帝国貴族はイージーな転生先と思ったか? (古ぼけた蝶番)
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幼年学校は貴族の道楽と思ったか? 第一話 帝国貴族が帝国に生まれるとは限らない

思いつきで書きました。続くか分かりません。


 さて諸君、一つお訊ねしたい。諸君は「銀河英雄伝説」と呼ばれる文学作品を知っているだろうか?

 

 そう、日本で最も有名なSF小説の一つである。略称を銀英伝、銀河を二分する銀河帝国と自由惑星同盟の永遠の様に続く戦争、そこに現れる二人の英雄の物語だ。

 

 かくいう私も当作品の大ファンだ。まぁ、私の場合OVAからだが……。そこから漫画、小説。そして二次創作と手を出していった口だ。リメイク版アニメの出来が怖いぜ。

 

 さて、私はある日死んだ。事故死だ。まぁ、細かいところは語る必要もあるまい。そして私はそこで俗にいう転生をする事になった。

 

 さて、ここまで言えば大体の人々は察しがつくだろう。そう、私が転生したのは銀英伝の世界だ。

 

 うん、青空に宇宙戦艦が浮いていたのを見た時は唖然とした。真上を戦艦が通り過ぎるってかなり怖い。全長600メートルだからな。米空母の2倍の大きさだぞ?

 

 転生したのはまぁいい。問題はどこに転生したかだ。所謂最高の展開はフェザーンの一般家庭だ。原作介入?いやいや、あんな小競り合いで万単位が戦死する世界で介入とか無理だって。確実に名無しのモブとして死ぬ。あの世界下っ端の内はマジで運ゲーだぞ?

 

 だが、態々このように長々しく書くだけで分かると思うが私はフェザーン生まれでは無い。

 

 で、残るは帝国か同盟だ。次点でいえば帝国貴族に生まれる事だろう。二次創作の御約束パターンだ。上手く貴族社会を渡り歩いてリップシュタットでラインハルトに味方すれば後はヌルゲーだ。

 

 え?うん、なったよ。帝国貴族だ。帝国開闢以来の伝統を持つティルピッツ伯爵家の長男だ。名をヴォルター・フォン・ティルピッツ。宇宙暦763年帝国暦454年7月14日生まれ。この歳4歳。当然門閥貴族だ。やったぜ、勝ち組だ。勝ち組の……筈だったんだけどなぁ。

 

「見よ、ヴォルター!あの艦隊を!我らが誇る帝国亡命政府軍の勇ましい姿をっ!此度の遠征でも、我らが精兵達が必ずや賊軍共を殲滅させて見せる事だろう!!」

 

 幼い私を抱き上げる金髪碧眼の屈強な男性が叫ぶ。その姿からわかるだろうが、ゲルマン系だ。私の父である。つまり帝国貴族だ。だが、着ている軍服は同盟軍の深緑色のそれにベレー帽。

 

……ああ、父の言葉で御分かりかな?そういう事だ。

 

 自由惑星同盟の帝国との国境近いアルレスハイム星系、そこに居を構える同盟構成国の一つ、銀河帝国亡命政府……通称は亡命政府の主星ヴォルムスが私の生まれ故郷だ。

 

 つまりだ……私は亡命貴族の子として生まれてきたわけだ。

 

 

 

 

 さて、私の生まれ故郷について少し語ろう。

 

 銀河帝国と自由惑星同盟の接触は宇宙暦640年、帝国暦331年2月に両軍の辺境警備艦隊の遭遇戦、アルレスハイム遭遇戦が始まりだ。アルレスハイム星系の第4惑星は当時惑星改造の必要無しに入植可能な第1級居住可能惑星だった。

 

 遭遇戦から遡る事10年前に帝国の探査船団がこの星系を調査、アルレスハイム星系と命名、第4惑星は極めて環境の整った惑星、周辺の他の惑星もハイドロメタルを始め多くの資源に恵まれた有望な星系だったが、当時帝国領域から余りにも遠すぎたために開発が後回しにされていた。

 

 7年前には同盟の探査船団が調査、同じく当時の同盟領域から離れていたためすぐさま開発される事は無かった。 

 

 帝国暦330年9月帝国の移民船団がアルレスハイム星系に入植を開始、同年10月、同盟の移民船団が惑星シャンプールから進発。当時同盟の移民船団は、帝国や宇宙海賊との遭遇に備え同盟軍が護衛について入植するのが常識だった。

 

 後は御分かりの通りだ。両者の移民船団の護衛艦隊が遭遇、戦闘。これにより帝国と同盟は戦争状態に移った。

 

 で、ダゴン星域会戦の結果、イゼルローン回廊の同盟側出口にあるこの星系は同盟の有望な入植地に……ならなかった。

 

 ダゴン星域会戦で帝国軍が歴史的大敗を喫し、帝国宮廷が混乱状態になった際、多くの共和主義者や権力闘争に敗れた帝国貴族が回廊から同盟領に雪崩れ込んだ。その数コルネリアス1世の大親征までの約20年間に十億人近い数に上ったらしい。

 

 当然ながら当時の同盟にそれ程の数の帝国人を受け入れる余裕は無かった。人的資源は喉から手が出るほど欲しいがさすがに短時間の間に大量に雪崩れ込み過ぎた。しかも亡命者の大半は貧しく、財産も無く、言葉も通じない下層階級だ。後々になると回廊の帝国側に侵攻して農奴や奴隷を解放するようにもなるが、この頃の同盟には雪崩れ込む亡命者の受け入れすらその国力の限界ギリギリだったのだ。

 

 さて、そんな彼らを一時的に隔離するために居留地が出来たのだが、それがアルレスハイム星系第4惑星に置かれる事になった。と、いうのも既に帝国の入植地があったためである。

 

 さらに、大量の亡命者が犇めく事で混乱が起きると、当時の亡命者の中の知識階級であり有力者、つまり皇族や貴族階級が一時的に彼らを管理・指導する事になった。

 

 当初、同盟政府は愉快な感情を持たなかったが背に腹は代えられない。彼らに一定の自治権を与えた。同盟としては自国に移住させる間にワンクッション置く事で帝国の間諜がいないか調査すると共に語学を始めとした教育を与える準備段階とするつもりだったらしい。

 

一方、亡命貴族達にとっても悪い話では無い。この新天地で仮初であろうとも再び貴族としての権力を振るえるならば同盟に頭を下げるなぞ安いものだ。

 

そうしてこの奇妙な自治区は20年に渡り続いた。

 

 そしてコルネリアス1世の親征によって同盟と自治区の関係は一気に深化した。

 

 帝国軍の大軍の侵攻に対してこの自治区の取った選択は徹底抗戦だった。当然だ。彼らは帝国軍や社会秩序維持局が反逆者をどう扱うかをよく知っている。コルネリアス1世自身は恩赦を約束したが信用出来る筈が無い。星系全体を舞台に自治区の住民はゲリラ戦を開始した。

 

 元々帝国に近いのだ。惑星全体が帝国軍の侵攻に備え20年の時間をかけて要塞化されていた。貴族の私兵と元共和派テロリスト、現地警備兼監視役だった同盟軍が協力して帝国軍を迎撃した。小惑星帯に同盟軍と貴族軍の戦艦、共和派の武装輸送船が潜み奇襲攻撃を繰り返した。地上では地下に、森林に、山岳地帯に何百万と言う兵士が潜み降下してきた帝国軍と戦った。

 

 窮鼠猫を噛む、というがその余りにも必死の抵抗についに帝国軍は牽制のための部隊を残しこの星系を放置し、同盟本領を目指す程であった。冗談抜きで特攻攻撃がそこら中で実施されていたらしい。地球教もびっくりの規模で、だ。

 

 オーディンのクーデターによって親征が失敗した後、同盟と自治区の信頼関係は頂点に達した。自治区から帰った同盟軍兵士達は口々に自治区の兵士達の勇敢さを、悲壮な覚悟を民衆に語った。自由のために戦う亡命者とその子孫、兵士達の先頭で指揮する元貴族達、その姿は同盟市民を熱狂させた。

 

 親征の2年後には、同盟政府はアルレスハイム星系を自治区から同盟加盟国に昇格させた。同盟加盟国は自治区と違い同盟の保護区では無く対等な惑星国家である。同盟議会への議員を送る権利があれば住民には選挙権もある。つまり完全に同盟の一部として、同盟国民として認められた訳だ。

 

 そしてここに銀河帝国の正当な後継者として帝国領の奪還と民主化を目指す共和派貴族と亡命市民からなる銀河帝国亡命政府が成立した、という訳である(銀河帝国亡命政府公式パンフレット年表欄より)。

 

 以来、我らが銀河帝国亡命政府、そして我らの保有する亡命軍は政治的には同盟議会の主戦派の急先鋒としてロビー活動に勤しみ、軍事的には同盟軍の一部として毎年の如く帝国軍と戦いを繰り広げている。私の生家ティルピッツ家は最初期から亡命政府に参加した貴族軍人の名家。私も将来父や戦死した祖父のように軍を率いて帝国軍と砲火を交える事になるだろうって……。

 

「……嘘、まじ?」

 

 ……すみません、凄い死亡フラグしかない転生先な気がするのですが?

 

 



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第二話 どう見ても同盟では無くて帝国です

 アルレスハイム星系第4惑星ヴォルムス北大陸は、かつての地球で言う所の欧州地域を思わせる冷涼な気候帯に属している。惑星ヴォルムスの経済の中心地でもあり惑星人口の半分が集まり、金融街、歓楽街、工業地帯、宇宙基地も置かれている。特に惑星首都のアルフォートは人口800万を数え、それだけで周辺のほかの辺境惑星の総人口を越える。これだけでイゼルローン回廊同盟側出口宙域におけるこの惑星の重要性は分かろうものだ。

 

 十歳になった私は首都アルフォートにある亡命軍幼年学校に入学した……いや、させられた。

 

 まぁ、原作を知っていれば分かると思うが軍人になるなんて正気じゃない。原作では銀河帝国正統政府はともかく、銀河帝国亡命政府なんて出てきていないからパラレルワールドの可能性もある。だが、もし原作主人公、常勝の天才ラインハルトが現れたらどうなるか?

 

……うん、死ぬわ。

 

 唯の同盟軍人ですらかなりの確率でラインハルトに屠殺される(特に帝国領侵攻作戦で)。

 

しかもだ。我らが亡命軍の実態を見るとさらにやばい。

 

 まず常に最前線でやばい。そもそも拠点が前線だ。エルファシルあるだろう?帝国軍の侵攻受けている癖によく300万人も住んでいるんだよなんて思ってごめんなさい。あれの御隣さんだ。30光年ぐらい天頂方向だ。遭遇戦が日常だ。

 

 次に装備がやばい。装備の大半が帝国軍の鹵獲品だ。痛んでいる物とか旧式多すぎだ。2線級部隊とか第2次ティアマト会戦時の帝国軍旧式戦艦が普通にいる。モスグリーンに塗っているけどそれだけだ。ふざけてんのか?

 

 最後に任務がやばい。亡命軍は同盟正規軍と共に帝国軍と戦闘するのだがその仕事が地味に過酷だ。防衛戦ならまだいいんだよ。後方警備とかが仕事だ。攻める側の時?最前線だよ?帝国人だから同盟人より道を知っている、という論理で露払い役だ。ほかにも現地の帝国軍や住民の宣撫や工作員の派遣、同盟軍地上部隊の通訳やらとにかく前線の危険な地域で仕事させられる。ブラック過ぎる。はい、亡命軍は笑顔溢れる職場環境です。

 

……これ、帝国領侵攻作戦でも最前線だよな、多分。帰れるのか?

 

 幼年学校入学に反対したら家族一同驚愕された。父は怒り、母が号泣した。親不孝者だと嘆かれた。

 

 私は命惜しさに10歳で家出を決め、家出の30分後に近所の元農奴と帝国騎士に拘束された。この惑星では元貴族から元農奴まで、帝国との戦いから逃げる者は非国民扱いしてきます。

 

 そのまま両親に丸まる2日に渡り言葉攻めを受けた。歴代の帝国軍との戦いで戦死した御先祖様の遺品や遺影を持ち出して、帝国軍の蛮行を記録したドキュメンタリー映画を飲まず食わずで延々と見せつけてきた。洗脳かな?

 

 私はついに逃亡は不可能と確信し、幼年学校に入学するといった。10歳児の精神にはこの責め苦はえぐ過ぎる。

 

 

 

 

「……で、来てしまったんだよなぁ」

 

 どう考えても民主国家のそれとは思えない煌びやかな装飾の為された建物の門前で私は呟く。

 

「銀河帝国亡命政府軍幼年学校」、同盟公用語と帝国公用語の両方でそう表記された看板が目に映る。

 

 宇宙暦773年帝国暦464年4月1日、入学試験を見事合格し……というか合格しないと命が無かった……私は妙に煌びやかな制服に身を包みながら正に幼年学校の入学式を迎えていた。

 

「ついにですね、若様!名誉ある幼年学校に入学出来るなんて……しかも若様の御傍仕えをしながらなんて私、感激ですっ!」

 

 私の傍に控えるように佇むのは少女だった。ゲルマン系を表す金糸のような金髪、紅玉のように美しく瞳は太陽の光に輝いていた。小柄で可愛らしい顔立ちは、今はまだ幼いが成長すればきっと美女に化ける事間違いない。

 

 ベアトリクス・フォン・ゴトフリート、愛称はベアト。ティルピッツ家開闢以来5世紀近くに渡り仕えてきた従士、ゴトフリート家の長女だ。

 

 従士、と聞いてもピンと来ない人も多いだろうがどうやら帝国貴族の中でも代々特定の貴族に仕える最下級の隷属貴族の事らしい。ラインハルトの家、ミューゼル家は帝国騎士だったがそのさらに下だ。

 

 従士の家は主家に代々文官や武官として仕えるらしい。例えば文官ならば主家の領地の代官や市長、武官ならば私兵艦隊の参謀や艦長、特に盾艦の艦長なぞ確実にこの階層の出らしい。さらに下級の職務となると執事やら使用人の中にも従士階級の者は多いと言う。

 

 彼女の家はティルピッツ家従士団の筆頭であり、彼女自身長女かつ私と同い年のために物心ついた頃から私に献身的に仕えてくれていた。

 

 まぁ、彼女も他の人と同じく賊軍殲滅フリークさんなんですけどね?

 

「はぁ、……ここで若様と共に戦いを学び、将来若様の下で卑劣で野蛮な賊軍共を滅ぼし故郷を奪還すると思うと……」

 

 凄いな、涙流してるぞ。皆さん見たかね、信じられるか?これ、この惑星の住民のデフォなんだぜ?

 

「あ、そう……ベアト、とにかくそろそろ式が始まるから、行こうか?」

「あっ……申し訳御座いません若様。私、一人で感動してしまい……」

 

 私が苦笑いを浮かべながら催促するとはっと我に返った彼女が恐縮しながら答える。悪い娘では無いんだけどなぁ……。

 

 幼年学校の式典場の上位合格者席に私達は座る。うん、天井シャンデリアだし、壁が金箔塗りだ。会場の傍らには煌びやかな軍楽隊が控えている。凄く……帝国です。

 

 着席する教官達こそ同盟軍の深緑の軍服にベレー帽だが、よく見るとところどころ独自の装飾が為されている。原作を知る身からすると違和感しかない。

 

 入学生の保護者席なんてもっと違和感しかない。皆豪華絢爛なスーツとドレスだ。見る限り殆どが亡命貴族の出だろう。

 

「マジでこれ帝国だろ……」

 

一応同盟領なんだけどなぁ。この星。

 

 そんな事を考えていると軍楽隊の演奏が始まる。つまり、入学式の始まりである……。

 

 

 

 

「春麗かなこの季節、この幼年学校に諸君達、若く、理想と情熱に溢れる戦友を迎え入れる事が出来た事、真に光栄に思う」

 

 式典場の壇上では恰幅の良い軍人が演説を続けていた。幼年学校校長たるエアハルト・フォン・レーンドルフ中将は元同盟軍少将、同盟軍を早期退役後、帝国亡命政府軍名誉中将として校長に就任した人物だ。

 

 だが、それよりも重要なのはあの「薔薇の騎士連隊」の元連隊長である事だろう。

 

 原作のうろ覚えでは元連隊長の内退役したのは2名……だった筈だ。第2代連隊長たる校長はその片割れの一人らしい。

 

「諸君達に私は事実を伝えねばならん。知っての通り、第2次ティアマト会戦以降、回廊の向こう側の賊軍共は大規模な軍の改革が進んでおる。新兵器の導入だけでは無い。軍制の変更に人事評価の変更……賊軍共の上層部に少なくない実戦派将校が就任している。それだけでなく奴らはアルテナ星域に巨大要塞を築きよった。同盟軍の攻略軍がどうなったかは……ここで語る必要もあるまい」

 

 場が静まる。式典出席者達の表情は揃って深刻そうであった。

 

 帝国軍の築いた要塞……イゼルローン要塞の存在が発見されたのは凡そ2年前の事だ。先年同盟軍は2個艦隊を持って要塞に攻撃を仕掛け、不用意な接近の果てに要塞主砲の前に消し飛ばされた。恐らく後世、第1次イゼルローン要塞攻略戦と称されるだろう戦いである。

 

 この要塞の存在は衝撃的な物であった。特に回廊付近の有人惑星群にとっては。

 

 コルネリアス1世の親征以来、同盟は回廊国境線に強固な防衛網を設けた。警戒地帯としてシヴァ星系やアルトニウム星系に偵察衛星や哨戒艦隊を展開、ダゴン星系を始めシャンダルーア、フォルセティ等を迎撃地に、その後方のエルファシルやこのヴォルムス等有人惑星を迎撃部隊・警備部隊の拠点としたのだ。同盟主力艦隊はこれら有人惑星で最終補給を受け帝国軍を迎え撃つ。

 

 だが、イゼルローン要塞の建設によりその防衛体制が維持不可能になった。警戒地帯は帝国の勢力圏となり事前察知が困難になった。会戦の舞台はティアマトやアスターテといった有人惑星に近い星系となった。これまで同盟有人惑星が帝国軍の攻撃対象になる事は極めて稀であったが、今後は国境有人惑星の周辺でも戦闘が起こる事になるだろう。

 

そしてそれはこの惑星の住民にとって他人事では無い。

 

「諸君、これから戦争の様相は変わるだろう。我々はこれまでよりもより苦しく、より激しい戦いをする事になる」

 

 幼い顔立ちの新入生達が緊張しながら校長を見上げる。ごくり……誰かが唾を飲む音が響く。

 

「諸君、戦いに備えよ!諸君、一刻も無駄にせず学び鍛えよ!諸君、我らの先祖の無念を思い出せ!我らが先祖の故郷を、権利を、誇り、財産を取り戻すために戦うのだ!我らこそが回廊の向こう側の正当な統治者なのだ!我らが友邦自由惑星同盟と共にオーディンの堕落した偽帝と誇りと義務を忘れた馬鹿貴族共を追放するのだ!そして帝国全土の臣民を解放し、正当なる皇族と我ら臣民の範たる真の貴族の下、民を保護し、帝国を正しき道に導くのだっ!」

 

 校長の声はいつしか猛り声に変わっていた。大きく腕を振り情熱のままに叫ぶ。

 

「亡命政府万歳!自由惑星同盟万歳!民主主義万歳!帝国に自由と解放を!」

 

 校長の叫びと共に教官達だけでなく生徒も保護者達も立ち上がり万歳と叫ぶ。私?一応合わせるけど内心ドン引きだよ?

 

 御分かりと思うがこれが亡命政府の思想であり方針だ。彼らはいつか帝国に帰還するのを夢見ている。目指すのは立憲君主制、皇帝の下に貴族院と庶民院を作り、同盟と講和、回廊の向こう側を統治するつもりらしい。

 

 恐らく立憲君主制は同盟の支援を受ける口実だったと思う。だが、いつしか世代が下るにつれ支援の建前を亡命貴族達自体が信じ切ってしまったようだ。少なくとも我が家に伝わる御先祖様の手紙とか見る限り初期の者達は確実に内心共和制を馬鹿にしていた。

 

 それにしても凄い情熱である。これ原作だと絶対帝国領侵攻作戦支持してただろ。絶対先鋒に立って侵攻してたよ。絶対帝国軍の反撃で壊滅していただろ。

 

続いて幼年学校の首席合格者の答辞である。

 

 新入生席の先頭にいた少年が歳に似合わぬ毅然とした表情で立ち上がると惚れ惚れするような動きで壇上に上がり式典参加者達を見渡し、口を開いた。

 

「まず、この日、この場所で、私が答辞を読み上げる事が出来る事を大神オーディンに感謝致します。歴史と伝統ある帝国亡命政府軍幼年学校に入学出来る事は私の人生最大の名誉です」

 

 端正に整えられた茶髪に海のように鮮やかな瞳の持ち主は会場全体に響き渡るような声で語り始める。凄い演説慣れしているな。到底同い年とは思えん。というかどこかで見た覚えがあるな……。

 

 そんな事を思っていると隣のベアトが目立たぬように耳打ちしてくれた。ああ、アイツか。

 

「私の胸の高まりをここで言葉にするのは難しい事です。これから始まる幼年学校での日々に不安を、そしてそれ以上に興奮を感じずにはいられません。私はこの学校で多くを学ぶ事になるでしょう。そこには喜びと、そして多くの苦難もあります。当たり前です。我々はこの学校で戦う術を学ぶのですから」

 

一呼吸を置いて少年は再び演説を再開する。

 

「その苦難は決して生易しい物では無いでしょう。しかし、私はそれを乗り越え栄誉ある亡命軍の一員となれる事を確信しています。なぜならば私は一人では無いからです。そう、ここで巡り合った300名の同級生、未来の戦友達、彼らと協力し、肩を並べ、支え合えばどのような苦難も乗り越えられるからです」

 

少年は胸に手を当てる。

 

「私はここで同席して頂いた教官方、保護者の方々に宣言致します。我々は一人として欠ける事無く、名誉と伝統を固持し、帝国臣民の模範となる亡命軍軍人となる事を」

 

 そこで少年は私の姿に気付く。少しだけ口元に笑みを浮かべる。

 

「そして私の同輩達にお願いしたい。どうか私を支えて頂きたい。そして私に君達を支えさせて頂きたい。戦友として、同胞として。共に先祖の悲願を叶えるために。帝国亡命政府幼年学校第114期生代表アレクセイ・フォン・ゴールデンバウム」

 

 頭を下げ答辞を読み終える。同時に割れんばかりの拍手が巻き起こる。

 

 同時に軍楽隊が帝国公用語での同盟国歌の演奏を始める。

 

 出席者全員が立ち上がりまるでオペラ歌手の如き声で歌い始める。

 

 私もまた彼らと共に歌う。だが、同時に退席する学年主席殿をからかうような目配せをする。彼は、それに苦笑しながら席に戻っていく。

 

歌は式典会場にいつまでも鳴り響いていた。

 

 



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第三話 特大のフラグは大体近くにあったりする

 さて、諸君一つ説明しよう。それは自由惑星同盟における亡命者達についてだ。

 

同盟において亡命者は大きく3つの派閥に別れている。それぞれを共和派、鎖国派、帰還派と呼ぶ。

 

 まず最初の共和派、この派閥は主に帝国国内の元インテリや中流階層、共和主義者とその子孫である。方針として主戦派。暴虐なゴールデンバウム王朝を打倒し、同盟が帝国を併合するまで戦いを止めない主戦派だ。

 

 2つ目は鎖国派、彼らの多くは貧民階層だ。政治的理由というよりも経済的理由から亡命した者達が多い。方針としては非戦派(反戦派では無い)……帝国との戦争は防衛戦のみとし、可能ならば講和も認めるものだ。彼らからすれば帝国との戦争で死ぬのも福祉予算が減るのも嫌なのだ。

 

 さて、最後にして最大の勢力……それが帰還派だ。御分かりの事だが銀河帝国亡命政府の事である。

 

 主な支持者は亡命貴族、方針としては主戦派であるが帝国の滅亡……というよりは帝国の体制の変換、つまり立憲君主制への移行を目指す団体だ。だからといって共和派より穏健、というわけでも無い。帰還派の最終目標は現存の帝国皇族、貴族の排斥、そして自分達亡命貴族による政治体制確立を目指しているためである。下手したら共和派以上に現在の帝国政府と和解不可能な存在だ。

 

 帰還派の権勢は凄まじい。亡命者三大派閥の内惑星を保有するのは帰還派のみである。アルレスハイム星系及びその周辺星系の人口は約8千万人、この人口は同盟加盟惑星の上位1割に入る。保有する亡命軍は亡命貴族私兵とその子孫、帝国軍投降兵を中心に地上軍100万名、主力戦闘艦艇6000隻に及ぶ(別途支援艦艇・戦闘艇がある)。そのほかその出自のため同盟軍の情報部と同盟政府外務省に大きな勢力を持つ。

 

 選挙基盤も盤石だ。帝国亡命者は世代を問わず亡命政府に好意的な者が多い。

 

 一つには帝国文化を強く保護しているためだろう。亡命政府の主星ヴォルムスを見れば一目瞭然。帝国風の街並みの看板には帝国公用語の表記、街で話されるのは帝国語、居酒屋にいけば帝国の味を味わえる。田舎にいけばそこにあるのは牧歌的な放牧場だ。

言葉が分からず、文化も違う地に逃れた亡命者の多くがこの星でかつての故郷を思い出す。年間9000万人訪れる観光客の7割は帝国亡命者第1世代だ。

 

もう一つの理由としてはより素朴な理由だ。つまり帝国貴族による組織だからだ。

 

 共和派の亡命者はともかく、多かれ少なかれ帝国亡命者達は帝国貴族に一種の畏敬の念を抱いている。特に第1世代は貴族に頭を下げるのは当然、という考えが脳に刷り込まれているし第2世代以降……つまり同盟に生まれた帝国亡命者も貴族に優美で気品がある、という憧れの感情を抱いているのだ。

 

 帝国亡命者の同盟に占める人口割合は語る必要は無いだろう。亡命政府に掛かれば億単位の票を搔き集める事なぞ容易だ。

 

結果、亡命政府は歴代の同盟政権に小さくない影響力を有していた。

 

そう、それこそ同盟軍の出征に影響を与えるほどに……。

 

「その結果がこの様か」

 

 ヴォルター・フォン・ティルピッツ帝国亡命軍幼年学校3年生、つまり私は、昼の休憩時間に学校内の電子端末から先月の会戦の結果についての記事を読み込んでいた。

 

 宇宙暦776年帝国暦467年11月、同盟軍3個艦隊からなる遠征軍はイゼルローン要塞攻略に失敗、ここに第2次イゼルローン要塞攻略戦は同盟軍の敗北に終わった。詳しい経過こそ不明だが同盟軍はイゼルローン要塞の主砲「雷神の雷」の有効射程を警戒し、予測される射程のさらに2倍の距離を保った。

 

 イゼルローン要塞の主砲がその真価を発揮する事こそ無かったが同盟軍、帝国軍共に遠距離からの砲撃戦に終始し悪戯に犠牲者を増やす結果となった。

 

 特に帝国軍と違いすぐ近くに大規模な補給拠点を持たぬ同盟軍は次第に艦隊の稼働率が低下、行動不能となる前に撤退を開始し、帝国軍の迫撃を受け少なくない犠牲を出した。原作でいう所の第6次攻防戦のラインハルトがいない版みたいなものだ。戦死者数こそ帝国軍とほぼ同程度だが、世間一般の見解は敗北だ。

 

 そして同時に世間は出征を強く推した帰還派……即ち帝国亡命政府ロビーを激しく非難した。当時、主戦派の派閥は幾つかあったが第1次イゼルローン要塞攻略戦における大損害の前にその多くが要塞攻略に及び腰だった。その中で1人出征を推進すれば悪目立ちもしようものだ。

 

尤も、亡命政府にも言い分がある。

 

 当然ながらイゼルローン要塞の存在により最も不利益を被るのは国境有人星系である。そして亡命政府の座する惑星ヴォルムスは国境有人星系の盟主とも言っていい立場だ。自身のため、そして周辺の惑星政府の懇願を受ければ出征ロビー活動もしたくもなる。

 

 それに別に無策で出征を指導したわけでも無い。亡命政府は帝国国内に広範な諜報網を有している。父がいうには此度の攻略作戦においては事前に要塞司令官、駐留艦隊司令官の名前と大まかな戦力、さらには要塞主砲射程や内部構造、要塞運用マニュアルの情報までほぼ正確に収集していたという。

 

 問題は前線司令官達がこの情報を信用せず戦った事だ。おかげで貴重な情報が殆ど生かされず、ついには敗北の原因となってしまった。全て「長征派」のせいだ、等と送られた手紙には長々と罵倒の言葉が帝国貴族らしく婉曲と修飾詞に彩られながら記されていた。

 

「重ね重ね残念です。我らの同胞が命に代えて集めた情報が生かされる事無く敗北なんて……」

 

 椅子に座る私の傍で直立不動の姿勢を取るベアトは、苦虫を噛むような表情で答える。此度の遠征でも亡命軍は艦隊を派遣していた。さて、今回はどれだけの同胞がヴァルハラに旅立ったのだろうか?

 

「考えたくも無いな……。ベアト、行こうか?」

 

そろそろ午後の講義が始まる。はて、次の講義は何だったか?

 

「確か、艦隊運用学であったと記憶しておりますが……」

 

恐る恐ると言った表情でベアトが答える。凄いよな。口にしてないんだぜ?

 

「物心ついてから肌身離さずお仕えさせて頂いているおかげです」

誇らしそうに答える少女。私に仕えてくれた従士は他にもいるがここまで長く、身近で仕えてくれたのは確かに彼女だけだ。決して出来の良くない私に愛想をつかずに支えてくれたのは感謝してもしきれない。

 

 

 

 宇宙暦8世紀において1個宇宙艦隊の規模は凡そ1万隻から1万6千隻に及ぶ。1個艦隊の定義は主たる戦略単位であり宙域的に、或いは期間的に独立して一方面の作戦を遂行出来る戦力を指す。転生以前のイメージでいえば陸軍の師団と思えばいい。原作では艦隊があっという間に溶ける事が多いが正直あれはやばい。

 

 1個艦隊は複数の分艦隊からなる。陸軍でいうところの旅団だ。一戦線を支える戦略単位だ。と、いうより基本的に艦隊の中で同時に戦うのは基本的に1,2個分艦隊だけらしい。残りは後方に待機し、機を見て前線と交代、もしくは予備戦力として温存されるという。今まで1万隻全て同時に戦っていると思ってたぜ。

 

 1個分艦隊は複数の戦隊からなる。陸軍でいう所の連隊だ。特別編成でない限り、独力であらゆる任務に対応出来る最小単位であり、戦艦、空母、巡航艦、駆逐艦は当然として工作艦、病院艦、補給艦、揚陸艦等を自前で持つ。部隊管理の単位でもあり基本的に戦隊毎にまとまって基地に駐屯、艦隊の動員と共に集まって1個艦隊を編成する。また恒星間航行に際しても艦隊規模での移動は混乱するため基本的に戦場の直前までの星系には戦隊規模で分散進撃するのが基本だという。

 

 戦隊はさらに細かく分ける事が出来るがここでは割愛させてもらおう。さて、ここまで説明した理由は御分かりだろうか?そう、これはあくまで正規軍の編制である。当然ながら我ら亡命軍には1個艦隊を編成するだけの戦力なぞ無い。というか帝国軍の分艦隊相手でも正面からぶつかるのは苦しい。予備戦力が少ないからね。兵器も雑多だし。

 

 そうなると我らが亡命軍の宇宙艦隊がいかにして強大な帝国軍に対抗するか?それはゲリラ戦以外に無い。

 

 我らが亡命軍宇宙艦隊の基本戦略はこうだ。正面から帝国軍とは戦わない。正規軍の相手は同盟軍だ。我らは帝国の偵察艦隊や哨戒艦隊、あるいは敵勢力圏の後方に浸透して補給艦隊等を待ち伏せ、奇襲して反撃の暇を与えず殲滅する。しかる後全力で現宙域を撤退。これを繰り返す事で同盟正規艦隊の決戦を補助する。コルネリアス1世の親征以来続く戦法だ。

 

 例えば小惑星帯に戦艦・巡航艦群を潜ませる。奇襲で敵艦隊が離脱を試みるところで別動隊の駆逐艦群が退路を塞ぐように展開、敵艦隊が躊躇したところを後方から火力を叩きつける、といったようにである。

 

 そのため亡命軍では戦隊すら禄に組む事は無い。惑星防衛のため増強戦隊が2個配備されているが亡命宇宙軍の基本編成は単一艦級十数隻に数隻の補給艦からなる群が基本だ。

 

 そのため、艦隊運用のノウハウもまた、同盟宇宙軍とも、帝国宇宙軍のそれともかけ離れたものである。

 

「ううん……あぁ、疲れたぁ」

 

 艦隊運用学講義が終わり私は教室の最後尾席で背筋を伸ばす。栄誉ある帝国門閥貴族の末裔としては余り褒められた態度では無いがこれくらい勘弁して欲しい。精神は日本の庶民なのだ。しかも学習内容が独特なものが多く参考にできる資料に限りがある。

 

「若様、肩が御疲れでしょうか?よろしければおもみ致しましょうか?」

 

ベアトが、私を慮って提案する。

 

「ん?そうだね。頼むよ」

「はい。では失礼致します」

 

 どこで学んだのかプロ並みの手捌きで私の凝り固まった肩を解しにかかる従士。やべえなこの娘。使用人としてハイスペックじゃん。いや、学業成績も私より上なんですけどね?

 

 入学試験こそ家で徹底的にしごかれたから上位につけたが寮暮らしになると成績はじりじりと下がる一方だ。辛うじて上位組に入っているが少し油断すれば一気に追い抜かれそうで怖い。いや、成績が落ちるのが怖いんじゃない。成績が落ちたのが実家に発覚した時が怖いのだ。この前手紙に剃刀の刃だけ入っていたのはどういう意味なんですかねぇ?

 

「ああ、ベアトそこ最高。うう……お前だけだよ。私の真の味方は……」

 

 困ったときはベアトに頼めば大体どうにかなる。講義の宿題やり忘れた時とか、期末試験の勉強でどこから手を出せばいいのかすら分からない時とか。

 

「はい。ベアトはいついかなる時も若様の忠実な家来で御座います」

 

 にこりと嫌な顔一つせずにそう言ってのける。なにこの抱擁力。信じられるか?こいつ13歳なんだぜ?え?死ねよ紐男って?だって、仕方ないだろ?幾らでも甘えさせてくれるんだぜ?帝国門閥貴族の坊ちゃんが駄目になる理由が分かろうものだ。

 

……はい、ごめんなさい。一人立ち出来るよう努力します。

 

「やれやれ、仲が良いのは結構だけど余り2人の世界でべたべたしないで欲しいんだけどねぇ」

 

 そんな私達の姿を見て穏やかそうな少年……私のこの幼年学校における友人は苦笑しながらやってきた。

 

「それは不正確な表現じゃないか?馬鹿貴族が家臣にあやしてもらっている、というのが正しい」

「それ、表現酷くなってないかい?」

 

亡命軍幼年学校の現状主席学生は肩を竦める。

 

 短めの茶髪に優しそうな碧眼、一目で優しそうな人物だと分かる。だが、この銀河において彼の顔立ちを見ればそれ以上に驚愕する者が多いだろう。彼の顔はある歴史上の人物によく似ていた。

 

 アレクセイ・フォン・ゴールデンバウム亡命軍幼年学校3年生の造形は映像記録におけるルドルフ大帝のそれに非常に似通っていた。違いがあるとすれば彼には彼の皇帝と違い他者を威圧する覇気が無く、代わりに見る者に安心を与える微笑を称えている点だろう。

 

 黄金樹の血脈の末端に座を持つ彼の血筋を遡れば第18代皇帝フリードリヒ2世に辿り着く。

 

 フリードリヒ2世の4男、第20代皇帝『敗軍帝』フリードリヒ3世の弟ユリウス・フォン・ゴールデンバウムは、ダゴン星域会戦以前において兄の信任厚く、北苑竜騎兵旅団旅団長として皇帝を守護する立場にあった。

 

 だが、知っての通り彼の敗軍帝は猜疑心の塊のような人物だった。そもそも皇帝を守るべき近衛師団を信頼出来ない時点で相当に病んでいた。ダゴン星域会戦の大敗で帝国の威信が失墜するとこれを機として不平貴族や共和主義者の反乱が各地で発生した。これ自体は、解決は時間の問題だったがこの経験が敗軍帝の人間不信を一層増長させたようだった。

 

 数人の皇族の不審死の後、ユリウスもまたその生命の危機に晒された。2度の不審な事故を奇跡的に切り抜けると彼は付き従う家臣と財産を手に同盟に亡命した。

 

 皇族、しかも皇帝の弟である。当時のアルレスハイム星系に押し込まれていた帝国貴族、帝国臣民にとっては文字通り心の拠り所であり、団結の象徴であったし、本人も少なくとも無能では無かったらしい。自身の役目を大過無く果たして見せた。

 

 彼の子孫達もまた、代々その役目を果たし銀河帝国亡命政府の精神的支柱の一端を担っている。

 

 そして現アルレスハイム=ゴールデンバウム家当主の次男が彼、という訳だ。皇族の末裔と言う事もあり帝王学こそ学んでいるが本人は亡命貴族にも元奴隷にもかなりフレンドリーだ。

 

 私としては無駄に硬い亡命貴族社会においてさほど礼儀を気にせず話せるだけ気楽ではあるが……て。

 

「ベアト~、手が止まっているぞ~」

「も、申し訳御座いません若様っ!!」

 

 先ほどまでアレクセイに臣下の礼……つまり跪いていたベアトが慌てて肩もみに戻る。まあ仕方ないね。従士にとっては皇族なんて神に等しいからね。

 

「ティルピッツ伯爵家の次期当主も人が悪い。家臣に自身と皇族を天秤にかけるような事を言うなんてね」

「おいおい、よしてくれよ?この星の法律には不敬罪は無いぜ?元貴族も元農奴も裁判の判決は同じだぞ?」

 

 とはいうものの、法律的に問題無くても精神的に気にしないでいられるかは別問題だ。ベアトは皇族への不敬で青い顔をしている。

 

「ははは、冗談だよベアトリクス。ここは自由の国だ。私も君達と同じ同盟市民に過ぎないんだ。気にしないでくれ」

「は…はい……」

 

 会釈しながら心から恐縮したように、しかしはっきり聞こえるように返答するベアト。

 

「そうだぞ?お前だって知らない間柄じゃあないだろうに」

 

 小さい頃アレクセイの屋敷にお邪魔した事も、その逆も良くあった。銀河の半分を支配する最も尊い血筋の一族の末裔と亡命政府を構成する貴族でも10本の指に入る名門の仲が良好なのはむしろ当然だ。

 

「唯なぁ、ヴォルター。私達が良くても人の目がある。余り彼女に意地悪するのも良く無いぞ?」

 

そこには身分制に今一つ気が利かない私への心配がありありと見える。

 

「分かってはいるんだけどなぁ。なかなかふざけで済む境界線が分からん」

 

 前世が身分制なぞ形骸化している日本だったためにその意識に引きずられているのだろう。或いは自身が上流階級のため上に礼をかいて問題になる事が滅多に無いためか、身分間の作法が今一つ掴みずらい。同盟に亡命して1世紀半、文化と伝統を後世に伝えるのは宜しいがこんな事まで伝えなくてもいいだろうに。しかもその癖民主主義万歳と叫ぶことが出来る亡命貴族達の思考回路が分からん。

 

「それはそうと、アレクセイ。一体何の用があってこっちに?お前は雑談一つだって周囲に気を配らんと行けない身だろ?まさか私が美人な幼馴染に甘えているのが妬ましい訳じゃああるまい?」

 

 まぁ、こいつはこいつでそれこそ命令すれば躊躇無く命捨てる忠臣なんてダース単位で集められる身だ。こんな冴えない放蕩息子を妬む訳無いだろう。

 

すると待ってましたとばかりにアレクセイが笑みを浮かべる。

 

「よくぞ本題を突いてくれたな?ほら、さっきの講義で課題が出ただろう?『暗礁宙域における艦隊機動と展開について』のレポート」

「ああ、全く糞教官だぜ。幼年学校の生徒に書かせる内容かよ」

 

 数が無いので質を上げようと言うわけか。我が帝国亡命政府軍幼年学校の講義レベルは帝国の幼年学校のそれを上回る程レベルが高く、濃密で実戦的だ。この幼年学校で上位3割で卒業出来ればペーパーテストに限ればほぼ確実に同盟軍士官学校入学試験を突破出来る。元来の頭が良くない私からすれば文字通り地獄だ。ふざけているように見えるが自由時間の大半は予習復習で消えて遊んでないんだぜ?

 

「そのレポートだけど、いいカンニング法がある」

「陛下、私は貴方様の忠実な僕で御座います」

 

私は実家で身に着けた完璧な作法で目の前の御方に頭を下げる。

 

「凄い掌返しだ。君はオーディンの宮廷でもきっとやっていけるね」

「それ褒めて無いよな?」

 

むしろ庶民でもいいからオーディンに生まれたかったよ。

 

「それで、そのカンニング法ってのは?」

 

私は身を乗り出し声を静めて尋ねる。

 

「今度、実家に義兄さんが里帰りしに来るんだ。現役の同盟軍士官に教えてもらうのはどうかってね」

「ああ。義兄さん、出征帰りか」

 

 私の遠い親戚にもなる彼の義兄は同盟軍中佐として若い頃から将来を嘱望される逸材だ。……悪い人では無いが……正直余り会いたい人物では無いんだよなぁ。唯今回のレポートの助言を受けるには丁度良い人物である事も確かだった。

 

「う~ん、……分かった。仕方ない。私も会おう」

 

数分悩んだ末に私が答えるとアレクセイは感じの良い笑みを浮かべる。

 

「よかったよ。義兄さんもヴォルターに会いたがっていたから。それじゃあ詳しい話は夕食の時に」

 

笑顔で手を振りその場を退出する友人。

 

「……若様は苦手で?」

「いやぁ……ねぇ」

 

だって原作的に近くにいるだけで死にそうなんだよなぁ。

 

はぁ、と溜息をつく。

 

 アレクセイと私の又従姉の息子、自由惑星同盟宇宙軍中佐ラザール・ロボス、それが話題の人物の名前だった。

 



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第四話 姉に会うのにこんなに面倒ならそりゃあラインハルトも切れますわ

 ラザール・ロボス同盟宇宙軍中佐について語るには幾つか前置きがいる。

 

それは、所謂同盟の見えざる階級社会だ。

 

 え、同盟は民主主義国家だろうって?建前はそうでも内情は複雑なんですよ。

 

同盟社会は3つの出身者から形成される。

 

 1つは、同盟の政財界の主役、アーレ・ハイネセンと共にアルタイル星系を脱出した強制労働者の子孫だ。俗に「ハイネセンファミリー」と称される彼らは政治、経済、軍事、報道……同盟のあらゆる分野において強固な団結力を持って富裕層を形成している。

 

次に挙げられるのが旧銀河連邦の忘れ形見達である。

 

 原作でも触れられているが銀河連邦末期は閉塞感が銀河を支配していた。多くの有望な入植地が放棄された。

 

 この中には頑固にもそのまま惑星に残る選択をした者もいたのだ。割合としては少ないがそれでも当時の人口は3000億に登る。1%としても30億人だ。あるいは帝国成立時に厳しい取り締まりを受け辺境に逃亡した宇宙海賊達、同盟拡大期には彼らの文化、技術レベルは衰退していたがむしろ同盟に併合するには好都合だった。

 

 これら旧銀河連邦市民の末裔は一応ちゃんとした生活基盤と財産を保有していたため現在でも同盟において厚い中流階級を構成している。また、元宇宙海賊からは同盟の星間交易商人に鞍替えした者も多い。多分ヤン・ウェンリーの生家はこの出自だ。彼の国家への帰属意識の低さはあるいはこの出自からだろうか?

 

 最後はお分かりだろう。我ら帝国からの亡命者組だ。この集団は実のところ社会階層としては3つの中で最弱だ。

 

いや、正確にいえば貧困層が集中している層なのだ。

 

 無論我ら貴族階級は基本的に資産ごと亡命したために生活に困る事はない。だが、亡命者の亡命理由で最も多いのは政治理由ではなく経済的理由なのだ。つまり都市部の低賃金労働者に農奴だ。 

 

 文字通り体一つで帝国を脱出した彼ら、同盟に亡命したのは豊かな生活のためだ。同盟政府は情報戦の一環で宣伝戦に力をいれていた。同盟にいけば今の救いのない生活から抜け出せると考えたのだろう。まぁ、そんなうまくいくはず無いんですがね。

 

 まず、言葉が違う。しかも学歴が低い。前世の米国のヒスパニックの立場だと思えばいい。録な仕事もない。安い賃金で長時間労働当たり前のブラック企業行きだ。

  

 そんなわけで亡命者とその子孫は経済的には負け犬扱いされる事が多い。そして、臣民を守護し、導く事を旨とする亡命政府と亡命貴族がその状況を座しする筈もない。

 

 亡命者の権利と生活を守るため、帰還派は同盟政財界に進出した。帝国から持ち込んだ資産を運用し、事業を計画し雇用を産み、同胞の生活を守る。少なくとも帰還派が帝国帰還を目指した最初の理由は同盟での亡命者市民の境遇を鑑み、現在の帝国を打倒、改革して豊かに生まれ変わった故郷へ同胞と帰る事を目指したためだ。

  

 一方、帰還派と共に亡命者の代表を自称する共和派は、亡命者の同化と信頼こそが重要と考え、多くの同胞を志願兵として同盟軍に送り込み、また「ハイネセンファミリー」に接近した。

 

 「ハイネセンファミリー」もまた、急速に同盟政財界に進出し、自分達の権益を侵す亡命貴族を敵視し、これに対抗すべく共和派と連携をとる。

 

 これに対し帰還派は、同盟における立場をより磐石にすべく極めて古典的で、門閥貴族的で、そして伝統的な手法を使った。

 

 同盟における非主流派の有力者との婚姻と吸収である。

 

 バルタザール・ロボス同盟宇宙軍中将は、新進気鋭の同盟軍の将官だった。宇宙暦738年のファイアザート星域会戦では参加者の中で最年少の戦隊司令官として参戦、宇宙暦742年にはドラゴニア会戦においてブルース・アッシュビー率いる第1艦隊第1分艦隊第16戦隊司令官として帝国軍元帥ケルトリングの息子ヘルマン・フォン・ケルトリング准将を敗死させるなど、多くの武功に恵まれた人物だ。730年マフィアの影に隠れて目立たぬものの、まず名将と呼んで差し支えない人物だ。

 

 だがこの人物、軍内では決して厚遇された訳ではない。今でこそ改善されているが当時は今よりも「ハイネセンファミリー」が幅を利かせていた時代だ。旧銀河連邦系の血筋の彼は、「ハイネセンファミリー」のサラブレッドである730年マフィアと近い世代であったこともあり実力のみではこれ以上の出世は望めなかった。

 

そしてロボス提督と帰還派は接近した。

 

 帰還派の後押しを受け更なる栄達を遂げた彼は現在同盟宇宙軍の精鋭、ナンバーフリートが一つ、同盟軍第6艦隊司令官の地位にあり、その息子ラザール・ロボス中佐もまた将来を属望される若手士官であった。   

 

 

 

 ヴォルムス北大陸星都アルフォートから大陸内陸部に約800キロ、そこには、俗に星民から「御料地」と称される土地が広がる。広さにして約60万平方キロメートルのその領域においては一般人では子供ですらその中の物を外に持ち出す事はない。

 

 アルフォート空港から私有旅客機で両親とベアトと共に乗った私は亡命軍地上軍の大気圏内戦闘機のエスコートを受け「御料地」内の私有空港に降り立った。

 

 そこからさらに貴族用特別鉄道に乗る事1時間、終着駅を堂々と、内心へとへとで降り立つとそこには黒い軍服に金色の飾緒を吊るした軍人の一団が直立不動の姿勢で敬礼し出迎える。父、そして私とベアトは敬礼し、母は最敬礼する彼らを路傍の石を無視するかのように悠々と通り過ぎる。そのまま私達は目の前の豪華な装飾の為された馬車に使用人に扉を開けてもらい乗り込んだ。

 

「……相変わらずですが、時代錯誤ですねぇ。父上」

 

馬車の外の景色を胡乱気に見ながら私はボヤく。

 

「これも伝統だ。これでも相当簡略化されているのだ。これでは「新無憂宮」に参内する時が思いやられる」

 

 亡命軍上級大将の軍服を身に纏う父が心から情けない、とばかりに答える。父上、多分私達そこに参内する事一生無いと思いますよ?いや、ラインハルトがフェザーン遷都した後なら博物館になっているから行くことは可能か?

 

 紅葉が鮮やかに彩る道を馬車が進み続ける。それを守るのは何と騎兵隊だ。近世風の華やかな軍服を着た近衛兵が装備するのがブラスターライフルで無ければこの場が西暦の地球では無いかと錯覚するほどだ。

 

  1時間に渡り外苑を通り過ぎるとようやくお目当ての建物が目に映る。おい……ここに辿り着くまでに丸一日経ったんだけど?馬鹿なの?死ぬの?

 

 門の前に馬車が止まり明らかに桂を被っているだろう使用人が駆け寄る。父が手紙を渡すと使用人はその内容を確認、優美に一礼をすると懐からベルを取り出し、それを鳴り響かせながら叫ぶ。

 

「ティルピッツ伯爵家一同、及びその従士一名、御入場で御座います!」

 

その声と共に警備の近衛兵達がきびきびとした所作で門を開く。

 

そこは正に宮殿だった。

 

 『新美泉宮』……それがこの宮殿の名前だった。亡命皇族と貴族がかつての宮廷を偲んで築いたこの宮殿は政務・式典のための東苑、居住地たる南苑、女官や使用人の住む西苑、広大な狩猟場のある北苑からなる。10の大宮殿と32の小宮殿、部屋の数は19万、敷地総面積は36平方キロ、廊下総延長は180キロに達する。近衛兵1個旅団が常時警戒態勢を敷いており総合病院、動物園、植物園、水族館にスタジアム、舞踏場、劇場、美術館、博物館、図書館まで存在する。また地下にも多数の通路と部屋が設けられており有事には臨時の軍司令部としても機能する。

 

……うん、普通に奢侈の限り尽くしてね?

 

新無憂宮にこそ見劣りするが十分過ぎる程に豪華だ。翡翠の間とか琥珀の間とか名前通りな部屋あるからな?

 

さて、宮殿の話はここまでにしておく。

 

 宮殿の東区画、つまり東苑の大宮殿の廊下を私達は、進む。廊下の両端には数メートル間隔で装甲擲弾兵が最敬礼を持って佇む。装甲服のデザインこそ帝国軍のそれだがカラーリングは同盟軍陸戦隊と同じホワイト、備える戦斧もまた同盟軍のそれと同じ片刃だ。

 

 余りにも長い(恐ろしい事にこれでも新無憂宮に比べかなり短いらしい)廊下の先に一際豪華絢爛な扉が現れる。

 

 タキシードに身を包んだ使用人が2人がかりで扉を開くとそこは謁見の間である。

 

えっ?誰の?いやいや、分かりきった事じゃないですか。

 

 謁見の間……そこには礼服に身を包んだ尚書達、8名という人数は銀河帝国のそれと同じだ。

 

 そして、彼らの立つ場所から更に奥、一段高い場所にある至高の玉座にその老人はいた。

 

父に続けて私達はひざまづく。

 

「ティルピッツ伯爵家当主アドルフ、妻ツェツィーツィア、息子ヴォルター、及び従士ベアトリクス、参上致しました」

 

 玉座の老人は、小さく頷く。白髪に帝冠を被るその姿は皴まみれで一見弱弱しく見える。だが、その威厳に満ちた表情は決して無為に歳を重ねてきたものでは無い事を物語っていた。

 

「うむ……よくぞ来た。ティルピッツの一門よ。……ははは、そう肩肘張らずとも良いわ!楽にせい!」

 

 老人はその威厳に満ちた表情を飄々とした笑みに変えた。えっ?ああ、この爺さんこれが素だよ?

 

 アルレスハイム星系政府第8代首相兼銀河帝国亡命政府第8代皇帝グスタフ・フォン・ゴールデンバウム(グスタフ3世)、この星の全住民の精神的支柱だ。私の(というかこの星の有力な亡命貴族全員にとってだが)遠い親戚でもある。限られた皇族貴族同士で婚姻するともう皆親戚だよね?

 

「ふむ、ヴォルターも、ゴトフリートの娘子も随分と大きくなったのう。確か今年で……」

「13で御座います」

 

私が答える。

 

「おお、そうじゃったな。時が過ぎるのは早いものよ。のう、アドルフ?」

「はっ、その通りで御座います」

 

 深々と頭を下げ肯定する父アドルフ・フォン・ティルピッツ伯爵。

 

「そう固くならんでよいわ。長旅で疲れたじゃろう?向こうの休憩室に行くと良い。他の者達も既にサロンに興じておる」

 

 にこやかにこちらの(というか多分私の)疲労に配慮してそう進めるグスタフ爺さん。まぁ、この人が一番大変だけど。スーツ着てハイネセンポリスの同盟議会出て、すぐさまアルフォートの星系議会出て演説し、ここで親戚を迎えたらこれからすぐに着替えてハイネセンに戻るからね?過労死するぞ……。

 

「は、陛下、それでは失礼させていただきます」

 

 爺さんの過労を見越して父がそう言い私達家族を連れ退出する。

 

 父はこのまま軍務尚書である叔父との話があるので別れ、私は母に連れられ、ベアトを控えさせながらサロン行きだ。

 

「私、感激で御座います。皇帝陛下に御声を掛けて頂けるなど……子々孫々に伝えられる栄誉です!」

 

 ベアトが涙を流し感動する。え?門閥貴族はともかく下級貴族や平民はこの態度がデフォだよ?マジで帝国的価値観やべぇな。

 

 この日は、同盟軍から休暇を取って帰省している亡命貴族軍人達をもてなすために縁ある貴族達で細やかパーティーが予定されていた。

 

 サロンには既に主だった貴族が集まり軽食やゲームに興じながら談笑をしていた。

 

「あ、遅かったじゃないかヴォルター!」

 

 私の姿を確認し、リスナー男爵との談笑を切り上げたアレクセイがこちらに駆け寄る。

 

「私のせいじゃない。余りにも長々しい伝統のせいだよ」

 

 宮殿の近くに空港を建設出来ない上、入殿に際して機械製の乗り物を使えない糞ルールのせいだ。

 

「随分と辟易しているみたいだね。まぁ、甘いものでも食べて落ち着きなよ」

 

 そういうや早く若いメイドが頭を垂れながら菓子の乗った皿をこちらに差し向ける。凄いなぁ。雑談の内容ちゃんと聞いているんだね。尚、仕事の後は聞いた内容は全て忘れる模様。

 

「ん、ありがとさん。ベアト、お前にもやる」

 

 差し出すのはアプフェルシュトゥルーデル。まぁ、簡単にいえば林檎パイの親戚だ。

 

「全くはしたないね」

「お褒めの言葉ありがとう」

 

 素手で食べる私に友人が感想を述べ、感謝の言葉をかける。

 

「ははは、全く。ヴォル坊はやんちゃ坊主だな!」

 

 後方から聞こえた声に私の食事の手が止まる。悪寒。そして……。

 

「ほれっ!」

「ちょっ……待っ……」

 

 腰を掴まれそのまま上下に振り回される。あれだ。父親が赤子にやる高い高いだ。……あれよりもかなり激しいが。

 

「ちょっ……止めっ……」

 

 私の制止の声は届かず1分近く振り回される。え、誰も止めないのかって?ああ、アレクセイは楽しそうに見てたし、母上は御婦人方と談笑に華を咲かせてた。ベアトは責めないで。立場的に止められないの。

 

「ひく……酷いわ。こんなに弄んで。もうお婿さんにいけない」

 

 蹂躙された私は部屋の端でしな垂れて泣く。ベアトが「申し訳御座いません若様、無能なベアトを御叱りください」と嘆きながら慰めてくれた。

 

「ふむ、ほかの子達にはなかなか人気なんだがなぁ」

 

私を弄んだ人物は野太い声で不思議そうに呟く。

 

「いやいや、そのほかの子ってせいぜい5、6歳くらいですよね……?」

 

私は恨みたっぷりの口調で尋ねる。

 

 着ているのはモスグリーンの同盟軍正式軍装にベレー帽。少し低めの身長は、しかしその四肢はトレーニングで良く鍛えられていた。

 

 薄い金髪の脂肪と筋肉の程よく張り付けた顔はふくよかといっていい。何よりもその人好きのする笑みは子供には人気がありそうだった。

 

 同盟宇宙軍中佐、宇宙艦隊司令本部艦隊運用部付きラザール・ロボス……私の記憶が正しければ四半世紀後に自由惑星同盟の滅亡の遠因となった人物がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第五話 まぁ、住めば我が家だし多少はね?

Youtubeで丁度良い動画があった。
亡命軍地上軍イメージは幼女戦記よりLOS!LOS!LOS!ナチス映像との合わせ技なイメージです。
「皇帝陛下と民主主義のために服従と忠誠と命を捧げろ!」
……民主主義とはなんだろう(哲学)


 私がロボス中佐に会ったのはかなり早い。具体的には生後2カ月くらいだ。

 

 産後、母が体力を回復したところでこの新美泉宮のグスタフ爺さんのもとに参拝に出掛けた時に会った。

 

 外見こそ若いため、一目では分からなかったが次の瞬間に父が名を呼んで驚愕した。しかも次の瞬間にはこの親類に凄くエクストリームな高い高いをされて気絶しかけた。一瞬私が転生者だと気付いて殺りに来たのかと思ったがどうやら素であれらしい。

 

 しかも、この人結構私を可愛いがって来る(彼基準だが)。正直色んな意味で地雷な方なので御遠慮したいのだがそうもいかないのがこの狭い亡命貴族社会なのである。

 

 ラザール叔父さんはグスタフ爺さんの従姉妹の子供だった。アレクセイの親族であり、しかもその母が私の母の叔母にも当たる。一般家庭はいざ知らず、貴族社会においてはそれくらいの血縁関係は身内扱いだ。式典やパーティーもある。会わないのは不可能に近い。

 

 当然ながら、原作の彼は読者から同盟滅亡の原因トップ3にはいる事間違いないと言われる人物だ。帝国領侵攻作戦の総司令官であり同盟軍将兵2000万人を壊滅させたのだから当然だ。正直あれで同盟は死亡したといっていい。残りは完全に消化試合だ。

 

 同盟滅亡の大戦犯……逆にいえばこの人をどうにかすれば私の生存率は飛躍的に上がる筈だ。

 

だが……。

 

「む、ヴォル坊、そこは違うぞ?恒星間航行において気を付けるべきは周囲の天体質量だ。宇宙嵐よりも重力異常に気を配りなさい。超光速航行で計算外の重力にかかると虚数の海行きだぞ?公式の求め方は分かるな?」

「……アイアイサー」

 

 この太っちょ叔父さん、普通に私より優秀なんだよなぁ。

 

 そもそもコネの影響があったとしても同盟軍のしかも元帥に無能が成れる訳がないんですよね。原作ですらかつては優秀と書かれていたのだ。この人同盟軍士官学校次席だぜ?化け物かな?

 

 正直、私が今何を言おうとも仮定の、しかも穴だらけの話になるので語るのは得策ではあるまい。今は只、大人しく課題の答えを教えて……助言を受けるにまかせるのが正解だ。

 

 ちなみに今回の課題にこの人はベストマッチングだ。同盟軍での部署が宇宙艦隊司令本部の艦隊運用部だ。端的にいえば艦隊の航行や陣形変更に関わる部署である。私の課題を正に実戦で対処している身だ。

 

「ほう、それにしても幼年学校ではもうこんな課題をやっているのか?士官学校の2年相当の課題だぞ?」

 

 私の課題を見ながら感心したように語るラザール叔父さん。あの糞教官くたばれ!

 

「ヴォル坊は確か幼年学校の成績は……」

「はい、若様の御成績は上位でとても優秀でございます!さすがは誉れ高き帝国始まって以来の名門ティルピッツ家の跡取りでございます」

 

 はい、ベアト。要らんこと言わない。私ギリギリ上位だからね?毎回期末試験死ぬ気で勉強してこれだからね?お前さんいなかったら私リタイアしているからな?

こいつ、私よりも成績良いのに何で此処まで私を持ち上げられるのか謎だ。今だって本気で私の事讃えているのだぜ?目を輝かせて語っているんだぜ?門閥貴族と従士の関係これが普通なんだぜ?怖いわぁ。

 

「ほう、それは結構なことだ。どうだね?ヴォル坊は幼年学校卒業後はどうする?私としてはハイネセンの士官学校にいくのも良いと思うが」

 

 帝国亡命政府軍幼年学校の先の進路は大きく分けて3つある。

 

 1つはこのまま亡命軍に入隊する道だ。この場合准尉として入隊する。組織こそ違えどラインハルトとキルヒアイスパターンだ。最も、せっかく幼年学校卒業したのにこのまま入隊するのは余程の物好きくらいだ。

 

 2つ目の選択肢、これが一番多いが、亡命軍士官学校入校である。幼年学校卒業者には無条件で推薦枠がある。ここに入校、卒業して少尉として亡命軍に入隊するのが殆んどである。

 

 最後の選択肢が同盟軍士官学校への挑戦だ。曲がりなりにも亡命政府は同盟加盟国でありこの星の住民は同盟市民、同盟軍士官学校に受験する資格は当然ある。むしろ幼年学校上位卒業者は積極的に受験する事が求められる。

 

 当然だ。亡命政府の同盟軍への影響力を拡大させるために軍上層部に人を送る必要があるのだから。

 

 ちなみにだが、同じように同盟軍への影響力拡大や宣伝のために亡命者中心の部隊の設立もある。有名な例では同盟宇宙軍陸戦隊独立第501連隊、別名『薔薇騎士連隊』や宇宙艦隊指令本部直属同盟宇宙軍第4機動戦闘団別名『聖ゲオルギウス竜騎兵艦隊』等がそうだ。まぁ、例の『薔薇騎士連隊』は不祥事続きで最近は亡命政府との交流が疎遠らしいが。

 

 話を戻そう。そういうわけで同盟領全域から年間3000名から5000名の秀才が集う同盟軍士官学校には少なからず帝国亡命政府軍士官学校から受験・合格者が入校している。多い年には100名に迫ろうかと言う数の入校者がいる。ラザール叔父さんの言はその事を言っているのだろう。 

 

最も私としてはごめん被りたい。

 

「いやいや、無理ですよ。今の所でも辛いのにハイネセンの士官学校なんて」

 

 ぶっちゃけな話勉強こそ辛いがそれ以外の面では私は相当恵まれている。

 

 何せ私は門閥貴族だ。それだけでかなり教官の目は甘い。流石に限度はあるが逆にいえば大した事でなければ然程厳しく罰は受けない。

 

 それに他の生徒から悪意を向けられない。幼年学校生徒の内貴族出身が3分の2、3分の1が平民だ。しかも貴族の大半が帝国騎士や従士階級、門閥貴族としても伯爵以上なんてほぼあり得ない。というか私の年で身分が上の奴がアレクセイだけだ。つまり階級的には私は神に等しい。他人に気兼ねする必要なく気楽だ。これが同盟軍士官学校ならこうは行くまい。

 

 そもそも、同盟軍にいったら部署が怖い。いきなり回廊の哨戒艦隊の駆逐艦な?すらあり得る。少なくとも人事に関しては亡命軍のほうが融通が利く。……大丈夫だよな?父上、いきなり私を最前線に送らないよな?

 

「そんなところ行きたがるのなんて次席のホラント位だよ」

 

 私は肩を竦めて答える。あの向上心と反骨精神に溢れた平民なら喜んで行くだろう。貴族相手ですら平気で噛みつくような奴だ。むしろここより快適だと考えそうだ。成績的にも問題あるまい。

 

「そうか。残念だのう……。私としてはせめてヴォル坊だけでも、と思ったのだがなあ。アレク坊は行けんだろう?」

「残念ながら……」

 

 心から残念そうにアレクセイは答える。こいつは血筋が血筋だ。単純に警備上の不安があるし、ゴールデンバウムの末裔が同盟軍士官学校に通うのは虐めの原因になりかねない。同盟軍の反ルドルフ教育は民間教育以上だ。

 

 ちなみに我らが星で大帝陛下がどういう扱いを受けているかというと……前世の例で近いのは中国の毛沢東評価だろう。

 

「神聖なる大帝陛下は銀河連邦の不正・腐敗・怠惰・堕落から人類社会をお救いになり秩序を再建為された偉大な御方であらせられるが人の肉体の身、その上それを取り巻く利己的な肝臣の陰謀により少なからず過ちを犯してしまわれたのだ!」

 

 要は、皇帝として人類社会を安定させた偉大な功績があるが愚かな取り巻きと身体の衰えにより幾つかの失政もあった。劣悪遺伝子排除法や社会秩序維持局は正にそれで例えば前者はより漸進的にすべきであり、後者は実行者共が陛下の威光を傘に着て暴走した結果である、帝政初期の共和派議員は大帝を正しき道に引き戻そうとしたが君側の奸により阻まれ、議会を解散させられたのだ、と言うわけだ。

 

 そして、今の帝国の皇帝と貴族は大帝から課せられた人類社会と臣民の守護者たる義務を放棄した逆賊に過ぎず、我らこそが大帝陛下の教えに基づき議会を復活させ立憲君主政により人類の平和と秩序を取り戻すのだ!と言うことらしい。

 

 当然ながら同盟の一般的な価値観から見た場合限り無く黒に近い灰色だ。尚、これは建前なのでこの星の純朴な一般星民に大帝陛下について語ってもらうと限り無く灰色に近い黒になる。これはもう駄目かも分からんね。

 

「ふむぅ……私としてお前さん達の雄姿を間近で見てみたいのだがなぁ」

 

しょんぼりとした表情を作るラザール叔父さん。

 

「私もです。この生まれ育った星と民を守るのも大切な勤めではあります。しかしやはり願わくば大軍を率いて祖国に帰還し、臣民を解放したいと常々考えております」

 

 静かに、拳を握りしめ幼馴染が答える。あ、私は良いです。臣民の解放はローエングラム侯にでも任せますわ。

 

「私も……いつか若様の御傍で先祖の地を……!」

 

 おーい、ベアト、凄いシリアスな表情で呟かないでくれる?お前さんまでフラグ建てに勤しむのかい?

 

 この凄い私にフラグを言わせようという空気(抑止力かな?)を止めたのはこのサロンに参加しているちびっ子達であった。

 

「ラザールじじさま、もういーい?」

 

 声の方向を見ると5、6歳位だろう。ポニーテールに纏めた茶髪、ユトレヒト子爵家の姪っ子が海色の可愛いらしい瞳できょとんとラザール叔父さんを見上げていた。その両手は万歳の体勢だ。超エキサイティングな高い高いを御所望らしかった。

 

「ぬ、今はヴォル坊の課題を見て……」

 

 ラザール叔父さんが困った声を出す。そしてその言葉に潤っと表情を歪ませる幼女。あかん。その子泣き虫なんだぞ。

 

「いいよ、叔父さん。正直少し休みたいし」

 

フラグからも逃げたいので。

 

「ぬ、そうか?すまんな。ほれ、いくぞい」

 

 そういうやいなや笑顔で粗っぽく貴族令嬢を持ち上げるラザール叔父さん。一方子供の方は待ってましたとばかりにきゃっきゃとはしゃぐ。

 

「あ、リーゼぬけがけずるい」

 

 事態に気付いて最初に駆け寄るのは気の強いヴァイマール伯爵の長女だ。釣られてほかの子もより集まる。

 

「ははは、人気だね。叔父さんは」

「……ああ、そうだなぁ」

 

 なにも知らずに純粋に笑う親戚の子供と、同じ位に純粋に相手をする叔父を見て思う。

 

「……先祖からの悲願なんて、どうでもいいんだけどな」

 

 正直こんな立場に生まれたのは仕方ない。帝国の農奴より遥かに恵まれている。問題はこれから先だ。これから先原作の通りなら二人により銀河は嵐の時代がやってくる。   

 

 これまでの戦争が子供の遊びのように見える戦争が始まる。私にそれを止める情熱も実力も無いのは仕方無い。転生しただけの一般人に期待しないでくれよ。

 

 だが、せめて……自分の身内と故郷だけは守りたいとは思う。こんなネジのイカれた奴ばかりの故郷でも私を軍隊に入れる以外では大切にしてくれていた。それを捨てて逃げるほどには誇りは捨てていない。

 

「誇り?……私も毒されてきたかな」

 

 そんなことを思い苦笑する。正直怖いが……やれること位はやってみてもいいかな、などと私は皿の上の菓子を口に放り込むと、はしゃぐ親戚達を見つめつつ密かに思った。

 

 

 

 

 

 

 



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第六話 船酔いに備えて酔い止めは準備しておこう

 沈黙が一帯を支配していた。私の見える視界は辺り一面真っ白な雪に覆われた大地のみだ。仮に動くものがあるとすればせいぜいが1世紀半も前に初期入植者が持ち込みそのまま野生化した山兎位の物だろう。

 

 私は、静かにスコープの解析度を調整する。帝国軍の主力ブラスターライフルであるモーゼル437を基に亡命軍が作ったゲーベル17は大量生産前提のモーゼルシリーズをコストと引き換えに再設計したものだ。当然性能はこちらが上だ。

 

 殊、宇宙戦艦等の大型兵器はともかく、個人携帯装備に限れば実は亡命軍の装備の質は悪くない。

 

 大量生産が必要かつ艦艇等より重要な装備があるために帝国も同盟も個人装備にかけられる予算が限られている。一方兵力に限りがあり地上戦の機会も少なくない亡命軍はこの手の装備に比較的贅沢な予算をかける事が出来た(艦艇の新規開発は諦めて鹵獲品と同盟製を使っている)。むしろ一部の装備には同盟地上軍に輸出する逆転現象が起こったものすらある。

 

 ゲーベル17もまた基になった帝国軍の、それの4割増しの値段だがそれ以上の性能を有する逸品だ。 

 

 私は対赤外線コーティングの為された雪原戦用迷彩服に身を包みうつ伏せの状態で目標を狙う。大昔ならもっと難しい計算がいるのだろうがデジタルスコープは、風量や温度、湿度、重力計算を自動でしてくれる。人間が行わなければならない計算は遥かに少ない。

 

まぁ、それでも滅茶面倒なんだけど。

 

 私は、西暦時代の狙撃手が聞けば跳び膝蹴りされそうな事を考えながら再び目標に神経を集中させる。

 

 スコープの中の目標がぼやけたそれからクリアになるのに合わせ私は深く呼吸する。……教官曰く呼吸も狙撃の精度に影響するとか。

 

「……!」

 

引き金を引くと共に青白い熱線が目標を貫いた。

 

 私は立ち上がり首もとの防寒用マスクから口元を見せると呟いた。

 

「あー、こりゃ駄目だね」

 

 約250メートル離れた人形の的、その横腹に弾痕が刻まれていた。つまり、致命傷ではない。減点対象と言うことだ。

 

 

 

 ヴォルムス北大陸北部降雪地帯、私達帝国亡命政府軍幼年学校4年生はこの地で修学旅行(と言う名の課外講習)を受けていた。

 

 因みにに去年は東大陸の砂漠地帯だった。サバイバル術の実習とコルネリアス1世の攻撃で廃墟になった旧星都(というか東大陸自体この攻撃で砂漠化したわけだが)の見学という糞内容だったが。

 

 修学旅行すら娯楽性皆無とか笑えますよ。勤勉過ぎるわ。

 

「流石若様です!総合得点715点、尊敬致します!」

 

 狙撃試験を終えた私のもとに駆け寄る従士さん。この点数は学年の上位3割に辛うじて入る点数だ。

 

 え、ベアトは?おう、総合点数904点、学年19位だそうだよ?

 

 一見嫌みのようにも思えるベアトの態度、しかし知っての通り真性だ。どういうフィルターかかっているんだろうね?

 

「思いのほか良い点じゃないか?」

 

 ライフルを肩に乗せたアレクセイが関心した表情でこちらに来る。

 

「昨日教官にみっちりしごかれたからな」

 

 私は昨日一人カプチェランカ帰りの教官の特別講習を受けた身だ。帝国と違い亡命軍では貴族の面子を守る事は点数評価を甘くするのではなく恥をかかないレベルまで指導する事を意味していた。

 

「で?お前さんは?」

「974点」

「おう、知ってた。どうせ1位だろう?」

「いや、私とした事が、負けたよ」

 

 肩を竦めて自虐する旧友。

 

「負けた?となると1位は……」

 

次の瞬間教官の叫び声が響く。

 

「ヴィルヘルム・ホラント4年生、総合点数986点!」

 

 その点数に周囲の生徒が驚愕と畏怖の表情でその偉業の達成者を見やる。

 

 防寒帽とマスクを脱いだ同僚はお世辞にも気の優しそうな雰囲気ではなかった。

 

 短く切り揃えた金髪に碧眼は典型的なゲルマン系の造形、鋭い眼光ときつい口元のせいで端正な顔立ちだが近寄りがたい。その体は普段から自主的に鍛え上げているのだろう、同僚に比べても逞しい。

 

 ウィルヘルム・ホラントは西大陸の地方都市ナイメーヘン出身の平民階級である、事くらいしか私は知らない。ただ、向上心の強い努力家で、この星の住民にしては珍しく貴族相手にもへりくだらない性格の人物だと言うことはこれまでの経験で分かる。私達の場合、他の同僚は爵位を気にして良くて敬語、一番見てられなかった時は膝まで付いて話しかけてくるのだ(しかも周囲の同僚どころか教官すらそれを気にしないというね)。

 

 そんな中、淡々と軍人らしく直立不動で、呼び捨てで呼ばれれば印象にも残る。ちなみに元来小市民な気質の抜けない私には非常に好感が持てた。隣にいたベアトが激怒しかけて宥めなければならなくなったが。

 

「さすがだね、ホラント君。素晴らしい射撃センスだ。私も頑張ったんだけど、敵わなかったよ」

 

 アレクセイはにこやかに微笑んで駆け寄ると握手を求めるように手を差し出す。それは心から相手の成績を称賛しているようであった。

 

「……大したことではない。基本を何度も忠実に復習すれば誰にでも出来る事だ。わざわざ誉めてもらう事なんかじゃない」

 

 アレクセイの差し出す手を一瞥すると興味無さげに淡々とその場を去る。

 

「おい、貴様……!」

「余りに無礼じゃないのか……!」

 

 周囲の生徒がホラントを呪い殺さんとばかりに睨み付ける。

 

 だが、ホラントは足を止め、それを一瞬見ると、すぐ興味を無くしたように歩き始めた。

 

「なっ!貴様……!」

「よせ、止めるんだ」

 

 数人の生徒が殴りかかろうとしたところでアレクセイが静止を命じる。

 

「し、しかし……!」

「いいから。止めてくれないかい?」

「はっ……ははっ!」

 

 姿勢を正し頭を下げ了解する生徒。アレクセイはそれを見て慣れたような苦笑いを浮かべる。本人としては対等の同僚と見ていても大半の生徒にとって彼は尊い大帝陛下の血筋として見ている事をまざまざと見せつけていた、等と隣でホラントの背中を今にも襲いかからんとばかりに凝視するベアトを見ながら考える。こういう時は取り敢えず仕事をやるに限る。

 

「ベアト、メンテ宜しく」

「了解致しました」

 

 狙撃試験に使っていたブラスターライフルを適当に投げつける。直ぐ様キャッチして敬礼するベアトをおいてアレクセイに近寄る。

 

「あ、悪いけど殿下とお話があるからどっか行ってくれる?」

 

 私が済まなそうに聞くと狼狽しつつも先程の同僚達が礼をして退散する。

 

「ははは、振られたか?」

「残念ながら、ね」

 

私の冗談に肩を竦めながら答えるアレクセイ。

 

「艦隊運用学と航路選定概論の試験も負けてたな」

 

 この前の中間試験の結果について指摘する。これまで全ての課題で首席だった旧友が今年の半ばから部分的に次席に成績で負けていた。

 

「素晴らしい才能だよ。私だって首席になるために努力はしているつもりだ。その上で越されたんだ。どれ程の苦労をしたのか……称賛の言葉しかないよ」

 

 その言葉には負けた事への蟠りは感じられない。負けたのなら勝てるよう努力する、旧友はそういう人物だ。

 

「向こうは恐らく嫌っているようだがね?」

「そのようだね。本当に残念だよ。将来共に賊軍と戦うだろう戦友に嫌われるのは少し悲しいよ」

 

 こいつ、本当優しいな。大帝陛下の顔で言われると違和感しか無いけど。

 

「戦友ねぇ。そう言ってもあいつ、卒業したらハイネセン行くつもりだぜ絶対」

 

皮肉気に語ってやる。

 

「同じ事さ。同盟軍にも同胞は沢山いる。それに亡命者でなくとも賊軍と戦う者はすべからく戦友だ。第一それだとヴォルターを戦友と呼べなくなる」

「おーい、私一度としてハイネセンにいくなんて言ってないぞー?」

「え、君の父上が手紙で書いてたよ?」

「はっは!ワロス」

 

外堀から埋めに行くパターンかな?

 

「若様、メンテナンス完了致しました」

 

敬礼と直立不動の姿勢で報告するベアト。早ぇよホセ。

 

「ありがとさんよ。さて、この課外学習もだるいが……ラスボスが控えているんだよなあ」

 

 この課外学習の一月後、亡命軍幼年学校4年生の最後の講義が控えていた。即ち、宇宙航海実習……実は何気に生まれて初めての宇宙行きであった。

 

 

 

 

宇宙暦778年2月1日ヴォルムス北大陸星都アルフォートに西150キロの沿岸地帯、北ワデン海に面したそこにこの惑星最大の宇宙基地がある。

 

 アルフォート宇宙港は軍民共用の最重要施設の一つだ。

 

 年間利用客は3000万人、星系航路としてはシャンプールの他エルファシル、ヴァラーハ、グレナダ等11有人星系との直通便があるほか日に1便だがハイネセンへの特急便も開通している。国境に近い辺境星系の宇宙港としては破格の規模だ。

 

 民間用敷地の北側、にその3倍の規模の軍用地が鎮座している。

 

 亡命宇宙軍の主力部隊の駐留するそこは鹵獲した帝国軍主力艦艇を中心に1200隻が置かれ、ひっきりなしに出入港していた。警備のために周囲には地上軍1個師団が展開、対空ミサイル・レールガン・ビーム砲搭からなる陣地のほか攻撃ヘリ、大気圏内戦闘機の待機する航空基地が併設される。

 

 装甲車に前後を護衛されたバスに乗り込み私を含む幼年学校4年生は軍用地に入場する。

 

「列を乱すな!粛々と隊列を維持してついてくるように!」

 

 教官が注意をするため一見整然と進むが実際のところ私を含め殆んどの者がそのスケールに圧倒されていた。

 

 港内に係留される巡航艦の列、300メートルに及ぶそれが何十隻と並ぶ姿は凄まじい威圧感を与える。戦闘においてはたかだか1隻の巡航艦なぞとるに足らない存在だろう。だがそれは艦隊戦における話で地上に這いつくばる人間にとっては正に城と呼ぶに相応しい。

 

 というか怖い。これ艦がバランス崩したり事故で爆発したら終わるな。デカイものはそれだけでヤバイ、はっきりわかんだね。

 

 帝国軍標準型戦艦を改装した練習艦『イェリング』が私達の乗り込んだ艦であった。

 

「各員シートベルト締めろ。いいか、発進後、チェックポイントにつき次第護衛と共に超光速航行に移る。ワープ酔いに気を付けろ。無理に我慢せずそこの従兵に洗面器をもらう事、分かったな?」

 

 全天周囲モニターの研修用室で席に座りシートベルトをつける生徒に注意する教官。言うには大体学年で最低一人はリバースする方がおられるらしい。うえぇ、汚ねぇ花火だぜ。

 

「つーか、怖いんだけど」

 

 冷静に考えろ。宇宙だぞ?外でたら普通に死ぬよ?原作で普通に宇宙航海しているけどよく考えてるとよくノイローゼにならないな?何でほかの生徒共はわくわくしているんだよ?そんなにエクストリームスポーツ好きなの?

 

「ん?」

 

次の瞬間、隣に座っていたベアトが私の手を握った。

 

「若様、とても緊張しておいでです。御無理せず、何か不安があればこのベアトにご相談してください」

 

 私の顔、そんなに不安そうだった?心底心配そうに従士が尋ねる。

 

「………ベアト」

 

 従士の顔を見て、私に触れる手に視線を移し、再びベアトの顔を見やる。

 

「凄く情けないんだけど不安だから今だけこのまま手握ってもらっていい?」

 

 ベアトには本当に情けない姿を見せる事になるが恥を忍んで頼み込む。

 

「……はい、ベアトでよければ何なりと」

 

 一瞬きょとんとした表情を見せる、がすぐにこの幼なじみは慈愛に満ちた声で答えてくれた。ははは、本当に情けねぇ。

 

『これより本艦は出港する。各員衝撃に備え!』

 

 艦橋からのアナウンス。同時に小さい揺れと共に浮遊感が発生する。

 

「うおっ……凄いな」

 

 全天周囲モニターから見える景色は急速に今乗っている船が上昇している事を示していた。地表の都市は急速に小さくなり船は雲海を貫き高度を上げる。空は青色から瞬く間に薄暗くなっていった。

 

そして、私はそれを見た。

 

 暗黒の世界……そこに輝くは千億の星。宝石を散りばめたような美しい世界。

 

「我が征くは……星の大海」

 

 誰の台詞だったか?あるいは題名だったか?原作の言葉が脳裏によぎった。……成る程、ラインハルトが宇宙に出たいと言うわけだ。これは余りに……美し過ぎる。

 

 護衛であろう2隻の巡航艦が距離を取りながら並走する。再びのアナウンス。

 

『これより本艦は短距離超光速航行に入る。総員用意』

 

「ベアト」

「……何でございましょう?」

「案外、良いものなんだな。宇宙は」

「……お気に召して何よりでございます」

 

心から喜ばしそうに彼女は答えた。

 

『ワープ……開始!』

 

 揺れる船内で私は思う。少なくとも宇宙航海自体は悪くないな、と。

 

 

 

 あ、やっぱり今の発言無しで。凄く気持ち悪い。……うえええ。 

 

 おい、もし転生する機会があれば覚えておけ。宇宙船に乗るときは酔い止め常備は必須な?

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第七話 仕事は慣れると雑になるもの

 ライナルト・フォン・バッセンハイム中佐が艦長を勤める練習艦『イェリング』は護衛艦2隻の庇護の下アルレスハイム星系から14.9光年の位置にあるパランティア星系第6惑星オスギリアス近縁を航行していた。

 

 パランティア星系といえば宇宙暦751年帝国暦442年のパランティア星域会戦が有名であろう。730年マフィアが一人ジョン・ドリンカー・コープ提督の指揮する同盟軍は帝国軍に対して30万人もの戦死者をだす惨敗を喫した。

 

 この会戦の結果第2次ティアマト会戦以降企画された帝国領への大侵攻作戦の中止が為された原因としても有名である。フレデリック・ジャスパー提督の黒い噂も当時の侵攻作戦の可否におけるコープ提督との意見対立から来たものだった。

 

 実際のところそれは、ゲスの勘繰りと言えた。会戦後の敗因研究を行った特別委員会の公表文によるとパランティア星域会戦の敗因は想定外の星域での戦いだったからだ。

 

 実のところ当時のパランティア星系は決して最前線という訳ではない。むしろ補給基地があり艦隊の集結先としてこれまで度々使われた星系だった。

 

 正面決戦では勝てぬと考えた帝国軍首脳陣は当時構想されていた高速戦艦の試作艦艇を中核とした特務艦隊を編成し同盟勢力圏の哨戒網をすり抜け集結途中だった同盟軍に奇襲攻撃を実行したのだ。

 

 初撃で艦隊副司令官が戦死、艦隊の内集結していたのは6割強、混乱する艦隊をコープが纏め上げる時間は無かった。コープ提督はその軍事的才覚を発揮させることすら許されず戦死した。

 

 むしろ救援要請に答えジャスパー提督がパランティア星系に急行した時間は帝国軍の想定よりも遥かに早かった。少なくとも彼は戦友を見殺しにするつもりは無かった筈だ。

 

 さて……そんなパランティア星系は基本的に危険な宙域ではない。同盟航路局の発表する注意レベルは5段階の内2、パランティア星域会戦の例こそあるが通常帝国軍と遭遇する事はあり得ない。最も近年はイゼルローン要塞の完成とそれに伴う帝国勢力圏拡大により注意レベルの引き上げ検討が為されている事も事実ではある。

 

「まぁ、そんなことは今はどうでもいい。取り敢えず腹痛いから実習休んでいい?」

 

宇宙服を着た私は後ろに控える旧友に笑顔で訪ねる。

 

「諦めなよ。さあ、順番がきたよ?行って」

「嘘だ!」

 

 憐れむような表情で答える旧友に私は心からの否定の言葉を叫ぶ。具体的に某超大作映画の二部で敵に父親だと告白された主人公のごとき慟哭を叫ぶ。しかし現実は無慈悲だ。

 

乾いた音と共にエアロックがしまり私は一人閉じ込められる。

 

「はいはい、さぁ排出だ」

「鬼!悪魔!地獄に堕ちろ!」

 

 吸引器により室内の空気が抜かれ真空状態になったと共に極寒の闇に続く扉が開いた。

 

「ははは、ペーター!覚えていろ!私は何度でも甦る!はは!ははは!」

「私はペーターじゃないよ?」

 

私は怨みつらみを呪詛にして吐きながら練習艦から放出された。

 

 

 

 

「うーん……駄目だ。胃の中気持ち悪……」

 

 無重力遊泳体験で無重力酔いして艦の休憩室のベンチでダウンする私である。ベアトが膝枕してくれているが残念ながらその膝の柔らかい感触を味わう余裕なんてゼロです。

 

 良く良く考えろ。無重力空間で胃の中の物がどうなるかを。休憩室のほかの同僚達の大半はけろっとしている。私の状態を物珍しそうにすら見ていた。なぁ、何でお前ら平気なの?これが宇宙暦のスタンダードなの?私だけ重力に魂を縛られているの?

