幻想『白霊夢』 (賽銭払って死ぬか!払わずに死ぬか!!)
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「私は巫女である」

 小川のせせらぎと草木の葉音に目が覚める。

 うっすらと目を開けてみれば太陽の光が燦々と降り注いでいた。空は快晴、空気は澄んでいる。このまま二度寝してしまいたい程気持ちのいい朝だ。

 

 ――――地面に寝そべっていることを無視するならば。

 

 はて、私はいつこんな場所で寝たのだろうか?ㅤぼーっとした頭で考えてみるもどうにも記憶が曖昧で思い出せそうにない。いや、そもそも記憶が殆ど無いようだ。

ㅤ思い出せる記憶はある程度の常識と私は巫女である、いや正確には巫女であったということのみ。他の記憶は綺麗さっぱり頭の中から消えていた。

 

ㅤ――――これはもしや記憶喪失というものではなかろうか?

 

 そう考えて、納得する。そう考えれば記憶が曖昧な理由も頷けるからだ。まぁ、なぜ記憶喪失になったのかと疑問に思うことはあるが。

 小さく溜息を吐き寝起きで怠い身体を起こす。

 周りを見渡してみればどうやらここは森の中の川辺のようだ。左手側には小川を挟んで鬱蒼とした木が広がり、右手側にも鬱蒼とした木々が広がっている。

 

 ――――さて、どうしたものか。

 

 ある程度の状況判断は出来た。自分は森の中に一人で居て、尚且つ記憶もない。地理もなければ持ち物もないのないない尽くしだ。これが何らかの者にやられた事ならば随分と不親切なことをしてくれたなと出会い頭に顔面をぶん殴りたいものだ。

 

 いや、そうではなくて。(閑話休題)

 

 ここを動くか否か、それが問題だ。仮に動かない場合道具がないのだから食料の調達も出来ない。水場はあるが、これが飲めるものなのか素人では判断もつかない。まぁ、必要に駆られれば一二もなく飲むつもりではあるが……しかし水で腹は膨れない。正確には栄養が取れないから、十中八九確実にここで留まっていれば餓死することになるだろう。

 では逆に動けばどうなるか。この森がどれだけ大きいのか見当もつかないが森の中に入れば少なくとも野生動物などの肉があるだろう。ナイフなんて便利なものは無いがそこらの石などである程度代用出来るはず。……たぶん。

 一応獰猛な肉食動物に襲われる可能性もあるが……不思議と負ける気はしない。逆に手加減はどうすればいいのだろうなんて思考の片隅で考えてしまうほどだ。

 と、なると……やはりここは動いた方が無難だろう。出来る限りこの水場が有る場所の近くで。

 そうと決まれば早速行動だ。既に時間は大分使ってしまったし、取り敢えず夜までには食料を調達しなければ。夜の森は危険だもの。

 立ち上がり、適当にスカートについた砂を払う。髪にも入り込んでいる可能性があるので頭をブンブンと勢い良く振った。

 そうして、目に入った白い髪に小さく驚愕する。

 

 ……いや、なんだ。全体的に白いな私。

 

 今まで状況把握に尽くしていたせいで気にもしていなかったが、巫女と言うには少し白すぎた。と言うより赤がない。膝小僧を覆う程度の大きさのスカートに方を露出させた、どういう原理で落ちないのかわからない袖。巫女装束とも言えないような奇抜な服だ。しかも髪も白い。まっくろくろすけならぬまっしろしろすけである。笑えない。

 良く見れば太陽の光に照らされている肌も病的と言っていい程の白さだ。……訂正、肌は真っ白という訳では無いようだ。露出した肩には光の加減で黒にも赤にも禍々しい紫にも見える刺青のようなものがあるし。記憶のなくなる前の私は不良だったのだろうか?ㅤ少しだけへこむ。

 

「まあ、どうでもいいか」

 

 どうせ記憶喪失の私に巫女が務まるとも思えないし、何より今は生きることが最優先事項だ。記憶がなくなる前の小さな事を気にしていた所でしょうがない。

ㅤまずは肉を確保するために森の中にさっさと入っていこうか。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

