戦術人形は電気イタチの夢を見るか (缶コーヒー)
しおりを挟む

一〇〇式機関短銃の憂鬱

「あの……。指揮官。本当に、私を編制拡大するんですか」

 

 

 意を決したかのように、その少女は目の前に居る男性へと意見した。

 ごく普通の、黒いセーラー服を着る可愛らしい少女に見えるが、実際はそうではない。

 一〇〇式機関短銃。

 同じ名を持つ日本製SMGを操る、生体アンドロイド──戦術人形である。

 桜型の緑の髪留めが、長い黒髪に飾られていた。

 

 

「どうした? 珍しいな、一〇〇式が口を挟むなんて」

 

 

 対する男性は、彼女を指揮する立場にある人物である。

 場所は某地区の地下司令部内にある、戦術人形を新たに製造する工廠だ。

 大きく分厚い、強化透明アクリル樹脂の向こうに、様々な機械部品・生体部品の山と、それらを自動で組み上げる多目的アームが鎮座していた。

 一〇〇式が声を掛けたのは、それを稼働させるために男性が──指揮官がコンソールを操作しようとした、まさにその瞬間だった。

 

 

「何か、思うところがあるんだろう。聞かせてくれ」

 

 

 戦闘以外では万事控え目な一〇〇式が、こんな風に指揮官を引き止めるのは初めてだ。

 コンソールから離れ、指揮官は彼女に向き直る。

 数秒の沈黙。

 一〇〇式は、黒いストッキング──右脚に桜の花弁がプリントされている──で包まれた細い脚をモジモジとさせていたが、やがて、胸の内を語り出す。

 

 

「他に、優先して編制拡大した方がいい戦術人形が、居ると思うんです」

 

「……続けて」

 

「私に備わった機能──桜逆像は、効果が特殊で有効活用が難しいです。しかも、この機能のせいで、拡大に必要な代用コアの量も多くて……。

 戦術人形としての正式ロールアウトも未定ですし、だったら他の、拡大をしやすい戦術人形達に代用コアを使った方が、総合的な作戦遂行能力は上がるんじゃ、ないかと……」

 

 

 編制拡大とは、第二世代型戦術人形に搭載されたダミーネットワークシステムを活用するために、主機に追従する従機を製造、主機とリンクさせる事である。

 生産ラインの確立されている戦術人形の場合、単に同じ型の戦術人形を用いる事でコストを削減できるのだが、一〇〇式機関短銃は、戦術人形生産の総元締め的存在であるI.O.P社の製品ではなかった。

 他社の製品テストを、指揮官が属するPMC──民間軍事会社「GRIFON & KRYUDER」、通称グリフィンが、I.O.P社を通じて委託されている状態だ。

 

 この状態で編制拡大を行うには、戦術人形の主要部品であるコアから得られる情報を代用コアへとコピー。その情報を元に、文字通りの複製をしなければならない。

 当然、相応のコストと時間が掛かり、また、細分化された特殊機構の情報を正確に再現するため、貴重な代用コアを大量に必要とする。

 一〇〇式の編制拡大一回で、ローコストな戦術人形ならば五回から十回は編制拡大を行える計算だった。

 

 それを踏まえた上で、指揮官は。

 

 

「ポチッとな」

 

「あっ」

 

 

 なんの躊躇いもなく、コンソールのキーをタップした。

 途端、アクリル樹脂の向こうで忙しくアームが動き始める。

 一〇〇式は呆然とそれを眺め、そんな彼女に指揮官が語りかける。

 

 

「確かに、効率だけを考えれば、一〇〇式の言う事は正しい。M4A1やSOPMODⅡとかも、代用コア待ちの状態だしな」

 

「……だったら、どうして……?」

 

 

 問い返す一〇〇式の声は、かすかにしか届かない製造音にも消えそうなほど、とても弱々しい。

 指揮官を見上げる瞳が、揺れている。

 とても作り物とは思えない。本物の少女としか思えない、儚さ。

 

 

「君を信じている」

 

 

 そんな一〇〇式に、指揮官はハッキリと断言してみせた。

 

 

「基本性能とか特殊機能の有用性とか、そういうのじゃなくて、君なら……。

 君となら、この先の戦いを切り抜けられる。そう信じているから、こうするんだ。

 ……納得、できないか?」

 

 

 確固たる意志を乗せた、力強く、同時に優しい声。

 人間である指揮官の声は、作り物の鼓膜を通じ、戦術人形である一〇〇式の内側へ。

 スカートの裾が、震える手で握り締められて。

 

 

「指揮官……」

 

「なんだ」

 

「一〇〇式は……。一〇〇式は、頑張りますから……っ! だから……っ」

 

 

 そこまで言って、後が続かない。

 一〇〇式の整っている眉は歪み、今にも泣き出しそうに見える。

 指揮官は苦笑いし、唇をへの字に結ぶ一〇〇式の肩に右手を置く。

 

 

「期待している。これからも、よろしく頼む」

 

「はい!」

 

 

 指揮官の手に自分の手を重ね、今度は、とびきりの笑顔で頷く一〇〇式。

 その手は、銃把を握るために作られたというのに、柔らかく、温かかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 工廠の天井に設置された監視カメラの映像が届く機械警備室では、三つの人影がそれを見ていた。

 

 

「うっはー。指揮官様と一〇〇式ちゃんってば、青春してますねー」

 

「いいなぁ、一〇〇式ちゃん、ワタシも指揮官に抱っこされたぃー。っていうかカリーナさん、こんな事してていいの?」

 

「良いんです! このくらいの楽しみがなきゃ、日がな一日、作戦報告書を書かされてる意味がないですもの! いけ、いっちゃえ指揮官様、そのままブチューっと! きゃー!」

 

「うわぁ……」

 

 

 そのうちの二人──指揮官の補佐役を務める金髪サイドアップの少女、カリーナと、赤いメッシュの入った薄桃色の髪と赤い瞳を持つ戦術人形、M4 SOPMOD Ⅱは、モニターの前で鼻息荒くニヤつき、方や顔を引きつらせていた。

 SOP Ⅱも人の事は言えない悪趣味を持つが、「カリーナさんはこんな風に盛り上がるんだなー」と、少し引き気味である。

 しかしそうなると、いつにも増して大人しいもう一人の様子が気掛かりで。

 

 

「あれ? M4、どうしたの? さっきからずっと黙ってるけど」

 

「………………」

 

「おーい? M4ー? えーむーふぉー?」

 

 

 SOP Ⅱの姉ともいうべき戦術人形、M4A1は全く反応せず、モニターを凝視している。

 あらゆる意味でSOP Ⅱとは対照的な彼女だが、こんな風に黙り込んでしまうのは珍しかった。

 ちなみに、対照的なのは姿形も含めてである。

 薄桃色の髪に対してM4A1は黒髪であり、メッシュの色は緑。羽織るジャケットも黒と白で、同じなのは髪の長さと、仲間への強い義務感か。

 ともあれ、SOP Ⅱが目の前で手を振っても、口の両端を引っ張って「いーっ」として見せても、M4A1の反応は変わらない。

 それもそのはず。彼女のAIは、ある一つの事柄に処理能力の全てを持って行かれていたのだから。

 

 

(私だって……。編制拡大して戦果を上げれば、指揮官と……。もっと、もっとコアさえあれば……!)

 

 

 羨望。渇望。嫉妬。慕情。

 人間であれば誰もが抱く感情を、戦術人形であるM4A1は持て余しているのだった。

 この瞬間、“彼”の下に属する一部の戦術人形達に、原因不明の言い知れない悪寒が走ったのは、言うまでもない。

 そしてこの日から、一〇〇式機関短銃とM4A1、二体の戦術人形の間で静かな戦争が始まったのである。




 ドールズフロントライン。
 なんの前情報もなくプレイを始めてまだ6日目ですが、一〇〇式ちゃん可愛いです。
 ええ。何も知らずにコアを注ぎ込んでしまいましたけども、後悔なんてあるはずがない。五〇〇式ちゃんになるのはいつの日か……。
 レア度と代用コア数の関係、一〇〇式ちゃんの製造元については妄想です。室内なのでマフラーとジャケットを外してます。M4A1ちゃんがヤンデレってるのは趣味です。
 さぁ! まずは一〇〇式ちゃんを画像検索するのだ! そして、こんなに可愛い一〇〇式ちゃんをタダで貰えるドールズフロントライン、みんなも今すぐ始めよう!(ダイレクトマーケティング)

 他のキャラの話も書くかも知れませんが、持ってないキャラは出せませんので、「あの子の話が読みたい!」という方は、作者がお迎えするのを祈って下さい。
 WA2000ちゃんとか強いらしいっすねー。でも、新しく実装された子達も欲しいというジレンマ。そして3-6がクリアできぬ。もっと強化せねばー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

M4A1のライバル

「あ、あのっ、指揮官っ」

 

 

 危なげなくPMCとしての服務を終え、後は業務内容を報告書にまとめて提出すれば、その日の仕事は終わりといった頃合い。つまりは夜。

 カリーナが雲隠れしたため、珍しくデータルームに籠るハメとなった指揮官へと、声を掛ける者が居た。

 M4A1。

 いつの間にやって来たのだろうか。戦闘中とは違って脚部プロテクターを外し、グリフィンの社章が縫い付けられた白いジャケットを羽織っている。

 

 

「どうした、M4。やけに気合いが入ってるみたいだけど」

 

「え、と、その……。お仕事、お疲れ様です。か、肩をお揉みしましょうかっ?」

 

「いや、特に肩は凝ってないが」

 

「そうですか……」

 

 

 万年筆を置きつつ、唐突な申し出を遠慮する指揮官だったが、途端、M4A1は見るからに肩を落とし、落ち込んでしまう。

 その落ち込み様は酷く、見ている側が居たたまれなく感じたり、何か悪いことをしてしまったのでは? と罪悪感を覚える程だった。

 まぁ実際、ほんの少しでも良いから指揮官によく思われたいという健気な行動を、何の気なしにバッサリ切り捨てたのだから、ある意味極悪人だが。

 

 

「やっぱり、頼もうかな」

 

「は、はい! 誠心誠意、揉ませて頂きます!」

 

「………………」

 

 

 流石に自らの部下──正確には備品なのだが──がそんな表情をしているのは忍びなかったのか、指揮官は考え直し、マッサージを受ける事にした。

 早速、M4A1は彼の座る椅子を回り込み、グローブを外して両肩へ手を添える。

 そして、その細い指に力を込め始めた。

 

 

「い゛っ⁉ え、M4! 強過ぎるっ、もっと弱くっ」

 

「えっ、あ、ごごご、ごめんなさいっ!」

 

 

 ……が、戦術人形の握力は、普通の人間には強過ぎたらしく、指揮官は悶絶する。

 慌ててM4A1が手を離すと、彼は息も絶え絶えに天井を仰いだ。

 

 

「か、肩を砕かれるかと思った……」

 

「本当に、ごめんなさい……。男の人だから、強めの方が良いかと……」

 

 

 気遣いが仇となってしまい、またもM4A1は落ち込む。

 虫も殺せないようなか弱い少女に見えるけれど、彼女も戦術人形。

 その気になれば素手で鉄パイプを握り潰し、数百kgはあろう大岩すら持ち上げられる。

 むしろ、一瞬で砕かれなかっただけ良かったのかも知れない。

 

 

「とにかく、続けてくれるんなら、もう少し弱めで頼む」

 

「はい。今度こそ、ちゃんと……!」

 

「ホントに弱めでね」

 

 

 相当痛かったのか、続きを促す指揮官の声は弱々しい。

 改めて添えられるM4A1の手にもビクッとしてしまうが、適切な力加減でのマッサージが始まると、瞬く間に緊張は解された。

 

 

 

「どう、ですか?」

 

「ああ、気持ちいい……。意外と凝ってたのかも知れないな……。あ゛~……」

 

「良かった」

 

 

 目を閉じ、完全にリラックスしている指揮官を見て、ようやくM4A1にも笑顔が戻る。

 空調の音と、微かな衣擦れの音と、ゆったりとした息遣い。

 しばらくの間、それらだけがデータルームを支配した。

 やがて、指揮官の呼吸は更に深くなり、頭が船を漕ぎ出す。

 

 

「指揮官……? 眠いなら、そのまま眠ってしまっても……?」

 

「ん……いや……報告書が……あるし……」

 

「ちょっとくらい、大丈夫ですよ。誰も見てません」

 

 

 優しく囁かれ、抵抗も虚しく、指揮官は眠りに落ちた様だった。

 体を弛緩させて、M4A1の手に頭を預け、穏やかな寝息を立てている。

 

 

(髭がチクチクする。男の人、だものね)

 

 

 処理が甘かったのか、時間が経ってまた生えてきたのか。

 指揮官の頬に触れる手に、ザラザラ、チクチクとした感触があった。

 あまり心地好い感触でもないはずが、何故だかM4A1は、全く不快に感じなかった。

 それどころか、彼女はこう思ってしまうのだ。

 

 ああ。この時間が、永遠に続けばいいのに。

 そうしたら、指揮官と、彼とずっと……。

 

 

「失礼します。指揮官、コーヒーを持って──あ」

 

「あ」

 

「んぁ?」

 

 

 ウィン、と自動ドアの開く音。

 二人だけの世界を壊したのは、マグカップを小さなトレイに乗せて運ぶ、一〇〇式機関短銃であった。

 互いに存在を予想していなかったのか、M4A1と一〇〇式は見つめ合って硬直し、指揮官は指揮官で間抜けな声を出しつつ、意識を覚醒させる。

 

 

「一〇〇式か……。どうした?」

 

「あ、えっと、コーヒーを淹れて来ました」

 

「おお、助かる。本格的に居眠りする所だった」

 

「いえ。そろそろ一息入れた方が、お仕事も捗るかと思って」

 

 

 一人が動いた事で、残る二人も硬直が解け、M4A1はササッと指揮官の隣へ。

 一〇〇式はその反対側から、テーブルの上にマグカップを置き、なんとなく、M4A1と距離を取って並ぶ。

 

 

「M4A1さんは、どうして……」

 

「ああ、肩を揉んでくれてたんだ。コツも掴んだみたいだし、これからは専属のマッサージ師になってもらうか」

「……もう。指揮官? 私は戦術人形なんですよ」

 

 

 まだ夢見心地らしく、マグカップを取りながら冗談を言う指揮官。

 M4A1がそれに苦笑いで、けれど満更でもなさそうに答え、親密な空気感が漂う。

 一〇〇式の思考にノイズが走った。

 ……面白くない。胸の辺りが、ムカムカする。

 

 

「随分と、仲がいいんですね」

 

「それはそうだろう。

 これまで一緒に修羅場を切り抜けてきたんだし、これからもそうだ。

 信頼関係が無ければ、戦場で連携も取れない」

 

「そういう意味じゃ………………鈍感」

 

「何か言ったか?」

 

「いえ何も」

 

 

 一〇〇式の遠回しな嫌味……というか、拗ねた発言に、彼はグリフィンの指揮官としての正論で、しかし男としては大幅にズレた答えを返す。

 わざと? それとも天然? どちらにせよ性質が悪い。

 そんな一〇〇式の胸の内を知る由もない指揮官は、コーヒーを含んで満足そうに吐息を漏らして。

 

 

「ん、美味い。好みを覚えてくれてたんだな」

 

「はい。お砂糖は2つ、ミルクはティースプーンに一杯だけ、ですよね。指揮官の事なら、なんでも覚えてます」

 

「そうか。ありがとう」

 

 

 今度はM4A1を差し置き、指揮官と一〇〇式が、長年連れ添った間柄感を醸し出す。

 一〇〇式の澄ました顔が、「私は貴方が知らない事も知ってるんですから」と、M4A1にはドヤっているように見えてしまう。

 当然、面白くない。カチンと来た。

 

 

(いい情報を聞きました。これで私も、指揮官好みのコーヒーを淹れてあげられます)

 

(そうですか。なら私も、肩揉みの練習をしておきます。指揮官に満足してもらうために)

 

(………………)

 

(………………)

 

 

 戦術人形同士にしか聞こえない短距離秘匿通信を使い、指揮官に知られる事なく火花を散らす、M4A1と一〇〇式機関短銃。

 果たして、彼女達の想いが報われるのは、いつの日になるのだろうか。

 事の元凶である指揮官が、なんにも気付かず幸せそうにコーヒーを飲んでいる辺り、遠い未来になりそうである。




 新規実装キャラはスオミちゃんしかお迎え出来ませんでした……。
 本当はロリ痴女さんが欲しかったんですが、お尻がえっちぃのでこれはこれで。スキル微妙らしい? 可愛いは大正義っすよ。
 ガチャはまだ引けてません。スキン当たったら浮気するかも。

 最終的に100回くらい製造回したので、副産物として416ちゃん×2、モシンナガンちゃん、みんな家族だちゃん×3を呼べましたが、どうせならUMP45ちゃん欲しかったなー。
 まぁ、あんまり多く来られても収容人数が足りなくなるから考えものですけど。微課金指揮官には辛いところ。
 ところで、9A-91さんも引いたんですが、彼女は何故あんなにシースルー仕様なんですかね? チャックの閉め忘れっすか? よーしオジさんがチャックを下ろしt(プシュン プシュン プシュン


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一〇〇式とM4A1の誤算

「指揮官様……。こちら、先日の任務の、報告書になりますぅ……」

 

「ああ。ありがとうカリーナ。じゃあ次はこっちを頼む」

 

「そんなぁ!? この前、結果的にサボる形になっちゃったのは謝りますからぁ! もう堪忍して下さいましぃいぃぃ……」

 

 

 今日も今日とて、某地区地下の司令部に、カリーナの悲痛な叫びが響き渡った。

 別段、珍しい事でもなかったりする。

 指揮官付きの補佐役にして、補給係も兼任している彼女には、仕事が多い。

 機械任せに出来る所も多く、そう聞くと案外楽そうにも思えるが、グリフィンで働く者にとって最大の苦難はそこにない。

 一番に時間が必要とされるのは、報告書の作成なのだ。

 

 グリフィン社内で報告書が作成される場合、情報の保護や偽造防止のため、必ず人間の手書き部分が必要……という規則がある。

 それが機密性の高い戦闘報告のみならず、物資の購入や搬入記録、外出届けに休暇届け。果てはボールペン一本の紛失届けにまで適応されるため、ひっじょーに面倒臭い。

 しかも、それを画像としても保存したり、会社指定の暗号化ソフトでエンコードしたりと、二度手間三度手間が掛かる。

 つい先日。諸用で仕方なく司令部を離れた(本人談)カリーナは、その間に溜まった書類仕事のツケを払わされている、という訳である。

 

 ある意味では自業自得なのだが、流石に可哀想でもあり、いつものように指揮官の側に控えていた一〇〇式は、助け舟を出す事にした。

 

 

「あの、指揮官。私、カリーナさんを手伝ってもいいですか?」

 

「えっ! いいのですか一〇〇式さん?」

 

「駄目とは言わないが……」

 

「お願いします。少し、可哀想で」

 

 

 一〇〇式が申し出た瞬間、カリーナの顔は「地獄に仏、いやセーラー服の女神様!」と言わんばかりに輝く。

 反対に指揮官は苦い顔だが、食い下がる一〇〇式の親切心を無駄にはしたくないようで、やがて溜め息と共に頷いた。

 

 

「分かった。手伝ってあげてくれ。優しいな、一〇〇式は」

 

「いえ、そんな……」

 

 

 率直に褒められ、一〇〇式は俯き加減に頬を染める。

 嬉しい反面、ちょっとだけ心苦しい。

 カリーナが可哀想だったのは本当だけれど、ほんの少しだけ、指揮官が褒めてくれるのでは? という打算があったから。

 期待した通りの言葉を受け取ってしまい、自分の打算的なAIを恥ずかしく思うほど、一〇〇式は生真面目だった。

 

 ところがどっこい。

 指揮官の側には、やはりもう一人の戦術人形が居る訳で。

 

 

「そういう事でしたら、私もお手伝いします」

 

「M4さんまで? あああ、なんという労わりの心! 優しい戦術人形のみんなに囲まれて、カリーナは幸せ者ですぅ……」

 

「一人より二人。二人より三人、ですから」

 

 

 貴方だけに点数は稼がせませんよ。

 優しく微笑むM4A1の顔に、一〇〇式だけに見える本心が描き出されていた。

 笑顔のまま視線で火花を散らす二人。

 仕事量が減る事に喜んでいるカリーナはさて置き、そんな彼女達を指揮官も訝しげに見ている。

 

 

「M4と一〇〇式は、仲が良いんだな」

 

「は?」

 

「え?」

 

 

 唐突に一括りとされて、一〇〇式とM4A1、二人は揃って目を丸くした。

 表立って反目し合う事は確かに無かったものの、まさか真逆の関係だと思われているなんて、予想だにしていなかった。

 一方で指揮官は、似通った反応に確信を深めたらしく、鷹揚に頷いている。

 

 

「最近、何かにつけて一緒に居るし、同じ作業をしている事も多いし。そうなんだよな?」

 

「え、え、いえ、それは、そうじゃない、ような気が……」

 

「違うようで、違わないような、でもやっぱり違う……」

 

 

 肯定したくないけれど、しかし面と向かって「仲が悪いです」宣言もできるはずがない。

 戦術人形にしては珍しく冷や汗をかきながら、一〇〇式とM4A1は秘匿通信で緊急作戦会議を開く。

 

 

(どうするんですかM4さん! 貴方が張り合うから、変な誤解されちゃってるじゃないですか!)

 

(私のせいにしないで! というか、ここで指揮官の考えを否定すると、逆に心配されてしまうのでは?)

 

(うっ。……仕方ありません。一時休戦です。指揮官の前での私達は仲良し、という事で)

 

(そうしましょう。あくまで形だけですけど)

 

 

 まだ明言した事はないが、同じ人物に対して、一方ならぬ想いを抱く戦術人形同士。

 非常事態においては協定を結ぶ事も止むなしである。

 方向性が定まったからにはそれに従おうと、二人は仲良しを演じるべく、不本意ながら互いを褒め合う。

 

 

「え、M4さんは、AR部隊のリーダーですから。観察眼とか、的確な指示出しとか、学べる事も多いので。一緒に居る機会が多くなっているんだと、思います」

 

「わ、私も、一〇〇式さんに色々と手伝って貰えるので、助かっているんですよ。私では気付かない、細かい所に気をつけてくれて」

 

「そうか。良い事だと思うぞ? そうやって日頃から親交を深めておけば、いざという時に生きてくるはずだ。しっかりな」

 

「は、はい……」

 

「勿論です……」

 

「仲良きことは美しきかな、ですわね! さぁお二人共、データルームへ参りましょー!」

 

 

 指揮官に背中を見送られ、釈然としない何かを感じつつ、すっかり元気になったカリーナと司令部を後にする二人。

 一人で司令部に残った指揮官は、受け取ったフロッピーディスク型の報告書を整理しようとデスクへ向かい。

 

 

「食えない男だねぇ、指揮官(アンタ)も」

 

 

 いきなり出現した気配に、思わず肩をビクリと震わせる。

 が、その気配が覚えのある物だと気付き、胸を撫で下ろしつつ振り返る。

 そこには、オレンジのメッシュが入った長い黒髪を一本に編む、眼帯の少女が立っていた。

 

 

「M16か。いつからそこに?」

 

「新しい報告書を押し付けてる辺りからさ」

 

 

 M16……。正式名称、M16A1と呼ばれる戦術人形は、着崩した黒いジャケットの裾を翻し、指揮官のデスクへ寄り掛かる。

 ジャケットのデザインはM4A1やSOP Ⅱの着ている物とほぼ同じだが、腕章と裾のラインは、髪のメッシュと同じ色──パーソナルカラーのオレンジで個別化されている。ちなみに、M4A1のパーソナルカラーは緑であり、SOP Ⅱは赤である。

 だらしなくも見えそうなそれは、どこか歴戦の勇士めいた雰囲気を纏う彼女がすると、様になっていた。

 

 

「本当は全部分かってて、その上でトボけてるんじゃないのか?」

 

「なんの事だ? 主語が抜けていて分からない」

 

「はは。ま、アンタがそう言うならそれで良いさ。だがな……」

 

 

 肩をすくめる指揮官にM16は笑い、不意を突いて顔を寄せた。

 あと少し近づけば唇が重なる距離で、しかし彼女は左眼を鋭く光らせる。

 

 

「M4を泣かせるような真似はするなよ。妹を悲しませるなら、その時は……」

 

 

 指揮官の胸に指で作った銃を押し当て、「BANG」と引き金を弾く真似を。

 距離を戻し、ありもしない硝煙を息で吹き消す姿は、さながら西部劇でも演じているようだった。

 どこまでが冗談で、どこまでが本気なのか。

 指揮官は大きく深呼吸し、ややあってから、M16を真っ直ぐに見据える。

 

 

「忠告として受け取っておく。だが、その言い方は感心しないな」

 

「おや。気に障ったかい?」

 

「それだと、いざという時、自分はどうなったって良いとも聞こえる。M4に聞かれたら、今度は本気で怒られるぞ」

 

 

 M16がキョトンとする。

 こういう返しをされるとは予想していなかったらしく、「一本取られた」とばかりに破顔した。

 

 

「参ったね、痛い所を突かれた」

 

「弱点は的確に、徹底的に叩くのが、勝利への近道だからな」

 

「違いない」

 

 

 デスクから離れ、M16は大きく背伸び。

 お下げ髪が尻尾のように揺れ、また指揮官を振り返るその左眼は、楽しげに細められて。

 

 

「さぁて、指揮官。報告書は押し付けたんだし、暇なんだろ。一杯付き合え」

 

「……またジャックダニエルか。ウィスキーは苦手なんだけどな……」

 

「相変わらず、お子ちゃまな舌だなぁ。仕方ない、またハイボールにしてやるよ。肴はチョコレートでどうだ」

 

 

 挑発するように顔を覗き込まれ、指揮官はムッとする。

 が、すぐに席を立ち、M16と連れ立って司令部の出口へ。ここで逃げては男がすたる、といった所か。

 そして、彼の少し前で刻まれる足音は、スキップにも似た上機嫌なリズムを、無機質な廊下に響かせていた。

 




 祭太鼓をドンドコして(>∇<)ってなってる一〇〇式ちゃん可愛い。
 ついでに、M16姉さんを最初に見た時、思わず「ノースアップさんグレた?」と言ってしまったのは秘密。
 さてさて、ようやっとレベリングの聖地、4-3Eまで到達しました。
 キューブ作戦に向けて夜戦要員の育成をしてますが、全然間に合う気がしません。
 とりあえず手持ちの9A-91、AS Val、M14、モシンナガン、M2HB、MG42、グリズリーとM1895を重点的に育てる予定ですけど、星3徹甲弾も代用コアも足りない……。
 うぁぁ五〇〇式ちゃんが遠のいて行くぅぅ……。
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ST AR-15の戸惑い

『はぁ……』

 

 

 溜め息の二重奏が、計らずも食堂で奏でられた。

 夕食時には少し遅めの午後8時30分。

 空席がそこかしこに見えるそこで、何故か対面に座る一〇〇式とM4A1が音源である。

 

 

『真似しないで下さ──む』

 

 

 再び声は重なり、睨み合う二人。

 が、緊迫した空気は一瞬で霧散し、「はぁ……」と、力無い溜め息がまた二つ。

 

 

「指揮官、いつ帰って来るんでしょうか」

 

「分かりませんよ、そんなの。ヘリアンさんからの呼び出しみたいですし」

 

 

 日頃から指揮官を巡って、恋の鞘当てらしきものを繰り広げている彼女達だが、そんな二人に覇気がないのは、やはり指揮官が原因だった。

 直属の上司──上級代行官である妙齢の美女、ヘリアントスから緊急の呼び出しを受け、彼は朝早くから司令部を離れており、帰ってくる時間も分からない。

 ようするに一〇〇式とM4A1は、指揮官と一緒に居られなくて寂しがっているのである。

 

 

「たった数時間会ってないだけなのに、どうしてこんなに胸がザワつくんでしょうか」

 

「……だから、分かりませんってば。私だって、こんなの初めてです」

 

 

 生まれて初めて感じる擬似感情モジュールの情動に、二人は肩を落としながら、定食をモソモソ食べている。一〇〇式はハンバーグ定食。M4A1はピラフセットだ。

 世界的にも物資不足が恒久化しつつある昨今、使われているのは合成食材がほとんどだが、一昔前のSF映画やドラマと違い、味は天然物と遜色がない。

 だというのに、いつも一緒に食べている相手が居ないというだけで、妙に味気なく感じてしまうのだ。

 毎日食事にありつけるだけでも恵まれているのだから、そんな風に感じるなんて贅沢なのに。

 

 

「私、指揮官がこの地区を任されたのと、ほぼ同じ時期に配属されて。それからずっと一緒に居ましたから。ひょっとしたら、そのせいかも」

 

「自慢ですか。自慢ですよね? けど私も、配属されてからの作戦行動は殆ど共にしてますからっ」

 

 

 一〇〇式は、自分なりにAIの反応の理由を分析するが、聞かされるM4A1は不機嫌そうにピラフを口に運ぶ。

 単に付き合いが長いというだけだが、時間の差ばかりは埋めようがない。それが悔しいのだろう。

 そのまま険悪なムード……というより、いつもの口喧嘩モードに移行するかと思われたけれど。

 

 

『はぁ……』

 

 

 三度目の溜め息の重奏が、食堂の空気をひたすら重くした。

 これでは誰も食堂に寄り付かない。むしろ二人のせいで、食堂から誰も居なくなったのかも知れない。それ程に空気はドンヨリしていた。

 しかし、気が重くとも食事自体は済んでしまい、トレイをカウンターへと戻した彼女達は、めいめいにその場を後にする。

 

 

「……なんで着いて来るですか?」

 

「一〇〇式さんが前を歩いているだけです」

 

 

 ところが、何故だか一〇〇式もM4A1も、同じ方向に向かって歩いていた。

 そうなると張り合いたくなるのがライバル同士の性らしく、早歩きでM4A1が一〇〇式を追い越し、かと思えば一〇〇式がまたM4A1を追い越して、競歩のようになっている。まるで子供の喧嘩だった。

 しばらくその競歩状態は続いたが、ふと、一〇〇式が速度を緩め、釣られてM4A1も。

 完全に立ち止まってしまったそこは、司令部内に用意された、指揮官の私室の前。

 

 

「ここ、指揮官の私室ですよね。一〇〇式さん、ここに用事でも?」

 

「いえ、そういう訳じゃ。ただなんとなく、脚が向いて」

 

 

 どうやら、本当に無意識の行動だったようで、一〇〇式は私室へ続く自動ドアを見つめ、立ち尽くしている。

 当たり前だが、無断で入る事は出来ない。

 ドアを開けるには認証コードが必要になる上、そもそも戦術人形は各施設への自由な出入りを制限されている。人を模してはいるが、あくまで彼女達は兵器だからである。

 勿論、ある程度の自由は保障されているけれど、少なくともこの場に居る二人は、指揮官の私室へと立ち入るための認証コードを持ち合わせていない。

 それが妙にまた寂しさを助長させ、一〇〇式は意味がないと理解しつつ、ドアに手を伸ばし──ウィン。

 

 

「え? ロックが外れてる……」

 

「今、指揮官は居ないはずなのに」

 

 

 決して開かないはずのドアが、開いていた。

 という事は、指揮官が外出した後に、ドアのコードを持つ人物が入室したということ。

 一度開けられたドアは、室内に動体反応がなくなれば一定時間で自動ロックされるはずなので、その人物は今も中に……。

 カリーナが指揮官の私物を漁っている? いや、いくら自由奔放な彼女でも、そこまで倫理観は欠如していまい。

 ならば、一体誰が?

 

 一〇〇式とM4A1は顔を見合わせ、AIを戦闘態勢に。

 スニーキングミッションよろしく足音を忍ばせて部屋へ侵入すると、やけに統一感のない内装が目に入った。

 個室にしては広いのだが、その壁際には小型のワインセラーがあったり、分厚い本の並ぶ棚があったり、蓄音機があったり、筋トレ器具があったり、ロックバンドや往年のアイドルのポスターが貼ってあったりと、何が趣味なのかいまいち伝わってこない。

 所々、明らかに女性向けのインテリア──可愛らしいクッションや小物なども置かれているようだ。

 

 気にはなったが、一〇〇式達はすぐ、それ以上におかしな点を発見し、注視する。

 少し大きめのシングルベッド。指揮官が使っているに違いないそれの上で、モゾモゾと動くシーツの塊があるのだ。

 大きさからして、女性。戦術人形か、人間か。

 逡巡する二人だったが、ここまで来て確かめない訳にもいかず、意を決してシーツを剥ぎ取る。

 すると、中からは。

 

 

「あ、貴方は……!」

 

「IDW?」

 

「んにゃ……? 気持ち良くねてたのに、なんだにゃあ……」

 

 

 猫耳と尻尾──毛色というか髪色は明るい茶色──を生やした、SMGの使用を得意とする戦術人形、IDWが現れた。

 普段はセミロングの髪を二つに括り、白いワイシャツと、サスペンダーベルトで釣ったショートパンツを合わせている彼女だが、今は髪を解いており、気怠げな雰囲気と相まって、ごく普通(?)の猫耳美少女に見えた。

 実際の言動は美少女のイメージとかけ離れていたりするのだが、ともあれ、指揮官のベッドから戦術人形が出てきた事で、一〇〇式とM4A1の瞳からハイライトが消える。

 

 

「どうして指揮官のベッドで寝ていたんですか」

 

「私も知りたいですね。ぜひ答えて下さい」

 

「な、なんか二人の顔が怖いにゃ……」

 

 

 ズモモモモ……という恐ろしい効果音が聞こえてきそうな、筆舌に尽くしがたい迫力で問い質す二人。

 思わず耳を折り畳んでしまうIDWだったが、なんら後ろめたい事はないと自負している彼女は、ベッドの上であぐらを掻いて答えた。

 

 

「どうしても何も、前からちょくちょく寝てたにゃ。指揮官のベッドって、何故かすんごく良い匂いがして、寝心地がいいんだにゃー」

 

「それは……なんとなく分かる気がしますけど」

 

「だからって、勝手に指揮官の部屋に入るだなんて、問題があります」

 

「勝手にじゃないにゃ! ちゃーんと指揮官に許可とドアのコードは貰ってるにゃ~。

 私物を決してイジらず、ただベッドを使うだけならいい、って言ってたにゃ。ちなみに録音してあるにゃ」

 

 

 どこからともなくICレコーダーを取り出し、再生を開始するIDW。

 すると確かに、IDWが言ったセリフを指揮官が言っていた。かなり呆れた声色で、ではあるが。

 しかし、それがまた絶妙に気の置けない関係性を醸し出しており、予想外なライバル出現に一〇〇式は顔を青ざめさせる。

 

 

「ま、まさか指揮官とIDWさんは……」

 

「待って下さい一〇〇式さん。多分違います。部屋の前で騒がれたりすると面倒だから、仕方なく渡したとかじゃないでしょうか。予想ですけど」

 

「むっ。そんな事はないにゃっ。確かに、一緒にお昼寝しようと指揮官を誘いまくった事はあるけど、快く譲ってもらったにゃ! 実際、一緒にお昼寝もしたにゃ!」

 

「なん……」

 

「ですって……」

 

「まぁ、指揮官がお昼寝してる所に乱入しただけにゃけど、指揮官の腕枕は快適だったにゃあぁ~。でも、起きたらすぐにメッチャ怒られたにゃあぁ……」

 

 

 M4A1の慰めも虚しく、更なる衝撃の事実が判明し、一〇〇式達の顔が劇画調に。

 最後の方は聞こえてすらいないのか、絶望しているように見える。

 けれども、はたと一〇〇式は表情を一変させ、IDWへと微笑みかけた。

 

 

「IDWさん。今からメンタルモデルをアップロードしに行きましょう」

 

「へ? な、なんでかにゃ? アレ、かなり長い間ジッとしてなきゃいけないから、苦手なんだにゃ……」

 

 

 メンタルモデルのアップロードとは、簡単に言うと戦術人形の記憶のバックアップを取る事である。

 グリフィン所有のサーバーに保管され、なんらかの理由で戦術人形が完全破壊されてしまった場合に、ロールバックを可能とする。

 人間では不可能な、機械生命であるが故の特権であるが、それにしても唐突過ぎる提案に、IDWだけでなくM4A1も首を捻っている。

 仕方なく、一〇〇式は秘匿回線をM4A1に繋ぎ、自身の考えを伝えた。

 

 

(いいですかM4さん。本来私達は、アップロードしたメンタルモデルに能動的にアクセス出来ません。でも、アップロード中なら裏技(スキミング)で覗き見が可能です)

 

(……! つまり、彼女のメンタルモデル──記憶から、指揮官とのお昼寝データだけを抜き出せば……)

 

 

 擬似的に、指揮官とお昼寝できる。

 ぶっちゃけ、限りなく黒に近いグレーな行為だが、M4A1も指揮官とのお昼寝体験という誘惑には勝てず、積極的に一〇〇式へ協力する姿勢を見せた。

 

 

「定期的なメンタルモデルのアップロードは、戦術人形にとって重要な事です。ぜひそうしましょう」

 

「ちょ、M4、なんで腕を掴むにゃ!? ……あ、よく考えたら、この前の作戦の時にアップロードしたばかりだから必要ないにゃ!」

 

「まぁまぁ、そう言わずに。すぐ済みますから」

 

「って一〇〇式もかにゃ!?」

 

 

 右腕をM4A1に。左腕を一〇〇式にガッチリ掴まれ、というか捕まえられ、IDWは引きずられて行く。

 例え犬猿の仲だったとしても、共通の利益を見つけた途端に手を組む。とても人間らしいAIを持つ戦術人形達であった。

 

 

「離すにゃ、離して欲しいにゃー! 私は無実だにゃあああっ!」

 

「大丈夫、大丈夫」

 

「天井のシミでも数えていればすぐですよ」

 

「それ乙女が言っちゃダメなセリフだにゃー!? だ、誰か助けてにゃー! 心の貞操が奪われるにゃあああああっ!」

 

「あれー? M4と一〇〇式がなんか楽しそうな事やってるー。わったしーも混ーぜてー!」

 

「ぎにゃー!? 一番来て欲しくないの(人形嗜虐性癖持ち)が来たにゃー!?

 しきかぁあああんっ、助けてにゃあああっ!

 いーじーめーらーれーるーに゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」

 

 

 オマケにM4 SOPMOD Ⅱまで加え、IDWは司令部全体に響くほどの、悲痛な叫びを上げる。

 しかし、聞きつけた戦術人形が何事かと振り向くも、引きずられているのが彼女だと分かると、「あの子なら大丈夫だよね」と見送っていた。

 悲しいかな、これがIDWの立ち位置であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を遡り、一〇〇式達がIDWを発見する少し前。

 一体の戦術人形が、手持ち無沙汰に司令部の廊下を歩いていた。

 

 

(暇ね……。またVRトレーニングでもしようかしら)

 

 

 青いメッシュの入った、長く明るい茶髪を持つ彼女の名は、ST AR-15。

 M4A1、M4 SOPMODⅡ、M16A1、そしてST AR-15の四名からなる、グリフィンでもエリートとして扱われるAR小隊の一員である。

 髪の一房を右でサイドアップにし、白いワンピースの上から黒いジャケットを羽織っていた。

 ある作戦を境にして、M4A1も属する某地区の部隊に合流した彼女だが、エリートと言えど常に任務を与えられてはいない。戦術人形にも休息は必要なのだ。

 が、割と任務一辺倒な日々を過ごしていた彼女は、個人的な趣味嗜好を有していなかった。先ほど考えていたように、暇があればトレーニングしてしまうような、実利主義者的なAIで動いている。

 

 他に有意義な選択肢も見つけられず、AR-15はVRルーム……模擬訓練室へと足を向けた。

 しかしながら、途中で彼女は思わぬ男性と出くわした。

 この司令部に立ち入れる男性は限られているし、見間違えるはずもない。

 外出していた指揮官だ。

 

 

「指揮官? 帰っていたんですか」

 

「……ああ。スター、か」

 

「またその呼び方……。私はコルトAR-15だと──指揮官っ!?」

 

 

 AR-15にはちょっとしたこだわりがあり、指揮官からの呼ばれ方を訂正しようとしたが、出来なかった。

 彼が今にも倒れそうな、真っ青な顔で壁に倒れ込んだからだ。

 思わず駆け寄り、AR-15は指揮官を支える。

 

 

「どうしたんですかっ? まさか負傷して? 今すぐ救護室に!」

 

「いや……違う……ご……ご……」

 

「ご?」

 

 

 震える声で、指揮官は何かを伝えようと。

 肩を貸しながら耳を寄せ、次なる言葉を待つAR-15。

 やがて聞こえて来たそれは。

 

 

「合コン怖い」

 

「……は?」

 

 

 AR-15が耳を疑うのも、仕方のない内容だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり、仕事かと思って長時間移動した後に出向いた先が、大合コン会場だった、と」

 

「その通り……」

 

 

 場所を移し、救護室。

 一つのベッドに隣り合って腰掛け、AR-15は呆れつつも指揮官の話を聞いていた。

 

 

「予想外だったのは理解できますけど、そこまで取り乱す事ですか?」

 

「あの場に居なかったからそんな風に言えるんだ……! ホントに怖かったんだからな……っ」

 

 

 水の入ったコップを手に、指揮官は涙目で訴える。

 どうやらグリフィン内部の、職員同士での大規模合同コンパニーだったらしい。

 それなりに長い期間、彼の指揮下で働いているが、こんなに弱々しいというか、情けない姿は初めてだ。

 

 

「とりあえず挨拶して、自分の担当してる地区を言ったら、その途端、女性陣の眼の色が変わって……。あれは、獣の眼光だった……!」

 

「獣……。まぁ、指揮官は色々と話題性のある方ですからね」

 

「勝手に隣の席を争奪戦してるし、座ったら座ったでやたら距離は近いし、香水とタバコの匂いが混じって臭かったし、終いには手を取られて無理やり触らせられそうになるし!」

 

「あ~……。それは、確かにどうかと思いますが、殿方にとっては嬉しい事でもあるのでは?」

 

「嬉しかないよ!? その日会ったばかりで、顔と名前しか知らない女性にお触りするとか、そういう店じゃないんだから!」

 

「行った事あるんですか」

 

「無いけども!」

 

 

 全力の否定。どうやら本当らしい。

 にしても、グリフィンの女性職員の間でも、指揮官はかなりの有望株のようだ。

 初任務で、誰もが手を焼いていた某地区奪還の足掛かりを作り、その後も重要な任務とエリート小隊を任され、かつ上級代行官のヘリアン、最高責任者であるクルーガーの覚えも良い。

 女性陣が躍起になるのも無理はないか。

 この反応を見るに、全くの逆効果でしかなかったと思われるけれど。

 

 

「今回は逃げて来られたけど、もう合コンなんて絶対行かない……。疲れた……。今度また騙し打ちしてきたら、セクハラとパワハラで訴えてやる……っ」

 

 

 空になったコップを握り締め、指揮官はまだ愚痴を零している。

 瞳孔の収縮、脈拍、呼吸の乱れから判断すると、彼の感じているストレスは相当な物だろう。

 

 

(これは、重症ね)

 

 

 戦闘指揮を行う者であれば、精神的なストレスへの耐性は必須。

 しかし、日常のストレスにまで耐える事を望むのは、流石に酷だ。

 このまま放っておいたら、女性への忌避感を抱くようになったり、その延長で、戦術人形への苦手意識まで芽生えかねない。

 AR-15の考え過ぎかも知れないが、万が一にもそんな事になるのは避けないと。

 

 

(こんな話は広められない。私が対処するしか、ない)

 

 

 指揮官の精神衛生のため。

 ひいては円滑な任務遂行のため。

 自分が一肌脱ぐべきだと考えたAR-15は、ベッドから腰を上げ、指揮官の真正面に立つ。

 

 

「す、スター? 何を──お」

 

 

 そして、困惑する彼の頭を、腕の中に収める。

 ようするに……抱きしめた。

 

 

「辛い事があったのは分かりました。

 ……でも、私以外の前で、そんな姿を見せないで下さいね。特にM4A1には。

 あの子、貴方に憧れてるんですから」

 

 

 指揮官は座ったままなので、ちょうど鳩尾の辺りにある頭を、AR-15が撫でる。

 こんな事をするのは初めてだし、ひどく不慣れな手付きだったが、とにかく優しく。

 子供をあやすように、それを続けた。

 

 

「……スター」

 

「すみません。お嫌でしたか」

 

「違うんだ。あの人達に触られるのは嫌だったけど、でも……」

 

 

 穏やかな時間が流れていた。

 落ち着きを取り戻した指揮官の呼吸と、AR-15の擬似心肺の鼓動。

 二つが重なり合い、ただそれだけで、救護室が満ちる。

 とても、静かだった。

 

 ──そう。静かだったのだ。その時までは。

 

 

『しきかぁあああんっ、助けてにゃあああっ! いーじーめーらーれーるーに゛ゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!』

 

「うおっ」

 

「きゃっ」

 

 

 突如として、IDWの悲鳴が響き渡る。

 驚いた拍子に二人は離れ、「今のはなんだ?」と顔を見合わせた。

 

 

「IDWの……悲鳴です、よね?」

 

「……だな。また何かやったのか? 放っておく訳にもいかないし、ちょっと行ってくる」

 

「あ」

 

 

 勘弁してくれ、といった風に頭を掻き、指揮官が足早に救護室を出て行く。

 知らず、その背中に手を伸ばし……いや。伸ばすだけで、何も出来なかった。

 一人きり、救護室に取り残されたAR-15。

 何故だろう。

 急に部屋の温度が下がってしまったような、そんな錯覚を覚え──

 

 

「忘れてたっ」

 

「っ!? し、指揮官?」

 

 

 ──た次の瞬間、出て行ったはずの指揮官が、自動ドアから顔を出す。

 そして。

 

 

「ありがとう」

 

 

 たった一言。

 感謝の言葉を残し、また自動ドアの向こうへ消える。

 沈黙。

 AR-15はしばらく立ち竦んだ後、ベッドに腰掛け、そのまま枕へと顔を埋めてしまう。

 

 

(私、なんであんな事を? いきなり指揮官を抱き締めるなんてっ。

 慰めるにしても、もっと別の方法があったでしょう!?

 ……でも、嫌だとは言ってなかった……むしろ……違う、そういう問題じゃない!

 指揮官に好意を抱いてるのはM4A1で、私は……あああもう、訳が分からないっ!)

 

 

 あの時は適切だと思えた行動が、今になって恥ずかしくなった。

 相手の許可も待たずに抱きしめるなんて、指揮官が嫌だと言った合コン相手と同じだ。

 でも、当の本人が嫌だと言わず、逆にお礼を言ってくれて。

 擬似感情モジュールがAR-15の顔の表皮温度を上げ、脚をジタバタさせる。

 その行動が……人間でいう所の照れ臭さが収まるまで、彼女はたっぷり、15分近くもベッドで悶えていたという。




 本日のやらかし報告。
 グリフィンをグリフォンと素で勘違いしてました。もう修正しましたけど超恥ずかしい。恥ずかしくて死にたい。
 だって英語読みならグリフォンって読めちゃうじゃないっすか! 謝罪と賠償をSSで払うので許して頂きたい!

 という訳で、一〇〇式ちゃんとM4A1ちゃんのコンビはいつも通りの指揮官ラブスタイル。
 今回は被害担当のIDWちゃんと、本編で悲しい事になってしまうらしい?(まだそこまで行ってません)ST AR-15ちゃんも出させて貰いました。
 IDWちゃんはオチ要員なので良いとして(ヒドい)、ST AR-15ちゃんの誓約ボイスを聞く限り、乙女チックな部分もしっかり持っていそうなので、こんな風に悶えてくれたら可愛いなぁ、という気持ち悪い妄想を形にしました。

 それにしても夜戦マップがキツい……。どうにか自戦力だけで2-3nまではクリア出来るようになりましたが、2-4nとか無理っす。
 キューブ作戦は2-4nを自戦力でクリア出来るかがボーダーラインだとか聞いてるんですけど、まだM14ちゃんを四拡できたばかりだし、装備は絶望的に足りないし、他はLv50近辺だし。色んな意味で厳しいですわ。
 配信一ヶ月のイベントなんだから、難易度の緩和とかお願いできませんかねぇ~……?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハンドガン四人娘の張り合い方

今回は誰もが一度はお世話になっている初期HG達の話。
それぞれキャラが立ってて可愛いですよね。


「そこのお主! 待つのだ一〇〇式機関短銃!」

 

 

 司令部の一画にある、人形達向けの談話室にて。

 自動販売機から緑茶の缶を取り出そうとしていた一〇〇式へと、厳しい声が掛けられた。

 厳しいと言っても口調だけで、声自体はとても愛らしい、少女の物だった。

 一〇〇式が振り返ると、そこには声の主に相応しい、小柄な人形が立っている。

 

 

「M1895さん。何かご用ですか?」

 

「そうだ! 一〇〇式よ、そこに直るがよい!」

 

「は、はぁ……?」

 

 

 白い軍人用の礼装を思わせるコートと、同じく白いロシア帽、ウシャンカが特徴的な戦術人形、M1895──ナガンM1895として知られる回転弾倉拳銃──が、艶やかな金髪を振り乱しながら詰め寄った。

 ビシッと指を突き付けられ、一〇〇式は両手で缶を持ちつつ、とりあえず背筋を伸ばす。

 

 

「お主、なにやらトンチンカンな自慢を皆にしておるようだが、その自覚はあるのかっ?」

 

「トンチンカンな自慢……。ごめんなさい、覚えがないです」

 

「全く……。お主、M4A1に自分が最古参であるように言ったそうではないか!」

 

「……ああ、そう言えば」

 

 

 ムスッとした顔で腕を組むM1895に指摘され、ようやく思い至る。

 確かに数日前、指揮官が不意の外出をした際に、M4A1とそんな話をした。

 が、何故それを彼女が知っているのだろう。

 そして、何故それを問い質されなければならないのだろう。

 疑問に思った一〇〇式は、率直に質問を返した。

 

 

「でも、嘘を言った訳じゃありませんし、問題はないんじゃ……。というか、どうして貴方が怒っているんですか?」

 

「問題ないじゃと!? 大有りじゃ! 何故なら……」

 

 

 クワッと眼を見開き、溜めを作るM1895。

 ややあって、彼女は薄い胸を張り。

 

 

「指揮官と最も付き合いの長い最古参は、お主ではなく、このわしなのだからなっ」

 

「………………はいぃ?」

 

 

 ……と言ってのけた。

 思わず首を傾げる一〇〇式に、M1895は得意げに語り出す。

 

 

「よぉーく思い出すがよい。

 確かにお主も古参ではあるが、わしの方がお主よりも数分前に指揮官と会っておる。

 お主が指揮官と会った時、既にわしが彼奴の背後に居たであろう。

 つまり、最古参はわしなのだ。分かったじゃろ?」

 

「そうでしたっけ……? 例えそうだとしても、たった数分じゃないですかっ。ドングリの背比べですっ」

 

「いいやっ、些細な差こそが重要なのだ! わしが最古参なのじゃ~!」

 

 

 なんだか先を越されたようで悔しい一〇〇式と、これだけは譲れぬとばかりに主張するM1895が、周囲の目も気にせず張り合う。

 実際の所、この二人は五人チームの一員として指揮官と顔合わせをしたため、出会ったのはほぼ同時か、差があっても1~2秒程度なのだが、M1895には大事なこと(都合良く改竄してるが)であり、一〇〇式も指揮官に関わる事で負ける訳にはいかず、お互い一歩も譲らない結果となった。

 しかし、誰もが固唾を飲んで……いや、よい暇潰しと野次馬根性で見守る中、二人の間に割って入る影が。

 

 

「さっきから聞いていれば、二人共、ちゃんちゃらおかしいわ!」

 

「むっ! 何奴じゃ!?」

 

「その声は、M1911さん?」

 

 

 ショートカットの金髪に碧眼。黒い半袖の上着を纏い、白いブラウスの首元を、旧アメリカ合衆国の国旗柄ネクタイで結ぶ戦術人形、M1911──コルトガバメントと言えば知らぬ者は居ない自動拳銃──は、威勢良く会話に割り込む。

 一〇〇式やM1895よりも大き目に設定された“何か”が、たゆんと弾んでいた。

 

 

「指揮官様と一番長く、そして深~い愛の絆で結ばれているのは、私ことM1911です!

 何せ、ダーリン! ハニー! と呼び合う仲なんですから!」

 

「な、ななななんじゃとぉ!?」

 

 

 ちょっと唐突なラブい関係発言に、初心なM1895がたじろぐ。

 古さ自慢がお手の物な癖をして、耳年増ではないようだ。

 逆に、直球で喧嘩を売られたに等しい一〇〇式は、猛然とM1911に反論する。

 

 

「流石にそれは看過できません、デタラメ言わないで下さい!」

 

「デタラメじゃないもん! 本当にダーリンって呼んでるんだからぁ!」

 

「勝手にそう呼んでいるだけじゃないですかっ。指揮官はハニーって呼んでません!

 それに、前に言ってましたよ、あんまり変な呼び方されるのも困るって。

 第一、他にも指揮官をそう呼んでる子、居るって聞いてますし」

 

「え……? もしかして私、重い……? ダーリ……指揮官様に重いって思われてるの……? ぐすっ……」

 

「おいおい待て待て待て、泣くな、泣くでない! ほれ一〇〇式、お主もフォローせぬか!」

 

「あ、えっと、はい、ごめんなさい……? そういうつもりじゃ……」

 

 

 ところが、意外と打たれ弱かったM1911がメソメソし始めると、今度は慰める羽目に。

 指揮官関連では少々暴走気味な一〇〇式だけれど、結局はお人好しなのである。

 そして、落ち込んでいる仲間を見ていられなかったのか、更にフォローへと加わる者が一人。

 

 

「ダイジョーブですよ、M1911さん! 貴方の想いを、指揮官が迷惑に感じるはずがないです!」

 

「今度はP38さんですか……」

 

「やけに集まってくるのう」

 

 

 黒髪を後ろで括る彼女の型式名は、ルガーP38。旧世代で有名だったアニメーションの怪盗の銃としても知られるピストルを使う、やけにハツラツとした戦術人形だ。

 軍服めいた黒い女子学生服……というより、コスプレ用改造制服と言った方が正しいだろうか。頭には小さめの、旧ドイツ軍の略帽をのせている。

 

 

「本当……? 本当に私、重い女じゃない……?」

 

「勿論ですっ。きっと指揮官も驚いちゃってるだけで、一歩一歩、ゆっくりと距離を縮めていけば、必ず夢は叶います!」

 

「そう……。そうだよね……! 私、頑張る!」

 

「はい! 一緒にアイドル業界のトップ目指して頑張りましょう! えいえいおー!」

 

「おー! ……あれ?」

 

「……アイドル?」

 

「話がすり替わっておらんか?」

 

 

 P38の言葉には妙な説得力があり、すぐに笑顔を取り戻し、拳を高く突き上げるM1911だったが、しばらくして小首を傾げる。一〇〇式達が突っ込むのも仕方ない。

 やたらとアイドル的な言動をするのが、彼女の大きな特徴ではあるものの、ドサクサ紛れに勧誘するのはどうなのだろう。

 ともあれ、M1911は元気になったのだし、これにて一件落着……かと思われたのだが。

 

 

「全く……。さっきから何を騒いでいるのかと思えば、馬鹿馬鹿しい。そんなの、どうでも良い事じゃないの」

 

「なんじゃとぉ? PPK、お主一体どういうつもりじゃ!」

 

(……私は静かにしていようっと……)

 

 

 長い金髪を優雅に揺らす、パニエスカートの黒いドレスを着た少女が、ソーサーを左手に、紅茶の入ったカップを右手に持ち、これまた優雅に現れる。

 紅茶の歩き飲みは優雅なの? という問題はさて置き、ワルサーPPK──英国スパイ映画でも登場した小型拳銃──の挑発的な言葉に、M1895が噛み付く。

 一方、更なる騒動の予感を感じ取った一〇〇式は、もう面倒になってしまったか、さり気なーく距離を取っていた。

 

 

「誰が一番の古株かだとか、指揮官をどう呼んで、どう呼ばれているかなんて、論じた所で意味がない、と言っているのよ」

 

「そんな訳はなかろう! ではお主、自分が指揮官の中でどういう立ち位置なのか、全く気にならぬのか?」

 

「ええ。だって、あたくしは……」

 

 

 詰め寄るM1895に対し、PPKが余裕たっぷりに微笑む。

 指揮官と彼女の間で、何か特別な事でもあったような口振り。

 皆、自然とその続きを待つが、しかし彼女は思わせぶりな流し目をするだけで。

 

 

「やっぱり秘密にしておくわぁ。こういうのを自分から広めるなんて、野暮だものね」

 

「ど、どういう事じゃ……? お主、指揮官との間に何があったのじゃ!?」

 

「嘘でしょ……。まさかダーリン、私というものがありながら、浮気……っ!?」

 

「ま、マズいです! 三角関係のモツレなんて、引退騒動に繋がっちゃう大スキャンダルですよ!?」

 

(……なんだか、怪しい。本当に何かあったのかなぁ……。適当なこと言ってるだけじゃ……?)

