TS転生して最強の装者になって死ぬだけの話 (ゆめうつろ)
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F1/6 生まれ変わって、出会う

これが、俺の理想の死に隊。


 一目惚れという奴だった、キービジュアルを見たあの日から俺は天羽奏のファンになった。

 

 当然第一話の彼女の死でショックを受けた、それでも視聴は続けた、回想などで出番があれば一嬉、エア奏して一嬉、コミカライズで掘り下げがあって歓喜、XDU専用シナリオで大歓喜(なお動作環境のせいでクリアできなかったので動画で見た)。

 

 公式だけでは飽き足らず二次創作で彼女が活躍しているのを探すのも大好きだった、たまに解釈違いでムッ!とした事もあり、早数年。

 

 無事に夢女子の如き妄想力を得た俺を待っていたのはビルの火災による死であった。

 

 彼女のファンであった俺は当然ながら最後まで生きるのを諦めなかったし、共に逃げ遅れた人を助ける事も諦めなかった。

 

 どうやら善行は積むもので、そのお陰か、俺は前世の記憶を持ったまま、第二の生を得た。

 

 

 だがその第二の生も中々に難易度が高かった、まず女になっていた、これはいい、次に前世の事なんかを両親に話すか、これは生来隠し事が苦手な性分からか、3歳の時にカミングアウトしたら普通に受け入れられた、というか、両親が「NINJA」だった。

 

「おかげで初等教育をする手間が省けたわ」

 

 俺のカミングアウトを聞いた親父の第一声である、というかこの畜生親ども、俺が精神的に成熟していると知るや否や早速「忍び」としての訓練を始めやがった。

 

「ねぇ~パパ~疲れたよ~」

 

「27歳にもなって男として恥ずかしくないのか」

 

「畜生、恥ずかしいに決まってるだろ!しかも今は乙女だよ!」

 

「なら強くなれ!」

 

「くそったれ!」

 

「パソコン届いたわよ」

 

「やったぜ!サンキュー母上殿」

 

「情報戦の授業も追加だな」

 

「ファッキュー親父殿」

 

 だが、逆に母上殿は中々に優しく、結果を出せば欲しいものなどを融通してくれた。

 

 それに、なによりも、二人とも俺を気味悪がらずに接してくれた、それだけで十分俺は幸せだ。

 

 将来はこの忍びの力で人助けをする、それが俺の夢だ。

 

 

 新に得たインターネットの力、得られる情報の拡大、それは俺の世界を広げてくれる。

 

 本題としては6歳にしてようやく趣味のアニメ鑑賞が可能となった、「隠れ里」であるうちにテレビはなかったのである。

 

 どうやら前世とは世界が違うようで、かつて知っていた作品達が影も形もねぇ、ただマジンガーZとゲッターロボはあった、なのにガンダム居ないしウルトラマンや仮面ライダーもいねぇ、畜生。

 

 そしてシンフォギアもねぇ、くそったれ!

 

「おい、どこでそのシンフォギアという言葉を聞いた」

 

「うおっ!親父殿人のパソコンの画面を覗き込むなよ!びっくりするじゃねぇか!」

 

「それよりもシンフォギアって言葉、何処で知った?」

 

 ここで俺は、検索しても出てこないシンフォギアという言葉が親父の口から出てきた事に違和感を持った。

 

「……前世のアニメだよ」

 

「アニメ、か?」

 

「そう、立花響、風鳴翼、雪音クリスの三人が主役でノイズやら世界の脅威やらと戦うアニメ」

 

 そして親父のその一言で俺は、確信した。

 

「天羽奏は、どうしてそこに含まれない?」

 

 俺は言葉に詰まった、感情が極限まで達すると言葉が出なくなるというのは本当の様だ。

 

「今無理なら後でもいい、だが出来るだけ早く教えてくれ」

 

 

 ここは、きっとシンフォギアの世界、あるいはそれに連なる平行世界だ。

 

 

「それは、それは天羽奏が、ツヴァイウィングのライブでのネフシュタンの鎧の起動により発生する惨劇で死に、その時の事故で立花響にガングニールの欠片が適合するからだよ、親父」

 

「そうか、お前のお陰で助かる命が増えるかもしれない、よくやった」

 

 そういうと親父は今までに見たことがないぐらいいい笑顔で笑った、それはまるで覚悟を決めたような顔だった。

 

 だから俺は止めた

 

「待ってくれ、まだ情報がいる、それにその惨劇を仕組んだのはシンフォギア開発者である櫻井了子!だからまだ動かないでくれ、櫻井了子は、フィーネは物語の黒幕で!とてもじゃないがマトモに太刀打ちできない相手だ!下手に物語と違う動きをされたらこの世界が終わっちまう!!」

 

「……それほどなのか?」

 

 本音としてそれもある、けれど親父に死んで欲しいとは思わない、だから止める。

 

「フィーネは、何万年も転生を繰り返している、詳細は省くが月を破壊する事を目的としてる、月が破壊されれば重力崩壊で地上の人類の殆どが死に絶える事になる、だから下手に手を出さずに、装者達がフィーネを倒すのを……」

 

 俺は再び言葉に詰まった、それまでに出る犠牲の数はどれ程になる?

 

 その中に、「物語」では描写されなかっただけでその犠牲に親父達が含まれない保障は?

 

「お前はどうなんだ」

 

「……そうだな……そうだよ、親父。俺も見過ごせない、救えるなら救いたいと手を伸ばす……」

 

「お前が俺達の子として生まれてきたのは、運命かもしれないな。俺もアイツも全てを救いたいと思う、無理かもしれないとしてもな」

 

 そうだ、無謀で無茶でも、この世界は「精一杯の頑張り」が応えてくれる世界の筈だ。

 

「俺を、この物語の「登場人物」にしてくれ」

 

 それが俺の本当の始まり。

 

 

 

 

 

 この世界の運命を知るのは俺達家族三人だけだ、それも確定した運命じゃない。

 

 武器は俺の記憶の中にある「戦姫絶唱シンフォギア」という「物語」の表面のストーリーという曖昧な情報とこの体一つ。

 

 そして「物語」に立ち向かうならば「登場人物」である必要がある、それはフィーネという黒幕に気取られない為、「役者」として立ち回らなければ、たちまち舞台から下ろされてしまうし、舞台からフィーネが消えてしまうかもしれない。

 

 そうすれば待つのはおそらく「破滅」だ、だからフィーネには立花響を認めて、月読調の代わりにイガリマで消えてもらわねばならない。

 

 違和感の無い立場で、物語を動かせる「役」、意外にも「主役」たる装者でなくとも可能性はある。

 

 それはウェル博士の様な「英雄」、あるいは司令や緒川さんの様な「OTONA」を始めとした二課関係者。

 

 俺が選択するのは装者、あるいは二課関係者だ。

 

 非常に「幸運」な事に、親父が政府の元で「現時点でも」働いていて、風鳴機関や緒川家と若干の繋がりを持っていて黒服を着た方々の教育指導係だった事もあり「俺を潜り込ませる事が出来る」。

 

 

 それを提案した時、当然親父殿は反対し、母上殿も大反対、むしろ母上が怒り狂って怖かったまである。

 

 だが、燃えアニメでありつつも萌えアニメでもあったこの世界。

 

「メタフィクション的に考えて欲しい親父殿、母上殿、映像倫理的に女児を惨死させるアニメはない、必然的に俺……もといワタシのが生存率が高い、むしろお二人のが死ぬ確率……俗に言う「死亡フラグ」が立ちやすい、だから、ワタシに任せて」

 

「アニメじゃないのよ!」

 

「アニメよ!深夜アニメだよ!母上!」

 

 その後数日かけて何とか両親を説得し、俺を二課に送り込む方針に決まった時は一安心した、というか母上は最後までフィーネにカチコミに行って物語を開始前に終わらせようとしてたのは駄目だった、というか油断したらいつでもカチコミに行きそうなので予断は許されなかった。

 

 

 まだツヴァイウィングはデビューしていない、そして天羽奏が適合したのがつい数ヶ月前の話らしく、俺は必死に設定を記憶の中からサルベージした結果、現在が本編の五年前と見積もる。

 

 奏適合したのが14歳、享年が17歳で本編の2年前、俺が今6歳、猶予はよく見積もって3年、いや2年。

 

 ライブ会場での惨劇が起こる時にはおそらく9歳。

 

 そして本編でようやく俺は11歳、かなり無茶せねばならない。

 

 

 

 必死に両親と相談しながら考えた結果、俺は「天才児」キャラで行く事にした。

 

 

 理由は簡単だ、俺は前世では大学生(死亡による中退)だった、前世の両親にも本当に感謝せねばならない、大学に行かせてくれた事に本当に感謝しかない、親孝行できなかったのは未練だが……。

 

 ちなみに特技はプログラミングだ、将来はシステムエンジニアになるはずだった、クソプログラム組んで無限増幅するファイルを作ってしまい大学のサーバーとPCを破壊し尽くしたという罪と秘密は墓場になんとか持ち込めてよかった。

 

 

 

 

 

 翌年、猛勉強と両親の根回しのお陰で俺は「見習い研究員・兼装者候補」として、どうにか二課に潜り込めた。

 

 意外にも俺を引き入れたのは「フィーネ」つまりは「櫻井了子」だ。

 

 それも、両親に無理を言って「聖遺物」を見つけて来て貰っての手回しあっての事だ。

 

 

 そう、聖遺物……つまりはシンフォギアシステムの素材を見つける事で、新たな装者を見つける必要性を出させる。

 シンフォギアへの適合は「愛」が鍵となる、脳の未知領域こそが適合率の秘密らしい、本当にウェル博士には感謝しかない、いつか感謝を伝えたい。

 

 そして聖遺物だが、99%は案の定ガラクタだったが、たった一つだけ見つけた本物。

 

「岩融(いわとおし)」武蔵坊弁慶が使っていたとされる大薙刀。

 

 それほど歴史のあるモノではない筈だが、それは確かに聖遺物と証明された。

 

 所謂、哲学兵装と分類されるそれは砕けてあってもその力を失っていなかったそうだ。

 

 手に持てば確かに体に力が漲り、一時的にではあるが疲労感が飛ぶ様な活力を得られたそうだ。

 

 持ち主であった「弁慶」という人物に不思議と、自分の行く末を重ねる。

 

「当然、俺は諦めないけどな」

 

 きっと俺は死ぬだろう、でもそれが俺の「生きる事」なのだから。

 

 

 

「へぇ、あなた達が先輩装者ねぇ……ふぅん……まぁせいぜいよろしく、最強はワタシですけど」

 

「なんだ~このちびっ子?」

「櫻井女史……本当にこの子が新しい装者なんですか?」

「嘘だろ翼!?嘘だと言ってくれよ了子さん!」

 

「本当よ二人とも、自己紹」

「秘でーす」

 

「秘って……」

「秘密ってなぁ、お前からかってるのか?」

 

