ガンランスの話をしよう。 (はせがわ)
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千の言葉より残酷な“ガンランス“という説得力。

 

 

「 この村からっ、出ていけぇぇえええーーーーーっっっ!!!! 」

 

 その日、とある小さな村の広場に、杖をついたヨボヨボの老人の怒声が響き渡った。

 

「あぁ! まさか我が一族から“ガンランサー“が出てしまうとはっ!

 もう貴様はっ、この村の人間ではなぁぁあああーーいッッ!!」

 

 頭はハゲ上がり「まさに村長!」といった風貌の老人が、目の前の少女に言い放つ。怒りで顔面を真っ赤に染めて。

 

「……オイ聞いたか? ガンランサーだってよ……」

 

「なんて事なの……。

 まさかガンランサーがこの村に居るなんて……」

 

「あぁ忌まわしい……。

 見るのも憚られますわガンランサーなんて……。汚らわしいですわ……」

 

 怒声を上げる村長と、身体を竦ませて立ち尽くしている娘。そんな二人の周りを村人たちがヒソヒソしながら取り囲む。

 あぁおぞましい、おぞましいと、皆一様に嫌悪の目を向けて。

 

「ガンランサーはゴミじゃ! ろくでなしじゃ! 人間のクズじゃ!!

 もうガンランスを見ただけで吐き気がするっ! このうんこ娘が!」

 

「そうだそうだ! ガンランサーはクズだ! まったくその通りだ!」

 

「出て行けガンランサー! アホの金メダル!! アホの三階級制覇!!」

 

「「「 出て行け! 出て行け! 」」」

 

 ガンランスは悪! ガンランスは敵! ノーモアガンランス!!

 そんな村長に呼応するかのように、どんどん村人たちの声も加わっていく。

 まるでこの世の悪の全てが、ガンランスのせいであるかのように。

 ガンランスこそが悪の根源であると、そう言うかのようにして。

 

「立ち去るがよい、うんこウーマン! 忌まわしきガンランサーよ!!

 二度とこの村の門をくぐるでないぞッッ!!!!」

 

 杖をビシッとカッコよく突きつけ、村長が少女にそう通告する。

 石を投げ、少女に心無い罵声を浴びせる村人たち。

 優しくて、暖かくて、大好きだった人たち……。

 

「 うっ………うわぁぁぁあああーーーーんっっ!!!! 」

 

 少女が走り去っていく。涙と鼻水をそこら中にまき散らし、顔をグシャグシャにしながら。

 

「 うえぇぇええん!! うえぇぇぇえええーーーんっっ!!!! 」

 

 

 その日、生まれ故郷を追い出され、ひとりの少女が孤独な旅路へと出る。

 泣きながら走るその背には、一本のアイアンガンランスが背負われていた――――

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「あの……ぼくも狩りにつれていってくれませんか?」

 

 時は流れ、ここはハンターたちの賑わう集会場の酒場。

 今、その背に大きな大きな狩猟笛を担いだ幼い少年が、ひとり酒場の席で佇んでいた女性に声をかけた。

 

「ぼく、今日はじめて集会所にきたんです。

 まだハンターになったばっかりで、右も左もわからなくて」

 

 少年はモジモジと恥ずかしそうに話しかける。

 くねくねと身体を揺らす度、背中に背負われた狩猟笛の先がメトロノームのように揺れている。

 少年の容姿はとても幼く、年頃もまだ10歳かそこらだ。

 その身長も背負っている獲物の半分ほどしかなく、傍目から見ればもう少年が喋っているのではなく、その背にあるランポスバルーンが話しかけて来てるのではないかと思えるほど。

 

「だから、狩りの事おしえてもらえたら、うれしいなって。

 ……えっとあの、おねぇさん……?」

 

 もし立ち話をしていたのならば、その身長差のせいで少年に気が付かず、本当にランポスが喋っているのかと勘違いしたかもしれない。

 だが現在その女性は席についており、その目線はちょうど少年を捉える事の出来る高さのハズだ。

 しかし、その女性は少年に声を返す事は無かった。

 それどころか、少年に話しかけられた途端に、キョロキョロと後ろを見渡し始めた。

 まるで「え、私の後ろに誰かいるのかな? まさか守護霊が見える人なのかな?」といった具合に。

 まさか自分に話しかけているなど、夢にも思っていないような様子。

 

「おねぇさんっ、おねぇさんにです! ハロー! 

 ぼくは今おねぇさんに語りかけてるんですっ。おはようございます!」

 

「 !?!? 」

 

 ビックリして〈ピョーン!〉と座ったまま飛び上がる女の人。さすがハンター、無駄に高い身体能力。

 女の人はオロオロと辺りをみまわし、今この場には霊長類人科人間の雌にあたる存在が自分しかいない事を急いで確認。

 そして驚愕の表情を持って、少年の顔を見つめる。

 

「……………ごっ」

 

「ご?」

 

 目を見開き、少年を見つめ続ける女性の人。なにやら「ごごごご」と地鳴りの声帯模写でもしているかのように呟く。手もなんかワチャワチャと動いている。

 

「……ごきげん麗しゅう、プリティ」

 

 そして、やっと絞り出した言葉がこれである。

 

「あぁ、すまない。

 えっと……、もしかして君は、私に話しかけて来てくれたのか?

 他でもない、この私に? 私には見えない類のモノにではなく?」

 

「はい、おねぇさんに。

 おねぇさんの背後のナニカを見る能力は、ぼくにはないです」

 

「そ、そうか。ならばプリテ……いや少年よ、いったい私に何用だろうか?

 あ、私などが一席とはいえ、

 限りある貴重な酒場のイスを占領するのは拙かっただろうか?

 私みたいなモンはイスなどという大層な物を使わず、

 豚やイモムシのように地べたを這っているのがお似合いだという……」

 

 なにやらメチャクチャな事を言い、即座に立ち上がって席を譲ろうとする女の人。ショタっ子の少年は一生懸命それを阻止する。

「わー!」なんていいながら、ちいさな身体を目一杯つかって。

 

「そうか、ありがとう少年。

 てっきり私には、イスに座る権利など無かったのかとばかり……。

 これからも更に精進し、頭を低くして生きていこうと思う」

 

 この子はなんと心優しい少年なのだろうか。私に声をかけてくれたばかりか、私の存在を承認してくれているではないか。君は私にとっての光だ。

 乙女がキラキラと目を輝かせるも、はやくも心が折れそうになっている少年。

 というか、何故このおねぇさんはそんな卑屈な事を?

 この少年から見ても目の前のおねぇさんは、それはもう凄く綺麗な人だったのだ。

 

 キラキラと輝く、ブロンドの長い髪――――

 この上なく優しく、柔らかい微笑み――――

 胸元の空いた白いドレス。豊かで女性らしい身体。清楚な雰囲気――――

 

 どこをどうみても、彼女がそんな言動をする理由がわからない。

 その背中には今も、立派なハンターである証として“ガンランス“だってあるじゃないか。

 

「あっ、すまない少年。 失礼をした」

 

 そう言って彼女は、どこからか取り出したブルファンゴフェイクをスポッと被る。

 唐突ではあるが、“怪奇! ブタ人間!“の誕生である。

 

「人と会う時は、出来るだけこれを被っていようと決めていたのに……。

 ひとりでいた為につい油断をしてしまった。どうか許しておくれ」

 

「……えっと、どうしてブルファンゴの被り物なんかを……?」

 

「いやなに。

 私のようなモンは、常にブタのマスクでも被っているべきなのだ。

 本来ならばこれは男性用のフルフェイスverなのだが、

 私は気合の入ったブタなので、特別な許可を得てこれを装備している。

 どうだ? どこからどう見ても、いっぱしのブタ女だろう?」

 

 ブヒブヒ、ブヒブヒ。

 これに関してはちょっと自信があるのだとばかりに、満足そうにブヒブヒ頷いている女の人。ブルファンゴのフェイスが上下にブンブン揺れる。

 というか、少年はブタ女という単語を初めて聞いた。

 

「このマスクを被っている時だけは、自分が自分らしくいられる気がする。

 まるで母親の胸に抱かれているかのような、この安心感……。

 私の前世はきっとブタだったのではないだろうか? 君はどう思うブヒ?」

 

「分かりません。おねぇさんとはさっき会ったばかりです。

 その語尾やめてください」

 

 少年は、言うべき事は言うタイプのショタっ子であった。

 

 

………………………………………………

 

 

「えっと、ぼく狩りに出かけるのは、今日が初めてで。

 だからおねぇさんに、狩りの事を色々おしえてもらえたら、うれしいなって」

 

 その後、すったもんだあった後、ようやく少年は要件を切り出せた。

 彼女の破天荒な言動に心を折られそうになるも、少年はとても付き合いの良い子であったのだ。

 辛抱強く、彼女の話を聞く事に成功していた。

 

「そうか。君は私を狩りへと誘ってくれていたのだな。

 ……って、え!? 私をっ?!」

 

 もうそろそろ、このおねぇさんとの付き合い方が何と無しに分かってきた少年である。

「ですです♪」と、まるで幼子に言い聞かせるようにして、優しく対話していく。

 

「ま……まさか私を狩りに誘う人間が、いようとは……」

 

 それは、呟くような小さな声だった。

 聞き取る事が出来ず、「はてな?」と首を傾げる男の子。

 

「そうか、私とか! 私と狩りに行きたいと言うのだな君は!!

 …………もし差支えなければ教えて貰いたいのだが、

 君の前世は、もしや天使か何かだったりしないだろうか?

 私、恐らく前世はブタだったりするのだけれど、

 後で問題になったりはしないだろうか」

 

 いや、哀れな私に降臨なされたリアル天使さまという可能性も……。しかしブタである私に……?

 ウムムと唸り続けるおねぇさんを、少年は辛抱強くお待ち申し上げた。

 

「とりあえずは、君はどんなクエストに行きたいのだろうか?

 私でよければ、ぜひお手伝いさせて頂きたく存じます、マイエンジェル」

 

 私いっしょうけんめい閃光玉投げる! 粉塵も使います! いつもネコさんが交易で素材をくれるのです! そんな風にフンスフンスと興奮しているおねぇさん。

 ついさっき、会話の中でひとつ痛烈に気になるワードが確認されたものの、その件はスルーして話を進めていく男の子。我慢の子。

 

「えっと、できればドスランポスに行けたらいいなっておもってます。

 ぼくのこの笛は貰い物なんだけど、

 ドスランポスの素材があれば、たしか強化ができ…………」

 

 ガッシャーンと、おねぇさんがコップを落とす音が響く。

 その肩は、なにやらワナワナと震えているように見える。

 

「ど……ドスランポスだと……?

 まさか君は……あんな恐ろしい魔獣に挑もうと言うのか!」

 

「えっ」

 

 肩をすくめ、両手で自分を抱きしめるようなポーズのおねぇさん。

 まるで恐怖しているような仕草に見える。見た目は白いドレスのブタ人間だが。

 

「どんなハンター根性なんだ君は! 挑む青春か!?

 先ほど君は“新人だ“と言っていたように思ったが、

 私の聞き間違いだったのだな」

 

「えっ」

 

「いや分かった。こうなれば私も女だ。

 ブタである前に、“女は度胸“を旨とするひとりの女。

 久しくドスランポスとは戦っていないが、私でよければ喜んで協力をしよう。

 あれほどの鬼畜モンス相手に、私などが役立てるかどうかは正直わからないが」

 

 乙女は「心から感服致した!」とばかりに自分の膝をスパーンと叩き、ウンウンと頷いている。

 まるで死地に向かう主を全身全霊を持って守るという、そんな覚悟を固めた忠臣の如くの顔だ。

 

「……あの、おねぇさんは、ドスランポスって……」

 

「ん? あぁ私はドスランポスとは“まともに“戦えた試しは無いぞ。

 あれはいったいどんな神様が考え出したクリーチャーなのだろう?

 きっと自分が殺した相手の墓に唾を吐きかけるような……、

 そんな鬼畜生なドS神に違いない。アーメン」

 

 こんな私でも、いつかドスランポスとまともに渡り合える日が来るのだろうか?

 乙女にはふざけている様子など微塵もなく、至極真面目にそう言っている事が少年にも見て取れる。

 

 だが、それはありえないのだ――――

 だって新人である少年にも分かる。目の前のおねぇさんが背中に担いでいる武器は、間違いなくとても貴重な物。

 詳しい事までは分からなくとも、少なくともそれが店売りの量産品などではなく、今まで強力なモンスター達を倒し続けてきたハンターだからこそ生産出来る、そんな凄い武具である事は明らかだったから。

 

「ふふ……腕が鳴るな。

 久しぶりに血で血を洗う、ルール無用の残虐ファイトの予感がする。

 主に私に対して」

 

 せっかくだから、君には私の口座番号を教えておこう。万が一私が倒れし後は、この遺産を有効活用してくれると幸いだ。農場などを経営する際のノウハウについては……。

 そんな事を乙女が大真面目に語り出した時、――――突然男の子の足が地面から離れ、身体が宙へと浮き上がった。

 

「オイ何してんだ坊主! こっちへ来いッ!!」

 

「ダメじゃないのボク! さぁ! 私たちとおいで!!」

 

 まるで疾風のように駆け寄って来た二人の男女により、男の子は小脇に抱えられて、どこかへ連れ去られていく。

 男の子は声を上げる間もなく、一瞬にしてこの場から居なくなっていった。

 

「……あっ」

 

 ひとりこの場に取り残されたまま、その様子をとても悲しそうな目で見送っている、ガンランサー。

 

 誰かが来たのは、分かっていた。 反応だってちゃんと出来ていたのだ。

 しかし彼女は、その場から一歩も、動く事が出来ずにいた――――

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「つか坊主は新人だったんだな!

 たまにはドスランポスってのも新鮮でいいモンだ!!」

 

 そういって男の人は、力の限りにチャージアックスを振り回す。

 

「そうね、今日が初めてだったなら、知らなくたって仕方のない事だわ」

 

 ショートカットの操虫棍使い使いが、的確にドスランポスの身体を切り裂いていく。

 

「おぉ坊主!

 お前初めてって割には、ちゃんとサポート出来てんじゃねぇか!

 こりゃ今からツバ付けとけば、将来は笛の名手を仲間に出来っかな?」

 

 チャアク使いの獲物が、空中高くドスランポスの身体を跳ね上げる。

 瞬殺。楽勝と言っていい程の速さだった。男の子の左手にある腕時計は、未だ5分針にすら到達していなかった。

 

「ほぃ一丁あがりっと! おら剥いどけ剥いどけ坊主!

 頑張ったお前には、俺らの分もくれてやっからよ!」

 

 

 

 …………あの後男の子は、このチャアク使いと操虫棍使いの二人に連れられ、共にドスランポスのクエストに参加していた。

 二人は心からの好意によって男の子に付き添い、先輩ハンターとしてクエストに協力してくれたのだ。

 

 最初男の子は、何故あの時おねぇさんから引き剥がされたのかが、分からなかった。

 しかしあの場から無理やり連れだされ、少し離れた場所に移動したその瞬間、二人による嵐のようなお説教が男の子を待っていたのだ。

 

「ダメじゃない! いくら手伝いが欲しくても、ちゃんと相手は選びなさい!!」

 

「お前いったい何考えてんだ!?

 あの女の背中にあるモンが見えねぇのかッ!!」

 

 ――――ガンス、ガンランスだ。

 新人である男の子は、今までその名前と見た目くらいしか知らなかった物。

 ガンランスはただの金属の塊とは違い、現代の加工技術の粋を集めた巨大な大砲の先に銃剣を取り付けた、カッコいい狩猟武器。

 しかし彼らはまぎれもなく、あのおねぇさんが“ガンランサーである“という事をこそ問題としていたのだ。

 

「貴方、近接武器でしょう!? いくらカリピスト(狩猟笛使い)とはいえ、

 ガンサーなんかと組んじゃダメじゃない!!」

 

「狩りになんかなるもんかよ! モンスと戦うどころじゃねぇ!! 

 ガンサーと狩り場に出るなんざ、勝負を捨ててるようなもんだろうが!!」

 

 そう真剣な表情で語る二人の姿に、男の子はただ黙って聴く事しか出来ずにいた。狩りの事を何も知らない自分は、二人に言い返す言葉を持たないのだから。

 

 手伝いが欲しけりゃ俺たちが付き合ってやる! さぁどのモンス行きてぇんだ坊主!?

 そんな二人の迫力に押され、ワケのわからないままに男の子は「ドスランポスだ」と答え、そして現在に至る。

 自身初めての狩りを、こんなにも頼りがいのある先輩二人に手伝ってもらえた。これはきっと自分にとって、願っても無いほどに幸運な事だったのだろう。

 こんなにも快く、気持ちのよい程の善意で、狩りを手伝ってもらえたのだから。

 

 ――――行くぞ坊主! だからもう二度とガンサーに近づこうなんざ、思うんじゃねぇぞ!

 

 だけど、出発する時にかけられたあの言葉が、いまも胸を離れない。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「もうね? チョーかわいいのっ!

 こ~んな小さな身体で、しっかりとクルクル~って笛を操っててね?

 それに旋律効果だってもうバッチリ!

 この子の笛を聴くと元気100倍って感じ! 萌えるわよ!」

 

 狩りから酒場へと帰還後、今日の男の子の戦いっぷりを、操虫棍使いの女性が熱っぽく語る。

 

「いいなっ! すごいじゃん!

 ねぇボクぅ~? 今度わたし達とも一緒に狩りいこうよぉ~。

 おねぇちゃんがバッチリ守ってあげるからっ」

 

 そんな操虫棍使いの話を聞き、顔見知りのハンターたちもワーキャーとテンションを上げている。

 テレテレと身体をモジモジさせる男の子の姿に、大人達の心はもうハックスハート。

 貴重な笛使い。加えてこの愛らしい容姿。皆に大人気の男の子なのだ。

 

「おいお前ら! こいつぁ将来俺達のPTに入んだからな!

 ツバつけんじゃねぇぞオイ!」 

 

「えー。いいじゃんケチっ!

 アタシたちもこの子となかよくしたい! キャッキャウフフしたいっ!!

 日々のむっさい狩りに癒しを! 潤いを!!

 ショタっ子は人類の宝なのよッ!!」

 

 独占反対! ショタっ子独占禁止法よ!! そんな風にギャーギャー騒いでいるハンターたち。

 気のよい仲間。心から笑い合うハンターたち。

 ここにはもう、本当に良い人しかいないという事が十二分にわかる光景。

 

「坊主、また手が欲しい時ぁ、いつでも声をかけな?

 はやく俺達と同じランクに上がれるよう、いくらでも手を貸してやっから。

 お前だったらすぐさ」

 

 絆。共に狩場に立ち、同じ集会所に集まる仲間。

 そんな暖かい絆を、ひしひしと感じる。

 ――今日からお前も、俺達のダチだ。

 その言葉に心からの感謝を告げ、手を振るみんなに見送られながら、男の子は集会場を後にした。

 

 

………………………………………………

 

 

 “ガンランスお断り!“

 

 \ ババーン! /と大きく書かれたその看板を見て、少年は言葉を失う。

 

「なっ、何故だオヤジ殿!

 なぜ私のガンスを整備してくれないのだ!」

 

「えぇ~い! うるさいわい、このガンランサーがっ!

 帰れ帰れ! お主がおると運気が下がるわい! なんか風水的に!!」

 

「むきー!」とばかりに縋りつく、あのガンランスのおねぇさん。それをドタバタと追い返そうとする加工屋のオヤジ。

 帰路に着いていた少年がふらっと加工屋に立ち寄ってみれば、そこには壮絶なバトルが勃発していた。

 

「ファンゴか?! このファンゴなフェイスがいけないのか?!

 だったら今度はモスフェイクを被ってくるっ!

 私は決して怪しい者ではないのだ!!」

 

「充分あやしいわい! このデカ乳ドレス豚が!」

 

 でもこれオヤジ殿が加工してくれたんじゃないか!

 やかましいわブタ娘! 誰がそんなファンシーなモン、本当に被ると思うか!!

 乙女とオヤジさんは、ワーワーと店先で暴れまわる。

 

「誰がガンランスの整備なんぞするものかっ!

 触るのもおぞましいわ! そんな欠陥武器!!」

 

 ピシャーンと雷に打たれたように、〈ガーン!〉みたいな表情をする乙女。どうやらこの加工屋は、ガンランスを扱う事自体を拒否している事が見て取れた。

 

「出て行けガンランサーめ! 二度と顔を出すでないわ!!」

 

「う……うわぁぁぁあああーーーんっ!!!!」

 

 ガンランスのおねぇさんが泣きながら走り去っていく。両手をバンザイにしながら、まるで子供みたいに走っていった。

 それにしても器用にブルファンゴの瞳から涙をまき散らしていたが、アレはなにか特殊な加工でもされている一品なのだろうか。謎の技術。

 

「……ったく、あー縁起悪い! くわがらくわばらっと。

 おぉいらっしゃい坊主! 見ない顔じゃなぁ!」

 

 店先に塩を撒きながら、ポケーっと立ち尽くしていた少年に気づいたオヤジが声をかける。

 どうぞ見ていっておくれ。それとも背中の笛の強化かの? さっきまでがウソのように、とても愛想よく対応してくれる。

 

「あの……オヤジさん、今のおねぇさんって……」

 

「ん? あの腐れファ〇キンガンランサーの事かの?

 たまに来よるんじゃよ、あのメス豚は。

 ウチはガンスの整備はせんと言うとるのに……、しつこうてのぉ」

 

 まったく困ったもんじゃ。ろくなモンじゃないわい。オヤジは「やれやれ」と首を振っている。

 

「まったく……何を考えてガンスなんぞ握っておるのやら。

 重いわ、弱いわ、死ぬほど扱いずらいわ。

 おまけにガンランスの砲撃は、使えば刃の切れ味まで落とすんじゃぞ?

 しかも威力は雀の涙。普通に斬った方がはるかに強いときた。

 いったい誰が使うというんじゃ、あんな欠陥武器」

 

 しかもガンスの整備には、独自の技術が必要じゃしの。凄く手間もかかるし、加工屋的にも、とてもじゃないがワリに合わんよ。

 オヤジさんは誰に聞かせるでもなく、そう呟いている。

 

「それにな? ガンランサーなんてモンは変わり者である事以上に、

 もうハンターの間では“嫌われ者“の代名詞なんじゃよ。

 ガンスを握っとる……、それだけで皆、ソイツを避ける。

 共に狩場には立たん」

 

 男の子は目を見開く。心底驚いた様子ながら、黙ってその続きを待っているのが見て取れた。

 しかしオヤジは「失言だったと」、そっと目を逸らす。

 

「……坊主、これはワシのような加工屋が言う事ではないし、

 お主もハンターならば、おのずと分かってくる事じゃろう。

 まったく、何故あんなにも美しく、気の良い娘が、ガンランサーなんぞに……」

 

 

………………………………………………

 

 

「あ……あのっ! 少年よ! ちょっと良いだろうか?」

 

 加工屋で武器強化してもらった帰り道。木の影からブルファンゴの顔が〈ヒョコ!〉っと現れた。

 

「あの……さっき走っていた時に、不意に君の姿を見かけたものでな。

 家からモスフェイクを取ってくるがてら、気になって戻ってきたのだ」

 

 テレテレと頭をかきながら、ブヒブヒと歩み寄るガンスのおねぇさん。

 少年も駆け出すように、乙女のもとへ走る。

 

「おねぇさんっ、だいじょうぶなのっ?!

 だってあんなにも泣いてたのに!」

 

「大丈夫、よくある事なんだコレは。

 今後もあのオヤジ殿とは、粘り強く交渉を続けていこうと思うぞ。

 いや、はずかしい所を見られてしまったな……」

 

 そんな事を言うワリに、おねぇさんの声はまだ、若干涙声。ブタのマスクごしにも、グシグシと鼻をすすっている音が聞こえてきた。

 

「君こそ、初めての狩りはどうだった? 怪我はしなかったか?

 小耳にはさんだ、というか皆の話を物陰から諜報活動してみたのだが……、

 君の笛はとても上手だったと、皆がすごく褒めていたんだ」

 

 ――――ズキリと、男の子の胸が痛んだ。

 でもそんな事は関係なく、おねぇさんは本当に嬉しそうな声で話している。

 君が無事に帰って来てくれて嬉しい。元気でいてくれて嬉しい。

 そんな心からの想いが、見て取れる。

 

「この地域では、狩猟笛のハンターは貴重だ。

 扱いが難しい事もあり、真に笛を使いこなせる人間は数える程しかいない。

 だから君は、本当に期待されているんだ。

 懸命に練習をしてきたであろうまっすぐな人柄。その優しい心。

 きっとみんなにも良くしてもらえる。立派なハンターになれるさ」

 

 ブタのマスクを取り、腰を屈めて少年と目線を合わせるおねぇさん。

 そしてまだ少しだけ赤い瞳のまま、花が咲いたような微笑みを浮かべる。

 胸が締め付けられるような、美しい笑みを。

 

「私などが言って良いものかは分からないが――――応援している。

 君の活躍と無事を、いつも想っているから」

 

 男の子の両手を優しく握り、胸に引き寄せる。祈るように瞳を閉じた。

 君に幸運を――――

 ありったけの想いを込めて、まるで自分の分の幸運までも捧げようとするかのように、乙女は少年の未来に“幸あれ“と願う。

 そしてそっと瞳を開けて、少年に一枚のギルドカードを手渡す。

 

「私のカードだ。

 ……今まで誰かに渡した事もないし、もし何か変だったらどうしよう?

 大丈夫だろうか……なにやら少し不安になってきた。

 あ、私などのカードだし、これは縁起が悪いのかもしれない。

 だから、すぐ捨ててくれても構わないから」

 

 乙女が「えへへ」と苦笑する。

 誰かに自分のカードを渡すという喜び。不安。

 そんな色んな感情が入り混じったような照れ笑いも、少年にはこの上なく美しい物に映る。

 

「そのカードの裏に、私の口座番号を記載しておいたんだ。

 捨てるのはメモを取ってからにしてくれ」

 

 思わず「うわぁ!」と叫び声をあげ、カードを放り出しそうになる少年。

 

「それと、初クエスト記念と言っては何なのだが、私からプレゼントを。

 気に入って貰えると嬉しいのだが……」

 

「すいません。ブルファンゴフェイクは、ぼくいりません」

 

 乙女は〈ガーン!〉という表情になったが、男の子は言うべき事はちゃんと言うタイプの子。

 部屋に飾ると、癒されるのに……。そんなおねぇさんの言葉も、しっかり聞かなかった事とした。

 

 

 

………………………………………………

 

 

 

「ではな、少年。

 私と話してくれてありがとう。嬉しかった」

 

 グッバイ……マイプリティ……。

 そのささやくような呟きは、幸運にも少年の耳には届かなかった。本当によかったなと思う。

 

 そして乙女は立ち上がり、少年に背を向けて歩き出す。

 フリフリと手を振り、本当に幸せそうな笑顔で。そんな彼女の姿を少年は見送る。

 

 立ち尽くし、決してその場から動かず。

 いや、少年は、そこから動けないでいたのだ。

 

 ――――どんな気持ちからだったのかは、分からない。

 ――――――でも男の子は、歩き去ろうとする乙女の背中を、必死で呼び止めたのだ。

 

 

「 …………おねぇさん!!!! 」

 

 

 少年の心は、グシャグシャだった。

 実はさっきから、なぜか溢れ出そうとする涙を堪えるのに、精いっぱいであったのだ。

 

 今日の、おねぇさんとの思い出。

 集会所や加工屋で聞いた事。

 そしてまだまだ、何も知らない自分――――

 

 色んな事を思った。この一瞬で様々な想いが胸に去来した。

 でもそのどれもが形にならず、自分の気持ちは、未だわからない。

 

 ――――二度とガンランサーに関わるんじゃねぇぞ!

 ――――何故あんなにも良い娘が、ガンランサーなんぞに……。

 

 わからない。未だ自分には、何もわからないまま。

 でも今、自分はおねぇさんに、行ってほしくないと感じている。

 

 このおねぇさんと『共に居たい』と、そう感じている。

 

 

『 ぼくをっ、狩りにつれてってくださいっ!

  ぼくにガンランスの事、おしえてくださいっ!! 』

 

 

 

 

………………………………………………

 

 

 

 いま、少年の手の中にあるギルドカード。

 そこに記載されし乙女の名は、“ソロモン“。

 

 

 ……これは本当に、女の子に付けるべき名前なのか。

 適当に付けた偽名なのではないか。そうだと言ってくれ。すごく言って欲しかった。

 

 

 まるで“ソロ(モン)“。

 

 そのハンター人生を、たった一人で孤独に狩り続ける事を宿命づけられたような名前。

 金髪なのに、そこはかとなくエスニックの香り。

 やっぱり偽名なんだろうこれは。後でぜったいに問いただす事を、少年は心に誓う。

 

 

 しかし、今この時より……、乙女はソロ(ひとり)ではなくなる。

 

 ずっと孤独な道を歩んできた、ガンランサー。

 その隣には今日から、とてもプリティな笛使いがいるから――――

 

 



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鈍く光るガンランスが、「お前を愛す」と叫ぶ。

 

 

「ところでプリティよ?

 君のご両親に挨拶に伺いたいのだが、いつ頃が良いだろうか?」

 

 お昼時の街中。ガンスの乙女ことソロモン(仮名)と笛使いの少年プリティ(愛称)は、屋台でなかよく昼食を摂っていた。

 

「あいさつ? ぼくのおとうさんと、おかあさんに?」

 

「あぁ。大切なご子息の人生をお預かりするワケだし、

 私も全身全霊をもって筋を通しておかねば。

 ふむ、『息子さんを私に下さい!』……か。

 なにやら胸がドキドキしてきたぞ」

 

 スパゲッティを上品にクルクルしながら、乙女は嬉しそうに語る。

 おねぇさんが何を言っているのかはよく理解出来ないが、とりあえずはパンをモグモグしながらお話を聞く男の子。

 

「――――いかん、緊張してきた。

 きっとご挨拶に伺うその日こそ、私の人生最大のターニングポイント。

 もしこれをしくじれば、私が次の朝日を拝む事は無いだろう」

 

 乙女は眼を見開き、瞳孔をMAXまでオープンしている。

 顔を真っ青にし、ここではないどこかを見つめているその姿に、男の子は「はてな?」と首を傾げる。

 もし挨拶に失敗したら、いったい何をするつもりなのか。

 

「どうだろうプリティ、今から練習に付き合ってはもらえないだろうか?

 なんといっても、君はご両親の血縁者。

 きっとご本人と対峙するのに勝るとも劣らない、

 そんなリアリティが実現可能だと、私は確信している次第だ」

 

「えっと……。それはぼくが“おとうさん達の役“をするってこと?

 ぼくは小さいし、ヒゲとか生えてないけど、だいじょうぶかな?」

 

「問題ない。そこは私の想像力でカバーだ。

 君は威厳のある感じでソファーにふんぞり返り、

 葉巻を咥えながら、ワイン片手にシャム猫を撫でていればいい」

 

 いったい彼女はどんな想像をしているのか。

 少年のお父さんは、決してマフィアの親分とかではない。

 

「よし、では始めようかプリティ。

 まずはキョロキョロと挙動不審な私が、

 ハァハァと荒い息遣いで君の家の前に立っている所だぞ」

 

「通報されると思うよ?

 とりあえずいらっしゃい、おねぇさん。

 まぁまぁ、ようこそおこしくださいました」

 

 少年はとても付き合いの良い子なので、大概の事はスルーして事を進める事が出来る。だいぶ慣れてきたというのもある。

 

「どうも、お義母さん。わたくしハンターのソロモン(仮)と申します。

 あっ、これはつまらない物なのですが……」

 

「通帳と実印はいりません。出さないでください。

 さぁどうぞ、お入りになって?」

 

「どうぞどうぞ」「あ、どうもどうも」みたいな仕草をしながら、二人は居間にいるお義父さんの元へと向かったという体で、お芝居を続けていく。

 傍から見れば、まるで年の離れた姉弟が仲良く遊んでいる姿のよう。

 微笑ましいような、でもどこかおかしいような、微妙な光景だった。見る者によって意見が分かれる所だろう。

 関係ないけれど、乙女が言う“おかあさん“のニュアンスが、どこかおかしかった気がせんこともない。

 

「ん? なんだね君は。どこのおねぇさんかね」

 

「初めましてお義父さん。わたくしは……」

 

 椅子の上に胡坐をかき、少年は“威厳のあるお父さん“の感じを演出する。なんだかんだとノリの良い子だ。

 

「まちたまえっ。

 わたしは君に“おとうさん“などと、よばれる筋合いはないよ?」

 

「あ、すいませんポイズン山田さん。

 実はこの度、ご挨拶に伺いましたのは……」

 

 お父さんは山田でもポイズンでもないのだが、そこはスルーしてお芝居を続けて行く男の子。我慢の子である。

 

「まったくっ! 君のようなワケのわからない者はね? かなわんのだよっ。

 だいたい君はハンターだそうだが、将来の事はかんがえてるのかね?」

 

「はっ。将来の事はまだ分かりませんが、

 来世ではガレオスに生まれ変わり、

 砂を食べて生きていこうと思っております」

 

「なんで砂たべちゃうんだよ。卑屈すぎるよ」

 

 どうかその一日だけで良いから、おねぇさんには頑張って欲しい。

 これは猛特訓が必要だと、心を鬼にする覚悟を決める男の子。

 

「もういい! かえりたまえっ!

 君のようなふざけた者に、むすこを預けることはできーん!」

 

「待って下さい!!

 確かにファンゴのマスクを被ってはいますが、私は真剣なんです!!」

 

「なんでファンゴで来てるの! 脱いできてよ!」

 

 少年の足に縋りつき、「後生でございます。後生でございます」を繰り返す乙女。

 ついに話し合いを放棄し、泣き落としに入った。

 

「私に息子さんを下さい! ぜったい幸せにしますっ!!」

 

「できないよファンゴには!

 自分の息子をファンゴに預ける人、見た事あるのか!」

 

 下さい! 下さい! 下さいっ!!

 二人の演技は白熱し、最後には本当に泣いてしまうおねぇさん。

 お腹にしがみつき、もうわんわんと泣く彼女を、少年はヨシヨシと撫でてやるばかりだ。

 ただただ「幸せにします……! 幸せにします……!」とつぶやきながら、やがて乙女は泣き疲れて、少年の膝で眠った。

 

 

……………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 あの時、少年が想いの限りに乙女を呼び止めた後。

 乙女は男の子をギュッと抱きしめたまま、しばし声を殺して泣いた。

 

 街の片隅で、静かに抱きしめ合う二人。

 お互いのぬくもりだけを感じる、そんなやさしい時間。

 

 ――――こんな幸せがあって良いのか。私なんかが、傍に居ても良いのか。

 

 そんな想いが、震える身体から伝わってくるようだった。

 グジグジと泣く彼女につられるようにして、男の子の目からも、ちょっぴり涙が零れた。

 

「また明日、集会所でね」

 

 そうしっかりと約束をし、二人は今度こそ、笑顔で別れていった――――

 

 

 

 …………………そして今日、集会所の前で再会を果たした二人。

 フリフリと笑顔で手を振っているおねぇさんを見つけ、少年はとても暖かな気持ちになる。

 これからはおねぇさんと二人、いっしょに頑張っていくのだ。

 乙女の柔らかな笑顔を見つめながら、少年は一人決意を新たにする。

 

 まだ早い時間だからと一緒に屋台巡りなどをした後、改めて集会所へとやってきた二人。

 先ほどはおねぇさんが泣き疲れて眠ってしまうというハプニングもあったものの、結果的にはちょうど良い時間に、ここへやって来る事が出来たのだった。

 

「あぁ、全てが輝いて見える。

 今まで私の目に映る景色は、全てドブのような色をしていたというのに。

 いまでは目に映る物全てが、キラキラと輝いているんだ」

 

 仲良く手を繋ぎ、扉の前に立つ。二人はコンビでの初クエストへと想いを馳せる。

 

「さっきから脳内で『パワー トゥザ ピーポー! パワー トゥザ ピーポー!』

 という声が鳴り響いているんだ。

 “人民に力を!“と言われても私にはよく分からんのだが……。

 でもなにやら、勇気が湧いてくる気がする」

 

 おねぇさんがこれ以上変な事を言う前にと、少年はさっさと扉を開け、ズカズカと集会所へと入って行った。

 

 

………………………………………………

 

 

『 おはようございますっ! ガンランサーですっ!!

  今日も一日、頑張って行きましょう! 御身に栄光あれっ!! 』

 

 一歩集会所の中へ入った途端、おねぇさんは〈ビシッ!〉と直立不動の態勢を取り、大きな声でそう言い放った。

 

「おっ、おねぇさん……?」

 

「あぁ、すまないなプリティ。驚かせてしまった。

 しかし私は集会所へ入る時には、こうやって挨拶する事にしているのだ。

 挨拶も出来ないブタなど、この世に生きている価値は無い。

 酸素を吸うのも許されないという物だ」

 

 突然の大声にざわついている集会所。そんな中〈やすめ!〉の態勢で立つおねぇさん。

 

「さて、私はこれより掃除用具を借り、

 トイレ掃除に勤しんで来ようと思う。奉仕の心だ。

 プリティはそこの席にでも座り、少し待っていて貰えるだろうか?」

 

 イソイソと受付に向かおうとする乙女を、少年は「んーっ!」と必死こいて止める。

 

「おねぇさんはそんな事しなくていいのっ。

 どうしてもっていうなら、ぼくもいっしょにやるからっ。

 狩りから帰ってからにしよう?」

 

「そうか? いやプリティにそんな事をさせるワケにはいかないが……。

 ではトイレ掃除は、帰ってからにする事としよう。

 舐めても大丈夫な程、ピッカピカにしてやるぞ」

 

 乙女の手を引き、少年が席へと誘導していく。

 仲の良さげな二人の様子に、酒場にいる者達がざわざわと囁き合っているのが分かった。

 

「……おい、あれどういう事だ?」

 

「なんで笛使いの子が、悪の化身ガンランサーなんかと……」

 

 少年はニコニコとおしゃべりに夢中。しかしその周りの声は、乙女の耳にはしっかりと届いている。

 楽しそうに笑う少年の顔を曇らせないよう、必死で微笑みを保つ。

 

「……やべぇよ。ガンランサーはクズの代名詞だぞ……」

 

「にんじん、ピーマン、ガンランサーって言うくらいよ……?

 まさかこんなにも邪悪な存在を、主が創造なさるとは……」

 

「ガンス使うヤツ、みんな半月板損傷したらいいのに……」

 

「あぁ汚らわしいっ。ガンサーと同じ場所なんかに居られませんわっ!

 ほらポチ! 行きますわよっ」

 

「なんまいだぶ、なんまいだぶ……」

 

 心がズキリと痛む。いますぐブタのマスクを被り、現実から逃避したい。

 でも今目の前には、こんなにも暖かな少年の笑顔がある。ぬくもりがある。

 乙女は少年の事だけを見つめ、必死に心を守る。

 

「……誰ぞ……誰ぞあの少年を救ってたも……。礼はいくらでもする……」

 

「こうなりゃ俺が……差し違える覚悟で……!」

 

「ダメよっ!

 ヤツはガンランサーという名のうんこよっ! 関わってはいけないわッ!!」

 

「ノウマク サマンダ~、バザラダンカン。

 ノウマク サマンダ~、バザラダンカン……」

 

 なにやら集会所全体が、無駄に悲痛な雰囲気を漂わせていた。

 笑顔を張り付け、汗をダラダラかきながらも、少年との会話を行っていく乙女。

 

「ぼくね? イャンクックの防具がほしいのっ。

 おねぇさんの防具って、その白いドレス?

 なんかあんまり“防具!“ってかんじはしないね?

 とってもキレイだしっ」

 

「……あっ、あぁ!

 私のこれは、少し特殊な物になっていてな?

 見た目こそ普通のドレスなのだが、中身は……」

 

「 ――――おい坊主!! お前なにやってんだッッ!!!! 」

 

 突然響いた怒声。

 二人が振り向くと、そこには昨日クエストに付き合ってくれた、あのチャアク使いのお兄さんの姿があった。

 

「お前ッ……昨日あれほど言っただろうがよ!!

 おいガンサーてめぇ!! お前が坊主をたぶらかしたんかッ!!」

 

「……たっ……たぶっ?!」

 

 勢いよく机を叩き、チャアク使いが乙女へと詰め寄る。

 オロオロと狼狽える乙女に対し、男には微塵も怯んだ様子はない。周りの者達とは明らかに違う。

 そしてその瞳には、燃えるような怒りを宿していた。

 

「オイ! 迷惑なんだよガンランサー!!

 コイツぁこれから、俺らと一緒にこの集会所でやってくんだ!!

 お前みてぇなワケわかんねぇヤツといちゃあ、

 コイツが潰れちまうだろうがよ!!!」

 

 痛烈な言葉が、乙女に突き刺さる。

 乙女は目を見開き、ただただ男の顔を見つめるばかり。身体は硬直し、言葉が出てこない。

 

「 失せろガンランサー!!

  今度坊主に近づいてみろ! 俺が容赦しねぇぞッ!!!! 」

 

 男の怒りは本物だ。汚い口調だが、心から少年の事を思っている事が乙女にも見て取れる。

 だからこそ、怒る。

 だからこそ、こんなにも激しく。目の前の私に対して。

 

 ――――終わってしまうかに見えた。

 今にも乙女が、泣きながらこの場から駆け出してしまうかに思えた。

 

 だが、この場にたったひとりだけ、男の行動を止める者がいた。

 

「 ――――まって! ぼくがおねがいしたのっ!

  おねぇさんとパーティを組みたいって、ぼくがおねがいしたのっ! 」

 

「……なっ!?!?」

 

 男の腹にしがみつき、涙目になりながら叫ぶ男の子。

 その姿に男が、周りすべての者達が、言葉を失う。

 

 

「おねぇさんと狩りにいきたいのっ!

 おねぇさんにガンランスのこと、たくさん教えてもらうのっ!

 おねぇさんは! ぜったいおねぇさんは、わるい人なんかじゃないっ!!」

 

 

………………………………………………

 

 

 泣ぁ~~かした~♪ 泣ぁ~かしたぁ~♪

 そんな空気が、集会所全体を包む。

 子供を泣かした極悪人として、人間の屑として、チャアクのお兄さんが皆に「ジトォ~」っという目で見られる。

 

「……ちょ!?!? 泣くんじゃねぇよ坊主ッ!? おっ……俺ぁよ?!」

 

「プリティ! あぁ大丈夫かプリティ!! あぁっ!!」

 

 天井を見上げて「あーーん!!」と泣いている男の子を、必死で宥める二人。

 チャアクの男が〈オロオロ! キョロキョロ!〉と周りに助けを求めるも、みんなプイッと目を逸らすばかり。この薄情者どもめ。

 

「おっ……俺達ゃ別に、喧嘩しちゃあいねぇからよ!?

 なっ? 確かに大きな声は出しちまったがよ?! 違うんだよ!!」

 

「そうだ! これは音楽性の違いゆえの行き違いというヤツだ!

 またCDの権利が切れそうになる10年後くらいには、

 復活ライブをおこなって無事に再結成を……!」

 

 お兄さんもおねぇさんも、アタフタしながらワケのわからない事を言う。

 ちびっ子の涙というのは、ここまでの威力を持つ物なのか。さっきまでの雰囲気がガラリと一変していた。

 とりあえず、子供を泣かすヤツは悪。異論は認められないのである。真理だ。

 

 未だクシグシと目元を拭っているものの、乙女にヨシヨシと抱きしめられ、男の子が落ち着きを取り戻した頃……。

 怒気を削がれ、そして冷静さを取り戻したチャアクの男が、静かに乙女に声をかけた。

 

「……おいガンランサー。ギルカを出しな」

 

 男は胸元から自分のギルドカードを取り出し、机の上へと乗せる。そして乙女に対してもカードを要求する。

 

「お前は最近になってこの街に来たばかり。

 俺ぁお前の事を、よく知らねぇ」

 

 それでお前にあれこれ言うのは、フェアじゃない。男はそう言っているのだろう。

 気に喰わない相手にカードを渡すのは、きっと良い気はしない。これは自分のハンター人生の全てが詰まった、かけがえのない物だ。

 それでも筋を通そうと、男は自分のカードを乙女に渡したのだ。

 

 アタフタとポケットをまさぐり、急いで自分のカードを取り出す乙女。

 そしてまるで「ははーっ!!」とでも言うようにして、低姿勢で男に差し出した。

 

「……ったく、調子狂って仕方ねぇよ。 えーっと、なになにぃ?

 お前の名前は“ソロモン“…………って、ソロモン?!?!」

 

 男が驚愕の表情を見せる傍ら、乙女は嬉しそうに男のカードを見ている。

 男の子はハンター家業を始めたばかりだし、まだ彼からはカードを貰っていない。

「これから二人でがんばって、凄いカードにしていこうね」と、そう約束している感じなのだ。

 だからこれは、乙女が初めて貰った、誰かのギルドカード。

 満面の笑みでホクホクしながら読み進めているのが見て取れた。

 

「……そんなマジマジ読まんでもいい。筋を通しただけの話だからよ。

 俺のハンターランクは“7“。一応上位ハンターで通ってる。

 それでもここいらじゃ、一番でけぇ数字だ」

 

 嬉しそうな様子の乙女に調子を崩し、男はケッと吐き捨てながら、受け取ったカードに視線を戻す。

 先ほどはNAME欄を見ただけでカードを放り投げそうになったが、今度は覚悟を決めてどんどん読み進めていった。

 

「――――!?」

 

 男の子からは、様子しか伺えない。しかしチャアクの男の表情が、乙女のカードを読み進めていく内に驚愕に染まっていくのが分かった。

 

「……………お前っ」

 

 男がカードから視線を上げるも、乙女は未だホクホクとギルカを見つめるばかり。

 家に帰ったら、これを神棚に飾ろう。ご先祖様にご報告せねば。そんな風にブツブツ呟いていた。

 

「おい……、アンタ……」

 

「――――ねぇ、このガンサーとクエストに行くんでしょう?

 あたしも付き合うわ。しっかり見定めておきたいの」

 

「アタイも行く。ホントに坊やを任せて良いのかどうか、見極めてやるわ」

 

 男が乙女に声をかけようとした、その時。

 今まで静観を保っていた二人の女性ハンター達が、男にそう告げる。

 

「ねぇ坊や? 今日一日だけ、この人をあたし達に貸して欲しいのっ。

 坊やのクエストは、あそこの操虫棍のお姉ちゃんが手伝ってくれるからねっ。

 なんでも好きな装備を作ってもらいなさい♪」

 

「うんうん♪ それがいいよ♪

 だいじょ~ぶ! 今度はアタイ達、ぜったいケンカしたりなんかしないよ♪」

 

 頭を撫でてやりながら、女性ハンター達が男の子に告げる。

 その様子を乙女はポカンとしながら、そして男は黙したまま見守る。

 

「――――さぁ行きましょう、ガンランサーさん?

 坊やの交友関係に、口出しはしない。

 どうぞゴハンでも買い物でも、一緒に行くといいわ。

 ……でも狩りだけは別。共に狩場に立てるのは、信頼の出来る仲間だけよ」

 

「お好きなクエストを選んで下さい。

 アタイ達三人は、それにお付き合いするだけですから」

 

 オロオロとする乙女を先導し、女性ハンターが受付へと向かって行く。

 やがて今まで沈黙を守っていた男も、一目だけ男の子に視線を送った後、彼女達に続いていった。

 

「……ぷ、プリティ! プリティよ!

 狩りが終わったらここで待っていてくれ! いっしょにゴハンを食べよう!

 私たちのラブラブハンターライフはっ、これから始まるのだ!!」

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「――――ジャマよ貴方! そんな所に突っ立ってないでよ!」

 

 女性ハンターが太刀を振り回す。それが身体に当たり、乙女が態勢を崩す。

 

「さっさとモンス追いなさいよ!

 武器仕舞うのに、いつまでかかってんの!」

 

 大剣の女性ハンターが即座にモンスターへ突進していく。

 一方乙女は未だ立ち止まったまま。緩慢な動作でガンランスを納刀している。

 

「もうっ! どいてったら!!

 そんな風にウロチョロ居座られちゃ、頭を狙えないでしょッ!!」

 

 ひたすら竜の傍に張り付き、いつまでも延々と立ち回り続ける乙女。

 それを邪魔だと、戦いにくいと、太刀の女性が非難する。

 最終的には「構うものか」と、後ろから乙女の身体ごと斬り付けた。

 

「邪魔よッ!」

 

「どいてっ!」

 

「トロいのよっ!」

 

 エリアルジャンプ後の斬撃が、竜の傍にいた乙女の頭上に振ってくる。

 太刀の回転斬りが、竜にまとわりついていた乙女の身体を巻き込んで炸裂する。

 そして距離が離れていったなら、誰よりもトロトロと武器をしまい、一番遅れて竜のもとへ到着する。

 

 邪魔だわ、動きはトロいわ、少し当たっただけですぐコケてしまうわ。

 二人から見て、ガンサーである乙女の戦いぶりは、とても不細工な物だった。

 

 “やりいにくい……“

 “居るだけで気を遣う“

 “役に立たない“

 

 それが乙女に対しての、女性ハンター両名の評価だった。

 

「……あら? さっきから一度も“砲撃“をしていないけど

 貴方、やる気が無いの?」

 

 太刀使いの女性が、違和感に気づいた。

 クエスト前、自分があれだけ“吹き飛ばされる“という覚悟をしてきたにも関わらず、あれだけ警戒していたにも関わらず……。

 しかし、これまで一度も乙女は“撃っていない“。

 一度も砲撃の音を聴いていない事に、彼女は気が付いたのだ。

 

 ――――怖かった。正直ガンサーと共に戦うのは、恐怖だった。

 

 以前ガンランサーの砲撃に吹き飛ばされた恐怖。

 何もする事が出来ず、まともに狩りをさせてもらえなかったトラウマ。

 そんな苦い思い出を胸に押し込め、坊やの為にと、この狩場へやってきたというのに。

 

 しかし乙女のガンスからは、一度も砲撃が放たれる事は無い。

 だから彼女たちが巻き込まれ、なすすべなく吹き飛ぶ事も無かった。

 ……………それを彼女たちは“舐められている“と感じた。

 

「気でも使ってるの? もし吹き飛ばしたら怒られるからって?

 ……撃たないって言うなら、ランスでも握れば良いじゃない。

 ガンランスが泣くんじゃないの!? そんな使い方してたらッ!!!!」

 

 ――――撃たないので、どうぞ怖がらないで。

 ひたすら斬撃のみで戦う乙女の姿が、彼女たちにはそう言っているように映った。

『あなた達が居ると“撃てないので“、どうぞがんばって下さい』

 実力が出せないので。貴方達は下手なので。

 ……そんな風に、彼女たちには聞こえたのだ。

 

「~~~~ッッ!!!!」

 

 もう構う事はないと、好き勝手に太刀を振り回し始める女性。

 まるで乙女などこの場に居ないかのように、思うがまま長物を振り回す。大剣の女性も然りだ。

 

 二人の織りなす嵐のような剣戟の中、乙女の身体はぐらつき、時に跳ね上げられて宙を舞っていった。

 

 

………………………………………………

 

 

 チャージアックスの男は、三人が戦う姿を、見守り続けていた。

 

 こんな下位クエストに自分が力を振るえば、自分ひとりで瞬く間に終わってしまう。だからこそ男は積極的には参加せず、粉塵を用意したり罠に誘導したりと、サポートに徹して行動していた。

 

 男は、必死で立ち回りを続ける乙女の姿を見守る。

 狩りの序盤こそは仲間から攻撃を喰らい、何度も態勢を崩す姿が見られたものの……、次第にそういった光景は少なくなっていった。

 そして狩り終盤に至れば、乙女が身体をよろつかせている姿は、皆無となる。

 サイドステップを駆使し、時に攻撃を中止してまで、乙女がこまめにポジションを変えている様子が分かった。

 

「 もう最悪っ!! やりにくいったらありゃしない!! 」

 

「モンスの近くで、ずっとウロチョロして!

 ちょっとコツかれたら、すぐよろける癖に! 気をつかってしょうがないわ!」

 

 やがて狩りを終えた女性二人が、男のもとに歩み寄って来た。

 倒したモンスターの剥ぎ取りをする乙女をその場に残し、男に対して、今日の戦いの愚痴を言いに来たのだ。

 

「良く思われたいからか知らないけど、アイツ一発も砲撃使わなかったっ!

 手を抜いてたのよっ! あたし達を馬鹿にしてるんだわ!」

 

「どうせアタシ達が倒すからと思って! 人任せなの!

 いくら弱いガンス使ってるからって、

 撃たずにチョンチョン斬るばっかりでさっ!」

 

 もう烈火の如く愚痴を言い合う二人。

 そんな二人を黙って見つめていたチャアクの男が、静かに口を開く。

 

「――――お前ら。このクエスト中、何回あいつを斬った?」

 

「えっ?」

 

 そうかと、大変だったなと、労ってもらえると思っていた。

 だが男が二人にした事は“質問“。

 今日の二人の戦いを、問いただす物だった。

 

「何回間違って、攻撃を当てた? 何度ヤツを跳ね飛ばした?

 ……中終盤のアレは、わざとやってたんだろう。

 でもよ? 序盤の方はどうだった?」

 

 静かな声、静かな瞳で二人を見つめ、男が言葉を続けていく。

 

「そんで、ヤツが砲撃をしなかった事はともかく……。

 お前らこのクエスト中、一回でもあいつに“ガンスで斬られたか?“」

 

 二人が驚いた表情で男を見つめる。

 なぜ自分達が今、男に責められているのか。それがまったく分からないというように。

 

「き……斬られてないけどっ。

 でもそれはっ、アイツが手を抜いて! ロクに戦わなかったから!」

 

「あいつは誰よりも多く斬り、誰よりも長くモンスに張り付いてたぞ。

 それで適確に、モンスの身体だけを斬ってた。

 ちょこちょこと常に立ち位置を変え、決してお前らに当てんようにしてな」

 

 遠くで観ていたから分かる。誰よりも狩りに貢献していたのは、あの女だ。

 それを静かな声で、男は二人に伝える。

 

「お前らが気分よく弱点殴れたのも、“あいつが場所を譲ってたからだ“

 サイドステップを駆使して、

 常にモンスを斬り付けながらも、いいポジションを開け渡してたんだ。

 火力の高い武器を使ってる、お前らの為にってな」

 

 今度こそ二人は、驚愕の表情を浮かべる。

 口は悪いが、仲間の中で誰よりも確かな実力を持つこの男。そんなこの人が告げる事実に、二人は目を見開く。

 

「それによ? お前らの立ち回りは“論外“だ。

 好き勝手に長物を振り回す。自分がやりたい事をするばかり。

 ……テメェが足腰の強い武器握ってるからって、

 他人まで殴っても良いなんざ、思ってんじゃねぇぞ。

 ……まわりを気遣う余裕も、そう立ち回れる腕も、……意識すらねぇ。

 んなモンはパーティでもなんでもねぇぞ。“共闘“じゃねぇ。

 ――――ソロ狩りでもしてろ未熟者。迷惑なんだよ」

 

 踵を返し、男がその場から去っていく。

 男の言葉に驚愕しながらも、やがてシュンと項垂れてしまう二人。

 

 悔しい気持ちはある。言い訳したい気持ちだって、モチロンある。

 ……でも、今日自分達が彼女にしてしまった事だって、しっかりと憶えてる。

 だからこそ――――二人は口を閉ざしているしかなかった。

 

 

………………………………………………

 

 

「なぁアンタ。なぜ今日は、一発も撃たなかった?」

 

 未だイソイソと剥ぎ取り作業を行う乙女のもとに、チャアクの男が立ち寄った。

 

「気ぃ使ってたんかよ? あの二人に。

 一緒に狩りしてんだ。ある程度の事は……まぁお互い様だ。

 せっかくガンス使ってんだ。“撃てない“まま戦わされるなんざ……、

 アンタ自身が、いちばん辛ぇ事なんじゃねぇのか?」

 

 乙女は今まで、「みんなの分も!」とばかりにひたすら解体作業をしていた。

 この場にいる仲間の分は元より、ここに居ない男の子の分もと、張り切って剥ぎ取りをしていたのだ。

 

 

「アンタなら……“当てねぇように撃つ“事も、余裕で出来るんじゃねぇのか?」

 

 

 そもそもこのクエストを乙女が選んだ理由も、“男の子が喜ぶ“と思ったからだ。

 別に自分の欲しい素材じゃない。このクエストのモンスターが得意だったからでもない。

 ただこのクエストで得られる素材が、男の子の防具作りに役立つと知っていたからこそ、この狩場へとやって来たのだった。

 

 今日集会所へと戻ったとき、男の子にプレゼントする為に。

 ただただ彼女は、男の子の喜ぶ顔が見たいが為に、頑張っていたのだ――――

 

「……えっ。いやっ! あのっ!

