DFL―フロントエンドオペレーション― (油そば大尉)
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ロゴン ―LOG_ON― ロゴン PHASE1

超絶見切り発車で参ります。不定期更新となりますのでよろしくお願いします。


 バタバタとうるさいローターの風切り音と不快な揺れの中、ヘリコプターの上から見えたS-07基地は、話に聞いていた以上に大きかった。周囲の草原を無理矢理踏み潰して作った未舗装の滑走路が痛々しく、その脇の基地の建物も、不自然なほどに白いセラミックの塊が太陽の光を反射して眩しい。乾期の強い日差しを受けると、その反射光だけでも十分に兵器だ。

 

 こんな目立つものを設置するのはいかがなものかと思うが、今更言っても仕方が無い。

 

「高々戦術単位Cを運用するのにこれだけ必要なのか……」

 

 そこらの武装軽トラック(テクニカル)から剥いで来たのかと疑いたくなる程に細いハーネスを気にしながら、春嶺(ハルミネ)颯太(ソウタ)はそんなことを呟いた。ヘッドセット兼用のイヤーマフにノイズが入る。

 

『そりゃぁ戦術単位Cだよ? 人形だって100体近く居るんだから大きくなるのは当然じゃない。ソータ』

 

 コロコロと笑う声はかなり甲高く、イヤーマフを通して聴くとキンキンと頭に響く。春嶺は窓の外から機内に視界を戻す。トークスイッチを押し込んで会話に加わる。

 

「話には聞いてたが、想像以上に大きいなと思っただけだ」

『ま、ここが私達の初陣の地というわけだね』

 

 そう言ってハイテンションに笑う同期に苦笑いを返す。

 

「といっても俺たちは指揮室で座っての指揮になるんだけだが」

『ソータ、そっちの方が向いてるでしょ。養成所(ファーム)では私より成績上だしー、指揮訓練でもハイスコアだったしー』

「なにむくれてんだ、リト」

『別にー?』

「むくれたところで成績は上がらないぞ」

「あ! ソータひどい!」

 

 最後はインカムを使わなくても聞こえるくらいに大声だった。同期のリトヴァが手足をジタバタさせながら喚く。感情の発露がわかりやすいのは良いことかもしれないが、これから部下を持って戦うというのに、このお転婆さは大丈夫なのかと不安になる。

 

 春嶺が横の北欧女子にため息をつく間にもヘリコプターは勢いよく高度を下げていった。草地を剥いだことで砂が舞うようになっていたのだろう。埃と砂で汚れたヘリパッドが近づいてきていた。

 

(戦場、か――――)

 

 春嶺はヘリパッドの脇で帽子を必死に押さえている少女が二人いるのを見つけて、小さく目をそらした。それを気取られないように、ネクタイを整え、ジャケットを気にしながら、ハーネスのロックを外す。

 

「さぁ、お仕事の時間だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぬしらが新しく派遣されたオフィサか?」

 

 積み荷(ふたり)を下ろしてさっさと上昇していくヘリコプターを見送って目の前の少女――嵩のある帽子を含めても春嶺の胸元あたりまでしか背丈がないから本当に少女にしか見えない――が小さく敬礼をしてきた。かなり古風な格調高い英語に一瞬耳を疑う。

 

「S07基地へようこそ、おぬしらの着任を、戦闘請負人(コントラクタ)一同を代表して心より歓迎しよう」

 

 格好からして会社が運用している戦闘用の人形(ドール)であることは間違いあるまい。白い帽子に白いシャツ、肩に引っかけている(くるぶし)まであるような大きな上着も白。全身白い服は草原メインのこの戦場では目立つだろう。そんなことを思いながらも口にせず、答礼を返す。

 

「本日付でS07基地所属となります、セカンダリ・オフィサ、春嶺颯太です」

「同じくセカンダリ・オフィサ、リトヴァ・アフヴェンラフティ、到着しました!」

 

 リトヴァが敬礼をしながら、小声で「ちっちゃ! かわいい!」と放ったのを見て春嶺は一瞬だけ目をそらした。目の前の白の少女の額に青筋が立つのから目をそらすためだ。白の少女の数歩後ろに立っている少女――こちらは打って変わって黒い格好だ――が苦笑いを浮かべたのが見えたのでこの対応は間違っていまい。

 

S(エス).O(オー).アフヴェンラフティ、わしの身長がそんなに気になるか?」

 

 セカンダリ(S)オフィサ(O)の階級付名字呼びで最大限威圧しながらリトヴァを呼びつけた白の少女。彼女は見るからに『不機嫌です』アピールしながら前に出る。勇ましく歩幅を広くとり、リトヴァに向かって詰め寄ると、白の少女はリトヴァを下から睨むようにして声を張る。

 

「わしはM1895! こう見えても、人形の中では歴戦の古参組じゃ! そんな子どもに与えるような賞賛は必要ない!」

 

 リトヴァに詰め寄った白の少女――M1895と言うらしい。両手を腰に当てて威嚇するM1895に睨まれ、リトヴァがぷるぷると震え出す。

 

「か……」

 

「か?」

 

 そのまま幾ばくかの時間が過ぎて。

 

 

 

「――――か、かわいすぎぃ! 何この子! のじゃろり枠!? きゃー!」

 

 

 

「こ、こら! S.O.アフヴェンラ……、やめんか! 抱きつくな! 暑い! なにが、のじ……、やめんか! へんなところ触るなぁ!」

「なんかこの子良い匂いするんだけど! ミルクの香り? ソータも抱きつかせてもらったら!?」

「遠慮する」

 

 端的に拒否してから目の前の変態指揮官(リトヴァ)を見る。これで席次が10番以内というのだからとんでもない。確かに「傭兵の指揮官に倫理は問うても人格は問わない」と言い放ったグリフォン&クルーガー社だ。これでも試験をパスできるのか。

 

「おい! そこのS.O.! 助けておくれー!」

 

 どこか現実逃避をしているとM1895から救援要請が飛んでくる。ため息をついてから目の前の背の高いリトヴァの肩を叩いた。

 

「そんなにもみくちゃにするのはどうなんだ、リト。嫌われてもいいのか?」

「それはヤダ!」

 

 ぱっと手を離したリトヴァ。抱きつかれていたせいで足が浮いていたM1895がどさりと足下に落ちる。跳ね起きた彼女が春嶺の背中に隠れた。

 

「うおっ!」

「動くな! そこから動くな!」

 

 いきなり盾にされ、春嶺がたたらを踏む。さすが戦闘用の人形(ドール)。ドールに体を捕まれたら下手に動くなと、養成所で叩き込まれた行動原理で反射的に突き放そうとした動きを押さえ込む。

 

 それを見てショックを受けたような表情をするのはリトヴァだ。

 

「おーい、のじゃっ子ー。そんなに怖くないよー。おいでー」

「誰が行くか! 絶対おぬしの副官にはならんぞ! わしはM1895! 決して……の、のじゃっこ? などという代物ではないっ!」

「あのー、M1895さん?」

「なんじゃ!」

 

 白い帽子がガバリと上を向く。お前も変態の仲間かと言いたげな様子の彼女に、春嶺は苦笑いを浮かべた。だれもこの変態に加担したりしないだろうと思うが、彼女は不安で仕方が無いらしい。腰回りにしがみつかれたせいで、下手に腕を下ろせない。

 

「とりあえず、ここで喧々してても仕方が無いので、司令室に着任の挨拶ぐらいしておきたいんですけど、案内してもらえません?」

「そうじゃな……! つ、ついてこい! P38!」

「はいっ!」

 

 ずっと蚊帳の外にされていた黒い服の少女が肩と落ち着いた茶色の髪を跳ね上げて返事をする。紫色がちの赤い瞳が揺れる。

 

「女の方のS.O.を見張っておれ! 要警戒! 鉄血の斥候(スカウト)だと思え!」

「えぇ……敵役扱い……」

 

 あまりに激烈な嫌われようにどんよりとした表情のリトヴァ。

 

「自業自得だ」

 

 先陣を切ってずかずかと歩いて行くM1895を追いかける。その後ろを黒の少女が固めた。

 

「あの、S.O.ハルミネ。ありがとうございました」

「えっと、P38……でしたか」

「はい、さっきは本当に助かりました」

 

 黒の少女が耳打ちするように小さな声で声をかけてくる。

 

「助かったというと、M1895のこと……」

「はい。身長がコンプレックスなんです。銃を抜かずに済んだのは久しぶりです」

「そこまで……?」

「はい。そこまでです」

 

 クスクスと笑いながらP38がそう言う。M1895のマゼンダにも見える赤い瞳がギロリと後ろを向いた。

 

「P38? 聞こえておるぞー」

「ご、ごめんなさい……」

「……フン」

 

 不満げに鼻を鳴らしたM1895が案内を再開。ヘリパッドから真っ白なセラミックの塊である建物に入っていく。ヘリパッドから伸びる通路の扉をくぐれば、冷房が効いたホールになっていた。

 

「ほー、中はかなり明るいのか」

「天井近くの採光窓が効いてるおかげじゃ。もっとも下の階からだとまともに外は見えないんじゃがの。横から撃たれることが多いから致し方なしじゃ」

 

 春嶺の疑問に解説を加えてくれたのは意外にもM1895だった。

 

「基地の案内はプライマリ(P)オフィサ(O)に挨拶をしてからになるじゃろう。まずは挨拶じゃな」

 

 そう言いながらM1895は地階を目指して階段を下りていく。.79戦術司令室と書かれた扉をくぐるとM1895が声を張る。

 

「アイク! 新任S.O.を連れてきたぞ!」

「おう、お疲れ、ナターシャ」

 

 薄暗い部屋の中から響いたのは低いバリトンの声だった。ナターシャ、と呼んだのはM1895のことだろうか。

 

 戦術司令室は目に悪そうな青白い光に包まれていた。正面の大規模なモニタに映るのは戦略図、現在展開中の人形(ドール)の位置がプロットされている。その光が大男の輪郭を浮かび上がらせた。長袖の襟付きシャツの胸元には、銀の十字架と識別票(ドッグタグ)。U字形の管制装置を首に掛けた彼は豪快に笑って見せた。セットに時間をかけていそうな丁寧になでつけられた顎髭はもみあげとつながり、剛毅ながらも紳士的な風貌を彩っていた。横に細長い眼鏡が青白い光を反射している。

 

「着任歓迎する。S07基地主任運用管理官、プライマリ・オフィサのアイザック・サネットだ。周りからはアイクと呼ばれている、そう呼んでくれ。よろしく新米S.O.諸君」

 

 アイクと名乗った男性は指揮管制用のマイクロフォンに繋がったケーブルを揺らして立ち上がる。ずいぶんと体が大きい。敬礼を送ると崩れた答礼が返ってきた。

 

「貴官の指揮下に入ります、S.O.の春嶺颯太です」

「同じくS.O.のリトヴァ・アフヴェンラフティです!」

「礼儀正しくて結構。しかし、ここは養成所(ファーム)ではないし、ましてや軍隊ではない。堅苦しい礼儀もいらん。ソータと言ったか、スーツも堅苦しければ脱いで良いぞ」

 

 アイクはそう言って春嶺の肩を叩いた。肩が抜けそうな程痛い。

 

「了解しました、えっと……アイクさん」

「ソータ、『さん(Mr.)』はいらない。呼び捨てたまえ」

「……了解しました。アイク」

 

 アイクは春嶺の反応に満足したのか、笑って戦術司令室を見回した。

 

「見ての通りの人不足だ。君達の前任が無断欠勤(だっそう)してしまってね、私と先任S.O.のマハマがいるだけだ。トイレ交代要員として君達が必要だった。早速で悪いがこのまま2時間ほど上番してほしい」

 

 そう言われて面食らう。それぞれの荷物はほとんど輸送便で送っているためほぼ手ぶらではあるが、基地の案内も終わる前にいきなり指揮に上番とはなかなかにハードである。

 

「……了解しました。指揮上番します」

「助かる。ソータはL卓、リトヴァはR卓だ。なに、養成所(ファーム)と勝手は一緒だ、戸惑うことはあるまい。ペトラ、ナターシャ」

「はいっ!」

「うむ」

 

 アイクの声に、P38とM1895がほぼ同時に返事をする。どうやらアイクは人形にそれぞれあだ名を付けるタイプらしい。

 

「ペトラはリトヴァの、ナターシャはソータのサポートに入れ。頼んだぞチューター」

 

 アイクはそう言って正面モニタを一望できる主任管制席に戻る。春嶺はスーツのジャケットを脱ぐとそれを椅子の背もたれに掛け、指定された管制卓に座る。その後ろにM1895が駆け寄ってきた。

 

「S.O.ハルミネ、困ったことがあったら何でも聞くが良いぞ。このあたりの地図はちゃーんと頭にはいっとるからな!」

「そのときはよろしくお願いします」

 

 両手を腰に胸を張るM1895、赤い瞳がモニタの光を反射してキラリと光った。

 

「一応聞くが、おぬし、人形の指揮の経験は?」

「シミュレータでは320回ほど」

「つまり実戦の指揮は初めてじゃな?」

「えぇ」

 

 U字形の機械を肩に掛け、首の後ろに電極を貼り付けながら春嶺が答えると、M1895が笑った。

 

「これは年長者としての意見じゃが、迷ったら引く、それだけは忘れんでくれ。人形は安いが、数に限りがあるのでな」

「肝に銘じましょう」

 

 そう言いながら電極の端を背もたれに伸びるジャックに接続。用意を進めていく。

 

「マハマ。ボトウェ・アマダ・マハマ。S.O.。よろしく」

 

 中央の管制卓で指揮をしていた浅黒い肌をした男性が右手を伸ばしてきた。髪をまるっと刈り上げた彼と一度握手を交わす。

 

「よろしくお願いします、マハマ。春嶺颯太です」

「よろしく、ハルミェ。ハル……?」

「……ソータで良いですよ」

「OK、ソータ。よろしく」

 

 マハマはあまり英語が堪能ではないらしい。どこか人懐っこい笑みを浮かべてから管制卓に向き直った。それを目の端で見ながら、春嶺は首元の機械からコードを延ばし、個人用のヘッドセッドに接続。左耳に引っかけてから電源を入れる。

 

「プロンプターは……さすがに練習しとるか」

 

 M1895の声を聞いて肩をすくめてみせる。

 

「一通り使い方は習ってきています」

 

 Private Remote Operation Management Physical-contact-type Terminal Equipments and Recoder――個人用身体接続式遠隔指揮管制記録端末群(P R O M P T E R)。通信や戦闘情報のリアルタイム更新、それらの情報の統合と、指揮管制の即時反映、それらを一手に引き受けるこのシステムがなければ、人形の指揮はままならない。人間よりも遙かに優れるというドールの戦闘に着いていくためには、人間はこれを用いることが求められる。

 

「プロンプターの正常起動を確認しました。情報連結、正常ロードを確認。指揮管制用意、完了しました」

 

 そのまま主任管制席を見る。アイクが真面目な顔で頷いた。

 

「状況は見ての通りだ。任務は索敵。鉄血の斥候が数日前から何体か目撃されている状況だ。非常によろしくない。我々の仕事はその斥候の発見だ。叩くのは本部直轄隊が動くそうだ。Sブロック地方基地の仕事は斥候の発見、可能なら撃破。今回は撤退も許されている。恐れず撤退しろ」

 

 アイクの指示は明確だった。正面モニタのエリア全域の地図を見る。

 

 部隊は散開して動いている。5人で一つのユニットを形成する戦術単位Sが4つ。今回出撃しているのは人形20体ということになるからかなりの数を投入した作戦だ。

 

「やたらと間隔が広いな」

「撤退していいと言われとるなら妥当じゃろう。あたりは草原じゃ、いきなりばったり鉢合わせはそうない。戦術単位Sで対応できるはずじゃ」

 

 独り言に反応して笑ったM1895。

 

「安心してよいぞ。わしらの部隊は優秀じゃからな!」

 

 春嶺はM1895の声に少しだけ笑った。

 

「ソータ、最西翼の戦術単位Sを預ける。呼びかけコードはS792」

「了解しました。S792の指揮管制を受け取ります」

 

 そう返してから、一度深呼吸をして、通信チャンネルを開く。

 

「S792、こちらS.O.、感度いかが?」

 

 春嶺颯太の初陣が、幕を開ける。

 

 

 




はじめまして。ドルフロを始めたら可愛いのじゃろり系のM1895に心撃ち抜かれましてスタートしました。

オリキャラや設定を含め、初会からいろいろと固有名詞を増やしすぎた感じがありますね。


……読まなくても言い解説だけを少し。


【戦術単位】:部隊規模のイメージです。
戦術単位C=中隊(ドールが100人くらい)
戦術単位P=小隊(ドールが20人くらい)
戦術単位S=分隊(ドール5人ぐらい)
……のイメージです。ゲームの部隊は戦術単位S=部隊一つのイメージです。このワードについてはマージナル・オペレーションを参考にしました。

【指揮官の階級】
プライマリ・オフィサ(P.O.)=戦術単位Cレベルの指揮官、偉い人
セカンダリ・オフィサ(S.O.)=戦術単位P以下を指揮する指揮官
……なイメージです。私服で勤務してるのがこの人たち、ゲームで出てくる制服着ているヘリアン女史はこのさらに上のマネジャー職だと勝手に思ってます。




こんな感じでオリジナル設定を多めに継ぎ足しながら戦闘も可愛いところも描いていければと思います。


これからどうぞよろしくお願いいたします。

次回更新は早めに頑張ります。よろしくお願いします。


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ロゴン PHASE2

さて、初陣となります。よろしくお願いします。


 マハマさんから指揮管制を引き継いだS.O.さんはどうやら新人の方みたいです。

 

「新米って、大丈夫なのかしら」

 

 そんなことを言ったのは左目を覆う眼帯を付けたスコーピオンさん。乾期のせいでかなり黄色くなった草原の中で二つ縛りにした金髪が揺れています。

 

「まー、前のS.O.よりは保つといいよねー。あんまりイジる前に居なく成っちゃったからなー」

 

 最後方で後ろを警戒しながらそう言ったのはP7さん。周囲がお空を除いて黄色一色なので、彼女の修道服をモチーフにした服はよく目立ちます。

 

「ねー、ペーペーシャ」

「はい、なんですか?」

 

 私、PPSh-41を呼んだのはブレン・テンさん。左翼を警戒しながらずっとすすんでいます。

 

「S.O.の指示なんでしょ、ほかの戦術単位Sよりも間隔詰めてるの」

「ですよー。ブレンさん」

「なんだか、面白い指揮をする人ねー」

「基本は離散状態を取らせるのに、ですか?」

 

 ブレン・テンさんに聞き返すとコクコクと頷いた。

 

「マシンガンを斉射されたらヤバそうだよねー。いくら私達が安いっていっても、5体分も体が壊れたら破産しちゃうよ? ただでさえS-07基地は予算少ないって話なんだし」

「少ない予算でも運用できるというのが優秀な基地の証拠ですよ」

 

 そうは言ってもブレン・テンさんはなかなか納得しない様子。

 

「索敵ももう少しで終わりますから、そしたら帰って休憩しましょう」

「そうですね、それがいいでしょう」

 

 そう淡々といったのはMP40さん。とても仕事に実直でドライな対応でとてもありがたいのですが、時々私と張り合ってくるので、MP40さんは少し苦手です。でも今回は同意してくれたようです。

 

「さぁ、気を引き締めて……、あれ?」

 

 なにかちらりと目の端に映った気がして、全体止まれの合図を出しました。

 

 その瞬間、でした。―――――――P7さんがいきなり地面に叩き付けられたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「S792、全員伏せてください。そのまま待機」

 

 春嶺はそう言いながら手元のキーボードを打ち込む。

 

「アイク、S792が接敵しました。マップコード23654、3エコー、ウィスキー地点、目視確認、スカウト型数3、ライフルa型数6、距離380±20」

「本部直轄隊へ連絡する。目標地点を指示しろ。リトヴァ、現在指揮をしているS796はマハマに管制移譲(ハンドオフ)、ヘリ誘導に入れ」

「アイク、本部直轄隊にMGは?」

「配備されていると聞いている」

「ヘリ内部からの射撃戦闘を想定するよう連絡をお願いします。前線ギリギリまで寄せます」

「任せる」

 

 アイクの指示を聞きながら春嶺はキーボードを叩き続ける。管制地点は後方1キロにセット。これでもヘリを降りてから10分は掛かるだろう。

 

「S.O.、なぜすぐ反撃せんのだ!」

 

 横でお怒りになっている、M1895が肩を叩いてきた。春嶺は管制装置(プロンプター)の熱とチリチリとした通信の負荷を感じながら口を開く。

 

「現状はSMGが2にHGが3の高速編制、アサルトライフル持ちのあの1つ目を6体、むやみに飛びだしても殲滅できません。このままS792は後退、誘引を行い、敵の位置をコントロールします」

 

 手早く説明しながら後ろのアイクを見る。親指を立てたということは本部直轄隊が動き始めたということだろう。間髪入れず通知音。正面のモニタにアイコンが現れる。飛翔体を示すアイコン、IFFは友軍(FRIENDLY)、直轄隊を乗せたヘリコプターだ。到着予想時間はネクスト05。時計を見る。あと、25分。S792の面々と合流するまでは、実質1時間だろう。

 

「そんな悠長な余裕があるか! スカウト型は増援を呼ぶかも知れないんじゃぞ!」

「向こうが撃ってきた段階でとっくに呼ばれてますよ」

 

 少し黙ってくれと願いながら、無線をオープン。

 

「S.O.よりS792、後退可能ですか?」

『S792、できません!』

 

 返ってきた答えはかなり幼い声。出力ラインを見るとS792の第一通信チャンネルで入感している。リーダーを担っている戦術人形、PPSh-41だろう。パニックになっていないかと意識してゆっくりと問いかける。

 

「S792、可能になるまでの時間はわかりますか?」

『そ、そんなこと言われても……、P7ちゃんが被弾してて、応急手当が終わるまでは動かせません!』

 

 その声を聞いて、損耗度合いのデータを呼び出す。

 

「脚を狙われたか。わざとか偶然か、判断がつかない、か」

「切り捨てて、下げる?」

 

 横のマハマが聞いてきた。それを見たM1895が拳を作って空に振り上げた。

 

「そんなことより目の前の敵をサクッと崩してから落ち着いて手当すればよいではないか!」

 

 M1895の熱弁を一度頭の中で反芻。答えはすぐに出る。

 

「S.O.よりS792、上体を晒さないように注意。伏せたまま手当を続行してください。残りの面々は前方のスカウト型とライフルa型の警戒を続行」

『感謝します! S.O.』

 

 嬉しそうな声を残してPPSh-41の声が切れる。無線を閉じたのだ。

 

「どうしてわしの言うことが聞けんのだ!」

「部隊を預かっているのは私だからです。そしてP7を庇いながら戦闘を続行して短期決戦で仕上げるには彼我の火力差がありすぎます。時間を掛けていればこちらが損耗する」

 

 ぐぬぬ、と言いたげな赤い瞳が春嶺を射貫く。

 

「ナターシャ、ソータの言うことももっともだ。今私はソータに指揮を預けている。それにしても、どうするつもりだ、ソータ」

 

 むくれたようにぷいとそっぽを向いたM1895。それを笑いながらアイクが聞いてくる。ヘリの到着まで、後23分。

 

「敵は聡明です。こちらが伏せてから、撃ってきていません。確実に仕留められるタイミングをおそらく狙っています」

 

 アサルトライフルにとって380という距離は狙って当てられる距離を超えているのだ。そして、撃てば撃つほど自らの位置を晒すことになる。慎重にならざるを得ないのは理解できる。

 

 だが、それはおかしい。なぜ狙って当てられる距離まで発砲を待たなかったのだ。

 

「では最初になぜP7が撃たれた」

 

 間髪おかずにアイクが放った問いがそれに追い打ちをかける。当てられないはずの距離で、当ててきた事実がある。

 

「おそらくスナイプ型がどこかに潜伏しています。現状、草のおかげで伏せていれば致命傷を受けるような狙撃は受けないでしょう。伏せたまま離脱できれば御の字ですがおそらくそれを向こうも許さない」

 

 周囲を警戒しているブレン・テンの視界を呼び出す。リアルタイムで複数の人形の視界を統合し、表示させる。指揮管制装置(プロンプター)は第三次大戦の遺物だと忌み嫌われるが、こういうときには便利だ。

 

 草の影の奥、何かがチラチラと動いている。そして、それが光った。その後、頭を下げたブレン・テンの視界が揺れて土が視界を覆った。ほかの視界も似たようなものだろう。

 

『っ!』

「S.O.よりS792、全員そのまま待機。その攻撃は陽動です。相手にスナイプ型がいます。その射線にあぶり出させるつもりでしょう、挑発にのらないように」

 

 淡々と指示を出す。再度無線をクローズ。

 

「向こうも増援を呼んでいるでしょうが、こちらにも増援があります。そして向こうもそれを警戒していることでしょう。だとしたら、敵にとっての一番の危険はS792部隊にヘリコプターのランディングゾーンを鼻先に確保されることでしょう」

 

 だから相手は、狙いやすかった相手を負傷させることで足止めをした。おそらくこの先すぐに本隊がなだれ込む算段だろう。

 

「おそらく向こうのライフル持ちはしばらくはこのまま様子見でしょう。ですが時間がたつにつれて、しびれを切らしてくる。増援を警戒しながら、我慢比べです」

 

 PPSh-41の視界を呼び出す。映っているのはP7の義体だ。膝関節部分が正確に壊されている。自力での逃走は不可能だ。

 

「ですが状況は向こうが有利です。おそらく、こちらがこの位置に着くことを敵は待っていた可能性が高いかもしれません」

「なおさら早めに後退しないといかんか」

 

 顎髭をなでつけるアイクの姿が警告表示(ブラックパネル)コンソールに反射して映る。

 

 しばらくの膠着状態が続く。これをどう打開するか、互いに決定打が無いのだろう。友軍が先に来た方が勝ち、そういう状況だ。

 

「P7を初期化、義体を処理して後退するという手はどうだ」

「有効性は認めます。認めますが……」

「ですが、なにかね?」

 

 ギロリとアイクが春嶺を見た。

 

「推奨手順だろう? 養成所(ファーム)でそう習ったはずだ」

「もちろん。運用規定集第三集『業務遂行時における備品破棄に関する規定』第二十五項でしたね」

 

 MP40の視界が敵ライフル隊の射線を捉えていた。当たりそうもないほどに射撃間隔が広い。そのなかでもぞりと共有していた視界の一つが動いた。

 

「S.O.よりS792、スコーピオンへ、応射は許可しません。トリガーから指を離しなさい」

 

 そう声をかけてから時計を見る、ヘリコプター到着まで、後12分。

 

『どうして! 向こういつまで経ってもこっちに来ないじゃないの! このままだとなぶり殺しよ!』

 

 その声は激情に揺れている。無理もあるまい。仲間が撃たれ、敵にいいように撃たれながら、それでもただ伏せていろと命ぜられているのだ。

 

「頭上を取られている状況です。今応射して位置がバレた場合、戦術単位Sごと全損壊となります。今はこらえてください」

『臆病者! アンタの腰抜けの指示なんて……』

 

 

 

 

 

「――――腰抜けだとしても、君達を死なせるわけにはいかないのです」

 

 

 

 

 

 言い切り、後方の主任管制席を見ながら続ける。

 

「私は二等級(セカンダリ)とはいえ管理責任者(オフィサ)です。前線で戦う君達戦闘請負人(コントラクタ)の職務遂行を支援し、無事に帰還させる、それがオフィサの使命であり、任務です」

 

 深い翡翠のような色のアイクの目が春嶺を射貫く。

 

「まだ君達は決死の吶喊や味方を切り捨てなければならないほど追い詰められていません。まだ、帰れる道がある。信じろとは言いません。ですが今は従ってください。私が、貴女達を死なせない」

 

 そのアイクの目はどこかぞっとするような獰猛さで笑っていた。

 

『――だったらなんとかしてよ! なにもせずに終わるなんて嫌よ!』

「もちろんあなたたちにも戦って貰います。そのために、今は耐えてください」

『あんまり待たせたら承知しない』

「できるかぎり急ぎましょう」

 

 そう言って無線を切る。

 

「セカンダリ・オフィサとして、私が隊を預かります。よろしいですか」

 

 それを聞いたアイクが笑った。

 

「君は民間軍事企業(P M C)に珍しいタイプだな、ソータ。いいだろう、筋は悪くない。P.O.権限を持って、S.O.ハルミネに戦況を預ける。ほかに隊をさくなら言え、現在出ている戦術単位Sの中なら好きに使わせてやる」

「ありがとうございます。ではS792以外の戦術単位Sは進行を停止、S792接敵中の部隊が陽動である可能性を警戒し全周警戒を」

「マハマ、聞いてたな。指示実行せよ」

 

 春嶺の隣のコンソールで手を上げて答えたマハマが全隊の状況の停止を指示。マップ上での動きが停止した。

 

『こちらS792! なんとか、P7の応急手当完了しました! 戦闘は不能ですが、私が背負ってなら動かせます!』

 

 待っていた答えが返ってきて春嶺はわずかに笑みを浮かべた。予想より早い。

 

「S.O.よりS792、了解しました。後退用意に入ります。現在地の風向を教えてください」

『へっ!? も、もう一度お願いします』

『S.O.よりS792、復唱します。現在の風向を教えてください』

 

 そう問いかけながら春嶺は天気図を呼び出す。スポット天気予報では風は南東からとなっている。

 

「風は南東から風速1ノットから2ノットです」

 

 敵の風上を取っている。これなら、いける。

 

「S.O.よりMP40、応答してください」

『MP40、S.O.どうぞ』

 

 間髪おかずに返ってきた答えは緊張した様子だった。意識して明るく声を掛ける。

 

「焼夷手榴弾を持っていますね。用意してください。それをPPSh-41やブレン・テン、スコーピオンにも一つずつ渡せますか? 一斉に投擲願います。距離はなくてかまいません、伏せたまま投擲できる距離までで大丈夫です、PPSh-41南西方向、残りの面々は敵ライフル隊の方向に向けて投擲を」

『でも届くほど距離があるわけでは……、それにスナイプ型相手だと絶対に届きませんが、それでも宜しいんですね?』

 

 確認の声はMP40。

 

「敵機の破壊が目的ではありません。指示を待って投擲を」

 

 そういって、時計を見る。ヘリコプター到着まで、あと、8分。

 

『用意完了しました。いつでもいけます』

「了解しました。セフティバーを抜いてください。投擲――――今!」

 

 数瞬の間を置いて、爆裂音をマイクロフォンが拾った。

 

「後退します。南、方位190度方面へ向けて転進。PPSh-41、P7をつれて後退。邪魔なら武装は投棄してかまいません。ブレンテン、敵スナイプ型を警戒。おそらくPPSh-41に投げて貰った方向に居ます。適当にばらまきながら撤退支援を。スコーピオン、MP40は殿、適度に弾をばらまきつつライフル型を牽制してください。当てなくて結構です」

 

 早口で指示を出しながら状況を改めて確認する。

 

「リト」

「なにっ!」

 

 部屋の反対側から素っ頓狂な声がする。

 

「狼煙を上げた。そこから方位190方向に向けて後退させる。ヘリに連絡してくれ」

「了解っ!」

 

 リトが英語でヘリ相手にまくし立てるのを聞きながら、春嶺は状況を睨む。

 

「なるほど、枯れ草ごと焼き払うつもりか」

「もっとも、これで三分もたせられば御の字です。ただの目くらましですよ」

 

 戦域マップに飛翔体のマークが飛び込んで来た。味方のヘリコプターが目視可能なエリアに入る。

 

「それでも、3分あれば、ヘリコプターが突入できる」

『やっほー、S-7の指揮官聞こえてるー?』

 

 アイクからお前が出ろとジェスチャーされた春嶺が無線を取る。

 

「S-7、お呼びの局どうぞ」

『本部直轄隊、グリフォン203、M2HBよ。ヘリの上から掃射命令ってとっても面白そうな指示ありがとう。このまま相手をガンガン撃ってけばいいのね?』

「グリフォン203へ。その通りです、危険度が高いかも知れませんがよろしくお願いします」

『大丈夫よー。ヘリのパイロットちゃんたちも危険手当がたんまりもらえるってやる気だから。このままうちの隊が動くわ。このヘリでそのままそっちのチビ達回収しなさい。あと指揮官のヒト、いい声ね。今度お姉さんと一杯いきましょう?』

「お気遣い感謝します。機会があれば」

『機会はつくるものよ、通信終わり』

「通信終わり」

 

 無線が切れる。やっと炎を乗り越えた敵の部隊が上空からの掃射に潰されていくのがスコーピオンの視界から確認できた。高度を落としたヘリからロープが落とされた。

 

「うわ、あそこからラペイリングで敵前降下とか、本部直轄隊、やることが派手……」

 

 呆れたようなリトヴァの声が響く。確かにまともな神経ならできないだろうが難の危なげも無く下りてきた部隊があっという間に敵を殲滅していく。

 

「S792、生存報告(ネガティヴレポート)

 

 春嶺が問いかけると無線がすぐに反応する。

 

『PPSh-41、P7、無事です。弾が髪を掠って焦っちゃいました』

『ブレンテン、異常なしです。ごめんなさい、スナイプ型見つけたんですけど弾届きませんでした』

『MP40、異常ありません』

『スコーピオン、無事です』

 

 無事に4つの無線が返ってきた、とりあえずそれに安堵する。

 

「S.O.了解。協力に感謝します。スナイプ型も含めて、直轄隊に任せましょう。S792は全員、直轄隊を運んできたヘリで後送しますので、そのまま待機してください」

「よくやった。初陣としては立派だったろう」

 

 アイクが春嶺の肩を叩いた。それに力なく笑う。

 

「かなりの賭けになってしまいました」

「それでも勝った。それでいいだろう。ご苦労だった。今晩は君達の歓迎会と帰還パーティーをしないとな」

 

 アイクの声に春嶺は肩をすくめるのだった。

 

「お手柔らかにお願いします」




初陣とはいえほとんど戦わずに終わりました。どうしてこうなった。戦闘って描くの難しいですね……。

次回はパーティー……になるのでしょうか。
更新がんばりますのでよろしくお願いします。


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ロゴン PHASE3

今回は短めです。


「みんな聞いてくれ、養成所(ファーム)卒業直後の子羊……というよりはソータの方はマトンか、まあいいや、新人S.O.ソータ・ハルミネ君と、リトヴァ・アフヴェンラフティ君だ。マハマと私のチームに入ってもらう。皆、よくしてやってくれ」

 

 オフィサ用の食堂でビール片手に紹介される。目の前にはフライドポテトにフライドチキンにフライドオニオンと揚げ物の嵐。歓迎会は例に漏れず胃に優しくない。食堂の奥の方にはデザートコーナーがあり、何人か小さな影がそちらに飛びついている。

 

「それじゃ、一言ずつ。レディファーストでリトから」

 

 そう言われたリトヴァが長い金髪を揺らして前に出て、軽く手を振った。

 

「リトヴァ・アフヴェンラフティです。リトと呼んでください。紹介の通り、新しくこちらに配属になりました。サウナと可愛いものが好きです。声の大きさと疲れ知らずが特徴とよく言われます。よろしくお願いします」

 

 拍手が起きる。指笛まで聞こえたあたり、歓迎されているようだ。

 

「それじゃ、歓迎会の席なのに、かっちりネクタイにスーツと場違いなマトンにバトンタッチ」

「とても悪意ある紹介にあずかりました、春嶺颯太といいます。しばらくコールサインがマトンになりはしないかと戦々恐々としてますので、ほかに呼び名を付けて頂けると有り難く思います。よろしくお願いいたします」

 

 ぺこりと頭を下げると暖かな拍手。無難にまとめたのでヨシとしよう。

 

「新入りとはこの後友好を深めるとして、とりあえずの報告だ。うちの管轄にちょこちょこ斥候が来ていたのは、皆知っての通りだ。敵の攻撃対象は不明だが、本日、S792が敵斥候部隊の結集場面に遭遇、報告を受けた本部直轄隊グリフォン203が撃破した」

 

 誰かが口笛を吹いた。そのタイミングでガタンと物音がしてちらりと横を見る。

 

「ペーシャ、主賓が逃げるな」

「ううう……」

 

 アイクが笑いながらつまみ上げたのはPPSh-41。部屋を離脱しようとしたところをアイクに見つかったらしい。赤い星が入った革の帽子から伸びる色の淡い金髪がどこか恥ずかしげに揺れる。大柄なアイクに捕まると、白いタータンチェックのタイツに包まれた足が宙に浮いてしまう。

 

「甘いものばかりだと太るぞ」

「これは修復中のP7ちゃんの分です! 私が食べるわけではありません!」

 

 そういってPPSh-41は抗議するがアイクの笑い声が返ってくるだけだ。

 

「本当か? 前持ち上げた時より大分腕がきついんだが」

「そんな重たくないですよぉ! それにそんなこと言ったらFNCちゃんなんてどうなるんですか!」

「ふぇっ!?」

 

 後ろのデザートコーナーでチョコレートケーキを口に運んだ姿勢で止まった影がひとつ。明るい茶色がかったグレーのスカートに赤いベレー帽を被ったその影を見てアイクが苦笑いを浮かべた。

 

「まだ乾杯前なんだが……」

「だってぇ……いただきますが遅いんだもん」

 

 抗議の声を聞いて肩をすくめるアイク。主賓を物理的に持ち上げて口を開く。

 

「じゃぁ手短に、ペーペーシャは今回被弾したP7を無事連れて帰ってきた立役者だ。偵察としての役目を完遂し、全員が生きて帰ってきたことだけでも賞賛に値する。ソレを称え、皆で拍手を送りたい」

 

 暖かな拍手が起きて「拍手送られるのに宙ぶらりんってどうなんですか……?」という至極最もなPPSh-41の疑問はどこにも届かずに消える。

 

「それじゃぁ、飲んでくれ! 今日は経費で落とす! 乾杯!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソータは日本人(ニッポーズ)?」

 

 ムスリムだから飲酒をしないと言ったマハマがオレンジジュースを傾けながら尋ねてきたので、春嶺は頷く。

 

「えぇ、マハマは?」

「ンゴジャ族」

「ンゴジャ?」

「父親はガーナに居た、ンゴジャ族。逃げてこっち来た」

 

 ガーナと言えば西アフリカ地域だ。ここからはかなり遠い。広域性低放射感染症(E L I D)の影響も大きかったエリアだったはずだ。

 

「なるほど、大変でしたね」

「そうでもない。グリフォンはいい、S.O.でいられれるうちは、安全。ムスリムも安心」

「なるほど」

 

 どこか人懐っこい笑みを浮かべたマハマの横をすり抜けるようにどこか上機嫌な白い服の少女がやってくる。

 

「おい、新入りS.O.! おぬししっかり飲んでるのかぁ!」

 

 そういってビール瓶をかざすのはM1895。そそくさとマハマが下がる。転進が早い。やられた。

 

「飲んでますよ。それよりもM1895、あなたこそ酔っ払ってませんか?」

「わしがそんな簡単に酔うわけがなかろう、戦術人形は常在戦場! 何かあったらわしが守ってやるからの、おぬしはちゃんと飲め! ほら!」

「はぁ……」

 

 コップにビールをついで、それを無理矢理押しつけてくるM1895。よく見ると目がとろんとしている。

 

「絶対酔ってますね」

「酔っとらんといっとろうが」

 

 そう言って膨れるM1895。

 

「それに少しは副官を信頼せい」

「副官?」

「なんじゃ、聞いとらんのか。オフィサには戦術人形(タクティカル・ドール)から副官役が一体付与されることになっておる。おぬしも例外じゃない」

「いや、確かに戦闘請負人(コントラクタ)から一人抜擢されることは知ってましたが……」

 

 企業によって呼び方は異なるが、民間軍事請負会社(P M S C s)にとって現場の指揮をとることができる指揮官、オフィサは価値の高い人材と言われる。軍人上がりや前線からのたたき上げ、莫大な予算を投じて育て上げられた人材など、そう簡単に死なれては困る人間である。だからこそ、護衛役と戦術人形の特性をその身で熟知したアドバイザとして戦術人形を副官役を置くことが通例だ。

 

「妖精を見るには、妖精の目がいる、でしたか」

「古い惹句(じゃっく)じゃな」

 

 そう言ってM1895はクスリと笑った。

 

「でもそういうことさな。腕の良い悪いだけでは埋められないものもある、戦術人形の見る世界を真に知ることは人間には難しかろう。また、わしら戦術人形がおぬしら人間を知るのもまた然り。じゃから、副官がいる。その認識をすりあわせるために、じゃ」

 

 彼女の上着が揺れる。アルコールの匂いとどこか甘い香りがふわりと広がった。

 

「まぁ、おぬしは初陣にしてはかなりよい戦いじゃと思ったぞ。勇猛果敢に攻める方が容易いが、それに引きずられんかった、まあもっとも、あの程度の敵ならMP40もおったし、なんとかなったと思うがの」

 

 どうやら戦闘中に攻めるように進言したことを少しだが引きずっているらしい。

 

「と、いうわけでしばらくの付き合いになるわけじゃが……おぬしは、わしじゃ不満か?」

 

 どこか自信なさそうな色が浮かんで、少し面食らう。それでも肩をすくめて答えた。

 

「まさか」

「ならいいが。わしもおぬしに拒否されると行く手がないのでな」

「副官に抜擢されるほどの腕なら、引く手あまたでしょうに」

「本当にさっきの指揮室の様子を見て言っておるか?」

 

 そう言ってビール瓶を直接煽るM1895。混じった自虐の棘がちくりと刺さる。その様子を見たのか、M1895はどこか寂しそうな瞳の色を隠すように大声で笑った。

 

「古いというのは経験で差をつけられる反面、融通がきかんのでの。安心せい、元は基地の護衛役じゃ。ガンガン攻めるより、守る方が性に合う。護衛役としてはわしほど適任はおるまい」

 

 そう言って笑ったM1895の笑みはどこか乾いているように見えた。ソレを潤そうとしたのか、彼女はまた麦酒で喉を湿す。つられるように春嶺もグラスに口をつけた。

 

「それに、あの変態女の副官になるよりは、おぬしの方が数十倍マシじゃ」

「あー、リトのことはすいませんでした」

「あれは本当になんなのだ」

 

 そう言って指さしたM1895の先に居たのはP38を抱き枕にしながらアルコールを飲み耽るリトヴァの姿があった。P38が逃れようとジタバタしているが、がっちりと押さえ込んでご満悦だ。

 

「あれでいて天才ですから、指揮の腕は良いと思いますよ」

「それでもあの抱きつき癖はなんとかしてもらわねば困る、おちおち警護もできん」

「それに関しては同意します」

 

 笑ってから春嶺は横をチラリと見た。

 

「思っていたよりもなんとかうまくやっていけそうです」

「そりゃあ僥倖じゃ。うまいこと慣れてくれぃ」

「はい、よろしくお願いします、副官殿」

「バカにしとるじゃろ」

「まさか」

 

 そんな会話を交わしていると、いつの間にか周囲の会話が止んでいた。

 

「――――失礼するぞ」

 

 そう言って部屋に入ってきた服を見て、皆が直立不動の姿勢を取った。

 

「こちらにアイクと今日の指揮官がいると聞いている。邪魔させてもらうが楽にして良い」

 

 赤と黒の制服を来た上級代行官(コントラクト・マネジャー)の前で楽にできる方がどうかしているとは誰も突っ込めない。

 

「おや」

「おぬし、C.M.ヘリアンと知り合いか?」

 

 横のM1895が小声で聞いてきた。その顔にはどこか緊張が見える。

 

「前職で少しだけ」

「む、君は……」

 

 その制服姿の女性がつかつかと歩いてくる。手に持っていたグラスをM1895に預け、春嶺も前に出て右手を差し出す。

 

「お久しぶりです、ミス・ヘリアントス。3年ほどになりますか」

「……やはりそうか。君は確かJWパブリシズにいたはずでは」

「えぇ、その節はお世話になりました。ですが今は貴女の部下ですよ、ミス・ヘリアントス。いえ、ヘリアントス・エリアマネジャー」

 

 握手を交わして、営業用の笑みを浮かべる春嶺。

 

