは初めてである。

 しかし、やはり人類は見付からない。地球上に人間はもう存在しないのだろうか……?

 

 

「今日はこの遺跡で寝ようかなぁ。屋根もあるし」

「賛成です。近くに川もあるので、都合が良いですね」

「魚狩猟して食べたいなぁ」

 あの赤い海を見つけてから半年。赤い海は広範囲に広がってはいたが、数日歩いた所で普通の海も見る事が出来た。

 あの海域に現れた何かが原因だと思われたが、真相は結局掴めなかったのである。

 

 

 その後川を伝って陸へと進んでいくと、人が住んでいたと思われる痕跡を時々見つける事が出来た。

 今回見付けた遺跡群はその中で一番大きな物で、人類はこの辺りで繁栄していたのではないかと仮説を立てる。

 

 

「頑張って下さい」

「おししょーも偶には手伝ってよー」

「本機は人類の最期に深く干渉する事を良しとしません。己の生きる糧は己で手に入れるのが、ハンターです」

「んもー、自分は食べなくても生きていけるからって。……よーし、一狩りいこうぜ」

 そう言うと少女は背中に木で出来た槍を背負って、川へと向かった。

 魚が食べれる事を最近知った少女は、積極的に川で魚を狩るようになったのだが、それは狩りなのだろうか?

 

 いや、間違ってはいない。釣りの仕方を教えていない本機が悪いのである。

 

 

 そろそろ教えるか。

 

 

 

「うわぁぁぁあああ?!」

 そう考え込んでいると、岩影を曲がった所で少女が大きな悲鳴を上げた。

 何事かと思って本機は走る。彼女の身に何か起きたなら───

 

 

「な───」

 ───そこに居たのは紛れもなく、人だった。

 

 

「に、人間さんだ!! 人間さんだぁ!!」

「え、ちょ、何? え?! 竜人族?! 待ってくれ、落ち着いてくれ!! 落ち着いて?! 魚が逃げる!!」

 ヒト科ヒト属。ホモ・サピエンス。かの時代、その前から己を霊長と呼び、この世界に君臨していた生命体。

 

 

 人類。

 

 

 人間。

 

 

 

 平均的な一般男性よりも少し痩せた男性は、少女に驚きながら釣竿を一旦引き上げる。

 どうやらこの川で釣りをしていたようだ。少女が完全に邪魔をしている。

 

 

 

「人間さんだよ人間さん! みてみておししょー、人間さん!!」

「ちょ、え、本当、何?!」

「人間さ───」

「やめい」

「───うぎゃぁぁ!」

 本機は背後から膝かっくんで少女を転ばせた。

 騒ぎ立てたい気持ちは分かりますが、流石に語彙力が無さ過ぎます。

 

 

「……失礼。質問します、あなたは人間ですか?」

「え? 人間? あー、うん。そう……だよ? ディックっていうんだ」

 ディックと名乗った男性は膝かっくんで地に伏せた少女に手を差し伸べた。

 立ち上がった少女はいくつかは冷静になったが、未だに興奮鳴り止まないといった表情でディックを眺めている。

 

 

「人間は絶滅したと思っておりました」

「自分も人間だろうに、かなり悲観的な事を言うんだね……」

「本機が再起動してから約一年ですが、人間にあったのは始めてなので」

 つまり、本機は彼に非常に興味があった。

 

 

 彼は何故ここで釣りをしていたのだろう?

 

 

 もしかしたら近くに人間の集落があって、食料を集めていたのかもしれない。

 

 

 

「まぁ……人間は極端に減ったからねぇ」

 ただ、その言葉で本機の考えは否定された。

 

 

 

 話によれば、彼は一人でこの辺りに住んでいるらしい。

 昔はキャラバン隊で旅をしていたらしいが、この辺りでモンスターに襲われてキャラバン隊は彼以外全滅。

 

 彼は生き残り、この辺りに住み始めたということである。

 

 

 

 残念な話だが、キャラバン隊が存在する程にはまだ人類は残っていると言う事は本機にとって重要な発見であった。

 この出会いは本機の使命にとって非常に重要な事になるだろう。

 

 

 

「人間さんはどのくらいここに住んでるの?」

「うーん、もうそろそろ十年くらいじゃないかな?」

 引き戻した釣り竿の先にミミズを括り付け、再び川に投げ入れながら彼はそう語る。

 

 十年。消して短くはない時間を彼は一人で暮らしていたのだろうか?

 

 

 

「寂しくないの?」

「それ以前に、キャラバン隊が襲われた時のショックの方が大きくてね。……今は何よりも、死にたくないってだけの感情の方が優ってるんだ」

 明後日の方角を見ながら男性はそう言葉を落とした。

 彼の身に何があったのか。

 

 

「僕のキャラバン隊は世界中を旅しながら集まって出来たキャラバン隊だったんだ。色んな人が出入りして、それは賑やかなキャラバン隊だったよ。君達は見た事ないかもしれないけれど、人が集まってる村とかも見た事あるよ?」

「村がある……」

 まだ人類は生きている。この情報は重要だ。

 

 

「ただ、この遺跡群を通ってる途中で奴に出会ってしまったんだ」

「奴、とは?」

「……黒い、影みたいな化物かな。もう記憶も微かだけど、四本の脚と翼を持った……そう、ドラゴンみたいな生き物だった」

「……詳しく形状を教えて頂きますか?」

 四本の足に翼。その存在を本機は認知している。

 

 

 まさか───

 

 

「えーと、黒くて翼と脚があって……あと眼が無かった気がするんだよね。気のせいかもしれないけれど。……あと、身体から黒い靄を出してたよ」

「……成る程。情報に感謝します」

「おししょーはその化物の事知ってるの?」

 記録に残るかの竜(・・・)と多少の形状の差がありますが、酷似している点はあった。

 しかし断言出来ず、その質問への回答は否である。

 

 

「いえ、確証がないのでなんとも」

「おししょーでも知らない事あるんだねー。あ、そうだ! ディックはさっきから何をしてるの?」

「何って、釣りさ。魚を釣って食べるんだよ」

 ディックは答えてから「お、丁度来た」と言って釣り竿を引き上げた。

 その先にはサシミウオが引っかかっていて、彼は水から上げられて尚も身体を振るサシミウオを捕まえて縄で作られた籠に叩き付ける。

 

 中々の手際の良さだ。

 

 

 

「か、狩らずに捕まえた?!」

「……狩る?」

 こちらの話です。

 

 

「こうやって糸に魚が食べそうな生き物を引っ掛けて、魚が喰い付いたら引き上げるんだよ。僕は化物を倒せないし、こうやって食料を手に入れるしかないんだ」

 彼はそうやって十年間暮らして来たのだろうか?

 

 これも人類の最期の記録としては重要だ。

 

 

 

「おーーー、凄い! 私も出来るかな?」

「僕が寝床にしてる場所に釣りの道具がいっぱいあるから、一つ貰っていくかい?」

「え? いいの?」

 それは彼の生活の糧の筈。一つとはいえ譲る事は問題ではないのだろうか?

 

 

「うん。久し振りに人に会えたんだ、その記念として受け取ってくれ」

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「さっき釣った魚は明日のご飯にして、と」

 ディックに連れられて向かった先は、やはり遺跡の並ぶ場所である。

 

 

「うぉぉ?! なにここ?!」

 徐ろにその一つの中に入ると、そこには信じられない程の人工物が並べられていた。

 

 望遠鏡に虫取り網、釣り竿、ピッケル。

 本や衣類もいくつかある。

 

 

「……これは、キャラバン隊の?」

「そう。あの化物に襲われても残ってた奴を掻き集めて持って来たんだよ。釣り竿は色々調べてる内に自分でも作れるようになったから、別に渡しても問題ないのさ」

 彼はそう言ってから、物珍しい物にはしゃぎ回る少女に己の住処にあるものを逐一説明してくれた。

 

 

 これだけの物を作る文明が残っていたのなら、少なくとも十年前はまだ人類が活気的に繁栄していた筈である。

 

 

 ───探さなければ。

 

 

 

「質問宜しいでしょうか」

「どうぞ」

「あなたが最後に見た人の村の場所を教えて頂きたい」

 本機はそこに向かい、人類の現在を見なければならない。

 少女との行動をどうするか選択しなければならないが。

 

 

「……十年前の話だけど、ここから北に使った所に雪の積もる山があるんだ。そこに、小さな村があったのは覚えてるよ」

「なるほど、情報に感謝します」

「なら次はその山に行くの? おししょー」

「そうですね。その場合あなたには酷かもしれないので、ここで別れるという選択肢を提案しますが」

「え、なんで?」

 なぜ聞き返されたのか。

 

 

「私はおししょーと旅をするって決めたから、寂しい事言わないでよぉ」

 こいつアレですね、雪山が過酷だとかそういう事が分かってない。

 

 

 まぁ、少女の選択に干渉するのは野暮ですが。

 

 

 

「雪山に行くのかい?」

「そうなりましたね」

「そうか。でも夜は辞めた方が良いよ。活発になる化物もいるし。今日は泊まっていきなよ。特別にベットも貸すからさ」

 彼は脇にあるベッドに手を向けながらそう言った。

 

「やましい気持ちでも?」

「な、ないない! これでも奥さんが居たんだから」

 今は亡き伴侶を思い出したのか、彼は少し表情を曇らせる。

 悪い事をしたかもしれない。

 

 

「……申し訳ありません」

「いやいや、昔の事だよ。……まぁ、ここも安全という訳ではないけど、夜に歩き回るよりはマシだと思うからさ」

 素直に言葉に甘えた方が良さそうだ。

 

 

 どのみち、この世界で安全な場所などもう殆ど残されていない。

 

 

 

「十年前見付けたあの化物以外は他に何も化物がいないどころか、その化物も一度しか見た事なかったんだけどね。ここ数年で他の化物も多く見掛けるようになったんだ。ここでの生活もそろそろ危ういかもね」

「逃げないのー?」

 ディックの言葉にベッドの感触を確かめながら少女はそう聞いた。

 

 

「……まぁ、そろそろ生きてるのも潮時かなと思ってたのさ」

 部屋の周りを見渡しながら、彼は小さく呟く。

 

 

 まるで悟ったような表情で、さらにこう続けた。

 

 

「ずっと死にたくなくて生きてきた。あの時に感じた恐怖で、妻が目の前で死んでも、ただ死にたくないってだけで生きてたんだ。……ただ、薄々思ってたんだよね。これは生きてるっていうのかなって」

 生と死の境目か。

 

 

 それは本機にとっては明確である。

 

 

 生命活動の継続か停止。ただそれだけの問題だ。

 

 

 

 しかし、彼等人類はその事について深く考える傾向がある。

 

 

 死後の世界だとか、生への価値観だとか、人間とはそういう事を考える事の出来る生き物だ。

 

 

 

 

「ただ死なないために活動して、何も考えずに日々を過ごす。……生きていても死んでいても、変わらないんじゃないかなって、そう思ったんだよね。だから僕は、その時が来たらきっと素直に受け入れると思うよ」

 そしてそれが彼の考えの答え。

 

 

 人類はこうして最期を迎えて行くのだろうか。

 

 

 

 最後の一人の人類は、最期に何を思うのか。

 

 

 

「……それは違うと思う」

 ただ、少女は男性の目を見て言葉を落とす。

 

 

 違う……?

 

 

 

「……どういう事?」

「ディックさんだって、私だって、おししょーだって、皆今日を目一杯生きてるんだから。何も考えてないなんて事ないと思うし、そうして過去や未来を考えているうちは、まだ生きてると思うんだ」

 過去や未来を考える……。

 

 

「昨日はこうだった、今日はこうしよう、明日はどうなるかな。……そうやって考える事が生きるって事なんだと思う。だから、明日を見ている内はちゃんとディックさんも生きてるよ! ちゃんと明日のご飯も用意してたもんね」

 そういえば、さっきの魚は明日の分と言ってましたね。

 

 

 

 それが、彼女の『生きる』事への答え。

 

 

 

 ───良い記録だ。

 

 

 

 

「君は、中々おもしろいね」

「そうでもありますかなぁ」

「ふふ。……そうかぁ、僕は生きてるのか」

 どこか遠くを見ながらそう言った彼は、何か鞄のような物に色々な物を詰め始める。

 

 

 何をしているのだろうか?