 ご……ご機嫌麗しゅう、髭モジャ」

 

 シリアスな雰囲気がブチ壊しだ。

 だがチャアクの男(髭モジャ)は、辛抱強く、乙女に言葉をうながす。

 

 

「“音“が怖い、と思うんだ――――」

 

 

 やがて呼吸を落ち着け、乙女が静かな声で言葉を紡いでいく。

 

「音だけじゃない……。この砲撃の炎も。リロードをしてる姿も。

 聴くだけで、目にするだけで……、みんな怖いと思うんだ」

 

「たとえ、撃たれなくても。吹き飛ばされなくても。

 ちゃんと自分の居ない場所を、選んで撃ってくれてたとしても……。

 ……でも“ガンランサーが砲撃をしている“という、

 それだけできっと……、みんなモンスターには近寄れなくなる。

 足がすくんで、飛び込めなくなる」

 

「……今は大丈夫だったけど、次は撃たれるかもしれない……。

 もしうかつに近寄れば、砲撃で吹き飛ばされるかもしれない……。

 “ガンサーが砲撃を使うから、モンスの懐に飛び込むのが怖い“。

 ――――そんな怖さが、きっとあると思うんだ」

 

 はぎ取った素材をポーチに入れ、乙女は満足そうな笑みを浮かべる。

 これを渡した時の光景が、瞼に浮かぶようだ。

 男の子は、喜んでくれるだろうか? 

 

「――――だから私は、砲撃を撃たない。

 じゃあランスを使えって、そう言われる事もあるけれど……。

 でも私はガンランスが一等好きだから、こればっかりは仕方ない。

 撃たない弱いガンランサーが…………嫌われてしまうのも、仕方ない」

 

「うーん!」と一度伸びをして、乙女が柔らかな笑みを浮かべる。

 黙ってその姿を見つめていた男が、「ふぅ」っとひとつ、ため息をついた。

 

「……今日、初期ガンスなんぞを担いでんのは、

 坊主とクエに行く為だったのか?」

 

「あぁ。これを握って、クックに行こうと思っていた。

 プリティと一緒に狩りをし、

 そうして得た素材で、少しずつこのガンスを強くしていくんだ。

 このガンスはきっと、私の一番の宝物になるよ――――」

 

 

………………………

………………………………………………

 

 

「 加工して下さい! 下さい! 下さい! 下さぁぁーーい!! 」

 

「おねがいしまーーす!」

 

 次の日、何気なしに加工屋を覗きにきたチャアクの男(髭モジャ)は、店先でワーワー元気に騒いでいる乙女と、男の子の姿をみつけた。

 

「……ひっ、卑怯じゃぞブタ娘っ! 坊主を援軍に連れて来よるとはッ!!!!」

 

「うるさい黙れ! お願いします!

 私のガンスを整備して下さいっ。お願いしまぁーーす!!」

 

「おねがいしまーーす!」

 

「……………」

 

 直立不動の〈きをつけ!〉をし、二人ならんでワーワーと嘆願する二人。

 さすがのオヤジ殿も男の子に対して強い態度はとれず、もうグァングァンと頭を揺らして悩んでいる。

 その光景をみて、なにやら頭痛がしてくる心地の髭モジャだ。

 

「オヤジ殿! 私はお金ならあるのだ!

 僭越ながら、ここに999万9999zを用意させて貰った!

 これで私の骨銃槍を、“骨銃槍Lv2“に!!」

 

「お前、お金をなんだと思うとるんじゃ!!」

 

「おねがいしまーーす! おねがいしまーーす!」

 

「坊主っ! わかったからこやつの金を引っ込めてやってくれ!

 お主がしっかりせんとっ!! この娘は……ッ!!」

 

 

 

 そしてなんとか骨銃槍を強化してもらえる事になり「ばんざーい! ばんざーい!」と喜び合う二人。

 その姿を見届けてから、チャアクの男は踵を返して歩いて行く。

 

 らしくもなく、その顔に笑みなんぞ浮かべながら。

 ポケットに入ったままだった乙女のギルドカードを、ポンっと叩いてみた――――

 

 

 





ギルドカード

name ソロモン(仮)
HR 250

村下位 557回         武器、骨銃槍(Lv2)
村上位 202回          頭、グリードXRヘルム
集会所下位 1070回        銅、ギザミRXメイル
集会所上位 728回        腕、グリードRXアーム
集会所G級 302回         腰、ギザミRXフォールド
闘技大会 42回          足、グリードRXグリーヴ
                ※(全て合成防具)


武器使用頻度

・ガンランス 2706回
・その他、少々。

ひとことコメント
『御身に栄光あれ』


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お前を抱きしめるための暖かさを手に入れた。

 

 

「う~ん、こまったなぁ~。

 何にしたらいいのかなぁ~」

 

 笛使いの男の子が、うんうんと悩むような仕草をしている。

 口元に手をやり、可愛らしく小首を傾げ、「どうしようかなぁ~」と言わんばかりのアクションだ。

 

「――――やあプリティッ! どうしたんだいっ」

 

「あっ、おねぇさん!

 ……ぼくね? じつはいま、どんな武器をえらべばいいか、まよってるの」

 

 そこに颯爽と、ガンランサーの乙女が登場。

 フランクな雰囲気、「よう!」とばかりに上げられた右手、欧米的な「ニカッ!」っというスマイルで。

 

「ハンターの武器って、10しゅるい以上もあるんでしょう?

 ぼくはまだハンターになったばかりだし……、

 いったいどんな武器をつかったら、いいのかなって」

 

「なるほどっ! そんなプリティに、今日はうってつけの物があるぞぅ」

 

 そう言って乙女は、何故かこの場に準備されていた長机の下から、何かを取り出しだ。

 

『 ガ ン ラ ン ス !! 』

 

 \ ババーン!! /と机に置かれるソレ。

「わーお!」とばかりに大げさな男の子の表情。輝くような乙女の欧米的スマイル。

 今その光景を、チャアクの男と操虫棍の女性が、椅子に座って観覧していた。

 

「わぁー。ガンランスだー。

 ぼく、はじめて見たよー」

 

「はっはっは! どうだいプリティ、カッコいいだろう~?

 このガンランスは、現代加工技術の粋を集めて作られた、

 まさに人類の英知の結晶とも言える武器なのさっ」

 

「「………………」」

 

「すごいすごい!」と喜ぶ(演技の)男の子。

 そして普段の姿からは考えられない程、絶好調の乙女。

 そして、そんな二人の姿を黙って鑑賞している、ハンター仲間の両名。

 

「こちらのガンランスという武器は、

 大きな砲の先に、銃剣を取り付けた近接武器なんだ!

 鋭い斬撃に、ド派手な砲撃……、そして鉄壁を誇る大盾が特徴さっ。

 まさに“悪魔の左、菩薩の右“とでも言うような!

 そんな攻防一体型の武器なのさっ」

 

「わぁー。すごーい!」

 

 天高くガンランスを掲げる乙女。それをパチパチともてはやす男の子。

 ハンター両名はその光景を、「どよーん」とした顔で見つめる。

 

「えっと……でもガンランスって重たいし、おっきいし。

 それに動きはのろくて、操作はふくざつだし、とっても扱いにくいよね?」

 

「 !? 」

 

「なかまとの狩りでは、砲撃や竜撃砲もイヤがられるし……。

 スーパーアーマーがぜんぜんない武器だから、

 いっしょにいる人たちに、とても気をつかわせてしまうよね?」

 

「 ふぐぉ!?!? 」

 

 男の子は何気ない口調で、“一般的なガンランスの印象“を告げていく。

 それに対して乙女が、もうガンガンとダメージを喰らっているのが見て取れた。

 

「ノロマなのに、ずっとモンスターのそばに張り付いてるから、

 いっしょに戦ってる人たちからしたら、正直“障害物“みたいな物だし。

 そんなガンサーがいるせいで、みんな思うように力を発揮できないし。

 かといってガンランスって……“別に強くもなんともないし“」

 

「…………」

 

「ガンスの斬撃の威力には、さりげなく3%の“下方補正“が掛かってるし。

 だから普通に斬る分には、ランスとかでも良さそうな物だし……」

 

「 」

 

 反論、反論しろ。

 本来ならばここで「だいじょーぶ! 実はガンランスにはね?」とか言いつつ、ここぞとばかりに利点を説明していく場面なのだろうが……。

 しかし乙女は今、白目を向いてしまっている。

 

「かといってバンバン撃つと、ありえないくらい切れ味を消費するし。

 でも撃たなければヒートゲージも上がらなくて、斬撃は弱いままだし。

 リロードはいちいち面倒くさいし、竜撃砲のチャージ時間は長いし。

 あらゆる意味でPT戦に向かない武器だから、全然狩りに貢献出来ないし。

 整備は難しいし、加工屋さんにも『面倒くせぇ!』って言われるし。

 収納スペースは取るし。持ち運びも不便だし。

 いつも砲撃で仲間に迷惑をかけるせいで、

 ガンランサーはみんなから、人間のクズ扱いを受けるし。

 集会場に入った途端、『出て行け!』って追い出される事あるし。

 街を歩けば石を投げられるし、通りすがりの人には唾を吐かれるし。

 武器種占いの本にも【ガンサーの人は自己中心的!】って書かれてるし。

 一部の公共施設には、ガンランサーお断りの張り紙とかもあるし。

 もう過去に“ガンランサーだった“っていうだけで、

 結婚にも就職にも不利になってk

 

「――――やめろ坊主! ソイツ死んじまうぞっ!!!!」

 

 思わず客席から声を荒げるチャアクさん。

 今目の前にいるガンスの女は、もうボロ雑巾のような佇まいとなっていた。口から血も吐いている。

 

「……駄目だ、とても見せらんねぇよこれじゃ」

 

「ガンスの良さを知って貰いたい……かぁ。

 ちょっと今のヤツじゃ、難しいかもしれないわよ?」

 

「そっ、そんなっ!」

 

 男の子と乙女に頼まれ、二人の行う“ガンランスのプレゼンテーション“を鑑賞していたチャアク、操虫の両名。

 みんなにガンランスの良さを知ってもらおう! そんな男の子の想いから考案してみた今回の企画であったが、試しにと最初に観て貰った両者の表情は、とても厳しい。

 乙女は必死に食い下がるも、なしのつぶてである。こんな物を仲間たちの前で見せても、印象を変える事は出来ないと。

 

「取り合えずよぁ? KOされてんじゃねぇかお前。

 今からガンスの良さを語ろうって人間が、心折られてどうすんだよ」

 

「確かに坊やは、異常なまでの聡明さを見せてたけど、でも舞台で気絶してしまうのはダメよ……」

 

 チャアク、操虫の両名が窘める。

 脚本だったのかもしれないが、たしかに男の子のあの台詞の数々は、常軌を逸していたとは思う。

 幼い子供から淡々と指摘されていく、欠点の数々――――

 もう聞いている方からしても、涙がちょちょ切れんばかりの残酷さだった。

 しかし、よくもこれだけの数の欠点を並べられたものだなと思う。

 そして全部“少しも間違っていない“というのが、ガンランスの恐ろしい所である。

 

「いや、あれでも大分セリフを削った方なんだ。

 斬撃武器なのに、尻尾に攻撃が届かないとか。

 ゲームの性質上、“ガード“という物自体がもうゴミでしかないとか」

 

「やめちまえよ!! なんで担いでんだよお前!!」

 

 モンスの攻撃には、ガスだのビームだのという、ガード不能な物も多い。

 そしてそれをスキルで補ったとしても、上下左右からの様々な攻撃にガードを“めくられる“事は、ガンサーにとってはもう日常茶飯事。

 もう数えるのも億劫になるほど、ガードをめくられる事となる。

 この世界においては、たとえ盾を構えて防御をしても、安全である保障などどこにもないのだ。

 

 ハッキリ言ってガードなんかするより、バリバリ動き回れる武器職でヒョイヒョイ攻撃をかわす方が、何倍も安全なのである。

 

「初めてガンランスに触れた新人ハンターたちは、

 大抵“回避行動“と“バックステップ“の違いに混乱し、

『なんじゃこれ!』『使いづら!』と感じて、この武器を使う事を諦める。

 そして村長がBOX内に用意してくれていた初期ガンスを売っぱらう事により、

 序盤の貴重な軍資金850zをゲットする事が可能だ。

 そのお金で砥石だのボウガンの弾だのを購入する事が出来るからこそ、

 新人のハンターたちは皆、安心して狩りに赴いて行ける。

 それこそがこの“ガンランス“という武器の存在意義であり、

 また誇りでもあるのだ。

 ガンスは本当に素晴らしい武器なんだ。信じてくれ」

 

「無理よ。ごめんね?

 さぁ行きましょう坊や♪ あっちでお姉ちゃんとゴハン食べよっか♪」

 

「待ってくれ操虫棍の人ッ!! プリーズ!!!!」

 

 男の子を連れ去ろうとする操虫棍さん。その腰に必死にしがみつく乙女。

 行かないで、捨てないでと、昭和の夫婦ドラマの如くしがみついて懇願した。

 操虫棍さんは鬱陶しそうにしながらも、渋々戻って来てくれる。

 

「そんじゃあよ? お前の思う“ガンスの良さ“ってのは何なんだよ?

 火力も出ねぇ、足もねぇ。PTで使いづらくて、ガードも信用は出来ねぇ。

 ……そんなガンスの魅力ってのは、いったい何なんだよ?」

 

 わんわんと泣き喚く乙女と目線を合わせて、腰を屈めるチャアクさん。

 いったい何が、お前をそうまでさせるんだと、乙女に問いかけた。

 

「カッコいいですっ!」

 

 涙と鼻水をダーダー流し、某海賊漫画みたいな顔をした乙女が、叫ぶ――――

 

 

「ガンランスは! 宇 宙 一 カ ッ コ い い で す っ !!!!」

 

 

 

 

 ……しばし、この場の者達は言葉を失った。

 辺りにはおいおいと泣いている乙女の声だけが、大きく響く。

 

 ちょっと待てと、それはねぇだろと、そんな事を言える雰囲気では無い。

 今もう乙女は天を仰ぎ、スヌーピーの漫画のようにワーワー泣いているのだ。

 その姿をただただ見つめ、その場に立ち尽くすしかないチャアクと虫棍の両名。

 

 あれだけ嫌われ。

 あれだけの苦労をして。

 ずっと孤独を抱え。

 数えきれない程の理不尽な想いや、やりきれない程の悲しい想いをして……。

 

 それでもお前は“好きだ“って……。

 ただそれだけの理由で、ガンランスを握り続けていたというのか。

 

「いいです! ガンランスがいいです!!

 ガンランスはッ…………宇宙一カッコいいですっ!!」

 

 ……もう言葉も出てこない。

 多少なりともこの人を知った今だからこそ……、もうかける言葉が見つからない。

 “馬鹿だ“、という言葉が、思い浮かんだ。

 それと同時に“凄い“、という言葉も、脳裏に浮かんで来た。

 己の武器を心から愛する、一人のハンターとして。

 

 

「うん、カッコいいね――――」

 

 

 未だに「わーん!」と泣き止まないでいた乙女。その身体をそっと、男の子が抱きしめた。

 寄り添い、涙でグシャグシャになった彼女の心を、優しく包み込むようにして。

 

「カッコいいね、ガンランスって。

 おねぇさんはガンランス、だいすきだもんね」

 

 神々しい――――と思った。

 慈しむように乙女を抱きしめる、少年の姿を……。

 二人は、とても“美しい“と、そう感じていたのだ。

 

「今日ぼくがお迎えにいった時、

 おねぇさん部屋で、()()()()()()()()()()()()()

 ペロペロしちゃうくらい、ガンランスが好きなんだもんね――――」

 

 

 

 部屋で何してんだお前。

 坊やに何見せてんのよアンタ。

 

 二人による、嵐のようなお説教が始まった。

 

 

………………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「ガンサーさんの事? ランポスに群がられて、ボコボコにされてたわよ」

 

 集会場の酒場にて。

 操虫棍の女性ハンターが、今日の狩りの感想を告げた。

 何気なしに「どうだった?」と訊ねたチャアクの男は、その場でブッと酒を吹き出す。

 

「うわっ、きたなッ! ……まぁそれはともかく、

 控え目に言っても“良いとは言えない“わね。

 いくら数が多かったからって、ランポス相手に苦戦するようじゃ……」

 

 チャアクの男の相棒である、操虫棍の女性。彼女は今日、あの男の子の素材集めに付き合う形で、クエストに同行してきた。

 行ってきたのは“ドスランポス“のクエスト。男の子や乙女と共に、三人で狩りをしてきたのだった。

 

 クエスト中、男の子は主にドスランポスの討伐を。そして彼女と乙女の二人が、その周りのランポス掃討を担当していた。

 まだハンター歴の浅い彼に大型との対戦経験を積んでもらい、そして彼が安心して戦えるようにと、彼女達が雑魚敵の露払いを行っていたのだ。

 

 男の子の戦いは、もう“見事“の一言。

 ヒラヒラと攻撃を躱し、何度もスタンを獲り、もう傍目から見てもまったく危な気ない戦いぶりだった。

 しかし、問題は乙女の方。

 ガンサーの乙女は、ドスランポスによって統率の取れたランポスの群れにワラワラと群がられ、それはもうとんでもない目に合わされていたのだった。

 

「もうランポスに噛まれるわ、蹴られるわ、しまいには泣いちゃうわで……。

 見ていてちょっと可哀想だったもの私。

 まぁ私たちを気遣ってか、ガンスなのにちゃんと砲撃を控えてたのは、

 凄く好感が持てたけど。

 まだまだハンターランクも1なんだし、仕方ないんじゃないかしら?」

 

 知らねぇってのは、恐ろしい事だな……。

 以前ギルドカードを貰い、乙女の本当のHRを知るチャアクの男は冷や汗をかく。

 きっとあの普段着みたいな白ドレスと、骨銃槍なんぞを握ってんのを見て勘違いしてやがるんだろう。チャアクの男はそう解釈をする。

 

 今日は相棒である虫棍の彼女が「あの子たちと狩りに行ってみたいの」と言うもので、チャアクの男は別のクエストでソロ狩りをしていた。

 自分はもう乙女の実力を充分知っているし、あの程度のクエストなら同行の必要は無いとそう判断し、今ここで今日の感想なんぞを訊ねてみたワケなのだが……。

 しかしその感想は“弱かった“。

 てっきり「とんでもないわ彼女……。ガンスの化身か何かよ……」などと、そんな相棒の狼狽える様が見られるかと期待していたというのに。

 まぁランポス相手に力の振るいようなど無いのは理解しているが……、それにしたってボコボコだったってのは一体どういう事だ? 男はひとり首を傾げる。

 

 あの坊主と一緒の狩場で、まさか三味線ひいてたワケでもあるまいに。とても乙女が手を抜いていたとも思えない。

 乙女であれば、男の子と一緒のクエストに出ようものなら、それはもう普段以上の力を捻り出しそうなものなのに。

 そんな風に男がウンウン考えているうち、なにやら向こうの方から、男の子と乙女の声が聞こえてくる。

 

「やったぁ! あとドスランポスの爪が2つでれば、

 そうしょくひんがそろうよ♪」

 

「よかったなプリティ。砥石使用高速化のスキルまであと一息だ。

 このまま一気に手に入れてしまおう」

 

 そう言ってキャッキャと喜び合う二人。

 無邪気に喜んでいる男の子と、それを暖かく見守る乙女の姿。

 親愛や、慈愛を感じさせる微笑ましい光景に、おもわずチャアクの男の口元も緩む。

 

「あ、操虫棍のお方。今日は本当にありがとう存じます。

 もし貴方がいなければ、いまごろ私はランポスの腹の中に居ただろう。

 人のぬくもりと優しさが身に沁みる、今日この頃。

 生命の喜びを噛みしめております」

 

 ビシッと45度の角度でお辞儀をし、乙女が虫棍さんに礼を告げる。

 相棒は「いいのいいの」と朗らかに手を振っているが、ランポスに喰われるG級ハンターってどういう事だオイ。おもわず苦笑いのチャアクさん。

 

「この前もおねぇさん、ファンゴの群れにかこまれて、ないちゃって……。

 なんとか助けだしたけど、あぶなかったよね」

 

「 お前ギルカ偽造してんのかオイ!!!! 」

 

 そんな事は無いと知ってはいるのだが……それでも叫ばずにはいられないチャアクさん。

 

(……ん? もしかして、そういう事かありゃ?)

 

「ひー!」と頭を抱えてうずくまる乙女。それを余所に、チャアクの男が思考を巡らせる。

 そして手のひらをポンっと叩き、自らの相棒に対して言葉をかけた。何かを思い付いたかのように。

 

「よぉ相棒、お前“ランス“は握った事あるよな?」

 

「え? そりゃ訓練で試してみた事はくらいあるけど……。それがどうかした?」

 

「なら何でもいい、次はランス担いでこいつらに付いてってみな。

 ガンサーがランポス共に苦戦してたワケ、ちったぁ分かるかもしんねぇぞ」

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 せっかくだから、完成まで付き合うわ。

 坊やのスキル獲得の瞬間にも、立ち会いたいしね。

 

 そう言って虫棍さんは、再び乙女たちと共に“森丘“へとやってきた。

 クエスト内容はもちろんドスランポスの討伐。通いなれた道だと、仲良く三人でおしゃべりしながらここへとやって来たのだ。

 

(ふむ、ランスかぁ~。

 まぁランポス相手なら、武器なんてなんでも良いケド)

 

 そう言って虫棍さんは、ランスと大盾の感触を確かめる。

 今彼女が握っているのは、ワイルドボーンランスという名の槍。ブルファンゴの顔を模したデザインの、たいへんイカしたランスである。

 実はこれは乙女の所有物で、彼女が少年との狩りの中で制作した物。

 今回虫棍さんがランスを握ると聞きつけた乙女に「ぜひ使ってあげて下さい!」とばかりに押し付けられてしまったのだ。

 

「ガンランスには、ファンゴデザインの物が無いんだ……。

 なぜ神様はこうも、我々(ガンランサー)に辛くあたるのか」

 

 乙女のファンゴ好きなど知った事では無いが、とりあえずわざわざランスを購入せずに済んだのはありがたい。節約第一。

 ちょっと切れ味が悪かろうが、正直すんごくダサかろうが、一度握るだけならば何の問題も無い。ここはご厚意(?)に甘え、ありがたく借りておく事とした。

 

(使い方は、一応頭に入っているけどね。

 でもこれ重いし、バックステップって感覚がややこしいのよね)

 

 過去に二度ほど使ったきりで、ランスを握るのは本当に久しぶりだ。普段は操虫棍という軽快な武器を使用している彼女にとって、違和感は拭えない。

「いつもみたいに走り回りたい!」と、どうしてもそんな不便さを感じる。

 

(……ふむ。まぁ倒す分には問題ないわね。

 ランポス相手には、ひたすら“駆け寄って突く“のみ。

 ステップの不慣れなんて気にする必要もないわ)

 

 倒しては、武器をしまって走る。

 また倒しては、再び武器しまって走る。

 いつもと違いノロノロとした動作ではあるが、確実に一匹づつランポスを仕留めていく虫棍さん(槍)

 今遠くの方では、果敢にドスランポスに挑む坊やの姿。そして「ふぎゃー!」なんて言いながらランポス相手に四苦八苦している乙女の姿が見える。

 何かありそうなら粉塵を使いましょうと、慣れない武器を握っているとはいえ、十分に周りを見渡す余裕をもつ事が出来ていた。

 

『オゥオゥオゥ!』と、今ドスランポスが手下に指示を送っているのが見えた。

 新たにこの場へと現れる大勢のランポスたち。そしてヤツらが連携らしき物を取り始めたのを感じる。

 

(いつも思うけど、それってただの“攻撃チャンス“なのよね。

 私なら即乗りを狙うし、坊やにとっては、ただのスタン獲りのチャンスよ)

 

 おバカなドスランポスさん、なんて事を思いつつ、ひたすら手下の数を減らすべく突きを繰り出す虫棍(槍)の彼女。

 いま乙女が「もがー!」とか叫んでいたが、もう知った事か。

 さっさとこの場を納めてしまおうと、彼女は奮闘する。

 

「 !? 」

 

 その時、彼女の側面からランポスの一撃。

 見えない角度から来たそれを喰らい、一瞬彼女の足が止まる。

 

(ぐっ! 痛かないけど、身体がぐらつくっ。

 こんなクソ重たい、バランスの取りずらい武器握ってるからっ!)

 

 落ち着いて態勢を立て直し、向き直ってランポスを一突き。しかしその突きはヒラリと躱される。

 

(ウロチョロしてんじゃないわよ! あぁもう面倒くさいったら!)

 

 ヤツを攻撃できる距離まで行こうと、ノシノシと近寄っていく彼女。しかし縦横無尽に駆け回るランポス。

 ヤツの方が、はるかに“足が速い“。

 

「 !?!? 」

 

 ヤツに気を取られているうち、背後から衝撃を受ける彼女。

 別のランポスの攻撃が、彼女の背後を捉えた。

 

「うっとぉしいってのよ! もうっ!!」

 

 振り向きざまに、おもいきりランスを薙ぐ。

 だがランスの主体はあくまで“突き“。怯ませる事は出来ようが、横薙ぎなどではランポス程度も打ち倒す事が出来ない。

 

(……当たらない。あせっちゃって全然突きが当てられないっ。

 線ではなく“点“での攻撃が、こんなにも当てにくいだなんてっ!!)

 

 一匹をノロノロと追いかけていれば、その側面から別のランポスに襲われる。何事かと視線をソイツやれば、今度はまた別のランポスに背後を殴られる。

 まるで自分の買ってもらったボールを取り返そうと、それでキャッチボールをする悪ガキたちの間を行ったり来たりしているイジメられっ子のように。物凄い屈辱感だ。

 

 それもこれも、この“点“でしか攻撃が出来ないランスのせいだ。いくらリーチが長くったって、動き回る相手に対してはまったく当てられない。

 そしてこの鈍重な身体。ランスと大盾の重さによって、ノロノロとした動き。

 ……一匹なら良い。なんの問題もない。……だが複数に囲まれてしまえば、何もする事が出来ないッ! 良いように囲まれて嬲られるだけだ!

 いつもみたいに軽快に走りたい! 思いっきり獲物を振り回したいっ! そんな衝動にかられて仕方ない!

 

「舐めてんじゃ……ないわよぉーーーッッ!!!!」

 

 盾を構え、槍を突き出したまま“突進“する。

 2匹ほどのランポスを正に突き飛ばしながら、囲まれていたこの状況から脱出する!

 

(ははっ! ガンランスとは違うんですよっ、ガンランスとは!!

 って、あら? ……ご、ごめんなさいガンサーさん!!

 おもいっきり跳ねちゃった!?!?)

 

 そしてそのまま、たまたま進行方向にいた乙女を〈ドゴーン!〉と跳ねてしまう虫棍さん(槍)

 乙女が情けなくゴロゴロと転がって行く、その姿を見送る。

 

 思わず罵ってしまった事と、おもいっきり突き飛ばしてしまった事、その両方を後で詫びようと心に誓う。ぜひ一杯おごらせて頂きたく思います。

 あぁこれじゃあ、ガンサーが迷惑者だなんて、とても言えやしない!

 

(盾持ち職って、こんなに戦いにくいの!?

 ……違う、“得手不得手“があるんだ。

 大型に対しては強くても、素早い小型の群れに立ち回るのは至難だ!)

 

 ここに来る前、ガンサーの乙女が「ファンゴに泣かされていた」と聞いた。

 そして坊やは「おねぇさんはドスランポスがきらいなんだって」とも。

 今ならそれが、少しは理解できる気がする。

 いくら苦手とはいえ、乙女とてヤツらにやられてしまうワケではないのだ。

 勝つだけなら、倒すだけならいくらでも出来る。ただ“苦手“なのだ。

 

 以前ガムートを“退屈な相手だ“と言うガンナーを、見た事がある。

 また同じガムートを“悪魔みたいなヤツだ“と言っている近接使いを、見た事がある。

 

 己が握っている武器と、相手との“相性“。

 今まで己の武器を極めようと、ひたすら虫棍ばかり握っていた自分には、考えもしなかった事。

 ただ自分にとって強いか弱いかだけで、モンスターを語ってしまっていた。

 

 まさかこんなにも、握る武器によって違いがあるだなんて――――

 今の私にとって、レイアよりドスランポスの方が、よっぽど強い!!!!

 

 あぁ……。たった今、ガードをめくられた。

 盾を構えていたにも関わらず、側面ぎみに来たランポスの攻撃がガードを貫通した!

 

 このバカみたいに取り回しのしずらい、重く大きな盾を見て、思う。

 これは“鎖“だと。私をここに縛り付ける為の。

 

 もしかしたらこれは、竜から身を守る為の物ではなく……。

 竜から逃げ出せなくする為に科せられた、重りなのかもしれない。

 

 ――――逃げる事無く、恐怖に屈する事無く、戦え。

 

 これはそんな、狩人を地面に縛り付ける為の、鎖。

 

 

 

 その後、もう必死こいて立ち回り、なんとか彼女が目の前の敵を掃討し終わった頃……。

 ランスでこうなら、ガンスっていったいどうなってんのよと、そんな事を考える余裕がようやく得られた時。

 突然その場に、あの少年の声が響き渡った。

 

 

「あ! あの子また来たよおねぇさん! どうしよっか?」

 

 

 数多のランポスの死骸。剥ぎ取り中だったドスランポスの匂い。それに釣られてやって来たのかどうかは分からない。

 

 しかし今、皆がいるこの場に、突然巨大な獣竜種“ディノバルド“の姿が現れた。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「 !?!?!? 」

 

 思わず絶句する操虫棍の彼女。

 なぜここにディノバルドが!? これはドスランのクエでは無かったか!?

 そもその“下位クエスト“であるこの狩猟場に、そうそう乱入などあるワケがない。ギルドはいったい何をやっているのか!?

 

 言葉を失い、立ちすくむ彼女。

 いくら自分が上位ハンターとはいえ、今握っているのはこの頼りないランス。

 ファンゴのフェイスが憎い感じの、切れ味“黄色クラス“の無強化だ! おまけに私はバックステップすらまともに出来やしない!

 

 それに彼女は今、実は普段と違う防具を装備していたのだ。

 見栄を張るワケじゃないけれど、せっかくランスを握るのだしと、せめてガード性能かランナーあたりの付く防具をと思った。

 そしてBOXにあまっていた素材で下位防具を制作し、それを装備して来ていたのだ。 なまじハンターとしてランスの知識があった為、普段来ている上位クラスの装備を放棄。耐久力などまったくない下位防具を着て来てしまった。

 たかがドスラン、たかが下位クエストと、そう高を括って。

 

 足が震える。

 過去に仲間たちと共に何度も討伐してきたハズの相手が、ディノバルドが、今とても大きく感じる。

 この私のランスで、アイツと戦う事が出来るのか……?

 目を見開き、歯を食いしばって。彼女は久しぶりとも言える“絶望感“を味わっていた。

 

「――――あぁ、またか。

 ヤツも懲りないものだな、まったく」

 

 何気なく、まるでタオルを肩にかけ、お風呂にでも行くような足取りで。

 ガンランスの乙女が前に出る。

 操虫棍の彼女を、通り過ぎるようにして――――

 

「あっ……貴方なにしてるのっ!?

 逃げなさいガンサーさんッ! はやく坊やを連れて逃げてッ!!」

 

 そう背中に向かって声を上げるも、未だその足はすくんで動かない。

 あのディノの大きな尻尾の刃に、胴体を薙ぎ払われる――――そんな最悪の光景が脳裏に浮かび、絶望の表情が浮かぶ。

 

 それに対して骨銃槍Lv2を担いだ乙女は、スタスタとディノに向かって歩いて行く。

 切れ味レベル黄色の、駆け出しが使うようなガンランスを持って。

 

「あぁ大丈夫。()()()()()()()()()()

 ドスランポスのクエだというのに、毎回アイツはここに現れる。

 ……そういえば前回は来なかったが、お昼寝でもしていたのだろうか?」

 

「もうこないかなって、おもってたけど、まだまだディノさんはいたんだね。

 ここらへんにディノバルドの群れでも、きてるのかな?」

 

 そんな事をのほほんと話す二人。それを見て驚愕の表情を浮かべる彼女。

 いつも来てた? 何度も?

 この二人はドスランの素材集めで、いつもディノと戦ってた!?!?

 

「この銃槍ではヤツに刃が通らないし、手が痛くなるから嫌なのだが……、

 まぁ来てしまった物は仕方がない。

 コイツを倒せば“8頭目“だプリティ。きっとディノの防具が作れるぞ」

 

「ぼくまだ、そのお金ないかも……。

 クックのよろいもまだピカピカだし、しばらくはこれを着てたいの。

 だっておねぇさんに作ってもらったよろいだもん」

 

 

………………………………………………

 

 

 舞のようだと――――――彼女は思った。

 

 二人の奏でる、戦いのリズム。

 その美しい旋律に、彼女は見とれてしまっていた。

 

「――――よしきた! よしきた! よ~~し、きたっ!!」

 

 ブシドー。

 これはブシドースタイルのジャストガードという物だ。

 ディノの小刻みで、多彩な攻撃。“その全て“を、すべからく乙女が弾き返していく。

 

 そして、その度に跳ね上げられる、乙女のガンランス。

 ブシドーガンランサーの使う、いわゆるカウンターの切り上げ。 

 ガンサーの持つ、数少ない“弾かれ無効“を持つ斬撃。それがディノの身体にブチ当たる度、固い音と共に、火花を散らす。

 

 攻撃は“通ってはいないのだ“。

 切れ味の悪すぎるそのガンスでは、ディノの身体を切り裂く事は出来ない。

 だが乙女は、ただひたすらに攻撃を弾き、その度にカウンターを入れる。

 かまうものかとばかりに、ひたすらガンスで叩き続ける。その度にディノの身体から火花が散った。

 ――――絶え間なく、連続して。

 ――――――まるでリズムを刻んでいくように。

 

「こなくそ! こなくそ! こーなくそ!!」

 

 ……もう何分間、これが続いている?

 ただひたすら乙女がカウンターを決め続ける、この光景は。

 

 まるで曲芸だ。

 ありとあらゆる攻撃を、次々に乙女は弾き返していく。そして切り上げ、切り上げ! 切り上げ……!

 その度にディノの身体から火花が散り、バキバキに鱗が割れ……、やがてその胴体から、真っ赤な血が噴き出し始めた。

 

『今世界の中心は、間違いなくガンランサー()

 

 乙女の様子がおかしい……。

 なにやらキリッとした表情をし、意味の分からない言葉を呟き始めている。

 

 それもそのはず。だって彼女はいま「絶好調!」なのだ。

 だってその心と体には――――だいすきな男の子の奏でる“旋律効果“が乗っかっているのだから。

 

「~♪ ~~♪♪♪」

 

 ディノの突進をヒラリと躱し、男の子が笛を奏で続ける。

 目を瞑り、音を感じながら、その身体は優雅に狩場を舞い続ける。

 攻撃があたる素振りなど、微塵も感じる事が出来ない――――

 

『燦めきこそオレの魂の火花。オレの生存理由』

 

 そしてディノの頭に、乙女の踏み込み切り上げが炸裂。

 まるで「メッ!」とでも言わんばかりに、浮気をするなとばかりに顎を的確に跳ね上げ、無理やりこちらを向かせる。

 

『俺を称えたい? このガンランスに跪け』

 

 もう彼女には、乙女が何を言っているのか理解も出来ない。

 ただ乙女が嬉しそうに、ほんとうに幸せそうに戦っている事が、見て取れる。

 

『変化など恐れぬ。ガンスには歴史を創る権利がある』

 

『筋肉と知性の絶え間ない会話が、ガンスを解き放つ』

 

『聞こえるぜ、アンタの本能が“ガンスを握りたい“って』

 

 切り上げ、叩きつけ、演奏攻撃、スタン、ブラストダッシュ。

 優雅に男の子が舞い、乙女が酔いしれる――――

 

 その美しい二人の輪舞に。

 彼女はただただ、心を奪われてしまって……。

 

 

『――――知ってたか? ガンランスは堕天使の象徴なんだぜ』

 

 

 ディノの身体が、倒れ伏した後も。

 しばらくその場から、動けずにいた。

 

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 

 

「さぁどうじゃ! 新入荷の片手剣じゃ!!

 それともこちらのハンマーが良いかの!? ヘイラッシェーーーッッ!!」

 

 次の日、虫棍の彼女がまた何気なしに加工屋を覗きに来た時。

 そこには声を張り上げる加工屋のオヤジと、ビクビク狼狽える乙女たちの姿があった。

 

「ち、違うのだオヤジどの!

 私はただ……この骨銃槍Lv2を、骨銃槍Lv3に!!」

 

「うるさい黙れホーリーシットッ!!!!

 ほらっ、ちょっと持ってみんかいブタ娘ッ! ガンスなんぞ捨てて!!

 世の中こんなにもえぇ武器が沢山あるんじゃ!

 さぁ有り金を出せこの腐れガンランサーが!!

 ヘィラッシェェエエ----ッッ!!!!」

 

 どうやら乙女のガンス狂いに業を煮やしたオヤジ殿が、なんとか他の武器を握らせようと必死に頑張っているのが見て取れる。先日の復讐か。

 その光景をみて、なにやら頭痛のしてくる心地の虫棍さん。

 

「ほら坊主も何か言ってやらんか! 坊主っ!

 いつまでもガンスなんぞ握っとるんじゃないとっ!

 お前はもっと羽ばたけるんじゃと! イン ザ スカイじゃと!!」

 

「でもオヤジさん?

 ガンランスつかってる時のおねぇさんって、すごくカッコいいんだよ?」

 

「お主がそんな事じゃからぁぁああーーーッ!!

 このバカ娘はぁぁぁあああーーーーッッ!!!!」

 

 

 やがてなんやかんやあり、乙女と坊やが「ばんざーい!」と勝利の凱歌を上げている所を見届けた後……、虫棍の女性は踵を返していった。

 

 仕方ないから相棒でも捕まえて、飲んで時間潰そ。

 

 ポケットに入れていた、乙女のギルドカード。

 それをふと取り出し、空にかざしてみた。

 

 

 

「ソロモン……は無しよね、流石に」

 

 

 

 



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迷うな! 悩むな! ガンスという正解だけを見ろ!!

 

 

 朝、ガンランスの乙女は、自室にて優雅なひと時を過ごしていた。

 

 ゆっくり朝風呂に入り、髪を乾かし、そして身支度を整え終わった今は、ソファーに座り朝食を頂いている最中だ。

 テーブルにはパンの積まれたバスケット、ソーセージや目玉焼きの乗ったお皿、サラダボール。そして温かな湯気の立つコーヒーカップが並ぶ。

 窓からは柔らかな朝の光が差し込み、外から小鳥のさえずりなんかも聞こえてくる。

 うむ、まさに至福のひと時だ。

 

 彼女はG級ハンターだという事で、実は結構なクラスのお金持ちである。しかしその生活風景は、とても質素だといえる物。

 部屋に豪華な調度品は無く、高価な絨毯もシャンデリアも無い。家具はすべて質実剛健といった風なシンプルな物ばかり。

 しかしながら部屋はいつも綺麗に掃除されており、どの家具も丁寧に扱われているのが見て取れる、温かみを感じさせる物ばかりだ。

 まさに“足るを知る“と言ったような、乙女の人柄がよく表れた自室であった。

 

 そんなやすらぎの中で、乙女は朝の時間を過ごしていく。

 その朝の光に照らされた美しい姿は、見る者が見れば「まるで絵画のようだ」と感じる事だろう。

 キラキラと輝く、長いブロンドの髪。

 女性らしさ溢れる、豊かな胸。

 質素だが、綺麗な白いドレス。

 そして柔らかな表情と、美しい指先。

 母性を感じさせる、おしとやかな雰囲気――――

 そのどれもが世の男性たちを魅了してやまない、そんな魅力に満ち溢れていた。

 

 まだ男の子が迎えに来てくれるいつもの時間までは、少し間がある。それまではこうして落ち着いた時を過ごし、英気を養おう。

 今日はあの子とどんなクエストに行こうか? 何を一緒に食べに行こうか?

 そんな事を想いながら乙女はコーヒーカップを傾け、そしてテーブルに置かれていた新聞をなにげなく手に取り、目を通してみる。

 

 

【このたび政府は、国会で“ガンランサー税“の導入を、閣議決定した。】

 

 

 ――――ブフゥ!! と、思わずコーヒーを吹き出す乙女。

 大切なテーブルが乙女色に染まってしまったが、今はそれどころじゃ無い。

 驚愕に目を見開き、ガタガタと震える手で新聞紙を持ち、まじまじと読み進めていく。

 

【このガンランサー税の導入は、昨今の“ガンランサー撲滅“、“この国にガンサーは不要だ“という風潮が形として表れた物で、ガンサーの存在自体が迷惑だとする全国民、全ハンター達の強い要望により、以前より検討されていた。】

 

【首相はこの法案成立について『近年のガンランサーたちが与える周囲への被害、また悪影響を鑑みて、この度法案を正式決定する運びとなった。

 これを新たな一歩とし、20××年までの全ガンランサーの撲滅、ガンランス廃止を目指し、ひとりでも多くの国民がガンランスの被害に苦しむ事が無くなるよう、今後も意欲的に案を講じていきたい』と語った。】

 

 …………まだだ、まだ慌てる時間じゃない。

 そう自分に言い聞かせ、もう半分白目を剥きながら、文字を凝視していく乙女。

 

【これに対して市民たちの声は『今までガンスには散々迷惑を被ってきた。法案成立は嬉しい』

『ひとりでも多くの若者がガンサーを止めていくよう、今後も手を尽くして欲しい』

『ガンランスという悪夢から、世界を開放したい』という物が多く、法案成立を歓迎する声が多数。】

 

【中にはガンス用砲弾の有料化や、飲食店などでの“禁ガンス席“の導入、そしていわゆるハッピートリガー的な非常識かつ無知蒙昧なガンサーに対しての強い刑罰を求める声も、数多く上がっている。】

 

【世論調査の結果、この度の法案成立に賛成だと答える国民の数が、実に98.5%にものぼる事が分かった。】

 

【現在市場では、ガンランスを止めたい人達に対しての“槍の先から煙の出るランス“や、ボタンを押せば疑似的な砲撃音の鳴るランス、電池を入れると先っぽがピカピカ光るランスなどの商品が発売されており、ガンランスの強い中毒性を緩和しつつ、無理なくガンランスを止めていけるよう支援する事を目的とした商品が、多数開発されている。】

 

 

 ――――――世界が私を、すり潰そうとしている!!!!

 

 ガッシャンと机をひっくり返し、思わずその場から立ち上がる乙女。

 

 あぁプリティ、プリティ。 みんなが私を(さいな)むよ。

 プリティ、プリティ。 私を助けて。

 

 そんな心の(うた)を呟きつつ、乙女はガン泣きしながら家を飛び出し、少年のもとへと走って行った。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「さぶうぇぽん?」

 

 毎度おなじみ集会所の酒場。

 現在、可愛らしく小首を傾げる男の子を始めとし、乙女、チャアク、虫棍の4人が席に着いて談笑をしていた。

 

「そうだ。今プリティは狩猟笛を得意としているが、

 それとは別に、何かもうひとつ使える武器を持っておく、という事だ。

 いわゆる“第二の武器“だな」

 

 乙女は上品な仕草でお酒を飲みながら説明をする。リモホロ・ミックスグリルをはぐはぐと元気よく頬張る少年の口元を、たまに拭いてあげたりしながら。

 

「俺で言やぁ、たまにライトを握るぜ。

 相棒に関しては虫棍一筋だが……、まぁいくつか使えると便利だぞ、って話だ」

 

 そしてひたすら酒ばかり飲んでいるチャアクの男。その隣では虫棍さんがサラダをモシャモシャ食べている。

 

「ひとつだけじゃ、ダメなの?」

 

「ダメじゃないわよ、もちろん。

 ただ武器という物にも様々な特徴があって、長所と短所があるわ。

 どうしても、“出来る事と出来ない事“っていうのがあるからね」

 

「たとえば坊主が使ってんのが、狩猟笛っていう“打撃武器“だ。

 しかしこの先『尻尾の素材が欲しい』って時が出てきた時に、

 握ってんのが打撃武器じゃ、切れねぇもんで手に入りづれぇ事がある。

 それにいくら狩猟笛が良い武器でも、どうしても笛だと戦いずれぇとか、

 苦手だと感じる相手だって出てくるかもしんねぇ。

 例をあげればグラビとか、ディアとかは打撃武器の天敵だぜ?

 肉質で言やぁ、フルフルなんかもそうさ。

 そういう時の為にも、もう一種類ぐれぇは使えるようにしとくモンなんだよ」

 

 男の子は新人ながら、もう十分に笛を使いこなしているように見える。二人の目から見てもだ。

 加えて男の子には乙女という頼れるパートナーがいて、つい最近もHRが2になったばかり。

 そろそろ狩りという物にも慣れ、余裕が出てきた頃合いだと判断し、このサブウェポンの話題が上がったのだ。

 

「別に必ずいるってモンじゃねぇし、

 相棒みてぇに一つの武器を極めてくのも、立派な道だ。

 だが俺的な考えで言やぁ、仲間の握ってる武器の特色を考え、必要な武器を選ぶ。

 そんでPTのそれぞれが“自分の役割“ってのをしっかり考えて戦うってのも、

 良いもんだと思うぜ」

 

「この人で言えば、火力担当であると同時に“尻尾切り担当“ね。

 チャアクの長いリーチを活かして尻尾や翼をザックリ! 素材をゲットよ♪

 操虫棍の私で言えば、とにかく“チャンスメイク“ね。

 乗りを狙い、モンスターをダウンさせて、みんなの攻撃チャンスを作る。

 坊やの狩猟笛が旋律効果でのサポートや、スタンを獲れる武器であるように、

 武器にはそれぞれの役割があるの」

 

 そんな風にパーティ全員が自分の役割を考え、各々がしっかりと果たしていけば、狩りはきっと上手くいく。

 そしてなにより“楽しい“。

 みんなで協力して戦う狩りの喜びは、何事にも代えがたい物なんだ。そう二人は男の子に語る。

 

「だから坊主も、余裕が出てきたら他の武器も試してみるといい。

 色々な武器を使えば、仲間の使ってる武器の特色も学べる。

 出来る事、出来ねぇ事、それが頭に入ってりゃ連携も取りやすくなるしな」

 

「坊やだったら何が良いかしらね?

 普段は笛だし、しっかりした洞察力もあるから、

 きっと動きを先読みしたり、誘導して戦うのが得意なんだと思うわ。

 だったら私的には大剣がお勧めかな?

 足回りも早い武器だし、君ならきっとモンスの動きを予測して、

 そこに溜め斬りを入れる事だって出来るでしょう。

 なにより彼女のガンランスは、尻尾の切りづらい武器だしね。

 もし尻尾の切断が必要になった時も、大剣を使えば楽に攻撃が届くわ♪」

 

 フムフムと愛らしく頷く男の子と共に、和気あいあいと盛り上がっている三人。

 そんな中、みょ~に視線を逸らしつつ、この場でただひとり会話に参加していない人物の姿があった。

 

「あっ、おねぇさんはガンランスのほかに、

 どんな“さぶうぇぽん“をつかってるのっ?」

 

「 !? 」

 

 男の子の無邪気な笑顔が、乙女の胸を貫く。

 さりげなくアサシンのように気配を消し、こちらに話が来ないように神に祈っていたのだが、そうは問屋が卸さなかった。

 男の子の満面の笑みに照らされ、乙女がモゴモゴと歯切れ悪くしゃべり出す。ダラダラと汗を流しつつも。

 

「わ……私のメインウェポンは“愛“で、

 尻尾が欲しいと思った時は“根性“、

 そして早さや攻撃範囲が欲しいと思った時には“我慢“というサブウェポンを」

 

「それウェポンじゃねぇよ。気持ち的なヤツだよ」

 

 ガンス愛だけで、とりあえず何とかしてきました。私のアイテムBOXにはガンスとファンゴグッズしか入ってません。乙女はそう語る。

 

「ちょこまかと素早い相手、複数の相手と戦う時は、

 いつも泣きながらやっていました。

 この間のドドブランゴの緊急クエも、

 プリティが励ましてくれなかったら心が折れていた」

 

「貴方ホントにG級? 夢の無いこと言わないでよ」

 

 チャアク、虫棍の両名にツッコまれ、白目になる乙女。

 ガンスが対応力、そして柔軟性のある武器だというのは聞いているし、グラビだろうがアグナコトルだろうがガンスに殴れない物は無い。

 今まで苦労をする事はあれど、それでも全部なんとかなっちゃったんだろうというのは大体察しが付く。

 なんだかんだ言いつつも、乙女のガンス愛は大したモンではある。

 

「じゃあね? ガンランスの“やくわり“ってなにかな?

 片手剣はぞくせい武器で、状態異常をとったりするよね。

 ハンマーさんはぼくとおんなじで、スタンをとれるもん。

 ガンナーの人たちは、ぼくらじゃとどかない場所をこうげきできるよね。

 おねぇさんの、ガンランサーのやくわりって、どんな事かな?」

 

 今度こそ――――乙女は硬直した。

 石となり、ピクリとも動かず、ただただ絶句している。

 その様子を、三人が黙って見つめる。

 

「………………………あ、ありません」(小声)

 

「「「 え? 」」」

 

 まるで小人がささやくような小声で、乙女がボソリと呟く。

 三人は思わず声を重ねながらも、ジッと辛抱強く次の言葉を待つ。

 

「……ガンランサーに、PTでの役割はありません。

 生き残る事…………絶対に乙らない事だけです」

 

 えっ、それってみんなそうなんじゃ?

 思わずそんな事を言いそうになる三人だが、ようは乙女は「そんな事くらいしか無い」と言っているのだ。

 

「ハンマー様が頭を狙っていれば、私はスィスィと別の所に行こう。

 翼や足を斬りたいお方がいれば、私はまた他の場所を探そう。

 攻撃チャンス時、皆さまが弱点部位めがけて殺到していく中で、

 私はただひたすらに空いている箇所をチマチマ殴ります。

 しいて言うなら、“皆さまに需要のない部分を、細々と飯のタネにしていく“。

 そんな隙間産業で生きております」

 

 属性武器を握っても、手数が中途半端なので麻痺とかあまり取れません。

 同じく手数が中途半端なので、ガンナーさん達の囮にもなれません。

 斬撃武器ですけど、ダウン中くらいしか上手く尻尾を斬れません。

 砲撃で部位破壊とか出来ますけれど、PTなら皆で爆弾置いた方が早くて安全です。

 武器しまうのがおっそいですので、道具とか使う支援にも向いてません。

 ソロ狩り時とは違い、PT時にモンスターは常にそこら中を走り回っておりますので、追いかける足がないガンサーはあまり火力にも貢献できません。

 皆さまを吹き飛ばしてしまう恐れが御座いますので、攻撃チャンス時にもガンスにとっての最高火力であるフルバーストを絡めた連携は使えません。

 我々に出来るのは必死こいてガードを固め、絶対に乙らないようにする事。

 もしくは普通みなさまの殴らない、そんな食べ残しのような部位をブヒブヒと頑張って叩く事のみです。

 仲間から見てガンランサーは「勝手に戦っとけ」みたいなポジションです。大変申し訳ございません。

 …………そう言って、深く深く(こうべ)を垂れる乙女。

 

「……ど、どんまいだよおねぇさん!」

 

「……て、手の届かねぇ所をやれるって事じゃねぇか! 自信持てよ!」

 

「……な、なんか粘土みたいよね!? 隙間を埋める大事な役目! みたいなっ!」

 

 お詫び申し上げます、お詫び申し上げます。

 どれだけ皆がフォローし続けても、乙女はしばらくの間、(こうべ)を上げる事は無かった。ひたすら「あいすいません」的な事を呟き続けるばかり。

 役目があり、また需要のある武器を握る三人の言葉は、なかなか届かない。

 ガンサーはスパアマも無い為、すごく打たれ弱いのだった。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「オーケー! ナイスだぞプリティ!

 その調子で尻尾を狙っていけー!」

 

 そして場所は移り、ここは“森丘“の狩場。

 現在男の子は新しく作ってみたアイアンソードを握り、大人たち三人と共にレイアを狩りに来ていた。

 

「おーしいいよいいよー! ナイス乗り攻撃!

 ガンガン飛び乗っていこー操虫棍さん! いけるよいけるよー!」

 

「ここ大事な所だぞー髭モジャー! しっかり動き見てー!

 落ち着いて部位破壊していこー! いいよいいよー! 時間使ってけー!」

 

 男の子が尻尾切りを担当し、虫棍さんが乗りを狙い、チャアク(髭モジャ)が翼や頭などの部位破壊を担う。

 それぞれが自分の役目を意識して戦い、狩場を躍動する。

 

「さーエリア移動したよー! みんな追いかけてこー!

 レイアは次6番に行ったよー! 今のうちにしっかり武器研いでねー!」

 

「「「………………」」」

 

 そんな中、常にひとりだけ大声を上げている乙女。

 皆がイソイソと砥石を使う中、ひたすら元気な声で、皆を鼓舞し続けている。

 

「……あの、おねぇさん?」

 

「おっ、なんだプリティ? 砥石が無くなったのか?

 それとも閃光玉がいるか? いまのうちにいくつか渡しておこ……」

 

「なんでさっきからしゃべり倒してんだよオメェ。うるせぇよ」

 

「 !?!? 」

 

「……ちょっと、うるさくて集中しずらいかもしれないわ。

 元気があるのは、すごく良いとは思うのだけれど……」

 

〈ガーン!〉みたいな顔をする乙女を、問い詰めていく三人。

 このクエストが始まった途端、なぜか乙女が普段の引っ込み思案な性格をかなぐり捨てて、みんなに声援を送り続けていたのだ。

 

「……こ、“声出し“を」

 

「ん?」

 

「私なりに考えてはみたのだが、やはりガンサー固有の役割というものは、

 なかなか思いつかなかった。

 ……ならばせめて、声を出そうかと。

 みんなとは違い、盾を構えてのそのそと歩いている事の多いガンランサー。

 そんな私が出来る事、それは皆を鼓舞する“声出し“なのではないかと」

 

 顔を真っ赤に染め、モジモジと身体をくねらせる乙女。

 どうやら慣れない大声を出すのは大変恥ずかしかったようで、シャイな乙女がだいぶ無理をしていた様子が見て取れる。

 

「これからガンランサーは、声を出していく事を推奨していこうと思う。

 笛のような旋律効果は無いが、

 狩人たちのハンティングライフを応援出来たら幸いだ」

 

「……いや、いんのかなソレ。

 俺的にはもう、“黙って戦え“って感じなんだけどよ」

 

 有り体に言えば、「お前は何やってんだ」って事である。

 ガヤにまわるのではなく、お前も殴らんかいと言われること必至だ。

 

「司令塔みたいな人物は、いても良いとは思うけれどね……。

 でも貴方がやってるそれって“応援“よね?

 スポーツじゃないんだし、私は静かに狩りがしたいかな~……?」

 

「そっ、そんなっ!?!?」

 

「もういいから、黙って殴れよ。アンタも貴重な戦力だってんだよ」

 

 その後男の子は、初めて使った大剣ながら、見事レイアの尻尾切断に成功。みんなから称賛を受ける。

 四人での狩りは充実した物だったし、レイアの素材も無事に手に入れる事が出来た。それはすごく喜ばしい事ではあったのだが……。

 

「なんだ、ガンスの役目とは……。

 私はいったい、狩場で何をすればいいのだ……」

 

 帰りの馬車においても、ウンウンと悩み続けている乙女。

 そんな彼女の苦悩している姿を、男の子がずっと見つめていた。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「アイテムBOXの前で、新しく作ったガンスを眺めてニヤニヤする作業。

 ……これがガンランサーの仕事と言えば仕事だ。しかし……」

 

 狩場から無事に帰還し、今は集会所からの帰り道。

 乙女と男の子の二人は、自宅までの道を仲良く並んで歩いていた。

 

 男の子がじっと顔を見つめているも、乙女は今、自分の世界の中から中々出てこない。

 私に出来る事は何だ? どうしたらプリティの役に立てる?

 まるで役に立てなければ、男の子の傍にいる事が出来ないのだと、そう言わんばかりの深刻さで乙女は悩み続ける。

 そんな彼女の顔を、並んで歩きながらじっと見つめている男の子。その表情には何の感情の色もなく、ただただ子供らしい純粋さで彼女を見つめているように思えた。

 

「ねぇ、おねぇさん?」

 

「……ん゛っ!? な、なんだ? プリティ」

 

「今日ぼく大剣をつかってみたけどね?

 おねぇさんは、どうおもった?」

 

 男の子に話しかけられ、唐突に意識をこの場に戻される乙女。

 せっかくふたりでいるのに、自分の世界にばかり入っているのは、本当はとても失礼な事だ。だけど少年は少しも気にした様子はなく、ただフラットな声で乙女に問いかける。

 

「あ、あぁ! よかったぞプリティ。

 得物の重さに振り回される事なく、しっかりと剣を振れていた。

 それに尻尾の切断もばっちりだ。大剣のすべき役割を、きちんと果たせていたよ」

 

「そっか、よかった。

 初めてだったから、すこし不安だったの」

 

 乙女は急いで取り繕いながらも、心からの称賛を少年に贈る。

 凄かった、上手だったと、今日の少年の活躍を喜ぶように。

 それに対して、少年は薄く笑顔を浮かべる。乙女に褒めてもらえたのは嬉しいのだろうが、あまり喜んではいないように感じる。

 

「どうしたんだ、プリティ? 今日の狩りはよかったぞ?

