フェバル~全知無能のイモータル~ (華村天稀)
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プロローグ
Prelude: first half


 後悔の多い人生を送ってきました。

 

 と言うと大庭(おおば)葉蔵(ようぞう)のようだが、これが自分に当てはまると言える人は少なくないだろう。誰しも後悔というものは一つくらい持っていてもおかしくないし、それが他人と比べて特に多いという人もままいる。

 きっと私もその一人だ。

 

 

 

「スミヨシ君、今までありがとう」

「スミノエです。それと、どういう意味です?」

 

 住吉と書いてスミノエと読む、あんまり一般的ではない私の名前にちなんだ店長との定番のやり取りはさておき、その後の言葉が意味するところはちょっといただけない。

 

「クビにするほどこの店、他にバイトいましたっけ?」

星海(ほしみ)君を皮切りに、けっこう入ってくれたからね。何とかなるよ」

「それにしたっていきなりクビは酷いと思いますけどね。アレですかね、女房と畳とバイトの子は新しいほうが良いとでも?」

「熟練の子がどれだけ頼りになるかは身に()みてるよ。たとえそれが、ほぼ毎月のように生理痛でドタキャンしでかすようなヒトであってもね」

「しょうがないじゃないですか毎回ほぼ身動き取れないくらい痛いんですから」

 

 救急車のお世話にならざるを得なかったことが一度や二度ではないくらい、私の生理痛は重い。子供を産む気など今のところ皆無だし、いっそ切除してしまったほうがいいのかと思ったこともあるのだけど、予算的にも心理的にも簡単には踏ん切りがつかないので未実行。

 なので勤務先にも迷惑かけているという自覚はある。しかし生理痛の旨は面接の時には言い含めていた話なので、それを理由にクビを切られるというのはちょっと道理に(もと)る。

 

「すまないね、スミノエ君。かばいきれなかったんだ」

「……あぁ」

 

 何のことか、と一瞬思ったが、思い当たることはあった。

 コンビニなんてやっていると、ろくでもない客が現れて可愛い後輩たちに絡んできたりすることもある。たいていは後輩を下がらせて少しばかり注意すれば大したことなく済むのだが、先月ずいぶんとタチの悪いヤツが新人の子に絡んでいたものだから、つい成り行きで少しばかり荒っぽい方法によりお引取り願った。

 私らしくもないと思いつつ、人のために動けたことについては少しばかり誇りに思っていたのだが、その話を上の人が知ったようである。いつか重大な問題行動を起こしかねない者を雇うべきではない、とかいう圧力をこの店長は振り払い切れなかったのだろう。

 

「部下を護り切れない上司の末路は、きっとろくでもないですよ?」

「本当にすまないね」

「それとも私だからこうなったんですかね? かわいいは正義、ならば喪女(もじょ)に人権はないと」

「いやそんな事言わないし、って誰が喪女?」

「私ですが?」

 

 産まれてこのかた、カレシ作るどころか惚れたことも惚れられたこともないわ。おしゃれへの興味も薄く、あまりに無頓着なので周囲からつけられた徒名が《喪女》。

 蔑称なのだろうけど、自分でも納得してしまって以降、半分自虐ネタ気味にちょくちょく自称している。

 

「喪女かなあ? かわいいと思うけど」

「またまた冗談を。そんなに言うなら貰ってくれます?」

「いや僕奥さんいるからね? 君も前に会ってるよね?」

「そこはほら、女房と畳はなんとやらって言いますし」

「僕はワインとワイフは熟成派なんだ」

「がっでむ」

 

 まぁ店長が愛妻家なのは知ってるのだけれどね。

 

「冗談はさておき、まぁ私に非が全くないわけでもないようですし」

「ホントにごめんね」

「今までありがとうございました」

「いや、今日までではなく月末までのつもりなんだけど」

「あら」

 

 そういや労働なんたら法で、クビの勧告や退職の届出は三十日前までにやれ、ってなってるんだっけ。あれバイトにも適用されるのか。

 

「次のあてはあるのかい?」

「あると思いますか?」

 

 生理痛が重篤(じゅうとく)な私にとって、それと知ったうえで考慮して雇ってくれる職場は非常に得がたい。理想郷と言ってもよかったバイト先であったけど、しかしもはやどうしようもないだろう。

 まったく、何を間違えたんだろうか。後輩を助けたことが間違いだとは思いたくないけど、また一つ後悔は増えてしまった。

 

「ちょっとした休暇だと思うことにして、当分は失業保険で凌ぐことにしますよ。まだ少しは蓄えもありますし」

「今回の件のほとぼりが冷めて、そのとき君がまだ仕事がなかったら、またうちに来てくれるかな」

「連絡さえもらえれば、前向きに検討しますよ」

「そのときは連絡するよ」

 

 おそらく、本当に連絡が来れば、それで再就職が決まるに違いないだろう。私の生理痛(ハンデ)は現代社会で働くには重過ぎる。

 それだけに、生理痛の事情を知りながらも雇ってくれて、今も気にかけてくれる店長には感謝してもしきれないが、それでも今回の仕打ちには思うところがあるので、こう言ってやった。

 

「では店長。ただいまから生理痛が始まりそうなので、今日は帰らせていただきます」

「え、ちょ!?」

「お先に失礼します」

 

 今日はもう働こうという気分ではない。自棄(ヤケ)酒もしくは自棄スイーツにでもしゃれ込ませてもらおう。

 店長に止める間を与えず、さっさと制服脱いで荷物を纏めて店を出る。まだ開いたままのドアの向こうで、店内のやり取りが聞こえてきた。

 

「星海君。今日次の時間帯に入るはずの子が、来られなくなっちゃってさ。代わりに入ってくれるかい」

「いいですよ」

「いやー助かるよ」

 

 私が抜けたら他の人にしわ寄せが行くのは当然のことだった。そして店長曰く人が増えたのだから、しわ寄せの行き先は店長ではなく後輩になった。

 ごめんね星海君。でも私、今日はもうやる気ゼロだからお仕事できないの。

 

 

 

 仕事サボって食べた自棄スイーツは、そこまで美味しいものでもなかった。コンビニスイーツ(職場とは別のところで買った)では感動が薄くても仕方ないね。でも普段はもうちょっと美味しかった気がする。

 もともと私は、自分で言うのもなんだけど、仮病で休むなど十年に一度くらいしかしない程度の真面目ちゃんなのだ。働かずして食う飯は美味しく感じられない損な性格とも言える。ホント自分で言うのもなんだけど。

 でも、生理痛の事情が周囲にあまり理解を得られず、体調不良でしょっちゅう休むのを仮病に思われていたようで、あんまり真面目な人間とは思ってもらえなかった。

 まぁそれは別に構いやしないのだけど。実質の被害がない限り、周囲の評価など知らん。

 

 そんなわけで、ふらふらと寄り道したせいで時刻は二十三時を回っている。喪女とはいえか弱い女が一人で出歩くには都合の悪い時間。いざというときの防犯?グッズは持っているものの、さっさと帰ってしまいたい。

 帰ったところで、私の自宅であるボロアパートが安全かと言われると、まぁ大いに疑問なのだけど。それでも外よりはマシ。

 というわけで家に向けて足早に進んでいたのだけれど。

 

「――――――」

「えっ!?」

 

 声がした。

 一つは小さく女の声、あたりは静かなので聞こえはしたが内容はさっぱりわからない。誰のものか判別もつかないが、おそらくは知らない女だと思う。

 もう一つは短く叫ぶような声、それも聞き覚えのある人のもの。元バイト先で後輩だった星海君だ。

 その2つの声が向かう先から聞こえてくる。

 

 なんか、トラブルのにおいがする。

 もはや星海君とは赤の他人も同然なので、挨拶だけして通り過ぎてしまえば問題ないはずなのだけど。

 でも知らぬ顔というわけでもないので変な場面で会ってしまうと気まずくなるかもしれない。会話は続いているようだし……って何て言ってるのかわからないけど女が一方的に話してるようだ。

 というわけで、そこの角を曲がれば先に二人がいるというところで、そっと顔を出して様子を伺ってみ

 

「うわあっ!」

 

 様子見とか言ってる場合じゃなくなった。

 魔女コスの女が仕込み杖の刃で星海君を刺そうとして、星海君がそれを必死で避けた直後、にしか見えない。どう見ても犯行現場です、本当にありがとうござ……じゃなくて!

 これはどう考えても通報必至。ケータイを取り出すべくカバンに手を突っ込んで漁る。

 

「おかしい。あなたに私の攻撃をかわせるはずは――まさか、身体能力も落ちるというの? この星は」

「なんで、俺を……?」

 

 静かな夜は遠耳が利くというのもあって、さすがにこの距離だと二人の会話も内容がわかるくらいに聞こえる。

 ケータイが出てきた、が電池切れてる!? ああああ何でちゃんと充電してないの私の馬鹿!

 

「ユウ。あなた、最近自分のことでおかしなこと、あるいは不思議なことはなかった?」

「それは……」

 

 それならケータイ充電用の電池がカバンの中に入ってるかもしれない。幸い、なんか会話になっていて今すぐ再度刺しに行く雰囲気ではないので、探す時間はありそう。

 だったのだけど、

 

「どうやら心当たりがあるようね。それは、兆候よ」

「どういうことだ?」

「あなたは、間もなく特異な能力に目覚めるわ」

 

 え?




住吉(すみのえ)アスカ
本作主人公の喪女。二十六歳のアルバイター。
名前は漢字だと明日香と書く。
ねらーでゲーマー。社会的地位よりも悠々自適を好む。
元SEで、過労から鬱病を煩い失職した経験を持つ。
入院レベルという強烈な生理痛が弱点。

◇店長
アスカとユウがバイトで働くコンビニの店長。愛妻家。

星海(ほしみ)ユウ
原作主人公の少年。十六歳の苦学生。
本作ではバイトの先輩後輩としてアスカと面識が一応ある設定。
もうすぐフェバルとして覚醒し、地球を去る破目になる。

◇女房と畳はなんとやら/僕はワインとワイフは熟成派
日本には「女房と畳は新しい方がいい」ということわざがある(今時これを真に受けるのは男尊女卑思想が社会不適合レベルの男だけだとは思うけど)。
一方フランスには「女とワインは古い方がいい」ということわざがある。


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Prelude: second half

「あなたは、間もなく特異な能力に目覚めるわ」

「え?」

 

 急に何を言ってるんだ、本来ならそうとしか印象を抱けなさそうな彼女のこの言葉に、何故か引っかかった。

 

「そのとき、あなたもまた星々を渡り歩く者になるのよ。私がそうであるようにね……」

 

 ちょっと何言ってるかわかりませんね、本来ならそう斬って棄てるべき彼女の言葉に、私は手が止まってしまった。

 

 理解しがたい犯罪者の妄言、それもそもそも私に向けてはいないのに、私は何がそんなに気になるというのか。自分でも理解できない、けれど……

 

 

――和名のアスカはおまえと被るっていうし、本名のウィルはこいつと被るっていうし。どっちも気に入った名前だのに、俺ぁもうどうしたらいいのさ?

――じゃあ適当にコードネームでも名乗ったらいいんじゃないですか?

 

―― あ な た が ネ申 か 。

――いきなり何ほざいてやがる、そこの魔女コス女。

 

――彼らの行いはまるで(血)祭り(フェスティバル)、でも彼らは(ひと)(ところ)滞在(スティ)できない。だからフェスティバルからスティを抜いてフェバル。ってのはどうだろう?

――いや、どうでしょう、その解釈は何か間違ってる気がします。

 

――何でもかんでもそいつの思惑通りで、誰も彼もが不幸塗れ。そんなの腹立たしいじゃあないですか。

――あぁ、まぁ、その主張はわからんでもないけど。

 

――どこが無能だよこの称号詐欺のチート野郎!

――失礼な! 私は女です、野郎じゃありませんよ!

 

――おい、莫迦(バカ)██。

――誰が莫迦だっ!

 

 

 ……何、今の?

 まるで何かの記憶……でも私にそんな記憶はない。はずだ。覚えのある相手や背景が一つもないのだから。

 でも……いや、私はそれらを()()()()()

 

「ごきげんよう。エーナ」

「はっ!? ウィル!? あなた、どうしてここに!? 一体ユウに何をしたのっ!?」

「能力の覚醒を少しばかり早めてやっただけだ」

 

 混乱してたら一人増えた。しかも星海君は苦しんでる。

 状況的にこいつらが何かしたせい、と考えるのが当然なのだけど……

 

 

――僕は心底、おまえが気に食わない。部外者のくせに。何も知らないくせに。

――そうかい。俺はおまえのこと、そんなに嫌いじゃないんだがなぁ。

 

――なぜ僕がおまえの言うことなど聞いてやらないといけないんだ?

――そういう事にしておいたほうが()()()のあなたへの心象がよくなる、それだけのことですよ。

 

――ああ、ようやく目が()めたんですね、ウィルお兄さん。

――何でお前までその呼び方、ああ能力か。忌々しい。アイツならまだしもお前には似合わない、とにかくやめろ。

 

 

 また、()()()()()()()()()が脳裏に浮かぶ。

 これのせいだろうか、何故かウィルと呼ばれた男がそれほど悪い人物に思えない。状況的にそんなわけがないというのに。星海君は未だにピンチだというのに。

 そういえば私だって見つかってしまえばピンチのような、といっても今更彼を見捨てて逃げる選択肢は取りづらい。

 

「んあ、あああっ!」

「おかしい。あなた、さっき男女は瞬時に切り替わるって言ったじゃない! 【干渉】でわざと変化を遅らせているわね!」

「なあに。反応が面白いんで、ちょっと遊んでいるだけさ」

「やめなさい! 苦しんでいるじゃないの!」

「そうか? 僕にはむしろよがっているように見えるがな」

 

 私が自分のことで混乱している間に、状況が随分動いたらしい。

 もうあいつらをただの殺人犯(実行中)やら妄想狂いだとは思えない。事実として星海君……星海君だよねアレ? なんかずいぶん可愛いんだけどどういうこと?

 彼は男子だったはずだが、だんだん姿が変わって女の子になっているように見える。会話の内容によれば、あの現象は二人のせいというわけではなく、れっきとした星海君の能力によるらしい。といってもウィルという男の力で星海君の意志に関係なく、しかも不自然な形で作動させられているようなのだけど。

 

「くっくっく。まだ喘いでやがる。そうだな。ぼちぼち変化も終わらせて少しばかり挨拶してやるか」

「ユウに何をする気!?」

 

 そのとき私は、よくわからないけど猛烈な何かの予感に突き動かされて、カバンに突っ込んだままの手に握っていたものを、全力で投げた。痴漢撃退用のスタンガンだった。

 そして投げ終えると同時に彼らへ向かって走り出す。そんなことをすれば気付かれてしまうだろうけどもう知ったことか。

 

「これ以上勝手なことは――」

「お前、うるさいな。ちょっと黙れよ」

 

 ウィルが魔女コス女に手を向けて何かを飛ばし、それが先ほど投げたスタンガンに当たる直前、私は魔女コスの襟を掴んだ。そのまま引っ張りながら全力で逃げようとする。

 何かとスタンガンが接触し、何でその程度でこんなにと思うほどの大爆発が巻き起こる。確かにリチウムイオン電池って圧力や衝撃のかけ方次第では爆発するらしいけども。

 襟を掴んでから爆発までコンマ一秒もなかったけど、逃げる向きと爆発の方向が揃っているので、流れに乗るように進むことができた。それで爆発のダメージをなくせるわけではないけど、自ら跳ぶことで少しでもダメージを軽減できることを期待する。

 事ここに及んでは星海君は見捨てるしかなかった。こんなことができる相手は一般人の手には負えないし、彼らの話を信じるならどれほど酷い目に遭わされても殺されることはない。ただトラウマは植えつけられちゃうかもしれない。

 ごめんね星海君。今日は心中で君に謝ってばっかりだね。

 

 

 

 あれから全速力で逃げた。後ろを気にする余裕はなかった。かなり走って、息が切れて立ち止まって、それでようやく気付いた。

 何の因果か犯人を助けてしまったこと。

 ウィルという男は追ってこないこと。

 魔女コス女もといエーナのことを気にする余裕もなかったため、ここまでずっと引き摺ってしまった結果、彼女がボロボロになってること。あーでもコレが犯人なんだし、別にボロボロになってもいっか。

 

「助けてくれた手前、文句を言うのは筋違いなのだけど、もうすこし丁寧に助けてほしかったわ」

「申し訳、ないけど、無理です……とっさの、ことだし、必死、でしたし……」

 

 もっとも私もボロボロだ。そもそも最初の爆発が完全に殺しに来ていて、少しくらいダメージ軽減できてもかなりの重傷になるはずだったのだ。よくここまで走れたな私。

 

「てか、何なん、ですか、あなたたち。ただの、コスプレ、集団って、わけじゃ、ないですよね?」

 

 まだ心臓バクバク言ってるし息も整わないが、これはどうしても聞いておきたい。とはいえ、聞くまでもなく答えが何故か私の中に浮かんだ。

 

――フェバル。運命の虜囚。

 

 ……なぜ私はこれが答えだと思った?

 フェバル、という単語はたしかにさっきの会話に出ていた。おそらく何か特殊能力に目覚めてしまった超人のことをフェバルと言い、星海君はその仲間入りをしてしまったのだろう。エーナはフェバルが生まれる前に殺すつもりだったようだが失敗した。

 じゃあ、運命の虜囚っていうのは……?

 

「あなた、さっきの話を聞いていたの?」

「偶然、知り合いが不審者に絡まれてるのを見つけたので、全部聞かせてもらいましたよ」

 

 ホントは通報するつもりだったんだけど、なんだかんだで最後までそれはできなかった。

 結果的にそれでよかったかもしれない。あの男に警察をけしかけても、おまわりさんが皆殺しにされる未来が見える。

 ただ星海君だけはひたすら(びん)(ぼう)(くじ)。ホントごめん。

 

「……そう。住吉(すみのえ)アスカ。あなたも、そうなのね」

「なぜ私の名前を?」

 

 名乗った覚えは無いのだけど、と疑問を考察する余裕はなかった。

 

「うぐっ」

 

 熱いような冷たいような何かが胸に触れ、いや()み込む感覚。くぐもったような吐いたような私の(うめ)き声。これらが同時に来た。

 遅れて感じる、今までにない激痛。入院すら必要になる毎月の定番をも越えるほどの。

 さらに遅れてようやく理解した。胸を刺されたのだ。

 

「今ならまだ間に合うわ。あなたが永遠に囚われる前に、手遅れになる前に、私があなたの命を終わらせる」

 

 念には念を入れるつもりか、刺したものを(ねじ)って私の胸をさらに抉る。生理痛で痛みに慣れた(耐えて動けるとは言っていない)私にとってさえ(しきい)()を超えた激痛が、私の意識そのものまで(えぐ)り取っていく。

 

 そうか、私もフェバルになる予定だったのか。

 そうすると、さっきから変な記憶だかなんだか、あれは私の能力だったのかもしれない。

 エーナは、フェバルになる予定の者を殺すことで、永遠に後悔する運命から救い出そうというわけだ。

 

 冗談じゃない、と怒っていい話だと、普段なら考えるだろう。

 でも……

 

「勝手に、決めるな……私に、(えら)ばせてよ……」

 

 私は自分が、怒っているのか、嘆いているのか、喜んでいるのか、安心しているのか、わからなかった。

 ただ……

 

「そうね、恨んでくれても構わない。でも、どうか安らかに」

「わた、しは……」

 

 私は最後、何を言いたかったのだろう。何が気がかりだったのだろう。もうわからない。身体は、口だけすら、動かない。何も見えない、感じない。

 

 それきり、私の意識は闇に沈んだ。

 




今回の死因:エーナに心臓をシュッと刺された上に捻られて殺される。

◇エーナ
魔女コス女、もとい魔女姿のフェバル。通称、新人教育係。
この世のあらゆる事物を占い、大まかに知ることができる【星占い】の能力を持つ。
フェバルの運命を知って嘆き、未覚醒の者を殺して呪われた運命から救うことを以後の生き甲斐とするが、成功例はない。
今回の住吉アスカの殺害が初の成功例になると思われたが……

◇ウィル
フェバルの少年。ぶっちゃけやべー奴。
この世のあらゆる事物に干渉し、ある程度は思いのままに操ることができる【干渉】の能力を持つ。。
殺そう(黙らせよう)としたエーナが現地人に助けられたことは気付いていたが、死なずとも静かにはなったので放っておいた。

◇フェスティバルからスティを抜いてフェバル
あるフェバルは『誰が何でフェバルって命名したんだろう』という疑問を持っているらしい。
これはその疑問に対する答えのように思えるが、残念ながらおそらく間違った推測であろう。
なお、アスカが幻思したこのシーンが何なのかは今のところ詳細不明。


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snowy plain

「う……」

 

 極寒が身を切る痛みを背に受けて、目が覚める。

 目を開いて身を起こすが、あまりの眩しさに目を開いていられない。

 

 

 ……ちょっと待って。

 私はエーナに心臓をシュッと刺されて捻られ、絶命したはず。

 あれで生きてたら人間じゃない。

 

 あ、そうか。

 おそらく私は人間じゃなくなったのだ。

 

「フェバル……か」

 

 超越的な力を持ち、星々を巡る宇宙の旅人たち。死んで終わることが許されず、老いることもなく、どこかの世界へ居付くこともできない終焉なき者(イモータル)

 死ねば次の世界で何事もなかったかのように蘇生するし、そうでなくとも長くても数年で世界を追い出され次の世界へ飛ばされる。そうやって、宇宙をかき混ぜるかのように星々を転々として孤独な旅を(強制的に)続ける、いつか精神が磨り減って真っ白になるまで。

 救いは無い、らしい。

 

 そういえば刺される前に覚えがないのに記憶みたいな何かがいくつも浮かんで、もしかしたら私もフェバルになりかけてるのではと思ったけど。

 今こうして生きてるということは、なりかけではなく完全にフェバルになっていた、ということなのだろう。あるいはなりかけの時点で既に不死なのか。

 

 そもそも、心臓を刺されたら通常は即ショック死するか、心停止による急激な血圧低下により即気を失って、出血もあいまってそのまま死ぬらしい。しゃべる余裕なんてないそうだ。

 だというのに私は、思い返せば自分でも意味がよくわからないうわごとのような遺言? まぁ内容はどうでもよくて、とにかくしゃべっていた。

 そのへんも、既に私が常人でなくなっていたことの証左かもしれない。

 

 エーナはそんなフェバルの運命を嘆いて、フェバルになる前のヒトを殺すことで呪われた運命から解放しようとしているようだ。

 で今回、彼女は新米フェバルを二人も見つけたけど二人とも殺し(救い)損なっている。

 二人目なんて心臓を一突きしてどう考えても死ぬはずだろうに、私は死に損なって今ここにいる。

 

 私は人間をやめるぞ! エーナ――ッ!!

 

 って、別に私とエーナは不倶戴天の天敵同士とかいうわけじゃないので、このセリフを当てはめるのはおかしかった。そもそも私が人間をやめてなってしまったものに、エーナは既になってる。同種で争っても仕方がない。

 そもそも、エーナが刺したのは害意ではなく、彼女なりの慈悲なのだ。

 だからだろうか、失敗とはいえ殺されたことに対して、あまり恨み辛みのような感情は湧かなかった。

 ただ、凄まじく痛い思いをしたのは間違いないので、少しくらいは仕返ししてやりたいとは思ったけど。

 

 

 閑話休題(それはさておき)

 ここ何処よ?

 

 答えはすぐにわかった。

 まずこの星は《アクテリア》と言うらしい。赤道近辺には日本の春くらい暖かくて(暑い、にはならない)人の住めるところもあるが、それ以外のほぼ全域が氷に覆われているという氷河期みたいな星だ。

 で私のいる場所は全方位が真っ白、つまり一面雪景色の雪原。めっちゃ寒い。風が吹いたら凍え死ぬんじゃないだろうか、今は()いでいるので命拾いしてるけど。

 人のいる地域は、ここからそれほど遠くないらしい。車を飛ばせばそれほどかからない程度の距離。といっても車がないので徒歩になるのだけど。

 

 ……聞く相手もいないのに、どうしてこんなことがわかったのか。

 

 フェバルは皆なにがしかの超越的な力を持つ。星海君のものはまだ詳細不明だが、エーナが【星占い】、ウィルが【干渉】。レンクスが【反逆】、ワルターが【逆転】、ジルフが【気の奥義】、トーマスが【都合のよい認識】、████が【守護】、███が【テンション】、████が【封縛】……って誰? 最初の三人しか会った事ないはず。

 で、そんな力が私にもあることを自覚した。そしてその力が私に情報をくれたのだ。

 

 あらゆる知識・情報を得られる()()の力……と言いたいけど、なんとなくそういう感じの力であることはわかって、実際いろいろなことを知る、というか最初から知っていたかのような感じになるんだけど、残念ながら(なん)でも(かん)でもというわけにはいかないような気がする。少なくとも『地球に帰るにはどうしたらいいの?』とか『今すぐナ○バリバトrゲームで遊ぶにはどうしたらいいの?』とかいう疑問には答えが得られない。

 あれかな、全知全能というと唯一神の特徴なので、片側だけとはいえ人の身でそんな能力を授かるのは恐れ多かったりおこがましかったりするのかも。だったら、全能に対して万能という言葉があるので、私の能力は全知に対して【万智(ばんち)】という名前にしよう。

 

 というわけで、私にとって未知の情報は激減した。初見のシチュエーションでさえ状況判断が的確に行える、これがもたらすアドバンテージは高いはず。

 さしずめ先ずは人里まで行こう。方向は【万智】が教えてくれる。

 問題は体力面。【万智】は私の体力面はまったく補ってくれないし、装備のほうも(こころ)(もと)無い。日が暮れたり天候が変わって寒くなる前に人里か休める場所にたどり着かないと遭難する。いや今も遭難しているようなものだけど。

 あといまさら気付いたけど、胸を刺された痕が服にくっきり残っていた。身体のほうは綺麗さっぱり治っているというのに。穴が開いて血塗れの服を着た見知らぬ喪女が現れたら、さてこの星の人々はどう反応するだろう? 【万智】は答えをくれないし、試してみるのは凄く遠慮したいけど、服の替えはさすがに持っていない。困った。かばんで胸の辺りを隠してどうにか()()()すしかないか。

 

 

 

 

 などと楽観的に思っていた時期が、私にもありました。

 

 正直、雪原を舐めてた。というより、雪原が大変なものだ、という認識がなかった。

 最低でも一歩ごとに足が二十センチは沈む。下手すると膝上までずぼっ。そんなところを対策なしで歩こうものなら、雪が入り込んで体温で溶けてぐちょぐちょ。そして足先とか凄く冷える。凍りつく。痛い。

 私の装備は地球で刺されるまでのものと何一つ変わらず。つまりラフなパーカーとジーンズとスニーカー、舟形のショルダーバッグだ。これがフレアスカートとローファーだったりした日には本当に酷い目に遭ってただろうから、それよりは幾分かマシとはいえ、でもやっぱりスニーカーはちゃんとした雪上装備とは言いがたい。

 結果、歩き始めてからたったの五分ほどで、ものの見事に足が凍りつくように冷たくなった。というか痛くなった。

 ()(さん)()だったらこんな()(かつ)な装備してくることはなかったんだろうなぁ、と思ったけどそもそも私は帰宅途中に刺されたせいでここに強制ワープさせられたわけで。もし私が道産子だったとしてもそんなの予測できるわけがないので、やっぱり装備不十分で苦しむのは変わらなかった。ただ歩法とか心構えの問題で現状より少しはマシで済んだかもしれない。

 

 ここが季節はずれの北海道の雪の大地とかだったら、一度足を止めて暖めたり何なりしたかもしれない。だがここは地球人類未踏の星の、いずこの空の下とも知れぬ謎の大地。

 なんだかんだ言っても安全で、大規模な災害に何千人も被災したとかでない限りは酷い目に遭ってもかなりの確率で死なない日本国内とは違い、ここでは命の保障など全くない。少しくらい凍えて痛いくらいで足を止めたら、そのタイムロスが確実に私の命を削る。それくらいの危機感はあったので、この程度で立ち止まるわけにはいかず、とにかく【万智】が教えてくれる人里の方向へ足を進め続ける。

 

 直後、踏み出した足が今までにないくらいに沈み込んだ。

 まさか踏み込んだ雪がそれほどまでにやわらかいものとは気付かず、私はまるで落とし穴に落ちるように雪に吸い込まれて、体勢を崩して頭から落ちてしまった。

 直後、頭から走った衝撃。

 

 昔テレビで見た知識などから自分の状況を『雪に隠れたクレバスに転落して岩に頭ぶつけた』と断定するのとほぼ同時に。

 地球で刺されたときよりもスムーズに、私の意識は闇に落ちて閉ざされた。

 




今回の死因:雪原でクレバスに転落死。

◇【万智(ばんち)
フェバルに覚醒してアスカが得た能力。
森羅万象の知識や情報をもたらす。情報や知識は『あらかじめ知っていたかのように思い出す』ようにして得られることが多い。
この能力によって得られた確定的な情報は、それを得た時点では確実に正しい。
全知全能の『全知』っぽい能力だが、アスカは『恐れ多いから』とかいう理由で全知ではなく【万智】と命名した。

◇私は人間をやめるぞ!
元は人間やめて吸血鬼になった男のセリフ。
このセリフを言った相手は万難辛苦の末に男を死滅一歩手前まで追い詰めた。
アスカとエーナでこのやり取りをしたが最後、エーナの星光魔力疾走(バルシエル)の一撃でアスカは呆気なくネギトロより酷い状態と化す。

()(さん)()
北海道民のこと。土地柄、雪には多少慣れている。
ただアスカの考えと異なり、彼らは雪が積もってても街中を歩くのに特別な装備は使わない。スパイクに頼るのはむしろ本土民の観光客。

◇クレバス
氷の大地にできた亀裂や谷のこと。
深いクレバスの上を柔らかい雪が覆い隠していると、凶悪な即死トラップと化す。


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wasted canyon

本日、原作が5周年です。素晴らしき世界に乾杯。


 あれはフェバルの覚醒から初死亡までの最短記録なんじゃないだろうか。

 赤茶けた何処ぞで目覚めた私は一言。

 

「……あれはないわー」

 

 現代日本人にはありがちな話だが、大自然の脅威を嘗めてたとしか言いようがない。

 知識としては現代日本人でも持ってはいるのだ。雪の大変さと対処法は北海道民なら日常的に知っているし、クレバスの危険性なら1981年の京都山岳会登山隊の事故という知識がある。

 私には【万智】という能力があり、それらの知識をノーコストで得られるのだから、それを活かせるようにならねば。でないとこの先生(せんせい)きのこれない。間違えた、この(さき)()きのこれない。

 死んでもフェバルだから次の世界で復活するのだけれど、そんな最終的に「オレのそばに近寄るなああ―――――――ッ」と叫びたくなりそうな有様はイヤだ。ゲーマーの私でもリアルオワタ式はごめんだ。

 

 そのためには、知識を活かせるだけの基礎体力が必要になるけど、差し当たってそれ以前の問題がどうしても立ちはだかる。つまり……

 

「人里ドコよ……」

 

 もちろんその位置は【万智】で知れるのだけど、遠かった。とても徒歩で即日行けるような距離ではない。昼夜を通して歩いても数日かかる。

 車があれば不整地といえども多少は楽だし早いのだろうけど、当然そんなものは無い。歩いて行くしかないのだ。

 

「……仕方がありませんね」

 

 途方にくれたいところだけど、そうしたところで事態は一切好転しない。

 諦めて、少しずつでも人里に近づくべく、歩き始めた。

 

 さて、最初は『赤茶けた何処ぞ』と表現した現在地だが、実態は土と岩ばかりの深い峡谷だ。その景色はたぶん、グランドキャニオンに似ている。私はグランドキャニオンを写真でしか見たこと無いので、実際はかなり違うのかもしれないけど。何にしても、実に雄大で眺めがいい。

 谷底には川があり、周囲の土色のわりには水が澄んでいるように見えるけど、かなり深い上に崖になっているので降りれそうにない。

 向かう先は下流。崖のほぼてっぺんにあたる道なき道を進む。舗装されていないし起伏もかなりあるけど、雪道と比べれば硬い地面はまだ歩きやすい。

 

 見上げると、(ワシ)だか(タカ)だか(トンビ)のような鳥が、優雅にのんびりと空を舞っていた。この渓谷にはあんな大きな鳥の餌になるものはなさそうなのだけど、川には何かいるのかも。気になったので【万智】の出番……魚がいるらしい。人間にとっても焼けば美味しいらしい。やったね。でも谷底まで降りる手段が無い。残念。

 あーあ、私もあんなふうに飛べれば色々楽だろうに。フェバルってのは誰も彼も条理を覆す力があるんじゃなかったのか。知識や情報があっても、それを形にして活かす力がないとどうしようもないだろうに。

 ダイダロスの羽でも作ればいいのかしら。でも何かの本によると、人間が手に翼をつけて空を飛ぶには胸筋が常人の二十倍は必要になるそうで。当時のギリシャ人は現代人と比べるとバケモノだったらしい。私では無理。

 え、軌道戦闘機(オービタル・ファイター)? ……ゲームの話じゃないの。それとも【万智】を活かせば作れるのかしら……実在するものではないから無理みたい。バラギオンなら作れる? なにそれおいしいの? 何にしても今は材料も技術もないから無理。

 

 

 

 

 日が傾く。

 一日中歩き続けたけど景色が変わる気配すらない。いい加減おなかも空いたけど、食べ物も飲み物も持っていない。カバンにカ○リーメイトとか紅茶○伝でも入っててくれればよかったのに。午○ティー? あれはよく冷えてないと美味しくなくなるから私の好みじゃない。

 この渓谷は草木もほとんどない、雑草すら少ない、餌がないので動物もいない。もしあったとしても調理器具がないから、食べるのは大変そうだけど。

 鳥を捕まえるのは猟銃でもないと無理そうだし、そもそもどこかに行ってしまい今は一羽もいない。もし豪運に恵まれて確保できたとしても調理器具が(ry

 鳥がいて大地に食べ物がないのだから、川にならば魚がいるのだろう、そうでなくても水がいくらでもある。でも崖の下まで無事に降りる方法がない。【万智】で探っても判明しないのだから私には無理ってことなのだろう。飛び降りてもまず間違いなく転落死だろうし。

 結果として、飲まず食わずで人里に向かって進み続けるより他ない。ただ、痛み慣れしている(その痛みで動けるとは言っていない)ためか半日抜いたくらいなら精神的に結構平気でいられるのは幸いだった。空腹の辛さと激痛の辛さはだいぶ違うと思うんだけどな、まあ細かいことは気にしない。

 

 たださすがに日が沈んで暗くなると歩くだけでも危険があるだろう。

 幸い、人を襲いそうな獰猛な動物も今のところ見ていない。夜行性だから昼は見ないだけで実はいる可能性もあるが、人を襲って食うような動物がいたとして、この渓谷にそんなやつの食料になりそうなものはないだろう。川になら魚がいるけど、それを常食する動物が崖の上に昇ってくる理由はちょっと思いつかない。

 そんなわけで、危険な動物がいる可能性はゼロではないけど低いと思う。つまりここでカバンを枕にして寝ても危険は少なめ。

 って、そういうことは推測じゃなくて【万智】で調べればいいじゃん……うん、いない。大丈夫。じゃあ柔らかい寝床で眠る方法……今晩は無理。デスヨネー。このへん草も生えないんだもの。

 少しでも快適にするため、カバンの中身をちょっと整理して柔らかく感じるようにして。これを枕にして私は横になって眠りについた。

 

 

 

 

 星々が徐々に消えていって、あたりが明るさを取り戻し、日が出て昇る。起きて歩く。ひたすら歩く。

 日が傾き、沈む。足元が完全に見えなくなる前に、カバンを枕にして眠りにつく。星々が徐々に現れて煌く。

 それを三日も繰り返した次の日。日が昇っても私は起き上がることができなくなった。

 一般的には、ヒトは食事抜きでは一週間、水も抜きなら三日程度が限界だと聞いたことがある。地球を出て以降は一度も飲食してないので、だいたい三日だか四日だか経っているはずで、なるほどそろそろ限界だわ。

 

 このままだと被刺殺と転落死に続いて餓死を経験することになりそう。以前に餓死者の写真を見たことがあるけど凄い表情をしてた。きっと想像を絶するほど苦しいんだろう。あんな死に方はしたくないと切実に思った。生理痛よりもキツイだろうなー、こっちは入院するほど痛んでも死ぬことはないだろうし。死ぬ前に栄養失調とかで止まるハズ……止まるよね? ね? もし死ぬまで暴れるというなら如何してくれよう。やっぱり抉り出す? でも死んだら星脈が治してしまって元の木阿弥かもしれない。

 馬鹿なこと考えてないで何か食べたい。幸い枕元に茶色い()()()が転がっているので拾って口にした。不味かった。土だコレ。でも世界のどこかでは土を食べてミネラルを摂取する文化があるらしいので、餓死寸前でなりふり構ってられない私はそのまま食べた。吐いた。

 残念、現代日本人が土を生で食べれるわけがなかった。もっと他の食べ物を……カバンの中を手探りで探す。やたっ、ウエハース発見。中身を一枚取り出して、いただきまー……待て馬鹿喪女! それウエハースやない、リチウムイオン充電池や! 開けたのはパッケージやのうて携帯電話の電池蓋や!

