ロクでなし魔術講師と東方魔術剣士と禁忌教典 (KAMITHUNI)
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第1章
プロローグ


はい! 二次創作物の2作品目です!
なんだかんだで、他の奴が進まないから、遊びで書いてます!(^○^)
どうか気長に見ていただければ幸いです(*^_^*)

かなり不定期。


ーー魔術は人殺しの道具である。

 

 

 

 

 

最初は興味本位だった。

 

 

 

 

 

美しい金糸に整った顔立ち、完璧なプロモーションを持ったゴスロリの黒ドレスを羽織った女性が村というど田舎に突然来訪してきた。

 

 

 

 

 

それは十年前程前の事だ……

 

 

 

 

 

『お前、いい魔術師になるよ。 どうだ? 私の弟子にならないか?』

 

 

 

 

 

女性は俺の顔を一瞥すると、一瞬だけ驚いた顔を浮かべたと思ったら、直ぐに笑みを向けて幼かった俺の頭をグシャグシャに撫でながらそんな事を言ってきた。

 

 

 

 

 

子供ながらに達観したところがあった俺は、突然の女性の言葉を一蹴する。

 

勿論、初対面の人間なので信頼など存在するはずがない。寧ろ、最初は不審者かと思った。

 

 

 

 

 

簡単にあしらってその日は家へ帰宅した。

 

 

 

 

 

しかし、美しい女性は諦めずにその日を境に、俺に付きまとってきた。

 

 

 

 

 

曰く、魔術の腕を見てやる。

 

 

 

 

 

曰く、剣術の指南をしてやる。

 

 

 

 

 

曰く、弟子にとってやる。

 

 

 

 

 

結局は俺を弟子にしたいだけなのでは? と思ったが、この女性に反応一つ見せれば、足上げを取られることは一週間ほどしか顔を見合わせていないが、それでもそう認識する程度には彼女と顔を付き合わせた。

 

 

 

 

 

当然、総てを断っていた俺だが、ある日、俺は見てしまったのだ。

 

幼い頃の記憶だが、今でもその時の光景は脳裏から離れない。

 

 

 

 

 

『ーー【回れ回れ・原初の命よ・理の円環にて・道を成せ!】』

 

 

 

 

 

『……うぁ……!』

 

 

 

 

 

感嘆の息が自然と漏れていた。

 

それは仕方ない。 同年代に比べたら達観していたかもしれないが、当初の俺はガキだ。 これ程綺麗な円環を魅せられたら興味が湧かないはずも無い。

 

この時から、俺は『セリカ=アルフォネア』から魔術の教えを請うことに決めた。

 

 

 

 

 

それからは光の速度と思う程に速く時が経つ。

 

先ず、魔力量には驚かれた。

 

第七階梯に至っていたセリカ師匠、そんな彼女は既に人外。 しかし、その彼女をして超えることが出来ない程の魔力を体内に宿していたらしい。

 

その時、俺は諸手を挙げて喜んだ。

 

何せ、魔術関連どころか、得意だった剣術関連でも怪物並の腕を持つ師匠に一度も勝ったことが無かったのだ、そんな彼女に一つでも勝てるものがあって嬉しかった。

 

 

 

 

 

だが、絶対的な魔力を持っていたとしても、それに伴った技量が無ければお話にならない。

 

最初に略式詠唱を練習させられた。

 

それはそれは、大変厳しい修行だった。

 

第七階梯に唯一至った彼女の修行は、常軌を逸しており、それについて行った俺を褒めて欲しいと思う程には地獄だった。

 

 

 

 

 

何がって? そりゃあ、一回ミスって、頭に血がのぼると……

 

 

 

 

 

『ーー【我は神を斬獲せし者・我は始原の祖と終を知る者・其は摂理の円環へと帰還せよ・五素より成りし物は五素に・象と理を紡ぐ縁は乖離すべし・いざ森羅の万象は須く此処に散滅せよ・遥かな虚無の果てに】!』

 

 

 

 

 

『ちぉ〜っとまてぇ!!』

 

 

 

 

 

と、驚異的に村一帯を滅ぼさんとする大魔術を顔に影を差した状態で平然と放とうとして来るぐらいには危険な修行だった。

 

 

 

 

 

お陰? で、【 魔闘術(ブラック・アーツ)】程度なら無詠唱で発動可能になった。

 

 

 

 

 

そして、そこからも彼女の監修のもと、俺は一通りの魔術を学んだ。

 

 

 

 

 

特に、俺は基本三属のうち『炎熱』に適性を持っていた。

 

そこからは、『炎熱』系統の基本的なモノから軍用魔術まで幅広く覚えていくことになり、彼女の教えを終える頃には、『炎熱』の魔術で一泡吹かせる事が出来た。

 

 

 

 

 

そうして、セリカ師匠がアルザーノ帝国に帰国してから数ヶ月後…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………はぁ、俺は、なにやってんだろうな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多くの屍が斃れ伏す丘の上で、血濡れた刀身を突き立てて、蒼穹だった筈だが、いつの間にか灰色に染まった空を仰ぎ見てそう呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーアルザーノ帝国 アルザーノ帝国魔術学院

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁぁ〜……」

 

 

 

 

 

今日も今日とて、暖かな日差しが教室内に差し込み、平和な風が俺を眠りの堅牢へ誘って来る。

 

欠伸を嚙み殺す事もなく、ただ暇な平凡な日常を謳歌する為に机に頭を突っ伏しーー

 

 

 

 

 

「コラァッ!」

 

 

 

「イデッ……!」

 

 

 

突然、頭に感じた痛覚が、再び俺を現実へ引き戻す。

 

かなり鈍い痛みなので、鈍器のような物を誰かにぶつけられたのだと推察できた。

 

それに、そんな事をする奴に心当たりがありありありまくりなので、今更何を言っても無駄な事を悟る。

 

 

 

 

 

「……っつ。 そんで、何の用だ、フィーベル」

 

 

 

未だ引かぬ痛みを抑えるようにして頭を摩って、相手を睨みつける。

 

眼前にいたのは、キツめの目付きだが、きめ細やかな肌は白く、少し幼気であるもの美人と言っても差し支えのない少女が手袋のつけていない右手に持つ教科書を携えながら、睨みつけていた。

 

 

 

 

 

『説教女神』こと、システィーナ=フィーベル。

 

フィーベル家という、お偉いさんの所の一人娘であり、その生粋の真面目さとキツイ性格、それでいて美貌と言っても差し支えのない顔立ちをしているので、そんな呼称で呼ばれているのだ。

 

魔術関連でも優秀で、講師陣からも【講師泣かせ】で有名である。

 

そんな彼女の夢は、この天空に聳え立つ『メルガリウスの天空城』の謎を解き明かすことである。

 

……まぁ、程々に頑張って欲しいが、その熱意を熱意のない生徒達にまで向けるのはやめて頂きたい。

 

 

 

 

 

「何だじゃないでしょう! 貴方はいつもいつも寝てばかり! まだ、臨時の講師の方が来ていないからって、講義時間内なのだから自習ぐらいしなさいよ!」

 

 

 

 

 

「……暑苦しいなぁ。 別にいいだろう? 俺がお前に迷惑の一つでもかけたか? なぁ? どうなんだ? もう一度言おう。 俺がサボってる事にお前は何のデメリットを与えられたのか?」

 

 

 

 

 

「ぐっ! やっぱり貴方は魔術の崇高さに気付いてないのね! だから……」

 

 

 

 

 

「あぁ、そうだ。 俺にそんなモノはない。 魔術が崇高? は!笑わせないでくれよ。そんな理想でしか生きられないのなら、抱いたまま溺死しろ!」

 

 

 

 

 

「〜〜っ!!」

 

 

 

 

 

フワリと逆毛立つ銀髪が、彼女の憤慨度合いを表すかのようだが、俺はこの言葉を訂正する気は毛頭無い。

 

だって、それが俺の倫理思考で、経験談から割り出した事実だからだ。 彼女が幾ら魔術を崇高なものと押し上げようとも、俺にはそんな事は感じないし、また、恩恵なんて感じないのだ。

 

感じるのは…………

 

 

 

 

 

クラス全体に殺伐とした空気が流れるのと同時に、またか……という呆れの部分が含まれた呼気を感じた。

 

まぁ、実際、俺とフィーベルのこう言ったやり取りは日常茶飯事で起きている。

 

何せ、馬が合わない。

 

俺は魔術なんてロクでもない技術を嫌ってるし、彼女はその魔術は人を高次元にあげるのだ、などと好んでいる。

 

そんで、俺達が通っているアルザーノ魔術学院は、所謂、名門校で魔術に関していえば、帝国随一の権威を持った折紙付の学院。

 

そんな場所に、フィーベルほど熱意が溢れた者はいないと云えど、基本的に全員が魔術を学ぶために来ている。

 

だから、俺みたいな半端者を差別的に、軽蔑的に見るものが多いのだ。 実際、このクラスで俺に好んで話しかけてくる人物は誰一人として居ない。

 

 

 

 

 

あ、ただ一人だけ……

 

 

 

 

 

「落ち着いて、システィ。 ケンヤ君も、ね?」

 

 

 

 

 

はい! 此処に大天使様が御光臨成されました……!

 

皆さん! 捧げましょう! 天使の慈愛を受け賜わりましょう!

 

という、具合に熱狂的なファンが多く存在する女子生徒を『ルミア=ティンジェル』。通称・『大天使様』らしい。

 

まぁ、その金色の髪や大きくクリッとした目。 そして、可愛らしい微笑みと、均整の取れた身体付きは同年代の男子生徒には比較的、刺激的な存在とは言える。

 

更には、性格は素晴らしく優しい。 まるで『聖女』だと、思わず呟いてしまう程だ。

 

何より、ここの制服は女子生徒はヘソ出しだ。

 

大切なので、もう一度言おう。

 

ヘ・ソ・出・し・だ☆

 

 

 

 

 

うむ、入学当初に男子生徒が彼女の制服姿を見たとき、鼻からブチまけたケチャップで死屍累々な世界が作られていたことは、今でも記憶に鮮明に残されていた。

 

いやぁ、あん時は、激しく死体が盛り上がっているのかと、本気で焦ったわ。

 

クラスの扉を開けてみ? 急に男子生徒が血塗れでブッパされてんだぜ? 慌てないという選択肢が普通あるかね?

 

いや、無いね。

 

まぁ、当然だが、俺も鼻血ブッパしましたが……

 

 

 

 

 

さてさて、そんな事は一先ず置いておくとして、彼女……ルミア=ティンジェルの介入によって、ティーベルの剣幕を抑えることに成功し、俺も取り敢えず面倒事を避ける形で教科書を開き、自習を始めたフリをした。

 

 

 

 

 

とにかく、一幕を下ろした事によって、クラスには又、静かな空気が流れ始め、俺は()()()()()()()()教科書を詰まらなく読み漁るのだった。



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兄弟子はロクでなし魔術講師

「遅い!」

 

バンッ! と勢い良く机の上面を両手のひらで叩きつけて立ち上がったのは、我らが『説教女神』であるシスティーナ=フィーベル、その人である。

サラッとしている真銀色の美しい髪。 幼気ながら整った顔立ち。 スラッとした躰つきから分かる通り、かなりのレベルの美人だが、その生真面目すぎる性格や、キツイ態度のせいか折角モテる顔立ちにも関わらず、男子生徒からの評価は低い。

クラスの連中から聞いた話では『彼女にしたくない美女ランキング一位』を独走するとの事。

全くもって、惨めである。

 

 

「今なんか言った……?」

 

 

「イエ、ナニモ……」

 

 

おぉ、怖いな……

俺の心の中を覗いてきた……いや、察してきやがった。

その鋭い眼光のせいで、思わず視線を逸らしちまったじゃねぇーか。

 

 

とまぁ、彼女が御立腹なのにはちゃんとした訳がある。

それは、サボり魔である俺からすれば大変助かる話なのだが、真面目な生徒諸君には耐え難い事である。

よし、単純に言おう。

元々、担当講師だったヒューイ先生が失踪したため、臨時講師を雇ったのだが、大幅遅刻をしていると言えば判るかな。

 

 

因みに、現在は一限目の3分の2が過ぎており、通常の講師ならば、即クビものである。

何せ、この学院の講師は最低でも第四階梯の魔術師が勤めており、そういったルールには特に厳しく律しられている。 まさに、規律正しい名門学院である。

そんなところで大遅刻を平然とやってのける講師とは……腹が据わっているのか、タダのバカなのか……

まぁ、この魔術社会において前者の可能性は皆無だな。

間違いなく、後者だ。 単なる社会不適合者である事は容易に予想できた。

 

 

だから、目前の銀髪少女は、その気難しい性格上、その講師を許すことが出来ずに憤怒を隠そうともしないのだ。

他の生徒も呆れ呆れな様子を見せている。

お、如何やら我等が天使様は、健気にも社会不適合者に対して迄擁護するような言葉を紡いでいるのか。

流石です!

 

 

「はぁ……」

 

 

軽く溜息を溢し、面白味が一切感じられない教科書に辟易しつつ、読む事を止めるようにして閉じた。

全くもって、無駄な内容。

ハッキリ言って、レベルが低い。

詠唱を覚える? 魔術のレパートリーを増やす?

何言ってんだこの教科書は…………

 

 

偶に思うのだ。 俺はこんな所に通う必要があったのかと。

確かに、一度はアルザーノ帝国に来たかった事は事実だ。

しかし、それは旅行的な意味で、決して半永住……しかも、今頃学院生活を送るなどという意味では無い。

だが、俺は彼女……元帝国宮廷魔導師団特務分室 No.21『世界』のセリカ=アリフォネア。

大陸最強の異名を欲しいままにした【不死者】。

俺と彼女は師弟関係にあり、俺は彼女から魔術の何とかやらを教えて貰った。

そんで、2年ほど前にセリカ師匠と邂逅し、なんだかんだで半強制的に学院へ入学させられることとなったのだ。

最初は、恨みもしたが、彼女が教えてくれた魔術や心意気、剣術は間違いなく俺から頼み込んで教えてもらったことなので、恩義を返す為に渋々了承したのだ。

 

 

そんな風に思い耽っていると……

 

 

「あー、悪ぃ悪ぃ、遅れたわ!」

 

 

がちゃ、と教室前方の扉がまったく悪びれる様子のない声とともに開く。

 

 

「やっと来たわね!ちょっと貴方、一体どういうことなの!?貴方はこの学院の講師としての自覚はーー」

 

 

一言言ってやろうとフィーベルが男に振り返って、硬直した。

 

 

「あ、あ、あああ───貴方は───ッ!?」

 

 

ずぶ濡れのままの着崩した服、蹴り倒された時にできた擦り傷、痣、汚れ。

 

 

フィーベルとティンジェルが驚愕した顔を浮かべ、フィーベルに至っては指を変態野郎に指差していた。

 

 

「…………………違います。人違いです」

 

 

自分に指をさしてそう言うフィーベルの姿を認めると、抜け抜けとそんなことを言った。

 

 

「人違いなわけないでしょ!?貴方みたいな男がそういてたまるものですかっ!」

 

 

「こらこら、お嬢さん。人に指をさしちゃいけませんってご両親に習わなかったかい?」

 

 

表情だけは引き締め、男はフィーベルに応じる。

 

 

「ていうか、貴方、なんでこんな派手に遅刻してるの!?あの状況からどうやったら遅刻できるって言うの!?」

 

 

「そんなの……遅刻だと思って切羽詰まってた矢先、時間にはまだ余裕があることがわかってほっとして、ちょっと公園で休んでたら本格的な居眠りになったからに決まっているだろう?」

 

 

「なんか想像以上に、ダメな理由だった!?」

 

 

「まぁ、そういう訳だから……後、適当によろし、く……」

 

途端、男の体が硬直する。

 

 

「え? な、なに? 私の顔に何か付いてるんですか?」

 

 

先程までのふざけた顔が嘘のように、真剣な表情を浮かべて視線を向けるロクでなし。

 

 

そして……

 

 

「いや、気のせいみたいだ…… そんじゃあ、自習……ふぁぁ……俺は寝る」

 

 

「え!? ち、ちょっーー!

 

何も言わさぬまま、講師は名乗りあげる事もなく、黒板に自習という文字だけを残して教台に突っ伏す。

 

 

勿論、真面目なフィーベルが激昂したのは言うまでもなく、それを優しく喩す女神・ルミア様。

対象が違えど、起きていることはいつも通りだなと割り切り、俺も机に突っ伏す事にした。

この時、俺は彼の事を、ただ気が合うだけのロクでなしという認識しかしていなかったのだ。

 

 

 

 

ーーアルザーノ帝国 アルザーノ魔術学院 屋上

 

「ーーふむ。 そうか。 グレンが講義中に爆睡か。 まぁ、彼奴はいつも通りだな!」

 

 

「いや、ここの名誉教授としてどうなのかって話になるぐらいの適当さだな。まぁ、どうでもいいけど……それより、アレがあんたから聞かされていた兄弟子、『グレン=レーダス』とはな。 確かに、若いし、俺と気が合いそうだ」

 

 

「はっはっは! そうだろう!? 彼奴とお前って、怠惰な思考がそっくりなんだよなぁ〜! く、ぷぷ…… ま、また笑いが込み上げてきたわ……!」

 

 

「……流石に笑いすぎだろ。 何処にツボる要素があったよ」

 

今現在、午前の講義が全て終わり昼食の時間に、俺はセリカ師匠に腕輪の連絡装置で呼び出された。

話しの内容は勿論、今日転任してきた講師、『グレン=レーダス』の事だ。

彼は、セリカの拾い子で俺よりも前に弟子として育ていた。謂わば兄弟子である。

それに加え、異色の経歴としては、あの【魔術師殺し】の元帝国宮廷魔導師団特務分室No.0【愚者】であると聞かされた。

【愚者】といえば、格上の魔術師を相手にしても確実に葬り去るという噂を持つ驚異的な存在として讃えられていると、以前旅をしていた時に聞いた気がする。

まさか、その正体が、あのようなロクでなしの魔術講師で兄弟子だとは…… 少々、残念な気がしてならない。

 

 

「まぁ、お前の言いたいことは大体わかるよ。 それでも、グレンにも色々あったんだ……お前みたいに、な」

 

 

「……そうか」

 

 

心中を察しての言葉だったのだろう。

彼女の表情には何時ものような明るさはなく、何処か自虐したような影が落ちていた。

 

 

どうせ、私には師匠としての才能がないんだな、とか考えているのかもしれない。

 

 

とはいえ、俺から何か言えるはずもなく、この気まずい空気の中、買ってきた焼きそばパンを口に放り込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー地獄を見た。

 

 

 

 

 

肌を焼き、爛れた肉片が辺り一帯に散らばった。

肉の焼けた匂いが充満するが、けっして、食欲を誘うものではない事が一目瞭然だ。

 

 

 

 

ーー地獄を見た。

 

 

 

 

 

突き刺さった刃が、肉を断ち切って生命の営みを奪い去る。 貫通した肺から漏れ出た空気が抜けていく音だけが鼓膜を刺激し続けた。

 

 

 

 

 

ーー地獄を見た。

 

 

 

 

 

 

刃こぼれ一つ無い名刀は、幾度と無く繰り返した殺人によって美しく煌びやかに輝いていた白銀は、血で赤黒く装飾された。 『聖剣』とまで呼ばれた刀が、『魔剣』と成り代わった瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

ーーそして、最初に地獄を見た。

 

 

 

 

 

存在していたはずの故郷が焼け焦げ、育ててきた農作物や家畜。 それだけでなく、富と人そのものを焼き払っていく煉獄なる地獄。

起こした張本人たちの組織を後に知ることになった。

 

 

 

 

 

……『天の知慧研究会』。 大陸各地で不祥事を撒き散らす、極悪非道な天才達の集団。

テロリスト。 その言葉がしっくり来る組織だ。

目的は不明だが、俺の故郷は、奴らに跡形も無く消され、ケシかけてきたやつは、()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、屠った後に残ったのは、灰塵と化した村と、血祭りに上げた屑どもの遺体だけだった……

 

 

 



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ちっと、頑張ろう

長いなぁ〜(*_*)
しかも、語彙力のなさが際立ち、原作沿いなのにゴチャゴチャだぜ!
変にオリジナル話も入れたから、狂ってるかもしれない(笑)
そこは、ご愛嬌という事で、よろしくお願いします!



パシンッ!

 

 

空気が張り裂けな程、勢いよう放たれた平手打ちは、まるで自然な運びで吸い付くように頬へと直撃した。

 

 

「最低っ! 貴方なんて、大っ嫌い……!」

 

 

目頭に涙を溜めた少女は、自身の『理想』を全否定した相手を射殺すように睨みつけてから、感情任せに教室から駆け出て行った。

 

 

「…………」

 

 

そして、叩かれた方は何処か辛そうな面持ちを浮かべて、影を落とす。

 

 

それに伴って、クラス内では何とも居た堪れない空気が散漫し、誰もが言葉を発することはしなかった。

 

 

(たく、ウチの兄弟子は何してやがる……)

 

 

少々、呆れを含んだ目線を送ってから、直ぐに瞼を閉じて現実との接続を遮断した。

事の発端は、昨日。

 

 

 

 

 

あまりに惰性過ぎる非常勤講師のグレン=レーダスの講義は、とにかく酷いもので、来る日も来る日も自習という言葉を黒板に書き記して、即机に突っ伏すという暴挙に出た。

 

 

この事に痺れを切らした、我らが『説教女神』のフィーベルが基本使わない親の権力にモノを言わせて、真面目にやらないのであれば、グレン先生を退職させると脅迫した。

 

 

ただ、通常の講師なら、態度を改めて全力で行うのだが、何せ相手が悪い。 グレン=レーダスは元々、成りたくて講師になった訳ではない。

 

 

単に、セリカ師匠に聞いただけだが、グレン先生は1年程前から前職を無断で退職し、それからはセリカ師匠の脛をかじって生きてきたようだ。

当然、本人は働きたくないという願望だったのだが、セリカ師匠のお仕置……ごほん、御説教で強制的にやりたくも無かった非常勤の講師を引き受けることになったそうだ。

 

 

そんな人物が、辞められる理由をみすみす見逃す筈もなく、諸手を挙げて喜ぶという、事情の知らない生徒たちは誰しもが驚きを見せた。

それも仕方がない。

基本は温室育ちのボンボンが多い、この学院は由緒正しいをモットーにしており、こう言った喜び方をする人物を誰しもが見たことなどない。

というか、普通の人間でもないけど。

 

 

フィーベルは明らかに魔術を貶すようなグレンを許せなかった。

 

 

そこで、彼女は、左手の手袋を取り外し、グレン先生の左胸に叩きつけた。

 

 

所謂、決闘だ。

 

 

その後、フィーベルが勝った場合は真面目に講義すること、逆にグレン先生が勝てば、御説教を二度としないという誓約を立てた。

 

 

ルールは、怪我をさせる訳にはいかないということで、三節詠唱の【ショック・ボルト】にて決着を付けることとなる。

 

 

結果は悲惨だった。

 

 

文字通り、大敗を喫することになったのは、生徒のフィーベルではなく、非常勤でも曲がりなりにも講師のグレン先生だった。

通常、三節詠唱であっても、超初級の【ショック・ボルト】は第四階梯クラスでは一節が当たり前で、目前のフィーベルですら第二階梯なのに一説詠唱だ。

しかし、グレン先生は、あろう事か、略式センスの欠片も感じない三節詠唱が限界のようで、勝負はボコボコだった。

 

 

この時点で、クラス内でのグレン先生の信頼度は地に堕ちた。

 

 

対する俺も、有名な『魔術師殺し』という事で、ちっと期待したが、直ぐに落胆した。

 

 

たしかに、セリカ師匠に教えを請うてるだけはあり、帝国式の軍隊格闘術は様になっていることは、立ち姿で理解できた。

ただ、達人の領域かと問われれば、答えは否である。

良くて準達人クラスだ。

勿論、年齢は二十代を下回っているから、怪物の一人である事は確かだ。

だけど、それだけで格上の魔術師を相手に勝てる訳ではない。

 

 

セリカ師匠が教えるのだから、彼には何か期待しているのかもしれないが、俺からすれば、正直あまり期待していない。

……何せ、小手先だけでどうにか出来るほど、俺は甘くは無い。

 

おっと、戦う訳でもないのに、如何してかこんな思考に陥る。

落ち着こう。

 

 

 

次の日、つまり今日。

勝負に負けたグレン先生が真面目に講義を…………始めるはずもなく、ダラダラとした講義が続いた。

 

 

そこで、分からない所を聞きに行った、メガネが似合うリン=ティティスだが、ダラシない奴に任せられないといった理由で、フィーベルが間に入り、こう言った。

 

 

『魔術の偉大さも理解していない』

 

 

と、いつもみたいに魔術の崇高さを説き始めた。

 

 

それに対して、グレン先生は沈黙から一転、言葉を紡ぎ出した。

 

 

 

曰く、魔術は人の為にならない。

 

 

曰く、術と付く物には、人が役に立つが、魔術は何もしてこなかった。

 

 

曰く、魔術は……人殺しの役に立つ。 と……

 

 

全くもって、その通りだと、他のクラスメイトが理解できずとも、俺には容易に理解できてしまった。

 

 

軽い殺気が漏れ溢れる程の言葉責めにクラス全員が顔を青ざめ、フィーベルに至っては、焦点すらあっていなかった。

 

 

そこからは、先の通りで、耐えられなくなったフィーベルが全力の平手打ちをして、グレン先生はそのまま再び机へ突っ伏した。

この時、クラス全員は一つの音も出さないようにしていた。

 

 

 

 

 

「ふむ、なるほどな。 やはりグレンは……」

 

 

「? 何のことか知らないけど、師匠まで暗くなるなよ。 正直、落ち込んでる師匠はキモーー」

 

 

「んん? なにかな?! 私に喧嘩を売っているのか? あぁん!?」

 

 

「いや、悪かったって。 えぇ、えぇ。 ちゃんと息子の事を気にかけるいい母親ですよ。貴女は。 だから、魔力を手元に溜めないでくれ。 本気で怖いから……!」

 

 

「そ、そうか? 私なんて、子育ての才能なんか一つもないぞ///」

 

 

「その割に、嬉しそうな顔しやがって。 そんで? どうすんの? このままじゃあ、あの人、本気で壊れかねんぞ」

 

 

逡巡するセリカ師匠。 その答えを待つ俺。

この状況が繰り広げられているのは、夕日が差し込む学院長室(セリカ師匠の私有化)である。

放課後。 フィーベルが教室が飛び出して、そのまま早退した件について、セリカ師匠が気に掛けていたらしく、帰宅予定だった俺をとっ捕まえて一頻りの事情説明を促されたのだ。

 

 

「……まぁ、私達からは何もできんだろ。 彼奴がコッチに相談してこない限り、極力何も手助けなんて出来ないんだからな」

 

 

「それもそうだが……」

 

 

「それに……」

 

そう言って、彼女は橙色の光が射し込む窓辺に視線を移して……

 

 

「彼奴なら、きっと自分で乗り越えられるって、私は信じているからな」

 

 

と、まるで本物の母親かのような潔さと儚さがあった言葉を紡ぐのだった。

 

 

 

 

「ーーすまなかった」

 

 

後日、講義前に突然、フィーベルの前に立ち、頭を下げるグレン先生。

どうやら、言い過ぎたと反省をしたらしい。

 

「ーー確かに、俺は魔術が大っ嫌いだが、他人に其れを押し付けるのは間違っているからな……その、ほんと、すまんかった!」

 

 

困惑するフィーベルとを余所に、照れ隠しを隠しきれずに顔を赤くしたグレン先生は、頬をポリポリと掻いて、教壇へと戻っていった。

 

 

その際に、クラス全体が驚愕する中、唯一、ティンジェルのみがニコニコと慈愛の微笑みを浮かべていた。

……成る程、彼女が何とかしたのか。

やはり、情愛の大天使様は御健在だと、両手を合掌した。

ありがたやぁ〜、ありがたやぁ〜。

この子達、知らないかもしれないけど、目前の先生が精神崩壊でも起こして、一生家から出てこないことになってみろ。 此奴の保護者は大陸全土を燃やしかねないぞ。

いっそ、過保護を通り越して、モンスターペアレンツだから、世界滅亡まで行く寸前だったかもしれない。 流石、大天使様。 本当にファインプレーデス!

 

 

そうこうして、一つの問題が解決すると、グレン先生が何時もより5割増しの腹が立つ顔で言った。

 

 

「ーーお前ら、バカだろう」

 

 

 

そっからは、てんてこ舞いだ。

 

「極めたってんなら、『雷精よ・紫電の・衝撃持って・撃ち倒せ』。 こんな風に、三節の呪文を四節にしたらどうなる?」

 

 

「その呪文は成立しませんよ。 必ず、何らかの失敗を起こします」

 

 

「んなぁ事はわかってんだよ。 バカ。 俺は、その失敗がどんな形で起こるかって、聞いてんだ」

 

 

「そんなの、ランダムに決まってますわ!」

 

 

「ランダム〜? お前、極めたんじゃ無かったのかよ〜!」

 

 

「くっ!」

 

 

 

成績上位者のギイブルやウェンディが答えられなかった時点で、このクラスで答えを出せる存在は限られてくる。

恐らく、フィーベルぐらいかな? ただ、フィーベルは生真面目な性格上、教科書的な答えしか持ち得ない。 つまり、この問題の正解を導き出せるだけの応用力は無いわけだ。

 

全員が全員、首をかしげている様子を見せており、グレン先生はニヤリと口角を押し上げる。

 

「なんだ、全滅かぁ? それじゃあ、答えは「右に曲がる」……へぇ〜」

 

その瞬間、視線が一斉に移り変わる。

一点的に集まる視線が、痛々しく感じるし、なんだかんだで目立つのは嫌いなんだよ……

それでも、グレン先生の一人勝ちみたいな状況は、少々、いや、かなり癪にさわるのだ。

 

 

「なんだ、答えられるやつがいるんじゃねぇーか。 お前、名前は?」

 

 

グレン先生が興味を示し、それに準じて、他の生徒は俺というイレギュラーを眺めてあり得ないと戦慄を走らせる。

……いや、痛い痛い。 視線が痛ぇーよ。

ほんと、こういう状態って嫌いだわ。

 

 

そんな事を考えつつも、俺は立ち上がり、名前を告げた。

 

 

「俺は、ケンヤ。 ケンヤ=サクライです」

 

 

とりあえず、名乗ってペコリと会釈。

そんで、そそくさと着席する。

しかし、先生の興味が引くことはない。

 

 

「まぁ、そんじゃあ実践してもらうか! おい、ケンヤ! 前に来て、やってみろ!」

 

 

「……は!?」

 

 

「いや、『は!?』じゃなくて、前に来て四節詠唱してみろって言ってんだ」

 

 

如何してか、俺に白羽の矢が立ってしまったようだ。

この瞬間、俺の心の中で、若干の後悔と私怨が生まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『雷精よ・紫電の・しょうげき持って・撃ち倒せ』!」

 

 

紫色の術陣が現れ、若干の紫雷を前方に放つ。

黒板に向かって、放った雷光は、本来ならば黒板に焦げた跡をつけるが、今回は4節呪文。 手前で右に90度程曲がる。

 

 

その瞬間、クラス中の誰もが衝撃という雷に撃たれた。

 

 

しかし、その驚きも更に上書きされていくように、呪文の形を変えていく。

 

 

「よし、じゃあ、ケンヤ。 五節では?」

 

 

「射程が三分の一まで落ちる。 『雷・精よ・紫電の・衝撃持って・撃ち倒せ』!」

 

 

俺が詠唱を終わらせると、先程と同様に紫雷が真っ直ぐに伸びるが、今度は予想通りに三分の一しか進まない。

 

 

「ほぉ…… お前、よく知ってんなぁ〜。 ま、いいや。 そんじゃあ、1節消すと?」

 

 

「威力が大幅に落ちる。 『雷精よ・撃ち倒せ』!」

 

 

今度は、静電気ほどしか無い電流が可視化され、途中で勢いなく消えていく。

そして、お手上げのように手を横にやって、首を振る。

 

 

「いやはや、学生で此処まで出来るとは思ってなかった。 全問正解だ。 とまぁ、ケンヤに実践してもらったが、こんな風に魔術は用途次第では如何様にも変化させることができるし、まぁ、その基本と公式さえ覚えれば……『まぁ・兎に角・痺れろ』」

 

先生の翳した左腕から術陣が現れ、魔術が問題なく発動された。

 

 

「「「「……なっ!?」」」」

 

 

「あれ? 思ったより威力が弱かったな。 まぁ、このぐらいの改変なら余裕でできるぜ。 実際に、ケンヤ」

 

 

「なんか、俺って軽いモルモットですよねぇ〜」

 

 

「ま、そう言うなって。 なんだったら、お前の得意魔術で良いからさ」

 

 

先生はウインクをして、促してきた。

いや、男のウインクなんて誰得だよ(笑)

ま、いっか!

 

 

「じゃあ、『ちょびっと燃えろ』」

 

 

ポンと、指先に小さな火種が灯り、無事に魔術が発動したことを示していた。

ふぅ、何とか改変に成功したか。 良かった良かった。 晒し者にならずに済んだぜ!

 

 

「「「…………」」」

 

 

「あ、れ? なんか、俺、やらかしたか?」

 

 

「いや、あれは同年代で嫌われ者のお前が、其処まで出来たことが直視できてないだけだろう」

 

 

と、全員が現実を見つめ直すまで、数分かかったが、とりあえず先生の講義は続く。

 

 

「ーーで、さっきケンヤや俺がやったみたいに、呪文の改変自体は文法と公式を覚えれば、難しくは無い。 お前らは、魔術は真理を追い求める学問だ何だ言っているが、それは違う。 魔術ってのは、人の心を突き詰めたもんだ」

 

 

いつに無く真剣な眼差しをクラス全体に向けて、まるで本物の講師のように振る舞う先生。

このクラスで、先生を『無能』と罵る者は既にいない。

目の前の非常勤講師は、大変優秀な魔術講師だと、認識したのだ。

 

 

「今のお前らは、単に魔術が使えるだけの魔術使いに他ならない。 魔術師は、自分に足りない物を認識し補う努力をするものだ。 それをこの教科書は、覚えろだの詰め込めだの……アホか」

 

 

ポイと手に持っていた教科書を放り投げ、最後に行った。

 

 

「じゃあ、今からお前達に、その魔術のど基礎を教えてやるよ。 寝たい奴は寝ときな!」

 

 

自信気に言い放たれた言葉に看過されたクラスで、眠る者などいない。

全員が全員、真剣な表情を崩さずに、講義の言葉に耳を傾けるのだった。

 

 

あ、ついでに俺は、その辺の部分はマスターしているということで、先生の補佐役を頼まれました。

メンドクセェ〜……

 

 

 

「ニョホホ! だぁから私は知ってたんだよねぇ〜! 彼奴がやれば出来る子だって!」

 

 

「今では立ち見の生徒までいるとは……」

 

 

「そりゃあ、私が一から育てた自慢の弟子だからなぁ〜!」

 

 

「何とまぁ!」

 

 

(おのれ! グレン=レーダス! お前をいつか必ず……!)

 

 

 

 

 

 

昼食時間。 いつもは自然と一人になって屋上でメシを食う時間。 だが、今日は打って変わって両手に花状態で学食に来ていた。

 

 

「ーーそれにしても驚きだよね!」

 

 

「なにがだ?」

 

 

「勿論、ケンヤ君があんなに魔術が詳しいことだよ」

 

 

俺の右隣に座るティンジェルが目輝いてやがる。

言わんとすることがわからない訳ではないが、というか、それで俺を誘った理由が高いのは明白だ。

何せ、ティンジェルの前に座る少女が俺と相席を望む時点で魔術関連以外でありえないからだ。

 

 

「そうよねぇ。 普段はあの先生と同じで、魔術が嫌いなくせに、なんでそんなに魔術に詳しいのよ?」

 

 

「あん? そんなん、どっかの怪物に扱かれてたら……! うぅ……何だから背筋に冷たいものが……(ガクガクブルブル……)」

 

 

「その、何? ご、ごめんなさい……?」

 

 

「システィ、この話はここまでにしよっか」

 

 

うむ、そうしてください。

大変、俺の心臓に悪いです。

というか、内容を聞かされただけで脳細胞が狂いそうになるほどに詰め込まれたからなぁ〜。

そう考えると、俺より長いこと続けている先生は、もっと魔改造されてるのか…… 御愁傷様。 南無三。

 

 

「で? 俺をこの場に誘ったのには、理由があんだろ? まぁ、どうせさっきの固有魔術の事だろうが……」

 

 

「! え、えぇ……。 そうよ。 固有魔術が汎用魔術を何らかの形で超えたものと先生は講義中に言ってたけど、それって、魔術を強化したという認識で構わないのかしら?」

 

 

おっと、そういう悩みですかい。

中々、面白い解釈してんなぁ〜。

だけど……

 

 

「いんや。 それは違うな。 大体、固有魔術は、その人が固有する力であって、他者に使えたら意味が無い。 それは既に汎用魔術だ。 例えば、お前の得意な【ゲイル・ブロウ】だって、他の人が使えない訳じゃないだろ?」

 

 

俺の問いかけに真面目に頷く。

ティンジェルはニコニコしたまま聞いている。

 

 

「じゃあ、【ゲイル・ブロウ】を仮に強化したとしよう。 威力、速さ、効果領域の広大化……などと、あるが、それらを只々強化したところで、強いだけの【ゲイル・ブロウ】になる訳だ。 それじゃあ、どうすればいいのか…… これは至って簡単。 まぁ、ちっと見せるとするなら……【投影、開始(トレース・オン)】!」

 

 

再現するのは、ミスリルの短剣。 以前、市販で売り出されていた普通の剣を複製する。

右手に収まる形で、短剣が突如として現界した。

 

 

「「えっ!?」」

 

 

驚く2人。

しかし、この程度で驚くなら、セリカの固有魔術を見たときには発狂ものだな。

少し苦笑を漏らして、説明を続ける。

 

 

「今のが、俺の固有魔術の【投影(トレース)】だ。 この能力は、一度見た剣を完全複製するというモノで、基本的に構築速度は錬金術の其れを遥かに上回る優れ能力だ」

 

 

俺は短剣を消すと、再び説明を始めた。

 

 

「今さっきやった投影魔術は本物と同義、もしくはそれに準ずる贋作を創る。 其れには、材質から構造、歳月までも見分ける『眼』が必要なんだ。 基本的に、誰にでも真似することなど出来ない俺だけの『眼』だ」

 

 

そう言って、俺は右の人差し指でトントンと目の当たりを押す。

 

 

「『眼』って、どういうこと?」

 

 

「ま、答えを言っちゃうと、投影って、元々そんなに大した事ないんだよ。 材質がわからなければ、外見しか真似れないし、構造が理解できなければ、空っぽの鉄屑だし、歳月が認識できなければ、その辺の石ころと変わらない。 只の幻惑系統の魔術と変わらないんだよ」

 

 

ふむふむと、二人は顎に手を当てて頷く。

 

 

「だから、俺は『眼』を鍛えた。 あらゆる鍛冶の技術を見て剣が作られる工程を。 師匠に頼んで、一緒に遺跡へ連れて行ってもらって、歳月を読み取れるように。 そこら中に存在する鋼鉄や創り上げられた錬鉄を見分けれるように。 それこそ、限界を超えるまで叩き上げた。 その結果、生まれた固有魔術がコレだ」

 

 

再度、ミスリルの短剣を投影し、目前に差し出す。

二人は余程、興味深いのか剣を凝視する。

まぁ、そんなことをしたところで、投影がそんな簡単に習得はできない訳だが。

何故か、微笑ましく感じたので、暫くその光景を眺める事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーそんで、固有魔術を作るには、改変の技術が必要不可欠っていう事だ。 以上。 他に質問は?」

 

 

二人は満足気に首を横に振り、残り時間ギリギリで目前の食事を放り込むことにしたのだった。



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行くぞ、外道。 魔術の準備は充分か?

ゴタゴタです……(; ̄ェ ̄)


「ふぁぁ……ねみぃ」

 

今日も今日とて、圧倒的な威圧感を誇る天空城が、蒼穹に広がる空をハイライトに不思議と浮遊していた。

そして、晴れやかな気分になる陽気な陽光が心の底を照らす最高のコンディションである。

 

 

「……それでも、嫌な予感が拭いきれねぇんだよな」

 

 

鞄を右肩にかけて、いつもは持ってこない愛刀を房に入れて持ち運ぶ。

その愛刀を眺め、実体不明の悪寒を思い出す。

起きた時に起きた突然の寒気。 悪循環が起こる前兆。

実際、幾度か背中を貫くような悪寒を感じた時は必ずと言っていいほど、臨死体験をすると錯覚するほどの状況になるのだ。

 

 

今日は、本来なら休日の日で、校舎に向かっていること自体に違和感があるが、これは致し方ないだろう。

何せ、前任のヒューイが抜けていた穴を埋めるために休日を割かなければ、講義に支障が出てしまうからだ。

流石に、普段は気怠げな俺も、単位は貰っておかなければ、師匠に半殺しで済まない、八割殺しは覚悟しなければならなくなる。

それだけは勘弁被りたい。

 

 

「ま、師匠の言いつけだし、卒業ぐらいはしてやるつもりだがな……と、早速嫌な予感は的中って訳かい」

 

 

ぼぉーとして歩いていたから気付かなかったが、如何やら、人払の結界を張られているらしい。

かなり賑わいを見せる中央通りだが、今では人はおろか、猫一匹すらいない。

あるのは、中央に置かれた噴水だけ。

 

ちっ! 面倒な……ーー!

 

悪態を吐きながら、最大限の警戒網を張り巡らせる。

“氣功”で空気の流れや、マナの動きと集約する場所を演算で導き出していく。

 

 

いた!

 

 

「……そこに隠れているのはわかってるんだ。 出てきたらどうだ? 」

 

 

出来るだけ、冷静に努める為に表情は崩さない。

相手が潜伏しているところは既に掌握しているので、特に焦る必要も無い。

 

 

「おや? 即席の人払の結界だったとはいえ、一介の学生如きに見破られるほど甘いものでは無かったと思うのですが、中々に鋭いじゃありませんか?」

 

 

喜悦の含んだ言葉が路地裏から聞こえ、影から茶髪で黒外套を羽織った男が口角を吊り上げて現れた。

其処には、僅か……ごく僅かだが、心の揺れを感じた。

成る程、本当に学生が見破れないほどの結界だったということか。

確かに第四階梯クラスなら見破られる可能性が高い即席型だが、かなりの広範囲に行き渡った結界術。

相当腕が立つ魔術師か。

相手の戦力が未確定な以上、気は抜けない。

それに、こいつ自身が相当ヤバい。 かなり場慣れした魔術師だ。

 

 

「いや何。 ちと、その術と似たモノを見たことがあってね。 そうじゃなければ、あんたの結界の存在なんざ気にしなかったさ」

 

 

そう言って、ポーカーフェイスのまま房から鞘に納刀された和刀を取り出す。 大凡、1メートル弱の長さを誇る和刀の特徴は、最速の抜刀術を可能にし、相手の攻撃を去なすのに適した形状だ。

それに、このアルザーノ帝国において刀は、先ず見かけない。

恐らく、製法も伝わっていない剣だ。

ただし……

 

 

「……ほう、珍しい剣をお持ちだ。 “刀”ですか。 どうやら、極東の生まれの人間のようだ。 よく見れば、貴方の髪や目も黒。 それに、少し小柄なのも特徴が合っていますね」

 

 

「なるほど、やっぱりこの剣のことを知ってたのか。 だとすると、かなり広範囲で活動している悪タレ小僧集団か。 例えば…… 『天の知慧研究会』、とかな」

 

 

「…………へぇ」

 

 

俺の出した答えに、僅かながら反応を見せた。

 

 

「その反応ってことは、ビンゴか。 中々どうして、外道魔術師が集まった、帝国始まって以来のテロリスト共が、ただの極東産まれの俺を狙ってくる? まさか、この帝国じゃ珍しいとかいう理由なら受け付けないぜ」

 

 

「はは! そんな訳ないでしょうーー! 狙いは貴方じゃないんですよ! そう、本当は此処を毎日通る、非常勤講師が狙いでしてね!? そこで貴方が来たので、人質にでもしようと思っただけですよ。 わかりましたか?」

 

 

「……非常勤講師?ーー! お前、まさか……!」

 

 

俺は敵の情報から、狙いを察してしまう。

非常勤講師。 ここを通る。 アルザーノ魔術学院。 補講。

次々と、パーツが脳裏で当てはまり、ある人物に辿り着く。

 

 

「ははは! その顔は、どうやら分かったようですね! そう、私の狙いはアルザーノ魔術学院の非常勤講師「グレン=レーダス」を殺し、強いては、私の同志がある御方を魔術学院でおで向かいに向かっているでしょうね!! まぁ、その際の犠牲などは知ったことではありませんがね?」

 

 

下卑た笑いが木霊する。

……こいつら。

ふつふつと沸き起こる憎悪の念が心の中を支配する。

 

 

「それでは、そういう事なので、貴方の講師が殺されるまでの間、貴方の身柄は取り押さえさせてもらいますね? あ、勿論、その三流魔術師を殺した後は、貴方も始末させていただきますが……まぁ、通りかかったのが運の尽きということで「黙れよ……!」 ……あ?」

 

 

優越に浸ったままの顔が、俺の言葉を聞いた瞬間に醜く引き攣る。

 

 

湧き上がる殺気は抑えることが出来ない。

既に、俺の怒りは沸点に達しており、其れをギリギリのところで理性が押し留めている状態だ。

 

 

「……お前ら、外道の話なんざ何も面白くもねぇーし、単に胸糞が悪りぃだけだから、その口閉じろって言ってんだよ。 このチャラ男」

 

 

「ち、チャラ男!?」

 

 

「ち! 本気で頭にきたぜ。 何が、講師を殺すだ。 何が、出迎えだ。 何が、人質だ! お前らの戯言が俺に通じると思ってんなら、勘違いもいい所だ。 いいか? 教えてやんよ。 お前らが、俺の級友や先生に手を出そうっていうなら、俺は其れを悉くを以って戯言を叩き潰そう…… 行くぞ、外道。 魔術の準備は充分か?」

 

 

俺の言葉に激昂したテロリストは、最早人質を取ることを忘れていた。

 

 

 

 

◆ーーシスティーナside

 

「ーーきゃあっ!」

 

 

「折角の上玉だぁ〜。 食っとかねぇと勿体ないからなぁ」

 

 

システィーナを卑猥な目つきで見ている黒い外套を羽織り、同色の帽子を被ったテロリストの一人が自由を奪って取り押さえている。

 

 

「ふ、ふざけないで! 私は誇り高きフィーベル家のーー!」

 

 

システィーナは絶対的劣勢において詭弁を述べるが、相手は常識が通用しない悪役外道なテロリストだ。 そんな言葉が通じるはずもない。

 

 

「それって、偉いの? ま、どうでもいいけどな! 実は、俺。 ルミアちゃんみたいな子を嬲っても面白くないんだわ。 あれは一見、気の弱そうだが、実際は芯が通っている。 ほんと、あの年では考えられないほど気が強いんだ! はっはっは! 笑えるだろう?! だが、お前は、強さを託けて、自分の弱さをに仮面をつけているお子様さぁ〜。 俺は、そういう女を堕とすのが1番楽しいんだぁ〜!」

 

 

ビリッ!