 

「流石に情けないね。ワープ酔いと無重力酔いで両方吐く生徒は初めてだって教官が困惑していたよ?」

 

 宇宙遊泳実習を終わらせ着替え終えたアレクセイが心底呆れたようにいった。うるせぇ。

 

「うーん……悪いけど昼食いらないって教官にいっておいてくれる?」

 

項垂れながら私は頼む。

 

「それは良いけど、本当に大丈夫かい?入港まで持つかい?」

「持たせるしかなくね?」 

 

 予定としては昼食の少し前の時間……確か1200時頃にパランティア星系第5惑星衛星軌道上の同盟軍の補給基地に入港、基地見学をする事になっていた筈だ。当然ながら宇宙船より宇宙要塞の方がより安定した重力発生装置を備えている。そちらにいけばこの吐き気も多少はましになるだろう。

 

「ううう……畜生め。何でお前ら元気なんだよ。ふざけんなよ」

 

 勤勉な奴なんてこの休憩室で腹筋や腕立て伏せしてるしな。どんだけだよ。お前ら軍人よりボディビルダーでも目指せよ。

 

 特にホラントはその筆頭だ。すげえよな、もう10分以上黙々と片手で高速腕立て伏せしてる。苦しい顔一つしてねえ。

 

 まぁ、帝国人は元来筋トレ好きが多いのだが。大帝の遺訓だ。健全な魂は健全な肉体に宿る、等と大昔の哲学者は言ったそうだが、大帝が仰るには「他者に勝つにはまず自身に勝たなくてはならぬ。なぜ自身に勝てぬ者が他者に勝つ事ができようか?」と言うことだそうで。

 

 その上でこう言った。「肉体を頑健に保つには日々自らを律し、苦しみに耐え抜かねばならぬ。即ちそれに耐え肉体を研磨出来る者こそが他者に打ち勝ち、人類種の繁栄に貢献出来るのだ」と。 

 

 逆にいえば健全な肉体を持たぬ者は人類の繁栄に貢献出来ない。即ち障害者は不要な存在、不健全な生活を続ける貧民は健全なる貴族に従うのが当然、という意味の裏返しでもある。無論それは、建前であり大帝陛下が晩年痛風だったりラードの塊こと流血帝が即位してたりしている点でお分かりの事だが実際は自堕落な生活を送っていた王侯貴族もかなりいた。むしろ下級身分の者ほど純粋にその遺訓を守り伝えている傾向がある(盲信しているとも言う)。

 

 そんなわけで帝国人……特に純朴な平民層は筋トレが趣味……というか本能になっている者が少なくない。亡命政府の統治領域は特にその気風が強い。元貴族から農奴までナチュラルに鍛える。私も半強制的に鍛えさせられた。まぁ、筋力は平均より下だけど。おい、アルレスハイム星系の高等学校のスポーツテストの成績、何で同盟平均点数の2割増しなんだよ。ふざけんな。

 

「お痛わしい……若様、どうぞ御安静にしてください。必要な事は何なりとこのベアトに御命令を。可能な限り御答え致します」

 

 私の頭を撫でながら沈痛そうな面持ちで話しかける従士。凄く……重いです。

 

 いや、いい子なんだけどね?本当上の階級への盲信具合ヤバイよね、この子。私この子の将来心配だよ。

 

 と、思ったけど良く良く考えたら重いのはどちらかというと従士階級全般だった。

 

従士階級について調べたら代表例がブラウンシュヴァイク公家のアンスバッハ家や晴眼帝の皇后ジークリンデだからな。……重いわ。

 

 5世紀近く主従関係が続けばこうもなろう。常人には到底理解出来まい。私だって理解し難い。

 

『連絡致します。本艦は現在、パランティア星系第5惑星の周回軌道に入りました。まもなく、入港準備に入ります。総員入港準備に入ってください』

 

艦内放送が終わるとアレクセイがこちらを見る。

 

「だそうだよ。後長くて1時間といったところだね」

「そう……だな……」

「持ちそう?」

「どうに……あ、やっぱり無理かも」

 

旧友は黙って洗面器を渡してきた。

 

 

 

 

 

「管制班、ゲストの航行は順調かね?」

 

 指令部に副官と共に入室した自由惑星同盟宇宙軍所属、パランティア星系第5惑星アモン・スールに二重の輪を形成する小惑星帯、その中で3番目の大きさを誇るそれの内部をくり貫いて建設されたアモン・スールⅢ補給基地の基地司令官カディス・ジャック・ロワール大佐は指令部要員にそう尋ねた。

 

「はっ、現在アモン・スール衛星軌道上に到達、当基地とのアプローチは1100時と想定されます」

「予定通り、だな」

 

 管制班の返答に対して安堵と呆れの綯い交ぜになった溜息を漏らすロワール大佐。この歳55歳の彼の顔にはありありとした疲れの感情が見て取れた。そのくたびれた表情には歳と階級による責任から来るものだけではない。

 

「ぼんぼんの遠足ですか」

 

 皮肉気に語る副官のハワード中尉。この歳26歳の彼は、ハイネセンのテルヌーゼン同盟軍士官学校こそ出ていないがパラス予備士官学校を上位で卒業、同盟屈指の大企業の一つヘンスロー社の事務職として入社していた経歴の持ち主だった。そして2年前の第2次イゼルローン要塞攻略戦による兵員損失補填として3年期限の後方士官として入隊している身であった。

 

 宇宙暦778年の時点で同盟軍の中央・地方を伏せた現役兵力の総数は4600万名に及ぶがその多くが正面戦力の戦闘要員であり後方支援要員は決して多くは無い。これは防衛戦中心であるために比較的補給が容易である事もあるが最大の原因は同盟の国力の限界から後方支援体制まで人員と予算を振り向けられないためでもある。特に希少な士官学校卒業生はその大半が前線の正面戦力……将来の参謀職や提督職になる事を期待してとして配置され、後方勤務に回されるのは学生時代に適性を認められた一部の者である事が大半である。

 

 そのため、同盟軍では特に後方勤務要員養成のために複数の予備士官学校を設立していた。卒業後は基本的に民間企業(最も軍需企業の割合が多いが)に就職するものの大規模作戦や大損害に際して臨時動員される予備士官は現役士官に比べ能力はともかく数とコストの面で遥かに利便性があった。

 

「そういうな。大切な客人だ。丁重に扱わんとならん。下らん事でトラブルを起こすわけには行くまい」

 

副官に注意するロワール大佐は、しかし本人も嫌々といった雰囲気で語っていた。

 

 銀河帝国亡命政府、そしてそれを擁するアルレスハイム星系政府は数多ある同盟加盟星系国家の中ではかなり異質な部類だ。確かに星系国家の中には権威主義の傾向の強い星系政府や一党独裁とはいかないまでもヘゲモニー政党制の星系議会も存在する。だが、それでもあくまで民主主義と共和制を標榜し、反帝国の思想では中央と一致した見解を有している(少なくとも今のところは)。

 

 そんな中で民主主義を標榜しながら限りなく専制国家の如き価値観を政府から市民までが共有している亡命政府はその内情を知る者には違和感を感じざる得ないものだ。歴代首相が世襲化し、星系議会の与党が議会成立以来一度も政権交代した事が無いのは異常でしかないのだから。

 

 同時にその性質から同盟政府からも同盟軍から腫物に近い扱いを受けているのも確かだ。特に前線における亡命軍の戦いぶりは畏怖を通り越して恐怖すら感じられる。友軍である同盟軍から見てすら、だ。

 

 それだけに、直接関わる身としては気苦労が絶えない。同盟人の一般的感性からかけ離れた彼らの逆鱗がどこにあるのか、地雷処理作業をするような感覚だ。

 

「粛々と見学をしてもらって、丁重にお帰り頂こう。幸いこの星系は安全だ。将兵達にさえ訓令を与えておけば問題あるまい」

 

 だといいが、と内心で再度ため息をつく。そんな状況だから指令部要員も皆、肩をすくめて呆れる。

 

「ん?」

 

 レーダー索敵要員が一瞬レーダーサイトにあった反応に気付く。だが数秒もせずにそれはすぐ消え去る。

 

「……ゴーストか?」

 

 レーダーにバグや後作動により存在しない目標が表れる事自体は宇宙暦の御時世でも良くある事だ。大概はコンピューターのソフトウェアによりすぐに処理される。

 

「報告は……まぁ、大丈夫だろうな」

 

 気難しそうにする司令官に報告するのは気が引けるし、大規模な出征の情報もないのにこんな後方に帝国軍が進出しているとは思えなかった。

 

 専科学校を卒業し数年、そろそろ仕事での手の抜き方を弁えてきた時期の彼は普段の経験に基づきそのまま任務に戻る。

 

宇宙暦778年2月3日1200時、練習艦『イェリング』は予定通り補給基地アモン・スールⅢに入港した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第八話 ルーチンワークもクリエイティブな仕事もどちらも面倒なもの

「では皆さん、これより見ていただくのは基地のロジスティック部門についてです」

 

 同盟宇宙軍モーリス・サックス大尉は亡命軍教官と共に学生を引率しながら饒舌に説明を続ける。

 

「兵站については世間一般では単に補給の事くらいしか思い浮かばないと思います。しかし、皆さんも講義で知っての通り実際はそれだけではありません」

 

 兵站は平時・有事における軍の活動・機関・施設の総称だ。平時に置いては各基地・各部隊への武器・弾薬・燃料・食料・医療品・日用品の輸送・配給の手配や兵器の定期点検等、有事においては事前の計画や前線への要望に答え迅速かつ過不足無く物資を各部隊に輸送するほか、前線への後方支援基地の構築・維持、負傷兵の後送や戦死者の遺体回収、兵器の修繕等が挙げられる。

 

「知っての通り同盟軍においては兵站は後方勤務本部の管轄です。しかし、同時に忘れてはならないのは実際に物資を集積する補給基地の存在でしょう。」

 

  巨大な扉が自動開閉される。サックス大尉は膨大な物質の収用されたコンテナに足を踏み入れ再びニュースキャスターのごとき説明を再開する。

 

「現在同盟宇宙軍は53個の宇宙要塞型補給基地を有しております。これらは主にハイネセンから帝国国境に構築されております。理由はナンバーフリートを始めとした宇宙艦隊の素早く、長期に渡る展開のためです。当然ながら補給物資の詰め込みには時間がかかり艦隊の航行速度にも影響を与えます。そのため同盟宇宙軍の艦隊においては最低限の物資のみを貯蔵し、会戦前に物資を各基地で補給、万全の状態になってから艦隊戦に移ります」

 

 同盟軍の宇宙要塞型補給基地はその多くが航路の辺境にある。元来距離の防壁による防衛戦を想定していた同盟宇宙軍は帝国軍に対してこれらの基地を拠点に戦隊単位でのゲリラ戦・漸減戦を構想していた。そしてこれら補給基地の分散の結果、同盟宇宙軍艦艇は航続距離を犠牲にして小型化・低コスト化を実現する事にも成功していた。

 

 実際のダゴン星域会戦では当初の想定とは違い艦隊決戦となり、以後これが同盟宇宙軍のトレンドになったもののこの補給基地の分散配備により同盟宇宙軍は帝国軍に比べ艦隊の即応化に成功したほか、後方支援の面で周辺に多くの補給基地があるためより迅速に、より柔軟に対処出来るというメリットを受けていた。

 

「これにより帝国軍の出征後にでもこちらの優位の星系での決戦を強制出来る事になった訳です」

 

 サックス大尉が質問が無いか尋ね、幼年学校の生徒達ははきはきした声と模範的な体勢の挙手で疑問をぶつける。

 

「同盟軍の主力艦隊はハイネセンに駐留していますが国境への常時展開を実施しない理由はなぜでしょう?」

 

少し幼さの残る女生徒が質問する。サックス大尉は笑みを浮かべて返答する。

 

「はい、そうですね。一つには主力艦隊の練度維持と損失回避が挙げられます。ナンバーフリートは兵員と装備の質の面で同盟軍の精鋭部隊と言えます。国境展開によりそれらに不必要な犠牲を生むことによって会戦時に帝国軍に対して不利になり得る点がまずあるでしょう」

 

生徒達の様子を見て話を続ける大尉。

 

「また、予算の面もあります。一個艦隊の艦艇は1万隻を越え兵員は100万を越えます。これらの駐留する基地の建設と維持、部隊の展開、これらのローテーションを想定すると現状に比べ多くの予算が必要となります。予算は有限、ならば現状の国境警備部隊の増強で十分と判断されたためです」

 

 そもそも帝国軍にしても距離の防壁の効果で哨戒艦隊の規模は決して大きくない。わざわざ正規艦隊を雑務に就かせるほどのものではない。

 

 もっとも、イゼルローン要塞の建設により同盟軍でも国境へのナンバーフリートの常時待機させるべきと言う意見も出ている。だが、一方そのための予算で要塞攻略のための艦隊増強、具体的には現状の11個艦隊体制を12個艦隊体制に増強した方がよいと言う意見もあり未だに答えは出ていない。

 

「私達からすれば艦隊の駐留の方がいいのだろうけど……」

 

 アレクセイは説明を聞きつつ小さな声で呟く。単に自分達の星の安全を考えればその方がよいだろう。彼の友人もそう宣う筈だ。だが亡命政府の国是としてはそんな事認められる筈もない。廻廊の向こう側の奪還は惑星住民5000万人、いや同盟領全域に離散する帰還派市民数億人の悲願だ。そのために1世紀以上戦い続け、多くの資金を費やし、同胞の協力を得てきたのだ。それを我が身可愛さで方針転換なぞ許される筈もない。同胞の犠牲を無駄に出来ない。

 

「ヴォルターは肩を竦めるんだろうな」

 

 ベアトに肩を借りて今にも死にそうな表情で医務室に向かっていた友人の情けない顔を思い浮かべる。案内役の同盟軍軍人も半分呆れ果てた顔をしていた。その様子を思い浮かべ思わず小さく笑ってしまった。

 

 決して優秀とはいえない。門閥貴族として多くの指導を受けている事もあり無能では無いが秀才とはいえる程際立っている訳でも無い。貴族としても最低限の礼儀こそ実践出来ているがそれだけだ。精神面では誇り高き貴族というより小市民に近い。父親に矯正されているがなかなか根っこは変わらないようだ。

 

 名門貴族であるが、それだけな筈の人物をしかしアレクセイはとても気に入っていた。幼馴染である事もあるが、恐らく彼が一番気に入ったのはその無頓着なところなのだろう。

 

 少なくとも彼の前ではゴールデンバウムのアレクセイではなく、普通のアレクセイとして話せるからだろう。少なくとも彼の態度は自分をさほど神聖不可侵たる皇族の一員として扱っていない事を物語る。敬語で話そうともそこに本当の意味で敬意はさほど含まれていないだろう。

 

 だからこそ気が楽だ。同時にそんな彼の事を羨ましくも思う。出自に縛られず本音を言える図太い……抜けているともいう……性格を。

 

「まぁ、他所は他所、家は家、か」

 

 当然自分がそんな事をしていい筈もない。同盟においても自身の言葉の重さは理解している。だが……だからこそ、せめて自分の近くにはあんな友人が居て欲しい。

 

「はぁ、本当に大丈夫かな。ヴォルターの奴……」

 

 呆れつつもアレクセイは再び、同盟軍人の説明に耳を傾けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 補給基地アモン・スールⅢ指令部にて警戒配置についていたオペレーターがそれに気付いた。

 

「ん?これは……おい、どう見る?」

 

そのオペレーターは隣の同僚に尋ねる。

 

「うん?これは……イレギュラーか?」

 

レーダーは、補給基地に近付く隕石を捉えていた。

 

 巨大ガス型惑星であるアモン・スールの環を形成する衛星軌道上の隕石群の総数は推定120万個に達する。当然ながらその軌道は宇宙船の航行のみならず補給基地の安全にも影響を与える。そしてその全ての軌道をデータ化・記録出来ている訳でもない。

 

「このサイズだと放置は危険だな。距離があるうちに焼いてしまうか」

 

 そう判断しオペレーターは基地守備隊の要塞砲部隊に連絡を入れる。

 

「こちら指令部索敵班、イレギュラーを発見。そちらに処理を頼みたい」

 

『イレギュラー?分かった。観測データを共有したい。送信を頼む』

 

 基地守備隊からの返答に従い観測データを送信するオペレーター。

 

『……あー、確かにこれは念のため焼いた方がいいな。全く軍人にもなってやるのが万年石の掃除とはなぁ』

 

呆れるように愚痴を言う守備隊の隊員。

 

「ははは、そういうもんじゃないさ。こんな補給基地で座っていれば給料貰えるんだ。楽でいいじゃないか?」

 

 比較的後方であり、治安も悪くないこの星系の補給基地は正直気楽な職場だ。帝国軍も、宇宙海賊やテロリストとの戦闘もない。戦死の心配が無いのはこの時代の軍人としては楽園だ。

 

『違い無いな。さて、一仕事しますかね』

 

 その通信と共に補給基地の中性子対空ビーム砲搭の一つが起動する。観測されたデータに基づき角度を調整した砲搭は次の瞬間一筋の光線を撃ち込む。

 

 基本的に動力の関係で『雷神の槌』のような要塞主砲でなくとも、通常の要塞砲は対空用のそれでも戦艦の中和磁場すら貫通するほどの高出力のを発揮する。無論、機動力の関係で要塞砲はなかなか艦艇に命中しない、しかもこのアモン・スールⅢの砲台は後方の補給基地のため旧式のまま更新されていない代物だ。だが、相手が隕石相手ならばその性能は十分だ。

 

 数秒の沈黙……次の瞬間遠方で小さな爆発の光が観測される。

 

「敵を撃破。任務完了、だな」

 

オペレーターは、ふざけるように報告する。だが……。

 

「ん?またイレギュラー?」

 

再びレーダーにデータに無い軌道を進む隕石を捉える。

 

「おい、こっちにも反応があるぞ!?」

 

別のオペレーターが報告。

 

「こっちもだ。数5……いや、6、7個……いやまだ増える!?」

 

また、別のオペレーターが驚くように叫ぶ。

 

「こっちに来ている!?」

「速い……これは自然の動きじゃないぞ!?」

「何をしている!?早く迎撃しろ!?」

 

 慌てて指令部の基地司令官代理が叫ぶ。オペレーター達は急いで守備部隊に迎撃指示を出した。

 

 幾条もの光線が暗黒の宇宙に向け撃ち込まれる。同時に遠方からの爆発の光が照らし出される。

 

「L-25宙域、M-16宙域の目標撃破!」

「Q-52宙域、V-34宙域、N-40宙域にも隕石が!」

「D-14、C-11もです!」

 

 次々と来る報告。既に補給基地に向かう隕石の数は50を越えていた。

 

「狼狽えるな!たかが石ころだ!一つ一つ撃破すればいい!」

 

 司令官代理は叫ぶように命じる。隕石迎撃の歴史はそれこそ西暦の太陽系の開発時代から続いている。その迎撃技術もノウハウも既に一種の極北に達している。たかが隕石攻撃程度、無力、とはいかぬまでも十分迎撃可能であった。

 

 実際、対空ビーム砲の迎撃で隕石の数は確実にその数を減らしていく。

 

「ふんっ、このような安い攻撃、帝国軍では無くどうせ宇宙海賊だ!この程度の攻撃で同盟軍の基地を破壊出来るものかっ!基地司令官に回線を繋げっ!」

 

 司令官代理は相手の正体を正しく看破していた。今時特殊な状況でもない限り隕石による質量攻撃なぞ簡単に無力化される。艦隊であれば回避は容易だし、要塞等の固定施設でも多数の迎撃システムがある。何なら基地の姿勢制御装置で公転速度を少しずらしてもいい。機動要塞となると大袈裟ではあるが衛星軌道を回る施設の公転速度を多少ずらす程度ならばそこまで大がかりな設備はいらない。広い宇宙ではその程度のずれでも無誘導の質量攻撃の回避には十分だった。

 

 司令官代理が鼻で笑いながら自室で休息をとっている上官に報告を入れようとした次の瞬間、基地指令室を震動が襲う。

 

「うおっ……!?何事だっ!?」

「ミ、ミサイルですっ!ミサイル攻撃が命中しました!」

「馬鹿なっ!索敵班、なぜ気付かなかった!?」

 

 後方支援要員と旧式装備中心の補給基地とはいえ、宇宙海賊程度の所有するミサイルが命中するほど同盟軍の迎撃態勢は脆弱では無い筈だ。

 

「レーダーに反応なし……恐らく新式のステルスミサイルと想定されます!」

「馬鹿なっ!?宇宙海賊程度がかっ!?」

 

 宇宙暦のミサイルはレーダー透過装置とレーダー吸収塗装が為されているのが普通だ。だが同時に150年近く続く戦争でレーダー等の索敵機器も絶えず性能向上のために改良を受け、ミサイルもそれを受け改良を続ける鼬ごっことなっている。

 

 これが帝国軍の第一線で使用されるミサイルならばまだ理解出来る。後方のこの基地の索敵網を抜く事もあり得る。だが、相手は宇宙海賊の筈だ。奴らの保有する装備は大概が同盟と帝国に比べ2,3世代は遅れたものだ。同盟軍の索敵網をこんなに易々と抜けるとは思えなかった。同時に帝国軍とも思えない。強行偵察艦ならともかく、少数とはいえ艦隊が一切の感知を受けずこんな星系まで奴らが侵入するとは思えなかった。

 

「げ、迎撃だっ!レーダーが駄目なら光学機器を使え!」

 

 光学機器はレーダーに比べて古典的で非効率的な索敵方法だが、逆に対ステルス的索敵手段としては確実だ。だが……。

 

「くそっ!A-7,D-2砲塔破壊されました!」

「C-2砲塔大破っ!奴らこちらの迎撃手段を潰しに来やがった」

 

 対空ビーム砲塔は光学手段で発見したミサイルの迎撃を始める。だが、光学手段は発見の効率……特に発見可能距離の面で圧倒的に不利であり、1つ、2つとビーム砲塔は破壊されていく。

 

「おのれ……!」

「司令官代理っ!敵艦隊発見っ!」

 

 怒りに震える司令官代理にオペレーターの報告。指令室の液晶画面が敵艦隊の姿を映し出す。司令官代理の推測は正解だった。敵艦隊の艦艇は武装民間船や同盟や帝国軍の旧式戦闘艦艇やスクラップの継ぎ接ぎだ。御丁寧に艦首に髑髏まで書いてくれている。

 

「海賊風情が舐めた真似をっ……!!防衛部隊に連絡!対艦ミサイルでデブリにしてやれっ!」

「隕石、至近……来ますっ!」

 

 司令官代理が反撃命令を下そうとすると同時にオペレーターが悲鳴に近い声で報告する。

 

「さっさと撃ち落とせっ!」

「砲塔の死角です!」

 

 補給基地の対空砲塔は死角が出来ないように、それぞれの砲塔が援護出来るよう計算され設置されている。だが、当然の事だが砲塔が破壊されれば迎撃の死角はどうしても出来る。ミサイル攻撃により砲塔が破壊されたため生まれた死角に縫うように突入する隕石を破壊するのは簡単ではない。あるいは海賊側は迎撃網の、相互に援護する砲塔の射線を観測するためにわざと最初に隕石群を突入させたのかも知れない。

 

「駄目ですっ!迎撃間に合いませんっ!衝突まで30秒!」

 

 補給基地各所のスラスターを起動させ公転速度を変更する時間的余裕は無かった。たかが海賊の質量攻撃と考え事前にその準備をしていなかったからだ。

 

「馬鹿な……こんな時代遅れの攻撃で……」

 

 唖然とする司令官代理。だが、すぐに我に返り行うべき指示を出す。

 

「っ……衝突箇所を予測しろっ!対象ブロックから兵員を退避させろっ!エアロックの準備!通信士!基地全域に衝撃の警告をっ!」

「り、了解っ!」

 

 動揺しつつも命令を素早く実施する司令部要員。腐っても彼らは同盟宇宙軍の軍人、戦争のプロだ。与えられた命令には迅速に対応する。

 

「け、計算結果でましたっ!これは……基地Dブロック、第3コンテナ倉庫外壁付近です!」

「同ブロック要員に連絡!避難命令をっ!」

「隕石衝突、来ます!」

 

 その報告とほぼ同時にアモン・スールⅢに直径112.4メートルの隕石が衝突する。補給基地全体を地震のような揺れが襲う。司令部要員は悲鳴を上げ倒れ込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ミサイルの下りはカプチェランカでラインハルトとキルヒアイスの会話を元に考えました」(ハードウェアのいたちごっこ)。


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第九話 多分アッシュビーは造船所の社員に嫌われていた

 夢を見た。物心がついた頃……正確には思考が纏まり自身が転生した事に気付いた頃の事だ。  

 

 当時の私を表すならそれは内気で無愛想な臆病者だろう。

 

 転生した私は恐怖し、怯えていた。この世界が何処なのかを理解したから。自身の立場に待ち受ける運命を理解したから。

 

 銀河帝国、ルドルフ大帝、自由惑星同盟……これらの単語が耳元に響き渡る。そして自身の置かれた世界を自覚する。

 

 絶望なんてものじゃない。無意味だ。無力だ。どうしようも無かった。

 

 同盟における亡命した門閥貴族の長男……それが何を意味するのか分からぬほど私も無能ではない。

 

 私は自身に待ち受ける過酷な運命を理解してしまった。由緒ある名門貴族?笑える。助かる見込みが一つもない。

 

 獅子帝が門閥貴族をどう遇するのかなぞ分かりきったことだ。いや、いっそ本物の門閥貴族ならまだ生存の道もあろう。

 

 だが、私の生まれたのは自由惑星同盟である。同盟の門閥貴族……しかも軍人の家系と来ている。ここまで盛られたら逆に笑えてくる。完全に私を殺す気としか思えない。

 

 彼の獅子帝に降る事すら許されない身だ。降った所でろくな目に合わない立場だろう。

 

 あるいは人材コレクターの獅子帝に自分の才覚を売り込む事が出来ればまだ希望もあったか。チートの一つもない只の一般人が獅子帝のお眼鏡に叶うかどうか考えるまでもない。

 

 故に私を支配したのは運命への諦観であり、無力感であり、無気力感であった。

 

 八方塞がり、それを変えるだけの才覚は無い。破滅を回避する手段はない。諦めずに抗うべきだ、等と第3者がみれば宣うだろうがそれは実際に私の立場に無く、ただの傍観者だから言える事だ。

 

 私の生まれたこの同盟の中の帝国は完全な保守社会であり身分社会であり年功社会だ。変わらぬ価値観、変わらぬ伝統、変わらぬ制度。まず、改革が許される筈が無ければ戦争を停める事なぞ論外だ。

 

 それに門閥貴族だからと言っても好きに出来る訳でもない。むしろ貴族であるが故柵により不自由な身の上だった。非才のこの身では貴族として指導される教養を身につけるだけで精一杯だ。その上貴族社会の硬直的文化を学べば学ぶだけ自身の無力さを一層理解するだけだった。

 

 貴族社会は血縁と伝統と慣習の支配する社会だ。敷かれたレールをひたすら進む事しか許されない。停滞と沈滞そのものだ。貴族はそのレールを先祖達と同様に進む事を求められる。変化を許さない。異分子は排斥される。変わらない事が貴族に求められる価値だから。その権威の源泉だから。

 

 立憲君主政を奉ずる私の故郷もその面ではオーディンの門閥貴族と変わらない。むしろ一面ではより厳しい。

 

 帝国に比べ国力で圧倒的に不利であるが故の門閥貴族、下級貴族、平民の三者の鋼鉄のごとき結束は、異端者の存在を許さない。其々が与えられた義務を果たす事が求められる。それが大帝と先祖の犠牲を背負う立場の者であれば尚更だ。

 

 だからこそ、私は全てを諦めた。唯、決められたレールを無感情に進み、そして最後、乗艦を爆沈させられるかギロチンにかけられる日まで貴族軍人としての役目を義務的に、機械的に遂行するだけ……そう、諦めていた。

 

 ある日の事、私はいつものように一人宛がわれた自室で玩具の山に囲まれていた。

 

 笑顔を見せず、人付き合いを嫌う当時の私に対して両親はしかし少なくとも物質的には過剰に愛情を注いでくれた証拠だ。

 

 最も、両親には悪いが少しとして嬉しくは無かったが。

 

 どうせ皆死ぬのだ。長年に渡る伝統も慣習もそう遠く無い未来に消え去る。友も家臣も家族もどうせ皆いなくなる。

 

 ならば敢えて失う物を自身で増やしてどうする?失う苦しみが増えるだけではないか。

そんな考えが私の非社交的な性格を形作っていた。

 

 そんな私に父が駆け寄る。無感動に見上げる私に父は新しい付き人を紹介する。以前にも何人か任命されていたが皆、子供の癖に何も話さず、何も関心を示さない私に手を焼いて困惑していた。すまない事とは思うがどうせ私と親しくなっても死ぬ確率が高くなるだけだ。疎遠でいてもらった方が彼らのためだ。

 

 どうやら父は私のこれまでの臣下への態度から怖がっていると思っているらしい。今回はそれに配慮して同い年の女性を選んだらしい。よく見ると父の足下に隠れる女の子がちらちらとこちらを覗いていた。あぁ……面倒だ。今回はどのように距離を取ろうか?あからさまに嫌う態度を取ると相手の立場が悪くなる。

 

父の催促と共に少女が飛び出す。

 

 酷く緊張した面持ちで、しかし同時に期待するように目を輝かせて、彼女は目の前に立つ。

 

 スカートをつまみ上げ、腰を僅かに曲げて臣下の礼を表す会釈。

 

「ごとすりーとけのちょうじょ、べあとりくすでございますっ!!わかさまのおそばづかえとしてさんじよーいたしました!どうぞよしなにおねがいもーしあげます!」

 

 拙くも懸命に口上を垂れる従士に、しかし私は胡乱気に見やる。一方、私に意識して貰えたのがそれだけで嬉しいかのように屈託の無い純粋な笑みを浮かべる幼女。

 

その態度を見て私は顔を僅かにしかめる。

 

 それを幼いながらも認識した彼女は一瞬不安な表情を表し、次に私に駆け寄った。そして私の手をとり………。

 

 

 

 

 

 

 

「わ……ま……若……ぶ……です……」

 

 白濁とした意識が急速に戻る。輪郭のぼやけた視界はゆっくりとクリアになっていき、五感が四肢に戻ってくる。

 

「若様!?ご無事で御座いますか!!?御返事をっ!!」

 

私の網膜がよく知る従士の姿を映し出す。

 

「あっ……べ…アト……か?」

 

 未だにはっきりとしない意識を強引に覚醒させて私は従士の声に答える。

 

「……!!はいっ!従士ベアトリクスで御座います!」

 

 私の返答に必死の形相だった表情は安堵に包まれ、すぐに再び表情を引き締める。

 

「非礼を御許し下さい。事は緊急を要します。まずは御起立を」

 

 今更気付いたが彼女は私に覆い被さる体勢であった。素早く立ち上がり周辺警戒に移る従士。

 

「つ……何があった?確か私は……」

 

 地味に痛む体を持ち上げながらも私は記憶を辿る。同盟の補給基地に辿りついた後、そのまま再度リバースしそうになりベアトに支えられながら基地の医務室のベッドで呻き声を上げていた筈だ。

 

「そうだ……その後基地の緊急放送か何かがあった筈だ。そしてすぐに地震があって……つ!!」

 

ここに来てようやく私は周囲を観察する余裕が生まれた。

 

 大地震の直後の室内、そうとしか形容出来ない様相だった。医務室はあらゆる機材が散乱していた。本や資料、救命キットの中身はぶちまけられていた。机やベッドが信じられない事に巨人にでも投げ飛ばされたように横倒しになっていた。

 

「これは……ひぃ!!?」

 

 私は、情けない悲鳴を上げていた。机の下敷きになった同盟軍軍医を発見したからだ。いや軍医だった、か。頭から今も出血している姿は恐らく生きてはいまい。頭部陥没、といったところだろう。恐らく即死だっただろう事が救いか……。

 

 初めて死体を見た私は後ずさりして震える。今更ながら私は命の危機を感じていた。軍人になるのは最早抗いようはないにしてもまさか幼年学校から死体を見ることになるとは流石に考えてもいなかった。

 

「ベアト……一体全体これは……っ!!おい、大丈夫か!!?」

 

 情けない事にここに来て初めて私は彼女の怪我に気付いた。額から流れる血筋に私は驚きながら詰め寄る。一方、彼女は気にした様子は見せない。

 

「先ほどの振動で何かにぶつけたようです。傷は浅いので問題はございません」

 

むしろ心配させた事を申し訳なさそうにする従士。

 

「問題はって……いや、いい。それより治療が先決だ」

 

 彼女の態度で私は察した。恐らくあの地震の際に彼女は私を抱き締めて盾になったのだろう。怪我の原因は私だ。恐らく彼女は認めないだろうが……。この話は詰め寄るだけ時間の無駄だと知っているのでそれよりも治療の方が重要だ。

 

「若様、治療でしたら自分で……」

「いいから、一人ではやりにくいだろう?私の治療中の警戒頼むよ?」

 

彼女に私の望みを実行させるには合理的に語るに限る事はこれまでの経験で知っている。

 

「……了解です」

 

渋々ながら、ベアトは承諾して椅子に座りつつ周囲を警戒する。

 

「それではやりますか」

 

 死体を見ないようにしながら私は慣れた手つきで散乱した医療品から必要なものをかき集め、ベアトの治療を始める。自身の生存率を上げるため救護技術の講義は一際力を入れ学んでいた。おかげで学年4位の成績だ。

 

 消毒と、傷口への異物が無いかの確認……傷は深くない。この分だと縫う必要も、傷跡も残るまい。麻酔を塗るとガーゼで傷口を抑え、包帯で巻く。10分もかからずに治療は終わる。

 

「これで、終わりだな」

「若様、御手数をおかけして申し訳御座いません」

 

誇らしげに治療の終了を伝える私に恐縮しあがら礼をするベアト。

 

「気にするな。お前が傷物になると親父さんに合わす顔が無い」

 

 冗談半分で私は答える。ベアトの父にとって彼女は唯一の娘だ。歳の離れた息子2人に末っ子のベアト、彼女の父ゴトフリート大佐にとっては死んだ妻に似ている事もあり、一際可愛らしい子供の筈だ。それを預かっているだけあって責任は果たさなければなるまい。

 

「それよりも……一応記憶はあるが咄嗟の事で曖昧だ。知っている事を教えてくれないか?」

「はい、現状把握出来ている事はこの補給基地が敵性勢力の攻撃を受けた事、その結果この辺りの区画が重大な損傷を受けた事、また。少し前に途絶え気味のアナウンスでしたが恐らく敵性勢力の陸戦部隊が侵入しているだろう事です」

「それはまた……間の悪い」

 

 ベアトの正確な報告に感心しつつも、私は運命を呪う。これは本気で時の女神に嫌われていると思った方がよさそうだ。ラインハルト達ですらせめて幼年学校は卒業しているぞ?

 

「その拳銃は?」

 

ベアトの手に持つブラスターを見て指摘する。

 

「大変失礼ながら武器が無ければ若様を御守り出来ないと愚考致しました。医務室より銃器を探し、これを」

 

恐らく死んだ軍医の護身用だったのだろう同盟宇宙軍正式採用ブラスターを持って警戒するベアト。

 

「いや、いいさ。的確な行動だ。丸腰で戦うなんて無謀過ぎるからね」

 

私達は北斗神拳伝承者じゃない。己の肉体だけで銃に対抗出来る訳もない。

 

「それで、問題はこれからか。どうする?ここに留まって助けが来るのを待つか、それとも助けを探すか」

 

少ない情報でどう選択するか、それが生存の分かれ目だ。

 

「私としましては移動を具申します」

 

すぐに、はっきりとベアトは答える。

 

「理由は?」

「一つには敵勢力の存在です。正体不明ながら陸戦部隊の揚陸を行っている以上本施設の全体ないし一部の占拠が目的でしょう。アナウンスによれば隕石の衝突箇所に揚陸しているようです。基地の見取り図を確認しましたが本区画と4フロアしか離れていません。ここに留まるのは戦闘に巻き込まれる恐れがあります」

 

室内から探しだしたのだろうタッチパネル式の同盟軍汎用事務端末から基地見取り図を表示するベアト。

 

「次に空気の問題です。基地に侵入口が出来た以上空気の流出も始まっている筈です。エアロックが為されているとは思いますが戦闘による破壊もあり得ます。この場にいると空気の消失による窒息の可能性もあります」

 

そして最後に最大の理由もベアトは指摘する。

 

「最後に、この襲撃がこの基地の占領の可能性があるためです。その場合、周到な準備が為された訳であり、基地の陥落の危険が付きまといます。そうなるとここに留まるより基地からの脱出を試みる方が良いかと」

 

ベアトの指摘に対して私は頷く。

 

「完璧だな。いやはや、私なんかよりよっぽどしっかりした理由だ。……そうだな。その方が良い。最悪を想定して動こう」

 

 私達はこうして基地脱出のための行動に移る。医務室から必要になり得る物資だけ頂戴し、廊下に警戒しながら出る。先頭がブラスターを構えたベアトで後ろで端末の地図を見るのが私だ。射撃の腕は情けないが彼女が上なのは客観的に明らかである。

 

廊下を進んでいく。気味の悪いくらいの静けさだ。

 

「人がいないな……」

 

避難したものもあるのだろうが、それを差し引いても静かすぎる。

 

「同盟軍の後方支援部門は人手不足なのは本当だな」

 

 オートメーション化を推し進めていても、国力でも人件費でもコストの嵩張る同盟軍の人手不足は深刻だ。正確には予算と専門技術を有する者が不足している。

 

 予算面でいえば馬鹿高い宇宙戦艦を何万隻も揃えなければならないのだ。普通に考えて駆逐艦ですら呆れる値段だ。戦闘の主力たる宇宙艦艇に予算の多くが重点的に配置されているためそれ以外の方面、とくに人件費が圧迫されているのが現状だ。ナンバーフリートですら宇宙艦艇の乗員は定員の7割前後で稼働させるオーバーワークだ。

 

 しかも、その人員の多くが専門技術が必要とされる。単純作業はあらゆる方面で機械化されているため必要なのは資格や技術を持つ軍人。そしてそんな軍人は1年2年では育たないし、それを取得出来る程度に能力が高ければ軍に入るより民間の大企業か公務員になる。同盟は民間も軍も人手不足というが正確にいえば専門知識・技能を有する者が常に不足していた。

 

 辺境、と言わぬまでも後方のこの補給基地も恐らくはかなり人員が削減されているのだろう、等と私は逡巡する。

 

「この通路を右折……糞、エアロックか」

 

 私は舌打ちする。安全な区画に入るための通路は特殊合金製の厚い扉に閉ざされていた。

 

「開けるのは……無理だな。」

 

 扉は自動開閉式、基地の異常に対応して自動でしまる。まだ兵士がいてもお構い無しのマキャベリズム精神に溢れた仕様だ。パスワード入力かハッキングすれば開ける事も可能だろうがどちらも今の私達には無理だ。

 

「仕方ない。迂回するしかないな」

 

来た道を一旦引き返す。

 

「まるで迷路だな……こうしていると昔を思い出す」

「昔……ですか?」

 

怪訝そうにベアトが答える。

 

「新美泉宮だよ。アレクセイとかくれんぼして遭難したこと事があっただろう?」

 

 7歳くらいの頃だ。二人揃って迷路のような宮廷を逃げ回り最終的には庭(狩猟場)で道が分からなくなった(大体私が調子に乗ったせいだ)。夕方になっても使用人一人見つからず堪り兼ねて狩猟用の小屋の一つに転がり込んで、そのまま飲まず食わずで二人で一枚の毛布を使い1日過ごした。

 

 次の日の朝、寝ぼけた自分達を泥まみれになりながら必死の形相で捜索していた近衛兵の一隊が発見して保護された。後から狩猟場の中の立ち入り禁止区域にいた事が分かった。母が泣きながら抱きつき、親戚一同から心配され、父に取り敢えず殴り飛ばされた。アレクセイは謝っていたがあれ明らかに私一人が悪い。

 

「確かに……そのような事も御座いましたね」

 

思い出したようにベアトは答え、小さく笑う。

 

「まさか、この年になってこんなところでまた迷路をするとは。ほんの48時間前には予想してなかったな」

 

肩をすくめて呆れ気味に笑う。

 

「仰る通りで御座いますね」

 

エアロックのかかった通路を通り過ぎながらベアトも同意する。

 

「全くだな。この道は……」

 

そう話していた次の瞬間だった。

 

 光が背後から注いだ。同時に衝撃と熱波が背後から襲いかかる。

 

「うおっ!?」

 

私とベアトは壁際に張り付き爆発の衝撃から身を守る。

 

「ちい……本当タイミングが悪いな!私はハードラックと踊っちまったか?」

 

キンキンと耳鳴りのする中、私は皮肉気に答える。

 

 爆風に包まれる通路にうっすらと浮かぶ人影……それをよく見るとよれよれの帝国軍歩兵のそれであった。その横の者は薄いシャツの私服、その奥にいる者は装甲擲弾兵の装甲服に同盟宇宙軍陸戦隊のヘルメット。

 

「こりゃ……ある意味予想通りだな」

 

なぁ、ラインハルト。お前さんは初めての戦場が地上戦だと言うことに腹立ててただろう?けど贅沢言うなよ?正規軍なだけ私よりはましさ。

 

私の初めての敵、それは無法者同然の宇宙海賊とのものだった。

 

 

 

 

 

 



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第十話 その歴史は一繋ぎの大秘宝から始まったらしい

 西暦2706年8月16日午前6時55分、ラグラン・グループの一員にしてシリウス政府の国防相の地位にあったジョリオ・フランクールはウィンスロー・ケネス・タウンゼント首相へのクーデター実行直前にシリウス政府公安警察特殊部隊により射殺された。

 

 射殺する直前、特殊部隊はフランクールにある情報を問い質したという。それは黒旗軍の地球総攻撃の際、軍が発見・隠匿したと言われる地球政府の秘密基地に眠る莫大な資産の在処についてである。

 

 受話器から決起の連絡を入れようとして撃ち抜かれた腕を握りしめがらフランクールはその時不敵な笑みを浮かべ死に際にこう叫んだ。

 

「黒旗軍の遺産か?欲しければくれてやる。探してみろ!この世の全てをそこに置いてきた!」

 

 その一言に触発され、銀河の荒くれもの共が夢を追いかけ、宇宙を駆ける!世はまさに大海賊時代………!

 

……と、このような事を叫んだかについては諸説あるが、ともかくフランクールの死後、タウンゼントは黒旗軍の隠匿資産を探していた事、そのために十提督を初め多くの黒旗軍の幹部が処刑や拷問にかけられたのは事実だ。

 

 そして首都ロンドリーナ中心街で中性子爆弾で彼が派手に爆発四散した後、分裂した黒旗軍や地球軍残党、各星系政府は其々に合い争いながらこの遺産を探し回った。

 

 この戦乱の中でシリウス戦役時の仮装巡航艦を利用した私掠船による通商破壊戦術が模倣、大々的に実施されそしてその中から各国の統制から外れ独自に略奪や黒旗軍の遺産探しを始めた者達が最初期の宇宙海賊だと言われている。

 

 西暦2707年から2801年の銀河連邦成立までの1世紀……『銀河統一戦争』の時代は宇宙海賊の黄金時代だ。

 

 プロキシマ通商同盟、テオリア連合国、レグルス=カペラ人民共和国、プロキオン=オーディン教国……列強諸国の戦争と策謀の中でこの時代の宇宙海賊は肥え太り、銀河通商航路に強大な影響力を与えていた。

 

 最終的にこれら列強諸国は長期に渡る戦争で疲弊、全銀河的国際会議による妥協と打算の末アルデバラン星系第3惑星テオリアを首都とした星間連合国家『銀河連邦』が成立、これに合わせて各国で下請けで私掠船として働いていた宇宙海賊組織は解体、銀河連邦通商航路安全管理局の一部に再編され、銀河連邦の決定に従わない一部海賊は各国軍を再編した銀河連邦軍により殲滅された。

 

 『銀河連邦』はその体制の初期こそ抗争に明け暮れたものの宇宙暦20年を過ぎる頃にはその統治は安定化、同時に軍事技術の民間移転、兵器開発のリソース・資本の民需移転により恒星間航行技術は急速に発達、所謂宇宙開拓時代の到来を迎える事になる。

 

 だが、同時にそれは新たな宇宙海賊の時代を告げる事にもなった。

 

 宇宙開拓時代を支えたのは連邦内の各財閥群だ。当然だ。惑星開発を個人レベルで行える筈もない。そしてそれら財閥の多くがかつての戦争中の列強諸国の指導層でもあった。

 

 連邦成立以前より敵対関係にあった彼らは辺境開拓による富の生産の傍ら、かつての敵への妨害活動を当然の如く実行した。

 

 この敵対財閥の企画する事業移民団への襲撃のための企業の私兵部隊が銀河連邦時代前半の宇宙海賊の主力となった。ハイネセン記念大学歴史学科シンクレア教授が著書『銀河連邦史』にて、そして後に銀河連邦議員に選出されたクリストファー・ウッドが自伝で指摘するところの『政治と海賊の癒着』である。当時の有力者が宇宙海賊と癒着していればそりゃ根絶出来る筈もない。

 

 最も、銀河連邦初期から中期の宇宙海賊はある意味では行儀の良い集団でもあった。あくまでも事業妨害のために海賊行為を行うのであって移民船団の住民を人質にする事はあっても殺人や人身売買をするような凶悪犯は殆んどいなかったのだ。中にはウッド提督の永遠の宿敵にしてエンターテイメント映画のスターにもなったフィリッポス海賊団等、所謂義賊として市民の人気を博した者達もいた。

 

 それに変化が訪れるのは連邦後期である。銀河経済の停滞と相次ぐ大不況が統一国家の屋台骨を揺るがした。社会不安は多くの犯罪組織を産み、当然その一部は宇宙海賊に合流した。

 

 宇宙海賊の犯罪行為の凶悪化した時期である。古き善き時代の海賊は急速に駆逐され、残るのは文字通り盗賊集団だけであった。

 

 その凶悪さに長らく温い戦いしか知らなかった連邦軍や連邦警察は摘発にたじろぎ、同時に不況によるこれらの組織の縮小が能力とモラルの低下も招いた。

 

 そこに現れたのが後のルドルフ大帝であり、これまで多くの利権と残虐な報復により名前を馳せたベテルギウス方面の宇宙海賊を容赦なく撃滅する勇姿は連邦市民に希望を与えるものであった。

 

 銀河帝国成立から現在までのそれを後期宇宙海賊と呼ぶ。この時代の宇宙海賊の特徴は高い練度と重武装を伴う事だろう。

 

 帝政初期、帝国軍はその圧倒的武力を持って旧来の宇宙海賊を壊滅させた。

 

 だが、同時に帝政に反発する銀河連邦軍共和派の一部勢力が分離、辺境で対帝国抗争を始めることになる。

 

 また、止血帝の時代には前皇帝の横暴に加担して一部爵位剥奪を受けた貴族が反逆、以後も権力抗争に敗れた貴族を中心に帝国の体制に対立・挑戦する宇宙海賊が辺境で跋扈する事になった。無論、それは帝国の支配体制を屋台骨から揺るがすものではなかったが、それでも帝国軍にとって軍用艦艇や元軍人を中心に構成された宇宙海賊は決して軽視出来る存在ではなかった。

 

 そして、事態はダゴン星域会戦以後急速に悪化する。銀河を二分する星間国家同士の戦争は特にこれまで厳しい制約を掛けられていた宇宙船造船の分野で巨大な需要と艦艇の値崩れを発生させた。

 

 同時に長きに渡る両国の戦争は少なくない逃亡兵の発生と大量に遺棄された武器の山を産み出した。それのために宇宙海賊はその勢力を肥大化させ、両国は宇宙海賊に対して弾圧を加えつつ一方敵国に対する工作の一環として両国は相手側の宇宙海賊に様々な援助をしていた。

 

 特に帝国側は拿捕した宇宙海賊に対して極刑と引き換えに同盟領への島流しが行われていた。彼らは武器を持ち、言葉が通じず、まして帝国政府側から同盟に対して極度に歪曲された情報を与えられていた。島流しされる彼らの多くは宇宙海賊の中でも特に重罪者であり、その殆どが同盟領においても多くの重犯罪行為に手を染めていた。

 

 以上が宇宙暦8世紀末における宇宙海賊の現状である。さて、そろそろ私がこんな長々と説明する理由は御分かりだろう。

 

 ようは、私達が遭遇したのは宇宙海賊の中でも特に質の悪い種類だと言う事だ。

 

 

 

 

 

「畜生っ!ふざけんなっ……!?禄でもねぇ!?」

 

 曲がり角に飛び込み私達は海賊共の銃撃を避ける。通路の向こう側から数条の青白い光線が発射される。通路角に掠れ焼け焦げる臭いと共にプラズマの光が弾け飛ぶ。

 

「若様っ!御下がりをっ!!」

 

 ブラスターを構えたベアトが通路の曲がり角に身を伏せながら応戦する。

 

 ベアトの応戦に海賊側もブラスターと実弾銃で反撃を開始する。互いに物陰に隠れながら銃撃戦が始まる。

 

「ベアト、構うなっ!逃げるぞっ!」

 

遭遇戦に備えていてよかったよっ!

 

「これでも食らいやがれっ!」

 

 銃撃の間隙をついて私は火炎瓶を投げつける。医療用高純度アルコールを硝子瓶に入れてライターで発火させたものを通路のど真ん中にぶちまける。案の定、通路に硝子が四散し、アルコールが通路を燃え上がらせる。学生運動でもしている気分だ。

 

 海賊共が炎に一瞬怯む。宇宙暦8世紀になろうとも火は相変わらず危険な存在だ。ましてこんな狭い通路で火炎が燃え上がれば容易に突入は出来ない。

 

 と、帝国と同盟の装甲服をニコイチにして装着している海賊が正面から消火器を持ち出す。ただちに消火剤を撒く海賊。……ですよねぇ。これくらい対策出来ますよねぇ。

 

「くそ、どうせ邪魔になるんだ。全部くれてやる!」

 

 足止めに残りの火炎瓶をがむしゃらに投げつける。そしてそのままベアトと共に通路の奥へと走る。

 

「若様っ!」

「分かってる!」

 

 走りながら私は通路に設置されている消火器を引き倒して後ろに蹴りつける。すかさずベアトが走りながら消火剤に数発発砲。海賊が曲がり角を曲がり我々と後方から見て直線状に出たところで消火器が小さな爆発と共に中の消火剤が鉄片と共に巻き散らかされる。最も、相手の視界を一時的に潰す程度の効果しか無かった。

 

 あいつらと戦うのは御免被りたい。奴らは文字通りの盗賊集団だ。武器・麻薬・人間、金になるならどんな犯罪にも手を染めるし、軍事基地だって襲うだろう。報復や見せしめのために捕虜の惨殺くらい普通にするメンタルの集まりだ。中南米やロシアのマフィアを狂暴にしたと思えば想像出来る筈だ。この前もライガール星系方面で同盟軍が同盟警察と共に宇宙海賊の掃討作戦を実施していたが、その報復として捕虜の同盟警官の指と耳を切り落とし皮を剥がされた動画がアライアンスネットワークの大手インターネット動画サイトに投稿された程だ。奴らの精神を日本人は当然として、現代同盟人の価値基準で考えてはいけない。武器だけ未来的だが思考は世紀末モヒカンと思った方がいい。

 

後方から銃声。閃光が私達のすぐ横を通り過ぎる。

 

「ひっ……!?」

 

 私は少しでも命中率を下げるために体を低くして全力で走る。文字通り命がけで走る。

 

「ベアト、左だっ!」

「はいっ……!」

 

 海賊共に数発ブラスターを撃ちながら叫ぶように返答するベアト。御返しとばかりに撃ち込まれる熱線の洗礼を辛うじて潜り抜けて私達は殆ど滑りこむように左側の通路角に入る。既に緊張と疾走で息絶え絶えだがまだ休めない。そのままさらに通路を数度走り、曲がる。

 

そして………。

 

 

 

 

廊下を走る足音が響き渡る。

 

「あの餓鬼共どこに行きやがった……!」

 

 非情に訛りの強い……それは、辺境の下層民らしい荒く,また癖の強い帝国語の叫び声だった。恐らくはシャンタウ方言であろう。

 

「糞がっ、撒かれたぞっ!?」

「ドジがっ……!逃げられやがって!だからさっさとぶち殺してやればよかったんだよ!」

 

 私服姿の海賊が苦虫を噛み、伸びきった帝国軍歩兵の軍装の者が罵りながら舌打ちをする。

 

「仕方ねぇだろうがっ!まだ若かったんだ!とっ捕まえりゃあ良い売り物になるんだぞ?特に雌の方は結構磨けば上玉になったぜ?ありゃあ」

 

 トマホークを肩に乗せだるそうに語るのは装甲服の男だ。

 

「はっ……それで逃げられたらざまあねぇなぁ」

 

私服姿の海賊が嘲笑うように鼻を鳴らす。

 

「遠くにはいってねぇ筈だ。てめぇら、探すぞっ!」

 

 足音が遠ざかる……それを私達は通路のすぐ下の配線口で耳を澄ませて聞いていた。

 

 私達は基地の配線設備の保守点検用のシャフト内で身を寄せあって息を潜める。上の通路にあるハッチを開いて少々強引に入った。さすがに子供とはいえ、本来なら大人一人が辛うじて回線点検出来る空間である。根本的には狭い空間内で隠れるのは一種の賭けに近かった。

 

「行った……」

「まだ、お静かに……!」

 

 私の言葉をベアトが低い声で遮る。すぐ、後に足音が私達の上を通りすぎる。

 

「………」

「………」

 

 沈黙が場を支配する。聞こえてくるのは自身の心臓の高鳴りと互いの呼吸のみだった。緊張感からかやけに心臓の鼓動が騒がしい。

 

 見つかれば録な事にならない。命の掛かった状況……その事が分かるから私は臆病にも震えるような息継ぎをしていた。手元がかすかに震える。

 

 逃げるよりも隠れる間の方が一層恐ろしいものだ。体を動かさない分、思考の余裕があり、それだけ恐ろしい未来を考えさせられる。

 

 宇宙服無しで生きたまま宇宙に蹴りだされる、核融合炉に投げ込まれる、裁断機でスライスにされる、流血帝の注射器で狂死させられる……恐ろしいのは全て実際に海賊が捕虜に実行した前例がある事だろう。身代金目当てでも、見せしめの拷問を受ける事もある。当然だがそんな事ご免だ。

 

「………」

 

 恐ろしい未来を幻視して顔を青くする私をベアトは心配そうに見つめる。そして思い立ったような表情を浮かべると……ぎゅっと抱きついた。

 

「………!?」

 

 鼻腔から微かな、爽やかな香水の匂いが感じられた。多分、柑橘系のそれだった。突然の事に体を震わせる私に、しかし忠実な従士は小さく、しかし優しい声で耳元で囁く。

 

「ご安心くださいませ。若様の御身はこの私が一命に賭けてお守り致します」

 

慈愛と優しさに満ちたその言葉に私の震えはゆっくりと止まる。

 

「………ああ、済まない」

 

 未だに心に余裕の無い私はそう、短くしか答えられなかったがベアトはそれで満足したのか優しげな微笑みで返す。

 

 本当に情けない。主人として失格だ。内心呆れられていても文句は言えない。正直、性別逆転すべきだなんて思ってしまう。私、ベアトが男だったら男同士で掘られてもいけると思う。イケメン過ぎるもん。……こんな冗談を考えられるのも目の前の従士のおかげだ。

 

暫し共に身を寄せあって隠れ続ける。

 

「……私が先行致し……!?」

 

再び足音が響き私達は止まる。

 

「………」

 

足音がこちらに近付く。恐らく2名。私達は微動だにせずやり過ごそうとする。……だが。

 

ガタガタ、といった乾いた音と共にハッチが震える。それは決して振動によるものではない。

 

「………!」

 

気付かれたか………私達は同時にそう考えた。

 

「………必ずや、御守りします」

 

 盾になれるように私を抱き寄せながら、決死の形相でブラスターを構えるベアト。何も出来ないまま私は見ている事しか出来ない。

 

上部のハッチの蓋が開く。照明の光が注ぐ中、ベアトはブラスターの引き金に指を添え………!

 

「あっ………」

 

ブラスターを構えるアレクセイと目が合った。

 

「………」 

「………」

「………」

 

三者共に沈黙。そして………。

 

「ごめん、取り込み中か」

 

そっとアレクセイが蓋を閉めた。

 

私は急いで蓋を開けて弁明を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




主演 ジョリオ・フランクール(役・大塚 周夫)
提供歌 「ウィーアー」


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第十一話 まぁ、適材適所というからね?

 宇宙海賊の襲撃を受けたと同時に補給基地に訪問していた銀河帝国亡命政府軍幼年学校生徒は直ちに基地の安全区画への避難が実施された。

 

 だが、そこにさらに基地の物資強奪を図る海賊集団の陸戦隊が揚陸を開始した。

 

 その場にいた同盟軍兵士達の援護を受けつつ避難する生徒達。

 

 アレクセイは学年首席の身として生徒の纏め役として避難を主導した。

 

 だが、大半の生徒が避難を終え、自身も退避しようとした所で宇宙海賊側の艦艇による基地への更なる攻撃が行われ、避難しようとした通路が自動封鎖された。

 

 アレクセイは、このままここに居ては区画ごと吹き飛ばされると考え急いで別ルートからの脱出を計り、数度の海賊の襲撃を撃退、あるいはやり過ごした。

 

「そして、海賊から隠れて移動しようとこの電源シャフトに入ろうとしたと」

「そして、抱き合ってる友人を見て退場しようとしたわけだよ」

「殺せ!殺せよ!どうせ私は生きている限り永遠に黒歴史を産みだし続けるんだっ!!」

 

 私は有らん限りの慟哭を叫ぶ。こんな恥(怖くて女子に抱きついて震えていた)を他人に知られるくらいなら今すぐ毒をあおって自裁した方がましだ!誰か帝国暦410年物の赤ワイン持ってこい!

 

「も、申し訳ございません!若様の名誉を辱しめたのはこの無能なベアトでございますっ!どうぞ自身を御責めにならず私に罰を御下し下さい……!!」

「五月蝿い。死にたくなかったらお前達、少し黙ったらどうなんだ?」

 

 ベアトが懇願し、ホラントは心から下らなさそうに注意する。ん?何でホラントの奴がいるかって?ああ、こいつアレクセイと共に避難を主導していたんだよ。しかも、射撃の腕が学年一だからな。同盟軍兵士の死骸からブラスターライフルを拾って銃撃戦までしやがった。今はこの狭苦しい点検用シャフト通路の最後尾でライフル持って警戒している。

 

「ははは、済まないね。迷惑ばかりかけて……」

 

 本当に心苦しそうにアレクセイは謝罪する。話によるとホラントは実戦でも殆んど動揺せず、的確に判断して行動していたらしい。おかげでアレクセイの方も危うく命を助けられたらしい。

 

「口を動かす暇があったら今後の事を考えたらどうだ?これから向かう場所は?」

 

不愉快そうにホラントは尋ねる。

 

「ああ、それならヴォルター達が地図を手に入れているよ。だろ?」

 

アレクセイが私に確認するような質問をする。

 

「ああ、同盟軍の事務携帯端末に基地の見取り図が記録されているよ。この点検用の通路から少し遠回りだが、第16区画に入れる筈だ」

 

端末のタッチパネルを操作しながら私は答える。

 

「そういう事さ。早く合流しよう。海賊側もその内ここを調べるかもしれない」

 

アレクセイの言葉に一同で頷き足を早める。

 

「それにしても……まさか基地を襲うとはな」

 

 私は呆れ半分に愚痴る。今時の宇宙海賊は過激で重武装とはいえ、一国の正規軍に正面から襲えるほどのものではない。大胆不敵と言うべきか後先考えない蛮勇というべきか……。同盟軍にしても宇宙海賊に簡単にこうもやられるとは……。いや、帝国軍から支援でも得ていればあり得るか?

 

「ここを……右だな。20メートルほど進めば換気口がある。そこで一旦地上に出よう」

「では……行きます!」

 

 ベアトが先頭に立ってブラスターを構えて進む。その次が私、アレクセイ、ホラントの順だ。アレクセイがブラスター、ホラントはライフルを装備しているが私は地図の確認役なので非武装だった。

 

「………」

 

 換気口の前に立ち、ベアトが耳を澄ます。地上に誰もいないか確認しているのだろう。

 

 一応の確認と共にベアトは背伸びをして地上側の蓋を持ち上げる。私達は警戒しながらそれを見守る。

 

「………」

 

 蓋を僅かに持ち上げ、確認をするとそっと蓋をずらして、勢いを着けて昇る。

 

 彼女が登りきり、警戒体制を取る間に私が続けて登る。続いてアレクセイの腕を掴んで地上に上がるのを手伝う。

 

 最後にホラントが仏頂面で私の手を借りずに登ってきた。

 

「おいおい、つれないな?」

「他者の助けは必要ない」

「あっそ」

 

 淡々としたホラントの返答に肩をすくめて私は答える。

 

「さて、と………」

 

私も周囲の警戒に移る。

 

 そこは、無線室だった。正確にいえば第16区画報告室、第3重力発生装置や基地中枢に向かう3箇所の通路等を管轄する区画指令部を兼ねた施設だ。最も、ここも酷い荒れ模様だ。

 

「放棄されているな……」

 

人っ子一人いない部屋を見てぼやくように私はいう。

 

「そのようだね。……通信記録を見られるかやってみよう。今の状況が分かるかも知れない」

「じゃあ、無線が使えるかやってみるわ。ベアト、警戒頼む。ホラントも、やってくれねえか?お前さん射撃がこの中で一番だろう?」

 

 私の頼みにベアトは教科書の見本のような敬礼で答える。一方ホラントは一瞬不快な表情を見せるがあぁ、と短く答え同じく部屋の出入口で警戒に移った。

 

「あー、糞。担当の奴ら放棄前にシステムにロック掛けたな?少し面倒だな………」

 

 安易な通信の傍受をされないように一時的にシステムのシャットダウンがされていた。完全に破壊しないのは最終的にこの区画を取り戻すつもりだからだろう。完全放棄の場合は破壊される筈だ。

 

「アレクセイ……そっちはどうだ?」

 

 液晶画面及びキーボードとしかめっ面でにらめっこしながら私は旧友に尋ねる。

 

「こっちもだね。復旧に少し時間がかかりそうだ」

 

困ったようにアレクセイが言う。

 

「いやいや十分よ。こっちは復旧出来るかすら分からん」

 

 こういった電子系やソフトウェア系の技術は苦手なんだ。電子戦基礎理論とソフトウェア運用概論Ⅰは毎度赤点ギリギリだ。ラインハルトとキルヒアイスは化け物だな。敵装甲車のデータを1日でハッキングしやがったんだよな?こっちは味方の機材の復旧すら悲鳴を上げそうだ。

 

「あー、違う違う………こう、こう、こう……やべ、こいつの処理は………」

 

 私が文字通り、液晶画面に身を乗り上げながら復旧作業をしていると横合いから人の気配が近付く。

 

「………見てられん。どけ。この手の技能は俺の方が上だ」

 

 ライフルを私に押し付けて機器の操作を始めるホラント。

 

「うお、早っ……」

 

 凄まじい速さでキーボードを操作してシステムを復旧させていく同僚。到底同い年には見えん。

 

「これくらい、講義内容を理解していれば難しくも無いだろう。ましてこいつのプログラムは760年型だ。アップデートもしていない中古もいい所だぞ?」

「ソフトウェア関連の成績が軒並み3位内の奴が言う台詞か」

 

 ホラントの言葉に嫌な顔で答える。頭良い奴はこれだから困る。

 

「……うん。こっちは部分的だけど記録が出てきたよ」

 

アレクセイが安堵した声で伝える。

 

「マジか。内容は?」

 

私は、アレクセイの方に移動し成果を催促する。

 

「慌てないでくれよ。……ふむ。87番通路、104番通路封鎖……ああ、ここは飛ばしていいね。……うん。海賊は第9から14区画辺りに侵入しているね。ここの区画のメモを」

「ああ、分かってる」

 

 私は既に通信記録から基地内の占領区画についてメモ帳に走り書きをしていた。

 

「増援は……エルゴンでの演習中の第4辺境星域分艦隊の即応部隊に第11星間航路巡視隊の分遣隊か。随分と豪勢な事だな」

 

それは、素直な驚きだった。

 

 同盟宇宙軍のナンバーフリートは帝国軍の大規模会戦に備えるため辺境の小競り合いや宇宙海賊との戦闘に派遣されることは滅多にない。それは地方部隊の仕事だ。

 

 同盟の辺境域の防衛と維持には主に3つの地方部隊が担当する事になっている。

 

 1つは星系警備隊だ。有人惑星を有する星系に置かれ、同盟の辺境警備部隊の基本だ。司令官は准将から少将、バーラト星系のみ首都防衛軍という名称で中将が指揮官に任じられる。

 

 基本的に星系警備隊には、軍管区の人口・経済規模に応じて艦隊と地上軍……平均して1個戦隊に1、2個師団……が編成されている。装備は駆逐艦や旧式艦艇、軽装備が中心で国境星系か富裕星系以外は宇宙海賊は兎も角帝国軍正規艦隊と戦えるものではない。人員の半数以上が地元出身であるのも特徴で、徴兵された者は大抵地元の星系警備隊に配属される事になる。任務としては駐留星系の治安維持と防衛であり、外征部隊として派遣される事は基本的にない。我らが銀河帝国亡命政府軍も一応これにカテゴリーされている。尤も暫定的扱いなのでほかの星系警備隊と様々な相違があるが……。

 

 次が星間航路巡視隊だ。これは、自由惑星同盟の星系間航路の維持を任務にしている。司令官は少将、全24個隊が編成されており艦艇は巡航艦を中心に少数の戦艦・空母等平均して1000隻弱保有、また宇宙軍陸戦隊等を複数個師団保有している。同盟の物流網の守護神だ。

 

 最後が方面軍である。前記の星間航路巡視隊を複数統括する地方部隊の最高指令部であり、全7個方面軍が編成されている。司令官は中将。その直属部隊としては平均1、2個の辺境星域分艦隊と十数万単位の地上軍を有する。

 

 特に全12個編成されている辺境星域分艦隊は艦艇数にして1000隻から3000隻程度、流石にナンバーフリートには一歩譲るものの、その装備の質と練度は星系警備隊や航路巡視隊とは比較にならない。帝国軍正規艦隊相手にも互角の戦闘が可能だ。

 

 実際独立部隊や臨時編入を受けナンバーフリートと共に外征に投入される事が珍しくない。

 

「あー、大体予想が付くな。こりゃお客さんへの考慮だな」

 

 無線記録を辿ると途中から口論になっていた。相手は補給基地司令部と軍港内の亡命軍艦艇だ。亡命軍側が独自に海賊の迎撃と生徒の救出を提案……というかごり押ししようとして同盟側と相当な押し問答になっていたらしい。まぁ、同盟側からすれば海賊相手に正規軍が格下の亡命軍に助けを求めるのは御免被りたいのだろう。国境ならいざ知らず、同盟統治星系で下手にお客さんに戦闘での死者を出させれば良い恥さらしだ。

 

「……!こちらも繋がったぞ!」

 

イヤホンを頭部に装着したホラントが連絡する。

 

「こちら、第16区画報告室、銀河帝国亡命政府軍幼年学校所属、ウィルヘルム・ホラント4年次生です……」

 

 ホラントが何度も雑音の鳴り響く無線に呼び掛ける。4度目の呼びかけに雑音の中から同盟公用語による呼びかけが返ってくる。

 

『……こちら、アモン…スー……こちら、アモン・スールⅢ補給基地中央指令部……この通信は……第16区画報告室……?』

「はい、こちらは……」

 

 ホラントが所属と名前、ほかの生存者名、現在までの経緯の詳細、現在の状況を端的にかつ正確に報告する。

 

『……り、了解した。……こちらから救援部隊を送る。

貴官達はその場で救助を待って欲しい。可能か?』

 

 少しばかり驚いた雰囲気で、恐らく上官であろう、誰かと相談する囁き声がして、最後にそう尋ねられる。

 

ホラントは私とアレクセイに視線を向ける。

 

「……いけそうか?」

 

ホラントの質問に私はアレクセイを見つめる。

 

「彼方から救援が来るのならこちらとしても動かずに済んで都合が良い。どれ程の時間になりそうか聞いてくれ」

「……ああ、救援の到着はどの程度かかるか分かりますか?」

 

 再度の相談し合う囁き声が漏れる。急いだような口振りで通信士が報告する。

 

『今、19番通路と35番通路から陸戦隊を進出させている所だ。激しい戦闘が続いていて断定は出来ないが1440時までにはそちらに到達する予定だ』

 

私達はその通信を聞いてすぐさま現在時刻を確認する。

 

「1354時……40分と言った所か」

 

 その程度ならば行けるか?と私が考え……その楽観論はすぐに裏切られた。

 

「……!?」

 

 ブラスターの発砲音が鳴り響く。すぐさま後方を見れば

室内から通路を伺うベアトがこちらを振り向く。

 

「敵陸戦隊です……数、少なくとも10名以上っ!!」

 

 叫ぶような報告。その間にもブラスターの青い閃光が次々と通路を通り過ぎて行く。ベアトが応戦のため発砲を開始した。

 

『どうした!?状況を応答されたし!』

 

 基地司令部から呑気な通信が入る。ホラントが何か言おうとしたが私はイヤホンを奪うと悪態をつくように叫んだ。

 

「状況かっ!?ああ、いいさ!教えてやる!今地獄に就活する面接中だよ馬鹿野郎!陸戦隊に教えてやってくれ!さっさと来ないと餓鬼の死体の山と御対面する事になるってな!」

 

 其だけ叫ぶと私はブラスターライフルを掴んで銃撃戦の場に向かう。私達が陸戦隊に救助されるか死神の馬車に乗るか……客観的に考え非常に分の悪そうな賭けだった。

  

 

 

 

「おい、ライフル返せ」

 

 ホラントが私から自然にライフルを取り上げると応戦を開始する。

 

「………」

「ヴォルターは、この中で射撃が一番下手だから無線とバリケードを頼むよ?」

 

アレクセイが私を通り過ぎて銃撃戦に参加する。

 

「……ベアトー?」

「若様、危険ですので後方に御下がりください」

「あ、はい」

 

………うん、ちょっと。格好つけたの恥ずかしいわ。

 

 私は先程言い捨てた無線士に気まずい声で連絡を取った。仕方ないね。銃が3丁しかないからね?

 

調子に乗ってすみません。

 

 

 



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第十二話 フラグの回収はまだ早いと思うんだ

 自由惑星同盟宇宙軍、補給基地アモン・スールⅢの一室における銃撃戦はその激しさを増していた。

 

「くっ……エネルギーパックが切れそうだ!済まない、給弾の援護を頼む!」

 

 苦々しくそう連絡しながらアレクセイが一旦戦線から後退する。

 

「了解致しました……!」

「ちぃ……分かった、早くしろ!」

 

 ベアトが礼節を持って、ホラントが舌打ちしながら了承し、アレクセイの抜けた分一層激しくブラスターを発砲し、弾幕を形成する。

 

「……!隠れろ!」

 

 海賊の一人が無骨な大型銃を持って飛び出す。ホラントは直ぐ様その正体を理解して叫んだ。

 

 同時にブラスターとは比較にならない騒音と共に重機関銃が薬莢を吐き出しながら鉛弾をばら蒔いた。

 

「くっ……!?実弾銃なんて古びたものを……!」

 

 身を伏せながら、ベアトが吐き捨てるように言った。

 

 所謂個人携帯型ブラスターが開発されたのは、宇宙暦80年頃の事である。

 

 無論、それ以前にも所謂レーザー兵器は存在していた。原始的な殺傷能力の無いレーザー兵器が実戦配備されたのは西暦の20世紀後半、後の三大陸合衆国の母体となるソヴィエト社会主義共和国連邦であると言われている。

 

 21世紀の13日戦争直前には低脅威目標迎撃用に海上艦艇用レーザー砲の配備が開始されていたし、地球統一政府軍においても恒星間移住時代を迎える頃には、大型宇宙戦艦の主砲として利用されレールガンを仕様とする小型艦艇に対して命中精度・威力・弾薬数等あらゆる面で圧倒していた。

 

 だが、それでもシリウス戦役時には地上戦の主役は実弾兵器であり地上軍の保有するレーザー兵器は基地施設等の防空用等に限定されていた。それは単純に小型化が容易で無いこともあったがそれ以上にコスト・機械的信頼性の問題があったと思われる。

 

 シリウス政府崩壊後の動乱の最中の技術革新で大型艦艇の主砲は緩やかに中性子ビーム砲に移り変わり、レーザー砲は小型艦艇の装備や対空兵装へと格下げされた。

 

 それでも歩兵の装備は実弾兵器のままであり銀河連邦発足から暫く立ってもそれは変わらなかった。

 

 ブラスターが実弾銃に代わり歩兵の永遠の友の座を獲得したのは宇宙開拓時代の始まりと共である。この時代、宇宙海賊と連邦警察・連邦軍との衝突や植民地の自衛用として対人用低出力レーザー兵器……つまりブラスターが急速に広まった。

 

 技術的に対人殺傷可能なレベルのレーザー照射器の携帯可能な程の小型化に成功した事もあるが、やはり最大の理由としては仮想敵の宇宙海賊の特性によるだろう。

 

 宇宙海賊との戦闘は艦艇同士の砲撃戦よりも艦内での白兵戦や辺境での戦闘が主な舞台であった。

 

 艦内での実弾兵器の使用は時に艦への大きな被害を与えるのに比べブラスターは威力の調整が容易であり、また無重力空間での戦闘では火薬式銃の衝撃は運用上大きな問題となった。そのほか、弾薬補給の面でも実弾に比べエネルギーパックで済み、充電による再使用可能な点はいつでも補給の出来ない辺境にとっては大きな利点であった。

 

 これらの理由からブラスターの急速な普及が始まり、生産が軌道に乗ればそれは機械的信頼性向上とコストダウンも招き、それが更なる普及に繋がった。

 

 斯くしてブラスターは火薬式銃から主力小火器の座を奪い取った訳である。

 

 だが、それは実弾兵器の没落を意味した訳ではない。

 

 実弾兵器……特に重火器は重量が嵩張るが対人戦闘に限ればその破壊力・衝撃力はブラスターよりも強力だ。

ブラスターは貫通力では優れるもののその分傷口が綺麗に出来、破壊される細胞面積も少ない。人体の急所や動脈を狙わなければ案外即死しないのだ。

 

 また、装甲服に対しても対レーザーコーティングされている事もありブラスターよりも実弾銃の方が効果は高い(ゼッフル粒子の散布下では念のためクロスボウを使う場合も多いが)。

 

 それら以外にも、高い技術が不要で構造が単純な点も過酷な戦場での使用に適している。

 

 そのため、現在でも宇宙海賊や過酷な環境で活動する特殊部隊の一部、対装甲部隊用に少なくない実弾銃が戦場で散見されている。

 

 ブラスターと違い威力と連射性の高い機関銃弾の嵐の前にベアトとホラントの射撃が止まる。

 

「よし、行くぞ野郎共!!」

 

 怒鳴り声に近い声を上げる海賊。防盾を持った装甲服装備の海賊達がゆっくりと接近を試みる。

 

「ち……舐めるなよ。海賊風情がっ!」

 

 ホラントが銃撃の嵐の中、ブラスターライフルで狙撃。青い光条が先頭の海賊の頭部を撃ち抜いた。

 

 装甲服も無敵の存在ではない。トマホークでなくとも重火器ならばさすがに貫通するし、そうでなくとも関節部分の稼働やヘルメットの視界確保のためにはさすがに隙間なく装甲で包む事は不可能だ。

 

 無論ノーガードと言うわけではなく、関節部分は対熱性と防刃性に優れた超硬特殊繊維、ヘルメットには対衝撃性を重視した特殊プラスチックを使用しているもののさすがにブラスターライフルの狙撃の前には敵わないようだった(つまり原作のブラスターの雨の中突撃する薔薇騎士達はクレイジーだ)。

 

 先頭の海賊が殺られた事に動揺したのか、海賊集の足が止まる。恐らくは立場として分隊長のような立ち位置だったのだろう。

 

 そこに給弾の済んだアレクセイが戦列に復帰して3名が再び攻勢を掛ける。

 

「糞っ!怯むんじゃねぇたかが餓鬼相手だぞ!」

「しかし、こいつら……思いのほか射撃の腕が……がっ!?」

 

 不用意に防盾の影から出た若い海賊が肩の関節部分を撃ち抜かれ悲鳴と共にのたうち回る。その姿に一層海賊側の動揺が広がる。

 

「いいぞ……騒ぎ立てる痛がりは好都合だ」

 

 ホラントが小さく呟きながら再び狙撃……次は装甲の無い踵を撃ち抜かれた海賊が防盾を落として倒れこむ。

 

「ナイスだホラントっ!流石狙撃評価1位なだけある!!」

 

 笑みを浮かべ賞賛の声をかけながらブラスターを連射するアレクセイ。

 

「当然だっ!そちらこそ無駄弾撃つなよ!!?」

「ホラント……貴様無礼だぞ!」

 

 悪態をつくホラント、そしてそれに噛み付くベアト。険悪な空気が流れるが、その体は両者共海賊への射撃を止めない。正確な射撃が海賊の進軍を阻止していた。

 

 問題は弾薬だろう。ブラスターのエネルギーパックの予備は殆んど無い。弾が切れる前に陸戦隊が到着しなければ待ち受けるのは死だ。

 

「……おい、ティルピッツ!後どのくらいだっ!?」

 

 ブラスターライフルを撃ちながらホラントは怒気を強めて問い質す。

 

「まだ少しかかるとよ!!どうやら通路の途中でバリケードが出来ているらしい!!」

 

 私はイヤホンからの基地司令部の連絡を聞きながら答える。

 

「えっ!?こっちの状況!?最悪ですよ!!弾切れになったらすぐにでも獰猛な海賊一家が雪崩れ込んできて全員の頭がトマホークでカチ割られる事請け合いだ……!!」

 

 司令部から状況報告を求められイヤホンマイクに半分泣き言を叫ぶように報告する。

 

「畜生、糞みてぇな初陣だ……!!」

 

 せめて幼年学校くらい卒業させてくれよ!!ラインハルト達でもそれくらいは許させていたぞ!?……いや、まぁあの二人は初っぱなの任地で暗殺されかけるけどさぁ。

 

「泣き言言う前にやる事をやれ!!」

「分かってるわい!!」

 

 ホラントが吐き捨てるように叱責し、私はぶっきらぼうに言い返す。ホラントを睨み付けるベアトを諫めながら私は自身の仕事を再開する事にする。

 

「糞……重いなこの野郎!!?」

 

 私の役目はこの荒れた室内の備品でバリケードを作る事だ。机や椅子を運んで室内に第2次防衛線を構築する。今のまた机を引き摺ってそのための作業の途中だ。

 

 既に銃撃戦は40分……本来ならばもう救援が来てもいい筈の時間だが世の中上手く行かないものだ。彼方も戦闘中だ。糞、海賊位で怯むなよ税金泥棒め!!

 

「本当……マジで情けねぇな」

 

 すぐ傍で戦う同僚達を見て苦虫を噛む。だが、内心戦わずにいられる事に安堵しているのも事実だ。

 

 これは遊びではない。相手が帝国軍では無いだけでれっきとした殺し合いなのだ。これ迄最低限戦う訓練はしてきたがいざその場に立つと……。

 

「ははは、止まれよ。この野郎」

 

震える腕を強く握り締めて、私は呟く。

 

「……強いよなぁ。この世界の奴らは」

 

 戦争が当たり前の世界だとやはり覚悟が違うのだろう。ラインハルト達程でないにしろベアトもアレクセイも、ホラントだって内心はともかく外面では冷静に戦いを続けている。信じられるか?14、5歳なんだぜ。

 

「所詮は小市民か……」

 

 だとしても、少なくとも今は自身の役目を果たすのが先決か。自身の境遇を嘆いて悲劇のヒーローやる暇なんて有りやしないのだから……。

 

 

 

 

 

「く……っ!申し訳御座いません!弾切れですっ!」

 

ベアトが遂に最悪の報告をする。

 

「っ……!ホラント!そちらの残弾はっ!?」

「もう、こいつが最後だっ!」

 

 急いでブラスターライフルのエネルギーパックを交換しながらホラントが答える。

 

「ヴォルター、救援はっ!?」

「上手く行けば、後10分かそこらだそうだ……!どうするっ!?バリケードはこしらえたが……!?」

 

 首で指し示す先には机や椅子、棚、その他の備品で作った即席のバリケード。

 

「上出来だっ!私が殿になる。皆先に後退してくれ!」

 

アレクセイが私達に先に後退するように勧める。

 

「し、しかし……!」

 

 ベアトが渋るような表情をする。当然ながら皇族を置いて逃げるなぞ従士にとっては想定する事すら有り得ない。

 

「いや、俺が殿になろう」

 

そこにホラントが進言する。

 

「しかし……!」

「勘違いするな。お前の立場を考慮したわけじゃない。ライフルのこちらの方が足止めに適しているだけだ。射撃の腕もこちらが上だしな」

 

むすっ、と顔を顰めながらホラントが補足説明する。

 

「………分かった。じゃあベアト、最初にバリケードに」

 

アレクセイが隣のベアトに指示する。

 

「いえ、それならば若様の方を……」

「いや、ベアト。お前が行け」

 

私の方を見やる従士に、しかし私は否定の言葉を吐く。

 

「ですが……」

「いやいやいや、ここで真っ先に避難とかさすがに恥ずかしいからな?こっちは戦闘してないから疲れても無い。余り情けなくさせてくれるなよ?」

 

 実際ベアトは女子の分疲労も溜まっている。一番先に後退させるべきだ。

 

「……御命令承りました」

 

暫しの逡巡、がすぐにベアトは指示に従い後退する。

 

「……んじゃ、行くか私達も」

「そうだね。……走ろう!」

 

 ベアトがバリケードの中に入ると共に私とアレクセイは駆ける。飛び込むようにバリケードの内側に入ると私は最後の一人に叫ぶ。

 

「いいぞ!お前も早く来い!」

 

 その言葉と共に身を翻したホラントがこちらに向け走り出す。既に海賊が部屋の入り口に右折して入り込もうとしていた。

 

 ホラントの背にブラスターの銃口を向けようとした所で私が医務室から拝借した薬瓶が顔面に命中する。柊館宜しく本当なら女神像が良かったのだが仕方ない。

 

 さすがに予想外の痛みだったのかのけ反って折れた前歯を抑えたところにアレクセイのブラスターから照射された光線がその首を貫通した。

 

「よし……」

「間抜けっ!さっさと頭を下げろ!」

 

 バリケードに躍りこんできたホラントが私の頭を押し込む。同時にレーザーの嵐が私の頭上を通り過ぎる。

 

「痛えだろ!?」

「死ぬよりマシだろ!馬鹿貴族が!?」

 

そこからはバリケード越しの銃撃戦だ。

 

「うわぁ、この場面凄い既視感あるわ……」

 

具体的には某作品全体で最大の衝撃回……つーか魔術師死亡回。あれ……今私フラグ建てた?

 

「もう少しだ!押し込め!!」

 

ある海賊がそう叫びながら防盾を構えて突進する。

 

「ちぃ!!」

 

 ホラントのブラスターライフルが火を噴くが対レーザーコーティングの成された盾に弾かれる。

 

「うおおお!!!」

 

 バリケードに乗り掛かり海賊は盾を捨ててトマホークを振りかざす。

 

「……!!」

 

 ホラントは頭を伏せる事でそれを回避し、ブラスターライフルの銃底を逆にその頭に叩きつける。怯んだ所に近距離から胸に一撃をくれてやる。

 

だが、次の瞬間ホラント自身が頭部に衝撃を受ける。

 

「ぐっ……!?」

 

 撃ち殺された者の後ろにいた新手が持っていたブラスターライフルで正に先程のホラント同様に殴りつけてきたのだ。

 

 額から流血してよろめくホラントに向け海賊はブラスターライフルの銃口を向け残虐な笑みを浮かべ引き金を引く。

 

「ちぃ……!!この餓鬼が!!?」

 

 撃たれる直前に銃口を掴み上に向ける事で辛うじて射殺されるのを防ぐホラント。だが、このままでは寿命が数十秒伸びる程度でしかない。

 

 そのまま揉み合いになる二人……が、ホラントの体力は既に疲労し尽くしておりすぐに押される。

 

 海賊は腰のナイフを抜きホラントの喉元に突き立てる。それを寸前の所で受け止める状況。

 

「ホラント……!?くっ……!?」

 

 アレクセイはホラントを助けようにもほかの海賊相手に精一杯だ。ベアトもまた最後の悪あがきで向かって来る海賊に室内の投擲出来るものは何でも投げつけていた。即ち……。

 

「……私が殺るしかない、よな?」

「あがっ……!?」

 

 ホラントを襲っていた海賊が小さい悲鳴と共に息絶える。

 

 ホラントが、倒れこむ海賊をどける。そして……ブラスターを手に持つ私を見た。

 

 私は、ホラントの危機に、バリケードに乗り掛かり死んだ海賊の腰にあったブラスターを拝借した。そして震える手で、ホラントにも当たらないように狙いをつけて……引き金を引いた。そして次の瞬間には呆気なく海賊は死んでいた。

 

暫し私とホラントの間に沈黙が支配する。

 

「あっ……」

 

 次の瞬間、私に雷を打たれたかのような衝撃が走る。同時に胸に焼けるような痛み。

 

「………?」

 

 私は、痛みの疼く場所に手をやる。……触れた手は真っ赤だった。

 

「………はは、マジかよ」

 

次の瞬間、私は生温かい何かを吐き出した。

 

「若様っ………!!?」

 

 どこからかベアトの声が聞こえた。それに対して、しかし私は一切の返答の余裕は無かった。

 

 激痛からか、動悸と吐き気が私を襲う。……ブラスターの傷は実弾より痛みは少ないと聞いていたが、何だよこれ。普通に死ぬ程痛えじゃねぇか。

 

膝をついて私はそのまま倒れこむ。再び血液を嘔吐。

 

 視界がぼやけ、耳が遠くなる。……あ、これ普通にヤバいな。

 

 次の瞬間、視界の端から多数の人影が現れる。同盟宇宙軍陸戦隊の姿だった。プロ染みた動きでブラスターライフルを発砲しながら海賊を制圧していく。……遅えよ、税金泥棒め。

 

「……!!?………!!」

 

 ベアトが見えた。何か騒ぎながらこちらに向かうのを装甲服の集団に止められていた。

 

どんどんぼやけて行く視界の中で私は周囲を見やる。

 

 アレクセイは……無事か。ホラントも怪我を負っているが大丈夫そうだ。ダセェ……私だけ重症かよ。

 

 急いでこちらに駆け寄る陸戦隊員、何か話し掛ける。わるいけど耳聞こえねぇよ。あ、これ……本当にヤバい。眠くなってきた。あぁ、糞。これは駄目かも知れないな………。

 

 ああ……本当、死亡フラグしか無い世界だよ。クソッタレめ。

 

 そして、私は睡魔に襲われそのまま意識を失ったのだった………。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十三話 目覚めたら知らない天井はお約束

「目覚めたら知らない天井だった」

 

 某新世紀なロボットアニメのシチュエーションの中、私は目覚めた。

 

「……?」

 

 頭がぼんやりとして思考が纏まらない。私はどうしてここに………?

 

「………!そうか、確か海賊に撃たれて……」

 

 意識を失う前の最後の記憶を思い出す。確か私が気を失う直前に救援が到着した筈だ。と、なるとここは………。

 

「病院、か?」

 

 視線を動かすとお約束のように直ぐ真横にベッドサイドモニターがピッピッ、と私の血圧や心臓の鼓動をモニターしていた。

 

「誰か……痛っ……!?」

 

 起き上がろうとすると共に激痛が体を襲う。堪らず私は再び横になる。

 

「おいこら、未来の医療の癖に痛すぎだろが……!!」

 

 と、文句を言っても仕方無い。宇宙暦8世紀となると時間さえあれば手足が千切れようが内臓が零れようが大体どうにかなる(即死や手術不可能な状況が多い事は言ってはいけない)。それどころか場合によっては人体の器官を交換しないような、自然治癒に任せるような中途半端な怪我の方が長期入院しないといけない程だ。

 

 恐らく、人工細胞等も使わない、自然治癒に任せた処置が為されたのだろう。にしても麻酔が切れてるぞ。この野郎。

 

「ぐっ………はぁ、……こりゃ動けんな」

 

 あれから何日たった?ここはどこだ?皆はどうなった?様々な疑問が私の脳裏に過る。

 

「うっ……うん………?」

 

 意識が覚醒し、身体の感覚が戻り始めた所でようやく私はその感触に気付いた。

 

 左手に触れる暖かさ。と、同時にそれが何かを想像をつける。

 

私は体の痛みに耐えながらそちらに首を動かす。

 

「……あぁ、やっぱりか」

 

 そこにいたのは、照明の光で金色の髪を鮮やかに輝かせる可愛らしい少女だった。椅子に座り、私の左手を握り締める従士は、しかし小さな吐息と共にベッドに上半身を倒すようにして深い眠りについていた。そこには普段の鋭い目付きと緊張感は感じられず年相応の子供の寝顔をしていた。

 

「大方……寝ずの番していて居眠り、といった所か」

 

 あれから何日たったかは不明だが、彼女も肉体的にも精神的にも相応に疲労していた筈だ。そんな中で多分、私がいつ目覚めてもいいようにずっと控えていたのだろう。そりゃ居眠りもしよう。私なら数時間も持つまい。

 

「要らぬ気遣い何だけどなぁ……」

 

 苦笑しつつ、私はその寝顔を拝見させてもらう。こう、見ると案外幼い顔立ちなのか……。大体私より先に起きて準備等をしてくれるので寝顔を見るのは本当に久し振りだ。最後に見たのは宮廷の狩猟場で遭難したときか……。深夜寝るときは私を必死に慰めていたが早朝に起きると寝言で寂しげに父親を呼んでいたのを覚えている。あの時の罪悪感といったら………!!

 

「……済まんな、いつも」

 

 主人として至らないために迷惑かけてばかりなのが情けない。

 

「ぐっ……あー、駄目だな。これは……」

 

疼くような痛みと共に疲労と睡魔が襲いかかる。

 

「もう一眠り……する、か………」

 

視界がぼやけ、意識が遠退く。

 

「若……様……?」

 

 小さな、音色のような声が響く。あぁ、起こしてしまったな。悪いな。だが……この分では……返事は………。

 

睡魔に敗北し、私は再び意識を失った。

 

 

 

「うふふふふ!!ここにいるのは意識の無い若様と私めのみ!即ちここでどんな事が起ころうとも知る者はいないと言う事!!ぐへへへへ……睡姦プレイと言うのも乙ですなぁ!!」

「………」

 

 目覚めると、目の前に涎を垂らした栗毛の女性がいた。

 

「では、さっそく……あれ、若様起きました?」

 

 私に手を伸ばそうとした所で私の瞼が開いている事に気付き彼女の表情は凍りつく。

 

「おう。イングリーテ、何しようとしてた?」

「いえ、随分と苦しそうでしたのでシーツを御変えしようと……」

 

目の前の女性は凍りついた表情で口だけを動かす。

 

「そうか。貞操の危機を感じたのは気のせいか?」

「はい、気のせいでございます」

 

爽やかな笑顔で堂々と宣う目の前の女。

 

「そうか。……命令だ、そこを動くな」

「はい?分かり……」

 

 次の瞬間私は無表情でピースした手で彼女の目を目潰しした。

 

響き渡る悲鳴が室内を満たした。

 

宇宙暦778年2月5日午後2時15分の事であった。

 

 

 

「若様……!?」

 

 悲鳴の声に反応して直ぐ様扉が開いて入室する人物がいた。

 

 一人は私の信頼する従士、もう一人は亡命軍の軍服を着た壮年の男性だった。

 

「うごごご……目が…目があぁ……!?」

 

 滅びの言葉を受けた後の某特務機関の大佐のごとき声を上げて床で悶絶する女性を見て、一瞬唖然とする二人。

 

「若様、これは……」

 

壮年の軍人が困惑する。

 

「あ、そいつはそこに捨て置いていいから」

 

私は淡々とそう言い放つ。当然だ。

 

「はぁ……」

 

 そう気の抜けた声を出した後、すぐに改まった彼は姿勢を正すとベレー帽を脱いで胸元に置き、恭しくひざまづく。

 

「若様、御命に別状無く何よりでございます。このゴドフリート、若様の危機に際して不出来な娘共々お役に立てなかった事深く反省しております。この上はどのような処罰も甘んじてお受け致す所存でございます」

 

 40は越えているだろう屈強な男性が心から誠意と悔恨を含んだ声で謝罪する。隣を見れば同じように深々と沈痛そうな面持ちで頭を下げる従士。

 

 鋭い目付きと金髪、品格のある口髭……ルトガー・フォン・ゴドフリート亡命軍宇宙軍大佐はティルピッツ伯爵家の筆頭従士家の一つ、ゴドフリート家の当主でもある。父とは幼年学校・士官学校の同期であり随一の忠臣の一人だ。当然ながら私の従士の親父殿である。どうやら、今回の騒動で娘がいながら私が撃たれた事に対してかなり思い詰めているようだった。

 

 正直、父親と同じ程に年上の人物にこんな態度を取られるのは小市民な私には居心地が悪い事この上無い。だが、ここで簡単に赦すわけに行かないのが貴族社会と言うものである。

 

 そう易々と赦せば門閥貴族としての自身の立場を貶める事になる。それはひいては自身だけでなく家臣や領民の権利や誇りまで他家から軽く見られる事を意味する。

 

 流石に亡命政府の門閥貴族は皆親戚みたいなものであるためそんな事は無いが、オーディンだとその貴族は小心な臆病者として笑われる、だけならかなりましで下手すれば一族から家臣、オーディンの出稼ぎ領民まで周囲にたかられるそうだ。

 

 その上、家臣団の中でも失態を犯した者を簡単に赦すとほかの者との間に不公平が生じる。真面目に間違いを犯さずに働く者がやる気を無くす、程度ならまだ良い。それが元で家臣団同士で対立や陰口が起きる事もあるのだ。

 

 実の所、主人の与える叱責や罰はある種けじめをつける行為であり、主人が既に対処したのでもうこれ以上誰もこの問題を掘り返すな、と言う意味を持っている。

 

 むしろ叱責や罰が無い方が家臣に取っては困る事で暗にお前は不必要だと言うメッセージであり、何時まで経ても他の者から(下手すれば何代も)その事で笑われ、機会あれば蒸し返される。

 

 ……いや、大体の門閥貴族家臣団の仲は(少なくとも亡命政府の門閥貴族では)ギスギスしてないしフレンドリーだよ?けど、オーディンではそれが普通の文化だからその伝統が続いているの、分かる?

 

 ちなみにその相手が同じ門閥貴族だと大昔は一族朗党領民まで巻き込んだ「名誉をかけた戦」……ようは私戦に発展し、どこかの段階で両家の親戚家が仲裁に入り停戦するそうです。我が家の場合ジギスムント2世の頃にヒルデスハイム伯爵家との私戦が有名だ。父が見せてくれた写真は見ていて引いたよ。

 

 まず、背景は炎上する屋敷。時のヒルデスハイム一族が縄で縛られ、その足元にはヒルデスハイム家の従士達の死体の山、その周囲にサーベルを持った当時のティルピッツ伯とブラスターライフルを抱えるその愉快な従士団が返り血まみれで笑顔浮かべているんだぜ?(ヒルデスハイム家の者を傷つけたり従士家の女子供は殺していないだけ当時としては寛容だったと聞いて更に戦慄した)

 

 この私戦文化に対して帝国政府は最初の内は門閥貴族の力を削ぐ意図もあり黙認していたそうだが、運悪く当時帝国を二分するほどの大貴族2家が遠戚の貴族達まで巻き込んだ大戦争を起こしかけたため慌てて帝国政府が仲裁、最終的に第11代皇帝リヒャルト2世の時代の布告により所謂一対一の決闘を持って私戦に替えるよう制度が出来たそうです。

 

 話しが逸れすぎたな。兎も角そう言う貴族文化があるためにここで私は寛大な態度を取ることが許されない、と言うわけだ。

 

「……悪いが目覚めたばかりで考えが纏まらん。ここはどこだ?あの後どうなった?」

 

取り敢えず状況把握に勤める事にしよう。

 

「は、仰る通りでございます。申し訳御座いませぬ」

 

 深々と頭を下げ謝罪した後ゴドフリート大佐は説明を始める。

 

 どうやら同盟軍に救助された後、幼年学校の生徒は治療の必要のある者は治療を受け、亡命軍の救援部隊の到着と共に同盟軍の制止を無視して半ば無理矢理アルレスハイム星系に帰還したらしい。同盟軍の救援部隊が海賊艦隊の掃討を開始すると同時の事であったと言う。この間に両軍の間でどれだけの言い争いが起きたかはここでは割愛する。

 

 亡命政府は相当激怒した事だろう。よりによって幼年学校生徒が訪問中の失態、しかも皇族が殺される寸前だったのだからマジギレだっただろう事は想像に難しくない。

 

 この事については同盟政府からの全権代理権を受けた同盟議会特使が星系議会と新美泉宮の謁見の間で謝罪したためどうにか暴動寸前だった世論は沈静化したらしい。代わりに海賊への報復を求めるデモが星都で起きているらしいが。今は逮捕された海賊の裁判にアルレスハイム星系警察も関わる事を亡命政府はハイネセンに要求している所だと言う。

 

 余り騒いで欲しく無いんだけどなぁ……唯でさえ亡命者コミュニティは肩身が狭いし疎まれているんだから。……まぁ、無理だろうけど。

 

 私に関しては運良く、ブラスターのレーザーが血管や内臓を傷つける事が無かったのでそこまで大きい怪我ではないらしい。一週間もすれば退院出来るそうだ。

 

「そうか……報告ご苦労だ」

 

 ゴドフリート大佐に労いの言葉をかけた後、私は考える(ここは軍病院なので本来ならば階級として軍規に違反するが軍人ではなく私人としてこの場に大佐は参上……態々休暇をとったらしい……しているので問題無い)。

 

「ふむ……そうだな。ゴドフリート、貴方に対しては私が処断する立場にない。その場にいなかったからな。だが、子の監督責任はある」

「はっ……!」

「よって、貴公の沙汰は父が決める事だ。分かったな?」

「はっ!」

 

 続いて私はベアトを見る。こちらを見る目は不安に満ち満ちている。

 

「ベアトリクス、お前は私を守れなかったな?」

 

問いただすような質問。

 

「……はい、相違有りません。このベアトリクス、どのような罰を受けようと御怨み申し上げません」

 

深々と、自責の念がありありと分かる御辞儀。うん、知ってた。そんなに怖れなくていいから。別に怒って無いからな?あれ、明らかに私の責任だからな?

 

「罰、か。そうだな。余り無意味な罰を与えても仕方ない。ここは合理的に考え……そうだな。私の怪我が完治するまで介護を頼みたい。出来るな?」

 

 そんなとこらが落とし所だろう。私としても余り恨まれるような……というか後で気まずくなる罰なんてしたくない。

 

「はっ!ベアトリクス、誠心誠意介助をさせて頂きます!」

 

 心から決心するように完璧な礼して返答するベアト。いや、そこまで覚悟完了しなくていいからな?