 

 アカンこれ。私はイイカンジに自分のアタマがイカレてるのを自覚した。これはもうダメかもわからんね。そもそも脳内の言語に口語とですます調と女言葉と何処ぞの謎方言とネットスラングが混じってる時点でいい具合なイカレ具合、ってそれいつものことじゃん。

 学校通いの頃、脳内ではなく口でしゃべるとき、うっかり気を抜くとこのカオス具合がそのまま口をついて出てきてしまっていた。そのせいでいじめられかけたこともあって、いろいろ気をつけてしゃべってみた結果ですます調を意識すれば問題ないことがわかって、以降そのしゃべり方がすっかり定着したので誰に対しても会話はですます調。友人には「お固い」などと言われ少し距離を置かれたものだが、変にいじめられるよりはマシだろう。

 一方で、思考回路のほうは今に至るまで矯正ができずにこのままである……ってこれ今まさに餓死しそうってときに考える必要1ミリもないよね! ホンットいい具合に脳味噌茹で上がってるな私。頭がフットーしそうだよおっっ。

 

 というわけで、今の自分のイカレ具合に、刺されたり転落したとき以上の命の危機を感じる。これ以上しょーもないことに思考回路を独占される前に、まずは飲み水だけでもどうにかしないと。

 幸い水は近くにある。谷底だ。普通に降りても転落死待ったなしだけど、がんばって着水して、かつ全身に適度に衝撃を分散できれば何とか助かるかもしれない。

 

 そうと決まれば善は急げ。私は残る力を振り絞って立ち上がり、谷底に川の見える崖へ向かって全力で突っ走り、跳んだ。

 あーい、きゃーん、ふらーい!

 




今回の死因:ラリった末に飛び降り自殺。

◇オレのそばに近寄るなああ―――――――ッ
死んで死んで死んで死んでも死の終わりが来ない某マフィアボスのセリフ。
一部のフェバルにとっては人事ではない。

◇オワタ式
なまらすげー強い一般フェバルの人生≒通常プレイ。
戦闘力皆無系フェバルのアスカの人生≒オワタ式。

◇ダイダロスの羽
ダイダロスはギリシャ神話の登場人物。
息子イカロスと共に塔に幽閉され、鳥の羽を集めて翼を作って脱出した。ダイダロスは無事に脱出したが、イカロスは飛行中に太陽に近づきすぎたために翼の蝋が溶けて空中分解し墜落死した。
日本では歌になっている息子のほうが有名っぽいが、墜落死してるので欲しがる対象には……ねぇ。

軌道戦闘機(オービタル・ファイター)
とあるシューティングゲームの自機。たぶんルビのほうでググれば真っ先に出てくる。
【万智】的にはフィクションの存在を作成することはできないらしい。
魔法やフェバル能力を駆使すれば可能な気もするのだが……

◇バラギオンなら作れる
バラキオンとは『焦土級』に分類される超兵器。
こいつのヤバさを簡単に言うと『主砲(≒一応何発も撃てる)が核兵器並の威力』。
こんなものの製造方法がわかってしまう【万智】とは末恐ろしい能力に思えるが、材料・燃料・技師などは自前で用意する必要があるため、独力でどうにかしようものなら何千年かかることやら。
ヒトを使おうにもフェバルの『一所に長居できない』宿命が邪魔するだろうし。

◇カ○リーメイト
アスカがSE時代もっともよく食べた食事。
3食これ+サプリだけで済ませた日もある。

◇紅茶○伝
アスカがSE時代もっともよく飲んだホット飲料。
数徹した際はこれを飲むと少しだけSAN値が回復する、とアスカ談。

◇午○ティー
ここで言う午○ティーはミルクティー。温くなると変な甘みが前面に出てきて、これがアスカの口には合わなかった。
アスカにとっては紅茶=ミルクティーなので、ストレートやレモンティーなど他の味のことは頭に無い。

◇土を食べてミネラルを摂取する文化
ミネラル目的かどうかは不明だが、土食文化は実際あるらしい。食用の土がスーパーで売られている国もあるらしい。
現実に土食する方は食用土を使っているか、慣れにより胃袋が土に対して強靭であるかのどちらかor両方なので、慣れないヒトが適当にそのあたりの土を食うような真似は絶対やってはいけない。

◇脳内の言語に口語とですます調と女言葉と何処ぞの謎方言とネットスラングが混じってる
事情はほぼ全て彼女自身が地の文で語ったとおり。
地の文と台詞で口調が大きく違っているのはこの事情による。
心を読む系の特殊能力を使われた際、この性質のせいで相手の混乱を誘える。という変な利点があったりなかったり。

◇頭がフットーしそうだよおっっ
本来は誰かと()()()()まま街中に連れ出されたときに出るセリフ。


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isolated island

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 何やら日差しの眩しいところで目が覚めた。

 どういうわけだか、空腹感はすっかり無くなっていた。体力も戻り、身体を動かすのに支障はない。

 そういや頭もおかしなことになってた(自覚はある)けど、今はすっきりしている。

 

「……まぁ、そうなりますよねぇ」

 

 渓谷のあの大きさでは、跳んだところで距離的に川まで届かないのはわかりきっていた。空腹か脱水症状のせいかラリったことで、それをすっかり失念し、どうにかなるだろうと思い込んで跳んだものの、当然の結果として飛び降り自殺にしかならなかった。

 かなり高かったし、きっとミンチより酷い状態になったろう。一瞬でそうなったなら記憶にないのは当然と思える。

 

 さて、頭の調子も直ったところで現状を確認。

 現在地は浜辺だ。潮の匂いが開放感を誘う、トロピカルな雰囲気になりそうなビーチ。ひろーい空、あおーい海。

 まぁ、空の色が独特なせいで、どうしてもいい気分に浸りきれないのだけど。なんというか、シャボン玉の表面にうっすら見える虹模様みたいなの、あれを濃く明白にしたようなマーブル模様をしている。珍妙過ぎるでしょうコレは。

 ただ【(ばん)()】によると、これは何か異常があるわけではないらしい。

 フェバルの行き先は殆どが知的生命体(たいてい人間)のいる星になるが、その空の色は星によって結構まちまちらしく、地球と同じ青空の星が一番多いものの過半数まではいかない。例えば、魔法による文明が発達したところは、それを支える濃い魔素により空はエメラルドグリーンになる。変わったところだと、ただ魔素が濃いだけでなく何らかの作用を引き起こして、空が紫に染まっている星もあるそうで。

 気軽に観光にいけるものなら、見てみたい。紫の空。

 ともあれ、異常ではなく危険もないのなら、その世界の常識として受け入れるべきだろう。異邦人の私がとやかく言っていいものではない。言ったところでもどうにもならないけど。

 

 もうひとつ、いい気分に浸れない理由ができた。

 渓谷で枕にしていたカバンがない。

 

 ……どうやらラリって飛び降り自殺する際に置いてきたらしい。なんてこった。

 数少ない元の生活の名残だし、お気に入りでもあったし、携帯電話はもはやただの箱だけど痴漢撃退グッズとかは役に立ったかもしれない、何よりあの中には対月用の最終兵器・鎮痛剤が入っていたというのに。

 まぁ薬に頼るとそれはそれで今度は気持ち悪さで身動き取りづらくなるので、痛みにはもう慣れている(動けるとは言っていない)こともあって普段は薬をなるべく飲まないようにしてるんだけど。今はこんな状況なので必要な状況はきっと来ると思っていた。それがまさか使用前に紛失してしまうとは。

 

「ショックだわー……鬱だ死のう」

 

 いや死んでも生き返るんだってば。しかも死亡時の記憶しっかり残るから鬱++。独り言に対して無駄に冴える脳内ツッコミ。あれ、これ飛び降り前とあんまり変わってなくね? まずい落ち着け自分。

 

 盛大なため息をついて、大きく息を吐く。そうやって鬱屈した内圧を外へ吐き出す。

 大きく息を吸って(自然が豊かなので吸い込む空気が美味しい)、また大きく吐いて圧を外へ逃がす。

 何回かそれを繰り返したら、気分が落ち着いてきた。気がする。

 

 よし。

 やってしまったものは仕方がない。

 オワタ式星間旅行をこれ以上繰り返したくないので、できるだけ長らく生き延びるためにまずは現状を生理しよう。って待って生理はヤメテ。整理です、整理します。

 

 今居る場所は浜辺。目の前は海。背後は林、あるいは森。

 【万智】によれば、ここは小さな孤島らしい。浜辺を二時間も歩いていれば一周できてしまう。人は住んでいない。また無人プレイかよ、もう飽きたわよ!

 あーでも、この浜は遠洋航海の泊地になっているらしく、数日後に一隻現れるようだ。それに乗せてもらえば人の住む町へ行くことも可能だろう。やった、やっと人里に行ける! 希望が出てきた。

 

 さて、それまでどうやって生き延びるか。

 食料になるものは海の魚を釣るか、林の木に簡単にもいで食べれる果実が生っている。え、果実? 三回目にしてイージーモードきた。まさか死に過ぎるんで難易度下がったの?

 ただし釣りは道具が無い。森の素材をどうにか加工して作れればよかったんだけど、ナイフを持ってるわけでもないので、簡単には作れそうにない。【万智】先生も今のところはお手上げっぽい。

 であれば素直に果実に頼ろう。goto森。

 

 森は大いなる恵みの地であった。

 まず果実だが、バナナみたいな外見で、ただし房ではなく真っ直ぐな一本だけが木の枝にぶら下がっていた。もぎ取って食べてみた。食感もバナナに似ているが水分が多く、味は少しバナナよりもかなり甘みが弱い。

 正直に言えばそれほど美味しいわけではないものの、滋養と水分が充分に取れるという意味では今の私にとって最高の一品だ。

 次に、ここには柔らかい土と枯れ草、枯れ枝がある。これらと適当な岩を利用すれば、渓谷の地べたよりはるかに快適なベッドができる。土の上で眠るのがイヤなら、太い木の枝の中には一眠りするにもいい形のものがあるかもしれない。

 最後に、ここにはヒトにとっての天敵はいない。獰猛な獣や危険な昆虫などが居ないので、そういったものに襲われる心配をしなくていい。

 つまり私はここで食と住の心配をすることなく船が来るのを待つことができる。

 素晴らしき神の恵みに感謝を……しようと思ったけど、そもそも私をフェバルにしやがった運命(カミサマ)に感謝する義理など微塵も無かったような気がした。あれー、私これでもそれなりに信心深いほうだと思ってたんだけどなー。まぁ日本人らしい自然信仰(アニミズム)的な意味だけど。

 

 

 

 

 それから三日後。

 敵は内にあり、とはよく言ったもので、私はその言葉を強く噛み締めている。

 

 うん、生理が来ました。痛みが強すぎて行動不能になる毎月恒例のアレ。

 なんか頭の中でピンチ時のBGMが流れてる気がする。アソコが痛いしおなかも痛いし腰も痛いし背中も痛いし頭痛と吐き気もする。当然涙も止まらない、右目だけね。何で片側だけなのかは自分でも謎。

 地球では最初に来る多少の痛みがあったら予兆ってことでその日のうちに(休みの申請など)準備を済ませ、次の目から動けなくなるほどの症状にのた打ち回り、そこから三日くらい経つと症状が治まって動けるようになると青い顔して学校or会社に出る、ということをしていた。最初の頃はそういう経験がないから何回か救急車を呼ぶ羽目になったり、バイオリズムの問題で予兆が弱かったり気付かないでいると本格症状を不意打ちで食らって無断欠勤ないし救急車のお世話になったり、とろくなことがない。

 そういえば、デスマーチ中は家に帰れないまま何徹もしたり、中身も進展も無い無駄なミーティングを繰り返したり、できない部下を叱った(つもりが後で思い返すと怒っただけだった)り逆に私が怒鳴られたり、と全員いい具合に頭ラリっていってホント(ろく)なことがないのだけど、体調の問題か精神的問題か生理が止まったことだけは今思えば感激モノだった。そのためならもう一回くらいデスマーチしてもいいかも……ごめんやっぱなし。さすがに何日も帰れなかったり徹夜続きなんてイヤすぎる、私だって喪女とはいえ一応は女なので身奇麗にはしておきたいし。それに頭ラリって感激どころじゃなかった。あんな非人間的なこと続けてると、SAN値がどんどん下がっていってみんな思考がラリって仕事の効率とかどっか逝っちゃうのよ。普通に仕事してるよりも却って効率が悪くなるの。意味無いからやめろ、って何度も主張したけど、結局最後まで受け入れてもらえなかったわ。今ラリって何回考えたかしら?

 あ、そういえばもう何日もお風呂どころか着替えもしてないことに今気付いた。替えを持ってないんだからしょうがないんだけど……どっかで脱いで軽くでも洗いたい。この島は例の果実で喉を潤すことはできるけど、洗濯に使えるような綺麗な水は無いのよね。海水で洗おうか、と一瞬思ったけど潮が凝固してかえって気持ち悪いことになるので却下。

 

 ええと何だっけ? そういえば何か考え事……ああそうそう。今回は予兆なしの不意打ちだった。事前に気付いてればもうちょっと準備してたんだけども。そのせいもあって、今寝てる場所からは海が見えない。【万智】によれば船の到着は今晩の予定、明日は一日中停泊し、明後日の朝に出立するのだとか。ここで一日待つことで航路上で遭遇が予想される嵐を避けるようだ。

 一日停泊しているのだから、その間に倒れている私を見つけてくれれば救助ぐらいはしてくれるだろう。例の果実を何本か見つけて手元に取っておいたので、動けなくても餓死する心配はない。

 酷い痛みにイライラするけど、今回は順調だ。果報は寝ながら待っていればよい。

 

 

 ただ暇なので【万智】で何かできないか試してみた。ほぼ思考実験みたいなものなので身体動かさずにできるのがいいね。痛みに思考を乱さない必要はあるけど、毎月経験してるのでそれくらいは慣れてる。多分。

 まずは気になる星海君のあのあと……エネラルという星に流れ着いて餓死しかけてた。うわぁ。そのあと大きな鳥に乗った女の子に助けられ……日記はここで終わっている。いやいや日記じゃないから! それだと星海君死んじゃうから! ちゃんと生きてるから! 何考えてるんだ私。

 とりあえず、センパイ且つあんな場面の目撃者としては気になってはいたので、あっちも大変な目に遭ってるものの命に別状は無いようで安心した。いくら死んでも次の世界で復活するとはいえ、死なずに済むならそれに越したことは無い。せっかくの同郷なのだし、いつか会って話ができるといいな。

 

 次、見知ったフェバルの今でも見てみよう。まずは殺人犯(エーナ)から。あ、違った。私の仇敵(エーナ)だった。いや違うっちゅーに。

 えっと彼女は……名前の長すぎるフェバル予備軍を殺そうとして、名前を呼びかけてる間に相手が覚醒して失敗した。馬鹿だ、馬鹿がいる。ぷぎゃー。

 エーナがフェバルの運命を嘆いており、フェバルになる予定のものを覚醒前に殺す(救う)ことを生きがいにしていることは既知の事実。私を刺し殺して『初めて救えた』と喜んだのかもしれない。

 私が実は死んでないことを、エーナは知っているのだろうか。【星占い】は私の【万智】と同じく情報を得る能力だ、調べられたら簡単にわかるだろう。知ったときエーナはどう思うだろうか。フェバルの最後はろくでもない、絶望に染まればきっと()()()が来る。エーナがそうなってしまわないか心配だ。

 一方で、心臓を刺されて抉られた痛みの仕返しをちょっとくらいしたくもある。激辛カレー30倍でもご馳走しようかしらねぇ。

 

 次に気になったのは危険人物(ウィル)。見るからに物騒なフェバルなので、動向を把握しておくのは多分いいことだ。

 ……どこぞの星の衛星軌道上にいるウィルが、下にメテオ降らせながら遠くのどこかをボーっと見ている。ナニコレ? メテオとかマジやばたにえん。なに息するように文明滅ぼしてるんですかねぇ。

 と思ったけど、もうちょっと【万智】で詳細調べると、文明のほうも結構ろくでもないことがわかった。詳細は省く。ちょっと喪女(オトメ)に何言わせんのよ、的内容ってわけではないのけど。簡単に言うと@300年くらい放っておくとやらかす行為がやばたにえん。ウィル君の制裁も止む無しです、まぁ「もうちょっと温情持って穏便な方法で済ませようよ」とは言いたいけど。でも言っても通じそうに無いのよね、この子。

 そんなウィル君、ボーっとして何見てるのか。【万智】で浮かび上がる映像って記憶か夢の中みたいでハッキリしないから細かいことわからないんだけど、あらためて【万智】でピンポイントで調べればいけるかな……星海君だった。うそ、コイツ星海君を超遠隔でストーカーしてる。やっぱりコイツやばたにえん。

 ……って思ったけど、今の私ヒトのこと言えないじゃん。orz

 

 

 

 

 そんなわけで暢気に能力検証しつつ生理痛の痛みがやらわぐのを待つこと三日。

 だいたい動けないのは三日間という例に漏れず、もう痛みはほとんど無いので起き上がることもできる。生理用品もカバンと一緒に紛失したので、まともな処理ができず流れ出るに任せるしかないため、一着しか無い服を汚さぬため下を脱いでいた(もちろん見られては困るので枯れ草毛布で隠してた)。下半身は枯れ草ベッドもろとも血まみれ。洗いたい。

 

 って、そんなことどうでもよくなる問題が起きたんだった。

 今回の生理の重症期間と船の停泊期間がピッタリ重なった結果、私はこの船に乗り損ねた。

 どうも船の乗員たちにとって、この島は『安全に停泊して嵐をやり過ごせる』以上の価値は無かったようで、海岸に船を泊めはしたものの上陸しなかったようなのだ。なので浜からは見えない位置で終日寝込んでいた私を向こうから見つけてくれることは無かった。

 私は私でどうにも動きようが無かったし。せめて事前に気付いていれば寝床の場所は配慮したし、カバンが残っていれば鎮痛剤を飲んでどうにか行動することもできたのだけど。

 こういう詰めの甘さがどうにも抜けてくれない……と今更悔やんでももう遅い。

 

 さらに悲惨なことに、どうやら森の果実は全て取り尽くしてしまったらしく、生っているものがもう無い。

 既に取った分はもう食べ尽くしてしまったし、魚を釣ろうにも道具が無いし、他に食料になりそうなものは無い。適当な水源も無い。

 次にここに船が来るのは最低でも一月後なので、そっちへ食料を当てにするのはナンセンス。

 

 ……うん、またも餓死コースだわこれ。

 渓谷ではラリって飛び降り自殺することで餓死は免れたけど、餓死も自殺も冗談じゃない。

 今度こそ土やら岩やら木に噛り付こうと生き延びてやる。

 

 

 

 

 それから、木の皮を齧っては吐き出し、土や海水を飲んでは下痢を起こし、とろくな食材にありつけず。

 結局、四日後に私は力尽きた。

 




今回の死因:生理痛のせいでSOSし損ねた末に餓死。

◇空腹感はすっかり無くなって云々
フェバルは世界を渡るに際して不都合がないよう、世界移動の際に外傷や疾病が全て回復する。
餓死しそうなほどの空腹や、それに伴う頭ラリラリ状態も疾病扱いで回復する。

◇鬱++
『++』というのはプログラミング言語によくある『数値を1増やす』という命令(本来は半角で書く)。
要するに『鬱な記憶が一つ増える』とか『鬱が一段進行(悪化)する』とかいう意味になる。
実にSEらしい表現ではあるけど、一般人にはあんまり通じないだろうから口には出さない。

◇紫の空
グリアフィートという地の空が紫であるらしいが詳細は不明。
なお、地球でも黄昏時から夜にかけての時間帯、雲と雷がうまいこと絡み合うと空が紫に染まることがある。

◇対月用の最終兵器・鎮痛剤
この場合の月とは毎月のアレ。
酷いときには救急車を呼ぶほど痛いのなら服薬は必須なのだが、アスカの場合は飲んだら飲んだで気持ち悪くなってほとんど行動不能になる。
『激痛&吐き気&全く動けない』から『不快感&眩暈&ほとんど動けない≒めっちゃ気合入れれば動ける』になるので服薬の効果はあるが、安静にしてただ耐えるだけならば慣れのせいで気持ち悪さより痛みのほうがマシなため、どうしても気合入れて行動しないといけない重大な用事がある場合を除き、彼女は薬を服用したがらない。
ただ、いつ必要になるかわからないので常備はしている。

◇死に過ぎるんで難易度下がったの?
そういう仕組みのゲームってあるよね。何そのゲーム脳。

◇goto森
gotoとはプログラミング言語でよく採用される命令文の1つで『(実行箇所を)所定の場所に移動する』という意味。
実にSEらしい思考とアスカは思ってるが、単なる英語でも大して意味は変わらない。

◇日本人らしい自然信仰(アニミズム)
アスカの言うそれは、日々の恵みに感謝を≒食べ物は残さず食べなさい、とかいう程度のものである。
ただし体調や体質などの理由で残さざるを得ない場合については理解を示す。

◇星海君のあのあと
オリジナル作品の一章出だし。

◇日記はここで終わっている
物語で定番の表現。執筆者は死んでる場合がかなり多い。

◇【星占い】
通称『新人教育係』なフェバル、エーナの能力。この世のあらゆる事物を占い、大まかに知ることができる。
【万智】が『あらかじめ知っていたかのように思い出す』みたいな情報の得方をするのに対し、【星占い】には『占って結果を見る』行為が必要と思われる。
その『占い』がどういう行為であるかは今のところ不明。

→実際には【星占い】は問答形式であるらしく、占い行為や道具は不要。え、とある絵で【星占い】に水晶使ってる? それは単なるスキル使用イメージなので矛盾はない。いいね?

◇やばたにえん
単純に「ヤバい」の意味。

◇@300年
単純に「後300年」の意味。ネットに聡い人間はスラング的表現としてついアットマークをこのように用いてしまう。
なおこのマークは本来は物品の単価を表す記号。

◇orz
がくっときた精神状態を表すアスキーアート。オルツと読む。

※2018.05.16.修正
星占いについての解説を修正。


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キャラ紹介:アスカ・スミノエ

名前:住吉(すみのえ)明日香(あすか)

肉体年齢:26歳 (ただし実年齢より低く見られがち)

身長:163cm (女ユウより一回り大きい)

体重:「それ女性に聞きます?」「たしか53kg」「ちょっと!?」

体型:可もなく不可もない。何をとは言わないが、シズハ<アスカ<ユウ(女)

能力:【(ばん)()】、苦痛耐性EX、漢字魔法(一章0x07で修得)

誕生日:桜の季節

家族構成:父、母、兄、姉。兄と姉は既婚で子供もいる。

出身:地球の日本

趣味:ゲーム(ナ○バリバトル等)

特技:コンピュータ関連、情報処理試験の上級資格は大体押さえた

   料理(腕前自体は家庭料理程度だが【万智】の補佐で味付けが絶妙になる)

好きなこと:のたりのたりと悠々自適に暮らすこと

      ゲーム、特にマルチプレイ(対戦より協力プレイが好き)

嫌いなこと:生理痛(三日は行動不能、酷いと救急車搬送や入院が必要)

      デスマーチ等、何らかの重苦を強要されること

      (やんごとなき理由で自ら進んでやる分には否定しない)

苦手なもの:社会的圧力(いじめや無言の圧力なども含む)

      (生理痛用の強烈な)鎮痛剤を飲んだときの不快感

利き手:右

気力:ほぼ皆無(イネア先生なら『弱すぎて感知できない』と呆れるレベル)

魔力:絶無(サークリスの測定器では容赦なくゼロが出る)

容姿:十人並みの容姿+目の下にうっすらクマ(薄い化粧では消せない)

性格:《()(じょ)》などと呼ばれるにしては明るめ。

   ゴーイングマイウェイ感が強いが情に厚い部分もある。

 

 

◇概要:

 住吉と書いてスミノエと読む(名前の読み方だけは古風な)一般家庭の次女として生まれる。

 幼少のころは自身の興味に一直線になりやすい性格をしており、また曲がったことが許せない性質(タチ)で、そのせいで友人が少なかった。相手がいなかったためか女の子らしい趣味や遊びにはあまり興じず、パソコンやゲームばかりしていた。幼少時にR-TYPEやりすぎて性格歪んだか?

 中学に入って強烈な生理痛を初めて経験し、そのショックから尖った性格が若干なりを潜めて丸くなる。この頃から目の下にクマができるようになり、元々容姿があまり優れてるとは言えないのも相まって《喪女》と呼ばれるようになる。当人も特に否定せず、場合によっては自称するようになる。

 友人と呼べる間柄が数人はできたが、どうやら《喪女》を引き立て役にしようという魂胆があったらしい。アスカのほうも『いじめられるよりは全然マシ』『生理のとき自分じゃどうにもならないので、どうあっても誰かの世話になるんだから、利用はお互い様』と考えていたので、親友と呼べるほどの深い間柄にはならなかった。高校卒業後は没交渉。

 興味へ一直線な性格を趣味のみならず勉学にも向けたため、成績は優秀。国内で文句なしに一流の大学に行き、卒業後は趣味だったパソコン技能を生かして(女性としては稀少な)SEになるものの、ブラック企業でのデスマーチが祟って鬱病になり失職。

 復調後、訴訟→示談で労災と退職金をふんだくって蓄えを確保しつつ、無職はイカンってことでとりあえずコンビニでバイト。

 

 上記の半生により、ゲームとネット(スラング)が好きで悠々自適が信条の、女らしさを何処かで捨ててきた駄目人間の喪女が出来上がった。

 一流大学に行けるほどの頭脳がある一方、デスマーチから鬱をわずらった経験から無駄な苦労を(いと)う脳味噌ナマケモノ気質がついているので、必要に迫られない限り物事を深く考えないところがある。いい意味で刹那的とでも言うのか。

 誰かが死ぬことに対しては基本的に否定的。その割に自分は(プロローグで)さくさく死ぬ。

 

 強烈な生理痛が弱点。三日ほど一切の行動が極めて困難になる。たまに起き上がりトイレに駆け込む位が限界。飲食すら辛い、てか激痛で空腹感なぞ吹き飛ぶ(その分終わった後よく食べる)。

 鎮痛剤を用いると今度は強烈な不快感と()(まい)に襲われる。まだ行動できる分だけ服用前よりマシではあるが、痛みよりこの不快感のほうが苦手なアスカはどうしても必要な状況以外では服薬しない。

 このことが社会的に強烈なハンデとなって、彼女の再就職を困難にしていた。

 

 逆に、生半可でない痛みに毎月晒された結果、苦痛耐性EXとでも言うべき我慢強さを獲得。どれだけ痛もうが身体が動く限りは怯まず動けるし、拷問じみた状況にもかなり耐える。将来的にはそれがあらぬ方向へと進化を……

 

 ほとんどの場面で口調はですます調で丁寧だが、これは幼少時に彼女の口調や言動がどうにもおかしいことに気付いた親が苦労して矯正した賜物。今や自然とこの口調になるが、動揺するとタガが外れて変な言動が飛び出すこともある。変な言動というのは頭の中身そのまま、つまり本作の本文である。

 あと、頭はいいのだが脳味噌ナマケモノ気質のせいであまり積極的に発揮しようとしないため、興味の薄かったことに対する記憶力はかなり低い。でも【万智】があれば瞬時に調べがつくため、周囲の人間に記憶力の低さを悟られる可能性は低い。

 

 原作主人公の星海ユウとはバイト先が同じ。特別仲がよかったわけではないが、先輩として少し気にかけていた。

 ユウがフェバルとして覚醒するのとほぼ同時、アスカもフェバルとして覚醒してしまい、エーナに刺されることで地球を離れ旅に出ることになった。

 

 ユウはサークリスで気力と魔力を持つことが判明し実力を付けていくが、アスカは気力魔力ともにゼロであり、どれほど鍛えても身体能力が一般的地球人の域を出ることはない。

 化け物が跋扈する世界で一般人とかそれなんてスペランカー?

 だが技量については【万智】の補正で凄まじい。気力魔力等による超越バトルにならない限りは歴代の剣豪強豪とも渡り合えるレベル。地味だが強い、かもしれない。ただし対フェバルだとゴミクズ同然。

 

 

◇未確定事項:

 酒については今のところ不明。普段あまり嗜まない分呑ませるとべべれけになってしまい強烈な絡み酒か、控えめにちびちび飲んであまり酔わず宴会の最後まで素面気味のせいで片付けさせられる損な役になるかのどっちかだと思う。どっちに転ぶかは作者の気分次第。

 

 

◇能力解説:【(ばん)()

 【万智】という名は本人の命名による。

 《全知全能》の《全知》に相当する能力で、森羅万象のあらゆる知識・情報を、あたかも『あらかじめ知っていた』かのように思い出せる、というチート能力……と【万智】自体により解説されている。

 神の権能とは恐れ多い、とかいう理由でダウンスケールしたかのような命名になっている。

 

 得られた情報の正確さは鮮明さと比例しており、はっきりした形で得られた情報はそれが得られた時点では確実に正しい。確度の低い推察的な情報が得られる場合がたまにあるが、確度の高い『正しい』情報と確度の低い『推測』情報を取り違えることは無い。

 また身近に迫る直近の危機を感じ取る予知のような働きをすることもある、がこれはプロローグ時点だと習熟不足であまり機能していない。

 

 理論上はありとあらゆる知識・情報が得られるハズ、となっているが知りたい情報が得られない場合がある(回答『不可能』とかではなく無回答という感じ)。

 これは『フェバルになったとはいえ人の心身で唯一神の権能を使いこなすのには限界があるのではないか』とアスカは推測している。

(この限界は能力命名前からこうなので、命名により能力が縛られ限界ができたわけではない)

 

 情報を得る、という点ではエーナの【星占い】と共通する。

 前述の通り【万智】は『思い出す』ようにして情報を得る(つまり能力が脳の記憶領域に直接情報をぶち込んでいる?)のに対して、【星占い】は『占って結果を見る』という行為によって情報を得るものとアスカ(と作者)は推測している ←の推測は誤りで、実態は能力に問答して情報を得るものらしい。ドジのエーナさんに道具必須の能力なんぞ持たせても、道具こわしちゃうだろうから使いこなせるわけがなかった。とはいえ()()とは何だったのか……

 なので『自身の内面の効果だけで情報を得る』という点でも【万智】と【星占い】はよく似ている。え、とある絵で【星占い】に水晶使ってる? それは単なるスキル使用イメージなので矛盾はない。いいね?

