信じて送り出した一般人幼馴染が南極の国連機関のブラック体質にどハマりして照れ顔ピースビデオレターを送ってくるなんて…… (大根系男子)
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A.D.2017.2.14
前兆


頭空っぽにしてちょっぴりHな話が書きたかった。
地雷原のような伏線のない話を書きたかった。
本当なんだ、信じてくれ(白目)


其れは何時の日か。

遥か、遥か。

ずっと、ずっと。

人理が未だ産声を上げて間もない頃の想い出。

科学なぞ存在しない。

神々と人が共にあった。

そんな時代の断片(御話)

英雄譚(サーガ)ではなく。

神頌歌(オード)でもなく。

ただただ何処にでもあった友誼を結んだ者達の幕間。

 

始まりすら語られることなきその御話。

塵となって人理の大河に消えていった過日の記憶。

されどそれは黄金にも等しきもの。

 

あの夏の日もそうであった。

 

軽やかな風が凪となって湖面を泳ぐ。

立ち並ぶ木々は枝葉を擦り笑いあう。

照りつける夏の暑さを涼やかな微風が彩る。

 

そんな夏のある日。

とある世界の片隅にある湖。

 

そこに居た。

物言えぬソレにとって唯一の友であり唯一無二の主人。

巨大で巨躯で偉大。

世界全てにその名を轟かせる大いなる戦士。

そんな強き者()小さき者(ソレ)の友であった。

 

何をするわけでもなく一人と一匹とでも言うべき体格差の友達は静かに湖畔に佇む。

静かであった。

そう、静かであった。

雷鳴が如き粗野な所作が似合う男にしては珍しい。

最早在り得ないといってもいいような風景であった。

 

何せソレの友は何というか、そう。

端的に言えば豪放であり豪快であり豪傑だった。

致命的なぐらい。

取り敢えずのノリで行動で行動する。

なんかイケるんじゃね?みたいな感じで女装とかして敵陣に突っ込んでいった。

そんな思慮深さに欠ける行動で何となくうまく良く男だった。

やめろと諫めても悪友とつるむことを辞めない。

おまけに人の心を慮るばかりに先のことも見えない。

そんな短慮で愚昧でどうしようもなくて。

けれど何時だって弱き者、悲しめる者の傍に在って勝利を齎す、そんな偉大な男であった。

 

そんな男が沈黙をする、釣り針で大地の杖を釣り上げるような話だ。

だから必然それは続かない、というか耐えられない。

これまで必死に黙り続けていた五分間が奇跡のような話だ。

 

ついに沈黙に耐えかねた男は、彼に比べれば余りにも矮躯なソレへ話しかける。

 

「なあ友よ」

「……」

 

言葉は返ってこない。

風の囁きだけが世界を支配する。

だが不思議なことに男の耳には声が聞こえているかのように会話を続けた。

 

「なんだ、まだ怒っているのか」

「……」

 

一人相撲のように会話は続く。

 

「正直すまんかった、いや何、ついな、こうな、あの娘子が喜んでくれるかなぁ……なんて」

 

大男がくしゃりと笑う。

立派に蓄えた髭面に似合わない幼子のような仕草。

そうなのだ、この男は。

その体躯は強大で、その心根は強靭で。

 

「……」

 

それなのにあらゆる戦士の中で最も慈悲深い。

他者と隔絶した倫理観。

それ有するに相応しい地位と格を持つ。

男からすれば友だという言うソレを含め己の同族以外万象全てが弱者でしかない。

 

「すまなんだ、お前が我慢しろというのに」

 

にも拘らず共感し許し笑い愛する。

優しすぎるほどに人の気持ちに寄り添うのだから、畏怖され崇められ愛され信仰される。

家族を、友を、民を愛して大切にし不義理は働かぬ。

悲しむ者があれば共に涙し悲憤に駆られ、過ちを犯したものがあれば怒れども誠意には必ず応える。

各々の道理と言い分を知り世界中の誰から蔑まれる悪人であろうと公平に接する。

 

だから今回もそうだった。

悲しみに沈みされど誠意に応え勤めを果たす魔女(ギディア)に笑ってほしいと心の底から思って。

力ある言葉を祝福として贈った。

 

結果男の傷は残る。

永遠に癒えることなき棘として残った。

だが男は許す。

その事実を笑って許す。

己が吐いた言葉をどうして飲めるかと。

そう言って魔女を許し、彼女の愛すべき伴侶との幸ある未来を祝った。

そういうことが言えて、そういうことで喜べる男だった。

 

「だがどうしてもな、あの寡婦に笑ってほしくてな」

 

だから仕方がない。

そういう男なのだと諦める他ない。

仕方がないのだ。

そんな男だからここまで付き添った。

そんな男だからここまで着いてきた。

そんな男とだから友情を結んだのだ。

 

「悪かった……この通りだッ!」

 

ソレは声を大にして頭を下げる男を見上げながら、そんな機能なぞ己にはないくせに溜息をついた。

随分自分も人間臭くなったなという自嘲と、

 

「……」

 

友に謝らせ自責に駆らせている今の状況がなんだかどうでもよくなったのだ。。

 

言葉はない。

だが男の耳には確かに聞こえたのだろう。

ばっと頭を上げて歓喜の滲む声で吠えた。

 

「っ!そうかっ!許してくれるかっ!ははっ!やはりお前は優しいな!!」

 

喜色満面とはこのことだろう。

母からようやく許しを得た幼子のように体中で、ソレを踏みつぶさぬように細心の注意を払って、歓びを表現する。

 

「……」

 

呆れるようにその姿を見ていたソレが何かを言ったのだろう。

『いい加減にしておけ』か、それとも『恥ずかしいからやめろ』か。

どんな言葉かは当人達にしか分からないが。

その言葉には確かな友情が宿っていて男の耳朶を優しく擽るようだった。

 

「嗚呼そうだな。だがな友よ、ああ友よ。幸いとはこのことだな。お前に許されるのはカミさんに許されるのと同じほどに嬉しいことだぞ!」

「……」

 

大袈裟な、そう言ったのだろうか。

ソレは僅かに頭を動かしそっぽを向く。

小躍りをやめ、それでもうれし気に男は膝をつく。

そして男は壊れ物に触れるようして、目一杯の慈愛と友情を宿した掌でソレを包んだ。

 

「さあ行こう。なに何処へだって?……お前にしては愚問だな!」

 

頭へとソレを乗せ笑う。

その瞳は明日を向く。

 

「何処へだって行けるさ!何処までも何処までも、この地平線に黄昏が訪れるその日まで我らは何処へでだって行ける!」

 

足取りは軽く大きい。

矮小なソレでは到底辿り着けない場所を見せてくれる。

 

「心の赴くままに!声を大にして地平全てに轟かせるよう!」

 

世界全てに轟くように。

 

「万感の歓喜で喉を震わせ足を運び!」

 

誰にも邪魔をさせないと宣言するように。

 

「そんな旅路を約束の日まで我らはずっと続けていくのだから!」

 

ただただ歓びと幸福、そして友情に満ちた日々が続いていくことへの歓喜を声に出して。

偉大な戦士と小さき者はまだ見ぬ場所へと足を進める。

 

決して色褪せぬ黄金の日々。

最果ての断崖を飛び越え笑い合い、邪神がその様を嗤おうと貫いた唯一つの友情。

詩人が綴ることなき旅路。

否、その名と末路以外知ることすらなかったのだから当たり前だろう。

 

だから話は此処で御仕舞。

偉大な戦士と矮小なソレ。

方や遥か未来でその名を轟かせ。

方や遠き未来でその名を嗤われ。

最早嘗てあった栄光なぞ何処にもなく。

利口ぶる詩人達の目には入らぬまま沈んでいく。

故に最早語ることはなく。

 

そんな人理の片隅に消えていった。

尊き守護者から加護を与えられ友と呼ばれ。

忌むべき悪しき火から原初の蛆虫と罵られたそんな小さき者の物語は。

 

これで御仕舞なのだ。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

世界が静止した一年(Global Frieze)

一体何処の誰が言いだしたかは分からないが2015年年末から2016年の暮れまで丸ごと一年間、まるで全人類が眠っていたように過ぎていたという今世紀最大のミステリーを指す言葉。

無論ネット上の話でありそれ以外にも世界の黄昏(ラグナロク)だとか何とか言われるそれ。

朝起きたらいきなりもうすぐ再来年ですなどと泡食った表情で言い出したニュースキャスターを見て何言ってんだこいつと男が思ったのも記憶に新しい。

世界経済がどうのエネルギー問題がどうのととやかく言われ続けて早数週間。

もうそろそろ節分になる今日この頃。

男は郵便受けから受け取ったエアメール、その中に入っていたDVDに記録された映像を眺めていた。

 

『ねえっ!これ、もう撮ってる?』

 

画面の向こうには忙しなく髪を弄る少女の姿があった。

橙色の髪に琥珀色の瞳。

見慣れた彼女は不安げな様子で何度も前髪を弄っている。

黒いライダージャケット纏って画面を食い入るように見る男とは正反対な。

見慣れぬ真っ白な衣装を纏った見慣れた少女の姿がそこにあった。

 

『はい、先輩!』

 

画面を食い入るように見つめる姿は見えないが、その敬意の熱が籠った声の主が己とそうは離れていないだろうと男が勝手に決めつけた少女の声がする。

それに慌ててわたつく少女。

 

『えぇぇぇ!?はっ早く言ってよぉ!』

『すみません、先輩。ですがいつも通り、万全、完璧、最高の先輩でしたから一分一秒でも早く先輩の姿を記録に残すべきだと判断してしまって……』

 

つまり何処をほっつき歩いているのかあの世界が静止した一年(Global Frieze)の数日前から行方不明だった幼馴染が映っていた。

 

『ええっと……ん!りーくん!……ひっ、久しぶりだね!』

 

場所は推測すらできない。

人工的な清潔さしか感じさせない白い壁。

ただ休むだけの場所といったベッド。

色気も下手くれもない、そんな場所に彼女はいる。

 

『私はええっと、今なんかすごい山奥に来ててそこで毎日働いてます』

『グッド!ソーグッドです!もっと胸を張ってください、マスター!その(かんばせ)が画面の向こうのご両親やご友人に届くように!!』

『いいえ□□□□□□、マスターの愛らしい表情を見てください。少し緊張で汗ばむあの表情を。ここはあの恥じらいを前面に出すべきです』

『ええっとそれでね、あんまり長く話すこt『ははっ何を言われますかな、聖女□□□□。女児、とりわけマスターが被写体であるなら猶更、瑞々しい元気の良さこそをこのカメラに映すべきです』あーあー!私ね!』