ㅤNow Loading…… 少女探索中

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 森の探索を始めてから恐らく五時間ほど。太陽は真上を通り過ぎ沈み始めている頃合。

 私は……途方に暮れていた。

 なにせ歩けど探せど生き物一匹、花一つ、植物一つもないのだから。ガサッと音がしたと思えば自分で蹴った小石が草を揺らしていただけだし、その草はどう見ても雑草としか思えないものばかりだし。途方に暮れたくもなる。

 

 とはいえ、わかったことがぜんぶ悪いものだけではなかった。なんと、私はどうも疲れないようなのだ。しかも身体能力が異常の一言に尽きる。走れば人間では有り得ない速度で駆けられるし、そんな速さで走っても汗一つかきもしない。どうも空腹すら感じないようだし……いや、私が人間では無い可能性が浮上してきたという点ではこれも悪いこと、なのだろうか。

 これはこれで都合が良いからいいんだけれども。そもそもこんな場所で人間が生きられるわけがないのだ、そこのところを理解して欲しい。…………誰に理解して欲しいんだ私は。

 

 小さく溜息。虚しい感情を少し感じながら来た道を戻る。別に道を完全に覚えている訳では無いが、勘がこっちだと言っている気がするので大丈夫だろう。……根拠も勘であるが。

 そうしてのんびり歩いて六時間程、太陽が沈みきり辺りが完全に真っ暗になった頃に私は無事にもといた川辺に戻ってくることが出来た。ぐっじょぶ私の勘。褒めてしんぜよう。

 とはいえ、戻ってきたところで何かをする訳でもないのだけど。お腹は減らないし、喉も乾かないのでただひたすらぼーっとするだけである。思考はゆるゆると動いてはいるが重要なことを考えている訳でもない。明かりがないとはここまで不便なんだなー、とか。ただ喉の乾きも空腹も感じないだけで食べなければ死ぬのではないだろうか、とか取止めのないことばかり。それも勘が否定してくるからどうでもいいけど。

 

 しかし、こう……なんだろうか。こうしてぼーっとしているとひどく落ち着く気がする。まるでいつもこうしていたかのようにしっくりとくるのだ。これでお茶とお茶請けでもあれば完璧である。……どうやら私はぐーたら巫女であったようだ。南無。

 あぁ、でも。暇を潰すものがないというのは些かつまらないものだなぁ。こうしてだらけているのもそれはそれで楽でいいけれど、やっぱり暇潰しが思考だけで行われるのはちょっとした苦行だ。考えることが少なすぎて堂々巡りになる。

 

 まぁ、それもどうでもいいか。空も暗いしやることがないし、そろそろ眠ることにしよう。現代人が寝るには早すぎる時間ではあるが早寝早起きは三文の徳とも言うし。……あれ、目が覚めても私以外何もいない、何も無い状態で三文も徳があるのだろうか……?ㅤ……いや、まあ。先人の言葉には口を挟まないでおこう。この状況が特殊なだけでもあるし。

 起きた時同様地面に横になる。ゴツゴツと硬い地面は寝ずらいことこの上ないが、かと言って眠れない訳でもない。記憶喪失になって歩き回って。意外と精神的に疲れていたのか、横になって数分もしないうちに私は暗闇の中に落ちていった。

 

 

 

 

 ――――夢を見た。

 

 ――――誰かと誰かが喋っている。片方は面倒臭そうに、片方は楽しそうに。

 

 ――――その後始まる遊戯は綺麗で鮮やかで、見るものの心を鷲掴みにする。現に私の目はその光景に魅入っていた。

 

 ――――そうだ、私はずっとその二人と話してみたかったのかもしれない。

 

 ――――ずっと、その遊戯を間近で見ていたかったのかもしれない。

 

 ――――そうして、私は――――

 

 

 

 ――――ねぇ、■■。私は私として、ちゃんとそこに居られたのかな。

 

 ――――ねぇ、■■。……■してるよ、ずっと。



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「名前は白霊夢という」

 私がこの森の中で生活……もとい、寝起きするようになってから一ヶ月ほど過ぎた。時々地面が割れているような地震が発生したりするがそれ以外に特筆すべき事は欠けらも無い生活。本当にただ寝て起きて水浴びして寝ているだけだったんだもの。仕方ないじゃない。