「ワタシは「忍び」であり「天才」、そして「無双」あなた達みたいなただの戦えるだけの歌女とは違うんです~!」

「いきなり喧嘩を売らないで頂戴、「雷電(らいでん)」この子の家は一人前になるまでは本当の名前がもらえないのよ」

 

「まぁせいぜい敬意を持って雷電と呼びなさいな」

 

 傲慢ちきな娘、全てが終わるまで、俺の名前は雷電、真の名前を知るのは両親だけ。

 

「雷電ねぇ、そんなに自信があるなら勝負しようぜ」

「奏!」

「いいですわよ、まず力の差ってのを思い知らせて差し上げますわ」

 

 かつて憧れた彼女が目の前に居る、同じ空間に居る、同じ空気を吸ってる、それどころか言葉を交わしている。

 ああ、奏さんマジ奏さん。

 

「リンカーを使わなければならない貴女に配慮して、「勉学」での勝負としましょう」

「大きな口を叩いた割には弱気な事を言ってくれるな?」

「あら、貴女……小学生に学力で勝てる自信もないのですの?」

 

「んだとぉ?」

 

 マジで喧嘩をするつもりはない、というかとてもじゃないが奏さんを傷つけるのはヤダ。

 でもある程度、「嘗められない」必要はある。

 

 つまり頭でマウントを取る、我ながら最低である。

 

「ハンデとして貴女の今習っている数学の範囲で勝負して差し上げますわ」

 

「いいぜ、ただ勝負するだけじゃつまらない、負けた方が言う事を一つ聞くのはどうだ?アタシが勝ったらそうだな~もっと子供らしく……そうだなレストランでお子様ランチを頼むってのはどうだ?」

 

「言いましたね?言いましたね?ならワタシが勝ったら、そうですね考えておきましょう」

 

 クッソやる気でた、本気で勝つわ。

 

 

 

 そして結果、了子さんに用意してもらったテストで満点とって勝利してやりました。

 

「ウソだろ!?了子さん!アタシの何が駄目だったんだ!?」

「普段から勉強してないからよ……それに数学はその子の得意分野じゃないのよ?どちらかというと聖遺物関係がその子の専攻ね」

 

「さて、当然の如く勝ちましたし、私も鬼ではないので、奏「ちゃん」にはフリフリの服を着て貰ってお子様ランチを頼んでもらいましょうか」

 

「ち……畜生!翼!仇を討っておくれ!」

 

「奏……その、わかっ」

 

「ちなみにこんな感じのゴスロリを着てもらいたいと思うけどどうです翼さん」

 

「奏、勝負には誠実であるべきだと思う」

 

「翼ー!?」

 

 タブレットに映した画像を見せたら見事に裏切ってくれた、ちなみにこのゴスロリは俺の「キャラ付け」の資料の参考として考えていたものだ、残念ながら後々にオートスコアラー達と被りそうだから断念したが。

 

「ちきしょう……」

「となれば善は急げ、これから買い物に行って、それから親睦会とでも行きましょう、敗者を辱める戦勝会とも言いますが」

 

 

 無事に奏さんにゴスロリを着せる事に成功した俺を誰か褒めて欲しい。

 

 この為に俺は生きてきたのかもしれない、はぁまじ恥らう奏さん尊い、何時もは顔のいい女、イケメン女子って感じな奏さんがゴスロリ着てモジモジしてるのマジしんどい、死ぬ。

 

 知能レベルが著しく低下してしまう、が練習してきたキャラは何とか維持しなければ。

 

「あら、お似合いですわ奏ちゃん。あ、支払いがワタシが持ちます、持たせてください、あ、レストランもワタシの奢りですわ」

「その、いいの?」

「いいんやで翼さん」

 

「なんで翼だけさん付けなんだ!?アタシももっと敬え!それに何だ今の謎関西弁はッ!?」

「奏ちゃんは奏ちゃんですわ」

「畜生!こうなったらヤケ食いしてやる覚悟しろ」

「あ、お子様ランチ以外は自腹で」

「畜生!ケチ!鬼!外道チビ!」

 

 こうは言うが、二人とも、俺に気を使ってくれている事はわかる、むしろ心配されている事ぐらい分かる。

 こんなチビな姿だ、仕方在るまい、だが変に気を使われたくは無い。

 

 当然仲良くは、ありたい。

 でも必要なら嫌われる覚悟もして置かねばならない。

 

 そしていざという時は、フィーネの手駒になる必要もあるかもしれない。

 

「なんとでも言いなさいなぁ!ワタシの前に道は無し!ワタシの後ろに道が出来るのですわ!!」

 

 それは自分に言い聞かせる言葉、新しい物語を始めよう。

 

 ワタシは、俺は英雄になれなくていい、その笑顔さえ残るのなら。

 

 俺は喜んで礎となろう。

 

 でも、そうだな。

 

「ワタシはイキるのを決してやめませんわ!力の限りイキってやりますわ!」

 

「どういう意味だそれ……?」

 

「奏ちゃんは歌舞伎を知ってますか?翼さんは知ってそうですけど」

 

「確かに歌舞伎は知っているけど、それがどういう関係なの?」

 

「歌舞伎の語源である「傾きもの」は、常識に囚われない者、そこから生まれた斬新な動きや派手な装いが元となって現代の歌舞伎に繋がってる。似ていると思わないかしら?時代を動かしていくアイドルと」

 

「た、確かに言われてみれば……でもそれと「イキる」に何の関係……そうか「粋る」と書いて「イキる」か!だが「粋」とは露骨なモノではないだろう、あなたのそれは「粋がる」つまりは偉ぶる事だろう!」

 

「それは俗人が決めた事ですわ!ワタシの「イキる」は「新しい時代を切り開く」事!「イキり系アイドル」こそワタシの目指す道ですわ!」

 

「なんだかわからんが、すごい自信だ」

 

 奏さんが置き去りになっているのでとりあえず簡単に纏めるとしよう。

 

「自信が無くて天才はやれませんわ!!」

 

「まずいぞ奏!私達も負けて入られない!時代を切り開くのは私達ツヴァイウィングよ!」

「っておい翼!?なんか変なスイッチ入ってないか!?」

 

「フフフ!風鳴翼、あなたは中々見所がありますわね!この天才たる雷電の初めてのライバルとして認めて差し上げますわ!」

「ちょっとまてアタシは!?」

「奏ちゃんはワタシより数学が弱いかわいい生き物なので……」

「残念そうな顔するな!かわいい生き物ってなんだよ!畜生!」

 

 悔しがる奏さん、だがゴスロリで悔しがってる姿くっそかわいいー!!!(語彙消滅)

 

 

 この後、滅茶苦茶お子様ランチを注文されて小遣いが死滅した。



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F2/6 後悔しないように、手を伸ばして

 理想を求める事は悪い事ではない、けれど時には可能性を捨てる事も視野にいれなければならない。

 

 フィーネとの和解という選択肢、とても理想的だと思うが、彼女の性格と所業を考えればとてもではないが「難しい」。

 

 

 俺はより良い未来を諦めない、けれど無謀無策なお人よしのバカのままじゃフィーネには届かない、だから彼女との和解の可能性は消した。

 

 つまりはフィーネを倒す事で、運命を掴む事を選んだ。

 

 両親には今、日本を離れ、アメリカに向かって貰っている。

 それはレセプターチルドレン達の存在、そして切り札である「イガリマ」の確保。

 

 政府側向きは新たな聖遺物の確保という形であり、なおかつ海外旅行という形を取っている。

 

 

「櫻井先生、ワタシはシンフォギアへの適合は脳の「愛」を司る部分が密接に関係していると考えました、薬学に関してはあまり詳しくないのですが、この論文がリンカーの改良、ひいては戦力の増強に役に立つと考えます」

 

「……非常に興味深いわね、でも何故そこで愛?」

 

「先生の誰かを想っている様な雰囲気から、着想を得ました。シンフォギアシステムが女性にしか扱えない理由などを考え、考察し、巫女、聖女、母性など、女性特有のモノから推測しました」

 

「……そう」

 

 一瞬、フィーネの目の色が変わったのは見逃さない、少なくとも敵意悪意といったものではなく「動揺」に近い感情を含んだソレ。

 つけいる隙はそこにあると俺は考える。

 

「天羽奏は死んだ家族への想い、風鳴翼は身近な人々への想いが適合に繋がったのだと思います」

 

「それで第三適合者である貴女は誰を想っているのかしら?」

 

「……笑いませんか?」

 

「笑わないわよ、ちゃんとした理論なんでしょ?」

 

「今は本当の意味では会えない人です、ワタシがいつか願いを叶えた時、ようやく会える、そんな人です」

 

「………乙女ね」

 

 同じ世界にいるのに、この雷電という仮面を被る事で今は本当の意味では心を通わせられない。

 そういう所では、目の前の永遠の巫女に共感を感じなくは無い。

 

「多くを救う事で、ワタシの夢は叶えられる、だからこの身を捧げ続けるのです」

 

 世界は残酷だ、奏さんしかりセレナやキャロルの父であるイザークなど善人ですら死ぬ時は死ぬ。

 

 極論を言えば誰だっていつかは死ぬ、それでも俺は、そのいつかを出来る限りに先延ばしにしたい。

 

 

 現実と理想の狭間で揺れて、その時できる事をするしかない半端者が世界に立ち向かう。

 

 

 

「本当に聖遺物専攻の学者なんだな……雷電」

「ワタシの天才的発想、天才的才能のなせる業ですわ」

「そらそんな自信もつくわな……」

 

 当然ながら俺の学者、天才ムーブは本物ではない、これは親父や母上が研究施設に職員として潜入する為の技術として取得している立派な「忍術」だ。

 

 高度に発達した忍術は魔法と区別がつかないというが、本当に出鱈目な忍術なのでそれっぽい身振り口ぶりで相手に信用されるというものに、俺の原作知識がベストマッチしてフィーネにも気取られない動作を可能としている。

 

 気取られてない?本当に?と思うだろ、俺も不安だよ、でもとりあえず脅威とは見られてないので大丈夫な筈だ。

 

 しかし、努力や技術を身に着けるのも才能のうちという、そういう意味では俺は天才かもしれない、でもフィーネやキャロルに勝てる気はしないし緒川さんにも勝てる気がしない。

 

 それでも自信は持ち続けなければならない、怯んで後退るのは死ぬ時だ。

 スタンディング・アンド・ゴー、立って進む事だけが俺の生きる道。

 イキリ道だ。

 

 手鏡とメイクセットで一瞬で変身。

 

「うーん我ながら圧倒的才能、天才的かわいさですわ」

「マジかよメイクまで出来るのかよ……」

 

 母上から習った変装術兼化粧を自分に施し、「天才研究者スタイル」から「お嬢様スタイル」へとフォームチェンジする。

 それを見て呆気にとられる奏さんもかわいい、俺的に奏さんの「良さ」はどの路線でも似合う所だと思う、俺は「カッコイイ」はなれないからな、幼女だし。

 