 

 

 やはりと言うか、M1895を始めとする三人は色めき立ち、一〇〇式は対照的に、冷静な目でハンドガン四人衆を眺めている。

 PPKのAIには茶目っ気が多めに配分されており、ちょっと過激な言動で誰かをからかう、なんて日常茶飯事なのだ。

 膝小僧に貼ってある絆創膏も相まって、上品なお嬢様ではなく、耳年増なお転婆娘の印象が否めなかった。

 

 

「ふっふっふ……。甘い。甘過ぎてブラックコーヒーがカフェオレになっちゃいますわ!」

 

 

 ……と、そんな時、不意に五人の背後から、また新たな人影が現れる。

 茶色い作業用ジャケットと、頭に乗せたレイバンとインカム。

 そして、赤いリボンでサイドアップにした金髪が特徴の彼女は、この司令部では珍しい、普通の人間の女性──カリーナだった。

 

 

「むぉ? い、いつからそこに?」

 

「商品の補充に来たんですが、面白そうだったのでつい聞き耳を立ててしまいました」

 

 

 予想外な人物の登場にM1895は驚くが、当のカリーナはしたり顔で、ダンボール箱を載せたカートを放っぽって輪に加わる。

 

 

「皆さんの言い分は御尤も。ですが、それは戦術人形の皆さんの中では、と言わざるを得ません」

 

「なんじゃと!?」

 

「どういう事ー?」

 

「簡単な話ですわ。私ことカリーナこそが、指揮官様と最も付き合いの長い存在だという事です。

 何せ、皆さんと指揮官様を引き合わせたのは、あの方の後方幕僚である、私なのですから!」

 

「あら。一理あるわね」

 

「そ、そう言われると、反論のしようがありません……」

 

「ぐぬぬ……。わ、わしが、わしが最古参なのにぃ……」

 

 

 ドヤァ、という文字を後ろに背負い、勝ち誇るカリーナ。

 ハンドガン四人娘はそれぞれに悔しがるけれど、ここまで明確な証拠を突き付けられては。

 するとそこへ、騒ぎを聞きつけたらしい指揮官がやって来た。

 

 

「どうした? 何を騒いでるんだ、みんなで」

 

「あ、指揮官。大した事じゃないんです。この中で誰が一番、指揮官と付き合いが長いのかを話してて」

 

「ん、そうなのか」

 

 

 一〇〇式から説明を受けると、指揮官はホッとした様子で肩から力を抜く。

 近頃は戦闘指揮だけでなく、司令部内で起きた諍いの仲介役まで任されているような有様だったので、他愛ない問答程度なら一安心なのである。

 が、他愛ないと思っているのは彼だけのようで……。

 

 

「の、のうお主よ。わしが最古参じゃろう? わしこそが一番の古株じゃろう?」

 

「私が! 私だけがダーリンのハニーだよね!?」

 

「指揮官、清き一票をこのP38にお願いします!」

 

「まぁ、私が何か言わなくても分かっているわよね?」

 

「うふふふ、皆さん頑張りますねー。でも、私が一番早くに指揮官様と出会っている事実は変わりませんよー。

 指揮官様ー? もうそろそろ、愛を込めて カ・リ・ン♪ って呼んでくれても良いんですよー?」

 

「………………」

 

 

 五人もの少女に詰め寄られ、指揮官の顔が能面に。

 何かを必死に考えている時の表情だ。特に作戦中、不測の事態が起きた時などによく見せる。

 という事は、指揮官にとってこの状況は戦闘指揮と同レベルという事? などと、一歩引いて観察する一〇〇式は思うのだった。

 

 

「君達の言い分は分かる。

 確かに、出会った時期には差があるし、比べたくなる事もあるだろう。

 けど、本当に大切なのは、これからどんな風に時間を積み重ねていくかだと思うんだ」

 

 

 程なく妙案を思いついたのか、指揮官は皆の顔を順繰りに見つめ、ゆっくりと語り始める。

 

 

「M1895。君の射撃精度と身のこなしは抜きん出たものがある。

 特に、敵の攻撃態勢を崩し、妨害する技術は見事だ。これからも頼りにさせてくれ」

 

「……っ! う、うむ! やはり、お主は分かっておるな! わしにドーンと任せるがよい!」

 

「M1911。戦闘時は、いつも効果的に周囲のサポートをしてくれているな。

 負傷者が出て部隊を下げる時、君が殿の統制だと安心感がある」

 

「そ、そうですか……? 私、指揮官様の、ダーリンのお役に立ててるん、ですよねっ? やったー! これからも、これからも頑張りまーす!」

 

「P38。君の観察眼の鋭さには驚かされる事が多い。

 鉄血達の行動パターンすら見抜いてくれるから、総合的な命中精度の向上に繋がっているよ」

 

「わぁ……! 知りませんでした! ダンスを踊るために覚えなきゃいけない事とか多いですから、そのせいでしょうか? ありがとうございます、指揮官!」

 

「PPK。君もサポートを得意としているが、より攻撃的な支援……味方が射撃に専念できる状況を作り出してくれる。

 攻撃の機会が増えるという事は、それだけ敵を早く撃破できて、結果としてみんなを守れる。助かってるぞ」

 

「あら。あたくしも褒めてくれるの? 当然の事ではあるけれど……。まぁ、嬉しくはあるわね」

 

 

 一人一人、各々の特性やスキルを褒められ、M1895はふんぞり返り、M1911が歓喜して飛び跳ね、P38も嬉しそうに敬礼を。

 PPKだけは素知らぬ顔だが、厚底のシューズをソワソワさせている所を見ると、喜んでいるのは間違いないと思われた。

 

 

「君達の個性が上手く活用されれば、鉄血との戦いも、難無く切り抜ける事が出来るだろう。今後とも期待している」

 

「うむっ」「はーい!」「頑張ります!」「よくってよ」

 

「……あれ? 終わり? 指揮官様、私は? 可愛い可愛いカリンちゃんへのお言葉はー?」

 

「一〇〇式。次の作戦の事で話したい事がある。着いて来てくれるか」

 

「あ、はい。了解です」

 

「ちょ、指揮官様ぁー!? 私をっ、大切な後方幕僚をっ、お忘れではありませんかぁーっ!?」

 

「ああうんいつもありがとう助かってるよ」

 

「明らかに気持ちが入っていない上に雑っ!」

 

 

 場が治まったのを確認すると、指揮官は一〇〇式を伴って談話室を後にする。

 約一名、肩透かしを食らって大いに狼狽える少女も居るが、まぁ、とりあえず良しとするべきなのだろう。

 それより、一〇〇式には気になる事があった。

 

 

(私も何か主張してたら、指揮官は、どんな風に褒めてくれたのかな)

 

 

 もし、あの話の輪に加わっていたら。あの四人と同じように、私の事も褒めてくれたんじゃ。

 そう思うと、少しばかり……いや、かなり残念だ。

 彼の事だから、数少ない一〇〇式の長所をちゃんと見つけて、素直な言葉で褒めてくれただろうに。

 

 

「一〇〇式……? どうかしたか。上の空に見えるが」

 

「い、いえ、なんでもない、です」

 

「そうか」

 

 

 心配してくれる指揮官にそう返すも、妄想はなかなか止まってくれなかった。

 どんな風に褒めてくれるだろうか。

 どんな言葉を掛けられたら、自分は嬉しいだろうか。

 彼の背を追いながら、そんな、本当に他愛のない事を考えてしまう一〇〇式であった。




 我が部隊にぃ、皆に愛称で呼ばれて親しまれている春田さんがぁ、来たぁああー!
 ……ぶっちゃけ今来られても困るんですが。専用弾は拾ったけど育成が間に合わぬ! モシン・ナガンと役割ダブる! でも可愛い。
 ついでに、やたら目付きが悪いのに優しくしてくれるメイドさんも来てます。もちろん可愛い。睨まれつつ甘やかされたい。
 とりあえず、夜戦用AR三人とRFの四拡準備は整いました。後もう少しな盾役のSMG四人とHG二人の育成をテーゼの報告書任務で終えれば、四拡部隊が二つになる予定。
 装備イベントのおかげで星4以上の徹甲弾と暗視装置も揃ったので、コア消費任務が解放されたら速攻で拡張し、キューブ作戦攻略に挑みます。
 グローザさんだけでも絶対に迎えなければ……! 欲を言えばPSG-1ちゃんも欲しいけど、どうせ最深度マップの泥限定だろうしなぁ……。つらたん。
 ま、その前に404部隊ピックアップがあるわけですが。ふふふ。200回くらいブン回すだけの備蓄があれば全揃えも余裕だろうさ!(慢心)

 んで、ここから全くの余談ですが、「そう言えば家にエアガン結構あったよなぁ」と探してみたら、コルトパイソン、コルトMk.Ⅳ series80、オートマグⅢ、ルガーP85、M9、デザートイーグル50AE、ワルサーPPK、レミントンM870(これだけ貰い物)がありました。
 子供の頃に買ってもらった物ばっかりですので、純粋に見た目の好みだったんだろうとは思いますが、今でもマリアッチ銃とか好きですねー。バンデラス!
 あと、PPKはマジでちっちゃい。頑張れば片手で隠せちゃうし、暗殺ミッション御用達なのも納得なサイズ。
 しかし、戦術人形のPPKちゃんは見た限り……。よぉし、オジさんがこの手で色んな所のサイズを測っt(パァンパァンパァン


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

M4A1の間違った努力

例えちょっとズレていたとしても、美少女が努力している姿は良いものです。
みんな大好きメイドさんARと、キューブ作戦において活躍したであろう某夜戦ARさんも登場します。


「あ、指揮官様。丁度良かった。新しく配属された戦術人形さんをお連れしてますよ」

 

「カリーナか。おはよう、今日は遅刻しなかったんだな」

 

「むっ。それじゃあ毎日のように遅刻してるみたいじゃないですかっ。最近は三日に一回くらいですわ!」

 

「30%の遅刻率は普通に駄目だと思うんだが」

 

 

 早朝。その日の業務を確認しようと戦術司令室を訪れた指揮官に、先んじて入室していたカリーナが声を掛ける。

 いつもは指揮官が先に来ているか、ギリギリ同着になるか……といった具合いなので、待たれているというのは珍しかった。

 そこから始まる軽口も普段通りだけれど、新入隊員が待っているとの事だから程々にし、カリーナの促す方向へ向き直る。

 すると、確かに見覚えのない人影が立っていたが……。

 

 

「グーテンターク、ご主人様」

 

「……は?」

 

 

 思わず、指揮官は我が眼を疑う。

 恭しくこうべを垂れたのは、いわゆるメイドさんだった。

 白と紺を基調とし、袖は短く、膝上丈のスカートとヘッドドレス。赤いリボンが首元を彩っている。

 落ち着いた色合いの金髪から、三つ編みが一房、ふくらはぎ程度まで伸びていた。

 PMCの業務には不向きだと感じさせる、美しい戦術人形だった。

 ただ一つ。

 ギロリ、という擬音が聞こえてきそうな、鋭く細められる青い瞳を除いては。

 

 

「Gr G36と申します。今日からはご主人様の専属メイドとなり、ご奉仕致します。どうぞよしなに」

 

「あ、ああ。宜しく頼む」

 

 

 彼女──G36の声色は優しく丁寧で、本能的に傅かれる喜びを感じさせる。

 しかし、目付きは果てしなく厳しい。

 アテレコするならば、「貴様が我が主人だと? 片腹痛いぞ」(指揮官の想像です)的なセリフが似合うだろうか。端的に言えば、怖かった。

 それをどう勘違いしたのか、カリーナはニヤニヤしながら指揮官の脇腹をつつく。

 

 

「もう、指揮官様ったらぁ。生メイドさんが目の前に居るからって、挙動不審になり過ぎですよー?」

 

「違う! そうじゃなくて……」

 

 

 割と強めに否定する指揮官だったが、その間もG36の厳しい眼が向けられており、萎縮してしまう。

 基本、彼の部隊に配属される戦術人形は、民生用自律人形を戦闘用に調整したもので、害意を向けられる事はない。人形はあくまで人間に仕える存在なのだ。

 だというのに、この「おどれ何イチャついとんのじゃ」(指揮官の妄想です)的な目線。

 これは確かめておかねばと、指揮官は勇気を振り絞る。

 

 

「G36。何か、気を悪くさせたんだろうか。それとも、望んでいたのとは違う配属先だったとか……」

 

「はい……? あ、いいえ。違うんです」

 

 

 問われたG36は、「自分の胸に手ぇ当てて考えんかい」(指揮官の以下略)という風に眉を寄せ、ゆっくりと首を振る。

 次の瞬間にはもう、表情が柔和な物に変わっていた。

 

 

「私は、視力に少しばかり問題がありまして。

 部品交換をする程でもないのですが、どうしても眼を細めないと見え辛く……。

 無用な勘違いをさせてしまい、申し訳ありません」

 

「そ、そうだったのか。安心した」

 

 

 目付きさえ悪くなければ、完璧なメイドを体現する彼女だ。

 誤解が解けた事もあり、指揮官は晴れやかな表情で右手を差し出す。

 

 

「視力の話だが、戦闘に支障はないと考えていいんだな?」

 

「勿論ですわ。でなくちゃ、そもそも配属されたりしませんもの」

 

「はい。ご主人様の敵は、私が全て排除して御覧に入れます。汚物は消毒、です」

 

「ん……? まぁ、それなら安心か。改めて、宜しく頼むよ」

 

 

 右手で感じる柔らかい手の感触と、耳で聞く物騒なセリフのギャップに若干困惑しつつ、しっかりと握手が交わされる。

 後の「ご主人様勢」筆頭であるG36は、こうして部隊へと加わったのである。

 

 そして、彼等はまだ気付いていなかった。

 G36と指揮官のやり取りを、影から覗き見る存在があった事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 G36の参入から数日後。

 普段は使われる事の少ない、物置と化している予備宿舎へと足を運ぶ戦術人形が居た。

 小ぶりなアタッシェケースを提げた、M4A1である。

 

 

(誰も居ない……。誰にも見られてない、わよね)

 

 

 基地内でありながら、曲がり角などを確実にクリアリングして進む様は、まるで戦場にでも立っているようだった。

 目星をつけていた予備宿舎の前に来ると、尾行を警戒しつつ、隠れるように認証コードを入力。自動ドアをくぐる。

 シーツを被った未使用の家具の間をすり抜け、少し奥の開けた場所──壁際には姿見が立てかけられている──に辿り着いた彼女は、床へアタッシェケースを置いて、中身の確認を始める。

 

 

「か、買ってしまった。メイド服……」

 

 

 M4A1が取り出したのは、黒と白からなるメイド服であった。

 もちろん、食に関する風評被害が根深かった、西欧某国の作業着としてのメイド服ではなく、萌え文化発祥の地として色んな意味で名高い、東洋某国で魔改造された可愛い系のメイド服だ。

 スカート丈は膝下と長めだが、フリルは随所に満天で、クラシカルでありながら少女らしさをアピールするデザインである。

 一つ気になるのは、背中側がかなり大胆に開いているから、下手にブラジャーを着けられない仕様となっている事か。

 

 

「私に似合う、かな」

 

 

 メイド服一式を改め、M4A1は呟く。

 普段着……。開発元である16LABから支給された戦闘服以外では、初めて私費で購入した衣服である。

 生まれて初めてのお洒落着がメイド服という時点で少し……大分おかしいが、それを実行に移せてしまうのは、乙女心を正確にトレースした技術感情モジュールの為せる技か。

 

 

「な、何事も、やってみなくちゃ分からないわ。せっかく用意したんだし、き、着るだけでも……」

 

 

 やはり、慣れない事をするには勇気が必要らしく、メイド服を抱えて気合いを入れている。

 深呼吸を五回ほど。ついでに、意味もなく姿見の前をグルグルと行ったり来たりしてから、彼女はようやく服に手をかけた。

 衣擦れの音が予備宿舎に響くこと数分。

 着替え終えたM4A1が姿見の前に立つと、そこには見慣れぬ格好をした自分自身の姿が映っていた。

 

 

「なんだか、色んな部分が心許ないような気がする……」

 

 

 背中を向けて肩越しに鏡を見たり、スカートの端を摘んで持ち上げてみたり。

 どこか不安げな面持ちなのは、いつもの普段着がアラミド繊維で織り上げられているのに対し、このメイド服はごく普通の布地で作られており、一切の防御力を期待できないからであろう。

 こんな時でも判断基準は戦術人形らしい物だが、傍目から見れば初々しいコスプレ少女にしか見えず、その筋の人間なら大喜び間違いなしだった。

 加えてノーブラだと知れば鼻血物である。

 

 

「ええと確か……。古い資料によれば、メイドには定番のセリフがあるのよね」

 

 

 極め付けに、M4A1は懐からPDAを取り出し、とある情報を読み込む。

 数十年前に考案され、今なおその系譜は逞しく続いているという色モノ……もとい、趣味人喫茶の先駆け「メイドカフェ」の接客マニュアルだ。

 何故こんな物が現代に残っていて、しかもM4A1が入手可能だったのか。

 その答えは彼女の生みの親である研究者による所が大きいが、今回の主題ではないので語らないでおこう。

 何はともあれ、然るべきメイドの立ち振る舞いを実践するため、再び姿見の前へ。

 そして、躊躇うような沈黙を置き。

 

 

「ぉ、おお、お帰りなさいませ、ご主人様っ」

 

 

 ド定番な出迎えのセリフと共に、彼女は頬を引きつらせた。

 本人としては笑顔を浮かべたつもりだったのだろう。

 が、どう見ても強張っている。良くて苦笑いがせいぜいのレベルだ。

 流石のM4A1でもそれ位は理解できたのか、姿見からそっと眼を逸らす。

 

 

「私、何やってるんだろ……。こんな事したって、指揮官が喜んでくれるとは限らないのに」

 

 

 なんだか、急に虚しさが襲って来た。

 世の男性は着飾った女性を好む……という基本知識がM4A1にはあり、そこへG36という強敵(?)が現れた事で、こんな気の迷いを起こしてしまった訳だが、そもそも指揮官がメイド服を好きだという確証はない。

 あの朝、たまたま様子を覗き見してしまった時の印象は、なんだか鼻の下が伸びてるなぁ、と感じた程度である。

 慣れない服で可愛い子ぶるなんて向いてないし、任務で結果を出した方が彼の覚えも良いのでは?

 そう思ったM4A1は、「無駄遣いしちゃった」と反省しつつ、メイド服を脱ごうとする。

 ……のだが。

 

 

「ふふん。所詮、貴方の指揮官への想いは、その程度だったという事ですね」

 

「っ! 誰っ!?」

 

 

 不意に頭上から呼び掛けられ、予想外の方向に驚きながらも警戒態勢へ。

 見上げてみれば、宿舎の天井の一部がパカッと開き、一つの影が近くに降り立つ。

 

 

こんにちは(ドーヴルイ ディエン)、M4A1さん」

 

「……9A-91さん? その格好は……」

 

「ええ。メイド服です。指揮官に喜んでもらおうと思って、用意しました」

 

 

 流暢なロシア語での挨拶をしたのは、銀髪の戦術人形だった。

 名は9A-91。ロシア製のアサルトライフルを使う彼女だが、その出で立ちは普段と大きく違っていた。

 後ろで括っていたはずの長い髪をポニーテールにしている上、M4A1と同じくメイド服を着ているのだ。彼女も指揮官とG36のやり取りを見ていたのかも知れない。

 こちらも基本はG36と似ているが、色は白と赤茶色を基調とし、袖丈が長く、胸元が開いているのが特徴だった。

 よくもまぁそんな格好で天井裏を移動したものだと感心するけれど、M4A1にとって重要なのはそこではなく……。

 

 

「さっきの言葉、どういう意味ですか。私の指揮官への……ぉ、想いが、どうとか……」

 

 

 まるで、M4A1が彼を軽んじているというような、そんな口振りが許せなかった。

 許せないのは確かなのだが、そう言われて反論するのも、妙に恥ずかしい。

 そして、9A-91は容赦なくそれを指摘する。

 

 

「だからM4さんはダメなんです」

 

「えっ」

 

「照れてしまってキチンと言いたい事も言えないとか、ダメダメです。

 ましてや、メイドとしてのお出迎えすら言い淀んでいては、指揮官を喜ばせるなんて二の次ですよ?」

 

「うっ……。じ、じゃあ貴方は、照れずに言えるんですかっ」

 

「勿論です。見ていて下さい」

 

 

 M4A1と打って変わり、9A-91が自信満々で姿見の前に立つ。

 精神統一するような間を置いて、彼女は輝く笑顔を浮かべ、口を開く。

 

 

「お帰りなさいませ、ご主人様。お風呂の間も、お食事中も、ベッドの上でも、いつでも私をご堪能下さい」

 

「ちょっと!? 露骨に性的なアピール入ってますよね!?」

 

「当然です。それもメイドの嗜みだと、妙に薄い紙の本に書かれていましたから」

 

「それは参考資料として適切なんですか……?」

 

 

 お辞儀の角度も表情も完璧だったが、あまりに直接的な「私を食べて」アピールに、M4A1は突っ込まざるを得ない。

 おそらく、薄くて高くて成年指定な同じ趣味人向けの印刷物を情報源にしているのだろう。とても不健全である。

 まぁ、メイドカフェの接客マニュアルが健全かと問われれば、ちょっと首を傾げてしまうが。

 

 

「とにかく、私の方がメイドとしての実力はある、という事に間違いはありませんよね? 私の方が指揮官のメイドに相応しいんです」

 

「……そ、そんな事、ありません。私だって、ちゃんと言えますっ!」

 

「本当ですか? なら、実際にやってみて下さい」

 

「もも、勿論ですっ」

 

 

 売り言葉に買い言葉。いや、単に意地を張りたいだけか。

 9A-91のメイド力(ぢから)に対抗すべく、M4A1が自分を奮い立たせる。

 擬似感情モジュールが唸りを上げ、作り物の心臓が激しく鼓動するけれど、もはや引き返せない。

 何度も何度も、繰り返し深呼吸をした後、彼女は。

 

 

「ぉ、おっ、お帰りなさいませ、ご主人様! お風呂になさいますか? お食事になさいますか? それとも……ごっ、ご奉仕致しましょうかっ!?」

 

 

 やや前のめりに、こう叫んだ。

 目線は上目遣いで、しかも頬まで上気していて、9A-91とは違った意味で如何わしい。

 世の男性達は歓喜するであろうが。

 

 

「なるほど……。ただ私の真似をするだけでなく、自分なりに変えてきましたか。やりますね、M4さん」

 

「そ、それはどうも……」

 

 

 M4A1の発揮した新人的メイド力(ぢから)に、9A-91も潜在能力の高さを認めざるを得なかったようだ。

 本人は恥ずかしさに耐え切れず俯いているものの、それがまた初々しさを演出してしまっている。

 

 

「こうなったら、どちらがより指揮官の……いいえ、ご主人様の好きなメイドなのか、本人に判断してもらうしかありませんね」

 

「えぇっ!? な、なんでそうなるんですかっ?」

 

「だって、他に判定する人なんて居ませんし。

 今はちょうど休憩時間のはずですから、来てもらいましょう。

《……指揮官、緊急事態ですっ! 予備宿舎C-5eに来て下さい! 早くっ!!》」

 

「んなっ、ま、待って、駄目、こ、心の準備がっ」

 

「ダメですよM4さん。大人しくここで待って、ご主人様をお出迎えしましょう」

 

「ぃ、イヤですっ、離して、スカートを離してぇ!」

 

 

 9A-91の中では実力が拮抗しているようで、M4A1が止める間もなく、PDAの緊急回線で指揮官へと呼び掛けた。

 戦闘状態を示すようなレベルではないが、重要度の高い案件を報告する際にだけ使われる回線だ。

 つまり、よっぽどの事がない限り、指揮官は飛んで来る。きっと、彼の補佐をしているだろう、別の戦術人形を伴って。

 まだ指揮官にこの姿を、メイド服を見られる覚悟なんてM4A1にはなく、反射的に逃げ出そうとするも、ガッシとスカートを掴まれて逃げられない。

 そうこうしている内に、予備宿舎のドアの前が騒がしくなり……。

 

 

「どうしたっ、何があった9A-91──え?」

 

「お帰りなさいませ、ご主人様。お風呂も食事も睡眠も、ぜーんぶ私と一緒にしましょうね♪」

 

「違うんです、違うんです指揮官……。これには訳がぁ……」

 

 

 ドアを開けて入って来た指揮官は、二人を見て目を丸くした。

 出会い頭にメイド服な9A-91からヤバい台詞をぶつけられ、オマケに傍らにはもう一人、身を縮めて咽び泣くメイド服なM4A1が。誰だって混乱するだろう。

 彼はしばらく能面になって考え、沈黙が耳に痛くなった頃。

 おもむろに片手を上げ、爽やかな笑顔で立ち去る事にした。

 

 

「お邪魔しました──ぐぇ!?」

 

「いけませんよ、ご主人様。無視してお帰りになるなんて」

 

「ぢょ、離してくれ、G36……っ!」

 

 

 しかし回り込まれてしまった。というか、背後で控えていたG36に阻まれた。

 首根っこを戦闘出力で掴まれ、無理やり宿舎の中へ連れ込まれる。

 予想外の人物だったか、9A-91は訝しむ目を。

 

 

「……どうして、G36さんが?」

 

「ご主人様が血相を変えて走っていらしたので、ここはメイドである私がお助けせねばと思いまして。

 ですがまさか、お二人までメイドの道を行こうとなさっているとは……予想外でした」

 

(メイドの道って何? 冥土への道? 私のAIはとっくに昇天しそうですけども?)

 

 

 おっとりとした口調と厳しい眼差しという、両極端な仕草で呟くG36。

 何やら誤解しているようだが、もうM4A1のHPないしMPはゼロに近く、寒いダジャレを思いついてしまう程だ。

 が、そんな二人を他所に、9A-91は指揮官へのアピールを始める。

 

 

「どうですか? 指揮官がメイド服に興味があるみたいだったので、用意してみました。似合ってますか?」

 

「それは……えっと……ううむ……」

 

 

 クルリとその場で一回転。スカートを蠱惑的にはためかせる9A-91だったが、指揮官の顔は渋い。

 こういった反応は予測していなかったらしく、9A-91の表情が暗くなっていく。

 

 

「……もしかして、似合いません、か……?」

 

「いや、いやいや、そうじゃないんだ。そうじゃないんだけど、まずメイド服に特別な興味がある訳ではないし……」

 

「そう、なんですか? じゃあ、指揮官はいつもの服の方が?」

 

 

 慌てたように弁明する指揮官に、9A-91が問う。

 すると、彼は9A-91のメイド姿を少し観察してから答える。

 

 

「どっちかを選ぶとしたら、メイド服、かなぁ」

 

「……っ! 聞きましたかM4さん? やりました!」

 

「それじゃあ、やっぱり指揮官はメイドさんが……」

 

「いやいやいやいや待ってくれM4!

 だって普段の9A-91の格好は、その、アレが、こう……なってるだろう?

 こっちの方が見ていて安心というか、いや別の意味で不安ではあるけど、とにかく違うんだっ!!」

 

 

 今度はM4A1に対し、必死の形相で言い訳する指揮官。

 彼が言う普段の9A-91の格好だが、赤いベレー帽とマフラーに、水色のミニワンピースを合わせている。

 ここまでなら普通なのだけれど、何故かそのワンピースは体の前にファスナーがあり、彼女はそれを殆ど閉めない。

 ズバリ言うと、パンツが丸見えなのだった。

 露骨なアピールもここまで来れば見事なものだが、やられる側としては非常に対応に困るのだろう。

 そんな訳で、露出が減る分は一安心だけれど、戦術人形にメイド服を着せているなんて、他のグリフィン指揮官に知られたら顰蹙を買うかも知れないし、もうとにかく大変なのだ。

 羨まし過ぎる悩みである。

 

 

「今更だけど、M4もメイド服なんだな……。9A-91と同じ理由で?」

 

「え゛。ち、違……わないです、ごめんなさい……」

 

 

 上記の大変さから目を逸らしたかったのか、指揮官はM4A1に注目する。

 9A-91と一緒くたにされ、咄嗟に否定しようとしたものの、結局は変わらない事に気付き、彼女は項垂れる。

 さながら、ご主人様に叱られて落ち込む、新人メイドであった。

 そんな姿に思う所があったのだろう。沈黙を守っていたG36が、M4A1に助け舟らしきものを出す。

 

 

「ご主人様」

 

「ん、なんだ?」

 

「M4さんのメイド服姿、どう思われますか?」

 

「どうって……い、いつもと雰囲気が違って、新鮮かな」

 

「それだけですか?」

 

「……G36」

 

「言ってあげて下さい。それがご主人様の……殿方の務めです」

 

 

 無視する訳にもいかず、無難な返答でお茶を濁そうとした指揮官だったけれど、殿方の務めとまで言われては、誤魔化しようがない。

 逃げてはいけないのだと悟った指揮官は、照れ臭さを我慢しつつ、M4A1を見つめる。

 

 

「か、可愛いと、思う。メイド服に興味はないって言ったけど、訂正したくなる位に」

 

 

 どくん。

 M4A1の心臓が脈打つ。

 9A-91に意地を張った時とは違う、苦しさを伴う高鳴り。

 

 

(可愛い? 指揮官が私を、可愛いって……嘘……)

 

 

 しかし、その高鳴りは決して不快ではなく、どこか甘い痛みすらを感じさせる。

 自分が壊れてしまったのかとも思うM4A1だったが、それよりも、指揮官に可愛いと思ってもらえた事の方が信じられず、頬を押さえてしゃがみ込んでしまう。

 顔を赤らめるその姿は、まさしく花も恥じらう乙女であった。

 

 が、そうなると9A-91は面白くなく。

 

 

「むぅ……っ」

 

「痛っ、9A-91? なんで腕を抓るんだっ」

 

「私には可愛いって言ってくれませんでした」

 

「え? か、可愛いよ勿論っ、順序が逆になっただけで!」

 

「なんだか取って付けたみたいな言い方です……。やっぱり、私なんか……っ」

 

「痛い痛い、痛いって!」

 

 

 不貞腐れるだけでなく、涙目になっていく9A-91。

 もちろん抓るのは加減しているが、それでも痛みに指揮官が悲鳴を上げる。

 すると、またG36が助け舟を、今度は指揮官に向けて出した。

 

 

「そこまでです。これ以上の無理強いは目に余りますよ、9A-91さん」

 

「……ちっ。もう少しだったのに」

 

「ん? 舌打ちしなかったか今?」

 

「なんの事ですか指揮官。私、舌打ちなんてしません」

 

 

 涙目になっていた事など都合良く忘れ、9A-91は微笑む。

 少女らしからぬ強かさを目の当たりにし、人知れず戦々恐々とする指揮官だった。

 しかし、即席メイド娘達が主導権を握ったのはここまで。

 話が一段落したのを見計らい、G36が手を鳴らす。

 

 

「さて。ご主人様を想い、着慣れぬメイド服に袖を通したお二人に、私は感服致しました。

 ……が。まさか着るだけでメイドになれるとは、考えていらっしゃいませんよね?」

 

『えっ』

 

 

 たおやかな笑みから一転、ギロッと鋭い眼光を向けられ、即席メイド'sが怯む。

 

 

「しっかりとご主人様の御心を察し、お役に立てるようになるには、厳しい修練が必要です。

 そこで、僭越ながら私が、お二人をメイドとして指導させて頂こうかと。ご主人様、宜しいですか?」

 

「……そうだな。特に9A-91は、緊急回線を無駄に使った件を咎めなければならないし、念入りに頼む」

 

「え。あの、確かにいけない事ですけど、それは指揮官に……ご主人様に喜んで欲しくて……」

 

「無駄ですよ、9A-91さん。なんとなくこうなる予感はしてました。こうなったらメイドの道を極めましょう……!」

 

「乗り気になってる!?」

 

 

 既にメイド指導確定路線で話を進める指揮官達と、ささやかな抵抗をする9A-91。そして、褒められてその気になったらしいM4A1。

 混沌とした予備宿舎の中、ご主人様の許可を得たG36は、新人メイド達の前へ進み出て。

 

 

「さぁ、準備は宜しいですね。教育のお時間です」

 

 

 なんとも楽しそうに、鷹のような眼で笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれー? なんか疲れた顔してるね、M4。何かあったのー?」

 

「……メイドの道は、果てしなく長くて、険しい……がくっ」

「え? 一体何を言って……M4? しっかりしてM4!」

 

「はぁ……。やれやれだねぇ」




 G36さんは目が悪いらしいですけど、公式なんですかね? そういうのがあるなら準拠したいし、サントラ付き設定資料集を早よう。
 それはともかく戦果報告!
 作者(缶コーヒー)部隊、15日を待ち切れずキューブ作戦に特攻し、無事攻略してしまった模様!
 
 いやー面倒臭かった。E1-4とかファインダーの加護が無かったら絶対にクリア出来ないでしょアレ……。
 さんざん脅かされてましたが、戦力的には四拡部隊一つでも十分でしたね。限定泥目当ての周回は無理っす。後々の恒常化を待ちますわ。兵舎にも余裕がないし。
 まぁ、E1-2でZ-62ちゃんと6P62ちゃんが連続泥した時点で、運は使い果たしました。
 特に6P62ちゃんは日数が足りなくて貰えてなかったから、とても嬉しかったです。スキン引けたし。むっちむち。

 ……G11? 知らない子ですね。
 新しく来たのは秘密兵器ちゃんくらいっす。VALちゃんと9A-91ちゃんは五拡できる分を確保したんですけどね! ☆5なんて416ちゃん一人だよ! ピックアップってなんだっ!!
 いや、まだだ……。まだ契約は150枚あるし、資源もたんまり残ってるんだ……。
 そうさ。あと150回も回せば、ひ、一人くらいお迎え出来るはず……。ふひ、ふひひひ……。(白目)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ST AR-15の呼び方

乙女回路は複雑怪奇、というお話。
ゲーム内ではキューブ作戦以降じゃないと配属されないZ-62ちゃんですが、この作品中ではそれより前に配属されていたという設定でございます。
幸い、メインストーリーに深く関係する子でもありませんし。こうしないと色々な面で成り立たないので勘弁してつかぁさい。
あと、一〇〇式ちゃんのカフェスキンはいつ実装ですか?(鼻息フンフン)


 VR空間の空は、絵の具でも塗りたくったような、一面の青だった。

 地面はそこにあるかも怪しくなるほど白く、配置された廃ビルも同様。一目で偽物と分かる作りになっている。

 当然、その中には生き物なんて存在しないはずなのだが、しかし、真っ白な瓦礫の中を直走る一団があった。

 紫のバイザーを着けた戦術人形──SMGを持つリッパーと、灰色のヘッドギアを被る戦術人形──ARを構えるヴェスピッド。

 仮想敵として設定された、鉄血人形の集団である。その数、およそ20。リッパーが8、ヴェスピッドが12だ。

 

 恐らくステータスはサーチ&デストロイ。

 元は50体ずつに設定された部隊が壊滅し、フラッグシップ機も喪失した今、闇雲に索敵を実行している状態だった。

 そして、そんな鉄血人形を廃ビルの上階から観察する影が一つ。

 サイレンサー付きARのオプティカルスコープを覗く、ST AR-15である。

 

 

(状況はこちらに有利。いつも通り、慎重に)

 

 

 物影に潜み、近づいてくる鉄血人形を待つ彼女は、一人でこの模擬訓練を行っているが、単独で行動している訳ではない。

 敵の進路上の瓦礫と、既に通り過ぎた瓦礫の影に隠れる、AR-15と全く同じ容姿と装備を持つ人形──ダミーリンクが二体、文字通りの三位一体となって動いている。

 完璧な待ち伏せ(アンブッシュ)だ。

 

 

(……よし、今!)

 

 

 射線が被らないよう鉄血人形の進行を待ち、然る後に、物影から飛び出しての一斉射撃が始まる。

 前方。上。斜め後方。

 三方向からの銃撃に、鉄血人形は手も足も出ないまま倒れていく。

 どうにか瓦礫の山へ退避した個体も、上からの銃弾に倒れ、または側面に回り込まれ、結局は倒れる。

 およそ七倍近い数を相手取る戦闘は、ものの十数秒で終了した。

 

 

《 戦闘終了 判定:Sランク:完全殲滅 》

 

 

 三体のAR-15がマガジンを交換し終えた所で、中空に味気ない文字が浮かび上がる。

 模擬訓練終了を告げるアナウンスだ。

 程なく、意識が遠のくような……体から“何か”が抜け出るような感覚が。

 実際にはその逆──現実の体に意識が収まっていく過程──なのだが、ともあれ仮想現実は閉じ、AR-15は現実世界へと戻っていく。

 

 

 

「……あ」

 

 

 気がついた時には、サイドにコンソールが置かれた、コネクターベッドの上で横たわっていた。

 同じようなベッドが20ほど並ぶ部屋には、中央に大型の演算装置が据えられていて、つい先程まで、それが構築する空間に居たという事になる。

 手足の感覚を確認すると、AR-15はコンソールから首筋のインターフェース・ジャックに繋がるコードを引き抜く。

 一瞬、全身にピリッと微弱な痺れを感じるが、いつもの事であり、特に影響はない。

 ひとまず、朝の日課である模擬訓練は終了した。

 今日は任務の予定もないし、これからどうしようか。

 そんな事を考えつつ、ベッドを下りながら軽く伸びを。

 

 

「ふぅ……」

 

『お見事。毎度の事だが、圧倒的だな。スター』

 

「指揮官。見ていたんですか」

 

 

 不意に、スピーカー越しの声が聞こえてくる。指揮官の声だ。

 おそらく、模擬訓練をモニターできる隣の部屋に居るのだろう。

 少し驚いたけれど、褒められて悪い気はしない。

 

 AR-15はベッドから離れ、その部屋への扉を開ける。

 すると、予想通り指揮官がモニター前で立っており……その隣に、見覚えのない少女が立っていた。

 ベレー帽を乗せた、癖のない金髪のロングストレートに、青い瞳と眼鏡。白いシャツに紺色のプリーツスカートという出で立ちが、女学生を思わせる。

 

 

「彼女は?」

 

「新しく配属された戦術人形、Z-62だ。挨拶がてら、施設を案内していた」

 

「よ、よろしくお願いしますっ! さっきの模擬訓練、見ていて凄く勉強になりました!」

 

「……どうも」

 

 

 背筋を伸ばし、Z-62が敬礼する。真面目な性格をしているようだ。

 挨拶されたからには、こちらも挨拶を返さないと。

 

 

「コルトAR-15よ。まぁ、正式な型番はST AR-15だけれど、AR-15で良いわ。よろしく」

 

「は、はい。あれ? でも今、指揮官は……」

 

「スターというのは、指揮官がつけたあだ名みたいな物なのよ。指揮官しかそう呼んでないから、あまり気にしないで」

 

「……ダメかな? 君のイメージに合ってる気がするんだけど」

 

「本当にそうなら、みんなからもスターと呼ばれているはずでは?」

 

「うっ」

 

 

 指揮官だけが使うAR-15の呼び名……スターが気になったらしく、Z-62は首を傾げていた。

 単に型番のアルファベットを繋げただけの、安直な呼び名ではあるが、本当に指揮官しか使っていない物だ。

 そう呼ばれるのは嫌いではないけれど、まだ華々しい結果を残してもいないのに“スター”と呼ばれるのは、生真面目なAIに引っかかる。

 だから少々反抗的な言葉で返してしまう訳だが、そんなAR-15と渋い顔の指揮官を、Z-62は静かに見つめて。

 

 

「いいなぁ……」

 

「え? ……どうしたの、いきなり」

 

 

 独り言のように呟かれたそれは、明らかにAR-15へと向けられていた。

 問いかけると、Z-62が苦笑いを浮かべて説明する。

 

 

「あ、すみません。あたし、使っている銃のブランド名がスターっていうんです。

 なので、あたしもそう呼ばれておかしくないかも、とか……。

 でも、よくよく考えたら、あたしはAR-15さんみたいに垢抜けてないし、似合わないだろうなぁ、って」

 

「……そんな事、ないと思うけれど」

 

 

 イベリア半島某国のボニファシオ・エチェベリア社が、戦後になって開発したSMG。それがスターZ-62である。

 ASST ── Advance Statistic Session Tool という技術によって、銃との同位性を確立された戦術人形は、基本的にその銃の名前で呼ばれる事になっているため、スターはZ-62の別名であるとも言える。

 一方、AR-15のスターは語呂合わせであり、正確にはコルト社製でもないので、本来ならば製造元であるSpike's Tactical社から取るべきなのだろう。

 だと言うのに、Z-62は謙って。なんだか、据わりが悪かった。

 

 

(……やっぱり、今の私には、まだ……)

 

 

 ほんの短い時間だけれど、気まずく感じる沈黙。

 それがAR-15の背中を押し、指揮官へと向き直させる。

 

 

「指揮官。今から私をスターと呼ぶのは禁止です」

 

「え。な、なんでだ?」

 

「これからは、彼女の事をスターと呼んであげて下さい」

 

「えぇっ!? そ、そんな、悪いですよっ!」

 

「私には単なるあだ名だけど、貴方は正式なブランド名なんでしょう。なら、そう呼ばれる権利はあるわ」

 

「そう、かも知れませんけど……でも……」

 

 

 予想だにしない提案だったのか、Z-62は慌てふためいている。

 AR-15が重ねて言っても、表情は戸惑ったまま。

 そして、指揮官の声にも同じような色が乗っていた。

 

 

「……君は、それで良いのか?」

 

「はい。構いません」

 

「そうか……」

 

 

 躊躇いなくAR-15は頷く。

 対する指揮官は、少し残念そうな……落ち込んでいるようにも見える顔付きで俯いた。

 しかし、再び顔を上げた時には、それが見間違いだったかと思うほど、いつも通りの彼だった。

 

 

「分かった。Z-62が嫌でないのなら、そうしよう。どうだろうか」

 

「いえ、その、嫌ではないですけど、恐れ多いと言いますか、分不相応と言いますか……」

 

「そう思うのなら、今以上に訓練を積んで、相応しい自分になれば良いだけの話よ。お互い、頑張りましょう。スター」

 

「……っは、はい! 一所懸命に、頑張ります!」

 

 

 最後まで遠慮していたZ-62だったが、指揮官とAR-15の二人から推されて、ようやく首を縦に振る。

 やる気で満ちた瞳を見るに、押し付けられたから仕方なくではなく、本気でスターという名に相応しい自分になろうという、強い意気込みが見て取れた。

 これで彼女の士気は上がり、今後の関係性も良好になるはず。良いこと尽くめだ。

 

 AR-15は、確かにこの時、そう思っていたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、ねえっ、AR-15ってば! 聞いてるのー?」

 

「え? 何、SOP Ⅱ」

 

「んもう、さっきからずっと上の空なんだからー!」

 

「……ごめんなさい」

 

 

 プンスカと湯気を出すSOP Ⅱに、AR-15が頭を下げる。

 どうやら、ずっと無視してしまっていたらしい。

 半分以上残っているボルシチも、すっかり温くなっていた。

 

 いつぞやと違って、食堂は賑わっている。

 たまたま時間が合い、二人で一緒に昼食を摂ろうとやって来た時には、席を探すのに苦労した程だ。

 だからこそ、必要以上に口数の少ないAR-15が気になるのだろう。SOP Ⅱが心配そうに顔を覗き込む。

 

 

「何かあったの? ここ二~三日ずっとこうだよ。……もしかして、誰かに意地悪されてるとか!? だったら私が仕返ししてあげるよ!」

 

「違うから止めて。ほら、なんの関係もない通りすがりのIDWが怯えてるじゃない」

 

「に゛ゃに゛ゃあ~………。もうくすぐりの刑は堪忍だにゃあ~………」

 

「えー!? アレはお互い楽しんでたでしょー!」

 

「楽しんでないにゃー! 笑い死ぬかと思ったにゃーっ!!」

 

 

 相変わらずな発言内容の物騒さで、本当に通り過がっただけのIDWが涙目に。

 といっても、SOP Ⅱの嗜虐性は敵にのみ発揮されるため、仲間内には微笑ましいイタズラに収まっている。対象になったIDWは、肩を怒らせつつ逃げて行くが。本気で辛かったようだ。

 それはともかく、SOP Ⅱの気掛かりはAR-15だ。

 

 

「で、本当にどうしたの? M4ならともかく、AR-15がボーッとしてるなんて、滅多にないし。気になるよ」

 

「……特に、何かあった訳じゃ……」

 

 

 ボルシチへ目を落とし、SOP Ⅱの言葉を否定するAR-15だったが、その様子は明らかに覇気がない。

 常に背筋を伸ばし、目的意識の高い彼女とは思えない姿だった。

 と、そんな時である。

 AR-15は、不意にある方向を注視する。

 釣られてSOP Ⅱが目線を動かすと、バーガーカウンターに並ぶ男性の後ろ姿が。指揮官だ。

 加えて、そこに駆け寄っていく少女も。

 

 

「指揮官! 頼まれていた資料、ご用意できました!」

 

「ああ。ありがとう、スター。早かったな。ちょうど昼飯も買い終えたし、このままデータルームまで頼めるか」

 

「了解です」

 

 

 ぴくり。

 Z-62がスターと呼ばれた瞬間、AR-15の体が反応する。

 普段から一緒に居るSOP Ⅱなど、AR小隊のメンバーでしか気付かないほど小さな反応だが、間違いなく。

 指揮官とZ-62……スターのやり取りを、ぼうっと見つめていた。

 

 

「じぃ~」

 

「あ、ごめんなさい。また……」

 

 

 また自分が上の空になっていると気付き、AR-15は謝る。

 SOP Ⅱがわざと擬音を口にしなければ、きっと気付きもしなかったのだろう。

 そして、誰が見ても明らかな、こんな風になっている原因にも。

 しょうがないお姉ちゃんだなぁ。

 小さく苦笑いし、SOP Ⅱは空になった皿へとスプーンを置く。

 

 

「あのね。私達は確かに戦術人形だけど、戦いから離れてる時くらい、もっと自分勝手でも良いんじゃない?」

 

「……SOP Ⅱ? どういう意味……」

 

「この部隊に来てから、そう思うようになったんだよね。という訳でぇ……しきかーん! こないだの後方支援のご褒美、まだ貰ってないよー!」

 

「あ」

 

 

 困惑するAR-15を置いて、指揮官に向かって走るSOP Ⅱ。

 そのまま背中へ飛び乗ると、甘えるように顔を擦り寄せた。

 いきなり背負う事になった指揮官は、驚きつつも落とさないよう手を回す。

 

 

「こらSOP Ⅱ、後ろから飛び乗ったら危ないだろう」

 

「だってぇー。抱っこしてーって言っても全然してくれないんだもん。だから勝手におぶさるのー」

 

「全く、仕方ないな……」

 

「あはは。仲が良いんですね、指揮官とSOP Ⅱさんは」

 

 

 文句を言いつつ、SOP Ⅱを背負って歩く指揮官。

 まるで兄弟ような二人を、Z-62が微笑ましく見守っている。

 そんな三人をジッと見つめるAR-15は、何故だか……置いてけぼりを食らったようで。

 

 

(自分勝手って……。私に、そんな資格……)

 

 

 冷め切ったボルシチを、もそもそ食べ続けながら考える。

 戦術人形とは、戦闘用に調整された自律人形である。

 そして自律人形は、生存可能領域を限定された人間に代わる、労働力として生み出された存在。

 指揮官の下に配属される戦術人形は、特に民生用の自律人形だった個体が多く、ASSTを施されても様々な個性を維持していた。

 

 しかし、AR-15は──厳密に言うならAR小隊は違う。

 最初から戦術人形として生まれ、戦う事を主眼としたエリートなのだ。

 その他の事柄は、機能として行う事は可能であるというだけの、言わばオマケ。全ては戦闘と、勝利から名誉を得る為に必要なだけ。

 ところが、SOP Ⅱはそのオマケこそを大事だと。

 “自分”を押し出し、勝手に振る舞えと。

 

 ……分からない。

 彼女は、自由過ぎる。

 

 

「あのぉ……AR-15さん……?」

 

「え?」

 

 

 不意に声を掛けられ、ハッとするAR-15。

 なんだか今日はこればっかりだ。皿が空になっているのにも、今更気づく。

 ぼうっとしていたのを誤魔化すよう、居住まいを正しつつ顔を上げると、そこには指揮官に着いていったはずのZ-62が立っていた。

 

 

「どうしたの、Z-62……じゃないわね。スター。指揮官を手伝っていたんじゃ?」

 

「そうだったんですけど、SOP Ⅱさんがどうしても指揮官を手伝いたいと……。それで指揮官が、こっちは二人で充分だから休憩しててくれ、って」

 

「要するに、追い出されたのね……。ごめんなさい、あの子は我儘な所があるから」

 

「いえ、大丈夫です」

 

 

 手元を見れば、追加で買ったと思われるドリンクがある。

 恐らく食事を摂りながら、午後の仕事に必要な資料をまとめていたのだろう。

 Z-62は「失礼します」と断ってから、AR-15の正面に座り、ストローに口をつけた。

 

 

「何か話があるんじゃないの」

 

「へっ。な、なんで分かったんですか?」

 

「誰でも分かるわ、そのくらい。それで?」

 

 

 ややあって、AR-15がZ-62に話を促す。

 周囲を見回せばそれも納得だ。何せ、人影もまばらになってきた食堂で、わざわざ合い席してきたのだから。何か話があるに決まっている。

 そう考えると、AR-15はどれだけ長い間考え込んでいたのか、という事にもなるが、彼女はそこに触れず。

 

 

「す、すみませんでしたっ!」

 

 

 いきなり、テーブルに額を着けそうな勢いで、頭を下げた。

 

 

「唐突に謝られても、こっちが困るわ」

 

「あ、えっとですね。SOP Ⅱさんから聞いたんです。最近、AR-15さんが落ち込んでるって。

 ひょっとして、あたしが『スター』って呼ばれ方を取っちゃったからじゃないかな、と」

 

「あの子は、もう……」

 

 

 申し訳なさそうに、肩身を狭くするZ-62。

 SOP Ⅱの事だから、良かれと思って要らぬ事を吹き込んだのだろうが……。

 自由過ぎる妹分にも困ってしまう。

 

 

「安心して。私は別に落ち込んだりしていないから。SOP Ⅱが勘違いしているだけ」

 

「そう、なんですか……?」

 

「そうよ」

 

 

 澄まし顔で断言するAR-15だが、Z-62は尚も顔色を伺っている。イマイチ信じ切れていないようである。

 本当に、落ち込んでなどいないのに。

 ぼうっとしているように見えようとも、それはきっと、オマケの機能が過剰に働いてしまっているだけ。たまたま不調なだけで、すぐに回復するはず。

 少なくとも、AR-15にはこれが真実だった。

 ……そうでなくては、困る。

 

 

「でもやっぱり、スターという呼ばれ方はまだ早いというか、見合わないというか。だからあたし、Z-62に戻ります」

 

「戻る? ……私に遠慮しているなら、気を遣う必要は」

 

「違います。あたし自身が、その方が良いと思うんです。

 指揮官にはもう話してありますから。

 それじゃあ、そろそろ戻ります。改めまして、これからよろしくお願いします!」

 

「え、ええ。よろしく……」

 

 

 だがしかし、AR-15の事情などお構いなしに、Z-62は話を切り上げ、ついでにSOP Ⅱが片付けなかった皿を持って行ってしまう。

 心なんて読めないのだから仕方ないけれど、またもや置いてかれた感が酷い。

 しばらく、去って行く背中を呆然と見つめ。

 やっとAR-15が席を立ったのは、すっかり食堂から人気が無くなってからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(今日は、変な一日だったわね)

 

 

 時計の針が頂点で重なる少し前。

 共同シャワールームから自室へ戻りつつ、AR-15は一日を振り返っていた。

 いつものように起き、日課の模擬訓練を済ませ、SOP Ⅱと昼食を摂り……おかしくなったのはここからか。

 心配されて、誤解されて、勝手に名前を返されて。

 全く繋がりの見えない単語だけれど、これ等が実際に連続して起きた。なんとも奇妙だ。

 奇妙だが、“彼”の指揮下に入ってからは、さして珍しくない気もする。慣れとは怖い。

 

 話は変わるが、今のAR-15は普段着でなく、パジャマ姿である。

 まだ少し湿り気が残る髪をポニーテールに、薄桃色をした長袖のシャツとハーフパンツを着ていた。

 手にはシャワー前に着ていた普段着が入った小さいバッグがあり、いかにも湯上り乙女な格好だ。

 

 

(……流石に無防備過ぎるかしら。基地への攻撃の可能性は低いけど、絶対に無いとは言い切れないし。でも、適度な休息は必要で……)

 

 

 思えば、こんな風にリラックスした格好で基地内を歩くようになったのも、ごく最近のこと。

 それ以前は常在戦場の気構えを緩めず、M4達が背中を守っている時くらいしか……。

 いや、逆だ。M4達の背中を守っている時こそ、一番に集中できて、ある意味では安心できていたかも知れない。

 

 

(私は、ここに来て変わった……? 気が緩んでいる? そうよ、だからSOP Ⅱにも変な気遣いをされたんだわ。……きっと、そう)

 

 

 変わり映えのしない、のっぺりとした床を眺め、AR-15は一人、そう結論付ける。

 今までずっと四人でやって来たのに、急に仲間が増えて、M4の優柔不断な指揮をフォローする事も無くなった。

 悪い事ではないのだろうが、このままでは戦闘に影響が出る可能性も捨て切れない。

 もっと気を引き締めて、以前の自分に戻らなければ。

 そのためにも、まずは明日、模擬訓練の量を倍にしよう。

 VR空間の中と言えど、戦ってさえいれば、余計な事を考えずに──ぽすっ。

 

 

「きゃっ」

 

「うおっと」

 

 

 軽い衝撃。

 曲がり角で何か……“誰か”とぶつかり、バランスを崩す。

 幸い転ぶ程ではなかったけれど、その“誰か”──指揮官はAR-15を支えようと手を伸ばし、肩を掴まれて、必然的に距離が詰まった。

 

 気まずい沈黙。

 見上げるAR-15と、見下ろす指揮官の視線が絡まる。

 

 

「あー、こ、こんばんは」

 

「……こんばんは」

 

 

 何故だろう。

 いつもなら、「すみません」とか「ありがとうございます」とか、適当な言葉を並べられるはずなのに、普通に挨拶なんかしている。

 指揮官もどこか、ドギマギしているような素振りだ。

 片手にPDAを持っている事から考えると、この時間まで仕事をしていたのだろうか。

 というか、完全に油断していた。

 ついさっきまで気を引き締めようと思っていたのに、先が思いやられる。

 

 

「……あ、そうだ。Z-62から、話は聞いてるか?」

 

「はい。一応」

 

「そうか」

 

 

 しておくべき話を思い出したのか、指揮官はそれとなくAR-15から一歩離れながら問いかける。

 この場合、「スター」という呼び名の所在についてだろう。

 AR-15が頷くと、彼は自分の後ろ髪を触りながら続けた。

 

 

「まぁ、そういう事らしいから。呼び方を元に戻そうと思うんだが……」

 

「……何か?」

 

 

 ところが、妙に歯切れが悪い。

 思わずAR-15は小首を傾げ、待つこと数秒。

 深呼吸をした指揮官が、やっと本題を切り出した。

 

 

「嫌じゃ、ないか」

 

「……はい?」

 

「ほら、なんの気無しに、愛称みたいな感じで呼んでいたつもりだったけど、いつも訂正されていたし。

 本気で嫌がっているのに、それを無視して、嫌な呼ばれ方を押し付けていたんじゃないのかな、と思って……さ」

 

 

 バツが悪いらしく、指揮官はAR-15から目を逸らす。

 スターと呼ばれ、一度それを訂正し、以降は何事もなかったように振る舞う。

 これが二人の間にあったお決まりで、謝るなんて随分と今更な感もあるが、これはAR-15にも責任がある。

 呼び名を訂正はしても、一度も拒否をしていなかったのだから。

 止めて下さい。嫌です。困ります。

 こんな風に拒否する事もなく、ズルズルと同じやり取りを繰り返し、いつの間にか、当たり前になっていた。

 

 

(……ああ、そうか。私はもう)

 

 

 唐突に、AR-15は理解する。

 当たり前になっていたという事は、受け入れていたという事だ。

 “彼”からスターと呼ばれる事を。

 

 どうして嫌ではないのだろう。

 どうして煩わしいと思わなかったのだろう。

 

 それはまだ理解できないけれど、少なくとも、二つだけハッキリしている。

 指揮官は、スターと呼ぶ事を望んでいて。

 AR-15は、決して拒否しない。

 でも、それを素直に認めるのも、なんだかつまらないから。

 自分らしくないと思いつつ、仕方ないといった風を装って答える。

 

 

「もう慣れました。本気で嫌だったら、もっと強く拒絶しています」

 

「……そうか。じゃあ……」

 

 

 承諾を得ると、指揮官は「ゴホン」と咳払いを一つ。

 AR-15を真っ直ぐに見据え。

 

 

「スター」

 

「はい。指揮官」

 

 

 名前を呼ぶ。

 ただそれだけなのに、背筋が伸びる感覚を覚えた。

 自然と気が引き締まるような、不思議であると同時に、慣れ親しんだ感覚。

 奇妙だけれど、何故だか、しっくり来る。

 

 

「どうしてだろう、改まって呼ぶと少し照れるような……」

 

「指揮官から始めた事ですよ。それに、照れるのは本来、呼ばれた私の側だと思いますが」

 

「それもそうか。とにかく、もう夜も遅い。君も早めに休んでくれ」

 

「はい。お休みなさい、指揮官」

 

「お休み、スター」

 

 

 就寝の挨拶を交わして、二人は廊下をすれ違う。

 急ぎ足の背中を見送るAR-15の表情に、曇りはない。

 きっとこれなら、SOP Ⅱにも心配されずに済むだろう。

 もっとも、代わりに今度は、何があったのかを根掘り葉掘り聞かれそうだが、その事にはまだ気付いていなかったりする。

 

 

「いけない。早く寝ないと」

 

 

 指揮官の背中が見えなくなってから、AR-15は部屋へ戻る。

 自律人形は夢を見ない。

 人間のように、眠っている間に記憶を整理する必要など無いから。

 眠っているように見える姿すら、省エネの為の休止状態に過ぎない。

 だが、それを踏まえた上でも、今日は特別に、穏やかな眠りにつけるような気がした。




 404小隊ピックアップが終了し、数多くの指揮官が大爆死してしまった今日この頃、皆様は如何お過ごしでしょうか。
 作者も相当量の資源を持っていかれましたが、17日に辛うじてG11ちゃんをお迎えできました。ええ。
 なんでか白い衣装を着て黒髪ロングストレートで乙πプルンプルンなお姉さんに見えなくもありませんが、この子はG11ちゃんなんです。G11と言ったらG11なんです!
 ……ピックアップなんて嘘だっ!!(セーラー服な9A-91ちゃんの叫び)

 という訳で大爆死です。
 ☆4ARは一通り全部出て、その他の新規はコーラちゃん(自律作戦でポロッと)、ライフル持ってるメイドさん(ヤケになって闇鍋レシピ)、赤軍ロボの使い手(むしろなぜ今まで居なかったのか)、ブレンさんとLWMMGちゃんとATTちゃん(デイリー5-2eで救出)位ですか。
 416ちゃんは五拡分を確保しても余るくらい来てくれたんですけどねぇ……。せめて97式ちゃんも来てくれればセットで話を描けたのに……。仮名C。
 よくネット界隈では描けば出るって言いますけど、ホントっすか?
 何気に出難いはずのメイドさんが三人も来てるし、本当だったら404小隊メインの話を描くのでデイリー闇鍋レシピで来て下さいお願いします。お願いします。

 ところで、最近はLWMMGちゃんを副官にして、毎日ちっちゃなリボンを眺めているんですが、控えめに言って天使。
 誓約ボイスに撃ち抜かれましたわ。キスする寸前みたいで滾る。近い内に彼女の話も描きたいなぁ。
 ああもう! 可愛い子と育てたい子と欲しい子が多過ぎるんじゃーい!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

First step For the Failed Chapter1

ちょっぴりシリアス回、開幕。

木を隠すなら森の中に。
過ちを隠すなら罪の中に。

時系列的にはキューブ作戦の前。
この作品世界では事前に出会っていたという設定です。
ところで、この話を描き始めた途端にG11ちゃんと45姉が来てくれました。
描くと出るってマジっすな。404小隊完成だぜヒャッハー!