 その他の相違点は今のところ不明。一章0x04以降では【万智】で得た情報を知識ではなく技量として運用するシーンがいくつもある。これは【星占い】にはない能力の用途であろう。

 

 エーナのドジを回避するのに【星占い】による予見が役に立っているのに対し、アスカの死亡回避に【万智】が今のところあまり役に立っていないが、これは能力の優劣ではなく使い慣れ度合の差だと思われる。

 

 

◇能力解説:漢字魔法(カンジ・マジック)

 一章0x07にて、魔力ゼロで魔法が使えないはずのアスカが修得した魔法技能。

 原型はイゴール星に伝わる紋章魔法で、魔力を絵の具のようにして紋章を描き、その形に応じた効果を発揮するというもの。望む効果を得るには対応する紋章を知らねばならず、未知であれば開発を要する。文明の度合ゆえイゴールには研究職がおらず、そのため紋章魔法は発展の余地はあるものの用途が限られる技術であった。あと使用者も。

 その行使を補佐する道具に魔力を蓄える機能を持つ《杖》があったことで魔力ゼロのアスカにも魔法行使可能となり、さらに【万智】によって望む効果を発揮する紋章の形を瞬時に得られるアスカゆえに凄まじい万能性を獲得。アスカが日本人であったためか、新開発の紋章は漢字に意匠をこらしたようなものがほとんどである。

 アスカは一度使った紋章の形を大抵忘れてしまうが、都度【万智】で紋章の形を得るため問題は起きない。ただしこのため、同じ効果の紋章でも形状や効果が細かいところで微妙に異なる場合がある。

 

 

 

◇裏設定1:生理痛について。

 生理痛が強烈なのは体質的な理由のほか精神的な理由もある。

 本人は全く無自覚だが身体的性別(セックス)心理的性別(ジェンダー)が微妙に食い違っており、そのために強烈な女性的現象に拒絶反応が出ている。

 

 

 

◇イラスト

 かにかま様からアスカの絵をいただいてしまいました。

 この場にて掲載させていただき御礼申し上げます。

 なおイラスト中の @aetherworks というのは作者のTwitterアカウントです。

 

 

【挿絵表示】

 

イイカンジに目の下がクマっており、そしてこの表情が性格を如実に現しています。

 

 

【挿絵表示】

 

ラフなパーカー(腰巻き)にジーンズ、スニーカー、ってつま先にこんな感じの穴あいたサンダルあったような? ラフ好みの彼女らしい靴です。

これは地球でのアスカの標準装備ですね! 本気で女性的魅力が欠片も無いwww

さりげなく腹に手を添えているのは、もしかしたら前兆で少し痛むのかもしれません。事後だったら絶食後&流血後で鉄分不足だから顔色悪いはず(ぇ

 




連載が進んだら加筆する可能性があります。

◇余談1:名前の由来
 スミノエは航海の神様である住吉三神から。星の海を航海(後悔?)する旅だもんね。
 少しは変わった雰囲気が欲しかったので、読みは古いものを採用。

 アスカという名前は、拙作『迷子探しの異世界たびにっき』の主人公である紫神(しばがみ)飛鳥(あすか)の名前とわざと被らせた。
 飛鳥の本名がウィルなのに対し、フェバルにもウィルという名前の人物がいたことから着想。
 さすがに漢字は飛鳥と明日香で変えた。
 漢字で書かないとどっちのことだか混同するが、わざとなので仕方ないね。
(当然だが、本作でアスカと書いた場合は、特に事情がない限りはスミノエのほう)
 名が同じだったり、実は体重も同じだったり、内面的性格までかなり似通っていたり(作者の表現力不足で同じになってしまったわけではない、つもり。一応そのつもり)色々と共通点が多いですが、間違っても同一人物ではない。

◇余談2:
実は作者、【万智】と【星占い】の類似性について、原作者のレスト様に指摘されるまで全く気付いていなかった(爆)

指摘していただいたおかげでヤバい裏設定が増えました。この場を借りて御礼申し上げます。


※2018.07.20修正
一章0x09までの内容をもとに追記。

※2018.06.09修正
かにかま様のイラストを追加
もくじを追加

※2018.05.16.修正
星占いについての記述を修正。


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第1章 せめて生き抜く力を
0x01.私は死ねない


※2018.05.25.修正
タイトルに話数が入ってなかったので追加、SEらしく16進数(爆)
誤字修正

※2018.05.28.修正
用語解説の誤りを修正。



 生まれ生まれ生まれ生まれて生のはじめに暗く、

 死に死に死に死んで死の終わりに(くら)し。

 

 本来の意味は『何度生まれ変わろうと人は(自分も)悟りを開けない』という仏僧の嘆きであるのだけど。

 それならば死んで死んで死んで死んで、いくら苦悶の果てに死のうと終わりの来ない、悟り云々以前の私は。

 一体なにをどう嘆けばいいのだろう。

 

 

 

 

 

 

 愛用の剣(ククリナイフ)を振り上げ、振り下ろす。

 その二つで、俺に突撃してきた一角ウサギ(アルミラージ)は吹っ飛んで、首がばっさり落ちる。

 大角魔ウサギ(ジャッカロープ)ならまだしも、アルミラージもまあまあ危険な生き物だとはいえ、戦士であれば苦戦はしない。

 それこそ、戦士暦だいたい一年程度という経験の浅い俺でも、こんな風にあっさり翻弄して素材に変えることができる程度には。

 

 俺はラハール族の戦士カリム。

 戦士といっても、他部族との戦いなんてそうあることじゃないから、普段の仕事は狩りと害獣駆除だ。

 害獣であり、肉が良食材でもあるアルミラージなら一日に三匹も狩れば俺のノルマは達成だが、こいつら狩っても狩っても沸いて出てくるから見つけ次第即首狩りが推奨されている。毎日それを忠実に実行しているから戦果がノルマの五倍くらいになる。

 鍛錬になるかどうかはそろそろ微妙になってきたが、狩り過ぎということはあるまい。多い分には燻製か塩漬けにすれば日持ちするし、間が悪く獲物が見つからなかったり仮に失敗する戦士がいて相殺することもよくあるし。

 これ以上は狩っても持ち帰れなくなる。これを持ち帰って今日の仕事は終わりだ。

 

 と、村の入り口に何かが倒れている。何者だ?

 

「おい、大丈夫か?」

 

 他村との関係は長らく良好なので、先遣隊が潜り込んでくるみたいな物騒なことはないとは思うが、一応は警戒しながらそいつのもとへ駆け寄る。女のようだ。見慣れない恰好をしているが、その衣服はボロボロで、血痕も目立つ。重傷かもしれない。

 

「おい、しっかりしろ! おい! 意識はあるか!?」

「……や」

「や?」

 

 とりあえず息はあるようなので安心したのだが。

 

「もうイヤやぁぁ!」

「うお!?」

 

 怪我人は思いのほか元気なようだ。

 

「転落するわ飢えるわ丸焼きになるわ爆発するわ溶岩でおぼれるわ熊にかじられるわ槍で刺されるわゾンビになるわって、もうぶちいたしいわ! もうたいぎいけえ、なんもしとうない!」

「お、おい、何があったか知らないが落ち着いてくれ」

「もう歩きたくないでござる! 絶対に立ち上がりたくないでござる!」

「よくわからないけど駄目人間の主張っぽいことはわかった!」

「連ーれーてーけー! 人里まで連れてけー!」

「人里すぐそこだぞ!?」

「むしろ人里が来い!」

「わけがわからん!」

 

 あまりに馬鹿っぽくて警戒心は飛んでしまったがそれはさておき。

 酔っ払いと泣く女は手に負えない、というコトワザどおり、俺はこの女をなだめるのに日が暮れるまでかかった。

 

 

 

 

 とりあえず空いてる家に放り込んで、服がボロボロなので布をかぶせてやり、しばらく好きに泣かせてやったわけだが。

 先も言ったとおり日が暮れるころには落ち着いて、最初の振る舞いが嘘のように理知的になった。そのせいでかえって、何かに疲れきったような表情の暗さが浮き彫りであるが。特に目の下のクマが酷い。

 

「……本当にお恥ずかしいところをお見せしました」

「ホントにな」

 

 今日の狩りを早々に済ませてできたはずの空き時間、コイツに全部潰されてしまったからな。少しくらい皮肉も言いたくなる。夕食までに狩の道具のメンテナンスくらいは、しておきたかったんだがな。

 なお猟果のアルミラージ十七匹は、騒ぎを聞いて駆けつけたエトナが持って行ってくれた。順調なら料理班が極上の焼肉に変えてくれるだろう、あれだけあれば村全員分が賄えるはずだ。食は日々の活力であり生の歓びだからな、それを支える料理班には頭が上がらない。

 ちなみに、目の前のこの謎女の分も用意するようお願いしておいた。最終的には長の判断になるが、とりあえず客人として扱うつもりなので。ここの飯は美味いので、なかなかに酷い顔をしているこの女も食えば少しは元気が出るだろう。

 

「さて、いろいろ聞きたいのだが」

「ああ、そういえばお名前を伺っていませんでしたね、お互い。私はアスカと言います」

「俺はラハール族の戦士カリムだ」

「カリムさんですね。先ほどは助けていただいてありがとうございます」

「たいしたことはしていない」

 

 俺がやったことはせいぜい、この家まで運んでやったことと、愚痴だかなんだかわからないわめきを聞き続けてやったことくらいだからな。本当にたいしたことはしていない。時間は使わされたが。

 礼なら普段から来客用として自由に使っていい家を用意した村の男衆と、これから料理を持ってくる村自慢の料理班に言ってもらいたい。

 

「おまえは村の客人として扱うつもりだが、最終的には長が決める。とりあえずは俺の一存でここを使ってもらうことにした」

「そうですか、助かります。屋根のあるところでゆっくりできるのは久しぶりです」

「今までどういう生活をしていたのか気になるな。移動式のテントもなかったのか?」

 

 この村の建築は殆どがテントと藁葺きで、必要とあらば畳んで運ぶことができる。狩猟生活だから移住を考えてのことらしいが、ここ二十年は狩の対象に事欠かないらしく俺は移住の経験がない。テントの畳み方と開き方は昔習ったがどうもうろ覚えだ、今やれと言われたらだいぶ()()()るだろうな。

 それとは別に、遠征用の簡易テントも村にはある。そういうものがないと遠出はできまい、隣の村に行くのだって馬とテントが要る距離だ。

 

「あー……そうですよねぇ。正体不明の()(じょ)なんて怪しくて村に入れたままにできませんよねぇ」

「喪女? はよくわからんが、そのとおりではある」

「ただ、ちょっと信じがたい話になりますよ?」

「信じるかどうかは俺と長が決める」

「そうですよねぇ……」

 

 と、テントの外から子供の気配が近づく。

 

「カリム」

「エトナか」

 

 飲み物を持ってきてくれたらしい。白湯だが、この目の前の黒い女を落ち着けるにはよいだろう。エトナから2つ受け取り、1つをアスカと名乗った黒い女に渡す。

 

「族長さまが『後で話を聞かせてほしい』って」

「了解した、と伝えてくれ」

「わかった」

「あと、晩飯の肉は少し多めに食っていいぞ。俺が許可したと言えば出してくれるだろう」

「ありがと」

「育ち盛りなんだ、いっぱい食え」

 

 あいつ、歳の割りに働き者で、そのくせ小さいからな。

 それはそうとして、アスカのほうであるが。話すかどうか迷ったのか、視線が泳いでいたが、白湯を飲んで落ち着いたのか、

 

「まず、これから私が話すことは一片たりとも嘘も偽りも暗喩も誇張もないことを前置きしておきます」

「そんな前置きが要るほど変なことを言うのか?」

「必要な前置きです。最後まで聞いていただければわかると思います」

「……わかった」

 

 いったい何を話そうというのだろうな、この女は。

 

「一月ほど前まで、私は日本という国で暮らしていました」

「ニホン? 聞いたことがないな」

「でしょうね。私もラハール族という方々は初耳でしたし」

 

 空を見上げれば別の星々があり、翼ある種族ならば行き交うことができるらしいが、俺には翼など無いから無理なので行ったことはない。

 アスカはそのどれかから飛んできたのだろうか。

 

「私はそこで、魔女コス女に心臓を刺されて、さらに捻られました。こう、しゅっ、ぐりっ、と」

 

 ……は?

 

「……そんなことをされたら死ぬのではないか?」

「ええ、死にましたよ」

 

 さらっと何わけのわからんことを言っているのだこの女。

 

「死にましたが、雪原で生き返りまして」

 

 いやだから……ああ、これか。あの前置きの理由は。

 妄言としか思えないが、言葉に実感を感じる。嘘を言っているわけではないようだ。

 そもそも尋問しているわけではないので、言いたくなければ言わない選択肢も一応ある。その場合、村は歓待はしないだろうから、長居はできなくなるが。

 

「雪原ってわかります?」

「ああ、長から聞いたことがある」

 

 寒いところでは雨の代わりに凍った水の粒である『雪』が降ることがあるらしい。白くて冷たくて綿のようなそれが降って積もると『雪原』になる、と。

 長は他の星で見たことがあるそうだが、翼の無い長がどうやって他の星へ行ったのかまでは知らない。

 

「ここではそんなものは降らないから、俺は見たことはないが」

「雪が積もった地面って、歩けるほど固い場所と、歩けない柔らかい場所の区別がつきにくいんですよ。それで人里に向かう途中、クレバス――ああ谷のことだと思ってください。それがあることに気付かず足を滑らせて転落しまして。落ちたときに頭打ったような覚えがあるんで、多分そこでまた死にまして」

「多分って……」

 

 自分のことだろうに、わからないのか?

 

「次は渓谷で生き返りまして。これが人里は遠いし草木も動物もいないし。空飛んでる鳥くらいですかねぇ、そんなの捕まえて食うの私には無理です」

「ああ、鳥の狩猟はコツが要るからな」

「水も切り立った崖の下の川にしかなくて、食べるものも飲むものも手に入らなかったんですよね。それで()えて耐えられなくなって、いちかばちかで飛び込んだら死にまして」

「……よくそんな無謀な真似をしたものだな」

 

 崖の下に行きたいのなら、壁を伝って下りればいいではないか。なぜ飛び込む。

 

「人間、飢えてくるとまともな判断力がなくなるんですねぇ……こればっかりは飢えてみないと実感できないでしょうねぇ。カリムさんは死ぬほど飢えた経験はおありで?」

「……そうならぬよう、村全体で食の備蓄は心がけている」

「いい村ですね」

 

 心底感心するように言うが、日本という国はそうではなかったのだろうか。

 考えが顔に出てたのか、アスカが少し解説してくれた。

 

「日本でも備蓄はしますし、それ以前に物が豊富なので飢えたりしません。私も飢えを経験したのは今の話のことが初めてです」

「そうか」

「で、次は孤島で生き返りまして。あ、この世界に海はありますか?」

「海はあるな、少し遠いが」

 

 隣の村のひとつが海に近いようで、時折そこから海産物を持ってきて燻製肉と交換したり、逆にこちらから肉を持って行って塩と交換している。この海産物とやら、普段と異なる味わいで俺はかなり好きなのだが、苦手にする者も多いようだ。

 生憎と俺はその村に行ったことは無いが、話には聞くので一応は知っている。

 

「海が遠いなら実感しにくいかもしれませんが、海の中の狭い陸地が孤島というか島です。人は住んでいませんでした」

 

 村くらいの範囲の外は水だらけで何処へも行けないような場所を想像した。狭いが一人なら、周囲の水を飲み、アルミラージを狩って食えば生きられるだろうか。

 

「狭いんで資源が限られまして、それで食料も、まぁ間抜けにもそれに気付いたのは手遅れにあったあとなのですが、ほとんどありませんで。海は広いので魚は豊富だったと思うんですが、捕まえる道具が無くて、素手で捕まえるような技量もありませんし。

 ただそれでも数日分の食料はあったし、人の乗った船が来ると解ったのでイージーモードだと思ったものですが、困ったことにちょうど船の来た時期に私の体調がこの上なく悪化しまして、船に乗り損ねました。

 その後は食料が尽きまして。適当な水源もありませんし。木の皮や土をかじってみたのですが、次の船が来るまで耐えられず、あえなく餓死」

「……淡々と語るな」

「飢えるのが二度目だったから慣れたのか、前ほど頭おかしくなりませんで、おかげで餓死する前に変な行動で死ぬのは免れましたね。これも成長でしょうか」

「そんな嫌な成長があるか」

 

 殺した獲物がするような目で悲惨な体験談を語られると、それも淡々としているからこそ、そろそろ聞くに堪えない。

 これでもし今までの話が全部創作だというなら、こいつは凄まじく演技派だ。

 

「その後も散々でしたね。

 ロケットエンジン内で丸焼きになって死んだり。

 花火の倉庫にいて不審火で花火が爆発して死んだり。

 溶岩流の中州で気がついて、中洲ごと溶岩に呑まれて死んだり。

 森で野生の熊に襲われて生きたまま食われたり。

 骨を首飾りにした部族の人に容赦なく心臓を槍で刺されたり。

 ゾンビに噛まれてゾンビになって、意識残ってるのにあーうーとしか言えなくなって、突入部隊に他のゾンビもろともショットガンで撃たれたり」

「もういい」

「というわけで、私は死ねないようなんです。正確には、死ぬことは死ぬんですが別の世界で生き返って、また死にます。

 今まで何回死んだのか、まぁまだ数えられる程度の回数だとは思うんですけど、まともに数えてないので解りません。思い出したくもないし。今話したのも特に印象の深い、忘れられない死因だけです」

「もういいから。一体どんな経験をすればそんな風になるんだ」

「たぶん今語ったような経験をすれば誰でもこうなるかと」

「答えてほしかったわけではない……」

 

 聞いているだけの俺の正気まで削れそうな身の上話だった。死んでも生き返り、かつ死んだ際のことを覚えている。正直どれほどの辛さか想像できないが、彼女の振る舞いや表情を見れば少しは推測がつく。

 これ長に聞かせるときは言葉を選ぶ必要があるぞ? この村で最強とはいえご老体だ、こんな話で心労を与えるのはよくないだろう。

 

「そもそも、何故こんな話をした?」

「正直に話すにしても、内容が荒唐無稽すぎて信じられないだろうに、ってことですか?」

「だいたい合ってるが、ひとつだけ言えば信じられるかどうかよりも正気を疑う内容が問題だ。その内容を聞かされて村が歓待できると思うか? 正直、俺でも引く」

「あー……言われてみれば、そのとおりですね」

「気付いてなかったのか?」

 

 この女、振る舞いや話し方を見る限りだと、俺よりは頭がよさそうに見える。ならばその程度のことは自分で気付きそうなものなのだが。

 

「たしかに、適当な範囲で当たり障り無く話して、まずは受け入れてもらうのが()(こう)なんでしょうけど。自覚は無かったのですが、SAN値削りすぎて捨て鉢になってるのかもしれませんね、私」

「自覚があるならやめろ」

「ええ、気をつけます。さしあたって一つお願いが」

「何だ?」

「休ませてください」

「…………わかった」

 

 それしか言えんがな。

 




◇仏僧の嘆き
空海(弘法大師)の記した「()(ぞう)(ほう)(やく)」に出てくる一説。意味は本文での通り。
あるゲームの登場人物が口にしており、それが原因でこの部分だけがそこそこ有名。

◇ククリナイフ
刃の部分が内側に湾曲している、ちょっぴり野蛮な雰囲気(筆者主観)の短刀。
形状が優れているのか、直剣と比べて切れ味に優れているようで、現代の軍の特殊部隊で制式装備として採用例があるほど。
狩りでの戦闘用のほか、狩った獲物をぶった切るにも使える。その無骨さと実用性が魅力(筆者主観)。

一角ウサギ(アルミラージ)
鋭い角の生えたウサギ。地球で一般的なウサギはこの世界に存在しないので、この世界でウサギと言えば基本的にはこいつのこと。
体長は最大五十センチくらいで、草食だが敵に対して少し凶暴。角を生かした突進攻撃をするが、それ以外の攻撃手段を持たないので、角を折ってしまえば危険はもうない。
向かってくるところをうまく返り討ちにすることで簡単に狩れる。また角を折ることで生け捕りも可能。多少の経験を積めば瞬殺は難しくないが、角を折っての生け捕りはかなり熟練の腕を要する。
幼体の角を折って生け捕りにし、丁寧に皮を剥いでから殺して捌いて、新鮮な馬刺しならぬ兎刺しにして食べると極上の味わいらしい。ただし胃が健啖でないと食あたりの危険がある。

大角魔ウサギ(ジャッカロープ)
鹿のような二本の角を生やした巨大ウサギ。体長は最低でも一メートルを超え、攻撃魔法を用いる危険な動物。アルミラージとは大きさと角以外は似ているが別種。
手強さの割りに、肉の美味さはアルミラージに劣るという、若干残念な動物。あと細菌が多いらしく、生で食べると食あたりを起こすため、食べるならしっかり火を通す必要がある。兎刺しなどもってのほか。
母乳が万能薬になるという言い伝えがあるものの、攻撃魔法が危険なため飼うことはできず、野生からの採取も難しいので入手は困難。

◇ラハール族
インディアンのような生活スタイルの狩猟民族。服も似ている。
ただ魔法の技術があるため生活事情はけっこう異なる、かもしれない。
村は人口300人くらいで、子供を除く男の8割と女の3割が戦士か狩人、残りは村内で炊事や洗濯、縫製や道具製作、家の補修などをして暮らしている。魔法は水を出したり料理を火で焼いたりという生活用途が主で、軽く使えるだけでも重宝され戦闘にはあまり用いられない。
族長ヤスールはジャッカロープを単身で瞬殺する村最強の戦士でもある。

◇カリム
ラハール族の割と新米の戦士。
戦士になってまだ一年という経験の浅さと比すれば腕はよく、それ以上に運が良いのでアルミラージの猟果は村一番(普通はそんなにしょっちゅう遭遇できない)。
アルミラージより強いものとの実戦経験が乏しいのが弱点。
愛用の得物はククリナイフ。

◇ぶちいたしいわ! もうたいぎいけえ、なんもしとうない!
たぶん広島弁で「滅茶苦茶辛いわ! もう疲れた、何もしたくない!」の意味。

◇酔っ払いと泣く女は手に負えない
ラハール族に伝わることわざ。
地球人にも納得はしてもらえると思う。

◇エトナ
ラハール族の子供のひとり。
狩り以外の色々な仕事の手伝いをしたり、小間使いをしたりしている。
歳の割りに働き者で、その割に身体は小さい。

◇アスカ
この話の主人公。十人並みの容姿に目の下のクマが特徴の26歳喪女。
フェバルという、星々を巡り渡る不老不死の存在、のひとり。
あらゆる知識・情報を『まるで知っていたかのように』得る能力【(ばん)()】を有する。
身体能力は地球人の範疇を一切出ない。ラハール族の子供にも負ける。

◇花火の倉庫が爆発
日本の江戸時代に、かの有名な花火屋である玉屋が失火で大火事を起こすという事件があった。

◇溶岩流で溺れる
ハワイのキラウェア火山では川のように流れる溶岩流が見れるという。

◇熊に生きたまま食われる
2011年8月にロシアでそういう事件があった。
被害者の少女は下半身を熊に食われながら実況電話で助けを求めたが、救助は間に合わなかったという。

◇部族の人に容赦なく心臓を槍で刺され
地球にも未接触部族と呼ばれる、文明との関わりを否定し、外部の人間を見ると容赦なく襲ってくる人々がいる。
北センチネル島のセンチネル族が有名。2006年に漂着したインド人2名が彼らに殺害され、遺体回収に向かうヘリも襲われるため、2018年現在も未だに遺体が回収できていない。

◇ゾンビになる
さすがに地球上に類例はない。
ゾンビ化しても意識が残っていたのは【万智】の保護による。知っただけで正気を削られるヤバイ知識対策で【万智】に保護機能があるのだが、状況次第では裏目。

◇SAN値
TRPG【クトゥルフの呼び声】における正気度を示すパラメータ【正気度ポイント/Sanity Point】の通称。SAN値削りすぎ≒気が触れる。
元がゲーム用語なので日本以外では通じなさそうだが、フェバルの翻訳能力で意外とニュアンスが通じてしまう可能性も否定できない。


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0x02.きらめきのない空の下で

※2018.05.28.修正
用語解説の誤りを修正。

前回のあらすじ:
戦士カリムに助けられた不死身(フェバル)のアスカは、今まで経験した死因を彼に(とう)(とう)と語った。
カリム「こいつ目が死んでるし話が電波でヤベェ」



 夢に見ることもなかったので、もしかしたら特にトラウマにはなっていないのかもしれない。

 そう思って私はほっとする。どういう神経してんだろう、と自分を疑う気持ちも少しあるけど。

 思ったよりも()()()()()()のは大変なようであ……って他のフェバルの皆さんはお強いからそんなことありませんね。特に危険人物(ウィル)。逆に心配なのは星海君、私と同じく地球人なので彼も弱かったりしないだろうか。不安ー。会って無事を確かめてみたいけど、そのまえに自分の境遇を何とかしないと逆に心配されますかそうですか。

 

 さしあたって私は、せめて生き抜く力を得ないといけない。

 

 カリムさんに助けてもらい休ませてもらうまでは捨て鉢というか明らかにSAN値が激減していて、もうどうにでもなれー的な考えになっていたけど、少し眠ったことでSAN値も少し回復して、そう考えられる程度にはポジティブに戻ったということか。

 そもそも私は、体力には自信はないが根性はある方だと思っている。それが最悪な方向に発揮された結果が超過労働(デスマーチ)からの(うつ)病なので、そのことを反省して、なるべく不必要な根性は発揮しないことにしてるけど。今回は命がかかってるので全力で抗うのに根性フル稼働したつもりだけど、全く太刀打ちできてないね。

 

 それはそうとして周りがうるさい。

 いや、音量はたいしたことはないのだけど。こう、何て言ってるのかわかるかわからないかくらいの音量でありながら、妙に艶かしいというか熱があるというか、ミもフタもなくすっぱり言ってしまうとエロの喘ぎ声。それが村のあちこちから聞こえてくる。性におおらかな村なんですね。子供の教育に悪そうだわ。

 それに起こされたのか、単純に寝るのが夕方頃と早すぎたのか、私が目を覚ましたのは真夜中だ。

 眠気が無くなってるからすぐに二度寝するのは難しそうだし、この家ってベッドしかないし、おなかもすいたし。暇なので少し外に出てみることにした。服がボロボロなので貰った布を適当に身体に巻く。ほぼ身体全体が覆えるほど大きい布なので、これでとりあえず服の替わりになるかな。

 ……服がボロボロすぎて全裸とどっちがマシかわからない上に布一枚だけ羽織って外へ。今更だけど、これって下着にコートだけ羽織って外出する痴女と同じじゃん。おや、喪女の様子が……おめでとう! 喪女は痴女へと進化した! うわぁ……まぁ外行くけど。あと痴女ジャナイデスヨ。

 後でカリムさんに服もらえないかしら。

 

 空を見上げると満天の星空……はなかった。

 まず目立つのは満月だ。地球で見た月と同じくらいの大きさと明るさで、優しい光を放っているのだけど……何故だろう、どこか嘘くさい印象を受ける。

 それ以外は、月の十倍以上の大きさの暗い星(完全な暗黒ではなく、僅かな明るさがある)が無数に重なり、空を覆い隠している。煌く星はこの暗い星々が覆い隠してしまい見えないのだ。

 どうなってるのかというと、【(ばん)()】によると、この宙域は巨大な小惑星が集まってできているらしい。巨大な小惑星って矛盾した言葉に思えるけど、惑星より小さい天体のなかでは巨大、って意味なので矛盾はない。いいね?

 ついでに言うと太陽はない。え、ないの? 昼間なんか光ってたじゃん、ぽかぽかしてたじゃん。え、あれ魔法!? 人工太陽と人工月光の魔法!? うわぁ、凄いスケールの世界ですね……月が嘘くさく感じるわけだよ。

 というわけで、此処はそんな巨大小惑星が……ちょっと待って。惑星って太陽(正確には恒星)の周りを廻る天体って意味だから、太陽ないなら今度こそその表現はおかしいでしょうが。え、正式名称は惑星質量天体? あっそう……宇宙の用語って難しいのね。ていうか正式名称あるなら最初から出して欲しい。完全に未知のことに対して反応鈍いのが【万智】の弱点なのかしら。

 改めて。此処はそんな惑星質量天体ばかりが集まってできた宙域で、空に見える暗い星というのはお隣の天体だ。しかも宙域全体に大気があるため翼があれば空を飛んで周辺の別の星に行くことも可能らしい。実際、星々を飛んで巡る渡り鳥がいて、神聖視されているとか。

 ここはそんな宙域にある天体のひとつで、イゴールという。人が住める星のなかではかなり暖かく、地熱が豊富なので温泉がかなり沸く……え、温泉!? なにそれ凄く入りたい!

 

 なんか、あからさまに地球じゃない世界だねぇ此処……今まで死んでばっかりで異世界っぽさの実感とかする暇なかったけど。あ、孤島の世界で見たマーブルの空は異世界実感したわ。あと溢れんばかりのゾンビの大群もある意味で異世界だけど。そっちは参加もしたけど。二度とイヤです。

 とか言ってるとちょっと遠くのほうで破砕音ぽいものが聞こえてきて、そっちのほうがエロ声以外で騒がしくなる。何だろ? 私まだこの村の中で立場が不明だから、あんまり歩き回らないほうがいいよね。ホントは家ってか外から見るとテントだったけど、その外に出るのも控えたほうがよかったかもしれないけど、それは今更ってことで。

 

「アスカ、起きたのか?」

 

 悩んでるとカリムさんがやってきた。

 

「ええ」

「ジャッカロープが村のすぐ外で暴れている。戦士たちが対応中だ。村の中にいれば心配は要らないが、あまり出歩くな」

「わかりました」

 

 ジャッカロープというのはよく知らないけど、心配して見に来てくれたらしい。無骨だけどいい人だ。普通なら私みたいな不法入国者は牢に突っ込んで終わりじゃないの? あるいは後腐れないように一刺しして終了。あーそういえばオワタ式の最中にそういう部族がいたね。骸骨柄のネックレスしてたから危険度がわかりやすい人たちでした。やばたにえんの(交渉が)無理茶漬け。もう会いたくないわ。

 

 ぐぅ~

 

「空腹か?」

「……そのようです」

 

 普段鳴ることなんてほとんどないのに、こんなときばっかり自己主張しないでほしい、私の胃袋。

 地球みたいに便利な調理環境が揃っているわけないだろうから、食事時以外で空腹になっても食べ物など

 

「ジャッカロープのジャーキーでよければあるが」

「あー、あるんですねそういうの。もらえます?」

「おう、これだ」

 

 3枚ほどの肉片が手渡される。見た目は地球でよく見かけるビーフジャーキーとそれほど変わらない。貰っておいてなんだけど、ビーフジャーキーのほうが美味しそうだったように思う。

 齧ってみる。あーうん、ビミョーな味。かつて従兄が田舎の工場に勤めていたときに『試作品の味見よろしく』などと言って送りつけられたマグロジャーキーなるものが少々ビミョーな味をしていたけど、このジャーキーはそれに輪をかけてビミョーな味。ビーフジャーキーとコレが並んでたら、こっちを積極的に食べる人は少ないだろうね。

 

「アルミラージと比べると味は落ちるが我慢してくれ」

「私そもそもアルミラージ食べたことも無いんですが」

「そういえば異星の者だったな。食べる物も異なるわけか」

「肉には違いありませんけどね。私の故郷では肉といえば主に牛、豚、鶏です」

 

 【万智】によればこの村の肉は主にウサギらしい。美味しいのがアルミラージで、味は落ちるが加工すると長持ちするのがジャッカロープ。あとジャッカロープのほうが凶暴らしく、魔法を使って木の柵を攻撃し、砕いて食べてしまうのだとか。

 だったら柵は金属で作れよ、と思うんだけど、金属は貴重なので柵を作るほどの量がないようである。

 

「で、今あっちで暴れてるとかいうのが、このジャーキーになるわけですね」

「狩ったからには利用を考えるさ」

 

 あんまり美味しくないからといって、倒した肉を無駄にするつもりは無いようだ。

 日本に根付いている勿体無い精神、どうやらこの村にもあるっぽい。

 

「さて、起きているならちょうどいい。長がアスカを呼んでいる」

「え、村長さんこんな真夜中に起きてらっしゃるんですか?」

「本来なら風呂を出てすぐお休みになられるのだが、起きてるようであれば連れてこいとのお達しだ。寝ているようなら起こさなくて良いとも言われたが」

「起きてますねぇ」

 

 しかも食べ物をもらってしまったので無碍に断りづらいです。

 まぁ断る気はないんだけどね。お偉いさんにも私の話は通しておいて、公認で村に居つくことができればそれが理想だ。

 でもねぇ。

 

「会うのはいいんですが……着の身着のままの上に酷い旅路だったので、お風呂があるのなら入ってさっぱりしてからじゃダメですか?」

「身奇麗にしたいというのはわかるが」

「小汚いまま偉い人にお会いするのは気分的にちょっとねぇ」

「わかった、長に聞いてみよう。だがあまり期待するなよ、長もお疲れだ」

「あと、布をまとったままというのもどうかと思うので、何か着れるものをください」

「……そうだったな。用意する」

 

 ぃよっし服ゲットの言質(げんち)とった。

 

 

 

 

 カリムさんが村長さん、もとい族長さんから、面会前に身奇麗にする許可を取ってくれた。族長専用の洗い場を使っていいとのこと。

 ただし十分以内に済ませろとも言われた。なので湯船にのんびりつかるのは不可。まぁ族長さんはお疲れで、話をさっさと済ませて寝たいとのことなので、そんなに待たせる気はない。

 疲れもあるのでゆっくり入らせてほしい、話の後でもいいから、と言ったら日の出まで使っていいと言われた。話のわかる方のようで非常にありがたい。

 そんなわけで洗い場に入り、湯船の湯を桶で汲んで頭から被り、湯シャンと垢すり(素手)でできるだけ身奇麗にする。シャンプーだの石鹸だのタオルだのといった便利なものが無い、正確にはタオルだけはあるんだけど生地が固すぎて使うと肌を痛めそうなので使えない、なので手洗いくらいしかできない。それでも文字通り生きた心地のしない約一月の汚れをすっきりさせることができた。

 これで湯船に浸かれば疲れも吹き飛びそうな気がする。ここ汲み取り用と入浴用で湯船が二つあり、入浴用は温泉っぽい。うわー惹かれるわ、入りたい。でも今はダメ。

 名残惜しいけどさっさとあがる。身体を拭く用に渡された、バスタオル扱いするには少々固そうな布、これで身体を拭いたら肌が痛そうなので、軽く押し当てて身体の水分を吸わせる。この布あんまり水吸ってくれなくて、けっこうめんどいな。

 身体がだいたい乾いたら服を着る。入る前に着ていたものはボロボロで、どれももう着なおすことはできない。廃棄。かわりにもらったのは白と茶色を基調としたワンピース。そういえば白湯を持ってきてくれた女の子がインディアンっぽいデザインのワンピースを着ていたが、それと同じやつっぽい。民族衣装かな。

 下着が無いので直接着るしかないという問題があるけど、今はしょうがない。着てみた。サイズは若干大きめだけど大きな問題はなし。よし。

 

 こうしてインディアンコスプレの喪女が出来上がったのでありました。まる。

 姿見とか無いんで自分ではどんな姿かイマイチわからないんだけど、似合ってるのかな? たぶん似合ってないんだろうなぁ。

 

「お待たせしました」

「準備できたか?」

「ええ」

「では――」

「カリム。フェバル様の準備はもうよいか?」

 

 いきなり後ろから野太い声をかけられて(正確にはカリムさんが声をかけられたんだけど)、振り向くと、でっかいウサギと鹿の角を担いだ大男がいた。あ、これ首チョンパになったジャッカロープだわ。

 

「自ら狩ったのですか?」

「おう。最初は任せるつもりだったんじゃがな、今起きてる者達は少々頼りなくての。おまえさんが出りゃあワシの出番はなかったんじゃろうが」

「無理でしょう、俺はまだジャッカロープ狩りの経験はない若造ですよ」

「最初は誰でも未経験じゃい」

 

 がっはっは、と豪快な感じに笑う初老のマッチョ。

 察するにこの人が族長さんか。村一番の戦士でもあるらしいけど、お歳を召されているので普段は前線に出ないのだとか。

 

 で、お爺ちゃん。なんでフェバル知ってるの? 私ここに来てまだ一度も言った覚えないよ?