 

 

「……ぁ」

 

 

無理矢理に服を裂かれ、軽く肌が露出するが、下着の上に着ていた紺のシャツが全ての露出を防いでいた。

しかし、男はそれすらも屑の笑みを浮かべて、じっくり楽しむようにジワジワと引き上げていき、いよいよ桃色の可愛らしい下着が露わになる所で指が止まった。

そして、悦を覚えた声色を挙げる。

 

 

「うほぉ! 綺麗な肌じゃん!!」

 

 

「あ、あの……許して…… お願い…………」

 

 

掠れた声だ。

怯えて声すらまともに出ない。恐怖で埋まった思考は只の学生を墜とすには充分すぎた。

だが、そんな女を堕とすことに性的興奮を覚えたテロリスト……ジンは更に笑みを浮かべた。

 

 

「アッハハハッ!! お前、堕ちんの早過ぎ! それじゃあ、いただきマァース!」

 

「イヤァァァァァ……ッ!」

 

 

痛烈な悲鳴が、誰も来るはずのない実験室に響き渡り、システィーナは目前の男に凌辱され…………ることは無かった。

ガチャリ。

 

 

「あん?」

 

「え?」

 

 

二人の視線は、実験室の扉。

 

「あ」

 

そこに立つのは……

 

「邪魔したわ」

 

「助けなさいよ!」

 

 

この学院の非常勤講師である『グレン=レーダス』だった。

 

 

 

 

「はぁ」

 

溜息を一つ吐いて、強姦未遂を行っていた男にゆっくりと近づいていく。

ただし、ジンはお楽しみの最中に邪魔をされ、かなりの苛立ちがあり、今にでも有無を言わさずに魔術で殺したい衝動に駆られていた。

その事をいざ知らず、グレンは坦々と歩いていく。

 

 

「お前、いくら自分がモテないからって、それはだめだろ……?」

 

 

それに御説教染みた言葉を聞かされれば、ジンの沸点ははちきれる。

その事をいち早く感じ取ったのはシスティーナである。

 

 

「先生! 逃げて!」

 

 

「あ? 助けてって言ったり、逃げてって言ったり、どっちなんだよ……」

 

 

「いいから、早く! 先生じゃあ、此奴に……!」

 

 

「もう遅ぇー! 【ズドン】!」

 

 

そう、システィーナの忠告は遅かった。

後、数瞬。 数瞬だけで良かったのだ。

しかし、時は巻き戻らない。 幾ら後悔しても、後の祭りで取り返しがつくはずもない。

だから、システィーナは目を白黒させる。

 

 

ありえない現状を前に、一言も声が出ない。

それは、目の前に立つ非常勤講師も同じであった。

ただ、一緒にいた筈の男は壁に激突して気を失っている。

そこにあるのは窓を突き破った跡を示すガラスの破片。

壁を突き破った際に舞った砂埃。

そして……

 

 

「痛ぇ〜…… 流石に魔力を込めてたからって、只の拳で壁を突き破るのは無茶だったかもなぁ〜」

 

 

まるで場違い。

確かに、グレンもそれなりに場違いな発言をしていたことは認めていた。 幾ら、小者ぽい男とはいえ、テロリストはテロリスト。 警戒も固有魔術の起動も済ましていた。

だからこそ、あそこ迄マイペースになれたのだ。

だが、目前の男は違う。

なんの躊躇もなく、戸惑いもなく、弊害すらなく、容赦なく拳を奮っただけ。

 

 

(それだけ)決着(ケリ)がついた。 だけど、聞こえてきた声色は日常会話をする時のモノと同義か、それよりも穏やかなモノだった。

 

 

「お、フィーベルに、グレン先生か。 如何やら、二人共無事みたいだな? 良かった良かった…… そんで? ここに居るはずのテロリスト、は…………?」

 

 

土埃が収まって、視界に捉えたのは、見間違えるはずもない存在である。珍しい黒髪黒目。 身長は小柄で、線もそこそこ細い。 学生の中では珍しく魔術嫌いで、誰よりも面倒くさがりで、それでいて魔術に関しての知識はグレンと同等。

システィーナとは犬猿の仲である存在だ。

 

 

そして、その男は、目の前に視線を向ける。 そこにあるのは、壁際まで吹き飛び、頭を強く打ち付けた事による脳震盪で目を白くさせたテロリスト、ジンが其処に倒れ込んでいた。

 

 

「え? まさか、此奴……なの、か?」

 

 

ジンを指差し、たった一つの拳で壁を突き破ったクラスメイト『ケンヤ=サクライ』が刀を左の腰あたりに付けて佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ケンヤ=サクライの【投影魔術】

最後、雑だなぁ〜(^ν^)

感想や評価、よろしくお願いしやぁーす!!


「え? まさか、彼処で伸びてる変態が、襲ってきたやつの一人、なの、か?」

 

 

「え、えぇ。 そ、そうみたい……」

 

 

「いや、他に何に見えるんだよ。 つーか、今の魔術、何だよ!? マジで!」

 

 

俺が悪意ある気配を辿って駆けつけた場所は、薄暗い実験室だったのだが、先にいたグレン先生と、大変、青少年にとって目に毒なはだけ方をしているフィーベルが悪意の元凶と対峙していたらしい。

 

 

いや、フィーベルは強姦されそうになってたのかな?

まぁ、性格は兎も角、見掛けは上級だからな。 見掛けは、な!

 

 

「な、なんだか、とんでも無く失礼な事言われた気がするんだけど……(青筋)」

 

 

「ナンデモナイヨ?」

 

 

「何故、片言なんだ。 それに、疑問形を使う意味よ……」

 

 

グレン先生。 それは言わないお約束ですよ!

とまぁ、色々、会話してノホホンとしたいんですけど……ッ!

 

 

「……ーーーまぁ、そんなに甘くはないですよね」

 

 

俺の言葉でグレン先生は何かを察知したらしく、最大限の警戒を張り巡らせる。

同様に、俺も腰を落して刀をいつでも引き抜ける形に持っていく。

 

 

「話はクラスの奴らから聞きました。 兎に角、安全な場所に移動させたのでそこは安心してください。 あと、残った話は…… この事件が終わったら、でお願いしますね。 グレン()()()!」

 

 

「は!? ち、ちょっと待て……ッ! お前、今なんてーーーー」

 

先生の言葉は最後まで紡がれる事はなく、暗黒時代の異物と称される、【ボーン・ゴーレム】が複数体召喚された。

如何やら、かなりの数を召喚したらしい。 コレだけで、相手の魔力容量の高さが伺える。

 

 

「フィーベル! お前は、グレン先生に補助魔術を掛けろ! グレン先生は迫ってくる敵に対して、迎撃を! 俺は、其れをサポートします!」

 

 

「え、え!? ケンヤ!? ちょーーー!! あぁ、もう! 分かったわよ!! やればいいんでしょ!? やればぁ!!」

 

 

「おい! 白猫! 自暴自棄になんな! そんなことより、今は走るぞ! こんな狭い場所じゃ、やり辛いったらありゃしない! それと、ケンヤ! さっきの言葉は忘れんなよ!!」

 

 

「えぇ! 勿論……! 生きていたら、必ずお教えしますよ!」

 

 

そして、俺たちは廊下を駆ける。

 

 

 

 

 

 

「ーーーーウォォォオォォォー!!!」

 

 

左脚を思いっきり前に出し、振りかぶった右拳を腰の回転で前に突き出す! 少々、粗っぽい攻撃だが、この【ボーン・ゴーレム】の硬さの前だと、あれぐらい強引な攻撃が1番有効打になり得る。 先生の判断は正しい。 だけど……

 

 

「ち! 数が多すぎる!! おい! 白猫、もうちょい補助を頼めるか!?」

 

 

対して、フィーベルにも焦りが見られ始めた。

 

 

「くっ! ちょっと待って下さい! 今、周りのゴーレムを吹き飛ばすのに時間が取られてます! ッ! 『大いなる風よ』!」

 

 

舞台は移り変わり、広い通路に出たのは良いのだが、何せ追ってきていた【ボーン・ゴーレム】は圧倒的に数が多い。

背後から襲ってきたゴーレムを迎撃していたら、横から突然現れたりと、正直打つ手がない訳ではないが、その場合は少々、リスクが高すぎる。

 

 

だけど……

 

 

「クソッタレがぁっ! ウォォォオラァァァァア!」

 

 

「『大いなる風よ』……ッ! くっ! このままじゃ……!」

 

 

えぇい! 迷ってる場合かよ……っ!

二人が、あんなに頑張ってんのに俺だけが何もしねぇ訳にもいかねぇーだろ!!

 

 

「先生! フィーベル! ちと、下がってろ!」

 

 

「! わかった!」

 

 

「う、うんっ!」

 

 

2人は殆ど本能的に返答を返して、俺の背後へと隠れるようにして陣取り、後ろから襲い掛かる敵を相手にしてくれていた。

おぉ、それは助かる……!

 

 

と、そんな事を考えている余裕は、残念ながら存在しない。

 

 

刀を鞘に収めて、前方から襲いかかるゴーレムを一瞥する。

数は100程度。 広い通路とはいえ、よくもまぁ、こんな数のゴーレムが押し寄せて自由気ままに襲いかかって来れるものだと、敵ながら賞賛する。

其れに、どれだけカルシウムを取ったのか知らんが、かなり硬い。 めちゃくちゃ硬い。 最初に斬りつけた時に、斬り裂ききれない程だったので正直マジでビビったわ!

 

 

だから、其れを踏まえた上で、俺は固有魔術を使うーーーー!

 

 

「【投影、(トレース・)ーーーー

 

 

常に考えるのは、最強の自分。

ーーーーこの世で最硬の鉱石はなんだ? 最も切れ味を発揮するのは? 敵を一斉に屠れる形状は? 掃射する剣の数は? 俺の魔術特性との相性は?

 

 

脳裏に浮かべるは、無数の魔術行使を表す魔術回路。

二十七程の回路に魔力を流し込み、幻影に己が『理想』を結び付ける。

 

 

思い浮かべるのは、常に最強の自分……

 

 

この固有魔術を覚えた際に、聞こえてきた声だ。

だが、今はそんな事を考えている場合ではない。

敵勢力を一斉に削ぐために、魔術回路に魔力を前回で注ぎ込む!

 

 

そして、無数の剣を創造した俺は、其れを幻想に結びつけた!

 

 

開始(オン)】ーーッ!!」

 

 

「「なっ!?」」

 

 

2人の驚愕した声が後ろから聞こえてきたが、今はそんな事にかまけている余裕は生憎ない。

だから、その返礼は……!

 

 

「ーーーー俺の総てで返させてもらう……ッ!!」

 

 

現れたのは、無数の真銀で製鐵された長剣。

数は200。

前や後ろにも存在する敵に向けて照準を合わせた雷撃系統の攻呪性魔術をエンチャントしている。

 

 

あぁ、よく出来たもんだと、自分で自分を褒めてやる!

口角を釣り上げて、右手を下ろす!

 

 

「【一斉掃射(ソードバレット・フルオープン)】ッ!」

 

 

「「「「「apjdvgjravdpatlふじ子…………ッッッ!!!!」」」」」

 

 

一斉に解き放たれた浮遊剣は見事に全弾的中し、軽い爆発音と猛る紫雷光が荒れ狂う!

そして、光が収まり、視界が徐々に回復する。

瞼を開けて、辺りを確認すると……

 

 

「ふぅ〜。 上手く、いったな?」

 

 

ぽつりと安堵の声を呟き、少しボロボロになった通路を眺めて安息する。

状況は一変した。

大量に湧いていた【ボーン・ゴーレム】は殲滅され、残されたのは俺とフィーベル、それにグレン先生だけだ。

後は、外形の一つも残さない見事な木っ端微塵で吹き飛んだ。

 

 

「「…………」」

 

 

「ん? 二人とも、どうかしたのか?」

 

 

唖然とした様子を見せる二人を尻目に、一応の警戒は解き、話しかけた。

 

 

「……いや、すまん。あまりの事態に頭と心がついて行ってないだけだ。 それにしたって、お前の固有魔術は明らかに常軌を逸してるだろ!」

 

 

「え? そうですかね? 単に、見てことのある真銀を用いた長剣を無数に投影して、それらを一斉掃射しただけですよ?」

 

 

「『一斉掃射しただけですよ?』じゃない。 そんな芸当が出来る時点で、魔力操作は学生の域を超えてるし、固有魔術自体が一節で完結してる時点で略式詠唱のセンスとかそこら辺の魔術師より群を抜いてるぞ! それに、アレだけの剣を投影してみろ! 普通なら、マナ欠乏症になってたっておかしーーーー」

 

 

「ーーまぁまぁ、落ち着きましょうよ…… それについても、後でちゃんと説明しますから。 今はそれよりも、その腕輪の通話に出たほうが良いのでは?」

 

 

俺が先生の右腕を指ししめすと、赤く光っている事がわかる。

それに気がついたグレン先生は、慌てて手袋をズラして、何かのスイッチを押し、腕輪型の受信機を繋いだ。

 

 

「ち! 後でキッカリと話してもらうからなっ!」

 

 

「へいへーい……」

 

 

とりあえず、受信機に出る前に、そんな事を言われたので生返事を返しておいた。

その際、二人からは若干冷えた目が飛んで来たが、キニシナイ、キニシナイ……

 

 

そして、受信機から聞こえてきた声は……

 

 

『どうした? グレン?』

 

 

ーーーー我らが、師匠の『セリカ=アルフォネア』、その人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーー成る程な、帝国有史以来の外道魔術師テロリスト共か。 ふむ…… 確かに、それは緊急事態だな。 如何やら、私が学会に出席する事を見越して、奇襲を仕掛けてきたようだな』

 

 

「あぁ! そして、その事を知ってるのも内部の者だけだ! つまり、裏切り者が学院内にいるって事だ! だから、今すぐに、学院の講師をしらみ潰しに調べてくれ、そうすれば、後は宮廷魔導師団に…………!」

 

 

『それは無理だ。 今の私は、一介の講師でしかない。 そんな権限は持ち合わせていないよ。 それと、戻って来いという要望も、今回ばかりは無理だ。 なにせ、ここまで用意周到に奇襲を仕掛けてきている相手だ。 転送方陣なんて既に壊されているだろう? だから、ちょっとは落ち着け。 グレン。 お前が冷静じゃなくなってどうするんだ?』

 

 

「なっ!? あぁ、そうだな。 スマン、助かった……」

 

 

『ふふ。 気にするな。 それに、ケンヤもその場にいるのだろう?』

 

 

「ん? あぁ、いるにはいるが……てか、お前がケンヤの事を知っているなんて初耳だか……」

 

 

『ん? あぁ、そういえば、お前には言ってなかったな? ま、その辺も追々話してやるが、其奴は、中々に腕が立つぞ? そうだなぁ〜。 私の()()を耐え凌ぐ事が出来るほどの実力だな』

 

 

「な!? それ! 平然と言ってるけど、シャレに何ねぇーぞ!! そんな怪物、今迄聞いたことねぇーぞ!!」

 

 

『あぁ、だから、その辺も教えてやるよ。 だからグレン……それに、ケンヤにも伝えておけ……死ぬなよ』

 

 

「ったりめぇーだ! なんだかんだで、振り回すことばっかりの謎を増やしやがって!! コッチは手の平で簡単に転がってやるほど甘くはねぇーぞ!!」

 

 

そうして、グレンは一人でに覚悟を決めて、先へ突き進むことにした。



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【復元する世界】で回復って軽くチートだよね!?

なんか、日に日に下手くそになっていく気がする……(;_;)

感想や評価をよろしくお願いします!


「『阻め拒めよ・嵐の壁よ・その価値に大いなる安らぎを』!」

 

 

瞬間、学院の通路に突風が吹き荒れた。

 

 

「「「「jpdjtdumpdtmgdtmpd……?!」」」」

 

 

その風に戸惑いを覚え、直進することがままならない再度召喚された【ボーン・ゴーレム】。

 

 

【ゲイル・ブロウ】……元々、フィーベルが得意としていた魔術だ。 ただし、通常時の【ゲイル・ブロウ】はこの様にして、長く広範囲にわたって持続できるような代物ではない。 そう、彼女は即興で改変して見せたのだ。

 

 

「よし! よくやった白猫!」

 

 

「でも、ダメ…… 完全に動きは封じられません!」

 

 

「大丈夫だ、フィーベル! 彼奴らの動きが鈍っている今なら、もう一回、【投影】で……」

 

 

俺が固有魔術を発動しようと、一歩前に出ようとすると、先生が手で制してきた。

 

 

「? せ、んせい? 何故止めるんですか?! ここは、俺の固有魔術で……」

 

 

しかし、先生は首を横に振りながら、口角を吊り上げた。

 

 

「いや、お前は充分にやってくれた。 というか、ここまで生徒にされちゃあ、立つ瀬がねぇーよ。 だから、こいつら如きは俺が何とかする。 白猫、続けてくれ……」

 

 

先生はそう言って、俺の代わりに一歩前に出る。

そして、ポケットから緋石を取り出し、両手を前に掲げた。

 

 

「『我は神を斬獲せし者・我は始原の祖と終を知る者・其は摂理の円環へと帰還せよ・五素より成りし物は五素に・象と理を紡ぐ縁は乖離すべし・いざ森羅の万象は須く此処に散滅せよ・遥かな虚無の果てに』ーーーえぇい! ぶっ飛べ! 有象無象! 黒魔改【イクスティンション・レイ】!」

 

 

先生の前で組み込まれた術陣が高速回転を開始し、極光と共に前方にいた、凡そ数百もの【ボーン・ゴーレム】を呑み込んだ。

 

 

「グゥッ!」

 

 

激しい爆音と風圧が押し寄せ、歯を食い縛ることで、何とかその場に踏み止まることが出来た。

フィーベルは【ゲイル・ブロウ】を持続していたおかげか、あまり人的被害は無かった。

 

 

今のは……?!

 

 

「凄い…… あんな高等呪文が使えるなんて……」

 

 

フィーベルは感嘆の声を出して、軽い羨望の眼差しを先生に向けていた。

黒魔改【イクスティンション・レイ】、だと? まさか、師匠が編み出した、比較的に固有魔術に近いと言われる最強の攻呪性魔術を使えたのか?!

確かに、グレン先生は俺よりも前から師匠に師事されていたらしいが、此処までの大魔術を魔鉱石を触媒としていたとしても、相当な魔力が消費されるはずだ。

それを凡人が放つと、どうなるか……

 

 

「……ぁ」

 

「「ッ!! せ、先生ッ!」」

 

 

! やっぱり、言わんこっちゃない!!

顔が蒼白く、全身に血が回っていない状態。

更には、気管内から溢れ出た血液が口から出てくる。

ーーーーマナ欠乏症。

それは、個人差の大きい魔力容量を上回るだけの魔術を使用した時に起きる発作で、魔術師にとっては切っても切れない縁である。

症状としては、寒気や器官へのダメージが主にあり、簡単に生命力を脅かすものでもある。

 

 

「ぐ、ぁーー…… はぁ、はぁ……ま、部不相応な魔術をぶっ放せば、嫌でもこうなるわ、な」

 

 

自嘲気味な笑みを俺らに向けて、大丈夫だと見栄を張った。

身体は既に麻痺しているであろうにも関わらず、無理に酷使して、立ち上がる。

そして、再び真剣な顔をして俺たちに指示を飛ばす……

 

 

「今すぐ、ここを離れるぞ! 早く何処かにーーーー」

 

 

「……先生、そんなこと言ってる場合じゃないですよ。 面倒な奴が来てますね」

 

 

俺は二人を庇う形で立ち上がり、鞘に入れた刀を抜き放ち、正眼で構える。

目前から感じる圧力。 そして、魔導器であろう黄金色に浮遊剣。 近づいてくる脅威な足音。

 

 

「ーーあぁ、そんな甘い相手じゃないよな……此奴らは」

 

 

先生の言葉にフィーベルもゆっくりと顔を足音の方へ向けた。

 

 

「まさか【イクスティンション・レイ】まで使えるとは……只の三流魔術師と聞いていたが、評価を改める必要がありそうだ…… そこの“刀使い”を含めてな」

 

 

まるで見下すように告げた男。 頬に剣劇で付いたであろう傷跡。 数え切れないほどの殺人を躊躇いもなく行ってきたと告げる眼。 常人では考えられない胆力を備えた相手が魔導具を既に起動した状態で現れたのだ。

 

 

 

 

「……もう、剣が浮いてるってだけでも嫌な予感しかしないのにーーーー」

 

 

「二人とも殺られるとは、誤算だった」

 

 

「ザケンナ…… 一人を殺したのは………… いや、俺じゃないけども、なんかスマン」

 

 

「おい講師! そこは生徒を庇うぐらいの気概を見せろよ!」

 

 

「いや、お前。 あの状態で擁護できる程、俺は寛容な講師じゃないぞ。 なにせ、非常勤だからな!」

 

 

ムカつくゥゥゥゥゥゥゥウ!!

あの腹立つ顔を向けられた俺は、軽く地団駄を踏むものの、警戒心は一向にあの剣から離さない。

 

 

「いいから! 二人とも、もっと真剣に考えて!」

 

 

勿論、調子に乗った俺とグレン先生はフィーベルから軽いお説教が飛んできた。

その中、テロリストのヤバい男が、一歩近づいてきた。

 

 

「どうした? 魔術師に刀使い。 来ないのか? 貴様の【愚者の世界】と、刀使いの【投影魔術】の事は理解している。 魔術の起源を抑えるだけのモノなら発動した状態なら関係なく、投影するまでに数秒を有するのなら、この高速の斬撃は防げまい!」

 

 

そうして、五本の浮遊した剣が一斉に襲いかかる。

直撃するのに、1秒と満たない五閃が見事に人体の急所を的確に捉えている!

 

 

……あぁ、そうだ。 それは『ケンヤ=サクライ』の【投影】では間に合わない。 今の俺に、それだけの魔術技能は無い。

 

 

悲愴な顔を浮かべて俯向くフィーベル。

全力で最善策を練ろうと顔を顰めるグレン先生。

勝ち誇った顔を浮かべるテロリスト。

 

 

三者三様の様子を走馬灯の如く横見して、握り締めている柄に力を込める。

“氣功”で浮遊剣の動きを予測し、それに這わせる形で高速の剣戟を撃ち込む!

 

 

「ーーーハァァァァッ!!」

 

右脚で踏み込み、上段に構えた刀を縦に振り下ろす!

今は、俺しか使う事のできない剣術。 極東にて生まれた最強の派生剣術。 弱きを助け、強気を挫く活人剣。

其れを、師匠との修行で殺人剣へと昇華させたモノ!

 

 

一閃のとうじんは、無限の剣楼!

原初は終。 終は原初。

始まりの桜木で、終の太刀を編む!

 

 

「ーー『桜井一刀流 (うい)の太刀 【桜花爛漫】』……………ッ!!!」

 

 

カチリと、鞘に刀を納めると、驚異的に降りかかってきた五本の浮遊剣は見間違えることなく、砕け散った。

 

 

「……何ッ!?!?」

 

 

ありえない筈の状況で動揺を隠しきれないテロリストの男は、気を取られ、魔術の起動が一瞬だけ忘却していた。

だが、気付いたところで遅い!

 

 

「! 『愚者のアルカナ』!? しまっーーーー!」

 

 

「オセェェェェェェェ!!」

 

 

先生は掛け声と共に、駆け抜け、相手の左顔を思いっきり殴りつけた。

ドグシャ……ッ! と何とも生々しく痛々しい音が響き、そのまま男は壁に叩きつけられた。

しかし、男は最後の最後に、先生に向けて置き土産のナイフを投擲し、見事に肩へ突き刺さった。

 

 

「ぐっ!!」

 

 

「がはっーーー!!」

 

 

男は血反吐を吐き、そのまま倒れるようにして気を失う寸前に呟いた。

 

 

「そ、うか…… お前が、あの、有名な…… コードネームは…………」

 

 

そのまま、男はこと切れた。

 

 

「ち! 胸糞ワリィ事を思い出させてんじゃねぇよ……」

 

 

軽く舌打ちした先生は、一瞬だけ影を落とした顔を浮かべたが、直ぐに通常の表情になり、こちらに寄ってきたのだった。

 

 

「ふぅ、何とかなったか。 七割ぐらいダメだと思ったけどな…… ケンヤ、お前さっきの技……ぐっ!!」

 

 

「せ、先生ッ!!」

 

 

「クソが! こんな時に……ッ!!」

 

 

苦しそうな先生を介抱するように、フィーベルが先生に白魔【ライフ・アップ】を掛ける。

正直、先生はマナ欠乏症で倒れる寸前だが、それ以外にも【ボーン・ゴーレム】から受けた細かい傷や、少し大きめの切傷が所々で目立ち、更には投擲によるナイフが突き刺さり、血液不足を加速させた。

だから、フィーベルの魔術で自己回復速度を比較的に早めるのは間違いではないし、寧ろ正解だ。

だけど、そのペースだと間に合うものも間に合わない。

何せ、フィーベルは白魔が苦手だ。 優秀で学年成績を保持する彼女でも、苦手なものはある。 それが白魔【ライフ・アップ】だ。

普段なら魔術を一節詠唱する事が多い彼女だが、【ライフ・アップ】では、教科書通りの三節でしか発動しないのだ。

それ故か、扱いは酷く、通常の1.5倍程度しか速度が上がっていない。

 

 

「もう、どうすればいいの……ッ!」

 

ほとんど泣き崩れた顔を浮かべた、フィーベルの肩に手を添える。

仕方ねぇーよな。 これは、俺がやるべき事だ。 その為に、俺はこの能力を身につけたのだから。

 

 

「大丈夫だ。 フィーベル。 後は任せろ!」

 

 

そして、俺は瀕死の状態の先生に向けて右手をかざす。

 

 

「な、何を……!?」

 

 

「あぁ、今から先生の体を、()()だけだ!」

 

 

深層心理に入り込む。

己にできるのは剣を作るだけじゃない。

俺の魔術特性は“概念の創造/回顧”だ。

だから、俺の固有魔術は【投影】だけではない。

 

 

「【復元する世界(ダ・カーポ)】……ッ!!」

 

 

俺の詠唱と同時に、蒼き術陣が現れ、蒼光が先生の身体を包み込む。

これが、俺のもう一つの固有魔術・【復元する世界(ダ・カーポ)】だ。

対象の24時間前まで巻き戻すことが可能な魔術。

それは、体についた傷も去ることながら、用途次第によっては、軽い転移も可能な優れ魔術だ。 ただし、此れには魔力の帰結というのは含まれておらず、体内に宿った魔力まで巻き戻ることはできない。 ゆえに、体に付いた傷を消すこと以外に使う用途が少ない魔術なのだ。

 

 

数秒間ほど、魔力を流し込み続けていると、先程まで粗かった先生の呼吸が安定してきた。

その事に安堵を覚えたのか、フィーベルはその場で気を失い、残った俺は、できるだけ辺りの警戒に当たることにしたのだった。

 

 

 

 



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これが互いの存在を賭けた戦いだってんなら―――最後は、拳で決着をつけるのが男ってモンだろ 前編

最後、雑です( ;´Д`)
ネーミングセンスねぇーな!! (笑)
あ、勿論、僕が無いんですよ!!

感想や評価をお待ちしてイマァス!!


『ーーーそうか、グレンもお前も無事なんだな?』

 

 

「あぁ、其れなりにマナを消費したが、依然としてマナ欠乏症になる気配はねぇーし、俺は特段問題ないな。 グレン先生も俺の固有魔術で大きな怪我は治ってるし、後はマナ欠乏症をどうするかなだけど、な」

 

 

俺は、未だ目を覚まさないグレン先生とフィーベルを横目で見る。

大分マナを消費したのだろう。 フィーベルもマナ欠乏症の前兆である、特有の肌の冷たさがあり、そのせいで眠りこけている。

グレン先生は、その症状を重症化させた物なので、中々目を覚まさなくて当然といえば当然だ。

 

 

『まぁ、とにかく分かった。 お前たちが無事で何よりだ。 それで、ティンジェルを連れて行った場所はわかったのか?』

 

 

あぁ、そういえばそうだった……

そうだ、今回はルミア=ティンジェルの誘拐を目的としたテロという事が頭から抜け落ちていた。

朝の奇襲時、あの時のチャラ男をボコって情報を吐かせたところ、如何やらルミア=ティンジェル……いや、病死と言われていたエルミアナ元第二王女の誘拐が真の目的らしい。

『感応増幅者』……所謂、異能力者と呼ばれる、摩訶不思議な能力を保有する類で、人々から嫌悪されていた。

それが外部から伝われば、王室の箔は地に堕ちる。 そこで、『感応増幅者』のエルミアナを病死ということにして、追外したのだ。

そして、『天の知慧研究会』は『第2団』〈地位〉クラスのテロリストを使って、有効活用できる彼女の捕縛を開始したという訳だ。

 

 

「……まぁ、大体の見当は付いている。レイクって野郎をぶっ潰した後に、“氣功”を使って、ティンジェルの気配を掴んでおいたからな。 ただーーー」

 

 

俺は、この先を言うのを渋る。

いや。 というより、俺自身、何故あんなところに連れていく必要があるのかさっぱりわからん。

 

 

『ん? どうした、ケンヤ……』

 

 

「いや…… なぁ、師匠。 転送方陣は大方の予想通り、ぶっ壊されてんだよな?」

 

 

俺が、師匠にさも当然の事を尋ねる。

分かっている。 流石にテロリストとはいえ、かなり場慣れしている相手なのだ。 ぶっ壊しているに決まっている……だけど……

 

 

『? あぁ、此方から其方には行けないから、恐らくその筈だが…… 何故そんなことを聞く?』

 

 

「……もしかして、転送方陣の行き先を書き換えた?」

 

 

いや、待て……ーーー?! 幾ら何でも、それはどんなに優秀な魔術師でも半日は…………ッ!!

 

 

「な、なぁ? 師匠。 グレン先生と連絡を取り合ってた時間って、どれくらい前だ?」

 

 

『…………っ! そういうことか!! ちょうど、半日だ!!』

 

 

ちっ! 嫌な予感ってのは当たるもんだなッ!!

こうなっては二人を置いていくしか無さそうだ!

時間が無さすぎる!!

 

 

「クソがッ!! 師匠! 俺はあの馬鹿でかい塔に向かう! 」

 

 

『あぁ! わかった! 気をつけろよ!』

 

そう言って、受信機の電源を切り、俺は二人をもう一度見てから、通路を突っ走る事にした。

 

 

 

 

 

「どうして……どうして、貴方が……ッ!?」

 

 

ルミアは悲しい顔を浮かべて、涙を目頭に貯めた。

それは、信じられない人物が、絶対的悪に加担していたことに対するモノ。

ルミアは普段から暖かみのある笑みを絶やさない女の子として、周りからは慈愛の大天使などと呼ばれているが、その実、元第2王女という素性を持つ。 そのお陰か、いつ殺されてもおかしくはないと、見栄を切り、自身の命を二の次に考えている節がある。 そのせいでまわりとは一線を画すような胆力を矜っていた。

しかし、それでも十代の女の子。 信頼していた人物に裏切られたとあっては、平常心で居られるはずもない。

 

 

「すみません。 ルミアさん……私は、ありえないかもしれない事を対処するためだけに生み出された人間爆弾です。 貴女を無事に転送し終えたなら、どうぞ憎んでください」

 

 

そう、犯人……黒幕は、グレンがやってくる前までの2組の担当講師……ヒューイ、その人であった。

彼は、眉を潜め、僅かながらに辛そうな顔を浮かべていた。

その事から、彼がこの事に本心から望んで行っている訳でない事が明白だった。

そんな人物を恨めなど、大天使の異名を持つルミアにとって出来るはずもない事で、後は爆発した際に級友たちが無事である事を祈ることしかない。

先生やシスティーナが助けてくれるという淡い期待は、持たない。 なにせ、時間が無い。

黒魔【サクリファイズ】……五層に別れた起爆式の術式。

これは、転送方陣の書き換えが終わると同時に、起動し、ここら一帯を消し飛ばす時限爆弾である。

 

 

そして、五層に別れた此れは、一つ一つがかなり入り混じった術式のため、一流の魔術師も、一層を解除するのに、1分はかかる。 今から始めたとしても、書き換えの終わる3分後には間に合わない。

つまり、完璧なチェックメイトである。

さらには、塔の前には大量の【ボーン・ゴーレム】を召喚し、中には第五階梯クラスの怪物もいる。

天部盤石の構えだ。 この砦を超えなければそもそも解呪など以ての外なのだ。

 

 

だから、だからこそ……

 

 

ズドォォオォオォォォォォォオ…………ッッッ!!!!!!

 

 

「キャァァァァ……ッ!!」

 

「ッッーー?!」

 

 

激しい轟音と共に起こる大きな振動。

塔自体が左右に揺さぶられる感覚が浮遊感を誘う。

外界のマナが猛り、世界そのものに影響を及ぼした。

空間に亀裂がはいるかと錯覚するほどの魔力の膨張が空間そのものを捻じ曲げる。

そして、外の気配。 これに、ヒューイは驚きを禁じることはできない。

 

 

(なっ……!?)

 

 

召喚したはずの【ボーン・ゴーレム】の軍隊が壊滅。 第五階梯クラスのモノまで木っ端微塵に破壊され、酷いものにいたっては骨の材質すら残っていなかった。

 

 

コツン、コツン……

 

 

「「……ッ!?」」

 

 

聞こえる。 足音が、聞こえる……

 

 

コツン、コツン……

 

 

ゆっくりと、だが確実に一歩一歩、階段を登る音が近づいてくる。

 

 

コツン、コツン……

 

 

圧倒的な魔力容量を持ち、たった一撃で世界の空間さえ捻じ曲げる怪物が段々と近づいてくる。

先程から、脂汗と悪寒が収まらない。

 

 

コツン、コツン……

 

 

恐怖で気が遠くなる。 時はそれほど経っていない。 まだ数秒程。 しかし、永遠と感じられるほど、ヒューイやルミアには緊張感が漂っていたのだ。

 

 

そして、遂に……

 

 

バンッ!!

 

 

「おっす!ーーウチの大天使様を連れ帰りに来ました!!」

 

 

扉を蹴破り、そこにいた小柄な黒髪黒目の少年が場違いにも陽気に登場したのだった。

 

 

 

時は巻き戻り、塔の目の前。

 

 

「ーー糞がよォォォォオ!! 多過ぎだろッ!? フザケンナヨマジで!! あぁ、もういいよ!! テメェ等、纏めてぶっ飛ばしてやんよ!!」

 

 

ケンヤが塔に駆けつけると、其処は軽く軍事施設と伺えるような配置で【ボーン・ゴーレム】が陣取り、中には第五階梯クラスの怪物が混じっていた。

 

 

そこを頭を使って通り抜けようと考えたのだが、あまりにも時間が無いため、正面突破を試みたのだが、結果として数が多すぎる。

 

 

此方は一人に対して、向こうは数百の軍勢。

更には、先程のモノよりも断然的にレベルが高い。

練度は勿論、硬度や速度、将又、連携までもが段違いで強い。 そこに、怪物並みの強さを持つモノがいるとなれば、幾らセリカと云えども一人では至極難易度が高い。 勿論、乗り越えようと思えば出来るが…………

 

 

ここで、ケンヤは苛立ちに苛立ちを重ね、かなりのフラストレーションを溜めていた。

積もりに積もった怒りの末、彼はいよいよ冷静な判断が伴わ無くなった。

その為、彼が取った手段に、誰もが困惑した。

まぁ、彼以外に理性や知性を持った生物がこの場ではいないのだが……

 

 

「ハァァァァァァァ…………!」

 

 

無詠唱で、大きな壁となる剣を【投影】し、目を閉じて瞑想で集中力と精神力を統一させ始めた。

右拳は固めて、体内のマナの流れを一点に込め始めた。

 

 

「jdttmjpnkdt……ッ!」

 

 

ゴーレムは好機と見るや、一斉にケンヤを囲う剣への総攻撃を始めた。

だが、ケンヤが作り出した剣は真銀をベースにした硬度の高い大剣だ。 そう易々と壊れない。

それでもジリ貧。 このままだと、袋叩きに合うだけ。

 

 

「さて。テメェ等……覚悟は出来てんだろうな!」

 

 

蒼い魔力の奔流がケンヤを中心に渦巻き、世界そのものに干渉する。

常軌を逸した魔力に気がついたゴーレム達は一瞬にして動きが鈍る。

それが悪手となる事も知らずに……!

 

 

「行くぜ! カルシウム共……ッ!!」

 

 

蒼く眩く輝く右拳が唸りを上げて放たれる!

世界を呑み込まんとする天空の神狼が咆哮の雄叫びを解き放つ!!

 

 

「啖えっ!! 【神討つ拳狼の蒼槍(フェンリスヴォルフ)】ッッッ!!!」

 

 

穿つは大地。 呑み込まれし敵は消し飛ぶ。

直進するだけの蒼い魔力光は、されど止まることを知らず、あたり一帯を消しとばし続ける。

破壊の協奏曲が奏でられていくように、世界が激震する!

それこそ、正に神話の体現!

神蒼狼が牙を剥き、空間を呑み込んで行く。

 

 

そして、跡形も無く消し飛んだ大地に、ただ一人佇むは、絶対的強者。

魔術師? 彼はそんな域に当てはまらない。

刀術師? バカを言うな。 只の剣術バカがこれ程の大魔術を放てるものか……

 

 

では、彼は一体何者なのか……ーーー

 

 

獣のような直感的な行動力。 時に理知的に動く策略家。

爆発的な魔力容量に加え、単独で一国の軍と渡り合えるだけの戦闘能力。

これを持って、人々は尊敬し、同時に畏怖して、こう呼んだ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒蒼狼(フェンリル)】……と。

 



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これが互いの存在を賭けた戦いだってんなら―――最後は、拳で決着をつけるのが男ってモンだろ 後編

アニメで言うところの、3話まで終わったよ(^。^)
とりあえず、主人公のパワーバランスがイかれてる気がするけど、気にしないでね?


感想や評価をお待ちしていマァース!!


「おっす!ーーウチの大天使様を連れ帰りに来ました!!」

 

 

とりあえず、ご挨拶代わりに扉を蹴り破ったけど、今度は瞬殺じゃないよな? 一応、気配を探ってから飛ばしたから大丈夫の筈だ! うん……きっと、大丈夫……!

 

 

「……ケ、ケンヤ、君?」

 

 

「ん? おぉ、ティンジェル! 無事……ではねぇーか。ーーどういう事か説明してくれるんすよね? ヒューイ先生……」

 

 

「まさか君が出てくるとは思っていませんでしたね。 特に君は、魔術が嫌いで、人に無頓着な方と思っていましたが、級友の為ならば無茶苦茶な事を出来たのですね」

 

 

講師として嬉しく思います。 と言って微笑みかけてきたのは、前任校師のヒューイ先生だった。

今迄襲ってきたテロリストと同様に、黒い外套を羽織り、同等の威圧感を持っている。

 

 

「あぁ。 ま、なんだかんだで居心地がいい場所だしな。 それに、あんたもこんな事は望んじゃいないだろ? あと、此れは俺の“決断”だ! 温厚な生徒で有名な俺だが、あんた達テロリストが俺の【平穏】な生活を邪魔するなら……」

 

 

殺意を以って、刺し殺さんと刀を引き抜き、剣鋒を眼前に突きつけた。

ピクリと眉が動き、それでも静かに俺を見据える。

 

 

「……俺はあんた達をぶっ潰すッッ!!」

 

 

俺の決断を纏った刀身は、緋黒く煌びやかに光沢を放つ。

無数の血肉を斬り裂き、幾度と無く命の灯火を消し去った【魔剣】が俺の意志に同調するように点滅する。

本来は、桜色に光り輝く【聖剣】だったが、人を斬り歩んでいる内に緋くなっていき、遂に【魔剣】と成った。

【聖剣】としての能力(チカラ)は失ったものの、【魔剣】としての新たな能力(チカラ)があるので、善し悪しは分からない。 性能としては五分だろう。

 

 

「とりあえず、あんたは投降してもいいぜ。 元担任講師って言うことで一発殴れば其れで終わりにしておいてやる。 どうせ、俺たちのか「僕の勝ち、ですね」 あのさ、人の話聞いてた? 状況を垣間見ろよ。 あんたの何処に勝つ根拠が見当たるっていうんだ? まさか、またゴーレムでも呼ぶのか?」

 

 

「いいえ、その程度の雑兵では、貴方の相手が務まらない事ぐらいは、さっきの魔術で理解していますから。 ですから、此方にも他の手段を忍ばせていただきました。 【サクリファイズ】、始動してください!」

 

 

「っ!? ()()()()()()()()! 来る時に発動する人間爆弾……! 糞が! 其処まで腐ってやがるのか!?」

 

 

いかん! その前に、ティンジェルだけでも【復元する世界(ダ・カーポ)】でーーーー

 

 

「無駄ですよ。 【サクリファイズ】は既に起動済み。 それによって、五層の結界が貼られ、ルミアさんに魔術が掛けられないようにしていますからね。 そして、こうしている間にも発動まで残り一分です。そうすれば、学院諸共、僕も爆散します。 つまり……」

 

 

俺たちの、負け…………

 

 

「ケンヤ君! 逃げてッ! せめて、貴方だけでもーーーー!」

 

 

……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………負けた?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いや、やっぱり俺の勝ちだね。 ヒューイ先生」

 

 

 

「な…………ッ!?」

 

 

 

「ウォォォォォォォオォォォ……ーーーーーッッ!!」

 

 

俺は、【魔剣】の剣鋒を術陣に突き立てて、魔力を全開で流し込み、詠唱を開始する!

 

 

「ーー『我は死の根源を司る者・汝は終なる原初へ回帰する者・死相の刻印を汝の胸に刻み込み・汝を煉獄へ誘わん・なれば・我は汝と共に獄焔なる魔神と生まれ変わりて・契りを交わす』!!」

 

 

 

浮かぶのは、死が蔓延する獄焔の丘。 死に際に立たされた青年が最後の最後で足掻く事を選択し、死神と契約した運命の場所。

破壊と殲滅を繰り返す光景が、今でも脳裏に染み付いて離れない。

 

 

だけど……

 

 

(今は、それで良い。 それで良いんだ!)

 

 

そう、それで良い。 魔力の質が変わろうと、風貌が変わろうと、人としての感情を一時的に失ったとしても、俺は俺であり続ける限り、なくなったりはしないッ!!

だから、迷うなッ! 決断しただろう!! 俺は…………ッ!!

 

 

「俺の、級友に手を出してんじゃ、ねぇぇぇえぇぇえぇぇ…………ーーーーッッッッ!!!」

 

 

ーーーー告げよ! その真名をッ! 汝の価値を我に見せつけせろ!!

 

 

ウッセェーッ!! テメェは、俺に使われときゃあいいんだよォォォォオッ!!

 

 

 

「焦がし尽くせッッ!! 【焔之迦具土神(ヒノカミ・カグツチ)】ッッッッーーーーーー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……炎の…………いえ、神焔の牢獄、ですか。 よもやこれ程とは…… なんて、なんて神々しい獄焔…………」

 

 

ヒューイは目前の光景に魅入られていた。

緋く猛る神焔が、空間そのものを支配し、塔全体に熱が孕む。 ただし、熱くはない。 熱くはないが、熱を感じるという矛盾の中でも何一つとして不快感を覚えない摩訶不思議な感覚を覚えているのだ。

そして、その獄焔はルミアを取り巻く魔術陣を焼き払うようにして囲い込み、一斉に燃え盛る。

 

 

それを執りおこなうのは、ただ一人の少年……いや、既に魔神と言っても過言ではない人物だ。

 

 

『…………』

 

 

ケンヤ=サクライ。

漆黒の髪が、まるで烈火の如く緋く染まっており、その美しくも感じていた黒眼すらも血濡れた様に赤黒く変わっていた。

濁りなき眼だが、光が消えている。

其処に自我を感じない虚無なる存在と化したように、化物はただ司令された通りの事を遣り遂げる。

無言を貫き、意志を感じない姿にルミアとヒューイは畏怖し、同時に感慨深く感じる。

 

 

絶対に近付いては行けないと知りつつも、魔術師としての本能が、道への好奇心を刈り立たせる。

そこにあるのは、紛れもない人の到達地点たる存在だ。

手を伸ばせば届く距離に、それはある。

 

 

だが、ヒューイの願いは届かない。

何故なら……

 

 

パリンッ!!