「くぅ……すぅ……。くぅ……すかぁ……」

 

 

 とあるグリフィンの管轄地域にある、小さなセーフハウスには、穏やかな昼下がりに相応しい、穏やかな寝息が響いていた。

 二十世紀後半の寂れたアパート、といった内装の中、穴の空いた革張りのソファで寝そべる、幼い外見の戦術人形。ボサボサな灰色の長髪を持つ彼女が発生源である。

 そして、それを見つめる二対の瞳の持ち主も、同じように戦術人形だった。

 

 

「G11ってば、また寝てる。さっきお昼を食べに起きたばっかりなのに」

 

「本当に、よくあれだけ眠れるわ。あんなに眠り続けたら、逆に調子を崩しそうだけど」

 

 

 一方は明るい茶髪をツインテールにし、残る一方は、人間にはあり得ないほど白く長い髪をストレートにしている。

 名をそれぞれ、UMP9、HK416と言う。

 UMP9──ナインは白いシャツに黒いプリーツスカート、黒いストッキングという女子学生風の格好で、HK416──416は、プリーツスカートは同じであるものの、上着に書かれた「Kommando Spezialkräfte」という文字とベレー帽のせいか、軍人めいた風体だ。ちなみに、脚を包むのは黒いオーバーニーソックスである。

 

 大きめのテーブルに頬杖をつき、G11を眺めるナインは、面白い動物でも観察するようであり、代用コーヒーを飲む416は純粋に呆れていた。

 よく眠るのが彼女、G11の特徴ではあるが、仕事中以外は食べて寝て、時々トイレとシャワーを済ませてまた眠るという、とても真似したくない──ある意味では羨ましい限りな──生活サイクルを送っている。

 戦術人形にだって睡眠は不可欠だと分かっていても、ここ最近の自堕落っぷりは、見ているだけで辟易するほど凄まじかった。

 

 

「でもまぁ、こんな風に何日も続けて休めるなんて滅多にないし、好きにさせてあげようよ。休める内に休むのも……」

 

「仕事の内、でしょ。別に構わないわよ、いくら寝ていても。仕事になっても起きないようなら、耳元で目覚ましを鳴らすだけだし。マガジンが空になるまで」

 

「弾の無駄撃ちは止めようよ、私達は確実な補給線がある訳じゃないんだから。まだストックのある閃光手榴弾で起こせばいいじゃない」

 

「どっちも人を起こす方法じゃないよ……」

 

「あ、起きた」

 

 

 和やかに、しかし物騒な目覚まし方法を語り合う二人に、G11はノソノソと起き出す。

 髪と同じ色のノースリーブシャツで顔を拭き、短パンから伸びる細い脚をボリボリ搔きむしる姿は、彼女の顔立ちが整っていなければ、間違いなくオヤジ臭いと言われるであろう。

 

 

「喉乾いた……。416、あたしもコーヒー欲しい」

 

「そのくらい自分でしなさいよ。全く、だらしない」

 

「んん……ケチ」

 

「何か言った?」

 

「別にぃ」

 

「まぁまぁ、コーヒーなら私が淹れるから。喧嘩しないで、ね?」

 

 

 寝ぼけ眼のまま椅子に着くG11を、416が手厳しく、ナインは優しく迎える。

 あまり似ている所のない、共通点の見つけ辛い戦術人形達だったが、そのやり取りには確かに、気の置けない間柄である事を示す空気感があった。

 静かにコーヒーカップを傾ける416。テーブルへとうつ伏せになるG11。簡易キッチンで、鼻歌混じりに新しいカップを用意するナイン。

 彼女達にとっては珍しい、本当の休日だ。

 

 と、そんな時。セーフルームの扉が、ロックの外れる電子音に続いて開いた。

 

 

「ただいまぁー」

 

 

 入って来たのは、キャリーバッグを肩に掛ける戦術人形だった。

 暗い色合いの茶髪を左でサイドアップにし、黒いフード付きジャンパーを羽織る彼女の名は、UMP45。

 上記三名を含めた、四名の戦術人形からなる404小隊のリーダーである。

 同系列の銃を使うためか、ナインとは姉妹のようによく似ている。違うのは髪の色と髪型に、もう一つ。

 ナインは右眼、45は左眼の上を縦に走る傷があった。

 

 

「45姉、おかえりなさい! あれ、そのバッグは? お土産?」

 

「うん。似たような物。ちょっと寄り道しちゃって、ついでに仕事を押し付けられちゃった」

 

「ええ……もうお休み終わり……? まだ寝てたい……」

 

「ついさっきまで寝てたでしょう。それで、どんな内容の仕事なの」

 

 

 早速、ナインは姉と慕う45に駆け寄り、45もホッと一息つく。

 そのまま、グデるG11と澄まし顔の416が居るテーブルへ向かい、出かける前は持っていなかったはずのバッグを、妙に静かに置いた。

 

 

「それは、本人の口から聞かせてもらいましょうか。……はい」

 

 

 416からの問いかけに、45はバッグのジッパーを開ける事で答える。

 やや小振りなそれの中からは、少しの間を置いて、小さな動物が顔を出す。

 ……三毛猫だ。

 尻尾は鈎尻尾になっていて、真っ赤な首輪を着けていた。

 

 

「わ、猫ちゃんだ! 可愛い!」

 

「猫?」

 

「にゃんこ……」

 

 

 追加で淹れた二人分のコーヒーを運びながら、目を輝かせるナイン。

 416は懐疑的な顔付きだが、G11も寝ぼけ眼を少しパッチリさせている。

 世の乙女達の類に漏れず、戦術人形である彼女達も可愛らしいものが好きなようだった。

 だが、45の口振りからすると、仕事の依頼主はこの猫だという事になる。

 冗談にしては出来が悪い。416が眉を寄せた。

 

 

「ふざけてるの、45。猫がクライアントだなんて。とうとうAIがバグった?」

 

「残念ながら大真面目よ。ほら、よく見て?」

 

 

 つい、並の人間なら萎縮しかねない、キツい口調になってしまう416だったけれども、45は全く意に介さず、猫を手で抱き上げ彼女の眼前に。

 言われるがまま観察してみれば、猫の瞳にある特徴を見つける。

 縦に細長い瞳孔の奥で、小刻みに収縮する──レンズ。

 この猫は、機械仕掛けなのだ。

 

 

「この子……。もしかして、ペットロボット?」

 

「そう。しかも、戦術動物(Tactical - Pet)として利用可能な、高機能で多機能なタイプよ」

 

「本物のにゃんこじゃないんだ……」

 

『期待させたなら申し訳ない』

 

「うわ! 喋った!?」

 

 

 猫の正体を知り、G11は露骨にガッカリし、ナインが目を丸くする。

 ペットロボットとは読んで字の如くだが、戦術動物とは、より高度なAIと補助機能を有し、戦術的な行動を可能とした動物型ロボットである。

 戦術人形と違い、生体部品の割合は限りなく小さい。せいぜい人工皮膚や体毛程度だ。

 45によってテーブルの上に降ろされた彼(?)は、全員の顔を見回せる位置で、お座りの体勢を取る。

 

 

『お初にお目に掛かる。今回、君達に仕事を依頼した、グリフィンの──』

 

「しゃ、喋った! 45姉、この子喋ったよ!? しかも無駄に良い声で!」

 

「やっぱり本物じゃない……」

 

「あり得ないわ。信じられないって意味じゃなく、似合わないっていう意味で」

 

『……自己紹介くらいさせて欲しいんだが』

 

 

 が、よほど本物の動物というものに興味があったのか、三名はそれこそ三者三様の反応を示す。

 流石に埒が明かないと思ったらしく、45が手を叩いて注目を集める。

 

 

「はいはい、騒がない。話が進まないでしょ。どうぞ続けて下さい、クライアントさん?」

 

『……助かる。では、手短に説明しよう。頼みたいのは、ある物の座標の特定だ』

 

「座標の特定?」

 

 

 猫の言葉に、ナインが首を傾げた。

 彼は短い尻尾をヒョコヒョコ動かすと、緑色の眼から光を発し、テーブルにとある映像をプロジェクションする。

 小型のヘリが鮮明に描画されていた。

 

 

『数日前、鉄血支配地域の末端付近に、ある輸送ヘリが墜落した。

 特定して貰いたいのは、そのヘリが運んでいた物の、詳細な座標だ』

 

「ヘリが墜落……。鉄血に攻撃されたの?」

 

『原因の一つではあるようだ』

 

「依頼内容が座標の特定という事は、回収は考えなくて良いのね」

 

『その通りだ。回収班はこちらで用意する手筈になっている』

 

 

 ようやく仕事モードに入ったG11も話に加わり、416が詳細を確認、補足させる。

 投影画像が航空地図へと変化し、とある森林地帯を映す。

 グリフィンの管轄地域からは程遠く、しかし鉄血勢力の版図とも言い難い、なんとも微妙な場所だった。

 

 

「末端とは言っても、鉄血の支配下にある地域なんでしょう? 戦闘の可能性は?」

 

『ある。君達は歴戦の戦術人形と聞いている。該当地域に鉄血が現れるとしても、戦力は然程でもないと予測される。問題なく対処できると考えているが』

 

「状況によるわ。必要な物資は用意して貰えるんでしょうね」

 

『もちろん。弾薬、食料、グレネード。現地への送り迎えも、運転手付きで準備してある』

 

「なら、移動はラクチンだね」

 

 

 戦闘の可能性をナインが示唆すると、猫は然も当然と頷き、416が目を細める。

 それに対して相応の準備があると告げれば、ホッとしたG11が溜め息をついた。歩きたくないのだろう。

 主目標は座標の特定。

 交戦する可能性はあるものの、物資は潤沢に用意され、送迎も完備とくれば中々の好印象だったが、続く猫の一言で、歓迎ムードは一変する。

 

 

『それともう一つ。今回の依頼は秘匿性が高く設定されているため、君達の行動を常に把握したい。よって、このT-Petを同行させて欲しい』

 

「……何よそれ。わたし達が信用できないということ?」

 

『信用するしないではなく、そうしなければならない、というだけだ。理解して欲しい』

 

 

 人間が操作するT-Petの同行。即ち、行動を監視させろ、と言っているのだ。

 今までの仕事に、それなりの誇りを持っていた416にとって、これは侮辱に近い申し出だった。

 彼女と同じ感想を抱いたのか、ナインも45へと意見する。

 

 

「45姉。本当に受けるの? この仕事」

 

「あら、ナインは嫌なの」

 

「嫌っていうか……。なんか、胡散臭くない? 色々と」

 

「同感ね。詳細を隠された挙句、最後は敵のど真ん中、なんて可能性もあるわ」

 

「G11は?」

 

「んん……? 別に受けても良いけど……どっちかって言えば、ここでジッとしてたいなぁ」

 

「で、また寝るのね」

 

「うん」

 

 

 45が順繰りに話を聞いた結果、三名は否定的な意見に傾いているようだった。

 表向きは存在しない404小隊に与えられる仕事は、それこそ胡散臭いものばかりだったが、今回は特に酷い。

 T-Petの依頼人もそうだけれど、依頼内容に対するサポートが万全過ぎるのも不安を煽る。

 何か裏があるのでは? と。

 

 

「だって、クライアントさん。少しは事情を話した方が良いんじゃない?」

 

『……そのようだ』

 

 

 404小隊のリーダーだからか、事前に深い説明を受けていたらしい45が、猫に説明を促す。

 こうなっては仕方ないと、猫もやや項垂れながら納得。実情を語り始める。

 

 

『本当の依頼主は、軍だ。より正確に言うなら、軍部に属する一個人、となる』

 

「……ちょ、それホント!?」

 

「やっぱり面倒事なのね」

 

「あ~……」

 

 

 驚愕。嘆息。それと落胆。

 ネガティヴな反応は、やはり軍が絡んでいる事への懸念から発している。

 グリフィンを始めとする民間軍事企業と、世界の危機を瀬戸際で食い止めようとしている正規軍。その関係性は複雑なのだ。

 依頼人──仲介人だった人間の操作するT-Petまでもが、もはや隠す気のない面倒臭さを言葉に乗せた。

 

 

『こちらとしても、厄介な案件を押し付けられて難儀しているんだ……。幸い、報酬やら必要経費やらは請求できるし、可能な限り搾っているが』

 

「ちなみに、これが報酬額よ。しかも前金五割」

 

「うわ、多い」

 

「前金だけで半年は遊んで暮らせそうだね……」

 

「よほど大事な物を運んでいたのかしら」

 

 

 45がPDAに示す金額は、半分の前金だけで考えても多過ぎる額だった。

 それだけのクレジットと、潤沢な物資を用意できる地位の軍人が、秘密裏に依頼する仕事。

 胡散臭さだけでなく、きな臭さまで漂ってくる。

 

 

『恐らく、あちらとしては墜落の一件を揉み消したい、というのが本音だろう。

 積荷がダメになっていたとしても、報酬は支払われる。引き受けて貰えないだろうか』

 

 

 それでも、仲介人としては頼まざるを得ないのだろう。

 猫が頭を垂れ、全員の顔を見回す。

 逡巡するような間があり、最初に答えたのは416だった。

 

 

「わたしは反対。軍なんかと安易に関われば、わたし達の身が危険に晒されるわ」

 

「そういうもの……?」

 

「そういうものよ」

 

 

 断言する416にG11が問うも、やはり416は断言する。

 経験から来る発言なのか、情報からの推測なのかは分からないが、とにかく反対なのは変わらないようだ。

 次に、ナインが45へと向き直る。

 

 

「45姉は、なんで引き受けようと思ったの?」

 

「私? そうね……。払いが良かったから」

 

「嘘。何か隠してる。でも、良いよ。45姉が受けるって決めてるなら、私はそれに従うから」

 

 

 意外にも……いや、彼女の性格を考えれば当然かも知れない。ナインは45の持ち込んだ依頼を受けると答えた。

 全幅の信頼。

 盲信とも取られかねない姿勢だが、裏付けがあっての物だと、真摯な眼差しが語っている。

 45が柔らかく微笑んだ。

 

 

「今の所、二対一ね。G11はどうする?」

 

「え……あたしが決めるの……?」

 

「意見を聞きたいのよ。できる限り尊重するわ。今までもそうして来たじゃない」

 

「うわぁ……。白々しいって、こういう時に使う言葉だって実感した……」

 

 

 話を向けられたG11が、再びテーブルにグデーっとなりつつ半目で返す。

 45は「G11ひどーい」と傷付いた素振りだけれど、本気かどうかは疑わしい。

 

 

「いいよ。受ける。受けるから、移動の間は寝てていい?」

 

「いいわよ。着いたらたっぷり働いて貰うから」

 

「いつもの事だね……」

 

「そう。いつもの事よ。ね? 416」

 

「はぁ……。結局こうなるのよね、いつも」

 

 

 にこやかな45に対し、肩をすくめる416。一応は予定調和らしい。

 集団の中には必ず反対意見を述べる人物が必要だと言われるが、彼女がその役割を買って出ているのだろう。

 行動力と決断力のあるリーダー。

 どこまでもリーダーを信じる隊員。

 ちょっとばかりやる気の足りないサボり屋。

 シニカルな言動で空気を引き締める参謀役。

 誰一人欠けても成立しない、絶妙なバランスで成り立っているチームという印象だった。

 

 

「といい訳で、満場一致で引き受ける事に決まったわ。クライアントさん。よかったわね?」

 

「多数決の結果でしょう。わたしが反対したのを無かった事にしないで」

 

『……彼女はああ言ってるが?』

 

「大丈夫。416はツンデレなだけだから、そのうちデレてくれるわ」

 

「ちょっと!? 誰がツンデレよ、本気で怒るわよ!」

 

 

 最後に416のツンデレ否定が入り、和やかな内に(?)話し合いは終了した。

 “彼”と彼女達の、最初のミッションが始まろうとしている……。




 トンプソン姉さん……。貴方マジでHGレシピ(130/130/130/30)で来るのね……。いや一人目だし嬉しいんですけど、ぶっちゃけその後に来てくれたウェルロッドちゃんの方が嬉しくて霞んだのは秘密。
 あ、ピックアップは適当に闇鍋してたらRF祭りになりました。
 ドラグノフちゃんx2、ダネルNTW-20ちゃん、そして、スキンで幼児退行していく胸がナインナインちゃんを新たに迎えられてホクホクでs(頭パァーン)。
 WAちゃんがまだ居ないので、貴重な射速スキル持ちのドラグノフちゃんは二人とも育てていこうかなと考えております。
 ダネルちゃんとM99ちゃんは残念ながら宿舎の賑やかし要員化。
 どうせテーゼでコア消費任務来るでしょうけど、ウェルロッドちゃんとか拡大したいし、うち将来を見越して四拡済みの下乳さんも居るんすわ。スキルもかなり上げちゃってるんすわー。なんか遣る瀬無いわぁ……。

 次回更新もFFF。Chapter2を予定しています。
 ちょい役ですが某秘密兵器ちゃんが出ますので、お楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

First step For the Failed Chapter2

シリアス回その二。
嵐の前に、騒がしく。


 セーフハウスでの話し合いから数時間後。

 404小隊は揺れていた。……物理的に。

 

 

「ゔぅ……寝れない……。もっと平らな道を走ってよぉ……」

 

「それは無理な相談です。この作戦は秘密作戦ですから。秘密を守るには、この道が最適なのです」

 

 

 ガッタンゴットン、と揺れまくる装甲車の座席に横たわるG11が、運転手へと文句を言う。

 振り向きもせず、真っ直ぐ前を見据えながら答えるのは、赤いベレー帽と白い二本のお下げ髪が特徴の戦術人形──OTs-12。

 クライアント自身が用意した、この任務における運転手である。

 ティス(Tiss)とも呼ばれ、9x39mm弾を使用し、静音性に優れた小銃を扱う。

 

 高低差の激しい荒野を移動し始めてから、早くも一時間近くが経過していた。

 404小隊はクライアントの操るT-Petに、今乗っている装甲車が隠されていた場所へと案内され、そのまま出発した形だ。

 広々とした車内ではあるが、弾薬箱などが雑多に置かれているため、散らかっている印象である。

 加えて、小隊メンバーと瓜二つのダミーが一体ずつ、座ってうたた寝しているような姿勢で椅子に固定されている。最大で四体のダミーとリンク可能だが、隠密行動主体の今回は数を少なくしていた。

 そして、暮れ始めた太陽の光がわずかに差し込む中、416は鋭い視線で、対面に座るT-Petを睨んでいる。

 

 

『警戒するのも分かるが、そう凝視されると落ち着かないな』

 

「分かっているなら我慢して。またキャリーバッグに詰めてもいいのよ」

 

 

 クライアントが猫の姿で苦言を呈しても、416は厳しい視線を向け続けた。

 この小一時間、瞬きをする一瞬以外、彼女の目にはクライアントの姿が映り続けている。

 間違いなく美少女と言える顔立ちなのが災いし、その迫力、圧迫感は途方もない。

 見た目はT-Petでも操っているのは人間。精神的な重圧を感じ、思わず耳をペタンとさせてしまう。

 すると、彼の隣に勢いよくナインが腰掛け、逆に416へと文句をつける。

 

 

「416、クライアントさんを虐めちゃダメでしょ! こんなに可愛いのに!」

 

「さっきと意見が変わってない? 中身はどこの馬の骨とも知れない男なのよ?」

 

「そんなのもうどうでも良いの。だって、すっごく手触りが良いんだもの! フカフカでモフモフ!」

 

『うごっ。あ、あの、親しみを持って貰える、のは嬉しい限り、なんだけども、ち、近、近い……っ』

 

「あっ、逃げないでよ~」

 

 

 T-Petを優しく抱き上げ、満面の笑みで頰ずりするナイン。

 普通なら微笑ましい光景だろうが、一方でクライアントはそういった物理接触に慣れていないらしく、ジタバタと抱擁から逃れようとしていた。ある意味、本物の猫っぽい行動である。

 どうにかクライアントが逃げ出した先では、仕方なく眠るのを諦めたG11が、寝ぼけ眼を擦っていた。

 

 

「そういえば、少し気になってたんだけど……。なんで尻尾が変な形してるの?」

 

「鈎尻尾、という物なのです。古くからある特異形質で、一部の地域では幸運を絡め取るとして珍重されたらしいですね」

 

「ふーん……。あ、ホントに良い手触り」

 

 

 G11の疑問に答えたのはティスだった。

 今となっては絶滅危惧種に等しい動物の稀少特質を、ペットロボットで再現するのは珍しくない。クライアントのT-Petもその一種なのだろう。

 試しに撫でてみると、ナインの言った通り、絶妙な柔らかさの毛並みが指をくすぐる。

 すぐに彼女もやって来て、よほど気に入ったのか、G11と一緒になってT-Petを撫でくり回す。

 下手に逃げ出すよりは受け入れた方が楽だと考えたらしく、クライアントもされるがままだ。

 それを見る416の視線の温度は、不幸にも直滑降したが。

 

 

「ペットロボットを操作して戦術人形にチヤホヤされるなんて、変わった趣味を持っているのね」

 

『……もうなんとでも言ってくれ。言い訳はしな──』

 

「ほーらほら、クライアントさん、即席猫じゃらしですよー。うりうりー」

 

『いっ!? ちょ、待ってくれ! 体が勝手に! くそ、AIの設定変更はどうするんだ!? ぬああ、じゃれるのが止まらない! 視点が荒ぶるっ!?』

 

「……なんか楽しそう。ナイン、あたしにもやらせて」

 

「ふん……。仕事中なのも忘れて、全くもう」

 

 

 閃いた! という顔付きのナインが、ウェポンラックの銃からストラップを取り外し、T-Petの鼻面でピョンピョンさせる。途端、クライアントはそれに飛びついた。

 いや、正確に言うなら飛びつかせたのはT-PetのAIであり、彼自身は挙動を制御しようと奮闘しているようなのだが、全く結果が伴っていない。

 そのうちG11まで参加し始め、比較的道が安定して来た中で、猫じゃらし大会が続く。

 仕事前の緊張感など更々無い、和気藹々とした雰囲気だった。

 

 それが羨ましくなったのだろう。

 黙って運転手を続けていたティスは、猫じゃらし大会が一段落したタイミングで、任務のために定められた仮名を呼ぶ。

 

 

「大丈夫ですか、指揮官(サー)。ほら、疲れたならティスのお膝においでー、です」

 

『い、行かないからな……。第一、運転の邪魔になるだろう』

 

「うう、そうでした。残念。ティスもモフモフしたかったです……」

 

「じゃあ私の膝に来る? 適度に甘やかしてあげる」

 

『……遠慮します』

 

「えー。なんでよー」

 

 

 サクッと誘いを断られて落ち込むティスと、助手席でコロコロ笑う45。

 対するT-Petは、見るからに疲労困憊といった様子だ。荒ぶる視覚情報に酔ったクライアントの音声情報を、AIが行動として再現しているらしい。

 流石に身が持たないと感じたようで、彼はナインとG11の間から抜け出し、向かい側の席へと移動する。

 そこは、ちょうど416の隣だった。

 

 

「で、なんでわたしの所に来るのよ」

 

『放っておいてくれそうだから』

 

「……そう」

 

 

 416は黙り込み、クライアントがT-Petを横にさせて休憩する。

 意外にも、416の目付きは和らいでいた。というか、クライアントは気付いていないが、むしろその視線は優しいものになっている。

 白いグローブに包まれた手がT-Petの上を彷徨い、触れようとした瞬間に一時停止。結局、触れる事なく膝の上へ戻してしまう姿を見るに、本当は動物が好きだけれど興味のないフリをしている、不器用な少女にも見えた。

 しかし、ナインとG11はまだまだ遊びたかったようで。

 

 

「416ズルい、あんなこと言っておきながら、クライアントさんを独り占めするなんて!」

 

「えっ。わ、わたしは別に」

 

「にゃんこ……。もっと遊ばせたかったのに……」

 

「う、恨みがましい目で見ないで。ちょっと貴方、あの子達の相手くらいしなさいよ!」

 

『断る。慣れない視点で疲れているんだ。それに、たった今AIの設定を変えたから、もう遊ばれる事はない』

 

「く……。この……この、駄猫っ!」

 

『なんとでも言ってくれ』

 

 

 ブーたれる二人にクライアントを差し向けようとする416だが、返ってくるのは耳と尻尾での拒否。

 必死に罵倒を捻り出すも、やはりクライアントは素知らぬふり。

 彼が猫の姿だからだろうか。普段から明るいナインだけでなく、G11や416までもが、いつもより活発に擬似感情モジュールを働かせているようだった。

 

 静かに眺めていた45は、しばらくして、再び荒れ始めた荒野に視線を戻す。

 夕暮れから宵闇へ。紅から紫、漆黒へと染まりつつある地平。

 その侘しさが、知らず運転手のティスへと話しかけさせた。

 

 

「そういえば、名前はあるの? あのT-Pet」

 

「名前ですか」

 

「そ。普段からクライアントさんが動かしてる訳じゃないんでしょ、だったらあるのかな、と思って」

 

「よくぞ聞いてくれました。私が名付けた秘密でスペシャルでカッコ良い名前があるんです。その名も……」

 

 

 ご丁寧にも貯めを作るティス。否が応でも期待は膨らむ。

 ガタン、ガタン、と大きく車が跳ねた後、いよいよ彼女は口を開く。

 

 

「タツノコです」

 

「………………え?」

 

「タツノコ、です。プロとつけてはいけません」

 

 

 ポカンとした顔で45が問い返すと、ティスがドヤ顔で繰り返した。

 タツノコ。たつのこ。辰の子。

 おそらくは竜の落とし子の事で、ヨウジウオ目の海魚である。雄が育児嚢を持つ事でも有名で、海馬、リュウノコマとも呼ばれる。

 ……いやどんな名前よ!?

 という心の中のツッコミに、会話を聞いていたらしいクライアントが補足する。

 

 

『尻尾の巻き具合いから思いついたんだそうだ……。

 うちには他にもペットロボットが居るんだが、彼女はその子達もオチョコ(お猪口)、スノコ、シャチホコ、ナデシコと勝手に呼んでる。

 種類は順に豆柴、茶トラの猫、パグ、ノルウェージャンフォレストキャットだ』

 

「ど、独特なネーミングセンスね。全部“コ”で終わってる……」

 

「褒めて頂き感謝です。何故だか他のみんなはこの名前で呼んでくれず、寂しい思いをしていたのです。認めてくれた人は貴方が初めてです……!」

 

「いや認めてな……まぁ良いや……」

 

 

 何をどう勘違いしたのか、ティスは感動に涙を浮かべ、そのせいでちょっと運転も荒くなる。

 非常にツッコミたい衝動に駆られる45であったが、余計に面倒な事になりそうな予感がしたので、触れないでおく事にした。

 それより、仕事が始まる前に、個人的に確認しておきたい事もあった。

 

 

「そろそろ真面目な話をしましょうか。クライアントさん。一つ聞きたい事があるんだけど、答えて貰える?」

 

『内容にもよるが、善処しよう』

 

 

 バックミラー越しに、45がクライアントを見つめる。

 雰囲気が変わったのを察知したようで、クライアントは丸まった姿勢から上体を起こす。

 自然、騒いでいた残る三名も聞く体勢に。

 

 

「確か、輸送ヘリが墜ちたのは、鉄血に攻撃されたからだって言っていたわね」

 

『ああ』

 

「正確には、原因の一つでもある、と言っていた」

 

『そうだ』

 

「その言い方だと、根本の原因は他にあって、鉄血の攻撃は引き金になっただけ……とも聞こえるわ」

 

 

 クライアントは無言だった。装甲車の重々しいエンジン音だけが、車内に響く。

 単純な表現の差、言葉の綾だという可能性は捨て切れないけれど、確信を持って45は尋ねていた。

 そして、沈黙こそ肯定の証だと捉え、更に続ける。

 

 

「仮にそれが正解だったとして、貴方はその原因を把握しているの? それを私達に教えるつもりはある?」

 

 

 クライアントとホストの関係は、信頼ではなく信用で成り立つ。

 ことPMCの業務において、情報の有無は生死を分かつ事が多く、伝えるべき情報を隠されていたとなれば、ホストからの信用は無くなるだろう。

 微動だにしないクライアントだったが、ややあって、溜め息でもつくように吐息を漏らした。

 

 

『勘違いしないで欲しいんだが、隠していた訳じゃない。知っていてもあまり意味がなく、重要度は低いと考えた』

 

「御託はいいから、早く話しなさい。重要かどうかなんて、わたし達で決める事だわ」

 

『……分かった』

 

 

 先程までの、どこか可愛らしくもあった憎まれ口と違い、ただただ冷たく416は言い放つ。

 気圧された訳でもないだろうが、クライアントは素直に応じた。

 

 

『第一の原因は、重量オーバーだそうだ』

 

「え、重量オーバー?」

 

「間抜けな話ね」

 

「……ぐー」

 

 

 すっかり大人しくなっていたナインが、「冗談でしょ?」と目を丸くし、416が鼻で笑う。G11はこれ幸いと居眠りしている。

 まぁ、仮にも軍部が、極秘裏に行う輸送作戦で重量オーバーだなどと、普通はあり得ない。

 

 

『輸送時に目立たないよう、比較的小型のヘリを用いたそうなんだが、積載量ギリギリを運ぼうとした結果、機動性が著しく制限され、最悪のタイミングで操縦士が狙撃されたらしい』

 

「なるほどね……。それで? 第一と言うからには、第二の原因もあるんでしょう」

 

 

 とりあえず墜落の経緯に矛盾点は無く、笑い話にもならない点を除いては納得できたようで、416が続きを促す。

 わざわざ枕に第一と付けたからには、後に続くものがあるというのが筋だろう。

 クライアントも、それを話すつもりで口を開こうとしたが。

 

 

『第二の原因は……』

 

「みんな、到着。ここからは歩きになる」

 

「ん゛ぇ~、結局歩くのぉ……?」

 

 

 絶妙なタイミングで装甲車が停まり、ティスが目的地への到達を告げる。

 空気を読まずG11がブツクサ言い、重苦しい空気が少しだけ和らぐ。

 けれども、次の瞬間には、助手席を離れた45が弛みを引き締めた。

 

 

「さぁ、仕事の時間よ。みんな準備して」




 後書きに書く事が何も無い!
 新しくお迎えした子は居ないし、早くステンちゃんのおパンツ拝みたい! とか、M99ちゃんのコミュ4ボイスが確実にAUTOだこれ! くらいしか言えない!
 ……ので、本編と全く関係のないオマケ小話。
 あえてセリフのみにしてあります。


「んく……ごく……っはぁ。ああ、美味い。この一杯の為に生きてる気がしてくるくらいだ」
「そう? 私には普通のウィスキーの水割りにしか感じられないけど」
「なんだ、気に入らないのか? せっかく誘ってやったっていうのに」
「指揮官の代わりに、でしょう。あまり彼に迷惑を掛けないで。私だって寝る前にもう一度、模擬訓練するつもりだったのに」
「お前、その訓練中毒をどうにかした方が良いぞ? そのうち指揮官にも、付き合いきれないって愛想を尽かされるぞ」
「っ!? そ、そんな事っ……あるのかしら……」
「お。おお? まさかお前まで……」
「何よ。彼の指揮下に居れば得るものが多いし、仲間も居るから安心して戦えるし……。だから、その、困るかと」
「いやいや、いやはや、こりゃあ思ってたより大物かもな、あの指揮官。私も身の危険を感じてきたぞ」
「……帰るわよ」
「まぁ待てって。一人酒はツマラナイんだ、もう少し付き合え。代わりに何か、一つだけ言う事を聞いてやるから」
「へぇ……。なんでも良いの?」
「ああ、言ってみろ。私に出来る事なら……ある程度は叶えてやる」
「中途半端ね。……じゃあ、早速お願いしようかしら」
「おう、来い!」
「明日一日、私の事を“お姉さん”って呼びなさい」
「……大変申し訳ございませんでした」
「なんなの、その反応は!?」


 終われ。
 Chapter3は長めな話になるので、その前に一回、息抜き的に緩い話を挟もうと思っています。
 ご了承下さいませ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

指揮官と一〇〇式・M4A1の射撃訓練

 息抜き回?
 美少女にそんなこと言われたら、そりゃあピンクい妄想もするでしょうよ、てな話。
 言われてみたい……。あわよくばお願いしt(タタタターン

 あ、それともう一つ(ムクッ
 我が隊の一〇〇式ちゃんが、とうとう五〇〇式ちゃんになりました。
 おかげでコアはカツカツですけど、妙に達成感。
 後はレベルを100にして、スキルも10へと上げるだけ。それが終わったら指輪を……。先は長いなぁ……。


 ドン、と。重い銃声が七発、射撃レーンに響く。

 ステンレスフレームの大型自動拳銃から発射された.50AE弾は、五体目の人型固定標的の心臓を中心に、半径数cmの範囲内へと収まる。

 弾倉を交換し、次は肺。更に次の弾倉は頭部を狙って撃ち尽くすが、ほぼ同じ結果となった。

 射手である青年──グリフィンの指揮官は、それに何か反応する事もなく、両手で構えていた銃を静かに置き、休憩のために耳当てを外す。

 すると、予想していなかった拍手が背中から送られた。

 

 

「す、凄いです……! 指揮官、射撃も上手なんですね」

 

「M4? 見てたのか。それに一〇〇式も」

 

「はい。カリーナさんにこちらだと伺ったので」

 

 

 振り返れば、そこにはいつもの二人組み。M4A1と一〇〇式が居た。

 どうして一緒に居るのかは、それこそいつも通り──指揮官に会いに行ったら鉢合わせしただけなのだが、普段とはまた違う指揮官の姿を見て、ひとまず休戦するくらいには満足しているようだった。

 一方で、見られているとは思っていなかったらしい指揮官は、少し照れ臭そうにしている。

 

 

「PMCに所属している以上、指揮官とはいえ戦闘技術の訓練は必須だし、暇を見て、こうして射撃訓練してるんだよ」

 

「なるほど。……あれ? でもそれなら、カリーナさんも訓練しなきゃダメなんじゃ?」

 

「まぁそうなんだが、あまり見かけた事はないな……」

 

「カリーナさんは、商魂の方が逞ましい人ですからね……」

 

 

 話の流れでM4A1が指揮官の同僚、カリーナの存在を思い出すが、最終的に一〇〇式の言葉が全てだと結論がつく。

 お金大好き! All for Money! を公言する彼女だ。訓練なんかしている暇があったら、その時間を仕入れなどに費やすだろう。

 そのおかげで、この基地の物資は潤沢なのだから、とやかくは言うまいが。

 

 話は変わり、M4A1は指揮官の使っていた拳銃へと注目する。

 

 

「指揮官は、大口径の拳銃をよく使うんですか?」

 

「う~ん、場合による。補給の問題もあるから。ただ、状況が許すなら、威力を重視して選ぶよ」

 

「手数より一撃の重さ、ですか。それも真理ですよね」

 

「威力より手数が重要な場面があるのも、理解はしているけどな」

 

 

 射撃台に載せられた大型拳銃を手に取りつつ、指揮官が所見を述べる。

 部隊の指揮官が銃を手に取るような状況は、つまりは最悪の状況な訳だが、その最悪にも種類がある。

 敵が少数ならば大型拳銃で牽制、あわよくば打倒も狙えるけれど、敵が多い場合などは、弾をバラ撒いて逃げられる装弾数の多い物や、マシンピストルが有利な事もあるだろう。

 要は、状況に応じて適切な装備も変わる、という事だ。

 この場の誰もが知っている、戦場の理だったが、しかし一〇〇式の興味は、指揮官が使っていた銃そのものにあるようだった。

 

 

「それって、デザートイーグルっていう銃ですよね。私、初めて見ました」

 

「いや、そうじゃないんだ一〇〇式。見た目は確かにデザートイーグルだし、内部構造もほぼ同じなんだが、違うんだ」

 

「……どういう事ですか?」

 

「ほら。刻印を読んでみてくれ」

 

 

 弾倉を抜いた状態の拳銃を渡され、一〇〇式はそれをしげしげと眺める。

 肩越しにM4A1もそうするのだが、銀色のスライドには「DESERT EAGLE」でなく、「SEA FALCON」と彫られていた。

 まるで対義語だ。

 

 

「砂漠の鷲じゃなくって海の隼……。海賊品ですか?」

 

「多分。大戦前に作られた物らしくて、倉庫の片隅に死蔵されてたのを引っ張り出して来たんだ。他にも色々あったよ。

 M9ならぬMqとか、マイクロUZIならぬマイクロUZ1とか、ガーランドならぬカーランドとか。そういえば、M4AIなんていうのもあったな」

 

「えむよん、えーあい? なんだか、複雑です……」

 

 

 表記を真似ただけの悪質な呼び名を耳にし、M4A1はわずかに眉を寄せる。

 我が半身とも言える銃を勝手に真似されたのだから、不快に思うのも当たり前だ。

 が、ふと彼女は気付く。

 指揮官は今、その模造品で射撃訓練をしていた。

 という事は、そのM4AIとやらも使ったのでは? と。

 

 

「もしかして、それも撃ってみたんですか?」

 

「え? あ、ああ。点検してみて問題なかったから、捨て置くのも勿体ないかと思って。……気を悪くしたかな」

 

「いえ、そうじゃないんですけど……。ど、どうでしたか、使い心地」

 

 

 若干、伏し目がちにM4A1が指揮官へと尋ねる。

 実銃の評価が戦術人形の評価に繋がる訳ではないし、ましてや模造品と一緒くたにされるのは論外だろうけれど、気になってしまう。

 指揮官も最初こそ気不味そうにしていたが、問われたからにはと、真剣な顔で答えた。

 

 

「そうだな。完成度が高くて扱いやすく、いい意味でアサルトライフルの基準としても考えられる銃だと思う。

 性能のバランスが良いし、無難ではあるけど、これを選んでおけば問題ない、という安心感もあるな。

 もちろん、人によって意見は違うだろうし、他のアサルトライフルを使った事も少ないから、偏った見解かも知れないが」

 

「そう、ですか。……ぃよしっ」

 

 

 無難、という点には引っかかったものの、概ね高評価と思われる返事に、M4A1は密かに喜ぶ。

 もっとも、本人がそう出来ていると思っているだけで、控えめなガッツポーズは全然隠せていないのだが。

 そんな彼女の姿を、指揮官は微笑ましく見つめ、一〇〇式は「ぐぬぬ」と羨望の眼差しを向ける。

 羨ましい。ものすっっっごく、羨ましい。

 焦りにも似た感覚が、一〇〇式を突き動かした。

 

 

「あ、あのっ、指揮官!」

 

「どうした、一〇〇式」

 

「私も……。わ、私の事も使ってみて貰えませんかっ?」

 

「へ? 君を?」

 

「あ、違う、ちょっと言い間違えましたっ。私の銃も、ぜひ使ってみて欲しいんです!」

 

「ああ、うん、そうだよな、うん……」

 

 

 少しばかり危険な言い回しに、指揮官の脳内がピンク色の妄想に染まりかけたが、即座に言い直されたおかげで持ち堪える。

 女の子が「私を使って」なんて言うのは倫理的に問題だが、「私の銃を使って」なら……いや、どちらにしても問題があるように感じられるけれど、まぁ意図は伝わった。

 ごほん、と大きく咳払いし、彼は場を仕切り直す。

 

 

「まぁ、編制拡大したダミーのを一時的に借りる位なら、指揮官の権限で大丈夫か。いい機会だし、やってみよう」

 

「あ……! ありがとうございます!」

 

「じゃあ持ってくるから、少し待っててくれ」

 

 

 こちらも色良い返事を貰い、一〇〇式が表情を輝かせる。

 指揮官は、そのまま武器保管庫へと繋がるドアの向こうへ、シーファルコンを収納したケースと共に歩いていく。

 彼の見えない所で、一〇〇式とM4A1が、また火花を散らしているとは考えもせずに。

 

 

「さて。こうして一〇〇式機関短銃の予備を持って来た訳だが……」

 

 

 ややあって、小銃が収まるサイズのケースと弾薬箱を提げた指揮官が戻ってくる。

 その頃には二人共、何事もなかったかの様に大人しくしていたが、裏では闘争心剥き出しだったりするのだから、乙女は怖い。

 ともあれ、ケースから素の一〇〇式機関短銃を取り出し、弾倉を装填。

 ブース壁のスイッチを押して新しい標的を立てるのだが、銃を構える前に一〇〇式を呼ぶ。

 

 

「初めて触る銃だし、一〇〇式。手解きして貰えないか」

 

「え? 私が、指揮官にですか?」

 

「ああ。どうせだったら、この銃と一心同体である君に教わった方が確かだろう」

 

「そ、そうですね……。では、お手伝いさせて頂きます」

 

 

 予想だにしなかった申し出をされ、一〇〇式は戸惑いつつも指揮官の側へ。

 瓢箪から出た駒を投げて一石二鳥してしまう、ような感じだろうか。

 M4A1も「く……そんな手があったとは……!」などと言いたげな表情である。

 

 

「基本の形状は小銃──ライフルと似てますので、銃床を肩に当てて、利き腕で銃把を持ち、逆腕は下から支えるようにして添えて下さい。

 発射速度は選択できませんから、まずは指切りで数発ずつ撃った方が良いと思います」

 

「分かった。弾倉は……やっぱり掴まない方が良いか? ステンの銃がそうだって聞いた」

 

「はい。掴みたくなっちゃいますし、そうすれば安定する時もありますけど、基本は持ちません。昔とは部品強度も違いますが、壊れない訳じゃないので」

 

 

 簡単な説明を受けながら、指揮官が銃を構える。

 一〇〇式機関短銃は、一見すると木で作られたストック一体型の本体を持つRFに見えるが、弾倉は銃本体の横に伸びており、銃剣も装着可能なSMGである。8mm南部弾と呼ばれる比較的小さめの拳銃弾を使用する。

 ここで言う指切りとは、発射速度の選択機構がない、フルオート射撃可能な銃を、引き金から指を離す事で、必要以上に発射しないようにする射撃方だ。

 また、ステンというのはステンMk-Ⅱという英国製SMGで、同じように弾倉が銃の横に伸びているのだが、これを保持して射撃すると給弾不良などを起こす場合があった。

 しかし、これらは部品の強度や精度の足りなかった時代の話で、現代の加工技術を持ってすれば簡単に解決できる。が、それでも万能とは言えず、銃に余計な負担を掛ける事には違いないので、正しい銃の撃ち方というのは大切なのである。

 

 脚を肩幅ほど前後に開き、右肩に銃床を当て、左手で本体を保持。

 細めた眼で照門を覗いて、いざ──

 

 

「じゃあ、少し撃ってみる。……あ、しまった。イヤーガード」

 

「大丈夫です。私が着けますから、動かないで下さいね」

 

「助かる」

 

 

 引き金に指を掛けた瞬間、指揮官は自分が耳当てをしていない事に気付いた。

 すると、すかさず一〇〇式がそれを取り、指揮官の頭へ。

 背が足りないのか、少し伸びをして身を寄せる姿は、なんとも甲斐甲斐しく見える。M4A1の奥歯も軋む。

 

 それはさて置き、準備も整った所で、指揮官は標的に向けて引き金を弾く。

 タタタ、タタタ……と規則的で軽い銃声が、合わせて30回ほど。標的の頭部が蜂の巣となった。

 弾倉一つ分を撃ち尽くし、二つ目の弾倉を再装填。今度は胴体へ向けてフルオートで射撃すれば、弾は大きく、全体的にバラけてしまう。

 次の弾倉でもフルオート射撃。反動の度合いを実感したからか、先程より集弾率は良くなったものの、やはり指切りに比べると精度は低い。

 三つの弾倉を空にすると、指揮官は一度銃を置き、耳当てを首に掛けて一息ついた。

 

 

「ど、どうでしょうか」

 

「結構、楽に反動は抑え込めるな。でも、流石にフルオートだと銃口が暴れるか。もう少し跳ねを小さくできれば、精度も期待できるんだが……」

 

「だったら、これを付けてみましょう」

 

「……銃剣?」

 

 

 一〇〇式がケースから取り出したのは、鍔が特殊な形状をした細めのナイフ。いわゆる銃剣だった。

 付属品として一応持って来た物だが、彼女は慣れた手付きで銃剣を取り付け、「さ、どうぞ」と射撃を促す。

 言われるがまま、指揮官は弾倉を装填し、新しい標的を呼び出す。忘れずに耳当ても付け、また射撃体勢を取って──撃つ。

 タタタタタ、と。ほんの10秒足らずで撃ち尽くしてしまうが、意外な事に、先程よりも銃痕のブレは小さくなっていた。

 

 

「さっきよりも安定してる。そうか、先端部が重くなったからだな」

 

「はい。銃剣装着を想定しての設計だったのかは分かりませんけど、付けているといないでは、連射した時にかなり差が出てきますね」

 

「なるほど。面白い」

 

 

 銃の重さというものは、軽ければそれだけで良いというものではなく、軽ければ軽い故の、重ければ重い故の長所と短所が出てくる。

 代表的な軽さの代償と言えば、反動制御の難しさだ。

 銃本体が重いなら、その重みが発射時の反動をある程度押さえ込んでくれるが、軽い銃では期待できない。

 一〇〇式機関短銃の場合、先端部に銃剣を取り付ける事で、重心が跳ねやすい銃口へと寄り、結果的に反動制御を容易にしているのだろう。

 

 仕組みを理解して楽しくなったのか、固定標的を移動標的に変えたりして、彼はしばらく射撃を続けた。

 一〇〇式はその隣に立ち、休憩時に再装填を早くするコツなどを教えたりしながら、楽しい時間を過ごす。

 

 

「ふぅ……。部品を消耗させたくないし、この位にしておくかな」

 

「お疲れ様でした、指揮官」

 

 

 気がつくと、10個ほどの弾倉を空にしていた。

 ただ銃を撃ち続けるだけでもそれなりに疲労し、じんわり汗ばんだ首元を緩め、パタパタと手で扇ぐ指揮官。

 何故だか一〇〇式は、労いつつも、はだけた彼の首元をじっくり見てしまう。

 なんの変哲もない、よくある成人男性の鎖骨のラインに、眼を奪われてしまっている。

 が、背後からの「いつまでイチャついてるつもりなんですか……?」という恐ろしい(M4A1の)視線にも気付き、慌てて視線を逸らす。

 

 

「そ、それで……。どう、でしたか……?」

 

「正直に言うと、思っていたより使い易かった」

 

「本当ですかっ!?」

 

「嘘を言ってどうするのさ。あの時代に作られた物だという点を鑑みても、悪くないと思う。

 威力不足はどうしても否めないけど、君の場合、それを桜逆像で補えるしな。良い組み合わせだよ」

 

「あ……ありがとうございますっ!」

 

 

 桜逆像。

 ごく一部の戦術人形に搭載されている電磁緩衝障壁──アブソーブシールドに似た性質を持つ機能だが、このシールドを発生させる為に使用されたエネルギーを、一〇〇式は転用する事が可能なのである。

 シールドが破られた場合、その緩衝エネルギーを吸収して運動エネルギーへと変じ、破られずに高出力を維持出来た場合は、緩衝ベクトルを反転させる事で、擬似的な電磁加速を得られる。

 端的に言うと、ダメージを吸収するシールドを張り、破られたら運動性能が向上、一定時間破られなければ攻撃力が向上するのだ。

 この機能を含めれば、一般的な9mm弾を使うSMGより威力の低い銃でも、第一線で戦えるという事になる。

 

 自らの存在意義を、それを指揮する彼に認められて、もう嬉しくて堪らないのだろう。

 パァ、と表情を輝かせ、満面の笑みで頭をさげる一〇〇式。

 まるで彼女の周りにだけ花が咲いたような、そんな印象を与える、本当に幸せそうな笑顔だった。釣られて指揮官まで微笑んでしまうほどに。

 しかし、そこで彼は思い出す。一〇〇式の影にすっかり隠れてしまった、M4A1の存在を。

 悪い事をしたと、指揮官は壁際で落ち込んでいるようにも見える彼女へ歩み寄り。

 

 

「すまないM4、放ったらかしに──」

 

「指揮官っっっ!!」

 

「ぅあい?」

 

 

 食い気味な返事に後ずさりした。

 見上げる瞳が、何やらメラメラと燃え盛っている。

 

 

「私も……私のも是非、是非とも使って下さいっ!!」

 

「え? いや、でも、M4AIはもう使って……」

 

「そんなパチ物じゃなくって、本物を使って欲しいんですっ!! 本物のM4A1をっっ!! きっと御満足して貰えますからっっっ!!」

 

「わ、分かった、分かったから、落ち着いて。キャラがブレてるから、な?」

 

 

 普段の控えめなM4A1は一体どこへ行ったのだろう。

 そんな事を思いつつ、指揮官は彼女を宥める。

 やはり一〇〇式と一緒に居ると、M4A1の思考は斜め上の方向に飛んで行くようである。

 兎にも角にも、次の行動は決まってしまった。

 後の予定に響かなければいいなぁ、と心の中で呟きながら、再び武器保管庫へと脚を急がせる指揮官であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 自室のベッドでシーツにくるまる指揮官を、無機質な電子音が起こそうとしている。

 

 

《ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ》

 

「ん゛……」

 

 

 枕元にある昔ながらの置き時計を触れば、この音は簡単に止まる。

 けれど、彼が腕を伸ばす前に電子音は止まった。

 そのすぐ後には、耳に優しい声と、緩やかに体を揺すられる感覚も。

 

 

「……ご主人様。ご主人様。お目覚めの時間ですよ。起きて下さいませ」

 

 

 どこまでも暖かく、ひたすら甘えたくなるような囁き。

 思わず寝たふりをしようかと、不埒な考えが一瞬よぎるけれど、声の主である彼女を困らせたくはない。

 仕方なく瞼を開ければ、たおやかに微笑むメイド服の戦術人形、G36が居た。

 指揮官の用意したコンタクトレンズのおかげか、彼女の目元は慈しみに満ちており、以前の鬼軍曹的な目付きは鳴りを潜めている。

 もっとも、破損や落下の可能性を考慮し、戦闘中は外しているため、鉄血の人形達がこの微笑みを知ることは無いのだが。

 

 

「お早う御座います、ご主人様」

 

「おはよう……。あぁ、ダメだダメだと思いつつ、結局は誰かに起こされる生活に戻ってしまった……」

 

「メイドの本分を遂げられて、私は幸せですよ?」

 

「そう言って貰えるのは有り難いんだけど、どんどん自分が腑抜けて来てる気がしてさ……」

 

 

 実に満足そうなG36と、己を恥じる指揮官との温度差は激しい。

 彼女のたっての願いを受け、こうして身の回りの世話を頼む事になったが、その仕事ぶりは完璧と言う他にない手際だった。

 朝は指揮官より早く起き、夜は指揮官より遅く眠る。

 身支度や、栄養バランスを考えた食事の用意はもちろん、皆からの貰い物で散らかっていた部屋も片付き、果ては背中まで流そうとシャワールームに着いてこようとした程だ。

 最後のは断固として拒否したけれど、勿体無い事したな……と密かに思ってしまうのは男の性か。

 人の側に自律人形が居るのは当たり前で、スラムの貧民層でもない限り、彼女達を侍らせるのが当たり前となっている昨今、珍しい感性の持ち主である。

 それはともかく、目が覚めたからには起きなければ。

 

 

「朝食の御用意が整っております。お召し上がりになられますか?」

 

「もちろん、頂くよ。その前に、顔を洗って着替えてくる」

 

「では準備致します。お召し物はいつもの場所にありますので、どうぞお使い下さい」

 

「ありがとう」

 

 

 ベッドから身を起こして、指揮官は洗面所への扉を開ける。さらに先にはシャワールームがあり、その気になれば部屋に閉じこもって生活できる造りになっている。

 顔を洗い、歯を磨き、寝巻きからグリフィンの制服──彼は制服が普段着なタイプなのである──へと着替えて戻る頃には、保温カートからテーブルに配膳された朝食が出迎えた。

 固焼きの目玉焼き。バタートースト。焼きたてのソーセージ。コールスローサラダ。

 定番ながらも、決して手抜きは感じさせないのがG36の凄さだ。

 

 

「どうぞ、お召し上がり下さいませ」

 

「うん。いただきます」

 

 

 促され、指揮官は朝食を口へ運び始める。

 無言で食べ進めていくが、彼の表情は幸せそうで、G36も、ただ微笑んでそれを見守る。

 程なく食事は終わり、「ご馳走様。美味しかったよ」「ありがとうございます」と、定型句になりつつある言葉の後、コーヒーが淹れられた。

 

 

「本日の御予定は、特に組まれておりません。グリフィンの業務も、カリーナ様が処理できる範疇に留まっておりますので、しっかりと休養なさって下さい。ご主人様」

 

「ああ、そうだったか。すっかり忘れていた。……と言っても、何もやる事がないんだよな。せいぜい筋力トレーニングとか、戦術シミュレーションぐらいしか」

 

 