 

「まぁ立ち話もなんじゃ。家に戻るぞ。カリム、これ」

「はっ」

 

 ジャッカロープの首と胴体を受け取ったカリムさんは、それを持ってどこかへ行ってしまう。

 後には私とこの豪快なお爺ちゃんの二人っきり。

 

「さて、嬢ちゃんも早よ寝な」

「あれ、族長さんは私に何かお話があるのでは?」

「ありゃ、嬢ちゃんがフェバル様だったか」

 

 知らずに話しかけてたんかい。がっはっはじゃないよ。




()()()()()()のは大変
通常、フェバルは覚醒時点で能力は別にしても超越的な力(気力and/or魔力)を得、特殊な環境を除いて許容性の影響(≒星ごとの力の制約)を受けないが小さいため、どの星に行っても非常に強力な固体である。
アスカは例外的に、少なくとも現時点においては身体能力が一般の地球人の域を出ない(魔力も皆無)。それでフェバルとして振舞うのは大変であろう。
原作主人公である星海(ほしみ)ユウも初期状態では身体能力が一般地球人の域を出なかった。彼は後に鍛えて戦闘力を得ているが、許容性の影響はどういうわけか通常通り受けるなどフェバルらしくない性質を持つ。

危険人物(ウィル)
アスカが初めて出会ったフェバルの一人。能力が極めて強力で、性格と行動が凶悪な、まさしく危険人物。
彼はアスカのことを現時点では全く注目してないので、一章では出てこない。安心。

◇少し眠ったことでSAN値も少し回復
本来そんな簡単に回復するものではない。

◇惑星質量天体
質量が小惑星より大きくかつ恒星(正確には褐色矮星)未満であり、自重で(核融合を起こして)光ることはないけど、自重により球形を保つ天体のこと。
定義上、太陽系の惑星と準惑星は全てが惑星質量天体であり、それらの衛星の一部(月など)も惑星質量天体である。

◇惑星質量天体ばかりが集まってできた宙域
現在の話の舞台を含む宙域であるが、恒星がないので、ここにある無数の惑星質量天体は惑星でも準惑星でもない。天体は全てが地球型惑星相当で、小さいもので準惑星セレス級、大きいものでも直径が地球の半分くらい。
天体同士が距離を保っており衝突しない、地上から天体間にまで一気圧の大気が充満している、どの星も地球と比べると小さいにも関わらず地表重力が地球の七割程度、など人工太陽&人工月光のほかにも魔法的な仕掛けがあるとしか思えない要素を持つ。
宙域全体において、気力許容性は低く、大規模な魔法が動いているにもかかわらず魔力許容性はやや低いレベル。

◇天体イゴール (気力許容性:低い 魔力許容性:やや低い)
現在の話の舞台となる星。上記宙域内にある天体の一つ。大きさは冥王星と同じくらいで、この宙域の星としては平均レベル。宙域解説にもあるが地表での重力は地球の0.7倍で気圧は地球と同程度。
重力が弱い関係で、地球人の身体能力は相対的に約1.4倍となる(かわりに(こつ)()(しょう)症に注意だが、フェバルなら星間移動の際に治るんで問題ないかも)。
宙域内の人が住める星の中では温暖、というより亜熱帯に近い気候で、地殻活動が活発なため地熱が多く温泉が沸く。
ここに暮らす人々はいくつかの部族に分かれており、その全てが狩猟や漁と農耕を基とした生活を営んでいる。また魔法を生活の道具として用いている。


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0x03.族長さんと "フェバル様"

※2018.06.17.修正
本文中、イゴールにおける魔力許容性に関する記述が間違っていたので修正。

※2018.06.02.修正
一部発言のフォントを他の同条件の発言と統一。

前回のあらすじ:
せめて生き抜く力を得ないと、と決意したアスカはジャーキーを食べて身体を洗い、(インディアンっぽい)ラハール族の服を着て族長に会う。
アスカ「インディアン服けっこう可愛いかも(自分に似合うとは言っていない)」



 話の流れからして族長と思わしき豪快なお爺ちゃんに案内され、他よりも少々立派な家へと入り、わらのクッションに座って向かい合う。(かがり)()のような形だが火ではないらしい照明3つに照らされ、室内はそこそこ明るい。

 

「改めて。ワシはこのラハール族の族長ちゅうことになっとる、ヤスールじゃ」

「はじめまして。アスカといいます。お風呂ありがとうございます、おかげでさっぱりしました」

「気に入ったかいのう?」

「それはこれからですね。後で温泉に入らせてもらうつもりです」

「そうけえ。あれは村の自慢じゃけえ、たんと浴びな」

「そうさせていただきます」

 

 日本は世界有数の温泉大国で、そこで育った日本人は基本的に温泉好きだ。私もそのご多分に漏れず温泉は好きなので、それはもう是非に堪能したい。何泉だろ?

 でもその話はさておいて。

 

「ところでヤスールさん。フェバルをご存知で?」

「ああ。よく知っておる。あんたもフェバル様なんじゃろ?」

「どうしてそう思われますか?」

「カリムから聞いた話の、死んでも他の星で生き返る、ちゅうところがな。言い伝えのフェバル様にそっくりじゃて」

「ということは、この世界は何かフェバルと関わりが?」

「フェバル様がおつくりになった、と言われておるよ」

 

 あら何とまあ、スケールの大きい話で。

 しかしそういうことなら納得だ。許容性の低い割に人工太陽&人工月光なんて大規模な魔法が動いてる……ちょい待ち。当たり前のようにスルーするところだったけど、なんか知らない単語が紛れてる。【(ばん)()】のせいだな。許容性って何さ。

 えーとなになに。世界には実は気術(フォース)魔法(マジック)のような、精神の作用によって物理法則を超越する現象が存在し、それらの力がどれだけ許されるのかが星域によって異なる。その許容度合をして【許容性】と呼ばれる、らしい。

 フェバルたちの間でよく語られるのが、気力許容性と魔力許容性。気力許容性が高ければ生命力を身体に纏って生身とは思えないパワーが出せたり、生命力を活性化させて負傷者を治療したりできるらしい。魔力は言うに及ばず。地球ではこの許容性が極端に低く、気力はプラシーボ効果レベルでしか機能せず、魔法は全く使えない。エーナが星海君を暗殺しようとして《バルシエル》と唱えたのに何も起きなかったのはそのため。もし地球に魔力許容性がちょっとでもあったなら、星脈から力を引き出した彼女の魔法が炸裂し、破壊的な嵐が彼を周囲もろともネギトロより細かく切り裂いていた、らしい。もれなく私も巻き添えじゃないですかやだー。発動しなくてよかった。でも結局心臓刺されて捻られたけど。おのれ。

 さてこの星の許容性は、気力許容性が低めで、魔力許容性はそれより少しだけ高い。どちらも地球よりは上か。つまり私でも頑張ったらオーラをまとったり魔法が使えたりするかも? 何それ楽しそう!

 

 っと、いけない話が大幅に逸れちゃった。軌道修正っと。

 

「一応言っておきますが、私は確かにフェバルですけど、そんな大層なことはできませんよ?」

「うん? フェバル様なんじゃろ?」

「フェバルですけど、成り立てですから」

「成り立て? あんた大人に見えるが、実は生後一ヶ月くらいだったりするのか?」

「この爺さんはフェバルを何だと思っているのか……」

 

 はっ、いけないちょっとだけ素が出た。

 

「あー、もしかしてフェバルのこと『なまらすげー種族』くらいしか知らないんですね?」

「違うのか!?」

「そんなに間違っていませんけど、少し説明したほうがよさそうですねぇ」

 

 というわけで、アスカ・スミノエぷれぜんつ、フェバル講座はいりまーす。

 生徒はラハール族族長ヤスールさんです。

 といってもそんなに大したこと言わないんだけど、私が極少ない接触事例と【万智】から得た知識を披露するくらいで。

 

「なるほどのう」

「というわけで、私はフェバルになってまだ一月くらいですかね。ちょうど魔女コス女に心臓をしゅっぐりっとやられるあたりで」

「カリムから聞いてはおるが、なんとも痛そうじゃのう」

「実践はおすすめしませんよ、死にますから」

「そりゃそうじゃ」

 

 フェバルでないと生き返るの無理だろうしね。あるいはゾンビなら平気で動けるけど。

 まぁどっちも、好き好んでなるものじゃないよ。ロクでもないったらありゃしない。私は両方経験したけど。なんてこった……

 

「さらに言うと、普通のフェバルはどう控えめに見ても超人!てくらい強いんですが、私はまだたいした力がないんです。だからこの一月、何度も死ぬ目に遭いました」

「あー、わざとじゃなかったんかい」

「わざとであんな死にまくるとか、どんなマゾですか」

 

 年月を重ねて磨り減ったフェバルの中にはそういう異常者もいるかもしれないけど。でもそれって『もはや並大抵の刺激では満足できない』ってことで、たぶん完全に磨り減って星脈に()()()される一歩手前くらいじゃなかろうか。

 私はフェバルになったばかりなのでそんなことはないし、究極マゾ的な異常末期を迎えたくもない。

 

「そんなわけですんで、この世界をおつくりになったという "フェバル様" と同じ役割や能力を求められても無理ですので」

「ふむ」

「ですので特別扱いも無用です。ただの客人として扱ってください」

「わかった、では族長(ワシ)専用の風呂にこの後入る話もなしじゃ」

「やっぱりフェバル待遇でお願いします」

「嬢ちゃんは言うことがすぐ変わるのう」

 

 いやいや、日本人にとって温泉に入れるかどうかは死活問題なんだから、テノヒラクルーも当然じゃないですか。

 まぁお互い冗談であることはちゃんとわかってる。その証拠に爺様はがっはっはと豪快に笑ってらっしゃる。

 

「ところでじゃ、嬢ちゃんは力が無いとのことじゃが、能力のほうはあるんかの?」

「そちらはありますよ。私の能力は【万智】と言って、簡単に言うと知りたいことが知れる能力です。例えば、誰も知らないアルミラージの極上の味わい方を知ったりできます」

 

 アルミラージはこの村で主食の一角ウサギだが、幼体の角を折って生け捕りにし、丁寧に皮を剥いでから殺して捌いて、新鮮な馬刺しならぬ兎刺しにして食べると極上の味わいになるらしい。そしてその食べ方をこの村の誰も知らないらしい。

 案の定、爺様はその食べ方に興味を示した。ていうか興味津々だ。

 

「ふむ、便利なのかそうでないのかよくわからんが、興味深いの」

「ですから、村にいる間は知恵袋として働こうかと思っています」

「あいわかった」

 

 こうして私は、ラハール族の客人兼相談役になった。

 

「では早速、アルミラージの極上の食べ方を教えてくれんか」

「こんな時間から狩りは無理ですよ明日にしましょうよ……」

 

 幼体を探して生け捕りにするとか、新鮮なうちに生で食べるとか、色々と気をつけねばならぬ点があるので準備に時間がかかる、と説明してしばらくの我慢を納得してもらうのに小一時間ほどかかった。

 

 

 会談後は約束どおり族長専用の風呂で、炭酸泉という日本では珍しい種類の温泉をじっくり堪能させてもらった。なお族長専用風呂は今日だけ特別にということで、明日からは大浴場を使えと言われた。残念。でも大浴場にも温泉があるとのことで、独りで入るという贅沢は難しいが今後も温泉を楽しめるのは嬉しい。

 風呂はそれ以外に特に語ることも無いので割愛。たっぷり楽しんだ後、私にあてがわれた例の家に戻り眠りについた。

 当たり前だけど、この一月で一番安らかに眠りにつけたと思う。

 

 

 

 

 そして翌日……きました毎月恒例のアレ。

 そういえば前回は孤島にいるときに来たんだっけ、確かにあれから約一月だ。

 でもまさか心機一転したこのタイミングでくることないじゃん。しかも今回も予兆なし。やだもー!

 

「おい、大丈夫か?」

だい……うぶ

 

 困った、カリムさんに「大丈夫」ってちゃんと言い返すことができない。全身(手足以外)あちこち痛いし、吐き気もするし、息もうまくできないし、そして左目から涙も止まらない。だから何でいつも片目だけなの?

 痛みはもう慣れきってるけど、どう頑張っても浅くしか呼吸ができなくて、そのせいか身体が思い通り動かせない。まさかしゃべるのも満足にできないなんて。これ普段より明らかに重症だわ。ホントよりにもよって何でこのタイミングでこんな……ホントにもう!

 

「しっかりしろ! 今薬師(くすし)を呼ぶ!」

まっ……

 

 これ生理痛なんでどんなに苦しそうでも命に別条ないです、寝てれば直ります、呼吸が浅くてもじっとしてれば酸欠にならないし。とだけ説明することすら満足にできない。困った。

 とりあえずカリムさんが人を呼びに走り去らないようになんとか捕まえる、が虚弱貧弱万智無能な日本人の握力じゃラハール族の戦士は止まらない。

 待ってー、カリムさんお願い待ってー。

 

 待ってくれませんでした。

 

「アスカ、いま薬師を連れてきたぞ、って血の臭い!」

「重傷ですか!? 見せてください! カリムは回れ右!」

ち、ちが……

「フェバル様が重傷というのは本当か!」

「族長! 診察中です! いきなり入らない!」

 

 どったんばったん大騒ぎ。あう、大丈夫のたった一言がちゃんと言えないせいでとんだ大事に……

 うん、もう何でもいいや。とりあえず今日から三日間、有給ください、族長様。




◇許容性
本文で説明したとおり。さらなる詳細は原作者様の用意された設定をご覧ください。
https://ncode.syosetu.com/n5969bs/4/

◇プラシーボ効果
本来なら病状に対して効果の無い療法や偽薬投与を、その病状に効果があると説明して実施し、患者がその効果を信じると本当に療法や偽薬の効果が現れる現象のこと。
簡単に言えば、思い込みが結果をもたらす、ということ。
作中の地球における気力の効果はその程度の域を超えない。

◇アスカ・スミノエぷれぜんつ、フェバル講座
説明した内容はこんなところ。
・フェバルとは種族名みたいなもの。数は多くない、宇宙全体で百人~千人くらい?
(人数については【万智】の知識がぼやけてたので、あんまり明白じゃない)
・覚醒前は各世界の現地人類として過ごし、覚醒すると超人化して宇宙に放り出される。
・種族としてはフェバルであると同時に、一応は各出身地の現地人類でもある。
・全てのフェバルは不老である。
・フェバルの言葉は何故かどの世界でも相互に通じる(自動翻訳)
・フェバルは各世界での滞在時間に制限があり、ゼロになると星を離れて次の星へ飛ばされる。
・致命傷を受けて死亡した場合も制限時間がゼロと同じ扱いで次の星へ
・フェバルは世界移動の際、活動に支障のある病傷(死亡を含む)が全て完治する。
・よってフェバルは事実上不死、ただし客観視点では普通に死ぬ。
(一度死んだ世界には通常二度と戻れないため)
・フェバルは各世界の住人と比べて非常に強い(例外あり)。
・フェバルは各々が何らかの固有の能力を持つ(例外あるかも、未確認)。
星脈とフェバルの最後については言及しなかった。

◇炭酸泉
二酸化炭素が溶け込んだお湯。日本ではこれが沸くところは極稀で、2つくらいしかないらしい。
ラハール族の集落では炭酸泉の温泉が豊富に沸いている。
これが炭酸泉だと判明したのは【万智】によるため、集落の人は『なんか気持ちいい』くらいにしか思っていない。

◇毎月恒例のアレ
生理痛(月経痛)のこと。アスカのそれは最悪だと入院が要るレベルで、ピークの前後三日間は行動不能になる。


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0x04.足場固めをしよう

※2018.06.07.修正
誤字修正。

前回のあらすじ:
アスカは族長と会談して村の相談役に就任。でも翌日から生理痛で三日休み。
アスカ「大丈夫のたった一言がちゃんと言えないせいでとんだ大事に……



 この星に降り立ってから五日目。

 村には客人兼相談役として置いてもらえることになったが、そのあと毎月恒例のアレがよりにもよってこのタイミングで来てしまったためダウン。今朝になってようやく動けるようになった。まだ痛みやだるさは残ってるけど動くに支障なし、明日には痛みも不快感も綺麗さっぱりなくなるだろう。

 

 そんなことよりおなかがすいたよ。この星に漂着してから私まだジャーキー三枚しか食べてない。のたうちまわることさえできないほどの三日間はそもそも食欲も吹き飛んでいたからよかったけど、それがおさまってきたら今度は強烈な空腹感が、ていうかこれもう飢えじゃないかな。

 飢えたときの思考というのは本気でおかしい、これは私に限ったことではなく生物全般がそうなのだと思う。飢えは本当に辛い。隣に人間の死体があれば食べてしまう人だっているだろう。私のときは周囲に人間はいなかったので土を食べたり木の皮を食べたりした。あとリチウムイオン電池をかじりそうになったり。そういえば渓谷にカバン置いてきちゃったんだっけ。あれ回収できないかなぁ。無理ですかそうですか。

 というわけで朝起きて気がついたらカリムさんの腕をかじってた。いや甘噛みでおさまるよう頑張って自制したので、カリムさんにダメージはないはずだけど。

 

「……俺の腕は食えんぞ?」

 

 と真顔で言われたので謝った。

 

「ごめんなさい、空腹すぎてちょっと気が触れてました」

「大丈夫なのか?」

「ええ、もう動けます」

 

 しゃべろうにもまともに声が出ないくらい体調ひどかったけど、薬師さんに病状?を説明して何とか周囲に理解してもらえた。とはいえ私の生理痛は日本人でも他になかなか類を見ない酷さなので、それより規模のはるかに小さいラハール族では『何いってんの? 生理痛がそんなに酷くなるわけないじゃん』と言いたげな雰囲気だった。実際酷いんだからしょうがないんですぅ! わかって。

 最終的には種族差ってことで理解してもらった。曰く『フェバル様の月のものはすっごく重い』いやちょっと待って。これフェバルだからってワケじゃないからね? 私以外の女性は多分普通です。

 悶々としながらひたすらベッドの上で回復を待つ間に、族長さんの命令でカリムさんが私のお付きだかお目付けだかになったらしい。

 

「というわけで、ご飯が食べたいのです」

「普通に食べれるようになったのなら、もう少しで朝食の時間だ」

「カリムさんの二の腕、美味しそうですよねぇ」

「俺の腕は食い物じゃないと言っただろ!?」

「でもほら、渓谷の土とか孤島の木の皮よりも質感いいですし」

「そんなものと比べるな! そんなに我慢ならないのかお前は!」

「カリムさんは飢えたことはおありで?」

「わかった、わかったからコレでも食って大人しく待ってろ!」

 

 ジャッカロープのジャーキー再び。空腹は最高の調味料、これはきっと四日前に食べたのより美味しいに違いな……そうでもなかった。ビミョー。これだけ空腹なのに美味しいとまでは思わない味って逆に凄い。その凄さに価値は全く無いけど。改良できないかな?

 よく噛んだ上で喉の奥に水で流し込む。とりあえずこれで飢えは解消できた。あーうん、私カリムさんの二の腕食べようとしてたんだっけ。なんでこれが美味しそうに見えていたのか。人肉食べるのはあかん。

 

「はぁ、こんなのが伝説のフェバル様の同類とはな」

「すいませんねぇ、こんなので」

 

 自覚はあります。というか世界作っちゃうような凄いヒトと同類認定は、ただの日本の一般ピーポーだった私には荷が重いですってば。

 外面はまだしも内面的性格がおかしいとか、生理痛がおかしいとか、マイナス面しか思いつかないしね。プラス面? 文明ないとこでSEの技術がなんの役に立つのさ? あ、【(ばん)()】があったわ。圧倒的知識チート、って触れ込みだけど、知識あっても力がないとダメダメというのはこの一月で証明されてしまっている。

 ていうかさ、あんだけ死んで死んで死んで死にまくって、そのときの記憶全部残ってたら、性格おかしくなってもしょうがないよね当然だよね。え? 死んだせいじゃない? 元からおかしい? アッハイそうですね。

 

 

 さて、現状で私の目的は、生き抜く力を得ること。つまり『サバイバル能力を身につける』『身体能力を鍛える』『魔法に挑戦』ってところ。カリムさんが私のおつきになってくれるそうなので、まずは彼に鍛えてもらうのがいいと思う。魔法はおいおい。

 一方で、ラハール族の集落にお世話になる以上は、集落に多少の貢献を返したい。それにはやはり【万智】を活かした技術改善かな。さっそく思い当たるのが食の改善。まず族長の食いつきがよかったアルミラージの極上の食べ方、馬刺しならぬ兎刺しだ。

 必要な食材はアルミラージ幼体(子ウサギ)と調味料。日本人としては醤油とおろしショウガもしくはおろしニンニクが欲しいところだけど、この星でどれだけ揃えられるやら。

 朝食の串焼き肉をかじりながらそんなことを考え……

 

「美味しい。なんですかこれ?」

「アルミラージだな。ジャッカロープより美味いだろ」

「別次元ですね。ジャーキーもこっちを出してくれればよかったのに」

「アルミラージは常食にするからジャーキーはあまり出回らんからな。持ち合わせがない」

 

 適当に血抜きして串に刺して焼いただけの、料理とも言えないほど簡素な料理だけど、例のジャーキーとは屑肉と霜降りくらいの差がある。実に美味しい。味が薄いことだけが難点。塩が欲しい。

 もう一品の野菜スープは、地球でも見たようなそうでないような色々な野菜をシンプルに煮込んだもの。素材の味が生きている、つまりちょっと苦い。もうちょっと苦味を抑える工夫をしてほしい、てか出汁とかコンソメとか無いんですかね?

 まぁ今の私は空腹補正が激しいので大概の料理は美味しくいただけます。ご馳走様。

 

 で、食べながら思った疑問をカリムさんに聞いてみた。

 

「ショーユ? 聞いたことがないな」

「塩は海の村と取引で得るが、一度に取引できる量はそう多くない。使い道が多いから大事にしないとな。串焼きに振り足したい? 贅沢なことを言うのだな」

「ショウガは南方の村にあったな。ニンニクはここでも少し栽培している。だがあれを食うのか? 薬草だぞ?」

「出汁? コンソメ? コショウ? なんだそれは? 美味いのか?」

 

 ま さ か の 調 味 料 全 滅 。

 

 食文化は改善の余地がありそうなのだけど、調味料が不自由すぎて難しいかもしれない。せめて塩をある程度自由に使えないと。

 そして醤油がない。日本人としては痛いけど、醤油製造は結構複雑なので今後も普通はないと思ったほうがいいだろう。仕方がない。仕方がないんだけど、醤油なしで兎刺しは美味しく食べれるの?

 そういえば、出来立ての新鮮な刺身は塩で食べても美味しかった。家族旅行で行った九州の温泉旅館での経験なんだけど、兎刺しもこれでいけたりしないかな?

 物は試しだ。

 

 

 

 とりあえずカリムさんに頼った。

 鍛えて欲しい旨を話したら快諾され、狩人としてやっていける程度には鍛えてくれることになった。

 それとは別に今日は子ウサギを生け捕りにしたいと話したら、怪訝な表情をされた。

 

「小さいものを狩っても得るものが少ないだろうに」

「美味しいんですよ。ヤスールさんにも催促されてますし、とりあえず試作だけでもね」

「長が何か要求したのか?」

「カリムさんは、私のフェバルとしての能力について、ヤスールさんからどこまで聞いています?」

「聞いていない。本人が話すまで詮索不要と言われた」

 

 ありゃ。族長様は気を使ってくれたのかな?

 まぁカリムさんはいいヒトのようだし恩人でもあるので、隠す必要はないんだけど。

 

「私の能力は簡単に言うと知識を得られるんですけど、その中にアルミラージの極上の食べ方と言うのがありまして」

「それはまた随分とニッチな知識だな」

 

 私もそう思う。

 まぁ兎刺しに限らず調べれば色々な料理の知識は出るけども、寿司やケーキの知識を披露しても材料ないから作れないじゃん?

 思いついた中で一番出しやすそうだったのが兎刺しなのです。

 

「それをヤスールさんに話したら、凄く興味を持たれました」

「なるほど……長にとって、この村の食事は少々味気ないようだからな」

「私にとっても味気なかったのですが、ヤスールさんも?」

「長も翼ある者の導きで他の星へ行ったことがあるそうだ」

 

 ここの星域は大気圏がとても広く、空を飛べれば別の星へ行けるのだけど、翼も無いのに行ったことがあるとは凄いね族長様。

 しかし近くの星にもグルメな世界が存在するのかな? たしかに私とヤスールさんの共通点は『他の星』くらいしかなさそうだけど。そしてどの程度なんだろうなぁ、日本並にグルメだとすると合格ラインが相当高くなりそう。せめて醤油さえあればなぁ。

 

「とにかく、そういうわけなので作ってみようと思いまして。調味料が足りてないので不安ですけど」

「それを作るために幼アルミラージが要ると?」

「小さいほうがお肉が柔らかくて美味しいんですよ」

「そういうものか」

 

 というわけで一狩り行こうぜ。人生初です。ゲームでも狩りなんてしたことない。RPGのコマンドバトルとかMMOのクリックゲーでモンスター倒しまくるのはやったことあるけど、あれは狩りとは言わない。作業だ。

 準備は念入り、というほどのこともなかった。カリムさんが持ってる剣、ククリナイフという種類の剣らしいけど、それを私にも一本渡された。けっこう重い。そして助っ人?の少年チカバルが同行。で準備完了。さすが狩猟民族、慣れております。

 獲物の場所なんだけど、おそらく巣にいるのだろうと思うものの、わざわざ幼体を狙うことは無いので巣の位置なんて知らないし判らないそうな。つまり【万智】の出番。

 

「なあ姉ちゃん、ちっこいのなんか捕まえてどうすんのさ?」

「綺麗に捌いてヤスールさんに献上するんですよ」

「族長様に? だったらデカイやつのほうがよくない?」

「ヤスールさんはグルメなんでしょう? だったら普段と違った味わいのほうが喜ばれると思いませんか?」

「そうなのか? ふーん。姉ちゃん変わったこと考えるんだな」

 

 そりゃ、ここの人たちはあの味の薄い食事が日常なのだから、それに不満を覚える私は彼らに言わせれば「変わってる」に決まってる。でもそれを言えば彼らの族長様だって変わり者ってことになるんだけども。

 そんな雑談しつつさくさく歩いて、集落から最寄のアルミラージの巣へ。成体がいればチカバル君の修行がてらさくっと倒してもらうとして、幼体は角を折って生け捕りにしないといけない。これを私が挑戦することに。カリムさん曰く「生け捕りはやったことないし、アスカの実力も見てみたい」あーうん、動物園のウサギさえ満足に抱きかかえられたためしのない私には生け捕りはけっこうハードなんですが。でも自分で言い出したことなのでやってみるしかないか。

 

「これがアルミラージの巣か?」

 

 草むらの中で枯れ草のベッドを作り仲良く並んで寝ていた小さな角兎が三匹。さすがに飛び起きて警戒して、うわ飛び掛ってきた!

 とっさに剣の腹を盾のようにして縦に構える。その剣をもった私の腕に角がぐさり。痛い。

 

「あう!」

「ちょ!?」

 

 深く刺さる前にカリムさんが掴んで止めてくれました。なので私の腕の傷は玉のような小さい血が出るだけで済んでる。けど血を見るとくらくらします……そういえば昨日までの三日間で大量に流れ出てるから鉄分が足りてない。誰か鉄分ぷりーづ。ここでどうやって補給すればいいんだろう? アルミラージのレバーでも焼いて食べる?

 

「防御も満足にできないとは」

「クソ雑魚ナメクジでごめんなさい生まれてきてごめんなさい」

「そこまでは言っていない」

 

 文句を言いながらも傷口におくすり塗ってくれるカリムさん優すぃー。

 チカバル君は私の代わりに残りの子ウサギをさくさく捕まえて角を折って生け捕りにしてくれてる。私の半分も年齢なさそうなのに実に頼りになります。

 

「これおれのほうが強くね?」

 

 とか思ってたらぐさっと言われた。

 

「チカバル、その通りだとは思うが本人を前にはっきり言うんじゃない」

「カリムさんも本人の目の前ではっきり言ってますからね?」

 

 日本人、想像以上に、狩りできない。

 まぁ私は文化系だったんで、小さい頃に家族全員で兎島に行ってみんなは簡単に捕まえてたのに私だけ逃げられまくったくらい運動神経は鈍かったし、体型維持以上の運動は特にしてないし。しかも今回は生け捕りっていう面倒くさい条件がついてる。だからこうなるのも仕方ないと思うんだけど。

 

「……明日から、相当スパルタで鍛えないといけないようだな。苦労が目に見える」

「たいへんですねぇ。頑張ってください」

「おまえのせいだからな? それとおまえは俺以上に頑張る必要があるからな?」

「カリム兄ちゃん、おれも手伝おうか?」

「そうしてくれると助かるな」

 

 スパルタ訓練が予定に組み込まれました。逃げたい。でも逃げたら死ぬ。何度も死ぬ。実例あり。

 諦めて頑張ります、はい。

 

 

 

 チカバル君が持ち帰ってくれた子ウサギは、私が【万智】をフル稼働して最適な方法で捌ききった。ククリナイフで。この集落、包丁ないのかよ。

 

「狩人より料理人になったほうがいいのではないか」

「そんなこと言わないで鍛えてくださいお願いしますなんでもしませんから」

「しないのかよ……」

 

 チカバル君が呆れてるけど、ここで『なんでもします』などと言うとろくでもない要求を出される国の出身である私は迂闊(うかつ)なことは言わない。

 で、運のいいことにごま油に似た感じの食用油を見つけた。貴重品らしかったけど族長様に出すからと強引に少しいただいて、これに塩を混ぜればタレができる。でもいい皿がないので木材を貰ってきてククリナイフで大小皿を削り出し。箸もなかったので端材から切り出して適当に削って成形。

 

「姉ちゃんすげー器用だな……剣でこんな細かく切れるやつなんて村にいないぜ?」

 

 チカバル君にはじめて褒められた。しかし私はこんな無骨な剣で木工や彫刻ができるほど器用だったかな? 人物画を描くと『妖怪ですか?』って言われちゃう程度には不器用だった覚えがあるんだけど。もしかしてフェバルになった影響だろうか。

 それはさておいて、削り出した皿に兎刺しを盛り付けて、ごま油モドキのたれを小皿に。何本かつくった箸の一つを使って味見……おお、美味しい! これなら族長様もご満悦に違いない、ってあのさぁ。

 

「カリムさん、チカバル君。食べたいんですか?」

「長に出すなら毒見が要るだろう」

 

 カリムさん、顔に「食べたい」って書いてあります。言い訳イクナイ。

 

「おれ食べたい」

 

 チカバル君は素直でよろしい。

 味見させるのはいいんだけど、素手で触ってほしくはない。でも二人が箸を扱うのは厳しいと思うので、次の箸を取り出して、

 

「はい、あーん」

「あぐっ。モグモグ……うめぇ!! なんだこれ!」

 

 チカバル君にはちょっと贅沢だったかもしれませんねぇ。

 

「おい、何故チカバルが先なんだ」

「毒見なら彼が食べれば充分じゃないですか?」

「うぐっ」

「素直に食べたいと言わないなら、このままヤスールさんに持って行きますよ」

「……俺が悪かった。一口食べさせてくれ」

「了解。はい、あーん」

「……これは……長の気持ちが少しわかるな。もうひとくt」

「これ以上食べたらヤスールさんに出す分がなくなっちゃいますよ?」

「まだこんなにあるじゃないか」

「いやいやいやいや」

 

 これは基本的に献上物ですよ、集落で一番偉い人に差し出すんです。また機会があれば作りますから、横取りすんじゃねーですよ。

 

 これ以上を取られないように防衛しつつ、ヤスールさんのもとへ持って行って「あーん」で食べさせた兎刺しはたいへん好評だったので、ひとまずほっとした。ただカリムさんとチカバル君が族長様の目の前にも関わらずもう一口をねだるのには、ビックリするやら呆れるやら。それでいいのかこの集落? と思ってたら「ああもうわかった、残りはお前たちで食べろ」というのでヤスール族長お優しいです。どうも威厳を振りかざすのは苦手なようで。

 あと即興で切り出して作った木皿にも感心された。これについては「必要だなー」と思ってたらいつの間にか作ってたって感じで、自分でもこんなことができるとは知らなかった。

 毎日作ってほしいと言われた。兎刺しを? それとも皿を? え、両方? (やぶさ)かではないけど、さすがに毎日は無理なので「毎日は無理ですがまた作ります」と返した。他にも気がつくことがあれば自分の知識を披露するとも言っておいた。

 これで集落における私の価値が確立できたと思う。心置きなくカリムさんを私の鍛錬用に占有できます。ふふふ。

 

 

 

 

 翌日から大変なスパルタだったことを此処に明記しておく。

 あと気に入った誰かさん(三名)の強い要望により兎刺しを毎日作る破目になった。毎日は無理って言ったじゃんよー。

 解せぬ。

 




◇生理痛がそんなに酷くなるわけないじゃん
人口が少なければ症例のサンプル数が減るので、異常症例に対する許容性も変わってくるというもの。あとラハール族のような小規模共同体だと文化的に精神的性別(ジェンダー)の異常も発生しづらく、それを原因にした悪化例も殆ど無いという理由もあるかもしれない。

◇馬刺しならぬ兎刺し
地球の兎の肉は生食に向かないので真似をしてはいけない。
馬刺しは危険性が少ない種類の動物である上に厳密な品質管理をしているために生食が可能だが、兎の生食は野兎菌がヒトにも感染するため危険らしい。
作中のアルミラージには野兎菌などなく、幼体ならば食あたりの危険が衛生管理された馬刺し並みに少ないという設定。なお適切な調理をすると馬刺しのようにとろける美味さ。

◇醤油、塩、生姜、ニンニク、出汁、コンソメ、胡椒
出汁とコンソメは『食材のうまみ成分だけ使う』という行為への理解が無いため存在しない。
それ以外は実は全てこの星にあるが、ラハール族はあまり持ち合わせていない。

◇チカバル
ラハール族の少年。狩人見習い。
今まで狩りに出たことは無く、今回が初の実践訓練なのでかなり浮かれている。
現時点で戦力としてアスカより遥かに上。

◇兎が三匹
フェバルの言語翻訳能力の問題なのか作者の知識不足や怠慢が理由か、兎であってもアルミラージは『羽』ではなく『匹』で数えている。おそらくジャッカロープも。
こいつらがヒトを脅かす凶暴な動物(モンスター)だから、という理由もあるかもしれない。

◇兎島
広島県の大久野島のこと。島のほぼ全域が国有地であり管理職員約20名以外の人口はゼロ、野生アナウサギの兎口が約700羽。
逃げ足と警戒心の強い兎を捕まえるには結構な運動神経と体力がいる。その点では住吉(スミノエ)家はアスカ以外の全員が相当優秀。

◇ククリナイフで調理
狩りのときに使ったやつをそのまま使用、ただし消毒はした。
消毒は実は魔法技術による。後日登場予定。


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0x05.下着がないなら作ればいいじゃない

前回のあらすじ:
アスカのスパルタ訓練が決定。
ヤスール「この兎刺し美味いな。毎晩出してくれ」
カリム「俺の分も頼んだ」チカバル「おれもおれも」
アスカ「ちょ!? 材料貴重なのに!?」



 スパルタ初日。朝。集落の入り口で。

 

「訓練はあの丘で行う。ついて来い」

 

 言うが早いか、遠くに見える丘を目指して走り出すカリムさん、ついていくチカバル君。二人ともはっや!