 

 互いに普通に会話しているけどこれ、ほかの星の奴が見たら腰抜かすな。連座制とかマジかよ。

 

 しかもこれ法律ではない。互いに当然といった態度だけど、ようは私刑だからな?法律的に一切従う義務も無いからな?やべぇな、帝国的価値観。

 

「さて、この話しは一旦此処までにしよう。さて……お前はどうしてここにいやがる?」

 

 私は未だに床でのたうち回る女性……イングリーテに向け声をかける。

 

 同時に飛び上がるように立ち上がると教養と品性を感じさせる動作で敬礼する。

 

 黒色のジャケットに金の飾緒、シャコー帽の出で立ちは近世の騎兵隊のようだ。

 

そして、堂々と宣う。

 

「イングリーテ・フォン・レーヴェンハルト亡命軍宇宙軍軍曹、若様のお目覚めまで、誠心誠意込めて警護しておりました!!」

 

 ティルピッツ伯爵家に代々仕える飛行士の末裔の一員は、いけしゃあしゃあとそう叫んで見せたのだった。

 




従士階級が黄金樹は終わりなんていえば即処刑は残当。
ブラウンシュヴァイク公がアンスバッハを即殺せず拘禁したのは帝国社会では寛容さを意味するというね。


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第十四話 悪いな、勘の良い国家錬金術師は嫌いなんだ

 銀河帝国における貴族は世代で分けると大きく2種類に分別出来る。つまり旧貴族と新興貴族である。

 

 前者は開祖ルドルフ大帝時代の功臣達……具体的には大帝の軍人時代の同僚や部下、国家革新同盟の議員、党を支持した連邦の官僚や大企業経営者、有力投資家、文化人、学者等、それ以外に例外として懐柔策で貴族に列せられた野党議員や軍幹部もいる。その多くが男爵以上の門閥貴族であるために旧貴族=門閥貴族といっても実質的に問題は無かろう。

 

 一方、新興貴族は大帝以降に功績のあった優秀な平民に与えられた地位である。特に帝国騎士の地位が与えられる場合が多いがこれは帝国騎士が旧来の貴族社会的柵とは距離を置いた、貴族としては比較的独立した地位である事が大きい。

 

 つまり門閥貴族のように血縁や社会的な繋がりが薄く、従士のように主人としての大貴族がいない、帝国と皇室にのみ忠誠を誓う地位だからである。だからこそ帝国の騎士……皇帝に忠節を誓う騎士と呼ばれているのだ。そのような意味合いからか大帝時代は皇帝の身辺警護や政治から距離を置いた大帝の個人的な友人等に、それ以降は門閥貴族への牽制の意味もあり前述のように帝国のため功績を上げた平民に騎士の称号が与えられていた。……まぁそんな経緯のある帝国騎士の末裔に黄金樹の王朝が滅ぼされるのは歴史の皮肉だな。

 

 只、この新興貴族の地位は旧貴族からは軽く見られている。なんせ時代が下るにつれ皇帝が帝国騎士の地位を金銭で売り払うようになったためだ。

 

 帝政初期においては決して帝国騎士は軽んじられる存在では無かった。この頃はそもそも貴族制度自体が出来たばかりであり其処まで明確に貴族間に隔絶した差は無かったし、本人達も銀河連邦の平等社会の意識の残滓が残っていた(貴族間の平等と言う意味だが)ためだ。

 

 恥愚帝のジギスムント2世の時代に帝国騎士家が数千家も乱立し、最近でもドケチなオトフリート5世が財政難への対策でさらに帝国騎士の数を増やしやがった。此処まで来ると二束三文で売り払っているのと同じだ。そりゃあ大貴族が新興貴族を馬鹿にもしますわ。帝国騎士=平民同然の貧乏人扱いになるのも納得だ。それどころか従士階級と立場が逆転する現象まで起きている。

 

 それも当然で、従士階級は門閥貴族に仕えている。つまり何かあれば主人に泣き付く事が出来るわけだ。就職の心配はないし、他の貴族とトラブルになれば主人も自身の名誉に関わるため放置しない。それどころか主人の使いとして場合によっては大きな権威すら与えられる。

 

 更にいえば門閥貴族と従士家の繋がりは密接である事も理由だろう。

 

 そもそも従士家は皇帝が発案し任命したものではない。大帝時代に門閥貴族に列せられた者達が推薦したものだ。

 

 例えば企業経営者から爵位を受けた者は自社の役員や常務を、政治家から爵位を受けた者は秘書や支持団体幹部を、軍人から爵位を受けた者は自身の信頼する部下を推薦し、皇帝の許可を得て正式に大貴族に仕える従士家が出来る事になった。

 

 ルドルフ大帝も自身があらゆる分野に精通する万能の存在とまでは自惚れてはいなかったようで(少なくとも帝政初期は)、帝国の各分野の権威である門閥貴族達に、その分野において才覚があり帝国行政の手足として優秀だと思われる存在を選ばせて宛がう事で帝国貴族の基盤を磐石にしようとしたのだろう。

 

 従士階級は其ゆえに自分達に特権を与えた主家に固い忠誠を誓い、主家もまた自身の手足として何代にも渡り仕える彼らを信頼していた。

 

 さて、我が家……つまりティルピッツ伯爵家は当然旧貴族の一員だ。元を辿れば銀河連邦時代から続く軍人の家系らしい。確認出来る最古の記録では銀河連邦中期の英雄ミシェル・シュフラン提督の副官だったと言われている。連邦中期から末期にかけて数名の提督も輩出した。

 

 宇宙暦293年、御先祖様が偶然、当時銀河連邦宇宙軍大佐であったルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの部下となった。その才覚を気に入ったのか後の大帝陛下はこの御先祖様を海賊討伐作戦において必ず連れていったという。

 

 ルドルフが政界に転じると銀河連邦軍における革新派十八提督の一人として活動し、310年の銀河帝国成立時には少将として辺境の反乱勢力を鎮圧し、後に長年の功績を讃えられ伯爵位を得る事になった。

 

 御先祖様もまたほかの門閥貴族同様に自身の部下達を皇帝に推薦し、自身を守る従士家を幾つも作り上げた。

 

 レーヴェンハルト家は元銀河連邦軍宇宙軍第8方面艦隊、司令部直轄航空隊司令官ヘルマン・フォン・レーヴェンハルト大佐を開祖とするティルピッツ伯爵家の古参従士家であった。

 

 

 

 

「ベアト、悪いがそこの新聞をくれないか?」

「了解致しました、若様」

 

 私の命令に反応し、恭しく礼をした後、距離の離れた机に置かれた新聞を差し出す。

 

「若様~、私も御命令とあらば何なりとお受け致しますよ~?」

「おう、そこで黙って立っとけばいいから」

「あ、はい」

 

 しょぼーん、と入院室の端っこで起立したままでいる軍曹。可哀想などと思う必要はない。あれにはこの態度で十分だ。と、言うか油断したらヤバい。あれにはパーソナルスペースの概念がないらしい。無頓着な程距離を詰めてくる。こいつが警護に来たことに悪意を感じる。

 

 レーヴェンハルト家はティルピッツ伯爵家の典型的な従士家らしく代々が軍人だ。現当主が士官学校の航空教練の教官で中佐の地位にあり、祖父は准将、元地上軍航空部隊副司令官であり、当主の兄弟は南大陸の航空基地防空隊司令官と第18独立空戦大隊副隊長。当主の3人の息子は長男が宇宙軍空戦隊中隊長、次男が伯爵家の私有機の副操縦士、三男が専科学校航空科学生である。

 

 部屋の端で萎びている彼女は当主が2人持つ娘の内の長女である。イングリーテ・フォン・レーヴェンハルト宇宙軍軍曹、専科学校航空科出身……私の3歳上の筈なので17歳だった筈だ。何度か従軍経験もある、軍人としては先輩に当たる筈なのだが………うん、尊敬なんて無理無理。

 

 彼女の事は実は小さい頃から知っている。まだ私が荒れていた頃に付き人候補の一人として対面した。その日の内に実家に送り返してもらったが。

 

 何があったか?言いたくねぇよ。取り敢えず半日の間家の箪笥の中に隠れていた、とだけ言っておく。

 

 宇宙暦778年2月11日午後1時過ぎ、昨日から味気のない集中治療室から一般病棟に移動した私は部屋の隅にいる護衛を牽制しつつ午後の暖かい日向の差し込む部屋のベッドで暇を潰していた。

 

「と、言っても本当やること無いよな……」

 

 ベアトから受け取った新聞の表紙に目を通す。新聞名は、ノイエ・ヴェルト新聞、アルレスハイム星系の保守系地方紙であるが帝国公用語で書かれているがために同盟領全域に居住する多くの亡命者にも読まれ、購読者数は2億7000万世帯にも及ぶ。4大全国紙には及ばぬものの地方紙としては同盟第7位の発行部数を誇っている。

 

 第1面に出ているのは、来月の南大陸のクロイツベルク州選挙の情勢についてと国境宙域に置ける同盟軍の海賊掃討作戦の経過についてだ。

 

 南大陸クロイツベルク州は惑星ヴォルムスにある全14州において最も共和主義的であり貧しい州である。共和派が中心に開拓した農業州なのだが、所謂元農奴や被差別身分が多いために教育水準が低く、貯蓄も少ない。よって自己資本が無く自給自足に近い経済状況だ。

 

 富裕な州や企業の投資を受け商品作物の栽培でも始めれば良いのだが、そういうものは大抵貴族の息がかかっており共和派で固められた州政府は積極的ではない。

 

 だからと言ってほかの惑星に頼もうにも近隣で一番金があるのがこの惑星なのである。それより遠くとなると投資のリスクもあって企業も星系政府も及び腰になる有り様だ。

 

 州議会の現与党である自立党と星系議会与党にしてこの惑星最大勢力を誇る立憲君主党が合い争う選挙、星系警察や同盟軍中央政界は支持者同士の衝突や暴動を心配しているらしい、と言う記事だ。何せクロイツベルク州は前例がある。

 

 もう一つの記事に目をやる……同盟軍の海賊掃討作戦については順調らしい。第6辺境分艦隊を中核に、第2機動戦闘団や星間巡視隊から抽出された戦力からなる特務艦隊はグラエム・エルステッド中将指揮の下数百隻の海賊船を撃沈又は拿捕していた。

 

 捕虜とした海賊の取り調べからパランティア星系における襲撃に置ける事情も見えてきた。

 

 やはり宇宙海賊の多くは帝国から流刑された者が中心であった。それ自体は幾らでも前例があるのだが問題は帝国軍が海賊に対して大掛かりな援助を行うようになったことだ。

 

 特にミサイルや電子戦装備、レーダー透化装置といった精密機械の多くで帝国正規軍の第一線で使用されるそれが多数回収された。

 

 旧来の帝国軍の援助が旧式装備中心であったことを考えるとこれは大きな変化だろう。

 

 同時に同盟軍にとっては大きな悩みが生まれた事を意味する。原作ではハードウェアの優位を軽視する場面が多いが実際の所ハードウェアの差は戦局に大きな影響を与える。場合によっては電子装備の差によって一方的な戦闘に追い込まれることすらあり得るのだ。これ迄は後方基地や地方部隊の装備は治安維持や自衛のための最小限の予算が当てられていたものの、帝国軍の最新兵器に対処するためには地方部隊の近代化に着手せざるを得ない。

 

 そしてそれはイゼルローン要塞攻略のための主力艦隊の予算増加を阻むものでもあった。

 

 同盟軍は第3次イゼルローン要塞遠征計画の中断を決定した。国境の治安維持のため今後2年間は特設艦隊を派遣し国境航路の巡視・警備を強化するという。

 

 元同盟軍宇宙艦隊司令長官にして10年に渡り国防委員会議長を務めるアリー・マホメド・ジャムナ議員が最高評議会でこの事態への対策として国防予算の7%増加と今後5年間で現役兵力の150万人の定数増加を要求した事が記事の最後に記されていた。

 

 中を見てみれば経済欄は同盟政府とフェザーンによるトリプラ星系第9惑星の液化天然ガスの共同開発合意にテルヌーゼン株式市場の貿易関連企業株式の同時安について、政治欄では相変わらずの亡命者社会の今後についての各派閥の有識者対談コラムだった。

 

 そして止めは特別欄の皇族動向についてだ。ハイネセンポリスの亡命者街を訪問するアルレスハイム星系政府首相グスタフ・フォン・ゴールデンバウムの写真を見出しに主要皇族の一日の動向がみっちり記述されていた。信じられるか?ページ数が経済欄や政治欄、それどころかバラエティ欄より多いんだぜ?ここだけ紙質が明らかに違うしな。

 

「あ、アレクセイの奴乗ってる」

 

 にこやかに人当たりの良さそうな笑みを浮かべる旧友の姿を新聞欄に見つける。幼年学校学生服に胸元には同盟軍名誉戦傷章・亡命軍戦傷者章が輝いていた。

 

「あー、一応戦傷だったな」

 

 記事の内容は旧友への取材記事だ。まぁ、幼年学校学生の身で実戦参加と勲章授与されればこのガチガチの保守新聞ならば当然取材するだろう。

 

「恥ずかしい限りだよ。私は別に負傷していないのにね。心苦しいばかりだ」

「まぁいいさ。貰えるもんは貰っとけばな。どうせ貰う分にはタダなんだ………うん?」

 

真横から知っている声が聞こえて……。

 

「何でここいるんだよ!?」

 

 真横を見ると当然の如く話題の人物が立っていた。と、いうか全く気付かなかったぞ!?ベアトー礼をするのは良いけど教えてくれー(レーヴェンハルト軍曹は緊張しながら敬礼していた)。

 

「ははは、悪いね」

 

 頬を掻きながら誤魔化すように笑うアレクセイ。止めろ鋼鉄の巨人な顔でやられると凄い違和感しかないから。

 

「全く、さっさと用を済ませて帰るぞ」

 

 アレクセイの後ろから詰まらなそうな顔をしたホラントが現れる。その後ろには直立不動の姿勢で近衛兵が立っていた。

 

「……おいおい、何用だよ?面倒な内容じゃなかろうな?」

 

取り合えず私は邪険に扱うようにそう言う。

 

「安心してくれていいよ。ここに来たのは個人的な見舞いとそれと……」

 

 アレクセイが指を振って指示すれば近衛兵の一人が恭しく進み出て無意味に装飾の為された小箱を見せる。

 

「勲章?」

 

 中にあるのはアレクセイの受け取っていた物と同じ戦傷章が2枚。

 

「機嫌取りと箔付け、と言ったところだね」

 

 同盟側のそれは機嫌取りで亡命政府側のそれは箔付けである事は間違い無い。ちなみに近衛兵がもう一つ箱を持っていたが、ベアトの分らしい。

 

「うわぁ、いらねぇ」

 

条件反射的に私は口を開いた。

 

「おいおい、酷いなぁ。貰える物は貰っておけと言ったのはヴォルターじゃないか?」

「いや、だってなぁ……」

 

 勲章の管理なんて面倒だ。年金やら特権があるなら関心があるが、私の受け取ったそれは名誉はともかく経済的価値は皆無に近い。

 

 同盟軍名誉戦傷章は同盟で最も一般化している勲章だ。記録にある限り同盟軍初の戦傷者ピエール・ルブラン上等兵の横顔が刻まれたこの銅製メダルは総授与者数は建国以来22億6000万名に及ぶ。同盟軍兵士の3人に1人はこの勲章を授与されるとも言われている程だ。一応戦傷経験がある事を意味し名誉ある勲章とされるが実質的価値は皆無だ。デザインが無駄に俊逸な亡命軍のそれも特に特典がある訳でもない。

 

「軍人にとって栄えある勲章をそんなぞんざいに扱うとはな」

 

 呆れた、とばかりの口調のホラント。幼年学校制服の胸元には小奇麗に磨かれた勲章が2つ輝いていた。

 

「君達は少し外にいてくれ」

 

 近衛兵のホラントを見る視線に気づき、アレクセイは退出を命じる。

 

「……おいおい、流石に時と場所を考えろよ。近衛に冗談は通じないぜ?」

 

近衛が退出すると同時に私は口を開く。

 

「ふん、貴族だろうと何だろうと軍人である以上はそれに相応しい振る舞いが求められるのは当然だ」

 

それに対して蔑むような視線を向けるホラント。

 

「貴様、毎回の事ながら無礼だぞ……!」

 

ベアトがきっ、とホラントを睨む。

 

「あー、ベアト気にするな。こいつの性格はもう分かったから。全く連れない奴だな。そうイライラしてたら頭の傷開くぞ?」

 

 カルシウム不足か?等と内心で思いながら私は言った。まぁ、後で聞いた話だと同じ勲章授与者であると言うことで半強制的に連れてこられたから残当だ。

 

「ふん、お前と同じにするな。お前の傷こそぼさっとしてなければ受ける事が無かっただろうが」

 

 噛みつくようにホラントは答える。本当愛想がない奴だ。

 

「へいへい、悪うございましたよ」

 

へらへらと笑って返す。が、内心はそう気楽でもない。

 

 ぼさっと立っていたのは事実だ。……あぁ、そうだよ。ぼさっと突っ立っているしか出来なかった。

 

 人間撃ち殺すのなんて初めてだったんだよ、馬鹿野郎。……嫌な記憶を思い出せるなよ。

 

「………若様~?御気分悪うございますか?」

「……取り敢えず、顔近づけるな。ベアト?」

「はい」

 

 いつの間にかめり込むように私に顔を近づけていた警備を取り敢えずベアトに撤去するよう指示する。

 

「えっ?ちょ……私はただ可愛い若様のお顔を拝見させ……痛っ……ベアトちゃん?お姉さんの耳ちぎれ……あ…がちですみません。止めてください」

 

 無表情で軍曹の耳を引きちぎらんばかりに引っ張るベアト。半泣きで軍曹はベアトに許しを乞う。

 

「………」

「……いいのかい?あんな雑に扱って?」

 

引っ張られて連行されるその姿を見て唖然とするホラントと苦笑いを浮かべるアレクセイ。

 

「へーき、へーき」

 

 私は手を振ってノープロブレムであることを伝える。あれは結構やらかして親兄弟に連行される事が多いので。知る人にとっては見慣れたものだ。やっぱあれだね。ショタコンは劣悪遺伝子排除法の適用範囲だね。ロリコン・ショタコン・ブラコン・シスコンを排除対象に入れていた大帝陛下は正しかったんや!

 

「それに……」

 

 余り勘の良い奴も、ずけずけと人の心に入り込む奴も好きではないんだ、とは言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十五話 獅子帝のフラグ回避能力は異常だと思うんだ

 森林地帯用野戦服を着た私は苦虫を噛みながら机の上の地図を凝視する。

 

「A-16防衛線突破されました!」

「D-3より1個分隊、K-5より2個分隊が浸透中です!」

「第10分隊より定時連絡途絶えました!」

 

 天幕内の通信士が絶望的な戦況を通達し、それに合わせて地図上の駒が移動し、あるいは撤去される。

 

「右翼からの攻撃は陽動だったな……」

 

 舌打ちしつつ私は思考を巡らせる。折角教本に忠実な防衛陣地を構築したがこう浸透されてしまったらな……。

 

「おい、このままだと各個撃破されるぞ。参謀長としては後退と再編を進言するが……」

「それが至難の技、て事だな?だが、やるしかねぇよ。多少の犠牲は覚悟の上だ」

 

 私は同席する参謀長ホラントの進言に同意を示す。背に腹は代えられない。このまま実働部隊を殲滅されて司令部をゆっくり料理されるよりはマシな筈だ。

 

「方針を決めたならさっさと命令しろ。上が優柔不断だと下が困る」

「分かっているさ。各部隊を後方に下がらせろ!場所は……この丘陵地帯なら防衛に適している筈だ。防衛線を再構築するんだ!ホラント頼む」

「了解した」

 

 舌打ちしつつホラントが資料や戦況状況を整理し、通信士越しに各部隊へ具体的な後退指示を出していく。後退といってもただ引けばいい訳でもない。後退時が追撃によって一番損害を受けやすいのだ。つまり敵味方の位置から追撃進路を予測し、各部隊が連携して敵軍を牽制しつつ後退しなければならない。

 

「そこを細かく詰めるのが参謀の役割なんだよなぁ」

 

 複数人でやるとはいえ、私にはそんな短時間の間に分析して細やかな作戦を詰める能力はない。戦場で、追い込まれれば尚更だ。正直そんな中で冷静に対処出来るホラントは普通にヤバい。

 

「さて、問題はどれだけ守り切れ………」

 

 其処まで言って、私は口を止める。そして事に気付いたホラント以下、天幕内の人員に目配せすると懐のブラスターを抜き取る。

 

 え、どうしてかって?そりゃ天幕の外で警備していた奴の影が無くなっているんだから残当よ。

 

 私とホラントを含む天幕内の十数名がブラスターを構える。

 

 数秒の沈黙。皆が緊張の中その時に備える。そして………。

 

「ちぃ!!セオリー通りかっ!!」

 

 天幕の入り口に投げ込まれたスタングレネードに悪態をつく。

 

「目を瞑れっ!入り口に発砲っ!」

 

ホラントが叫ぶ。

 

 皆、体を伏せるなり物陰に隠れるなりして被弾面積を減らすと共に目を瞑ったままブラスターを乱射する。命中させる必要はない。相手の侵入と狙撃を防ぎ、視界が回復するまで時間稼ぎ出来ればいいのだ。

 

発砲音が次々と響き渡る。これで牽制出来れば……。

 

「ぎゃっ!?」

 

 小さな悲鳴と共に人が倒れる音……その声に聞き覚えがあった。こちらの後方参謀のそれであった。

 

「ちぃ!!全員屋内戦闘用意っ……!」

 

 スタングレネードの閃光がおさまると共に私は叫ぶ。私が目を開けた時には既に数名の部下がバラクラバを被った侵入者達と近接戦闘に入っていた。

 

「うがっ……!?」

「は、早っ……!」

 

 侵入者の先頭の者が私を守ろうと人壁になる部下に襲いかかる。一人の頭部と腹部にブラスターを撃ち無力化するとそのまま首もとを掴んで盾にする。そして弾除けにすると共に手榴弾を投げ込む。

 

「伏せろ!」

 

 手榴弾の存在に護衛達は慌ててしゃがむ。爆発音。護衛が体勢を建て直す前に先程の侵入者によって一人また一人と無力化されていく。

 

「まだ生きているかっ!?」

 

ブラスターを構えたホラントが駆け寄る。

 

「こ、ここだっ!!」

 

私が手を振って答える。……同時にどつかれた。

 

「痛え!?」

「目立つ行動するな!馬鹿野郎め!」

 

 同時に後方から襲いかかる敵の頭部にブラスターをお見舞いして無力化するホラント。

 

「裏口から急いで逃げろ!司令官が生きていればまだ建て直せる!!」

「っ……分かった!後ろ頼む!」

 

背中撃たれたら堪らないからな。

 

 と、ホラントに守られながら逃亡を図ろうとした所でホラントが身を翻す。同時に先程まで立っていた場所にレーザー光が通りすぎる。

 

「……やはり避けますか。小賢しい……!!」

 

その声に聞き覚えがあった。綺麗な女性の声。相手はブラスターを再びホラントに向けさらに発砲しようとするが……。

 

「……!!」

 

 早打ちではホラントの方が上だった。ホラントのブラスターの弾が相手のそれに命中する。使用不能になるブラスターをしかし、相手はすぐにそれをホラントに向け投げつける。

 

 ホラントのブラスターに命中させ第2撃の射線を剃らすと共に腰のサバイバルナイフを抜き踏み込んで接近する。

 

「舐めるなよ……!!」

 

 ブラスターの第3射線を発砲のタイミングに合わせ咄嗟に腰を下げて回避した相手はそのまま襲いかかる。

 

「ちぃ……!!おい、ティルピッツ!!さっさとそのケツ捲って逃げろ!……早くしろ!」

 

 その声に私は素早く反応して天幕の裏口に向け走り出す。

 

 天幕を出る前に一瞬振り返った。そこに有るのはナイフを構え合い互いに牽制し合う2人の軍人の姿だった。

 

 

 

 

「糞っ……はぁはぁはぁ……此処まで来れば安全か!?」

 

 息を切らせながら私は呟く。10分以上森の中を走り回った。一応、足跡で追跡されないように欺瞞しながらの逃亡だ。さすがにすぐには見つけられまい。

 

「と、思ったかい?」

 

旧友の声に私は振り向く。

 

 そこにはバラクラバを被りブラスターライフルを構える1個分隊の兵士。そして彼らに守られるように立つアレクセイ。

 

「アレクセイ、お前……」

「ヴォルター、こんな結末になったのが残念だよ……」

 

沈痛そうな表情をするアレクセイ。

 

「ははは……だったら見逃してくれないか親友?」

 

私はおもねるように命乞いをする。だが……。

 

「それは許されない。分かるだろう?親友だからと言って許せる事と許されない事がある」

 

首を振って私の命乞いを却下する旧友。

 

「……糞っ!」

 

私は悔しさと無念さにそう吐き捨てる。

 

「……私も辛いよ。どこで間違えてしまったんだろうね?私達は」

 

その言葉に私は怒気を込めて答える。

 

「何処でだと!?他人事のように言うなっ!教えてやる!何処で間違えたか?それはな……!」

 

そして私は叫ぶ。

 

「何でお前、敵チームの籤引いてんだよっ!畜生めぇぇ!」

 

 心の底からそう叫びながら私は懐からペンを取り出し地面に叩きつけた。

 

 宇宙暦778年12月4日、亡命軍幼年学校5年次生実技試験総合野戦実演……学年生徒を2分しての大規模陸戦演習、そのチーム分けで私は指揮官として目の前の学年首席と戦う事になり……この様だよ!!

 

「この馬鹿っ!てめぇ少し位容赦しろよ!余りにも結果が悲惨過ぎるわ!!」

 

 こちとら何週間かけて参謀役の奴らと作戦考えたと思ってやがる!?それを戦線崩壊・司令部強襲・指揮官包囲だと!?ここまで酷い結果はさすがに辛すぎる!

 

「知っているかいヴォルター、獅子は兎を狩るのにも全力を尽くすんだよ?」

「私は兎!?」

 

 そもそもなんで私が指揮官役なんだよ!!ほかにも成績上の奴いただろう!?家か!?家柄だなっ!?おう、知ってたよっ!!ホラントの奴愚痴ったもんな、私の指揮が遅すぎるってな!!

 

「そろそろ、終わらせよう。私もチームの皆の成績に責任があるからね」

「ガッデムっ!」

 

 そういってアレクセイは腕を振り下ろす。同時に訓練用非殺傷レーザーの雨が私を襲ったのだった。

 

 

 

 

「お前のせいで野戦実習の成績評価が8だ。どうしてくれる?」

「おう、良かったな。こちとら5だ」

 

 その日の夜、幼年学校食堂で対面に座るホラントの文句にそう返答してやる。ちなみに10段階評価だ。どうやら私の補佐で随分と点を稼いだらしい。まぁ、こいつは自分が指揮すれば勝てたと思っているのだろう。勝てたかは兎も角相当良い勝負をしただろう事は認める。

 

「貴様、毎回の事ながら礼儀がなってないぞ。そんな非常識な事では到底軍務なぞ満足に出来まいに」

 

 私の隣に座るベアトが鋭い視線で睨み付ける。その手には銀製のフォークが握られ今にも投擲しそうだ。

 

「ふん、隣の間抜けに救われたな。後20……いや、10秒もあればお前を戦死させてやったものを……」

 

 戦闘の終盤、この二人は訓練用ナイフで壮絶な近距離戦闘を演じていたらしい。その激しさから周囲のほかの生徒が手を出せなかったとか。

 

「よせベアト。飯食っているときに人体からトマトケチャップが出るところなんざ見たくない」

 

 そっとフォークを掴むベアトの手を押さえる。今にもフォークを投擲しそうだったからだ。まぁ正面の次席は普通に避けてくると思うが。どちらにしろ私の近くで殺し合いするな。巻き込まれて真っ先にケチャップ出して私が死ぬ。

 

「ご安心下さい。若様は私が命に代えて御守り申し上げます」

「おう、ナチュラルに心読むな。後、曇り無き眼で言うな」

 

見ているこっちが怖いわ。

 

「ははは。まぁまぁ、落ち着いて。そろそろ昼食時間が終わる。早く食べてしまおうじゃないか」

 

 微笑みながら口を開くアレクセイ。おまえ、本当に動じないな。すげえよ。あんだけお前嫌っているホラントの隣座れるとか。

 

 何の因果かこの4人で飯を食うことが多くなってしまった。いや、正確にはアレクセイが勝手に引き合わせている訳だが。アレクセイからすれば伯爵家の跡取り(プラスその従士)と学年次席と食事を共にするのは当然らしい。

 

「おかげで毎回飯の度に胃に穴が開きそうになる訳だ」

 

 そう愚痴って食事に戻る。主食はライ麦パン(おかわり自由だ、やったぜ!)、ジャガイモスープ、添え物にマスタード付きソーセージ3本、チーズ、ザワークラフトとオニオン・ベーコン入りジャーマンポテト、飲み物にホットミルク……まぁドイツ風料理の夕食だ。質として貴族として実家やパーティーで食ってきた物には及びもしないが一般人の食べる内容としては適正な質だ。多分原作の帝国軍幼年学校のそれよりは上だと思う。

 

 最もカルテス・エッセンの文化があるのならあちらの方がゲルマン文化としては正しいのだろうが。

 

「どちらにしろ飽きるな。ジャガイモと酢漬けキャベツばかりだ」

 

 帝国人はジャガイモで百種類の料理を作れる、と同盟では言われている。実際はそれ以上なのだが、逆説的にいえばそれだけジャガイモばかり食っている事を意味する。

 

 ルドルフ大帝の遺訓の結果所謂ドイツ系料理が推奨されたからだ。一応理由としては銀河連邦末期、貧困の増大に対して憐れんだ大帝が価格の安いジャガイモで飢えを満たせるようにジャガイモを多く利用出来るドイツ系料理を奨励したそうな。

 

 まぁ、絶対嘘だろうけど。だったら何で宮廷料理が殆んどジャガイモ使ってないんだよ。何で晩年痛風なってんだよ。

 

「贅沢言うものじゃないさ。前線だと食べたくても食べられない、なんて良く有ることだよ。それに栄養価は計算されているからね。寧ろこの時期の食事としては下手に豪奢なもの何かよりも余程体作りには良い物だよ?」

「いや、分かってはいるんだよ、分かってはな。だがなぁ……」

 

 たまにはドイツ料理以外食べたいの。と、いうか洋食以外食べたいの。この際和食じゃなくていいから。アジアンなら何でも良いよ?

 

「だから同盟軍士官学校に行くのかい?あちらはこっちと違って食事のジャンルが豊富だし」

 

 亡命軍幼年学校や亡命軍士官学校と違い多文化主義の同盟軍士官学校では食事のジャンルはやけに豊富だ。さすがに民間に劣るがそれでもジャガイモパラダイスではない。逆に亡命軍幼年学校から入る奴がジャガイモ欠乏症になるけど。嘘か本当か、希に士官学校から血文字で「ジャガイモ」の単語ばかり書いた手紙が送られてくるという。

 

「いやいや、飯のためだけに士官学校行くとか意味分かんないんだけど?」

「けど、それだとこっちの士官学校に行く事になるよ?」

「あれ、選択肢が士官学校しかない?」

 

 士官学校に行ったらそれこそもう逃げ場なんかないだろうが!私はまだ死にたくない!!

 

「と、いうかだからって何?凄く嫌な予感するんだけど」

 

恐る恐る私は旧友に尋ねる。

 

「ああ、この前の進路選択に同盟軍士官学校って記入されてたから。てっきり覚悟決めたのかと……」

「え、何それ知らないんだけど?」

 

ニート、と書いてたんだけどなぁ。

 

「それ、教官が書き直していたぞ」

 

ホラントが横合いから捕捉説明。はは、ワロス。

 

「若様がハイネセンに行かれるのでしたらこのベアトもどこまでも御供致します!」

 

目を輝かせて言うな。行きたくねぇよ。

 

「ティルピッツ、貴様の成績だとギリギリだろう?同盟軍士官学校はそんな簡単に入れるような場所じゃないぞ?」

「そういうホラントはハイネセンに?」

「……そうだ。文句あるのか?」

 

アレクセイの質問にむすっとした顔で答える学年次席。

 

「いや、むしろ尤もさ。もちろん、亡命軍で共に戦うのも良いけど、同盟軍に入ればここに残るよりより大局に影響を与える地位につける。ホラントのような英才ならそちらの方が活躍出来るだろうしね」

 

心からそう思っているかのように答えるアレクセイ。

 

「……ふん。口ばかり達者な奴だ」

 

 不愉快そうにフォークでヴルストを突き刺し口に放り込む学年次席。

 

「はぁ……気が滅入る」

 

それを見ながら私は溜息をつく。

 

「本当、どうしようかねぇ……」

 

 優柔不断と思われるかも知れないが何だかんだ言いつつ私は自身の将来を決断出来ないでいた。私自身命は惜しい。死にたくない。だが……将来の故郷や身内がどうなるのか、原作に記述は無いが余り愉快な未来は予想出来ない。

 

 私のおぼろげな記憶から考えて帝国領侵攻作戦、皇帝亡命、ラグナロック作戦……細やかな内容は忘れかけているがこの辺りのイベントが危険そうだ。リヒテンラーデ侯の事実上の族滅or島流し、レムシャイド伯爵の自決……ほかの銀河帝国正統政府メンバーの運命は知らないが身内のリヒテンラーデ一族であれならば愉快な目に合っているとは考えにくい。

 

 さて、我ら亡命政府(皇族及びその血縁者ばかりな門閥貴族)が獅子帝に寛大な処遇で遇されますか?味方のリヒテンラーデ一族基準で考えてね?ああ、黄金樹嫌いの義眼さん事、オーベルシュタインもいるね。

 

……いや、これ駄目だろう。

 

 万一にも獅子帝が恩赦を与えると言っても信じる訳無いわな。リップシュタット連合軍とか、最低でもリヒテンラーデ一族より寛大な処置が為されているとは思えない。焦土戦術やヴェスターラント見殺し(疑惑であろうとも信じそうだ)も含めると、最後の一隻、最後の一兵、住民の最後の一人まで徹底抗戦選びそうだ(というかさその前例有りだし)。

 

 獅子帝に許しを請う事が許されない。そして身内を守るためには……。

 

「殺るしかないよなぁ……金髪の小僧さんを」

 

 故郷と家族の説得なぞ無理に決まっている以上、破滅を回避する手段は一つ。金髪の小僧……もとい、ローエングラム侯、あるいはその部下共を階級の低い内に抹殺するしかあるまい。特にローエングラム侯は何度も暗殺の手が伸びているし、昇進のため結構無茶な行動もしている。先に生まれた優位を生かし階級を上げて権限を高めたところで新兵同然の小僧をどさくさに紛れて暗殺、取り合えずあいつを殺れさえすれば大体破滅を回避出来る筈だ。

 

 ……返討ちに合いそうな気がするのは言ってはいけない。

 

「……やるしか無いのかねぇ」

「?何でしょうか?」

 

私の小さな呟きにベアトが尋ねる。耳いいね君。

 

「いや………。ベアト、もし危なくなったら、無理しない範囲でいいから助けてくれる?」

 

 私が質問する。嫌らしい質問だよな。答えがどう返ってくるかぐらい知っているのに。

 

「はい、若様の御命はこの私が御守りします。……必ず」

 

優美な礼と共に予想通りに答えてくれる従士。

 

「……行くか、士官学校」

 

私は小さく決意を固めたのだった。

 

 

 

 

「で、学力的にはいけそうかい?」

「それを言うな」

 

旧友の指摘に私は真顔で答えた。

 

 

 



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士官学校入学は簡単な事だと思ったか? 第十六話 ヤンって結構リア充な青春を送っている気がするんだ

 自由惑星同盟軍……宇宙暦778年12月時点において星間連合国家『自由惑星同盟』における最大の予算と人員を有する行政組織である。現役兵力4600万名・予備役兵力6200万名、保有艦艇約34万3000隻(後方支援艦艇・警備艦艇・予備役艦艇含む)、年間国家予算の平均40%を割り当てられる超巨大組織である。

 

その人員の収集先は大きく3つ存在する。

 

 一つは徴兵である。元来同盟政府は来るべき帝国との遭遇に備え国民の盾たらんと軍備を増強していた(ダゴン星域会戦以前はその筒先は宇宙海賊や地方の旧銀河連邦植民地に向いていた事は言ってはいけない)。そして物量で劣る同盟軍は国民皆兵によって予測される帝国の大軍勢に対抗する事を想定していた。尤も、宇宙暦778年時点で実際に根こそぎ動員が為されたのはダゴン星域会戦時とコルネリアス帝の大親征の頃のみである。

 

 実際問題軍人に必要なのは技術力と士気である。人口の少なかった開戦初期はともかく、現在の徴兵では数こそ集められるが技術についてその教育にかかるコストと人員の目途は立たないし、かつてのように国家存亡の危機、なんてものは無いから士気も劣悪にならざる得ない。特に同族意識の希薄だった開戦初期の旧銀河連邦植民地出身者はアーレ・ハイネセンの長征組の子孫のために戦う事に否定的な者も少なくなかった。

 

 その事もあり現在では徴兵は選抜徴兵制を採用、しかもその大半は地元の星系警備隊に所属する事が暗黙のルールとなっていた。

 

 二つ目が志願兵である。徴兵と違い自主的に兵士として志願、教育を受けて正規軍に所属する者達だ。徴兵に比べ士気が高いが、志願である事もありより危険の高い前線勤務の比率が非常に高い。つまり戦死率も高い。

 

 だが、当然ながら徴兵と違い各種の手当てが厚く、社会的名誉という点でも評価されやすい。能力によっては下士官・士官に至る道もあり、特に低所得者や低学歴者、あるいは周囲からの差別に対して国家への忠誠を証明するために亡命者とその子孫が多く志願し、少なくない数が夢見果てて毎年宇宙の塵と化すがね。

 

 最後が各種教育機関で専門教育を受けた士官・下士官である。ハイネセンのテルヌーゼン同盟軍士官学校、あるいは領内に8つずつ(首都星及び方面軍司令部のある惑星)置かれた予備士官学校と専科学校、入学するのにも高い学力を必要とするこれらの学校から輩出される人材は正に同盟軍の質の中核であり、高度な教育を受けたエリートの集まりである。その出身者は「ハイネセンファミリー」、あるいは地方星系の名家の子弟が殆どだ。

 

 特に同盟軍士官学校は正に同盟領全域からエリートの集まる登竜門。国立自治大学、ハイネセン記念大学と並ぶ三大学校だ。正直ヤンが凄いその場のノリで士官学校入学していたけどどう考えても化物だ。というかあいつ事故の前に親父にハイネセン記念大学行きたいって言ってなかったか?ノリとしては興味あるから東大入学していい?といっているものだぞ。

 

 思うに多分ヤンの学力だと大学の奨学金普通に取れた気がする。士官学校に誘導した役所の受付嬢は絶対軍の回し者だ。多分成績の良い奴は士官学校に行くように勧める裏マニュアルがあったに違いない。

 

 つまり何が言いたいかと言うと……お前ら、転生しても軽いノリで原作介入しようと思うな。士官学校に行くための苦行は辛いぞ?

 

 

 

 

 

 

「おいお前ら、知っているかね彼のオトフリート1世の奴は本当にスケジュールが神聖な奴だった。どれくらい神聖かって?エックハルト子爵のスケジュール通り、予定の寵姫を予定の日に懐妊させるくらいにさ。おかげで次代皇帝の選出には苦労しなかったらしいぜ?ただし1つだけスケジュール通りに行かなかった事がある。カスパーをホモに育ててしまった事さ!」

 

 門閥貴族の中でも特に名門の間でだけ伝えられるジョークを紹介して爆笑する私。ちなみに名門の間でも帝国では親密な身内同士でしか話しません。同盟の言論の自由は素晴らしいね(尚この惑星では噂する者が平民の場合、同じ平民の自警団が私刑か吊し上げするかも知れないから気を付けてね)!

 

「おい、現実からにげるな。そこの教本をよこせ」

「あ、はい」

 

 ホラントの命令に従い「宇宙空間における有機的艦隊運用の考察と変遷」(著ハウザー・フォン・シュタイエルマルク)を差し出す私。

 

 宇宙暦778年12月14日、雪の降り積もる中、亡命軍幼年学校図書館の一角を占拠した私達は黙々と(正確には私だけ辛い現実から逃げて)士官学校受験勉強中である。

 

「私は神聖な皇室の醜聞なんて聞いていません……私は神聖な皇室の醜聞なんて聞いていません……私は神聖な皇室の醜聞なんて聞いていません……」

 

控えるベアトがぼそぼそと自己暗示をかけていた。

 

「勉強が辛いのは分かるけど、現実逃避は良くないよ?」

 

アレクセイが苦笑いしながら私に指摘する。

 

 机の上には無数の参考書の山。軍事関係の参考書だけでなく語学(これはバイリンガルの私には余り問題ではないが)、理化学、数学、物理学、歴史学、天文学、地学、一般教養等々の科目、ペーパーテストだけでこれだけある。これに更に体力テストと面接が控えているというね。

 

 幼年学校に入学しており、さらに帝国公用語・帝国文化への理解が深い点は一般受験者よりも優位だ。だが、そこは前世の受験戦争同様に甘くない。一般受験者は富裕層に代々軍人家系が基本だ。こいつらは当然のように生まれた頃から士官学校入学を目指し専用予備校通い(同盟の民間大手塾は当然のように士官学校コースがある)、体力作りにジムに行っていると来ている(さらに上流だと専用トレーニングルームを自宅完備のようですよ?)。

 

「今の成績だとギリギリだな。しかもこの時期だ。他の受験者が急激に追い上げして来るっていうね」

 

 唯一の救いは恐らく今年の士官学校の募集人数が拡充されるだろう点だ。ジャムナ国防委員会議長の提案と有象無象の各派閥のロビー活動の結果、同盟軍の再編計画の大まかな枠組みが出来そうだった。

 

 俗に各新聞やニュース、週刊誌でいう所の「780年代軍備増強計画」の概要はこうだ。

 

 まず目玉はレギュラーフリート、つまり常備艦隊を11個艦隊から12個艦隊への増強だろう。ただし、ここは数字のトリックがあり新造艦艇は全体の三分の一に過ぎず残りは解体した第6辺境星域分艦隊及び他の常備艦隊からの部隊抽出によって編成する。

 

 これに関連して常時艦隊の定数の変更が実施される。戦争の大規模化と技術革新に比例して常時艦隊の定数はこれまで際限なく肥大化を続けてきた。ダゴン星域会戦時は1個艦隊5000隻程度、第2次ティアマト会戦時は9000隻前後、そして現在は1万5000隻に及ぶ艦艇数を誇る。

 

 だが、イゼルローン要塞の存在もあり、回廊の狭隘な宙域では大艦隊の展開はむしろ艦隊の運動を阻害するものになりかねないと言う意見が出され、艦隊規模の縮小が図られた。

 

 より正確には艦隊を規模と目的により甲乙丙の区別をつけた訳だ。

 

 甲艦隊は艦艇1万4000~1万5000隻前後艦隊決戦に重きを置いた重装備艦隊だ。帝国軍迎撃を主任務として第2、3、5、9、10、12艦隊をその任に着ける。

 

 乙艦隊は、所謂軽量高機動艦艇を中核としたイゼルローン要塞攻略作戦用艦隊である。艦艇数は1万2000~3000隻、後方支援艦艇の比率も上げて補給・継戦能力も強化されている。第4、6、7、8、11艦隊をその任務に着ける。

 

 第1艦隊は丙艦隊である。この艦隊は教育・国内警備・即応展開・首都星防衛・他の艦隊への補填等多様な任務に着く。そのため規模は最大、またバランスの取れた編成になっている。艦艇数は1万6000隻だ。

 

 無論、其々の主任務があるがそれ以外でも艦隊のローテーションもあるので専門外の任務にも対応する。

 

 また、宇宙暦773年に正式採用された単座式戦闘艇スパルタニアンの常備艦隊への全面配備、国境治安維持・海賊対策のために各星間巡視隊から抽出した艦艇を持ってエルファシル、ヴァラーハ、シャンプール等に艦艇1000~1500隻程の駐留艦隊を設置する。

 

 これらの再編に合わせて同盟軍士官学校の定員が増加した。新編成では新造部隊の設立や部隊分割による数の増加(特にイゼルローン要塞攻略作戦に備えた繊細な艦隊運動を実施するため中堅指揮官の需要が高まった)による士官需要により前年3670名だった定員は4350名に増加していた。つまり入りやすくなったわけだ。推定倍率60倍だけどね!

 

「はあ……能天気に進学を決めたこの前の自分に飛び膝蹴りしたい」

 

いや、希望はあったんだよ?

 

 ラザールおじさんを始め、親戚一同や学校の先輩方には士官学校学生や現役士官もそれなりにいる。士官学校教官までいるのだ。まぁ……あれだ。カンニン……ではなく助言を貰おうとしたわけだ。

 

 皆さんにメールしたら何が返って来たと思う?おう、参考書の題名がA4用紙にみっちり印字されてたよ?……いや、欲しいのはそうじゃなくてですねぇ……!!イングリーテ、お前までこんな時に限って真面目になるな馬鹿っ!

 

「はぁぁぁ……」

「自業自得だな。そんな上手い話があるものか」

 

 机の上に突っ伏した私に毒を吐くホラント。うるせーバーカバーカ!!

 

「諦めて真面目に勉強したら?」

「南無……」

 

 旧友よ、私に過酷な現実を突きつけないでくれ……私死んじゃうよ。

 

「若様、こちらの教本を整理したファイルが出来ました。多少なりとも理解の助力になれるかと……」

 

 色ペンや罫線、図解付きのファイル文章を差し出すベアト。お前神かよ。

 

「ふむ、随分と分かり易いね。よくもまぁここまで内容を単純に纏め上げたものだよ」

 

感心するように内容を見るアレクセイ。

 

「おい、この鼠ぽいキャラクターお前が描いたのか?」

 

 胡乱気にホラントが尋ねる。指差す先には無駄に上手く書けている可愛らしい夢な鼠なキャラクター。犬ぽいのとアヒルっぽいのもセットだ。

 

「何か問題でも?」

「いや、これお前……」

「何か問題でも?」

「……いや、何でもない」

 

 真顔のベアトの前にたじろぐホラント。さすがに宇宙暦8世紀には特許切れてるだろうからヘーキヘーキ。

 

「ベアト~、やっぱり味方はお前だけだ~」

 

 うーうー、半泣きになりながらベアトに縋りつく。情けないって?うるせー馬鹿野郎。

 

「はい、私で出来得る事であれば若様の御望みのままに」

 

 優し気な笑みを浮かべ頭をよしよし撫でる金髪美少女。ははは、羨ましいかい?私の従士なんですよ。

 

 ……はい、自分のような蛆虫にはもったいない出来た娘です。

 

「これだから貴族の馬鹿息子は度し難いな」

 

 カップを持ち上げ、コーヒーを一口飲みながら塵を見る目でこちらを見る学園次席。

 

「ははは……まぁ、ヴォルターはあれでも結構根は真面目で真剣だから……多分」

 

おーい、フォローするなら最後までしようぜ?

 

「それにしても、寂しくなるな。三人共ハイネセン行きなら私一人か。たまにこの身が悩ましく思えるよ」

 

寂しそうにアレクセイがぼやく。

 

「そうはいってもなぁ。お前さんだってまだ親しい従士なり門閥貴族なりいるだろう?」

 

同学年にも先輩後輩にも近しい者は少なくない筈だ。

 

「別に彼らに不満がある訳じゃあ無いけどね。唯やっぱり地を出すのは少し憚られる所があってね」

 

複雑な笑みを浮かべ答えるアレクセイ。

 

「ふん、貴様と親しくなった覚えなぞない。こっちはおかげで良い迷惑だ」

「私はアレクセイ様に懇意にして頂ける事、身に余る光栄でございます。この事は一族、子々孫々に伝える名誉で御座います」

 

 悪態をつくホラントをジト目で見た後、完璧な所作で礼をするベアト。

 

「気持ちは分かるがな。まぁ、向こう行ってもたまにテレビ電話位してやるよ」

 

 と、いうかまず受かるか分からんからとんぼ返りするかも知れないけど。

 

「……さて、最後の追い込みをかけるか」

 

 ふざけるのはこれくらいにして、気を取り直し参考書とペンを持つ。2月の受験日までもう時間がないのだから。一年として浪人は許されない。今の私にとって時間はエメラルドより貴重なのだから……。

 

 

 

「あ、そうだった。ハイネセンって4000光年以上離れているんだったね?」

 

 宇宙暦779年1月末、アルレスハイム星系よりバーラト星系に向け、亡命軍の人員輸送船が出立、私はダイヤモンドより貴重な最後の数週間を呻きながらベッドで過ごす事になった。

 

……これは駄目かもしれないね。




貴重性を宝石類に例えるのは帝国文化


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第十七話 ハイネセンもきっと自分の名前を星に付けられて恥ずかしいと思う

 バーラト星系、アーレ・ハイネセンに率いられたアルタイル星系の強制労働者の子孫が半世紀の時間と半数以上の犠牲(実は殆どは老衰だったりする。物資の節約のため出産抑制したため人口が減っただけなのは言ってはいけない秘密だ)の果てにたどり着いた「約束の地」である。

 

 サジタリウス腕と130億の人口を支配する星間連合国家『自由惑星同盟』の首都星系に相応しくバーラト星系の活気と繁栄は驚嘆の一言だ。

 

 特に栄える第4惑星ハイネセンは言わずと知れた同盟首都星だ。極めて安定した居住可能惑星であり10億人もの人口を有する銀河第3の人口を有する惑星でもある。

 

その地表に築かれた都市もまた圧巻の一言だ。

 

 ルデディア市は惑星第3の都市、同盟中の大企業本社と銀河第2位の金融センターを有する経済の中心地である。スパルタ市は統合作戦本部ビルを始めとした軍の最重要施設が軒を連ねる軍都、南大陸の芸術の都ヌーベル・パレには地球・銀河連邦・銀河帝国・自由惑星同盟の歴史的芸術作品が鎮座し、その種類と華やかさはオーディンのリヒャルト1世帝立美術館に匹敵する。ハイネセン最古の都市ノアポリスは古都にして観光名所、学園都市パルテノン・シティは国立自治大学を始めとした有名大学が軒を連ねる学問の都だ。

 

 そして惑星ハイネセンの星都、ハイネセンポリスは正に国家機能の心臓部である。

 

 人口3500万に及ぶこのメガロポリスには最高評議会ビル、各行政庁舎ビル、同盟最高裁判所といった行政の中心である第1区を始め全27の区画が放射線上に設けられた計画都市である。歓楽街、ビジネス街、飲食街、工業街、電気街、高級住宅街……サジタリウス腕の政治と金融、物流、ファッション、メディア、ありとあらゆる方面の最先端の情報の発信地である。「ハイネセンポリスは世界の半分」、と言ったのは同盟出身のフェザーン商人にして第3代自治領主ユーリ・ハミルトンだったかな(残りの半分はフェザーンだそうだ。おいオーディンの立場……)?

 

「で、今まさにそこに降りようと言うわけだが……」

「大丈夫ですか、若様……?」

 

 ダース単位のワープによりベッドの上で死にかけていた私は、ベアトに支えられながら艦橋の貴賓席に腰を据える。

 

「若様、御安心くだされ。後は大気圏への突入のみで御座います。これ以上は御気分を害するような事は無いでしょう」

 

 亡命軍宇宙軍、人員輸送船「ラーゲンⅣ」艦長エメリッヒ・フォン・ウルムドルフ少佐が微笑みながら私を安堵させようと説明する。従士ウルムドルフ家の軍人、御歳68歳の白髪のじいさんだ。座右の銘は「生涯現役」、良い歳なんだから無茶しないで……。

 

「うー、よりによって何で代表なのかなぁ……?」

 

 そもそもなんで私が艦橋に座っているかというと私が受験生代表として引率者役だからだ。うん、伯爵家の跡取りですからね。先導者たる門閥貴族として航海の責任があるのだ。生徒として艦長の指導下にいるのに伯爵家の跡取りとして艦長の上にいて航海の責任を取るらしいですよ?何これ意味わかんない。事故ったら?艦長の責任で自決するよ?無事終わったら?選ばれし門閥貴族たる私の功績らしいですよ?ははは、毎度思うが平民や下級貴族に刺されないのが不思議だぜ!!

 

「若様……」

 

 ベアトの耳打ち。それを伝えられ視線を移動すればそこには亡命軍広報部の兵士がカメラを向ける。私の背後には照明を持った兵士。私は死にそうな顔を涼しげに誤魔化し頬杖し、足を組む。え、格好つけるな?いや、目の前のカンペに書いてあるんだもん。

 

 パシャパシャとフラッシュが眩しいなぁ。きっと明日の亡命軍ネット広報記事に出るんだろうな、と私は遠い目をして考える。文章の中身に到っては考えたくもない。

 

「まぁ、そう言わずに。若様は伯爵家の長子として堂々としていただけば良いのですから~。さささ、御帽子が御ずれしておりますのでこの不肖レーヴェンハルト軍曹、御直しさせ……」

「ベアト~?」

「はい、直ちに」

 

 私の目の前に現れた劣悪遺伝子排除法適用対象者をベアトが速やかに私の視界から排除する。

 

「ちょっ……ギブギブ!ベアトちゃん?うぐぐぐ……お姉さんの関節が抜けちゃう……!?」

「御許しください。レーヴェンハルト軍曹。若様の御命令は従士の命に優先致しますので」

 

 悲鳴を上げる軍曹を床に押し付け淡々と関節技を実行するベアト。容赦の言葉は無いらしい。

 

 え、レーヴェンハルト軍曹が何でここにいるか?護衛部隊の一員として乗り込んでいるのだよ。パランティアの一件以来亡命軍上層部は随分と神経質になったようで要人輸送等の護衛を増やしている。今回も輸送船一隻に対して帝国軍型戦艦12隻の護衛が警護を固めていた。おかげで先行く先で目撃した民間船がパニクったり通報受けた同盟軍が迎撃に出たりと大変だった。特にレサヴィク星系の警備隊との交渉が大変だった。軍使役のマスカーニ大尉とか言う人相当疲れた顔していたし。なんかすみません。

 

 まぁ、同盟領のド真ん中で帝国軍艦艇を見ればこうもなろう。ちゃんと敵味方識別信号出ているよな?それとも出ていても欺瞞かもと思うのかね?

 

「一応聞くがさっき何しようとしていた?」

 

私は冷たい表情で軍曹に尋ねる。

 

「若様の御帽子を……」

「主家の長子として命じる。本音を言え」

「はい、若様は可愛いからこのまま座位でもいけるかと……」

「……一層清々しいな。やれ」

「はい」

 

私の命令と同時に年下食いが獣に近い悲鳴を上げる。

 

「さてと……艦長あれ、こっち撃ってこないよな?」

 

悲鳴をBGMにして私は一応先導者としての仕事をする。

 

「は、航路局からも確認を取りましたので御安心くだされ」

「そうは言うがなぁ……」

 

 輸送船がハイネセン衛星軌道を回る人工衛星のすぐ隣を通る。鏡のような表面装甲は恒星の光を反射して虹色に輝いていた。

 

「……案外、でかいんだな。あれ」

 

 ちらりと横目で見る全長1キロ近いそれの名は俗に「アルテミスの首飾り」と呼ばれている。

 

 帝国領遠征派だったコープ中将がパランティアで戦死した後、遠征用に積み立てられた予算を官僚的思考で使いきるために建設されたのがハイネセンを守る12個の無人防衛衛星だ。

 

 尤も、裏の理由として第2次ティアマト会戦の結果、帝国の脅威減少による旧銀河連邦植民地の分離独立や内戦に備えたものだという暗い噂もあるが……。

 

 さて、ハイネセンポリス港湾部の人工島に建設された民間のハイネセン宇宙港には流石に戦艦を入港させる訳には行かないため大気圏突入するのは輸送船のみである(軍事宇宙港はスパルタ市に置かれている)。

 

 大気圏を突破した輸送船がハイネセン民間宇宙港に辿り着く。帝国系のデザインの輸送船と言う事で職員や一般客が物珍しそうに見ている事だろう。尤も、大半の人々はフェザーン商人が帝国軍から盗んだか買った物と思うだろうが。いえ、これは血みどろの白兵戦の果てに亡命軍陸戦隊が占拠した奴です。

 

「よくぞ、おいで下さいました。私はハイネセン亡命者相互扶助会のエーリッヒ・フォン・シュテッケルです。ティルピッツ殿、どうぞ宜しくお願い致します」

 

 引率の教官と共に100名を超える生徒を引き連れた私が宇宙港を出ると20代前半だろうか、スーツを着た若いはつらつとした男性が佇み、自己紹介をした。

 

「ヴォルター・フォン・ティルピッツだ。受験期間中は宜しく頼む」

 

 私は貴族として相手に頼みこむ。え、敬語使え?相手は帝国騎士だからね。仕方ないね。

 

「はっ、それではこちらに車を用意しております。どうぞ」

 

 微笑みながら案内する先には黒塗りの乗用車とバスの車列。周囲にはいかついグラサンに黒スーツの護衛が佇む。

 

 ……いや、別にそちらの方の御兄さんじゃないよ?亡命軍の兵士だよ?ハイネセンで戦闘服着て市街地に出る訳にはいかないからね。仕方ないね。

 

 生徒をバスに誘導し、私自身はベアトを従卒につけてシュテッケル氏と共にリムジン風の車に乗車する。

 

「申し訳御座いません。近年は予算不足でして……手狭ですが御容赦下さい」

 

 社内で向き合うように座るシュテッケル氏が済まなそうに語る。

 

「いや、別に気にしていないから構わんよ」

 

 ……いや、広いよ。中に使用人が控えているのにまだスペースに余裕あるとか。無駄にインテリア凝っているし、テレビモニターとカクテルキャビネットが当然にあるんだよね。

 

「御寛大な対応ありがとうございます。……領事館までは1時間程になります。その間どうぞ御寛ぎ下さい。可能な限りご要望にお応え出来るよう対処致します」

 

 貴族らしい完璧な所作で礼をするシュテッケル氏だった。

 

「あ、そう。じゃあ取り敢えずこいつ摘まみだして?」

「ちょっ……若様、冗談はほどほどに……ちょっ…シュテッケルさん窓開けないでください……落ち……マジすみま……!?」

 

 なぜか同席しているレーヴェンハルト軍曹がシュテッケル氏と格闘している所を尻目に外の風景を見る事にする私だった。

 

「これがハイネセンポリスか……」

 

宇宙港と市街を繋ぐ全長2キロに及ぶ鉄橋を走破するとそこは文字通りの摩天楼だ。

 

 帝国風の赤煉瓦の屋根や大理石、木造の屋敷ばかり見てきた身としては近代的ビル街がとても懐かしく思えた。立体モニターの看板、テレビモニターがCMを垂れ流し、地上では大量の車が行きかい、スクランブル交差点にはビジネススーツを着た男性や日傘を指したマダム、学生の群れがお喋りしながら繁華街を回り、極稀に奇抜過ぎる服装の通行人もいた。尤も、帝国的感性ではこういった街並みは混沌として、雑多過ぎる、不健全文化の極みに思えるだろうが。実際ベアトが不快そうな表情で外を見ていた。

 

 当然ながら向こうの同盟人達もこちらを見て似たような事を考えているだろう。黒服黒塗りの車の群れ、まるで機械のように表情を表に出さない(同盟人基準、帝国人にとっては普通にしているつもりだ)姿は気味が悪かろう。実際今隣の車の窓から子供がこっちを見ていた。手を振ったら怖がって隠れたよ。……悲しいなぁ。

 

 1時間ばかり走行するとハイネセン郊外に出る。高級住宅街である第17区(メイプルヒルとも呼ばれている)を抜けた先の第21区……そこに入ると同時に街並みが変わった。赤煉瓦の屋根に、帝国語表記の看板、街を歩く住民の服装は古風なものに変化していた。

 

 第21区……別名シェーネベルク区は惑星ハイネセンにおける最大の亡命者街だ。

 

「ティルピッツ様、御着き致しました」

 

老運転手が豪奢な屋敷の門前で車を停める。

 

「ああ、ありがとう。シュテッケルさん、もういいですよ。ありがとう」

 

 1時間以上に渡りもみ合いをしていたシュテッケルさんにそう言って車を降りる。同乗していた使用人が恭しく車の扉を開けてくれた。感謝の言葉は言いたいが言えない。それが当然の事だからだ。

 

「よーし、集合しろよー」

 

 同じように停車していたバスから降りる受験者達が整列していく。流石幼年学校生徒だ。あっという間に並んで見せる。

 

「若様……」

「ん、分かっているよ」

 

さて、嫌だがこれが引率者としての最後の仕事だ。

 

 懐から古風な手紙を取り出すと門前の執事に上から目線で渡す。恭しく執事が受けとると優美な所作で手紙を拝見、読み終えると共に懐からベルを取り出す。

 

おう、様式美だな。

 

ベルを鳴らしながら執事は叫んだ。

 

「ティルピッツ伯爵家長子、ヴォルター様及びその随行人の御入来で御座います!」

 

大声で叫ぶな。恥ずかしい!

 

 こうして私達はクレーフェ侯爵邸兼ハイネセン亡命者相互扶助会本部に入場したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十八話 宇宙に出た人類は進化してても可笑しくない

銀英伝のリメイク版を見ました。1度見て、2度見て、3度見て、これもありかなと思い至りました。


 ハイネセン亡命者相互扶助会は、文字通り惑星ハイネセンの亡命者の相互扶助コミュニティだ。

 

 ハイネセン全土に1500万人住む亡命者とその子孫達の7割が加入するそれは、会員からの会費や寄付金を運用した投資や教育活動、広報活動、政治活動、文化活動、生活補助、情報共有といった活動を実施している。

 

 その組織理念は「同胞の生活・財産・安全の保護及び伝統文化の存続」である。ハイネセン移住初期、少なくない同胞が差別や不当逮捕、私刑を受けた事とこの組織の成立は無関係ではない。

 

 現在の会長の名前はゲオルグ・フォン・クレーフェ侯爵、銀河帝国文官貴族の名門にして最初期の亡命貴族の子孫である。

 

 

 

 

 

 

「うひっ……ヴ、ヴォルター君どうかね?今度のハイネセンスタジアムでのリーゼたんのコンサート、一緒に見に行かないかい?」

「あ、すみません。受験が近いのでお断りします」

 

 荒い鼻息をしながら尋ねる豚……ではなくクレーフェ侯に私は礼節を持って機械的に断る。

 

「そうか……とても残念だ。リーゼたんの情熱的な歌声を聞けば元気ルンルン100パーセントなのに……」

 

 ライトスティックとファンクラブ特注シャツを着た侯爵がしょんぼりとする。

 

 彼が言っているのはハイネセン亡命者相互扶助会の押す若きアイドル、リーゼロッテである。公表されている限り12歳、亡命者の子孫でその愛らしい美貌と天性の歌声で一躍スーパーアイドルとなった少女だ。持ち歌「しゅくせーしちゃうぞ?」は「365日スパルタニアン」、「ワルキューレで誘って?」を抑えサジタリウス腕オリコンチャートで3カ月連続1位、フェザーンソングランキング第2位、銀河総ダウンロード数は10億回突破した。新曲「ごーるでんばーむくーへん」は見事に社会秩序維持局で不健全文化、反体制歌の栄冠を得て摘発対象に指定、既に30万人が矯正施設に連行されたらしい。最近では謎の社会現象になった深夜アニメ「べすてぃー・ふろいんと」において声優としても高い評価を受けている。

 

 クレーフェ侯爵はその銀河有数の人気新人アイドルのファンらしかった。

 

……なにやってんだこいつ。

 

 クレーフェ侯爵は私達、亡命軍幼年学校学生のために援助を提供してくれているハイネセン最大の支援者だ。会長としても投資家としても無能ではないが……どうしてこうなった?

 

「あの……すみません。勉強中ですので退出してくれませんか?」

「ぶひっ……うう、ヴォルター君は連れないなぁ。儂は寂しいのぅ」

 

 しょんぼりしつつ退出する侯爵。まぁ、あの豚は後で繁華街の菓子でも持っていけば大丈夫だろう。

 

「おい、あれをどうにかしたらどうなんだ?騒がしくて迷惑だ。後汗臭い」

 

直球で罵倒するホラント。

 

「そう言うな。こっちの世話役として色々してくれているんだ。これくらい大目に見ろよ?」

 

 士官学校受験者のための家と食事、さらには学習のための図書館に各種資料、トレーニングルームにリラクゼーション施設まで用意している以上可哀想だ。それにあの人も遠縁でも身内だし。

 

「というか、もう数日後かよ……ああ、ヤバい。行けるか、これ?」

 

 ひたひたと迫りくる試験日に対して弱った声を上げる私。全く侯爵もこんな時期に誘うな。暇な時期でも行かんけど。

 

「あかん、物理と天文学がマジであかん。過去問正答率が6割だぞ……?」

 

 最低でも7割は合格に必要だ。やばい。本格的にやばい。

 

「わ、若様、ベアトも助力致します!諦めないでください!」

 

 必死の表情のベアト。うん、お前最早自分の学習時間より私への指導の時間の方が多いよね?なんかマジでごめんね?

 

「……こうなったら最後の手段だ」

「ん?」

「……山を張る」

「……正気か?」

「正気に思えるか?」

 

 ホラントに向け死人のような表情を向けて私は答える。ははは、正気じゃあやってらんねぇよ!

 

「あの~、良いですか~?」

「ああ、パトラッシュ……もう疲れたよ……」

 

私は、ベアトにもたれかかる。もう無理です。

 

「あの~若様~」

「ああ……おいたわしい、このベアト、力不足を嘆くばかりです」

 

 良いんだよ。ベアト。知ってる。私が頭悪いからだよね?

 

「あの~お姉ちゃん、寂しくて死んじゃいます~」

「……おい、ティルピッツ、さっきからあれが呼んでいるぞ」

 

 ホラントが顎で図書館の隅で縛られている(ベアトがした)レーヴェンハルト軍曹を指す。

 

 私はその指摘に対してすっと立ち上がると真顔で答えた。

 

「奴はショタコンだ」

「お、おう……」

「時が時ならば劣悪遺伝子排除法で処分される筈だったドブネズミだ。ドブネズミの分際で人間の言葉らしきものを捲くし立てているが耳を貸す必要は皆無だ。分かったな?」

 

 某ヘテロクロミアのような台詞を真顔で口にする。実際問題耳を貸す必要はない。大体必要価値の薄い内容しか口にしないのだ、こいつは。

 

「あ、ああ……」

 

 呆気にとられた表情を見せるホラント。お、レアな表情だな。

 

「う、うぅ……その語り口、まるで大帝陛下のようです。ああ、若様は確かに度重なる賊共の反乱に対して大帝陛下の雷意を代弁した栄誉あるティルピッツ伯爵家の跡取りで御座います!」

 

 ……ベアト、斜め上の感動するな。止めろよ、帝国にいた頃の実家のあれな行為の数々を掘り返すな。

 

「罵倒されてすごーくお姉さん傷つきましたよぅ……?けど……なんかすごくゾクゾクしてきました。伯爵家を守護する立場でありながら自身の存在自体が大帝陛下の国是から見て誤っている……なぜか言葉に出来ない背徳感が……あの~若様、縄を追加してくれませんか?」

 

 ……マジかよ。こいつ放置プレイしていたら勝手に新しい世界を切り開きやがった。早くどうにかしないと。

 

「……レーヴェンハルト軍曹、私が悪かった。話を聞くから新世界への門を開くな」

「いえ、縄を………」

「伯爵家の長子として命じる。さっき何を言おうとしたか吐け」

 

 仕方ないので命令形で要求する。この言葉を言えばうちに仕えているどんな従士でも迅速に指示に従ってくれる。実際軍曹も恍惚の表情から現実に意識を戻し直ぐ様真面目な表情となる。いつもこんな風にしてくれたら良いのに。

 

「はい、若様。私、此度の試験について若様の需要を満たせると愚考致しました」

 

敬礼しながら、出来る女の顔になり具申する軍曹。

 

「おう、一体どうやってだ?」

「はい!私、昔から試験は一夜漬けの山勘で受けてきたのですが大体範囲が合っておりました!此度の試験の範囲も何となく分かるかもです!!」

「よろしい、我が忠臣レーヴェンハルト軍曹、言いたまえ」

「調子良い奴だな」

 

 軍曹はきらきらと目を輝かせ、私はこれ程に無いほど優しげな声をかけ、ホラントは蔑みと呆れをない交ぜにした視線を向ける。

 

 ……まぁ、実際問題こいつ変な所で勘が良い奴だ。専科学校を出た後のレグニッツァの実戦でいきなり帝国軍のワルキューレ3機を撃破しやがった。現場にいた飛行士曰く「後ろに目があるようだ」との事。全面的に期待はしていないがどうせ残り数日である。試しに使って見るのも手であろう。

 

「恐らくですがこれまでの出題範囲から推測すると『揚陸作戦の基礎理論』と『電子戦下における通信連絡方法の展望』、『サルガッソースペースにおける航行の未来的可能性』、『宇宙暦8世紀における宇宙要塞発展史』が怪しいと思われます!」

 

書物の山から抜き取った論文と参考書を差し出す軍曹。

 

「ふむ……『サルガッソースペースにおける航行の未来的可能性』はノーチェックだったな。ほかには?」

 

熟考と同時に先を促す。

 

「そうですね~、これとかどうでしょうか?」

 

 軍曹の差し出すのは『艦隊運用における通信と部隊編成の提言』と『艦艇の自動化あるいは無人化技術の戦術的活用』だ。尚参考書の最後を見てみたら著者はそれぞれエドウィン・フィッシャー宇宙軍少佐とシドニー・シトレ宇宙軍大佐だった。

 

「ふむ……よろしい。これでいってみよう」

 

 少なくともこいつの参考書を見る目は確かだという事は分かった。

 

「おい、マジでやるのか?」

 

 正気か?といった表情を向けるホラント。ベアトも口出しこそしないが懐疑的な表情だ。

 

「いや、これは……もしかしたらもしかするかも知れん」

 

 ここに来て思いがけない希望が出てきたかも知れなかった。

 

「私は残りの全ての時間をこれにかける……!!」

 

 

 

 

 

「と、調子に乗っていた時期が私にもありました」

 

 テルヌーゼン同盟軍士官学校第3試験会場の一角に座る私は頭を抱える。

 

「あかん……これ詰んだろ。マジ他の分野覚えていないんだけど?」

 

 あれだ、あの時は徹夜明けのノリだったんだ。常識的に考えて山勘とか無理だろ?常識的に考えて範囲どんだけやばいんだよ?よりによってあのショタコンの甘言を真に受けるなんて……。

 

「自己責任だ。諦めろ」

 

 ホラントからの一言。私には勿体ない素晴らしい同僚だよ。

 

「若様、まだです……!まだ試験まで15分時間があります!」

 

 悲壮な決意で参考書の重要箇所を開き説明するベアト。お前、いいから自分の勉強しろ!情けなくなるだろっ!?え、自分はほぼ確実に行けるからお気になさらず?あ、はい……。

 

 周囲を見れば多くの学生が文字通り最後の最後の追い込みをかけていた。ある学生はデスクの上にチェックを入れた山積み参考書を血走った目付きで見つめ、ある生徒は電子書籍を死んだ目で睨みつける。ある生徒は帝国公用語の辞書を見ながらぼそぼそと呟く。やばいな。この地獄のような試験会場を見ていると入学式で飄々とした表情をしていた魔術師がどれだけ異質なものか分かろうものだ。

 

「そろそろ時間だっ!各員そろそろ資料類は片付けるように!当然知っている事であろうがカンニングの類を行った者は再試験は永年禁止だ。くれぐれもそのような馬鹿な行為はしないように!」

 

 試験監督員の一人がデスクを回りながら叫ぶ。若く、逞しい黒人種の中尉だった。胸の名刺にはアブー・イブン・ジャワフと名前が記入されていた。はて、聞いた事があるような気がするが気のせいか?

 

 士官学校試験におけるカンニング行為はある種風物詩だ。毎年15万~20万名が受ける試験は全4日間にわたり続く。記念受験や併願をしている者もおり、ガチ勢となると少し減るがそれでも10万名は降るまい。

 

 士官学校に入学出来るだけでもエリート中のエリートだ。代々軍人の家系や名家の子供はそれこそ物心がついてすぐそのための勉強をしているのだ。そうなると古代中国の科挙よろしくありとあらゆる手段で合格しようとする。毎年新たなカンニング用アイテムが開発され、あるいは教官に賄賂や脅迫して試験を事前入手しようとしたり、学校に潜入して答えを書き換えようとする者までいる。ネットを漁れば衣服にみっちり帝国語単語を記入したシャツの画像が出てくる(当然バレた)。

 

 尤も学校側もそんな事想定済みだ。一部では対帝国用防諜体制よりも厳しいと半分冗談で言われるほど対策が為されている。試験会場では1時間に一人くらいカンニングのバレた生徒が逞しい軍人達に両脇を掴まれて泣きながら御退場する。……というか今私の前の奴が摘まみだされた。

 

「嫌だあぁぁぁ!3浪なんだっ!もう後が無かったんだぁぁぁ!」

 

 泣きわめく生徒をいつもの事とばかりに連行する兵士達。周囲はそれに反応せず黙々とペンを走らせる。

 

そして私はというと………。

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 1か月後、テルヌーゼン同盟軍士官学校の門前に合格者番号が公表される。

 

「あったぁぁぁぁ!!」

「カツる!これでカツる!」

 

歓声が上がる。

 

「ブッタファック!」

「ノオオオォォォ!!」

 

その隣では絶望に満ちた悲鳴が上がる。

 

 悲喜こもごもの物語が展開される中、私は妙に冷静に番号を探していた。

 

「……あったし」

 

喜びより先に唖然とした。理由?そりゃあ簡単さ。

 

「いや、全部ドンピシャとか……マジか?」

 

 あのショタコン、ニュータイプかな?と私はその時疑ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




刻が見える……!


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第十九話 パシリの焼きそばパンは様式美

 自由惑星同盟軍士官学校……惑星ハイネセン第2の都市テルヌーゼンに置かれたこの施設は同盟自治大学、ハイネセン記念大学に並ぶエリート学校であり、基本的にここを卒業すれば将来は安泰、と呼ばれるほどだ。

 

 同じく軍人教育施設である同盟軍予備役士官学校、幹部候補生養成学校、専科学校、兵学校、練兵所と併設されたこれらの総面積は訓練施設や生活寮等も合わせると3万平方キロメートルの面積となる。また、教官や警備、職員に学生向けの娯楽施設や飲食店の従業員、その家族の生活のため周辺市街地とインフラが整えられている。

 

 宇宙暦779年4月2日、桜吹雪が舞う中、士官学校多目的ホールに純白の礼服に着こなした新入生4670名が背筋を伸ばし、沈黙を守りながら席に座る。

 

 観客席を見れば多くの保護者が緊張した面持ちで生徒達を見据えていた。その中には軍服姿の者も少なくない。

 

 また、マスコミだろうか?ビデオカメラを構えたり電子端末で何やら作業をするものも少なくない。一世紀以上戦争を続けている国である。士官学校の入学式は市民にとってある種の話題の種だ。

 

 貴賓席を見れば、テルヌーゼン市市長を始め地元有力者や国防族政治家、軍の高官、軍需産業の上役も参列している。

 

 今は、学校長カイル・ヒース中将が挨拶を行っている。皆真面目に聞いているが私にとっては長々しい話と春の麗かな暖かさとのコンボで死ぬほど眠い。

 

話が終わったのか出席者が一斉に拍手するので私も適当に合わせて手を叩く。

 

「続いて、新入生代表からの答辞です!」

 

 同時に今期の新入生の最高得点合格者たるフロスト・ヤングブラット士官学校1年生が立ち上がり壇上に上がる。

 

 ダゴン星域会戦において国防委員長を務めた事もある「ハイネセンファミリー」の中でも名門中の名門に属するヤングブラット家の優等生ははつらつとした表情で当たり障りのない答辞を読み上げる。

 

「ふん……」

 

隣のホラントが不快感を隠さずに鼻息を荒げる。

 

「おいおい、そう怒りなさんなや。負けたんだから仕方ないだろう?」

「分かっている。別に怒ってなぞいない」

 

刺々しくそう答えるホラント。いや、怒ってるだろう。

 

 相当に自信があったのだろうが、残念、こいつ僅差で次席落ちした。

 

 席次1477位(山勘が当たったおかげだ。奇跡だ)の私より百倍恵まれている筈なのだが、上の奴の気持ちが分からん。

 

 ちなみにベアトは397位、相当上位だが、逆にあれだけ出来るベアトの上に400名近く上がいるというのも狂気だ。まぁ、女子であるのと私の世話のせい(特に後者)もあるのだろうが。原作のミス・グリーンヒルは化物かな?

 

「余り喧嘩売るなよ?戦略研究科で顔合わすだろうからな」

 

 同盟軍士官学校においては通常のカリキュラムとは別に特別授業がある。所謂大学のゼミのようなものだ。

 

 「戦略研究科」はその中でも特に最優秀の生徒だけが加入を許される三大研究科の一つだ。加入している生徒の大半が学年の席次100位以内、卒業者は優先的に宇宙艦隊司令本部や統合作戦本部、或いは国防委員会や常備艦隊の艦隊・分艦隊司令部などに配属される。彼のリン・パオとユースフ・トパロウル、ブルース・アッシュビーを筆頭とした730年マフィアもこの科の卒業生だ。

 

 原作に出てくる近年の卒業生ではシドニー・シトレ大佐、ラザール・ロボス大佐(去年昇進した)が、後は3か月前シヴァ星系での戦隊規模での遭遇戦において功績を挙げた情報参謀ジャック・リー・パエッタ少佐、先月の第3次フォルセティ星域会戦において第5艦隊第2分艦隊の作戦参謀として活躍したウジェーヌ・アップルトン少佐が話題に上がる。

 

 席次が第2位のホラントも当然ながら相手からオファーがかかる事だろう。そうなれば毎週主席様と顔を合わせるわけだ。馬鹿な事して退学処分にならなければ良いが。

 

 式典の終了後、我々はランダムに500名程ごとのクラスに別けられる。当然ながら5000名近い数で全員同じ授業受けるのは効率が悪すぎる。こういう風にある程度分けて、其々ローテーションしながら授業を受ける方が教官も生徒を指導しやすく効果的なのだ。さらにこの中から管理・報告のために50名単位の小隊、生活指導のために10名単位の分隊が結成される事になる。

 

 小隊、分隊は各自で結成可能ではあるがクラスは抽選だ。私は運良くベアトと同じクラスだが、ホラントははぐれた。まぁ、ホラントの奴は全く気にしていないが。

 

「まぁ、生き別れと言うわけじゃあ無いしな」

 

 クラスが別れてもそれほど会うのが困難と言う訳でもない。所詮は同じ学校内だ。

 

そして問題は……。

 

「各員、集合せよ!」   

 

 ベアトの号令と共に数十人の生徒達が集結し、整然と整列する。

 

その顔には見覚えがあった。

 

「あー、ですよね」

 

半数以上が亡命軍幼年学校生徒だった。つまりだ。

 

「ハイネセンに来ても特に変わらんという事か」

 

 私は溜め息をついた。おい、こんな事原作に書いて無かったぞ?

 

 

 

 

 学校という物もまた社会の一部だ。内部にはカーストと派閥がひしめき合う。まして同盟社会における階層や出自の対立は思ったよりも根深い。

 

 同盟軍士官学校も例外ではない。例えば「ハイネセンファミリー」と「旧連邦植民地」と「亡命者」という出自の区別、あるいはハイネセンやパラス、パルメレント、といった出身惑星による区別、あるいは軍人家系かそれ以外か、主戦派か非戦派か反戦派か、あるいは艦隊勤務や後方勤務といった親の軍での役職や科による区別……それらの派閥は主要なそれだけで二十近い。派閥内派閥を含めたら3倍近くなるだろう。それぞれの派閥が牽制し合い、身内で集まって身を守る。

 

 無論。フェザーン系や星間交易商人の血の濃い者、あるいは派閥色の薄い土地やコミュニティ出身の者も少なからず在籍しているし、教官達も連帯感と同胞意識を植え付けるように注意して指導している。それでも親から子に引き継がれるこういった価値観や社会意識を矯正するのは容易なものでは無い。

 

 帝国亡命者コミュニティの中でも保守的、帰還派出身の亡命軍幼年学校より入学した者は今年64名、そのうち私と同じクラスになったのは19名である。ここに他の惑星出身の帝国系保守移民家系から入学した者12名……それが集合した者達の正体だ。

 

「口が悪い奴が宮廷ごっことか言いそうだよなぁ……」

 

 そうはいっても実際問題派閥を作り、身を寄せ合って守らなければ下手すれば冗談では済まなくなる。1世紀半前、亡命者が士官学校や専科学校に入学をするようになった初期は絶好のいじめの的になり自殺者まで出して問題になった事もある。マスコミを騒がして逮捕者が出たどころか一部ネットユーザーが加害者の住所を晒して亡命者の自警団がその家を焼き討ちした。その頃に比べれば学校側も改善して相当マシになったものの軽視出来るものでも無い。

 

「さて、問題は残りをどう集めるかだな」

 

 50名で一個小隊だ。私とベアトを含めても最低後17名集める必要があるわけだ。

 

「ほかの同胞でまだグループに入っていない者を優先し、捜索致します」

 

 ベアトが傍らで礼をして答える。派閥色の薄い亡命者出身者、その次は親類に亡命者がいる者、それで駄目なら比較的関係の悪くない派閥と合併する形で組む事になる。全く平等な民主国家の士官学校と聞いて笑えて来るな。

 

 原作で魔術師様はこの事に触れていなかったが、多分気にしてなかったんだろうなぁ。こういう事にこだわる性格じゃあ無さそうだし。もしかしたらこう言った派閥色と無縁……というか無頓着な面も原作で評価されなかったり疎まれた理由かも知れない。良く気付かずに地雷踏み抜いていたんじゃ無かろうか?逆にいえばそんな状態であの昇進スピードと考えるとガチの英雄様だったと言えるかも知れん。

 

「あー、取り敢えず、組分けは一週間以内迄に出来ればいいらしいからまずは部屋に行こうか?」

 

私としては何時間も待機して少し疲れた。休みたい。

 

「はっ!各員行進だ!」

 

 ベアトの号令に従い無表情の生徒の集団が私を中央において(すぐ守れる体勢だ)行進を始める。

 

いや、だから……まぁいいや。

 

「まぁいいか。では、行こう……あ、ちょっと待て。小腹空いたな。あそこで少し買うぞ」

 

 学内の売店を指差し私は指示する。そこは、士官学校内に置かれた有名なベーカリーで彼のリン・パオもこのベーカリーのイギリスパンが好きだったらしい。

 

 小ネタだが、ダゴン星域会戦に先だって彼はこのベーカリーのイギリスパンを買い占め(学生達のブーイングをガン無視していたらしい)、決戦に際してトーストにしてバターとオーバーミディアムの目玉焼きとで食いまくりながら指揮を取ったという。

 

「はっ!ただちに購入致します。どれがよろしいでしょうか?」

 

敬礼しながらベアトが尋ねる。

 

「おう、焼きそばパン買ってこいや」

 

 ファン・チューリンが在学中毎日一人で買い占めていたと言われる海鮮焼きそばパンの入手を命じる。理由?一番和食に近いパンだからさ。いやマジ毎日ジャガイモと酢漬けキャベツは辛いんです。

 

「焼きそば……?り、了解致しました!」

 

 一瞬焼きそばの料理そのものが思い浮かばなかった(帝国人はせいぜいパスタくらいしか縁が無い)ベアトは、しかしすぐさま命令を実行する。ベーカリーに向け駆け足で向かい勢いよくベルを鳴らして入店する。

 

 そのまま決死の表情でベーカリーの棚を見回り、引き返してもう一度見回り、困惑した表情でベーカリーの店員(恰幅の良いおばさんだ)に慌てて何事かを尋ねる。

 

 店員は苦笑いを浮かべて店の外のテーブルに座る学生を指差す。

 

 同時に弾丸の如きスピードでそちらに向かい早口で何事か捲くし立てるベアト。一方学生(同じく新入生だろう)は背中しか見えないが何か返答したらしい。ベアトが何事かを言う。

 

 尚もその学生は何かを言い、それに対してベアトは財布から100ディナール札を数枚テーブルに叩きつける。どうやらあの学生が買い占めたらしい。よく見るとテーブルの上に焼きそばパンで埋まったバケットがある。

 

「て、あかんな。あれは……」

 

 新入生が穏やかな口調で何か言うのをベアトが怒りに顔を赤くして睨みつけ何か叫ぶ。

 

「おい、お前達、ここを動くな。命令があるまで手を出すな。分かったな?」

 

 命令口調でそう言って私はベアトの方に向かう。いやいや、焼きそばパン欲しいけどそんな情熱かけなくていいからね?

 

私が向かうとようやく話しがはっきり聞こえてきた。

 

「だから言っているだろう!そこのパンを2,3個でいい!1つ200ディナールで買うとっ!」

「値段の話では無いんだけどなぁ……。君が食べる訳ではないんだろう?本人が自身の金で、自分で買うべきじゃ無いのかなぁ?それではパシリだよ?」

「馬鹿なっ……!そんな失礼な事申せるかっ!」

 

あー。話が見えてきた。

 

「そこの、済まん。私が頼んだんだ」

 

私は駆け寄って答える。

 

「あ、本人登場か。いや、この娘、焼きそばパンに200ディナール払うなんて言ってね。パシリに会っているんじゃないかと思ってね」

「いやいや、そんな訳じゃないんだ。というかそんなに払うと言ったのか。そりゃあ疑うな」

 

 どこの世界に焼きそばパンに2万(日本円換算)払う奴がいるんだよ。必死過ぎだ。

 

「いやぁ、私も一人で買い占めちゃったからなぁ。あの郷里の英雄ファン提督の愛した焼きそばパンには憧れていたんだ」

 

 目を輝かせて新入生は語る。その口元は子供のようにソースで汚れている。

 

「ベアト、手間かけさせて済まないな」

「い、いえ。私は……っ!」

 

 慌ててベアトは頭を下げる。主人の手間を取らせた事に罪悪感を感じているようであった。

 

「気に病むなよ。それで、どうだ?そんだけ買っているんなら2,3個分けてくれねぇ?1個2ディナールで」

 

1ディナール硬貨数枚をテーブルにおいて頼み込む。

 

「いやいや、別に良いよ。君と……そこの美人さんにもタダで上げよう。パン好きに悪い人はいない」

 

 ニコニコと素手で焼きそばパンを持って差し出す新入生。

 

「悪いな。私はヴォルター、ヴォルター・フォン・ティルピッツ、こっちはベアトリクスだ」

 

 受け取った焼きそばパンをほおばりながら私は名前を口にする。

 

それに対して新入生も人当たりの良い笑顔で答える。

 

「そうか。私はチュン、チュン・ウー・チェンさ。名前はE式だから気をつけて欲しい。君達も新入生かい?」

 

 まさしく、パン屋の跡取りのような新入生は私にそう尋ねたのであった。

 

 

 

 

 

 

 



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第二十話 認めたくない物だな、自分自身の低能故の過ちというものは

計算したらパン屋の歳が合わない事が発覚した。
対策として
パン屋を一浪させる+生年月日を761年の年末にする、で一応対応。多分どうにかなるはず?駄目ならまた考えます。

取り敢えず責任取ってリオグランデに一人で乗ってブリュンヒルトに特攻してきます。

決別電 キャゼルヌ先輩は今3年生でOK?


 同盟軍士官学校の朝は早い。まだ空の薄暗い0530時頃、学校全域のスピーカーから録音されたラッパ音が鳴り響く。同時に生徒達は一斉に起きねばならない。分隊単位で住み込む若人達は二段ベッドから起き上がり(1,2年生は分隊共同部屋、3年生は2人部屋、4年生は完全個室、女子は希望の場合専用部屋が与えられる)、布団をたたみ、シーツを伸ばす。少しでも皴があったり汚れていたりすると見回りの教官や上級生から情け容赦なく罰則が与えられる。

 

 尤も、私にはその心配は無かった。あ、別に私が早起きが得意ってわけではないよ?

 

「若様、時間で御座います」

「え、マジ?」

 

 ベアトに体を揺すられて私は慌てて起き上がる。時間は0525時である。既に室内の分隊員は全員……正確には私を除く……は起き上がり寝室の整理をして整列していた。

 

「あー、ヤバい。整理しないと……」

「すでに完了しております」

「あ、はい」

 

 どうやらベアトが私を起こさないように既に整理してくれていたようだ。全く気付かなかった。と、いうかそれ私の義務だよね?さらに言えばお前何時に起きたんだよ?

 

「若様……大変失礼ながら、そろそろ見回りが来ますので……」

「あ、おう。分かった」

 

 私はベッドから起き上がり背筋を伸ばして扉の前に立つ。その数十秒後、勢いよく扉が開かれた。

 

「よし、起きているなっ!分隊長、報告しろっ!」

 

入室してきた教官が鋭い目つきと大きな声で尋ねる。

 

「はッ!第4大隊(クラスの事だ)、第3小隊、第1分隊全員起床、欠員ありません!」

 

敬礼しながら私は報告する。

 

 教官は、室内に入りベッドのシーツやら家具やらを睨み付け念入りに見る。

 

「……よろしい。分隊長、隊員を率いて0545時までに第4グラウンドに集合せよ!分かったな?」

「はっ!」

 

 私は力強く返事する。教官は頷くと敬礼して部屋を出て隣の部屋に殴り込む。私達は教官が部屋を退出するまで敬礼して見送る。

 

 ……危ねえ。もう少し起こされるの遅かったら鉄拳制裁だったぞ?毎回ベアトは絶妙なタイミングで起こしてくれる。しかも私の仕事を代わりにやってくれるとか……神かな?

 

「よし……各員、洗顔その他を終え次第第4グラウンドに向かう。良いな?」

「はっ!」

 

分隊員達が一斉に敬礼で答える。凄いハモってます。

 

 10分で洗顔と洗口、着替えを迅速に終えると整列して行進しながらグラウンドに向かう。ここでほかの小隊メンバーとも合流する。

 

 0545時、500名近い学生がグラウンドに集まる。私は小隊長として5個分隊に欠員が無いのを確認すると教官に連絡。全大隊員がいるのが分かったところで国旗掲揚、国歌斉唱、軍隊体操、朝礼の4点セットが実施される。

 

 0630時、大隊教官オスマン中佐による朝礼終了と共に漸く学生達は朝食にありつける。

 

 第4食堂は800名以上に同時に食事を提供する事の出来る大食堂だ。メニューはアライアンス(同盟の伝統的な食事、つまり長征組が航海中に食べていた物が元であり糞不味い)、ライヒ(帝国風)、フェザーン風、旧銀河連邦植民地に残されていたアメリカン、フレンチ、イタリアン、インディア、チャイニーズ、ジャパニーズといった伝統料理など20種類を越える中から選ぶ事が出来る。

 

「はあああ……漸く朝食か。毎度の事ながら脱力するな」

 

 朝食J定食(ジャパニーズ・白米飯、豆腐と大根入り味噌汁、焼きサーモン、ミニトマトと千切りキャベツのサラダ、白菜浅漬け)の盆をテーブルにおいて着席。

 

「あれも一つの鍛練さ。空腹の中でも出来うる限り耐えられるように耐性をつけるためらしいよ?」

 

 答えるのは対面に座っていたチュンだ。その手元にはパン……ではなく中華粥。但し油条がこれでもかとぶちこまれどろどろになっていたが。

 

「……失礼ながら少し品の無い食べ方では御座いませんか?」

 

 私の隣に座るベアトが明らかに嫌な表情を浮かべる。従士とはいえ貴族は貴族、食べ方のマナーは完璧……いや、むしろ従士だからこそ品の無い食べ方は主家の格も落とすと考えて注意は怠らない。そんな彼女にとってチュンの食べ方は論外であった。

 

「いやぁ、けどこうやって食べると油が粥に絡まって美味しいんだよ」

 

 ニコニコと笑みを浮かべ食べるチュン。いい顔だが、それは既に油条入りの粥ではない。粥入りの油条だ。粥入りの油条だ。大事な事なので二度言う。この二つは似ているがその実態は1万光年の開きがある。

 

「それにしても珍しいな。ジャパニーズなんて随分とローカルなメニューを選んだものだね」

 

私とベアトの盆を見て心底物珍しそうにチュンは語る。

 

 実際、亡命者……特に共和派以外の者達は帝国料理以外を好んで口にする者は少ない。貧困層がジャンクフード中心のアメリカンを口にする事こそあるがそれ以外は相当珍しい。大帝陛下が制定された帝国料理以外は堕落したものとでも思っているのだろうか?

 

「好んで食べているわけではありません。ですが、同盟軍に入ればライヒ(帝国料理)を得られない事もあります。ただその場合に備えて舌を慣らしているだけの事です」

 

 ベアトは真面目にそう答える。……あ、いえ、実はただの私の言い訳です。

 

 私が漸くジャガイモパラダイスから救済されると思ったら皆で何が入っているかもわからない料理を口にするのはお止め下さいと止められた。そこで慌てて即興で言い訳したんだが……皆ガチで信じやがった。涙ぐんで自身の思慮の浅さを謝罪する奴もいた。

 

……ええ、信じるの?

 

 臣民を正しき道に導く使命を持つ門閥貴族が我欲のために大帝陛下のお決めになった料理以外食べる訳無いもんね。仕方ないね。はは、ナイスジョーク!

 

 この言葉を鵜呑みにして最近は舌を慣らすため様々なジャンルの料理をローテーションで食べている。私だけに苦労させる訳にはいかないと皆修行するように食べているよ。いやいや、お前達まで無理してやるな。食事が苦行とか娯楽皆無の癖にまだストイックさを追求するつもりか?

 

 但し、アライアンスだけは無理だ。あれは豚の餌だ。さすが半世紀も宇宙を放浪している間食っていた飯だ。最高水準の消化効率と栄養価を含み最低レベルの味に仕上がっている。食材を産業廃棄物に変える錬金術かな?

 

 それでありながら今でもハイネセンファミリーの中にはアライアンスをソウルフードとして日常で食べている家庭は少なくないという。野望を持った男がハイネセンファミリーの女性と結婚してエリートの仲間入りして飯で離婚した、なんて話は決して少なくない。

 

 多分だが、ミンツ大尉が同じハイネセンファミリーと結婚しなかったのはあの糞料理を毎日食いたく無かったからに違いない。

 

「ははは、なるほど。面白い理由だね。これは君の小隊に入って正解だ」

 

 ベアトの説明を受け、チュンは笑う。こりゃあ、私の本音を見透かしたに違いない。

 

チュンは、私の小隊(別の分隊だが)に所属していた。

 

 周囲からは亡命者でないために反対意見も出た。だが、そこは私も比較的上手く言い訳が出来た。

 

「我々が士官学校に来た理由を思い出せ!我々は同盟軍での影響力拡大のために入学したのではないか!ならば、同胞でなくとも優秀な人材と今のうちに縁を結ぶ事は将来の亡命政府にとって決して不利益ではない筈だ!」

 

 チュン・ウー・チェン士官学校一年生の入学席次は375位、トップエリート、とはいかないまでも十分秀才と言える。一年浪人(試験前日に食べたクリームパンに当たったらしい)しているものの、一浪二浪程度なら士官学校では珍しくない(ストレート合格者なんて毎年半分もいやしない)。士官学校歴代卒業生の前例で考えれば少なくとも退役前に中将には昇進する筈の成績だ。

 

 しかも出身は旧銀河連邦系市民が開拓した惑星スワラジである。惑星の英雄ファン・チューリンはハイネセンファミリーのサラブレッド、730年マフィアの一員であるが両親は早くに離婚、母方の故郷スワラジで育ち、母方の姓を使用していた(本人は自身をハイネセンファミリーの一員と呼ばれると嫌な顔をしていたらしい)。そんな歴史もありハイネセンのエリートに余り良い感情を持つ者は少ない惑星だ。亡命者達からすれば親近感を持てる星の出身であった。

 

 まぁ、本音言えば生存率上げるためにコネつくるためだ。優秀な方にはお近づきしたい。金髪の小僧を仕止めるために人材はいくらいても多すぎる事はない(下手したら返り討ちで全滅しかねない)。

 

 問題は最後に動く軍事博物館さんと民主主義に乾杯するようなお方が門閥貴族な私と小隊組むつもりがあるのか?という事だが……案外簡単に説得出来た。毎回ベーカリーの数量限定パン購入に協力するといったら即落ちした。マジか?

 

 恐らくはこの時期のパン屋の倅は、そこまで信念を持って軍人になるつもりではないらしい。よくよく考えたら当然だ。16、7の内からあれほどの覚悟を持っている訳無いんだよな。この頃は取り敢えず気楽(?)にパンライフ……ではない、学生ライフを送るただの少年だ。

 

「別に数量限定パンのためだけじゃあ無いんだけどなぁ……」

 

困ったような表情をして不本意だ、と答えるチュン。

 

「と、いいますと?」

 

懐疑的な表情で尋ねるベアト。

 

「うん、私が志望している研究科は情報分析研究科なんだけどね。そこでは集めた情報を元に相手の目標や作戦を予測するんだ。そこで、大事なのが……」

 

と、私達を指差すチュン。

 

「私達?」

「そう、君達帝国人、正確には帝国人の考え方だね」

 

その言葉でようやく私は彼の考えが分かった。

 

「どんな情報でもそれが何を意味するか理解しないと意味がないからね。相手の動きがなにを意味しているのか、帝国人の価値基準が分からないと狙いが分からない。と、なると直接聞くのが良いんだが回廊の向こうの人々に聞いてもブラスターを向けられるのがオチさ。だからと言ってこっちの亡命者といえば、言っては悪いが帝国文化を徹底的に嫌う人か、身内でしか話さない人ばかりだからね。なかなか本当の帝国人の見ている世界観が分からない」

 

 その言葉を私は肯定する。実際、同盟と帝国の価値観の違いは相当なものだ。しかも、同盟で出版されている帝国文化の説明本は結構違和感がありありだ。まぁ、書いているのが同盟人か共和派亡命者くらいだからなぁ……。

 

 なぁ、皆さんギロチンによる死刑は残虐だと思いますか?同盟では帝国の非道な処刑方法として有名だが、あれ、実は貴族階級に行う人道的処刑方法なんですよ。罪人を楽に殺すなんてとんでもない。つまり平民相手に電気鞭やギロチン使うといっていたフレーゲル男爵は帝国基準で人道主義者です。帝国において平民への拷問のデフォは指摘めや耳削ぎ落とし、処刑方法は錆びた斧や火炙りらしいですよ?