「すごいね雷電は、けど私達も防人として負けてられない」

「そうだな翼、アタシらにはアタシらの力があるしな!」

 

「……しかし直ぐ追い越して差し上げますわ、ワタシは最強ですもの」

 

 

 俺は「岩融」の適合者として、リンカー無しでも装者になる事が出来た。

 先日、完成した「岩融」のギアを纏い、初めての訓練をこなしたが。

 

 戦闘経験の差か、戦力としては、先輩方には到底敵わなかった。

 

 分かっている、二人の方が体の出来も、戦闘のセンスも、努力も、経験も遥かに俺を上回っている。

 

 でも俺だって負けてちゃ駄目なんだ、運命に勝つには、二人に並び追い越さねばならない。

 

 

 忍びの訓練は当然ながら普通の人間の子供には過酷なものだ、だから「秘薬」で肉体改造を行いながら訓練を続け、一人前の忍びになっていく、しかしその副作用として、体そのものの成長が遅くなる。

 さらに秘薬も使い方を間違えれば猛毒となり内臓を破壊しつくしてしまう。

 

 おまけに言えば俺は肉体に「不相応」な精神と人格が入った状態で生まれた、脳への負荷やストレスも半端ではない。

 そういう面でも、俺は長生きできない体、時間はない、けれど慌てて詰め込みすぎれば「最終回」まで持たずに死ぬ。

 

 結論から言うと、リンカーという劇薬を処方されなくて本当によかった、ただでさえ薬がキマりまくってるのにこれ以上増えたら死ぬ所だった。

 

 しかし、装者としての戦力も持たねばならない。

 

 一人でやるにはあまりにやる事が多い、多すぎる。

 

 だが俺がやらねば、と頭を回す俺に、手が差し伸べられた。

 

「とはいえアンタも一人じゃないぞ雷電」

「そうだ、私達は仲間だ、天才といえども一人じゃ生きられない」

 

 不意に涙が流れそうになった、ツヴァイウィングの二人から仲間と認められて手を差し伸べられる、ファンである俺にとってはもうこれ以上なく、嬉しい事だった。

 

「ふ……フフン……あなた達が必要とするのなら、ワタシも……ワタシも応えて差し上げますわ」

 

 その手を俺はとった。

 

 そうだ、最初から一人で戦っていた訳じゃない、親父と母上も戦ってくれている、それにこの世界に生きる人々も、自分達なりに運命と戦っている。

 それを忘れてはいけない、繋ぎ合う手がこの世界じゃ一番強いんだもんな。

 

「素直じゃねぇなぁ~」

「だまらっしゃい、ワタシは天才で最強、されど天才であろうと他に認識する人間が居なければ凡才ですわ」

 

 何の為に俺は戦っていると聞かれれば俺は、自分の為と答える、それは自分が悲しい思いをしたくないから、後悔しない為に、伸ばせる手を伸ばしている、誰かの為に、世界の平和の為に戦うのはそれぐらいの方が健全だ。

 

 ほぼ親父の受け売りだが、俺は俺が後悔しない為に戦っている。

 

 奏さんを助けるのも、犠牲となる筈だった人達を生かすのも、やらずに後悔して苦しむのが嫌だからだ。

 

 誰も、最後まで見捨てないさ。

 

 

 

 



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F3/6 届け、届かない

 風鳴司令からアメリカへ向かった親父達が行方不明になった、と知らされる。

 

 発見されたのは銃撃された様な状態の車と、大量の血痕だけ、生存は絶望的だ。

 

 俺は言葉を失う……

 

 

 演技をする。

 

 そう、演技だ。

 

「……そう、ですか」

 

 何故ならそれは「演技」だから、だ。

 

 アメリカの聖遺物研究機関へと潜入する為に身元を消したのだ。

 それは同時にマリア達レセプターチルドレン達の居場所が判明したというサインであり、もう「協力者」を得られたというサインでもある。

 もうすぐ俺達は「切り札」を得られるかもしれない。

 

「父も、母も、いつ死んでもおかしくないという覚悟はしていました、ですからワタシも、ワタシも覚悟はしていました」

 

 

 涙をこらえる少女というのは強いもので、あのフィーネですら哀れみの視線を向けてくる。

 

 お前を殺す為の算段がついたとも知らずにな。

 

 

 

 

 俺は「戦姫絶唱シンフォギア」という物語の第一部と第二部をツヴァイウィングのライブの日に終わらせるつもりだ、それはマリアと調と切歌、そしてナスターシャ教授とウェル博士という「第二部」の登場人物を前倒しで舞台へと上げる事でだ。

 

 これに関しては簡単だった、ナスターシャ教授の優しさとウェル博士の英雄になりたいという願いに付け込めればよい、教授はレセプターチルドレン達全員が救えればいい、ウェル博士は彼の力を必要としてやれば勝手に英雄になってくれる。

 

 計画の次の段階の目安としては雪音クリスの帰国と行方不明、確か俺の記憶が正しければこの頃にフィーネはソロモンの杖を起動させている筈だ、そして同じ年にネフシュタンの鎧の強奪の際の襲撃に使用するはず。

 

 気をつけなければいけないのはフィーネはソロモンの杖無しで「ノイズ」をコントロールする手段を持っている事。

 ソロモンの杖がまだ起動してないと推測される神獣鏡強奪、天羽一家殺害の時でもノイズをコントロールしていた様な描写があったがキャロル達錬金術師の様に道具で召喚するのか、アスガルドみたいな感じでノーモーションで召喚するのかわからないのも厄介だ。

 

 とにかくフィーネの厄介な所は頭がいいだとか狡猾だとか所有している聖遺物と普通に始末できない事だけではなく、こういった特殊能力を持っている事にもある、ついでに櫻井了子としての姿とフィーネとしての姿を分けられる所も。

 

 

 さて、実はこの時期に「イガリマ」がシンフォギアとして存在するかは賭けだった、ツヴァイウィングのライブ後に作られたものだったならば、この計画は頓挫する、存在しなければプラン変更の為に「連絡」が来る予定だった。

 便りが無いのは順調な証、後は最低でもイガリマを手に入れればフィーネの始末はなんとかなりそうだ。

 

 もっとも切歌に絶唱を歌って貰う訳にはいかない、彼女等にとっては絶唱は恐らく死に直結するからだ。

 

 なら誰が歌う?

 当然俺だ。

 

 その為のウェル博士だ、彼には出来るだけ高性能なリンカーを作ってもらう、当然それだけでは俺がイガリマを使える訳がないだろう。

 

 俺の真の狙いは「融合症例」つまりはギアとの融合だ。

 

 これが俺の出した答え、はっきり言って穴だらけもいい所だが、最も可能性はある。

 

 立花響とガングニールの場合は欠片だったから覚醒までに時間がかかったと考える、だから俺はリンカーの過剰投与とイガリマを完全な状態で取り込む事でそれを突破する。

 

 まるで命を投げ捨てるようなプランだが、これがもっとも犠牲が出ず、最も俺自身も生き残る事が出来る、かもしれない、最善の選択だと考える。

 

 そして、フィーネを倒した後のプランだが、ぶっちゃけるとネフシュタンの鎧を手にした司令に後を託す事になりそうだ。

 

 

 親父と母上が俺の計画を許可する条件、それはフィーネを倒した後は戦場に立たない事。

 

『お前は人間が背負うには重過ぎるモノを背負おうとしている。お前にそんなものを背負って欲しくは無いが、俺達が止めてもお前は行こうとするだろう、だから俺達家族で背負おう、そして全てが終わったら戦いの舞台からは降りる、それが条件だ』

 

 はっきりいってキャロルやアダムの事も考えるととてもではないが処理しきれない、だから俺がなんとかするのはフィーネだけ、それより後は装者達と司令やナスターシャ教授、そしてウェル博士に何とかして貰おうと考える。

 

 もう「雷電」として舞台に乗ってしまった以上何一つとして上手くいくとは限らないが、俺はなんとしてもフィーネを止め、奏さんを救い、大勢の命を救い、月の落下も防ぐ。

 

 

「悩んでいても、悲しんでいてもどうにもなりませんから、ワタシはワタシのやるべき事を成すのでご心配なく……それにまだ死んだと決まったわけではないので……この事は二人には伝えないでくださいね?」

 

 

 

 

 これからの事を考える、フィーネと戦う時に「イガリマ」を確実に当てる方法。

 一番は狭い場所、避けにくい場所で狙う、次に避けさせない事「影縫い」、あるいは拳銃などの小火器での牽制を混ぜる。

 そしてこちらから当てに行く、縮地や、ウォールラン、スライドホップなどのあらゆる機動。

 

 とにかく一撃当てられれば勝ちなのだ、

 

 全てをそこに賭ける、否懸けるのだ。

 

 最強の、不可避の一撃をイメージする。

 

「踏み込みが甘いです!」

 

 放った渾身の薙刀の一撃は緒川さんに容易く弾かれた。

 

「……避けられるでもなく弾かれる、まだまだですねワタシも」

 

「体の差というものがどうしてもあります、いくら「イカル」の家の者で肉体改造を受けて育っていても貴女はまだまだ子供なんです、焦らずに行きましょう、それに無理な訓練は命を縮めます」

 

 緒川さんとの付き合いもそこそこに長くなってきた、それこそ親父と母上以外で俺の忍術の師として。

 

「ワタシは昨日より強くなりたい、明日は今日より強くなりたい、守りたいと願うものを守れる様に」

 

「だとしても一人で強くなる必要はないですよ」

 

「わかってます、だからこそなんです、守りあえる程には強くありたいので」

 

 俺の装者としての力量は相変わらず貧弱だ、はっきり言ってしまえば現状では最弱だろう。

 

 二課に所属するにあたり、戦闘術より、防衛術、変装術、潜入術、偽装術に重きを置いた訓練を受けてきたのだから当然だ、しかし所属してしまえばこの辺りは現状を維持し、戦闘術を優先すべきだ。

 

「装者は貴女だけではありません、奏さんと翼さんも居ます、それだけで既に多くの人を救えています」

「ならワタシが加われば更に救える人が増えます」

 

 徹底頭尾、救う事、俺はそれを目指している、言葉に出して、心に誓って、考え続けて、繰り返し、繰り返し、俺はそれを刻み込む。

 

「はぁ……相変わらず頑固ですね貴女は、今日はもう一度だけですよ」

「我、生きずして死す事無し」

 

 虚仮の一念岩をも通すという言葉がある、不可能に思えることでも一途に取り組めば成就する。

 

 愚か者でも辛抱強く一途に取り組めば、どんなことでも成就する。

 

 俺は愚かだろう、でも曲げる事はしないし出来ない、ここまで来たらやり通すだけ。

 

 

 二度目の「一撃」を避けられた事で、俺の今日の訓練は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 訓練が終われば、俺は支給されたマンションの一室に戻り、静かに休みを取る。

 

 趣味のモノはない、殺風景な部屋なお陰で休む事に専念できる。

 

 しかし今日はそうはいかなかった。

 

 乱暴なインターホンの連打音、こんな事する様な相手は一人しか思い浮かばない。

 

「何の様ですか、奏ちゃん。ワタシはこれから休んで明日の訓練に備えねばなりません」

 

「そう固い事言うなって、ちょっと遊びに出掛けようぜ」

 

「あなた達と違ってワタシはまだ遊んでる余裕が無いのです!」

 

「じゃあどこまでいけばお前は余裕になるんだ?」

 

「………無論、ワタシが救いたいモノ全てが救えるまで」

 

「その救いたいモノの中にアタシは入っているのか?」

 

「……ッッ……と、当然ですわ」

 

 余計な事を言ってしまったせいか痛い所を突かれた、いや、もしかして気取られてしまったか?