 置いて行かれてはいけない、私もすぐさま走り出すものの、文化系日本人にはとてもついていけそうにない速度……あれ、私の足も思ったより早い。ていうか身体が軽い? どうして?

 困ったときは【(ばん)()】の出番。この星、重力が地球の0.7倍しかないらしい。つまり単純計算でパワーが1.4倍になったようなもの。なるほど身体が軽いわけだ。でも逆に、そんなゆるい環境だと筋力を鍛えるのが難しくなるかも。まあ段階的に重り(ウェイト)をつけるとかを意識すれば大丈夫かな。

 ……なんて考えてたのに、現場に着く前にばてた。いやばてようが疲れようが身体動くけど、動きが鈍るのは避けられず、そのせいで二人に遅れた上に派手に転んだ。痛くたって平気だけど何か悔しい。うわーん。

 

「姉ちゃん体力ないのな」

「そこから鍛える必要があるか……基礎以前だな」

 

 心配して戻ってきてくれた二人の手にはアルミラージが。走ってる途中で狩ったらしい。いつの間に。自分がドシロウトなのは自覚してるけど、こう技術の差を見せ付けられると

 

「姉ちゃんそれ、昨晩のおれらな」

「あんな器用に剣を使うのは長でも無理だろうな」

 

 木工は何であんな器用にできたのか自分でもよくわからないんで、褒められても複雑な気分なんですが。あとさ、この集落はノミとか彫刻刀とかないの?

 

「どっちもあるよ」

 

 ……あるなら木工中に出してほしかった。

 

「だって言われなかったし」

「それに気がつく前に作り上げてしまったからな」

 

 言われてみれば自分でも驚くくらいスムーズに切り出してたもんなぁ。じゃあ次に作る機会があったら出してもらおう。

 結局、まずはとにかく基礎体力を倍以上にしないと何をするにも(らち)が明かない、ということで夕方近くまで延々と集落と丘の上を往復させられた。体感だけどフルマラソン以上の走行距離。ばてばてになった身体には手に持ったククリナイフがさりげなく重くて辛い。あと昼飯抜きってどういうことよ?

 

「昼飯? 飯は一日二食だろ? 朝と晩」

 

 あ、昼食の習慣がない世界でしたか。でも途中で少しくらいは水を飲ませて欲しかった。甘えじゃないよ! 運動中の水分無補給は身体に悪いんだよ!

 私は延々と休み無くとろとろ走るだけだったけど、二人は飛び出てくるアルミラージをぷちっと猟果に追加したり、巣の場所を私に聞きだして幼体を生け捕りにしたりと大活躍だった。しかもけっこう涼しい顔、対する私は汗だく。

 十時間も延々と走ってると身体ががくがくしだすけど、普段から月例で激痛を耐え抜いたり、一月ほど死んで死んで死にまくる狂気に耐えた実績のおかげか、気合入れて無理やり身体動かしてしまえば何とかなった。まぁ生理痛の最中と比べればまだ全然身体動くね、辛いには辛いんだけども。

 

 そしてくったくたに疲労した後で入る温泉はサイッコーに気持ちがいい。転んだときの傷がちょっとしみるけど。

 温泉にとろけながらふと思う、私も鍛えたらあの二人みたいに動けるようになるんだろうか……そんなことを考えながらボーっとしてたら、ちょっとのぼせた。

 

 そのあとは調理場の隅のほうを借りて、連中がどうしても兎刺し食べたいっていうから狩ってこさせた子ウサギを、昨日と同じようにささっと捌く。この調理場、なんか変な光る紋章が書かれた台があって、その光にかざすことで調理器具だろうが食べ物だろうがヒトの手だろうが何でも消毒できるらしい。深く考えずに利用しているけど、これ多分魔法だよね? いずれ詳しく聞いてみたいところ。いや【万智】で調べ抜けばいいのかもしれないけど、まずは知ってる人に教わりたい。

 皿と箸は昨日のやつを再利用、ごま油モドキと塩は昨日と同様に少しだけ貰えば……そういえばこの油も貴重品なんだっけ。毎日消費してたら怒られるかもしれない。これの調達も考えないと。ヤスールさんにお願いしてみよう。

 で、ヤスールさん宅へ持っていく……

 

「やっぱり待ち構えていやがりましたね」

 

 カリムさんとチカバル君もいた。そりゃ私としては二人のもとへ持って行く手間が省けるので構わないんだけど、族長に用ないのに族長宅にホイホイ遊びに来ていいのか?

 あと生理中たいへんお世話になった薬師さんことカトラさんも居た。あれ四人いる。でも箸は四膳しかないので、つまり私の分がない。しょぼーん。

 

「そういえばあのときはお世話になりました」

「いえいえ。何事も無くてよかったわ」

「お騒がせしましたホントに」

 

 薬師のカトラさんは族長ヤスールさんの奥さんだそうで。村一番の知恵者で、普段は薬の管理や調合したり、料理班の指揮を取ったり食材の在庫管理したりでけっこう忙しく、病気の者が出ると彼女しか診察できる者がいなくて大変だそうだ。後継者育てましょうよ。なお私が後継者やるのは無理、フェバルなので育っても遠からず居なくなっちゃいます。

 そんな集落の偉い方かつ個人的にもお世話になった方に、この極上の味を食べさせない選択肢はない。でも生食ですよ、大丈夫? って族長も食べてるんだから今更か。

 

「あっ手でつかんじゃダメです」

「じゃあどうやって食べるのよ?」

「こうお箸を使って一切れずつ、タレにつけて……はい、あーん」

「変わったものを使うのね……」

 

 たしかに箸文化は変わってるかもしれないけど、衛生上必要です。殺菌効果のあるショウガを使えばマシかもしれないけど、醤油がないからなぁ。

 

「……美味しいわね。生肉って聞いてたからちょっと怖かったけど」

「実際、調理を間違えると食中毒になるでしょうね。美味しいけど怖い料理なんですよ」

「棒で食べさせるのもそのため?」

「そうです、箸と言うんですが」

 

 箸を使う理由は、実際は私の文化的な矜持(きょうじ)というかそういう面のほうが大きいんだけど、そういうことにしておく。

 

「早くワシも食べたいんじゃが」

「くっ、待つしかないとは焦れるな」

「姉ちゃんおれにもー」

 

 ちょ、おのれらは巣で親を待つツバメの(ひな)(どり)か!

 昨日全然食べれなかった族長さんはまだしも、そこの二人は随分と強欲じゃないですかね?

 

「私にももう少しもらえるかしら?」

「は、はいどうぞ」

 

 カトラさん眼光が鋭すぎて逆らえません。

 

「ふふふ、わたしに内緒で胡麻(ごま)油を勝手に使って何かと思ったけど、これは許可を出さざるを得ないわね」

 

 あ、これモドキじゃなくてホントに胡麻油なのか。

 

「そういえば貴重って言ってましたけど」

「ええ、本来は魔法の触媒にするものなのよ。食べるなんてとんでもない、って思ってたんだけど」

「魔法ですかっ!」

 

 魔法の習得は目標の一つ。是非とも習いたい。

 カトラさんに頭を下げてお願いし……

 

「そんなことより食わせてくれんかのう」

「そうだぞアスカ、素手で掴むなと言うならちゃんと食わせてくれ」

「サボんなよ姉ちゃん」

「ああもう面倒くさいですね! ご自分でどうぞ!」

 

 三人それぞれ向けに使っていた箸を渡す。え、どう使うのコレ、って顔を今更されても。さっきまでお手本見せたでしょ。

 

「え、ちょ、姉ちゃんこれ難しいー」

「なかなか、これは……」

 

 カリムさんとチカバル君は突き刺したりトングみたいな使い方でなんとか食べてる。明日から使い方教えてあげるからちゃんと使えるようになりなさい。

 

「難しいけどコレ、調薬に応用、できそうね。おいし♪」

 

 カトラさんは頑張って比較的まともに箸を使ってみせた。箸を覚えたての子供くらいの器用さ。初めて使ってそれだけできるなら凄い。

 

「む、若い()に『あーん』して貰うのは格別だったんじゃが、仕方ないの」

 

 ヤスールさんはカンペキに箸を使いこなす。えぇー、自分でできるなら初めからそうしてくださいよ。何処かの星で覚えてきたんですか?

 

「あなた?」

「んぐ」

 

 あと詰まらないことを言って奥さんを怒らせないように。だいたい、目の下のクマが色濃い喪女を横に侍らせて、何が面白いというのか。私には理解できませんよ。

 

 という感じに話が飛んだけど、魔法を教わることについては了承いただけた。ただし、カリムさんの訓練である程度の成果が出てから。

 あと対価として兎刺しを毎晩出すことも要求された。貴女もですか。

 

 

 

 

 スパルタ二日目。のはずだったんだけど、筋肉痛がひどいことを話したら、無理やり頑張っても身体によくないからと休みになった。痛かろうとお構い無しに気合入れてたので拍子抜け。

 時間ができたならやっておきたいことがある。

 

「エトナちゃーん」

「あ、えーと、お姉さん。元気になった?」

「ええ、おかげさまで。白湯ありがとね♪」

「でも目の下のクマなおってないよ?」

「残念ながらコレはいつでもこうなんです」

 

 この集落に来た当初、最高に灰ってヤツ(誤字にあらず)になってたときに、カリムさんの後ろから白湯を持ってきてくれた少女、エトナちゃん。他の見知った顔は狩りに出ているか忙しくしていて、服のことなら彼女にでも聞けといわれた。てかそれ、エトナちゃんが担当なんじゃなくて私の相手を適当に押し付けただけだよね? まぁ細かいことは気にせずお願いしますけども。ていうかカリムさんは私のお目付け役だったはずでは。私放置して狩りに出ていいのか?

 で、何がしたいのかというと……

 

「下着を作りたいのです、ちょっとエトナちゃんに手伝ってほしいのですよ」

「下着? って何?」

 

 そう、この集落、下着がない。そういうのを身に付ける文化がないのだ。

 男性はそれだと股間のモノがぶらぶらするので、布を巻きつけて固定しているらしい。要するにフンドシ。

 女性は何もなしで激しく動くと胸が揺れて先端が痛いので、そういう激しい動きを嫌うか、やっぱり布を巻きつけて固定するかのどちらか。要するにサラシ。なお下はない。

 そんなわけで、私もそれに倣って昨日はサラシ巻いてたわけだけど、胸を潰すようにして巻くから苦しくて、激しく動くには邪魔になる。あと下がね……郷に入ればなんとやらとは言うけど、やっぱり何もなしではちょっとねぇ。と思って一応フンドシをつけてはみたものの、やっぱ違和感がある。

 そんなわけで。ないのなら、作ってしまえ、ホトトギス。じゃなかった下着類。鳥を作ってどうするの。

 

「お姉さん、変わったこと考える」

「そらまあ、族長さんのお友達ですんで私」

 

 フェバルがどうこうとかいう話は一応伏せておこうってことになってて、ヤスールさんとカトラさん、あとカリムさんにしか話していないらしい。よってチカバル君は詳しいことは知らない。

 公的には私の身分は旅人で、族長さんが他の星に行ったときにできた友人ということになっているらしい。まぁ間違いじゃない、けど年齢的には友人の娘くらいになるんじゃないかなぁ。

 何で伏せてるのかって? そりゃ(もち)(ろん)、私が "フェバル様" の同類だなんてバカ正直に触れ回ったら大変な騒ぎになりかねないからです。まぁ一般の村人は伝承をあんまり知らないみたいなんだけど、ちょっと他の集落によく行く博識な方々はその辺をけっこう知ってたりするみたいなので、一応配慮しておけと言われた。

 それにしても『族長さんの友達』と名乗れば大概の奇行を納得してもらえる、ってカトラさんに言われたんだけどそれってどうなのよ? 族長様かわりものだから類友ってこと? それでいいのか最高権力者とその妻よ。

 

 というわけで、初日に貸し出されて以来そのまま私の家扱いになってる客人用テントまで、エトナちゃんにお願いして布と縫製道具を持ってきてもらいました。日本の裁縫道具と比べるとちょっと無骨な感じがするけど大丈夫、ククリナイフを包丁や彫刻等代わりにするよりも全然楽です。

 なのだけど、身体にフィットする下着類って設計がタイトだから、まず細かい寸法を測らないといけないんじゃなかろうか。さすがに道具の中にメジャーはない。そもそもこの世界にSI単位系がないだろうし。さらに言えば金属部品やプラの部品もないから普段使っていたそのものは作れず、形状も工夫が要る。なら【万智】で調べてしまおう。たぶんわかる。

 

 

 ……あ、ありのまま、今起こったことを話すぜ。

 私は自分の下着を作るために適切な寸法を知ろうとしたら、いつの間にか上下一式が出来上がっていた。

 な、何を言っているのかわからねーと思うけど、私にも何がどうなったのかわけがわからないよ。きゅっぷい。

 

「お姉さん、これが下着?」

「うん、そうです……あれー?」

 

 こうやってこうすれば作れる、という手順みたいなものが【万智】によってわかったと思ったら、なんかそのとおりにさくさくと身体が動いて、あれよあれよという間に出来上がってしまった。ホックとかがないので形状で工夫して装着できるようになってる。これ地球にあるものと遜色ないよ、素材以外。

 そういえば一昨日(おととい)昨日(きのう)と子ウサギを捌いたときも、木を切り出して皿を作ったときもこんな感じだった。捌き方を調べて調理しようとしたら、特に意識することなく身体が自然に動いて調べたとおりに調理できてしまった。さらに盛り付け用の木皿が欲しいと考えていたら同じノリで削りだしてしまった。どうやらこれらも【万智】の特性によるものらしい。

 つまりあれか、ちゃんと材料や道具が揃ってて、私の体力とかが許す限りはどんなモノヅクリも楽勝ってことか。しかも道具はちょっと普通では考えられない用途でもだいたい完璧に使いこなせると。おお凄い。はじめて【万智】に感動した。

 そして欠点も明白。素手で捌いたり切り出すのはさすがに物理的に無理、という事実を覆すことは出来ない。この能力を活かすなら適切な道具が必要。それって星間旅行(強制)で持ち物を失くしやすいフェバルとは相性悪くない?

 

「これ、どうやって使うの?」

 

 エトナちゃんがブラに興味を示しました。この子だから微笑ましい光景で済んでるけど、他の人(特に男)に興味を持たれるとヘンタイ化不可避だわこれ。文明的に未知のアイテムだから好奇心持たれる可能性フツーにあるよね……ま、まぁ不快に思うのは異世界人の私だけだから我慢すればいいのか……いいのか? 

 というわけで実際に服を脱いで着てみせる。まず下から。ジャストフィット。そして上も……使い慣れない構造なので少しだけもたついたけど装着完了。やっぱりジャストフィット。さすが【万智】、寸分の狂いもありません。これってもしかして女性のスリーサイズ知り放題なんじゃあありませんかね? 男に持たせたらいけない能力だなぁ。

 

「こうやって身に付けて使うんです」

「うんうん」

「これなら動き回っても痛くなしい、サラシみたいに苦しくもなりません」

「おぉー!」

 

 興味津々のようだ。

 思うに、女性に狩人はとにかく戦士を名乗る人がいないのって、ブラがなくてサラシを使ってるのが原因じゃなかろうか。苦しくて大立ち回りはキツいもんね。

 つまりコレを普及させたら戦士になる女性も現れるかもしれない。役割分担の意識はあれど男女差別的な考え方はないみたいだし。

 

「これがあればお姉さんも戦士になれるの?」

 

 と言われて気がついた。そっか、女性戦士第一号、私かぁ。

 

「そうだね」

 

 それからあと二セットほど下着を作ったら、エトナちゃんもひとつ欲しいというので、でも上は未だ要らないよね。なので下だけひとつ作って進呈した。

 ちょっと形が私のと少し違うような……まぁ喜んでくれたから別にいっか。

 

 

 その後、カリムさんたちが狩りから帰ってきて、けっこう大猟に見えるのに妙にしょげてるので何かと聞いてみたら、子ウサギを捕まえたいのに自力では巣を見つけられなかったんだって。で私に位置を聞いてきた。おい戦士と狩人見習い。そんな索敵技量で大丈夫か? まぁ教えてあげるけど、狩るのは一日あたり巣一つまでにしときなさいよ? この集落は成ウサギ肉が主食なので、乱獲して絶滅させちゃったら目も当てられない。

 

 場所を教えてやれば後の仕事が早いのは流石。生け捕りで持ち帰ってきた子ウサギを受け取って……昨日は無心で捌いてたからなのか、けっこう平常心でいられたんだけど、改めて見ると生きた兎の首を狩り落として血抜きして腹割いて内蔵抉り出して……えぐいわ! こう肉と血の感触と生々しい暖かさがまたクラクラする。私これ昨日までは特に何とも思わずにこなしてたのよね? どういうことなの?

 え、【万智】の効果で平常心だった? アッハイ了解。確かに捌き方は【万智】任せだったけど、精神面も保護されてたのかぁ。この能力、意外な方面でもチートだったわ。その調子で先週までの死亡ループもどうにか回避してくれれば……どうやっても無理だった? 力なさすぎ? 鍛えないとダメ? アッハイそうですね。

 能力にまで駄目出しされてなんか悔しいので、腹いせにカリムさんとチカバル君に箸の使い方講座して、うまく持てるようになるまで兎刺しを食べさせなかった。何で俺たちだけって文句言われたけど、ヤスールさんは元から上手だし、カトラさんもけっこう器用だから及第点でOKなんですぅ。いいから練習だ、とにかく練習せよ。私の故郷じゃ乳幼児でも昨日のカトラさんくらい使いこなせるんだぞ、恥ずかしいと思わないのかキミたちは。思ったならホラ頑張れ。

 なお昼のお礼ってことでエトナちゃんも招いて食べさせました。初めてなので私てずから、はい、あーん。気に入ってもらえたようで何より。

 あ、今日は私も食べますよ。ちゃんとお箸を二膳作ってきたから大丈夫。

 

 ……すっかり贅沢を教えてしまったような気がしてならない。私がいなくなった後、この集落は大丈夫なのかなぁ?

 

 

 

 

 翌日の訓練はさらにスパルタに……なったようなならないような。

 一つだけ言うと、私は初日以上の回数を往復した。体力は少しずつ増してるんじゃないかなぁと思うのは楽観かな?

 




◇重力が地球の0.7倍
現在の話の舞台である惑星相当天体イゴールの性質については0x02話にて解説したとおり。大きさに対して重力や気圧がおかしいのだが『そのように "フェバル様" がパラメータ設定して作った』ためにこうなっていると思ってもらってよい。
なお質量と重量は異なる。たとえば調味料の量(質量)が5gと表記した場合、地球上での5gはイゴール上でも5gであり同じ量を指す。この5gの重さが地球上で5g重に対しイゴール上で3.5g重になり異なる値となる。
何が言いたいかというと、仮に今後料理のレシピ等を出した場合に『重力が違うから量も換算しないと……』などという心配は無用ってこと。

◇光る紋章が書かれた台
この紋章がイゴールの魔法。こいつは病魔払い紋と言われており、調理の前に食べ物や食器をこれにかざすと食べた者が病気になりにくい、と言われている。
実態はかざしたものを殺菌消毒する効果があり、アスカは【万智】によりそれをなんとなく理解している。
一度書くと三時間ほど持続する。逆に言えば調理一回分の時間しかもたないので、調理毎に魔法使いたちがありったけ書いて回る。

◇カトラ
族長ヤスールの妻で、影の族長みたいな存在。初老というには少し若い程度の歳。
今の集落で唯一の薬師。集落に病人が出たら、適切な診察ができるのは彼女だけ。
普段は薬の管理や調合、料理班の指揮や食材の在庫管理をしている。

◇箸文化は変わってるかもしれない
地球において、食事の際に使う道具としては(構造ではなく使い方の)複雑さにおいて他に類を見ない異色のアイテムであろう。

◇エトナちゃん
ラハール族の子供のひとり。初日にアスカのテントに白湯を持ってきた子。
ところで、この子が女の子だと誰が言った?

◇下着を身に付ける文化がない
下についてはそれほどおかしな話ではないようである。日本でも近代以前は着物の下は腰布一枚とあまり下着らしいものを身に付けていなかったというし、西洋でもドロワーズが発明されるまでは女性はノーパンだったらしい。
上については古くは紀元前より何らかの方法で固定していたらしいことがわかっている。ラハール族においてもサラシ派以外は何もしていないってわけではなく、服自体でゆるく固定しているのだが、これだと激しい運動には耐えられないようだ。

◇SI単位系
正確には国際単位系、またはそのフランス語の頭文字を取ってSI(のみ)。
地球上のあらゆる国で共通して使えるよう策定された各種単位のこと。
距離のメートル、質量のキログラム、時間の秒などがある。


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0x06.本気で訓練するとこうなる

前回のあらすじ:
アスカの生産チートが炸裂!
アスカは女性下着(上下)を三着手に入れた!
エトナは女性下着(下のみ)を一着手に入れた!
アスカの兎刺しファンが(本人含めて)六人になった!
アスカ「あれ、特訓の話は?」チカバル「ちょっと走っただけじゃん」



 訓練一日目。指定場所に行き着く前にばてたため科目がマラソンに変更される。

 次の日、筋肉痛でお休み。エトナちゃんと縫製して過ごす。

 訓練二日目。この日もマラソン。一日目よりは長距離を走った。

 次の日、やっぱり筋肉痛でお休み。料理班の手伝いをして過ごす。私が手がけた料理は絶賛されたけど、調味料の使いすぎで怒られた。調味料って塩しかないじゃん。この集落は調味料と野菜の量を増やすべきだと思う。兎刺し持参してヤスールさんとカトラさんに直訴しておいた。

 訓練三日目。この日もマラソン。いつまで走ってればいいのさ?

 次の日、筋肉痛があんまりしないことをカリムさんに話したら、今日はお休みにしないで訓練やることになった。つまり訓練四日目。←今ココ

 

(きょ)(じゃく)(ひん)(じゃく)の異星人アスカがようやく多少なりとも体力をつけたので」

「いやま事実ですけども、そんなはっきり馬鹿にしないで欲しいですーぶーぶー」

「姉ちゃん、気持ち悪いからその顔やめなよ」

「きもっ、!?」

 

 自称喪女でもそんなこと言われたら傷つくよ!?

 

「進めていいか?」

「あ、どうぞ」

「今日から実際に剣を扱う。まずは素振り千回」

「え、ククリナイフ(これ)を振るんですか?」

「他に何を振るうんだ?」

「訓練用の竹刀(しない)とか」

「姉ちゃん、実際に使うものを振らないと、訓練にならねえよ」

「ぐう正論」

 

 竹刀は安全に稽古するための道具であって、鍛えるのに最適ではないってことか。まあそもそも竹刀は日本のカタナ文化に由来したものなので、この集落にはないはず。ないのに言葉が通じるのも変な話だけど。(ぼく)(とう)と混同してるかもしれない。

 というわけで皆さん黙々と、でもないか。カリムさんは黙って振ってるけど、チカバル君は「イチ! ニ!」という感じに掛け声をかけてる。

 ところで型の指導とかないの? 学校教育で男子は剣道あるかもしれんけど、女子は剣道部にでも入らない限り学校で竹刀を振るうことなどない。女子剣道部が活躍するコミックが()()ったので感化された女子はいたし、私も順当にしてれば入った可能性はあるんだけど、中学上がった直後の頃に男子の悪ふざけで竹刀で叩かれ、髪の毛を巻き込まれて痛い思いして、それでちょっぴりトラウマ化して剣道には近寄りたくなかった。まぁその後そんなのどうでもよくなるほどの強烈な痛み(=生理痛)を毎月味わうようになったわけだけど。

 どうでもいい思い出のせいで話が逸れたけど、そんなわけだから私は剣を振るのなんて初めてで、振り方を知らない。ただ振り回せばいいだけのものでないことだけは知ってる。

 

「カリムさん、型の指導とかないんでしょうか」

「型とは何だ?」

「え? いや剣の振り方とかそういう」

「俺を見て覚えろ」

 

 オイコラそこの脳筋。

 もうちょっと根気よく聞いてみると、○○流だとか剣の型だとかそういう概念が頭にないみたいで、見て覚えて試しに振って体力つければあとは実践あるのみ、という考え方が集落の戦士全員の認識らしい。要するに指導の技術に乏しい。

 あーうん。そういうことなら存分に見て聞いて、ああそうだ【(ばん)()】に頼ろう、それが多分一番早い。ともかくまずはゆっくりやります。

 

 日本人である私が『剣を振る』と言われて思い浮かぶのは、やはり剣道、そして竹刀。両手でしっかり構えて、振り上げて、振り下ろす。ククリ()()()って名前だけど長さはそこそこ、竹刀よりは少し短い程度はあるので同じように握りこむことができる。()(よう)()()()で構えて、振る……しっくりこない。こうかな? こうかな?

 

 試行錯誤して十回も振っていると、なんとなくしっくりくる振り方がわかってくる。あとはこれを身体に覚えこませるべく、ゆっくりしっかり、繰り返す。

 まだ振った回数はそう多くないのに、意外と疲労するし汗もじんわり出てくる。しかしこのやり方が最良だろうという特に根拠のない確信をもって、私はそれを繰り返す。

 が。

 

「二人とも、なんでじろじろ私を見てるんですかね?」

 

 カリムさんとチカバル君が手を止めて私をじっと見ている。なんだっていうの。

 

「見事なものだと思ってな」

「見事って、剣としてこれを振るうのは今日が初めてなんですけど」

 

 包丁の代用やノコギリやノミがわりには散々してきたけどそれはノーカンで。子ウサギの突撃を受け止めようとした(しかも失敗)のは真っ当な武器としての用法だけども、振ってはいないのでこれもノーカンで。

 というかあのときその場にいた二人は私のド素人ぶりをよくわかってると思うのだけど。

 

「ド素人の何にそんな感心するところがあるんですか?」

「本当に素人なのか? 見事なほどに隙がないぞ。アルミラージ幼体(子ウサギ)の突撃に間抜けを晒したのと同一人物とは思えん」

「そうだよ姉ちゃん、なんか振り方が族長様みたいだ」

 

 異常な絶賛に困惑する。族長様ってアレでいて村で一番強い戦士なのだけど、それに例えられるほどの腕前や才能なんて私には絶対にな……あ! もしかしてそれも【万智】のせい!? 調理と木工と縫製がなんか凄いことになったのと同様に、剣も道具だから使い方はカムペキってか!?

 

「……ホントのホントに今日初めてのド素人なんですけどねぇ」

 

 経験(に相当する何か)がないとは言っていない。【万智】のせいで状況がおかしい。まぁ役立つ要素だからいっか。

 

「はいはい、素人の素振りなんて観賞してないで、二人とも自分の素振りに戻ってくださいよ」

 

 その後はちょっとペースアップして、五百を越えたあたりから腕が疲れてくるけど型を崩さずペースを落とさずを意識しながら続行。毎月の痛みと虚脱感に比べれば少し腕が重いくらい問題なし。

 体感一時間を少し割るくらいで千回を終わらせた。でも気を抜いた瞬間に手から剣がすぽっ。

 

「うわぁ危なっ!」

「何をしている!」

 

 危うく足の指を切り落としてしまうところだった。あっちゃー油断した。こんな失敗するあたり、ホラやっぱりド素人だ。

 思ったより手と腕がガクガクしてる。まだまだ気合入れれば動かせるけど、自覚してたよりもはるかにしんどい。考えてみればそりゃそうだよね、重力0.7倍といえど剣なんていう重いものを千回も振ったんだから。

 さて続き。最初の素振りは上から下へ振り下ろす、いわゆる唐竹(からたけ)。次は斜めに振り下ろす袈裟(けさ)だ。終わり際にさっきみたいな失敗をしないよう、改めて気を引き締めて。

 そこの二人。なんで「え、まだやるの?」みたいな顔してるんですか?

 

 唐竹、袈裟下ろし、右薙ぎ、逆袈裟上げ、逆風(さかかぜ)、袈裟上げ、左薙ぎ、逆袈裟下ろし、そして刺突。剣の形状的に活用が難しそうな型もあるけど、とりあえずこの九種類の型を練習してみた。全部同時に繰り出せば()()(りゅう)(せん)。いや無理だけど。たった一本の得物で九種の攻撃を同時になんて、人外の膂力か人外の速度がないと無理です。

 その全ての振り方を各々(おのおの)千回ずつ、合計で九千回。それだけやったらさすがに日が沈みそうになってた。ちゃんと身についたかどうかはわかんない。無意味なことだったとは思わないけど。

 

「まさか素振りだけで一日使うとは……」

「カリム兄ちゃーん、おれもうくたくただよー」

 

 え、あれ? やりすぎたの? たかだか……とは言えないか、九千回は。腕は特にそうだけど全身がなんかガクガクしてるし。

 

「カリムさん、本来の予定はどんなだったんです?」

「素振り千回もすれば剣を振ることにある程度慣れるし、身体もあったまるから、その後は狩りに行くか対人のつもりだった」

「それだと各型百回くらいにしておけばよかったですね」

「まあ、あれをやめさせる気にはなれなかったし、実践訓練は明日でもいいだろう」

 

 そんなふうに言われるほどのものなのか? 私視点では【万智】で得た知識を()(よう)()()()してみただけなんだけども。まぁ回数だけは素直に『頑張りました』って言える。ちょっと立っているのもしんどい。腕は更にしんどくて少しも重力に逆らう気になれない。やりすぎたかなぁ。

 

「では子ウサギを狩って帰るか」

「待って」

「早く狩って帰ろうぜ。姉ちゃん、巣はドコ?」

「ねえ待って」

 

 あの、もう腕が重くて包丁(ククリナイフ)握れそうにないんですけど。

 

「今日は無理です、調理できない」

「なんだと!?」「なんだって!?」

 

 えぇー、そんな驚愕すること? てか二人してプレッシャーが怖いよ?