 ほふぅ、とコーヒーを啜りながら、指揮官がなんとも寂しいスケジュールに愚痴をこぼす。

 誰かとデートにでも行ければリア充なのだろうが、基地から出るなんて論外だし、部屋デートするほど親しい間柄の女性も居ないので、仕事の延長のような事しか出来ない。

 正確に言うなら、誘えば色んな意味でOKしてくれそうな戦術人形も居るには居るけれど、そんな事をしたら、それこそ色んな意味で問題が発生するのを、そこはかとなーく理解しているため、選択肢に入れられないのである。

 仕方なく、片手腕立て伏せの自己記録更新でも目指すかと、色気の欠片もない予定を組もうとしていた指揮官だったが、意外にもG36が口を挟んだ。

 

 

「……あの。でしたら一つ、提案が御座います」

 

「提案? 君がか?」

 

「はい。メイドの分際で、このような事は差し出がましいと思うのですが……」

 

「いや、そんな事はない。聞かせてくれ」

 

「ありがとうございます。では……」

 

 

 G36から進言されるとは予想していなかったようで、彼は驚いた様子を見せるも、すぐに気を取り直して続きを求める。

 しかし、ホッとした顔でG36がどこからともなく取り出したのは、細長いアタッシェケースだった。

 

 

「これは……?」

 

「私の使うアサルトライフル、G36が入っております。特別にカリーナさんに出して頂きました」

 

 

 アサルトライフルの入ったアタッシェケース。

 特に予定のない一日。

 なんとなく、ピンと来た。

 

 

「もしかして……使って欲しい、とか?」

 

「はい。先日、M4A1さんや一〇〇式さんの使う銃を、ご主人様が使用なされたと耳にしました。

 そこで、私の銃も一度お使いになって、お言葉を頂ければと。……御迷惑でなければ、なのですが」

 

 

 普段は凛とした佇まいのG36だが、言葉が終わりに近づくにつれ、気恥ずかしそうな顔を俯かせる。

 こんな表情は珍しい。というより、初めて見たかも知れない。

 彼女がこんな風にお願いをするのも同じだし、無下にするのは可哀想だった。

 指揮官は、コーヒーを飲み干して大きく首を振る。

 

 

「迷惑だなんて、そんなはずないじゃないか。君がいいと言うなら、遠慮なく使わせて貰う」

 

「ありがとうございます、ご主人様。なんだか、あの方達が羨ましかったんです。嬉しいです」

 

「……そうか。なら、片付けが終わったら、さっそく射撃場に行くか。腹ごなしもかねて」

 

「はい。お供致します」

 

 

 コーヒーカップを下げつつ、G36はまた微笑む。

 一見すると、完全無欠なメイドの鑑に見える彼女だが、少女らしい、可愛らしい一面もキチンと持ち合わせているようだ。

 現に、食器類をカートへ片付ける後ろ姿は、お下げ髪が上機嫌そうにヒョコヒョコ揺れている。なんとも微笑ましい。

 

 その後、指揮官とG36は連れ立って部屋を出た。

 指揮官がアタッシェケースを手に少し前を歩き、G36はカートを押している。射撃室へ向かう途中に食堂へ寄り、カートだけ置いて行くつもりなのである。

 が、もうすぐ食堂に着くというタイミングで、ある戦術人形と出くわした。

 頭でピンと立つ猫耳は、彼女がIDWであるという証拠だった。

 

 

「あ! 指揮官だにゃ! おっはようだにゃー!」

 

「IDWか。おはよう。今日も朝から元気だな」

 

「当然だにゃ! 私は元気だけが取り柄だにゃ! ……ん? 元気だけってなんだにゃ!?」

 

「自分で言ったんじゃないか……」

 

 

 一人で乗りツッコミを繰り広げるIDWに、指揮官は苦笑いを隠せない。

 彼女の明るさは隊に不可欠なものだし、助けられる事も多いのだが、日常的にそんな調子だと少しだけ、本当に少しだけ疲れる事もあるのだ。

 しかし、IDWは無駄に元気良く話を続けた。

 

 

「それより聞いたにゃ指揮官! 一〇〇式とM4の銃を射撃訓練に使ったって!」

 

「……まぁ、そうだけども。何か問題か?」

 

「二人ばっかりズルいにゃ! どうせなら私の銃も使ってみて、感想聞かせて欲しいにゃー! ……ダメかにゃあ……?」

 

 

 打って変わって猫耳をションボリさせ、指揮官の制服の袖を摘み、上目遣いにせがむIDW。

 珍しくしおらしい彼女に、思わず心臓がドキリとしてしまうが、きっと不整脈だろうと首を振る。

 

 

「ご主人様。如何なさいますか?」

 

「いや、うん、構わないんだが。構わないんだが、な……」

 

「ホントかにゃっ? やったにゃー! 指揮官に使って貰えるにゃーっ!」

 

 

 G36から問われ、取り敢えずは了承する指揮官だったけれど、これまた元気良く飛び跳ねるIDWに、段々と頬を引きつらせていく。

 何故なら、今まさに朝食を摂ろうと食堂へ向かっていたのだろう、通りすがりの戦術人形達が、興味深げにこちらを見ているからだ。

 いいなぁ。私も頼んでみようかしら。なんだか面白そう。見に行ってみようよ。

 そんな声が、そこかしこから聞こえてきた。

 

 

「ハードな一日になりそうだ」

 

 

 指揮官が呟いた言葉は、果たして、その一日を予言する事となったのである。

 のちに彼はこう語った。

 あの一日のおかげで、銃を撃つという行為が、息をするのと同レベルで出来るようになった気がする、と。

 これを成長と捉えるか変質と捉えるかは、本人に寄る所であろう……。




 紳士淑女の禁じられた遊び、大型製造。
 97式散さんが貰えるまで6/6/6/4壱式投入した結果、お迎えした戦術人形達を列記します。
 StG44、M37、イングラム、モシン・ナガン、NTW-20、PPS-43、モシン・ナガン、ネゲヴ、MG42、Vector。
 ついでに救助イベントでリー・エンフィールド、G41、P7、G17。

 KSG様は出ませんでしたけど、これはある意味大大大勝利なんじゃなかろうか!?
 実はVectorさん二人目だし、メンテ前までのデイリーでMG5さん、スオミ二人目、そして待ち望んでいたロリ痴女さんまでお迎えした事を加味すれば、夜道が怖くなるくらいの超戦果! 約一時間後にはTMPちゃんも来るし、もうウッキウキですわ! 圧倒的コア不足!
 パックに課金すりゃ良いんでしょうけども、ゲーム内でタダで入手できるアイテムにお金を払うのにはちょっと抵抗が。
 まぁ、X'masスオミのスキンは出るまで回すつもりなので、最悪3万円は払う用意してます。
 でも可能な限りコイン課金は控えたいから、ハロウィンガチャは我慢しなければ。我慢……。にゃんこVector……。くうぅ……。

 次回からはまた404小隊のお話。FFFのChapter3となります。
 作戦行動、開始。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

First step For the Failed Chapter3

シリアス回その三。
神妃を騙るモノ。夜闇に踊る。

あと、本編とは全く関係ありませんが、我、唐突に気付く。
PTRDとM37を並べて編成したら、下半球と上半球が揃い、大きな大きな恥球になると!
……いや。それだけなんですけどね。うん。


 太陽が地平へと沈み、空は紫色から藍青色、そして漆黒へと変化していた。

 ちょっとした丘の下に停車する装甲車を降り、偵察用ドローンを先行させると、進行方向に鬱蒼とした森林が広がっているのが確認できる。

 元は林業試験場として利用されていたというが、人間の手を離れた後、間伐も行われないままに、ただ森が拡大してしまったらしい。

 

 

「嫌な感じね」

 

「待ち伏せには打ってつけ、か。45姉、気をつけよう」

 

 

 45が眉を寄せながらダミーと共に荷物を降ろし、ナインは追従しつつ、周辺警戒に全霊を注ごうと気を引き締めた。

 森は視線が通らず、足場の悪さで進みが遅くなるだけでなく、上からの奇襲も容易なため、いつも以上に注意する必要があるからだ。

 続いてG11、416とクライアントも車から離れ、それを確認したティスが声を掛ける。

 

 

「では、ティスは秘密兵器なので、誰かに見つからないよう華麗に去ります。目標を達成したら連絡を。迎えに来ます」

 

『ああ、頼む』

 

「……皆さん。気をつけて」

 

 

 そう言い残し、再び装甲車を走らせるティス。

 クライアントが見送る側で、404小隊の面々は降ろした荷物──暗視装置や予備弾薬、外骨格、各種グレネードなどを確認。慣れた手付きで装備していく。

 G11だけは面倒くさがり、416が無理やり暗視ゴーグルなどを被せている有り様だが、そんな中で、彼女はクライアントを見ないまま口を開いた。

 

 

「本当に着いてくるつもり? 監視したいんでしょうけど、守って貰えると思っているなら、それは御門違いよ」

 

『心配は無用だ。T-Petやドローンで実戦のサポートをした事もある。それに、HGタイプの戦術人形が居ない今、情報収集に特化した補助は不可欠なはずだろう?』

 

「……ふん。一理あるわね。言ったからには役に立って頂戴」

 

『勿論だ』

 

 

 戦術人形には、生体部品と機械部品の両方が使用されているが、最初から戦闘を想定して製造された人形でない限り、視覚や聴覚に特別な機能は付与されていない。闇は見通せず、赤外線や紫外線も視認できない。

 そのため、夜間戦闘には暗視ゴーグルやレーザーサイトなどが必要になるし、最も欠かせないのはHGタイプの戦術人形だ。

 使用する事を許された武器が拳銃に限定されている代わりに、彼女達は他の戦術人形よりも多くの携行品を持つ権限があり、この中には広域通信規格……ジーナ・プロトコルを使用する際の信号増幅機器も含まれている。

 これを利用し、より遠くの部隊と連絡を取る事が可能なだけでなく、ごく狭い範囲に限り、周辺に存在する機械の発生させる電磁場を検出。その位置を推測する事で、索敵も可能なのだ。専用の走査機器には劣るが、居ると居ないではまるで違う。

 

 クライアントのT-Petは、そんなHGタイプの代理を務められる性能があり、その必要性を理解しているからこそ、416もそれ以上は言わず、自身の準備を整える。

 やがて、小隊はダミーを含めて完全武装を済ませ、クライアントを肩に乗せた45、ナインを先頭に、G11、416の順で進み始めた。

 腐葉土を踏み締めると、時折、紛れた小枝の折れる音が鳴る。

 細心の注意を払っても、不意に擦れる枝葉がざわめき、緊張を強いた。

 

 

「それで?」

 

『……なんだ、45』

 

「さっきの続き。第二の原因って?」

 

 

 それでもマイペースを崩さない45が、中断されてしまっていた話の続きを求める。

 輸送ヘリが墜落した、もう一つの理由。

 こんな時にする話でもないとクライアントは思ったが、45の声音は思いのほか真剣で、仕方なく話し始めた。

 

 

『裏切られたんだ』

 

 

 T-Petから聞こえる青年の声が、月明かりの届かない暗い森で、やけに響く。

 

 

『輸送ヘリを操縦していた戦術人形は、対立する側に雇われた二重スパイで、輸送物の奪取を本来の目的としていた。抵抗した戦術人形が、ギリギリまでログを送信してくれたから判明した』

 

「……なるほど。監視を付けたがるわけね」

 

 

 416が眼を細め、口元に皮肉めいた笑みを浮かべる。

 擬似感情モジュールによって人間のように振る舞う自律人形は、しかしやはり人形であり、基本的に人間からの命令には逆らえない。

 歌えと言われれば歌い、踊れと言われれば踊り、潜入工作を行えと言われれば、能力の及ぶ限り行う。それが自律人形。ひいては戦術人形なのだ。

 軍部で繰り広げられた策謀である事を考えると、その戦術人形は高性能な戦闘用──SSD-62G型の可能性が高いだろう。

 その処理能力を用いて巧みに周囲を欺き、目的を達成するため、最高最悪のタイミングで裏切る。その人形の擬似感情モジュールが、どのような反応を示していようとも。

 

 

「という事は、その裏切り者が輸送物を守っている可能性もあるの?」

 

『いいや。きっと墜落の衝撃で死──破壊されている。機能を保っていたとしても、障害にはならないだろう』

 

「そっか」

 

 

 ナインからの問いに、クライアントは一度言葉に詰まるものの、以降は淀みなく答える。

 裏切った戦術人形がもう機能停止しているなら、横槍が入る可能性は少なく、いい事であるはずなのだが、素っ気なく結ばれた言葉尻は、どこか寂しげな雰囲気を漂わせる。

 裏切りを強いられた戦術人形への憐憫か、戦術人形を死んだと言おうとして訂正した、人の良過ぎるクライアントへの同情か。きっと彼女自身、分かっていない。

 対して、416とG11は特に気にしていないらしく、これから出会うであろう敵を警戒している。

 

 

「出てくるとしたらヘリを墜とした鉄血か、その裏切り者を潜り込ませた陣営か、でしょうね。見つからないに越した事はないわ」

 

「だね。もし見つかったら戦わなきゃいけないから、面倒だし」

 

 

 それきり会話は途切れ、404小隊は無言で進む。

 木の影に隠れたり、藪を見通すためにクライアントが枝を登ったり、互いの死角をカバーし合いつつ、大まかな予想墜落地点へと近づいて行く。

 が、30分ほど経過した頃、不意にクライアントが樹上から皆を呼び止めた。

 

 

『待て』

 

「何か見つけた?」

 

『銃声だ、消音器を使用している。10時の方向、距離350』

 

「よく分かるね、そんな距離で」

 

『見た目は三毛猫だが、ハイエンドモデルだからな』

 

 

 問い返す45の傍らへ飛び降りると、ナインは感心した様子で言う。

 消音器を使用した銃声を、木が乱立して音を阻む中で聞きつけるのは、流石に戦術人形でも難しいのだ。

 音のしている方向は目的の方角と一致している。

 戦闘が発生していると判断した45は、まず偵察をするべきだと判断。周辺の手頃な高台を指差す。

 

 

「あの高台へ向かうわ。G11、一緒に来て」

 

「えぇ……なんでぇ……」

 

「なんでも何も、貴方はスナイパーでしょ。クライアントさんは来る?」

 

『行こう。こいつの眼は観測機にもなる』

 

 

 愚図るG11だったが、渋々と45の指示に従う。

 416とナインは近辺に隠れ、二体(正確にはダミーも含めて四体)と一匹が足音を忍ばせて高台を登る。

 程なく頂上に辿り着き、匍匐でその突端まで移動。ゴーグルを外し、暗視機能付きの双眼鏡で覗く。

 すると、クライアントの言った通り、遠方の木の間で蠢く人影が辛うじて見えた。

 かなり派手に銃撃戦を繰り広げているようで、爆発音や閃光まで届き始めている。416やナインにも聞こえているだろう。

 

 

「ねぇ、あれって」

 

「ええ。人間の部隊ね。G&K以外のPMCか、あるいは……」

 

 

 武装と背格好から、45は彼等が戦術人形ではないと断定する。

 種類までは判別できないが、ほとんどが同じ形状のARを使用し、体格的に男性であると思われたからだ。

 I.O.P.社が製造する人形は基本的に女性型に限られ、G&Kではそんな戦術人形で部隊を編成するが、他のPMCでは未だ人間が“主力商品”であり、多くは男性である。

 故に他社PMCであると考えられるのだが……そうでない場合、輸送を計画した軍部が送り込んだ軍人という、面倒な可能性も出てくる。

 

 

「何かと交戦してる? でも一体、何と……?」

 

「トンでもない奴だっていう事だけは分かるわね」

 

 

 ひとまず観察を続けるが、彼等は尋常ではない火力で“何か”に応戦していた。

 ARはもちろん、グレネードランチャー、対物RF、手榴弾まで使っているらしい。爆発音と閃光はこれが原因か。

 相手が鉄血だとしたら、最低でもフラッグシップ機。最悪の場合、未知のハイエンドモデルと戦っているのかも知れない。

 それ程の必死さを感じさせる戦いぶりだ。

 

 

「さて。クライアントさん、どうする?」

 

『……? なぜ聞く。この小隊の指揮官は君だろう』

 

「まぁ、そうなんだけど。クライアントさんだったら、こういう場合どうするのかなって」

 

 

 周辺の警戒をダミーで行いながら、45は世間話のような気楽さで問い掛ける。

 クライアントにも、同じ光景が見えているはず。彼と同じ人間が、生き延びようと懸命に戦っている姿が。

 

 

『何もしない。見捨てる。彼等を助けても、何一つメリットは無いからな』

 

 

 しかし、クライアントは非情にも思える答えを返した。

 所属の不確かな、重武装の人間を助けた所で、感謝されながら背中を撃たれるという事態も起こりかねないのだ。リスクを考えれば当然の選択だった。

 45も同じ選択を選ぼうとしていたのか、彼の意見に素直に頷く。

 

 

「妥当な判断ね。それより、敵の正体を見極めましょう」

 

「……うん。どんな武器を使ってるか位は分かるはず」

 

 

 意見を一致させた二体と一匹は、彼等の戦いを見守る。

 しばらくは人間側の苛烈な攻撃が続き、その相手は見る事が叶わなかったが、ややあって、手榴弾の爆発とは違う、青白い発光現象が起こる。人間達とは離れた場所だ。

 直後、金切り声のような轟音が響き、人間が、遮蔽物として使っていた太い木ごと吹き飛んだ。

 

 

「冗談、だよね。人が木の葉みたく飛んでくんだけど?」

 

「あの発光……。普通の光学兵器とは違うわ。恐らく、電磁加速銃(レールガン)の類いね」

 

「け、携行型レールガンってこと? そんなの持ってるヤツ相手にできないよぅ!」

 

 

 45の冷静な分析に、G11がひどく狼狽えた。

 現代において、銃火器の規制レベルはとても厳しくなっており、光学兵器などの先進技術を使用した武器──レーザーライフルや粒子兵装は、軍部に属する者しか所持を許されない。

 レールガンもこれに含まれ、通常は超大型の車載兵器として運用される。

 近代兵器としては比較的ありふれていて、わざわざヘリで秘密裏に輸送するとは考え辛いが、携行武器サイズまでダウンサイジングした新型だとすれば、納得がいく。

 そして、それを何者かが先に奪取。人間達に対して使用している?

 直撃すれば確実に即死……いや、掠っただけで腕を捥ぎ取られる事だってあるだろう。

 G11の泣き言も仕方ない最悪の事態だが、クライアントは少々違った理由から焦っていた。

 

 

『まさか……起動させたのかっ!? ナイン達の所へ戻ろう、このままでは危険だ!』

 

「クライアントさん?」

 

『説明はするっ、とにかく急げ!』

 

 

 腑に落ちない部分もあったが、彼の声は切羽詰まったものであり、45とG11はとりあえず従う。

 大急ぎで高台を降りると、ナイン達も不穏な気配を感じ取っているようだった。

 

 

「あ、戻って来た!」

 

「ちょっと45、あの音はなんなの? だんだん近づいて来てるわよっ」

 

『それより隠れろ! そこの大木の裏だ!』

 

「なんで貴方が命令してるのよ!」

 

「416。良いから従って」

 

 

 周辺にある中でも、特に幹の太い木へと皆が隠れる。

 その間ですら奇妙な金切り声は続いており、次第に人間の悲鳴まで聞こえてきた。

 

 

「それで、クライアントさん。情報持ってる?」

 

『G11の言った通り、携行型レールガンだ。アルミ製の弾丸を撃ち出し、鉄筋にすら穴を開けられる』

 

「嘘……。じ、じゃあ、ヘリが運んでいた物って?」

 

『いいやナイン、違う。あれは“ヤツ”の固有兵装の一つに過ぎない』

 

「固有兵装? “ヤツ”? 一体、何を隠してるの? 言いなさい!」

 

『すぐに知る事になる』

 

 

 クライアントへと詰め寄る416だったが、彼女もすぐに気付く。あの金切り声が止んでいると。

 木を回りこみ、恐る恐る様子を伺えば、“何か”が木々を薙ぎ倒しつつ、近づいてくるのが分かった。

 すでにこちらの存在を把握しているらしい。

 

 

『あれが、自律戦闘が可能な支援AIと人工筋肉を有する、全環境型・対人戦闘用強化外装骨格』

 

 

 黒い装甲。三対の腕。逆関節の脚。

 青白く帯電するその大きな影の名を、416の傍らに座るクライアントが呼ぶ。

 

 

『開発コードネーム、トリディーヴィーだ』

 

 

 トリディーヴィー。

 ヒンドゥー教の主神とされるブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァの三神を、一柱の存在の側面であるとする教義がトリムールティーと呼ばれ、この三神の妻とされるサラスヴァティー、ラクシュミー、パールヴァティーを、同様にトリディーヴィーと呼ぶ場合がある。これが由来だろう。

 人間を二周り大きくしたようなその外装骨格は、人間の形からは逸脱していた。

 六つのカメラレンズがある頭部は縦に細長く、背中に中型のコンテナを背負い、通常の腕の他にも、やや細めのマニピュレーターアームらしき物が二対。脚先の逆関節部は、垂直に5~6mもの跳躍を可能とする機構だ。

 右腕には何やらゴテゴテとした筒状の武器を構え、左腕には近接用武器の槍を持っている。恐らく、右腕の物がレールガンか。

 

 まだ404小隊の正確な居場所までは判明していないようで、やや開けた場所で立ち止まり、月明かりの中、異常を検知しようとカメラが明滅している。

 が、だからと言って安心など出来るはずもない。416が思わず小声で毒づく。

 

 

「対人戦闘用ですって……!? 軍部の連中は何を考えてるのっ!」

 

『次の戦争の事だろうさ。どうあっても人間は、他の人間を殺したくて仕方ないんだ』

 

「黄昏てる場合じゃないよっ、私達の武器じゃ絶対に倒せないよ!?」

 

「かか、帰ろう? あれが輸送してた物なら、もう場所はマークしたんだし、帰って大丈夫でしょ? でしょ?」

 

「逃がしてくれれば、ね」

 

「う、うぅう……っ」

 

 

 クライアントに突っ込むナインの横で、G11が撤退を進言した。

 しかし45は無情な現実を突きつけ、その顔を引きつらせる。今にも泣き出しそうだ。

 

 

「クライアントさん。何か方策は?」

 

『ある。トリディーヴィーのスペックが仕様通りなら、つけ入る隙はある』

 

「聞かせて」

 

 

 現状の打開策を求め、45がクライアントへ話を振ると、どうやら現状も想定の範囲内ではあるらしく、すぐに返答があった。

 

 

『第一に、ヤツの名前は三女神から取ったもので、三機の同時運用を前提に作られている。

 一機でも相当な戦力だが、万能ではない。搭乗可能な人間も限定されているし、現在は無人だ。

 搭載された支援AIは、自身が孤立している状態なのを理解しているだろう。

 補給が望めない今、戦闘行動は省エネルギーモードで行うはず。

 つまり、敵勢力の脅威度が低い場合はレールガンは使わず、通常兵器での攻撃が主体となる』

 

「なるほど。あの部隊ならいざ知らず、私達なら瞬殺される可能性は低いという訳ね。でも、それだけじゃ生き延びられないわよ」

 

『ああ。鍵はヤツのAIと、支給したグレネードだ。今からプランを話す』

 

 

 レールガンで撃たれて燃える木の音も、風に揺れる葉の騒めきも、いつまでトリディーヴィーを誤魔化してくれるか分からない。

 クライアントは簡潔にスペックと行動プランを話し、皆が顔を見合わせる。

 

 

「45姉、これなら」

 

「ええ。行けるかもね」

 

「逃げちゃダメなのぉ……? あたし、怖いぃ……」

 

「しっかりしなさい、G11。ここを切り抜けなきゃ、もうラムレーズンアイスも食べられなくなるわよ」

 

 

 どうやら彼のプランに活路を見出したらしく、各々が武器を確かめ、励まし合い、戦いに備える。

 だがそんな時、45のブーツにトンと軽い感触が。

 クライアントの小さな肉球付きの手が乗せられていた。

 

 

「なに、クライアントさん」

 

『首輪の後ろを探ってくれるか』

 

 

 なんだろうと思いはしたけれど、言われるがまま首輪の内側へ指を滑らせる。

 すると、指の爪ほどの、小さなメモリーカードが見つかった。

 

 

「……これは?」

 

『後で内容を確認してくれ。必要になるかも知れない』

 

 

 それきり彼は何も言わず、45も懐にカードを仕舞い込む。

 しかして、数秒後。

 彼女の投げた発煙手榴弾を皮切りに、戦闘が始まった。

 

 トリディーヴィーは即座に反応し、マニピュレーターアームでコンテナからヘビーマシンガン(HMG)を取り出す。

 レールガンと持ち替え、アームにはバッテリーと思しき物を交換させ、コンテナへと収納させている。

 目標を見つけられず、撃ちあぐねいているトリディーヴィーだったが、不意にその斜め前方で雷光が弾ける。416の放った5.56mm弾が、不可視の壁に阻まれたのだ。

 

 

「ちっ、本当に電磁力場障壁(フォースシールド)持ちなのね。面倒だわ」

 

 

 移動し、別の木に隠れながら、また毒づく416。

 アブソーブシールドと同系列の防御機構で、攻撃を受け止めるのではなく、指向性の障壁で逸らす事を主眼としている。

 大質量体をぶつけるなど、非常に強力な攻撃であれば、逸らさせずに貫く事も可能だが、そんな火力を持つ武器は持ち合わせていない。ハンドガードのアタッチメント──HK GLMから発射する榴弾も逸らされるだろう。

 

 トリディーヴィーは、416の隠れた木へ向けてHMGを乱射する。

 見る間に木の皮が剥がれ、幹が削がれていくも、今度は背中側から、脚部に向けて.45ACP弾と9mm弾が集中した。

 恐らく装甲が完全ではなかったか、人間達の攻撃で破損していたのだろう。関節部からスパークが発生し、トリディーヴィーは膝をつく。

 けれど、コンテナからアームが二丁目のHMGを取り出して、そのまま乱射。45とナインは咄嗟に木の裏へ隠れる。

 

 

「レールガンよりはマシだけど、当たったら終わりって意味では変わらないじゃない。クライアントさんの嘘つき」

 

「この木も保たなそう。次へ行こ、45姉」

 

 

 45は弾倉を取り替えながら軽口を叩き、ナインが閃光手榴弾を投擲。

 一瞬の目眩しにしかならないけれど、装着したT型外骨格の機動力のおかげで、新しい木への移動は容易だった。

 だが、しばらくするとトリディーヴィーはHMGをアームに任せて、両手で槍を構え、赤熱したそれで木々を薙ぎ払う。

 

 

「ヒートスピアを使い始めた……。弾を使うのも勿体ないって事かしら?」

 

「ひいぃ……。あああ、あんなのに当たったら、一瞬で溶けちゃうぅ……」

 

「当たらなければどうって事ないわ。射程範囲に入らなければ良いだけよ」

 

 

 416と合流したG11が、万が一を想像して身を竦ませる。意志を持たないはずのダミーすら、とても情けない表情を浮かべていた。

 対人戦闘用という事もあり、見た目にも厳つい近接武器を装備しているのだろうが、確かに一定の効果はあるようだ。

 そんな彼女達をカバーしようと、ここでナインが木の影から躍り出る。

 

 

「ほら! こっちに来い木偶の坊!」

 

 

 ダミーと共に弾をバラ撒きつつ、注意を引こうと叫ぶナイン。

 トリディーヴィーは、片脚を引きずりながらも驚異的な跳躍力で追い縋り、森の切れ目、切り立った岩壁の下で槍の範囲に捉える。

 脚を切り落とそうとする穂先を、ナインとダミーもまた人間離れした跳躍で回避し、ついでとばかりに手榴弾を放り投げた。

 また閃光手榴弾だと判断したトリディーヴィーのAIは、カメラレンズを遮光モードにするだけで済ませようとした──が、炸裂した瞬間、その躯体は硬直。微動だにしなくなる。

 ナインが投擲したのは閃光手榴弾ではなく、クライアントが用意した電磁手榴弾、パルスグレネードだった。

 距離を取っていなければ、ナインも強制シャットダウンしてしまっていたほど強力な物だ。

 

 

「今よっ」

 

 

 ナインの合図で、416とそのダミーが飛び出し、事前に榴弾が装填されたGLMを、トリディーヴィーに向けて構え──

 

 

「喰らいなさい……!」

 

 

 発射した。

 けれど、榴弾はトリディーヴィーの遥か頭上、岩壁の突端に向けて飛び、炸裂する。

 岩肌に大きなヒビが入ったが、ダメ押しにもう一度。

 GLMの砲身を左へスリングアウトさせ、榴弾を再装填してまた発射すると、自重に耐え切れなくなった岩の大塊が剥がれ、雪崩落ちる。

 重い地響き。

 巻き上がった土煙が収まるれば、頭部やら肩やら、様々な箇所の装甲を歪ませるトリディーヴィーが、下半身を岩に埋もれさせているのが見えた。

 

 

「G11、頭っ!」

 

「分かってる」

 

 

 間髪入れず、G11がその歪んだ頭部装甲を狙い、バースト射撃を行う。

 凄まじい速度で殺到する銃弾が、装甲を更に歪ませ、軋ませ、ついには部分的に剥ぎ取った。

 しかし、そこでトリディーヴィーのカメラに光が灯る。ダウンしていたAIが再起動したのだ。

 全身から金属の悲鳴を上げ、岩を押しのけようと──

 

 

『そうはさせない!』

 

 

 トリディーヴィーの頭上から、遅れて降る影。

 岩壁から十数mも飛び降り、軽やかにその肩へ降り立った影──クライアントは、折れ曲がっていた尻尾を伸ばし、先端に隠されていたジャックインプラグを、装甲の剥がれた部分へと突き刺す。

 途端、トリディーヴィーは躯体を痙攣させ、もがき苦しむようにジタバタした後、ゆっくりと動きを止めた。

 数秒の間を置き、45とナインが銃を降ろしつつ歩み寄る。

 

 

「どうやら、上手くいったみたいね」

 

「うん! クライアントさんの作戦、バッチリだったね!」

 

『相手の能力を把握できていたからな。それに、君達の連携も完璧だった。ある意味、勝てて当然──っ!?』

 

 

 しかし、安心したのも束の間。停止したはずのトリディーヴィーが、再び痙攣し始めた。

 潰れて数の減ったカメラレンズが不規則に明滅し、死に抗おうとでもするかの様に、激しくのたうち回る。

 

 

「ちょっと、また再起動しようとしてるわよ!?」

 

「ど、どうするの? あたし達だけで抑えるなんて無理なんじゃ!?」

 

 

 咄嗟に距離を取り、また銃を向ける皆だったが、再起動を果たしたとすると、トリディーヴィーに有効打を与える選択肢は少ない。

 やるなら今、416が榴弾をあるだけ撃ち込む事だけれど、彼女はその肩にしがみつく存在に、一瞬躊躇ってしまった。

 その間にトリディーヴィーは瓦礫の中から這い出し、最も近い攻撃対象、416へ飛び掛かろうと脚部の人工筋肉を収縮させ……肩に居るクライアントの体がスパークした瞬間、また動かなくなる。

 10秒、20秒、30秒。

 それだけの時間が経って、ようやく完全に停止したと確信できた。

 

 

「今度こそ、停止したかしら」

 

「はあぁ……。心臓に悪いよ……」

 

「全くだわ」

 

「終わった……? 終わったんだよね? もう気を抜いていい? っていうか帰っていい?」

 

「ダメよ」「ダメだよ」「ダメに決まってるでしょ」

 

「ひぃん……」

 

 

 45、ナイン、416から総ダメ出しされ、G11が眼に涙を浮かべて銃を構え続けた。

 どうにか作戦行動は勝利で終わったが、勝って兜の緒を締めよ、である。

 

 クライアントの立てたプランは以下の通りだ。

 まずは木を盾にしながら攻撃を仕掛け、こちらの火力レベルを認識させる。

 可能であれば機動力を削ぎ、トリディーヴィーを高台から続く岩壁沿いへと誘いこむ。

 前もって閃光手榴弾を使用して対応策を擦り込ませ、タイミングを見計らい、対自動機械用の電磁手榴弾を使用。動きを完全に止め、岩壁を崩落させて物理ダメージを狙う。

 行動不能に出来ればよし。出来ずとも確実に損傷しているはずなので、損傷箇所を集中攻撃し、戦闘力を減らす。

 岩の大きさは予測できないが、多少小さくても、フォースシールドを張られたとしても、過負荷を掛ければ一時的に使用不可にさせられるため、畳み掛けられる。

 その後、隙を見て中枢回路に通じる配線を露出させ、クライアントが支援AIをジャック、焼き切る。失敗した場合でも、超至近距離でパルスグレネードを炸裂させられたなら、相応のダメージが与えられる。

 

 多少のトラブルはあったが、概ねクライアントの想定通りに事が運んだという訳である。

 トリディーヴィーの肩で伸びている彼を労おうと、45が声を掛けた。

 

 

「ご苦労様、クライアントさん。無事に終わって何よりね。……クライアントさん?」

 

 

 が、返事はない。

 触れてみても、全く反応がない。眼を閉じ、グッタリとしていた。

 まるで死んでしまったように。

 

 

「45姉? クライアントさん、どうかしたの?」

 

「……動かない。機能停止したみたいね」

 

「えっ」

 

「タツノコ、死んじゃったの……?」

 

 

 45の言葉に、周辺警戒をダミーに任せ、皆が駆け寄る。

 見た目で分かる損傷がなく、眠っているようにも見えるが、四肢に力はなく、やはり死んでいる……動力を失っているのは確かだった。

 

 

「多分、AIを焼き切るためのパルスをオーバーロードさせたのね。単に電池が切れた可能性もあるけど……」

 

 

 外装骨格の支援AIとはいえ、軍が製造した物。然るべき保安プログラムはあって当然だ。

 推察するに、一旦は破壊された支援AIが復帰プログラムで再起動し、それを強引に焼き切るため、自らを危険に晒すレベルのパルスを放出せざるを得なかった……という所か。

 巻かれていた首輪が焦げ付いているのが気になるけれど、それよりも重要な懸念に416が気付く。

 

 

「ちょっと待って。じゃあ、わたし達の回収はどうなるの? あの子──ティスに連絡をつけられるのは彼だけじゃ……」

 

「それなら、大丈夫だと思うわよ」

 

 

 帰りの脚を用意したのはクライアント。その彼が行動できなくなったのでは、いつ追っ手が掛かるかも分からないのに立ち往生させられてしまう。

 だが、45は特に困った様子も見せず、彼から渡されたメモリーカードをPDAに読み込ませた。

 すると、画面にはとある地図情報が表示され、一つの連絡先も追加される。

 

 

「やっぱり」

 

「これ、座標? もしかして回収ポイント?」

 

「きっとね」

 

 

 ナインが肩越しに覗き込み、45は画面を確認しながら頷く。

 やはり内容に間違いはなく、任務完遂後の回収ポイントと、それをティスに知らせるための暗号通信アドレスだった。

 これで一安心……と行きたいのだが、416はこんな時こそ用心深さを発揮する。

 

 

「本当に大丈夫なの? 罠という可能性だってあるわ。用済みなったら処分、なんてザラにある事でしょう」

 

「ん~……。今回に限っては、無いかもね」

 

「根拠は?」

 

「か・ん♪」

 

「……誤魔化すなら、もっとそれらしい理由を付けて欲しいわね」

 

 

 にこやかな微笑みを浮かべる45と、頭痛を我慢しているような顰めっ面の416。

 何か話したくない事がある時、彼女はこうやって煙に巻いたり、逆に断片的な情報で混乱させたりする。

 いつもの事ではあるし、きっとそうする事情があるのだろうが、本当に困ったものだ。

 

 

「一応、彼も連れて行きましょうか」

 

「だね。このままじゃ、ちょっと可哀想だし。じゃあ45姉、私が……」

 

「という訳だから、416。抱っこしてあげて? はい」

 

「え? あっとと、な、なんでわたしがっ」

 

「そうだよ、なんで私じゃダメなの!?」

 

「だって、この中で416だけがクライアントさんを触ってないじゃない。仲間外れも可哀想かなーと思って」

 

「あ、それもそっか……。じゃあ仕方ないね。416? 落とさないように、しっかり抱っこしてあげなきゃダメだよ?」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい! わたしは抱っこしたいなんて一言も……聞きなさい、こら!」

 

 

 そんな天邪鬼リーダーは、抱き上げたクライアント──否、タツノコを416に押し付け、トリディーヴィーの現在地をマークしてから、回収ポイント目指して歩き出した。

 ナインがその後に続き、416も慌てて走り出す。

 ああだこうだ言いつつ、決してタツノコを落とさないよう、しっかりと抱きかかえながら。

 なお、すっかり静かになったG11だが、立ったまま半分眠り、なおかつ皆の後を追うという、器用過ぎる芸当を密かに披露していたのであった。




 やってしまった……。誘惑に負けてハロウィンガチャを回してしまった……。自分の意志の弱さが憎い……。
 早めにカーミラを引けたので正気に戻れましたが、まぁエロい。あんなエロい格好で無邪気に「だーいすきっ!」とか言われたらもうね。副官にせざるを得ません。背後に誰も立たせないよう気をつけねば。
 そして、TMPちゃんとかART556ちゃんとか、ほぼ確実にお迎えできる子もやたら可愛いのが嬉しいっすな。耳とか尻尾を弄くり回したい。

 戦闘中の描写についてですが、少女前線2のPVで416ちゃんがグレネードを発射してる場面ありましたけど、あれどう見ても使ってるのM203ですよね。仕様上は装着できないはずの。
 ちょっくら改造でもすれば着けられるんでしょうけど、とりあえず本作では実銃に沿ってGLMから発射しています。スリングアウトって響き、カッコ良し。M203の「ジャコッ」って感じも好き。
 トリディーヴィーの見た目は、攻殻機動隊SACのパワードスーツとか、Anthemのジャベリンみたいなのを想像して貰えれば近いかと。
 開発者が元中東諸国の家系で、この名前となりました。今回撃破された躯体にはパールヴァティーという識別名がついています。
 3機のうち1機がレールガンなどでの射撃、もう1機がフォースシールドでの護衛、最後の1機が死角をカバー、といった感じで運用されるはずでした。

 以上、補足終わり。
 最近はカボチャ狩りをしつつデイリーで0-2周回してますが、凄いですね、防弾チョッキ着たM16姉さん。カッチカチやぞ。
 おかげで毎日のコア入手量が格段に増えて、五拡HGを複数作れたしで万々歳。
 ROさんも日々の自律作戦で順調に育ってますし、次のコラボイベントが待ち遠しいっす。

 次といえば、次回はFFFのChapter4。最終話にして種明かし編です。
 短めになると思いますが、今しばらくお待ち下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

First step For the Failed Chapter4

シリアス回その四。最終話。
名も無き戦術人形への手向け。


 トリディーヴィーとの戦いが終わって数時間後。

 404小隊は再び装甲車に揺られていた。

 

 

「それで、このT-Petは大丈夫なの?」

 

「安心して下さい。ちゃんとした機材で再起動を掛ければ、元通りになります。そうしたら、頑張ったご褒美に電気マタタビをあげます」

 

「……そう」

 

「良かったぁ……」

 

 

 変わらず運転手を務めるティスが、416の膝に居るタツノコの状態を説明し、それを聞いたナインからも安堵の息が漏れる。

 巻かれていた首輪には、過電流を防止する、いわゆるアース機能のようなものがあり、T-PetとしてのAIを致命的なダメージから守ったらしい。備えは万全だったようだ。

 ナインは最初からだが、416も抵抗感はなくなったのか、眠っているようなタツノコを優しく撫でていた。

 奥の座席はダミー達と惰眠を貪るG11が占領しているし、416とナインはタツノコと戯れているしで、とても平和な車内であったが、助手席で黙々とPDAを操作していた45は、画面を見つめたままティスに問い掛ける。

 

 

「ねぇ。今回の依頼、軍からの依頼だって話だったけど」

 

「そうなんですか。私は何も聞いてませんでしたから、初耳です」

 

「ふうん。ま、それならそれで良いから、聞いてちょうだい」

 

 

 ……いや。それは問い掛けというより、独白に近い呟きだった。

 

 

「本当の目的は、回収じゃなくて横取りだったんでしょ」

 

 

 和やかだった雰囲気を、その呟きが冷ます。

 ナイン達も無反応ではいられず、発言の真意を問う。

 

 

「45姉? それって……」

 

「トリディーヴィーに殲滅されたのが本物の回収部隊。

 私達は、裏切ったとされる戦術人形の側に与した。

 成果を奪うため。ネタにして強請るため。台無しにするため。なんの為かは分からないけど。

 そうでなければ、あれを起動する事は難しかったはずよ」

 

「つまり、わたし達は最初から騙されていたわけ?」

 

 

 どのような経緯で開発されたにしろ、あの外装骨格は軍部が製造したもの。

 然るべき安全装置は備えているはずであり、キチンと起動させなければ、乗り込んでも指先一つ動かせない鉄の塊だ。

 しかし、事実としてトリディーヴィーは起動して、PMCと思しき部隊と404小隊を襲った。

 という事は、先に接触したPMCが起動キーを持っていたか、輸送中に起動した事になる。人形に起動キーを預けるとは考えにくいので、必然的に前者であろう。

 

 説明された依頼内容は、トリディーヴィーの所在の特定。

 騙してはいないのだろうが、クライアントの発言は明らかにミスリードを誘うものであり、416の反応も致し方ない。

 更に言うなら、回収部隊がなぜトリディーヴィーと戦闘になったのか、という疑問も残っている。

 一瞬にして緊迫する車内だったけれど、あえてなのか元々の性格なのか、ティスは他人事のように素知らぬ顔で返す。

 

 

「仮にそうだったとしても、私には何も言えません。本当に知りませんでしたから」

 

「でしょうね。あ、勘違いしないでね? 別に責めるつもりじゃないの。私的に確かめたかった情報は、あのメモリーに入ってたもの」

 

 

 Need to Know ──必要な事だけを知らされ、他の事に関する情報は持たない。

 軍人にとって当たり前の情報統制は、PMCでもごく普通に行われる事である。

 故にティスを責めても意味が無く、むしろ貧乏クジを引かされて可哀相でもあった。

 なにより、きっと彼女はこの任務を終えた後、404小隊の事を忘れてしまう。

 任務自体の記憶はあったとしても、誰と出会ったかは完全に抹消される。404小隊と任務で接触したグリフィンの人形は、記憶処理を受けなければならない裏の規程があるのだから。

 もし次に会った時、ティスとはまた初対面の挨拶を交わす事になり、そして、それを疑問にも思わない。そうでなければ、404(not found)であるべき彼女達の意義が失われる。

 

 無理やり忘れさせられるティスと、誰にも記憶されない404小隊。

 どちらがより哀れな存在なのか、他人が判断するのはおこがましいこと。

 だから416は、せめてその責任の所在を確かめておこうと、溜め息混じりにボヤく。

 

 

「結局、本当の依頼人は誰だったのよ。開発元と敵対する勢力? 善意の第三者な訳はないでしょうし……」

 

「どうかしら。案外そうかもよ」

 

「……え?」

 

 

 綺麗に整えられた416の眉が歪む。

 この御時世に、善意の第三者。

 まだ痴話喧嘩の末だとか、勝手にコーヒーを飲まれたからだとか、下らない理由の方が納得できる発言内容だったが、45は訝しむ声が聞こえていないように、言葉を並べ続ける。

 

 

「存在し得ないもの。あり得ざる確率。オカルティックな現象。

 全く意味のない事かも知れないのに、人間は往々にして何かを投影する。

 願望。過去。……あるいは、罪悪感からの行動なのかもね」

 

「何を言いたいのか、まるで理解できないんだけど」

 

「奇遇ね。私もよ」

 

「何よそれ」

 

 

 抽象的な物言いは45の得意分野(いつもの手)で、それ以上は何も聞けないのだろうと、416は早々に諦める。

 果たして、彼女が胸の内を明かす日が来るのだろうかと、諦観の内に考えながら。

 

 

「とにかく、何も問題はないんだよね。いつも通り、45姉の持ってきたお仕事を達成して、ちょっと休んで、またお仕事。でしょ?」

 

「そういう事。でも、今回は額が額だから、いつもより贅沢しましょうか♪」

 

「……それには賛成ね」

 

 

 不穏な空気を吹き飛ばそうとしてか、ナインは殊更に明るい笑顔で話題を変え、45と、416もそれにならう。

 そう。いつも通り。

 今回の任務も、彼女達にとってはいつも通りの、これからも続く、変わり映えしない日常の一部に過ぎなかった。

 

 

「ん……。まだ、食べたりない……よ……。んへへ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「指揮官。現場に到着しました」

 

 

 少女が呼び掛けたのは、座席に丸まって眼を閉じる、赤い首輪を着けた犬型T-Pet──シベリアンハスキーだった。

 “彼”がおもむろに顔を上げると、その声の主……長く艶やかな銀髪を、青いラインの入ったリボンで飾るHGタイプ戦術人形、トカレフが微笑んでいる。

 頷くように首を動かした後、“彼”は軽やかに装甲車から降り、彼女も白いワンピースのスカートを翻して続く。

 満月が空に浮かんでいた。

 付近には、立ち往生でもしたかのように動かない外装骨格……トリディーヴィーが。

 

 

「既に部隊は展開しています。周辺に鉄血、並びに不審な反応はありませんでした」

 

『ご苦労。ペーペーシャ!』

 

「はい、ただちに」

 

 

 報告を受けた“彼”が呼び掛けると、赤い星の入ったウシャンカから溢れる金髪が美しい、青い瞳のSMG、PPSh-41がとある大型輸送車へ駆けていく。

 その輸送車は、他の戦術人形が護衛していた。

 赤いベレー帽に赤いマフラー。緑地迷彩のブラトップと黒革の短パンという、少々寒そうな格好をしている、金髪碧眼のAR、AK-47。

 ベレー帽とマフラーまでは同じだが、青い衣装の前が開き、薄手のスリップ越しに黒いショーツが見えてしまっているAR、9A-91。

 他にも、PPS-43、M1895、モシン・ナガン、SVD、SKSなど、東欧某国で開発された銃器で武装した戦術人形達が勢揃いしている。

 そんな中、部隊のリーダーを務める9A-91が、“彼”へと歩み寄る。後ろで結われた銀髪は、その心情を現すように風に揺れていた。

 

 

「指揮官……。本当にやるつもりなんですか?」

 

『当たり前だろう。ここで止めたら、なんの為に危ない橋を渡ったのか分からなくなる』

 

「それはそうなんですが……。指揮官が妙な連中に眼を付けられでもしたら、心配で」

 

 

 9A-91の懸念は、事が上手く運んだせいで発生するであろう、遺恨についてだった。

 シベリアンハスキーを操作している“彼”と、404小隊を補佐した猫──タツノコを操作していたクライアントは同一人物であり、9A-91率いるこの部隊は、404小隊と別方向から、ほぼ同時に作戦行動を開始した。

 彼女達の戦果を確保するという事を第一目標とし、更にもう一つ。ヘリの墜落地点に向かって移動している鉄血の小規模部隊を発見した場合、事前に排除するというのが、第二目標だ。

 

 もっとも、移動を始めて早々に鉄血と遭遇してしまい、“彼”が404小隊に随行している間に、第二目標を達成してしまったのだが。

 その間、9A-91は代理として見事に部隊を統率し、“彼”の期待に応えた訳だが、いざ第一目標達成を前にすると、不安が勝った。軍部の闇と関わって、無事に人生を終えられる者は少ないのだから。

 けれども、サブリーダーを務めたAK-47は、彼女の隣に立ってその不安を笑い飛ばす。

 

 

「なーに、大丈夫だって! 変な事を企んでた連中から、秘密兵器を奪ったってだけだろ?

 休日出勤で人助けしたようなモンなんだし、それでなんか言ってくるヤツなんざ、むしろブッ飛ばした方が世のためってもんさ!」

 

「そんな簡単に行くのなら、世界は今の形になってないんですよ、この脳筋。私は指揮官の身の安全を第一に考えたいんです。指揮官に何かあったら、私は……」

 

『……ありがとう、9A-91。だが心配するな。今頃ヤツ等は、責任の擦りつけ合いに忙しいだろう。手早く済ませれば、誰にも気付かれずに済ませられる』

 

 

 豪快に金色のロングヘアを揺らすAK-47だが、9A-91は冷静に切って捨てる。

 日常面では露出過多な暴走気味少女でも、戦場では優秀な兵士に他ならない。

 加えて、隣で膝をつき、眼に涙を浮かべ、心の底から身を案じるその姿は、清らかな乙女そのものだった。

 彼女の下半身を視界に入れないよう努めながら、安心させるために“彼”は言い聞かせる。

 全ては気休め。希望的観測による、都合の良い解釈だったが。

 ややあって、ズシン、ズシン、と重く騒々しい足音が、大型輸送車から響いてくる。

 後部ドアから現れたのは、赤く塗装された工作用ロボットが3機。ペーペーシャとそのダミーが操縦していた。

 

 

「準備が整いました、指揮官」

 

『よし。始めてくれ』

 

 

 “彼”の声を受け、ペーペーシャはロボットをトリディーヴィーへと向かわせる。

 今ならまだ止められる。始まってしまえば、もう後戻りは出来ない。

 だが“彼”は何も言わず、ただ事の推移を見守った。

 すると、ダミーを周辺の哨戒に向かわせたPPS-43の本体(メインフレーム)が、姉の動かすロボットを眺めながら問い掛ける。

 

 

「ねぇ、同志。一つ聞いてもいい?」

 

『なんだ』

 

「どうして引き受けたの? 正式な依頼じゃなかったのなら、断って良かったと思うんだけど」

 

 

 紺色のタイトなワンピースと、丸耳がついた同じ色の帽子を合わせる彼女は、やけに細いシルエットのSMGを油断なく構えていた。一本の長い三つ編みにした赤毛が、尻尾のように振れる。

 45達には断れない依頼だと嘘をついたが、実際には、断ろうと思えば断れる依頼だった。

 そもそもが「依頼」ではなく「お願い」だった事もあるけれど、これから先の安泰を望むなら、聞かなかった事にする方が賢明だろうと思われた。

 

 

『確かに、放置した方が身のためだっただろう。首を突っ込んだ所で、妙な連中に目を付けられるだけだ。9A-91の言った通りにな』

 

「じゃあ、何故?」

 

 

 “彼”の真意を聞きたくて、PPS-43は続きをせがむ。

 本当は話してやりたいが、話してしまえば、いざという時に逃がしてやれない。

 “彼”はシベリアンハスキーの姿で溜め息をつき、眼差しを遠くへ。

 

 

「絶対に、受け取れないはずのメッセージだったそうだ」

 

 

 思い出すのは、不意に鳴った秘匿回線での着信。

 いつも通りの気怠げな表情と、いつになく真剣な声。

 

 

「何かの罠だという可能性はあったが、それでもあの人は応えた。ある意味では、全第二世代戦術人形の、親みたいなものだから。……要するに、手伝っただけなんだよ」

 

 

 彼女は語った。

 不可解な電子メールと、書かれていた情報の事を。

 それが事実だとして、何かをする義理も義務もない事を。

 思えば、背中を押したのは“彼”だったのかも知れない。

 どうするべきかを悩んで彼女は連絡し、“彼”の一言で心を決めた。

 そうして、ごく限られた人間しか実態を知りえない404小隊に、依頼を持ちかける事になったのだ。

 

 

「なんだかオカルトめいてるわね」

 

『信じられないか』

 

「……よく分からない。ただ……」

 

 

 はぐらかすような言い回しでも、PPS-43は“彼”が言わんとする事を察したようだった。

 本来入手し得ない情報を元に、厄介事へ首を突っ込んだ。それも、使い捨てにされたであろう戦術人形のために。

 通常では考えられない行動だ。特に、実利主義に傾倒しがちなPMCでは。

 

 

「どんな形であれ、その子は自分の使命を完遂できて──同志に引き継いで貰えて、良かったなと思うわ」

 

『……そうか』

 

 

 寂しげに伏せられた眼は、顔も名前も知らない戦術人形へと、黙祷を捧げているように見えた。

 そして、再び開けられた時には決意が満ちている。

 与えられた役割を果たそうという、強固な決意が。

 “彼”はそれを見てしばらく沈黙し、やがて静かに頷く。

 

 

『やり遂げよう。いつか来るかも知れない、その時のために』

 

 

 機械仕掛けの黒い瞳の中で、ペーペーシャとロボットが作業を始める。

 全ては選択肢を得るために。

 正解を引き当てるか、致命的に間違ってしまうかまでは分からない。

 けれども、為す術なく立ち竦む事だけは、決して許されないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 警告音。浮遊感。腹部の貫通瘡。迫る地面。

 もう立て直せない。

 わたしはここで、与えられた任務を達成できずに終わる。

 悔しい。悲しい。怖い。

 

 神様なんて、きっと居ない。

 かつて居たとしても、今はもう何処にも居ない。

 だからこの声は、誰にも届かない。

 この気持ち(いのり)は誰にも知られずに、消えるだけ。

 だからこそ、わたしは願ってしまう。

 

 お願いします。

 せめて、わたしが生まれてきた意味を。

 わたしに与えられた責務を、果たさせて下さい。

 

 

 

 




 最近の悩み。
 0-2周回は実入りが良いけど時間が掛かる。睡眠時間削るのも厳しいし、回数減らそ……。
 あと、このタイミングでロリスキンとか卑怯過ぎる。こんなの……こんなの……ロリーエンかロリネゲヴ引くまで回すしかないじゃないかっ!!(血走った眼)
 それはさて置き、今回でシリアス回は終了です。
 遠回しな書き方で分かり辛かったと思いますので、またもや補足をば。

 本当の依頼主は、なんでか頭に猫耳っぽい物を着けてる白衣の人です。
 ある日、発信元すら定かでない不可解な電子メールを受け取った彼女は、その内容を訝しみ、疑い、けれど添付データを無視も出来ず、指揮官に連絡を取りました。
 結果、送り主であろう戦術人形の最後の願いを叶えようと、404小隊に引き合わせます。報酬も、あの人にとっては大した額ではないでしょう。
 ちなみに、指揮官側のロシア銃部隊は、任務に動員されたのではなく、“ピクニック”に行ったという事になっております。
 依頼主を偽ったのは、あの人の立場を考えての事です。もし事が露見した場合、矢面に立つのは“彼”です。
 あくまで彼女は個人的な援助(という形の資金提供)をしただけであり、それを流用して依頼したのは指揮官であるという建前の元、双方の合意が成立しています。
 指揮官がトリディーヴィーをどう扱うのかはまだ描きませんが、少なくとも、軍の第二陣が墜落現場へ到着した時、現場からは全ての痕跡が消されていました。
 ヘリ、トリディーヴィー、工作ロボットの足跡、輸送車のタイヤ痕、裏切り者である戦術人形すらも。

 ゲーム本編がロジカルで救われない話ばっかりなので、オカルト的な要素を事の発端にしてみましたが、どうなんすかね、世界観的に。
 ……WAちゃんのハロウィンスキン? なんの事だか分かりかねますWAー。
 次回からはまたゆるーい話に戻ります。というか、やっぱシリアスは面倒だったのでもう書かないかも。そんでも良ければお付き合い下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スプリングフィールドの密やかな夢

 綺麗なお姉さんは好きですか、という話。
 元ネタのCMを学生時代に見ていた人は、作者と同年代かも。
 時の流れって残酷や……。


 コツリ、コツリ、と。

 優雅かつ軽やかな編上げ靴の足音が、廊下に響く。

 青いジャケットを身に纏い、背筋をピンと伸ばし、綺麗に切り揃えられた茶色のロングヘアと、白いロングスカートを靡かせる彼女は、とあるRFと結びつけられた戦術人形だった。

 名をスプリングフィールド。

 その生まれが、横髪をハーフアップにする星条旗柄のリボンが示されている

 

 足音は、とある自動ドアの前で立ち止まった。

 すぐ横の壁にインターホンが設置されており、スプリングフィールドがそのスイッチを押しながら口を開く。

 

 

「指揮官。スプリングフィールドです。少々お時間をよろしいでしょうか?」

 

『構わない。入ってくれ』

 

「失礼致します」

 

 

 自動ドアが滑らかに滑り、スプリングフィールドが入室すると、まず、質素ながらも格調高い、木目調の執務机が眼に入る。

 机に着くのはもちろん、この基地を統括する若き指揮官である。

 彼の第一の仕事場が指令室なら、第二の仕事場はここ、執務室だ。

 グリフィンの戦術指揮官としてのデスクワークや、戦術人形達のスケジュール管理など、いわゆる裏方の仕事が執務室で行われる。

 本人の嗜好を反映してか、置かれている家具は戦前の物を模したデザインだった。

 

 

「おはようございます、指揮官。先日の合同訓練について、詳細を纏めました。お目通し頂けますか」

 

「ありがとう。助かるよ」

 

 