 そんな筈は。

 

「なら救ってくれよ、暇なんだよ~翼が用事でいなくてよ~」

 

 なくてよかった、ただの奏さんだったわ。

 

「はぁ……あなたという人は本当に……少し待ってください、外に出れる格好に着替えますわ」

 

 追い返すのも流石に気が引けるので仕方なく、準備をする。

 

 奏さんに遊びに誘われる、今の「雷電」としての俺でなければ大歓迎どころか、もう喜びに転げまわっていただろう、やはり背負うものがあるとこうも、変わるものなのだろう。

 

「殺風景な部屋だな~」

 

「何をさも当然の如く入ってきているんですの、部屋に在る分はこれで事足りてますわ」

 

「趣味はどうしたよ」

 

「あいにくモノが無くても出来る趣味ですゆえ」

 

「なんだよそれ?」

 

「…瞑想とパルクールですわ」

 

「それ趣味じゃなくて修行じゃねぇか?」

 

「一番落ち着くので趣味ですわ」

 

「そういうもんか?」

 

 ウソだ、どちらも確かに落ち着くが他の修行に比べたら、に過ぎない、本当はアニメやマンガなんかを買い込みたいが、今はそんな事に時間を割いてはいられないのだ。

 

「ワタシがいいと言ってるんです、それで何処にいくのですか」

 

「そうだな、ちょっと街をぶらつきに」

 

「もう夕方ですわ、補導されますわ」

 

「んじゃ飯食いに行こうぜ」

 

「はぁー……ならそれでいいですわ」

 

 向かったのは近所のよく行くレストラン、これで奏さんとここに来たのは2度目か。

 俺が二課に来て既に3ヶ月、意外にも二人とはあまり顔を合わせていない。

 

 

 それは俺が基本的に訓練に集中しているか、櫻井了子の側で聖遺物技術を学んでいるか、勉学に励んでいるかの三択、それに加え二人はツヴァイウィングとしての活動もある。

 そう、ツヴァイウィング。

 

 ライブの惨劇はこのまま行けば来年には起こるだろう、残された猶予は一年とない。

 今の所、まだネフシュタンの鎧の起動実験の話は入ってきていないが、その時についても在る程度考えが在る。

 

 それは会場の安全確保だ、ネフシュタンの鎧の起動後、会場の各所で爆発が起きた後にノイズが現れた、その爆発が起動したネフシュタンのエネルギーの余波と仮定した上で俺はこう考える。

 

 一度、エネルギー供給を遮断し、ネフシュタンの鎧の起動を失敗させる。

 

 つまりはライブを外的要因で失敗させる事。

 

 各所でボヤ騒ぎを起こしつつ、施設を多少破壊する、そして安全に観客を避難させた後に、フィーネを倒す。

 

 当然ながらやり方を間違えればツヴァイウィングの二人も相手にする必要もあるし、最悪司令と緒川さんまで敵になる可能性がある。

 

 念の為、親父と母上にはフィーネが櫻井了子で、アメリカにも聖遺物技術を横流し、更には非人道的な実験まで行ってきた事の証拠を集めてきて貰う事を伝えている。

 

 親父達が日本に帰ってくるタイミングはライブの前日、それまでマリア達やウェル博士の協力を取り付けるなど、俺一人だけではどうしても出来ない事を頼んでいる。

 

 不安こそあるが、それでも親父と母上を俺は信じている。

 

 そしてナスターシャ教授も信じているが、ウェル博士はどうだろうなぁ……不安要素はやはり無数にあるが、それでも信じるしかないのだ。

 

 

 

「まーた難しい事考えてるだろアンタ」

 

 テーブルの上のピザを切り分けながら、奏さんが俺にそういう。

 

「ワタシは天才ですので考えない時間が勿体無いですので」

 

 時間は幾らあっても足りない、並列化してもまだまだ足りない、手も足りない、力も足りない。

 

「何考えてんだよ」

 

「世界の事、ですわ。ワタシ達が何故生まれ、何を成し、何処へ向かうのか、その為に何が必要なのか」

 

「天才の考える事はわからねぇ……」

 

「わからなくていいのです、天才には天才の悩みがあるのです」

 

 こんな悩みを抱える人間は少ないほうがいい。

 

 

「そんな事よりも、何故ワタシですの?翼さんまで置いてきて、一応スケジュールは把握してますのよ」

 

「仲間を助けるのに理由は要らないだろ」

 

「別に助けてもらうような困りごとはありませんわ」

 

「今だって泣いているのにか?」

 

「!?」

 

 ウソだろと思って自分の頬に触れてみると本当に涙が流れていた、全然気付かなかった。

 早くも体にガタが来ているとか本当に勘弁していただきたい。

 

「はぁ、こう歳相応に生きられない身に生まれた以上、これは仕方のない事なのですわ。正直に話しますとワタシの体はこういう異常が出やすいのです」

 

「そんな事ならさっさといえよ、それに装者なんてやってないで自分の身をだな」

 

「でもそれは出来ませんわ、あなたが自分の意思で装者になりたいと願ったように、ワタシもまた自分の意思で装者となったのです、その先に待つのが地獄だとしても」

 

「あんたはアタシの何を知ってる」

 

「経歴は大体見させていただきましたわ」

 

「でもアタシはあんたを知らない、不公平じゃないか」

 

「はぁ……何も面白い事なんてありませんわよ」

 

「面白い面白くないじゃない、仲間として共に戦うなら互いをもっと知る必要があるだろ」

 

 奏さんは本当に仲間として俺を受け入れてくれるつもりなんだろう、けれど俺の目的はそこにはないんだ。

 

「ワタシは「イカル」と呼ばれる忍びの家に生まれました、この家のモノは早熟でわりと早く自己がはっきりします、ワタシはその中でも一際早く精神が成熟し、頭もよかった、だから後継者として選ばれ、それに相応しい訓練と、それに相応しい改造処置を受けてきた、そしてイカルの家の地位を上げる為に装者となった、それだけですわ」

 

「それだけで命を懸けられるのかよ」

 

「古い家には古い仕来りがあるのです、イカルの家の誉(ほまれ)とは防(さきも)る事も含まれます、誰かの為に生き、誰かの為に死ねるのは美徳であり名誉なのです」

 

 アンダーカバー、簡単な偽装であるが、これは俺自身の考えでもある、誰かの為に善く生きて善く尽くして善く死ねる事は俺にとっての理想でもあるのだ。

 

 だがそれを聞いた奏さんは俺が今まで見た事のない表情をした。

 

「……あんたの考えは分かった、けどなアタシの前で簡単に「死ねる」なんていわないでくれ、アタシの家族は生きたくても生きられなかった、だから悲しくなるんだ。アタシの考えの押し付けになってしまうかもしれない、けど最後まで「生きるのを諦めないでくれ」それがこれから仲間としてやっていく為にあたってアタシからのただ一つの頼みだ」

 

 悲しげな顔をして、願う様に、祈る様に、俺に「生きるのを諦めるな」と言う奏さんの姿に、俺は。

 

 俺は申し訳なく感じた。

 

 

 でもその時が来るまでは、俺は生き続けるよ。

 

「そんな顔しないでくださいませ、そう簡単に死にはしませんわ。ワタシは天才ですので」

 

 例え死ぬ運命だとしても、生きる事は、諦めないよ。



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F4/6 遠い場所まで

 その日は、どうしようもないほど寒い冬の日だった。

 目が覚めてしばらく、俺の体はまるで動かなかった。

 

 理由は分かっていた、何も叶わず無駄に死ぬ夢を見ただけだ。

 

 

 

 二課への潜入から半年、俺はついに装者として戦場に立つ様になった。

 

 初めて相対したノイズは思っていたより大きく感じた。

 

 俺は訓練で鍛えられた動きで岩融を振るい、竜巻を起こし、大地を吹き飛ばし、ノイズを消し去る。

 砲弾の様に飛び込んでくるノイズは奏さんと翼さんが防いでくれて、俺を守ってくれた。

 

 岩融はガングニールに劣らない威力と長いリーチを持つが、俺の体に対してあまりに大きく、重さも凄まじい、故に一撃振るえば隙が出来る。

 対ノイズとしてはそこまで大きな問題ではないが、対装者や対人を視野に入れれば全く以て欠陥品だ。

 

 結果として、初めての共闘、チームワークとしては上出来だったかもしれないが俺にとっては課題だらけだった。

 

 

 黒い塵が舞う夕空の下、目に入ったのは逃げ遅れたと思われる人々の遺品と黒い炭、これが俺が救えなかった命だったもの、俺はその炭の塊を手に掬う。

 

 俺が、やらなければ大勢の人間がこうなる。

 

 自分を奮い立たせる為に俺は一握りの塵を持ち帰り、ガラスの容器に詰めた。

 

 

 

 今までそうして来た、これからもそうして行く。

 

 心を奮わせ、覚悟を持てば、俺は何時もの様に起き上がれた。

 

 命燃え、音尽きるまで、息の根止まるまで、俺は戦う。

 

 

 

 思えば遠い所まで来た気がした、まだ辿り着くには遠いが。

 

 ツヴァイウィングのライブに向けて、専用会場、つまりはネフシュタンの鎧の起動の為の施設の建設は既に始まっている。

 

 その際の会議で、危険性を考慮して「避難口の増設」を繰り返し説いたおかげか、多少安全性が見直された。

 それに際して、会場の構造を事細かく記憶し、計算し、フィーネが細工をしそうな場所を考えつつも、俺が細工できそうな場所も探す。

 

 一番は地下の電力室だ、上層のライブ会場の電力供給を請け負うメインの電力室と起動実験の為に使われる電力を供給する予備電力室がある。

 ここが狙えそうだと俺は目をつけている、次に会場のステージと観客席の間の空間だ、この辺りを細工する事でライブを中断させる事が狙える。

 

 ネフシュタンの鎧は「逆光のフリューゲル」を歌いきった時に起動した、つまり歌いきらせなければいい。

 

 とはいえ、この作戦、相変わらず欠陥だらけだ、日々のパルクール訓練で鍛えてるとはいえ、警備員だけではなく警備システム、エージェントそして緒川さんや司令の目を盗んで細工し、さらにフィーネにも気付かれてはならないまである、そこまでして、更にイガリマを無理矢理融合させてフィーネに逃げられる前にカタをつけねばならない。