 

「剣振り過ぎました。腕がもうガクガク。正直もう落とした剣を拾い上げるのも厳しい。調理なんて無理無理無理無理カタツムリですよ」

「なら誰かが代わりに捌けばいいのか?」

「まぁ理屈としてはそうですけど、正直もうクッタクタなんで、指導すんのもだるい、さっさとお風呂入って食べて寝たいですね」

「姉ちゃんダメだよそれは、ちゃんとおれたちと族長様たちに兎刺し作って献上しないと」

「献上て。しかもなんでチカバル君のが先になるんですかねぇ」

 

 ダメだこいつら、兎刺し中毒に陥ってて休止交渉ができそうにない。これ下手すると生理中でまるで身動き取れないときにもねだってきたりしないか? いくらなんでもそのタイミングだけは冗談じゃない、これは一刻も早く自分達で何とかできるよう技術継承が必須なのでは。

 

「えーとじゃあ、集落までお姫様抱っこで連れ帰ってくれたら、調理できる人に捌き方を教えます」

「よしわかった」

 

 半分冗談で言ったのに、カリムさんは何の躊躇(ためら)いもなくひょいっと両腕で私を抱え上げる。落としてた私のククリナイフはチカバル君が回収。実に手際がいい。おまえらそんなに兎刺しが食いたいか。

 それにしても、自分で言っておいてこの体勢、フツーなら恥ずかしかったり色々思うんだろうけど、今回は疲労が前面に出すぎてるせいなのか『実はこれあんまり楽じゃないんだなぁ』くらいしか思わない私。あーこのへんが喪女たる所以(ゆえん)なのかな。わかってたって自覚したって性格なおすのは無理だけど。

 

「で、二人は調理とかできるんですか?」

「適当に肉を切って焚き火で炙るくらいしかできんな」

「それ調理って言うんでしょうかねぇ」

 

 戦士なら野営することもあるのだろうから、そのときの食事なのかな。

 

「チカバル君は?」

「料理はやったことないけど、頑張るから教えてくれよ!」

「こんなに疲れてなかったら教えても良かったんですけど……」

 

 素人に教えるのは最初が一番大変なので、今の体力では勘弁して欲しい。

 

「あ、エトナちゃんならどうでしょう?」

「エトナか。あれなら色々やっているだろうから、頼んでみてもいいかもしれんな」

「決まりですねぇ」

 

 エトナちゃんに捌いてもらいましょう。この前食べさせたときは気に入ってくれたみたいだし、でも二人みたいに図々しくないので、その後も誘わないのに食べに来たことはないけど。調理したら食べれるよ、って言ってやり方教えてあげれば引き受けてくれると嬉しいな。

 

 

 

 子ウサギを狩って集落に戻り、エトナちゃんに「やり方教えるから調理お願い」と頼んでみたところ快く引き受けてくれた。炭酸温泉に入って夕食とった後に、エトナちゃんを調理場に連れて行き(何故か呼んでもないのにチカバル君も同行)指導してみたところ、子供らしからぬ技量と器用さで教えたとおりにさくさく調理。生で出す料理なので衛生面には特に気を使うようにさせる以外は特に苦もなく完成しちゃった。むしろ同行したチカバル君が隙あらばつまみ食いしようとするので作業的にも衛生的にも邪魔で仕方がなかった。

 よし、今度から私がダウンしてたらエトナちゃんが調理してくれるに違いない。あと調理の邪魔する人はククリナイフで斬り捨てていいよ、って許可出しておいた。チカバル君がちょっとビビッてたけど知るもんか。

 ただ、今日エトナちゃんの切った兎刺しを食べたヤスールさんは

 

「正直に言うと、昨日のほうが美味いのう。切る腕の差かのう」

 

 とばっさり言いやがった。ククリナイフ(ほうちょう)捌きの腕前に差があるとでも? 私だって料理の腕前は一般家庭主婦以下、ましてこんなごつい刃物の腕前は素人同然のハズなんだが。思った以上に【万智】の器用さ補正が強力なのかしらねぇ。

 それにしても、エトナちゃんがちょっとしょげちゃったじゃないか。どうしてくれる。

 

「いい。次がんばる」

 

 おろ、エトナちゃんのやる気スイッチに火がつきました。いい傾向かも。

 

 

 

 

 翌日、想像をはるかに超えて強烈な筋肉痛で右腕がまったく使い物にならず、訓練はお休み。手も腕もまともに動かせないとなると普段の休みと違って他に何かやるのは無理なので、朝から晩まで筋肉痛に耐えながら温泉に浸かるという一日を過ごした。のぼせた。ていうか茹で上がった。

 うーん、いきなり金属武器の素振り九千回はやりすぎたかなぁ。

 

 あと、許可の話で料理班の方々に怒られた。曰く、

 

「調理場を血で汚す気ですか! そういうのは立ち入られる前に斬り捨てなさい!」

 

 そっちのほうがこえーよ!

 その話を聞かせたらチカバル君が

 

「おれ、もう調理場には絶対入らない……」

 

 と震え上がっていたのはココだけの話。

 




◇ククリナイフって名前だけど長さはそこそこ
一口にククリナイフと言うが長さはけっこうまちまち。ものによっては刃渡りが一メートルを超すらしい。
アスカが今持っているものは刃渡りが竹刀より若干短い程度あり、柄もギリギリ両手持ち可能な程度の大きさがある。

◇それも【万智】のせい
【万智】の知識というのは単純に文章化できる事項だけではなく、職人や達人の感覚・経験のような文章化やパラメータ化が困難な事項も含まれる。
そして【万智】で得られたそれらのものがアスカの身体向けに最適化されて、それに従った動きを取れるようになると『経験ないハズなのに(部分的に)熟練職人や達人のような腕前を披露できる』ということが起こる。
この『最適化』の特性は【万智】覚醒初期にはなく、経験によって成長する要素。将来的にはアスカ自身により【自動挙動(ワークオートメーション)】と名づけられることになる。
ちなみに、今のところアスカは勘違いしているが、別に道具がなくても徒手の技術(空手、合気道、粘土細工、あやとりなど)もこの特性の対象である。魔法が絡む技術も対象ではあるものの、当人の魔力がゼロのため、自身が魔力を持つことを前提とする技術は扱えない。

()()(りゅう)(せん)
ある剣客コミックに出てきた奥義一歩手前の大技。
八方向の斬撃と中央の突き、計九条の攻撃を同時に行う。よほどの腕が無ければ相手は回避も防御も不可能(らしい)。


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0x07.魔法を使いTai!

前回のあらすじ:
アスカの剣道チートが炸裂!
アスカは調子に乗って素振りをしすぎた! 翌日一回休み。
アスカ「うぐぐぐ、生理痛以外で内症で動けなくなるなんて生まれてはじめてかも……」



 訓練漬けの日々は続く。

 過去の経験から頑張り続けること(デスマーチ)に嫌気がさしている私だが、訓練はそもそもの動機が『苛酷な環境でも生き抜くための力を付けたい』という自分本位のもの。自分のためならば全力で頑張れます、というわけでそれはもう全力で頑張った。

 頑張った結果、私はちょくちょく筋肉痛を起こして訓練を休みにする。自分で言い出すのではなく、カリムさんに都度「今日は休め」と言い渡される。自己管理ができていないと言われればそれまでだが、この歳まであんまりガッツリと身体を鍛えたことはないので、どれだけ鍛えたらどれだけ休むとかいうコツが何かあるのだろうと思いつつもその加減はさっぱりわからない。私は自己判断だとやりすぎる傾向にあるらしいので、指導者がいて助かってます。

 さて休みを言い渡されるたびに、私は集落のあちこちに出しては思いつきで色々やる。それがいい気晴らしになるので。集落のみんなとしても、私が色々やるのは有難八割迷惑二割ってところのようだ。

 主に迷惑こうむってるのは在庫管理つまりカトラさん。

 

()()油がなくなりそうなの。困ったわ」

「あれがないと兎刺しにつけるタレに困りますね」

「何とかして頂戴」

「食べる頻度減らすか生産量増やしてください、としか言えないんですがそれは」

 

 この集落のあたりは温かいから栽培には適してると思いますよ? もともと生産なのか他村から輸入なのかは知りませんけど。

 

「あとね、塩も消費量が増えて困ってるの」

「ああ、串焼きに振りかけるのが流行っちゃいましたか」

「何とかして頂戴」

「私にどうしろというのですか!?」

 

 塩は海の近い村で作る伯方の塩もとい天日塩を輸入しているらしい。当たり前だが私に塩を作る能力はない。岩塩を発掘するという手もあるが集落近辺に岩塩はない。

 

「それからね、あなたが作った、こう胸につけるやつ」

「ブラジャーですね、って見せましたっけ?」

「あれいいわね。村の女性が一斉に欲しがっちゃって、でも作ろうにも材料の布が全員分は足りそうにないのよ」

「そうなるのちょっと予想したから、見せないようにしてたつもりなんですが。何で知れ渡っちゃってるんですかね」

「何とかして頂戴」

「本気でどうしようもない!?」

 

 アスカは逃げ出した! しかし捕まってしまった!

 

「何とかして頂戴?」

「いたいイタイ痛い! (きょ)(じゃく)(ひん)(じゃく)(ばん)()()(のう)の私に何を期待していらっしゃるというのか!?」

「ちょっと頑張って野生の胡麻と岩塩と木綿をたくさん見つけて、布作ってブラジャーたくさん縫ってくれればいいのよ」

「何その故郷のデスマーチも真っ青の過酷な労働!? 助けてえーりん!!」

 

 カトラさんは私の頭を鷲づかみにして万力のように締め上げてくる。さすがわ集落最強の妻、この人も戦闘において並のお方ではなかったようだ。んなアホな。だからといって暴力に屈して不当な重労働を受け入れる気は毛頭ないです。あと野生の胡麻も岩塩も木綿も【万智】に聞けばどこにあるか一発だけど、どれもこの集落の近くには全くない。全部他村の近辺だ。

 結局、物資不足について何か解決策を考えてみてほしい、という当初よりは軽度の要求を呑まされた。まぁそのくらいは言われずとも思いついたら提案しますけども。私だって、集落の文明水準を上げた結果、生活が立ち行かなくなりました、なんてのは不本意だし。

 ブラジャーについては、急いで作ろうにも布が足りないのだから、当面は必要性の高いヒトから順に私が受注生産という形でお願いした。各個人にフィットする形で作らないといけないから、ちょっと指導が大変そうで私が作っちゃったほうが楽だからだ。当たり前だが女性限定。一番必要なのは剣を振って動き回る戦士になるが、今のところ女性の戦士(見習い)は私だけらしい。つまり私の分が最優先。次いで弓のみを扱う狩人、その次がカトラさん。カトラさんはいろんなところを監督する都合上、かなり動き回るのであったほうがいいと思ったけど、本人が狩人優先でいいと言うのでそうする。その他のひとは特に順位付けは無し、でそのあたりに順序が回る頃までには縫製班へ製法を教えて作れるようにしよう。ってそのためのサンプル一つ提供するのがホントの最優先かな。

 あと、胡椒と醤油はもしかしたらこの星のどこかにあるかもしれないので、探してみて欲しいとお願いしておいた。他村との取引での話になるので結果が出るまでに時間がかかるだろうけどね。

 

 

 

 

()ッ!」

 

 背後から襲ってきたアルミラージを逆袈裟下ろしで一刀両断。剣を握る両手に、30センチを超える大きな相手を斬る重い感触。二つになった肉塊は力を失いボトリ。カリムさんがそれを拾って左手に持つ袋に放り込む。

 あれから走り込みと素振りを毎日あるいは隔日で続け、チカバル君には及ばないものの体力はついたので実践訓練してみよう、ということで今日はモンスターのいそうな平原を三人で歩いている。モンスターといってもアルミラージばかり。なんだかんだで剣の振り方はかなりしっかりと身についたらしい私は、不意を突かれた程度ではアルミラージに遅れをとることは無かった。そもそも【万智】をちゃんと使えば周囲のアルミラージの位置を漏らさず把握できるので、本当の意味で不意を突かれることはないんだけど。

 これが私とともに頑張ってるチカバル君の場合、まだ子供だというのにパワーとスタミナは私など及ぶべくも無いくらいある。が、索敵チート持ちの私よりも敵に気付くのがどうしたって遅れて、かつテクニックの点でも私より未熟な(ということになってしまった)ため、私よりもぐだぐだな戦いになりがちで倒し切るのに少し時間がかかり、倒したウサギ肉も私よりもぐちゃぐちゃになりがち。

 自慢をしたいわけではないけど、私は剣の腕前ではチカバル君をあっさり追い越してしまったようである。【万智】さんマジチート。ただし継続戦闘能力はお察し。まだ子供とはいえ幼い頃から集落暮らしで鍛えている彼はさすが、地力が私とは全く違う。

 

「姉ちゃんさー、うちの村に来る前は訓練とか全然してなかったんだって?」

「ええ、戦う必要のない平和なところに住んでましたから」

「じゃ訓練はじめたのって村に来てから?」

「そうなりますね」

「うっそだぁ。じゃあ何で姉ちゃんのほうが(アルミラージ)狩り上手なんだよ」

「うーん、技量((チート))の差?」

 

 ぶっちゃけだいたいチートのせい。

 まぁ嫉妬?したくなるのはわかるけれども、【万智(チート)】そのもので剣を振るっているわけじゃないので見逃してほしい。

 

「アスカはちょっと信じられないペースの努力をしてたからな、成長が早いのはそのためだろう。だが自惚れるなよ?」

「ええ、わかってます」

 

 ちょっとばかり【万智】によって技量におかしな補正がかかってはいるものの、私の剣は(妙に太刀筋の綺麗な)初心者の域を出ないし、他の武器の扱い方も知らない。対人でも対モンスターでも戦闘経験はまるでないのだし、あと体力面、パワーとスタミナにおいて未だにチカバル君にも明らかに劣っているし、村の雑用で意外な体力を見せてくれるエトナちゃんにもたぶん負ける。鍛える余地はまだまだ沢山ある。

 私が無力なのはよくわかっている。少し前の一月で散々、身をもって味わった。自惚れなどするものか。

 

「まぁ俺もアルミラージ以外とはまだ戦ったことがないから、人のことは言えないのだが」

「あれ、そうなんですか?」

 

 などといいつつ、獲物を入れた袋を左手で担いだまま、襲い来るウサギを片手でバッサリ。どう控え目に見ても私より数段上、さすがの技量である。

 ただ心配なのだけど、もしかしてこの技量はアルミラージに特化してたりやしないだろうか。アルミラージより凶暴で魔法も使うジャッカロープにばったり出くわしたり、よもや対人戦となった場合に、あろうことかあっさりやられてしまっては戦士としては目も当てられない。特に対人戦は怖い、この集落の外交事情はよく知らないので、もしかしたらどこぞの村と戦争状態になっちゃう可能性だって考えてしまう。

 

「……言いたい事はわかるが、その目をやめろ、アスカ」

「おっと失礼、顔に出てました?」

「まぁ、俺も修行中の身だ。あんまり偉そうなことは言えん」

 

 そろそろ他の武器、具体的には槍と弓の扱いも教わるべきだろうか。(ククリナイフ)と違って携行性が悪く、異世界にも持ち込みづらいだろうから、それほど魅力を感じないのだけど。

 

 

 

 

 以降、私の訓練プランは体力増強重視で走り込み四割、素振り三割、あとは狩りでたまに対人稽古となっている。チカバル君は技量向上重視のため走り込みを減らして素振りと狩りの比重を増やし、カリムさんは二人を監督しつつ臨機応変に行動。

 で、ククリナイフをそのまま稽古に使うのは危険、刃を返すと相手に当てにくい状となってしまい稽古に向かないので、稽古用としてククリナイフと同じ形状の木刀を二つ作った。本物と比べると材質の都合で軽くなってしまうので二人は少々不満顔だが、それでも刃物の危険性は承知しているので訓練に木刀を使うことは反対されなかった。

 木刀を使っての初稽古の成績は、意外にも私とカリムさんが互角となった。私より圧倒的に上のスタミナとパワー、重い得物に慣れきっているがゆえの木刀の軽さによる感覚の狂い、対人戦の不慣れ、片手持ちと両手持ちの差異、そして【万智(チート)】で補強された私の技量と勘、これらの要素が絶妙の均衡を生んでしまったようである。カリムさんがけっこう悔しそうな顔をしていたのが印象的だが、私だって痛みに耐性があることは自覚するもののマゾではないので避けれるなら避けたい。全力で抗った結果、決着つかず引き分けを言い渡されたというわけ。でもこれ私の判定負けだろ、実戦ならスタミナ切れで負けて死んでる。

 今後の成績は、カリムさんが木刀と対人戦に慣れるが早いか、私が体力を底上げ、あるいは技量を更に増すのが早いかの勝負になるだろう。

 なおチカバル君との戦績はお察し。

 

 

 というわけで、修行が隔日で安定してきた(どうしても筋肉痛で休みになる日が不可避なのだ)し、そろそろ魔法を教わりたい。限定的ながらカリムさんに拮抗するほどの技量にまで達したということで、魔法を教わるための条件『訓練である程度の成果を出す』は満たしたはずだ。

 当初からの私の目標『生き抜くための力を得る』は、現時点でだいたい半分くらいというところだろうか。カリムさんたちに鍛えられた技量と体力、このククリナイフ、そして【万智】があれば、狩猟、採集、調理、木工などかなりのことができる。食料調達と道具作成がかなりやりやすくなった。今なら例えば孤島において魚を獲って捌いて飢えをしのぐこともできるのではないか。あーもちろんククリナイフで狩るんじゃなくて、適当な木を切って槍を作ってそれで獲る。水場での狩りは経験ないけど、体力と得物と【万智】があればどうにかできそうな気がするのだ。

 が、今のところこのククリナイフがあることが前提になってしまっている。この星を旅立つ際に一本貰えるならいいのだが、どうも地球よりも金属が稀少らしいので譲ってもらえないかもしれない。また『水』は生きてくのに必須な上ほかにも用途が多いのだが、ククリナイフでは水を得るのにはあまり役に立たない。それに『火』があると食べ物の調理が可能、それにより食べることが可能なものは大きく増えるので、生存性が大きく増す。

 魔法を習得することができれば、これらの懸念への解になるのだ。そりゃあ是非とも覚えたくなる。

 

 カトラさんのほうもそろそろと思ってくれていたようで、改めてお願いしに言ったら二つ返事で了承され、さっそく今日から教えるといってくれた。わーい。

 あ、念のため聞いておきたいんですけど、筋肉痛でも教わるのに支障ないですよね?

 

「アスカ、あなたは筋肉で魔法を使うつもりなのかしら?」

「その昔『ま・じゅ・つー!』って叫びながら椅子をコブシで破壊して『これが魔術だ』と言い切りやがったヘンタイ爺さんの話がありましてね」

「世界って広いのね……」

 

 あとコブシを炎で包んで相手をぶん殴ることを魔法と言い張るヘンタイもいましてね……まぁそっちは本物の魔法か。でも普通に殴るのと何が違う、自分の手を焼いてばかりのその炎はいったい何の役に立つというのか。え、属性攻撃? ゲームだから許される? あっそう。

 という雑談から魔法の講義はじまりはじまり。と思ったのだけど……

 

「魔力がないわね」

「え?」

「ゼロよ、魔力ゼロ。欠片(かけら)もないわ。珍しいわね、誰でも少しはあるものなのに」

 

 なんということでしょう、あんなに希望に溢れていた私の目が、この一言を聞いてみるみる濁っていきます。え、元から? ソウデスネ。

 魔力ゼロ。つまり私には魔法を使うことはできないらしい。What the f**k(なんてこった)

 

「こりゃ魔法は厳しいわね」

「そうですか……」

 

 あれ? 厳しいって言った? 無理じゃなくて?

 

「無理ではなく『厳しい』とおっしゃるってことは、もしかして魔力ゼロでも魔法を使う方法が何かあるんですか?」

「うーん、一応、理論上はね、手段があるのよ」

 

 カミサマは私を見捨てなかった! あれ、何故だろう、運命(カミサマ)と頭に浮かんだ途端、何だかイラッとした。ワケがわかんない。うん忘れよう。

 

「《杖》の中に魔力を溜める機構があるから、それをうまく操作できればいいの。でもね」

「あー、元々魔力を持ってない人はその練習ができない、とか?」

「そうなのよ」

 

 やっぱり運命(カミサマ)は私を見捨てていた。ちくせう。

 

「ま、一応あとで試してみましょ。講義を続けます」

「お願いします」

「調理場を使っているなら、光る紋章を見たことはあるかしら?」

「『病魔払い紋』は毎回使ってますよ。あと『火炎紋』をたまに」

「それが魔法なの」

 

 やっぱりあれが魔法だったのか。

 詳しく聞くと、日常生活においてあれば便利な各所にこの魔法が使われており、調理場の上水とコンロっぽい火、トイレの洗浄、温泉の掃除と温度維持、夜間の明かり、襲撃検知などが主だった用途。紋章を書くことで設置し、紋章ごと何らかのトリガーで効果を発現、紋章に込めた魔力がなくなると消失する。そのため集落の魔法使いたちは随時あちこちに紋章を書き込む仕事がけっこう忙しいそうだ。調理場の紋章などだいたい三時間しかもたないので、朝夕それぞれ必要数を書かないといけない。専任の担当が数人ほど任命されるくらいの重労働なのだそうだ。

 いろいろなことができて便利だが、紋章を書く時間は簡単な効果でも一分くらいかかるので、即時性が重要な戦闘行為には使いづらいこと。そのため戦闘用の魔法というのは発展せず、戦いに魔法を使う者は今のところいないそうだ。

 胡麻油が魔法の触媒というのは、胡麻油を含む色々な素材を調合した薬液で紋章を書くことで、魔力がなくなっても紋章自体は消えなくなり、魔力を補充することで再利用が可能になるという。自然素材が多いためか熱に弱く、一番多く書く調理場の火炎紋にはこれを使えないのが魔法使いたちの悩みの種、改良してくれると嬉しいなぁと言われてしまった。しれっとへんな期待を織り交ぜないでください。

 

 で、紋章は素手でも一応書けるのだが、ヒトの持つ魔力は才能あるひとでもたいしたことがなく、少しの間だけ光る照明をつくるのがせいぜい。なので練習のために素手で紋章を書くことはあれど、実用レベルの魔法は《杖》がなければ使えない。だが魔力さえ足りるのならば《杖》を使わずに自身の魔力だけで書くほうが楽らしく、魔力操作の感覚を掴むために最初の練習は自身の魔力で行う。

 これがさっき言われた、魔力ゼロでも魔法は使えるが最初の練習ができないので難しい、という話である。

 あと《杖》はこの世界において金よりも貴重なエーテリウムという素材を使うため、おいそれと数を揃えることはできない。この集落には五本しかないそうだ。

 

「これがそのうちの一本よ」

 

 そんな超絶貴重品をいきなりポンと渡してくれたよこのヒト。

 

「ああ心配しなくても、その《杖》はこの村で一番性能が低いヤツよ」

「いやそれでも貴重なんでしょう?」

「でも持たせないと魔法の使いようがないじゃない」

 

 ごもっともですた。

 

「さて、自分の魔力がないから練習のしようがないあなたは、その《杖》で魔法が使えるかしら?」

「……どうやって使うので?」

「《杖》の魔力を感じ取って、その魔力を《杖》の先端へと押し出すようにしながら、扱いたい効果にちなんだ紋章を書くの」

 

 なるほど、まずは魔力を感じ取る技能がないとどうしようもない。そしてその技能を修得するためには自身が魔力を持っていないと厳しいのか。

 であれば魔力ゼロである私にはどうしようもないように思える……普通ならば。

 

 運命(カミサマ)に見捨てられようとも私には【万智】がある。兎刺しを捌くとき、木皿を作るとき、下着類を縫うとき、そして剣を振るうときに私に技術のような何かをくれたように、魔法を扱うにおいてもこの能力は助けになってくれるのではないか。

 杖を握り、目を瞑り、意識を集中する。何も見えない、わからない。もっと集中する。そうすれば何とかなる、そう私に訴えかけてくる声なき声に耳を傾けて。どこにある? 何がある?

 ふと、杖の先端、水晶のあたりに、何かがあるような気がした。暖かいような冷たいような、活発なような大人しいような、熱気のような冷水のような……

 その何かを水晶から()()()()ようなつもりで、私は()()()()()()使って地面に書いた。『光』と。何故か重い、凄く重い。たった六画を書ききるのに一分以上かかった。

 書き終えた瞬間、書いた文字は輝き出す。すぐに消えてしまったが、今のは間違いなく魔法の輝きだ。

 

「……できた!?」

「凄いわね、ホントにできてしまうなんて」

 

 カトラさんが心底驚いたような顔をしている。

 理論的には可能でも、魔力ゼロなのに魔法を使えた人物なんて、この集落では初めてなんだろうなぁ。

 とか思ってたらカトラさんからアイアンクローがががが

 

「でもね、杖を傷つけるようなことをするのは許されないわよ」

「ごごごごごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 

 杖の稀少性は先に聞いていたのに迂闊(うかつ)だった。

 でもじゃあどうすればいいのか、というと杖の中で一番稀少なのはこの水晶で、文字を書くのは逆側の棒の先端で書くのが正しいんだってさ。

 

 

 こうして私は魔法使いの仲間入りを果たした。

 あ、ちなみに漢字は誰も読めなかったのでオリジナルの紋章として通しました。フェバルの翻訳能力ドコ行った。

 




◇助けてえーりん
そういうタイトルの歌がある。アスカはそれを知ってたためついつい叫んだだけ。叫んだところでえーりんなる人物がアスカを助けてくれるわけではない。

◇戦士と狩人の違い
戦士はいざというときに集落を護る存在で、剣や槍による接近戦が主体の者が多い。普段は鍛錬を兼ねて狩りを行う。
狩人は食料調達のための狩りを生業とする存在で、対人戦は訓練しないため有事の際には護られる存在。剣や槍を主に使う人もいれば投擲や弓を主とする人もいる。特に女性狩人はほぼ全員が弓のみを使う。
アスカは事実上、この集落で初の女性戦士(見習い)。

◇イゴールにおける魔法
イゴールの魔法は紋章を描いて望んだ効果を発現させるというもの。
水を出す、湯を沸かす、調理用の火を起こす、明かりを(とも)す、殺菌する、等々、生活で活かされることが多い。反面、紋章を描くのに手間がかかる上に描き切ってから発動させるまでさらに時間がかかるため即時性に難があって、戦闘で使われることはあまりない。
サークリスで将来開発される紋章魔法と似ているかもしれない。

◇《杖》
魔力を溜め込む性質を持つ魔法行使補助器具。《杖》が魔力を保持するため使用者に魔力が無くてもそれなりに強力な魔法を行使可能。
ただ、イゴールの紋章魔法は習得過程でまず自分の体内の魔力を使って魔力の扱い方を覚えるため、魔力に乏しい人物は杖の使い方を習得することができず、結果として《杖》を使いこなせるのは自身でそれなりに魔力を持つ人物だけになる。
イゴールで《杖》の用法を習得できる素質(≒(しきい)()以上の魔力)があるのは100人に一人程度で、この才能を持つものは重宝がられる。

◇ヒトの持つ魔力は才能あるひとでもたいしたことがない
魔力許容性が低いため、最低限度レベルの紋章を素手で書くための(しきい)()を超えるのが難しい。
これが魔力許容性の高い惑星エネラルやラナソールであれば『魔力ゼロの人を除きほぼ誰でも書ける』となったりする。
アスカは魔力ゼロなので、ラナソールでも素手で紋章を書くことはできない。

◇エーテリウム
魔力を宿す能力を持つ紫色の結晶体。某文明でプレマライトと呼ばれるものと同一だが、イゴールのものは総じて品質がよい。
標準的な《杖》はエーテリウム水晶を先端に取り付けた飾りのある棒(いわゆるロッド)の形をしており、このエーテリウムが《杖》の機能の核の役割を果たす。
イゴールに存在する《杖》に使われているエーテリウム水晶は、いずれもプレマライトとしては最高級品質に相当する。そのうちクソフェバルに狙われる危険性あり

◇フェバルの翻訳能力ドコ行った
紋章は効果に応じたイメージの形とする必要があるが、漢字は表意文字であるためか、一文字あるいは加工して使うと紋章として扱うことができる。後にアスカを始祖として世に伝わる漢字魔法(カンジ・マジック)の誕生である。
フェバルの翻訳能力(記述)は書こうと思った言語で書けてしまうものであって、書いたものを誰でも母国語のように読めてしまう能力ではないので、漢字として書いた紋章を漢字を知らない人が読めるわけがない。
アスカはフェバルになってからの日が浅いため、このあたりの細かい認識が欠けていた。【万智】で調べようと思えば一発でわかるが、調べる気が起きなければ認識は欠けたままである。


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0x08.はじめてのおつかい(一人で行くとは言っていない)

前回のあらすじ:
アスカの魔法チートが炸裂!
アスカは新技術【漢字魔法(カンジ・マジック)】を生み出した!
アスカ「ちょっと待ってその名前初耳なんだけど!?」



 魔法を覚えたということで、渡された杖はそのまま持ってていいと言われてホクホクした。他の人と違って私は杖がなければ絶対に魔法を使えないので、これは素直にありがたい。私がフェバルだから、というより【(ばん)()】の能力で変わったことができることに期待しているようなので、頑張って技術を磨くことで期待に応えようとも思う。

 あと紋章というのは目的に対応した形を書くわけだけど、私の場合は表意文字をそのまま紋章にできるようだ。つまりやりたいことに対応する漢字を書けばいい。これは凄く便利。漢字は千以上も覚えているので改めて紋章を覚える必要なし。素晴らしき(かな)、日本の国語教育。

 

 で早速魔法の実践訓練(オンジョブトレーニング)だということで、夕方の料理前に調理場を整える仕事の手伝いに駆り出された。調理用の火を(おこ)す火炎紋と、食べ物などをかざして病魔を払う(と言われてるが実態は殺菌消毒している)病魔払い紋を必要数だけ書き込むお仕事。なのだけどどちらも三時間は持続しないといけないし、火炎紋は使用者がある程度火力調節可能にしないといけない。術者が、ではない。使用者が。ここ重要。難しそうデスネ。

 最初に近場の病魔払い紋を担当する。今回書く文字は当然《殺菌》だ……が、二文字のせいか魔法紋章として書こうとしてもうまくいかない。ならハンコみたいに二文字を円ひとつくらいの範囲に納めればいいだろうか、ついでに(てん)(しょ)(たい)風にしてしまえば紋章らしさアップ……しないなぁ。外枠ないのにハンコにしか見えない。【印章魔法(ハンコ・マジック)】? うん、なんかダサい。PON!と押して書けるようなお手軽でもないんだし、その名前はヤだ。デザインはそのうち改善しよう。

 とりあえず今は仕方なくハンコ文字を書く。書けた。光った、成功。

 次は火炎紋。何て書けばいいんだろう……《(コン)()》でいいか。さっきと同様に書いて……火がついた! で、これ火力調節できるの? 要件では術者()()が調節できないといけない。調理器具を火にかざしてる人が念じて、念じたとおりに火力が増減すれば成功なんだけど。

 というわけで適当な料理班の人を捕まえて試してもらった。

 

「やってみるわね……あれ、火が消えた」

「うそん!?」

 

 でも紋は消えていない、うっすら光っている。発動中で効果のある紋章は光って見える、ということはコイツはまだ生きているはず。

 もしかして、《(コン)()》って書いたから日本の家庭用コンロみたいに消火状態から着火できるのかも? 他の人がイメージする火炎紋と若干違うのができちゃった?

 

「あ、火がついた」

「おお、やっぱり」

 

 思ったとおりでした。もしかしたら既存よりも安全で便利なものができたかもしれない。消火中は魔力の消費が抑えられるのならなおさらいい。

 

「でも最大火力がちょっと弱いわね」

「……今後の改善点にさせてください」

 

 

 

 あと、是非にやっておきたいことがある。はい足元に注目。靴です。

 私が地球から身に着けて持って来れたものは、カバンとその中身は途中で失くし、服のほとんどはこの集落に着くまでにボロボロになってしまい、奇跡的に損傷少なめで済んでいるこのスニーカー(と靴下)しか残っていない。まぁデザインは原形とどめてないし、ついさっき靴底はがれちゃったのでいよいよコイツもやばたにえん。

 しかしこの靴がなくなると代わりに集落から調達できるのって(わら)草履(ぞうり)っぽい何かになる。少しばかり散歩するとかの程度だったらそれでもいいけど、日常的に履いて自由自在に動き回ろうと思ったらなんとも頼りない。戦闘とかどう考えても無理茶漬け。

 そもそもここの人は足の裏の皮が分厚いのか素足も多い、特に戦士はそう。幼少からそうであれば慣れでどうとでもなるのだろう、だけど私の足はそれに耐えれるわけがない。

 集落には靴の文化がなく、ゴムもない。この靴を失えば代わりの獲得は困難。だったらコイツを大事にするしかない、てか修理したい。

 そう、それができる。魔法ならね。

 

 というわけで、私のほうから「今日はやることがあるので訓練お休みします」ってカリムさんに伝える。訓練するようになって以来、休みを申し出るのは初めてだったけど、日本の有給取るのと違って「了解した」の一言であっさり受領。

 さて、靴を修理するための紋章を書く。剥がれた靴底を《接着》し、ボロボロの周囲を《修復》すればいいのかな。魔法の、というより《杖》の扱いにも慣れたもので結構スラスラと書けるようになった、しかし紋章1つでは少し直る、あるいは少しの部位だけ接着して終わってしまう。《殺菌》と《(コン)()》よりも時間をかけずに書いてるから魔力が弱いのかもしれないけど、それにしたってしょぼくね?

 こうなったら人海戦術、って私ひとりしかいないよ。じゃあえっと、下手な鉄砲数撃ちゃ当たる、って『書いた紋章がほとんど命中しない』なんてわけじゃないからね。紋章1つあたりの効果が小さいだけだ。なのでとにかく数で勝負。いっぱい書きます。《修復》《接着》《修復》《接着》《洗浄》《殺菌》《脱臭》《抗菌》《修復》《接着》《縫製》《修復》《接着》《索敵》《洗浄》《殺菌》《抗菌》《撥水》……

 

 結果、作業前と外観はあまり変わってないボロ具合、しかし頑丈に生まれ変わった靴と靴下ができました。消臭と抗菌加工もしっかり行い清潔です。見た目ぼろいのは別にいい、私は見た目なんて重視しません。重視したところで私自身が(ry

 でもその作業にほぼ丸一日かけた上に《杖》の魔力を完全に使い切ってしまった模様。まづい今何か頼まれてしまったら

 

「アスカちゃん、今晩も調理場頼めるかしら?」

「え゛!? あ、ごめんなさい今《杖》の魔力使い切っちゃってて」

「……何やってるのよあなたは」

 

 本当にすっからかんにしてしまうと、回復に時間がかかってしまうらしい。軽く怒られました。

 そんでもって別の《杖》握らされた上に担当めっちゃ増やされました。全体の半分も私がやるってどんだけー。

 まぁ魔法使うの楽しいから別にいいんですけども。

 

 

 

 といった感じに魔法の実践が楽しいので、どうにも剣の訓練のほうが身に入らなくなってしまって困る。むーむー。

 それで、わずかとはいえ気分が逸れていたら、カリムさんとの稽古中に隙を突かれて負けてしまった。初決着かつ初敗北。

 

「いたたた」

「ぃよし!」

「よし、ってあなた戦士でしょうに。素人に勝ったくらいで喜びすぎじゃないですかね」

 

 強敵にようやく打ち勝ったみたいにマジで喜んじゃってるカリムさん。んな大げさな。

 しかも寸止めしてくれなくて思いっきり打ち付けられたし。痛い。なんていうか大人気なくないですかね?