 一礼し、執務机へと歩み寄ったスプリングフィールドは、一枚のフロッピーディスクを差し出す。

 古臭い見た目に反比例して大容量の記憶媒体には、数日前、他の戦術指揮官の部隊と行われた、実戦形式の訓練の全てが記録されている。

 結果的には五分五分で終えたその訓練だが、内容を精査し、改善するべき点などを見つけて今後に活かすのも、とても大切な仕事なのだ。

 指揮官はフロッピーを受け取り、スプリングフィールドに礼を言うのだが、しかし彼女は首を傾げてしまう。

 何故だか指揮官は、しきりに耳を触っているのだ。

 

 

「どうか、なさったのですか?」

 

「え? 何がだ?」

 

「先程から、耳を気になさっているようでしたので」

 

「ああ、すまない。ちょっと耳の中がムズ痒くて……。最近、ろくに耳掃除もしてなくてな」

 

 

 聞いてみれば、理由は単純だった。

 戦術人形だけでも数十体、基地運営に関わる普通の自律人形や、人間の職員も含めると、余裕で三桁を超えるだけの人員をまとめ、運営方針を定めたり、PMC業務に従事しつつ、人形達のケアまで……。

 専門の職員やカリーナのサポートがあっても、かなりの激務である事は想像に難くない。

 身の回りの事が疎かになってしまうのも仕方ないだろう。

 

 

「そういう事ですか。でしたら、報告に眼を通す前に……」

 

 

 仕方ないだろうが、そのままではいけない。

 スプリングフィールドは柔らかく微笑み、執務机から少し離れた革張りのソファへ腰を下ろす。

 そして、ウェストポーチから小さな耳かきを取り出し、自らの膝をポンポンと叩いた。

 

 

「指揮官。こちらへ」

 

「……え?」

 

 

 片手に耳かきを構えながら、ニコニコと微笑み、膝をポンポン。

 その行動の意味するところは、よほど捻じくれた精神の持ち主でない限り、一つしか思いつかないだろう。

 即ち、「耳掃除をしますから膝へどうぞ」、だ。

 

 

「いや、スプリングフィールド? それは……」

 

 

 どうにも気恥ずかしく、指揮官は遠慮がちに苦笑いを浮かべるのだが、スプリングフィールドは「なんでしょう?」とでも言いたげに、笑顔のまま小首を傾げる。

 数秒、無言の対決が続いたけれど、最後には指揮官が根負けし、席を立つ。

 あの笑顔には、勝てる気がしなかった。

 

 

「あ~、その、し、失礼します」

 

「うふふ。はい、どうぞ」

 

 

 一旦、ソファの右隣に腰を下ろして、何故だか畏まった挨拶を。

 スプリングフィールドの笑い声に、また気恥ずかしさを感じつつも、靴を脱いで横向きに寝そべる。

 慎重に……と言うよりかは、本当に良いのか悩んでいるような、非常にゆっくりとした速度で、頭を彼女の膝の上に。

 柔らかかった。

 暖かく、ほんのりと、砂糖に似た甘い匂いがした。

 

 

「いつも持ち歩いてるのか?」

 

「ええ。いつ必要になるか分かりませんから、ちょっとした小物は。現に今、役立っていますし」

 

「……用意が良いな。流石だ」

 

「光栄です」

 

 

 自分の気を紛らわそうと、指揮官は他愛のない疑問をぶつけ、それにスプリングフィールドが答える。

 戦闘においては百発百中の狙撃技術を持ち、多くの仲間から信頼されている彼女は、日常生活でも隙がないようだった。

 

 

「痛かったりしたら、遠慮なく言って下さいね」

 

「あ、ああ。頼む……っ」

 

 

 完璧な立ち振る舞いの、淑女の鑑とでも言うべき彼女に、わざわざ膝枕をしてもらい、耳掃除までさせている。

 なんなんだこの状況? と思う指揮官ではあったが、囁くような声音に身を硬くした。

 それを察知したのだろう。スプリングフィールドはまず、指揮官の頭を撫でるようにして支える。

 

 

「もしかして、緊張なさってます?」

 

「す、少し。定期検診で、医者に掃除されたりとかは経験あるんだが、女性に膝枕されながらっていうのは、初めてなんだ」

 

「そうなのですか……」

 

 

 指揮官の返答に、スプリングフィールドは少し疑問を抱く。

 普通なら、幼少期に母親などがそうしたりするものだろう。

 単に忘れているのか、身内を女性として数えていないのか。それとも、本当に経験がないのか。

 彼の過去を知る者は少ない。経歴の話になった時、従軍経験があるという説明はされたが、それだけで黙して語らない。

 気になる。

 気になるけれど、無理な詮索をしたくなかったスプリングフィールドは、耳掃除に集中する。

 

 

「では、始めますね」

 

「い、いつでも」

 

 

 身をかがめ、指揮官との距離が狭まると、彼はまた体を硬く。

 耳に手を添えるだけでビクッと反応する辺り、本当に慣れていないようだった。

 思わずクスリと笑ってしまうが、とにかく今は耳掃除。

 耳かきの先端を、ゆっくり耳の穴へと挿し入れる。

 

 

「……うっ……」

 

「あ、痛かったでしょうか?」

 

「いや、違う。やっぱり、自分でするのとは感じが違うから。なんか、背筋がムズムズするような……」

 

 

 呻き声に、一旦は手を止めるスプリングフィールドだったが、痛みからではないと分かり、本格的に掃除を始める。

 

 

「本当にお忙しかったんですね、こんなに垢がこびり付いて。いけませんよ? 適度にお掃除しないと」

 

「……申し訳ない。ぅ……っ……」

 

「あ、もう、動いちゃ駄目です! 危ないですから、力を抜いて下さい。ね」

 

 

 耳の内側がなぞられる度、体をモゾモゾさせる指揮官。

 スプリングフィールドが言い聞かせると、彼は唇をへの字にして我慢していた。

 が、しばらくすると慣れてきたのか、徐々に体の強張りが解けていく。

 

 

「君は……」

 

「はい?」

 

「……いや。上手だなと思って。慣れてるのか?」

 

 

 やがて、完全に身を任せた彼は、眼を閉じ、寝ぼけたような声で尋ねる。

 スプリングフィールドは手を止めないまま、躊躇いがちに答えた。

 

 

「実は、私も初めてなんです」

 

「本当に?」

 

「本当に、です。信じられませんか」

 

「そういう訳じゃないが」

 

 

 スプリングフィールドの手付きは、決して彼に痛みを与えず、かと言って、耳掃除にならないほど弱くもなく、絶妙な力加減と心地良さだった。

 てっきり、よく誰かに耳掃除をするのだと思っていた指揮官の呟きは、言葉と裏腹に意外そうな響きだ。

 一方で、スプリングフィールドは静かに続ける。

 

 

「変に思われるかも知れませんが、想像だけはしていたんです。

 いつか、大切に想い合える殿方が現れたら、こんな風にしてあげたいな、って。

 この耳かきを使う日が来るなんて、自分でも驚いています」

 

 

 驚いているという割に、その声は楽しそうにも聞こえた。

 しかし、指揮官は考えさせられてしまう。

 大切に想い合える男性と、こんな事をしたいと想像していた。

 なら、現に今そうしている自分は、スプリングフィールドにとってどういう存在なのか。

 そんな時、唐突に彼女の気配が近づき……。

 

 

「ふ~」

 

「うっふいっ」

 

 

 暖かい息が、耳に優しく吹きかけられる。

 細かい耳垢を飛ばすためなのだろうが、予想していなかった指揮官は変な声を出してしまい、スプリングフィールドがまたクスクスと笑う。

 

 

「はい、お終いです。綺麗になりましたよ、指揮官」

 

「ぁ、ありがとう。スッキリした、気がする」

 

「うふふ、良かった。じゃあ、今度は反対側ですね」

 

「え」

 

「片方を綺麗にしたんですから、当然もう片方も綺麗にしないと」

 

 

 終わりなら、と身を起こそうとした指揮官だが、言われてみれば当たり前。

 片方だけを掃除するのでは中途半端だし、もう膝枕への気恥ずかしさにも慣れた。

 指揮官は好意に甘える事にした。

 

 

「……それも、そうだな。この際だ、最後まで頼むか」

 

「喜んで。では、そのまま顔をこちらにお願いします」

 

「ん? いやいや、起きて位置を変えれば……」

 

「せっかく寛いでいらっしゃるのに、わざわざ起きて頂くのも申し訳ありませんから。さぁ」

 

 

 ところが、今度こそ立ち上がろうとした指揮官を、スプリングフィールドの手が留める。

 今までは体の向きを同じくしていたけれど、逆サイドで膝枕をし直すのでなければ、彼女のお腹を見つめながらになってしまう。

 それはどうなのだろうか、と指揮官は思うのだが、優しく肩を叩かれて促される。

 仕方なく寝返りを打つようにして向きを変えると、「始めますね」と耳掃除が再開された。

 

 

(ただ目の前に、スプリングフィールドのお腹があるっていうだけなのに、どうしてこんな……居た堪れないんだろうか)

 

 

 すっかり耳掃除に慣れてしまったせいで、指揮官は、また別の緊張を強いられていた。

 スプリングフィールドが呼吸する度、目の前で彼女のお腹が動いている。自分の息が当たって跳ね返り、あの甘い匂いがより強く感じられる。

 香水。服に染み付いた匂い。スプリングフィールド自身から放たれている香り。

 原因はどれでも構わないが、問題なのは、嗅いでいると思わず顔を埋めたくなってしまう事だった。

 実行すれば大問題なので、必死に我慢しているけれども。

 

 しかし、そんな風に本能を理性で押さえ込んでいたところ、ある事に気付く。

 手慣れた様子だったスプリングフィールドの耳かき捌きが、妙にぎこちないのだ。

 

 

「スプリングフィールド? どうかしたか?」

 

「い、いえ。大した事ではないんですが」

 

 

 不思議に思い尋ねてみると、何やら戸惑ったような声が返された。

 そして、続く言葉が更に指揮官の緊張を煽る。

 

 

「服越しなのに、指揮官の息遣いがくすぐったいような、ムズムズ、するような。……変な感じ、です……」

 

 

 普段通りの、優しさに満ちた声へと混じり込む、ほんの少しの艶めき。

 心臓が大きく跳ね、スプリングフィールドがどんな表情をしているのか確認しようとして、また指揮官は気付いた。

 この状態から上を見ようとすると、彼女の胸を見上げる形になってしまい、視界が塞がれてしまうのだ。胸で。

 視覚。聴覚。嗅覚。触覚さえもスプリングフィールドで一杯で、何が何やら分からない。

 とりあえず、彼女が困っている原因の呼吸をどうにかしなければ。

 

 

「すまない。出来る限り息を止めておく。すぅ……っ」

 

「そ、そこまでして頂かなくとも大丈夫ですからっ! とにかく、続けますね?」

 

 

 大きく息を吸い込み、片手で口と鼻を覆う指揮官。

 絶対に息が続かないだろうし、流石のスプリングフィールドも焦って止める。

 結局、指揮官は口を覆ったまま、スプリングフィールドは何事もなかったかのように、耳掃除が進む。

 その間、二人は完全に無言だった。

 

 

「はい、終わりましたよ」

 

「………………」

 

「指揮官?」

 

「あ、ああ。うん。ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 

 ややあって、緊張感漂う時間は終了した。

 また耳に「ふ〜」もあったが、今度は変な声を我慢できた指揮官である。

 揃ってソファから立ち上がると、耳垢をゴミ箱に捨てたスプリングフィールドは、優雅に一礼した。

 

 

「それでは、私はこれで失礼致します」

 

「そうか。変な事をさせてしまって、すまなかった」

 

「謝らないで下さい。好きでやった事ですから。では」

 

 

 ドアに向かう背中を、指揮官は黙って見守る。

 しかし、ふと気になって、その背中を呼び止めた。

 

 

「スプリングフィールド」

 

「……はい? なんでしょう」

 

「君が、耳掃除を申し出てくれたのは」

 

 

 大切だと想ってくれているから、なのか。

 そう聞こうとして、言葉に出来ないまま、口を噤む。

 だが、スプリングフィールドは過不足なくそれを悟り、脚を止める。

 

 

「ご想像にお任せします。でも……」

 

「でも?」

 

 

 短い沈黙。

 もどかしいような時間を、彼女は思わせぶりに長引かせ──

 

 

「誰にでも同じ事をするだなんて、思わないで下さいね」

 

 

 振り向きながら、悪戯っ子のように人差し指を唇へ当て、ウィンクまでして見せた。

 指揮官が呆気に取られている間に、そのまま執務室を出て行くスプリングフィールド。

 誰にでも、同じ事はしない。

 断言はしていないが、否定もされていない。非常に曖昧で、不確かな答え。

 けれど、今はまだ、これが正しい選択肢なのかも知れない。

 

 

「……仕事しよう」

 

 

 一つ溜め息をつき、指揮官は執務机に戻る。

 フロッピーディスクの内容を確認する作業は、驚くほど快調に進むのだった。




 綺麗なお姉さんに膝枕してもらい、耳掃除からの「ふ〜」。これぞラブコメの王道なり!
 はい。単にやって欲しいってだけです。春田さん可愛い。
 個人的にお姉さん属性のキャラ全般が苦手なんですが、春田さんは年上感と可愛らしさが絶妙なバランスで配合されていて、すんなり受け入れられました。ブラックカードが貯まったら水着スキンを交換したい。
 そろそろレベリングの日々にも飽きたし、コラボイベントの詳細が欲しいっすな。
 こういうイベントは基本的に難易度低めなはずだから、今度は余裕でクリア出来るはず……。
 限定装備泥率UPイベ? 白い悪魔チップ欲しいけど、4-4nすら修理しまくってゴリ押しクリアが限界だったのに、5-4nとか絶対無理っす。
 そしてイベント前なのに何故か出るナショナルマッチ徹甲弾二つ目。確かに春田さん出したけど、こっちで運を使いたくなかった……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

とある戦術人形達の布面積問題

 君ら羞恥心とかないん? という話。
 画面越しならニヤニヤできるけど、実際に目の前に居たら直視できませんよね……?



 唐突であるが、指揮官は悩んでいた。

 食欲は旺盛だし、睡眠も毎日たっぷり7時間取れているが、本当に悩んでいた。

 業務の合間、基地内の各所にある簡易休憩所のベンチで、飲み物片手に一人で項垂れるほどである。

 

 

「一体、どうすれば良いんだ」

 

 

 ジュースを呷り、空になった缶を、ベンダーの隣のゴミ箱へと投げる。

 しかし狙いは逸れ、甲高い音を立てて床に転がった。

 こんな事すら上手くいかないのか、と溜め息。指揮官は立ち上がり、落ちた缶をキチンと捨て直す。

 

 

「あっ、ご主人様だ! ご主人様~!」

 

 

 すると、いきなり背後から呼び掛けられ、ビクッと指揮官の体が跳ねる。

 聞き覚えのある声だった。

 付け加えるなら、この声の主こそが、悩みの原因だった。

 振り返れば、純白のノースリーブワンピースを着る、幼い少女が駆け寄って来ている。

 碧い瞳。中程で二つに分けた、身長ほどもある長さのプラチナブロンド。胸元を飾る青い花のブローチ。そして、最も特徴的なのは、頭にピンと立つ動物の耳。

 それだけ見れば、まるでおとぎ話に出てくる姫君のようだ。

 何故だかワンピースの生地がやたらと薄く光に透け、スカート部分の前が大きく開いたデザインのせいで、ローライズなショーツが丸見えでなければ。

 ちなみに、こちらの色も純白である。

 

 

「や、やぁ、G41。今日も元気だな」

 

「うん! でも、ご主人様の顔を見たら、もぉっと元気になりました!」

 

「そうかそうか」

 

 

 ぴょんぴょん飛び跳ね、指揮官へと抱きつくG41。

 受け止める彼の表情は、すでに能面となりつつあった。

 

 G41がどうしてこんな格好をしているのかを説明するには、簡単にではあるが、戦術人形の作られ方を説明せねばならない。

 戦術人形は、主に二通りの製造方法がある。

 一つ目は、既存の自律人形にコアを取り付け、ASSTを施して銃と同期、戦闘能力を付与する方法。

 二つ目が、まずASSTで同期する銃を用意し、それに最適化された自律人形を、衣服も含めてデザインする方法だ。

 自律人形に最適な銃を選出するASSTは、銃に最適な自律人形を選出する事も可能なのである。

 

 G41は後者の方法で製造された人形であり、太ももの付け根にあるバーコードが、その型番を示している。

 幼げな少女にあのような格好をさせなければならないのは、こんな理由があっての事なのだ。

 決して指揮官の趣味ではなく、責はASSTの仕組みと、その開発者にある。

 つまり、頭に猫耳っぽい何かを付けた、妙齢の女性科学者が悪い。

 

 そして、指揮官の悩みとはズバリ、この純真無垢かつ天真爛漫な上に露出過多な戦術人形の、理性へのダイレクトアタックをどう凌ぐか、という事なのだった。

 具体的には、現在進行形で押し付けられている、幼さに見合わないボリュームの柔らかさとか。

 

 

「こらこら、ダメでしょ41(ヨンイチ)ちゃん? メイドたるもの、いついかなる時でもお淑やかでなくちゃ!」

 

 

 G41に見えない所で自分を抓りつつ、どうにか煩悩を押さえ込んでいると、彼女の背後からまた駆け寄って来る足音が。

 まず目に入ったのはメイド服だが、G36ではない。

 明るい色味の茶髪を左でサイドアップにする彼女は、大陸産のRFと同期された戦術人形、漢陽88型といった。

 といっても、本人は別の自称を使っているのだけれど。

 

 

「ふぇ? わたし、メイドさんじゃないけど……」

 

「いいえ、貴方はメイドです! 今はまだそうでなくとも、いずれメイドにしてみせます!

 そして、正統派メイドのG36さん、オタ系メイドの私・アイちゃんこと漢陽88式、純真幼メイドの41ちゃんで、完璧なるメイド・トライアングルを描くのです!」

 

「メイド・トライアングルってなんだ……」

 

「世の男性方の夢です! あ。遅ればせながら、おはようございます、ご主人様♪」

 

「……おはよう。ところで、メイドはお淑やかじゃないとダメなんじゃないのか?」

 

「TPOによりけりなんです! 細かい事は気にしない!」

 

 

 微妙にないがしろにされた感もあるが、とりあえず指揮官も挨拶を返す。

 彼女の言う「アイちゃん」とは、かつて大陸で開催されていた同人誌即売会のマスコットキャラクターの名前……らしい。

 自律人形は架空の人物を模して製造される場合も多くあり、漢陽もそういった類いの人形だったのだろう。

 元は富裕層向けの喫茶店で働いていたと聞いたが、すっかり戦術人形としての生活にも慣れたようである。

 立ち話もなんなので、三人は休憩所のベンチに揃って腰掛ける。

 指揮官を挟み、右隣にG41、左隣に漢陽だ。

 

 

「ご主人様。ご主人様。頭撫でて?」

 

「ん? ああ、いいぞ」

 

「えへへ。やったぁ」

 

 

 早速、上目遣いで甘えてくるG41の頭を、指揮官が優しく撫でる。

 繊細な手触りの髪が、手を楽しませてくれた。

 彼女も気持ち良さそうに眼を閉じ、時折、犬……もしくは狐を思われる動物の耳を触ってやれば、くすぐったそうに、けれど楽しそうに微笑む。

 

 

「相変わらず、41ちゃんはご主人様にベッタリですねぇー」

 

「なんでだろうな……。特に何かした覚えもないんだが」

 

「刷り込みってやつでしょうか? ほら、41ちゃんって、ご主人様の部隊が初めての所属みたいですし」

 

「それはそれで、この子の将来が心配になるぞ。人懐っこ過ぎる」

 

「あー、ちょっと分かります。簡単にお持ち帰りされちゃいそうな」

 

「お持ち帰り? ご主人様とアイちゃんさん、なんの話してるの?」

 

「気にするな。大した事じゃない」

 

 

 指揮官と漢陽の話に、G41は可愛らしく小首を傾げている。

 やはりこういった知識には乏しいようで、その純粋さを損ないたくなかった指揮官は、強めに頭を撫でる事で誤魔化す。

 加えて、漢陽へと小さな声で尋ねた。

 

 

(で、頼んでいた事はまだ成功してないのか? してないんだな、この様子じゃ)

 

(うっ。申し訳ございません、ご主人様ぁ……。私も頑張ってみたんですが、41ちゃん、意外と頑固で……)

 

 

 二人同時の溜め息は、幸いG41に気付かれなかった。

 頼み事とは他でもない。G41へと追加の服を着せる──最悪、スカートだけでも穿いてもらう、という至極簡単なものだ。

 そう。簡単なものであるはずが、全くもって上手くいかないのである。

 先程、ASSTが戦術人形の衣服もデザインすると言ったが、その衣装でないと最大のパフォーマンスを発揮できない訳ではなく、別の衣装を着ても問題ない。

 が、やはり生まれた時に紐付けられた衣服、着用方には思い入れがあるのか、G41は頑なにスカートを履こうとはしなかった。

 もう「あれはズボンだ。薄手で限りなく丈の短いズボンなんだ」と言い訳するのも限界。

 精神衛生のため、そして基地内の公序良俗を守るためにも、可及的速やかにスカートを穿かせなければならない。

 指揮官は意を決し、自ら働きかける事にした。

 

 

「な、なぁ、G41。寒かったりはしないか」

 

「寒い? ううん、大丈夫だよ。どうして?」

 

「それは……あ~……お、お腹が出てるから、心配でな。女の子は体を冷やしちゃいけないと聞くし」

 

 

 けれども、当然「パンツ丸見えだからだよ!」なんて面と向かって言えるはずもなく、適当な理由をつけてみる。

 するとG41は、眼をパチクリと瞬かせた後、ふにゃり、という擬音をつけたくなる微笑みを浮かべた。

 

 

「ご主人様、ありがとう……。優しくして貰えて、わたし嬉しい!」

 

「ど、どういたしまして」

 

「でもね、心配しなくても大丈夫! わたし強いから! ほら、触ってみて?」

 

「え゛。あ、ちょっ」

 

 

 G41は、頭に置かれていた手を、自分の下腹部へ移動させる。

 しっとりと吸い付くような柔肌。

 その肉感に、指揮官の顔が強張った。

 

 

「ね? あったかいでしょ?」

 

「ぅ、うん、そう、だな……」

 

 

 無邪気な微笑みは、しかし生々しい体温を伴っているからか、どこか艶かしく見えた。

 指揮官も緊張を強いられ、手がモゾモゾと動いてしまい、G41が身悶える。

 

 

「んっ、ご、ご主人様、くすぐったい……ひゃう!」

 

「ぬぉっ、す、すまないっ」

 

 

 喘ぐような反応に、慌てて手を引き剥がす指揮官。

 勘違いだったのか、次の瞬間には何事もなかったように佇むG41であるが、傍から見ていた漢陽には別の感想があるらしく。

 

 

「ご主人様~。今のはかなりヤバい絵面でしたよぉ~。三日目でしか買えない薄い本に発展しそうでした」

 

「だったらなぜ止めないんだ……!」

 

「止める暇がなかっただけで~す。それより、これからどうします? 続けます?」

 

 

 実に楽しげな漢陽が、膝に頬杖をついて指揮官の顔を覗き込む。

 G36とは違って友達感覚のあるメイドな彼女だが、職務には忠実に従ってくれるし、職務外の頼みにも、こうして意欲を見せてくれる。

 まだG41着衣作戦は諦めたくないし、せっかくの好意を無駄にもしたくない。

 指揮官はひとまず継続してもらう事にした。

 

 

「少しずつ慣れさせていく方向で頼む。君だけが頼りだ」

 

「了解です! ご主人様の頼みとあらば、アイちゃん頑張っちゃいます!」

 

 

 座ったまま、右手で小さく敬礼した漢陽は、「行きましょっか」と、G41を連れて休憩所から歩き去る。

 問題は未解決だけれど、頼れる仲間が居るというだけで、気が楽になった。

 そろそろ仕事に戻ろうかと、指揮官はベンチから立ち上がる。

 

 

「んっふふ~。面白いもの見ちゃったな~」

 

 

 ……のだが、横合いからまた声が聞こえた。

 “彼女”の履いているハイヒールサンダルと、足首に巻かれたドックタグの音は軽やかなのに、近づいて来るほどに心がズッシリ重くなる。

 何故ならば、声と音の主が、悩みの原因その二だからだ。

 

 

「その声は、ヴィーフリか」

 

「ご明察。おはよ、指揮官」

 

「おはよう……」

 

 

 顔を向けると、薄い紫色の瞳が指揮官を見つめ返す。

 SR-3MP、ヴィーフリ。彼女もまた、幼さを残すミドルティーンの少女の姿をしていた。

 ふくらはぎに届くかという程の長い金髪を、三つ編みのツインテールにしている。

 兎の耳を思わせる飾りのついた、紺色の帽子。ノースリーブの白いブラウスに、帽子と同じ色のミニスカートと、ロングベスト。

 ここまでなら極普通の服装だと思えるだろうが、悩みの原因となるに足る、普通でない点もあった。

 それは、首元を締める短いネクタイから下腹部まで、遮るものがなく肌が見えてしまっていること。

 ブラウスとベストのボタンが、丸っと全開になっているのである。

 

 

「にしても、真っ昼間から戦術人形のお腹を撫で回すだなんて、指揮官も大胆よね?」

 

「撫で回してはいない! 咄嗟の事で、反応できなかっただけだ」

 

「まぁ、確かに。いきなり触らせられるとは思わないものね。でも嬉しかったでしょ」

 

「……黙秘する」

 

「それ、嬉しかったって言ってるようなもんじゃない」

 

 

 小悪魔のように笑う彼女は、そんな事もお構いなしに身を屈めたり、服の裾が翻るような動きをした。

 強い風が吹けばもちろん、小走りや、下手をすれば息を吹きかけただけでペロンと捲れてしまいそうなのに、だ。

 せめてブラジャーを着けていればまだマシなのだが、上で説明したように、それらしい布地は一切見る事が叶わない。

 ようするに、見えそうで見えない絶妙なチラリズムが、G41とは別の方向から理性を削ってくるのである。

 わざと挑発するような言動をされる事も多く、ヴィーフリ相手なら遠慮も要らないだろうと指揮官は判断し、強めに言い含める事にした。

 

 

「そんな事より、その格好はなんだ」

 

「へ? な、何よ。いつも通りの服装でしょ」

 

「いつも通りなのが問題だと言っているんだ! 前から言ってるだろう、キチンと前を閉めなさいと!」

 

 

 いかにも怒っていますという表情に、ヴィーフリも少しばかり、たじろいでいるようだ。

 戦術人形達と仲良くやって行く事は大切だが、それは甘やかしても良いという事ではない。時に厳しい態度で接する事だって必要なのである。

 ところが……。

 

 

「……優しくない……」

 

「は?」

 

「なんでアタシには、あの子みたいに言ってくれないのよ」

 

 

 続く彼女の反応は、指揮官の予想とは大幅に違うものだった。

 反論する訳でなく、怒り出すでもなく、寂しげに瞼を伏せるだけ。

 

 

「ヴィーフリ……?」

 

「ふん、だ」

 

 

 不安に駆られ、名前を呼んでみるものの、ヴィーフリは不貞腐れたようにベンチへと座り込んでしまう。

 脚を組み、腕も組んで、顔はそっぽを向いていた。

 拗ねている。誰がどう見たって拗ねている。

 流石の指揮官でも扱いを間違った事に気付き、どうにか話を聞いてもらおうと、その隣へ腰を下ろした。

 

 

「言い方が悪かった。謝る。すまない」

 

「………………」

 

「だが、こちらの気持ちも汲んでくれないか。正直な話、身近で女の子が肌を露出して歩いていると、気が休まらないんだ」

 

 

 今度は下手に出て、子供を宥めすかすように語りかける指揮官。

 健全な肉体と、少し下に広い性的嗜好を持つ成人男性にっては、彼の置かれている環境は正に理想郷であろう。

 何せ、彼女達は普通の人間と比べて容姿が整っている上、備品のような扱いをしても問題がなく、むしろそうする事が世間一般においての常識だからだ。

 しかし、これまでの言動から分かるように、彼は戦術人形を、個別の意志を持つ人間の女性として扱っている。

 だからこそ、不必要な間違いを犯さないため、事前に対処しておく事が重要だと考えているのである。

 真摯に向き合おうとしている事が伝わったのか、そっぽを向いていたヴィーフリも、指揮官の方へと視線を戻す。

 

 

「……女の子なら、誰でもいいわけ?」

 

「え? う~ん……。それはまた違うが……」

 

「じゃあなんで? どうしてアタシがこういう格好してると、指揮官は困るの?」

 

 

 何か思う所があるのだろう。

 ヴィーフリはいつになく真剣な顔付きで、指揮官に質問を投げ掛ける。

 それは、言葉を引き出そうとしているように感じられた。

 致命的で、一度口にしたら取り消せない、彼女にとって大切な一言を。

 

 

「も、黙秘権を……」

 

「だぁめ! 黙秘権は無効! ちゃんと言葉にして。指揮官の口から聞きたい」

 

 

 窮地に立たされていると悟り、戦術的撤退を試みる指揮官だったけれど、ヴィーフリがずいっと詰め寄った事で失敗してしまう。

 怒っているように釣り上がっていたまなじりが、次第に丸みを帯び、至近距離から指揮官を見上げる。

 ここで誤魔化したりすれば、彼女は傷付く。

 指揮官は、そう理解できてしまう自分を恨みつつ、静かに口を開く。

 

 

「……ヴィーフリみたいに、み……魅力的な女の子が肌を出していると、落ち着かないんだ」

 

 

 マネキンの裸を見ても、興奮なんてしない。

 全くの赤の他人でも同じ。なんだあの変態、で終わらせられる。

 そうする事が出来ないのは、つまり、無視できない魅力を感じているから。

 状況を考えれば、口説いているとしか思われないだろう言葉が、嘘偽りのない、指揮官の本心だった。

 

 ヴィーフリは一瞬、驚いたように眼を丸くし、恥じらう乙女のような表情を浮かべた。

 ……かと思えば、一転して意地の悪い笑いを見せる。

 

 

「んっひっひっひー♪ そぉっかー。そーなんだぁー。じゃあ仕方ないよねー? 指揮官も男の子、だもんね?」

 

「………………」

 

 

 ついさっきまでの真剣さが嘘としか思えない、「言質取ったもんねー!」という心の声すら聞こえてきそうなほど、満足げなヴィーフリ。

 対する指揮官はと言えば、「してやられた」と、苦りきった顔だ。

 現に彼女は、笑いながら指揮官の脇腹を指でツンツンしている。

 まるで新しいオモチャを見つけた子供だった。

 

 

「でもぉ、だったら尚更、この格好でいた方が良いんじゃない? 本当は女の子の肌を見られて嬉しいんでしょー? 正直になりなさいよ、うりうり」

 

「……もう、いい」

 

「へ? ──きゃっ」

 

 

 突然、指揮官はヴィーフリの肩を掴み、ベンチに押し付けるようにして立ち上がる。

 見下ろす彼の顔は逆光で陰り、言い知れない迫力があった。

 

 

「な、なに? 怒ったの? ほ、ほんの冗談よ、指揮官がG41ばっかり甘やかすから、つい……」

 

「そうか。だが、君は言っても聞かないようだからな」

 

「……ま、待って。待ってよぉ……。ここここ、心の準備が……っ」

 

 

 冷たく言い放たれる言葉が、ヴィーフリの背筋をゾクリとさせる。

 両肩に乗せられた彼の手は、今や胸元へと滑っている。

 

 指揮官って、こんな風に怒るの?

 っていうかこんな場所で?

 流石に人の往来があるかも知れない場所でとか、恥ずかし過ぎるんですけど!?

 

 と、ヴィーフリは酷く混乱していた。

 頬が赤らんでいるのが自分で分かる。

 本気を出せば容易く振り払えるはずなのに、腕に力が入らない。

 これから彼がするであろう行動に、抵抗できない。

 そんな、諦めにも似た情動の中、ヴィーフリは近づいてくる“男”の気配に身を任せる。

 

 けれども、そうは問屋が卸さず。

 

 

「って、なんでボタン閉めてんのよっ!?」

 

「動くな。言っても聞かないから実力行使してるだけだ」

 

「そうじゃないでしょう!? ここはもっとこう、男らしく……ああもう! ばか! 鈍感!」

 

 

 サササ、と彼は手早くブラウスのボタンを閉めていく。

 ピンクい妄想とはまるで正反対の行動に、ヴィーフリは成す術もなく翻弄され、最終的にベストも含めた全てが、正しい着用状態となってしまった。

 

 

「これでよし、と」

 

「うう……。ボタン全部閉められた……。なんか息が詰まるぅ……」

 

「何を言うんだか。その方がよっぽど可愛らしいじゃないか」

 

 

 満足げな表情で腕を組む指揮官と、乱暴でもされたかの様に「よよよ……」と身を庇うヴィーフリ。

 彼女なりに着崩し方のこだわりがあったようだが、指揮官の言った通り、今の姿は歳相応の可愛らしさで溢れていた。

 ポーズが少々怪しいけれど、露出は控えめだし、なんだかんだ言いつつ服も似合っているのだ。

 そんじょそこらの自律人形と並んでも、際立って目立つくらいに。

 

 

「ほ、本当に? 本当に、可愛いって思うの……?」

 

「ああ、もちろん。だから、今度からはちゃんと前を閉めてくれ。いいな」

 

 

 率直に褒められて満更でないのか、ヴィーフリは珍しくしおらしい様子だ。

 これなら、言う事を聞いてくれるかも知れない。

 日常生活に潜むチラリズムの脅威から、解放されるかも知れない。

 そんな手応えを感じ、密かな達成感に浸る指揮官だったが……。

 

 

「やっぱりイヤ。息苦しいから開けるわ」

 

「なんでだ!? そういう話の流れじゃなかっただろう!?」

 

「イヤなものはイヤなのよ! これはこういうファッションなの!

 それに、どうせ基地内で会う男なんて指揮官だけだし、だったら別に見られていい!」

 

「そんなファッションがあるか! この分からず屋め!」

 

「分からず屋で結構よ! このオタンコナス!」

 

 

 結局、ヴィーフリはまた服の前を開けてしまい、努力を無駄にされて怒る指揮官と、顔を突き合わせて怒鳴り合う。

 その最中、サラッと大胆発言をしていたりもするのだが、彼は気付いていないようである。

 小悪魔なようで実は素直なヴィーフリ、聡いようで鈍い指揮官の睨み合いは、しかし、不意の乱入者で中断される事となった。

 

 

「あら。私抜きでファッションの話だなんて、水臭いじゃない」

 

「げっ」「うわ」

 

 

 その声が聞こえた途端、二人は全く同じ反応をしてしまう。面倒なのが来た、と。

 またしても休憩所に現れたのは、長い茶色の髪を、青いリボンでサイドテールにする戦術人形だった。

 自信に満ちた青い瞳。ベージュ色のスリップの上に黒いショートジャケットという、蠱惑的なボディラインを惜しげもなく晒す出で立ち。

 人は彼女をこう呼ぶ。

 戦術人形界のファッション番長、FALと。

 お供として、首に赤いリボンを巻いたT-Petのフェレットを連れていた。

 

 

「聞き間違いかしら。指揮官、今あなたの口から『げっ』って聞こえた気がするんだけれど」

 

「気のせいだ。ついさっき、炭酸系のジュースを飲んだから、ゲップが出そうになっただけで。下品ですまない」

 

「そう……?」

 

「そ、そうそう! そうなのよ。全くもう、指揮官ってば子供みたいなんだから~」

 

「そういうあなたも、『うわ、面倒なのが来た』と言っていなかった?」

 

「いいい言ってない言ってない! 後半は口に出してないわよ!?」

 

「という事は、心の中では思っていたのね」

 

「あ」

 

 

 単純なカマかけに引っかかり、ヴィーフリが頬を引きつらせる。

 別にFALの事を嫌っている訳ではないけれど、服飾の事で彼女に関わると時間が掛かるため、単にタイミングが悪いというだけだ。

 しかし、目の前で嫌な顔をされれば多少なりとも傷付くし、加えて、気になる事もあったFALは、それを尋ねてみる事にした。

 

 

「ま、それは置いておくとして。指揮官? ついでだから聞かせてもらうけれど、あなた最近、私と話す時に目を逸らすわよね」

 

「そ……そう、だろうか」

 

「ええ。これは気のせいではないと思うわ。私、何かしたかしら」

 

「何かしたというか、今もしているというか……」

 

「そりゃあ、下着姿で基地内どころか戦場までうろつくんじゃ、見ている方も気が気じゃないわよね」

 

「おいヴィーフリ! 言っちゃダメだろう、本人が気付いてないかも知れないのに!」

 

 

 どうにか指揮官は誤魔化そうとしたのだが、すぐさまヴィーフリに裏切られてしまう。

 実を言うと、指揮官も最初はよく分かっていなかった。

 どうしてグリフィンの中でもエリートで、FN小隊という部隊のリーダーでもあるFALが、周囲から「アレは無いよね」「ちょっとねぇー」扱いされる理由を。

 女性服の知識に乏しく、キャミソールドレスか何かと思っていた彼は、世間話の中でそれをカリーナに確かめ、以下のように返された。

 

 

『指揮官様……。あれ、スリップと言いましてですね。女性用の肌着なんですよ?』

 

『え、肌着?』

 

『はい。かなり薄手ですから、汗をかいたり、ちょっと水に濡れただけでスケスケになっちゃいます。私も、あの格好で表を歩く勇気はありません』

 

『あ~……そうなのか……』

 

 

 ここで、改めてFALの姿を思い出して欲しい。

 彼女の着ている服の中で、アウターと呼べるものはジャケットだけである。

 つまり、布面積で考えればG41、ヴィーフリよりも大きいけれど、丸見え度では断トツ。

 この事実に気付かされ、以降の指揮官はFALを直視できなくなってしまったのだ。

 何せ、布面積に問題のある三名の中では、一番に豊満な肉体を誇るのだから。

 

 

「私に一番似合うスリップを選んだはずだけど、指揮官の好みじゃないかしら」

 

「いや、好み云々の問題じゃ……待った。って事は……?」

 

「知ってるに決まっているじゃない、スリップが肌着だって事くらい」

 

 

 そして、そんな問題児でもあるFALは、やはり自信満々に微笑んでみせる。

 

 

「色々と言う人は居るけど、結局のところ、この格好が私の魅力を最大限に引き出してくれるから、こうして着ているのよ。何か問題でも?」

 

 

 ファッションモデルが如く、片脚に体重をかけたポーズを取り、しなを作ってボディラインを強調。

 その堂々たる風格は、身に纏うのがほぼ肌着であるという事を鑑みても、確かに彼女らしいと感じさせる。

 男なら、誰しも生唾が喉を下るほど、扇情的だった。

 が、今日一日で耐性が強まったらしい指揮官は、一切惑わされずに言い返す。

 

 

「普通に、倫理的に大問題だと思うぞ。公序良俗に反する」

 

「……ふ。倫理なんて、時と場合によって容易に変わってしまう、脆い価値観よ。私はそんなものに囚われないわ」

 

「ねぇ、屁理屈こね出したわよ。もう放っておきましょうよ」

 

 

 馬に念仏。馬耳東風。

 彼女も指揮官の言葉を意に介さないようで、服装を改めようとする気は無さそうである。

 ヴィーフリは退屈なのか、指揮官の袖を引っ張って離れようと主張する。自分の事を棚上げして。

 なんだか面倒臭くなり、本当に彼女達を放っぽり出して仕事に戻ろうかと考え始める指揮官だった。

 

 すると、次の瞬間。

 

 

「ご主人様ぁ!」

 

「ぐふぉ!?」

 

 

 背後から不意打ち気味に突進され、指揮官はもんどり打って廊下に倒れる。

 床へ強かに打ちつけた顔面の痛みを堪えつつ、その声と押し付けられる柔らかさがG41の物であると判断した彼は、ちょっと涙目になりつつ、ダメージを負わされた理由を確かめようとする。

 

 

「な……何事だ、G41……」

 

「うっ、ぐすっ、あ、アイちゃんさんが、アイちゃんさんがイジメるの……」

 

「なんだって?」

 

 

 予想外の言葉が、朦朧としていた指揮官の意識を覚醒させる。

 漢陽がイジメ? そんな事があり得るのだろうか?

 だが、しがみ付いてくるG41は、確かに涙を浮かべていて。

 とりあえず体を起こしてみると、その元凶である漢陽が、黒いメイド服片手にえらい勢いで駆け込んで来た。

 

 

「待って下さい41ちゃん! アイちゃんが厳選したこの黒ゴス系メイド服を着れば、貴方のメイド力はウナギ登りなんですっ、ご主人様もルパ○ダイブするくらい喜びますよ!」

 

「誰がするかっ! いいから落ち着け漢陽っ」

 

「ご主人様はどうして落ち着いていられるんですか!? 誰もが夢想する黒ゴスロリメイド実現が目の前に迫ってるんですから、もっと熱くなって下さいよぉおおっ!」

 

「ダメだこいつ……。完全に目がイってる」

 

 

 何故だろうか。暴走する漢陽の背後から猛炎が上がり、眼には怪しい輝きが宿っているように見えた。

 指揮官ですら威圧されるのだから、G41にとって恐怖以外の何物でもない。

 いつの間にか指揮官の腕の中に収まっていた彼女は、今にも泣き出しそうな顔で訴える。

 

 

「わたし、あんな動き辛い服着たくない……。ご主人様は、あんなの着なくても褒めてくれますよね? ね?」

 

「え。ああ、うん、もちろん……いやでも、布面積を考えると、まだメイド服の方が?」

 

「そ、そんなぁ、ご主人様まで……」

 

「ほぉらぁ、アイちゃんの言った通りでしょう? 分かったら大人しくこのメイド服を着て、楽しく撮影会しましょうねぇ~。どぅふふ」

 

 

 我が意を得たり、といった様子で勝ち誇る漢陽が、両手でメイド服を構えつつ迫る。

 美少女が親父臭い笑い声と共に、鼻息荒く。

 ヴィーフリ、FALすらも近寄れない、濃厚な瘴気を放ちながら。

 一瞬、顔から全ての表情を消した指揮官は、躊躇なくG41を横抱きにし、一目散に逃げ出した。

 

 

「……すまん、漢陽。行くぞG41!」

 

「ふぇ? わわわっ」

 

「ちょいご主人様ぁ!? なして逃げるとですかぁ!?」

 

 

 風のような速度で小さくなる指揮官を、漢陽もまた風のような速度で追いかけて行く。

 取り残されたヴィーフリは、無言で彼等を見送り、落胆した様子で肩を竦める。

 

 

「行っちゃった……。あーあ、つまんない。アタシも行こ」

 

「待ちなさい。いい機会だから、私があなたのファッションをチェックしてあげる」

 

「うぇ。いいわよ、そんな事しなくても」

 

「遠慮する事はないわ。そうねぇ……。まず、単に露出しているだけの現状を打破しましょう。ブラを着けなさい、ブラを。可愛らしいのを選んであげるから」

 

「だから、別にいいってば──ちょっと! 引っ張らないでよ!?」

 

 

 ガシッと腕を組み、問答無用でヴィーフリを連れて行くFAL。

 廊下に響く彼女の悲鳴は、やがてベンダーの稼動音にも搔き消えるほど小さくなる。

 そうして、休憩所からは誰も居なくなったのであった。

 

 

 

 

 

 おまけ。実は影から全てを見ていた一〇〇式の反応。

 

 

「私も、スカートを脱いでケモ耳を生やせば、し、指揮官に可愛がって貰え……貰、え……やっぱり無理っ、私がやったら絶対にドン引きされる! 何か別の手段を考えないと……っ」

 

 

 

 

 

 おまけ二。実は(中略)見ていたM4A1の反応。

 

 

「……可愛い下着、買わなきゃ。ファッションチェック頼もうかな……」

 

 

 

 

 

 おまけ三。実は(中略)いた???の反応。

 

 

「指揮官指揮官指揮官指揮官指揮官指揮官指揮官指揮官指揮官指揮官」

 




 一〇〇式ちゃん。セーラー服の下にスク水を着て、ついでにストライカーユニットを装着すれば、貴方も扶桑のウィッチになれまっせ!
 ……ストパンコラボとかは流石に無理そうですな。空中戦無いし。妖精枠ならワンチャン?

 設定を調べてみたところ、ASSTには戦術人形をデザインする機能もあるらしいですが、服装込みなのかまでは分からなかったので、この作品では服も含めてデザインされるという事になっております。
 っていうか、そうじゃないとG41ちゃんの前歴がとってもヤバい事になっちゃいますし。あんな格好をするお仕事なんて、ねぇ……? 将来的にそういう子も出るとは知ってますけど。

 最近はデイリー製造でHGレシピ回してるんですが、今一番欲しいキャリコちゃんが来ません。なぜかMP5ちゃんしか出ねぇ。
 しぁかし! 今週の大型製造でついに! ついに念願の☆5RF、WA2000ちゃんをお迎え致しました!
 いや強いっすね、三拡でも結構なDPS出てビックリ。スキル倍率も高いし、こりゃあ☆7言われる訳ですわ。そして過去の水着スキンが欲しくなる罠。
 仕方ないから、ロリネゲヴとロリズリーを愛でながらブラックカード貯めます。あー、もう可愛くて堪りませんがな。
 もう少しで引換券が200枚行くので、そうしたらロリーエンも交換する予定。欲を言うなら親指姫まで揃えたいけど、流石にこれ以上の散財は無理なのが辛い。
 更に問題なのは、これで年末重課金が決定してしまった事っすな……。貧乏人には地獄のクリスマスだぜぇーフゥーハハハー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

基地内シャワールーム、湯けむり密室監禁事件~某メイド戦術人形は見た。指揮官とSOP Ⅱ、禁断の密会~

 SOP子ちゃんは狂犬に見せ掛けた忠犬、という話。You素直になっちゃいなYo!
 うちでは0-2アタッカーとして活躍してもらっております。スキル使用時の高笑い、超好き。


「はぁ……。今日も疲れた」

 

 

 夜半過ぎ。

 一人自室に戻った指揮官は、誰にともなく愚痴を零す。

 首や肩がズッシリと重く、倦怠感が体に付き纏っていた。

 

 

「なんだか最近、うちが訳あり戦術人形の駆け込み寺になっている気がしてきた……」

 

 

 PMCの仕事は激務だが、ここ最近、それが加速しているように感じられる。

 しかも原因は他でもない、共に働く戦術人形達である。

 先日の布面積に問題がある面々だけでなく、様々な個性を持った戦術人形が、その個性を遺憾なく発揮するせいで、ちょっとしたシワ寄せが来るのだ。

 そういった事を如何に適切に処理するかが、戦術指揮官としての腕の見せ所だろうが、にしても疲れた。

 

 

「さっさとシャワーを浴びて、サッパリして寝よう」

 

 

 疲れを癒すには、熱い湯で一日の汗を流し、G36が丁寧に整えてくれたベッドで眠るに限る。

 指揮官は洗面所兼脱衣所で制服を脱ぎ去り、勢いよくシャワーの蛇口を捻った。

 そして……。

 

 

「──っっっぬぉおおぉぉお゛お゛っ!? 」

 

 

 本日最大の悲劇が、容赦なく頭上から降り注ぐのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シャワーが壊れた、ですか?」

 

 

 青い顔でブランケットに包まり、ガタガタ震える指揮官の姿を見て、カリーナは思わず目を丸くした。

 

 

「ばばばば、バスタブの方もも、みみみ水しか出なくてて、とと、止めようにも、中々とと止まらなくっててててて」

 

「それは一大事ですわ! でも、今から業者を呼ぶにしても、直るのは明日になりますし……」

 

 

 ようやっと残業を終えようとしていた所へ、泡を食って彼が駆け込んできた時も驚いたけれど、何やら急を要する事態である模様。

 仕方なくカリーナは、意識を仕事モードに切り替える。

 

 

「しょうがないです。緊急事態ですし、戦術人形達が使っている方のシャワールームを借りましょう。よいしょっと」

 

 

 2062年でも現役の筆記用具、ホワイトボードに「指揮官様入浴中!」と書いた彼女は、それを小脇に抱え、指揮官と連れ立って共用シャワールームへと向かう。

 途中で酒保にも立ち寄って、手早く最低限の着替えも確保(当然、代金は指揮官に付ける)。

 程なく目的地に辿り着くと、シャワールームへ続く自動ドア脇の壁に、ホワイトボードを掛けた。

 

 

「とりあえずこれで、と。指揮官様、早くシャワーを浴びて暖まって下さい。私は本部の施工業者に連絡してきますので」

 

「たたた、頼む……っ」

 

 

 忙しなく走っていくカリーナを見送りつつ、指揮官もシャワールームに駆け込む。

 そうして廊下からは人気が無くなったのだが、ほんの数秒後、物影の低い位置からピョコンと黒い猫耳が飛び出てくる。

 

 

「にっひひひひ~。絶好のイタズラチャンス、はっけ~ん!」

 

 

 現れたのは、黒い修道服に身を包む戦術人形、P7だった。

 一見すると敬虔なシスターに見えなくもないが、薄紫の瞳には悪戯心が見え隠れし、フードから溢れる白い髪と、腰の付け根にある尻尾が、とても楽しげに揺れている。

 清貧、貞潔、服従を誓っているようには決して見えなかった。

 余談だが、彼女の地毛は白で統一されており、猫耳が黒く見えるのは、フードが猫耳の形に合わせた特注品だからである。やはり清貧からは程遠い。

 

 

「ホワイトボードは片付けてー、ドアには細工を施しましてー、後は誰かが来るのを待つだけ……よしっ!」

 

 

 誰にも見られていないのを確認してから、ホワイトボードを床に降ろし、どこからともなくイタズラ七つ道具の一つ、マイナスドライバーを取り出すP7。

 次いで、おもむろにドア脇の手動操作パネルと壁の隙間に突き立ててバキッ。配線を露出させ、ちょちょいのちょい。

 何事も無かったように元通りにしてから、「いい仕事したわぁ」的な表情を浮かべる。

 

 

「感謝してよね、指揮官? 嬉し恥ずかし混浴タイムだよー? にはははは!」

 

 

 そのまま、P7はホワイトボードを抱えて走り去った。

 今度こそ人気は無くなるかと思いきや、入れ違いにまた新たな人影が。

 P7と同じ白髪だが、赤いメッシュが入り、黒いジャケットを着る彼女は、AR小隊の末っ子、M4 SOPMOD Ⅱである。

 

 

「うー、コレクションの整理をしてたらこんな時間になっちゃったー。早くシャワー浴びちゃわないと」

 

 

 悪質なトラップが仕掛けられているとは露にも思わないSOP Ⅱは、なんのためらいもなく自動ドアをくぐり、それが閉まった直後、配線がスパークした事にも、もちろん気付かない。

 部屋の内部は、中扉の奥に簡易ロッカーが並び、更に左手の、磨りガラス風強化アクリルの引き戸を奥へ進むと、シャワールームに入れる構造となっている。

 ジャケットのジッパーを下ろそうとするSOP Ⅱの耳に、小さく水音が届いていた。

 

 

「あ、先に誰か使ってるみたい。……まぁいいや、シャワーシャワー♪」

 

 

 一瞬、誰が使っているのか気になったSOP Ⅱだったが、この時間帯にシャワーを使う戦術人形も少なくない。

 そんな事より早くサッパリしたいと考えた彼女は、乱雑に服を脱ぎ捨て、生まれたままの姿で引き戸を開け放つ。

 

 

「おっじゃまっしまぁーす! 使ってるの誰ー?」

 

「んえっ!?」

 

「へぁ?」

 

 

 二対の瞳が重なり合い、シャワールームの時間が凍りついた。

 よくある、シャワー毎に仕切りのついたブースで、シャンプー中の指揮官が、驚愕の表情で入り口を振り返っている。白い板に隠され、大事な所は見えていない。

 対するSOP Ⅱは、何も隠れていなかった。

 諸事情により詳しく描写する事は叶わず、濃厚な湯気が立ち込め、どこからか謎の光まで差し込んでいるのだが、とにかく隠している様子がなかった。

 シャワーから流れ出るお湯の音だけが響くこと、約5秒。

 病的なまでに白い肌を羞恥に染め、SOP Ⅱが胸を隠してしゃがみ込んだ。

 

 

「ひゃああっ! な、なんで指揮官が居るのぉ!? ここ、戦術人形用のシャワールームだよぉ!?」

 

「こ、こっちのセリフだ、なんでSOP Ⅱがっ!? 使ってるって注意書きがあっただろうっ!」

 

「無かった、無かったよそんなのー!」

 

 

 途端、大声で言い合いを始める二人。

 進退窮まったか、涙目で髪を振り乱すSOP Ⅱに、指揮官もひどく動揺しながら、しかし懸命に視線を逸らしている。

 

 

「本当だ、信じてくれ! 部屋のシャワーが壊れて、仕方なくこっちのを使ってたんだ! ホワイトボードを掛けたのはカリーナだし、後で確認してくれて構わない!」

 

「ほ、ホワイトボード? そう言えば……それっぽい物を抱えて走ってく、猫耳シスターの後ろ姿を見かけたような」

 

「……ぴぃぃぃせぶぅぅぅぅんっ!!」

 

 

 この状況を作り出した犯人が、「大成功!」というプラカード付きで笑っている姿が脳裏に浮かび、指揮官が怨嗟の声を上げた。

 P7もまた、彼の頭を悩ませる戦術人形の一体なのだ。

 主に他者への悪戯を行い、恥ずかしい思いをさせたり、ちょっと困らせるのが被害の大半で、地味に面倒臭いのである。

 今までは戦術人形達から被害報告を受け、それを慰めるだけで済んでいたが、よもや、こんな形で実害を被るとは予測していなかった。

 

 

「とにかく、指揮官はあっち向いてて! こっち見たら目潰しだからね!」

 

「わ、分かった」

 

 

 何はともあれ、SOP Ⅱはそそくさと手近なブースに駆け込み、指揮官は彼女に背を向ける形で従う。

 間には二つのブースがあり、互いの体を丁度いい具合いに隠していた。

 SOP Ⅱは膝辺りから下と首から上、指揮官は胸から上が見えている状態だ。

 

 

「その、なんだ。すまなかった……」

 

「本当だよ、もうー! すっごく恥ずかしかったんだから!」

 

「申し訳ない。……しかしまぁ、少し安心したよ。キチンとそういう感覚があるみたいで」

 

「当たり前でしょー、戦術人形だってオンナノコなんだから。指揮官、ワタシの事なんだと思ってたのー?」

 

 

 狂犬。

 と、反射的に口に出そうとして、必死に飲み込む指揮官。

 拳を軽く振り上げ、愛らしくプンプンと頬を膨らませているSOP Ⅱだが、彼女には一つの悪癖がある。

 戦いの最中、敵に対して異様な程の残虐性を発揮してしまうのだ。

 物理的に痛めつけるのはもちろん、コレクションと称して敵の体の一部を奪う事もある。

 時には重傷を負い、防護服の大部分を失って肌が露出しても、戦う事を止めようとしない場合まであった。

 味方に対しては無意味な暴力を絶対振るわず、姉妹に位置付けられるAR小隊の姉達には、よく甘えている姿が目撃されている。けれども、グリフィンの戦術人形の間で悪名が轟くほど、その残虐性は凄まじかった。

 

 

「すぐに出て行きたい所なんだが、見ての通り、まだ色々と途中なんだ。少し我慢してもらえるか?」

 

「む~……。我慢する……。っていうか、ビックリしただけだから。ゴメンね、大きな声出しちゃって」

 

「いや、当然の反応だ」

 

「……うん。ワタシも、シャワー浴びちゃうね」

 

 

 きっと、SOP Ⅱと対面した事がなく、悪名だけを知る人物だったら、信じられない事だろう。

 恥ずかしがってムクれたり、素直に謝ったりする彼女が、“人形虐待者”と同一人物だとは。

 この極端な二面性こそが、SOP Ⅱの個性であった。

 

 しばらくの間、二人分のシャワーの音だけが続く。

 SOP Ⅱも指揮官も、お互いの存在を意識せざるを得ないのか、どこか動きがぎこちない。

 やがて、沈黙に耐えきれなくなった指揮官が、全力で視線を背けながら世間話を振った。

 

 

「い、いつも、このくらいの時間にシャワーを浴びるのか?」

 

「ん~。いつもはもっと早いかなー。だいたいM4と一緒。今日は、コレクションの整理してたから」

 

「コレクション……ああ、戦利品のか」

 

「うん。たまーに片付けないと、臭っちゃうのもあるし」

 

 

 液体シャンプーを手に取り、頭をワシャワシャと泡立てながら、SOP Ⅱが事も無げに言う。

 現状、彼女が戦う相手は鉄血製の人形である。

 体の多くが機械部品で構成される鉄血人形だが、しかし、I.O.P.製の人形のように生体部品も多少は使用されている。

 そういった部分がコレクションに加わった場合、保管にも手間が掛かるという事なのだろう。

 

 

「やっぱり指揮官も、趣味が悪いって思う?」

 

「戦利品集めを、か」

 

「うん。どうなのかな、って」

 

 

 今度はSOP Ⅱから質問が飛び、指揮官は考える。

 シャンプーしながらの何気ない問い掛け。

 いや。そう見せかけて、とても重要な事を聞こうとしている。少なくとも、SOP Ⅱにとって重要な事を。

 間を置かないよう、指揮官は率直に答えた。

 

 

「別に、パーツそれ自体を見るのは問題ない。元はどうあれ、外したならただのパーツだ。何かの役に立つ事もあるだろう」

 

「へぇ~。なんだか意外~。じゃあじゃあ、今度部屋に見に来る? 珍しいパーツもあるんだよ!」

 

「……時間があったらな」

 

「約束だからね!」

 

 

 無邪気に笑顔を輝かせ、仕切りを飛び越えそうな勢いで喜ぶSOP Ⅱ。

 そう、彼女は幼く、無邪気なのだ。

 人間と違い、肉体が成熟した状態で生まれる戦術人形であるが、精神は別である。

 どれだけ事前に情報を詰め込まれても、それは体験を伴わない記録に過ぎない。

 銃を撃つ事しか知らない少年兵が、その結果、もしくは過程に楽しみを見つけるのは必定で、SOP Ⅱもある意味それに近い。単に他の楽しみを知らないだけ。

 

 ならば、教えていくしかない。

 他にも楽しい事や嬉しい事が沢山あり、SOP Ⅱがまだ、世界の一部分しか知らないのだという事を。

 そうする事によって、過剰なまでの残虐性を抑えられるよう成長して貰えるなら、それは指揮官にとっても喜ばしい事だった。

 何より、このまま暴虐の限りを尽くすようになってしまえば、いずれ彼女自身に行いが返ってくるかも知れない。

 無邪気で、甘えん坊な笑顔を知る人間の一人として、それだけは絶対に避けたかった。

 

 

「さて、じゃあそろそろ出ようか……あ」

 

「どうしたの?」

 

「いや。出口、そっちだったなーと」

 

 

 話も終わり、シャワールームから出ようとする指揮官だったが、ふと気付く。

 このまま出口へ向かおうとすると、SOP Ⅱの後ろを通る事になると。

 各ブースに仕切りはあるが、扉はない。見ようと思えば、すれ違い様に見えてしまう。

 彼が何を考えているのかを悟ったらしく、SOP Ⅱは身を庇うようにして縮こまった。

 

 

「……見ちゃダメだからね」

 

「わ、分かってるとも。大丈夫、目を閉じても迷わない距離だからな」

 

 

 若干うろたえつつ、指揮官は腰にタオルを巻き、目を閉じたままブースを出る。

 しかし、やはり慌てていたのだろう。

 進む方向は出口から斜めにずれ、彼は反対側のブースへと一直線に進み……。

 

 

《ゴスッ》

 

「うぉぐっ!?」

 

「指揮官? だ、大丈夫?」

 

 

 思いっきりブースの仕切りに突っ込んだ。

 かなりの速度で体の中心線を抉られ、流石の指揮官も悶絶している。大事な所にも掠ったかも知れない。

 けれど、ここで立ち止まる訳にはいかない。せっかく温まったのに冷や汗を流し、指揮官は気丈に振る舞った。

 

 

「~~~っ、も、問題ない、平気、だから。ははは……」

 

「……んもう。仕方ないなぁ」

 

 

 必死に指揮官が笑みを浮かべていると、不意にSOP Ⅱは溜め息をつく。

 ペタペタペタ、と素足が近づいてくる音。

 遠かった気配が、間近に感じられた。

 

 

「絶対に眼は開けないでね。信じてるからねっ」

 

「あ、ああ……?」

 

 

 強めの口調で言われ、なんの事か分からないまま、とりあえず頷く指揮官。

 すると、細く柔らかい指が手に絡み、先導するようにして引っ張り始めた。転ばないよう、非常にゆっくりとしたペースで。

 目を閉じているせいだろうか。

 繋がれた手の感触をいつも以上にハッキリと感じ、ダメだと分かっていながら、手を引いてくれるSOP Ⅱの裸体まで想像してしまう。

 きっと、こちらを向いてはいない。

 見ても、バレは……。

 

 

(いやいやいや、何を考えてる!? SOP Ⅱは信じてくれてるんだ、裏切るような事だけは……!)