 

 

 

「これ、君達にあげるよ」

 そうして、ディックは突然鞄を本機に向けた。

 

 

「……何故?」

 どういうつもりなのか。貴重な資材がそれなりの量入った鞄を。

 

 

 

「ここにある物全部は持っていけないからさ。君達にも使って欲しいなって」

「まさかあなたは……」

「ここを出て、新しい生活でも見付けてみるよ。ここに居たらきっと未来を見れなくなる。……そうだなぁ、いつかまた沢山の人と集まって旅をしながら暮らすのも良いかもしれないね」

 そう言いながら、彼はもう一つ鞄を用意して資材を詰め込み始める。

 

 

 未来……。

 

 

 

 人の未来は何処に向かうのか。

 

 

 

「貰っても良いんですか? おー、釣り竿もある!」

「僕の使わない分だけだけどね。……あ、でも今日のお礼に食料も少しだけあげるよ。アップルって言うんだけど、これが中々美味しいんだ」

 アップル……林檎でしょうか。

 

 

「うぉぉ、果実がある!」

「今日のお礼さ。さて、もうそろそろ日も沈むし寝る準備もしようか。……どうか僕等に明日や未来がありますように」

 人類はまだ未来を見る事が出来るのだろうか?

 

 

「それじゃ、おやすみ」

「おやすみー!」

「あの子は寝ないのかい?」

「おししょーは寝なくてもずっと動けるらしいよー?」

「え、なにそれ……」

「分かんなーい。ふぁぁ……考えても仕方ないし寝よー」

 その答えはこの先にあるのだろうか?

 

 

 この旅の先に、彼女の未来に何があるのだろうか?

 

 

 

「……ウォゥッ、ウォゥッ!」

 ただ一つ言える事は───

 

 

 

「……自己防衛、開始」

 ───少女の旅は明日も続く。




しかしそれが生きるというのなら、人類は本当に生きているのだろうか。


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飛竜

それはきっと、この世界の支配者だ。


 少女と邂逅してから三百八十二日目。

 

 

「そろそろアレを食べようと思うんだ」

 一月程前に出会った青年──ディック──に貰った鞄を丁度良い高さの岩場に乗せてから、少女は鞄の中から赤い果実を一つ手に取った。

 

 

 球形の赤い果実は水分を多く含み、陽の光を反射している。

 

 

 林檎。

 

 

「これなんて言ってたっけ?」

「アップルと言っていましたね。林檎という果実だと思われます」

 木になる果実の筈ですが、あの遺跡群の近くに林檎がなる木があったのだろうか?

 

 

「これどうやって食べるんだろうねぇ? 魚や肉みたいに焼けば良いのかな?」

「焼き林檎……も、検索結果にヒットはしますが。ここはこの林檎を使った調理法を検索して一番多い検索結果を試してみるのが良いでしょう」

「おししょーって偶に意味の分からない事言い出すよねー。けんさくって、何?」

「インターネットから必要な情報を調べる事です。大部分が破損しているので、検索結果の信憑性は薄れますが」

「意味分からないね!」

 インターネット文化の復権は絶望的ですね。

 

 

「それでは検索します」

 調理シーンに林檎が写っている動画を検索。

 

 

 多数の動画の内八割を占める調理法を発見。この調理法の動画のみ、他の調理法よりも再生数やコメントが非常に多い事を確認。

 

 

 間違いない、これが林檎の正しい調理法だ。

 

 

 

「彼から紙とペンを貰ってましたよね?」

「あー、うん。日記を書けるって渡してくれた紙とペンならあるよ」

 あの時ディックが渡してくれた物資の中に、日記を書く事の出来る白紙の冊子と、文字を書けるペンがある。

 彼自身は文字の読み書きが出来ないらしく、宝の持ち腐れだと渡してくれたのだ。

 

 

「ペンをお借りします」

 そんなペンを少女から借りて、本機は右手にペンを持ち左手に林檎を持つ。

 

 

 

「さて、林檎の調理を始めましょう」

「え? ペンでどうするの?」

 見ているが良い、旧人類の林檎の調理方法を。

 

 

「……私はペンを持っています」

「え、あ、うん。そうだね」

 本機は軽快な音楽を流し、身体を左右に揺らしながら言葉を発した。現代語訳ではこれで間違いないだろう。

 

「……さらに私は林檎を持っています」

「そ、そうだね」

 この二つを少女に見せ付け、本機はペンと林檎を掲げた。

 

「え? えとぉ?! どういう事?!」

 さぁ、最終段階。

 

 

「───んぅっ!! 林檎ペン」

 ペン先を林檎に突き刺し、本機はそれを少女に見せ付ける。

 

 

 唖然とする少女。

 旧人類の特殊な調理法に開いた口も開かないといったところか。

 

 

「───いや、なにそれ」

 して、少女は率直な感想を述べた。

 

 

 間違ってはいない。むしろ正しい。

 

 

 間違っていたのは本機なのだろう。これを調理だと認識した本機はやはりポンコツなのだ。

 

 

「……すみません。林檎ですが、中心部に集まる種が食べにくいだけで基本的に皮もそのまま食べる事が出来ます」

「初めからそう言ってよ! 食べ物で遊ぶのはいけないと思うよ!!」

「……。……へい」

「おししょーーー!!」

 いや、本当に───

 

 

「旧人類は愚かですね」

「よく分からないけど人のせいにしてる気がする」

 ───その通りでございます。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 寒冷地ともなると生命が活動するのが一段と難しくなるのが世の理だ。

 

 

 山を登るにつれて視界は白くなっていき、気温も下がっていく。

 本機に体温低下による影響はないが、少女はそうでもない。

 

 小刻みに身体を震わせては、寒い寒いと連呼していた。

 あまりに耳障りなので、体温を上げる作用のあるトウガラシとそれを助けるにが虫を混ぜ合わせた飲み物を作る。

 

 少女はそれを飲むと興奮気味に作り方を聞いてきた。

 また人類の生存に加担してしまった気がする……。

 

 

「ないねー、人の住んでる村」

「この辺りだとは思うのですが。微かに生命活動の痕跡が見られます」

 僅かではあるが、何かが薬草を切り取った痕跡が時々見られるようにはなった。

 それに今は、獣道のように見えるが人が使う為に揃えられたような道を歩いている。

 

 この道が本当に人間の作った道ならば、この先に人の村があるという事だ。

 

 

 今はこの可能性に向かって歩くしかない。

 

 

 

「───あれ? この匂いは」

「何か感じたのですか?」

 突然少女は目を瞑って鼻先に神経を集中させる。本機には嗅覚が設定されていないため、この感覚だけは少女だけのものだった。

 

 

「……血の匂いだ。生き物の」

 血の匂い……。

 

 

 この先に人の村があるのなら、狩猟した生き物の血だとか。

 

 

 

 それとも───

 

 

 

「……近いですか?」

「うん、もうちょっとだと思う」

「急ぎましょう。どちらにしても」

 ───どちらにしても、それは人間の最期の記録の一部だから。

 

 

 

 足早に匂いの元に歩いていくと、ついに人工物が見えてくる。

 

 

 屋根の上に雪の積もった木で出来た家。

 同じような物が数個並んでいて、その中には───

 

 

 

「そんな……」

「……遅かった、か」

 ───崩れている物もあった。

 

 

 しかし、あまり老朽化を感じられないのはなぜだろうか?

 そして血の匂い。最近まで人間が活動していた痕跡。

 

 

「おししょー!」

 突然走っていく少女は崩れた瓦礫の下に腕を伸ばす。まさか───

 

 

「危険なので勝手に動かないで下さい。……どうしたのですか?」

 ───生きているのか?

 

 

 少女に近寄って状況説明を試みるが、彼女は必死な表情で瓦礫の奥を覗いていて返事は来なかった。

 

 

「大丈夫ですか?! 生きてますか?!」

 ───人がいる?

 

 

「どいて下さい」

「ぇ、ぁ、おわ?!」

 少女を無理矢理退かして、本機は瓦礫の下を視界に入れた。

 暗がりの中に微かに人影が映る。生きているのか分からないが、どちらにせよ全貌を明らかにする事が必要だ。

 

 

「……ふん」

 瓦礫の下に負荷を抱えないように、本機は少しずつ瓦礫を退かしていく。

 遂に人の肌のようなものが見えたと思えば、それは───赤色をしていた。

 

 

 勿論そのような肌の色をしているわけでも、比喩表現でもない。

 

 

 健康的な肉体を持つ人間族の男性。

 その男性の身体中から噴き出した血流が、全身を赤く塗りたくっている。血は乾いていて、勿論心臓も動いてなければ息もしていなかった。

 

 

 

 ただ───

 

 

「───血は乾いたばかりか」

 この乾き具合から見て、彼が亡くなってからそう時間は経っていない。

 

 この村が襲われたのはどれだけ時間が経っていても昨日今日の話だろう。

 

 

 

「お、おししょー……死んじゃってるの?」

「見ての通り、息もありません。生きていると思ったんですか?」

「吐息が聞こえた気がしたから……」

 吐息……?

 

 

 聴覚器官に感覚を集中させると、確かに生き物の吐息のような音が聞こえた。

 

 

 崩れている瓦礫は周りの家と比べても巨大な物で、村の中心になる建物だったのだろう。

 つまりこの中には村の住民が何人も居たという可能性があり、生存者がいる可能性も高い。

 

 

「ね、聞こえるよね?」

「そうですね。……しかし、この村に何が」

 辺りを見渡せば家が崩れていたり、崩れていなかったり。

 

 雪が積もった地面は何かに抉られた跡が残っていた。

 

 

「早く助けてあげようよ!」

 そう言って少女は瓦礫を退かし始める。本機の真似をしているつもりだろうが、彼女の腕力では全く作業は進まないだろう。

 

 

 

 しかし。

 

 

 何かがおかしい。

 

 

 

「グルゥォゥゥ……」

 

 

 

 人の吐息は、こうも野生的だっただろうか?

 

 

 

「助けるから! 直ぐに助けるから!!」

 瓦礫を退かしていく少女の脇に、妙に血色のいいオレンジ色が見えた。

 

 

 それは肌というよりも鱗で。

 

 

 人というよりは───

 

 

 

「───ぁ、ちょ、これ?!」

「下がって!」

 急いで少女の肩を掴んで後ろに放り投げる。

 

 地面を転がっていく少女を尻目に、本機は片手剣を構えてこの村を襲った竜(・・・・・・・・)に剣を向けた。

 

 

 

 

「───グォァゥァァァアアアアッ!!!」

 音───というよりは衝撃が響く。

 

 周りの瓦礫を吹き飛ばしながら咆哮を上げたのは、前傾姿勢の四肢の内、前脚に翼を持った(モンスター)の姿だった。

 

 

 

「……レックス」

 轟竜───ティガレックス。この村を潰したのは、この竜だろう。

 

 村を襲い、暴れまわった挙句この建築物に突っ込み生き埋めになったか。

 所々に見当たる傷から、村人も少しは抵抗したのか他のモンスターに襲われた後なのかどちらかと見えた。

 

 

 

「つ、翼の生えた化物?!」

 飛竜を見たのは初めてなのか、後ろの方で立ち上がった少女は腰を抜かして再び崩れ落ちる。

 今彼女を狙われるのは問題───いや、なんの問題があるのか。

 

 

 本機の目的は人類の終わりを見る事だ。

 

 

 ここが彼女の終わりだというのなら、そこになんの問題がある?

 

 

「グァゥォァァァッ!」

 本機を飛び越え、少女の前に降り立つティガレックス。

 

 

「うわわわわわ?!」

 少女は直ぐに立ち上がって、木で出来た盾と槍を構えた。

 そんな物は気休めにもならないし、そんな物で彼女の運命は変わらない。

 

 

 なぜ本機は彼女を守り続けていた?