 

幼馴染しか映ってはいないがどうやら他にもいるらしい。

そしてそれぐらいしか特定できる要素がない。

音声に検閲も掛かっている。

 

『ここ□□□□ってところで働いt『ふふっ笑わせないで頂戴。貴女達、何も分かってないわ。この子に似合うのは清らかさと可憐さ……そうつまりフリフリのd』あー!働いてます!元気!すっごく元気!』

『もう□□□□さんも正しく成長した私も五月蠅いですよ!トナカイさんが喋れないじゃないですか!』

『ねーねー!おかあさん。わたしたちお腹すいたよー』

『まあ!大変だわ、大変だわ!どうしましょ、どうしましょ!こんなにお腹が減っては豆のスープじゃ足りないわ!今すぐ金の牝鶏を捕まえに行かなくちゃ!』

『あーもう!ちょっと静かにしてよー!』

 

困ったように幼馴染が声を荒げる。

それに静まり返るかと思えば。

 

『そっちはどう?小母さんも小父さんも元気してる?りーくんは……きっと元気だよね』

『おっ!なんだい嬢ちゃん、そのりーくんとやらが意t『黙れ馬鹿弟子』なんでだアァッ!』

『おおランサー、死んでしまうとは情けない』

『ランサーが死んだ!』

『この人でなし!』

『■■■■■■―――ッッ!!』

 

騒ぎ放題な声が画面越しに響く。

賑やか雰囲気がしっかりと男にも伝わる。

それが何とも言えない寂しさと見っとも無い小さなしこりを生んだ。

当たり前と言えば当たり前だ。

生まれてこの方、ずっと一緒だった相手。

それこそ知らない場所なぞ何処もないと言わんばかりだったのに。

 

『ほう!流石アカイアの大英雄だな、□□□□を見事に振り回して居る……うむ、やはりあの大殿筋はいいな、股間によく響くぞぉ!!』

『別に奴さんがどうなろうと構わないんすけどね、いい加減マスターにも喋らせてやったらどうかと俺は思いますけどねぇ』

『むむ、確かに□□□□□□殿の仰る通り……いやしかしあぁぁぬぉ!筋んんッ肉ゥゥッッ!正しく数学的ィッ!美しさァッ!!□□□□□殿が心惹かれるのも不等号ではありませんぞォッ!!』

『あー!子ジカ!何一人でテレビ取材受けてんのよ!』

『信じられない!あたしにも声かけなさいよ!!』

『む、吾の出番はないのか?そうか、ところで菓子はないか緑の人』

 

恋仲でもないというのに。

見知った彼女の見知らぬ姿を見せつけられて、少しばかり。

本当に少しばかり年甲斐もなく妬いていた。

だが、

 

『む、□□□□□!なんだ、ライブか!うむローマ皇帝の余に相応しい舞台ではないか!』

『ほう!ならばこのセイバーブライド!マスターの花嫁も馳せ参じねば、なっ!何せ余はマスターと共にハリウッドの地に君臨したのだから!』

『どうでもいいがな、そこの音痴共。いい加減マスターに喋らせてやったらどうだ?その内、素材回収で周回させられている□□ばりにイラつき始めるぞ』

『フハハハハハッ!よい、太陽王たる余が許す!とくと喋るがよい!』

『おや?立香。あの性悪はどうしたのです?ええ、子どもたちにナイチチトリアの伝説だのという紙芝居を見せていた花の糞野郎のことです』

『王、彼なら』

『Aaaaaaaaaarrrrrrrrrrthuuuuuuuurrrrrrrrrrrrrrrr!!!!!!』

『真面な方のお父さんが懲らしめてます』

『マシュゥッ!??』

『ちょっとー!もーぅっ!!』

 

その笑い声が楽しそうで。

 

「嗚呼、糞」

 

つられて笑ってしまう。

見っとも無い嫉妬はあるが、それ以上に体感で数か月、実際には一年以上離れている幼馴染。

その彼女が相も変わらず多くの人に囲まれて笑っている。

その事実に安心して嬉しくて、かつての友がそうした様に幼子のような笑みを零す。

 

年が明ければ彼女が楽しみにしていた修学旅行が待っている二学年への進級、そんな時期に忽然と留学していった幼馴染。

何時ものように朝の弱い彼女を起こしに行けばその姿はなく。

まるで霧のように消えていた。

ご両親に聞いても返ってくるのはあやふやな、狐にでも包まれたような返事だけ。

気が付いたら自分の周りから彼女だけが消えていた。

 

『とっにっかっく!!私は元気!だからこっちのことは心配しないでね!』

 

そんな彼女が送ってきた一枚のDVD。

 

『毎日楽しく周回してるよ!うんたのしい、すてきなしょくばだよ、ほんとだよ』

『司令官、お気を確かに。大丈夫ですか?切開しますか?』

『大丈夫、まだイベント走りきってないから。そうまだだよ、秋までにしっかり育成しないと……□□祭が……』

 

再生してみれば出てきたの相変わらずな様子。

それどころか何時にもまして彼女の言う通り元気な様子だった。

 

『身体に気を付けて、好き嫌いせずに蜂蜜ばっかり飲んでないでたまにはちゃんとしたもの食べてね!』

「それはこっちの台詞だ、馬鹿たれ」

 

何でもよく食べるがあちらでもちゃんと食べているのだろうか、そう思って聞こえるはずもないのに男は呟く。

すぐに馬鹿だなと被りを振ってつい辺りを見渡した。

何となく気恥ずかしかったのだ。

 

『それから!それから!『そろそろ時間だよ、立香ちゃん』……来年の春には一回そっちに帰るから』

 

そう言ってにっと笑い。

ピースサインを向けて彼女は言う。

 

『お土産いっぱい買ってくるから楽しみにしててね!それじゃまたね!』

 

楽しそうに、再開を心待ちにするように。

その袖口から覗く火傷痕を気にすることなく。

露出のあまりない制服の上からも目に見える小さな傷跡を気にすることなく。

元気よく、そう言って。

 

「俺は子どもかっての……」

 

再生は終わった。

画面が暗くなる。

ぐだっと男は、りーくん、そう幼馴染の藤丸立香に呼ばれていた熊栗栖理人(くまぐりすりひと)はソファに身体を埋める。

画面越しとはいえ久々の再開に思わず力が入ってしまったのか、理人は自分が思った以上に気を抜く。

 

「あー……んだろうなぁ」

 

言葉と共に溜息を吐き出す。

この数か月、頭に過ぎる可能性を不安視していた。

この世界に未だ微かに残る超常現象、曰く神秘、曰く魔術、曰く秘跡。

なんの音沙汰もなく忽然と消えた幼馴染にそれらが関わっているのでは、そう()()()()()から思って年の暮れから一年を置いてこの数週間ずっとバイクで探し続けていた。

無論理人はそんな超常現象と関わりはない。

ただの一般人、前世とでもいうべき記憶があることを除けば、だ。

魔術のまの字すら知らぬ素人。

たまたま神秘色深き時代の記憶を本人の記憶として持って生まれた、ただそれだけの存在である。

だからこそこれまで足で稼いできたのだが。

 

「無駄骨だったかぁ……」

 

以前と違って骨があるだけになどと冗句を思い浮かべ失笑する。

他人に聞かせるまでもなく下らなかったからだ。

 

「Fuck、マジで休みぶっ飛びやがったじゃねぇか」

 

徒労である。

世界が静止した一年(Global Frieze)の影響もあっての一月近い長い休校、おまけにその後の土日も返上しての探索は正真正銘無駄だった。

それだけの時間をかけるに値する相手だというのが藤丸立香という少女なのだという事実に目を背けたまま、一欠伸する。

時刻は朝4時。

就寝から4時間、起床から3時間しか経っていない。

眠いわけである。

だが身体がそうでも脳が微睡みと覚醒の最中であって。

要するに眠れないのだ。

 

「ほんと不便なことで」

 

土の香りが恋しいと零しながら、適当にこの日の予定を組み立てる。

新都を超え、県境から隣の県まで足を延ばそうとしていた予定は漂白済み。

では何をすべきか。

そう考えていると、階段から小さな足音が鳴った。

お盛んな両親はまだぐっすりであることからその足音が双子の妹のものだと思い立ち、

 

「はなこー」

 

気の抜けた声で呼びかけた。

相手はその名を聞いて、稲妻の如く階段を下りる、そんな音が家を揺らした。

果たしてその足音の主は怒り心頭といった調子でリビングのドアを蹴破って現れた。

 

「その名前で呼ぶなっつってんだろ!糞兄貴!」

 

兄と同じ、そして記憶にある友のように燃えるような赤髪。

それを二つに括りだらけきった理人と違いしっかりと身綺麗にしている。

熊栗栖花子。

ベアトリス・フラワーチャイルドのペンネームで同人サークル『かれいどーる』に所属する女子高生。

理人の妹であった。

 

「はいはい、べあとりすべあとりす……ほんとさ、お前同人作家なんかしてるならもう少し捻れよな」

「黙ってろ!あんたに関係ないでしょ!大体物書きなのは美々の奴であたしは手芸だっつってんでしょ」

 

あたしは縫ぐるみ専門と言う少女は高い声で叫ぶ。

無論理人は覚えているし委託で花子、ベアトリス名義の作品は全部買ってる。

だからこの会話も最近思春期な妹と会話を楽しみたいという大分浅ましい願望丸出しのそれでしかない。

 

「あーあの頃のおしとやかなお前はどこに行っちまったんだよ」

「あんな根暗のことは忘れろっての」

 

そんな風に他愛ない会話の中でぼんやりと今日の予定を立てつつ、浮かんできた宿敵を思い浮かべる。

 

「あんなに可愛かったのにねぇ、お兄ちゃん悲しいよ……やっぱジュリアンのやつ殺すか」

「てめぇが死ね……で、なに?」

 

当面の予定は立った。

そう決めて理人は立ち上がり、花子に背を向けて玄関へと歩き出す。

やることは決まった

 

「ちょっと出かけてくる」

 

その背越し訝しむように()()()()()は言う。

 

「また?立香のお姉ぇ見つかったんだから、もういいじゃん」

 

事実この数か月、兄が出かける用事はそれだけだった。

そしてそれはもう見つかったのだから不要な用事だ。

それにお道化て肩をすくめ短く理人は言う。

 