 

 イガリマと融合できたとしてもアウフヴァッフェン波形という大きな問題があったという事を最近思い出し、これをどうにか検知されない様にできないかと考えたが、まるで案が浮かばず、ライブを中断させてからの時間制限形式でのフィーネ討伐になっている。

 

 

 フィーネがただの人間なら本当に俺が鉄砲玉になるだけで始末できたのだが、無限に転生するというのが本当に厄介だ。

 俺が本当に天才であれば、いくらでも対策を思いつけたのかも知れないが俺は少しばかり運がよく、多くの犠牲と両親の愛のお陰でギリギリ手札を得られただけの凡人だ。

 

 ライブの妨害と施設の破壊はテロリストの専門家の話なんて聞ければ本当に助かりそうなのだが、生憎そんな知り合いはいない。

 

 結局、出来ない事を考える時間は無く、出来る事でカバーする方向にシフトせざるを得ない。

 

 

 

 ライブの日ではなく、その翌日、あるいは前日を狙えばフィーネを倒すだけなら難易度は大きく下がるかもしれない、けれど犠牲を出さない、確実に逃がさない事を考えるとライブの日が最善であり、最悪のパターンである「緒川さんと司令を相手にする」場合になった場合、観客を人質に出来るというメリットがある。

 

 難儀なものだ。

 

 俺は思考を続けながらも会場の警備システムをダウンさせるための増殖クソファイル(ウィルスともいう)を作る。

 まさか前世の罪がこんな形で役に立つとは思わなかった、この間試しに二課のサーバーにType_B(時間経過で自滅する。Type_Aはサーバーが爆発するまで増える)を送り込んだが、見事に二課を10分間程度混乱に陥らせたのでバージョンをアップした強烈な奴を今製造しているのだ。

 

 ちなみに送り元はちゃんと公衆無線にしておいた、システム班がしばらくピリピリしてたが必要な犠牲だ、恨んでくれ。

 ついでにフィーネ、お前も世界の未来の為に必要な犠牲だ、許しは請わん。

 

 クソファイルを完成させ一息つこうとした時、インターホンが鳴る、半年も住んでいれば誰が来るか大体もう決まっている。

 

「なんですか」

 

「遊びに来たぜ」

 

「またですか」

 

 月に半分くらい奏さんが翼さん同伴でウチに来る、もう慣れたものだ。

 

「だってよーアンタ誘ってもこないじゃねーかよー」

 

「奏の言うとおり、行けたら行くと言いながら一度も来た事がないじゃない」

 

「やんわりと断ってるんですから当たり前ですわ」

 

「人付き合いがわりーなー、そんなんじゃ将来苦労するぞ~?」

 

「どんな人間だって必ず何処かで苦労はしますわ、そんな心配よりお二人はいいのですか、ネフシュタンの起動実験も、それ以外のライブも控えているのでしょう?」

 

「それこそ心配しないで欲しい、私達は」

「ツヴァイウィングだからな」

 

「はぁ、あなた達のその自信がうらやましいですわ」

 

 ウチがツヴァイウィングの休憩所みたいな扱いになってからもう随分経つ、二人が持ち込んできたものなんかでウチの中が随分狭くなった、というか翼さんの散らかし癖が尋常じゃなくヤバい、奏さんもなんだかんだ雑なので本棚が滅茶苦茶になってたり、知らないものが増えたり、ゴミが分別されてなかったりする、勘弁して欲しい。

 

「ってかさーライはさー気負いすぎなんだって、もっと肩の力を抜いてさ~」

「私だってそこまで固くはない、休息は大事だぞ」

 

「あなた達がワタシの休息の地を破壊しているんですがそれは」

 

「そんなことねぇよなぁ?翼」

「あたりまえだ、奏」

「そういうわけで多数決でアンタの意見は否定されたぞライ」

 

 強引に押し切られたがいつもこの調子だ、ウチをたまり場にされる最大の問題は計画の準備が出来なくなる事だ。

 機密書類はないし、パソコンはキチンと秘匿しているからバレるような心配はないが、計画の中での重要人物の前で謀り事をする程に俺は迂闊ではない、だから強制的に休ませられる事になる。

 

 そのお陰か前ほど体調を崩す事がなくなったのは……いや、よそう。

 

 確かに心休まる時間かもしれない、けれど、俺が安らぐにはまだ早いんだ。

 

「はぁ……それで、今日は何をするのです?」

 

「初詣に行こうと思ってな、ほらアタシらライブでクリスマスから正月の間は忙しかったからな」

 

「年が明けてからも二課でこそ顔は合わしてきたけど、こうやって外では会ってなかったでしょ?」

 

 

 日付とスケジュールには厳しくなったが、ここしばらく年中行事なんか気にした事も無かった。

 そうか、もう正月は過ぎていたか、忙しくて気付かなかった。

 

「そうですか、別にワタシはその辺りは気にしなかったので気付きませんでしたわ」

 

「それでだな、用意してきたんだよぉ~」

「何をです」

 

 嫌な予感がした。

 

「着物だよ」

「当然雷電の分もあるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 生まれてこの方、実は私生活で着物やスカートに触れる機会というものが少なかった。

 変装術で在る程度知ってこそはいるのだが、使う機会が殆ど無いし、そもそも元が男だった故の拒否感があった。

 

「似合うな~さすが翼」

「何、雷電の元の良さもあるから…」

 

「忍びとしてはこうも視線に晒されると不安になってくるのですが」

 

 本当に最悪というか勘弁して欲しいというかもうやだ、滅茶苦茶目立ってる。

 二人が楽しそうなのはいい、けれどこれは恥ずかしい、翼さんが選んだ着物と、俺が普段通り違和感のない化粧組み合わせた結果、滅茶苦茶視線を引き寄せるものとなってしまった。

 

「失敗しました、失敗しました、失敗しました」

 

「失敗なんかじゃねぇよ、っていうかアイドル目指そうぜライ」

 

「目指しませんよ!ワタシは忍びですわ!影に居てこそなんです!」

 

 あまりに視線が多すぎて、意識の割り振りが限界に達して俺はぐらつく。

 

「あっ……ぶねぇっ!」

 

 そんな俺を受け止めたのは、奏さんだった。

 

「人の、少ない所まで、運んでください」

 

 今にも落ちそうな意識の中でそれだけ伝える。

 

 少しして、ようやく視線が減ってくる。

 

 やがて完全に意識が戻った時には、俺は奏さんに膝枕されていた。

 

「悪い、ライ。アタシらが……」

 

「いえ、術を上手く扱えない私の未熟ですわ」

 

 まるで夢を見ている様な気分だった。

 あの憧れだった奏さんの側にいる、それどころか膝枕までしてもらっている。

 

 この時間が続けばいいのにと思ってしまった。

 

 けど駄目なんだ、これは夢、俺が俺という存在として生まれてしまった以上、これは夢で終わってしまう時間なのだ。

 

 

 もし前世の記憶なんて持たず生まれてこれれば、もっと自分の欲望に正直に生きられたなら、もしフィーネなんて居なければ、ただ奏さんが好きなだけの人間でいられたのだろうか。

 

 いや違うな、記憶が無ければ、この世界でも奏さんを好きになる事はなかったかもしれない。

 

 記憶がなければ奏さんを知らずに生きる事になったのかもしれない。

 

 よそう、叶わぬ「もしも」などは無駄だ。

 

 

 

 それに俺は幸せなのだ、好きな人の為に命を懸けられる事が、俺の命が、奏さんの生きる世界に繋がるのだ、それはとても、幸せな事なのだ。

 

 覚悟はもう出来ている。

 

 

 あまつさえ、奏さんと翼さんが俺を仲間と認めてくれた、それだけで十分以上に俺は貰っていたのだ、だから次は俺が返すのだ、この命で。

 

「奏さん、ありがとうございました」

「無理ならまだ休んでていいんだぞ」

 

「もう少しそうさせていただきますけど、これまでの事も、感謝を伝えて無かったなと思ったので」

 

「なんだよ急に」

 

「感謝を伝えるのに理由は要らないのですわ、たまたま伝える機会があったから、まとめて伝えたいと思っただけです」

 

 

 さあ、覚悟は十分だ。

 

 神様も知らない世界を作っていこう。



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F5/6 やがて、歌が聞こえる

 始まればいずれは終わる、ここまでやれる事はやった。

 

 雪音クリスの保護、そして帰国と失踪。

 

 詳しい事は記憶にない為、本来辿る歴史との相違点はわからないが、国連軍がバルベルデに巣食うテロリストを壊滅させていく道中で保護されたらしい。

 

 そして日本への帰国と共に護衛の目を抜けて失踪したらしい。

 

 この辺りはフィーネが襲撃して拉致していったものかと思っていたが、そうではなかったらしい。

 

 同時に親父と母上が生存報告を日本に送ってきた。

 

『アメリカ政府に目を付けられてしばらく隠れ潜んでいたが無事帰国できる手立てが完了した』

 という手紙が「ロシア」から来た。

 

 どうやらカナダ経由で北を通ってロシアに渡った様で、今日には日本に帰ってくるらしい。

 

 ここまで出来る事はした、ほぼ建設完了し、設営準備の始まっている会場への細工も、だ。

 

 それも通常の細工ではなく、土遁の術を使ってチェック済みの場所の下に行った細工だ、そうそう発見されまい。

 

 

 後は、そう天に祈るしかできない事ばかり、例えばイガリマとの融合が成功するか。

 これが出来なければフィーネを倒す事がまず出来なくなる。

 

 次に犠牲が出ない事、これも会場にいる数万もの人間を信じるしかない。

 

 そして何よりフィーネが俺の知らない手札を使ってこない事。

 いや、これはフィーネが動く前に俺が潰せば問題ないのだが。

 

 とにかくイガリマ、こいつがなければどうにもならん。

 

 もし俺がどうにも出来なかった場合、切歌に罪を背負わせなければならない、俺が背負うべき罪を。

 

 最近の夢見はすこぶる悪い、失敗する夢ばかり見る。

 元より成功する可能性はあるかないかでいえば限りなく「無い」に近い有。

 俺をこの世に生み出した運命とやらがあるのなら、という前提でだ。

 

 死ぬのは、もう怖くない……といえばウソになる、が何もしないなんて出来ない。

 

 これが俺が生まれてきた意味だと言い聞かせ、まだ耐えている。

 

 俺が死ぬのは全てが終わる時だけ。

 

 ここまでノイズとの戦いを幾度も経験してきた、しかし相変わらず奏さんや翼さんを超える事は出来てなかった。

 だが気付いた、俺が必要とするのは戦闘力じゃない事に気付いた、全てをやり通すだけの意思とそれに必要なだけの力だけ。

 

 それに気付いた時、俺の中のリミッターが外れた様な感覚と共に適合係数の大幅な上昇が起きた。

 

 

 

 これに関してはフィーネも想定外だったらしい。

 