 あぁいや、それだけじゃないか。どうして疲れなかったのか、どうして喉の乾きも空腹も感じなかったのか。その原因がつい最近漸くわかった。どうも能力と呼ばれるものが関係しているようだ。

 私が持っている能力は、分かっている時点で二つ。「あらゆる干渉を否定し我を通す程度の能力」と「次元を司る程度の能力」だ。前者はわかりやすい。つまり唯我独尊、私が神だとでも言うような能力だ。この能力で私は空腹などを必要としなくなったのだろう、と思う。原理が分からないから何とも言い難いけど。次に後者。これは……あぁー……そもそも次元って何?ㅤ美味しいの?ㅤって思うから結論良く分からない。ただ時間を止めたりと色々出来るようだ。最近は空間を固定して布団替わりにして眠ってる。空間という目に見えない概念だからかすごく柔らかい。ものすごく柔らかい。固くもできるけどとにかく柔らかい。これのおかげで私は安眠出来ると言っても過言ではないほど柔らかい。

 まあ、そんな感じ。それ以外はまったく変わりが無い。相も変わらず動物はいないし、川はゆったり流れているし。

 

 私はもう、たぶん記憶が戻って巫女にまたなることになった時、巫女の職務を果たせないと思う。だってこんな楽な生活を知ったら……ねぇ?ㅤ働きたくないって思うのが人間の性じゃないかしら。私が人間かどうかは分からないけれど。

 

「っと、また地震?ㅤ最近多いなぁ」

 

 地面が揺れる。それは立つことすら困難な程激しく、周りの木々はその衝撃に耐えるかのようにミチミチと嫌な音を立てる。

 一昨日も起きたばかりだと言うのに忙しないものだ。まあ、慣れてしまえばどうということは無いのだけれど。逆にこの揺れが揺りかごのようで気持ちよく感じることすらある。私的にはずっと揺れててものーぷろぶれむ。

 とはいえ……どういう訳かこの地震は徐々に私のいる方向へ近付いてきているような気がするので全く問題が無いと言えば嘘になるけど。

 

「おぉ、ここにおったのか。いやぁもう探したぞ?」

「は?」

 

 心地のいい地震が収まってきて、さてまたくだらない思考を続けようかと頭をゆるゆると回転させ始めた時の事だった。突然頭上から男の、それもどこかジジくさい喋り方の声が聞こえてきて思わず顔を声のした方向に向ける。

 そこに居たのは、一人の青年だった。濃紺色の純和服を着込んだ優しげな笑みを浮かべる青年。宙にぷかぷかと浮いており、何処か安心感すらする雰囲気を醸し出している。

 

 ――――宙に浮いている変な人だなこいつ。

 

 まず第一印象がそれだった。いや、自分でもこれはどうかと思うけどそうとしか思えなかった。

 

「誰よあんた?」

「儂か?ㅤ儂はイザナギ。伊邪那岐命(イザナギノミコト)じゃ」

「は?」

 

 二度目の驚愕。今度は頭大丈夫かという意味を込めて。だって伊邪那岐命と言えば記憶喪失の私が知っているほど有名な神様なのだから。たしか日本という国の神話に置いて天地創造を成した原初の神であり、造物主(ラフメイカー)

 そんな存在が私の目の前に現れるなんて……いや、ないない。有り得ない。

 

「は?ㅤじゃのうて。本当じゃぞ?ㅤ凄い神なんじゃぞ?」

「ふぅん……そうは見えないけど」

「いや、まあ今は世界作ってて少し神力が足りないだけじゃ。本当の儂はもっと凄いんじゃぞ?」

「ならその時に出直しなさいよ。信じられる要素が欠けらも無いわ」

 

 ぐぬぬっと悔しげに表情を歪める自称イザナギ。顔が良いからそんな表情も様になってて少しイラッとくるものがある。

 ……とはいえ。まあ、全く信じていない訳でもない。伊邪那岐命かは定かではないが人を超える神であることはなんとなく直感的に分かっているのだ。ただ意味もなく信じるのが嫌なだけで。