 これならば今後、大剣を使っていく事だって……」

 

「――――ぼくが大剣をつかえば、おねぇさんはうれしい?」

 

 唐突に、少年が真剣な瞳を見せた。

 乙女の目を真っすぐに見つめ、まるで心の中の全てを見透かすようにして。

 怖い。そう感じてしまうまでの、純粋無垢な瞳で。

 

「ぼくが大剣でしっぽを切れれば、

 はやい足でモンスターを追いかけられれば、おねぇさんはうれしい?」

 

「――――」

 

「大剣じゃなくてもいい。片手剣でマヒをとれれば、

 ライトボウガンで遠くからこうげきができれば、

 操虫棍でモンスターにのれれば――――おねぇさんはよろこんでくれる?」

 

 言葉が詰まった。

 男の子の目を見た時、何も言葉を返す事が出来なくなった。

 軽い言葉を返す事も、その場しのぎを口にする事も、許されない。

 そんな真剣な雰囲気を感じ取り、乙女は口を開く事が、出来なくなる。

 

「おねぇさんはきっと、なんでもできる」

 

 目を見開き、少し狼狽えた表情を見せる乙女から、少年はそっと視線を外す。

 

「ひとりで、なんでもできるの。

 ひとりでたたかっている時が、いちばんつよいの。

 だからおねぇさんには……、

 きっと大剣の人も片手剣の人も、ボウガンの人もいらない」

 

 感情の見えない、そんな声色。

 ただただ当たり前の事を口にするかのように、男の子は言葉を紡いでいく。

 いつしか二人は足を止め、その場で向かい合っていた。

 

「マヒも、どくも、罠だっていらない。

 乗りだって、たまにできたらいい。それだけで充分たたかえる。

 だってガンランサーは、ソロでちからを発揮する武器だから。

 なかまがいない、ひとりの時の方がつよいから」

 

 やめて――――

 乙女が硬直し、ただ目で訴える中、男の子がハッキリと言葉を告げる。

 

「おねぇさんにはきっと、“だれも必要なんかじゃない“」

 

「 プ、プリティッ!!!! 」

 

 思わず、抱きしめた。

 力いっぱい、なりふり構わず。その言葉を遮るようにして。

 もうやめて、言わないで。

 そんな感情が、乙女の震える身体から伝わってくる。

 

 ターゲットの分散。

 追い足の無さ。

 スーパーアーマーの不所持。

 砲撃、竜撃砲の自重。

 その未使用による、火力減退。ヒートゲージの問題。

 ありとあらゆる意味において、ガンランスは仲間との共闘に“向いていない“。

 

 ガンランスは、弱くなんてないのだ。

 その力は、数多のタイムアタックのレコードが証明している。

 他のどんな武器よりも強い、どんな武器よりも早く竜を倒せる。そんな力を確かに持った武器なのだ。

 

 でもそれは、あくまで“ソロならば“の話。

 思うがままに砲撃をし、ヒートゲージを維持し、竜撃砲を撃ち。竜が自分の方だけを向いてくれるソロ狩りで力を十全に発揮出来ればの話。

 

 ガンランサーは、ひとりで戦える。

 その高い柔軟性と、相手を選ばない攻撃性能で、どんな相手だって倒せる。

 なんだって、ひとりで出来る。

 

 それを知っているからこそ、乙女は口を開く事が出来ない。

 ガンランスを誰よりも知り、誰よりも愛しているからこそ、嘘がつけない。

「そんな事ないよ」と、男の子に言ってあげる事が出来ない。

「君が必要なんだ」と、言ってあげられない。

 

 仲間から見て、だけじゃない。ガンランサーだって、いつも感じているのだ。

「邪魔だ」と。「戦いにくい」と。

「ひとりなら、もっと上手く戦えるのに」と、心の奥底で冷徹な自分が、そう感じている。

 

「ぼく、大剣はつかえなくていいや。

 きっとぼくには、ひつようのない物だから」

 

 その言葉が、胸に突き刺さった。

 乙女には、それが決別の言葉のように聞こえたから。

 抱きしめる腕に、力を込めた。ただそれだけが今、乙女に出来る精一杯の事。

 

「ぼく、やっぱり狩猟笛がすき。

 この武器がいちばん、おねぇさんのちからになれるとおもう――――」

 

 そんな中で、この言葉を聴いた。

 愛想をつかされた。もうきっと傍に居てはくれない。

 そう思い込み、必死で少年に縋りついていた彼女の思考は、真っ白になる。

 

「ぼくがスタンをとれば、尻尾を切りやすくなるよね?

 だからぼく、がんばってスタンをとるよ。おねぇさんに切ってほしいの。

 がんばって笛も吹くよ? ぜったいに効果を切らしたりしない。

 おねぇさんがカッコよくたたかえるように、ぼくがんばって吹くから」

 

 腕を解き、少年の肩を掴む。そして涙をボロボロ流している瞳で、少年の顔を見据えた。

 少年が今、いままで見た事の無いような、優しい表情をしている――――

 

「きっと、“そのための“狩猟笛なんだ。

 おねぇさんがつよく戦えるように、ぼくが遠くで笛を吹く。

 その間おねぇさんは、自由にモンスターを砲撃ができる。ゲージもためられる」

 

「おねぇさんが尻尾を切りやすくなるように、ぼくがスタンをとる。

 そしてぼくらは、こうげき部位が被らない。

 たとえかち合った時だって、ぼくらならすぐに位置を変えられる。

 おたがいがおたがいを、ジャマしてしまう事は、ないよ」

 

「だからおねぇさん……信じてほしいの。

 ぼくはおねぇさんの、力になりたい」

 

 男の子が、そっと乙女の手を握る。

 グシャグシャになった顔、何も考えられなくなった頭。でもそのぬくもりだけは、ハッキリとわかる。

 

「おねぇさん、“砲撃をして欲しいの“。

 ぼくはおねぇさんの……、枷なんかじゃない」

 

「おねぇさんはぼくに当てない。ぼくも決して当たったりなんかしない。

 でも別に当たってもかまわないの。怖くなんてないの。

 おねぇさんがおもいっきり戦えるようにする。

 それがきっと、狩猟笛の“役割“……」

 

 親愛、そして笛使いの誇り――――

 この日、初めて乙女は、男の子の本当の姿を目にする。

 

 

「ガンランスを教えて?

 カッコいいおねぇさんを、もっと見てみたいの」

 

「だからおねぇさん、“ぼくを撃って“。

 ぼくはおねぇさん(ガンランサー)のパートナー。 笛使いのプリティだ――――」

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 ――――きっと、嫌われるのが、怖かったんだと思う。

 

『おい入って来んなよガンランサー! 出て行けよ!』

 

 そして自分の行動が、大好きなガンランスという物を貶めてしまうかもしれない事が、きっと怖かったんだと思う。

 

『ガンサーなんて、ロクなもんじゃねぇな!

 こないだも散々吹き飛ばされてさ? 狩りになりゃしない!』

 

 だったらひとりで狩っていようと思った。

 誰も吹き飛ばさず、迷惑をかけないまま。ずっとひとりで狩っていようと思っていた。

 

『君、今度G級なんだって?

 ソロでオストガロア討伐なんて……、よくやるもんだよまったく』

 

 ガンスを握るのは楽しかったし、狩りだって別に辛くなかった。

 切れ味対策のスキルが手に入るようになってからは、モンスターに背を向けて逃げ、エリア移動をする惨めさも無くなった。

 

『アンタ他の武器も使えるんでしょう? だったらウチのPTに来なよ!

 ガンスなんかやめてスラアクでも握ってさ?』

 

『スカしやがって……。調子乗ってんだよアイツ。

 どうせランクも金渡して上げたんだろ? ガンサーのやりそうなこった』

 

 誰にも頼らず、ひとりで狩り続けるうちに、私のHRの上限は解放された。

 そしてその数字が上がれば上がるほど、周りとの距離もどんどん離れていった。

 

『いらっしゃいお嬢!

 お嬢のガンス整備で、いつも稼がせてもらってますよウチは!』

 

『近辺にディアブロスが現れて困っているんです……。

 高名なガンランサーさまのお力を、お貸し願えませんか……?』

 

『おだてりゃいいんじゃよ、あんなモンは。

 たとえ薄汚いガンランサーだろうが、役に立つウチは使うてやればえぇ』

 

 狩り続け、人々を救い、沢山の愛想笑いに囲まれて、お金だけが貯まる。

 あらかたの義務を果たし、衝動的に龍識船から飛び降り、そして各地の集会所を転々としても、それは決して変わる事は無かった。

 

『なんだアンタ、ガンランサーか?』

 

『誰あの人? ガンス担いでんの? あぁ怖い怖い』

 

 

 強くなれば。

 ガンスが上手になれば。

 みんなの役に立てる力がつけば。

 そうすればいつか私をパーティに誘ってくれる人が、現れるかもしれないと思っていた。

 私のガンランスを、受け入れてくれる人が。

 

 ……いや、必要とされたかったんじゃない、“許して欲しかった“。

 

 私が、ガンスを握る事を。

 私の「ガンスを好きだ」っていうこの気持ちを、どこかの誰かが、許してくれるかもしれない。

 

 がんばれば。みんなの役に立てば。

 強くなれば。“砲撃を撃たなければ“。

 

 そんな事を、ずっと思い描いてたと思う。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 ――――――とんだ馬鹿野郎だ、私は。

 

 

「 あああああぁぁっ!! あああああああぁぁぁっ!!!! 」

 

 

 ――――――“信頼“だったんだ、私に足りなかった物は。

 

 

「 あああああああっ!! あああああああああぁぁっ!!!! 」

 

 

 泣いた。

 いつも泣き虫な私だけど、もう目の前も自分の立っている場所も、分からなくなる位に泣いた。

 そんな私を、プリティは優しく抱きしめてくれた。

 ただ黙って、傍に居てくれた。

 

「 プリティッ!! プリティィィーーッッ!! あああああああああっっ!!!! 」

 

 

 いままで、自分の事ばかり見て、自分の事ばかりを考えて。

 ただガンスが好きだって想いばかりで、目の前にいる人の事をちゃんと見てはいなかった。

 

 だから私はひとりだったんだ。

 だから信頼を築けなかったんだ。

 

「 あああああああああああああぁぁぁぁぁっっ!!!! 」

 

 目の前にいる人を、ちゃんと信じて居なかった。

 嫌われる事ばかりを恐れ、自分を伝えようとはしなかった。

 自分の想いを、好きな物を、ちゃんと相手に伝える事をしなかったんだ。

 

 信じて貰う努力を、しなかった。

 信頼する事を、していなかったんだ。

 ならば自分が信頼される事も、許される事もありはしないのに。

 

 

 ただ、言えばよかったんだ。『ガンランスを握っても良いですか?』と。

 

 伝えればよかったんだ、『ちゃんと気を付けて撃ちます』と。

 そしてもし当ててしまったならば、ちゃんと一言『ごめんなさい』と、素直に謝れば良かったんだ。

 それだけできっと、私を受け入れてくれる人は、きっと居たんだ。

 

 

 許し合う事。

 お互いを尊重し合う事。

 そして、信頼し合う事――――

 私はただ砲撃を撃たず、ただ我慢する事ばかりで、それをしては来なかった。

 

 そんな私の姿を辛いと、そう思ってくれる人だっているのに。

 仲間が辛い想いをしている事を、楽しめないでいる事を“つらい“と感じてくれる人も、ちゃんといるのに。

 

 プリティが“嫌だ“と、そう思ってくれたように。

 私がプリティを大切に想っているように、プリティもまた私の事を、大切に想ってくれているんだ。

 

 だから蔑ろにしてはいけない。ただ我慢して、自分をごまかしていてはいけない。

 

 信頼を築こう、プリティと。

 許し合い、尊重し合い、そして本当の仲間になろう。

 

 それがきっと、パーティなんだ。

 それこそがきっと“共に狩りをする“って、事なんだ――――

 

 

「 あああああぁぁぁ!!!! ああああぁぁっっ!!!! 

  プリティィィぃーーーーッ!!!! ぷりてぃぃぃーーーーーッッ!!!! 」

 

 

 なんでこんな子が、私と居てくれるんだろう。

 なんでこんなにも良い子が、私のもとに来てくれたんだろう――――

 

 そう思えば思う程、涙が止まらなくなる。

 嗚咽を抑える事も、ご近所様を気遣う事も出来なくなる。

 

「 あああああああっっ!!!! あああああああぁぁぁっっ!!!! 」

 

 もういいや、泣こう。

 そして後で、いくらでも怒られよう。

 

 またガンランサーが迷惑を……と。

 これだからガンランサーは……と、言われてしまうかもしれないけれど……。

 

 でも、もういい。 私にはプリティがいるから、それでいい。

 

 ぼくを撃って――――そんな言葉を言ってくれる人。

 この男の子に出会えた幸せにくらべたら、別に怒られるくらい、いったい何だというのか。

 

 

 …………でもプリティ、分かってるのかな?

 大丈夫なのかな~と、私はちょっと不安になる。

 

 ガンランサーに対し、「ぼくを撃って」

 これがもうガンサーにとって、ホントとんでもない位の“殺し文句“なんだって。彼はちゃんと分かって言っていたのだろうか?

 

 

 ……きっと私、もう二度とプリティから離れられなくなってる(・・・・・・・・・・・・・・・・)と思うんだけれども。

 

 そこの所、君はどう思うんだぃ? プリティよ。

 

 

 



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軽く番外編なのは、ガンランスが無敵すぎるからだ。

 

 

 世界名作劇場、【ガンス売りの少女】

 

 

 

 ――――その日は、とても寒い夜でした。

 

「ガンスいりませんか……? ガンランスいりませんか……?」

 

 雪は降り、辺りはもう真っ暗。そんな大晦日の夜の街角に、ひとりの哀れな乙女が立っておりました。

 

「ガンス買ってください……。アイアンガンランスです。

 切れ味レベル黄色の、砲撃タイプは“通常Lv1“です。

 ガンスいりませんか……?」

 

 そう通行人たちに声をかけるも、なしのつぶて。

 誰一人として乙女の為に足を止める者はいません。

 

「装弾数5発、攻撃力は70。 大きな盾もついてきます。

 ガンスいりませんか……?」

 

 乙女は懸命に声をかけるも、ランゴスタ一匹倒す事の出来ない通常砲撃のアイアンガンランスなど、買う者はいません。

 握るなら断然“拡散タイプ“のガンランス。ヒートゲージも良く溜まり、砲撃メインで戦う事も出来ます。

 そんな「ガンスなら撃ってナンボだろ!」という昨今の風潮により、乙女が束のようにして抱えているアイアンガンランスなど、見向きもされません。

 

「――――おう小娘! どきなっ」

 

「あぅっ!」

 

 その時、乙女は背中を突き飛ばされて倒れてしまい、アイアンガンランスはゴロンゴロンと地面を転がっていきます。

 

「やっぱ使うならチャアクだろ!?

 DPSが違うんだよ! DPSが! ぎゃはははは!!」

 

「いや大剣っしょ! エリアル大剣!!

 抜刀攻撃で乗れるっつーの! あはははは!!」

 

 乙女を突き飛ばした大柄な男と連れの女性が、笑い声をあげながら歩き去って行きます。

 乙女はドロドロに汚れてしまった衣服を気にしながらも、寒さと雪でかじかんだ手でガンスを拾い集めます。

 

「ガンスいりませんか……? アイアンガンランスです。

 フルバーストの威力が特徴の、通常砲撃タイプです」

 

 乙女はブシドーガンサーなので、フルバの強い通常タイプが大好きでした。

 

「……あぁ困った、ガンスがひとつも売れない」

 

 乙女は靴を履いておらず、身につけているのはサンダルとインナーのみ。

 その身にベルターシリーズ一式すら身に纏っておらず、まるで縛りプレイ時のような姿。

 なんとこの寒空の中、乙女はイベントクエストの刃牙クエで、ガムートとのマッパ対決をしてきたばかりだったのです。

 寒さでかじかみ、色が青くなってしまっている両足。

 いくら強靭な肉体を持つハンターとはいえ、ホットドリンクも無しにこの寒さは堪えます。

 

「ガンスいりませんか……? ガンランスです。

 ガードを固めてじっくり戦えます……」

 

 結局この日、街の人々は誰もガンランスを買いませんでした。1zたりとも彼女にあげる者はおりません。

 寒さと空腹に震えながら、それでも健気に歩き続ける乙女。

 

 ――――まさに、悲惨を絵に描いたような姿。 なんと可哀想な子なのでしょう!

 

 

 …………しんしんと振り続ける雪が、乙女の長いブロンドの髪を覆いました。

 しかし乙女は、そんな事を気にしてはいません。

 今彼女が見つめる集会所の窓からは、沢山のハンターたちが酒を酌み交わし、豪華な料理を囲んでいる姿が見えるのです。

 

「あぁ、なんて楽しそうな光景なのだろう」

 

 今日は大晦日。狩り納めを終えて、朗らかに笑い合うハンター達。

 窓からはキャンドルの輝きが広がり、美味しそうな香りがしてきます。

 少女は自分の凍える身体の事も忘れ、ハンターたちの背にあるスラアクやライトや虫棍などといった、とても使い勝手の良さそうな人気武器たちを、ただ見つめます。

 

 そうです、さっきの牙刃クエを、乙女はソロで行ってきたのです。

 どれだけ募集をかけて待とうとも、部屋主がガンランサーの部屋などに、人は集まりませんでした。

 ふたりきり、裸で殴り合ったあのガムートだけが、彼女の友でした。

 

「想像を絶する寒波が、ガンランサーを襲う」

 

 やがて彼女は街の一角に座り込み、その寒さに耐えようとするように、小さくなりました。

 足を引き寄せて身体にピッタリとくっつけたりしましたが、身体はどんどん寒くなっていくばかり。

 それでも乙女は、家に帰る事が出来ません。

 だってガンランスは一本も売れていない。1zも持って帰れないからです。

 

 このまま帰ったら、きっと加工屋のオヤジ殿にぶたれてしまいます。

「私がガンサー人口を増やしてみせる!」などと大見えを切り、無理を言って大量のガンランスを製造させたのは、間違いだったのやもしれません。

 在庫を抱えて怒り狂うオヤジ殿の姿を想像し、乙女の目から涙がポロリと零れました。

 

「私の手はかじかみ、もう感覚が無くなりつつあるぞ」

 

 その時、乙女の頭上に\ ピコーン! /と裸電球。

 あぁ、束の中からガンランスを取り出し、その竜撃砲の炎で指を暖めれば、どんなにほっと出来る事でしょう! 大発見です!

 さっそく乙女はイソイソとガンスを取り出し、銃座を地面に置いて縦に設置します。

 

「 Fire 」

 

 ――――なんという輝きでしょう。なんと暖かな光なのでしょう。

 もう夜の街中に〈ドゴーン!〉とか〈バゴーン!〉とかいった爆音が響き渡りましたが、乙女は今そんな事を気にしてられません。とても寒いのです。

 この上なく温かく、そして5Hitくらいしそうなほど爆散する竜撃砲の炎は、手をかざせばまるで焚火のようでした。素晴らしい光です。

 

 いま乙女の目の前に、以前竜撃砲を使って睡眠中の竜の傍にしかけた大タル爆弾を起爆しようとし、そして大失敗した時の思い出が幻となってホワッと浮かび上がります。

 あの時は、竜と一緒に私も吹き飛んだな――――

 倒せるとタカをくくってグレートをケチっていたため、そのままキャンプ送りにされて素材を剥ぐ事が出来なかったという、そんな苦い思い出です。

 タル爆の起爆は、やはりペイントボールなどでするに限るのでした。

 

 ……やがて竜撃砲の炎は消え失せ、辺りに静寂が戻ります。

 炎の中に浮かんでいた乙女の幻も、今はすっかり消えてしまいました。

 その場に残ったのは、放熱状態でチャージ中になったガンランスだけ。

 

「ふむ、なるほどなるほど」

 

 乙女は束の中からもう一本ガンランスを取り出し、地面に設置します。

 

「 Fire 」

 

 ガンスに竜撃砲の火が灯り、再び辺りに〈バゴーン!〉という爆音が響きました。

 重ねて言いますが、今の乙女にはもう音とか知ったこっちゃありません。死ぬか生きるかの瀬戸際なのです。

 そして炎に手をかざしてみれば、再びその光の中に乙女の過去の記憶が、幻となって浮かんできます。

 

 これは必死こいてガードを固めていたのに、ラギアクルスのくねくねした突進にガードをめくられ、ぶっ飛ばされた時の光景――――

 

 そしてこれは、またまたガードを固めていたにも関わらず、ナルガの尻尾びったん攻撃にガードをめくられ、そのまま乙らされた時の光景――――

 

 そしてあちらにあるのは新人ハンターの頃の、クックの4連続ついばみ攻撃を誤って盾でガードしてしまい、〈ガンガンガン!〉とスタミナゲージを全部もっていかれて、そのまま死ぬまで起き攻めされた時の光景でしょうか――――

 

「暖かいのは良い……。

 だが、ろくな思い出が無い」

 

 いま乙女の目の前には、意気揚々とアルバトリオンのソロ討伐に向かってはみたものの、ヤツの攻撃のほとんどがガードを貫通してきて、案の定7分くらいで3乙させられた思い出が幻となって浮かんでいます――――

 

「お、こんな所に土があるな。 ちょっと食べてみよう」

 

 乙女が死んだ目をして土を口に運ぼうとしましたが、その時ちょうど竜撃砲の炎が止み、辺りに静寂が戻って来ます。非常に危ない所でした。

 

「おかしい、おかしいぞ。

 私のガンス人生にも、ひとつくらい良い思い出があるハズだ」

 

 そういって乙女は持っていたガンランス全てにイグニッションし、竜撃砲を慣行します。

 両腕に、背中に、脇に、足元にガンランスを構え、その全てを同時発射しました。

 

「 オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛オ゛オ゛オ゛ッッ!!!! 」

 

 裂帛の気合を上げ、竜撃砲の反動に耐え続ける乙女。

 その瞳は血走り、額からは汗が吹き出します。まさにガンランサーの魂の全てを賭けた、そんな一撃です。

 命を燃やせ! そう言わんばかりの!!

 

 凄まじい爆音が響き、辺り一面が白い光に包まれます。

 そしていま乙女の眼前に、彼女のガンサー人生で“一番幸せだった時“の記憶が、浮かび上がってきました――――

 

 

………………………

 

 

 テン♪ テテン♪ テテテ♪

 テン♪ テテン♪ テテテ♪

 テテテン! テテテン! テテテン! テテテン! テ テ テ テ テ ン♪

 

 \ 上手に焼けましたー♪ /

 

 ジャン♪

 

 

 …………なにやら軽快なBGMが鳴りやんだ後、そこにいたのは狩場で簡易な椅子に腰掛け、嬉しそうに手元のこんがり肉を見つめ続ける、乙女の姿――――

 

『ふふふ、上手く出来たではないか。

 これで私も、一人前の肉焼き職人だな。 ふふふ――――』

 

 

 

 

……………………。

 

 ……………そして竜撃砲の炎は止み、辺りは再び静寂を取り戻します。

 幻は消え去り、今この場には未だ煙を上げているガンランスの数々。そしてその場に立ち尽くす乙女の姿だけ……。

 

 

「 ――――――――しょうもない人生ッ!! 」

 

 

 雪とか知るかとばかりに、大の字でその場にひっくり返る乙女。

 何か無かったのか。自分で言うのもなんだけど、なんかあっただろう。

 乙女はそんな風に、自問自答を繰り返します。

 乙女だって店でお食事券をオマケして貰ったり、黄金魚を釣り上げたりした事くらいはあるのです。なんかあったハズなのです。

 

 死んだろかぃ。このまま凍死して死んだろかぃ。

 そんな事を一瞬思うも、ここまで人生がしょうもないと「死んでたまるか」みたいな感情も浮かび上がってきます。

 どんな人間にも、幸せを享受する権利はあるハズなのです! 絶対にあるのです!!

 

「おねぇさん、おつかれさま♪

 加工屋のオヤジさんが、『どうせ売れんじゃろうから、もういい』って。

 かぜをひく前に、かえっておいでって♪」

 

「ぷ、プリティ! 来てくれたのかプリティ!!」

 

 

 

 ――――こうしてガンス売りの乙女は、かじかんでいた手を男の子にニギニギして貰いながら、お家へと帰って行きました。

 

 男の子と一緒にごはんを食べ、一緒に眠り、なんだかんだととても幸せな想いで、一年を締めくくったのでした。

 

 

 

 

 

 

 世界名作劇場、【ガンス売りの少女】 ――完――

 

 



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お前の失った愛の全てが、ガンランスにある。

最終話です。
お時間のある時にどうぞ。





 

 

「チャアクのおにぃさん! 虫棍のおねぇさん!

 G級しょうかく、おめでとう!」

 

「おめでとぉーーう!!」

 

 天に向かい、乙女がドゴーンと砲撃を行う。さながら祝砲かクラッカーのように。

 そしてその隣には、嬉しそうにパチパチとはやし立てる男の子の姿。

 

「ありがとよお前ら。

 やっとこさ俺らもG級だ。この集会所ともおさらばってワケさ」

 

「まぁガンサーさんにも手伝ってもらっちゃったし、

 あんまり威張れない上がり方だけどね……」

 

 そうなのだ。先日この二人は砂漠でのG級昇格クエストを、見事突破していた。

 試験の相手はディアブロスだという事で、かの竜との対戦経験の無かった二人は乙女に助力を請い、まぁなんだかんだとボッコボコにされつつも討伐に成功。

 そのHRをG級資格者である“9“へ上げる事に成功していた。

 でも正直、二度とディアとはやりたくない。なんだあのシャトルランは。

 

「ま、とりあえず上がれはしたんだし、最初は地道に鉱石でも掘るわ」

 

「確かエルトライト鉱石だっけか……。

 いつものこったけど、上がりたてが一番つれぇんだよな……この家業」

 

 恐らく装備の整わない内は、今まで楽に狩ってきたハズのモンスター達にボコボコにされるような事もあるだろう。手も足も出ない程に。

 シャレにならない位パワーアップしているであろう、G級のクックやテツカブラ。それと戦う事を想像し、ちょっとげんなりしている両名だ。

 

「でも……、さびしくなるね。

 おにぃさんたち、しばらくこっちには来れなくなるんでしょう?」

 

「あぁ、G級クエ受ける為にゃ、こことは違う集会所に行かなきゃなんねぇからな。

 なんか小せぇ酒場みてぇなトコだったぜ?」

 

「やたら規模が小さくなったな……とは思ったわ。

 まぁG級資格者の数なんてたかが知れているし、あれで充分なのかもね。

 しばらく坊やと会えなくなるのは、私も寂しいわ♪」

 

 そして今日をもって、両名はこの馴染みの集会所を“卒業“する。

 二人の今後の更なる活躍を願い、現在はいつもの仲間たちと共に、ささやかな送迎会を行っているのだった。

 ……さっき屋内で砲撃をしていたけれど、あれは大丈夫だったのだろうか?

 

「私はあの集会所は好きだぞ。

 ここの集会所のように、たくさん人がいる広い場所よりは、心に優しい。

 たとえ一人きりで座っていても、いま私の隣に誰もいないのは、

 G級資格者の数が少ないからなのだと自分に言い訳が」

 

「止めろ、子供もいんだよ」

 

「聞かせないでよそんな話」

 

 ここではないどこかを見つめる乙女。死んだ目で過去を回想しているのが見て取れた。

 急いで話題を変えなければ! と、そんな使命感からでは無いのだけれど、チャアクの男が呆れながらも語り出す。

 

「……まぁお前もよ? 今はそれなりにやれてんじゃねぇか。

 坊主がいるってのもデカいんだろうが、

 最近は他の連中とも話してんだろ?」

 

「おねぇさん、きょうもHR3の人のおてつだいしてたよ?

 ありがとうーって、すごくかんしゃされてたもん」

 

「あら、いい感じじゃないのガンサーさん♪

 貴方の腕なら、きっとその子も大助かりだったでしょうっ」

 

「い、いやぁ……そんな……」

 

 モジモジ、てれてれと身をくねらせる乙女。その姿を微笑ましく見つめる三人。

 以前の彼女の事を考えれば、これは大きな進歩だと喜ばしく思う。

 

 それもこれも、やはり男の子が傍にいる事、そしてこの両名の存在はとても大きい。

 最初こそは極悪非道の代名詞であるガンランサーであるとして、乙女が男の子が組むと知った時は皆が警戒をした物だが。

 しかしあれから1か月ほどがたった現在でも、男の子は毎日ほんとうに楽しそうに乙女と過ごし、笑顔を見せている。

 そしてこの集会所のリーダー格であったチャアクと虫棍の両名が毎日乙女に声を掛け、そして楽しそうに4人で談笑している姿が、ここ最近の集会所の日常であったのだ。

 

 その姿を遠くで見ていた集会所の面々が、次第に乙女に対する印象を軟化させていったのは疑いようの無い事。

 今では皆が向ける視線には、以前のような敵意は無くなっていた。

 

 それに加えて、ここ最近の彼女の“意識の変化“。

 以前のように“大きな声の挨拶“だけで終わるのはなく、彼女なりにではあるが、積極的に集会所の仲間たちと関わろうと奮闘しているのが見て取れるのだ。

 

 誰かが困っている所を見つければ、オドオドしながらも「何かお困りですか?」と自分から声をかけていく。

 誰かがウンウンと悩んでいるなら、噛みっ噛みになりながらも傍に寄って行き「どうかなさいましたか?」と訊ねていく。

 たとえ最初に必ず「うわっ、ガンサーだ!」と嫌な顔をされようともだ。

 彼女はどんな言葉や態度にも挫ける事無く、根気よく仲間たちへと声を掛け、そして悩みを手助けしていった。

 今では「変だし、ガンサーではあるけど、悪い人じゃないよね?」と言われる程には、皆からの信頼を勝ち取っていたのである。

 

『一緒にいて恥ずかしくない、

 プリティが胸を張れるような相棒に、私はなりたいんだ――――』

 

 あの二人で一緒に帰った、泣き虫だった夜……、そう乙女は少年に語った。

 その誓いを、約束を、懸命に果たそうとがんばっている。それが痛い程に分かる。

 今目の前でテレテレと嬉しそうに笑う乙女を、少年は微笑みを称えた瞳で見つめる。

 

「まぁ今日でしばらくは留守にすっけどよ?

 ……おいガンランサー。俺は受けた恩は絶対忘れねぇぞ。必ず借りは返す」

 

 今のいままで、酒を飲んで朗らかに笑っていたチャアクの男が、急に真剣な表情で乙女を見つめる。

 それに対して乙女は驚くも、隣にいた虫棍の女性は静かに頷いていた。男の言葉に同意するようにして。

 

「そうね。昨日は助かっちゃったし、借りっぱなしっていうのは無い話だわ」

 

「おぅ。だからよガンランサー? あと半年ほど坊主と待ってろよ。

 流石に200とはまでいかねぇが……、

 お前の背中守れるくれぇには、上がってみせっから」

 

「えっ……」

 

 目を見開いている乙女を余所に、暖かみのある表情で笑い合う二人。

 実は先日のG級試験、乙女は愛用のG級武具を使うのではなく、わざわざ上位クラスの武具を制作してまで協力してくれていたのだ。

 彼らが他力ではなく、彼ら自身の手でこの試練を乗り越えられるようにと。

 この戦いを自信に、そして糧に出来るようにと願って。

 

 乙女はそれを伝えてはいなかったのだが、その細やかな心遣いと優しさはしっかりと二人には伝わっていた。

 そして深く、彼女に感謝をしていたのだ。

 

「……ま、いつまでも相棒と二人だけってのも、あれだしよ?

 まぁその……なんだ。黙って待ってろって事だ」

 

「ランクの低い私が言うのはおかしいけれど……、貴方だったらいいわ。

 このまま坊やを取られちゃうのも癪だしぃ?

 だから二人分……、席を開けておいてね」

 

 ――――その言葉の意味を理解した時、乙女の瞳から、すぅっと涙が零れた。

 

 まるでその感情に心が追いついていないかのような、呆然とした表情で。

 身動きも出来ず、言葉を返せもしないまま……乙女は涙を流す。

 

 仲間になろう――――そう二人が、言ってくれたのがわかったから。

 

「ったく、めそめそしてんじゃねぇよソロモン。

 …………ってこれ、ほんとに“ソロモン“って呼ぶのか?

 偽名なんだろこれ……?」

 

「あの……出来れば私たちが帰ってくる前に、

 その名前だけなんとかしといてくれたら助かるワ……。

 坊や? 今度役所について行ってあげてね?

 一人で行かせたら、今度はどんな名前にする事か……」

 

 

 慰めればいいのか、それとも説得すればよいのか。

 そんなよく分からない場面があったりしながらも、4人で過ごす最後の夜が過ぎていった。

 

 翌日、G級の集会酒場へと旅立つ二人を、乙女と男の子は見送った。

 彼らの無事と幸運を祈り、見えなくなるまで、いつまでも手を振って――――

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

『 ――――エレガントに舞い、クレイジーに酔う 』

 

 ライゼクスの尻尾が切断される。

 ブラストダッシュから一閃、すり抜け様にガンランスを振り下ろす。

 ライゼクスの尻尾は吹き飛ぶように宙を舞っていった。

 

『~♪♪♪ ~~♪♪』

 

 身体のバランスを失い、前方へ倒れ込もうとするライゼクス。その顎を男の子の狩猟笛が跳ね上げる。

 まるで待っていたかのように頭部をかっ飛ばされ、地面を転がるライゼクス。そしてクルクルと目を回している。

 その光景を、ヘヴィ使いの新人ハンターが遠くから見つめていた。

 

 今回乙女と男の子は、この彼の緊急クエストにお手伝いとして参加していた。

 ヘヴィ使いの彼は特にどこかのパーティに属しているワケでもなく、今までずっとソロでやってきたハンターだ。

 しかし今回の相手は四天王と名高きライゼクスという事で、足回りの遅い自分一人ではどうしようも無いと途方に暮れていた所、彼女たちが快くサポートを買って出てくれたのだった。

 

『 ガンサーの荒ぶる魂が、静かな狂気に昇華した 』

 

 なんだこれは――――と彼は思う。

 自分の担いでいるのは遠距離武器。だから彼女の戦っている姿がよく見える。

 ……だが、分からない。彼女が何をやっているのかが。

 遠くから見ていても、微塵もその動きを理解する事が出来ない。

 

 斬撃、砲撃、ステップ、ジャストガード、カウンター。

 完全に攻撃を見切り、ヒラヒラと舞うように乙女が駆ける。

 そして苛烈にモンスを斬り刻む彼女の姿に、まったく理解が及ばない。

 

 絶え間なく連続して聞こえる斬撃音。

 時折、それに緩急をつけるかのように炸裂する砲撃。

 男の子の奏でる旋律に乗り、その全てがひとつの音楽のように狩場へと響いていて……。

 

 こんな事が出来るのか!? こんなにも圧倒出来るものなのか!?

 こんなにも強く、苛烈に戦えるものなのか!?

 人が、竜という存在に対して!!!!

 

 ヘヴィの引き金を引く事も忘れ、彼は呆然とスコープを覗き続ける。乙女のガンランスの舞いに酔いしれる。

 

『 銃槍とは刃……。女を上げる真夏のウェポン 』

 

 ようやく彼の身体が動くようになったのは、それから2分ほど後の事。

 泣き叫ぶように咆哮を上げるライゼクスが、命からがら、自分の巣へと逃げ去っていった時であった。

 

 

………………………

………………………………………………

 

 

 強いなんてもんじゃない、化け物だよあれは――――!!

 

 狩りを終えて集会所へと帰ったヘヴィ使いの彼が、自身がHR3へと昇格した事も忘れ、興奮ぎみに息を荒くして仲間たちと語る。

 

 あんな凄い人見た事ない! とんでもないよ彼女は――――!!

 

 両手を広げ、訴えるように彼は熱弁する。それを目を見開きながら聞いている集会所の面々。

 

「僕はガンナーだけど、あれほど強い人を今まで見た事がない!

 みんなガンランサーがどうとか言ってるけど、

 あの男の子にだって、一回たりとも当ててないんだ!

 いくら砲撃をしても、巻き込んでしまう素振すらなかった!

 彼女は竜の身体だけを、恐ろしいほど適確に撃っていくんだ!!」

 

 彼の熱の籠った演説に、次第にざわついていくハンター達。。

 酒場の席に座る乙女が、赤面しながら小さくなり、その光景から目を背けようとがんばっていた。

 

「僕はギルカを貰ったけど、すごく納得したよ!

 彼女のHRは、250を超えてるんだよ!!」

 

「「「 ええーーーーーーーーーーーっっ!!!! 」」」

 

「そりゃ凄いわけだよ! 強いに決まってる!

 いつも普通の武器を使ってたから分からなかったけど、

 彼女は文字通り、レベルが違うんだもの! このギルカは僕の宝物だ!!」

 

 ちょ待て! 俺にも見せろ! 僕も! わたしも!!

 そんな風に一層ガヤガヤと騒ぎだす集会所の面々。

 乙女は引き続き小さくなりながら、ダラダラと冷や汗を流していた。そんな彼女に男の子も寄り添う。

 

「うおっ、マジだこれ!! 高っ!!」

 

「ランク解放のギルカなんて初めて見たよ俺!!」

 

「出撃回数多ッ!

 ……ってか闘技大会オールSランク!? なにコレ!?!?」

 

「ソロモンて! いやソロモンて!!」

 

 そろそろ乙女の頭から〈ポーッ!〉と煙が上がり出し、ヤバイ事になってきた。恥ずかしくて死んでしまう。

 

「……なんかすごい事になっちゃったね、おねぇさん」

 

「こ、これはちょっとアカンやつかもしれない。

 ギルカを渡したは良いものの、完全に予想外の事態だ。

 いままでモグラのように生きてきた私だというのに」

 

 乙女は今まで、いつもの3人にくらいしかギルドカードを渡してこなかった。

 未だ極端に友人の少ない乙女の事、特に求められなかったというのもあるし、彼女のシャイな性格もそうさせていたのかもしれない。

 

 しかしこの下位、上位クエストを取り扱う場末の集会所において、G級ハンターである彼女の存在はとても珍しい物だ。

 本来はなにか特別な用事でもない限り、彼女のようなハンターがここを訪れる事など極めて稀なのだ。

 ゆえにここの者達が、G級資格者のギルドカードを見る機会などあろうハズも無い。

 このキラキラと装飾された豪華なギルドカードは、彼らにとって特別な物に映る。

 

 乙女も今まで何度かは、お手伝いとしてクエストに協力した事もあるのだが、たまたまその者達の使用しているのが近接武器ばかりだった事もあったのだろう。

 彼らは未だ自分が戦う事に精一杯で、乙女の動きや周りを見る余裕など、持ってはいない。

 ゆえに乙女の動きを、実力を、彼らが実感する事は今まで無かったのだ。

 

 乙女が同じ近接武器の者達と共に戦う場合、彼らが気持ちよく戦えるようにと極力“サポートする“という姿勢でいたのも大きかったのかもしれない。

 そういう立ち回りが出来る、という事自体が、本来この上ない程の“上手さ“であるのだが……。

 

 まぁそんなこんなの事情もあり、今になってようやく明るみに出た、乙女のハンターとしての実力。

 今までは良くて変な人、悪けりゃ腐れガンランサーくらいにしか思っていなかった人物が、実は凄腕のG級ハンター。

 うんこどころか、自分達の憧れの存在その物だ。

 この事実は集会所の者達にとって、非常にセンセーショナルなニュースとなっていたのだ。

 

「……うん、きょうはぼくら、帰ったほうがいいかも。

 まだ早いじかんだけど、しかたないよね」

 

「あぁ、今日の所は大人しく巣に帰ろう。

 明日になれば、いつもの私。

 普通の便所コオロギに戻りたい」

 

 モグラじゃなかったの? とそんな事を言いつつも、イソイソと帰り支度を始めていく乙女と男の子。

 だが、そうは問屋が卸さない。

 

「――――ガンサーさん! 俺にもギルカくれよ!!」

 

「私も! 私もギルカほしいのっ!」

 

「俺もだ!」

 

 出口へ向かって踏み出そうとした瞬間、ダダダーっと駆け寄ってきた者達により、あっという間に取り囲まれてしまう乙女と男の子。

 満面の笑みで乙女に話しかけ、やいのやいのと騒ぎ立てる集会所の面々。

 昨日までとは打って変わってのその様子に、ただただ硬直し、冷や汗を流す乙女。

 

「つかアイツばっかズルいよガンサーさん!

 俺も今度、HR2の試験がさ!?」

 

「おねがいっ、私もてつだって! キリンさんの防具が欲しいのっ。

 でもゾウさん(ガムート)の方がもぉ~っと欲しいのっ」

 

「俺も行きたいクエがさ!? なぁ良いだろガンサーさん!?」

 

「わたしもっ!! わたしも!!」

 

 ギルカひとつで、こうまで変わるモノなのか――――

 もうなんとも言えない気持ちになりつつも、乙女はひとりひとりに丁寧に対応をしていく。

 ギルカを手渡し、時に握手に応じたりなんかもして、一生懸命話を聞いていった。

 

 非常にテンパり、硬い表情。でもこれまでずっと孤独に生き、人と関わってくる事が出来なかった彼女が今、とても喜んでいる。

 沢山の笑顔に囲まれ、テレ笑いなんかを見せている。

 

「……えっと、私でよければ、力になるです……わよ」

 

 そんな乙女の姿を見つめる男の子も、すごく嬉しそうな顔だ。

 自分のだいすきなおねぇさんが、今ようやく、みんなに受け入れられたのだ。

 それをよかったと、心から思う。

 

 けれど、まだ幼い男の子は、

 そして人見知りの乙女は、今まで知らなかったのだ――――

 

 ギルドカードを他人に渡すという事の、意味。

 

 なぜ乙女のHRを知っていたあの二人が、それを決して、皆に話さなかったのかを。

 

 

…………………

………………………………………………

 

 

「すげぇよあのガンサーさん! あっという間にガンキン倒しちまった!」

 

「俺これガンサーの姉御に作って貰ったんだよ! 良いだろコレ!」

 

 皆の力になり、出来る限り協力をする。その約束を乙女は果たしていった。

 

「俺この前、火山に連れてって貰ったぜ。

 毎回ラングロトラも一人でやってくれてよ?

 掘るのに集中出来るようにって、ちゃんと捕獲にしといてくれるんだよ」

 

「あたしコレ! キリン装備一式っ!! もー助かっちゃった!」

 

 皆が乙女を頼り、乙女は快くそれを引き受ける。

 アレを作って貰った、アレ手伝って貰った。今この集会所では、そんな会話が毎日のように聞こえてきた。

 

「お前この前、手伝って貰ってただろうが!

 次は俺の番だっつーの!」

 

「ガンサーさん、強い防具が欲しいんだ! それさえありゃ、俺も立派にさ?」

 

「ガンサーの姉御、今日ひま? 私ラギアクルスにね?」

 

 ………その今の状況を、男の子は“良くない物“として捉えていた。

 特にまだ新人のハンター達に多いが、もう誰も彼もが、乙女の力に頼り切りになってしまっているのだ。

 

 純粋にアドバイスを求めにくる者達もいる。だがそれはごく少数派で、大抵の者達の要求は「〇〇が欲しい」という物。

 手伝ってくれ、ではなく、“これを作ってくれ“。そんな恥ずかし気もないお願いをする者ばかり。

 皆、まるで「乙女に武具を作って貰ってからじゃないと戦えない」とでも言うような、そんな甘えた気持ちが透けて見えるかのようだった。

 

「すまないプリティ、今日は彼らとホロロホルルに行かなければいけないんだ。

 夕方までには帰るから、一緒にゴハンを食べよう」

 

 乙女は後ろを指さし、出発口の所に居るハンター達に視線を向ける。

 ホロロは上のランクに上がる為の必須クエストだという事で、あの3人をまとめて連れていく事となっていた。

 

「うん、わかった――――。

 いってらっしゃい、おねぇさん。 気をつけて」

 

「あぁ、行ってくる――――。

 今日は何が食べたいか、考えておいてくれ」

 

 乙女は優しく微笑む。男の子もそれに、微笑みを返す。

 そんな親愛を感じさせるやり取りの後、彼女は新人たちを引き連れてクエスト出発口へと消えていった。

 後に残されたのは、ひとり酒場の席に座る、男の子のみ。

 

「……………」

 

 男の子は視線を落とし、一人この数日間の事を回想する。

 今胸にある、この寂しさの原因に、男の子は思いを馳せていった。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「ガンサーさん、G級の武器ってどんなスか? いっぺん見せて下さいよ!」

 

 最初は、こんな何気ない言葉だったと思う。

 乙女を囲んでの雑談の中で、ハンターの一人が言った一言がきっかけだった。

 

「おぉ、俺も見たいかも! やっぱスゲェんだろうな~!」

 

「アタシも見たい見たい!

 おねがいガンサーさん! 持ってきてよ!」

 

 いま乙女が担いでいるガンランス、骨銃槍Lv3。

 このありふれた武器こそが、今まで彼女の素性がバレなかったひとつの原因でもあった。

 男の子との狩りの中で強化していき、自分達の成長に合わせて強くしていこう。そんな想いの籠った大切な銃槍であったが、彼らからして見れば、それはただのつまらないガンランスでしかない。

 G級の凄い武器が見たい。そう思ったのは当然の事かもしれない。

 

「わ、わかった。 じゃあ今から、いくつか取ってくる。

 プリティ、すまないが手伝って貰えるだろうか?」

 

 一度家に引き返し、男の子と共に何本かのガンランスをえっちらおっちらと運ぶ。

 そして集会所へと再び辿り着き、それを机に並べた時、集会所は歓喜の声に包まれたのだ。

 

「スゲェ! めっちゃカッコいいじゃん!」

 

「これ何のモンスの素材?! 見た事ない色してる!! 強そう!!」

 

 そんな風に大盛り上がりしている仲間たちを見つめ、嬉しいやら恥ずかしいやらといった表情の乙女。

 自分の制作した、大好きなガンランス。それを見て貰える事、カッコいいと喜んでもらえる事。それは間違いなく彼女にとって、とても大きな喜びであったハズだ。

 テレテレと身体をくねらせる乙女を見て、男の子も凄く暖かい気持ちになる。

 しかし――――

 

「――――じゃあ姉御! これ担いでクエ行きましょうよ!!」

 

 ……その一言に、乙女は硬直する。

 強い武器がある。だからその武器の強さを見てみたい。

 これはそんな当然の気持ちから出た言葉なのかもしれない。

 けれど……。

 

「そうだ! お願いしますよガンサーさん!

 これでやってる所みせてよ!」

 

「私もみたい! つか、これ使って手伝って欲しい!

 きっとすぐ倒しちゃうんじゃないっ? G級武器だもん!!」

 

「……い、いや……。しかし……」

 

 それは駄目だと言う事が出来ず、モゴモゴと言いよどむ乙女。

 そんな彼女を余所に、盛り上がり続ける集会所の者達。

 

「お願いしますよ姉御! おねがいっ」

 

「カッコいいとこ見たいの! お願いガンサーの姉御っ」

 

 イジワルしないで! お願い! ……そんな風に頼み込み、乙女をもてはやす一同。

 なにやら気乗りしない様子の乙女だが、そんなのはもう知った事かとばかりに。

 褒め、おだて、なんとかその気にさせとうとする仲間たち。

 最終的には「ハイ! ハイ! ハイ!」と、何故か手拍子まで繰り出して来た。

 

「……………わ、わかったよみんな。 ……それじゃあ」

 

「「「 ワーーーーーーーッ!!!! 」」」

 

 やがてオロオロとしていた乙女は折れ、そして一同は歓喜の声を上げる。

 

「ありがとう姉御! 姉御さいこうっ!」

 

「いよっ! G級ガンサー!!」

 

 喜びすぎた一同にメチャクチャにされ、しがみつかれたり抱き着かれたりして白目を剥く乙女。

 その時はまだ、男の子も彼らを微笑ましく見つめていた。

 しかしなぜ引っ込み思案な乙女が、気弱な彼女が、G級武器で下位クエストに出るのに気乗りしない様子であったのか……。

 その理由は、この後すぐに分かった。

 

 

 

「 ………………うぉっ、早ぇ!! 3分かかってねぇじゃん!!!! 」

 

 試しにと何人かの仲間を引き連れ、乙女は渓流の狩場へレイア狩りに来ていた。

 そして皆の前に晒される、G級武器の力。

 クエスト開始からレイアの元に辿り着き、そして討伐をし終わるまで。その所要時間は手元の時計を見ても3分を切る物だった。

 他の誰も手出しをせず、乙女一人の力で、である。

 

「すげぇ……。つか姉御、これもう2分切れるんじゃないの……?」

 

「かすりもしないじゃんレイアの攻撃!

 もうレイア何も出来てないよ! ずっとバッタンバッタンって!!」

 

「……こんな強いのかG級武器って……。

 俺ら4人でも、いつも15分はかかるだろ!?」

 

 初めて見たG級武器の威力。こんなものを見てしまえば、もうまともに狩ろうなどと考える新人ハンターは稀だ。

 一度見てしまえば、後はもうそれを求め続けるのみ。

 いくら気弱にやんわりと窘めても、乙女が再び骨銃槍に戻る事を、この者達は決して許さない。

 

 だって“2分“なのだ。

 自分達が今まで苦労していたのは、いったい何だったのかという話だ!

 なんだって、どいつだって倒せる。

 そして何でも作れる!! 作って貰える!!

 

「姉御さん! 実は俺ディノバルドをさ!?」

 

「レウスは!? レウスはどうガンサーさん!? あの3頭出てくるヤツ!!!!」

 

 熱に浮かされ、乙女に詰め寄るハンターたち。

 大勢に取り囲まれ、もみくちゃにされ、乙女はグルグルと目を回す。とても抗う事など、彼女に出来ようハズもない。

 

 彼らはまだ弱い。弱いからこそ、強くなる事に貪欲だ。

 ……たとえそれが努力による物ではなく、完全に他力による物だとしても。

 

 そしてそこからは、もう坂道を転げ落ちるようにして――――

 

 

………………………………………………

 

 

 最初の数日こそは男の子も交え、乙女たちはプラス二人という4人PTで手伝いを行っていた。

 だけれど、手伝いを希望する者の数が非常に多かった事、またこなさなければならないクエストが尋常な数では無かった事により、次第に男の子を集会所へと残し、乙女ひとりで彼らと出発していくようになった。

 

 行かなければならないのは、一度や二度のクエストではない。

 まだ子供である男の子に、この一日に狩場を“何十往復“するような生活はさせられなかった。

 ゆえに乙女は一人で赴く。もう二人は、数週間もの間、共に狩場には出ていない。

 いつも男の子は、乙女の帰りを酒場で待っていた。たとえ夜になってしまっても。

 

 

 

「……………つか砂漠って暑くね? やってらんないよね」

 

 乙女は今、ひとりセルレギオスと戦っている。

 その間キャンプ地にて留まり、ゲラゲラと談笑している新人ハンター達。

 

「ここから一歩でも出たら、クーラー飲まないと死んじゃうんだって」

 

「は? 何考えてこんな場所で戦うん? バカなの?」

 

 そして数分後、セルレギオスを狩りを終えた乙女がキャンプ地へと戻り、待っていた仲間たちにそう報告をする。

 

「おつかれガンサーの姉御!

 いま足と腕が作れたトコだから、あと4頭くらいね!」

 

 

………………………………………………

 

 

「おーw めっちゃ頑張ってるw めっちゃ頑張ってるw」

 

 乙女は今、リオレウスと戦っている。

 その姿を高台の上、ボウガンのスコープで眺める新人ハンターの3人。

 

「覗くのはいいけど、絶対撃つなよ?

 ヘイト取ってレウスこっち来たら、死ぬよ俺?」

 

「バーカ、撃つかよw 弾もったいねぇw」

 

「2分待ってりゃ終わんだし。撃つ意味あんの?」

 

 やがてその2分が経過し、乙女が仲間たちの元へと引き返して行く。

 

「ぐっじょぶ!」

 

「ぐっじょぶw」

 

「おっけ! あと2頭ね姉御! がんば!」

 

 

………………………………………………

 

 

「いつになったら手伝ってくれんの?

 アイツらだけズルくない?」

 

 乙女は今、ペコペコと頭を下げている。

 目の前には腰に手を当て、彼女を睨みつける新人ハンターの姿がある。

 

「……す、すまない。 この後はナルガに行かなければならないんだ。

 以前からずっと、彼らと約束をしていて……」

 

「何? アタシだけ作って貰えないの? 酷くない? 

 言ってきたらいーじゃん、今日はあの子のクエ行きますぅ~って。

 どうせ2分くらいで終わるんでしょ? いーじゃんアタシが先で」

 

 

………………………………………………

 

 

「お、これ消散剤じゃん! でも何に使うのこれ?」

 

 乙女は今、ひとりオストガロアと対峙している。

 そして安全な崖の上にあるキャンプ地には、暇そうにアイテムボックスを覗く新人ハンター達の姿がある。

 

「いちおう貰っとこコレw いつか使うかもw」

 

「つか次俺だかんな? 勝手にクエ貼りやがって……」

 

「わかってるよぉ。ガロアの素材貰えるんだし、いいじゃん!

 あ~、あと何分かしたら私も上位ハンターかぁ~。 感慨深いねまったく♪」

 

 やがて雲に覆われていた空が晴れ、巨大な魔が祓われたかのように、天から光が差しこむ。

 

「……おっ! 終わったみてぇだぞ!

  おっし、降りろ降りろ! 剥ぎ取り行くぞお前ら!」

 

「姉御おつー♪ つぎ俺がオストガロア貼るね~!」

 

 

………………………………………………

 

 

 朝早くから、時に明け方近くまで――――

 何度も何度も、乙女は狩場と集会所を往復する。

 

 あれだけ渇望していた、人との繋がり。 ずっと憧れていたPTでの狩り。

 

 一回3分とかからないクエストを、ただ延々と繰り返す日々。

 仲間たちに言われるがまま、ひたすらクエストに出撃していった。

 

 

「――――え、なんで? 姉御いま座ってたじゃん。じゃあ暇なんでしょ?」

 

「……す、すまない。これからプリティと二人でゴハンに行くんだ。

 また今度……、で構わないだろうか?」

 

「えー! なんだよ! どーでもいいじゃんか飯とか!

 武器作ってよ俺に! クエてつだって!」

 

 乙女が頭を下げる。ペコペコと申し訳なさそうに謝罪している。

 あれだけ渇望していた、“仲間“に対して。

 

「アイツはいつも姉御といるんでしょ?

 いつも手伝ってもらってんでしょ? ズルいよアイツだけ!

 クエてつだって!」

 

 

 もちろん、乙女に頼らずに自らの力で狩りをする、そんな心ある者達も大勢いる。

 たとえHRはまだ低くとも、あのチャアクの男や虫棍の女性のように、ハンターとしての矜持を持って戦っている者達も大勢いるのだ。

 

 そんな者達から見て、この甘え切った新人ハンターたちの姿が、どう映るか?

 もちろん、言うまでも無く、心底軽蔑している。

 もう彼らは烈火の如く、狩人の誇りも倫理も持たないあの者達を毛嫌いしていた。

 あんなヤツらに狩人の資格などあるものかと。

 

 自分で狩ってもいないモンスターの武具を、どうしてそう恥ずかしげもなく身につけられる?

 何故ただ与えられた物を、乞食のように喜べる?

 

 ヤツらはハンターなどではない、“寄生虫“だ。何の誇りも持たず、戦おうとする意志すら持たない者達。

 それなのに何故ハンターなんぞをやろうと思ったのか……、自分達には心底理解に苦しむのだ。

 こんな奴らが同じ狩場に来ると思うだけで、寒気がする。居るだけで際限なく周りに迷惑をかけ続ける、まさに“地雷“とも言うべき存在だ。

 もう話す事も、関わる事すらしたくない。害悪その物の連中だと。

 

 そして彼らの目からみて、今またその“寄生虫“にゴネられている様子の乙女は、いったいどう映っているか?