 

 

「…………まさか、この状況から逆転されるとは……私は貴方という存在を侮りすぎたようですね。 ケンヤ=サクライ君」

 

 

最後の層までもが、只、神焔を操るだけで破壊され、圧倒的な実力差を知らしめられた。

そして、紅く染まった髪と眼を此方に向けて、無表情のまま呟いた。

 

 

『……これで、俺の勝ちだ』

 

 

 

 

 

 

「えぇ、僕の負け、ですね」

 

 

ヒューイ先生は何処か和らげな苦笑を漏らして、そう呟いた。

俺は、魔力を霧散させ、【火之迦具土神】の起動を抑えて向かい合った。

 

 

「あぁ、そして俺の勝ちだ。 ヒューイ先生……あんたは、いい先生で、其れでいて誰よりも優しかった。 だけど、これはダメだ。 こんなモノじゃあ、俺やグレン先生は止められない」

 

 

 

「……えぇ、そのようですね」

 

 

 

「そうだ。 あんたがいくら策を練ろうとも、幾ら非道な選択をした所で、中途半端なあんたの策が俺たちに通用することなんてない。 だからーーーー!」

 

 

俺は歯を食いしばって、拳を構えて心の底から吐き出た言葉を叫び出す!

 

 

「これが互いの存在を賭けた戦いだってんなら―――最後は、(こいつ)で決着をつけるのが男ってモンだろッ!! 歯ぁ、食い縛れッ!! ヒューイッッ!!」

 

 

そして、俺は力一杯握りしめた右拳をヒューイ先生へ向けて、全力で振り下ろした…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、アルザーノ帝国魔術学院テロ襲撃事件は幕を降ろすこととなった。

 

 

この一件後、主に事件解決に向けて動いた、俺、グレン先生、フィーベルの三人はセリカ師匠と学院長に呼び出され、ルミア・ティンジェルの素性と経歴を聞かされ、俺以外の二人は驚愕した。

だが、それでもフィーベルはティンジェルの正体を知っても変わらずに親友以上の関係を続けており、ティンジェルは迚も嬉しそうに微笑んでいた。

 

 

さらに、一ヶ月だけの臨時であった筈のグレン先生は、そのまま正規の手続きで引き続き講師を引き受けることになり、何も変わらない日々が戻ってきたのだ。

 

 

俺は俺で、あの事件の後、【焔之迦具土神】の影響で、全身の筋肉痛と軽いマナ欠乏症で3日ほど身動きが取れずにいたが、現在では何不自由なく平穏な毎日を送る事が出来ていた。

 

 

 

 

「ーーーーそれにしたって、ティンジェルが、本当にあのエルミアナ第二皇女だとは……まったく、世間は広いのか、狭いのやら」

 

 

風に吹かれるテラスで青空を見上げながら独り言を呟いた。

気持ちのいい快晴である。

 

 

「ま、それは俺も同意見だけどよ。 お前は、もう少し友達とか作った方がいいんじゃねぇーのか?」

 

 

ち、面倒くさいのが来たか……

 

 

「余計なお世話ですよ。 グレン兄弟子」

 

 

「うっせぇ。 バカ。 第一、テメェ見たいな野郎にセリカが教えているとか、普通は考えつかねぇーよ。 つーか、お前だって、セリカから情報をもらってたから俺の事に気が付いたんだろ? なら、その事はおあいこだ」

 

 

子供かッッ!!

 

 

「へいへい、そういう事にしておきますよ」

 

 

「ち、全く可愛げのねぇ、弟弟子だ。 んで? 身体の方はもう大丈夫なのか?」

 

 

途端に真面目な顔をして俺の身体を気遣う。

おぉ、グレン先生が、生徒の事を気遣ってる〜……

奇跡だな!!

 

 

「お前、今失礼なこと考えたろ……」

 

 

「さぁ? ま、身体の方は大丈夫ですよ。 流石に三日三晩休めば、マナ欠乏症は治りますし、身体の傷に至っては、【復元する世界】を使えば、即座に回復しますからね」

 

 

「……そ、そうか。 相変わらず無茶苦茶な能力だな。 その、【復元する世界】ってやつは。 対象を24時間以内なら巻き戻すことができる超回復。 それに加えて、応用として転移も可能。 ……もう、軽く魔法じゃねぇの?」

 

 

む?

 

 

「ま、そういう見方も出来ますが、俺の魔術特性である“概念の創造/回顧”から生み出したので、間違いなく魔術ですね。 あと、セリカ師匠と比べると、明らかに見劣りしますよ」

 

 

「そうだなぁ〜。 彼奴の固有魔術は狂ってるからな」

 

 

俺の言葉に同意するグレン先生は顎に手を当て、うんうんと頷く。

あ、そういえば、聞きたいことがあったことを思い出した。

 

 

 

「そういえば、先生は何で講師を続けることにしたんですか?」

 

 

「ん? あぁ……」

 

生返事後、少し考えるそぶりを見せていると……

 

 

「あ! 先生……!」

 

 

「ちょっと! さっきの講義の内容で聞きたいことがあるんですけど……!?」

 

 

声が聞こえた方へ視線を向けると、そこには天使の笑みを浮かべたティンジェルと不満が少しあるのか、顔を剥れさせたフィーベルがグレン先生を呼んでいた。

それを確認した、グレン先生は微笑んで俺の言葉に答えた。

 

 

「……見てみたくなったんだよ。 彼奴らが何をしてくれるのか……お前も含めて、な」

 

 

「…………そうですか。 なら、その期待に応えないとですね」

 

 

俺もできるだけ柔らかな笑みを心がけて、心からの言葉を伝えた。

 

 

「あぁ、ちょうど暇つぶしになるし、俺を満足させてくれよ……?」

 

 

グレン先生はそれだけ言って、テラスから降り立ち、フィーベルやティンジェルが待つクラスへ歩き出す。

 

 

「「ケンヤ (君)も早く(来なさいっ)(来てねっ)……!」」

 

 

「ん?」

 

 

青空を眺めていると、フィーベルとティンジェルが俺の事も呼んでいた。 他の連中も待ち構えており、俺は目をパチクリとさせた。

今迄は、ある程度の壁を作って他者と関わりを持とうとしなかった俺は、如何やらあのロクでなしによって変えられてしまったらしい。

 

 

「あぁ! 今行く!!」

 

 

 

俺はテラスから降り立ち、笑顔でクラスメイトの中心に向けて歩み寄るのだった。

 



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第2章
さぁ、やってきました☆ 魔術競技祭のお時間です!!


最初はオリジナル話です!
主人公のちょっとした過去描写が入ります!


ーーーー汝、チカラを求めるか?

 

 

 

 

 

屍を超えた先。 死の峠と呼ばれた煉獄の丘。

血塗られた土が変色し、赧く黒い染みを作る。 斃れ伏すは、屍。 飛び散るは、肉片。

総てが赧く、それでいて蒼い世界が峠の先にある。

振り返れば緋く、前を向けば蒼い。

対照的な世界が生み出した奇跡は決して美しいものではない。

何故なら、赫い世界は人の血肉によって作られた醜く残酷な地獄だからだ。

目前の蒼穹で出来た世界は、無垢だ。 何も無い事が儚くも美しく感じる事はある。

だが、後ろの世界は、決して人の踏み入れてはいけないモノ。

修羅と化した者が訪れる灰燼境。

血の雫が、剣先からポタポタと垂れて、幾度と無く地面を濡らす。

死の丘から見下ろす光景が絶景というのなら、其奴は人として崩壊した化物だ。

こんなイカレタ空間で悦を覚える狂人を俺は知っている。

 

 

 

 

ーーーー汝、チカラを求めるか?

 

 

 

 

再度聞こえる声。

幻聴の類か、将又、閻魔様の御迎えなのか……

どちらにせよ、自分の命が此処までと理解するのに充分過ぎる出来事だ。

この緋く汚れた手は、誰の救いにもならず、自己満足の為だけに多くの人を手に掛けた。

飛び交う魔術を刀で斬り裂き、【投影】した剣で喉元を抉る。

傷ついた体は、【復元する世界】で巻き戻し、時には敵軍隊の大半を消し飛ばすために【神討つ拳狼の蒼槍】で土地ごと吹き飛ばした事もあった。

 

 

だからだろうか、誰かが呟いた一言が、俺の何時しか異名になって定着していた。

 

 

 

ーー【黒蒼狼(フェンリル)

 

 

単独で目標を必ず撃破し、その黒き外套と蒼き魔術を使う風貌から付けられた名だった。

その名が大陸に知れ渡たるのに、そう時間は掛からず、その為に、俺は裏の人間達から追われる身となった。

お陰で、命からがらである。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー汝、チカラを求めるか?

 

 

 

 

 

 

 

 

三度目の声。

分かっている。 コレが、俺自身の幻聴である事は分かっている。

多くの人を屠ってきた。 そして、多くの被害を出してまで自己満足の為に刀を振り、魔術を行使した。

だから、生きる事は望んでいるが、それは叶わぬモノと分かっているから深層心理が語りかけているに過ぎない。

これは、俺のあり得るはずのない空想を具現化しているだけに過ぎないのだ。 遙かに捨てたはずの人心。 生きたいという人として当然の欲求。

しかし、俺は捨て切れなかった。

 

 

 

ーー汝、チカラを求めるか?

 

 

 

四度目の質疑に、今度こそ応答する。

僅かな可能性も無い絶望の淵。 自身で殺した相手は数知れない。 だから、何時しか自分も殺されるのだと理解しており、また、それが当然の摂理と思っていた。

それでも……ッ! それでも、俺は生き延びたいと、心の底から願った。

そして、その声に頷いたのだ。

 

 

 

 

 

ーーヨカロウ。 汝の望みを聞き届けよう。 我と契りを交わした者よ、汝に神の根源たるチカラを授けよう。 ただし、対価として、汝の【理想】を我に捧げてもらおうか……!

 

 

 

 

あぁ、好きなだけ持っていけ。 もう、その【理想】には辟易していたんだ。 幾らでも持っていけ。 誇りの欠片もない馬鹿な【理想】ぐらい安いものだ。

 

 

 

ーー契りは交わされた。 汝を我の器として受け入れよう。 汝が求めるは、チカラ。 我が求めるは、理想。 なれば、我は汝の魂となる事を誓おう! 我が名は、【焔ノ迦具土神】ッ! 総ての焔を操りし者であるッ!

 

 

 

 

そして、俺は獄焔の怪物を従えて、見たくもない焼死体を無感情で見ることとなった…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウワァァァァァァアァァーーーーーッッッ!!!」

 

 

咄嗟に起き上がり、恐怖から逃れる為に叫んだ。

 

ピピピッ! ピピピッ! ピピピッ!………

後ろから聞こえる電子音。 朝露のついた窓。 朝日の光。

故郷の伝統である桶花。 そして、壁に立て掛けた和刀。

 

 

 

「ゆ、め……か…………?」

 

 

ベッタリと張り付いた汗。 グッショリと濡れたシャツ。

シーツも枕までもが文字通りビチャビチャだった。

 

 

「これは、ひでぇな……」

 

 

もう、絶句せざるを得ない。

呆れて言葉が出ないとはまさにこの事を言うのだろう。

ほんと、此処に来て二年だが、此処まで酷い朝というのは初めてかもしれない。

久し振りに、嫌な感触を思い出したせいかもしれない。

 

 

「……【焔ノ迦具土神】、か」

 

 

俺は呟いてから、右手で左胸部を抑えるように添えた。

ドクンッ、ドクンッ……と、少し早鐘に鳴り続ける心音はそれ以外は正常な状態を表す。

少し早いのは、恐怖で身体が驚いているからなので、決して体調不良という訳ではない。

胸糞は超絶に悪いが…………

 

 

「ま、原因はどう考えたって、チカラの使用だよ、な? だけど、アレから何日経ってると思ってやがる。 それ以外にもトリガーがあったか? もしかしたら、他の日にも見ているけど、忘れてる?」

 

 

色んな事が考えられるが、兎に角、脳裏からあの光景が離れてくれない以上、今日1日は残念ながら気分良く終われることは無いなと、軽い諦観で学院に向かう事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーい、『飛行競争』の種目に出たい人、いませんかー?」

 

 

場所は移り変わって、アルザーノ帝国魔術学院2年2組の教室になる。

本日のホームルームは毎年執り行われるという魔術競技祭の人選である。

前に出て進行するフィーベルやティンジェルの言葉には誰も反応を見せず、寧ろ難しい顔を浮かべて、俯向くものが大半で埋め尽くされていた。

勿論、俺もその内の一人である。

 

 

「……じゃあ、『変身』の種目に出たい人ー?」

 

 

やはり、無反応。教室は静まり返ったままだった。

 

 

「はぁ、困ったなぁ……来週には競技祭だっていうのに全然、決まらないなぁ……」

 

 

フィーベルは頭を掻きながら、黒板の前で書記を務める大天使様のティンジェルに綱渡しする様に目配せする。

 

 

ティンジェルは一つ頷き、穏やかながら意外によく通る声でクラスの生徒達に呼びかけた。

 

 

「ねぇ、皆。せっかくグレン先生が今回の競技祭は『お前達の好きにしろ』って言ってくれたんだし、思い切って皆で頑張ってみない? ほら、去年、競技祭に参加できなかった人には絶好の機会だよ?」

 

 

それでも、誰も何も言わない。皆、気まずそうに視線を合わせようとしない。

仕方ねぇーよ。 俺だって出たくねぇーよ。

 

 

「……無駄だよ、二人とも」

 

 

そう言って均衡状態のクラスで唯一発言したのは、比較的優秀なギイブルだ。

 

 

「皆、気後れしてるんだよ。そりゃそうさ。他のクラスは例年通り、クラスの成績上位陣が出場してくるに決まってるんだ。最初から負けるとわかっている戦いは誰だってしたくない……そうだろ?」

 

 

「……でも、せっかくの機会なんだし」

 

 

ギイブルの物言いにフィーベルはムッとした。

だけど、ギイブルは歯牙にも掛けず、言葉を紡いでいく。

 

 

「おまけに今回、僕達二年次生の魔術競技祭には、あの女王陛下が賓客として御尊来になるんだ。皆、陛下の前で無様をさらしたくないのさ」

 

 

嫌味な物言いだが、ギイブルの言はクラスに蔓延する心情を的確に突いていた。

そうなんだよなぁ〜。 何故か……というか、確実にルミアを見に陛下が御来賓なさるんだよ。 そんな大舞台に出ようと考えている奴の神経が俺にはわからん!

 

 

しかし、その言葉に募った苛立ちを表すように、フィーベルはギイブルを睨みつけた。

 

 

「ギイブル…… それは、本気で言ってるの?」

 

 

確実に怒気の孕んだ言い方に怖気付く……筈もなく、ギイブルは口角を吊り上げながら眼鏡を押し上げて。

 

 

「勿論……!」

 

 

その言葉に、いよいよ堪忍袋の尾がキレかけたフィーベルが掴みかかろうとする寸前だった。

 

 

ドタタタターーと、外の廊下から駆け足の音が迫ってきたかと思えば……次の瞬間、ばぁんっ! と、派手に音を立てて教室前方の扉が開かれた。

 

 

「話は聞いたッ! ここは俺に任せろ、このグレン=レーダス大先生様になーーッ!」

 

 

芳ばしいポーズを取って現れた我らが担任講師のグレン=レーダス先生が明らかに何かを企んだ顔をしながら登場した。

 

 

「……もう、ややこしいのがきた」

 

 

顳顬を抑えて、頭痛を抑えるようにフィーベルが溜息をつく。 きっと、彼女の心労はこのクラスの誰にも補うことなんて出来まいな、と心中で尊敬の意を唱えておいた。

南無三……!

 

 

「ここはこのクラスを率いる総監督たるこの俺が、超カリスマ魔術講師的英断力を駆使し、お前らが出場する競技種目を決めてやろう。言っておくがーー」

 

 

 野心と熱情に煌々と燃えた瞳で、グレン先生が偉そうに宣言する。

 

 

「俺が総指揮を執るからには勝ちに行くぞ? 全力でな。俺がお前らを優勝させてやる。だから、そういう編成をさせてもらう。遊びはナシだ。心しろ」

 

 

 ざわざわ。普段の低温動物ぶりからは想像もつかないこの熱血ぶりに、クラス中の生徒達がどよめきながら顔を見合わせる。

 

 

「おい、白猫。競技種目のリストをよこせ。ルミア、悪いが今から俺が言う名前と競技名を順に黒板へ書いていってくれ」

 

 

「人を猫扱いするなって言ってるのに……もう!」

 

 

「はい、わかりました、先生」

 

 

フィーベルが不満そうにリストを手渡し、ティンジェルがチョークを構えた。

 

 

「ふむ……」

 

 

あぁ、面倒な奴が、面倒な事をしようとしているのが目に見えているのに、止めようにも止めれないジレンマが俺に襲いかかってくる!!

彼奴のあの顔は、絶対にロクでもない事を企んでいるのを、短い間だが、弟弟子として知っている。

 

 

セリカ師匠も、『彼奴は、バカだけど、バカじゃないから気をつけろ!』何て言ってたし、嫌だわぁ〜!!

 

 

「……よし、大体わかった」

 

 

グレン先生が顔を上げた。とうとう参加メンバーを発表するらしい。 くそ! 案外決めんの早いな!

 

 

「心して聞けよ、お前ら。まず一番配点が高い『決闘戦』ーーこれは白猫、ギイブル、そして……カッシュ、お前ら三人が出ろ」

 

 

えっ? と。その時、クラス中の誰もが首をかしげた。

競技祭の『決闘戦』は、三対三の団体戦で実際の魔術戦を行う、最も注目を集める目玉競技であり、各クラス最強の三人を選出するのが常だ。

 

 

だが、成績順で選ぶならば、フィーベル、ギイブルの次に来るのはウェンディのはずなのだ。なぜ、ここで成績的にはウェンディに劣るカッシュが出てくるのか。

 

 

指名されたカッシュ自身も、この謎の選抜に戸惑いを隠せないようだった。

 

 

だが、グレンはクラス中に渦巻く困惑を完全に無視し、さらに続ける。

 

 

「えーと、次……『暗号早解き』。これはウェンディ一択だな。『飛行競争』……ロッドとカイが適任だろ。『精神防御』……ああ、こりゃルミア以外にありえんわ。えーと、それから『探知&開錠競争』は確定的にケンヤ。 『グランツィア』はーー」

 

 

クラス全員が目を白黒させた。

無理も無い。 だって、グレン先生はクラス全員を何らかの競技に参加させるように組んだのだ。

勝ちに行くのでは無かったのか? と首をかしげても仕方がない。

 

「——で、最後、『変身』はリンに頼むか。よし、これで出場枠が全部埋まったな」

 

 

グレン先生のメンバー発表が終わった。結局、選を漏れた生徒は一人としていない。四十人全員、最低一回は何かしらの競技に出場することになっていた。

 

 

「何か質問は?」

 

 

「私は納得いたしませんわっ!」

 

 

生徒達がざわめく中、いかにもお嬢様然としたツインテールの少女、ウェンディが早速、言葉荒々しく立ち上がる。

 

 

「どうして私が『決闘戦』の選抜から漏れているんですの!? 私の方がカッシュさんより成績がよろしくってよ!?」

 

 

「あー、それなんだがな……」

 

 

 少し言い辛そうにグレン先生が顳顬を掻いた。

 

 

「お前、確かに呪文の数も魔術知識も魔力容量もスゲェけど、ちょっと、どん臭ぇトコあるからなー。突発的な事故に弱ぇし、たまに呪文噛むし」

 

 

「なーーッ!?」

 

 

「だから、使える呪文は少ねーが、運動能力と状況判断のいいカッシュの方が『決闘戦』やるなら強ぇって判断した。気を悪くしたんなら謝る。その代わり『暗号早解き』、これはお前の独壇場だろ? お前の【リード・ランゲージ】の腕前は、このクラスの中じゃ文句なしのピカ一だしな。ここは任せた。ぜひ点数稼いでくれ」

 

 

「ま、まぁ……そういうことでしたら……言い方が癪に障りますけど……」

 

 

怒るに怒れず、反論もできず、ウェンディはすごすごと引き下がる。 おい! スゲェーな!! 先生は論戦強いと思ってたけど、やっぱりすげえー!!

 

 

他にも、どうして自分がこの種目に選ばれたのか、疑問に思った生徒達が次々と手を上げ、グレン先生に問いかける。

 

 

「そりゃ【レビテート・フライ】も【グラビティ・コントロール】も結局は同じ重力操作系の黒魔術だし、黒魔術は運動とエネルギーを操る術ということでどれも根底は同じだ。カイ、お前ならいけるはずだ」

 

 

 

「テレサ、お前、この間、錬金術実験で誰かが落としかけたフラスコを、とっさに【サイ・テレキネシス】で拾ってたろ? お前、自分で気付いてないだけで念動系の白魔術、特に遠隔操作系の術式に相性がいい」

 

 

 

「グランツィアは、個々の能力うんぬんよりチームワークだ。いつも仲良し三人組のお前らがやるのが多分、一番いいんじゃねーか? お前ら同調詠唱も上手いしな」

 

 

コレには、フィーベルやティンジェル、そして、俺も驚愕した。

何せ、先生の言ったアドバイスはどれも的確であるからだ。

普段は怠け者同然の彼だが、やはり腐っても師匠の一番弟子。 クラス全員の事をよく見てる。

じゃあ、一応俺の事も見てくれてるのか、確認してみようか……

 

 

「じゃあ、俺は何で『探知&開錠競争』なんですか?」

 

 

「あ? そんなん、お前の『眼』が有能に決まってるからだろうが。 第一、そんなもん自分でわかってるだろう?」

 

 

仰る通りで……

それに、俺は固有魔術の性質や能力の事は伝えたが、『眼』の事はフィーベルやティンジェルにしか伝えていない。 つまり、先生は俺の事を観察して、その能力を自力で知ったことになる。

うむ、やはり侮れないなグレン=レーダス。

しかし、その編成に物申すものが一人……

 

 

「……先生、ふざけるのもいい加減にしてください」

 

 

そう、ギイブルである。

ギイブルの棘のある言い方に顔を顰めることなく、グレン先生は尋ねた。

 

 

「どうしたギイブル。 これ以上の編成が出来るのなら、言ってみろ」

 

 

「……それは、本気で言っているのですか? ーー簡単じゃないですか。 クラスの成績上位者で固めるんですよ。 どこのクラスでもない同じ様な事をしていますよ」

 

 

「……え?」

 

 

あ! 此奴ッ!! そのこと知らなかっただけかぁーい!!

唖然とした顔を浮かべたあと、何故だか他の人には見えないようにガッツポーズを浮かべていたのは俺は見逃さない。

やはり、ロクでもない事を企てていたらしい。

 

 

しかし、其れを止めるものがいた……!

 

 

「何を言ってるの、ギイブル! せっかく先生が考えてくれた編成にケチつける気!? 先生は皆の特技を最大限に引き上げて、優勝に導いてくれるって言っているのよ!? なら、ここまで信用してくれている先生に私達が泥を塗って如何するのよ!? ね? 先生!」

 

 

『説教女神』ことシスティーナ=フィーベルの珍しい朗らかな笑みによってグレン先生の策略とギイブルの異論は消し飛ばされた。

 

 

まぁ、悪巧みしようとしたグレン先生が一概に悪いと思うので、この前から集られていた昼飯は、今日は奢らないと心のうちに止めておくことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 




長くなったねぇ〜。
いつもこれぐらいのセリフと言葉が出て来ればいいのに……
というか、殆どが原作から参照したものだけど……
(怒られるかな?)


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あれ? √ に入っちゃったッ!?

完全オリジナルなんすけど……
なんか、やっちまいましたね(^ν^)
ヒロイン確定してないのに、それぽい事書いちったかもしれないね……

そうだとしても、真に受けないでね!?
まだ変わる可能性大いにあるからね!?


感想もらった人と違うけど、見限らないでぇ〜ッ(涙)



感想や評価をお願いしヤァス!!


午前の講義が終了し、午後からは魔術競技祭に向けての練習が各クラスで執り行われる事となった。

二年次生のクラスは全部で十だ。

それ以外の学年の人も練習するのだから、何処も場所取りに戸惑っていた。

 

 

その分、ウチのクラスは早々に空いていた庭で練習場所を確保できたので、各々の競技に向けて練習を開始した。

 

 

何処のクラスも成績上位者で固める中、ウチは生徒一人一人に役割を割り振られているのでかなり劣勢である。

だからこそ、俺たち2組はどのクラスよりも練習や鍛錬を積まなければ、先ず勝ちの芽すら出てこないだろう。

周りを見渡せば、各々がシッカリと集中して魔術の鍛錬や基礎のおさらいをしている。

斯く言う俺も、眼前に置いたダイヤル式の箱を開ける練習をしていた。

 

 

「【解析、開始(トレース・オン)】ッ!」

 

 

箱に手を置き、魔力を流し込む。

魔力で作られた波形を読み取り、自分の脳裏に設計図を瞬時に作り出す。 材質は剛金。 そこらの鉄よりも硬い。

5×5×5cm^3の正立方体。中身は、シロッテの枝

そして、ダイヤルの数字は……1、2、8、3……か。

俺は、迷いなくダイヤルの鍵に数字を当てはめていき、4つとも揃える。

 

ガチャリッ!

 

 

「ふぅ、【解析、終了(トレース・オフ)】……と」

 

 

魔力を止めて、解錠した箱を開けた。すると、中にあったのは、俺の見立て通り、シロッテの枝が出てきた。

それを箱を準備してくれていたティンジェルに見せた。

 

 

「わぁ! 本当に解錠した……ッ! それに、凄く早かったよ!」

 

 

両手を其のふくよかなお胸の前で合わせて、目を輝かせてくる。

うっ! 思春期真っ只中の青少年には何とも有り難い光景なんだろう!! だが、ガン見して仕舞えば、変態紳士としての烙印を押されてしまうッ! それだけではないッ! このルミア大天使様には公式ファンクラブが存在するのだ! そいつらに邪推な目をティンジェルに向けていることが暴露たが最後、死、あるのみらしい……と、話が脱線した。

 

 

「ま、まぁ、ボチボチだろ……」

 

 

「あ! 謙遜かな? ケンヤ君って、明るいのに素直に受け取らないよね」

 

 

クスッと笑う大天使様……

ズキューンッ!! 頂きましたぁ〜!!

ま、マジで破壊力ヤバイ…… あの笑顔の前では男のみならず、女までもを虜にしかねない……ッ!!

これが、俗に言う、庇護欲って奴かッ!! 守りたい! この笑顔ッ!!

うん、ファンクラブなんてふざけたことしてんなとか思って、悪かったな。 それにカッシュ……お前が日頃から“ルミアちゃーん♡”とか言って、話しかけてるのを凄く気持ち悪く感じていたのは訂正する。 単にキモいだけだったわ!

 

 

「おい! ケンヤ! なんか、失礼な事考えたろッッ!!ーー」

 

 

「ち! うるせぇッ! さっさと決闘戦の練習に行きやがれ変態!! お前が一番練習しなきゃ意味ねぇーだろうッ」

 

 

「なにぃ……ッ!!」

 

 

「は、ハハッ……」

 

 

苦笑いを浮かべるティンジェルを余所に、カッシュと俺は組み合ってしまい、それをフィーベルに止められるまで続ける羽目となった。

 

 

 

 

「ーーそんで、話って? 【解析、開始(トレース・オン)】」

 

 

現在、取っ組み合いが終了した後。 再び魔術の鍛錬を開始した時に、ティンジェルの本題に切り出した。

そう、俺がこうしてみんなの憧れであるティンジェルと2人で話している理由がこれだ。

まぁ、言わずもがな()()()であろうことは予測できるのだ。

 

 

それに頷いたティンジェルは表情を少し引き締めた。

 

 

「……【焔ノ迦具土神】って何かな?」

 

 

「…………」

 

 

手と魔力を止めて、視線だけをティンジェルに向けた。

それだけで何も答えない俺に続けるように言葉を紡いでくる。

 

 

「……ケンヤ君は、一体どういう存在を住まわせているの?」

 

 

「へぇ…… 其処まで()()()のか。 【感応増幅者】だからって侮ってたな。 流石は、元王女って訳か? その慧眼には感服だ」

 

 

両手を上げて、降参の意思をを伝えたが、ティンジェルは表情をより一層暗くさせていた。

おっと、少し踏み込み過ぎたか。 というか、ちとムキになって相手の弱いところをついてしまった。

これは、俺の悪い癖。 朝から気分が良くないとはいえ、それを他人に当たるのは良く無い。 ここは、素直に謝ろう。

 

 

「悪かった。 お前が、気にしてることに踏み入れ過ぎた。 ま、その詫びだ。 ちっとだけ此奴の事を教えてやる。 『終なる焔よ』ッ!」

 

 

俺はそう言って、ティンジェルと俺以外が見えない角度で、【神ノ焔】を指先だけに展開する。

 

 

「わぁ……」

 

 

その焔を輝かせた大きな眼を開かせて興味津々に覗き込んだティンジェル。

緋焔は煉獄を象徴する“死焔”なんだが、ティンジェルには余程、綺麗なものに見えているらしい。 なら、それを態々否定するようなことを伝える必要もねぇーか。

そう考えて、部分的な所だけを取り出して説明する。

 

 

「こいつは、【神ノ焔】っていう、魔術とはちっとだけ違う特殊な能力でな? ま、大まかに言えば、ティンジェルと同じ『異能者』の類に入るモノだな」

 

 

「え? そ、そうなの?」

 

 

「あぁ、『感応増幅者』のように全員が知ってるような異能じゃないけどな。 それに、俺の異能はマナを使ってるから、殆ど魔術と変わらないな。 だから、固有魔術が一番近いかもしれないがな。 それで、この異能の能力なんだが、魔力の増幅みたいに人そのものに恩恵やら影響を与えるものではないんだよ」

 

 

俺の言葉に首を横に傾げる。

それが当然の反応だわな…… 仕方ねぇ……

 

 

「じゃあ、一度だけみせるから、このシロッテの枝に注目しておけよ?」

 

 

「う、うん……」

 

 

「ふぅ………ふッ!』

 

 

集中して、シロッテの枝に【神ノ焔】を灯す。

すれば、直ぐに緋焔が燃え移った。

だが、コレだけだと只の炎と何ら変わらない。

【神ノ焔】の能力の真髄はこの先にある。

 

 

「え? “消えていってる”……ッ!?」

 

 

ティンジェルが目を見張り、ありのままの事を口遊む。

その言葉通り、シロッテの枝は瞬く間に灰にならず跡形もなく消えた。

俺はその答えに笑顔で返す。

 

 

『その通り。 正解だよ』

 

 

そう、これが【神ノ焔】の脳力《焼滅》である。

 

 

「し、《焼滅》…… 存在そのものを焼き滅ぼす能力……」

 

 

戦慄だろう。 蒼ざめた顔を浮かべるティンジェルは口を手で押さえている。 絶句を漏らさないように気を張っているのだろうなと巻頭を付ける。

 

 

『……【解】ッ。 そ、これが【焔ノ迦具土神】という存在の能力。【神ノ焔】、ありとあらゆる術と概念の存在という根底から焼き払う煉獄の焔の正体さ」

 

 

 

 

 

「……で? どうするんだ? これを先生や学院長に報告でもして俺を追外でもするか? それとも、俺を強請るために脅迫薬とするか? ま、どの道、俺という存在には見切りをつけたほうがいい。 危険ーー「そんなことしないよ……」 ……あのさ、ヒューイにも言ったが、人の話は最後まで聞けよ」

 

 

一通り話し終えたので、早足にこの話題から逃げ出そうとしたが、彼女はジッと俺を見ながら釘付けにしてきた。

流石、精神力が群を抜いて強いだけあり、気が強い。

はぁ、朝からこの事で、ちっと気分が良くねぇ〜のに……ッ!

そんな俺の心を知ってか知らずか、ティンジェルは見据えたまま言葉を続けた。

 

 

「……ケンヤ君は、優しいんだね」

 

 

は?

 

 

「……な、に言ってやがる。 俺が優しい? はッ! 本気でそう思ってんなら、俺を買い被り過ぎだ。 俺は基本的に自分欲求でしか動かないし、他人がどうなろうと俺には関係ねぇ」

 

 

少し怒り混じりの語尾で威圧をかけるが、ティンジェルの表情は崩れず、より一層強い意志を持ってきた。

 

 

「ううん……ケンヤ君は優しいよ。 だって、私を助けてくれたし、さっきのはチョット辛かったけど、私の正体を知ってもシスティと一緒で変わらずに接してくれた。 それに、【異能】の話をしてくれたのも、私を危ない目に合わせないためでしょ?」

 

 

「……ッッ!!」

 

 

優しい声色だ。 総てを投げ出して、彼女に全てを曝け出したい衝動に駆られる。

だが、彼女の優しさのある言葉は的を射ている。

そうだよ。 俺は結局はこの生き方を止められないんだよ。

 

 

誰かが傷付くのは見たくないし、誰かが泣いている姿も見たくない。 誰も死なない世界なんて妄言の御伽噺でしかない。

……【正義の味方】に成りたかったのだ。

正義が秩序を表し、その他大勢を助ける為に、少数を斬り落としてきた。

だけど、望まぬ死を迎える者は無くならない。

結局、助けたつもりで、誰も助けられなかった。

無血な世界は只の【理想】だ。 そんなもの、とっくの昔に()()()()()()

 

 

だから、俺は魔術が嫌いだった。 人を高次元の存在へ上げると謳っていながら、結局は人殺しの道具として使っている。

メルガリウスの魔法使いは一概に【正義の味方】だったのかもしれない。 魔王というその他大勢が憎み嫌う存在を()()()のだから。

嫌味嫌う存在を消し去った存在は、いやでも【英雄】に祭り上げられる。

薄汚い思考を持ち続ける人間に、既に救いの手など意味がない。

 

 

ーーーー他者による救いは救いでは無い。

 

 

俺はそう考えると同時に、こう願うのだ。

 

 

ーーーー俺は誰かを守る【正義の味方】になる。

 

 

結局、俺は【理想】を捨てきれていないのだ……

 

 

だから、ティンジェルの言葉には心を抉られた。

深層心理を読まれたと思った。

全てを理解されたかと思った。

彼女が、特殊な人生を送っているのを知っていながら、知らぬ間に、俺は彼女に勝手な願望を押し付けたのだ。

 

 

“魔術を真に人の為に……”

 

 

あぁ、出来るものならやってみろ。

そして、俺を正してみろ。

と、勝手に【理想】を押し付けたのだ。

 

 

 

だからだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が、ルミア=ティンジェルから距離を取りたがるのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女には、この闇の世界に触れてほしくない。

ティンジェルは光の指す世界で生きていて欲しいと願ったから。

優しく儚く強いこの天使のような少女の言葉が、今の俺には真銀のナイフを突き立てた物に感じた。

 

 

 

 

 

「……なぁ? ティンジェル」

 

考え込んだ先に、ケンヤはルミアを真剣に見る。

 

「ん、何?」

 

 

「俺は、本当に優しいのか、な?」

 

 

そうだ、ケンヤ=サクライはどういう人間で認識されているのか、知る権利がある。 どう考えたって、自分の事を知らなすぎる。 それは異常だが、逆にそれさえわかれば、胸の突っ掛かりは消えるはずだ。

 

 

「……うん、当たり前だよ。 ケンヤ君は誰よりも優しいよ」

 

 

……ルミアはケンヤをそういう人間だと認識していた。

誰にでも分け隔てなく情愛を捧げる人間がそう言ったのだ、そこに嘘はない。

だから、ケンヤは続けて尋ねた。

彼が1番聞きたかった事である。

 

 

 

「……なら、俺はお前を……お前達を守れたのか?」

 

 

その問いに、一瞬詰まった様子を見せたルミアだが、それも本の数瞬。 直ぐに応えへ至る。

 

 

「うん。 私達はケンヤ君に救われたよ。 誰でもない貴方に……護られた」

 

 

その時の寵愛の笑顔が何よりの答えだった。

 

 

「……そっか。 そうだったのか………あぁ、そうだな。 魔術学院に入ったことは、きっと、ケンヤ=サクライは未来永劫呪い続けるだろうな。 だけど、応えは得た…… 引き返す道もなく、理想の果てにケンヤ=サクライは地獄を必ず見る。 それでも、応えは得たのだ。 ……ありがとな。 ()()()

 

 

 

「……え? ぁ、うん……私も、ありがとう。 助けてくれてありがとう。 護ってくれてありがとう。 ()()()

 

 

 

二人して名前を呼び合って気まずそうに感謝する姿。

その時、二人の顔はとても晴れやかなものだったと、遠目から事の成り行きを見ていたセリカが語ることになるのだが、それはまた別のお話に……

 

 

 




うん…… 本気で、やらかしたな……


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給料三ヶ月分って、死活問題だよねぇ〜……(遠い目)

ちと、短いかなぁ〜( ̄^ ̄)ゞ

ま、最後の所は多少のオリジナルですね〜。
それに、ちょびっとだけ原作を飛ばしているのですが、そこは目を瞑って頂けますと有り難いです!!


感想や評価をお願いしヤァス!!


「……かったるい」

 

 

「と、唐突だね…… さっきまで頑張ってたんだから、もうちょっとだけ頑張ろ? ね?」

 

 

ティンジェルこと、ルミアは以前に比べて、俺との距離が俄然縮まった。

それもこれも、ハッチャケったらこうなっただけである。

……黒歴史以外に何でもないな。

そう、俺も物凄く羞恥に悶えているのだ。表面上では出来る限り冷静に努めているが、ルミアが語りかけてくるほど、俺は先の光景や言葉が脳裏を過って、どうしても魔術に集中できない。

そんな事を知ってか知らずか、ルミアは満面の笑みで俺に鍛錬を促す。

 

 

「ね? がんばろ!?」

 

 

「ウグッ……」

 

 

強烈な上目遣い!! 効果はバツグンだ!!

……じゃなくてッ!!

 

 

「はぁ、わぁーたよッ! やる。 やればいいんだろやれば!?」

 

 

「うんうん。 頑張ってね」

 

 

ルミアの応援を背に、新たに用意された南京錠が掛かった黒い箱に手を添えて、魔力を通して全体の把握を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

「ケンヤ=サクライ、死すべし……ッ」

 

 

「「「「死すべし! 死すべしッ!!」」」」

 

 

その様子を影から見る、ルミア大天使様非公式ファンクラブの皆様がケンヤにむけて呪言を掛けていたのを知るものは、クラス内でもそれに同意しているカッシュだけだった。

 

 

(クソォッ……! ケンヤ死すべしッ!!」

 

 

「……何にも隠せてないわよ、カッシュ」

 

 

「全く、これだから無能は……」

 

 

カッシュの心の声がだだ漏れしており、其れに呆れた様子を見せたシスティーナとギイブルが深い溜息をついたのは言わずもがなであった。

 

 

 

 

 

「給料三ヶ月分だ! 俺は俺のクラスが優勝するのに、給料三ヶ月分を賭けるッ! あんたに、この賭けが受けられますか?」

 

 

“オォーッ!!”

 

 

クラス全員が涌き上がり、2組のグレン先生に対する株は鰻登りであり、ダラダラと冷や汗を垂らしまくるロクでもない講師。

 

 

 

「な、なら! 私も私のクラスが優勝するのに給料三か月分を賭けよう!」

 

 

 

“オォー!!”

 

 

そして、それに対抗するように、一組のクラス担任であるハ、ハー…………ハーレム? 先生が眼鏡を押し上げて隠せていない脂汗を垂らしながら、虚言を吐く。

 

 

「へぇ、流石は先輩。 いい度胸ですね (ヤバいッ! めちゃくちゃ怒ってんじゃん!! しかも負けたらシャレになんねぇ!! ここは俺の固有魔術の【ムーンサルト・フライング土下座】で誠心誠意謝るしかネェッ!)」

 

 

ある意味で覚悟を決めたグレン先生が、両手を前に出した。

それを間違った方へ解釈した、は、はー……ハーミー先生が更に顔を顰めて、軽い攻呪性魔術を放とうとその場が騒然となる。

 

 

しかし……

 

 

「そこまでです!!」

 

 

「え?」 「むっ!?」

 

 

2人の間に割って入る銀糸の少女……システィーナ=フィーベルが異議を唱えに入ったのだ。

 

 

これによって、2人の賭けは公式的に成立し、互いのクラスが負けた場合は、給料三ヶ月分がぶっ飛ぶといった事態に発展した。

 

 

そもそも、この事に発展した経緯を順を追って説明しよう……とは言っても、一身上の都合によって、セリフはない。 そこは割愛ということで目瞑ってくれるとありがたい……

……俺は一体、誰に言い訳をしているのだろうか?

 

 

 

 

 

時は数分前に遡る……

 

 

事の発端は、一組のクライスという生徒が俺たちの練習場所にいちゃもんを付けてきたことから始まった。

 

 

少し怠慢な口調で邪魔と揶揄し、俺たち2組を雑魚扱いで罵り、練習場所の確保の為に俺たち2組を退かせようとしてきたのだ。

 

 

これに、短気なカッシュが反論。

危うく殴り合いの喧嘩が始まりそうになり、その間に入ってきたのが、我らが担任で、只今絶賛金欠中のグレン先生である。

 

 

グレン先生は2人のイザコザを片手間で片付け、何とか事なきを得た…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……事はなく。 クライス君の後ろから、1組の生徒とその担任講師である……は、……はー…………ハーベスト? 先生がやって来たのだ。

ハーベスト? 先生がクライス君に場所を取っておけと言っただろうと、軽く窘めた後、グレン先生に物言いした。

 

 

そこはグレン先生である。 得意の飄々とした論戦で、見事に躱していく。

しかし、ハーベスト? 先生が言ったある言葉には耐えることが出来なかった。

それが……

 

 

“やる気のない貴様等に、練習する場を与える必要はない!! そのような成績下位者達……足手まとい共を使っているくらいなんだからな!”

 

 

 

これには、いくら温厚で有名な俺でもカチンとキタね。

普段は怠惰な生活を送っている俺は、幾らでも罵られても構わないし、実際馬鹿にされても仕方がない。

だが、普段から頑張っている奴らを冒涜したこの眼鏡に俺は危うく掴みかかりそうになったな。

ま、その時はグレン先生に抑制された訳で、そのグレン先生も我慢の限界というものが存在する。

そこで、ヤケになったのだろう……

グレン先生は勝ち目の薄いこのクラスで優勝できなければ、自身の給料三ヶ月を賭けると言い放った。

これが、最初の話だ。

 

 

そして、翌日…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………終わった……。 俺は餓死してこの世を去ることになるのか……ふ、短い人生だったぜ。 あぁ、いいぞ。 俺なんて外道はサッサと滅せられるべきだったんだーーーー」

 

 

 

勿論の事、やつれた様子を見せ、シロッテの枝を咥えながらベンチに横たわっていた。

……何してんだよ、あのバカ兄弟子。

 

 

 

「はぁ……」

 

 

俺は気概を落とした溜息を一つ溢してから、昼休憩なので食堂に向かう事にした……のだが。

 

 

「ん!? その溜息はッ!!? ケンヤかッ!!? ウォォオォォオッ!! ケンヤ! いや、ケンヤ様ァッ!! この貧困に喘ぐ私目に食事を奢ってーーー「奢らないです」最後まで聞いてから断わって!?」

 

 

「いや、俺は知りませんよ。 大体、生徒から飯を集る事に抵抗はないんですか?!」

 

 

「ある訳ねぇーだろ」

 

 

「即答か……ッ!!」

 

 

この人にプライドなんてあったもんじゃねぇッ!!