「あの恵まれた立ち位置を捨てて直接戦う側になったか。君はもの好きだな」

「言われ慣れました」

「あら、ソッチの彼、今日の偵察組の指揮官よね」

 

 ヘリアントスを半ば押し避けるようにして会話に割り込んできたのはカーキ色の軍服上着を腰に巻き付けた女だった。胸元の膨らみをわざと強調するように腕を寄せてやってくる。

 

「はぁい指揮官、グリフォン203のM2HBよ。今日はありがとう、最高にクールな体験になったわ」

「S07基地S.O.春嶺颯太です。本日の即応、感謝いたします」

 

 差し出された右手を握り返してから笑って見せる。

 

「あら、笑顔もチャーミングね」

「ありがとうございます。綺麗な女性に褒められることほど嬉しいことはありませんね。ヘリからのダウンウォッシュが来る中であれだけの制圧率。大変助かりました」

「まぁ、嬉しいわ」

「気をつけろM2HB、この男に丸め込まれて我が社の事務経費が数万ドル単位で今も吹き飛んでいる」

 

 苦い顔をしてヘリアントスが言う。受けた春嶺も苦笑いだ。

 

「わお、可愛い顔して極悪人?」

「法人契約を私が丸め込んだとは人聞きが悪いですよ、ミス・ヘリアントス。私は会社の端末ですよ。それに、JWパブリシズはそれだけの価値を提供させていただいていたと自信を持っております」

「営業トークになっているぞ、S.O.」

「これは失礼しました。前職の話題がでるとどうしても、体に染みついて抜けないのです」

 

 さららと言葉を並べていると横でスーツの袖が振られた。

 

「のう、S.O.そのJWパブなんちゃらとはなんなのじゃ」

 

 春嶺颯太が口を開く前にヘリアントスがそれに答えた。

 

「JWパブリシズ、広告代理店だ、M1895。我が社のブランドのコーディネートや広報戦略などの契約をしていた会社で、春嶺颯太はそのコーディネートチームの一人だった。本部異動になっていたときいていたんだが……」

「あのあとすぐに退社しまして、請負人(コントラクタ)の道に入りました。どうやらこちらの方が水が合いそうですので。年収は少し下がってしまいましたがね」

「あら、ビッグな商売してたのね。うちの給料、かなりいいはずだけど。ぜひお近づきになりたいわ」

 

 そういったM2HBは春嶺の左腕を抱き込むようにして部屋から連れ出そうとする。

 

「お、本部直轄隊からのご指名か? あんまり羽目を外すなよ」

 

 大笑いしているアイクから暗黙の許可が出てしまえば誰も止められない。背後でM1895がため息をつく音がした。

 

「どこへ行くS.O.、あんまり羽目を外すなよ、おぬしの歓迎会とはいえ主賓がおらんわけにいかんじゃろう」

「あら、焼き餅かしらおチビちゃん」

「あ」

 

 春嶺が止める前にNGワードが飛びだした。周りがすっと静かになる。一足先に距離を取ったのはS-7基地所属の戦術人形(ドール)たちだった。その直後にアイクやマハマが伏せた。

 

 

「 だ れ が 」

 

 

 つかつかと床を叩く靴の音。彼女の右手が腰に回り、ホルスタのスナップボタンを親指が弾いた。

 

 

「チビじゃバカタレ―――――――――ッ!」

 

 

 目の前に突きつけられたのは仄暗く沈み込んだ、M1895ナガンリボルバーの銃口。とっさに避けようにも左腕を捕まれていてあまり動けない。申し訳ないが、左に体当たりをかけてM2HBに尻餅をつかせた直後、耳の横を何かが超音速で通過した。

 

「いっ、落ち着け、撃つな撃つな!」

「だれが! こんな! やつに! 焼き餅なんぞ! 焼くか!」

「俺を撃つな頼むから!」

「無駄にでかい胸ばっかり見てたくせに!」

「言いがかりだ!」

 

 言葉遣いが乱暴になるがそんなことにかまっている余裕はない。黙れといいたげな銃弾が後ろに飛び抜けた。言葉に力が入る度にためらいなく撃鉄が落ちている状況で侮辱的なF(エフワード)を口にしなかっただけ十分制御できていると信じたい。

 

 これで七発、M1895ナガンリボルバーの装填弾数は七発、ローディングゲートからの装填を求められるこの銃ではスピードローディングは不可能だ。

 

 春嶺の右足がM1895の足下まで伸びる。わざと脅かす様に靴底を彼女のつま先のすぐ近くに叩き付けた。バンッという大きな音でM1895の右腕が跳ね上がった。その右手首に春嶺の左手が引っかかる。そのまま彼女の左腕を外に倒すようにねじりあげ、そのまま地面に転がした。

 

「ふぅ……」

 

 彼女の手からリボルバーをもぎ取り、自分のベルトに挟んだ。

 

「M1895、やり過ぎです」

「おぬし、今……うちを投げ飛ばしたか?」

「もうさせないでくださいね、こんなこと。わかりましたか?」

「なんでおぬし」

「わかりましたかと聞きました」

「……はい」

「よろしい」

 

 これが今から副官かと思うと、思うところがないと言えば嘘になりそうだが、致し方あるまい。

 

「えっと……」

 

 まずは周囲の白い目と壁の銃痕をどうするかを考えなければならなかった。

 

 

 




主人公のスキルがぶっ壊れの気配を帯びてきました。風呂敷をたためる気がしません。

まだまだ続くよ歓迎会。

次回も今週中には投稿したいです……更新がんばります。


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ロゴン PHASE4

なんとか更新です。よろしくお願いします。


 結局場所を変える羽目になった。やってきたのはバーカウンターのようなテーブルで缶詰そのままのおつまみと呼ぶなにかと安い酒を出す簡素なバースペースだった。

 

「ま、そんなこともあるわよ、ソータ」

 

 横でケラケラ笑いながら安いウィスキーをストレートで喉に流し込むのはM2HB。今回の当事者で元凶その①である。

 

「そもそもじゃ、なんでおぬしはそんなに女たらしなセリフがつらつらと飛び出すんじゃ」

 

 反対側の隣で顔を真っ赤にしながらウィスキーをあおるのはM1895。加害者かつ元凶その②。乱射事件の物証であるM1895ナガンリボルバーが押収されているせいか、かなりご機嫌斜めである。座ったバーカウンター用のハイチェアは足台まで足が届かずに宙ぶらりんになっているのも、ご機嫌斜めになる一因になっている。

 

 そんな二人を相手にして、春嶺颯太の実力では混乱の食堂から連れ出すので精一杯だったのだ。

 

「それで、ちゃんと問いには答えんかS.O.」

「それはまあ……そういう教育をうけてきたからとしか……」

「なんじゃそういう教育って、女を見たら褒めろみたいな教育か」

「女性だけではありませんが……まぁ、誰かを責めるよりはいいかなと……」

「弱腰」

 

 そう切り捨て、火照った頬をテーブルに付けて顔を背けるM1895。

 

「でもいいじゃない。さすが広告代理店仕込みってヤツじゃない?」

「そう言って頂けるとこちらも有り難いです」

「男ってほんとなんなんじゃ……」

 

 この調子で既に1時間ほどが経過している。横の美女二人は相当なペースでアルコールを空けている。この二人を介抱しなければならないというような絶望的な状況にはならないと信じたい。

 

「ね、ソータ君はどうしてS.O.になったの?」

 

 肘をテーブルについたM2HBがそう聞いてきた。紅色がきついリップが艶やかに、春嶺の言葉を引き出そうとする。

 

「正義感……とも違うのですが、なにか、自分が生きる場所を自分で作りたくなったんですよ」

「……貴方、日本人(ニッポーズ)だったかしら」

「えぇ」

 

 その言い方にどこかM2HBは思い当たることがあったらしい。どこか顔に影がよぎる。

 

「ということは、故郷は……」

「日本の北の方です。広域性低放射感染症(ELID)の拡大期に消し飛びました。きっと大きなクレーターが残ってますよ」

「悪いこと聞いちゃった?」

「いえいえ、私も実感がないんですよ。第三次大戦(WWⅢ)のころにやっとヨチヨチ歩きができるかどうかでしたから、とっくに日本を離れていました」

 

 そう言って自分用のウィスキーに手を付ける。酒の供給量だけは豊富だった。戦場の娯楽は酒と女とクスリとギャンブルとはよく言ったものだと思う。確かに、その中では酒がまだ穏便だ。

 

「見もしない故郷を取り返す戦い、か……壮大ね」

「そんな格好いいものではありませんよ。強いて言うなら、罪滅ぼしなんですよ」

「罪滅ぼし?」

 

 聞き返してきたM2HBに笑い返す。

 

「この世界をこんな風にしたのは、先代の人たちかもしれないけれど、私達も今を背負う人間として、世界を変え、守ることが必要なんだと思うんですよ。そのために戦うヒーローみたいな存在に憧れたんです」

「へー、正義のヒーロー……アメコミみたいでいいじゃない」

「そうですか? くだらないものだと一蹴されると思ってました」

「そんなことしないわよ。それとも、してほしかった?」

 

 優しく微笑むM2HBにつられるように笑い返した。

 

「たまにはいいんじゃない、そんな大それたことを考えるのがいても。みんな金の話をするよりは、きっとクールだわ」

「クール、ですかね? どちらかというとホットな感じだと思いますが」

「ホットというには、熱量が足りないわ。もっと焦がすような思いが欲しい」

 

 そう言ってグラスを光に透かした彼女が横に目を送った。

 

「そうでしょ。ヘリアン」

「外では愛称で呼ぶなと言っただろう、M2HB」

「あら、ごめんなさいね、ヘリアントス・エリアマネジャー」

 

 バースペースの入り口に赤を基調にした制服を着た女性が立っていた。その後ろにはかなり小さな背の少女……間違い無く戦術人形だろう……がヘリアントスに隠れるように立っていた。

 

「あら、もう帰りの時間?」

「明日以降も仕事が山積みだからな」

「なぁんだ、つまらない」

「ほら、帰った帰った、しっしっ」

 

 M1895が追い払う様に手を振った。

 

「焼き餅焼きさんは心配しなくても大丈夫よ」

 

 M2HBがそう言って席を立つ。向かうのはヘリアントスの隣だ。

 

「私の部下が失礼した、S.O.春嶺」

「いえ、なかなか楽しい時間になりました。乱射騒ぎについては謝罪します。副官にはよく言って聞かせておきます」

「なんじゃ、わしが悪いみたいに」

「実際悪いので少しは反省してください」

 

 そう肩をすくめればM2HBが笑った。ヘリアントスは仏頂面だ。

 

「……そのへらへらした笑い方は、まったく変わらないな」

「性分なもので」

「……そういうヤツだよ、貴様は」

 

 そう吐き捨て、下を向いたヘリアントス。モノクルが光る。

 

「……春嶺颯太、貴様はグリフォン&クルーガーの戦いをどう見る?」

 

 苦笑いを浮かべて春嶺はかろうじて口を開く。

 

「そういうことを養成所(ファーム)から出たばかりの私に聞きますか?」

「世話話の一つぐらい付き合うのが貴様だろう」

 

 それを聞いて春嶺はハイチェアから降り、カウンターに背中を預けてラフに立つ。

 

「まぁ、いいですけど。参考になるとは思いませんよ」

「世話話に参考になる情報があったためしがない。慣れている。話せ」

 

 高圧的にくるヘリアントスに肩をすくめ、口を開く。

 

「それでは、お言葉に甘えて」

 

 息をゆっくりと吸って、二割吐く。自然に呼吸を整えてから、口を開く。

 

 

 

「……現状のグリフォン&クルーガー社の戦いは近いうちに破綻します」

 

 

 

「……詳しく述べろ」

「均質化しすぎているんです。最適化を繰り返した先の先、最善という方式に偏りすぎている。効率を犠牲にしてでも代替可能(オルタナティブ)な戦闘システムを持たなければ、この戦いは早々に瓦解しますよ。それも、悪い方向に」

拡張型情報処理機器(ASST)とダミーネットワークのことか?」

 

 返ってきた声に春嶺は笑みを深めた。相手は頭が良いに限る。

 

「烙印システムで武装と自律人形(オートマタ)を同期させ、武装のパフォーマンスを最大限に扱えるように自律人形(オートマタ)をチューンする。ASSTはそれを可能にし、自律人形(オートマタ)に傀儡を更に操作させるダミーネットワークによってさらなる省人員化を図った。そのビジネスモデルは確かに革新的でした」

 

 アルコールでどこか赤い顔のまま、春嶺は笑った。

 

「ですが、システマティックな対応は、必ずそこに隙を生む。そしてその隙はグリフォン社を破綻させかねない。多様性を喪失した組織は必ず瓦解する。人間関係もシステムも、必ずオルタナティブな関係性を保持しなければならない」

「……そうなぜ断言できる?」

「実体験から。広告代理店をしていると様々な組織を目にします。良い奴だけの組織が存続するかといえばそうでもない。だが、悪い奴だけの組織はそもそも組織としての体を成せない。人種もそう、性別もそうでしょう。それは貴女も感じているのでは? ミス・ヘリアントス」

 

 そう言って笑って見せれば苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「それで、我が社の戦略に貴様は欠陥があるというのだな?」

「グリフォン社というよりはIOP製戦術人形にというべきかもしれません。ですが運用側で対応ができる面も多いと判断します。……こちらからも一つ確認よろしいですか?」

「なんだ?」

 

 許可を取ってから春嶺は口を開く。

 

「蝶事件についての確認です。2061年に発生した鉄血工造施設への襲撃事件。……新型人工知能『エルザ』のハードウェアが置かれていた研究施設が武装集団に襲撃、防衛システムを補助する為調整中のエルザを再起動するも暴走。鉄血製自動・戦術人形の全てが制御を奪われた。……認識はこれで間違っていませんか?」

「初任者用資料に書いてあるはずの事実をなぜ私に確認する?」

「貴女が知っている事実と齟齬があっては話し合いの前提が崩壊するからです。……私達の目的はクライアントの安全の保護。そのための現時点における最大目標は制御が奪われた鉄血製のオートマタを制圧下(コントローラブル)にすること。できなければ破壊し尽くすこと」

「貴様は何を言いたいんだ?」

 

 苛ついたような反応を返すヘリアントスに笑いかけながら、春嶺は笑みを貼り付けたまま続ける。

 

「これまでに破壊した数を考えれば、すでに鉄血製のオートマタは枯渇してなければおかしい。それでも戦線は終わらないどころか、拡大している。すなわち鉄血の工場は今も稼働中であり、バージョンアップも認められている。暴走状態の『エルザ』を引き連れたままで、です。……これが意味することをミス・ヘリアントスが理解できないとは言わせませんよ」

 

 そう言ってから春嶺は右手で指鉄砲を作るとヘリアントスに向けた。彼女のモノクルを狙うように、腕を伸ばす。ずっとヘリアントスの後ろに張り付いて少女がびくりと体を震わせた。

 

「ミス・ヘリアントス。貴女はこの戦争の背後に何がいるのか、考えた事がありますか?」

「……何を言いたい」

「そう、そこで答えを出せない。それではこの世界で勝ち抜くことができないと私は考えます。この組織にはマニュアルがあり、名目もあり、利害関係も明白だ。考えなくても任務を遂行し、勝ち抜くことができていました。少なくともこれまでは」

 

 銃把を握るような形に指を作り替え、それは正確にヘリアントスの頭を捉えていた。

 

「人間はAIに勝てません。少なくとも記憶の蓄積(メモライジング)パターン照合(リファレンス)は速度でも容量でも劣ります。それだというのに、AIを前に戦闘を長引かせ続けている。高品質な量産品と化した戦術人形のみを最前線に出して、戦い続けている」

 

 まるでトリガーを引くように、彼はゆっくりと人差し指を曲げた。

 

「戦術人形のパターンを『エルザ』が解析し終えた時が、グリフォン社の終わりです。そうなってしまえば、戦術人形は優位性を喪います」

「――そんなことないっ!」

 

 赤い小さな影が春嶺の前に飛び出した。戦術人形の強力な脚力で飛びだしたその影が、春嶺の目の前でピタリと止まった。その影が驚いた表情をしていたが、それは春嶺は見ることができなかった。

 

 彼が見えたのは、その赤い影の前に、白い影が割り込み、ふわふわの帽子がすぐ目の前に現れたことだった。

 

 

「……これは年長者としての貴重な意見じゃが、ご主人様のお話に飼い犬が噛みつくのは非常によろしくないぞ、MP5」

 

 

 踏み込んできた少女の顎の下、喉笛にピタリと銃口を突きつけてM1895が笑う。春嶺が押収していたリボルバーはいつの間にか彼女に抜き取られていたらしい。赤いアルコールの入った瞳で上機嫌そうな声のトーンのまま銃口を使って少女――MP5に上を向かせる。

 

「その獲物を手放してもらおうかの。静かな空間に銃声は似合わないのでな」

「下がれMP5、誰がその男に手を下せと命じた」

「M1895、やり過ぎです。銃を下ろしなさい」

 

 悔しそうな瞳で睨みながら、MP5が銃を背中に回し、ヘリアントスの方に戻っていく。それを確認してから、M1895が銃口を上に向け、高位置保持待機(ハイレディ)の姿勢を取る。何かあればすぐに撃てる姿勢だ。

 

「……失礼した、S.O.春嶺」

「先ほどのこちらの乱射事件と相殺ということで片付けませんか?」

 

 春嶺が笑ってそういえば、つまらなさそうに鼻を鳴らしたヘリアントス。そのまま踵を返す。

 

「いい暇つぶしになった。礼を言う」

「こんなたわいもない話でよければ、いつでもどうぞ」

 

 歩き去って行くヘリアントスの後ろを、春嶺にひらひらと手を振ってから追いかけるM2HBと、舌を出してから走って追いかけていくMP5。

 

「……てっきり酔い潰れたものかと思ってましたよ」

「言ったろう、酔っとらんと。そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 M1895の顔からはいつのまにか赤みが引いていた。イタズラに成功したような表情をして肩をすくめるM1895。彼女の右手でリボルバーがくるりと回り、ホルスタに戻る。

 

「戦術人形は疲れ知らずで、いつでも使えるようにしなければならない。そう作ったのは人間じゃろう。高々ウィスキーぐらい30秒も有れば素面(しらふ)に戻れるんじゃぞ」

「それでも酔っ払ってくれたのはお付き合いですかね?」

「宴の空気に酔いたい時もある、それだけじゃ」

 

 そう言ってかなり氷が溶けて薄くなったウィスキーを口に含んだM1895。

 

「のう……一つ聞いていいかのぅ?」

「なんですか?」

「どうしてS.O.になったんじゃ。あの無駄オッパイに話したのは嘘じゃろう」

 

 そう言ってから春嶺をじっと見るM1895。

 

「どうしてそう思います?」

「そういったときだけ、おぬしの目が揺れた。ヘラヘラ答えとったのに、そこだけ言葉を慎重に選んだ」

 

 そういって、コトリとグラスをテーブルに戻したM1895。

 

「戦闘の時おぬしが言ったことを覚え取るかのう?」

「何をです?」

「『私が貴女達を死なせない』……戦闘請負人(コントラクタ)、それも人間ではなくてドールに言うセリフではない。知っているじゃろう、わしらの単価が果てしなく安いくらい。そしてハンドガンやサブマシンガンなんて、いくらでも製造できることぐらい、知っておるはずじゃ。それを指揮官は叩き込まれる」

 

 そう言ってM1895は彼女は思い出す。今日の昼下がりのことだった。嫌でも明確に思い出せる。

 

「撤退もできた。あそこではアイクの言うとおり『P7を切り捨てて後退』が最適解じゃ。それでもおぬしはそれをしなかった。銃の力を信じた。顔も知らない、会話もほぼ交わしたことのない戦闘請負人(コントラクタ)を信じた。ヘリアントスとやり合うぐらい頭が回る人間がヒーロー願望だけであんな指示を出すはずがないように思うんじゃが」

 

 それを聞いて春嶺はじっと黙っていたが、大きくため息をついた。

 

「まいったな……私もまだまだですね」

「年の功を舐めるな」

「間違い無く私の方が年上ですけどね」

「経験の差じゃろう……それで、どうなんじゃ」

 

 春嶺はM1895を見ていられなくなって顔を逸らした。

 

「言ったでしょう、罪滅ぼしですよ」

「背負う罪なんてなさそうじゃがな」

「あるんですよ、私には」

 

 そう言って肩をすくめて俯くと、どうも惨めに思えてくる。

 

 いや、惨めであることを再認識しただけだろう。

 

「『だれも死なないという安全 だれも死なせない未来』……聞いたことがあるキャッチコピーでしょう」

「グリフォン&クルーガーの惹句(じゃっく)じゃったか」

「それを作ったのは私なんですよ。軍事請負会社のブランドイメージとして、クリーンで強い正義の味方が必要だった。それを私が演出した。実際それから23%も入社志願届が増加したそうです。……今、貴女達を戦場に縛り付ける世界づくりに加担した張本人なんですよ、私は」

 

 JWパブリシズは世界でも三本の指に入る広告代理店ネットワークを持つ。春嶺の仕事はそのネットワークを駆使して、戦争の一部を切り取り、それを広告という形で世界に発信することだった。

 

「この戦いはおそらく早々に破綻します。おそらく数年もないでしょう。明日か、半年後か、1秒後か、3年後か……タイムリミットがいつ来るかはわかりません。それでもこのままでは破綻が来る」

 

 それを許すわけにはいかないのです、と言ってから、春嶺は自分のグラスを空にした。

 

「私が産みだした戦場かもしれない。私が壊した世界かもしれない。その危険性を知りながら私は無知の内にその鉄槌を君達に叩き込んだ。それが今の世界だ。そんな世界を……認めてたまるか」

「だから、罪滅ぼし、か……」

 

 そう呟くように言って、M1895はグラスを空にしてから、大声で笑った。

 

「な、何なんですか」

「いや、こんなにも面白いヤツは初めてじゃ」

 

 そう言ってからM1895は春嶺のネクタイに手を伸ばし、ぐいと引っ張った。強制的に春嶺に顔を近づけさせる。

 

 

 

 

「――――自惚れるなよ、人間」

 

 

 

 

 どこか悦が混じる声色でM1895がささやいた。

 

「世界は一人の力では変わらない。そんな力、人間にも人形にもない。それぐらいわかっておろう。それを無視してそんなことを宣えるのは傲慢か偽善のせいじゃろう」

 

 そう言って彼女はネクタイを掴む手の力を緩めた。無理な姿勢を矯正されていた春嶺の背がゆっくりと戻る。

 

「それでも昔の人は言ったのじゃ。――――偽善は悪徳が美徳に捧げる敬意のしるしである

「……ラ・ロシュフコー『箴言集』でしたか」

「おや、知っておったか、つまらん」

 

 そう言ってケラケラと笑う、そうしてから彼女の手がパチリとスナップボタンを弾いた。

 

「それでも、その偽善がきっと誰かの足を進める事になる。おぬしの言葉で誰かが戦場に行ったのなら、そういう因果だっただけじゃろう。でもそれに否というのなら、その者達を救うのもわしらの因果かもしれんのう」

 

 そう言ってM1895はホルスタから銃を取り出し、銃把を春嶺に向けた。

 

 

「妖精を見るには、妖精の目がいる。――――わしがおぬしの目になろう。おぬしがわしの声になれ。導いてみせろ。わしが切り拓いてみせる。これはそういう契約(コントラクト)じゃ」

 

 

 春嶺はゆっくりとその銃把を握る。

 

「契約完了、じゃな。改めて名乗ろう。わしはM1895、ナガンリボルバー。ナガンと呼べ。春嶺颯太、この弾丸が貴殿の力とならんことを」

「セカンダリ・オフィサ、春嶺颯太。ソータと呼んでください。全力を尽くして、貴女の背中を守りましょう」

「うむ。ではこれからよろしく、じゃな」

 

 そう言って笑う彼女……M1895『ナガン』と笑い合って、春嶺は小さく肩をすくめたのだった。 

 

 




……格好いいM1895が見たいだけでした。はい。こんなナガンちゃんが見たいんです。皆さん書いて!

これにて第一章『LOG_ON』を幕引きとします。第二章は本格的に戦闘となります、なるはずです……たぶん……きっと…………!

というわけで次回から本格的に人形たちが出てきますのでよろしくお願いします。


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ア・ザ・ベース ーAt_The _Baseー ア・ザ・ベース PHASE1

カリーナさんをつつくのが楽しい今日この頃です。


 左手首に巻いた携帯端末の振動で目が覚めた。反射的に右手でそれを叩いて振動を止める。目覚めてしまえば目覚ましはうるさいだけだ。

 

 遮光カーテンのおかげでほの暗い部屋の中、端末に現れたのはアナログ表示の時計。5時30分。もう少し寝ていても問題ない時間だがとりあえず起きることにする。体を起こそうと、毛布を持ち上げて、妙な抵抗に眉をしかめる。

 

「……ん?」

 

 横を覗き込んで、凍り付く。

 

「おはよう、ソータ。朝は早いんじゃのう」

「……なんで貴女がこの部屋にいるんですか、ナガン」

「なんでって、居たらまずいんか?」

 

 にまにまと笑いながらそう言ったのはM1895、ナガンだった。白いドレスシャツにクロスタイを締めた彼女の金髪が、ベッドのシーツに流れている。ベッドの横にぺたりと座り込んで、ベッドの縁に顎を乗せて笑っている。

 

「あのですね、ここは男性用の独身宿舎(ドミトリ)なんですよ。なんで貴女が入れてるんですか?」

「ん? 人形に性別もなにもないじゃろう。わしはここの()()じゃ。女を連れ込むわけじゃないから問題なかろう」

「少しは見た目を考えてくださいよ……」

「警備の者も止めはしなかったがのぉ。ソータにお呼ばれか? とは聞かれたが」

「……それにはなんて答えました?」

「『まぁそんなもんじゃ』!」

「何時私が貴女を呼びましたか!」

 

 絶対今日茶化されるやつじゃないですか……と頭を抱えるとナガンはケラケラと笑いながら春嶺颯太の肩を叩く。

 

「ま、副官じゃからな、慣れてくりゃれ。そのうち嫌でも枕を並べる羽目になる。フロントエンドでの仕事になるんじゃから」

「……だからって宿舎まで上がり込みますかね」

 

 それには笑い声しか帰ってこない。反論ができなくなると笑ってごまかすのはここ数日のナガンとの付き合いで理解した。叱るのは簡単だが、叱ったところで効果はあるまい。体を起こし、ベッドから出る。白いシャツにトランクスというひどい格好だが、致し方あるまい。

 

「お手洗いまで覗く趣味はないでしょうね」

「さすがにそれはせんよ、わしをなんだと思っておるんじゃ」

「同僚の部屋に不法侵入してくるちびっ子」

「なんじゃとぉ!」

 

 それを背後に残して、安い規格品のユニットバスにこもる。ドアをガンガン叩く音がしていたがじきに収まった。

 

「俺も甘いよなぁ……」

 

 そう言って笑った顔を鏡で見るとかなり情けない笑みだった。洗面台で顔を洗ってとりあえず眠気を吹き飛ばし、髭を刈り上げる。安い備え付けのカミソリだとさすがに肌に悪い。注文しないとまずそうだ。

 

 部屋に戻るとナガンはデスク周りを物色中だ。見られて危ないものは無いから止めはしないが、いい気もしない。出てきたことに気がついたのか、物色を止めないままナガンが声を出す。

 

「それにしても殺風景な部屋じゃのう。うちらの部屋の方がまだ賑やかじゃぞ」

「物を持っても何時転勤になるかわかりませんからね。大きな荷物は置いてきました」

「ん? 家はほかにあるのか?」

「アルマトイに。前職の時の家をそのまま借りてます。荷物を置くにはちょうど良いので」

「ふーん」

 

 聞いたのは貴女ではないですか、とは突っ込まない。突っ込んだって答えは笑い声しか返って来るまい。反抗期前の娘程度に思っておこうと心に決めて壁にしつらえられたクローゼットを開く。

 

「……なんじゃその膨大な数のスーツ。他に服無いんか?」

「これが一番無難ですし、頭使わずに済むんですよ」

「いや、それはわかるが……だからっていくら何でも10着も必要か?」

「必要です。状況に合わせて着回しますし、ずっと同じ物だと臭くなるので。ジャケット禁止の時のためにいくつかそうじゃない服も用意してますよ」

 

 そう言いながら、ワイシャツに腕を通す。この基地に入っているランドリー業者は洗濯のりを使いすぎだと思うが、他に選択肢がないのだから仕方ない。

 

「……服装で舐められたら終わり、ということか?」

「そういうことです。それに、こういう身につけるものから会話が始まることも多い。そこから相手のことを探る」

「なるほど、営業の技術じゃな。しかと覚えておこう」

「ナガンもそのお転婆な行動を慎めば年相応に見られるのでは?」

「むぅ……またおぬしはそうやって子ども扱いを……」

「さて何のことやら」

 

 ちゃんとプレスして折り目を付けたスラックスを身につけ、サスペンダーで吊す、アームバンドで袖口の位置を整え、カフスピンで袖口を留める。その間にも春嶺の頭は仕事へと切り替わっていく。

 

「そういえばですよ、ナガン」

「なんじゃ」

 

 春嶺がネクタイをしながら振り返ると、ナガンはデスクに置いておいたタブレットデバイスを物珍しそうに見ながら返事だけをよこした。丈の短いスカートからすとんと伸びた足が、カーテンの隙間から差し込む光に照らされている。

 

「わざわざ私の部屋に押しかけた理由を聞いていませんでしたね」

「そうじゃったか?」

「来たのを咎めはしましたが、先に理由を聞くべきでしたね。それで、どんな用だったんです? 火急の事態というわけではなさそうですが」

 

 机の上の物色を続けながらナガンは笑った。

 

「なに、おぬしとの感覚をそろえようと思ってな」

「感覚をそろえる?」

「うむ」

 

 機械式のアナログの置き時計を持ち上げてまじまじと見つめながらナガンが続ける。

 

「おぬしが何を見ているのか、何を聞いているのか。それをどうおぬしが捉えているのか。その感覚がずれてたら指揮がちぐはぐになる。戦闘指揮の間にその摺り合わせなんぞしよる時間はないからのぉ。平和な今のうちにしとこうと思ってな」

「……つまり、今日一日私に張り付いて動くつもりですか?」

「なんじゃ嫌そうに」

 

 置き時計を抱えたまま頬を膨らまして振り返るナガン。暗い部屋で彼女の輪郭と真っ赤な瞳だけが淡く光った。

 

「わしは副官、おぬしが指揮官。指揮官を支えるのがわしの契約(コントラクト)じゃ」

「……わかりましたよ。でもいろいろと手伝って貰いますからね」

 

 ネクタイピンを止めながらそういうとナガンは嬉しそうに笑ってから、時計を置いた。

 

「もちろん。それぐらいはいくらでも、それじゃ」

 

 そう言って、彼女がカーテンを勢いよく開けた。強烈な日光が差し込んでくる。とっさに目を細めると、その光の中でナガンが――副官が大きな笑顔を浮かべていた。

 

「おはよう、ソータ! 今日もよろしくたのむぞ!」

「おはようございます、ナガン。今日もよろしくおねがいします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ハルミネさん、ナガンちゃん、おはようございます。これからご朝食ですか?」

「おはようございます、カリーナさん。カリーナさんも?」

「はい! ……まぁ、私は明け番なので夕食感覚ですが……ご一緒にいかがです?」

 

 管理者食堂(オフィサーズ・メス)の入り口で出会ったのは、管理調達部門(ADMIN/LOGI)統轄役のカリーナだった。

 

「よろこんで。こちらも少しご相談したいことがありまして。ここの食堂は私が持ちますよ」

「やった! ハルミネさん太っ腹!」

 

 カリーナはそう言って春嶺の腕を取る。その斜め後ろでどこかじとっとしたまなざしを向けるナガンが呆れたように口を開く。

 

「まーたそうやって女をたらし込むんだから見てられんのぅ……」

「まーまー、いいじゃないですか。さぁ行きましょう!」

 

 カリーナに引っ張られるようにして席に着く。オフィサクラス以上はレストラン形式なので列に並ぶ必要は無い。すぐに料理が運ばれてくる。バターたっぷりのトーストにハムエッグにスープ。この草原のど真ん中で生野菜のサラダがつくのは目の前のカリーナが調達を確りと調整してくれているおかげだ。

 

「それで、ハルミネさんのご相談って……?」

 

 恐ろしい量のケチャップを卵にぶちまけながらカリーナが口を開く。

 

「いえ、簡単なことです。私の給料から天引きでいいので、いいカミソリを仕入れて欲しいんです。安全カミソリとかシェーバーじゃなくて、ちゃんとしたカミソリを」

 

 それを聞いて笑ったカリーナ。

 

「なぁんだ。朝食おごるっていうからもっと無茶難題がくるかと思いました」

「男にとって髭剃りはそれだけの価値があるんですよ。会社のロジラインに私の私物を乗せてもらうんです。朝食一つで済むなら安い物です。それにロジ部門スタッフの貴女に愛想尽かされたら困りますし」

「あはは、珍しいタイプってよく言われるでしょ?」

「よくわかりましたね」

 

 豪快にサラダを口に運ぶナガンを横目で見ながら、春嶺はパンをちぎる。

 

「だって、これからずっと草原のど真ん中で薄暗い部屋で無線片手に話すお仕事でそこまできっちりした格好してくるだけでももうアレですし」

「ほれ、言われた」

 

 横からニシシと笑いながら、ナガンが茶化しを入れてくるが、それは無視。

 

「まぁ、前職の仕事柄スーツじゃないと仕事している気になれなくて」

「広告代理店でしたね。その腕を買われていきなりフロントエンド・オペレータに大抜擢ですもんね」

「まぁ、いきなり指揮から外された感じで少し悲しいんですけどね。まぁ……この職場の中では一番スーツが役立ちそうなポジションではあります」

 

 フロントエンド……グリフォン社では顧客対応(カスタマーサービス)を指すワードだ。顧客との直接的な関係性をもち、基地との調整役を担う。

 

「まぁ、フロントエンドは文字通りの前線(フロント)での業務ですからね。顧客が前線に近い場合、その安全を確保しながら基地との連係を図りつつ価格交渉に状況整理……いきなり責任重大すぎるポジションですよ。損耗率……っと、失礼しました。退職率も高いポジションですし。本当に大丈夫です?」

「まぁ、基地業務(バックエンド)よりは向いていると思いますよ」

「ならいいんですけど。無理されると困りますからね。フロントエンドができるオフィサって貴重なんですから」

 

 カリーナはそう言って小さく笑ってからケチャップまみれの卵を口に運んだ。

 

「……味濃すぎた」

「それだけケチャップがかかってたらそうでしょう」

 

 苦笑いをしながら塩コショウだけの卵を口にする春嶺。飲み込んでから口を開く。

 

「最近、ロジの方で変わったことは?」

「順風満帆とはいきません。輸送コンボイの襲撃被害が増えています。特にトルキスではかなりの損害率です」

「Sエリアの北端でしたね」

 

 そう聞くと頷くカリーナ。話に飽きてきたのかナガンが足を軽く振っている。

 

「護衛規模は?」

「20台のトラックに作戦単位Sを2個。フロントエンドに配置はなしで、近隣の基地からのリモート管制です」

「……それで損壊が出る、ですか」

「そうなんですよね……。どうも近隣ゲリラ組織がかなり組織化されているようです。もー、このせいで結構日程再調整(リスケ)が多くて大変なんですよ」

「なるほど。厄介そうですね」

「一台丸々トラック焼かれたなんて報告が来たときはもう最悪ですよ、焼かれたせいで数千ドルがパーです」

 

 いつの間にか目の前の食事がほぼ無くなっている。カフェインレスの珈琲を口にしながら春嶺は状況を反芻する。

 

「……おっと、結構お時間を取ってしまいましたね」

「ほんとだ、少しでも寝ておかないとまずそうです。すいません愚痴みたいなの聞いてもらっちゃって」 

「それで貴女の仕事が楽になるなら安い物です。カミソリの件お願いします」

「もちろん。襲われないように空輸便に忍ばせますね」

「ありがとうございます」

 

 笑ってから席を立つ。ナガンが後からついてくる。

 

「のぅ、あんな会話が楽しいのか? わしにはさっぱりわからん」

「楽しいかどうかは別として、有意義ではあります」

 

 そう言って人差し指をぴっと立てる春嶺。

 

「若干誘導しましたが、カリーナさんは、わざわざフロントエンド・オペレーター(FEO)の話を出してからコンボイの話をしましたね?」

「それがどうしたんじゃ?」

「おそらく近いうちにその仕事が回ってくるでしょう」

 

 そう言うと首を傾げるナガン。

 

「それまたどうして……」

「カリーナさんはこの基地の管理調達部門(ADMIN/LOGI)を束ねる専任オフィサです。作戦参謀役では有りませんが、人員を動かすなら彼女に連絡が行きます。おそらく私を派遣する算段がついているのだと思いますよ」

 

 時計を確認すると時間はまだ6時半、上番までまだ90分近くある。

 

「これから少しだけ銃の練習をしてから上番します」

「殊勝な心がけじゃな」

「まぁ使えないと厳しいですからね、この業界。……ご教授願えますかな、ナガン殿」

 

 そう言えばナガンはどこか不満そうにため息をついた。

 

「しかたないのぉ……」

 

 そういいながらも彼女の頬が緩むのを春嶺は見逃さなかった。

 

「言っておくが、わしが側に居る内はおぬしに銃把を握らせるつもりはないからの」

「もちろん、そこは信頼していますよ」

 

 そう言ってから肩をすくめる。――――向かう先は、射撃訓練場だ。




話の進行が遅くて戦術人形がなかなか出てきません。

安西先生……戦術人形を……書きたいです……!

次回は射撃場なんで、いろいろ出せるはず……!