 ――――言うまでも無い、“軽蔑“だ。

 彼らは、腐った新人たちを甘やかす存在である乙女の事もまた、烈火の如く嫌悪していた。

 

 余計な事をしやがって、くそガンランサーが……。

 

 もう二度とあんなヤツとは関わらない。

 無理やり手を引かれ、クエスト出発口へと引きずられていく乙女の姿を、彼らが憎悪を込めた瞳で見つめていた。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「だいじょうぶ、おねぇさん? つらくはない?」

 

 夜の街を、二人で歩く。

 今日は4日ぶりに夕食を共にし、乙女と男の子は今、手を繋いで帰路についていた。

 

「おねぇさん、すごくつかれてる。

 笑ってたよ? たくさんぼくに笑ってくれたけれど……元気なかったもん」

 

 俯きがちに、そして乙女の手をギュっと握りしめる男の子。

 

 ……男の子は今日、こんな話を聞いた。

 集会所に男の子が居るとは思わなかったのか、あるハンター達がこんな事を話しているのが聞こえてきた。

 

『ガンサーの人って、チョロいよな。 お願いすりゃ何でもしてくれそう』

 

 男の子が振り向いた時には、彼らはもう歩き去った後だった。

 でもあの時の後味の悪い気持ちを、今も憶えている。

 

 もしかしたら、タガが外れてしまったのかもしれないと思う。

 この集会所のリーダー格だった、チャアクと虫棍の二人。

 彼らが居なくなってしまった事による寂しさ、空虚さ。緩んでしまった秩序。

 そして何より、“もうあの二人に頼れない“というこれからへの不安が、降って沸いたように出てきた乙女ひとりの肩に、全てのしかかってしまったのかもしれない。

 

 心配だった、乙女の事が。

 日に日にやつれていく、彼女の表情を見て。

 その優しさが、いつか擦り潰されてしまうのではないかと、そう感じていた。

 

「……はは、ごめんよプリティ。

 確かに私は今、少し疲れている……、のかもしれない」

 

 本当は「大丈夫さ」と、言いたかった。心配させない為、カラ元気を振り絞っておどけようかとも思った。

 でも乙女は、男の子に嘘なんてつけない。

 この暖かく、愛すべき子に向かって、偽りなんて口に出来ない。

 なにより私などでは、君を欺く事なんて出来ない。この綺麗でまっすぐな目に、嘘をつき通す事は出来ない。

 乙女は男の子への親愛と共に、心からそう思う。

 

「でも、嬉しい気持ちもあるんだ。

 誰かから頼られる、手を貸して欲しいと言われる事は、

 今までの私には無かった事だから」

 

 力の無い笑顔。でもこの上なく優しい顔で、乙女は微笑みかける。

 

「知らなかったんだ。

 “ありがとう“って言われるのが、こんなにも嬉しい事だなんて。

 誰かに頼られるのが嬉しいだなんて、今まで知らなかったんだ。

 だから……、大丈夫な気がしている」

 

「えへへ」とハニカミながら、乙女が手を握り返す。そして元気よくブンブン振って、行進のように元気に歩きだす。

 

「“弱い“気持ちは、分かる気がするんだ。私にも――――」

 

 男の子がキョトンとした顔で乙女を見つめた。

 それに対し、少し困ったような顔をしながら、乙女が言葉を紡いでいく。

 

「怖い気持ちも、臆病さも……。

 楽をしたい、少しだけズルをしたいっていう気持ちも、私には少し分かる。

 決して良い事じゃ、無いかもしれないけれど……でも分かる気はするんだ」

 

「だから、せめて最初くらいは、彼らに安心の出来る強さを――――

 戦う事を怖がらないで済むくらいの武具を……、作ってあげたかった」

 

「きっとこの先、怖い想いを沢山する。

 心がすり潰されるような想いも、投げ出したくなるような絶望も、

 たくさん経験する」

 

「……その時彼らが、どんな風にするのかは分からない。

 けれど、最初の一歩目だけは……、

 “自分はやれるんだ“っていう、そんな楽しさで、踏み出して貰いたい」

 

 でももうちょっと時間が欲しいかな? プリティと会えないのは、やっぱり嫌だ。

 そんな風に、悪戯めいた顔で笑う乙女。

 

「だから、“ひとり一回“にするよ。

 骨銃槍でならいくらでも付き合うけれど、

 G級武器で手伝うのは、ここぞという一回だけだって。

 ……怒られるかも、しれないけれど。

 イジワルだって、みんなに嫌われてしまうかもしれないけれど……。

 でも明日、勇気を出して、言ってみる」

 

 これ以上は、為にならない――――

 乙女にだって、そんな事くらい充分にわかっているのだ。

 楽をしてしまう事の怖さも、そして力が育たなかったハンターが、狩場でいったいどうなるのかも。

 

 だから怖いけど、明日言おう――――

 男の子の手を握り、彼女はそう決意を固める。

 

「うん、それがいいとおもう。

 ぼくもおねぇさんと狩りにいけないのは、いやだ」

 

「ふふっ、私もだプリティ。 これからは毎日プリティといるぞ。

 私は君のパートナーなんだ。 決して離すものか」

 

 そう言い、二人は久しぶりに、心から笑い合う事が出来たのだった――――

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

『 ちょっとガンサーさん!? アレすごい迷惑なんだけど!! 』

 

 

 その女性ハンターたちが乙女の家へと怒鳴り込んで来たのは、あれから数日が経った日の事だった。

 

 あの日の翌日、朝から乙女は勇気を振り絞り、集会所の皆に対して「もうG級武器での手伝いはしない」と宣言をした。

 男の子が傍で見守る中、ビクビクしながらも、必死に大きな声で。

 

 それを聞いた集会所の者達は一瞬ポカンとした後、もう一斉に嵐のような抗議をおこなった。

 突然手伝ってくれなくなった乙女に対し、「じゃあこれからどうすんだよ!?」など、思い思いの罵詈雑言を浴びせていった。

 

 ……いつも弱気で押しに弱い乙女だが、この時だけはどれだけ怒鳴られようが、また口汚く罵られようが、意見を曲げなかった。

 根気よく理由を説明していき、そして皆と同じ下位武器である骨銃槍であれはいつでも手伝うとは説得したものの、一度味をしめた者達にとって、そんな物はなんの慰めにもならない。まったく意味のない事だ。

「自分さえ良けりゃいいのか!? 俺らの事はどうでもいいのかよ!?」

「やっぱガンサーって自己中じゃん!」

 やがてどれだけ詰め寄っても意見を変えない乙女を見限り、それぞれが思い思いの捨て台詞を吐き、一人また一人とその場から去って行った。

 

 …………あれから数日、この集会所で乙女に話しかけて来る者、また寄ってくる者の姿は皆無となっている。

 まるでサッと波が引くように、あれだけ詰め寄ってきていた人々は、乙女の周りから完全に消え去った。

 それを心底悲しみはすれど、どこか達観した気持ちで「これでいいんだ」と、そう思っていたのだけれど……。

 

 だが今目の前で憤慨しているこの女性ハンター達は、それとはまったく別の要件で、乙女の元へやって来たように思えた。

 

「いったいどうゆうつもりよ!? アタシ達に恨みでもあんの!?」

 

「…………お、落ち着いてくれ。

 どうしたんだみんな……? 私は、何か君たちに」

 

「 とぼけないでよッッ!!!! 」

 

 オロオロと狼狽えつつも話を聞こうとする乙女を、女性ハンターの一人が怒鳴りつけた。

 

 

『 あのガンサー共(・・・・・・・)のせいで、まともな狩りになりゃしない!!

  貴方がアイツらにガンス作ったんでしょ!? 責任取りなさいよ!! 』

 

 

 乙女の手からコップが落ち、砕け散る音が辺りに響いた。

 

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 乙女にクエストを手伝って貰った者の中には、退屈凌ぎに竜と戦う彼女の姿を観戦していた者達もいた。

 大概の者はキャンプ地で待機をしたり、採取をしたり、仲間と談笑していたりと、思い思いの行動を取っていたのだが……それでも乙女がガンランスを操る姿を目撃していた者達はいたのだ。

 

「……すっげ。……なんだアレ」

 

 かすりもしない竜の攻撃。

 斬撃と砲撃を交えた、華麗なコンビネーション。

 そして随所随所で放たれる狩り技に、ド迫力の竜撃砲。

 

「あの武器……実はめっちゃ強いんじゃねぇの?」

 

 知識のない新人には、乙女の動きの理屈は分からない。何をやっているから凄いのかなど、理解が及ばない。

 ただ、“上辺だけを“。

 彼女の操るガンランス、そのカッコよさだけを見て、しめしめとばかりに頷いた。

 

「そっか……、アイツに手伝わせて、ガンス作ればいいじゃん(・・・・・・・・・・・)

 

 その強さを、表面だけを見て、そう考える者達がいた事は、至極当然の事だった。

 

…………………

 

 

「なんスか姉御? クエ手伝ってくれる気になったんスか?」

 

 息を切らせて、乙女は彼らのもとに向かった。

 そこにはそれぞれがガンランスを担ぐ、かつて自分がクエストに協力した新人たちの姿があった。

 

「君たち……、ガンランスを作ったのか……?」

 

「あぁコレ? 姉御に手伝って貰ったクエの素材で作ったんですよ。

 良いでしょこのガンス? 姉貴のと違って“拡散型“のヤツですよ」

 

 ディノバルド……これはディノの素材のガンランスだ。

 確かに乙女は「防具が作りたい」と言われ、彼らのねだるディノのクエストを7回も8回も手伝った憶えがある。

 恐らく彼らは、その素材でガンランスも制作したのだろう。皆が同じガンスを担いでいるのだ。

 

「拡散型……を……?」

 

「そっすよ? やっぱ通常型撃ってても楽しくないじゃないスか?

 ガンス握るなら、やっぱボンボン鳴る拡散じゃないと」

 

 そしてこのディノバルドのガンランスは、拡散砲撃型。

 その砲撃の炎は文字通り広範囲に拡散し、たとえ共にいる仲間が竜の身体ごしにいようとも、容易く吹き飛ばしてしまうほどの危険性を持つ。

 PTプレイで握るのはご法度、とも言える程、ガンランスの名を“最低の武器だ“と地に落としている、最大の原因。

 PTプレイで握れば、たちまち味方を吹き飛ばす。どれだけ気をつけて撃とうが、それはもう避ける事が出来ない。

 それが彼らの今握る、拡散型のガンランスであった。

 乙女は必死にその危険性を説き、彼らに砲撃を自重するよう窘める。

 

「なんでスか、ガンスは撃ってナンボじゃないスか。

 撃たないでガンス握る意味あるんスか」

 

「パーティアタックなんて、お互い様でしょ。

 なんで俺らだけ、責められなきゃなんないんですか」

 

 しかし彼らは、聞く耳を持たない。

 それぞれが好きに戦ったらいいじゃないか。何故口出しをされねばならないのか。

 そう主張して譲らない。

 

「戦えなく……なるんだ。

 ガンランスのせいで……、みんなまともに戦えなくなる……。

 モンスターに近寄れない……、何もする事が出来なくなる……」

 

「そんなの俺らが撃ってないトコ斬ればいいっしょ?

 なんでそこまで気ぃ使わされなきゃなんないの?」

 

「せめて……っ! せめて自重をして欲しいんだっ!

 砲撃は確かに必要だ……だがガンスの本分は、あくまで斬撃なんだ!

 PTでは斬撃をメインに……、そういう意識の立ち回りを……っ」

 

「だからぁ、なんでガンス握ってんのに撃っちゃダメなんスか。意味ないでしょ?

 ガンスで斬撃なんかして何が面白いんすか? 撃ってこそでしょ」

 

 彼らはガンランスを握り始めたその日から、斬撃を一切使う事なく、狩場で砲撃をし続けた。

 ボクシングを始めた者がランニングではなく、やたらとスパーリングをしたがるように。

 サッカーを齧った者が、ボレーやオーバーヘッドばかりを練習したがるように。

 基礎や他の技術の重要性など、彼らには少しも理解出来ない。

 

 “ガンランスといえば砲撃“ 

 そう言って譲らない。 いや、それしかしたくないのだ。彼らは。

 

「えらそうな事言ってますけど、アンタだっていつも撃ってるじゃんスか?

 なんで俺らだけ止められんスか。おかしいでしょ」

 

「そーそー。撃たなきゃ上手くなんないでしょ。

 バンバン撃ってバンバン練習しないと」

 

「そりゃ味方ぶっ飛ばしちゃった時は、悪いな~とか思いますよ?

 でも仕方ないじゃないですか。撃ってナンボなんだし」

 

「でもよ? 人が吹っ飛んでゴロゴロ~って転がってくの、

 正直なんか面白くね?」

 

「あー、それなw

 まぁ実はワザと飛ばしてる時あるw ムカつく奴に『ザマァ』って言ってw」

 

「HR3とか言っても、俺より弱いじゃん。ぶっ飛んでんじゃん。とかねw」

 

 目の前が、真っ暗になる――――

 視界は失われ、思わず地面に倒れそうになる。

 聴覚だけは、律儀に目の前の男たちの声をひろっている。

 彼らがゲラゲラと笑っている声が、頭に響いてくる――――

 

「………………ダメだ」

 

「あぁ? なんスか?」

 

「……人を撃っては……、ダメだ。

 撃っちゃ……ダメなんだ……」

 

 縋りつくような声で、乙女は語り掛ける。

 お願い、やめてと、必死に声を振り絞る。

 

 

「 ガンランスは――――人を撃つ為の物じゃないッ!!!! 」

 

 

 絶叫――――それは絶叫だった。

 乙女にとってその言葉は、あらんかぎりの想いを込め、振り絞るように出した言葉だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………は? 何言ってんのこの人?」

 

 

 

「何マジになってんのコイツ? キモ」

 

「やっぱ変人じゃん」

 

「あぶないよコイツ」

 

 

 

 

 

 涙が、零れた。

 無垢な、縋りつくような表情のまま、涙だけがすっと零れていった。

 

 乙女はここから、動かない。

 動けないまま、彼らが立ち去って行く足音を、聞いた――――

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「ねぇ、ちゃんと話してきたの? ちゃんとアイツら止めたの?」

 

 やがて長い時間をかけ、ようやく乙女の意識がこの場に戻った頃……。

 あの時詰め寄ってきた女性ハンター達の一人が、声を掛けてきた。

 

「いい迷惑よまったく。

 アイツらのせいで、どんだけ被害被ったと思ってるの?

 集会所に来るの止めちゃった子もいるんだよ? アンタ責任とれんの?」

 

 乙女にはもう視線を返す力すら無い。その瞳は、だまって虚空を見つめているのみ。

 

「……あとね? みんなとも相談したんだけどさ?

 やっぱアンタに、あの坊やを預ける事は出来ない。

 ――――もう関わらないでくれる?」

 

 なのに、ドクンと身体が跳ねた――――

 まるで時計の秒針のように、ゆっくりゆっくり、彼女に視線を向けた。

 もう表情すら動かせない。たった今聞いた言葉を、理解する事が出来ない。

 

「知ってるよ? “養殖“してたんでしょアンタ?

 新人の連中に、アンタの力だけで武具作ってあげてた。ランク上げしてた」

 

「技術も知識も無い連中に、

 戦わせないで道具だけ作ったり、HRだけ上げたり……。

 なんのつもりだったのかは知らない。でも何の意味もないわソレ。

 立派な武具だけを持った、やる気ゼロの無能ハンター共が、

 たくさん私たちの狩場に送り込まれて来るってだけ。

 迷惑以外の、何物でもないわ。……狩場を何だと思ってんのよ」

 

「そんな行為をするような人に、坊やは預けられないの。

 ……坊やだって、どうされるか分かったモンじゃない。

 だってアンタには、まともに人を育てようって気が無いんだから。

 ね、当然の事でしょ?」

 

 ハンターの女性が、踵を返して歩いて行く。

 まるで乙女の無垢な顔に、その瞳から流れる涙に耐えられないと言うように、早足に去って行く。

 

「――――言ったわよ? “関わるな“って。

 もうあの子と話す必要は無い。最後のお別れも、説明だっていらない。

 あの子はこれから、アタシ達とやってくの。

 あの子を想うなら、潔く消えて。

 それが何よりあの子の為よ、ガンランサーさん(・・・・・・・・)

 

 

……………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「あ、坊やおはよう!!

 さぁこっち座ってっ、今日はお姉さん達とクエストいこっか♪」

 

「……あぁ、ガンサーの人?

 えっとね……あの人、今日からしばらく、ここを離れるんだってさ?

 アタシ達、坊やの事をよろしくねって、彼女に頼まれてたのよ♪」

 

「彼女G級だから、きっとギルドの偉い人達に仕事を頼まれちゃったのよ♪

 ……ん? ナルガ行くって約束してたの? だったらアタシ達と行こうよ!」

 

「しばらくは寂しいかもしれないけれど、我慢して頂戴ね?

 その代わり、あたし達みんなでお手伝いしてあげるから♪

 さ! もうなんだって付き合ってあげる! ご飯もいっしょに食べよ!」

 

「そーそー! 久しぶりに坊やの笛ききたいのっ。

 坊やはいつもあの人と一緒だったでしょ? お姉ちゃん達もう寂しくって!

 やーっと坊やとクエスト行けるって楽しみにしてたんだからっ、おねがいっ」

 

「さークエ貼ったよっ! 参加参加っ!!

 あたし実はぁ~、キークエスト知ってるんだぁ~♪

 も~ね? す~ぐ坊やをHR3にしてあげちゃうからっ。いこいこ♪」

 

 

………………………………………………

 

 

「……なぁ、なんか最近つまんなくね?」

 

「おぉ……。イマイチ狩りに乗り気しねぇんだよな。

 ……ガンス合ってねぇのかな俺?」

 

「いや、そりゃ合ってないでしょw

 俺らのガンスじゃ、4人で行ってもガルルガ倒せなかったじゃんw」

 

「お前っ! それは散々おめぇらが! 俺を吹き飛ばしてっから!」

 

「お互い様だろ。俺も何回お前に飛ばされたか。

 マジもうガルルガどころじゃねー。マジお前らがジャマ」

 

「……あのガンサー、昨日から姿見えねーし。

 アイツいねぇと何も作れねぇってのに……。マジどうしろってんだよ……」

 

「つかガンスなんか作んじゃなかった。素材もったいなかった」

 

「重てぇわ、使いづれぇわ、クソ弱ぇわ。……騙された!

 そんで自分で作ったモンでもねぇから、全然愛着も湧かねぇのw

 次アイツが来たら『ガンス辞めてやる代わりに武器作れ』

 って言おうと思ってたもん俺w」

 

「あ、それ俺も考えてた。

 ……つかよ? あーあ! ハンターつまんねぇぇーーーーっ!!!!

 こんなにもつまんなかったかね? モンスターハンターってのは……」

 

「自分で戦いもしねぇで、おもしれぇワケねぇだろw

 寄生だけでG級目指す気だったの? どんな楽しさだよオイw」

 

「貰いモンの装備ばっかで、全然ありがたみもねぇしな。

 ……つかもうこのガンス、売っちまわね?

 ほんで防具もアイテムも全部売り飛ばせば、しばらく食いつなげるっしょ?」

 

「ハンター辞めても、しばらくはもつ……か。

 いいよ……。なんかもう、ダルい……」

 

「そもそも、もう俺らとクエ行くヤツいねぇしなw 嫌われ放題w

 あー! ガンスなんか使うんじゃなかったぁ~っ!

 人生損したよなっ! あのクソガンランサーのせいでっ!!」

 

 

………………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 乙女が姿を見せなくなってから、はや数日。

 集会所は平穏を取り戻し、……いや以前より、少しだけ気だるげな空気が漂っていた。

 料理をただ摘まむ者、気だるそうに談笑する者、酒を飲むばかりの者。

 それはまるで、火が消えてしまったような空気。誰もがクエストに行く意欲を失い、ただ惰性のようにここへ集まっていた。

 

 そして男の子は今、ひとり席に着いている。

 あの女性ハンター達からクエストに誘われていたものの、ソロで練習をしてみたいと言って断ってしまった。

 女性ハンター達は大変に渋ったが、男の子の笑顔をみて「練習熱心な子だ」と感心。またご飯を一緒に食べようと約束した後、皆で狩りへと出かけていった。

 

「……………」

 

 嘘だった。男の子は自分が記憶している限り、ほんとうに久しぶりに嘘をついたと思う。

 ソロで練習をしたいなどという、嘘。

 そんなつまらない事をしたのも、少しでもこの集会所に、居たいからだった。

 

「……………おねぇさん……」

 

 男の子の呟きが、集会所の雑音にまぎれて消える。

 乙女の事を想い、俯く男の子。

 突然居なくなってしまった、暖かい人。

 何も言わないまま自分の前から消えてしまった人を、男の子はここで待ち続けていた。

 彼女が帰ってきた時に、すぐ、一番に会えるようにと。

 

 

『――――ごめんあそばせ!』

 

 そんな気だるい雰囲気を、扉をブチ破るかのような轟音が切り裂く。

 突然の来訪者に皆は目を見開くも、ツカツカと集会所に入ってきたその女性は、気にする様子もないまま、一直線に受付へと向かった。

 フワフワした青いドレス。

 物語のお姫様のようにロールしたブロンド。

 そしてキッと吊り上がった、意志の強そうな瞳――――

 まるで対極にあるハズなのに、男の子は何故か、乙女の事が思い浮かんだ。

 

「貴方、今すぐ“ソフィー“をここに出しなさいな。

 ここに居るのは分かっているの。隠し立ては無用です」

 

 開口一番、そのお嬢様は受付嬢へと告げる。

 その姿に唖然としている、集会所の面々。

 

「ソフィー。……あら分からない?

 貴方達が隠しているガンランサーの事です!!

 今すぐここに出して寄越しなさいっ!!!!」

 

 集会所に衝撃が走る。男の子は目を見開いて、お嬢様にくぎ付けとなる。

 だって、ソフィーという名前に聞き覚えは無くとも、“ガンサーの女性“なんて、ここには一人しかいない!

 

「貴方達、よ~くもこんな大層な事をしでかしてくれましたわね?

 ウチの大切なG級ハンターを引き抜ぬくだなんて……、

 自分達が何をしたのか、分かっていますの!?

 私はギルドの使い、彼女と同じG級の“プリシラ“と申す者。

 貴方達ッ、相応の処罰がある事を覚悟しておきなさいッッ!!

 こんな場末の薄汚い集会所……今すぐ取り潰してあげてもよろしくってよ!?」

 

 受付嬢は、もうアワアワと混乱するばかり。そしてそんな事は知った事かと一方的に喚き散らすプリシラ。

 

「さぁ! 今すぐソフィーをお出しなさい!!

 本来はもう、このような事をしている場合ではないのです!

 さっさとなさいッッ!!!!」

 

「ちょっと待って下さいっ!

 ウチの集会所に“ソフィー“という名の方はいらっしゃいません!

 ガンランスの女性といえば、あのソロモンさんくらいしか……」

 

「ソロモン……? あぁ、そのソロモンです!!

 そういえばあの子、偽名を使っているとの報告がございましたわ!」

 

「その……ソロモンさんですが、今日はお越しになっていません。

 というか、ここ数日ばかり、この集会所には……」

 

「貴方ふざけてますのっ!?!?

 いいから即刻ソフィーをお出しなさい!! “この国の危機“なのですよっ!?」

 

 このプリシラが来てからという物、集会所の面々は驚愕しぱなっしだ。

 しかし、それでも彼女の良く通る声で放たれた「この国の危機」という言葉。

 突然飛び出した意味の分からない言葉に、男の子は言葉を失ってしまう。

 

「ミラがっ、祖龍ミラボレアスが出現したのです!!

 かの龍に立ち向かえるのは、ソフィーただ一人!

 国民も、貴方達も、残らず死ぬやもしれないのですよ!?」

 

 

 

 

………………………………………………

 

 

 

 プリシラは、ギルドから使者として送られてきたG級ハンターだ。

 その目的は祖龍ミラボレアスの脅威から世界を守るべく、唯一の対抗手段であり、また最後の希望であるガンランサー、乙女を連れ戻す事にあるという。

 

 今から一年ほど前、乙女は自身の所属する団体から科せられた全てのクエストを達成後、突然空に浮かぶ龍識船の上から〈ピョーン!〉と飛び降り、そのまま行方不明となっていたのだという。

 彼女の事だから「まぁ死にはすまい」とは思われていたが、ようやく最近になって彼女の居場所を突き止め、そしてプリシラが迎えに来たのだという。

 

 もちろん以前から彼女を探していた……とは、実は言い難い。

 律儀にやる事を全て終えてから、責任を果たしたとばかりに彼女が逃げ出した後、捜索は特に積極的には行われていなかった。

 居なくなるなら、それでいい。ガンランサーなど、その程度の認識であったのだ。

 

 しかしごく最近になって、この国の近隣に、祖龍ミラボレアス襲来の情報が入る。

 団体とギルドは急ぎ乙女を捜索。そして今日ようやくここへやって来たのだという。

 

 この集会所の者達が、彼女を連れ去ったのだ――――

 彼女のG級ハンターとしての力欲しさに彼女を匿い、世界の危機などお構いなしに、我々から隠そうとしている。

 そんな濡れ衣と権力を盾に、乙女の強引な引き渡しを迫っていたのだ。

 

「対抗しうる可能性のあった狩人は、もう全て死にました。

 残すはG級ハンターであり、我が国最高のガンランサーであるソフィーのみ。

 彼女が祖龍と戦わない……、それはイコール、国の滅亡を意味します」

 

「かの龍は今も、あの古塔で待っている。

 まるで狩人が来る事を待ち続けているかの如く、じっとそこに留まっています。

 しかし挑む者が居ないと分かれば、かの龍は躊躇なくこの国を襲うでしょう。

 一度そうなってしまったなら……もう我々に、成す術などありません」

 

 その説明に、空気が凍り付く――――

 そして一瞬遅れ、まるで爆発したかのような混乱が集会所を包んだ。

 

「さぁ! 今すぐソフィーをお出しなさい!

 それともこの集会所のハンター総出で、祖龍に挑んでみますか!?

 貴方がた……、腕に自信はおありなのでしょうね?

 これはまさに国家存亡の危機! 拒否権などございません事よ!!」

 

 喚き散らす者、泣き叫ぶ者、そしてこの場から駆け出していく者。その反応は様々だった。

 腰を抜かしてへたり込んでしまう受付嬢の姿を見て、男の子が傍に駆け寄り、その肩を支える。

 

「……あぁ……あぁぁ……ッ」

 

 ガタガタと震え、焦点の合わない瞳で涙を流す受付嬢。

 しかしボソッと彼女が呟いた一言に、男の子が目を見開く。

 

「……私の……せいよ……。

 私が彼女を…………『ここから追い出そう』なんて、言ったから……ッ」

 

 その言葉を理解するのに、男の子は長い時間を要した。

 今も嗚咽を漏らして、ただただへたり込む彼女。その腕を掴み、プリシラが無理やり彼女を立たせる。

 

「 今なんと言ったのッ! 知っている事を全て話しなさいッッ!!!! 」

 

 腰から小刀を抜き、彼女の首筋に突きつけるプリシラ。

 やがて受付嬢は慟哭しながらも、ポツポツと語り出す。

 

「……私が集会所の女性たちに、ソフィーさんのしていた事を話したんです。

 そして、この子を預けておくのは望ましくない、と彼女達を説得しました」

 

「 !?!? 」

 

 驚愕に目を見開くプリシラと男の子。

 彼女達の目を見られず、顔を伏せる受付嬢。

 

「あのガンサー組だけの事ではなく……、

 ソフィーさんに手を借りていた多くの新人達による迷惑行為は、

 こちらから見ても大変目に余る物でした……。

 だから、彼らを手助けしたソフィーさんに全ての責任を取らせ、

 この子を彼女から取り上げ、集会所から追放してしまおうと……。

 そうする事で、寄生行為ばかり行う新人達の“拠り所“を無くせると……」

 

「……あっ、貴方はッッ!!!!」

 

 プリシラが投げ捨てるようにして彼女の腕を放す。受付嬢は再び床にへたり込み、ただただ嗚咽を漏らし続ける。

 私はなんて事を。私のせいでみんな死ぬ。私も殺されてしまう――――

 それは乙女への謝罪からではなく、ただただ“自分のせいだ“という罪の意識。

 そして悲劇的な状況にいる自身への哀れみ、死の恐怖によってのみで流している涙だった。

 男の子はその姿に、何かとても黒い感情が胸の中に湧き、そして直視したくない程の醜悪さを感じる。

 

「一刻も早くソフィーを見つけ出しなさいッ!!

 彼女はまだこの街のどこかに居るハズ!

 この場の全員で、草の根を分けてでも探し出すのです!!!!」

 

 プリシラの号令と共に、一斉にこの場から駆け出していく一同。

 この場に残る者達も、何か手掛かりを探すようにそこら中を引っかき回し始める。

 

「おいアイツの家はどこだ!? どこに住んでやがる!!」

 

「確か川のすぐ近くだった! ……でもそこも追い出しちまったんだろう!?

 街ぐるみで圧力かけて、家から出て行かせたって聞いたぞ!!」

 

「最近見たヤツはいねぇのか!? 加工屋のオヤジはどうだ!?」

 

「とにかく市民でも商人達でもいい!

 片っ端から訊いてこい!! さっさとしろ!!」

 

 狂乱――――まさにそんな光景だった。

 この場の誰もが目を血走らせ、イスやテーブルをなぎ倒し、「探し出せ」と声を荒げている。

 そうせねば俺達は死ぬ。アイツを差し出さなきゃ自分達は殺される。ミラボレアスという龍と戦わされ、全員喰い殺されてしまうと。

 乙女に貰った武具を身につけた者達が、「ヤツをギルドに差し出せ」と喚き散らしている。

 

 ふと男の子が視線を動かせば、そこには大勢のハンターたちに取り囲まれ、泣き喚きながら許しを請うている受付嬢の姿。

 罵倒され、罵られ、今にも引きずり回されんばかりに皆から責められいる。

 

「全部テメェのせいだ!! テメェのせいで俺らは!!」

 

「死ねッ! お前ひとりで死ねッ!! 今すぐ死んでこいッ!!」

 

 その光景を、男の子が見つめる。

 身動きも出来ず、ただ目を見開き、立ち尽くしたままで。

 

 ……何も考える事が出来ない。

 この状況を受け止める事も、理解する事も。

 

 ただただ眼前の、醜悪な光景を、男の子は見つめ続ける―――

 

 

 

…………………………

 

 

 

 

「 見つけた! 見つけたぞ!! 」

 

 やがて、息を切らせたひとりの男が、集会所へと駆けこんで来た。

 汗水をたらし、しかし心底安心したような満面の笑みを浮かべ、大声でそう報告する。

 

「オラ歩けッ!! さっさとしねぇかッ!!!!」

 

 やがて集会所の入り口に、縄で繋がれ、身動きを封じられた乙女の姿が現れる。

 髪は乱れ、白いドレスは汚れ、身体の至る所にある擦り傷。

 そして力なく項垂れたその顔には、おびただしい暴力の痕。

 綺麗な桜色だった唇からは、血を流しているのが分かった。

 

「おいテメェ! どこに隠れてやがった!!!!」

「俺達を殺す気かッ!!!!」

 

 背中を突き飛ばされ、床に倒れ込む乙女。そこにハンターたちが一斉に群がった。

 取り囲み、怒声を浴びせながら乙女を蹴りつける。

 顔に、腕に、腹に、次々に暴行を加えていく集会所の者達。重い打撃音が次々に鳴った。

 

「――――何をしているッ!! お止めなさいッッ!!!!」

 

 その集団に向かい、プリシラが突進していく。

 片っ端から殴り、蹴り飛ばし、顔面を吹き飛ばして全員を床に沈める。

 殴り倒された者達は呻き声すら上げておらず、残らず失神していた。

 その光景に、一瞬にして静まりかえる集会所。

 

「…………フン。間違いありません、ソフィーです」

 

 やがて乙女を仰向けに寝かせたプリシラが、その顔が“ソフィー“に間違いがない事を確認し終える。

 

「もうここに用はありません。

 行きますわよお前達。ソフィーを馬車に運びなさい」

 

 即座にプリシラのお付きの者達が駆け寄り、乙女を床から引き上げる。

 両の腕を持ち上げられ、まるで磔にされているような態勢で、力なく項垂れる乙女。

 身体のどこにも力が入っておらず、その姿は人形か、死人のように思えた。

 

「……(みそぎ)だよ。これは罪の禊だ」

 

 誰かがボソリと呟く。

 薄汚れ、ボロボロの姿で引きずられていく乙女の姿を見て、誰からともなくザワザワと言い始める。

 

「アイツG級だろ? 行って当然だろ」

「ここに逃げ込んでたんだろ? 手間かけさせやがって」

「ガンサーだもん。しょうがないよ」 

「こっちはいい迷惑よ、まったく。なんだってのよ……」

 

 これでよかった。俺達は正しい。

 そう同意を求め合うように、集会所の者達がざわめいている。

 

「……ゴミ溜めですわ、ここは」

 

 誰に言うでもなく呟いた後、プリシラは集会所の者達に向かって告げる。

 

「お騒がせ致しましたわ皆さんっ!

 貴方がたとは、もう二度とっ! 会う事は御座いませんでしょ~うっ!

 それでは皆さま方っ、ど~ぞ良きハンターライフをっ♪♪♪」

 

 ニコッと花のように笑い、プリシラが上品に一礼する。

 そして用は済んだとばかりに踵を返し、この場から立ち去ろうと踏み出そうとした、その時。

 

「――――」

 

 ふいにクイッと裾を引っ張られ、何事かと目線を下げるプリシラ。

 

「…………」

 

 足元に目をやってみれば、そこに立つのは狩猟笛を背負った、幼い男の子。

 

「……………おっ……」

 

 感情のない無垢な顔。めいっぱい見開いた瞳。

 そして今、両の頬を伝い、床に落ちた涙。

 

「おねぇさん、を…………かえし、て………」

 

 怖い――――と、そう感じてしまう程の、純粋無垢な瞳。

 怪訝な顔で目線を合わせたプリシラが、その顔を一瞬で硬直させる。

 

「かえし、て……。おねぇさん、を。

 ……ぼくの、あいぼう……なの。

 ……ぼくの……だいじな、仲間なん、だよ……?」

 

 凍り付き、静まり返る集会所。

 やがて一人の女性ハンターが男の子に駆け寄り、身体を持ち上げようと、しがみつこうとした。

 しかし……。

 

「――――――さわるなぁーッッ!!」

 

 切り裂くような声を上げ、男の子がその者を弾き飛ばす。

 信じられないような強い力で。

 

「さわるなッ! おまえたちなんかに! ふれられたくないッ!!」

 

 床に倒れ込み、驚愕する女性ハンター。

 そしてそれは、集会所の者達も同じ。

 

「なにがハンターなの!? その武器はなんなの!?

 そんなもの、いったい何のために担いでるの!?

 ――――だれも守れない! たたかいもしない!

 みんなでそれを、だれかに押し付ける!

 ほんとのハンターなんて、ここにはひとりもいないッ!!」

 

 激昂――――

 

 

「おねぇさんを返してッ!!

 おねぇさんが居なくなるなら、ぼくもう、狩りなんてしない!!

 おねぇさんを取っていく狩りなんか、だいきらいだ!!

 ――――――ハンターなんかッ、だいきらいだッッ!!!!」

 

 

 

 天を見上げ、男の子が泣く――――

 そして背負っていた狩猟笛を、決別するように床に叩きつた。

 

 こんな物に、意味なんて無い。

 無力で、誰も守れない、何の意味もない物なのだと。

 胸を引き裂くような慟哭の声が、集会所に響いた。

 

「……てめぇッ! クソガキッッ!!!!」 

 

 一人の男性ハンターが駆け寄り、男の子に拳を振り上げる。

 もう一時たりともこの泣き声を聞きたくない。

 心が潰れる。黙らせたい。そんな衝動がさせたのだろう。

 

 殴られる。その場の全ての者がそう思った。

 今天井を見上げて泣き続けているあの子は、次の瞬間、壁に叩きつけられてしまうと。

 しかし。

 

「ッぐぅべっっ――――――」

 

 

 …………分からない。この場の誰にも、その動きが見えず、何が起きたのか理解が出来なかった。

 

 しかし今彼らの前には、轟音を伴ってテーブルをなぎ倒し、吹き飛んでいった男の姿。

 そして男の子の前に悠然と立つ、“乙女“の姿があった。

 

 

………………………………………………

 

 

「―――――」

 

 

 息を吞む――――とは、こういう事をいうのか。

 その場にいる全員が、ただ一言も言葉を発する事無く、その光景に見入っている。

 それほど壮言な、犯しがたい光景だったのかもしれない。

 

「……おねぇ……さん?」

 

 満身創痍の身体、ボロボロになったドレス、血の滲んでいる顔。

 それでもなお、彼女は美しかった――――

 男の子を見つめる瞳には、親愛。

 そして触れるのも躊躇わせるような、この上ない“真剣さ“が宿る。

 

「おねぇ、さん……」

 

 瞳から、ポロポロと涙が零れる。しかしそんな事も気にせず、男の子はただ乙女を見つめ続ける。

 

 ――――言葉が出ない。

 何かを言おうとしても、口を動かす事が出来ない。

 まるで不思議な何かに囚われてしまったかのように、男の子は、動く事が出来なかった。

 

「――――」

 

 やがて乙女が、男の子から視線を切る。そして集会所の者達の方へと向き直り、スタスタと歩いて来た。

 

「……ヒッ!!」

「ヒィッッ!!!!」

 

 思わず後ずさる一同。

 触れる事の出来ぬ壮言さを纏い、乙女がまっすぐこちらへと歩いてくる。

 絶対的な空気、重圧を伴うほどのカリスマ。

 弱者としての本能が恐怖を感じ、海が割れるようにして集団が割れる。乙女の為の道を作る。

 ――――殺される。

 この場の全員が、そう直観する。

 

 しかし乙女はただ集団を通り過ぎ、床に落ちたままの“狩猟笛“を拾い上げる。

 そしてそのまま踵を返し、男の子の前へと戻って行く。

 弱者たちの群れは、その姿を見ている事しか出来ない。

 

「……えっ」

 

 ポスッと、手渡される狩猟笛。

 男の子はキョトンとした顔で、思わずという風にそれを受け取る。何も分からないままに。

 

 今目の前には、真剣さを称えた瞳で自分を見つめる、乙女がいる。

 大切な相棒。暖かくて優しくて、だいすきな人。

 そんなこの人が今、ぼくの眼を見ている――――

 

 何も言わず、何も語らず。

 万感の想いを込め――――――ぼくに狩猟笛を、握らせた。

 

「――――」

 

「――――」

 

 二人は見つめ合う。

 まるで二人の周りだけ、時が止まってしまったかのように。

 

 

 やがて男の子は、小さく頷く。 ありったけの親愛を込めた瞳で。

 

 大事な狩猟笛を、しっかりと胸に抱いて――――

 

 

…………………………

 

 

 

 

「―――――プリシラ、行こう」

 

 

 乙女が目線を切り、プリシラに向かい直る。

 そしてそのまま歩き出し、あっという間に集会所の出口をくぐって行った。

 

「ちょっ、おっ! ……あっ!!」

 

 取り残され、アタフタしながら乙女を追いかけるプリシラ。

 やがて少し遅れてお付きの者達も走り出し、この場には、いつもの集会所の面々しか居なくなる。

 

 ここまでが、約5秒ほど。

 一瞬のうちに、この集会所での騒動の全てが終わる。

 そして唐突に、この場に平穏が戻った。

 

 

「……………」

 

「……………お」

 

「………あっ、え」

 

 

 ただただ皆、その場に立ち尽くす他ない。

 

 全ての者たちの心を、置き去りにして。

 

 

……………………

………………………………………………

…………………………………………………………………………………………

 

 

「はぁい坊や♪ ご機嫌いかがかしら?」

 

 あの騒動の日から2日後。

 加工屋帰りだった男の子のもとに、あのG級ハンター、プリシラが現れた。

 

「……なんてね。こんなのはただの挨拶。

 ご機嫌でたまるか、って話ですわよね」

 

 肩をすくませ、プリシラは苦笑する。

 その様子はあの時に見た高圧的な物ではなく、どこか男の子の事を、気遣っているように思えた。

 

「探していましたの、貴方を。

 もうこの街に来るつもりは無かったんですけれど……。

 恥をしのんで、というヤツですわ」

 

 そう言って、プリシラはベンチの方を指さす。

 キョトンとした男の子を置いたまま、自分だけさっさとベンチに向かう。

 その無視して帰れないタイプの雰囲気に、男の子も少し遅れて追従する。

 いつもの事だが、この子は大変に付き合いの良い子なのだ。

 

「先日は、大変失礼致しました。

 詮無き事とはいえ、貴方の事情も知らず、配慮が足りませんでしたわ……」

 

 そう言って、頭を下げる彼女。

 男の子はその姿を、黙って見つめている。

 

「あの加工屋のオヤジに聞いたのだけれど、

 貴方ソフィーに“プリティ“と呼ばれているそうですわね?

 わたくしの名は“プリシラ”。……ふふっ、少し似ていますわね♪」

 

 プリシラは笑う。

 しかしその笑顔は、どこか力の無い……悲しそうな微笑みに見えた。

 

「わたくしは、ソフィーとまともに話した事はありませんわ。

 愛称で呼び合うなど、とてもとても。

 だからね? 少し……ほんのちょびっとですけれど、羨ましく思うんですの」

 

「というのもね? わたくし昔は“ガンランサー“でしたのよ。

 今はランスなど握っておりますけれど」

 

 男の子の目が開く。続きを促すような事はせずとも、話を聞きたがっている様子が見て取れた。

 

「ガンスは…………キッツイですわ。

 取り回しもさることながら、握るには信念が必要な武器です。

 例えば、この世界全てを、敵にまわすような……。

 自分ひとりきりで、この世界を生き抜くような……。

 そんなが覚悟がいる武器、なのかもしれません。

 わたくしにはその覚悟が、無かった」

 

「――――折れましたわ。心が。

 彼女と違い、早々に担ぐのを止めました。

 わたくしには、この気持ちひとつで世界と戦う覚悟は、持てなかった……。

 今は手慰みのように、ランスを握っておりますの。

 まぁなんだかんだと、楽しくやれていますけれど」

 

「……だから、かもしれませんわ。

 わたくしがソフィーを、眩しく思うのは。

 別に言ったりしませんし、話す事も無ければ、会う事すら稀ですわ。

 それでもわたくしには……彼女が眩しく見える。

 その身ひとつ、銃槍ひとつで世界と向き合う、ソフィーが」

 

 プリシラが空を見上げる。

 この場ではない、どこか遠くの空を見るようにして。

 

「それを羨ましいとは、ぜんぜん思いませんわ。

 あんな生き方……たとえ生まれ変わってもしたくありませんわよ? わたくし。

 ただでさえあの子、貧乏農村に生まれ、その上、村を追い出されてますのよ!?

 そこからガンス一本担いで、11の時から集会所巡りでしょう!?

 とてもじゃありませんが、生きてける自信が無いですわ……」

 

「ゴミを見る目で見られるのも! クズ扱いされるのもゴメンですっ!

 あんな生き方が出来るのは、きっとソフィーくらいですわ!!

 ガンランスが好きで好きでたまらない……。

 そんなソフィーだったからこそ、出来た生き方なのでしょう――――」

 

 

 プリシラがベンチから立ち上がる。

 そして自身のポーチから、小さな機械のような物と、一枚の便せんを取り出した。

 

「帰ります。少しおしゃべりが過ぎましたわ。

 この機械はわたくしからの餞別。

 便せんは…………読めば分かりますわ」

 

 

…………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

【プリティ、“ガンランスを教えて“、と言っていたな。

 その約束をいま、果たしてこようと思う。】

 

 

【危機に対して立ちはだかり、絶望を穿つ。

 この大きな盾と銃槍は、きっとその為に作られたんだ。

 私はつまらない女だけれど……、ガンランスの事ならば、教えてあげられる。】

 

 

【君がいいんだ。

 君にガンランスの事を知ってて貰えたら、私はそれでいい。】

 

 

【他の誰にでもなく、だいすきな君に。

 それだけで私は、戦えると思う――――――】

 

 

 

………………………………………………

 

 

 古い塔の上。

 空はドス黒い雲に覆われ、辺り一面に赤い瘴気が立ち込める。

 そこに今、祖龍ミラボレアスが鎮座し、一人の人間と向かい合っていた。

 

 ミラボレアスはゆっくりと立ち上がり、その魔眼で人間の姿を見つめる。

 対して人間は棒立ちのまま。武器を構える事も無く、ただ祖龍の方へと歩み寄り、その顔を見上げた。

 

「待っていたんだろう……、私を」

 

 ミラボレアスは、静かに人間を見つめる。

 乙女も静かな表情で、目の前の龍を見つめている。

 

「ずっと何百年、何千年もの間……、

 自分を倒せる誰かを待っていたんだろう……? お前は」

 

 何気なく、ほんとうに何気なく歩み寄り、乙女がその手で龍の身体に触れた。

 慈しむようにして、そっと龍の鱗を撫でた。

 

「待っていたんだろう? “ガンランサー“を。

 自分の所にやって来るのを……ずっと待ってたんだ」

 

 ミラボレアスは、ただ見つめている。

 決して動く事無く、まるで乙女の話に聞き入っているかのように。

 

「お前とこうして会う為に、ガンスを握ってきたのかもしれないって……、

 そう思う」

 

「私は……寂しかった。 今までずっと寂しかったんだ。

 ……お前もそうなんだろうミラボレアス?

 ずっとひとりで、寂しかったろう? …………待たせて、済まなかった」

 

 やがて乙女は、名残惜しそうに、その手を降ろした。

 龍に対して背中を向け、そして少し歩いた所で、ゆっくりと振り返る。

 

「さぁ戦おう、ミラボレアス。

 私が、お前の待ち望んでいた相手だよ」

 

 乙女が静かに、ガンランスを構えた。

 

「――――私がお前の、“天敵“だ」

 

 轟く、ミラボレアスの咆哮。

 天地を割るような轟音は、戦いの開始を告げる音。

 

 震える程の、歓喜の声。

 

 

「 私が――――ガンランサーだッッ!!!! 」

 

 

 

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 

 

 男の子が、ゆっくりと狩猟笛を構えた。

 

 目を閉じ、腰を落とし、リズムに乗って身体を揺らしていく。

 

 

「――――――――――――♪♬♬――――♪♪♬♬――――♪♪♪」

 

 

 響き渡る笛の音。

 美しい旋律が、辺りを虹色に染める。

 

 その中心で、男の子が舞う。

 音を感じ、大切な誰かを想いながら、狩猟笛を奏でていく。

 

 

「――――――――――――♬♪♬――――♪♪♬♬――――♪♬♪♪」

 

 

 

 目を閉じ、彼女を想う。

 

 今もひとり遠くで戦う、だいすきな乙女の事を想う。

 

 男の子の足元には、あの女性から貰った、機械。

 

 ピカピカとランプが点滅し、その美しい音色を、乙女のもとへと届けた――――

 

 

 

 

……………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

 ――――――フルバースト。

 

 装填された全ての砲弾が、一斉にミラの口内に放たれる。

 

「 オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛オ゛オ゛ア゛ア゛ッッッッ!!!! 」

 

 そして舞い上がる、凄まじい爆炎。

 

 勢いよく吹き飛び、何度も地面でバウンドする乙女の身体。

 そして城壁にぶつかり、ようやく制止した。

 盾もガンランスもすでに手放し、倒れ伏したまま、乙女は動かない。

 

 そんな瀕死の彼女を余所に。

 ミラボレアスの身体が、ゆっくりと傾いていく――――

 

 

「…………………………ぷ、プリティ……」

 

 

 天を仰ぎ、最後にどこか満足気な声を上げて、祖龍ミラボレアスが身体を横たえていく。

 黒雲が晴れ、天から光が差し込み、古塔に居る二人の身体を照らした。

 

 

 

「……お前も、聴いたか? ……あの笛の音色を」

 

 暫くし、ゆっくりと乙女が身体を起こしていく。

 左腕はへし折れ、身体中が血に染む。それでも必死に足を引きずりながら、祖龍のもとへと歩いて行った。

 

「あれは私の相棒……。プリティの物だ」

 

 やがて乙女は祖龍のもとへとたどり着き、その首もとを優しく撫でた。

 そして己の身体を預け、寄り添うようにして、ミラボレアスを抱きしめる。

 

「楽しかったんだ……、プリティと出会えて。

 プリティといられて、……私は幸せだった」

 

「最後の力は……、あの子に貰った。

 あの子に出会わなければ、きっと勝てなかった。

 ……それが……お前と私の差だったのかもしれない……」

 

 優しく抱きしめ、頬を合わせて頬ずりする。

 まるで動物の親子がするような、そんな原始的な慈しみ方。

 

「プリティはな? 凄いんだぞ?

 あんなに小さいのに、もう狩猟笛の達人なんだ。

 あの子の笛は、心に届く……。 暖かい気持ちになったろう?」

 

「それとな? プリティは、とっても可愛いんだ。

 この前だって、私が街頭に立っていた時な?

 寒さで凍えていた私を、夜なのに迎えに来てくれたんだよ。

 それとな……?」

 

 絶え間なく続く、大切な男の子の話。

 しかしその幸せな時間にも、やがて終わりが訪れる。

 

 乙女の声から、次第に力が無くなっていく。

 身体を支えている事が、ミラを撫でてやる事が、出来なくなっていく。

 

 

「なぁ……、今度生まれ変わったら……、パーティを組もう」

 

「そうだなぁ……、お前は頑強な鱗と、強力な火砲。そして鋭い爪を持つ。

 ……なんかガンランサーみたいなヤツだから、

 お前はガンランスを握ると良いぞ?」

 

 乙女の瞼が、ゆっくりと閉じていく。

 その口元に、心からの幸せな笑みを浮かべて。

 

 

「そして私も、またガンランスだ……。

 そこにプリティを入れての、三人パーティだぞ?

 あの子ならきっと、お前も受け入れてもらえる――――――」

 

 

 

 最後の力で、ミラの頬を撫でた。

 

 乙女の身体がゆっくりとずれていき、ドサリと音を立て、地面に倒れていった。

 

 

 

 

……………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

 

 集会所は、今日も賑やかな声で溢れている。

 

「――――お前、笛使いか?」

 

 そんな中、男の子は白い髪の女の子と出会った。

 席に着き、何気なくこの光景を眺めていた所、唐突にこの子が声を掛けてきたのだ。

 

「ここにソロの笛使いがいる、と聞いた。

 お前がそうか? 少年」

 

 男の子は口をポカンと開け、その女の子を見つめ返す。

 いや、幼女だ。女の子というより、この子は紛れも無い幼女だった。

 大人びた口調で「少年」と言っているものの、その年齢は明らかに男の子とどっこいどっこいなのだ。

 

「……えっと、そうだよ? きっとぼくの事だとおもう」

 

「ならば話は早い。 貴様、時間はあるな?」

 

 許可も取らず、「えいやっ」とばかりに椅子によじ登る幼女。そして男の子の隣の席に着く。

 

「貴様の事が知りたい。

 なんでも構わん。 さぁ、何か話せ」

 

 唐突に意味の分からない発言をする幼女。しかも唐突なばかりか、どことなく俺様的な雰囲気すら醸し出している。唯我独尊だ。

 

「えっと……ぼくのことがいい? それとも狩猟笛のことの方がいいかな?」

 

「どちらも聞こう。だがまず貴様自身の事からだ。

 何を見、何を食い、何をして生きてきた? さぁ話すがいい」

 

 本当ならばここで「ギャー!」とか言って逃げ去ってしまっても良いのだが……、しかし男の子は大変に付き合いの良い子である。

 このくらいの事、へのかっぱなのだ。

 

「それでね? HR1のときの緊急クエストでね?」

 

「その猿は、そこまで強かったか?

 不甲斐ない相棒を持ち、貴様も苦労をしたのだな……」

 

 独特の雰囲気を持つ幼女に対し、ニコニコと笑顔で語り続ける男の子。

 口調こそは大人びた物だが、女の子はエピソードを聞く度に「おー」だの「ほぉー」だのと様々な顔をし、その純粋さ無邪気さはまごう事無い子供特有の物。

 真剣に聞き入る女の子の様子に、男の子の話も熱の籠った物になっていく。

 

 男の子がこんなにも元気に誰かと話すのは、あの時以来。

 きっともう、1か月ぶりくらいの事かもしれなかった――――

 

 

 

 

 あれからも男の子は、この集会所でハンター家業を続けている。

 

 あの騒動があってからというもの、集会所の雰囲気は変わった。

 そして今はギルド本部の指導のもと、従業員やハンター達に対する新しい規則やルールが出来始めた。

 

 残念ながら大勢のハンター達が、あの日以来この集会所から姿を消していった。

 罰則を受けた者や、自信を喪失し集会所へ来なくなった者など、その理由は様々だ。

 しかし今日も集会所は活気で溢れ、また以前のような姿を取り戻しつつある。

 そして今も完全とは言えないものの、少しずつではあるが、狩場の状況は改善しつつあった。

 

 誰もが共に戦う仲間を気遣い、思いやり、そして気持ちよく狩りが出来る。そんな日が来ると良いなと男の子は思う。

 

 

 乙女がひとり旅立っていったあの日から、男の子はソロでの活動を続けている。

 あれからも声を掛けてくれるハンター達はいるが、その誘いは全て、丁重にお断りしている。

「今はやれる所まで、ひとりでやってみたい」と言ってお引き取り願っているものの、その理由は半分本当、そして半分は間違いだ。

 

 ――――男の子は今日も、ここで彼女を待っている。

 いつも一緒にゴハンを食べ、共に笑い合っていた、この席に座って。

 

 

 乙女が出発して一週間ほどたった時、彼女が乗って行った飛行船が、ミラボレアスの手によって撃墜されていたという事を聞いた。

 それが“行き“なのか“帰り“なのかは分からない。ただ乗っていた乗員の生存は絶望視。

 危険な場所である事もあり、救助の目処は一向に立っていない状況だ。

 

 しかし、その後また一週間ほどがたった時、突然“祖龍ミラボレアスが討伐された“という情報が飛び込んで来た。

 討伐をしたのは、ギルド屈指の精鋭ハンター達であったという。

 男の子は見てなどいないが、とても派手な凱旋パレードも行っていたそうな。

 

『残念ながら現地はとても危険な環境にあり、倒した祖龍の死骸や素材を持ち帰る事は出来なかった』そうだが、ミラボレアスは倒され、もうこの国に脅威をもたらす事は無い。

 尊い平和は守られたのだ、そうギルドは国民に宣言した――――

 

 

 

「――――ほほう、やはりその相棒は、

 貴様にとって苦労の種だったのではないか?」

 

 ウムウムと頷き、腕を組んでいる女の子。

 

「不憫だったな、笛使い。

 頭を撫でたり、泣き止ませたり、立場が逆になっているではないか」

 

 そう言われると反論は致しかねるのだけれど……それでも楽しい思い出が沢山あったのだと、男の子は語る。

 その顔は、心からの笑顔。心底嬉しそうに乙女との思い出を聞かせる。

 

「……ふむ。 そうか、貴様がそう言うのならば、致し方ない。

 では(おれ)が貴様らの一味に加われば、多少はマシになるな?

 我ら二人揃えば、その情けないらしき大事な相棒とやらも、

 少しは制御が出来よう」

 

「えっ」

 

 突然の“決定“に、思わず声を漏らす男の子。

 白髪の幼女は、今も満足そうにウムウムと頷いている。

 

「ちょ……ちょっとまって!

 あのね? ぼく今はソロでやっているのっ。

 それにね? そのガンスのおねぇさんはね……?」

 

「ん、ガンサーの事か? ふむ、ならば暫しここで待て。

 我は今でも多少飛べるゆえ、ついヤツを置いて先に来てしまったが……、

 そろそろこの場に、辿り着く頃合いぞ?」

 

「え」

 

 その言葉と同時に、集会所の扉が開く。

 

「ほれ、やって来おったわあの腐れガンサーめが。

 では主との打ち合わせ通り、我は暫しのあいだ黙っておるゆえな。

 後は好きに話すが良いぞ、“笛使いのプリティ”よ――――――」

 

 

 

 

………………………

………………………………………………

 

 

 

 

 あの日、安らかな表情で力尽き、ミラボレアスの傍らで倒れたガンランサー。

 

 その身体を突如、白い光が包み込む。

 それと同時に龍の身体が眩しい光を放ち、次第にその形を、小さな小さな人型へと変えていった。

 

 やがて眩しい光が止み、辺りに静寂が戻った時……そこにあったのは地面に横たわり、小さく胸元を上下させている乙女の姿。

 そして彼女の傍らに立ち、その様子をジッと見つめる、一人の女の子の姿であった。

 

『大事は無いな? ガンランサー。

 いや、我が主よ』

 

 乙女の目が、ゆっくりと開く。

 そして未だ状況をつかめないまま、眼前の白髪の少女をぼんやりと見つめる。

 

『パーティを組む、……先ほどそう言ったな?』

 

 深く息を吸い、ため息にして吐き出す女の子。

 そして静かに目を開き、まっすぐに己の主を見つめた。

 

『待てぬよ、生まれ変わりなど……。

 我は今すぐ、その男の子に会いたい――――――』

 

 

 

 

………………………………………………

 

 

 

 

「あのっ……、私とパーティを、組んで……下さい」

 

 

 一人の女性が、男の子に声を掛けた。

 

「えへへ。今度会ったら、私から言おうと心に決めていたんだ。

 しっかりと練習もしてきた。完璧だ。

 聞いてくれるか? プリティ」

 

 その女性は、キラキラと輝くブロンドの髪。

 白いドレス、静かな優しい声。

 そして背中には“ガンランス”を背負っている。

 

 

 

「ガンランスを使います。でもちゃんと、気をつけて撃ちます。

 私といっしょに、狩りに行きませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――Fin―――

 

 

 



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Epilogue&番外編
明日が見えなければオレのガンランスに付いてこい。






 

 

 午前10時、ギルド本部所属のG級ハンターであるプリシラは、現在自宅のお屋敷にて優雅にティーを嗜んでいた。

 

「………………」

 

 ……いや、その表情や仕草こそ優雅ではあるが、チラチラと時計の方を気にしていたり、いつも以上のペースで紅茶を消費していたりと、そこはなとなくソワソワと落ち着きのない様子が見て取れる。

 ついでにボソボソ「まだですの……まだですの……」と呟いている始末。

 

「わざわざこの時間に“時間帯指定“をしてまで頼んでおいたと言うのに……。

 あぁ……パパやママが帰ってきたら、いったいどうしますの……?」

 

 そうなのだ。現在プリシラは荷物を待っている。

 本日クロネコベルナ宅急便から届く、自分宛の配達物を今か今かと心待ちにしているのだ。

 もちろん、お急ぎ便の代金引換で。

 ちなみにプリちゃん、実家住みである。

 

\ ピンコーン♪ /

 

「 !? 」

 

 スカートの端を摘まみ、まるでディアブロスのようなダッシュで玄関に突進していくプリシラ。優雅とかもう知ったこっちゃない。ドドドドと轟音を上げて突き進む。

 

「――――ご苦労さまですわ配達員の方ッ!

 はい、こちらはお代金っ。おつりの心配は御座いませんわっ。

 はい……! はい……! こちらにサインすればよろしいのね!? スラスラスラッ!!