「それとは別件だよ」

 

んじゃ行ってきます、それだけ言うとリビングを出ようとして。

 

「かっこつけんな……糞ダサ兄貴」

「ごっ!?」

 

分厚い何かが理人の頭にぶつかった。

悶絶である。

若干の眠気に襲われていたところに突然の衝撃。

理人は完璧に目を覚ますがそれどころではない。

 

「ぐぅおおお……てめぇ……」

 

星が見えるのではと思う理人。

ぼんやりと川が見える勢いだ。

いい笑顔で黒髪の少女がこちらを見てる幻視もした。

無視した。

幻覚だと言い聞かせた。

前世の記憶にある今日日押しかけセールスの方がマシという勢いでマシンガントークをかます少女に死んだ後まで会いたくなかった。

彼女が握ってる槍がみしみしと音を立ててるのも彼女の後ろにいる姉妹が殺す勢いで睨んでいるのも無視する。

理人は見て見ぬ振りが得意だった。

 

「昼飯ぐらい持っていきなさいよ、ばか」

 

そんな妹の声で自分を襲った凶手の姿を見やる。

足元に落ちたそれはやたら頑丈そうな箱。

 

「んだ、これ?」

「弁当箱」

「これが……か……」

 

絶句。

理人は絶句した。

言葉を失った。

いや仕方なし。

何せ小ぶりとはいえそれは正しくアタッシュケース。

スマートブレイン製のベルトでも入ってるんじゃないかと言わんばかりの居様にして異様。

 

「最近インスタではこんな弁当箱流行ってんのか?」

「器にも凝んのよ」

「Jesus……」

 

唸り声は思わず震えた。

映えの概念侮りがたし。

乙女の執念侮りがたし。

己の想像する、というか嘗ての記憶にある優しきご婦人方の姿とはまったく一致しなかった。

 

「……あ?」

 

そうして懐かしき親友の伴侶たちを思い浮かべていると、ふと思い立つ。

よく考えれば、こんなものを何時用意したのかと。

 

「お前弁当何てい「()()()()()()()()()()()()()()()()」……まあそうか」

 

だがそんな疑問はすぐに霧散する。

一々気にしていたら悩み事だらけだ。

暢気に構えるぐらいでちょうどいいと、考えすぎて憤死しそうだった前世を反省している理人はすぐに疑問とひっかかりを忘れた。

 

「んじゃ、改めて」

 

今さっき起きてきたばかりの妹が何時弁当を作ったのか。

そしてどうしてリビングにいなかった彼女がさも当たり前のように藤丸立香のビデオレターの内容を知っているのか。

 

「はいはい」

 

その疑問は氷が解けるように理人の中から消えて。

 

「行ってきます」

 

まるで魔法にでもかかったように目的地へと向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ってらっしゃい、馬鹿兄貴」

 

そう言う彼女の顔は祝福するようで、

 

「ちゃんと帰ってきなさいよ」

 

喪に服すようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




FGOっぽさが欠片しかない。
当初やりたかった幼馴染が遠く離れた場所に行ってしまった葛藤とかがない。
代わりにいつも通り伏線の地雷原ができた。
おかしい


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悪性隔絶魔境新宿-前夜-
運命


色々考えましたがヤンデレにはヤンデレをぶつけることにしました。
というかそもそも妹からして愛が重い子なので当たり前かなぁって(お目目ぐるぐる)
あ(唐突)
オリ主の容姿については今回書きましたが某花子ちゃんそっくりです、双子だからね(無言修正感)

あと今回はやっぱり終盤にグロ描写あります。



―――ぴんぽーん

 

一義樹理庵の朝は早い。

洋館というには少しばかし小さすぎる、それでも一般的な視点からすれば十分すぎる程度の大きさを誇る年季の入った邸宅。

手狭などという言葉とは無縁なその家には今では一人で住んでいる彼にとっては不要な部屋が多すぎるほどで、庭には燦燦と照る太陽を待つ多種多様な植物がたかが数十分程度では管理が困難なほどに生い茂っている。

故にそれを一人で清掃・管理しようとするならば早起きでなくてはいけない。

 

―――ぴんぽーん

 

一人。

 

一義樹理庵はその広い邸宅に一人で住んでいる。

別段両親と死に別れたとか養い親が死去したとか父は内弟子によって殺されそれを見た母親が発狂して別居療養中だとか、そういう実に悲劇的でヒロイックで実にどうしようもない運命に操られたかのような理由付けがあるわけではない。

 

---ぴんぽーん

 

たまたまである。

至極偶然の結果、ここ数ヶ月樹理庵は一人でこの家に住んでいた。

どこか幸薄い父親(一義坂理)幼女体系の母親(一義恵理火)は都合二十度目の新婚旅行に赴いている。

母譲りの穂麦色の髪をした姉(一義杏慈恵理火)は、両親のネーミングセンスは壊滅的だと樹理庵は確信している、『私はメソポタミア文明史跡(人類史の宝)を悪漢共から守らなければならん!』などと言って手荷物を纏めると西アジア(メソポタミア)へと旅立っていった。

 

―――ぴんぽーんぴんぽーんぴんぽーん

 

ちなみに何故か生きている祖父は持病の徘徊癖が最近加速度的に悪化し現在は行方不明である。

だから一人なのだ。

 

―――ぴんぽーんぴんぽーんぴんぽーんぴんぽーん!

 

「……おい」

 

一義樹理庵の朝は早い。

自宅の管理は勿論ある。

大変なのだ、実際。

だが、今朝は違う。

 

―――ぴんぽんぴんぽんぴんぽーん!……ぴーんーぽーんー!!

 

「……おい」

 

喧しく早朝に家中を響き渡るチャイム。

途中から明らかに来客を知らせる役割を放棄し軽快に音楽を鳴らしている。

 

―――ぴんぴぴぴぴんぴんぽん!ぴぴぴんぽーん!

 

「……ははっ」

 

スクラッチ音を奏でるそれは最早一種の現代楽器。

 

---ぴんぽーんぴんぽーんぴんぽーんぴんぽーん!ぴんぽぽぽーん!!

 

「……はははははははッッ!!!」

 

嘗て音楽が天上の神々の心を慰撫したように。

 

―――ぴんぽんぱんぽーん♡

 

「上等だァッ!糞野郎ッッ!!」

 

熊栗栖理人(幼馴染)が叩き付ける騒音は彼の心をささくれさせた。

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

「で、だ。手前ぇは俺の家に何しに来てんだ?なぁ残飯野郎」

「ん?ひょっほふぁふぇよ、ひふぁふぉれふってふふぁら」

「……そうだな、汚ぇからさっさと飯を食って俺の質問に答えろ塵」

 

時刻は既に午前九時を越えた。

少し遅めの朝食。

ガチギレ一歩手前の樹理庵を宥めつつ何とか掃除と庭の手入れを肩代わりすることで来訪を許可された理人は、与えられた職務を終わらせのんびりと朝食にありついていた。

両手にサンドイッチ、勿論口の中にもサンドイッチという欠食児童もかくやと言った様子で。

 

「んあっ……んぅっ……ん。うーん、60点!」

「手前ぇが作った料理じゃなけりゃ蹴り殺してやるとこだ」

「俺の幼馴染が凶暴過ぎる件について」

「死ね、うちの爺と相打ちになって死ね」

「悪かったって。で、理由だっけっか?」

 

理人はそう言うと己の考えうる限り優雅で芝居掛かった仕草で食後のホットミルク(大匙五杯分の蜂蜜入り)を手に取ろうとして、止めた。

お世辞にも良いとは言えない樹理庵の目付きが一層やばい感じになったからだ。

具体的に言えばボタン欲しさに警官を殴っちゃうような、そんなやばい人の目つきだった。

仕方がないと言わんばかりにため息をついて、樹理庵の手に持っていたマグカップが砕けた、最上級の笑顔を取り繕って言う。

 

「特になn「何も無いって言ったら絞め殺す」……oh」

 

髪型以外は双子の妹に瓜二つの理人の笑顔は逆効果でしかなかった。

へらりと笑う顔のまま口火を理人は切る。

言いにくそうに、恥じを隠すように。

 

「あー、うん。そうだな……立香のことなんだけどさ」

「知っている」

 

見つかったんだろう?

そう暗に言う彼に理人はへらりと笑う。

返ってきた返事は素っ気の無いものだった。

それを気にすることなく理人は続ける。

 

「何だ……その、悪かったな」

「何がだ?まさか今朝のことか?」

「Exactly!……っていうのもあるけどよ、まあなんだ。色々付き合わせちまったしな」

 

理人の幼馴染である藤丸立香の失踪。

それは言うまでも無く同じ幼馴染の樹理庵も知るところであり、当然彼なりに心配はしていた。

だからこの数ヶ月所属する生徒会の仕事も程ほどに切り上げ虱潰しに探していた。

理人と共に足を使うこともあれば()()()()()()()で探すこともあった。

そしてそれは理人と同じくこの数週間、時間が許す限り。

 

「……一応不本意だが、あの阿呆も俺の幼馴染だ」

「そりゃそうだろ」

「……勝手に居なくなられちゃ俺が困るんだよ」

 

珍しく素直な言葉に理人が僅かに目を開く。

口の悪い友人にしては珍しい反応だったからこその反応だが、その驚きようにイラついたのか樹理庵は舌打ちをする。

 

「ぅ……」

 

苛立った様子など樹理庵に珍しくは無い。

だがそれでも()()()()()()()()()()幼馴染の様子に樹理庵は再度舌打ちをしそうになって、

 

「糞が……」

「……」

 

呆れたように深々と溜息を吐いて本題を切り出した。

 

「で?そんなことで俺の家まで来たのか?」

 

結局何しに来たのだと問う。

決め打ちだった。

朝早くから常識を考えずに来訪するほど己の幼馴染が阿呆でないことぐらい知っている。

SNS越しの連絡一つよこさず急に思い立ったように来る。

幼馴染の中で余程重要な事柄でもない限り、そんなことは有り得ないと信じられるぐらいには長い付き合いだった。

だからこそ理人の言いよどむような口ぶりと気色の悪いへらりとした笑顔で合点が言った。

 

「あーいや、その、な」

「本当に死ねよ」

 

再度溜息を吐く。

予想が当たった。

この男は反省していないのだと、そう確信する。

 

「……浅い付き合いなのかよ」

「え?」

 

その反応に、ああ自覚していなのかと悟り。

怒りよりも憤りが増し語気が荒れそうになった。

それを押し殺し勤めて静かに尋ねる。

淡々と、しかしはっきりと。

 