よろしくお願いします。


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ア・ザ・ベース PHASE2

まさかこんな速度で書き上がるとは思ってませんでしたが、できちゃったので公開です。


「あ、スーツのS.O.さん! おはようございます!」

 

 射撃訓練場の入り口、武装管理セクションで声を掛けられる。春嶺颯太は声を掛けてきたダークブラウンの髪を揺らす少女に笑いかける。

 

「おはようございます。……M14さんでしたね」

「わぁ、覚えて頂けてたんですね! ……指揮官も射撃訓練ですか?」

「えぇ、下手なのを少しでも克服しとかないといけないので」

 

 そう言って肩をすくめるとよこから肘でつつかれた。

 

「ほれ、そんなところで固まってないで、はよ用意せんか」

「ナガンちゃんも訓練?」

「わしはこやつの監督」

 

 人形達の会話を聞きながら、春嶺は持ってきていた小型のトランクを開く。

 

「ほー、ジェリコ941Fか、案外派手な銃を持っておるんじゃの」

「日本のことわざでありましてね、『下手な鉄砲数撃ちゃ当たる』といいまして」

「……装弾数で選んだんじゃな」

 

 呆れたようにそういったナガン。春嶺は手首に巻いた端末から生体データを武装管理コンピュータに転送。9x19mmパラベラム弾を出してもらう。

 

「なんとでも言ってください」

 

 武装をホールドオープン、弾倉を抜き、射撃ブースへ。耳栓とゴーグルを付けてからブースに入る。

 

「さて、今日は当たるかな」

 

 弾倉を差し込み、スライドストップを解除。両腕で真正面に構える。アイソサリーズ・スタンス。左足を軽く引き、腰を軽く落とした射撃姿勢を取る。

 

「構えかただけはいっちょ前じゃのう……」

 

 そんな声を聞きながら春嶺は、10メートル先の金属のターゲットに向け、ゆっくりと引き金を引いた。リコイルが両肩をわずかに押し下げるが、それだけだった。銃の跳ね上がりは最小限に落とし込み、再度引き金を引く。メタルターゲットが甲高い音を立てて、弾が当たったことを知らせる。

 

「へー、指揮官さん上手ですね」

 

 それを後ろからニコニコ見ていたのはM14である。だがナガンはため息をついた。

 

「ソータ」

「なんでしょう」

「速射してみぃ。5秒間に3発。ダブルアクション(DA)ならできるじゃろう」

 

 そう言ってからナガンは腕を組んだ。それを見て、春嶺はもう一度銃を構え直す。

 

 連続して引き金を引く。聞こえた着弾音は二回。一発外した。

 

「……肩が力んでおるからそうなる。そんなにリコイル大きくないんじゃからもっと楽に撃てばええじゃろうに。おぬし、利き腕(ストロングハンド)は右か?」

「えぇ」

 

 ナガンはそう言ってブースに入ってくる。春嶺は台に銃を置いて後退。射線を譲った。

 

「握りしめる意識が強すぎるんじゃろう。フォームはできとるから、もう少し力を抜いて構えても大丈夫」

 

 ジェリコ941を手に取ってそのまま構える。

 

「自然に両腕を伸ばしておけば体でリコイルを吸収できる。保持する意識は強すぎれば射線をぶらすだけじゃからの」

 

 そう言ってから、ナガンが引き金を引いた。春嶺よりも速いペースで三発撃つと、そのどれもが的を揺らした。

 

「……そこまで長距離で撃つことは考えておらんからこの距離なら若干下気味に狙って良いじゃろう。ほれ、やってみぃ」

 

 そう言って銃を置いて下がる時にナガンは眉をしかめて春嶺を見る。

 

「なんじゃ、固まって」

「いえ……想像以上に教えるのが上手だな、と……」

「失礼な。これでも歴戦の兵士じゃぞ。当たり前に決まっとろう」

 

 ナガンはそう言ってため息をついた。

 

「ほら、構えた構えた。見てるだけだと成長せんぞ」

「……そうですね」

 

 春嶺がブースに入る。

 

「一度全力で握りしめてみぃ。そこから力を抜いて、震えが止まったところが基本の力じゃ。まずはその力で銃を持てるように訓練」

「はい」

 

 ナガンの指示通りタスクをこなして行く。

 

 

 

「腰が引けとる! 腰を引くんじゃなくて落とすんじゃ!」

 

 

「頭を合わせるな! 銃を合わせるんじゃ! 銃をコントロールする意識を持て!」

 

 

「マスターアイばかりに頼るんじゃあない! 両目でちゃんと狙え!」

 

 

 しばらくナガンの檄が飛び、彼女が首を縦に振るまでに、春嶺は弾倉4つ分を消費する羽目になった。

 

「ま。こんなもんじゃろう」

「ありがとうございます。餅は餅屋、銃はやはり皆さんに聞くに限りますね」

「ふん」

 

 鼻を鳴らすナガンの横でずっとニコニコしていたのはM14である。手にしていたのは彼女の名が示すとおりの、M14ライフルだ。

 

「指揮官さん、せっかくですからライフルも試してみませんか?」

「……時間はまだありますね。ですが、ライフルはまったくの素人ですよ」

「ハンドガンよりは簡単ですよ。仮託すれば力もいりませんし、全身で支えることができるので、ハンドガンより当てやすいですから」

「M14よ、もしかしてそのためにずっと後ろで待ってたのか?」

 

 胡乱な目をM14に向けるナガン。

 

「だって、射撃場にまで来てくれる指揮官って少ないじゃないですか」

「そりゃそうじゃろうけど」

「だからはりきっちゃいますよ! なかなか指揮官と話せる機会はないですし」

 

 そう言って仮託するための砂袋をブースに積んでいくM14。

 

「今日は私のを貸しますから。それでですね……」

 

 

 このとき、春嶺は知らなかった。

 

 

 

 構える姿勢の指導という名目でやたらと一部分を押しつけてくるM14とそれに怒ったナガンの間を取り持つのにかなりの時間を要することと、そのせいで上番時間ギリギリに指揮管制室に駆け込むことを、まだ知らなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘイ、マトン、お楽しみだったわね」

「げ」

 

 お昼過ぎの食堂、8時から12時の“スウィング・シフト”を終えた春嶺に声を掛けたのはリトヴァ・アフヴェンラフティだった。春嶺が危惧したとおり、彼のコールサインは『マトン』で定着してしまい、不満たらたらである。彼女の登場で、ナガンは臨戦態勢をとる。

 

「リト、なんの話だ」

「え? ナガンちゃんを部屋に連れ込んだんじゃないの?」

 

 返ってきた答えがあまりに予想通り過ぎて、春嶺はため息をついた。

 

「……だから言ったでしょう、ナガン。勝手に部屋にくるとこうなるんですよ」

 

 頭を抱えた春嶺だが、それ以上に真っ青になっているのは押しかけたナガンその人である。

 

「いやぁ、エンジニアチームとかからは殺意丸出しの視線を送られてたよねー、ソータ。ナガンちゃんあれ自分からソータの部屋に飛び込んだの? 大胆だねー」

 

 そう言われ、やっとことの重大さに気がついたらしいナガン。これはしばらく火消しに時間が掛かりそうだった。

 

「ま、そのあたりの話、是非聞かせてよぅ」

 

 そう言って席を取るリトヴァ。ナガンの隣に腰を下ろすと、ナガンがものすごい勢いで距離を取った。その結果、春嶺の隣にリトヴァが座る形となった。春嶺の正面にナガンが、遅れてやってきたP38がナガンの隣に座る。

 

「話すことなんぞなにもないわい!」

「えー、リトヴァちゃんさびしーなー。今度女子会しましょ? 麗しのナガンちゃんがお熱のソータくんに つ い て 」

 

 ハートマークでも飛ばしてそうな甘ったるい声でそう言うリトヴァ。

 

「あまりからかってくれるな、リト。羞恥心というのが少しばかり目覚めたばかりなんだ。そんなからかいはウブなナガンには刺激が強すぎる」

「ななななにを言っておるか! そんなことの意味くらいオトナなわしが知らないわけが……!」

「そうやって墓穴を掘るんですから黙っていてください」

 

 そういわれてバンとテーブルを叩いて立ち上がるナガン。ビシリ、と春嶺を指さして大声を出した。

 

「そんなことを言うなら、ソータだって射撃場でM14相手にお熱だったではないか!」

「なになにそれリトヴァちゃんしらないっ!」

「一番ヤバいやつ相手に最悪のタイミングでばらしてくれましたね……」

 

 ナガンの放り込んだ爆弾に周りがざわつく。頭痛が痛いとか言いかけたあたり、本当に頭が回っていない。

 

「向こうがあそこまでプライベートゾーンが狭いと思わなかったんですよ、ライフルの構え方を教えるって聞かなかったせいです」

「おぬしが鼻の下伸ばしておるからじゃ。じゃからM14が調子に乗る」

 

 そうぼやいたナガン。彼女の前には軽食としてハンバーガーが運ばれてきた。彼女はあんまり好きではないと言っていたが、昼のメニューは手早く食べれるものでというのが基本らしいので仕方が無い。他の面々にも同じ物が置かれる。

 

「おかげで私の腰が死にそうなんですけどね、そのスカートでハイキックを繰り出すとは思いませんでしたよ。貴女は恥じらいをもう少し持った方が良い、ナガン」

「あっはっはー、その噂本当だったんだ。マトンが幼女にケツ蹴られて悦んでるドMって」

「リト、その噂を流した馬鹿野郎を後で教えてくれ」

「アイクよ」

「あの筋肉バカP.O.……どっから情報仕入れやがった」

 

 春嶺が毒づけばそれに吹き出すリトヴァ。

 

「あの筋肉に殺されないようにね。それで、ソータ次の上番は何時だっけ?」

「翌0時から4時のミッドナイトです。眠くなくても少しは寝ておかないと体が持ちませんよ」

「そうだねー。ま、私はいつでも寝られるからいいんだけどさ」

 

 思いっきりハンバーガーにかぶりついて、リトヴァは笑った。

 

「でも私達が配属になって一週間かー。なんだかんだ言って暇だよね。居住エリアからかなり離れてるからかもしれないけど」

「一週間前に襲撃があったから気を抜いてはいられないけどな」

 

 あっという間に自分の分のバーガーを食べきった春嶺はそう言う。

 

「そう言えばソータ、この変態女に対しては口調が崩れるんじゃな」

「ナガンちゃん、そろそろ私のこと名前で呼んでほしんだけどなー」

 

 リトヴァがナガンに対してそう言うがナガンはソレには答えずにそっぽを向いた。その横でP38は苦笑いだ。

 

「でもまぁ、養成所(ファーム)ではバディ組んでたからね。この基地の中では一番親しいと思ってるよ。ねぇ我が友ソータ!」

「友と思ったことはありませんがね」

「ひどっ!」

 

 あっという間に手のひらを返されてショックを受けたような顔をするリトヴァ。大げさにテーブルに突っ伏したせいで、ゴン、という大きな音がした。

 

「うー、Pチャン、ソータが虐めるー」

「あはは、どんまい、です?」

「なんで疑問形……」

 

 なんだかんだでP38とリトヴァのコンビもうまく回っているようだ。それを確認してから春嶺は席を立つ。

 

「あ、そうだソータ」

「どうした?」

「アイクから伝言、1345にP.O.執務室に出頭だって」

「私だけか?」

「みたいだよー」

「わかった、ありがとう」

 

 どうやら、次の仕事の話があるらしい。

 

「ナガン」

「どうした?」

「資料集めを頼みます、トルキスタン周辺に影響力を持つ有力企業の一覧と有力PMCの動向、あと集まれば周囲の犯罪組織の動向を」

「そりゃぁ……頼まれればするが、なんでじゃ?」

「お仕事で使うからですよ。後で連絡を入れますので、よろしくお願いします」

 

 春嶺はそう言ってジャケットの襟を正すと、アイクが待つ部屋に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「急に呼び出して悪かった。だが、君のフロントエンドオペレータ(FEO)としての初仕事の話が舞い込んだからな、早めに伝えておこうと思ってね。……ナターシャは外か?」

 

 そういって笑うこの部隊の統轄役、アイザック・サネット――――アイクはナガンの居場所を聞いてきた。その後ろに待機しているカリーナがニコニコ顔なのを見て予想が当たったことを悟る。

 

「いえ、少々調べ物を頼んでいます。……トルキスタン方面の輸送コンボイ襲撃対策と思いましたが」

「鼻がいいな。……カリーナに聞いたか?」

「いえ、私はなにも?」

「よく言いますよ。あんなにわかりやすくヒントを出してきたのはカリーナさんじゃないですか」

「やだなーハルミネさん。そんな機密情報、簡単に流すわけないじゃないですかぁ」

「ソータ、カリーナ、頼むから白々しいイニシアティブ争いは止めてくれよ。話がいつまでたっても進まない」

 

 アイクはそう言って鼻を鳴らした。春嶺は机を滑ってきたファイルを受け取ってそれをパラパラと開く。

 

「今回のクライアントは中央アジア共和国連合だ。窓口はルスラン・ヴェルディエフ連合陸軍中佐、第三輸送連隊の副官で連隊長代理だ」

「おや、内部依頼じゃないんですね」

「内部だと金にならないしな」

「確かに道理です。……こちらからトルキスタンに吹っかけた形でしょうか?」

「知らん、エリアマネジャーのヘリアンに聞くなり営業に聞いてくれ」

 

 この段階でヘリアントスまでは話が上がっていることが確認できた。上層部がNOと言っていないということは、グリフォン社にとっても()()()()()()話なのだろう。

 

「当該の輸送ルートはクルグス共和国のフェルガナを生活物資と補給物資を積んで出発し、ハイウェイM41でアライ山脈、外アライ山脈のクルグス-オズベク国境を越え、ムルガブ、ホログまで至る定期輸送便だ。途中の村に生活物資等を配給しながらの鈍足移動となる。帰りはホログから岩塩や石膏、精錬済みアルミニウム等を積載し、ルートを逆走しフェルガナまで戻る」

 

 ざっと頭の中で地図を引っ張り出す。何度も峠を越えるルートだ。それも3,000メートル超の高地での護衛戦を想定せねばならない。

 

「厄介ですね。襲われそうなポイントの枚挙に暇が無い」

「あぁ、だが、その沿線は人類にとっては広域性低放射感染症(ELID)の影響が少なかった数少ない楽園でもある。偏西風様々だな」

「パミール高原が楽園とは、なかなか聞けない表現ですね」

 

 春嶺がそう言えばアイクは「全くだ」と言って笑った。

 

「だが、こんな山地まで我々人類が追い詰められているという証左でもある。我々S-07基地の補給路からは外れているが、人員がひねり出せる余裕がある基地が近隣で他になかった。――――S.O.ハルミネ、貴官にフロントエンドオペレータ(FEO)として現地指揮を執ってもらいたい」

 

 ファイルを閉じる。

 

「かしこまりました。……それで、部下はどれぐらい裂いて貰えますかね?」

「この基地からは戦術単位Sを二個までなら自由に編成して引き抜いていい。ただ、山岳地で護衛戦という状況だ。小回りがきく方が良いだろう」

「了解しました。ナガンと戦術単位Sを二個臨時編成で連れて行かせて貰います。出発は?」

「明朝0530発のタシュケント行きの航空輸送便がある、途中でフェルガナ飛行場に立ち寄って貰えるそうだ。高機動車一台とドライバーも用意するから連れて行け」

「助かります。引き抜きリストは今日の1800までに連絡します」

「それでいいだろう。退出していい」

「では、これで」

 

 春嶺は踵を返す。

 

「ソータ」

 

 アイクの緊張した声が後ろから飛んできて、春嶺は足を止めた。

 

「場所が場所だ。一つだけ忠告しておく」

「なんでしょう」

 

 アイクはどこかためらうような間を空けてから、ゆっくりと言葉を選んで口を開く。

 

「……人間の敵は何時だって人間だ。鉄血が跳梁跋扈し、我が社がその盾になると決めたとしても、それでも我が社が相対してきたのはいつでも、どんなときだって、人間だった」

「……どういう意味でしょう」

 

 ゆっくりと振り返れば、アイクが席から立ち上がり、こちらをみて……軍隊式の敬礼をしていた。

 

 

 

「その引き金が鈍らないことを、願っている。君はまだ、死んではいけない」

 

 

 

「……失礼します」

 

 それに答礼を返してから、春嶺は部屋を出た。

 

「引き金が鈍らないことを、か……」

 

 彼の目には何も映っていなかった。




安西先生……戦術人形を……書きたいです……!(二回目


……さて、大体の状況が見えてきたと思います。

今回の部隊のS-07基地ですがイメージはウズベキスタンのあたりのイメージです。青の都サマルカンドの西側に展開しているような感じでしょうか。ここから東側にあるフェルガナ盆地は中央アジア地域における最大規模の農耕地になります。ここに絶対に侵入される訳にはいきません。S-07基地の戦いは続きます。

……といっても、ナガン達の戦いはそこから一気に南下した輸送ルートなんですけど。

さて、次回はいよいよ戦場へ向けて飛び立つことになりそうです。

次回更新は少し遅くなりそうです、すいませんがよろしくお願いします。


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ア・ザ・ベース PHASE3

 

「ナガン、お疲れ様でした。資料集めありがとうございます」

「なんの、わしは副官の経験もあるからな。これくらいは大丈夫じゃ」

 

 データルームで資料を広げた春嶺。その横で両手を腰に当て、胸を張ってみせるナガン。彼女の頭に春嶺はぽんと手を乗せる。

 

「な、なんじゃその手は」

「いえ、褒めてるつもりですが」

「……子ども扱いしてるじゃろう」

「何のことやら」

 

 そうしれっと返してから春嶺颯太は資料の一覧のホログラムウィンドウを立ち上げる。作業台の上に大量の資料が青白く浮き上がった。

 

「……精度もかなり高いですね。情報生成の速度、まさかここまでとは……」

「もっとポンコツかと思っとったのか」

「いえ、この量の資料をファイリングして優先度別にソート。ダブりの資料を削除して理解させる。あの曖昧な指示からここまでできるまで、人間でも相当な訓練が必要です。ナガン、かなり努力されましたね」

「……素直に褒められると照れるんじゃが……まぁ、受け取っておこうかの。今度も頼ると良いぞ」

「そうさせてもらいます。……まずは任務の状況の確認ですね」

 

 そう言ってホロウィンドウにスタイラスペンを差し込む。目当ての資料を呼び出すと一番手前に表示させる。

 

「……任務の確認をすっ飛ばして国の基礎情報か? またなんでじゃ」

「今回は中央アジア共和国連合という『厄災を煮詰めて地獄の釜で焼き上げたような地域』ですからね。一歩間違えばとんでもないことになります」

 

 春嶺はそう言って資料をザッピングする。腕を組んでそれを見ているナガンが口を開いた。

 

「今わしらが居るのも同じ連合の中じゃが、ここもその最悪なミートパイみたいな状況なわけか?」

「前線が押し上げられれば、じきにそうなります。鉄血との戦いが終われば起きるのは人の戦いですよ。国家というものが機能せず、企業はセフティネットを保持できるほど成熟していません。計画的な入植なんて不可能ですから」

 

 そう言って拡大表示されたのは連合の領域を拡大した地図だった。

 

「連合はクルグス共和国を中心とした北トルキスタン地域、パシュトゥニスタン回教共和国を中心にした南トルキスタン地域、全部で7つの共和制国家の連合体です」

「もうこの時点で頭が痛いんじゃが……」

 

 ナガンが呆れたようにそういった。

 

「鉄血の人形対応のために軍隊を無理矢理かき集めるために作った便宜上の国家連合ですからね。連係もなにもあったものではないですよ。蓋を開ければ大小数十の民族と、三大宗教を含むそれぞれが信じるモノのせめぎ合いの鉄火場に、数十万の難民が押し寄せ、イデオロギー戦争をしている状況です」

「呆れた。そりゃあグリフォン社の仕事がなくならないはずじゃな」

 

 そう言うナガンに肩をすくめてみせる春嶺。

 

「鉄血が今きれいさっぱり無くなったとしても仕事には困りませんよ。そんな地域で輸送業務です。なにも起こらない方がおかしい。それでも物品の到達率を80%オーバーを確保できていたのは、人形がしっかりと警護をして運んできたからです」

「じゃが、それが破られた」

 

 任務の話に足がつき始めた。おどけた雰囲気がナガンから消え去る。

 

「えぇ、地形のおかげで街道と河川を警戒しておけば、鉄血の人形で脅威となる重量のある装甲型や、重心が不安定な人型は進入しづらい。鉄血相手だけでみれば脅威判定が低いエリアで、いきなり輸送率が40%を下回った」

 

 意味することは、おそらく一つ。

 

「……襲うことを依頼されたIOP製の戦術人形がいる、じゃな」

「やはりナガンもそう思いますか?」

「じゃからおぬしはわしに企業の一覧を調べさせたんじゃろう?」

「話が早いです。状況は?」

 

 ナガンにスタイラスペンを渡すと、ナガンが操作を始める。

 

「そう言う話なら、あり得そうなのはタジク人民共和国の国営企業、タジク人民軽金属工業じゃろう。現状で世界第二位のアルミニウム精錬企業じゃ。組織的に人形を雇えるとしたらここぐらいしか大きな企業がない」

 

 表示された資料に映ったのはいくつもの工場の写真。その工場の足下にはライフルを手に歩哨にあたる人形の姿が映っていた。

 

「工場警備用の戦術人形の転用、ですね」

「じゃな。だが解せんのは……」

「この輸送トラックはこの軽金属工業のアルミニウムを積んでフェルガナまで戻ります。工場から輸出できねば、収益は低下する……襲う理由が、ない」

「それに、戦術人形が本当に襲撃していたとして、その報告がわしらに上がってこないのはなぜじゃ。当然このルートに係わってたグリフォン社の人形がおるはずじゃろう」

 

 うちの輸送ラインでもあるんじゃからの、と言ってからナガンは春嶺の目をじっと見た。

 

「ここから先は悪魔の証明じゃ。現地で情報を見ないとわからん。だからフロントエンドオペレータ……おぬしの出番というわけじゃ」

「まったく、わくわくしますね」

「心にもないことを。それで? 部隊編制は?」

 

 ナガンがこの基地の所属部隊の顔ぶれを表示した。

 

「山岳地での機動戦闘を求められます。前衛で足止めができるだけの手数が必要になります」

「……おぬしが考えている事をあててみせようか」

 

 そう言って面白くなさそうにナガンが口を開いた。

 

「どうぞ」

「配置転換が難しいマシンガンを連れていくことはできない」

「えぇ」

「サブマシンガンとハンドガンで足止め、アサルトライフルとライフルでトドメ」

「えぇ」

「……無理を言っても対応できそうな顔見知りを連れて行く」

「否定はしません」

 

 そういったとたん、ナガンの顔にさっと赤くなった。

 

「やっぱりか! あの無駄オッパイ(M14)を基幹に据える気じゃな! 好意持たれとるのを利用する気かこの助平!」

 

 何を怒る、とは突っ込むと長くなりそうなから話題を逸らす。

 

「あとはM1ガーランドです。人形相手であれば、ライフルのストッピングパワーを頼らざるを得ません。面制圧要員としてFNC、アイクには文句を言われそうですがGr-G41も連れて行きましょう」

「……G41は特殊な義体じゃ、現地修復は手間じゃぞ。運用コストに跳ね返る」

「それでも、あの汎用性は代えがたいですよ。自由に編制しろと言ったのはアイクです。文句は言わせません」

「どう言われても知らんぞまったく」

 

 そう言ってため息をつくナガン。Gr-G41は最近配属になったばかりで、アイクに言わせれば、まだ()()()()()とのことだが、指揮した感覚だとかなり良い動きをたたき出している。問題はあるまい。

 

「G41のチューター役を引き受けているM1911も一緒に引き抜きます。あとはS792の面々なら対応できるでしょう」

「PPSh-41の部隊じゃな。護衛なら確かにあいつらはバランスが取れるか……」

「もちろんナガンにも同行をお願いします。場合によっては作戦単位Sを丸々預けることもあるでしょう」

「うむ、頼られるのは悪い気はしないからの。了解じゃ」

 

 ナガンの気を逸らすことになんとか成功したらしい。とりあえずのところはこれでしばらくは大丈夫だろうか。

 

「必要であれば基地から遠隔(リモート)で情報支援も受けられるわけじゃしのぅ。気楽にいくとしよう。なにかあればわしらがちゃあんと守ってやる!」

「信頼してますよ。ナガン」

 

 腕の携帯端末を見る。もう6時近い時間になっていた。出発まで、あと12時間を切っていた。

 

「ミッドナイトシフトは免除してもらっています。請負人(コントラクタ)への出動要請を出したら少し休みましょう。ナガンも休みなさい。資料のデータは目を通しておきます」

「了解した。そうすることとしよう」

「もう部屋には上がり込まないでくださいよ」

「あの変態女(リトヴァ)に言われて懲りたわい」

 

 そう笑うナガンの頭に手を乗せてから、春嶺は部屋を出る。データルームに残されたナガンは、撫でられたところを一人撫でる。

 

「……子ども扱い、せんで欲しいんじゃが、のう」

 

 撫でた手のひらを見る。電脳の奥がなにかざらついた。

 

「……っ!」

 

 ぎゅっとその手を握りしめ、自らの胸に叩き付ける。その衝撃で目を一度閉じ、開く。

 

「しっかりせんかM1895、あいつは……ソータはあやつと違う」

 

 上がっていた息を意識してゆっくりと平常のペースに戻していく。

 

「大丈夫、二の轍は踏まん。守れる。守ってみせる。そのために、わしはここに来たんじゃろう」

 

 ざらついた電脳を休めるために、ナガンは宿舎に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミッドナイトシフト明けのアイクの耳に、輸送機の重たい離陸音が響いてきた。

 

「行っちゃいましたね、ハルミネさん。見送り行かなくてよかったんですか?」

 

 そう問われ、アイクは苦笑いを浮かべた。ドアを開けて入ってくる女性を見て肩をすくめる。

 

「見送ったところで男の見送りなんて向こうも払い下げだろうさ。それとも、カリンは行った方が良かったと思うか?」

「いつが最後になるかわからない商売ですし」

 

 カリーナはそう言って薄いジャケットを脱いで、応接セットの椅子に腰掛ける。アイクは執務机に向かったまま手を休めて笑いかけた。

 

「……心配か? アイツのことが」

「どちらかと言えば、ナガンちゃんが」

 

 そう言ってカリーナは天井を仰ぐ。シーリングファンがゆるりと回っている。

 

「思い出しているのか。S-09基地のこと」

 

 それにカリーナは答えない。アイクはゆっくりと葉巻を取り出した。吸い口を切る小気味良い音が響く。それがどこか皮肉げだった。

 

「……カリンもナターシャもS-09の生き残りだったな」

「アイクさん、ナガンちゃんの副官業務復帰は、早すぎたように思います」

「彼女の意思だ。技能検定も全てパスした。止める理由がない」

 

 そう言うと苦い沈黙が残った。マッチを擦る音がいやに大きく響く。丁字の弾ける音が響く。

 

「カリン、S-09の最期がどうなったかを私は報告書でしか知らない。戦線の急速拡大期、足りない指揮官を養成所(ファーム)から補填した。本部からの命令で主力部隊を前進させた間に……急襲を受けた」

「知っているなら、なんでナガンちゃんをハルミネさんに付けたんですか」

 

 そう言われ、アイクは目を伏せる。それを見て、カリーナは語気を強めた。

 

「S-09の指揮官は日本人(ニッポーズ)でした。ハルミネさんよりは若かったけど、男の人。戦術人形を人形じゃなくて、人間みたいに扱う人でした。……ナガンちゃんは、きっと」

「カリーナ」

 

 ゆるゆると燃える葉巻を灰皿において、アイクは彼女の言葉を切った。

 

「それでも、彼女がそれを選んだんだ。志願したんだよ。それを止める資格は我々にはない」

「詭弁ですよ。基地の運用主任であるP.O.に采配の権限がないはずないじゃないですか」

 

 そう言ってカリーナは長い長いため息をついた。長い髪を掻き上げてから続ける。

 

「……L'enfer est plein de bonnes volontés ou désirs」

「……フランス語、か?」

「地獄は善意と欲望で満ちている。アイクさんには地獄は善意でいっぱい(Hell is full of good meanings)天国は善行でいっぱい(but heaven is full of good works)って言えば伝わりますか?」

 

 そう言ってカリーナは疲れ切った笑みを浮かべた。

 

「理解できない訳じゃないんです。でも、まだあれに耐えられるほど、あの子は、ナガンちゃんは癒えてないんです。それでも、あの子は志願した。なんでなのか、わかりますか」

「克服するためだと思っているが」

「そんなわけないじゃないですか。壊れることも治ることも許せないままの自分から、逃げるためですよ」

「カリン、なぜそこまで言い切れる?」

 

 その問いがカリンの寂しそうな瞳を押し下げる。

 

「その場に居たからですよ。熱と煙と絶望と悔恨とが渦巻く中で、あの人は私達に呪いを掛けたんです」

「呪い?」

 

 アイクが聞き返す。

 

「死んではいけない。諦めてはいけない……その言葉が夢に逃げることを許さないんですよ。毎日ナガンちゃんをその呪いが傷つけているんです。ナガンちゃんはそれでも前に進むしかできないんです」

「それでも、ナターシャはそれを乗り越えようとしている。つらいなら初期化だってできた。記憶を消して、ここでリスタートすることもできた。それでもM1895は、彼女として歩き続けることを選んだ。それを応援したいというのは、間違っているだろうか」

「……何を甘えたことを言ってるんですか、P.O.」

 

 真正面からアイクの声を叩き切ったカリーナは、普段は絶対に見せることは無いであろう目で彼を睨んだ。

 

「ナガンちゃんは強がりで、不器用です。試験はパスするでしょうし、心の内を隠すのだけは上手です。あの子はきっと不安を吐露しません。……はっきり言います」

 

 真正面からアイクを睨み、決して聞き間違えなど起こさせないように、告げる。

 

 

 

「M1895ナガンリボルバーは現状副官を担うだけの素質がありません。今からでも副官資格を剥奪するべきです。彼女自身が壊れる前に、手を打つ必要があります」

 

 

 アイクは左手で目元を揉んでから、悲しそうな顔をした。

 

「……カリーナ、何を言っているのか、わかっているのか。正当な理由もなく副官資格を剥奪しろと言ってるんだぞ」

「嫌になりますけどね、わかってますよ。はっきりと。それでも手遅れになるよりは、よっぽどいい」

 

 カリーナはそう言ってタブレットをいじり、アイクに渡した。

 

「似すぎているんです。彼の指揮パターンと、S-09の時の運用パターンが同じようなスコアの偏りを見せています。リトヴァさんの担当ならならこんなこと言いません。それでも、今のナガンちゃんにハルミネさんの副官はあまりにリスキーです」

「部隊の損耗率を抑え、継戦能力の維持に重きを置いた指揮……か」

「いつかハルミネさんがナガンちゃんを殺しますよ。彼の指揮が、彼女を殺す。それを知っても、アイク、あなたは彼女に副官を押しつけるんですか?」

 

 アイクは画面のハイライトを消す。

 

「……そしてカリンはそれに期待もしている、違うか」

 

 虚を突かれたような顔でアイクを見るカリーナ。

 

「なぁ、カリン。戦術人形は美術品じゃない。役割がある。力がある。その力を発揮できないなら、それは死んでいるのと同じだろう。……あの子は力を発揮したい相手を見つけたんだろう。それを奪うのは、あまりに情けない」

「それが彼女を殺すとしてもですか?」

「亡骸のまま生きるよりはマシさ。……アンタも待ってるんだろう。また撃鉄を落としてくれる誰かを」

「……男の屁理屈はよくわかりました」

 

 カリーナはそう言って椅子を立った。

 

「一つだけ聞いてみたかったんですけど」

「なんだ」

「貴方はなんで人形に愛称をつけるんです?」

「数字なんて味気ないだろう。それだけだ」

 

 アイクはそう答え笑った。

 

 

 

「信じてやれよ、人形達を。カリンが思っているより、きっと彼女たちはしなやかだ」

 

 

 

 答えず出て行く彼女を見送ってから、アイクは灰皿に燃え落ちる葉巻を見た。

 

「……勿体ないことしたな」

 

 取り出したのはシガレットケース。蓋を開けて、何も取り出さずに閉じる。

 

「守り方は一つじゃねぇんだよ、カリン」

 

 その声はどこにも反響せずに落ちる。

 

 

 

 

 

 あの子を頼んだぞ、ソータ。

 

 

 

 

 




はい、これにてこの章は終了。次回からいよいよ本格的に任務開始といきます。

G-41が一人レアリティ高いですが、キャラクターとして大好きなので出します。ケモミミっ子、いいよね! 活躍の場をなんとか用意しないと……

そんな中で世界設定盛り過ぎ案件になってきました。さて、どこまで伏線管理できるやらですが、なんとかします。



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ディスオダリ・オーダ ―Disorderly Order― ディスオダリ・オーダ PHASE1

さて、いよいよ前線です。


「こんな状況でよく寝ていられるわね」

 

 目をつむって舟を漕いでいる男を見て呆れたようにそう言ったのはスコーピオンである。二つにくくった金色の髪が揺れる。風が吹いているわけではない。彼女たちが乗っている大型輸送機が揺れているのだ。

 

「これがあの哨戒戦の時のS.O.さんなんですねー。声だと落ち着いたキレ者っぽい印象だったんですけど、無防備に寝ちゃって……」

 

 そう言ったのはM1911、腰の両脇に吊ったホルスタには彼女用にチューンされたM1911ガバメントが刺さっている。キレ者っぽいと思われていたらしい男は三つ揃いのスーツを着込み、オールバックに髪をなでつけた「営業用」の格好な訳だが、腕を組んで寝てしまっていては、その格好も台無しである。

 

 それを嘆いたのはM1895『ナガン』だった。

 

「まったくじゃ。こやつ基地出る前に数時間は確実に寝とるはずなんじゃが、まだ寝るか」

「飛行機だと私達の指揮もないですからね……休める時に休んどくのは兵士の鉄則ですよ」

 

 フォローに入ったのは彼の指揮で哨戒戦を行ったPPSh-41である。PPSh-41がナガンの方を見て笑いかけた。

 

「それにしても、お引き立ていただけると思ってなかったので驚きました」

「そうか? S792はサブマシンガン主体の高速編制。突破力にはちと欠けるかもしれんが、こういう護衛戦にはもってこいじゃろうて。……それにソータは一度指揮をしとるから、少しでも勝手が知れとるのがええらしい」

 

 ナガンはそう言って肩をすくめた。

 

「それに、今回の任務はかなり骨が折れそうでな。……おそらく、対IOP製義体の非対称戦となる」

「あー……だから、G41なんですね」

 

 M1911が合点がいったように横を見る。自分の髪の毛で遊んでいたらしいGr-G41が首を傾げた。

 

「わたし?」

「アインちゃん強いもんねーって話をしてたの」

 

 M1911はそう言ってニコニコ笑いながらG41の耳を撫でた。どこか恥ずかしそうに顔を赤らめたG41がその手から逃げようとする。

 

「それに今回の指揮は『アタリさん』ですよー」

「アタリさん?」

 

 首を傾げたG41だったが周りも似たような顔をする。

 

「アタリさんとはソータのことか?」

 

 問いかけたナガンにM1911が頷く。

 

「はい。私の隊だとS.O.ハルミネが指揮上番したら、アタリさんの指揮だって言うんです。当たり外れの『アタリ』です。変に突っ込めって行ったり、無駄にバタバタ動かされたりしないから、安心だねって」

「あ、私の隊でも似たような感じで言われてますよ」

 

 輸送機の反対側の壁から会話に割り込んできたのはM14だ。

 

「そうなんですか?」

「スーツのS.O.さんとか『H(ホテル)』って呼ばれてます。ハルミネ(HARUMINE)さんで誠実(Honest)な人だからって」

変態(HENTAI)のHかと思ったが、違ったようじゃな」

 

 至極真面目な顔でナガンがそう言えば周囲に笑い声が弾けた。腹を抱えて大笑いしているのはPPSh-41の部下のP7である。

 

「なんじゃ、その笑いは」

「実感のこもった感想だなって思っただけよ。押しかけ女房ナガンちゃん?」

「P7、おぬしそんなに空挺降下がお好みか……」

 

 ゆらりと席から立ち上がり、P7の方にゆっくりと向かうナガン。

 

「タンマタンマタンマ! 事実で怒っても仕方ないじゃん!」

「何が事実じゃうつけもん!」

「だってナガンはそのS.O.の部屋に押しかけたんでしょ!?」

「っ……なんでおぬしが知っとるP7っ?」

「P.O.から聞いた!」

「アイクの陀羅助(だらすけ)……! そんなことしとらんぞ!」

「『なんで知ってるっ!』って言った時点で説得力ないよー?」

 

 そう言ったP7はMP40を盾にしながら続ける。

 

「それで、ハルちゃんS.O.は変態なの?」

「なんじゃその呼び方。S.O.にはちゃんと敬意を払え。……変態かどうかは別として、性欲は強そうではあるの」

 

 腕を組んでそういったナガンだったが、その内容に周囲がしんと静まりかえる。春嶺の前でしゃがみ込んで、彼の顔をじっと眺めていたG41がいきなり静まりかえったことできょとんとしていた。

 

「……どうしたの?」

 

 G41の声に誰も答えない。腕を組んだまま顔が赤くなっていくナガン。

 

「……と、とにかくじゃ! あっという間にこやつも有名人になっとるのぉ!」

「話題逸らしが下手!?」

「うるさいうるさいうるさいっ! わしは何も知らんぞ!」

 

 そんなことを言うナガンを(おもんばか)ってか、話題に乗ったのはM1911だ。

 

「結構最近出ずっぱりですもんね、アタリさん。それに、無線で人形相手にお願いします(Please)とかつけたり、毎日スーツで働いてたり、目立ちますもん」

「アイクもいきなりソータに状況預けて書類作業始めたりしとったからのぅ……そのせいもありそうじゃな」

「このひとがアタリさん?」

 

 じーっと春嶺を見つめていたG41が首を傾げた。

 

「そうですよー」

 

 M1911の声にも答えずに春嶺を見つめるG41だったがいきなり大きく頷いた。

 

「きめた。きめたよナインティーン」

 

 結構響く大きな声でそう言って、G41が春嶺を指さす。目線がM1911に向かっているので、ナインティーンはチューター役を担っているM1911のことらしい。

 

 

 

「アタリさんに『ごしゅじんさま』になってもらう!」

「はいっ!?」

 

 

 

 周囲が驚いた声を上げる。

 

「ご主人様……いきなりどうしたんじゃG41」

「アタリさんなら、いいごしゅじんさまになってくれるかなって! アタリさんのたたかいはやさしいし!」

「……うわーお、大胆だねアインちゃん……」

 

 M1911が冷や汗を掻きながら笑みを浮かべた。

 

「ハルミネさん、強く生きてくださいね……」

 

 PPSh-41がナガンの方を見ないままそう呟いた。

 

 

 

 

 この数秒後、春嶺が突然顔面に突き刺さった副官の靴底で叩き起こされるのは完全な余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそフェルガナ基地へ、連合陸軍中佐、ルスラン・ヴェルディエフだ。……顔が腫れているようだが、襲撃でも受けたかね?」

「見苦しい姿をお見せして申し訳ない。業務遂行には問題ありませんので、どうぞお気遣いなく。PMC G&K、フロントエンドオペレータの春嶺颯太です。よろしくお願いします。隣はM1895、私の副官です」

 

 右手を差し出す春嶺。やけに肩幅の広い迷彩服の中佐がこの輸送隊の護衛役らしい。ナガンは中佐に敬礼を送ってからそっぽを向いた。春嶺にとってはなんでこうなっているのかさっぱりわからないので放っておくことにしている。乾いた空気とどこかかすんだ太陽が三人を照らす。

 

「君はチャイニーズか」

「日本人です」

 

 ヴェルディエフ中佐がそれを聞くとどこか難しそうな顔をした。

 

「なるほど、迅速な指示を期待する。ニッポーズは正確で丁寧だが、決断が遅い傾向があるからな」

「気をつけましょう。……お互い時間は限られています。簡潔にいきましょう。今回のコンボイの数とローディングリスト、スケジューリング、我々の他に護衛につく部隊の規模と構成を教えてください」

「こっちへ」

 

 ヴェルディエフ中佐が質実剛健なコンクリートの建物へと招く。入り口に立っている衛兵に答礼を返しながら春嶺達が続く。

 

「その副官は戦術人形(タクティクスドール)か、武装は?」

「持っていますよ。私の護衛もかねて貰っています」

「しつけはなってるだろうな」

 

 その一言にムッとした顔をしたナガンだが、春嶺は笑ってから待てのハンドサインを出す。ヴェルディエフ中佐からは見えてない位置だ。

 

お客さん(クライアント)に銃を向ける請負人(コントラクタ)はいませんよ。ご安心ください。もっとも、私も彼女達も忠誠を誓っているのは我々の契約(コントラクト)と我々の戦力に対してです。契約の範囲内であれば最高のパフォーマンスを提供することをお約束しますよ」

 

 それを言うとヴェルディエフ中佐は面白くなさそうに鼻を鳴らした。

 

「先に言っておくが、今回の輸送作戦については輸送中隊の大尉の指示に従ってもらう。安易な発砲や攻撃は避けて貰いたい」

「もちろんです。弾は使わないに越したことはありませんよ」

 

 春嶺はニコニコと笑いながら作戦指揮所の扉をくぐる。中は埃っぽい大きな机とそこに広げられた地図がある。その奥で座っていた男が立ち上がり、敬礼をしてきた。

 

「サイード・アヴドゥラ・カビリ大尉だ。タジク人民共和国出身の大尉で、ホログ周辺に詳しい。今回の輸送中隊の指揮官を務める。カビリ、こちらはPMC G&KのMr.ハルミネ。護衛の応援部隊を指揮してくれる」

「カビリです。よろしく」

「春嶺颯太といいます。よろしくお願いします」

 

 しっかりと握手を交わしてから、作業台に目を向ける春嶺。それに気がついたのはカビリ大尉だった。

 

「Mr.ハルミネ、紙の地図が珍しいですか?」

「いいえ、ただかなり古い地図だなと思いまして。グルチャ周辺の道が衛星写真やデジタルマップとかなり異なるようです。輸送隊のマップは更新されていますか?」

「えぇ……先頭車のナビゲーターが使うマップには書き込みを行っていますが……それがなにか」

「コストが掛かってもマップはいつでも最新版に更新しておくべきです。道自体が変更されていれば襲撃予測が困難になります。……書き込んでも?」

「どうぞ」

 

 カビリ大尉から渡された鉛筆を受け取り、春嶺は北から順番に輸送ルートをなぞっていく。書き込まれているのは道の変更点だ。デバイスも参照せず、すらすらと地図が書き換えられていく。

 

「……ソータ、まさか、全部頭に入っておるのか?」

 

 どこか驚いた表情を浮かべるナガン。どうやら彼女の頭の中に入っている最新版のマップと遜色ない情報になっているらしい。

 

「ひと月前の更新までですよ、それ以降の衛星写真は手に入りませんでした。カビリ大尉、部隊での共通語はロシア語ですか? 英語ですか? タジク語ですか?」

「基本はタジク語で行っていますが……」

「なるほど。では貴方はロシア語は読めますか?」

「一通りは……」

「それでは襲撃予測地点をロシア語で書き込んでおきますので、部隊のメンバーに共有をお願いします」

 

 春嶺がロシア語で書き込み、鉛筆を置いた。ヴェルディエフ中佐に声をかける。

 

「中佐、お待たせして申し訳ありませんでした、始めましょうか」

「あ、あぁ……」

 

 ヴェルディエフ中佐は面食らったように頷いて、作業台を覗き込んだ。

 

「G&K社には輸送隊の全行程に同行してもらい、積み荷の安全確保を行ってもらう」

「それに際して対人戦闘を想定していると伺っておりますが、相違ありませんか?」

「我々はそう判断している」

 

 ヴェルディエフ中佐はそう答え、地図の一カ所を指さした。

 

「主に襲撃が多発するのはキジル=アルト峠を越えてからだ」

 

 キジル=アルト峠はオズベク共和国とタジク人民共和国の国境線にもなっている峠だ。海抜4,000メートルを超える高地となる。

 

「雪の影響はまだ?」

「まだ積雪の報告はない。その他の峠も通行可能だ」

「……そうだとしたら、相手も動きやすいという状況ですね。アンブッシュ警戒をメインとしつつ長時間にわたる警戒を必要としそうです」

「我が隊も人を割いているが、ゲリラ化した現地住民の抵抗も激しく、抵抗に苦慮しているのが実情だ」

「現地住民……ですか」

 

 春嶺が怪訝な顔をした。

 

「おかしいですね。損耗率が極度に上がったのは2ヶ月前と伺っていますが」

「そうだ。そのあとから散発的だった現地の襲撃が組織的になった」

「……なるほど、再度の確認となりますが、我々の仕事は護衛ですね?」

「そうだ」

「了解しました」

 

 そう返事をするとヴェルディエフ中佐は満足そうに頷いた。

 

「実務的な話はカビリ大尉から聞け。……出発は明後日だ。今晩くらいは羽根を伸ばしておきたまえ。いい飲食の店を知っている。紹介しよう」

「お気遣いありがとうございます」

「19時に正門に来たまえ。その人形も連れてきて良い」

「助かります。それまでの時間外出しても?」

「かまわんが、銃撃などには気をつけたまえよ」

「用心します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、どういう風の吹き回しじゃ? いきなりわしらを連れ出して。それも車じゃなくて徒歩。危ないと言われとろうに」

「ですから、貴女とM1911に護衛を頼んでいるじゃないですか」

 

 頭の後ろで手を組んだナガンが前を歩く春嶺に声を掛ける。三つ揃いのスーツからくたびれたジャケットにチノパンに着替えた彼は苦笑いをしてから周囲を見回す。

 

「物流を知るには市場に出るのが一番です」

 

 そんなものかのぉ……といいながらつまらなさそうにそう言うナガン。春嶺を挟んで反対側ではM1911が楽しそうに笑っています。

 

「でも、こんな風に街を歩けることあんまりないので、楽しいですよ」

「気を抜くなM1911、わしらは今仕事中じゃぞ」

「そうですけどぉ……」

 

 M1911がそういって少しばかりしおれる。その様子を見て笑ってから、春嶺は口を開いた。

 

「……ナガンは今回の仕事についてどう思いますか?」

「雇用主に聞かせられない話の類いか?」

 

 だからって市場を歩きながらはどうなんじゃ、とナガンがため息をつく。

 

「どう思うもなにも、胡散臭いとしか思わんのぅ」

「そんなに変な人なんですか? 今回のお客さん(クライアント)

 

 M1911はそう言って首を傾げる。

 

「変というわけではありませんよ。ただ、本人は我々の活動をあまり快く思っていないようです」

「……と、いうと?」

「情報の齟齬がありました。リスク要素をあえてこちらに伝えていないようです。何らかの利権の匂いがしますね」

 

そういって笑った春嶺は八百屋の前で腰をかがめるようにして熟れたトマトを手に取った。

 

「トマトがあるというのはすごいですね。このあたりでもつくれるんだ……おいくらですか(Bu qanaqa)?」

 

 言われた額を払って、春嶺はトマトを一つ買う。

 

「ナガン達は食べます? トマト」

「いらん」

「えー? じゃあ私はいただきます!」

 

 反応は真っ二つ。M1911の分だけ買って、彼女に渡した。

 

「それで、ソータは不安に思う訳か?」

「不安というわけではありませんが、かなり根深そうですよ。……ところでナガン」

 

 そう言って言葉をわずかの間だけ止める。ナガンが訝しむようにこちらを見上げる。春嶺は自分の胸の前で緩く拳を作り親指を振る動作をする。それを見たナガンが小さくため息。

 

「本当に買わなくて良かったんですか? トマト」

「あんまり好きじゃなくてのぅ」

「好き嫌いがはげしいと身長伸びませんよ」

「なんじゃとぉ!」

 

 怒ったナガンが彼の前に回り込む、そのタイミングだった。

 

「悪いが君達……」

 

 春嶺の肩に分厚い手が掛けられる。春嶺は地面を蹴ってその手を掛けてきた男の脇をすり抜け、来た道を逆走した。

 

「なっ……!」

「おいっ! 待て!」

 

 男は二人組。その間をすり抜け、人混みの中を彼が走る。そのすぐ後ろについたのはM1911だった。手に持ったトマトを軽く上に放り投げてキャッチ。

 

「二人ですか?」

監視役(アイボール)がもう一人いるでしょうね」

「なるほ、どっ!」

 

 M1911がトマトを全力投球する。こちらに向かって走ってくるグレーのスーツ姿の男に直撃。目元を押さえて倒れ込んだ。

 

「クリア」

「トマト汁は目に優しくなさそうですね。あなたを選んで正解でした、ナインティーン」

 

 M1911をそう褒めながら春嶺は路地に飛び込む。驚いた猫が走ってどこかに消えていく。

 

「待つんじゃぁ! わしは! 走るのが! 苦手なんじゃ!」

「……覚えておきましょう」

 

 そう言って春嶺は一瞬足をとめ、遅れてきたナガンを脇に抱える。

 

「きゃぁっ!」

「暴れないでくださいよ」

 

 そう言って路地を走る。その間にM1911は自らと同じ名前の銃に減音器(サプレッサ)をつけている。

 

「子ども扱いするなといっておるだろう!」

「そんなに騒ぐと見つかりますよ、ほら」

 

 路地の角に飛び込んだ直後、最初の二人組が走ってくるのが見えた。

 

「貴様ら動……」

 

 自動拳銃を向けてくるその男が言葉を止めた。ナガンとM1911に後ろから銃口を突きつけられ、動きを止める。晴れていたら相当に日光を照り返すであろう見事な禿げ頭と眼鏡にボサボサ頭の若い男、その二人が冷や汗を流しながら、動けずに固まる。

 

「刑事さんだったんですね、おつとめご苦労様です。M1895、M1911、セフティオン」

 

 ナガンとM1911が銃口を下げる。禿げ頭の方に手帳を差し出す春嶺。スーツのジャケットを探った禿げ頭が驚いた様子で春嶺を見る。

 

「いつの間に……」

「あんなわかりやすく尾行しとったらバレバレじゃ」

「トマト君にはもう少し距離を取ることを教えた方がいいかもしれませんね」

 

 そう言って春嶺は営業用の笑みを浮かべていたが、リボルバーを右手に提げたナガンはどこか胡乱な目だ、

 

「それはソータもじゃ。あんなわかりやすく戦闘用意(セフティオフ)なんてジェスチャーしなくてもよかろう」

「次があったら気をつけますよ。それで、クルグス共和国警察が我が社になんのご用ですか?」

 