 はい確かに♪ ありがとう存じますわ紳士さんっ♪

 それではごきげんよう! 気をつけてお帰り下さいませっ! 御身に栄光あれっ!!!!」

 

 嵐のような勢いで受け取り作業を済ませていくプリシラ。

 荷物を受け取り、バコーンと玄関を閉め、再びドドドと廊下を駆けていく。そして電光石火で自室のドアをくぐった。

 

「ハァッ……! ハァッ……! やりましたわ……!!

 さすがクロネコベルナ宅急便……。

 梱包も完璧、ちゃんと伝票にも“健康器具“との明記……。

 これなら“何を買ったのか“など、万が一家族に見られてもバレる心配は……!」

 

 実家住みへの素晴らしい配慮ですわっ!! そんな風に喜びながら、荷物を頭上に掲げてクルクルと回る。

 まるで最上のダンスパートナーと巡り会えたかのように、「アハハ! アハハ!」と花のように笑う。

 今バックにお花畑的な背景があれば、とても絵になった事だろう。ここは自室であるが。

 

 そして突然「カッ!!」と目を見開き、急いで荷物の開封作業に移るプリシラ。

 まるで情緒が不安定な人のように、恐ろしいまでの緩急をもって真剣に段ボールを開けていく。さっきまでとは別人のような顔だ。

 

「――――ッ!! ――――ッ!!」

 

 大事に扱うよう配慮しながら、中身を取り出し、即座に説明書に目を通す。

 そして同封されていた乾電池をセットし終えたプリシラは、意気揚々と中にあった物を腰だめに握り、手元のスイッチをグイッと押した。

 

――――チュドーーンッ!!

 

\ ペッカー! /

 

シュゥゥ~~……

 

 

 

「………………」

 

 しばしの間、自分の手元を見つめ続けるプリシラ。

 その顔はまったく感情のない、“真顔“だ。

 

 ……現在プリシラが握っているのは、いま世間で話題沸騰中の“禁煙ガンス“という物。

 ボタンを押せば先っぽがピカピカと光り、そして疑似的な砲撃音と共に、水蒸気の煙が出るという優れ物。

 その形状はマイルドなデザインながら銃槍チックな形をしており、武器種別としてはランスに分類されている商品だ。

 

 砲撃のような危険性は皆無で、ガンランスのように誤って仲間を吹き飛ばしてしまう事は無い。

 屋内での使用だってOK。火災の心配もまったく無い。

 だって出るのは、疑似的な光と音。そして水蒸気の煙なのだから。

 必要なのはタンクの水と、単三電池2本だけ! それだけで今日から貴方も、ガンランサー気分が味わえるのだ!

 

 ま さ に ッ !! 普段「ガンスを握りたいけど親に止められている」「憧れはあるけど、周りに気をつかう」という事情を持つ人や、「ガンスをやめたいけれど、中々やめる事が出来ない」といったガンランスの中毒性に悩んでいる人達の為のガンランス!(槍)

 

 プリシラが家族に内緒でコッソリ注文し、そして現在真顔で握っているのは、そんな商品であった。

 

「…………………………え……えへへっ♪」

 

 チュドーン。 ペッカー!

 チュドーン。 ペッカー!

 

 ……その日、家族が帰ってくる時間まで、プリシラは自室で禁煙ガンスのボタンを押し続けた。

 

「えへへ……♪ えへへ……♪」

 

 恍惚の表情を浮かべ、無邪気に笑うプリシラ。 ビックリするほど消費していく乾電池。

 ちなみに二日後“音でバレてしまい“、お父さんお母さんに怒られたプリシラは、ごはん抜きの刑に処された。

 

 ……没収されるのだけは、なんとか回避に成功。

 頑張って泣き落としたのだった。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 武器の強化などを加工屋さんにお願いする時、場合によっては2日ほど時間のかかる事がある。

 その時の込み具合にもよるけれど、たいがい加工屋さんに武器を預ける時は、一日二日は狩りに行けない事を覚悟する必要があった。

 ひとつの武器を大切に使い続けている乙女や、男の子であれば、それは当然の事。

 

 しかしながら、当然その一日二日は、暇だ。

 ではこの二人がその間、いったい何をしているのかというと……。

 

 

「 ――――おい見たか笛使いッ!!

  死におった! 膝からキレ~に崩れ落ちよったぞ、あやつッ!!!! 」

 

 現在乙女は、ソロでババコンガと対戦中。

 そして今、ニャゴニャゴと荷台で運ばれていく最中である。

 

「……へ、屁をっ! 屁を喰らって死におったッ!!

 ババコンガの屁をバックステップで躱そうとするも、距離が足りず!

 膝から崩れ落ちるようにして死におったぞ!!」

 

 それを見ていた幼女こと、ミラ・ルーツちゃん。

 驚愕に目を見開きつつ、男の子の肩を叩いて爆笑している。男の子はあんぐり顔だ。

 ちなみに今二人の首からは、このクエの参加者でない事を示す“ゲスト“と書かれたカードが下げられている。

 今日の男の子とミラちゃんは、二人して乙女のソロ狩りを観戦中であった。

 

 現在乙女は、そのガンス一本を頼りに、G級ババコンガと対戦している。

 身に纏うは、潔いまでにインナーのみ。いわゆる“防具無し縛り“での挑戦であった。

 

「ここまで無様な死を、(おれ)は見た事がないっ!

 バックステップの距離をミスり、ババコンガの屁を喰らい死ぬッ!!

 一撃でだ! 体力MAXの状態から、屁の一撃でキレイに死におった!!

 これまで優位に戦いを進めておきながらっ! ……なんと、なんというッ!!!!」

 

 狩場に〈ボフーゥ!!〉という音が鳴り、フワッと黄色い霧に包まれた瞬間、膝から崩れ落ちた乙女。

 ちゃんと屁を躱そうとバクステしていた所が、余計に切なさを増す。

 

 屁をよけ損ねて、死んだ――――

 このG級とかいう大層な位置にいる女は、いま敵の屁をよける事が出来ずに、死んでいったのだ。

 そりゃミラちゃんも大興奮するのだ。

 

「あっ……あれは本来……っ! “いやがらせ“の(たぐい)であろう……!?

 屁で敵に匂いをつけ……飲食物を食わせんようにしようという……っ!

 そっ……それで死んだと言うのか! あの女はッ!!!!」

 

 もう笑い過ぎて腹筋がエライ事になっているミラちゃん。対して男の子はポカンとしたまま。

 

 ――――どんな攻撃であれ、当たれば即死!!

 もうそれが屁であれネコパンであれ、喰らえば即キャンプ送りされるのが、このG級クエスト防具無し縛りだ。

 

 モンスの足踏みでちょっと踏まれるだけでも、体力の半分くらいダメージを喰らう。

 ちなみに、もし仮にラギアクルスの攻撃でもガードしよう物なら、それだけで瀕死となる。もしくは乙る。

 そう……ガードをする事すら、許されないのだ!!

 躱せる足を持たないからこそ! ガンランサーは、ガードをするというのに!!

 

 そして“防具が無い“という関係上、業物や砲撃王に代表されるスキルも、一切つけられない。

 実は防御力が1である事以上に、切れ味対策が不可能な事や、火力の減退も非常にキツかったりする。

 

 そんな素敵な素敵な、ガンランス“防具無し縛り“。

 乙女は男の子と狩りに行けない日は、いつもこんな事をしていた。

 

 ちなみに下位クエ上位クエに関しては、乙女は既にそのキークエスト全て、そして全ての個体を防具無し縛りでクリア済みだったりする。

 もちろん使う武器の強さは、律儀にそれぞれのランクに合わせて。

 ☆6のクエストならば、☆6で製作可能なガンランスで~、という風におこなっている。

 

 

「おぉ! ヤツか帰ってきたぞ笛使い!

 元気にこの場へ戻ってきおった!! 恥ずかしげも無く!!

 いやぁ~臭いが消えてよかったのぅ主よ!

 一度乙った事で体調は万全! 臭いままでは、戦えなんだ所よ!!」

 

 そう言った傍から屁を喰らい、膝から崩れ落ちてキャンプに運ばれる乙女。

 

「――――ッ!? ~~~~ッッ!!!!」

 

 ボフッ。 くさっ!! ガックゥ~! と、そんな見事な三挙動。

 もう息が出来ないほど爆笑するミラちゃん。

 

 男の子も…………これにはちょっと笑った。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「……今日もなんとか勝つ事が出来ました。

 これも皆様のご声援のおかげと存じます。

 かしこみかしこみ、申す」

 

 ところ変わって、ここはいつもの集会所。

 狩場から帰還した乙女たち三人は、現在酒場で夕食を囲んでいる。

 あの後なんだかんだとババコンガの討伐に成功し、今は軽い祝勝会の最中だ。

 

「本日、私のトラウマメモリーに、新たな1ページが追加された。

 私をキャンプに運んだ後、猫たちがみんな、鼻を摘まんで立ち去って行くんだ。

 人間の尊厳を教えてくれ」

 

「どんまい、おねぇさん」

 

 白目を剥く乙女の頭を、よしよしと撫でてやる男の子。ミラちゃんは骨付き肉をカプカプしている。

 

「あの2乙から立ち直った貴様が、

 ババコンガの屁をばんばんジャストガードし始めた時は爆笑したぞ。

 さすが我が主。人は盾で屁を弾けるのだな」

 

「人間には無理だ。だがガンランサーには出来る。

 迫りくる屁に対してカウンターを決められる唯一の存在だ」

 

「できなくていいよ」

 

 あの再会の日から、こうして三人で夕食を囲むのが彼らの日常となっている。

 ガンランサーの乙女、笛使いの男の子、そしてヘヴィ使いのミラちゃんの三人PT。

 人も羨むような、そんな仲良しパーティと言えるだろう。

 

 ……ちなみにミラちゃんがヘヴィを握っているのは、その身体能力が理由だ。

 実は最初は乙女の勧め通りにガンランスを握ってみたのだが、試しに一振りしただけで“ガンスがぶっ壊れる“という、驚異の腕力である事が発覚。

 その後ミラちゃんは、あまり腕力は関係ない武器であるヘヴィ使いへと転向する事となったのだ。

 さすが元、祖龍ミラボレアスである。

 

 実はミラちゃんが仲間に加わった事で、あの二人と交わしていた「二人分、席を空けておいて」という約束が果たせなかったりするのだが、そこは改めて二人にしっかり了承を取り、今後臨機応変にやっていきたいと思っている。

 5人でいわゆる“猟団“の形をとっても良いし、なんだったらミラちゃんはちびっ子だし、頭にネコミミでも着けたらオトモアイルーみたく狩場に連れて行けるんじゃないかな~とか思っているのだが……。

 まぁそれは出来ないにしても、5人で上手くやっていけるよう、しっかり思案していくつもりだ。

 

「被弾が2かい……とかんがえれば良いけれど、三かい目でアウトなんだもんね」

 

「そう、だから今回も危ない狩りだった。

 ババコンガは得意な方だと思っていたけれど……。やはりキツかったな」

 

 そもそも、“一発も喰らってはいけない“というのが、盾持ち職の大原則。

 乙女的には、もう二度も攻撃を喰らってしまった時点で、アウトと言える。

 

 たとえ即死はせずとも、足回りが死んでいるこのガンランスという武器は、一度でも攻撃を喰らってしまえば、その後何があってもおかしくない。

 起き攻めや、ガード不能攻撃。もうどんな倒され方をしたとしても、決しておかしくない武器だ。文句は言えない。

 他の職が持っていない大盾をわざわざ所持している以上、絶対に敵の攻撃をもらってはいけない。

 ――――全てを跳ね返し、全てに耐える。……それがガンランサーの誇りだ。

 

「防具無し、に関して言えば……次に戦うであろうクックが怖いな……。

 上位でやった時も、私は2乙させられている。

 あの速さで矢次に飛んでくる攻撃には、対応しずらい。

 “クック先生“の名の通り、いつも鳥竜種は私の難敵だ。イビルジョーが可愛く思える程だよ」

 

「そっか……。武器によって“えてふえて“があるんだね。

 そういえばG級には、ドスランポスって」

 

「ヤツの話はやめよう……。考えないようにしているんだ」

 

 それどころか乙女は、G級のドスゲネポスやドスイーオスなどとも戦わなければならない。

 なにやら今から気が重くなってくるが、やらねばならぬ、この定め。

 ガンランスの道は辛く険しいのである。

 

「ふむ……、ならばガンランサーよ?

 貴様がこれまでで、一番の強敵と感じたのはどの個体だ?

 聞いた所、防具ありの普段の狩りとは、大分勝手が違うようだが」

 

 骨付き肉をカプカプし終えたミラちゃんが、おかわりの肉を取るついでに乙女に訊ねる。

 

「そうだな……。普段なら喰らっても何ともないような攻撃が、一番の脅威になるんだ。

 具体的には軽くて速い攻撃を、矢次に放ってくるようなタイプが……、一番怖い。

 言ってみれば、まだ新人の頃に戦う鳥竜種なんかが、

 ガンサーにとって一番の強敵だったりする。

 だからガンランスを握ると、HRの低い一番最初の頃が、一番辛いんだ」

 

「逆にHRが3くらいになってくれば、

 出てくるのは大きくて一撃が重いタイプのモンスが多くなるだろう?

 そこからはウソみたいに、格段にハンター生活が楽になる。

 出てくるのはガンランサーが得意とする、そんな相手ばかりだ。

 みんなその景色を見る前に……ガンスを握るのを止めてしまうのだけれど……」

 

 乙女はふと遠い目をし、咳払いをひとつ。

 

「……話を戻すと、パッと思いつくのは“ショウグンギザミ“だ。

 昔ポッケ村にいた頃、上位のアイツと防具無しでやった時は、

 3度は3乙させられたと思う。

 全ての攻撃が早くて、矢次で、緩急もある。

 とてもいやらしい戦い方だから、全部に対処するのは容易じゃない」

 

「……ついでに言えば、あの地面から突き上げてくる攻撃に、

 ガードをめくられたりもするんだ。

 ガンスは納刀するのが遅いから、武器をしまって逃げられない場合もある。

 そうなるともう……、ガードを固めても生き残れるかは、

 純粋な運次第になったりするよ」

 

 私が蟹を食べられないのは、ショウグンギザミのせいかもしれない。食べるとウプッてなるんだ。

 そう乙女はウンウンと頷いているが、それは純粋な蟹アレルギーだと男の子は思う。

 

「後、この地域ではあまり見かけないのだけれど……、

 昔、狂竜ウィルスというのにやられた“ドスバギィ“というモンスとやった事があるんだ。

 ただ歩いているだけなのに、そのスピードが並のモンスの突進くらい速い――――

 とても補足していられる速さじゃなくて……しかもずっとその速度で動き回ってるんだ」

 

「……正直もう、ドスバギィの事は、思い出したくもない。

 今まで色んなモンスとやってきたけれど……その強さや、倒せる倒せないはともかく、

 これほど純粋に“戦いずらい“と感じた敵は、居なかったよ。

 きっとヤツこそが――――ガンランスという武器の天敵なんだと思う」

 

 さっきまでと違い、真剣な目をしてドスバギィの事を語る乙女。

 思い出したくない、と言うのはその言葉通りの意味ではなく、きっとガンサーの彼女にとっての“最大の賛辞“なのだと男の子は感じた。

 

「後、これもまた、ポッケ村時代に戦ったんだけど……。

 防具無しでやった時の“アカムトルム“は、本当に辛かった。

 未だに憶えているんだけれど……きっと私は“14回“は、3乙させられたと思う」

 

「ガードをするしか無いのに、ガードすれば体力を4分の1ほど持っていかれるんだ。

 だからたとえ被弾していなくとも、どんどんポーチのグレートが無くなっていく」

 

「それにヤツの突進攻撃は、身体の大きさのせいか一度ガードして終わりじゃないんだ(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 まるでその巨体ですり潰そうとしているかのように、2度も3度も“判定“がある。

 私の上を通り抜けていく時、アカムの突き出した腹や尻尾がガンガン当たってくる。

 その度に体力を削られ、盾を構えるスタミナを削られる。

 体力、スタミナ、そのどちらかでも割られてしまえば、私は1乙だ。

 そんな事が多分、20回も30回もあったと思う」

 

「……それに、またしてもその巨体故か、どこが攻撃判定で、

 どの方向にガードすれば良いのかが、まったく判断出来ない攻撃があるんだ。

 逃げる足の無いガンスでは“どうやっても死ぬしかない状況“という物も、

 沢山出てくる。

 どんなに必死にガードを固めても、その心ごとすり潰されていくんだ。

 ……たまに狩り場での被弾を“事故“とか“理不尽“とかいう新人の子がいるけど……。

 私にとって、防具無しで戦ったアカムやウカムこそが……、

 まさにそんな存在だったと思う――――」

 

 近年はハンター側の技術も進化して、乗り攻撃やブシドースタイルなんかも修得する事が出来た。だから今は防具縛りをしてても、そこまで苦労をする事は無いよ。ガルルガ教官は今でも嫌だけどね。

 乙女は苦い顔をしつつ、そんな風に笑う。

 

「あの時代は……キツかった。

 やれる事も少なかったし、今ほどスキルが充実した防具も無かったんだ。

 だから必死に研究して、必死に知恵を絞ったよ。

 ……何体の獰猛化モンスが来ても、どれだけキツいモンスやクエストが来ても、

 あの時のしんどさを今も憶えているから…………、私は折れずにいられる」

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 ――――――ほう、ならば我は貴様にとって、どの程度の位置のモンスなのだ?

 

 ジト~っと上目づかいで睨みながら、ミラが乙女に訊ねる。

 

 ――――――お前と防具無しでやる位なら、泣いて謝るさ、私は。

 

 それに乙女は、親愛の瞳で返す。

 

 そんな光景を男の子が笑顔で見つめ、三人の幸せな時間は、優しく過ぎていった。

 三人で手を繋いで帰り道を歩き、家の前で別れ、「また明日」

 

 明日も、明後日も、しあさっても。ずっとずっとこの子達と一緒にいよう。

 そんな風に、乙女は思う。

 

 

 ……やがて家に帰ってれば、なにやら玄関に段ボールの箱が置かれているのを発見した。

 

 乙女はとりあえず確認してみるものの、それに全く身に覚えが無い。

 最近何も荷物を頼んでいないし、お金だって払った憶えが無いのだ。

 

 住所はここであってはいるようだが……、きっと何かの手違いなのだろう。

 伝票を確認し、明日にでも連絡してあげなければ。

 そう思い、ウムムと唸る乙女。

 

「取り合えず……ここに置いてはおけないな。

 雨でも降ったら困る」

 

 

 そして乙女はその“健康器具“と書かれた箱を、家の中へと運び込んでいったのだった。

 

 



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なぜ天はガンスという武器をエコヒイキするのか…?

 

 

「――――今日のクエはいったい何だ!

 どういう事なんだお前たちっ!!」

 

 教官の怒声が集会所に響き渡る。

 現在、なにやら不貞腐れたように酒場の席に座る3人のハンター達に向かって、物凄い勢いで教官が訴えかけている。

 その同じ席の隅っこで、申し訳なさそうに顔を伏せている乙女。

 

「消散剤も持って行かず……、バリスタも撃たず、ただウロチョロするばかり!

 オストガロアに手も足も出てなかったじゃないか!!」

 

 そうなのだ、乙女は今日この三人のサポートとして、一緒にオストガロア討伐へと赴いていた。

 そして大失敗して帰って来ていたのだ。

 

「なんであんな事になるんだっ!!

 お前らずっと、雪だるまみたいになってたじゃないか!

 ……なんでもっと真剣に、ガロアと戦おうとしないんだっ!!」

 

 目に涙を浮かべながら叱咤する教官。

 それに対して三人は、今もダルそうに酒場の席に座っており、その口を尖らせていた。

 

「いい加減にして欲しいよなぁ~……」

 

「…………なにぃ!?」

 

 その中の一人が、ボソリと呟く。心底教官の事が鬱陶しいというように。

 教官が目を見開いているのが乙女にも分かる。

 

「俺たち……、別に緊急クエなんて、どうでもいいんだよ……。

 ……ガロアなんて強いヤツ……倒せなくてもしょうがないじゃんか」

 

「そうだよ……あんなデカいヤツ……。勝てるワケないもん……。

 俺達……、別に今まで真剣にやってきたワケでもないのに……」

 

 教官の方を見れず、目を伏せるばかりの三人。乙女は一人オロオロとみんなを見渡している。

 教官の肩がプルプルと震え……、そして勢いよく〈バン!〉とテーブルを叩いた。

 

「0分……0分針だぞッ!? お前ら3人ともすぐに1乙づつして、

 オストガロアの第二形態も見れないまま3乙したじゃないかッ!!

 何も出来ないまま0分針で負けたじゃないかお前ら!!!!

 悔しくないのかぁっ!!!!」

 

「――――お前らゼロかっ!? ゼロの人間なのかぁぁーーっっ!!!!

 本当にお前らはゼロのっ……、価値の無い人間なのかぁぁーーっっ!!!!」

 

 心から三人の事を想い、涙を流しながら教官は訴え続ける。

 教官の言葉が三人の胸に突き刺さる。

 お前達は決して、ゼロの人間などではないハズだと――――

 

「大剣使い! お前悔しくないのかッ!?

 ホントにこのまま! 終わってしまっていいのかぁぁーーッッ!!!!」

 

「…………ッッ」

 

 そんな三人と教官の事を、乙女がハラハラしながら見守り続ける。

 私もうどうしたらいいんでしょうか、とそう狼狽えるも、やがて肩をワナワナと震わせていた大剣使いの子が、その口を開く――――

 

「 悔 し い で す ッッ!!!! 」

 

「今までッ……今までずっとッ! 笑ってごまかしてきたけどぉーっ!!

 ……今は 悔 し い で ぇ す ッッ!!!!」

 

 ――――叫び。それは魂の叫びだ。

 涙を流し、情けなく鼻水だってたらしながら……それでもハッキリと教官に「悔しい」と伝える。

 いままでずっと、悔しかったと……。駄目な自分が、嫌で嫌で、仕方なかったと。

 そんな感情の吐露……!

 

「俺もッ、俺も悔しいですッッ!!!!

 ……あんな何回もッ……、雪だるまみたいにされてッッ!!

 ……ちっきしょうッ…………チキショォォォオオオーーーーッッ!!!!」

 

「勝ちたいッ! 勝ちたいよぉぉぉ~~~ッ!!

 もう負けるのは嫌だッッ! 俺、オストガロアに勝ちたいっ!!

 か゛ぁ゛ち゛た゛い゛よ゛ぉ゛ぉ゛~~~~~ッッッッ!!!!」

 

 空を仰ぎ、号泣する三人。

 オイオイと嗚咽を漏らしながら、それでも「勝ちたい、勝ちたい」と叫び続ける。

 今までずっと押し込めてきた、弱かった自分達の、本当の気持ち――――

 そんな中で一人、オロオロし続ける乙女。

 

「……そうか。…………そうかぁーッ!!!!

 お前達ぃぃッ!! 勝ちたいかぁぁーーッッ!!!!」

 

「勝ちたいッ! もう負けるのは嫌だッッ!!」

 

「勝ちたいッ!!!!」

 

「勝ちたいですッ!!!!」

 

「オストガロアは強敵だッ!! ヤツに勝つには武器も防具も鍛えて、

 もぉ~地獄のような特訓をせにゃならんッッ!!

 それでも勝ちたいのかぁぁーーッッ!!!!」

 

「勝ちたいッ!!!!」

 

「勝ちたいですッ!!」

 

「か゛ち゛た゛ぁ゛い゛ッッ!!!!」

 

 もうわんわんと泣き叫び、嗚咽を漏らし続ける3人。

 教官に抱き着き、想いの限りに「俺達を勝たせてくれ」と懇願する。

 

「わかった……! お前らの想い……よぉ~く分かったッ!!

 立てぇ大剣! ライトぉ! スラアク! ガンスぅ!! 」

 

 勢いよく立ち上がる三人。

「えっ、私も!?」と思いつつ、乙女も席から立ちあがる。

 

「 ――――俺は今から、お前達を殴るッッ!!!! 」

 

「いいかぁーッ! 殴られた痛みなど、三日で消えるぅ!!!!

 だが今日の悔しさをッ! お前らずっと忘れるんじゃないぞぉーーッッ!!!!」

 

「「「 ハイッ! 教官!!!! 」」」

 

「…………は、はいぃーっ!!」

 

 一列に並び、直立不動の態勢を取る三人。慌てて乙女もそれに習う。

 もう何がなにやら分からないが、とりあえず自分も並ばなければいけないと感じた。この空気を壊す事は出来ないのだ。

 

「大剣っ、いくぞぉーーッ!!!!」

 

「ハイッ、教官!!」

 

「おらぁぁーーッッ!!!!」バシコーーン

 

 勢いよく殴られ、机をなぎ倒して倒れる大剣の子。しかし即座に立ち上がり、しっかりと教官の顔を見つめる。

 教官も、もうボロボロと涙を流している。

 

「ライトぉ、頑張れよぉ!!!!」

 

「ハイッ!!」

 

「おらあああーーッッ!!!!」バシコーン

 

 椅子をなぎ倒し、地面に倒れるライトの子。しかし即座に立ち上がり、清々しい顔で教官を見つめる。

 

「スラアク! お前なら出来るぅッ!!」

 

「ハイッ、教官!!」

 

「だらああーーッッ!!!!」バシコーン

 

 いま倒れ込んでいったスラアクの子を見つめ、「つぎ私の番だ……」と冷や汗を流す乙女。

 なんで私、殴られる事になっているのだろうか……。

 まったく分からないながら、それでも乙女は直立不動で姿勢を正す。

 ぶっちゃけ泣きそうだ。

 

「ガンスぅ! 歯ぁ食いしばれよぉッ!!」

 

「はっ……はいぃぃーーっ!!」

 

 乙女は口を閉じ、ギュッと目を瞑る。

 

「 お゛お゛お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛あ゛あ゛あ゛ーーーッッ!!!! 」ドゴォォオオオオオン!!!!

 

 ハンマーでブン殴られ、壁をブチ破って飛んでいく乙女。

 

「――――教官ッッ!!」

 

「教官ッ! きょうかぁぁーーん!!」

 

「きょうかぁぁ~~~ん!!」

 

「お前達ぃ!! お前達ぃぃ~~~~っっ!!!!」

 

 皆で抱きしめ合い、教官たちは泣く。

 明日を誓い合い、絆を確かめ合うようにしてオイオイと泣いている。

 まさに“青春“の二文字に相応しい、この上なく美しい光景――――

 

「教官ッッ!!」

 

「教官ッ! きょうかーん!!」

 

「お前達ぃぃっっ!!!!」

 

 男達は泣き続ける。

 それを見ていた集会所の者達も、あまりに感動的なその光景に、目頭を抑える。

 

 

「…………えっ。

 なんで私だけ、ハンマーで……?」

 

 

 そんな教官と三人の姿を、ひとり呆然と見つめる乙女。

 ポカンとし、ヒリヒリするおしりを抑えながら、その場で立ち尽くす。

 

「よぉぉし! 今からイベクエのUSJだぁッ!

 全員レウスの防具作るぞぉぉーーっっ!!」

 

「はいっ、教官!!」

 

「教官ッ!!」

 

「きょうかぁぁ~~~ん!!」

 

 私なんにも関係ないのに……。ただ手伝っていただけなのに……。

 そんな事を思うも、この場に乙女の言葉を聞いてくれる人間は一人もいない。

 

 やがて教官と三人は、スクラムを組んでクエスト出発口の方へと向かって行く。

 

 せめて私も、あの中に入りたかった……。

 そう、ちょっとだけ寂しい想いをする、乙女であった。

 

 



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走り続けることでしか報われぬ生き方がある。

 

 

 あ、ウチはいらんねや。

 ウチの事なんか、誰も必要やないねんや。

 

 それに気が付いたんは、ウチが集会所に行くようになって、直ぐの事やったと思う。

 

 チビで、人見知りで、ハンマーなんぞ握っとる田舎モンの小娘。そんなウチの居場所はこの集会所には無いねんや。

 でもそれをしっかり自分で認めるまでには、結構な時間がかかったと思う。

 

 いつもみんなに向けられる視線が「役立たず」という意味のモンやったのを知らんフリしておれたんは、何度目のクエストまでやったやろか?

 

 我慢してたんは、ウチやったんやろか。

 それとも、ウチと一緒にクエ行ってくれてた、みんなの方やったんやろか。

 それを見ないふりして、考えへんようにしてたウチは、やっぱ悪い子やったんかな?

 

 これを想う時、ウチの心はいつも、折れそうになる。

 

 貴方を、ガンサーさんの事を思い出す時……、ウチはいつも折れそうになる。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 今日、初めて訪れたこの集会所の酒場で、ガンサーさんの姿を見かけた。

 彼女はウチがハンター始めたての頃、当時通ってた集会所の方でよく見かけてた人やった。

 

 名前は知っとるが、ろくに話した事もない。

 でも彼女の姿を見たその瞬間、昔の色んな事を一気に思い出した。

 思い出したくないような事まで、全部頭に浮かんで来た。

 

 

 

 ……あの頃、ウチがハンター家業を始めて最初に通ってた集会所。そこに彼女の姿はあった。

 当時はあんな白いドレスなんか着てなくて、もっと竜の素材めいたイカつい防具を身につけてた思う。

 そんで誰も寄せ付けへんような……、なんや“孤高“みたいな雰囲気を纏った、不思議な人やったと思う。

 そらガンスなんか握っとったんや。たとえ彼女が近づこうとしても、周りの方から彼女を避けとったやろう。

 そんな雰囲気で一人で座っとんのも、悪いとは思うけど、そら当然や思った。

 

 対してウチは、まだハンマー使いとしては駆け出しのペーペーやった。

 芋くさいおさげの髪に、自分の身体よりデカいんちゃうかっていうハンマーを担いだ小娘や。

 まだ自分の所属する村からのクエストをいつくかこなした程度。それでもその時のウチは、自信に溢れた顔でその集会所の扉をくぐってた思う。

 なんてったってウチは、すでにソロでディノバルドを討伐してたんやから。

 ここにおるHR1の連中と違い、もう既にある程度の武具は装備しとる。しかもこれは自分一人の力で作ったモンなんや。

 せやから今更クックやドスランポスなんぞ怖ぁない。ホンマは仲間なんぞおらんでも、ウチ一人で充分狩れるくらいの力は持っとる。

 

 ウチの力は、ここにおる誰にも引けを取らへん。

 この集会所でも、充分やっていける――――

 

 そんな自負をもって、初めて来たこの集会所の扉をくぐってた思う。

 

「あっ、あのっ……! ウチ初めてここ来たばっかりなんです!

 よかったらウチも、一緒に連れてって貰えませんかっ!?」

 

 酒場でくつろいでる連中の中から適当に声をかけて、そしてすぐにOKを貰った。

 ウチは人見知りやし、声もテンパってなんや裏返っとったけど、最初が肝心やと頑張って声を掛けたんや。

 なんや喋り方が独特やとか、ちっこいのにハンマーなんかとか色々言われたけど、それでも快く了承を貰えた思う。

 一緒に頑張ろう言うて、肩を叩いてくれた記憶がある。

 

「ハイッ! ウチ頑張りますからっ!

 ぜったい皆さんのご迷惑にはなりませんからっ!」

 

 そう元気に宣言して、一緒にクエ出発口まで歩いた。

 みんなと冗談なんかも交えながら、楽しい雰囲気で狩りに出かけていけた思う。

 

 ふと出発口をくぐる前に、後ろを振り返って彼女を見た。

 あのガンサーさんはウチが来た時と変わらず、未だに一人で黙々と狩りの計画を立てとるようやった。誰に声をかけられる事もなく。

 

 ――――ガンスなんぞ握っとるから、そうなんねんで……?

 

 ふいに、彼女を不憫やと思った。

 今しがた来たばっかりのウチが、速攻でパーティに入れて貰えて、狩りに出かけて行くいうのに、いつまで経っても座ったままでおる彼女の事が、哀れに見えとった。

 

「……えっ。いや何でもないんですっ!

 行きましょ行きましょ! ウチばっちりスタン取りますから!!」

 

 仲間に声をかけられ、止めていた足を急いで動かす。

 初めてのPT狩りに想いを馳せ、すぐに彼女の事は頭から消えていった。

 

 

………………………………………………

 

 

「きっ、今日はホンマありがとうございましたっ。

 良かったらまたお願いしますっ!」

 

 狩りから帰ってきたウチは、元気にそう言うてメンバー達と別れる。

 みんなも機嫌よぅ「GJ」と、「また行こう」言うてくれてたし、今日の狩りは成功やと実感しとった。

 

 初めてしたPTでの狩りやったけど、ウチは1乙もする事なく、大した被弾すらする事なく乗り越える事が出来た。

 苦労したけどスタンも取ったし、ハンマーの役目は充分果たした言える思う。

 

 そら普段のソロでする狩りとは勝手も違ったし、なんや仲間やらモンスターやらがゴチャゴチャしとってやりにくさは感じとったけど……、まぁPT狩りなんか初めてやったんやし、それもしゃーない事。

 今後PTでの経験つんで、だんだんそれに慣れていったらええ。

 ウチの前には、もうそんな希望しか無かった思う。

 

 仲間たちと別れ、さぁ帰路に着こう思った時、ふと酒場の方を見てみたらあのガンサーさんの姿が見えた。

 ウチが狩りへ出かける前と全く一緒の姿。全く一緒の場所に座っとる。

 

 ――――あの人、今日は一日中あっこにおったんやろか? 誰にも声かけられへんかったんやろか?

 

 そんな風に気にするも、ウチの胸は今、初PT狩りを終えた興奮で一杯。充実感と自信に溢れとる。

 ウチは彼女の事を大して気にする事もなく、集会所を後にしていった。

 

 スタンを取るんは、ホンマに気持ちえぇ。あのカキーンいう音がたまらへん。

 これがあるから、ハンマーは止められへんねん――――

 

 自身がハンマー使いである事への誇り、嬉しさ。

 そういうんを一番実感してた、そんな時期やったんやないやろか。

 

 

…………………

………………………………………………

 

 

 違和感を感じたんは、それからすぐやった思う。

 

 モンスの頭を殴られへん。ウチの攻撃回数、めっちゃ少ないやん。

 どうやってもそれが改善出来へん事に気が付いたんは、PT狩りをやり始めて3回目くらいの時やった思う。

 

(なっ……なんでコイツ、こっち向けへんのっ……!?)

 

 モンスの後ろに控えて、ハンマーを構えて待つ。でもモンスはウチやのぅて、別の仲間の方に走って行く。

 せっかく力を貯めて待っとったウチを置き去りにして、ぜんぜん明後日の方へと走って行く。

 そんなんが何回も何回もあって、やがてウチがこのクエスト始まってから全然モンスを殴ってない事に気が付いた。

 双剣や大剣の子らは、今もモンスをガンガン斬ってくれとる言うのに。

 

 当たり前やけど、ウチがモンスの足とか胴体とか殴るワケにはいかへん。

 双剣の子を吹き飛ばしてしもたり、跳ね飛ばしたりする心配もあれば、そもそもウチは頭専門の殴り屋や。

 頭以外を殴るのはハンマー使いのプライドが許さへん。ハンマーはそんな風な武器とちゃうんや。

 

 でもこっちを向いてくれへんモンスの頭部を殴る事ばかりに固執すれば、当然それだけウチの攻撃チャンスは無くなっていく。

 本来足やったらギリギリ殴れる所を、わざわざ頭の方まで向かって行く間に、もうモンスは硬直から立ち直ってたりする。

 結果、ウチの手数は激減していく。

 殴れるのは、たまたまモンスがウチの方に振り向いてくれた時。手数もあらへんウチの方を向いてくれる事なんか、それこそ6回に一回も無い。

 それか仲間の誰かがモンスをダウンさせた時のみや。

 

(……ちょ! どいてっ……! どいてくれんと頭殴られへんよっ)

 

 そしてようやくチャンスが巡ってきたと思えば、毎回頭の位置にはチャアクの人とか双剣の人が先におる。

 ウチのハンマーよりはるかにDPSが高い言うて、率先して弱点部位である頭部に向かっていく。

 

(スタン……! スタン取ってあげられへんっ! ウチハンマー使いやのにっ!)

 

 その日、はじめてウチは一度のスタンを取られへんまま、クエストを終えた。

 モンスは倒した。素材も貰った。誰も1乙もしてへん完勝や。

 でもウチは何の手ごたえもないまま、何も出来へんままに、クエストを終えた。

 

 

………………………………………………

 

 

 頭を殴られへん、役に立たれへん。

 そう感じたのは、そのクエだけやなかった。

 むしろこれ以降、ずっとずっとそんなクエが続いた。

 

(どうなってんの……!? ぜんぜん上手い事戦われへんやん!?)

 

 片手、ボウガン、ランスの子達が狩場で躍動するのを見つめながら、ウチは焦りだけを感じる。

 

(ウチこんなんちゃうねんっ……! 一人でディノかって倒せるねんで!?)

 

 せっかく後ろで構えていたのに、またモンスが明後日の方へ駆けていく。

 ボウガンの子が竜の翼を破壊し、ランスの子が見事に尻尾を切断。そして片手の子が乗り攻撃を成功させ、お情けのように頭部の位置を譲ってくれる。

 

(こんなんでスタン取れても嬉しないっ!!

 ウチぜんぜんモンスと戦えてないっ! 役立ってないやんっ!)

 

 通称“縦3“と呼ばれる攻撃で竜からスタンをとるも、感じるのは虚しさだけ。

 仲間達から笑顔で「GJ!」と言われても、心が晴れる事なんかない。

 

(あっ……ごめっ……!)

 

 そのストレスから思わず放ってしまった、竜の足へのスタンプ攻撃。それによってランスの子と片手の子が豪快に吹き飛んでいく。

 

 スタンも取れず、味方の邪魔ばかりするハンマー使い。

 こんなウチがPTの役に立っているなどと、どうやっても思えるワケなかった。

 

「今日はホンマごめんなさいっ! ごめんなさいっ!

 次は頑張りますから、また誘ってくださいっ……!」

 

 狩りから帰ってきた後、そう仲間達に謝るのはこれで何度目やろう?

 情けない気持ちを噛みしめながら、迷惑をかけた事を必死で謝っている時、同時に目から溢れ出そうとする涙を堪えんとアカンかった。

 

「今度はがんばります! ちゃんとスタンも取りますからっ!」

 

 そんなウチの姿に、一緒にクエに行った人たちも苦笑しながら「いいよいいよ」と笑ってくれる。次がんばろうと励ましてくれる。

 でも彼らがウチをまたクエに誘ってくれる事は、本当に稀やったと思う。

 表面には出さず、何も言う事は無く、みんな少しずつウチから離れていった。

 

 自分が失敗するんは、ええ。

 自分が弱い事は、仕方の無い事や。

 でもそれで周りに迷惑をかけとる言うんは、どうやっても我慢が出来へん。

 大好きなハンマーを、ウチが汚してしまう。それがどうしても耐えられへんかった。 みんなが立ち去って行った後、ウチの目から涙が零れていく。

 

 そんな中でふと目線をよそにやると、いつもの酒場の席に、あのガンサーさんの姿が見えた。

 彼女はいつも通り、そこにおる。

 いつもと変わらず、そこに一人で座ってる。誰にも声を掛けられへんままで。

 

(――――ッ!)

 

 その時ウチの脳裏に、とても良くない想像が浮かんだ。

 自分で自分に唾棄してしまいそうな、そんな黒い感情が胸に浮かんでくる。

 

 いつかウチも、あんな風になるんやろか――――――

 

 このまま役立たずでおったら、あの人みたいになってしまうんやろかと。

 誰にも声をかけてもらえんと、ずっと一人でおる事になってしまうんやろか。あのガンサーさんみたいに。

 

 弱った心では、そんな考えが際限なく浮かんでくる。

 人を見下すような、最低の下衆の考え。ウチは慌ててそれを頭からかき消す。

 

 頑張ればええんや。凹んでるヒマなんかない!

 たくさん努力して、みんなの役に立てるようなったらええんや!

 

 ガンサーさんから目線を切り、慌ててウチはその場から歩き去っていった。

 醜い自分の心を、誰かに見透かされんうちに。

 

 

………………………………………………

 

 

 それからのウチは、もう散々やった思う。

 なんとかみんなの役に立とうと、まさに七転八倒した時期やった。

 

(ブレイブなんかじゃアカンねんっ……!

 モンスを追えんブレイブなんぞ意味ないっ……!)

 

 ストライカー、ブシドー、慣れないエリアルまで。なんとかPTの狩りで役に立とうとし、ウチはあらゆる事を試していった。

 慣れないエリアルジャンプからの攻撃を試みるも、リーチの短いハンマーで攻撃を当てるんは至難やった。

 とても付け焼刃で出来るような事やなく、ウチは何度も何度も乗りを失敗して、周りに迷惑をかけた。

 挙句の果てにレンキンスタイルにまで手を出してみるも、そもそもウチが頑張ってタル振っとる内に狩りが終わってしまう事も多々ある。

 ホンマの意味で何もせんままに狩りが終わってしまい、ウチはどんな顔して仲間を見ればええんか分からんかった。

 もう恥ずかしくてモンスの素材なんか貰えん。

「鉱石いるねん」とかウソをついて、採取に行くフリしてその場から離れるんは、屈辱の極みや思えた。

 そしてそんなヤツ、もう二度と狩りなんか連れてってくれるワケない。

 

「ウチも連れてってもらえませんか……? ウチも一緒に……!」

 

 この集会所に来てから1か月と経たん内に、だんだんと狩りの仲間を探す事にも苦労するようになった。

 スタイルを試行錯誤している内に、もう自分の戦い方もあべこべな物になってしまってた思う。

 なんとか懇願して仲間に入れてもらえても、それで自分の行きたいクエストなんかお願い出来るワケあらへん。

 ウチはただひたすら拝み倒し、必死に粉塵や罠を使い、まるでみんなのご機嫌を取るような狩りの仕方を続ける。

 ひたすら仲間の行きたいクエストばかりに同行する。もう自分の武具を作る事など、欠片も頭にあらへん。

 

 一人になるのが怖かった。

 みんなに「必要ない」とそう言われる事が、怖くて仕方なかった。

 自分の価値、大好きなハンマーを否定されてしまう事が、怖かった。

 

 あのガンサーの人を集会所で見かける度に、得も知れぬ恐怖がウチを襲う。

 あんな風に、ただひとりっきりで座っておらなアカンようになるんが、怖い。

 

 いつもヘラヘラと笑いながら、なんとか皆の機嫌を損ねないようにと注意を払う。

 小心者も人見知りもかなぐり捨てて、誰よりも大きな声で「GJ!」と言った。

 一日に何回も何回も「ありがとうございます」と言った。なんとか自分の感謝を、相手に伝えよう伝えようと。

 

 

 ふと自分の家で我に返る時、目からたくさん涙が溢れた。

 

 

………………………………………………

 

 

「お前まだHR1だろ? これからは別のヤツと組めよ」

 

 ある日、もう数少なくなった“私を使ってくれるPT“の人達から、そう宣告を受けた。

 

「俺らガロア倒して上位に行くから、もう付き合えねぇよ」

 

 今まで罠や粉塵要員としてなんとか一緒に連れて行って貰えてたものの、これから彼らが向かうのはオストガロアのクエスト。参加資格はHR3以上。

 これまで人様のクエストばかりに同行していたウチは、自分のクエストなんて全然こなして来てはいーひんかった。

 

「う……ウチも急いでキークエこなしますっ!

 そやからウチも一緒にっ……。ウチもガロアに行けるように……!」

 

「え、それ俺らに付き合えって言うの? お前を手伝えって?

 そんな事してるヒマないって」

 

「悪いけど、ここでお別れだよハンマーちゃん。

 お互い自分のレベルに合う人と組んだ方がいいよ」

 

「そっ……、そんなっ……!」

 

 今思えば、それは良い厄介払いやったんやと思う。

 自分らは上位に行く。せやから役立たずはここでお別れ。つまりはそういう事や。

 むしろもうすぐ上位に行くと分かってたからこそ、ただの頭数とはいえウチなんかを一緒に連れて行ってくれてたんやと思う。

 スタンも取れん、火力にもならへんウチみたいなハンマー使いを。

 

 せやけどその時のウチに、そんな事分かってたワケない。

 心を削り、やりたくない事までして、必死にこの人達に尽くして来たつもりでおった。

 せやから裏切りとまでは言わんけど、“捨てられる“思って必死に懇願してた。

 

「お願いしますっ……! ウチもみんなと一緒におらせて下さいっ……!

 ウチの事、見捨てんとって下さいっ!

 おねがいします! おねがいしますっ!!」

 

 もうほとんど慟哭しながら、縋りつくみたいにして必死にお願いした。

 ウチの事を見つめるこの人らは、ほんと困ったような顔をしてたんを今でも憶えとる。

 どうにかしてくれ、助けてくれと言わんばかりの目で、後ろにおったこのPTのリーダーに目線を向けた。

 

「あのね? 言いたかないけど、この先お前とやってくのは無理だよ。

 ――――ハンマー使いなんて、戦力にならない」

 

 言葉を失い、ただ硬直した。

 知っとったのに、自分でも分かっとった事やのに、それでも言われた事を理解するんには随分時間がかかった。

 

「自分が役に立ってたって自信あんの?

 せめて俺らの半分の手数でも、モンスを殴ってくれてたか?

 笛使いだったら歓迎出来っけど、

 もう役立たずに構ってる余裕は無ぇよ」

 

「それにね? お前が今までろくに取れなかったスタン、

 俺のスラアクなら一撃で取れるんだよ?

 そんな無理して頭ばっかり狙う必要もない。

 モンスがダウンでもした時に、軽く決めればそれだけで良い」

 

「スタンなら、僕のライトにも取れる。片手剣だってそうさ。

 別にハンマーのお家芸じゃない。

 残念だけど、君をPTに入れておく理由は、ひとつも無いんだよ」

 

 

 そう言い捨て、三人はウチの前から遠ざかっていった。

 今までずっと彼らが思っていた事、言わずに済まそうとしていた気分の悪い事。それを仕方なしと言ったように投げつけて、ウチから去って行った。

 

 今思えばきっと、ウチの未練を断ち切ってくれる為やったんや思う。だから言いたく無かったような事までを、あえて言うてくれたんやと思う。

 周りに迷惑ばっかりかけとるウチに、キッパリと引導を渡してくれる為に。

「お前は駄目なんだ」と、「ハンターを辞めろ」と、そう教える為に。

 

「 う゛っ……う゛っ………………うわぁぁあああああーーーーん!!!! 」

 

 もう周りの目も何もあったモンやない。ウチはその場に座り込んで、もうわーわー泣いた。

 

「 うわぁぁあああああーーーーん!!!! うわぁぁぁああああーーーーんッ!!!! 」

 

 これまで抑え込んでたモンが、もう一気に溢れ出した。

 自分が何してるんかもよぅ分からんかったし、目の前も涙やらなんやらでよぅ見えん。

 ただ「終わった」と、そう思った。もうウチはアカンのやという事だけ、繰り返し心に思った。

 それだけで、目からとめどなく涙が溢れてきた。

 こんなんの止め方なんて、ウチが知るワケない。止めようとかそんなんも思う余地ない。

 ただただ、もうアカンねやとそれだけを想い、涙を流し続けた。

 

「ああああああっ!! …………あぅ……?」

 

 そんな時やった。誰かがウチの目の前に、ハンカチを差し出してくれたんは。

 鼻水も涙もボロッボロ流しながら見たんは、女の人の白くて綺麗な手。

 見上げてみると、そこにはまるで天使みたいな、ブロンドの女の人がおった。

 

「――――ッ!!」

 

 ガンサーさんやった。

 いつも一人で黙って座っとったガンサーさんが、今ウチの目の前におった。

 そんでウチと目線を合わせるように跪いて、綺麗なハンカチを差し出してくれはったんよ。

 

 あの時のガンサーさん、ホンマ天使みたいに綺麗やったなって……。ホンマ心の優しい人なんやって、今思い返してみてもそう思う。

 せやのに、なんでウチの口からは、あんな言葉が出てきたんやろう。

 

「――――――さっ……触るなぁあああーーーッ!!!!」

 

 ウチが跳ね除けた手から、ハンカチが落ちる。

 

 

『 アンタなんかに同情されたないッ!!!!

  アンタとはちゃうッ……! ウチはアンタとはちゃうねんッ……!!

  ガンランサーなんかが、ウチに寄ってくるなぁぁあああーーッッ!!!! 』

 

 

……………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「そっか……。

 ガンサーさん、仲間できたんや……」

 

 

 あれから2年、今ウチの目線の先には、あのガンサーさんの姿がある。

 笛使いの小さな男の子と、ベヴィを担いだ小さな女の子に囲まれ、彼女が幸せそうに笑っているのが見て取れる。

 

「……そっかぁ……。そっかぁ……………」

 

 それをウチは、ただただ見つめとった。

 何をするでも無い。何の感想を想うでも無い、ただただそっかと、そう呟き続けた。 ウチが今、どんな名前の感情でおるんか。それはウチ自身にも分からん。

 

 

 あの後の事は、もうウチはよぅ憶えてへん。

 ただウチが泣き止もうという時には、ガンサーさんはもう傍にはおらへんかったのは憶えとる。

 気分が多少落ち着き、そしてウチが真っ先に思ったんは「なんて事を」という気持ち。

 そして考えられへんような口汚い言葉を彼女に吐いた、自分自身への嫌悪やった。

 自分の言った事、した事が、自分でも信じられへんという程に。

 

 それからウチはガンサーさんとは一回も会うてへん。

 なぜならその次の日から、ガンサーさんはもう集会所には来んようになったから。

 もしかせんでも「ウチのせいや!」と思い、縋るような気持ちで受付嬢にガンサーさんの事を聞いてみた事がある。

 彼女はどうしたんですかと。どこに住んどるんですかと。聞いてもしゃーないような事までオロオロと訊ねた思う。

 

『ソフィーさんなら、先日見事G級へと上がられたんですよ。

 ですので今は、別の集会所へ行っていらっしゃると思います』

 

 ニコニコと笑顔で教えてくれた受付嬢の前で、ウチは膝から崩れ落ちそうになった。もうあの人とは会われへん。あの優しかった人に謝る事は出来へんというのが、衝撃となってウチの身体を打ちのめした。

 散々受付嬢には心配されたけど、しばらくその場から動く事は出来んかった程に。

 

 ホンマ言うと、その日でウチは、ハンターやめようか思ってた。

 もう自分のしでかしてしもうた事と、自分のハンターとしての価値の無さ、その両方を想い知った今、これからも続けようみたいな気は皆無に等しかった。

 でも、ふっと受付嬢が言うた一言に、ウチは目が点になった。

 よぅ考えたらそうやのに、言われてみるまでウチは、その事に気が付かんかったんや。

 

『でもソフィーさん、よくソロでG級まで上がられましたよね。

 これは凄い努力と信念あっての事と思います。

 私は受付に過ぎませんけれど、

 彼女を見てガンサーという物に対する意識が変わりましたもの。

 たとえPT向きの武器じゃなくても、ここまでやれるんだって――――』

 

 ――――ソロ。

 ソフィーさんというガンサーさんは、ハンターの最上位であるG級に、たった一人ソロで上り詰めた。

 その事がウチに稲妻のように、天啓のように降りてきた。

 

 PT向きじゃなくても、ここまでやれる。

 たとえ一人でもG級まで上り詰める事が出来る。その証明がウチの身近にある。こんなにも近くに!

 

 ……その事を知ってから、すぐウチはソロでの狩りを開始した。

 なにやら今までの事が嘘だったかのようにHRは上がり、ガムシャラに走れば走る程に、ウチは強くなっていった。

 思えばウチは、元々ソロでの村クエストから始めたんや。一度通った道とばかりに、ガンガンとクエストをこなしていく。

 そこから3か月もすればウチは上位のハンターとなり、気が付けばソロのハンマー使いとして、周りから一目置かれる存在になっていたと思う――――

 

 

「そっかぁ……。良かったなぁソフィーさん……。

 ホンマ……ホンマ良かったなぁ……」

 

 気が付けば、知らぬ間にウチの目から、涙が零れていた。

 幸せそうな彼女の姿。これを見る事が出来て、ただ“良かった“と。

 今ウチの胸には様々な想いが去来している。でもウチが思うのは、ただ、良かった。

 その一言に、ホンマ尽きる。それ以外の言葉が出てこんかった。

 

 

 PT向きの武器では無いとして、ウチはこれまで頑なにソロ狩りを続けてきた。

 HRが上がった事で稀にPTに誘われる事も出てきたけど、それを断り続け、今までソロを貫いてきた。

 だからソロで集会所をこなしていく辛さは……、一人で狩り続けて行くその苦しみは、痛い程に分かる。

 ウチみたいな甘ったれで寂しんぼの子なら尚更や。それにソフィーさんみたいなキレイで優しい人やったら、一人でおるのが不自然な位やもん。

 ……ウチなんかとは違う。心の汚いウチなんかとソフィーさんは違うんや。

 

 今までウチがずっとソロ狩りを続けて来た理由、それはもしかしたら、あの時言うてもうた事への贖罪やったんかもしらん。

 ウチみたいなモンは一人で狩っとれと、そんで誰よりも苦労したらえぇねんと、そんな風に思っとったのかもわからん。

 

 “ナシ“にはならへん。

 あの時ウチがした仕打ちは、たとえ何をしようが、無しなんかにはならへん。

 でもウチは苦しみながらでも狩りをしよう思った。

 ソフィーさんみたく、やないけれど。でも一人のハンターとしては、あの頃のソフィーさんのように胸を張って戦っていけたらと、そう思うとるのかもわからん。

 

 そんなこんなで、ウチは今日もハンマーを握っとる。

 あれから少しでも前を向けたとか、自分の中で整理が付いたとかは、そんなモンは一切ない。

 

 ただただウチはハンマーを握っとる。そんで今日も、狩りに行く。

 ウチに出来るんは、ただそんだけ。

 

「見れてよかった……。

 ソフィーさんの幸せな姿見れて……ホンマよかった」

 

 こんなボロボロ泣いたんは、きっとあの時以来や。

 あれからウチは、もう周りから「クール」だの「機械」だのと言われる位にひたすら狩りに明け暮れとったから。

 なんや言うたら、自分が頑張る事でその分の幸福とか徳とかが全部ソフィーさんの所いかへんかな? ……とかそんなアホな事考えながら狩りやっとったけど。

 そんな事よく考えんでも、あるワケないねんけど……それでも今日、このソフィーさんの姿を見られたんは、ウチにとって“救い“のように思える。

 がんばって頑張って、がんばってきた優しい人が、あんな風に今幸せそうに笑うとる。心からの笑顔を見せとる。

 それを、ホンマによかったと――――――ウチは思うねん。

 

「……オッケ、行こう。

 もうなんも、思い残す事ないわ――――」

 

 今日の相手は、オストガロア。

 あの時ウチが置いてけぼりを喰ろうたクエやのうて、これは上位の最終クエストや。

 

 ウチは今日、このクエストに挑む――――

 なんと無しに「ウチもしかしたら死ぬかもわからんし、顔見知りの受付嬢に会うんイヤやわ」と思い、場末のこんな集会所へと足を運んで来たのだが……まぁ思わぬプレゼントがあったモンやで。

 神さんも中々、意気な事するやないの。

 

「……なんや、クエ行く前に気ぃ抜けてもうたな……。

 まぁえぇ、行こう。……もうどうなっても構わん」

 

 頑張ったやろ、ウチは。

 こんな年端もいかん芋くさい田舎娘が、今まで一人でようやったモンやで?

 ソフィーさんが半年で踏破した上位に、2年近くもかけてもうたけど……それでもウチはようやってきた思う。

 それだけはもう、胸を張れんねん。

 

 

 ハンマーが好きや。

 カッキーン頭殴ってスタン取った時が、一番幸せな気ぃする。

 ほな最後まで、それ貫いてこか。

 

 まぁ最後のガロアっちゅう相手が、スタンの取れへんしょーもない相手やっちゅーのがウチらしくて笑うてまうが……それはもうしゃーない。

 せめてウチがハンマー握ってきたっていう証だけは、この「ハンマーが好きや」っちゅー気持ちだけは、ヤツに叩きこませて貰う。

 

 PTの狩りもろくに出来んかったけど、今までエライしんどかったけど、最後にえぇ思いが出来て良かった。

 

 ウチのハンター人生……短いながらも、けっこう悪ぅなかった。

 そんな風に思えへんか? ソフィーさん――――――

 

 

………………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『 ひとりは嫌や!!!!

  ウチもパーティに入れてッッ!!!! 』

 

 

『 もう一人で狩りすんのもッ、寂しいんも嫌や!!!!

  隣に誰も居ぃひんのは嫌やッ!! 

  ――――ソロ狩りなんかッ、嫌やッッッ!!!! 』

 

 

 

 さっき、“こんなに泣いたんは久しぶりや“みたいな事を言うたけど……、ウチまた泣いとるわ。

 ……うん、撤回するわ……ウチやっぱ泣き虫や。

 ホンマはハンターなる前から……ずっと泣き虫やってん。

 

『 ――――ウチと一緒におって!! ウチと一緒に狩りしてッ!!!!