()()()()()()考えんのは俺とお前の付き合いが浅いとそう思ってんのか?」

 

言外にだが言う。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

最早条件反射のようにして男性にしては小柄な体を浮き上がらせるようにして椅子から立ち上がり理人は否定する。

 

「そんなわけッッ!!?」

 

怯えるように、それでも力強く言う理人を呆れながら見る。

どこまで阿呆なのかと。

バカップルすぎる両親や行動力溢れる姉、何が楽しいのか受験先も追いかけるように一緒にして毎朝登校と昼食も勿論一緒にして毎晩電話をかけてくる理人の妹。

そしてここには居ない姉同様にバイタリティ溢れすぎる藤丸立香(幼馴染)

樹理庵の脳裏に身近な彼基準での阿呆が思い起こされ、彼らと理人を比較する。

比較し頭が痛くなった。

阿呆阿呆と思ったがそれでも周囲の人間と比べてもなおここまで酷いのは理人一人だった。

だってそうだろう。

早朝から十数年来の友人に()()()()()()()()()()、ただそれだけの理由で謝りに来るなぞ阿呆でしかないのだから。

なんとまぁ弱いメンタルか。

理由は知っていているし、あのコミュニケーションの化け物ですらどうにもできなかったのだから仕方が無いのかもしれないと思っても樹理庵は嘆息せざる得なかった。

結局呆れるような声で、

 

「ねぇならいいだろ。馬鹿かお前。取り繕うなら最後までしろよ」

 

言外に安心しろといって宥める。

彼の言ったとおり付き合いは浅くない。

だからこそその言葉の真意を汲み取った理人は恥ずかしそうに顔をそっぽに向けて

 

「……うっせ」

 

そう呟いて今度こそホットミルク(コーヒーは苦くて飲めない)に口をつけた。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

『ツーリングだぁ?ああ良いぜ、お前が生徒会の仕事引き受けてくれるんならな』

 

最高にいい笑顔でそう言ってくる樹理庵を前にしては遠慮すると言わざる得なかった。

 

夕暮れ。

 

結局理人の用事は大したことはなかった。

ただのツーリングだ。

やることが思いつかなかったのだ。

取りあえず樹理庵を誘ってみたが結果は宜しくなく。

行く予定だった隣の県まで足を運ぶ。

そうして日も暮れる時間まで走り続けて、今。

ゆっくりとした足取りで理人は帰路に着いていた。

休日だから許されることだろう。

 

とは言っても明日からまた通常授業。

学生の本分が待っている。

 

「まあ、もうやることねぇしな」

 

そう、消えた幼馴染を探すような日々はもう必要ない。

彼女は、藤丸立香はここではない何処かで。

物心ついてからこれまで家族のように傍にいた彼女は理人の隣以外で元気に過ごしている。

そう思うと無性な寂しさを感じないでもない。

 

「早いか遅いかの違いだからなぁ」

 

ないが、気にならない。

何れ別れるのだ、人間という生き物は。

否、生きとし生けるすべての生命は。

どこかで必ず別れを告げるのだ。

しみったれた様にそれを惜しみ続けるのはどういう訳も糞もなく気に入らない。

()()()()()()()()()()

理人という男はそういう男で、()()()()()()()()()()()()()()

 

そう、仕方がない。

()()()()()()()

 

「んなことよりバイクだ、畜生」

 

益体のない考えをかぶりを振って消し手元を見る。

そこにあるのはバイクだ。

うんともすんとも物言わない、という言葉が頭につくが。

 

故障だった。

 

バイクの調子は悪かった。

中古のポンコツなのだから仕方がない。

とはいえ直す金も学生の手元にあるはずもなく。

 

「あー……糞ッ。また螻蛄かよ」

 

だらだらと二輪を押す。

日本人にしては珍しい赤髪。

双子の妹に瓜二つな容姿は彼のほうが高いとはいえ十代中頃の少女、そう言っても可笑しくは無いもの。

そんな姿をした中世的な男がとぼとぼとした哀愁漂う足取りでバイクを押す姿は見る人の奇異の目を引くだろう。

 

だが帰り道には誰も居ない。

だから誰の目を引くことも無い。

 

春はまだ遠く、時間も夕暮れ時、おまけに今日は日曜日。

確かに人気も少ないことだろう。

それでも半ばベッドタウン化している深山町であっても普段であればもう少し賑わいがある。

ただまぁそれを気にするほど今の理人に余裕は無い。

ツーリングの疲れもあるし今朝のショックは抜けきらず、おまけに愛車は故障。

とてもじゃないが自分の周囲が少し変わった様子であろうと意識を割けないでいる。

 

Wear out(勘弁してくれ)……」

 

へらりと笑顔を貼り付けても身体正直でもう足は棒の様。

どこに出しても恥ずかしくない疲れ果てて明日の学業に差し支えのある遊び呆けた学生の末路だった。

それでもなんとか歩く気力は残っている。

何せもう二百mもせずに自宅なのだ。

 

目の前に見える交差点。

人気も無く藤色と橙色の入り混じった夕焼けに照らされた剥き出しのアスファルトが描く四叉路。

それを超えれば自宅が見えてくる。

 

「もう一頑張りなんざ柄じゃねぇなぁ」

 

そう零しながらとにかく歩く。

疲れを何もかも無視して。

ひたすら我が家へと向かって。

一刻も早く疲れた身体を癒すのだと。

 

「花子のやつ、風呂沸かしてくれてりゃ最高なんだけどな」

 

ただ歩く。

前進する。

夢中で、無我で。

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

余談だが。

古代、道と道が交わる場所は門とされ畏れられた。

日本、中国、東アジア、ギリシア。

そして北欧。

言わずがな神格化されることもあるその門は境界線であり異世界への入り口であった。

悪しき物が現世に溢れることが無きように崇め奉ったのだ。

 

無論理人も知っている。

嘗て己が生きた世界の境界を守護した偉丈夫を記憶している故に。

魔術知識なぞ僅かな雫ほどもない理人だがそれぐらいのことは何となく理解していた。

この現世では既に放逐されつつある概念。

神代は既に過去の遺物であり目に見える神秘が駆逐されたこの世界で。

そんなものは有り得ないと理解していた。

 

そして一歩目が道を踏んだ。

 

―――――――――――――――――――

 

音が。

厳かに告げる声が。

威を以って世界へと宣告する運命が。

 

―――足枷から逃れよ、敵より逃げよ。

―――斯くて勇士は我が胎より■■■■■を踏むのだ。

 

そう言ったのを、理人は確かに耳にして。

 

世界は反転した。

 

―――――――――――――――――――

 

傍らにあるのは壊れたバイク。

数年来の付き合いだが今日目出度く何度目かの入院コースへ旅立った。

 

目の前にあるのは見知った十字路。

ではない。

 

「……おいおい」

 

夜。

薄暗がりではなく星明りを覆い潰す雑多なネオンの輝き。

立ち並ぶ新都ですら見ない高層建築の数々。

薄汚れた悪性を運ぶ空気と荒れた喧騒。

饐えた臭いは風によって運ばれるのではなく蔓延し物が溢れながらも荒廃した雰囲気を生む。

何よりも目に、そして耳に飛び込むのは悲鳴と狂騒、破壊音。

 

火は踊り狂い鉄が唸りを上げ血が飛び跳ねる。

 

人々が逃げる。

女。

子供。

男。

老人。

誰も彼もが()()()に追われるように逃げている。

集団は呆然と立ちすくむ己など見向きもせず走り去っていく。

 

まず尋常ではない。

新都どころか冬木でも、そもそも日本ですらないのではないかと。

そう思ってもおかしくない光景が理人の眼球に叩きつけられた。

 

「……葉っぱキめる気はさらさらねぇし、そんな事したわけねぇもんな」

 

己の頭はとうとうイカレたか。

そうなっても()()()()()()魔術的理由があるからこそ、そう疑って掛かるが、

 

「やめだ」

 

すぐに己の勘違いを正す。

現実なのだ。

嘗て幾度も嗅いだ死地の臭い、戦場を奔る死の重厚な香りが此処にはある。

それを妄想で再現できるほど己の潜った()()()()()()()()()()

少なくとも語られる神話の中、己が書物の中で拾い上げた片隅に書かれる名前のモノにそんな物は存在しない。

そして記憶の中でも与えられた(記されなかった)試練以外でそんなものは存在しない。

未熟な、あまりにも未熟なモノであったから。

それでも主人に同行した旅で、決闘で。

嗅ぎなれさせられたものが此処にはあった。

 

「……よし」

 

逃げよう。

理由は不明。

状況は理解不能。

分かるのは突然こんな場所に()()させられて、そして其処は紛れも無い戦場。

やるべきことは唯一つ。

即ち逃走。

言うが早いが身体に力が漲る。

全力疾走。

既にバイクから手は離し、愛着を捨てる。

切り捨てる。

逃げなくては。

以前と同じ、全てを捨て日の光を求めたあの日以来無力となった己の身に比べればまだマシとはいえお荷物を抱えて走れるほど頑強ではない。

喉を競り上がる吐き気にも似た焦燥。

理不尽なまでに瓦解した日常。

突然の自体を噛み締める余裕も無いまま理人の肉体は本能に従って逃走を選んだ。

それは走り抜ける集団、その最後尾から現れた()()()()()()()を見た瞬間に強まる。

 

歌うように駆動音を喚き散らかし数にして三体の人形は阿鼻叫喚のその場を駆ける。

決して速くは無い。

だが確実に逃げる人々と距離をつめる。

鼠を甚振って弄ぶ猫のように。

物言わぬ機械の化外は哂うよう迫っていた。

 

「……糞」

 

同時に理人は目にする。

誰かが足を縺れさせた。

老婆だ。

その手に引かれ共に走っていた少女は泣き叫ぶように身体を震わし、彼女に駆け寄る。

 

「……糞ッ」

 

そう倒れこんだ老婆に駆け寄った。

歩みが止まった。

哂い声が近づく。

嘲るようにして儚むようにして。

少女たちに近づいてくる殺意が何をするかなぞ分かりきっている。

 

近づく。

近づく。

近づく。

 

 

 

 

 

 

 

 

死。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「糞がァッ!!」

 

()()()()

理人がとった選択肢はそれだった。

間違っていない。

人として道理。

誤りなぞどこにもない。

生命の保護。

命を大切にする、生命体としての当たり前の行動。

誰が咎められるか。

 