そのままずっと断っていたのだが如何しても桎梏肩につかまってくるせいで、他の生徒や教員からの冷たい視線に耐えられなくなって、俺が折れることにしたのだった。

 

 

序でに、承諾した時のグレン先生は、まるで俺を天使だと逝かれた様な発言をしたので、全力で右ストレートを見舞ってやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カンッ! カンッ! カンッ!…………

 

 

耳に響いてくるのは金属同士が高い熱を保ったままぶつかる甲高い音。

錬鉄を焚べて、型に合わせて形状を整える。

剣は打ち込めば打ち込むほど脆くなるが、打ち込まなさすぎるのも柔らかすぎて使い物にならない。 その微調整によって剣が精製されていくのだ。

 

 

その工程を幾度と無く工房を渡り歩き、異なる製法や叩き込みの技術を見てきた。

あらゆる材質によって技法を変えて剣を作り上げる姿は正に職人だ。

 

 

そして、工房にある雰囲気や熱量は何処も変わらずに、心の芯から焼き切れると感潜る程のモノだ。

 

 

俺は其れ等に惚れ込み、彼らの技法や練度を修得するために触れ合った。 出来れば、この技法や歳月までもを再現出来るように、と……

 

 

そう、それがこの世界の始まりだった。

 

 

 

カンッ! カンッ! カンッ!……

 

 

鳴り響き続ける金属音。

赫く燃えうる煉獄の世界には歯車が存在する。

幾度と無く踏み入れたであろう丘に俺は感慨深く立ち尽くす。

視線を下ろせば、そこらに無限と突き刺さる剣。

それぞれが異なる形状を持ち、平行線までズラリと剣が突きたっていた。

 

 

熱を産み、錬鉄を焚べる匂いがこの世界を支配し、軈て血潮の匂いが混じって、軽い吐き気を催すのだ。

俺はコレを何度も経験した。

 

 

俺はグレン先生やフィーベル達に固有魔術の事を【投影魔術】なんて言っているが、あれは違う。

いや、そもそもの根底が違う。 俺は一から剣を生み出している訳ではない。そもそも、ケンヤ=サクライにそんな器用な真似が出来る道理がない。

俺ができるのは、あくまで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事だ。

 

 

そう、それがケンヤ=サクライだけに許された固有魔術……

 

 

 

 

 

 

 

ーー【無限の剣製(アンリミテッド・ブレードワークス)】だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チュンチュン……

 

 

「…………俺、最近は変な夢ばっか見てるな……というか、思い出してんな」

 

鳥が鳴く平穏な朝。

ムクリと布団から起き上がり、朝露が出るほどの冷気が漂う部屋で凝り固まった体を伸ばす。

 

 

「……ウゥ〜ンッ! ッシ! さっき迄の世界とは大違いだな、と」

 

 

世界観が異なるから当然か、という自嘲気味の呟きを残して、学院指定の制服を着飾り、朝のトーストだけ咥え込む。

昼食は途中の総菜屋でサンドウィッチで補えれば十分だろうと判断して、時間を見遣る。

 

 

「午前7時42分、か……学院には遅刻せずに行けそうだな」

 

 

時刻を確認して、安堵の息を零し、顔を鏡に写し出して口角を釣り上げ笑みを作る。

 

 

「うし! 寝癖は無いし、夢の影響も無い! 何時もの黒髪黒目で問題なしッ! じゃあ、行きますかねッ!」

 

 

今日は魔術競技祭当日!! さぁ、今年こそは楽しもうぜッ!!

 

 

俺はそう意気込んでから、家を飛び出して行ったのだった。

 



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怒りに任せては行けませんッ!

なんか、段々と√が如実に……?!
と、とりあえず毎日投稿してるけど、他の作品も書くから明日はコッチは多分休稿します(^。^)
御迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします!

感想や評価をお願いしヤァスッ!!


『そして、さしかかった最終コーナーッ! 二組のロッド君がぁ、ロッド君がぁああーーぬ、抜いたーーッ!? どういうことだッ!? まさかの二組が、まさかの二組がッ!!これは一体、どういうことだぁあああーーッ!?』

 

 

魔術による拡声を行っている解説の学生が思った以上のハイテンションで2組の追い上げを実況していた。

 

 

そして、その実況通り、現在、『飛行競争』でロッドが一位、二位に続く三位で直線を飛び切った。

 

 

『そのまま、ゴォオオオルッ!? なんとぉおおお!? 飛行競争は二組が三位! あの二組が三位だぁッ! 誰が、誰がこの結果を予想したァアアアアアーーッ!?』

 

 

ウワァアアアアアッーーッ!!

 

 

観客が湧き上がり、会場が激震したーーッ!!

てか、ちと盛り上がりすぎではないかッ!?

単純にそう思ったが、クラスも盛り上がり、ロッドとカイに全員が賞賛を送った。

おぉ! これがグレン先生が働いた結果か!? 流石に俺も驚き、を……か、くせ、ない?

 

 

「……ま、マジか?」

 

 

「おい、指揮官……」

 

 

ダメだ、この人…… 明らかに信じられないものを見た顔を浮かべている。 というか、1番惚けてる。

マジかとか言っちゃってるし、この人、半分どころか、八割ぐらい諦めてやがったなッ!?

 

 

「幸先良いですね、先生!」

 

 そんな中、フィーベルも顔を上気させ、興奮気味にグレン先生に話しかける。

 

 

「飛行速度の向上は無視してペース配分だけ練習しろって、どういうことかと思っていましたけど……ひょっとして、この展開、先生の計算済みですか?」

 

 

「……と、当然だな」

 

 

いつも、ここで憎ったらしいことありゃしない妬み節を言うグレン先生だが、今のご機嫌なフィーベルの前では無力同然、あと、クラスのムードを考えて虚言であってもさも当然のように振りまかなければ、タダの極悪人になり兼ねないと判断したのだろう。 毅然な態度でフィーベルの問いに頷いたのだ。

 

 

その言葉にクラスが再び盛り上がり、全員のグレン先生への信頼が絶対なものになりつつあったが、俺としては彼の心象が悪くなるばかりであった……

はぁ、ったく。 この人はどうしてこんな感じ何だろうか……と、貴賓席にいる我らが師匠に視線を向けると、王女陛下の前であるにも関わらず、大爆笑を浮かべている様だった。

 

 

……親がアレだと子もこれか。

と、一種の諦観を浮かべながら、今年の魔術競技祭が一味違うことに俺は内心からこぼれ出た笑みを隠すことなんて出来ない。

口元を緩めながら、クラスメイトの輪へ加わることにしたのだった。

 

 

 

 

 

その後も、2組の快進撃は続いた。

 

 

『せ、セシル選手が当てたァアアアアーーッ!! これでこの競技の四位以内が確定だァアアアッ! またしても、またしても2組が魅せたァアアアッ!!』

 

 

「やった! 先生の言った通りだーーッ!」

 

 

 

 

 

 

 

「『騎士は勇気を旨とし、真実のみを語る』ですわ! メイロスの詩の一節ですわね!」

 

 

『な、何とウェンディ選手ッ! 先程から絶好調ではありましたが、まさか、『竜言語』を解読し切りましたァアアアーーッ!! これで【リード・ランゲージ】は2組の圧倒で決着だァアアアッ!』

 

 

「ふふふ、当然ですわ! 癪ですけど、先生のアドバイス通りでしたわね」

 

 

と、頭角を現していく2組の奮闘劇に会場のボルテージは最高潮に達していき、なんと2組が一位の1組と二位の5組に次ぐ三位という最高な形で愈々ルミアが出てくる『精神防御』の種目へと移り変わっていく。

 

 

 

 

『さぁ! 午前の部も愈々最後の競技となりましたが、この結果を誰が予想だにしていたでしょうかッ!? この時点で なんと、没落クラスとも言われたあの2組が、成績上位者を使い回さずに3位につけている事態を一体誰が予見できたかーーッ!? 斯く言う、私も理解が追いつけていないッ!! しかし、グレン先生を指揮官として一丸となった2組は間違いなくダークホースッ! そして、この競技でもジャイアントキリングを見せてくれるのかァアアアッ!!? それでは、選手の入場ですッ!!』

 

 

 

「文原が長いなーーッ!」

 

 

「お前、解説に向かってツッコミとか悲しく何ねぇの? 少し引くわ……」

 

 

「昼飯「ゴメンナサイッ!」……はぇーよ」

 

 

さて、こんなグレン先生との茶番劇はどうでもいいのだ。

俺たち2組は、さっき解説に言われた通り、午前の部の最後まで来て3位に付けており、十分に逆転圏内に入っているのだ。

そして、このルミアが出場する『精神防御』の競技でルミアが一位になった場合、現在二位の5組と入れ替わり、順位が一つ上がる大切な一戦なのだが……ギイブルの一言でクラス全体が顔を青ざめた。

 

 

曰く、ルミアは捨て石。白魔術の腕は認めるが、去年の覇者である5組所属のジャイル相手に真面な対決ではなく、選手を温存するための捨て石と言い放ったのだ。

 

 

これには、フィーベルが嘘ですよね? とグレンに問いかけた。

流石に、俺もその言い方に腹が立ったので物申しに行こうと思ったが、グレン先生の顔を見て気が変わった。

 

 

「はぁ? ルミアが捨て石? そんな訳ねぇーだろ? 彼奴の肝の据わり方はお前が一番知ってるだろ、白猫」

 

 

「ぁ……はいッ!」

 

 

 

ーーそうだな。 ルミアなら必ず勝てる。 何せ、彼女は俺の存在を受け入れることの出来るほどの器量の持ち主だ。 そんな彼女が精神的に脆いはずが無いのだから……

 

 

「……?」

 

 

「ん? どうしたんだ、ケンヤ?」

 

 

「いえ……何でもありませんよ?」

 

 

そうか、とだけ言ってグレン先生は気にかけていた俺から視線を逸らし、会場の中心へ目をやった。

そして俺はクラスの誰も見ていないことを確認してから、視線を観客席の影へ僅かながらに向けて、一抹の警戒を残しながらルミアの応援を行うこととなった。

ったく、100%の応援をしてやりたがったが、仕方ねぇーな!

腹を割り切る事にした。

 

 

 

 

 

「……リィエル」

 

 

「ん。 わかってる」

 

 

鷹の目を想起させるオッドアイに、背中あたりまで伸ばした藍掛かった黒髪が特徴的と見る人を魅了する顔立ちを持つ長身男性と、その横に立つ、小柄で在り、可愛らしい顔立ち水色眠そうな目、目と同じ色の整えられていない髪がツインテールにされ、表情が頑なに変化しない様子から人形を思い立たせる少女が会場の影からグレンとそのクラスを一瞥していたのだが……

 

 

「グレンがいる」

 

 

「……あぁ、それもある。 だが、俺が言いたかったのは俺たちの視線に気づいた奴が生徒にいるという話だ」

 

 

「? それがどうかしたの?」

 

 

「…………」

 

 

“リィエル”と呼ばれた少女の言葉に相変わらずの無表情で睨む男性。 如何やら、彼女は事態の異常性に気が付いていないらしい。

 

 

「それより、私はグレンと決着をつけに行く」

 

 

「それは不可能だ。 忘れたのか? 俺たちに与えられた任務は最近不穏な動きを見せている王室親衛隊の監視と調査だ。 それを放棄してまでグレンに会いに行くことはできん」

 

 

「ん。 わかってる。 要するに私とグレンが決着を付ければ問題ない」

 

 

「…………」

 

 

もう、この人形のような少女の思考回路は多少逝かれていた。

 

 

 

 

(ルミアの奴。 ジャイル? に話しかけられてやがるな? ま、そのお陰で緊張は解けたみてぇだし。 その影響かどうか分からないが、あの変態男爵の精神魔術を凌てるな。 流石の精神力っつー事か。 だが、そのジャイル? がこれ又ヤベェ……流石の前年覇者、か。 そこいらの学生とは次元が違う。 何したらあんな精神力を保てるんだろか?)

 

 

現在、ルミアが出場する『精神防御』は凄まじい激戦で熱を孕んで…………いる訳ではない。

その原因が……

 

 

「ふん! 男は要らぬッ! 私は、ルミアたんを心の底から身悶える姿が見たいのだッ! ベロベロベローーッ!」

 

 

「「「「「へ、変態だァアアアッ!」」」」」

 

 

誰もが吐き気を催す光景を作り出す男。 黒いシルクハットを被った壮年のオッさん……あれでも第六階梯に至った『ツェスト=ル=ノワール男爵』である。

ま、そんな偉い奴でも、流石にやって良いことと悪い事がある事くらい見分けが付くはずなんだがなぁ〜……(プルプル……)

ついでに、クラスや観客が一喜一憂する中、俺は……

 

「オイッ! 誰かケンヤを止めてくれッ!! こ、コイツァ!! スゲェー馬鹿力で、あの男爵を嬲りに行こうとしてやがるぞぉオオオオッ!!」

 

 

「離せッ! カッシューーッ!! 俺は、彼奴をブチの召さなきゃ腹の底から湧き上がる怒りが治んねぇーだよーーッ!!」

 

 

俺は軽く激昂しており、投影した剣で軽く半殺しを死に行こうとしていた。

 

 

 

 

「先生……」

 

 

「白猫も気付いたか。 ま、意外といえば意外だが、あれは軽く末期だな。 幾ら何でも、ルミアに甘過ぎるだろ」

 

 

「えぇ。 それに最近、ルミアも機嫌が良くて……特に、ケンヤの話をしている時とか……」

 

 

「ほぉ? それは面白い事を聞いたなぁ? ま、彼奴らがどう想いあっていたとしても担任講師として言えることは何もないがな。 アレは放って置けないな」

 

 

「そ、そうですね。 アレは、ちょっとダメな気がします」

 

 

「んじゃまぁ止めますか〜。 メンドクセェー」

 

 

そんなグレンとシスティーナのやり取りは会場が湧き立つ歓声で掻き消され誰に届くことは無かったという……

 

 

 

 

「2組、棄権だ!」

 

 

『お、オォット!? なんと、ここで2組が棄権だァアアアッ!! これで今年の『精神防御』に漸く決着が付きましたァアアアーーッ!!』

 

 

ウワァアアアアアーーッ!!

 

 

いよいよ死闘に決着が付いたことで、会場中から熱気が溢れかえり、凄まじい轟音が鼓膜を刺激してくる。

……ッルセェ!! 俺は耳が良いから余計に五月蝿いわッ!

もっと、静かに応援や歓声を出しやがれコラァッ!!

 

 

「それよりも、アンノォ、エロ男爵ガァアアアッーー!!

ヨクモ、俺たちのルミアをあんな目に併せやがったなァアアアーーッ!!」

 

 

「おいッ!! ち、ちょっと、皆んな!! マジでッ!! マジで! こいつ抑えてッーー!? ヤバいからッ!!今のこいつ、 本気で人殺しかねないからねッ!!? だから、抑えんの手伝ってくれェエエッ!!」

 

 

クラス一同・((((マジで、末期じゃん……))))

 

 

とまぁ、俺が暴走? してる間に、ジャイルが気絶していた為、その前の【マインド・ブレイク】に意識を保っていたルミアが逆転勝利し、俺たちは午前の部を二位で会場を盛り上げることに成功したのだった。

 

 

 

 

あの後、怒り狂った俺が軽く暴れ回る事態が起こり、クラス内が騒然としたが、グレン先生のお陰で事無きを得ることとなった。 あの人、俺の頚椎に衝撃を与えて気絶させようとしてきたときは驚いたな。 明らかに手馴れてたし……

だが、勿論。 俺の耐久力は頚椎に衝撃を与えようとも意識を奪おうと思っても奪えないほどなので、体に違和感などは殆ど無かった。

ただ、冷静になって思い返してみると、俺はかなりの末期症状を見せたようで、暫くルミアやクラスに顔向けができないほどの羞恥が襲ってきたので、飯は一人で食うこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……なったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーこの馬鹿ァアアアッ」

 

 

「ギャァァァアーーッ!!」

 

 

「…………」

 

 

どういう状況か、フィーベルが顔を赤くさせてグレン先生を【ゲイル・ブロウ】にて吹き飛ばす事態が起こっている場所に遭遇してしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……いや、何があったのッ!?

 




ヤバいな……
このままだと、完璧にルミア√ 一直線である。
如何にかして、他のヒロイン候補も目立たせなければ……!!


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ルミアとアリシア7世の邂逅とケンヤの根底

……結局、昨日は何にも挙げていない。
何で、昨日は休稿にしたんだろうーーーッ( ̄◇ ̄;)

感想と評価をお願いしヤァス!


「ーーーエラい場面に遭遇しちまったな。 これは、どうするのが正解なんだ?」

 

 

頭を掻きぼやきながらも、現状の把握に努める。

顔を羞恥か将又憤怒で紅潮させたフィーベルがプルプル肩をふるわせ目頭に涙を溜めている。

更には、魔術を使ってグレン先生を吹き飛ばしたことによる罪悪感も多少なり覚えているようだった。

 

 

それを優しく喩すように背中を撫でるルミア。

如何やら、フィーベルが先生に渡す予定だったバケットを渡す前に先生がルミアに【セルフ・イリュージョン】で化けて先に食べようとしていたらしい。

あいつ、最低じゃねぇーかーーーッ!

 

 

「よしよし」

 

 

「うぅ〜……ルミアぁぁ……ッ。 グスッ」

 

 

「…………」

 

 

いや、遠巻きに覗き込んで盗み聞きしてる俺が言えた節じゃねぇーな。

俺も大概に屑な行動をしている事に気が付き、未だ顔を合わせづらいのを懸命に堪えて二人の会話に割って入ることにした。

てか、聞くだけ聞いて立ち去る事に罪悪感を覚えたから無為にする事ができないんだよなぁ〜。

かなりお節介なのは自覚しつつ、自分の根本に諦観しつつ、恥ずかしさを紛らわせるために首を掻いた。

そして、ゆっくりと二人の方へ歩みを進めんのだった。

 

 

 

 

「ーーーそれで、どうしてこうなった」

 

 

「……あ、あはは」

 

 

競技会場の裏側。 先生が飛ばされたであろう方向に向けて歩く俺とルミア。 ルミアの手にはフィーベルが朝早くから起きて作った特製のサンドウィッチが入ってあるバケットがある。

どうして、俺とルミアがこうして連れ立って歩いているのか…… 簡単に言えば、フィーベルの為にルミアが動いたというのが一概の理由と言えるだろう。

 

 

先ず、俺が彼女達の会話に混じった時点で俺の一人時間は渇望する前に終わった。

ま、まぁ、それは自分から入り込んだ話であるので仕方がない。 諦めるべきだと腹を括った。

そして、ある程度遠巻きに聞いていた話を一通り聞かされた後に、ルミアがあまりのフィーベルの落ち込み様に自分が先生に渡してこようか? と言い出したのだ。

これにはフィーベルも悪いと思ったのだろう。 最初は被りを入れて拒否をしていたのだ。

だけど、なんだかんだで気の強いルミア大天使様は、一歩も退かずに攻める方向だけを変えたのだ。

「私が匿名で先生に届ける代わりにずっと私と親友以上の関係でいてね?」と言ったのだ。

まぁ、これで落ちない人間はいないだろう。 人差し指を立てて唇に添えてウィンク。

俺はその場で鼻血をブッパしかけた。

その大天使様の破壊力が伝播したのか、辺り一帯が男子のケチャップ塗れだったのは当然の摂理だ。

 

 

これにはツンツンキャラで定着しつつあるフィーベルも陥落せざるを得なかった。

ルミアにバケットを手渡し、お願いしたのだ。

当然、俺は万事解決ということで一言だけ告げてその場を去ろうとしたのだが、フィーベルが余計な気を使わせたのか、ルミア一人で行かせるのは偲びないからケンヤも付いて行ってあげて、という無茶振りを吹っかけられた。

一瞬だけ吃るが、直ぐに冷静さを取り戻し断ってから去る前にフィーベルから軽い脅迫? を受け、許諾せざるを得なくなった。

その時のフィーベルの悦気味な声色は覚えていた。

 

 

「貴方がルミアの為に男爵に怒り狂ってた事を伝えてもいいの?」

 

 

こんな事を言われてしまったら承諾しないと行けない。

大人しく観念して、『精神防御』で疲れが取れていないルミアを見守るという形で付いて行くことに成った。

ルミアに聞こえないように俺の耳元で囁いた小悪魔の一言で俺の気が直ぐに変わるのだから、人間誰しも利口なのか莫迦なのか……

いや、俺は間違いなく後者だが、フィーベルは何時からあんな悪い子に育ってしまったのやら。

 

「……」 「…………」

 

 

さて、そんな事を思い耽りながら静かな、僅かな談笑すら浮かばないまま徒歩をしていると先生がベンチでシロッテの枝を銜え込み、今にも餓死寸前の顔色を浮かべていた。

……この前、奢ってやった上に暫くの食事代も渡したはずなんだがなぁ。

後で、その辺の謎もセリカ師匠に尋ねるべきだな。 と軽い尋問を決意した俺は、優しく微笑みかけるルミアの後に続いて先生の元へと向かった。

 

 

 

 

 

「うめぇー!! ほんと、生きててよかったぁあああッ!」

 

 

涙目を浮かべながら、差し出されたサンドウィッチをガツガツと頬張るグレン先生。

俺は大袈裟だなぁ〜と思いながら苦笑する。

それをルミアは楽しそうに微笑みながら見つめていた。

 

 

先生を見つけた後、先程の静寂が嘘のように楽しく談笑する機会が増え、ルミアとの間にあった多少の確実も埋まった……というか、俺が一方的に避けていたのだが気軽に話しかけることが出来ていた。

ま、今でも羞恥はあるが、グレン先生の無邪気にサンドウィッチを食べている姿を見ているとクヨクヨと迷っていた自分が馬鹿らしくなる。

 

 

そうして、楽しい時間が過ぎて……

 

 

「ご馳走さん! このサンドウィッチ、めちゃくちゃ美味かったぜ!」

 

 

「ふふふ、お粗末様です……とは言っても、私が作ったわけじゃないんですけどね」

 

 

「ん? それなら誰が作ったんだ?」

 

 

「それは本人経っての事で匿名ですが、クラスの可愛らしい女の子からとだけ言っておきますね」

 

 

「ふーん。 なぁ、ケンヤ。 お前も知ってんのか?」

 

 

「えぇ。 ま、一応…… 俺も同じ理由で話せませんけどね」

 

 

俺やルミアがはぐらかしたことに残念がる様子を見せることなく、ただ食後の快楽に浸かっているグレン先生。

その様子にお互い顔を見合わせて苦笑する俺とルミアという構図が生まれた。

少し前までなら考えられないような光景だが、ま、こう言った時間を過ごすのも悪くないと思えてしまう自分がいることに再々気がつかされた。

 

 

チリン、チリン……

 

 

「ん?」

 

 

そんな事をしていると、少し離れた位置から鈴の音が聞こえてきた。 最初は飼い猫でも迷い込んできたかと思ったが、視線を向けると体がその場で硬直する。

 

は? ま、待て? な、なにがどうなってる?

 

 

困惑した脳を放置したまま、その鈴の音から声が聞こえてきた。

 

 

「そこの貴方はグレン、ですよね? あの……少し、よろしいですか?」

 

 

それは透き通った女性の声。

美しく流麗な声色だった。

グレン先生は突然背後から声をかけられたことで多少の苛つきがあり、その場で足を止めて()()な態度をある御方に対して働く。

 

 

「はいはい、全然よろしくありませーん、俺達、今、すっごく忙しーーって、ぇえええええええええええええええええええええーーッ!?」

 

 

よ、ようやく気がつきやがったか!! あの馬鹿兄弟子!!

今、お前がその口調で反応した御方にもし護衛でもいたりしたら、即刻その場で首を切り落とされてたぞッ!!

ということで、俺は既に恭しく片膝をつき平服の意志を見せた体制を取っていたのだ。

 

 

「あら? 貴方もいたのですね? ケンヤ。 お久しぶりです」

 

 

万物を癒す微笑みがあるとするなら、これしか無いと言わんばかりの慈愛なる微笑を向けられる。

だが、内心ではバクバクの心臓によって張り裂けそうだ……決して恋情でそうなっているわけではない。 ただ緊張で吐いてしまうと錯覚してしまうほどに動揺しているのだ。

 

 

「は、ハッ! 陛下もお変わりなく御壮健であられるようで、俺……じゃなかった。 僕も嬉しい限りでございますッ!」

 

 

「ふふ、そんなに畏まらないで下さい。 今の私は一市民と変わらない、只のアリシアですから、ね? それに、貴方と私の仲……とでも言えばいいのでしょうかね? この場合は…… そういうことですから、是非、頭をあげてください」

 

 

「おい、ケンヤ……てめぇ、いつの間に、女王陛下と……いや、わかった。 セリカだな……お前も苦労してんな」

 

 

や、やっちまったかもしれねぇわ…… 大体、俺がこんな言葉遣い事態出来るはずもねぇーんだよッ!!

てか、陛下こそ、もっと高貴に見下してくださって構いませんよ!? なんで、下々の俺の方が敬語下手なんだよッ!!

というより、グレン先生や平服しながらも、俺の肩に手を置いて、何かを察するの止めて。 悲しくなる……

てか、ルミアさん! 貴女も驚いてる場合じゃないでしょう……が。

 

 

そこまで思い耽って気付いた。

あ、そうか……ルミアにとって、彼女は……

 

 

突如、俺たちの前に現れたのは赤いドレスに碧い水晶石を首から下げたブロンド髪の長身女性。 見るものを魅了する程の美貌を持ち合わせ、民草から慕われる高貴な御方……アルザーノ帝国女王アリシア7世だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今から、3年ほど前の事だ。

 

 

丁度、魔術に対しての信仰心といったものを欠如していた頃の話だ。

故郷を失っていた俺は各地を転々として拠点を決めるわけでもなく、その場で依頼を受けては金を稼ぐことで何とかして5年ほどは生きながらえていた。

その時の俺は、誰に対してもキツイ態度を取り、人間の事をあまり信用していなかった。

 

 

そんな時に、アルザーノ帝国へ訪れた際……

 

 

『ん? あッ! お前……ケンヤか?! ケンヤ=サクライーーーッ!!』

 

 

何故か、街のど真ん中で師匠と久し振りの再開を遂げた。

 

 

処が変わって、師匠と話を久し振りにする為に居酒屋へ向かうことになった。

勿論、適当なでっち上げで俺の正体を隠すつもりでいた。

こんな所に来ている理由も、村が焼失したというものではなく、ただ旅をしているだけだ、と言うつもりだったのだ。

 

 

しかし、師匠は粗方、俺の諸事情を知っていた。

 

 

曰く、村が『天の知慧研究会』に焼かれた。

 

 

曰く、天涯孤独の身となった俺が最近噂になっている【黒蒼狼】だとか。

 

 

曰く、悪童退治に熱を割いている、とか……

 

 

それを知っていた師匠に対して多少の抵抗は有りはしたが、彼女なら知っていたとしても誰かに言いふらしたりしないだろうと、其れなりの付き合いなので理解出来た。

だけど、彼女はそれを知って尚、俺に平然とも話しかけられるのかが不思議で仕方がなかった。

それを尋ねると、一瞬だけ素っ頓狂な顔を浮かべ、直ぐに腹を抱えて笑い出した。

そして、落ち着くと同時に、俺の頭をクシャクシャに撫でて言ったのだ。

 

 

『私はお前の第二の母親だぞ? そんな事で息子を軽蔑する様な親がいるわけないだろ? それが、悪事なら怒るし、一発殴る。 それは変わらない。 だが、それで縁を切れるなんて思わないことだなーーーッ!』

 

 

まあ、それで多少感涙して、旧交を温めた事は閑話休題(置いておくとして)

 

 

その後、彼女の言いつけで2年後のアルザーノ帝国魔術学院への入学を嫌々ながらに半ば強引に決定事項とされ、その際に少しの間だけ彼女の伝で何故か……本当に何故か……王宮暮らしを送る事となった。

 

 

いや、どういう経緯だよ! 今思って見ても、やはり異常である。 幾ら、師匠と陛下が旧知の仲であられたとしても普通は民草を受け入れる王室があっていいのか?!

 

 

だが、俺は何故だか受け入れられ、更には陛下のお心遣いで帝国史と呼ばれる学問を教えて下さる講師を紹介していただいたり、体を鈍らせないためと言って、【英雄】とも呼ばれる最強の剣士、ゼーロスさんと稽古まで付けさせて頂いたのだ。

勿論、最初のうちは刀の形状や東方剣術に慣れないゼーロスさんに其れなりの手数で打ち込めたが、斬り会えば斬り合うほどに地力の差が出てきた。

勝率では五分五分だが、今、斬り合えば正直どうなるかわからない。

とまぁ、こんな感じで王室暮らしをしていて、勿論、陛下とも対面させていただいた訳だが、俺は平凡な田舎育ち。 高貴な話し方などは到底不可能であり、其れなりに不遜な態度を取っていた。 それと、彼女からの御厚意は有難く頂戴していたが、王室の沽券の為に実の娘を捨てたという話を内々から聞こえてきて、あまりいい気分ではなかった。

 

 

だからだろう……

俺は一度、聞いたのだ。 失礼に当たると知っていながら、相手が傷付く事を知っていながら、俺は尋ねた。 尋ねられずにはいられなかったのだ。

陛下が優しく寵愛に満ち溢れた御仁であるからこそ、俺はこの事を聞かずして御厚意に甘えるわけにはいかなかった。

 

 

『アナタは、捨てたエルミアナ王女の事をどう思ってたんだ?』

 

 

それを聞いた瞬間、彼女は直ぐに哀愁漂う表情を浮かべ、静かに窓辺に視線を向けた。

それが何を意味するのか、俺には分からない。

ただ、一滴の雫が頰を蔦っているのは分かる。

 

 

そう、それが答えだった。

 

 

確かに、親としては失格だった。

実の娘が『異能者』であり、その『異能者』に対する迫害が強く、王室の存亡が掛かっていたとしても、親が子を捨てる事が有ってはならない。

どんな理由があろうとも、それだけは親としての責任から逃れただけだ。

 

 

ただ、俺が知りたかったのはそこでは無い。

俺が理解したかったのは、『心』。

例えば、愛していなくて実の子を捨てる親なら、もう人間として終わった存在だ。 それは、只の生物に過ぎない。

希薄な生物だ。 ただ自分の欲の為だけにしか行動できない屑など、そこらに生える雑草以下である。

だが、愛していても何らかの理由で捨てざるを得ないのなら、彼女は親として失格だとしても、人間としての道理は通っている。 恐らく、エルミアナ王女が『異能者』と発覚した時、かなり上の人間は陛下にエルミアナ王女の死刑を進言したはずだ。 しかし、彼女はそれだけは決して許さなかっただろう。

だから、捨てた。

たとえ、自身の手で育て上げることが出来なくとも、彼女が一人の人間として育ってくれるなら、それだけで喜びを得られる。

 

 

陛下はエルミアナ……ルミアを捨てた冷酷な女性である。

最初は、そう認識していた。

だが、陛下の流した涙が偽物でないことぐらい、人として腐っていた俺でも分かった。

 

 

だから、俺は彼女が悪人でない事を認識し、一つだけ詫びを入れた。 そう、尊敬できる女性として……一市民として、陛下の寵愛を受けるものとして……そして、彼女が信じるモノを俺自身が信じるモノとして学院に入る事を許諾したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも、ルミアは拒絶した。

人払の結界が大掛かりに発動されていることはわかるが、あまりの動揺具合に俺もグレン先生も頭を掻き毟る事しか出来ない。

 

 

陛下が久しく邂逅して嬉しく思う愛娘の存在。 ただし、それを許容するかはその娘自身である。

たとえ、それが一国の存亡が掛かった事でも、ルミアを捨てた事実は覆らない。 それが、当時は子供なのだから尚更だ。

それは、本人が1番理解しているからこそ、歯痒い。

 

 

ルミアは平服してから、立ち上がり、その場を駆け離れた。

 

 

「……やはり、今更、母親なんて、思ってくれませんよね。 何せ、私はあの娘を捨てたのですから」

 

 

眉を顰め、悲しげな顔を浮かべた陛下の御姿は迚も見ていられるものでは無かった。

 

 

 

 

「……すみません。 俺、ルミアを探してきます」

 

 

陛下が立ち去った後、俺たちも午後の部が始まる直前ということで、グレン先生が戻ろうと促してきたが、俺は其れを拒否してルミアを探しに行くことを伝えた。

 

 

「そうか。 わかった…… ただ、お前の競技までには戻ってこいよッ! じゃないと、流石にマズイからな!」

 

 

「はい! わかってます!! それに、粗方の場所はわかってますよ」

 

 

俺は其れだけを言い残して、その場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

(いた!)

 

 

誰の目にも止まらないような木陰にあるベンチ。

そこに座る少女は見間違えるはずがない、ルミア=ティンジェルその人だった。

 

 

一人になりたい気分であろう沈んだ彼女からは、覇気という生気が感じられず、只々顔を俯ける事しかしていなかった。

 

 

(……よく考えたら、あんな後は一人になりたいよな。 ここで、俺が出て行ったところで、何の解決にもならない……戻るか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーなんて、言えたらどれだけ俺の人生はイージーモードだった事やら」

 

 

去ろうとしていた態勢から後ろに向き直り、僅かな諦観を含んだ思考を浮かべながら、一歩、また一歩と大切に踏みしめながら、ルミアに近く。

 

 

 

 

 

 

ーー彼女は、俺の事を聞いても逃げなかった。

 

ーー彼女は、俺を信じてくれた。

 

ーー彼女は、俺の存在理由を否定しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

だから、俺も彼女を信じ抜けるように、話ぐらいは聞いてやらないと、この恩義はきっと返せない。

ルミアだけじゃない恩義…… 勿論、陛下に対する恩義もある。

だから、俺はお節介だとしても突き進む。

そうだよ。 俺はそういう生き方しか知らないんだ。

結局、悪ガキぶっても、根底にあるのは誰かを救いたいという願望だけ。

偽れざる気持ちだ。

 

 

「よ! ルミア。 何、ロケットなんて眺めてんだ?」

 

 

だから、俺は笑みを向けたまま、彼女の無意識に張られていた境界線へ足を踏み入れたのだ。

 

 

 

 




長い上に、全く進んでいない。
主人公の過去話に詰め込め過ぎたァアアアアーーーッ(>_<


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テメェが勝手にテメェの命を秤にかけてんじゃねぇぞッ!!

オゥ、長ぇ〜……_| ̄|○
しかも、なんか最後の方は集中切れてゴタゴタだ。
ま、まぁ完成したからいっか?

感想や評価をお願いしヤァスッ!!


「ケ、ンヤ……」

 

 

弱った声で俺の名前を呼ぶルミア。

それだけで、彼女の心が憔悴している事がわかった。

だから、俺は敢えて気軽に話しかけ、明るいムードを繕うことに意識を傾けた。

 

 

「おう! みんな大っ嫌いで魔術嫌いで有名なケンヤ=サクライ君だ!嫌われ者だから、ルミアがどれだけ一人になりたくても、敢えて空気を読まずに話しかけるクズ男ですぅ」

 

 

顔も巫山戯気味に、お調子者でまかり通す。

その効力はあったのか、ルミアは先程よりも幾分かマシな顔付きになった。

 

 

「ふふ。 それ、ケンヤが自分で言ったらダメなやつだよね」

 

 

「あぁ、そうかもな……それより、笑ったな」

 

 

「ぁ……」

 

 

俺の言葉で気がついたようだ、口元に手を添えてその吊りあがりを確かめる。

それに続けて俺は言葉を紡ぐ。 出来るだけ、優しく伝わるようにゆっくりと語る。

 

 

「確かに、世の中には善悪があって、親が子を捨てるなんて合ってはならない悪だ」

 

 

 

蒼穹に澄み渡る空を見上げながら伝えたい気持ちを伝えていく。ルミアも何の事を言いたいか理解しているはずである。

だから、俺の方へ真剣な眼差しを向けて無言で耳を傾ける。

 

 

「悪は滅すべし。 なんてよく言うが、ありゃ只の欺瞞でしかない。 正義なんてモノは張りぼてでタダの大義名分に過ぎない。 その他大勢が認めた存在が正義でそれ以外は悪。 そう見切りをつけている時点で、人間って奴は貪欲で、醜くて、醜悪な存在だ」

 

 

暗がりの底で見た景色は決まって血塗れている。

俺の人生がそうだったように、人は人の死が無くては生きていけないのだ。

 

 

誰かが助かるということは、誰かが助からないということ。

 

 

誰かを助けるということは、誰かを助けないということだ。

 

 

 

「そう、トコトンまで人は汚れて穢れた存在だ。 それは、ルミアのお袋さんだってそうさ。 大義名分の為に、迫害されている『異能者』であるお前を捨てた。 それが正義なんて事はあり得ないし、納得は行かないよな。それでも、お前のお袋さんはその他大勢の為に娘を切り離し、正義と偽らなければならなくなった」

 

 

俺の言葉に、影が射す。

それは曇天な俺の心と同一であるかのように、ドロドロとした感情を運んでは理解させられ、一瞬にして絶望に変わるもの。

身体に纏わりつくように悪泥が心の隅々まで穢す。

それでも、俺は彼女に伝えていかなければならない。

それが彼女自身が望んだものでなくても、俺は代弁しなければならない。

 

 

「ルミアが望んだ未来と国が望んだ未来が違うように、正義と偽った陛下の御心も揺れている。 実際、何で陛下が態々、下々のいる場所を歩いてまでお前を探していたのか……考えるまでもないよな? それは、きっとルミアが1番知ってる筈だ。彼女がその他大勢のためにルミアを捨てた事は国的に間違いじゃない。寧ろ、正解だ。 だけど、それと同時に彼女は悪なる外道と同化したと、きっと内心では罪悪感に呑まれていたはずだ。 じゃないと、態々捨てた娘に会いに来ることなんて無い」

 

 

そして、見上げていた視線を降ろして、ルミアの目を真剣に見つめる。 できるだね安心するように、優しく頭を撫でて言葉を紡いでいく。

 

 

「ルミアは、賢いからな。 たぶん、俺が言うまでもなく、そんな事はとっくの昔に気付いていると思う。 だけど、お前の中にある()()()間違ってはいない事だけは伝えとく。たとえ、万人が悪だと言っても、俺だけーーーいや、俺だけじゃない。 フィーベルやグレン先生、それにクラスの皆だって、間違いじゃないって言ってやるよ。 だから、さ…………ルミアがしたい様にすればいいし、出来ることなら俺たちもそれを尊重して手伝ってやる。 だから先ず、ルミアの気持ちにある陛下への気持ちを本人にぶつけてやればいいさ」

 

 

「う、ん……わ、たし…………本当は、陛下の……ううん。 お母さんと触れ合いたいし、抱擁されて頭を撫でられて、『よく出来ましたね』って褒めてもらいたい………」

 

 

「うん」

 

 

嗚咽混じりの声色で、心の内を吐き出すルミアに優しく相槌を打ちながら、一言一言を聞いていく。

それは、学院に来てから恐らく初めての弱気。

何処までも健気で強い彼女が積み重ねた徒労が全部乗った言葉が重たくのし掛かる。

それだけ、彼女が募ってきた心労という事。

王室で産まれ、去れど王家の一員として認められずに捨てられた少女の懺悔だった。

 

 

「それでも……ッ! 私が、あの人を認めてしまったら、今迄、娘同然に育ててくださったシスティの両親にどういう顔をして接すればいいのか、分からなくなるのが……怖いの」

 

 

「うん」

 

 

語尾が弱くなった。

それだけ、彼女は抱え込み、消え入りそうになる心を強く保ち続けていた証だ。

今は倒壊した気の強さ。 それだけで彼女から溢れてきた感情はきっと常人ならば受け切れない。

だけど、俺は受け入れる。 彼女が俺を受け入れたように、俺も強く優しく受け入れてやる。

これぐらいは何ともない。 彼女が入り込んだ域に達していないモノぐらい支えられなくて、何が剣士だ!

関わった以上、自分の行動は自分で責任を持てよケンヤ=サクライ!

俺はどうして、彼女の心の内を受け入れると思ったんだ!?

 

 

ーー陛下の哀愁した顔を思い出したから?

 

あぁ、勿論それもある。 だが、それだけじゃない。

俺は、彼女に笑っていて欲しいんだ。 何でもいい、俺は彼女の笑顔に救われた。 だから、俺はルミアに笑っていてほしい。

だから、受け入れた。彼女の心の泥に片足を突っ込んだ。

あぁ、それなら最後まで歯ぁ食い縛れよーーーッ!

責任が取れないなら、俺は只の藁人形と変わらない。

それだけは、許されない。

分かっているからこそ、俺は彼女に俺が考える真意を伝えた。

 

 

「贋者が本者に劣ると誰が決めたーーー?」

 

 

「え?」

 

 

「ルミア。 確かに、お前の本物のお袋さんは優しくてお前を愛している。 そして、それは、その事をお前自身が受け入れるかどうかの話だ。 それ以上でもそれ以下でも無い。 だけど、それが今の両親……フィーベル夫妻を傷付ける行いと勘潜るには、ちと早いだろ。 それが本人達から言われていたら別だが、それはないだろう。 じゃなけりゃ、今ごろ、お前はあの場所にはいない。 だったら、それが答えだ。 今、ルミア=ティンジェルという存在を受け入れてるフィーベル家が贋者だとしても、本者の愛に劣るはずがないだろう? それに……」

 

 

そして、より一層頭を撫でて、少しクシャクシャに成るまでやる。

そこで、手を止めて、ルミアが恐る恐る俺の存在を確認する。

その様子を眺めたルミアと俺の視線がぶつかった。

 

 

「ーーー愛情に本者とか贋者があるはず無いからな」

 

 

「ぁ…………うんッ!」

 

 

ルミアは先程の笑みとは比べ物にならないぐらいの完璧な微笑みで俺の心を軽く掴み、鼓動が早くなるのを体感で理解するのにそう時間は掛からなかった。

 

 

 

 

 

コレにて、一件落着…………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……となるはずだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーールミア=ティンジェルだな?」

 

 

「え? あ、はい……そうで、すけど……」

 

 

「貴殿は、恐れ多くもアリシア七世女王陛下を密かに亡き者にせんと画策し、国家転覆を企てたその罪、もはや弁明の余地なし! よって貴殿を不敬罪および国家反逆罪によって発見次第、その場で即、手討ちとせよ。これは女王陛下の勅命である!」

 

 

そんな騎士の言葉によって、総てが絶望に塗り潰されていく感覚が全身に駆け巡った…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は? ち、ちょっと待てッ! セリカッ! そりぁ、どういう意味だーーーッ!!」

 

 

 

時を同じくして、あまりにケンヤとルミアの帰りが遅いことに違和感を持ったグレンはセリカに救援要求をしたのだが、その彼女は、何時もより物静かな声色で告げた。

 

 

 

『さっきも言った通りだ。 私は何も出来ないし、私は何も言えない。 何か出来るとすればーーーグレン、お前だけがこの状況を打破する事ができる。 それ以上は何も言えない。 わかったな。 ケンヤにも伝えておけ、私は何も出来ないと、な。ーーー すまない』

 

 

そうして、最後に掠れた謝罪が聞こえた事に舌打ちをしつつ、グレンは駈け出す!

しかし、彼は足を止めることとなった。

 

 

「ちっ!」

 

 

今は魔術競技祭の午後の部。

担当講師が独断で抜け出すことはほぼ不可能。

だが、消息不明の生徒を二人もいて平然と居られるほど腐ったつもりは毛頭なかった。

 

「白猫! 悪いが、俺が戻るまでの間の指揮を頼むッ! あと、ケンヤが出るはずだった『探知&開錠』は状況判断の良いカッシュ辺りを代打で使ってくれーーッ!」

 

 

「ちょーーせ、先生ーーーッ!?」

 

 

システィーナは突然のグレンの無茶振りに声を荒げたが、グレンはシスティーナなら何とかしてくれることを信じて突っ走るのみだった。

 

 

 

 

複数の王室親衛隊と思わしき騎士たちが俺やルミアを囲うように配備され、手練れだと理解するに十分だった。

 

 

「おい、幾ら王室親衛隊と雖も、それは、ちと横暴が過ぎるってもんじゃねぇーのか? ルミアが国家転覆を狙って陛下を暗殺? 笑えねぇ冗談も大概にしろ。 それに、もしそれが本当として、証拠は上がっているのか? それも無しにいきなり惨殺ったぁ、偉く物騒だな……どういうつもりだ」

 

 

「ふん! アリシア女王陛下からの勅命である。 その様モノは必要なかろう。 何せ、女王陛下きっての御言葉であられるからだ。 よって、それに逆らう貴様も、そこのルミア=ティンジェル同様、死の覚悟はできておろうな?」

 

 

騎士が鞘から抜剣し、正眼に構えた。

殺意を帯びた剣はいつ見ても反吐が出そうなぐらいに気持ち悪く感じる。

ドロドロとした感情が再び押し寄せて、体の全体を蝕むように削る。

あぁ、何だ……腹が立つな……

 

 

「あぁ、上等だ。 テメェ等如きが束になって掛かってこようが、俺に通じると思うなよ外道ども……聖職か何か知らんが、テメェ等のその腐った思想は虫唾が走る。 だからーーー」

 

 

しかし、最後まで俺の言葉が紡がれる事はなく、ルミアが一歩前に出て俺を制した。

 

 

「は? ち、ちと待てッ! ルミア、お前ッーー?!」

 

 

その目は……ッ!?

また、だ……また、俺はあの目を見てしまった。

 

 

「分かりました。 私、ルミア=ティンジェルは罪を認め、その贖罪として首を差し出しましょう。 しかし、先程、無礼を申したかの者は見逃してもらえませんでしょうか? 彼はこの件に関して無関係です。 然れば、一般人を惨殺するも同義。 それは御心が広い陛下のご傷心になると思われますが、如何ですか?」

 

 

「おい! ルミアーーーッ!? テメェ、何勝手にーーー」

 

 

「ケンヤは黙っててッ!! お願いだから、貴方だけでも生きて……私は、貴方の言葉だけで救われたから、これで良いの……ありがとう、ケンヤ。 システィ達にはゴメンねって伝えてね」

 

 

「最後の別れは済んだか? 貴殿の要求は受け入れよう。 あの少年に手を加えない事を女神に誓おう」

 

 

「有り難うございます。 それでは、私は如何様にもされましょう」

 

 

「うむ。 その心意気には敬意を表そうーーー付いて来い」

 

 

ルミアが連れていかれようとしている。

だが、俺の体が動かない。

頭では助けないと行けないと理解しているのに、過去が足枷となって動かない。

鉛を入れられた気分だ。

クソッタレーーーッ!! 俺は、また……誰も救えずに……ッ!!