 

 

 辛うじて誘惑を跳ね除けた指揮官は、歯を食いしばって、まぶたを開かないよう努力する。

 長くは保たない事を自覚していたが、幸か不幸か、出口までの距離は短く、10秒もしない内に辿り着く。

 

 

「はい、ここが出口。本当に平気? 内臓にダメージ行ったりしてない?」

 

「痛みが増しそうな例えは止めてくれ……。そこまでひどくはない、ありがとう」

 

「うん。あ、まだダメだよっ」

 

 

 目を開けないよう念を押してすぐに、SOP Ⅱの気配が背後へ回る。

 引き戸の動く音が聞こえ、「もういいよ」という声も。

 そこでやっと目を開ける指揮官だが、まだ危機的状況を脱していないので、後ろは振り向かない。

 次にするべきは……服を着てシャワールーム出る?

 違う。その前に、口止めをしておかなければ。

 

 

「じゃあ、早めに出て行くとするよ。それと、今日の事は秘密にして貰えないか」

 

「秘密? ……ワタシと、指揮官だけの?」

 

「ああ」

 

 

 本来は指揮官が立ち入らないシャワールームで、うっかり裸のSOP Ⅱと鉢合わせした……などという事実が広まったら、基地が色んな意味で騒がしくなってしまう。

 からかわれるだけで済めば御の字。最悪、一部の戦術人形に迫られたりするやも知れないし、そうなったら何時まで理性が保つか。

 更なる危機を招かないためにも、無かった事にする──秘密にしてもらうのが一番なのだ。

 

 

「ぅ、うん。分かった。二人だけの秘密、だね」

 

「ありがとう。助かる」

 

「……えっへへ……」

 

 

 色良い返事を貰え、指揮官は安堵する一方、SOP Ⅱの妙に嬉しそうな様子には気付かない。

 そのままSOP Ⅱは奥へ戻ってしまい、指揮官が彼女の胸の内を察する機会は失われてしまった。

 そして、カリーナの用意してくれた服に袖を通し、意気揚々とシャワールームを出て行こうとするのだが。

 

 

「………………あれ」

 

 

 ここで、P7の置き土産が発覚する。

 自動ドアの前に指揮官が立つのだが、開かない。

 センサーが鈍っているのかと、その場で手を振ったり、カニ歩きしてみたりするけれど、開かない。

 徐々に指揮官の顔から表情が消えていき、恐る恐る、手動操作パネルにタッチするが、やはり反応はない。二度、三度と繰り返しても、全く。

 

 

「あ、あれ? 開かな、開かないっ! クソ、なんでだっ!?」

 

「んもー、また指揮官騒いでるー。今度はどうしたのー?」

 

「ドアが開かないんだ! 全く反応がない!」

 

「……えええっ!?」

 

 

 ドアにへばり付く指揮官の声を聞き、ひょっこり顔を覗かせたSOP Ⅱも驚きを隠せない。

 慌てて飛び出て行こうとし、はたと気付いてバスタオルを体に巻いてから、彼の横へ。

 

 

「ちょっと、SOP Ⅱ、その格好は……っ」

 

「うわ、ホントだ開かないよっ? どうしよう指揮官、これじゃ出られないよう!」

 

「ど、どうしようか……」

 

 

 ガンガン、ドンドン、ゲシゲシ。

 どうにかドアを開けようと、殴ったり蹴ったりするSOP Ⅱの横で、指揮官は顔を手で覆っている。

 途方に暮れているのではなく、短めのバスタオルから伸びる、SOP Ⅱの濡れた手脚を見ないようにする為である。が、チラチラと指の間から見てしまう辺り、彼も男なのであった。

 

 

「まずは、そうだな。SOP Ⅱ、服を着て、髪を乾かそうか。体が冷えてしまう」

 

「あ、うん。そうだね。でも、服の前に髪を乾かさないと。その前に着たら、乾かしてる間にびしょ濡れになっちゃうから」

 

「なるほど……。髪が長いと面倒なんだな」

 

「そーなの。いつもはM4かAR-15と、お互いに手伝ってるんだ、一人じゃ大変だからって。まぁ、AR-15はワタシに髪をイジらせてくれないけど」

 

 

 とりあえずSOP Ⅱに背を向け、服を着るよう言ってみるのだが、何やら正しい手順があるらしい。

 そんなものかと納得しつつ、互いの髪をセットするAR小隊の姿を想像して、指揮官は微笑ましく思う。

 全くの蛇足だが、普段着でそうしている姿を想像しただけで、風呂上がりの姿を想像した訳ではない。決して。

 それはさておき、優先して考えるべきは、このシャワールームからの脱出方法。

 誰かに連絡を取るか、物理的にドアを破壊するか、あるいは……。

 

 

「そうだ! せっかくだし指揮官、手伝って?」

 

「……ん? 髪を乾かすのを、か」

 

「そ。こういうのを覚えておけば、将来お嫁さんを貰った時に役に立つかもよ」

 

 

 腕を組んで考える指揮官の前に、バスタオル姿のSOP Ⅱが回り込む。

 その振る舞いがあまりに自然で、指揮官も平然と対応してしまっていた。

 下手に意識するより、自然に接した方が気にせずに済むかも知れない。

 そう判断した指揮官は、少し年の離れた妹にでもするような、苦笑いを浮かべて返す。

 

 

「……とか言って、一人でやるのが面倒なだけじゃないのか?」

 

「そんな事ないもーん。ほらほら、風邪ひいちゃうから早くぅ!」

 

「はいはい」

 

 

 SOP Ⅱに手を引かれ、入り口と反対側の壁に据えられた、鏡台へと歩く指揮官。

 そもそも戦術人形は風邪をひかない。体が冷えると指揮官が言ったのは建前で、ウィルスプログラムに感染する事はあっても、人間が罹患するような病にはほぼ耐性がある。

 だが、この状況でそれを指摘するほど野暮ではなく、純粋に甘えられるのが嬉しくもあり、言われるがままに従う。

 SOP Ⅱは鏡台の前のスツールに腰掛けると、「オッホン」と大げさに咳払い。

 ピンと背筋を伸ばして指示を出し始めた。

 

 

「では最初に、タオルで優しく挟むようにして、髪の水気をとって下さい」

 

「了解しました」

 

「えっへへー。なんかワタシが指揮官みたい」

 

「そうだな」

 

 

 普段はSOP Ⅱが指揮官の指示に従うけれど、今は逆転している。それが面白いのだろう、SOP Ⅱは上機嫌だった。

 

 

「ある程度の水気を取ったら、次はドライヤーで乾かしながら櫛を掛けます。あ、毛先の方からちょっとずつ、ゆっくりだからね? でないと絡まって毛玉になっちゃう」

 

「ふむ、なるほどなるほど。ただ乾かすだけでも、キチンとした手順があるんだな」

 

「そうなのですっ」

 

 

 褒められた訳でもないのに、得意げに胸を張るSOP Ⅱ。

 キツめに巻かれていたバスタオルは緩まないが、そのせいで却って胸元は窮屈そうである。

 ところが、意外な事に指揮官は髪を乾かす作業に夢中で、強調されまくっている胸の谷間も目に入らない。

 自然とそうさせる程、彼女の髪は美しいのだ。

 

 

「綺麗な髪だな」

 

「えっ? ど、どうしたの急に」

 

「いや、純粋にそう思って。

 なんていうのか……。紡ぎたての絹糸みたいな。

 まぁ、本物の絹糸なんて触った事ないんだが、そんな気がする。

 SOP Ⅱの髪、綺麗だ」

 

「うう……。何度も言わなくていいよ、なんか、恥ずかしくなる……」

 

 

 指揮官に他意はなく、ただ思った事を口にしているようだった。

 むしろそのせいで、真正面から褒められているという事実を実感させられ、SOP Ⅱの頬が上気する。

 ドライヤーが静寂を誤魔化してくれなければ、恥ずかしさに逃げ出していたかも知れない。と言っても、ドアは開かないので逃げられなかっただろうが。

 

 髪は長い分だけ乾かすのに時間が掛かり、根元に着くまで10分を要した。

 その後、「最後に根元から髪を梳かして?」と言われた指揮官は、出来る限り優しく、ゆっくりと櫛を掛けていく。

 時折、思い出したように手櫛も混ぜるのだが、髪が指に絡みつく事はなく、SOP Ⅱも目をトロンとさせ始めていた。

 

 

「指揮官、上手だね。気持ち良くて、眠たくなってきちゃう……」

 

「こら。服も着ないで寝ちゃダメだろう。というかだな、まだドアが開かないという大問題が残ってるんだぞ?」

 

「あ。そうでした……。う~ん、どうしよー?」

 

「蹴破るのは物理的に不可能だし、ハッキングは機材がないから無理。外部に救助を頼もうにも、通信端末を部屋に置いてきてしまった」

 

「じゃあ、ワタシが連絡しよっか? ここ、別に電波を遮断する構造にはなってないはずだから、戦術人形なら通信できるよ。M4とかを呼べば……」

 

「待て待て待て! M4はマズい! 変に誤解されて拗れたら困る! 同じ理由で一〇〇式とかもダメだ!」

 

「えー。変なのー」

 

 

 髪を梳かしながら慌てる指揮官を、SOP Ⅱは不思議そうな顔で、鏡越しに見ている。

 確かに彼女の言う通り、戦術人形であれば、相手が閉鎖モードにでもしていない限りは通信できるだろう。

 しかし、この場にもしM4を呼び寄せたりしたら。一〇〇式を呼び寄せたりしたら。

 ハイライトの消えた瞳で、「なんでシャワールームに二人でいるんですか……?」と、小首を傾げ問われる未来が容易に想像できた。下手をしたらダブルで来る可能性だってある。

 そんな修羅場を経験したくなかった指揮官は、必死で代案を考え続けたけれど、結果として誰かを呼ぶ以外に解決策を見つけられず、ならばせめて人選は慎重に行おうと、諦め気味な溜め息をつく。

 

 

「仕方ない。こうなったら伝家の宝刀(G36)に頼もう。この時間なら後方支援任務から帰ってきてるはずだし、彼女ならどうにかしてくれる。きっと」

 

「G36って、あのメイドさん? そんなに凄いの?」

 

「ああ。色んな意味で頼りになる。連絡してみてくれるか」

 

「……はぁい」

 

「あ、その前にSOP Ⅱ、服を……」

 

「分かってるってば! あっち向いてよエッチ!」

 

「す、すまない」

 

 

 髪もすっかり乾いているし、服を着るよう促す指揮官だったが、G36の名前を出した途端、機嫌を悪くしたSOP Ⅱに背を向けつつ、頭も悩ませる。

 G36の事が苦手? それとも、流石に平然と振る舞い過ぎて、女性としての自信を傷つけた?

 本当はとても簡単な事なのだが、この時の指揮官には全く思いつかず、首をひねるばかりだった。

 

 程なくSOP Ⅱは着替えを終え、指揮官の目の前で、目を閉じて何やらブツブツと。

 やがて、「すぐに来るって」と言うのだが、やはり態度が素っ気ない。そして無言。

 これはどうしたものだろうか。

 指揮官はやや表情を硬くしつつ思考するけれど、答えが導き出されるより先に、外側から自動ドアが開いた。

 

 

「お待たせ致しました、ご主人様。SOP Ⅱさん」

 

「ああ、助かったよ、G36。君が居なければどうなっていたか」

 

「いいえ。ご主人様の要望に応えるのは、私の務めですから。……推測ですが、これはP7さんの仕業でしょうか?」

 

「よく分かるな。SOP Ⅱが後ろ姿を見ただけだが、間違いないだろう」

 

「やっぱり……。彼女はいつもこうですから。またお仕置きを考えませんと」

 

 

 いつも通りの、楚々とした立ち振る舞いのG36に、指揮官がホッと胸を撫で下ろす。

 仕事帰りだというのに文句も言わず、然も当然と面倒事を解決してくれる。

 これこそ戦術人形──自律人形の在り方なのだろうが、それでも非常に有り難かった。これで危機的状況から脱出できる。

 指揮官は今度こそ意気揚々とシャワールームを出て行き……ふと、SOP Ⅱが入り口で立ち止まっているのに気付く。

 

 

「SOP Ⅱ? どうした?」

 

「……なんでもない。ワタシ、部屋に戻るね。おやすみ」

 

「ああ。おやすみ……」

 

 

 問い掛けてみるものの、彼女は指揮官の横を通り過ぎ、そのまま小走りで廊下を駆けていく。

 と思いきや、少し進んだ先でクルッと振り返り……。

 

 

「いーっだ!」

 

 

 子供のように大きく歯を見せてから、また振り返って走り去った。

 唐突な行動に、残された二人は……いや、指揮官だけが目を白黒させている。

 

 

「どうしたんだ、SOP Ⅱは……?」

 

「ご主人様が罪な御方というだけです。それより、一つ確認したい事があります」

 

 

 G36であれば、そして女性であれば簡単に見抜ける感情──嫉妬を、しかし他ならぬSOP Ⅱのために秘して、G36は指揮官に向き直る。

 何も、嫉妬心は彼女の専売特許ではないのだから。

 

 

「SOP Ⅱさんと、御一緒にシャワーを浴びられたのですか?」

 

「……え……?」

 

 

 そんな、感情の赴くままに発せられた質問をされて、またしても指揮官の顔が強張る。

 真実はYes。済し崩しではあったが、一緒にシャワーを浴びた。

 が、それを言うのは倫理的に憚られる。

 G36なら言いふらすなんて事はしないだろうけれど、どうにもやましい事をしてしまった感が拭えず、指揮官は嘘をつく。

 

 

「いや、一緒には浴びてない、ぞ。別々に浴びた」

 

「そうですか。まぁ、真偽の程はどうでもいいのです。その代わり……」

 

 

 いいのかよ! と脳内で突っ込む指揮官を他所に、G36は一旦言葉を区切る。

 軽く深呼吸。

 少し気恥ずかしそうに眼を伏せた後、上目遣いに彼女は続けた。

 

 

「私に、ご主人様のお背中を流させて頂きたいのです。今回の褒美、として考えて下されば幸いです」

 

「せ、背中を? それは前に断った……」

 

「……SOP Ⅱさんとは、一緒にシャワーを浴びたのに?」

 

「いやだから、浴びてない……んだよ、本当だ。本当、なんだ……」

 

 

 真っ直ぐに見つめてくる碧い瞳。

 指揮官は段々としどろもどろになり、顔は完全に硬直。戦闘中でもないのに能面となる。

 じー。

 睨めっこが続く事およそ30秒。

 誤魔化しきれないと判断した指揮官が、力なく項垂れた。

 

 

「分かりました……お願いします……」

 

「ありがとうございます、ご主人様。明日は精一杯、ご奉仕させて頂きますね」

 

 

 にっこり。G36は、とても満足そうに微笑む。

 その微笑みたるや、この世の幸せを独り占めにしたような、そんな風にも見える笑みだった。

 指揮官は、そんな笑みを向けられながら思う。

 ただ背中を流してもらうだけのはずなのに、何故、メイドさんがご奉仕と言うだけで、隠微な雰囲気が漂ってしまうのだろうか、と。

 そして、とりあえず明日の朝一で水着を通販しよう、とも。

 

 羨ましくも悩ましい、彼の受難の日々は続く……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとカリーナさん! あたしの口座から勝手になんか引き落としされてるんだけど!?」

 

「ああ、その事でしたら、指揮官様からのご指示ですわ。壊した自動ドアの修繕費と、その他必要経費だそうです。

 それと、今日から毎日、交通管制の後方支援に出てもらうそうです。頑張って下さいね?」

 

「そんなぁ!? あ、あたしがやったっていう証拠でもあるのっ?」

 

「私は指示されただけですので……。でも、そんな風にP7さんが怒鳴り込んできた時のために、G36さんが用意したらしい特製トマトジュースが……」

 

「ひいぃ!? ななな、なんでもないですゴメンナサイ勘違いでしたぁーっ! 全力で交通管制してきますーっ!」

 

「P7さん? あーあ、勿体無いですね~。

 お仕事を追加されても頑張れるようにって、甘くて美味しいトマトジュースを用意してくれてたのに。

 ……消費期限が短いって言ってましたし、私が飲んじゃおーっと。ん~、美味し~♪」

 

 

 

 

 




 前回のあとがきでキャリコさんが出ないと愚痴りましたが、更新して数時間後のデイリー製造でお迎えしました。ビックリしました。
 翌日には二人目が出ました。超ビックリしました。見た目ギャルっぽいのに真面目で素直で堪らんですたい。
 にしても、書けば出るのは実践してましたけど、あとがきでも効果があるとか逆に怖いわー。マジ怖いわー。
 あー、怖いからG36Cとか97式とかKarとかRFBとかカルカノ姉妹とかPKPとか来ないといいなー!(チラッ
 今来られたらまた代用コアが一桁にまで減っちゃうもんなー!(チラッチラッ

 さてさて、ただいまウサギ狩り作戦の真っ只中ですが、第3ステージまでは余裕でした。二軍どころか三軍の育成ついでに攻略できる程ぬるかった。んが、第4ステージがキツかったっすわ……。
 最初は様子見で、でも負けるの嫌だったからレベルMAXのG11、M4A1、416と、90代のvectorに一〇〇式で向かったんですが、ボッコボコにされつつB勝利でした。
 コントロールすればS勝利も余裕でしたけど、あれ、エルフェルトさん目当てで始めた新人指揮官さんはクリア出来るんですかねぇ……? 正直、作者もG11ちゃんが居なかったらS勝利出来てたかどうか。
 あ、限定スキンはスルーします。クリスマスにスオミお勧めのメタルを掛けるためにも、節約せねばならんとです。

 次回は某猫耳科学者さんが登場予定。M4一〇〇式コンビもガッツリ出します。お楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

定期巡回と律儀なお礼

 基地背景:聖夜の一角+副官:だいたいの戦術人形(大破)=夜戦待った無し

 いやぁ、最高の背景ですな。ヴィーフリ(大破)とかトンプソン(大破)とかと合わせるとヤバ過ぎっす。
 カーミラとかロリズリー、星のSAAならルパンダイブ不可避、冬の日のWAちゃんなんてハイエース後の戴き前ですぜ旦那ぁ!
 スオミのクリスマススキン? けっきょく引換券交換で、マジで三万円掛かりました。
 他の面々のも全て出てくれたし、ブラックカードは8枚に増えましたから、お布施と思えば……まぁ……いや来年は控えます。自制って大切。
 そして、M21ちゃんが居ないので服を渡せない問題。泥限定人形スキンは厳しいのう……。


 

 

「ど、どうでしょうか」

 

 

 緊張した面持ちで、M4A1は指揮官の様子を伺う。

 複数のモニターが置かれたデスクに着く彼は、ゆっくりとコーヒーで満たされたマグカップを傾け、しっかりと味わってから、M4A1に微笑んだ。

 

 

「うん。美味い。M4もコーヒーを淹れるの、上手になったな」

 

「あ……! ありがとうございます、指揮官!」

 

 

 望んでいた褒め言葉を貰い、M4A1は喜色満面に微笑み返す。

 そんな彼女のはす向かい──指揮官の背後では、肩揉みをする一〇〇式が「うぬぅ……っ」と歯嚙みしていた。

 まさしく普段通りの光景だが、場所は基地ではない。

 指揮官が鉄血から奪還し、管轄する地区の前線に存在する、臨時司令部である。

 基地に比べると手狭な印象で、雑多に置かれた物資がそれを助長していた。

 

 

「最近はG36さんが指揮官のお世話をしていたから、こんな風に過ごすの、久しぶりな気がします」

 

「言われてみれば、そうだな。事実、助かってるのが現状だが、一人に甘え過ぎも良くないか。これからは、もっとM4を頼らせて貰うよ」

 

「……はいっ」

 

 

 G36が部隊に加わってからというもの、指揮官の身の回りの世話は彼女に一任されていた。

 元がメイドなのだから当然なのだろうけれど、その分、指揮官と直に接する時間も減ってしまい、M4A1は寂しく思っていたのだ。

 しかし、そんな心中を察したような発言で、胸のモヤモヤは呆気なく晴れてしまう。

 現金だなぁという自覚はあったものの、どうにも嬉しさは隠せず、M4A1から笑顔が消える事はない。

 そして、目の前でイチャイチャされて黙っていられない程度には、一〇〇式も同じ想いを抱いており、負けじと存在をアピールする。

 

 

「指揮官。肩を揉む強さ、大丈夫ですか? あと、場所を変えたかったりとか」

 

「大丈夫、丁度いいよ。もう少し上の、首の辺りを押して貰えると……」

 

「こう、ですか?」

 

「あ゛~、そこそこ。書類仕事はやっぱり首に来るんだなぁ……」

 

 

 一〇〇式が丁寧に首筋を揉み解せば、指揮官は御満悦といった様子で、少々だらしない表情を浮かべる。

 仕事中の真面目な顔。

 戦闘中の厳しい顔。

 戦術人形と接する時の、柔らかい表情や困った顔。

 様々な顔を持つ彼だが、こうした弛みきった顔を見せる事は少ない。

 一〇〇式とM4A1が知る限り、他の戦術人形の前では、彼がこんな表情を浮かべる場面を見た事はなかった。

 独り占めでないのは由々しき事態だけれど、その事実が、自然と二人の頬を緩ませる。

 

 

「でも、本当に良かったんですか? 非汚染地帯(グリーンゾーン)とはいえ、指揮官が前線に出るだなんて」

 

「ちゃんと許可は下りてるさ。この目で戦場を見て、空気を感じる事も、勘を鈍らせない為には必要だ。それに……」

 

「それに?」

 

「いつもいつも基地に閉じこもってばかりじゃ、気が滅入る。たまには息抜きも必要だろう?」

 

「指揮官……。仮にもお仕事中なんですからね? 気を抜いちゃダメですよ!」

 

「分かってる。ありがとう、一〇〇式」

 

 

 M4A1からの問いに指揮官は笑い、一〇〇式がキリリとした顔付きで忠言しても、やはり変わらなかった。

 ともすると銃弾が飛び交う戦場であるのは確かだが、戦術的にもう重要度は低く、現れる鉄血も数える程という状態が手伝い、茶飲話は尽きない。

 

 

「そういえば。新しく配属される予定の新人は、一〇〇式と同じメーカーが製造した戦術人形らしいな。まだ受け入れを打診されている段階だが」

 

「あ、はい。六四式の事ですよね。私も話に聞いた程度ですけど、そうみたいです」

 

 

 実験機でもある一〇〇式が一定の戦果を挙げた事を受け、新たに予算を得て開発が進んだAR同期型戦術人形。それが六四式である。

 一〇〇式の運用実績を買われ、また指揮官の元に配属されるという話が持ち上がっていた。

 

 

「指揮官が私を運用したデータを元に、より先鋭的な機能搭載に踏み切った戦術人形……。一体どんな子が来るのか、少し心配です」

 

「心配? どうしてだ」

 

「……その。基本的に、機械とか兵器は後発の方が優秀ですよね。だから、私の居場所が減っちゃうんじゃ……って……」

 

 

 知らず肩を揉む手を止め、物憂気に呟く一〇〇式。

 彼女に搭載された桜逆像も、他に類を見ない特殊な機構だが、そのメーカーは……どうにも魔改造というか、極端に難しい技術を使いたがる傾向があり、六四式にも同じような機構が搭載されているらしい。

 技術は積み重ねるほど磨き上げられ、洗練される。

 故に、先行した兵器や武器は、後発の存在に更新される運命にあるのだ。

 戦術人形も兵器であり、本能的に不安に駆られた一〇〇式だったが、指揮官とM4A1の視線が集中している事に気付き、慌てて取り繕う。

 

 

「ご、ごめんなさい。変なこと言っちゃいました」

 

「全くだ。一〇〇式、君は気にし過ぎだ」

 

「そうですよ。指揮官がそんな風に、誰かを除け者にしたりする筈ないじゃないですか」

 

「うんうん。言ってやってくれ、M4。一〇〇式がどれだけ重要な存在なのか」

 

「……えっ? 私が?」

 

 

 一〇〇式の不安が杞憂であると、二人揃って言い聞かせる筈が、何故か指揮官はM4A1へ最後の一押しを投げる。

 M4A1は驚いて彼を見るが、頼んだぞ、と言わんばかりに頷くだけ。一〇〇式までもが、期待と不安の入り混じった目で見てくる。

 何が悲しくて、わざわざライバルのフォローをせねばならないのか。

 けれど、その気持ちは同じ戦術人形であればこそ、深く理解できた。

 仕方なくM4A1は、理詰めで不安を解消しようと試みる。

 

 

「えっと、ですね……。やっぱり、ほぼ最古参なだけあって、SMGを使う戦術人形の中でも戦闘レベルは高いです。

 シールドスキルによるタフネスは、た、頼りになりますし、桜逆像によるシールド転化の攻撃力増強も侮れません。

 だから……その……居場所が減るなんて事は、あり得ないです。というか、SMGとARを比べる事自体が間違いで……」

 

「M4さん……」

 

 

 真正面から一〇〇式を褒めるのは照れくさいようで、少し俯き加減に、所々詰まりながら、M4A1が語る。

 辿々しくも感じられる語り口は、だからこそ真実味を強くし、一〇〇式はわずかに目を潤ませていた。

 

 

「ありがとうございます。指揮官、M4さん。私、これからも頑張ります!」

 

「ああ。これまでも後輩は居ただろうけど、六四式が来れば直属の後輩になるんだ。先輩として、しっかりな」

 

「はい!」

 

「私も、一応はARの先輩ですから。その六四式さんが来たら、早く馴染めるよう、気に掛けておきます」

 

「よろしくお願いします、M4さん!」

 

 

 すっかり元気を取り戻した一〇〇式が、小さなガッツポーズと共に意気込み、指揮官、M4A1も同調する。

 仲間同志の親睦は深まり、新しい仲間への期待は膨らむ。

 明るい展望を予想させる、和やかな雰囲気が広がっていた。

 一見すると、ではあったが。

 

 

(まぁ、だからってM4さんに指揮官の隣は譲りませんけどね)

 

(それはこっちのセリフです、一〇〇式さん。いい気にならないで下さい)

 

 

 鷹揚に腕を組む指揮官の見えない所で……いや、聞こえない通信信号(こえ)で、やはり二人は張り合い続ける。

 これこそ平常運転という事なのだろうけれど、いがみ合っているようでいて、本人達も楽しんでいるのかも知れない。

 そんな二人を横目で見ていた指揮官だが、しかし思い出したように難しい顔をした。

 

 

「もう一つ問題なのは、名前だな」

 

「え? 名前、ですか」

 

「うちにはもう64式が居るし、どう区別をつけようかと考えてるんだ」

 

「あ、言われてみれば……」

 

 

 名前が問題点と言われ、M4A1は首を傾げるが、続く言葉で納得したようだ。

 以前、戦術人形は使用する銃器の名前で呼ばれると説明したが、これが厄介で、結構な確率で被ってしまう。

 そういった場合、銃器のメーカーや愛称、通名などで代用し、区別をつけなければならないのである。所属する人形が多くなったが故の悩みであった。

 と、そんな時……。

 

 

「失礼致します。指揮官、部隊の準備が整いました。いつでも展開できます」

 

 

 噂をすればなんとやら。臨時司令部に、新たな戦術人形が現れた。

 64式消音短機関銃。

 緑地迷彩を意識した半袖のワイシャツとスカートに、ヘッドホン、水筒、赤い腕章。長い黒髪を、中程から一本の三つ編みにしている。

 敬礼する姿は、淑やかながら確かに兵士のそれだった。

 

 

「了解した。定期巡回といえども、未だに鉄血は活動を続けている。十分に警戒してくれ」

 

「はい。ご忠告、痛み入ります。では……」

 

「あ、待ってくれ。任務には関係ないんだが、一ついいだろうか」

 

「……? なんでしょう」

 

 

 報告を終えて立ち去ろうとする64式を、指揮官が呼び止めた。

 仕事の話ではないと聞くと、不思議そうにしながらも歩み寄ってくる。

 

 

「実は、今度配属される予定の戦術人形の名前が、君と被ってしまうんだ。それで、呼び名をどうしようかと悩んでいてな」

 

「まぁ。そうなのですか?」

 

「なのです。私の後輩に当たるんですけど、その子も六四式といって……」

 

「なるほど、困りましたねぇ」

 

 

 自分の頬に手を当て、ゆったりとした調子で呟く64式。

 口では困ったと言っているけれど、どこか他人事というか、達観した口振りだ。

 やがて、彼女は小さく手を打ち鳴らし、思いついた案を話し始めた。

 

 

「いい案を思いつきました、指揮官。“ろくよんしき”、という呼び方はそのままで、後ろに銃種に沿った短い一文字を付けたらどうでしょう?」

 

「となると、ARの場合は自動小銃だから、六四式自になる訳か」

 

「ええ。そして私は64式短に。少し縮めて、64短でも良いですね」

 

「……64式短?」

 

「はい」

 

 

 珍しく得意げな64式と打って変わり、指揮官は首を捻っている。

 64式短。

 確かに意味が通じるし、区別もつくので良い案だと思われたが、一つ問題がある。

 今まで64式……「ろくよんしき」と呼んでいた相手を、いきなり「ろくよんたん」と呼び始めれば、いらぬ誤解を招くかも知れない。

 具体的には、「何あれ。いつの間にか“たん”付けで呼んでる!」「もしかしてあの二人デキたんじゃ?」という感じで。

 大抵の物に“たん”を付けて愛せる、萌え文化の弊害であった。

 

 

「いや、ろくよんたんは、止めないか……」

 

「えっ? だ、ダメですか。良い案かと思ったんですが」

 

「良いとは思うが、普段使いにはちょっとな。うん。先任の君を64式。今度来る戦術人形を六四式自にしよう」

 

「そうですか……。分かりました、ではそれで」

 

 

 たん呼び文化を知ってか知らずか、64式に特に残念がる様子はない。

 いや。知った上で、それとなく誘導しようとしていた可能性も捨てきれないだろうか?

 侮れない強敵(?)の出現に、「まさか彼女も……」と、一〇〇式は密かに戦慄する。

 一方でM4A1は、「可愛い、の?」と不思議に思っていた。まだ萌え文化に染まりきっていない証拠である。

 

 

「呼び止めて済まなかった。そろそろ巡回を始めてくれ」

 

「了解しました。では、一〇〇式さん、M4さん。指揮官の護衛、お願いします」

 

「もちろんです」

 

「傷一つ負わせません」

 

 

 ともあれ、仕事の前に長話はいけない。

 促された64式が敬礼、足早に司令部を去り、一〇〇式とM4A1が背中を見送る。

 指揮官もモニターへと向き直り、据え付けられた二つのスティックコントローラーの感触を確かめた。

 

 

「さて。ドローンを起動して、部隊のサポートを開始する。二人とも、周辺の警戒を」

 

「はいっ!」

 

「任せて下さい」

 

 

 今度は一〇〇式達が敬礼し、少し名残惜しそうに司令部の外へ。

 既に安全は確保されているが、何事にも絶対はない。司令部周辺の観測塔などで、外敵に備えるのである。

 もちろんSMGとARの二人だけでなく、M14、NTW-20、SV-98などのRF同期型戦術人形も配置についているのだが、この場での紹介は残念ながら省略する。

 

 ほぼ無人となり、データ中継サーバーだけが低く唸る中で、指揮官が二台のドローンを同時に操作。出発した二つの巡回部隊を、晴れ渡った上空から見守る。

 一つは64式の属する、大陸製銃器を使う戦術人形の部隊。もう一方は、つい先日合流した、とある部隊が務めていた。

 どんな些細な変化をも見逃さぬよう、モニターを見つめる目は真剣そのものだ。

 が、特に何事もなく時間は過ぎ、道程の三分の一を消化した頃。

 不意に卓上の通信機器が着信を告げる。

 

 

「……ん? グリフィン本部経由の通信……。秘匿回線?」

 

 

 ドローンを自動操縦に切り替え、指揮官が通信機を操作する。

 付属のホログラム端末が起動すると、そこには白衣を着た妙齢の女性が映し出された。

 

 

『こんにちは、指揮官。久しぶりだね』

 

「……ペルシカさん? お久しぶりです」

 

 

 まさかの相手に、指揮官も内心かなり驚き、けれどそれを顔には出さず挨拶を返す。

 本名、ペルシカリア。

 人形に関わる技術の第一人者であり、16LABの所長 兼 主任研究者。

 だらしなくシャツの胸元を開け、くすんだ茶色のロングヘアに、何故か猫耳型アクセサリーを飾る彼女こそ、人類最高の頭脳の持ち主だった。

 

 

「今日はどうなさったんですか。また頼み事ですか?」

 

『そうじゃないわ。私だって、いつも何かに困っている訳じゃないよ。ちょっと世間話でもしようと思っただけ』

 

「申し訳ありません。あいにくと仕事中ですので、重要な案件でなければ時間を改めて頂きたいのですが」

 

『あ、うん……。分かってる。分かってるんだけど……じゃ、邪魔しないようにするから。ダメ?』

 

 

 相変わらず眠そうな顔のペルシカだったが、支援に集中したかった指揮官が話を遠慮しようとすると、慌てて食い下がってくる。

 こう見えても30代……指揮官より年上なのだけれど、あまり貫禄は感じられず、掴み切れない人物でもあった。

 正直、邪魔にしかならないのだが、世間話が建前で、本当は他の話がしたいのだろう。

 G&Kの代表、べレゾヴィッチ・クルーガーとも覚えが良い彼女を無下に出来ず、指揮官はドローン操作の片手間ながら、相手をする事にした。

 

 

『M4はどうしてる? 他の戦術人形とは仲良くしてる?』

 

「はい。関係は良好です。特に、張り合う相手が出来てからは楽しそうですよ」

 

『張り合う相手……。あのM4が、ねぇ。具体的にはどんな風に?』

 

「この前は……何を思ったのか、メイド服を着てましたね」

 

『メイド服ぅ? メイド……M4が……』

 

「一応言っておきますが、強要してはいませんから。彼女の自由意志による行動ですから、誤解しないで下さい。絶対に頼んだりしてませんので」

 

『……ホントに?』

 

「本当ですっ」

 

 

 目を丸くするペルシカに、指揮官が重ねて念を押す。

 契約上、M4A1の所属は16LABであり、指揮官が──G&Kが預かっているだけ。

 いわば秘蔵っ子の戦術人形に、下劣な欲望ままメイド服を着せたなどと、勘違いされたくないからだ。もっとも、その念押しが逆に怪しさを醸し出すのだが。

 不穏な空気を感じ取り、指揮官は自ら話を振って話題を変えようと試みる。

 

 

「いい機会ですから、こちらからも聞かせて欲しい事があります。よろしいですか」

 

『ん、いいよ。答えられるかは保証できないけど』

 

「……“彼女達”と引き合わせたのは、何故ですか」

 

 

 一瞬の沈黙。

 緩みかけていた雰囲気が引き締まり、ペルシカが薄く笑みを浮かべる。

 

 

『それは、どっちの話?』

 

「遊び呆けていると思われている方です。……正直、知っていい情報だったとは思えないんです」

 

 

 指揮官の言う“彼女達”に、ペルシカは二つの候補を上げる事が出来た。

 後か先か。内か外か。

 補足によって後の方であると分かると、通信機越しだと分かりにくい位に小さく肩をすくめる。

 

 

『まぁ、そうかもね。私も本来なら積極的に関わるべきじゃないし』

 

「では、どうして?」

 

『一番遠い存在だったから……かな』

 

「遠い?」

 

『そう。遠い』

 

 

 科学者らしからぬ抽象的な言い回しに、眉を寄せる指揮官。

 彼女……ペルシカにとって遠い存在。

 ほぼ全ての戦術人形にとって、必ず関わる存在であるはずなのに。

 思わず、その言葉の意味するところを考えようとしてしまうが、ペルシカは先に次の話を始めた。

 

 

『そういえばなんだけど……お礼、まだだったよね。“あの一件”の』

 

「……報酬なら頂いた記憶がありますが」

 

『いや、気持ち的な方の、ね? 実はもうそっちに送ってるんだけど』

 

「送っている?」

 

『うん。そろそろ確認できるはずだから。楽しみにしててよ』

 

 

 それだけ言うと、『じゃ、またね』とペルシカは通信を終えてしまう。

 秘匿回線では、こちらから通信し直す事も不可能。

 置いてけぼりにされ、指揮官は仕方なくドローンの操作に戻る。

 

 

「もしかして、お礼が本題だったのか……?」

 

 

 回りくどい癖に妙に律儀な所がある彼女だ。きっとそうなのだろう。

 送っている、という部分が気になるが、その疑問はすぐに氷解する事となる。

 大陸製銃器の部隊に随行させているドローンが、遠方に輸送ヘリを捉えたのだ。

 

 

「あれは、グリフィンの輸送機、だな」

 

 

 敵機かと身構える指揮官だったけれど、識別信号と胴体横の社標のペイントから、それがグリフィンの使用する機体であると判断できた。機体下部には投下式のコンテナが連結してある。

 支援部隊や物資を要請したりはしておらず、この地域に飛んでくる理由がない。しかしつい先程、ペルシカは「もう送っている」とも。

 ひとまず状況を確認するため、指揮官は部隊への通信回線を開く……。

 

 

 

 

 

 時を少々遡り、まだ指揮官がペルシカと通信を始める前。

 定期巡回の経路を巡る装甲車の上部──経費削減のため、銃座を撤去した跡の開口部から、とある少女が顔を出し、大きく背伸びしていた。

 

 

「んー! まさに絶好の巡回日和だよねー! 太陽が気持ちいい~」

 

 

 幼さを残す顔立ちに風が吹きつけ、ポニーテールにした黒髪と、短めの白いマントをたなびかせている。

 ごく普通の緑色のノースリーブに、ベージュ色のスカートを合わせる彼女の名は、63式自動歩兵銃。同名の大陸産ARと同期した戦術人形だ。

 降り注ぐ陽光を一身に浴び、楽しげに笑っている63式だったが、そんな彼女に車内からツッコミが入る。

 

 

「ちょっと、巡回日和って何よ63。ピクニックとかと勘違いしてない?」

 

「し、してないよ、ホーク! ただ純粋に、日の光が暖かいから、やる気が出るなぁっていうだけで……」

 

「っふふ、冗談冗談。分かるよ、その気持ち。この景色だけ見れば、本当に平和そのものだしね」

 

「む~……。ホークの意地悪……」

 

「ごめんってば。ほら、飴あげるから許してよ。いらない?」

 

「……いる」

 

 

 機嫌を損ねてしまった63式に、赤味がかった茶髪を一本の長い三つ編みにする女性が飴を差し出す。

 都市迷彩を施された上着とスカートを着ているが、スカートの裾から覗くスパッツが、スポーティーな印象を与えている。

 97式散弾銃。

 ライオットガンとも呼ばれ、防暴銃と表記する場合もある銃器を使い、戦闘時には、赤い星が刻印された強化アクリルの盾を左腕に構え、最前線を走る戦術人形だ。

 ホークと呼ばれているのは、メーカーの名前に鷹の文字が入っているからである。

 

 ホークから飴をもらい、63式はとりあえず機嫌を直したようだ。頰っぺたがリスのように膨らんでいた。

 それを見て、車内に居たもう一人の食いしん坊が笑っている。

 

 

「ホント、これでお弁当もあれば最高なんだけどねー。肉まんとか作ってくれば良かったかな?」

 

「アンタは少し緊張感持ちなさい、56。そんな風に食べ物の事ばっか考えてると、逆に鉄血に食べられるわよ」

 

「む。何よ、じゃあホークは補給無しで戦えるっていうの? 飲まず食わずで鉄血共を倒せるのっ!?」

 

「そうは言わないけどさ……」

 

 

 ホークに56と呼ばれる、豊かな黒髪を赤い星の髪飾りです二つに結う少女は、凄まじい剣幕で食への情熱を語る。

 胸元を大きくくり抜いた、ノースリーブのボディスーツと短パン姿が、健康的な肉体美を引き立てていた。

 戦術人形としての正式名称は、56式自動小銃1型。もしくは、56式自動歩槍1型である。

 食事に対して並々ならぬ熱意を持つだけでなく、料理の腕も中々であり、基地では厨房に立つ事も多い。

 が、巡回任務中とは思えない騒がしさに、部隊長である戦術人形──助手席に座る92式が、運転手である64式の集中をみださないよう、皆を窘める。

 

 

「貴方達、いい加減に静かにして。こんなに騒いでいたら、鉄血に気付かれてしまうわ。

 全く……。指揮官さんのおかげで台所事情は改善してるっていうのに、変わらないんだから」

 

「当たり前でしょ! 食欲は人間の三大欲求の一つだよ? 空腹を幸せで満たす事を考えるのは、人生の楽しみ方を考えるのと同じなんだからっ」

 

「私達、人形だけどね」

 

「63式、野暮なこと言わない!」

 

 

 一応の上官から窘められても、56-1式の勢いは衰える事がない。

 つける薬もないのかと、92式は天を仰ぐしかなかった。

 ちなみに、92式は茶髪をショートカットにしていて、星の飾りがついた紫色の帽子を被っている。

 帽子と同色のフリル付きスカートを履き、肌けた上着は裾を胸の下で結んでいた。

 

 経験豊富な戦術人形であり、新たに配属されたこの部隊でも辣腕を振るっていたが、その視線は、呆れ返るついでに空を行く影──不審な輸送機を発見してしまう。

 即座に車載レーダーを確認、発せられる識別信号がグリフィンの物であると確かめた92式が、そのまま指揮官へと通信を繋ぐ。

 

 

「指揮官さん。こちら第一巡回部隊、92式です。上空に、グリフィンの識別信号を発する輸送機が見えます。確認できますか?」

 

『ああ。こちらでも視認している。今、それに関すると思しき通信もあったんだが……』

 

「そうでしたか。なら……あ、コンテナを切り離しました」

 

 

 言うが早いか、輸送ヘリとコンテナを繋いでいた連結器が解除され、装甲車から遠くない地面に突き刺さった。

 轟音と土煙が上がり、木々から羽を休めていた鳥達が飛び立つ。

 一番確認しやすい位置に居る63式が、双眼鏡でコンテナ周辺を確かめる。

 

 

「うわー、結構近くに落ちたわね、すっごい衝撃」

 

「ちょっとマズいかも……。今の、絶対に鉄血にも聞こえているはず」

 

「ええ、そうね。指揮官さん、どうしましょうか?」

 

『すまないが、寄り道して中身を確認して欲しい。64式の言う通り、鉄血も気付いている可能性がある、十分に警戒を』

 

「はい。素早く静かに確実に、ですね」

 

 

 指示を受け、装甲車と指揮官のドローンは一直線にコンテナへ向かう。

 まずは側面に急停車して一方の視界を塞ぎつつ、戦闘体勢を取る皆が、特殊合金製の簡易トーチカを手に飛び出す。

 コンテナの背面を除く残り二方向で、即座に陣地を形成した後は、63式と64式、56-1式が警戒に当たる。92式が荷を開け、ホークはその護衛だ。

 各側面には認証のためのパネルが存在し、92式が陣地内に向かうそれに手を乗せると、プログラムがグリフィン所属の人形であると判断。

 プシュー、という音を立て、ロックである上部ハッチが開く。続いてどの壁面を開けるかを選択。92式が離れる。

 数秒経つと、重い壁面が陣地内へと倒れ、ようやく運搬物を確認できるように。

 自動照明が照らし出す内部には……ポツンと一つだけ、紙袋が置かれていた。

 

 

「こ、これは……」

 

『どうした、92式?』

 

「……コーヒー豆、ですね」

 

『コーヒー豆ぇ?』

 

「は、はい。しかもこれ、代用コーヒーとかではなく、本物のですよ?」

 

 

 92式が紙袋を取り上げると、その表面には上書きが貼り付けられており、物凄く分かりやすいコーヒー豆の写真と、産地や生産者の詳細があった。

 オマケに一枚の付箋が付けられていて、「thank you!」と書かれている。ペルシカが書いた物だろう。

 コーヒー豆を一袋運ぶためだけに、輸送ヘリと投下式コンテナ。

 これぞ無駄遣いの極みか。

 指揮官は頭痛を覚えるが、このまま放っておく訳にもいかない。ドローンのマイクを使って、92式に指示を飛ばす。

 

 

『あー、とにかく確保して、それから巡回に戻ってくれ』

 

「了解です。……凄い香り。まだ封を開けてもいないのに」

 

『それが本物って証拠だ。無事に持って帰って来たら、皆にご馳走しよう。少し量は少なめになるがな』

 

「まぁ。それは楽しみです」

 

『……56。摘み食いはダメだからな』

 

「うぇ!? な、何言ってるんですかぁ指揮官ってばぁ、流石にコーヒー豆をそのまま食べはしませんよ~あはは~」

 

「そう言いつつ食べそうだよね」

 

「食べるかもねぇ」

 

「食べようとはするんじゃない?」

 

「ちょっとぉ!? 私の事なんだと思ってるのよ!」

 

 

 急に話を振られて慌てる56-1式だったが、63式、ホーク、64式の三人が勝手に肯定してしまい、顔を真っ赤に拳を振り上げている。

 未だ敵の脅威は去らないけれど、少なくとも、今日の某地区は平和だった。

 

 一方その頃、臨時司令部の警護をしているはずの一〇〇式とM4A1は……。

 

 

「どっちが指揮官にオヤツの差し入れをするのか、いざ尋常に勝負、です!」

 

「いいですよ。絶対に負けませんから。……じゃんけんぽん!」

 

『あいこでしょ、あいこでしょっ、あいこでしょっ!』

 

 

 警護そっちのけで、じゃんけん勝負を長々と繰り広げていたのであった。

 やっぱり、某地区は平和である。

 

 




 2018年も年の瀬。
 ウサギ狩り作戦が終了し、ジンジャークッキー回収イベントが熱いというのに、作者は財布が寒くてガタガタ震えております。ガチャは悪い文明だホント!