だからこその疾走。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

理由なぞなかった。

最早本能である。

逃げるべきだった。

捨て去るべきだった。

生き残るべきだった。

だって恐ろしいから。

だって怖いから。

だって死にたくないから。

 

それでも駆けたのだ。

本能の命ずるがままに。

小さな命を守る為に(Take alive)

それが熊栗栖理人という男の変わらぬ在り方だった。

 

奔る。

少女達までの距離を一息で詰める。

何の神秘でもない。

火事場の馬鹿力。

ただそれだけ。

機械人形よりも早く前に立つ。

拳を握る。

気炎を吐き出すように尖った怒声を張り上げる。

 

「さっさと逃げろッ!!」

 

声変わりする前のように甲高く、それでも鋭いその声に少女はぶるりと震える。

だが老婆その目に力を宿し少女の肩が外れても構うものかといった様子で引っ張り逃げ出す。

当たり前の行動。

決して間違いは無い。

そう生命の保護以上に誇るべきことなぞどこにも無い。

だから世で警官は、消防士は、医師は尊敬されるのだ。

そうだ、彼女たちに何の疵もない。

残るのはそう、

 

「なーにしてんだ、俺は……」

 

目の前で止まりこちらを無機質に見つめる機械人形を前にしてぼやく阿呆だけ。

固めた拳から力が抜けそうになる。

明らかな人外。

明確な異常。

人が群れをなして逃げる、それはつまりごく普通の人間ではどうあがいてもどうしようもない理不尽である証左。

勝てるはずが無い。

今更逃げられるはずも無い。

詰みである。

 

その絶望を前にして理人は、

 

「悪いな、()()()

 

へらりと笑う。

 

「もうちょい無様を晒すぜ」

 

その言葉を最後に機械人形は駆動音を震わせ襲い掛かった。

 

 

―――――――――――――――――――

 

度台無理な話だった。

理人は一般人だ。

何かの武道を修めたわけでもない。

特筆すべき特徴が前世以外にあるわけでもない。

その前世にしたって英雄、ましてや()()であったわけではない。

莫大な魔力も、神掛かった魔術の技量があるわけでもない。

今世において血煙とはなんの縁も無い本当に普通の一般人。

 

それでも闘争の形を成したのはその魂に根強く残るナニか、若しくは男児としての意地か。

拳を放つ。

防ぐわけでもなく吸い込まれるように当たったそれから奏でられる金属音と何かに皹が入る音。

痛みを無視して戦闘手法(バトルスタイル)を変える。

逃げる。

無様に転がりアスファルトの破片を握り投石。

嫌な警鐘を鳴らすもう片方の手に燃える木片を松明の様にして持ち振り回す。

当てたところで何も変わらぬと分かってもそうして幾度も投げ、翳し、逃げる。

逃げ撃ち(ヒットアンドウェイ)

勇有る戦い(ブルファイト)ではなく臆病者(ドッグファイト)

迫る手刀を危うげに交わす。

頭上より迫る螺旋の一蹴を情けなく尻餅をついてでも逃げる。

目に見えぬ速さの連打を致命傷のみ避けて甘んじて受ける。

そうして肉体を酷使する永遠にも等しい三分間(one round)

終了の鐘(ゴング)は鈍い音だった。

 

「……くゥッ!」

 

蹴られる。

一六〇cmにいくかいかないかの身長。

筋肉を総動員してもその細腕では何の妨害にならず。

それでもと襤褸のように粗い弾幕を張ろうとする懸命な努力を機械人形は否定する。

内臓を押し潰すのではなく肉を剃る。

骨を断たぬように細心の注意で放たれた蹴りは地を這いずる厚いライダースジャケットに包まれているはずの理人の脇腹を削いだ。

 

「あ……が……ぁっ!」

 

逃げる勢いが止まる。

それを待たず次撃は続く。

踏み潰す。

右足の小指がブーツごと潰れた。

へしゃげ在らぬ方向へと曲がりそこに厚い皮が減り込む。

 

「う……ぐぅぅっ!」

 

押し当てる。

一度止まった踵を()()()()()()()()()()

滑り落ちた踵が石を握っていた拳ごと踏み砕く。

石は突き破って手を引き裂いた。

 

「いぃっ……ギぃぃッッ!!!」

 

蹴り飛ばす。

転がすようにして押し飛ばされる理人の身体。

だが最早そこに遊びはない。

肋骨を圧し折る。

創作された痛みと違う。

あばらが何本か逝った?

呼吸を奪い脳裏を雷鳴の如き痛みと金槌で千切り潰す鈍痛で揺らす。

大の大人が一本折れただけで時間が永遠に止まったかのように感じる無間の激痛。

それを纏めて受けて、どうして物語の英雄のようにその傷を受け止めれるか。

理人は英雄ではない。

当たり前の凡夫、どこにでも居る少し変わった事情を持つ一般人に過ぎない。

痛みに耐えれるはずが無い。

恥も外聞も無く身体全身から体液を巻き散らかし、血以外の何かで足元が濡れる。

しかしその生理反応すら痛みへと響く撃鉄となって失神すら許さぬ苦痛を与える。

 

最早これは戦闘ではない。

辛うじて成り立ったそれは今脆く崩れた。

これは殺さずその心を折る作業でしかないのだ。

 

そして漏れる悲鳴を聴き機械人形はインターバルが終わったのだと悟り己たちが転がした()()へとゆっくりと近づいていく。

完膚なきまでに終了だった。

 

そう、これで、

 

「ははっ……」

 

理人の心が折れていればだが。

 

おふぇの(俺の)

 

いつの間にか口に咥えた木片。

転がされ続けたことで幾度も己の肉体を焼き焦がす鏝となろうと手放さなかった理由が此処にある。

木片を手放し自由になった幾分かマシな片手。

その手が力なくそれでも何とかして()()()の蓋を開け、

 

「―――勝ちだ」

 

捨て置かれたバイク、その中に僅かに残っている燃料へと木片を落とした。

 

瞬間の轟音。

 

光すら置き去る煌々とした破滅的輝き。

身を大地も空も焼き払う清めの音。

ガソリンへの着火が引き起こした爆発は近寄ってきた機械人形を飲み込む。

荒ぶる質量となって爆風が巻き起こる。

それを脱力によって受け取った理人と違い機械人形はその重さから耐え切ってしまう。

故にそれが仇となって爆発の威力をそのまま浴びることとなる。

 

ここに策は成った。

勝ち目がないと踏んだ。

逃げる手段に欠けると悟った。

隠れる地の利がないと知っていた。

だからこその強敵殺し(ジャイアントキリング)

元より彼の得意分野とは其れ。

ならば肉を削がれようと骨を断たれようと神経を地に晒されようと唯一つの勝機を掴む。

それが今、完璧に成った。

 

「ん゛んっ、けほっ……ざまぁ……ふぅっくぅぅっ……みやがッ、れェッ」

 

焔は緩まず三つの贄を舐る。

それは理人から見れば福音。

身体中痛くない場所なぞない。

そも痛いと警告してる場所がどこかすら分からない。

そんな状態の身からすれば忌むべき業火(愛する雷火)を思い出すそれは正しく祝福。

敵を退ける炎の茨は噂に聞くヒンダルフィヨルのそれに勝らぬと自負しへらりと笑う。

それが長く乗り続けた愛車を薪とし己の肉体を焼いて育った火だとしてもだ。

 

「うぐぅぅっ……くあぁっ……」

 

呻く。

そしてずりずりと這う。

爆風、加熱。

双方によって露出している部分は漏れなく火傷を負った。

重度のそれだ。

生きているだけでも奇跡のような話だ。

だからこその勝ち。

だからこその勝利。

だからこその逃走。

早く、早く此の場から去って身体を休めねば。

その一念が痛む身体を突き動かす。

否、それ以上の焦燥。

早く。

早く。

早く。

早くッ。

 

 

早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く嫌だ早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く死にたくない早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く怖い早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早くどうして早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早くどうして早く早く早く早く早く早く早く早く早く早くどうして早く早く早く早く早くどうして早くどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして。

 

焦燥は競り上がる臓腑の血と液よりも早く喉を支配し頭脳を犯す。

それは抗いきれぬ業。

嘗ての罪、負わされてしまった原罪

嘗ての疵、犯させてしまった大罪。

だからこそ、全てを支配する起源が表出していた理人は気づかない。

気づけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――がしゃり。

 

そんな音が、した。

 

 

 

 

 

「あっ……」

 

聞き慣れた、違う。

聞き慣らされた(鳴らされた)音だ。

 

がしゃり、がしゃり。

呻く、渦巻く、動き出す。

終わったはずの悪夢が蘇る。

そう、見誤ったのだ。

其れは決して福音などではない。

ヴェールには必然表裏が有る。

己の眼に映った姿が福音であっても。

それは反対から見れば葬送歌であることなぞ、極普通に有り得るのだから。

 

「うそだ……」

 

三体。

未だ健在。

どうしてあの程度の炎で焼き滅ぼせると断じたか。

嘗てその身に宿ったそれでもあるまいに。

そう言わんばかりに駆動音を振るわせる。

その手は物を掴む役割を放棄し鋭利な刃物へと変わった。

周囲のネオンは沈黙し変わりと言わんばかりに青白い月と明々とする炎が処刑場(舞台)を見守る。

 

終焉であった。

 

「くっそ、が……」

 

睨む。

世話しなく探す、勝利の兆しを。

死に体だ。

これ以上の逃走も戦闘も不可能。

どうにも成らない。

どうにも出来ない。

だがそんな事実を。

そんな運命(Fate)を。

 

「認められるかァッ」

 

それでも。

まだ死にたくない。

まだ。

 

「死ねる、かよォッ!」

 

まだ死ねない。

そう、吼える。

 

それしかできない。

それしか手立てはない。

それしか、その卑小な身に成せる事はない。

 

それしか、なかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ええ。それでこそ、です

 

 

 

 

 

 

 

 

月光の差し込むその場所で。

涼やかでありながら浮かされるような歓喜と思慕の熱を孕んだ声が通り。

 

鮮烈な光が世界を塗りつぶす。

 

何も出来ない亡者の残骸が。

それでも生者の意地を見せた。

勝利を掴まんと運命に抗った。

故にその魂は脈動し僅かな鼓動を世界へと向けて鳴らす。

だからこそ、彼の母(抑止力)は己が御子に幸を贈る。

今度こそ勝利を。

今度こそ幸福を。

今度こそ、()()()()()()()()()()()()()()()