  ソフィーさんばっかり……、ズルいッ!!!! 』

 

 きっと、あの顔見知りの受付嬢の手回しやったんやろな。

 ウチがオストガロア行く~いうて聞きつけたあの子が、ソフィーさんに知らせてくれはったんやろう。

 

 今ウチの後ろには……もう動かへんようになったガロアの身体がある。

 そんで今ウチが必死に泣きながらしがみ付いとんのは……、ソフィーさん。

 もうアカン~みたいなタイミングで颯爽とこの場に駆け付けて、ほんで一緒にガロアと戦ってくれはったお人。

 

 もうホンマ……天使みたいに駆けつけてくれはった、びっくりするくらいカッコええ、ガンランサーのお人や――――

 

『 あああああーーーーッ!!!! あ゛あ゛あああああッッ!!!!

  ソ゛フィィーーーさぁぁあああーーーーんッッ!!!! 』

 

 ソフィーさんがウチを抱きしめ、頭を撫でてくれる。

 そうされればそうされる程、ウチは泣いてまうんやけど……、ボロッボロ涙も鼻も出とるんやけど……そんなんもう知るか。

 決して離すワケにはイカンのじゃい。こんなあったかいモン、離すアホがおるかぃ。

 

『 ウチな゛っ!? ウチがんばって゛ん゛!!

  ソフィーさんおらんようなってか゛ら゛っ! 一人でがんばって゛ん゛!! 』

 

 

 もう「うん」と言うてくれるまで、ウチはアンタを離さん。

 ……正確にはもうすでに「うん、分かったよ」と言うて優しい笑うてくれとるんやけど……、でももっと言うてくれるまで離さん。

 

 ウチの話、全部聞いてくれるまで、離さん。

 

 ウチの悪かった事……、寂しかった事……、そんでがんばってきた事、全部聞いてくれるまで……。

 ウチはソフィーさんの事、離さん。

 

 

 そんでもうウチ……、ソフィーさんの事、離さん。

 

 

 



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このまま朝までガンスを抱き寄せて過ごそうか。

 

 

 わたくしの名はプリシラ。悩み多きモンスターハンターですわ。

 

「あぁ、今日もガムートが倒せませんでしたわ……。

 どうもあの雪ドッカンが躱せませんの」

 

 わたくしにとって、あのガムートの攻撃範囲の広さは脅威ですわ。もう何度雪だるまにされた事か。大変こまっちんぐですわ。

 

「おっ、プリちゃーん! キークエの調子はどう?」

 

「あ、ごきげんようですわモブハンターさん。

 えっと……まずまずと言った所でしてよ」

 

「そっか~。……あ、アタシ今日ディアブロスを倒してきたのっ!

 これで晴れてG級ハンターよっ♪」

 

「えっ!? もうあのディアブロスをっ!?」

 

 友人のモブハンターさんは、同期のハンターの中でも今一際(ひときわ)輝いている存在。

 狩りも上手で人柄も良く、とっても可愛らしい子ですのよ。

 それに比べてわたくしは、キークエ失敗ウーマン……。

 

「おめでとうございますモブハンターさん。

 お喜び申し上げますわ」

 

「えっへっへ~! ありがとうプリちゃんっ!

 しばらくこっちの集会所には来られなくなるけど、お互い元気でやろうねっ」

 

 笑顔で手を振って去って行くモブハンターさん。そんな彼女を見送りながら、わたくしの心はどんどん沈んでいきますわ。

 わたくし一生懸命がんばっているつもりなのですけれど、どうして上手くいかないのでしょう?

 このままでは同期のみんなにも置いて行かれてしまいますわ……。

 

 

………………………………………………

 

 

 ああっ! なんという事なのでしょうっ!?

 今日あのモブハンターさんが、わたくしの憧れの弓使い先輩とPTを組んだ事を知りましたわっ!

 ふたり寄り添いながら、一緒にお買い物している所をお見掛け致しましたの!

 うらやましいですわ。うらやましいですわ。

 

 それにひきかえ、今日もキークエ失敗のわたくし……。ガムートのせいでどんどん消散剤を消費していきますわ。

 わたくしそろそろ雑貨屋のおばちゃんに“消散剤の子“として顔を憶えられそうな勢い。このままではいけませんわ。

 

「――――おやプリシラ、久しぶりだな」

 

「……あっ、貴方はソフィーさんっ!」

 

 ウンウンと悩んでいるわたくしのもとに現れたのは、ガンランサーのソフィーさん。

 強くて、綺麗で、とっても優しくて。現在もランク解放ハンターとして第一線でバリバリやっているお方なのです。

 ナイショですけれど、わたくしが密かに尊敬している凄い先輩なんですのよ。すごくキラキラしてますわ。

 ……そうだっ!!

 

「あの……ソフィーさん。

 どうやったらわたくし、ソフィーさんのようになれますの?

 わたくしもソフィーさんのような立派なハンターになりたいんですの」

 

「えっ」

 

 恐らく生涯一度もそんな事を言われた経験が無かったのか、随分と狼狽えているご様子のソフィーさん。

 しかしながら、このようなチャンスは滅多にございません。わたくしひたすらグイグイと迫っていきますわ。

 

「あぁ……えっとなプリシラ? 実は私には秘密があってな。強い味方がいるんだ」

 

「強い味方? いったいなんですの?」

 

「ふふっ、………それはこれさっ!!」

 

 わたくしの前に〈ババーン!〉とばかりに差し出された、一冊のカラフルな表紙のテキスト。

 

「“銃槍(じゅうそう)ゼミ“?

 これは! あのCMや広告でもお馴染みの、かの有名な銃槍ゼミですのっ!?

 数多の芸能人や有名ハンターたちもやっているというっ!!」

 

「あぁ。これのおかげで私はG級になれたし、ランク解放も出来た。

 1日15分の勉強で楽々ステップアップだ。

 もし興味があればプリシラもやってみると良い」

 

「やりますっ、やりますわソフィーさん!

 帰ったらすぐ資料を取り寄せてみますわっ!」

 

 

………………………………………………

 

「届きましたわっ、銃槍ゼミ上位講座ッ!!

 パパやママに見つからないよう、玄関前で張り込んでいた甲斐がありました!

 さっそくやってみましょうっ!」

 

 包装をこじ開け、ダンボールに詰まった教材&銃槍を取り出していきますわ。こうしているだけでなにやら胸が高鳴って参ります。

 

「なんと……とても教材とは思えないようなカラフルで見やすい教科書。

 わたくしのような勉強嫌いな子でも、これならば取っ付きやすそう」

 

「あらっ! なんと分かりやすく的確な説明文なのでしょうっ!

 モンスの攻略や弱点表ばかりか、必須スキルや連携攻撃の派生表……。

 大切な部分は、しっかりと大きく色付きで書かれてるっ!

 とても頭に入ってきやすいですわ!」

 

「参考書を読んでいて、

 こんなにも“問題を解いてみたい“と思えたのは初めてです。

 すごいですわ銃槍ゼミ……!」

 

「これならわたくしでも頑張れそうっ。早速やっていきますわっ!」

 

 ペンを握り、机に向かうわたくし。

 もう見ているだけでワクワクしてくるようなカラフルな教材。若者の心をばっちり掴むオシャレなデザインの銃槍。どれをとっても素敵さMAXですわ。

 

「………………………………あれっ!? もう1時間も経ちましたの!?

 まるでクイズを解いているかのような感覚でどんどん進めている内に、

 もうこんな時間になってしまいましたわっ」

 

「もう次に! 次に! って感じで楽しく進めていけちゃいますわ!

 すごい……、これ全然“勉強だ“って感じがしませんの。

 これならわたくしでも、続けていけそうですわ……!」

 

 ドキドキしている胸を押さえ、今日の手ごたえを感じるわたくし。

 素敵な物に出会った時の、あの高揚感。それを今たしかに感じておりますわ!

 

 

………………………………………………

 

 

「さぁ今日も銃槍ゼミを始めますわよっ!

 しっかり事前に時計も見ておきますわ。

 時間配分が大切だってテキストに書いてありましたもの」

 

「ウソ……銀レウスって翼が弱点でしたの……!?

 竜なんだし、てっきり頭や首なんだとばかり……。

 勘違いしやすい部分も、しっかりワンポイントで押さえて下さってますのね!」

 

「ほうほう……フルバーストから即竜撃砲へと移行出来ると……。

 これはロマン溢れる連携ですわっ! さっそく練習致しましょうっ」

 

「今日お友達に『最近プリちゃん調子いいね♪』って言われちゃいましたわ!

 出てます! 成果出てますわよ銃槍ゼミ! サイコー!!」

 

「きゃー♪ やーっとオストガロアを撃破しましたわぁ~!!

 あと一息でわたくしもG級っ、がんばりますわよぉ~!!」

 

「ヒートゲージを維持出来れば、こんなにも討伐時間が変わってきますのね……!

 奥深いですわガンランス! 楽しいですわっ!」

 

「あっ! この攻撃、銃槍ゼミで出たヤツですわ!!」

 

 家での勉強、そして狩場でのクエスト。その二つがまるで歯車のように上手く周り、ドンドンわたくしのハンターライフが充実していくのが分かりますわ。

 一日たった15分のお勉強で、こんなにも毎日が輝かしい物となるなんてっ!

 効率良くお勉強が出来るおかげで、趣味のテニスやニャンター育成もし放題! 充実した毎日ッ!!

 

「疲れましたわ……闘技大会5連続はやり過ぎたでしょうか?

 流石に今日は勉強する気が起きませんけれど……。

 あっ、確か教材の中にDVDのヤツがあった気が! これに致しましょうっ!」

 

 ……10分後、ですわ。

 

「……ん? 今の連携はどういった意味でおこなって……。

 あっ、そうか! ここは竜の一番の弱点部位ですから、

 下手に砲撃に頼るより、斬撃メインで連携した方がダメージを稼げますのねっ!

 ちゃんと解説のテロップ付きで、疑問も即! 解消ですわっ!」

 

「三人称視点に加えて、実際にモンスと戦っているかのような視点の映像も……。

 これなら何をしているのか分かりやすいし、臨場感もありますわ!

 何より飽きさせない為に、見せ方やBGMを工夫していらっしゃる!」

 

「これならお勉強って感じじゃなく、

 映画を見ているような感覚で楽しく覚えられますわっ!」

 

 素晴らしいテキストの数々に、お勉強を頑張る程もらえる“銃槍ゼミポイント“で景品だってGET!

 わたくし最近、ガンス抱き枕を頂いちゃいましたわっ!

 

「ふむ、バルファルクのソロ討伐を?

 もうプリシラも立派なG級ハンターだな」

 

「ありがとうございますわっ、ソフィーさん!」

 

「今日はありがとうプリちゃん! すんごい助かっちゃったよっ」

 

「ユーアーウェルカムですわマイフレンド!

 同期の仲間じゃございませんか♪」

 

「プリちゃん。君とPTを組みたいんだ。

 僕と一緒に戦ってくれるかい?」

 

「えっ……弓使い先輩っ!?

 でもあのあのっ! 確か先輩は……あのモブハンターさんと……」

 

「あぁ、モブ子ちゃんの事かい?

 彼女G1のテツカブラに心を折られちゃってね……家に引きこもったんだ」

 

「ええっ!? まぁ……そんな事が……」

 

 なんという事でしょう! あんなに輝いていた彼女であったというのに……G級という名の荒波に呑まれてしまったのですね。

 図らずともライバルと差が付いてしまった感。彼女も銃槍ゼミをやっていたら良かったのにと、悔やんでも悔やみきれません。

 

「わたくしでよろしければ、ぜひお受け致しますわ♪

 不束者ですが、なにとぞ……」

 

「プリちゃんが一緒なら100人力さっ。

 一緒に最高のハンターを目指そうっ」

 

 あぁ……、なんという幸せ。なんという僥倖!

 やってて良かった銃槍ゼミ! ですわ!

 

 その後もわたくしは順調に狩りを重ね、そしてついにカマキ……アトラル・カの討伐に成功!

 見事ランク解放ハンターの仲間入りを果たしたのですわ!

 

「ガードなさい。 一歩も退かず、その場で――――

 貴方の持つ大盾を信じるのですわ」

 

「ガンランスなんて、ただの武器。

 こんなの誰にだって出来るんですわ。……握る事を恐れないで」

 

「どの位置に立つか、という事。

 ……いちばん怖い攻撃は、左右どちらから来ますか?

 ならば自分がどこに立てば良いのか……もうお分かりね?」

 

「はいっ! プリシラさん!」

 

「ありがとうプリシラさん!」

 

「プリシラさん! ステキーッ!!」

 

 今ではわたくしも、指導をする立場……。

 沢山の新人たちに囲まれ、毎日忙しくも楽しく過ごしておりますわ。

 

 

『わたくしは先輩に勧められて銃槍ゼミを始めたのですけれど……、

 正直最初は、懐疑的でしたわ。

 だって、こんなテキストなんかで本当に強くなれるのかしらってw』

 

『でも尊敬する大好きな先輩からの勧めでしたし、

 それにやってみたらもう……これが本当に面白くってw』

 

『今まで狩りなんて、ずっとフィーリングでやるばかりだったのに、

 しっかり目的意識を持って戦う事と、目標を持つ事の大切さが分かって……。

 これって実生活でも役立つ事ですわよね。

 人生において、非常に大切な事なのですわ』

 

『当時は分からなかったけれど、それが銃槍ゼミで身に付いていたおかげで、

 自然と物事が上手くいったり、好きな人とお近づきになれたりしたのかなって……。

 って、これは言い過ぎかもしれませんわねw』

 

『――――自信を持って言えます。わたくしは銃槍ゼミに出会えて良かったと』

 

『G級になれたのも、そして今もわたくしが成長し続けていけるのも……、

 みんな銃槍ゼミで学んだ事があるからなんだって』

 

 ――――さぁ君も! 今すぐ銃槍ゼミで本当の自分を見つけよう! ですわっ!!

 

 

 

「好きです弓使い先輩ッ! 付き合ってください!」

 

「ごめん。僕ガンランサーの子はちょっと……」

 

 

 

―――Fin―――

 

 

 



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お前がガンスを見つめる時、ガンスもまたお前を見つめている。

 

「はい! 整いました!」

 

「ではおねぇさん、どうぞっ」

 

 クエスト帰りの荷馬車の上、乙女が満面の笑みで挙手する。

 それを見て発言を促す男の子。

 

【嘘をつけ ガララアジャラは ラスボスだ】 ソフィー

 

「……うんっ! ガンランサーのガララに対するどうしようもなさが、

 たいへんよくあらわれていますっ。おねぇさんに1ポイントっ」

 

「よっしゃー!」とばかりにガッツポーズを決める乙女。それを見守るハンマーちゃんとミラちゃんが「ウチも!」「(おれ)も!」とハイハイ手を挙げている。

 

 ただいま彼女達が行っているのは“モンハン川柳“。

 男の子を司会に据え、各々が普段思っている事を川柳にして発表しようというお遊びだ。

 まぁ遊びとは言いつつも「男の子に褒めてもらいたい!」と、みんな結構必死ではあるが。

 

 ちなみに余談ではあるが、納刀の遅いガンサーにとって、あのガララの巻き付きドッカン攻撃は驚異でしかない。

 エリアルスタイルでも使わない限り、被弾せずに躱せるか否かはほとんど運次第だったりする。

 何故ガララが☆2の位置にいるのか納得いかないし、もしガララに二つ名の個体がいたら、全国のガンスランスのお友達は確実にその人口を減少させていたのではないだろうか。乙女は思う。

 

「はいっ。ではチエさん、どうぞっ」

 

「やった♪ ほなウチいきますっ!」

 

 熾烈な挙手争いを制したハンマー使いの少女こと“チエ“。

 二つのおさげが興奮気味に揺れている。

 

【試すけど 結局ギルドの 敗北感】 チエ

 

「……ふむ! せっかく様々なスタイルがあるのだからと、

 いろいろ試してはみるものの、

 けっきょくは『溜め2のアッパーと縦3が使いたい!』となって、

 ギルドスタイルにもどってしまう……。

 そんなハンマー使いの切なさをみごとにあらわしていますっ。

 チエさんに1ポイントっ」

 

「よっしゃー! やったでぇソフィーさんっ! ミラちゃんっ!」

 

 ピョーンとガッツポーズで飛び上がったチエちゃんが、皆とハイタッチを交わしていく。ワーキャーと喜ぶ一同。

 

 チエだってソロの時にはブシドーやブレイブなんかも使っていたのだが、やはりPTプレイではギルド一択。稀にモンスに合わせてエリアルをする程度だ。

 ハンマーならば何を置いても縦3、そしてアッパーなのである。スタンを取ってナンボなのだ。

 

「お見事ッ! チエさんもおやりになりますわ。

 ではプリティくん、次はわたくしが♪」

 

「はいっ。ではプリシラさんっ、どうぞっ」

 

 ここで満を持してプリシラが挙手。

 実は彼女は今日、乙女たちと同じ地域の狩場へと出かけており、途中で皆と合流。そしてせっかくだからと帰りの馬車にも同乗させてもらっていたのだ。

 

【ランサーで キリン倒すの 地獄です】 プリシラ

 

「お~っと!

 これはモンハン界屈指の“最悪の相性“といわれる、ランスvsキリン! 

 異常なスピードであり、しかもその小さな頭以外はぜんぶ硬いキリンに対して、

 ランサーは成す術がありませんっ。武器出し攻撃も弾かれてしまいます!

 プリシラさんに1ポイントっ」

 

「……プリシラ。まさか君は、今日……」

 

「えぇ、その通りですソフィー……。死ぬかと思いましたわ」

 

 砲撃のあるガンランスでもキツイというのに、ランサーであるプリシラは今日、ソロでキリン討伐に赴いていたらしい。

 どうしても素材が欲しい時に限って、同行してくれる仲間が見つからなかったそうな。

 相手は上位のキリンなのでなんとかなるかな~と思ったのだけど、全然なんとかならなかった。ボッコボコである。

 グッタリとした表情のプリシラが、禁煙ガンス(槍)を切なそうにピカピカと点滅させる。これが本物の砲撃だったら良かったのに。

 

「はいはいっ! はいはいはいっ!」

 

「ではミラちゃんどうぞっ。またせちゃってゴメンね?」

 

 両手をあげて元気にアピールするミラちゃん。

 その後は元竜族の王という事で、フフンと威厳たっぷりの仕草で川柳を発表する。

 

【散弾で ランスガンスの ケツを撃て】 ミラ・ルーツ

 

「お前だったのかアレはっ!?」

 

「なんか痛いと思いましたわ!」

 

「あ~。たまにソフィーさんとプリちゃんが『オゴゴゴ……!』

 なってんな~思ってたけど、それかぁ……」

 

 ガンスランスにはスパアマが無いので、後ろでガンナーさんに散弾を使われたら、もう何も出来なくなるのだ。どうか止めてあげて欲しい。

 

「散弾の弾は敵の弱点部位へ集弾すると聞いてな?

 ならば貴様らに撃てばどうなるのかと、

 たまに試しているのだ。よきに許せ。」

 

「試さんでいい! 私たちは敵じゃない!」

 

「ですわっ!」

 

「なんかミラちゃん適確にお二人だけを撃ってたような気ぃすんねんけど……。

 あれ逆に上手いんとちゃうかな?」

 

 まるで散弾が意志を持ったかのように、ソフィーとプリシラにばかりペシペシ当たっていたように思う。無駄な技術だ。

 件の集弾の事もあり、もしかして自分達はミラに“敵“として認識されているんじゃなかろうかと、必死こいて訴える二人。

 

「いいかミラよ? 私はガンスを使うフレンズ。

 そしてこの子は、ランスの上手なフレンズなんだ」

 

「よしなに」

 

「あっ、そろそろ集会所につくみたい!

 ともかく川柳は上手だったし、ミラちゃんに1ポイントっ。

 でももうしちゃダメだよ?」

 

「うむっ」

 

「ほ~い降りるでぇ~。ちょっと抱っこするから、ミラちゃんじっとしときや?」

 

 そんなこんながありながら、到着した馬車からガヤガヤと降りていく5人。

 ちなみに今日の川柳大会の優勝はソフィー。

【フルフルと トトスのブレス ガー不だよ】や、【謎判定 ラギアクルスを 許さない】などなど、ガンランサーの悲哀の籠った力作が生まれたのだった。

 

 

………………………………………………

 

 

「ふふ……みんなには悪いが、ガンランス川柳にかけては負ける気がしない。

 これまで味わってきた鬱屈の量が違うのだ」

 

 PTの皆と別れ、死んだ目をしながら今日の事を思い出す乙女。

 ネタには困らん。まるで湯水のようにガンランス川柳が浮かんでくるぞ! 私は!

 そんなカッコいいんだか情けないんだか分からないような事を言いながら、今はひとり帰路を歩いている所だ。

 しかしそんな時、ふとどこからか“乙女に話しかけてくる声“がした。

 

『――――あの、すいません。

【雑魚敵が 私ばかりに 寄ってくる】……とかどうでしょうか?』

 

 他の武器とは違い、ガンランサーは盾を構えてその場でじっとしている事も多いので、雑魚敵たちの格好の餌食となりやすい。あっという間に群がられ、しかも対処も苦手だ。

 ……それはともかくとして、乙女は急いで辺りを見回すも、その声の主が見当たらない。どこにも人の気配がしないのだ。

 

『あ、ここですガンサーさん。

 ちょっとゴミ捨て場の方を見てみて下さい。私はここですよ?』

 

 再び声を掛けられて動揺しつつも、乙女は近くにあったゴミ捨て場へと視線を向ける。しかしながらそこにも人影は無く、あるのはいくつかのゴミ箱と、なにやら薄汚れた鉄の物体のみ。

 

『そうです、その汚れた鉄が私です。

 えへへ……。こんばんはガンサーさん♪

 私はアイアンガンランスの“アイ“っていいます♪』

 

 ゴミ捨て場に捨てられている、一本の薄汚れたガンランス。

 それが今、まるで乙女の注意を引こうとするかのように〈ゴロン〉と転がる。

 

 

「 ――――――ガンランスがしゃべったッッ!!!! 」

 

 

 しゃべった……しゃべった……シャベッ……シャベ……シャ……。

 

 乙女の魂の絶叫であったが、もし誰かに聞かれていたら、またガンランサーの評判がガックーンと落ちていたかもしれない。

 もし仮にそれが知り合いであろう物なら、「ソフィーさん……いくらガンサーが孤独だからって、ついにイマジナリーフレンド(空想上の友達)を……」と勘違いされていたかもしれない。

 そうならなかった事は非常に幸運だった。だがその“ついに“とはいったいどういう事だ。

 私だって友達はいるんだぞ、今は。

 乙女は自分自身にツッコむ。

 

『あの……ごめんなさい……。

 やっぱりご迷惑でしたか……?』

 

 しばし自分の中へ入っていた乙女の意識を、再び聞こえたガンランスの声が呼び戻す。

 

『私……嬉しくて……。

 ガンサーの人を見かけるのは、ホント久しぶりだったから。

 だからつい……声をかけてしまって……」

 

 地面に倒れたガンランス。それが乙女の目にはシュン……としているように見えた。

 確かな事なんて分からない。だが乙女にはどうしても、そのガンランスが悲しそうにしているよう見えたのだ。

 

『あの……驚かせてしまって、ごめんなさい。

 どうか私の事は気にしないで――――って、きゃっ』

 

 乙女は走る、ガンランスのアイちゃんを抱えて――――

 重いとか、服が汚れるとか、そんな事は考えもしない。

 一刻も早く、安心して彼女と話せる所へ。乙女は自身初となる、本気のガチ走りで家に帰っていく。

 アカムやウカムに追いかけられた時だって、こんなに早く走った事はなかった。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

『あの、大丈夫ですかガンサーさん?

 私重いのに……あんなに一生懸命走って……』

 

 現在乙女は無事に家へとたどり着き、そしてガンランスのアイちゃんを椅子へと立てかけて、机を挟んで向かい合っている。

 もう必死こいて走って来たので未だにゼーハーと息は上がっているが、なんとか人に見つかる事なくここまで帰って来られた。

 なにも走る必要とかは無かったのかもしれないが、これは気持ちの問題なのだ。

 

「いや……心配はいらない。

 私こそ、つい動揺して持ち帰ってしまったが、構わなかっただろうか?」

 

『ガンサーさんは、動揺したら持って帰っちゃう方なんですね。

 てっきり私、怖がられるか、無視されちゃうとばかり……。

 でもぜんぜん大丈夫ですよ♪』

 

 うわー! ガバッ! ピュー! という見事な三挙動をもって、電光石火で家に帰って来た乙女。

 まさか連れ去られるとはアイちゃんも思っていなかったらしく、軽く戸惑ってはいたものの、今は朗らかに笑ってくれている(ように思えた)。

 

「改めまして、私はソフィー。ガンランサーだ。

 お察しの通り、長女で御座います」

 

『ごめんなさい、察してませんでした。

 改めまして、アイです。ガンランスを生業にしています♪』

 

 本当は低姿勢になってギルカでも渡したかったのだが、残念ながらアイちゃんはカードを受け取る事が出来ない。

 とりあえずはペコペコと頭を下げ、乙女はガンランスと意思の疎通を図る。

 

 関係ないのだけれど、乙女の感じるアイちゃんの声の印象は、まごう事なき少女の物。しかもちょっと分かりにくい例えかもしれないが、cv丹〇桜もかくやという可愛いらしい声なのだ。

 なにやら聞いているだけで胸がキュンキュンしてくる心地の乙女である。ぶっちゃけ抱きしめたい。

 

「えっと……ではアイちゃん、ご趣味は?

 どれくらいの身長や年収を相手に求めているんだ?」

 

『はい?』

 

「美人、美男子は3日で飽きると言うぞ?

 見た目やお金も大事だが、やはり生涯添い遂げるのなら、

 一緒にいて安心出来る相手が一番だと愚考する次第だ」

 

『あ……私ガンランスなので、理想とかはちょっと……』

 

 なにやら結婚相談所のような事を訊ねだす乙女。

 ハッキリ言って、もうアイちゃんをお嫁に貰う気まんまんだった。

 

「それはいけないっ、理想は高く持つんだ!

 君はこんなにも愛らしくて、素敵な子じゃないか!

 何を卑下する事がある! 自信を持たないとダメだ!」

 

『えっ』

 

 自分の事は棚にUPして、ひたすらアイちゃんを鼓舞していく乙女。

 

『あ……でも趣味といえば、私砲撃とか得意かもです。えへへ♪』

 

「そうだ! 君は5発も砲撃が撃てるじゃないか!

 装弾数UPのスキルがあれば6発だぞ! フルバで大活躍だ!」

 

『理想……とかは無いですけど……。

 でももし私なんかを使ってくれて、その人のお役に立てるなら……、

 とっても嬉しいなって♪』

 

「天使かッ! 舞い降りたのか私のもとにッ! ……何故だッ!?

 私なにか良い事をしたか!? 早起きか!? いつの間に徳が貯まったんだ!?

 なぜ君は私に降臨した!? ハレルヤッ!!」

 

 窓をバーンと開け放ち「ハレルヤーーー!!」と叫ぶ乙女。夜中だというのに結構な近所迷惑だ。これだからガンランサーは。

 

「――――2年待ってくれ。起業する。

 必ず大企業の社長となり、君にふさわしい女になってみせる」

 

『あの……出来ればガンランサーでいてくれた方が、私嬉しいかも』

 

 乙女の渾身のプロポーズであったが、お前はハンターでおれとあっさり流される。

 私はキャデラックに乗るぞ、と乙女が意味の分からない事を言ったが、アイちゃんはガンランスなので特に気にしなかった。

 

 

………………………

………………………………………………

 

 

「盗難……?」

 

『はい、ご主人様の家のアイテムボックスにいた時に、

 ドロボウさんに持ち去られてしまって……』

 

 やがてテンションも落ち着いた頃、ようやく乙女はアイちゃんの事情を訊くに至った。なぜ彼女はゴミ捨て場などにいたのか、その理由をアイちゃんが語っていく。

 

『もう3年も前の事なります。

 それからは私、ずっと売られたり、人に買われたりをしていたんですけど、

 最後の持ち主さんに、あそこに捨てられてしまって……』

 

『狩りに失敗した帰り道に、ガンランスなんて要らないって、ポイって。

 ……今までは皆さん、一度使ったきりで「合わない」って言って、

 いつも売却をしてくれたんですけれど……。

 でもそんなお金も要らないってくらいに、

 その方は私に腹が立ったんだと思います。……私が、役立たずだったから』

 

 思わず、叫びそうになった――――

 違うんだと、君は悪くないんだと、乙女はアイちゃんに駆け寄りそうになった。今すぐ抱きしめてあげたかった。

 でも乙女は、かろうじてその気持ちを抑えこむ。

 彼女の持つ過去、心の傷、それを今懸命に語ってくれている。心から血を流しながら。

 自分は今、それをしっかり、最後まで聞かなければならない。

 

『あのゴミ捨て場で、雨風に晒されている内に、

 いつしか私の中に自我が生まれました。

 色んな事を考えられるようになったんです』

 

『……あ、でもただのガンランスだった頃にも、

 ちゃんと“嬉しい“とか“楽しい“っていう感情はあったんですよ?

 だって私たち“武器“は、ハンターさんのパートナーですから♪』

 

『握ってくれてる人の想いが、その手を通じて私たちにも伝わるから――――

 いつもハンターさんが“勝った“と喜んでいる時、

 同じように私たちも嬉しい気持ちでいるんです。

 とっても誇らしい気持ちになるんです』

 

 共に戦い、力を貸してくれる。そして誰よりも近くで応援してくれている。一緒に喜んでくれる。

 私たちの使う“武器“とは……そういう存在であったのだ。

 

『でも、もうそれがおしまいになったから、私は自我を持ったのかも。

 ……あまり強化もされなかったし、ご主人様はまだ新人だったけど、

 それでも楽しい思い出が沢山あった。ご主人様の背中で、一緒に世界を見た。

 ……そんな思い出を忘れない為に、ずっと憶えている為に、

 きっと私は自我を持ったんだって、そう思うんです――――』

 

 ――――ごめん、アイちゃん。

 乙女は心で詫びながら、アイちゃんを強く抱きしめる。

 縋りつくようにして、ボロボロに泣く。

 

 限界だった。抱きしめずにはいられなかった。

 張り裂けそうな胸の痛みに耐えながら、私に話を聞かせてくれていたのに……、その言葉をこうして止めずにはいられなかったのだ。

 

「 おしまいなんかじゃないっ! 探してやるっ!

  君のご主人様を探し出し、また一緒に暮らせるようにしてやるっ!!

  大好きなご主人様とまた狩りに行けるように! 絶対にするからっ!! 」

 

 絶叫するようにして、誓う。

 君の言葉を止めてしまった私は、君の為ならばもう、何でもしなくちゃいけないんだ。

 

 これまでの君の献身、心から狩人の事を想ってくれた優しさ、そして私が“ガンランス“という武器に貰った全ての恩。

 それを今、全部ひっくるめて、君に返す――――

 

『……あはは……。あれからもう、3年も経つんですよ……?

 私、あの頃のまま……、弱いまんまのアイアンガンランスだし……。

 たとえご主人様が見つかったとしても……もう……私なんかじゃ……』

 

「 知らない! そんな事は知らないっ!

  私は君を、ぜったいご主人様の所に届ける! 絶対に会わせてやるっ!!

  強化なんか後でどうにでもなる! 私の全財産を使え!!

  それがイヤなら、私の手を使え!!

  いくらでもご主人様の狩りに付き合ってやる!! 」

 

 アイちゃんの声が、だんだん涙声になっていく。

 堪えてきた気持ちが、溢れ出すように、声が涙に濡れていく。

 

『……も……もしっ……! もうガンスなんか……握ってなかったらっ……!

 使いづらいからって……、弱いからってっ……!

 ガンランスの事なんてもうっ……! もう……忘れてたらッ……!!』

 

「忘れたりなんか、するものかっ。

 ハンターは、最初に自分が握った武器の事を、ぜったいに忘れない。

 ……初めてクックに勝った時の武器。初めてレウスに負けた時の武器……。

 それをずっと……、ずっとハンターは憶えてるんだ。

 たとえ記憶が忘れても、たとえ他の武器を使っていても、身体が忘れない。

 一度ガンランスを握れば、すぐに全部……、ぜんぶ思い出せるんだ」

 

 二人して、わんわん泣いた。

 もう時間も分からなくなるくらい、二人で寄り添って泣いた。

 

 やがて夜が明けて朝日が差す頃に、乙女とアイはようやく泣きつかれ、一緒のベッドで眠る。

 この気持ちは忘れない。必ず約束を果たす――――

 その想いを胸に刻みつけ、乙女は眠りに落ちていった。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「ウチも前はいくつか集会所を周っとったし、知り合いにあたってみるわ。

 大丈夫やで、ソフィーさん。

 それとウチには声は聞かれへんけど……、アイちゃんもな」

 

「我のちんまい翼が役に立つ時が来たな。

 とりあえずはこの地域の集会所を虱潰しにしてくれよう。

 大船に乗った気でおれよ? アイとやら」

 

「ギルド本部へ戻り、情報を漁ってみます。

 何か分かり次第、すぐ例の“機械“で連絡致しますわソフィー。

 狩りではまだまだ貴方に及びませんけれど、

 こういう時こそ、わたくしの出番。

 ノブレス・オブリージュというヤツですわ(?)」

 

 アイから聞いた“ご主人様“の名前と情報を伝え、乙女は仲間たちに協力を願い出た。

 以前ならこんな事は絶対出来なかったし、きっと乙女なら全部ひとりでなんとかしようという人柄であったハズだ。

 しかし今の乙女には、頼りになる仲間たちがいる。信頼する人達がいるのだ。

 彼女たちに心からの感謝を告げ、ひと時の別れを告げる。

 

「ありがとうプリティ、私のわがままを聞いてくれて。

 すぐに戻るよ。だから少しだけ待っていておくれ」

 

「だいじょうぶ、ぼくチャアクのおにぃさんの所に行ってるから。

 しんぱいないよ、おねぇさん。

 きっとアイちゃんを、ごしゅじん様に会わせてあげてね」

 

「んーっ!」とばかりにほっぺにチューをし、男の子にも心からの感謝、そして親愛を。

 

「行ってくる、プリティ。

 アイも今、君に『ありがとう』って。

 プリティくんがガンランサーじゃないのが残念です、って言ってる」

 

「ぼくもいつかガンランスを握るよ?

 おねぇさんに教えてもらって、きっと使えるようになってみせるから。

 そのときはアイちゃんと同じ、アイアンガンランスにするね。

 ……だから楽しみにしてて、アイちゃん。

 こんど会ったら、いっしょに狩りにいこうね」

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 アイのご主人様の捜索は、非常に順調に進んだ。

 

『ソフィーさんは……、たくさん良いお友達がいるんですね。

 ご主人さまはとびっきりの善人だったけど、ガンサーだったから……。

 平気そうに振る舞っていても、いつもどこか寂しそうにしてて』

 

 仲間たちの尽力もあり、すぐにそれらしい情報が見つかった。

 そして今ソフィーはアイを背に担ぎ、ご主人様の事を知っていると思しき人物のもとへと向かっていた。

 

「私が言うのもなんだが……、

 きっとご主人さまは、よほどガンランスが好きだったんだろうな。

 強烈な憧れか、はたまた向こう見ずな情熱か……。

 いずれにせよ、何をおいても貫きたい想いがあったんだと思う。

 愛してたんだガンランスを。……きっともう、どうしようもない位に」

 

 自分はプリティと出会い、そして今は何人もの仲間と出会う事が出来た。

 この3年間の間で、願わくばアイちゃんのご主人様にも、良い出会いがあったならと思う。

 ガンスを握る事を、受け入れてくれる人――――

 それは自分達のような者にとって、己の全てを受け入れてくれる事にも等しい。

 願わくば彼にも、全てのガンランサーにも……、そんな出会いがあったなら。

 

「……アンタかい? アイツの事探してるっていうのは。

 俺は以前、アイツとPT組んでた事があってさ。よく知ってるよ」

 

 やがてソフィーたちは目的の場所へたどり着き、そこで待ってくれていたハンターの男と出会う。

 正確には彼は“以前ハンターだった男“で、聞く所によるともう引退をした身であるらしかった。

 

「俺が知ってる事は全部話すよ。

 さっき集会所に寄って、当時の資料も貰ってきたんだ。

 行こう。案内しながら、歩きながら話すから」

 

 

………………………………………………

 

 

 アイツは勇敢だった――――それが男が告げた、最後の言葉だった。

 

 目的地へと案内をし終え、そして伝えるべき事を全て言い終えた後、男はソフィーたちを残してこの場を立ち去っていった。

 

『…………これが、ご主人様の』

 

 やってきたのは、とある墓地。

 ここはこの地域で生まれ、そして狩場で死んでいった多くのハンターたちが眠る場所。

 その中に、まだ作られてから間もないであろう、ひとつの墓があった。

 ソフィーたちが今立っている、目の前。それはアイの主人であったハンターの墓だった。

 

 ――――2か月前になるよ。アイツか俺達庇って死んだのは。

 

 ――――俺ガンサーだからって言って、デカい盾持ってんだって言って、この場に残るって言い張って。

 ――――俺達を逃がす為、ひとりその場に残りやがった。囮になりやがったんだ。ガンサーの役目だっつって。

 

『……ご主人……さま……』

 

 ――――遺体は見つからなかった。いくら探しても、腕の一本見つからなかった。だからこの墓にも、骨は入れてやれてない。

 ――――盾だけがその場所に落ちてた。盾がこんなボコボコになっちまうまで、アイツは一人で耐え抜いてたって事を知った。

 ――――俺達を逃がす為、自分の命が尽きるまで、時間を稼いでくれてたんだって分かった。

 

『………………ご主人……さま』

 

 ――――いいヤツだったし、最高のダチだった。いつもバカみたいに元気に笑うんだ。俺達との狩りが楽しくて仕方ねえって言ってて。

 ――――でもバカだから、いくら言ってもガンス握るのだけは辞めねぇ。お前の為を想って言ってんのにっつっても、ぜんぜん聞きやしない。

 

 ――――それでもみんなアイツが好きだったから、仕方ねぇって言って一緒に狩りをした。たまに砲撃で吹っ飛ばされたりもしたけど、いつも一杯奢りで勘弁してやった。アイツといるのが楽しかった。

 

 乙女は黙って、目の前の墓を見つめる。

 自分と同じ、ガンランスを愛したひとりの男の墓を。

 

 ――――俺はガンスの事なんざ知らないが、アイツこそ本当のガンランサーだったんじゃないかって思う。

 

 ――――だってアイツは炎みたいに戦って、そして守って死んだんだ。あの銃槍と盾に相応しい、そんな生き様だったんじゃないかって。

 

 ――――俺ぁアイツの墓守でもしながら、これから生きてくつもりだ。隻腕になっちまったが出来る仕事はあるし、そもそもアイツが助けてくれなきゃ、片腕どころか全部あのモンスに喰われてたんだ。アイツに貰った命だ、大事にしてくさ。

 

 ――――よかったらまた墓参りしてやってくれ。そんでアンタも知っててくれると嬉しい。

 

 ――――ガンランサーは、本当にスゲェんだって。 アイツは誰よりも勇敢だったって。

 

 

………………………

………………………………………………

 

 

『ソフィーさんは……戦った事がありますか……?』

 

 あの墓地を後にして、今ソフィーたちは馬車の荷台で揺られている。

 

『紅兜……。あの二つ名のアオアシラと、戦った事は……?』

 

 あれからアイが、初めて声を出した。

 二人ともずっと話す事をしなかったから、随分久々に声を聞いたような気がする。

 

「一度だけ……、やりあった事がある。

 少し戦ってからヤツは逃げ出していったが、正直生きた心地はしなかったよ」

 

 そう静かに告げ、ソフィーは当時の事を思い出す。

 あの時は別の目的でクエストに赴いており、偶然ヤツと接敵し、なし崩しに戦闘になったのだ。

 たが短い時間ながら、乙女はすぐに理解した。

 ――――コイツとまともにやりあってはいけない。

 コイツはまさに、私の“天敵“であるのだと。

 

『…………勝てますか……? ソフィーさんなら……。

 G級ハンターのソフィーさんなら……あの紅兜に……』

 

『例えば…………アイアンガンランスで、戦っても……』

 

 風圧、地震、破壊力。ステップやジャストガードでは対応できない性質の攻撃。

 通常のアオアシラとはまるで別物と言える、その凶悪さ。凶暴性。

 

「――――出来るよ。私なら、アイアンガンランスで勝てる」

 

 だが迷いなく、乙女は言ってのける。

 あの男の片腕を喰い、そしてこの子の主人を喰らった、赤い獣。

 私なら殺せる。どんな武器でも。例えそれがLv2ほどのアイアンガンランスだとしても。

 一瞬も躊躇する事なく、乙女はそう告げる。

 逸らす事無く、真っすぐにアイの事を見つめながら。

 

『…………ごめんなさい。冗談です……。

 いくらなんでも、Lv2のガンランスで……、

 私なんかで……紅兜と戦わせられません」

 

「!? アイちゃんッ!!」

 

 思わず肩を掴むようにして、乙女がアイの身体を掴む。

 真剣に詰め寄るも、アイが「えへへ……」と、どこか困ったような表情をしているように思えた。

 

『……ダメなんです、弱いガンランスなんかじゃ……。

 もう私が弱いせいで……、誰かを危険な目に合わせるのは……イヤです。

 誰も守れないガンランスなんて……もう……イヤなんですっ……!!』

 

『だから、ソフィーさん……、お願いがあります……』

 

 いいんだと、私は大丈夫なんだと詰め寄ろうとした乙女。

 しかしアイの真剣な声色に、その言葉を飲み込んでしまう。

 

『…………私を“強化“してください。

 紅兜と戦えるくらい……あの紅兜を、倒せるくらいに……。

 ……何を失ってもいい。私がどんな形になってしまってもいい。

 だからあの紅兜をっ……、私に討たせてッ………………下さいッ……!!』

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「――――憶えているか? 私を」

 

 通称“孤島“の狩場。

 そこで乙女は今、紅兜アオアシラと対峙している。

 

「もう何年前かな?

 初めてお前を見た時は、生きた心地がしなかったのを憶えてる」

 

 血のような赤。醜悪な顔。

 多くの生き物に絶望を、そして今乙女に“嫌悪感“を抱かせる、その風貌。

 

「だけどあの時――――しっかり殺しておくべきだったよ」

 

 感情の無い、冷たい瞳。

 乙女は誰にも、男の子にも見せた事のない顔で、紅兜を見つめる。

 

「私のせいだな……。アイのご主人様が死んでしまったのも」

 

 乙女の左腕には今、数段強化したアイアンガンランスがある。

 

「――――そしてアイが、“死んでしまったのも“」

 

 もうアイが喋る事は無い。困ったようにアハハと、乙女に笑いかけてくれる事は無い。

 何故ならば、これはもう“アイではないから“。

 身体をバラされ、炎の中で別の金属と混ぜ合わされて加工された、アイとはまったく別のガンランスだから。

 このアイアンガンランスLv6は笑う事も、悲しむ事も無い、ただの銃槍。

 何の変哲もない、ただの鉄で出来た武器だった。

 

「あの人は炎のように戦い、守って死んだという」

 

 とてつもない咆哮をあげ、地響きを鳴らして紅兜が襲い来る。

 

「ならば今の私は……何かな? どんな風に戦おうかな……?」

 

 あの時に手を焼いた地震、そして風圧。

 それはスキルによって下品な位に対処している。もう乙女がコイツに怯む事は無い。

 加えて今は5段階も強化した、出来過ぎな位の“武器“がある。乙女がコイツに負ける道理が存在しない。

 もう自問自答以外の、なにかを思ったり感じたり事も、ない。

 

「まぁいいや、“死ね“。

 お前を殺した後で、ゆっくり考える事にするよ……」

 

 砲撃、竜撃、斬撃、フルバースト。

 ありとあらゆる攻撃を喰らい、少しずつ己の身体を裂かれ、幾度も幾度もこの場から逃げようと試みるも、それがついに叶う事も無いまま。

 やがてこの醜い獣がピクリとも動かなくなるまでには、さして時間はかからなかった。

 

「……帰ろう。あぁ……家に帰らなきゃいけない」

 

 気分が悪いだけの肉塊を放置し、乙女がフラフラとその場を立ち去っていく。

 

 自分の姿は自分で見えないハズなのに、不思議――――

 こうやって歩いてる自分の姿を、まるで幽鬼みたいだと思った。

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

「なぁプリティ? 私は冷たい女なのかな」

 

 あれからしばしの時が過ぎ、現在乙女は自分の家にいる。

 温かい飲み物を入れ、テーブルを挟んで男の子と向かい合う。これまでの事を報告する為、男の子を家に招いているのだ。

 

「あの子の事が好きだった。

 アイの為ならば、なんでもしてやりたいと思ってた。

 何かあったとしても、たとえご主人様と会えなかったとしても、

 私が代わりにずっと一緒に寄り添おうって、そう思ってたんだ」

 

 あの後乙女は再び墓地を訪れ、あの墓守の男に紅兜討伐の報告を、そしてかつてアイだったガンランスを預けてきた。

 

 ――――これは紅兜を討ったガンランス。そしてその人が一番最初に握っていたガンランスです。勝手に強化をしてしまい、申し訳ありません。

 

 そう墓守の男に詫びたが、男はただただ涙ながらに、礼を言うばかりだった。

 

 ――――仇を討ってくれてありがとう。しかもアイツのガンスを使ってくれて。これて俺のダチも報われると思う。

 

 このガンランスは、こいつの墓に入れるよ。

 天国でこのガンス握って、また狩りでも始めるんじゃないかな。

 男はそう言ってくれたが、乙女はただ深く頭を下げ、その場から去ってきた。何と言えば良いのか、もう分からなかったから。

 

「もし強化をしたら、アイが死ぬ。

 ガンランスか形を変えれば、アイの自我は消えて無くなってしまう。

 彼女は最後まで言わなかったけれど……、そう感じてはいたんだ。

 あぁきっと、彼女は死ぬつもりなんだって――――」

 

「でも……止められなかった。

 辛い事は忘れて、私といっしょにおいでって、言ってあげられなかった。

 だって私も……、アイの立場なら、きっと同じ事をするから」

 

 だからアイが消えてしまっても、不思議なくらい悲しくないんだ。乙女はそう男の子に語る。

 悲しいハズなのに、なんで悲しくないんだろう。

 でも悲しくないのは当然の事なんだと、乙女は心のどこかで、分かっているのだ、

 

「アイを加工屋に持っていった時、私はいけないともダメだとも思わなかった。

 ……ただ淡々とアイをオヤジ殿に手渡し、

 解体されて、炎にくべられていくアイの姿を、ただぼけっと眺めていたんだ」

 

「私にあったのは――――“こうすべきだ“っていう想いだけ」

 

「あれだけ好きだったのに、優しい子だって痛い程知ってたのに……。

 ただ私の中の冷たい部分が、“紅兜を殺せ“って。

 それをしろって。アイに本懐を遂げさせろって。

 ……それ以外を、決して許さなかった」

 

「死ぬとわかってたのに。アイが消えてしまう事を、私は知っていたのに。

 私はあの時、“アイの命はこの為にこそあったんだ“と思った。

 あの紅兜を討つ為に、主人を殺した相手を討つ為に。

 きっとあの日の、私との出会いさえも。

 その為にこそあったんたんだって……、思った」

 

「こんなのきっと……人間の感情じゃない。

 血の通った人間のする思考じゃない。畜生だよ」

 

 カップの紅茶を飲みほして、ふぅと一つため息を吐く。

 男の子は何も言わない。ただじっと乙女の言葉を聞く。

 それはたぶん、“何も言う必要がないからだ。“

 彼は黙って、ただ乙女の話を聞く。聞いているよ、ここにいるよと乙女に示すだけでいい。

 それだけで乙女は、大丈夫だ。

 今乙女がしているのは、報告。

 そして男の子にしっかり話す事で、心の整理をしている所なのだから。

 

「でも、それでいいんだ私は――――

 まっとうな人間じゃなくていい。だって私はハンターなんだ。

 ガンランスを操り、竜と戦う人間なんだから」

 

「プリティ、私たちの“武器“は、持ち主である私たちの事を、

 凄く愛してくれている。

 いつも一番近くで応援し、共に喜び、共に悔しがり、

 私たちといる事が嬉しいって、誇らしいって、そう思ってくれているんだ」

 

「だったら私が寄り添うべきは、あの時のアイちゃんの“想い“なんだ。

 武器としてのアイちゃんの想い。持ち主であるご主人様への愛情。

 私はそれを叶えてあげたかった。何よりも、それを遂げさせてあげたかった。

 だから、私はああしたかったんだと思う。

 ガンランスであるアイちゃんの想いを、叶えてあげたかったんだ」

 

「……だから、悲しくなんてなかった。

 アイちゃんが別のガンランスになってしまっても、

 私にあったのは“これをどう上手く使うか“だけ。

 あの紅兜をしっかり倒せた後で、ようやくなんか“よかった“って思った」

 

「よかったね、アイちゃんって……。

 強かったよ。助かったよって。

 アイちゃんが助けてくれたから、紅兜に勝てたよって。

 私はアイちゃんを、……誇らしく思った。心底愛おしいって、そう思った。

 だから私は、ぜんぜん……悲しくなんてなかったんだ」

 

 言葉とは裏腹に――――乙女の目から涙が零れた。

 男の子は静かに席から立ち上がり、優しく乙女を抱きしめる。

 

「 ――――でもっ、ご主人様と狩りをさせてあげたかった!!

  ずっと一緒に居られるように、してあげたかったッ!! 」

 

「 約束したんだっ!! 会わせてあげるってっ!!

  あの子が大好きだって、ガンランスに感謝してるんだって、

  そう伝えたかったのにっ!!

  ご主人様を見つけて、あの子に恩返しがしたかったのに!

  あの子に幸せになってっ! 欲しかったのにっっ!!!! 」

 

「 うそつきだッ! 私はうそつきなんだッ!!

  なんにもしてあげられなかったッ! あの子の幸せな顔を見たかった!!

  ご主人様に甘えている君の声を聞きたかった!! 聞きたかったのにッ!!!! 」

 

「 ごめん!! ごめんよアイちゃん!! 私はうそつきだっ!!

  何より……! 他のどんな武器よりも……!

  君を幸せにしてっ……! あげたかったのにッ……!!!! 」

 

 

 いつもと違い、声をかみ殺すようにして泣く乙女。

 慟哭……だけどとても綺麗な。優しい。

 まるでどこかにいる大切な誰かの幸せを、心から願うような。まるで懇願しているみたいな、そんな泣き方。

 

 

「おねぇさん、おつかれさま――――がんばったね」

 

 

 乙女の頭をやさしく撫でる。

 男の子は男の子なのだけど、まるでおかあさんがするようにして。

 

 がんばったこの子を、誇らしそうに見つめて。

 この子の心に、そっと寄り添うみたいに――――

 

 



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ガンランスの美学は隠れキリシタンの信仰に似る。

 

 

「ありがとうなソフィーさんっ。

 デンセツコインも無事ゲット出来たでー!」

 

「うん。闘技大会をやるのは久々だったけど、役に立てて何よりだ。

 よかったな、チエ」

 

 ある日の午後。

 ガンスの乙女ことソフィーと、ハンマーの少女チエが、笑顔で闘技場の出入り口をくぐり、酒場へと帰還してきた。

 今日はPTを二組に分けての闘技大会チャレンジという事で、さっきまでこのコンビでいくつかの闘技大会クエに参加していたのだ。

 和気あいあいと話す二人の笑顔が示す通り、その結果は完勝。どのクエストも見事Sランクを達成してきた。

 

「でもソフィーさん流石やな~。

 ガンスだけやなくて、片手や太刀とかも上手いねんもんっ」

 

「一応昔、一通りの武器講習は受けたんだ。

 得物は違っても立ち回りには共通する部分も多いし、

 一度扱い方さえ覚えてしまえば、あとは応用が利くよ」

 

 闘技大会では“指定された条件でタイムを競う“というルール上、普段自分の使わないような武器やスタイルで挑まなければならない場合も多い。

 二人とも今日はガンスやハンマーではなく、片手剣や太刀や大剣といった武器を握って戦っていたのだ。

 

「ほぇ~。ウチずっと『ハンマー握んねや~! 一筋や~!』思て、

 他の武器の講習は受けてへんかって……。

 今日とかもうめっちゃテンパってもうたし、こういう時に困んねやな……。

 一回ちゃんと受けとこぅ思います」

 

「良いと思うよ。私も笛やヘヴィ、そしてハンマーの講習を受け直そうかな。

 みんなの使う武器の事、もっとよく知っておきたいんだ」

 

「あっ、ほな講習やなくて、ハンマーに関してはウチに任しといてっ!

 今度採取クエ行く時とか、一緒にハンマー担ぎましょ!」

 

 私のアイテムBOXに、ブルファンゴのハンマーがあるぞ。

 あ、それウチも持ってますっ! ほなお揃いで行きましょ♪

 そんな風にキャッキャと話す二人。その姿はまごう事無く女の子。そして友達トークである。

 どれだけこの瞬間を、二人が夢に見ていた事か……。

 もし二人の事情を知る者がこれを見たら、きっと目頭が熱くなるような光景だったかもしれない。

 

 ちなみにチエに関してだが、現在は彼女もHR9となり、名実ともにG級ハンターとなっている。

 普段はこの集会所で共に狩りをしているが、予定の空いた時などには乙女、そしてチャアク虫棍の両名にも手伝って貰い、着実にG級酒場でのクエストもこなしてきているのだ。

 

 面倒見の良いチャアクと虫棍の二人はチエの事を痛く気に入り、時折「おめぇばっかズリィよ。チエこっちにくれよ」「そうよそうよ」と冗談交じりに言うのだが、今はHRよりもしっかりPT狩りの訓練を積む事、そしてなにより乙女と共に居たいというチエの気持ちを尊重している形だ。

 

 G級とはいえまだ年端もいかない少女であるチエの事を、両名は暖かく見守ってくれている。

 その事に彼女は、深く感謝していた。

 

「ほないっぺん加工屋さん覗いて来る!

 席で待っとってなソフィーさんっ♪」

 

 そして先ほど手に入れたコインを持って、ヤッホーイとばかりに駆け出して行くチエ。その後姿を乙女は暖かい気持ちで見つめ、手を振って見送った。

 

「…………」

 

 先に席に着いておいてくれ。そう今しがた言われたにも関わらず、何故かその場から動かない乙女。

 先ほどまでの暖かい気持ちは何処へやら。今乙女の心は、深い葛藤に襲われていた。

 ガタガタと震える両足では身体を支える事が出来ずに、やがてガクリと膝を着く。

 

「…………つ、使いやすい」

 

 ボソリと呟いた言葉が、雑踏に紛れて消えていく。

 

「片手とか太刀って…………超使いやすい……」

 

 今乙女の心を支配するのは、衝撃――――

 チエと一緒にいる時はなんとか平静を保っていたが、もう一人になった途端に立っている事すら出来なくなる。

 それ程の衝撃。今日闘技場で片手や大剣や太刀を使い、改めて思い知った事実。

 他の近接武器って、“こんなにも使いやすいんですね“、と……。

 

「なんだアレは。まるで羽でも生えたかのようだったぞ。

 軽快に動ける、駆けまわれるのが、こんなにも素敵な事だったなんて……」

 

 当然これらの武器も、達人となる為にはそれはそれは長い年月を要する事だろう。

 しかし明らかにとっつきやすさ、そして扱いやすさが段違いなのだ。めっちゃ戦いやすい。

 ようするに、ソフィーからしても「凄く良い武器だな」と感じざるを得ないのだ。

 

 そして、心の何処かで思う。

 いけないとは思いつつも、自身の深い所から声がする。冷徹な部分が言っているのだ。

『そらガンスなんか、誰も使わんわ』と。

 

「だっ、誰が考えたんだ剣とか太刀とか!?

 どこの天才が発明した? なんて素晴らしい物を作り出すんだ人類は!!

 こんなにも……こんなにも使いやすい武器がっ! この世に存在した!?」

 

 震えが止まらない。衝撃で目の前が見えない。

 久しぶりに握ったガンス以外の武器の感覚が、身体に焼き付いて離れない。

 

「おっ……おえぇぇーーっ!!」

 

 吐きそうだ。淑女として意地でも耐え抜くが、ぶっちゃけ吐きそうだ私は。

 久方ぶりに他武器を握った事により、乙女の身体はガクガクと震える。そして顔面は蒼白となった。

 それでも銃槍が、ガンランスが、“私の心を捉えて離さない“というその事実に。

 “他の武器を握りたい“という想いが、微塵も湧いてこない事に。

 

「死ねる。ガンランスの為なら――――死ねる」

 

 ガンランスの生みの親ジュード・ガンドフに……。

 そして近代ガンス道の始祖ウーチン・ドッカンチョフに誓う。(※そんな人いません。)

 私は決して、ガンランスを手放さないと。

 この身朽ち果てる時まで、ガンスを担ぎ続けると。

 

「おかえりおねぇさん♪ さぁ、こっちきてゴハン食べよ?」

 

「あぁプリティ。私は今日もガンス定食がいいな」

 

 そしてテッテケテーといつもの席に向かい、プリティ&ミラちゃんと合流する乙女。さっきまでの葛藤は何処へやら。二人の顔を見た途端にご機嫌な表情であった。

 

 ちなみに“ガンス定食“とは、ネコの砲撃術が付くゴハンの事である。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 今日は非常に充実した一日であった。

 二組に分かれて行った闘技大会は、皆にとって大変実りのあるクエストだったといえよう。

 今日あった事、がんばった事を、夕食を囲みながら笑顔で報告し合う四人。

 そんな幸せな時間をブチ壊す轟音が響いたのは――――集会所の出入り口の方からであった。

 

『こっ…………殺したいっ!! 竜を殺したいッッ!!!!』

 

「奥さまっ、お気を確かにッ!! 奥さまッッ!!」

 

 はじけ飛ぶように開く出入り口。そして勢いよく中に転がり込んでくる人影。

 

『こ……ころころコロコロコロ……! 殺したいっ!!