 

 

去っていくルミアと王室親衛隊。

目の前に助けるべき人がいるのに、体が言うことを聞かない感覚。 俺は知っている。 明らかに怖じ気付いているのだ。

助けようとして動いたのに助けられない恐怖は簡単には離れてくれない。 トラウマだ。

救いを求めた手を掴むことすらできずに、只死に行く事を許容した目が俺を外界から遠ざける。

 

 

完全に見失う……ルミアも、自分も、何もかもを見失ってしまう。

 

 

 

 

 

ーーーー(奇跡)は無く (希望)も無く (理想)は闇に溶けた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでも それなのに まだ……()が残っているーーーッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーー【投影、(トレース・)「ん? 何だ? マナの流れがかわっーーーー」開始(オン)】ッ!!」

 

 

俺は自身の身体に張り巡らされた27の魔術回路に魔力を叩き込む。

ピキリッ……!

 

 

「ぁ……」

 

 

何かが壊れた。

ケンヤ=サクライの一部が欠損した事が明確に理解できた。

それはそうだ。 以前、テロリスト相手に使った【投影魔術】とは訳が違う。

前回は、自分の身体()から取り出したものだ。

だから自身への負担は極端に少ない。

だが、今回は違う。 この世界は俺の身体()では無い。

元が違う世界……しかし似た世界を内包した人物の物だ。

だから、取り出す剣は其奴が最も愛用していた夫婦剣を両手に投影し取り出した。

その名もーーーー

 

 

「ーーーー干将・莫耶ッ!」

 

 

右手に白、左手に黒の双剣が握られ、構築された戦闘技能までもを読み取り、自身へと具現化させた。

今は、これで良い。

自分の戦闘スタイルとかけ離れた武器だが、彼の戦闘技能を先取りした俺は完璧な模倣は出来ずとも、それらに準ずる力は使えるはずだ。

 

 

「チッ! 最後の情けをかけてもらい、自身の命を救われたのにも関わらず、まだ我らに楯突こうというのかーーーッ!! えぇい! 小僧ッ! 貴様、自分が何をしているのか理解できているのか!?」

 

 

「ダメだよッ! ケンヤ! 今すぐ、剣を降ろしてーーッ! 私はもういいの!! だから、早くその剣をーーーーッ!」

 

 

 

「うるせぇえええええええーーーーッ!!」

 

 

俺の怒号に周りにピリピリした空気が流れ始める。

それだけで静寂が訪れ、俺はゆっくりと右手の剣を騎士達に突きつける。

睨みつけるように眼力を込めて、殺気を凝縮した覇気を相手にぶつけた。

ゾワリ……

騎士たちの身体が、本能が告げたはずである。

今のケンヤ=サクライは歯止めの効かない殺人鬼である事を……!

 

 

「いい加減、腹が立つんだよ…… 王室親衛隊? 陛下の御言葉により死刑? 情け? ……ッザケンなよ! テメェ等は何処まで傲慢なんだッ!! 如何にも自分勝手な言い分で人を丸め込む姿が滑稽な事に気がつけよッ!! 虫唾が走る……ッ! あぁ、そうだーーーテメェ等が俺らの命を脅かすっていうなら……容赦はしねぇ。 あと、俺が一番イラついてんのは、テメェにだ……ルミア」

 

 

俺は怒りの視線を捕らえられたままのルミアに向けた。

辟易してんだ…… 何だ?あの目は…… あの総てを諦めた目は俺の平穏を打ち壊すのに一瞬だったぞッ!?

クソが!! 胸糞の悪りぃ話だ……

 

 

「何が、救われただーーーテメェが何か悪いことしたのかよッ! いいか? 周りの人間を救う為に自身を犠牲にすることが正義なんて、バカげた妄言を信じ込んでんじゃねぇよッ!! あれは美化された話だッ! それは、無責任な死を他人に押し付けているクソがする事だッ! 自分に価値が見出せないなんて言わせねぇーぞッ!!」

 

 

俺は一間おいて巫山戯た思想を打ち壊すために俺が下した“決断”を吐き出した!

 

 

「テメェが勝手にテメェの命を秤にかけてんじゃねぇッーーー! それを決めるのは俺たちだッ!! 俺は“決断”したんだよッーーー俺の級友に手を出した奴らをまとめてブッ飛ばすッーーー! それが、俺の【理想】だッ!! 文句あっかーーーーッ! 今チクショォォォォオッ!!!!」

 

 

「えぇいッ煩いぞ! 殺れェエエエエ!!」

 

 

「殺れるもんなら殺ってみやがれェエエエエッ!!」

 

 

「ケンヤッ! イヤァアアアアッ!!」

 

 

そうして、俺が一直線にルミアに向かおうとしていると……

 

 

「ケンヤ! ルミア! 目ぇ瞑ってろッ!!」

 

 

「は? チッ!!」

 

 

俺は咄嗟に声の主を判別し、言われた通りに目を瞑る。

ルミアも条件反射だろうが目を瞑ることに成功し、周りの騎士は茫然としたまま声の主の方へ視線を向けた。

だが、この場合それは最悪の悪手となる。

 

 

ピカッ!!

 

 

「「「「なーーーッ!?」」」」

 

 

突如、眩い光が世界を支配し、騎士たちの動きを一瞬だけ止めることに成功した。

 

 

「ふーーーッ!」

 

 

「キャッ!!」

 

 

俺はその一瞬を逃さずに、剣を捨て、ルミアの気配を辿って駆け抜けた。

状況が状況だけにルミアは動けないと判断した俺は無理矢理に抱え込み、そのまま声の主の方へ全力で走り去った。

 

 

その後、騎士たちの喧騒が滞りなく聞こえてきたが、俺たちは陰に隠れて無事に逃れる事が出来たのだった。

 

 

 

 

「ーーーで、どうしてグレン先生がこんな所にいるんですか? これだと、グレン先生も俺らと同じで犯罪者の仲間入りですよ」

 

 

冗談めかして、助けてくれたグレン先生に向けて尋ねた。

其れを呆れたように溜息をつき、怠そうに返答が返ってきた。

 

 

「いや、なぁに…… お前達がちょっと面倒ごとに巻き込まれているであろうことを聞いてな? 流石の俺でもそんな状況でのうのうと生きて行けるほど神経が図太いわけじゃねぇーから勘でお前らの事を探してたらドンピシャなタイミングだっただけさ。 あと、お前、無茶しすぎだッ! このバカッ!」

 

 

「あぁ!! 先生が生徒の事をバカにしたぁ〜!! いーけないんだいけないんだ♫ しーしょーにいってやろ♫」

 

 

「て、テメェッ! ガキかッ!!? てか、セリカに言うのだけはマジ勘弁ッ!!」

 

 

「若干、ガチすぎて引きますね……」

 

 

「2人とも巫山戯てる場合ですかッ!!」

 

 

俺の腕に抱えながら、必死な物顔で叱りつける美少女、ルミアは俺の胸板を痛くない程度にポコポコ殴ってくる。

か、かわぇぇぇええッ!!

涙が目頭に溜まっているので、ガチで怒っているのだろうが、そんな風に考えてしまう。

 

 

そして、ルミアの真剣な物言いに、俺とグレン先生は顔を見合わせて頷き……

 

「「当然だ(だろ)ーーーッ!!」」

 

 

「えぇぇ!? 本気で巫山戯でたんですかッーーー?!」

 

 

「あぁ、どうせやっちまったもんは取り返しの付けようがないからな。 取り敢えずは、考えるのを放棄した……めんどくさいから」

 

 

「俺も大体同じだ…… いい案が思いつかない以上、思考しても無駄だしな。 めんどくさいし……」

 

 

「そ、それは大人としてーーーじゃなくてッ! どうするんですかッ!? 私を助けたばかりに、ケンヤや先生までもが犯罪者になるなんてーーーッ!? これじゃあ、私は……」

 

 

「「約束(決断)……だからな(したからな)」」

 

 

「え?」

 

 

俺とグレン先生の言葉が重なり、ポカンと口を開けるルミアを路地裏まで来たところでゆっくりと下ろし、現在の状況と打開策を話し合う事にした。

 

 

だが……

 

 

コツン、コツン……

 

 

「マジで、面倒な……ッ!」

 

 

「おいおい……マジで勘弁してくれよ。 まさか、王室親衛隊だけじゃなくて、宮廷魔導師団まで動いてんのかよッ!」

 

 

2人の強力な気配を感じ取った、俺とグレン先生は警戒心を最大限にあげ、ルミアを後ろに庇う形で戦闘形態へ移行する。

 

 

二人の内一人が、前に歩み出て影から現れた。

 

 

「なーーーっ!?」

 

 

グレン先生が動揺の声を出した。

知り合いか? その割に、相手の殺気はかなりの物。

ヤバい存在としか理解できない。

見た目は幼気だが整った顔立ちだ。

青い髪を長く束ね、変化の乏しい表情のせいで人形に見えて仕方がない。

そんな少女がマナを腕に込めて、地面に叩きつけた。

 

 

「【万象に希う・我が腕手に・剛毅なる刃を】ッ!!」

 

 

その詠唱と共に、殴りつけた個所から少女の身の丈を上回る大剣が錬金術にて作成されたッ!

そして、剣を握りしめると同時にーーーッ!

 

 

「ヤァアァアアアーーーッ」

 

 

斬りつけに来たのだった。

 

 

 

 

 




マジで√ に入ってる気がする……


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『桜井 剣夜』に引き継がれた意志

おう、グッチャグチャな話だ。
最後の方はオリジナルです(^。^)
てか、ぶっちゃけ最後はいらなかった気がするーーッ!
でも、入れたかったから入れた! そこに後悔も懺悔もないーーッ(≧∇≦)

評価や感想をお願いしヤァス!!


「【白銀の氷狼よ・吹雪纏いて・疾駆け抜けよ】ッ!」

 

 

先生が繰り出した軍用魔術【アイス・ブリザード】が相手を凍らさんと大気を冷やしながら直線上にいる敵へ向けて突き進む。

高々C級の攻性呪文と思うかなかれ。 軍用魔術は学生が習うであろう魔術と違ってどれも殺傷性が高い魔術だ。

この【アイス・ブリザード】も同じで直撃すれば相手は嫌が応にも死を具現化するいわば凶器だ。

さらに軍用魔術は扱いが難しく、基本的に高等な技術が要求されるが……流石はグレン先生だ、それを難なくやってのけた。

 

 

「効かないーーーッ!」

 

 

「なーーーッ!?」

 

 

しかし、大剣を盾の様にして前に突き出し、敵は極冷の吹雪を突っ切った。

 

 

「ヤァアアアアーーーッ!!」

 

 

少女は大剣を上段に構えて、跳躍。 そのまま落下速の勢いをつけたままグレン先生目掛けて剣を振り降ろす!

が……

 

 

「させるかよッ! 【投影、開始】(トレース・オン)ーーーッ」

 

 

「ムッ!?」

 

 

だが、俺が【投影】した『干将・莫耶』にてその剣を受け止める事でグレン先生やルミアに当たらない様に防ぎきる。

 

 

「グッ……!」

 

 

されど、状態の悪さは明らか。 敵は上から振り下ろした威力を上乗せした重い一撃であるにもかかわらず、俺は二刀の剣で其れを抑えきるので手一杯だった。

クロスガードと言われる双剣使い必須の防御術。

かなり高等な剣技で、相手の攻撃を殺す事に重きを置いた防御術。 これを崩す事は至難の技であるはずだった。

 

 

「私のーーー邪魔をしないで」

 

 

「はぁ!? なーーーッ!?」

 

 

少女が何かを呟いたかと思うと、途端に数倍の重さとなって剣に亀裂を入れ始めた。

ピキリ、ピキリ…… と砕け始めた『干将・莫耶』が悲鳴を挙げる。

このままでは、安易に双剣が崩される!

そう判断した俺は、双剣に魔力を注ぎ込むことで強化する。

 

 

「【強化、開始(トレース・オン)】ーーーッ!」

 

 

強化した双剣で全力の膂力を持って、少女を弾き返さんと血を駆け巡らせる。

 

 

「ムッ、しつこい……! いい加減に、私とグレンの邪魔をしないでッ!」

 

 

「う、るせぇええッ!! 剣の死合してるときぐらい、その敵を見ろよッ!! このガキィイイーーーッ!」

 

 

「ケンヤッ! 危ねぇッ!!」

 

 

「は!? ッーーー! クソが……ッ!」

 

 

グレン先生の声が聞こえたと同時に、少女の他にもう一人の長身男がいる事を思い出し、視線を向けたがもう遅い。

 

 

「ーーー【雷帝の閃槍よ】ッ」

 

 

静かな詠唱と共に差し出していた人差し指から雷の槍が俺たちを穿つために放たれた。

俺は内心で悪態を吐く。

 

 

(少女の肉弾戦と男の遠距離魔術砲撃……ッ! 防ぎ切れないッ!!)

 

 

俺は覚悟を決め、できるだけ後ろにいる先生やルミアに当たらないように体を盾にしようとするが……

 

 

「ギャウンッ!!」

 

 

「「「へ?」」」

 

 

雷は俺を貫く事なく、少女の後頭部に弾けるように直撃した。

そう、貫いたわけではない。 どちらかと言えば叩きつけたような音が聞こえてきた。

少女はそのままパタリと倒れ込み、静かになった。

あ、れぇ? あれあれぇ? な、何だろうか……さっき迄の剣戟が嘘のように静かに感じられるなぁ……

急なコメディー展開についていけない俺たちに、先程から陰に隠れて顔までは認識できなかった長身男性が姿を現し、グレン先生が驚きの様子を見せて、名前を呼んだ。

 

 

「な!? あ、アルベルトォォォォオッ!?」

 

 

「久しいなグレンーーー」

 

 

こうして、宮廷魔導師団の二人の強襲はグレン先生の知り合いだからという事で幕を閉じた。

てか、何の問題も解決してないよね?

そして、全く話についていけない俺とルミアは顔を突き合わせて、困った顔をする以外に何もできなかったのだ。

 

 

 

 

「え、えーと……こいつらは、俺の前職の同僚だな。 コッチのちびっ子が宮廷魔導士団 特務分室 執行官No.7《戦車》のリィエル=レイフォード。 んで、コッチの目が怖い紺色髪が同じく特務分室 執行官No.17《星》のアルベルト=フレイザーだ。ま、こいつらは敵ーーーじゃないと思いたいが、その辺はどうなんだよ」

 

 

「その紹介の仕方に異議を申し立てたいが、今はいいだろう。 そうだな。 現状では貴様達と敵対する意思は無い」

 

 

アルベルトさんと呼ばれた長身男性が未だ警戒心を解かない俺やおびえた様子を見せるルミアを見て威圧感があるものの、敵対の意思がない事を表明した。

それにしたって、“現状”だと、か……もしかしたら、敵対する可能性も無きにしもあらずなのか。

この人達相手に真面にぶつかり合いたくねぇ。 てか、その場合だったら手元に愛刀ぐらい持ってきときたいわ。

 

 

「じゃあ、何で俺たちを襲ったんだ?」

 

 

グレン先生の疑問は最も。

突然の強襲は間違いなく、俺たちを軽く屠れた可能性があるほどの突撃だった。

あれ程の威力の攻撃を裏路地とはいえ、民家で平然とぶっ放すこの少女が俺たちに害意が無いと信用できるはずもない。

だが、少女は出会ってから未だ変化しない能面でさも当然のように告げた。

 

 

「ん。 それはグレンと決着を付けるため。 それ以外はどうでもよかった。 それよりグレンーーー決着を付けよう」

 

 

「このバカッ! 今はそういう時じゃないでしょうがッ!!」

 

 

「うぅ〜……痛い痛い」

 

 

グリグリとグレン先生はリィエルと呼ばれた少女に拳を押し付け、少女はブラリとぶら下がっていた。

え? 何だ、この和やかムード。

先生達仲良すぎだろ。

その心情はルミアも思っていたようでクスクスと微笑んだ。

 

 

「ふふ。 皆さん、仲がよろしいんですね」

 

 

「バカ言え。 こいつらと仲が良いなんて、死んでもゴメンだね。 だが、戦力としてはこれ以上ないぐらい頼りになる……頼む、力を貸してくれ」

 

 

と、真面目に頼み込むグレン先生を品定めするように視線を移すアルベルトさん。

次の瞬間には諦観した様子で告げた。

 

 

「……何から始める」

 

 

「! そうだな。 先ず、今の状況について一通り教えてくれ。 そこから打開策を見つける」

 

 

グレン先生の話を最後に、俺たちは持ち得る情報を開示した。

 

 

 

 

「ーーー成る程。 全容が見えてきたな。 王室親衛隊の暴動か。 原因は十中八九、陛下に関係する何か……そして、それはルミアを殺す事で達せられる、というところか。 だがわからねぇ……なぜ、そこでルミアを狙う必要性がある?」

 

 

「わからんが。 この件には『天の知慧研究会』が関与している可能性が高い。 そこに、そこの王女を狙う理由があるのだろうーーー」

 

 

「あぁ、そうだろうな。 だとすれば、遡及に俺がセリカの言う通りに陛下の前に行くしか道はねぇだろ。 だが、どうやって其処まで行くかだな」

 

 

す、スゲエ…… 先生が真面目に会話してる。

どこに感心してんだって話だろうが、先生は基本気怠げに過ごすダメ人間だ。授業は真面目にやるようになったが、その基本姿勢は変わらない惰性先生だ。

だから、そのギャップが余計に際立って俺の関心が強いんだよ。

しかし、そんな先生達でさえ手詰まり状態。

うむ、どうしたものか……

そこで、手詰まった俺たちに意見を出したのは、リィエルだ。

 

 

「ん、私にいい案がある」

 

 

「ほう、言ってみろ」

 

 

「ん、先ず私が親衛隊に突っ込む。 次にアルベルトが突っ込む。 更に、この人も突っ込む。 最後にグレンが突っ込む。 それで万事解決」

 

 

おい! それじゃ意味ねぇーだろっ!

てか、俺の名前は!? 何で俺だけ指差し何だよッ!?

相手は其れなりの手練れが大勢いる王室親衛隊だ。

直線的に突っ込むのは宜しくない。

 

 

「いい加減、その脳筋思考は止めろッ!」

 

 

「痛い痛い……」

 

 

再度グリグリを繰り出す先生。

うむ、こうして見てると、和む。

やっぱり先生はロリーーーー

 

 

「ケンヤ、お前の単位落とすからな」

 

 

「ちと待って!? それは軽率ですよッ!! 俺が何したってんだよぉ〜!! 理不尽すぎんだろーーーッ!!」

 

 

「お前の考えてることはなぁ、最近セリカにも言われてるから察せれる様になって来たんだよぉーーーッ! 俺はロリコンじゃねぇッ!! コンチクショォッ!!!」

 

 

と軽い喧嘩? が起きたが、その場はルミアの天使の微笑みで霧散し、どうにかして緊張感が戻ってきた。

現状を打破するには先生やルミアを陛下の前へ連れて行くことが必須条件。

 

 

それが出来なければ、俺たちはどうしようもない。

敵が何を目的として、ルミアを付け狙うのか、更にはルミアを狙う為に陛下に何をしたのか……

考えるべき謎は一向に消えない。

だから、俺はある思い付きの作戦を告げてみることにした。

 

 

「ーーー皆さん、【セルフ・イリュージョン】は使えますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって魔術競技祭の会場。

ここでは、グレン先生やルミア、ケンヤがいない事で悪戦苦闘する2組の姿が写し出されていた。

午前の部とは打って変わって、2組は不調に追い込まれ、現在、ケンヤの代わりにカッシュが『探知&開錠』に出ていたが、何の練習もしていない彼が勝てる道理など持ち合わせてはいなかった。

 

 

『アァトッ! ここで『探知&開錠』の競技に代打として急遽出てきたカッシュ君が脱落ーーーッ! 2組、グレン先生がいなくなってからというもの、かなり劣勢に追い込まれていきます! 午前の勢いは完全に衰えたかァアアアアーーーッ!!?』

 

 

「くそ! すまねぇーみんな!」

 

 

解説者の煽りに腐らずにやってきた2組。

しかし、カッシュの謝罪は仕方がないこととして誰一人として攻め立てるものはいない。 責められるべきは今この場にいないケンヤだが、そのケンヤも何か訳があって来れないという事は、以前のテロリスト襲撃事件で彼の行動力を確認したクラスメイトだからこそ理解できる。だから、誰も彼の事を悪く言わないし、ルミアやグレンにも同様の気持ちである。

 

 

(どうしよう……先生に頼まれたけど、どう見ても士気は下がってるーーー私じゃあ、これを盛り上げることが出来ない。 だって、私自身が先生達がいない事に動揺しているから)

 

 

泣き言を言っても仕方がないことぐらいは理解している。

けれど、あと一つ1組に負ければ、その時点で2組の優勝は不可能。 これで盛り上がっていこうと言える精神力は学生である彼女達に要求するには些か難易度が高すぎる。

 

 

そして、誰もが俯きかけたそのときだった……

 

 

「待たせてしまってすまなかった」

 

 

全員が声の方へ視線を向けた。

それは一種の喜悦だった。

先生が帰ってきた。 これで士気が戻るとクラスメイトは全員思ったはずだ。

しかし、その思惑は斜め下に外れた。 何せ、その場にいる人物は見知らぬ男と人形のような顔立ちをした幼気な少女が立っていたからだ。

これには一同困惑せざるをえない。

 

 

システィーナがクラスのリーダーとして2人の事について尋ねた。

如何やら、グレン先生の友人で、彼がこの競技祭で活躍する姿を一目見ようと来たらしいが急用のため、グレンは来れなくなった。 その為、グレンに頼まれて2組を優勝に導くように伝えられたらしい。

 

 

だが、当然、知らない男からのそんな言葉を信用するほどバカな者は誰一人としていない。 それはそうだ。 幾らグレンの友人と言っても、本人がいないのではその確証が一つもない。

更には、自分達の指揮を見知らぬ誰かに預ける事は罷り通らない。特に、次の一戦で負ければ其れで優勝は無くなるのだから余計だ。

 

 

だから当然、システィーナはその申し出を断ろうと前に出たが……

 

 

「お願い……信じて」

 

 

「え? あ、貴女は……」

 

 

突然手を少女に握られたシスティーナ。

しかし、それだけで彼女の顔色はかなり変貌した。

それは驚愕だった。 何かに気がついたように見知らぬ長身男性に視線を送る。

……確信とまでは言わない。 だが、ある程度予測が付いた。

だが、その事をクラスに伝えれば確実に軋轢を生みかねない。

()()が何を思ってこの様な事をしているかは分からない。 それでも、意味も無くこのような事をする人達出ないことは()()()()()()()()()()()分かる。

だから、システィーナはある決断をした。

 

 

「みんな、この申し出を受けましょうーーーッ!」

 

 

「「「「なーーーッ!」」」」

 

 

クラスが驚きに包まれた。

仕方がないだろう。 何せ、今迄断るために前に出たはずのシスティーナが少女の手を握った瞬間に受け入れる方針に変えたのだ、疑り深くなっても致し方がない。

そう、それはシスティーナのある一言が無ければ、きっとこの話は無かったことになっていたはずだ。

 

 

「いい? 私達がグレン先生がいない間に負けたら、あの人が何て言うと思う?」

 

 

そこで、全員が逡巡した。

それはまるで同じ夢を見ている気分だろう。

しかし、それ程までにクラスが思い浮かべた光景は一緒だ。

 

 

『ゴメンねぇ〜! 急にいなくなっちゃってぇ〜! 僕がいなかったから優勝できなかったんだよねぇ〜!!』

 

 

超調子に乗ったグレン先生……誰もがその光景を見た瞬間に燃え上がった。

そして、クラス全体が湧き立ち、立ち上がることとなった。

そう、ここからが2組の逆襲撃の始まりだった。

 

 

 

クラス全員が盛り上がる中、俺は静かに赤い外套を羽織り佇む。

 

 

「皆、頼んだぞ……」

 

 

現在、俺は魔術競技祭の会場にある観客席にいる。

前にある特等席をちゃんと見るための場所を陣取っているのだ。

特等席というのは勿論、陛下やセリカ師匠、それに学院長もいる席の事だ。

配備された親衛隊はゼーロスさんを含めて5人程ーーー

陛下を守るには乏しく感じる人数だが、先程追いかけられた者たちよりも手練れだ。

特にゼーロスさんは飛び抜けてヤバい。

今、愛刀が無い状態で真っ向から戦えば必然的に負けるであろう覇気だ。

 

 

(ちっ……刀を【投影】してもあの人に通用するモノが出来ないからな。 仕方がないけど、今回は()から貰い受けた起源を使うしかない、かーーー戦闘技能が元々違うから馴染めなかったが、今はそんな事を言ってる暇は生憎存在しないからなぁ)

 

 

それで、俺の役割の一つである、特等席の動きの観察を続ける。

出来るだけ気配を消し、その辺りに敏感なゼーロスさんに気付かれないように細心の注意を払うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤い外套が丘の上で風で靡く。 無数の剣が身体中に突き刺さり其れが激戦の後であることを物語った。

白く逆立った髪。 よく鍛えられた身体。 恵まれた体躯。

誰かを助けたいと願った青年だ。

【理想】を叶えるために、凡人から這い上がった『人類の守護者』は仲間や助けた人に裏切られ、殺された。

 

 

しかし、青年は其れを憎んではいなかった。 それが人の望んだ末路なら、自分は其れを受け容れると言った。

もう、破綻している。 裏切られたのに殺されて、尚、人の為ならばという自己犠牲を望む青年の存在は俺にとって御し難い存在だ。

 

 

ただ、彼は最後の最後に人々の笑顔を見たかっただけなのだ。

誰かが死ぬのが嫌だった。 目の前に助けられる命があるのに助けられないのが嫌だった。 苦しんでいる人が存在するのに手を差し伸べられないのが嫌だった。

それで青年は()()()()を遺した。

誰かにその意志を継いで欲しいと、心の隅で願った。 叶わないはずの願いとわかっていても、願った。

無限の剣が内包された世界。 彼はコレを遺して、自身の存在価値を残そうとしたのだ。

 

 

それは、叶うはずもない奇跡だった。

 

 

誰かの為に成ろうとした青年『衛宮 士郎』。その成れの果てにあった世界を心象に具現化した世界が、同じ様な魔術回路の起源を持つ存在に譲られてしまった。

そう、叶ったのだ。 『衛宮 士郎』が紡いだ物語を引き継ぐものが現れた。

 

 

それが俺……『桜井 剣夜』という一人の魔術師だった。

 

 

 

 

 

 



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互いに賭けるモノーーー

長いです。 終わらないです。 なんかよくわからないです。
最悪の三拍子( ̄◇ ̄;)


感想や評価をお願いしヤァスッ!!


『な、何ということだァアアアアッ! 先程まで死に体も同然だった2組が息を吹き返して来ましたァアアアッ!! 一体、何があったのでしょうかーーーッ!!』

 

 

「おいおい、実況さん。 ちと興奮しすぎだろ」

 

 

監視している間、時折聞こえてくる実況に耳を傾けて2組の様子や順位を聞いているのだが、如何やら向こうは上手くいっているようだ。

ちと絶望の淵に入りかけていたが、今では午前と同じ様に活力に漲り、全員が目標に向かって突き進んでいるようだ。

それに、最後の『決闘戦』を残して、現在は一組と同着1位。

つまり、次の『決闘戦』で総てが決まる。

気を引き締めろよ。 カッシュ、ギイブル、フィーベル……ッ!

ルミアと陛下のハッピーエンドはお前達の結果によって左右されんだからなーーーッ!

 

 

「さて、俺もそろそろ始めるか……【この体は剣で出来ているーーーーーーーーーーーーーーー」

 

 

仲間達が優勝する事を信頼して、俺は、()に憑依体験を促す事にした。

 

 

 

 

 

『おっと!? これは、2人の実力が拮抗していますッ!! 互いに互いがレベルが高い魔術を繰り出しては、それを避けるッ! ハイレベルな戦いが繰り広げられてーーーおぉ!! 先に相手の動きを止めたのはギイブル選手だぁあああッ! 【アース・エレメント】を召喚し、敵を捕縛しましたッ! これには、善戦を続けていたクライス選手は身動きが取れませんッーーーあぁとッ! クライス選手、ここで棄権ですッ!! ギイブル選手、先鋒のカッシュ選手の敗戦を取り返しました!!』

 

 

「さ、サンキュ、ギイブル」

 

 

感謝を述べるカッシュを闘技場から降り立ったギイブルが眼鏡を押し上げて満足げに呟く。

 

 

「フン、僕は当然の事をしたまでだ。 それに、次の一戦に勝てなければ意味はない。 わかっているなシスティーナ。 あとは君次第だ」

 

 

「えぇ、わかってるわ。 まったく、ギイブルは相変わらず素直じゃないわね……必ず勝ってくるわ」

 

 

システィーナは覚悟を決め、最後の戦いへと足を踏み入れる。

その前に、アルベルトが前に出てある宣言をした。

それはクラス全体を盛り上げるための余興と言えばそれまでだが、これは必然的に活気を上げるに十分な魔法の言葉。

それこそ……

 

 

「2組が優勝すれば、お前達に好きなだけ飲み食いさせてやる!……グレンはそう言っていたぞ。 期待、しているぞーーー」

 

 

その言葉にクラスが湧き上がる。 軽い阿鼻叫喚が起こり、凄まじい喧騒があたりを木霊する。

さらに負けられなくなったシスティーナは上にいるアルベルトに向けて強い笑みを浮かべて答えた。

 

 

「えぇ。 期待、していてくださいーーーッ!」

 

 

やる気に満ち溢れた言葉にアルベルトは微笑みを返す事で意思表示をしたのだった。

 

 

 

 

「【血潮は鉄で心は硝子・幾たびの戦場を超えて未だ不敗ーーーーーーーーーーーーー】」

 

 

身体に張り巡らされた魔術回路が()に侵食されていく感覚が分かる。

胸部が疼く。 鼓動が早くなっている事が容易に理解できた。

俺は私、私は俺……されど、本来は違う次元の存在。

干渉するのに必要な魔力は遥かに膨大。 だが、マナ欠乏症の心配は無い。 今、()が使っている魔力は【人類の守護者】が世界そのものから受け取っているモノを代用しているからだ。 よって、俺の魔力自体は減少していない。

 

 

憑依体験は自身の身体に過去や未来の自分、又はそれに近しい存在の霊媒を体内に宿し、その人物が得た技術や体験した事を体現するモノ。

今の俺は、『人類の守護者』となった『衛宮 士郎』を憑依させ、彼の戦闘技能、及び魔術行使を先取りしている状態。

つまり、俺は魔力を流して、詠唱を途中で破棄しない限り、この身体は『衛宮 士郎』に置き換えられているのだ。

 

 

「【たった一度の敗走もなく・たった一度の勝利もなしーーーーーーーーーーーーーーーーーーー】」

 

 

真面な刀が作れないのなら、作れるような魔術師を憑依すれば良いと、最初は興味半分で覚えた憑依体験だが、コレには大きなデメリットが付き纏う。

魔力を膨大に使うことは勿論、自身の自我を失う可能性がある事だ。

魔力は、彼の能力の一つである『世界の干渉』によってほぼ無窮の魔力を触媒にして行う事が出来る。

憑依した後は世界から魔力の供給は無いが、それでも第一のデメリットは解決できる。

只、自我を失う点はかなりヤバイ。 何せ、他人の精神体(アストラル)が自分の肉体に宿るのだ、魂を軽く売り渡すようなものだ。 その精神体に強く干渉すれば自我を容易に失う危険な物だ。

俺の場合は、魔術行使されたものとはいえ、精神体に魔力はない。 つまり、【復元する世界(ダ・カーポ)】で『衛宮 士郎』が完全に侵食仕切る前に戻す事が出来る。

だが、加減を間違えれば只の廃人となる可能性のある危険な術式だ。

 

 

『ハインケル選手の【ファイア・ウォール】に流石のシスティーナ選手も後退したッ! これは絶体絶命かァアアアッ!』

 

 

実況が現在の様子を伝えてくる。

ふ、バカ言え。 フィーベルが絶体絶命? 彼奴がそんな児戯を乗り越えられない訳ねぇよ。

その程度の修羅場はあのテロリスト事件で克服済みだ。

そんじょそこらの箱入り娘と比べるんじゃないぜ。

だから、俺もこうして安心に『衛宮 士郎』に置き換える事が出来てんだ。

犬猿の仲だし、彼奴は気に食わない時もあるけど……誰よりも強くあろうとする彼奴がこの程度の逆境を乗り越えられないはずが無いという信頼はある。

だから……

 

 

(勝てよ、フィーベル……ッ! お前がお前である限り、この戦いは負けない筈だ)

 

 

「【担い手はここに一人・剣の丘で鉄を打つーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー】」

 

 

『こ、これはッ!? 改変呪文ッッッ!! な、何ということでしょうかーーーッ! システィーナ選手! なんと、高等技術である改変呪文を行ってハインケル選手の足を止めましたッ! 風が体に纏わりつくようにハインケル選手の身動きを自由にさせませんッ! あーっと! ハインケル選手が手間取っている間にシスティーナ選手、得意の【ゲイル・ブロウ】で決着をつけましたァアアアアアアーーッ! これで、グレン先生率いる2組が何と起死回生の優勝ダァァァァッ!!』

 

 

「ふ、やったな……じゃあ、俺も仕上げと行きますか!!」

 

 

俺は口角を吊り上げて、終盤まで差し掛かった詠唱を告げた。

 

 

「【ならば我が人生に意味はいらず・そう・この体は無限の剣で出来ていた】ッ!!」

 

 

この、『衛宮 士郎』が人類を救う為に得た能力を『桜井 剣夜』はたった一人の女の子の為に使うッ!

『衛宮 士郎』が万人を救う【正義の味方】なら、『桜井 剣夜』は望む一人を救う【守護者】でいいッ!!

俺は“決断”したんだッ! 彼女が笑っていられるような世界を作るって決めたんだッ!! その為に、俺は戦うッ!!

幾度と無く訪れる【絶望】が彼女を呑み込もうと言うのなら、俺は悉くを持って凌駕しよう……準備はいいか? 【絶望】。 惨劇のよういは十分かーーー?

 

 

 

「ーーー今年の魔術競技祭で優勝したクラスの担任講師と代表生徒は、王女陛下から直々に勲章を受け賜る栄誉を得る……コレを待ってたぜ」

 

 

そして、優勝後の表彰で壇上に上がったアルベルトさんとリィエルに視線が移り、2人の様子を怪訝に見ていた生徒や教員、それにゼーロスさんまでもが動揺を露わにする。

 

 

「「「「なーーーーッ!?」」」」 「やっと来たか!」 「やっぱり……ルミアだったんだ」

 

 

そう、化けの皮を剥いで現れたのは変装していたグレン先生とルミアだった。

これが俺たちの最大の賭けとなる作戦だった。

先ず、アルベルトさんとリィエルには囮となってもらうためにグレン先生とルミアに変装し街中を逃げ回ってもらう。

さらに、グレン先生やルミアは2組を優勝させるため、一か八かの賭けとしてアルベルトさんとリイェルに変装し指揮を取ってもらう。 その際、王室親衛隊の動きを逐一報告する際に俺が今いる観客席で確認する。 そして、其れを魔導器で報告する役割を担った。

そして、これが上手いことハマった感じだ。

ま、何故だかフィーベルやセリカ師匠にはバレてたみたいだがな……

 

 

「貴公は逃亡中のはずだーーーッ! どうして、この場にいるのだッ!」

 

 

「なぁに、簡単な話だよ。仲間と途中で入れ替わったのさ。【セルフ・イリュージョン】でな」

 

 

「ち! この逆賊を捕らえろッ!!」

 

 

「「すっこんでろ (邪魔だ)ッ!!」」

 

 

セリカ師匠が断絶結界を、俺が観客席から無数の矢を解き放った。

それによって駆けつけた騎士は爪弾きにされ、断絶結界内部に入れないようになった。

これには全生徒や講師、更には見に来ていた観客までもが動揺を隠しきれない。

 

 

「さて、俺も行くか……【復元する世界(ダ・カーポ)】ッ!」

 

 

蒼い術式が俺を包み込み、断絶結界の中へ干渉し、転移した。

その時に周りの観客がギョッとしていたが、其れを気にする必要が無いと割り切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー私自らの勅命です……ゼーロス、そこの娘を打ち倒しなさいッ」

 

 

(う、そだろーーーッ?)

 

 

俺が転移すると、グレン先生とルミアに対面するゼーロスさんが剣を構え、陛下の残酷無慈悲にルミアを射抜いている場面に直面した。

そらよりも信じられないのは、陛下自身が愛しているはずのルミアを打ち倒せと言ったのだ。 何がどうなっているッ!?

 

 

「おいッ! セリカッ!! どうなってやがるーーーッ!!」

 

 

グレン先生の声が荒げ、陛下の近くにいる師匠へ目をやるが、師匠は俯いて歯を食いしばったまま動こうとしない。

おかしい……幾ら何でも、俺はともかく、グレン先生まで危ない目に遭っているのだ。 師匠が息子のピンチを目の当たりにして動こうとしないのはどう考えてもおかし過ぎる。

 

 

「……」

 

 

崩れ落ちたルミアは目から正気を失わせ、地面に雫を垂らす。

絶望に直面した彼女の精神は既にズタボロで立つ事すら出来ない。

クソがッ!! 何がどうなってやがるッ!!? 考える時間ーーーッ!!? 今はそんな猶予はないッ!!

何せ、ゼーロスさんが二振りの剣を携えてグレン先生やルミアのもとに向かっているからだッ!!

この状況を打開できる方法を持つのは先生だけと師匠が言っていた。

つまり、彼が居なくなればその時点でアウト……いや、その前にルミアを殺されて終わりか。

 

 

なら、どうするか? この絶対的不利な状況で彼に対抗できる存在が必ず必要だ。 せめて、グレン先生がこの可笑しい事態を考え付くまでの時間が必ず要る。

そして、おれが転移した事は未だ気付いていないゼーロスさん達。

唾を飲み込む。 無性に喉が乾く。 鼓動が早鐘を打ち、体が火照る。 嫌な汗が服に張り付く。

相手は達人級の武人。 実戦経験も豊富。奇襲など意味を成さない可能性が高い。 幾ら『衛宮 士郎』を憑依させた所で馴染み切れていない俺では太刀打ちできるかは分からない。

そもそも『衛宮 士郎』と『桜井 剣夜』の戦闘技能は根本的に違う。 俺の抜刀術などの一刀の元で叩き潰す攻撃型とは違い、『衛宮 士郎』は双剣による手数の多さや死角からの攻撃を防ぐ事に重点を置く防御型。 それで馴染む言葉ほぼ不可能だ。 相性が悪過ぎる。

だから、この場は、見送って立て直すために煙幕を張って逃げるべきだーーーなんて、思える訳がない。

この機会を逃せば、もう二度とルミアと陛下の確執を消す事なんて出来ない。 それに、ゼーロスさんがそんな児戯な小手先が通用するはずがない。

 

 

 

だから、幾ら分が悪かろうと立ち向かう他に道は無い。

ルミアを護るためには此処で決着をつける!

それに、俺は“決断”したんだッ!

俺は彼奴を護ると……ルミアを助けると決めたんだよッ!!

だったら、何を使ってでもその決断を叶えろッ! それが、俺の存在意義だーーーッ!

 

 

「ーーーァアアアアアアッ!! 来やがれッ! 干将・莫耶……ッ」

 

 

「「「なーーー?!」」」

 

 

投影した干将・莫耶をゼーロスさんに向かって交互に斬りつける。

先程までとは違って、格段に速度の上がった投影と剣速。

体は今迄この動きに特化していたかのように馴染み、地を蹴る力も最小限で軽やかに動けた。

ギョッとした顔を浮かべた面々。 その中には勿論、ゼーロスさんも含まれている。

突然の奇襲にゼーロスさんは対応に手間取っている。

好機だッ!

 

 

「グッーーー?! な、めるなぁアァアアアッ!!」

 

 

「ナニィッ!? ザケんなっ! これに間に合わせるのかよッ!!」

 

 

完璧なまでに放った双剣は、対応不十分ながらに洗練された剣技で受け流された。

【英雄】の二つ名は伊達ではないぜッ! とか言ってみたいが、今ので決められないのはキツすぎるッ!

今の俺は、【投影魔術】に全神経を注いでいるためか、他の魔術での応戦はほぼ不可能。 だから、彼と戦う際は一撃必殺の奇襲でなければ勝てない。

だからと言って、『衛宮 士郎』の力なしでは魔術を使わせてもらうことも出来ない。

それ程に完成された武人は風格も覇気も桁違いに強い。

 

 

「成る程、貴公も来ていたかーーーケンヤ=サクライ殿」

 

 

「あぁ、久し振りだな、ゼーロスさん。 さすがに今の奇襲を防ぐのは反則的じゃね? 完璧に虚をついたはずだがーーー」

 

 

「あぁ、あれには一杯食わされた。 一刀の元に敵をねじ伏せる貴公の戦い方とは異なる戦法だったお陰で対応に遅れた。それに、気配も双剣で斬りつけられるまで気がつかなかった。 しかし、それ故に貴公の剣に何時もの剣気と覇気が軽薄に感じられた。 その程度の軽い剣は容易に受け止められるーーーまさか、鈍ったか?」

 

 

怪訝そうな視線で射抜くゼーロスさん。

何つー反則級の慧眼だよ。

もう呆れてモノも言えねぇ……

だけど、其れを見せてはそこから斬り崩される。

だから、大胆不敵に口角を吊り上げ、干将を突きつけた。

 

 

「は! 鈍っただ? 勘違いすんなよ。 俺は今のあんたみたいに他人によって動かされるだけの人形に本気なんざ出す必要もねぇだけだよッ! 何が、ルミアを殺すだ! それがあんたらの本当の意志じゃねぇ事ぐれぇ分かってんだ! 何をされたか知らねぇけど、今の迷いのあるあんた相手に負ける通りは無いねーーーッ!」

 

 

俺の言葉に苦虫を磨り潰したような表情を浮かべ、余りにきつく食いしばったのか、口から血が滴っていた。

やはりか…… これは、彼等の本心じゃない。 ほんとはルミアを殺す事なんて望んでいない。 だけど、そうしなければならない理由が存在する?

一瞬、視線を陛下と師匠の方へ向けた。

陛下は何処か辛そうに震える手を抑えつけていた。

何とも痛ましい。 これが先程のような冷酷な目を放った人物とは思えないほど哀愁を感じる。

だが、ルミアはその顔を見れない。

だから、彼女の本心が伝わらない。 結局は板挾みだ。

セリカ師匠は無表情だが、何かの意志が伝わるような視線をこちらに向けていた。

彼女の事だ、全部知っているはずだ。 知った上で動けない事態が起きている。 彼女の実力なら軍相手に脅迫させられた所で大した問題ではない。 だったら、彼女自身が秤にかけられた場合でないことは直ぐに分かる。

だけど、動けない。

物理的に止められているわけではない。 もっと抑止に役立つ精神的に追い込む何か……

それも、ゼーロスさんたち王室親衛隊までもを敬服させるほどの精神的支柱で無ければ意味がーーー

 

 

“よ! ロケットなんて見てどうしたんだ?”

 

 

……待て、何故今それが出てくる。 その過去は今と何の関係がある。

 

 

“……ごめんなさい、エルミアナ。 私が、わ、たしが、不甲斐ないばかりにーーー”

 

 

だから、なんでそんな過去が今出てくる!

夜に咽び泣いて、ロケットを握りしめている陛下の御姿が何で今頃ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“ケンヤ、知っているか? 条件式の呪殺具は古放されたモノだが、今でも暗殺者なんかが活用していることが多いんだ。 ま、こんな術式だが使い方次第では人に有効活用できるーーー”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……ロケット、ペンダント、呪殺具、師匠が動けない、陛下、ルミアの死…………そして、グレン先生。 これで導き出させる答えはーーー!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そう、い、うことかよ」

 

 

これは確かにどうしようもない。 俺が出来るのは精々ゼーロスさんの足止めだけだ。 この答えを先生に教えれば最悪の事態は免れない。

下手なことをいえば、その場でデットエンドだ。

そりゃあ、ゼーロスさんが血眼になってルミアを殺しにくるわけだ。

 

 

だけど、このままグレン先生が気がつかなければ其れでも終わり。

時間は限られている。

だからと言ってどうしろと? 俺が下手な事を呟けば、それは既にゲームオーバになる可能性が高いんだぞ?!