 

「その点、私みたいな保守派の癖に積極的に余所者と話す帝国人物は珍しい訳か?」

「そう言うことだね。しかも門閥貴族と来れば相当珍しいだろう?言い方が悪いけど研究対象としては丁度良いかなってね」

 

失望しているかい?と尋ねるチュン。

 

 それに対して私は少し不快そうにするベアトを宥めて、答える。

 

「いやいや気にするなよ。世の中ウィンウィンの関係が一番さ。チュンが私達を観察対象にしたいならいくらでも観察してくれれば良いさ。尤も私も大概ほかの保守派に比べれば軟派の変わり者だけどな。その代わりエリート様には私の定期試験の学習に御協力してもらいたいが、構わんね?」

 

 実際その程度であんたと御近づきになれるなら安い物だよ。パン屋の二代目。いや、英雄様。

 

 私は不敵に笑い、チュンは子供のように微笑んで、ベアトはどこか不満げにする。

 

 まぁいいさ。今のところはこれで。焦る必要はない。今は、な。

 

 

 

 

「まぁ、実のところ一番の理由は君の小隊にいれば本場の帝国風パンが食べられると思ったからなんだけどね」

「おい、待て。最後のボケの出番を私から奪うな」

 

私は急いで突っ込み役に回った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ファン・チューリンの設定ついては
本人が寡黙=不遇な子供時代
家庭に恵まれない=幸せな家庭を知らないから、で連想しました。

尚730年マフィアについては小ネタ(捏造)として

ヴォリス・ヴォーリック=名門軍人と亡命者(平民)のハーフ、バロンの渾名は幼少時代半分虐めで呼ばれた事がきっかけ。成長後は本人は皮肉に皮肉で返していた。

ジョン・ドリンカー・コープ=ハイネセンファミリーの名門出身、学生時代はユリアン祖母な性格、ブルースと愉快な仲間達と夕日をバックに殴り合いでマブダチになり性格が丸くなる。
第2次ティアマト会戦での「あんたは変わったな」は昔の自分のように高圧的なブルースに失望した台詞。尚、戦後はブルースの仇討ち(帝国侵攻)を計画していたが翌年戦死。


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第二十一話 学歴社会は弱肉強食

同盟軍士官学校において三大研究科と呼ばれる物がある。

 

 唯でさえエリートばかり贅沢に取り揃えた士官学校生徒を、さらに振るいにかけた文字通りエリート中のエリートだけが加入出来る研究科である。それに入れば将来の将官は約束されたも同然、宇宙艦隊司令長官、後方勤務本部長、統合参謀本部長の三聖職に至っては歴代長官の9割は三大研究科出身と来ている。

 

 1つは言わずと知れた戦略研究科だ。文字通り戦略を研究する科であり、国家の兵力、軍事予算、経済動向、政治動向、人口増減、外交関係、技術開発……様々な情報から同盟軍に可能な選択、取るべきドクトリンについて研究、さらには帝国側の予測される対抗策を推測し、それへの対応策まで研究する科である。研究科の花形であり、彼らの作るレポートは同盟軍の最高指導部の方針にすら影響を与える。

 

 2つ目は統合兵站システム研究科である。同盟軍の兵站体制全般についての評価、一層の効率化を追求する研究科であり、同盟軍の後方支援系の研究科の最高位である。兵站と言っても様々な分野があり、通常ならばこれらは細分化、専門化して研究されている。統合兵站システム研究科はそれら専門化、細分化された各後方支援の研究・ノウハウをすり合わせ、統合する事で一元化された兵站組織の概念を組み立てていく。近年の卒業者では第1方面軍補給科燃料部門部長トーマス・セレブレッゼ中佐、在学者ではアレックス・キャゼルヌ2年生が有名だ。

 

 3つ目が、艦隊運用統合研究科である。戦術面における宇宙艦隊の運用……航海や通信、戦列、陣形変更、砲戦、航空戦、揚陸戦等の実戦における戦闘及びそれに付随する各分野について研究、それによる次世代の艦隊の運用と戦闘について開拓する事を目的とした研究科である。

 

「まぁ、そんな所入るのなんて無理ですわ」

 

 私は、学生獲得のために勧誘活動をする上級生たちを尻目に廊下を歩きながら、各研究科の紹介パンフレットを投げ捨ててぼやく。所詮席次1000位台の私には縁の無い事だ。この3つの中で一番格下の艦隊運用統合研究科ですら最低でも学年の上位300位台でなければ十中八九門前払いだ。ヤンが学年平均の順位で戦略研究科に入れたのは奇跡だ。それだけ研究科の教授達がワイドボーンを高く評価し、それを破ったヤンの指揮能力を高く買っていたと言う事なのだろう。

 

「順位の問題でしたら仕方ありません。非常に……非常に不満ですが、若様に相応しく、実力を正当に評価して頂ける研究科を探しましょう」

 

 傍に控えるベアトが心底不満そうに、苦渋に満ちた顔で答える。当初は先ほどの三大研究科に所属する事を勧めていたベアトだが、私が丸3時間説明する事でようやく納得してくれた。いや、多分正当に評価しても駄目だと思うよ?

 

 尚、ベアトには艦隊運用統合研究科から招待状が来た。順位的にはぎりぎり合格点を下回る席次だがなぜか来た。多分士官学校学生の中では珍しい女子だったからだろう。今期学生の中で女子は全体の6%、300名にも満たない(下士官兵士にはそれなりの女性もいるが基本後方勤務や星系警備隊所属だ。やっぱり婚期を逃しやすいのと地元志望がネックなのだろうか?)。その中でもベアトの上の席次となると10名もいない訳だ。後、身内の身で言うのもなんだが結構な美人さんだ。男ばかりの研究科に華が欲しいのだろう。私が行けないから行くつもり無いらしいけど。

 

 実際、笑える話だが研究科紹介ホームページに女子学生がいるだけで学生収穫率はかなりアップする。何年か前に統合兵站システム研究科に相当な美人が入った事があるらしいが、彼女が所属している間研究科に申し込む学生数が例年の2割増しになったらしい。おかげで残り二つの研究科を抑え優秀な学生の確保に成功していた。こんなエピソードを聞くと、やっぱり男所帯だと辛いんだろうなぁ、等と思う。

 

 あ、因みに戦史研究科あったよ?相当不人気な研究科だ。150近くある科の中でも予算・人員共に最下位に近い。別に戦史を軽視している訳では無いんだ。唯、似たような研究科が後5,6個くらいあってね。戦史研究科はその中で相当やる気が無い研究科なんだよ。良く言えば学生の自由を重んじる伝統があると言えるが、実態は学生が戦史以外の分野でもかなり趣味に走った研究ばかりしている。対してほかの戦史関係の研究科はガチガチの規則と軍事に集中した研究ばかりしているガチの集団だ。

 

科の廃止も納得だ。似たような物が他にもあり、その中で一番下だからなぁ。さらに言えば他の歴史関係の研究科があるのにヤンがそちらに行かないのも納得だ。魔術師の気風には到底合わんだろう。

 

 私としては戦史研究科に行くのは無しだ。まぁ、元よりそんな三下の研究科に行くのを同胞が許すとは思えん。それに下手に首を突っ込んで魔術師が入学しなくなったら私の死亡フラグが確定する。魔術師無しで金髪の小僧とバトるのはマジで勘弁願いたい。

 

「と、なるとどこの研究科に行くかだよなぁ……」

 

 150近い数の研究科の中で私が行けそうで、出来れば生き残るのに役立ちそうな物といえば……。

 

「陸戦技能研究科に、空戦戦術研究科、海上戦闘研究科、惑星気候分析科……どれもなぁ」

 

今一つ士官になった後に役立つイメージが想像出来ん。

 

……いや、待て待て。よく考えろ。最大の目的は金髪の小僧を仕止めて同盟の、故郷と一族朗党の終了を回避する事だ。

 

 そうなると帝国領土侵攻作戦以前にラインハルトを殺らなきゃならん。蛇は卵のうちに殺らんとね?それまでに仕止められる機会といえば……初陣のカプチェランカ、アルトミュール星系での戦闘、へーシュリッヒ・エンチェンの単独任務、第6次イゼルローン要塞攻略戦前哨戦の包囲、第4次ティアマト星域会戦の艦隊横断辺りか……。無論私の記憶違いやバタフライエフェクトもあり得る。OVAオリジナルの内容が起きるか、等の問題もあるが、これくらいが小僧を討ち取るチャンスだろう。

 

 最初のカプチェランカ以外は宇宙戦だ。そしてカプチェランカは同盟軍基地が壊滅するので現地に行って介入はリスクが高すぎる。そうなると艦隊指揮官か参謀として役立つ研究科が良かろう。金髪の小僧相手に通用しないとしても、奴が台頭する前に艦隊にある程度影響力が与えられる立場に立つのには役立つ。

 

「そうなると……航海技術研究科に砲術技能研究科、通信技術研究科辺りかね、私でも行けそうな所は」

 

 どれも成績中堅層が多数在籍する大手研究科だ。順位1000位台ならば門前払いされる事はあるまい。……まぁ半分ズルして取った成績だけど。

 

「私は若様の行かれる場所でしたらどこでも構いませんが……」

「うーん、私としては勿体ないとも思うんだけどねぇ」

 

 艦隊運用統合研究科から招待されているなんて他所様が聞けば羨ましいの一言だ。出身の研究科によって昇進や人事異動に大きな影響がある事を考えれば是非とも行くべきなのだがなぁ……。

 

「しかし、若様から離れて行動となるといざ何かあった際に御守り出来なくなります」

 

 深刻そうに語るベアト。いやいや、何かって何がだよ。ここは士官学校だぞ?テロや襲撃なんてねぇよ?まぁ虐めはあるだろうが。去年も帝国系の新入生が虐めの対象になってちょっとした事件沙汰になった(尤も昔に比べて相当穏当になったが)。

 

「おいおい、私も子供じゃ無いぞ?何時までもベアトにおんぶに抱っこと言う訳には行かんさ」

 

それにベアトのキャリアの足を引っ張りたく無いしなぁ……。

 

「ですが……」

「いやいや、打算的な理由もあってな。いざという時に優秀な参謀なり相談役がいればこっちとしては大助かりだからな。それが信頼出来る奴ならなお良しだ」

「………なるほど。若様の御考えは分かりました。……そう仰るのならまずは検討させてもらいます」

 

 まだ納得し切れない、と言った様子だが私の意見が道理に合うために検討、と言う形で答えるベアト。門閥貴族に生まれると忠誠心過剰な部下の扱いが手慣れてくるようになるよなぁ。下手に思いやりの言葉かけるより、命令形か、自分のためにと頼み込む方が良い。

 

「おう、よくよく検討しておけ。さて、では私は……」

 

ベアトと話しつつも思案していていた私は宣伝の置き看板を見て足を止める。

 

「丁度良く、だな」

 

私は希望する研究科を決心する。

 

 看板にはこう記されていた。『艦隊運動理論研究科 新入生歓迎致します 研究科室長エドウィン・フィッシャー少佐』と。

 

 

 

 

 

 生きた航路図の事、エドウィン・フィッシャー宇宙軍少佐はこの年51歳、現在同盟軍士官学校航海科教官、個人講義としては3年生向けの「長距離航行における分散進撃理論」を指導している。

 

 出身は惑星ネプティス、元々は民間の客船会社の航海長であったらしいが予備役士官であった事もあり第4次ファイアザート星域会戦における大消耗戦後の予備役動員で3年任期の後方の輸送艦隊に配属された。その後元の会社が経営難に陥った事、航海士としての長年の経験を買われた事によって軍に残る事になり地方での輸送任務や海賊掃討、国境哨戒任務で少しずつ功績を積み重ね昇進を果たした。

 

 その間にこれまでの船乗りとしての経験を基に幾つかの論文を執筆、その内容を評価され同盟軍士官学校の教官の末席に名を連ねる事になった。

 

 尤も、生来の地味さに加え、講義も軍歴も華の無いために今一つ有名とはいえない。紳士的で物静かな人物だが軍人というよりも民間船の船長のようだ、ともっぱらの評判だ。

 

 直接この目で見ればその評価は極めて適切であった事が分かる。髭を蓄えた品の良さげな初老の紳士。研究室も英国風の穏やかなインテリアを為された部屋であったが、軍人の書斎、と言われても違和感がある。

 

「ふむ、私の研究科に関心があると言ってもらえるのは嬉しいものだよ。名前は……ティルピッツ一年生か。余り誇れる物の無い研究科だが、どうぞ気が済むまで見てくれると嬉しい」

 

 クラシックな椅子に座り、優し気に微笑むジェントルマン。確かに軍人というよりは豪華客船の船長に近い雰囲気だ。軍服よりもスーツや白い船長服が似合いそうだ。

 

「はい。フィッシャー教官、それでは見学させて頂きます」

 

私は敬礼して答え、研究所を見せてもらう。

 

 所属する学生は30名程度、成績は300位台から3000位代程度と幅広い。これは研究科としては質量共に平均的なものだ。予算も際立って額が多い訳でも少ない訳でもない。研究科も教官同様地味だ。

 

 学生の受け入れは年中可能、成績による制限は無い。研究科によっては入学後1か月以内といった期限や席次のボーダーを決めている所も少なくない事を思えば良心的、悪く言えば競争性の無い研究科といえるだろう。

 

 丁度、上級生達が立体シミュレーターで仮想空間内での艦隊の陣形変更を実施し、その手順を評価している所だった。

 

「この手順だと正面からの攻撃を受けると艦列に穴が開きかねない。やはり戦艦群を前に押し出した方が良いんじゃないか?」

 

 学生の一人が神妙な表情で意見する。立体ホログラムを見れば敵艦隊の砲火を受けて自軍艦隊の隊列は乱れ切っていた。巡航艦を前に出していたらしいが陣形変更の際の敵砲火を受け止めきれずに最前列は崩壊しつつあった。

 

「だがなぁ……戦艦を前に出すと火力と防御は問題無いが足がなぁ。小回りが利かんし陣形再編の後隙をついて後退出来んぞ?」

「やっぱり中距離砲戦中の陣形変更はリスクが高すぎる。一旦遠距離砲撃戦の位置まで下がるべきじゃないか?」

 

それに対して反対意見と代案を出す学生達。

 

「待て待て、大事な事を忘れるな。このシミュレーションは防衛戦なんだ。これ以上の後退は後方支援基地の危機を招く」

「あー、そうだったな。これ以上後退は厳しいか?」

「おいおい、しゃきっとしろよ。ほれ、新入生が見てやがる。御眼鏡に適うよう努力しろよ?」

 

上級生の一人が顎で私を指す。数人の上級生がこちらを振り向いたので会釈しておく。

 

「やば、ここでヘタレたら先輩の沽券に関わるぞ?」

「貴方、失うような沽券あったの?」

「ほれほれ、真面目にやるぞ?まず、前提条件を変えるべきじゃないか?この攻撃を正面から受け止めるのではなく受け流すんだ」

 

和気あいあいと研究を続ける学生達。

 

「どうかね?御感想は?」

 

横から尋ねる室長。

 

「とても良い雰囲気と感じます」

 

 それは偽りの無い本音だった。学生の雰囲気は良好、上下の関係も円満そうだった。成績による差別も無さそうだ。何よりも生徒の中には帝国訛りや銀河連邦訛りの強い生徒もいた。つまり出自に偏りが少ないと言う事だ。いや、マジで中には同じ出自の奴だけで固まっているのまであるんですよ。

 

「そうですね。これまで見た中ではかなり志望度が高いですね」

 

正直な話、もうここに所属する事は決めていた。

 

 私には参謀として獅子帝に勝てる能力は無い。同時に、艦隊戦において陣形の崩壊は部隊の破滅を意味する。そうなると私の生存率を上げるために必要な技能は艦隊運動の技能だ。その点で原作でこの教官の右に出る者はいない。原作に出てこない人物を含めても最高水準に近い。何より凡庸だが堅実、基本に忠実な指導で定評があるところが私の能力的に非常にマッチしていた。

 

この数日後、私は艦隊運動理論研究科に入室志望書を送った。志望書は問題無く受理された。

 

 



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第二十二話 赤信号も皆で渡れば怖くない

 同盟軍士官学校において日曜日は、原則休日だ。無論朝に教官が乗り込んで来るがそれを誤魔化してしまえばその後は二度寝しても構わない。

 

「つまり!日曜日は労働者にとって天国っ!二度寝の時間っ!一日14時間睡眠だイェイ!!」

「それでは若様、親睦会の御支度を致しましょうか?」

「………はい」

 

 休日はだらけて過ごせる?残念、休日の貴族も普通に働くんだよ?

 

 

 

 

 士官学校内には幾つもの多目的ホールが存在している。特殊な講義や討論会と言った真面目なものから学生達の私的なパーティー等でも、予め学校職員に申請すれば比較的簡単に使用可能だ。

 

 同盟軍士官学校北第7校舎第4多目的ホールにおいて細やかな……とは言えないパーティーが行われていた。パーティー主催者は「士官学校亡命者親睦会」である。

 

「招待状はお持ちでしょうか?」

 

 ホールの入り口に士官学校学生服を着た少女が恭しく尋ねる。

 

 先輩に当たるのだが、そこで私は口を開かない。応対するのは傍らの従士だ。

 

「代表からの招待状です。ご確認ください」

 

 学生服の懐から手紙を差し出すベアト。相手はそれを丁重に受け取ると中身を確認する。

 

 そして次にこちらを見据えると心から歓迎するような表情で会釈し、扉を開く。

 

 ホールの中は同盟軍士官学校内とは自信を持って言える物ではなかった。

 

 洋画の飾られた室内、床にはレッドカーペット、純白のテーブルクロスの上には鮮やかな銀食器や陶磁器に盛られた料理。当然ながら添えられる料理は学生が馬鹿騒ぎするときに頼むピザやフライドチキンといったジャンクフードではない。部屋の端では音楽を嗜む学生達がピアノやバイオリンでクラシックな演奏会を始めていた。

 

 ここまでならば「はは、またかよ。贅沢自慢しやがって貴族のぼんぼんめ」と言われるのがオチだ。だが、同盟軍士官学校の中に大帝陛下の肖像画があるのはたまげたなぁ。

 

 グスタフじいさん、アーレ・ハイネセン、ルドルフ大帝の順番でホールに飾られる肖像画。おい、皇帝にサンドイッチにされているハイネセンが少し悲しそうだぞ?なんかこっちを見つめて何か訴えようとしてね?

 

 以前に話した通り民主主義の守護騎士を育成する同盟軍士官学校内において学生達は派閥間で軽い……とは言えない冷戦関係にある。同じ出自同士でより集まり身を守る訳だ。そしてその関係は横だけでなく縦にもある。

 

 各派閥は新しく入学した同胞を温かく(それ以外には冷たく)迎え入れる。

 

 ここまでいえばこのパーティーの意図も分かるだろう。ようは身内同士の結束を固めるイベントである。「士官学校亡命者親睦会」は帰還派が同盟軍士官学校に作り上げた相互扶助組織だ。定期的に学生間でこういったパーティーを行うだけでなく卒業して軍人になった者も講演等のイベントで訪問してくる。場合によってはそこで卒業予定者の人事での取りなし等も相談される。

 

 え?士官学校学生が政治活動はあかんって?ヘーキヘーキ、どこもやっているから。今頃ほかのホールで共和派とか長征派(ハイネセンファミリーの中で一番話の通じない奴らだ)も盛大にパーティーしているって。ははは、シトレが軍人が政治に関わらない方が良いと思うのも納得だ。ちなみにあの人はハイネセンファミリーですよ?

 

「それにしても、一応士官学校内だろうに」

 

 帰還派の学生達による親睦会、とはいうが扉を潜ったここでは士官学校の常識は通じない。さっきの入り口にいた先輩は平民階級(富裕市民ではあるが)だ。

 

 ようはここでは学年や年は関係無い。家柄で上下関係が決まる。さっきから召し使い同然に働いている生徒が何人もいるが実際、文字通り彼らは召し使いなわけだ。私の先輩なのにね。

 

 さて、ここでぼさっとするわけにはいかない。ここは最早自由と民主主義の息つく士官学校ではなく帝国の宮廷とお考えください。

 

「つまり、礼儀からいって会長に会わんと行けなくてだね」

 

 ベアトを控えさせて私は堂々と人混みを進む。何人かが頭を下げて礼をするが私は爵位、あるいは身分的に上なので手を上げて軽く答えるだけだ。因みに大抵先輩だ。あとで顔合わせるのが辛い。目上の人に下手に出られる側の気持ち位わかってくれよ。彼方は一切葛藤なんて抱いていないだろうけど。

 

 パーティー会場を回り目的の人物を発見した私はそちらに向けて駆け寄る。

 

「ここにおられましたか。会長、いえ、伯爵。ティルピッツ伯爵家の長子ヴォルター、参上いたしました」

 

 私は、にこやかに貴族的な微笑を浮かべ優美に一礼。側に控えるベアトも深々と会長に頭を下げる。

 

 それに対してワイングラスを手に持つ(アップルジュースだけど)会長は妙に印象に残る某映画の警官のごとき声で答える。

 

「これはこれは……武門の誉れ高きティルピッツ伯爵家の御入来とは、誠に名誉なこと。士官学校亡命者親睦会会長として、いや、同じく武門の家門たるリューネブルク家の当主として心から歓迎致しますぞ?ティルピッツ殿」

 

 ヘルマン・フォン・リューネブルク士官学校4年生が恭しくそう答えた。

 

 ………いや今、死亡的なフラグ的な物が立つ音しなかった?

 

 

 

 

 

 

 

 

 リューネブルク伯爵家が自由惑星同盟に亡命したのは、宇宙暦708年帝国暦399年、マンフレート2世、別名マンフレート亡命帝の死去の直後の事である。

 

 前皇帝ヘルムート1世の庶子の1人であったマンフレート亡命帝は幼少期を同盟で育った事で有名だがその際に亡命を手伝ったのはリューネブルク伯爵家を始めとした帝国宮廷内の和平派であり、匿い育てたのがアルレスハイム星系政府……つまり銀河帝国亡命政府であった。

 

 当時苛烈な暗殺合戦の様相を帯びていた帝室の現状を機会と見た同盟政府、亡命政府、和平派は水面下で協力体制を取った。皇室内での闘争に油を注ぎつつ財務官僚や軍役に苦しむ帝国貴族達がマンフレート2世の即位のための工作を開始する。

 

 同時に同盟と亡命政府はその間、後のマンフレート亡命帝になる少年を丁重に持て成し、立憲君主として入念に帝王教育を施すと、当時の亡命政府代表ゲオルグ・フォン・ゴールデンバウム(ゲオルグ2世)の長女と婚約させた。

 

 帝国に帰還したマンフレート亡命帝は三者の期待通りの行動を始めた。彼は帝国に帰還するやいなや5つの方針を宣言した。1つ目に自由惑星同盟との和平、2つ目に亡命政府に対してアルレスハイム星系からイゼルローン回廊帝国側出口を下賜し帝国に従属する藩王国として帝国・同盟間の緩衝地帯・交易地帯とする事、3つ目にアルレスハイム=ゴールデンバウム家のから皇妃を迎える事、4つ目に同盟に亡命した帝国臣民への全面的恩赦と帰還の許可、5つ目に帝国への議会設立・憲法公布による段階的な立憲君主制への移行である。帝国諸侯は長年の皇位争奪戦で疲弊し、マンフレート亡命帝の後援には帝国の和平派・亡命政府・同盟政府がついていた。叛旗を翻そうとすれば同盟軍と亡命軍が国境に展開した。

 

 長年の抗争で諸侯間の不信感は根深く、一丸となって対抗は不可能。さらには同盟政府は抗争で疲弊した帝国に対して人道主義の面から援助も申し出るという飴も使った。ここについに長きに渡った戦争は終わりを迎えようとするかに見えた。

 

 宇宙暦708年帝国暦399年4月1日、同盟政府、亡命政府からも代表団を迎えた帝国再建会議の最中マンフレート2世は喉の渇きを癒すために一杯の白ワインを口にした。

 

 直後、彼はワイングラスを落して苦しみだした。議会に集まった同盟政府・亡命政府の代表団、帝国の官僚、各地の貴族達の前で大量の血を吐いて倒れたマンフレート2世に会議場の一同が唖然とし、次に騒然とした。

 

 誰が言ったのかは不明だが一人の同盟使節が叫んだ。「狡猾な貴族共の陰謀だっ!奴らは我々をここで皆殺しにするつもりなのだっ!」と。

 

「馬鹿なっ!?貴様ら賤民共こそ我らを陥れるつもりか!?」

 

帝国貴族は反論する。

 

 言い争いはすぐに乱闘になった。マンフリート2世の死体に誰も目もくれずに騒ぎは大きくなる。そして悲鳴が上がった。

 

 若い帝国貴族の一人が頭から血を流して倒れていた。傍には水晶と黄金で出来た置物が血に濡れて落ちていた。誰かに殴られたらしかった。

 

 彼はその時まだ死んではいなかったが頭部の傷口からは血を垂れ流し、気を失っていたため傍から見たら息絶えているようにも見えただろう。

 

 この事態に際して帝国保守派貴族の私兵と代表団護衛としてオーディンに来ていた同盟軍・亡命軍の地上部隊が議場に突入し、それぞれの主人を守るように前に立つ。すぐに発砲音と悲鳴が上がる。時の帝国貴族の盟主リンダーホープ侯アルベルトが叫んだ。

 

「この者共を殺せっ!彼奴らの甘言に乗った我々が愚かだった!」

 

 この言葉が本格的な戦端を開いた。オーディンの地上では社会秩序維持局武装治安維持隊と帝国貴族の私兵が代表団と和平派貴族、護衛の同盟軍と亡命軍に襲い掛かる。衛星軌道でも宇宙艦隊同士の戦闘が始まっていた。

 

 この時点では皇帝の意を受けていない帝国正規軍は出動していなかったが、それでも多勢に無勢。同盟側の代表団団長ロバート・サンフォード上院議会議長を始め同盟使節28名と亡命政府の使節16名が死亡、軍人の死者はその千倍に達した。

 

 和平派の貴族も粛清対象だった。混乱の中、貴族邸宅が襲撃され、女子供、家臣も、只の使用人まで貴族平民の貴賎も問わず和平派の縁者は殺された。略式裁判があれば幸運な方で殆どがその場で処理された。その数は2万名に及ぶとされる。襲撃者の中には騒ぎに便乗した貧民階級の強盗や暴徒も少なくなかった。

 

後に言う「イースターの大虐殺」だ。

 

 時のリューネブルク伯爵は会議場から辛くも抜け出すと自宅に文字通り裸足で向かい家族や家臣達を連れて帝都脱出を図ろうとした。

 

 そこに社会秩序維持局武装治安維持隊と暴徒に屋敷を包囲された。リューネブルク伯爵家は武門の家柄、従士や警備の私兵達は主人一家を逃がすために文字通り包囲網に殴り込んで血路を開き、そこに同盟軍特殊部隊からの救援が来た事で辛うじて伯爵は脱出に成功したものの家臣団は文字通りほぼ壊滅していた。

 

 4月2日、事態を把握した同盟政府はただちに宇宙軍4個艦隊及び地上軍3個遠征軍を投入して使節団救助に向かう。

 

 4月5日、オーディンの貴族達の間で何等かの交渉がまとまり皇族の末端であるウィルヘルム1世が第28代銀河帝国皇帝に即位、ウィルヘルム1世は脱出した使節団の捕縛を帝国正規軍に命令、3個艦隊が迫撃に向かう。

 

 4月27日、数度に渡る襲撃を切り抜けたものの最早艦隊の体も為していない使節団を乗せた同盟・亡命軍部隊はレージング星系で同盟軍救援部隊と合流、そこに帝国軍の追撃部隊と会敵し、第1次レージング星域会戦が勃発する。7日間の間に両軍とも100万近い犠牲を払ったこの戦いの後、両国の間で和平を口にする者は皆無だった。

 

 同盟に亡命した和平派貴族の多くは亡命政府に合流した。リューネブルク伯爵家もまたその一つ。そして当時の当主から3代経たヘルマンが現在のリューネブルク伯爵家の当主として今現在同盟軍士官学校に在籍していた。

 

「ん、どうかしたのかねティルピッツ殿?」

 

 ソファーの上でシロン製茶葉を使った紅茶を一口口に含むとリューネブルク4年生、あるいはリューネブルク伯爵は怪訝な表情で尋ねる。

 

「いえ、伯爵。少々物思いに耽っていたようです。御容赦ください」

 

 同じくパーティー会場に置かれたソファーに座る私は宮廷帝国語で軽く会釈しながら答える。

 

 リューネブルク同盟軍士官学校4年生……いや、伯爵は銀色の髪に端正な顔立ちの青年であった。一見細く見える体は、しかしその制服の下には無駄のない鍛えぬかれた一種の芸術作品がある。原作では性格が悪そうだが、意外なことに少なくともこの時点では、なかなかの好人物だった。

 

 リューネブルク伯爵家の当主、という立場からも分かるが彼は身内がいない。元々限りなく身一つで亡命した立場だ。親類は殆んど脱出出来ず、臣下も壊滅状態、亡命後は武門の家柄らしく前線で戦い多くの一族の者が戦死した。今となっては親代わりに育ててもらった母方の叔母に当たる老男爵夫人が一人いるだけで他の親族はいない(というか大抵戦死した)。御家断絶一歩手前である。

 

 そんなわけで何事も自分で行う独立独歩の気風の強い人物、それでいて武門のお家柄に相応しい威風と高潔さを兼ね備えている。

 

その名声を確固たるものにしたとは去年の事件だろう。

 

 去年、新入生の亡命者が深刻な虐めに合っていた。派閥色の薄い人物であるがために報復の危険が無いと考えたのだろう。

 

 ある日、リューネブルク伯爵が学内のトイレで集団で虐めの的になっていた同胞を見つけると直ちにその解放と教官への自首を相手方に提案した。その態度は決して尊大なものではなかった、といっておく。

 

 だが、学生はそれに怖じ気づくどころか自身の家柄を盾に反発した。どこぞの政治家やら軍人の家庭だったという。それどころか却ってリューネブルク伯爵を脅迫した程だ。

 

 そしてリューネブルク伯爵がその脅迫を拒否すると彼らはそのまま襲いかかった。

 

事態が教官達に知れるまで1時間がかかった。

 

 教官達が来た時、そこにいたのは全身怪我をした伯爵とトイレの床に倒れる10名ばかりの学生(武器持ち)だ。

 

 取り調べの結果分かった事はリューネブルク伯爵はエコニアの捕虜収容所に赴任しても反乱を心配しなくて良い、と言うことだ。

 

 この事件の結果として伯爵と襲いかかった学生達の両方が指導対象になり(教官曰く、やり過ぎであるためだと言う)、全員が一年留年という結果となった。

 

 余りに不公平な対応ではないか、との意見も出たが学校側はこの指摘に対して黙殺している。顎を砕かれた学生の中に国防委員会議員の子息がいたからだ、という噂がどこまで真実かは不明である。

 

 当然ながら士官学校や同盟軍に対して亡命者とその師弟の抗議が襲いかかった。一方、リューネブルク伯爵に対しては文字通り拍手喝采である。

 

「いや、遠慮する必要はありませんよ。去年の事については皆気になるみたいでしてな。いやはや、面倒な事態を引き起こして多くの同胞に迷惑をかけてしまったと考えると恥るばかりです」

 

 マクレーンな声で話す伯爵のそれはしかし、決して遠慮してでも、演技臭いものでもなかった。心底そのように思っているように見える。

 

「いえ、お気になさらず。むしろあの件は我々同胞を勇気づけるものでした。伯爵はただ正義を成しただけの事、誰が伯爵を非難出来ましょうか?」

 

 しかし、リューネブルク伯爵は複雑な笑みを浮かべ苦笑いをする。

 

「いえ、実の所個人的な事なのですが……ザルツブルク男爵夫人にあの件で随分と叱られましてな。伯爵家の当主として自覚が足りないと説教されてしまいましてな」

 

 その声は少しばかり気落ちしているように思える。え、マジ?あんたお婆ちゃん子だったの?

 

「それとて伯爵の身を案じての事でしょう?仕方ありませんよ」

「そうは言いますが、我が家は武門の家、戦場に出て祖国と同胞のためにこの身を捧げる以上、あの程度の事から逃げる訳にもいきません」

 

 祖父はカプチェランカの雪原で戦死、叔父はイドリスの沼地で戦死、父はフォルセティ星系の第3惑星において薔薇騎士連隊の2人目の戦死した連隊長だ。代々陸戦隊に所属して来た先祖同様、彼もまた陸戦士官を目指す身である。将来、直接身一つで敵兵と戦うのだ。この程度に臆しては貴族として先祖に申し訳が立たない、と言うわけだ。

 

「あの人は過保護な所がありまして、この前も文官の席が余っていると資料を送られましてな。武門の者が文官等と、余りに恥ずかし過ぎますな。あの人とて昔は女性の身で戦斧片手に突撃していたような御人だというのに」

 

 困ったような笑い方をする伯爵。自分の筋を曲げられないが叔母を心配させたくもないらしい。

 

「その点ではティルピッツ殿は羨ましい。御家族も前線で戦う事を誉れとして軍人となるのをお喜びであると聞きます。同じ武官の身として羨ましい限りです」

 

 おう、欲しいなら代わるよ?私好きで学校入った訳じゃないよ?限りなく強制だよ?

 

「いやはや、身に余る御言葉ですよ。私こそ伯爵のような才覚が羨ましい限りです」

 

 士官学校席次107位、研究科は地上戦の権威である陸戦略研究科である。地上戦部門に限れば学年でも五指に入るだろう実力者だ。学内対抗格闘戦競技会では二度準優勝、一度優勝と来ている。そりゃあ薔薇騎士連隊長にもなれますわ。

 

「ははは、地上戦の才児などと持て囃す方もおりますが、所詮は地上戦です。艦隊戦の才能はからっきしでしてな。その点では提督職を受け継ぐティルピッツ伯爵家が羨ましい。確かもう研究科はお決めに……?」

「ええ、お恥ずかしい事に席次が決して高いとは言えないものでして三大研究科はさすがに不可能でした。艦隊運動理論研究科に所属しております。こちらのベアトリクスは艦隊運用統合研究科です」

 

私が伝えると傍らで直立不動で立つベアトが再度頭を下げる。

 

「おお、今期の同胞から三大研究科にいった者がいると聞いていましたが彼女ですか。流石ティルピッツ伯爵家の家臣団は人材の層も厚い」

 

関心したように頷くリューネブルク伯爵。

 

「今期の人材の層は悪くは無いですよ。特に平民ですがホラント……失礼、ウィルヘルム・ホラント一年生は優秀ですよ。何せ学年次席ですから」

「ああ、話は耳にしている。ふむ……優秀ではあろうが少し気性の荒い人物らしいな。此度のパーティーでも席を用意したのだが……」

 

周囲を見渡し肩を竦める。

 

「欠席のようだな。ティルピッツ殿はそれなり仲が良いと聞いたが誘ってもらえなかったのかな?」

「あれは、こういうイベントを好まない人物ですから。決して悪い人物では無いのです。どうぞ御容赦を」

 

 私は複雑な表情で答える。あいつは所謂貴族様が御嫌いだからなぁ。別にそれでも良いんだが時と場合を考えて必要な時は隠して欲しいものだ。有能な人物が詰まらん理由で退学とか御免だぞ?私の生存率的に。

 

「……ティルピッツ殿がそこまで仰るなら仕方あるまい。それだけ彼を買っているという訳か」

 

やれやれ、とばかりに首を振る伯爵。私はそれに対して苦笑いするしかなかった。

 

同時に私は頭の片隅で思う。これ程人当たりが良く、同胞意識の強い人物がどうして逆亡命したのだろうか、と。

 

宇宙暦779年5月21日の事であった。

 

 

 




「国父アーレ・ハイネセンはどう思っているでしょうか?」
「泣いているさ。墓の下でな」


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第二十三話 中の人の経歴から見て肉弾戦も強いのは当然

前半については原作者の短編集にあった作品が元ネタです



 宇宙空間における初の大規模な戦争が発生したのは西暦2689年に勃発したシリウス戦役……より正確にいえば同年12月7日に開始された地球統一政府軍によるシリウス星系第4惑星ロンドリーナへの奇襲攻撃である。そして、宇宙暦8世紀に至るまで技術的要因や地理的要因で若干の修正こそ為されているものの大規模宇宙戦闘のセオリーはこの一連の戦闘で既に確立してしまった。

 

 植民星連合軍は、地球統一政府軍を過小評価していた。より正確には地球統一政府軍の人材の厚みを甘く見ていた。

 

 良く言われるのが、シリウス戦役開戦時に植民星連合軍は地球軍の奇襲攻撃で壊滅的被害を被った、と言う説明である。

 

だが、この説明は正確ではない。

 

 そもそも、万単位の艦艇と惑星一つを制圧するだけの地上軍が動いてその動向が掴めない、ましてや奇襲攻撃を許し主力部隊が壊滅するものだろうか?シリウス側とて当時の緊迫した情勢は理解していた筈であるのに。

 

 答えは否だ。植民星連合軍は地球軍の攻撃の意図は把握していた。そしてそれに勝利する計画も建てていた。

 

 植民星連合軍は地球軍の攻撃に対して焦土戦術で対抗するつもりだった。

 

 当時の航海術では未だに大兵力を支えるだけの物資を他星系に送るだけの能力が無かったのだ。しかも地球軍は少なくとも建前上では外征軍ではなく治安維持軍であり規模こそ強大ではあったが殆どが歩兵部隊や小型哨戒艦艇、補給能力も不足していた。植民星連合軍首脳部は地球軍の攻勢と同時にロンドリーナの放棄と物資の収奪、そして補給線へのゲリラ戦を実施する予定だった。例えるならば原作の帝国領侵攻作戦に対してラインハルトのとった作戦に近い。或いはこの前例からラインハルトは迎撃作戦を組み立てた可能性もある。

 

 仮にこの作戦が成功していれば地球軍は数百万の兵士が捕虜となり、膨大な兵器が鹵獲されていた事だろう。

 

 植民星連合軍の首脳部は無能ではなかった。しかし問題は当時の地球軍に傑出した三名の名将がいたことだ。

 

 航海術のコリンズ、砲術のシャトルフ、揚陸戦のヴィネッティ……後世に地球軍三提督と呼ばれる彼らの手によって地球軍は植民星連合軍の作戦を打ち砕き、現代にまで残る宇宙戦闘の基本が確立された。

 

 特に初期の奇襲攻撃におけるコリンズの働きは素晴らしいの一言だ。彼によって地球軍2万隻の大艦隊(それ以前で地球軍の最大の動員は3000隻であった)は当初1カ月かかるとされた大航海の日程表をその半分で走破して見せた。

 

 彼の編み出した航海術、艦隊運動理論は正に天才と呼ぶに相応しい。近年ですらその戦術の研究は続いており、昨年にも帝国軍士官学校教官にして新進気鋭の戦術理論家として知られるエルンスト・フォン・シュターデン少佐が500ページに及ぶ論文を発表している。

 

 あの頑固で有名だったジョリオ・フランクールが遂に自身の手で討ち果たすのを諦めて、チャオ・ユイルンに謀殺を頼む程の才能、多分今甦ってても双壁辺りと互角の勝負をしかねない。こいつら転生者じゃなかろうな?

 

「ともかくも、艦隊運動の基本を学びたければコリンズの理論を学べ、というわけか」

 

フィッシャー教官の講義を受けながら私は小さく呟く。

 

 艦隊運動にとって最も重要な事はいかに簡単な指示で艦隊を望みの動きをさせるか、である。戦場では目前の敵との戦闘に集中してしまうだけでなく敵艦の砲火、友軍艦の航路や爆発等の妨害などのアクシデントにより訓練中ならば簡単に行える運動もスムーズに実施出来ない。

 

 其ゆえに艦隊運動の指示は簡略かつ最小限の動きで速やかに実施しなければならない。

 

「流動的な戦局においていかに最短の手順で艦隊を動かすか、それが艦隊運動の速度を決め、ひいては戦闘の主導権を握る事になります。攻撃であればこちらが絶えず敵の急所を狙い、あるいは火線を集中出来る位置を取ろうとし続ける場合に相手はそれに対応を続けなければならず、その攻撃を抑える事にもなります。あるいは防備に徹する場合は戦線の穴を如何に防ぐか、敵の火点を受け流すか、それによって戦線の破綻を防げるかが決まります」

 

 フィッシャー教官は、スクリーンに写し出される荒れのある第1次ヴェガ星域会戦の戦闘記録映像を別の戦闘記録に変えて説明を続ける。

 

「そしてもう一つ大事な事は艦隊間の連携です。陣形の変更や移動においてはこれは極めて重要です」

 

 当然ながら全艦が一斉に動けば敵に隙を与える。特に同盟軍の場合はその隙を衝かれ実弾兵装に優れる帝国軍の接近戦に巻き込まれる訳にはいかない。艦隊の陣形変更や部隊間の交代、方向変換に際しては戦隊以下の部隊の連携は必要不可欠だ。

 

「第2次ティアマト会戦時のカイト艦隊に対する第5艦隊の戦闘、カルテンボルン艦隊に対する第4艦隊の戦闘が代表的な対照例でしょう。カイト艦隊、第4艦隊共に敵前で反転したもののその結果は正に正反対の結果となりました。カイト艦隊は強引な方向転換を狙い打ちされ戦列が崩壊、司令官が重症を負うと言う結果に終わりました。一方第4艦隊はカルテンボルン艦隊の火力の限界点に合わせて個々の部隊が絶妙な連携をしつつ反撃したために反転時の混乱も損失も殆んど出る事はありませんでした。ここからも各部隊間の連携が艦隊運動の結果に大きな影響を与える事が分かるでしょう」

 

 教官がそういっている間、スクリーンには第2次ティアマト会戦時の記録映像が流れる。反転中のカイト艦隊はしかしそこに第5艦隊の集中攻撃を受け次々と爆散して火球と化す。そしてその爆発が隊列に更なる混乱を生み出し不用意に隊列から外れ味方の援護を得られなくなった艦艇は中性子ビームの集中砲火を受け宇宙の塵となった友軍艦の後を追う。

 

「うわっ……エグいな」

 

 艦列が崩壊した艦隊は悲惨だ。下手にビームを避けるとほかの艦艇に衝突する(双方とも高速で動いているため結構距離があると思ってもすぐに衝突するほど距離が近付くのだ)。あるいは、シールドのエネルギーが無くなっても交代部隊がいないために持ち場から離れられない部隊が蜂の巣にされる。先程まで互角の戦いをしていたのがあっという間に入れ食い状態だ。

 

 均衡していた戦局が次の瞬間には一方的な蹂躙にジョブチェンジする。それが宇宙における艦隊戦の現実だ。

 

「さて、次は……おや、もう時間のようですね。ふむ……では、次の講義までに課題を出しましょうか。第2次ティアマト会戦最終局面におけるアッシュビー提督の帝国軍背部からの強襲について、その艦隊運動の合理性と効果について各員レポートを提出して来てください」

 

 英国紳士的な、教官はポケットの懐中時計の針を見やると微笑を浮かべ課題を出した。

 

 私は他の学生と共にうげっと小さな悲鳴を漏らす。当然ながらその声が考慮される事はなかった。

 

 

 

 

「と、いう悲劇があったんだ」

「レポートをお貸しください」

「普通の事じゃないのかな?」

 

 食堂に座る私の真横と正面から同時にそんな言葉が響く。

 

「チュン慰めてくれても罰は当たらないと思うんだ。後ベアトはそこまでしなくていいから」

 

愚痴いっているだけだから。

 

「従士ちゃんも甘やかしすぎだと思うんだけどね~。君こそ課題が随分と出ている筈じゃないかい?」

 

 腐っても艦隊運用統合研究科は三大研究科の一角だ。複数分野の専門知識を要求する程のレベルとなると、課題の質量共に馬鹿にならない。まぁ、追い付けない奴は要らんと言うことだろう。ベアトの成績的にはギリギリ追いすがっている状況だろう。私の手伝いをする暇なぞある筈がない。

 

「何も問題有りません。私の成績より若様の健康の方が遥かに重要です」

「いや、健康を害する程ではないから」

「私としては従士ちゃんの健康の方が心配だよ。そんなにジャーマンポテトとザワークラフトばかりで栄養大丈夫かい?」

「いや、お前も大概だからな?」

 

 従士の盆を見ればライ麦パンにオニオンとベーコン入りジャーマンポテト、豚の血入りヴルストの添え物に山盛りのザワークラフト。典型的かつ伝統的なライヒの献立である。私に見習って様々な料理を口にしているがさすがに耐えられないのか週一でライヒを頼むベアトである。本当に楽しそうに食べやがって……どんだけ苦行していやがる。いや、アライアンスとイングリッシュの時は共感するけど。

 

 因みににライヒ以外で気に入っているらしいのがアメリカンのフライドポテトとジャパニーズのトンカツ定食だった。前者はじゃがいもだから、後者はシュニッツェル(ドイツの子牛のフライソテーだ)に似ているのと千切りキャベツのおかげだ。白飯と味噌汁への拒否反応が凄いが。

 

まぁ、チュンに比べれば随分とまともだが。

 

「何でしょうか、その禍々しい物体は?本当に食べ物なのですか……?」

「いやぁ、慣れると結構美味しいんだよ?」

 

 チュンが困った表情で答える。彼の盆に置かれているのは納豆トースト(納豆・マヨネーズ・シーチキン・チーズ乗せ)、ニシン入りエイブルスキーパー、コオロギパン……おい、誰だよ宇宙暦8世紀までメニュー伝えたの。もっと伝えるべき文化あったと思うんだけど!?

 

「お前、ゲテモノ好きだったのか?」

「いやぁ、私もメニューにあって驚いたのだけどね。恐る恐る食べてみたら結構いけるみたいだよ。一ついるかい?」

 

 私とベアトは息ぴったりで首を振った。当然ながら縦にではない。

 

「連れないなぁ。そう悪い味でもないんだけどね」

「パンばかり食べて味覚が逝ってないか?」

 

 そもそもパンだったらヤバそうでも手を出すのか?一体何があったんだよお前の食生活に。パンの神にでも転生させられたのか?

 

「酷い言いようだなぁ。この分だと次の陸戦格闘講義の実技は手加減出来ないよ?」

 

冗談とも本気ともつかない口調でチュンは語る。

 

「おいおい、無理するなよ?こっちは陸戦格闘戦は結構自信あるんだぜ?」

 

 地上戦の機会が多い事もあり、亡命軍は陸上戦闘を重視しており、幼年学校でも戦斧術に狙撃、砲術、爆発物、野戦通信、車両運転……どの分野もそれなりに嗜んでいる。簡単に負けるつもりはない。

 

「それはやってみないと分からないよ?」

 

しかし、チュンは妙に自信ありげに語った。

 

 

 

 

 

 

 同盟軍の装甲服といえば原作の白色基調の重装甲服が思い浮かぶだろう。しかし、同盟軍の中においてあれを使用しているのは宇宙軍陸戦隊と地上軍の機動歩兵隊くらいの物だ。実はあれ結構高級品なんですよ。低出力ブラスターを弾き真空を含めた全地形対応型の重装甲服は一部の精鋭部隊用だ。大抵の歩兵部隊は西暦時代と同じく防弾着に迷彩服、鉄帽、あるいは熱帯や寒冷地用にそれぞれ特化した軽装甲服だ。戦斧振り回しているのはエリートなんだぜ?まあ、そうでもなければあんなグロい斬り合いなんて出来ねぇしな。

 

 そしてこの重装甲服……地味に重いし着心地悪い。原作で2時間程度が装着の限界と言っていたのも納得である。

 

「よおし、次のペア上がれっ!」

 

 重装甲服に身を包んだ陸戦技の若手教官、ジャワフ中尉が訓練用トマホーク片手に命令する。

 

 訓練場では重装甲服を着た学生達が訓練用トマホークで楽しく戯れていた。訓練用のためフリカッセが生産される事こそ無いが戦端には電流が流れる仕様だ。死亡は当然として怪我する程では無いが、静電気で痺れるくらいには痛い。まして静電気と違い攻撃を受ければ連続でその痺れが襲い掛かってくるので、地味に皆本気だ。

 

「はっ、チュン、本気か?いや、正気か?これでも幼年学校での戦斧術は28位なんだぜ?」

 

 私は相対するチュンに尋ねる。亡命軍幼年学校では、数少ない私の戦績上位の科目だった。実家に装甲服と戦斧が完備、現役の装甲擲弾兵が子供の私にガチ目で訓練相手していたからな。厳しくて涙目だったぜ。

 

「私自身が馬鹿にされるのは別に構わないんだけどね。ゲテモノは承知でもパンが馬鹿にされるのは許す訳にはいかないさ」

「お前出る作品間違えてね?」

 

 東洋の島国で最高のパン職人を目指す漫画に出た方が良いぞ?

 

戦斧を構え私はチュンと相対する。

 

「まあいいさ。この訓練の結果も成績に反映されるんだ。精々私のポイント稼ぎの相手になってもらうぜ!」

 

 そう言って私は戦斧を振り上げ襲いかかる。帝国軍の地上部隊の精鋭装甲擲弾兵にみっちりしごかれた私の格闘戦技術を存分に見せて……。

 

「や……る…?」

「遅い」

 

斧を振り下ろした先にチュンの頭は無かった。

 

「はっ!?」

 

 横合い、ヘルメットの死角から襲いかかるチュン。アレっ?ちょっと動き早すぎ……。

 

「うおっ!?」

「良いセンスだ」

 

襲い掛かる戦斧の連撃を私は紙一重で受け止めていく。

 

「うおっ!?ちょっと待て、早、いやガチで…!?」

 

私は咄嗟に後退して距離を取ろうとする、が……。

 

「スネエエエェェク!」

「あかん!それ以上はあかん!」

 

本人だけど本人がじゃないから!?

 

「ふっ、タフな男よ……」

 

 嵐の如き攻撃を防ぎきる私に斧を振り回しながら語るチュン。いや別のキャラならいいわけでもないから!

 

「だが……甘いっ!」

 

足技を使い押し込まれる私の姿勢を崩すチュン。

 

「うおっ!?」

 

 転んだ私に振り下ろされるトマホーク。体を回転させてギリギリで避ける。

 

「それで良く10年も生き残ってこられたな」

「ちょっ……それ以上は無しで!世界観壊れる!」

 

そんな私の懇願は聞き入られる事は無い。

 

「沈めェ!」

 

 どこぞのソロモンの悪魔な台詞と共に顎に衝撃を受けた私は気を失った。

 

 

 

「いやぁ、実は酔拳を嗜んでいてね。訓練の前にウィスキーボンボン食べまくって良かった。どうだい?記憶無いけどなかなかの腕だっただろう?」

「ガチで次元が曲がるから止めて下さい」

 

 一つだけ分かった事はチュンに陸戦をやらせるな、と言うことだ。実力では無く世界観的に。

 

 

 

 

 




「オケアノスにいってもいいのだぞ?」
「ドーピングコンソメスープだ」


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第二十四話 安請け合いで頼まれ事してはいけない

 宇宙暦8世紀における宇宙戦闘の命は艦隊陣形である。

 

 その理由の説明する前に前提の知識がいる。それは、宇宙空間において艦隊同士の戦闘は遠距離・中距離・近距離の三段階の局面に大別出来る事だろう。

 

 全艦隊の1割に満たない戦艦と3割を占める巡航艦の主砲、中性子ビーム砲が主力となるのが遠距離戦である。此処での戦闘は実の所さほど損失は出ない。

 

 なんせ遠距離戦においては唯でさえ10~20光秒の距離で開始されているのだ。主砲の角度が1度ずれるだけで狙いはまず当たらない。それに宇宙船は双方とも凄まじい速度で動いているため未来位置の推定は難しい。それをコンピューターで計算しても相手もそれを察知して回避行動を取る。それらの条件を突破しても中和磁場によるシールドに弾かれる。シールドを無力化するまで狙い撃ちしようにも中和磁場の低下した艦艇は後方に下がってしまう。良く言われるのが中性子ビーム砲を1万発撃って1隻沈む、だ。

 

 さて、中距離に入ると同盟軍は帝国軍に対して優位に立つ。それは駆逐艦の性能差から来る。

 

 艦隊の6割近い数を占める駆逐艦、しかし同盟と帝国でその性能は違う。同盟軍のそれは主砲にレーザー砲を使用しており、出力はともかく中距離戦において戦列に参加可能だ。対して帝国軍の駆逐艦の兵装はレールガンとミサイルである。中距離戦に参加出来ない。ここで両軍の火力が一気に同盟軍に傾く。帝国艦隊は大型艦の利点である強力なエネルギー中和磁場で耐えるしかない。

 

 だが、近距離戦になるとその戦力の天秤は再び帝国軍に傾く。帝国軍の駆逐艦がその強力な瞬間火力を解放するからだ。いや、帝国軍艦艇は個艦単位でも実弾兵器が充実している。単座式戦闘艇の絶対数でも帝国側が優位だ。同盟軍が帝国に比べ空母の配備に熱心なのは、個々の艦艇の艦載機搭載数の差をカバーするためだ。この近距離戦で双方の損失が加速度的に増加する。

 

 単純に距離での勝敗を決めるのなら同盟軍はいかに中距離戦を維持するか、帝国軍は近距離戦に持ち込むか、であろう。

 

 ここで陣形が重要になる。戦闘距離の変化に対して火点の集中、あるいは各艦種戦線の交代、疲労した部隊の迅速な後退と予備部隊による前線維持……艦隊陣形の目的はいかに各艦を迅速に交代させられるか、敵のシールドを突き破る火力集中点を生み出せるか、といった点で重要なのだ。

 

「つまり、宇宙戦闘で大事なのは艦隊運動を持って戦闘の主導権を取り続ける事、と言うわけで……」

「おい、説明する時間があるならさっさと指示を出せ」

 

ホラントが冷たく言い捨てる。

 

 私の目の前では戦略シミュレーションの作る仮想戦場がある。そこでは私の艦隊が文字通り溶けていた。

 

「ふざけんなこの野郎!虐殺かっ!?虐殺なんだなこれ!?」

 

 持久戦に備えた重層な防御陣形を構築した私の艦隊はホラントの機動部隊に艦列の隙につけられ、内部から蹂躙されつつあった。戦艦が駆逐艦のゼロ距離射撃で大破し、空母が単座式戦闘挺の群れによって格納庫が吹き飛ばされる。モニターで自軍の艦船数を確認すれば物凄い速さで撃ち減らされているのが一目瞭然だ。

 

「ふざけんな!こんなのありか!?」

 

 ホラントの戦術自体はすぐ理解した。これは散兵戦術と各個撃破戦術の発展型だ。

 

 小型艦艇の小集団を一斉に多方向から突撃させることで敵火力を分散させるとともに相手が部隊を交代する前に接近戦に持ち込み前衛の大型艦艇を削り取っていく。

 

 同時に混戦に持ち込む事で帝国軍駆逐艦の強みである面制圧を不可能にするわけだ。レールガンとミサイルの一斉射は恐ろしいが同時に混戦では味方を巻き込みかねない。

 

 前衛大型艦艇と後方の小型艦艇をそれぞれ連携不可能にし、かつ各個撃破する、それが彼の作戦だ。

 

 同時にそれには艦隊迅速な展開と進撃が必要不可欠だ。そのため恐らくそのエネルギー消費率は通常のそれとは比較にならない。極めて短期決戦向きの戦法だった。だからこそ持久戦の構えを取ったが………。

 

「想定しても対応出来るかは別、か!!?」

 

 相手の動きに対応するための艦隊の移動、その際ほ一瞬の艦列の乱れを狙って襲いかかってくる。

 

「そっちがその気ならこちらとて……!」

 

 艦隊単位の抵抗はこの小賢しい敵艦隊には無意味だ。ならば……!

 

「各部隊、百隻単位の小集団に別れろ!密集して部隊単位で距離をとって牽制に撤するんだ!!」

 

 大艦隊で動けば中側から蹂躙されて出血死するだけだ。むしろ小部隊で密集して方陣を組み、相互に火点を補い合う事で防御に徹する。狙うは敵のエネルギー切れだ。エネルギー切れの艦艇は鈍足でシールドも張れない。そこまで耐えきれば後は総反撃だ。

 

 

 

「と、まだ逆転出来るかもと思っていた時期が私にもありました」

 

 宇宙暦780年1月27日の昼頃、エドウィン・フィッシャー少佐の研究所内で私は悟りを開いた表情をして円卓で塞ぎ混む。

 

 一年生年度末対抗戦略シミュレーション試験の3回戦にて学年次席ホラントと当たった私は完敗した。酷いや酷いや。旗艦・分艦隊旗艦全滅なんて酷いや。

 

「ふむ。後輩君が艦艇1万3000隻中4207隻撃沈、6798隻大破、戦隊以上指揮官30名中18名戦死か。一方、秀才ホラント君が同数の艦隊で艦艇の撃沈2107隻、大破3309隻、指揮官が6名戦死か……まぁ、残当だな」

 

 結果表を見てそう語るのは正面に座る先輩のダグラス・カートライト2年生だ。少し長めの赤毛に鋭く青く光る瞳、端正な顔立ちも相まってホストのようにも見えるがれっきとした士官学校学生だ。少々人をからかう所があるが後輩にはちょろ……案外優しい性格をしている。ちなみに席次589位という結構上位組だったりする。

 

「うー、せっかく2連勝したのになぁ。よりによって次席は無いですよ!?」

 

 いや、これまでの練習試合から見て上位300位以上になるとほぼ勝機ゼロですけどね!?

 

「ははは、ワロス」

「後輩がしょげているのに酷くないですか?」

「後輩の不幸で今日も飯が旨いぜ!」

「鬼悪魔!!」

 

半泣きで人の不幸が旨いといった表情の先輩を罵る。

 

「はいはい、カートライト、後輩を虐めない。ティルピッツ君、気にしなくていいわよ?そいつこの前の戦略シミュレーションで格下に惨敗したから八つ当たりしているだけよ?」

 

 湯気の上がるティーカップを2つ持ってやって来るのは黒髪のロングヘアーをした女性だった。

 

 同じく士官学校2年生のフロリーヌ・ド・バネットだ。学年席次1103位である。

 

 私とカートライト先輩の前に紅茶の入ったカップを置くとすぐ近くの席に腰を降ろす。

 

「あれは事故だよ!本当なら俺が勝ってたんだよ!」

「言い訳は無用、追撃にかまけて物資の残量を確認しないなんて……実戦に出たら5分で死ぬ奴のパターンよ?」

 

 肩を竦めて心底呆れたとばかりの表情をするバネット先輩。

 

「だってよう……」

「試験で良かったわね。実戦だと後悔する前にこの世とお別れよ?」

 

 ばっさりそう言い捨てられカートライト先輩はぐうの音も出ないようだった。

 

「ははは、まぁ、迫撃に夢中になって味方の状態に目がいかない、という事例は実際珍しくないですから、カートライト君はそう気落ちしなくて良いと思いますがね」

 

 そう言って微笑を浮かべ研究所の奥にある炊事場から出てくるのはロシアンティーのカップと紙箱を持った教官……つまりフィッシャー少佐だ。

 

「ティルピッツ君も、シミュレーションの推移は見せて貰いました。1、2回戦は私から見ても大変宜しいと思います。堅実な指揮でした。3回戦は運が悪かったですね。あの動きは私としてもなかなか対応は難しい」

「教官でもですか?」

 

カートライト先輩が尋ねる。

 

「お恥ずかしい事ですが。今はまだどうにか出来るでしょうが3年後には手に負えないでしょうね。流石学年次席です。ティルピッツ君は十分健闘したと思いますよ?」

「恐縮です」

 

私は苦笑いを浮かべて頭を下げる。

 

「さて、詳しい評価は後にするとして、今はアフタヌーンティーの時間を楽しみましょう」

 

 そういって紙箱を円卓の上に置く。カートライト先輩が遠慮を一切せずに中を開く。そこに入っているのはアライアンスと並び悪名高いイングリッシュ料理の中で数少ない例外であり、紅茶の供でもあるヴィクトリアスポンジケーキだ。

 

「これ、この前西校舎で開店したケーキ店のですか!?」

 

バネット二年生が笑顔で尋ねる。

 

「教官の特権ですよ。生徒の皆さんが講義中に買いに行けますから」

 

小さな笑い声をあげる紳士。

 

「頂いても!?」

「もちろんですとも。全員分購入しています。他の方が来るのはもう少しかかりそうですし先に頂きましょう」

「教官殿、皿を用意して参ります!」 

 

敬礼と共に台所の皿を取りに行くバネット先輩。

 

「たく、あいつ食い意地汚いなぁ」

 

ふざけるようにカートライトが毒づく。

 

「ははは、スイーツ好きとは淑女らしくて良い事ですよ。ブラスターや軍艦好きよりは、ね」

 

 そう言って教官は紅茶を一口口に含む。その発言はある意味では滑稽だ。何せここは士官学校であり彼は生徒に戦争を教える立場なのだから。あるいは元々客船の航海士であった事が教官の軍人感に影響を与えているのかも知れない。

 

「アルーシャのサフラン茶も良いものですね。これまでシロンのニューダージリンばかりでしたが飲まず嫌いは駄目ですな」

 

 教官は紅茶を優しく見つめながらそう言う。私とカートライト先輩は教官を見つめ、静かに沈黙する。

 

「お皿持って来ました!カートライト、ほらケーキナイフ渡すから切り分けて!」

 

バネット先輩がご機嫌そうに帰ってきた。

 

「え、俺か?かったるいなぁ」

 

 面倒臭そうにカートライト先輩がケーキナイフを受け取る。

 

「全員大きさ平等よ?ここは平等な民主国家なんだから!」

「それ関係無くね?」

 

 張り切ってケーキを見るバネット先輩にカートライト先輩が突っ込む。

 

「いいからさっさと切りましょうよ。大きさに不満があったらカートライト先輩の分を削ればいいんです。」

「後輩君、君天才!」

「いや、どこが!?」

 

ギャーギャーと切り方でもめる私達。

 

 私と先輩達が馬鹿騒ぎに興じてフィッシャー教官がそれを面白そうに見守る。それがこの研究所の日常であった。

 

 ようは、士官学校とは言え、私は私なりに平穏にこの生活を楽しんでいるということだ。

 

  

 

 

 

 アフタヌーンティーの後、雑談をしているとふと携帯端末からの呼び出しベルが鳴る。

 

「ん?教官、先輩方。すみません、呼び出しがあるので少し失礼致します」

 

 そう言って私は一旦席を外し、研究所の外で携帯端末の呼び掛けに出る。

 

携帯端末からホログラム映像が現れ……。

 

『ぶひっ……ヴォルター君、見てる?実は来週のリーゼちゃ』

「さて、戻るか」

 

 通信を切って私は研究所に戻ろうとする。醜いオークのような映像が一瞬見えたが気のせいだろう。

 

『ヴォルター君!れ、連絡を切らないでくれないかい!?私寂しくて死んじゃう!』

「豚は豚らしく家畜小屋に行きな。人類の言葉を話すなよ」

『酷くないかね!?』

 

 豚……ではなくクレーフェ侯爵の懇願に私は渋々会話をする。

 

「冗談はこの程度にして、侯爵様、何用で御座いましょう?失礼ながらコンサート等に行くほど私も暇ではないのですが?」

 

気を取り直し、要件を尋ねる。

 

『冗談ではなく本気だった気もするのだが……。ぶひ、実はの、頼み事があるのだが……』

「頼み事、でしょうか?」

 

 私は尋ねる。侯爵は私よりも身分が高く、財もある。何より立場的に学生の私よりも自由だ。わざわざ一学生に過ぎない私に頼む事はあり得るのか?

 

『おお、そうなのだよ。実はの。説得して欲しい人物がいての』

「説得、ですか?」

 

私は詳細を聞く。

 

 聞くところには、今年の同胞達の中から同盟軍士官学校入試試験合格者が発表されたらしい。そう言えば少し前に試験していたな。

 

 それで、だ。問題はアルレスハイム星系出身の合格者の中に入学辞退をしようとしている者がいるらしい。そいつを言いくるめて士官学校に放り込め、と言う訳だ。

 

「内容は分かりますがどうして私なのでしょうか?説得でしたら侯爵方が行った方が宜しいのでは?」

 

 権威に弱い帝国人に対して説得するならば爵位、年齢共に上の侯爵が行った方が遥かによい筈だが……。

 

「いやのう、その者が随分と性格に難があるのだよ。……私の部下達の言葉にも皮肉で返して来てなぁ」

 

聞く耳持たない、と。侯爵様相手に豪気なものだ。

 

「士官学校の校風が肌に合わん等と言ってな。困ったものだよ。よりによってあんな者が最優秀とはな」

 

 よりによって今期のアルレスハイム星系出身者で成績が最高らしい。

 

「成る程、校風が問題だから学生である私を、と言う訳ですか」

 

 強いていえばその中でも家柄の良い者の言葉なら無下に出来ないだろう(正確には本人ではなく家臣が使いとして行くわけだが)と言う訳だ。帝国人らしい考えだ。侯爵の使い相手にからかうような性格の人物に効果あるとは思えんが。

 

 それにしても亡命者とはいえ、大貴族の命令に従わないとは珍しい。私に頼むと言うことは共和派ではないのだろうが……。

 

「うーん、侯爵が頼まれるのでしたら私としても無下には出来ません。いいでしょう。資料を頂けますか?」

 

ここでわたしは自身の軽率さを後悔する。

 

「あ、これあかん奴だ」

 

私の表情はひきつる。

 

その生徒の氏名はこう記入されていた。

 

『ワルター・フォン・シェーンコップ 16歳 アルレスハイム星系ヴォルムス クロイツベルク州バーデン在住』

 

 

 

 

 

 

 



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不良学生のスカウトは簡単な事だと思ったか? 第二十五話 マナーは大事、古事記にも書いてある

 ワルター・フォン・シェーンコップは宇宙暦765年帝国暦455年7月28日に銀河帝国皇帝直轄領惑星ハイルブロンにて帝国騎士シェーンコップ家の次男として誕生した。

 

 シェーンコップ家は元を辿れば第2代皇帝ジギスムント1世の御世まで出自を遡れる。

 

 ルドルフ大帝死後、銀河帝国全土で勃発した2年にも及ぶ大反乱。帝都オーディンにもその戦火は及び帝都に対して旧銀河連邦軍残党に帝国軍内の共和主義者、民兵や武器を持った奴隷や農奴による反乱軍300万が侵攻を開始した。

 

 帝国軍60万はノイエシュタウフェン侯ヨアヒムの指揮の下近衛軍を中核に反乱勢力を迎え撃つ。

 

 ルドルフ大帝に選ばれた貴族達は精神性はともかく、少なくともこの時代においては確かに優秀であった。ノイエシュタウフェン侯は冷静沈着な判断力で反乱軍の攻撃を7度に渡り粉砕し3ヵ月の間帝都を維持する。そこに地方反乱を鎮圧して救援に来たエーレンベルク伯爵率いる宇宙艦隊の艦砲射撃とリッテンハイム伯爵率いる地上軍100万の降下によりオーディンにおける反乱の勝敗は決した。

 

 勝利に湧く帝国軍、ノイエシュタウフェン侯は帝都を守り抜いた兵士達を賞賛し、自ら前線に足を運び兵士達に慰労の言葉をかける。

 

 だが、そこに反乱軍の残党が帝国兵に紛れ侯爵に襲いかかった。銃口を向けられた侯爵は死を覚悟した筈だ。

 

しかし……銃声と共に倒れたのはその場にいた一少尉だった。

 

 咄嗟に侯爵の盾になり撃たれた少尉。下手人を射殺した侯爵はすぐにこの士官を治療するように命じた。

 

 反乱集結後、新無憂宮で行われた論功式の場には煌びやかな礼服に身を包む若い少尉も参列していた。神聖不可侵なる銀河帝国皇帝の父にして帝国宰相をその身を挺して守った功績に帝国は褒賞を惜しまなかった。

 

 式典において新たに帝国貴族に任じられたのは500名に及ぶがその殆どは帝国騎士や従士等の下級貴族か一代貴族、爵位を持つ門閥貴族に任じられた者は僅か7名、シェーンコップ男爵家はその名誉ある家の一つであった。

 

 しかし、代々武門の家柄として帝国に厚く仕えるシェーンコップ男爵家も時代が下ると共にその武門の家としての矜持は失われ、歴代当主は芸術的な肉体の代わりに弛んだ脂肪の塊を備えるようになった。

 

 だが、何事にも例外はある物だ。あるいは遺伝子の突然変異か、シェーンコップ男爵家一門に新たな、そして優秀な分家が生まれた。第29代当主ディートリヒの庶子ミヒェルから始まるのが帝国騎士家のハインブロン=シェーンコップ家である。

 

 ミヒェルは本家の権威やコネがあったのを考慮しても優秀な軍官僚であったのは間違いない。軍務省経理局次長の地位は帝国騎士の地位から言えば望み得る最高位の地位と呼んでいい。

 

運が悪かった、としか言いようが無い。

 

 時代はオトフリート5世からフリードリヒ4世の御世に移り変わる頃である。皇帝への後継者レースを競っていたリヒャルトとクレメンツ権力闘争の直後である。

 

 フリードリヒ4世の即位と前後して粛清が始まった。尤も、両派閥の内強硬な一部の貴族家十数家の当主が殉死または自裁を命じられたほかは貴族達の血が物理的に流れる事は無かった(貴族達も血縁関係があるので族滅等の過激な処理は一部例外を除き忌避されている)。

 

 だが、官職を解任、あるいは閑職に回される者、辺境に島流しされた者、領地を没収される者、社交界から追放を受けた者は門閥貴族だけでも百近い数に上った。

 

 そして、ミヒェルの下にも一連の事件の余波は押し寄せた。

 

 

 マールバッハ伯爵家は元々2代続けて放蕩癖のある当主を輩出していたが決して無能と言う訳でも無く、蓄財こそしなかったものの官職と領地からの税収で貴族としては十分な生活を送っていた。

 

 しかし、クレメンツ皇太子を支持していたがためにミヒェルを軍務省経理局次長に推薦した伯爵は領地の大半を没収、官職も失い困窮していた。ある日、マールバッハ伯爵はミヒェルに商人への借り入れの連帯保証人となるように頼み込んだ。

 

 士官学校時代の同期であり自身の官職の推薦者であり元上司、何より貴族としての地位は格上と来ている。そんな人物に足に縋りつかれそれを振り払うなぞ帝国人にとって有り得なかった。

 

 実際、マールバッハ伯爵も返す望みはあったらしい。可愛い娘を成り上がりの下級貴族に嫁がせてでも借金を返済しようとしたのだから。門閥貴族にとってはそれは相当の覚悟がいる選択だった。

 

 だが、どうした事か。その資産家でもある下級貴族の男は嫁に迎えた娘が自殺した事を切っ掛けにマールバッハ伯爵家への送金を止めてしまった。元より政略結婚ではあったが、それは貴族社会ならばいつもの事。婿殿からすれば出来て当たり前の事すら出来ず挙句に自殺などと言う外聞の悪すぎる事をした嫁に立腹したのかも知れない。

 

 伯爵は抗議したが婿側は聞く耳も持たなかった。これが普通の門閥貴族であれば宮廷でも問題視され、婿が貴族達に連名で告訴されていた事だろう。

 

 しかし、マールバッハ伯爵家は没落しつつある家だった。縁者の貴族達も似たような困窮下にあり、長女、次女の婿は既に自裁を命じられこの世にいない身である。家臣達も必死に伯爵家を支えるが遂には従士家の中には餓死する者や絶望して自害する者、娘が身を売る所まで出ていた。

 

 そんな中でシェーンコップ家に連帯保証についた金を返せるか?出来る訳がない。

 

シェーンコップ家に商人達が返済を求めに来た。

 

 それでも、それでも唯の商人ならば貴族としての立場を使い返済の減額なり期間延長も不可能では無かった。商人の後ろ盾にカストロプ公爵さえいなければ。

 

 当時帝国の政財界で急速に力を伸ばしていたカストロプ公オイゲンは皇室の一連の事件により没落した貴族達の財産を禿鷹のように貪っていた。その魔の手がシェーンコップ家にも伸びていたのだ。

 

 本家たるシェーンコップ男爵家も家の名誉にかけて分家を守ろうとしたが公爵と男爵の差は隔絶していた。男爵家で2ダースの使用人の事故死と1ダースの従士が病死した後では男爵家は分家を助ける事を諦めざる得なかった。

 

 土地も、屋敷も、収集した美術品や工芸品も、家の婦人に代々伝わる装飾品や衣装も、縋りついてでも守ろうとした皇族から賜った家宝まで奪われた。

 

 怒り狂った息子が数名の部下とカストロプ邸に抗議に向かったきり帰らず、息子の嫁は恥辱に耐えきれず毒を煽って自決した。

 

 ここに来て最早失う物の無くなったミヒェルは年老いた妻と息子夫婦の二人の子供を連れて同盟に亡命した。

 

尤も、そこも楽園とは言い難かったが。

 

同盟の入国管理官達は冷たい視線で彼らを迎えた。

 

 当然の事だ。同盟では昔から人種や宗教、思想による弾圧を受け亡命してきた者は比較的好意的に出迎えた。だが、政争に破れた貴族、あるいは借金取りや警察から逃げる債務者や犯罪者はその限りではない。

 

 ましてシェーンコップ家の経歴と亡命理由(経済的理由と判断された)から見て温かく迎え入れられる筈もなかった。

 

 入国後、貴族社会に嫌気が差したのか、あるいは社交界に参加する費用すら無かったためか、ミヒェルは亡命政府と距離を置いて共和派の多いクロイツベルク州の小都市バーデンに引きこもった。自立党と立憲君主党の支持者の衝突に巻き込まれ投石を頭に受け死亡したのは5年前の事だ。

 

 シェーンコップ家の長男アルブレヒトは誇り高く、騎士道精神に溢れた男だった。堕ちた家名の名誉を取り戻すため彼は亡命軍に入隊し、惑星ティトラの地上戦で壮烈な戦死を遂げた。

 

 一族で残されたのは老いた祖母と次男ワルターのみ。その祖母も昨年風邪を拗らせて病院にも行かずそのまま病没した。

 

 シェーンコップ家の困窮具合を見かねた州の役人が取り計らいクロイツベルク州の郷土臣民兵団(ランドヴェ―ア)の事務職を得て一年。そこから先週自費で同盟軍士官学校第一期試験を受け見事314位の席次で合格したワルターはしかし、何を考えたのかその直後に士官学校を辞退しようとしていた……。

 

 

 

 

 

「と、いう訳なんです。背景からして口の回らない私一人では少し説得が難しそうなんですよ」

 

 休日の昼頃、士官学校の野外練習場で戦斧格闘術の個人レッスンを受けていた私は休憩時間が来ると共に重装甲服のヘルメットを脱いでベンチに座る。

 

 横合いからベアトが恭しくスポーツ飲料を差し出すのでヘルメットを置いて受けとる。

 

「ふむ、成る程な。クレーフェ侯の使いを宜のなく追い返した事も踏まえると到底我ら門閥貴族を快く思っていないだろう、と言う訳ですな?」

 

 指南役のリューネブルク伯爵(どこからか私がチュンにノックアウトされた事を聞いて個人レッスンに誘うようになった)は、同じく重装甲服のヘルメットを脱ぐと従士に渡して濡れたタオルを受けとる。

 

「まぁ、そう言うことです」

 

 私は苦笑いを浮かべて返答する。リューネブルク伯爵に私はレッスンを受けながら先程まで相談をしていたところだ。その中で話題の人物の面倒な背景が見えてきた。

 

 ……実際は亡命政府や貴族そのものを嫌っていそうだが口にしない。口にした所で同胞の大半は理解出来るとは思えない。

 

 ワルター・フォン・シェーンコップ、今でこそ16歳のただの学生だが、私はその将来を知っている。「薔薇騎士連隊」第13代連隊長、同盟軍最強の兵士、イゼルローン要塞を陥落させた男、不良中年、正真正銘の英雄であり、原作で関わりたくない人物のトップ5に入るだろう御仁だ。

 

「若様、汗をお拭き致します」

 

 恭しく濡れたタオルで私の額や首元を丁寧に拭くベアト。しかしその表情は少し不快そうであった。

 

「その者は、帝国騎士で御座いますね?由緒正しきクレーフェ侯の命に背くなぞ……信じられません。同じ帝国下級貴族として恥じ入るばかりです。まして若様に御手数をお掛けさせるなどと……」

 

 ベアトは、口調からすらその怒りが滲み出ていた。良くもまぁ会ってもいなければ危害を加えられた訳でも無い奴をそこまで敵視出来るものだ。後、豚の奴は敬わなくてもいいよ?

 

「ふむ……確かに名誉ある帝国貴族としては少々非礼な御仁らしい。だが、才覚は確かである事も事実。才覚有る者が不遜な態度を取るなぞ古今東西珍しくも無い事だよ。そう過分に反応する事もあるまいよ、ティルピッツ伯爵家の従士殿?」

 

 窘めるようにリューネブルク伯爵がベアトに語りかける。ベアトはそれに対して小さく頭を下げて応じた。

 

「しかし旦那様、家格を考慮致しますと唯でさえクレーフェ侯の誘いの後、伯爵家の本家筋二名でたかが帝国騎士を訪問するのは……」

「同意です。両家の家格が軽んじられる事になりはしませんでしょうか?」

 

そう口にするのはリューネブルク伯爵の従士達だった。

 

 この年21歳のライナー・フォン・カウフマン士官学校4年生と20歳のエッダ・フォン・ハインライン士官学校4年生は共にリューネブルク伯爵家に古くから仕える、そして最早数少ない従士家の末裔だった。

 

 カウフマンは金髪の逞しい偉丈夫だ。硬い表情をしているが決して気難しい人物では無い。むしろ動物に好かれる事からも分かるが優しい気性の人物だ。装甲擲弾兵の家柄で伯爵家の護衛として代々仕えてきた者だった。

 

 ハインラインは逆に細身の女性だった。少し癖のある黒髪に同色の瞳は鋭く光る。表情は硬いというより乏しいというべきか。無論、こちらも別に他意がある訳では無い。以前一人でクレープを食べている姿を見つけたが相当惚けていた(言ったら多分泣き叫ぶから言わないが)。こちらは狙撃猟兵の家出身だ。

 

 双方共忠誠心の厚い人物だ。リューネブルク伯爵家の従士家の多くが断絶しただけに彼らの役目は一層重要であり、その分伯爵家の家名に関わる事には敏感のようだ。

 

「そうは言うが折角のティルピッツ殿が頭を下げて頼み込んでいるのだ。無碍にも出来まい?」

「それはそうで御座いますが……」

 

 ハインラインが歯切れの悪そうに答える。従士家ならば何よりも主家の利益のために動くべきだがこの場に頼み事をしている御本人がいるので余り非難めいた事は口に出来ないらしい。別に私が嫌いなわけでは無いのだろうが。

 

「それに聞くところによれば陸戦技術の成績が随分と高いそうだ。そうでしたな?」

「ええ、運動系の評価科目は全て受験生で20位以内です。総合では10位以内に入るのは確実です」

 

あの不良中年、この頃から規格外かよ。

 

「だ、そうだ。相当に優秀な男だ。いずれ間違いなく将官になるだろう。先行投資としてはなかなかの優良株では無いか?」

 

リューネブルク伯爵が冗談気味に尋ねる。

 

「それは一理御座いますが………」

「それに……有能な陸兵の存在は今の我々には望ましい」

 

その表情には微かな憂いがあった。

 

 リューネブルク伯爵が「薔薇騎士連隊」への入隊を希望している事は承知の事実だ。そして士官学校の教官達からも、亡命政府の同胞からも反対されている事も。

 

「薔薇騎士連隊」の別名で有名な独立第501陸戦連隊は亡命者とその子弟で構成されている陸戦部隊として有名だ。

 

 しかし、亡命者子弟や投降兵からなる部隊はほかにも同盟軍内では幾らでもある。独立第64山岳連隊「帝旗連隊」、独立第108機甲旅団「鉄衛騎士団」等は人員の7割、戦闘部隊に限れば完全に帝国系の者のみで編成されている。これらの部隊は亡命政府のロビー活動で編成された部隊であり一種の軍への影響力拡大、あるいは政治宣伝を目的で結成された経緯がある。

 

 「薔薇騎士連隊」の隔絶した勇名はあくまでその比類なき戦果と消耗率から来たものだ。帝国系部隊は宣伝目的もあり危険な戦線への投入自体は一部の例外部隊を除いて当然である。だが「薔薇騎士連隊」はそんな帝国系部隊の中でも群を抜いている。

 

 半世紀の間に受章された名誉戦傷章は全同盟宇宙軍陸戦隊最多、年度末最優秀陸戦部隊賞に21回受賞、自由戦士勲章受章者は108名(死後受章含む)、戦死率は同盟地上部隊の2倍、帝国系部隊の平均でも4割増しだ。

 

 なぜそこまで激しく戦うのか?その理由は「薔薇騎士連隊」の構成員に求めることが出来る。

 

 「薔薇騎士連隊」は同盟社会における亡命貴族のイメージ向上を目的に結成された部隊なのだ。

 

 そのため構成員の多くがフォンの付く貴族階級出身者からなっていた。特に帝国騎士や従士階級が多いこともあり、文字通り騎士道精神に溢れた戦士の集団として激しい戦場でも怯まず、恐れず、戦い抜くその姿はまさに誇り高い帝国貴族の高尚な精神の体現者だった。少なくとも当初は。

 

 その戦果から同盟軍は積極的に危険な戦線に「薔薇騎士連隊」を投入した。イメージ戦略用の宣伝部隊としての役割を理解しているとしてもその扱いに隊員の中で不満が溜まるのは必然であった。しかも協同する他の同盟軍部隊から亡命貴族出身者の宣伝部隊である事、待遇や補給の面で厚遇を受けている事から敵視される事が多かった。

 

帝国軍情報部の付け入る隙がそこにあった。

 

 惑星カキンで5倍の敵に包囲された薔薇騎士連隊第1大隊は第3代連隊長ディーター・フォン・アードラー大佐以下311名が降伏、その後亡命した。亡命の理由は同盟軍司令部による度重なる危険任務への酷使と慢性的な他部隊からの嫌がらせ行為、そして帝国軍情報部からの帝国貴族復帰も含めた恩赦であったと思われる。

 

 当時両軍の壮絶な係争地であったカキンにおいて薔薇騎士連隊は何と28か月に渡り前線勤務に貼り付けられていた。それは現地司令部が彼らをそれだけ頼りにしていた事であり、同時に酷使していた事を意味する。

 

 その後は雪崩現象だった。暫定的に第4代連隊長となったデニス中佐は2週間後に逃亡、次のカスパル中佐は1個小隊の部下と共に帝国軍陣地に駆けこんだ。既に薔薇騎士連隊の士気と軍規は誇りや名誉だけでは立て直せない所にまで来ていたのだ。

 

 同盟軍上層部が事態を察して憲兵隊が監察に来た時、部隊の状況は悲惨の一言だった。派遣当初2570名を数えた連隊員の内負傷者を含めた生存者は僅か997名だった。2年以上も砲弾が雨のように降り注ぐ前線の地下基地に潜み、食事はレーションばかり、夜襲に備え睡眠は禄には取れず人員の3割がPTSDに掛かっていた。最早部隊として機能しているのが信じられない状態であった。

 

 同盟軍司令部は現地司令部を入れ替えると共にすぐさま連隊の本国帰還を命じた。戦死者は全員2階級昇進、生存者は1階級昇進、勲章の授与は惜しまず、一時金の給付が行われ、スパルタ市にある同盟軍第1軍病院で最高の待遇で療養を受けた。

 

 同盟軍としては出来得る限りの厚遇と配慮をしたのだろうが、この時点で同盟市民の連隊への疑念、そして連隊員の同盟軍への不信感は後戻り出来ないレベルであった。

 

 その後も数度の亡命事件を始めとしたスキャンダルで亡命政府の後ろ盾も消え部隊は廃止寸前の危機にあった。

 

 第7代連隊長コンラート・フォン・リューネブルク大佐が連隊の名誉を取り戻した。隊内の軍規を正し、卓越した指揮能力と政治力、そして超人的な勇気で功績を立て続けに上げ連隊を再び同盟軍有数の精鋭に、そして騎士道精神に溢れた高潔な戦士団に鍛えぬいたのだ。

 

 尤も、そのリューネブルク大佐は9年も前に戦死したが。

 

 今の薔薇騎士連隊は再び弱兵の集団に堕ちつつあると言う。連隊長席は事実上の空席、部隊は大隊や中隊単位で分割され、連隊司令部は名目上のものになりつつあるらしい。

 

「私は「薔薇騎士連隊」を再びかつての誇り有る騎士団に戻したい。父上が仰っていた。同盟市民にとってあの連隊は亡命者の象徴だと。同胞達のために私はあの連隊を同盟市民に認められる高潔な部隊にしたいのだ。そのためには優秀な陸兵は一人でも多く欲しい」

 

リューネブルク伯爵は従士達の方を向く。

 

「カウフマン、ハインライン、貴官らの危惧は理解する。だが、私は自身の名誉では無く同胞の名誉のために彼のシェーンコップと言う者を招きたいと思う。どうか分かって欲しい」

 

従士達を力強く見つめるリューネブルク。何こいつ、イケメンかな?

 

「そう仰られるのでしたら私が言う言葉は御座いません」

「は、はい!旦那様の高潔な志、感服致します!どうか、我々の浅慮な考えをお許し下さい」

 

カウフマン、ハインライン両従士は深々と心服するが如く頭を下げる。

 

「うむ、そういう訳だ。少なくとも私はティルピッツ殿と共にシェーンコップ氏を説得する用意がある。卿が家格から見て気が進まないのならばもうすぐ卒業する身であるが私一人で行っても良いが、どうかね?」

 

リューネブルク伯爵が私に話を振る。

 

「え?あ、はい。私としても伯爵の御協力を得られたら幸いの事です。どうぞよろしくお願い致します。良いな、ベアト?」

 

 私は、先程まで不満気だったベアトに聞く。尤もベアトの答えは既に決まっていた。

 

「はい、全ては若様の御考えのままに」

 

 品のある声で微笑みながら礼、そして次にリューネブルク伯爵に向け頭を下げる。

 

「リューネブルク伯爵様。このベアトリクス・フォン・ゴトフリート、大変安直な考えで反対していた事をお詫び申し上げます。どうか、若様に御助力して頂けないでしょうか?」

「そう、気落ちせずに良い。従士殿。ティルピッツ殿の申し出はむしろ僥倖です。私からもどうぞティルピッツ殿には頼って頂きたい」

 

 微笑みながら伯爵は私に向く。私は少しだけ顔を引き攣らせつつ、笑みを浮かべ答えた。

 

「はい、ティルピッツ伯爵家の跡取りとして改めてリューネブルク伯爵の助力、感謝致します」

 

門閥貴族的に私は完璧な礼節で答えた。

 

………門閥貴族間の約束事って面倒臭いなぁ、等と思いました。

 

不良中年に合う前に胃に穴空きそう。

 

 

 



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第二十六話 お出かけ前に言付けはしておこう

何となく新作はローエングラム朝期に作られた史実を基にした大河ドラマ感がある。


 ワルター・フォン・シェーンコップは現在テルヌーゼン郊外、ベルヴィル街の借家に住んでいる。ベルヴィル街はテルヌーゼンの中では比較的古い住宅街で、昔から同盟軍士官学校を始めとしたテルヌーゼンの各軍学校を受験する学生……特に苦学生向けの低家賃の借家が多い事で良く知られる。

 

 因みに昔から同盟軍士官学校の受験生は受験期間中どこを借りているかで出自が分かると言われている。ブルーチャペル街ならばハイネセンファミリー(古い財閥系のビジネスホテルが多い)、グロデンラーデ街なら帝国系(帝国人街がある)、クロートヌィ街ならばフェザーン系(フェザーン領事館がある)、無論大昔の事であるから今はもう少しばらつきがある。それでも実際に今でもそういう傾向がある事は否定出来ない事は事実であり、自由惑星同盟の社会が見えない壁で分断されている事の証明でもあった。

 

 先程の言に従う場合、ベルヴェル街ならば銀河連邦系の低所得世帯の者が多い。ワルター・フォン・シェーンコップが態々帝国系でありながらベルヴェル街に借家を借りている事実が表す事実は二つ。一つは経済的に困窮している事、もう一つは帝国人コミュニティと距離を取っている事だ。

 

「さて、この辺りですね」

 

宇宙暦780年2月のとある休日、私とリューネブルク伯爵はそのベルヴィル街に来ていた。……二人だけで。

 

 理由?ああ、シェーンコップとかいう人物は恐らく権威嫌いの人間だからね。ぞろぞろと随伴者がいると鼻白むだろうからね。それに家臣が同席していると相手の非礼に激怒するしこちらも目上として尊大にならざる得ない。これじゃあ説得出来る訳無いよね、常識的に考えて!

 

 ……はい、嘘つきました。伯爵を連れだして二人だけで向かうための嘘だよ馬鹿野郎!なんでかって?原作知っていれば言う必要もねぇよ!

 

 いやな?別にシェーンコップ氏が漁色家である事は別に良いのよ。英雄色を好むともいうからね?私とは生きている世界違うからね?19、20の頃の御乱行なんか別に私に危害が来なきゃあどうでも良いのよ?

 

 ヘテロクロミアなヤリ逃げ野郎に比べたらマシでしょうが……うちの従士とは会わしたくないなぁ。

 

 いや、別に私の所有物というわけではないし、誰と付き合おうと、結婚しようと構わないけれど……不良中年は家庭持つつもり無いだろう?それ知っていると付き合ってしまっているところ見るの複雑だし、別れた後とか凄い話しにくくなる。無論、付き人から外してしまえば解決だがそれだと私の生存率が……。

 

 だったら不良中年と会うな?いや、侯爵から頼まれてるし……それに陸戦の切り札な奴はコネが出来れば私の生存率向上に使える。主にしたっぱのうちに金髪の小僧や赤毛の子分や双璧のキルするのに。

 

「では、行きましょうか?確か件の人物は昼頃に同じ店で食事するらしいですから」

 

 私が先導してシェーンコップが昼食を取る店に足を運ぶ。当然ながら事前のアポイントメントは取っていない。従士を行かせる訳にはいかないし、そもそも素直に待ち合わせしてくれるか怪しい。奇襲攻撃で心理的に揺さぶりをかけるのがこの場合は良いだろう。

 

「本日は申し訳ありません。御迷惑お掛けしてしまって……」

 

 どこか古くさい街道を歩きながら私は同盟公用語で謝罪する。門閥貴族である以上移動は運転手付きの高級車、礼服に身を包み、護衛付きが基本の筈なのに、今回は公共鉄道に直前に適当に買った市販の私服、当然我々二人での移動……故郷ならば論外である。キレられても文句は言えない。だが……。

 

「気にしなくていいのですよ。私としても片意地張らずにいられてそう悪くないですからな。カウフマンもハインラインも私には過ぎた忠臣ですが……あの二人がいると外食も簡単には行きませんからな」

 

 太陽のような笑みを浮かべ思い出し笑いをするリューネブルク伯爵。途中で食べた屋台の立ち食い蕎麦を思い出したらしい。

 

 門閥貴族が買い食いや屋台で食事なんて帝国では論外、そしてその文化は当然こちらでも引き継がれている。

 

 しかも帝国料理以外への距離感もそこにプラスされる。門閥貴族としては食事一つでも気が抜けない。と、いうか毒味してくる。どんだけ信用してないんだよ。屋台のおっさんは全員ヒットマン扱いなの?

 

「あ、申し訳御座いません。やはりライヒ(帝国風)の方が良かったですか?」

 

 駅構内で立ち食い蕎麦の店を見つけついつい入ってしまった。月見蕎麦美味しかったです(シチュー蕎麦とかトマトソース蕎麦があったのは気にしてはいけない)。リューネブルク伯爵の口にあったか微妙だ。

 

「いやいや、別に他意はないのです。寧ろ懐かしい。子供の頃、変装して屋敷を抜け出し、叔母と屋台で食べた事を思い出します。あの時は色々食べましたな。ピザにピロシキ、フィッシュアンドチップス……それにおでんも食べましたな。帰った後母に拳骨を食らいましてな」

 

ははは、と表裏無い笑い声を出す伯爵。

 

「今ではそんな事出来ませんからな。いやはや、あれだけでも今回同行した価値があるというもの」

「はぁ……」

 

 私は半分呆けるように返答していた。えっ?貴方そんなキャラなの?