 この手でッ、たくさんッ……! りゅ……竜を殺したいッッ!!』

 

「奥さまッ! 奥さまぁぁああーーーッ!!!!」

 

 う、うわぁ……。

〈ズリィ……ズリィ……〉と、不気味な動作で床を這いずる淑女。

 その傍らにはタキシードを着こんだ、いかにも老紳士といった人物が必死に付き添っている。

 その二人を見た面々の第一印象は、「うわぁ……」

 そろそろだいぶ暖かくなってきたし、こういった狂人が沸いてくる感じの季節なのだろうか。

 

『こ……ここでなら……殺せるッ……!!

 鳥竜種をッ……!! 飛竜種をッ……!! 魚竜種をッ……!! 獣竜種をッ!!

 沢山ッ………たくさんッッ!! た、たたたタクタクタク……!!!!』 

 

「おおぉぉ奥様ぁぁああーーーーッッ!!!!」

 

 もうホラー映画みたいに、口から泡を出して「ウケケケケ!」とか言っちゃっている淑女。

 見た感じ、もう良いお年を召した女性の方なのだが……。狩りに取りつかれた者とは、そして廃人と呼ばれるハンターとはかくある物なのだろうかと、乙女からしても我が身を振り返らざるを得ない。

 狩場から離れた廃人が時に発狂してしまうように、乙女とて2日ガンランスを握らなければ手がガクガクと震えてきたりするのだ。

 そんな中……隣に座る男の子が、ボソリと呟くのが聞こえた。

 

「――――――おかぁさん」

 

「えっ」

 

 現在床に這いつくばり、そしてエクソシストもかくやという奇行を繰り広げているご婦人。その姿を男の子が、目を見開きながら見つめている。

 

「おかぁさん……なんでこんな所に」

 

「えっ、ちょっと待ってくれプリティ。

 ……あ、あの人は君の……?」

 

『ウケケケケ!!!!』

 

 思わず男の子を二度見してしまう乙女。未だ彼の視線はご婦人へと向けられている。

 そんな中、突然ご婦人の首が〈グルンッ!!〉とこちらを向く。もうまごう事無くホラーその物の仕草だが、彼女の目が男の子の姿を捉えたのが分かった。

 

『ラインハルトッ! ラインハルトじゃありませんかッ!!』

 

「おかぁさん……」

 

「えっ」

 

「あっ……あかんアカンあかーんッ!!!!」

 

「!?!?」

 

 男の子の本名であろう“ラインハルト“の名を呼び、こちらに突貫してくるご婦人。テーブルと人をなぎ倒しながら〈ドゴゴゴゴ!!〉と迫りくるソレに対し、思わず乙女は男の子を背中に隠し、即座にチエとミラちゃんが淑女の前に立ちはだかる。

 

「あ、そ~れ♪」

 

「ふぎゃーーっ!!」

 

「ぬぅおおぉぉッ!!!!」

 

 その二人をいとも簡単に〈ドゴーン!〉と吹き飛ばし、ついに男の子&乙女の眼前に立つご婦人。

 G級ハンターと竜族の王である二人を、あっさり突破してみせた。

 

 恐らく艶やかだったのであろう、乱れた髪。

 豪華を極めていたであろうズタボロのドレス。

 そして普段は大層美しいのであろう、白目を剥いた瞳。

 今も全身からよく分からないオーラと、口から「ふしゅるるる……」とよくわからない音を発している。

 だがよく見ればその背には、セネトシリーズであろう黄金の狩猟笛がある事が分かる。

 まごう事無くこの化けm……このご婦人は、男の子の実の“母親“であったのだ。

 

 男の子は乙女の背中をすり抜け、今まっすぐに母と向かい合う。

 

「あぁなんという事ザマショ!!

 突然お前が家を飛び出してから、はや半年!

 いったいどこで何をしているのかと思えば……、

 こ~んな薄汚い集会所でハンターをしていただなんてっ!! あぁっ!!」

 

「坊ちゃま! こんな所にいらしたのですかっ!

 どれほど旦那さまと奥さまがご心配なされた事か!!

 もうお二人とも、毎日のように涙をお流しに……」

 

「だまらっしゃいトーマス! あ、そーれ♪」

 

「ぬわーーッッ!!」

 

 トーマスと呼ばれたお付きの老紳士が、ご婦人のスタンプ攻撃により〈ゴドーン!〉と吹き飛ばされる。

 PTプレイではご法度とされる、狩猟笛禁断の技だ。

 

「ラインハルト! お前は自分の立場を分かってるんザマスか!?

 お前は全国カリカリピー(狩猟笛)協会会長、世界一の笛使いと名高き我が夫、

 “狩場出 吹蔵“(婿養子)の息子ザマスのよ!?

 お前には将来、狩猟笛の未来を担っていくという使命があるんザマス!!

 こ~んな所で遊んでいる暇など、一時たりとも無いんザマスのよ!!」

 

「坊ちゃま! これまで笛の訓練ばかりでロクな自由を与えなかった事に、

 旦那さまも奥さまも、深く反省なさっておいでなのです!!

 もうお二人とも今後は、坊ちゃんを猫可愛がりするおつもりで……」

 

「やかましぃザマス! あ、そーれ♪」

 

「ぶるぅあぁーーッ!!」

 

 再び〈ドゴーン!〉と宙を舞うトーマスさん。

 PTメンバーにとって狩猟笛のスタンプの攻撃範囲は、もう脅威でしかないのだ!

 

「さぁ帰るザマスよラインハルト! 本当は超特殊クエでもして、

 お前が居なくなってしまった悲しみを竜共にぶつけようかと思いましたが、

 もうその必要も無いザマス!!

 今夜はお前を抱きしめて寝るザマス! 覚悟するザマスよ!!」

 

「さぁ坊ちゃん! こちらへ!」

 

 般若のような顔でデレッデレな事を言うご婦人、そして吹き飛ばしから即座に戦線復帰したトーマスさんが、男の子に駆け寄る。

 その手を引き、家に連れ戻す為に。

 

 今まで語られる事の無かった、男の子の事情。

 きっとその窮屈な生活と、使命という名の束縛に耐え兼ね、自由を求めて家を飛び出したのであろう事が分かる。

 

 思わず乙女が一歩踏み出し、なんとか男の子を連れ去ろうとする二人を止めに入る直前……、ご婦人と老紳士の差し出した手を、“彼自身が振り払う“。

 パシッという、乾いた音が響いた。

 

「坊ちゃん……!?」

 

「ら……ラインハルトッ!」

 

 静かな瞳で、まっすぐに二人を見据える男の子。

 

「――――ぼくは帰らない。 ごめんね二人とも」

 

「……ッ!」

 

「……ライン……ハルト……?」

 

「もうぼくはラインハルトじゃない、“プリティ“だ。

 あなたの言う、このうす汚い集会所のハンターです。

 ぼくの居場所はここ。そしておねぇさんの隣なんだ。

 あなた方とは、いっしょに行けません―――」

 

 乙女の手を握り、優しい顔で乙女を見上げる男の子。

 ニッコリと親愛を称えるその瞳に、思わず息が詰まる。胸が熱くなる。

 

 嫌だと喚き散らすのではなく、子供らしく泣くでもなく、ただまっすぐに自分の気持ちを伝える。

 ひとりのハンターとして。乙女の相棒として。

 ――――――自分の居場所はここだ。

 その高潔なまでの言葉に、この場の誰もが、しばらく口を開けずにいた。……のだが。

 

『…………こっ……こんの泥棒猫がぁぁあああーーーーッッ!!!!』

 

「えっ!?」

 

 突然矛先がこちらに向き、唖然とする乙女。

 

『お前がラインハルトを誑かしたんザマスねぇぇええーーッ!!

 キィエェェーーーーイ!!!!』

 

 まさかの展開に乙女が呆然とする中、謎の力により一瞬でゲージを溜めたご婦人による狩り技“音撃震“が発動。

 狩猟笛の奥義である、嵐のような乱舞攻撃が次々と襲い来る。

 

『なっ!?』

 

 ――――しかしその全てを、ジャストガードで弾き返す乙女。

 その凄まじいまでの絶技に目を見開くご婦人。

 

 まさか自分が“泥棒猫“などと呼ばれる日か来ようとは思いもしなかった。それでも乙女の身体は即座に動き、的確に攻撃を捌き続ける。

 

 守る事こそ我が本分。前に立つが我が使命。

 ガンランサーの誇り、そして男の子の親愛に賭けて――――

 やがて最後の攻撃を弾き飛ばし……、乙女が雄々しく大盾を構えた。背中で男の子を守るようにして。

 

「ほう……貴方ガンランサーなんザマスのね。

 アタクシの音撃震を受けきったのは……、貴方が初めて。

 ひとまず“お見事“と言っておくザマス」

 

「――――ッ」

 

 狩猟笛を片手に、まるで狂人のようにユラユラと身体を揺らすご婦人。

 

「うふふ……さぁ、かかっていらっしゃいなガンランサー。

 お得意でしょう? “対人戦“は――――

 その砲撃で、アタクシを吹き飛ばしてごらんなさいな」

 

「ッ!!」

 

 思わず出来た、心の隙――――

 それを見逃すご婦人ではない。

 

『隙ありゃぁあああーーッ!! ザマスぁーーッ!!』

 

 突如、辺りを包む閃光――――

 ご婦人の投げた閃光玉により視界を塞がれた瞬間、すり抜けるようにしてヤツが男の子に駆け寄ったのが分かった。

 

「わぁぁーー!!」

 

「!? プリティッ!?」

 

『あーーっはっはっは!! 甘いザマスねガンランサー!!

 坊やはこの通り、頂いていくザマスよ!!』 

 

 男の子を小脇に抱え、ピョーンと何故かクエスト出発口の方を出ていくご婦人。急ぎ乙女が駆け付けた時は、もう既に馬車に乗り込んだ後であった。

 

『追って来るザマス、ガンランサー! 坊やを取り戻したくばねッ!!

 アタクシの考えたこのクエストを、貴方如きがクリア出来ザマス?

 あ~~~っはっはっは!!!!』

 

「おねぇさぁぁーーん!!」

 

「 プリティィーーーーッッ!! 」

 

 凄まじい速度で走り去っていく馬車から、バサッと一枚の紙が投げ捨てられたのが見える。

 ヒラヒラと地面に落ちたそれは、クエスト内容らしき物が書かれた用紙だった。

 

・依頼主、ラインハルトのママ。

・内容、連続狩猟。

・登場モンスター、不明。

・制限時間、今晩中――――

 

「 プリティィィーーーーーーーッッッ!!!! 」

 

・クエスト名、“ウチの息子はあげないザマス!“

・概要、【追って来なさい、この泥棒猫! ブチ殺してあげるザマス!!】

 

 

 急ぎこの場に駆けつけてくる仲間たち。未だクエスト用紙を握りしめ、立ち尽くすばかりの乙女。

 

 今、愛しの男の子プリティくんを巡り……、

 嫁と姑(?)の戦いの火蓋が、切って落とされた――――

 

 

 

――つづく――

 

 



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吹き飛ばせ! この星ごとヤツを!!

 こちらは後編となっております。
 まだお読みでない方は、前話からどうぞ!






 

 

「カチコミじゃあぁぁああーーーッッ!!

 あのおばちゃん、もう絶対許さへんっ! よくもプリティくんをっ!!」

 

「ババア討つべし! きゃつを許すまじ!!

 久方ぶりにてっぺん来たぞ(おれ)はッ!!」

 

 現在ソフィーたちは、例のクエスト用紙の乗ったテーブルを囲み、作戦会議を行っていた。

 チエ&ミラの二人などは、もう椅子から立ち上がって怒号をあげている。

 

「こ~んなふざけたマネされて、黙っとれるかぁ!

 やったりましょうソフィーさん!

 クエストかなんか知らんけど、ウチぶちかましたります!!」

 

「あの妖怪ババア、目にもの見せてくれようぞ!

 主よっ、何を思い悩む!! はよぅ我に『行け』と命じぬかッ!!」

 

 やる事はもう決まっている。

 今からヤツに指定された狩場へと赴き、襲い来る全ての障害を蹴散らし、男の子を取り戻せば良い。それはすでに決定事項である。

 しかしながら、乙女の表情は冴えない。

 今のこのワケの分からない状況を飲み込めていないという部分も、もちろんある。だがそれよりも乙女が気になっているのは“あの人の意図“

 なぜ男の子を家に帰らせるのではなく、自分にこのような真似を仕掛けてきたのか。その意図が分からないのだ。

 

 男の子はああ言ってくれたものの、あのご婦人はまごう事無く、男の子の親だ。

 いくら乙女達が「一緒に居たい」と訴えた所で、本気で彼女がNOと言ったなら、とてもじゃないが通らなかったハズなのだ。

 

 無理やりにでも男の子から引き剥がす事は、きっと出来た。

 加えて富と権力を持つあの人であれば、そのような手段はいくらでも用意出来たハズなのに。

 

 ――――ほぅ、貴方ガンランサーですのね。“お見事“と言っておくザマス。

 

 なによりあの人には、“ガンサーに対する嫌悪“が全く無かった。

 いつも初対面の人と会う時には必ず感じる“ガンサーに対する侮蔑“の感情を、まったく感じなかったのだ。

 

 アタクシの息子がガンサーなどと……ではなく、真っすぐに私という個人に対して、敵意を燃やしていたように思う。

 ガンランサーではなく、“私“を見て話していた――――

 その事が乙女の心に、どうしても引っ掛かっているのだ。

 

 これじゃあ、まるで私に――――

 

「ソフィーさん、あの子の事頼むよ!

 これ秘薬と粉塵作って来たからさ、持っていってくれよ!」

 

「はい! あたし強走薬を作り置きしてたの!

 使ってあげてソフィーさん! あの子の事おねがいっ!!」

 

「き……君たち……!」

 

 気が付くと、乙女たちの周りには沢山のハンター達が集まっていた。

 その誰もが「男の子を頼む」「あの子を取り戻して」と言い、それぞれが乙女たちに支援を申し出てくれる。

 

「あの子いねぇと、ここ火が消えたみたいになっちまうんだよ!

 うちの仲間なんて、もう非公式のファンクラブまで作っててさ?」

 

「……ちょ! なんでバラすのよアンタ!

 あったかく見守ってんのよアタシらは!! 誰がショタコンよ!!」

 

「ソフィーさん達、いま3人だろ?

 あと一人! 誰か腕の立つヤツは!?」

 

「行きてぇけど俺HR2だよっ!

 せめて俺のグレート使ってくれよソフィーさん!!」

 

 ここにいる誰もが男の子の事を想い、力をくれる。

 その光景に乙女の目頭が熱くなる。心に火が灯っていく。

 

「――――行ってくるよ、みんな。 必ずプリティを取り戻してくる」

 

 ガンランスを担ぎ、雄々しく歩いて行く。それに追従するチエとミラ。

 今、集会所の仲間たちの声援を背に受けて、乙女たちがクエストへと出発していった。

 

 なにより、今はまずプリティを取り戻す事。

 このガンランスの先に――――答えはある。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

『あ~~~っはっはっは! よく来たザマスねぇガンランサー!!

 逃げずにやって来た事だけは、褒めてあげるザマス!!』

 

 決戦の舞台となる、通称“森丘“の狩場。

 馬車から荷物を下ろし、「あーよっこらせ」とキャンプ地に降り立った途端、そこにあのご婦人が現れた。

 びっくりするほど、速攻で会えたのだ。

 

「お、おねぇさんっ!」

 

「……プリティ!? き、君はなんて恰好を!?」

 

 そして、ご婦人の傍にいる男の子。

 逃げ出さぬよう後ろ手に縛られているようであるが、何故かその恰好はナルガ防具一式(女性用)。

 いわゆる“ナルガ娘“的なコスチュームであった。ネコ耳が胸キュンなのだ!

 いや~ん♡

 

「アンタッ! 自分の子供縛って、そんな恰好させて!! 何考えとんねん!!」

 

「だまらっしゃい!! 我慢出来なかった物は仕方ないザマス!!

 アタクシ常識とか良識とか、そんなのワリとどーでも良いタイプ!

 可愛いは正義ザマス!!」

 

「プ、プリティに何をするんだ! 許さないぞ!!」

 

「まずは鼻血を拭かんか! この痴れ者が!!

 貴様、足腰グンニャグニャではないか!!」

 

 もう「はわわわ……♡」みたいな顔になっている乙女。愛的な物が鼻から溢れ出して止まらない。

 属性攻撃力に加えて弱点特効まである。乙女のハートが瀕死だ。

 

「今日まで生きてきてよかった……。心からそう思うよ――――」

 

「アカン! 死んだらあかんソフィーさん!! まだ助けてへんッ!!」

 

「腐れガンサーが天へと昇っていく!!

 我には見えるぞ! 幸せそうな顔しおって!!」

 

「ではここら辺でルール説明ザマス!

 皆さんこちらのフリップをどうぞ!!」

 

「は~い座って座って~」みたいな感じで、ご婦人が指示を出していく。そして「そっかそっか」みたいな感じでイソイソと腰を下ろす一同。何事も無かったかのように。

 

「これから貴方達には、ここッ! ビシッ!!

 通称竜の巣と呼ばれる“エリア5“まで来てもらうザマス!

 アタクシ坊やとそこに居ますから! いいザマスね?」

 

「「「はーい」」」

 

 ソフィーたちは良い子なので、元気よく手を挙げて答える。

 

「そこにたどり着くまでには、そりゃもう数々の障害が待ち受けているザマス!

 それぞれのエリアで待ち構えるモンスター達を突破し、

 見事アタクシ達の待つエリア5まで辿り着く事!

 それがこのクエストの目的となっているザマス!! 分かったザマスね?」

 

「はーい」「おっけーやでー」「うむっ」

 

「よろしいっ! たいへん元気なお返事ザマス♪

 それではアタクシたち、先に行って待っているザマスよ。

 ――――くたばりあそばせ、この泥棒猫ッ!! あ、そ~れ♪」

 

 説明を終えたその瞬間、こちらに閃光玉を〈ドゴーン!〉と投げつけてくるご婦人。

 みんなが目を押さえて「ぎゃー!」となっている隙に、ヒャッハーとこの場から消えて行ってしまった。

 

「……あんのババア!! 本気で許さぬッ!」

 

「なんでアレがプリティくん産めてん! 遺伝子の奇跡かッ!!」

 

「あぁ、世の中不思議な事でいっぱいだ!!

 さぁ行こうみんな! プリティを取り戻すんだ!!」

 

 ストレスにより無駄に狩り技ゲージが溜めながら、乙女たちが駆け出して行く。

 今なら素手で、二つ名大盾の甲羅だって割れそうだ。

 

「タマとったらぁーーッ!」

 

「滅ッ!!」

 

「プリティ! 今いくぞプリティーーッ!!」

 

 ご婦人討つべし、慈悲は無い。

 もうあの葛藤は何処へやら。こんな気持ちはじめて――――

 

 無駄に〈ドゴゴゴッ!〉と土煙をあげつつ、乙女が狩場へと向かって行った。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 森丘のエリア1。

 ここは本来であれば、草食竜がのんびりと生息しているエリアだ。

 しかし現在このエリアには、大地を埋め尽くさんばかりの“大量のランポス達“がひしめき合っていた。

 

「うげっ!」

 

「なっ!」

 

「こ……この数のランポスと……?」

 

 もう結構な密度でワラワラしているランポス達。

 どうやって連れてきたのか。処理落ちとかは大丈夫なのか。地味にあのご婦人の本気度が伺える。

 

「まさかあのおばちゃん……、ソフィーさんがランポス嫌いなん知っとって?」

 

 流石にそれは無いと思いたいが、そもそもこれほどの状況であれば、泣いて逃げ出したくなるのはソフィーだけではないだろう。

 たとえ大剣使いだろうが片手剣使いだろうが、一歩でもこの中に入ろうものならば即ジ・エンドだ。

 ランポスたちに群がられ、戦う事さえ出来ずに終わるだろう。

 

「これと戦うのは……流石に無理だ……」

 

「数匹づつおびき寄せて倒すか?

 しかしこの数を相手にしておっては……、夜が明けてしまうぞ……?」

 

 こうしている間にも、一刻一刻と時は進んでいく。

 だいぶ暖かくなってきたとはいえ、まだ夜は寒いのだ。あの子が風邪でもひいてしまったらどうするのか。ナルガを着ているんだぞプリティは。

 

「――――よし、ここは俺に任せろ」

 

「ッ!? 君は!?」

 

 そして突然この場に姿を現した、謎のハンター。

 というか、実はさっきからずっとソフィー達と共に居た“4人目の仲間“だったりするのだが……。

 彼はシャイな人であるし、とても無口な人なのだ。たまたま今まで一言も喋らなかったに過ぎない。

 

「あっ、どっかで見た事あるぅ思うたらっ!!

 アンタもしかして……、“ランポススレイヤー“さんか?」

 

「ランポススレイヤー!?」

 

 顔の見えないフルフェイスの兜に、粗末と言って良いような薄汚い鎧。

 しかし彼はG級ハンター、通称“ランポススレイヤー“と呼ばれる男。

 この界隈では伝説となっている程のハンターなのだ。

 

「そうやでソフィーさん!

 ランポススレイヤーさんがおったら百人力やで!!」

 

「そ、そうなのかランポススレイヤーさん!

 君ならこの状況を何とか出来るのか!?」

 

「当然の事を聞くでない主よッ!

 ランポススレイヤーさんであれば、このような状況、造作もあるまいて!!」

 

「お前も知っているのかミラッ!? 

 いや……あの、私よく存じ上げなくて……」

 

 なにやら興奮気味に話すチエちゃん&ミラちゃん。

 その目はキラキラと輝き、まるで憧れのヒーローの事でも語っているようだ。

 

「ランポススレイヤーさんはな?

 新人の頃、苦労して苦労してや~っと『初めてレウス倒せそうや~』って時に、

 横からランポスキック喰ろうて3乙させられた~ゆう経験を持つ人なんよ。

 そん時のトラウマにより、ランポスに対して凄まじい憎しみを抱いてはるねん」

 

「そこからこやつは“この世からランポスを殺し尽くす“事だけを目的としておる。

 今ではランポス狩りが生きがい過ぎて、

 2日ほどランポス狩りをやらねば、手がガタガタと震えてくると言うぞ?」

 

「強い武器でランポス狩りたい~とかワケのわからん事言うて、

 無理やり知り合いに養殖してもらったクズやねん!

 そんなんでG級まで行ったもんやから、ランポス以外にはぜんぜん勝たれへん!

 上位のクックにもあっさりやられてまうんねんで!」

 

 ちなみにその養殖行為の代償として、ランポススレイヤーさんは仲間たちの信頼を失い、孤独の身となってしまったのだ!

 

「まぁぶっちゃけ、ランポス掃討しかせん“役立たず“ゆえ、

 ギルドからも、結構な勢いでウザがられておる。

 ちなみにランポス素材の売値がゴミ同然なのは、

 7割ほどはランポススレイヤーさんが原因ぞ。需要に対して狩り過ぎるからな」

 

「それでもランポススレイヤーさんは、ランポスに対しては無敵やねん!

 ランポス相手に大タルGは使うわ、硬化薬グレートは使うわ……。

 そのハンターらしからぬ恥も外聞もない戦い方は、

 一部では信仰すらされてんねんで!」

 

 もうやめて。やめてあげて――――

 乙女は聞いているだけで心が潰れそうだったが、フルフェイスを被っているランポススレイヤーさんの表情は伺えず、彼が何を思っているのかは分からない。

 

「あの……ランポススレイヤーどの?

 ホントにお任せしても良いのだろうか……?」

 

「――――俺はランポスのプロフェッショナルだ。任せておけ」

 

 ハートつよッ!! そして無駄にカッコいい!

 もう胸をキュンキュンさせているチエちゃんとミラちゃんを余所に、ランポススレイヤーさんがアイテムポーチをゴソゴソし、中から大量の“毒けむり玉“を取り出した。

 

「――――よし、これをヤツらに投げるぞ」

 

「流石やランポススレイヤーさん! かっけぇ!!」

 

「もう“戦う“という発想すら無い! いっそ清々しいッ!!」

 

「目から鱗ですランポススレイヤーどの! ステキッ!!」

 

 そしてソフィーたちは「おっしゃー!」「そいやー!」とひたすら毒けむり玉を投げ続け、無事ランポスたちの殲滅に成功。エリア1を踏破するに至る。

 

「――――俺の役目はここまでだ。あの子を頼んだぞ」

 

「任せといてください、ランポススレイヤーさん! ウチらやります!」

 

「大儀であるぞランポススレイヤーさん! また会おうぞ!!」

 

「えっ、もう帰……? ……あっ」

 

 思わず察してしまう。

 そうだ、ランポスの出番はもう終わったのだ。……ならばランポススレイヤーさんの出番もまた、ここで終わりなのだ。

 言葉少なく、まるでヒーローのような渋さでスタスタと帰っていくその背中を、ソフィーたちは感謝を持って見送る。

 

 ありがとうランポススレイヤーさん!! ありがとう!!

 貴方の事は忘れない。必ずプリティを取り戻してみせます。

 乙女は彼の雄々しい背中に、そう誓うのだった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 エリア2へと到達した乙女たち。

 彼女達を待ち構えていたのは、エリア一帯をワラワラしている“ドスランポスたち“であった。

 

「彼はどこだ!? ランポススレイヤーさんを呼んで来てくれ!!」

 

「あかん! ランポススレイヤーさんはあくまで“ランポス“専門や!

 ドスランポスには勝たれへん!!」

 

 エライ事になってしまった。さすがにエリア1ほどの数ではないにせよ、もうとんでもない数のドスランポスが現れてしまった。オロオロとうろたえる3人。

 というか、ドスランには勝てんのかアイツは。

 

「それじゃあ“ドスランポススレイヤー“とかは居ないのか!?

 パワーアップ版の!!」

 

「流石に聞いた事が無い! 居たとしてもこの場にはおらぬ!!」

 

「ぜったい勝たれへん! こんなん絶対無理やソフィーさん!

 ウチ今日で最終回や!!」

 

 ソロの超特殊クエでも折れなかったハンターが、今ドスランポスに対して絶望を味わっている。凄まじい状況だ。

 ドスランポススレイヤーさーん! はやくきてー! はやくきてー!

 そんな風に幼子の如く泣いてみても、事態は好転しない。男の子を助け出す事は出来ないのだ。 

 

「ッ!? そうかっ!! …………みんな目を瞑れぇ! そぉぉおい!!」

 

 その時、乙女の頭上に\ピコーン!/と裸電球。

 思い出せ、あのランポススレイヤーの姿を。そしてあのご婦人の姿を!

 大声で二人に指示を出し、次の瞬間乙女が投げ放った物……。それはひとつの閃光玉であった。

 

「よしっ、今だお前たちぃ! 走れぇぇーーーっ!!」

 

 上手い事ピヨピヨと目を回しているドスランポスの群れ。そこに勢いよく乙女たちが突貫していく。

 もう蹴ったり殴ったり押しのけたりしながら、ひたすらエリアの出口を目指して走る。

 

「……すごいっ、閃光玉いっこでこの場を切り抜けるやなんてっ!

 ソフィーさんこそ、ドスランポススレイヤーや!!」

 

「すまないっ、それはごめんこうむる!」

 

 彼から教わった“道具を使う“という発想。そしてキャンプ地でやられたご婦人の行動。

 この場を切り抜ける為の答えは、すぐそこにあったのだ!

 

「主! 主よ!! ……我ちょっと凄い事に気が付いてしまったやもしれぬ!」

 

「どうしたミラ!? 何があった!?」

 

 もうヒーコラ走りつつ、ミラちゃんに視線を向ける乙女。

 

「閃光玉あれば、あの男いらんかったな! 多分エリア1も何とかなってた!!

 我らに必要なのはランポススレイヤーではなく、

 光蟲、石ころ、ネンチャク草であったのだ!!」

 

「そうかもしれないっ、だが彼には絶対に言うなよっ!」

 

 むしろ使ったのが毒けむり玉だったせいで、余計に時間かかっちゃったまである。何をいちいち倒す必要があるのか。自分達は、エリア5まで辿り着けさえすれば良いのだから!

 なにやらさっきまでの感謝の気持ちが、どんどん薄くなっていく心地がする。不思議だ。

 

「コイツはおまけだぁ! そぉぉおおいっ!」

 

「ナンボのもんじゃーーい! 今いくでぇプリティくーん!!」

 

 振り向き様にもういっちょ閃光玉を投げつけ、ソフィーたちがエリア2を突破していった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「うそーん……」

 

 ようやくエリア3へとたどり着いた乙女たち。

 

「次はドスゲネかな~とか、思いますやん……。

 なんやったらファンゴとかモスかな~とか、思いますやんか……」

 

 呆然とチエが見つめる先には、決して広いとは言えないエリア3に“通せんぼ“するようにして鎮座する、アカムトルムの姿があった。

 

「高低差で耳キーンなるわ……。ガチですやん」

 

「どうやって連れてきたんだろうな……この子。

 あのご婦人……、どうも間違った方に情熱を燃やしているように思える……」

 

「ここまで来ると、逆に天晴ぞ……。

 ふてぶてしいまでにくつろいでおるな、アカムのヤツ……」

 

 前足でポリポリと首をかきながら、ポケ~っと寛いでいるアカムトルム。火山とかじゃなくても、意外と生息できるようだった。

 

「ほなしゃーないね。倒してられへんし。

 ――――先に進んで下さいソフィーさん。ここはウチがやります」

 

 ハンマーを担ぎ直し、チエが一歩前へ出る。

 乙女はその後姿を、目を見開いて見つめる。

 

「とりあえず、一発どついてアイツの注意引きます。

 その隙にお二人は、次のエリア行って下さい」

 

 仕方ないと言うように「ふー」とため息をつくチエ。しかしその瞳には、覚悟の色が宿る。

 

「……む、無茶だ! こんな狭い場所で、ヤツの攻撃は躱しきれない!

 君はハンマー使いで、盾も持っていないのに!」

 

「いやいや♪ こんな時の為のブシドースタイルです。

 なんか今日はそんな気分や~思て、ブシドーでいく準備しとったんです♪

 それに……アカム言うたらハンマーなんです。ウチの獲物です。

 カッコつけとるようですけど、ここはウチに譲ったって下さい――――」

 

 そう言い残し、スタスタとチエが歩き出す。その顔に浮かぶのは“喜び“。

 まるでもう、アカムを殴っている自分の姿が見えているかのような……、殴り屋としての本能が疼いているような……、そんな笑みだった。

 

「……チエよ」

 

「ん? なんや~ミラちゃん?」

 

 静かな声で、ミラが呼び止める。そして短い言葉で告げた。

 

「楽しいからとて、いつまでも遊ぶな?

 2~3度スタンを取ったら、切り上げて来いよ?」

 

「あ、バレとる♪

 おっけーミラちゃん! 早めにウチも追いつくわ~!」

 

 そして一気にチエが駆け出す。勢いそのまま、ハンマーを叩きこんだ。

 衝撃でアゴが跳ね上がり、激昂したアカムが凄まじい咆哮を上げる。

 

「あ、そ~れっと♪ ……あ、おばちゃんのパクってもうた」

 

 まるで山が迫って来たかのようなアカムの突進。それをブシドー回避で躱し、そのまま溜めに入る。

 

「今やでソフィーさん! ミラちゃん!

 ほな先行っとってやっ!」

 

「応ともッ! 適当に遊んでやるがいい、チエよ!!」

 

「待っている! 君の力を、信じているからっ!」

 

 チエをすり抜け、二人が駆け出して行く。

 もう振り返らない。私たちが目指すのは唯一つ、男の子の所だから。

 

「ホンマ……嬉しい事言うてくれる。ウチの宝モンやでみんなは……。

 よっしゃあ! ほなやろか、アカムちゃん♪」

 

 回避、強溜め、アッパー。

 回避、縦3、スタン。

 アカムの大きな頭に、面白いようにチエの打撃が入る。

 

「あー……でもやっぱウチはアカンなぁ~。プリティくんの事、

 ソフィーさんに任せとったらえぇんちゃうか~とか思うてまう。

 あの人やったら大丈夫や、ぜったい。……確信してんねん」

 

 回避する度、アカムがこちらを向く度に叩きこまれる打撃。狩りが開始して僅か数分で、すでに2度目のスタンを取るに至っている。

 

「せやからウチ、このまま殴り続けたい――――

 もっともっとカッキーンやりたい……。

 そんな風に思うてしゃーないねん。こりゃ本能かもわからんね……」

 

 縦3、縦3、強溜めアッパー。

 その適確な立ち回り、力強い動きは、見ている者が居たならば感嘆の声を漏らすであろう程。

 

「キバ2本とも折れてもたけど、まだやれる?

 ……おっけぃ! ほな今日はとことんまでいこかっ! てへっ♪」

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「そして次は我の番、と言った所か」

 

 エリア4へとたどり着いた途端、即座にミラ・ルーツが乙女に告げる。

 

「ここは任せよ、我が主。

 はよぅあの壁を登り、ババアをとっちめて来い」

 

「い……いやっ、しかし!」

 

 薄笑いを浮かべてそう言われるも、乙女にはそれに応じる事は出来かねた。

 それもそのはず、ここエリア4には複数のモンスターがいるのだ。

 

 通称四天王と呼ばれる、ディノ、ライゼ、タマミ、ガムート。

 その“二つ名“が今、この場に勢ぞろいしているのだ。四体同時に!

 

「二体同時はよくあれど……まさかここまでやるとは……。

 面白い、これは我への挑戦と受け取った。

 久方ぶりに暴れてくれようぞ――――」

 

 ミラの魔眼が赤く光る。その口元が醜く歪み、獰猛な笑みを形作る。

 

「……おや? もしや貴様、心配しておるのか? この我の事を?」

 

「ッ!? そ……それは……」

 

 思わず乙女が言いよどむ。その様を、ミラは楽しそうに見ていた。

 

「知っておろう、“数千年“だ。

 数千年時をかけようと、我を討つ者はついぞ現れなんだぞ?

 まったく……どいつもこいつも雑魚ばかり。

 かようなヒヨッコ共、討たれとぅても、討ってはくれんのさ。

 ――――お前だけだ。我が身を穿てるのは」

 

 ニヤリと小憎らしい笑みを浮かべるミラ。しかしその瞳には、強い親愛が宿る。

 

「ほれ、さっさと行かぬとプチッといくぞ?

 また我に押しつぶされたいのか?」

 

「……あぁ、アレはもう二度とゴメンだ。

 必ず戻る。それまで頼んだぞ、ミラ」

 

 乙女の背中が遠ざかり、その姿が洞窟へと消えていく。それを見届けた後、ミラがコキコキと首を鳴らした。

 

「うむ、歓待ご苦労。

 よくもまぁ……揃いも揃って大人しくしておったモノよ。

 ――――足がすくみ、動けなんだか」

 

 ミラたちが話し込んでいる間、また現在に至るまで、四天王と称される彼らが動く事は無かった。

 ……身じろぎする事すら、許されなかったのだ。

 

「せっかく雁首揃えたのだ、かかってくるが良い。

 命を賭けよ――――さすればこの身に、傷くらい付くやもしれぬ。

 あの世で良い自慢になろう?」

 

 ミラが一歩踏み出す。それより遥かに大きな歩幅で、四体が同時に後退する。

 

「やれやれ……。

 まぁあの腐れガンサーの為、暇つぶし程度にはなろうて。

 したらばミラちゃん、大変身…………って、おや?」

 

『――――――ごめんあそばせッ、ですわぁぁああーーッ!!!!』

 

 突然この場に轟く大声。

 そして恐らく龍識船から飛び降りたのであろう少女が、〈ドゴーン!〉と土煙を上げ、この場に着地した。

 

「助太刀に参りましたわよソフィー!

 まったく! 水臭いじゃありませんのっ!

 世界広しと言えど、貴方の背中を守れる物など、

 わたくしのランスを置いて他にあろうハズが御座いませ……って、あら?」

 

「………………」

 

「「「「……………」」」」

 

「あらミラちゃん、ご機嫌いかが♪

 今日はお一人? ソフィーはどこへ行きやがりましたの?」  

 

 突如この場に舞い降りたプリシラを、目をぱちくりして見つめる四天王。どことなく愛嬌がある気がせん事もない。

 

「……ふむ、マズいな。

 こやつがおっては、ミラちゃん大変身が出来ぬ」

 

 このちんまい身体のままグーパンで戦う事も考えたが、それだってプリシラに見られたら「ギャー!」とか「ですわー!」とか言われてしまいそうだ。

 かと言ってこの複数を相手にヘヴィで戦うのは、流石にごめんこうむる。ミラはたらりと冷や汗をかく。

 

「お、そうだそうだ。

 ……おいプリシラ嬢? お前は“ゲネル・セスタス“を知っておるか?」

 

「ん? もちろん知っておりますわよ?

 あのおっきい虫さんですわよね?」

 

 返事を聞くと同時に〈ピョーン!〉とプリシラにおぶさるミラちゃん。

 ヘビィを担いだままだったので、プリシラが「おごっ!」っと変な声を出す。

 

「うむ。では今から我が、アルセルタス。

 そしてお前がゲネル・セスタスだ。

 盾を構えて走れプリシラ嬢。 我はその背で、ヘヴィを撃つ」

 

「なにそれ面白そう!! なんですのその素敵アイディア!! 誰考案ですの!?

 よぉーし、やったりますわよぉ~~~っ!!」

 

 そして〈ドゴゴゴ!〉とモンスに突っ込んで行くプリシラ。その背中でひたすらヘヴィを乱射するミラ・ルーツ。

 ヘヴィは足に難があるし、複数に囲まれては戦えない。しかしプリシラの背に乗る事により問題は解決! 加えてこやつには大きな盾もあるのだ! 負ける要素が見当たらない。

 

「ごめんあそばせっ、ですわぁぁああ~~~~っ!!」

 

「さぁ逃げまどえ若造! 我の貫通弾のHIT数を数えろ!!」

 

 もう戦うどころか、ミラ&プリから「ギャーッ!」と逃げまどう四天王(二つ名)

「ヤツらは二体で一体の獣……」とばかりに、うし〇ととらよろしく戦うのであった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 ハンマー使いのチエ、ヘヴィのミラ、ランサーのプリシラ。あと要るかどうかは非常に微妙な所だったがランポススレイヤー。

 そんな幾人もの仲間たちのおかげで、ついにエリア5“竜の巣“へとたどり着く事が出来た乙女。

 

「キィエェェーーーイッ!!」

 

「――――むっ!? ぬぅえぇぇーーいッ!!」

 

 洞窟の入り口をくぐった途端、横から老紳士トーマスさんの奇襲攻撃が襲い来る。

 予め壁に張り付き、死角から襲うという容赦ない外道ぶり。

 しかし乙女は即座にジャストガードを慣行、ガンスの切っ先をトーマスさんに突きつけた。

 

「……ややっ、見事! お見事に御座いまする!

 さすがは坊ちゃんのPTメンバーたるお方。

 このトーマス、感服致しまして候……と見せかけてキィエェェーーーイ!!」

 

「くっ!? ぬぅえぇぇーーーいッ!!」

 

 油断させておいて、再び奇襲を仕掛けてくるトーマスさん。しかし乙女も即座に対応、ジャスガで弾き返す。

 

「……なんと……なんというお手前ッ! ワザマエ!!

 まさかここまでのお方が、坊ちゃんとご一緒だったとは!!

 とてもこのトーマスの及ぶ所では御座いませぬ……。失礼を致しました。

 さぁどうぞ奥へとお進み下さいま……と見せかけてキィエェェーーーイ!!」

 

「っ!? ぬぅえぇぇぇーーーーーいッッ!!!!」

 

 奥へと招き入れると見せかけ、三度襲い来るトーマスさんの奇襲。それさえも乙女はガッキンとジャストガード。ガンスを喉元に突き付ける。

 

「……あなやっ!? またしても弾き返されようとはっ!!

 なんという鉄壁、なんという危機管理シミュレーション能力ッ。

 お見事に御座います! お見事に御座います!

 ガンランサーどの、この先で奥さまがお待ちです。

 ではどうぞ足元にお気をつけ……と見せかグゥベッッ!!」

 

 流石に4度目はグーで殴る。ガンスで殴らなかっただけ感謝して欲しかった。

 いくら乙女といえど、仏の顔も三度までなのだ!

 

「……ふふ、ふははは……! 見事ッ……見事也ガンランサーどのッ!

 しかしこのトーマスは、狩場出家において最弱……。

 これで勝ったとは思わん事だ……」

 

 気を失い、ガックリと倒れ伏すトーマスさん。その身体をすり抜けて、乙女が洞窟の奥へと進んでいく。

 

「――――と見せかけてキィエ……ごっぼぁッッ!!」

 

 5度目はガンスでいく。

 背後から襲いくるトーマスさんを、「ふぅぅん!!」とばかりに叩き伏せてやった。

 

 改めて、乙女が洞窟の奥へ進んでいく。

〈ベシャッ!〉と地面に倒れ、今度こそ動かなくなったトーマスさんに、念のためひと蹴り入れておいてから。

 

 男の子の家の闇の深さを……、改めて垣間見たような気がした。

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

『何がユーの幸せ? 何をしてハッピー?』

 

 洞窟内に、ご婦人の声が響く。

 

『分からないままクエ終了……。そんなのはぁッ! いやだッッ!!』

 

 目を〈カッ!〉と見開き、その場から立ち上がるご婦人。手には金色の狩猟笛が握られている。

 

「これが、我が狩場出家の家訓。カリピスト(狩猟笛使い)の心――――

 よく来たザマスね、ガンランサー」

 

 ご婦人が歩み寄り、まっすぐ乙女と対峙する。

 その表情には静けさ、そして柔らかな笑みが浮かんでいる。

 

「ここまでたどり着くとは、見事という他無いザマス。

 良い仲間も沢山お持ちね。流石ラインハルトの見込んだ人ザマス」

 

「…………」

 

 言葉なく、ただご婦人を見つめる乙女。

 今目の前で微笑み、自身を称賛してくれている、優しい人の顔を。

 

「しかしながら……もうラインハルトは帰らない。

 ふたたび貴方と狩りをする事もないザマス。……アタクシを倒さない限り」

 

「さぁいらっしゃいな、ガンランサー。

 最後の相手は、アタクシざます。

 アタクシを倒し、見事あの子を取り戻して見せなさい――――」

 

 やがてご婦人が身体を揺らし、ゆっくりと狩猟笛を構えた。

 もう言葉は必要ない。力を示せとばかりに乙女を見据えている。しかし……

 

「ひとつだけ……、聞かせて下さい」

 

 乙女が口を開く。だらりと両手を下げて、ガンランスを構えないままで。

 

「……何故、こんな事をなさるのです?

 私からあの子を引き剥がす事など、容易なハズだ。

 こんな事をする必要なんて、無かったハズなんだ」

 

「…………」

 

「たとえ私たちが何を言おうと……、通るハズも無い。

 だって貴方は、あの子の実の母親なのだから。

 無理やり家に連れ戻す事だって、きっと出来たのに」

 

 俯きながら、乙女は語り続ける。

 

「私だって……、自分がどう思われているかなんて知ってる。

 ……嫌われ者のガンランサー。

 そんなのが自分の子供といる事を、良く思う親なんて……、いるハズも無い。」

 

「それなのに何故、貴方は私を試すような真似を?

 問答無用で引き剥がせるのに……、

 何故貴方は、私に機会を与えるような事を(・・・・・・・・・・・)

 

 乙女は問いかける。

 目を伏せ、まっすぐご婦人の顔を見れず、震える声で何故だと問いかける。

 貴方の気持ちが分からない、私は貴方と戦えない。未だ武器を構えず立ち尽くす彼女は、そう言っているのだ。

 

「ほうほう、なるほどなるほど」

 

 やがてご婦人が構えを解き、静かに狩猟笛を下ろした。

 

「アタクシとは戦えない、戦う理由が無い。

 ……貴方はそう言うんザマスね? ガンランサーさん」

 

 静かにため息をつき、乙女を見つめるご婦人。

 自信なさ気に俯く彼女の事を、とても優しく見つめているように思えた。

 

「……なら、逆にお訊きするけれど……。

 本当に出来ると思ってるんザマスか(・・・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

「……えっ」

 

「貴方さっき言ったザマスね? 無理やり連れ戻してしまえば良い、と。

 本当にそんな事が出来ると? あのラインハルト相手に?」

 

 まるで幼子に対してするように、どこかひょうきんな笑みを浮かべるご婦人。それが何故なのか、何を言われているのかが分からず、乙女は戸惑う。

 

「あっはっは! 無理無理っ、無理ザマス♪

 貴方まだまだ分かっていないのね、あの子を。

 ……いえ、“狩猟笛使い“を」

 

「一度笛使いが“この人が良い“と選んだんザマスよ?

 この人の為に吹きたい、この人を助けたい、この人の為に在りたい……、

 そう笛使い自らが選んだんザマスよ? たった一人をね?

 その意味を……、しっかり考えてごらんなさいな」

 

 優しく微笑みかける、暖かい人。

 諭すように、直接心に語りかけるようしてに、ご婦人が語る。

 

「――――無理ザマス、貴方から引き剥がす事など。

 たとえ鎖で繋ごうと……、磔にして檻に閉じ込めようと……、

 あの子を止める事など決して出来はしない。誰にも出来ないんザマス」

 

「“笛使いが選ぶ“というのは――――つまりはそういう事。

 ……もうあの子、一生貴方と居るつもりよ? 覚悟を決めなさいな♪」

 

 そういたずらっぽく笑うご婦人を、乙女は呆けたように見返す。

 今聞かされた、狩猟笛使いの事。

 その在り方や、矜持。“誰かの為にある“という、その精神性。

 

【――――何が貴方の幸せ? 何をしたら喜んでくれる?】

 

 心底驚いている、衝撃を感じている。

 でも今乙女の胸に、何やらとても暖かい気持ちが、どんどん溢れて来るのだ。

 

 顔をリンゴみたいに真っ赤にしながら、乙女は男の子を想う。

「おねぇさん♪」と自分を呼ぶ彼の事で、頭の中がいっぱいになる。

 人生史上最高の多幸感で、もう本当、どうにかなっちゃいそうだ。

 

「――――で、『何故こんな事をするのか』だったザマスね?

 有り体に言えば、嫌がらせ(・・・・)ザマス」

 

 そんな幸福の絶頂にいる乙女を、ご婦人の一言がこの場に引き戻す。

 

「……当然でしょ……? こちとら可愛い息子を取られてんザマスよ……?

 そりゃ嫌がらせのひとつもしないと……、収まりが付かないでしょ……?」

 

 なにやら空気が〈ゴゴゴゴ……!〉と震えている気がする。

 さっきまでの幸福感は何処へやら。乙女の額からタラ~っと汗が流れた。

 

「そういえば……菓子折りの一つも持って来てないのねぇ貴方……。

 普通来る前に、ハムだのメロンだのカントリーマ〇ムだの買ってくるでしょ……?

 大事な息子を貰おうという人間が……これはあるまじき事……。

 貴方、やる気あるんザマスか……?」

 

 現在乙女のポーチには、集会所の仲間から貰ったグレートだの強走薬だのしか入っていない。

 印鑑もカードも貯金通帳も、家に置きっぱなしだ。手土産になる物など何も無いのだった。

 

「貴方……見た所まだ18才くらいザマスね……?

 じゃあ教えといてあげるけど、これは当然の事なんザマスよ……」

 

「姑が嫁をイビる――――――

 これはこの世の摂理。果たすべき役割ザマス。

 ……アタクシ、この為に生まれてきたと言っても過言ではなくてよ……?

 貴方をイビり倒す……その為だけに、これから生きていくんザマス……」

 

「貴方のカッコ悪い所、駄目な所、ブサイクな所……、

 みんなラインハルトに見てもらいましょうねぇ……?

 たくさんたくさん、幻滅してもらいましょうねぇ……?」

 

「アッハッハ!」と笑うご婦人の声が洞窟内に響き、乙女の脚がもうエライ勢いでガクガクと震える。

 やがて姑……いやご婦人が笛を構え直し、その身体をユラユラと揺らし始めた。まるで狂人のように。

 

 

『 ぶち殺すぞ、この泥棒猫ッッ!!!!

  かかって来んかぁクソ嫁がぁぁぁあああーーーーッッ!!!! 』

 

 

 狩猟笛、禁断のスタンプ。

 大地を粉砕せんばかりのその一撃が、嫁姑戦争の火蓋を切った。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「 おおぉぉお義母さまぁぁああああーーーーーッッ!!! 」

 

「 こんの泥棒猫がぁぁあああーーーーーッッ!!!! 」

 

 夜の洞窟に、武器同士がぶつかり合う火花が散る。

 

「何そのだっさいドレス!! だっさい靴!!

 そんなモンであの子が喜ぶかッ!! 気合を入れんかぁぁああーーッッ!!」

 

「はいっ、精進致しますッッ!! 今度オヤジどのの所に行ってきます!!」

 

「からあげは作れるのかっ!? 肉じゃがはっ!?!?

 貴方ッ、毎日ネコ飯で済ませてんじゃないでしょうねぇぇええーーッ!!!!」

 

「今度虫棍さんに教えて貰いますッ!!

 からあげも肉じゃがも! 作れるようになりますッッ!!」

 

 地面は砕け、壁は粉砕し、天井がボロッボロ崩れる。それでも二人の動きは止まらない、止む事なく轟音が鳴り続ける。

 

「キャベツを刻めッ! 大根をカツラ剥きしろッ!

 指が折れるまでッ!! 指が折れるまでッッ!!!!」

 

「はいっ、やりますッ!! 指が折れるまでッッ!!!!」

 

「掃除はしているかッ!? 毎日! 毎日だッ!!

 ハウスダストを許すなッ! 決してッ!! 決して許す事なかれッッ!!!!」

 

「許しませんッ!! 決してハウスダストをッッ!!

 ラギアクルスとハウスダストを私は許しませんッッ!!!!」

 

 乙女がブン回しをジャストガードすれば、その反撃をご婦人がジャスト回避で返す。目まぐるしく攻守が入れ替わり、閃光のように連続して火花が散る。

 

「もしラインハルトと999万9999zが崖から落ちそうになっていたら、

 貴様どちらを助けるッ!?」

 

「ラインハルト君です! プリティを助けますッ!!!!」

 

「合格ッ!!

 ではもしこの国の大統領とラインハルトが落ちそうになっていたら、

 どちらを助けるッ!?」

 

「ラインハルト君です!! 後にプリティに大統領就任をしてもらいますッ!!」

 

「合格ッッ!!!!」

 

 次第にご婦人の猛攻が、乙女を圧倒し始めた。

 乙女の動きを読み切るかように、……いや、まるで乙女がどう動くのかが全て分かっているかように(・・・・・・・・・・・・・)。次第にご婦人の攻撃が、乙女に被弾していく。

 

「……くっ!!」

 

「馬鹿めっ、こちとら笛使いザマスッ!!

 どれだけ笛使いが、いつも仲間の事を見ているとっ!?

 貴方たちを理解する為、支える為、日々研鑽を積んでいると思っているッ!!

 貴様が何を思い、どう動くのかなどッ、手に取るように分かるザマスぁーー!!」

 

 ついにご婦人渾身のスタンプ攻撃がヒットする。成す術なく吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる乙女。

 

「どうしたザマス!! そんなもんザマスかガンランサーは!!

 狩りよりショタっ子を誑かす方がお得意なんザマスか!?

 ハンター辞めて、あの子のおっぱい抱き枕にでもなるんザマスか!!」

 

「辞めませんッ! 私はガンランサーです!!

 ガンスを握るのを、決して辞めませんッッ!!!!」

 

「あの子が笛を吹くのは、誰の為ザマス!?

 あの子が吹いてる間、誰があの子を守るんザマス!?」

 

「私です!! 私がプリティを守りますッッ!!

 私のガンランスが守りますッッ!!!!」

 

「――――ならば立てぇッ!! 盾持って立てぇいッ!!

 足を踏ん張り、腰を入れんかッッ!!!!

 そんな事で竜が倒せるかッ! 気合を入れんザマスかぁぁああーーーッッ!!!!」

 

 雄たけびを上げて乙女が立ち上がる。両者の狩り技ゲージが燃えるように赤く点滅し、身体は凄まじい熱を放つ。

 

「トドメざますガンランサー!! 死ねぇぇぇええええーーーーーーーッッ!!!!」

 

「お義母さまぁぁああーーーーッッ!!!!」

 

 ブシドーダッシュからの三連撃、アンド音撃震。その全てをジャストガードで弾き、乙女がガンランスを跳ね上げる。

 

「当たるかぁボケェェエエエエーーーーッッ!! 女狐ぇぇえええーーーッ!!」

 

 そのカウンター切り上げさえもジャスト回避するご婦人、即座にその場からダッシュで離脱しようと試みるが……。

 

『―――――おおおおおおぉぉぉぉお義母さまぁぁぁあああーーーーーッッ!!!!』

 

「 !?!? 」

 

 ジャストガード切り上げ、キャンセル“ブラストダッシュ“。

 後方に構えたガンランスから凄まじい炎が放たれ、乙女の身体が前方に射出される。

 弾丸のように、一直線にッ、ご婦人に向かって!!

 

「こっ……こんのぉ泥棒猫があああぁぁあああーーーーーーッッ!!!!」

 

『 いぃぃいいいいやぁぁぁあああああああーーーーーーーーッッ!!!! 』

 

 迎撃する狩猟笛のブン回し、そしてブラストダッシュからの強叩きつけが空中で交差する。

 ご婦人の狩猟笛は明後日の方へと跳ね飛ばされ、その身体は完全な死に体となる。

 

「――――くらえお義母さまっ、愛と勇気と悲しみのぉぉ~~~ッッ……!!!!」

 

「 !?!? 」

 

 最後の瞬間、ご婦人が見た物……、それは赤い光を放つガンランスの銃口。

 そして――――燃えるような光を放つ、ガンランサーの乙女の瞳であった。

 

「 フルバーストッ! アンド、竜撃砲だぁぁぁああああああーーッッ!!!! 」

 

 洞窟に木霊する凄まじい爆音。

 ガンランスの放つ閃光が、まさに世界を真っ赤に染めた――――

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「…………ふっ、どうして泣くザマス……?

 勝ったのは貴方……ザマスのに……」

 

 この洞窟のもう一つの入り口、エリア6(モスとか崖とかの所)側の入り口がら日が差し込み、空が赤くに染まっているのが見える。

 現在乙女は地面に座り、ご婦人と共に、朝焼けを見つめていた。

 

「アタクシの負け……ザマスね。

 早くも嫁は、姑を超えた……。見事と言う他ないザマス」

 

 乙女に膝まくらされながら、優しく微笑むご婦人。

 しかし上からは、乙女が流す涙がポロポロと落ちて来ていた。

 

「……ちっ、違うッ! 貴方は戦いながら、いつも私を鼓舞していた!!

 折れそうになる私を……挫けそうになる心を! ずっと励ましてくれていた!!

 自分を超えて見せろと……私を導いてくれたんだ!!」

 

「なのにっ……なのに私は自分の事ばかりッ!

 貴方を倒す、勝つ事ばかりを考えていた……! それなのに貴方はッ……!!」

 

「……ふふ……それでもこれは、アタクシの負け。

 強かったザマスよ、ガンランサー。……いいえ、“ソフィーさん“」

 

 ちなみにご婦人が今倒れているのは、“腰がグッキリいったから“である。

 乙女はあの最後の時、フルバも竜撃砲も当てる事をしなかった。

 ガンランスは人を撃つ物じゃない――――その信念を貫き、ご婦人に当てる事は無かったのだ。

 ……でも残念ながら“その音“にビックリしちゃったご婦人は、思わずドテッと地面にコロンしちゃった瞬間、グキッと腰をやってしまった。

 現在ご婦人は乙女の膝をかりて地面に寝っ転がり、朝焼け眺めながら回復を待っている最中なのだ。

 

 一応勝ちを認められたものの、ご婦人の腰をグッキリいかせちゃった乙女の罪悪感は、もうとんでもないレベルだ。

 加えて勝負の時にかけてもらった、ご婦人の励ましの数々。

 あれは決して憎い敵に言う事でも、ましてや泥棒猫に言う事でも無い。

 乙女の弱い心を鼓舞し、愛を持って導いてくれた、まさに“お義母さまからの言葉“であったのだ。

 

「これからも、ラインハルトの事をお願いね……?