 ライブ3ヶ月前となって今日、突然、俺まで歌手としてデビューする事が決まった。

 立場としてはツヴァイウィングに続く妹分「アローンフェザー」。

 

 俺がデビューする事になった理由はただ一つ、ネフシュタンの鎧を励起させる為のフォニックゲインの足しとなりうる、いや、俺だけでも起動できるかもしれない、と判断されたからだ。

 

 かといって俺に歌唱力の自信はないし、そもそも計画の為には辞退したかった、だが皆が乗り気になってしまい、俺は歌手デビューだ。

 

 しかも来週のツヴァイウィングの予告ライブで俺の紹介まで決まってしまった、俺が苦労して一つの計画を形にしたり、組織内の案を修正するのに半年、さらに奏さんのリンカーの無害化に成功させるまでにも時間をかけたのに、一瞬である。

 

 そう、奏さんのリンカーの無害化に成功した、俺がフィーネをせっついたおかげでこれがようやく実を結んだのだ、おまけにリンカーの除染技術もうまく確立、これで奏さんを生かす手が一つ増えた、喜ばしい事だ。

 

 

 これまで形に見える成果があまりなかったが、こうやって見える様になると少し安堵する。

 最悪、ウェル博士からリンカー製作の協力を得られていなかった場合も二課製リンカーで無理矢理イガリマを適応させるという策も取れるようにもなった。

 

 

 さて、モデルK改と名づけられた新型リンカーは俺と翼さんにも渡されている、それはいざという時の切り札「絶唱」を詠う時の生存率を上げる為。

 

 順調に手札と仕掛けは揃ってきた。

 

 

「ライ、また考え事してるだろ!歌に集中できてないぞ!」

「ええい、なんであなたが指導役なんですか!こういうのは翼さんの役でしょう!」

「アンタに負けっぱなしなのが嫌だからな!」

「そんな理由で!?」

「こちとらテストの成績で負け続けなせいで翼にまでお馬鹿キャラ扱いされてるんだ!」

「知りとうなかったわそんなこと!」

 

 さて、今俺は奏さんと歌唱訓練の最中だ。

 

 奏さんと一対一の歌の授業とかいくら金を積んでもできない様な体験を出来ている俺は幸せものだろう。

 とはいえ、スパルタが過ぎる、考え事をしているのがすぐに気付かれる、こんな状況じゃなければなとつくづく思う。

 

「けど、アタシは嬉しいぜ」

「なにがですか」

「アンタはその気になれば断れたのに、ステージに立つ事を選んでくれた」

「必要だと思ったからにすぎません」

「アタシはアンタの歌好きだぜ、アンタの心が伝わってくるから」

「そうですか」

「いつも何か考えてるけど、それは全部誰かの為だって、伝わってくる」

「自分の為です、誰かを想うのも、自分が傷つかない為」

 

「それに、出会った頃みたいな義務感みたいな生き方じゃない」

 

「それは……」

 

「アタシは嬉しいんだ、アンタが変わってくれて」

 

 

 

 そうだ、俺はフィーネと戦わなければならない運命を前にヤケクソみたいな生き方をしていた、けれど奏さん達と共に過ごして、俺は変わった。

 フィーネを倒し、多くの人を救いたいという目的は変わっていないが、一つ大きく変わった事がある。

 

 生きたい。

 フィーネを倒した後も、生きていたい。

 

 奏さんと、翼さんの生きるこの世界で生きたいと願ってしまった。

 

 

 いつの間にか死ぬのが嫌だと想うようになってしまっていた。

 

 それに俺だけが運命を知っている責任感や引け目の様なものではなく、ただ純粋に奏さんのいるこの世界を守りたいと想えるようになった。

 

 だから俺は、笑った。

 

「そう、ですね。奏さんが居なければ、ワタシはこうやって笑う事もなかったでしょう、ただ戦うだけの存在になっていたかもしれません。奏さんの歌はこんな風に多くの人に生きる意志を与えてきた、これまでも、そしてこれからも」

 

「っ……ちょっと面と向かって真面目な顔で言われるとその……照れる……なぁ」

 

「ですから、ワタシも奏さんがこうやって生きる力を与えていくのを応援したい、守って行きたい、できるなら一緒に並んでその手伝いをしたい……だから歌手としてデビューしよう、と思えたのかもしれませんわ」

 

 奏さんは、俺の心を救ってくれた、多くのものをくれた、だから今度は俺が返す番だ。

 

 そう思えば、力が湧いてくる。

 

 

 

 

 

 

 夕暮れ、ようやく両親が日本に帰国し、俺は久しぶりに実家で待つ。

 

「待たせたな、雷電」

 

 その声に俺は安堵を感じる、それは間違いなく親父殿だった。

 

「あなたが、ライデンね」

 

 そして知っている声がもう一つ聞こえた。

 しかしそれは母上の声ではなく。

 

「お礼を言いたくて、無理してつれて来て貰ったの」

 

「マリア……カデンツァヴナ・イヴ……?」

 

「あなたのお陰で、私達は救われた」

 

「いえ、そんな、救ったのは私の両親ですし。ワタシが居なくてもあなた達はいずれ自分達の力で救われていましたよ」

 

「それでも、よ。あなたのおかげで私達レセプターチルドレンは皆救われたし、マムも重い役目から開放された、だから……ありがとう」

 

 俺のしてきた事が誰かの為になった、それは嬉しかった、けれど、それを成したのは親父と母上とマリア達だ、何処まで説明しているのかはわからないが俺は切欠になっただけにすぎない、少しむずかゆい思いをした。

 

 

「……その礼は受け取ります、けれどワタシの目的はまだ終わっていないので、その話はまたいつかしましょう、それで親父殿」

 

 

「ああ、イガリマはきちんと受け取った。ついでにシュルシャガナと神獣鏡もな」

 

「上々、いえそれ以上ですね、所で母上は?」

 

「報告へ行っている、外部協力者としてウェル博士を連れてな」

 

「そうですか、で、リンカーの方はどうです?」

 

「それも無事出来た、設計もお前が話していた理論も完璧だったからな」

 

「……これで、後はライブの日を待つだけ、ですね」

 

「俺達も、やれるだけの事はやった、お前もきっと出来る事は全てやっただろう、その上で聞く、本当にその日でいいのか?」

 

「はい、その日が最大のチャンスなんです、ワタシがイガリマでフィーネを葬る事の出来る」

 

 フィーネを倒すに必要な必要な手札は、これで全て揃った、神獣鏡が手に入った事で、生き延びる目も見えた。

 

 

「少し、いいかしら?」

 

「なんでしょうか、マリアさん」

 

「もしよければ、私にも何か手伝える事はないかしら」

 

 

 リンカーという時限式ではあるがマリアという戦力、俺としてはこれほど頼れるものはない。

 

「ならば、たった一つ。ライブの日、観客達を守ってください、それがワタシが一番求めているものです」

 

 フィーネとの決着をつけるのは俺だ、それはそれとして、観客をノイズから守る必要がある。

 俺一人の手ではきっと、いやまず無理だ、翼さんと奏さんが参戦しても全員を守りきれる可能性は低い、ましてや俺は途中でフィーネを殺す為に抜けなければならない。

 

 だがマリアがいる事で、それが可能になるかもしれない。

 

 

 ライブ当日に起こりうるパターンであるが。

 パターンA「ネフシュタン起動後、フィーネが施設を破壊してノイズを呼び出す」

 これが一番可能性としては有り得る、俺がウィルスなどを使っても上手くネフシュタン起動させない、ノイズも呼び出させないというのは難しい。

 パターンB「ネフシュタン起動前に施設爆破と観客の避難の成功」でもフィーネがノイズを出してこないとは限らない。

 どの道、ノイズと戦わなければならない可能性が高い。

 

 となれば巻き込まれるのは観客だが、マリアがいればノイズの犠牲を大幅に減らせるだろう。

 

 後は観客の避難だが、これは両親に任せる、混乱した人々を誘導する忍術もある(本来は暴動なんかでつかうらしい)。

 

 とにかく3人の装者+俺でノイズを始末しつつ、途中でマリアに奏さんと翼さんの足止めも頼む事になるかもしれない。

 それはフィーネを殺す為であるが、フィーネは同時に櫻井了子、二課側の人間なのだ、本来守るべき対象なのだ。

 更にフィーネがレセプターチルドレンとして集めていたマリアが現れる事で間違いなく自分を狙う者の存在に感づき、逃げ出すだろう。

 だからその前に俺が殺す。

 

 

「もしかしたらツヴァイウィングの二人の足止めを願う事になるかもしれません、その時は程々で降参しておいてください、後々、マリアさんには二人とも仲良くなってもらう必要があるので」

 

「ええ、わかったわ」

 

 

 

 これで、後はやり遂げるだけ。

 

 

 

 

 

 俺がフィーネを、櫻井了子を殺せば、俺だけでなく両親まで罪に問われるだろう。

 だからマリア達レセプターチルドレンの存在やカディンギルの存在、そして「未知」のシンフォギアの存在はフィーネを殺すだけの正当な理由となる。

 しかしそれを俺が何処で知ったかが問題となってくるだろう。

 

 アニメで見たから知っている、なんて通じる訳がない。

 だから在る程度、真実を混ぜた嘘を用意しておく。

 

 書置きには「情報提供者、パヴァリア光明結社、サンジェルマン」の名を残しておく。

 

 フィーネと敵対していて、使いやすい組織としてパヴァリア光明結社は本当に便利だ、最悪、もし何かの間違いで俺が死んで、フィーネが生き残っても互いに潰しあってくれる。

 

 そしてフィーネが生き残った場合即座に二課に俺の知る限りの情報を開示し、フィーネを孤立させる。

 

 その時、俺が生きていなければ……切歌に任せてしまう事になるが……。

 

 パターンC、つまり最後の想定として書き残しておく。

 

 

 遺書、あるいは供述書の書置きを進める。

 

 

 ここまで俺が思っていたより、良い方向に物事は進んでいる、後はこのまま、全てが上手くいく様に願って眠りにつく。

 

 

 

 その日は、奏さんと一緒に歌う夢を見た。

 



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F6/6 永遠の中の刹那

これで完結です


 一瞬、刹那の積み重ねが永遠となる。

 

 俺の、ワタシ達の積み重ねて来た時間がようやく形となる。

 

 

「そう気負うなよ、ライ……じゃなくて今は刹那、だったな」

「あなたなら行ける」

 

「当然です、ワタシは天才なのです。あなた達にだって……負けません」

 

 もうすぐステージが始まる、俺はツヴァイウィングの前座、道を作るのが俺の役目。

 

 

「そう、ワタシは誰にも負けない。例えそれが運命がであろうと、ねじ伏せて見せる」

 

 フォニックゲイン増幅の為に「岩融」を纏い、その上からステージ用の衣装を着る。

 

「だから見ていてくださいませ、このワタシのステージを」

 

 

 言い聞かせる様に呟き、俺は舞台へと舞い降りる。

 