 

「さて、見えましたな?」

 

 その声に私は正面を振り向く。「ザ・ボーダーレス」の安っぽい姿がそこにあった。

 

 

 

 「ザ・ボーダーレス」は正に低所得者向けのダイナーレストランだった。中年の女性が店長のようでガスコンロで大雑把な調理をした料理を安物の皿にどっさりと盛り付ける。メニューは、ボーダーレスの名前の通り雑多な種類の簡易料理やジャンクフードを提供しているようだ。前世でいえば一昔前の米国映画に出てきそうな雰囲気に思えた。

 

「大味で安っぽい、値段と量は文句無し。まぁ、苦学生や労働者向けというものですね」

 

 店内端の窓際席に座りコニードックとグリークサラダを半分乱暴に口に入れ私は同盟公用語で呟く。どうやら元庶民の癖に貴族生活をして舌が肥えたらしい。料理に使われる調味料の種類を私の舌は正確に把握していた。かつてなら普通に食えただろうが今となっては雑過ぎて正直余り美味しいとは言えない。不味い訳ではないが……。

 

「ははは、仕方あるまい。任官すればもっと大味のレーションが待っていよう。大衆食堂なだけまだマシというものですよ」

 

 そういって手元のフォークで切ったハッシュドポテトをフォークで突き刺し口にする伯爵。

 

「うむ、やはりじゃがいもはどこで食べても外れは無いな」

「一番マシに思えるのがハッシュドポテトと林檎パイとは……」

 

 私の舌も随分とルドルフの支配に慣らされてしまったらしい。

 

「それにしても……そろそろだと思うのですが」

 

 店の入り口に掛けられた丸時計を見やる。今時電子時計が一般である事を思えばその存在が一層店のクラシック具合を助長していた。時計の針は1430時を回った頃だ。店端の旧型テレビは冬季サジタリウスカップのフライングボールの実況放送が流れている。

 

「遅いですね……普段ならとっくに来ている筈でしょうに……」

 

 シェーンコップの監視員から彼の生活パターンは知らされている。とっくにここに来ている筈なのだが。

 

「……お客様、御注文の指南役で御座います」

「ん?ああ、ご苦労」

 

 ウェイターがこちらに来て注文した品をテーブルに置く。私は窓から不良中年が来るのを監視しながら軽く返事をした。

 

「ん?済まないが私の頼んだのは珈琲だ。紅茶じゃない」

 

 ふと、テーブルに置かれたティーカップを見て私は指摘する。

 

「おや、そうでしたかな?可笑しいですなぁ。『育ちの良い門閥貴族様がランチティーではなく珈琲を頼むとは、新美泉宮の新しい流行ですかな?』」

「へっ……?」

 

 バリトンボイスで響く流暢な宮廷帝国語に私は間抜けな声を上げる。

 

 ぎこちなく首をウェイターの方に向ける。そこには白地のコックの服装をした男が慇懃無礼な表情を浮かべこちらを見ていた。

 

 

 

『では、改めて自己紹介と参りましょうか、伯爵様?私はワルター・フォン・シェーンコップ、見ての通りしがない苦学生ですよ』

 

 ずけずけと、当然のように私の隣に腰かける不良中年……いや、今の所は不良学生か。

 

 私は改めてその姿を見る。掘りの深い顔立ちに私よりも高い身長、多分服を脱いだらギリシャ彫刻のような鍛え抜かれた肉体をお目にかかる事になろう。知性……というより悪知恵のありそうな企み顔でこちらを見る帝国騎士。……うわぁ、学生の癖にもうこんな覇気を纏っているのかよ。

 

 正直胃が痛くなりそうだが仕方ない。まずは自己紹介から始めようか。

 

「私達は………」 

『おや、同盟公用語で宜しいので?私は宮廷語でもお話出来ますが?』

 

 機先を制するようにシェーンコップは答える。惚れ惚れするような宮廷帝国語での事だった。

 

 私は、ちらりと対面側のリューネブルク伯爵を見やる。伯爵が小さく頷いたのを確認して私は答える。

 

「別に構いませんよ。ここは新無憂宮でなければオーディンでもない。郷に入れば郷に従え、貴方がその言葉でお話ししたければ配慮致しますが?」

 

 私は半分皮肉を込めて答える。帝国人は身内同士だと帝国語で会話する。特に貴族階級以上は宮廷帝国語で話す事を好む。シェーンコップの言は頑固なお前さん達に合わしてやろうか?という挑発に近い。

 

「おや、随分と御上手な事で。これは、失礼致しました」

 

 私の帝国訛りの無い同盟公用語に一瞬意外そうな表情をして、すぐにわざとらしく謝意を表す不良学生。そう言う本人も相当に綺麗な標準的な同盟語を口にしていた。

 

「さて、ではこちらも自己紹介が必要ですね。私はティルピッツ、ヴォルター・フォン・ティルピッツ。士官学校の一年生です。こちらが……」

「ヘルマン・フォン・リューネブルク四年生だ。よろしく頼む」

 

リューネブルク伯爵が小さく礼をする。

 

「これは驚きましたな。まさか、たかが帝国騎士一人の下に名家の跡取り様が御二人も御来賓になろうとは、子々孫々まで言い伝えられる価値ある珍事ですな」

 

明らかにからかうような口調で語る不良学生。

 

「それは喜ばしい言ですな……さて、本題に入る前に……シェーンコップ殿のそのお姿について尋ねても宜しいか?」

 

リューネブルク伯爵が腕を体の前で組みながら尋ねる。

 

「おや?何か可笑しな点でも御有りでしょうか?何の変哲も無い料理人の制服ですが?」

「卿はここで働いている、と言う事かな?」

「御明察ですな。何せ苦学生の身、アルバイトでもしなければ到底今日の食事にもありつけぬ哀れな境遇でしてな」

 

 嘘つけ、と内心で私は突っ込む。シェーンコップがここで仕事していない事位話で聞いて知っている。この店の店長と仲が宜しいのは知っているが。おい、もしやそんなに守備範囲広いの?ご乱行していた頃何していたの?

 

 尤もそれを突っ込んでものらりくらりと誤魔化されるだろうが。

 

「……まぁ、良いでしょう。なぜ、私達が貴族だと分かったのですか?」

 

 私の疑問に対して不良学生は、にやりと不敵な笑みを浮かべる。

 

「これだから行けませんな。伯爵様は御自身の常識を当然のもののように思いすぎている」

 

 やれやれ、と言うように首を振り、一つ指を立てて答えを口にするシェーンコップ。

 

「まずは時間ですな。言っておきますがここのアップルパイは確かに旨いですが到底ハニーキッシュ街の百貨店並みの格式はありませんからな。来る者と言えば労働者と苦学生程度ですよ。休日の労働者はアルコールを頼みますし、学生はこの時間に店に来る程に暇ではありませんからな。これが一つ」

 

中指を立ててシェーンコップは続ける。

 

「この店の客はお里が知れる者ばかりです。到底ご行儀良く料理を頂戴する者はおりません。貴方方のように時間をかけてフォークとナイフで丁寧なお食事会なぞ致しませんよ。これが二つ」

「あっ……」

 

 当然かのように私の目の前にあった紅茶をとりあげて口に含む。無駄に優美に飲みやがって。

 

「そう怒らなくても良いでしょう?貴方の頼んだのは珈琲の筈、私は責任取って誤注文の品を処理致しているのですぞ?」

 

いけしゃあしゃあとそう口にするシェーンコップ。

 

「さて、最後がその所作ですな。貴方方はね。食事の動作一つ、注文の動作も、雑談の動作もあからさまに動きが優美過ぎるのですよ。育ちの良さが染々と分かりますな。……同盟公用語に帝国訛りが無い所は評価しますが、ここでは少々文法が御上品に過ぎますな」

 

 キプリング街のエリートさんの話し方です、とつけ足す。

 

「……ようは状況証拠のみで判断したと?」

「……この自由の国でも、存外外面のみでも人の価値が判別可能なようでしてな」

 

 私の質問に皮肉気に答える不良学生。本当に皮肉だった。

 

 帝国は、俗に外見で人を判断しなければならない、と言われる。

 

 強固な身分社会である帝国では各身分事に言葉も、習慣も、食事も、衣服も、所作も……文字通り何もかも区別されている。「帝国語では身分事に自己紹介の種類が3ダースの区別がある」、等と冗談半分で言われるがそれは間違いで実際は6ダース分ある。自身と相手の身分事に紹介する際に使う単語や文法、アクセントが違うのだ。宮廷帝国語とか最早庶民の使うそれとは別言語に近い。

 

 そんな帝国社会では初対面の相手の外面から正確に互いの身分と関係を把握して対応しないといけない。自己紹介の言い回しを間違えるとスゴイ・シツレイになる。宮廷の社交界に出るためには最低限覚えよう。帝国人には肌でわかる自明のマナーだ(もしかしたら金髪の小僧が門閥貴族に嫌われた理由の一部はこれか?)。

 

 さて、自由惑星同盟はそんな帝国の反面教師……というよりは憎しみ合う双子である。この自由の国に置いても口にこそ出さないが所謂ステレオタイプというべきか……出自や階級、ルーツ事に区別と言うわけでは無いがかなり言葉遣いや食事、習慣やマナーも違う。そしてそれを見れば大概相手のお里が知れてしまう。

 

 そして同盟市民の中にもそれを過剰な程に意識する者は決して少なくは無いのだ。

 

「帝国人街でも無いのにそんなに貴族の匂いを醸し出すのは宜しく有りませんな。この街は特段帝国人に敵対的では有りませんが、懐具合の良い者を見抜く輩は少なくないですからな」

 

 どうやら他所のボンボンは油断したらスリに合うらしい。

 

「ご忠告痛み入る。シェーンコップ殿。そこまで頭が回るのならば我々の目的は察しがついていると思うが……どうかな?」

 

 謝意を示した後、リューネブルク伯爵が本題について尋ねる。

 

「さて、私はエスパーではありませんので。門閥貴族様に目をつけられる行いをした記憶はないのですがね?」

 

嘘つけペテン師め。

 

「貴方が士官学校を受験し、合格したにも関わらず辞退しようとしているとお聞きしています。私達としては貴方にこのまま入学して頂きたいと考え参上した次第です」

 

 私は、不良学生にはっきりと要件を伝える。本来ならば、もう少し雑談してから本題に入るのが貴族的マナー(がつがつした貴族は嫌われるのだ)だが……目の前の人物はそんの事望んでいまい。

 

「それはまた御苦労な事ですな。ですがもう決めた事でしてな。御断りさせて頂く」

 

 紅茶を一口含んだ後、意地の悪い笑みを浮かべて断言する不良学生。

 

「失礼ながら理由を御聞きしても?」

「士官学校の校風が私を嫌った……という所でしょうな」

 

 帝国騎士は、複雑な笑みを浮かべティーカップに映る自身を覗く。

 

「校風……とは具体性が無いですな。士官学校の合格は決して簡単な物では無い筈、卿は苦労して手にした入学の権利を容易く捨てるつもりですかな?」

 

リューネブルク伯爵は訝るように指摘する。

 

「まぁ、確かにこの私にしても鼻歌交じりに……とはいきませんでしたな。しかし、私としては無理して窮屈な空気を吸うような真似は好きではありませんのですよ。私は温室での純粋培養された野菜は苦手でしてな」

 

 残る紅茶を飲み干すと椅子を半分浮かせながらティーカップを取手で遊ぶそうに回す。

 

「……窮屈な空気、とは校則の事ですか?それとも………ん?」

 

 ふと、シェーンコップが心底驚いた表情を浮かべる。同時にリューネブルク伯爵に視線を向けるとこちらも口を小さく開き、茫然として窓辺を見つめていた。

 

「何が……あ、うん」

 

窓を振り向いて私は事態を察した。

 

「はっはっはっ、ワンワン!ぐへへへ、やっと発見致しましたぞ若様ぁ……!この不肖レーヴェンハルト曹長、臭いを辿って若様を見つけさせていただきました!御褒美?うへへへ。そうですなぁ、箪笥の中にあるした……」

「日差しが強いな」

 

私は真顔で窓のカーテンを閉める。

 

「……何ですかな、今の美貌と尊厳を溝水にぶちまけたような淑女は」

「はて、何の事でしょうか?私には見えませんでしたが」

 

 不良学生の言に私は即座に返答する。多分日光が硝子に屈折して幻影でも見たのだろう。騎兵将校軍服に涎垂らしながら恍惚の表情を浮かべる物体……いや物質なんて私は見ていない。断じて見ていない。見ているわけが無い。

 

 次の瞬間に仮想世界のエージェントみたいな出で立ちの屈強な男達が店の扉を蹴飛ばして侵入する。

 

「手を上げろ!」

「こちらⅣ、クリア!」

「Ⅱ、Ⅲ、保護対象2名の救出をっ!」

「動くな!動くと撃つ!」

 

 ブラスターを構えながら叫ぶように店員と客に警告する黒服。当然ながら訳の分からない一般人は小さな悲鳴を上げて固まって手を上げる。

 

「……伯爵様、貴方少々過保護に育ち過ぎでは無いですかな?」

「誤解……といっても駄目だよな?」

「駄目ですな」

 

不良学生が呆れ果てた表情で答える。ですよねぇ。

 

 横を見るとリューネブルク伯爵が鼻根を摘まみ眩暈のしそうな表情を浮かべる。

 

「はぁはぁ……若様っ、お許し下さい!不肖ベアトリクス、ただいま若様を御救い申し上げました!」

 

 同じくグラサンに黒服を着たベアトが屈強なボディーガード2名を引き連れて駆け寄ってくる。ああ……うん。

 

「なぁ、早速で悪いが命令していい?」

 

疲れた表情で私は尋ねる。

 

「はいっ!我々に可能な事であればなんなりとっ!」

 

敬礼して目を輝かせて即答する従士に私は引き攣った笑みを浮かべ命じた。

 

「私のポケットの財布から1000ディナール、カウンターに置いておいてくれない?」

 

……扉の修理代足りるかなぁ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一応不良中年の学生時代の外見は新アニメ版と仮定


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第二十七話 困った時は相談するのが定石

軍靴のバルツァー10巻を読んでいたら最後の南部貴族大掃除がリップシュタット連合の末路とダブって見えた


 原作におけるワルター・フォン・シェーンコップは大胆不敵にして慇懃無礼、人を嘲るようで、子供っぽい所があって、皮肉家で……どこか憮然とした表情を浮かべた人物だった。

 

 そんな彼を大抵の軍人は疎んでいたし、恐れていたし、信用していなかった。

 

 彼が……本人は肩を竦めて否定するかも知れないが……忠義を尽くしたのはどこか眠たげな表情を浮かべる不敗の魔術師と、生真面目で健気な魔術師の養子だけだった。

 

 それを知る身として思う。……なぜ彼は律儀に魔術師の騎士を演じたのだろうか?

 

「そんな訳でさぁ、少し助言を欲しいんだよね。頭回らない私にそこら辺の思考の機敏についてさ?」

『久しぶりの通信かと思ったらこれだよ』

 

 士官学校内の寮、自身の住む共同部屋に据え置かれたテレビ電話、その液晶画面の前で私は安っぽいベッドに腰掛けて尋ねる。

 

 一方、超高速通信により4700光年離れた地から返ってくるのは溜め息混じりの呆れ声だ。

 

 画面の中では、赤地に黄金色の飾緒を纏う学生服、そこに銀糸の縫い込んだマント……亡命軍士官学校学生制服姿のアレクセイ・フォン・ゴールデンバウムが映し出されていた。優美に椅子に腰かけた後に肩を竦める。その所作一つとっても育ちの良さがありありと分かる。

 

「いやいや、それは心外ですよ殿下。私としましては心から信頼して、嘘偽りなくお話しの出来る貴方様だからこそこうして御伝えしているのですがねぇ?」

『今の言葉を訳そうかい?一々形式や礼儀を気にせず明け透けと愚痴れるから付き合えよ、って所だろう?』

 

 頬杖しながら苦笑すると、私の発言を適切な訳語に翻訳する旧友である。

 

「いやいや、そんなことは………多分無い?」

『疑問形の時点で認めたも同然だね』

 

そうバッサリ切り捨てるアレクセイ。

 

「おいおい、そう言うなって。マブダチだろ?私達?」

『え、友人だったの?』

「はは、ワロス」

 

 止めてくれない?友人と思っていたの自分だけとかトラウマになるから。

 

『ははは、安心しなよ、ちゃんと友人だと思っているからさ。……さて、冗談も程々にしようか』

 

本当だよな?私ガチで泣くぞ?

 

『妙な所で疑るね……。えっと……確かその帝国騎士をどう丸め込むか、て事だったね?』

 

アレクセイはこれまでの説明から確認する。

 

「ああ、聞いての通りの経歴だ。お前さんなら奴の内心について幾らか察しがつくところもあるだろう?」

 

私は確認するように尋ねる。

 

『確かにね。……こういってはあれだけど、下手な貴族や平民に比べたらある程度は察しが良いと自負しているよ』

 

半分皮肉を込めてアレクセイは答える。

 

 皇族であることは必ずしも自由を意味しないし、巨大な権限を持とうとも無遠慮にそれを振るう事は許されない。皇帝を始めとした皇族の発言や思想、行動はそれだけで周囲に影響を与えるし、それを利用しようとする者は少なくないからだ。最近の例では帝国のフリードリヒ4世の女性趣味が上げられるだろう。豊満で妖艶な美女を求め大貴族達が我先に該当する平民を養子に入れ、かと思えば皇帝が少女趣味に走っててんてこ舞いになる姿は帝都の平民達の物笑いの種だそうな。

 

 尤もこの程度なら可愛いもの、アウグスト2世の時代なぞ狂気と脂肪の塊に悠々と取り入り政敵を次々と勅命や皇帝の娯楽として殺処分してみせた猛者までいる。良く言われる事が「長く皇帝として君臨するのに尤も必要な才能は政治でも軍事でもなく、想像力」らしい。

 

 つまり相手が事象や発言をどう受け止めたか、或いは利用しようとしているか、それを相手の立場に立って考えを巡らせなければならないのだ。自身の権威を他人に利用されないために。

 

 その点、実は皇帝の方が常識や伝統、慣習といったものに懐疑的であったりする。少なくとも一般的な帝国人よりは自由な発想力がある(元々、ルドルフは優秀であり選ばれた皇帝や貴族が無知蒙昧で責任と自立を忌避する平民の代わりに思考し、指導する、という建前の下に身分制度を建てたのだから当然ではある)。

 

 まぁ、前置きが長くなったが帝国的価値観を持ちつつ、それ以外の思想にも理解があり、かつ私が心おきなく話せる相手を探すと消去法でこのご仁しか残らない訳だ。

 

「さてさて、たかだか帝国騎士のお話しに皇族に御相談するという贅沢の仕様なわけだが……どうだ?」

 

私は本題を尋ねる。

 

『ふむ……そうだね。ヴァルターの話しを聞く限り、分かっていると思うけど貴族、特に門閥貴族への憎悪があっても不思議はないね』

 

 考える仕草をしながらゆっくりと話し始めるアレクセイ。

 

『いや、それだけじゃない。……多分だけど帝国文化、気風そのものを嫌っているのかも知れないね。少なくとも母と兄はそれがなければ死ぬことはなかった筈だ』

 

 不良学生の母は、毒を飲んで自殺した。無一文で平民以下の生活を送る位なら毒をあおって帝国貴族らしく自裁してやる、という訳だ。……特に名誉を重んじ、独立独歩の気風の強い古い帝国騎士の家らしい考えだ。

 

 一方兄は、最早再興の見込みもない家の名誉のために志願兵として危険な任務を率先して引き受け戦死した。

 

 どちらも貴族としての名誉なぞ気にしなければ少なくとも現世と別れを告げる事はなかった筈だ。まして、亡命したのが6歳の頃の筈、かつて本当に貴族としての生活をしていた頃の記憶なぞ無かろう。家名の重みも、貴族としての在り方も、その権勢を覚えてはいまい。そんなもののために命を捨てる理由をどこまで理解出来ようか?

 

『尤も……』

「だからといってそれを完全に捨て去る事も出来ない、か?」

 

アレクセイの声に私は続けるように口を開く。

 

『そうだね。宮廷帝国語もかなり流暢だったのだろう?マナーも含めて祖父母殿に良く指導されたのだろうね。それこそ、捨てたくても捨てられない位にね』

 

 人間は、共同体で生きる以上アイデンティティー、その集団への恭順意識がどうしても必要だ。国家、と言えば魔術師は鼻じろむだろうから文化、社会と言ってもいい。自身の価値観の核となる存在、自身の立場を、利害関係をはっきりさせるために所属意識は必要不可欠だ。

 

 当然ながら、祖国を捨てた亡命者、特に実際に帝国に住んでいた第一世代の者はこの所属意識が非常に不安定になる。

 

 共和派ならこれまでの全てを捨て去って同盟と民主主義を新たな心の主人にすればいい。帰還派ならば古き善き帝国の伝統が絶対的な精神的支柱となってくれるだろう。鎖国派は同盟にも帝国にも忠誠を持っているか怪しいものだが少なくとも彼らは国家は兎も角帝国文化は伝えているし、家族という最小にして原始的な社会集団への所属意識くらいはある。

 

では……不良学生はどうだろう?

 

 帝国という国家と文化により家族を失った彼が心からそれに忠誠を尽くせるのだろうか?

 

 同時に自分達を排斥し、否定する同盟と民主主義を心から信ずる事が出来ようか?

 

 最後の支えである血縁も、天涯孤独の身では意味もない。

 

 ワルター・フォン・シェーンコップは恐らく年齢から見て両親を殆ど覚えていないのだろう。彼にとって記憶に強く残る家族は祖父母と兄だ。そして貴族としての生活を覚えているからきっと厳しく貴族として躾られた筈だ。幾ら不良中年とはいえ、さすがに家族との唯一といっていい繋がりであり、自身の精神的骨格は捨てきれないのだろう。

 

『フォンを捨てて無いことが証明だよ。少なくとも帝国人である事を完全に捨て去りたいのなら貴族としての証明は捨てるさ。それこそ名前を同盟風に改名する者だって少なくないしね』

 

 共和派、あるいは迫害を受け、かつ同盟への同化を選んだ者の中には帝国風の姓名を捨てた者も多い。シェーンコップが心底帝国貴族の血筋であることを、帝国文化を憎んでいるのなら改名している筈だ。

 

「同盟人にも帝国人にもなりきれない身という訳か」

 

 彼の原作における慇懃無礼態度を思い出す。あの態度は一種の自己防衛の面もあったのだろうか?……少なくとも彼は帝政も、民主主義にも拘りはないように見えた。帰属意識或いは忠誠を持っていたといえるのは「薔薇騎士連隊」と、魔術師と、その弟子くらいのものだ。

 

 「薔薇騎士連隊」に入隊した理由は何となく察する事が出来る。国家に忠誠心を抱けないのだから代わりの社会的拠り所が欲しかったのかも知れない。推測に過ぎないがそこまで間違った判断では無かろう。誰しも帰る場所が必要なのだから。本当に根なし草でいられる人間はそういない。

 

「……問題はそれがどう繋がるか、か?」

 

 問題は彼が士官学校を辞退する理由だ。士官学校を受験した理由は「薔薇騎士連隊」入隊するためだろう。志願兵では部隊異動の自由は士官よりずっと少ない。どこぞの陸上部隊に配置されそのまま訳のわからないまま戦死、あるいは忘れられたような辺境で数十年放置何て事もあり得る。彼にとっては論外だろう。

 

 経歴から言って生活も苦しかった筈だ。武門の貴族とはいえ財産もなく、働き手も殆どいない、兄の戦没者遺族年金と自身で働く位か……文字通り苦学生だ。亡命政府と距離を取っていたためにハイネセンに行くのも自費だろう。到底気に入らない、なんて理由で入校辞退するだろうか?……いや、あのひねくれ者ならしそうだけど。

 

『合格後に何か考えを変える出来事でもあったのか、だね。どう思う?』

 

 画面の中のアレクセイは使用人だろう、画面の切れ端から紅茶のティーカップを受けとると一口含んだ後そう尋ねる。

 

「どうだかな。うちの身内が横槍入れたのかね?」

 

 成績上位組、それでいて亡命者、一応貴族、そして亡命政府と距離を取っている。同胞の中に要らぬお節介をかけた者がいてもおかしくはない。そして、あの不良学生がそれに愉快な表情をするか、と言えば……。

 

『その辺りは調べて結果待ち、といった所だろうね。次に考えるべきはどうやって彼を引き留めるか、だよ』

「そうは言ってもな。あれは物で釣れるような御仁かね?」

 

むしろ不愉快に思いそうだ。

 

『そうだね。身一つで生きてきたような人だ。今更人にすり寄るような性格でも無いだろうね』

 

ティーカップを受け皿に置きながら尋ねる旧友。

 

「それじゃあ、どうするべきだと思う?」

 

 私の質問に少しばかり熟考するように考えこむアレクセイ。そして難しそうな表情で口を開く。

 

『……これは主観的な考えなのだけれど、嫌悪と好意は表裏一体だと思うんだよ。嫌うのは期待があるだけ、理想とかけ離れているだけ、憧れがあった分だけ、それに裏切られたからじゃないかな?何を抱いて彼が受験したのか、ハイネセンに来たのか、その辺りが肝要だろうね』

 

 口調からしてアレクセイは私に分かるのはここまで、といった様子だ。まぁ、情報が少なすぎるから仕方ない。

 

「……そうか。悪いな、無茶な事を尋ねてしまって」

 

会ったことも無い人物について尋ねたのだから当然だ。

 

『いや、それはいいんだよ。私もそう忙しい訳でもない。それより……そっちは大変だね?聞いたよ、抜け出した後の事は……』

 

画面の中で苦笑いを浮かべる旧友。

 

「止めろよ。嫌なことを思い出させるなって」

 

私は頭を抱えて困り果てる。

 

 レストランでの一件は面倒だった。私がリューネブルク伯爵を連れ出し単独で外出した後、ベアトが私がいない事に気付いて慌てて亡命者コミュニティに捜索願いを出したらしい(教官に対してでないことがポイントだ)。しかもリューネブルク伯爵もいない事が発覚するとその情報は伯爵の叔母であるザルツブルク男爵夫人の耳まで届いた。

 

 取り敢えずクレーフェ侯爵の下に両家の親戚一同一族郎党から5ダースの抗議(保護責任についてらしい)が来たのでグエン・キム・ホア広場でのアイドルコンサートに向かっていた侯爵は泣く泣く亡命者相互扶助会の本部に戻って捜索指揮を執らされた。

 

 どうにか見つけて相互扶助会傘下の警備会社(に偽装した民間軍事会社、に偽装した私兵集団)社員が突入したわけだが、あの後騒ぎに急行したテルヌーゼン市警察とまた一悶着あり大変だった。おい、警察相手にブラスター向けるな。お前達は帝国版憂国騎士団か。いや、あいつらは実は過激派の中では(恐ろしい事に)穏健派らしいけど。

 

「警備人員動かすほどかよ。只でさえ同盟警察に目をつけられているのに」

 

 完全武装の亡命軍をハイネセン等同盟中枢宙域に配備するのは問題が多すぎるためにダミーの警備会社を建てて亡命軍兵士をそこに出向させているわけだが当然同盟警察は良い顔しないんだよな。テーザー銃に警棒、拳銃程度なら兎も角、装甲車やヘリまで備えていれば(武装は別枠で外して保管しているが)そりゃ危険団体扱いも残当だ。

 

『仕方ないさ。大昔は本当にそれくらいしないと危険だったからね』

 

 苦笑しながら答えるアレクセイ。コルネリアス帝の親征の頃のトラウマはハイネセンに住む帝国系市民には未だ強く印象に残っている。帝国軍がハイネセンの目と鼻の先に迫る中、一部の暴徒や自警団がパニックを起こして帝国移民をスパイとして私刑や虐殺した事件が散発した。同盟警察が介入して事態を沈静化した頃には死傷者は数千人に上っていたという。アルレスハイム星系の同盟加盟国への昇格の一因である(同盟議会の国内帝国系住民への配慮だ)。

 

 実際、必要以上に重武装な警備会社が限りなくグレーに近いのに摘発されず監視対象に留まるのは、法律の穴を突いている事もあるが、過去の事件で同盟警察の対応が精細を欠いた事もある。

 

「と言ってもそれこそ爺さん方が生まれる前の話だからなぁ。そこまで警戒しなくても良いだろうに」

 

 年寄りは保守的で身内や同胞以外に排外的な所があるんだよなぁ。今のハイネセンはそこまで危険じゃないぞ?……いや、流石に極右やハイネセンファミリーの根城は絶対いかないけどな?

 

『まぁ、私から言えるのは気を付ける事、後は周囲の事も考えてくれよ?ヴォルターはその辺り鈍いから。自分は良くても周囲は別だよ?単独行動で下手やって、責任取るのは周囲なんだから』

「ハイネセン来てまで身分が付きまとうのは健全ではないけどな」

 

尤もその恩恵を受けている身であるわけだが。

 

その後も暫く他愛も無い雑談を続ける。

 

『……さて、少し名残惜しいけど、そろそろお開きだね』

 

 時計の針が一周した頃、アレクセイが切り出した。恐らくカンペが出ているのだろう。ちらりと斜め横に視線を移していた。

 

「今日は日曜日だぞ?何か用事か?」

『演劇会の観賞、その後は詩の朗読会と陛下と尚書方との食事会』

「休日ってなんなんだろうな?」

 

怠い行事がてんこ盛りだ。休める日あるのかこいつ?

 

「仕方ないさ。実学も必要だけど芸術への理解もないといけないからね。それにこれでも新無憂宮の偽帝よりはマシだよ」

 

 亡命政府の宮廷は同盟市民から見れば似たようなものだろうが、帝国のそれに比べればそれでも教養や政治の面で実利的で合理的、質実剛健だ(帝国基準で、だが)。

 

 国事行為も簡略化低予算化しているし、芸術や文化方面への予算も削り経済や軍事に振り向けている(同盟人からすれば十分過ぎる程金かけていると言うだろうが)。

 

 一方、オーディンの宮廷なんかキチガイ染みている。国事行為や宮廷イベントで皇帝の一年の三分の一が消えるらしい。園芸会や芸術観賞、パーティー……伝統は分かる。だが明らかに多すぎる。政務はオマケみたいなものだ。後宮に入り浸っているだろう時間を含めたら……正直オトフリート1世の気持ちが分かる。彼のように完全に無心で作業感覚で過ごすか、逆にジギスムント2世やオトフリート4世のようにはっちゃけるかのどちらかだろう。

 

 いやぁ、オトフリート2世やオトフリート3世が精神焼き切れた理由が分かるわ。あいつら宮廷行事こなしながらガンガン政治もやってたからな。どうやって時間作ってたんだろう?そりゃ過労死や発狂しますわ。

 

 現銀河帝国皇帝フリードリヒ4世もやる気無いとか言われているが、正直気持ちも分からんでもない。もうイベントこなすだけで面倒くさくなるわ。残った時間くらい愛妾と薔薇を愛でながらだらだら過ごしたいだろうね。

 

 そこから考えれば、アレクセイは皇族とはいえ次期皇帝では無いし、亡命政府は宮廷行事も減らしているからある意味楽ではある。

 

……どの道禄でも無いけど。

 

『他人事見たいに言うけど、ヴォルターも爵位譲られたら同じ目に合うからね?』

「よし、一生ハイネセンに住むわ」

 

 宮廷に何時間もかけて行くとか嫌です。あれだね、同盟軍人になって正解だね。軍隊入りすれば宮廷行事から逃げられるからね。後方勤務本部の窓際部署で一生昼寝して過ごそう。よし、そうしよう!

 

『禄でも無い事考えているね……言っとくけど、同盟軍も軍拡で予算に余裕無いから窓際部署行く前にクビになると思うよ』

 

 そもそもエリートばかりの後方勤務本部にそんな部署あるのかい?、と続けるアレクセイ。分かっとるわい!現実に戻すな、夢ぐらい見させろ!

 

『それでは。ベアトリクスやホラントにも宜しく言ってくれると嬉しいな』

「前者は頼まれたが後者は本人が嫌がると思うぞ?」

 

 頭を掻いてそう答えると画面のアレクセイが微笑む。鋼鉄の巨人の顔でやるのやめーや。

 

『では……またね(mach's gut)!』

 

 旧友がウインクしながら小さく手を振った所で回線が切れた。

 

「……はぁ、まあ。あいつよりはマシか」

 

色々聞いたが、後は自分でどうにかするしかあるまい。

 

 私は背伸びをして体を解すと立ち上がり退出する。さてさて、どうやってあの不良学生を言いくるめるか……。

 

と、ドアノブに手を掛けようとしたと同時に……一人でに扉が開いた。

 

 ……扉の先には直立不動の姿勢で優し気な笑みを浮かべる従士が背後に十数名の学生を控えさせて待機していた。にこり、と首を傾げながら従士は口を開く。

 

「若様、どちらに御行きでしょうか?不肖ながらこのベアトリクス、御傍で御同行させて頂きます」

 

完璧な所作で御辞宜をして言って見せる少女。

 

「あー、うん。そだね……」

 

……まず、不良学生の所に行くまでが前途多難だなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二十八話 やられたらやり返す、倍返しだ

新アニメ第三話視聴、最大の見せ場は最初の歴史パート。大帝陛下の覇気と気品に溢れた御姿に亡命政府市民達も大満足です。


 遠い、遠い昔の朧気な記憶……恐らく、その頃は幸福であった。

 

 暖かい暖炉に、楓の木で出来たベッド、羽毛の布団にくるまれて、少年は夢心地だった。

 

 朝、日が登り野鳥が囀る頃、着飾ったラッパ手達が街を周り音楽を奏でて人々を起こす。大昔、偉大なる大帝陛下が不健全な生活を送る臣民を哀れみ、正しい生活を指導するために始めた事だ。朝早くと夜に音楽が流れる。人々はその音楽に従って起き上がり、そして帰宅してベッドに潜り込むのだ。

 

 だが、夏は兎も角冬は難敵だった。どれだけ毛布を被ろうとも、いや寧ろだからこそ暖かな布団から飛び出すのは至難の技だった。

 

 けれども、早く出なければならない。特に彼の家族は直ぐ様ベッドから出なければならない義務があったのだ。遅いと鞭で尻を叩かれる。

 

 嫌だなぁ、とは思うが仕方の無い事なのだ。近所の友人達とは違うのだ。自分達は皆の見本にならないといけないのだ。それが我が家が大昔に皇帝陛下に与えられた役割だから、と聞いていた。

 

 だが、冬の寒さはなかなか手強い。ちょっと足をふとんから出すと冷たい空気にすぐに引っ込めてしまう。

 

 ううん、と呻く。困った。早く起きないといけないのに……。また尻を叩かれたくない。そんな事に合うくらいなら巨大なフェンリル狼に丸飲みされた方がずっとマシだ。だってお爺さんは怖い位に的確に痛い場所を叩いてくるのだから……。

 

 この世の終わりのように再び呻く。と、軋む音と共に扉が開く。

 

 ビクッと震える少年。もう来たの?顔を真っ青にする。

 

「あらあら、まだおねむなのかしら?仕方ない子ねぇ」

 

しかし、その優しい声を聞いて少年は安堵する。

 

「ムッター、まだ寒いよ……」

 

 毛布を抱えてようやく起き上がる。毛布の隙間からちょこっと顔を出すとそこには優しげな女性がいた。

 

 薄い紅茶色のふわりとした長髪に青紫の瞳、上品で、しかし何処か儚い雰囲気を醸し出す女性は、微笑みながら少年を抱き締める。

 

「仕方ない子ねぇ。ほら、ぎゅーってしてあげるから立ちましょう?」

 

 そういって強く抱き締めながら少年を持ち上げる女性。仄かな香水の香りがした。甘い、優しげな香りだった。

 

 そして、ちょん、と床に足がつく。ひんやりとした冷たさに身震いがした。

 

 見上げるとくすくす、と笑いを堪える女性に、少年は機嫌を悪くする。

 

 ぷいっ、とそのまま去ろうとして彼女は慌てて少年を引き留めた。

 

「あらあら、ご免なさい。そんなに怒らないで?ほら、スリッパよ。ちゃんと履いて、足が冷えないようにね?」

 

毛皮のついたスリッパを履かせる女性。

 

「さぁ、もういいですよ?……おはよう、ワルター?」

 

 

 

 

 

「………朝、か」

 

 目覚まし時計を殴りつけて黙らせたシェーンコップは目を見開くと小さく呟いた。

 

……ワルター・フォン・シェーンコップの朝は早い。

 

 明朝0700時起床。築50年の歴史を刻む古臭……趣深い室内にはベッドと木製のデスク、同じく木製の本棚には科目やサイズ事に華麗に纏められた参考書が収納されている。床を見れば骨董品を中古と値切って買い取ったキャリーバックが置かれていた。

 

 カーテンと窓を開く。仄かに暖かい恒星バーラトからの日光が室内を照らす、だが同時に未だ残る冬の寒さが襲いかかり彼は僅かに身震いする。

 

 だったら窓を開けなければいいのに、とも思うが彼は毎日殆ど日課のようにこの換気を実行していた。いや、してしまうのだ。バーデンに住んでいた頃、布団にくるまり朝の寒さから立て籠っていた時、厳しい祖父が必ず自分を引き摺り出して臭いが籠ると言って窓を開けていた。

 

 ベッドから起き上がると共にシェーンコップは洗顔と洗口を冷たい水で行う。鏡を見ながら剃刀でうっすらと生える髯を剃る。だらしない姿をする事を祖父は許さなかった。

 

 身嗜みを整えたら軽く運動を行う。ジャージに着替えると僅かに霧がかった市内をランニングするのだ。

 

 約4キロ……それが故郷……正確にはこちら側の宇宙に来てからの彼の朝の習慣だった。

 

 冷えた空気が顔を乾燥させる。体は内側から火照り、呼吸は次第に荒くなる。口の中は鉄の味がした。

 

 軍人を目指して……いや、それは違った。確かに今ではその意味合いもあるが彼は元々軍人を目指してなぞいなかった。体を鍛えるのはそれこそ物心つく前からの習慣であった。

 

 息切れするほど走った所で彼はジョギングに切り替えてゆっくりと歩み始める。日が登り暖かくなる。ジャージのチャックを下ろし、スポーツドリンクを飲みながら行きつけの店で朝食を取るつもりだった。

 

 0900時……安っぽい、庶民風のダイナーレストランのカウンターに座るとそこでシェーンコップはようやく表情を柔らかくする。

 

「おや、また来たのかいワルターの坊や」

「当然ですよ、御婦人。この店はこの街一番のアップルパイがありますからな」

 

 年期の入った皺の目立つ店長に恭しく礼をして答えるシェーンコップ。

 

「煽てたって何も……いや、精々フライドポテトが出てくる位だよ?」

 

 そういってがさつに油からすくいだした湯気の出るホクホクのフライドポテトを安いプラスチック製の皿に載せテーブルに置く。

 

「いやいやマダムの施し恐れ入りますよ。貧乏な苦学生の身にとっては正に女神の恩寵でございます」

 

 きざっぽい言葉で感謝の言葉を口にする学生に店長は肩を竦めて口を開く。

 

「全く口ばかり旨い子だねぇ。ほら、注文は?サービスばかりだとウチは潰れちゃうんだから」

 

そういって笑って注文を催促する店長。

 

「そうですなぁ。……シリアル、ミルクとドライフルーツ入りを一つ。それにオムレツ……添え物は適当に。後デザートにアップルパイ、ミルクティーも頂けますかな?」

 

乱雑に書かれたメニュー表を見て不良学生は注文する。

 

 注文が来るまでの間行うべき事は一つだ。フライドポテトを片手でつまみながら物理学の参考書を片手で読み耽る。7つある陸戦軍専科学校の中でも最難関校として知られるテルヌーゼン陸戦軍専科学校に合格するのは容易ではない。

 

「いいのかい、坊や。お前さん士官学校に合格したんだろう?わざわざそれを蹴って軍専科学校を受験なんて物好きな事よねぇ?」

 

 ミルクティーをカウンターに出した後、フライパンで卵を焼き、挽き肉と刻んだ野菜を入れながら店長はぼやく。

 

 下士官養成機関たる軍専科学校とはいえ、決して同盟社会で軽視されるものではない。陸戦のほか航空、通信、航海、機関、法務、医務、経理等各分野に特化した下士官は高度に分業化の為された現代軍隊において兵卒と同等近い数とそれを遥かに凌ぐ専門知識を要求される。

 

 まして下士官になるには専科学校を卒業する以外には兵卒から兵長に昇進して改めて下士官教育を受ける必要があるが兵卒の大半を占める徴兵組は任期制であることもあって滅多にそこまで昇進しないし、兵学校卒業生は昇進自体は難しくないが積極的に前線に投入される彼らの内どれだけが生きて兵長になるのかを考えれば下士官になることの困難が分かろうものだ。

 

「いやね、確かに合格はしたのですがね、あのお利口さんばかりの空気が妙に鼻につきましてな。人間、自分の身の丈にあった所に行くのが一番だと気づかされましたよ」

 

 そう苦笑する不良学生。その笑みは不敵に見えたが見る者にはほろ苦い感情があることを察したことだろう。

 

 シェーンコップとて内心では決して軽い考えで諦めていたわけでは無かった。飄々とした表面を取り繕うのは生来のものでは無かった。この外面は天涯孤独の身となってから被った仮面に過ぎない。

 

「……ハイネセンまで来て、あんな虚飾に彩られた場所で暮らすのは御免ですよ」

 

苦虫を噛みしめるようにそう吐き捨てる。

 

「……ほら、出来たよ。御食べな」

 

 乱雑にアルミ製の皿に具入りオムレツを入れると、これまた大雑把にとベーコン、ザワークラフト、ベイクドポテトを添えてカウンターに置く。続いて業務用のシリアルを硝子製の皿に流し込み、ドライフルーツとミルクを注ぎ、スプーンを突き刺し置いた。

 

「お、これはまた美味そうですな」

 

 大量生産された業務用食材でがさつに作られた料理、何十年にも渡って職業軍人を目指して学問に励む苦学生の胃袋と財布を支えてきたメニューである。塩味と砂糖、香辛料で強く味付けしたそれは繊細な味付けからは程遠い。

 

 だが、だからこそ彼には好みであった。ハイネセンまで来て、なぜ嫌な故郷の味と二人三脚しないといけないのか?

 

「……にしては、結構美味そうにポテト食うよな?」

「……伯爵様、どうしてここにおられるので?」

 

 したり顔しながらキッチンでコックの服装をする門閥貴族様にシェーンコップは憮然とした表情で呟いた。

 

 

 

 

 

「いやぁ、窓から出ても、換気口から抜けようとしても、塀を登っても普通に先回りするんだよな。で、思った訳よ。もう、これ引き連れたまま行こうってな。」

 

「外にテイクアウトしたフライドポテト片手に見張る奴らが2ダースいる理由は分かりました。で、なんで私の前でコックのコスプレをしておいでで?」

 

 シェーンコップは少し不快そうな表情でオムレツをフォークでつつく。

 

「二点理由が御座います。一点目は若様がこのような店にいるなどと言う事衆目に晒される事を防ぐ目的です。もう一点が貴方様から受けた恥辱を返すのは伯爵家の名誉のため当然です」

 

 尤も、態々若様が着られる必要性は低いのですが……、と淡々と続ける従士。彼女からすればいっそ夜に後ろから闇討ちすればいいのに、等と真顔で考えていた。と、いうか意見していた。私が「受けた恥は同じ方法で報復してこそ意味があるのだ」と偉そうに、そしてこじつけながら演説すると目を輝かせて賛同してくれたけど。目には目を歯には歯を、という考えが普通に肯定される帝国の法曹界と道徳は最高にクールだ(の割に身分毎に処罰が違う事を当然視出来るのは謎だ)。

 

「子供ですかな?態々それだけのためにこんな事を……御婦人も人が悪い。私を裏切ったのですかな」

「いやぁねぇ。坊やは小生意気で可愛いけど、あれだけテイクアウトしてもらったらそう悪い事は出来ないからねぇ」

 

意地の悪い笑みを浮かべる店長。肩を竦める不良学生。

 

「これは参りましたな。まさか包囲殲滅陣を敷かれるとは。伯爵殿、貴方暇人ですかな?」

 

 心底呆れた表情でシェーンコップは尋ねる。ベアトはその態度が気に入らないのか目を細めるが私は手を上げ許すように命じる。

 

「なかなか辛辣だなぁ。傷つくぞ?これでも結構……いや、かなり忙しい人間なんだけどな」

 

 貴族……というだけで忙しいのだ。まして出来の宜しくない私は一層大変なのだ。暇そうだったり遊んでいるように見えるのは気のせいだ。……気のせいだって言ってるだろ!

 

「……まぁそう必死に訴えるのでしたらそういう事にしておきましょう。それで?伯爵様はまた性懲りもなく私を引き留めに来たのですかな?」

「まぁ、そんな所だ。女々しいかな?」

 

カウンターで向き合う私は頬杖をしながら尋ねる。

 

「と、いうよりも高慢といえますな。ここは自由惑星同盟ですぞ?自由・自主・自尊・自律を国是とする民主主義国家です。私がどこに行こうと自由だし、それを引き留める権利は貴方には無い筈だ。そうでしょう?」

 

 試すような挑発的な口調でシェーンコップは私を見据える。

 

「無礼ですよ……!」

 

ベアトがきっ、と睨みつける。

 

「ベアト、いいから下がっていてくれ。いや、その通りだ。私には貴方に命令する権利なんてない」

 

 私の態度を見て、笑みを浮かべるとオムレツを完食してミルクティーを手に取る不良学生。

 

「貴方の従士殿は御顔は宜しいが少々怖い所がありますな。……そこまで分かっていてなぜここに?」

 

ミルクティーを一口飲むとそう尋ねるシェーンコップ。

 

「それでも来ないといけないのが私の辛い立場、て所かな?貴族も大変でね。……そんなに士官学校の険悪な空気が嫌いかね?」

「……調べましたか?」

「まぁ、そこの従士に頼めばこのくらいの話題なら仕入れてくれますので……」

 

私は複雑な表情で答える。

 

 士官学校試験の結果発表の日の事だ。悠々と試験に合格したシェーンコップはそのまま手続きを終えて帰途につこうとしていた。だが、その途中の学校敷地内で少女が複数の学生に絡まれている所を目撃した。少なくとも仲の良い雰囲気では無かった事もあり駆けよれば絡んでいた学生は士官学校の上級生らしかった。一方、絡まれて縮こまる少女はシェーンコップと同じ亡命者系の試験合格者だったらしい。

 

 知り合いから天然……というよりどんくさいと以前から有名だったらしいその少女は士官学校への入学により舞い上がってしまったようだった。子供のようにはしゃいでアプフェルショーレ(帝国の大人気炭酸飲料、アップルジュースの炭酸水割りの事だ)片手にスキップして……案の定コケてペットボトルの中身をぶちまけた。

 

 それだけならまぁ、笑い話で済んだのだろうがその中身が近くを通りがかっていた上級生の頭に盛大にかかった事と彼らが所謂同盟の「良い所の坊ちゃん」だった事が一層自体を複雑にした。

 

 咄嗟に謝ればまだ良かったのだろうがこの少女、見事に(本人は真面目なつもりだったのだろうが)慌てて対応を何度も間違えて相手をキレさせてしまったらしい。しかも亡命者の子孫という事に気付かれたのが止めであった。

 

そうした状況で来た不良学生を上級生達が歓迎する筈もない。そして……。

 

「騎士道精神発揮したわけ、でいいかな?」

 

3歳年上の上級生4名をのした訳だ。

 

「……騎士道精神なぞと言われるとは不愉快ですな。唯ああいった家の格を誇るだけしかしない輩は嫌いでしてな。後、女性に対しては紳士らしく丁重に扱うべき、と指導するべきと思い至っただけですよ」

 

 デザートのアップルパイを齧りながら私を不快な目で睨みつける。家の格を、ね。私も同じ穴の貉扱いなんだろうなぁ……。

 

「それで、貴方が紳士として彼らを指導したわけですか。そして結果は……」

 

 教官達が駆け付けた所で事情を訴えた不良学生。だが、結局全てはうやむやになった。教育された学生達は怪我をしていたし、一対多数で余り誇らしくない結果、しかも亡命者の少女に絡んでいた事情から決して不良学生が弾劾される理由はない。だが学生達は決して無能な輩では無かったし、家の問題もある。双方共に処分する訳には行かなかったらしい。少なくとも駆け付けた教官達は双方不問にする事で落とし前をつけた。

 

 甘い、或いは日和見的な対応だが、仕方ない面もあった。片方のみ処分すると大概処分された方の派閥が抗議なり騒動を起こすなりするのは珍しくないのだ。その意味では同盟の民度は帝国の貴族社会と良い勝負だ。

 

「別にそれについてそこまで失望はしてませんよ。彼のリューネブルク伯爵の事件がありますからな」

「しかし、不愉快だ、と?」

「……柵だらけの学校より、行儀が多少悪くても自分らしくいられる所が好みでしてな」

 

最後のパイを口に放り込み、ミルクティーで流し込む。

 

「マダム、丁度置いておきますよ」

 

 カウンターに96ディナール置くとそのまま出て行こうとするシェーンコップ。

 

「おい、まだ話は……」

「終わりましたよ、従士殿。私はあそこには行きません」

 

 ベアトの抗議にそう答える不良学生。まぁ、そうだよなあ。

 

「……まだ諦める訳には行かないから何度か御邪魔するぞ?」

「どうぞ、御勝手に」

 

 ぶっきら棒に答えるシェーンコップ。そのまま新品になったばかりの扉のドアノブに手をかける。

 

「……後、これだけ言っていいか?」

「……なんですかな?」

「……大事な同胞を助けてくれた事を感謝する。……ありがとう」

 

 私は会釈しながら感謝の意を告げる。臣民の規範にして保護者たる門閥貴族として、同胞を危機から救ってくれた事に感謝するのは当然の義務だ。

 

「……まぁ、貰える感謝は貰って置きましょう。どこぞの宗教ですと徳を積めば来世への貯蓄になるらしいですからな」

 

皮肉気に冷笑を浮かべシェーンコップは出ていく。

 

「……無礼な者です。金を積んで成り上がったのとは違い、由緒ある血筋とはいえたかが帝国騎士が伯爵家にあのような態度……」

 

 心の底から侮蔑するような態度で扉を睨みつけるベアト。

 

「はぁ……振られたな。どうするべきかね。これ……?」

 

 魔術師様さぁ、マジどうやってあれを御していたのかね?

 

私は小さく溜息をついた……。

 

 

 

 

 店の周囲をフライドポテト片手に屯する学生達を一瞥しながら不良学生はふと呟いた。

 

「ありがとう、ね」

 

 鼻持ちならない上級生を黙らした後、怯える同胞を連れてお仲間の下に連れて来た時の事を思い出す。

 

 事情を聴いた合格者の代表は少女を怒鳴った。面倒なトラブルを起こしやがって、と詰った。そして心底困った表情をしていた。

 

 その態度に憮然として半泣きの少女を庇った。まずは同胞の無事を喜ぶべきだろうに。そして理由を尋ねた。被害を受けた同胞に向ける態度とは到底思えなかったから。

 

 その代表は答える。その少女は合格者の中で最下位の成績で合格した者だったらしい。期待されていない半分数合わせのために派遣された者だったそうだ。しかも一応帝国騎士階級であったとはいえ3代も歴史が無い、しかも出自は帝国騎士の階級が投げ売りされていたオトフリート5世の時代に金で買った小金持ちの平民である。そんな人物がハイネセンファミリーとトラブルを起こしたのだ。

 

 後で亡命政府や士官学校亡命者親睦会の幹部……門閥貴族が相手側と面倒な交渉をする事になる筈だ。

 

 大貴族様の御手を煩わしやがって、同じ帝国騎士でも大帝時代からの歴史を持つ血筋を引く代表の学生は蔑みと敵意を持って少女を睨みつけていた。周囲の他の者達もその態度は同様だった。

 

 好意的だった、と言う訳では無い。寧ろ嫌いだった。だが……シェーンコップが軍人を目指したのは心の何処かに騎士としての誇りが残っていたからだ。祖父のその厳しい躾から身に染みた帝国騎士としての感性を不良学生は半分嫌いながらも残りの半分は幻想を抱いていた。

 

 騎士として、貴族として臣民の規範となり、帝室に忠義を捧げ、同胞の盾として生きる……自嘲しつつもそこに一抹の憧れがあった事は否定出来ない。そしての受付で今日の飯のために郷土臣民兵団(ランドヴェ―ア)に宮仕えしていた頃、新聞でその記事に目を通したのだ。

 

 リューネブルク伯爵の起こした小さな事件に半分不貞寝していた不良学生の守護天使が目覚めた。その日その日をただ惰性に生きていた彼はそこに一抹の期待を寄せて似合わない位に勤勉に学習した。

 

そして、ようやく合格して……現実に幻滅した。

 

 士官学校にあるのは……そこを支配するのは仮初の名誉と虚飾に塗れた栄華だ。何が自由の戦士達の家か。士官学校にあるのは唯の醜い差別と縄張り争いだ。そしてそこに一角を占める亡命者の社会は文字通りの階級社会であり、上の者のために下の者が犠牲になる社会だ。上の者が、高貴なる貴族が下の者を守るなんて幻想と建前に過ぎない事を理解した。

 

 代表が不良学生の家名からすぐに出自を理解し好意的に接した時、すぐに士官学校を辞退する事を決めた。ここは自分の求める物はない。いや……自分の追い求めた物それ自体が元から無かったのか?

 

「……民主主義も、貴族の義務も、何も信用出来ないのですよ」

 

 したくても、出来ないのだ。全ては建前に過ぎない。現実は非情で醜悪だ。

 

「伯爵様、貴方はどう思いますかね?貴方は貴族の現実に幻滅していないのですかな?」

 

 どれだけ臣民の規範たれ、と口にしようとそれを果たしている者がどれだけいるか?

 

「………なかなか、尽くすに足りる社会も、国も、人もいないものですな」

 

 この頃、ワルター・フォン・シェーンコップは民主主義にも貴族の誇りにも、全てに諦観を抱きつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




不良中年を書くのがムズイ


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第二十九話 上条さん、同族がこちらにおりますよ?

 クロイツェル家は銀河帝国における帝国騎士家の一つであった。

 

 尤も、帝国騎士とはいえ、その家名は決して誇れるものでは無い。

 

 クロイツェル家はオトフリート5世の皇太子時代に帝国騎士に叙任された家である。

 

 一説では少年時代の不遇な生活から貧乏性になったとも言われるが、ともかく皇太子時代から異様な程にドケチで有名だったオトフリート5世はありとあらゆる手段で国庫の貯蓄に勤めた。

 

 平民に対して十を越える新税をかけただけでなく公共事業費を半分以下に削減、後宮を含む人員と宮廷費用の削減、宇宙艦隊の弾薬消費量にまで制限をかけた。

 

 それでもまだ足りないと考えたらしい。遂にジギスムント2世以来の貴族位大セールまでやった。数千、いや万に届く数の帝国騎士家と従士家が乱立した。

 

  また、この頃から大貴族が勢力を増した事は有名だ。この時に大貴族は自身の家臣達を大量に新しい従士家として登録したからだ。ブラウンシュヴァイク公爵家やリッテンハイム侯爵家は優秀な自領の富裕市民や既存従士家の分家を新たに大量に取り立てた。

 

 クロイツェル家もまた辺境の鉱山開発で財を成した成り上がりの資産家の一族であった。投資家らしく目敏く底値を見定め、たったの150万帝国マルクで宮廷から帝国騎士の地位を購入した。ルドルフ大帝やジギスムント1世の時代ならば帝国騎士とはいえ帝国と帝室を支える家臣として新無憂宮で式典が開かれ、皇帝から直々に家紋と剣を与えられたものだが当然そんな事は無い。貴族であると示す賞状と適当に決められた家紋の刻まれた判子が宅配便で来た。伝統も情緒もありやしない。たかが帝国騎士が、と門閥貴族が馬鹿にするのも納得だろう。

 

 そんなクロイツェル家にも一応……少なくとも当主には成り上がりとはいえ貴族としての誇り、いやプライドがあったらしい。当主の次男は父が探してきた別の新興帝国騎士家の三女との婚約なぞ眼中に無く、親無しの下町の飲み屋の娘に花束を持って求婚した。

 

 どこの馬の骨とも知れぬ小娘との結婚なぞ言語道断ではある。だが一応は自身の血を引く可愛い息子の選択である。これに対して当主は妥協点として妾としてならば関係を持って良いと伝えた。妾ならば大貴族の中にも下町の小娘を拉致してそのまま手込めにするような放蕩者もいないわけではないのだ。

 

 だが、その息子はあくまで添い遂げる相手としてその娘を愛していたらしい。文字通り駆け落ちしてしまった二人に対して当主が取った選択は、警察への通報だった。

 

 腐っても貴族である。薄汚い平民に息子が唆され誘拐されたと当主は警察に訴えた。男が女を誘拐したなら兎も角、女が男を誘拐したと真面目に語る当主に受け付けた帝国警察は半分呆れた。

 

 だが、それでも貴族の訴えである。これがミューゼル家の場合のように相手が門閥貴族なら黙殺されただろうが相手はただの平民である。クロイツェル家の訴えに対して帝国警察は動いた。

 

 貴族の名誉を守るのは帝国警察の義務である……というのは建前で、加害者とされた平民の小娘が思いの外美人であった事が本当の理由だ。帝国警察、特に貴族関係の部署の堕落具合は有名である。貴族様に逆らった平民を問答無用で逮捕し、その資産を無断で接収して、その家族が行方不明になるのは珍しくない。ホフマン警部のように高潔な警察は帝国では少数派なのだ。

 

 警察の捜索を察した男はこれ以上帝国では暮らせない事を確信した。そしてなけなしの貯金を全て使って亡命を決意した。

 

 とあるフェザーン商人に頼み、同盟に輸出する積み荷に紛れこんで無事同盟に亡命する事に成功した。

 

だが、そこで気付いた。同盟公用語が話せない事に。

 

 ……少々この夫婦は後先考えず情熱のままに行動しすぎでは無かろうか?

 

 ……そんなわけで帝国公用語が通用するアルレスハイム星系政府の下に移住した夫婦は、星都ヴォルムスの郊外で現在4人の子供と共に宮廷と距離をおいて気楽に、平和に暮らしている。

 

 ローザライン・エリザベート・フォン・クロイツェル16歳はそんなクロイツェル家の末妹であった……。

 

 

 

 

 

 

「ふぇぇぇ……どうしようどうしよう!?」

 

 青紫色に光る瞳に肩までかかる薄い紅茶色、と評すべき髪が特徴的なローザライン・エリザベート・フォン・クロイツェルはクレーフェ侯爵の屋敷(士官学校入学試験を受けるために亡命政府から送り込まれる者は全員宿泊を許されている)の自室のベッドの中で枕で顔を押さえて悶える。

 

「うううう……どうしてこんな事になったのぅ?」

 

半泣きになりながらクロイツェルは自分の運命を呪う。

 

どこから自分は人生の選択を間違えてしまったのか?

 

 彼女は本来軍人になるつもりなぞ更々無かった。実家は名ばかり貴族、自営業を営み、兄弟達も徴兵を受けたが後方勤務や激戦地以外への派遣だったため五体満足で帰還、予備役の身で今ではそれぞれ仕事に就いている。

 

 自分も軍隊とは縁も無く帝都アルフォート郊外の貴族・平民共同の女子校に通っていた。誇る程では無いがそれなりに優秀であったと自覚している。

 

運命の歯車が狂ったのは軍事教練の授業の際だ。

 

 銀河帝国の脅威もあり自由惑星同盟では建国期、予備役軍人等が教員となり学校で民間防衛や重火器の運用、車両運転等の指導が行われていた。建国期の同盟軍は帝国との本土決戦に際して民間企業や町内会、学校ごとに部隊編成し即席地上部隊を編制、予備保管された小火器で武装して、降下してくる帝国地上軍に対して徹底抗戦する事が想定され、実際ダゴン星域会戦時やコルネリアス帝の親征の際に動員されていた。

 

 無論、当時と比べ国力・軍備が遥かに充実している現在、少なくとも同盟の中央宙域や帝国国境の反対側の辺境域では事実上この制度は有名無実化しており、せいぜい予備役軍人が教壇の上で生徒に戦場経験を話したり、ドキュメンタリー映画を視聴する程度だ。あくまで国境宙域以外では。

 

 シャンプール、ヴァラーハ、エルゴン……これら帝国勢力圏に近い星では、未だに武器の取り扱いを始めとした軍事教育が当然のように行われている。最後の同盟有人星系占領から既に70年近い月日が過ぎているが、長年帝国軍の侵略に恐怖してきた彼らの警戒心は未だに解けていない。いや、寧ろイゼルローン要塞の建設以降は却ってかつてのようにより一層警戒し、一世紀近く前の地下シェルターの復旧作業や星系警備隊の増強、民兵部隊の再結成等が企画され、実施された星もあるのだ。

 

 そんな国境星系住民すら絶句するのがアルレスハイム星系で行われている民間軍事教育だ。

 

 特に学校で行われている軍事教育は相当なものだ。体力があり、成長期の学生は絶好の予備戦力である。貴族専用学校や女子校すら例外無く最新の防空シェルターが設置され、生徒達には銃火器の射撃訓練・車両運転訓練・対化学兵器防護訓練、無線通信・基礎的な戦術指導、医療訓練等が1年に計36日分指導される。それどころか銃火器だけでなく旧式の戦車や装甲車まで学校の倉庫に保管され、整備こそ定期的に専門の予備役軍人が行うが普段から教師や生徒が訓練として運用、他学校との交流と称して実戦を意識した対抗演習までしているのだ。

 

 無論、実戦での戦果がどれほど期待出来るかは怪しい。相手は職業軍人であり、冷酷無慈悲で知られる帝国地上軍と宇宙軍陸戦隊、そして泣く子も黙る装甲躑弾兵軍団である。それでも陽動や数合わせ、最悪時間稼ぎの肉壁としては利用出来る。一度文字通り衛星軌道から無慈悲な爆撃の嵐を受け、毒ガスや生物兵器をばら蒔かれ、降下してきた数百万の帝国軍との血みどろの地上戦を経験したのだ。中央宙域の住民は半ば観光名物として見ているが当の亡命軍や星系政府は本気でこれらの指導を行っていた。

 

 彼女もまた学生の当然の義務としてその教練に参加していた。そして運が良いのか悪いのか、普段不器用でとろくさいのに、重要な時に限って平均以上の成績を出してしまった。

 

 機甲部隊の野戦演習にて腐っても貴族と言う事もあり平民の同級生達を率いていたのだが、彼女の部隊は予想外の場所で対抗部隊の車列と遭遇してしまったのだ。

 

 相手部隊は軍人貴族のお嬢様ばかりが入学する事で有名な名門女子校。メンバーは当然軍人貴族の子女で固められた部隊。幼年学校、とまではいかなくと現役軍人ですら貴族のお嬢様、と馬鹿に出来ない程度には優秀だった。 

 

 ……そんな相手に対してクロイツェル達は絶好の位置で奇襲同然の遭遇をした。

 

 魔術師が士官学校の学年首席相手に策に嵌めたのとは訳が違う。道に迷って進んだら鉢合わせして相手の横腹を突く形となっただけの事、完全な偶然だ。そしてそのまま勝利した。してしまったのだ。

 

 そのせいで教師や出向していた予備役軍人の注意を引いてしまったらしい。亡命軍下士官候補生に推薦された。……されちゃったのである。

 

 因みに武門の誉れ高い門閥貴族出身だったらしい相手部隊の指揮官は、涙目で彼女を呪い殺さんばかりに睨みつけていた。直後に余りに散々な結果に怒ったのか、保護者だろう貴族将校に怒鳴られ顔を蒼白にしていた。

 

 徴兵や同盟他星系からの募集、フェザーン人傭兵の雇用、捕虜収容所の帝国軍人から志願兵を集めている亡命軍とはいえ、元の人口と前線での激しい消耗を勘定に入れるとその人的資源は決して余裕があるとはいえない。才能や見込みがある学生を兵士・下士官・士官候補生として特別教育を実施、各軍学校、特に有事に向けた予備役軍学校に入学させるのは良くある事だ。

 

 無論法律上の取り決めは無く、星系憲法で就職の自由は保障されている。強制では無い。だがこの誘いを断ったら大体町内会から村八分される。有力な門閥貴族の子弟ですら逃亡すると元農奴に拘束される事を考えれば当然だ。

 

 本人も家族も最初困った。が、良く考えるとチャンスでは無いかと思い至る。

 

 星系の歴史的に軍人が尊敬される文化がある。しかも予備役とはいえ職業軍人の下士官になれば手当や特典がつくし、結婚の際も箔が付く。案外良い手ではあるまいか(現実逃避と言ってはいけない)?

 

 そんな逆転の発想に辿り着き両親の応援を受け、将来の玉の輿狙いで下士官候補生として努力した。そして……少し頑張り過ぎた。

 

 時に同盟軍の大規模な人員拡大期と重なっていた。一層の影響力拡大を目指し、亡命政府は少しでも同盟軍軍学校入学の可能性がある者をハイネセンに送り付けた。そして彼女も白羽の矢が立ってしまった。

 

 亡命軍予備役下士官を目指すつもりが同盟軍に入る事になりそうになった彼女。更々入るつもりなぞ無い。軍専科学校では無く士官学校を志望した。受かるつもりは無い。士官学校ならばどうせ受からないだろう。受けたが落ちた、そう言い訳して故郷に帰れば良い。

 

 ……クレーフェ侯の屋敷に出向していた曹長さんと仲良くなるんじゃなかった。なんで教えて貰った内容ドンピシャなの?意味分かんないよぅ……。

 

 彼女より成績が上の者が次々落ちた中、ギリギリ、文字通り下から3番目という首の皮一枚で合格してしまった彼女、周囲から祝いの言葉と嫉妬からの僻みの言葉を浴びせられる中、彼女は死んだ魚の目をしていた。

 

 入校受付手続きを受ける間文字通り半泣きであった。受付嬢は嬉し涙と思ったようだが、違う、ガチの絶望からの涙だ。

 

 予備役軍人ならまだ良い、だが現役の……しかも同盟軍士官なんて!?

 

 故郷で慎ましく暮らせればそれで良かったのに!内心で呻きながら慟哭する。

 

 彼女の家はほかの亡命貴族と違い、別に貴族らしい気質なぞ無い。政治的理由で亡命したわけでは無いし、迫害を受けた事もない。戦死した家族がいないし、家の歴史も薄っぺらいので重みなぞ無い。

 

 さらに言えば周囲に比べ帝室への忠誠心は薄い、かといって皇族の馬車を囲んで「貧しき民衆の歌」を合唱する共和派ほど狂信的に民主主義を信奉しているわけでもない。当然オリオン腕に巣くう賊徒共への敵愾心なんか大して抱いていない。固い信念なんかこれっぽっちも無いのだ。

 

それがなぜ士官学校に入学してしまったの!?

 

 半分ヤケクソになっていた。信念も無いのに戦死の可能性のある職業軍人になる事になったのだから。夕陽をバックにアルコールも入っていないのにアプフェルショーレを暴飲して酔っ払い、喚いたりへらへら笑いながら全力で現実逃避を開始する。

 

 大帝陛下は我を忘れる程酒を飲む者やアルコール依存症患者は人類社会の理性と秩序を乱す悪徳の使徒である、なぞと宣わったが知るものか!どうせハイネセンに社会秩序維持局や社会正義擁護委員会の職員はいないのだ。

 

「馬鹿士官学校っ!どいつもこいつももっと死ぬ気で勉強しろ~!私みたいな酔っ払い小娘が合格しているんだぞ~!?情けないと思わないのかこの蛙食い(froschschenkel)共め……ってぇ!!?」

 

ふらふら足でそう叫びながら大股で歩いていると……足が絡まりこけた。

 

 そして掌からすぽっと跳んだペットボトルが……通りがかっていた士官学校の在校生達の頭にぶちまけられた。

 

「あひっ……?」

 

 彼女は唖然とした。そして次の瞬間酔いが醒めると共にパニクッた。

 

「ええええと……!?これはですね、決して故意ではなくて!鬱憤晴らしで!?そして本当やる気なんか無かったんですけど…a……Es tut uns sehrleid……!?nein…a……a……Es tut mir leid!?nein……nein

…Wenn……ich in verschiedenem Alliance official amtssprache!?」

 

 途中から慌てて話すため常用している帝国公用語を口走る。しかも早口で呂律が回らない。正直自分でも何を言っているのか不明である。

 

 アプフェルショーレをダイレクトに被りべたべたになった学生は彼女の言葉が帝国公用語である事に辛うじて気付く。同時に強烈に不快な気分に襲われる。

 

「同盟の寄生虫が……」

 

 長征一万光年(the longest march)……アルタイル星系での偉業を成し遂げた「汚らわしい賎民」を始祖に持つ彼は内心は兎も角、少なくとも下級生に虐待や暴行をして結果的に顎の骨を砕かれた国防委員会の息子程に亡命者に差別的なわけでも、性格が歪んでいるわけでも無かった。

 

 唯、先ほどまで士官学校に落ちて大泣きしていた弟を慰めていた身からすれば合格者用の受付口の方向から来た目の前の小娘の試験結果がどうなのかは分かり切っていた。そして頭から帝国名物の大衆飲料をぶちまけられたのだった。虫の居所が良い筈もない。

 

 そうなると思ってしまうのだ。少し脅して泣かせるくらいならば構わないか、と。

 

 ようは、彼女はどんくさく、何事につけても間が悪く、不幸な少女であった、と言う事だ。

 

「あああ……!私のせいなのぅ!?」

 

 当時のことを思い出して再びベッドの上で呻くクロイツェル。

 

 あの後バリトン調の少年……後で同じ帝国騎士(格式は遥かにあっちが上だけど)に助けられたものの、同僚達からはこっ酷く叱られた。唯でさえ去年「鼻持ちならない賎民の末裔共」とのトラブルがあってデリケートな時期なのだ。それを、式もやってない内からトラブルを起こせばその結果は残当であった。

 

 ……半分くらいは彼女に対する妬みや不満もあるのも事実だが(成績的にも努力量的にも合格した事に納得出来ない同僚も多かった)。

 

「うううぅぅぅ……どうしよう?あの人学校辞退するんだよね?」

 

 屋敷を貸してくれている公爵様は気にしなくて良い(リーゼロッテ新曲「Lass uns mit mir spielen!」を聞いていた)、と言ってくれるがタイミング的に明らかに自分に責任の一端があるとしか思えない。共にハイネセンに来た同僚の代表は文字通り神経質な顔で関係各所に弁明に行っていた。試験勉強していた頃よりやつれているのは多分気のせいでは無い。

 

「ああぁぁ……なんかお腹痛くなってきた」

 

 うーうーと呻きながら胃薬を飲む。演習でまぐれ勝利してしまってから胃薬は肌身離さず持っている友である。

 

「……これ、やっぱり私がお願いするしかないよね?」

 

 何が気に入らなかったのか不明だが、ここは取り敢えず誠心誠意頼み込むしかない。というかしないと立場的にヤバい。家族が村八分になる。伝統も歴史も無い量産型帝国騎士が門閥貴族の手を煩わせるなぞ論外である。

 

「……よし、行こう!」

 

思い立ったがすぐ行動である。

 

 確か行きつけの店がある事は同僚から聞いていた。士官学校で学生をしている伯爵様……だったと思うが、生徒がその店で例の帝国騎士を説得しに行っているらしい。警備要員で同僚も幾人か出向いているから場所は聞いていた。

 

すぐに上着を着て屋敷を飛び出る。

 

 そのまま市街を走り抜ければ街並みががらりと変わる。赤煉瓦と木製の住宅街がコンクリートと鉄鋼のそれに変わる。建物の個性が無くどこか寂しい街並みに彼女には思えた。

 

暫く街を探索しているとその店を見つける。

 

「あれだ……!」

 

 腕時計を確認、今の時間は1830時、恐らく夕食を取っている頃だろう。すぐさまなぜか店に似合わず真新しい扉に向かいドアノブに触れる。

 

「お邪魔……」

「悪いですが私は大人数で食事は嫌いでしてね。それではお暇させてもらいます」

「ふぇ?……ふんぎゃっ!?」

 

 扉が次の瞬間勢いよく開きクロイツェルの顔面に直撃、小さな悲鳴を上げぶっ倒れる帝国騎士令嬢。

 

「………これは失敬………あー、気絶してますな」

「……そうだな」

 

 突然の事に先ほどまで話していた貴族二人は顔を見合わせる。

 

「………取り敢えず運ぶか?」

「………ですな。御令嬢を外に放置は忍びなさすぎる」

 

 取り敢えず回収作業に入る事にする二人。一方、顔面に直撃を受けた当人は目を回しながら気絶していた。

 

 ローザライン・エリザベート・フォン・クロイツェルは本当に、本当にタイミングの悪く不幸な少女だった。

 

 

 




「貧しき民衆の歌」はまんまレ・ミゼラブルの「民衆の歌」(youtubeで映画内で歌うシーンが見れます)。銀河帝国皇帝の前で歌っても処刑されない亡命政府はとても民主的(不敬罪の代わりに名誉棄損罪で拘束しないとは言っていない)

クロイツェルの参加した演習は宇宙歴版ガルパン(スポーツでは無くガチ)、相手チームはドイツ繋がりで黒森峰学園服がイメージ。


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第三十話 フラグは誰に立っているのか分からない

少し長くなりました。




「貴方もなかなかまめな人ですなぁ。何度来ようと無駄足だというのに」

「いやいや、試合は最後の5分間が勝負って言葉があってな。諦めたらそこで試合終了なんだよ。諦めなければ希望は残るんだよ」

「薄紙のような希望ですな、子供向けテレビアニメの台詞を言われても説得力がありませんよ?」

「あの~、アップルパイおかわりいいですかぁ?」

「若様、お待ち下さい。毒がないか確認致します」

 

古臭い店内にて夕食を摂る貴族連中である。

 

 交渉からそろそろ一月が過ぎようとしていたとある一日、私は今日も勝算の薄い勧誘を続けながらカウンター席に座り、雑多な料理を食べていく。尚、座席にはじゃがいも料理と肉の腸詰めと珈琲ばかり注文する黒服にグラサンの集団が占拠しているが私達とは関係無い。きっと関係無い。……関係無いって言ってるだろ!

 

「全く、呆れ果てたものですよ。ここまで分かりやすいと逆に滑稽ですな」

「わざとだろう?威圧感凄いからな」

 

ひきつった表情で私は目をそらす。

 

 身長180センチメートル以上、体重75キログラム以上、体脂肪率7%以下が帝国地上軍三大精鋭たる装甲躑弾兵軍団加入の最低条件である。しかも恐らく実戦経験済み、死線を幾つも潜り抜けただろう盛り上がった筋肉体美を有する屈強な男達がダークスーツにサングラスをかけて黙々と食事をしていたらどうする?誰も怖くて近づかないよな?

 

「マダム、良いのですかな?正直これだけ威圧感があるとほかの客が来ないのでは無いのですか?」

 

営業妨害だ、と指摘する不良学生。

 

「まぁねぇ。ただその分あの大人数で料理注文してくれるからどっこいどっこいかねぇ?」

 

 肩を竦める店長。ガチすいません。ここに私が来るための最低条件なんです。

 

 懐にブラスターを仕込み、防弾盾に早変わりするアタッシュケースを装備した実戦経験豊富な地上軍の精鋭、装甲擲弾兵軍団出身の警備員2個小隊、これが私が余所者(帝国系人以外)の下町のレストランに滞在するための最低限の警備だ。

 

え、過保護だって?分かっとるわい!

 

「そんな事は御座いません。ティルピッツ伯爵家は帝国開闢以来の武門の名門十八将家の一角、そして今やバルトバッフェル、ケッテラーと並ぶ亡命軍の中核を担う家です。寧ろ少なすぎる程です」

 

 傍で控える従士が真顔で当然の事のように答える。おい、ナチュラルに心読むな。

 

 因みに十八将家は帝国を代表する武門の貴族家の事だ。

 

 帝国開闢時に18個ある宇宙艦隊の提督に任じられた軍人達はルドルフ大帝の軍人時代の最も信頼する部下達であり、後に帝国の武門の大名門として長らく帝国軍の首脳部を独占した。原作本編に出ている者ではリッテンハイム、エーレンベルク、ヒルデスハイムがそうであるし、ダゴン星域会戦のインゴルシュタット、ミュンツァー家、第2次ティアマト会戦に参加したツィーテンやシュリーター、カイト、カルテンボルン家もそうだ。

 

 尤も、お気づきだろうが権力闘争や当主の戦死で没落した家、ローエングラム、ゾンネンフェルス家のように血脈が途切れ断絶した家も少なくない。ティルピッツ伯爵家のように同盟に亡命して亡命軍の首脳部を構成する3家もある。成立から約5世紀、十八将家の内帝国で権勢を維持する家は半分程度だ。特に第2次ティアマト会戦おける「帝国軍務省の涙すべき40分」では、十八将家やその従士家の優秀な将官・佐官が軒並みヴァルハラに旅立った。

 

 そのせいで知勇に優れた貴族軍人の枯渇した帝国軍は、平民に対して将校の門徒を広げざる得ない事態に陥った。その上残った十八将家の中にも堕落している家もある。そりゃあイゼルローン要塞も作りたくなるわ。

 

「だからと言ってここは戦場ではありませんぞ?装甲躑弾兵まで投入して誰から守るつもりなのでしょうな?過保護は良くありませんぞ?」

 

 皮肉気に笑みを浮かべつつロシアンティーを口にする不良学生。

 

「貴方こそ、もう少し危機感でも持ったらどうですか?例の騒動で目をつけられているかも知れませんよ?それこそ襲撃するような暴徒なぞこのハイネセンには掃いて捨てる程いるではないですか?」

 

 くいっ、と首を振って指し示す先にあるのは店の古いテレビだ。電波が悪いのか少し映像が粗い。

 

『先日のミッドタウン街における騒乱の死者は計11名に登っております。ハイネセン警察は実行犯6名を逮捕、そのほか18名を指名手配中です。背後関係に極右政治団体「サジタリウス腕防衛委員会」が関与しているとされていますが同団体は捜査協力を拒否しており、ハイネセン警察は近くノアポリス及びマルドゥーク星系の同団体施設に対して同盟警察と協力した強制捜査を実施すると宣言しています……』

 

 原稿を読み上げる女性キャスターは深刻な表情でニュースの続報を流す。

 

「いや、まぁ……ねぇ?」

 

歯切れの悪い口調で私は答える。

 

 数日前、ハイネセン東大陸の地方都市ミッドタウン市にて市長が非長征系住民を寄生虫、などと非公式の場で発言した事が切っ掛けに市の連邦系・帝国系住民が小規模なデモ活動を行う事態となった。

 

 数千人に上ったデモ隊は市庁を囲んでシュプレコールを上げた。出自に関する差別発言を少なくとも公人が口にするのはタブーに等しい。

 

 何せ下手すれば多種多様な背景を持つ人々で構成される自由惑星同盟を分断しかねない。そのため、そのような発言をする者は国家の統一と団結を阻害する者として徹底的に非難される。実際、過去の同盟の歴史を紐解けばこの手の出自差別発言をした公人は、例え最高評議会議長ですら議会から解任させられるのだ。

 

そして、そのデモ活動中にデモ隊が武装集団による自動車の突入と発砲により犠牲者を出したのである。

 

 急行したハイネセン警察は数名の実行犯を拘束、その後の調査から実行部隊は自由惑星同盟極右過激派の中でも特に暴力的で危険とされる「サジタリウス腕防衛委員会」関係者であると結論づけた。

 

 原作の同盟の危険団体と言えば憂国騎士団がある。だが前に少し言ったが奴らは右翼の中ではかなり穏健派に類する。

 

 統一派……勢力としては中堅であるが古くから同盟政界に存在し、独特の立ち位置を持つこの派閥は多くの出自の者で構成される星間連合国家「自由惑星同盟」の統一に苦心してきた一派である。構成員の出自は様々であるが目的としては唯一つ、同盟内部の団結と帝国からの同盟体制の防衛である。帝国接触前のハイネセンファミリーと旧連邦系市民の内戦の危機、ダゴン星域会戦後の帝国系住民の流入と同化政策、コルネリアス帝の親征に対する挙国一致体制、この派閥は同盟滅亡の危機に際してあらゆる派閥との協力体制を(薄氷の上であるが)構築し、幾多の国難を乗り越えてきた勢力だ。

 

 憂国騎士団はそんな統一派を支持する支援団体(私兵部隊ともいう)である。国家分裂を煽る人物や団体に対しては左右問わず実力行使(現在の所殺人や傷害事件は出来得る限り避けているが)する事でその活動を妨害するという。髑髏のようなマスクは顔によって出自の区別がつかないように、声が聞き取りにくいために出自による言葉のアクセントを誤魔化すために、何よりもどのような出自であろうと人間は骨になれば同じである、という意味があるらしい。

 

 まぁ、こんな団体がある時点で民主国家としてどうよ?とは思うが、大概ほかの派閥も多かれ少なかれ似た団体を持っているから対抗上必要らしい。実際ほかの派閥の私兵団体に比べたら規模も知名度も小さいし、歴史も浅く、前科も少ない(ほかの団体との比較で、であるが)。

 

 そして話題の「サジタリウス腕防衛委員会」はヤバい。憂国騎士団の百倍くらいヤバい。

 

 ハイネセンファミリーの中でも特に過激な一派が結成したこの組織は御題目こそ「同盟の平和と安寧と民主主義、社会正義を守るための教育を推進する非営利民間組織」と謳っているが、実の所は白色テロ団体みたいなものだ。

 

 そもそも、口の悪い言い方をすれば自由惑星同盟はアーレ・ハイネセンの長征組が内部分裂の危機を抑えるためにそのエネルギーを外に向ける、つまり旧連邦系植民地を侵略しながら拡大した国だ。

 

 まず建国神話からして半分嘘だ。40万の強制労働者が半世紀の時間と半数以上の犠牲の果てに建国した……と建前上は語られるが、実は微妙に違う。

 

確かにバーラト星系に辿りついたのは16万人だ。だが、残りの24万人は別に全員が死んだ訳では無い。

 

 長征中に逸れた者はまだいい方で、途中で指導層に反発して分離した船団、これ以上の旅に耐えられず近隣の惑星にスペースコロニーやシェルター都市を作ったグループもある。あくまで第一級居住可能惑星バーラト星系惑星ハイネセンに辿りついたのが16万人(最大のグループではあるが)であるに過ぎない。同盟建国時の帝国脱出組を合計すると推定総人口は何と48万人である。おい、逆に増えているぞ!?

 

 だからこそ国名がバーラト共和国では無く自由惑星同盟という国名なのだ。途中離脱した者達の入植した星系(フェニキア神話の神々の名が授けられた星系の事だ)とバーラト星系が同盟して結成したのが自由惑星同盟である。

 

 で、彼らが一つに纏まるための大義が必要だった。そのためには敵が必要だった。帝国という半分神話世界の存在ではなく明確な外敵が。

 

 「明白なる使命」の名の下に同盟は侵略的拡張を開始した。サジタリウス腕全域に民主主義の布教を開始する。

 

 その犠牲者になったのが銀河連邦末期から帝政初期の旧銀河連邦植民地や半分流浪の難民になった宇宙海賊……「蒙昧なる非文明人」である。同盟の拡大期、西暦時代程度にまで技術の低下していたこれらの諸勢力を民主主義による教化と帝国からの保護を理由として、かつての北方連合国家宇宙軍宜しく、天空の高みから軍事的に威圧し併呑、民主主義を唱えながら軍事力と技術力・経済力でハイネセンファミリーは彼らを支配していた。その時期に誕生したのが「サジタリウス腕防衛委員会」だ。

 

 専制政治の芽を摘み、自由と民主主義を布教し、サジタリウス腕を守護する……そんなお題目の名の下に同盟に逆らう旧銀河連邦植民地住民の反同盟デモの妨害や指導者の誘拐、殺害等を実行してきた危険組織だ。

 

 最終的にダゴン星域会戦の約30年前に統一派が長征派と旧銀河連邦植民地連合、星間交易商工組合等の諸勢力を説得して、対立は一応表面上解消した。

 

 旧銀河連邦植民地は全て同盟正式加盟国に昇格、各星系政府は独自の自衛組織として星系警備隊を設立し、同盟議会の議席数・選挙法の改革、星間交易関税の引き下げ、各星系政府の協力による同盟警察の設立が行われ、「サジタリウス腕防衛委員会」を始めとした15団体が反民主主義団体として同盟警察の監視対象となった。

 

 所謂「607年の妥協」である。これが無ければ同盟は帝国と遭遇する前にシリウス戦役の焼き直しをして崩壊していた可能性もある。

 

 危険団体指名から173年、「サジタリウス腕防衛委員会」はあの手この手でしぶとく組織の完全解体を潜り抜け(ハイネセンファミリーの一部過激派の支援があったからとも言われる)今でも健在だ。ゴキブリ並みの生命力だな。

 

 流石に拠点はハイネセンファミリーの牙城であるマルドゥーク星系に移動しているが今でも同盟の少なくない星系に支部がある。様々な人道支援や社会活動をしているがその裏で今回のような事件も起こす有様だ(末端の独走、或いは個人的犯行等と指導層は言っている)。

 

「あんな蛮族が今この星に潜んでいるのですよ!若様の身に何かあれば……」

 

 考えたくもない、といった表情を取るベアト。うん、多分「アルレスハイム民間警備サービス」(亡命軍のハイネセンでのダミー会社)の警備員が委員会のハイネセン支部にカチコミに行くと思う。予測では無い。確信だ。

 

「まぁ、大丈夫だろ。ミッドタウンもノアポリスも、テルヌーゼンからかなり離れている。ハイネセン警察がもう警備線を張っているからここまで来る事なんて無いだろうよ」

 

 昔はともかく今のハイネセン警察は一応公明正大だ。時代が進み惑星ハイネセンにおけるかつての先住民の聖域は多くの旧連邦市民や帝国系住民が流入した。先住民の中にも民主主義の名の下に行われたかつての圧政に反発する者も少なくない。結果、ハイネセンは多くの出自の血が混ざり一部地域を除いてはあからさまに過激派が余所者を私刑にしようという空気は薄まっている。そもそも今のハイネセン警察自体様々な出自の者が働いている。

 

 無論、帝国人街がある通り完全に壁が取り払われたわけでは無い。が、少なくとも命を奪おうと考える者は滅多にはいない。

 

「ほう、それは結構な事ですな。そう言えばドラマで良くある展開を知っていますか?周囲を安心させる事を言う頼りがいのある者ほど真っ先に死亡するのですぞ?」

「止めて、フラグ立てないで!?」

 

そんな深淵を覗く瞳で見ないで!

 

「あの~シェーンコップさん、そのアップルパイ貰っていいですかぁ?」

 

 一人だけ空気を読めない娘が朗らかに尋ねる。と、いうかどこか頬を赤く染めてふらふらと語っていた。ソフトドリンクを飲んでいる癖に酔っていた。

 

「ん?そんなにここのパイが気に入りましたかな?良いですぞ、お嬢さんにお願いされたら断る訳にはいきませんからな」

 

 にやり、と笑みを浮かべ、まだ少し湯気の出るパイを皿ごと移動させる。

 

「えへへ、ありがとうございます~!」

 

 にへら、と笑みを零すのはローザライン・エリザベート・フォン・クロイツェル同盟軍士官学校1年生(予定)。

 

「おい、と言うかお前餌付けされるなっ!何のためにここにいるっ!?」

「ほわっ!?そうでしたぁ!シェーンコップさん!どうか……」

「残念ですが入学する気は無いですぞ?」

「まだ言っても無いのにぃ!?」

 

最後まで言う前にノーを突き付けられるクロイツェル。

 

 以前、不良学生に助けられた彼女はまだ士官学校に入学していないために自由に動ける事からこの一週間の間援軍として不良学生を説得、ないし言いくるめるためのハニトラ要員として活動中だ。まぁ、戦力価値ゼロですがね。ノンアルコール飲料で酔えるだけならまだいいのだが、こいつ……もう餌付けされてやがる。

 

 ローザライン・エリザベート・フォン・クロイツェル……長々とした名前であるが私はその名に聞き覚えがある。無論亡命貴族であるからでは無い。原作の人物としてだ。まぁ、名前自体は決して独特なものでは無いので本人と断言出来ないわけだが……。というかお前達この時期にもう会ってたのか?それとも地味に私のせいで変わったのか?いや、まぁこの程度で原作時系列に大した影響があるとは思えんが。

 

「ううう……お願いしますよぅ~。このままじゃあ、うちの家村八分ですよ、村八分。それどころか嫁入りも出来ませんよぅ?どうかお願いしますよぅ!」

 

酔いながら半泣きで子供のようにごねるクロイツェル。

 

「私なんかに言うよりそこの伯爵様におねだりした方が賢明ですぞ?ほら、上手く取り入れば遊んで暮らせる愛妾生活ですぞ?」

「う~、伯爵様~?」

「おい、簡単に言いくるめられるな!?それは孔明の罠だ!」

 

けっ、ハニトラ要員にも使えねぇ。

 

「その娘さんで攻略しようなぞと考えん事ですな。どう考えてもその手の事が出来るほど頭が回る娘ではありませんぞ?」

「すぐ酔うようではな……」

 

 ティーカップを持って不敵な笑みを浮かべ指摘する不良学生に私は肯定せざる得ない。

 

「あれぇ?シェーンコップさん、今私罵倒されました~?」

「いやいや、純粋無垢な美少女は見ているだけでも素晴らしいものですな、と言っただけですぞ?」

「え、そうですかぁ?うへへ、照れるなぁ~」

「おーい、即落ちしてんじゃねぇぞ。明らかに鼻で笑われているぞ?」

 

チョロインかよお前さんは。

 

「若様、大変失礼ながら……」

 

恭しく、耳元でベアトが報告する。

 

「ん、もう時間か。そろそろ帰らんと営門が閉まるな。済まんが今日は失礼するよ?次は……3日後に行けるかな?」

 

 時計の針を見れば士官学校営門が閉まる前だ。今から行かないと間に合わないだろう。飲みかけの紅茶をゆっくり飲み干すと紙ナプキンで口元を拭き取る。それが終わると共に背後から従士に恭しく外套を掛けられる。うーん、ここまで阿吽の呼吸になると自分も大分毒されている気がしてくるな。

 

「それはどうも、毎度毎度御苦労様で御座いますな。食事代は自費なのでしょう」

「まぁ、半分私的に動いてもらっているからね。当然だ」

 

 ベアトに指示を出して私の財布から100ディナール札数枚をカウンターの上に置かせる。私とベアト、黒服組、クロイツェルの食事代は今は私の自腹だ。当初は亡命政府の予算に計上されていたが流石にいつまでもそう言う訳には行くまい。そもそも貴族として家臣や私兵、領民に食事を奢るのは決して珍しい事ではない。大貴族としての権威を示すと言う意味で良くある事だ。

 

 どうせ禄に使わずに(使う時間も暇も無い)勝手に利子で増えている株式や債券があるのだ(実家からの小遣いだ)。たかが食事程度奢ってやってもいい。いざという時に肉壁にでもなるのだからこれ位はしてやらんとな。

 

「そこまで懐が深いのでしたら私の分も払ってくれても良いと思うのですがね?」

「ん、払って欲しいか?別にいいぞ?勝手に払うのは面子として宜しくないと思っただけだ。迷惑かけているしそれくらいはしてもいいぞ?」

 

 不良学生の分は勝手に払えば不愉快に思いそうな人物だから控えていた。

 

「いや、結構ですよ。貴方の家臣でも無いのに御恩を貰う訳には行かんでしょうからな」

 

 肩を竦め否定するシェーンコップ。彼は決して経済的に恵まれているわけでは無いが、金や飯のために誰かの下に膝まづくような誇りの無い人物ではない。それが分かるから敢えて彼の分は払わない。

 

「うぇ~、もう出るんですかぁ?私まだ食べ終わって無いですよぅ?」

 

 瞼をうとうととさせながらフォークでベーコンやポテトをつつくクロイツェル。本当、こいつ炭酸飲料で何で酔えるんだ?