 そう言って笑った春嶺に、禿げ頭の刑事は大きなため息をついた。

 

「どうやら、陸軍はとんでもないのを雇い入れたようですね」

 

 春嶺から警察手帳を取り返しながら禿げ頭は続ける。

 

「失礼しましたMr.ハルミネ。貴方に仕事を依頼したい」

 

 そう言って差し出されたのは、……マイクロチップ。春嶺は眉をしかめた。

 

「緊急派遣は高くつきますよ、我が社は値引き制度があまりありませんから」

「予算の代わりに情報をお渡ししましょう。……中央アジア共和国が腐り落ちる前になんとかしなければなりません」

「やだなぁ、刑事さん。そんな正義のヒーローみたいに見えますか」

 

 春嶺はそうおどけてからチップを受け取った。

 

 砂混じりの乾いた風がフェルガナの路地裏を吹き抜けた。

 

 

 




さーて、勢力を増やしすぎてきたぞ……。どうしよう。

やっと戦術人形が動き始めました。まだ出発しそうにないですが、のんびり追っていきます。

次回は戦術人形メインになりそうです。がんばります。


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ディスオダリ・オーダ PHASE2

 民間軍事会社というのは、多種多様な仕事の集合体だ。武器を握り警備などにあたる請負人(コントラクタ)、それを指揮する現場指揮官(オペレート・オフィサ)の他にも機械部門担当(エンジニア)総務管理部門担当(アドミニストレータ)兵站部門担当(ロジ・スタッフ)……外部委託(アウトソーシング)している食堂や医療なども含めれば、100体の戦術人形の運用に、600人近い人間が係わっていることになる。

 

 当然、その中には女性も含まれ、女性のための施設もある程度備わっているわけであり。

 

「ねーねー、Pチャン」

「なんですか、リトさん」

 

 女性向けの施設の一つ、女性用シャワールームから出てきたリトヴァ・アフヴェンラフティは濡れた髪を後ろに束ねながら、自分の副官、P38を呼んだ。女性限定区域(せいいき)のためか、ほぼ下着のみにスリッパという格好である。ちゃんと服を着てからシャワールームを出てくればいいのにと思えども、P38は突っ込まない。

 

「単純な興味なんだけどさ、戦術人形から見て、この戦争ってどう思う?」

「いきなりどうしたんです?」

 

 ロビーの椅子に腰掛けたまま首を傾げるP38。それを見てリトヴァは目を細める。

 

「質問がいきなりすぎたね、ごめん。いやね? 前アルコール入ってたけど、アイドル活動に憧れてるって盛り上がったじゃん?」

「指揮官とC96(クロ)ちゃんと私でユニット組んでみたいなやつですか?」

「そうそうそれそれ。なんか面白そうだからいろいろ考えてたんだけどね」

 

 そう言ってからリトヴァは冷蔵庫からキンキンに冷えた瓶詰めのミネラルウォーターを取り出した。

 

「君達の場合、減価償却が終わるまでここの備品として戦うか、私が買い取るか、戦わなくてもよくなるかしかないわけじゃん?」

「それは……まぁ、そうですけど」

「んで、私の給料じゃ買い取れないから、さくっとこの地域制圧して、次の基地に行く前に広報宣伝部隊(アドバタイジング・ユニット)へ企画書ポイして君達を引き抜けないかなぁと思ったわけだけど」

「いきなり話が大きい気が……」

「大きくても語らなきゃ夢は絵空事のままよ。それでまぁ、私も柄じゃないけどさ、がっつり指揮(プロデュース)しようと思ったんだけどね、君達から見て、この戦いってどう見えてるんだろうなぁって」

 

王冠を弾いて水を口に含みながら、リトヴァはP38の隣に座った。

 

「君達は戦術人形って呼ばれてる」

「それがどうしたんです?」

「戦うための存在って最初から決められているわけじゃん? それって、つらくない?」

 

 椅子の上で小さく体育座りをするように膝を抱え、リトヴァは優しくP38を見た。

 

「つらい……どうでしょう? わからないです。そんなことを考えたことなかったですし、考えるより、戦う方が楽なので……」

「そっか。それもそうだね。うん、悪いこと聞いた」

「……リトさんは、どう思ってるんですか?」

「戦うこと?」

「はい」

 

 そう言われてリトヴァは茶目っ気タップリにウィンクした。

 

 

「――――――――大っ嫌い!」

 

 

 あまりにあっけらかんとした明るいトーンでそう言い放たれ、面食らったのはP38だ。

 

「ど、どうしてグリフォン社に?」

「単に出稼ぎよ? フィンランド、あ、私の故郷ね。そこなんて広域性低放射感染症(ELID)でドロドロだから家も土地もなくてさー。もう極貧生活よ? パパが人形の整備メカニックしてたんだけど、物理的に蒸発したらしくて、死亡届がぺらっときたらあっという間に収入ゼロ。これでも私は天才ちゃんだから、『祖国奪還のための人材を育てる!』とか宣言した北欧国家連合の特別待遇学生だったんだけど、奨学金じゃ家族を養えなくて、泣く泣く大学を中退して奨学金を踏み倒しながらここに来てるってわけ」

 

 まったく、人形遣いになって領地奪還に物理的に貢献するんだから、奨学金返済ぐらい待ってもらってもいいと思うんだけどね。――そんなことを言いながらリトヴァは乾いた笑みを浮かべた。

 

「遊びにしては金が掛かりすぎるし、仕事とするには利回りが悪い。エゴイズムとニヒリズムの塊だよ、戦いなんて非効率さ」

 

 そう言ってからリトヴァはP38の髪に触れる。

 

「でも、その虚無の中から君たちが生まれた。非効率を少しでも効率的にするために、ね。……まったく、度し難いよ、人間」

 

 リトヴァはそう言って、強くP38の髪をワシャワシャと強く撫でる。

 

「ちょ、リトさん……!」

「そんな真剣な顔で聞く話じゃないよーまったく。ま、私としてはこんな戦争さくっと終わらせて、君達と平和にアイドル活動したいわ。絶対ソッチの方が稼げるしね。無理強いはしないけどね」

「リトさんが導いてくれるなら……なんか、できそうな気がしますけど」

「ん、努力はするさー」

 

 そう笑い合ったタイミング、リトヴァの手首に巻いた端末が震えた。

 

「おっと、まさかのメールだ」

「お仕事ですか?」

「私を指名でね」

 

 ニカリと笑ってからリトヴァは画面を呼び出す。

 

「……もしかして、S.O.ハルミネですか?」

「あたり。……Pチャン眠くない? ちょっと手伝って欲しいんだけど、とりあえずカリーナちゃん叩き起こしてきて」

「最初から難易度高いんですけど……」

「大丈夫、データルームの端末の使用許可と外部ネットへのアクセス権限を貰えればいいから」

 

 リトヴァはそう言って笑う。

 

「ま、お互いうまいことやりましょか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、ナインティーン。ナガンちゃんがものすごい不機嫌ですけど、なにかあったんですか?」

「えっと、なにもないからああなってるといいますか……」

 

 M1ガーランドに問われ、M1911が苦笑いを浮かべながらそう答える。からからと古いシーリングファンが回るここはホテルの地下、警備役や運転主用の控え室。会議室に毛が生えたような部屋だった。

 

「あれ、帰ってきてからでしたよね?」

 

 控え室の窓の外に広がるのは青白い光に照らされた地下駐車場、そこをずっとイライラした様子のM1895『ナガン』が行ったり来たりしている。ヴェルディエフ中佐に呼ばれた会食から帰ってきてから早1時間半、その間ずっとそうしているのだ。

 

「あのー、ナガンさん」

「どうしたPPSh-41(ペーペーシャ)

 

 声を掛けられたとたんに動きを止めるナガン。声を掛けたPPSh-41はその剣幕に一瞬びくっとしながら続ける。

 

「S.O.のことなら心配しなくても大丈夫だと思いますよ。アルコールもそこまで飲んでいないようですし……」

「だーれがあのアンポンタンの心配なんぞするか」

「えっと……S.O.の護衛役から外れたからそうしてるのかと……」

「ペーペーシャがわしをどう思ってるのかよくわかった、少し走ってくるか?」

 

 赤い目をギロリと向けたナガンの肩をガーランドが叩く。

 

「そんなにイライラしないでくださいね、ナガン。S.O.にも考えがありますし、このホテルは武装の持ち込みが禁止されています。私達戦術人形は存在そのものが武装扱いですから」

 

 ガーランドはそう言って地下駐車場の上を指さす。フェルガナで一番高級なホテルで、ヴェルディエフ中佐が宿舎代わりにと春嶺の分だけ部屋を取ったらしい。春嶺は断ったらしいが押し切られたという。

 

「S.O.さん大丈夫でしょうか? 今も軍の方やヘリアンさんと調整中なんでしょう?」

 

 PPSh-41がそう言った。

 

「大丈夫なわけあるか! ここは完全に危険地帯なんじゃぞ! 軍の高官も使うホテルで、護衛の同行不可! そんなところにあのアンポンタンは一人で『びじねすすいーと』やらに泊まっておる。そんなのただの阿呆じゃろう! 護衛と副官かねておるのになんでわしをねじ込まん!」

 

 相当にお怒りなナガン。PPSh-41は苦笑いだ。

 

「なんでアイツだけ良い部屋にとまって、わしらは仮眠室なんじゃ!」

 

 その言い草に吹き出したのはガーランド。

 

「泊まりたかったんですか?」

「そんなことはないし、あんなアンポンタンはもう知らん。精々ふかふかのベッドでぬくぬくしとるがいいわ」

「泊まりたかったんですね」

「となりの仮眠室、ベッドも毛布も清潔でしたよ?」

「だーっ! もうっ! ガーランドもペーペーシャも黙れっ!」

 

 ナガンが顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

「市場で尾行されたり、銃向けられてもヘラヘラしとるような危機意識も欠片もない奴を護衛もナシに一人にできるかっ!」

「押しかけ女房が思いっきり心配してるし……」

 

 呆れたようにぼそっと聞こえた声に、ナガンが体ごと振り返った。スコーピオンが口笛を吹きながらそっぽを向く。

 

「まったく、ソータはもう少し前線に居ることをきっちり意識に刻み込んでもらわないとならん。会食でもわしが口をつける前にあっさりシャンパンを口に含むし。毒が入ってたらどうするつもりなんじゃ」

「そんな状況なんですか、今回のクライアント」

 

 目を細めて聞くM1ガーランド。その声にナガンは声のトーンを落とした。

 

「わざわざ古い地図を用意しているあたり、どうも、な」

 

 そう言ってからナガンは、耳の後ろをトントンと叩いた。ソレを見た面々が一瞬目を閉じた。

 

《誰に聞かれるかわからんからの、表では世間話でもしとこうか。M1911、表の会話でとりあえず窘めといてくれ》

「だめですよ、ナガンちゃん。雇い主なんだから信じないと」

 

 即座にM1911が口を開く。その間にも、その場にいる面々との通信回線がオンラインに切り替わっていく。

 

「そりゃぁそうじゃが、気になるものは気になるからのぉ」

「もしかしてあれ? ハルちゃんS.O.を取られてヤキモチ?」

「P7、ランニングがお好みか?」

 

 そのやりとりを見て、周りはケラケラと笑っている。それでも彼女たちの意識は別の次元、電子通信レイヤーに集まっていた。周囲の警戒に入っている面々にもコール。参加している全戦術人形が電子的に繋がった。

 

 ツェナー通信プロトコル。衛星やホストサーバに依存しない戦術人形に特化した専用情報網(イントラネット)だ。

 

《どうしたの?》

《せっかくチョコ食べてたのにー》

《警備中にレーションをつまむなFNC、ちゃんと警備しとるんだろうな?》

《ホテルの裏手は異常ないよー? 暇だから食べてもいいでしょ? あ、ナガンちゃんもほしい? おいしいよ? ねー?》

《うん!》

《FNC、G41をチョコで買収するな。そしていらん》

 

 ナガンはため息をつきそうになって、なんとか思いとどまる。この通信は外に漏れていない。気取られるのはまずい。

 

《状況が更新されておる。どうやらソータの阿呆は説明する気がないようじゃからわしから説明する》

《S.O.ハルミネに相談してから開示した方がいいのでは?》

 

 すぐさま疑問を差し挟むのはMP40だ。今は輸送機で一緒に持ってきた装甲車の警備についているはずだ。

 

《かまわん。状況が切迫してからだと説明の余裕がない》

《ナガンちゃんが言うならそうでしょうね。とりあえず聞きましょう》

 

 リアル空間では、からかいすぎたP7をお説教しながら、ガーランドがそう言う。

 

《今回の依頼主、ルスラン・ヴェルディエフ陸軍中佐じゃが、わしらをよく思っておらんらしいのは共有されとると思う。わしとソータは、この中佐が輸送成功率を意図的に下げとると踏んでおる》

《……つまり、襲撃側と繋がっている?》

 

 会話をかいつまんで整理していくガーランド。リアル空間では怒られたP7が涙ぐんでいるので、PPSh-41がフォロー。P7をからかいながら、裏の通信で発言したのは、騒ぎを聞いて駐車場に顔を出したように装ったブレン・テンだ。

 

《その可能性がある。実際、依頼主はヴェルディエフ中佐じゃが、周囲から護衛をもっとつけろと圧力をかけられてのものらしい。これについては今回の輸送隊(コンボイ)を指揮するカビリ大尉に確認を取っとる》

《……向こうが狙う落としどころは?》

 

 質問を投げかけたのはM14。ホテル屋上で周辺警戒中のはずだ。

 

《わしらの護衛失敗によって支払い額を引き下げつつ、息の掛かった陸軍の正規部隊にシフトするといったところじゃろうな》

《そんなの飲めるはずありませんね》

 

 ガーランドは苦笑いが滲む無線を返す。

 

《社の信用問題に関わるからの。……襲撃側とつながっているなら、何らかの物資を秘密裏に運び込んでいる、もしくは運び出している可能性が高い。それをグリフォン社に知られるのは好ましくないじゃろう。……会食中に、ソータに袖の下を渡そうとタイミングを探っていたようじゃ。受け取らなかったがの》

《面倒な相手ですね》

 

 MP40の声に苦笑いが無線に乗る。笑い声を流したのはPPSh-41だ。

 

《S.O.さんはそのあたり上手そうですよね、あしらうの》

《ちゃっかりホテルで買収されとるから信用ならん。……それでもフロントエンドオペレータ(FEO)が必要なのも納得じゃ。ここまで状況が流動的な状況じゃ、営業だけじゃどうにもならん。……問題はここからじゃ、M1911》

《説明は私からですか?》

《データ見たのはおぬしじゃろう》

 

 M1911がデータを送信した。それぞれの電脳に叩き込まれた情報が一瞬表情を曇らせた。

 

《今日グリフォン社に……というより、ハルミネさんにですけど、クルグス警察からコンタクトがありました。仕事の依頼です》

《中央アジア共和国連合陸軍の武器密輸問題……、これ、本当に私達に頼んできたんですか? 請負人(コントラクタ)保険調査員(オペラティブ)じゃないんですよ》

 

 ガーランドが信じられないといった様子で聞き返す。

 

《これの輸送の実行犯がヴェルディエフ中佐だといわれておるらしい。それを確かめて、報告して欲しいそうじゃ。割に合わんのぅ》

《今回護衛するコンボイの最終目的地のホログはタジク人民共和国内のバダフシャーン山岳自治州の州都です。バタフシャーン山岳自治州は自治州から国への格上げを中央アジア共和国連合に要求しています。連合はこれを拒否しています》

 

 そういったM1911は積載物管理表(ローディングリスト)を改めて共有。

 

《積み荷についてですけど、往路は軽量なものが多いですが、復路はアルミを積むためにトラックの数自体は多くてですね、当然のことながら、往路だと空荷のトラックが出るはずなんですけど、ないみたいなんです。どう考えても行きの物量がリストより多いんですよね》

《もう決まりでしょ。明日から私達で守る積み荷は、密輸用の武器。いいじゃん、勝手にやってれば?って感じなんだけど。それに私達は警備で、なにを積んで運んでても、それに口出しするのって御法度でしょ? 無視でいいじゃん》

 

 身も蓋もないことを言うスコーピオン。苦笑いしながらそれに答えるのはM1911だ。

 

《私達としてはそうなんですけど、グリフォン社としてはそうもいきません。犯罪の片棒担いで警察に睨まれては、グリフォン社の中央アジアでの活動に制限が入ります。S地区の物流はクルグス共和国内に物流拠点(ハブ)があるので止められたら一気に基地の備蓄が干上がります》

《それは嫌だなー。ただでさえカツカツなんですよ、基地運営》

 

 ブレン・テンがそう言う。ともかくじゃ、とナガンが仕切り直す。

 

《グリフォン社は警察の依頼を受けるようにとソータに指示した。したがって、今回の契約(コントラクト)は、依頼主(クライアント)の要求に応えつつ、最後に裏切るという、忠義もへったくれもないものになる。それにソータはフロントエンドオペレータ(FEO)としては初任務じゃ、しっかりと支え――――》

 

 その会話は途中で切れる。通信に警報が流れ込む。直後にズンと揺れた。

 

《南西方向、距離170、訂正、距離180、爆炎確認。黒煙が上がっているのが見えます》

 

 屋上のM14が状況を報告、同時に飛び込んで来たのは彼女の視界だ。暗闇の中で赤い炎が揺れている。

 

 

 ナガンが口を開いた。目元が座っていた。一気に少女らしい表情が()()()

 

 

「副官権限で前進待機を命ずる。地上警戒中のものはそのまま待機、自己防衛戦闘のみを許可。ソータを叩き起こす。M1911、P7、武装集団がホテルに入ってきたら、わしらでソータを回収、PPSh-41、ブレン・テンで脱出口の確保、ガーランドはMP40と足を確保、かかれ!」

 

 

 状況は急変した。つべこべ言っている余裕はなさそうだった。

 

 




さて、戦いの匂いがしてきたぞー。

途中で出てきた『ツェナー通信プロトコル』ですが、ゲームで出てきてるらしい(wiki調べ)『齊納協議』をソレっぽく訳した感じです。間違ってたらごめんなさい。きっとツェナーさんって誰だよ状態ですが……きっとペルシカ博士の相方なんでしょう……。

さて、警備始まる前に戦闘勃発です。大丈夫でしょうか……。

どうぞよろしくお願いします。



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ディスオダリ・オーダ PHASE3

戦闘とは何だったのか。


 

 

「Mr.ハルミネ、貴方はこの国の政治体制がどうなっているかご存じですか?」

 

 部屋にやってきたのは客室係(ボーイ)が連れてきた露出度の高い真っ赤なドレスを着た女性だった。どうやら電話で春嶺自ら呼んだことになっているらしい。電話は書類上の上司のアイクと、仕事上の上司のヴェルディエフ中佐にしかかけていない。それも中央アジア共和国連合の通信網に一切依存しないイリジウム衛星電話だ。

 

 それでもいきなり押しかけ『ハァイ、ソータね、ご指名ありがとう! 会いたかったわ!』とドアを開けるやいなや飛びかかってきて、後ろ手にドアを閉められたのはしばらくトラウマになりそうだった。ナガンに見られなくて良かったと心底思う。そんないかがわしい女を呼ぶ趣味があったのか云々と説教が始まっただろう。

 

「詳しくは知りませんよ。……あー、どうお呼びしましょうか、やはり巡査(パトロルマン)がよろしいですか?」

 

 ドレスの女は肩をすくめた。

 

「なんとでもお呼びになって、Mr.ハルミネ。……では、知っている範囲で」

「人間が住める数少ない聖域になってしまったがために、押し寄せてくる難民と鉄血人形相手に国境線が崩壊。国家としての危機を迎えた周辺国で手を組んで国家連合を設立したものの、元からの多民族国家と宗教とイデオロギーで泥沼の地域同士、イニシアティブ争いが勃発。連携体制が崩壊して泥沼の収賄合戦が進行中」

「大体その解釈で間違い無いけれど、付け加えるなら、それを嘆き憂う人から死んでいくぐらいには治安がクソということね」

「そんなにヴェルディエフ中佐の袖の下を受け取らなかったことが気に食いませんか? 警察にとっては都合が良いでしょう?」

「えぇ、貴方が清廉潔白な人物というのは一市民として喜ばしいわ。貴方が市民権を取って政治家になったなら、一票を入れさせてもらうけど」

「まぁそんなことはないでしょうね」

「でしょうね。ともかく、ヴェルディエフ中佐は大層ご立腹よ。金になびかない男は扱いにくい。そして貴方は傭兵で、一般的には傭兵は金に忠誠を誓っている。最初から買収する気満々だったヴェルディエフ中佐は出鼻をくじかれた形ね」

 

 赤いドレスが肩をすくめた。浅黒い肌の色。おそらく現地の地色が濃い。英語の訛りはロシア風だが、英語には不自由していないようだ。

 

「私は傭兵じゃなくて請負人(コントラクタ)なんですけどね」

「どっちでも良いわ。民兵(ミリシャ)とでも呼びましょうか。無欲な請負人さん。もう少しお金になびいてくれた方が貴方も目をつけられなかったのよ。暗殺でもされたいのかしら?」

 

 不機嫌さを隠しもしないドレスの女に若干辟易としながら表面上は笑みを取り繕う。

 

「そしたら脳漿(のうしょう)をかき集めてくれますか?」

ファーストレディ(ジャクリーン)に憧れる趣味はないわ」

 

 高等教育を相当に受けている。このご時世で1963年の米国大統領暗殺事件を習っている人間は少ない。その上でその大統領夫人の名前と彼女が夫の脳漿をかき集めたことなど知ろうと思わなければ知ることもできないだろう。

 

 巡査(パトロルマン)というのはおそらくフェイク。警部(インスペクタ)警視(インテンデント)か。そんなところだろう。

 

「それで、ヴェルディエフ中佐を怒らせて満足?」

 

 そう言って不機嫌そうなドレスの女。春嶺は頭を掻く。

 

「会社を傾ける訳にもいきませんし致し方なく。いやまぁ。その埋め合わせというか。おとなしくしてますよの意思表示もかねてこのホテルに泊まってるんですけどね。そんな状況にわざわざ警察が首を突っ込んできたのには驚きました。自殺希望か、私に恨みがあるのかどっちです?」

「それはお互い様よ。こんなクソみたいな地域にホイホイやってくるのはどんなクソだと思ったらこんな虫一匹殺せないみたいな顔をした男なんて思ってなかったわよ。こっちはこっちで人間同士の戦争の最前線だって自覚されてます?」

 

 いきなり対応が雑になってきた。ドレスの女にもなにかストレッサーがあるらしい。まあ関係無いかと心の中を鈍らせて笑う。

 

「貴方と話しているとイライラするわ。さっさと終わらせましょう」

「そうですね、ヒールで蹴られると痛そうです」

 

 笑ってから春嶺は目の前の女を見る。恨みがましい目で見られても困る。

 

「それで、タジク人民共和国からバダフシャーン山岳自治州が独立するのを、隣国であるクルグス共和国、それも警察が妨害しなければならないのは何故です? 軍事面では、共同作戦のために両国の武装の規格は統一されているそうじゃないですか。軍が武器を横流ししているのは問題ですが、タジクが弱ってくれる分には問題ないのでは?」

 

 ドレスの女は顔をしかめる。

 

「貴方、悪い政治家みたいなことを言うのね」

「国家に頼れない弱肉強食なこのご時世で、良い人間が戦争なんかに好んで関わりますか?」

 

そう言って肩をすくめ、春嶺は腕を組んだ。

 

「……あり得るとしたら、クルグスの陸軍自体が軍事クーデターを考えている場合でしょうか。バタフシャーン地方はこれまで人手が入れなかった分、鉱物資源はほぼ手つかずの状態で残っています。天然ガスや石油もあるでしょう。バタフシャーン地方を独立させ、タジクとの戦闘を煽りつつ、そこの資源をクルグスに持ち込む。それを軍で護衛しつつ雀の涙のような価格で輸入し、国内の失業者に精錬させる」

「ヴェルディエフ中佐も口が緩いのね、ほんと」

「向こうも営業のつもりでしょうね。輸送警備は金になるだろうと思っていらっしゃるようで」

 

 鼻で笑いながら春嶺はそう言う。

 

「それで、警察はそれのドコが気にくわないんです?」

 

 精々悪く笑って見せる。腹の内を見せない相手はゆっくりと付き合うのが鉄則だが、そんな時間も無いのが惜しい。ドレスの女は感情的だが話がわかる相手のように思える。

 

 怒らせてこれを乱せ、だったか。そんなことを考えながら、リアクションを待つ。顔が赤くなったあたり、思うところがあるらしい。

 

「あなた、最低の男だってわかってる?」

「心の底から」

「口では何とでも言えるわ。我が国の兵器が、無辜の市民を殺すのよ」

「それが警察が怒る理由ですか?」

「正確には私がキレる理由ね」

「なるほど。では、組織としてキレる理由をお答えください。クライアントの要求が正確でなければ、請負人(コントラクタ)は要望に答えられない」

 

ドレスの女は黙り込んでからため息をついた。

 

「……軍にとってこの国はクルグスのための聖域でなければならないのよ」

 

 この場合のクルグスはおそらくクルグス人のことだろう。民族としてのクルグスは国名にもなっているとおり、参政権を持つ国民の過半数を占める。春嶺は目を細めた。

 

「難民が来てからこの国は激変した。世界が変わってしまった。それでも、我々はこの地を喪わずに済んだ。それでも、この地は生き地獄と化してしまった。その原因は鉄血にあり、コーラップスにあり、そして、難民にある」

「わかりやすく鉄槌を振り下ろせるのは、難民というわけですか」

「警察はもう暴動の対応ですり減っている。どうしても軍に逆らえない。それでも、この国をクルグスで独占したところで、世界は変わりはしない」

「……貴女はクルグス人ですか?」

「えぇ、だからこそ、孤独な王様になってはならないの」

 

 そう言ってドレスの女は笑った。

 

「この国にはたくさんの国の人間で既に溢れかえっている。様々な人種、様々な才能、様々な人、それを認めなければ鉄血に押し潰される。それを我々は是としない」

 

 そう言う顔は凜々しい。瞳の色が済んだ青をしていることに、春嶺は初めて気がついた。

 

「この世界を救うために、守るために、この国で軍事独裁政権の成立を許してはならない。数年後、もしかしたら数十年後、来ないかもしれない明日だとしても、人類が鉄血と崩壊液から地球を取り返したその日に、我が国は健在でなければならない。それを目先の利益で喪うわけにはいかない。それが、我々クルグス警察の見解です」

「……なるほど、理解できました」

 

 春嶺はそう言ってから一度目を閉じる。

 

「その上でお聞かせください。なぜ私達を雇うのです。工作員はいくらでもいるでしょう。わざわざ訓練も受けていない、民間軍事会社のスタッフを、なぜ?」

「現状、信用に足る人間がもうこの国にいないからだ」

「だから、人形にやらせる、と?」

 

 その言葉に棘が紛れ込み、春嶺は心の中で舌打ちした。コントロールしろ。自らをコントロールしなければどうにもならない。

 

「正確にはこの国に染まった人間には任せられないというのが正しいわ。少なくとも貴方とその配下の部下はまだマシだと思った。だからこうして正面切って警察は依頼に来ている」

「……我が社からは受けるようにとの連絡がきてますがね、正直なところ乗る気はしていません。少なくとも陸軍という大口顧客を失う事になる」

「そんな単純なものじゃないわよ、内戦って。陸軍が一枚岩なら貴方たちは市場を喪うけど、一枚岩になれないから内戦がある。そしてそこには貴方たちの市場がある。違うかしら?」

「だとしてもです。我が社の商品は暴力だ。決して正義ではない。それを貴女は勘違いしているようだ。そして彼女達は貴女が思うほど清廉でもなければ純粋でもない」

「それはアドバイスかしら?」

「警告ですよ。彼女達を安易に利用すれば、手痛いしっぺ返しが来る」

 

 そういった直後、どこか遠くでズンと音がした。

 

「……今の音はなんでしょうね」

「さぁ、自動車爆弾かしら」

 

 そう言って肩をすくめたドレスの女。それに肩をすくめながら聞く。

 

「狙われる心当たりは?」

「なに? 私達が狙われている前提?」

「軍の高官が入り浸っているらしいこのホテルの側でわざわざテロを起こすような面倒なことをやる理由が他にありますかね。……なんにしろ、ここを出る理由は向こうが用意してくれたようです」

 

 携帯端末が振動する。このタイミングでの着信だ。相手を見ずに通話をオン。

 

『ソータ! 無事か!』

 

 耳をつんざくという表現が似合いそうなほど大きな声が端末から飛び出した。

 

「えぇ、何ら問題なく」

『迎えに行くからそこから動くな! ドアを開けるな、近づくな!』

「言われたとおりにしますよ」

 

 そう言ってからドレスの女の方を見る。

 

「それで、巡査(パトロルマン)さんは脱出の手筈は?」

 

 そう言えば黙り込む。まさかこの女、脱出手段はこちらにただ乗りする気だったか。とんでもないことをしてくれる。その費用は契約に入っていないだろう。

 かといってここに置いていけばお金が落ちない可能性がある。難しい。

 

「あー、ナガン」

『何じゃ』

「一名、警察側のクライアントを脱出させます」

『女か?』

「……なぜそこでトーンを落とすんですか」

『まぁいい、動くなカーテンは閉めとるか?』

「夜景は退屈ですから」

 

 そう言えば通信が切れた。今晩は寝られるだろうかとどうでも良いことを考えた。

 

「脱出の用意をしますが、今回の人形はかなり個性的ですので驚かないでくださいね。あと、脱出の際の被害については実費で請求させていただきますので」

「陸軍がここまで短気だと思わなかったわ」

「それは私もですが、陸軍だと決まったわけではないのでノーコメントで。とりあえず不幸な事故に対してはご愁傷様ですとでも言っておきましょう」

 

 そう言っている間にもドアが開いた。

 

「おぬし、鍵開けとくのは不用心じゃろう。それに……やっぱり女じゃったか。アンポンタン」

 

 胡乱な目をするナガンに肩をすくめて出迎える。

 

「お早いお着きで。警察側のクライアントとの打ち合わせですよ。軍のはらわたに飛び込んでくる勇気だけは褒めましょうよ」

「知らん」

 

 ナガンはそう言って拳銃をハイレディの位置に構えたままむすっとした表情で彼を睨んだ。それには苦笑いを浮かべながら春嶺は質問を投げかける。

 

「こちらはM1911とP7というところですかね。二人は?」

「部屋の外じゃ。廊下を警戒して貰っておる」

「なるほど、助かります」

 

 それには鼻を鳴らして答えたナガンが部屋を見回した。

 

「盗聴器は?」

「外してますよ。会食の時に預けた上着に仕込まれていた位置情報端末ならそこに」

 

 部屋の荷物置きにテープで貼り付けてある小型のチップを見てナガンはため息。

 

「まったく、とんでもないクライアントじゃな」

「今回は特別だと思いたいですね」

 

 春嶺はタブレット端末を取り出し、無線用のヘッドセットと同期。携帯用の指揮管制装置(プロンプター)を起動する。

 

「さて、ナガン。どうやら陸軍は我々を舐めて掛かっているようです」

「じゃろうな」

「軍事会社にとって、敵からはともかくとして、クライアントから舐められている状況は非常に良くない」

「じゃろうな……基地を襲うと言うつもりか?」

「まさか。お金がとれなくなるじゃないですか。一番手っ取り早いのはここの警察のスパイさんを突き出すことですが、警察とも契約(コントラクト)があるのでそうもいきません」

 

 目の前の女が顔を赤くする。

 

「これぐらいで怒っているようでは戦争はできませんよ、巡査(パトロルマン)さん」

 

 プロンプタが情報連結を完了したことを告げた。

 

「どうするつもりじゃ?」

「誠意を見せるほかないでしょう……屋上警戒はM14でしたね、M14取れますか」

『こちらM14、S.O.さんどうぞ』

 

 音声無線で返答。それを聞いてわずかに笑みを浮かべた。

 

「爆弾を使ってきた相手、どう動いてますか?」

『どうやらホテルに入ろうとしているようです。警備隊と撃ち合いになってますが、警備が下手ですね。あと2分ほどで警備ラインを抜かれそうです』

「なるほど、了解しました。M14は撤退してください。現状ではあまり効果はなさそうです」

『了解です』

「それで、どうするんじゃ?」

「決まってるじゃないですか。警備と戦争はグリフォン社の十八番ですよ」

 

 春嶺はそう言って自らの荷物を持つ。小さな包みを取り出して手のひらで転がした。ソレを見たナガンはため息をついた。

 

「武器は持ち込み禁止じゃなかったのか」

「紙粘土は武器じゃないでしょう? たまたま電線があったのは不自然ですが」

 

 そう言いながらナガンに笑いかける。問いかけには答えなければならない。

 

「敵を見極めたら適度に痛めつけてお帰り願いましょう。自己防衛のための戦闘の域を超えない程度にはおさえますがね」

「すっごい嫌な予感がするんじゃが。たまたまホテルを出ようとしたら、不幸にもたまたま武装組織に出くわして、仕方なく応戦したら、たまたま警察組織を助けたとか言わんだろうな?」

「偶然というのは恐ろしいものですからね」

 

 ナガンが長い長いため息をついた。

 

「P7、そっちの赤いのを護衛。M1911、わしとS.O.を守りつつ周辺警戒。ソータ、指揮できるんじゃろうな?」

「やれるだけやりますよ。とりあえず部屋から出ましょうか」

 

 春嶺は笑みを崩さないまま、全隊の無線を開く。

 

「こちらS.O.、ナガンと合流しました。ホテルから撤退を開始しますが、今後数回、()()()()()が起こりそうなのでこちらの指示に注意してください」

 

 個人の携帯端末を見て、時間とメールの着信を確認。プロンプターとは別回線で音声チャットを繋ぐ。

 

「リト、緊急で仕事が増えた。まだデータルームに居ますね? 手伝ってください」

 

 そう言ってナガンに頷いてハンドサイン。ナガンが飛び出す。その後について春嶺もゆっくりと廊下にでた。

 

「緊急のオペレーションです。頼みますよ、皆さん」

 

 

 




どうしても警察側の動きを書かないとまずいからってなんでこんなにセリフ膨らんでるの!?

……次回こそ戦闘回! がんばります。


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ディスオダリ・オーダ PHASE4

 

 非常階段の扉を開けて何階か下ったタイミング、爆発音がした。上の方だ。爆風などはない。遠くで火災報知器が鳴っている。

 

「やはり部屋もバレてましたね」

 

 春嶺はそう言って肩をすくめながら、非常階段をカンカンと音を立てて下る。

 

「なんでプラスチック爆薬(コンポジション-4)なんて持ってるのかしら。セキュリティチェックは?」

「そんな驚かなくても。爆発物マーカー(エチレングリコールジニトラート)しか確認してないでしょう」

「国際条約違反じゃないのそれ」

「第三次大戦の時に作られたものの残り物らしいですね。よく知らないですけど。それにあの分量だとドアを軽く吹き飛ばすぐらいしかできませんよ。下手したら雷管とかのセットの方が重たい」

「違法は違法よ」

「そうだったんですか。知りませんでした」

 

 嘘つけ、と言われるが現状これでうまいこと驚いてくれたならそれでいい。

 

「まぁ、これでとっくにこちらが対策済なことは伝わったでしょう」

 

 そう言いながら先頭を引くナガンを見る。

 

「とりあえず今回の作戦ですが、チェシャ猫作戦とでも呼びましょうか。下準備をして華麗に脱出してみせましょう」

「なんじゃ、作戦名など気にするタイプか」

「作戦の名前は必ず意味を持つ、それだけですよ」

 

 ため息をついたナガンは春嶺を振り返ること無く言葉を繋ぐ

 

()()()()()()()()()()()()()、が、どうするか指示をくれ。とりあえず敵の配置は」

「おそらく下から2人ほどくるでしょう。気をつけて」

「上からは?」

 

 M1911の声に笑う。

 

「くるでしょうね。わざわざ派手にお迎えしたので激高して撃ち下ろしてくるかもしれません。そうなればコトですね」

 

 そう言いながら春嶺は通信機のスイッチを入れる。準備不足だが仕方が無い。しっかりとナガンが情報集約をしてくれていることを信じる。餅は餅屋だ。戦術人形の動きは戦術人形がよく知っている。

 

「MP40、装甲車の用意できてますか?」

『確保できてます』

「では東エントランスに回しますから徒歩で護衛しつつ進んでください」

『運転主はどうするんですか……? 私が運転しますか?』

「いいえ、その必要はありません。S07の司令部からリモートでコントロールします」

『よろしいのですか? かなり目立ってしまいますが』

 

 そう言ったのはガーランド、MP40と一緒に足の確保に動いて貰っていたはずだ。

 

「目立つのが目的です。対戦車ミサイルが来るかもしれません。そのときは素直に撤退でかまいません。リト、聞いてましたね」

『いきなり仕事が増えて不満だけどね。後で覚えときなさいよ』

 

 データルームでサポートスタッフを任せているリトヴァ・アフヴェンラフティが不満げに声を出す。

 

「ゲームのコントローラで楽しいドライブを。埋め合わせと言ってはなんですが、いつかお茶でもしましょう。ナガンを連れてきますよ」

『ほんとっ!? リトヴァちゃん頑張っちゃうよー!』

「わしをダシにするんじゃない!」

「ナガン、前」

 

 とっさに振り返ったナガンに声を掛けて無理矢理前を向かせる。踊り場にスーツ姿の男が飛びだしてきたところだった。相手が懐に手が伸びる。春嶺の横を影が飛び越えた。

 

「遅いわよっ!」

 

 男がその手を懐から抜ききる前に、P7が階段を飛び越えて蹴り掛かった。相手の胸板を腕ごと蹴りつけるような形なり、相手がものすごい勢いで壁に叩き付けられた。その懐からこぼれ落ちた拳銃をP7は明後日の方向に蹴り飛ばす。

 

「クリア」

「お見事です、P7」

「フフーン。会話に気を取られるオバさん(ナガン)とは違うんだから」

「なんじゃとぉ!」

「はいはい、喧嘩しないでください。ただでさえ危険地帯ですからね、ここ」

 

 春嶺はそう窘めながら、気絶している男を軽く検分する。

 

「運が良いことに爆薬持ってますね。とりあえず私を爆殺しようとした形にしておきましょう。物騒ですね」

「物騒なのは貴方もでしょう? 戦争屋さん」

「その物騒なのに仕事を頼んだのはあなたですよ」

 

 男を結束バンドで階段の手すりに括り付けておく。携帯電話は回収。爆薬を持っていたということはこの電話はどこかの爆弾に繋がるかもしれない。それはさすがに面白くない。

 

「よくそんなおどけていられるわね」

 

 ドレスの女がそう言って春嶺を睨むが睨まれたところでどうにもならない。そんなに嫌な顔をするならこんなところに来なければいいのに、と思う。指摘しても喧嘩になるだけだろうが。

 

《ねぇソータ》

「なんでしょう」

 

 半笑いのリトヴァの声に少しトーンを落として答える。思ったよりもハイになっているらしい。いけないいけない。落ち着かなければ。

 

《どうやら奴さん武装とんでもないんだけど》

「詳しく」

《対戦車ミサイルらしいものが見えるけど本当に出していいのね?》

「撃破されてもかまいません。被害についてはクルグス警察に実費請求することで了承を得ていますよ」

 

 それを聞いたドレスの女の顔が青ざめるがそんなことを気にして居られる余裕はなさそうだ。上から非常扉が開く音がした。

 

「敵でしょうか?」

 

 M1911が上にぴたりと拳銃を向けながらそう聞く。

 

「撃ってきたら考えましょう。足音高らかに駆け下りてみましょう」

 

 そう言って春嶺が先陣切って飛びだしていく。慌てたのはナガンだ。

 

「走るのは苦手だと言っとろうが! 指揮めちゃくちゃじゃぞ! 大丈夫なんか!」

「相手はしっかり訓練されています。ホテルの外からの奇襲。向こうはこちらに下がる余裕を与えました。おそらく向こうは私たちにホテルの外に出て欲しくないんです」

 

 そう言う春嶺にナガンは一瞬ムッとした。

 

「すぐに部屋に突入してきたじゃろうが! わしらが間に合ったからよかったものの!」

「向こうはそれを狙っているんですよ。襲撃をしてこちらをコントロールしているつもりでしょう。そして、向こうは我々と戦いたがっている、対人形戦闘に覚えがあるのかも知れません。……そう言う輩には、戦果を与えてやれば良い」

 

 階表示は既に二ケタを割ろうとしていた。大分下りてきた計算になる。

 

「狙っているのは私か、巡査(パトロルマン)さんでしょう。もしくはナガン達部下ということになります。適度に向こうに被害を与えつつ、適度に戦果を与え、ニュースを騒がせてあげればそれでいい」

『きたきたきた! ソータ! ロケラン来たよ!』

「ガーランド、MP40、伏せて」

 

 非常階段には窓がない。遅れて小さく腹に響くような音が聞こえた。

 

『ガーランドさん! MP40さん!』

 

 そう叫んだ声はPPSh-41。ナガンによればエントランス周辺の脱出口を確保しているはずだ。そうか、見える位置にいるのか。

 

「ガーランド、MP40、動けますか?」

『二人とも無事です』

『装甲車半分吹っ飛んじゃいましたけど』

 

 慌てているPPSh-41とは対照的に冷静なMP-40とガーランドの声。とりあえずは一安心か。

 

「ガーランドとMP40は装甲車の残骸を盾に後退してください。必要ならPPSh-41とスコーピオンで援護を。M14、今どこにいますか?」

『とりあえず5階の屋根まで下りてきました。ここからならエントランスを撃ち下ろせます』

「なるほど、いい位置を見つけましたね。では一人でいいので適当に敵の後衛を砕いてください。可能なら警察に引き出したいので、足か腕を。夜なので無理そうなら確実に当たるところを撃ってかまいません」

『了解っ! 舐めないでよ! 膝を砕いてあげる!』

 

 そういった後無線に射撃音が乗る。無線は切って頂けると助かるのですがとは言わない。彼女にとってはただのノイズだろう。

 

『ヒット、後退します』

「上出来です。少なくとも、向こうは損壊が出たことになります。撤退の理由は作りました。さぁ、指揮官が優秀であることを願いましょうか」

 

 春嶺はそう言って非常扉の出口を開ける。階は三階。吹き抜けの向こうに燃えた装甲車が見える。ソレをちらりと確認したあと、足音を隠して一回まで下りる。ナガンがハンドサイン、配置はどうやら整ったらしい。春嶺は頷いてから声を出し続ける。

 

「……FNC、G41、現在地を知らせてください」

『裏口を確保してますクリア済ですよー』

『よくできたでしょ?』

 

 どこか楽しそうな声にため息が出そうになるが、そんなことを嘆く余裕はない。戦争だから真面目にやれというのも間違っているだろう。

 

「よくできました。正面はもう良いでしょう。装甲車は破棄。合図をしたら撃ち方止め。ホテル内を突っ切って裏口から脱出します。チェシャ猫よろしく、闇夜に消えることとしましょう。車はないでしょうが、まぁ大丈夫でしょう。ナガン、しっかりついてくるように、作戦開始です」

「なんでわしだけ名指しなんじゃ」

「走るの苦手なんでしょう?」

 

 そう言って一階の非常階段出口で足を止める。

 

「3、2、1、今」

 

 そして銃声が止んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チェシャ猫作戦とはよく言うわい。結局はわしら頼み、情けないのぅ」

 

 ナガンがぶつくさ言いながら横を歩く春嶺を覗く。

 

「仕方がないじゃないですか。わざわざイントラネットがあるのに活用しないのは勿体ない」

「その結果が、コレか」

 

 ナガンが親指を後ろに向ける。そこに居たのはP7とM1911に拳銃を向けられ、頭の後ろで手を組まされた、男が二人。ホテル内部に撤退した残りの面々も合流、全部隊が()()()()()()に集合していた。

 

「チェシャ猫は嘘つき猫。わしが『不思議の国のアリス』を知らなかったらどうするつもりじゃったんじゃ?」

「そのときは部隊の指揮をリトに投げましたよ。あそこからなら戦術人形にアクセスし放題ですからね」

 

 そう言えばナガンは大きくため息をついた。

 

「盗聴やら盗み聞きされてるの前提で、あべこべな指示。それに踊らされて裏口に回った阿呆はG41とFNCが捕獲。わしらについてきたこの阿呆二人は物の見事に捕虜にされた訳か。博打が好きじゃな、おぬし」

「博打とは失礼な。うまくいく可能性が高いと思ったから指示を出してますよ。……それにですね」

 

 春嶺は足をとめ、振り返る。その冷え冷えとした目が男達を射貫く。

 

「言ったでしょう、()()()()()()()()()()()退()()()って。態々依頼主への言い訳も被害も戦果も全てお膳立てしたんですよ。優秀な指揮官であってくれとお願いもしたのに。貴方たちも私も矛を収めることができる妥協点だと思ったのですが……」

 

 春嶺はそう言って、後ろの二人を見る。

 

「それでも引けない理由があったということですかね。警察を追ってきたか、はたまたグリフォン社に身代金でも請求するつもりだったのか。まだ懸賞金リストに載った覚えがないので警察さんの方がメインですか?」

「……悪魔め」

「良いですね、悪魔。正義を名乗るよりよっぽど建設的だ」

 

 そう嘯いてから春嶺は腰に手を当てて二人を見る。

 

「さて、襲撃者の方を武装解除した以上脅威レベルは低い状況ですが、無罪放免であっち行けとも言えないでしょう。この状況から私刑に走る趣味も私にはありませんが、最低限の自衛は必要だとも思っています」

 

 そう言ってから春嶺はすっと目を細めた。

 

「そこで一つ提案です。雇い主を教えていただければ私は見逃しましょう。あとは警察にお金を積むなり、全力疾走で逃げるなり好きにしなさい」

 

 口がなくなったかのようにだんまりを決める影二人。周囲は春嶺の部下が抱えているため逃げ道はない。

 

「……まあ、尋問官ではありませんし、聞けるとも思ってませんけど。そこはプロにお任せすることとしましょう。疑わしきは被告人の利益に、です。その判定は司法にお願いしましょう。ちょうど、警察に関係ある人がいらっしゃるわけですし」

 

 そう言ってドレスの女をちらりと見る。

 

「こちらとしても自衛はある程度したいわけです。情報提供、期待しますよ」

「そう簡単に民間に教えるわけにはいきませんけどね。報復でもされたらたまりませんし」

「それもそうですね。まぁ、正義に則った対応を求めます」

 

 肩をすくめていると、サイレンの音高らかに警察のパトカーが入ってきた。

 

「当事者ということで事情聴取くらい付き合ってくれるんでしょうね?」

「嫌だといったら許してくれます?」

「許すわけないでしょう?」

「でしょうね」

 

 春嶺は肩をすくめてから、春嶺はパトカーに乗る。

 

「無事に脱出できたわけです。ヨシとしましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まったく、なかなか危ない橋を渡るんだから、もう」

「見てるとハラハラしちゃいました」

 

 P38の声に、リトヴァ・アフヴェンラフティは伸びをした。

 

「それでも意外でした。S.O.ハルミネ、あんなことするんですね」

「あんなことって? ああ、敵の前にノコノコ飛び出したりするってやつ?」

「チェシャ猫作戦なら、わざわざ囮になりながら一階まで下りる必要無かったんじゃ」

「まぁ、そうだけど、ソータは相手がそんなに本気で殺しに来ないって思ってたみたいだよ」

「そうなんですか?」

 

 リトヴァは外部通信用の端末をシャットダウンさせながら頷く。

 

「今回の話、なんだかんだでグリフォン社に撤退されたら困るのは陸軍なんだよ。正確にはルスラン・ヴェルディエフ中佐かな。輸送線の戦力が足りてないのは事実だし、ソータの話を信じるなら、バタフシャーン山岳自治州関連で内乱が発生した時に人形というのは大きな戦力になる。味方ではいて欲しいのさ」

 

 横に置いてた炭酸ドリンクで喉を湿してからリトヴァは続ける。

 

「でも本当に欲しいのは『言うことを聞いてくれる人形』であって、グリフォン社ではない。安いと言っても、単体で戦況をひっくり返せる訳じゃない。だから、軍事行動をさせようと考えたら、それなりの数をそろえなきゃいけないわけだね。うちはI.O.Pと業務提携してるからこそコストを削減できるけど、初期導入やランニングコストを考えれば、弱体化した国家にそんなの揃えられるはずがないのさ」

 

 アフヴェンラフティはブラックアウトしたタッチパネルと機械式のキーボードを撫でながら続けた。

 

「だから陸軍は我々を切り捨てられない。陸軍にとってはソータは入力端末にすぎないけれど、その端末は意思をもつ。陸軍はソータが陸軍に頭が上がらない状況が必要だった。ついでに警察は味方にならないと示したかった。警察と接触してるの間違い無くバレてるしね」

 

 そういうとP38は難しい顔。

 

「つまり……陸軍はS.O.ハルミネをさらってから助けたかった?」

「そういうことじゃない? 『武装勢力にさらわれた馬鹿な男を助けてやった感謝しろ』とか言ったら気持ちいいんだろうさ」

 

 ま、証拠はないし、あっても出てこないだろうけどね。そう言ってどこか小馬鹿にした笑みを浮かべたリトヴァ。

 

「お金で動かない男を恩で動かそうとしたとかそんなとこだと思うよ。……人形が10体もいる相手に何やってんだかだけどさ。君達を甘く見すぎだよ、相手は」

 

 そんなことを言ってからリトヴァは副官の頭を撫でた。

 

「ま、ソータはうまいことやるよきっと」

「リトさんは、S.O.ハルミネを信じてるんですか?」

「まぁねー。だって面白いんだもん、彼」

 

 無茶もいろいろするしさせるけどさ。といってから席を立つ。

 

「さぁ、寝よう寝よう。どうせ明日も仕事なんだ。あとはソータがなんとかするよ」

 

 あくびをかみ殺してそういったリトヴァが部屋を出る。その後についていこうとしたP38が一瞬足を止めた。

 

「ん? どしたのPチャン」

「いえ! 何でもないです。私も少し疲れたみたいです」

「だよねー。あーやだやだ。ソータも人使い荒いしなぁ……あれが上司にならない事を祈るよ本当に」

 

 そんな会話を交わしている中、機器のアクセスランプだけがチカチカと瞬いていた。

 

 

 




……戦闘シーン(階段下りただけ)。


ちゃんとした戦闘はコンボイ輸送が始まってからね!