 

「思うに、アスカはもう戦士を名乗ってもいいと思うぞ。見習いの技量では到底ない」

「子供の頃から鍛えてたわけでもなしに、一月弱でド素人が戦士になるってお手軽すぎませんか?」

「そこは、才能と努力が並外れて優れていた、と俺は思っているが」

 

 うーん。【万智】による補正が才能とすると、ちょっとくらい痛かったりだるかったりしても訓練をやめないのが努力……言われてみれば納得できなくもないけど。

 

「経験は無いと言っていたな? にもかかわらずあれだけ綺麗に剣を振って見せる才能と、それを日が沈むまで繰り返し続ける努力は凄まじいと思うぞ。長だって幼少の頃それほどであったかどうか」

「いやぁ、才能はまぁともかくとして、私の努力ってそんなに凄いですかね? 誰だってやる気があればあれくらい頑張れるでしょう?」

「例えばだ。チカバルは将来、戦士になるのが夢だそうだ。ある意味でおまえと同じだな」

 

 私は正確には戦士になりたいのではなく、戦士が持つサバイバル技能を会得したかったのだが、結果として戦士として認められるわけだから同じようなもの、なのかな?

 

「そんなチカバルだが、おまえが一日素振りに費やしたあの日、その素振りを目の当たりにしても、あいつはおまえの半分も剣を振れなかった。あいつのほうがおまえより鍛えていて体力があったにも関わらず、な」

「いやチカバル君はまだ子供じゃないですか。成長期に無理するのはダメですよ」

「おまえより鍛えていて体力があると言っただろう。子供であるなど関係ない」

 

 そういうものだろうか。

 確かに、平和な日本で(日本人にしかわからない類の苦労はそれなりにしてきたものの超世界的には)ぬくぬく育ってきた私は、十歳以上も年下のチカバル君にも敵わない点は数多い。であれば私が彼を子ども扱いするのは間違ってるのかもしれないけど。

 

「俺もな。今ならまだしも、鍛えはじめた頃合に、さて素振りを九千回やれなどと言われて、果たしてやりきることができたかと言われると、無理だったろうなと思うのだ」

「カリムさんでも、ですか?」

「それくらい、おまえの努力は異常で目立つ。何故そんなに続けられるのか、と。それがフェバルというものなのか?」

 

 そんなこと言われてもなぁ。これは自分としてはあんまり変わってると思ってなかったのだけど。

 

「……あー、あれですかね」

「何だ?」

「私にとっては、生理の苦痛と比べれば、たいていの痛みや疲労は些事です」

「それは……俺には永久に理解できそうもないな」

 

 できれば参考にしたかったが残念だ、そう言ってカリムさんは苦笑していた。

 

 

 

 そんなことを語った次の日。私は何故かカリムさんとタンデムで走ることになった。何に乗ってるんだって? 馬だよ。

 取引のために隣の町まで行くらしいんだけど、私に馬に乗れるか聞いてきて、乗れないと答えたらこうなりました。実を言うと乗馬の経験はないんで、出発時はちょっとわくわくしてた。今は痛いし疲れてる。

 まぁそれ以前に、何で私を連れて行く必要があるのかがよくわからない。

 

「変わったものを履いているのだな」

「え、今更? 初めて会ったときからこれですよ?」

 

 もっと見られるものと思ってたんだけど。オシャレは足元から、って言葉は何処行った? いや履く文化がないからこんなもんなの?

 なお私がオシャレだとは言っていない、むしろ(ry

 

「これでも女の子ですからね、足はしっかり護らないと、痛くて動けなくなっちゃいますよ」

「……女の子?」

「そこにつっかかりやがりますかコノヤロウ」

「いや、戦士が自らに『子』などとつけて自らを庇護対象であるかのように言うのは甘えでは?」

「ぐう正論」

 

 逆に男『の子』とは言わないのはそういうことでしょうね。まぁ普段このへんはあんまり意識しないことだけどさ。

 そもそも今回は女の子とか実は関係ない。種族差です。現代っ子に屋外素足は無理ってだけ。

 

「で、今日の用事にいくつか疑問があるんですが」

「わかる範囲でなら俺が答えるが」

「お願いします。まずですね、馬ってこう最初はちょっとわくわくしましたけど、ずっと乗馬というのは疲れます。馬車とかないんですか?」

「馬車とは何だ?」

「そこから!?」

 

 馬車もないのかこの世界。次に作るもの決定。……って言いたいけど集落付近は草原か荒野ばっかりで木が少なめだから、馬車を作るほどの木材どう調達しよう。村長、ここは森行きでどうすか?

 森ガール明日香ちゃん爆誕よ……ないわー。そもそも伐採しに行くつもりなので森ガールと呼んでしまっていいのかどうか。どちらかというと森アンチかもしれない。さてはアンチだなおめー。

 

「馬車をご存じないならいずれ作って見せるとして、次。今ドコに向かってるんです?」

「海のほうの村に向かっていると聞いた」

「村の名前は?」

「知らん」

 

 それでいいのか新米戦士? もうちょっと自分の仕事について情報収集しようよ。

 

「長が言わないということは、俺が知る必要がないか、その村に名前がないかのどちらかだろう」

「村に名前がないなんて、あるんですかね?」

「外と交流の少ない村にはそういうこともあるぞ。珍しいものだと『掟により名付けは禁止されている』なんていうのもある」

「うわぁ……」

 

 名付けって知識を整理するうえでは根幹的な行為なんだけど。その村はもしかしたら【万智】と相性が劣悪なのではなかろうか。

 

「次。これ私がついてくる必要あったんですか?」

「俺にはわからんな。ただ長が言うには、おまえが原因なのだから連れて行くという話だ」

「私が原因?」

 

 ちょっと何言ってんのかわからないです……って言いたいけど、思い当たる節がないでもない。

 塩、胡麻、布。胡椒、醤油、生姜、大蒜(ニンニク)、木材、ゴム。

 私が消費量を増やした食材・素材と、私が欲しいと言ったが今はまだ見つかっていない食材・素材がこれだけある。

 このなかで、海で採れるといえば塩。出汁(ダシ)用の昆布もあるかもしれない。もしかしたら醤油もあるとうれしいな。

 

 あ、ちなみにラハール族の集落の特産品は最高級兎肉(アルミラージ)のジャーキーだそうです。冷蔵庫とかないから生肉を取引に使うのは無理だけど、保存食にすることでガンガン周囲と取引できる。この製造のために塩が必要で、だけど塩を自家生産することができないので、塩取引はある意味で集落の生命線になっている。

 とはいえ、農作物と違って手間隙かけて育成する必要がなく、外をちょっと歩くだけでわんさか獲物が出てくる(カリムさん談)し不作の年があったりもしないらしく()(だか)の心配が不要、と色々イージーモードじゃないのかこれ。

 ところが実はアルミラージでさえ狩るのは結構大変で、他の村だと対応できる戦士や狩人が少なく防衛が大変なので普通にモンスター扱いらしい。さらに言えばラハール続は他村の要請で戦士を派遣するようなこともやってるらしく、結果としてラハール族が周囲に対してちょっとしたリーダーみたいな立場にあるようだ。

 あとラハール族でもアルミラージが入れ食いで捕まえられるのはカリムさんだけらしい。他の人は倒すのは楽勝でも一日頑張って五匹見つかれば多いほうな一方、カリムさんの一日あたり猟果は三十匹以上に及んだこともある。それって何か特殊能力でもあるんだろうか。あと留守番させておかないと村が食糧難になったりせんの? 大丈夫?

 

「誰かさんのせいで消費が増えていて、放っておくと遠からずジャーキーを作れなくなる」

「ちょ、毎晩毎晩兎刺し欲しがって()()(しお)ダレ消費するのはあなたがたのほうじゃないですか!」

「それではなくて、焼肉に塩を振る味付けを安易に普及させたことが問題だと言っている」

「言い訳できない!?」

 

 あー、うん。みんなの前で美味しそうにしすぎたせいで、すっかり濃い味が流行ってしまい。兎刺しの消費量なんかめじゃない塩需要を叩き出してしまっている。

 カトラさんにもその件で絞られました……今度は胡椒が欲しい。

 

「懲りてなさそうな顔をしているな」

「ソ、ソンナコトハナイワヨ?」

 

 胡椒は集落近辺の気候でも育つけど、もっと暖かくて湿度の高いところのほうが育ちやすい。今向かってるほうは南で海辺らしいから向いてるかもしれない、だとすると野生の胡椒ないかしら。

 

 

 

 そんな雑談しながら荒野の道なき道を行く事三日。道中二泊ってけっこう長いな! もちろん宿場町みたいな施設はなく、水と食糧が確保できそうな場所でのキャンプだ。

 現代日本だと交通網が発達しており、国土の狭さもあいまってドコに旅行に行くにしても現地はとにかく道中で宿泊する必要がないので、海外に出たことのない私としてはちょっと新鮮だったりする。もっとも最近は普段の生活が七割がたアウトドア風味なので、いつもとそう変わらないという思いもある。

 で私はキャンプ張る手伝いか狩猟か水汲みだと思ってたんだけど、何故かヤスールさん付きにされて狩猟班に水や獲物の場所を教えたり、《焜炉》と《殺菌》と《給水》でマジカルキッチンを展開して料理をしたり、塩が少ないから取引に行くというのに料理に塩を使いすぎて皆が絶賛もとい怒られたり。仕事内容が新入りじゃないような気がする。あれー?

 そんな旅路もようやく終わりが見えてきた。潮の香りがします。けっこう懐かしい。最後にこの香りを味わったのはいつだっけ……あ、マーブル空の孤島のときだ。思い出して一気に鬱。うぐぅ。もうちょっとまともな楽しい記憶を思い出して欲しいよ自分。

 潮の香りがするという事は海が近い。目的地は海の村。つまり目的地はもうすぐだ! テンション上がるぜヒャッホイ!

 なのだけど……

 

「総員止まれ!」

 

 村の姿を見て動揺した皆が、ヤスールさんの指示で馬の足を止めさせた。もちろんカリムさんと私の乗る馬も。

 

 見えてきた村の柵と堀が、かなりの範囲で破壊されていた。

 その向こう側で何本も立ち上る細い煙。何事もなければ火を焚いて何かしているのだと生活臭を感じられたかもしれないが、今はそれを見て不安しか感じない。

 

 何があった?

 

 




(てん)(しょ)(たい)
主に実印などに使われる、何が書いてあるんだかよくわからない感じの書体。

◇《杖》の内臓魔力の回復
《杖》の魔力は放置してても大気中の魔力を吸って徐々に回復するが、水晶部分(エーテリウム)を陽光にあてることでより早く回復する。光合成?
ただし完全に魔力を空にしてしまうと回復により時間がかかってしまう。この場合は放置だけではほとんど回復せず、まず陽光にあてることが必須になると言われている。

◇名無し村は【万智】と相性が劣悪?
これはアスカの勘違い。
名付けというのは人類が万物を知る・管理するために生み出した発明であるが、【万智】の権能は人類の英知の範疇を超えるので、名前がなくても【万智】自体にとっては問題ない。
ただし無名の知識を他人に説明する際には不便や不理解が生ずるかもしれない。

◇焼肉に塩を振る味付けを安易に普及させた
アスカが自己流味付け料理をあんまりにも美味しそうに食べるせいで、興味を持った周囲の人たちも食べてみて虜になってしまい、料理班を派手に巻き込んでの一大味覚革命状態。
アスカに会う前から料理班の働きに感謝していたカリムが、昔の味付けは淡白すぎて美味しく食べられないと明言するくらいである。
その弊害として、今までたいした消費量のなかった各種調味料や、胡麻油などの一部魔法素材が軒並み不足する事態に今陥っている。



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0x09.レスキュー隊! 活動遅いよ、何やってんの!?

前回のあらすじ:
アスカの味覚革命でラハール族が塩不足でやばい。
ラハール族は海の村まで塩取引に向かった。しかし村の外郭は半壊していた。
ヤスール「む、これは何か出たのかのう?」



 外観が半壊していた海の村だが、内部も半分が崩壊していた。

 建築被害のわりに人的被害は少ないそうだが、死者はとにかくけが人はいるし、原因もモンスターであろうとしかわかっておらず正体や数がはっきりしていない。

 とにかく怪我人の治療や外壁の修復など対処しなければならないが、すぐに動ける人手が足らないので手を貸してほしい。

 

 族長同士の対談に何故か私も連れて行かれ、そういう話がなされるのを横で聞きました。ほぼ二つ返事で聞き入れるヤスールさん。まさか異世界に来て災害支援活動をすることになるとは。

 具体的には隊を二つに分けて、片方はヤスールさん自ら率いて村周辺の脅威になりそうなものを狩る。集落でも最強クラスの集まりなのでジャッカロープまでならほぼ瞬殺(当人たち談)のメンツ、彼らが守護することで堀や柵が半壊した村でもきっと安全。

 残り半分は怪我人の治療と外壁の修復をする、そのリーダーにヤスール族長が指名したのは私。って、ちょっと待て。

 

「ちょ、ヤスールさん!?」

「なんじゃ!」

「新入りで若造で女の私を指名するとか問題ありませんかね!?」

「大丈夫じゃ、問題ない! おぬしの奇抜な能力は皆認めておるわい!」

「いやそれはそれでどうなんでしょうか!?」

「カリムを補佐につける、うまくやれ! 征伐班、出陣じゃ!」

 

 ちょっと、ヤスールさん何狩りか戦争に行くみたいな号令かけてるんですか!? 貴方の任務は拠点防衛ですよね!? ちゃんと村守ってよ!?

 というわけで不安しか残らない質疑応答を終えて、茫然としてるわけにいかないのでまず怪我人をどうにかしよう。残った十二人のうち、応急処置は全員可能、気による怪我の治療ができるのが三人、魔法による治療ができるのが一人っていうか私のみ。よって四人が治療にあたり、残りの七人が要救助者の捜索と救助、応急処置、重傷なら治療班まで連れて行くか逆に連れて行く遊撃担当とした。リーダー(一応)の私も魔法治療に集中するためカリムさんを指揮補佐にする。

 魔法治療できるって言っちゃったけどやったことない、でも魔法ってあんだけ自由度が高いんだから何とかなるでしょう。さあどんと来い! って怪我人わらわらいる! うわぁみんな救助と要治療判定と応急処置が早くて的確! あ、こっちに骨折者きた。えーと骨折の治療ってどうするんだ? とりあえず、

 

「ちょっと痛むかもしれないけど我慢してくださいね」

 

 まず《麻酔》で痛みをやわらげて、で《整形》と《癒合》を空中に書いておく。変な形で固まってしまうと困るので骨折箇所を掴んで引っ張って適当そうな形に固定して、で書いておいた紋章を飛ばして骨折箇所に当てる、というか差して体内に入れる。少し待って【(ばん)()】と触診で確認すると無事に骨がくっついたのがわかったので、周囲の腫れを《消炎》で和らげる、あと全体的に《治癒》で身体本来の治癒力をアシスト。これで治療完了。よかった、手順は間違ってないみたい。

 

「終わりましたよ」

「……不思議なものだな。魔法で治療ができるとは」

 

 雑談にふけりたいところだけど次の患者……うわ、腕の肉がえぐれてる、骨も切れてる。皮一枚でかろうじて繋がってるような状態。これはひどい。

 

「これだけの怪我だと気功治療では治せない、切り落とすしかないそうだ」

「だめでしょうそれは」

 

 このレベルの文明で腕一本なかったら最悪それが理由で死なされる。そんなのダメだ。

 

「アスカならそう言うと思った。治せるか?」

「やってみます」

 

 こんな状態だと身体の治癒力などあてにならない、失われた部位の補充が必要。身体のほかの部分の肉とか骨を全体的に少しずつ削って、それで集めた肉や骨などを使って腕の失われた部分を再生するイメージを紋章に乗せる。書く字はもちろん《再生》、これを50個くらい。腕のえぐれた先の部分は血が廻らず壊死しかかってるので《鮮化》《賦活》《巡血》で回復させる。

 再生した骨肉と回復した腕がくっつき、それを《縫合》《癒合》で完全にくっつける。最後に失われた血を《造血》する。《消炎》と《治癒》も書いて治療は終了。

 材料が全部本人の身体の別の部位なので全体的に栄養不足になるかもしれないが、これで彼が腕を失うことはないハズだ。

 

「次!」

「今のが一番の重傷だ。あとは皆に任せておけば対処できる」

「あれ、そうなんですか?」

「今の腕の治療で疲れただろう、少し休め」

「たしかに疲れました、けど……」

 

 見回すと怪我人の治療はかなり進んでいたらしい。村の人も気の扱いや応急処置ができる人は手伝ってくれているようで。そして私がちょっとふらふらしている。今の治療は思ったより体力を消耗したらしい。さらに言えば日が傾きかけていて、時間も随分と使ったようだ。外壁の修理をするつもりでいたんだけど日没までにはどう考えても間に合わない。

 

「柵は応急対応でいいだろう、長もいれば村の中まで侵入される心配はあるまい」

「あー、そうですね。警報だけ置いておけば……うわ、魔力すっからかん」

 

 この前はスニーカー直すだけで魔力なくなったし、今回は二人治療しただけで終了。配分がヘタクソなのかなぁ……待てよ?

 《杖》に僅かに残った魔力を振り絞って空中に《魔力吸収》と書き、その紋章に杖の水晶を突っ込む。紋章の光に覆われた《杖》でカリムさんに触れると……

 

「っ、何だこの脱力感」

「思いつきでやってみたんですが、うまくいけば魔力回復できそうですね」

「まさか俺の魔力を吸ってるのか? ……くっ、虚脱感が酷い」

「そんなにひどいですか? (はた)で見る限りはまだいけそうですけど」

「おまえみたいな、死にさえしなければ何でも耐えそうな変態と、一緒にするな」

「へ、変態とはなんですか! 酷いこと言いますね!」

 

 私は別に被虐嗜好者(マゾヒスト)ではないので、そんな評価は心外だ。

 

「でもこれ以上はたしかにまずそうですね」

 

 急激に魔力を抜き取りすぎたせいか、カリムさんの顔色が酷い。名付けるなら急性魔力欠乏症といったところだろうか。地球にはない病症なので当然私の知識にはないけど【万智】はその名づけを肯定した。思ったとおりであるらしい。この紋章はリミッターつけないと問題あるかもしれない。

 

「でもまだ全然回復してませんね」

 

 しかし残念ながら、カリムさんから容赦なく吸った分だけでは、村を覆う柵全体に紋章を行き渡らせるには足りない。

 私も手のひらで水晶を握ってみたけどなんともない。《杖》の魔力も僅かにも増えない。私は魔力ゼロって話だから当たり前か。今カリムさんがなってる程度の体調不良、私なら何てことない自信があるというのに。

 

「実用的では、ないようだな……」

「いや、大勢から集めればいけるかも」

「待て、気軽に被害者を増やすな」

「慎重にやりますから大丈夫ですよ」

「おまえの『大丈夫』はそこはかとなく信用ならないんだが!?」

 

 続けざまに酷いことを言ってくれるカリムさんは無視して、あと数人ほど被害者もとい候補者を見繕う。といっても《杖》で触れる時間を調整したのでカリムさんみたいに酷いことになった人はいないんだけど、そうやって十数人ほどの魔力を譲り受けてようやく必要分の魔力が溜まった。

 村を覆う柵のほぼ全体に対して打ち込む魔法紋章は《警報》。省エネにしたので効果は単純で、ある程度以上の大きさの生物が堀に侵入したり柵に触れると警報を鳴らす。村の人間やラハール族の人たちが入っても鳴り出すので、周知してむやみに入らないようお願いしないといけない。判別機能とかあればいいんだけど今はそれを仕込む猶予が時間的にも魔力的にもない。

 これを書けるだけ書いて村の周辺に打ち込めるだけ打ち込む。周知のほうはカリムさん以下にお願いする。

 

 作業がすべて終わる頃には日が沈んでいた。

 そういえば、誰一人として新入りで若造で女の私の指揮に反対しなかったな。補佐のカリムさんも将来的には期待されてるとはいえ若造扱いだったのに。こういうのは人の上に立つ上で結構悩ましい要素(実際、会社勤め時代はそれで多少の苦労があった)なのだけど、非常事態とは言え文句一つ言わず従ってくれて感謝です。

 しばらく《杖》は使う必要ないと思うけど、明日また出番がありそうなので魔力の回復はしておきたい。太陽光にさらすことで回復を早めることができると教わったが、なら月明かりでも多少は魔力を回復できないかと思い立ち、最後に残った魔力を絞り出して《星光魔力吸収》と書いておいた。うまくいくといいな。

 

 

 

 ヤスールさん率いる討伐班は村周辺の脅威になりそうなモンスターをあらかた片付けて。

 私の班は怪我人の治療と外周の応急処置を完了し。

 そして村の人たちは崩れた建物のうち誰かの寝床になっている分の修復を終えた。

 無事に対処が(一応)完了したってことで、その夜は宴会となった。飲んでる場合か、と思わなくもなかったけど「こういう時こそ飲んで騒いで明るく振舞うのじゃ!」っていうヤスールさんの鶴の一声で決行。柵がちゃんと直ってないんだけど、そんな防衛体制で宴会なんかして本当に大丈夫か?

 でも私一人が反対したところで止められるわけがなく、宴会用の肉と焼き魚と酒が運ばれだした。最終的に死者も重傷者もなくて済んだことが、みんなよほど嬉しいらしい。気持ちはわかる。

 お酒は嫌いではないけれど、全員酔ってしまっては警備体制がやばたにえん。私とて何が何でも宴会をやめさせたいわけじゃないけど、酔ってしまうと警備体制が不安という考えは変えていないので、私はお酒を控えることにした。お酒を持ってきてくれた人にそれを伝えると、

 

「ああ、そうだよな。嬢ちゃん凄い働き者だったけど、子供だもんな」

「いや成人してるんですけども」

「うっそだぁ、冗談はよしなよ嬢ちゃん」

「オイこら誰が冗談ですか」

 

 日本人って外国人からは若く、っていうか幼く見えるらしいっていうのはよく聞く話だけど、どうやらその法則は異世界でも通用するらしい。私これでも身長が日本人女性の平均より若干高いくらいなんだけども?

 地球にいたころは日本を出たことがないので、実年齢以下に見られた経験はなかった。そもそもケアしてもなおらないしごまかせない悪い顔色というかクマばかり相手の印象に残してしまうようで、何歳に見えるか以前の問題である。

 というわけで、無駄に若く見られるのは初経験なわけだけど。これ人によっては凄く喜びそうだけども、私は別に何とも思わないなぁ。むしろ今日の酒みたいにやりたいことが不当に制限されたりしかねない面倒の予感が。いや今日飲まないのは自主規制なんだけどさ。

 

 で、宴も(たけなわ)となるとヤスールさんに呼ばれて

 

「アスカ、兎刺し(いつもの)頼むぞ」

「いきなり言われても材料ないんですけど」

()()油はカトラに言って貰ってきたわい」

「子ウサギは俺が捕まえてきたぞ。さっき運良く見つけてな」

「塩はこれを使うとよい。村の備蓄で無事なものを少し持ってこさせた」

 

 用意周到すぎワロタ。特にカリムさん、普段は私に巣の場所を聞いてからでないと見つけられない子ウサギ(幼アルミラージ)を、ついに自力で発見して狩りやがった。兎刺しへの執念パネェ。

 まぁ材料そろってる上に海の村の村長さん(女性の方だった。ちょっと意外)も塩提供してまで食べてみたいようなので、作ることはやぶさかではないのだけど、

 

「皿と箸は?」

「「あ。」」

 

 兎刺し自体を盛り付ける皿は葉っぱで代用ができたとしても、胡麻塩ダレを入れる小皿はちゃんとしたものがないと厳しい。なら作るか。

 

「……村長さん、皿が切り出せる程度の大きさの材木はありますか?」

「あー、申し訳ないが今はちょっとな」

「そうでした、これから復興ですもんね……」

 

 今この村では木材は安易に使えない。なら、やったことないけど土から作る? 魔法があれば成型も消毒・抗菌もできるだろう。問題は《杖》の魔力をほぼ使い切ってしまっていることだけど。回復するよう仕掛けておいたのは何処まで効いたのか……おお!? けっこう回復してる。これなら皿1枚くらい楽勝だろう。いや折角なんで大小2枚作ろう。

 まず地面の下層から粘土を《抽出》する……皿2枚を作るのに十分な量が集まったら《抽出》をやめて、適当な皿の形に《成形》し、それを《(かま)》でファイヤー。割れたりしないよう《保護》しながら火加減を調整しつつ《変化促進》し、よさそうな具合になったら加熱を止める。《保護》と《変化促進》があるのである程度は急激に冷やしても大丈夫。仕上げに殺菌、はあれだけ加熱すれば充分だろうから《分解消毒》と《表面加工》を行って、大小1枚ずつの炻器(せっき)2皿の完成だ。所要時間は97秒、所要魔力は……うわ、回復した量の七割飛んだ。工程に無茶があったのかなぁ。

 

「な、なんだあの魔法……ほとんど一瞬で土から皿を作りおったぞ、それも同時に二枚」

「アスカの魔法はやはり凄まじいんじゃの……カリム、何故アスカに自重を仕込まんかった?」

「無茶言わんでくださいよ長」

「聞こえてますよ?」

 

 てゆーかやってほしくないならさっさと止めろよ。止められてもやめないかもしれないけど。そもそも、うーん、皿2枚作るのがそんなに異様なのだろうか。私からすればこれぞ魔法らしい魔法なんだけども。とはいえ作成・造形に向いた能力のフェバルがいればこんなもの一瞬でできてしまうだろう、そう考えるとあんまり自慢げな気分にはならないのだけど。

 さて、皿ができたので今度は料理。調理台は遠いので紋章を書きまくってマジカルキッチン用意。宙に浮く《(まないた)》の上にまだ生きてる子ウサギを載せて、首ぐきゅっと()って、ククリナイフでばっさばっさ(ry

 今作った大皿に《殺菌》を仕込んで、その上に斬りたて新鮮な兎刺しを盛り付ける。小皿には胡麻油を注いで塩を二つまみほど。箸がないのは仕方がない、今日は手で食べてもらう。ただしちゃんと《水》で手を洗い《乾》かして《殺菌》してから。

 

「これで手をよく洗ってください、でないと体調を悪くするかもしれません」

「そ、そんな危ない食べ物なのか!?」

「生モノですので」

 

 地球でも、よく生()()を食べて当たってる人がいた。会社時代の私の部下もそんなで、次の日に酷い顔色で会社に出てくるので「有休とって休みなさい、顔色悪いですよ」って言ったら「リーダーのくまのほうが酷いですからね?」って返された。大きなお世話だ。ていうか私のは無理をしてくまが酷いわけじゃない、通常装備なんだよ。

 

「不安でしたら、食べていただかなくても大丈夫ですよ。むしろ不良族長と不良戦士が食べる分が増えると喜ぶくらいです」

「誰が不良じゃい」「誰が不良だ」

「いや、いただこう」

「チッ」「チッ」

「そういうとこが不良なんですよ」

 

 これって「宴会の礼にちょっと美味いもの振舞ってやる」的なミニイベントのはず、振舞う側がこういう態度なのはダメじゃね?

 まぁ、

 

「美味い! なんだこれは! こんな美味いもの今まで食べたことないぞ!?」

「気に入っていただけて何よりです」

「あ、こらワシの分まで食い尽くすんじゃない」「俺の分が……」

「今日くらい自重しなさいよラハール族の二人」

 

 争奪戦になるほど気に入ってもらえたなら、別にいいか。

 ただ、ラハール族の集落近辺と違って、このあたりはアルミラージはあんまり生息しないみたいなので、最終的には兎刺しではなく鮮魚の刺身を文化として根付かせたいところ。まぁ復興とかあるから今後の課題かなぁ。

 

 さて、せっかく都合よくお近づきになれたので、このワイルドな女性の村長さんに少しは聞いてみよう。

 

「ところで村長さん。今回、いったい何があったんです?」

「うん?」

「村は何に襲われたんですか?」

「ああ……」

 

 村長さん、私の話よりも兎刺しのほうに興味津々で、最後に残る数切れをまとめてつまみ

 

「ああっ、こら全部持っていくでない」

「いいではないか、族長殿は毎日食べているのだろう?」

「ここ数日は食っておらんのじゃぞ?」

 

 ちょっと黙っててくれませんかねぇヤスールさん?

 

「んむ、失礼。村を襲ったものだが、襲われた若い衆の話を聞くに、どうもジャバウォックであるらしい」

 

 ジャバウォック?




◇魔法による治療
星脈が世界を網羅しフェバルが暴れるこの宇宙において、生物の治療行為は気力の領域であり魔法では不可能というのが一般的認識であり事実。
しかしアスカは超外科治療的な効果を持つ魔法紋章をいくつも生み出して、魔法による治療を可能にしてしまった。身体本来の治癒力をアシストする《治癒》にいたっては気力治療の効果に酷似している(ただし効果の強さや効率は気力治療に大きく劣るハズ)。
この紋章は将来的にイゴールへの置き土産になりうるが、完全に使いこなすには医療知識が必要になるため、アスカが去った後の現地人が使いこなせるかどうかは不明。

◇《魔力吸収》
周囲の大気や触れたヒトから魔力を吸収する(正確には大気の魔素や触れたヒトの持つ魔力要素をエーテリウム水晶(プレマライト)の内蔵エネルギーに変換する)という効果の魔法紋章。
イゴールにおいては《杖》の魔力容量はヒトよりはるかに大きいため、ヒトから容赦なく吸い取ると急性魔力欠乏症を誘発するため注意が必要。

◇急性魔力欠乏症
魔力を保有する人が、保有魔力の大半を急激に失うと発生する体調不良。貧血や立ち眩みに似た症状が起きたり、身体に力が入らなくなったりする。一時的なものであり、それほど時間をおかずに解消する。
カリム以外の症例だと、原作の一章後半で燃費の悪い改良前《アールリバイン》を放ったユウの症例がある。この物語の中では明日の出来事。

◇《星光魔力吸収》
月星の光を魔力に変換することを狙ってアスカが新たに作った魔法紋章。思ったよりも効果が高いようだ。

◇《抽出》
特定の物体(母体)の中から望みの物質・物体を取り出すための魔法紋章。

◇《(かま)
効果範囲内を結界で包んで、結界内を特定の高い温度にしてしばらく保つという、まさに窯の効果を持つ魔法紋章。
漢字にするとたった1文字であるが、効果が複雑な分、魔力の消耗が大きく制御も困難という高度な魔法紋章である。

◇《変化促進》
栽培生長や熱処理など時間のかかる変化を促進して短時間で終わらせる効果を持つ魔法紋章。
限定的ながら時間を操作するかのような効果の便利さゆえか、魔力消費や制御の困難さは《(かま)》以上。

◇《分解消毒》
効果範囲内の、術者が施術時に考えた生物達にとって明確に毒となる物質を、化学的その他の方法で分解して無毒化する魔法紋章。
対象とする毒に対する知識がないと効果を発揮しない場合があるが、【万智】を持つアスカに限ってはその心配は皆無。
毒の種類によっては魔力消費が格段に増す場合が稀にある。

炻器(せっき)
土器と陶器の中間みたいな焼き物。というより技術的には本当に中間にあたる過渡期の産物。
土器よりは高温で仕上げるため質が良いが、陶器のように表面加工がしっかりしていない。釉薬(ゆうやく)という表面処理のための薬品を用いない場合もある。
アスカの場合、最終工程で魔法により行った表面加工がかなりしっかりしており、炻器と分類するには出来が良すぎるかもしれない。が釉薬不使用なので炻器で間違いない。

◇《(まないた)
ただ宙に浮き、加工する食材を置く台になるだけの魔法紋章。マジカルキッチンにおける調理台、というより文字通りまな板の代わり。
望んだ高さの空中に固定できるだけであるため魔力消費は少ないが、魔力が勿体ないので普通はこんな紋章を常用しない。ただ旅先で台を使いたい場合は便利。魔法なので菌も毒もないし、使用後は消せばいいので洗う必要もない。

◇ジャバウォック
元々はルイス・キャロル作『鏡の国のアリス』にて作中作で語られる謎の怪物の名前。怪物がどのような姿であるのか、作中には記されていない。
イゴールにおけるジャバウォックについては次話にて。


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0x0A.話を聞いてみたら

前回の投稿から大変間をおいてしまい申し訳ない。
執筆道具のひとつが壊れるなど、色々ありまして。
今後もしばらくはスローペースです。

前回のあらすじ:
海の村は半壊、怪我人多数。ラハール族は緊急で支援活動、アスカも重傷人の治療をした。
その後の宴会で、海の村を襲ったモノについて聞く。
アスカ「ジャバウォック?」




 ジャバウォック。

 かの有名な『不思議の国のアリス』の続編である『鏡の国のアリス』の、その作中詩『ジャバウォックの詩』に登場する怪物の名前である。ていうか詩の名前がだいたいコイツ。

 その容姿は文中にはっきりした描写がなく不明だけど、とりあえず顎と爪と眼はあるらしい(ただし初版時点から挿絵が存在し、その絵によれば不気味で異様な姿をした竜の一種であるように見える)。そんなバケモノを鋭い(ヴォーパル)(ソード)でばっさり退治する、というのが『ジャバウォックの詩』の内容だ。

 実はジャバウォックは『意味のない侃々(かんかん)諤々(がくがく)の論議』の比喩で、鋭い剣は『論議を一刀両断する真実の言葉』の比喩だという説もある。快刀乱麻を断つってやつかな。日本の国会に巣食ってるジャバウォックも是非誰かに退治してもらいたい、日本なら斬鉄剣っていう超切れ味鋭い剣があるよ。って、地球を離れちゃった私にはもうあんまり関係のない話か。帰りたいという未練も(ゲーム以外)あんまりないしなぁ。それだけ最近の生活は充実している、特に美容やファッションで手を抜いても咎める人がいないところが素晴らしい。それだけに、あまり長らく住み続けられないらしいのは凄く残念。フェバルの宿命らしいが……何とかならないかなぁ。

 

 で、このジャバウォックという名前。おそらく、というかほぼ間違いなく、作者であるルイス・キャロルの造語であろう。彼は19世紀の地球の人間だ。であれば、それ以前、それ以外の場所にこの言葉があるのはおかしい。

 

「神獣ジャバウォックか!?」

 

 と考えているとヤスールさんが、私の思考をさらに混迷に落としてくれる発言をしてくれた。神獣ってなんなのさ。まるでゲームのノリだ。

 これはあれか、この世界を作った "フェバル様" に現代地球の知識があった、ということなんだろうか。そうするとこの世界はまだ作られて数十年から百数十年くらいしか経ってない可能性があるが……はっきりと聞いたり調べたわけではない(【万智】はこの世界の発生がどれくらい昔であるのか、はっきりした答えを返さなかった)けど、この世界の歴史はそんなに浅いわけではない、気がする。

 もう一つの可能性としてはフェバルの基礎機能である翻訳能力がおかしいこと。要するに現地の言葉が私の知識に即する形に翻訳されてしまっている……そっちのほうがありえそうだなぁ。ゲーム脳とか言われてもちょっと否定できないくらい、私はゲーム好きの自覚がある。といっても何でも好むわけではなく、オフラインのアクションやらシューティングゲームやらシミュレーション、オンラインではちょっとユルめの協力プレイするようなのは好きだが、音ゲーは嫌いではないけど上達せず、集団対戦アクションも負けて煽られストレスが溜まるのであまり好まず、マギカスゴロクやと○らぶのようなブラウザゲームはさわりだけ遊んでみたものの殆ど興味が持てなかった。

 もしホントにそういうことなら、もう笑うしかない。これから異世界に行く予定の皆さん、言語チートをもらってもゲーム脳だと、こういう困ったことを引き起こす可能性があるので気を付けましょう。

 

 閑話休題(それはさておき)

 

「神獣? なんですそれ?」

「うむ、その話の前にじゃ。この世界の空をどう思う?」

「空ですか?」

 

 昼は青空に人工太陽が眩しく輝き、夜は黒い空に人工月光が優しく光る。星々の煌きはなく、かわりに黒っぽい大きな丸い影がいくつも見える。その影は隣の『大地星』であり、空を飛ぶ翼があるなら行き交うことも可能だとか。

 この太陽と月だが【万智】によると、地上のどの場所にいても同じ角度に見えるのだという。つまり、日の出、正午、日の入り、など太陽に起因する時刻が地上のどこであろうと同一で、時差がない。たとえば地球なら星の裏側(日本の裏側はブラジルが近い)は昼夜逆転するが、この星だと今いる場所が丑三つ時なら裏側も丑三つ時だ。

 自然の恒星と惑星の関係ならばこんなことは起こりえない、その性質は何かの利便性を狙った人工物である証明のように見える。何がどう便利なのかはわからないけど。

 ……しかし、ここに住む人たちにそんな事を言ってしまっていいのか。おまえらの世界は人工物だ、なんて突きつけてしまってよいものか。いや元々 "フェバル様" が作ったと伝承されてるらしいから大丈夫なのか?