 

そのための槍が降り立った。

 

 

 

「サーヴァント、ランサー。真名をワルキューレ、個体名―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()オルトリンデ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久しい、本当に久しいですね。私の、私だけの勇者様」

 

神代の芸術、神の造形品(ワルキューレ)

北欧が誇る智慧の大神が手ずから創造した彼方の星を模した神造兵装。

剣の切っ先(オルトリンデ)、自らの名をそう告げた戦女神の顔は喜色に塗れていた。

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

最後の空席は埋まった。

弔いの祝砲は健気な彼らを労う筈。

それはきっと美酒より甘く焦がし蕩かし煮え立たせる。

過の日の黄昏、その再演に他ならないのだから。

 

さぁ汚泥を啜れ。

蟲は蟲らしく這えずり廻れ。

矮小なる始まりの蛆虫よ。

骨髄から白骨へ、白骨から腐肉へ。

腐肉から人皮へ、人皮から其の剣へと。

汝の主人がそうしたように。

 

今一度、黄昏を彩る華となれ。

 

踊れ踊れ、大地の御子よ。

汝が最強を此の悪性蔓延る魔境にて証明せよ。

 

 

 

 

―――さぁ聖杯戦争を始めよう

 

 

 

 




全肯定崇拝系支配型前世妄想しちゃうヤンデレヒロインのエントリーだッッッ!!!
なお前世に関しては妄想ではない模様。

次回短い戦闘と現状についての説明です。

カウント『1回』


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東京

隙あらば特撮ネタ。
各話タイトルを変更しました、舞台が東京で三話目ですからね。
あ、今回の後書きは完全にフレーバーテキストなんで本編とはまったく関係ないです。





これはそう。

古い。

酷く古い話だ。

詩人の語り草にすらならなかった、語られぬ邂逅。

有り得ざる逢引。

許されざる事実。

罪深くも■■に恋した女神(少女)無垢なる隠者(愚鈍なる蛆虫)と称された男の悲恋譚。

その序章。

 

あれは春。

 

朗らかに笑い転げる小鳥の囀りを乗せた若葉の色付きを思わせる微風が吹く晴れた日。

まだソレが神格を与えられることないが故にその身が音を発することを許されていたそんな時代。

ソレの住む奥深い森にも木漏れ日が溢れ小さき命たちが歓びの声を上げていた。

ソレが彼女とであったのはそんな日であった。

 

『もうし、もうし』

 

少女は問うというのにその目の前には誰も居ない。

在るのは朽ちかけた巨木。

雷に打たれたのか引き裂かれ内部には大きな空洞がある、そんな森に入れば一本は見つけられるどこにでも在るような老木だった。

 

何者か、そんな厳粛な声を老木が諳んじた。

否、その空洞より震わせられた音であると少女の優れた知覚は感じ取った。

返答があったことで彼女もまた返事をする。

 

『スリジの仔が参りました。どうぞどうぞ、御返事を、色の方』

 

老木より染み出た蜜を求め蝶達が舞う。

逡巡したのかそうでないのか。

僅かな間が空き。

 

『……また随分と懐かしい名だ』

 

ともすれば並の神格では相手にもならぬ強靭な兵器(彼女)の耳でも聞き逃すのではというほどにか細い呟きが空気に吸い込まれた。

相手は未だ姿を見せない。

だがその返答だけで少女は戸惑うことなく敬意を払う。

 

『お初お眼にかかります、古き者』

 

その言葉に、この聳え立つ大樹の揺り篭(世界)に住まう者であればどれだけの畏敬が籠められたかを知るだろう。

けれどそれに洞に潜む隠者は笑い勤めて朗らかに言う。

 

『蛆虫風情に掛ける言葉ではないよ』

 

そんな言葉を返した。

礼を尽くす相手ではないという敬虔な忠告と自虐、嫌味にならないのはその言葉に彩られた美しい感情からか。

それに少女は礼を失さぬように返答する。

童にも聞こえるその声の相手が如何なる相手か知る故に。

 

『御戯れを、始まりの色彩。貴方に礼を尽くさずば一体誰に尽くせば宜しいのでしょうか?』

 

最上位の敬意、裏無き言葉。

それが如何に無感動で計算された動き(プログラム)であったとしても。

随分と聞かなくなった言葉に思いの外、洞の主人は動揺した。

忙しなく新緑が擦れあった。

 

『やめてくれ、うら若い娘に斯様な言葉を使われては年甲斐もなく恥じてしまう』

 

淡々と、けれど少し焦ったような苦言が少女の耳に届いた。

己は役目を終えた老いぼれだ、尽くす必要なぞ何処にもないのだと。

 

『色の方、如何して貴方が恥じらうことがあるでしょうか?』

 

それに対する少女は随分と若く、幼すぎた。

老い耄れの羞恥なぞ知ったことかと、事実無垢なままに、問うた。

木々が揺れる。

枝の端々がぶつかり合った。

それはぐぬぬっと困っているとでも言いたげであった。

そんな男の様子を笑う声が風に乗ってが少女に届く。

礼を失さぬ程度に周囲を見渡せばいつの間にか小栗鼠がそこにいた。

老木の枝の上で胡桃の実を頬張りながらにまにまと男の狼狽した様子を愉しんでいる。

小動物にもかくも好かれるかと少女が感心していると漸く落ち着いたのか男が搾り出すように音を震わせた。

 

『……名を与えられた以上の事はしていない。母より産まれ地を這う私にはそれ以外知らず、それ以外見ぬまま歳を重ねた』

 

結局出た言葉はそれであった。

未熟だと。

その身の背負った小さき権能、人が産まれる出るより前からただそれだけを担っただけの男は其れしか知らぬと嘯いた。

 

『長く生きた。だがそれだけだ。何も、何も成していない。だから年長者だからといって敬う理由なぞ産毛程もない』

 

年長者としてこの幼き少女に伝えねばならん、歳を重ねただけでその心根が備わっていない者もいるのだと。

長く語り継がれた始まりの事実なぞ実際には大したものではない、憧憬なぞついぞ理解から程遠いのだと。

要するに君が思うほど目の前でその身をひた隠す男は大したものではない臆病者なのだと。

 

『スリジの仔よ、うら若き戦乙女。君は産まれて幾年になる?』

 

そしてそんな風になってはならぬ。

見よ、かくもこの世界は色に溢れ美しいのだ。

それを知れ、己のようになるな。

己のような子どものまま大人となって老人にまでなってしまうような見聞狭く思慮足りぬ愚か者はこの大地に溢れるほどいて。

だからこそそんな風になるな。

そんな訓示を伝え、知ってほしいがための切り出し。

 

だが、幼き女神の返答はそれを知らずただただ淡々としたもの。

 

『ユールに大神より鋳造されてから数えて十度、宿り木に実が生りました』

 

言い切られた。

想定外である。

若すぎる。

完全に想定外である。

時は神代。

その容姿と年齢が一致しないことなぞ多々ありそれが神のものであれば猶のこと。

男は自分なぞに畏まる目の前の少女を世間知らずの純真無垢な少女だとは思い然程長く稼動していないだろうと当たりをつけていた。

そうだ、まさか十代程に見えるその幼い美貌そのままの年嵩だとは終ぞ想像してみなかったのだ。

 

故、ここに混乱極まる男の内心は、

 

『ひぇっ』

 

ドン引きであった。

それは見事なドン引きであった。

思わず悲鳴が上がるほどだった。

 

何やってんのスリジ、馬鹿なのお前、この子見てくれどころか中身も子どもじゃねぇか。

うわ馬鹿だった、そう言えば特級の馬鹿だった。

知識欲しさに目ん玉引っこ抜く馬鹿だった、うわ私のとこの主神阿呆すぎ、不衛生だぞ髭を剃れ。

でも分かるだろ、理解しようよ、旅してんのに常識疎すぎだろ死ねよ馬鹿、誰が路銀出したんだふざけんな!

そんなんだからフリガの奴が俺のところに相談に来るんだろうが、『あの人がまた夜中まで騒いでいて、ご近所さんが困ってて……その所為で随分とご無沙汰で私も寂しいですし』ってなァッ!宴ぐらい時間考えててしろ!近所迷惑だろうが!ちゅーか知らねぇよお前らの夜の事情なんざ!!

よくだ、その無駄にインテリぶった頭でもう一回よぉぉぉぉく考えろ。

私らがどういう存在なのか世間一般の常識で考えれば分かるじゃん、控えめに言って蛮族やぞ蛮族、私が手塩にかけて育ててた黄金系林檎新品種(サンシャイン・デリシャス)の果樹を高笑いしながら盗んでったお前には負けるけどなァッッッ!!!

とにかく蛮族だぞ、下半身に脳味噌詰まってるんじゃねぇかってぐらいの女狂いだぞ、金より時間より女がご褒美なんだぞ、おらマルデルに謝れ糞蟲共!

とどめに事あるごとにおもっくそこき使ったせいでお前相当恨まれてんだぞ!

そんな下半身野郎の身内に女の子差しむけるとか馬鹿なの阿呆なの死ぬの、あ、一回死んでんじゃん!