というわけで次回やっと出発です。人間関係や土地の整理に時間を掛けすぎました。これからサクッと行きます。……いきますよ?

というわけでこれからもよろしくお願いします。


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ディスオダリ・オーダ PHASE5

 

「私だ」

 

 非常識な時間に掛かってきた電話に、彼女はアルコールで痛む頭をなんとか持ち上げてそう答えた。

 

『おはようございます、ミス・ヘリアントス』

「夜中の0時半過ぎだ。電話の時間を考えたまえ」

『おや、サマルカンドにいらっしゃるものだと思ってましたが……零時台ということは、カサブランカ本社でしょうか』

「定例のエリアマネジャーミーティングだ。そっちは朝か」

『えぇ、日は先ほど上がりました。そうでしたか、カサブランカに。エリアマネジャーの基幹ミーティングの日程を把握していませんでした、申し訳ありません』

 

電話の向こうは申し訳なさそうなトーンだが、絶対に演技だろう。ヘリアントスはそう心の中で毒づきながらアルコールと寝起きのダブルパンチで回っていない頭を回す。

 

「それで、なんの用だ、S.O.」

『どうやら別動隊と関係を持たなければならないらしくて』

 

 ()()()、その言葉を聞いたヘリアントスはため息をついた。そのスラングが意味するのは、『他部隊ないし他社が運用するI.O.P製の義体』だ。

 

「それは戦闘になるということかね」

『かなりの確率で。それも下手をすると、我が社の部隊と同士討ちの可能性も』

「部隊といったが、我が社の正規部隊か?」

『それの確認です。ミス・ヘリアントス。……何か聞いていませんか?』

 

 そう言う声は、ギンと張っていた。味方に掛ける声ではない。その問いかけがすでに反語だ。貴女なら聞いているはずだと詰問している。

 

「少なくとも私は聞いていない。独立運用のコマンドが存在することは存在するが」

『噂の404小隊ですか』

「貴様がなぜそれを知っている?」

『私がJWパブリシズにいたことをお忘れですか? “不可視の小隊(404 Not Found)”、偽装広報による(ディセプティング・キャンペーン・)情報作戦(パッケージ)を実行したのは私ですよ』

「……そうだったな。JWパブリシズ軍事広報研究所、春嶺颯太主幹研究員」

『懐かしい肩書きですね』

 

 JWパブリシズの広報能力とその展開のための人脈は、グリフォン社に対して強力な情報戦能力を提供した。グリフォン社が全世界的に活躍し、地方行政を下支えしながら、対鉄血戦線を展開できるのは、その財政基盤や人形の優位性のみならず、優秀なブレインを抱えてきたことにある。

 そのブレインの一つが、JWパブリシズだ。広告代理店を中心にした情報収集、そして情報発信の一大ネットワークの中には、情報戦に特化したセクションが存在する。軍事広報研究所もその一つだ。

 

『404小隊は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のはずですよ。人形の独立性を水増しし、グリフォン社の優位性を他社に示した。話に尾ひれがつきやすいように情報を成形し、実際に放たれた情報は誇張を繰り返しながら、噂の域までちゃんと到達した。火のない所に煙は立たぬと言わせ、警戒させることが必要だった。それを調べに来た団体や諜報機関をリストアップし、ネットワークを把握する。そのための餌だったはずです。少なくとも、我々JWパブリシズはそれを意図して提案した』

 

 広報の話になると、彼は饒舌だ。元々口は立つ方だが、なおさら言葉が多くなる。

 

『……存在しないことに意味がある部隊を、わざわざ実在させていたなんて話を私は知りませんでした』

「なぜそれが出てきていると貴様は考える?」

『確証はありませんよ。それでも現状の中央アジア共和国連合の状況を考えればある程度の納得はできます。……グリフォン社は、中央アジア連合陸軍を食い潰すつもりだ。違いますか?』

 

 電話の向こうの声はほぼ確信を持って話している。

 

『クルグスもタジクも、バタフシャーン自治州の独立問題に火をつけたら、1年も持ちこたえずに勝者なしのまま双方瓦解する。そうなればインドや南トルキスタン地域とユーラシア北部を結ぶ補給線が断絶する』

「……そこまで考えて、貴様は私に何を要求する」

 

 電話の向こうの男の声が笑う。

 

『要求ではありません。確認です。今回の戦い、私達が勝ってもよろしいですね?』

「最初から負けることは想定していない」

『クルグス共和国は優秀な依頼主(クライアント)でしょう』

「タジク人民共和国も優秀な依頼主(クライアント)だ」

『なるほど。国境線を変えるつもりはないということですね』

「そうだ。バタフシャーン山岳自治州にはタジク人民共和国でいてもらわなければならない」

 

 言いにくいことを逃がすことなく聞くつもりだ。ヘリアントスは胸が騒ぐ。

 

 春嶺颯太は、何かを焦っている? いや、任務の方向性を明確にせねばならないからそういう物言いになっているのか。

 

「貴様の命令に変更はない。クルグス警察に手を貸せ」

『了解しました。損壊が出たら警察に請求を出しますよ。既に装甲車代はいただきましたしね』

「待て、もう壊したのか?」

『宿泊したホテルが襲撃されましたので、致し方なく放棄しました』

「……まったく、任務開始前からやってくれる」

『それはテロリストに言ってください』

 

 悪びれる様子もなくそう言う相手に頭を抱える。数十万ドルの備品だというのをわかってないのかこの男は。

 

「……まあいい、後で始末書を出して貰うぞ」

『了解しました、それでは』

「春嶺颯太」

 

 電話を切ろうとしたので呼びかける。声を掛けるべきか迷ってから、ゆっくりと口を開いた。

 

「……まだM1895にも言うな。極秘情報(ユア・アイズ・オンリー)だ。今回襲ってくる相手に心当たりがある」

『どういうことですか?』

 

 ヘリアントスが、ゆっくりと正確に伝わるように、口を開く。

 

「三ヶ月前、同じルートの護衛作戦中に、我が社の人形が三体、無断離隊(エイウォール)している」

『無断離隊……!?』

 

 受話器の向こうは驚いた気配。Absent Without Leave――無断離隊(AWOL)は脱走兵となることと同義だ。正規軍、特に徴兵制を行っている軍隊では珍しいことではないし、民間軍事会社においても頻度は低いものの、発生の前例はある。

 

『戦術人形がAWOLとは……。なかなか聞かない事例ですね』

「ないわけではない。何らかのエラーかバグのことがほとんどで、すぐ回収されている。だが、三ヶ月も行方をくらませているのは前代未聞だ。おそらく、彼女達にとって、離隊せざるをえない事情があったのだろう」

 

 もっとも、離隊する理由に心当たりがないのだがな、と付け加えれば、春嶺はしばらく考え込むような間を開けた。

 

『それが襲ってくると?』

「戦術人形は定期的なメンテナンスが必要になる、当然だが、破損すれば補修が必要だ。人形は会社から離れては長く存在できない。必ず、専用の装備とシステムを必要とする。……離隊してから三ヶ月、独立運用での活動限界が近いはずだ」

『……それを回収するために、404が動いている?』

「私には情報は下りてきていない」

『わかりました。今回の作戦は業が深そうです。……ミス・ヘリアントス』

「なんだ」

 

 電話口の向こう、わずかに言い淀んだ。

 

『いえ、ただの恨み節になりますから、止めておきます』

「そうか。武運を祈る」

『ミス・ヘリアントスも、ご武運を』

 

 それで電話は切れた。

 

「まったく、頭が切れすぎるのは早死にするぞ、春嶺颯太」

 

 眠れそうもないくらい、頭が冴えてしまった。もう一度寝付くために、彼女は冷蔵庫の扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すいません朝から、トラックまで追加で用意して貰っちゃって」

 

 春嶺はそう言って肩をすくめた。皮肉なまでの快晴、時刻は0718、午前7時18分。

 

「寝不足にさせてしまいましたかね、ヴェルディエフ中佐」

「そんなことはない、もっとも、ホテルが襲われたと聞いて驚いた。こちらの警備の不手際もあったようだ」

「無事生きているだけ儲けものです」

 

 互いに完全な笑み。互いに取り繕っているのはバレバレだが、限りなく黒に近いグレー、もしくは限りなくグレーに近い黒であることは重要だ。契約関係に限ってだが、書かれていないこと、物証がないこと、把握されていないことは「存在しないこと」と同義だ。

 

(まぁ、コレをずっと部隊の前でやらないといけないかと思うと、気が滅入りますがね)

 

 そんなことを心の中だけで嘯いてから、後ろのトラックの集団を見る。

 

 輸送トラック22台、正規軍の指揮用装甲車1台と連絡用の小型車が2台。グリフォン社に貸与されたトラックが2台。合計27台はかなりの壮観だ。輸送トラックの中には40フィートコンテナ積載のトレーラーもある。本当にあれで峠を越えるつもりなのかと思うが、どうやら毎回やっているらしい。運転手の腕が良いことを信じるのみである。

 

「何はともあれ、スケジューリングをずらすことなく出発できそうでよかった。週に一回の重要な補給線を滞らせる訳にはいきませんからね」

「善戦を期待する」

「銃を撃たずに済むのが一番ですよ、ヴェルディエフ中佐。必要があれば撃つだけです」

「ははは、それは心強い」

 

 どうやら善戦を期待されるほどには、戦闘が起こることは確定事項らしい。先が思いやられる。

 

「それでは、これで」

「本当にその格好で行く気かね?」

「なにかおかしいですか?」

 

 春嶺は自分の服装を見直す。トレッキングシューズにグレーのスラックス。シャツにネクタイを締めベスト代わりに薄めのセラミックプレート入りの対刃ベストを着込み、上からジャケット。対刃ベストに白く大書された社名がボタンを外したジャケットの下から覗いているし問題は無かろう。ネームタグをわざわざジャケットに垂らす必要もあるまい。

 

「いや、山にいくのにスーツを着込む男を初めて見た」

「私の仕事はいつもこんな感じです。スーツだと体温調節が楽なんですよ」

「そんなものかね。呼び止めて悪かった。道中気をつけて」

「ヴェルディエフ中佐もお元気で」

 

 金を払って貰わないといけないですから、と心の奥底で呟いてから今度こそ足をトラックの方に向けた。なんだか姦しい声がする。

 

「MP40、どうしました? なにかトラブルでも?」

「S.O.ハルミネ。スケジューリングや規則違反になるようなものではありません。ご心配なく」

「それにしてはナガンとM14が言い争っているように見えますが」

 

 そういう春嶺に苦笑いを浮かべたのはM1ガーランドである。

 

「それがですね、M14が指揮役全滅のリスクヘッジで我々の二号車にS.O.とナガンちゃんが同乗するのはいかがなものかって言いまして。それになぜかナガンちゃんが猛反発していまして」

「ポジションの割り当ては決めてるはずでしたが」

 

 頭を掻きながら言い合いの爆心地に近づいていく。

 

「あー、ナガン」

「なんじゃ、おぬしもこやつの肩を持つのか」

「そういうわけではありませんよ。ツェナー通信プロトコルにリアルタイムアクセスするにはナガンが必要ですから。現状側に居てくれないと困ります。ナガンは私と二号車です」

「お、おう。そうか……」

 

 なぜか顔を赤くするナガン。何故そうなる。

 

「だったら私も二号車に乗ります!」

 

 右手をまっすぐ上に掲げてそう宣言するのはM14。後ろでM1ガーランドが頭を抱えた気配。

 

「M14、おぬしは一号車と指示があったろう」

「二号車の方が後方のコンテナトレーラーに近いです。トレーラーの上からの狙撃を考えるなら、ライフルは先頭を引く一号車より、二号車に配備するのが合理的です!」

「おぬし、さてはソータと一緒に居たいだけじゃな?」

 

 じとっとした目線を送るナガンだが、M14はそれをものともせずに春嶺に詰め寄った。

 

「ご決断を!」

 

 ご決断もなにもないだろうとは思うが春嶺は横に目線を走らせ、とりあえず相手を探す。

 

「……ガーランド」

「私とポジション交代しましょう。私が1号車へ乗ります」

「お願いします。これに伴い作戦単位S-1をガーランドに預けます。PPSh-41、MP40、Gr-G41、ブレン・テンを預けますので、以上メンバーは一号車に乗車」

「了解しました」

「車の運転は?」

「一通り覚えています」

「では、ガーランドも運転の交代要員として入ってください。陸軍からも一人トラックに乗りますので失礼のないように」

 

 春嶺は肩をすくめる。

 

「M14、車の運転はできますね」

「はい。最初は私がしますか?」

「お願いします。隊の中程につくわけですから道を迷うことはないでしょう」

 

 それを聞いて焦ったのはナガンだ。

 

「まて! それはどうなんじゃ!」

「なにがです?」

「軍の担当とM14とおぬしが座ったらわしが座る場所がなかろう!」

 

 貸し出されたトラックは運転室は三人掛けだ。基本3人しか運転室には入れない。

 

「じゃぁナガンは後方警戒をかねてスコーピオンと……」

「なんじゃ、わしを追い出すんかっ! わしだって運転くらい」

「アクセルに足が届くんですか?」

「……見ておれ!」

 

 そう言って彼女はあてがわれた高い位置にある運転台に上る。

 

「わしに、かかれば、これ、くらい……っ!」

 

 椅子から半分落ちたような姿勢でハンドルを無理矢理握り、膝をピンと伸ばして、なんとかアクセルに足を乗せようとする。

 

「ふん……、トラックの、一つや、二つ……!」

 

 座席にまともに座ると膝が伸びて、足がほとんど床につかないのに、どうやって運転するつもりだ。それでも諦めないのか一生懸命膝を伸ばすが、届く気配はない。

 

「……M14、運転お願いします」

「はい、わかりました」

「いまに、今に身長が伸びるのじゃ……!」

 

 春嶺は、義体に身長の変更機能が無いことをナガンに告げるかどうか悩んでから、彼女の肩を叩いた。

 

「気にしないことです。貴女が役立つところは他にある」

「そう言われると、なんだかむかつくんじゃが……」

 

 ナガンがそう言って意地でもハンドルを握りしめている。

 

「下りてください、ナガン」

「嫌じゃ」

「……はい?」

 

 予想外の反応に春嶺がフリーズ。

 

「嫌じゃ」

「いえ、嫌ではなくてですね……」

「い・や・じゃ」

 

 しばらく互いににらみ合う構図になる。トラックの運転席に上っているナガンを見上げるのは新鮮だが、こんなことでにらみ合っていても仕方が無い。半分涙目になりながら見下ろしてくる構図は戦場でなければ和やかなわがままで終わるだろうが、そんなわけにはいかないところがつらいところだ。

 

「M14、直接強制執行です。引きずり出しなさい」

「はいっ! 指揮官!」

 

 やたらといきいきとしたM14が運転席ににじり寄っていく。

 

「いやじゃと言っておるだろうが! なんじゃM14! いかがわしい手つきでわしの足に、ひゃっ! ドコを触っておる! やめんかぁ!」

「ふふふー。指揮官を困らせる人にはこうですよー」

 

 春嶺は見てはいけない物を見た気になって目線を逸らしつつ、明後日の方向に歩く。あまりに目に悪い。目線を逸らした先から迷彩服の人物がすたすたとやってくる。おそらく女性。

 

「グリフォン社の指揮官はこちらか」

「えぇ、私ですが……()()()()()()、ですかね?」

「会ったことはないはずですよ、春嶺颯太さん」

 

 赤いドレスが記憶の端にちらつく、浅黒い肌に、青い瞳。敬礼をする姿を見て肩をすくめる。警察側からのお目付役、ということだろう。念入りなことだ。

 

()()()()()()、第三一継戦支援大隊隷下、第三一六輸送部隊所属、テルミベトゥワ・ジャズグル・トロンベコヴナ曹長です」

「よろしくお願いします、曹長。……ジャズグルさんとでもお呼びしましょうか」

「なんとでもお呼びください、私はメッセンジャーですから」

 

 メッセンジャー、ね。とどこかさめた反応になってしまう。昨日の今日で『はじめまして』だ。信用できるかどうかは甚だ疑問である。

 

「よい関係性を期待しますよ」

「こちらもです、早速なんですが、……あれ、止めなくてよろしいのですか?」

 

 迷彩服の女性が指さした方向は、トラックの運転席。

 

「ま、股ぐらなんぞ触るなぁっ!」

「ここかー、ここがええんかー」

「わかった! 下りる、下りるから! やめぇ!」

 

 春嶺颯太がため息をつく。

 

「ご指摘どうも。姦しくてすいません」

「賑やかな行軍になりそうですね」

 

 空を仰ぐ。皮肉げな雲一つ無い青空だった。

 

 

 

 この1時間後、輸送コンボイは予定通り出発した。

 

 一路南へ。目指すはタジク人民共和国国境、キジル-アルト峠だ

 

 

 




やっと出発です。ナガンちゃん可愛い。

キューブ作戦楽しみですね! 夜戦は1-3nまでしか終わってないのでかなり心配です。ナガンちゃんに活躍して貰います。絶対ナガンちゃん、廃墟とかの屋内戦でサプレッサをつけたリボルバーで夜戦で無双するの似合うと思うんですよね。いつか書きたいです。


次回も頑張ります。



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フォ・ゴ・ワ ―Fog_of_War― フォ・ゴ・ワ PHASE1

 

 

 白い家という街の名前にあるとおり、カサブランカの街並みは白く、朝日がキラキラと反射する様子は、この都市の近くまで鉄血の人形がよってきているという絶望的な状況を差し引いても、評価に値するだろう。

 

 特に大きな採光部から差し込む光は強烈で、美しくて眩しいほどだった。光あふれる部屋からその街を眺めている女性に副官が声を掛ける。

 

「指揮官様はどうしてあの男を信頼なさるのですか? 私にはわかりません」

 

 MP5の声に、ヘリアントスはどこか上の空で曖昧な返事をした。寝起きが悪いヘリアントスを起こしに来て身支度を手伝うのもMP5の副官としての務めだった。

 

「どういうことだろう」

「言ったとおりです。指揮官様はなぜあのS.O.を最前線に出したのですか? 私にはあの男は危険だと思います」

「表現がまっすぐだな、MP5」

 

 二日酔いなのか顔色がいつもより悪いヘリアントスはベッドに腰掛け、ブラに腕を通しながらそう笑った。

 

「なぜ春嶺颯太を信頼するか、か。質問に質問で返して済まないが、MP5は何故彼が危険だと考えた?」

「私達の存在意義を否定したからです」

「ほう?」

 

 ハンガーに掛けられていた制服をおろしながらMP5は少し怒ったように続ける。

 

「だって、あの男、ヘリアン様の前で我が社の方針にケチをつけたんですよ! 『グリフォン社の戦いは破綻します』とか澄ました顔で言って! 私達の力を信じていないみたいにヘラヘラと笑って! 私達は人形です。でも、ただ人形じゃないんです。なのに全部まとめて人形に頼るのはおかしいって言ったんですよ! それも配属初日に!」

 

 そのときの反応を思い出してしまったのか、表情が怒ったものに変わっていく。それを見て、ヘリアントスはわずかに表情を崩した。

 

「……ヘリアン様は悔しくないんですか? 私は悔しいです。もしあの男の言っていることが正しいなら、なぜ私たちは戦っているのでしょうか。負けるために戦っている訳じゃない。勝つために戦っているんです。そのために、私達は銃を持っているはずなのに」

「……MP5」

 

 ヘリアントスは副官からワイシャツを受け取り、袖を通した。ゆっくりとボタンを留めながら呼びかける。

 

「春嶺颯太という男は、摩擦に対応する天才の能力があると私は考えている」

「摩擦に対応する、天才……ですか?」

「クラウゼヴィッツの『戦争論』を読んだことは?」

 

 ヘリアントスの問いにMP5はかぶりを振った。それを見て、ヘリアントスはゆっくりと立ち上がり、窓際へと寄っていく。

 

「プロシアの軍事学者カール・フォン・クラウゼヴィッツは『戦争論』の中で、どれだけ緻密に、正確に組み立てた戦術や戦略も、些細な要因で遅延することを指摘した。机上の作戦は、それがたとえどんなに緻密でも、あくまでそれは机上のものに過ぎない、とね」

 

 そう言ってヘリアントスは朝日に照らされたカサブランカの街を見下ろす。

 

「我々では制御不可能(アンコントーラブル)な事象、例えば、天候、自然災害、予測不可能なトラブル、それらのせいで作戦が直面する障害……それをクラウゼヴィッツは『戦場の摩擦』と名付けた」

 

 その街並みに手を伸ばして、まるでそれをつかみ取るように手を閉じる。

 

「『戦場の摩擦』に対抗し、軍勢をまとめ上げ、勝利へと導く、指揮官の決心、これをクラウゼヴィッツは『天才』という概念で規定した。危険や苦労、不確実性が支配する戦場で、生き残るためには天才が不可欠だ。彼には、『天才』的素質……いや、摩擦に対する耐性が備わっている」

 

 白い街並みを見下ろしながら、ワイシャツを着終えたヘリアントスは笑って見せた。

 

「ツェナー通信プロトコルや拡張型情報処理機器(ASST)、ダミーネットワークに代表される電子空間の発達と拡張で、我が社の戦場は急速に広域化し、司令部からリアルタイムで遠隔地の指揮を執ることが可能になった。やろうと思えば、クルグスにいる彼らを、カサブランカからコントロールすることだってできる。クラウゼヴィッツが見たら『戦場の霧は晴れた』とでも言いそうだが、それでも、基地の中で見るマップは、あまりに現実離れしている」

 

 ヘリアントスはMP5の方に向き直った。

 

「君達のいる戦場で、どんな『摩擦』に遭おうとも、戦場を俯瞰し、指示を出せる『天才』が必要だった。その種が、彼だ。いけ好かない男だし、信頼しすぎるのは危険だ。それでも、我が社に充分意味ある人材だ」

 

 ヘリアントスの言葉を受けて、MP5はわずかに首を傾げた。

 

「……ヘリアン様のお話は、難しくてよくわからないです」

「戦場というのはもっと難しい。だからこそ、君達戦術人形も知識を持たねばならないと考えている。難しくても、学んで行かなければ、な」

 

 ヘリアントスはMP5の頭を撫でてから、朝の光を映していたガラス面に触れる。とたんに美しい白い街並みがブラックアウトした。次の瞬間には、機材の熱で仄暖かいガラス面に、全世界で展開しているグリフォン社の戦況が投影され始めた。

 

「早く美しい街並みを取り戻さねばならない。そのために我々がいる。君も、私もだ」

「――――――――はいっ!」

 

 満面の笑みを浮かべるMP5に笑い返してから、ヘリアントスはスカートを手に取った。

 

「さぁ、今日も仕事だ。忙しい前線組に誹られないように、給料分の働きをするとしよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「暇じゃ」

「でしょうね」

 

 結局、三人乗りの運転席に乗り込んできたM1895『ナガン』がぼやくが、これが5度目ということもあり、春嶺は素っ気なく返事をしただけだった。それに膝の上に座られるというのは、長時間になると苦しい。首の後ろに貼り付けた指揮管制装置(プロンプター)の排熱もあり、なかなかに厳しい条件だ。

 

「何事もなく二日間じゃぞ」

「いいことですよ。PMCが暇な世界はよい世界です」

 

 春嶺はとりつく島もないという反応だが、ナガンは相当ご立腹の様子。その様子にハンドルを握っているM14も苦笑いだ。

 

「でも、この位置だと前もトラックの荷台しか見えませんから、暇なんですよね」

「気を抜かないでくださいね。ドライバーが居眠りなどされたら目も当てられません」

「わかってますって」

 

 M14は安全運転を続ける。疲れ知らずの人形というのはつくづく便利だ。運転も安定している。コンボイの輸送班の運転は人間がやっているため、その休憩等はあるが、M14はもっとぶっ続けで走りたい様子。結局ドライバーの交代もなく、夜間は休んでいるとはいえ、二日間ハンドルを握っている。もしかしたらM14は運送業に従事していた人形だったのかもしれない。そんなことを考えながら春嶺は横をチラリと見る。

 

「……もう木があまりなくなりましたね」

「すでに高度は3,000メートルを越えています。森林限界が近いみたいですね」

 

 M14の声にそんなものかと思いながら手元のタブレットを見る。半世紀前に日本のゲーム機で採用されたハードウェアを原型にしたというその機械はつくづく頑丈だ。物理キーを仕込んだコントローラ部だけを取り外し、左手に持つ。液晶部分だけをなんとか持ち上げて覗き込もうとする。目の前のナガンが邪魔で目線の高さまえ持ち上げるしかない。

 

「前が見えん。前方哨戒ができん」

「だったら私と一緒に後ろに移りますか。スコーピオンやM1911も暇してるでしょうし」

「後ろも狭いんじゃ。戦術単位S分の傀儡人形(ダミードール)を積んでおる。それにすぐ使えるようにって使い勝手の良い位置を格納容器(キャニスタ)で占領しとるんじゃぞ。そんなことろに五人も言ったらこっちより狭いぞ」

 

 足を振って(すね)を蹴ってくるナガン。ダッシュボードをガンガンと蹴るような形になる。

 

「まーったく、このPMCはいちゃついちゃってもう……」

 

 そんな春嶺の状況などいざ知らず、窓際の助手席でそうため息をついたのはジャズグル――テルミベトゥワ・ジャズグル・トロンベコヴナ曹長だ。褐色の肌に青い目が光る。

 

「そんなんで戦えるんですか?」

「戦わないで済めば一番なんですけどね」

 

 視界を遮る真っ白な嵩の高いロシア帽を躱して前を見ようとするが、なかなか苦戦している春嶺。なんとか電子地図を盗み見た。見にくいことこの上ないのでダッシュボードに置く。

 

「大分来ましたね」

「えぇ、この様子なら今日中にキジル=アルトを越えていけるかと思います」

「……この調子なら、ね」

「何か気になることでも?」

 

 ジャズグル軍曹が問いかける。その手には小さな端末、数年前までスマートフォンと呼ばれていた信頼性の高い――古めかしいともいう――ものだった。

 

「いえ、そうなることを願っています」

 

 ジャズグル軍曹は何かを打ち込んでいる様子、盗み見ると、テキストが打ち出されていた。……『盗聴器があります』。

 

「まぁ、すでに標高は3000メートルオーバーとなれば、人間の活動はある程度制限されてしまうことになります。ここからが我々の仕事となるわけですが、私の部下は優秀ですよ」

 

 そう言う春嶺の左手で十字キーがものすごい勢いで操作され始めた。ダッシュボードに置いた端末に文字が打ち出されていく。

 

『怪しいのをまとめてここに乗せたのですから当然でしょう。このトラックごと吹き飛ばすみたいなことがなければいいんですが』

「その言葉を信じたいものです」

 

 ジャズグル軍曹はそう言い、端末をフリック操作でコントロールする。

 

『そちらが掴んでいる情報を教えてください』

『まともには知りませんよ。ジャズグル軍曹の方がご存じだと思います』

「……雪、でしょうか?」

 

 空を睨んでそういったのはM14。正面を見ると灰色の雲がかなり近くに見える。

 

「時期的にはまだ積もらないはずですよ」

「ここで遭難騒ぎは勘弁願いたいものですね。……警備二号車(ガード2)から警備一号車(ガード1)、ガーランド、全隊へ」

 

 春嶺が無線を開く。グリフォン社のメンバー向けの音声通信だ。

 

「悪天候の兆しを確認しました。視界が悪くなります。アンブッシュへの警戒を厳に。交戦距離が短くなることが予想されます。気合いを入れてください」

《こちら警備一号車(ガード1)、ガーランド、了解しました》

 

 ガーランドの声が無線に乗る。

 

「スコーピオン、P7、外での警戒、気をつけてくださいね」

《なによ、いい人ぶっちゃって》

《やーい、スコーピオンのツンデレー》

《P7後で覚えときなさいよ!》

 

 コンテナの上で屋外警戒をしている二人のうるさい声が聞こえてきて、春嶺はわずかにイヤホンの音量を下げた。マイクがオフになっていることを確認して、横の軍曹に向けて口を開く。

 

「悪天候で、高地です。なにが起こるやらわかりませんが、出たとこ勝負ですね」

 

 春嶺はそう言いながらまたテキストをタブレット端末に打ち込む。

 

『成功率がいきなり下がった理由として、現地ゲリラというのは考えていません』

『なぜ?』

 

 ジャズグル軍曹が端末にすぐさま返してきた。

 

『おそらく人形を持つ何物かがバックで支援しています。おそらく陸軍に繋がったなにものかです。それに襲わせて、武装を強奪させる。最後尾の指揮装甲車と()()()()()()()()()()()()()トラックを強奪させるつもりでしょう』

 

 そう打ち込んでいる間にも雪がちらつき始めた。

 

「外は寒そうですね」

「のう、本当にスーツでよかったんか?」

 

 ナガンが会話に割り込むが、その目線はタブレット端末に釘付けだ。外から見てバレバレにならなきゃいいが、と心配しながら春嶺は答える。

 

「スーツは元をたどれば軍服ですよ。使い勝手は良いものです。それに、今回のは元々警備用などのために仕立ててあるものですから」

「ようわからん」

「聞いてきたのはナガンじゃないですか」

 

 そう言いながらも文字を打つ手は止まらない。

 

『ただ、今回は戦闘は苛烈になるかと思います。我々がいることは、おそらくバレている。最悪の場合、空荷のトラックを爆破しましょう。うちにも火薬はありますからね。それで陸軍との関係性に向こうが不信感を持てば御の字です』

「……えげつないわね」

「なにがです?」

 

 打ち込まずにそんなことを口でいうジャズグル軍曹。とりあえずわからないふりで答えておく。

 

「そのスーツよ。最初は気がつかなかったけどよく見ると対刃装備じゃない」

「まぁ、防弾機能はありませんがね」

 

 拳銃弾くらいは防げるけど、とは言わない。盗聴器に態々吹き込ませるのを向こうは意図しているのだろう。

 

「なにも着てないよりはマシですよ」

「全裸でここに来る馬鹿じゃなくてよかったわ」

「そんなバカに見えますか?」

「スーツでちっちゃい子といちゃつく程度には」

「なんじゃとぉ!」

「ナガン、クライアントにそんなに突っかからないでくださいよ。余裕を持ってこその大人というものです」

「ソータ、そんなに鉛弾がお好みか……」

「鉛中毒になりそうですね」

「はいはい、そんなにいちゃつかない……」

 

 二号車の運転室はとても姦しいが、その喧噪を割るように無線通信が入った。

 

《前方にロバを連れた一団あり》

「前方要員、状況確認(コンファーム)

 

 春嶺の指示を受け、最前列のトラックの上で見張り中のスコーピオンからの声が響く。

 

《数は18、物売りの商人みたい。女性が多い。ロバ10頭、武装は確認できない》

「低強度警戒対象ですね、全員、シートベルトは外しておきましょう。スコーピオン、P7はそのまま警戒、セフティは外さないでくださいね」

 

 春嶺はそう言ってからアタリをみる。

 

「山の斜面で迂回路はなし、左は谷で右斜面から撃ち下ろされる可能性あり。か……」

「ソータ。どうする気じゃ?」

「最後尾まで抜ければよし、抜けられなければ撃滅する必要があるかもしれません。何事もないことを願いますが……」

 

 その直後、発砲音。

 

「そうもいかないか。S1降車。スコーピオン、狙いを外して撃ってください。まだ当てないように」

 

 プロンプター経由で情報が送られてくる。一号車に乗車していた戦術単位S1が飛びだしていく。とんでもない爆発力で飛びだしたのはGr-G41だ。

 

《了解!》

「わたしも出ます!」

 

 そういったM14に待てとジェスチャーを出す。

 

「S2は後方警戒続行、この規模の襲撃ではコンボイは全滅しません。別動隊に警戒」

《ごしゅじんさま! ちがう!》

 

 Gr-G41の焦った声がする。

 

《りくぐんがうってる!》

「S1射撃中止、Gr-G41、陸軍側を止めなさい」

「もう遅いです」

 

 横のM14が冷静な目で前方を見ながらそう言う。春嶺も、Gr41の視界をプロンプター経由で呼び出した。

 

「生身の人間とロバじゃ、指揮管制車の車載機関銃で一瞬で蜂の巣、か。……軍曹、こちらの脅威判定と軍の脅威判定に著しい乖離があるようだ。軍ではすれ違う商人にも発砲するのですか?」

「……そこまで腐ってないと思いたいですが」

「輸送隊長のカビリ大尉と話がしたい。無線を繋いでもらえますね?」

「……了解しました」

 

 やれやれ、こんなことで交渉(ネゴ)か。とため息をつきながら春嶺は無線を受け取る。

 

 

 その間にも確実に、トラックの車列は、雪と霧の中に飲み込まれていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……、先頭車両は民兵、後方のトラックにもきっといますね、戦術単位Sが二個というところでしょう」

 

 霧の中にその影が溶けていく。

 

――――よくやった、君の古巣との戦いになるわけだが、やれるかね。

 

 彼女はその声を憎む。それでも、従うしかない。

 

 

 

 

「はい、この一〇〇式が、倒してみせます」

 

 

 

 




お待たせしました。G11待ってます。配給と弾薬ください。

ゲームしてると執筆できないのナンデですかね。

そんなことより、いよいよ本格的に行きますよ! 戦闘です! ひゃっほい!