 

 

 本機の目的を構成するデータにバグがあるのか。

 

 

 このまま彼女が死ぬ事を、本機が良しとしないのは何故か。

 

 

 

「これは流石にやばいってぇ!!」

 ───今はその理由を解明している暇はない。

 

 

 

 この、本能のような行動意思に身体を任せる。

 

 

 

 理由は後で付ければいい。本機の目的は結果だ。

 

 

 

 

「───自己防衛、開始」

 地面を蹴り、剣を横に倒してティガレックスの脇を通りながらその横腹を切り裂く。

 

 

「グギャィァ?!」

「おししょー?!」

「……下がって、見ていて下さい。狩人の狩りを」

「狩人の……狩り?」

 かの時代、人は剣を持ちモンスターと戦っていた。

 

 

 人々は彼等をハンターと呼ぶ。

 自然の理と向き合い、繁栄の中心にはいつも彼等がいた。

 

 

 この狩りが終わった時、本機は自身の思考回路に問おう。

 

 

 

 これはモンスターハンターであるかどうかを。

 

 

 

 彼等の世界が本当に終わったのかどうかを。

 

 

 

 

 

「……飛竜の王(ワイバーンレックス)よ、狩人が相手をしましょう」

「グォァォァァアアアッ!!」

 咆哮を上げるティガレックス。威嚇と、大音量により敵の動きを止める行動だ。

 現に少女は両耳を抑えて蹲っているが───本機にその攻撃は通用しない。

 

 

 衝撃こそ凄まじいものの、音をデータとしてしか捉えない本機は耳を抑える必要もなくティガレックスに肉薄する。

 やはり手負い。この傷だと村の人々の抵抗だろうか。───推測しながらも一閃。

 

 横に振ったヒーローブレイドが血流の線を描きながら鱗を弾き飛ばした。

 続けて身体を捻り、剣撃を叩き込む。

 

 

「ギェァァッ?! ───グォゥルォゥ……ギェァァッ!!」

 しかしティガレックスがそのままされるがままでいる訳がない。

 辺りを薙ぎ払うように、片脚を軸に回転するティガレックス。本機はその瞬間後ろに飛んで距離を取った。

 

 

 相手がブルファンゴだろうがティガレックスだろうが狩りの基本は同じである。

 

 

 

 人間は脆い。簡単に死んでしまう。

 

 

 モンスターはしぶとい。絶対に簡単には倒れない。

 

 

 

 だから、自身の安全を確かに確立させ、その中で攻撃する。そうして地道に体力を削って、初めてモンスターを狩猟する事が出来た。

 

 

 それがハンター。

 

 

 

 

「グォゥァァアアアッ!!!」

 攻撃を外した事への苛立ちか、歯を何度か噛み合わせて本機を睨み付けるティガレックス。

 手負いではあるがそう簡単に倒せるとは限らない。

 

 そして本機はまずモンスター達と戦う為に設計されてはいない。

 その為に設計されたならともかく、本機の馬力は人間以上モンスター以下である。

 

 

 しかし本機以下の馬力しか持たぬ人間はかの時代モンスターを受領していたのだ。

 出来ない事はない筈。しなければならない。

 

 

「反撃、開始。狩猟、続行」

 前に出る。死角である懐に飛び込んで、元からある傷を剣で突いた。

 

 飛び散る鮮血。ティガレックスは反射的に後ろに飛び地面を揺らす。

 そして血走った瞳を向けたかと思えば、全身の血管を浮かび上げて先程よりも大きな咆哮を上げた。

 

 

 怒っているのか。

 

 

 化物(モンスター)と呼ばれている彼等も生き物で、そこには生き物ではない本機には理解出来ない物があるのだろう。

 

 それに関して、どうという事はない。

 

 理解出来なければ、する必要もないバグのような物だ。

 

 

「ギィォゥァァァ!!」

「感情に身を任せて力を振るうのは、生命の欠点ですね」

 判断力の低下は死を招く。

 

 血管を浮かび上がらせ、弱点を抱えたまま真っ直ぐに向かってくる生き物はただの的でしかない。

 最大馬力で地面と足を繋ぎ、右手の盾で突進を止める。何か聞きなれない音がしたが放置し、動きを止めたティガレックスの頭を地面に押し付けた。

 

 

 左手の剣を振り上げる。

 

 

 ティガレックスの瞳孔が開いたのが先か、剣が竜の頭蓋を貫いたのが先か。

 本機が出せる最大の力で振り下ろされた剣は鱗を叩き割り血肉を貫いて、ティガレックスの頭蓋を砕いた。

 

 

 必然的に沈黙したティガレックスを他所に、少女の安否を確認する。

 驚いた顔で座り込んでいた少女に外傷は見られない。問題はなさそうだ。

 

 

「お、お、おししょー……ちょ、ちょ───」

 この村にはもう生き残りはいないだろう。居たとしても、村の外に逃げている筈。

 この場所には要はない。次の場所に───

 

 

「お、おししょー!」

「……なんですか?」

 少女が余りにも怯えた表情で本機を指差すので、ティガレックスと戦った本機に恐怖でも覚えたのか。

 違う可能性を推測する為に本機の状態を確認するが、なんと両腕が人間的にはありえない角度に曲がっている。

 

 過重が耐久性の限度を超えていたらしく、ティガレックスを止めた時と剣を振った時に関節部が外れたらしい。

 少女はこれを見て恐怖している可能性が高い為、関節状態を修復し───

 

 

「う、後ろ!!」

「───な」

「ギィォゥァァァアアア!!!」

 突然倒れたと確信していたティガレックスが起き上がり咆哮を上げた。

 モンスターの生命力を把握していなかったからか。生き物の感情を理解していなかったからか。

 

 そしてこの腕では決定打を与える事が不可能ある。

 

 

 絶望的な状態だ。

 

 

 最適解が見付からない。

 

 

 

 そもそも本機の行動自体が間違っていたのだから、その先の答えはまた自らが選ぶしかない。

 ハンターの居ない世界で、なぜ人間を守ろうとしたのか。なぜ───

 

 なぜ───

 

 

「おししょーに攻撃するなぁ!」

 フリーズして動かない本機とティガレックスの間に少女が入り込む。

 背中の木で出来た槍を持ち、向かってくるティガレックスへ向けて伸ばした。

 

 

 

「ギィ───」

 運が良かったのだろう。

 

 

 それは今日まで彼女が生きてきた事と同義で。

 

 

 

 それか、狩人としての才能があったのか。

 

 

 

 伸ばされた槍はティガレックスの眼球を撃ち抜き、頭の奥までを貫いていた。

 即死だったのだろう。悲鳴も上げずに今度こそ倒れ込むティガレックスは二度と起き上がる事はなかった。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「おぉ……やっぱりおししょーって凄いね。ていうか変だね」

「誰がポンコツだ小娘」

 外れた関節を少女に手伝ってもらい、元に戻す。

 辺りには瓦礫が山の様に積み上がっていて、固定用具も簡単に用意が出来た。

 

 

「痛くないの?」

「痛覚を有していないので」

「やっぱり変なのぉ」

 変なのだろうか。いや、人間からしたら変なのだろう。

 

 

 生物は痛覚により危険をしり、命のあり方を大なり小なりの感情で表す。そういう有機物だ。

 

 

「この村はあの化物に襲われちゃったのかな?」

「……そのようですね。抵抗も虚しく、守り切れずに」

 もう少し早く村に着いていれば、この村を守れただろうか?

 

 

 いや、その必要はない筈。

 

 

 なぜ本機は少女を守るのか。

 

 

「なんでおししょーは私を守ってくれるの?」

 唐突に少女はそう呟く。

 

 

 何故?

 

 

 何故───

 

 

「おししょーの目的は人間の最期を見る事だって言ってたし、よく人間の生死に関与したらダメだって言うよね。……おししょーが普通の人じゃない事は大体分かってきたんだけども、その目的の理由が分からないなぁ」

「……目的の理由?」

「おししょーが人間の最期を見て、どうしたいのか。とか?」

 どうしたい、か。

 

 

 

「そんなものはありません。本機はただ、命令された使命を果たすだけです」

 どうしたいもなにも、本機はその為に製造された。

 

 

 その目的に理由も何もない。

 

 

 

「うーん。それがないなら、多分おししょーは勘違いしてるんだよ」

「勘違い……?」

 何を……。

 

 

「目的って、その後がないとなんの意味もないと思うんだ。達成した後に得られる何かが欲しいから目的を作る筈だもん。おししょーが誰かに頼まれて動いてるだけだとしても、おししょーに頼み事をした人はその先の事も考えてる筈。それがないなら、きっとおししょーは勘違いしてるんだよ!」

「……なるほど」

 それは感情論などではなく、合理的な答えである。

 

 

 本機は目的を勘違いしている。

 

 

 

 人類の最期を見守る。その目的の先にある何かか、その目的そのものを履き違えている為に、行動に矛盾が生じる。

 

 

 

「しかしうーん、この後どうしよう。山の反対側に行こうかなぁ、ここは寒い」

「夜は冷えるので残っている家で夜を過ごすのが最前だと思われます」

 ──『この世界は時期に放───染で終───迎えるだろう。人類は───かもしれない。しかし、もし人類──────のなら。最後───類を見───に守って欲しいんだ。その為に───作った』──

 

 

 もし、本機が何か致命的な間違いを起こしているのなら早々に解決しなければならない。

 

 

 

 ───本機の目的は?

 

 

 ───その先にある物は?

 

 

 

 何か。




製作者に問う。本機の生産目的を


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古龍

それはこの世界の理だ。


 本機ノ製作者ノ記録ヲ再生。

 

 

『この世界は時期に放───染で終───迎えるだろう。人類は───かもしれない。しかし、もし人類──────のなら。最後───類を見───に守って欲しいんだ。その為に───作った』

『人は───繰り返す。きっと、───道を回───としてもだ。───ちを繰り返すものだ。───これは、───けの時が経とうと───ないだろう。きっと、人は何度でも過ちを繰り返す。だが───は───せる』

 

 

 人類、最後、見、守って、その為に、作った。

 

 

 

 なんど再生を繰り返し結果を計算しても、本機の目的は人類の最期を見守る事になる。

 

 

 

 なら、なぜ本機は少女を守るのか。

 

 

 

 なぜ───

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 少女と邂逅してから五百七十七日目。

 

 

 人類数を減らすのに比例して、自然は豊かになっていく。

 かの時代はそこに何かがあったのかもしれないが、自然がそれを飲み込むに充分な時間が経っていた。

 

 

 

「あれ、何だろうねぇ」

 そんな自然の密林。そこにある巨大な湖の中心に建築物のような物を見つける。

 あんな所に人工物だろうか?

 

「泳いで行ってみようかな?」

「泳げるんですか」

「少しなら!」

 そんな事で死んでもらっては困るのだが。

 

 

 ……困るのか。

 

 

 

「おししょーは泳げないの?」

「沈みます」

 重過ぎて。

 

 

「それに水中に沈むと回路がショートするのを防ぐ為に電源がカットされます。よって、再起動が困難となり───まぁ、簡単に言うと死にます」

「わーぉ」

 陸路があればいいのだが。

 

 

「なのであの遺跡を調べるのは諦め───」

「お、あそこからいけないかな?」

 少女が指差す先には、まるでここから向かってくださいと言わんばかりの砂の盛り上がりが遺跡のある小島に繋がっていた。

 

 

「……水位が上がったら死にますね」

「行ってみる?」

 しかし、人の使った建築物ともなると調べない訳にもいかない。

 目測だがそれなりの高さの建築物があり、この自然に囲まれた密林では異様さを放っている。

 

 

「……行きますか」

 人類の歴史を見るために。

 

 

 

 小島はそれなりの大きさがあるが、モンスターは見当たらない。

 ゆっくりと遺跡を観察すると、出入り口を発見した。

 

 さて、中に何があるのか。

 

 

 

「───これは」

「これ、なんか見た事ある気がするねぇ」

 天井に繋がれたら巨大な身体。龍と見間違うかもしれないが、これは竜であって龍ではない。

 しかし、龍と同等の力を持つ兵器である。

 

 

 ───竜騎兵(イコール・ドラゴン・ウェポン)

 

 その成れの果てだった。

 

 

 

「おししょーは前にこれを見た時、作られた物だって言ってたよね。作られたからには理由があって、その目的を果たすために動くんだって」

「……そうですね」

「これは、目的を果たせたのかな?」

 結論を言ってしまえば、果たせていないのだろう。

 

 

 人間がこれを作ったという事は、明らかに敵対意思を持って竜と戦ったという事だ。

 そしてその結果は見ての通り。想像に容易い。

 

 

 

「……目的は達成されなかったでしょうね」

「そっかぁ……可哀想だなぁ。悔しいかったろうなぁ」

 可哀想、悔しい、ですか。

 

 

 人間はそう思うらしい。

 

 

 

「人類はかの戦争で敗北したのでしょう。これは、その名残ですね」

「目的を果たせなかった……かぁ。……そういえばおししょーの目的は結局見つかったのー?」

「いえ、まだ……」

 人類の終わりを見届ける。

 

 

「そっかぁ……。それじゃ、おししょーはまだ私を守らないとなの?」

「まるで守ってもらわなくても良さげな反応ですね」

「いや、守ってもらわないと困るけど。……それでおししょーの邪魔をしてるなら嫌だなぁって」

「邪魔なんて事は……」

 その為に少女に着いて、人類の痕跡を探して回れど答えは見付からない。

 

 

「おししょーの目的、私も手伝いたいよ」

「なぜ、そうなるのですか?」

 一体本機は何の為に作られたのだろうか?