 

「やれやれですな。伯爵様、御安心ください。ここは紳士として後から自宅までお見送りして差し上げますぞ?」

「いや、お前に預けると彼女の貞操が危ない気がするのだが……」

「伯爵様、失礼ながら私はそんな好色魔ではありませんぞ?」

 

 心の底から心外だ、という表情を向ける帝国騎士。いや、お前鏡見ろ……という訳にもいかない。

 

 実際問題、今の不良学生は言う程に漁色家ではない。というかそんな暇なぞ無い。その日の食事のために働きながら苦学生をしていた身だ。女を口説く暇も予算も技術も無い。恐らく彼がそっちに目覚めるのは御乱行していたという19、20になってからなのだろう。成程、今は可愛い小僧と言う訳だ。今の所は。

 

……いつ覚醒するか分からんとか怖いわ。

 

「護衛をそちらに回しても良いが……」

「若様、今の護衛でも最低限の人数です。これ以上削るのは失礼ながら承服致しかねます」

 

 これ以上は何を仰ろうと許可出来ません、と答えるベアト。これを見ていたら獅子帝に冷笑されそうだ。あいつ皇帝になってから単独行動していた程だからな。あれはあれで駄目だと思うが。

 

「……分かった。一応言っておくがちゃんと無事に送り届けてくれ。頼むぞ?」

「分かってますとも。このワルター・フォン・シェーンコップ、淑女の御守り、謹んで承りましょうぞ」

 

 皮肉気に、ふざけたように大袈裟に答えて見せる帝国騎士。その態度にベアトは不快そうな表情を見せるが、堪えさせる。

 

「ああ、期待しているよ。同胞を救い出した腕っぷしを見込んで、ね」

 

 私は店を出る。同時にぞろぞろとテーブル席に座っていた逞しいお兄さん達が黙って立ち上がり後を追う。見る者が見れば滑稽な事この上無い。

 

「……彼処まで行くと最早コントですな」

「もう少し注文して欲しかったのだけどねぇ」

 

 不良学生と店長がそれを見ながらそれぞれ呟く。不良学生は冷笑しながらカウンターに置かれたジンジャーエールをあおった。

 

「……一応念を入れてもう一度いうが、酔っているからってノリで喰うなよ?」

「伯爵様、いい加減、何でそこまで疑るか尋ねて良いですかな?」

 

 引き返してもう一度念押しする私に憮然として不良学生は突っ込みをいれた。

 

 

 

  

 

「そんな貴方にぃ……ぽプテ………なにぃ…さてはあんちだなおめぇー……」

「やれやれ……何の夢を見ているのだか」

 

 隣で完全に酔い潰れている(アルコールなぞ頼んでいないのだが)少女を見て呆れ果てた表情を浮かべるシェーンコップ。その癖残った料理を意地汚く食べ切った。自営業している貧乏貴族の身としては奢られた料理を完食しない道理なぞ無い。貴族の誇りなぞ最初から持っていないからこその所業である。 

 

「……全く、毎度毎度御婦人には御迷惑お掛けしまして、申し訳ありません」

 

 涎を垂らして眠りこけるクロイツェルから視線を店長に移すと肩を竦め謝罪する。

 

「いいのよいいのよ。どうせ普段来る客共も昼間からビール注文して騒ぐような連中なんだから。ほれ、さっきの御貴族様が退席したからってもう来た」

 

 鐘を鳴らして仕事帰りだろう土建屋や荷物運び……俗にブルーカラーに類する中年連中が入店する。入店早々安物のアドリアンビールを注文してきた。

 

 大ジョッキにビールを注ぎ、両手で2本ずつ、計4本をがさつに彼らの席に置く。がやがやとした注文をメモすると半分セクハラのような顧客の軽口を躱してカウンターの厨房に立つ。

 

「見事にコスパ重視の安物を狙ってきたね。もっと原価比率低いの注文してくればいいのに!」

 

 目敏く費用対効果の高い品ばかり狙って注文する男共に軽く毒を吐くと店長はせっせと手慣れたように調理を開始する。

 

「だからね、別に私は気にしていないのよ?それに……坊やも思いのほか楽しそうだしね?」

 

 大盛のミートソーススパゲティを大柄なフライパンで炒めながら店長は語る。

 

「……そう見えましたかな?」

 

少しだけ意外そうに不良学生は答える。

 

「そりゃあね。坊やは余り本音は口にしない方だろう?伯爵様に毒吐いている時は結構楽し気じゃあないかい?」

 

 大皿に山盛りのミートソーススパゲティを盛りつけ、横に揚げてしばらくしたフライドポテトを敷き詰めるように横に添える。申し訳程度に付けられたミニトマトが唯一の野菜だ。その間空いている手は次のフィッシュアンドチップスの製作に取り掛かっていた。

 

「……少し長居し過ぎましたな。そろそろ混むでしょうから子供は御暇すると致しましょう」

 

 財布から14ディナール34セントを出すと隣の少女を起こそうと摩る。

 

「んんん……眠いですよぅ……」

「起きないとここに置き去りですぞお嬢さん?私のような紳士はともかく、この店の客は御行儀の悪い者が多いのでセクハラされても知りませんぞ?」

「うう……しぇーんこっぴさん、しんしですからはこんでくださいよー?」

 

もう一度深い眠りにつく小娘。誰がシェーンコッピだ。

 

「やれやれ……これはセクハラに入れんで下さいよ?」

 

 心底困った表情でこの小娘を赤子のようにおんぶする事に決める不良学生。

 

「……思ったより軽いな」

 

もう少し重いかと思ったら以外な軽さだ。

 

「お、坊主、お持ち帰りかい?ははは、若い奴はいいなぁ!」

 

 料理も来ていないのにもう出来ている店の常連の中年共が揶揄い半分で尋ねる。シェーンコップも顔位は覚えていた。

 

困り顔でシェーンコップは軽口をあしらって店を出る。

 

「へへ……あんち~よいこだねんねしな~……」

「いや、お前さんがねんねしているからな?」

 

 相変わらず意味分からん寝言を漏らすクロイツェルに一人で突っ込みを入れる不良学生。

 

 そこで彼は自身が笑っている事に気付く。そして不機嫌な表情になる。どうやら自分も随分と毒されているらしい。

 

「……らしく無いな。俺としたことが」

 

 小さな溜息をついて呟く帝国騎士。成程、自分も少し楽しんでいるらしい。あの面子は随分と揶揄い甲斐がある。いや、正確には揶揄える程度に気を抜いているという訳か。

 

 シェーンコップとて相手を見て手加減はしている。下手に弄び過ぎれば冗談抜きで報復がある。そこを良く見定めなければ門閥貴族相手に話を誤魔化すなぞ不可能だ。彼はそこの見定めに自信があったし、そうで無ければ初期の使い相手に言い逃れるなぞ出来なかった。正確には五体満足ではいまい。

 

「少し、揶揄い過ぎたな、あれは」

 

 先ほどの伯爵相手は少しボーダーラインを踏み外した。ぼんぼんの貴族様が横の従士とテーブルの装甲擲弾兵を視線で止めて無ければ少し危なかったかも知れない。

 

ある意味では気が緩んでいたと言える。

 

「……気が緩んでいたのか。俺は」

 

 同時に苦笑する。思えば同盟に亡命してから気が緩んだのは久しぶりかも知れない。祖父の厳しい教育がみっちり身に染みて以来隙を見せた事なぞ無かった。

 

 隙を見せるな、恩を受けるな、頼み込むな、だったか。帝国で痛い目に合ってから随分と執着的にそう言っていた。元より帝国騎士は独立独歩の気質があるが、祖父は厳しく騎士として指導すると共に耳に蛸が出来るほどそう言ったものだった。

 

 クレーフェ侯の屋敷につくと共にその無駄に荘厳な門を警備する警備員(明らかに軍人の身のこなしだった)に事情を伝える。無線機で警備員が使用人を呼ぶ間に背中でぐっすり眠る少女を起こして立たせる。

 

『うー、シェーンコップさぁん……ありがと~ございます~』

 

 当然ながら同盟公用語を話す余裕が無いので下級貴族の使うアクセントの帝国語でクロイツェルは答える。

 

『気にするな。淑女をエスコートするのは紳士の務めですからな』

 

 それにシェーンコップも同じく帝国騎士階級の使う言葉で答える。

 

『それもありますけど~』

 

 危なげにふらふらしながら火照った顔でクロイツェルはシェーンコップを見据える。

 

『遅れちゃいましたけど~学校で助けてくれて~本当にありがと~ございます~』

 

 門から伝統的な貴族屋敷に勤めるメイド服を着た使用人達が出てきてクロイツェルの下に駆け寄る。

 

『明日も~一緒にご飯いいですか~?』

 

 両脇を支えられて連行されるクロイツェルはへらへら笑いながら尋ねる。

 

『……ああ、いいとも。好きなだけくればいいさ。お前さんを揶揄うのもそう悪くはない』

 

意地悪そうな笑みを浮かべシェーンコップは答える。

 

『うぇ~?酷いですよ~』

 

 そういいながら輸送される少女を見、使用人からの礼を帝国騎士らしく答えると踵を返して自宅への帰途につく。

 

「……御婦人の仰る通りで、確かに私は案外楽しんでますな」

 

 再び苦笑する。だが、どこか不快な気分はしなかった。調子の良い奴だ、と不良学生は思った。

 

 

 

 

 ………次の日、ローザライン・エリザベート・フォン・クロイツェルは店に来る事は無かった。

 

 同日、ハイネセン亡命者相互扶助会本部に「サジタリウス腕防衛委員会」からのメッセージが届いた。

 

 

 

 




新作第4話、統合作戦本部ビルのデザインが前衛的。

何故か同盟の歴史が陰惨になった……。
ヤン家は星間交易商人(元宇宙海賊兼難民)、同盟建国期は被支配者側。そりゃあ同盟への帰属意識が無く軍隊を圧政者と思いますわ。

ヤン・タイロンのルドルフ論は独特の出自だからこそ出てきた考え。


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第三十一話 西部劇には夢が詰まっている

「蒙昧にして野蛮な帝国の全体主義者共に告げる。

 

 貴様らは祖国を蝕む寄生虫だ。この天の川銀河において民主主義の希望の灯を受け継ぐ銀河連邦の正当なる継承国家「自由惑星同盟」に巣くう悍ましい癌細胞だ。

 

 貴様らは銀河連邦の数百億に上る民主主義を奉ずる人民を虐殺した咎人の末裔であり、簒奪者ルドルフに尻尾を振って媚び売った犬であり、人類社会の裏切り者である。

 

 貴様らは、今やその侵略の魔の手をオリオン腕からこのサジタリウス腕にまで伸ばそうとしている。貴様らは圧政者から逃れたか弱い民衆の皮を被りながら1世紀半に渡りサジタリウス腕に雪崩こみ、偉大なる我ら先祖の切り開いた土地を奪い、偉大なる我ら先祖の築いた文化を破壊し、偉大なる我らの先祖の建設した国家を侵食している。

 

 これは正に専制政治による侵略行為であり、民主主義と人類の社会正義に対する挑戦に他ならない!

 

 まして今や同盟の守護神にして、共和政の擁護者であり、市民の盾たる自由惑星同盟軍にすら貴様らは蚕食しようと画策している。昨年、我らが同胞達を貴様らが暴行した事がその何よりの証左である!同盟を守護しようという愛国心と理想に燃える若人を傷つけ、骨を折り、歯を折る行為のどこが正当防衛であるというのか?これは正に貴様らによる同盟軍の乗っ取り計画の一部であり自由惑星同盟の簒奪の第一歩である!

 

実に……実に恐ろしい陰謀だ。

 

 だが、我々は反対勢力を文字通り血のローラーで挽肉に変えたルドルフとその犬共とは違う。寛容と赦しの精神を有する我らはお前達に贖罪の機会を与えよう。

 

我々は貴様達に三つの要求を宣言する。

 

 一つ、現在工作員として所属している自由惑星同盟軍及び同盟軍関連教育施設に所属する銀河帝国亡命政府構成員及びその支持者はただちに退職及び退学せよ。

 

 二つ、全ての門閥貴族階級の者は人民から搾取した全ての資産を民衆に返還せよ。即ち民衆の代行者たる自由惑星同盟政府に対して譲渡せよ。

 

 三つ、全ての亡命政府関連企業・組織は武装解除し、市民を暴力で威圧する私兵集団を解体せよ。

 

 以上三点が我々の求める正義の要求である。72時間以内にこの要求が入れられない場合、我々は対専制政治に対する正義の聖戦を開始する。その始めとして現在我々が捕虜としている人民を搾取してきた残虐な貴族の末裔を処刑する。また貴様らの魔の手の及んでいる同盟警察に通報した場合も同様である。

 

 最後に言わせてもらおう。……これは共和政と民主主義擁護のための自衛的行動であり、同盟憲章に基づく市民の自発的自衛権の行使に過ぎない。我らを唯の少数のテロリストと矮小化しようとしない方が良い。我らは偉大な指導者アーレ・ハイネセンの精神を引き継ぐ独裁体制への挑戦者であり、ルドルフとその子孫に抵抗するレジスタンスの先兵である。我らを幾ら殺そうとも、その暁には後に続く130億もの同盟市民が立ち上がり、独裁者とその子孫に正義の鉄槌が下る。その事を忘れるな……!

 

 

 

『なんと美しきか広大なるハイネセンの大地よ!琥珀色に輝く高原を見よ!

 荘厳な深紅の山々を見よ!果実をもたらす肥沃な大地を見よ!

 長征の民よ!長征の民よ!銀河の摂理は汝らに無限の恩恵を与えたもう!

 アルタイルから苦楽を共にせし同胞達との幸福!バーラトからダゴンへと広がりゆく我らの無限の開拓地!

 

 何と偉大なるか先人達の歩みよ!揺ぎ無き信念と熱情の偉業よ!

 広大な銀河に渡る自由への旅路よ!

 長征の民よ!長征の民よ!刻は優しく汝らの傷を癒したもう!

 汝らの魂は最早黄金樹の鎖に束縛される事無く!汝らの子らの自由は永久に同盟憲章に刻まれたのだ!

 

 何と美しいのだ!戦士達の自由への奮闘よ!

 自らの命を犠牲にして共和政を蛮族から守護する人々よ!

 そして銃弾の雨も!砲弾の嵐も厭わぬ信念よ!

 長征の民よ!長征の民よ!末永く汝の子らを祝福せよ!

 全ての犠牲は崇高なる使命のために!全ての収穫を神聖ならしめるまで!

 

 何と輝かしきか!愛国者の夢よ!

 苦難の開拓の果てに切り開かれし黄金色の麦畑!天に届かん銀色に輝く摩天楼!

 涙でも濁る事無き開拓の成果その輝きを見よ!

 長征の民よ!長征の民よ!銀河の摂理は汝らに無限の恩恵を与えたもう!

 アルタイルから苦楽を共にせし同胞達との幸福!バーラトからダゴンへと広がりゆく我らの無限の開拓地!』

 

 ……自由と民主主義万歳!専制政治に死を!黄金樹とその末裔共に永劫の災いあれ……!」

 

 

 

 約4分26秒のこの動画は、そして最後に薄暗い室内で黒い三角帽を被った委員会メンバー達が旧同盟国歌(宇宙暦557年から宇宙暦608年まで使用された「長征の民、自由への開拓」だ)を斉唱し終える所で終了した。

 

 ハイネセン亡命者相互扶助会にサジタリウス腕防衛委員会から送り付けられたデータチップに記録されていたこの動画を見た時、同団体副会長テンペルホーフ伯爵は怒りのあまり持っていた杖をへし折り、警備会社の代表取締役(ハイネセン駐留亡命軍司令官)ヘッセン子爵(准将)は淡々と警備会社(駐留軍)に総動員体制に移るように指示を出した。同席していた帝国騎士や従士階級の幹部は映像内に出てくる演説者に帝国語で罵倒の限りを尽くしていた。

 

 唯一人、静かに動画が終わるまでシルク製の高級ソファーに腰がけていたクレーフェ侯は深く溜息を吐くと、シュガーシロップのたっぷり注がれたレモンティーを飲んだ。そして、振り向くと、弛んだ贅肉が張り付けられた顔を微笑ませながらこう言った。

 

「ぶひっ……皆いいかね、一つ注意するよ?無関係な一般市民の犠牲は最小限に抑えるように。……残りは全員吊るせ」

 

 同時に、部屋にいた門閥貴族から下級貴族、平民から元農奴の職員までこの宣言と共に雄たけびを上げたのである……。

 

 

 

 

 

「おう、人質は端からガン無視か」

 

 私は士官学校の自室でベアトから相互扶助会の決定の報告を受け愕然する前に突っ込みを入れる。いや、分かっていたけれども……!

 

「一応聞くが同盟警察には……」

「横槍があると十分に報復出来ませんので……」

「まぁそうですよね、分かってたよ!」

 

優し気に微笑みながら答えてくれる従士に私はさらに突っ込む。

 

 元々帝国臣民刑法は厳罰主義的だ。麻薬の売買・利用だけでなく煙草・酒の密造密売、違法売春、強姦、暴行、殺人、贈賄、談合、不正蓄財、脱税等でも結構簡単に死刑判決が出る。流石に開祖ルドルフの在任中のように40年余りの間に10億人が処刑……なんて事は無いがそれでも相当な人命軽視だ。亡命政府の民法も帝国に比べるべくも無いが同盟に加盟する星系政府の中ではかなり重罰主義であると言われている。

 

 さらに言えば貴族達を始めとした上流階級は裁判で争うよりも私戦や決闘などで自身の名誉を自身で回復する事を奨励される気風が強い。あくまで法律とは自分達では名誉や財産を守れない惰弱な平民を保護するものである、と言う考えからである。貴族が法律で犯罪に問われない……帝国の貴族特権は元を辿れば貴族は法律ではなく独力で名誉を守れるだけの実力があるのだからその保護を受けず、その拘束も受ける必要は無い、という建前からだ。そんな訳で相手に対しての実力行使する精神的ハードルは一般的同盟人が考えるより遥かに低い。

 

 亡命政府はさすがに法律上の貴族特権も、決闘も公式に採用していないがそれでも非公式に貴族や平民の決闘はそれなりにあるし、同胞や組織への攻撃に対して報復する事にさほど抵抗感がある者はいない。いや、それどころか今回の場合開祖ルドルフ大帝や帝国貴族階級までも堂々と罵倒している上明らかに飲む事の出来ない要求をしていた。明らかな挑発行為である。亡命政府に帰属している者ならば亡命政府の名誉を守るため十中八九報復措置に賛成する事請け合いだ。

 

 そのためには当然同盟警察への通報なんか出来ない。絶対報復を止められるからだ。断じて人質のためではない。「反逆者に慈悲は不要、どれだけ人質を取ろうとも叛徒共は呵責無き攻撃で徹底的に掃討せよ」、は大帝陛下の残した有り難い遺訓である。

 

 えっ?後で逮捕される?知らんがな。例え後で牢屋にぶちこまれようとも成すべき事があるらしい。

 

 既にハイネセンの亡命者コミュニティは皆仲良く物騒なハイキングの準備にかかっている。ハイネセンの亡命政府系警備会社は系列の企業や施設から装備を集め始めていた。建設企業が建設用として保有していた追加装甲板(建材扱い)やロケット弾(建設物爆破処理用)がタクシー会社の保有する装甲車や病院のドクターヘリに装備される。亡命政府資本の化学工場からは塵焼却用に製造されているナパームが大量に輸送され始めていた。

 

 或るいは帝国人街では青年団や消防団、猟銃会の構成員が招集され始めている。自治体の消防署の人員は防火服扱いの重装甲服に火炎放射器を持ってスタンバイしていた。

 

 ……おう、こっちも相手を悪逆非道だなんて言えねぇな。

 

「残念ながら我々は学生として参加せずに若様を御守りするように命じられました。非常に残念です………本来ならば若様の指揮の下我々も出陣して匪賊共を駆除出来たものを。若様の勇壮な指揮を受けられ無い事が悔やまれます……」

 

 心の底から悲しそうにする従士。後ろに控える者達も心底悔しそうだ。いや、無理だからな?叛徒共を全員八つ裂きの刑にせよ、とか火刑に処せ、とか朝のナパームの香りは最高だぜ、なんて口にする立場とか嫌だからな?

 

 因みにこれ程本格的な動員は宇宙歴746年1月のアッシュビー暴動以来だ。前年の第二次ティアマト会戦で戦死したブルース・アッシュビーの国葬時に起きた暴動が記録上の最後の警備隊(事実上のハイネセン駐留軍)の本格動員である。

 

 資料によればブルース・アッシュビーの戦死が帝国系同盟軍人が帝国に旗艦ハードラックの座標をリークしたから、と言う真偽不明の流言が飛び交い国葬中にアッシュビー信仰者や軍国主義者、極右派閥の民衆や私兵軍団が帝国人街を襲ったらしい。

 

 これに対して亡命政府や地元コミュニティが自衛目的で警備隊や自警団を動員し市街地戦に発展した。最終的にハイネセン警察だけでは事態を収拾出来ず同盟地上軍の動員や、アルフレッド・ローザス中将やジョン・ドリンカー・コープ中将が暴徒達を事態収拾のための演説をする事によってどうにか事態は沈静化した。

 

 尤も、3日に渡る略奪や暴力の嵐により暴徒や帝国系市民、警備隊に同盟警察・同盟軍の死者は3000名に及び、70億ディナールの経済的損失が発生したが。

 

 それから34年ぶりの本格動員であるが……不安そうにするどころか下っ端までカチコミに行くのを今か今かと子供のように楽しみにしている姿はたまげたなぁ。

 

 寧ろあの時は邪魔が入って最後まで出来なかったから今回は根こそぎ行こうぜ!といった感じらしい。根こそぎと言うのは察していると思うが帝国では敵対相手を親戚一同まで刈り取ってやる、と言う意味だ。おい、本当に一般人大丈夫か?絶対纏めて薙ぎ払えする気だよな?族滅する気だよな?

 

「……おいおい、マジかよこれ」

 

 さて、現実から目を逸らすのはここまでだ。問題は御分かりの通り人質である。縄で縛られて動画に登場したその人物と言うのが……おいクロイツェル、お前前世で何やらかしたんだ?死神にでも憑りつかれているのか?

 

 映像が送りつけられる前日、朝早くに外出したローザライン・エリザベート・フォン・クロイツェルがそのまま失踪した。

 

 恐らくは、シェーンコップに会いに行って途中で拉致されたのだろう。あの店は帝国人街の外だ。帝国人街ならば余所者がいればすぐに住民に警戒されるし、犯罪者が出たら大抵警察が来るまでの間に集団私刑にされる。攫うのなら街の外しかない。

 

 私としたら取り敢えず全力で彼女を救出しないといけない訳だ。理由?分かってるだろうが、下手したら最終決戦でユリアン心の支えいなくて死んじゃうかも知れないだろうが!バットエンドしちまうだろうがっ!

 

 最悪の最悪、私としては金髪の小僧を仕留められなかったり、アムリッツァしちまった場合はもうシャーウッド組にでも紛れ込んでイゼルローンに逃げ込むしか生きる道が無い。魔術師が嫌な顔するかも知れんがガン無視する。私はロックウェルやリヒテンラーデと同じ道を歩みたくない。え?獅子帝なら私のような小物気にしない?その場合は絶対零度な義眼が危ないだろ?黄金樹絶対殺すマンが門閥貴族で帝室の血も流れている私を草刈りしないと思うか!?

 

 と、なるとユリアンが最後皇帝の下に辿り着いてくれないと困る。ヒロインいないと主人公パワー出せないだろうがっ!

 

 極めて自己保身と不純に満ち満ちた理由だが気にしてはいけない。誰だって命は惜しい。

 

 それに不良学生は……多分クロイツェルを結構気に入ってたからなぁ。見捨てたら私に死亡フラグ立ちそう。と、いうかあいつの命も危ない。さっき私の携帯端末にあいつ電話かけてきたからな?クロイツェルの事尋ねて来たからな?絶対探しているからな?

 

 このように、本来ならば今すぐ嵐が過ぎ去るまで布団にくるまり従士に泣きつきたいのだが、未来の族滅避けるためには自殺行為を覚悟して首を突っ込みにいくしかなさそうだ。突っ込んだ首がちゃんと繋がったまま帰れるか疑問だが……。

 

「それはそうと、ベアト。私の外出を止めようとする理由聞いていい?」

「若様、今学校の外に出るのは非常に危険です。お止め下さい」

 

 トイレの窓から逃亡しようとしていたら窓からベアトが出てきて真顔でそう答える。おう、さっきまでトイレの外で待っていたよな?移動速度可笑しくね?

 

 考えられる可能性は時間操作系能力者、空間移動系能力者、幻術系能力者の三つか……特に最後ならば厄介だ。奴自体が幻術で本体が別にいる可能性も……。

 

「いえ、若様。ベアトは幻術では無く、しかとここで若様を見守っております」

「監視の間違いじゃないのか?後心読むな」

 

 トイレの扉を開けてそちらから逃亡しようとするが見事に控えていた同僚達に確保された。お前達用意周到過ぎるわ。

 

「……さて、困ったな。これでは禄に動けんぞ」

 

 丁重に自室に連行された私はベッドに座り込んで困り果てる。灰色の軍帽を弄びながら私は状況を考察する。

 

 私の第一目標はクロイツェルとシェーンコップ保護ないし生存だ。第二に可能であればこの危険なハイキングを中止に追い込む事。

 

 問題点があるとすれば三点、一点目はクロイツェルがどこにいるのか、二点目がどうやって救出するのか、三点目は同胞の怒りをどう鎮めるか、だ。

 

 実の所、一点目と二点目に関しては手段が無い訳ではない。

 

 問題は………。

 

「怪しいよなぁ……」

 

 売られた喧嘩は買うのが流儀、名誉を汚されれば決闘や報復するのが当然、法治国家の意味知っている?な同胞の皆さんと違い、卑屈な私は疑問を抱いていた。

 

 「サジタリウス腕防衛委員会」は確かに過激な団体だ。思想的にも気違いじみている(我々が言えた義理ではないが)。

 

 だが、だからと言って少々今回の騒動は無謀過ぎないか?

 

 仮にも危険団体に指名されて170年にも渡り存続してきた狡猾な団体である。それがこんな直情的な犯行を犯すだろうか?要求にしても非現実的だ。最初から闘争するつもりとしか思えない。

 

 そもそも、誘拐するなら多少無茶してでも門閥貴族を拐うべきだったはずだ。歴史の浅い帝国騎士にどれ程の価値があるかなんて同盟建国以来散々誘拐事件を起こしてきた彼らが分からない筈無い。人質無視での報復なんて長年帝国人と笑顔で殴り合いしてきた彼らなら知っている筈だ。警備が厳しいとしてもその程度の人手を集められない程組織が弱体化している筈もあるまい。

 

 何か考えがあってこの騒動を起こしたと考えるべきだろう。互いに気に食わないとしても、それだけで行動するならばこれまでだって幾らでもその機会はあった。

 

「上も気付いているだろうが……」

 

 少なくともクレーフェ侯爵辺りはある程度その事も考えている筈だ。曲がりなりにもハイネセンの亡命者コミュニティを預かる身である。今更気付いた私と違い頭の回転が鈍い訳ではないだろう。

 

「直接動けない分、口と人を動かすしかないな。と、言う訳だからベアト、流石に電話はくれるよな?」

「はい、こちらにご用意しております」

 

 いつの間にか携帯端末を持って控えている従士。おい、さっきまで部屋にいなかったよな?忍者……いや、ニンジャかな?

 

「電話は許可か。まぁ、当然か」

 

 彼女達はあくまでも私の身の危険を慮って外出を止めているだけだ。つまり……私が危険なイベント事に首を突っ込む事については主人の意思なので不干渉と言う事だ。実行するのが、現場に立つのが私で無ければ、な。

 

「取り敢えず侯爵と……後はホラントの伝手を借りて、現場は……」

 

 後で恩賞をやらんといけないな……等と随分と貴族的な思考に染まった事を自覚しつつ私は根回しの必要な人物達に電話をかけ始めた。

 

 

 

 

 

 

「さて……これは少々困ったものだな」

 

 不良学生の事、ワルター・フォン・シェーンコップはそよ風の涼しい昼頃、テルヌーゼン郊外グリーンフィールド公園の一角にあるベンチに座り地図を左手に、右手に缶コーヒーを持って呟いた。

 

 彼は本来ならば期日の近づいてきた同盟軍テルヌーゼン陸戦専科学校試験に向け最後の追い込みをかけるべき時期ではある。で、ありながら今ここでそれを放り出して休憩している事実は決して自身の実力に自惚れているわけではない。

 

「やはりな。……全くあのお嬢さんは貧乏神か何かでも憑りついているのかね?」

 

若干呆れを含んだ声で不良学生は一人ごちる。

 

 別に彼女……ローザライン・エリザベート・フォン・クロイツェルが店に来なかった事自体は構わない。別に来い、と頼んだわけではない。

 

 問題は携帯端末の履歴だ。朝に着信が一件、すぐに切れて留守電は無い。その後に電子メールもSNSも音沙汰無しである。

 

そこで訝しんだ。

 

 別に彼自身はさほどその手の物に関心がある訳ではない。だがクロイツェルは中毒、という訳では無いが日に2,3件ほど投稿するくらいには使用している。それが何ら音沙汰無し、そこでどこか不穏な物を感じた。

 

 次にしつこくストーカーしてくる伯爵に電話をかける。彼自身は彼女の事についてその時点では把握していないようであった。だが、会話から従士共が慌ただしくしている事は把握した。

 

役に立ちそうに無い伯爵との電話を切って考える。

 

 自分は何をしているのか?別に大して仲の良いわけでは無い学生の音信が不通であるだけでは無いか?あれは煩い貴族共の回し者だ。消え去ってむしろ気楽では無いか?

 

 そう考えそのまま放置しておこうと考えた。だが、どこか後ろ髪を引かれる感覚……いや、これはもっと根源的な物だ。虫の知らせ、あるいは動物的な本能あるいは直感と呼ぶべきもの……それは恐らく彼の軍事的指導者として、一人の戦士としての一種の才覚・超感覚の片鱗であっただろう……それが自身にその選択を選ばせた。

 

 結果的にこの不良学生は相当詳しく事態を把握していた。元々帝国騎士である。帝国人街での動員を知るのも、その事情を知るのも難しくない。ハイネセン警察相手には禄に口を聞かない住民達も同胞、しかも貴族様相手ならば結構簡単に事情を話してくれる。

 

 同時に、彼はほかの帝国系市民と違い連邦系市民とも親交がある。恐らく彼女が帝国人街では無くベルヴィル街、あるいはその周辺で消えたのはほぼ確定だろう。ダイナーレストランで顔見知りになっていた飲んだくれ達にそれとなく聞いて見れば……案の定、ここらの下町で見慣れない車が朝っぱらに目撃された。グレートロード社のハイネセン資本100%の悪趣味な車を乗り回す奴なぞここらの住民にはいない。

 

 車種は分かった。シリアルナンバーは不明確だが方角も分かった。と、なると拉致された時間帯と動画の送られた時間帯から逆算すると……。

 

「この辺りだな」

 

 テルヌーゼン市地図の一角に赤ペンで円を描く。人気の少ない郊外……無論、それでもかなり広い範囲だが。

 

「……呆れたな。まるで情報部にいるみたいだ」

 

 自分のやっている作業を客観的に見てそう自虐する。尤も実戦ではこの程度でどうにかなるほど敵も間抜けでは無かろう。無能な敵あらば150年も戦争していまい。

 

問題があるとすれば……。

 

「この範囲を一人で探すのはちと厳しいか」

 

 それなりに絞り込んだとはいえ相当な範囲だ。少なくとも今日明日で捜索出来るとは思えない。

 

「さてさて……どうするか」

 

 断片的情報では数日以内に哀れな生贄になると聞いている彼女をそれまでに見つけ出せるか、と聞かれたら肯定出来ない。むしろ、すぐに動いて良かった。一日でも動くのが遅ければどうにもならなかっただろう。

 

「御偉いさんに頼み込む、と言うのもな……」

 

 人質を考慮するほど門閥貴族が優しいなぞとはシェーンコップも思っていない。と、なると……。

 

「……人命とプライドの二者択一ですかな?」

 

 侯爵様に土下座でもすれば万に一つくらいは配慮してくれるか、等と考える。同時に自分の土下座がその程度の価値しかないのか、と考え苦笑する。

 

「元より、誇りでは飯は食えんからな」

 

 母は話によると零落れて乞食になるくらいならと毒をあおったと聞いている。尤も、他人は誰も称賛なぞしていないが。零落れた貴族が自暴自棄になって死んだだけだ。父は危険を承知で直訴して帰らず、同盟に亡命した祖父は頑固に孤高を保ち誰の助けも取らず呆気なく死んだ。軍人の兄も骨になって帰り、祖母もやぶ医者にかかるのを拒否して死んだ。所詮その程度のものだ。

 

 それでも一抹の抵抗感があるのは、やはり自分もあの家族の血縁なのだろうな、と思う。

 

「……仕方ないな。見捨てるのも寝覚めが悪いからな」

 

 分の悪い賭けだが仕方あるまい……缶コーヒーの中身を全て飲み干すと不良学生はぶっきら棒にそれを捨てる。すぐに缶は公園巡回中の掃除ドローンに回収される。

 

 御苦労な事だ、そんな事を考え立ち上がる。あの無駄に豪華な屋敷に行くのも気が引けるな、なぞと思いながら歩き始めようとする、と同時に不良学生は警戒を強めた。

 

「失礼、ワルター・フォン・シェーンコップ氏でよろしいか?」

「……ええ、そうですが?」

 

 シェーンコップは振り向く。そこには鋭い目つきの明らかに非好意的な男が佇みながら彼を睨んでいた。

 

「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか……ですかな?」

 

 自分を遠くから取り囲む集団を見ながら不良学生は皮肉気味にそう呟いた。

 

 

 




前半の歌の元型は「America the Beautiful」美しい曲です。

最近帝国人がヴィンランド・サガみたいな戦闘狂の集団になってきた。まぁどんなに着飾ってもゲルマン人は文明国ローマから見たら蛮族だからね?



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第三十二話 運転免許くらいは就職のために取得しよう

「………」

 

 薄暗い部屋の中で少女……ローザライン・エリザベート・フォン・クロイツェルは緊張しながら周囲の様子を伺う。両手首と足首に電磁錠を掛けられ柱に固定された形で座り込む彼女は酷く震えて、さながら嵐の夜に雷に怯える小動物のように縮こまっていた。

 

彼女は朧気な記憶を辿る。

 

 あれは今日の事か?それとも昨日?もっと前?少なくとも半日以上は経っている筈だ。

 

 朝早くから侯爵様の屋敷から出て例のレストランに向かっていた。場所もそうだが時期が時期だけに止めた方が良いのではと屋敷の使用人が言っていたが彼女は気にも止めていなかった。もう何度も歩いた道であったし、惑星ハイネセンの治安は……特にテルヌーゼンの治安は下町であろうとも悪いわけではない。少なくとも重犯罪がそう頻発する街ではない。

 

 どこぞの街でテロがあったなんて話もあるが所詮は別の大陸の話だ。そもそもハイネセン以外ではアルフォードしか住んだことの無い彼女は治安に関する関心自体が低い。

 

 唯でさえ星系刑法が厳罰主義の上、それこそ曲がり角事に一台監視カメラがあり、普段から馬に騎乗したり行進しながら星系警察が街を巡察するヴォルムスの治安は同盟においても相当良い方だ。社会の安寧と秩序を乱す恐れがある者は秩序教育法の下子供の内から矯正される。一部の共和派自治体を除けば浮浪者や孤児は救貧法や奉仕法の下で警察に労働施設に連行されるので貧困から犯罪を犯す者も滅多にいない。

 

 星系の外では監視国家やら刑務所惑星、人権制限社会などと言われているとも聞いた事があるが少なくともクロイツェル個人からすれば特に不満は無かった。

 

 それこそ余程の事……帝室や門閥貴族の馬車に生卵を投げるような加害行為でも無ければ令状無しで逮捕される事はまず無いのだ。電話の盗聴や郵便や荷物の検閲もあくまでテロや犯罪対策のためである。善良な一般人が謂れの無い罪で拘束される等そうそうある事では無い。同盟メディアが勘違いしている事が多いが労働施設だってかつて社会秩序維持局が異常者隔離法の下に放り込んだ強制収容所のような劣悪な環境では無かった。年齢や健康状態の下に適性な労働(平均10時間)が割り当てられ、休日と娯楽こそ少ないが栄養価の計算された食事とシャワー、狭いが冷暖房のある個室も提供される。同盟辺境のスラム街での暮らしよりは遥かにマシだ。

 

 少なくとも星系政府の施政の恩恵により星民の大半は昔から犯罪に巻き込まれる、などと考えた事も無かった。

 

 故にいきなり後ろから捕まえられた時恐怖から叫ぶよりも先に何が起こったか分からず茫然としていた。尤もすぐさま口元を布のような物で塞がれ、気を失ったが。

 

 次に気付いた時には薄暗い部屋でこのように囚われていた。周囲には黒い三角帽子を被った人々がカメラを見ながら何やら話していた。同盟語であるのは何となく分かったがその意味は今一つ分かりにくかった。目覚めたばかりで頭が回らなかった事もあるがその言葉が古い文法であった事もある。アルレスハイム星系では帝国公用語と同盟公用語が共に必修であるので田舎はともかく、大抵の都市市民は少なくともある程度の意思疎通が出来るくらいには同盟語が扱える。

 

 だが、それはあくまで俗にベーシックとも呼ばれる政府公文書や国営テレビ放送で使われる同盟公用語である。

 

 同盟語も2世紀半の間に口語や文法、綴りが変化している。現在の同盟公用語はアルタイル星系の長征組の使っていた旧銀河連邦に認可された連邦公用語の一つであるグリームブリッジ語(旧グリームブリッジ民主共和国公用語)と呼ばれるものを基に旧銀河連邦植民地の各方言、帝国公用語等の影響も受けたものだ。そのため実の所、現在の同盟公用語は、300年前にアーレ・ハイネセン達の使用していたそれとは似ても似つかないものだ。

 

 耳に入る言葉が古臭く(さらに言えば彼女には奴隷や強制労働者のような下層民の使う汚い言葉に聞こえた)、正確にその意味合いを理解する事こそ出来なかったがそれでも断片的に読み取れる単語だけで自分が余り良くない状況にある事が分かった。

 

同時に血の気が引いた。

 

 自分を人質にしている事は分かった。だが……その事を皆が考慮してくれるとは到底思えなかった。

 

 帝国人の考える有能な警察官は潔癖であり、秩序の維持と早急な回復する実行力、その壊乱者への徹底的弾圧と見せしめによる追従者の防止するという固い信念である。恒久的な平和の維持のためには犯罪者への配慮も妥協も一切不要、長期的な社会秩序と臣民の保護のために少数の不運な人質の犠牲は考慮に値しない。

 

 かつてカッファーで左派系テロリストが帝国人街にあった市民会館にて行われていた右翼市民団体の集会に乱入して300名以上を人質となった事がある。交渉を求めたテロリスト側に対してカッファー星系警察の現場指揮官はその要請を無視して即座に特殊部隊による突入を指示した。装甲車が市民会館に何台も突入し、警官隊は催涙ガス弾が雨あられのように撃ち込んだ。完全武装の特殊部隊には抵抗する者の警告なしの射殺が命じられていた。

 

 最終的に21名のテロリスト全員と3名の警官、11名の市民が死亡したこの事件は、同盟マスコミの現場指揮官に対する激しい非難に繋がった。犯罪者とはいえテロリスト全員を降伏を認めず射殺した事、市民の巻き添えによる死亡者が出た事がやり玉に挙げられた。

 

 帝国系移民の血を引く現場指揮官の謝罪会見における発言内容は聞いた者を驚愕させた。彼は犯罪者の中から情報を聞き出すための相手グループ指揮官の確保失敗、及び3名の警官死亡の責任について鎮痛な表情で深々と謝罪したが残りのテロリストと市民の犠牲については気にする事すらしなかったのだ。

 

 その現場指揮官が星系警察でも優秀かつ汚職とは無縁であり部下の人気が高かった事、帝国系市民から数十万に及ぶ擁護の電子メールが来た事が一層同盟主要マスコミを唖然とさせた。

 

 ようはそれが通常の帝国人メンタルなのだ。最低限門閥貴族でなければ人質とすら認識されない。

 

 彼女が家族と住んでいた頃、先ほどの事件をテレビで聞いていた時人質について運が悪いなぁ、等と思っていたが御近所や友人には優しい性格だと良くいわれたものだ。

 

そんなわけで……確実に助けなぞ来ない事をこの時点でクロイツェルは確信してしまった。

 

 故に彼女の生還のためには独力での脱出が必要であったのだが……それが出来るかと言うと不可能と言えた。

 

 電磁手錠は力づくでどうにかなるものでは無い。引き千切る前に腕が千切れる事請け合いだ。そもそも、薄暗い部屋の入り口に見張りがいた。傍の小さなテーブルと机に座る二人組。黒い衣服に三角帽を卓上において、古臭いテレビを見ながらカードゲームに興じていた。耳を澄ませば微かに会話が聞こえる。

 

「こ……慌て……老害……後は………」

「まだ……おい、それ………動員………」

 

 現代風の同盟公用語だった。あの古い同盟語はカメラの前だから言っていたのだろうか?

 

「……どうしよう」

 

 そう口にしても実際問題出来る事は無い。プロの軍人ならともかく、唯の子供に何を求めると言うのか?

 

「……あぁ、本当なんでこうなるのぉ?」

 

 今にも泣きそうな声で呟く。今度御払いしてもらおうかな?などと本気で思った。尤も、今度があればの話ではあるが……。

 

 

 

 

 

 

 自動車の自動運転技術は枯れた技術だ。西暦時代の13日戦争以前には既に原始的なAIを用いた自動運転は実用化されており、トラックやタクシー、バス等の公共性の高い分野では少なくない車両で使用されていた。その誕生から約1600年経った現在においてはプログラムは洗練に洗練を重ねており通常どのようなアクシデントが起ころうとも事故が起きる事は、それこそテロでも起きない限り滅多に無い。

 

 その信頼性は黎明期には機械に運転させるのは危険だ、等と言われたと言うが宇宙暦8世紀においては逆に人間に運転させるのは危険だ、と言われている程である。

 

 だが、それでも軍用車両は全て、民間車両でも半数以上は緊急時のマニュアル運転用運転席があるし、同盟軍人は所謂運転免許の取得は軍務につく上で今でも必須となっていた。

 

 幾ら完成されたプログラムもそれは何らの妨害の無い状況に置いての事だ。現在の無人運転においては惑星上空の地上観測衛星、惑星地上の交通管制センター、周辺車両等との相互干渉ネットワークによる情報交換が不可欠であった。そしてそれらはいざ惑星上で戦闘になると電波妨害やハッキング等の電子戦、或いは施設の物理的破壊により機能の大半を失ってしまう。スタンドアローンでも運転可能ではあるがその信頼性はかなり下がる。自動運転技術はあくまで平時の、あるいは銃後の安全地帯であるからこそ使用可能な技術であった。

 

 尤も、日常で好んで車を運転したがるのは帝国人くらいのものだが。

 

「ん?シェーンコップさん、どうしました~?お姉さんの顔に何かついていますか~?」

 

 運転席から後部ミラー越しにこちらを見る視線に気付き、レーヴェンハルト曹長はニコニコ笑みを浮かべながら尋ねる。

 

「……いえ、直に運転する人は珍しいものでしたから」

 

 淡々とシェーンコップは答える。嘘では無い。一般的な同盟人は軍務でも無ければマニュアル運転なんて録にしない。

 

 元々旧銀河連邦末期から高級ホテルやリゾート地では富裕層向けに機械に代わって人を使うクラシックな……悪くいえば原始的で非効率的なサービスを行うのが一種の流行であった。

 

 そこにルドルフ大帝の「機械に頼るのは惰弱の証左、真の強者は自身の体で全てを為す」と言う遺訓が加わり帝国人は同盟人と違い自動運転を嫌い自身や臣下に運転させる傾向が強い。自動車の普及率では同盟の方が圧倒的なのに運転技術を持つ者は帝国人の比率の方が上という調査結果もある。

 

 尤も、シェーンコップのどこか警戒的態度は別の意味もあったが。帝国には運転中に使われる自動車戦闘術や自動車暗殺術がある。自動車事故で政敵が死亡する事は帝国ではちらほらある事であった。

 

「……安心して欲しい。レーヴェンハルト曹長は航空機だけでなく各種の車両運転技能も完備している。一般乗用車の運転技術も特級だ」

 

 だから警戒しているんだ……そんな本音を殺して不良学生は隣の席に座る男を見やる。

 

 身長は190センチメートルはあるだろう、中年の肩幅の広い男だった。皴の深い顔に刃物のように鋭い視線、険しい表情、良く見れば顔の所々の肌の色が僅かに違う。それは負傷した皮膚組織を人工皮膚細胞に張り替えた跡であった。

 

『……同盟公用語が苦手でしたら帝国語を御使いになっても宜しいですが?』

 

 流暢な宮廷帝国語でシェーンコップは答える。相変わらず惚れ惚れするような言葉遣いであった。

 

『……失礼致します。恐縮ながらレーヴェンハルト曹長と違い私は無学な物で御座いますので同盟公用語に精通していないのです。無礼な言葉遣いがあれば御容赦頂きたい』

 

 男……銀河帝国亡命政府軍装甲擲弾兵軍団・第1親衛師団「エインヘリャル」所属ヨルグ・フォン・ライトナー大尉は頭を下げ同じく丁寧な宮廷帝国語で礼節のある、しかし極めて義務的口調で答える。

 

 ワルター・フォン・シェーンコップは今現在、亡命軍のハイネセン活動のための人員輸送用の車の中にいた。外面こそ同盟の一般的大衆用乗用車であるがそれは同盟の大手自動車メーカーから車両デザインのみレンタルしたものだ。車体は実弾銃やブラスターにもある程度耐えられる強靭性があるし、タイヤだって大口径対物ライフルを受けても数時間は走れる。エンジンの性能は大衆用のそれにしては余りにも過剰だ。マジックミラーで隠れた車内が確認出来ればそこには各種のデジタル液晶画面がずらりと並んでいる。電波妨害やハッキング対策が為され、強力な通信妨害にも耐えうる軍用無線機が添え付けられている。到底善良な一般市民の乗り回すものではない。

 

『……別に構いませんよ。それより、何の風の吹き回しですかな?御協力は嬉しいが、貴方方は今ハイキングの準備に御忙しい筈ですが?』

 

ここでシェーンコップは彼らが自分に協力する理由について疑問をぶつける。

 

 カチコミに行く相手はかつて警察の抜き打ち調査で火炎放射器に地雷、対戦車ロケット弾や肩落ちとはいえ軍用装甲車まで隠し持っていた相手だ。目の前の輩も大概ダミー会社の倉庫に物騒な道具を隠し持っているだろうが少なくとも自分に構う暇なぞ無い筈だ。

 

『我々の行動は相互扶助会の、当然亡命軍の指示でもありません』

 

 淡々と、少し敵意を含んだ言い方でライトナー大尉は疑問に答える。

 

『我々はヴォルター・フォン・ティルピッツ様の個人的指示に従い行動中です』

 

 その答えに対して不良学生はさほど驚かなかった。亡命者相互扶助会や亡命政府の命令で無いのなら、帝室か有力な門閥貴族階級の個人的指示でなければ彼ら実働部隊が動く事はあり得ない。それに運転手と大尉の顔には見覚えがあった。前者は店の窓硝子に張り付いていたし、後者は店のテーブル席で黙々と護衛として控えていた者の中にいた。と、なれば指示した人物でその可能性がある者は限られる。

 

尤も、想定していたとしても少し意外ではあったが。

 

『ティルピッツ様の御指示に従い我々はシェーンコップ様に協力し、クロイツェル様の救助をするよう仰せつかっております』

 

 実際既に彼の麾下の2個小隊の人員は同盟一般市民の服装と偽装車両を持ってシェーンコップの目星をつけた地域一帯を探索中だ。

 

『シェーンコップ様御一人では荷が重すぎる事です。どうぞ我々をご自由に御使い下され』

 

その言い回しにシェーンコップは鼻白む。

 

『別に無理してそのような事仰らずに良いのですぞ?その内心の不快な本音は良く認識しているのですから。どうです?もっと砕けた口で話しませんかな?』

『いえ、そのような事は御座いません。我々は軍人です。御命令に対して唯粛々と従うのみです。そこに感情の入る余地は皆無です』

 

顔の表情を動かす事なくライトナー大尉は答える。

 

『……戦場では、特に地上戦においては味方同士の信頼関係が重要と学んだのですがね。私としても貴方を信用していない。貴方も同様の筈だ。どうです?せめてわだかまりを解してから仕事をしたいでしょう?』

『いえ、そのような事は……』

『別に罵倒しようとも気にしませんよ?貴方の上司に報告しませんし、当然何を言おうとも貴方方の手を借りないなぞ言いませんよ。こっちも体面を気に出来ない立場ですからな』

 

 そう言って試すように大尉を見つめる不良学生。両者は静かな車内で数秒間互いを睨み合う。ミラー越しにレーヴェンハルト曹長はその様子を監視していた。

 

『……そうですか。では大変恐縮ながら御伝えしましょう。………余り粋がるなよ、糞餓鬼が』

 

 流暢な宮廷帝国語は平民階級の訛りを含んだ物に変化し、ドスの効いた声でシェーンコップを罵倒した。

 

『俺達はあくまで若様の御指示があるからてめぇに協力してやっているだけだ。本来ならばこれまで散々無礼を働いてきたお前さんを八つ裂きにしてやってもいいんだぞ?』

 

 貴族階級の使うものとしては非常に汚い言葉でライトナー大尉は答えていく。同じ貴族としても下級貴族、しかも従士家の中でも地上戦を担う家であるライトナー家の分家出身である。やろうと思えば主家や本家の名誉のために流暢な宮廷帝国語を話せるが地が出ればこのような荒々しい言葉遣いになる。

 

 ティルピッツ伯爵家に仕える従士家ライトナー家は代々衛星軌道上からの降下作戦や宇宙要塞攻略用の陸戦部隊を司る。その歴史は帝政初期にまで遡る事が出来、歴代の本家は陸戦隊の旅団長や連隊長の地位についていた。

 

 そのライトナー家の分家グライン=ライトナー家もまた代々下士官や尉官としてティルピッツ伯爵家私兵軍や帝国軍宇宙軍陸戦隊、地上軍、装甲擲弾兵軍団に所属していた。本家はともかく、そこから枝分かれした分家の一つである。宮廷の警備や主家の護衛の一員として随行する事はあっても大貴族の淑女と口を聞く事は無いし、社交界に出る事も無い。そんな暇があればいつでも主家からの動員に答えられるように戦斧の鍛錬をしている。

 

『俺のような学の無ぇ軍人は何も考える必要は無ぇ。唯主家や本家の命令通り目の前の賊共を処分していけばいいだけだ。それは分かっている。だがなぁ……それでも気に食わねぇ事はある!』

 

 全てを決断し、国を導くのは強靭な意思と思慮深い知恵を有する帝室と門閥貴族、帝国騎士や従士家はその手足としてその指針を実現すべく実務をこなし、自身で考える意思も能力も無い愚民……平民達は哀れな子羊の如くその指導に導かれるべきである、帝国開闢以来の古き良き伝統を当然の如くライトナー大尉も信奉していた。

 

 だからこそ忠義深く従士としての義務を果たし、勇気ある軍人としての義務を果たし、善良な帝国臣民として選挙で主家と与党への投票の義務を果たしてきた。主家の命令ならばどのような命令であろうとも疑う事無く、その実現のために全力を尽くすのは良き帝国人としても、アーレ・ハイネセンの理想実現からも当然の判断だ。

 

『だから我慢しているが、貴様の態度は見ているだけでも耐えられねぇ……!』

 

 自由・自主・自尊・自律……偉大なるルドルフ大帝が唱えた全人類の指導者に必要な資質であり、国父アーレ・ハイネセンも目指すべき理想として提唱した四概念、その体現者たる門閥貴族が、しかも主家の次期当主が態々足を運んでいるというのにあのふてぶてしく人を食ったような態度は何か?

 

 本来ならば自身の下に足を運んだ頂いた事に感涙し、その御言葉を拝聴し、その御命令に寸分違わずにお答えするのが当然の行動では無いか?

 

『貴様は確かに優秀なのだろうな。士官学校試験の成績も上等らしいしな。だが、だからと言って自惚れるなよ?貴様は我々亡命軍やティルピッツ伯爵家の陸兵が腰抜けか無能の集まりだから若様が自分を高く買っているとでも思っているのだろうが、そんな事は無ぇ。我々は全員死なぞ恐れない戦士の集まりだ。貴様程度の実力者は幾らでもいる……!』

 

 地上戦部隊に限れば装備の質も、兵士の士気や練度も帝国軍どころか同盟軍すら上回るのが亡命軍である。上官の命令であれば例え十重二十重に張られた防衛線を一切恐れる事無く突撃するし、絶対死守命令が出されれば文字通り最後の一兵卒に至るまで徹底的に抗戦する。例え腕を失おうとも、銃弾を全身に浴びようともひるまずに目の前の敵を刺し違えてでも仕留める、降伏なぞ有り得ない。亡命軍の有する特殊部隊はどれほど無謀な作戦であろうとも躊躇なく成功させる事で有名だ。例え部隊が全滅したとしても。

 

 それは、正に古き善き銀河帝国軍の黄金時代の姿だ。後退せず、屈服せず、降伏せず、最後の一人になろうとも戦いを止めない、それこそが常勝無敗、一騎当千の帝国軍の有るべき姿。オリオン腕の賊軍共は今や軟弱な烏合の集に過ぎない。亡命軍こそ真の帝国軍の伝統を受け継ぐ組織であり、そこに所属する兵士こそ真の帝国軍人なのだ。

 

 その戦いぶりから友軍たる同盟軍からすら恐怖、あるいは畏怖される亡命軍の陸兵の一員としてライトナー大尉は目の前の学生を威圧する。彼自身装甲擲弾兵として20年近くに渡り最前線で帝室と主家に奉仕してきた身だ。殺害した賊軍の数は優に3桁を数える。引き換えに左腕と右足が義手と義足に変わり、右側の肺は人工肺に交換され、鼻と数本の歯を失い整形しているがこの程度の喪失は安いものである。

 

 一方、歴戦の同盟軍地上軍兵士でもたじろぐ威圧を前にしてもシェーンコップは物怖じせず、寧ろ不敵な笑みで睨み返す。

 

 その態度にむかついたのか、鼻を鳴らして視線を逸らす。

 

『若様も、どうしてこのような奴を……。あれ程の侮辱を受けながらご配慮なされる必要なぞ無いのだ。ましてこのような事に協力せよと……。我々の身は兎も角、若様が御苦労なされるのは理解していらっしゃるでしょうに』

 

 護衛目的で派遣されている以上自分達をどう使おうとも、どう使い潰そうともそれ自体はほかの門閥貴族から問題視される事は無い。

 

 だが、任務が任務であるから根回しが必要な筈だ。態々殆ど平民と同じような帝国騎士を救出するために関係各所に連絡する手間がどれ程のものか。これがせめて伯爵家の重要な従士家の者なら理解も得られるのだろうが……。

 

『ようは、俺の厚遇が気に入らない、というわけですな?』

 

 古くから仕える家からすればどこの馬の骨……とは言わなくとも、代々一族の血肉を犠牲に忠誠を尽くしてきたのに他所様がいきなり丁重に遇される、しかも相手は敢えてつれなくして自身の価値を吊り上げているように見えるわけだ。

 

 無論、不良学生はそのつもりは無いし、あの伯爵家の若造もそこまで考えていないだろう。だが、下がどう思うかは別だ。寧ろ帝国の宮廷で数多くある前例から照らせばこの程度の認識で済むのはまだマシな方だ。

 

『そういう事だ。貴様のせいで……いや、もういい。これ以上は蛇足だな。……無論、御命令で御座いますので最大限の努力を持って任務を全うさせて頂きますのでご安心を』

 

 言いたい事は言い切ったとばかりにライトナー大尉は口調も元に戻す。

 

『……もう、大尉、圧力怖いですよ~?私怖くて漏らしそうになったのですが……』

 

 ずっと黙っていたレーヴェンハルト曹長が半分涙目で口を開く。

 

『曹長、これは失礼しました。しかし曹長もしっかりして頂かなければ。この程度でたじろいでいては重要な時に護衛を出来ません』

『いやぁ~私は航空科ですものでぇ~』

 

生身の白兵戦は無理ですよぅ、と誤魔化すように笑う。

 

『いやいや、良いのでは無いですかな?淑女は戦斧を振り回すより笑顔を振りまいていた方が余程男性方には助かるというものですからな』

 

 貴方を淑女とすればですが、とは不良学生は言わない。年上のお姉さん風で顔は整っているが最初の出会いがあれなので到底恋愛対象にはなり得ない。

 

『淑女ですか、いやぁ照れますねぇ!私結構美人!?けど若様にも家族にも一度も呼ばれた事無いんですよ!う~どうしてかなぁ?』

 

 取り敢えず鏡を見ろ、不良学生と大尉は内心で同じ事を考える。

 

『はあ~、若様成分が足りない……。この際ベアトリクスちゃんでいいから抱き枕にして嘗め回したい。いや、舐め回したいっ!はぁ……せめてテオ君とネーナちゃんこっち来ないかなぁ?そうすれば……』

 

 そこまで口にして無線機からの着信を受け、レーヴェンハルト曹長はふざけた表情を止めてイヤホン型の無線機を耳に装着する。

 

『……ええ、そう……そう、分かったわ。バレない程度に監視しておいて。残りは念のために残りの区画を調査して。ええ……そちらはこっちでやるわ』

 

 無線を切った曹長はにこにこ笑みを浮かべて注目する後部座席の二人に答える。

 

『今、シェーンコップさんの仰る車があったそうですよ~?テルヌーゼン郊外のトレオン街第16区だそうです~』

 

同時に彼女の車は少々乱暴にその行先を変更させた。




アーレ・ハイネセンの語る自由・自主・自尊・自律は帝国貴族の模範にして大帝陛下の仰った人類指導者としての素質。選挙戦でそれを体現する門閥貴族階級に投票するべきなのは確定的に明らか。


亡命軍地上軍は装備と補給の潤沢な大日本帝国陸軍。万歳突撃しなきゃ(使命感)


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第三十三話 人にお願いする時は態度に気をつけよう

長いです。


 根回しをする、と言うのは口で言う程易い事では無い。自分の目的のために関係各所に自身の要求を伝え協力を得る、或るいは黙認してもらわないといけない。

 

 だが、当然ながら相手がそれを只で飲んでくれるかというとそんな甘くはいかない。只で譲ってくれるなんて思うのは都合が良すぎる。或いは自身の望みが相手の不利益になる事もある。情報を集め事態を把握し、それに合わせて上手く利害を調整して落しどころを見つけないといけない。

 

「そう言う訳です。豚やろ……侯爵殿、実の所何考えているのですか?」

『ぶひっ、今豚野郎って言おうとしたよね?絶対豚野郎って言おうとしたよね?』

 

侯爵の突っ込みを無視して私は話を進める。

 

「こちらの伝手で知る限り奴さんも混乱しているそうじゃないようですか?」

 

 同盟警察の乗り込みに備えて武装類や資産を見つからない場所に移送していた所でこの騒ぎだ。本来ならばあんな動画を送り込んで来る時点で闘争不可避の筈だ。それでありながら彼方の長老組がこのタイミングで困惑しているのは可笑しい。

 

「今回の騒ぎ自体少し不自然でしょう?人質にするならこれまでの経験則からして門閥貴族の屋敷にゼッフル粒子を貯め込んだダンプカーを突っ込ませる位するでしょうに。帝国騎士如き人質にしても逆効果です」

 

ようは彼方の長老組が知らない場所で少数の人員で実行された事を意味する。

 

「そもそも帝国騎士とはいえ士官学校入学予定の生徒が拉致されるのが怪しい。多かれ少なかれ護衛がいる筈ですよね?」

 

 士官学校に人員を送る理由は同盟軍内での発言力強化のため、ならば一応クロイツェルも保護対象だ。そして士官学校入学予定者で派閥色の強い者は特にそれぞれの派閥に保護されるものだ。友人同士で受験して合格者を不合格者が殺したとか、落ちた者が敵派閥の合格者を連続殺人したなどという恐ろしい事件も、今時は聞かないが大昔は本当にあった程だ。

 

『仕方ないじゃないか。あいつらの事件でほかに回す護衛を増やしたんだからね』

 

野太い声で侯爵は答える。

 

「そういう側面はあったでしょうね。けど期待はしていた、違いますか?」

 

 私は指摘する。今回の事件は明らかに雑だ。明らかに一部の独走だ。恐らく侯爵は今回の機会にサジタリウス腕防衛委員会をハイネセンから一掃したいのだろう。そのためにクロイツェルの警備を緩めていたのではないか?。平民ではなく貴族、されど下級貴族と言う同胞が怒りつつも宮廷的に捨てても問題無い立場、しかもハイネセンファミリーとのいざこざを起こした立場でもある。人選としては絶好だろう。

 

『う~ん、そう言ってもねぇ。こっちとしては売られた喧嘩を買っただけだしねぇ』

 

案外あっさりと犯行を認める侯爵。

 

「同盟警察はこちらにも容赦しませんよ?」

『それは相対的な物だよ。こちらの損失より彼方の損失の方が大きければ問題無い。マスコミにも手を回しているしねぇ』

 

 お抱えジャーナリストやら新聞社越しに擁護記事でも準備しているのだろう。少女を人質にしている、という事実は結構インパクトが大きい。

 

『そう悪い話ではないだろう?我らのさらなる繁栄のための障害物の処理じゃないか』

「言いたい事は分かりますよ。しかし、私としてはこの騒ぎを余り大事にしたくないんですよ」

 

 私は困り果てた顔で侯爵に話を続ける。ここからが問題だ。この動き出した騒ぎをどれだけ小さく出来るかだ。私一人のために止めるのは不可能に近い。

 

「ハイネセンでの闘争に勝利してもそれだけでは終わりませんよ?確かに昔に比べればかなり弱体化していますが、彼方の支持者も少なく無いんですから。延々とテロや襲撃事件を続ける事になります」

『それは分かっているさ。だがこちらとて売られた喧嘩は高く買わんと示しがつかんよ。報復は我々がこちらでの立場を築くために取った伝統の手段の一つだ』

 

 亡命初期、反帝国機運の強い時代は、経済面や社会面の貢献といった平和的手段だけでは亡命者社会の同盟内での地位確立は難しかった。上手い具合に資産ばかり絞り取られるのがオチだ。

 

 特にコルネリアス帝の親征は旧連邦系市民にも帝国への一定の敵対意識を芽生えさせた。同盟全土で1億4000万名の死亡した惨禍に親族や友人を失わなかった者はいない。亡命者への襲撃は日常だった。亡命後同盟政府への配慮で控えられた報復活動は親征で一時的に弱体化した同盟警察の代わりに帝国系市民の生命と財産を守る事に寄与したし、そこからアルレスハイム星系以外に住む住民は警察より自警団を信頼している。

 

 寧ろ報復活動が無ければ多くの帝国人街の住民は不安を抱くだろう。亡命政府は臣民たる自分達を見捨てるのか、と。

 

『それに彼方も弁明の一つも無いしね』

 

 サジタリウス腕防衛委員会の幹部連中もこちらに弁明するぐらいなら徹底抗戦を選ぶだろう。何が悲しくて帝国人に命乞いしないといけないのか?

 

「しかし、報復後の問題から考えれば余り大事に出来ないでしょう?」

 

互いに面子もあるので引くつもりが皆無だからなぁ。

 

『だからといってもなぁ……』

「侯爵様の立場は理解しておりますよ。貴方から事態を鎮静化させる事は出来ないんでしょう?」

 

 第三者の仲介役がいるわけだが、問題は相互扶助会から統一派に働きかける訳にもいかない。侯爵の行動は記録に残る。何より侯爵は文官貴族だ。血の気が多い武官貴族が納得するか……。

 

「なので、私に少しの間時間を頂けませんか?私は今この星にいる武官貴族の中では最高位の権威があります。学生の身ですので動きは記録にも残りません。士官学校内ですから」

 

 士官学校は一応建前上大学の自治の観点から政治的に不干渉の場所だ。無論建前だが。少なくとも学生同士が会おうとも何ら問題はない(建前では)。

 

「こちらから仲介を受けながら彼方の親族と交渉したいのですが。無論、同胞の利益を第一と考えております。唯、将来的な禍根を取り除くためにどうか。それに私としても人質は個人的な用事に協力させている身です。一時的にとはいえ従えている以上私には保護する義務があります。どうぞ御一考下さい」

 

私は侯爵に頼み込む。

 

『……ヴォルター君、大丈夫かね?』

「勿論です」

『あいつらは信用出来ん。すぐに約束を反故にする輩だ。私の祖父は油断して奴らに吹き飛ばされた』

 

 侯爵の言うのはアッシュビー暴動の最初の日に交渉に赴いたクレーフェ侯フェルディナンドが待合室でゼッフル粒子の引火爆発で謀殺された件だ。

 

「御安心下さい。少なくとも信用出来る仲介人と話の分かる交渉相手を選んだつもりです。御気持ちは理解しますがどうぞ……どうぞ……!」

 

 電話越しに深々と頭を下げる。侯爵にとっては一族の敵討ちでもある。私の頼みを聞いてくれるか怪しいが……。

 

『………ふむ、身内の頼みを聞かん訳にもいかんなぁ』

 

 ここで私の出自が役立つ。亡命門閥貴族は1世紀半の間に婚姻に婚姻を重ね皆親戚だ。帝国貴族は血縁を大事にする。親族の仇を決して許さないが、同時に親族の頼みを袖にする事もしない。

 

仇討の機会はまた来るのだから今は引こう……そう侯爵は暗に伝えていた。

 

『奴らは72時間以内と要求している。残り……30時間か。その直前に我々は戦闘に入る。実動隊の準備も含めると……後20時間以内にいけるかね?」

 

神妙な口調で侯爵は尋ねる。

 

「……感謝致します。大神オーディンに誓い満足いく条件を引き出して見せましょう」

 

 心の底から謝意を示す。侯爵としてもこちらの我が儘に答え現場を抑えるのも一苦労だろうからね。

 

『うむ、一応期待させてもらおう。それはそうと今度のリーゼちゃんのサインか』

「あ、そういうのはいいので」

 

 私は答えに満足してにこやかに電話を切る。最後何か言っていた気がするが気にしてはいけない。

 

 さて、第一の関門はクリアだ。だが一番面倒な交渉がこれから控えている。

 

「若様、時間で御座います」

「ああ、分かった」

 

 従士の恭しい連絡に答え私は立ち上がる。正面を見る。立て鏡に映るのは白いシャツに灰色のスーツという士官学校学生服、そこに同色の軍帽姿の自分の姿だ。

 

「失礼致します。ネクタイの調整をさせて頂きます」

 

 僅かにズレたネクタイの歪みに目敏く気付いたベアトが慣れた手付きでそれを直す。

 

「御苦労、では……行くか」

 

 私が(一年生の分際で)堂々と士官学校庁舎の廊下を歩む。どこぞの白い塔な医療ドラマの如くベアト以下同郷の僚友(というより部下)が後に続く。ここは大学病院かな?

 

 時期は既に2月、期末試験も終わり春休暇に入り学生達が故郷に一時帰省し始める時期であったのが幸運である。学内の奴ら全体にこんな姿見せたくない。途中で会う学生や教官が少し引いているしね。

 

 正直恥ずかしさと気まずさがあるがそれらを噯(おくび)にも出さず、すれ違う度に上級生や教官に敬礼する。私に続き廊下の端によってベアト達も直立不動の敬礼をするが答える教官達は「なんじゃこれ?」な表情で困惑しながら通り過ぎていった。

 

 目的の場所に向かうまでに無駄な精神的消耗を受けながらようやくそこに辿り着く。士官学校西第3校舎第1多目的室が目標の場所だ。西第3校舎が選ばれたのは交渉上の仲介役の配慮だった。ここの庭には同盟拡大期の地上軍の英雄ロイド・ドリンカー・コープ将軍の原寸大銅像があり、同時に帝国系軍人で初の同盟軍将官に昇ったギュンター・フォン・バルトバッフェル中将の肖像画が校舎の正面入り口に置かれていた。仲介人としては交渉の席一つ設けるのにも神経を使っているようだった。ガチでごめんなさい。

 

 目的の部屋の前に来るとそこにはフェザーン系移民出身の上級生二人がいた。我々の姿を見ると半分呆れたような表情をしながら私に伝える。

 

「随行人は4名まで、武器の類は持たない事、残りの御供は右側の部屋で待機する事」

 

 恐らく「誠実な第三者」として仲介人からアルバイトで雇われた上級生は義務的に私に伝える。多分後で私に諸費用請求がある事だろう。ベアトに目配せすれば礼と共にすぐさま残り3名を決め、それ以外を右側の部屋に向かわせる。断じて左側の部屋に行ってはならない。

 

 全ての準備を終わらせると、上級生が扉を開いて私はようやく室内に入場した。

 

 白色基調のモダンな室内は、しかし窓が全て閉まり、鍵を掛けられ、カーテンが掛けられていた。

 

 室内には一台の円卓テーブルに三つの椅子に10名の人影があった。三つの椅子の内二つには既に人が座っていた。

 

「ああ、よく来てくれた。ティルピッツ君!済まないね。君の宿舎からは少し遠かっただろう?」

 

 椅子に座っていた気の優しそうな青年が立ち上がり、とても友好的に私に呼びかけながら駆け寄る。

 

「いえ、此度は私の我儘でこのような席を設けて頂けてありがとうございます、ヤングブラット大隊長」

 

 宇宙暦779年時士官学校入学生首席にして第1大隊大隊長、そして私の伝手であるフロスト・ヤングブラットに私は丁重に礼を述べる。

 

「ははは、気にしないでくれ。同じ同期の桜の頼み、それにホラントからの頼みだからね。同じ戦略研究科の好敵手からの頼みを無碍には出来ないさ」

「頼んでいない。話しただけだ」

 

 社交的な笑みを浮かべ答えるヤングブラットにすぐ後ろにいたホラントが心底心外そうな表情で答える。

 

「ホラント、心の友よっ!私は信じてたぞ!」

「お前、殴るぞ?」

 

 ガッツポーズしながらウインクして感謝の意を示すと中指を立たせて罵倒された。解せぬ。

 

「……ねぇ。貴方達、悪いけど茶番はそこまでにしてくれるかしら?私も暇じゃないのだけど?」

 

 未だに椅子に座り足を組む女子生徒は頬杖しながら私達を睨みつけると、不快そうに鼻を鳴らす。

 

 気の強そうな少女だった。少々小柄な体に可愛らしさに凛々しい表情は仮装すれば男装の麗人を思わせる。実際同級生の女子の人気が強いと聞いている。赤毛のポニーテールに翡翠を思わせる瞳が印象的な少女。

 

「ああ、ごめんよコープ。こっちが今回話し合いの場を所望したティルピッツ君だよ」

「話し合い?弁明と謝罪の場では無くて?」

 

嗜虐的な笑みを浮かべ少女は答える。

 

「おい、コープ……」

 

 ベアト達の剣呑な雰囲気を察してすぐさまヤングブラットが注意する。

 

「……はいはい、分かったわよ。確かヴォルター・フォン・ティルピッツ、で良かったわね?知ってると思うけど戦略研究科の1年コーデリア・ドリンカー・コープよ?帝国風に言えばこういえばいいかしら?どうぞ御見知りおきを、伯爵様?」

 

 皮肉と嘲りを含んだ口調でハイネセンファミリーの名門コープ家の末裔は挨拶した。

 

 

 

 

 コープ家と言えば730年マフィアの一員ジョン・ドリンカー・コープ提督が思い浮かぶだろう。

 

 彼の出自を遡ればアルタイル星系にてアーレ・ハイネセンと共に強制労働に従事していた「酔っ払いコープ」に辿り着く。機械や化学に強い彼は流刑地で自力でアルコール製造機を作り出して出来た酒をほかの者に売ったり、自分で消費していつでも酔っぱらっていたためこう呼ばれている。

 

 その知識からアーレ・ハイネセンの壮大な脱出計画の協力者として誘われ、それに答えて彼は後のイオン・ファゼカス号内の食糧製造機械やロケットエンジン開発に大きく貢献した。

 

 アルタイル星系脱出後、彼はアーレ・ハイネセン、グエン・キム・ホア等と共にこの流浪の船団の幹部として活躍した。

 

 彼自身は既にアルタイル星系脱出の時点で50近い年齢であり、長征の途上で老衰死したが、彼の息子はそのリーダーシップを見込まれ船団の一部を統括する地位に就いた。

 

 だが、彼はアーレ・ハイネセンが現在のアルトミュール星系近辺(と推定されている)で事故死した後グエン・キム・ホア達と旅を続けるのを拒否、船団を離脱し後のティアマト星系に支持者2万人と共に移住した。

 

 後にティアマト星系第2惑星にドーム型都市を作り生活を送っていた彼らはバーラト星系に辿り着いた同胞と和解し自由惑星同盟を建国、第3惑星は最優先でテラフォーミングが行われた。

 

 以来コープ家は代々アーレ・ハイネセンと共に脱出を主導した英雄の血族として同盟政界、及びティアマト星系議会で強い権力を握る事になる。第5代最高評議会議長グレアム・ドリンカー・コープ、エリューセラ方面の旧銀河連邦植民地4星系を平定したロイド・ドリンカー・コープ将軍の例に見られるように同盟の拡大期……長征派にとっての黄金時代、旧銀河連邦植民地にとっての暗黒時代……には多くの有力者を輩出した。

 

 だが、コープ家について一番特筆すべき事は「コルネリアス帝の親征」による「屈辱の7月事件」だろう。

 

 宇宙暦669年7月、第1次ティアマト会戦にて同盟軍が第二惑星衛星軌道上で大敗を喫した。同盟軍の勝利を疑いもしていなかったティアマト星人は直後に大気圏から降下してきた帝国軍の苛烈な虐殺と略奪を受けた。

 

 「ダゴン虐殺事件」、「ヴァラーハ血の10か月」、「アルレスハイム星系の惨劇」等と並ぶこのジェノサイドによって当時2000万いたとされる人口の内最終的に700万人が死亡し、300万人が帝国領に拉致された。

 

 コープ家は辛うじて脱出に成功し、後に同じように避難に成功した星民と共に義勇軍を結成、同盟軍と共に帝国軍との徹底抗戦と故郷奪還を実施する。

 

 最終的に彼らはティアマトを奪還した。しかしこの親征により同盟政府は国境星系の放棄を決定、疎開命令により国境の複数の星系の住民が先祖代々開拓してきた故郷から追放される事になった。

 

 彼らの子孫の多くが疎開先で各々の共同体を作り出し、主戦派派閥の一角を築く事になった。俗に主戦派三大派閥の一つ長征系主戦派である(残り二つは全体主義統一系と我ら亡命系だ)。

 

 現在のコープ家は長征系主戦派の中でもティアマト閥の代表的な家であった。そして出自から当然サジタリウス腕防衛委員会の幹部に親族もいる。そしてその末裔が……。

 

「何かしら?じろじろ見ないでくれる?」

 

 目の前のコーデリア・ドリンカー・コープと言うわけだ。正確にはジョン・ドリンカー・コープの長男の5人兄弟の三女である。因みに以前統合兵站システム研究科にいた美人さんは彼女の姉であり、母方の家は同じくハイネセンファミリーの名門ルグランジュ家だ。世間は狭いなぁ。

 

「いやぁ、失礼。近くで見ると結構な美人だと思いまして」

 

 三者で円卓を囲んで座っている現状。取り敢えず相手の機先を制しに行く。尤も……。

 

「あらそう。ありがとう、聞き慣れているわ」

 

 はは、てめぇ照れるぐらいしやがれこのアマ。実際顔良し金有り成績良しだから口説かれまくってるんだろうけど。席次が24位(女子では最高だ)、戦略研究科在籍とか化物かな(未来の次席、ヤン夫人はやっぱりヤバい)?

 

「………」

 

 明らかにベアト以下の付き添いが氷点下に到達している冷たい視線でコーデリアを睨みつける。尤も彼方の同僚(という名の同郷の同胞出身者)が同じくらい冷たい視線でこちらを見てる。あれかな?同盟では7代前までの一族の仇を討つ義務があるのかな?同盟は古代国家だった……?

 

「コープ、止めてくれよ?折角場を用意した私の立場にもなってくれ」

 

 重苦しい空気にヤングブラット首席がコープを説得する。

 

「……貴方が言えた義理?裏切りのヤングブラット家が?」

 

 毒のある口調で指摘するコープ。ヤングブラット家はハダト星系の長征系の名門でありながら、ダゴン星域会戦に先立ち国防委員会の長老組の反対を抑えて、旧銀河連邦植民地に対して融和的だったリン・パオを迎撃艦隊司令官とする事を許可した人物だ。しかも戦後は長征派から統一派に鞍替えした正に裏切り者の家だった(同時にダゴンの英雄でもあるので無碍に出来ないが)。

 

「むっ……先祖が決めた事で私が決めた事じゃないだろう?同盟には連座制は無い筈だけど?」

「でも、そちらの伯爵様の所はそうでしょう?」

「いや、こっちも無いよ?」

「あら、そうなの……?」

 

 私の否定に心底意外そうに答えるコープ。帝国系コミュニティは閉鎖的だからね?訳の分からない風説も良く流れるし、勘違いしてる者も多い。流石に亡命政府には奴隷もいないし劣悪遺伝子排除法も無いよ?まぁ、住民の精神性は限りなく灰色に近い黒だけど気にしない。

 

「て、いうかそれだけ嫌っているのに何で招待に乗ったのですかね?」

「えっ?ホラントに呼ばれたから」

「えっ?」

 

思いがけない答えに私はホラントを見やる。

 

「……なんてこった。お前そんなに手が早かったのか?」

「おい、そろそろ本気で殴りたいんだが良いか?」

 

 はえーよホセ、まさかお前が不良中年やキラキラ星の高等生物の同類だったなんて……。

 

「あらあら、大変ねぇ」

「コープ、嫌がらせは止めろ。勝負ならば約束通りやってやる」

 

 意地悪そうな笑みを浮かべるコープに強面なホラントが睨みつけながら答える。

 

「コープは君との交渉の対価にホラントとの艦隊シミュレーションの再戦を望んでいるらしくてね」

 

 ヤングブラット首席が補足説明する。ああ、そういえばこの二人研究科で勝負して大変な事になっていたと聞いた事がある。連続50時間戦闘(リアルタイム時間でだ)で僅差でホラントが勝利した筈だ。もうあんな長時間のシミュレーションはごめんだ、と体重を4キロも減らしたホラントがうんざりしていた。

 

「帝国のじゃが芋野郎に負けたなんて末代までの恥よ。今度は潰す。そのためならばこんな糞みたいな交渉にも応じるわ」

 

 溝水のようなどす黒いオーラを背後に纏いながら笑みを浮かべるコープ。どんだけ根に持っているんだよ。

 

「ごほん、……そろそろ本題に行こうか?余り時間も無い」

 

 時計の針を見ながらヤングブラットが答える。実際時間的余裕はない。

 

「……そうね。確かに無駄な時間の浪費は御免よ。要件を仰ってくださらないかしら?」

 

見下すように尋ねるコープ。

 

「ああ、そうだな。私からの要望はそちらの騒動を起こした若手の委員会からの除名を望んでいる」

「無理」

 

即答だイエィ!

 

「私に言っても駄目よ。叔父さんにでも言いなさいな」

 

 彼女の叔父は元同盟軍少将、現在は委員会の常務の一人だ。

 

「そのためにこの場を設けているんだけどな。こっちが直接接触不可だからな」

 

 委員会関係の施設に入るのも命懸けだ。しかもこの時期だからな。下手に接触すれば寧ろ火に油が注がれる。

 

「話はこっちも叔父さんから聞いているわ。じゃが芋共が襲うかも知れないから士官学校から出るなってね。本当、帝国人は野蛮な奴らばかりね」

 

コープは、嫌味しかない言葉でなじる。

 

「そう言ってもな。殺ったり殺られたりはこれまで散々互いにやってきた事だからな。こちらばかり非難される謂れは無い」

「私がやった事じゃないわ」

「こっちも同意見だな。だが、ここにいる奴ら皆多かれ少なかれ責任背負う立場だ。せめて自分達が苦労する分、子孫には楽させた方が良いだろう?」

「……帝国のじゃがいも星人にしては真っ当な意見ね」

 

 その点に関してのみ互いに同意する。悲しいかな、自由の国と言っても人間出自や御先祖様の業から自由ではいられないのである。まぁ、御先祖様のお蔭で贅沢しているからね、仕方ないね。

 

「で、除名自体は可能でしょうか?」

 

私は改まって質問する。

 

「……不可能ではないでしょうね。爺さん連中の統制を外れているようだし、出身も然程良い所じゃないようだし」

 

 帝国貴族階級に序列があるように、ハイネセンファミリーの中にも席次がある。アーレ・ハイネセンの子孫は存在しないがグエン・キム・ホアの一族は同盟最高の名家であるし、脱出に際して指導的立場だった者や各恒星間探査船の船長等の一族は同盟政財界の盟主と言って良い立場だ。

 

 逆に長征一万光年に際して特に功績のないただ乗り組もいるのも事実だ。そう言う者に限って家の名前ばかり誇っていたりする。「607年の妥協」による各種制度的特権が失われると、旧銀河連邦植民地や亡命者の成功者が現れるのと対照的に貧困層に落ちぶれた者もいる。

 

 そして、亡命者貴族が同胞の貧困層を保護するようにハイネセンファミリーでも同様の事が起きている。そして与えられる職場の中には荒事専門の所もある。現在の極右組織の中には飯を与えるためだけに存続している所もあるほどだ。

 

「だからと言ってもね、邪魔だからってホイホイ切り捨てる訳にはいかないわ。腐っても長征を共にした同胞、易々と見捨てたら今後のほかの同胞の危険にも繋がる……それくらいは理解しているでしょう?」

 

 彼方さんもある意味ではこちらと同じ状況、と言えるわけか。

 

 長征派が排他的な理由はある種の恐怖心からの物である、と言われる事がある。人口の精々一割に過ぎない彼らは旧銀河連邦系、帝国系に飲み込まれ、自分達の国家すら乗っ取られるのではないかと恐怖しているのだ。

 

 それこそ、特に連邦系市民は150年続く戦争に自分達は巻き込まれたと感じる者も少なくない。長征系市民の中には帝国とほかの市民が取引するのではないかと言う不信感があった。旧連邦系市民は、自分達長征系市民を帝国に売ってフェザーンのように形式的臣従をして平和を確保するのではないか……?帝国系にしても、和解して皇帝が亡命貴族を臣下としてサジタリウス腕の地方領主とする、とでも言えばどうするか?

 

 かつてのコルネリアス帝の和平を拒否した一因でもある。帝国と和平した結果長征系以外の市民が帝国に靡いたらどうなるか?帝国の顔色を伺い自分達が迫害されるのではないか?外交的圧力を受けながら自分達の権利を少しずつ奪われる位ならば、全国土が焦土と化し全人民が死滅するまで徹底抗戦する方がマシだ。

 

 実際、和平案に賛成した者は帝国への理解の薄い旧銀河連邦系に星間交易商人達だ。彼らが仮にコルネリアス帝から逃亡した奴隷の返却を要求してきたら、彼らは自分達の安穏のためにハイネセンファミリーの末裔達を売り渡したかも知れない。

 

 その恐怖が長征系市民の選民思想と主戦論の根底である。彼らは他の出自に対する不信感と恐怖から身内で結束し、極度に排他的になった。それは長征系市民の過半数が統一派に流れた後寧ろ一層強固になったようだった。

 

「だが、そちらも選択肢は多く無い筈だ。こちらとしても馬鹿やった一部をパージしてくれればそちらだけに対処出来る。全面抗争なんて今時損だろう?」

 

 全面抗争の後にあるだろう同盟警察の介入を受ければ双方法的制裁を受ける事になる。今時抗争なんてするだけ赤字だ。だからこそアッシュビー暴動以降30年以上大規模抗争が無いのだから。

 

「悪いけど叔父さん達はそちらの言葉を信用出来ないのよ。散々これまで裏切られてきたじゃないの?」

「侯爵様達に尋ねても似たような返事が来そうだな」

 

 裏切りと言うより価値観とニュアンスによる擦れ違い、あるいは一部の独走だろうがな。本当良く同盟原作まで分裂しなかったな。それだけで腐敗しているらしい同盟政治家は結構有能じゃないのか?

 

「無論唯引けとは言わんさ。こっちは馬鹿共への制裁に一つ噛ませてくれればそれだけでどうにか臣民への言い訳が立つんだ。内容は幾らでも言い換えられるからな。いっそそちらの身内の処理に一人でも混ぜてくれれば同胞の仇は取った、と言える」

 

 委員会側からしても敵対相手に私刑にされるより名前の騙る余所者を自分達で制裁する形の方がマシな筈だ。

 

「あー、出来れば死者は出さないで欲しいんだけどなぁ。同盟警察の立場も考えて欲しいからね」

 

 ヤングブラット首席が要望する。統一派や同盟警察の面子も考慮して欲しいらしい。逆に言えば今回仲介を引き受けてくれたのは統一派の面子も理由だ。彼らからすれば首都星で市街戦なんて悪夢だろう。

 

難しい表情をするコープ。

 

「……一応聞くけど、私が交渉相手の理由を聞いても宜しいかしら?委員会に身内のある生徒ならほかにもいるわ。その中で私を選んだ理由は?」

 

こちらを見定めるように尋ねる。

 

「……無論同級生である事と成績上位生である事も理由だ。だが決定打は2点だ」

「2点?」

「ああ、1点目は出自だ。コープ家は今でも戸籍はティアマトだよな?」

「ええ、そうよ」

 

 今でも故地に戻る事を夢見てコープ家はハイネセン在住でありながら戸籍は頑なにティアマトに残している。各種の手続きが面倒なのに御苦労な事だ。

 

「私も、いや我々も回廊近いアルレスハイムだ。私達は互いに帝国の脅威に立ち向かうべき同志だ。お前さん達は我々を回廊の向こう側に追い出したいのは知っている。だが、思惑はともかくお互い目指すは帝国打倒だ。その大義のために協力出来る筈だ、と考えた」

「……もう一点は?」

 

しばしの逡巡の後、先を促すコープ。

 

「コープ家は大局的で信頼出来る家と考えた。そちらの爺さん……ジョン・ドリンカー・コープはアッシュビー暴動の際に自身の好悪を捨てて同盟のために同胞を救ってくれた。そこからコープ家は信頼と敬意に値する家と考え頼らせてもらいに来た、と言った所だ」

 

 ジョン・ドリンカー・コープは730年マフィアの中で最もアッシュビーに好意的だったと言われる。第2次ティアマト会戦直前の険悪な関係を後に彼は非常に後悔し、アッシュビーの戦死に最も衝撃を受けたと言われている。出自を合わせて帝国に対する敵愾心は人一倍のものだった筈だ。

 

 それでも彼は公私を分けて暴動の沈静化に貢献した。そんな先祖に敬意をこめて頼み込む。

 

「我らが同胞の恩人ジョン・ドリンカー・コープの血族であるコーデリア・ドリンカー・コープ氏に銀河帝国亡命政府武官貴族の名門ティルピッツ伯爵家の嫡男ヴォルター・フォン・ティルピッツとしてどうぞ、御頼み申し上げます」

 

 私は立ち上がると軍帽を脱いで胸元に添えながら頭を下げる。後ろのベアト達が緊張する。門閥貴族が帝室以外に出来る最大限の礼節を持って私は頼み込んだ。これで断られたら私としてはこれ以上立場的にどうしようもない。

 

「………ホラント」

 

室内に漂う沈黙を破ったのはコープの呼び声だった。

 

「貴方、幼年学校でこの伯爵と一緒だったそうね。彼は信用出来る、あるいは使える立場かしら?」

 

ようは恩を売る意味があるのか?という質問だった。

 

「……そうだな。俺個人としては気に入らんが家柄は問題無い。帝室の血も流れている。今は兎も角当主になった後ならば相応に権限があろう。立場としては恩を着せる価値はある」

 

しばし考え込んで……ホラントは口を再び開いた。

 

「……個人として頭は御世辞にも良い訳では無い。無能とは言わんが実力は俺やお前よりは落ちるな」

 

 背後のベアト達から有らん限りの殺気が流れる。落ち着け、ここで流血沙汰はガチであかん。

 

「……だが、人並みには義理堅い。貴族らしい不遜な性格では無い。少なくとも信頼はしなくても信用は出来る。故意に裏切る事はあるまい」

 

淡々とホラントは答えた。

 

「そう……」

 

そう短く言ってコープは再び黙り込む。

 

 再び沈黙が場を支配する。誰も口を開かない。不用意な言葉が聞ける状況でない事が分かっているからだ。

 

「……はぁ、まぁヤングブラット家の顔に泥塗るわけにもいかないわね」

 

その発言に場の緊張が一気にほぐれた。

 

「コープ、やってくれるかい?」

 

ヤングブラット首席が確認する。

 

「私はあくまで叔父さんにお願いするだけよ。それで駄目なら諦めて。もうそんなに時間は無いのよね?細かい条件はこれから詰めるとして取り敢えず一旦退室するわよ。叔父さんとの話をここで聞かせるわけにはいかないわ」

 

そう言って立ち上がるとコープはホラントを指差す。

 

「ホラント、勝負忘れないで。今度は屈服させる」

 

そういってから私の方を向いて口を開く。

 

「コープ家の一員としてティルピッツ伯爵家の祖父への敬意に謝意を示すわ。この恩、覚えておいて」

 

 軍帽を脱いで同じく頭を下げて礼をするとコープは後ろに連れた部下達と共に部屋を退出した。

 

「……はぁ、疲れたな」

 

 私は椅子にへたりこんで呟いた。精神的にごりごり削れる。お腹痛い。

 

 すんなり決まって幸運だ。恐らくこの場にいるのが直接虐殺や暴動を受けた世代でなかったためだろう。一つ上の世代ならさらに時間がかかったろうし、さらに一つ上なら血が流れていた。

 

「全く、なぜ俺がこんな事を……」

 

うんざりした表情でホラントが呟く。

 

「ホラント、ガチでありがとう。助かった」

 

 ヤングブラット首席、コープ双方に面識があるホラントがいなければ口下手な私では多分交渉の席を作る事も難しかった。

 

「ふん、とんだ茶番劇だ」

 

鼻を鳴らし不機嫌にするホラント。

 

「お前もしかしてツンデレ?」

「貴様、俺の事嫌いだろう?」

 

 私の指摘にホラントは舌打ちしながらそう答えたのだった。

 

 

 




交渉シーンに自信が無い……。


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第三十四話 人道的というのは相対的なもの

(肉体的に)痛そうなシーン多いです。


 テルヌーゼン郊外トレオン街第16区は正確に言えばテルヌーゼン市には属していない。テルヌーゼン市行政は実質的にこの周辺を無視していた。

 

 テルヌーゼンの端の端、最外縁部の一角にあるこの街はスラム……俗に言う貧民街であった。街の住民の推定平均年収は約1万1000ディナール。同盟の平均年収が4万2000ディナール、テルヌーゼンの平均年収は同盟全体に比べ2割から3割前後高い数字である事を考えれば、貧民街という言葉は的を射ていると言ってよい。

 

 歴史的に言えばこの街は前世紀の遺物であった。同盟拡大期、首都星ハイネセンは空前の好景気にあった。飽くなき領土拡大……それは一方で未開地の開拓であり、もう一方で対外侵略であった……は、同盟政財界の投資を刺激した。俗に言う「狂乱の580年代」である。

 

 莫大な資本が開発に注ぎ込まれたが、同時に当時の同盟政界保守派は資本が対外向けばかりに注ぎ込まれる事に一種の危機感を抱いていた。

 

 辺境開発は一方で旧銀河連邦市民の土地の開発である事も意味していた。宇宙港や鉱山、発電所に長大な高速道路といったインフラは確かに移住した同胞のために建設された物だ。だが、惑星上には同胞を遥かに凌ぐ数の余所者が住んでいた。西暦時代のシリウス戦役前夜のように、バーラト星系を盟主とした長征系星系政府と旧銀河連邦系星系自治区の対立の機運は好景気の影で少しずつ深くなっていた。同盟政界の保守派から見れば、対外投資の拡大は敵対勢力を成長させるようなものであった。

 

 宇宙暦594年、同盟政府は、旧銀河連邦系星系自治区を締め上げる法律を可決した。「中核産業保護法」「辺境域開発安全基準法」「星間交易新法」……「国内投資推進法」もその一つであり、長征系星系への投資拡大を目指したこの法律は確かに当初の目的を果たした。

 

 だが、それは俗に土地バブルと呼ぶべきものであった。既に大半の開発を終えていた長征系星系経済内であぶれた資本は土地と箱物に流れた。不必要な建設物が次々と建設され、その一部が文字通り人の住まぬゴーストタウンと化していた。

 

 当然の事ながらバブルは実態が無いからバブルと呼ばれているのだ。602年にバブルが完全に崩壊した後、これらの都市は文字通り放棄された。二足三文で切り売りされてもまだ残り、管理人達も管理を放棄してしまった。あるいは所有者自身が忘れてしまった物もあるだろう。

 

 その後、放棄された街は貧民層や犯罪者が巣くうようになった。幾度かの同盟警察の摘発の結果一定の治安は維持されているものの、この手の街を根絶やしにするのは難しい。150年に渡る戦争が貧困層を増加させ、しかも街を潰せば住民は蜘蛛の子を散らすように散住してしまうだろう。態々他の自治体の治安悪化を促進させるくらいならば一か所に集めた方が良い。そんな判断から同盟各地に俗に悪所と呼ばれるスラム街が生まれ、同盟社会からあぶれた弱者が次第に流れ込むようになった。そして、その境界線には重武装の治安警察が警備……いや監視を行っていた。

 

 そんな街の一角にあるインぺリアル・ガーディアンビルは、名前倒れの廃ビルだ。築180年近い地上18階建て地下3階のビルは、元々ビジネスホテルになる予定だったらしい。当時としては破格の資金をかけて建設されたために、その後半ば管理を放棄された後も不法滞在する住民達の素人同然のメンテナンスで倒壊を免れるくらいに丈夫な造りとなっていた。このビルを建てた建設会社は誇っても良い。

 

尤も、今やその住民も追い出されたが。

 

 気難しい表情、短く刈り上げた茶髪の男はビルの最上階のテーブルでこれから始まるだろう狂宴を静かに、しかし今か今かと待ちわびていた。

 

「……もうすぐだ。もうすぐ全てが正される。我々は今こそあるべき姿に立ち返るべきなのだ」

 

 47名の同志と共にこの廃ビルを占拠したサジタリウス腕防衛委員会ハイネセン本部(同盟警察に追い出されたため実際にはマルドゥーク星系であるが、委員会は認めていない)の実働部隊たる民主主義防衛隊ハイネセン第8大隊長デニス・フレディー・アダムズ、この年36歳の彼はハイネセンに住むハイネセンファミリーの血を脈々と受け継ぐ中流家庭の生まれだった。

 

 彼の家は決して狭量な選民主義の家庭では無かった。尤も、彼自身は両親の顔は殆ど知らない。両親は幼い頃にアッシュビー暴動に巻き込まれ帝国系の暴徒の襲撃を受け死亡していた。

 

 長征系家系の名士が社会貢献の名目に設立した孤児院で育ち、優秀な成績から長征系家系が進む私立学校に奨学金で入学する事が出来た。そこでも上位の成績を保った。ハイネセン少年フライングボール選手権でエースとして準優勝した経験もある。まず、順風満帆な人生を歩んでいた。

 

人生が狂ったのは士官学校の入試であった。

 

 彼は文字通り生まれてから長征系の思想にどっぷりと浸かった人生であった。節制と禁欲、勤勉にして文武両道、国家と民主主義への強い忠誠と帰属意識、模範的な長征系市民だった。彼は軍役に付く事に対して何ら抵抗も恐怖も感じていなかった。

 

 だが同時に唯の一兵卒として貢献する事では不足に感じていた。彼はより一層の国家の貢献のために士官学校を目指した。

 

 決して楽観視していたわけでは無い。日々勉学を怠る事は無かった。やれる限りの努力はしてきたつもりだ。

 

 だが……唯人が努力だけで入学出来る程士官学校は簡単では無い。様々な派閥・出自の名門が生まれながら最高の教育を受ける事で、あるいは秀才、いや天才と言える程飛びぬけた才覚を有する者がどうにか合格出来るのが士官学校だ。いや、そんな者達でも一浪二浪が珍しく無い。

 

 三回目の落第についに夢破れ、彼は志願兵として同盟軍に入隊した。

 

 兵学校での18か月の訓練後に二等兵として自由惑星同盟軍地上軍の歩兵師団に配属された彼は、1年後に規則に従い一等兵に昇格し、兵学校卒業者の常として2年目に上等兵に、3年目に品行公正な態度と成績、何よりも軍功により兵長に、と昇進を重ねた。実力と信望の両面から言ってまず文句の付けようが無い人物だった。将来的には下士官、そして士官になる事も可能だったかも知れない。

 

しかし、そこで再び彼の人生は狂った。

 

 同盟と帝国が係争を繰り広げるある熱帯の惑星での戦いで、彼は新任士官の補佐役となった。同年代の帝国系のその士官は、部下の命を軽視した命令を次々と下した。彼は制止しようとしたが無駄であった。

 

 あるいは、そこには帝国人と同盟人の兵士の命への価値観の差異、そして互いの出自に対する蟠りもあったのかも知れない。どちらにしろ、互いを理解する機会も、その関係を修復する時間も永遠に失われた。

 

 勢力圏境界線での哨戒中、部隊は帝国地上軍の重厚な罠と待ち伏せ攻撃を受け最終的に彼以外戦死した。生き残った彼も救援が来るまで抵抗したが、その後軍病院で両足と幾つかの内臓を人工物と交換する事になった。精神的にも俗にいうPTSDの影響を受け戦闘要員として不適格と判断され、彼は伍長への昇進の上で予備役に編入された。

 

 絶望した。これからだった軍人としての人生を絶たれたのだ。戦場でのトラウマもそれに拍車をかけた。精神カウンセリングを受けたが効果は殆ど無い。酒に逃げようにも、肝臓は人工のそれに交換されていた。傷痍軍人向けの無駄に高性能な人工肝臓のおかげで酔いたくても酔えない体だった。それでも傷痍軍人に与えられる年金は全て安酒に消えた。

 

 どうしようも無くなった彼の最後の就職先がサジタリウス腕防衛委員会の実働部門だった。元軍人としても長征系の教育を受けた身として彼の望む職場であった。更に相手は祖国に巣くう帝国人である。彼は退役の原因となった帝国系士官の姿が脳裏によぎった。

 

 彼にとって帝国人移民は祖国の文字通り寄生虫だった。あのような奴らが自分を押しのけて士官!?ましてあの無謀な指揮は何か!?まるで部下を家臣か奴隷のように扱うなぞ!あのような輩が同盟軍に巣くえば亡国の原因になろう。その排除は愛国者として当然に思えた。