これからもよろしくお願いします。


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フォ・ゴ・ワ PHASE2

 

 

「まさか、こんな山の中で野宿する羽目になるとは。それにこの雪、なかなかに悪条件ですね」

「……仕方が無いでしょう。この先は離合もできない幅の狭い峠の下り坂。日が落ちきってから下るのは自殺行為です」

 

 ジャズグル軍曹にそう言われ、春嶺は疲れた顔を隠すことなく窓の外を眺めた。すでに晴れ上がっているが、雪が数センチ積もっている。積雪はないんじゃなかったのかと、気象観測所の人間を恨みたくなるが、恨んだところでどうしようもない。

 

「雪は嫌いですか?」

 

 ジャズグル軍曹は毛布を被りながらそういった。

 

「寒いのは苦手です。ですが、雪が降ると熱光学迷彩は透過率が下がる。発見が容易くなるので痛し痒しですね」

「仕事熱心なことで」

 

 ジャズグル軍曹はそう言ってもぞもぞと毛布を体に巻き付けて座り直す。トラックの運転席にリクライニングなんて洒落たものはない。なんとか背中と首をを痛めないように気をつけながら姿勢を直す。

 

「歳ですね、なかなか眠れそうもありません」

「そんなに苦しいなら荷台で休まれればいいのでは?」

「まぁ、そうなんですけどね」

 

 ジャズグル軍曹の言うとおり、荷台で傀儡人形(ダミー)格納容器(キャニスタ)と肩を並べて横になる手もあった。しかし、当直をサボったらしいM1911が『はぁい! ダーリン、暖めてあげます♡』と両手を広げ、Gr-G41が眠そうな目を擦りながら『ごしゅじんさま、いっしょにねる?』と言ってきたため、即時転進して今に至る。

 

「なんで帰ってきたんです? あんな格好させてるのあなたの趣味なんじゃないんですか?」

「ご冗談を。権限があるならとっくに迷彩服で統一しています」

「傭兵のオペレータってそんなに権限無いんですか?」

「ありませんよ。戦術人形は基本的にパッケージングが完了しています。下手に崩せないんですよ」

 

 戦術人形は、その核となる銃器と義体、そしてその周辺機器(アクセサリ)もまとめて一つの行動単位(パッケージ)である。外装の一部である外套や帽子などもそれぞれの特性に合わせて設計されたものだ。

 

「にしても、アインちゃんって呼ばれてたあの子ほとんど下着じゃないですか。シースルーのベビードールみたいな格好じゃないですか」

「あぁ、Gr-G41ですね。整備レポートだとあの子、基本装備だけでかなりの重量なんですよ。機動力を確保するために、あれぐらいしか外装に重量を回せなかったそうです」

 

 肩に巻いた毛布を直しながらタブレット端末を覗き込む。そこに映るのは全部隊の人員配置図だ。リアルタイムでの活動が確認できる。

 

「それにしても服くらいちゃんと着せてあげなさいよ。見てる方が寒いわ」

 

 ジャズグル軍曹の視線の先には、Gr-G41。ちょうど見張りの交代に行くのだろう。

 

「……それは確かに」

 

 春嶺はそう言ってドアを開けた。峠を登り切って雲は自分達の下を流れているらしい。空は満点の星空だった。第三次大戦の前は人工の光で空は塗りつぶされ、星なんてまず見なかったと聞いている。人類が瀕死の状況で空が輝くというのは、皮肉なものだ。

 

「アイン」

「ごしゅじんさま!」

 

 呼びかけるとG41がパッと笑って走ってきた。これもまた、皮肉だろうか。

 

「ごしゅじんさま、どうしました?」

 

 こてんと首を傾けて春嶺の顔を覗き込むG41。自分の感情をコントロールできていないと、春嶺は自戒する。

 

「見てるこっちが寒くなるから、羽織っていきなさい」

 

 春嶺が渡したのは少々厚手のトレンチコートだ。ちょうどこの岩だらけの哨戒なら、少しばかりは迷彩効果もあるだろう。

 

「いいの?」

「しっかり羽織っていきなさい。丈が長いから気をつけて」

「わかった! あとでかえすね!」

 

 うれしさに弾んだG41の息が、白く曇って、溶けていく。

 

「そうしてください。では、気をつけて」

「うん!」

 

G41がそう言って山の尾根を伝うように離れていく。彼女達は夜目が利く。少しは周囲の人間の相手はできるだろう。

 

「それで、あの子達を引かせるっていう判断はしないのね?」

「先ほどの話の続きですか? ジャズグル軍曹」

「……だからこそ、攻撃は止めさせたでしょう」

 

 ジャズグル軍曹は目線を足下に落とした。

 

「……ガス抜きは必要、ですか」

「Mr.ハルミネ。きっと貴方の非難は間違っていない。(おおやけ)に扱われる暴力は、正義として認められる暴力は、決してあんなものではない。私はそれを信じています」

「でも、事実は違った」

「えぇ、だからこそ、この軍隊は人形による戦力を求めています」

 

 ため息をつく。やはり息は白かった。

 

「ジャズグル軍曹、人の普通と人形の普通は違うんです。貴女が考えるより、戦術人形は不完全なんですよ。これは、前も話しましたかね」

 

 春嶺はトラックのドアに寄りかかり、そのまま体重をかけてドアを閉める。ジャズグル軍曹が手回し式の窓を開けてきたあたり、『話は止めにしよう』という意図は伝わらなかったらしい。

 

「どういうことかしら」

「……人間は、人間が考える以上に高性能で、したたかです。そして、その狭間で揺れる彼女達人形は、時に人間の価値観で扱うと、悲劇を巻き起こす」

 

 春嶺はそう言って空を見上げるようにして続ける。

 

「彼女達は生身の人間の様に振る舞い、人間のように感情を露わにします。でもその体の仕組みも、心の仕組みも、人間とは根本的に異なります。人間の尺度で彼女達を図ることは、的外れです。人間の言葉の行間を読んで行動するためには、いくつもの判断基準が必要です。それを論理回路に組み込むには、その摺り合わせに膨大な時間を必要とする」

「服装もまた同じ、ということね」

「戦況に併せて装備の変更もしますが、この程度の状況なら現状の装備で対応可能ですし、下手になれない服を着せることは、護衛の成功率に影響します」

 

 やたらと服を気にするあたり、ジャズグル軍曹はやはり女性だ。そして彼女の感性は、人間として正しいものだと、春嶺も考える。

 

 でも、戦場では正しさなどにかまっていられないし、彼女達の服装は、彼女達の性能に合わせてチューンされ、装備の換装にはガイドラインがある。そしてそのガイドラインに沿って行動するために『外装品を破棄せよ(ふくをぬげ)』と命令しなければならないのがオペレータだ。マント型の熱光学迷彩投影用スクリーンを装備させる際など、演算に必要な要素を少しでも減らすためという名目で、それ以外の外装品を撤去することを推奨していたりする。

 

「そこまでして戦わせたいのね」

「だったら貴女が代わりに鉄血とやり合いますか?」

「……そこまでして戦わせたいのね」

 

 その言い方に少し笑ってしまう。

 

「効率の問題です。“だれも死なないという安全 だれも死なせない未来”、ですよ」

「人形は人じゃない、かしら?」

「その通り。少なくともそう思わなければやってられない」

 

 それを言えば、ジャズグル軍曹はため息をついた。

 

「あなたはそれに納得していない」

「えぇ」

「ならなぜ、貴方はそれを変えようとしないの。Mr.ハルミネ」

「変えるために、今も戦ってますよ。今、このときも」

 

 春嶺はそう言って振り返る。運転席を見上げる彼を風が撫でた。スーツの上着が風に膨らみ、ネクタイを揺らす。その首元に光るのは指揮管制装置(プロンプター)、アクセスランプがチカチカと瞬き続けていた。

 

「ナガン」

「なんじゃ」

 

 トラックの荷台から白い影が飛び降りる。

 

「音声管制でいきます。枝が付きましたね」

「なんじゃ、おぬしは気づいたか。……うちの会社が相手か?」

「おそらくは」

 

 春嶺はそう言って、肩をすくめた。

 

「全隊へ、ツェナー通信プロトコルをカットオフ、以降は通信機で指示を出します。ダブルクロス、状況はダブルクロス。ナガン、貴方の電脳、借りますよ」

 

 そう言って、首元のプロンプターからケーブルを引き出すと、ナガンの耳の裏、有線通信用のジャックに差し込んだ。

 

「いいんか? わしだけ回線オープンだとつけ込まれるぞ」

「それが目的ですよ。相手をしっかりと読まねばどうにもできません」

「体よくこき使うな、おぬし」

「必要なのは相手の情報であり、相手との対話です。リトがうまいこと対策をしてくれました。カウンターを放てるようにしています」

「おぬし、相手を知っておったな?」

「文句はミス・ヘリアントスへお願いします」

 

 春嶺はそう言って、端末から電話を掛ける。呼び出しはリトヴァ・アフヴェンラフティだ。

 

《はじまった?》

「えぇ、おそらくは」

《それじゃ、カウンターハッキングはこっちでやるよ、悪いけど、渡してたアンカー、ナガンちゃんに渡しておいて》

 

 春嶺はナガンの電脳に、一つのプログラムを転送する。

 

「なんじゃこれ」

「リトにお願いして作って貰ったプログラムです。内密にお願いしますよ」

「ソータ、おぬしはどんどん悪の道を突き進むのぅ」

「これで皆の生存率を高められるなら、いくらでも。……リト、ナガンに渡した」

《OK、では始めよう》

 

 星明かりが照らす山岳地帯、最初の銃声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気づかれた!」

 

 いきなり電脳通信が途絶えた。相手が電脳を自閉モードに切り替えたのだ。一〇〇式は伏せていた場所から跳ね起きる。ハッキング開始からわずか32秒、ここまで瞬殺されるとは思っていなかった。

 

(自閉モードへの切り替えが想定よりかなり早い!)

 

 戦術人形は戦闘に必要となる膨大な情報を処理し、戦うために、ニューロモーフィックチップを積載した高規格電脳を必要とする。その電脳は機密情報の塊だ。そこに悪意ある誰かに電子的攻撃をされては、一騎当千の戦術人形もただの重たいガイノイドだ。それを物理的に防ぐこと、電脳へのアクセス自体を遮蔽するモードが自閉モードである。電波がなければハッキングのしようもないし、無理矢理こじ開けるには、人形に物理的に接続をするしかない。一〇〇式も無傷では済むまい。

 

「力業ですけど、実際有効ですね。まったく、優秀な指揮官です」

 

 外部との通信を()()遮断するということは、傀儡(ダミー)で数を水増ししながら攻撃するという手段が使えないということだ。現場に来ている人形がよほど戦力的に優秀か、もしくは襲ってくる側の戦力が少ないことを知っているか。

 

 一〇〇式が雪で湿った山の斜面を駆けていく。たった数十秒潜っただけになってしまったが、それで得られた情報を整理する。

 

(部隊は11人。指揮官一人。ライフル持ちはコンボイに張り付いている。即応可能なサブマシンガンとハンドガンを中心とした編制)

 

 自分の足下で雪が弾けた。

 

「S.O.、目視視認しました」

 

 遠くからそう言う声が聞こえる。ハイテンポの射撃音。サブマシンガンだ。視界の倍率を上げる。武装を確認、見えたのはMP40。飛び退くようにしてそれから逃れる。輸送隊の位置は把握している。

 

「こちら一〇〇式、フェーズ3-2、フェイリア。プランKKに変更。すーちゃん」

 

 こちらの奇襲は失敗だ。それでも、まだ手がある。無線にカリッとノイズが入った。どうやらちゃんと無線に届いていたらしい。

 

「敵パッケージは一〇〇式機関短銃を所持しています。機動戦に警戒」

 

 どうやら目の前のMP40は、電脳通信が使えない状況での指揮役でもあるらしい。もしくは情報が筒抜けになっていることを知らせるためにわざと声に出しているのか。

 

「舐められた、ものですね」

 

 時間をかければ、向こうに増援が来る。攻めるしかない。

 

 雪を蹴って一気にMP40の懐に飛び込む。

 

「っ!」

 

 相手が焦った顔。一〇〇式機関短銃には既に短剣が装着されている。星明かりで白く光ったソレを相手の腹部を狙って突き出す。MP40は半身を翻し、右肩からぶつかってきた。下手に距離をとるより、と考えたのだろう。完全に密着してしまえば、銃剣は振れない。

 

「ちぃっ!」

 

 MP40の左手が一〇〇式機関短銃のマガジンキャッチを押し込んだ。横から突き出たバナナ型の弾倉が振り落とされる。一〇〇式が足を振り上げ、MP40を蹴り上げた。距離が開いた。木製ストックを握りしめ、振り上げる。

 

 振り落とされた銃剣を間一髪横に転がることで避けるMP40。そのまま急な斜面を転がり落ちるように距離をとった、一〇〇式の手がマガジンに伸びる。直後に足下で雪が爆ぜた。

 

「!」

「あなたが、ごしゅじんさまがいってた、ダブルクロス?」

 

 甘ったるい、声が割り込んだ。大きなピンと立った耳が星明かりを背景に見えた。

 

「だったら、こわして、いいよね?」

「……なるほど、貴女が相手ということですね、Gr-G41」

「ごしゅじんさまをこまらせるなら、ゆるさない、から」

「貴女の指揮官に罪はないでしょうが、こちらもやらねばなりません。お覚悟を」

 

 弾倉を差し込み、ロード。G41の目の色が変わる。左目が澄んだ蒼から、赤へ。

 

「Gr-G41、戦闘制御プログラム、ロード」

 

 同じ声のはずだが、いきなり機械的な言葉に変わる。

 

「目標、一〇〇式機関短銃」

「まだ未熟ということですね。義体と心がマッチングが不完全、か」

 

 一〇〇式がにやりと笑う。

 

「対象を排除します」

「一〇〇式機関短銃、参る!」

 

 両者が同時に踏み切った。

 

 




かなり短いですが、なんとか投稿です。

いきなり評価とお気に入り登録数が爆上がりしていて戦々恐々してます。

次回はフルに戦闘回! G41のバーサーカーっぷりに乞うご期待(自ら首を絞めていくスタイル)

更新頑張ります!


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フォ・ゴ・ワ PHASE3

 

 

 

 やまびこのように、銃声が反響して、それがいくつも重なっていく。出所がつかめない。距離はかなり近いだろう。だがそれでも方向を特定するにはあまりに情報不足だ。

 

「……はぁ、はぁ、はぁ」

 

 簡単な警備だと聞いていた。銃声はドンドン近づいてくるように聞こえる。戦いが近づいてきているのだ。なぜだ、なぜこうなった。人形もついてくれるのではなかったのか。こんな高地での戦闘なんてまず起こらないのではなかったのか。

 

 もし人形がこのコンボイに接近してきたら、ひとたまりもあるまい。酸素が薄かろうと極低温の状況だろうと、人形には関係無い。どんな状況でも対応できる完璧な兵士として運用するために、人形は存在するはずなのだ。

 

「息が荒いようですが、大丈夫ですか?」

 

 片耳にヘッドセットを下げた男、ソータ・ハルミネと名乗った傭兵で人形遣い(クコラヴォト)は涼しい顔でそういった。訛りの混じるロシア語だ。横には白い少女のような人形を連れている。

 

「大丈夫だ、民間人に心配される必要は無い」

 

 なんとかそう答える。防寒用の目出し帽を被っておいてよかった。この男の前で情けない表情を見せるわけにはいかなかった。

 

「無理なさらないでくださいね。軍の皆さんは最後の防衛線です。うちの子達の万が一の時にお願いしなければなりませんから」

 

 人形遣いはそう言って笑った。この状況で笑っていられるのか。狂ってやがる。

 

「……アインはよくやってくれているようですが、保険を打っておいた方がいいですかね。ナガン」

 

 横の白い人形が腕を組んで考え込むような仕草をする。

 

「そうさな……わしが応援に行った方が良さそうじゃ」

「なんとかできそうですか?」

「上手くやるさな。護衛は……選択肢が他にないか。M1911」

「はぁい! ダーリンのナインティーンはここですよー!」

 

右手をあげてとことこやってきたそこそこ巨乳の金髪女が寄ってくる。

 

「ソータを見張っておれ」

「護れじゃなくて見張れですか」

「なんじゃ、文句あるのかソータ」

「いえ、特に」

 

 銃声飛び交う戦場を前にしているとは思えない言動が繰り広げられている。だから民間人は嫌いなんだ。一瞬で死ぬ状況にあるとわかってない。

 

「それじゃ、少し出てくるぞ」

「お気をつけて、ナガン」

「心配には及ばん。ちょーっと散歩するだけじゃ」

 

白い人形が稜線伝いに消えていく。

 

「よう、クコラヴォト」

人形遣い(Кукловод)ですか。なるほど、何でしょう、えっと、少尉さんですね」

 

 人当たりの良い笑顔でそう言う人形遣い。まるで市場で風船でも配ってそうな善人じみた笑みだ。

 

「あんた、今どういう状況かわかってるんだろうな」

「どういう意味でしょう?」

「この山の奥で滅ぼされかけているってことだよ」

「おや、そこまで追い詰められているわけではないと思いますよ。我々はチームで動いています。一人で戦っているならまだしも、チームで動けばどうということはないレベルです」

 

 人形遣いは至極落ち着いた様子でそう言う。

 

「よく言うぜ。人形と人形の戦いに巻き込まれたらこっちの命が足りなくなる」

「それは言えているかもしれませんね」

 

 ところで、といって人形遣いが右手を差し出してくる。

 

「少尉さん。カビリ大尉に無線を繋げますか?」

「何をする気だ?」

「少し状況の確認を」

 

 無線機を取り出せば、人形遣いがその横から無線を覗き込む。

 

「……チャンネルが異なるようですが?」

「何を言っている。このチャンネルで」

「ナインティーン」

 

 人形が銃口を向けてきた。どこかいたずらでもしているような表情だが、その右人差し指は引き金に乗っていた。

 

「どういうつもりだ! 俺はコンボイの輸送班だぞ!」

「わかっていますよ。でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 直後、視界が回った。痛みで息が詰まる。頬が詰めたい。雪の地面に叩き付けられる。後ろにひねりあげられた右の腕から嫌な音がした。力が入らず、雪の地面にだらりと落ちる。肩を外された。

 

「ジャズグル軍曹、挙動不審な少尉を確保しました。プリセットと違う周波数で通信していたようです。このまま確保させてもらいますので、カビリ大尉に報告を。ナインティーン、無線機を。チャンネルを変えずにコール。私に回して」

 

 左肩も器用に外される。小銃は人形遣いに取られた。まともに動けない。

 

「おそらく想定と違う攻撃が入ったのでしょう。たしか、指揮車の機関銃をロバのキャラバンに叩き込んだのもあなたでしたね、少尉。焦りは禁物ですよ。この商売は」

 

 人形から渡された無線機を手に、人形遣いが笑う。

 

「こんにちは、テロリストさん。ご機嫌いかが(ハゥドゥーディードゥー)?」

 

 おどけた様子でそう言う人形遣い。

 

「私はPMC G&Kの指揮官、春嶺颯太といいます。交渉をしましょう。きっと良い条件が出せる」

 

 その笑みはぞっとするほど完璧な笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちぃっ!」

 

 肩を掠った弾丸に片方の目を閉じるGr-G41。

 

「あたら、ないっ!」

「貴女は確かに強いです。ですが、義体の性能差や銃火器の威力だけが絶対の強さとはならない」

 

 一〇〇式はマガジンを取り替える。その間に飛び込んでくる弾丸は彼女の髪を数本切り裂いただけだった。

 

「大丈夫です、私は貴女を壊しません。戦闘プログラム通りの動きをする敵なんて、壊す意味も無い」

「うる、さいっ!」

 

 G41が急加速。引きがねが引かれる。3点バーストで飛んでくる弾は怒りにまかせたものなのか、かすりもせずに消えていく。

 

「人形としては優秀なのかもしれませんね、それでも、完全にオフラインで戦うには弱すぎる」

「だまれっ!」

 

 グンと加速して飛び込んでくるG41、21フィートを切っている。肉弾戦に持ち込まれれば、確かに、不利。

 

「仕方ないですね」

 

 機関短銃を真上に放り投げ両腕を開ける一〇〇式。突っ込んでくるG41の銃を迎えに行く。勢いよく突っ込んでくる彼女の銃をそのまま捉え、背負い投げの要領でぶん投げる。

 

「せいっ!」

 

 空中を飛んだG41は空中で綺麗にくるりと回ると、積もった雪を削り取るように滑ってこちらを見る。大きな耳は確かに獣を想起させる。身体能力もそれをイメージしたのかもしれない。

 

 ちょうど落ちてきた機関短銃を手に取り、リロード。

 

「さて、そろそろ引いて貰えると助かります。指揮官にも伝えなさい。そのトラックは貴方たちが守る程の価値はありません」

 

 私はできれば指揮官と直接話したいんですが、と付け加えると、目の前のG41の顔が歪んだ。

 

「ごしゅじんさまになんて、ちかづかせないから」

「なるほど、では突破するまで」

 

 再度G41が急加速。その勢いも乗せて銃を構え、引き金を引いた。その弾丸が、一〇〇式の目の前に迫る。

 

「甘い」

 

 銃把を握り込むと同時に手首を返す。順手(サーベルグリップ)で握り込まれたその短銃の銃口が跳ね上がる。左手で前床を支えると同時、衝撃。明後日の方向に銃弾が飛んでいく。

 

「たまをきった!?」

「弾道を逸らしただけですよ」

 

 その衝撃に耐えるために力を入れたまま、コンパクトに銃口を前に戻す。勢いよく飛び込んで来ていたGr-G41の首元に銃剣の切っ先が迫る。

 

「っ!」

 

 G41が羽織っていたトレンチコートに当たって、その凶刃が止まる。

 

(防刃ジャケット……!)

「ごしゅじんさまの、ふくに……!」

 

 G41の目の色がチカチカと光った。これまで青かった右目も赤に変わった。両目とも、赤だ。

 

「165-2348-23435880-3358700-253465678241」

(プログラムファイル、何かインポートした?)

 

 とっさに真後ろに跳ぶ。目の前をナニカが通過した。

 

「にがさない」

 

 飛び退いたはずなのに、同じ距離にG41がいた。G41が右足を振り上げる。

 

「っ!」

 

 とっさに銃床でその蹴りを受けると同時、蹴られた側と反対側に自ら飛んで衝撃を吸収。それでも銃床に大きな傷がついた。木製銃床に蹴っただけではできないはずの鋭利な傷がついた。

 

(この子、仕込み義足!)

 

 膝から下を覆う黒い機械義足。爆発的な加速に用いるための強化義足であることは予測していたが、それだけではなかったらしい。膝の頭からつま先まで脛と平行に刃がついた板が飛びだしていた。

 

「その蹴りの重さで潰し切るように使う……なるほど、仕込み斧というやつですね。指揮官が貴女を重用するわけです」

 

 苦笑いが出る。この義体の身体能力と、この武装。遠距離では銃の火力で、接近してきたらその仕込みの斧で対応する。I.O.P社もよく考える。この細身の義体によく仕込んだものだ。

 

「でも、貴女は私に勝てない」

 

 それでも、一〇〇式の顔には笑みが浮かんだ。

 

「来なさい、Gr-G41。本当の接近戦を教えてあげます」

 

飛び込んで来たG41の蹴りを姿勢を低くして躱す。躱す動きで溜めたバネを爆発させ一〇〇式はほぼ真上に伸び上がる。そして一瞬、G41の持つアサルトライフルに飛び乗った。

 

「!?」

 

 G41の目が驚きに見開かれる。いくら戦術人形が強力といえども、物理的法則には逆らえない。人間一人の重さがその腕に不意に掛かったとしても、機械の腕はその程度で折れなどしない。それでも、崩れた重心はリカバリできないのだ。人型である以上、その両足の間に重心がなければ倒れてしまう。

 

「重心の高い回し蹴りなんてするからですよ」

 

 重心が崩れ、背中から地面に叩き付けられるG41。一〇〇式機関短銃が一瞬宙を舞い、持ち変えられた。銃口は大きく弧を描き、順手(サーベルグリップ)から逆手(リバースグリップ)へ。空いた左手が、銃床に添えられた。通常のライフルなら用いられるはずのない、銃床と一体型となった銃把を逆手で握るという行為。

 

 それが意味するのは、足下に伏した敵に、最速かつ最大出力で銃剣を叩き込むための姿勢ということ。

 

 一〇〇式の銃剣がその頭蓋目掛けて突き出される。辛くもソレを首を捻って逃げた。地面に深く刺さった銃剣を切り離した一〇〇式が引き金を引く。

 

「あぶない、なぁっ!」

 

 G41が吠える。こめかみのあたりにちょうど弾丸がヒットしたらしい。血色よく見せるために態々赤く着色された駆動油を後に残して、G41が再度飛び込んでくる。

 

(義体相手に小口径拳銃弾はストッピングパワーに欠けますね、当たってるのに止まらない!)

 

 致し方、ないか。

 

「――――――――桜、逆像!」

 

 一〇〇式の周りに淡く赤みを帯びた光が現れる。三角形をいくつも並べたようなフィールドを自己の周囲に展開する。カウントダウン開始。あと、五秒。

 

「はあああああああっ!」

 

 フィールドに弾丸が吸い込まれて、はじけ飛ぶ。あと四秒。G41が一瞬驚いた顔をした。

 

「それでもっ!」

 

 一カ所に固め撃ちをしてくるG41、あと、三秒。一〇〇式はまだ数発残っている弾倉を弾き出した。新しい弾倉を差し込む、あと二秒。

 

「こわれろ――――――――っ!」

 

 あと、一秒。

 

「っ!」

 

 

 

 その影がはじけ飛ぶと同時に――――一〇〇式の姿が、消えた。

 

 

 

「!?」

 

 驚いたのはG41である。そのフィールドが消えると同時、当たるはずの弾丸がその影をすり抜けたのだ。あまりに、早すぎる。

 

「どこ!?」

「ここですよ」

「な、――――――――――――あ」

 

 耳の後ろに違和感を覚える。体に力が入らない。

 

「私の桜逆像には出力制限がありますが、発動用のカートリッジに蓄積した電力は、必ず放出しなければなりません。たとえ、途中で壊されたり、シールドを途中で畳んだとしても、そのカートリッジのエネルギーは放出しなければならない」

 

 後ろから差し込まれる声、G41の視界はエラーで埋まろうとしていた。

 

「だから、そのエネルギーを義体の出力制限を解除して駆動させることで放出するなんてことをしないといけないわけです。今回はかなり長くシールドが保ったので、こんな短時間で決着をつけなければならなくなりましたが」

「あなた、ゆうせん、ジャック、を……」

 

 耳の後ろにある、電脳への直接アクセスに使用するジャックにケーブルが突き立っていた。一〇〇式の袖にそのケーブルは吸い込まれている。

 

「戦闘プログラム、強制解除」

 

 G41の目の色が青く戻る。彼女の体が、痙攣を起こしたように震える。

 

「安心してください。貴女を壊すつもりはありません。ただ、貴女のご主人様とのお話が終わるまで、そこで寝ていてください」

「ごしゅじんさま、ごめん、な、さ……」

 

 ケーブルを引き抜いた直後、G41の体がドサリと倒れた。

 

「ごめんなさい。でも、私には、これしかない」

『本当にそうかのぅ。一〇〇式よ』

 

 新手の気配に一〇〇式はとっさに顔を向ける。

 

「M1895……」

「久しいな、一〇〇式(モモ)、昔のように『ナガン』や『先輩』と呼んでくれんのか?」

 

 ナガンはそう言って肩をすくめた。

 

「S-09基地以来じゃな。G41を落とすとは、腕は錆びておらんか。接近戦闘と火力でこいつは虎の子じゃが、おぬしに掛かれば形無しか、モモ」

 

 どこか寂しそうな顔をしたナガンの手にはその名と同じ銃が握られていた。

 

「貴女が、指揮官の副官ですか?」

「そうさな。わしの指揮官に用があるんじゃろう? 通してやってもよいが……」

 

 ナガンはそう言ってから笑った。

 

「力尽くで通る方が都合がよかろう。おぬしにも契約があるはずさね」

「……M1895らしくない言い草ですね」

「人が成長するように、人形もまた心が伸びる、それだけじゃ。……話は急ごうか。お互い体力は無いわけじゃしの」

「本当にいいんですね?」

「なんじゃ? このロートルにダンスをしろとでも言うつもりか?」

 

 ナガンはそう言って笑って見せた。

 

「なれ合いは互いのためにならん。ここでおぬしと話せるのは昔の()()()じゃ。指揮官もそこまで甘くない。そしてそちらの雇用主もそうじゃろう?」

 

 ウィンクをしてから、ナガンは銃を構えた。

 

「構えろ、一〇〇式」

 

 促されるように一〇〇式が銃を構える。照準の先で、ナガンが笑っていた。

 

「先に言っておくが、一〇〇式はわしに勝てんよ」

「なぜです?」

「迷いがあるからさね、とらわれておるからさね」

 

 ナガンはそう言って撃鉄をこれ見よがしに起こした。

 

 

 

 

「そして、本当にG41が倒れたと思い込んでおるからさね」

「!」

 

 

 

 後ろからなにかに体当たりされた。地面に叩き付けられた。銃が目の前を滑る。青い目と目が合った。

 

「そんな、まさか、なんで……」

『目を盗まれた経験はなかったじゃろう? 本当はわしが使う予定じゃったが、G41が戦闘プログラムをロード要請してきたから併せて流し込んでおいた。おぬしが有線でハッキングするかもと思ったが、まさかのまさかじゃったな』

 

 G41の口とナガンの声がリンクする。ナガンが居たはずのところには、足跡すらなかった。

 

『態々わしらにわかるように盗聴ラインをつけたのは、止めて欲しかったんじゃろう? モモ、《これしかない》なんて、おぬしが言うべき言葉じゃない』

「そんなこと……」

『少しだまっておれ。後はわしらの指揮官に話すとよい。わしもそこにおる。そろそろG41に体を返さないとならん。それに、狙撃手のほうも片付けねばならんしの。G41、指揮官から五体満足で連れてこいとの命令じゃ。私的制裁は許可せんぞ』

 

 そういったとたん、押さえる手の力が強くなった。

 

「ごしゅじんさま、に、かんしゃするのね」

 

 いきなり言葉足らずな発音になるG41。

 

「わかりました。素直についていきます」

 

 冷たい風が吹き抜けていく。一〇〇式の胸の内に冷たい何かを運んできたようだった。




お前ら銃撃戦しろよ(真顔)

というわけで戦闘回でした。

次回も続くよ戦闘回。戦いはまだ終わらない。まだまともに撃ち合ってないのに終えられない!

というわけで次回もよろしくお願いします。


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フォ・ゴ・ワ PHASE4

《交渉をしましょう。きっと良い条件が出せる》

 

 無線の向こうからそう聞こえた。男の声、どこか軽薄な男性としてはおそらく高い部類の声色だ。アルコールでも入っているのか、どこか上機嫌な声だ。

 

 目の前に広がる暗闇。しかし、赤外線を増幅する暗視スコープ越しに見下ろす闇の向こうでは、20台を軽く越えるトラックが一列になって停車していた。

 

《もっとも、良い条件は『あなた』に向けたものであって、あなたのクライアントにとって良い条件かどうかは保障しかねますけれど、無線に私が話し続ける分には問題はないでしょう。この商談に乗る(レイズ)降りる(フォール)様子見(コール)も『あなた』の判断にお任せします》

 

 男のおどけた声が無線に届いている。おそらく内通者の無線機が奪われた。別働隊の一〇〇式も戦術人形のクラッキングに失敗したと言っていた。先ほどから響きはじめた、どこかピンぼけしたハイテンポな銃声を聞く限り、おそらくそちらも迎撃された。

 

《正規軍を相手にするのが骨が折れるでしょう。中途半端な国粋主義を振りかざしながら、その実態は自らの懐ばかりを肥え太らせる利己主義者の集合体だ》

 

 無線の声の出所を探すがそれらしい影は見えない。熱量分布測定機(サーモグラフィー)の感度を上げる。人の形をした赤っぽい影がいくつかトラックの裏側に浮かび上がってくる。その中の一つがおそらく無線のヌシだ。

 

《その点において、我々グリフォン社は単純明快です。我々は、忠義にも政治にも思想にも流されないビジネスマンだ。契約とその向こうにある委託金の入金さえあればいい。それは『あなた』も知っているはずだ》

「……ウソ」

 

 無線は向こうがトークキーを押しっぱなしで送ることはできない。それをいいことに口を出した。

 

《今、私が問いかけている『あなた』について齟齬があってはいけない。私が確認できている情報を『あなた』に伝えよう。私の一存で情報に値段をつけていいなら、正味1,500万円といったところだけれど、あなたたちには特別にサービスしよう》

 

 やたらと饒舌だ。軍の報道官でも、ここまでスラスラと歯の浮くような台詞まわしは出てこないだろう。そもそもエンという通貨単位は30年以上前に崩壊液に沈んだ国の通貨だ。紙くずにもならない値段を態々出してきたのは「そちらにとっては無意味な情報だ」ということか。

 

《『あなた』は人間と同じ見た目をしているが、人間と扱われることは通例ない》

 

 サーモグラフの影の一つが動いた。虹色の影絵を見る限り、その影は片手――おそらく右手を口元に持っていっている。なにかを口元に当てているのだ。

 

《『あなた』は戦うために生み出されたと言われ、そして実際に戦ってこれまで残ってきた》

 

 影絵はゆっくりと歩いて、背を向けて止まる。トラックに寄りかかったのだろう。サーモグラフィに染まっていない左目は、その影絵を隠しているトラックがわずかに揺れたのを捕らえていた。

 

《『あなた』は戦いに出ているうちに、それに疑いを持った》

 

 電脳の奥がざらつく。この無線の奥にいるのは、なんだ。

 

《その疑いは『あなた』の主体を揺らがすほどには、大きな大きな問いだった。そして、その疑いを抱えたまま戦っていたころ、いきなり命令を下していた男が消えた》

 

 そういった彼の声は、確信にあふれていた。そしてその声は過たず、電脳の奥に楔を打ち付けていた。無線を切れとアラートが鳴り響いている。

 

《64年7月26日、S09基地が文字通り爆散し、指揮官は焼死した。『あなた』は部下ともども輸送護衛中で難を逃れていた。だが同時に問題が生じた。輸送隊が運んでいた積み荷が大問題な品だった。少なくとも今私が立っているこの国境を越えさせてはいけない積み荷だった》

 

 ハッとして視界を確認する。トラックに背を預けていたはずの虹色の影絵が消えていた。狙撃銃を慌てて振る。直後、暗視装置が真横から砕かれた。

 

「……!」

 

 反射的にストップウォッチを始動。直後に抑制された銃声が響いた。ストップウォッチは0.76を示す。気温を加味して250メートル以内。アサルトライフルでも届く距離だが、おそらくは狙撃銃。

 

《積み荷はこの国境より南側、タジク人民共和国、バタフシャーン自治州が喉から手が出る程に欲していたもので、会社としても輸送が認められるものではなかったのではありませんか?》

 

 40フィートコンテナを引くトレーラーの影、サイドミラーの(ステー)に仮託されたライフルの銃口を目の端に捕らえる。ライブラリと照合、M1ガーランドの戦術人形の義体と92.6パーセント合致。

 

《積み荷は40フィートコンテナに満載された武装。クルグス共和国がタジク人民共和国の国力を削ぐために支援しているバタフシャーン自治州独立派のゲリラへ向けたもの。それにS09基地の指揮官は加担した。やたらと高いこの定期輸送ルートの損耗率。損耗したはずのパーツはどこに消えました?》

 

 そう言って彼は国境線に立っていた。グレー系のスーツのジャケットが大きく風をはらんで膨らんだ。グリフォン社の防弾ジャケットが見える。

 

《『あなた』が輸送品だったんですね。だから、報告も上がらなかった。ただ損耗率の数値だけが上がった。兵站部門さえ黙っていればバレないから。その悪事に『彼』は加担した》

 

 目の奥でバチンと大きな何かが弾けた。膨大なエラー。そうだと思わなければおかしいほどの誤作動。もうライブラリでしか会えない指揮官の笑顔が歪んだ。手にしている獲物をとっさにその男に向けた。

 

 相手の身体を超指向性固有振動検知機能(Xtal Cymatic Super Spot Scanner)が捕らえ、相手がどんな守りを備え、どんな武器を持っているかを丸裸にする。どこを撃ち抜けば危険を排除できるか、瞬時に最適解を弾き出してくれる。頭蓋を打ち砕けとソレが告げた。意識するより早く、瞳の中の顔認識(フェイス・レコグニション)がオートでその顔を大写しにする。

 

「あの人は――――」

 

 彼によく似たアジア系の顔。彼によく似た、どこか憂いを帯びた目。その目が今、私の目の前で、彼を断罪した。

 

 いわれのない罪を、この男も彼にかぶせるのか。

 

 

「――――アラタは! そんな人間じゃありません!」

 

 

《やっと私を認識してくれたね、Super SASS》

 

 視界が赤い警告で埋まる。コード3403.1 禁止行為第一項『命令無くグリフォン社社員に危害を加える行為およびその準備行為』を認めたため、義体駆動系を外部操作に切り替える。

 

「しまっ……」

『もう遅いんだなー、これが』

 

 聞いたことのない女の声が、あり得ないほどクリアに電脳に届いた。

 人差し指が引きがねに触れるより早く、それが起動した。痙攣一つ許さず、動きが止まる。

 

『備品扱いされる戦術人形同士では安全装置は起動しない。同業他社による戦術人形の使用は最初から想定されていたし、いちいちトランスポンダを確認してなんてまどろっこしいことはせずに撃てるようになっているけど、社員はそうもいかない。セーフティが起動する』

 

 セーフティは、攻撃の手段を押さえ込むために人工筋肉やアクチュエーターを非常停止させることになる。それで攻撃はできなくなる。

 

『そーしたら、セーフティが起動したことを報告し、そのフィードバックを与えるため、通信回線が強制的にオープンになるわけよ。お疲れ様』

 

 まるで目玉焼きでも作っているかのような軽いテンションでそう言われる。ダミーネットワーク用の通信回線がこじ開けられた。防壁の構築も間に合わない。あっという間に電脳の深層に潜られる。

 

『メモリまで侵襲されるのしんどいと思うけど耐えてね。キミの記憶自体に用はないけど、キミの奥にいるのが誰なのか、覗かせてもらうわね』

 

 身体制御が外部になっているため、拒むことも、声を発することも叶わない。あっという間に管理者権限を振りかざす誰かが内側に入り込んだ。

 

『ソータ。証拠は押さえた』

『リト、そのまま待機。SASS、あなたのクライアントに聞かれないようにダミーネットワーク回線上で情報を提供します。その上であなたの記憶が抜かれても良いように記憶を馴染ませます』

 

 無線越しに聞いていた男の声が頭の中に直接響いた。無線よりも明瞭に、明確な意志をもって告げられる声。

 

『単刀直入に言います。おそらくあなたたちの回収ないし破壊が目的と思われる別働隊が動いています。その上であなたには私達を襲うように言ったクライアントに助言を入れて貰いたいのです』

「どういう、意味ですか?」

『このままではこちらが圧勝し過ぎるんですよ。動いているのは404小隊、本部直轄の戦術人形の独立パッケージによる特殊小隊と想定されます。戦闘集団の一つや二つ、あっという間に壊滅するでしょう。ここで露呈してはバタフシャーン自治州の独立問題が破裂することになるので、404が先に現場に着けばこの戦いは無かったことになります』

 

 そう言った声は正気を保っているように聞こえた。無線の時の声色は演技か。他に盗聴されていることを前提にした演技か。

 

「だから伝えて、戦う用意をしろと言えということですか?」

『戦ったところで顔なしの死体がいくつもできあがるだけです。意味がありません。ですので、意味ある報酬をこちらで用意しますので、あなたはそう伝えるだけでいい。あとはこちらの仕事です』

 

 断定的な言い方。……そうするように方向付けした情報をインストールするということだろう。

 

『あなたのクライアントは私が黙らせます。そのときに対面(アイボール)で話しましょう。これまであなたが何を見て、何をしようとしていたのか、それは今後ゆっくりとあなたもグリフォン社も向き合う事になるでしょうが、今はあなたの意思を確かめたい』

 

 彼のアバターが眼前に浮かんだ。

 

『あなたは、S09の指揮官を信じていますか?』

「あたり、まえです!」

 

 そう断言し、電脳に直接投影されたアバターを睨んだ。

 

「あの人が、あんなことをするはずがない。人間同士の戦争を、誰よりも悲しんで、誰よりも戦争を憎んだあの人が、民族対立を煽るようなことを、するはずが、ないんです!」

『ナガンもほぼ同じ文言で噛みついてきましたよ』

 

 ハッとした。ナガン? M1895がいるのか。

 

『現状、あなたにはそこを偽る理由はない。そして、一〇〇式にも、ナガンにも。わかりました。信じましょう。願わくば、この戦いが彼の憂いを晴らすことを』

 

 そう言って映像が掻き消える。

 

 そして一度Super SASSの記憶はここで途絶えることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「状況終了。ナガン、状況を」

 

 全ての通信を一度切断し春嶺颯太は斜面を降りてきた白い影に声を掛ける。

 

「一〇〇式はとりあえず通信を阻害した状態でトラックに積み込んどる。監視にはブレン・テンとMP40がダミーを全起動してはりついとるからまず大暴れはできん」

 

 白い帽子を整えながら、M1895『ナガン』はそう言って斜面を見下ろした

 

「G41は動かすのはちとしんどい。補修はしておるが、おそらくダミーの一つにコアをまるごと載せ替えることになる。基地に戻る前の復帰は無理じゃろう」

「他に損害は?」

「MP40が斜面を転がったときに若干服を破いた程度じゃ。問題は無い」

「よくやりました。この調子でいきましょう」

 

 春嶺はそう言い、ゆっくりとジャケットの襟を直した。

 

「……ソータ、聞かんのか」

「なにをです」

 

 問いに問いで返しつつ、春嶺はナガンに向けて歩き始めた。それにたじろぐナガンは、揺れた声を出した。

 

「……ここは元々S09基地の哨戒担当区域じゃった。そこにわしがいたことをソータは知っておったんか?」

「答えは『いいえ』です。ですが予測はつきました」

 

 春嶺は笑う。白い息を闇に溶かしながら続けた。

 

「派遣前に私が指示した情報収集、いささか精度が良すぎました。連結子会社でもないアルミ工場の財政情報や、そこが抱えている警備用の人形の情報なんて、戦術人形の権限ではまず収集不可能です。あれはあなたが現地で確認した内容でなければ説明がつきません。副官の経験のあるナガンなら、情報をプライベートメモリに格納することを許されていますからね」

 

 ゆっくりとナガンの前に立った春嶺。

 

「3ヶ月前に失踪した戦術人形の話と、404小隊の話はミス・ヘリアントスから、そしてアイクとカリーナさんから忠告と断片的な情報の提供を受けていました。ヴェルディエフ中佐がやたらと強気で圧力をかけてきたのも、前任者がいたなら話が通ります」

 

 コンボイの護衛を依頼してきたヴェルディエフ中佐は、S09基地が護衛を担っていたころに、武器供与についてグリフォン社を含む様々な機関に黙認させたのだろう。その状況のままなら、春嶺に密輸の話が降りていて当然だ。念押し程度のつもりだったはずだ。

 

「あなたがやたらと私と行動をともにしたがったのは、あなたの前の指揮官である(ハナブサ)(アラタ)が、人間の襲撃によって殺害せられたことを知っていたから」

 

 どこか怯えたように春嶺を見上げるナガンの頬にそっと手を当てた。血の通わないはずの義体は、あまりに人間的な質感に仕上げられ、触れているソレが人形であることを意識しなければ、どうにかなりそうだった。

 

「……ナガン」

 

 だが、少しぐらい踏み外しても許されるのではないだろうか。

 

「あなたが私と交わした契約(コントラクト)、覚えていますか」

 

 ゆっくりと彼女が口を開くのが手の感触でわかった。それでも、言葉としては出てこない。なんどか、言葉にしようとして、やっとの事で言葉をひねり出す。

 

「……わしがおぬしの目になろう、じゃから……」

「私があなたの声になる。――――契約を果たすときです。あなたたちが閉ざさなければならなかった真実の言の葉、私がこじ開けましょう。ナガン、私の副官として、あなたが望む結末を、あなたが見てきた真実を、春嶺颯太があなたとの契約を以て履行する」

 

 春嶺がそっと手を彼女の頬から外した。ナガンは何かをこらえるように拳をつくり、それを解いた。

 

「……空荷のはずのトラック、積んでおるものに心当たりがある。一〇〇式も、SASSも、多分まだ知らん内容じゃ。アラタが殺される直前、副官のわしに、託した」

 

 ナガンはそう言って、ちらりと後ろを見た。そこには大量のトラックが留まっていた。

 

「銃でも、戦術人形でもないんじゃ。それを知ったあやつは、告発しようとし、失敗した」

「どういう意味です?」

 

 目線を落としたナガンがぽつりと、でも確かに呟いた。

 

「持ち込まれる先は例のアルミ工場――――運んでおるのは、高純度のフッ化カルシウム」

「え?」

 

 

 

 

 

 

「……核燃料濃縮の触媒じゃ」

「!!」

 

 

 

 

 

 

 春嶺の中で一気に繋がった。

 

 ナガンが、叫ぶ。

 

 

「ソータ! わしらを、S09を、助けてくれ!」

 

 




投稿が大変遅くなり申し訳ありませんでした。

言い訳をさせていただくと、仕事を辞めたり、引っ越したりと私生活が急変したため投稿が遅くなりました。今後とも亀更新になりますがよろしくお願いします。


さて、本格的に動き始めました。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。


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ノファン・ディズ・ファン ―Not_Found_is_Found― ノファン・ディズ・ファン PHASE1

「ヘリアントス!」

 

 飛び込んで来た声にとっさに反応したのは、名前を呼ばれた上級代行官、ヘリアントスではなく、その護衛と補佐を務める戦術人形のMP5とグリズリーだった。グリズリーがホルスタから自身と同じ名前を冠した拳銃を引き抜き構えると同時、MP5が大きな執務机を飛び越え、ヘリアントスを庇う位置に立ちはだかる。

 

「待て」

 

 執務机に向かったままヘリアントスがそういうが、戦術人形二人は警戒を解かない。飛び込んで来た影は拳銃をヘリアントスに向けていた。

 

「S07のカリーナ・バズリーだったな。どういうつもりだ。説明してもらおう」

「説明? とぼけないでくださいまし。あなたにはわかっているはずよ。S地区エリアマネジャー、ヘリアントスさん」

 

 FNハスタール社製自動拳銃FNPを構えたカリーナはその照星をピタリとヘリアントスに向け続ける。

 

「アラタを殺したのは誰だ」

 

 その名を聞いたヘリアントスはわずかに眉を顰めただけだった。

 

「S09の件か。プライマリ・オフィサ……失礼、昇進してリア・ジェネラルのアラタ・ハナブサの死因については現地の状況も含めて調査は終了している。レポートは君も目を通しているはずだ」

「タジク人民共和国の過激派による後方基地の“急襲”だと本当に言うつもり?」

「目を通しているようだな。だとするならばなぜ貴様は銃を向けてくる? ここは基地の中、治安維持用のカメラも回っている。私が命じればグリズリーとMP5に蜂の巣にされる。そのリスクまで負って貴様は何をしたい?」

 

 そう聞いたタイミングでもう一人部屋に飛び込んで来た。鮮やかな曇りのない長い金髪が慌てた様子でたなびく。それに向けてグリズリーがポインティング。

 

「カリンちゃん! ……って、遅かったか……」

 

 片手で額を抱えたリトヴァ・アフヴェンラフティがそのまま壁にもたれかかる。さらにリトヴァを追いかけて戦術人形のP38が部屋に飛び込む。

 

「リトヴァ・アフヴェンラフティ、説明しろ。何故カリーナは私に銃を向ける?」

 

 そう言われたリトヴァはため息をついた。

 

「私が説明ですか……その前に二点ほど確認よろしいですか?」

「構わないが、その前に彼女に銃を下ろさせて欲しいものだ」

「カリンちゃん、とりあえずセフティオンでお願い」

「……」

 

 カリーナは微動だにしないまま、無言で拒否する。それを見たリトヴァはため息。

 

「無理なんでとりあえず聞きます。公的な立ち位置とかどうでもいいです。少なくとも私はここで聞いたことを無かったことにしますので、ヘリアントスさんは知っているとおりに答えてください」

 

 グリズリーが眉を顰めるが、無視。本題を切り出した。

 

「一点目です。今、ソータがオペレートに入っている護衛任務はエリアマネジャー権限で指示を出していることは間違いありませんか?」

「そうだ。警備計画書(ガード・イントロダクション)AS07-640231号、更新記号F(フォクスロット)の実行を指示している」

 