 

 

「悲しいのも悔しいのも、辛いことだって知ってるからかなぁ?」

「……理解できませんね」

 目的が達成出来なければ悲しいのか、悔しいのか?

 

 

「……あなたは悔しいですか? 半有機物のあなたには、感情という物があるのか」

 作られた命に手を伸ばして問いた。

 

 答えは帰ってこない。当たり前だが。

 

 

「……目的の為に作られた物ならば、その目的を果たすべきだ。……その目的を果たせなかったあなたも、目的を勘違いしているかもしれない本機も───ポンコツですね」

 竜騎兵が揺れる。まるで怒っているかのようだが、そうではない。

 

 

 揺れたのは竜騎兵だけではなく、遺跡全体だった。まるで何かが遺跡にぶつかったかのような衝撃である。

 

 

 

「うぉ?! 何事ぉ?!」

「外に出ましょう。……あなたは本機の後ろに」

 何かが居るのか?

 

 

 そんな思いで遺跡の外に出るが、辺りには何も見当たらない。

 強いていうなら雨が降っているだけだ。

 

 いや、木々が何本かなぎ倒されている。何かが居たことは伺えた。

 

 

 

「何があったんだろ───おぉ……」

「ナ……ニ……」

 ふと歩いて来た道を見てみると、雨によって水かさが増したのか道が無くなっている。

 これはマズイ。

 

 

「……とりあえず遺跡に戻りましょう。雨が止んで少しすれば道も元に戻る筈です」

「うーん、困っちゃったねぇ。とりあえず戻ろ───うぉぉ?!」

「はぁ???」

 目の前で突然遺跡が崩れた。

 

 

 何の前触れもなく、入り口が潰れて中に入れなくなる。

 全体的に崩れたという訳ではないが、崩壊の可能性を感じて本機は少女を下がらせた。

 

 

 出るのが遅ければ中に閉じ込められていた事になる。間一髪か。

 

 

 しかし、遺跡は突然崩れる程老朽化していたとは思えない。どういう事だ?

 

 

 

「何か居る……?」

 しかし視界には何も映らない。サーモグラフィーも雨で機能せず、それ以外の感覚器官ではこの場に何が居ても見つける事は出来ない。

 

 

「どうしようね、おし───うわっ?!」

 突然少女の身体が浮かび上がる。まるで見えない何かに捕まったかのように、彼女は宙に浮かんだ。

 

「何これ気持ち悪いぃ?! って───うぐぐ、苦しい」

 首を抑えながらもがく少女に近付き剣を抜く。

 

 そこに何かいるのなら、叩き伏せれば少女を助けられる筈だ。

 

 

 

 ───何故助ける?

 

 

 いつも通り、その疑問より前に身体が動く。

 

 

「そのアホを離しなさい……っ!」

 剣を振るうと同時に、少女が飛んで来た。

 急いで動きを止めるとぶつかって来た少女と共に本機は地面を転がる。

 

 何が……。

 

 

 

「いたたぁ……おししょー身体固すぎ。あと重い、死ぬ」

「失礼」

 少女に乗っていた体を起こして、本機は辺りを見回した。

 

 

 何も居ない。

 

 

 そう思った矢先、視界を薄紫が覆い尽くす。

 

 

 

「───は?」

「うぉぉ?!」

 ティガレックスをも凌ぐ巨体。四肢に翼を持った身体はまさしく龍であった。

 大きな眼球を持つその姿は、大昔の生き物──カメレオン──と類似しているがカメレオンはこうも巨大ではないし翼も持っていない。

 

 

 前脚を振っているのが見えて咄嗟に盾を構える。

 足を踏ん張ってその前脚をとめると、盾を持っていた腕はひん曲がって挙句肩関節部の耐久値を上回り───文字通り外れて湖に落ちた。

 

 

「……オウノウ」

「お、おししょー?!」

 これは……勝てませんね。

 

 

 ティガレックスの時なんかよりも絶望的で、本機がこれ以上無事に旅を続ける事は不可能だと結論が出る。

 

 

 

 目の前の生き物はそれ程にも強大な存在で、人間が何を作ろうがこの生き物達に勝てる訳が無いと簡単に判断出来た。

 

 

 

「……なるほど、龍か」

 いくら科学を突き詰めた結晶でも、竜を継ぎ合わせた兵器でも、この存在には太刀打ち出来ない。

 だから人類は滅びたのだろう。最期を見るまでもない、結論を出すまでもない、彼等(この世界の理)に逆らった時点で人類の終わりは確定している。

 

 

 

 ──『この世界は時期に放───染で終───迎えるだろう。人類は───かもしれない。しかし、もし人類──────のなら。最後───類を見───に守って欲しいんだ。その為に───作った』──

 

 

 なのに何故、本機はまだ少女を守ろうと剣を握るのか。

 

 

 泣き付いて「逃げよう」と叫ぶ少女の前に立っているのか。

 

 

 

 ──『この世界は時期に放───染で終わりを迎えるだろう。人類は───かもしれない。しかし、もし人類が生き───のなら。最後まで人類を見───に守って欲しいんだ。その為にお前を作った』──

 断片データノ修復ヲ開始。

 

 

 最後マデ、人類ヲ……?

 

 

 

 ──『この世界は時期に放───染で終わりを迎えるだろう。人類は滅びるかもしれない。しかし、もし人類が生き───のなら。最後まで人類を見捨てずに守って欲しいんだ。その為にお前を作った』──

 

 

 アァ……ソウイウ事カ。

 

 

 

「……やっと、本機の目的が修復されました」

「───ぇ? お、おししょー、今はそんな事言ってる場合じゃないよ?!」

 最後まで、人類を、見捨てずに、守って、欲しい。

 

 

 

 それが、製作者が本機に託した願いだった。

 

 

 

 成る程、本当に勘違いしていた訳か。

 

 

 

 全く───ポンコツにも程がある。

 

 

 

 今更、遅い。

 

 

 

 その願いは叶わない。

 

 

 

 人類はもう来る所まで来ている。

 

 

 

 人工物は自然に飲まれ、人は龍の怒りを買い、瞬く間に数を減らしている。

 

 

 

 もう人類は終わりなのだ。その願いを、目的を果たす事は出来ない。

 

 

 

 悲しいか?

 

 

 悔しいか?

 

 

 

 そんな感情は持ち合わせてはいない。

 

 

 

 ただ───

 

 

 

「ぇ、おししょ───?!」

「泳いで逃げなさい。……本機は、あなたの未来に目的を託します」

 彼女を湖に突き飛ばしてそう伝えた。見たか、ポンコツでもここまでのパワーがある本機の力を。本機偉い。本機超優秀。

 

 

 

「本機はただ、目的を果たす為に行動するロボットです。悲しい? 悔しい? そんな物はない。これがもし造られた物語なら、本機に感情が芽生えて涙を流して感動を誘えるお話に出来たかもしれせんが、残念ながらそれは出来ません。ポンコツなので」

 目の前の龍に語り掛ける。

 

 理解は出来ないだろう、正直本機も理解が出来ない。

 

 

 

 目的の為に作られた物は、その目的を果たせなくなった場合最早不要な物体だ。

 

 

 

 ならばこのポンコツの身体を、せめて目的を託す為に使うだけ。

 それが本機が出来る唯一の事である。

 

 

 

 

「さぁ、人類の科学の英知の結晶が相手をしましょう」

 ただ───

 

 

「あわよくば、再び起動出来ることを」

 ───ただ、願いに似た何かを感じてはいた。

 

 

 

 重大ナ損傷ヲ確認。

 

 

 回路ノ漏電ヲ防グ為、全システムヲ強制シャットダウンシマス。

 

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 システムヲ再起動。

 

 

 システム同期。異常ナシ。

 

 

 太陽光発電ニヨルバッテリーノ充電完了。並ビニ接続。異常ナシ。

 

 

 インターネット接続。……完了。

 

 

 重大ナ損傷ヲ確認。

 

 

 時代測定、衛星機器ノ老朽化ニヨリ困難

 

 

 時間設定、午後三時四十二分十三秒。

 

 

 言語設定。

 

 

 システムソフトウェア更新完了。

 

 

「おししょーーー!! 起きてーーー!!!」

 前回ノシャットダウンカラノ期間ヲ測定。……三ヶ月十日十三時間五分五十六秒。

 

 

「───は?」

「起きたぁぁ?!」

 ───なぜ、再起動している。

 

 

 

「……何が」

「良かったぁ、本当はダメかと思ってたけどやって見るものだね! おししょー、人間じゃなさそうだし、もしかしたらって思ったんだよねぇ」

 ───理解が出来ない。

 

 

 

 ───何が起きた?

 

 

 

「状況説明を……。なぜ本機は再起動出来ているのか。アレから三ヶ月経ったようですが」

「頑張って、湖から引き上げてみました。おししょー見掛けによらず、でぶ? だから大変だったよ」

「誰がデブだ」

 そんな汚い言葉を教えたのは誰だ。あ、本機だ。確かゲリョスを見た時にデブ鳥とか言った。

 

 

「……一体なんの目的があって態々そのデブ(・・)を引き上げたんですか? 理解に苦しみます。三ヶ月という時間も要する理由があったのですか?」

「目的かぁ……私はおししょーみたいに目的があって誰かに作られた訳じゃないからなぁ」

「では何故?」

 理解出来ない。

 

 いや、出来なくて当たり前なのだが。

 

 

 

 ───ただ、願いに似た何かを感じてはいた。

 

 

 

 製作者の願い。人類に対する、本機の製作者の思いを感じているのか。

 

 

 

「自分がしたかったから、だよ。目的っていうか、その先の? 願い、かな。おししょーを助けて、また旅に出たかった。おししょーを助けるって目的は、その願いを叶える為に立てただけだし」

 目的の先にあるもの……か。

 

 

「よーし、おししょーも助けたしまた旅を続けよー! あ、そうそう。腕も拾っておいたんだけど、直せるのかな? なんかおししょーなら直せそう」

「治せます……が、少し力を貸して下さい」

「おっけー!」

 それが願いだというのなら。

 

 

 

 本機が少女に託したように。

 

 

 

 製作者が本機に託した願いは、本機の中にもあるのだろうか?

 

 

 

「ねぇ、おししょー」

「なんでしょうか?」

「目的は見付かった?」

「そうですね。見付かりました。……その先も」

 

 

 

 ならば、その願いを叶える為に。

 

 

 

 目的を果たさなければならない。

 

 

 

 

 本機はその為に作られたのだから。

 

 

 

 

 

 

 その目的の先にある物を掴む為に。




きっと、それは願いに似た何かだった。


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人間

そこには人類が居た。


 ──『この世界は時期に放───染で終わりを迎えるだろう。人類は滅びるかもしれない。しかし、もし人類が生き───のなら。最後まで人類を見捨てずに守って欲しいんだ。その為にお前を作った』──

 

 

 最後まで、人類を、見捨てずに、守って、欲しい。

 

 

 

 それが、本機が作られた目的だった。

 

 

 

 その先の願いを叶える為に、本機は少女と歩く。

 

 

 

 そこに何があるのか。

 

 

 

 人類の未来は───

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 少女と邂逅してから千六百七十日目。

 

 

 人間の感覚ではそれなりの時間が経過しているが、少女の身形はあまり変わっていない。

 竜人族の生は人の何倍もあり、成長も遅いので老化もまだ見られない。

 

「今日は木の実を探そーう! お腹減った!」

 ちなみに中身も変わっていない。

 

 

「この四日間絶食ですからね。……そろそろ何か見付けなくては」

「本当だよ……。これは死ぬ、このままでは死ぬ。今日こそ食べるんだ。あー、空気が美味しい」

「無駄口を叩いてる暇があったら動きますよ。……本機も探索に助力するので」

 むしろ変わったのは本機なのではないだろうか?