 

「……ちっ、震えるな」

 

 舌打ちした後、禁断症状のように震え出す腕を押さえつける予備役伍長。

 

 委員会も期待外れの場所だった。保守化し、保身的な上層部の老人達は余所者に対する呪詛ばかり唱え、本気で闘争するつもりが無い。定期的に後援者のための小事件を起こしても、本気で闘争に、祖国防衛の戦いに身を投じるつもりが無いのだ。構成員の半分は信念も無く家族を食わせるためだけに活動しているような輩だ。中には徴兵逃れのために属している惰弱な臆病者までいる。

 

 嘆かわしい限りだ。憂国の志で闘争に明け暮れた創設者達が嘆き悲しむだろう。或るいは怒りのあまり墓から這い出て噛み殺しにかかるかも知れない。

 

「だが、それも今日中の事だ。全ての過ちは正される」

 

 脳の無い帝国の猪共を唆すのは簡単だ。少し挑発すればすぐに暴発してくれる。奴らはすぐにノアシティの老人共に殴り込みにかかるだろう。さすれば同胞と後援者への面子ために老人共も動かざる得ない。責任を取り老人共を退場させる事も出来るかも知れない。

 

「国父よ。御安心ください。我らは貴方方の建設したこの偉大な祖国を侵略者から必ずや死守して見せます」

 

 彼は黒い三角帽を胸にやり、壁に掲げられたアーレ・ハイネセンの肖像画に向け深々と祈りをささげるかの如く頭を下げる。肖像画に描かれた国父のその鋭い眼差しには、固い不退転の決意と溢れんばかりの情熱に満ち満ちているように彼には見えた。

 

 30秒ほどして頭を上げるとアダムズはハイネセン本部に留まる部下へ定時連絡を行おうと携帯端末を操作する。丁度その時であった。ビル全体が停電すると同時に衝撃に襲われたのは……。

 

 

 

 

 

 

 ビルの発見の後、為すべき事は情報収集であった。近隣の建物から望遠鏡やサーモグラフィー、衛星画像からビルに潜む愚か者共の人数と位置を推測する。またビルの構造資料をテルヌーゼン図書館や請け負った建設会社の記録資料から読み取る。無論、追い出された住民のポケットに100ディナール札を捻じ込んで内部の情報についても問いただしていた。

 

 そして、そこから人質の囚われている可能性の高いフロアを数か所選定する。

 

 問題は時間と襲撃方法であった。上層部で何等かの交渉が纏まったらしいが、取り敢えず現場に伝えられた命令は「真っ先に諸君が強襲して人質を救出と共に撤退、同時に委員会の実働部隊が名を騙る犯罪者の群れに制裁を加え、全てが終わった所で同盟警察が貧民街での暴動として処理する」というざっくりとした物であった。

 

 形としては最も危険な一番槍を押し付けられた形であるが、帝国人達は……当然の如く一切恐れなぞ持ち合わせていなかった。

 

「はぁ……!流石に少し無茶が過ぎるな……!」

 

 同盟軍の旧世代型のガスマスクと暗視装置を装着し市街戦用デジタル迷彩服を着たシェーンコップはそう吐き捨てながらエレベータ補修シャフトをよじ登って現れる。

 

 地下水道から潜入した1個小隊は壊れて放棄されていたエレベータ補修シャフトから登り、ビルの電源を切断すると同時に人質のいる可能性の高い5階と8階、及び11階にスタングレネードと催涙ガスを投げ込みながら突入した。さらに言えば、同時に別動隊が門前にロケット弾を撃ち込むと共に自動車を突入させて陽動作戦を実施している。

 

「別動隊に意識が向いている内にいきましょう……!」

 

 同じようにガスマスクで顔を隠したライトナー大尉がパラライザー銃を構えながら先導する。全て時間との勝負であった。

 

 人質の捜索を開始すると共に11階メインフロアに黒一色の三角帽姿の戦闘員が2人躍り込んだ。

 

「くたばれルドルフ野郎っ!」

 

 ブラスターライフルを発砲する敵戦闘員。同時に突入部隊は一斉に物陰に隠れた。

 

「糞、思ったより正確な射撃だな」

「奴さん、多分こちらと同じようにガスマスクと暗視装置つけているな」

 

 レーザー光線の筋から身を隠しながら突入部隊の人員は冷静に同盟公用語で話し合う。

 

 ライトナーは手信号で命令を下す。同時に牽制役の数名の人員がパラライザー銃を発砲し始めた。

 

 俗に麻酔銃とも言われるパラライザー銃は、13日戦争以前からあるテーザー銃の末裔であり治安警察の装備する暴徒鎮圧用非殺傷兵器だ。銃口から強力な電気を相手の人体に流す事で相手の行動を封じる、形式上は人道的な武器だ。尤も、地球統一政府治安警察軍がシリウス戦役以前の植民星のデモや暴動の鎮圧に多用したせいで圧政者の象徴のように見られる事も多い。

 

 パラライザー銃の発砲。放出される電流を受ければ、死亡する事は無いが全身を焼くような痛みで10分は禄に動けなくなる。

 

 それを知る相手側もすぐに扉の影に隠れて応戦する。だが、それは陽動だ。暗闇に紛れ2名の戦闘員が身を屈め、足音も立てず、死角から黒帽子に駆け寄る。

 

 銃撃の一瞬の隙をついて死角から一気に襲い掛かる元装甲擲弾兵達。反撃の隙を与えず電磁警棒を腰から取り出しそのまま黒帽子達の顔を一気に殴りつける。一撃で十分であった。殺さない程度の手加減はしたが、金属製の高圧電流を帯びた警棒の打撃を受け一瞬にして2名の敵戦闘員は意識を刈り取られた。

 

「これは……なかなかやるな……」

 

 シェーンコップは人質を探すためにその場を離れながら呟いた。あの短時間で気配も気付かせずに一気に距離を詰めるのは簡単では無い筈だ。伯爵の護衛役達は少なくとも戦闘に限って言えば相当に手慣れていた。政治的な理由で今回帝国人達は殺傷行為を禁じられている事、そのハンデを一切意に介さない態度からも只者達では無い。

 

 先ほど黒帽子を処理した2名が9年前まで最盛期の「薔薇騎士連隊」に所属していた陸戦隊員である事を知るのは後の事だ。

 

尤も、そう言う不良学生も只者では無かったが。

 

 廊下を駆けると、一室から火薬式ライフルを構えた黒帽子が躍り出る。

 

「ちぃっ!」

 

 それに対して数メートル離れた位置にいたシェーンコップの行動は回避ではなく前進だった。

 

 相手にとっても予想外の鉢合わせだったらしい。一瞬怯んだ黒帽子は、すぐに銃口を構えるが、既に不良学生は相手の懐に潜り込んでいた。

 

 瞬時に相手の腹部に一撃を入れる。姿勢のバランスを失った所で足を蹴り上げて押さえ込む。火薬式銃が発砲されるがそれは天井に穴を開けただけだ。

 

 腕を圧迫され、引き金から手を放す。同時に顔面にジャブを受け、暗視装置を破壊される。不良学生は相手の腰に装着していた高電圧警棒の電源を付け、相手の首元にそっと触れさせた。

 

「あがっ……!?」

 

 そんな悲鳴と共に痙攣しつつ泡を口から吹き出して、意識を失う黒帽子。

 

 立ち上がると、不良学生は相手を一顧だせず再び走り始める。戦闘の開始から終了まで十秒と掛からなかった。

 

「あの餓鬼、やるな……」

 

戦闘を目撃した数名の元装甲擲弾兵が呟く。

 

 無論、素人である以上その動きは粗削りなものだ。自分達が同じ状況になっても同じように対処出来ただろう。そう、今の自分達ならば。

 

 実戦に出た事も無い十六の頃の自分達が果たして同じ対応が出来ただろうか?足を竦めるか、判断を誤り射線から逃げようとして負傷したか、あるいは仕留めきれずに逆撃を受けていたか……あそこまで完全に対応出来たと自信を持って断言出来たかといえば怪しいものだ。

 

「成程な。忌々しいが買われるだけの才覚はあるわけか」

 

 まだダイヤの原石だが磨けばなかなかの一品に仕上がりそうだ。部下達のそんな呟きを聞きつつ、ライトナー大尉は不良学生の下に駆け寄る。

 

「………」

 

 悠々とした表情のシェーンコップを見つめ、口を開く大尉。

 

「危なかったですな。ですから安全な指揮所で待機する事を勧めたのですが……」

 

 強情にも襲撃に参加するというから不良学生にだけブラスターを支給したがそれも使わずに肉弾戦をしてくるとは。どうにか対処出来たが、後数秒判断が遅かったら銃撃を受けていた筈だ。

 

「いやぁ、ひやひやしましたよ。ですが上手くやったでしょう?」

「貴方が負傷されたら我々の立場がありません」

 

心配、というより不快そうにライトナー大尉は言う。

 

「そちらからすれば御迷惑でしょうが……こればかりは勘弁願いたい。一方的に借りを作るのは苦手でしてな。それに安全な所に籠っていては囚われの姫君に失望されてしまいます」

 

 古来より姫君を助けるのは王子様本人ですからな、王族の癖に呆れたものです……仰々しく、冗談のようにそう答える不良学生に鼻を鳴らしてライトナーは任務の続きを続行する。

 

 フロア最奥の部屋にたどり着いた突入部隊は互いに目配せする。

 

「よし、いけっ!」

 

 ライトナーの命令に従い、数名が人質のいるであろうと予想される部屋に突入する。扉から滑り込ませるようにスタングレネードを投げ込み、その発光と共にした突入だ。

 

「ちぃっ……!」

 

 待ち構えていた戦闘員は、強い光の前に目元を覆う。暗視装置が自動で光量を調整するがそれでも網膜はすぐに慣れる事はない。

 

 突入部隊の先頭は、ブラスターを乱射する戦闘員に対して身を低くしながら接近、パラライザー銃の銃口から撃ち出される電流に小さな悲鳴を上げて人影は崩れ落ちる。

 

 同時に2名の隊員が、そしてその後ろからシェーンコップが続く。

 

 そして、その時だった。物陰に隠れていた黒帽子が戦斧を振り上げながらシェーンコップに後ろから襲い掛かったのは。

 

「死ねえぇぇ!!」

「はっ!?」

 

 完全に奇襲になった。後背からの、しかも近距離から戦斧の一撃を回避するのは不可能だ。シェーンコップの頭部は炭素クリスタルの一撃の前に潰れたトマトのように粉砕される……筈であった。

 

「まだまだですな。後背からの襲撃なぞありがちな事態です」

 

 戦斧を持つ腕を抑えつけ、首を絞め黒帽子を拘束しながらライトナーは淡々と語る。

 

「……助かりましたよ。感謝します」

 

 一瞬驚いた表情をしたシェーンコップは、しかしすぐに丁寧に礼をする。

 

「構いません。仕事です。それより……」

 

目元を細めて殺気を帯びる大尉。

 

「……駄目です。いません。恐らくここにいた筈ですが……」

 

 元倉庫室であったのだろう部屋の奥を探索した部下が答える。床を見れば開錠された電磁手錠が落ちていた。

 

「……だそうだ。とっとと居場所を吐け。それとも、話したくなるまで指の骨を折ろうか?」

 

 淡々と、冷たい口調で押さえつけた黒帽子に尋ねる大尉。

 

「ぐっ……この…侵略者めっ!貴様に祖国を乗っ取らせはせんぞ!我らここで死せども志は……」

 

 次の瞬間クッキーでも割ったような音と共に黒帽子の悲鳴が響く。

 

「駄目です。下の2班とも、人質を発見出来ていないそうです」

「そうか。だ、そうだ。吐く気になったか?」

 

 人間味の感じない声で尋ねる尋問者に、憎悪の視線を向け黒帽子は喚く。

 

「脅迫や拷問には屈したりせぬっ!我々の意思がこの程度で揺らぐものだと思うな!如何なる圧政者も最後は滅びるのだっ!我らはその時民主主義と正義のために命を捧げた殉教者として……アガがっ!?」

 

大尉は無感動に二本目の指を折る。

 

「生命活動さえしていれば問題無い。次は2本いく。早く吐く事だな」

「ふぐっ……この程度の苦行、偉大なる国父と我々の始祖の受けた苦しみの前で……ああああああああ!?」

 

大尉は、最後まで聞かずすぐさま間接を二本へし折った。

 

「呆れたものだな。奴隷の血を誇るなんて」

 

 大尉の部下の一人は嘲るように笑う。帝室や門閥の血筋を誇るのならそれは当たり前の事だ。だが怠惰で愚かな奴隷如きがその血を誇るとは笑止千万だ。国父アーレ・ハイネセンを頂点とした統率者達の指導に従うだけだった輩が、ただ乗りでその血を誇るとは!指導者層の子孫ならともかく、たかがその場にいただけの、羊飼いに導かれる臆病な羊がそんな事を口にした所で笑い話でしかない。

 

「痛みに慣れてますな。痛めつけても無駄です。殉教者に拷問は無意味と相場が決まってますからな」

 

 黒帽子の態度を見てシェーンコップは口を開く。ガスマスクの下の顔は顰め面だ。流石に彼も目の前で拷問が続くのを見たいような加虐的な性格ではない。

 

 恐らく従軍経験者なのだろう。奇襲の時の動きや拷問への耐性から見ると唯の不平屋ではあるまい。

 

「こういう場合は別の相手に聞くべきですな」

 

 その言葉の意味を理解したライトナーは首を振って部下に指示する。その意を解した部下達は、先ほどパラライザー銃で気絶させた黒帽子の腹を蹴り上げて強制的に気を取り戻させる。

 

 同時にライトナーはハンカチを拷問にかけた黒帽子の口にねじ込み口を聞けなくさせる。

 

「アッ……がっ……!?」

 

 意識を取り戻した方は事態が理解出来ずに混乱していた。ぴくぴくと体は痙攣している。その首元を持ち上げて部下が怒鳴りつける。

 

「よーし、起きたな!いいかこの糞オートミール野郎!今すぐその足りない脳で理解しろっ!さっきまでここにいた小娘がどこに持ってかれたかさっさと洗いざらい吐き出せ!でないとこいつの指を全部折ってお前の番になるぞ!?」

 

 いっそ楽し気な(無論演技だが)口調で尋問を開始する元装甲擲弾兵。

 

「あっ……ひっ……!?」

 

 口元から涎を垂らしながら黒帽子は理解したようだった。こっちはどうやら若そうな声をしていた。

 

 同僚の折れた指を目の前で見せられた若い黒帽子は動揺する。折られた方は何か言いたそうにするが口を縛られているために何も伝えられない。どちらにしろ中ばパニックになっている若い黒帽子の前では無意味であっただろうが。 

 

30秒足らずに答えは出た。

 

「ボスだっ……!ボスが……あの餓鬼を屋上まで連れて行った!」

 

 次の瞬間、電磁警棒で黒帽子達を気絶させると彼らは階段に向け駆け出した……。

 

 




パラライザー銃は「黄昏都市」(並行世界?)で存在が記述されている。決して「サイコパス」のあれがかっこいいと思ったからではない(真顔)


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第三十五話 人の金で食べる飯程美味いものは無い

「くっ……さっさと走れっ!こののろまめっ!!」

 

 ブラスターを向ける黒帽子の男に急かされ、クロイツェルは何日も動かしていなかった足を小鹿のように震わしながらも進める。

 

 寝ている間に地震が起きたかと思えば数分前に、手錠を外されそのまま黒帽子に腕を無理矢理引かれて階段を駆け上がらされていた。

 

 遠くに耳を澄ませば銃声らしき音が響き渡る。そして彼女は事態を察しして恐怖していた。

 

ついにこの時が来た……!

 

 ここがどこだか知らないが、どうやら同胞は遂にその握り拳を降り下ろす事にしたらしい。

 

 怖い……この人は分かっているのだろうか?きっと来た人達は自分の眉間に銃口を突きつけ脅しても気にも止めないだろうというのに。……脅迫したと同時に蜂の巣にされる事は確実だろうに。

 

そしてその際、多分自分も………。

 

「……!」

 

ぞわり、と鳥肌が立つ。

 

 自分の死がすぐそこにまで迫っている事を改めて自覚させられた。

 

「糞……帝国のハイエナ共め。ここを探り当てて来やがったか!だが……まだだ。まだ終わらん!」

「ボス!ここは食い止めます!早くお逃げ下さい!」

 

 屋上への出口から現れる黒帽子2人が登っていくクロイツェルとすれ違う形で階段を下る。その手には火薬式軽機関銃が掴まれていた。登ってくる復讐者達に応戦しにいくのだろう。

 

 屋上に出る。そこは闇と光の世界であった。大都市テルヌーゼンの辺境の辺境の貧民街であるために周囲の光は少なく外に出ると共に闇夜の空は美しい星々の輝きを余す事なく曝け出していた。2月の冷たい空気が肌に冷え込むように襲い掛かる。遠くを見ればテルヌーゼン中心街の高層ビル群がネオンの光で幻想的なシルエット薄っすらと生んでいた。

 

 そして、そんな中で銃声をBGMに屋上倉庫に安置された小型ヘリコプターの下まで引かれる自分の存在を、クロイツェルはどこか滑稽に思えていた。

 

 屋上倉庫にギリギリで収容されていた旧型の民間用ヘリに乗り込もうとした瞬間、殺気を感じたアダムズは身を伏せる。同時に先ほどまで頭部のあった空間にパラライザーの電光が通り過ぎた。

 

同時に手にするブラスターを屋上入り口に連射する。

 

「ちっ、勘の良い奴め……!」

 

 屋上階段に身を隠して元装甲擲弾兵の一人は舌打ちする。

 

 向かってきた黒帽子2名を催涙ガス弾と煙幕弾で無力化した第11階突入班は、しかしそこから動けずにいる。

 

 相手は一人、しかし断続的なブラスターの発砲の前に攻めあぐねる。本来ならば相手は一人である。ゼッフル粒子の込めた砲弾を撃ち込むなり、重火器で正面から面制圧、狙撃もあるし、いっそ戦闘ヘリで吹き飛ばしても良い。

 

 だが、人質の奪還を目標としている以上それは不可能であった。

 

「野外警戒班、そちらから狙撃出来るか!?」

 

 若い元装甲擲弾兵が無線機で周辺の建物から監視している友軍に連絡する。

 

『……駄目だ。ここからでは影になっている。それに風が強い。人質の安全は保障出来ん」

「糞、ニョルズめ……こんな時に風を吹かすな!」

 

風神に文句を言いながら隊員は銃撃が止むのを待つ。

 

 そしてブラスターの閃光が止むとと同時に突入しようとした彼らは……思わず怯んだ。

 

「なっ……!?」

「あの野郎、正気か?」

 

 彼らが見たのは、黒いローブを脱いだ今回の事件の首魁の姿であった。

 

但し、全身に爆薬を巻いていたが。

 

 ヘリの傍らで全身に高性能爆薬を巻いたアダムズは軍用ナイフ片手にクロイツェルを人質に取る。

 

「帝国の溝鼠共め……!撃てるものならば撃ってみろっ!この餓鬼と共にヴァルハラとやらで暴れまわってやる!」

 

 声を荒げてアダムズは答える。その表情は不敵に笑っていた。

 

「……降伏して人質を解放しろ。貴様に最早逃げ場は無い。今這い蹲って赦しを請えば寛大な処置を約束するぞ!」

 

 隊員の一人が降伏勧告をする。だが、それに対してアダムズは口元を吊り上げて笑う。

 

「はははは!降伏だと?笑わせるなよ!?誇りある同盟人は貴様ら圧政者に媚びなぞ売らんわっ!」

 

 そして、クロイツェルの首元に炭素クリスタル製の軍用ナイフを突き立てる。

 

「貴様らこそ、この嬢さんの胴体と頭が泣き別れしていいのなら来るが良い!人質を気にしないのがお前達のやり口だろう?」

 

嘲るようにそう投げかけるアダムズ。

 

「ふっ……やっぱり撃ってこないな」

 

 帝国人達の沈黙に確信したように呟く予備役伍長。どうやらこの小娘を怪我させる事に躊躇しているらしい。

 

「たかが成り上がりの騎士だと思ったがどうやら違うようだな、ええっ?どこぞのぼんぼん貴族の妾腹か?それともその歳で御手付きか?」

 

馬鹿にするようにアダムズはクロイツェルに尋ねる。

 

「し、知りませんよっ……!私はただの一般人ですっ……も、もう嫌だよぅ………」

 

 涙声で震えるように答える。実際彼女の精神は相当参っていた。時たま面倒な目に合うがそれでも命の危険に合うような経験なぞこれまで殆ど無い。正直十六そこらの一般家庭の少女にとってはここ数日の状況は余りに非日常的であり、絶望そのものであった。

 

「もう嫌だよぅ……誰か……お願いだから助けてよぅ……」

 

 一方、屋上出口に控える帝国人達は、判断に迷っていた。

 

「糞……時間が無い。早くしないと黒帽子共と警察がやってきやがる。あいつらが残っているからと言って俺らを纏めて殺りにきても可笑しく無い……!」

 

苦々し気に一人が吐き捨てる。

 

「上層部の結んだ協約だと後6……いや5分も無いぞっ!?」

 

 状況は緊迫していた。全身爆薬を纏って人質にナイフを突きつけていた。全身に電流が走るパラライザー銃の使用は不可能、狙撃用ブラスターライフルも封じられた。接近戦を行おうにも人質がいるし、自爆の危険がある。そして何より時間が無い。

 

「地上の陽動班は撤収を開始している模様……!5階、8階の突入班も撤収準備中です……!」

「こちらに増援を要請するか……?」

「いや、時間が無い。この際強硬突入して刺し違えてでも……!」

 

そこに怒鳴り声が響く。

 

「馬鹿者がっ……!優先順位を履き違えるな……!我々の任務はあらゆる犠牲を払ってでも人質を救出する事だ……!強行突入は人質の命が危ない……!」

 

ライトナー大尉が慌てる部下を叱責する。

 

「……背に腹は代えられませんな」

 

そこにそう呟いた者がいた。

 

「おい、何を……!」

 

 制止を振り切るように立ち上がり屋上に出る人影……それに反応してライトナー大尉が部下に戦闘準備を命じて後を追う。

 

「余り関心しませんな。紳士たる者、御令嬢に突きつけるのは刃物では無く花束にしたらどうですかな?」

 

飄々とそう語りながら屋上に出てくる人影。

 

「お前は………?」

 

 さも、訳あり顔で向かってくるが故に予備役伍長は警戒しながらそう尋ねた。

 

「いやねぇ、そう大した者ではありませんよ。シェーンコップ……ジギスムント1世帝の御世に貴族位に叙せられたシェーンコップ男爵家が分家ハイルブロン=シェーンコップ帝国騎士の当主、ワルター・フォン・シェーンコップ帝国騎士だ。……まぁ、どうぞ短い間ですがお見知りおき下さいな」

 

 ブラスターを構えながら慇懃無礼に、しかし流暢な同盟公用語で持ってシェーンコップは名乗りを挙げた。

 

 

 

 

 

僅かな場の沈黙……それは泣き声で破られた。

 

「し……シェーンコップさぁん……っ!!?」

 

 文字通り目元を赤く泣き腫らしながら、嗚咽交じりの声でクロイツェルはその帝国騎士の名を呼ぶ。

 

それに対して不良学生は、少々困った表情を浮かべる。

 

「フロイラインもなかなか難儀な星の下に生まれたものですなぁ。これでは赤ん坊同様少しでも目を離せませんな」

「私は赤ん坊じゃありませんっ!」

 

 泣き声交じりで、しかし怒るように反論するクロイツェル。その反応に少し驚くように目を見開くが、すぐに再び困ったものだ、と肩を竦める。

 

「これはこれは、とんだ失礼を。どうぞ御容赦下さい、フロイライン」

 

 少々茶化すように、しかし真摯に礼をするシェーンコップ。同時にライトナーが不良学生の傍に控える。

 

「はっ!帝国騎士様が御姫様を御救いに来たと言う訳か!なんとまぁ浪漫に溢れた事だ。時代錯誤の貴族主義者共め……!中世ごっこなら他所でやりやがれ!それとも騎士道物語宜しく決闘でもするかっ!?えぇ!?」

「ひっ……!」

 

 その言いような明らかに嘲りの感情があった。宇宙暦8世紀になってもちぐはぐな似非貴族を演じる銀河帝国貴族階級は彼にとっては滑稽なものだ。地球時代の欧州貴族の服装に黒色火薬式銃やサーベルで決闘する者共の神経なぞ理解する気も無い。仮に決闘を申し込まれれば彼は迷わずそんな馬鹿貴族に不意打ちでブラスターの光線を叩き込むだろう。

 

 ライトナーも含めて一層警戒しながらクロイツェルに引き寄せながら一層軍用ナイフを細い首元に近づけるアダムズ。ナイフの先端がか細い肌に触れ一条の血の筋が滴る。

 

「やれやれ、追い詰められたからと言ってそうかりかりしなくていいでしょうに」

 

 そんな強制労働者の末裔に憐れむような笑みを見せる不良学生。肩を竦めて同意を求めるようにライトナーにちらりと顔を向ける。一方、ライトナーは文字通り汚物でも見るかのように蔑みの目でアダムズを見据える。知る人が見ればそれが正に帝国貴族が農奴や奴隷を見る時と同じである事が分かった筈だ。

 

「そういう貴様は随分と余裕な事だな?」

「御隠れした祖父が言ってましてね。帝国貴族たる者、常に余裕を持って優雅たれ、貴婦人には恭しく手の甲に接吻して御挨拶を、手袋を投げつけられたら慇懃無礼に拾って差し上げろ、とね」

 

 茶化すように答えつつもシェーンコップはブラスターを構えたままアダムズから視線を外さない。

 

 一方、アダムズもそんな生意気な餓鬼から視線を外さない。

 

(……餓鬼の癖に隙が無い。視線を外したら……狙撃されかねん)

 

 今でこそ唯の暴力組織の一員であるがかつては同盟地上軍の兵士として五十近い戦闘を経験している。その経験と勘が目の前の帝国騎士は決して軽視出来ない存在である事を告げていた。

 

(……ちっ、警察共め。もっと早く来やがれ。こんな時に限って遅れやがって……!)

 

 アダムズは時間を味方につけていた。この騒ぎである。ハイネセン警察なり同盟警察なりが急行する筈だ。そうすれば帝国人共は道連れで捕まる、少なくとも目撃されれば亡命者コミュニティに捜査が入る。事態が周知されれば長征系市民と帝国系市民の対立は一層深くなる。対立の深刻化は彼とその同志達にとって望む所だ。

 

 そしてその考えは現実と多少の齟齬があっても間違いでは無い。時間以内に人質を連れて撤収しなければ委員会の完全武装の集団が一斉にビルにいる者全員に襲い掛かり、その後、同盟警察機動隊が私刑に処された者全員を暴徒や犯罪組織の内ゲバとして拘束する事になっていた。不良学生達はこれ以上ここに留まれば自分達もまたその私刑の対象になる。

 

 何せ、委員会側としては仮に現場で帝国人と会った場合末端を抑える自信が無い。というより、頭に血が登る末端構成員に対する表向きの出動理由が「組織を騙る便乗犯罪者への報復」だ。断じて帝国人との予定調和の事実なぞあってはならない。

 

「シェーンコップさん………」

 

 小動物のように怯えながらクロイツェルは目の前の帝国騎士に助けを呼ぶ。それに対してシェーンコップはどこか仕方ないとばかりに優し気に、そして申し訳なさそうな笑みを浮かべる。

 

「フロイライン……安心してくれ、と言っても安心は出来んか。済まんな。俺のせいで妙な事に巻き込んでしまった」

 

 最初の出会いのせいで目をつけさせてしまい、自分に会おうとしたために誘拐されてしまった。故意では無いが、標的にされた一因は自分にもある事を不良学生は十分自覚していた。

 

「……そ、そんな事は……無いです。シェーンコップさんのお蔭であの時……助かりました。だから……そんな事言わないで下さいっ……!あ、謝るなら……今度ご飯奢ってください。そ、それで許してあげますよ?」

 

 怯えながらもクロイツェルはその言を否定する。そして涙目でも気丈にそう茶化して見せる。過程はともあれ、彼女はシェーンコップに助けられた事を感謝していたし、彼を嫌うような理由は彼女には無かった。寧ろ彼女こそ天文学的な確率で自分の災難に巻き込んでしまった事に引け目を感じていた。だからこそ、相手の自責の念に対して否定する。

 

 ある意味では彼女も端くれであり自覚こそ無いものの彼女なりの貴族の誇りを持っていた、という事かも知れない。

 

「ぎゃあぎゃあ喋るな、小娘!ここはオペラ座じゃねぇぞ、演劇は他所でやれ……!」

 

 警告するように薄くクロイツェルの首にナイフを添えるアダムズ。すっと首に浅い切り傷をつける。クロイツェルは小さな悲鳴を上げて口を閉じる。

 

「……!!クロイツェル、必ず助ける。だから……動かないでくれるか?」

 

 子供を諭すように優しくそう尋ねるシェーンコップ。怯えつつも、しかしその言にクロイツェルは、小さく頭を振って肯定する。

 

 それを確認したシェーンコップは頷くと、険しい視線でブラスターに両手を添える。それは間違いなく狙撃の体勢であった。

 

「……!貴様っ!狙撃するつもりか!?こいつがどうなってもいいのかっ!?理由は知らんがそこの殺戮上等の帝国人共が傷つけるのを躊躇する人物だぞ!?」

 

 そう言ってアダムズはクロイツェルを自分の盾のようにする。これでは、アダムズだけを正確に狙撃するのは困難だった。さらに手に持つナイフを首のすぐ横に動かす。そこならばナイフを持つ腕を撃たれても手の中から落とす前に動脈を切り裂けるだろう。

 

 仮に狙撃の名手であろうとも、ブラスターで行う事を躊躇するだろう状況……。

 

「……シェーンコップ殿、狙撃ならば私が」

 

 狙撃の経験も豊富なライトナーの呼びかけにシェーンコップは視線のみで意思を伝える。

 

「……分かりました」

 

それだけ言ってライトナーは突入姿勢を取る。

 

「ちっ……!」

 

アダムズは集中して自身に来る狙撃に備える。

 

 闇夜の中での静寂………それは永遠に続くかに思えた。だが、実際はそれはほんの十秒程度の事でしか無かった。

 

青白い閃光が走った。

 

「うっ……!」

 

小さな悲鳴が上がる。

 

同時に足に狙撃を受けたクロイツェルが倒れ込む。

 

「おい……!ちぃっ……!?」

 

 人質が床にしゃがみ込んでアダムズの姿が射線上に晒される。

 

(狙いを外した!?いや、これは……!)

 

 すぐに目的を理解したアダムズは無理矢理にでもクロイツェルを立ち上がらせようとする。

 

(いや、駄目だ。それよりも自爆して全員道連れに……)

 

 アダムズは、急いで起爆のためのレバーを引こうとする。そこに両腕をブラスターの閃光が射抜いた。

 

「がっ……!?」

 

 同時にナイフを落すアダムズにライトナーが一気に距離を詰める。自爆を防ぐように両腕を抑えつける。同時に部下達もすぐさま駆け寄りアダムズを抑え工兵経験者が自爆ベルトを無力化していく。

 

シェーンコップは急いで倒れるクロイツェルの下に駆け寄る。迅速に手持ちのハンカチで傷口を止血する。

 

「……すまん。怪我をさせた」

 

心の底から心苦しそうに不良学生は謝罪する。

 

 一方、涙目のクロイツェルはしかし安堵の笑みを浮かべ答える。

 

「いえ、大丈夫ですよ。視線でどこを狙っていたか分かりましたから」

 

 シェーンコップは元から人質の足を狙っていた。急所を外し、掠れるように狙いをつけていたが。

 

 アダムズは自分を狙っていると思っていただろう。敢えて人質を狙う事で、立てなくなる人質の価値を失わせると共に動揺させる。そして生まれた隙で2撃目を発砲する。

 

「……怖く無かったか?外すかも知れなかった。それに殺されたかも知れない」

 

時間が無い苦肉の手段だった。賭けに近かった。

 

「確かに怖かったです。でも……」

「でも?」

「……信じてましたから。シェーンコップさんは私と違って本当に騎士様みたいですから」

 

 最初に会った時からそう思っていた。本来ならば面倒事だ。見て見ぬふりして良かった筈だ。だが、敢えて目の前の人物は自分を助けてくれた。

 

 その時に何度も泣きながら感謝した。だが、彼は不敵な笑みを浮かべ、ぶっきら棒にいった。

 

『気にするな。見て見ぬふりをするのは嫌だっただけだ。口煩い祖父に躾けられたからな。「栄光と勇気は結果に過ぎん。弱者のために、正義のために、貴婦人のために力を使った結果だ。必要な時に力を使わんのは悪であり卑怯者だ」とな。私は卑怯者になりたくは無いのでね』

 

 ある種古臭いが、それは古き良き時代の帝国騎士の姿に他ならない。門閥貴族や従士と違い権力に靡かず、独立独歩の精神で、自身の正しいと信じる信念に従う。歴史を紐解けば開祖ルドルフを始め皇帝にも異を唱えた者、門閥貴族にも屈しなかった者もいる。帝国では騎士を主人公にした浪漫小説は大衆の人気文学であった。

 

 当然今時そんな絵に描いたような帝国騎士なぞ絶滅危惧種だ。だからこそ逆に、クロイツェルにとってシェーンコップは正にまごう事無き騎士に他ならなかった。だからこそ、信頼していた。

 

「……随分と買い被られたものですな」

 

 困ったように苦笑するシェーンコップ。だが、そこにはどこか晴れ晴れとしたものがあった。

 

「失礼、そろそろ撤収致します。御急ぎを」

 

 ライトナーが傍に立って連絡する。既にビルの1階には委員会の武装車両が突入し、団員を次々と放出していた。

 

「分かりました。では御姫様、御無礼致します」

「はい?」

 

 そういうや早くシェーンコップは足を痛めたクロイツェルを、俗にいう御姫様抱っこする。そして周囲の装甲擲弾兵が茶化すように口笛を吹く中、一人、クロイツェルは顔を赤くしていた。

 

 

 

 

 一方、そのような事の行われているビルの数キロ離れた貧民街の街道にはモスグリーンに統一された装甲車両の列が進んでいた。

 

 同盟警察ハイネセン管区第13機動隊……首都のおける暴動やテロ対策のために設立された武装警察部隊、というのは建前であり、その実統一派の同盟警察に有する私設部隊の色合いの濃いこの部隊はハイネセンで起こる様々な政治的事件に対応し、時に同盟政治家達の意を汲んで処理する目的があった。そう、今回の暴動のように。

 

そんな車列の横を通り過ぎるように数台の車が走る。

 

 明らかに銃撃を受けていたと思われる車を見て、装甲車から乗り出した警官が口を開く。

 

「おい、そこの車列、止まれ」

 

命令口調での注意に車列は止まる。

 

「済まないが車の名義と身分証明を要求する。その車の痛みようはどういう訳か説明願いたい」

 

 圧迫するような警官に、先頭の車の窓がゆっくりと降りる。そして運転手は口を開く。

 

「あー、すみません!私アルレスハイム民間警備会社警備員のイングリーテ・フォン・レーヴェンハルトと言います!す、すみません。実は飲酒運転してましてぇ……あのぅ、もしかしてこれ、免許剥奪ですか?」

 

 にへら、と飲酒運転を誤魔化すように笑う女性に一瞬警官は驚く。が、すぐに気を取り戻す。

 

「わ、悪ふざけは止め給え。その傷は飲酒運転で出来るようなものでは無いだろう!?明らかにその傷は銃弾の……」

「お願いしますよぅ~!今非番なんです!見逃してください!ばれたら会社首になるんです!そ、そうだパンツ!私のパンツあげるので勘弁してください!」

 

 涙目で懇願する運転手。急いでパンツを脱ごうとし始める。

 

「お、おい、止めろ!そういう話をしているのではなくてだな……!?」

「上ですか!?上のブラなら満足なんですか変態性癖ポリスさんっ!?」

「誰が変態性癖じゃ!俺はノーマルだ!」

「……レストレイド巡査、何事かな?」

 

 慌てて突っ込みを入れる警官。騒がしく罵り合う場、そこに低い、しかし印象に残る声が響いた。

 

 歩いて装甲車に歩み寄る警部に慌てて若い警官は敬礼する。

 

「い、いえ警部、怪しい車を見つけたもので職務質問していた所でして……」

 

 若い、爽やかでハンサムな警部はちらりと銃弾の穴だらけの車を見やる。

 

「……これはこれは、随分と痛んでいる車ですね。中古でご購入で?」

「えへへへ、まぁ、いやぁ、確かにそれだけでは何ですが……飲酒運転でぶつけましてぇ」

 

 誤魔化すように頭を掻くレーヴェンハルト。へらへらと苦笑いを浮かべているが、警部にはその目の奥底が微塵も笑っていない事を理解していた。

 

「やれやれ、この近くで暴動が起きているそうです。いつまでも職務質問は危険です。私達は交通課では無いので今回だけは大目に見ましょう。運転は確かに楽しいでしょうが飲酒時は公共の安全のために自動運転の方にしてくださいよ?」

 

笑みを浮かべてそう指摘する警部。

 

「はい~、ごめんなさい~」

 

 頭を下げながら窓を閉めりレーヴェンハルト。銃弾痕だらけの車達は急いでその場を後にする。

 

「……レストレイド君、仕事熱心なのは結構、だがあの手の物には手を出さない方が良い」

 

 車の列が去った後、張り詰めたような笑みを浮かべて警部は抑揚の無い口調で部下に注意する。

 

「しかし……」

「君も、下手に首を突っ込んで人生を棒に振りたく無いだろう?」

 

その冷たい、凍えるような声に巡査は口を閉じる。

 

「……やれやれ、御上は我々にいつも後始末をさせて困ったものだ、全く。派閥で勝手にやって秩序を壊乱する………問題児ばかりだよ」

 

 貧民街の奥で鳴り響く物騒な音、それがする方向を見据えながら、同盟警察ハイネセン管区第13機動隊所属ヨブ・トリューニヒト警部は皮肉気に、そして侮蔑するように呟いた。

 

 

 

 

 

『テルヌーゼン郊外における暴動とそれに付随する犯罪組織による抗争は現在沈静化しております。同盟警察は現在47名の容疑者を拘束しており……』

 

 小汚い下町にあるダイナーレストラン「ボーダーレス」のカウンター席に座りながらヴォルター・フォン・ティルピッツは、即ち私はぼんやりと古いテレビの画面を見つめていた。

 

 数日前の誘拐事件の対応に追われ、なかなかここに来る事が出来なかった。どうにかクロイツェルの救出と市街地を舞台にした大宴会を阻止したが、根回しや後処理が大変だった。うん、互いの代表がね、電話越しに暴言ばっか言うの。それをね、密室で我々代理の学生間で穏当な言葉に翻訳しないといけないの。全部そのまま話したらパーティーが始まるからね?皆さんもっと穏当に御話出来ないの?

 

 ヤングブラット首席は快く仲介してくれたがコープの方は悪態ついていた。なぜ自分がこんな事しないといけないのか愚痴っていた。代わりに戦術シミュレーションの相手を3回させられ虐殺された。それを鼻で笑っていたホラントは48時間耐久戦闘をさせられていた。タッチ差でホラントに負けてさらに3回私が虐殺された。

 

「宜しかったのですか?あのまま行けば我々の勝利は確実でしたが……」

 

 恐る恐る控えるベアトが小さく尋ねる。確かに市街戦を実行していれば委員会が武器類を警察から隠すために移動させていた分有利だっただろう。

 

「言っただろう?首都星で今時荒事は危険過ぎる。それにあれで暫くは内ゲバだろうから十分だろうよ」

 

 クレーフェ侯も納得してくれた。昔ならいざ知らず。第2次ティアマト会戦以降の平和が随分と市民を左傾化させた。祖国滅亡の危機は遠のき、経済は活性化し、テロや暴動は忌避された。イゼルローン要塞建設から怪しくなっているが、少なくとも今の時期に荒事をこちらからするのは市民感情的に宜しくない。

 

 委員会の方も今回の件で内ゲバ中だ。血は流れないものの、組織内の権力闘争やら責任の所在やら御忙しい事だろう。暫くは平和……だといいなぁ。

 

「同盟警察の摘発もあるしな。一応の報復はしたのだから良しとしよう」

 

 尤も、パーティー回避の代わりに私の財布は大打撃だけど。

 

 各種工作費用やら斡旋やらで私の預金が半壊した。ヤングブラット首席の斡旋料はまだいい。おいコープさん、ちょっと工作費用の桁一つ多く無いですかね?叔父さんの金遣い荒くない?ちょっとキプリング街郊外の料亭から領収証が1ダース分来ているんだけど?

 

 ちょっと、根回しに予算いるの分かるけどさ、人の財布だからって豪勢に使い過ぎじゃね?

 

「はぁ……暫く節制しないとな」

 

 テーブル席を占拠している黒服組の注文が妙に普段より少ないと思うのは気のせいだと思う。

 

そんな事をしている内に目的の人物が入店する。

 

「おや、これはこれは伯爵様、御久し振りですな」

 

 慇懃無礼にそう尋ねる帝国騎士に私は手を振って答える。

 

「あ、伯爵様、失礼しますぅ……」

 

不良学生の影から小さく頭を下げるクロイツェル。

 

「……随分と仲の宜しい事で」

「少しでも目を離すと何に巻き込まれるか分からんですからな」

 

 クロイツェルが少しむすっとした表情になるが、不良騎士にエスコートされてすぐ機嫌を取り戻す。

 

「それにしても大変ですな。貴族様は」

 

カウンターに座ると共にシェーンコップは口を開く。

 

「何がかね?」

「たかだか帝国貴族一人のためにあちらこちらと、相当に赤字でしょうに。何故そんな事を?」

 

意地悪そうな笑みを浮かべて不良学生は聞いた。

 

「……もしかして今私試されている?」

「さあ、どうでしょうな?」

 

 いや、絶対試しているってこれ。試しているよね?気に入らなかったらアウトだよね?

 

「まぁ、色々あるんだけどね。単純に馬鹿騒ぎして欲しく無かったし、お前さんを置いておくと勝手に動いてヴァルハラ行きそうだし」

「私は死ぬ気はありませんが?」

「余り自分の実力を過信するなよ。私達は所詮餓鬼だからな。頼れる物には頼らんとな」

 

 そういうと少しむすっとした表情になる不良学生。やべ、怒ったかな?

 

 おどおどするクロイツェルに一瞬目をやり、再びシェーンコップに視線を戻す。

 

「それにお前さんに恩義があるのも事実だからな。同胞を二度も、まして今回は私の下請けをだ。余り私も好きでは無いが、貴族として下の者を保護する義務があるのでね。やれる事はしようと言う訳だ。……まぁ、ぶっちゃけ恩を押し売りしているのも事実だけど」

 

その発言に流石に不良学生も呆れる。

 

「本末転倒な話ですな。少しは建前と言う物もあるでしょうに」

「一応建前も言っただろう?それにお前さん、なんか嘘見破りそうだし」

 

曲者過ぎるんだよ、お前さんは。

 

「やれやれ、随分と高く買っているようですな」

 

物好きな事です、と続ける。

 

そして朝食のメニューを注文すると、こう答えた。

 

「食客」

「ん?」

「私は金欠でしてな。たまに飯を奢って頂けるなら、家臣は無理でも食客にくらいならなっても良いですよ?」

 

 不敵な笑みで答えるシェーンコップ。食客は、帝国において貴族が才有りと認めた平民や帝国騎士、特に軍人を一時的に雇用する時の形式の一つだ。恐らく原作ブラウンシュヴァイク家のシューマッハやフェルナーはこの形式で雇われていたと思われる。有期契約などで、従士のように永続では無く必要な時にだけ雇えるのが魅力だ。

 

「これはまた急な話だ。その心は?」

「フロイライン・クロイツェルに怪我をさせてしまいましてな。そういう時は贖罪として暫くお仕えしろ、と祖父に教え込まれたのですよ。となると、すぐトラブルに巻き込まれるフロイラインを御守りするには同じ士官学校に行くべき、と思った次第です。で、どうせなら少しでも付加価値を付けようという卑しい判断と言う訳ですな」

 

苦笑しながら答える不良学生。

 

「それで、私めの提案の賛否は如何に?」

承諾(Ja)

 

 こうして、帝国騎士ワルター・フォン・シェーンコップは自由惑星同盟軍士官学校に入学する事に決まったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、今金欠だから暫くの間は安い店にして」

「最後の最後に雰囲気をぶち壊すのは貴方らしいですな」

 




ようやく不良中年入学させられた……。
不良中年が簡単に靡いてくれないのが悪い(逆ギレ)
尚、現在までで最大の原作乖離は不良中年の漁色フラグがへし折れた事の模様

多分後7,8話で卒業出来る、筈……。


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士官学校四年目は平穏無事に終わると思ったか? 第三十六話 お茶請けに菓子は鉄板

ティアマト星系に両軍は展開した。

 

 我が軍の戦力は4個艦隊5万2000隻、ティアマト星系第3惑星ウガルルム及び第4惑星ウリディンムに後方支援用の補給基地が置かれ、予備戦力も兼ねる第4艦隊の艦艇1万2000隻が惑星及び補給線の警備にあたる。衛星軌道では後方支援用の工作艦、病院艦、補給艦が展開、宇宙軍陸戦隊を始めとした地上部隊は惑星地上や衛星に駐留して強固な防空網を形成する。

 

 一方、敵艦隊は3個艦隊艦艇3万9000隻、ティアマト星系第7惑星クサリクに前線基地を、第8惑星ウシュムに拠点を設置した上でこちらに戦いを挑む。本来ならば補給線防衛のために十分な戦力を置きたいのだろうが、元々の戦力の差もあり正面戦力を必要以上に割く事は難しい。偵察部隊によれば各艦隊から抽出した5000隻が後方の危機に備える。当然ながら各艦隊からの混成部隊のため、連携の面で不安が残るだろう。

 

 両軍主力は、第5惑星ギルタブリル軌道上で会敵した。正確にいえばこちらが待ち構えていた。偵察用の小艦隊をばら撒いたために敵艦隊の進行ルートはほぼ把握していた。

 

 こちらの戦力は偵察のために3000隻を振り向けたため3個艦隊3万7000隻、敵もまた3個艦隊3万4000隻である。尤も、偵察艦隊は敵艦隊発見以降は最小限の数のみ残して再集結を始めている。こちらは横陣で待ち構え、敵艦隊は艦隊を出来得る限り正面から捕捉されず前進させるために長蛇の形で進む。

 

 中性子ビーム砲も届かない30光秒の位置から敵艦隊は陣形を横陣に変化させる。この距離からそれを阻止する事は出来ない。今はそれを見守る事のみだ。

 

 そして共に横陣のまま距離20光秒の位置でついに両軍は火蓋を切る。

 

「ファイエル!」

 

 私のこの命令と同時に前方に構える我が方の3艦隊、その前衛分艦隊の戦艦群と巡航艦群が一斉に中性子ビーム砲を撃ち出した。数万の光の束は漆黒の宇宙に消え……次の瞬間撃ち返された数万条のエネルギー波の光がこちらに襲い掛かる。

 

 尤も、艦艇の爆散する光は殆ど見る事は無かった。中性子ビーム砲が発射されて届くまで20秒程かかる。その間に高速で艦艇が移動する宇宙戦闘では対策は幾らでも可能だ。

 

 戦列を並べる艦隊の強固にして相互に補い合うように展開される中和磁場の鉄壁の前に99%の光線は霧散した。運悪く数隻の艦艇が装甲を貫かれ爆発するが、すぐさま後続の艦艇が戦列の穴を埋める。中和磁場の障壁を築く上で、戦列は欠かす事が出来ない。一旦戦列が綻べば、敵の砲火が集中してそこに展開する群は壊滅する。そしてそれは一気に戦隊の、分艦隊の、そして艦隊の崩壊にも繋がりかねない。故に迅速な戦列の修復は何よりも重要であった。

 

 戦闘は何の他愛もない長距離砲戦で開幕した。両艦隊共、相手の急接近を警戒しつつじわじわと距離を詰めていく。少しでも相手の不審な動きを察すると距離を取る。接近戦は相手の不意を付ければ圧倒的に有利だが、逆に相手の対応が万全だと懐に駆逐艦部隊が入り込む前に七面鳥撃ちになってしまう。

 

 長距離砲戦は4時間に渡り続く。その間に両艦隊とも殆ど損害は無い。中性子ビーム砲による砲戦では決着はなかなか着かないのだ。そして少なくない同盟と帝国の会戦がこの砲戦のみで終わるのである。同時に、後方では絶えず支援部隊との連携が行われる。前線と後方の間では物資と負傷者のやり取り、損傷艦艇の移送が実施される。

 

 尤も、今回は複数艦隊による大規模戦闘である。敵の侵攻目的は不明であるが、たかだか大砲の撃ち合いだけで戦いを終える訳が無い。艦隊を動かすにも莫大な物資と予算がいるのだから、唯のコケ脅しのためだけに火の車の予算を使う訳が無い。

 

 ……いや、帝国の場合はまぁ皇太子の誕生日とか皇帝即位記念で侵攻してくるような国ではあるが。

 

 逆にいえば、そういうイベント事で無い場合は不退転の決意で侵攻してきている訳ではある。同盟軍では帝国の軍事的な理由での侵攻と、国家行事としての侵攻をはっきりと区別して対応している事で有名だ。

 

 10光秒の距離までじわじわと両軍は接触しつつある。ここで双方共に前衛分艦隊のエネルギーが不足を来たし始める。そのため戦隊単位で連携しつつ次の分艦隊と前線の受け持ちを交代し始める。1時間程度かけて、砲火の中両軍は前衛部隊を完全に交代させた。

 

 同時に、中距離戦となったためにレーザー砲を装備する駆逐艦群が戦列に参加する。中和磁場の出力の低い駆逐艦は、大型艦の影からレーザー砲を漆黒の闇の中へと撃ち込む。遠くから見える敵艦隊の点、そして遠くから見える火球の数が明らかに増えていた。火力の急激な増大によって敵艦隊のあちこちで中和磁場の障壁が破られ始めている証左であった。

 

「戦列を整える。予備戦力を惜しまず空いた穴は迅速に埋めろ!突き崩されるぞ!」

 

 各戦線で発生する虫食い穴に次々と増援部隊を送り込む。同時に暴走して突出しようとする部隊には超高速通信、あるいは連絡艇を送り込みその手綱を握る。突出部位は火力の集中を受けやすい。

 

「よし、別動隊を動かす」

 

 ここで私は後方の第4艦隊より抽出した戦力5000隻に偵察としてばら撒いていた内の2000隻を合流させる。合流地点は第5惑星の主力の会敵している反対側である。

 

「別動隊は第5惑星の影から敵側面を突き、敵右翼を圧迫する。我が方主力は敵左翼に火力を集中させその動きを欺瞞する」

 

 左翼に攻撃を集中させれば自然敵軍もそちらに傾注せざる得ない。すると右翼への備えが疎かになる。無論敵軍も無能ではあるまい。だが、だからと言って攻撃の集中する左翼を見捨てる訳にもいかない。戦線の一か所の崩壊は全体に波及する。艦隊戦力の多さがここで優位に働く。元の手数が違うのだ。

 

 敵艦隊の動きは見事だ。元の手数が違うというのに、戦力を見事なタイミングで入れ替えていき左翼はなかなか突き崩せない。相当の艦隊運動の手練れであろう。それどころか、こちらの一部が攻撃に熱狂して突出すればこちらが後退させる前に反撃して叩き潰してくる。敵左翼に対して800隻を撃破したが、こちらの損失は1000隻に上る。

 

 尤も、敵左翼はじりじりと後退しつつある。火力の集中により対応する中和磁場のエネルギーに余裕が無いのだ。艦隊の細かい入れ替えに使う燃料、弾薬の消費、兵士の疲労がそこに加わる。敵左翼の補強のため敵は手薄な右翼から2個戦隊を移動させた。

 

「そこだ。一気に突撃しろ……!」

 

 第5惑星が戦域に最も接近したタイミングで私は別動隊に命令を発した。高速な巡航艦・駆逐艦を基幹とした別動隊は一気に手薄な敵右翼を突いた。

 

 敵右翼艦隊の1個戦隊が瞬時に溶けた。側面からの不意を突いた攻撃、しかも連動してこちらの左翼を担う第3艦隊が節約してきた弾薬を一気に投入したためだ。

 

 敵右翼の動きは鈍い。前方と側面からの同時攻撃である。片方の相手をすればもう片方への対応が出来ない。不用意に動けば陣形が崩壊する。

 

「別動隊、駆逐艦部隊突入!単座式戦闘艇も投入する。敵右翼を追い込め!」

 

 小柄で小回りの利く駆逐艦は混乱する敵右翼からの対空砲火をやすやすと避けながらミサイルを撃ち込む。それに気を取られている内に懐に入ると、電磁砲による一撃必殺の肉薄攻撃が行われる。実弾兵器の前には戦艦の中和磁場も意味が無い。艦艇の装甲は宇宙空間における戦闘に備えた特殊合金であるが、せいぜいが気休め程度の価値しかない。電磁砲の放つプラズマ化したウラン238弾を叩き込まれたが最後、装甲が飴のように溶け、艦の内部構造は文字通り挽肉のように破砕される。

 

 同時に、単座式戦闘艇も蜂のように群がりながら敵艦に襲いかかった。単座式戦闘艇は航続能力・防御性能は宇宙空間の戦闘では無に等しいが、近接戦で群がられたらたちまち脅威になる。流石に撃沈する艦艇はそうそう出てこないが、中破・大破する艦艇は数えきれない。損傷したそれら艦艇は砲戦においては良い的だ。

 

敵右翼艦隊はたちまちに崩壊していく。

 

「よし、こちら左翼第3艦隊突入、右翼を中央に押し込んでこのまま半包囲してやれ!」

 

私が最終的攻勢を命じたと同時に……状況は逆転する。

 

「なっ……!?」

 

 敵右翼に第3艦隊が躍り込むと同時に敵艦艇が次々と巨大な火球となり自爆する。レーザー水爆ミサイルを利用した爆発の前に肉薄していた第3艦隊と別動隊の艦艇や戦闘艇は次々と巻き込まれ道連れにされる。

 

「無人艦艇による自爆か……!不味い……!」

 

 敵右翼の数の少なさに気付く。3000、いや4000隻は少ない。この状況からするにその居所は……!

 

「中央第1艦隊、後退しろ!」

 

 同時に想定外の火力の滝が私の中央艦隊に叩き込まれる。敵は右翼から少しずつ戦力を中央に移動させていた。その上で自爆攻撃で第3艦隊と別動隊の動きを止め、油断して突出した中央の前衛分艦隊に襲い掛かったのだ。

 

 接近戦の出鼻を挫かれた。突出しようとしていた駆逐艦群は中性子ビーム砲の光の中に消えた。僅か5分余りの内に1個戦隊に匹敵する戦力が消滅したのだ。

 

 空いた穴を埋めようとするが遅い。敵艦隊の単座式戦闘艇が戦艦の懐に入りこむ。対艦ミサイルの雨を迎撃する戦艦の対空砲は急所に撃ち込まれるウラン238弾を迎撃出来ない。次々と爆沈する戦艦、中和磁場の壁はぼろぼろと崩れていく、既に前衛分艦隊は崩壊寸前だった。

 

「前衛分艦隊、群単位で固まって円陣を組め!中央残りの艦隊は後退しろ!距離を取るんだ!右翼第2艦隊、敵左翼・中央を牽制しろ!」

 

 前衛分艦隊は捨てるしかない。小部隊で固まり足止めをする。右翼第3艦隊と別動隊の混乱はまだ続いていた。彼らを捨てるのは痛い。多少の犠牲は諦めるとしても半分は持って帰りたい。

 

「まだだ。第2艦隊は大半が無事、第1艦隊も1個分艦隊を失っただけだ。後方の第4艦隊主力と合流すれば3万、右翼と別動隊を回収すれば少なくとも3万8000隻は残る。数はまだこちらが上だ。第4惑星軌道に防衛線を敷けば後方支援の面でも優位に立てる……!」

 

 損害から見れば後で社会的に首が飛ぶが、物理的に戦死するよりマシだろう。敵艦隊も相応の損失を生じさせている。まだこちらは負けていない……!

 

「なっ……!」

 

 後退する第1艦隊の背後から砲撃が襲い掛かる。奇襲に等しい攻撃の前にたちまち1個戦隊が撃破される。

 

「別動隊か……!?一体……ちっ、防御を捨てたか!」

 

 敵の後方警備艦隊5000隻の姿が無い事が偵察部隊から入る。恐らく捕捉されないように小惑星帯でも影にして大きく回り込んできたのだろう。

 

 第2艦隊は敵左翼に動きを止められている。第1艦隊は前後から挟撃、第3艦隊は混乱していて第4艦隊は増援に間に合わない。

 

 それでも延命策を打ち出す。第4艦隊来援と第3艦隊の立ち直りの時間さえ稼げばまだ勝ち筋があった。

 

 尤も、挟撃から辛うじて抜け出そうとした所で艦隊旗艦が十字砲火を受けて撃沈した。画面が真っ黒になり「YOU DIED」と赤文字が突きつけられる。

 

 戦闘開始からシミュレーション時間で38時間42分、現実時間で2時間14分で私は戦死した。

 

 

 

「ははは、少々慎重過ぎたな。数の上では優位なんだから損害を気にせず正面から叩き潰せば良かったんだよ。それに戦場も頂けない。補給線の負荷を考えて第5惑星を選んだんだろうが、距離がある分こっちも自由に動ける。あるいはこっちの後方基地を第4艦隊総出で叩いても良かったな」

 

 カートライト先輩……いや、少尉はいかにも賢しげに口を開く。

 

「そう言っても後方の遮断なんて簡単に行える物でも無いでしょう?」

 

 魔術師はワイドボーンの補給線を潰したが、別にそれ自体は独創的な物では無い。問題は補給線を絶つ、なんて事は口で言う程簡単では無いのだ。

 

 まず別動隊の動きを捕捉されてはならない。哨戒網に引っ掛かれば迎撃態勢を取られる。次に迅速に後方支援基地を破壊出来るか、だ。宇宙艦隊があれば後方支援基地を簡単に潰せる、という訳では無い。相手も警備艦隊があるし、地上部隊は攻撃衛星に対空レーザー砲、星間ミサイルを有しており、言う程簡単に攻略出来る訳では無いのだ。実際、原作のヴァンフリートで軌道爆撃では無く態々陸戦部隊を投入しているのは基地の防空能力が強固だったからだろう。陸戦隊で攻略しようにも足が遅い。

 

 え、ハイネセンはあっけなくやられた?あれは予算不足のせいだろう。お古の攻撃衛星が事故ったりしていたし、虎の子の「アルテミスの首飾り」はおじゃん、多分警備艦隊もバーミリオンに全て注いだのだろう。

 

 多分、魔術師様のヤバい所は敵に捕捉されずに別動隊を動かし、迅速に守備部隊を潰して補給線を叩いた事にある。恐らくワイドボーンに連絡も出せずに警備部隊は瞬殺されたのだろう。あるいは想定より早い日数で基地を陥落させられたのか。

 

「実際先輩にその手でやって返討ちに遭いましたし」

 

 別動隊で基地を襲ったら補足されていて後方から挟撃された事もある。補給線を絶てば勝てるなんて偉そうに言う奴には私が飛び膝蹴りしてやる。

 

「と、いうか先輩、卒業したのに研究科に入り浸って、暇人ですか?」

「おいおい、酷いなぁ。こちとら仕事帰りに寄ってやっているんだぞ?」

 

 現在、私は士官学校4年の最上級生の身、カートライト先輩に至っては任官済みだ。

 

 ハイネセン首都防衛軍宇宙艦隊第104戦隊司令部付の身だ。尤も半分研修生の立場で実戦なんてまだまだ先だろうが。

 

 それ自体は珍しいものでは無い。士官学校卒業生は少尉として任官するが、大半は1年後に中尉になるまで後方で研修を受ける。初っ端で前線に行く物好きは殆どいない。ラインハルト、お前が軍病院に配属されたのは多分特に理由は無いぞ……?

 

「それにしても随分と接戦だったじゃない。ティルピッツ君、後30分持たせていれば援軍が来てたから勝ってたわよ?」

 

 同じくハイネセン第3宇宙浅橋(第3艦隊船渠)管制隊司令部付のバネット少尉が携帯端末で戦闘記録を見返しながら指摘する。

 

「その30分が問題ですよ。補給線が切れて第1艦隊の中和磁場エネルギーは枯渇寸前でした」

 

 脱出しようにも素早い艦隊運動で次々逃げ場を塞いできやがった。流石はフィッシャー教官仕込みの艦隊運動、という事か。

 

「現実ではああいかないがね。群や個艦単位でも戦場で柔軟に動くなんて不可能だ。疲労や士気低下で部隊の動きは鈍くなるしな。シミュレーションの設定はかなり戦場を忠実に再現しているが、本物に比べたらまだまださ」

 

カートライト少尉が腕を組みながら答える。

 

「と、いう言も職場で教えてもらったのでしょう?」

 

実戦処女の癖に偉そうね、などと揶揄うバネット少尉。

 

「ほほほ、御二人共元気で何よりですよ。ささ、休憩といきましょう」

 

 フィッシャー教官が紅茶とケーキをテーブルに持ってくる。教官は教え子が訪ねると必ず茶会を催す。明らかに元教え子の何割かはこれ目当てで来ていると思う。

 

「この前ティルピッツ君が差し入れをしてくれた物ですよ。私も味見しましたがなかなかの物です。流石洗練に洗練を重ねた帝国式ですね」

 

ほほほ、と朗らかに微笑みながら説明する。

 

「あ、これゴールドフィールズの店の奴ですか!後輩君、でかした!」

 

 目を輝かせて私にウインクするバネット少尉。この人すげぇよな。毎回出てきたケーキの所在当ててくる。

 

 ハイネセンポリスの第7区画ゴールドフィールズは高級百貨店の軒を連ねる富裕層向けの商業街だ。その一角に開店する高級帝国風菓子店『ノイエユーハイム・ハイネセンポリス店』は、間違いなく同盟で3番目に美味な帝国菓子店だ(2位はヴォルムス本店、1位は新美泉宮の厨房である)。

 

 そもそもノイエユーハイム自体、元来帝国歴21年にオーディンで開店した洋菓子店だ。ルドルフ大帝に菓子を献上して以来、代々帝室や門閥貴族、富裕市民に最高の菓子を提供してきた。帝国歴102年には代々の功績が認められ菓子店の創始者の子孫である店長ハインリッヒ・ノイエユーハイムが帝国騎士ノイエユーハイム家当主に叙任され、以来一族で伝統の味を守ってきた。

 

 尚、この時の皇帝は灰色の皇帝事オトフリート1世であったが、叙任式の際本来ならば剣を下賜される所ケーキナイフを下賜された。ノイエユーハイム氏や周囲の尚書が顔を見合わせ困惑する中、顔色一つ変えないオトフリート1世に急かされ慌てて受け取ったらしい。戸惑う店長のその姿を見て皇帝は小さく、子供のように笑ったらしい。後にケーキナイフを作った職人が言うには、皇帝直々に足を運んで依頼したらしい。灰色の皇帝の生涯最初で最後の洒落であったのかも知れない。

 

 ダゴン星域会戦後、フリードリヒ3世の弟ユリウスは亡命する際行きがけの駄賃として幾つかの美術品や人間を盗難した(文字通り人間も盗難である)。その中には新無憂宮の宮廷画家や宮廷音楽隊の一部、著名な作家や詩人、そしてノイエユーハイム一族も盗難された物に含まれていた。

 

 同盟にて彼らは当初ユリウスを始めとした亡命皇族・貴族のためにパティシエとして働いていたが、後に亡命政府の外貨獲得・広報活動の一環として一部メニュー(帝室・貴族専用レシピ)を除いて同盟に支店を展開、同盟でも富裕層や芸能人に人気のある高級菓子店としての地位を確立している。

 

 今回の茶会の供は俗にビーネンシュティッヒと呼ばれるケーキだ。直訳で「蜂の一刺し」である。イーストを加えて焼き上げた生地に蜂蜜でキャラメリゼしたスライスアーモンドを敷く、濃厚な泡立てたバター入りクリームとカスタードが挟まれている。無論素材は全て合成食品なぞ無い、完全手作業で育てられたオーガニックである。

 

「これ高いんですよ!一切れ20ディナールはしますよ!?この前女優のイリアナさんが大好物にあげていましたし!」

 

 興奮気味にバネット少尉が説明する。喜んでくれて何よりです。……所詮は平民向けレシピである事は黙っておく。おう、帝室向けや門閥貴族向けの最高級レシピは極秘だよ?たかが同盟の平民共に売る訳無いよね?最高の職人達は宮廷の厨房から出ないよ?

 

「私としてはこの紅茶の方が素晴らしいですな」

 

 優雅に紅茶を含んで教官は答える。流石英国……いやネプティス紳士やでぇ。その味が分かりますか。

 

 私に言わせれば今回の真の主役は紅茶だ。いや正確には紅茶の茶葉だ。「アルト・ロンネフェルト」は帝室と門閥貴族(及び彼らから贈与された平民)のみが口に出来る茶葉だ。

 

 第3代皇帝リヒャルト1世の時代に生まれたこの茶葉は皇帝のお気に入りとなり、後に皇帝自身が下市民に飲ませる事を法的に禁じた。理由は平民は物の価値を知らずに間違ったやり方で紅茶を淹れるから、だそうだ。後に皇帝自ら貴族の屋敷に出向き、使用人達が正しい淹れ方をしているかガン見して監視したらしい。道楽を楽しんだ皇帝らしい。

 

 現在では産地は帝国の帝室御料地カルシュタインとアルレスハイム星系ヴォルムスのバルトバッフェル侯家の荘園のみだ。帝国においては皇帝の重要な収入源である。バルトバッフェル侯の荘園で栽培されているのは、リヒャルト1世と時の侯爵が紅茶の議論で盛り上がった仲だったからだ。亡命時に茶の木を丸まる持って亡命してきた。

 

 こっちはガチで特権階級のみが口に出来る代物だ。実家から送られてきたのをそのまま右から左に受け流した。教官に恩を売るのに絶好の代物だ。くくく、所詮シロン茶もアルーシャ茶も庶民の飲み物よ。本物の高級茶に平伏せ愚民共!

 

「俺甘いのが良いんだよなぁ」

「私はミルク入れようかしら」

「………」

 

 どばどば砂糖とミルクを紅茶に注ぐ先輩方。リヒャルト1世陛下が見たら泡を吐いて卒倒するだろう。……仕方ないね、これが民主主義だからね?

 

「まぁ、好みは人それぞれですからな」

 

 教官が苦笑いを浮かべる。悲しいかな、民主主義国家においては皇帝の好みに合わせる必要が無いからね?最高級の牛肉でステーキでは無くハンバーグを作れるのが同盟だ(帝国ではハンバーグはくず肉で作る下等な平民の食事だ)。

 

 最高級茶葉を使った繊細なティーが大味に変わっていくのを涙ながらに見ていると新たな訪問者が部屋の扉を開く。

 

「おお、良い匂いがしたと思えばこんな所で茶会とは粋な物ですな」

「来たな、集り騎士め」

 

 茶会が始まると共に研究所に訪問する不良学生に私は応戦する。

 

「お前さん、ここの研究科じゃ無い筈だよな?」

「無論、理解しております。しかし現実は少々想像を超える事がありましてな」

「で、要件は?」

 

 人を食った言い回しのバリトン調で騎士に私は尋ねる。

 

「従士殿が自身の研究で来れないので代わりに護衛して欲しいと泣く泣く頼まれましてな。こうして伯爵閣下の下に馳せ参じた訳で御座います。後、パン好きな先輩殿も御一緒ですよ」

 

 優美に礼をする騎士。尤も、その影に隠れて目を輝かせてケーキを見る少女と、サンドウィッチをパン屑を盛大に落としながら食べる青年がいるので全て台無しだ。

 

「高級ケーキ、高級ケーキ、高級ケーキ……!!」

 

 涎を垂らしながら呟く帝国騎士の少女。おう、お前さんの家庭じゃあ身分的にはいけても経済的にアレだよな?

 

「いやぁ、ここはいつも美味しい匂いがするねぇ」

 

 朗らかに同級生が口にする。おい、ほかに言う事あると思うんだ。

 

「ふむ、ティルピッツ君が良ければ招いても良いですがどうですか?」

 

 微笑みながらそう語る教官、私に許可を求める辺りやっぱりパルメレント紳士は出来てるでぇ。

 

「それはもちろんです、寧ろこちらから許可を求めるべき案件でした」

 

 私は目上の者に答えるように恭しく礼をする。不良騎士共め……。

 

「伯爵殿は御機嫌斜めのようですな」

「誰のせいじゃ」

 

すかさず突っ込みを入れる私。

 

「まぁまぁ、こちらとしても唯でカフェトリンケンに出ようなどと無礼な事はいいませんよ。まぁ、差し出せるのは旬で安かった巴旦杏のケーキ程度ですがどうぞ御容赦くださいな、先輩殿」

 

茶色い紙袋をテーブルに置いて返答する不良学生。

 

「私からは包だね。豆沙包子と桃包、ああ、後月餅もあるよ。実家でよく食べたものだなぁ」

 

 パン屋の二代目はほうほうと出来たてだろう点心を入れた包みを差し出す。

 

「止めい不良騎士め、背筋がむず痒くなるわ。後チュン、烏龍茶なら嬉しいが紅茶だぞ?」

 

持ってくれば何でもいいと思いやがって。

 

「が、まぁ差し入れがあるのならは宜しい。招待しよう、チュン、シェーンコップ帝国騎士、クロイツェル帝国騎士」

 

 偉そうに答えてやる。差し入れがあればどんなものであろうとも、訪問客を迎え入れるのが貴族の礼儀である。

 

「やった!シェーンコップさん、やりましたね!安物の巴旦杏のケーキで高級ケーキと紅茶が手に入りました!わらしべ王者です!」

「そうだろう?この伯爵はちょろいだろう?」

「おいこら、聞こえ取るわ」

 

私は苦々し気に指摘してやる。

 

「いやぁ、この場合は海老で鯛を釣る、といった所じゃ無いのかな?」

「おい、よりによってそこを指摘するのかい」

 

せめて帝国騎士共を注意しろ。

 

 ……まぁ、最上級生になってこの扱いは私の徳の低さから来ているのは確実である。はぁ……。

 

時に宇宙暦783年8月の夏のある日の事であった。

 

 

 

 




前半は艦隊戦描写の練習、自信が無い。


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第三十七話 壁に耳あり障子に目ありと言う

前半は完全に悪ふざけです。総統閣下のネタがイメージ。


 銀河帝国亡命政府の傘下組織の一つ、ハイネセン亡命者相互扶助会はハイネセンポリス第21区シェーネベルクに本拠地を構える。

 

 宇宙暦783年9月上旬、街の中央にある豪邸と呼ぶべき……実際貴族邸宅も兼ねているが……本部の防空壕の機能を有する地下6階の小会議室である会議が行われていた。

 

 会議の議長は相互扶助会会長クレーフェ侯爵、そのほか副代表テンペルホーフ伯爵、警備責任者ヘッセン子爵、財務部長ベーリング帝国騎士、事業部長カイテル男爵、広報部部長ブルクドルフ従士……そのほか多くの下級貴族や平民の幹部が狭苦しい部屋で神妙な表情で事業について会議をしていた。

 

「続いて次の案件です。現在広報部と共に行っている芸能部門での活動についてですが、長征派の巻き返しで苦境が続いています」

 

 事業部長カイテル男爵はテーブルの上の携帯端末のグラフデータを指差しながら歯切れの悪い口調で語る。

 

「昨年12月デビューした「ピーチマルドゥークズZ」、今年2月デビューの「ティアマト46」、今年3月デビューの「プリティハイネセンガールズ」……今年上半期の着メロダウンロード数、コンサート売上、アライアンスアイドルランキング783年上半期途中経過、全て我が方のアイドル軍団を凌いでいます」

 

緊張した面持ちで男爵はクレーフェ侯を見る。

 

「……ぶひっ…安心しろ、先月リリースしたリーゼロッテの新曲があるから大丈夫だ」

 

 事務用に眼鏡をかけた侯爵は静かに、皆を安心させるように語る。しかし……。

 

「……代表……新曲は……」

 

 ベーリング帝国騎士はそこで続きを語るのを止めてしまう。続きを額に汗の粒を垂らしたブルクドルフ従士が恐る恐る報告する。

 

「……新曲の売上は現在芳しく無く……売上目標の62%しか達成出来ていません。ぶっちゃけ旬を過ぎています」

「………」

 

 その報告を受けた侯爵は震える手で眼鏡を外し、同じように震えた、しかし怒りに満ちた声で場の出席者に語りかける。

 

「……ぶひっ…今から名を呼ぶ者だけ残れ。テンペルホーフ伯爵、ベーリング帝国騎士、カイテル男爵、ブルクドルフ従士」

 

 その命令に名を呼ばれた者達以外全員が静かに席を立ち退出していく。

 

全員が退出した所で……侯爵は怒りの限り叫んだ。

 

「どうなってんだよこの野郎め!お前らちゃんとアルバム買ったのかよ!どいつもこいつも、私の買い支え命令を無視するとはけしからん!」

 

 会議室の外では、退出した幹部達が固まって硬い表情で侯爵の罵声を聞いていた。

 

「その結果がこれだっ!何がいけるだよ、マネージャーの嘘つき野郎どもめ!」

 

 その声を外で聞いていた事業部のアイドルマネージャーの代表がすすり泣く。隣の同僚に「泣かないで、あの豚こっちの苦労を知らないのよ」と慰められていた。

 

「ぶひっ…皆嘘をつく!リーゼたん親衛隊メンバーまで!お前達親衛隊幹部は…あいたた……ほかのアイドルに浮気する異端者共だ!ぶひっ…てめぇらなんて……大っ嫌いだ!」

 

 肥満によって腰に痛みを感じつつ立ち上がり、侯爵は相互扶助会幹部、いやリーゼたん親衛隊幹部達をあらん限り罵倒する。

 

「うるせぇ豚侯爵!お前こそ20歳も年下のロリ嫁貰っている癖に……」

「嫁とアイドルは別物だろう!後さらりと豚っていうなぶひっ……!ベーリング、裏切り者め、お前なんか大っ嫌いだ!バーカ!」

 

 ベーリング帝国騎士の反論を早口で無理矢理侯爵は閉じさせる。

 

「おい認めろよ豚、正直リーゼたんは結構立派に育っているからゴスロリ路線は限界だったんだよ!」

「グラドルに転身させる気か!ぶひっ…てめぇまだ16の少女になんて事させる気なんだよ、イエスロリータノータッチの神託を忘れたか、この…この……畜生めぇー!!」

 

 怒りに任せ持っていた高級万年筆をテーブルに叩きつける!

 

「どいつもこいつも純粋に応援せずにエロい服装着せようとする!純情に可愛らしい声で必死に歌う姿じゃなくて絶対領域にカメラを向ける!ぶひっ……長征派だってあらゆる手を使いリーゼたんのオリコン1位を邪魔する!リーゼちゃんを邪魔し続ける!」

 

テーブルを叩きながら泣くように叫ぶ侯爵。

 

「私の判断能力が足らんかった…ぶひっぃ……!私も長征派のようにすべきだった、全同胞にアルバム購入の義務を負わすべきだった、ぶひぃ……!!」

 

 落ち着いたのかはぁはぁ息をつく侯爵は椅子に座りゆっくり語る。

 

「……ぶひっ…初期のリーゼたんは期待されてなかったが、それでも……殆ど支援無しで……オリコン1位を取って見せた……それなのに……それなのに……」

 

幹部達は複雑な表情で互いに目を見合わせる。

 

(……言えぬ。内緒でピーチマルドゥークズZのアルバム買ったなんて言えぬ)

 

 ブルクドルフ従士は、視線を逸らしながら内心で独白していた。

 

「裏切者共め……皆、皆で私やリーゼたんを裏切り、ぶひっ…騙し続けた!ピーチマルドゥークズZのグラビアなんかに釣られやがって!たわわな果実なんかに釣られて……全亡命者同胞に対する裏切り行為だっ!だが見ているが良い!ぶひっ…その血(財布)で償う時が来る!己の血(金欠)に溺れるのだ!」

 

 会議室の者達も、外で待機する者達もひたすら沈黙する……。

 

「……私の思いは届かない」

 

力無く項垂れながら侯爵は呟く。

 

「リーゼたんの歌もファンに届かない……。終わりだ」

 

 会議室に残る者達は互いに視線をまじ合わせる。重苦しい空気が漂う。

 

「……ぶひっ…この戦争(783年度オリコンランキング)は負けだ」

「「「「……………」」」」

「……だが言っておく。私は長征派共に尻尾を巻いて芸能事業を廃業させるくらいなら……ぶひっ…いっそ頭を撃ち抜く」

 

そして続ける。

 

「皆、1週間以内に逆転の方策を用意しろ…………長征派の奴らがドヤ顔でインタビューに出てくる前にな」

 

………最早誰も口を開く者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

「という訳で10月の士官学校のオープンキャンパスに我が方のアイドルグループのコンサートを開くので宜しくとの事です」

「ごめん、何が宜しくなんだか全く分かんない」

 

 場所は同盟軍士官学校のすぐ近くにあるテルヌーゼン市リンカーン街コーヒーチェーン店「CAFE DE 7TH STREET」。不良騎士にコーヒーセットを(なぜかクロイツェルにも)奢らされていた所でベアトの報告を受けた私は真顔でそう答える。

 

 おい、というかなんださっきの茶番劇は?マジ?皆あんな会話マジでしていたの?

 

「同盟軍士官学校のオープンキャンパスは有名ですからなぁ。そこでコンサートを開くのはまぁ、悪く無い判断ではありますな」

「コンサートですか!?ワルターさん、面白そうです!一緒に見に行きましょうよ!」

 

 意地の悪い笑みを浮かべながらシェーンコップは補足説明する。一方クロイツェルは場違いな事を平然に口にする。くたばれリア充め、末長く爆発しろ!

 

「そりゃあ毎回数百万は集まるからなぁ。テレビ局も来るから広告効果は倍か」

 

 士官学校を初めとした軍学校の試験シーズン、学園祭、オープンキャンパスと言ったイベントはテルヌーゼン市にとって絶好の収入源だ。同盟全土から観光客が押し寄せ、マスコミが集結する。去年のオープンキャンパスは比較的静閑としていたがそれでも4日間で200万も集まった。

 

「だがなぁ……学校側がそんな物認めるか?」

「すでに許可が出ているそうです」

「嘘だといってよバーニィ!?」

 

ベアトの報告に私は悲鳴を上げる。

 

「士官学校からしても受験生を集めたいのでしょうなぁ。近年は受験者が微減していますからな」

 

 呆れたような笑みを浮かべ帝国騎士は御上の思惑を察したように答える。亡命政府の広報部と同盟軍士官学校広報部の思惑が合致したためなのはまず間違い無かろう。

 

 実際問題、同盟軍は近年人的資源の面で大きな問題を抱えていた。

 

 同盟軍の定数の拡大に対して志願兵が不足しつつあったのだ。切っ掛けは2年前のイゼルローン要塞攻略作戦に遡る。

 

 2年前、宇宙暦781年9月、第3次イゼルローン要塞攻防戦は同盟軍の完全敗北に終わった。

 

 同盟軍からすれば、宇宙艦隊の大規模再編以降初の大規模出征である。徹底的に要塞攻略法を研究した上で3個艦隊を基幹に各種独立部隊、陸戦隊、特殊部隊も投入した大規模遠征であった。総司令官に宇宙艦隊副司令長官デイヴィッド・ヴォード大将、副司令官に第6艦隊司令長官エルンスト・フォン・グッゲンハイム中将、艦艇4万4500隻、兵員510万6600名。不退転の決意の下にハイネセンを旅立った遠征軍は……敗北した。

 

 奇襲攻撃から始まった作戦は、要塞駐留艦隊を半壊させ、要塞表面に陸戦隊を降下させる事に成功したものの、帝国軍の増援艦隊到着前に要塞表面を戦闘工兵部隊で吹き飛ばし切れなかった。同盟軍は帝国軍増援艦隊に押し込まれる形で「雷神の槌」の射線に入り、2回に渡りその巨砲の洗礼を受けた。

 

 艦艇7100隻、兵員74万4700名を喪失した上で同盟軍は撤退した。要塞駐留艦隊の半数を壊滅させた事、初めて要塞表面に肉薄した事、総戦死者数はほぼ同数である事が成果であったが、それはなんら慰めにもならない。

 

 同盟軍は相当の自信を持って遠征した。過去2回の攻防戦から徹底的に研究と反省をした上での攻略作戦であった。実際、敵増援艦隊の司令官グレゴール・フォン・ミュッケンベルガー中将の半ば強引な、そして苛烈な攻撃が無ければ少なくとも「雷神の槌」が振り下ろされる前に撤退出来た筈だ。そうすれば同盟軍も最高評議会も作戦を勝利と取り繕えた筈だ。

 

 同盟軍は第8艦隊第2分艦隊司令官シドニー・シトレ少将、第6艦隊作戦参謀ラザール・ロボス准将、第2艦隊第1分艦隊第10戦隊副司令官ジャック・リー・パエッタ大佐、第8宇宙軍陸戦隊第801工兵連隊長レオポルト・カイル・ムーア中佐等を英雄として祭り上げ敗戦の事実を糊塗しようとしたが、市民の厭戦気分……正確には市民の軍への信望と憧れは色褪せた。

 

 その後の同盟軍は精細を欠いた。782年3月には惑星ジンスラーケンの地上戦に敗北、同盟軍は8万名に及ぶ戦死者を出して惑星を放棄、同年9月には惑星カプチェランカ北大陸を喪失し戦死者4万名、783年2月にはドラゴニア星系第9惑星衛星軌道上にて第10艦隊第3分艦隊が敗北して14万名の戦死させた。

 

 一つ一つは戦局に決定的影響を与えるものでは無いが、大きな敗北である事も事実だ。ここ20年の同盟軍の年間平均戦死者は70万名前後である。しかし781年の戦死者はイゼルローンでの敗北もあり128万名、昨年の戦死者は約83万名、今年の戦死者は既に70万名を超えた。

 

 一方、各種学校への志願者は敗北の連続により減少、そこに同盟軍の軍拡もあり人的資源の不足を来していた。まだ軍務に差し支えるという訳では無いが、それでも第6・8艦隊の充足は未だに完遂せず、第10艦隊も4個分艦隊のまま定数不足となっている。地上部隊もローテーションが過密になり、近年は亡命軍地上軍の派遣戦力増加を要請されたと聞いている。亡命軍は数少ない前線に投入出来る星系警備隊だ。

 

「人集めのためなら何でもやる、と言う訳か」

 

 士官学校の倍率は未だ同盟最高レベルであるが、多くの英才が士官学校から国立同盟自治大学やハイネセン記念大学に流れているという。1個上のアレックス・キャゼルヌ先輩殿なぞ、同盟最大の物流企業サンタクルス・ライン社に引き抜かれかけて士官学校と経営陣との間でトラブルになったと聞く。

 

「まぁ、芸能関係はプロパガンダの絶好の媒体だしな」

 

 同盟の芸能界は軍事との結びつきが強い。戦時国家であるから当たり前ではあるが、毎年軍の宣伝用ドラマや映画がポンポン作られる。戦場に直に取材するニュースやドキュメンタリーなんて珍しくない。歌手やアイドルが慰安のために軍の基地でコンサートする事もある。同盟で最も人気のあったニュースキャスターであるウィンザー夫人は若手の頃二十回近く前線を取材し、実際何度も戦闘に巻き込まれ戦死しかけた。

 

「どうせアイドル達にアレンジした軍歌でも歌わしたり、軍服を着た学生格好いいっ!!とか言わせるんだろう?やれやれ、芸能人も楽じゃなさそうだな」

 

 あからさまなんだよなぁ、広報部としては少しでも志願者を増やしたいのだろう。それだけ同盟軍も焦っているわけか。

 

 最も単純な解決策は星系警備隊を動かす事だ。しかし彼らは玩具の兵隊として良く揶揄される。帝国の貴族の私兵同様、中央が自由に動かせられる戦力ではない。

 

 元々星系警備隊は「607年の妥協」を契機に成立した存在だ。これまでハイネセンから派遣されてきた駐留軍は、市民の守護を口で唱えながら内実は地球統一政府軍の従兄弟のような存在であった。

 

 旧銀河連邦系星系が自治区から同盟正式加盟国に昇格すると同時に、正規艦隊と航路警備は中央の正規艦隊や航路巡視隊、有人惑星の治安維持は新設の星系警備隊、と職務が分離した。

 

 実際の所、それは正規艦隊の負担を減らす意味もあったが、同時に地方の同盟政府に対するカウンターパートでもあった。虐げられてきたかつての被支配者達は、同盟の旗の下に留まる代わりにその暴走に際して対抗する手段の提供を求めた。

 

 同盟政府もまた、地方の治安維持の役目を押し付けると共にいつの日か帝国との接触時の貴重な予備戦力としてその存在を認めた。……少なくとも統一派は。

 

 尤も、今となっては半分地方星系の雇用対策の一環になっている側面もある。口の悪い者は公共事業、等と言って廃止を要求する程だ。

 

 現在、星系警備隊は同盟全土で全同盟軍保有艦艇(恒星間移動能力を持つ戦闘艦・支援艦)の約3分の1に及ぶ12万隻の宇宙艦艇を有している。

 

 だが殆どが数十隻から数百隻の規模、一部を除いて数千隻単位で纏まって作戦行動を行った事が無い。しかも大半が旧式艦艇、予備役艦艇、駆逐艦、そこに若干の巡航艦と戦艦である(別途戦闘艇有り)。宇宙海賊との戦闘が精々だ。何よりも政治的理由で前線に派兵される事が無い。

 

 星系警備隊は徴兵された地元市民と退役間近か左遷された正規軍人が主体だ。あくまで地元を、故郷を守るための存在で中央に貸す義理は無い。なぜ自国民を無理矢理戦場に出さなければならないのか、帝国と戦争したいのなら志願兵を使え、というのが地方星系の言い分だ。実際兵士達の士気も低い。まぁ、兵士達にとっては地元が一番大事だからね?

 

 何となく、原作の同盟末期におけるどこから出て来たか分からない艦隊の出所が分かった気がする。ヴァーミリオンで壊滅したのにマルアデッタやイゼルローンで万単位の艦隊が出てきたが、あれは多分星系警備隊の艦艇だ。艦艇だけ買ったのか、バーラトの和約関連か、あるいは敗戦による不景気で星系警備隊の手放した艦艇を使用していたのだろう。現在の同盟軍の艦艇が約34万隻、アムリッツァやその後の戦闘、ヴァーミリオンでの損害を引くと丁度良い数字になりそうだ。

 

 まぁ、そんな訳で幾ら徴兵を増やしても殆ど意味が無い。あくまで同盟軍は自由に使える志願兵が欲しいのだ。そのためにはプロパガンダで軍への志願者、それも優秀な者が欲しい。

 

「で、具体的に何をしろと?」

 

 私は半分呆れつつコーヒーを飲みながら控えるベアトに尋ねる。

 

「生徒会、及び風紀委員会への根回し、広報部隊への本番での助言と監査、トラブルの調停、と伝えられております」

「マジ?それ駄目だろ。絶対生徒会長と風紀委員長乗っかってくるだろ?」

 

 現在の生徒会長はヤングブラット首席、風紀委員長はコープだ。絶対噛ませろと言ってくるよ。絶対うちのグループも派遣するよって言ってくるよ?

 

「いや、寧ろだからか」

 

 クロイツェルの件で面識があるから私を通して話す方が良いと考えたのだろう。私を通して比較的スムーズに交渉が纏まった事から、私の交渉術(笑)を見込んでの事かも知れない。いえ、別に交渉が上手い訳では無く罵倒だけ省略しただけです。私の財布が大破したしね。

 

 最も、侯爵には借りがあるのでノーと言う訳にも行くまい。血が流れる訳でも無いのだ。受け入れざるを得ない。

 

 取り敢えず話の通じそうな方に連絡を入れる。携帯端末から電話をかけると人当たりの良さそうな生徒会長が口を開いた。

 

『やぁ、ティルピッツ君。例の件についてだけどこっちからも「スザク」と「チーム・グランパス」を参加させるけどいいよね?』

「アッハイ」

 

 その後はあれよあれよと生徒会長のペースで話が進みあっと言う間に大枠が固まった。

 

「………」

 

 続いて恐る恐る風紀委員長に連絡を入れる。

 

『あ、お前ね。うちから「ティアマト46」と「ピーチマルドゥークズZ」出すから、会場は離しておいてくれる?そっちもファン同士の乱闘なんて見たくないでしょ?』

「アッハイ」

 

 数分でスムーズに大枠の交渉が固まり私は電話を切る。

 

「………いや、話広がるの早くね?」

 

 皆耳が早いなぁ、等と場違いな事を私は思った。うん、現実逃避だよ?

 

 



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第三十八話 士官学校が街に与える経済的影響について100文字以内に答えよ

 自由惑星同盟軍士官学校の大学解放……俗にオープンキャンパスと呼ばれる行事は毎年10月頃に実施される。

 

 元々設立当初の士官学校は周辺が無人の荒野であった。軍事教練を行う上で、当時自殺者が出る程に厳しかった同盟軍士官学校からの脱走者が出るのを防止するためである。

 

 尤も、宇宙暦567年頃になると監獄とすら称された士官学校の、その余りにも厳しい訓練が問題視され(当時は人口増加を奨励していたため自殺者が度々発生する士官学校の教育体制が批判されていた)、その規則が大幅に緩和される事になる。

 

 すると、門限制限こそあるもの学生の外出も許可されるようになった。尤も、当時周囲一体は完全な無人地帯であり、ネット関連のインフラも整備されておらず娯楽なぞ皆無に近かった。当時の記録によれば、学生の一番の楽しみは何と狩猟であったとされる。

 

 そこに目を付けた一部の政財界の有力者達が、政府から税制などの優遇を引き換えに学生用の各種の娯楽施設を営業し始めたのが後のテルヌーゼン市である。文字通りテルヌーゼンは軍学校のための街であった。

 

 さて、これまでと違い多くの軍人以外の人々が周囲に住み着き始めたわけだが、やはりガチガチの軍人の卵と、彼ら一般市民の関係の始まりはぎこちないものであった。

 

 学生達は規則が緩和されたとは言えこれまでの教育によりなかなか娑婆の空気に慣れず、市民もまた学生達を敬して遠する、といった状態であった。

 

 この事態を懸念した第5代同盟軍士官学校校長ヒューゴ・ビロライネン少将は、学生達と市民の交流と相互理解のために学校を解放する事を決定した。宇宙暦570年10月の事である。以来このイベントは200年以上の歴史と伝統、そして多くの利権を伴って現代まで続いている。

 

『な、訳なので余り帝国色の出し過ぎは保守系市民の反発があるので控えて欲しい。グスタフ3世陛下の肖像は大丈夫だと思うが、スーツ姿の物が良いと思う。大帝陛下の肖像画は真に遺憾ながら今回は控えた方が良いだろう。掲げるのならばせめて裏口の関係者以外立ち入り禁止の部屋に掲げるべきだ』

 

 宇宙暦783年10月4日、計4日間に渡り続く士官学校の開放日の1日目の早朝……というべきか怪しいが午前4時半頃、教官から特別許可を貰って私は学校敷地内で会場を組み立て中の同胞達に助言をしていた(帝国公用語で、だ)。教官達もこの大事なイベントでトラブルは避けたいらしい。給料に響くからね、仕方ないね。

 

『コンサート開始前の国歌・星歌については……』

『ああ、それについては星外営業ガイドラインに従ってくれればいい。帝国語での同盟国歌もなかなか観客にはウケが良いしな。但し星歌については第2星歌を歌え』

 

 帝国語での国歌斉唱はオペラのようだ、と評判だ。帝国人は、特に中流階級以上は皆讃美歌のように美しい声を出せる(というより如何に優美な声を出せるかで身分と御里が知れる)。貴族階級に至っては同盟人から演劇を歌いながら話しているのか?と言われる程だ。

 

 尚、アルレスハイム星系政府には星歌が2つあるが、コミュニティ外では第2星歌以外歌わない方が良い。第1星歌は帝国国歌だ。ルドルフ大帝への賛辞で満ち満ちている。穏当な内容(比較的)な第2星歌の方がお勧めだ。

 

『嫌がらせ行為があっても出来るだけ危害は加えるな。同盟軍の憲兵隊を多めに巡回させるように上が手を打ってある。ここは同盟軍の敷地だ。郷に入れば郷に従え、だ。まして憲兵隊の面子もある。同盟軍の鉄の軍規と同盟刑法に従って公明正大な判決が出るから、勝手に私刑にするなよ?』

 

 相互扶助会や亡命政府からの広報や会場スタッフに私は念を押して命じる。一応伯爵家の嫡男の私に従ってくれるだろうが、大帝陛下の侮辱なんか聞こえた日にはどうなる事か。ああ、唯でさえ年上ばかりに命令する立場で腹が痛いのに………。

 

『素晴らしい指導です、若様。粛々と命令していく御姿、正に指導者として、伯爵家の跡取りとして相応しい雄姿、このベアト、唯々感銘を受けるしか御座いません……!!』

 

 横に控えるベアトが目を輝かせて称賛の声を上げる。うん、お前の見ている世界一度見てみたい。

 

『はい、流石ティルピッツ様です。やはり武勇の誉高い伯爵家の直系です。私ではなかなか纏めきれません』

 

 広報部から派遣されたエーリッヒ・フォン・シュテッケル帝国騎士が同じく賛辞する。私がハイネセンに来て以来連絡役として良く顔を合わせる間柄だ。

 

『そう大層な物では無いさ。所詮家名に従ってくれるだけだ。私個人としては指導力なぞまだまだ未熟だよ』

 

 謙遜では無く事実だ。長年の経験から、取り敢えず私の身分ならば帝室か門閥貴族相手以外なら結構無茶な命令でも出来る事は良く良く知っている。尤も口は災いの元でもある。4歳の頃ぐれていて世話役の使用人に池に突っ込めと命令した時に存分に理解した。

 

『いえ、士官学校に在籍している事が何よりの証左です。士官たる者は何よりも指導力が大事だと父も常々仰っておりました』

 

 そう言って同盟軍士官学校校舎を見やり、少々複雑な笑みを浮かべるシュテッケル氏。彼は亡命二世だ。父は帝国軍少将だったが第2次ティアマト会戦で捕虜になり、その後亡命政府に帰化したと言う。父の影響で軍人を目指したらしいが同盟軍・亡命軍両士官学校に落選。仕方なく亡命軍の下士官として数年軍役について予備役、そして今のハイネセンの相互扶助会の事務員についていると聞いた。

 

 身分の事もあるが、その経歴から一層私に対する過大評価のバイアスがかかっている事は間違い無い。いや、それ多分教育環境と運の差だから。

 

『……そう言えば今回は芸能グループと楽団が参加するのだったかな?』

 

少々重くなった空気を和らげるため私は話を変える。

 

『はい、予定によれば単独歌手としてはリーゼロッテ・リンドグレーン氏とクリストフ・ホルヴェーク氏、グループとしてはノルンディーシルズ、楽隊は聖ニーベルンゲン宮廷第3楽団が参加予定です。ご興味が御有りでしたら到着してからよこしますが……』

『いや、芸能関係は余り興味がある訳では無いからな。唯楽隊の方は少し期待していたんだがな』

 

 宮廷第3楽団と呼ばれるように今回来る楽隊は亡命政府がスポンサーをする楽隊の中では2線級だ。いや、確かにプロなんだが歴史が浅いのだ。宮廷第3楽団は亡命政府が同盟での巡回興行用に作った新参の楽隊だ。

 

 対して宮廷第2楽団はアルレスハイム星系の観光の目玉の一つとして絢爛豪華なホールで毎週同盟中から来る富裕層相手に演奏している。

 

 そして、新無憂宮から拉致した音楽隊の子孫だけで構成される最高の宮廷第1楽団は新美泉宮の敷地から一歩も出る事なく帝室や門閥貴族のみ相手に5世紀かけて磨かれた技術を披露している。

 

『まぁ、来ないだろうなとは思っていたがね』

 

 新美泉宮自体はストレスが溜まるので余り好きでは無いが、第1楽団の音楽を始め芸術関係だけは流石に見事であった。オペラもクラシックも第1楽団はその技術の格が違うと思い知らされる。バレエ団やサーカス団もそうだが、5世紀にも渡り子々孫々、それこそ物心ついた頃から磨かれ続けてきた伝統と技術はそれ自体が芸術品である事を思い知らされる。

 

 ましてこっちは産まれてすぐから芸術への審美眼を(無理矢理)鍛えられたのだから一層その差が分かる。悲しいかな、現存する同盟の音楽団は一番古いのでも2世紀半の歴史も無い。しかも家業では無く法人団体なので、代々一族で技術を受け継ぐわけでは無い。悲しいが、亡命政府の有するそれに一歩劣る。まぁ、代わりにロックやらジャズやらは同盟のグループの方が圧倒的ではあるが。

 

 そう考えたら結構芸能関係は亡命帝国人には不利だよなぁ。帝国に歌手や女優はいてもアイドルはいない。亡命政府はアイドルの育成や指導の面では同盟芸能事務所に一歩譲るのかも知れない。まぁ、まずグループ名の時点で堅苦しいのが駄目だね。もっとはっちゃけてもいいのよ?