 

()()()()()()()、と思います」

「そうじゃの」

「この世界は "フェバル様" が御創りになったと聞いています、つまりは空も?」

「うむ、伝承によるとな。空はフェバル様が特に気にかけてつくられ、そしてこう言い残したそうじゃ。『この空はいずれ狂うかもしれない』とな」

「狂う?」

「原文ママじゃ。狂う、というのが具体的にどんなことになるのかはわからん、伝わっておらんでな」

 

 単純に考えれば、エネルギーを失って光がなくなる、というのが一番ありうる。そうなれば、それがこの世界の寿命というわけだ。

 

「で、じゃ。空が狂いそうになったときには神獣を遣わし、異変を押し戻す。そうフェバル様は仰られた」

「それが神獣ジャバウォック」

「そうじゃ。特に形は決めていないがリュウの出来損ないみたいな姿になる、と伝えられておっての」

「リュウですか? 私の故郷でリュウと言うと、超巨大な蛇が宙に浮いて神様になったみたいな存在と、超巨大なトカゲが背中に翼生やして二足歩行してるみたいな存在と、波動を自在に操る格闘家がいるんですが」

「二番目じゃの」

 

 つまり竜、ドラゴンか。この星にはドラゴンが実在するらしい。狩ってステーキにしたら美味しいだろうか。

 

「竜を食べたそうな顔をしとるが、ありゃ人にはそう倒せん化物じゃからな? それに、この村から山三つは向こうに棲んどるから行くだけでも一苦労じゃぞ?」

 

 それは残念。

 

「なあ族長殿、この娘は本当に竜を喰らおうなどと考えたのか?」

「こやつは色々と変わり者での、それくらい発想してもおかしくないのじゃ。今の表情からして間違いなく考えたであろうよ。まぁ変わっておる分優秀なのだが」

「えー、それ酷くないです? ちょっとは考えるでしょう、ドラゴンステーキ」

「たしかに美味そうな響きではあるがの。そのために何人もの戦士が命を落とすことやら」

「そこは何とかして犠牲を出さずに狩れる手法を開発したいですね」

「最近の娘は血の気が多いどころの話ではないな……私でも竜を喰らおうなどと無茶なことは考えんぞ」

 

 まぁクトゥルフもとい世界的にはゲテモノ扱いの烏賊(イカ)やら(タコ)だって食べちゃう日本人、の一員ですからね私は。ただしGを食用に養殖しちゃう中国人には勝てませんが。え、中国だけじゃない? 東南アジア? 日本でも食例がある!? マジですか!? ……マジですか。うわー知りたくなかった事実。え、から揚げにすると海老に似た味!!? いやー聞きたくない聞きたくない!! 静まれ【万智】!!

 

「な、なんか急に顔色が悪くなったようだが、大丈夫か?」

 

 村長さんに心配されるほど顔色が悪くなるくらい、今ので精神に重篤なダメージを負ってしまったらしい。SAN値ピンチ。

 

「あー、すいません。ちょっと食べ物関係でイヤなものを思い出しまして」

「そ、そうか……話を戻すが、村を襲ったバケモノを見たっていう若い衆の話だと、そのバケモノの姿が竜みたいだったというのでな。あと腕がやたら長く鍵爪が妙に大きかったそうだ。伝承に聞くジャバウォックの姿と実に噛み合う」

 

 竜の出来損ない。腕が長くて鍵爪が妙に大きい。『鏡の国のアリス』初版でのジョン・テニエルの挿絵で、うろ覚えだけど確かにジャバウォックはそういう感じの姿だった気がする……と思っていたら【万智】が絵の記憶を補完してくれた。鍵爪が妙に大きいのは間違いないが、腕よりも首が長かったようだ。いやでも今それは些細な話。

 奇形の竜。まさに『鏡の国のアリス』のジャバウォックである。

 

 名称だけだったら『私の知識が翻訳能力に影響している』というのが最も可能性あるけど、容姿まで挿絵と共通するとなると、この世界を作った "フェバル様" が『鏡の国のアリス』を知っているという可能性が高くなる。この世界の存続がいずれ何らかの形で破綻することを見越して、その対処のための仕組みだか生物だかを作って。その容姿が似ているので、あるいはある程度似せておいて、神獣ジャバウォックと名づけた。そんなところだろうか。

 神獣はゲーム脳or中二病が過ぎてどうかと思うけど、ありそうなセンである。時間軸がおかしいことだけが、この仮説のネック。

 

 ……とりあえず、考えるのは置いておこう。このことは今どれだけ考察しても、たぶん事態に対して一厘の役にも立たない。

 

「そのジャバウォックって、ヒトを襲う習性があるんですか?」

「伝承では容姿以外には特に語られておらんのだが、以前に現れたときも襲われた者がおる。村にまで現れたのは初めてだがな」

「ただじゃな、『神獣は空の狂いを正す、これを邪魔してはならない』とのことなんじゃ」

「ってことは、襲われたからといって倒してしまうのは、(もっ)ての(ほか)と」

「そういうことになるの」

「それは厄介ですね……」

 

 相手は殺す気で襲ってくるだろうに、それを殺さずに退けないといけないとは。彼我の戦力に相当の差があれば何とかなる話ではあるが、村の惨状を見るにジャバウォックは相当手強いと思われる。もっとも、逃げまどうより他ない()()しようもない相手、というわけでもないようなのは救いか。

 

「む、倒してはいかんのか? 18年ほど前に何処ぞの村の勇士が倒したという話を聞いたが、別にそのとき空に異変など何も起きなかったはずだ」

「なんじゃと? 初耳なんじゃが」

「情報収集の努力が足らんのではないか? 族長の」

「ぐぬぅ」

 

 ……結局、倒していいの? ダメなの? どっち?

 もう聞けることはだいたい聞けた気がするので後は【万智】におまかせ…………と思ったんだけど、今回【万智】で得られる情報はどうにも要領を得ない。ただ倒していいのかどうかについては判った。

 異常が発生すると、それが目に見えて問題になる前にジャバウォックが自然発生(ゲーム風に言えば『POP』)する。その行動がどう異常に作用するのかは判らないが、異常が解消されるまでは追い払うのはよくても倒してはならない。逆に言えば、

 

「前回は既に役目を終えた後だった、だから倒しても何事もなかったのでは?」

「ほう」「なるほどな」

「しかし、今回もう倒していいのかどうかは……判らないですね、困ったことに」

 

 空の異常が目に見える前にジャバウォックは仕事するというのだから、空を見たところで異常の有無は判らない。【万智】でもダメ、忘れかかっている記憶が思い出せそうで思い出せない状態みたいになってる。もうちょっと異常について情報が集まればわかるようになりそうなんだけど……。

 

「ま、できれば倒さずに追っ払うだけにするのが無難じゃの」

「そうさな。今回も追い払うだけなら何とかできたがね。私も含めて、皆最近は少々腑抜けていた。鍛え直す必要があるだろうな」

「その前に療養したり家や柵を修復しませんと」

「ああそうか」

 

 

 

 

 次の日、ラハール族も手伝って、周辺哨戒と村の再建……はいいんだけど、だから何で私が陣頭指揮を取らされてるんですかねぇ!? 族長も村長も飲み過ぎて二日酔いとかふざけんな!

 【万智】によればジャバウォック再襲撃の心配はないけど、それでも半壊した村ではくつろげないし、さっさと塩をもらって帰りたいので私は頑張った。おかげで一日で建物と外周だけは完全に元通り(私の補佐についた村人が認定)を達成。誰か褒めて。

 

 なお、塩田と塩倉庫もやられてしまい、当面は塩の生産ができず在庫も心許ないという事情を、復興作業のお礼に特産の塩を大量に貰った後で聞いた。そんなの聞いたら安心して貰って帰れないじゃん!

 私はキレて海岸をしばし占有し、紋章魔法《抽出》で海水から食塩の成分を抜いて《形成》で結晶化させるという方法で丸一日かけて食塩の柱を50本ほど生産し、押しつけてやった。そんだけあれば死なないだろうから削って使え。

 あと、魚は獲るが即日焼いて食うだけであり、加工して保存や取引といったことをしていないというので、干物の作り方を口伝してみた。手取り足取り教える暇はなかったが、何とか試行錯誤してモノにしてくれるとうれしいな。私も家で魚が食べれるようになるかもしれないし。

 




◇鏡の国のアリス
作中で紹介のとおり。子供にプレゼントするつもりで適当に書いたらしい前作と比べると、ちゃんと売ることを想定しており話の構成がしっかりしている、らしい。知名度が前作と比べると低めなのが泣き所。

◇詩の名前がだいたいコイツ
原作(英語)では Jabberwocky となる。ほぼバケモノの名前。

◇斬鉄剣
モンキーパンチ作『ルパン三世』に登場するサムライ、石川五ェ門の得物。金属だろうとスパスパ切り裂く、とんでもない切れ味の日本刀。ただ何故かこんにゃくは斬れない。

◇あまり長らく住み続けられないらしい/フェバルの宿命
フェバルとなった者が一つの星に居続けられる時間には限りがある。星と個人ごとに異なるが、通常で半年から数年くらい、長い例だと数十年になることもあるらしい。一度この時間がゼロになって他の星へ行ったフェバルが何らかの方法で同じ星に戻ることは可能だが、長くても数日でまた他の星へ飛ばされる。
なお、死亡した場合はこの残り時間がゼロになり、別の星で蘇生する。言わばこの制限時間は、各星におけるそのフェバルの寿命といったところ。

◇【万智】ははっきりした答えを返さなかった
こういうことが稀によくある。
原因がアスカの未熟にあるのか、能力の限界なのか、世界や話の都合であるのかは今のところ不明。アスカは能力の限界のセンが一番強いと思っている。

◇翻訳能力がおかしい
この能力がフェバルの基礎機能として全フェバルに同等に備わっていると仮定すると、原作および他の二次創作でこういう考察が一切出ない以上、フェバルの基礎機能としての翻訳能力がおかしいというセンは考えづらい。
つまりおかしいのはアスカn(ry

◇波動を自在に操る格闘家
格闘ゲーム『ストリートファイター』シリーズの登場人物リュウのこと。特に解説の必要もないくらい有名。
てかリュウとは何かの選択肢にこんなネタを混ぜるあたりがg(ry

◇静まれ【万智】
ふとしたことで知りたくもなかった知識を知ってしまい精神にダメージを負う現象が稀にある。幸い【万智】には精神を保護する機能もあるため、精神にどれだけダメージを負っても致命傷にはならない(らしい)。


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0x0B.酔ってません、酔ってませんってば!

大変お待たせしました。

前回のあらすじ:
アスカ含むラハール族一行は海の村に行って、救援活動して、話を聞いて、復興支援して、塩を貰って帰ってきた。
カリム「貰った量以上を魔法で作って押しつけていたように見えたが」
アスカ「細かいことは気にしない♪」
なお、作った塩の柱は四十七本を海の村に押しつけ、三本はお土産にした模様。


 なんと海の村からの帰り道で生理が来た。馬に揺られているせいか滅茶苦茶しんどい。

 降りて休みたいけど、私一人のために部隊の足を止めて到着を遅らせるのはダメだ。一人で休むのならいいけど、以前の(特に空色がマーブルの世界での)経験から思うにそれをやると死んでしまいかねない。よって休むことはできず、揺れる馬上で苦しみに耐えながらカリムさんにしがみ付き続けている。

 フェバルとして覚醒後しばらくはオワタ式ばりに死にまくったので、私は死ぬ痛みや辛さを文字通り知っている、というか経験済みなわけだが、今回のは死ぬより辛かった。これで一人で馬に乗っていたら耐えきれずに落馬してたと思う。

 

「大丈夫か? あまり揺れないようにしているつもりだが」

う……く……

 

 ごめんカリムさん、今まともに返事できない。ラハール族に身を寄せたばかりの頃のやつも最大級に辛くてしゃべるのもままならなかった(のを彼は見ている)が、今回は寝ていられず馬の上、しかも落馬しないようしがみついていなければならず、痛みに耐えることに意識すべてを向けるわけにはいかないせいで、体感そのとき以上に苦しい。

 顔というかおでこを彼の背中に押しつけるようにしながら、首を縦に振る。たぶんこれで言いたいことは伝わる。苦しいけど止まって休むつもりはないのだ。

 そういえば以前は生理痛で動けない暇を紛らわすために、見知ったフェバルの今を【万智】で盗み見るっていう暇潰しをしたことがあった。今は今で暇ではある。またやってみようかな……あ、あれ? 身体が――

 

「おい!? ホントに大丈夫か!?」

……え?

 

 どうやら気を散らしたせいで手の力が緩んでしまい、落馬しかけたところをカリムさんに捕まえてもらって事なきを得たっぽい。こういうときの咄嗟の動きとかは、私の体調が万全だったとしてもできるかどうか。生粋の戦士と、スキルでチートしただけのなんちゃって達人の差である。

 

「やはり休んだほうがいい。(おさ)!」

だ、め……

 

 休憩なんてしたら到着が遅れる、しかし私の今の体力ではカリムさんに制止の声をかけるのすら無理だ。相手が聞き耳を立ててくれない限り、私の声は誰にも届かない。

 そんなわけで、カリムさんの意見はあっさり族長さんに通ってしまい、てきぱきと野営の準備が整えられてしまった。おおう。暇潰しだなんてつまらないこと考えたせいで、おおごとになってしまった。あうあう。

 

 

 

 

 

 野営場所は普段よりも長い時間かけて設営された。一夜を凌ぐ程度の野営と、体調不良者(=私)を休ませるために数日の滞在を予定する野営では、要求される出来栄えが違ってくるだろうから、そのぶん時間もかかるのだろう。

 当たり前だが私は参加できない。適当な草むらに転がって大人しく流血()し続けるしかないのです。死ぬほど痛い……訂正、死ぬより痛い(実体験に基づくけど個人の感想です)。でも痛いことを除けばひたすら暇ではある。寝れないし。みんな設営が忙しいから周りに誰もいないし。

 痛みに耐えているだけでは暇だし、何かしたい。といっても身体は動かないけど、頭を動かす分にはそれほど支障はない。というかこういうときは勝手に色々と思考が回る。痛みで起こされる分だけ意識は普段よりもシャープ……と言いたいけど、後で思い返すとやっぱり何処か抜けてるというか、痛みでボーっとしていたんだろうと思うことばっかりだったりする。まぁそんなことは後でよい。

 ヒマー。今までこういうときにどう暇をつぶしていたっけ……あー、スマホでニュースサイト見てたのか。あれは渓谷でカバンごと紛失したし、持ってたとしても通信回線がないのでほぼ役立たずだったろう。

 というわけで、スマホに代わる便利な情報ツール【万智(ばんち)】先生の出番です。まずは恒例コーナー、あの人は今!

 最初はもちろん(ほし)()君から……

 

 ――で、いつまでオレに抱きついているつもりだ?

 ――へ?

 

 ……誰だこのイケメン!? 誰だよこのイケメン!? 何者だよこのイケメン!?

 って、失礼、かみまみた。じゃなかった、取り乱しました。いや私は誰に謝ってるんだ。

 もうちょっと詳しく状況把握してみると、

 

  ・星海君が居るのはエネラルという惑星の、サークリスという街。

  ・星海君は現在、女の子として全寮制の魔法学校に通っている。

 

 ……いきなりツッコミどころ満載!? 女の子になれる能力はこの目で目撃したけども、【万智】によれば為るも戻るも自在のハズ。バイトで一緒したときを思い出すに心身の性別が食い違う(トランスジェンダー)って様子もなかったんで、まさか女の子で居続けるとは思わなかった。

 いったい彼に何があった? 男に恋でもしたか? 精神は肉体の影響を受けるっていうし有り得なくもないけど。

 

  ・男の身体では気力は充実するが魔力がないため、イネアに師事して気剣術を訓練中。

  ・女の身体だと気力はゼロだが魔力が豊富なため、学園で魔素魔法を習熟中。

  ・危険なフェバル(ウィル)の脅威から精神的に逃れるため、半ば過剰なまでに自己鍛錬中。

 

 変なこと考えてごめんなさい。

 彼も切実だったか……考えてみたら当然だ。あの暴威を受けた当事者なんだし。そして女の子でいるのも納得の理由。

 それにしても、変身しないと魔力ゼロか。彼も難儀なものだ。まあ私はどうあっても魔力ゼロなんだけど。この世界に《杖》があって本当に本当によかった、

 

  ・(ひと)()のないところで訓練中、制御を誤って墜落するところを、たまたま居合わせたアーガスに助けられる ←今ココ

 

 イケメン普通にいいやつだった。アーガスって名前か。

 

  ・イネアはエネラル最強クラスの気剣術使いで【気の奥義】ジルフの弟子。

  ・アーガスはサークリスの名士グレアス・オズバインの長子。

 

 名士か。地位はあるけど貴族ではないらしい。ということは、身分違いの恋が悲恋に終わる可能性が下がると思われ。やったねユウちゃん! うん、私は何を言っているんだ。いや口にしてはいない。何考えてんだ。

 我ながら自分の思考がわけわかめ。まぁ熱で浮かされてるような状態なんだから仕方がないね。

 次いこ次、切り裂きエーナ。あ、切り裂いてないわ、刺し魔だったわ…………

 

「うぉぉえ」

 

 思わずえづいてしまった。だって、いきなり自分の首にナイフ突き刺す場面が見えたんだもん。血は見慣れてる()けど、ああいうのはさすがにちょっとショッキング。ちょっと、で済んでるのは狩りや料理で兎の首を落としまくってるからだろう、私もたくましくなったものだ(自画自賛)。あんまり慣れたくもない、とも思うけど。

 それにしても、フェバル怖い。何の気負いもなく自殺しおった。自殺志願者だって実行はもうちょっとこう気負いがあるだろうに。あれが彼らとしては一般的な星間移動方法だと、知識で知ってはいるけどもさぁ。自分では実行したくないなぁ。

 次は強姦魔ウィル。未遂だけど。うーん、でもなんか嫌な予感が…………

 

「うぉぉえ」

 

 虐殺現場でした。大勢の人間をミンチやネギトロに変えまくる。飛び散る鮮血と肉片。体調悪いときになんてもん見せんだ、ふざけんな。自業自得? 知らない言葉ですね……

 二度もグロ見たせいでますます調子悪くなった……これ以上の被害は避けたいので、このへんでやめて大人しくしておこう。あーそういえば、スマホの他にも色々なくしちゃったんだよね。生理用品(ナプキン)とか化粧品とか。いや化粧品はわりとどうでもいいんだけど、ほかは代用を考えたいな。布は使い捨てにできるほど豊富じゃないみたいだし、どうしよ……

 

 

 

 いつの間にか眠っていたらしい。気が付くと西日が差していた。

 目の前には紋章がいくつか浮いている。たしか眠る前、失くした荷物の代わりに紋章魔法が使えないかと思って何か考えていた。はっきり覚えてないけどいくつか試作を書いていたようで、浮いているのはそれだろう。《化粧》とか浮いてるんだけど……作っちゃったかぁ。やだなぁ。いや、この先もうちょっと文明的?な世界に移動した場合は必要になることもありそうなので、役に立つのは間違いないんだけどね。

 私は化粧にかける時間が無駄なのも嫌だが、肌に化粧を載せる感覚そのものが好きではない。化粧となると目の下にある分厚いクマ(トレードマーク)を無視するわけにいかないのが最大の原因。女性にあるまじき、という自覚はあるけど、それでもクマを隠すために目の下にやたら分厚い化粧をしなければならない面倒さと、分厚いものが覆いかぶさってる感覚がどうにも受け入れられず。

 いやそんなことはどうでもいいか。

 外が騒がしい。何かあったのだろうか?

 剣戟の音すら聞こえ……ちょっと待って。剣戟?

 

 剣戟と言ったが確証はない、けど私が集落で暮らしてる間に見知った限りで、あのような音を出すものは私も持っている(ククリナイフ)くらいしか知らない。たぶん剣戟で合ってるだろう。

 問題は何と打ち合っているか。私の知ってるこの星の人間以外の生き物って二種類しかいないわけだけど、アルミラージは大きくても小学校で使った竹の定規(三十センチ)くらいの体長しかないので、硬い部分つまり角も大した長さはない。短い角と剣であんな音を立てるのは至難だろう。

 遠目に見たことがあるだけのジャッカロープは体長が冬の教室に置くストーブ(一メートル)を超し、角も十分な長さと硬さはあるものの、その表面は弾力があり、剣と打ち合うとけっこう柔軟に受け止める、あるいは無音のままスパッと斬れる。そのため今みたいな音は出ない。

 つまり今の音は、私にとって未知の魔物や動物が出たか、仲間内で真剣を打ち合っているか、他の部族と戦っているか、だ。

 ラハール族はこの地域の村々のリーダー的存在らしく、かつ他の村々との関係は良好と聞く。そんでもって部族内も族長と奥方(カトラさん)のカリスマで強固な一枚岩の統率を保っているように見える。なので人間同士で戦っている線はあまりない、と思いたい。

 そもそも人を襲いそうな驚異の話を最近聞いたばかりなのだ。そっちのが可能性は高いだろう。

 

 ジャバウォック。

 異変をただす、竜っぽい姿の神獣。

 今いる世界の創造者に地球の娯楽知識がありそう、と推測する原因。

 

 ……ホントに地球の娯楽知識由来で創造(つく)ったのだとしたら、もうちょっと造形のマシなやつを元ネタにしてやれよ、とちょっと思ってしまうけども。まぁ見るだけでSAN値が下がりそうなのよりはマシとはいえ。そもそも元ネタ通りの造形してるとも限らないか、見たことないんだから実際どうなのかはわからない。

 でも予想通りなら、今から造形を拝みに行こう。仲間が戦ってるなら無視できないし、どんな姿なのか楽しみでもある。

 

 さしあたっての問題は身体が動かないほどの激痛。地球にいたころは生理の際に無理やり動きたい場合は鎮痛剤を飲んでいた。かろうじて動けるようになるけど滅茶苦茶気分が悪くなるので、やむを得ないとき用の切り札みたいなものだった。

 その鎮痛剤は渓谷の星で紛失してしまったが、かわりとなるものは今そこに浮いている。

 

 眠る前に書いていた紋章のひとつを自分のおなかに叩きつけて、動けるようになった私はテントを飛び出した。

 

 

 

 

 

 

「なるほど強敵じゃの」

 

 俺が思うに、というより村のほぼ誰もが最強を疑わないであろう長だが、その戦いぶりを見たことのある者は俺の知る限りほとんどいなかった。何故なら必要以上に強いから。村の周囲に現れる動物相手だと速攻で首を刈って終わり、で戦いにならないのだ。いい勝負を見たいなら最低でも虎ぐらいでないと。竜はちょっとわからないが。

 なので俺は初めて見ている、長の戦いを。

 

「カリム!」

 

 といっても特等席でのんびり見られるわけではない。伸びるように迫る敵のパンチをかわすと、その腕がしなるようにして俺を叩く。とっさに後ろに飛んだが打撃の勢いを殺し切れない。

 なんとなく思ってはいたが強く実感する、ウサギ相手など戦いではなく狩りだった。つまり今が俺の初陣というわけだ。腕は磨いていたつもりだが、思うように動けないでいる。これが実戦か……

 

 相手の厄介さもある。どう見ても人間ではない頭、初めて見るがあれが竜の頭なのだろうか。奇抜な頭をした、俺や長より二回り以上も大きな巨人。腕?足?が六本もあり、バランスが悪いのか四つ足で昆虫みたいに這って歩き、余った二本で殴りかかってくる。頭以外は生き物ってよりも出来の悪い粘土細工のようで、そのくせ異様に頑丈で、この剣を一度は綺麗に叩き込んでやったはずなのに傷ひとつ入らない。たまに口まわりが少し明るくなるので、もしかしたら炎を吐いたりもするかもしれない。

 見た目のアンバランスさや気色悪さとは裏腹に、相当の強敵だ。

 

 そんな化け物相手に長は素早い身のこなしと巧みな剣捌きで食らいついている。敵の攻撃を躱し逸らして、隙を見て首筋に剣撃を食らわせるが、硬い表皮には通用せず殴り返された!

 刀身でとっさに防ぎはしたものの、勢いを逸らしきれなかったようで、長が俺の隣にまで吹き飛んでくる。

 

「長!?」

「っつつ、参ったの、やっこさん手強いわい。あと五発くらい全力を綺麗に叩き込めば、素っ首落とせそうなんじゃが」

「長でも敵いませんか……」

「いや、おぬしが気を引いてくれれば、不意打ちでどうにかなるかもしれんのじゃが」

「申し訳ありません」

「即答かい」

 

 いや、今の俺では無理があるんで。

 今しがた実力不足を実感してしまった、まともに打ち合えば三合くらいしかもたないだろう。

 そしてそれは他の人も同じのようで、あの化け物に飛び掛かっては吹き飛ばされとびかかっては吹き飛ばされ……

 

「イヤーッ!」

「グワーッ!?」

「ハチョー!」

「アバーッ!?」

「ウラー!」

 

 怒号と悲鳴が飛び交い、その中におかしなものが混じって……って最後の一人!

 

「ちょ、アスカ!?」

「うー、おもっらろおりららいれすれぇ」

 

 左手に《杖》を持って、右手の剣を相手の堅い腕と打ち合い、たった一合で飛びのいて俺たちの近くに来た。簡単には刃が通らないと悟ったのはいいが、戦闘に《杖》を持ち込むなど常識外れなことを。壊れたらどうする。

 

「何でここにいるんだおまえ、体調不良(詳細は言いたくない)で寝てたはずだろ!?」

「あんらううらうりれれてられうあえらいららいれすか」

「何を言ってるのかわからん! 酔ってんのかオマエは!?」

「よっえあえん!」

「酔っぱらいはみんなそう言うよな!」

「よってあえんってあ! ああろう!」

 

 アスカは光る腹を、何かを調節するかのようにいじくり――なぜ腹が光ってるんだ――顔色を悪くして(うずくま)る。

 

「アスカ!?」

「うー、耳元で叫ばないでください。すこぶる痛いわ吐きそうに気持ち悪いわで最悪です。だから鎮痛剤なんて使いたくないんですよ、てか魔法で代用しても同じってどういうことなの」

 

 ぶつぶつと言いながら、剣を身体の支えにして立ち上がる。

 なるほど、腹の光は沈痛の魔法で、さっきまで呂律(ろれつ)が回ってなかったのはその副作用?らしい。で、魔法を調節して効果を弱めた結果、呂律が回るようになった代わりに痛みで倒れた。

 

「大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ、さっき吐けるだけ吐いてきたからもう吐き気は我慢できるレベルです」

「既に吐いた後だと!?」

「え、そこ驚くの?」

「しかもまだ吐き気がするだと!?」

「だんだんカリムさんがリアクション芸人みたいに……もしかして戦争後遺症(シェル・ショック)ってやつですか? しっかりしてくださいよ、まだ戦いは終わってませんよ?」

「なんで俺がお前に心配されてるんだ……」

 

 手足をぷるぷるさせながら剣を杖のように使ってまでして身体を支えて何とか立ってるような有様のやつに心配されるほど、俺は狼狽えてないぞ。

 

「ところで、アレ様子がおかしくないですか?」

「そうじゃの」

「む?」

 

 もう全員が弾き飛ばされ倒れているか、自ら引いて遠巻きに囲むかして、ヤツと打ち合っている者はいない。そんな包囲網のなかで、ヤツは誰に飛び掛かるでもなく、動きがない。

 なぜ動かない? 竜の頭の表情などわからないので、何を考えてるのかはさっぱりだが……

 

「やっこさん、まるで戸惑っとるように見えるがの」

「え、長はあの表情が分かるのですか?」

「竜の表情などわかるわけないじゃろ」

「動きでなんとなくわかるでしょうに……」

 

 わからないんだが……

 

「兎狩り特化の弊害かの?」

「いえ、模擬戦は好成績ですから、対人もけっこういけるはずですよ? 実戦経験は知りませんけど」

「なら対大型モンスターの経験が必要かの?」

「ドラゴン狩りでもしますか」

「おい!?」

 

 とんでもないことを言う。

 

「ドラゴンはやめてくれんかのう、むざむざ死なせとうない」

「死ぬかどうかはわかりませんよ。食べたくないですか、ドラゴンステーキ」

「ホントにやめてくれんか!?」

 

 コイツ、最近は俺達が兎刺しに執着しすぎるとか非難するくせに、自分は危険度外視で食に固執するのな。命がいくつあっても足らなくなりそうだ。

 

 それはそうとして。

 二人が言うには『戸惑って』いた化け物は、唐突に(きびす)を返して走り去る。

 

「追う必要はありません、あっちは集落でも海の村でもないですから」

 

 何人かは追おうとしていたようだが、アスカに止められた。

 

「撤退した……《爆撃》とかぶつけてやろうと思ったのに無駄になりましたね……【万智】の行動予測でも人里には行かない結論……一度遭ったから、少しは分かるようになったんでしょうか」

「? 何を言っているんだアスカ」

「いえ、荒事終わったんで《鎮痛》切りたいなーって。むしろ切っていいですか? 薬飲んだわけでもないのにコレ使い始めてからホント気持ち悪くて、すごい空腹感なのに何も食べれる気がしなくてホントひど」

「わかった、わかったから(まく)し立てるな。切ればいいじゃないか」

「じゃあカリムさん、あとはよろしく……(どさっ)うぐ

「「アスカ!?」」

 

 《鎮痛》切ったら倒れるとは聞いてないぞ!? 長も驚いてるじゃないか。

 すぐさま助け起こす。長も駆け寄る。

 

「大丈夫か!?」

……どこの、リアクション、芸人ですか、あなたは

「りあ……? よくわからないが、とにかく休め」

はい……あと、

「なんじゃ」

明日また、《鎮痛》、使うんで、帰る準備、お願いします

「数日分は野営の準備がある、無理せんでええんじゃぞ?」

早く帰って、家で寝たい……です

「むう……わかった。じゃが無理はするなよ?」

 

 

 神獣?ジャバウォックとの初遭遇はこうしてドタバタに終わった。

 次は一矢くらい報いたい。くそっ。




○塩の柱のお土産三本
連中は馬車を持たない(この世界は木材が少々貴重なので、馬車がまだ存在しない可能性もある)ので、塩の柱は(そり)状にした《障壁》に載せてロープで縛り、引き摺って運んだ。

○空色がマーブルの世界
プロローグの『isolated island』でのこと。
一言で言うと「なめプしてたら救助してもらうタイミングを逸して餓死」

○いつまでオレに抱きついているつもりだ?
原作一章9話のワンシーン。
作者は「アーガスって最終的に女ユウにちょっと惚れてね?」とかなり本気で思っているのだが、原作者はその意見を否定している。

心身の性別が食い違う(トランスジェンダー)
セクシャルマイノリティの一種。アスカが勤めていた会社にも一名いた。
アスカはそういうのに比較的寛容、ただし『他人への迷惑にならなければ』という注釈がつく。この『迷惑』には見た目の見苦しさも含まれており、『その恰好でいたいなら装いと化粧は万全にしなさい』と件の同僚に指導したことがある。自分は化粧嫌いなくせに中々身勝手な言い分。

○切り裂きエーナ
《バルシエル》の効果を考えるに、地球以外では切り裂き魔でだいたい合ってる。

○竹の定規/冬の教室のストーブ
どちらもアスカ(と作者)が小学生の頃にお世話になったアイテム。ちょっと昭和の香りがする、だが思い出の時代は平成のハズ。残り香?

○虎、竜
イゴール人がこう呼ぶ生き物が地球の虎や竜と同等の生き物であるかどうかは不明、たまたまこの字に訳された(?)だけの可能性もある。地の文がフェバルではない場合、誰が日本語に翻訳しているのかは考えてはいけない。
ただ、この世界の創造主は地球の知識があるので、地球の虎と同等の生き物である可能性もかなりある。

○戦闘に《杖》を持ち込むなど常識外れ
紋章魔法は発動が遅くて戦闘の役には立たない、というのがイゴールでの常識。そして《杖》はそこらの金属よりも貴重な素材を使って作られるため数が少なく、壊れると修復できない恐れがあるため大事に使う必要がある。危険な場所に持ち込むのは言語道断。


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