 

 

 本機は作製された目的を再確認し、人の生死に深く関わるべきではないという認識を改めた。

 今もこうして少女が生きる道へと進む手助けをしている。少女自体は人間ではないのだが。

 

 

 本機の目的そのものは人間の未来を守る事であるが、少女を守る事でその未来が人間を救う事にもなる筈だ。

 そもそも人間がこの世界にどれだけ残っているか分からないが。

 

 

 

「うお?! 今何か動いた! 肉!」

「……落ち着いてください。モンスターだったらどうするんですか」

 この四日間動物すら発見出来なかったのでこの付近にはもう何も残されていないのかとも思っていたが、どうやら生き物くらいは居たらしい。

 それがモンスターだろうが小動物だろうが、その日の糧となりえるなら狩猟するのが妥当である。

 

 

 さて、鬼が出るか蛇が出るか。

 

 

 

 

「大型なら逃げますので、ゆっくりと静かについて来て下さい」

「おししょーの剣で倒せないの?」

「本機の出力上の問題でこの剣での戦闘を一定以上の硬度を持つ生物と行うと、本機の腕がもげます」

「何言ってるか分からないけど、また直すのは大変だなぁ」

 数年前の竜や龍との戦いで分かったのは、本機の耐久性ではこの武器を扱いモンスターと戦うのは難しいという事だ。

 

 

 過去には十万馬力で動作しても自壊しない強靭なロボットも存在していたという。なぜ本機はこんなにポンコツなのか。

 

 

 それはともかく、本機が戦闘するなら何か巨大な剣を振り下ろしたりしていた方が効率的である。

 加工技術そのものどころか人間が居ないのでどうしようもないが。

 

 

 

「なので、小型の場合のみ食用にします」

「うーん足跡はそこそこの音だったけど。……多分私と同じくらいじゃないかな?」

 そうなると鳥竜種の可能性が高い。肉食ですが、生存が賭かっているので仕方がありません。

 

 

「狩りましょう」

「おー! レッツハンティング!」

 少女も木の棒で作った槍を持って構えた。

 何度か再製作しているうちに見栄えも良くなって来ている。……未だに棒切れのようなものだが。

 

 

 足音を追って、森の奥へ。

 左右に分かれて挟み撃ちする事にした。

 

 さて、獲物は何か。

 

 

 少女の合図で本機も茂みから飛び出す。

 

 

 

 

「うぉぉおおお?! 待て待って!! 俺の言葉分かる?! まずは話し合おうぜ!! なぁ?!」

 しかし、先に飛び出した少女とは別の声が森に広がった。

 人語で話している? ───まさか人間?

 

 急いで茂みの向こうに走り、待っていた光景は───

 

 

 

「……ご飯」

「やめてぇぇえええ?!」

 ───竜人族の男性によだれを垂らしながら槍を向ける少女の姿だった。

 

「やめい」

「ぐはっ」

 とりあえず少女を蹴飛ばす。せっかく久し振りに会えた知的生命体を食べようとしないで欲しい。

 

 人間ではなく竜人族だった訳ですが。

 

 

 

 

「……ご無事ですか?」

「あ、あはは……お陰様で助かった。ありがとう」

 まだ若い竜人族。しかし少女もそうだが、竜人族は見た目から年齢を判断するのが難しい。

 青年と言ったところだろうか? 竜人族の彼は立ち上がって頭を掻きながら頭を下げた。

 

 

「いえ、うちのバカがご迷惑をお掛けして申し訳ありません」

「ばかとはなんだー! なんだー?」

 バカをご存知でない。

 

 

「頭の中が空っぽという事ですよ」

「なるほどー?」

 意味を理解出来てない。

 

 

「ははは……。と、とにかく飯にされなくて良かった」

「いやー、まさか人だとは思ってなかったなー。久し振りに見た気がするよ。何日振りかな?」

「千三百十日振りですね」

 あの遺跡で出会った彼以降、生きている知的生命体に出会ったのはこれが初めてである。

 

 

 雪山の村にもう少し早く着いていれば、人間に会えたかもしれなかったが。

 

 

 

「それじゃあ……君達は二人で旅でもしてるのか?」

「そうなりますね。人間を探して旅をしています。……今探しているのは食料ですが。あなたは一人旅ですか? かなり軽装に見えますが」

 少女が同族を見ながら涎を垂らし始めたので、そろそろ死活問題だ。

 本機もそろそろ狙われかねない。

 

 

「人間と食料を探してか……。俺は旅をしてる訳じゃないぜ。この近くにある村に住んでるんだ」

「村……」

「おー、村があるの?!」

 人が住む村を確認するのは初めてになるかもしれない。そこに人間はいるのだろうか?

 

 

「おぅ、そうだよ。何かの縁だし、村に招待しようか? 村の人達も喜ぶと思う」

「食料も出る?!」

「勿論だ」

 なんと都合の良い展開か。これが三流小説なら少女が囚われの身になって生贄に捧げられる所なので、本機は注意しながら彼に着いていく事にする。

 

 鬼が出たのか仏が出たのか……。

 

 

 

 

 

「うぉぉぉおおお?! 人だぁ?!」

 辿り着いたのは、家が四軒だけ立っている村と呼ぶには質素な場所だった。

 

 しかし家の外には数人の竜人と人間が談笑する姿が見える。

 そう、人間が居たのだ。しかも何人も、むしろ竜人よりも多い人数が視界に映る。

 

 

 

「おししょー、人間さんだよ人間さん!!」

「まだこんなにも……残っていたのですね」

 記録に残る人間と全く変わらない姿。もう本当にこの世界には殆ど残っていない可能性の方が高いと推測していただけに、この誤算は本機にとって幸いだった。

 

 

「おししょー、嬉しそう」

「……そういう感情はありませんが。……ただ───」

「ただ?」

「───製作者の願いを聞き入れる事が出来そうで、なによりです」

 本機の目的を果たす事が出来るかもしれない。

 

 

 

 死滅していないのなら、まだ人類は繰り返す事が出来る。

 

 

 

「良かったね、おししょー」

「……はい」

 きっと、その筈だ。

 

 

 

 

「村を案内するぜ。おーい、皆! 珍しく旅人を見付けたんだ!」

 青年の言葉に村人達が本機と少女に手を振ってくれる。

 かなり有効的な村らしい。

 

 

 そして村の住人達は、本機と少女を暖かく迎え入れてくれた。

 少女に食料を分け与え、寝所まで与えてくれた村人達には感謝してもしきれないだろう。

 

 

 

「ご飯が取れない……?」

「あぁ。最近この辺りに赤くてデカい空飛ぶ化け物が現れるようになってな。……そのせいか草食性の生き物が姿を隠しちまって、果実で飢えを凌ぐには少し足りない状態だ」

 赤くてデカい空飛ぶ化け物……。

 

 

 既視感があるが、本機はそれを言葉にしなかった。何だろうと頭を傾けるが、答えが出ない。

 

 

「え、それなのにご飯もらっちゃって良かったの……?」

「困った時はお互い様だろ。気にすんな」

「えへへ、優しいねぇ。ありがとう! 必ずお礼をするよ! ……おししょーが!」

 本機に振るな小娘。本機は何も貰ってない。食べなくても良いから。

 

 

「お、おう。……それで、これは提案なんだが。この村で暮らさないか?」

「え……?」

 青年の突然の提案に少女は驚いた表情で固まる。

 私と彼を何度か見比べてから、少女は「どういう事?」と青年に聞き返した。

 

 

「二人が旅をしてる理由は……確か、人間を救う? だったか。俺は違うがこの村にも人間はいる。彼らを救う為と思ってこの村に残って欲しいんだ」

「その理屈を理解は出来ますが、理由が分かりません。この小娘や本機が村に残る事で村が得られるメリットがあるとも推測出来ない」

「ご飯もらっちゃう事になるしねぇ……」

 本機の目的としては全くそれで問題ない筈である。

 

 

 この村に住む人々の未来を守れば、人はまた繁栄出来るかもしれないのだ。

 

 

 

 だが、本機がこの村に残る事で村人達に何が出来るのだろうか?

 ただ少女が少ない食料を食い漁るだけである。それでは本末転倒だ。

 

 

 

 

 

「この村は皆で色んな仕事をしながら過ごしてるんだ。果実を拾ってきたり、洗濯をしたり、畑を育てたり。……それで、俺の仕事は獣を飼って肉を得る事」

 そう言いながら青年は太い木の枝を削って作ったと思われる棍棒のような物と、ナイフを取り出す。

 この棍棒で殴り殺して肉を得ているらしい。蛮族だ。蛮族が居る。

 

 

 

「しかし、件の化け物のせいで獣の狩猟が困難になった」

「……そうだ。俺が不出来なせいで村の皆が困ってる。二人は旅をしてて、あの化け物達の事もよく知ってるんじゃないか? 自然の生き物の事とかも!」

「だから、力が貸して欲しい?」

「……そういう事だ」

 成る程、大体の目的は理解出来た。

 

 

「つまりその化け物を……」

 ただ、この村を救う方法は一つである。

 

 

「……狩る。じゃないと、俺はこの村に居る意味がない」

 それは古来人が、狩人が行なっていた事。

 

 

 

 この世界は元々そういう世界だった。

 

 

 

 それを繰り返し、人は過ちを犯して何度も滅びかけている。

 

 

 

 

 また、繰り返すのだろうか?

 

 

 

 人は───

 

 

 

 

「……ダメか?」

「私は嫌だとは言えないけど、おししょーは違うよね?」

「あなたは賛成なのですか?」

「ご飯食べちゃったし、考えるのは苦手だからなぁ……。おししょーに任せたい」

 無責任な。

 

 

「……一晩だけ時間を下さい。食料と寝所を提供して貰った上で失礼を承知ですが、問題が問題だけにどう処理すればいいのか」

「勿論だ。それに、こういう言い方は卑怯かもしれないが強制するつもりはない。俺は一人でもやる気だから」

 そう言って青年は立ち上がった。部屋を出て行く青年の表情はいつか見た狩人のそれに非常に似ている。

 

 

 

 彼は本気で竜を狩る気なのだ。

 

 

 

 そんな事が現在の人々に可能なのだろうか?

 

 

 

 木の棍棒を振り回しているような小さな人間に、何が出来る。

 かの時代はもっと鋭い剣を持ち、硬い鎧を身に纏って狩猟に赴いた。

 

 

 今の我々が戦った所で勝てる見込みは少ない。

 

 

 それにもし、遠い未来にまたモンスターを狩猟する世界が構築されたなら───人はまた繰り返すのではないだろうか?

 

 

 

 それこそ本当に自然の怒りを買い、滅ぶような過ちを。

 

 

 

 

「おししょー、お悩み?」

「……一つ、問いてもよろしいでしょうか?」

「勿論」

 なんやかんやで、この少女の言葉に本機は導かれていた節がある。

 

 ならば、少女の言葉を聞こうではないか。

 これがこの旅のゴールになる事自体にはなんの問題もない。

 

 

 問題はその先なのだ。この先の未来なのだ。

 

 

 

 

「人は、過ちを繰り返してきました」

「おししょーはそう言ってたね」

「人は過ちを繰り返し、その度に滅びの直前までを自らの足で歩いて。それでもなんとか生き延びて、今また滅ぼうとしている」

 記録上最初の滅亡から何年経っただろうか?

 

 

 計算するだけ無駄な時間が経ってはいるが、その間に何度も人は滅びかけている。

 

 

 

 その殆どが自らの過ちで。

 

 

 

 何度も何度も繰り返し、この世界の理に抗えずに滅びて来たのだ。

 

 

 

 

 そしてまた繰り返すのか?