 

 雷電・刹那、それがステージの上での俺の名前。

 

 

 世界に響かせるは圧縮された、最高速(せつな)の物語だ。

 

 

「皆様、今日はようこそおいでくださいました」

 

「ワタシ、雷電刹那。ツヴァイウィングの妹分としてデビューしての初の大仕事、一世一代の覚悟で挑ませていただきます」

 

「それでは聞いてください「刹那」」

 

 今は、今だけは全てを忘れて、歌う事だけに集中する、これが始まりであり。

 

 最後なのかもしれないから。

 

 

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 増幅するフォニックゲインにネフシュタンの鎧が輝きを取り戻していく、それは励起が上手く行っている証。

 

 それを見て櫻井了子、フィーネはほくそ笑む、あの雷電と名乗る少女の常に上を目指し続ける生き様がこうして想定以上の輝きを生み出す。

 

 このペースで行けば歌い終わる前に、起動は完了するだろう、同時に各所に仕掛けられた細工が動き出し、ノイズ達が観客を襲いパニックが起こる。

 

「励起まで残り10秒!」

 

 想定していたより早い、しかしその程度だ、想定や想像を上回る事があっても、自分の敵には成り得ない、フィーネはそう油断していた。

 

「9…8…7…6…5…4…3…2…1…起動!!」

 

 ネフシュタンの鎧が一際巨大な輝きを放つ、その瞬間、フィーネが想定していなかった衝撃と共に施設が揺れた。

 

 自分のしていた細工に加え、予期せぬ衝撃にフィーネは壁に激しく叩きつけられた。

 

「な……何だ!」

 

「施設内で原因不明の爆発と火災が発生!管理システムダウン!」

 

 混乱する地下施設、想定外の出来事にネフシュタンの鎧の回収にフィーネは出遅れた。

 

------------------------------------------------------------------------------------

 

 揺れと爆音と共に歌が途切れる、どうやらネフシュタンの鎧が起動した様だ。

 

 そしてステージの一部を破壊しながら現れるのは巨大なノイズ。

 

 観客達が一瞬静まる、いや固まる、その瞬間、俺は全てを込めて叫んだ。

 

 

「うろたえるなッッッ!!!!!」

 

 マイクを破壊する勢いでのシャウトと共に跳躍、衣装の中にあらかじめ生成していた岩融のアームドギアを射出し、ノイズを一閃。

 

 異様なまでの静寂、そして気付く、混乱の中にあった人々の視線を俺に釘付けにしてしまったようだ。

 

 これは不味いかもしれない、誰も避難を始めない、これでは数万の観客を守りながら戦わねばならない。

 

 しかし既に全ては始まってしまった。

 

 ならばと叫ぶ。

 

「遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ!我が名は雷電刹那、貴様らノイズどもの好きにはさせん!!!」

 

 ノイズには視覚というものはないらしく、どちらかというと大きな音なんかに引かれやすいという特徴がある。

 

 そのおかげか、俺の名乗りに反応し、ノイズもまた俺の方を向く。

 

「かかって来やがれ、有象無象共、ここは天下の大舞台ぞ!」

 

 

 動きにくい衣装を着崩し破って、ギアを半露出させて、俺は自分を鼓舞する為に大げさな動きをとる。

 

 すると空気を読んだのかノイズが一斉に俺に向かってきてくれた。

 

 無双の一振りではない岩融でも、渾身の一振りには成れる、一撃で無数のノイズを薙ぎ倒し、飛び込んでくるモノはアーマーをぶつけて叩き潰す。

 

 怪力無双、一騎当千、一山いくらのノイズごとき、敵ではない。

 

 俺の本当の敵はフィーネであり、時間である。

 

 どうやら端の方から避難誘導が始まったようだが、ノイズはまだまだ湧いて出てくる。

 

 奏さん達は、こっちに来るか、それとも別の方に向かうか。

 

 とにかくマリアと、「クリス」が来るまで、持たせよう。

 

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 照明の落ちた地下施設に、黒い塵が積もる。

 

「ここも塞がれているか、一体何者の仕業だ?」

 

 そこにはネフシュタンの鎧を持った櫻井了子、フィーネが居た。

 

 地下にノイズを這わせ、風鳴司令とネフシュタンの鎧を分断した後、地下にいた職員をノイズで始末し、無事にネフシュタンの鎧は回収した、後はこれを雪音クリスに渡し、そ知らぬ顔で戻れば済むだけの話だったのだが。

 

 逃走用の道がことごとく爆破され、潰されている。

 

 思い浮かぶのは、内部の人間。

 

「まさか、雷電?」 

 

 その可能性に「馬鹿な」とフィーネは笑う、が実際無きにしもあらず、とにかく今はネフシュタンの鎧を持ち出す事を優先しようと新たな道を探そうと振り返った。

 

 そこにはギアを纏った翼と奏が居た。

 

「ネフシュタンの鎧を持って何処へ行かれるつもりですか、櫻井女史」

 

「つ、翼ちゃん!助かったわ、ノイズに追われて逃げてたら行き止まりで……」

 

「なあ了子さん、つまんねえ演技はやめようぜ」

 

「ど、どういう事かしら奏ちゃ……」

 

「あの日のアタシの様に、死に損ねた人間がいた、それだけだよ」

 

「刹那、つまりは雷電の母にあたる人が貴女がノイズを操るのを見たと言っていました」

 

 二人が居た控え室からステージに繋がる通路もまた破壊され塞がれていた。

 迂回しようとする二人の前に現れたのはノイズ、それを退けながら進む中で生き残りの職員達と合流するが、そこに居た斑鳩花梨(雷電の母)と出会い、どうやら仕掛け人が櫻井了子だと知る。

 

 実際は花梨がフィーネの足止めの為に向かった訳であったが、フィーネがソロモンの杖無しで少数のノイズを操るのを見て安全策を取ったのである。

 

「そう、見られていたのね……仕方ないわ、でもこのネフシュタンの鎧が手に入っただけ良しとしましょう」

 

「櫻井了子……てめぇ……!」

 

「後はあなた達を片付けてここを去るとするわ」

 

「させるとでも思いますか……!」

 

「なら逆に問うけど、それを作ったのは私よ?その程度の玩具で、完全聖遺物であるネフシュタンの鎧に勝てるとでも?」

 

 一瞬の輝きの後、櫻井了子の姿はネフシュタンの鎧を纏ったフィーネのモノへと変わる。

 

「さあ、かかって来なさい。捻り潰してあげるわ」

 

 

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 爆発の衝撃と共に意識が戻る、どうにもまた一瞬「落ちて」いた様だ。

 

 ノイズが観客の方向を向く前に近づき、一閃、雷より早く、確実に、始末する。

 

 観客の数はまだ多い、ノイズの数もまた多い、だからステージと客席の間を高速で駆け抜けながらノイズを始末しなければならない。

 

 今、俺は複数のノイズをターゲットとして意識を分割している、そのせいでさっきから意識が途切れ途切れで思考もブツ切れだ、間違いなく脳がやられかけている。

 

 鍛えてきたつもりだが、やはり俺一人で出来る事の数は限られているという事を嫌という程思い知らされる。

 

 だから、空を見上げた。

 

 

 同時に光が降り注ぎ、ノイズ達をまとめて吹き飛ばす。

 

 

「待たせたなッ!!」

「ワリぃな!少しばかりコイツに慣れるのに時間がかかったんだ」

 

 俺の隣に二人の装者が降って来た。

 

 一人はガングニールを纏ったマリア・カデンツァヴナ・イヴ。

 もう一人はイチイバルを纏った雪音クリスだ。

 

 

 

 マリアだけならまだしもクリスもここに来れるとは思っても居なかった、俺も聞かされたのは今朝。

 

 一年前、母上が親父とは別行動でバルベルデに向かい、フィーネや国連より先にテロ組織から救い出し、国連の介入まで共に行動していたそうだ。

 

 そして、帰国後、フィーネによって拉致された「ふり」をしてイチイバルを手に入れた訳らしい。

 

 

「アンタには沢山礼を言わなきゃいけねぇ」

 

「気にしないでください、救われる運命が少し早まっただけです」

 

「ならなおさらだ」

 

「それじゃ礼代わりにノイズを引き受けてくれますか」

 

「当然」

 

 初めて会う彼女が母上とどう過ごしたかは知らない、けれど俺が切欠で少しでもクリスが救われてくれていたなら嬉しい。

 

「マリアさん、クリスさん、ここをお願いしていいですか?私は奏さん達の方へと向かいます」

 

「任された」

「任せろよ」

 

 今のクリスの実力はわからない、けれどマリアは訓練を受けてきていて強い事は知っている。

 

 だから俺は信じる、そして何より、フィーネとの決着をつけるのは俺でなければならないから。

 

 

 ステージの一部を破壊し、俺は地下へと向かう。

 

 

 今にも消えそうな意識の中、後ろから聞こえる二つの歌を信じて。

 

 

 

-------------------------------------------------------------

 

 

 剣と槍は閉所の戦闘では不利だ。

 

 加えてフィーネの防御は硬く、貫く事は疎か後ろを取る事も出来ない。

 

 数の利こそあるが、それだけだ。

 

 既に戦いが始まってそれなりに時間が経っている、元より戦うつもりがなかったが故にリンカーを投与していない奏にも限界が迫っていた。

 

「クソッ!なんてパワーだ!」

 

「同時に攻撃しても駄目、時間差でも駄目、どうすれば……」

 

「だから言っただろう、お前達では私に勝てない」

 

「ほざけっ!必ずてめえはぶっ倒す!」

 

「よく吠える、だがお前達の相手をするのは飽きた……終わらせてやる」

 

 ネフシュタンの鎧から生える鎖の様な鞭を束ね、ドリルの様に回転させ破壊力を増した一撃、それを奏はガングニールで正面から迎え打つ。

 

「くっ……引けねえんだ!裏切りも、アタシ等とアイツの晴れ舞台を潰した事も!絶対許さねぇ!」

 

「奏!これ以上は持たない!ここは私に任せて一度引いて…ッ!」

「ダメだ!こいつを逃がす訳には…ッ!」

 

「ここまでだな」

 

 増した回転の速度、適合係数の下がった状態でのガングニールではアームドギアの強度も既に限界で、ついにアームドギアが砕け散る。

 

 そして、奏と翼に鞭が迫ったその時。

 

 天井を突き破り、影が一つ。

 

「何っ!!?」

 

 右半身に緑色のアームドギアを纏った「彼女」が現れたのだ。

 

「仲間を救う為に観客を見殺しにしたか、雷電刹那」

 

「いや、誰も見捨てては無い。誰も見捨てはしない、頼もしい援軍に任せてきただけだ」

 

 もはや「キャラ」を取り繕う理由はない、「彼女」は本来の口調でそう言う。

 

「ノイズを相手に戦える援軍がいるとでも?」

 

「いるんだよ、フィーネ。お前が用意してくれた援軍だ」

 