 

そんな思いの籠もった渾身のひぇっだった。

若干の私情についての言及は割愛する。

笑い声が一層に大きくなる。

性悪なそれではなく単純に友が困っているのが可笑しくて仕方がない、そんな快活な笑いであった。

だがそれに気を悪くし男はずんと老木を揺らすが目の前の少女が不思議そうな顔でこちらを見やるだけで当の本人はどこ吹く風で胡桃を味わっている。

それに嘆息してから男は混乱極める脳裏を沈め、()()()()()()というみみっちい自負を胸に勤めて威厳ある声で軌道修正、もとい当初話そうとしていたことを切り出した。

 

『んんっ……いいかね、若き……ほんっっっとうに若き戦乙女『オルトリンデ』へぁ?』

 

が、無駄。

話の背は可憐な自己紹介で折られた。

そしてそれこそが老木の主人であり役目を当に終えた舞台役者を混乱の渦に陥れる開幕の鐘の音。

それは、彼女が賢者気取りの世捨て人を訪れた理由。

 

「オルトリンデです、色の方。それが今日よりあなたの傍仕えとして在れと、そうスリジより命じられた私の名です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――どうか、どうか、宜しく御願い致します、我が主人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが始まりである。

彼と彼女の出会いであり悲恋譚の幕開け。

そして、

 

「ふぁっ!??」

 

語られるはずもないが男の来世にまで続く癒されることなき胃痛と混迷極まる修羅場の始まりであった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

流れ出る血の奔流。

溢れかえる痛みの激情。

 

私は癒す(isa、berkana、sowelu、algiz)

 

その言葉を口にしてそれら一切を瞬時に治癒し始めた嘗て己の前世(白日の時代)で従者であった少女を倒れこみながら理人は見やる。

其処には。

 

笑みが、あった。

 

女は笑っていた。

その白い顔を歓喜の紅に染めて。

貴方を。

貴方をこの瞳で見れたから、そんな危うげな童女のそれだ。

眩しい初恋の成就を祈りながらも初めて懐いた恋の芽吹きに胸膨らます処女のように。

荒々しい風に翻弄されながらも初めて吸った蜜の恍惚に胸躍らせる蝶のように。

ひっそりと輝く紅玉の瞳にはこれから先にあると確信する蜜月への期待と溢れ出て言葉に出来ぬ激情を宿して燃える。

さらりと流るる黒絹の髪、その冠に座す柔らかな羽根は想い人との再会を祝い風をくすぐっては揺れる。

しっとりと濡れた薔薇の唇は見下ろす主人の其処へ帰るのを今か今かと待ち侘び何処か寂しげでされども隠しようのない歓喜によって弧を描く。

そんな、笑み。

ただ、ただ喜びに満ちた笑顔がそこにあった。

 

そして形の良い小さな口が開く。

芸術品めいた艶やかなそれから零れたのは然して再会を祝うものではなく、

 

「愛しい方、どうか、どうか御下がりを」

 

此よりは戦場になるのだという警鐘。

ただその一言を発し召喚されてからこれまで一度たりとも、それこそ眼球が渇こうと極めて微細な魔術行使によって防いでまで瞬きすら惜しみ、逸らす事なく主人の姿を脳裏と瞳に焼き付けていた少女は、

 

「―――行きます」

 

一歩を踏み出す。

振り返れば数にして三体。

二つは濁り黄ばんだ白い人形、そして最後の一体は毒々しい紫。

其れ等は人類最後のマスターを擁す天文台からオートマタと称される存在。

即ち、出来の悪い殺人兵器。

人を殺す醜悪な化外である。

少女はそれに何の恐れもなく駆け出す。

 

一足。

ただ一歩。

だがその一歩こそ彼女が人ならざる超越者(サーヴァント)たる証左。

僅か一歩でそれでも数メートルと離れていた距離を瞬時に詰める。

卓越した武術家であれば掛け値無しの努力を幾年も経れば辿り着けるかもしれぬ境地。

だが彼女のそれは身熟しこそ戦士のそれであってもその歩法は何ら特殊なものではない。

基本的な性能(敏捷:B)

存在として人類と比較し圧倒的に上位にあるからこそただの一歩であっても言葉通り人間離れした身体機能(スペック)のみで超常現象へと至ったのだ。

 

それへ反応できたのは腐蝕したかのように重厚なる紫の人形。

銘をオートマタ=キリングドール。

オートマタの上位機種であり指揮官たるキリングドールだからこそ敵襲を察知。

微々たる遅れはあれど後方へと跳ぶ。

では間に合わなかったオートマタはどうか。

 

「失ッ---」

 

一閃。

空気を切り裂く甲高い叫び。

そこに金属を引き裂く音はなく、されど確かに二体のオートマタの首は宙へと投げ出された。

風すら殺す加速を経た槍、そこから生まれる無造作でありながらの超絶技巧。

結果、首は槍が孕んだ速度の圧に耐えきれず掬い上げられ、笑えるほどに天高く飛んでいく。

もしも人形に表情があれば正しく唖然か将又呆けたか。

熱したナイフでバターを切り分けるように何の抵抗もなく首を引き離されたオートマタは現状を認識できなかった事実を晒すように棒立ちを甘んじ機能を停止した。

そう。

オルトリンデは、構えすらなく振り向きざまの一歩と共に手にした凶器はただ横一文字に振るっていた。

 

そして振り抜き払ったその槍こそがオルトリンデが槍兵(ランサー)たる所以。

オルトリンデ、そう己を定めた少女はその手にある物こそが彼女の宝具。

 

大神より下賜されし光り輝く偽槍と神鉄の盾、()()()()

 

朝焼けにも似た輝きは戦火を照り返してなお兵器としての妖しさではなく凄烈な気品を保つ。

短くも息を呑むほどに鋭き両刃を携えた翼の装飾を施された白金の槍。

姉妹が有する盾にも似た円形小盾、だが中央に刻まれる優美な紋様は白鳥の両翼を模し力あるルーンで上品に縁取られる。

何方も嘗て己が主人が打ち鍛えた神代の至宝。

神鉄を幾度も熱しては極限まで純化させた至極の鋼、曰く神鋼(アダマント)、称され神々の血晶(イコル)、其れなる物より打たれた逸品。

 

()()()()

 

オルトリンデがそう公言して憚らず、なお鎚を振るった本人は事実無根であると否定している、その真名に相応しき業物。

戦女神の小さな掌、其処に薄明の輝き宿す■造兵装が遥か神代より時を経てこの現代に顕現していた。

 

オルトリンデはくるりと槍を回す。

久方振りの実戦。

時にして数千年か。

研鑽の時はあれど手の中に握るそれを持つのは忌むべき()()()以来。

故に感触を確かめ、小さく頷き。

 

凪いだ槍を静かにキリングドールへ向けながら引き絞る。

半身。

敵へと向けられた槍は微動だにする事なし。

右手はしかりと槍を握りしめて、盾を備えた左手は産毛が如くふわりと添えられた。

 

オルトリンデの様は心凪ぐ事なき静謐な佇まい。

されど武具は一部の曇りもなく輝き、睥睨するかの如く敵を睨みつける。

 

対するキリングドール。

此方もまた僅かな駆動音が空気を震わせるのみ。

動かず。

されどその手、その指。

既に死を与える兇器への変化を完了している。

鋭く、厚く。

元より手指が変化したのだ、薄さなどない。

故に厚い、しかし見よ。

振り抜くことでの純然たる破壊力を求めた収斂は斧や断頭刃のそれ。

敵を速力をもって破壊するための無慈悲を得ていた。

 

此処に双方の準備は整う。

しかし両者動かず。

須臾の間かそれとも永劫か。

赤々と唸る炎の揺らめきのみが世界を支配する。

 

暫し待ち。

 

くるり。

空を墜つ。

 

また、くるり。

宙を舞う。

 

首だ。

無様に跳んだオートマタの首である。

回る。

回る。

如何な膂力か。

薙ぎ払われ天へと投げ出された其れが。

くるり。

また、くるり。

宙を気色悪く舞って。

失墜するのは自明の理。

果たして二つの腐った果実は。

地面に。

 

接吻した。

 

「吶喊」

 

首が落ちたその刹那、動き出す。

 

先じたは槍兵。

 

渺と、死を孕む風が吹く。

 

踏み込み。

否、一突き。

それもまた否。

何方もがほぼ同時に行使された槍の一打ち。

ただ振り抜いただけの薙ぎ払いとは違う。

洗礼された技術体系を有しその上で豊かな鍛錬を経て得た武技。

細っそりとしたその腕を袖から見せつけての一撃は時間の雨粒すら捉えるもの。

 

異音。

鉄が切り裂かれる音。

しかしそれは決着の合図。

確かな勝鬨に違いなく。

 

故に勝鬨を打ち鳴らしたのは、

 

「例え如何な虐殺、弑虐たろうと。例え彼我の差が如何に絶望的であろうと。例え貴方にそんな意識はなく甚振るだけの狩りでしかなくとも」

 

槍兵、オルトリンデであった。

一刺一殺。

果たして薄明の槍は見事人形の胸を穿ち切り裂いた。

 

「彼はそれを呑んで戦った。戦場に立たれた」

 

がしゃりと壊れた音が鳴る。

キリングドールが膝をついた音。

月明かりに照らされ醜態を晒す胸には槍の刃幅より尚広い傷。

心臓を貫くだけに飽き足らず胸の中央より上は顎、下は鳩尾にまで断割されている。

戦女神からの一撃。

その鋭利な一突きが如何に破壊力を持っていたか。

そして。

戦女神(サーヴァント)と相対するに殺戮人形では役者不足であるかという証左に他ならない。

 

「その様が如何に泥臭くとも。その足掻きが如何にみっともなくとも。例え貴方がどう思おうと。彼は戦士として貴方に戦いを挑んだ」

 

分かりきった事実だ。

彼女はサーヴァント、取り分け三騎士と呼ばれその中でも白兵戦に長けた二騎の一角(ランサー)

トドメと言わんばかりに神代より稼働(鍛錬)し続けたが故の神域の武技。

これでどうして勝ち目があるだろう。

そもそもこの場に彼女の身体能力を圧倒する猛者は誰一人いない、無論先程まで相対した木偶人形もだ。

無作為に槍を一振るいするだけでキリングドールは認識すらできぬまま押し潰れる。

槍を使わずともその四肢で解体することすら容易。

そも白兵戦なぞせずとも彼女は持っている。

破格の魔力(魔力:A+)とそれに見合う最上級の神秘(原初のルーン)

行使の余波だけでキリングドールの霊的防御を砕き内部を汚染し終わらせることも出来た。

 

にも拘らず彼女は槍を用い武技を振るい戦闘を行った。

 

「その理由だけで十分です」

 

その理由は一つ。

己が主人が戦ったから。

彼女は囁く。

 

「貴方は戦士足らんとして気高くあった彼と戦った。誉れある勇者の決闘が今宵この場にあった……それがただ理不尽な蹂躙劇に過ぎなかったとしてもです。だから私は貴方を戦士として扱います」

 

かつりとヒールが鳴る。

またも一歩を踏み出す音。

月明かりを背負うその顔は昏く何の表情も伺えない。

 

「それが槍を手に取り、私もまた戦場という土俵に立つ理由」

 

つまりはそういう事。

オルトリンデが槍を執って戦ったのは、愛した男が命を賭して戦った相手を一派一絡げの畜生と同じように屠殺するわけにはいかなかったら。

もしそうしたなら男の立つ瀬がなくなるから。

只人ではない、戦女神がその手ずから槍を振るい形はどうあれ決闘を行う。

敵対者が英雄豪傑であれば、その使命に相応しき勇者であれば。

若しくは唾棄すべき怨敵であれば。

それもあり得ないことではないが仕合の相手は絡繰り仕掛けの不出来な人形。

そんな物が女神の温情を受けれたのは、彼女が愛する男の誇りを守るという何処までも捻じ曲がった愛情故だった。

 