一か八かの勝負に出ることは出来ない。

俺は、警戒心を最大限に上げたままルミアに視線を移す。

 

 

「……うぅ………」

 

 

未だ抑えきれない涙が止めなく溢れていた。

当然だ。 実の母親に拒絶されれば誰だってあぁなる。

 

 

「……なぁ、ゼーロスさん。 俺は、あんた達が何を盾にされているのかは分かった。 だから、あんたの行いは正義であることは間違いないし、其れを否定する事は俺には出来ない」

 

 

「……何が言いたい? 貴公が真実に辿り着いたとて、我々にはどうする事も出来まい。 そこの元王女を打ち倒す事以外に我々に道は無い」

 

 

「あぁ、そうだ。 それがきっと正しい正義なんだよな。 あんたは間違いなく【英雄】だよ。 誰かの為に万人を救う正義の味方に、あんたは限りなく近いーーー だけど、其処にあんたの意志がない様に感じられるのは俺の気のせいじゃないはずだ」

 

 

「……」

 

 

俺の言葉に無言で耳を傾けるゼーロスさん。

様子を見計らい、言葉を続ける。

 

 

「あんたは【英雄】さ。 それは誰もが認める事実で、誰もが誇れる存在だ。 只、ゼーロスさん。 あんたは()()()()()()()()ーーー誰もが望む理想像に成りすぎた。 だから、今回の事も他の方法が思いつかなかったんだ。 先に護るべき存在を粋狂しすぎたあまりになーーーちっとした賭けをしないか?」

 

 

「賭けだ、と? ケンヤ殿……わかっているのか? 今は我等と貴公等は敵同士、そんな幼稚なモノで決着をつけるなど言語両断ーーー」

 

 

「まぁまぁ、人の話は最後まで訊けよ。 賭けって言っても、ちゃんと真面な話だーーーそうだな。 俺はグレン先生()()がこの状況を打破する事に命を賭けよう」

 

 

「「「「何ッ!?」」」」

 

 

「け、ケンヤ!? そ、れはダメだよっ! 自分を犠牲にしちゃダメッ!」

 

 

泣き噦った顔のままルミアは俺を止める。

しかし、俺は優しく微笑みかけて、安心させるように喩す。

 

 

「大丈夫だーーーそこの先生が何とかする。 ていうかしなけりゃ、先生が死ぬで枕元で祟ってやる」

 

 

「な!? 妙にリアルに怖いこと言うなよっ!? くそッ! とは言っても、俺は何も思いつかーーー」

 

 

「先生、俺は答えを言えません……だけど、一つヒントを……貴方が見てきたものや経験してきた事を思い返せば、必然的に答えが出てくるはずです。だから、考えてください。 懸命に考えて足掻いて這い上がってください。 これは先生の為じゃない。 ルミアを守る為の戦いなんだから、逃げ出さないでくださいね? 【()()】。 それまでの露払いは、俺が引き受けましょう」

 

 

それだけ言ってから、干将・莫耶を独特の構えで持ち直し、目前の強敵に立ち向かう準備を始めた。

その目に宿る闘志は計り知れず、互いを削り合う戦いを幾千も行ってきた達人の存在たるや想像を絶する。

 

 

「良いだろう。 その賭けに乗ろう。 貴公が命を賭けるなら、此方も其れ相応のモノを賭けさせて貰おうーーーッ!」

 

 

そう言って、ゼーロスさんが差し出したのは、両手に握る大陸最高峰の鍛治師が打ち上げたという【魔剣】だった。

ゼーロスさんは【双紫電】と呼ばれる異名があり、その名の通り、最速の双剣術は雷速と同義とまで言われている。

魔力でブーストし、元からあった天賦の反射速度を活かしきった形状に仕立て上げた最速の双剣があの【魔剣】の正体。

そして、彼の命同義の剣を差し出した。賭けの代償としては十分だろう。

俺は口を緩ませた。

 

 

「あぁ、いいぜ。これで賭けの成立だーーー そんで、賭けの内容に互いに“邪魔をしない”という条約が無い以上、必然的にあんたは俺たちを殺しに来ることに変わりはないんだよな?」

 

 

ゼーロスさんは目を伏せて無言で頷く。

ま、それは予測済み。 賭けを切り出した俺自身がその内容を含まなかった時点で覆るはずもない。

ただ、俺としては今の状態でぶつかり合いたくは無かった。

それでも……

 

 

「何だろうな? 俺はゼーロスさん……あんたとまた剣を交えることが出来るのがどうしようもなく嬉しいみたいだ。 あんたとの斬り合いは理合いに適っているからか、心地が良い」

 

 

「ふ、それは此方も同じ気持ちだ。ケンヤ殿との仕合は心地良く、実に清々しいモノだ。 いつまでも浸っていたい気持ちに襲われるーーー戦績では100戦50勝50敗……そろそろ、決着を付けるときが来たようだな」

 

 

 

「そうか……そうだな。 最後くらい華々しく飾るとしようか……悪いが、俺の武器は生憎と部屋に置いてきてね。 足りないだろうが、この双剣で挑ませてもらう。 【双紫電】に双剣で挑む愚直は見逃してもらおう」

 

 

「ふ、今更何を……奇襲の元でねじ伏せようとした男が述べる机弁では無いな。 良いだろう、私は貴公の申し出を請けよう。 時が来るまでの間、お相手いたそうーーーッ」

 

 

互いに互い、覚悟を決め剣を構える。

この戦いが彼女(ルミア)を救う為の道標となるのなら、其処に舞い散らせる朱い死桜も悪くない。

たとえ、紅蓮の炎の様に滾った血肉が残忍に世界を黒くしようとも俺が俺である限り、ルミアを護ることに変わりわないのだから。

 

 

 

こうして、俺とゼーロスさんは互いに想い合うための者の為に凌ぎを削る死闘を演じる事となった。

 

 



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【対人戦略予知視】の回避能力ってスゲェ(^-^)

……最後、適当すぎてーーー何回、このやり取りをするつもりだ? いい加減にしたまえよ? 僕。
はい、そういう事で、今回も終わりませんでした-_-b
一体、いつになったら二章が終わるのやら。
今回もなんだかんだで戦闘シーン多めというか、それがメインなんですが、ゼーロスと斬り歩む光景が浮かばずに悪戦苦闘しましたね〜!!
ま、その辺は追い追い頑張って行こうかな?
てか、今回のメインであるルミアがこの前からあまり出番無いことに焦燥を覚えている……(´・_・`)
マジ、どうしよう


 

「ーーーフッ!……ハァアアアッ!」

 

 

ケンヤは優れた発条(バネ)から生み出される加速力でゼーロスに向かって直線的に駆け抜け、コンクリートで出来た台上を軽く盛上げた。 常人では考えられない光景が生み出され、神速度によってケンヤの姿は残像だけ残し、消えていた。

通常ならばコレだけで戦闘不能。

神速を加えた斬り込みを反応できるものなど、正に神憑り的な反応速度を持つ者のみ。

 

 

「ーーー甘いぞッ!」

 

 

ガギンッ!

しかし、その神懸かり的な反応速度を以ってゼーロスは二振りの魔剣でクロスガードを行う。

その表情からは余裕が伺えているが、どこか神妙でもあった。

ジリジリと金属が擦り合わされる音が鳴り火花が二人の熱量を表すように弾ける。

 

 

「そ、んならッーー! これで、どうだァアアアアアッ!!」

 

 

歯を食いしばり、右手の剣を抑え付けられながらも左の黒い中華剣で逆袈裟斬りを咄嗟の判断と勘で行う。

ケンヤの一刀を二刀を以って抑えているゼーロスにとっては絶体絶命で、ケンヤにとっては最大の好機である。

神速の剣技を受け止める為に咄嗟にクロスガードを選んだゼーロスだが、この場では悪手と成った。 先ず、神速の攻撃なら其れ相応の重さがあり定石通りのガードとしてクロスガードがあるのだが、ケンヤは勘と士郎の経験からその逆をついた。

これが双剣の優位なところだろう。

一撃が駄目なら二撃。 二撃が駄目なら三撃。 三撃が駄目なら四撃。とほぼ無限の手数によって相手を消耗させていく。

一刀では不可能な無数の剣戟。間合い(レンジ)に入ったが最後、斬り刻まれるまで終わらない無限の剣技。

それを回避する術など持つ者がいる筈…………

 

 

「む、ォォォォオーーーッ!!」

 

 

「ーーーッ!?」

 

 

いた。 この場にたった今存在した。

【双紫電】のゼーロスは雷獣を想起させる反応速度を以ってケンヤの神憑り的な連撃を右の剣で片方をあらぬ方向へ飛ばし、逆袈裟斬りの剣を左の剣で弾き飛ばした。

これには流石のケンヤも目を瞠った。瞠目したのも無理は無い。慣れない双剣とはいえ、人類を救済するために付けられた身体能力や剣技は正しく本物。 人智を超越した存在の力だ。

しかし、ゼーロスはそれを越え、両手の剣を見事に弾き飛ばした。 無手にされたケンヤは咄嗟にバックステップで間合いを取るも、相手は即座にそれを詰める。

 

 

「ーーークソッ! 剣ぐらい【投影】させろってんだ!」

 

 

「ふん! 貴公にその様な機会を与えるはずが無いだろうッ!」

 

 

ケンヤは紙一重で雷速を誇るゼーロスの剣技を回避していく。

右に回避すれば、左から剣が迫る。 さらに下へ潜り込む形で避けると剣が這い上がってくる。 軽い跳躍で一間取ろうとすると上から魔剣が振り下ろされる。

一息つく間も無く、八方塞がりの状態に息を切らせながらケンヤは悪態を吐く。

 

 

「クソッ! 速ぇ、な……ッ!」

 

 

眉間を掠めた。 あまり深くは切れていないが、それでも徐々にゼーロスの双剣がケンヤの動きに付いて行く。

華麗なる乱舞を彷彿とさせるケンヤの足取りだが、ゼーロスは其れを悉くを以って凌駕する。

速度、技量、経験、そして精神力と、彼は人類史の中でも類まぐれな才覚を持ち合わせた武人である。

それを、たとえ『衛宮 士郎』としての力を身に宿していたとしても到底賄えない。

一厘もの勝率さえ浮かばない。

だが、これが総てという訳でもない。

 

 

(どうする? 迷ってる暇はねぇーかもしれねぇが……これ以上侵食されっと流石に自我を保てるかーーー?)

 

 

チラリと横眼を向けた。

そこには、ルミアが崩れ落ちたままで顔を抑えていた。

絶対的絶望を前に視界を塞ぐ様子を見せており、何時もの愛嬌を感じる笑みは一切感じられない。

グレンはそれに付き添う形だが、先程のケンヤの言葉や今の状況を念頭に真剣に考えている。

彼は彼なりに打破のために思考をしていた。

額に浮かぶ玉のような汗がそれを証明している。

 

 

「ーーー余所見とはいい度胸だッ!!」

 

 

「ーーーッ!? チ! ぅぐ、あ……ッ!」

 

 

一瞬視線を外しただけで取り合った間合いを制され、最も簡単に剣圧で弾き飛ばされるケンヤ。

鍔迫り合いに持って行くことすら出来ずに、ゼーロスの雷速を前に無力と期す。

【投影】をしようにも、あの速度の前では無意味。

反応しようにも、それを上回る速度での連続攻撃は白い鬣を靡かせる獣の如しによって不可能に近い。

出来るとすれば、予測して避ける事……

 

 

だが……

 

 

「まだまだ行くぞッ!」

 

 

「ぅ、がぁ……! ぎぃ、ぁッ!」

 

 

(それが出来れば苦労しねぇーよッ!! クソッ! 同格以上の相手に“気功”での読み合いが出来ないのがこれ程までにキツイとは……ッ! たく、どうすりゃいいんだよッ!)

 

 

最終的に自我を失う事を覚悟で『衛宮 士郎』の侵食を受け入れるか、それとも不可能ながらもグレンが状況を打破するまでの間を全力を以て凌ぎきるか……それとも、限界を超えて勝利をもぎ取るかの3択だ。

 

 

どの道手打ち。 望み薄な勝利よりも、確定的な未来を作り出せる一つ目の選択肢がベストなのは頭では理解している。だが、いざ自我を喪失する事を思い描いてみると恐怖で胸が埋め尽くされる。 ドロリとした感触が舌を撫で、苦味のある液体が体内から湧き出てくる。

これでは意味が無い。

 

 

(ルミアを守る為に使()()と決断した力に使()()()()訳にはいかない。 そもそも、自我の失った俺に何が残る? 誇り? 矜持? そんなもん、必要ねぇーーー俺が欲しいのは万人を救うための希望じゃなくて、泥臭く這い上がってでも周りの者を守れるだけの軌跡だッ! 奇跡や奇蹟では無い軌跡ーーー俺自身が歩んだ道程を俺自身が消す事は“決断”に反してんだよッ! だからーーーッ!)

 

 

ドクン

 

 

思想に耽っていた瞬間に鼓鐘が確かに打つ。

だが、悪く無い。 先程のような泥に浸かったような気色の悪い感じはしない。

寧ろ、春に感じる陽光のような温かみが心の氷塊を融解する。

蟠りを解すように心に光が差し込み、瞬間、脳へ弾けるようにスパークが走り抜ける。

焔の番人が言った。

“我を使え。然れば、汝にチカラを授けようーーーさぁ、差し出すが良い、汝の【理想】を我に寄越すが良いッ!”

 

 

心に巣食う緋き魔神の甘い誘惑の声。

如何にも甘美に感じる。 確かにこの力を受け入れれば、幾らゼーロスという達人級の武人が相手であろうと容赦なく叩き潰すだけの能力を得れるだろう。

それでもーーー意味が無い。

 

 

(神なる力を使ってこの人に勝つーーー? そんな腑抜けた事を抜かしてんじゃねぇぞッ! それこそ欺瞞以外なんでも無いだろうが! 運命を覆すのにはどうしたって力がいる。 だけど、それに使()()()()()()()意味が無いッ! 俺が俺自身であるためにも、この場は今持ち得る切札を最大限に活かし、それでいて一歩でも二歩でも多く前に進む、越える事だ!! 次、鼻垂れたことを抜かすようなら、俺が俺をーーー殺すッ! だから、黙って見てやがれ【焔ノ迦具土神】ッ! 今、テメェに渡す【理想】はねぇーよ!!)

 

 

それがケンヤ=サクライの幾度と無く繰り返された“決断”の一つだ。制御出来ない力を使って場面を乗り切ることは決してしないという信念を持ち、尚かつ、守れるものを守るためなら限界を越えた先にある景色にすら平然と手を伸ばす。

その行為が、どれ程の禁忌や愚行であったとしても、ケンヤ=サクライは信念に基づいた願望だけで頂へと駆けていく。

限界を知らず、見据えた未来など受け入れない。 才覚に惑わされて足を止めるようなことはしない。 神に見放されたのだとしても足掻きを止めない。周りの大切な人たちの為に命を投げ出すことに戸惑いはなく、ただそれでも自我を失うような行為は決してしない。 彼は何処まで行っても【英雄】や【正義の味方】などになれる事は無い。

否、なる必要が無い。

なにせ、彼が守りたい者は決まっているから。 その為に万人を救う事は望まないし望みたくない。

『衛宮 士郎』の意志に反する事となったとしても、決してその道は間違いでは無いのだから。

 

 

「ーーーぁああああああああああああああああああッ!!!」

 

 

「「「ッ!?!?」」」

 

 

ケンヤの咆哮が世界を激震させる。

武の境地に立っているゼーロスや人外なセリカですらケンヤの獰猛的で荒々しく、それでいて神々しく感じる覇気に一歩後ずさった。

別段、【焔ノ迦具土神】のチカラを解放したわけでも、『衛宮 士郎』の全てを受け入れたわけでは無い。

しかし、ケンヤから感じる圧倒的気配が空間全体を支配し、その姿にこの場の全員が蛙を呑む。

全生物の頂点に位置し、神殺しをなし得る偉大な大魔術師は一際、その存在感に焦燥を覚えることとなった。

 

 

(ケンヤ……お前、まさかーーーッ!!)

 

 

セリカは毅然と振舞っているように見えるが、その実、先から背筋に冷たい汗が蔦っており、内心では心臓が弾け飛ぶと錯覚するほどの焦慮が募っている。

事態の緊急性に内心の焦りを悟ったのは一番弟子で、彼女の息子であるグレンだ。

空気が一変したことに気が付いた彼が、先ず最初に見たのがケンヤだった。

しかし、ケンヤは纏う空気その物を凌駕させたようなピンと張り詰めた集中力で無我の境地に浸っているようにも見えた。

武人としては最高級の才覚を持つことをケンヤの先程の動きを見ていれば悟ることは出来た。立つステージが違うと思ってしまうほどに華麗な乱舞は見事なものだった。

ただし、実力差は明白だ。

奉神戦争と呼ばれる大戦が起こったのは40年前。

大規模間に巻き起こったその戦争は多くの死傷者を生み出し、現代においてもその傷跡は完全には対立した勢力の禍根となっている。

その中でも突出した武人がいた。 それが、今グレンたちの最大の壁として阻む存在、【双紫電】のゼーロスだ。

幾人もの戦人を打砕き、さも当然のように敵軍を壊滅に追いやる手腕は本物で、40年という歳月が過ぎた今でも老いを感じさせない武気で、他者の追随を許さない。

 

 

(それでも、そんな相手に一歩も引いていないーーーそれに、セリカの本気についていけるだけの戦闘能力……今は、本来の武具を【投影】出来ていないから苦戦しているが、こいつが本気を出した今なら……!!)

 

 

グレンはある一つの結末に行き着いていた。

ケンヤが与えたヒントや今の状況で考えられる限りの可能性としては最も高い可能性の結末が脳裏に当てはまり、自然と胸に落ちたのだ。

確かにこれはーーー

 

 

(【愚者()】の領域だーーーッ!)

 

 

決意を胸に、ロクでなし講師は疾く立ち上がる。

憮然とした佇まいを見せながら、未だ対峙し続ける弟弟子とゼーロスを一瞥した後に、グレンはアリシア七世が立つ場所へ視線を飛ばした。 そして、彼女の首元にあるネックレスを確認し、ほぼ確信を得る。だが、まだ油断はできない。ほぼ確定したとはいえ、確率的には九割程度。 あと一割は又別の可能性がある。 疑り深いと感じるかもしれないが、10%とはかなりの高確率のように感じる。 特に人の死に際に立たされ続けてきたグレンだからこそ成功率は100%に限りなく近づけておきたいのだ。

 

 

だから、彼はアリシア七世と向かい合う。

確信を得るためにその経験則から出される論術を総動員して少ないながらも情報を得ることに集中する。

間違えれば即ゲームオーバー。 既に詰みゲーになりつつあるこの状況を唯一覆せる存在は絶望で嘆く金髪少女を見る。

誰よりも優しく強い心を持ち合わせ、自身の身よりも他者を気遣う事に迷いが無い健気な女の子が悲しみの連鎖に囚われ、身動きが取れないでいる。

そして、眼前で繰り広げられる死闘を演じる黒髪少年を見る。

恐ろしい程の戦闘技能を持ちながら、自身と同じくらい魔術の嫌いな弟弟子。魔術学院きっての問題児と軽視されている彼だが、その実は誰よりも達観した心を持ち、その成熟した感性から状況判断し、格上の武人とまみえる事を取捨選択した為動けない。

 

 

なら、現状打破が出来るのは誰か? 決まっているだろう……

 

 

(生徒にここまでやらせて、教師の俺が迷ってどうすんだよッ!? 覚悟を決めて歯を食い縛れよグレン=レーダス!! お前は、何の為にこの固有魔術を作ったんだッ!? 今、立ち向かわないでいつ立ち向かうんだよッーー!)

 

 

先を見据え、手を差し伸べられる教師に成れない事は分かっている。 そんな理想像は有りはしないと知り得ている。

だけど、グレン=レーダスはその理想像が叶わない事を知っているが、彼はせめて周りの生徒達は守り抜こうと決めている。

そして、彼には大事な約束がまだ効いているのだ、こんな中途半端な形でそれを途絶えさせるわけにはいかなかった。

故に、彼は選んだーーー絶望に抗う事を選び取ったのだ。

 

 

その決意を宿した目を見たケンヤは口元を吊り上げて、意を汲み取った。 そして、改めて自身のやるべき事を再認識し、眼前の敵へ全力の闘志を剥き出しに放つ。

鬣を靡かせ、生物の頂点に位置する百獣の王を想起させる覇気に一瞬ゼーロスはたじろぐも、直ぐに同等の威圧を際限なくプレッシャーとして放ってくる。

 

 

それは、先程までのケンヤなら対処できない存在として敗戦を受け入れ、【焔之迦具土神】を呼び起こし、惨劇を引き起こしていたかもしれない。

だが、改めて決断した彼にその選択は持ち得ない。

今持ちうる切札を最大限まで引き出し、諸刃の剣だとしてもその場での勝利を捥ぎ取ることに全神経を尖らせることにしたのだ。

これが現状。 今のケンヤ=サクライでは『衛宮 士郎』の力を御するに値する技量は持ち合わせておらず、武の境地に立つ存在と相対する事は現段階では不可能に等しい。

それでも、勝ち星の道は潰えてはいない。

 

 

(一か八かになっちまうが、どうせやらなきゃ死ぬだけだーーーやるっきゃ無い! 俺は俺の全身全霊を以て、この最終局面に終止符を打つッ! その後は頼みますよ! グレン先生ッ!)

 

 

決意を新たにした兄弟子を見やり、自分は最大限に魔力を全身に満遍なく張り巡らせる。

蒼色のマナが薄い膜として身体を覆っていき、煌びやかに激しく燃えゆる蒼炎の如く見える。

揺らめく蒼炎が螺旋の渦を描き、自身を中心に地を抉る。

 

 

「グッ!? なんだ!?」

 

 

「ーーーッ!?」

 

 

「け、ケンヤ……?!」

 

 

「なんつー、魔力だよーーーまさに“怪物”かよ」

 

 

「そうか……」

 

 

 

五人の声が聞こえてくるが、今のケンヤにとっては些事。

ケンヤ=サクライの持ち得る最大の武器はその無際限の魔力容量だ。

総ての生物を凌駕する絶対的なマナを保有するケンヤは、かの第七階梯に至ったセリカ=アルフォネアを優に超える存在として君臨する王だ。

絶対的に嬲れるチカラを体内に宿し、昏き混沌を絶豹の如し速度で蹴落とし、蹂躙してきた。

技量や経験では歴戦の武人であるゼーロスや400年もの間生きている【灰塵の魔女】であるセリカに勝てないものの、その才覚たるや全世界の誰よりも無限大に広がる天賦である。

 

 

「【対人戦略予知視(ウルザブルン)】ーーーッ! これで、あんたの攻撃は見切った」

 

 

無の表情で気色を感じない声色で言った。

それはゼーロスが剣士として歩んだ長く険しい歳月という道を魔力を纏っただけで理解したという馬鹿げた事を……愚水を呑まされた気分になる内容だった。

勿論、ゼーロスは好敵手と見定めていた人物からの唐突で思い掛けず心無い愚声を聞き堪忍袋の緒が完全に切れた。

 

 

「ふ、巫山戯た事を……魔力を全身に纏うことで身体強化を促したのだろうが、そんなもので私の剣技や剣速を見切るなどーーー!? そこまで我が剣を……誇りを愚弄するかッ!! 堕ちるところまで落ちたかッ! ケンヤ=サクライぃいいいいいい!!」

 

 

怒声が轟き、あたりの空気が痺れる。

誰しもが背筋を凍らせる気迫を真っ向から受け止めたケンヤはしかし未だ無表情。 不利な状況であるにも関わらず、ただ魔力を全身に纏い、一瞬にして【投影】した干将・莫耶を構えること無く、憮然とした。

神狼が獰猛な牙を仕舞い、静寂なる時を以って、自らの闘志を諌めている様に感じる。

しかし、その何処にもスキなどがありわしなかった。

 

 

「ーーー右の剣を胴体目掛けて横薙ぎに振るう」

 

 

ブォン!

 

 

「ーーーッ!?」

 

 

ゼーロスの最速の横薙ぎを寸の所で回避。

これには流石のゼーロスも驚きを禁じ得ない。

今迄、奇跡的な反応によって避けていた筈の攻撃を、今度は詠んでタイミングを見計らったように避けたからだ。

だが、手を緩めることは決してしないのは武の境地に立った彼だから成せる技であろう。

しかし……

 

 

「左の剣で縦に振り下ろし、続く二の太刀は右の剣からの袈裟斬りーーー次いで、左からの斬り上げはフェイクで、本命は右剣を死角からの突きッ!」

 

 

「ーーーッ!?」

 

 

ケンヤは予測したゼーロスの行動を声に出す。 そして、物の見事に的中し、華麗なステップで回避、回避、回避…………

完璧な角度と速度から放たれる剣技を最も簡単に潜り抜ける少年の舞踏は圧巻だ。

時に緩やかに、時に激情的に、アップテンポが大きくダイナミックな踊りが繰り広げられる。

軽やかに動き、去れど動きには年季という重きがある。

熟練された回避術は時に周囲を魅了していく魔性となる事をこの場にいる全員が理解させられた。

激戦であるが故に其れが良く映える。

流麗なステップで熟練されきった剣技を紙一重で回避する。

少年には先の動きが手に取るように解る。

当然だ。 そうなるように魔力を通しているのだから出来て当たり前なのだ。

 

 

(よかった……通常通りの起動してくれた。かなりの魔力を喰うが戦況を変えるには十分すぎる対価だーーーゼーロスさん。 あんたとの数々の撃ち合いは今回、俺の勝利の糧となったぜ。あんがとなッ!)

 

 

対人戦略予知視(ウルザブルン)】……これは『桜井 剣夜』とも『衛宮 士郎』とも違う人物が持つ対人戦闘魔術だ。

効果は名称通り、魔力によって『予測』能力を底上げし、敵の動きを予知する事を目的とした魔術である。この能力で底上げした『予測』はよく知る人物であればあるほどその効果を発揮し、最大的には数秒程未来の顛末を見ることを可能とする。

ただし、初対面の相手にはそれ程の効果は得られず、諸刃の剣として今迄は封印してきた。

この魔術を作り上げた張本人は赤い外布を靡かせ、飄々と幸せの物語を歩んでいることを少年は知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、このチカラはその幸せを守る為に存在する事も理解している。

幾千もの地獄が待ち受けようとも、過酷な未来しか待ち受けていなくとも……『桜井 剣夜』は必ず壁を越えて、限界を越えて尚、他者を救う者なのだから。

 



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決着ッ!

遅くなりましたね!
それでは、どうぞッ!!


感想や評価をお願いしヤァス!


「ハァァァァァッ!」

 

電光石火。 その言葉が当てはまる程の速度を有した剣戟が右から左、将又、上から下、さらには袈裟から逆袈裟までを蹂躙する。

素人が目で追い切れるものでは無く、玄人であったとしても反応できるか分からない剣の暴嵐が疾く猛た。

剣風だけでも暴力的な重みがあり、剣士としての矜持や年月が否応でも無く感じられる剣技。

気合の篭った咆哮は自身へ喝を入れる為のモノ。

一切の油断が命取りになる剣士同士の戦いで、気が抜けないようにと己を奮い立たせる為に敢えて大声をあげているのだ。

 

 

しかし、本人は気が付いていないが、その咆哮は敵からすれば途轍も無い覇気を纏っている為堪ったものではない。

剣士として常識外れな実力を持つゼーロスの低く唸るような咆哮は尋常ならざる力を持つ。これによって並以下の剣士なら気を失い、たとえ達人級であったとしても一瞬の狼狽が生まれる。

 

 

ただし……

 

 

「ふーーーッ……ハッ! タァアアアアアアッッ!!」

 

 

それが目の前の少年に通じるかは又別の話だ。

赤き外套が少年の華麗な舞踏によって腰辺りで靡く。

吹き荒れる剣風でひらりひらりと髪が揺らめき、深く斬りつけ、勢いの付いた状態である剣尖が整った顔を掠めていく。

頬や鼻先に細かい斬り傷があり、其れ等の個所から僅かに血液が滴る。

だが、少年の傷は()()()()()()()

はっきり言って異常だ。

あれ程の剣戟が繰り広げられ、それを真っ向から受けている少年が細やかな切傷が数カ所程にしか出来ていない。

ありえない。それも【双紫電】の呼称を持つゼーロスの乱剣を()()に見切る事によって、その剣技を避けている。

どれ程の達人級の武人だとしても()()()ゼーロスが放つ剣戟を防ぎきる術を持ち合わせてなどいない。

だが、目前の少年は其れをやってのけている。

実際問題、少年は全身に()()()()()()()()、只の一度もゼーロスの剣技に捕まってはいない。

死角から剣を繰り出そうが、緩急を使って反応を鈍らせようが、巧みに剣の軌道を変えようが関係無い。

どれ程の策や技量を練ろうとも、()()少年には()()()()()()()為に意味を成さない。

それにゼーロスは焦燥を覚え、滴る汗や、整わない息の中深い思考に陥った。

 

 

(何故だッ! 何故、ケンヤ殿に私の剣が届かないッ!!ーーー剣技では、本来の武器を持たないケンヤ殿よりも圧倒的アドバンテージを保有しているはずなのだーーー! それでも、どれだけの剣戟を放とうが、技巧を凝らして斬り付けようが、何もかもを見通されたように躱されるッ! 彼の魔術がそれをさせているというのか?! それでも、あの動きはーーー)

 

 

異常。 そう、はっきり言ってバラバラだ。

動きに統一性が無く、そこに『武』が感じられない。

洗練された動きというのは案外読みやすい。 しかし、一端の武者になれば緩急や型にはまらない踏み込みで他者を翻弄する事がある。 だが、ケンヤの動きはそれでは無い。

何故なら、その動きは精彩を欠いた機械的な動作だからだ。

 

 

型や武芸といったモノを一切感じないただのステップやターン、またはジャンプを繰り返しているだけ。

確かにクリティカルに攻撃は受けていないが、その拙い避け方のせいと言っても過言では無い動きで体の彼方此方に細やかな裂傷が生まれている。

それは剣を掠めた何よりの証拠。 総てが届いているわけでは無いが、全く届いていないわけでは無い。このレンジでの有利性は何も変わらずゼーロスに軍配があがる。

 

 

だが、それでも……

 

 

「ーーーフッ! ハァッ!」

 

 

「チッ! (何故だッ!? 何故受け流されるッ!? 私の剣に曇りやクセはない筈だッ! ーーーだが、なんなのだ!? この、全てを()()()()()()感じはッ!!)」

 

 

ゼーロスが放った連続斬りを恰も簡単そうに受け流し、流麗に回転斬りを空中姿勢で放つ。

ケンヤの予測不可能な攻撃を舌打ち一つしながら、二本の魔剣で辛うじて弾きかえすゼーロスは焦燥に駆られ、自身とケンヤの異常なまでの剣戟のやり取りに違和感を感じ始めたのだ。

頭で考えていても理解できずとも、かの《剣聖》とやりあった経験を持つ自分が体で、しかも剣を交えて理解できないものなどありはしないと、自意識過剰ではなく確信めいたモノをもっていたのだ。

 

 

だが、実際はどうだ? ケンヤの動きの正体に一つでも思い当たる節があったのか? それとも、ケンヤの予想外ながらの奇襲に何か一つでも疑問を持っただろうか?

 

 

あぁ、確かにそう考えれば合点が行く。

 

 

初めから勝負など決まっていた。 ケンヤが初めから奇襲という剣士らしからぬ行動を伴っていた時点で、ゼーロスの頭には血が上りきっていた。 好敵手と認めた若き天才剣士と再度見えた喜びと同時に湧き上がる憤然たる思いが普段のゼーロスがもち合わせる冷静な分析力を鈍らせた。

誰だって、認めた相手に矜持など持ち合わせず向き合われたら腹が立つモノ。

たとえ、伝説級の剣士であったとしても人間に変わりは無い。 怒りが湧き起こらない道理など無いのだから。

 

 

ケンヤは理解していた。 ゼーロスという最強剣士は何より誇りと矜持を重んじる人物であることを。

そんな人物が真っ直ぐに磨き上げた剣技に、幾ら天才と持て囃されようとも、今のケンヤでは真っ向から打ち合うことで勝ち得ることはあり得ない。

だったら、それ以外の舞台で勝てば良い。 剣技で勝てないのならば、戦略で勝てば良いのだ。 勿論、奉神戦争を生き延びたゼーロスが戦略で劣るはずも無い。 基本前衛で戦う彼とて、常人から見れば桁外れな戦略家である。

 

 

簡単に追い越せるはずも無い。 だからこそ、ケンヤはゼーロスの誇りを……剣士としてのプライドを愚弄した。

そこに人情など無い。 慈悲すら無い。 だが、彼はそれを選んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たとえ、誰もが否定的に捉える戦略であったとしても……

 

 

 

 

たとえ、助け出した人物に蔑まされようと……

 

 

 

 

たとえ、自身が望まぬ未来であったとしても……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ーーーあぁ、それでも、そんな愚図な俺でも、誰かを……ルミアを救えるのならそれでいい!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たとえ、そこが地獄の淵であったとしても……

 

 

 

 

たとえ、自身が“悪”となったとしても……

 

 

 

 

たとえ、罪過を孕んだ紅蓮の煉獄に焼かれたとしても……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ーーーそう、それが“地獄の先”だったとしても……ケンヤ=サクライは歩み続けるッ! ーーー実母と偶に談笑できない世界が“正義”だというなら、俺は“悪”でいいッ! ルミアと陛下が笑って話せるような世界が作れるのなら、俺は落魄れた愚図でいいッ! だからーーー)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グゥッッォオオオオオオオーーーーッッッッ!!!」

 

 

脳が焼き切れそうな程に魔術回路へと魔力をを無理矢理に流し込む事で、体の節々に痛覚が巻き起こり、視界にノイズがかかる。 脳髄はみっともなく豆腐のように崩れ、まともな思考回路が一つも無い。 【復元する世界】をかけることによって、一命を繫ぎ止めているが度を過ぎた【フィジカル・ブースト】によって断裂した筋が戻されては破壊され、戻されては破壊されを延々と繰り返し、感覚をほぼ失った。 砕かれた骨が内部を傷付け、体の内から壊れていく。

 

 

【対人戦略予知視】による予測は、人智を超えた速度で頭を回転させ、敵の動きの予備動作、場面の構成、角膜の動き、呼吸のタイミング、敵の性格までもを正しく把握し、それらを基に生み出された計測を魔力で単純に底上げしたもの。

ならば、体の限界を超えた魔力を流し込めば、この能力はどうなるのか……

 

 

結果としては脳が弾けとぶ。

 

 

それもそのはず、常識を遙かに逸脱とした計算をコンマ数秒で片すだけの情報処理を脳に負担させるのだから人間の脳では耐えきることができるはずも無い。

彼方の世界(衛宮 士郎が暮らす世界)でいうところのコンピュータと同等以上の演算能力と出力がなければ先ず発動させた瞬間に脳が焼け死ぬぐらいだといえば理解してもらえるだろうか。

人間の脳ではコンピューターの内蔵メモリに勝てる道理は無かったのだ。

生み出した存在が人間だとしても、コンピュータがその一歩も二歩も先に行く能力を持ち合わせている。

ただし、魔術が常識にある世界に於いては又別の話だ。

特に、()()()()()()()()()()()()()()()()()を持つ()()にはその道理は成さない。

何せ、発動中は【術式固定】によって【復元する世界】を断続的に使用するように設定しているからだ。

 

 

(【復元する世界・術式固定(ダ・カーポ=アインハルト)】、かーーーったく、我ながら馬鹿げたチカラだなッ! 効果は、『対象を指定し、【復元する世界】を発動させ、同時に【術式固定】を掛けることによって、固有魔術【復元する世界】を半永続的に持続させることによって、死などが具現化されても、()()()()の状態へと()()で巻き戻される』……常時発動とか反則級だよな)

 

 

だが、今は其れが有難い。 いつもなら、周りの目を気にして忌避する能力だ。 当たり前だが、魔術師という括りに入る以上、無駄な情報を相手に与えるのは命取りになる。 それが常時発動型の魔術なら尚更だ。 手品が解かれるだけで、常時発動型は対策が取りやすくなるからである。

例えば、この【復元する世界・術式固定】は常に高い魔力量が持って行かれるという弱点を持ち合わせている為、発動するには最低でも第五階梯以上の魔力容量と魔力出力が必要不可欠なのだ。 それでも、発動してから持続できるのは凡そ1分程。 1分では戦闘では使い物にならない。

勿論、ケンヤの魔力容量は人外であることは周知の事ではある。 それでも、無限というわけでは無い。 当然の摂理ではあるが、使えばそれだけ減る。

その為、持久戦に持ち込まれれば其れだけ不利になる確率が高い。

それでもーーー

 

 

「ガァァァァッッ!!」

 

 

ケンヤの死角からの高速二連撃により、絶叫に近い苦悶の声が断絶結界内に響き渡る。

軽い血飛沫が巻き上がり、鮮血が石畳で出来た床下を赤黒く染み渡らせる。

そして、赤く染まった腕を抑えながら絶叫に近い苦悶の声を上げるゼーロスの姿がそこにはあった。

大きく後退した状況。 追撃は不可能と判断したケンヤは一旦、荒れた呼吸を落ち着ける為に警戒心だけは緩めずに一間おく。

 

 

「はぁ、はぁ……よ、うやく……捕らえたぞッ!」

 

 

荒く呼気を乱し、マナ欠乏症寸前の為に顔を蒼白にさせて決して無事とは言い難い裂傷を負うケンヤ。

しかし、初めて入った剣先の感触に破顔した。

それも仕方が無い。 通常の相手ならば此処までの喜びは表さない。 その程度のことで嬉々する程に場慣れしていない訳ではない。大人と子供の剣術指南ではあるまいし、そこまで興奮することは無い。 しかし、相手が悪かった。 なにせ、ケンヤの前に立ちはだかる男は人類史の中でも類まぐれな剣士だ。

それも、【英雄】ときた。 何度か手合わせした事もあるが、結局は勝ちは貰えず傷一つ付けることは叶わなかった。

状況からして、手を抜かれていた事もある。 それでも勝てない。 タダの一度も剣尖が掠めたことすら無い。

それでも、今、正に傷を付けたとこである。 正真正銘、最強の剣士の利き腕を持って行ったのだ。

 

 

ーーーただ、それだけで勝ったつもりになるのは早計だ。

 

 

「グッ! み、ぎ腕を持って行かれたか……ッ。 油断をしたつもりは無かったが、少々貴殿を侮り過ぎていたようだーーーやはり、認めざるを得ないな。 ケンヤ=サクライ殿……先程の礼節を欠いた無礼に謝辞するーーーだからこそ、私は貴殿に対する詫びとして、我が剣の最奥を見せようぞ……覚悟はいいな?」

 

 

「おいおい、どんだけ化け物なんだよッ! それだけの技量を出しておいて、まだ切札を持ってんのかよッ!? クソがッ! あぁッ!! そうだった! そうだった! 俺は、いつもそういう役回りに回されるんだよなッ! チクショーッ!! ーーーだが、いいぜ。 あんたの絶技……しかと見させてもらおうじゃねぇか! それ相応の剣技でなきゃ、俺の此奴も防ぎきれないぞ? 『覚悟はいいな?』ーーー は! 笑わせないでくれよ?! そりゃあーーーこっちのセリフだッ!」

 

 

二人の間に壮絶な程の剣気がぶつかり合う。

最早、言葉はいらない。 残った全てを使い切る為に、両者は最後のエネルギーを比喩でもなんでもなく命の限りを尽くして絞り出す。

ただらぬ空気を感じ取ったグレンたちは愈々決着が付くと判断した。

微かに残った先程までの残圧が嘘のように搔き消え、今では両者が放つプレッシャーに押しつぶされまいと唇の端を血が滲むほど噛みしめる。

確かに、これで全ての決着がつくのだろう。 それはまごう事なき事実であり、確定的に起こる未来だ。 しかし、結果までは予測できないのが世の常であり、常識なのだ。

だが、今回ばかりは予測がつく。

 

そう、それはーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(俺がヘマさえしなけりゃ……間違いなく、俺()の勝ちだッ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー鶴翼、欠落ヲ不ラズ(しんぎ、むけつにしてばんじゃく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケンヤは地を蹴り、真っ直ぐに敵将へと駆ける。

その時に、両手を背後へやり、干将・莫耶を3本ずつ投影し持つ。

 

 

「ハァアアアアアアアッ!」

 

 

ゼーロスは、己が身体のポテンシャルを最大限にまで引き上げた状態で、直線上に走り出し、右手の剣を捨て、使える左腕だけで突進する。

恐らく、最速最強の最終手段であると伺え知れた。

鬼の様な形相を浮かべ、正に【紫電】の名に相応しい速度でケンヤへ迫る。 ケンヤが持ち得る最高の予測を最速の動きを以って制圧する為に脚力に力を入れ大地を抉る。

それだけで途轍もない余波を与え、空気が震撼した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー 心技、泰山ニ至リ(ちから、やまをぬき)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、ケンヤに動揺は見られない。寧ろ、冷徹に感じるほど落ち着いた様子で真っ直ぐに駆ける。

さらには、投影した干将・莫耶の3本をそれぞれあらゆる方向へ投擲する。

手首のスナップによって縦回転のかかった白と黒の中華剣は宙を舞う。 煌びやかにも見える光景が広がる。ただし、それは人を殺す為の武器であることは覚えておかなければ、痛い目にあうことをゼーロスは知っている。

だからこそ、投擲された剣を無視することは出来ない。

 

 

「ち! フンッ!」

 

 

ゼーロスは向かってくる剣を全て弾き、さらなる加速によって雷速が神速に達した。

最早、ケンヤにそれを防ぐすべは無い。

加速に加速を加えた超速突撃。 威力は絶大。 喰らえば死。

大地が荒れ狂う程の突進撃がケンヤの額を穿たんと唸りをあげて頭蓋へと吸い込まれてーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー心技 黄河ヲ渡ル(つるぎ、みずをわかつ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガギンッ!

 

金属がぶつかり合う甲高い音が鼓膜を刺激し、ゼーロスの剣から火花を散らせる。

瞬間、赤く染まった世界に脳裏が事態を掴めずに、目を白黒させた。

 

「な、にぃ……ッ!?」

 

 

焦りが含まれた言葉。だが、出てしまっても仕方が無い。

なにせ、ゼーロスにとっては絶対的な好機が、一瞬にして絶望へと塗り替えられる光景へと目前で繰り広げられることとなったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー 唯名 別天ニ納メ(せいめい、りきゅうにとどき)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

火の粉舞う剣は既に左腕から離れ、その場で立ち尽くすことしか出来なくなったゼーロス。

そんな彼に届くのは、恐ろしく機械的に感じる無機質な声。

冷酷で冷徹で無頓着。 何に対しても無の趣を感じさせる清冽な声。 それでも芯が一本道に通り、自らの念を信じ続ける気骨の入った声だった。

右手に莫耶、左手に干将……二本の魔剣がさらなる魔刀へと変貌し、刀身が禍々しく伸びた。

先程までの双剣は外型すら見失い、全く別物のようにさえ感じる。 剣圧は比べるまでもなく、達人級に至ったゼーロスでさえ生唾を飲み込むほどの圧力が込められた其れは、正に魔刀剣と名付けても違和感など無いだろう。

細く尖った双眸が、対象を射貫き、玲瓏たる漆黒が世界を斬り裂く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー両雄、共ニ命ヲ別ツ(われら、ともにてんをいだかず)……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

詠唱の終わりと同時に、先程弾かれた剣の内、ゼーロスの剣を弾いた剣とは別に残った4本の夫婦剣が螺旋を描くように戻ってくる。 まるで磁石のように互いを互いに引き合う特性を持つ干将・莫耶の能力を最大限に引き上げた、『衛宮 士郎』の必殺剣。

 

同時、6方向からの剣と、前方からの剣閃。 幾度と修羅場を潜ってきたゼーロスといえど、全方位からの連撃を剣なしで防ぎきる術は持たず、そこにあるのは敗北という二文字だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーハァァアアアアッ! 啖えッ! 【鶴翼三連】ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三対の双剣による三連撃が敗北を濃厚とさせたゼーロスへ最後の手向けと言わんと、無慈悲に放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ……ッ! な、ぜだ? 何故、私を殺さな、い……こ、んな、使命、す、ら、果たせない、愚弄な、に……ん間を、生かし、ておいて、貴殿の、な、んの得に……ッ!」

 

 

「ゼーロスさん……あんたは一つ、思い違いをしている」

 

 

決着後。 立つことすらままならない俺とゼーロスさんは石畳の祭壇にて、断絶結界の虚空を見上げながら、肝を割って話す。

 

 

「な、に? ……わ、たしが、おも、い……違い、だ、と?」

 

 

おぉ……息も途切れ途切れもいいところなのに、まだそんなに射抜く様な双眸が作れんのかよ。 相変わらず、馬鹿げた戦闘人間だぜ。

ま、そんな奴と渡り合う、俺も俺かもしれないが、マジで立てない。 手足どころか、頭を回転させるのも嫌になる。

体が冷めてくる感覚も出てきてるし、なんだかんだで骨が軋んで鈍痛が脳を痙攣させる。

恐らく、マナ欠乏症と無理矢理に底上げした予測の所為で、脳がオーバーヒートを起こしているのだろうな。

しかし、まだ気絶する訳にはいかない。

彼には一つ訂正をしておかなければならない。

だから、俺は強がって、至って余裕ぶり、力が入らない身体を無理矢理にいう事を聞かせ、痛みを根気で屈服させた。

眩暈や立ち眩みが襲うが、正直、脳が熱量で裂かれた様な痛みのせいで、あまり違和感を感じなかった。

 

 

「あ、あぁ……あんたは女王陛下を救う為にルミアを殺そうとしたーーーそうなんだろう?」

 

 

「……」

 

 

黙り、か……

まぁ、これは予想通りだ。 なにせ、話せば女王陛下が死ぬと思い込んでいるからだ。 実際、さっき迄の状況なら間違いなく女王陛下は事情を説明しただけで死は免れずに御殉職されていた可能性が高い。

だけど、この場にグレン先生を連れてきた時点で、ある程度の解決はなっていた。

それに気がついたのは、俺もこの場に来てようやっとだったが、成る程、古典的ではあるが、目的の遂行の為ならかなりの有効打である。

実際、護衛が多く徘徊する女王陛下が人質に取られるなど誰も考えないし、ましてや今は魔術競技祭だ。 より一層の警戒があるのだから誰しもが其方に気を向けない。

 

 

「ど、どういうことなの? ケンヤ」

 

 

お、漸く顔を上げたか。 声のした方へ視線を移す。

そこには、目を赤くさせ、涙で瞼を腫らしたルミアが事態の説明を求めてくる。

それには、ゼーロスさんも同意のようで、俺は肩を竦めながら、右の人差し指で視線を誘発した。

そして……

 

 

パリンッ!!