 

 その後、二三言自称イザナギと話をして彼は現れた時と同様ふわふわと浮かびながら去っていった。三日後にまた来るぞい!ㅤと要らない宣言をして。

 正直もう来なくていいと言いたいものだけど、出直せと言った手前来るなと言えるわけもなく不承不承ながら了承してしまうのだった。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 少女睡眠中

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ぼーっとしたり惰眠を貪ったりと色々している内に、とうとう自称イザナギがまた来る日になってしまった。意外と時間の流れというものは早いようだ。諸行無常とはまさにこの事。

 あぁ、そう言えば。この三日間自分の名前をどう名乗ろうかとない知恵を絞って考えていた。流石に名乗られて名乗り返さないのは非常識かなと思ったから。幸い時間は腐るほどあったおかげか、まあ満足のいく名前が思い付いた。……少々安直だったかなと今更ながらに思うけど。

 

 

 ――――白霊夢(ハクレイム)

 

 

 それが、私が考えた私の名前。

 記憶とは自己を形成する上で掛け替えのない物であると考えている。ほら、有名人も「常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことを言う」って言ってるし。だからその『記憶』がない私はまさに生きる屍、或いはふわふわと漂う幽霊のようなものなのだろうと定義付けた。

 そして今この時はその幽霊が束の間に見ている夢のようなものだから、私の名前は霊夢。苗字がないのは味気ないから私の真っ白な姿を皮肉って白とする。……ふむ、改めて考えると安直にも程がある。けれどどうもしっくりくるのだから、まあ、これで良いだろう。

 

「おーい、来たぞい?」

「帰れ」

「酷いっ!?」

 

 思考が一段落したところで見計らったように彼は現れる。一昨昨日よりも威圧感のようなものが増しているところを見るに、この威圧感が彼の言う神力と呼ぶものなのだろう。鬱陶しいから()()させてもらったけれど。

 

「で、何しに来たのよ?ㅤこの間は私を探していたみたいな事言ってたし」

「おっとそうじゃった。いやまぁ深い意味は無いんじゃがな、儂の――儂らの世界に未来から来た異物が紛れ込んでおってのぉ」

「ふぅん……つまりその異物が私ってことね」

「ズバリその通り。あぁいや排除とかはしないぞ?ㅤただ禍々しくも清廉で、穢れているのに清らかという何とも不思議な存在に興味を持っただけじゃ」

 

 ……なんだそれは、貶されているのか褒められているのか分からない。けれど悪意は感じないし恐らく貶されている訳では無いのだろう、たぶん。

 

「所でおぬし、ずっとここにいたのかのぅ?」

「そうよ、なんか悪い?」

「いやはや、そういう訳では無いんじゃが……良かったら家に来るかの?ㅤお主だったら妹……妻も歓迎してくれるじゃろうし、何よりふかふかの布団にお茶があ「行くわ」る……そ、そうか。即決じゃのう……」

 

 お茶という言葉に反射的に答えてしまった。いやだって仕方の無いことだろうこれは。飲まなくてもいい、食べなくてもいいと言ったって飲みたいものは飲みたいし食べたいものは食べたいのだから。

 吸血鬼にとって血が生きる上で必要不可欠なものであるのなら、私にとってお茶がそれに値する。つまりお茶が非常に飲みたい。……もしやこの男それを見透かしていたのだろうか?ㅤだとしたら腹黒いことこの上ない。まあ、恐らく勝てないことはないだろうしどうでもいいけれど。

 

「では、早速行くとするかの。……っとその前に、お主の名はなんじゃ?」

「そうねぇ……私の名前は白霊夢というわ。適当につけた名前だけれど」

「ふむ、白霊夢……か。よろしくのぅ」

「えぇ、よろしく」

 

 適当に握手をして、ふわふわと漂いながら動き始めた彼の後を追う。この時は、まさかこの神と長い付き合いになるとは思ってもいなかった。

 

 ――――ちなみに。今が紀元前だと知った時はあまり感情が高ぶらない私でも絶望しかけた。



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