 

 

 

「人類は昔、あの化け物と戦っていたのです」

「え、そうなんだ。凄いねぇ……。勝てたの?」

「はい。勝てました。化け物から得た素材をつなぎ合わせ、兵器を作る事もありました。……しかし、それは自然の理に反する事で、人は自然の怒りを買って滅びかけています」

「それが過ち……」

 そう。人は形は違えど同じような過ちを何度も繰り返した。

 

 

 

 この自然を敵に回すという、最大の過ちを。

 

 

 

 かつて人類がこの星の外まで進出していた時代。人類は己の科学の決勝で、己の住む世界を───自然を吹き飛ばして滅びの道を歩み始めた。

 

 

 世界の理は変わり、人類はその後以前程の繁栄を見せた事は二度となくなった。

 

 

 

 しかしそれでも、人類は同じ過ちを繰り返す。

 

 

 

 何度も自然から離れ、文明は滅びた。

 

 

 

 今この村を救う為にも件のモンスターを狩猟したとして、それはまた滅びの道への一歩を踏み出すだけなのではないだろうか?

 

 

 

 それでは、人類を救う事は出来ない。

 

 

 

「……それでも、人は何度も繰り返したんだよね?」

「……そうですね。だからこれは繰り返すべきではないと判断し───」

「そうじゃなくて、人は何度も繰り返せたんだよね?」

「……というと?」

 少女が何を言っているのか、理解が出来ない。

 どういう意味でそう言うのだろう? 偶に少女は突拍子も無く不思議な意見を語るのだ。

 

 ただ、その言葉にいつも導かれている。

 

 

 

「人は過ちを繰り返しても、またやり直せるんだよ。……過ちも、正しい事も、どちらも繰り返すからまだこの世界に人は居る。そうじゃない?」

「正しい事も……繰り返せる?」

「うん。確かに人は繰り返すばかりなのかもしれない。でもそれが全部過ちじゃない筈。間違っても、正しい事だって繰り返していける。いつか間違えずに正しい事だけを繰り返せるようになったら、それが人の理想の未来なんじゃないかな? その為にはきっと……繰り返さないといけないんだよ」

 それが本機の製作者が望んだ未来なのだろうか?

 

 

 いや、きっとそうなのだろう。

 

 

 なぜだか、そう感じるのだ。

 

 

 

「何が正しい事で、何が間違った事なのか分からないけど。……私達はただ繰り返すしかない。……人っていうのは、そういう生き物なんじゃないかなぁ?」

「……そうなのかもしれませんね」

「あはは、なんだか変な事言ってるかな?」

「いえ、そんな事は無いですよ」

 繰り返すしかないのなら、繰り返すだけだ。

 

 

 

 本機にはそれだけの時間がある。

 

 

 

 そして、目的がある。願いがある。

 

 

 

 ならば、何度でも繰り返すだけだ。

 

 

 

 

「件の化け物の討伐、引き受けましょう」

「おー、やる気だね」

「ただ、とても危険な狩猟になります。前準備は念入りにすませます。手伝って貰いますので、覚悟を」

「任せなさーい!」

 

 

 

 

 

 

 かつての時代───荒々しくも眩しかった時代。

 

 

 大地が、空が、そして何よりもそこに住まう人々が、最も生きる力に満ち溢れていた時代が記録上に存在する。

 

 世界は、今よりもはるかに単純にできていた。狩るか、狩られるか。そんな単純な世界だ。

 

 

 明日の糧をえるため、己の力量を試すため。

 またあるいは富と名声を手にするため。

 

 彼らの一様に熱っぽい、そしていくばくかの憧憬を孕んだ視線の先にあるのは。

 

 決して手の届かぬ紺碧の空を自由に駆け巡る、力と生命の象徴───飛竜達。

 

 鋼鉄の剣の擦れる音、大砲に篭められた火薬のにおいに包まれながら、彼らはいつものように命を賭した戦いの場へと赴く。

 

 

 

 そんな世界がかつて存在した。

 

 

 

 人々はかの数世紀を荒々しくも眩しかった時代と記録している。

 

 

 

 

 そして、人類は繰り返すのだ。

 

 

 

 

 モンスターハンターの世界。

 

 

 

 この自然の理が出来てから、何度でも───

 

 

 

 

「……それでは、一狩り行きますか」

 ───何度でも繰り返すのだ。




人はきっと、何度でも繰り返す事ができる。


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狩人

それは、モンスターハンターだ。


 少女と邂逅してから千六百七十二日目。

 

 

「本当に良いのか? この剣貰っちまって……」

「本機が使うと腕が捥げるので。実証済みです」

「なぁ、この人何者なんだ?」

「ろぼっと? なんだってー。よく分からない」

 件のモンスターを倒す為、少女達と村で準備を進めてはや数日。

 

 

 本機が持っていた剣は青年に渡す事にした。本機が使用しても充分に力を発揮出来ないからである。

 それに、青年は木の棍棒という片手剣と同じような質量を持つ武器を使っていたので直ぐに順応してくれる筈だ。

 

 少女の方はそのまま木の槍を使うしかないだろう。木の盾だけは丈夫な物を新調した。本機が殴ってもヒビ割れない丈夫な物である。

 

 

 本機の武器は、その辺の木を削り巨大な棒を製作。

 切るというより叩き潰す用途で製作したので、切れ味は必要無い。ただ蛮族のように振り回すのみ。

 

 

 かつて人類が行なっていたように罠も用意した。

 穴を掘って、その場所を踏んだら身体を地面に落とすという単純な罠である。

 少女が一度自分で引っかかってやり直しになったのでケツを三回くらい蹴り飛ばした。

 

 

 

 ある程度準備を終えた所で、その日は村に戻り休息を取る。

 

 

 剣の振り方を数日青年に教え、村の手伝いをしながらその時を待った。

 

 

 

 

 そしてその日は当然やってくる。

 

 

 

 

「例の化け物、山でキノコ採りをしていた奴が見かけたらしいぞ!」

「……やはりこの辺りを縄張りにしていましたか」

 件の竜が見付かり、本機と少女達はかの竜の討伐へと赴く事になった。

 

 

 

 かつての時代、それは日常的に世界のあらゆる場所で行われていて。

 

 

 しかし、彼等は英雄と称えられ、そして散っていく。

 

 

 

 それが自然の理だった。

 

 

 

 

 人類はまた繰り返すのか。

 

 

 また、繰り返せるのだろうか?

 

 

 

「……それでは、一狩り行きますか」

 きっと、繰り返せる筈。

 

 

 

 そんな願いを乗せて、本機と二人はその地に赴く。

 

 狩場へと。

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

 見覚えがあるという表現は間違っているだろうか?

 

 

 右手に見える川を見ながら、丘を登る事数分。

 この景色と記録上の景色がある程度一致しているように見えた。

 

 ココット村周辺にあった場所に似ている。

 

 

 しかし、そんな事はあり得ないと判断しているのか。本機はその事について推測する事はなかった。

 何故だろうか? 長い旅の果てに元いた場所に戻った可能性はゼロではないというのに。

 

 ……偶に本機は分からない行動を起こす。ポンコツだからか。

 

 

 

「件の化け物はこの丘の天辺辺りに巣くっているみたいですね」

「罠を作ったのは森の中だっけ? どうしようねー、おししょー」

「この辺り一帯は既に件の化け物の縄張りでしょうから、あの場所に向かって来ない事はないでしょう。罠を張ったのは丁度水場ですし、そこで待ち伏せするのが無難かと」

 こちらから向かってくには丘の上は地の利が無い。弱ってかの竜が巣に戻らない限りは、大きな移動は避けるべきだろう。

 

 

「それじゃ、森の中で待つとするか。隠れながら戦えるし、その方が良いだろ」

「そういう事です」

 青年は草食獣を狩り慣れているのか、本機が手渡したヒーローブレードに手を向けながら先頭を歩いた。

 

 

 ──いつか、この剣を持つべき者に渡すといい──

 

 あの時の約束を果たせただろうか。

 

 

 

「……実際の所、あなたが戦力の半分を占める事になります。抜かりのないように」

「え? 私?」

「違いますね。むしろあなたには期待してません」

「酷い、あんまりだ!」

 木の槍ではなぁ……。

 

 とはいえ本機の武器も丸太と大差ない物です。

 

 

 

 いや、しかし、かの時代のとある島では丸太こそ最強の武器であり汎用性に優れた資材だという記録もあった。

 

 

 みんな丸太は持ったな!! 行くぞォ!!

 

 

 失礼。

 

 

 

 とにかくそういう記録もあるので大丈夫でしょう。丸太こそ正義。

 

 

 

「お、俺か……」

「その剣はかの時代より化け物を倒す事に使われていた剣でもあります。切れ味だけは保証付です」

「そりゃ、お前の背負ってる木を切ったのもこの剣だけどなぁ。……俺が倒した事のある化け物なんて、二本牙の生えた獣とか、嘴のある青い奴くらいだぜ?」

 それを木の棒で倒せていたのなら充分な筈。

 

 

 後はかの竜とどう戦うか。算段はあるが、実績はない。

 

 

 

「あなたの実力は本物ですよ。コレとは大違いです」

「私だって苔の生えた豚倒した事あるぞー! あとちっこいの!」

 論外。

 

 

「まぁ、出来るだけやってみるさ」

「おー、格好良いね!」

「───な?! い、いや、それ程でもないけどぉ? なっはっは」

 なんだこいつ。

 

 

 ……まさか。……これが恋か?!

 

 

「よし、俺無事に帰ったら君に伝えたい事があるんだ!」

「おろ? なになにー? 今でもいいよー?」

「いや、無事にあの化け物を倒してから伝えるぜ!」

「おいフラグを立てるのは止めろ」

 完全なる死亡フラグなので勘弁して欲しい。

 

 

 これが竜人族同士でなく人間同士なら本機の目的上その先へ追いやるのだが、竜人族なので別にどうでも良い。

 

 

 

 むしろ邪魔したい。何故か。分からない。本機がポンコツだからだ。

 

 

 

「……ん、待て。風向きが変わった」

 青年がそういうと、確かに木々を揺らす風の向きが変わる。物理的に逆風が吹いていた。

 

「風が吹いてくる方、罠がある場所だよね?」

 少女はそう言う。少しして風は止んでまた逆の方から風が吹き始めた。

 

 

 

 つまり、そういうことか。

 

 

 

「……居ますね」

 そこに居るのだろう。件の竜が。

 

 

 

 

 かの時代、もっとも知名度の高かった竜。

 

 かの竜を打ち倒した者は英雄───すなわち、モンスターハンターと呼ばれた。

 

 

 

 この時代にそんな存在が再び現れるのだろうか。

 

 

 人類の未来を、人は、繰り返す事が出来るのだろうか?