 にしても、人形製造イベントで資材を溶かすのは楽しいですな。
 こういうのがないとMGレシピとか回す気にならないし、新しい子をお迎えできるのはやっぱり嬉しい!
 ……大本命らしいカルカノ姉妹の妹さん、PKPさんとは、残念ながら縁がなかったけども。製造契約500枚消費したんすけどねぇ……。途中で資源が尽きて息切れですわ。
 これから毎日レシピ回せば、半年後くらいまでに……来て……くれるかなぁ……欲しいなぁ……。

 まぁ、見た目性能的に絶対欲しかった、六四式自とカルカノお姉さんはキッチリ確保したんですが。六四式自ちゃんはサクッと呼べたし、お姉さんの方は二人も来ました。
 六四式自ちゃん、白シャツに赤ネクタイは国旗イメージですかね? 大破の破れタイツがえっちぃ。くっ殺感満載。
 カルカノお姉さんは爽やかな笑顔が素敵。大破のポロリも堪りませんがな。
 まだ声が聞けなくて寂しいけど、六四式自ちゃんは一〇〇式ちゃんと組ませて使う予定。スキルの強弱なんて知らん。六二式ちゃんも来るし、早く日本銃小隊を作れるようになって欲しいです。

 他の☆5(15体)はダブりだけだったので割愛します。せめてもの救いは、G11ちゃんとWA2000ちゃんが余分に来てくれた事でしょうか。戦力アップは確か。うん。
 ただ、途中で45姉が3連続で来たのはなんだったのか……。本編に出せって要求されてる? つ、次っ、次出すから鼻パンチは待って下さいお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

UMP45の胸の内

 404小隊本登場なお話。
 if展開ではなく、全ての話が繋がった上で、彼女達が基地にやってきます。
 45姉は猫被り可愛い。被ってなくても勿論可愛い。
 そして、描き始めた途端にデイリー製造でやってくる45姉と416ちゃん。乱数偏り過ぎやろ。


 

 息を吐き、大きく空気を吸い込んで、また吐き出す。

 緊張が伺える深呼吸は、大きめのポットと小包片手に立つ、指揮官の物だった。

 通常業務も終わり、皆が夕飯までをくつろいで過ごす頃合いに、とある部屋の前に居る。

 周囲に人気はない。基地の中心部から離れた予備宿舎だからである。

 硬い表情が、気安い訪問ではない事を物語っていた。

 

 

「……よし。いくぞ……」

 

 

 呼吸を整え、顔の筋肉から力を抜いた指揮官は、スライドドア脇のインターホンを押そうと手を伸ばす。

 しかし次の瞬間、ドアが内側から開いた。

 

 

「うおっと」

 

「きゃっ」

 

 

 出てこようとした人物と衝突しそうになり、指揮官は後ずさり、その人物もたたらを踏む。

 暗い色合いの茶髪のサイドアップ。黒いフード付きジャンパー。左眼の傷。

 UMP45というSMGを使う、戦術人形だった。

 

 

「すまない。ちょうど開くとは思ってなくて」

 

「ううん、私も不注意だったから。ごめんね、指揮官」

 

 

 部屋と廊下の境目を挟み、二人は互いに謝る。

 指揮官を見る45の眼は、最初こそ驚きで見開かれていたものの、すぐに柔らかさを帯びる。

 

 

「それで、どうしたの。私達に何か用事?」

 

「ああ。今日の仕事で、本物のコーヒー豆が手に入っただろう。君達にも飲んでもらいたくてな」

 

「え、いいの? 本物って、かなり高価なんじゃ……」

 

「いいんだ。親睦を深める意味でも、美味しいものを一緒に味わいたい。どうかな」

 

「断る理由なんかないよ! さ、入って入って♪」

 

 

 部屋を出ようとしていたはずだろうに、45は満面の笑みを浮かべ、指揮官を部屋に招き入れる。

 今日の仕事──指揮官自身が前線に赴いての定期巡回では、彼女が率いる小隊も巡回を行っていた。

 その際、補給物資としてコーヒー豆を手に入れた事を指揮官が説明していたのだが、お裾分けがあるとは思っていなかったに違いない。そう感じさせる上機嫌さだった。

 申し訳程度の家具が置かれた部屋に足を踏み入れると、まず45と似た風貌の少女──UMP9が指揮官を出迎える。

 

 

「あ、指揮官! いらっしゃい!」

 

「やぁ、ナイン。部屋は気に入ってくれたか」

 

「もっちろん! 雨漏りしないし、隙間風も入らないし、何より冷暖房完備! 至れり尽くせりで、もう最高!」

 

「そ、そうか。苦労してきたんだな……。これ、差し入れのクッキーだ。全員分あるぞ」

 

「私達に? ありがとう、指揮官っ」

 

 

 小走りに歩み寄るナインへ小包を渡せば、屈託のない笑顔がひときわ輝く。

 飼い主からオヤツを貰った子犬みたいだ、と指揮官は思ってしまう。

 そんなナインに続いて、部屋の中央にある丸テーブルへと向かうと、スツールに座って文庫本を読んでいたらしい白髪の少女──HK416が顔を上げた。

 

 

「あまり間に受けないで下さい、指揮官。ナインは何事も大袈裟に表現しますから」

 

「そう、なのか。まぁ、喜んでくれているなら、それで良いさ。君はどうだ、416。何か不便を感じたりとか」

 

「……いいえ。良い環境だと思います。ベッドで寝られますし」

 

 

 少し考える素振りを見せた後、416はナインを肯定する形で頷いた。

 同時に、ナインが語ったこれまでの生活ぶりは誇張ではないと悟り、世知辛い時代を密かに嘆く指揮官である。

 流れで部屋の隅のベッドに眼を向けると、二つ並んだ二段ベッドの片方、その下段が埋まっている事が分かる。

 小さなシーツの山に隠れているのは、この小隊最後のメンバーだろう。

 

 

「G11は……寝てるのか」

 

「寝坊助さんだからねー、あの子は。起こす?」

 

「いや、そのままで構わない。彼女の分のクッキーは残しておいてくれるか」

 

「分かってます。私達だけで食べたりしたら、拗ねて二週間は起きなくなっちゃうもの」

 

「長っ」

 

「ふふふ。そう、長ーいの」

 

 

 指揮官が思わず素で呟くと、テーブルに人数分+1(指揮官の分)のティーカップを置く45が微笑む。

 他愛のない冗談? いや、ドローンで見ていた限り、巡回中もほとんど居眠りしていた。冗談ではないのかも知れない。

 ともあれ、既にカップは並べられている。クッキーも既に皿の上で、小さなミルクポットと角砂糖も準備万端。

 最初から座っている416と、45、ナインが席に着いたのを見計らい、指揮官はコーヒーを注ぎ始めた。

 

 

「ん~、いい香り~。いつも飲んでるのとは全然違うね、45姉」

 

「なかなか本物は手に入らないもの、仕方ないわ。指揮官に感謝しなきゃ」

 

「どういたしまして。だが、一人二杯までだぞ? それ以上は持ってきてない」

 

「そっか。じゃあ味わって飲まなきゃ!」

 

「ふふ、そうね、ナイン」

 

「このコーヒー、指揮官が淹れたんですか?」

 

「ああ。スプリングフィールドに、正しい淹れ方を教わった。豆の挽き方から、お湯の注ぎ方、蒸らし時間まで。厳しい先生だったよ」

 

 

 かつての主要な原産国が汚染されてしまってから、コーヒー豆などの嗜好品の値は恐ろしく高騰している。

 おかげで代用食品の研究は進み、多くの人々の舌を満足させてきた訳だが、しかし本物への欲求……憧れのようなものは無くならなかった。

 人形でもその辺りは同じらしく、徐々に満たされていくカップを見つめるナインは真剣そのものだ。

 期待されているのが分かりやすく伝わり、微笑ましい。

 

 一方で、416は単に興味があるだけなのか、あまり表情に変化は見られない。

 けれども、いざ目の前にカップを置かれると、その芳しい香りに呼吸が深くなっていた。

 違いはしっかりと感じ取っているようだ。

 

 

「それぞれに好みがあるだろうから、砂糖とミルクは自由に使ってくれ」

 

「はぁーい。ところで、指揮官の好みは?」

 

「そうだな……。普段は砂糖を二つ、ミルクをスプーンに一杯入れるんだけど、本物だからな。砂糖は一つ、ミルクは二~三滴……ってところか」

 

「なるほど~。じゃ、真似してみよっかな」

 

「45姉が真似するなら、私も!」

 

「ははは、そうか。416はどうする?」

 

「私は……ブラックで、いいです」

 

「ほほう。通なんだな」

 

「……いえ」

 

 

 この飲み方がオススメ、というつもりではなかった指揮官だが、真似して貰えるのは妙にくすぐったい。

 勿論、416の飲み方も、コーヒー本来の味わいを楽しむには良い選択であり、指揮官は素直に感心するが、なぜか彼女はスッと視線を逸らす。

 その間にUMP姉妹は砂糖とミルクを入れ終えたらしく、「頂きます」とカップに口をつけていた。

 

 

「どうだ? 代用コーヒーより香りが強くて、苦味だけじゃなく、ちゃんと酸味や深味もあって、美味しいと思うんだが」

 

「指揮官、コーヒー好きなのね。まぁ、確かに美味しいけど……♪」

 

「う……。45姉、私やっぱり、お砂糖もうちょっと入れる……」

 

「はいはい。無理しなくても良かったのに。416は平気?」

 

「問題ないわ」

 

 

 うっとり、コーヒーの香りに酔いしれる45。

 思っていたより苦かったのか、砂糖を一つ追加するナイン。

 澄まし顔でカップを小さく傾ける416。

 仕事終わりのコーヒーを優雅に楽しむ少女達の姿は、心得のない指揮官でも、思わず写真に収めたくなる団欒の光景だった。

 

 

「せっかくだ、クッキーも食べてくれ。こっちはG36のお手製だから、味も保証する」

 

「へぇー、じゃあ絶対に美味しいね! あむっ。ん〜、やっぱり甘くて美味しい~。コーヒーに合う~」

 

「ナインったら、はしゃぎ過ぎよ? ……うん、美味しい。苦いコーヒーに甘いクッキー、最高の組み合わせよね、416」

 

「……ええ。幸せだわ……」

 

 

 クッキーを勧めてみると、今度は年頃の少女らしい笑顔が華を添える。

 心なしか、416の頬も緩んだような……。もしかすると、ブラックを選んだのは見栄を張りたかっただけなのかも知れない。

 その証拠に、416はさっそく二枚目のクッキーを口へ運び──その途中で指ごと食べられてしまった。

 音もなく、のそのそとやって来たG11が犯人だ。

 

 

「あっ。ちょっと、G11! 私の指まで食べないで! っていうか、いつ起きたのよ!?」

 

ふいふぁっき……(ついさっき……)おいふぃほうはひほい、ひは……(おいしそうなにおい、した……)。っふう、うん、美味しかった」

 

「全くもう……。コーヒーは? 飲むの?」

 

「甘くして。じゃないと飲めない」

 

「指揮官、お願いします」

 

「了解した」

 

 

 指をハンカチで拭きつつ、416は追加のコーヒーを頼む。

 言動は素っ気なく見えるけれど、世話焼きな性分がそこかしこに見受けられ、これまた微笑ましく思う指揮官である。

 新たにG11の分のコーヒー(砂糖3・ミルクたっぷり)が用意され、丸いテーブルは五人の椅子で埋まった。

 指揮官の右から、45、ナイン、416、G11の順番である。

 

 

「そういえば、まだお礼言ってなかったよね。ありがとう、指揮官」

 

「ん? 急にどうした、45」

 

「いきなり押しかけただけの私達に、こんな風に部屋を用意してくれたり、他にも色々含めて」

 

「その件か……。出来れば事前に連絡をして欲しかったが、これも仕事のうちさ」

 

 

 少々申し訳なさそうな45だったが、指揮官が笑い返すと、安心したのか彼女も眼を緩く細める。

 そもそもの発端は、なんの前触れもなく、45の率いる小隊が、ダミーリンクごと基地にふらっと現れた事だ。

 最初に対応したのはカリーナで、「見知らぬ人形がお仕事くださいって来てますけど……?」と言われた時など、本当に驚いたものである。

 グリフィン所属の戦術人形である事を確認した後は、戸惑いつつも割り振れる仕事を探し、追加の補給物資やこの部屋を使う手配などを済まし、あれよあれよと今に至る。

 予定外だったけれど、個性的な戦術人形に囲まれるのが常の指揮官にとっては、想定の内でもあった。

 

 

「やっぱり基地は安心できるよ~。今までは、キチンと休める場所って本部くらいしかなかったし。

 いつでも温かいご飯を食べられて、飲み物のベンダーは壊されてなくて、シャワーも浴び放題! 天国だよね~!」

 

「言われてみれば、そうなんだよな。すっかり慣れて忘れがちだけど、こんな風に日々を過ごせるのは、幸せな事なんだ」

 

「……なんだか、随分と実感がこもっているように聞こえますね」

 

「ん、まぁ、色々とな。気にしないでくれ、416」

 

 

 大きく伸びをするナインに同意し、深く頷く指揮官。

 PMCが管轄する地域……主に富裕層の住む環境と、この基地における住環境は、ほぼ変わらない。

 第三次大戦以降、貧富の差が埋め切れないほど広がっている昨今、最初から恵まれた環境に居る人物が、ナインや指揮官と同じ意見を持つ事は少ないだろう。

 加えて、指揮官の口振りは上辺だけでなく、経験に則っての発言だと感じさせる重みがあった。

 それが気になって416は尋ねるのだが、指揮官は苦笑いで誤魔化し、追及される前に自分から話を振る。

 

 

「この小隊のリーダーは45だったな。一つ確認しておきたい事があるんだが、いいだろうか」

 

「いいけど……。なに?」

 

「この基地に常駐するつもりなのか、それとも単に立ち寄っただけなのか、だ。

 前者なら、この部屋は君達の物として正式に割り振って、生活面での細かいサポートも受けられるようにする。

 ただ、同時に仕事も受け持ってもらう事になるし、その際の指揮権は……」

 

「私から指揮官に移るんでしょ。その為の戦術指揮官なんだから、当たり前じゃない。みんなもそれで良いわよね?」

 

 

 多くの経験を積んだ戦術人形であれば、人間の指揮官に頼らず、自律して作戦を遂行するだけの能力を持つ。

 AR小隊を始め、FAL率いるFN小隊、MG同期型戦術人形──ネゲヴ率いるネゲヴ小隊、HG同期型戦術人形──マカロフ率いるチーム・マカロフなどが有名であり、45の小隊もこれらに匹敵する……とまでは行かないまでも、それなりに仕事はこなせるというのが、彼女達の“一般的”な評判だ。

 しかしながら、与えられた権限から判断すると、戦術人形よりも戦術指揮官の指揮権が優先される。

 既に一度、巡回任務に就いているとはいえ、これまでUMP45というリーダーの元で働いてきた三名が、本格的に別人の指揮下へ入るのだから、少なからず不満があるのではないか。

 普通の戦術指揮官ならば全く気にしない事が、彼には気掛かりだったのである。

 ……けれども。

 

 

「私は45姉の言う事に従うし、45姉が従うと決めた人の指示になら従うよ」

 

「指揮官の噂は前から聞いていました。信用できると思います。……G11、あんたは?」

 

「え……? んん……お休み、貰える?」

 

「うちは完全週休二日制だ。緊急事態以外でなら、普通に有給も取って貰って構わない」

 

「じゃあ、頑張る」

 

「はぁ……。ったく、仕事があるだけ有り難いと思いなさいよ」

 

 

 そんな気掛かりを、笑顔のナイン、未だに寝惚け眼なG11と、彼女を窘めるような416が否定する。

 本人を前に建前を崩していないだけ? 

 疑り深いと自分でも思う指揮官だったけれど、ものはついでと、更に質問を重ねてみる。

 

 

「だが45、どういう心境の変化なんだ?」

 

「心境の変化って? より良い仕事環境があるなら、人形にだってそれを選ぶ権利はあると思うけど」

 

「勿論。けど君達は、今まで特定の基地に身を置く事なく、方々を歩き回って、時折り仕事をするだけだったそうじゃないか。

 どうして今更、この基地に常駐する気になったのか。どうにも気になってな」

 

 

 そもそも、能力は決して低くないにも関わらず、45達が上記のような評価を受けているのは、あまり仕事をしないからである。

 公の記録に残る作戦に殆ど参加しないで、時たまフラッと戦場へと現れ、勝手に仕事を手伝っていく場合もあった。

 根無し草。風来坊。自由人。

 こう言えば聞こえは良いけれど、要は半分遊んでいると思われているのだ。事実、指揮官もそう“思っていた”。

 が、現に彼女達は退屈な巡回任務を果たし、これからもキチンと仕事をするつもりでいる……らしい。

 遊び人が真人間(人形だが)になった理由。

 それは一体、なんなのか。

 

 

「それはね……」

 

「……それは?」

 

 

 問い質す指揮官の眼を見つめ、45は勿体振る。

 部屋には沈黙が広がり、ナイン、416も釣られて黙り込む。

 ところが、今の今までぼうっとしていたはずのG11が、急に声を上げた。

 

 

「ねぇ、待って。何か……聞こえない?」

 

「どうしたの? G11」

 

「まだ寝ぼけてるんでしょう、きっと」

 

「ううん、確かに聞こえる。カリカリって、ドアの方から」

 

 

 ナインと416は訝しげだが、いつになく真剣な顔付きで言うG11。

 そこまで言うなら……と、全員で耳を澄ませてみれば、確かに微かな物音が聞こえてくる。

 カリカリ、カリカリ。

 鋼鉄製のドアを、何かが引っ掻いているような。

 いの一番に指揮官が立ち上がり、スライドドアの開閉スイッチの前へ。

 これが臨時司令部なら警戒するが、ここは基地内。襲撃される可能性はない。

 一応、部屋の主である45達に視線で尋ね、彼女達が頷いたのを確認してから、指揮官はスイッチを押した。

 すると。

 

 

「あら。猫ちゃん?」

 

「猫ちゃんだ!」

 

「……猫」

 

「にゃんこ……」

 

 

 大きく開いたドアから、小さな影がスルリと部屋に入って来た。

 赤い首輪を着けた、鍵尻尾の三毛猫だった。といっても本物ではなく、ペットロボットなのだが。

 拍子抜けした皆が見守る中、その三毛猫は一直線に416の元へ向かい、膝の上に飛び乗ってしまう。

 

 

「え、ちょ、ちょっと、なんで私の所にっ!?」

 

「あー! 416ズルいーっ、いつの間に仲良くなったのっ?」

 

「知らないわよ! ぉ、降りなさい、降りて……こら、なんで丸まっ……もう!」

 

 

 勝手にお座りされて、416は怒る素振りを見せるものの、猫に動じる気配は全くなかった。

 それどころか膝の上で丸まり、完全にくつろぎモードである。

 嫌なら無理やり退かせばいいのに、されるがままの416。

 彼女の人の良さというか、心根の優しさを見た気がした指揮官は、部屋の入り口に寄りかかりながら笑う。

 

 

「どうやら気に入られたらしいな、416。猫は嫌いか?」

 

「……別に。好きでも嫌いでも、ないです」

 

「なら、しばらく甘えさせてあげてくれ。きっと喜ぶ」

 

「それは……命令ですか」

 

「さぁ。君はどう判断する?」

 

「………………」

 

 

 少々意地悪な言い方をすると、416は仏頂面で沈黙。しかし、やはり猫を退かそうとは。

 周囲にナインとG11も集まって、遠目に45と指揮官が見守り、なんとも和やかな空気に包まれていた。自然と笑みは深まる。

 そんな時である。

 指揮官の背後から、小走りの足音が。

 目を向けてみると、赤いベレー帽に、揺れる二本のお下げ髪が近づいて来ていた。

 OTs-12。通称ティスだ。

 

 

「失礼します。指揮官、タツノコを見てない? 今日はまだ一度も見てなくて……」

 

「ああ、ティスか。タツノコなら中に居る。ついでに挨拶するといい」

 

「挨拶? ……あ」

 

 

 たまたま見かけたから話しかけてみたのだろう、あまり期待していない様子のティスだったが、挨拶するように促され、小首を傾げる。

 横目に覗いて、そこが“例の新入り”の部屋だった事に気付いたらしく、キリリと表情を引き締めた。

 

 

「初めまして。秘密兵器ティス、以後お見知り置きを。でも、秘密兵器なので出会った事は秘密でよろしくです」

 

 

 右手を上げ敬礼。“初対面”の相手に、先輩としての威厳を印象付けようとするティス。

 あまりに秘密なのを強調しているせいで効果は微妙だけれど、挨拶されて無視する礼儀知らずはこの場に居ないようで、小隊メンバーが次々に声を返す。

 

 

「UMP45よ。よろしくー♪」

 

「UMP9! よろしくね!」

 

「G11、です。どもー」

 

「……HK416。よろし──」

 

「あっ!?」

 

「──えっ」

 

 

 ……ところが、416が自己紹介した所で、ティスは大きく目を剥いて驚く。416の方まで驚いてしまう勢いだ。

 その視線は、416本人ではなく膝の上……彼女がタツノコと呼んだ猫に向けられていた。

 

 

「なぜ……なぜ貴方はタツノコを膝に乗せているですか……? 私は、私は懐いてくれるまで一カ月もかかったのに……!」

 

「いや、あの、そんなこと言われても、私が望んだわけじゃ。この子が勝手に」

 

「勝手にぃ!? なんたる、なんたる余裕綽々な上から目線の発言……。この……この猫こましぃ……っ」

 

「猫こましって何よ」

 

 

 眼に涙を浮かべ、拳をワナワナと震わせて、ティスが慟哭する。

 この程度で泣く? という感じな416との温度差は酷い。間違いなく風邪をひくレベルである。

 だがしかし。ティスにとっては非常に悲しい事であるらしく、彼女は一人、昼ドラのヒロインを演じる。

 

 

「いいです。今は甘んじて寝取られましょう。しかし、私は必ずタツノコを取り戻してみせます! 覚えてなさい、秘密特訓して見返してやるんだから……! うううっ」

 

 

 空中に涙の煌めきを残しながら、全力疾走で走り去るティス。

 誰もがその背中を呆然と見送り、やがて、全員が順繰りに口を開く。

 

 

「なんだか、個性的な子ね……」

 

「うん……。あんな子だったんだな、ティスは。初めて知った」

 

「なんで怒ってたんだろうね? ただ仲良くしてただけなのに。ねー猫ちゃーん」

 

「分かんない……。でも、別にいいんじゃない? 目の敵にされてるの、416だけっぽいし。もふもふもふ」

 

「ちょっと待ちなさい。良くないわよ。なんで私だけいきなり目の敵にされなくちゃならないのよ」

 

 

 45と指揮官は肩をすくめ、ナインとG11は猫を愛でるのに忙しく、416だけが不条理なライバル宣言にゲンナリしていた。

 四人の中では比較的常識人っぽい立ち位置だからか、やはり厄介事は彼女目掛けて突っ込んでくるようである。そんな一幕も、戦いの合間の貴重な日常には違いない。

 その一部であったはずの指揮官は、思い出したように「さて」と呟く。

 

 

「すっかり長居してしまったな。邪魔になるといけないし、そろそろ失礼するよ」

 

「えっ、もう行っちゃうの指揮官!? もっと話したかったのにー!」

 

「そう言ってくれるのは有り難いけど、知り合って間もない男が部屋に居たんじゃ、君達の気が休まらないだろう」

 

「そんな事ない! この世界には凄い数の戦術人形と戦術指揮官が居て、その中で色んな偶然が重なって、こうして同じ部隊に配属された。

 だから私達は、とっても強い“何か”で結ばれてるの! もう家族みたいなものだよ!」

 

「……家族、か」

 

 

 部屋を出ようとする指揮官を、ナインは熱の入った言葉で引き止める。

 嘘偽りとは感じさせない、彼女なりの信念を表す口振りだった。

 だが、“家族”というフレーズを耳にした瞬間、指揮官の眼が暗さを宿す。

 ほんの一瞬。注視していなければ見逃してしまう程の一瞬で、指揮官はそれを苦笑いで誤魔化した。

 

 

「ナインがそう思ってくれてるのは、覚えておくよ。ただ、本当に戻らないといけないんだ。実は仕事が残ってて……」

 

「……つまり、サボりに来てたんですね」

 

「言わないでくれ、416。丁寧な仕事をするには、適度な息抜きも必要なのさ」

 

「あ、それはよく分かる。お昼寝とか必須ですよね、指揮官に親近感が湧きました」

 

G11(あんた)は同調するんじゃないの。いつも寝てばっかりの癖して」

 

 

 親睦を深めるという名目でサボっていた。

 ちょっと褒められない事実に、416がジト目を向けるも、指揮官はどこ吹く風。

 G11の妙な賛同もあり、416は溜め息ばかりである。

 そのまま部屋を出ようとする指揮官だったが、今度は45が「あ、いけない」と手を打つ。

 

 

「私も用があったんだった。指揮官が来たから忘れちゃってた」

 

「そういえば、入り口で鉢合わせしたんだったか」

 

「うん。ついでだし、指揮官のお見送りしよっかな。いいでしょ?」

 

「気を遣わなくて構わないんだが……まぁ、ついでなら」

 

 

 言うが早いか、45は隣に並び、上目遣いに微笑んでいる。

 断る理由もなく、「また来てねー!」と手を振るナインへ手を振り返し、指揮官は45と二人で廊下を歩く。

 

 

「ねぇ、指揮官。さっきの続きだけど」

 

「続き?」

 

「ほら。どうして私がこの基地に常駐する気になったのか、って話」

 

「……ああ」

 

 

 しばらくすると、45が小走りに前へ。指揮官の方を振り返り、後ろ歩きしながら言う。

 言われてみれば、まだ答えを聞いていない。ティスの乱入ですっかり忘れていた。

 45はまたクルリと前を向き、後手に指を組みつつ、隣へ並び直して続ける。

 

 

「実は私、指揮官に一目惚れしちゃったの。嘘だけど」

 

「一目──って嘘かいっ! バラすの早くないか!?」

 

「あはは。いい反応、思った通り」

 

 

 絶妙な肩透かしを喰らい、つんのめりながら突っ込む指揮官。

 一方の45は柔らかい笑みを浮かべ、けれど、どこか声音に真剣さを滲ませる。

 

 

「一目惚れは嘘だけど……気になったのは本当よ。理由は聞かないでね? だって私達は、数日前に出会ったばかりなんだから」

 

「……ああ。そうだな」

 

「安心して。指揮官を傷つけるつもりなんて無いから。もっとも、指揮官は自分の事なんてどうでも良さげだよね」

 

 

 指揮官を覗き込むその眼には、確信があるように見えた。

 もっと他に、大切にするって決めてるモノがあるんでしょ。

 まるでそう言っているかのような。

 見透かされているようで背筋に怖気が走るが、それを無理やり押さえ込み、指揮官は質問で返す。

 

 

「そう言う君が大切にしてるモノは、君の小隊か? それとも……」

 

「さぁ? まだ秘密。私の事が知りたいなら、もっと仲良くならなくちゃ。それじゃ、またね♪」

 

 

 そこまで言うと、45はまた小走りに前を行き、先程と違って、そのまま少し先の曲がり角へ消えてしまう。

 取り残された指揮官が角に辿り着く頃には、もう後ろ姿すら見えなかった。

 脚が止まる。

 既に正規の宿舎近くまで戻っており、遠くから、人形達の生活音が聞こえる。

 

 

「仲良くなるだけで、済めばいいがな」

 

 

 鋭い眼つきで発せられた呟きは、誰に聞かれる事もなく、壁に反響する。

 それが消えると、指揮官は再び歩き出す。

 必ず誰かが迎えてくれるであろう、仲間達の所へ向けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 指揮官と別れた45は、当て所もなく彷徨うようにして、基地内の格納庫へと向かっていた。

 格納庫で何かをするという訳ではない。

 そこならば、必ず“彼女”が接触してくるであろうと、予想しての行動だった。

 そして、45の予想は的中する。

 

 

「早速ちょっかい出してるみたいだな」

 

「あら、M16。この基地に居たのね、知らなかったわ。元気にしてた?」

 

「はっ。相変わらず白々しいな、UMP45」

 

「酷い言い草。本当に知らなかったのに……♪」

 

 

 装甲車やジープの間をすり抜けていると、上から声が降ってきた。

 顔を上げれば、装甲車の天井で寝そべっていたらしい人影──M16A1が、腕を組んで45を見下ろしていた。

 互いを見る眼には、様々な感情が織り交ぜられている。

 顔見知りである事を示す会話と裏腹に、その中で最も多くを占めるのは……警戒心、であろう。

 

 

「聞かないの?」

 

「何を」

 

「何が目的なんだ、とか。指揮官も本当は聞きたそうにしてたわ。煙に巻いちゃったけど」

 

「答えるつもりの無い奴に質問する事ほど、虚しい事はないだろう」

 

「そんな事ないかもよ? ひょっとしたら答えるかも知れないじゃない」

 

「悪いが、どうでもいい。一つ言っておきたい事があっただけだしな」

 

 

 車の上から飛び降りたM16は、重々しいブーツの足音を立て、45へ近づく。

 身長差ゆえか、まだ見下ろす形になるその左眼が、ギラついていた。

 

 

「あの指揮官はM4のお気に入りなんだ。妙な事は……してくれるなよ」

 

 

 もはや微塵も隠すつもりのない、明らかな警告。

 歴戦の勇士であるM16の凄みは、並みの戦術人形ならば凍りついてしまう程の気迫で満ちている。

 にも関わらず、45の余裕にはヒビ一つ入らない。

 

 

「怖い顔。妙な事なんてしないわ。今にも撃たれそう」

 

「ならいいさ。私にとっても良い飲み仲間なんでな、失くしたくない」

 

「とか言っておいて、“あの子”と天秤に掛けられたら、迷わず選べるんでしょ」

 

「当たり前だ。でなきゃ戦術人形なんてやってられないだろ、お互いに」

 

「……そうかもね……♪」

 

 

 にやり、と不敵に笑うM16。

 同じく45も笑顔ではあるが、指揮官の前で見せていたものとは違う、含みのある笑みを浮かべる。

 張り詰めた空気。

 とても作り物──擬似感情モジュールが生み出した産物とは思えない。

 彼女達の抱え込んだ業が、そうさせるのだろう。

 けれど、瞬き程の間に緊迫感は露と消え、M16がおもむろに右手を差し出した。

 

 

「ま、いろいろ言ったが、戦力が増えるのは純粋に有り難い。仲良くやっていこうじゃないか? 表向きは」

 

「そうね。仲良くやりましょう? 表向き♪」

 

 

 握り返す45の顔には、変わらず笑顔が張り付いている。

 皮肉にも、あまりに綺麗過ぎるその笑顔こそが、この場で最も不出来な作り物に見えた。

 そして、M16は近く思い知る事になる。

 一番厄介なのは45だが、一番面倒なのは他に居たのだ、という事を。

 




 新タイトル絵の一〇〇式ちゃんとVALちゃんの扱いェ……。
 しっかし、一〇〇式ちゃんの初スキンが巫女さんとは分かっとりますな!
 パックの値段控えめだといいなぁ。六四式自ちゃんのはカードで交換します。乙π! 乙π!
 ……ガチャ回すのかって? 破産したくないので、今後欲しいのが来たら闇鍋コレクション行きを待ちますわ。
 まず引けないだろうし、ダブる可能性はドンドン増えるけど、ブラックカード化の確率も増えますし。
 当座の目標は、一周年記念で実装されるはずの416ちゃんのスキン。それまでは我慢してコイン貯めます。

 今回から404小隊が本登場しましたけど、微妙にシリアスチックになってしまうのは、45姉のキャラのせいなのか……。そこが良さでもあるのが難しい。
 まぁ、指揮官の前では猫被ってもらうんですが。
 新年一発目はティスちゃんがメイン(?)な話。某けも耳戦術人形も出る予定です。
 今年一年……つーても四ヶ月ちょっとですが、拙作をお読み頂きありがとうございました。来年もよろしくどうぞ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ステアーTMPの幸運

 作者の初夢。
 なぜか以前通っていた高校にまた通う事になり、車で爆走して駅へ。
 見覚えがないのに懐かしい級友とダベりながら、出席日数を謎の美少女ゲームアプリで管理してました。しかも登場キャラ全員がメイド服着てました。
 ……我ながら煩悩まみれ。いや好きですけど、大好きですけどメイドさん。ゲパちゃんとかキャリコちゃん、ダネルちゃんのメイドスキン超楽しみ。

 それはさて置き今回は、けも耳戦術人形だらけなお話。
 きっと製造メーカーには「けも耳だけでも十分可愛い派」と「けも耳は尻尾があってこそ活きる派」があるに違いない。
 ちなみに作者は後者ですが、尻尾だけというのも選択肢としてはアリな気がする今日この頃。


 

 

 

「猫ちゃんの愛を取り戻したい、ですか?」

 

「はいぃ……。うううっ……」

 

 

 唐突な懇願に、ステアーTMPは困惑していた。

 いつぞや、指揮官がG41やヴィーフリ達と組んず解れつしていた、ベンダー前の休憩所。

 黒いコートを着て、酷く困った顔をしている長い茶髪の戦術人形が、SMG同期型戦術人形、TMPである。

 彼女の眼前には、泣き濡れる頬をハンカチで拭うAR同期型戦術人形、ティスの姿も。

 早めに仕事が終わった午後。

 ちょっと一息入れようとしていた所にティスがやって来て、今に至るのである。

 

 

「あの……大変だなぁとは思うんですけど、どうして私に?」

 

「だって、貴方は猫耳も、猫の尻尾も付いてるじゃないですか。だったら猫の気持ちが分かると思って、藁にもすがる思いでぇえぇぇ」

 

「あはは……私は藁なんですね……」

 

 

 切羽詰まっているようだし、悪気は無いのだろうが、暗に頼りないと言われている気がして、TMPは苦笑いを浮かべる。

 その頭部にはティスが言った通り、黒い猫耳があった。

 G41とは違ってメカメカしく、どちらかと言えばアクセサリーに見えるデザインである。一方で尻尾は普通の、黒い猫の尻尾に見え、少々チグハグな印象が否めない。

 それを自覚しているからなのか、ティスの力にはなれそうにないと、TMPが申し訳なさそうに答える。

 

 

「残念ですけど、私は本物の猫ちゃんじゃないので、気持ちまでは流石に……」

 

「そうなんですか? 喉をくすぐられたり、尻尾を撫でられたりする感じも分からない?」

 

「それは……」

 

 

 縋るような目で見つめられ、思わず考え始めるTMP。

 くすぐられたり、撫でられたりと言うからには、誰かからそうされるという事。

 真っ先に思い浮かんだその相手は……指揮官だった。

 

 

『TMPは可愛いな』

 

『へっ!? い、いきなり何を言うんですか、指揮官……』

 

『すまない。驚かせただろうけど、もう我慢できないんだ』

 

『が、ががが我慢? あああの、私、あの……っ』

 

『いいから。さぁ、たっぷり可愛がってあげよう』

 

 

 妙に煌びやかな飾り付けの、中央に回転するベッドがある謎の部屋で、二人は向かい合っていた。

 指揮官が笑みを浮かべてTMPへと近づき、両肩に手を置いて後ろへ追いやる。

 TMPはベッドに押し倒され、怯えた瞳で彼を見つめるが、止めてくれる気配は無い。

 そして、無骨な手をコートの中に進入させようと、太ももに指が……。

 

 

「だめ……あ……そんなとこ、触っちゃ……にゅふ……」

 

「……TMPさーん。どこ見てるのー?」

 

「ふぇ? ……あ゛っ、ごめんなさいなんでもないですっ!」

 

 

 よだれを垂らし、緩んだ顔で妄想に身悶えするTMPを、ティスのジト目が現実へ引き戻す。

 とある一件から指揮官への好感度が振り切れ、事ある毎に妄想に浸ってしまう。これがTMPの欠点であった。

 仲間内では有名な事であり、今更ティスも指摘はしないで話を戻した。

 

 

「とにかく、少しでも猫の気持ちが分かるんだったら、どんな風にしてあげれば喜ばせられるのか、タツノコを寝取り返せるのか、教えて欲しいの。お願いしますっ」

 

「寝取……え、えっと、私が教えられるのなんて、私がどうされたら嬉しいかくらいなんですけど……」

 

「それでもいいから!」

 

「そうですか……」

 

 

 寝取り返す、という発言に不安を覚えるけれども、ティスは真剣そのものであり、切実だった。

 こうまで頼られて突き放す事は出来ず、TMPも質問の答えを考える。

 

 

「私だったら、優しく触られたら嬉しい、ですね。腕の中に抱きしめられて、甘い言葉を囁かれながら、耳をコショコショされたり、尻尾をスリスリされたり……ぬふふ……」

 

「ほほう、なるほど」

 

 

 猫の喜ぶ事というより、自分自身が喜ぶ事……つまりは、いつもしている妄想の内容を語るTMPだが、ティスは真面目にメモっている。

 そんな事をせずとも記録領域に刻めるのだろうけれど、様式美という物である。

 方や、TMPの妄想ボルテージは上り続け、語り口にも熱が入っていた。

 

 

「やがて、お互いの気持ちは高まり、自然と顔が近づいて、ついに……!」

 

「ほうほう、鼻ツンツンですね、分かります! やって貰えると嬉しいですね!

 ところで撫でる時は、やっぱり毛並みに沿って、上から撫でた方が気持ちいい?

 下の方からこう、グワッとやっちゃっても大丈夫?」

 

「し、下からグワッ!? そそ、そんなことされたら私……立ってられない……っ」

 

「そうですか……。難しいところね……」

 

 

 猫とイチャイチャする光景を想像するティスと、指揮官とイチャイチャする光景を想像するTMP。

 微妙にすれ違いつつ会話は成立してしまい、TMPの妄想は更に加速。擬似感情モジュールがスパークし始めていた。

 そして……。

 

 

「他に触られて気持ちいい所は? お腹とか、太ももとか、首筋とか頬っぺたとか背中とか」

 

「……お腹……太もも……首筋、頬っぺた、背中……はうっ……」

 

「あっ、ちょっと!?」

 

 

 ついに限界点に到達してしまったらしいTMPは、頭から湯気を立ててベンチに倒れこんだ。

 慌ててティスが様子を伺うも、単に熱暴走しただけらしく、放っておいても意識を取り戻す──再起動するだろう。

 問題なのは、まだティスの悩みが解決いていないという事だった。

 

 

「どうしよう。けも耳系戦術人形、他に頼れる子は……」

 

 

 TMPの頭の下へ、枕代わりに自分の帽子を入れつつ、ティスが途方に暮れる。

 できれば秘密にしたい悩みだけれど、背に腹は代えられない。

 幸い、この基地にはTMPの他にも、動物系の要素を持つ戦術人形が在籍しているが、その中で頼りに出来る子はだれだろう?

 ティスは一人悩み続けていたが、そんな時、ふと休憩所に影が差し。

 

 

「話は!」「聞かせて!」「貰ったにゃー!」

 

「はっ。そ、その声はっ」

 

 

 ベンダーの発する光を背後に、三つの人影が扇型を描いて現れた。

 それぞれに猫耳を持つ彼女達の名は、左からMk23、P7、IDWである。

 心強い味方の登場……なのだが、どうしてもティスは問わずにいられなかった。

 

 

「なんで組体操してるの?」

 

「いえ、なんとなく?」

 

「こういうのはノリと勢いが大事なんだにゃ! 細かい事は気にしちゃダメにゃ!」

 

「っていうかっ、どうして一番小さいあたしが真ん中なのよ! 腕がモゲるー!」

 

 

 小首を傾げるティスに、同じく疑問符を浮かべるMk23。

 その反対側ではIDWが楽しげに笑い、中央のP7だけが歯を食いしばって二人の重さに耐えていた。

 特に意味も無かったらしく、P7は程なく愛の感じられない大岡裁きから解放される。心なしか、いつもの修道服がくたびれて見えた。

 ちなみに、IDWの服装も、普段通りのスポーティーな短パンに袖捲りしたワイシャツ姿である。

 

 一方でMk23は、胸元が大きく開いた、星条旗柄のタイトなノースリーブ・ワンピースを着ている。

 スカート部分にはフリルが付き、白いオーバーニーソックスはハート型にくり抜かれていたりと、可愛らしさに特化した衣装だった。

 髪は茶色のロングヘアで、前髪の一房に赤いメッシュ。二人と違う点として、Mk23には猫耳は無く、頭には黒い猫耳型の髪飾りが。

 鈴の付いた黒猫の尻尾は持っているけれど、それがアクセサリーなのか生えている物なのかは、本人だけの秘密である。

 そんなMk23は、P7の「重い」発言が気に障ったようで、プンスカと腕を組んだ。

 

 

「全く、失礼しちゃうわ、P7ったら。わたくし、こう見えても体重は軽い方なんだから」

 

「嘘言わないでよ、使ってるのもやたらデカくて重いHGじゃん」

 

「銃は関係ないでしょう! それに、貧弱なボディよりもボリュームがあった方が、ダーリンだって満足してくれるはずだもの! 大口径主義だって聞いたし!」

 

「あーはいはいそーですかー。色んな意味で小さくて悪かったですねー」

 

「まぁまぁ二人共、ケンカしちゃいけないにゃ~。アニマル系戦術人形同士、仲良くしていこうにゃ~」

 

 

 Mk23が自慢気に胸を張り、プルンと弾む柔らかさで、P7の目付きを悪くさせる。

 外見設定からすれば平均値だし、別にコンプレックスがある訳ではないが、ああも見せつけられると少しばかり腹立たしいのだ。

 そういった機微を全く意に介さないIDWが間に入ったため、怒る気力も失せてしまい、P7はさっさと本題に入る事にした。

 

 

「とにかく、話はだいたい分かってるわ。HK416(あの新入り)に一発かましたいんでしょ? あたし達が手伝ってあげる!」

 

「愛を取り戻すために奮闘する乙女……。こんなの、応援せずにはいられませんものっ」

 

「大船に乗ったつもりで任せるにゃー!」

 

「おおお……! なんて頼もしい、ありがとう、ありがとうございます!」

 

 

 思わぬ形で心強い味方が現れ、ティスは感動のあまり涙ぐむ。

 大げさかも知れないが、彼女にとってはそれだけ大事な話なのである。

 それを察しているからか、三名のアニマル系戦術人形達はティスと車座になって作戦会議を始めた。

 

 

「でも、具体的にどうするにゃ? ハッキングして感情値をイジるのは論外として、正攻法で攻略するのかにゃ?」

 

「それが一番確実だと思うわ。ズバリ、自分を磨くのよ!」

 

「自分を磨く、ですか……」

 

 

 真っ先に案を出したのはMk23。

 夢見る乙女のように、熱に浮かされた表情で、身をくねらせながら彼女は語る。

 

 

「相手の好きな香水をつけて、好みの格好をして、決して自分の都合だけを押し付けない。

 これを徹底するだけでも、好感度はグングン高まっていくはずですわ!

 そしていつしか、わたくしとダーリンも……きゃー!」

 

「ふむぅ……。つまり、魚介系の香水をつけて、魚の着ぐるみを着て、空腹時に攻めろ、と。nozamAで売ってればなんとか……」

 

「え? 魚介系?」

 

「なんか致命的に勘違いしてるっぽいにゃ」

 

「魚介系の香水って新発想だわ……。後でイタズラに使お」

 

 

 ……しかし、残念ながら肝心のティスには伝わらず、トンチンカンな返答に目を丸くしてしまう。

 Mk23の言い方が、人間を相手にした正攻法の紹介だったせいもあるだろうが、なんとも個性的な感性である。

 ひとまず、Mk23の案は保留しておく事にして、次に手を挙げたのはP7だ。

 

 

「じゃ、次はあたしね。正攻法もいいけど、時には邪道も必要! あの新入りに、猫に嫌われる要素を無理やり与えちゃえば良くない?」

 

「ええっと……要するに、ライバルへの好感度を下げる作戦ね。ちょっと罪悪感があるけど、恋は戦争、割り切らなきゃ」

 

「うにゃあ……。エグいこと考えるにゃ、P7。で、そう言うからには何か案があるにゃ?」

 

「当ったり前よ! にひひひ」

 

 

 これこそあたしの本分よ! とでも言いたげな不敵な笑みで、P7は更に続ける。

 

 

「猫が嫌うものと言えば、水気と騒音。

 あいつと猫が一緒に居る時に、びしょ濡れ系のイタズラを仕掛けたり、スオミを乱入させちゃうの。

 どうよこの案! 絶対イケるわ!」

 

「一緒に居ると嫌な事が起きるって印象付ける、ですか。確かに悪どいけど、有効かも……」

 

 

 自信満々なP7に引っ張られて、ティスも邪道に染まりつつあった。

 戦争では騙し討ちも、不意打ちも正当化される。勝った者が正義となり、敗北こそが許されざる悪。

 恋愛においてもこれは同じであり、最後にハートを射抜くためなら、手段を選んでいては駄目、という事だろう。

 補足になるが、スオミというのは「フィンランド」をいう意味を持つフィンランド語であり、かの国で開発されたSMG、KP-31と同期した戦術人形の名前でもある。

 彼女はメタル……いわゆるハードな音楽の愛好家でありつつ、本人は至って清楚で可憐、しかし敵には苛烈極まりないという、相反する側面を合わせ持つ戦術人形だった。詳しくは後日、語る機会もあるだろう。

 

 

「問題は、その子がイタズラに引っ掛かるか。それと、スオミが協力してくれるかよねぇ」

 

「大丈夫っ。なんてったって、あたしが居るんだから! 絶対に引っ掛かる罠を作るし、スオミなら『メタルに興味あるかもよ』って吹き込めば勝手にやってくれそうじゃない?」

 

「あー、分かるにゃー。スオミのメタル布教はガチめだからにゃー」

 

 

 アニマル系の三名が顔を突き合わせ、更なる細かい話を詰めていく。

 特に、被害に遭ったのだろうIDWの呟きは、重い説得力が感じられた。

 このまま行けば、ティスの想い猫・タツノコと416はハートブレイク間違いなしか。

 ……と、思われたのだが。

 不意にティスは首を振り、皆の意見に反対する。

 

 

「……ううん、やっぱり駄目。罠とか無理やり嫌わせるとかは、したくない」

 

「ええー!? なんでよー!? 心配しなくても、バレるようなヘマはしないって!(……多分、きっと、おそらく……)」

 

「そうじゃなくて。もしも自分が……私自身がそんな風にされて嫌われたら、凄く悲しいから。あの子はライバルだけど、憎い訳じゃないし」

 

 

 実はあんまり自信のなかったP7に対し、ティスは穏やかに告げる。

 恋は戦争。戦争に綺麗も汚いもない。勝てば官軍、負ければ逆賊。

 それを理解した上で、卑怯な真似はしたくないと。

 まぁ、そもそもこれが恋なのかという疑問は残るけれど、そんな事を抜きにしても清廉な、清らかな宣誓であった。

 思わず誰もが口をつぐみ、やがて、Mk23の微笑みが沈黙を破る。

 

 

「ティスは真面目なのね……。良いわ、それなら正々堂々、真っ向勝負で愛を勝ち取りましょう!」

 

「うん! 頑張る!」

 

「いい話だにゃ~。青春だにゃ~」

 

「ちぇー。つまんなーい。……ま、本人がそれで良いなら構わないけどー」

 

 

 むんす、と鼻息荒くティスはガッツポーズをし、胸を打たれたIDWがハンカチで涙を拭っていた。

 唯一、P7はつまらなそうにボヤいているけれど、無理に話を進めようとしない辺り、少し前の一件が効いているらしい。

 このままイタズラ癖が治ってくれれば、基地内も一段と平穏になるのだが、転ぶ時はついでに誰かのスカートを掴んでズリ下ろすのが彼女。きっとそうはならないのだろう。

 

 

「というかだにゃ。そもそもティスは嫌われてないんじゃないかにゃ?」

 

「はい? どういうこと?」

 

「話を聞いててそう思っただけにゃ。今は単に新しい遊び相手に夢中なだけで、しばらくしたら戻ってくる気がするにゃ~。ほら、猫はツンデレってよく言うにゃ」

 

「そう、かな……」

 

「きっとそうにゃ! もっと自信持つにゃ!」

 

 

 何はともあれ、IDWが最後を美味しくまとめて、作戦会議はつつがなく終了した。

 方向性が決まって落ち着いたのか、ティスは晴れやかな顔付きで皆に頭を下げる。

 

 

「みんな、話を聞いてくれてありがとう。お礼と言ってはアレだけど、今日のご飯は奢るです」

 

「ホントかにゃっ? やったにゃー! 節約は大事にゃ、勿論ご馳走になるにゃー!」

 

「あら、この位別にいいのに。……でも、わたくしも一緒しますわ。折角ですし、もっとお話しましょうか」

 

「あたしは、タダでご飯食べられるなら着いて行くよー。ティスの発想は侮れないから、いいネタ仕入れられそうだし」

 

 

 気前の良いティスの提案に、三名はそれぞれに理由をつけて飛びつく。

 誰も彼もが笑顔を見せながら、上機嫌な足取りで休憩所を後にする。

 賑やかな話し声が遠ざかり、やがて、休憩所からは人気がなくなった。

 

 だがしかし、ここで思い出して欲しい。

 この場にはまだ、戦術人形が居なかっただろうか。

 そう、ベンチに寝かされ、そのまま忘れられてしまったTMPである。

 戦術人形の休眠状態は、あらゆる駆動が静音モードで行われ、様々な観点での存在感を薄れさせるため、仕方のない事でもあった。

 直後に濃い面々も現れたし、決してティスのせいではなく、かといってIDW達のせいでもなく、本当に巡り合わせが悪かっただけなのだ。

 そして、この悪い巡り合わせが、TMPに本日最大の幸運を引き寄せる事となる。

 偶然にも、TMPが寝かされている休憩所に、二人の人影が立ち寄ったのだ。

 

 

「……およ? ねぇねぇ指揮官、こんなとこでTMPが寝てるよ」

 

「うん? ……本当だ。なんでこんな所で」

 

 

 一人は、相変わらずグリフィンの制服を着込む指揮官。

 もう一人は、彼の本日の副官を務めるAR同期型戦術人形、ART556だった。

 奇しくも、556はIDW達と同じく動物の要素を持っており、狐のような耳と短い尻尾が特徴的だ。髪はライトグリーンで、同系色の大きなリボンでツーサイドに結んでいる。

 

 更に付け加えるならば、彼女もG41と同じような、無駄に肌色が多い衣装を着ていたりする。

 ワイシャツはノースリーブになっているだけでなく、胸の辺りから下がバッサリとカットされ、下腹部までが丸見え。

 サスペンダーで釣られたスカートの丈を膝上で測ろうとすると、スカート本体の長さを超えてしまう。

 当然、中身が隠れるはずもないのだが、レザー的な質感から、「あーあれは見えても良いタイプのなんだろうなーもう気にするだけ無駄かー」と指揮官は諦めていた。

 

 閑話休題。

 TMPの寝息が整っている事を確認、ただ眠っているだけだと判断した二人は、どうしたものかと顔を見合わせる。

 

 

「理由はよく分かんないけど、このままじゃ体痛くなっちゃうね。ちゃんとしたベッドに運んであげようよ」

 

「……そうだな。しかし……勝手にそういう事をして、嫌がられないだろうか」

 

「嫌がる? なんで?」

 

「この子には露骨に避けられているし、触れられるのを恥ずかしがっているように見えるんだ。知らない内に触られていたと知ったら、気にするんじゃないかと」

 

「あ~……。TMPは恥ずかしがり屋だからね~……」

 

 

 困った顔をする指揮官に、556も苦笑いで自分の髪をいじる。

 本当の感情はさて置いて、普段のTMPは常に指揮官と一定の距離を取り、可能な限り物理的接触を避けていた。

 理由はどうあれ、本人が避けている事を意識のない間にしてしまうのは憚られる。

 指揮官が躊躇うのも仕方ないけれど、556は逆にTMPの本心をバッチリ理解しており、「ここは応援してあげよう」と説得を試みる。

 

 

「でもでも、それはバレたらの話でしょ? こんな所で起きた時に一人ぼっちより、キチンとしたベッドで目を覚ました方が、きっとTMPは喜ぶと思うなぁ」

 

「……確かに」

 

 

 556の言葉を聞き、指揮官は顎に手を当て、重々しく頷いていた。何かしら身に覚えがあるようだ。

 一般論的に考えても、硬く冷たいベンチで目を覚ますより、暖かくて柔らかいベッドの上で目を覚ました方が、気分が良いに決まっている。

 そうと決まれば話は早いし、善は急げとも言う。

 TMPの膝裏と肩の下に手を入れ、いわゆるお姫様抱っこをした指揮官は、556に向けて小さく笑った。

 

 

「そう言ったからには、秘密にしておいてくれよ、556」

 

「りょーかい! 部屋は分かる? アタシ、案内するよ」

 

「ああ、頼む」

 

 

 556はおどけた敬礼を返した後、指揮官を先導して、跳ねるように歩き出す。

 そのおかげで……もとい。そのせいで短過ぎるスカートは捲れてしまい、指揮官は視線を若干上に固定して歩く事を余儀なくされるのだった。

 だからこそ、腕の中で微かに身じろぎするTMPにも、気付かなかった。

 

 

(あれ……? 指揮官……? 私、指揮官にだっこ、されてる……?

 そっか、これ妄想だ。こんな事、現実に起きるはずないもんね。

 だったら、せめて妄想の中だけでも、一杯甘えちゃおう。

 頭の中の出来事なんだから、いいよね? えへへ……指揮官……)

 

 

 まだAIが起動直後で重い(寝ぼけている)TMPは、今の状態をいつもの妄想──脳内シミュレーションであると錯覚。

 やけにリアルな感触を不思議に思いつつ、指揮官の胸に額を擦り付け、胸一杯に彼の匂いを吸い込む。

 数分後、自室のベッドに寝かされ、頭を撫でられながら「おやすみ、TMP」と囁かれても誤認は続いた。

 やがて一時間が経ち、二時間が経ち、もしかして妄想じゃなかった……? と気付いた彼女は、とても幸せそうに再び熱暴走したという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おまけ。

 ツンデレ云々のくだりを感じ取った、某戦術人形の反応。

 

「ん? 誰かが私の事を話してる気がする……。

 まさかアイツが……いや、そんなはずない、か。それより、もっと自然に話せるように練習しなきゃ。

 べ、別に、長く話をしていられるようにじゃなくて、さっさと伝えたい事だけ伝えて、早く話を切り上げるためにだけどっ。ええ、それだけなんだからっ。

 ………………誰に言い訳してるんだろ、私」

 

 

 

 

 




 新年早々、製造確率アップイベントで御神籤ひいた(200~300回?)結果、作者は累計33体の☆5人形をお迎えしました。
 その中で新規にお呼び出来たのは……出来たのは………………カルカノM91/38、PKP、RFB、97式の4名! やったぜ力技の大吉!
 いやー、WA2000ちゃんが7人来ても、NTW-20ちゃんが4人来ても、M99ちゃんが3人来ても、カルカノ姉さんリー先生が2人ずつ来ても、諦めずに回すのは心が辛かったっすわ。
 途中で嫌になってMGレシピ回したら97式ちゃんとRFBちゃん、PKPちゃんが来てくれたのもあって、やめようとも思ったんですよ。2人目の一〇〇式ちゃんとか、六四式自ちゃんまで追加で2人来てたし。
 けど結果的に回して良かった。おかげで資源も契約も大惨事ですが、くじけぬ心と事前の備蓄って大事。っていうか、こんだけ☆5ライフル引いても出ないKarちゃんってどんだけ~(古い)。

 事前の準備と言えば、次の大型イベントが発表されましたけど……。ランキングとかマジなんですかね?
 ぶっちゃけ作者は「興味がないので勝手にどうぞ」的なスタンスですが、アクティブなフレンド指揮官が減りそうでそっちの方が怖いっす。人が減ったソシャゲの末路は悲惨やで……。
 次回は、おまけにも出た某ツンデレ戦術人形がメインのお話。テンプレな話になりそうですけど、とりあえずお楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

WA2000が本当に言いたい言葉

 WAちゃん可愛いよWAちゃん、というお話。
 殺しの為~というセリフに対し、作者はこう言い返したい。
 だったらなんで無駄に可愛いんだよ愛でるぞオラァ!


 

 またもや唐突であるが、指揮官は悩んでいた。

 日々の業務の合間、基地内を移動するためにエレベーターを待っている間すら、その事が頭から離れなかった。

 夜も眠れず昼寝したり、食事が喉を通らず間食で補うという、G36に怒られる生活習慣となりつつあっても、である。

 

 

(あの日以来、TMPの5m以内に近寄れたためしが無い……。やっぱり、部屋に送り届けるだけで、寝かせるのは556に任せた方が良かったんじゃなかろうか……)

 

 

 それは、休憩所で眠りこけていたTMPを部屋に送り届けた、その翌日から始まった。

 廊下ですれ違いながら「おはよう」と挨拶したら、「ぉおぉおぉぉはようごじゃいましゅ! ししし失礼しますぅ~!」と、真っ赤な顔で壁に張り付くようにして走り去られる。

 仕事中、簡単なお使いを頼もうと近寄って声を掛けたら、「はぇ!? し、指揮官!? なな、なんでございましょう!?」と、凄い勢いで後ずさりされる。

 話をしようと食堂で相席を申し出たら、まだ半分以上残っていたチーズバーガーを一気に口へ突っ込み、「も、もう食べ終わりましたので、遠慮なくどうぞーっ!」と逃げられる。

 

 ここまで露骨に避けられるのは、初めての経験だった。

 思い当たる原因は昨日の一件しかなく、このままでは業務に支障が出かねない。

 どうやって解決すれば良いのかと、G36や一〇〇式、M4A1などに相談もしてみたが、「きっと大丈夫ですよ(優しい目)」「仲が良いんですね(ジト目)」「捕まえますか?(真面目)」との返事。

 余計に悪化したらマズいので、M4の意見には断りを入れたけれど、どうしたものやら。

 

 と、考え込んでいる間に、《ポーン》とエレベーターの到着音が鳴った。

 ひとまず悩むのを中断、急ぎ足にエレベーターへ乗り込もうとする指揮官だったが……。

 

 

「あ」

 

「あ」

 

 

 扉が開いた瞬間、すでに乗っていた人物と目が合い、脚が止まる。

 一言で言えば、美しい戦術人形だった。

 黄色いラインが入った黒のスーツを着こなす、凛とした佇まい。

 烏の濡れ羽色……とは少し違うが、ほんのりと赤みを帯びた長い黒髪。赤いリボンで、一房だけを右に結っている。

 ワルサーWA2000。

 ドイツ製の狙撃銃を己が分身とする彼女は、閉じようとするエレベーターの扉を、無言のまま手で押さえていた。

 

 

「乗らないの」

 

「いや、ああ、乗る、乗るけど」

 

「……何よ、私と一緒じゃエレベーターも乗りたくないってわけ?」

 

「そうじゃない! ……そうじゃないから。ありがとう」

 

「ふん」

 

 

 一瞬、乗る事を躊躇った指揮官だが、WAに促されて慌てて乗り込む。

 目的の階のボタンを押し、今度こそ扉が閉まると、二人は微妙に距離を置いて立つ。

 

 

「………………」

 

「………………」

 

 

 会話は無い。

 チラリ、WAの様子を伺うと、彼女は不機嫌そうに顔を背けている。

 正直に言うならば、指揮官は彼女の事が苦手だった。

 WAとは以前、とある夜間作戦の支援をした際に知り合い、しばらくのちに指揮官の部隊へと参加したのだが、どうにも言動がつっけんどんで、取り付く島がないのだ。

 同じドイツ製の銃という繋がりで、WAをよく知るG36が言うには、ちょっと素直になれないだけ……らしい。

 信じたいのは山々だが、現にこうして不機嫌オーラをぶつけられていると、そんな気持ちも些か揺らいでしまう。

 指揮官の悩みの種は尽きなかった。

 

 

「ねぇ、指揮官(アンタ)

 

「な、なんだ、WA」

 

 

 指揮官が無意識に溜め息をつこうとした、まさにその時、意外にもWAの方から声を掛けられた。

 驚きつつも平静を装って振り向くと、何故だか黙り込んでしまう彼女。

 また、沈黙。

 段々と息苦しさすら感じ始める程だったが、やがてWAは何か言おうと口を開き──ズドンッ。

 

 

「うおっ」

 

「きゃっ」

 

 

 唐突な衝撃に、二人揃ってバランスを崩す。

 照明がチラつき、一瞬だけ視界は暗闇に閉ざされるが、幸いにもすぐ復旧した。

 

 

「故障、か?」

 

「分からないけど、多分……」

 

 

 指揮官はWAを支えるように背中を支え、WAも指揮官へしがみ付くようにして、何が起きたのかと周囲を確認している。

 二人共、戦場を経験しているからか、取り乱す事はない。

 が、互いの距離が近い事に気付いた途端、瞬く間に冷静さは失われてしまう。

 

 

「ちょっと!? どさくさに紛れて触らないでっ!?」

 

「ち、違う、なんとなく支える形になっただけで、触りたくて触った訳じゃない!」

 

「はぁ!? 何よその言い方っ、まるで必要がなければ触りたくもないって言ってるように聞こえるんだけど!」

 

「そ、そんな事は……あ~……」

 

 

 指揮官の腕から逃れ、真っ赤になりつつ警戒心を露わにするWAへ、他意はないのだと説明しようとする指揮官だけれど、何を言っても墓穴を掘るだけだと気付き、大きく溜め息。

 そのまま深呼吸へと繋げて、気持ちを落ち着かせてから、次の行動を決める。

 

 

「言い争っていても仕方ない。とにかく外部と連絡を取ろう」

 

「……そうね。それには賛成だわ。こんな狭いエレベーターにアンタと二人っきりとか、冗談じゃないもの」

 

 

 吐き捨てるような……いや、本気で吐き捨てているようにしか聞こえない、WAの物言い。

 流石の指揮官もカチンと来るが、口元をわずかに引きつらせるだけで、何も言い返さず操作パネルの非常通話ボタンに近づく。

 その背中を見つめるWAは、先程からフル稼働する擬似感情モジュールを抑え込もうと必死だった。

 

 

(ホント、冗談じゃないわ。こんな、心の準備も無しに二人っきりとか、なに話したらいいのよ……っ)

 

 

 強い言葉と硬い態度で誤魔化しているが、実際のところ彼女は、酷く焦り続けている。

 それもこれも、思わぬ形で彼と……指揮官と二人っきりになってしまったから。

 G36の見立ては正しく、WAの擬似感情モジュールは、思うように本音を言い出せない、気持ちとは裏腹の行動を取ってしまう思春期の少女を、適確に再現していたのだ。

 身も蓋もない表現をするなら、WAはツンデレなのである。

 妙にキツい言動は相手を嫌っているからではなく、むしろ興味の現れ。つまり、指揮官の事が気になっているのであろう。異性としてか、人間としてかはさて置き。

 

 だがしかし、ツンデレとは「デレ」があってこそ「ツン」を楽しめるのであり、未だ「ツン」しか味わっていない指揮官からすると、苦手意識を持ってしまうのは仕方ない事でもあった。

 だからという訳ではないが、彼は早急にこの密室から脱出しようと、通話ボタンの向こうに居る誰かへ呼び掛ける。

 

 

「もしもし、誰か聞いてますか? もしもーし!」

 

『……はいはい、こちら司令室のカリーナでーす。何かありましたかー?』

 

「ああ、カリーナか。助かった」

 

『あら、もしかして指揮官様? どうしてエレベーターの非常通話を?』

 

 

 返事はすぐにあり、聞き慣れた同僚の声が安心感を与えてくれる。

 指揮官は事情を説明した。

 

 

「どうもこうもない、急にエレベーターが止まったんだ。原因は分からないか? 早めに復旧させて欲しいんだが」

 

『分かりました、ちょおっとお待ちくださいませ……。ええと、施設管理プログラム、異常信号は……』

 

 

 エレベーター内のスピーカーから、何やらタッチパネルを操作する音が。

 施設全体の保全・管理を行うシステムにアクセスし、機能の確認を行っているのだろう。

 程なくそれは終了したようなのだが、カリーナの声はどことなく申し訳なさそうで。

 

 

『すみません、指揮官様……。ケーブルの巻き上げ機が故障しているようでして、修理には結構な時間が掛かりそうです』

 

「……なぁ、カリーナ。実はこの基地、老朽化が進んでないか? この間もシャワーが壊れて酷い目に遭ったし」

 

『あっはははは……どうなんでしょう……。と、とにかく、すぐに救助を向かわせますので!』

 

「いや、そこまではしなくていい。みんなの仕事の邪魔になる。非常用の脱出口があるだろうし、そこから出るさ」

 

『そうですか? では、端末の方に基地の詳細な見取り図を送っておきますね』

 

「頼む」

 

 

 通話を終えれば、間を置かずに指揮官が持つ携帯端末へと着信がある。

 送られて来たのがカリーナの言う見取り図である事を確かめると、彼はWAに向き直った。

 

 

「そういう訳で、自力で脱出しなくちゃいけなくなった。手を貸してくれるか、WA」

 

「勝手に話を進めて、そのうえ手を貸してくれって、随分と虫のいい話ね」

 

「すまない。だが、救助を待って時間を無駄にするよりは、自ら動いた方が早いし、建設的だと思ったんだ。頼む」

 

「……分かったわ」

 

 

 やけに不服そうなWAだったが、指揮官が真っ直ぐに見つめながら頼み込むと、やや顔を背けつつ頷く。

 話が決まった所で、指揮官は拡大表示した見取り図を精査。

 お決まりではあるけれど、点検口から出てダクトを通るのが脱出への近道だと判断した。

 

 

「じゃあ、君を持ち上げるから、まず天井の点検口を開けてくれ」

 

「……また、どさくさ紛れに変なとこ触るつもりじゃないでしょうね」

 

「非常事態だ、ある程度は我慢して欲しい。後で埋め合わせしよう。チョコアイスで良いか?」

 

「え? ぉ、覚えてたんだ」

 

「忘れるわけないじゃないか」

 

「……ふ、ふん……。まぁ、いいけど」

 

 

 身を庇うようにして、また鋭い視線を投げ掛けるWA。

 しかし、指揮官が好物の名前を出すと、仕方ない、といった風に肩をすくめ、背を向けた。

 彼には見えないけれど、顔からは笑顔が零れている。

 普段の「ツン」だらけな態度と打って変わり、じんわりと胸を温かくさせてくれるような微笑みが。嬉しくて仕方なかったのだ。

 

 ところが、また指揮官の方を向いた時には消えていて、気難しい顔付きに戻ってしまっている。

 当然、微笑みに気付かれる事もなく、彼はWAを持ち上げるために黙ってしゃがみ込む。

 その右肩に腰を下ろすと、指揮官の手が膝と足首の辺りを押さえた。

 ぴくり。WAの肩が震える。変な声が出そうだった。

 

 

「じゃ、立つぞ」

 

「ゆっくりとだからね! バランスを崩したら危ないし」

 

「分かってる……よっ」

 

 

 一言断ってから、指揮官がゆっくりと立ち上がる。

 さほど大きなエレベーターでないのが幸いし、十分に天井へと手が届きそうだ。

 それは良いのだが、WAにはもっと他に気になる事があり……。

 

 

「平気、なの」

 

「何がだ」

 

「見た目は人間そっくりでも、中身は機械だから。お、重いんじゃないかと、思って」

 

 

 線の細い少女に見えても、WAは戦術人形。

 機械部品は確かに使われていて、その分、人間の女性より重い。

 場合によっては、成人男性より重くなる事もあるはずなのに、指揮官は涼しい顔で返す。

 

 

「いいや。むしろ軽くて心配になるな。それより、天井は開けられそうか?」

 

「……ちょっと待って。今調べるから」

 

 

 WAにとっては気になる事でも、指揮官には違ったらしく、点検口の調査を催促された。

 嬉しいような、寂しいような。複雑な気持ちを抱きつつ、WAは天井の隅にある四角いハッチを調べる。

 ロックを外し、下から押し上げれば問題なさそうだった。

 

 

「なんとか開きそう。このまま上にあがるから、ジッとしててよね」

 

「了解した」

 

「ちなみに、上を見たら蹴るから。全力で」

 

「いいから早く上がってくれ。実はさっきのは痩せ我慢で、結構キツいんだ」

 

「この……っ、失礼な男ね!」

 

 

 下着を覗かれたくなくて忠告するWAに、軽口で返す指揮官。

 本当か嘘かは分からないが、少なくともWAをイラッとさせる事には成功し、彼女は指揮官の肩を遠慮なく足蹴にして飛び上がる。

 エレベーターの上に出ると、暗闇が出迎える。

 点検口から漏れる光で、辛うじて周囲が確認できる程度だ。文字通りの狙撃戦用戦術人形であるWAには問題ないが、指揮官はどうだろうか。

 そう考えている内に、彼は一人で点検口へと飛び上がって来ていた。壁を使って三角飛びでもしたのだろう。意外と身体能力は高いようである。

 

 

「で、ここから先は?」

 

「メンテナンス用のダクトを通って行くのが良さそうだ。後に続いてくれ」

 

「はぁ? なんで私がアンタの後ろなのよ」

 

「別に前を行っても良いが、ダクトは狭くて、四つん這いにならないと進めないぞ」

 

「………………アンタが先に行って」

 

 

 指揮官の後ろにつくのが嫌なのではなく、戦術人形である自分が前に出るべき。

 そう考えて意見するWAだけれど、四つん這い、というのを聞いて思い留まった。

 男性にお尻を突きつけて、恥ずかしがる位の羞恥心はあるのだろう。

 

 隊列を決めると、指揮官は携帯端末のライトでダクトを探し出す。

 運良く手の届く高さにあり、入り口を覆うシャッターは、見取り図と一緒に送られたアクセスコードで開いた。

 大人だと中腰で動けなくなり、四つん這いなら然程狭くもない、といった具合いの大きさだ。

 

 

「じゃあ、急ごう」

 

「……ええ」

 

 

 言うが早いか、指揮官は入り口によじ登り、ダクト内部へ姿を消す。

 WAが後に続くと、少し先で彼は待っていて、WAの姿を確認してから進み始める。

 以降は特に会話もせず、左右に曲がったり、緩やかに上下したりが繰り返された。

 迷いなく進む姿に、WAは少しだけ頼もしさを感じ、同時に不安も抱いてしまう。

 もしかして、指揮官は……。

 

 

「ねぇ」

 

「なんだ」

 

「どうしてそんなに……急いでるの」

 

「それは……」

 

 

 私と一緒に居るのが、嫌なの?