 

 

「「なーーーッ?!」」

 

 

二人は驚きのあまり、上手く声が出ずに、只々、釈然とその光景を眺める。

そりゃあ、驚きもするよね? ま、驚きの種類は違うんだろうけど。

 

 

ゼーロスさんからすればあり得ない事態が起きて、ルミアの場合は、突然、物が音を立てて壊れた事に対する驚愕だった。

 

 

そして、それを難無くやってのけた人物は……

 

 

 

「ふぅ、お戯れは程々にお願いしますよ。 陛下」

 

 

赤き衣装を纏い、誰もが目を奪われる美貌が悔恨を滲ませる女性へ軽やかにウインクを一つ向けて、ルミアへとその女性を誘う。

すると、その件の女性……アリシア七世女王陛下が涙ぐみながら、立ち上がったルミアへ抱擁した。

 

 

「エルミアナッ! ごめんなさいッ!ーーー私は、ま、た……貴女が傷付く様な事をしましたーーーッ! で、も……無事で……本当に、ぶ、じで、よかった……」

 

 

嗚咽混じりに、陛下は強く抱きしめ、まるで誰にも取られないようにキツくキツく……それでも、何処か暖かな気持ちを覚える優しい抱擁で涙を止めることなく出し続ける。

ルミアも、唖然としていたが、それも一瞬。

直ぐに、事態を把握し、縋り付く様に……今迄の空白の時間を埋める様に……親の暖かみを噛みしめる様に、強く、强く、靭く抱き締め返した。

 

 

その光景の真意を掴め切れていない、ゼーロスさんは困った顔を浮かべた。

そして、ありえない事態を生み出したグレン先生へ何とも言えない顔で尋ねた。

 

 

「ーーー何故、条件起動式の呪殺具が発動しなかったのだ」

 

 

その疑問へ、答えの変わりにグレン先生はズボンのポケットから【愚者のアルカナ】を取り出す。

それを見たゼーロスさんは、戸惑いを覚えながら答えへ行き着く。

 

 

「ぐ、【愚者のアルカナ】?! ま、まさか貴公ーーーッ!」

 

 

「フ、まぁ、俺が何者でもいいじゃねぇか。 今は、あの二人の時間を邪魔しないでおいてやろうぜ」

 

 

「先生、カッコつけて決めてる風に終わらせようとしてますけど、気づくの、遅すぎませんかぁ〜? 危うく、俺、殺されるところだったんですけどぉ〜!! あぁ! 怖かったッ! 師匠も師匠でもっとマシなヒント下さいよぉ〜。ったく、俺がいなきゃ、先生も陛下もルミアも死んでたかもしれないし無いですかぁ〜! ほんと、しっかりしてくださいよぉ〜」

 

 

「「「急にウザいなッ!!」」」

 

 

おや? ゼーロスさんまでツッコミましたか? あるぅぇ〜!? この人、こんなにノリ良かったの?

え? そこに驚きを覚えたんだけど。 マジかぁ〜、ゼーロスさんってボケにツッコでくれる人かぁ〜。 これはいい情報だったなぁ〜。

 

 

「ま、まぁ、実際、あれだけのヒントでよく私達の意図を汲んでくれたな。 グレンは絶対に気付くと思っていたが、まさかケンヤまで理解して動いてくれるとは思わなかったぞ。 確かに、お前がいなければゼーロスは防ぎきれなかったしな」

 

 

「え? あれ? これ、俺、褒められてんの? ねぇ? 褒められてないよね?! バカにされてるよね? 安易に、俺がゴリゴリの脳筋思考で戦ってると思ってたよね?! おいコラ! そこの腐れ教師、何視線を逸らしてやがる! ーーーはい! 制裁決定ッ! 歯ぁ食い縛れよッ!!」

 

 

「は? おいッ!! ち、ちょっと待てッ!! 俺、なんもしてねぇーだろッ!! ーーーおい、冗談抜きで止めろ……残った魔力を集めて拳に溜めるなッ!! お、おい、やめろ……止めてくれぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフ、ケンヤはこんな状況でも変わらないね」

 

 

「え? あぁ、彼ですかーーー確かに、ケンヤは変わりませんね。 本当に不思議な男の子ですね。 私や貴女の事を知っても尻好みしない精神力も、その強靭的な戦闘能力も……その、全てを見通したような優しき目も……なんだか、ホッとしますね」

 

 

帝国の二つの至宝が、寵愛の微笑みを浮かべ、一人の少年を優しく見つめていたことは誰も気づかないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、ところでエルミアナ? 貴女、ケンヤの事をどう思っているのです?」

 

 

「えぇ!? そ、それは、そのぉ〜……ぅぅ」

 

 

「成る程、貴女の想いが通じるといいですね。 彼は一見、聡いように見えますが、そういったところは鈍感ですからね。 彼のせいで何人の侍女が涙を見せたのやら……」

 

 

「やっぱり、ケンヤはモテますよね……はぁ、私も頑張らないと!」

 

 

(ヤル気ですね……! 頑張ってくださいね、エルミアナ!

それと、ケンヤーーーエルミアナを泣かせたら……フフ♫

どうしましょうかねぇ❤︎)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぉおッ! (ぶるッ)」

 

 

「ん? どうしたんだ、ケンヤ」

 

 

「いや、なんか寒気が……(ガタガタ)」

 



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第3章
白雪なる地獄(過去)─────そんで、ある意味お家騒動(現在)


どんだけ待たせたんだろうか? 8ヶ月以上? もはや覚えてねぇな!!

だが、それもまた良し(お前が言うな)

さて長いこと待たせてしまいましたが、どうにか書けたので投稿します^_^

けどかなりごちゃごちゃした状況なので誤字も脱字も文章力自体もボロボロです。そこは大目に見ていただけると凄く助かります。主に作者のSAN値が保たれます!


それでは本編へどうぞ!


「────遅かった、か……」

 

 

極寒で荒れ狂う冷気が吹雪となって襲いかかってきた。冷え切った身体を更に凍えさせ、身震いを起こす。

 

 

虚構の果てにある地獄。幾度見ても吐き気を催す光景に倦厭しながら抜き身の刀身から滴る血糊を払う。

 

 

積もった白雪に紅い弧を描き、また直ぐに吹雪で白く染まってゆく。

 

 

背後には斬り伏せた外道が数体いる。当然、絶命している。二度と蘇ることはないただの屍だ。

 

 

冷たい風が吹く音だけが耳朶を刺激し、視界すら不明瞭。そんな中で見つけた一人の赤い髪の少女。

 

 

膝をつき彼女の容態を見るが、最早手遅れだった。

 

 

【復元する世界】でも死者の蘇生は叶わない。それが世界の真理だから例え固有魔術であっても、その理を変えれない。変えては行けない。

 

 

禁忌に触れるということは人を辞めるということ。

 

 

そんな末路を辿るぐらいなら死んだ方が幾万倍もマシだ。

 

 

雪によって埋もれていた少女の小柄な身体を引っ張り出して温もりを分け与える様に懸命に抱え込む。

紅く染まった掌。相当な出血量であったと伺える傷口がいくつもある。

 

 

白く正気の失せた肌が冷え切っていた。虚ろな紅瞳が何よりも死を鮮烈に悟らせる。

 

 

「……悪りぃ、遅くなっちまったよ」

「……」

 

 

返事は無い。

 

 

わかっていた。いずれこうなることぐらい。

彼女が玩具としてしか扱われていないことなどとうの昔に理解していたはずだった。

だから救うと約束したはずだった。

 

 

彼女の笑顔を守れなかった。

それがなによりも悔しく憎い。己の至らなさに憤りを覚える。

無意識に口端を噛み切り血を滴らせる。

 

 

きっと彼も逝ったのだろう。

それも無念と無残で埋め尽くされたやり方で……。

 

 

外道の法は罪深い。抜け駆けする者がいるのなら直ぐ様に極刑。それもその人物に対して一番の屈辱を合わせてから冥府へ誘う。

 

 

胸に灯った私怨の焔を滾らせながら、少女の遺体を抱え上げる。

 

 

「……ちゃんと埋葬してやる。先に休んでいてくれ。ちゃんとやる事やったら俺も直ぐにそっちに行くからさ」

 

 

俺は出来る限り優しく小さな声で呟いた。そしてその声は吹雪によって掻き消されたため誰の耳にも届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────

 

 

 

 

「────金金金金金かねかねかねかねかねカネカネカネカネカネ……!」

 

 

「で、グレンティーチャーに何があったのか流石に今回ばかりは事詳細に教えてくれるだろ? セリカボス」

 

 

「……私は知らん。というか誰がボスだ」

 

 

ボスはボスだろアンタ。何処の世界に神殺しを成す怪物教授がいるんだ。セリカ師匠以外にこの世にいるわけねぇだろう!

 

 

と、殺されそうなので話を戻そうか(ガクガクブルグル)

 

 

学院が休日のある日。久し振りに時間のできた俺は料理の研鑽でもしようとルンルン気分だったのだが、急襲してきたバカ兄弟子とクレイジー師匠に気分を台無しにされたというこの状況に頭を悩ませています。

 

 

誰か、いい精神外科を知りませんか? もしくは効能のいい胃薬でも構いませんから。

 

 

ていうか、普通に考えて壁打ち抜いて入ってくるやつがいるか?! しかも威力割増増の【イクスティンション・レイ】とか死人出るわ!

そのくせ高笑いしながら「悪い悪い(笑)」だって?!

しばくぞっ! こっちは死にかけてんだよ! んな軽い感じで謝られて許せるわけねぇだろうがよぉお!!

 

 

ちゃんと安全性を考慮して魔術は使いましょう。確実に死人出ます。皆様は真似しないように!(切実)

 

 

一応、あとでセリカ師匠に請求書送ろう。壊れた壁の修繕費ぐらい神殺しを成した人ほどの方なら簡単に払えるよね?(悪魔の笑み)

 

 

だからちょっと上乗せした金額を提示しても余裕だよね! よし! そうしよう。

 

 

と、後で金銭を設ける作戦を実行すると腹に決めた俺は、取り敢えず嫌々ではあるのだが二人をリビングへ案内して中央のテーブルに座らせて湯呑みに最近入荷したばかりの緑茶を注いで前に出してから話を聞くことにした。

 

 

─────

 

 

「─────んで? そこの金欠ブリブリ座衛門先生は普段から減給よろしくしてるのにまた賭博して大敗を喫した惨めで愚図な大人に成り下がった、と……」

 

 

「あらやだ。ケンヤ君ったらそんなお下品な言葉遣いはダメだよ。先生はもっと敬わないとね」

 

 

「ちょっとルミアに似せようとするのガチで辞めろ。ぶっ●すぞ?」

 

 

「ヒィッ! すんませんでしたー!!」

 

 

ガチの殺意を滾らせながら睨み付けると、グレン先生は顔を一気に青白くさせて固有魔術の【フライングドゲザ】を披露して頭を木製の床に擦り付けてきた。

 

 

他人が居たのなら非常に誤解を生む行動なので全力で止していただきたいところだが、今のところセリカ師匠と俺しかいないので関係ないと割り切って高性能カメラでグレン先生のドゲザ姿を撮っておく事にした。勿論、ニヒルな笑いを師匠と向け合いながらだが。

 

 

グレン先生って時々哀れだよね(笑)いや、常にか(大爆笑)

 

 

「で、そんな愚図で馬鹿で調子乗りの馬鹿丸出し金欠ナマクラブリブリ座衛門先生の面倒見るのがめんど臭くなってきたから弟弟子である俺に無理言って押し付けようって魂胆ですか? 師匠」

 

 

「なんかさっきより酷くなってる気が─────てか、まだ怒って「怒ってないっすよ(怒)」怒ってるじゃねぇかッ! ヒィッ!! すんませんでしたぁー!」

 

 

奥歯ガタガタ丸先生は放っておいて、師匠は嘆息しつつ眉間を伸ばすように指で抑える仕草を一つ入れる。

そんな行動一つでもそこはかとなく妖美に感じられるのは彼女の持つ絶対的美貌だからこそだろう。

 

 

「ま、そういうことだ。流石に私もグレンを甘やかしすぎたと丁度猛省したところでな。こんなんでもグレンも一端の大人。そろそろ自立させなきゃならないだろう?」

 

 

「いつまでもガキ扱いはやめろよ!」

 

 

「そういうなら賭博やカジノへ行くのは止めろ。ったく、とはいったもののコイツをいきなり一人暮らしなんかさせた日にゃ無駄遣いどころか廃人確定人生を送る羽目になるのは目に見えてるだろ」

 

 

「そこで白羽の矢が立ったのが一応自立して一人暮らししてる俺だったわけか」

 

 

うん。理由はわかる。理解も出来る。要するにグレン先生がグータラ過ぎる生活を抑制するために俺がグレン先生の抑止力として監視してくれって話だろ。

 

 

それを生徒に任せるとはまたとんでもない事態だとは思うが、ここ最近に起きた事件などを考えればなんと矮小なことなのやら。

 

 

だからといって容認するわけではないがな!

 

 

「それでも、ちと考えが浅はかじゃないか? んなことでこのロクデナシが改心するとは思えねぇぞ」

「……俺の扱いがぞんざいな件についてしっかりと話し合いをしたい」

 

 

ジト目でこう垂れてらっしゃる腐れ講師。

話し合い? 論戦? この馬鹿講師は何を馬鹿なことを言ってらっしゃるのだろうか? そもそも最初からキチンと生活を送っていればこんなことにはならなかったわけで、殆どのというか全ての元凶であるお方が何かを言ったところで無駄というか、というよりその権利は最初からないというかね─────あぁ!! はぁ、はぁ……とにかく言わせてくれぇれ!

 

 

「なら初めからしっかりしてくれよ腐れ講師! 俺だって男二人でのむさ苦しい生活なんざゴメンなんだよ! 畜生がヨォォ!!」

 

 

「ソッチィィィィイイ!?」

 

 

別に驚くことじゃないだろ? 俺だって年齢的には性欲を十分に持て余してる青少年、否、性少年なんだ!

見られたくない本の一つや二つあるし、男とむさ苦しい暮らしなんざ死んでも嫌だ! するならうら若くて金髪で清純な巨乳美人ちゃんとがいい(変態)!

 

 

「ふむ。なるほどな。つまりはここにグレンだけじゃなく若い女も特典としてつければ文句はないんだな?」

 

 

と、ガチの変態論を唱えようとしていたタイミングでセリカ師匠は艶美(悪魔)の微笑みで問うてきた。

 

 

なんだなんだ? なんか嫌な予感が全身を襲ってくるぞぉ?

大まかなオチを理解できてるだけに颯爽に断りを入れて直ぐ様にお帰りになって頂こうと決断した。

 

 

「わたs────「断る。そんで帰れ」……私はまだ何もいってないぞ」

 

 

言わなくていい。言わんとしてることは分かるから。てか、帰れ。ここは俺の場所だ勝手に入り浸られても困るわ! つーか師匠は若くねぇだろうが!? 400歳超えて─────「【我は神を斬獲せし者・我は始原の祖と終を知る者・其は摂理の円環へと帰還せよ・五素より成りし物は五素に・象と理を紡ぐ縁は乖離すべし・いざ森羅の万象は須く此処に散滅せよ・遥かな虚無の果t─────」

「すんませんでしたぁ!! 僕の家の部屋はいくらでも空いてるんでどこでも好きな場所で過ごしてくださいっ!! てか住んでくださいマジでお願い致します!! 若くて綺麗なオネェさんなら幾らでも募集してましたからぁ!! わっはっはー!!」

 

 

心を読んで恐怖で心を染め上げようとするな!!

マジで家ごと消し飛ばす気かよ!? 頭のネジ100本ぐらいぶっ飛んでんだろ!?(常に75本以上のネジはぶっ飛んでるという認識は持っている)

 

 

そして俺の返答と言う名の焦燥に満足げな表情を浮かべてウンウンと頷く師匠。

 

 

この人に逆らうと余計な命を散らす羽目になるからみんなも気をつけろよ。特に年齢の話は厳禁だ。

 

 

「ふん。最初からそう言えばいいんだよ。全く可愛げのない弟子だ。こんなオマエのドストライクな見てくれの女が一緒に住んでやるっていうだから素直になれよ」

 

 

……正論だから言い返せん。

たしかに師匠の見た目って俺のドストライクゾーンにど直球に入ってんだけどさ、なんかそういう対象として見たくないというか、こう親的なアレだから嫌なんだよなー。

 

 

けど、一緒に住む以上、より師匠のプロモーションに嫌でも意識がいっちゃうじゃん?

そうなれば理性崩壊伝説が始まっちゃうかもしれないわけでね? 俺、今すごく気持ち悪いこと言ってるって自覚はあるからツッコまないで欲しい。うん頼む(切実)。

 

 

という、性的な理由にしようとしてるけど1番の理由は実はこれではない。

 

 

え? じゃあなんなのか?

 

 

簡単だよ。単にこの二人がここに住まうってことは面倒ごとが確実に舞い込んでくるじゃん。んなの嫌だわ。

 

 

師匠はどんな大魔術の開発でやらかすのかわからんし、先生はどんなバカ騒ぎを起こして直ぐ面倒ごとに突っ込むし、マジで手に負えない事態になるのが嫌なんだよ! 誰かわかる奴が絶対に一人はいると思う。え? いない? さいですか……。

 

 

と言うわけで、どんだけ否定しても無駄だと悟った俺は素直に降参して二人に部屋を提供した挙句、壁の修繕費を師匠から払ってもらえることもなく自身の【投影魔術】で修繕させられるという羽目に陥りました。

 

 

こうして【黒蒼狼】と【愚者】と【世界】の新たな生活が始まりましたとさ。タンタン♫

 

 

てか、セリカ師匠も俺ん家で住むんならグレン先生の自立の意味なくね? ただ住み場所を変えて俺一人増えただけじゃね? それと元々の住処どうすんの?

 

 

という疑念はセリカ師匠の独断(脅迫)で握り潰されました(物理)。

 

 

……最後の方、グレン先生は空気だったけど気にしないでやってくだせぇ。彼も酷く落ち込んでたからね。

 

 

今度こそバイチャッ☆




なんだこの適当な展開は……。

お願い、ツッコミをいれないで!! 自分でもわかってるから(泣)

けど書き直す気は毛頭ない! なぜなら面倒だからだ!(作者がいよいよそれを言ったら終わりだな)


というわけで次回からようやっと三章の本編に入っていきます。原作では3巻、4巻……まぁリィエル回ですね! よろしくです!


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新たな騒乱と抑えきれない我欲

おひさー


「────は? 帝国宮廷魔導師団からルミアの護衛を派遣する? なんじゃそりゃ」

 

 

朝食時、(何故か)三人暮らし(現在、セリカ師匠は早出で家に居らず)の俺たちは各々の好みに合わせた食事で食卓を囲んで摂取していたところにグレン先生からとんでもない話題がぶっ込まれた。

 

 

因みに俺の前には米と焼き目の入れた焼き鮭と甘めのだし巻き卵、そして鰹出汁から作った豆腐の味噌汁が並べてある。(グレン先生は食パンと目玉焼き、あと色々ぐちゃぐちゃだからよくわからない)

 

 

箸で丁寧に鮭の身をほぐして行き、ほぐれた部分を口元に運ぶ。丁度良い塩加減に舌鼓うちながら先生の話に耳を傾ける。

 

 

「あぁ。今回の一件でルミアが『天の知慧研究会』の狙いであることは明確になったわけだから当然っちゃあ当然の処置だろ」

 

 

行儀悪く机に肘をつきながら千切ったパンを口を大きく広げて食べながら話すザマは非常に下品と言わざるを得ない。

が、言ってることは正当だ。

 

 

何が要因でルミアを狙うのか、理由は一つしか思い当たらないが、それでもまだ全部を周知したわけではない。

 

 

今では特務分室のお方々が躍起になって原因の究明とテロリストの掃討に奔走してるらしく、あちらこちらに行ったり来たりらしい。

 

 

それでもやはり一番手っ取り早いのはルミアの護衛をしておくことで訪れるテロリストを取っ捕まえるという作戦なわけで、おそらく今回はそういう作戦を練っているのであろうと予想がつく。

 

 

胸糞の悪い作戦ではあるが、たしかにルミアを撒き餌にした方が掃討にはより効率的だ。

 

 

許容はしたくないが、理解はできる範囲。

 

 

成る程。この作戦を立案した者は余程武勲を挙げるのに熱がこもっているように感じる。

 

 

自身の名誉のためなら他者を巻き込んでもいいというスタンスを持ちながらも、必ずしも効率の良い方法を見出す手腕は本物というところか。その分、下からの反発も多いだろうけどな。

 

 

ここら辺のことを先生がどう思ってるのかはわからない。けれど俺が成すことはこれからも変わらない。

 

 

級友が狙われてるのであれば、それを全力でもって防ぐ。それだけだ。

 

 

俺はこれから先必ず起きうるルミア争奪戦に一層の警戒を持たなければならないと腹をくくりながら朝飯で腹を満たすのだった。

 

 

 

─────

 

 

 

「どぉわぁぁぁぁあぁぁぁあ───ッ!! 」

 

 

「え?」

「な、なに!?」

「……ち、あとちょっとだったのに」

 

 

「な、な、なにしやがんだテメェェェェェ!! 俺を殺す気かぁあ!? あとケンヤ!! テメェ今舌打ちしたろ!?」

 

 

「しましたが何か?」

「開き直ってんじゃねぇー!」

 

 

「……ん、グレン。会いたかった」

 

 

さて、この殺伐な空気を一言で説明するなら─────ごめん。無理(意味不明すぎて理解不能)。

 

 

青髪が目につく華奢な少女には見合わぬ剛剣が先生目掛けて振り下ろされたが、それを間一髪で白刃どりで防ぎ、膠着。

 

 

それが現状なんだけど、凄く異様な光景だな。側から見れば幼女に襲われてる成人って図が出来上がってるもの。これを異様と言わず何と言うのだろうか。

 

 

「うるせぇ!! なんでこんなところにいるんだよ! そんで一体なんのつもりだ! 質問に答えやがれ! リィエルゥゥゥ!!」

 

 

先生の絶叫が街中を轟かせた。

少女は表情筋の死んだ顔のまま頭を傾けて、頭の上に?を浮かばせた。

 

 

「挨拶?」

 

 

これが挨拶? すごいスキンシップを今まで取ってきたんだな(他人事)。

先生も案外苦労してたんだなー(傍観確定)。わざわざ変わってやりたいとも思わないけどな。

 

 

「どこが挨拶だ!! どう観たって、ただの殺戮だろうがッ!! 誰からんなこと聞いたんだよ!?」

「アルベルトが帝国式の挨拶だって言ってた」

 

「あのヤロォ……リィエルにホラ知識吹き込みやがってぇ! 俺を殺す気か!?」

 

 

大声をあげながらリィエルの頭を拳で挟み込んでグリグリする(残念なロクでなし)講師。大変気苦労が多そうだ(他人事)。

 

 

ふむ、それにしてもなるほど。

 

 

「アルベルトさんが言うなら帝国式の挨拶なんだろうな。間違いない。うん。わかりみ」

「アンタまで便乗しちゃダメでしょ!?」

「あ、アハハ……」

 

 

システィーナ(色々あっての名前呼び。邪推、良くない。ダメ、絶対!)の冷ややかな視線とツッコミを見に受けながら、ルミアの乾いた笑い声が鼓膜に入ってきた今日この頃だった。

 

 

─────

 

 

そもそもの話。今回のルミア護衛任務と言う名のグレン先生大好きアタックに(グレン先生曰く脳筋思考の)リィエルが派遣された時点で作戦が破綻していると言うか、明らかな人選ミスであることは間違いないと言わざるを得ない。

 

 

実際に、朝の一幕の後にルミアがリィエルに優しく「よろしくお願いします」と礼儀正しく慈愛に満ちた声音で言ったら、アイツは無表情で頷いたと同時に「うん。まかせて。グレンは私が守る」とか言い出しやがったからな。

 

 

いくら人材不足が祟っているとはいえ、これはない。

 

 

派遣するにしてももう少しマシな人選があったはずだ。それなのにそれをしてこなかった。ということはだ、他に役立つ要素が何かしら含有されている可能性が高い。そして、明らかな本命の護衛が何処かしらから監視している。と、言ったところか?

 

 

なまじ間違えてはいないであろう憶測。

視線を天に移し、溜息をひとつ、溢した。

 

 

(……何も起きなきゃいいけどな)

 

 

一抹の不安を脳裏に過らせながら、俺たちは再び学院に向けて足を運び始めた。

 

 

─────

 

 

血泥の中を、鈍重な足を無理矢理に動かして最奥地に進む。

一歩一歩踏みしめる度に脳へと直接語りかける意趣遺恨の篭った怨嗟の声。

 

 

─────コロセ……っ。 スベテヲ、コロセ!

 

 

─────オマエハ、ソノタメニウマレテキタ玩具二過ギヌ。

 

 

─────ワレラガ遺恨ヲ受ケ継シモノ……ワレラガ終焉ノ王ヨ! 汝ガ本能ノ趣クママニ、全テ、総テ、凡テコワセっ!

 

 

酷く嗄れた声が脳天に響く。

あまりの不愉快な声音に嘔吐感を催す。

ノイズがかかった思考回路に、理性が止まる。

 

 

「【我は死の根源を司る者─────」

 

 

闇暗の通路を灯す紅の焔は、俺の行く末を示した。

神々しく煌く神焔が指し示す祭壇へと、本能の赴くまま、呪詛を呟きながら胡乱に進む。

 

 

「汝は終なる原初へ回帰する者─────」

 

 

◾️◾️◾️◾️◾️の軌跡を辿る。

 

 

酷く荒廃した更地の中、無数の剣が突き刺さる。

天を覆い尽くす暗雲から僅かに漏れ出でる斜陽は禍々しさすら帯びていた。

この世界こそ、◾️◾️◾️◾️◾️の心象世界。彼が望んだ故に掴んでしまった栄光(地獄)の果てだ。

 

 

「死相の刻印を汝の胸に刻み込み、汝を煉獄へ誘わん─────」

 

 

今度は◾️◾️◾️◾️の軌跡が過ぎる。

幸福が彩る桜色の世界。

その幻想郷を創り上げるためだけに、遍く並行世界を渡り歩き、それぞれのハッピーエンドを導いてきた最強の【究極使い】。

確かな幸せな掴みながら、生きているが、彼はそれを自らの策略と能力で掴み取ってきた。生粋の苦労人だ。

 

 

「なれば、我は汝と共に獄焔なる魔神と生まれ変わりて、─────」

 

 

詠唱も終点を迎える頃合い。

目前の荘厳な祭壇に突き刺さった煌々と鮮烈に耀く紅の剣。

肌を焼く焔風が激烈に舞う中、数千度を悠に超えた聖剣の柄を─────

 

 

「─────契りを交わす】」

 

 

─────最後にそう括って、強く握った。

 

 

─────

 

 

「つーわけで、今日からこのクラスの一員になるリィエル=レイフォードだ。仲良くしろよ、お前ら」

 

 

朝礼。

グレンティーチャーの紹介により、クラス中から脚光を浴びる小柄な少女─────リィエルはグレン先生の横側に無表情で佇んでいた。

 

 

「すっげぇ可愛いな!」

「あぁ、オレの嫁にしたい!」

「いやいや! あの子は俺の彼女にするんだ! 勝手に割り込むのはやめてもらおうか!」

 

 

男子生徒は一様に盛り上がり、─────

 

 

「わぁ! お人形さんみたい!」

「えぇ、すごく可愛らしいですわ!」

「はぁ……愛くるしいわぁ〜」

 

 

─────当然の如く女子生徒も熱狂していた。

美少女転入生の登場にクラスメイトたちは浮き足立つ中、その渦中の彼女は物怖じもせずに骸のように立ち尽くすだけ。

 

 

「……あの子、大丈夫かしら?」

 

 

すると、リィエルの無反応に心配したのか、システィーナが眉を下げて気遣わしげにそう言った。

まぁ、言わんとしていることはわからんでもない。

てか絶対大丈夫ではない。これ予感じゃなくて予知ね。

 

 

「だ、大丈夫だよシスティ。リィエルも宮廷魔導師団の一員なんだから、きっと大丈夫だよ」

「そうなんだけどね……」

 

 

ルミアの優しい微笑みを受けたシスティーナは理解しつつも、やはり心配なものは心配なようで、やはり得心には至らない。

 

 

「ケンヤもリィエルは大丈夫だと思うよね?」

「ん? あぁ……」

 

 

考え事でボォーとしていたら、突然話しかけてきたルミアの声に生返事を返してしまった。

 

 

「……ま、大丈夫じゃないか大丈夫かで言えば、大丈夫だとは思うぞ。グレン先生だっているんだからな」

 

 

と、適当感の溢れる返答をする。

少し気分の落ち込んだ声に、自分でも驚くほどに覇気がない。

 

 

「ちょっと、アンタ大丈夫なの? 医務室に行ってきた方がいいんじゃないの?」

 

 

システィーナがどうも俺の様子がおかしいことに気がつき、気をかけてくれる。

いつもの説教顔ではなく、本気の心配げな様子で身を案じてくれるので少し嬉しいかも……なんて考えが浮かぶ時点で、俺はだいぶ気が病んでいるらしい。

 

 

「……まぁ、確かに気分は悪いけど大丈夫だろ。特に身体に変化があったわけじゃなしに、医務室に行く意味はねぇだろ」

「ケンヤ……無理は良くないよ」

 

 

そっと優しく手を握るルミアの目は真剣そのもので、俺は思わず口を噤んでしまう。

 

 

「今のケンヤ、凄く顔色悪いよ。汗もこんなに……」

 

 

そう言って、ルミアは俺の額にベットリと付いていた脂汗を持参してきたであろうハンカチで拭き取ってくれる。

その優しさが凄くありがたく、同時に深い罪悪感が精神を蝕んだ。

 

 

「……流石にこれは見過ごせないよ。私もついていくから、一緒に医務室に行こ?」

 

 

優しい彼女は、俺の容態を見過ごせずに付き添ってくれるという。もはや意識が朦朧としていて、判断能力が欠如し始めていて、流石にやばいと思ったので、無言で首肯する。

 

 

「─────先生! ケンヤが体調を崩してしまったみたいなので、私が医務室に連れ添ってもいいですか?」

「あ? ケンヤが体調崩しただ? 朝の登校の時はそんなこと─────って、マジで顔面蒼白じゃねぇか!! 俺が背負っていくから、オマエら、リィエルの紹介はちょっと待ってろ!」

 

 

そんな喧騒を最後に、俺の意識は暗闇に落ちていく。

理由はわからない。ただただ忽然と景色が途絶えていく。

音も遠くなる、熱も引いていく、血が下がる、目蓋が落ちる……。

最後、強い倦怠感に流されるまま眠った……。

 

 

─────

 

 

─────それは過去。

 

 

ケンヤが初めて受け取った剣は、ただの張りぼて……ただの鉄剣だった。

玉鋼で精製された精巧な刀剣とは程遠い斬れ味のない鉄剣。それは彼の手には馴染まなかった。

 

 

だからケンヤは自分の能力で刀剣を作ったが、それでも満足のいく刀はできなかった。中身の伴わない和刀に『理』が紡げるはずもないのだから、当然と言えば当然だ。

 

 

『─────刀?』

 

 

四年前ほどに向かった遥か東方の地にて、少年はとある鍛治師に刀剣の作成を依頼したことがあった。

 

 

『流れを汲む精錬な剣のことだろ? 作れんこともないが、正直、難しいだろうな』

 

 

ここでも駄目かと、気が滅入る返答に未成熟の心は折れかかっていた。

この時、既に数百か所の鍛冶屋に向かっては頼んできたが、首を縦に振る鍛冶屋はなく、全敗。

辟易とする長旅に、彼は諦めて自前の鉄剣を研いでもらって、それでどうにかしていこうと、刀のことは諦観していた。

 

 

『ただここから北方面の少し遠方にある一際デケェ山の天辺には、なんでも契約者の意思に沿ってかたちを変貌させる聖剣があるとかないとか聞いたことがあるなぁ』

 

 

だが鍛冶屋の壮年男性が言った、その情報にケンヤは気力を取り戻した。

刀を受け取るのに体裁など気にしていられない彼からすれば、喉から手が出るほどの吉報だった。

虚言だとしても、行ってみる価値はある─────

そう思って、ケンヤは北方へと軽やかに歩みを進めていく。

 

 

そこで唯一無二の存在となる少女と熾烈な鎬の削り合いをすることなど、この時のケンヤに知る術などなかったのだ。

 

 

─────

 

 

─────壊セ、潰セ、殺セ、滅ボセ。

 

 

破壊欲求が◾️◾️◾️の中を蠢き、脳に囁く。

 

 

─────血ヲ見セロ、飲マセロ、渇キヲ癒セ。

 

 

渇望する鮮血を啜れと惑わす。

 

 

─────己ガ欲求ヲ満タサンガ為ニ、血肉ヲ、エモノヲ喰エ。

 

 

視界が血汐のように真紅に染まる。

 

 

─────ホラ、都合ノ良イエモノダ。

 

 

理性が弾け飛ぶ寸前に陥り、思考が血色に呑まれる。

体内の心臓部で微かに胎動する他種の意思。

 

 

─────我二供物ヲ捧ゲヨ。強キ理念ヲ喰ワセロ、生キ血ヲ呑マセロ。

 

 

柔らかい()を視線に捉える。

強烈な意思に、諍えない。理性を保てない。

 

 

「……ぁ、が……ッ……ァァ」

 

 

脳が侵食されていく。全てが深紅になる。視覚も、聴覚も、嗅覚も、触覚も、味覚も……何もが紅に濡れて、鈍化した。

 

 

苦しい。痛い。重い。

 

 

苦痛が◾️◾️◾️を襲う。

靭帯の悲鳴と共に◾️◾️◾️の正気が溷濁する。

 

 

─────あぁ、そうか。

 

 

◾️◾️◾️は刀袋から【◾️ーヴ◾️テ◾️◾️】を取り出し、鞘から美しく禍禍しい紅黒刀を抜身に放つ。

 

 

「ぅぁ……ァァ!」

 

 

◾️◾️ヤを認めてくれた存在である、◾️ミ◾️の首に、剣線を定める。

綿毛のように柔らかいミディアムの金髪をふわりと舞わせる光景に見惚れるでなく、◾️ンヤは殺戮なる意思を奔らせていく。

 

 

─────この苦しみを逃れるなんて、簡単だったんだ。

 

 

血を望む悪魔は、前方にいる少女の首に刀身を這わせる。

 

 

─────俺が彼女を殺して、喰えばいいだけだ。

 

 

そして狂気の思考の中、ケンヤはルミ◾️の首筋を断った。

 

 

 

 

 

 

「ガ、ァァァアァァァア……ッッ…………!!」

 

 

直後、飛び跳ねたケンヤは獣の咆哮の如し叫声を上げて意識を覚醒させた。

 

 

「はぁ……はぁ……か、はっ…………ゆ、め?」

 

 

ケンヤは呼気を荒げ、血の気の引いた頭を利き手で支えて、そう呟く。

 

 

まわりを見渡す。

白い天井に、白いカーテンに覆われたベッド。薬品の匂いが鼻に付く。質素な部屋。

 

 

「医務室……か」

 

 

状況を理解したケンヤは、再び柔らかいベッドに体重をかけて安堵の息を溢す。

先の光景が虚像であったことに安心感を覚えた少年は、掌を上に向けてぼんやりと眺める。

 

 

見れば、少年の掌は爪が食い込んで少し腫れ、血が滲んでいた。

知らぬうちに強く握りしめていたということだろう。

 

 

「……くそったれ」

 

 

弱々しく悪態を吐く。

窓辺から射す斜陽は昼時を指しており、数刻程の眠りについていたのだとわかる。

 

 

「ふざけんなよ、マジで……!」

 

 

憤然たる気持ちが込み上げる。

医務室特有の静謐さが、一時的に心にゆとりをもたらすも、直ぐに沸々と憤りが込み上げてくる。

 

 

「守るって、決めたんだ……! そんな人を手にかけるわけねぇだろ!」

 

 

唇を強く噛み締める。鉄の味が咥内に満ちた。

後悔の色が濃く出た顔色に、本人は気づかぬまま本心を曝け出す。

 

 

「だって俺は……俺はアイツを─────!」

 

 

バカかと唾棄する。

何を言おうとしているのか。

そんな想いが一欠片でもあったのなら、先の情景はなんだというのか。もし─────もし、この気持ちが本当だとするのなら、俺は、俺の本性は……。

 

 

憂鬱に満ちた顔つきのまま、身体を起こして、誰もいない医務室に感謝と謝罪を綴ったメモを残して立ち去る。

 

 

汚濁した気色悪い精神状態のまま講義を受けるなど、今のケンヤには考えられず、その日、教室には顔を見せずに失踪した。

 




前書きが手抜きになのは気にしねぇでくだせぇ……!


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血の記憶─────日常も好き

2本目です


「─────ヒャッ!?」

 

 

外道は転ぶ。

 

 

「ひっ……!」

 

 

害悪は慄く。

 

 

「く、来るな……!」

 

 

塵屑は後退る。

 

 

「こ、こんなところで、死んで─────ヒィィィィィ!!」

 

 

下種は喚く。

 

 

「た、助けてくれェェェェエェェ!!」

 

 

─────あぁ、煩い。

 

 

静寂の支配する暗部の世界に響く絶叫は、誰の耳にも届かない。

小さくない裂傷を負い喚く男は、狭く闇色で満たされた路地裏で黒ずくめの男に刀の鋒を突きつけられていた。

 

 

小刻みに震えて、畏怖の感情に支配された男は身体中の至るところから鮮血を散らし、絶命寸前。

放っておいても勝手に死に至るだけの風前の灯火だ。

 

 

「─────煩わしい、死ね」

「ぁが、ハ……ッ……!」

 

 

だが黒ずくめは戸惑いなく切っ先を喉仏目がけて突き刺し、トドメを刺した。

嘔吐きながら痙攣する男は、醜く斃れる。

ドバドバと止まることを知らない血流は、石畳を赤黒く濡らす。

 

 

「まだだ……」

 

 

ポツリと呟く。

胡乱な紅瞳で刀身を振り払う仕草で血糊を払い、鯉口鳴らして鞘に納める。

 

 

「まだ足りない─────」

 

 

正気の失せた虚ろな情調で言った。

 

 

「寄越せ─────」

 

 

肉塊と化した男の腕を、ただの腕力で引き千切り貪りながら、そう言う。

凛々しい口元が血で濡れることを構わず、黒ずくめは◾️を喰い荒らす。

 

 

咀嚼し、血を啜る。

 

 

閑散とした中、ピチャピチャと口元で鳴り響く血塗れた肉を噛みちぎる物音が酷く醜怪だった。

 

 

「─────全部寄越せ」

 

 

月光が閉ざされた暗天は寂しく泣き、黒ずくめ─────◾️◾️◾️=サ◾️ラ◾️は低く唸り、獰猛に嗤った。

 

 

─────

 

 

「……」

 

 

閑寂。

少年は無面のまま、何をするでもなく、ただ無気力に桜の大樹を眺める。

 

 

黒水晶を思わせる澄んだ黒瞳は、どこか遠くに想いを馳せているようで気概が無い。

 

 

湿度の含んだ空気を肌に感じながら、少年は口を開いた。

 

 

「俺は誰なんだ……?」

 

 

ポツリと疑問を溢す。

 

 

「わからない─────」

 

 

なぜこんなところにいる?

 

 

「わからない─────」

 

 

そもそもここはどこだ?

 

 

「わからない─────!」

 

 

ほんとうに?

 

 

「っ! わかんねぇよ!!」

 

 

少年は幾度の自問に自嘲気味に憤った。

憤然たる気持ちが昂り、彼は拳を大樹に向けて振るった。

ただの八つ当たりでしかない、その行動で心が落ち着くことなく、何度も何度も……叩きつけた。

 

 

「◾️◾️◾️ー」

 

 

けれど、その腕は動きをピタリと止めた。誰かが彼を優しく呼びかけたからだ。

哀愁と聞き覚えのある朗らかな声音に、自然と意識が向けられた。

 

 

「……◾️◾️◾️」

 

 

もう顔も覚えていない少女の呼び掛けに呼応するように、忘我の果てにある彼女の名を呼ぶ。

憂いた感情が、また更に澱む。

 

 

「─────大丈夫だよ」

「ぁ……」

 

 

清廉で慈愛のある柔和な声が耳朶を打つ。

ふわりと優しく柔らかい感触が頭にかかる。

温和に抱いてくれる少女の懐かしい笑みと、彼女の甘い香りは少年の不安を取り払った。

 

 

「もう時間だね」

 

 

数秒か、または数分か……いずれにしても短い安寧の時は終わりを告げる。

娘は悲しげに笑ってソッと少年の頭を離す。

 

 

「またここで逢おうね」

「……っ」

 

 

手を伸ばす。

どうしてか声が出ない事象に、せめて行動で示すために、遠ざかる愛おしい人に縋ろうと躍起になる。

 

 

「大丈夫だよ」

 

 

いつもの調子で、◾️◾️◾️は微笑う。

 

 

「◾️ス◾️ーが、ちゃんと思い出せたら、その時こそはちゃんと話そうよ」

 

 

桜の大樹と◾️◾️◾️が遠くなる。

少年は知らず知らずのうちに涙を零すさして、首肯する。

それを見て、彼女は麗かに笑った。

 

 

「ほら、◾️ス◾️ー。行って?」

 

 

遥か無窮に広がる白色無明の世界にて、彼等は誓いの場所でまた邂逅しよう─────そう約束して、離れていく。

 

 

桜の花弁が無数に散って、桜吹雪が舞い上がる。

視界が桜色に染まっていく。

最後、ささやかに微笑った瑞々しい唇が何とも印象的に映った。

 

 

 

─────

 

 

「はっはっは!! リィエルの転入初日って、そんなにおもしろかったのかよ!」

 

 

昨日、記憶の曖昧な俺だったが、なんとか持ち直し今ではすっかり元気な状態で教室に入った。

その際、クラスメイトたちには非常に心配されたが、無事を伝えると皆一様に安堵してくれたのが印象的だった。

 

 

くそ! やっぱりみんな良いやつじゃねぇかよ!! 涙がでてくらぁ!

 

 

そして今は、変態カッシュと男の娘セシルと共に、昼食後の談話をしている最中だ。

 

 

「おうよ。リィエルちゃんはマジでぶっ飛んでるけど、すっげぇいい子だぜ」

「うん。だよね! 少し変わってるけど、お人形さんみたいで可愛いし、話しかけたらちゃんと返事してくれるしね」

(あのぶっ飛び姫がねぇ……くっくっく、ちょっとはおもしろいことになってんじゃねぇか)

「それにやっぱりシスティーナと違って怒らねぇし……」

「あ、カッシュ! それはわかるぞ! あいつ貧乳のくせに生意気なんだよな!」

「……いや、そ、そんなことないと思うですよ、はい」

「ん? 急にどうしたよ? 普段の仕返しのつもりで暴露しあおうぜ! システィーナは胸無しでうるさいオカン気質野郎ってな! その分、リィエルのほうが暴走するとヤベェけど俺的には好みだぞ。別にロリコンじゃねぇけどよ」

「そうね。よほど死にたいのね、ケンヤ」

「そうそう。俺は死にたくないから、許してくださいフィーベルさん」

「ふふふ」

「ははは」

 

 

背後から聞こえてきた冷め切った声音に、背筋が凍りつく。

もはや乾いた笑いしか出てこない事態に、向き合っていたカッシュとセシルは引きつった顔をしていた。

はい、死にました(吐血)。

 

 

「いやいや! まだだ!! 俺だけ死ぬなんて不公平は許されない!! 男の絆はミスリルよりも硬度なもので結ばれてるんだ! な? カッシュ!」

「おう! ケンヤはいつもシスティーナを怒らせてばっかりだからな! 少しは反省しろよ?」

「おまっ!? 男の友情を即決で断ち切りやがっただと!?」

「バカヤロウ! そんなやっすい友情なんかで命をかけられるか!」

「クソッタレ! 絶交だコンニャロォォ!!」

 

 

地団駄を踏む。

クソッタレ! カッシュめ! 自分だけ保身に走りやがって! 今度の課題、ゼッテェ見せてやんねぇからな!!

 

 

「もういいかしら?」

「いやいや! まだまだまだぁ!! 俺は簡単には死なんよぉ!! ね? セシル! 俺たちは最高のズッ友だよな!」

「うん。ケンヤくんはいい加減反省したほうがいいよ。この前、システィーナさんのノートによくわからないピンクボールの魔物を描きまくってたの、僕は知ってるからね。しかも無駄にクオリティ高くてビックリしたよ!」

「セシルゥゥゥゥーーー!!」

 

 

机に頭を思いっきり叩きつけた。

コイツァ!! なんてこと暴露してやがるぅ!!

しかも見られてたのかよォォ!!

 

 

「へぇ……」

 

 

美麗に微笑った顔なのに、眼が笑っていない。完全に殺人犯の目だぞ、アレ……。

違うんです! ちょっとした出来心だったんです!! グレン先生が俺を誘うから! 誘うからァァ!!