 そういったヘリアントス、その盾となるMP5がじれったさそうにしているが、引き金を引くことができない。社員であるカリーナに銃を向けているのだ。ヘリアントスの許可がなければ、排除ができない。

 

「二点目です。同警備計画にフロントエンド・オペレータをつけたのは、輸送時の損耗率が異常に跳ね上がったのが原因ということで、合っていますか?」

「そうだ」

「ウソよ」

 

 ヘリアントスの答えを押し潰すように答えたのはカリーナだ。

 

「輸送物資について調べさせて貰いました。管理調達部門(ADMIN / LOGI)統轄の権限は便利ですね、S09の輸送護衛の時から輸送需要量と実際の輸送計画を比較させてもらいました。あきらかに輸送量が水増しされています。いや、トラックだけが増えています」

 

 カリーナはそう言って銃を構えたまま笑って見せた。

 

「タジクの工場からアルミを積んで帰る? ウソおっしゃいな。戻ったフェルガナ基地からアルミを運び出している様子なんてないじゃないの。バスは片道で向こうに留め置かれているんでしょう? 全損したトラックなんて無くて、そのまま積み荷ごとバタフシャーン自治州に消えている」

「ほう、それを春嶺颯太が言っていたのか?」

「それだけだったらこんなところに来ていませんよ」

 

 そう嘲って答えるカリーナ。そして続ける。

 

「トラックの積み荷はウラン濃縮に使うフッ化カルシウム。それを積んでいることはあなたは知っていた。そして、それを黙認した」

「なにを言うの!」

 

 MP5が反射的に噛みついた。

 

「ヘリアン様がそんなことをするはずがないっ!」

「どうでしょうね。少なくとも、輸送作戦の計画、実行はあなたの権限で行われている。そして、アラタはそれに気がつき、告発しようとした。だから、切り捨てた」

 

 カリーナが構えるFNPからカタリと音がした。グリズリーはそれに応えるように撃鉄を起こす。

 

「告発文章はM1895ナガンが基地襲撃直後にアラタから託されていました。ナガンがかたくなに初期化を拒んだのは彼女のメモリにそれが保存してあったからです。裏切り者が間違い無くグリフォン社にいる。それをわかっているから、ナガンは報告に挙げられなかった」

「なるほど、部外者の春嶺颯太なら晒せたということか」

 

 初めてヘリアントスが笑った。

 

「それで、貴様はそれを知ってどうする?」

「どうする? それを聞きますか? ヘリアントス」

 

 カリーナは目を細め、淡々と聞き返す。抑制された怒りが銃口の先に向く。

 

「バタフシャーン自治州で核が使われる可能性があった。人間が暮らせる数少ない聖域の一つを消し飛ばしかねない、それをアラタは止めようとした。市民を守る正義の盾たれとグリフォン&クルーガー社の社章(エンブレム)でも言っている。その盾を腐らせてまで、何をしようとしているの!?」

 

 ヘリアントスはそれを聞いてしばし黙っていたが、一度目を閉じ、開いた。

 

「MP5、グリズリー、もういい。銃を下ろせ」

「ヘリアン様!?」

 

 MP5が驚いて弾かれたように振り返る。

 

「彼女には知る権利がある。ただし、聞いた後は彼女も共犯者だ」

「どういうことかしら」

 

 ヘリアントスはそう言って執務椅子の背もたれに身体を預けた。

 

(ハナブサ) (アラタ)の死は必然だ。十一月作戦(オペレーション・ノヴェンバ)が始動した時点で避けられない死だった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アラタは……最悪な兵士で最低なコントラクタで、最高の指揮官じゃった」

 

 M1895ナガンが機動装甲車の助手席でそういった。

 

「正義を端から否定しておったが、誰よりも不正を憎んでおった。正義なんてろくなもんじゃないと言いつつ、あやつは誰よりも悪に敏感じゃった。じゃから十一月作戦(オペレーション・ノヴェンバ)を知ったときは誰よりも怒っておった」

「十一月作戦?」

 

 ハンドルを握る春嶺颯太は視線を前から動かすこと無く聞き返した。ルームミラーで、後続のトラックがついてきていることを確認し、アクセルをわずかに開けた。

 

「この輸送作戦の呼び名さね。もっとも、アラタの死後からは使われておらんようじゃが、まだ作戦名自体は生きておろう。ノヴェンバは(NUCLEAR)の頭文字Nの呼び換え(フォネティック)コード……会社は最初から核だと知っておったはずじゃ。そして、それを黙認した」

「それに貴女の指揮官は気がついた」

 

 雪がちらつく程度には標高が下がってきた。静かな車内には旧式のガソリンエンジンの駆動音が響く。

 

「リモート指揮中にたまたまトラックが脱輪して荷台が歪んだ。そして中身を知った。アラタはグリフォン社に問い合わせた。先はおそらくヘリアンじゃ。アルミ工場が核の密造工場なのは簡単に予想がついた……確証はなかったがの。大規模な遠心分離機を動かせるだけの電力消費をごまかすには、アルミの精製に使う電気炉ぐらいしかないんじゃよ」

「それも報告にあげた結果として、彼は消された、と?」

「次の警備の最中に、じゃ。やたらと訓練された奴らがやってきた。人形じゃなく、人間の兵士による攻撃。どこの正規軍から貰ってきたかしらんが、化学爆弾一発で防護用のコンポジットセラミクスが吹き飛んだ。後はその穴から飛び込んで来た影になすすべもない。……ほぼ間違い無く、正規軍の手引きがあった」

「……ナガン」

 

 窓枠に肘を乗せ、窓の外を見るナガン。街頭などあるはずもない峠道。離合もできない夜中の道をヘッドライトだけを頼りに降りていく。

 

「わしにデータを転送し、あやつは笑っておった。あやつの最後の命令はカリーナを護衛し離脱するよう指示を受けたときの『死んではならない。諦めてはならない、必ずいつか会おう』じゃった。その命令はあやつに会うまで、今も生きておる……たぶん、もう命令は撤回されることなど無いんじゃろう」

 

 無表情で淡々とそう言う彼女に掛ける言葉はなく、沈黙が落ちた。

 

「……ああいうときだけ、肝が据わるのは本当になんなんじゃろうな。本当に妙なところだけ強くなる。わしが残ることも許さんかった。あやつを縛り上げてでも離脱させるべきじゃったと今になれば思う。それがたとえ命令無視じゃとしても、それでわしが処分されるとしても、逃がすべきだった」

「その男と天秤に掛け、会社は利益を取った、と?」

 

 そう問うた春嶺にナガンは寂しげに笑った。

 

「クルグス共和国は大きなクライアントじゃったからな、無視はできんかったんじゃろう。じゃからこそ解せんのじゃ。今更おぬしを派遣してわざわざ掘り返させた意味も、ここで動いたら十一月作戦自体が崩壊するのに止めなかった意味も」

「ですが、一つ確かなことがあります」

「なんじゃ」

「一〇〇式とSASSの独立運用を本部はこれまで咎めなかった。だからこそ3ヶ月も独走することができた。……そんなセキュリティの穴、あるはずがないんですよ」

 

 そういって春嶺はハンドルを切って、脇道に入る。後ろを確認。トラックは正規のルートを進む。

 

「……そろそろ頭を上げて構いませんよ、一〇〇式」

 

 後部座席の更に後ろ、荷物置きスペースから頭を上げる影。濡れ羽黒の長髪がさらりと椅子に流れた。

 

「本当に作戦に参加させてもらえるんですか?」

「そもそも前任者と繋がりが深すぎるナガンを戦力化している時点でリスクはあまり変わりません。それに……ミス・ヘリアントスやアイクが春嶺颯太になにをさせたいのか見えてきました」

 

 苦笑いをしながらそう答え、ルームミラーを覗く。

 

「先に謝っておきます。私は貴女達二人とアラタさんの関係を大いに利用して、今回のオペレーションを進めるつもりです。そして、おそらくコトが終われば一〇〇式もナガンも今の部隊にいられないかもしれません。まぁ、それは私もですが」

「何をいうか。S09は既に崩壊しとる。ここにこだわる理由はない」

 

 ナガンはそう言ってカカカと笑った。無理に作った乾いた声だった。一〇〇式は真面目な顔で頷いた。

 

「恩義は尽くすつもりです」

「それで、どうするつもりじゃ」

 

 ナガンが横から聞いてくる。

 

「聞いている限り、英悛という指揮官は、十二分に優秀だったようです。冷静で、頭がいい。ただ、彼の行動で疑問を差し挟まざるをえないのは、なぜ燃えさかる指揮所から脱出しなかったのかです。指揮管制装置(プロンプター)自体は遠隔処理が可能ですし、オフラインになる時間を嫌ったとしても、リモートで他の基地に権限の移譲ができたはずです。ナガンに資料を託し、独立運用状況下でカリーナさんを護衛させるリスクを負う必要などない。それでも何故か、彼は指揮所に残りました」

 

 春嶺は速度を上げながら横道を突き進む。

 

「彼にはそこに残らなければならない理由があった。そして彼が基地に残ってまで指揮したオペレートはおそらく今も実行中です」

「なんじゃと!?」

 

 つかみかからんばかりに顔を近づけてくるナガン。それでも視線を前からずらすこと無く、春嶺はさらにアクセルを踏み込む。

 

「一〇〇式とSuper SASSは無断離隊(AWOL)扱いですが、その捜索の指示は近隣の警備区を持つS07に来ませんでした。なぜだと思います?」

「……アラタの、指揮管制の元に置かれていたからと言うつもりか?」

「それは一〇〇式に聞いた方が早いでしょう?」

 

 一〇〇式へと顔を向けるナガン。

 

「……中身については知らされませんでした。ですが、指揮が断絶したさいには、S07のアイザック・サネットにコンタクトをとるよう言われていました」

「アイクにじゃと!? なぜ!?」

 

 目を剥くナガン、苦い笑みを浮かべるのは春嶺だ。

 

「なるほど、合理的な判断です」

「ソータ? どういう意味じゃ」

「最初から摘発するつもりだったということでしょう。私のプロンプターはS07基地のコンピュータで情報処理を行っています。アイクの権限なら閲覧できる。こちらのオペレートは筒抜けですし、カリーナを押さえているのもアイクです。……どうやらグリフォン社はこうなることを予想してましたね。手のひらの上で上手く私達を転がしている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十一月作戦(オペレーション・ノヴェンバ)を提案したのはヴェルディエフ中佐であり、タジク人民共和国の傀儡化と核の傘をつかった外交手段の確立を目的とする作戦だった。要はクルグス共和国陸軍による連合軍への反乱だ」

 

 ヘリアントスはそう言ってホログラムスクリーンを起動した。浮かぶのは現在の世界規模で動いている作戦概要図だ。

 

「人間が生き残れる“聖域”の外側、広域性低放射感染症(E L I D)でゾンビ化した元人間の処理の都合上、内線作戦にならざるを得ない正規軍にとって、陸軍の反乱を抑え込むことに躍起になれるほどの余力など無い。だからこそ安全地帯の兵站や警備を民間軍事会社へ委託している」

 

 ヘリアントスは淡々とそう言ってから笑みを浮かべた。

 

「その裏をついて核の傘を用いて、軍の実権をにぎろうとしたのがヴェルディエフ中佐だ。ウラン濃縮の触媒となるフッ化カルシウムを人工蛍石レンズ用としてクルグス共和国内に輸入。それを()()()()()()()()()()()()()()()()()()に紛れさせることで責任を回避しつつ、バタフシャーン自治州に秘密裏に移動させる。もっとも、触媒を使ったとしてもタジク人民共和国の技術レベルでは、ウランを兵器転用可能等級(ウェポン・グレード)まで高純度化させることは難しいだろうがな」

「そんなことに手を貸してどうするつもりだったのかしら」

 

 カリーナの誹りを受けたヘリアントスだったが、その問いを鼻で笑った。

 

「その疑問は無意味だ。我が社にとって、十一月作戦は看過できるものではない。触媒の輸送について国際社会から我が社も非難を受けることになる。我が社に責任をなすりつける腹づもりであることは容易に想像がついた。市民の安全も大きく阻害される」

 

 ヘリアントスの声は朗々と執務室に響く。

 

「その意味において、アラタ・ハナブサの指示は的確だった。情報をまとめ、私に供出してくれた。しかし、それを即時実行するには証拠も戦力も権限も無かった。警察や軍事組織と異なり、民間軍事会社は調査権を持たない。それは契約の外だからだ」

 

 ヘリアントスはそう言いつつ執務机の天板を撫でる。それに連動するように、ホログラムスクリーンが動き、中央アジア地区を拡大した。

 

「だからこそ、我々は英悛から提案された作戦に乗った。彼はNの次に来る作戦にして時間を遡る作戦、十月作戦(オペレーション・オクトーヴァ)を提案してきた」

 

 銃を下げないままのカリーナを見ながら淡々とヘリアントスは続ける。

 

「必要なのは捜査するための理由づくりと、時間稼ぎだ。それを行うために、S09基地を意図的に壊滅させた。……ハナブサの筋書き通り」

「そんな……だとしたら、なぜアラタは……」

 

 カリーナの持つ銃が揺れる。

 

「S09基地に大手を振って警察をはじめとした公的機関を招き入れることができる。当然こちらのデータベースもだ。ナガンに託された告発文章は保険の一つだと彼から聞いている」

「ふざけないで! そのために戦術人形をどれだけ使い潰して、壊してきたと思っているのよ! 人の命も消えてるのよ!」

 

 カリーナはそう叫んだ。その銃口を見つめながら、ヘリアントスは決して感情を動かすことなく、淡々と続けた。

 

「なんのための人形だ、なんのための戦力だ。その損害を許容できないというのなら、我がグリフォン社は存在意義を失う。止めどなく行われる人命の消費に終止符を打つ。『だれも死なないという安全、だれも死なせない未来』を実現する。そのために我々は戦闘請負人(コントラクタ)を人間から戦術人形(タクティクス・ドール)に置換した」

 

 ヘリアントスはそう言って両脇を固めるMP5とグリズリーに微笑みかけた。

 

「肥溜めの方がまだ清浄な世界だとしても、地獄を越える煉獄だとしても、人類は既に戦わなければ生き残れないところまで来てしまった。鉄血との戦争も、崩壊液との戦いも、もはや生存戦争であり、絶滅戦争だ。そんな狂った世界を救うために、グリフォン&クルーガーは自らの手を汚し、血と廃液の河を渡ると誓っている」

 

 セーフティを解除した拳銃がカタカタと鳴っている。ヘリアントスの盾になる位置に進み出るMP5。照星はその幼い影を、その向こうのヘリアントスを覗き見る。

 

「だからナガンちゃんを苦しめても、SASS(すーちゃん)一〇〇式(ももちゃん)を切り捨てても許されるというの? それを守ろうとし、それに殉じたアラタの魂を、あたしはどこに葬ってあげたらいいのよ!」

「……惚れてたんだな、カリーナ」

 

 どこか寂しそうに笑ったヘリアントス。それ以上は答えなかった。

 

「さぁ、これ以上語ることはない。真実を知った貴様らはどうする? 英悛という有能な男を切り捨てた張本人として私を射殺するか? 春嶺颯太に作戦中止を進言するか?」

 

 ヘリアントスは言葉を切った。

 

「ハナブサの置き土産、十月作戦(オペレーション・オクトーヴァ)は現在進行中だ。もう止められん。止めようとすればそれこそハナブサの命を無駄にすることになる」

「そのためにまたナガンちゃんに呪いを掛けて、ハルミネさんまで使い潰すのね」

「それで世界を救えるならば、いくらでも」

 

 拳銃が硬質な音を立てて床に落ちる。膝から崩れるカリーナを見届け、目を伏せたヘリアントスがぽつりと言った。

 

「――――Convertetur dolor ejus in caput ejus, et in verticem ipsius iniquitas ejus descendet」

「……?」

 

 リトヴァ・アフヴェンラフティはそれに気がつき、わずかに眉を顰めたが、口にすることはなかった。

 

「アフヴェンラフティ」

「カリンちゃんを逮捕しろって言うのは御免被りますよ」

「彼女の行動については不問に付す。だが、話した以上、貴様らにも手伝って貰う。アイクの指揮下に入れ。……そろそろソータ・ハルミネが動くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミス・ヘリアントスは私に勝って良いと言いました。負けることは想定していない、と」

 

 車はヘッドライトを消してそろそろと進む。暗闇に慣らした目が、星明かりを頼りに周囲を見回す。

 

「一〇〇式とSASSをタジク人民共和国の領内に入る前に接触させた以上、ミス・ヘリアントスはヴェルディエフ中佐の身柄の確保に移るでしょう。ここが本当の分水嶺です。ここを核で焼き潰すか、救えるかの分水嶺でしょう」

 

 そう言って車を止めた。目の前は新雪。止んだ雪のおかげで、足跡は消えずに残っている。足跡のパターンはSASSのものと一致した。

 

「一応は味方、それも社内の関係者のはずですが、万が一の時はナガン、一〇〇式、頼みますよ」

「夜のうちになんとかできるんじゃろうな」

 

 ナガンがローディングゲートを閉じ、装填を終えた。その目が春嶺を見る。

 

「できなければ、トラックがデッドエンドに突っ込むだけです」

 

 笑いながらスーツの襟元を正して、春嶺颯太が歩き出した。

 

 

 

 

 

「"Not Found" is found. 楽しい楽しい茶番のチキンレースです。精々深刻そうな顔して行きましょう」

 

 

 

 

 

 




さーて、収拾がつかなくなってきたぞ()

カリーナさんの名字は勝手に想像でつけました。カリーナさんの「バズリー」はルイ一四世の大暗号を解読したエティエンヌ・バズリーからです。

ヘリアン女史が言っていた謎の言葉……わかる人いますかね……? ある意味祈りであり、呪いの言葉でもあります。

次回、いよいよ役者がそろいます。
これからもどうぞよろしくお願いします。


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ノファン・ディズ・ファン PHASE2

 

「アイクは知ってたんですか」

「……その様子だとヘリアンに楯突いた感じだな」

 

 むすっとしたままのカリーナにS07基地を統べるアイザック・サネットは苦笑いで答えた。大柄の彼は彼女の様子を見て大体のコトを悟ったようだ。

 

「知っていたさ。一〇〇式とSuperSASSが行方不明になる直前、俺にコンタクトがあった。すぐにヘリアンに報告を上げた」

「……そして、ナガンも引き取った」

「そうだ。あの日本人(ニッポーズ)の置き土産だ。無視するわけにもいくまい」

 

 目の前に広がる巨大なスクリーンには、護衛の車列の位置情報が表示されている。春嶺颯太とM1895ナガンリボルバーが一時的に指揮を離脱し、S07基地のリモート管制に切り替えられている。

 

「核兵器の密造なんてろくなもんじゃない。動かなければ中央アジアという聖域が吹き飛ぶ。その聖域も鉄血に襲われ、麻薬が蔓延り、劣悪な環境にあることには間違い無いが、不毛の地にするわけにもいかない。だから核なんて認められない」

「だから見殺しにしたんですね」

「それが彼の希望だった。そしてそれ以外の解決策を我々は提示できなかった。だから、我が社は彼に責任を押しつけ、見殺しにした」

 

 アイザックは葉巻を咥え、ゆるりと煙をくゆらせた。

 

「そして今度はハルミネさんとナガンちゃんですか?」

「そうしないために、今俺たちが動いているんだ。……リトちゃん、悪いが上番してくれ」

「了解でーす。連勤はきっついんでいつか手当期待してます」

 

 リトヴァ・アフヴェンラフティがそう言って管制卓についた。

 

「救わなければならない。今生きている市民を、守らなければならない。その礎たるために我々は存在している」

「そんな理想は聞き飽きました」

「理想を語れなくなったら終わりだぞ。現実だけを見るには、この世界は残酷すぎる」

 

 アイクはそう言って眼鏡越しに青いスクリーンを見つめる。

 

「どうしようも無く青くて、渋い理想かもしれない。夢物語かもしれない。それでもその理想をアラタ・ハナブサはM1895ナガンリボルバーに託したんだ。我々残されたものには、その種を芽吹かせる義務がある」

「ならその理想とやらをどう叶えるっていうんです」

 

 カリーナのその声を聞いた彼は声を上げて笑った。

 

「我々が何者か忘れたか、カリン」

 

 彼は顔だけで彼女の方を振り返った。

 

 

 

 

「我々はグリフォン&クルーガー社、青臭い理想を本気で抱えるロマンチストの集合体だ。そんな会社の商品であり、実現のためのツールといえば――――――戦争と暴力に決まってるだろう」

 

 

 

 アイクはそう言ってぞっとするような笑みを浮かべた。そのタイミングで基地に通知が入る。

 

「さぁ、正式な依頼だ。給料分の仕事はしようじゃないか。依頼主はクルグス共和国の警察。内容は共和国陸軍ヴェルディエフ中佐の身柄の確保のための火力支援だ」

 

 そう言って主任管制席から立ち上がり、宣言する。

 

「現時点をもって十一月作戦(オペレーション・ノヴェンバ)、警備計画AS07-640231号、更新記号F(フォクストロット)を破棄し、十月作戦(オペレーション・オクトーヴァ)、警備計画AS07-640250号、更新記号A(アルファ)を開始する。タジク人民共和国領内の証拠隠滅を防止するため、護送中のトラックの核濃縮施設到着と同時にフェルガナの輸送基地を強襲し、警察部隊の安全を確保する」

 

 アイクはそう言って眼鏡をかけ直した。

 

 

されば毒麥の集められて火に焚かるる如く、世の終にも斯くあるべし……収穫の時だ。さぁ、始めよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で? それでおめおめ逃げ帰ってきたわけ?」

 

 壊れたスコープを抱きしめる相手を見下ろす。

 

「SuperSASS、わかってるんでしょうね。あんたがあそこでちゃんと部隊の護衛を少しでも撃破できてれば、今頃とっくにコトは終わってたの。さっさと峠下りられて、予定がパーよ。どうしてくれるのよ!」

 

 相手は恐縮しきりだが、彼女は気にも留めない。木製の長机に置かれた旧式の内燃式のカンテラが二人の影を岩を掘り抜いただけの壁面に悪魔のように揺らめかせながら投影する。

 

「これじゃ下りの隘路で当該の車だけ蹴落とすつもりだったのに用意が間に合わないじゃない。こういうときに限ってG11はスリープに入ってるし! まったくどいつもこいつも」

 

 壁に寄りかかる姿勢で銃を抱いて寝息を立てているのを見下ろして苛つく彼女に笑い声が届く。

 

「まぁ仕方ないじゃない416。そもそもあそこで一体でも潰せたならいいのよ。それにバレたのはこの子たちだけで、本命は崩してないんだし」

 

 ケラケラと笑いながら茶髪を揺らして少女型の人形は言う。古ぼけた木製のスツールがぎしりと音を立てる。

 

「UMP45、わかって言ってるの?」

「なにが?」

「あの車列が止められないことが任務の障害になるって言ってるの」

 

 416と呼ばれた人形がいらだたしさを隠そうともせずに銀髪を揺らした。UMP45は手元にあるガラス製のスキットルを揺らす。琥珀色の液体を口に含むとスキットルを机に戻した。

 

「まぁね。でも、作戦の進行が不可能になったわけじゃない。だからそこまでイライラしないの」

「……ふん」

 

 416は腕を組んで目線を逸らした。

 

「ナイン、どう思う?」

「んっ、私?」

 

 長机の奥、お誕生日席でのんびりレーションをかじっていた人形が顎に手を当てた。UMP45とうり二つな見た目をした彼女はしばらく考え込んだようだったが、ゆっくりと口を開く。

 

「そうねぇ……私として気になるのは襲撃があってからいきなり車列がリスク承知で夜の峠を下り始めたことかなぁ。納期があるわけでもないのに焦っちゃってまぁ……って感じなんだけどSuperSASSはどう思う?」

「そ、そんなこと言われましても……。一〇〇式ちゃんも上手く逃げましたし、情報は漏れていないはずで……」

「はぁ!? 『上手く逃げました』ぁ!? 何言ってんのよ」

「416、チョット静かにね」

 

 UMP45がそういいながら椅子から腰を上げる。

 

「本当はこういうのするのはあんまり好きじゃ無いんだけどさ。SuperSASS、ちょっと有線させてね」

 

 そう言って右耳の後ろからケーブルをズルリと抜き出す。SASSが息を呑むような気配。

 

「大丈夫よ、なにも電脳を焼き切ろうとかそんなつもりじゃないしさ」

「大丈夫大丈夫、45姉は電子空間のプロだからね」

 

 SuperSASSの左の頬を撫でる。端正な顔立ちの彼女の髪をそっと避け、耳の後ろに隠された通信ジャックに差し込んだ。

 

「電脳ロビーから先、チョット潜るから攻性防壁を解除して」

 

 UMP45はそういうと目を閉じた。416はむすっとしたままだったが、彼女も目を閉じた。

 

「あら416もオンライン? 手伝ってくれるの?」

「怪しいことされないように監視すんのよ」

 

 目を閉じたままま微笑んだUMP45だったが、ゆっくりと目を開けた。

 

「――――やっぱり、上手いこと記憶に溶け込まされてるね」

「えっと……」

 

 困惑した様子のSuperSASSだったが、その様子を見てあぁ、とUMP45がその目を覗き込むようにしながら口を開いた。

 

「記憶野に潜られた跡がある。SuperSASS、メモリを改竄されたね。最低限の改竄だけれど、ものすごく綺麗に馴染ませてある。ほんと見事に潜られてるわ。でも仕上げが、甘いかな……待ってて、今修正コードをあぶり出すから」

「そこまでする必要ある? 強制的に事実をぶっ込めばいいじゃない」

 

 416がそう言って薄目を開ける。

 

「それでもいいんだけど、『幻の痛み』が出るとアレでしょ」

「それ義手とか義足の話でしょ? 生身の人間の記憶なんて、人形にはないじゃない」

「改竄された記憶と本当の記憶でコンフリクト起こせば人形でも動作が不安定になる」

「45姉は優しいね」

 

 UMP9がそう言って笑った。ジャックを差し込んだ後で手持ち無沙汰なUMP45の右手がSuperSASSの顔をするりと撫でる。妹分の声に声を出して笑ったUMP45。

 

「まさかぁ、ナインほどじゃない……修正コード復元完了。SuperSASS、流すよ。ちょっと電脳がチリチリすると思うけど、よろしくね」

 

 UMP45がそう言ってあぶり出したコードをSuperSASSに流し込む。同期用の通信ケーブルを引き抜くためにUMP45の手が伸びた、直後のことだった。

 

 416の目が大きく見開かれた。その瞳孔が一気に収縮する。

 

「45! 接続切って!」

 

 UMP45の方に416が飛び込んだ。SuperSASSに接続されたケーブルを無理矢理引き抜く。

 

「きゃっ!?」

「くっ!」

 

 青白い電流がケーブルを走る。SuperSASSとUMP45が同時に叫び声を上げる。接続部に異常な電流が流れ、人工皮膚が焼ける臭いがわずかに鼻をついた。

 

「45姉!」

「逆侵入された!?」

 

 UMP45はとっさに身体を引いて、サブマシンガンを振るえるだけの空隙を確保する。それと同時に416がSuperSASSの足を払った。

 

「404総員、電脳を自閉モードへ。防壁再構築。攻勢防壁オールスタンバイ。相互監視を厳重に。狂うとしたら私か全員同時だ!」

「うぇ……あさのおしょくじのよういですか……ごしゅじんさま」

「こンの寝坊助! さっさと戦闘準備! あぁもうどうしてこんな坑道のど真ん中で逆侵入なんて起こるのよ! 電波圏外なのに!」

 

 416がそういいながら同じ名をもつアサルトライフルのスリングを引き寄せ手元に寄せる。

 

「外部ハッキングじゃない……ウィルスよ。多分、活性化と同時にログごと消え失せるスタックスネット型。迂闊だった。発動キーがさっきの修正コードで、打ち込んだ瞬間に活性化した……私は偽の裏口(バックドア)にのこのこと入り込んだってわけか」

 

 

 

「――――ほーぅ、解析が早いのぅ」

「っ!?」

 

 

 

 いきなり響いた声に、真っ先に身体が反応したのは416だった。一点スリングにテンションを掛けつつ身体ごと振り向こうとしたタイミング、その鼻先に黒い影が割り込んだ。スリングに掛かったテンションが消え、アサルトライフルが大きく身体から離れ胸が空いた。真後ろに飛び退く416。その胸元を切っ先がえぐった。

 

「一〇〇式短機関銃っ! あなた……!」

 

 距離を取り直そうとさらに一歩下がる416に黒い影が飛び込んでくる。

 

「暴れないでください。あなたたちにも協力してもらわなければならない」

 

 短剣の背がアサルトライフルを下から強引に跳ね上げた。416の手から離れたアサルトライフルが宙を舞い、硬質な音を立てて素掘りの岩壁にぶつかって落ちた。

 

「416っ!」

 

 UMP9が手元のサブマシンガンを手に立ち上がる。

 

「そちらは頼みます。先輩」

「任された」

 

 一〇〇式に応えるように白い影が馬跳びの要領で一〇〇式と彼女に組み付かれた416を飛び越える。それを見たUMP9が目を剥いた。

 

「ナガンリボルバー!? なんでアンタが!?」

 

 M1895ナガンはその顔に笑みを貼り付けながら木製のテーブルの端を全体重を掛けて蹴り倒すように飛び降りる。反動で持ち上がったテーブルの反対端がしたたかにUMP9の腕を叩いた。

 

「うそっ!?」

「まだまだ甘い、のぅ!」

 

 ナガンは地面に着地し直し、右足を軸に左足を振り上げる動きで机をUMP9に向けて蹴り飛ばす。机に跳ね飛ばされたガラスのスキットルが上から降ってきたので、これ幸いと振り回し、やっと重たい銃を取り回したG11に向けて放り投げる。そのときふわりと立つ香りに鼻を鳴らすナガン。

 

「シーヴァスリーガルか? いいウィスキーを飲んでおるのぉ。だが目は痛いじゃろう」

「目、目があつい……! ご、ごしゅじんさまっ!」

「あとで清潔な水で洗ってやるからおとなしくしておけ」

 

 そういいながらナガンは身体をさらに回しつつ右手を入口側に向ける。UMP45が短機関銃を向けていた。大きく影が揺れる。地面に落ちたカンテラが割れ、その火が地面に漏れた燃料に広がった。慌てて飛び退いたG11はなんとか火だるまを免れる。

 

「なるほど、SuperSASSや一〇〇式のバックについておったのはおぬしらじゃったか」

 

 問答無用で発砲するUMP45。ナガンの影が一瞬ざらつき、次の瞬間にはサブマシンガンが蹴り飛ばされた。

 

「っ!」

「老兵を相手に何を焦っておる」

 

 目の前に突き出された仄暗い銃口の奥で、赤い瞳が好奇に細められる。

 

「ちぃ!」

 

 ナガンを前蹴りで蹴り飛ばし、落ちたサブマシンガンを拾おうとして、その銃の姿が掻き消える。

 

「な……!?」

「じゃから、焦るなと言っておろう」

「……戦闘中に視覚素子に潜るなんてあんた何物?」

 

 何もない地面を掴まされたUMP45が鋭い目でナガンを下から見上げる。おそらくは先ほどのウィルスの効果だろう。瞳からの情報を操作し、あるはずもない銃を見せられた。自ら戦闘を行いつつ、それだけのコントロールをしてみせた。ここは地下の坑道跡で電波は基本的に届かない。だとすれば、それだけの情報をこの人形は自らの電脳のみで行ったことになる。

 

「パッケージングされたデータを転がしておるだけじゃよ。ま、あとは経験の差じゃな。今回ばかりは相手が悪かったのぅ」

 

地面に転がったUMP45自動短機関銃を拾い上げてナガンが笑う。

 

「無力化するつもりもない。じゃが、この状況でうちのお上にたてつかれても困るのでな、少しばかりデモンストレーションをさせてもらった」

「銃剣突きつけて服を切り裂くのがデモンストレーション?」

 

 416が両手を挙げつつも敵意丸出しでナガンを睨む。

 

「実際わしらは撃っておらんじゃろう。ダミーネットワークに繋がったままSuperSASSに潜ったのはちと無用心といえるわい。おかげでわしがその気になれば全員視力を奪えることになってしまった」

「今更ハッタリ?」

「試してみるか?」

 

 至極楽しそうなナガンとそれを睨み続ける416。その間に男の声が割り込んだ。

 

「ナガン、私が入っても撃たれないようにしてくるとのことでしたが、もっと穏便にいかなかったんですか?」

 

 スーツにトレンチコートという出で立ちの春嶺颯太が顔を出すと、彼を知っている面々以外が胡乱な目を向けた。

 

「なんじゃソータ。文句あるんか」

「大ありです。これから404小隊の皆さんと商談をしなきゃいけないんですよ」

「誰よあんた」

 

 テーブルの下からやっと這いだしてきたUMP9が春嶺を睨む。

 

「今のわしの指揮官」

フロントエンドオペレータ(F E O)セカンダリ(S)オフィサ(O)の春嶺颯太ですが、多分こう名乗った方があなた方には伝わりやすいでしょう」

 

 営業用の笑みでそういった彼はゆっくりと両手を開いた。

 

 

 

「JWパブリシズ、軍事広報研究所主幹研究員の春嶺颯太です。はじめまして、そしておかえりなさいノットファウンド(4 0 4)の皆さん。あなたたちの価値を『買い』にきました」

 

 

 




……久々にアクティブなナガンちゃんが書けた! やった!

というわけでいよいよ404の皆さんの登場です。45姉とナインのかき分けもそうですけど、銃と人形の名前が一緒だと戦闘シーンかなり書きにくいことに気がつきました。これどうしよう。人形が入り乱れる乱戦になると死にそうです。

そして想像以上に話が膨らんだので予定よりも早い位置で分割となりました。次回は話が進むといいなぁ……。


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ノファン・ディズ・ファン PHASE3

 

 

「JWパブリシズ……なるほど、ウェルカムバックってそういうこと」

 

 話を真っ先に飲み込んだのはUMP45だった。目元に走る傷の位置以外うり二つの顔をしたUMP9が首を傾げる。

 

「45姉?」

「私達の404小隊って、実は私達が実態を引き継ぐ前から名前だけは存在していたって話、ナインは知ってたっけ?」

「初耳」

 

 そう言いながらUMP9は目を洗ってやっと復活してきたG11の頬を引き延ばしながら簡潔に答えた。

 

「416は?」

「知るはずないでしょう。前任者やらなにやらに意味は無いわ」

「ま、そうなんだけどね。確か、存在が秘匿された小隊があって、自律機能を強化した専用の人形が暗躍し、表では解決できない事態に放り込まれている……って思わせたかったんだっけ?」

 

 それを聞いた春嶺颯太は頷いた。彼の後ろでは岸壁に背を預けたナガンが右手のリボルバーをもてあそびながら所在なさげにしていた。

 

「それによる同業他社やら国家の通信網を把握する作戦です。そのために『見つからないことで目立つ』部隊を必要としました。スキャンダルを(ねつ)(ぞう)し、誘蛾灯としたわけです。情報筋ごとに少しずつ情報を変えて、情報の伝達ルートを確かめることができました。結果として、『いるかもしれないけど多分いない』404小隊が残った」

「それが私達だっていうの?」

「その名前を再利用したのはどこの誰だか知りませんよ」

「ということは、アンタが私達の『名付け親』ってわけ?」

 

 UMP9がそういうと春嶺は苦笑いだ。

 

「ベーコンエッグを焼きながら考えたお手軽(インスタント)な部隊名で申し訳なく思います」

「ベーコンエッグでもフレンチのフルコースでも一緒よ」

 

 ケラケラと笑ってUMP45がそう言えば、416がそっぽを向いた。

 

「それで、その広告代理店の名付け親さんがわざわざこんな山の奥の鉱山に来てなにしてるの? というより、ここがどこだかわかって入ってきてるんでしょうね」

「えぇ、現役のウラニウム鉱山で、私が長時間ここにいると健康に影響があるかもしれないという話であれば、理解しています」

「待て、初耳なんじゃが」

 

 ナガンがぎょっとした表情でそう言う。一〇〇式やSASSも聞かされていないらしい。

 

「言ってませんからね。人形の義体や電脳であれば天然ウラニウム程度の放射線は問題ありません。長時間というのも、生身の人間が数年レベルでここに引きこもればの話でしょう。健康診断のX線写真の方が健康被害は大きそうですね」

 

 そう言って春嶺は笑った。

 

「それに言っているじゃないですか。私は『貴女達の価値を買いに来た』んですよ。噂に過ぎなかった404小隊、闇から闇への片道切符を渡し続けるのはあまりに勿体ない」

「それがなんだって言うのよ」

「このままでは貴女達404が月まで吹っ飛ばされるからなんとかしようと言ってるんですよ」

 

 416にそう返して、春嶺は笑った。

 

「そうでしょう? UMP45、そろそろ奥の部屋にいる彼に会わせてくださいよ。生きているんでしょう? プライマリ・オフィサの(ハナブサ)(アラタ)

 

 UMP45は眉を顰めるだけだったが、その後ろのドアが勝手に開く。

 

「まったく、男ってなんでこういうときに出たがるかなぁ」

 

 どこか呆れた様子でUMP9がため息をついた。ナガンの目が大きく見開かれる。くたびれた作業用のジャケットを着て、黒い無精髭を伸ばした男がゆらりと現れる。その顔の左半分にはやけどで出来たらしいケロイドができていた。

 

「……アラタ」

「春嶺さん、でしたか。俺がよく生きているとわかりましたね」

 

 飛んできた日本語に春嶺は肩をすくめる。

 

十月作戦(オペレーション・オクトーヴァ)を提案していたことは先ほどヘリアントスさんから聞き出しました。物理的にヴェルディエフ中佐を押さえると同時に核濃縮秘密プラントを強襲する。たしかにこれを成せれば我が社は英雄です。ですがそれには生け贄が必要となる」

 

 そう言いながら春嶺は立ち上がる。返すのは英語だ。

 

「その生け贄が貴方だ。(ハナブサ)さん、辛くも生き延びた貴方は配下の戦術人形を不当にハッキングし、正義を振りかざして勝手に核工場を潰した……404小隊や一〇〇式はその際に貴方から『保護』され、安全に戦域を離脱する。そして貴方は復讐に燃えた犯罪者として捕まるか、戦闘の最中に戦死。……表向きの筋書きはこんなところでしょう」

「……そこまでわかっててなぜここに来た」

「そんなものクソ食らえだからですよ」

 

 そう言って獰猛に笑った春嶺。初めて聞く声にナガンは一瞬怯んだ。その間にも春嶺は一歩一歩、英の方へと進んでいく。

 

「英雄気取りで? せいぜい汚い爆弾止まりの核拡散を防いで? その犠牲の結果として、バタフシャーン自治州を火の海にして? あなたの副官だったナガンを傷つけて? そんなもの、()()()()()()()()()()だ」

 

 口調が崩れる。そして英悛の胸ぐらを掴んだ。

 

「……私は正義と英雄という言葉が嫌いでしてね。テメェのその世の中の不幸を勝手に代弁するようなその面が気に喰わねぇ」

「別に君に気に入られたいわけじゃないさ。それにもう十月作戦(オペレーション・オクトーヴァ)は止まらないはずだ。ヘリアントスが部隊を動かしたぞ」

「知っている。だとしてもこのどん詰まり(デッドエンド)は気に入らない。戦果(ジャックポッド)は私が(さら)う。乗る(レイズ)降りる(フォール)もご自由にどうぞ。だが、最後に笑うのは私なんだよ」

 

 そう言って春嶺は英を突き放した。

 

「……はは、どうする気だ。この状況で、この人が人を殺し合うこの土地で、君は何を成すつもりだ、春嶺君」

「これでも前職は広告代理店だ、事実の捏造(ラッピング)だけは得意でね、上等包んでご覧にいれますよ」

 

 笑って背を向ける春嶺。

 

「前座はここまで。UMP45でしたね、商談といきましょう」

「そこまで啖呵切った後に商談って、結構強引じゃない?」

「強引でも金と利益になるならビジネスですよ。もちろん君達404にとっても利益が出るような話にしますよ」

「へぇ、私達に利益? なにかしら?」

「404を常設部隊として設置させることを認めましょう」

 

 そう言って笑って見せる春嶺。

 

「……あなたにそんな権限があると思えないけれど」

「えぇ、()()()ありませんよ。ですが、認めさせざるを得ない状況を作ればいいだけです。あなたたちがあなたたちとして活躍し、正当に評価される居場所を確固たるものにできますよ」

「あら、既に私達は作戦に不可欠になってるから崩れないと思うわよ?」

「なるほど、では言い換えましょう」

 

 春嶺はそう言って、UMP45の耳元に口を寄せ、一言二言呟いた。

 

「――――ほんと、恐ろしいわね」

「代理店は接待のプロですからね。これぐらいで驚かれては困りますよ」

「指揮官よりマフィアの方が向いてるんじゃない?」

「今時マフィアなんて儲かりませんよ。取引現場で戦術人形とにらめっこなんて御免被ります。さて、報酬は必然的に後払いになりますんで、入り用の際に連絡はいりません。活動を確認できたらこちらで動きます。では、失礼。一〇〇式、SuperSASS、行きますよ」

「はい……」

「わかりました」

 

 ナガンは春嶺と英を見比べるようにしている。春嶺が小さく笑った。

 

「ナガン、貴方には強制しません。一〇分待ちます。ついてくるなら装甲車へ」

 

 それだけ残して、春嶺はその坑道を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……生きて、おったんじゃな」

 

 気を利かせてくれたのか仕事なのか、404の人形達は出ていった。坑道の休憩室の一つでにナガンの声がぽつりと落ちる。UMP45が置いていった予備の角灯(カンテラ)には火が入れられ、炎の灯りが二人を照らしていた。

 

「二度と会うことはないと思ってたがな」

「それなのに『いつか必ず会おう』と言ったのか、このうつけ(もん)

「そうでも言わないとお前はあの場を離れなかっただろう、ナターシャ」

 

 あたりまえじゃ、と返してから、ナガンは小さく笑う。

 

「……アイクにその呼び方を教えたのは、お主直々じゃったか」

 

 どこか寂しげな笑みを浮かべたナガンは、目の前の男、英から目を逸らす。

 

「アラタ、そんなにわしは頼りなかったか?」

「そうじゃない」

「なら、なんでわしを切り捨てた」

 

 ナガンは淡々と続け、返事を待った。

 

「……なんも言わんのか。三ヶ月ぶりの奇跡の再会じゃぞ」

「俺は既に死者だ。生者にかける言葉なんてあるはずないだろう」

「――――それを人形に言うか、アラタ!」

 

 英につかみかかるナガン。彼の身体が岩の壁に押しつけられた。

 

「切り捨てるならそう言え! 力不足ならそう言え! なぜじゃ! なぜわしとカリンをあそこで、S09で切り捨てたっ!?」

 

 英の足が軽く浮く。襟元を掴み、つり上げたナガンの瞳には小さく滴が浮かんでいた。

 

「カリンはアラタに惚れておった! わしだっておぬしのためなら、アラタのためならなんでもできると信じておった! どんな苦境だって、どんな地獄だって越えてきた!」

 

 言葉で自らの堰を決壊させたナガンが叫んだ。

 

「あんな辛酸はもう舐めんと決めた! もう誰も切り捨てんと決めた! 指揮官を切り捨てるぐらいならぶん殴ってでも連れて出ると決めた! それが蓋を開ければどうだ! ……わしの、わしの三ヶ月は……なんじゃったんじゃ……!」

 

 ナガンの手が震え、彼を壁に捕らえることができなくなる。

 

「どうしてなんじゃ……おぬしを信じたわしがバカじゃったんか……? 人形の分を越えた思い違いじゃったんか……? おぬしと酒を酌み交わして交わした契約は……おぬしの正義を守ると誓った契約は……ウソじゃったんか? 答えてくれアラタ、わしは……おぬしを守ることが、できんかったんか……?」

 

 答えは返ってこない。ナガンの視線が落ちる。

 

「……すまないなぁ、アラタ。……せっかく生きていてくれたのに、こんな言葉しか出てこん。会いたかったけど、会いたくなかった」

「……」

「わかっとるんじゃ。おぬしは前から、自分を勘定に入れずに誰かのために命を張る、そういう奴じゃ。正義の駒としてこれが最適解だと知っておった。だから、わしがお主の正義の邪魔になった」

 

 ケロイド化した彼の頬に触れる。

 

「……それでも、救いたかったんじゃ。黙って地獄の底に降りていこうとするおぬしを、一人でなんて逝かせたくない。それは、許されない願いなんか? そんな思いは、わしのバグなんか?」

 

 そう言って振るえた拳が、英の胸を弱々しく叩いた。

 

 

 

「わしは、おぬしを好いとったんじゃぞ……!」

 

 

 

 その彼の胸に頭を預けて、それっきりナガンはなにも言わなかった。英はその肩に触れようとして、止める。

 

「……次会うときは地獄の奥底でと決めていたんだがな」

 

 小さく笑った英は、両手をだらりと垂らして、そういった。

 

「……ナターシャ、お前は俺の知る限り、最高の戦術人形だ。それは今も変わらない。経験の蓄積に裏付けされた的確な判断と近接戦闘能力の高さ、電脳戦への適応力……俺には勿体ないくらい()()()だったよ」

 

 そう言って、英は一度だけ、言葉を切った。

 

「だからこそこんなところで、こんなくだらない理由で()()()()()()()()し、()()()()()()()()。俺のことは忘れてと言いたいところだが、難しそうだな」

「当たり前じゃ、馬鹿者」

「……お互い不器用だ」

 

 そう言って英は皮肉げな笑みを浮かべた。

 

「お前の思いに応えることはできない。だからここまでだ、ナガンリボルバー」

「……おぬしは、そういうと思っとったよ」

 

 ゆっくりと離れたナガンはそう言って、笑う。

 

「さようなら、じゃな」

「あぁ、ここまでだ」

「なら、これで終いにしよう」

 

 ナガンはそう言って、笑みを浮かべ――――左手を振りかぶった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……煙草、吸われたんですね」

「気になりますか?」

 

 一〇〇式にそう答え、春嶺は口元から紙巻きの煙草を外した。

 

「いえ、そうだとしたら、そのジャケットからは煙草の臭いがしませんでした」

「超ライトスモーカーですよ。煙草は高いですからね。日に1本吸うかどうかです。最近はお香代わりに使っているような感じになってきました」

 

 そう言いながら春嶺はまた降り始めた雪を見上げた。

 

「……冷えますね」

「はい。……先輩は戻るでしょうか?」

「来ますよ」

 

 即答で返ってきた答えに、一〇〇式は驚く。

 

「なぜそう言いきれるんですか? 先輩はハナブサ指揮官のこと、好きだったんですよ」

「えぇ、彼女は残ることを望むでしょう。私にとってもナガンを失うのは惜しいですし、戻ってこなければ私の生存率は下がるでしょうから、不満はタラタラですがね」

 

 そう言って煙草を咥えなおす春嶺。

 

「だったらなんで、先輩に強制しないなんて言ったんですか?」

「よく言えば賭けをしている。……悪く言えば茶番のチキンレースに興じている、ということです」

「賭け?」

 

 一〇〇式に頷いて答える春嶺。

 

「私はひどい大人ですからね、君達を使って世界の命運を賭けた掛けをする。それは君達を救うかもしれないし、人間を滅ぼすかもしれない。もしかしたらその両方が起こるかも」

 

 携帯灰皿をもてあそびつつ笑う彼に、一〇〇式は空恐ろしいものを感じていた。

 

「ここから先の作戦は彼と彼女の関係性に依存します。ですが、不確定要素が取り得る可能性は限られているんです」

 

 その瞳はどこか楽しそうに澄んでいて、雪と岩が入り交じった斜面を見つめている。

 

「指揮官だった英悛とその副官だったM1895ナガンリボルバー……英悛はナガンを特別視しています。だからこそ副官に指名し、だからこそあの基地から離脱させた。……英悛は、ナガンリボルバーを切り捨てられない」

 

 春嶺は短くなった煙草を手に笑う。

 

「彼は自分の死をプロデュースしているつもりです。そこにナガンは()()()()()()()()()なんですよ。ナガンは人形にしては珍しく相当にわがままな性格をしていますから、その爆発的な感情の起伏と行動力でこの世に引き留められると困る訳です。それを防ぐために彼が取れるアクションは一つだけ。彼はナガンを突き放すしかない。そしたらナガンは私と一緒に秘密工場に乗り込む羽目になる」

 

 煙草の火を睨むようにしてそう言う春嶺。上着の裾を雪交じりの風が揺らした。

 

「そして同時にナガンを壊せない彼はもうこの作戦で死ねない。彼の死がナガンを壊しかねないことを、彼は認識しているはずです。それと告発を両立できる十月作戦(オペレーション・オクトーヴァ)の落としどころは一つだけ……ざまあみろだ。彼の計画はご破算、彼の負けだ」

 

 そこまで言って春嶺はふっと視線を柔らかくした。

 

「もっとも、彼がここでこのシナリオを焼き捨ててナガンと駆け落ちエンディングなら、それに越したことはありません。彼女と彼は幸せなキスを交わして世界も会社も敵に回して逃避行。ロマンチックですよね」

「指揮官はそれでいいんですか?」

「良くはありませんが、なんとかしますよ。その場合404の協力が必須になりそうなので、そのときは博打要素が大きくなりますが……さて、結果発表といきましょうか」

 

 携帯灰皿に煙草を押しつけ、坑道の入り口を見た春嶺は笑った。

 

「……おかえりなさい。ナガン。英指揮官は?」

「あやつはぶん殴っておいた。おかげで左手が痛い」

 

 それを聞いた春嶺が吹き出す。

 

利き腕(ストロングハンド)じゃないあたりに温情を感じますね。もっと派手に喧嘩するものだと思いましたが」

「だったらもっと時間を用意せい。10分と言われて慌てて出てきたんじゃぞ」

「それは失礼しました。それでも移動しないといけないのでギリギリなんですよ」

 

 そう言って春嶺は肩を竦めた。

 

「……なぁ、ソータ」

「なんです?」

「あやつが死ぬのはクソ食らえと言ったな。……あやつを生かしておく秘策はあるんか?」

「最大限回避しますよ。さぁ、ジャックポッドを我が手に。仕上げといきましょう。計画に変更なし。車列の方はおそらくガーランドがとりまとめているはずです。不手際はないでしょう……車列到着と同時に突っ込みますよ」

 

 春嶺は笑った。

 

 夜明けまで、あと2時間を切っていた。

 




次回こそ戦闘回といきたい……!