「誇りなさい、この決闘は戦女神の名の下にあったのですから」

 

オルトリンデは人形へと近づきながら静かに語りかける。

健闘を讃えるように。

敗北を惜しむように。

次戦を期するように。

しかしその言葉には感情がない。

想いがない。

ただ冷えた鉄の鈍さだけがある。

 

何故か。

 

「誇りなさい、その終わりを女神が見届ける事に」

 

男の面子は守る。

それがどれ程空回りしたものかは此処では論ずる事ができない。

その理由が如何に難解かも。

だが分からずともそれによって戦士としての最低限の礼を事も有ろうか誇り高き勇士と戦事を守護する女神の人柱。

そのオルトリンデがただの木偶人形に払った。

戦士として扱った。

であるならば冷えた氷の理由は簡単だ。

 

「誇りなさい、貴方は……いえ」

 

凍えるように燃える瞳は戦士として戦った相手を見下ろしている。

決着が既についたというのに、否、ついたからこそ抑えきれない殺意と憎悪という名の炎をその瞳は宿している。

そうだ、抑え切れないのだ。

決まっている。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

()()()物言わぬガラクタとしてではなく」

 

崩れ落ちたキリングドールの側に片膝をつくオルトリンデ。

耳元で囁かれる直前、人形は目にするだろう。

赫怒を宿しどす黒く燃え上がった紅玉の瞳と雪よりも白く凍る死神の顔を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの人を傷つけた怨敵(戦士)として死ぬのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を最後にキリングドールは完全に機能を停止した。

物言わぬ人形は物言えぬまま終わりを告げられた。

決着である。

何のどんでん返しもない、ただの予定調和。

決まりきったその結末。

だからこそ言うべきことを告げたオルトリンデの行動は早かった。

 

私は想う(laguz、nauthiz)

 

古代のルーンを用いた投影魔術。

南極在住現在世界最大手のブラック企業から出向中の『女性職員(※一部男性を含む)が選ぶカルデアで一番抱かれたい男』第三位の某氏も使うそれ。

投影先となる物質を()()()()()()だけ自分の時間軸に映し出して代用する魔術。

如何に原初のルーンであろうと世界からの修正力には抗いがたく、そもそも外見のみしか投影できないが今は十分。

作り出したのは鏡。

無名ながらも稀代の名工たる己の主人が嘗て幼いオルトリンデに贈った宝物。

透き通る鏡面は正しく氷、しかしそれを嵌める無垢木の枠は素朴ながら陽だまりのような温かみを宿す。

そんな手鏡(宝物)を先程まで闘争のあったこの場でなぜ呼び出したか。

理由は一つ。

 

「可笑しなところは……髪がはねたり、えと、それから……あぅ」

 

彼女のその姿を見れば言葉は要らない。

いそいそと戦闘で僅かに乱れた髪や衣服を整え微かについた土埃を払う。

肌色は、汗臭くないでしょうか、嗚呼それからそれから。

立ち位置場背を向けているのだからそんな風に慌てなくてもよいが時間にして五分も待たせてしまっている、そんな想いからオルトリンデは忙しなく身支度を整える。

とても数瞬前まで命のやり取りを、捩れ曲がる憎悪を孕んでいた少女とは思えぬ様子。

さもありなん。

何せ数千年だ。

何世紀では効かぬほどに時を越えた再開なのだ。

恋する少女にしてみれば、無論何時だってそうだが、とびっきりに可愛い自分を見てほしい。

故にこそ慌しくもてきぱきと装いを直し。

 

「すぅ……よしっ」

 

小さく頷き、くるりと振り向いた。

 

「お待たせしました、マスター……!」

 

冷静に、しかし今度こそ抑えは利かずその胸を暖める熱量に突き動かされて理人を見れば。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひえっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あれ……?」

 

情けない声を上げて、またも失神していた。

 

戦闘の余波ではない。

何せオルトリンデが治癒とともに厳重に守護の加護(algiz)による浄域を()()()()()()()()()()()()()()

急だったため永久的には不可能だが向こう半年は生半可な神秘では傷一つつけられないどころか干渉すら寄せ付けない物だ。

だからそう。

 

これは極めて単純な解だ。

 

オルトリンデ(トラウマ)に出会った。

その上、もう通年を通し分厚い氷が水底を閉ざすという霜の顎門(エーリヴァーガル)すら溶かすのではと思わせる恋する乙女の盲目(捕食者の瞳)を見たのが駄目だしだった。

ただ、それだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……回収を」

 

 

 

 

 

 

 

 

それが理人をなのか、それとも理人と足元を濡らすそれの両方をなのかは本人の尊厳に拘わるのでここでは控えることにする。

ただ少なくとも、

 

「うん、しょ……ふふっ」

 

オルトリンデは己の主人を横抱きにしつつ皮袋(■■製、厳重かつ幾重もの保護と改竄の魔術(セイズ)によって内容物を一切の漏出・劣化・透視から守る、お値段据え置き)を手にして小さな笑みを溢した。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

「かはぁ……」

 

重々しい音であった。

影は荒く息を吐く。

力強さよりもか細い藁を何本にも束ねたような音。

よろめきながら、音を世界から排しながら壁伝いに歩く。

 

体力の消耗だけではない。

 

影の全身には浅くも傷が四方を彩っていた。

宛らそれは死化粧か。

正解である。

 

「嗚呼、まったく困ったものですな……」

 

影が、只の人であったならば。

万に一つも有り得ぬことだが影がその器以外で呼ばれることがあったならば。

影以外の生半可な凶手であったならば。

正しく今影を覆う赤は死化粧となって葬送の手向けとなっただろう。

 

「聖杯戦争にも拘らずマスターもなく、()()()()()()()()()

 

今こうして宵の街、名も無き摩天楼の屋上の片隅に身を潜めている影だからこそ生きていられるのだ。

 

「明らかに致命的な過去(特異点)だというのに聖杯の所在さえ掴めぬ始末」

 

言葉は暗示だ。

言い聞かせるように状況を理解し僅かに()()()()()()()戦闘の高揚を拭き取る。

 

「まったく、山の翁(シャイフル・ジャバル)の名折れも良いところだ……ははっ、これではあの少女たちに笑われてしまうな」

 

この身体が記憶する有り得ざる在りし日の鮮烈な()()

その中に現れる星の観測者の名を背負っていた小さな背中と大きな盾を想いだし冗談を口にする。

それを出せるだけの余裕が生まれ。

 

「しかし、見下げ果てた愚か者がいたものだ……嗚呼本当に、本当にッ」

 

逆に言えば戦場であっても泰然自若とする影がその余裕を敗走し幾分経って漸く取り戻せたということ。

それほどの戦闘を、己が本分(偵察と奇襲)すら喰い破られて強いられたという事実が其処にはある。

 

「何を理由にあんなモノを、()()()()()()放逐したのだ……ッッ!!」

 

呻きはネオンの色に汚染された夜空に吸い込まれて解けていく。

無念、諦観、焦燥。

氷河が大地を白で塗りつぶすように。

それらが影の脳裏を埋め尽くしてしまいそうになる。

 

「考えねば……」

 

それに抗う。

捨てたはずの名を今一度背負うことができた、その記録は記憶となるほどに影の魂に焼きついている。

だからこそ抗える。

 

「せめて……」

 

かの第六特異点。

そこで出会った、獅子王を名乗る女神に下賜された聖杯の祝福(ギフト)を宿す騎士。

劣化した零基(サーヴァント)でありながら限りなく生前に近い力を振るい荒涼の山野を生きる民、そして己や人類最後のマスターを苦しめた猛威。

恐らく神代以降の英霊の中で最高峰の実力を備えた円卓の騎士。

 

そんな()()()()()()()()()()()()()()()()()と底冷えする確信を得てしまう今聖杯戦争最大の障害。

そして、この特異点を修正せぬまま完膚なきまでに()()させられるであろう存在。

 

「せめてッ、魔術師殿がこの特異点を見つけるまでの間だけでもッッ」

 

そんな圧倒的絶望を目にし彼我の絶対的差を己の肉体に刻まれようと。

今もなお影は、呪腕の名を冠す暗殺者(アサシン)は諦めず模索する。

 

あの脅威から()()()()()()()()()()にこの聖杯戦争を終結させる方法を。

 

そして、

 

「あれは……」

 

彼は見つける。

この閉ざされた世界にあって唯一の異分子(イレギュラー)

 

「そうか、成るほど」

 

ただ一つの光明。

有り得ざる、マスターなき聖杯戦争という枠組みから外れたただ一組の主従を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――使えるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の眼下。

摩天楼より遥か下方。

其処にハサン・サッバーハが見出したのは、

 

「最高、最善の拠点を探して見せます……!」

 

失神中の主人を抱きかかえて閃光(レーザー)が如くraido、ehwaz(ターボ)全開で深夜の高速道路を爆走する独走状態の暴走少女。

熊栗栖理人(人類最新のマスター)サーヴァント・ランサー(監禁洗脳何でもありの超デンジャラスガール)の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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マテリアル名:サンシャイン・デリシャス
観測時代:B.C.■■■■年代
観測地域:北欧
詳細:
黄金系林檎品種の一種。
黄金系林檎品種とは楽園追放の原因となった創世記の『禁断の果実』、恋の贈り物と謳われるギリシャ神話の『ヘスペリデスの林檎』、豊穣の女神が管理する北欧神話の『イズンの林檎』を総称した品種と考えられるが不明。
少なくとも神代以降の時代では確認されていないため絶滅したか世界の裏側に行ったものとみなされる。
観測対象である『サンシャイン・デリシャス』は■■が何らかの手段でイズンの林檎を品種改良した新種でありその開発には二世紀にも及ぶ時間を要した。
糖度15度という高い甘味ながら甘酸調和、歯ごたえも程よくリンゴポルフェノールは2017年現在に現存するバラ科リンゴ属の果実と比較し実に数十倍から数百倍含有している。
気品に満ちた芳醇な香りは嗅いだ者の精神状態を回復するだけでなく一定時間精神干渉に対する抵抗力を高め、また実際に食することで肉体的・霊的損傷や劣化を回復・回帰させる効能を持つ。

観測時代では既に果樹は本来の所有者の手から喪われ、とある館の中央に聳え立つ巨木にまで成長している。






―――――――――――――――――――――――――

カウント『2回』





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