 

 

 

「ヴォァゥァァァアアアッ!!」

 咆哮が森に轟く。この世界は己の物だと主張するように。

 

 

「気付かれた?」

「なんか音がするぞ?!」

 赤い影が風のような速度で向かってきた。

 一対の翼はまるで太陽を隠すように頭上に現れる。

 

 そして、隠された太陽と変わって視界に映るのは───紅蓮の焔。

 

 

 

「ヴォァゥァァァアアアッ!!」

 空の王者──火竜──リオレウス。この世界の支配者───モンスター。

 

 

「……散開!!」

 咄嗟に周りの二人を突き飛ばして、木の塊を前に突き出した。

 放たれた火炎は木を焼いて炭にする。壊れなかっただけマシとしよう。

 

 

「おししょー?!」

「作戦通りに、闇討ちに徹してください。本機が注意を引きます」

 かの竜を狩猟する為に本機が立てた作戦は、本機を囮にするというものだった。

 

 

 最悪身体が吹き飛んでも問題ない為(問題はあるが)人類の未来を考えるのなら妥当な作戦である。

 本機が囮になっている間に、少女と青年には横からチマチマと攻撃して貰う算段だ。

 

 さて、まずはせっかく掘った罠を使いたい。と、なるとこの先に誘き寄せるのが妥当か。

 

 

 

「さて……付いてきてくださいね」

 空から睨み付けてくる竜を尻目に本機は丸太を背に森の中を走る。

 左右から少女と青年が追いかけてきた。まずは罠を使って一気に弱らせましょう。

 

 

 

 辺りを木々に囲まれた水場まで来ると、空から攻撃するのを諦めたのか件の竜が降りてきた。

 

 

 一対の翼を羽ばたかせて、その紅蓮の巨体を二本の脚で支え、地面に降り立つ。

 その姿は威厳を放ち、咆哮は水面と大地を揺らした。

 

 

 

「……この世界の理。……人類は繰り返せる、その証明としてその命を頂きます」

「ヴォァゥゥッ!」

 動かない本機に狙いを定め、リオレウスは地面を蹴る。そのまま突進する気だろうが、その先にあるのは人類の知恵の結晶だ。

 

 

「……落ちろ」

「ォァァッ?!」

 その巨体が地面を踏み砕き、予め掘っておいた穴に吸い込まれていく。

 我ながら丁度良い位置取りをしたものだ。合図と共に、青年と少女が出て来る。

 

 

「とりあえず何も考えずタコ殴りに!」

 慈悲はない。それが狩りだ。

 

 青年は背中を剣で刻み、少女は木の槍で翼膜に小さな穴を開けていく。

 本機は巨大な木の棒を振り回し、リオレウスの頭を殴り付けた。

 

 

 この竜さえ倒せば村の周囲に草食動物が戻り、生活も安定する筈。

 人間の未来を守る為に───その命、頂く。

 

 

 

「ヴォァゥッ、ヴォァゥッ、ヴォゥァァァッ!!」

 竜は暴れまわるが、自らの体重と絡まった縄で身動きが取れずにいる。

 このまま息の根を止めてしまうのが、せめてもの慈悲だ。

 

 

 

 何度目か。振り上げた木の棒を振り下ろし───それは地面を叩く。

 

 

 

「───な」

「飛んだ?!」

 視界から消えた竜の行方を青年が叫んだ。

 

 上を見てみれば───背中から血を流し、翼の所々に穴が空き、頭は数カ所が潰れているにも関わらず生きている化け物(モンスター)の姿が視界に映る。

 

 

 

「……バカな」

 あれだけの攻撃で死なない?

 

 むしろその憶測が間違っていたのだろうか。

 落とし穴に嵌め、三人で攻撃すれば倒せるとなぜ確信していたのか。

 

 

 モンスターという生き物達がそんなに甘くない事を本機は知っている筈。

 

 

 

 なぜ───

 

 

 

 気が付いた時には遅かった。

 

 

 

 視界に映る紅蓮の炎。空の王を火の竜と呼ぶ所以。火のブレスが、視界を包み込む。

 

 

 

「おししょー!!」

 しかし、その前に少女が本機と青年の前に立ち塞がった。

 

 

 木で出来た盾を構え───そして吹き飛ぶ。

 その小さな身体が衝撃に耐えられる訳がなく、ただ焦げ臭い匂いを漏らしながら地面を転がった。

 

 

「───な?! バカ、何をして!!」

「まだくるぞ?!」

「……っ!」

 再びブレスを構えるリオレウス。させる訳にはいかない。

 

 とっさに丸太を構え、それを投げ付ける。直撃したリオレウスは大きな音を立てて地面に落ちた。

 

 

「あなたはあのバカを安全な所に。アレの相手は本機がします」

「いや、彼女の事は任せた!」

「はぁ?!」

 本機の言葉を無視して、青年は地面に落ちたリオレウスの元に向かって走る。

 どうしてこうも人というのは理解出来ない行動に移るのか。推測は無駄だ。理解出来る訳がない。

 

 

 

「生きてますか? 返事をしなさい」

 煤だらけの少女に近寄って声を掛ける。息はしているようなので、命に別状はないだろう。

 

「うぉぉぉ……死ぬかと思った」

「死んだかと思いましたよ。……ほら立って、今の内に安全な場所へ」

「た、立てぬ。腰が!」

「投げ飛ばすぞ」

「待って! 嘘! 嘘です!」

 こっちも冗談なのだが。

 

 

「とりあえず、あの青年が時間を稼いでいる内に早───」

「いや、おししょー……アレ、時間を稼いでるというよりは」

 不思議な物を見る目で少女が指差すのは、リオレウスと戦っている青年だった。

 

 

 視界に映る青年はリオレウスの巨大な顎による噛み付きを紙一重で交わし、その頭に剣を叩き付ける。

 身体を回転させ長い尻尾での攻撃も盾で受け流し、脚を斬りつければリオレウスはバランスを崩して地に伏せた。

 

 

 

「めちゃ凄くない?」

「めちゃ凄いんですけど」

 なんだアレ。ハンターか。モンスターハンターか。

 

 

 いや、なんだアレは。

 

 

 

 人類は繰り返せるんじゃないだろうか?

 

 

 

 また、この世界で繁栄出来るのではないだろうか?

 

 

 

「うぉぉぉ!!」

「ヴォァゥゥッ!!」

 一人の狩人(ハンター)化け物(モンスター)の姿。

 

 それはまるで物語のようで、その戦いに見入ってしまう。

 

 

 これがハンターか。

 

 

 

 かの竜が倒れるまで約三十分の間、少女と本機はその光景から目を離す事が出来なかった。

 

 それは、人類の未来を見ているようで───

 

 

   ◇ ◇ ◇

 

「大丈夫だったか?」

 青年が話し掛けてきて、本機と少女はハッとお互いに顔を見合わせる。

 

 

 何をしていたんだこのバカとポンコツは。いや、自虐ですが。

 

 

「いやぁ、なんとか倒せたな」

「なんとか倒せたな……ではなくて。なんとかで倒せたんですか」

 なんだか言語がおかしくなっていた。致命的なバグである。

 

 

 

「愛の力だぜ……」

「あいー?」

「何故だろう、殺意が」

 別に人間じゃないしぶっ殺しても問題ないですよね?

 

 あ、これは違います。バグです。本気でそんな事する訳ないではありませんか。

 

 

「いや、まぁ……落とし穴にハマってた間の攻撃で弱ってたしな。……それに、そもそも彼女が俺達を守ってくれなかったらあの瞬間に俺とお前は死んでるしな」

「あー……」

 あの時、本機と青年はリオレウスのブレスが直撃する位置に立っていた。

 少女が盾を持って割って入ってなかったから、本機はともかく青年の命はなかっただろう。

 

 

「だから、彼女のおかげだ」

「いやいやー、それほどでもあるかなー」

 もう少し遠慮しろよ。

 

 

「でも、君も凄い格好良かったよ! 凄かった!」

「お、おぉ……?! 本当か?! それは嬉しいな」

「うん、なんかね、凄い。本に出てて来た英雄みたいだった!」

「英雄……。良い響きだな」

 英雄、か。

 

 

 

 かの竜を倒した青年こそ、確かに英雄と称えられる存在なのかもしれない。

 

 

 

「……しかし、それはそれとして。あのような危険な真似は今後一切禁止します」

「えー、なんでー?」

「危険だからに決まってるでしょうに……」

 死ぬ気かこの小娘は。

 

 

「でも、おししょーはもう私を守らなくても良いんだよ?」

「……は?」

 何を言って……。

 

 

「だって、あの村には沢山人間さんが居るんだもん。おししょーの目的は人間さんの未来を守る事でしょ?」

 少女は不思議そうな表情でそう言った。

 

「……そうですね」

「だから私は、もう別におししょーにとって必要な存在じゃ───痛ぁ?!」

 殴ってやる。

 

 

 

「お、おししょー……?」

 この小娘は何も分かっていないので、殴ってやった。

 

 

「……あなたは割と危険思考ですよね。……なんというか、自分の身を案じないというか。……そこの青年、この小娘の将来は任せましたよ」

「ま、まだプロポーズもしてないけれど!!」

 確かに少女の言う通り、本機が守るべきは少女ではなくなった筈である。

 

 

 しかし、まぁ、感情という物が無いとはいえ、その言い方はあんまりだ。まるでこれまでの関係が全部無かった事みたいではないか。

 

 

 

 寂しいと感じるのは、本機がポンコツだからだろうか。

 

 

 

 それが感情ではないという事だけは断言出来るのだが。

 

 

 

「だっておししょーは友達だもん。仲間だもん。助けるのは当たり前だよ」

「な……」

 しかし、少女はそんな事を言う。

 

 

「危険思考とか、おししょーに言われたくないよ。おししょーの方が、直ぐに自分を犠牲にするくせにさー! プンプン!」

 怒るんかい。そこ怒るんかい。

 

 

「あ、いや、その……」

「謝れー!」

 えぇ……。

 

 

「いや、俺を「どうしたら」なんて目で見られても。あんたらの方が付き合い長いだろ……?」

「はぁ……」

 なんというか、目標を達成出来ると確信したせいか思考回路がおかしくなっているのかもしれない。

 

 

 バグが多過ぎる。

 

 

 視界が安定しない。

 

 

 

「……ごめんなさい」

「よろしい!」

 しかし、不思議な感じだ。

 

 

 

 何故だろう。

 

 

 

 これで人類はまた繰り返す事が出来るからだろうか。

 

 

 

 

 そういえばかの時代、初めてハンターという存在を作ったのは一人の竜人族の男性だった。

 

 

 

 

 また、繰り返す事が出来る。

 

 

 

 

 この世界は、繰り返す事が───

 

 

   ☆ ☆ ☆

 

「凄いな! あの化け物を倒したんだって?!」

 村の人達の出迎えはとても豪勢なものだった。

 

 

 かの竜を討伐した事により、肉の心配が不要になったからか?

 残っていた肉や食料をふんだんに使われた料理が運ばれてくる。

 

 

 リンゴペンとは桁外れの豪勢な料理だ。

 

 

 

「お前ならやれると思ってたぜ! 我が息子よ!」

「いやいや、まぁ俺も頑張ったけども。……彼女のおかげだよ」

 青年は己の活躍を肯定しながらも、少女の活躍を褒め称える。

 

 

 おい待て、本機は? 本機も色々したからな。割と色々したからな?

 

 

 

「そうかそうか、それは本当に助かったよ。ところで、君達が良ければどうだい? この村に住んでくれないか?」

 さっき青年と話していた男性が話しかけてくきた。どうやらこの村の長らしいが、やはりまだ若々しい。

 彼もまた青年と同じ竜人族だからだろう。

 

 しかしこの村には人間も住んでいた。共存しているのだろうが、やはり数は少ない。

 

 

 少なくなった人類。でも集まって、また数を増やしていけばいい。

 

 

 だから、答えは決まっている。

 

 

 本機の目的はやはり、人類の未来を守る事なのだから。

 

 

 

 

「私は勿論だよ!」

「本機も問題ありません」

「それは良かった。それじゃ、村の皆に二人を紹介するから名前を教えてくれないか?」

 名前、ですか。

 

 

 ──『───名前───なきゃな。───しよう。人───の女性───よ』──

 破損データノ修復ヲ開始。

 

 

 ──『そうだ名前───なきゃな。イブにしよう。人類最初の女性───よ』──

 

 

 本機の作製者は本機にイヴという名前を付けていたようですね。

 

 

 名乗る必要がなかったので少女にすら名乗らなかったのですが、確かに接する人間が増えると固有名称は必要だ。

 

 

 

「……イヴです」

「おししょーそんな名前だったの?!」

 人類最古の女性の名前だとか。優秀な本機に相応しい名前だと作製者は言っていましたね(改竄)。

 

 

「ほーほー、イヴちゃん。それで、君は?」

「私の名前はねー、えーと───」

 そういえば、小娘の名前も知りませんでした。ずっと小娘とかバカとか呼んでいたのです。

 

 

 

 

 なぜ、気にしなかったのか。

 

 

 

 

 

 なぜ、気にならなかったのか。

 

 

 

 

 なぜ───

 

 

 

 

「私の名前はねー、ココットだよ」

 ───は?

 

 

 

 なぜ───

 

 

 

 

 ココット……?