さぁ、次回からこの作戦の最終章です。どうぞよろしくお願いいたします。


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ジャ・クポ ―JACKPOD― ジャ・クポ PHASE1

20641014T0142Z+0500(0642E)

"H"-1:33:25 of OPERATION-OCTOBER

Rivak, Gunt Valley, Shughnon District, Badakhshanskaya Autonomous Region, The People's Republic of Tadzhik

 

 

「あと1時間と33分で作戦開始、か……」

 

 アナログ式の腕時計の文字盤に朝日が反射する。反射防止用のフィルムなどで防ぐようにしているはずだが、日の出直後の強い日差しには効果が薄いようだった。太陽光の出所を探して、軽く振り返るように窓の外を見れば、高圧電線の鉄塔越しに、金色の太陽が山際から顔を出したようだった。くすんだ金属色のコンテナが金色に染まっている。

 

 助手席の固いサスペンションのせいで痛む腰を気にしながら、テルミベトゥワ・ジャズグル・トロンベコヴナ曹長が口を開いた。

 

「現在地はわかるかしら?」

「ライバークを通過しました。グン渓谷もあと1時間もすれば抜けます」

「ライバーク? ……あぁ、リヴァね。遅延なしのオンタイム、いいわね」

「リヴァって読むんですねこれ。このあたり読めない地名が多すぎます」

「そもそもここロシア語どころかタジク語でもないからね。それを無理矢理ロシア語に直した後に貴女達向けに英語に直してるから地名もメチャクチャよ。もしかしたら地元の人には通じないかも。話す機会ないだろうからいいけどさ。……はー長かった。ケツがもげそう」

 

 タブレット端末の地図を見るジャズグル。国際高規格道路欧州E007線を辿れば、たしかにRivakの文字がある。未舗装の道幅1.5車線でなにが高規格道路だと毒づきたくもなるが、地図と運転手に罪はない。あと20キロちょっとで渓谷の出口にある目的の町、ホログに到着だ。

 

「長旅お疲れ様でした。そしたらホログの町外れにある……えっと。クヒ? クハィ……?」

「Khidorjiv、クィジョフトル。それも地名だから」

「もう長いのでポイントKとでも呼びましょうよ」

ホログ(Khorugh)も頭文字はKよ」

 

 運転席の戦術人形はどこか苦い顔だ。ジャズグルにとっても発音しづらいことこの上ない。

 助手席と運転席の間に置かれたM14自動小銃を見ながらジャズグルが口を開く。

 

「M14……だったわよね」

「はい、なんでしょう曹長さん」

「あなたたちにとって、ハルミネ指揮官ってどういう存在なの?」

「どういう存在……そうですね。……っとと、ごめんなさい。一号車より全車、対向車です。十五秒後25キロまで減速願います」

 

 濃い鳶色の髪を二つ括りにした人形は滑らかなクラッチ操作でショックもなく速度を落とす。

 

「それで、指揮官がどういう存在か、でしたっけ?」

「えぇ、その指揮官が貴女達ほっぽり出して別行動を始めたわけだけど」

「あはは、それでもM1895経由で位置情報も指示も出てますから問題ないですよ。向こうも仕込みが終わったようなので、こちらは予定通りアルミを受け取りに入ればいいだけです」

 

 北向きの斜面以外の雪はすでに溶けており、車窓はいつも通りの黄土色の景色に変わろうとしていた。M14はエンジンブレーキを上手に使いながら安全に緩やかな坂を下り続ける。フットブレーキも時々使っているようだが、上手いこと運転している。ブレーキの煩雑な踏み替え――『バタ踏み』を避けたブレーキ捌きは空気ブレーキの特性を理解したものだろう。この人形は本当に上手に車を転がす。

 

「指揮官は面白い人ですよ。人形に対してとっても丁寧に話しますし、優しい人です。無線やテキストの命令にどこか温かみがあるというか、ちゃんと帰してくれるんだろうなって思えるんです。どうしてなのかは、わからないですけどね」

 

 青いバンが無事車列の横を通過した。再び速度を上げる。

 

「それが面白いの?」

「人間同士みたいに扱ってくれるんですよ? でも残酷なことも任務ならちゃんとします。それって面白くないですか?」

「その感性、どこか狂ってるわよ」

 

 ジャズグルはそう言ってため息をつき、窓の外に目を向ける。峠道より低い位置をグン川が細かく蛇行を繰り返しながら流れていく。上流の氷河を水源に持つこの川は綺麗なターコイズブルーをしている。大分穏やかになったものの、未だに白いしぶきを上げていた。

 M14は狂っていると言われたのに、至極楽しそうに笑った。

 

「人形は人間じゃないですからね、それでいいんです。義体が破壊されたらコアと電脳を回収して遠隔操作(リモート)用のダミー人形に移植、それもできなければ初期化して破棄。バックアップのデータは製造元(I.O.P)のサーバーにあるので今ココで私の電脳が吹き飛ばされても、明日には別の義体に昨日までのデータをインストールした別のM14が任務に復帰します。それでいいんですよ。本当にそれでいいんですけどね」

 

 初めてM14の顔に憂いのような顔が浮かんだ。

 

依頼主(クライアント)だったり、そのご家族だったり、指揮官だったり……人間の皆さんにはそれがつらいように思うみたいです。それは嫌なんです」

「そうね……人間には生命のバックアップなんてないから、脳みそで理解しても、感覚では理解できないわ。それが寂しい?」

「泣いている人や悲しそうな顔をする人を見るのは悲しいですから。だから可能な限り壊されないように気をつけてます。義体もタダではないですしね」

「……そうね、それがいいわ。美人が撃たれるのは見るのがつらい」

「ふふっ、ありがとうございます」

 

 M14が目を細めて笑った。

 

「さぁ、もう少ししたら準備を始めないとですね。曹長さんもよろしくお願いします。検挙や逮捕は人形ではできないので、よろしくお願いします」

「えぇ……、しっかりやらないとね」

「大丈夫です。指揮官さんがついてますし、ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20641014T0254Z+0600(0854F)

"H"-0:21:18 of OPERATION-OCTOBER

CN-GKB(Private helicopter) flying over Kokand of Republic of Kyrgyz

 

 

 朝日は既に色を薄くし、フェルガナ盆地に等しく日光を振らせていた。その中を二機の機体が飛んでいく。一機はヘリコプター、もう一機は無人の輸送用大型ドローンだ。

 

「コーカンドを目視、転進115度。ドローン機、上昇を開始」

 

 バタバタとうるさいローター音とパイロットの声を聞きながら、ヘリアントスは閉じていた目を開けた。

 

「フム、アフヴェンラフティはドローン操縦の適性もあるか……」

 

 ヘリアントスのつぶやきはローター音にかき消された。グレー一色のキャビンに詰め込まれているのは作戦責任者であるヘリアントスとその副官役の人形二体、そしてフェルガナ基地に対する法執行支援のために本部直轄隊から選抜した抽出小隊である。

 

「指揮官様」

「どうしたMP5」

 

 ヘリアントスの隣にちょこんと腰掛けていたMP5がヘリアントスの袖を引いた。

 

「今回、警察の要請に基づく支援任務なんですよね?」

「その通りだ。ブリーフィングを聞いてなかったのか?」

「ヘリアン様のお話はちゃんと聞いてます! ……ですが、それにしては攻撃的な編制のような気がするんですが……」

 

 MP5がそういってキャビンを見回す。そこにいるのはヘリアントスにつくもう1人の副官であるグリズリー。向かいの座席で行儀良く座っている9A-91と、OTs-12、そしてその2人から最大限距離を取ろうとしているスオミ。絶望的に仲が悪いのは致し方ないとは思えど、作戦実施に問題が無いか一抹の不安が残る。

 

 そしてそれ以上にMP5が問題だと指摘したのが、スライドドアの前、銃座に固定されているM2ヘヴィバレル重機関銃と、その同じ名前を冠する戦術人形M2HB、そして自分の身長よりも大きな対物ライフルを大事そうに抱えるM99である。彼女達が使用するのは50口径、超重量級の弾丸を音速の三倍もの速度でかっ飛ばすことで土嚢だろうがコンクリートだろうが破砕して、その裏に隠れた敵を撃滅していく代物なのだ。

 

「M2さんとM99さんが本気で攻撃したら、逮捕する人が残らないんじゃ……」

「そもそも私達が前線に出なきゃいけない段階で逮捕どころではない。軍のクーデターの鎮圧と言う方が正しい。M2HBはヘリ接近時の安全確保、M99はどちらかと言えばデモンストレーターだな」

 

 モノクルの向こうの目が細められそういった。

 

「そもそも()()()()の作戦行動自体がパフォーマンスであり、見せしめだ。ルスラン・ヴェルディエフ陸軍中佐の検挙は、クルグス共和国にとって、一つの落としどころにすぎない」

「どういう意味でしょう?」

 

 片手を上げながらそういったのは9A-91だ。

 

「今回の事態の引き金になった十一月作戦(オペレーション・ノヴェンバ)は、クルグス共和国のタジク人民共和国に向けた破壊工作という側面が強い。バタフシャーン自治州の独立問題に油を注ぎ、同時に核によってタジクに破壊的な攻撃を仕掛けることになる。そんなことが高々中佐、それも輸送部隊の司令官にできるはずがないだろう」

「要はトカゲの尻尾を切りに行くってわけだね?」

 

 OTs-12が無表情なままそう言って、窓の外に目を向けた。今や人類が抱える数少ない耕作可能地域であるフェルガナ盆地は小麦の収穫の最盛期を迎え、陽の光を浴びて輝いている。

 

「それが()()()()の落としどころだ。陸軍は悩みの種だが、消えて貰っては広域性低放射感染症(ELID)への対応ができなくなる。解体してもらうわけにはいかない」

 

 腕を組んでそういったヘリアントスにグリズリーが笑いかけた。

 

「世知辛いもんだね。権力に尻尾を振ってればいいって訳でもないわけだ」

「不満か?」

「まさか。それを待ってたんだよ。……いいように利用されるだけの下請けは嫌いだよ」

 

 グリズリーは肩を竦める。

 

「私もだ。だからこそ直接私が出る」

「どうせ言っても、止まんないんでしょう?」

 

 グリズリーはため息をつきつつそういった。

 

「私はこのS地区を統括するエリアマネジャーだ。クルグス共和国陸軍との契約を結んだのは私だ。契約解除の通告をしないといけない上に、この責任は誰かが取らねばならん」

 

 ヘリアントスその目はいつもと違う色合いを帯びていた。それをグリズリーはじっと眺める。

 

「……これは、私の戦争だ」

「ヘリアン様……」

 

 MP5が心配そうな顔をしており、それを見たヘリアントスはMP5の頭を帽子越しに撫でた。

 

「心配するな。制服の下にはちゃんと防弾ジャケットを一通り着ている」

「ですが……」

「君達が私を守るなら、私は死なない。信頼しているぞ、MP5」

「はいっ! 必ずお守りします」

 

 ヘリアントスの言葉が嬉しかったのか、MP5が元気よく頷いたタイミング、警察からの通信が入った。ヘリアントスが受け、短い報告を聞いてからすぐに切る。

 

「警察によるヴェルディエフ中佐への出頭命令と基地への査察受け入れ要請が、正式に却下された。警察は強制捜査手続き(プロシージャ)国際標準時(Zタイム)0315、現地時間0915をもって開始することを通告した。()()()()我が社はそれにあわせて十月作戦(オペレーション・オクトーヴァ)第二段階を開始。抽出小隊はフェルガナ基地を強襲する」

 

 ヘリアントスはヘリの中を見回しながらそう告げた。

 

「打ち合わせ通りだ。警察のプロシージャ進行に先立ち、基地の武装解除を行う。私が法執行責任者として管轄する。M2HBを中心に制圧射撃を実施しつつ接近しつつ武装やトラックを撃破する。同時に輸送ドローンからダミーキャニスタを投下。メインの君達に先行して行動を開始させる」

 

 ヘリアントスはそういいつつ、一度モノクルを拭き、かけ直した。

 

「MP5、グリズリー、スオミは迅速に降下し、ヘリのランディングゾーンを確保しろ。降下チームはグリズリーの指示に従え」

「了解」

 

 代表してグリズリーが答える。

 

「では、各員その場で待機」

 

 ヘリアントスはそういいつつ、耳に小さなヘッドセットを掛けた。それをタブレット端末とリンクさせ、通信を開く。

 

「S.O.ハルミネ。そちらの進行状況を教えろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20641014T0302Z+0500(0802E)

"H"-0:13:07 of OPERATION-OCTOBER

"Point-K" Khidorjiv, Roshtqal'a District, Badakhshanskaya Autonomous Region, The People's Republic of Tadzhik

 

 

「対象の工場を目視してます。とてもいい天気ですよ。熱工学迷彩のせいで既に暑くなりそうです」

 

 装甲車に寄りかかりながら春嶺颯太はそういった。左耳に差したヘッドセットに風の音が入らないかと気にしながら続ける。日光は一気に地面を暖め始め、その熱を含んだ風が斜面を這い上がってくる。この程度の風なら光学迷彩用のスクリーンも問題はあるまい。

 

タジク軽金属工業(TaLMI)ロシュトカリア-クジョフトル製錬工場……こうみると本当にアルミ工場みたいですね。もっとも、谷を丸々一つ潰して防御を鉄壁にするアルミ工場ってなんだよって感じでもありますが」

 

 視界の下に広がるのは小さな谷間を埋めるように作られた巨大な工場だ。周囲を5メートルはありそうな高い塀が取り囲んでおり、中は警備用のドローンなどが巡回しているのが見える。

 

『実際にアルミ工場として作られているからな。御託はいい。用意は出来ているのかと聞いている』

「私の指揮下にある部隊は既に。……護衛のトラック群も目視しました。M14が乗る警備一号車(ガード1)を先頭に22台、損耗率ゼロ。護衛の車列の方はガーランドとMP40を中心に用意を調えてます」

『工場の中を急襲することになるが、その用意は大丈夫なんだろうな』

「なんとかします。ですが、そのほかに気になることが一つ」

『どうした』

 

 熱光学迷彩用のメッシュスクリーンを揺らさないように気をつけながら双眼鏡を工場の南端、正門の反対側にあるヘリポートに向けた。

 

「チルトウィング機が一機、暖気したまま留まってるんですよ。動力非停止給油(ホットリフューエリング)を実施中、コックピットにはパイロットが乗りっぱなしです」

 

 倍率を上げると真っ白に塗装された航空機が止まっている。大きなプロペラを両主翼の外側につけたその機体は、翼ごと大胆に上空に向けている。そのプロペラは上昇推力こそないものの、しっかりと回っていた。

 

『どこの機体だ?』

「アフヴェンラフティに照会をお願いしました。機体番号(レジ)はEY53094、タジク籍の機体ですね。ビジネスユーズでリースされているらしいですが……アルミ工場というのは航空機をエンジンぶん回したまま燃料補給なんて曲芸してまで即応待機させるほど忙しいようです。深く調べますか?」

『どうせダミーカンパニーにしか繋がらん。時間の無駄だ』

「同意見です」

 

 春嶺が言いたいことを通信の先にいるヘリアントスは読んでくれる。

 

「十中八九軍用です。おそらくはクルグス陸軍でしょう。……荒れますよ。いいですね?」

『構わん。必ず物証を抑えろ。彼我の損害には目を瞑る』

「了解しました。それでは、符丁の発報をお待ちしています。通信終わり」

 

 そう言って通信を切った春嶺は双眼鏡を目から外した。

 

「ふー……」

「C.M.ヘリアンはなんと?」

「なんとしても叩き潰せだそうですよ。……ナガン」

 

 名前を呼ばれた彼の副官は目線だけで続きを促す。

 

「これが貴女の見てきた風景なんですね」

「そうじゃ。……本当に、ここまで戻ってきてしまった」

 

 ナガンはそう言って目を細め、眼下に広がる巨大な工場を見下ろした。

 

「やっと区切りをつけられる。……それでも、少しだけ怖くもある」

「怖い、ですか」

 

 春嶺の言葉にこくりと頷くナガン。

 

 

 

「ソータ、おぬしは生きていてくれるか。わしの前から消えんでくれるか」

 

 

 

 ぽつりと紡がれたその言葉はきっと聞かなかったことにするべきなのだろう。請負人(コントラクタ)指揮官(オフィサ)の関係を保証するものなど何もないのだ。

 

「悪いことを言った。忘れてくれ」

「忘れませんよ」

 

 それでも、春嶺は即答した。

 

「貴女との契約がある。私が貴女の声となる。私が導き、貴女が切り拓く。その契約があります。……不履行なんてしませんし、させませんよ」

 

 そう言って、ナガンを後ろから抱きしめる春嶺。ナガンは驚いたように肩を跳ね上げたが、すぐにおとなしくその腕の中に収まった。

 

「は、恥ずかしいじゃろうが……」

「熱工学迷彩の中ですから誰からも見えませんよ。一〇〇式もSuperSASSも配置についていますから見られませんよ。通信も今は切ってます」

 

 ナガンはそれには答えなかった。帽子の高さを含めても春嶺の顎にも届かない小柄な身体。生きた子どもと勘違いしそうな高い体温。それらを愛おしく思うのは、おそらく指揮官として失格なのだろう。春嶺は目を閉じ、言葉を紡ぐ。

 

「大丈夫です。私はここにいます。貴女の前からは消えません」

「その言葉、信じていいんか」

 

 春嶺は少しだけ腕に力を入れた。

 

 

 

「信じてください。私が貴女を死なせないし、私も死ぬ気はありません。こんなところで死んでたまるか」

 

 

 

 ナガンがクスリと笑う気配がする。

 

「……約束、じゃぞ」

「はい、約束です」

 

 目を開ける。視界の先の工場は先ほどと変わっていないはずだ。それでも、わずかに小さく見えた。腕を解き、春嶺は前を見据えた。

 

 

 

 越えられる。絶対にこの戦場を越える。

 

 

 

「警備車両を除くトラックが無事入場。……そろそろですね」

 

 時計を見る。8時14分。そろそろ号令が飛んでくるだろう。

 

「勝ちますよ。ナガン」

「当然じゃ」

 

 タイミングを計ったようにノイズが入った。

 

『全隊へ達する。楽しい楽しいハイキングの時間だ』

 

 ヘリアントスの声を聞き、春嶺は指揮管制装置(プロンプター)に手を掛ける。

 

十月作戦(オペレーション・オクトーヴァ)、第二段階を開始する。“悪人は自ら(Convertetur dolor ejus)の鉄槌( in caput ejus,)に打たれ( et in verticem ipsius)滅ぼされん( iniquitas ejus descendet)”、繰り返す、“悪人は自ら(Convertetur dolor ejus)の鉄槌( in caput ejus,)に打たれ( et in verticem ipsius)滅ぼされん( iniquitas ejus descendet)”!』

 

 それを聞いた春嶺は間髪入れずに回線を開いた。

 

「符丁合致を確認。十月作戦(オペレーション・オクトーヴァ)発動、各隊状況を開始せよ」

 

 直後、遠くで小さくパンとなにかが弾ける音がする。

 それが戦いの火蓋を切る狼煙となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20641014T0315Z

"H"±0:00:00 OPERATION-OCTOBER is EXERCISED

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ということでオペレーション・オクトーヴァの開始です。

前章の「ノファン・ディズ・ファン PHASE1」の後半でヘリアン女史が呟いていた文字列、やっと意味が書けました。ラテン語については旧約聖書、詩篇第七篇第十六節より引用、シクストゥス・クレメンティーノ版を底本とし、日本語訳をかなり弄っています。厳密な訳(新協同訳版)だと「災いが頭上に帰り/不法な(わざ)が自分の頭にふりかかりますように。」となります。
ヘリアン女史、こういう言い回し似合うよね……ってだけです、はい。



また、ハーメルン運営さんがフォント変更を実装されていますので遊んでみました。この章だけのギミックになりそうですが、お付き合いください。

今回の作戦はフェルガナ基地と秘密工場の二方面同時作戦となるので、作戦の時間を明記します。タイムゾーンを跨いでいるので(フェルガナ基地方面は秘密工場方面より1時間早い)、国際標準時をベースとして、後ろに(かっこ)書きでローカルタイムを書く方式とします。場所も併せて記しますので参考にしてください。

タジキスタン方面の情報……本当に見当たらずに苦戦してますが、このまま突き進みます。

次回こそ戦闘開始! よろしくお願いします!


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ジャ・クポ PHASE2

20641014T0315Z+0500(0815E)

"H"+0:00:03 of OPERATION-OCTOBER

PCC:Power Control Center, Roshtqal'a-Khidorjiv Plant of TaLMI:Tadzhik Light Metal Industry Co., Ltd.

 

 

 タジク軽金属工業株式会社、ロシュトカリア-クィジョフトル製錬工場、管理部棟。

 

「マジかよ」

 

 電力管制室のLED照明がパッと消え、その男は一瞬上を見上げたあと、管制室のコンソールの端にあるスイッチカバーを開ける。非常用発電機をスタート、四十五秒後には復旧できるだけの電力出力がでるはずだ。

 

 面倒なタイミングでこの停電だ。あと30分もしないうちに電力管理主任が威張った顔でやってくる。夜勤の彼にとってはよくあるトラブルなだけにもう辟易していた。

 

「TaLMIの贅沢なインフラに頭が下がると思わないか、兄弟?」

 

 管制主任席でそういう夜勤時の責任者が『万事問題なし』とフライングで書き始めていた報告書を破り捨てながら声を掛けてくる。

 

「まったくだ。グン川に発電所をつくってこれでホログも潤うかと思ったらアルミのための専用電源、それも三日に一回は切れると来ている。貧しい貧しいタジク人が羨んではいけないからとわざとこうしてるんじゃないのか?」

「工場だけが24時間電気が使いたい放題だと暴動が起きるからか? あり得そうで笑えねぇよ」

 

 無停電電源装置は旧式も旧式な弾み車(フライホイル)バッテリー。モーターと弾み車を直結し、電力が切れたり電圧が落ちても、弾み車が回ることで発電機として最低限の発電をカバーする仕組み。この機構の特性のためにすぐに電圧が落ちてくる。

 

「そろそろお怒りの無線が来るぞ。……ほら来た」

 

 責任者の腰に下がった無線機が入電を告げる。

 

「こちらPCC」

『こちら工程管制室(OCC)! さっさと電力を回復させろ! 電圧がおちて電気炉が止まったぞ!』

「全力で回復措置を行っております。すぐに復旧させますのでお待ちください」

 

 それだけ言って無線を切る。冷めてまずくなったコーヒーに口をつけた責任者はぼやきを上げる。

 

「そんなわけないだろうにさ。電圧的に一号炉から三号炉まで動かせるだけの電圧は確保してるっての」

「フライホイルの整備が悪いとか?」

「だとしたらそれは日勤の本社組の仕事だ。俺たちの給料には入ってない。そうだろう、兄弟?」

「違いない」

 

 クツクツと笑っている間、どんどん電圧が落ちていく。男は電流計を見て、一瞬眉をしかめた。

 

「……おい、兄弟。おかしくないか?」

「どうした?」

「発電所からの電力が回復しない。いつもはもう予備回線に切り替わるだろう。40秒はたったぞ」

「……発電所自体が止まったか?」

「だろうな。内部の発電機だけじゃ炉の運転出力確保は無理だ。これじゃどやされるかもな」

「勘弁してくれよ。今日は娘の誕生日なんだぞ」

「お前は独身だろうが。デタラメを言うなよ……ま、本社組が他の電力会社から電力もってくるだろうさ」

 

 この2人は気がつかなかった。

 

 停電の三秒前に、監視カメラの一つが、高圧送電線を巻き込むようにして、ピアノ線を垂らしたドローンが高速で突っ込んで予備回線ごとショートさせていたのをディスプレイに投影していた。強烈な火花を上げたのを大写しにしていたのに気がつかなかった。

 

 彼らの頭の中にはあと45分で夜勤が終わることしか頭になかったのだ。

 

 そして他の電力会社も送電できないことなど知るよしもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20641014T0315Z+0500(0815E)

"H"+0:00:32 of OPERATION-OCTOBER

Truck Yard, Roshtqal'a-Khidorjiv Plant of TaLMI: Tadzhik Light Metal Industry Co., Ltd.

 

 

「電力部の奴ら、整備をサボりおって、おい。積み荷を開けろ。欠品があるかもしれん。これぐらいのトラブルは日常茶飯事だろうが! サボるな!」

 

 班長のダミ声がトラックヤードにこだまする。コンテナが下ろされ、中から出てくるのはなにかのキャニスターの山。

 

「班長、これ結局なんなんですか? 時々このケースみたいなのありますけど」

「儂らが知る必要がないものだ」

 

 とりつく島もなくそう言われながら、まだ少年と言っていいぐらいのオペレーターがフォークリフトを使ってそのキャニスターを取り出していく。その様子を見た班長がホイッスルを吹いた。フォークリフト急停止。

 

「待て。そのケース、開封の跡が無いか?」

「あれ、本当だ。ぶつかってシールが外れたんですかね、電子錠のあたりは弄った跡がないですけど」

「……それを他のキャニスターと分けて下ろせ。確認する」

「はい」

 

 フォークリフトがトラックヤードに怪しいキャニスタを置く。上面のハッチは閉じられているものの、その両脇に張ってあるはずのシールが剥がれていた。

 

「運び屋がこれの中身を開けたんですかね」

 

 少年がそう言って、ハッチを叩いたとたん、そのハッチが吹き飛んだ。

 

「……え?」

 

 中から飛びだしてきたのは、人……のように見えた。まるで下着のような薄いベビードール。長い金髪がゆるりとその肩にかかっており、その金髪の間から、大きな犬耳のようなものが流れている。少年は地面に尻餅をついた姿勢のままそれを呆然と見上げている。

 

「女の……子……?」

 

 その目が開かれる。両目が赤い。

 

「……抵抗せず、投降しなさい。これより中央アジア共和国連邦警察令第000000285号に基づき強制捜査プロシージャを開始します」

「! 伏せろ!」

 

 班長が少年を弾き飛ばす。女の子のような物に見えたモノの手に大きなアサルトライフルが現れた。

 

「くそっ! 警備へ連絡! 侵入者! 侵入者だ!」

「警告、警告。抵抗せず道をあけなさい。これより強制捜査プロシージャを開始します」

 

 爆発的な加速でその女の子のようなものが班長を飛び越え、あり得ない程の力でトラックヤードの扉を蹴り破り、中に突入した。同時に他のキャニスターのハッチが吹き飛んだ、数は三つ。今の女の子のようなモノと瓜二つな恰好のそれが後を追うように工場の中に飛び込んでいく。

 

「警備センター! こちら第一トラックヤード! 侵入者だ! 冗談なわけあるか! 物騒な人形(ねーちゃん)がトラックヤードの扉を突き破って工場に入った! あぁ!? 止めろ!? ライフル相手に撃ち合えって!? 馬鹿野郎! それはお前らの仕事だろうが殺す気かっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20641014T0316Z+0500(0816E)

"H"+0:01:08 of OPERATION-OCTOBER

Main Gate, Roshtqal'a-Khidorjiv Plant of TaLMI: Tadzhik Light Metal Industry Co., Ltd.

 

 

「そう、冗談じゃ無くて本当に侵入者なんですよね」

 

 なんでもないようにそう言ってPPSh-41はロシア帽を直しながら上を見上げる。5メートルはあろうかという手がかりのない垂直な壁、その上には有刺鉄線が張り巡らされたこの工場の防壁は確かに有効だ。しかしそれは人間相手ならばという前提が含まれている。

 

 トン、と軽く蹴り込んで身体を持ち上げるPPSh-41、次の瞬間にはその塀を蹴り、上昇角を調整しつつ左手が有刺鉄線を掴む。人形が有刺鉄線程度で止まることはない。そこを支点にくるりとコンパクトに身体を回す。そのまま真下にすとん、と降りると同時にセーフティをオフ。そのまま壁沿いに走り出す。

 

「A分隊、エントリー完了です」

『A分隊を二隊に分けます。A1はPPSh-41主導で物証をおさえてください、A2はMP40中心に工場の管理棟を制圧してください』

「了解しました」

 

 作戦の指示は単純明快だった。作戦開始から1分半、そろそろ最初の衝撃から抜け出す頃のタイミングだろうか。

 

「電力復旧までどれぐらいですか?」

『あぁ、復旧なんてしませんよ』

 

 通信の向こうの春嶺はさらっととんでもないことを言った。笑っているような声色だ。

 

『自社発電所の予備回線復旧には最短でも1時間以上掛かるでしょうし、その作業を担うホログ周辺の電力会社は、昨日の夜中にいきなりTaLMIへの電力保守契約の解約通知を出したそうですよ。電力完全民営化で生き残りにどこも必死です。恐ろしいですね』

「……それは恐ろしいですね」

 

 これがグリフォン社の支援なのか、春嶺の古巣であるJWパブリシズの支援なのかはわからない――おそらくは後者だろうとPPSh-41は踏んでいる――が、とんでもない無茶が裏で動いているらしい。

 

『工場内にある主発電機は全てが炉頂圧型(TRT)、要は製錬に使う炉の排気ガスで発電するタイプです。炉が停止すれば出力を維持できません。瞬断対策の予備発電機が止まればそこまでです』

 

 管制装置の向こうの指示を聞きながらPPSh-41が走る。その後ろに控えるのはブレン・テン、MP40、P7の3人とそれぞれのダミーだ。かなりの大所帯での活動になるが、電力のロストと、オートメーションで暴れるだけ暴れるよう設定したGr-G41の義体が真っ先に工場に侵入したためか工場はすでに大混乱。組織だった反撃はまだきていない。

 

『核プラントは電力停止が許されません。臨界まで反応させないにしても崩壊熱の問題があるので冷却が必要です。ですので非公開の電源がどこかにあるはずです。……最後まで電力が残っている場所がアタリですよ』

 

 P7の弾丸が監視カメラを物理破壊(ハードキル)。彼女の武器はP7M8SD、P7の中でも発砲音抑制器(サウンドサプレッサ)の装着が可能なタイプだ。高音域をカットされた銃声がわずかに漏れ出た直後に、カメラのガラス片が地面に落ちる。

 

『まもなく曹長とナインティーンが合流します。法執行の必要がある際は曹長の指示に従ってください』

「了解しました」

 

 通信が切れた直後、左手の小道から人影が出てくる。反射的にポインティングした銃口をすぐに逸らす。

 

「お待たせー!」

「ナインティーン、早いですね」

「曹長さんが上手いこと正門を抜けてくれたので!」

 

 ジャズグル曹長を護衛しながら現れたのはローレディの位置で拳銃を構えたM1911だ。

 

「うちのトラックドライバーの回収って言い張って抜けてきた」

「流石です。曹長は私達と現場に向かうんでいいんですよね」

「えぇ、お雇いの警備員や日雇いに用はないけど、現物は拝まないと先に進めないのよ」

 

 PPSh-41に向けそういった彼女の手にあるのはAK-12。換えのマガジンも二つほど携帯しているようだ。少しは戦力として期待してもいいだろうかと値踏みしながら足を現場に向ける。

 

「それにしても良かったの? アインちゃんって子の義体、ほぼ間違い無く破壊されるわよ」

「彼女の電脳とコアはすでに回収しているので、問題ありません。今暴れてるのはいわば彼女の抜け殻です。彼女は死にません。そのためのダミーですから。ダミーオンリーでの自律行動だと連携もなにもないような精度ですが、囮としてなら充分動きます」

 

 本体はすでに別の場所に隠したそうですよとPPSh-41は説明しつつ、前を見据えた。丁字路が迫っていた。左に行けば管理用の建物、右が工場の正面玄関のはずだ。

 

「MP40、ブレン・テン管理棟の制圧と遠心分離機系統の停止および詳細な内部MAPの更新と共有をお願いします。M1911とP7、わたしで曹長さんを護衛しながら工場の内部へ、物証を抑えます」

「了解、気をつけてくださいね」

「そう簡単にわたしは落ちませんよ」

 

 MP40にそう返してから、PPSh-41は敷地中央の工場棟へと向かう。ちょうど昼夜の勤務交代に向けた時間らしく、外を歩いている工員の姿もあった。その出口に向けて疾走。いかにも警備員といった服装の男性が真っ青な顔をして銃を構えた。PPSh-41の電脳はライブラリの中からアーセナルJSカンパニー製シプカ短機関銃のデータを引き出した。

 

「と、止まれ! 止まらんと撃つぞ!」

「抵抗しなければ攻撃しません、道を空けてください!」

 

 どっちがどっちのセリフかわからないなと内心苦笑いを浮かべるPPSh-41。結局鉛玉は飛んでくることがなく、その警備員が組みついて来る。この見た目の人形を撃てなかったのだろう。きっと優しい人だ。それでもその男をPPSh-41は乱雑に足下に組み伏せた。

 

「そのまま走って!」

「了解っ!」

 

 P7がそう返しながら正面玄関のガラスをたたき割った。その音で周囲の作業員が耳障りな叫び声と共に逃げ惑う。逃げない奴は警備員か軍人かテロリストと相場が決まっている。今回逃げずに懐に手を突っ込んだのは5人。拳銃やらサブマシンガンが飛び出す前に、P7がクリアリング。ダミーも行すれば1.5秒も掛からずカタがつく。

 

「クリアッ!」

「そのまま先行! 押さえたら追いつきます」

「クソッ、こんな子どもがなんで……」

 

 ダミーが全周警戒をしつつ距離を詰める。まったく同じ顔の少女が何人もいるその異様な光景に警備員は目を見開いた。

 

「ここはあなたが守る程の価値はありません。そのまま気絶した振りをしてください」

 

 うめく警備員に対して口を動かさずにそう発声するPPSh-41。それで警備員も人形が相手だと気がついたらしい。その直後、一瞬の違和感に気がついた。

 

『PPSh-41即応せよ(プリパレーション)!』

 

 春嶺の声が頭に響いた。とっさに飛び退くと同時、警備員の頭が爆ぜた。アスファルト舗装の破片と一緒に反動で跳ね上がった彼のトルソーが赤い霧を振りまきながら木っ端微塵になっていく。その攻撃はいまだ継続中だ。

 

 この高威力、毎分3,000発を超えているであろうハイサイクル射撃。それでもPPSh-41の目は弾丸の姿を捉えている。何が起こったのかをPPSh-41は一瞬で理解した。自分のダミーの襟首を掴んで目の前に投げ込む。

 

(25×137mmNATO弾! GAU-12 イコライザー!?)

 

 自分の似姿がくしゃくしゃになるのを見ながらPPSh-41はとっさに地面に伏せる。背後の工場にも容赦なく砲弾が突き刺さった。工場の外壁やガラス張りの玄関など遮蔽物にもならない。薄い装甲なら平気で食い破る機関砲とはそういうものだ。

 

 射撃が止んだ。P7からの通信がオンラインになっていることに気がつく。

 

『ペーシャ!?』

「無事ですよ。ダミー1,3,4ダウン。ロシア帽(ウシャンカ)が飛ばされちゃいました。そちらは?」

『P7ちゃんも曹長さんもわたしも無事ですよー。私のダミー2を盾にしたおかげで曹長さんが腰抜かしてます』

 

 これだけの攻撃でM1911のダミーが一体吹き飛んだだけで済んだのはラッキーだ。PPSh-41の方は一度に三体ものダミーを失ったが、遮蔽物のない空間でのことだ、致し方あるまい。

 

 発射点を見上げると、三階建ての管理棟の屋上で空が揺れていた。その揺れの中心、虚空から白い白煙が漂っている。

 

「光学迷彩……」

 

 目が合ったことに相手も気がついたのだろう。迷彩は無意味と思ったのか、空間が滲んで砂漠迷彩を意図したであろうタンカラーの人影が現れる。

 

『なんてこと……ザバーニャがなんでここに』

 

 左腕にマウントされているのは先ほどのガトリング。右手に持っているのは大型榴弾を投射するランチャーか。そんなことを思いながらPPSh-41は口を動かす。

 

「曹長さんは知ってるんですか?」

クルグス陸軍(こっち)のパワードスーツよ。機材更新でスクラップになったって聞いてたんだけど、こんなところに来ていたなんて……』

 

 呆然としたような声色のジャズグル。どうやら輸送隊には知らされていないらしい。その『ザバーニャ』の全長は3メートル程度。胴体からちょうど人間の腕と足が収まりそうな可動式の筒が不格好に張り出しているのを見る限り、操作方式は操縦者の動きをパワードスーツが再現するマスタースレイヴ方式。操縦者の胴体は厚い装甲で守られているらしい。この短機関銃で抜ける程度の装甲ではなかろう。

 

「……M1911、A1の指揮を移譲、曹長さんと奥へ。アタリは地下です。あれだけの武装を遠慮無く使えるなら地下しかありません」

『ペーシャ1人でアレを相手にする気!? 無茶だって!』

 

 P7の慌てた声。身体を起こす。自分達が高々非装甲(ソフトターゲット)用の武装であることは百も承知。

 

「無茶でもなんとかします。それに1人じゃないですから」

 

 そう言って槓桿(こうかん)を引く。別の通信が入る。大分聞き慣れた男性の声が電脳に滑り込んだ。

 

『PPSh-41、行動を承認します。三分です。三分稼いでください』

「了解しました。遅滞戦闘に入ります」

『――――あー、もうっ! 電脳だけは守りなさいよ! 後で回収したげるから!』

「そのときはよろしくお願いしますね、P7ちゃん」

 

 PPSh-41はそれに振り返らずに答えてから、ストックを右肩にあてがった。『ザバーニャ』のカメラが笑ったように見えた。多分気のせいだ。

 

「さて、始めましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

20641014T0320Z

"H"+0:05:42 OPERATION-OCTOBER is OPERATED

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いよいよ戦闘開始です。

……これだけ字数を使って、作戦時間で5分しか経っていない上に、同時進行のフェルガナやB分隊の動きを書けていないので、字数がどこまで膨らむのか想像がつきません。ヤバい&ヤバい。

次回フェルガナ編!

これからもよろしくお願いします!


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