 

『申し訳御座いません。伝統によって宮廷第1楽団は宮廷から出る事も、演奏の録画も禁止で御座いますので』

 

 心底申し訳無さそうにシュテッケル氏は頭を下げ謝罪する。

 

『いや、こっちの我儘だ。気にするな。さて……一旦御暇するよ。私もまだ一介の学生だ。行進に参加しないといけなくてね』

 

 腕時計を見る。クラシックなぜんまい仕掛けの時計の針は既に次の予定の時間を告げていた。私はベアトと共に場を後にする事を伝える。学生だからね、イベント参加が必須なんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 10月4日午前7時30分頃、全士官学校生徒は起床・朝礼・体操・食事を終え士官学校の集会広場に礼服で集合する。午前8時丁度軍楽隊の演奏と共に士官学校が市民に開放される事になる。

 

 最初に市民が見る事になるのはテルヌーゼン市中央街道を鮮やかな礼服に軍旗を掲げ、儀仗用のクラシックな銃を背負い、管楽器と打楽器でもって演奏しながら一糸乱れる行進する士官学校の生徒達だ。今年の行進参加者は4学年で合計1万7685名、彼らの行進する様は爽快の一言である。元々は学校開放を市民に伝えるために学生達が音楽を歌いながら街を回り始めたのが起源らしい。

 

 警官隊や憲兵隊が交通規制とテロの警備をする中、テルヌーゼンの住民は自宅の窓から手を振り、観光客は携帯端末を、本格的な者は専用カメラで学生達を撮影する。大手のテレビ放送局やネット動画配信会社は行進の中継を超光速通信で同盟全土に流していた。街道を沿うように出店される屋台を見ると、最早唯の祭りでは無かろうかと錯覚する。

 

 カメラのフラッシュの嵐の中、学生達は顔色一つ変えずに軍楽隊の音楽と共に大隊単位で別れて行進を続ける。テルヌーゼン市全域を分担して行進しないといけないのだ。これも市と各区長の利権の一つで、当然ながら行進を見る事が出来ない街に観光客が来ないのでそれを防ぐ目的がある。

 

 当然私も行進に参加していた。礼服に身を包み自由惑星同盟軍軍旗を掲げテルヌーゼンの帝国人街を進む。私が先導する隊列の割り当てが帝国人街である事、行進参加者の多くが帝国系の学生である事は偶然なぞではない。後、毎回思うけど住民の皆さん止めて、伯爵家や帝室の肖像画掲げて讃美歌歌い始めないで。

 

 まぁ、派閥色の強いほかの街でも似たような状態だろうけどね。

 

 行進を終え士官学校の敷地に整列する。そこから校長と国防委員長、市長が代わる代わる演壇から長々とご機嫌そうに演説をし、ようやく正式に学校の解放を宣言するのだ。

 

「毎年の事ながらこの一連の流れは地獄だな」

 

 士官学校内にあるベーカリーの客席で私はぼやく。ストレス溜まるような数キロの道のりを朝から行進、その後直立不動の体勢で長々とした、大して中身の無い演説を聞くのは苦痛以外の何物でもない。うんざりしながら焼き立てのブリオッシュに齧りつく。

 

「そうは言っても随分と平然とした顔じゃないか。そんなに疲れているようには見えないよ?」

 

 海鮮焼きそばパンを口にしながら相席するチュンが答える。彼の手元には山積みのパンとパン屑が散乱するトレーが置かれている。なぁ、マジでどうやったらそんなにパン屑落しながら食えるんだ?

 

「そりゃあ餓鬼の頃から演技するのには慣れている。あからさまに表情見せるだけでも面倒だからな」

 

 怒りや不快感を表に出すだけで周囲を困らせる立場だ。喜怒哀楽示すだけで、口を開くだけでも一苦労となれば常時笑顔を作れるようにもなる。

 

「さてさて、お、不良騎士の奴。やっているな」

 

 携帯端末を覗けば生中継で実施されている3学年の陸戦演習を見る事が出来る。学校内に設置された巨大な都市型演習場で3学年が2つのグループに分かれて公開演習を行っていた。4年の戦略シミュレーション大会、2年生の戦斧術トーナメントと並んでオープンキャンパス中の人気行事の一つだ。

 

 演習場内に設置された大量のカメラが演習する生徒達の雄姿を移す。演習場で実際に観戦している十数万人のほか、テレビ・ネットでもその様子は流れ十数億人が見ている事だろう。軍にとっては生徒達の雄姿は良い広報になり、生徒達は自分の才覚や将来性を売り込む事が出来、視聴者にとっては最高のレクリエーションである。余りに隔絶した人物に至ってはファンクラブが出来る程だ。ブルース・アッシュビーは2年時の戦斧術トーナメントで優勝してファンクラブが発足し、4年時の戦略シミュレーション大会で優勝した時にはファンクラブ会員が100万人超えだったという。やっぱ英雄って奴はヤバいな。

 

 さて、現在携帯端末の中で活躍するシェーンコップもまた、去年の戦斧術トーナメントでファンクラブが出来た手合いだ。まぁあの俳優顔とバリトンボイス、そして大会優勝の成績から考えたら残当だ。

 

 未来の英雄様は学生時代から才気に溢れている。中隊長として部下に命令して次々と防衛線に襲い掛かる敵部隊を撃退し、それどころか自身で前線に出て訓練用戦斧や訓練用ブラスターで次々と敵を分隊単位で屠っている。やべぇ、もう単独キル数50超えているぞ?カメラの向こうの視聴者にもリップサービスを欠かさない。明らかにカメラ気にして戦っている。あ、今ウインクしやがった。

 

 ちなみに傍にいるクロイツェルは涙目で戦闘から隠れている。敵チームによって危機に陥ったクロイツェルを不良騎士が助けた時に至ってはネット掲示板が「リア充氏ね」「羨まけしからん」「俺もあんな青春したかった」と言った怨嗟と妬みのコメントで埋まった。

 

「私の時は彼女に守られているヘタレだったな」

 

 ベアトに守られていたから仕方ない。因みに2年次は4回戦で目の前のパン屋に一撃でノックアウトされた。

 

「あれマジで痛かったからな?」

 

 顎を摩りながら恨み節を言う。思い出すとまた痛くなりそう。

 

「そう言わないでくれよ。私だってあんなに綺麗に決まるなんて思って無かったんだからね」

 

 そう苦笑しながら私にクロワッサンを差し出すチュン。有難く頂き口に放り込む。

 

「さてさて、取り敢えずコンサートの方は今の所それぞれ距離を取って平和にやっているようで何よりだ」

 

 長征派や統一派の会場と距離を取っている。まぁ、ファン同士が遭遇して乱闘はごめんだろう。ちらほら見に行かないと何が起こるか分からんが。糞、豚侯爵め、面倒な事を考え付きやがって……。

 

「目下の課題は明日から始まる戦略シミュレーション大会だな。チュン、一応作戦は考えて来たか?」

「一応だけどね。後は他のチームメンバーの提案と合わせて形にするしかないね」

「頼りにしているぜ?「戦略論概説」が90点超えの奴はうちのチームだとお前とホラントだけだ」

 

 分艦隊指揮官役の内、ベアトは残念ながら戦術面は兎も角戦略面ではチュンとホラントに一歩及ばない。私とデュドネイは完全に防戦型だ。後方支援部隊指揮官役のスコットは参謀や艦隊指揮官の才は余り期待出来ない。陸戦隊指揮官役のヴァーンシャッフェは当然ながら艦隊戦の適性は皆無である。戦略研究科の化物共に対抗出来そうなのはこの二人だけだ。

 

「予選が雑魚ばかりで助かった。ホラント以外全員席次三桁台だからなぁ」

 

 それどころか私に至っては4年になってようやくぎりぎり3桁台に昇りつめた身だ。ほかの本選チームなんか全員席次二桁チームがちらほらいる。予選で上位グループ同士で潰し合ってくれて万々歳だ。

 

「若様、お待たせしました」

 

 暫しチュンと格上相手の戦略を語っていた所にベアトが残りのメンバーを連れてやってきた。

 

 ベアトとヴァーンシャッフェは貴族らしく優美に礼をする。臆病なデュドネイは長い前髪の隙間から私達を見つめると、ぼそぼそと何か言って小さく頭を下げた。スコットは挨拶もせずに延々と手鏡で自分の髪形やらを弄っていた、ナルシストめ。そんな彼らと私達を見渡しホラントは心底不愉快そうに鼻を鳴らした。

 

 ……まぁ少し……いや大分問題があるメンバーだけど、多分どうにかなる筈だ。多分。……大丈夫だよな?

 

 

 

 

 




恐ろしいまでに微妙なメンバーが集まった


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第三十九話 まだだ、まだ致命傷では無い……筈

ミスった。公式設定見返したら783年時にヤンが入学していやがる……。地味に展開を再構成中


 戦略シミュレーションには幾つかタイプがある。魔術師が学年首席を破ったものはプレイヤーが1対1のタイプの物だ。これは指揮官が全体の指揮を取るものであり、そのため細々とした部分はAIに任すしかない上、プレイ中に指揮官はあらゆる情報を一人で把握する必要がある。実際の艦隊戦では艦隊司令官が分艦隊は兎も角戦隊や群単位の指揮にそこまで干渉しないし、あらゆる分野について一人で処理する事はあり得ない。そのため現実の戦闘に近いか、と呼ばれると必ずしもそうでは無い。

 

 士官学校学生中に行われるシミュレーション形式において、最もリアルの戦闘に近いのは所謂7対7の1個艦隊戦闘である。これは1個艦隊の5個分艦隊指揮官、及び後方支援部隊・陸戦隊を分割して各々で指揮する物である。総司令官が中将、それ以外が少将として扱われ行われる。

 

 士官学校開放中に市民の見学用に開催される4年生の戦略シミュレーション大会もこの形式で実施される。学校開放の数か月前から実施された予選を勝ち抜いた全64チーム448名によるトーナメント方式の戦闘を訪問者達は見学する事になる。所詮学生の指揮、というのは容易いが、この大会は多くの軍幹部も未来の将官候補を見いだすために真剣に観戦をしていた。ここでの活躍により才能がある、と見込まれた者は場合によっては軍高官から引き抜かれる事すらあるのだ。

 

 尤も、当日のトーナメント戦に参加している者は殆どが三大研究科に所属する席次三桁台以下の学生であるが……。

 

 そんな中今年の大会は少々……いやかなり異彩を放つ集団が勝ち上がっていた。

 

 それが艦隊司令官をヴォルター・フォン・ティルピッツ4年生に据えるチームであった。

 

 

 

 

 

 さて良く来てくれた諸君!私のチームのイカれた仲間達を紹介するぜ!

 

 一人目は第2分艦隊指揮官兼艦隊副司令官役の戦略研究科所属ウィルヘルム・ホラント4年生だ!現在の学年席次は不動の第2位!同級生達から「永遠のナンバー2」という渾名を付けられている強面エリートだ!現在学年席次21位のコープにチームに誘われる等その実力は折り紙付き!古今東西の戦略を熟知し天才的な艦隊運動の才、そしてそれらを理解しつつも覆す豊かな発想力を有する正に秀才だ!だが、正直友達少ない事は内緒だぞ?

 

 二人目は第3分艦隊指揮官の情報分析研究科所属チュン・ウー・チェン4年生だ!現在の学年席次は298位!一見鈍そうな表情をしているが、その実柔軟に戦況に対応する広い視野と分析能力を有しているんだぜ!ホラントと並ぶ我らのチームの支柱だ!学年での渾名は「パン屑のチュン」、由来を知りたきゃあ本人に聞きな!

 

 三人目は第4分艦隊指揮官の艦隊運用統合研究科所属のベアトリクス・フォン・ゴトフリート4年生だ!現在の学年席次は312位!基本的にオールマイティな万能型であるが、特に艦隊運用による火点の集中に秀でた攻勢向きの才女だ!最近18通目のラブレターを焼却炉に捨てて男子生徒達の心をへし折ってくれたぜ!

 

 四人目は第5分艦隊指揮官の艦隊運動理論研究科所属ジャンヌ・マリー・デュドネイ4年生だ!現在の席次は768位!小柄で銀髪な目隠れ少女、正直陰気で吃音気味、何言っているか全く分からないが、ネプティス紳士仕込みの艦隊運用術を活かした重厚な防御陣地は簡単には突き崩せない!暗い部屋の中で一人ホラーやスプラッターな映画を鑑賞して恍惚の表情を浮かべている事は指摘してやるなよ!?

 

 五人目は後方支援部隊指揮官の宇宙工作理論科所属グレドウィン・スコット4年生だ!現在の席次は589位!兵站・後方支援系列の研究科の中では5本の指に入る研究科出身の英才。特に工作関連と電子戦関連の成績は相当なものだ。だが極度のナルシストで常に自分に酔ったように鏡ばかり見ている勘違い野郎だがな!ドラマの影響か優美に三次元チェスを指しているが雑魚だから良い鴨だぜ!

 

 六人目は陸戦隊司令官の陸戦略研究科所属オットー・フランク・フォン・ヴァーンシャッフェ4年生だ!現在の席次は596位!亡命男爵家の次男で、リューネブルク伯爵からもその才能を評価された勇敢な貴族士官候補生だ!けど老け顔をめっちゃ気にしているから触れてやるなよ!?

 

 そしてそんなイカれた仲間達の代表を務めるのがこの私、第1分艦隊司令官兼艦隊司令官役の艦隊運動理論研究科所属ヴォルター・フォン・ティルピッツ4年生だ!現在の席次は898位!なんとこの中で最下位と来ていやがる!しかも成績の内上位を占めるのが「戦史」や「射撃実習」、「戦斧術」、「地上車運転」、「帝国語」と微妙過ぎるものばかりと来てる!あれ?士官より歩兵やってた方が良くね?因みに「戦闘艇操縦実技」は赤点ぎりぎりだ。吐きます。

 

 平均席次は495位である。ホラント1人でかなり平均を上げているため実際はもっとヤバい。本戦参加が計448名である事を考えればぶっちゃけ本選参加すら危うい。相手はあらゆる戦略・戦術を駆使した壮大かつ遠大な作戦を持って襲い掛かる筈だ。尤も……。

 

「畜生!こいつら堅ぇ……!」

「攻め切れない……!?」

 

こっちは亀のように籠って判定勝ちだけしか目指していないからいいんだけどさぁ。

 

 シミュレーション上の舞台はダゴン星域である。回廊危険宙域や隕石群等によって彩られた狭隘な宙域である。正直1個艦隊のみでも展開するのは結構厳しい。そして……そういう宙域がこのチームの最も得意とするステージだ。

 

「24戦隊……前進……22戦隊、中和磁場…30%強化……予備2106駆逐群……右翼展開」

 

 我らの中で最も守りに秀でたデュドネイ4年生が言葉少なげに、しかし的確に最前線の指揮を取りつつ少数で重厚な防衛網を構築する。その表情は硬いが、しかしその陣形は整然としてビームの光の雨を受け止める。

 

「よし、こちらも中和磁場出力強化だ。奴さんの補給が届いて火力が上がるぞ。正念場だ」

「潮流の流れに注意しないとね。隕石と艦艇の残骸を盾にしつつ相手の消耗を待とうか」

 

 私とチュン4年生はデュドネイ4年生の補佐をするように敵の攻勢を阻止していく。正面から殴り合わない。漂流物を盾にしつつ砲撃に向けるべきエネルギーも殆ど中和磁場に流し込む。痺れを切らして接近戦を挑む敵には隕石群に潜む単座式戦闘艇が一撃離脱戦法でエンジンを破壊していく。漂流する敵チームの艦艇は最高の盾だ。

 

それを支えるのが陸戦隊と後方支援隊だ。

 

「第68警戒基地が迂回する1個戦隊を発見しました。第32警戒所も3個駆逐群の浸透を確認しております」

「よし、攻勢が止んだな?各支援部隊、補給と補充の開始だ。損害の多寡は気にしない。次の攻勢を受け止める部隊から優先して補給だ。電子戦部隊、補給中である事を悟らせるな。妨害電波を最大出力だ」

 

 神経質そうなヴァーンシャッフェ4年生は、奥底の拠点を守ると共に周辺に的確に展開した警戒基地から後方に回り込む敵の小部隊群を発見する。一方、スコット4年生は砕けた声で何十とある部隊の補給の優先順位を瞬時に見定め効率的に補給活動をすると共に、電子戦によりその妨害を阻止する。

 

「分かりました。第1802巡航群と1804駆逐群を正面からぶつけます。あの宙域でしたら寡兵でも十分戦線を支えられます。奇襲が阻止出来た時点ですぐさま敵は後退を開始するので問題ありません」

 

ベアトは後方に浸透してくる数十もの小部隊を迎撃すると共に補給線の警備も担う。

 

 地形と陣形と迅速な補給、厳重な後方警備、それらを利用する事で我々は既に5度の総攻撃と24回の奇襲を防いだ。受け身の戦いのため両軍とも損失は殆ど無い。

 

こちらは完全に守りに徹するのだ。高度な作戦はあくまで双方相手を撃滅するために動いた時に初めて生かされる。古代の戦いと同じだ。野戦ならば幾らでも戦略・戦術を活かせるが、籠城戦では攻める側が行える事は力攻めか兵糧攻め、奇策しかない。

 

 どれ程優秀であろうともこれはシミュレーション、魔術師の要塞戦におけるような盤外戦術を行う余地は限られる。力攻めなら圧倒的にこちらが優位、こっちは拠点に籠っているため補給線を絶つなぞ殆ど不可能だ。

 

そして時間ギリギリまで粘り………。

 

「ちっ……気を付けろ。そろそろ奴が来る……!」

 

相手チームの艦隊司令官が注意を促す。

 

「注意と言っても……!」

「糞、何度も同じ手を使いやがって……!」

 

半分恐怖しつつ周囲を警戒する敵艦隊。そこに……!

 

「こちら第4分艦隊!来た……!」

 

殆ど悲鳴に近い敵第4分艦隊指揮官の報告が傍受した無線から聞こえた。

 

 ホラントの第2分艦隊は散開して潜伏、シミュレーション終了時間ぎりぎりに再集結し芸術的な艦隊運動を持って奇襲する。

 

 実はホラントの動きは我々も知らない。完全に独立部隊として動いてもらっている。まぁ、ホラントから注意を逸らさせるのもこちらの役目ではあるが。

 

 今回は宙域の外側ぎりぎりを大きく迂回して敵の前線拠点に襲い掛かる。隕石群に紛れて近寄りミサイル艦艇が大量の火力を近距離から警備していた敵第4分艦隊に叩き込む。瞬時に200隻余りが粉砕され混乱が生じる艦列に無理矢理駆逐艦部隊が押し込まれる。敵味方の乱戦になり敵第4分艦隊の戦艦と巡航艦の砲戦を封じた。単座式戦闘艇と駆逐艦が高速で戦艦に肉薄してジャイアントキリングをしていく様は爽快の一言だ。

 

それでも相手も席次2桁台の英才である。すかさず隊列を組みなおすが……。

 

『時間切れ!戦略シミュレーションを終了する!』

 

アナウンスが流れると共に戦闘画面が停止した。

 

 損失の採点が画面上の数字として表れる。戦闘終了10分前まで、シミュレーション時間内では40分前まで相互の損害はほぼ五分であった。地理的に、補給面でこちらが優位であったことを考えれば寧ろ相手の敢闘と言ってよい。

 

だが、最後の十分でその均衡は崩れた。

 

こちらの損失が2078隻、敵チームのそれは2565隻……僅か500隻未満の差、そしてそれが勝敗の決め手であった。

 

「畜生!」

 

 シミュレーション席から出ると共に敵チームの怨嗟の声が上がる。まぁ正面からぶつからずに延々と時間稼ぎして最後に勝ち逃げすればこうもなろう。自分達の才能を発揮させる事も出来ずに敗れたのだ。……まぁ、悪いがこれも勝負でな?

 

 時間切れで勝つのは時間制限式シミュレーションだから可能な事だ。実際に出来るかと言うと怪しいものだ。それにこれ凄い味方の士気パラメータ落ちるんだよなぁ。最後とか殆ど戦闘力ゼロだ。まぁ、守るんでいいんだけど。

 

「ふぅ、皆さん御苦労様」

 

シミュレーション席を立つと共に私はチームの皆に労いの言葉をかける。

 

「ふん、最後はいつも俺頼みか」

「いやぁ、御腹減ったねぇ」

「若様、おめでとうございます」

「……」

「よう、ベアちゃん、ネイちゃん、どうよ俺の指揮は?」

「任務、完了致しました」

 

……はは、見事に纏まりがねぇな、このチーム!

 

 

 

 

「ふむ、今回の戦闘、地味ではあるが悪くない戦い方だったぞ?ヴォル坊」

 

 本日の私達の分のシミュレーションが終わり、ベアトと共に控室経由で一般観客席を通ると良く聞き馴染みのある野太い声に呼ばれる。

 

「さすがにそろそろ坊扱いは止めて欲しいんですけど、叔父さん」

 

席に座るでっぷりと太った中年男性に半分呆れ気味に私は答える。

 

 極めてふくよかな体に見るからに機嫌の良さそうなラザール・ロボス宇宙軍少将はにっこりと笑みを浮かべて答えた。あ、止めて、体揺すらないで、きいきいベンチが悲鳴上げてるから。

 

隣の空いている席に招かれ渋々座るとその笑みを浮かべた顔に一層喜色が広がる。

 

「これでチームはベスト32位か!後5回勝てば優勝だな!」

「多分次か次の次くらいに惨殺されると思いますよ?」

 

そもそもここまで来たのが奇跡だ。

 

「守りに強いメンバーで固めて時間切れ狙い、最後にホラントが物資を気にせず蹂躙、ですからね。他のチームにとっては真似出来ないからこれまでは誤魔化せましたが……」

 

 成績に換算されないものの、多くの将官が見学するこの大会では皆自身をアピールしようと態々劇的な作戦や華やかな戦果を求める気風が強い。そこを狙い相手が守りに回って引き分けに持ち込まれる選択を奪うからこそ可能な策だ。活躍を見せるためには攻めるしかない。そしてそうなればこっちの思惑通りだ。時間ギリギリまで物資を温存していたホラントが蹂躙を開始して、そして最後は時間切れで逃げ切る訳だ。

 

「まぁ、小細工が通じるのはここまでですね。そろそろ地でヤバい奴らがごろごろ来ますので」

 

 今回の相手すら最後に来るまでは互角だったのだ。地の利と補給の利があった上で、だ。

 

「それよりも叔父さんこそおめでとう御座います。エンリルでの活躍には頭が下がります。同胞を代表してただただ感謝の言葉しかありません」

 

 先月、つまり宇宙暦783年9月中旬頃、ラザール・ロボス少将率いる第6艦隊第2分艦隊を基幹とする4000隻の防衛艦隊はイゼルローン回廊出口……というには同盟側に踏み込んでいるエンリル星系にて、大規模な前線基地建設に動いていた帝国宇宙軍2個分艦隊5500隻を撃破した。柔軟な艦隊運動で一方的に敵艦隊を翻弄して戦列を削り取り、混乱した敵を一気に押し込んだ。

 

 大軍に寡兵で挑み勝利する事自体は軍事史上稀にある出来事ではある。だが小細工無しの艦隊運動のみで敵を押し倒すような戦いは非常に珍しい。同盟軍の損失は700隻、対して帝国軍のそれは1600隻に及んだ。少数と油断していた帝国軍はこの反撃に驚き基地建設を放棄して後退してしまった。

 

 この勝利は、ここ最近立て続けの敗北に気落ちしていた同盟市民を勇気づけただけでなく、亡命政府にとっても僥倖であった。これ以上押し込まれたらアルレスハイム星系政府の施政領域(アルレスハイム星系を中心に半径12光年11無人星系)に接触していた。本当にギリギリの所であった。この勝利によりほかの戦線も風向きが変わる筈だ。前線に出征している亡命軍も楽になるだろう。

 

「皆から絶対に勝つように喝を入れられてな。ははっ、まぁ私に掛かればこんなものよ!」

 

 腕を組みながら御機嫌そうに笑う叔父さん。その胸には先週授与された自由戦士勲章が光る。

 

 長らく宇宙艦隊指令本部や常備艦隊指令本部を中心に勤務していたため、デスクワークや参謀としての才覚は評価されていた叔父ではあるが、直接艦隊を率いる経験は浅くその能力は疑問視されていた。だが、此度の勝利でその不安は払拭されそうである。

 

「後数年、艦隊指揮で成果を上げれば常備艦隊司令官に抜擢されるだろう。第6艦隊は歴史と伝統と尚武の艦隊だ。ぜひとも指名されたいものだ」

 

 第6艦隊は遡ればコルネリアス帝の親征の際に急遽編成された艦隊である。当時帝国系の軍への入隊は大きく制限されていたが、バーラト星系まで押し込まれ遂になりふり構わっていられなくなり急遽帝国系市民を主体に編成された艦隊だ。そのため現在も帝国移民の子孫や混血、投降した元帝国軍人が相当数所属している。別名を「インペリアル・フリート」である。

 

 そんな経歴と特徴から特に激しく、献身的に戦う艦隊として有名であり、多くの武功に恵まれると共にその損害も馬鹿にならない。過去4度に渡り壊滅した経験があり、その回数はナンバーフリート最多。尤もそれは彼らが無能であるためでは無く、それだけ数の上で不利な戦いや全軍の殿や囮といった危険な役目を果たしているためだ。

 

 恐らくではあるが、原作のアスターテにてムーア中将が降伏拒否した事、魔術師のイゼルローン攻略時の手際の良さは、第6艦隊の気風や特徴が反映されているのかも知れない。

 

「ヴォル坊も任官したら第6艦隊に来ると良い。あそこは住み心地が良いぞ?」

 

 艦隊内で帝国語が通じ、歴代司令官の大半が帝国系やその混血、気風は同盟軍より寧ろ帝国軍に近い。まぁ帝国系の軍人には住み心地が良いだろうな。まぁ、戦闘狂の群れに入るのはお断りだけど。まして下手すればアスターテで殺戮される。

 

「ははは、考えさせていただきます。どうでしょうか?少将の御眼鏡に適う生徒はおりますか?」

 

誤魔化すように私は急いで話題を変える。

 

「うむ、やはり一番はホラント君だな。あの艦隊運動は見事だ。それに敵艦隊の弱点を的確に突く。僅かな隊列の乱れを見逃さない。あれは正に逸材と呼ぶに相応しい。ヴァーンシャッフェ君もなかなかだ。流石リューネブルク伯爵が優秀と太鼓判を押しただけある。一つ下のシェーンコップ君もそうだが、地上戦の人材には暫く困る事はあるまい」

 

だと良いんですけどねぇ。

 

「おお、ベアトリクス君、君の事も当然忘れていないぞ?先ほどの戦闘、実に堅実に後方を守ってくれた。これならばヴォル坊の護衛は安心だな」

 

にこにこと控えるベアトに向け語りかける叔父。

 

「ロボス少将閣下、そのような御言葉誠に身に余る光栄です」

 

 礼儀正しく頭を垂れてベアトは答える。その表情は実に満足そうだった。

 

「うむうむ、礼儀正しくて結構。それに引き換え……ふんっ」

 

 ちらりと横目に叔父は次のシミュレーションを見ている教官達の塊に目をやる。その中心には今年新しく士官学校校長に就任した浅黒い中将が腕を組んでいた。

 

「シトレ校長ですか?」

 

その名前を聞いてむすっとした表情になる叔父。

 

「全くけしからん奴だ。奴め、この前の論文で地上軍の削減を提言しおって」

 

 シドニー・シトレ校長は現段階においても同盟軍の将来を担う英才として期待されている人物だ。「ハイネセンファミリー」の名門生まれながら派閥の力学に縛られる事なく優秀な人物を年齢や出自を問わず抜擢していく。カキン、フォルセティ、ケテル、そして第3次イゼルローン要塞攻防戦の英雄であり、その人物眼、戦略眼は間違い無く本物だ。尤も、政治方面に疎い傾向があり教育か現場の人間に過ぎない、という者も少なくない。

 

 そんな彼は現在、艦隊戦力の拡充と地上戦部隊の縮小を叫んでいた。地上戦部隊はその宙域の恒久的維持のためには必要不可欠な存在だ。艦隊戦の影で軽視されている節があるが、最後にその宙域を完全に支配下に置くには地上戦部隊による惑星や基地の制圧が欠かせない。西暦時代から続く常識だ。どれ程遠方から攻撃しても、最後は歩兵が足でその場に旗を立てなければならない。まして宇宙暦8世紀になると軌道爆撃への対処法はそれこそ幾らでもある。

 

 だが、シトレ中将にとっては星系の完全制圧はさして関心が無いようだ。同盟軍は帝国軍に防衛戦を行う側であり、艦隊戦で勝利すればそれはほぼ達成される。地上の敵勢力は放置して艦隊戦力拡充のみに力を入れるべき、というのが彼の意見である。

 

 この地上戦軽視の発言は同盟地上軍と共に亡命軍にも敵視された。同盟軍の負担を肩代わりする形で多くの地上部隊を前線に送って犠牲を払っている亡命軍を侮辱するにほかならない内容だ。そもそもただでさえ、亡命軍は1世紀半に渡り多くの地上戦部隊を同盟に貸してきたのだ。同盟軍はそれで浮いた予算で宇宙戦力を拡充出来た。それをこのような発言、余りに心が無さすぎる。少なくとも亡命軍関係者にはそう見える。

 

「亡命政府の干渉を封じるため、という意見もある。地上軍や陸戦隊は帝国系の士官が多いからな。話によるとイゼルローンを奪取した後は帝国と和平をするつもりだとも聞く。悪魔の所業だな」

 

 数百万の犠牲を払って同盟に貢献してきた恩を仇で返すとは、高慢な事この上ない、と愚痴る叔父。まぁ、原作を見る限り亡命政府のシトレ校長の分析は大まかな方向性としては合っているといえるだろう。地上戦部隊を削減すれば亡命政府の望む帝国本土解放は難しくなる。

 

 シトレ校長の思想は亡命政府だけでなく長征派のそれとも違う。長征派にとっても帝国は憎むべき外敵だ。滅亡させるか、民主化させるか、分裂させなければ気が済まないだろう。さらに言えば、彼らの中には亡命政府や帝国系市民を回廊の彼方側に送り返したいと考えている者も多い。帝国本土をやるからお前達はこっちの銀河に来るな、と言う訳だ。笑える話だが、互いに憎み合っている癖に出征に限っては主導権争いがあっても阿吽の呼吸で帰還派と長征派は協力するというエスパー染みた事をしていた。

 

「ヴォル坊、ベアトリクス君、安心しなさい。私が必ずや奴の野望を阻止して見せる。……いや、それだけではない。イゼルローンを落し、同胞を約束の故地に連れ戻す。彼らが差別に晒されずに暮らせる国を必ずや建ててみせる」

 

 私達の顔を見やり真剣な目付きで叔父は語る。私はそれに対してただ小さく肯定の返事をするしか出来なかった。

 

 原作の結末を知っているが、同時に帝国系市民の同盟での扱いを考えるとその考えを否定出来ない。私は身分のおかげで苦労しないが、聞き耳を立てれば弱い立場の同胞がどういう待遇を受けているのか分かってしまう。身分も、才能も無く、周囲の支えも無かったらその末路は愉快なものでは無い。それが自由と民主主義と平等の国の、多くの者が気にしない、あるいは目を背ける事実である。

 

 暫く重苦しい空気が漂う。それを破ったのはロボス少将を呼ぶ声であった。

 

「あ、ロボス先輩もお越しになったのですか?」

「ん?おお、グリーンヒル。お前さんも来ていたのか?」

 

 その優し気な声に振り向く。そこにいたのは端正な、そして優しそうな優男であった。

 

「おや、その子達は……親戚ですか?」

「遠縁のな。優秀な子達だよ。おお、二人共紹介しよう。私の後輩のグリーンヒル准将、もうすぐ少将になる。将来の同盟軍総参謀長だよ」

 

半分揶揄うように叔父が説明する。うん知ってます。

 

 件の人物に対して私は起立すると完璧な所作で敬礼する。

 

「ヴォルター・フォン・ティルピッツ同盟軍士官学校四年生です」

「同じくベアトリクス・フォン・ゴトフリート同盟軍士官学校四年生です」

 

 その様子を関心するように見て、同じく敬礼する准将。

 

「ドワイト・グリーンヒル准将です。ロボス少将には後輩として良くして頂いております」

 

優しそうに笑みを浮かべる准将。

 

 ドワイト・グリーンヒル准将はちらほら同盟軍の官報でその名前が登場していた。士官学校を29位で卒業、後方支援や情報分野で実績を積み重ねてきた。第一線の提督に比べれば実践指揮能力は劣るが、それでも並み以上の能力を示す。デスクワークに至っては誰もが認める秀才だ

 

「彼は士官学校の後輩でな。良く可愛がってやったのだよ」

 

自慢げにロボスの叔父は語る。

 

「結婚式の時も御世話になりました。当時金欠でしてなかなか式場が見つからなかったのですが、先輩がヴォルムスの式場を唯で借りて下さった。お蔭様で妻に良い結婚式をさせてあげられました」

「ははは、気にするな。お前は良き後輩だし、奥方も帝国の血が流れている同胞、そのために用立てするなぞ安いものよ」

 

 話によればエルファシル出身の妻が帝国系のクォーターらしい。エルファシルはヴォルムスと近いから移住やら婚姻関係の者もそれなりにいる。平民ではあるが同じ同胞、それに後輩の事であるのでコネを使いヴォルムスの上流階級用の式場を叔父が借りてくれたらしい。

 

「して、今日は何用でここに?確か今日は休暇を取っていたと思うが」

「いえ、観光ですよ。この時期のテルヌーゼンは祭のような物ですから。それに娘が好きなアイドルのコンサートが見たいといってましてね。確かアニメの主題歌を歌っていたりー……えっと……」

「リーゼロッテですか?」

 

 必死に名前を思い出そうとしていたグリーンヒル准将に私は名前を教える。

 

「ああそうだ。そんな名前です。娘がその子の主題歌を歌うアニメにドはまりしましてね。今回もその歌を聞きたいと言って聞かないのですよ」

 

 苦笑しながら准将は説明する。コンピューターの又従姉もこの時期は唯の子供らしい。

 

「あーパパっ!なにしているの!?こんさーとはじまるからはやくいこうよ!」

「おや、噂をすれば、かね?」

 

叔父が小さく呟く。

 

 大声で叫びながらとてとてとグリーンヒル准将に駆け寄る白いブラウスに赤いフリル付きスカートの幼女。ゲルマン風の金褐色のウェーブのかかった豊かな髪にヘイゼルの瞳を持った幼くも元気そうな彼女はそのまま全速力で准将の足に突撃してぎゅっと抱き着く。

 

「こらこら、御外で走ったり大声を出したら駄目だと言ったじゃないか」

「えー、だってぇ」

 

 困り顔の准将に対して拗ねるように頬を膨らませる幼女。

 

「分かった分かった。コンサートに行こうか。けどその前にほら、パパの仕事仲間達だ。御挨拶しようか?ちゃんと出来たら後でアイスも買ってあげよう」

「うん!」

 

 ちらりと私達を見た後、彼女は父に向け笑顔で答える。

 

「えっと…ふれでりか、ふれでりか・ぐりーんひるです!よろしくおねがいします!」

 

 後の魔術師の副官にして妻は元気いっぱいの笑顔を向けて私達にそう自己紹介をしたのであった。

 

 

 

 




野生のロリデリカが現れた!


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第四十話 マスコットは身長三十六センチ、七歳、標準体型

新作最新話感想

「嘘だろ!?ギリシャも幼女もないマクシミリアン様なんてマクシミリアン様じゃない!」(意訳:せめて幼女だけでも出していいのよ?)


 リーゼロッテ・リンドグレーン氏は、銀河帝国亡命政府の外郭団体たるハイネセン亡命者相互扶助会の売り出している代表的なアイドルの一人だ。正確には相互扶助会の投資している法人団体「スタジオ・ワグナー事務所」のアイドルである。

 

 個人情報は当然ながらプロテクトがかかり、私も特に関心が無いために深くは知らないが、10歳の頃にデビューして以来6年に渡り人気を博してきた芸能部門の稼ぎ柱の一人らしい。歌手としては帝国で問題作となった「ごーるでんばーむくーへん」を始め24曲、アニメの声優や映画の子役としても相応に成果を上げている。特に謎の社会現象を巻き起こした深夜アニメ「べすてぃー・ふろいんと」(人間の少女と擬人化した動物達のほのぼの系(?)アニメらしい)の声優及びOP、銀河連邦中期の伝説的三次元将棋棋士を主役とした映画「ドラゴンキングワークス」における主人公の弟子役等で大きく評価された。

 

 その愛くるしい表情と生まれ持った透き通るような美声は極めて魅力的ではある。慰労として前線の同盟軍や亡命軍の基地や艦隊にて70回以上も慰労コンサートを開いたが(歌手や芸人が前線の慰労役として契約するのは珍しくない)毎回満席であったほどだ。フェザーンにおける年越しコンサートでも飛ぶようにチケットが売れた(そしてフェザーン人らしく転売した奴らもごろごろいた)。

 

 尤も、その裏では他派閥の押す新人アイドルグループや民間法人の無派閥アイドルに押され緩やかに業績が落ち、その勢いに陰りが見えていると噂だ。無論、それでも十分人気があるのも事実ではあるが。

 

「けどね!やっぱりあの時ヒナちゃんじゃなくてヤシャちゃん役のほうがよかったとおもうの!たしかにヒナちゃんのヤンデレな部分はけっこううまくできてたけど、あんな風にお料理つくったりお掃除するようなおかあさん役はあわないよぜったい!」

「さいですか」

 

 グリーンヒル准将に買ってもらったソフトクリームで口元を汚しながら熱く主演映画を論評する未来のヤン夫人。多分10歳になるかならないか位だった筈だ。原作の落ち着いた雰囲気とは似ても似つかない元気な娘さんである。

 

 グリーンヒル一家と叔父、ベアトと共に士官学校の敷地に建てられたコンサート会場に向かう。事はコンサートに向かう一家に恩を売るために、本来ならば事前販売の特等席を提供しようと提案した事から始まる。元々定期的に問題を起こしていないか見に行くチェックの意味もあった。態々人混みの中ぎゅうぎゅう詰めで立ってコンサートに行くのも辛いものだ。それにグリーンヒル夫人は体が弱い。叔父の友人であるためという理由も付け提案すると、夫婦は感謝しながら賛同してくれた。

 

 そんな訳でグリーンヒル一家と共に会場に向かいに行く訳である。ベアトは付き人として傍に、叔父はグリーンヒル夫婦と談笑目的でついてくる。となると、必然的に私がこのフロイラインの御相手をする事になる。

 

「しょーじきそろそろ路線変更したほうがいいとおもうの!リーゼちゃんかわいいけどさすがにもう子供っぽいよ!じむしょは路線変更するリスクがこわいだけだよ!」

 

 これだからおとなはだめだよね!とぷんすかと御立腹する幼女。栗鼠のように頬を膨らませて不満を表す。なんだろう写真撮りたい、魔術師との結婚式の時にこれを新郎の前で真顔で投影機に流したい(悪意はない)。

 

 そんな事を考えていると私が真面目に話を聞いていないのが分かったのかむっとこっちを睨む。

 

「おにいちゃん、わたしの話きいてないでしょ!だめだよ、しゅくじょのおはなしはちゃんときいていないと!そんなのだとおねえちゃんに愛想つかされるよ!」

 

ピシッとベアトを指差して指摘するグリーンヒル嬢。

 

「いや、大丈夫。ベアトは私の一番の忠臣だ。絶対私を見捨てない。というか見捨てられたら割かしショックで引き籠る」

 

その時は結構真面目に心へし折られる。

 

「若様、御安心下さい。このベアト、如何なる状況であろうとも若様に誠心誠意お仕えさせていただきます。断じて若様の信頼に違える事は致しません」

 

恭しく自身の忠誠を示して見せる従士。

 

「おにいちゃんは駄目だね。そんなの分からないよ?口ではそういっても内心ではげんめつしているかもしれないんだから!薄っぺらいおかねもちに愛想つかして下町のこうせーねんとかけおちとかふりんなんててっぱんだよ?むしろおもてでそう言ったほーがはいとくかんがあってねつじょーがもえあがるんだから!」

「フレデリカ、貴方明日からお昼のドラマ見るの止めなさい」

 

 少し引き攣った表情でグリーンヒル夫人が娘に注意する。やっぱり昼ドラは子供の教育に良くないと思うわ。

 

「若様、私の忠誠心は決して偽りでは御座いません。御疑いであられれば今すぐに潔白を証明致します」

 

 うん、疑って無いから。昼ドラの影響受けた子供の話真に受けなくていいから。だからナイフを自分の首元に添えなくていいから。真顔で言わなくていいから。

 

「おねえちゃんってもしかしてダメンズ好き?」

「おう、嬢ちゃんの軽やかな罵倒の嵐に私の心はもうぼろぼろだよ」

 

 お前さんだって将来首から下が不要な奴にゾッコンだろうが。ぜってぇー言ってやる。ぜってぇー式の時に祝辞読み上げてやる。覚悟しやがれ。魔術師の前で猫被りやがって。

 

 一回り以上年下の子供相手に内心ガチ目でムキになる情けない学生の姿がそこにあった。というか私だった。え、小者?小者で悪いか!

 

 こりゃあ、あの毒舌家しかいない艦隊でやっていけますわ。可愛い顔してとんでもねぇメンタルの持ち主だ。この歳でこの性格とは恐れ入るぜ……。

 

 そんな事をしている内に仮設コンサート会場につく。コンサート自体は見学自由だが座席は有料チケット制、更に最前列は関係者のみが座れる貴賓席であり、一般客は座る事が出来ない。というか観客の大半は立ちっぱなしだ。看板を掲げて観客を誘導する自由惑星同盟軍公式マスコットキャラクター「スターフリー君」(星型……というか黄色いヒトデのゆるキャラだ。なんか伝説なテンカイ王国の王子っぽい、妹の「スターピーちゃん」共々子供に纏わりつかれている)の横を抜け、会場責任者達に席を準備するように命じる。

 

「あ、スターフリーくん、スターピーちゃん抱っこして!」

 

 こら、フレデリカ嬢、こっち来なさい!スターフリー君とスターピーちゃん凄いしなびているでしょ!中の人汗だくで苦しそうでしょ!

 

「すみません、御気にせず」

 

 スターピーちゃんにへばりつく小娘を剥がしながら笑顔で固定されたゆるキャラ(の中の人)に謝罪する。スターフリー君は、大丈夫だよ!とばかりに手を振ってくれた。スターピーちゃんは完全に枯れた植物みたいにしおれているけど。ピンク色の笑顔のヒトデがぐでー、としている姿はシュールだ。

 

「ほら、席用意したからパパ達と一緒に見に行こうな?」

「うー、スターピーちゃんまたねー?」

 

 フレデリカを連行する私。正確には女の子にべたべた触る訳にはいかないのでベアトが抱っこする。一方フレデリカは一瞬むすっとするがまた後で来襲するつもりなのか、にこにこスターピーちゃん達にばいばいする。おい、兄は元気にばいばいしているけど妹が完全無視しているぞ。

 

 席に連行された娘を見てグリーンヒル夫人が謝罪と共に軽く叱りつける。

 

「本当すみません。この子誰に似たのかやんちゃで。はぁ……もう少し御淑やかに育ってくれないかしら」

 

 大丈夫っすよ奥さん。後何年かすればサンドウィッチで戦死しかける中尉さんに会うから。

 

「ははは、まぁ子供は元気なのが一番ですよ夫人。それだけ健康な証拠ですからな」

 

 寧ろ微笑ましくフレデリカを見つめうんうんと頷くロボス少将。さらりと自分の席に座っている。あんたも見るの?

 

「それはそうでしょうけど……」

「ははは、まぁお気になさらず。私の方も然程気にしておりません」

 

 メンタルを的確に抉って来るところ以外は年相応で可愛いものだ。妹がいればこんなのだろうとは思う。伯爵家に生まれて以来こんな世話を焼かせる子供を見たことが無いので新鮮……と言うよりは少し懐かしい。……別にロリコンでもシスコンでも無いよ?

 

「じゃあお兄ちゃん、後でクレープかって!」

「おう、前言撤回だ」

 

 こいつ、とんでもなくハングリーやでぇ。つーかお前も心読むな。

 

 こいつ言ってやる。結婚式の際魔術師の前で絶対この事を言ってやる。

 

 いい加減グリーンヒル准将にも注意され、どうにか大人しくするフレデリカ嬢。尤も、そのお淑やかさもすぐに消え失せるが。

 

「みんなー!コンサートに来てくれてありがとう!!リーゼ凄く嬉しいよー!!」

「あっ、きた!!」

 

 大音量の音楽が流れると共に照明が一斉に光る。同時に立体ソリビジョンが何も無いコンサートの壇上をサバンナの平原に変える。流石宇宙暦のコンサートである。まるで本物と見まごうばかりの大自然だ。

 

 そして少女の透き通った、帝国訛りの殆ど無い流暢な同盟公用語が会場に響き渡る。観客達(大きなお友達も多いけど)が一斉に声援で答える。

 

 コンサートの中央にいたのは俗にゴスロリ衣装に身を包んだ少女だった。

 

「あー、これはグリーンヒル嬢の言った通りだな」

 

 確かに美貌は本物だ。白い肌、肩まで伸びる濃い青みがかった灰色……紺鳶色の印象的な髪、黒真珠のように輝く瞳、上品な佇まい、そして何よりも印象に残る声、確かに才能と外面には相当に恵まれている。

 

 だが、明らかに方向性が、少なくとも今の彼女の持ち味とは方向性が合わない。デビュー仕立ての頃は良かったのだろうが、今の彼女の美貌は可愛らしい、というよりはクールな印象を与える。上品な佇まいがそこに一層子供らしさを消していた。その美声はソプラノのようにすみ渡るものの、却って曲と噛み合わせが悪い。

 

 無論、音楽に疎ければ十分に満足出来る程の技量だ。音楽の審美眼を鍛えられた私が言うのだから間違いない。だが同時に目が肥えた者にはそこが何とも言えない違和感を与えていた。

 

「さて、それでは私は少し失礼して……」

「だめ」

 

 一応の役目は果たしたので、裏手で会場責任者達とトラブル等が無かったか確認しにいこうとした所で学生服の袖を掴まれる。

 

「今からいろいろリーゼちゃんについておしえてあげるからにげちゃだめ」

「あいあいさー」

 

 むー、と逃亡しようとした私に対して不機嫌そうにするフロイライン。あれだな、子供って奴は自分の知っている事を聞かれても無いのに教えたがる。

 

「若様……」

「ベアト、いい。どうせ急ぎでもない」

 

 ベアトが何か言おうとするのを小声で静止する。子供相手にムキになることもあるまい。明日のシミュレーション戦闘の打ち合わせは夜にやるので時間的には少し余裕がある。それよりもグリーンヒル夫妻に聞こえてなくて助かったな。聞こえていたら叱られていたぞ?

 

 演奏が始まる。歌詞からして子供向けの歌であろう、フロイラインは目を輝かせて体を揺らしながら一緒に歌い始めた。

 

「Willkommen im ようこそライヒスパークへ!今日もドッカンバッキューン大乱闘!」

 

 体を揺らして足をばたつかせながら興奮しながら歌うフレデリカ。皆見てる?脅威的な記憶力を持つこのコンピュータの又従姉、好きな歌数十曲を全て一言一句違わず歌いあげられるんだって(能力の無駄遣いかな?)

 

「がおー!うー!高らかに唸って遠吠えあげればFreund!決闘して撃ったり斬ったり!でも本当は多分とっても仲良し!」

「本当、随分と御機嫌だなぁ」

 

本当に子供らしい。これが十年もそこらすればあの凛々しい副官になっているのか……。

 

「本当にすまないね。娘はなかなか頑固でね」

 

 傍に来たグリーンヒル准将が困った顔をする。尤も娘に向ける表情は本当に暖かい眼差しであった。心底娘を大事に思っているのだろう。好感度(と私の生存率を)上げるためにサイン貰って来てやろうかな?

 

「いえ、こちらこそ、ロボス少将の御相手をして頂いた御礼です。……こう言っては何ですが叔父は少し押しが強いですし」

 

 特等席でうとうと眠そうにする叔父をちらりと見やる。もう昼頃だ。あの人は趣味は昼寝と呼べるくらいには良く昼寝をする。まぁ、最近は軍務で疲れている事も理由であろうが。まぁどの道ファンの皆さんが贅沢しやがってと思いそうだ。

 

「ははは、まぁ少し強引な所はありますが豪快で気前が良い人ですよ。少なくとも尊敬出来る人ではあります」

 

 部下に良く食事を奢り、私生活で困れば援助し、悩みがあれば真剣に相談に乗る叔父はその愛嬌のある外見と合わせてそれなりに慕われているそうだ。まぁ、宮廷でも結構社交的だったなぁ。

 

「そうですか……それは僥倖です」

 

 准将の心からの言葉に私は微笑みながらそう答えた。そしてふと思った。この人は原作のアムリッツァの際、叔父の所業を一体どういう風に思ってみていたのだろう……?

 

 

 

 

 

 

 

 コンサートが盛り上がっている頃、そこから少し離れたベンチにてヒトデ……では無く2世紀に渡り愛され続けている同盟軍公式マスコット「スターフリーくん」と「スターピーちゃん」がベンチでぐったりしていた。

 

「全く、とんだ災難だよ。唯着ぐるみ着て看板掲げるだけと思えば子供にあんなに纏わりつかれるなんて」

 

 ベンチに座りげっそりとした声を上げるスターピーちゃん。何故大して可愛いと思えないこのキャラクターにあんなに子供が纏わりつくのか、全く彼には理解出来なかった。

 

「すまんなぁ。俺の籤運が悪くて。今度飯奢ってやるよ」

 

 上下関係に厳しい同盟軍士官学校において雑用係とも呼ばれる同盟軍士官学校1年生は、イベント事や行事があれば大概一番きつい役回りをさせられる。上級生がソリビジョン越しに視聴者の人気を集める傍ら、彼らは掃除やら荷物運びやら見学ツアーの引率やら道案内やらをやらされる訳だ。特にこの二人の役回りは厳しいもので、動きにくく息苦しい着ぐるみを着て何時間も看板を持ちつつ子供の相手をしないといけないと来たものだ。学生の間では「着ぐるみ蒸しの刑」などと称される。

 

「これ、態々学生がやる事か?私に言わせればどこぞから人でも雇えばいいのに」

「経費削減、て奴さ。学生は唯でこき使えるからなぁ」

「そうか、士官学校はブラック企業だったのかぁ」

 

 まぁ、軍隊自体ブラック企業の代表みたいなものだけど、とスターピー(の中の人)はぼやく。命あっての物種、命を削って大企業の給与にも満たない賃金を受け取る軍隊は真っ黒くろすけであろう。所属する奴の気が知れない。尤も自分が正にそんな大馬鹿者の一人である訳だが。

 

「はぁ……」

 

 今更ながら何で自分はこんな所でこんな事をしているのだろう、どこでボタンを掛け違えたのだろうかと溜息をつくスターピーちゃん(の中の人)。

 

「おいおい、随分と疲れ切った溜息だな。大丈夫か?栄養ドリンクでも買おうか?」

 

 残業帰りの中年のような徒労感に満ちた溜息にスターフリーくん(の中の人)は尋ねる。

 

「出来れば紅茶の方が良いんだけどねぇ」

 

 西暦の頃、産業革命を歴史上始めて達成した古代ブリタニアにおいて砂糖を大量に含んだ紅茶が劣悪な労働環境の中働く庶民の数少ない娯楽であり、栄養補給の手段であった事実を思い出すスターピーちゃん(の中の人)。そうか自分は西暦19世紀の労働者なのか、等とぼんやりと考える。尤もそれを当時の人間が聞けば同じ扱いするな、と飛び膝蹴りされるだろうが。

 

「紅茶党なのは相変わらずだな。それならアイスティーにしようか?」

「ああ、悪いけどそうしてくれ」

 

 器用にも着ぐるみ越しにクレジットカードをかざし、自動販売機のボタンを押すスターフリーくん。見るからにシュールな光景だ。

 

「……すまん、助けてくれ」

「……どうしたんだい?」

「……引っ掛かった」

 

 自動販売機に両手を突っ込み、前かがみの態勢のままでスターフリーくんは答える。脱ぐのが面倒でそのまま手を突っ込み抜けなくなったらしい。

 

「………」

 

10分程ゆるキャラ2名は自動販売機の前で悪戦苦闘した。

 

「………で、無駄な体力を使った訳ね?」

 

 ベンチに仰向けに倒れる笑顔で固定された着ぐるみ2体の目の前に立つ少女が呆れたように肩を竦める。金髪がかった栗毛に澄んだ海色の瞳の少女。ブランド物と分かる白いワンピースに柔らかな物腰から、一目で良家の御令嬢である事が分かる。

 

「ははは、まぁそんなところかな?」

 

着ぐるみを脱いだ汗だくの好青年が苦笑いを浮かべる。

 

「はぁ、世話が焼けるんだから。ジャン、はいタオルよ」

 

 悪戦苦闘する二人を引っ張って救出した少女は、ジト目で幼馴染を睨みつけながら籠バックから汗を拭うためのタオルを差し出す。

 

「サンキュー、ジェシカ」

 

 文句を言いつつも細かい気配りを忘れない幼馴染に対して、人好きのする笑みを浮かべた長征系名家の変わり種の事、ジャン・ロベール・ラップ同盟軍士官学校1年生は謝意を示す。

 

「ほら、貴方も着ぐるみ脱いで。そんな脱力したスターピーちゃん見たくないわ。さぁ、折角お昼ご飯用意してきたから食べましょう」

「あ…うん……」

 

 タオルを差し出されたスターピーちゃん(の中の人)はぎこちなく、もぞもぞと着ぐるみを脱ぎ始める。

 

「お、サンドウィッチか!ジェシカの作るカツサンドと卵サンドは絶品なんだよ!」

「もう、現金なものねぇ」

 

 籠バックの中身を見て子供のようにはしゃぐ青年にやれやれと頭を振る御令嬢。そんな二人を見ながら本当仲良いなぁ、等と思うスターピーちゃん(の中の人)。

 

「ふぅ、ようやく解放されたな」

 

 ひんやりと濡れたタオルで首回りの汗を拭きながら、ぼんやりとした、見ようによっては美青年にも見えない事もない線の細い青年……「手ぶらのヤン」の事ヤン・ウェンリー同盟軍士官学校1年生はぼやく。その様子を見てジェシカがくすくすと笑う。どこに笑いの要素があるのだろうか?そんな事を思いながらバツの悪そうにヤンは頭を掻く。そこに一抹の気恥ずかしさがあった事は秘密だ。

 

まぁ、何はともあれ……。

 

「おい、ラップ。先に食べるなよ!あとよりによってカツサンドを!?」

「先手必勝は戦の常識だぜ、ヤン?」

「貴方達、だからいい歳して子供みたいにはしゃがない!」

 

 取り敢えず若い成長期の二人にとっては腹を満たすのが最優先であったのは間違い無い。

 

 

 

 

 




ラップとジェシカは多分ノイエ版がイメージ


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第四十一話 世の中知らない事が幸せな事もある

「おーい、チュン。悪いけどさぁ、1個戦隊でいいから援軍回してくれない?」

 

私は強請るようにチュンに無線越しで頼み込む。

 

『うーん、こっちは少し難しそうだねぇ。デュドネイ君はどうだい?』

 

 片手に持つハムサンドを一口食べた後、苦笑いを浮かべながらチェンは別のチームメンバーに呼びかける。

 

『……無理……今でも戦線……崩壊寸前…だから……寧ろ……早く…助けて』

 

 途切れ途切れに最前線を担うデュドネイ4年生は答える。

 

 シミュレーターの画面に視線を移す。そこでは熾烈な戦いが繰り広げられていた。

 

 指定戦域はファイアザート星系である。彼のファイアザート星域会戦においてブルース・アッシュビーの栄光の舞台となった星系だ。過去1個艦隊規模以上の会戦は4回、分艦隊規模の戦闘は12回、戦隊規模の戦闘31回、それ以下の戦闘は数えきれない回数が発生している(尚獅子帝の口にした329回の不毛な戦いというのは、1個艦隊以上の戦力同士の戦闘のみを指す)。

 

 さて、この星系はこれといった特徴の無い平凡な星系だ。主星ファイアザートはありふれた恒星であり、その周囲を回る8つの惑星に総勢64個の衛星が伴われ、小惑星群が2箇所存在する。これと言って通信を阻害するような宇宙嵐は無いし、独特な宇宙潮流も無い。即ちこの星系は正面からの艦隊戦に適した星系であると共に、地の利といったものが余り存在しない星系でもある。

 

 それはつまり、戦闘面において小細工を行うのが難しい星系であった。

 

 そのため相手チームとの戦闘は文字通りの正面からの殴り合いになる。

 

 ファイアザート星系第3惑星第2衛星軌道における戦闘にて、デュドネイ4年生の指揮する第5分艦隊は損耗率が既に4割に達していた。尤も、2倍近い敵艦隊に対してシミュレーション時間内で18時間後の状態である事を考えると、寧ろ善戦していると言ってよい。ぼろぼろの分艦隊は、しかし中性子ビームの雨の中で綱渡り気味に部隊と戦列を再編して決定的な敗北を喫するまでの時間を可能な限り先延ばししていた。相手の接近戦の試みを3度に渡り阻止し、辛うじて組織的抵抗能力を維持する。

 

 完全にミスった。デュドネイの才覚を逆手に取られた。敵艦隊の攻勢にデュドネイは耐えたが、私とチュンは思わず後退せざる負えなかった。結果として、そこに無理矢理巡航艦群と駆逐艦群に回り込まれデュドネイは分断された。

 

 それを体勢を立て直した私とチュンの艦隊が救援しようとするのだが、相手の艦隊司令官率いる第1分艦隊の前にその試みは阻止される。他の分艦隊から戦力を補強したのだろう4000隻の艦隊は、私とチュンの艦隊合わせて5000隻によるデュドネイの救援の動きを完全に阻止していた。

 

 敵第1分艦隊指揮官にして艦隊司令官たるエドモンド・コナリー4年生は、席次にして学年12位の超の付くエリートだ。現在の戦略研究科在学生においても5本の指に入る英才であり、的確な分析能力と迅速な問題処理能力に定評がある。

 

 恐ろしいまでの能力だ。寡兵でありながら素早い判断で部隊を動かし状況は完全に均衡している。正面からぶつかれば軽やかに流され、手数で攻めれば全てを最小限の動きで対処される。意識を逸らしてからの別動隊での奇襲は4度失敗した。

 

 コナリー4年生の作戦は合理的であった。私のチームの要は攻めのホラントと守りのデュドネイだ。圧倒的に戦略・戦術面で格上の相手に対して、守勢に関してのみ異様に強いデュドネイを押し立てつつ私やチュンが支援する。後方の警備と予備戦力としてベアトを置いて、後はホラントが独自に暴れてもらう仕様であり、これまでの必勝の方程式だ。

 

 ならばそのパターンを崩してしまえば良いだけである。態々相手の土俵で戦う必要は無い。彼はホラントを徹底的に無視した。長期戦を指向するこちらに対してハイリスクな短期決戦で挑んだのである。

 

 まず後方の兵站を無視した。予備戦力等も含め全戦力を戦線に投入した。後方から襲い掛かろうとしたホラントに対しては足止め用の弱兵のみをぶつけるほか、予測される航路上に地上部隊の防空部隊や機雷原が立ち塞がる。そして本当の狙いはデュドネイ率いる第5分艦隊である。守りの要を真っ先に叩く。このチームは元より受け身を前提にした守勢向きの編制だ。その要を失えばどうなるかなぞ分かり切った事だ。それを阻止しようとする私とチュンは分断され、コナリーの指揮する艦隊によりあしらわれる。元より実力は彼方のチームが上である。予備戦力たるベアトの分艦隊も敵別動隊の牽制を受けなかなか動けない。

 

 全ては時間との勝負であった。デュドネイの分艦隊が崩壊すればそちらに向けられていた艦隊が私とチュンの本隊に突っ込む事になる。挟撃を受けて壊滅する事は間違いない。そうなるとホラントとベアトの戦力だけでは荷が重すぎる。一方、ホラントがこちらに着くのが早ければ逆にこちらが挟撃出来る。

 

「厳しいな……」

 

 計算上ではホラントが到着する2時間前にデュドネイの分艦隊が壊滅する。いや、それ以前に私の方こそコナリーの攻撃に対応するので精一杯だ。少しでも陣形が乱れれば火点を集中してくるし、チュンとの連携の遅れに付け込み手痛い反攻をしてくる。こちらはすぐに混乱を収めるが反撃に入る頃には相手は守りの態勢に入る。小癪な事だ。

 

 唯一明るい材料は、攻撃の間隙を縫いスコットの工作部隊の一部がデュドネイと合流出来た事だ。スコットの率いる各種工作艦は艦艇の修理のほか、電子戦を実施して敵の攻撃を阻害する。単純に妨害電波を流すだけではなく、ダミーバルーンや熱源処理した隕石等を持って囮にし敵艦隊の攻撃を誘導・妨害する。ハッキングや無線傍受をする事で、敵の部隊の連携妨害や攻撃に対する事前の迎撃に余裕を持たせる。小手先の手段であり鼬ごっこになるものが電子戦であるが、それでも専門の工作艦艇は戦闘艦艇に比べ技術面・システム面で優位に立てる。尤もそれも時間稼ぎに過ぎないが。

 

「………引くべきか?」

 

小さく私は呟く。

 

 デュドネイの艦隊は最早どうにも出来まい。いっそ私とチュンの本隊はベアトと合流し、ヴァーンシャッフェが防衛陣地を張る本拠地たる第4惑星を固めると言う手もある。尤も、地の利が余り活かせない宙域のため防衛に回ったとしても優位とは言えない。デュドネイを失う以上、こちらの防衛能力は大幅に落ちるだろう。

 

「……どう思う、チュン?」

『難しい所だねぇ』

 

 チュンは無線越しに夕食のメニューに困っているかのような口調で答える。

 

『コナリー君はこちらの一瞬の隙を逃さないよ。こちらが逃げるなら迫撃で戦力を削って、その後に反転してデュドネイ君を包囲殲滅する筈さ。ゴトフリート君と合流しても逆転は難しいだろうね』

「と、なると希望は……」

『ホラント君がどれだけ到着する時間を短縮出来るか、だね』

 

チュンは吞気に事実を伝える。

 

「……無線が妨害されているしな。あいつが今どこにいるのか分からんのが辛いな」

 

 宇宙暦8世紀の戦闘においては通信妨害の技術はある種の極北に達している。混戦になればすぐ近くの艦隊との連絡すら光通信や連絡艇を使わざるを得ない。スコットの支援のおかげでデュドネイとの連絡は辛うじて可能だが、ホラントが今どこで何をしているのかはさっぱりだ。

 

 そうこうしている間にも一層攻撃は激しさを増す。デュドネイの第5分艦隊の残存戦力は1000隻余りである。損失率6割に及ぶ。最早組織的抵抗を続けられるのが奇跡に等しい。スコットの支援を受けていなければ、今頃完全に崩壊していただろう。無論、破局は刻一刻と目前に迫っていた。

 

 残された艦隊を巧みに連携させて二重三重の中和磁場の結界を構築するデュドネイ。エネルギーの不足する艦艇、損傷艦艇を下がらせて予備を前進させる。素晴らしい艦隊運動ではあるが、数倍するビームの雨により1隻、また1隻と艦隊は削ぎ落されていく。

 

『よくやるなぁネイちゃん。こんなの無理ゲーだぜ?』

 

 共に防衛するスコットが呆れ気味に口を開く。無論、口は軽口を言っても指揮用のカーソルの動きは素早い。先ほど第九波のミサイル攻撃が始まった。工作艦隊はダミーバルーンや囮を射出しつつ妨害電波を駆使して1発でも多くの対艦ミサイルを迎撃・無力化しようとする。

 

 ミサイル兵器は低速で命中まで時間がかかる。妨害電波を始めとした電子戦にも弱い。だが、中和磁場が効かず、命中すれば最低でも中破は確実と破壊力は高い。ミサイル攻撃のセオリーは寡兵に対してミサイルを一斉に放つ事で電子戦や対空レーザーの迎撃能力を飽和させる事だ。場合によってはその隙をついて駆逐艦や単座式戦闘艇が接近を試みる。

 

『4倍以上の艦隊のミサイル攻撃の迎撃とは、笑えないな』

 

 顎を撫でながら舌打ちするスコット。デュドネイと自身を半包囲する敵艦隊の艦艇数は約4000隻、戦闘による損失により2倍の戦力差は4倍にまで膨らんでいた。各指揮官はこの緊張と忍耐を要求される中でその精神力を試されていた。

 

『……ホラントが先…か…それとも…全滅が……先……かな?』

 

 追い詰められているデュドネイは小さく愚痴とも独白とも取れない言葉を呟く。

 

『ホラント…!奴は何やっているのですか……!』

 

 ベアトは自身の戦闘に集中しつつも不愉快そうに怒る。ヴァーンシャッフェも気難しそうな表情だ。私は静かに、苦虫を噛んだ表情で唯戦局を見据えていた。チュンだけがぼんやりとした表情を浮かべていた。そして……。

 

「…………!……はぁ、来たか」

 

 戦略スクリーン上のそれを発見すると共に私は小さく、そして深い溜息をつく。それは安堵の溜息であった。

 

 シミュレーション時間内で25時間30分後、デュドネイ、スコットを半包囲する敵第2・3分艦隊の後背を紡錘陣形の状態でホラント率いる第2分艦隊が突撃した。その奇襲は絶妙なものであった。恐らく急行していたために燃料は不足していただろう第2分艦隊は、第3惑星第5衛星の影から接近した上でファイアザート星系第3惑星の引力を利用したスイングバイによって一気に加速した。

 

 一気に距離を詰めた第2分艦隊の殴り込みに生じた混乱をデュドネイは見逃さなかった。残ったミサイルを全弾打ち込むと共に戦艦と巡航艦が一斉射する。後背から駆逐艦と単座式戦闘艇が飛び回る。

 

 敵艦隊中央部は完全に秩序を失った。ある艦艇は前後からの砲撃で蜂の巣にされた。ある艦艇は肉薄する駆逐艦によるレーザー水爆ミサイルを受け周囲の艦艇を巻き込んで蒸発した。ある艦艇は混乱する味方艦艇の影響で、艦の衝突回避システムの自動操作により前後左右にぐるぐると駒のように回転する事になった。そこに電磁砲を次々と食らい、火を噴きながら爆散する。

 

 ホラントの分艦隊は、敵中央部を崩壊させるとそのまま斜めに進路を変えながら暴れまわる。これが止めであった。壊乱の内にのたうち回る敵第2・3分艦隊。コナリーは私とチュンの相手をする意味を失い、混乱する味方を纏め上げ素早く後退する。コナリー率いる第1分艦隊の物資の残量が限界近い事も理由であった。

 

 同時にこちらもこれ以上の追撃は不可能であった。私とチュンの艦隊は余裕がある。だが崩壊寸前だったデュドネイとスコット、そして急行したホラントの艦隊の物資も底をつきかけていた。双方が戦闘続行不可能になりつつあったのだ。いや、こちらの方が危なかった。後30分遅ければ第5分艦隊は全滅していた。

 

 ベアトと小競り合いを行っていた敵第4分艦隊は全速で後退を開始した。これ以上の戦闘は無意味だ。それに挟撃の危険もある。

 

 我々はファイアザート星系第4惑星で補給を受ける。尤も、途上で第2・5分艦隊に多数の脱落艦艇が出る。乗員を回収し、可能な艦艇は曳航、あるいは燃料を他艦から融通する。だが時間がかかる艦艇はそのまま破棄する。これはチュンの助言だ。

 

「勿体無いな」

 

 ぼろぼろの艦艇も修繕して使う亡命軍を知る身としてはつい惜しく思える。貴族の癖に貧乏性だ。

 

『仕方ないさ。今は補給をいかに早く終わらせられるかが勝負だよ』

 

 最早時間が無い。恐らく相手は動ける艦艇のみで艦隊を再編しつつ最後の勝負を決めに来る筈だ。補給の時間は無い。後方は多少ならずホラントに荒らされ、しかも移動の時間と補給、再攻撃のための航行時間を考えると攻め切れない。ならば今すぐ動ける艦艇だけで決戦を仕掛けるしかない。

 

「特に問題はデュドネイの分艦隊の損害だな……」

 

 残存艦艇860隻、我が方の守りの要がこの様である。だが同時に彼女の才覚がこの場で必要不可欠だ。

 

『そういう訳だ。馬鹿貴族、その宝の持ち腐れの艦隊をさっさと寄越せ』

「アッハイ」

 

 舌打ちしながら提案(命令)するホラントに私は答え、デュドネイに保有艦艇1640隻を提供する。

 

『……いいの?』

 

 少し遠慮がちにデュドネイが無線越しに尋ねた。いや、遠慮と言うか気まずそうだ。

 

 ……私なんかより君の方が勝利に必要だからね、仕方ないね。

 

 コナリー率いる艦隊6760隻がファイアザート星系第4惑星に侵攻したのはシミュレーション時間内で残り15時間15分の事だった。文字通り最後の攻勢である。迎え撃つはホラント・チュン・ベアト・デュドネイの率いる7650隻だ。我が方の補給が最低限完了したのは接敵の30分前であった。

 

 両軍は良く戦った。デュドネイの守りを敵艦隊は何度も突き崩しかけたが、その度にベアトが急行して危機から救う。奇襲や浸透戦術に対しては、チュンとヴァーンシャッフェが宙陸で連携して対抗する。スコットは後方支援を十全にこなした。ホラントは最終的攻勢においてその破壊力を見せつけた。コナリー以下の敵部隊も称賛すべき指揮を取っていた。

 

 え、私?ああ、拠点の目の前で何もせずぼっとしてたよ?旗艦以下巡航艦3隻・駆逐艦6隻でどうしろってんだよ。

 

 流石にこれには相手チームもぎょっとしてシミュレーターから乗り出して私の座る所を二度見してた。うん、すっごく分かる。

 

『シミュレーション終了!』

 

 時間切れによりアナウンスが流れると共に結果が現れる。紙一重、文字通り130隻の損害差で私(?)のチームは勝利した。

 

 敵味方問わず全員が脱力しながらシミュレーターから立ち上がる。本当に厳しい戦いだった事が分かる。え、私?最後暇だから音楽聞いてたよ?

 

 整列して互いに敬礼した後にコナリーが笑みを浮かべながら私の元にやってきた。

 

「良い勝負だった。最後は流石に驚いたよ。まさか直属部隊を全て前線に押し付けるとは。戦略的にも、心理戦の面でも最善の選択だった」

 

 最終決戦である。チームリーダーがまさか全ての戦力を前線指揮官に提供するのは予想外であったらしい。なんせ多くの将官が見ている見せ場で自身の活躍の場を捨てるのも驚きだし、旗艦が沈めばその時点で敗北である。多くの者はやりたがらない。逆にそんな予想外の事が起きたせいで、唯でさえ緊張していた相手チームは一層動揺したらしかった。

 

「とてもハイリスクな手段だ。それだけチームメンバーを信頼していた事が伝わるよ」

 

いえ、役立たずなので部隊寄越せと言われただけっす。

 

「……えっ、そうなの?」

 

 その発言に微妙な苦笑いを浮かべるコナリー4年生。そのまま私のチームのメンバーを見る。止めて。皆目を逸らさないで(ベアトだけ誇らしげだけど)!

 

 何とも興奮も、締まりもなく、戦略シミュレーション大会ベスト8を決める戦いはここに終わったのだった。

 

 

 

 

「さて、じゃあそろそろ一旦解散と行こうか?」

 

 チュンの言葉にチームメンバーの全員が同意する。2度立て続けのシミュレーション試合の後その足で学校内の一室を借り受け試合の事後評価を2時間程した後の事だ。

 

 当然ながらシミュレーションの勝敗は重要ではあるが、それ以上にその評価研究も無視出来ない。両チームは各々どのようにすれば勝敗が変化したのか、勝敗の決め手は何であったのか、両チームの指揮の特徴と今後の課題を語り合い、レポートとして学校側と相手チームに提出する事になる。学校側は学内の資料として記録を公開・研究し、今後の教育材料として将来の教官や学生が閲覧する事になり、相手チームは交換したレポートを基に客観的に自分達の課題を学ぶ事になる。

 

 尤も1日やそこらでそれが出来る訳も無い。まして皆既に疲れ切っているし、明日の試合の研究もある。一旦解散し休憩し、夜に改めて集まり最後のミーティングをする事になる。

 

「おうおう、賛成だ。もう駄目だ、脳みそがミルク粥になる」

 

 ぐてっ、と椅子でへたり込むスコット。戦闘部隊でも無いのに最前線で支援任務を指揮する羽目になったので疲れは人一倍だ。

 

「……寝る。誰か…夕食……起こして」

 

机に頭を乗せて昼寝を始めるデュドネイ。

 

「全く、どいつもこいつも体が弱すぎる。あの程度でへたるとはな」

 

 鼻を鳴らしながら次の試合に向けた相手チームの戦闘記録を携帯端末で閲覧するホラント。こいつ本当やばいな。

 

 今回の試合に勝利出来たのは、ホラントが半ば強行して現場に向かったためだ。艦隊の2割が脱落し、燃料は枯渇寸前であった。それでも間に合うのか怪しいものであった。ホラントが瞬時に相手の敷いた機雷原や足止め部隊の展開を正確に予測しなければ、勝敗は逆であっただろう。本当に紙一重の勝利であった。

 

「次はコープの奴のチームだろう?地味に相性が悪いなぁ」

 

 これまでシミュレーションの相手をさせられた経験から分かる。うちのチームと相性は宜しくない。

 

 コープは相手の艦隊を削るのが上手い。特に守勢や後退する戦力の迫撃がかなりの腕前だ。ほかのメンバーも全員席次40位以内の面子で固められている。ホラントは何度もコープに勝っているが、チームとして考えると明らかに彼方が上である。

 

「けどなぁ。そう根つめてやらんでいいと思うがね」

 

 元より優勝候補チームの一つであったので事前研究はそれこそ予選の時期から実施されている。いや、今の残っているチームの殆どが事前に勝ち抜きを予測されていた有力チームだ。どのチームも有望チームの研究は怠らない(自分達が勝ち抜けるカは置いておいて、であるが)。

 

 その点ではこちらに利点がある。私やホラントはコープの癖はある程度知っているし、逆に彼方はこっちの研究はさほど出来ていない筈だ。我々が勝ち抜くなんて予測していなかった筈だから。

 

 次席のホラントがいるとはいえ、正直残りはトップエリート層から見れば雑魚だ。せいぜいチュンとベアトが多少警戒される程度である。予選時の下馬評は運が良ければ本選の一回戦まで、であった。先ほどの試合も、学生達が裏でやっている賭けによればオッズ差は1.3対5.7だったらしい。何方が私達のチームかは言うまでも無い。不良騎士はそれなりに儲けた事だろう。

 

「チュン、昼食はまだだよな?ベーカリーにでも行くか?ベアト、ヴァーンシャッフェはどうする?」

 

同胞二人に尋ねる。

 

「いえ、失礼ながら私は戦斧術トーナメントの方に顔を出す必要が御座いますので。どうぞ御容赦頂きたい」

 

 深々とヴァーンシャッフェは非礼を詫びる。戦斧術においてシェーンコップと並び帝国系でトップクラスの成績を有する彼は、2年生の同胞達への指導に顔を出す必要があった。彼らのトーナメントもそろそろ佳境である。勝ち残った同胞に最後の稽古をつける必要があった。

 

「いや構わない、寧ろ良く指導してやってくれ。才気ある同胞は一人でも多く欲しい」

 

 謝罪する同胞に対して私はそう言って許可を出す。同じ門閥貴族の血を引いているとはいえ格式が違う。互いに口の聞き方に注意して応答しないといけない。

 

「私は……失礼ながらここに残らせて頂きます」

 

 少し躊躇した後に、恭しく、恐縮した態度でベアトは私への同行を断る。

 

「私も明日のシミュレーションに向けてもう少し分析作業をしておきたいものですので。誠に申し訳御座いません」

 

 深々と従士は頭を下げる。恐らく次のシミュレーションで私を勝利させるため、更にいえば嫌っているホラントやコープに対抗するためであろう。理由も無く私の提案を拒否する娘では無い。

 

「……いや、構わんよ。寧ろ良く働いてくれて有り難い。無理はするなよ?」

「はっ!」

 

私の気遣いの声に感激するようにベアトは敬礼する。

 

「コントか」

 

資料を見ながら小さくホラントが呟く。

 

「それじゃあ行くか、チュン」

 

 チュンに呼びかけ私は椅子から立ち上がる。そして……私は内心で笑っていた。

 

予想通り!予想通り!予想通り!

 

 くくく、ベアトが来ない事、私はそれを知っていた。彼女の性格ならばこの状況で同行しない事は予測していた。そして、それは私の数少ない人目を気にせずにいられる時間である。この時のためにずっと大人しくして油断を誘っていた甲斐があろうという物だ。よーし、FGO(Free planets force General Order)のガチャ課金と「ティアマト46」のコンサート見に行っちゃうぞ?

 

 さて、今は余りはしゃぐ訳にはいかない、ベアトに怪しまれる。まだだ、まだ笑うな。そうだ、30秒……部屋を出て30秒で勝ちを宣言しよう!くくくく………!

 

 そんな風に内心で自由を勝ち取った事に酔いながら、私はチュンと共に颯爽と部屋を出たのである。

 

 

 

 

 

「……あれ、バレてないと思っているのか?」

「……馬鹿…やっている時……分かり易い顔してる」

 

 机と椅子に項垂れたスコットとデュドネイが呆れ気味に呟く。真剣な時は兎も角、ふざけた事を考えている時に限って分かり易い顔をしている同僚である事を二人共良く知っている。

 

 そして見送ったベアトはそのまま表情を変えずに携帯端末を操作して通話を始める。

 

「……シェーンコップ帝国騎士ですね。依頼があります。……えぇ、若様の護衛を御願いします。はい、やり方はお任せします。但しレポートの提出は御願いします。報酬に2000ディナール、別途功績次第でボーナスをお付けします。……ああそうですね、後丁度最近人気らしい映画のチケット………確か「卿の名は」でしたか。ペアチケットがあるのでおまけにつけましょう。……ではよろしくお願いいたします」

 

 ピッ、と通話を切って淡々と作業を再開するベアト。その様子をちらりと見て呆れるように再び鼻で笑うホラント。そんな様子をぼっと見てスコットとデュドネイは思う。

 

 ……いや、伯爵さん。それ優秀な監視役に下請けしてるだけだから。

 

 そしてちらりとこちらを見た従士が二人の目の前に100ディナール札を置いたと同時に二人は全てを忘れる事に決めたのであった。

 

……何も知らぬは本人ばかりである。

 

 




「卿の名は」……フェザーンを舞台とした同盟移民と亡命貴族子女の時を越えたラブコメ映画の事


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第四十二話 世の中は思い通りにいかない事が多いもの

結構ガバガバな考察があります。場合によっては調整するかも


 宇宙暦780年代において自由惑星同盟を席巻する携帯端末型ゲームは三つ存在する。そしてその全てがフェザーンのゲーム会社の開発したものである。

 

 一つは歴史上の同盟軍宇宙艦艇を擬人化した(そして何故か女性化した)存在がギャラクティック・エンパイアと呼ばれる存在と戦う「レギュラーフリートこれくしょん」、二つ目が同盟軍広報部のプロデューサーとして後方アイドル達を育成し帝国やフェザーンのアイドルと凌ぎを削る「ミリタリーアイドルマスターズ」である。そして三つ目が「Free planets force General Order」通称FGOである。

 

 遠い未来、人類史改竄を目論む「インペリアル」の野望を阻止するために歴代自由惑星同盟軍を始めとした将官が(何故か女性化して)登場し、議長(プレイヤー)の指揮の元に戦うと言う内容だ(今プレイすれば黒旗軍十提督の内一人貰える!)。

 

 正直同盟軍から突っ込みが入っても可笑しくないが、そこはフェザーンである。同盟軍にも手を回し、軍の広報への寄与やゲーム制作への協力として同盟政府(と政治家に)多くの報奨金が入っている。尚、その金の元を辿れば同盟の廃課金勢である事は言うまでもない。おい、シャトルフ(ツンデレ黒髪クール娘)手に入らないんだけど?ちょっと課金してきて良い?

 

「はははっ!知ってたよ!課金ガチャの押しキャラ入手レートくらいな!畜生めっ!」

 

 私は高笑いすると手元にあったハムサンドをトレーに叩きつける。その騒ぎに士官学校内ベーカリーの他の客が何事かとじろじろ見る。店員が咳をして注意したのですいません、と頭下げてすごすごと椅子に座り直す。ヘタレだからね、仕方ないね。

 

「畜生、守銭奴のフェザーン人め……300ディナール賭けてこの様かよ……。ウォードもムンガイも何人もいらんわ!」

 

 糞、いつかフェザーン占領してやる。そしてガチャ課金の確率を変更する事を最初に布告してやる!

 

「そう怒らなくてもいいじゃないか。課金して玉砕するプレイヤーなんて珍しく無いだろうに」

 

 ほかほかのディニッシュを口にしながらチュンが語りかける。

 

「チュン、お前には分かるまい。門閥貴族がそうそうガチャなんて出来るかよ!」

 

 私は涙目で語る。良く同盟人はガチャで大金を課金する者を「門閥貴族プレイ」と称するがそれは違う。

 

 偉大なる開祖ルドルフ大帝は酒・煙草・麻薬・賭博・売春等を人類を堕落させる不健全な娯楽として大いに規制した。流石に根絶こそしなかったが、酒は身分毎に飲める銘柄や酒類が決められたし、煙草は全て国営企業の物で税金の塊と化している。麻薬は普通に関係者は死刑だし、賭博や売春も場所や身分・営業時間・金額等で厳しい規制を受けた。

 

 ガチャ課金は賭博行為の一環として禁止された。銀河連邦末期、ガチャ課金に依存した者や破産した者は数百万人に上っていた。ゲームのデータ上の変化に過ぎないものにより生活を持ち崩す事に大帝陛下は嘆き悲しみ、課金ガチャを一種の電子ドラッグとして非合法化為されたのである。

 

 ……というのは帝国の公式記録である。余り鵜呑みにするのは良くない。実際の所その理由は良く分かっていない。一説では若い日のルドルフが課金にハマり貯金を失ったがそのゲームのシステム上絶対に押しキャラが出ない仕組みであった事を恨んでいたという説、大帝の寵妃の一人エッツェル侯爵夫人が課金ゲームを退廃した悪き文化と嫌い進言したためとも言われるが、真相は今を持って不明である。知りたいならばローエングラム王朝が成立するまで待つしかないだろう。

 

「そんな文化の中で従士の目の前で私が課金なんか出来るかよ……!」

 

間違いなく止められる。

 

「折角監視の目が無いんだ。私、羽目を外しちゃうぞ!?この後ティアマト46のコンサートいくぞ。チュン、お前も来るよな!?」

 

 長征派の押すティアマト46のコンサートなんて家臣が見ている前で行けるか!!

 

「内容がショボい……と言ったら駄目なんだろうねぇ」

 

 苦笑するように同情するチュン。私と付き合って彼なりに帝国人の価値観を理解しての発言だ。

 

 帝国人は誇りと面子を大事にする。余り賎しい行動を取るわけにはいかないし、まして大っぴらに大帝陛下の遺訓を無視する事なぞ不可能だ。知るか!俺は俺の道を行く?馬鹿野郎め、一番迷惑するのは一族や周囲の家臣じゃ!

 

 正直帝国貴族社会はかなり空気嫁……じゃない空気読め、な世界だ。単純に宮廷抗争のための粗探しという面もあるが、伝統の遵守が何よりも尊ばれる。帝国貴族は人類を支え導く者として、大帝陛下の御取り決め為されたきめ細やかな儀礼制度に沿った行動を求められる。大帝陛下の遺訓を軽視したり、異様な事をしようとすると気味悪がられる。ある程度なら変人扱いで目こぼしされるが、度を過ぎればガチ目に避けられる。

 

 こんな事言えば、外面なんか気にするな?そんな下らんものよりも質実剛健にガンガン改革しに行こうぜ?……なんて内政チート考える奴もいるだろう。馬鹿野郎、門閥貴族に求められるのは指導者・統治者としての権威であって、行政能力なんか求められてないんだよ。

 

 そもそも貴族領の大半は、特に惑星単位以上を有する伯爵以上の大貴族領はその中で需要と供給の殆どが自己完結している。男爵・子爵位となると流石に衛星一つだとか惑星の大陸やらその一部程度が領地のため自己完結出来ないが、大概その場合は周囲の顔たる大貴族を中心に中小貴族による緩やかな共同体が形成されている。

 

 元々、貴族に領地を統治させる理由は銀河連邦時代の経済的混乱、更に言えば連邦成立以前の戦乱の時代に端を発する。

 

 銀河連邦末期の経済の混乱は連邦成立の時点で約束されていた。シリウス戦役とタウンゼントの暗殺の結果1世紀に渡り混乱した天の川銀河を銀河連邦は統一した。だがそれは連邦体制としてだ。相争った各勢力は以前にも触れたがその影響力を維持し宇宙海賊を使い暗闘を繰り広げていたし、各々で勝手に植民星を開発していった。これら宗主星系と植民星の経済的な従属関係は資本主義体制を取る以上完全に拭い去る事は出来なかったし、旧勢力間の経済統合もまた容易では無かった。

 

 それでも賢明なる銀河連邦中央政府は段階的に星間連合国家の政治的・経済的統一を推し進めていった。人類社会全体を覆った経済発展がそれを後押しした。まぁ景気が良ければイデオロギーやら国家意識を然程気にしないのは何時の時代も同じだ。

 

 宇宙暦260年代に入ると、長らく続いてきた連邦内の宗主星と植民星の格差拡大、旧勢力の自治権による領域内での非効率的な経済体制・議会対立による政治の停滞によりその高度成長は終わりを告げた。特に領域内での通貨統一が徒となった。拡大する諸惑星間の経済格差に未だに強い地方自治権、議会の混乱による事実上の麻痺状態……まぁ21世紀のEUを思い浮かべてくれたらいい。

 

 効果的な経済政策が不可能になった以上、中央政府に可能なのは緊縮政策しかなかった。無論それは悪手である事は中央政府自体理解していた。だが議会が麻痺状態になり、税収も激減、国債の発行する手続きすら出来ない以上他の選択が不可能だったのだ。

 

 予算の削減による治安維持を担う軍と警察の弱体化は航路の治安悪化を招いた。科学技術への投資が削減されれば当然技術的停滞を招いた。公共事業も出来ないので失業者は増加したし、惑星開発は資金が無いので放棄された。社会保障費の削減により路地裏には社会的弱者が溢れかえった(実は劣悪遺伝子排除法の基になった法律がルドルフの政界進出以前に発布されたのは秘密だよ?)。そしてその責任を政治家や各政党は互いに押し付け合ったきりで、率先して行動する事は無かった。正直かなり詰んでいる。

 

 ルドルフが台頭する以前にもこの危機に対して幾度か連邦体制の抜本的改革を行うべきという意見はあったが全てが途中で頓挫した。民主主義体制の中で2世紀半、いやそれ以前から根強く続く体制を変えるのは、それも長期に渡る大不況や治安の対策を行いながら進めるのは不可能であった。

 

 まぁそりゃあ、「強力な政府を!強力な指導者を!社会に秩序と活力を!」とも言いたくなりますわ。

 

 ルドルフの下に銀河連邦の政治体制は改革された。彼は連邦……いや、帝国を統治を行う上で皇帝直轄領と貴族領(正確にはさらに幾つか区分があるが)に分割した。これらはシリウス戦役以降の「銀河統一戦争」期旧勢力圏、あるいは星系経済力、地理、治安事情事により区分された。

 

 ルドルフは巨大で多種多様な事情のある連邦領域を中央で一元的に統治するのは、例えどれだけ中央集権体制を敷いたとしても不可能である事を認識していた。しかも辺境になるとわりかし世紀末モヒカン状態である。あかん……。

 

 大帝陛下は比較的安定している帝国中央領域や航路上の重要拠点を皇帝直轄領(全領域の半分程度だ)とした。そして残りの辺境や低開発領域を門閥貴族に下賜して統治させた。

 

 彼らに求められたのは、圧倒的権威と覇気で混乱する人民を慰撫し、その軍事力で跋扈する宇宙海賊や軍閥、犯罪組織を討伐し、中央に頼らずに各領地が自給自足体制を確立する事(経済格差による貿易摩擦や搾取の回避のため)だ。

 

 古代チャイナの郡国制に近いと思ったら良いだろう。尤も、こちらは妥協では無くて大帝陛下が信頼する貴族達に命令して実施された事であるが。少なくとも初期の門閥貴族は好きで世紀末世界の領主になった訳ではない。中には下手に実力があるせいで無理矢理貴族にされ、辺境でモヒカン討伐しながら領主の仕事をさせられた者もいる。可哀そうに、元警察官僚たる初代ブラウンシュヴァイク家当主は生粋のテオリアっ子だったのに、リアルマッドマックスな辺境の平定と開発に胃に穴開けながら30年も従事した。何度怒りのデスロードに巻き込まれた事か。

 

 銀河帝国が中央集権的な体制でありながら、門閥貴族の領地に広範な自治権と軍事力がある理由だ。辺境の維持には金がかかるし、連邦時代に中央から派遣された官僚は中央に戻るまで不正蓄財に邁進していた。中央経済に関わらせたら住民が流れるし、大企業群の搾取が始まる。それらを阻止する事が貴族領の始まりだ。

 

 同時に、公的な官職を持たない限り門閥貴族は収入を領地からの税収で手に入れるしかない。家臣団や私兵軍を養うのもそこからである。となると中央から派遣される行政官と違い、自身で領地を開発・発展させねばならない。帝政に移行後、北斗神拳伝承者が放浪してそうな無法地帯状態の連邦辺境は門閥貴族とその家臣団の手で曲がりなりにも安定化した(尚、時代が進むと地元領主が搾取するようになるのは言ってはいけない)。

 

 当然だが、経済的には貿易産業や金融産業の市場が大幅に縮小した。流石に完全にそれらを絶っている訳では無いが、それでも連邦時代に比べれば激減した。本来ならば市場縮小の影響で経済的に大打撃の筈であるが、浮いた辺境維持コストや治安コスト、公共事業(ルドルフ像とか新無憂宮とかドイツ風都市とか)の拡大で相殺して見せた。元より治安悪化により辺境での商売は儲かりにくくなっていた。帝国中央と辺境を経済的に切り離してもダメージは最小限で済んだ。

 

 帝国の数字上の国力が同盟と均衡している理由でもある。帝国は250億の人口(と数字に出ていない奴隷階級等も数多く存在する)がありながら、人口130億の同盟との国力比率は5:4とされる。同盟の一部市民はこの数字を元に帝国を過小評価する者も多い。

 

 だが勘違いして欲しくないが、それは帝国領の多くで貿易や金融業が衰退(正確には投機行為の規制や預金準備率の引き上げ等政府の統制が厳しいため)したためだ。同盟経済は資本主義体制の信用創造により額面上の国力は高い。だが多くは有価証券や電子マネー等の概念的な物だ。重厚長大・物質的・実質的な面のみに目を向ければ、同盟より帝国が遥かに強大だ。軍事面に限っても、帝国は正規艦隊18個艦隊に辺境警備部隊・貴族私兵等50万隻を超える艦艇を有するが財政的には同盟よりもかなり余裕がある。なんせダゴン・ティアマト(そして原作には言及が無いがそれ以外でも数回の会戦)で宇宙艦隊が壊滅しても、すぐ軍事的優勢を回復させる程の工業力・生産力を有しているのだ。まるで不死鳥だ。アムリッツァで一撃死した同盟とはえらい違いである。

 

 帝国