 

 

「もういい? これ以上罪を重ねる前に、死んだほうがいいんじゃないの?」

「いやいやいやいや! まだまだまだまだぁ!! 俺はぜってぇに死なんよぉ!! な? ルミア! 俺はオマエに幾度となく救われてきた! もう、貴女に頼るしか俺が救われる道がないんだ!! 頼む! 助けてちょ★」

「うん。ごめんね? 流石に擁護できないから大人しくしていようね?」

「堕天使ィィイィィィ!!」

 

 

壁に頭を数度叩きつけた。

クッソォゥ!! ルミアめ! 可愛い天使の微笑みで、簡単に見捨てやがった!

ちっくしょう!! めちゃんこ可愛いじゃねぇかァァァア!! 許しちゃうゼェェ!!

 

 

「そろそろめんどくさくなってきたんだけど……」

「辟易するぐらいなら、制裁やめてもいいのよ?」

「気持ち悪いからやっぱり殺すわ」

「ヒィッ!?」

 

 

ちょっとした遊び心じゃん!! そんぐらい許してよ! 茶目っ気出すことすら許されない人生なんて、狂ってる!!

 

 

「くっ! こうなったら、新参者のリィエルに頼るほかねぇ!! 頼む、リィエル! 俺を救ってくれ!」

「……(モグモグ)」

「……」

「……(モグモグ)」

「……何食ってんの?」

「ん、苺タルト……コレ、おいしい……」

「そ、そうか……そりゃよかったな」

「ん」

 

 

会話終了。

Oh, ここまでのマイペースさんだとは、さしものケンヤさんも気付けなかったのですよ。

しかも出会ってからずっと無表情だったのに、苺タルト食べる時だけ、少しは可憐に笑えるのな……。

ふ……、可愛いじゃねぇかッ!!

 

 

「で? 言い残すことはある?」

「……案外ロリってありだなって、初めて思いました」

「うん、キモいから取り敢えず……【このおバカァァァ】!!」

「ギャァァアァァァア!!」

 

 

はい、死にました(吐血二度目)。

至近距離からのゲイルブロウとか、マジで洒落にならん。痛すぎてようわからん。

これを常日頃から受けているグレン先生の頑丈性がはっきりわかんだね!

 

 

 

 

 

と、いった日常の一ページを綴ったところで、話は放課後のホームルームに移り、『遠征学習』の話になる。

 

 

「白金魔導研究所ねぇ……」

 

 

目を眇えて、ポツリと呟く。

他のクラスメイトはもっとマシな研究所に行きたかっただの、レポートが多すぎるだろうだの、リィエルはマジで萌えだの、ルミアは天使だの、システィーナはゴメンだの、テレサに抱擁されたいだの、ウェンディに罵られたいだの……ふ、全部俺の願望だったか。全く、俺は本当に罪な男だぜ。

 

 

だが! 俺は色々あってあらゆる都市、あらゆる地域を渡り歩き、旅をしていた流浪者!

そこがどんな場所か、おおよその地図ならこの頭の中にある!!

 

 

「あぁ……白金魔導研究所かぁ。今回はハズレだな」

「ふ、甘い。ショートケーキに角砂糖を十個程載せた時ぐらいに甘すぎるぞ、カッシュ!」

「いやに具体的だな……経験談か?」

「うん。アレはやめとけ、マジで吐く」

「そんなこと誰もやんねぇよ!」

 

 

ただでさえ甘いショートケーキに角砂糖乗せる時点で頭沸いてる邪推なる行為だが、敢えて足を踏み外してみた結果が、悪夢だった。

みんなも真似するなよ? 一週間は口から甘味が消えなかったからな。

 

 

「話が逸れたけど、甘いぞお前ら」

 

 

俺は嘲笑しながら、帝国の地図を取り出してカッシュたち男子生徒に見せながら得意げに言う。

 

 

「白金魔導研究所があるのは、ここ……サイネリア島だ」

「な?! さ、サイネリア島……だと!?」

「あ、あのリゾート地としても有名な、あの! サイネリア島か!?」

 

 

華麗に笑いながら、首肯する。

 

 

「そうだ、美しいネェちゃん達の水着がいつでも拝める、あの! サイネリア島だッ!!」

 

 

自信満々に言い放った言葉に、男子生徒一同は一斉に声を揃えて感嘆した。

 

 

「ふ、流石だなケンヤ……俺の弟弟子なだけあって、俺の神選択にいち早く気が付いたか」

 

 

ついで、グレン先生も自信に満ちたキメ顔で微笑った。

キラリと光る白い歯が眩く輝いているようだ。

 

 

「あぁ、本当にアンタは神だ……流石は兄弟子。俺は本気でアンタを尊敬し、崇めるぞ」

 

 

ガシッと強く掌を掴み合う。これぞ何者にも断ち切れない最硬の兄弟愛! もはや、俺たちの行く末を妨げるものなど、誰一人としていない!!

 

 

「ウチのクラスの美少女レベルは、他クラスを圧倒的に超越している!! だからこそ─────!!」

 

 

俺とグレン先生は同時にクルッと半転し、背中を向けて語る。

 

 

「─────女子の水着姿を存分に拝もうぜ!! お前ら! 俺らの背中についてこい!!」

「そうだ! 波際で水着が流される最高のラッキースケベであるポローリも期待すんぞぉぉ!! 野郎ども、射影機の準備は十分かぁあ!!」

「「「「ヤァァァァァァァァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァアァァァア!!!!」」」」

「そら! MI・ZU・GI! MI・ZU・GI!」

「「「「MI・ZU・GI! MI・ZU・GI!」」」」

「ほら! PO・RO・LI! PO・RO・LI!」

「「「「PO・RO・LI! PO・RO・LI!」」」」

 

 

狂乱した俺たち男子勢は、この後、冷ややかな女子生徒達の視線を受けて立ち直れないことになるのだが、それはまた別の話。

 

 

「……なんの話?」

 

 

ただリィエルだけは、?を浮かべて首を傾げていたそうな……。

うん。純心っていいよね! その心、大事にしようぜ!!




前回に引き続き、前書きが適当な件についてはツッコまないで!!


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遠征学習!

ウボォァァ……。


「─────ほい、あっがりぃ!」

「うぇ!?」

 

 

日が過ぎて、『遠征学習』当日。

フェジテの船乗り場から出立した俺たち二組は、現在は持ち寄ったカードゲームやボードゲームで遊んだり、浜風に吹かれて長閑に読書をしたりと各々の自由時間を満喫していた。

ちなみに俺はカッシュ達とトランプの様々なゲームで遊んでいる最中だ。

 

 

「これで五連勝♫ 話になんないね♪」

「つ、つぇ〜……」

「くっ! 僕としたことが、また同じ轍を踏んでしまうとは!」

「ケンヤくんって、トランプゲーム強いんだね」

「まぁね! てか、カッシュは言わずもがな顔に出過ぎだけど、ギィブルは難しく考え過ぎてむしろわかりやすいからなぁ。セシルが一番読みづらいけど、まぁそこは経験値の差だわな!」

 

 

俺が得意げに言って見せると、カッシュとギィブルは悔しそうな反応を示し、セリルはこちらに感心したような目を向けてきた。

 

 

「ババ抜きなんだから、ポーカーフェイスするのは当然のスキルとして、相手の手札の予想を立てれば必勝法なんざいくらでもあるんだ。もっと捨て札に気でも配ってみればもうちっとマシになるんじゃないか?」

 

 

流石に調子に乗り過ぎて、イカサマ疑惑が立つのはめんどくさいので一つ、懇切丁寧なアドバイスを教えてあげた。

うん、俺ってば優しい〜♪

 

 

「捨て札ぁ? そんなもん、オマエいつ見てたんだよ?」

「あ? そりゃあ、俺らが手札を持って揃ったカードを捨て始めてからずっとに決まってんだろ?」

「は? じゃあ君は、僕たちが捨てていくカードを全部把握しながらプレイしていたというのか?」

「んなもん当然だろ? てか、そうしねぇとギャンブルで勝てねぇぞ」

「普通にギャンブルの話しないでよ!?」

「なんでさ!?」

 

 

ギャンブルは嗜み程度で済ませりゃ問題なし! 取り返しのつかない屑にならなきゃ趣味にしたっていいはずだろ!?

それに勝てばいいんだよ、勝てばな! 

 

 

「他! 他に必勝法ねぇのかよ!? そう! 俺でもできるような技を教えてくれ!」

 

 

カッシュよ、そこまでカードゲームに本気になって何がしたいんだ?

てか、ギィブルも無言のまま聞き耳たててやがるよ。どんだけ勝ちてぇんだよ……。

 

 

「あとはそうだな……。もうね、相手の行動を予測するとかしかねぇんじゃねぇの?」

「予測?」

 

 

セシルが頭を傾げて尋ねてくるので、首肯しながら答える。

 

 

「あぁ。たとえば……。あ、ちょうどいいところにいい人発見。ウェンディ!」

「はい? なんですの?」

 

 

藪から棒な呼びつけに訝しげながらもこちらに来てくれるウェンディ。

なんだかんだ上から目線なところあるけど、だいぶ優しいんだよなぁ、この子。

と、話はそれじゃなくて。

 

 

「それで、どうしたんですの? ケンヤさんから私を呼びつけるなんて、珍しいですわね」

「まぁな、ちっとだけ聞きたいことがあってな」

「聞きたいこと?」

 

 

お気に入りのツインテールをクルクルと指で巻き付けながら、会話をするウェンディに俺は口を開く。

 

 

「オマエ、リボンを新しいのに変えただろ?」

「へ? え、えぇ……」

「やっぱりな! いつも付けてるのよりもちっとだけ色彩が変わってると思ったんだよ。うんうん、いつものやつも似合ってるけど、今のもすっげぇ似合ってるぜ!」

「そ、そうですか?」

「おう! ウェンディはファッションセンスいいな。俺にもぜひ教授してもらいたいもんだぜ」

 

 

照れたように肌を上気させるウェンディ。

可愛いけど、本題はそこじゃねぇんだよ。

カッシュとか天然タラシとか言ってるけど、そうじゃねぇから。わざと言ってるから。それはそれで生粋のナンパ師みたく思われるから嫌なんだけど……。

 

 

「そ、それで、話はそれだけですか?」

「ん? あぁ、そうそうそんだけだよ。わざわざ細けぇところ聞くためだけに呼んで悪かったな」

「い、いえ……かまいませんわ。それでは」

「おう、サンキューな」

 

 

感謝を告げ、ウェンディと別れる。

さて、今の会話でカッシュ達は俺の真意に気がついてくれただろうか?

 

 

「で、いまのナンパ紛いの行動に何の意味があったんだい?」

 

 

ギィブルが御得意のメガネクイッでこちらに冷たく言う。

カッシュやセシルは冷徹ではないが、訝しげにこちらを向いている。

こりゃあ気がついておらんのぉ……。まぁいいけど。

 

 

「ま、意味はあったぞ。だってほぼ答えだし」

「答え? 予測の話のこと?」

「そそ。もう尋ねられんのメンドイから答えちゃうけど、俺、さっきの会話前から別にウェンディのリボンについて気がついてたわけじゃねぇんだよな」

 

 

と、指を頭に指す。

 

 

「では、俺はいつウェンディのリボンの存在に気が付いたか? ま、大方オマエらの予想通り呼び掛けて直ぐの会話だ」

 

 

髪をクルクルと人差し指で巻きながら、三人に語りかける。

 

 

「ウェンディがこう言う仕草をしてたのを、オマエらは覚えてるか?」

「まぁ、一応……」

「なら答え出てんじゃん。髪をいじっていたからリボンに気付いた……以上!」

 

 

適当すぎる解説に、三人ともジト目で射抜く。

えぇ……。みんな、怖いんだけどぉ……。

 

 

「……いや、これ以上に説明は必要か?」

「むしろ足りるとでも?」

「むしろ足りないの?」

「足りねぇよ!?」

「まぁ、普段から女性との関わりが少ないお前たちだからな。ちっと気配り的なことでは掴み難かったか?」

 

 

ピキリと空気が裂けたような音が脳内で響いた。

え? なんで?

 

 

「おいおいケンヤくぅ〜ん? それは僕たちに対しての嫌味もとい、宣戦布告なのかな? かな?」

「おいカッシュ。宣戦布告も何も、俺はオマエ達を煽ってるわけじゃなくてだな、もう少し周りを見れば簡単に予測できるだろうって親切心からのアドバイスを言ってるだけでありましてね?」

「MON・DOU・MU・YOH!」

 

 

それからなぜか、俺のアドバイスタイム後からは屍鬼魍魎の如くカッシュはトランプゲームで粘り強く、セシルはビビリ、ギィブルでさえ歯が立たなくなるほどに成長した。

 

 

「コロスコロスコロス……」

 

 

怨嗟の言葉を吐きながら、場札を整える狂気の姿にはさしもの俺でも怖気そうになった。

もちろん、勝ちは譲らない。これ絶対。

 

 

─────

 

 

 

「あぁ……ひでぇ目に合った……」

「完全に自業自得じゃないか。しっかりしてくれよ、兄弟子さんよぉ」

 

 

港につき、フェジテからは見れない景色─────水平線まで伸びる海洋と、時間も相まって橙色に染まり始めた夕陽が儚く海というキャンパスを鮮黄色に彩った光景を前に、システィーナやウェンディは息を呑んでいたが、それを台無しにするロクデなし講師に悪態をつく。

 

 

「んなこといったってよぉ……。人ってのは元来大地を踏みしめて生きていく生物だろうが! それがどうして海の上を進まなきゃならん!? 土に根を下ろし、土と共に生きる! これぞ生命の円環だ! 地上バンザーイ!!」

「大仰な文句を言うんじゃねぇよ。ったく、せめて酔い止めくらい持ってきてくれよ。ほんと、この情景が台無しになっちまって、全員白けたぞ!」

「先生……そんなに船がお辛いのでしたら、遠征学習先はここじゃなくて、別の場所にすればよかったんじゃ……たとえば、イテリアの軍事魔導研究所でしたら、移動は全部馬車でしたのに」

 

 

ふらふらのグレン先生を支えていたリィエルとは逆側で支えているルミアが苦笑いを浮かべて正論を述べた。

 

 

そう、実は最後の最後にサイネリア島という行き先に決めたのはグレン先生の一声にあった。

 

 

「美少女達の水着は何事にも優先される。決まっているだろ?」

「「「「せ、先生!」」」」

 

 

どうしても海に行って、女子の水着を見たい。と、カッコつけながら大海原を仰ぎ見ていた。大層、すごく低俗な内容だったが、それを聞いた男子生徒は大盛り上がり、そして女子は各々引く。

 

 

(……とかいってるけど、ホントのところはルミアの安全確保の為、というのが本音ってところだろうけど)

 

 

最近物騒な動きを苛烈に増してきたテロリスト共の息が吹きかかっていないこの場所ならば、ルミアが気にかけることなく安全を確保しながら楽しめるといった配慮がなされた場所設定だったのだ。

あえてふざけた調子で、他生徒に悟らせない。それこそ我等が担任のグレン先生だ。非常に抜け目ない。

 

 

システィーナあたりは文句をぶつぶつ言っているが、あれはあれでグレン先生の心理をわかっているのかもしれないし、今のところは放っておいてもいいだろう。

 

 

リィエルはリィエルで、相変わらずグレン先生主義は変わらないが、クラスメイト達への対応は柔らかいものに変化してきているし、僥倖僥倖……。

 

 

そう考えながら、気配を消してそっとその場を離れて、一人の怪しい行商人に話しかける。

 

 

「どうも、お疲れ様です」

「おうよ、にいちゃん。労いありがとな! それで何か買っていくかい? ウチはどれも一級品のいいもんが揃ってるよ!」

「そうですか。なら、折角だし……この綺麗な貝殻のブレスレットを下さいな」

「毎度〜」

 

 

と、金を渡して、貝殻のブレスレットを受け取る─────その際、行商人から渡された紙の切れ端を誰にも悟られぬよう即座にポケットへ入れた。

 

 

「ケンヤァ! 何してんのよ! 置いていくわよぉ!」

「あぁ、すまん! すぐ行く!!」

「それじゃあな、にいちゃん。よい遠征学習になるといいな?」

 

 

ニィッと頬を釣り上げた行商人。

それに負けじと、俺も微笑みで返した。

 

 

「えぇ。そちらも、よい成果を得られることを心より祈っていますよ」

 

 

それだけ言って、俺はズボンのポケットに入った紙片を握りしめながら、クラスメイト達の背を追いかけるようにして、踵を返したのだった。

 

 

 

 

 

サイネリア島の波止場周辺にある観光客向けの観光街。その一角にある旅籠が、今回、グレン達一向が寝食する拠点となる。

 

 

豪奢なシャングリラがつり下げられた高い天井に、オーク材の螺旋階段の手摺り。ほかにも高貴さの滲み出た彫刻品がずらりと並んだ華麗なホールに、生徒達は意気揚々と心が弾んでいた。

 

 

そしてそれぞれが割り当てられた宿泊部屋に入室し、カッシュは自身が借りている学生街の安学宿のベッドと比較して、高テンションになっていたり。同室のセシルが苦笑し、同じく同室のギィブルが深いため息を吐いたりした。

女子の部屋は花園……。もはや語るまでもなく、ただ姦しい。

 

 

そんな中、ただ一人。浮かない顔をして少し冷え込んだ外気にさらされる少年がいた。

 

 

「……リィエルには気を付けろ。ねぇ……」

 

 

月夜が照らす旅籠の屋上。そこで憂鬱気に紙片を仰ぎ見る少年─────ケンヤはポツリと溢した。

 

 

幻想的に煌く月。

揺らぎのない海洋は新鏡のようで、それを清廉に美しく映し出される。

海に咲き誇る月華に見惚れながらも、ケンヤの心は晴れることはない。

 

 

紙片を受け渡したのは、怪しい行商人を装い、密かにルミアの護衛に当たっていたアルベルトだ。そう、彼こそ宮廷魔導師団の大本命と言えよう人物だった。

 

 

そんな彼の存在をいち早く察した……というよりも、ピンポイントの殺意を送り強制的に気付かされたケンヤは無難な会話を演じながら、この紙片を受け取ったのだが……。

 

 

─────リィエルには気を付けろ。

 

 

その一言のみしか書かれていなかった。

 

 

「……気を付けろ、かぁ」

 

 

心当たりがないわけではない。

ここ一ヶ月間、リィエルは学院に来てから、その様子は確かに変わり険が取れてきた。実際、クラス内ではマスコットガールとしての立場を確立しつつあるし、本人の考え方も良い方向に向かい始めた。

だが、彼女の根本にある思想だけは不変。

 

 

「グレン先生への異常なほどの依存度と、保護精神。ありゃあ、狂気的と言わざるを得ないのは確かだわな……」

 

 

ポリポリと茹る頭を掻きながら、ケンヤは美麗な情景に再び目をやり、夜風に目を細める。

 

 

(もし、グレン先生に向けられている愛情とも度し難い、あの異常性が悪意ある他者に向けられたとしたなら、それは─────)

 

 

空想の世界のような光景を眺めながら、ケンヤは立ち上がって房から刀を取り出し、鞘から紅い刀身をチラリと眺め見る。

 

 

「もしそれが、俺や、俺の周りを害する行為になったそのときには─────」

 

 

殺意の気が一瞬だけ迸り、緩やかに、けれど刀身が霞む剣速で風に流されてきた枯れ葉を複数枚斬り裂いた。

 

 

「─────斬るしかねぇよな」

 

 

目を鋭く細め、小さく呟いた。けれど篭った確かな決意は、小さくともよく響く声音となって、静寂な屋外に広がった。

 

 

「ギャァァァッ!!」

 

 

と、シリアスを突き破る叫び声が、少年の意識をハッとさせた。

すると、先ほどまでの殺意は嘘かのように霧散し、苦笑いを浮かべる。

 

 

「お、バカが引っ掛かったか!」

 

 

屋外まで響き渡る絶叫が木霊し、それを満悦そうに聞き及ぶケンヤはニヤァと口元を割る。

下を見れば、可哀や哀れ。複数の男子生徒達がプスプスとヴェルダン状態に陥っていらぬように、必死に火炎地獄に争っていた。

 

 

「ウビャァァ!! 燃えるぅぅ!!」

「は!? 火が自動照準で追尾してくるとか聞いてねぇぞぉ!!?」

「だ、ダメだッ!? 魔術でも消せねぇぞ!」

「ま、ママァッ!!」

 

 

阿鼻叫喚。悪戦苦闘する様相を、遠目でケラケラと微笑う元凶……ケンヤ(悪魔)は、設置型の魔術にて女子館への闖入者を一掃するため、より一層火力を高めた。

 

 

「ウオァッ!? か、火力が上がって─────って、こんな馬鹿げた芸当やらかす奴は何処の誰だァッ!? ギャァァァッ!!」

 

 

カッシュの遠吠えは、爆炎によって無残に散る。

 

 

「炎の鞭なんて、そんな魔力制御が出来る化け物、き、聞いてな─────ァァア!!」

 

 

ロッドの怖気は、炎鞭によって無慈悲に払われる。

 

 

「ろ、ロッドォォ!? ぇ!? 複数の炎剣!? こ、これは─────ギャァァァッ!!」

 

 

そしてカイの驚愕は、無数の炎剣によって憐れに掻き消される。

 

 

炎々と猛る煉獄な世界の中、凄然とした少年が清廉な微笑みを浮かべて、悠々と上空から死地に君臨した。

 

 

「……な、なんで、だ……!? ケンヤ……!」

 

 

ミディアム状態のカッシュが喉から声を無理やり搾り出し、降り立った怪物─────ケンヤに問いかける。

 

 

「どうし、て……おまえは、俺たちと同じ志を─────」

「あぁ、そうだよ。カッシュ。お前の行動は、漢として何も間違っちゃいないさ。俺も賛同する」

 

 

悠然とたたずむケンヤはカッシュの問いかけにうなずく。

 

 

「だったら─────」

「けどな? 俺はオマエらを死に物狂いで止めなきゃなんないんだ……」

 

 

そう嘯いたケンヤは哀愁を醸し出す表情でカッシュ達を見る。

 

 

「お前たちが、今日という機会で女子たちとお近づきになろうと策略を練って女子館に上がり込むことは、薄々気が付いていたさ。それも、俺には内緒でな」

 

 

凄味を帯びたケンヤの言葉に、気圧される男子生徒一同は、一斉に口を噤んだ。

彼等は何も言えなかった。

 

 

「俺だって、お前達の行いに同乗したかったのに、お前らは俺をハブったんだ! だから、俺は決めたんだ─────」

 

 

語尾を荒げたケンヤに死屍累々と化した生徒の視線が一斉に集まる。

もはや独壇場の戦地で、少年は猛々しく強く言った。

 

 

「─────それならば、お前達を封殺して、俺だけが女子館に入り込んで楽しみに洒落込もうってな!」

「「「「き、汚ねぇぇぇえ!!」」」」

 

 

男子一同、心の叫びが一致&漏れ出る。

 

 

「うるせぇ!! 俺をハブった天罰じゃ! それと、俺はちゃんと女子と約束をして、お前達を排除するという条件付きで花園に入る了承を得た! だから文句は言わせんぞ!」

「こ、このやろう……お、俺たちをダシに使いやがった……」

「あ、悪魔だ……! ホンモノの悪魔がいるぞぉ!」

「うるせぇ! 俺を誹りたいのなら、好きなだけ謗ればいいさ! けど、勝つのは俺だ! テメェらは、ここから一歩も通さん!! 俺の楽園(エデン)を穢さないためにもなぁ!!」

 

 

そして、決意の籠もった瞳で魔術を展開し、少年は語気を荒げて呪文を唱える。

 

 

「《とりあえず・ウェルダンにしてやるぅ》!!」

 

 

その二言の言霊とともに、辺り一面が火の海と化したのだった……。

当然、近隣への被害は極めて小さかったとは言え、会ったのは事実。

よってグレンの受難が増えたことを指し示し、その日の夜はやけに消沈していたとかしていなかったとか……。

 




もはや前書きを書く気がない作者……。屑だなぁ!
それと、本来はグレン先生登場のシーンをケンヤくんが奪っちゃう失態を許してくださいな!! やらかしたと思ってますから! 思ってますからぁぁぁあ!!


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楽しい時間はあっという間さ

なんだかんだすぐ出すとか言っておいて、また大きく期間を開けるバカ作者でごめんなさい(; ̄ェ ̄)
今度もいつ出せるかわかりませんが、頑張って執筆していきたいと思いますので、どうかよろしくお願いします!


PS・コロナで苦しい時ですが、頑張っていきましょう!(ありきたりなことしかいえなくてごめんなさい!)


昨夜の闘争から一夜明け、現在─────

 

 

どこまでも青い空。燦々と輝く太陽。焼けた白い砂浜。

 

 

清らかな潮騒と共に、寄せては引き、引いては寄せ─────千変万化する波の色。

 

 

そんなサイネリア島のビーチに複数の少年少女があった。

 

 

ケンヤ達……グレンのクラスの生徒達である。

 

 

「やっほー、システィ〜」

 

 

ぱしゃりと、水着姿のルミアが海の中から姿を表す。

 

 

青と白のストライプが可愛らしい、ビキニの水着姿。

 

 

その優美な曲線を描く艶かしいボディラインを伝い滴る水。

 

 

潮風に乗って舞い上がる水飛沫が太陽の光を受けてきらきらと輝き、手を振って無邪気に笑うルミアを彩った。

 

 

「かはぁ……ッ!?」

 

 

……そこには断じて、黒髪侍風の男の血潮が混じってはいない。いないったらいないのだ。

 

 

「水が気持ちいいよ! システィもリィエルもおいでよ!」

「うん! わかったわ! 今、行く!」

 

 

砂浜の一角に寄せ集めていた皆の荷物を整理していたシスティーナは、自分の身体をすっぽり包んでいた丈長のタオルをばさりと取り払った。

 

 

不意に露わになる、控えめなカーブのラインが清楚な、そのスレンダーな肢体。

腰に巻かれた花柄のパレオがお洒落な、セパレートの水着姿。

 

 

明るい太陽の下に、透き通るように白く、張りのある健康的な肌が惜しげもなく晒される。その白磁の肌はただ、眩くて─────

 

 

「ぐふぁ……ッ!?」

 

 

……誰かの吐血音が響いた気がするだけで気のせいだろう。気のせいったら気のせいだ。

 

 

たたたたっと、水着姿のシスティーナは元気よく、ルミアが泳いでいる場所へ向かって砂浜を駆けていく。

 

 

そして、波打ち際で膝を抱えるように座り込んで、波の押し引きをじっと見つめているリィエルのそばで立ち止まり、リィエルに手を伸ばす。

 

 

リィエルも水着姿だが、ルミア達のような華やかな水着とは異なり、リィエルはなんの飾り気もない、地味で野暮ったい濃紺のワンピース水着(学院の水泳教練用水着)だ。だが、システィーナ以上に平坦な身体のリィエルが着用すると、その平坦な線がよりいっそう強調され、逆にルミア達とはまた違った、幼さゆえの清廉な魅力を発揮し始める。

 

 

「…………」

「ケンヤァアアアアアアアアアアアア─────ッ!?」

「だ、誰か早くメディイイイイーーークッ!!」

 

 

……どうやら、女性耐性が皆無の東国出身の少年が血塗れで倒れ伏しているらしい。なんとも残念な野郎だ。

 

 

「ほら、一緒に泳ごう? リィエル」

「…………ん」

 

 

しばらく、リィエルは差し出された手をじっと見つめて……やがて、おずおずとシスティーナの手を取り、立ち上がった。

 

 

そして、システィーナに手を引かれるままに、海の中へと入っていく。

 

 

ざぶざぶと、白い宝玉のように波がしぶいた。

 

 

「ルミア、リィエル、ちゃんと【トライ・レジスト】付呪してる?」

「それはもちろん。……焼けるのはちょっと嫌だもんね」

「わたしはやってない。……面倒だから」

 

 

ぼそりとそんなことを呟くリィエルに、システィーナが即座に説教する。

 

 

「ダメよ、リィエル面倒臭がらないで、ちゃんと付呪しておかなきゃ!」

「……肌が焼けるくらい問題ない」

「それじゃせっかくの綺麗な肌が台無しよ、もったいない。焼くにしたって、ちゃんと薬塗らないと肌が傷むだけだし……ほら、私が付呪してあげるから、じっとしてて」

「……ん」

 

 

そして、三人の下に、さらに……

 

 

「そこのお三方ー、私達と一緒にバレーボールに興じませんー?」

「その……皆で遊べば、きっと楽しいよ……」

 

 

手にボールを抱えた、とてもバランスの良いプロポーションのウェンディと、背丈の小柄さのわりには、そこそこ良好な成長を見せているリンまでやってきて─────当然、二人とも水着姿で─────

 

 

「……え、『楽園(エデン)』はここにあったのか……ッ!?」

 

 

カッシュにロッド、そしてカイといった、クラスの男子生徒達は、そんな光景を前に、感涙の涙を禁じえなかった。

 

 

「ごめんな、ケンヤと先生……俺達が……俺達が間違っていました……ッ!」

「なのに俺達ときたら、ケンヤが現在進行形で血塗れになっているのに放ったらかして……ッ! 目先のことばかりしか考えられなくて……ッ!」

「ありがとうな、ケンヤ……どうか、あの世で安らかに眠っていてくれ……俺達のこと、ずっと見守っててくれよ……」

 

 

カッシュ達が見上げる青い空に、ケンヤの不敵な微笑が幻のように浮かんで……

 

 

「《勝手に見捨てるな・アホ共ぉおおおおおお─────ッ》!!」

「「「イギャアアアアアアアア─────ッ!?」」」

 

 

爆発したようなケンヤの怒声が、自分達の世界に浸っている男子生徒陣の浴びせかけられ、二節詠唱の炎熱系統魔術が炸裂された。

 

 

「なにやってんだ……アイツら……」

 

 

他の水着姿の男子生徒達とは違い、いつものシャツにズボンにクラバット、ローブをだらしなく肩に引っ掛けた格好のグレンは、砂浜に立てられた日除けの傘の下にシートを敷き、その上にぐったりと寝転がっていた。

 

 

「まぁ、いい。今日は予備日、丸一日自由時間だ。好きなだけ遊んどけ。ふぁ……寝みぃ」

 

 

だだだだっと、男子生徒陣が燃え上がる尻を押さえ込みながら勢いよく海の方へと駆けていく。

 

 

そんな中─────

 

 

「お前は行かねーのか?」

 

 

グレンは寝転がりながら、近くに立っているヤシの木の木陰に目を向ける。

 

 

「当然でしょう。本来、僕らは遊びに来たのではないですから」

 

 

そこにはギイブルが、木の幹に背中を預けるように座っていた。

遊ぶ生徒達には目もくれず、なんらかの魔術の教科書を開いて読んでいる。当然のように水着姿ではなく、いつもの学院の制服だ。

 

 

「かってぇなぁ……もうちょっと肩の力抜けよ……」

「……ふん。余計なお世話ですよ」

 

 

ギイブルは鼻を鳴らして、教科書に没頭し始めた。

 

 

そんな時である。

 

 

「先生〜」

 

 

ぱたぱたと、誰かが駆け寄ってくる気配がした─────

 

 

そして。

砂浜に作られた、即席のビーチバレー場にて。

 

 

「どぉおりゃぁああああああ─────ッ!」

 

 

ネットを大きく上回る見事な跳躍、弓なりにしならせた身体から、グレンは全身のバネを余すことなく振るい、右腕を宙のボールへと叩きつける。

 

 

刹那、敵陣へ容赦なく打ち込まれた弾丸スパイク。

 

 

ロッドがブロックに飛ぶが、そのスパイクはブロックの上から打ち込まれている。

 

 

咄嗟に、打ち込まれたスパイクにカイが飛びつこうとするが、当然、届かない。

 

 

「《見えざる─────」

 

 

セシルがボールの着弾点を指差し、白魔【サイ・テレキシス】─────遠隔物体操作の呪文を唱えて、そのスパイクを拾おうとするが、それも間に合わない。

 

 

ボールは砂浜を激しく爆ぜさせる勢いで、コート内をバウンドするのであった。

 

 

「ゲームセット! 先生のチームの勝利です!」

「─────っしゃおらぁ!? どぉだぁああ─────ッ!?」

「うーん、先生のチーム、強いなぁ……」

 

 

審判を務めたルミアの宣言に、グレンがガッツポーズをし、セシルが苦笑いする。

 

 

「……何が審判くらいなら、よ。ノリノリじゃない……」

 

 

グレンの大人気ない獅子奮迅の活躍に、システィーナがいつものようにジト目で、呆れ果てたように、ため息を吐いた。

 

 

グレンの姿は誰よりも砂まみれで汗だくだった。

 

 

その後、なんだかんだ魔術学院式バレーボールに参加させられていたギイブルとグレンの口喧嘩を、システィーナが仲裁する。

 

 

なんとも、大人としてみっともない事か。

 

 

「でも、次の相手は本当に強敵ね……」

 

 

ちらりと、システィーナは次の対戦チームに目を向けた。

 

 

一人目は、人間離れした身体能力を誇るリィエル。

二人目は、色々な分野で人外的能力を遺憾なく発揮するケンヤ。

そして三人目は─────

 

 

「お手柔らかに頼みますね?」

 

 

手を合わせてか柔らかく微笑む、クラスのおっとりお姉さん、テレサである。

 

 

一見、運動とは無縁そうな少女だが、白魔【サイ・テレキシス】のようなサイキック系白魔術の腕前はクラスでも随一を誇る。このビーチバレーでもテレサがレシーバーを務めた際は、まだ一度も得点を許していない。

 

 

加えて、あの健やかかつ魅惑的に育ち過ぎた果実は、跳んだり跳ねたりするたび、色々わがまますぎる故、男子諸君は動けなくなってしまうのだ。

 

 

「……ケンヤ?」

「……っ!?」

 

 

ルミアの冷たい声音に背筋を伸ばすケンヤは、彼女に完璧に尻に敷かれていることを再認識しながら作戦を伝える。

 

 

「……まぁ、やることはさっきまでと何も変わらない。テレサがレシーブでボールを拾い、俺がトスを上げて、リィエルが決める─────それでいいな?」

「はい」

「……ん。よくわからないけど、ボールを叩く」

 

 

頷く両者を見て、不敵な笑いを浮かべたケンヤはボールを持ってサーブゾーンに向かう。

 

 

「さて……まずは、ノータッチエースでも決めますかね?」

 

 

……そんなこんなで、グレン達のチームと、ケンヤ達のチームの試合が始まった。

 

 

「先生!」

 

 

システィーナが、しなやかに身体を伸ばしてトスを上げる。

 

 

「しゃおらっ! 死ねぇえええええええ─────ッ!?」

 

 

すかさずグレンが跳躍し、やはり大人げない全力のスパイクを敵陣に打ち込む。

 

 

だが─────

 

 

「《見えざる手よ》─────ッ!」

 

 

テレサがボールを指差し、呪文を唱えると、ボールは砂浜を叩く直前ギリギリで、ふわりと頭上に上がり─────

 

 

「げっ!? また拾われた!?」

「ほい、リィエル」

 

 

悠然とケンヤがトスを上げて─────さすがは人外的能力を持つケンヤのトスは的確で乱れが一切なく─────やる気なさげに、リィエルがそれに合わせて─────

 

 

「えい」

 

 

ズッッドォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオォオォオオオオーーーンンンゥゥッッ!!!!

 

 

と、ボールがひしゃげ砂浜を貫く鈍い音。

 

 

ドザァァアァァア!! と、盛大に空高く上がる砂柱。

 

 

気付けば、グレン側のコートのど真ん中に、ボールが半分以上めり込んでいた。

 

 

「……どうしろと?」

 

 

頬を引きつらせるグレン。

 

 

「リィエル、ナイシュー!」

「……ん」

「テレサもナイスレシーブな!」

「はい。ケンヤさんもナイストスです!」

 

 

リィエルを中心に大はしゃぎな敵陣とは裏腹に、グレンの自陣はお通夜状態だった。

その後、悔しそうに歯噛みしていたギイブルが熱くなって、リィエルの殺人スパイクを止めてみせると豪語し、グレンチームに活力が戻ってくる。

 

 

「勝負はこれからだぜ」

 

 

グレンがボールを砂浜から掘り出して、ジャンプスパイクサーブを打った。

 

 

「《見えざる手よ》─────ッ!」

 

 

テレサが強烈なスパイクサーブを魔術で上げる。

 

 

(ナイス、レシーブッ!)

 

 

綺麗にケンヤの頭上へ上がったボールをリィエルに上げるため、ケンヤはセットの構えで跳躍。

 

 

「リィエルだっ! 来るぞッ!」

 

 

遠いところから速く広く使ったリィエルの平行スパイクこそ、ケンヤチームのリーサルウェポン。

 

 

当然、視線は知らずのうちにリィエルに移るわけで─────たとえ、その視線の移動を敏感に感じ取ったケンヤがツーアタックでグレン陣営にボールをゆっくりとスパイクしてたとしても、誰も気がつかない。

 

 

「な……!?」

「ここで、ツーアタック!?」

 

 

虚を突かれたグレンが、見事な手際で得点を奪ったケンヤを睨み付けるように見る。

 

 

「勝負はこれからなんでしょ? リィエルばっか目に入ってると、すぐに試合が終わっちゃいますよ?」

「……へ、上等だ」

 

 

強がりに等しい乾いた笑みと共に、試合が進んでいく。

 

 

……………………

 

 

………………

 

 

…………

 

 

「はぁ────はぁ────はぁ───」

 

 

……試合後。

 

 

全身、汗まみれ、砂まみれのギイブルがコートから少し離れた場所で蹲っていた。ギイブルは水着に着替えていなかったので、それはもう酷い有様であった。

 

 

だが、不思議と悪い気分ではなかった。

 

 

今はもう、別のチームの試合が始まり、クラス中の注意はそっちに向いている。

そんな喧騒から離れ、ギイブルが一人静かに息を整えていると……

 

 

「…………?」

 

 

ふと、人の気配を感じ、ギイブルが顔を上げる。

目の前にいたのはリィエルだった。

 

 

「……何か用かい?」

 

 

ギイブルがぶっきら棒に問うと。

 

 

「あなた、凄かった。多分、ないすぷれー」

 

 

ぼそりと、リィエルは眠たげにそう言って、飲み物の入ったコップを差し出した。

ギイブルはそれをじっと見つめる。

 

 

つい先日までの自分なら、迷わずはね除けただろう。

何もかもがド素人臭いくせに、魔術師としては恐らく自分を圧倒的に上回るだろうこの風変わりな転入生は、自分にとっては敵だった。あの大剣の高速錬成を見た瞬間、敵わないと心のどこかで思い知らされ、それが単純に悔しくて、許せなかったのだ。

 

 

それもリィエルだけじゃない。

 

 

「……なぁ、ルミアさん。さすがにこれは近すぎると思うんですけど…………」

「うふふ、全然近くないよ? ほら、もっとこっち来て? それとも、テレサの方が良かったりする……?」

「いや……あの…………はい」

 

 

衆目から離れた木陰でルミアとイチャコラして鼻の下を伸ばしているアホケンヤにも、それは該当する。

 

 

【投影魔術】、【復元する世界】という二つの固有魔術だけではなく、その他の分野でも他の追随を許さないケンヤの魔術師としての手腕にも妬いていたのだ。

 

 

だが、なんというか……まぁ、やっぱり自分もこの陽気に頭をやられたらしい。

そう実感しながら、ギイブルはこう呟いて、大人しくコップを受け取った。

 

 

「ふん……負けないよ、君達には。……今は勝てなくても、いつかね……」

「……ん。そう」

 

 

暑く火照った肌に心地良い、風が吹いた。

 

 

 

 

 

あの後、俺達は体力の底が尽きるまで遊びに遊び尽くした。

 

 

海を引き上げたら、観光街を練り歩いて─────釣り堀で釣りしたり。

 

 

日が暮れたら、皆でわいわい騒ぎながら砂浜でバーベキューして─────夜の海で釣糸を垂らして海魚を釣ったり。

 

 

一人離れて釣りを謳歌していた俺に、ルミアが体を密着させながらあーんさせてきたり。そのせいで周囲の視線で殺されかけたりと。

 

 

楽しい時間は飛ぶように過ぎ去っていく。

 

 

そして─────

 

 

「よし……」

 

 

時分はすっかり深夜。就寝時間はすっかり過ぎて、部屋の奴らはぐっすりと夢の中。

今日一日の遊び疲れで、すでに寝ているのだろう。

 

 

「この時間なら珍しい魚が釣れたりするし、な……。今日くらいは許してほしいね」

 

 

俺は誰かに向かって呟くわけでもなく、一人で釣り道具を抱え込みながら海岸へ座り込む。

 

 

遠見では、オレンジ色に点々煌々と燃え揺らめく無数のランプの光がサイネリア島観光街を、この上なくエキゾチックな雰囲気にしていた。

 

 

夜の街並みを見てきたわけではないが、あれほどに煌々としているなら、威勢よく盛り上がっていることだろう。

 

 

「ふぅ……やっぱ、魚を釣ってる時は落ち着くぜ……」

 

 

俺は手近な岩陰に腰かけ、持ってきたゲロ不味い試作品一号のゲソのピーナッツバター和えを咥えながら釣糸を垂らす。

 

 

一口頬張れば絶妙な苦味と甘味が重なり合ってゲロゲロになるゲソのピーナッツバター和えを肴に、高級魚を釣れた時の快感に想いを馳せて、いい気分で寝る……これが完璧なシチュエーションである。

 

 

「……にしても、景色なんてどーでもいいって思ってたけど、これを見てるとそうは言えなくなっちまう」

 

 

ダークブルーに染まった海と地平線。空には白銀に輝く三日月。

月光が揺らめく波間を金剛石のように白く輝かせ、その光景はただただ幻想的だ。

 

 

この光景だけは目に焼き付け堪能しておかなければ人生の損……そう思わせる圧巻な光景だった。

 

 

ちゃぷちゃぷ……と。

釣針を揺らして魚を誘ってからどれくらい時間が経っただろうか。

 

 

「……なんの用だ、屍人使い」

 

 

人の腐り切ったぬめっとした気配が接敵するのを身に感じ、咄嗟に【投影】した干将をソイツに向けて投擲する。

 

 

「ふふ、感覚だけで私の気配を掴み取り、剰え能力を直感しましたか……御強い人」

「…………」

 

 

闇夜から現れた人影の正体は、かつて女王陛下暗殺計画の主犯であり『天の知慧研究会』の密偵だったエレノア=シャーレットだ。

 

 

前回の事件で身元を喪失させていた神出鬼没の元侍女だ。魔術師としての実力もそうだが、今し方の投擲を片手で封殺する体術も大したものである。

 

 

そんな彼女は優雅にも微笑を浮かべながらスカートの端を捲し上げ一礼する。

 

 

「天の知慧研究会、第二団《地位》が一翼、エレノア=シャーレットです───今宵は熱く燃え滾るようで、背徳的で退廃的な法悦な一時をご提供いたしますわ……」

「悪いな」

 

 

俺は手に持っていた釣竿を明後日の方向へ放り投げると同時に、隙のない挙動で、振り向きざまに右手の莫耶を投擲する。

 

 

すでに発動済みの呪文が起動され、【投影魔術】で生み出した刀剣の一閃が、エレノアへと真っ直ぐ、空気を薙ぎながら駆ける。

 

 

エレノアはそれを余裕綽綽に跳躍して躱し、近くの巨木の枝の上にふわりと優雅に舞い降り立った。

 

 

「俺はアンタのような腐り切った女よりも、もっと可憐でお淑やかな娘の方が好みだ。死ね」

「あら、つれないお方……それに剣の投擲なんて、レディーの扱いとしてはマイナス点ですわ」

「うるせぇぞ、ネクロマンサー。今回は何が目的だ……!」

「うふふ、その表情……あながち察しがついているのではなくて?」

 

 

俺の殺意を受けても悠然と佇むエレノアは、頬を朱色に染めて妖しく微笑っていた。

 

 

察しか……。いや、コイツが出しゃばってる時点でそれ以外に考えはつかないが、いくらなんでも俺に接敵する時点でもっと何かしらの理由があるはずだ。

 

 

いや、わかってる───サイネリア島でコイツらがルミアを狙う時点で標的はルミアだけではない。

他にも、もっとヤバい原子爆弾が身近にいるじゃねぇか……!?

 

 

「てめぇらクズ共が出しゃばってる時点でルミア狙いは判る……だが、わざわざ俺に近づいてきた理由はなんだ?」

「うふふ……気付いておきながら女性に答えを求めるなんて、いけませんわ──『Project: Revive Life』と貴方様の固有魔術・【復元する世界】……面白い組み合わせではございませんか?」

「──殺すッ!」

 

 

コイツは触れてはならない禁忌に接触しやがった……。

許されない。死者を冒涜するコイツらのやり方を俺は……俺だけは認めてはならない!

 

 

「うふふ、さぁ始めましょうか───甘美で美醜に染まった幻想譚を!!」

 

 

詠唱を終えたエレノアの背後。俺の眼前に広がる肌が爛れた人の形を取ったバケモノの軍勢。

圧倒的な物量に対抗すべく俺も刀剣を無数に投影する。

絶対に負けられない。アイツらに報いるためにも、アイツらにこれ以上の罪を重ねないためにも……!!

 

 

「これ以上、アイツらの死を弄ばれてたまるかぁああああ───ッッ!!!!」

 




次回・物量 対 物量


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