「ッッ!私のその名を知っているという事は……雪音クリスか……?愚かな娘だ……だが付け焼刃一人で……」

 

「マリア」

 

「誰だ?それは?」

 

「知らないなら知らなくていい、どうせお前はここで終わる、知る意味もない」

 

 酷く冷たく、「彼女」は言い放つ。

 

「刹那……アンタ……一体……どうし……」

 

 「彼女」が落ちて来た事で吹き飛ばされた奏が身を起こし、「彼女」の背中を見て気付く。

 

 明らかに致命的な傷、黒く染まって今にも崩れそうな肉体から生える緑色の結晶。

 

「奏さん、翼さん、地上へ向かってください。まだ観客の避難が終わってません、フィーネはここで私が倒しますから」

 

「待てよ……刹那、何を言って」

「そんな体で!?無茶よ!」

 

「全てはこの時の為、出来る事は全てして来たんです。ここまで来たのですから誰も死なせたくはないのです」

 

 優しく語り掛ける様に二人へと告げる「彼女」の声はフィーネに対する冷たいモノとは真逆、暖かく穏やかな声だった。

 

「大した自信だ、私をフィーネと知っていての事か?お前が何処でどれだけ私の事を知りえたかは知らないが、お前ごとき只人に私が倒せるとでも?」

 

「お前に答える事は何も無い、ただどちらかが滅ぶ以外、何も無い」

 

 それだけ言うともはや「雷電」でも「雷電刹那」でも「イカルの娘」ですらない「彼女」は駆け出す。

 

「大口を!」

 

 その突撃はまるで自分の命を省みないモノで、フィーネのネフシュタンの一撃を避けようともしない。

 

「刹那ッッ!」

 

 奏が叫ぶ前で、「彼女」の左腕が肩諸共に吹き飛ぶ、だが。

 

 一滴たりとも血が流れる事はなかった、その傷口は黒く染まって、断面からは緑の結晶が覗いていた。

 

「なんだその体は!?」

 

 それには思わずフィーネも叫ぶ、だが「彼女」は止まらない。

 

「シンフォギアだ!!」

 

 残った「彼女」の右腕から3枚の刃が生える、フィーネは「いつもの様に」防壁任せの防御姿勢をとった。

 

 それがフィーネの「敗因」だった。

 

「イ゛ガ゛リ゛マ゛ァアアッ!!!」

 

 それが「彼女」の最期の咆哮であった。

 

 イガリマの絶唱を防ぐ事は叶わない、魂を両断するその一撃はフィーネを葬る為に。

 

 ―Die 切 ザン―

 

 防壁諸共にネフシュタンの鎧を切り裂き、切り裂かれたフィーネの体から血飛沫が噴出す。

 

「ば……かな……滅びる?…私が……?」

 

 状況を把握出来ないままフィーネは後ろに倒れ、動かなくなる。

 

 

 同時に「彼女」も役目を終えたかのように、動きを止める。

 

 

「せ、つな?」

 

 フィーネにトドメを刺した一撃の姿勢のまま動かない「彼女」を前に奏が弱弱しく名前を呼ぶ。

 

 けれど「彼女」は答えない。

 

「あ……アタシらが敵わなかった相手を一撃で……なぁ、刹那。やっぱアンタは最強だなぁ……」

 

 奏よりも先に、翼はそれに気付いてしまっていた、だから声が出せなかった。

 

「なぁ……アンタ言ったよな……まだ観客の避難が終わってないって……だったら一緒に行こうぜ、ノイズなんて一緒に戦えば一瞬だろ……?」

 

 奏は気づいてしまった、しかしそれでも諦め切れなかった、また動き出してくれると縋った。

 

「奏、行こう……刹那の最期の願いを叶えよう……」

 

 それ以上奏は何もいえなかった、既に「彼女」が死んでいた事を受け入れてしまったから。

 

 

 

 倒れる事もなく、立ったままの彼女からは血が流れていなかった。

 

 歌に全ての血を捧げたが故に、少女の体には血が残っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 どの時点で彼女が死んでいたかは、もはや彼女自身以外に知る者はいない。

 

 けれど彼女は生きた、「雷電」と「刹那」という仮の名しか持っていなかった彼女は確かに生きる事を遂げた。

 

 フィーネをイガリマで葬り、天羽奏を初め多くの人間を救い、あるべき運命を変えた。

 

 その事実だけが残った。

 

 

 

---------------------------------------------------------------------------

 

 運命は大きく変わった、立花響が融合症例となる事はなく、月が欠ける事もない、世界に存在を知られたシンフォギアシステムは特異災害対策用に研究が続けられ、櫻井了子およびフィーネが遺したデータも回収され解析が進められる。

 

 現存するギアは7基、二つのガングニールとアメノハバキリ、イチイバル、神獣鏡、シュルシャガナ、「彼女」の体から摘出されたイガリマ。

 アガートラームはコンバーターが破損状態で、彼女が使っていた「岩融」は完全に「全損」状態であった。

 

 そして、シンフォギアシステムではないがフィーネの遺体から回収された完全聖遺物「ネフシュタンの鎧」もノイズ対策に運用される事となった。

 

 

 この先の世界の未来を知る者はいない、彼女でさえ見た事のない、知らない世界が動き出す。

 

 

 

 

 天羽奏は名前の無い墓の前に居た。

 

 結局「彼女」は名を得る事も無く葬られた。

 

「なぁ、アンタは一体なんだったんだ?」

 

 彼女はあまりに多くの事を知り、あまりに多くの謎を残した。

 

「生きてたなら、ただの天才少女、って答えたのかな」

 

 その真実を知る者もいない、けれど。

 

「アンタの両親から一つだけ教えてもらえたよ」

 

 「彼女」の両親もまた姿を消した、きっと表舞台に戻ってくることは無いだろう。

 

「ありがとうな、アンタに貰ったこの命、大事に使うよ」

 

 これから先、多くの苦難が待つだろう。

 

「生きる事を諦めなかったアンタの為にも、アタシも生きるのを諦めないよ」

 

 それでも天羽奏は生きる事を諦めない。

 

 



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ありえる、かもしれないエピローグ

めっちゃ希望が多かったのでちょっとしたエピローグを


 私の記憶に刻まれるのは命の輝き、何度吹き飛ばされても立ち上がる歌の戦士。

 

 当時、あの会場にいた者達の記憶には彼女の姿が消えずに残っているだろう。

 

 

 雷電刹那、ツヴァイウィングの妹分としてデビューして初の晴れ舞台でノイズと戦い、観客を誰一人として死なせなかった歌姫。

 対特異災害用特殊武装「シンフォギア」の発表がされた後も他の装者同様にその素性は政府によって秘匿され、生死すら発表されず、謎のままとなっている。

 

 多くのゴシップ記者にはじまり、あらゆる者達がその足取りを追ったが、決してその行方も、過去をも掴む事が出来なかった。

 しかし、事件から2年。

 

 当時のシンフォギア開発者がライブ会場での事件の首謀者であり、既に死亡した事と、それを事前に察知し阻止したのが「彼女」である事が発表される。

 

 相変わらずその行方こそ明かされなかったが、当時の関係者達は改めて彼女に感謝の意を表した。

 

 

 

 

 そして私達は今、「名も無き彼女」の墓前に花を添えている。

 

「なぁ、刹那。アタシは今度もちゃんと世界を守れたよ、それに大勢守れた、まだアンタが救った数には勝ててないかもしれないけどな」

 

 数ヶ月前、私はある事件に巻き込まれた上で装者となった。

 

 「アガートラーム」の修復で余剰となって研究の為に運搬されていた「ガングニール」を狙ったテロ事件、そこで逃げ遅れてパニックになっていた人達を避難させていた私は偶然にも、いや、もしかしたら必然だったのかもしれない。

 ノイズに囲まれた私の目の前に降って来たガングニールを手にし、装者となった。

 

 それからは目まぐるしく世界が変わっていく、親友を巻き込むまいと遠ざけて喧嘩をし、装者となった事を知られ、一緒に戦うと言って聞かず、その上で「神獣鏡」に適合して。

 

 日々、世界に現れるノイズと戦う日々が続くと思っていた矢先に錬金術師という新たな敵が現れ、世界の危機に立ち向かい。

 

 気がつけば、こんな所まで来ていた。

 

 でもいつだって、戦う私の心の片隅には彼女の姿があった。

 

「刹那さん、こうして貴女の墓参りにくるのは初めてですね、私は立花響。あの日、貴女に救われた人の一人です」

 

 

 彼女はあの日、自分の命と引き換えに大勢を救った、いやあの日より前から多くの人を救っていた。

 

「あなたの書いた手紙も読みました「大きな困難にぶつかっても簡単に自分を犠牲にするのではなく、自分の力で足りないならば多くの人と手をとりあって戦う事を選べ」という言葉のおかげで私も大切な事を知れました」

 

 自分を犠牲にして多くを救った人の遺した覚書には何度も「手を取り合え、それこそが答えだ」と書かれていました、それは自分が出来なかった事を、彼女自身の弱さとそれを埋め合わせる様な覚悟が感じられました。

 

 

 今となっては言葉を聞く事も、彼女が歌う予定だった多くの歌も知る事はできない。

 

 ただ覚悟と共に生きた彼女の事を私も忘れない様にしていきたい。

 

 

 

 

-------------------------------------------------------------------------------

 

 

 こうして戦い続けていると命の危機に陥る事が多々ある、けれどその度に、アイツが「まだだ」と言う。

 

『信じて、貴女の力、ガングニールを』

 

 神の力に対抗する為には強力な哲学兵装「神殺し」の力を持つものが必要だという、そしてそれが「ガングニール」に宿るという事も。

 

「アタシが生き残ったのは、この為だったのかもしれないな……」

 

『違う、貴女が生き残ったのは、貴女が生きるのを諦めなかったから』

 

「そうか?アンタが生かしてくれたからじゃないのか?」

 

 アイツが笑う。

 

『私は好きにしただけ、生きたいと思う気持ちは貴女だけのモノ、だから「まだだ」よ』

 

「……そうだな」

 

 光と共に意識が浮上する、アイツはアタシを笑顔で見送る。

 

「まだ、アタシは生きるのを諦めないよ」

 

 アダムとかいう奴の「神の力」をアタシと、響のガングニールが共鳴して打ち砕いている。

 

「何だ!その力はッッ!」

 

「奏さん!」

「おう、一瞬落ちてたけど問題ねぇ!」

 

 今の一撃は全力でアタシ達を消し飛ばそうとした一撃だったらしいが、アタシ達の「絆」の前では無力だったようだ。

 

「手を繋げ、絶唱(うた)うぞ!」

 

 アイツが遺した「手を繋ぐ事」そして「共に歌う事」が繋がって生まれた新しい力。

 

 完全な共鳴を起こせるのは一瞬だけ、つまりは「刹那」のチャンス。

 

「トランジェント・エクスドライブ!!」

 

 見ているか、アンタの遺した歌はまだここにあるぞ。



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