 

 

 

 

 

 あなたがなぜ、ここ(そこ)にいる。

 

 

 

 

 

 イヤ、ソウイウ事カ。

 

 

 

「そんな名前だったんですね」

「そうだよー!」

 その名前に反応しないのは、何故か。

 

 

「そういえばおししょーに名前を教えてなかったねぇ。さっき言った通り、私の名前はココットだよ。これからはココットって呼んでね」

「変な名前ですね」

「酷い!」

 本機が平然と彼女と会話を続けるのは、何故か。

 

 

 

 

 ──人はな、起きる直前になると夢を見るんだ。記憶の整理をする為に、頭の中を覗いているんじゃよ──

 

 本機ハ夢ヲ見テイタンダ。

 

 

 

 

 コレハ人類ノ未来ノ記録デハナイ。

 

 

 

 

 

 

 コレハ過去ノ記録。無機質ナ、過去ノ記録。

 

 

 

 全テ過去ニ起キタ事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソシテ───彼女ノ未来ハ。




これは、ただ無機質な記録である。


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終末

人類はきっと───


「私の名前はねー、ココットだよ」

 ココット村という場所があった。

 村の村長は竜人族で、ハンターをこの世界に広めた第一人者でもある。

 

 

 彼──ココットの英雄──には五人の仲間がいた。

 

 その中の一人は本機であり、もう一人はココットという名の少女だった。

 

 

「新しく村を作るんだ。村の名前はそうだな、ココット村にしよう」

「おー! 私の村だね!」

「イヴ村にしましょうよ。イヴ村にしましょうよ。イヴ村にしましょうよ」

「語呂が悪い」

「ふぁっきゅー」

 英雄はココットと恋に落ち、二人は新しい村を作る。村はみるみると発展した。

 モンスターを狩る事が出来る存在というのは、かの時代それなりに居るものだったが、この頃はそれだけでも人が集まる特別な存在だったのである。

 

 

「この村も賑やかになってきたねー!」

「アレが一角竜を倒してから、各地にこの地が知れ渡った事も大きいでしょうね。……案外人間は残っていたという事でしょう」

 ───これは無機質な記録だ。

 

 

 彼女が名前を名乗る記録まで再生(・・)されて、初めてこれが今本機が記録しているものではなく、過去に本機が記録していたものだという事を理解した。

 

 

 そう、これは過去に起きた出来事なのである。

 

 

 

 つまり、ココットの英雄がその命を落とすよりも前。本機が再び機能をシャットダウンするよりも前の記録なのだ。

 

 

 

 データと一致しない、本機の言動と思考が一致しない、そのような事は多々あったのに、このデータの再生を本機が経験している事と勘違いしたのは本機がポンコツだからだろうか?

 

 

 

 どちらにせよ、これは過去の記録である。

 

 

 

 ただ再生される過去の記録。

 

 

 

 ココットの英雄はこれを夢と言っていた。

 

 

 

 過去に起きた記録の再生。

 

 

 

 つまり、彼女の未来は決まっている。

 

 

 

 

 覆す事の出来ない未来。

 

 

 

 

 ──「基本は五人だったのじゃよ。……あの山であの龍と戦うまではな」──

 ──「その龍との戦いで……」──

 ───「そうじゃ、ワシの婚約者。ココットが命を落とした」──

 

 

 

 

「近くの山に大きなモンスターか現れた?」

 化け物をモンスターと呼び出したのはいつからだったか。

 狩人をハンターと呼び出したのはいつからだったか。

 

 

「それじゃ、俺達が行くしかないな」

 彼女達が五人で集まって狩りに赴き始めたのはいつからだったか。

 

 

「この五人ならどんなモンスターにだって勝てるよね!」

 村に人が集まって、武器や防具がしっかりとしてきたのはいつだったか。

 

 

 

「油断は大敵ですよ。あなたは直ぐに無理をするのですから」

「イヴが居るなら私は最強だー!」

「そうでしたね、ココット」

 彼女の名前で呼びあったのはいつからだったか。

 

 

 

 

 記録の再生は断片的になっていった。

 

 

 

 

 視界に黒い龍が映る。

 

 

 

 息を吐けば周りの森林を炭にして、翼を動かせば炭すら吹き飛ぶような、強大な龍だ。

 

 

 

 

 

 人類は確かに繰り返す事が出来た。

 

 

 

 

 彼女達の前の時代───竜大戦の後、人類は自然の理とほぼ引き分けという形で数を減らす。

 しかし、約千年の時を経て本機が目覚め、それと同時に人々はまた活気を取り戻した。

 

 それはきっと本機が関わらなくても成し得た、人類の力の賜物だろう。

 

 

 

 本機が見てきた竜騎兵や遺跡はかの竜大戦時代のものだったという事である。

 

 そう、かつて人類と竜は争っていた。

 

 

 しかし人類は繰り返す事が出来たのである。何度滅びかけても、また繁栄を繰り返す事が出来た。

 

 

 

 

 だから、繰り返す。人類は何度でも。

 

 

 

 

 

「……私がこいつを惹きつけるから、二人は逃げて」

 過ちも、正しさも、衰退も、繁栄も。

 

 

 

「待て! その役なら俺が……!」

「ココット、今回ばかりは冗談ではすまされません」

 ただ、それらはいつだって突然で。

 

 

 

 

「二人をお願い。盾を持ってるのは私だけだし、きっともう時間もない。言いたい事沢山あるけど、ごめんね。……行って」

 変えられない。

 

 

 

「ねぇ、おししょー」

 今本機が何をどう思考しようが、目の前の彼女の運命は決まっている。

 

 

 

 

「人はきっと、繰り返せるよね。これは間違いじゃないよね」

 数秒後、リオレウスの物とは比べ物にならない業火が彼女を襲い、少女は一瞬で黒い炭と化した。

 頑丈な鉄の盾など意味がない。青年が叫ぶ暇も、涙を流す暇もない。口も開けていなかっただろう。

 

 

 ただ事実として、少女はその時、命を落とした。

 

 

 

 彼女の言葉に返事をする事は二度と出来ない。

 

 

 

 

 少女はもうこの世界にいないのだから。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、おししょー」

「なぜ、あなたがここにいる」

「なんでだろー? 分かんないや」

 少女は首を傾けながら、しかし「夢だからかな?」と呟いた。

 

 

 

 そうだ、これは本機が今体験している事ではなく、記録である。

 

 

 

 しかし、この少女の言動は記録にはない。

 

 

 

 

 これは一体なんなのだろうか。

 

 

 

 

 

「あー、イヴって呼んだ方が良い?」

「別になんでも」

「んー、じゃあ懐かしいしおししょーって呼ぶよ!」

 お先にどうぞ。

 

 

 

「これはきっと夢だから、本当の私は死んでるんだねー。実感ないなー」

「物凄く意味不明な事を言っている実感はありますか?」

「実感ないなー!」

 ダメだこいつ、はやくなんとかしないと。

 

 

 

 しかし、この反応は確かに彼女だ。

 

 

 

「夢……とは、なんなのでしょうか。本機にそんな機能は無い筈です」

「おししょーポンコツだからじゃない?」

「張り倒すぞ小娘」

「おー、このやり取りは懐かしい」

 そうですね……。

 

 

 

「……おししょーの目的は達成されたかな?」

「……分かりません。確かにココットの英雄が広めたハンターという存在は後の時代を作る存在になりました。……本機が眠る頃、世界は彼等によってとても豊かに繁栄していた」

 しかし。

 

 

「いつかまた、龍の怒りを買うかもしれない。自然の理に反した人類はまた同じ過ちを繰り返すかもしれない。今推測するに、あの黒い龍は再び繁栄し始めた人類を許すまいと本機達を襲ったのではないでしょうか?」

 あの後───五人の内ココットを除く四人が敗走した後、かの龍は山から姿を消している。

 あの龍が何者だったのかも分からない。少女の死体は見つからなかった。炭になった後、バラバラにされたのだろう。

 

 

 

 

「この世界が、人を許さないと……おししょーはそう思うの?」

「人類は確かに繰り返せるのかもしれません。……ただ、やはり繰り返してしまう。この世界は人類を許さない。いつかまた牙を剥き、一度でも繰り返せなければそのまま滅びてしまう」

 そんな人類を見捨てずに守るというのが、本機の作製された目的だ。

 

 

 

 ならば、その目的が達成される事はないのではないだろうか?

 

 

 

 

「本機の目的が真の意味で達成される事は無いと推測されます」

「そんな事はないんじゃないかなー」

「と、言いますと?」

 どうすれば本機の目的は達成されるのだろうか。

 

 

 その先が見えない。製作者が本機に託した願いが見えない。

 

 

 

「だっておししょーの目的は最後まで(・・・・)人類を見捨てずに守る事でしょ?」

 ──『最後まで人類を見捨てずに守って欲しいんだ』──

 

 

「そうですね」

「最後っていうのは、人が本当に滅びてしまった後の事だと思うよ」

「それはつまり……」

「おししょーがどれだけ最善を尽くしても、どうしても人が滅びてしまったら、それが最後。……その最後まででいいから、守って欲しい。それがおししょーを作った人の願いだと思う」

 それではまるで───

 

 

 

「……いずれ人類は滅ぶと」

「……きっとおししょーを作った人はそう思ってたと思う」

 彼女がこうと断言的に言うのは、これが夢だからだろう。

 

 

 

 

 要するにこれは自問自答なのだ。

 

 

 

 しかし、本機はそれでも少女と会話をする。

 

 

 

 

「つまり、結局の所本機の製作者は人類の最期を本機に看取って欲しい。こう言う事だった訳ですね」

「むしろ最初の頃のおししょーは正しかったのかもねー」

 それは違うと答えるべきだろうが、不毛か。

 

 

 

「本機はそろそろ目覚めるのでしょうか……?」

「そうだね。今記憶の整理をしている所だから」

 やはり、これは夢か。

 

 

 

「次目覚める時は、本当に世界が終わってるかもしれない。逆に人は繁栄してるかもしれない。もしかしたら終わらない繁栄を手に入れてるかもしれないね」

「どうなっているのでしょうね」

「それは、見てみないと分からないかなぁ。少なくとも、私にはもう分からない。それを見るのがあなたの目的で、おししょーを作った人の願いだと思う」

 その先に何があるのか……。

 

 

 

「そろそろ時間だよ」

 インターネット接続。……エラー。

 

 

「そのようですね」

 インターネットニ接続不可能ナ為困難。

 

 

「一つだけ言いたい事があったんだ」

 時間設定、インターネットニ接続不可能ナ為困難。

 

 

「……なんですか?」

 言語設定。

 

 

「私、おししょーと旅が出来て楽しかったよ」

 システムソフトウェア更新完了。

 

 

「……そうですか。私には、そういう感情はないので」

「いけず」

 前回ノシャットダウンカラノ期間ヲ測定。

 

 

 

 

「ただ───」

「ただ?」

 ……───年───ヶ月───日───時間───分───秒。

 

 

 

「───本機はあなたのおかげで、いつも前に進む事が出来た。人類の未来がどうなるか分からない。……ありがとうございます」

「感謝なんて事が出来たんだねぇ……。ふふ、私も楽しかったよ、おししょー。ありがとう、さようなら。そして、いってらっしゃい」

 はい、行ってきます。

 

 

 

 

 本機ヲ再起動シマス。

 

 

 

 

「おー?! 人が倒れてるーーー?!」

 人類は何度でも繰り返すのだろうか?

 

 

 

 繰り返す事が出来るのだろうか?

 

 

 

 

 確かに人類は滅びるかもしれない。その最期を見るのが、本機の目的である。

 

 

 

 

 

 

 人類が繰り返す事が出来るのなら、本機は何度でも繰り返す。

 

 

 

 

 

 その先の願いの為に。

 

 

 

 

 

 ───これはただ無機質な記録である。




───何度でも繰り返す。




読了ありがとうございました。本作はこれにて完結となります。
本作の活動報告は『皇我リキ』というユーザーが投稿しております。もし良ければそちらもご覧下さい。

モンスターハンター原作で「モンスターハンターRe:ストーリーズ」「とあるギルドナイトの陳謝」を検索して頂ければ、その作者が『皇我リキ』です。



さて、本機の活動はここまでとなります。本記録は全てフィクション。
しかし、人類はいつか本当に滅ぶかもしれません。その時、あなたは何を見るのか。その後どうなるのか。

少しだけ、思いを馳せてみても良いのかもしれませんよ。本機は一足先に、その光景を見てきます。それでは、さようなら。


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