 そう問い質そうとして、途中で言い換えるWA。

 仕事が残っているから。約束があるから。トイレに行きたいから。

 なんでも理由を思いつけるのに、どうしてあんな風に考えてしまうのか。自分で自分が嫌になる。

 しかも、指揮官からの返答は、それを助長するようなものだった。

 

 

「君が、不機嫌そうだから」

 

「私が?」

 

「……ああ。エレベーターの時から、ずっと顔をしかめている。だから、よっぽど一緒に居るのが嫌なんだろうと、思って」

 

 

 彼の表情は分からないが、しっかりとニュアンスは伝わってくる。

 隔意。文字通り、隔たりのある気持ちが。

 嫌っていると思われた。いや、思われていた。本当は違うのに。

 自分の態度が良くないのは自覚していたけれど、それを直接に言われた事が少なからずWAを動揺させ、「なんでこんな時までバカ正直なのよ!」と声を荒らげたくなってしまう。

 そんな自分自身が尚更腹立たしく、必死に言葉を飲み込みながら、しかし、感情は隠しきれないで言い返す。

 

 

「悪かったわね、愛想が無くて!

 戦術人形なんだから、仕方ないでしょ。

 ……愛想なんか、無くたって良いじゃない。

 私は、殺しの為だけに生まれてきたんだから」

 

 

 ダクトの中を進みながらも、段々と下がっていくトーンは、自己嫌悪の現れだった。

 戦術人形であるWA(自分)

 戦術人形でしかないWA(自分)

 もっと器用な人形だったら、愛想笑いの一つでも浮かべて、会話を楽しんだり、自分の気持ちを誤解される事もないのに。

 誰かを撃つ──殺す事ばかり得意で、他はろくに出来やしない。

 こんな事なら、擬似感情モジュールなんて無ければ。喜びも、悲しみも、感じなければ。

 

 

「ダイナマイトは当初、炭鉱夫の過労死を防ぐために作られたんだそうだ」

 

「……は? 何よ、いきなり」

 

 

 深く沈んで行こうとしていたWAの思考を、唐突な話題転換が混乱させる。

 彼もまたダクトを進み続けながら、全く関係の見えない話をした。

 

 

「だが実際には、ダイナマイトは戦場で使われた。あまりにも多くの命が失われ、アルフレッド・ノーベルは深い罪の意識に苛まれたらしい」

 

「……何が言いたいの」

 

「生み出された経緯と、生み出された後に為す事は、必ずしも一致しないって事さ。そこに、物も人間も、人形も関係はない」

 

 

 相変わらず顔は見えないものの、指揮官の語り口はまるで、自嘲しているようにも聞こえた。

 だが、次に発せられた言葉は、それとは全く逆の……誇らしさすらを滲ませる。

 

 

「戦術人形として生まれたから、戦う事しか出来ないなんて事はない。

 自分を決めつけるな、WA。

 戦術人形である事実は変えられないが、戦う以外の事をしたって良いんだ。

 君は基本性能が高いんだし、心の底から望むなら、きっと何にだってなれる。保証するよ」

 

 

 あ。今、笑った。

 WAは直感した。指揮官が今、自分に向けて笑っていると。

 もちろん、体勢的には不可能に決まっているけれど、彼の気持ちは確かに、WAに向けられている。

 どうやら励まそうとしているらしい。

 

 

(本当に、こんな時ばっかり鋭いんだから)

 

 

 自然と、WAも笑っていた。

 彼に見られる心配がないからか、屈託のない、年頃の少女らしい可憐な笑顔だった。

 これを素直に見せられたなら、きっと指揮官もWAの真意を──本当に言いたい事を誤解したりしないだろうに。

 けれど、年頃の少女としては、男性側からのアプローチを期待したい訳で。

 やっぱり本音を言い出せないWAは、お礼の代わりに尖った言葉を返してしまう。

 

 

「お尻向けてそんなこと言われても、全然説得力がないんだけど?」

 

「うっ。し、仕方ないじゃないか、こんな場所なんだから!」

 

「それに、私は戦術人形でいる事を嫌がってないわ。戦うための存在である事に誇りだってある。余計なお世話よ」

 

「……そう、か」

 

 

 今度は指揮官の声のトーンが下がり、ダクト内には再び沈黙が広がる。

 無言で前を進む姿は、どこか落ち込んでいるようにも見え、WAの罪悪感を刺激する。

 

 どうしよう、言い過ぎた。

 謝るなら早めに謝らないと。

 でもどうやって? なんて言ったら元気になってくれる?

 素直に「ありがとう」って言えばいいじゃない。

 それが出来れば誰もこんな苦労しないのよ!

 

 

「出口が見えたぞ」

 

「えっ。……そ、そう」

 

 

 時間が経てば経つほど言い出しにくくなるのに、WAは一人で悶々と考え続け、けっきょく何も言えないまま、出口に辿り着いてしまった。

 内心、酷く焦るWAを他所に、指揮官は手早くダクトのシャッターを開けて、その先にある空間──とあるベンダー前の休憩所に降りる。

 つい先日、TMPが眠りこけていたあの休憩所だ。何やら妙に縁があるようである。

 

 

「ふぅ……。やっと出られたな」

 

「やれやれだわ、全く」

 

 

 大きく背伸びをし、一足先に開放感を味わう指揮官と、ダクトから顔を覗かせ、また不機嫌そうな顔をするWA。

 今度は、「結局、謝れなかった……。私の馬鹿、意気地なし、間抜け……」という自罰的な思考からの不機嫌さだった。

 しかし、そんな気持ちを指揮官が知る由もなく、彼は無言のまま、WAに向けて両手を差し出す。

 

 

「……何よ、この手」

 

「何って、捕まらないと危ない。ほら」

 

「………………」

 

 

 こいつは何を言ってるんだろうか。

 WAは思わず呆気に取られた。

 だって、危ないはずがない。

 指揮官は人間だろうが、こちらは戦術人形であり、人間より身体能力が高く、運動性能という意味でなら確実に上回っている。

 よっぽどトロい戦術人形でもない限り、怪我をするはずがないのだ。

 けれど、彼がそうした理由は、すぐに察しがついた。

 気遣っているから。

 戦術人形だとか人間だとかは関係なく、「WA2000」という個人を。

 

 

(全く、どこまでお人好しなのよ)

 

 

 つっけんどんな態度ばかりで、優しい言葉へ皮肉でしか返せない、どうしようもない戦術人形なのに。

 そんな事どうでもいいと言わんばかりに、お構いなしに手を差し伸べてくる。

 躊躇いがちにその手を取ると、何故だか体が軽くなった気がした。

 今までに経験した事のない、奇妙な浮遊感。

 その感覚に任せて、WAは自然と口を開いていた。

 さっきまでは言い出せそうになかった、本当に言いたい言葉を伝えようと。

 

 

「あ、あのさ。さっきの話、だけど」

 

「さっきの話?」

 

「だ、だからっ。……ぁぁあ、あり、が──ん?」

 

 

 ところが、肝心なところでまたしても妙な感覚を覚えた。

 くん……と腰の辺りを引っ張られている。

 嫌な予感。

 恐る恐る後ろを確かめると、スーツのスカート部分が、シャッターの端っこに引っ掛かっていた。

 いや、もう何をどうしたのか、スカートだけでなく両脚を包む黒いストッキングまでもが引っ掛かり、今にも破れそうだ。

 このままでは、下着姿を晒してしまう……!

 

 

「え、あれ、ちょっ、ちょっと待って! ふ、服が引っかかって……!」

 

「は? あ、ああ、どうすればいいんだ。引っ張ったら、ダメだよな、えっと?」

 

「ううう動かないで! ただでさえバランスが悪いんだからっ、落ち──!」

 

 

 どんがらがっしゃん、びりびりびり。

 状況を確認するため覗き込もうとする指揮官を、ストッキング越しにも下着を見せたくないWAが身をよじって止めようとし、結果、二人は勢いよく床へと倒れ込んだ。

 勢い余ってシャッターも壊れてしまったらしく、残骸が枠ごとベンダーの前まで転がる。

 そして勿論、シャッターに引っ掛かっていた物も破けてしまい。

 

 

「痛た……っ、だ、大丈夫か、WA……あ」

 

 

 上体を起こす指揮官が見たのは、真っ白なショーツに包まれた、形の良いお尻だった。

 スカート後ろの部分とストッキングが丸っと破け、隠そうにも両手を塞がれてしまっていたWAは、真っ赤に頬を染め、目尻に涙を溜めて、指揮官を睨みつける。

 

 

「……見るんじゃないわよっ、このヘンタイっ!」

 

「ご、ごめん、ごめん! すまない、悪かった!」

 

「謝って済む問題じゃないわよっ! 動かないでって言ったのにっ!? ヘンタイ、ヘンタイっ、ヘンタイーっっっ!」

 

「痛、痛い、痛いって、謝る、謝るから叩かないでくれっ!」

 

 

 ペシペシペシ、と涙ながらに叩かれ、指揮官は耐え続ける。

 本気で叩かれたら昏倒必至なので、流石に加減してくれているのだろうが、だからこそ抵抗する訳にもいかず、ただひたすらに。

 数分後。

 自分のジャケットをWAの腰に巻き、「見られた、見られた、見られた」と涙目の彼女を部屋までエスコートしつつ、彼は苦悩したという。

 見てもいいパンツと見ちゃだめなパンツの区別は、一体どうやってつければいいのだろうか、と。

 切実に苦悩していた。

 

 




 経験値ボーナス期間の0-2周回が美味過ぎる……! みんなあっという間にレベル上がるわぁ。ありがたや。
 そして地味に減っていくバッテリー。今4500枚くらいあるけど、報告書って何千枚あれば安心なんだろ。

 今回はテンプレ・オブ・ザ・ツンデレなWAちゃんがメインでした。
 本文中でデレがあってこそ楽しめるとは言いましたけど、簡単にデレられてもつまらない&有り難みがないと思います。
 なので、この作品のWAちゃんはまだしばらくツン多め。デレるのはもうちょい色々あってから。
 他の子と絡めてこそ活きるキャラでしょうし、色んな子と張り合わせたいですな。

 さてさて、間近に迫る第二の大型イベント、低体温症。ボス二人がエロ可愛くて早く剥きたい待ち切れない。
 はよう鹵獲というか拿捕というか捕虜というか、とにかくそういう類のをこっちでも実装してくれんかのう。デストロイヤーちゃんハイエースしたい(オイ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

HK416の大いなる野望

 ぬぁぜだぁ……。
 ウロボロスちゃんの下乳はちゃんと拝めたのに、ぬぁぜゲーガーちゃんとアーキテクトちゃんには大破絵が無いのかぁ!!
 裏切ったな! 作者の純粋な下心を、裏切ったなぁぁぁあああっ!!
 という訳で、捕らえたアーキテクトちゃんにイヤらしい尋問する薄い本を希望。
 ただし百合とオネショタと触手(世界観的にケーブル系?)はマジ勘弁な!

 さてさて今回は、416ちゃんやや本気になる、な話。
 ちょい病んでる……というか愛が重い彼女ですけど、個人的にはクーデレ感もあるような気がします。元々は忠犬だったけど、色々あってやさぐれちゃった野良犬みたいな?
 身長に関してですが、絵師さんが設定しているようなのでそれに則っています。早く設定資料集の続報が欲しいっす。


 

 

 朝。指揮官の自室。

 来客を告げるインターホンが鳴らされたのは、いつものようにG36に起こされ、食事を摂り、しっかりと身支度を整え終えた時だった。

 

 

「誰だ、こんなに朝早く」

 

「ご主人様、私が」

 

「いや、いいよ。どうせ仕事に出る所だったんだ」

 

「ですが……」

 

「いいからいいから」

 

 

 応対しようとするG36を留め、指揮官がドアへ向かう。

 タッチパネルに触れ、ウィン、とドアがスライドすると、そこには一体の戦術人形が、微動だにせず立っている。

 白い髪にベレー帽。ライトグリーンの瞳。404小隊に属する、HK416だった。

 

 

「416?」

 

「おはようございます、指揮官。お迎えに上がりました」

 

 

 不思議そうに指揮官が名を呼ぶと、416は敬礼をもって返答する。

 迎え。

 何か緊急の事案でも発生したのだろうか。

 特に用事も無いはずだったので、なおさら不思議がる指揮官に、416が説明した。

 

 

「……お忘れですか? 本日の副官は私ですよ」

 

「ああ、そうか。それで、か」

 

「はい」

 

 

 指揮官の仕事を補佐し、有事の際には護衛も兼ねる副官。

 416自身のたっての希望で、今日から数日間、彼女にこの任務を任せたのだった。

 今までは、わざわざ部屋に迎えに来てくれる副官など、一〇〇式かM4A1、スプリングフィールドくらいだったから、すぐに思い至らなかったのだろう。

 余談だが、G36はほぼ毎日部屋に来るので別枠である。

 

 

「準備が整っているようでしたら、執務室へ向かいましょう。もうすぐ職務の開始時刻です」

 

「分かった。じゃあ、G36。先に行くよ」

 

「はい。いってらっしゃいませ、ご主人様」

 

「いってきます」

 

 

 少し416に待ってもらい、G36に軽く手を上げて挨拶する指揮官。

 丁寧な一礼を受けながら部屋を出ると、彼の二歩後ろを歩く416が、質問を投げかけた。

 

 

「彼女は、いつも指揮官と朝を過ごしているんですか」

 

「ん? G36か。まぁ、そうなるな。自分でもだらしないと思うんだが、好意に甘えさせて貰っているよ」

 

「……そうですか」

 

 

 元々が侍従として働ける人形であり、割と早い時期に部隊へ加わったというのもあるが、指揮官の身の回りの世話は、G36が全権を任されている。

 例外として、彼女が任務に赴いている間は、他の適性がある人形──スプリングフィールドや漢陽などが務める事になっていた。

 それを聞いてどう思ったのだろうか。416の表情は動かない。

 

 

「基地にはもう慣れたか?」

 

「はい。構造は把握済みです。緊急用の脱出経路や、防衛機構の配置なども、全てメモリー内に入っています」

 

「そういう意味じゃなかったんだが……いや、職務に熱心なのは良い事だ。いざという時は頼りにしよう」

 

「いいえ、指揮官」

 

 

 今度は指揮官が質問をし、416が真面目過ぎる答えで返す。

 少々型にはまった、機械的な対応とも思えるけれど、彼女は最後に指揮官の隣へと並び。

 

 

「いざという時だけではなく、いつでも頼って下さい。私は貴方の助けになる為に、ここに居るんですから」

 

 

 どこまでも大真面目に、献身的な姿勢を示すのだった。

 

 

 

 

 

 数日前の、基地内データルームにて。

 照明も点けず、ディスプレイからの逆光に照らされながら、416はある情報に注視していた。

 

 

(これが、あの指揮官の……)

 

 

 表示される文字列が表すのは、つい最近、404小隊が加わる事になった部隊の、指揮官の戦歴。

 当然だがアクセス制限が掛けられており、クラッキングせずに閲覧可能なのはグリフィンに属してからのデータだけだけれど、今はこれでも十分だった。

 基本的に、負けが無い。

 戦闘で負ける……撤退する場合はあるものの、その後必ず、戦術的に勝利して終えるのだ。

 でなければ戦術指揮官として採用されるはずもないのだが、416には気に入らない点が一つあった。それは。

 

 

「随分とヤツらを重用してるじゃない」

 

 

 ある時期から傘下に加わった小隊──AR小隊が、以降の戦果に絶対と言っていいほど関わっている事だった。

 その前からも、一〇〇式機関短銃というテストベッド的人形を重用していたようだが、とある一件においてM4A1を救出してからは、そこに小隊メンバーが加わっていった形である。

 以降も続々と、あらゆる方面から戦術人形を迎え入れ、戦力を拡大。今やグリフィン内外を問わず注目を浴びているようだ。

 この時代に珍しく、輝かしい出世街道をひた走っている。

 

 

(確か45が、彼は“あの二人”のお気に入りだって言ってたわね……)

 

 

 ふと、UMP45の呟いた言葉が思い出された。

 彼女が言うには、AR小隊のリーダーであるM4A1と、メンバーの長姉に当たるM16A1は、かなり指揮官とは親しい間柄らしい。

 親しい間柄。

 ヤツと。ヤツらと。指揮官が。

 カアァと胃の奥が熱くなるような、不快な反応を擬似感情モジュールが生み出す。

 しかし、それを無理やりに飲み込んで、416はある方策を考え出した。

 

 

「だったら、私が彼のお気に入りになれば」

 

 

 あの二人が、指揮官に相応の感情を抱いているとして、そこに割り込んだら。

 あの二人に向けられるはずの指揮官の気持ちを、自分に向けさせたなら。

 一体、どんな顔をするだろう。

 悲しむ? 怒る? 悔しがる? 無関心を装う?

 なんであろうとも、想像するだけで胸が躍った。

 後ろ暗い喜びに笑みを隠さず、416は呟く。

 

 

「せいぜい間抜けな吠え面をかく事ね。私は完璧な戦術人形。私に落とせない男なんて居ないんだから」

 

 

 自信満々に、416は誓う。

 男性経験なんて全く無いにも関わらず、自分なら絶対に可能だと、まるでそう言い聞かせるように。

 

 

 

 

 

 時を戻し、場所は変わって執務室。

 指揮官はいつものように木目調の机に着き、庶務をこなしていたのだが……。

 

 

「ううむ。午前中いっぱいと見込んでいた仕事が、昼前に片付いてしまった」

 

 

 今日に限って仕事がやたら捗り、三~四時間を予定していたものが二時間半で終わってしまったのだ。

 様々な契約書の申請、物資配給の手配、後方支援任務の受注と配備、模擬訓練用戦闘データの確認など、多岐にわたるのだが、全てが終わっている。

 そして、その立役者はもちろん、事前にあらゆるデータを用意し、必要に応じて提示した416だった。

 

 

「仕事を早く終えられるのは、良い事だと思いますが」

 

「そうだな。これも416のおかげだ。ありがとう」

 

「副官ですから、当然です」

 

「いやいや、そんな事はない。イタズラした罰としてP7を副官にした時なんか、酷かったからなぁ」

 

「……そうですか」

 

 

 澄まし顔の416を、指揮官は笑顔で褒めそやす。

 素っ気ない返しをしてしまうけれど、内心で「掴みはバッチリね」とドヤっていたりする416である。

 事実、秘書官として使われるタイプの人形にも負けない、完璧なサポートをしてみせたのだから、ある意味では当然だが。

 ともあれ、片付けるべき仕事は終わった。

 指揮官が背伸びしながら席を立ち、仕事用のPCを待機状態へと移行させる。

 

 

「さて、せっかく早めに終わったんだ。少し早いが昼食にしよう。416、一緒にどうだ」

 

「はい。お供します」

 

 

 指揮官からの誘いを快諾する416は、またも内心で「計算通り」とほくそ笑む。

 先人曰く、誰かと親身になりたいなら食事は欠かせない、らしい。

 彼がどんな食事を好むのかを知っておけば、胃袋から心を掴む事も可能だ。

 問題は、416自身に料理の経験が殆ど無い事だが、そこは戦術人形。データさえ集めればどうとでもなるだろう。多分。きっと。おそらく。

 そんなこんなで二人は食堂へと到着し、人影もまばらな中、前時代的な黒板にチョークで書かれたオススメを確認する。

 

 

「ええっと、今日のオススメは……。ハンバーグセットにオムライスセット、か。どっちにするか……」

 

 

 顎に手を当て、仕事中にも勝る真剣さで悩む指揮官。

 416からすると、「子供っぽいメニューね」と思わざるを得なかったが、これまた先人曰く、ハンバーグとカレーとラーメンが嫌いな男は極めて少ない、とのこと。

 ここは助け舟を出しつつ、自分の株を上げるチャンスと判断し、416は彼に提案を。

 

 

「指揮官、ハンバーグセットを頼んで下さい。私がオムライスセットを頼みますから」

 

「それって……シェアするって事か? いいのか、416」

 

「はい。私も、両方の味が気になりますし」

 

「はは、意外と食に貪欲だな、君も。よし、ならそうしよう」

 

 

 食に貪欲。

 食いしん坊扱いされたようで、ちょっと納得できない416だったが、機嫌は良さそうなので、特に何も返さない。

 カウンターに並ぶと、一般の自律人形が流れるような動きで配膳。全く待つ事なく、出来立てのハンバーグセットとオムライスセットが提供された。

 トレイを手に、手近なテーブルで対面に腰掛けた二人は、さっそく食事を始める。

 

 

「頂きます」

 

「いただきます」

 

 

 指揮官の前には、焼けた鉄板の上でジュージューと音を立てる大きなハンバーグと、新鮮な野菜を使ったサラダ、コンソメスープ、ロールパンが二つ並んでいる。

 対する416は、半熟卵の上から濃厚なデミグラスソースのかかったオムライスに、オニオンスープと焼いたバゲット、付け合わせにピクルスといった内容だ。

 言わずもがな、“外”ではお目に掛かれないレベルである。

 テーブルマナーはしっかり身につけているらしく、指揮官は上品な手付きでハンバーグを切り分け、口へ運ぶ。そして416も。

 

 

「うん、うまい。オススメされてるだけあるな。そっちはどうだ?」

 

「………………」

 

「416?」

 

「はっ。す、すみません。想像していたより、ずっと美味しかったので……」

 

「はははは。そうかそうか」

 

 

 指揮官の声でフリーズから立ち直り、416は慌てて取り繕う。

 本当に、予想外の美味しさだったのである。これまで食べてきたオムライスと比べ物にならない。

 チキンライスの控えめな甘辛さ。存在を主張しながら、他を邪魔しない玉ねぎやマッシュルーム。そして、全てを包み込んで渾然一体とするフワフワトロトロの半熟卵。

 こんな美味しいものを、日常的に食べてきたこの基地の戦術人形達に、恨み言すら言いたくなる程だ。

 が、それよりも、おかしそうに笑う指揮官の笑顔の方が妙に気恥ずかしく、416は“作戦”を前倒しに開始した。

 

 

「指揮官も食べてみれば分かります。はい、どうぞ」

 

「え? ……え?」

 

 

 オムライスをスプーンですくって差し出すと、指揮官は目を白黒させて戸惑っている。

 これぞ、416が彼を落とすために立案した第一の作戦。

 衆人環視の中ではいアーン♪ ついでに間接キッスでドキドキさせちゃえ! 作戦である。

 ちなみにこの作戦名、416が参考にした非デジタルの古い書物──男を落とす為に実行すべき108の作戦(Min-Mei書房)から丸っと流用した物なので、勘違いしないであげて欲しい。

 

 

「い、いいのか?」

 

「何がです。早く食べて下さい」

 

「ああ、うん、分かっ、た……」

 

 

 416が催促するも、未だ戸惑い続ける指揮官。

 それもそのはず、遠くカウンター内の一般自律人形達が、仕事を忘れて二人をガン見しているからだ。わーきゃーと盛り上がっている。

 よくG11にしている行為なのに、不思議と416自身にも、擬似感情モジュールによる若干の羞恥心が湧き上がっている。けれど必死に堪えていた。

 やがて諦めがついたのか、指揮官は差し出されたスプーンに口をつける。

 視線が、恥ずかしげにそっぽを向いていた。

 

 

「どうですか、指揮官」

 

「……美味しい。うん、確かに美味しかった」

 

「なら良かったです。じゃあ、次は私の番ですね」

 

「そうだな。ほら、好きに食べてくれ。こっちも美味しいぞ」

 

 

 オムライスの美味しさで一心地ついたのだろう、いつもの調子に戻り、ハンバーグの乗ったプレートを寄せる指揮官。

 しかし、416は動かない。

 

 

「……? どうした。食べないのか、416」

 

「………………」

 

「よ、416……さん?」

 

 

 じー。

 指揮官を見つめ、416は言外に訴えかける。

 これぞ第二の作戦。アーンしてくれなきゃイジけちゃうぞ? 作戦だった。

 先程も言ったが、これはあくまで書物に載っていた作戦名であり、決して416が思いついた名前ではない事を、重ねて申し上げたい。きっと著者の脳内には花畑が広がっていたのだと思われる。

 閑話休題。

 416の言わんとする所を察せないほど指揮官も鈍くはなく、無言の要求に口元をヒクつかせている。

 彼の性格を考えれば、すでに自分はアーンしてもらったのだから、自分も同じようにするべき、という方程式が出来上がっているはず。

 観察眼に自信を持つ416は、しばらくしてハンバーグを切り分け始めた指揮官を見て、それを更に深めるのだった。

 

 

「416、口を開けて」

 

「……はい」

 

 

 フォークが差し出され、香ばしい匂いがより近く感じられる。

 すると、今度は416自身に戸惑いが生じた。

 よく考えたら、誰かにアーンするのは慣れていたが、アーンされるのはこれが初めて。

 どのタイミングで食べに行けば。あんまり大口を開けない方が。というか、男性との間接キスも初めてじゃ。

 

 色々と無駄な思考ばかり巡らせてしまうが、やはり戦術人形。

 長考しているようでいて、現実には一秒も経過しておらず、肉汁がテーブルへ滴る前に、416はハンバーグを食べた。

 その瞬間、またしても大きな多幸感が口から全身に広がっていく。

 噛み応えのある、密度の高い挽肉が解れると、凝縮された旨味がこれでもかと迸る。

 かと言って硬い訳ではなく、噛めば噛むほど幸せな食感は溶けてしまう。

 

 

「美味しい……。指揮官、もう一口」

 

「だ、ダメだ。また今度、自分で頼みなさい」

 

「……残念です」

 

 

 うっとりとハンバーグを堪能した416は、思わずはしたない催促をしてしまうが、指揮官に断られ、割と本気で残念がった。

 けれども、416が口をつけたフォークでハンバーグを食べようとし、一瞬、恥ずかしそうに躊躇う彼の姿を見て、作戦の成果を実感する。

 416の指揮官攻略は、まだ始まったばかりだった。

 

 

 

 

 

 午後になると、指揮官の仕事場は司令部へと移り、416もそれに付き従う。

 行うのは、午前中に確認したデータなどを使用した模擬訓練、並びに、各戦術人形の固有機構使用時におけるリソースの効率化。

 端的に表すなら、VR空間内での特訓だ。

 コネクターベッドは全てが埋まっており、演算装置の中では今、MAX・LINK──ダミーを四体使用した、累計100人以上という大規模バトルロイヤルが繰り広げられている。

 誰を撃ち、誰と組むかは彼女達の自由。mobとして鉄血人形も配置され、メインフレームである人形本来の数が規定数以下になるまで戦いは続く。

 指揮官はそれを観戦しつつ、時にサプライドロップを落としたり、逆にボス級の鉄血人形を沸かしたりする、ゲームマスター的役割である。

 

 

「指揮官。コーヒーです」

 

「ああ、ありがとう」

 

 

 416には、そんな指揮官を側で観察しながら、飲み物を差し入れる程度しか仕事は無かった。

 手持ち無沙汰だったけれど、モニターに映る訓練の推移は中々に興味深い。

 AR小隊は彼のお気に入りだったはずだが、訓練内では妙に貧乏クジを引かせるのだ。

 開始地点をmobのド真ん中にしたり、せっかく開けられたサプライドロップの中身を弾薬のみにしたり。ワザと嫌がらせをしているかのようである。

 今もまた、上手く建物の影に隠れている所へサプライドロップを落とし、周囲に居る戦術人形達の視線を集めさせた。SOP Ⅱが「指揮官のバカー! 後で覚えてろーっ!」と、集中砲火を逃れながら叫んでいた。

 

 非常に個人的な理由から、AR小隊に鬱屈した思いを抱いている416にとって、彼女達が苦労する姿を見るのは愉悦の極みだが、何故こんな事をするのだろう。

 どうにも理解できず、ジッと指揮官の後姿を見つめ続けるが、コーヒーを口にした途端、彼も不思議そうに小首を傾げた。

 

 

「あれ?」

 

「どうかしましたか、指揮官」

 

「代用コーヒーの好みは、まだ君に教えてなかったと思うんだが……」

 

 

 指揮官の問いに、416は内心で「よし」ガッツポーズをとる。

 以前、404小隊の部屋に彼が持ち込んだ天然物のコーヒーと、今回淹れた代用コーヒーは、基本的に別物であり、味の好みも分かれる。

 そこで過去の監視カメラの映像を確認した所、一〇〇式という戦術人形がよく差し入れしているのを突き止め、それを真似したのだ。

 が、監視カメラで調べたと正直に言ったらドン引き間違いなしなので、416は嘘をつく事にした。

 

 

「聞き込み調査しました。副官として、知っておくべき事だと判断しましたので」

 

「いや、お茶汲みは副官の仕事じゃ……ないとは言い切れないけど。本当に真面目なんだな」

 

「当然です。私は完璧ですから。いずれ、私以外の人形は必要ないと思って頂けるかと」

 

 

 背筋を伸ばし気味に、胸を張る416。

 自分こそが最高の戦術人形であり、他に勝る者など存在しない。

 常日頃からそう信じ、そうであろうとし続けるのが416であり、だからこその発言だったが……。

 

 

「その言い方からすると、君の言う完璧っていうのは、君だけが完璧であれば良いという感じか?」

 

「はい。なんでもこなしてみせます」

 

「確かに、それも一つの理想像だろう。しかし、その完璧さは脆いぞ」

 

「……どういう意味でしょう」

 

 

 指揮官は416を見もしないまま、こう反論した。

 軽い苛立ちを覚えたけれど、呼吸一つで飲み込み、真意を問い質す。

 すると彼は端末を操作。使われていなかった大型モニターに、訓練の映像が映し出される。

 どうにか窮地を脱し、逆襲を試みるAR小隊の姿が。

 

 

「416。君は間違いなく優秀だ。戦闘能力だけでなく、日常生活での気遣いも出来るし、勤勉なのも好ましい。

 だが、君は君しか居ない。ダミーを含めても5人分にしかならない。物理的な限界はどうしようもないだろう?」

 

「それは……そうですが……」

 

 

 モニターの中のAR小隊は、ダミーの数を減らしつつも、互いが互いをカバーし合い、驚くような粘りを見せていた。

 先陣を切るM16A1。火力で敵を押し退けるM4 SOPMOD Ⅱ。二人を支援しながら適切な移動経路を見い出すM4A1。背後を狙われないよう周囲に目を光らせるST AR-15。

 誰か一人が欠けただけで成立しない、綱渡りのような……しかし見事な連携だ。

 一方で、彼女達を狙う側は功を焦る者が突出。それを的確に各個撃破されて、戦線は崩れ始めている。

 しかも、ここに来てAR小隊を援護する部隊まで現れ、ついに形勢は逆転した。

 人形の数が規定数以下になり、訓練が終了すると、その部隊を率いていたらしい一〇〇式とM4が顔を合わせ、最初は複雑そうな表情を、次に砕けた笑顔で、どちらからともなく握手を交わす。

 

 

「だから、たった一人の完璧な誰かよりも、誰かと一緒に作り上げる完璧さの方が、頼もしいと感じるな。

 もちろん、それはそれで難しい事だし、場合によっては一人で居るよりも不完全になってしまう。

 けど、ずっと一人で気を張り詰めているより、背中を預けられる誰かが居てくれた方が、高いポテンシャルを発揮できる場合だってある。

 404小隊として活動して来た君なら、分かるはずだ」

 

 

 ここでようやく、指揮官は416へと振り返る。

 その顔は誇らしげで、同時に賞賛しているようでもあった。

 誰に向けての? 決まっている、“ヤツら”にだ。

 結局の所、嫌がらせに近い仕打ちは、信頼の裏返しだったのだろう。

 この程度の困難なんて、乗り越えられて当然だと。

 

 悔しい。憎らしい。腹立たしい。

 性能は決して負けていないはずなのに、どんなに手を伸ばしても届かない。

 並ぶ事すら出来ず、ただ追いかけるだけ。

 ……どうして。

 

 

「君の在り方を否定したい訳じゃないんだが、こういう考え方もあるんだと、心に留めておいて欲しい。

 416の上昇志向は見習うべきものだし、皆に良い影響を与えられるだろう。これからも宜しく頼むよ」

 

「………………」

 

 

 顔を伏せ、黙り込む416をどう思ったのだろう。

 指揮官は励ますようにして言葉を結ぶ。

 けれど、416は落ち込んでいる訳ではなかった。

 確かに彼の言う事は一理ある。

 物理的な限界はどうしても付きまとうし、チームとして行動した方が戦果を出しやすい場合もある。

 だが、違う。重要なのは、416の価値を認めさせること。

 どんな状況にあっても、416こそが最高の戦術人形であると、世界に証明すること。

 今はまだ認められなくとも、いつか必ず、ヤツらに取って代わる。

 その為ならば、多少の屈辱なんて耐えてみせる。

 

 

「はい。これからも、指揮官の一番になれるよう、一層努力します」

 

「……え?」

 

 

 途方もない反骨心を瞳の奥に隠し、416は、指揮官に表向きの恭順を示す。

 が、その言葉を聞いて、彼は目を丸くした。

 別段、妙な言葉選びをした覚えはなかったのだけれど、理由は彼自身が説明してくれる。

 

 

「あ~……416。その心意気は嬉しいんだが、男の前でそういう言い方は、止めた方が」

 

「どうしてですか?」

 

「……男というのは、その、とても単純な反応をしてしまう事が多々あって……妙な勘違いをする場合も、な。誰かの一番とかは、特に……」

 

 

 照れ臭そうに頬を掻き、視線を逸らす指揮官。

 全くもって想定外だが、いい意味での想定外だ。

 ここは追撃すべきと判断し、416は彼の顔を覗き込むようにして、少し身を屈める。

 

 

「勘違い、してくれないんですか」

 

「へ」

 

 

 じぃー。

 瞳を見つめ続けると、彼は一瞬、能面のように表情をなくし、かと思えば唇をわななかせ、慌ててコーヒーを飲んでは「熱っ!?」と悲鳴を上げ。

 自分の言葉一つで、大の男がこうも慌てふためく。

 その姿を目の当たりにし、416は実感した。

 男を誑かすのって、面白いかも……と。

 

 

 

 

 

 数日後。

 その日も副官とそての業務を終え、自室へと戻ろうとする416に、背後から声が掛けられた。

 

 

「HK416、さんですよね。こんばんは」

 

 

 どこか自信無さげにも聞こえる、しかし凛とした響きの声の主は、M4A1。

 胸に何やら、古めかしい書物を抱えていた。

 

 

「………何か?」

 

 

 知らず、冷たい声音で向ける416だったが、彼女はクッと唇を噛み締め、一歩前へ。

 戦術人形としては比較的背の高い……170cm程ある416を、見上げるように睨みつけ──

 

 

「私、負けませんから」

 

 

 真っ向からの宣戦布告をし、返事を待たず、そのまま横を走り抜ける。

 どうやら、ここ最近の416の動向を掴んだらしい。

 でなければ、こんな宣戦布告などしない。

 女を磨く為に実行するべき108のレッスン(またしてもMin-Mei書房)なんて古書を、抱えているはずもない。

 意外……でもなかった。

 むしろ、こうでなくては困る。

 

 

「……ふん。望む所よ。少しは張り合ってくれなくちゃ、落とし甲斐がないもの」

 

 

 長い髪をかき上げ、左右非対称の不敵な笑みをこぼし、416は止まっていた脚を動かす。

 これから先、少なくとも退屈だけはせずに済みそうだ。

 確信めいた予感に、足取りは楽しげにも見えたのだった。

 

 




 第二の大型イベント、低体温症。作者は無事に攻略を終え、エリート勲章をゲットしました。が、一言物申したい。

 紅包回収の周回が面倒くさ過ぎる!

 もうね、そのマップをクリアしたら、ジュピター最初から機銃モードにしといてくれても良かったんじゃないっすかね?
 いちいち包囲すると時間かかるから、HG3RF2で強行突破しなきゃやってられませんわー。
 ストーリー自体は面白かったし、攻略情報縛って、久々にドルフロで頭を使って攻略したのも楽しかったんですけどね。
 というか、MG5さんを五拡してなかったらクリアすら危うかったかも。難易度めっちゃ高かった。
 限定泥は二人とも救助したし、二人目の☆3ログインボーナス人形達も軒並み拾ったので、後はデイリーE1-2周回で二人目の5-7ちゃんが出ればめっけもんかな、的な感じっすわ。
 紅包? おかげでスオミんはコア消費無しで五拡できそうですぜ。デイリー製造でもポロポロ来るし、地味に倉庫がキツい。ホントにレアなのかこの子は……。それとも、そろそろ出せって催促されてる? ううむ、悩ましい。

 二月三月は欲しかったゲームが満を持して発売されるので、次の更新はかなり遅れるやも知れません。ご了承下さい。
 あああ、早くDMC5と隻狼とルルアもやりたい……。時間が足りないいいい……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

M99と6P62の見解の相違

 フルオート対物ライフルとか恐ロシア、な話。
 彼女ほど分類詐欺という言葉が似合う戦術人形も居ないと思います。
 AR? 自分で機関銃言うとるやんけ。

 時系列的には某事件の後で、某小隊の某ARさんも可哀想な事になっているはずですが、この作品では別の結末を迎えていたり、そのせいで今後ゲーム本編と相違点が出てきたりする可能性があるような無いような?
 またシリアス書きたい病を発症したら書くかも知れません。書かないかも知れません。



 その戦術人形は、とても緊張しているようだった。

 ひどく小柄な……人間ならローティーンほどの身長しかない体をかすかに震わせ、深呼吸している。

 星柄の赤いスカートと、ノースリーブの白いシャツに、ウサギを模したリュックサック。短めに切り揃えられた黒髪を、大きなリボンで飾っていた。

 眼前には大きなスライドドアがあり、彼女が向かうべき部屋、執務室へと続く。

 一般職員である普通の自律人形に案内してもらい、その背中に感謝の言葉をかけて数分。もう到着している事を“彼”は知っているはずだし、これ以上時間をかけても緊張は治まりそうもない。

 意を決した彼女は、ちょっと背伸びをしてドア脇のパネルにタッチした。

 

 

「し、失礼致します、指揮官! ご挨拶に伺いました!」

 

 

 トチらないよう、できるだけハッキリ、簡潔に用件を告げると、パネルのスピーカーから「どうぞ」と女性の声が聞こえてくる。おそらく秘書か副官を務めている誰かだろう。

 同時に、パネルはロックが外された事を示す緑色に変化。

 良い勢いを殺さぬよう、本人としてはズンズンと、傍から見ればチョコチョコと脚を進めれば、部屋の奥に大きな執務机と、グリフィンの赤い制服を着る青年──この基地の指揮官が、静かに待っていた。

 視線が重なると、どこか嬉しそうに、小さく微笑んでくれる。

 その笑みに気が楽になったか、彼女は彼の前に進み出て、右手を上げて敬礼した。

 

 

「敬礼! 戦術人形M99、本日12:00をもって、当基地に着任致します!

 御指導御鞭撻のほど、宜しくお願い申し上げまするっ! ……あ゛っ」

 

 

 噛んだ。

 前日から何百回とイメージトレーニングして、絶対に失敗しないよう気をつけていたのに、最後の最後で。

 それを聞いた指揮官は、一瞬ポカンとしてから小さく吹き出した。

 もう恥ずかしくて恥ずかしくて、目に涙が浮かんでしまうM99である。

 そんな彼女をフォローするためか、彼は優しく笑いかけながら挨拶を返す。

 

 

「そう緊張しないでくれ。久しぶりだな、M99。正しい礼儀作法はどこでも重要だが、この基地ではもう少し気を楽にしてくれて構わない。これからよろしく頼む」

 

「は、はい。ありがとうございます。……良かったです、配属先の指揮官様が、見知った方で」

 

「あら、二人とも知り合いだったの? アタシだけ除け者なんてヒドいじゃない?」

 

「そんなつもりはない。以前、ある作戦を共に遂行したんだ。前に話しただろう、ほら、あの……」

 

 

 今更ながら、M99は指揮官の隣に立つ女性──戦術人形に気付いた。

 ポニーテールに結った艶やかな赤毛。一般的にセーラー服として認知される学生服に身を包み、頭にも揃えのセーラー帽が乗っている。

 少し野暮ったくも感じられる黒縁のメガネが、むしろ効果的に知的な印象を引き出していた。

 一体どんな人なんだろう。M99が不思議に思っていると、指揮官は先んじてその答えを語る。

 

 

「ああ、紹介が遅れたな。彼女は6P62。うちでは持ち回りで戦術人形に副官業務を頼んでいるんだが、今日は彼女の担当なんだ」

 

「なるほどぉ。という事は、先輩なんですね。お仕事のこと、色々と教えて下さい!」

 

「ええ、もちろんよ。貴方は素直でいい子ねぇ~。先輩として頑張らなくっちゃ!」

 

 

 ぺこり。ちょっと深めに頭を下げるM99へと、6P62が拳を握りながら微笑む。

 可愛らしい後輩という存在が、純粋に嬉しいのだろう。

 それか、“貴方は”という部分を鑑みるに、可愛らしくない後輩に悩まされているのかも知れない。

 地雷を踏みそうなので、詳しくは聞かないでおこうと思うM99だった。

 

 

「それで、あの、今日わたし、仕事ありますか? お役に立てるか分かりませんが、精一杯頑張りますっ!」

 

「ありがとう。早速だが、ここに配属された戦術人形には、最初にやってもらう重要な任務がある」

 

「じゅ、重要な任務、ですか……っ」

 

 

 気を取り直し、さっそく仕事への意気込みを見せるM99。

 すると指揮官も真剣な表情を浮かべ、重々しく口を開いた。

 重要な任務。

 しかし、続けられた言葉は、意外にも口調に似つかわしくない内容だった。

 

 

「それは……挨拶回りだ」

 

「……はぇ? 挨拶回り?」

 

「うん。たかが挨拶回りかと思うだろうが、仲間をデータだけで知るんじゃなく、実際に顔合わせる事は大切だ。今後の作戦に必ず活きる」

 

「なるほど……」

 

 

 最初は「挨拶?」と驚いたものの、考えてみれば納得だった。

 様々な戦術人形が属するこの基地では、任務に応じて編成を最適化し、即席のチームアップをする事も多くなるはず。

 そんな時、単なる情報を元に連携を試みるのと、実際に対面して、言葉を交わした相手と連携を試みるのは、色んな意味で差が出てくるだろう。

 擬似感情モジュールを持つからこそ、こういった細かな気配りが大切なのだ、と指揮官は言いたいのだ。

 が、そんな彼は、不意に申し訳なさそうな表情を浮かべて。

 

 

「という訳で、これから6P62に基地を案内してもらうといい。本当はついて行きたいんだが、外せない用件があってな。すまない」

 

「そ、そんな、謝らないで下さい! お気持ちだけで嬉しいですから!」

 

「ホント、生真面目よねぇ。ま、そうじゃなきゃ、みんなからこんなに信頼されるはずもないけどね」

 

 

 頭を下げる指揮官に、M99は大慌てしてしまう。

 人形は人間の役に立つための存在。付き従うのが当たり前で、命令には絶対服従。

 以前の任務で彼の人となりは知っていたけれど、こんな風に丁重に扱われるのには、まだ慣れない。

 一方で6P62は、どこか楽しげに苦笑いをしている。これこそが、この基地での日常だと言わんばかりに。

 

 

(いつか、わたしも6P62さんみたいに、当たり前のように指揮官の優しさを受け取る日が来るのかな)

 

 

 6P62に連れられ、執務室を後にしながら、M99がふとそう考える。

 比較的幼い外見が幸いしてか、M99は他の人形や人間から辛く当たられた経験は少ない。

 だからと言って酷い扱いをされたい訳でなく、優しくされるのが嫌な訳もないけれど。

 優しさに慣れるというのは、随分と贅沢で、寂しい事なのでは?

 なんとなく、そう思ってしまうのだ。

 

 

「さて、と。どこか行きたい所とかある? 一通り回るつもりだけど、気になってる所とか」

 

「そうですね……。あ、食堂とか気になります。あと、訓練施設とか、装備品の格納庫の場所とか、あとは……」

 

「ふむふむ。じゃあ、最初に食堂へ行って、それから順繰りに、効率良く回りましょう。時は金なり! 何事も手早く終わらせれば、それだけ節約に繋がるわ! 時は金なりってね」

 

「節約、ですか?」

 

「そ、節約。アタシの使う銃弾、けっこう費用がかさんじゃうから。思う存分戦場で活躍するには、日頃から節約しなきゃダメなのよ」

 

「はぁ~。6P62さんは倹約家さんなんですね~」

 

 

 何はともあれ、M99と6P62の基地巡りは始まった。

 他愛のない世間話を交えつつ、二人は廊下を歩いて行く。

 すると、意外な所で共通点がある事が判明する。

 

 

「でも、その気持ち、少しだけ分かる気がします。わたしの使う銃はRFなんですけど、他の方と違って口径が大きいので、その分、値段が……」

 

「あら、そうなの? お互い大変ねぇー。ちなみにどんな口径の銃弾?」

 

「12.7x108mm弾です」

 

「え? アタシと同じじゃない!」

 

「え、そうなんですか? すみません、不勉強で。全然知りませんでした」

 

「あはは。謝らないで、アタシも知らなかった訳だし、お相子。ね?」

 

「……はいっ」

 

 

 先程までよりも、幾分親密さが増したような。屈託のない笑顔で二人は笑い合った。

 何か一つ共通点があるというだけで、間にあった遠慮が少し取り払われてしまう。

 感情というものは、諍いの原因になって面倒臭い他にも、こんな側面があるから侮れない。

 擬似感情モジュールの開発者は、これを見越していたのだろうか。

 ついつい物事を真面目に考え過ぎてしまうM99だったが、今は新しく知り合った同僚への興味が勝り、ついでとばかりに質問をぶつけてみる。

 

 

「そういえば、6P62さんはどんな銃を使うんです? 大口径の弾薬を発射するんですから、やっぱりRFとかMGとか。あ、大穴でHGという事も?」

 

「分類的にはAR、バトルライフルらしいわよ」

 

「え」

 

「え?」

 

 

 ……ところが、その質問がマズかった。

 想定外の返事だったのだ。

 あんなに威力の高い銃弾を発射するARがあるだなんて、全く予想もしていなかったのだ。

 M99は頬を若干引きつらせ、6P62に再び問う。

 

 

「あの、か、確認させて欲しいんですけど、使ってる弾薬、12.7x108mm弾ですよね……?」

 

「さっきそう言ったじゃない。あの弾って、固定目標とか動きの遅い相手に向けて全弾ブッパして、蜂の巣にする為に使う物でしょ?」

 

「何それ怖い」

 

 

 あっけらかんと言う6P62に、戦慄を覚えるM99。

 狙う対象は決して間違っていない。むしろ理想的な目標だ。

 が、全弾ブッパという部分には決して同意できない。

 自分がそんな事をしたらまず当たらないし、居場所がバレてカウンタースナイプされるか、迫撃砲の砲弾が降ってくる。

 そもそも、本体に衝撃吸収機構が搭載されているM99(銃の方)ですら、一発撃っただけで凄まじい反動が来るのに、連射とか意味不明である。

 

 

「は、反動とかどうするんですか!? あんなのを連射したら肩が壊れるんじゃ……」

 

「そこはほら、専用の衝撃吸収装置を使ってるの。服もそれに対応したスーツを着るわ。そうすれば普通に撃てるわよ? もちろん火力は段違いだし!」

 

(そうまでしないとまともに撃てない、の間違いでは……?)

 

 

 思わず口をつきそうになったツッコミを必死に飲み下し、M99は「そうですねあはははは」と愛想笑いするしかなかった。

 自分の使っている、半身とも言うべき銃にダメ出しされたら、誰だって不愉快に思うだろうし、何より微妙に怖かった。

 あっけらかんとしている6P62が……ではなくて、そんな銃を平然と生み出してしまった人間、ひいては某国がである。

 まぁ、M99(これも銃の方)を生み出した国も色んな意味でアレな部分はあるのだが、ひとまず彼女の精神衛生面の為に置いておこう。

 

 

「とにかく、同じ口径の仲間が出来たのは嬉しい誤算だわ。一緒に頑張っていきましょう? 色々と協力するから」

 

「は、はい……ありがとうございます……」

 

 

 内心の苦悩を知ってか知らずか、頼れる先輩感を出してニッコリ微笑む6P62。

 引きつった笑みで返しながらM99は思った。

 この先、上手くやっていけるのかな。

 ヘリアンさんから託された極秘任務、やり遂げられるのかな、と。

 彼女に輝かしい未来が待ち受けているかどうか、今はまだ、誰も知る由はない。

 




 隻狼ヤバい。かつてない程に難易度がヤバい。ルルアちゃんに癒しを求めないと辛いくらいヤバい。ルルアちゃんはルルアちゃんで可愛さMAXでヤバい。薄い本早よ。
 そしてヤバいゲームばっかで睡眠時間もヤバい。しかしそれが楽しいというね。末期っすわ。
 ちなみにDMC5は一週間くらいでDMDまでクリア出来ました。こっちは程良い難易度でした。トロコン絶対不可能だけども。HAHは除外して欲しかった……。

 えー、それはさて置き、いつの間にやら低体温症も終わり、妖精さんまで実装されましたが、楽しくドルフロ続けております。コンテンダーさんカッコ可愛い。
 第8戦役も勿論クリアしましたけど……M16姉さんの笑顔が綺麗過ぎて悲しくなりました。ネタバレ画像を踏まされたせいで“ああなる”のは知ってましたが、それでも辛い……。
 結局のところ、人形を人間扱いする方が異端なんだと、改めて突きつけられた感じです。だからこそ別の可能性が見たくなるんですが。妄想が昂ぶりますぜ!
 今回のお話は短めでしたので、次あたりで一〇〇式ちゃんにそろそろテコ入れしたいと思っております。気長にお待ち下さい。
 具体的に言うと隻狼クリアするかクリアするの諦めるまで。さ、まずゲンイチロー先生(巴)を倒さねば。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 5~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。