 貴方になら……あの子を任せられるザマス」

 

「お……お義母さま! はいっ! ……はいッ!!」

 

「まぁソフィーさん……見て? あの真っ赤な朝焼けを……。

 美しいザマスねぇ……ソフィーさん……」

 

「……はいっ! 大変美しゅう御座いますッッ!!」

 

「ではやりましょうか、ソフィーさん……。

 ――――流派ッ、狩場出流 狩猟笛術ッ!! 狩場出家、家訓ッ!!!!」

 

 ご婦人と乙女の二人が、目に涙を浮かべながら朝焼けを見つめ、言い放つ――――

 

『 何がユーの幸せっ!? 』

 

『 何をしてッ! ハッピーッ!?!? 』

 

『 分からないまま、クエ終了ッッ!!!! 』

 

『『 そんなのはッッ!! いいいいいぃぃやだぁぁあああーーーーッッ!!!! 』』

 

 朝焼けに誓うように、世界に宣言をするように、二人の大きな声がエリア6に響き渡る。

 

 

『『 そうだっ! 恐れないッ! 狩り友(みんな)の為にぃぃッ!! 』』

 

『『 愛とぉ! 狩猟笛(カリカリピー)がぁッ! とぉぉもだちだぁぁぁああああーーーッッ!! 』』

 

 

 そして大声を出した拍子に、ご婦人の腰がまた〈ゴッキィ!!〉といった。

 ご婦人は白目を剥き、力なくその身体を、だらりと横たえる――――

 

「おっ……お義母さまっ!? お義母さまぁぁッ!?!?」

 

 なんか無駄に安らかな表情をし、ご婦人は眠った。

 まるでソフィーの成長を見届け、「息子を頼みましたよ……」とでも言いたげな……、そんな腹の立つ感じの表情で。

 

 

『 おおおぉぉッッ!! 義母さまぁぁぁあああああ~~~~~ッッッッ!!!! 』

 

 

 ……おかあさまぁ……あさまぁ……さまぁ……まぁ……ぁ…………

 

 

 ――――いくら狩場とはいえ、時刻はやっと夜が明けた位の時間帯。

 

 動物によっては、まだ寝ている子達もいるだろうに……。

 朝っぱからから迷惑なガンランサーの声が、森丘に響き渡っていった――――

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「あ、トーマス迎えに来たザマスわ。

 それでは皆さん、ご機嫌よう。 ――――あ、そ~れ♪」

 

「 ぬぅっ!?!? 目がッ、目がぁぁあああーーッッ!!!! 」

 

 その後、後から駆けつけて来た仲間たちに囲まれ、仲良く談笑していた乙女とご婦人。

 しかしトーマス氏がこの場に来たのを見た途端、ご婦人は乙女たちに閃光玉を〈ドゴーン!〉と投げつけ、アッハッハとこの場から逃げ出して行った。

 

「 これで勝ったと思うなよこの泥棒猫ッッ!!!!

  アタクシは何度でも貴方の前に現れる!! 覚悟しておくザマスッッ!! 」

 

「あ、ちなみに坊ちゃんは、今頃お家でグッスリ眠っております!

 わたくしトーマスが集会所までお送りしときましたのでっ! ご安心下さい!!」

 

「残念だったわねぇクソ嫁がぁーー!!」「またお会いしましょうホッホッホ!!」とか言いながら、狩場出家の二人が駆けて行く。

 なんと言うか……、すごく元気に帰って行った。

 

「……えっ。プリティくんもう帰ってんの?

 じゃあなんでここおるん……ウチら……」

 

「……子供は寝る時間~とか、夜は危ないから~とか……そんな理由か?

 何故にそんな所ばかりちゃんとしておるのだ……きゃつらは……」

 

「……何でしたのこのクエ? 何がしたかったんですの……?」

 

 呆然としている仲間たち。するとなにやらその場に、ヒラヒラと一枚の紙が落ちてきた。

 地面に落ちたそれは、よく見ると一枚の写真。

 キリン装備(女性用)に身を包んだ、男の子のプロマイド写真であった。

 

「……え、これ今回のクエ報酬? ……このプリティくんの写真が?」

 

「……うむ、可愛い。この上なく愛らしき姿よ。……だが」

 

「……えっと。ねぇ何ですのコレ?

 これ貰う為に……、貴方たちは頑張ってたって事ですの……?」

 

 写真を眺め、引き続き呆然とする仲間たち。

 そんな彼女たちを余所に、乙女はご婦人の去って行った方を、いつまでも見つめていた。

 

(ありがとう、お義母さま――――私これからも頑張ります)

 

 今も冷めない、胸に残る暖かさ。

 そんな、“目に見えないクエスト報酬“を受け取り、おとめは胸に手を当てて、静かに瞳を閉じる。

 

 ……まぁぶっちゃけ、乙女からしても今日はよく分からない事だらけだったので(・・・・・・・・・・・・・・・・)、取り合えずは綺麗な感じで終われるよう、いい風に思っておく事にした。

 

 

 早く帰って、プリティと寝よう――――

 そう心に誓う、乙女であった。

 

 



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俺の行先? このガンスにでも訊いてくれ。

 

 

「――――ランポスだ」

 

 ここはG級酒場のテーブル席。

 

「――――場所は森丘、報酬は1000z」

 

 酒や料理を囲み、ハンター仲間であるチャアク虫棍と楽しく談笑していた乙女のもとに……、突然あのG級ハンター、ランポススレイヤーさんが現れた。

 

「クエスト内容は、ドスランポスの討伐。

 だがサブクエストの“ランポス20匹討伐“の達成を目指す。

 来るどうかは好きにしろ――――」

 

 フォークを手に固まっている乙女。同じく絶句し硬直するチャアクと虫棍さん。

 そんな三人をよそに、言い捨てるようにそう告げたランポススレイヤーさんが、一人ズカズカとクエストカウンターの方へ歩き去って行く。

 乙女たちは呆然としたまま、彼がクエストの受注を済ませていく様子を見守る。

 

「……おい、ソフィーよ」

 

「……あの、ソフィーさん?」

 

「…………」

 

 硬直から立ち直ったチャアク虫棍の両名が、ギギギ……っと乙女の方に顔を向ける。乙女はたらりと冷や汗をかく。

 

「俺らのリーダーはオメェだ。

 お前の決めた事にゃ……、俺らも従ってくつもりだけどよ?」

 

「貴方は頑張ってると思うわ?

 団長なんてきっと、柄じゃあなかったでしょうに……。

 それでも立派にやっていると思う。感謝してるのよ?」

 

「…………」

 

 今では乙女の傍には男の子を始めとし、この両名やミラちゃんチエちゃんといった沢山の仲間が集うようになった。

 現在この6名は正式に“猟団“の形を取り、乙女を団長として活動を行っているのだ。

 

「……でもよ? 相手は選べよお前(・・・・・・・・)

 

 ふとチャアクの男が目をやってみれば、そこにはクエスト出発口の所で一人佇むランポススレイヤーさんの姿。

 不気味なフルフェイスの兜で、乙女の方を見つめている。

 先ほどは「来るかどうかは好きにしろ」などと言っていたが、彼には一人で出発していく気配など微塵も無い。

 今も直立不動でその場に立ちつくし、ただただ「じぃ~」っとこちらを見つめ、プレッシャーをかけてくる。

 もう乙女がやってくるまで、テコでもその場を動かないつもりなのが見て取れる。

 

「別に入団条件なんてあるワケじゃないけどね?

 でも、あの人はちょっと……」

 

 このところ乙女たちは、飛竜種と戦ったという憶えが無い。

 というか、獣竜種や魚竜種や古龍種とだって無い。

 もうずっと、鳥竜種。それもクックやゲリョスではなく“ランポス“と戦ってばかり。

 

「…………」

 

 ソフィーは、人見知りだ。

 今でこそ皆に支えてもらいながら団長として奮闘してはいるものの、本来彼女はとても内気で、自分が思っている事をなかなか口に出せないシャイな子である。

 

 しかし、彼女は言いたかった。「仲間にした憶えなど無い」と――――

 私は彼をPTに誘った憶えも、猟団に入れた憶えも無いのだと――――

 

 今も不動でクエスト出発口に立ち、ジリジリとこちらにプレッシャーをかけてくるランポススレイヤーさんを見て、ダラダラと冷や汗をかく乙女。

 

 

 ……あの、男の子が連れ去られてしまった一件からすぐ後、というかもう“次の日から即“なのだが……、彼はよく乙女に声をかけてくるようになった。

 男の子とゴハンを食べている時、ミラちゃんを抱っこしている時、チエと女の子トークしている時、そしてこの遠く離れたG級酒場にいる時でさえ……。

 彼は毎日のように乙女のもとに現れ、そしていつもなんの脈絡も無く告げる。

 ただ一言「ランポスだ」と。

 

 乙女も最初は恩義のある相手だからと、快く彼のランポス討伐に協力していた。彼の力になろうと奮闘していたのだ。

 しかし何故か次の日も同じ事が続き、やがてそれが一週間目を数えた頃……、ようやく乙女は事の深刻さに気が付いた。

 

 

 ――――え? もしかして私、彼に仲間認定されてる(・・・・・・・・)

 

 

「と、とりあえずは行くかぁ? なんかアイツも待ってるみてぇだしよ……」

 

「あはは……今日もランポス討伐かぁ~……。

 私そろそろ、防具の新調したいんだけどなぁ~……」

 

 粗末と言って良いような薄汚い鎧を纏い、表情の見えないフルフェイスの兜を装備する片手剣使い。

 先ほども酒場のマスターから鬱陶しそうな目で見られ、もう嫌々のようにクエスト受注の手続きをして貰っていた男。

 ランポス素材が捨て値で取引されている最大の原因とされ、地味に新人ハンター達に多大な迷惑をかけている存在。

 G級にもかかわらず大型モンスターを狩る事もなく、ギルドや地域に貢献する事もせず……、ただひたすら“ランポス討伐“ばかりに執念を燃やす異色のハンター。

 

「ランポス共は、皆殺しだ――――」

 

 彼の名は、ランポススレイヤー。

 

 渋々といった様子でこちらに歩いて来るソフィー達の姿を認め、そのフルフェイスの兜は、どことなく満足そうに見えた。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 理由は、わからない。

 いつも集会所で見かけていたであろう、男の子の無邪気な笑顔にホッコリしていたのかもしれないし、その暖かい人柄に好感を持ってくれていたのかもしれない。

 不気味なフルフェイスの兜を装備している割に、意外と子供好きな優しい人なのかも。

 はたまた男の子の愛用する狩猟笛“ランポスバルーン“に、勝手に変な親近感を覚えられたせいなのかもしれないが……。

 とにもかくにも彼、ランポススレイヤーさんは男の子を大変可愛がってくれており、先の事件でも掛け値なしに協力を願い出てくれた。

 ゆえに乙女は彼に対し、強く出る事など出来はしないのだが……。

 

「……ちゅらい。……ランポス討伐ちゅらい……」

 

 乙女は、鬱を発病していた。

 連日のように付き合わされるランポス討伐により、心に深刻なダメージを負っていた。

 

「まぁ元気だせよソフィー。パーっと酒でも飲んでよ?」

 

「私も前に似たような事はやったし、盾持ち職がキツイのは分かるけど……」

 

 無事にクエストを達成し終え、G級酒場へと帰還してきた乙女たち。

 エグエグとテーブルに突っ伏す乙女を、もう必死こいて慰めている両名。

 

 ガンランスは、小型モンスターへの対処が苦手だ。

 大型モンスに対しては強くても、素早く動き回る複数の相手に対してはほとんど成す術が無いのだ。

 太刀やスラアクのような横薙ぎの斬撃を持たず、それに加えて同じ場所でじっとしている事も多いガンランサーは、小型モンスター達の格好の餌食になりやすい。

「お、ガンサーやガンサーや」とばかりにワラワラと群がられ、容赦なくボッコボコにされてしまう。

 しかしながら……たかがランポス討伐で鬱を発病するG級ハンターというのも、大変情けない話だ。

 毎日のようにランポスに心を折られ、日に日にやつれていく乙女の姿を見て、両名は苦笑いをする他ない。

 

「しっかし傍で見てるとよ? お前とヤツの“対比“がスゲェよ。

 方やランポス相手にボロ雑巾、方や鬼神の如くのランポス無双だろ?

 見てて笑えてくるぜ?」

 

「……正直、あれはちょっとズルいと思うわ。彼って下位ランポス相手でも、

 恥ずかし気もなくG級の片手剣で斬りかかってくでしょう?

 ぜんぶ一撃で倒しちゃうし……。片手剣ってそんな武器じゃなかったと思うの」

 

「……今思ったんだが、なんで俺達ぁヤツに付き合わされてんだろな?

 ソロでいいじゃねぇか……下位ランポスなんざ……」

 

「クエ報酬が1000z。4人で分けたら250z。

 …………ソロで良いじゃないのよ。一人で行きなさいよ……」

 

「しかもアイツ、たまにスタイリッシュボマーみてぇな事してんだろ?

 ……賭けてもいいが、アレぜってぇ赤字だぞ。

 今日も3つぐれぇ大タルG使ってやがったし……。どうやって生計を……」

 

「そもそもPTでスタイリッシュボマーしないでよ!!

 死ぬほど迷惑なのよアレ! 彼は人間のクズよ!!」

 

 彼はランポス討伐しかしないのに、何故わざわざエリアルスタイルを選択しているのだろうか。乙女たちには知る由も無い。

 

 ちなみに彼は、この食事の場に加わる事無く、すでに帰宅している。

「明日のランポス討伐の準備をする」と言ってスタコラ去って行ったが、きっと今頃雑貨屋さんでタル爆や素材玉の調達でもしている事だろう。

 

「……ちゅらい。ランポス討伐ちゅらい……」

 

 両名の努力も虚しく、ただただ「つらい」と呟き続ける乙女。料理に手をつける余力もなく、テーブルに突っ伏している。

 

「と……とりあえずよ? まだ時間も早ぇし、なんかクエ行かねぇか?」

 

「そうよ! ウジウジしてても仕方ないって!

 ほらソフィーさん、顔を見せて? 元気を出して頂戴♪」

 

「…………」

 

 乙女はなんとか気力を振り絞り、その顔を上げる。

 

「おらっ、たまにゃー気晴らしによ? オメェの好きなクエストに行こうや!」

 

「いつも助けてもらってばかりだし、

 今日は私達がソフィーさんのリクエストを聞くわ♪

 ほらっ、ソフィーさんは何のクエストに行きたい? どんなモンスが好き?」

 

「き……君たち……」

 

 優しく労われ、思わず乙女の目から涙が零れ落ちそうになる。

 疲弊した心に二人の優しさが染み渡り、ようやく乙女が笑顔を取り戻そうとした、その時……。

 

「――――――ランポスか」

 

「「「!?」」」

 

 いつのまにやら背後に現れたランポススレイヤーさん。

 三人がクエストに行く雰囲気を嗅ぎ付け、この場に戻って来た。

 

「……お、オメェ! いつの間に……!」

 

「――――ランポスに行くのだな。俺も共に行こう」

 

 そう言い放ち、スタコラとクエストカウンターに向かおうとするランポススレイヤーさん。

「共に行こう」どころか、もう自分がクエを貼る気マンマンだ。それを必死こいて止める一同。

 

「ちょっと待って頂戴! 私たちは今から、ソフィーさんのクエストに行くの!

 たまにはソフィーさんの好きなモンスターをって……」

 

 ランポススレイヤーさんを羽交い絞めにしながら、必死に語りかける虫棍さん。

 しかし彼はジタバタしつつも、平然と言い放つ。

 

「――――あぁ、だからランポスに行くのだろう。

 コイツはランポス討伐が、大好きだからな」

 

「「「!?!?」」」

 

 思わず絶句する一同。しかし彼は淡々と言葉を続けていく。

 

「――――以前、あの子が俺に『おねぇさんはランポスがキライなんだよ』

 と教えてくれた。だから俺は知っている。

 ――――コイツは俺と同じ、ランポスに憎しみを抱く者だと(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「「「!?!?」」」

 

 たまに彼が男の子と仲良く談笑しているのは見かけた事があった。

 しかし、その内容までは知らなかった乙女。

 

「――――しかし、たとえあの子の言葉が無くとも、

 俺はコイツと共に狩場に立った事だろう。

 ――――俺には分かる。コイツは俺と、同じ匂いがする」

 

「「「 !?!?!? 」」」

 

「――――小型討伐に向かないガンスという武器を使っていながら……、

 それでもコイツはランポスを狩る。戦い続けている。

 決してランポスを許さぬという、その気高き心……。心に燃える憎しみ……」

 

 今、ランポススレイヤーさんがそっと乙女の手を取り、そして力強く頷く。

 

「――――ソフィー、お前に必要なのは、ランポスだ。

 ――――――共にランポス共を皆殺しにするぞ、同志よ」

 

 

 やがてランポススレイヤーさんにズルズルと手を引かれ、乙女がクエスト出発口の方へと消えて行く。

 

 仲間どころか、同志認定――――

 チャアクと虫棍の両名が、その姿をただただ見送っていた。

 

 

 



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朝までに何回KISSして欲しいか、決めとけよ。

 

 

「……もし? あのっ……少しよろしいでしょうか、ご主人」

 

 今日も元気にトンカチを振るい、商売繁盛とばかりに勤しんでいたオヤジ殿。そんな彼の加工屋の店先に、小さな小さなお客さんが現れた。

 

「おやっ、どうしたんじゃなお嬢ちゃん? 見ない顔じゃなぁ」

 

 ふと手を止めて目をやってみれば、そこにあったのは赤い髪の少女の姿。

 どことなく高貴さを感じさせる、神秘的な黒いローブ。

 真紅の宝石を思わせるような、肩で切り揃えられた綺麗な髪。

 そしてまだ7つにも満たないであろう幼い容姿と、モジモジと恥じらう愛らしい仕草は、強烈な程に庇護欲をそそる物。

 オヤジ殿も優しく微笑みかけ、親身になって要件を訊ねる。

 

「あのっ……この街に、白い髪をしたヘヴィ使いの少女がいると、

 お聞きしましたっ。……ご主人は、何かご存知ありませんか……?」

 

 手を祈りの形にし、ウルウルしながら問いかける、幼い少女。

 この人慣れしていない様子の儚げな少女が、必死の思いでここにやってきたであろう事が見て取れた。

 

「白い髪? ……あぁ! それならあのブタ娘んトコの!!」

 

 手をポンッと叩き、満面の笑みでオヤジ殿は答える。

 この健気な少女を安心させてやるべく、温かみのある優しい声で、集会所の場所を伝えてあげた。

 

「すぐそこじゃし、迷う事は無いとは思うが、

 道中わからんようになったら、そこらにいる者達に訊くとえぇ。

 皆気の良い連中じゃからの。

 また何かあった時は、ここに寄りなさい。ワシでよければ力になるでな」

 

 嬉しそうに何度もお礼を言い、何度もこちらに振り返ってペコペコ頭を下げる少女。

 フリフリと手を振って彼女を見送った後、暖かな気持ちを胸に抱きながら、オヤジ殿はトンカチを再開させる。

 

「あの子は、ミラちゃんの妹さんじゃろうか?

 気弱な感じの子じゃったが……、どことなく雰囲気も似ておったしの」

 

 まぁこの街に来たのなら、また自分と会う機会もあるだろう。

 今度会う時は、二人一緒にここを訊ねて来てくれるかもしれない。その時を楽しみに思う、子供好きなオヤジ殿だ。

 

 ミラちゃんは、折りたたんだヘヴィボウガンよりも小さな背丈の女の子であるが……、もしかしたらあの子もヘヴィを担いでいたりするのだろうか?

 ひとつあの少女達の為に、今度ヘヴィボウガンの軽量化について研究してみようか。ミドルボウガンなんて名前にしたらどうじゃろう?

 そんな事をのほほんと考える、オヤジ殿であった。

 

 

(待っててけろ、おねえちゃん……。いまそっちに行くだ。

 ……今度こそ、オラと一緒に死のうね(・・・・・・・・・・)

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

「う……、うわあああああぁぁぁ~~~~~ん!!!!」

 

「あぁっ、ソフィーさん!!」

 

 乙女が泣きながら集会所の出口を飛び出して行く。

 席を立つ瞬間に何故か〈スポッ!〉っとブルファンゴフェイクを被り、涙をまき散らしながらこの場を走り去って行った。

 ファンゴによる心の安寧の為なのか、はたまた泣いている顔を見られたくなかった為なのか……。とにかく、ブタ女は走り去って行った。

 

「あぁもう……アカンでミラちゃん? ソフィーさんガン泣きしとったやん」

 

「ふんっ」

 

「あーあ」とばかりに出口の方を眺め、ため息をつくチエ。対してミラは悪びれる様子もなく、そっぽを向いている。

 

「おかしい物をおかしいと言って、何が悪い?

 (オレ)は間違った事など言うてはおらぬ」

 

「まぁそらウチも、正直どうかとは思っとったけど……」

 

 いま乙女が泣いてしまった理由。ミラちゃんに言われ、逃げるようにこの場を走り去る原因となった事。

 有り体に言えばそれは「お前の定型文はおかしい」という物であった。

 

 ……余談ではあるが、かのMHXXというゲームには、狩り技を使う時や、罠や爆弾を設置する時、また誰かに粉塵を使ってもらった時などに、プレイヤーそれぞれが考えて設定した“定型文“を用いて、自動的にチャットで発言する機能がある。

 狩り技発動時には必殺技よろしくカッコよく叫んでみたり、罠や爆弾を設置した事を周りに知らせてみたり、回復してもらったお礼を言ったりと……それぞれの行動時に好きなセリフを言わせる事が出来るのだ。

 

 今回彼女たちの間で議題にあがったのは「お前は狩り技使う度に、なに叫んでんだ」という物。

 ブラストダッシュの度に、覇山竜撃砲の度に、竜の息吹を使う度に彼女が叫んでいる言葉。その是非を問う物であった。

「なにを言うとんねん」という事である。

 

「アレはいったい何だ? 『いつだって、何かに逆らい生きてきた』だの、

『不機嫌な天使は悪魔のように誘惑する』だの、

『ガンサーなら、派手さを貫き一本の虹となれ』だの。

 きゃつはいったい何を言うておるのだ?」

 

「……いや、その……、あのなミラちゃん?」

 

「技を繰り出す度『輝きを抑えられない我々を、人は堕天使(ガンサー)と呼ぶ』などと。

 ……何故いちいち妙なセリフを言う? どうかしておるのではないのか」

 

「えっと……世の中そーゆうんが好きな人らもおってな?

 ちょっとした“心の病“いうんかな……?」

 

 現代でいう所の、中二病。

 彼らはそれがカッコいいのだと微塵も疑う事無く……、満面の笑みを浮かべながら、自分で考えた“イイ感じのセリフ“を狩り技時に叫ぶのだ。

 

「……ミラちゃん、ああゆうんはな? 黙って見守ったらなアカン!

 たとえ思う所があってもな? それを言うたるんは殺生や。可哀想やで。

 あったかく見守ったげ? 彼らも頑張って生きてんねん」

 

「ぬ?」

 

 彼らみたいなモンでも、この宇宙船“地球号“の仲間やねん。仲良ぅしていこうや。

 チエは諭すように擁護しているが、もしこれを乙女が聞いていたら、血を吐いて死んでいたかもしれない。

 

「……ふむ、そこまでチエが言うのなら、致し方あるまい。

 今後は口には出さぬ。心で思うのみとしよう」

 

 呆れたように腕を組み、フゥとため息をつくミラちゃん。

 

「しかしながら、泣きながらこの場を走り去るとは、一体どういう事だ?

 我が主として、少しばかり自覚が足りぬのではないか?」

 

「そ、それは……」

 

 たらりと冷や汗をかくチエを余所に、ミラは拗ねたように「むーん」と口を尖らせる。

 

「まぁ良いか。特に許す――――

 いくら腕が立とうとも、支え甲斐の無いつまらぬ主など、我も御免こうむる。

 せいぜい良き臣下として、きゃつを支えてやるとするさ――――」

 

 うって変わって、得意げに「ふふん♪」と笑うミラちゃん。乙女への不満を言うかと思えば、次の瞬間には速攻でデレてきた。

 もう何をどう思えば良いのか分からない、チエであった。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 男の子は現在、外へ飛び出して行った乙女を迎えに行ってくれている。ゆえにこの場には、チエとミラちゃんの二人のみだ。

「はらへった。はらへった」と騒ぐミラちゃんを抱っこしつつ、チエはまったりしながら、席に料理が届くのを待っていた。

 そんな彼女の耳に……集会所の入り口の方からの、なにやら愛らしい女の子の声が聞こえてきた。

 

「……あのっ……もし? ここに白い髪をした……」

 

「んぁ?」

 

 何気なしに目を向けてみれば、そこにはオロオロとしながら、必死になって集会所のハンター達に声を掛けている女の子の姿がある。

 

「なんやあの子……。えらいちっこいけど、あの子もハンターなんかな?」

 

「ぬ?」

 

 ナイフとフォークをカチカチして遊んでいたミラちゃんも、いったん手を止めて、そちらの方に目を向けてみる。

 

「……あぁ……ありがとうございます。本当にご親切にっ……。

 あちらに居るのですね? では行ってみますっ……」

 

「 んぼッ!?!?!? 」

 

〈ピキーン!〉と身体を硬直させるミラちゃん。

 彼女をだっこするチエからは見えないが、その顔面は一瞬で蒼白となっていた。

 そして、次の瞬間……。

 

「――――おねえちゃん! ミラおねえちゃん!!

 あぁっ、やっと会えただっ!!」

 

「 ばっ、バルカン(・・・・)ッッ!!!! 」

 

「ふぎゃーーっ!!」

 

 感極まったように涙を流し、〈ピョーン!〉とこちらに飛び込んで来た赤い髪の幼女。

 ミラはチエに抱っこされていたので、三人まとめて床にひっくり返った。

 

「4千年ッ…4千年ぶりだなや!

 なしてオラを置いて行ったんだぃ!? オラずっとひとりで寂しかったっ!!」

 

 今もミラのお腹にしがみつき、もうえんえん泣き続けている少女。

 彼女の名は“ミラ・バルカン“。

 ミラにとって、生き別れの妹とも言える存在であった。

 

「 死のう! 一緒に死のうおねえちゃん!!

  オラたちゃ都会にゃあ住めねぇだ!! 一緒に死んでけろっ!! 」

 

「離っ……離さんか貴様ッ! やめんかぁッッ!!」

 

「おねえちゃんといっしょなら、オラなんにも怖ぐねっ!!

 なんも寂しい事なんがねっ!!

 もうこの世界にゃ、オラたち田舎モンの居場所なんかねぇだ!!」

 

「ば……馬鹿ッ! 馬鹿バルカン!! 離せぇぇーーッッ!!!!」

 

 もう這いずるようにして逃げ出そうとするミラ。そしてどれだけポカポカ頭を叩かれようが、根性でしがみつくバルカンちゃん。

 

「ここ来る途中、ちょーどえぇ感じの木をみつけただよ!!

 そこで首括って死ぬべおねえちゃん! では行くっぺし!!」

 

「い、行かぬ! 行かぬと言うとろうがおねえちゃんはぁーーッ!!

 ぬぅおおおぉぉぉーーーーッッ!!!!」

 

 必死に柱にしがみつくミラを、「おーえす! おーえす!」とばかりに引っ張るバルカンちゃん。

 宙に浮くミラの身体は、なんか鯉のぼりみたいだった。

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

「えっと、じゃあバルちゃんは、ミラちゃんの妹さんでええんかな?」

 

 やがて騒動も収まり、現在チエたち三人は、テーブル席に着いて料理を囲んでいる。

 肩で息をしながらそっぽを向いているミラ。その隣にはモジモジと恥ずかしそうな仕草のバルカンちゃんの姿がある。

 

「はい……初めましてチエさん。私はルーツの妹、バルカンと申します。

 いつも姉が、大変お世話になってて……」

 

 行儀よくペコリと頭を下げ、はにかむような愛らしい笑顔を見せてくれる。

 

「あ、ご丁寧にどうもな? バルちゃんはちゃんと挨拶出来てえらいな♪

 ……というか、さっきと喋り方変わってしもうとるけど、

 別に楽に喋ってくれてええんよ? ウチもこんなんやし」

 

「~~ッ!!」

 

 その途端、もうカーっと赤くなるバルカンちゃん。

 どうやら自分の方言が恥ずかしいと感じているようで、頬に手をあてて悶絶してしまっている。

 

「……おっ……お恥ずかしいですっ。

 私おねえちゃんに会えたのが嬉しくって……、ついいつもの口調でっ……」

 

「いやいや♪ ええやんか素の喋り方で。

 ウチは方言って好っきやで? なんかあったかい言葉や~思うもん♪」

 

 胸張っていこうや! 方言同盟の結成や! そうチエは朗らかに笑う。

 

「というか、バルちゃんとミラちゃんって、ずいぶん喋り方が違うんやね……。

 もしかしてミラちゃん、今まで方言かくしてたん?」

 

「 !?!? 」

 

「ミラちゃんのその口調……、もしかしてキャラ作ってたとか(・・・・・・・・・)?」

 

〈ズガーン!〉と雷を受けたように固まり、骨付き肉をポロッと落とすミラちゃん。

 

「ちっ、違う!! 違うのだチエよッ!!

 我はこやつとは何の関係も無い!! 誰がこのような田舎者……!!」

 

「おねえちゃん……前はそんな喋り方、してなかったよね?

 私と同じ、故郷の言葉でしゃべってたのに……」

 

「黙れッ!! 我はシティガールだ!!

 貴様とは違うのだ馬鹿バルカン!! 帰って芋でも掘っておれ!!」

 

「おねえちゃん! オラがかっぺだからってバカにしてるだか!?

 おねえちゃんだってかっぺでねぇべか!! あんなに芋ばっか食ってたくせに!!」

 

「おだずでね!!  誰がかっぺなもんかぃ!!

 オラぁちゃんとモダンな香水とか付けてんだ!? めんけぇ服着てんだ!?

 朝は優雅に“こーんふれぇく↑“(訛り)とか食べてんだ!?」

 

「何そのオサレなの!? どこで売ってんだべ!?

 オラもそのこーんふれぇく↑、食いてえ!!」

 

 

 ――――――地獄やッ!!

 

 ワーキャーと騒ぐ二人を見守りつつ、余計な事を言ったと深く反省する、チエであった。

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

「あ~。やーっと落ち着いた……。

 じゃあちょっとトイレ行ってくるけど、もうケンカしたらアカンよ?」

 

 そう言い残してチエが席を立ち、この場には今、ミラとバルカンちゃんだけが居る。

 

「お……我の威厳が……! 積み重ねてきた王のイメージが……!

 馬鹿バルカンのせいで……ッ!」

 

 もう「ああああ……」と顔を伏せているミラ。竜族の面汚しだとばかりに落ち込みまくっている。

 

「お……おねえちゃん? ゴメンね? 私わざとじゃなくて……」

 

「もう良いのだバルカン……気にせずとも良い。

 この場に我が主がおらなんだだけ、まだマシと言う物さ……」

 

「……………」

 

 もしこの醜態を乙女に見られていよう物なら、ミラは「実家に帰らせて頂きます!」とばかりに空へ飛び立っていた自信がある。

 情けない主の姿に呆れつつも、それでもばっちりクールに支える“出来る臣下“。それこそがこのミラの誇りであり、生きる意味である。

 実際の所は愛らしい幼女なので、乙女の抱き枕だったり皆の癒し要員だったりもするのだが……、ミラにとっては絶対的にそうなのだ。

 情けない姿を主に見られる事など、決してあってはならない事だ。彼女は竜族の王なのである。

 

「おねえちゃん……今はハンターをやってるんだね……。

 チエさん達といっしょに、PTを組んで」

 

「然り。ヘヴィボウガンなる物を担いでおるぞ?

 貴様も人間共に、頭部に拡散弾を喰らわされた経験くらいは……」

 

「――――――なんでそんな事してるの?

 おねえちゃんは、誰かに討たれるのが望みなんじゃ……、無かったの……?」

 

 先までの様子とは違い、バルカンは真剣な目でミラを見つめる。

 

「そう言って、故郷を出て行ったのに……。

 私を置いて、ひとりで飛び立って行ったのに……。

 おねえちゃんはもう……、死ぬ事すら(・・・・・)諦めてしまったの……?」

 

「……………」

 

 テーブルに伏せていた顔を上げ、ミラは妹を見つめる。

 その肩は震え、今にも崩れ落ちそうな程、儚い物に思えた。

 

「私は……もうイヤだよ……。

 隣に誰も居ないのも、ひとりぼっちで待ち続けるのも、イヤだよ……。

 ずっと待ってた……、ずっとずっとがんばって待ってたよ?

 でも居ない……。私たちを討てる存在なんて、

 “終わりをくれる人“なんて、どこにも居なかった。

 もう疲れた……。疲れたよぉ……、おねえちゃんっ……」

 

 静かに、ポロポロと涙を流す少女。

 今にも消えそうな小さな声。だがそれはあまりにも、悲痛な叫びだった。

 

「もう“竜“じゃなくったっていい……。

 竜の本懐なんて……竜の役目だなんて、そんなこと知らないっ……。

 おねえちゃんが死なないのなら、それでもいい。

 私を殺して――――。

 “終わり“がほしいの……おねえちゃん――――」

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

 あの日……、あの古い塔の上、わたしはひとりのガンランサーと出会った――――

 

 どこぞで狩りでもしてきたのか、それとも人間たちの手による物なのか……。

 そのガンランサーの顔にはたくさん治療の跡があり、戦う前から、既に満身創痍であるように見えた。

 

『……待っていたんだろう? 私を』

 

 一目みて、分かった。

 この人だ――――と。

 そうとも。わたしはずっと長い事、あなたを待ち続けていたのだ。

 

 でもそんな事、わたしはおくびにも出さない。もし無様に喜びでもしようものなら、品格という物を疑われてしまう。

 わたしはけして、そんな安い女では無いのだから。

 

『お前とこうして会う為に、ガンスを握ってきたのかもしれないって、……そう思う』

 

 同感だ。わたしも今、同じことを考えていたよ。

 あなたと出会うこの時の為……、わたしはこうして、生を受けたのだと。

 

 気安くもあなたは、何気ない仕草でこちらに歩み寄り、わたしの身体に触れた。

 そして優しく、慈しむようにして……わたしの身体を撫でた。

 

 やがて離れていったその手が、惜しかった。

 願わくば、もっともっと触れていて貰いたい。そう感じた。

 

 でもそれも、詮無き事。

 なぜならわたしにはもうすぐ、終わりがくる。

 この人がわたしの、“終わりをくれる人“だから。

 

『さあ戦おう、ミラボレアス。

 私が、お前の待ち望んていた相手だよ』

 

『私がお前の――――天敵だ』

 

 まるで濁流のような、溢れ出す歓喜を、押さえ切れなかった。

 らしくも無く、はしたなく雄たけびなんて上げてしまったけれど……、そんなわたしの姿は、あなたには一体どう映っただろうか? 今思い返してみても、少し恥ずかしい。

 

 せめて、不覚にもこの眼から零れた涙が。

 あなたに見られなかった事を、願いたい――――

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

(………………ふむ)

 

 暫しの回想から意識を戻し、ミラは目の前の妹へと目を向ける。

 彼女は今もポロポロと泣き、力なく、言葉もなく項垂れている。

 

 自分は、あのガンランサーと出会った。

 人生(?)とは面白い物で、今こうしてあの腐れガンサーと共に、日々ハンターとして狩りなんぞに勤しんでいたりするが……確かに自分はあの日、待ち望んでいた人と出会う事が出来たのだ。

 

 そしてこの子は、出会えなかった――――

 その健気な心が、膨大な時間にすり潰される時まで待ち続けようとも……、ついに出会う事が出来なかった。

 

 この子は、もう一人の自分だ。

 有り得たかもしれない、自分の姿そのものだった。

 

(話してみるか、我が主に……)

 

 この子を、会わせてみよう。

 あのガンランサーに。親愛なる、我が主に。

 

 その時、一体どうなるのかは分からない。

 妹が殺してくれと懇願し、それを我が主が受け入れるのかどうか、それは分からない。

 我が主が妹を討つのか。それとも妹が、我が主を討つのか。

 その時に自分は何を思うのか。その時、自分たちは一体どうなってしまうのか。

 

 分からない。ただ……この子に会ってあげて欲しい。

 この世界で唯一、我が信頼するお前には。

 

 ……まぁそれを言ったらチエの事だって超大切だし、あの虫棍とチャアクの両名だってけっこう気に入っている。

 それに最近はあの男の子の方が、自分の中でちょっぴり比重が大きくなってたりもするのだけど。(護らねばならぬ、的な感じで)

 

 けれど、会ってあげて欲しい、ソフィー。

 お前になら、全てを託せる。心からそう思える。

 

 我が半身、愛すべき我が主。

 この世でたったひとりの、わたしの“運命の人“――――

 

 

「…………バルカンよ、実はな?」

 

 そう妹の肩に触れようとした、その時……。

 突然、集会所の扉が開いた。

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

「お……オラこんな美味ぇもん! 食った事ねぇだ!!」

 

 我が妹の、歓喜の声が聞こえる――――

 

「そうか、良かったなバルちゃん。沢山食べるといい」

 

 そして我が妹をその膝に乗せ、慈愛に溢れた笑みを浮かべる、我が主の姿が見える(・・・・・・・・・)

 

「……………」

 

 ミラは硬直している。

 まるでいま起こっている出来事を、受け入れる事が出来ぬと言うように。

 

「おー、凄いなぁ~ソフィーさん! もうメロメロやんかバルちゃんは♪」

 

「バルちゃん、おねぇさんの事だいすきみたいだねっ。

 おねぇさんも、すごく嬉しそう♪」

 

 そんな風にのほほんと笑い合う、チエと男の子。

 キャッキャと微笑ましい姿を見せる、乙女とバルちゃんを見守る。

 

「………………ぬ?」

 

 なんだこの光景は……何が起こっている?

 ミラ・ルーツは、未だ眼前の光景を受け入れられずにいる。

 

 

 

 …………先ほど、妹へと声を掛けようとしたのと同時に集会所の扉が開き、乙女がこの場へと帰還して来た。

 その姿をひと目みたその瞬間、妹の頭上に〈ピシャーン!!〉と雷が落ちる光景を、ミラは幻視した。

 

「~~~~ッッ♡♡♡」

 

 分からない。この子にいったい何が起こったのか。

 しかしこの子がいま衝撃に打ち震えており、その凄まじい歓喜によって、おめめがハッキリ♡の形になっているのが見て取れた。

 

「ッッ!! ッッ!! ~~~~~~~ッッ♡♡♡」

 

 身に覚えがある――――。

 これは、我が初めてガンサーと出会った時のヤツだ。

 我が妹は今……あの時の我とまったく同じ感情を味わっているのだ(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 ……ミラは竜の本能として、そう確信した。

 

「……あっ! あのあのっ! ……もし? そこの素敵なお方!!」

 

「なんだい? 私に何かご用かな? 可愛いお嬢さん」

 

 

 

 …………そこから先は、語るまでも無い事だろう。

 バルちゃんは好き好きビーム全開で乙女のもとに駆け寄り、乙女も親切に、慈愛をもって彼女に接した。

 そして他人を寄せ付けぬラブラブ空間を作り出した二人は、いま現在も仲睦まじく一緒にゴハンを食べ、たいへん微笑ましい姿を見せている。

 

「………………」

 

 目を見開いて眼前を見つめる、竜族の王ミラ・ルーツ。

 

「ほんとにオラ、ソフィーさんといっしょにおってええだか……?

 もうさびしい想い、せんでえぇだか……?」

 

「もちろんだよバルちゃん。

 今日から私が、君の姉になる。これからずっと一緒だ」

 

 

 ――――わたしの運命の人、乗っ取られとる!!!!

 

 驚愕の表情を浮かべながら、ミラは己の主にスリスリと頬ずりをする、妹の姿を見つめた。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 ここは夜の渓流。

 彼はひとり、じっと待ち続ける――――――

 

 

 彼は“ジンオウガ“と呼ばれる、この渓流の主だ。

 生まれてこのかた、彼の強大な力に敵う者は無く……、その生涯は数えきれない勝利と、空虚な孤独に満ちていた。

 

「――――――」

 

 彼は、待ち続ける。

 ここでひとり、静かに月を見つめながら。

 自分を倒す事の出来る、誰かが来る事を。

 

 来るかどうかなんて、分からない。

 そんな者は、この世のどこにも居ないのかもしれない。

 少なくとも自分は、今までそんな者、見た事も聞いた事も無かったから。

 これはまったく無駄な事、虚しい事をしているだけなのかもしれない。

 

「――――――」

 

 しかし、彼はじっと待ち続ける。

 この孤独を、終わらせてくれる者を。

 

 強者と呼べる存在を。

 退屈なだけの時間ではなく、燃えるような充実感を味合わせてくれる、そんな存在を。

 

 このぽっかりと胸に空いた風穴を、埋めてくれる誰かを。

 

「――――?」

 

 ふと耳を傾けてみれば、なにやらこちらに向かって歩いてくる、誰かの足音がする。

 彼は月を見上げるのを止め、ゆっくりと、雄々しく身体を持ち上げた。

 

 ――――――グルルル……。

 

 彼が喉を鳴らす。

 獲物を威嚇する為でなく、自分の感情を高めていく為に。

 退屈な時間は終わりだ。さぁ、戦いを始めよう。

 

 自分のものにやってきてくれた、誰か。

 それを歓迎するように、恋人の胸に飛びこんでいくように、彼は駆け出していった――――

 

 

『 ………………あ゛ぁ゛ん? おぉコラ? 』

 

 

 思わず〈キキキィ~!〉とブレーキをかける彼。

 なんとか必死こいて、ぶつかる寸前で止まる事が出来た。

 

『 誰だ貴様オイ? おっ? おっコラ?

  お前いくつだコラ? 何年生きとんじゃコラ? 』

 

 ダラダラと冷や汗をかき、彼は震える事しか出来ずにいる。

 今おもいっきりメンチをきり、額に青筋を浮かべ凄まじい瘴気を放つ、“白い髪の幼女“に対して。

 

『 5歳か? 10歳か? ……まだクソ餓鬼じゃねぇかぁこの犬っころがあッ!!!!

  なにを月みて黄昏とんのじゃあボケェェェーーーーッッ!!!!

  イワされたいんかぁゴラァアアアアアアッッ!!!!!!!!! 』

 

 凄まじい落雷が連続して落ち、二人の周囲の僅かなスペースだけを残し、辺り一帯が焼け野原となる。

 彼も一応雷系のモンスなのだが……、その威力は自分などとは、天文学的な数値で開きがある事が分かった。

 

『 千年生きてから物言えボケェェエエッ!!!!!!

  五千年生きてから悩まんかぁカスゥゥウウウーーーッッ!!!!!

  ……お前ほんまいてもうたろかぃコラ!? おぉコラ!?!? 

  ワレなに見とんのじゃお前こらボケカスゥーーーーッッ!!!!! 』

 

 彼は地面に頭を打ち付け、自らの手でその角をへし折る。

 そしてパリパリと身体から甲羅や鱗を剥がしてから、「へへ~っ!!」とばかりにひれ伏し、幼女に差し出した。

 

 ――――――これでどうか、許して頂けませんでしょうか、と。

 

 

『 お前ほんまコラ■■■■やぞボケコラカス◆◆◆※※※※――――ッッ!!!! 』

 

 

 天地を割る程の祖龍ミラボレアスの怒りが、いま理不尽な八つ当たりとなって、若者へと降りかかっていった。

 

 

 



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ただ咲き誇れ、この左腕に輝く人口の薔薇。

 

 

「買ぅてきたでぇーみんな! 月刊“狩りに生きる“9月号!」

 

 集会場にチエの元気な声が響く。

 席に着いて待っていたいつものメンバー達は、パタパタと駆けてくるチエをやんややんやと迎える。

 

「おー、ありがとよチエ! ご苦労さんっ」

 

「さぁこっちに座って♪ 早速みんなで一緒に見ましょうか♪」

 

 チャアクと虫棍さんの間に座らせてもらい、いい子いい子としてもらうチエ。買ってきた雑誌を二人に手渡す。

 

「わぁっ、おねぇさんが表紙だよ! すごいっ」

 

「何やら、えらく引きつった顔をしておるようだが……、

 腐れガンサーなどが表紙で本当に良かったのか?」

 

 目を輝かせている男の子に、頭に疑問符を浮かべるミラちゃん。

 そう。今みんなの前にある雑誌の表紙は、ソフィーが飾っているのだ。

 

 まるでうっかり捕獲クエなのを忘れ、勢い余ってモンスを討伐してしまった時に浮かべるような……そんな引きつった笑顔。

 冷や汗も凄いし、彼女が撮影時にもの凄くテンパっていたであろう事がアリアリと分かる。綺麗な顔も台無しだ。

 

 そしてソフィーの横には、デカデカと大きく「盾持ち職の誇り。噂のガンランサーの素顔に迫る!」の文字。

 今月の狩りに生きるは、なんとソフィーへの独占インタビューが掲載されているのだった。

 

「つか、やっぱアイツってすげぇんだな。

 いつもバカ言ってる印象しかねぇから、忘れがちではあるけどよ」

 

「こうして見ると、改めて実感するわね……。

 私たちの団長は、実質この国のエースと言えるハンターだものね♪」

 

 関心したように声をあげ、表紙の写真を見つめる一同。

 今回雑誌のインタビューが来たように、ぼくらのおねぇさんはとっても凄い人なんだ。男の子はすごく誇らしい気持ちになる。

 

「さっ! 表紙もえぇけど、そろそろソフィーさんの記事見ましょ♪

 ウチもう楽しみで楽しみで!」

 

「きゃつが居ぬ間に読んでしまわねばな。

 きゃつめ、恥ずかしがって我らに見せようとせなんだゆえ」

 

 雑誌の取材を受けた事を、ソフィーはなんとか隠そうと必死だった。

 もしかしたら恥ずかしかったのかもしれないけれど……、それでもみんなにとって、これは大変に喜ばしい事。大事な仲間の晴れ舞台なのだ。

 ソフィーが所用で外しているこの隙を見計らい、みんなでこっそり読んじゃおうというのが今日の集まりの趣旨。

 今のうちにこれを読み、後でソフィーに会った時に「雑誌読んだよ~!」とからかってやるのも面白いかもしれない。「イッシッシ♪」とほくそ笑む一同だ。

 

「それじゃあ読んでみよっか♪ え~と……おねぇさんの記事のページは……」

 

 本を開く男の子の後ろから、一同が覗き込む。

 みんな一様にワクワクと、期待に溢れた表情をして。

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

 【独占取材! 盾持ち職の誇り。噂のガンランサーの素顔に迫る!】

 

 

 ・記者:それではソフィーさん、本日はよろしくお願いします。

 ・ソフィー:ふ……ふひっ。

 

「おい、いきなりふひってんぞ」

 

「のっけから雲行きが怪しくなってきたわね……」

 

 ・記者:この度は取材をお受け頂き、誠にありがとうございます。どうぞ気負わず、楽になさって下さいね。

 ・ソフィー:もももももも……。

 

「喋れっ! 受け答えをせんかッ!」

 

「ファイトやでソフィーさん! ガンバやで!」

 

 ・記者:今日のソフィーさんの防具は、いわゆる“グギグギグ“と呼ばれる装備一式と白いドレスの合成防具ですね。素敵なお召し物ですが、作成にはさぞ苦労なさったのでは?

 ・ソフィー:はい。えっと、第二種大型免許で運転が出来る車両については……

 

「噛み合ってねぇッ! 話をきけソフィー! 防具だッ!!」

 

 ・記者:それに、なにやらブルファンゴの被り物をお召しですが、それも防具の一種なのですか?

 

「なにファンゴで行ってんのよ!! 脱ぎなさいよバカッ!!」

 

 ・ソフィー;はっ、はひっ! しゅ……しゅびません……ブタでしゅびません……。

 ・記者:いえいえ、素敵な防具かと思いますよ。ソフィーさんはファンゴがお好きでいらっしゃるのですか?

 ・ソフィー:あぁ、私はファンゴが大好きだ。愛していると言っても良い。このブルファンゴフェイクを被っている時だけは自分が自分らしくいられる気がしている。実はこのファンゴは男性用バージョンなのだが、私は特別な許可を得てこれを装備しているんだ。やはりブタを被るなら女性用では無く、このフルフェイスバージョンを被るべきだと思ってね。私が頑張ってG級でランク解放ハンターとなったのも、この為だと言っても過言では無い。みんなはファンゴの事をキライだとかウザイだとか悪く言うが、それは違うんだ。そもそもファンゴとは大変に愛らしい容姿であるばかりか、実はとても家族想いな動物でね? その素材も我々の生活に欠かす事が出来ないほどに様々な用途に使われていて

 

「どんだけ喋んねんソフィーさん!? ブタの話になった途端!!」

 

「好きな事だけは饒舌にッ!! 貴様らしいと言えばらしいっ!!」

 

 ・記者:そうですか、ありがとうございます。では早速ですが、ソフィーさんといえば、最近二つ名ディノバルドを単独で……

 

「この記者の野郎も動じねぇな。人間が出来てやがる」

 

「鋼の心を持っているのね……」

 

 ・記者:これは超特殊許可クエストと呼ばれる高難易度の物であるそうですが、ソフィーさんはいったいどのようにして、かの竜を倒されたのですか?

 ・ソフィー:えっ……? こうグイッてやってたら、ニョーンってなってくるから……。

 

「わからへん! ガンランサーの思考がわからへん!!」

 

「せめて図で解説をッ!! どこでニョーンとなるのだ!?」

 

 ・記者:なるほど、ありがとうございます。大変よくわかりました。

 ・ソフィー:あとどのくらいで終わりますか? 私そろそろ吐きそうになってて……。

 

「そーいう事を言うんじゃねーーよ!!

 頑張れッ! ガンサーの看板背負ってんだろうが!!」

 

「アンタも素直に全部書いてんじゃないわよ!

 ハショりなさいよこういう部分は!!」

 

 ・記者:現在の集会所にある全てを見回しても、これは屈指の難易度を誇るクエストだったと思われますが、ソフィーさんはこのクエストを達成後、どなたに一番最初にご報告をされましたか?

 ・ソフィー:…………。

 ・記者:話は変わるのですが、もしかしてそのブルファンゴフェイクは、G級の素材で?

 ・ソフィー:そうなんだ。どうせ合成防具の元として見た目だけの物ではあるのだが、やはりファンゴ好きとしては、ここはどうしてもこだわっておきたい部分だったんだ。下位素材で作るブルファンゴフェイクも確かに良いのだが、やはりG級素材で作るブルファンゴフェイクというのは、毛並みや光沢が全然違ってきて

 

「自分の好きなヤツだけッッ!!!! ……でもその調子やでぇソフィーさん!!」

 

「攻めろっ! 攻めろ記者の男よッ!! そやつの言葉を引き出せッ!!」

 

 ・記者:ソフィーさんは、お休みの日はどんな事をして過ごしてますか?

 ・ソフィー:…………。

 

「そっちじゃねぇッ!!!! ……あれだっ、モスとかメシの話とかあんだろがよ!!」

 

「アンタいい加減にしなさいよ!? ちゃんと喋りなさいよ馬鹿ガンサー!!」

 

 ・ソフィー:ノウマクサマンダー……、バサラダンカン……。ノウマクサマンダー……。

 

「何があったんやソフィーさんッ!?!? 何を言うとんねんいきなり!!」

 

 ・記者:なんみょ~ほーれんげーきょー。なんみょ~ほーれんげー。

 

「お前も何を言うとる!!!! お前はしっかりせぃよ馬鹿モンがぁぁーーッッ!!」

 

 ・記者:あっ、もしかしてそのガンス、ケチャワチャのヤツですか?

 ・ソフィー:わかります? 水属性のガンスとしてはぁ~、使いどころが難しいんですけどぉ~。

 

「もうなんなんだよいったい!!!! 眩暈がしてきたよ俺ぁ!!」

 

 ・記者:(キャッキャ☆)

 ・ソフィー:(キャッキャ☆)

 

「仲良くガンス談義してんじゃないわよ!!!!

 ……つかそれを文字に起こしなさいよッ!! そういう記事でしょうがッ!!!!」

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

「 やってられっか馬鹿野郎ッ!! あの女どこ行きやがった!! 」

 

「 引きずり回してくれようッ!! あの腐れガンサー! 生かしてはおかぬ!!!! 」

 

「 ハンターの面汚しよッ!! こんなのうちの猟団の恥よッッ!!!! 」

 

「 もー意味わからへんっっ!! どこおんのよぉソフィーさぁぁん!!!! 」

 

 

 額に青筋を浮かせ、ソフィーを追いかけて駆け出して行く4人。

 

 その姿を呆然と見送ってから……。

 男の子はひとり、もう一度ソフィーの記事に視線を落としてみた。

 

 

 

 

 ・記者:――――最後に、ご自身が団長を務める猟団のメンバーの皆さんに、なにか一言あれば。

 

 

 ・ソフィー:あっ……えっと、そうだなぁ……。私はとてもリーダーなんていうガラじゃなくて、いつもみんなに……迷惑ばかりかけてしまっているのだけれど……。

 

 ・ソフィー:でも……感謝してる。みんなが一緒にいてくれるから、私は幸せでいられる。……今すごく毎日が楽しいんだ。こんな日が私に訪れるなんて、思ってもみなかった。

 

 ・ソフィー:プリティがいて、髭モジャや虫棍さんがいて、ミラとチエがいる。……みんなガンランサーの私なんかと一緒にいてくれるんだ。ダメな時は叱ってくれるし、悲しい時は「元気出せ」って励ましてくれる。凄く嬉しいんだ。

 

 

 ・ソフィー:なんと言ったら良いのかわからないけれど……感謝してる。ありがとう。

 

 

 ・ソフィー:愛してるよ、みんな――――ずっとずっと、一緒に狩りをしようね。

 

 



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特別編、茨の海
その1


 

 

 まるで呪い(・・)のようだ。そう感じる時がある――――

 

 

 どれだけ人に疎まれようと、蔑まれようと、決して自分では変える事の出来ない想い。

 決して手放す事の出来ない、この胸の想い。

 部屋でひとりで居る時や、窓の外に降る雨を眺めている時……、そんなふとした瞬間に私は思う。

 

 これは、呪いなんじゃないのか。

 ただ私を縛りつけるだけの……、黒くて重い“鎖“なんじゃないかと。

 

 これのせいで、私はずっと一人だった。

 こんな物があったおかげで、今まで誰の傍にいる事も出来ず、決して人から愛される事は無かった。

 けれど、自分では本当に、どうする事も出来ない。

 

 私の心のずっと底の、自分でも触れる事が出来ない程に深い、ちょうど真ん中の部分。

 たとえ屍のように打ちひしがれようとも、ボロクズのように倒れ伏そうとも、常に私を突き動かし続ける、ひとつの想い。

 決して私を放す事なく、決して逃がしてはくれない、そんな想い。

 

 ――――ガンランスを握ろう。

 私はガンランスを、握らなくては(・・・・・・)――――

 

 

 いつもは、花で飾っている。

 普段は、ありったけの花で。見栄えが良くて、とても聞こえの良い言葉で、綺麗に飾っているんだ。

 ……そう、「私はガンスが好きだから」って。「ガンランスを愛してるから」って。

 

 そんなとても綺麗な言葉で、私はこの感情を飾っている。

 決して中が見えないように……覆い隠している。

 

 だから、仕方ないんだって。

 私はガンスが好きなんだから、仕方のない事なんだって。

 どれだけ辛い想いをしようとも、寂しい想いをしようとも、私は、ガンランスを“選んだ“んだから。好きで握っているんだから。

 

 私は、へっちゃらだ。ガンランスさえあれば、私は大丈夫なんだ。

 だから今日もガンスを握ろう。大好きなガンランスと共にあろう。

 私は、ガンランスを握らなければ(・・・・・・)――――

 

 

 けれど、私のこの気持ちは、いったいいつから胸にあったんだろう?

 

 物事には始まりという物がある。

 なら私のこの想いは……いつからこの胸にあるんだっけ?

 

 いったい、いつ生まれた物なんだろう。

 “誰から“もらった物だったんだろう――――

 

 

 今も私を突き動かし続ける、心の真ん中にある、この強い気持ち。

 

 決して自分では触れられない……捨てる事の出来ない、呪い(・・)

 

 その始まりを、私は思い出す――――

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

『ソフィーはとても美人だから、きっと将来、誰からも愛される素敵な子になるよ』

 

 

 これは、今朝ベッドで目覚めた時に、ふと脳裏に浮かんできた記憶。

 今はもう遠い昔……、暖かい誰かと一緒にいた頃に、かけてもらった言葉だった。

 

「……残念ながら、そんな事はなかった」

 

「うん? おねぇさん?」

 

 私の顔を、プリティが不思議そうに見つめている。

 共に集会所のテーブルに着き、リモホロ・ミックスグリルを元気に頬張っているプリティに向き直り、私は何でもないのだと首を横に振る。

 

「すまないプリティ、ちょっと昔の事を思い出していてな。

 つい独り言が出てしまった」

 

 苦笑しつつ、誤魔化すようにして私はお酒をひとくち。

 いかんいかん。せっかくプリティやみんなとゴハンしているというのに、物思いにふけってしまっては。

 

「独り言も良いが、妄想は大概にせぃよ?

 おおかた今も、新しく作ったガンランスの事でも考えておったのであろう?

 家に帰ったら、思う存分舐め回そ~などと……」

 

「!?!?」

 

 ミラよ、何故知っている!? 最近はガンスをペロペロするのは控えているというのに!!

 今私はバルちゃんと一緒に住んでいるし、そういった所は極力見せないようにと、頑張って“週一回“に抑えているというのに!! いつの間に見られた!?

 

「もう病気じゃねぇか。ガンスの病だよお前は。

 そんな若い身空で拗らせやがって……。親が見たら泣くぞオイ」

 

「お……オラは別に、ソフィーさんがどげな事しとっても……」

 

「ダメよ、バルちゃんにそんな変態行為は見せられないわ。

 何か怖い事があったら、迷う事なく私のトコにいらっしゃいな。

 いつでも歓迎するわ」

 

「ウチよぅわからへんけど……味とかあるんですかソフィーさん?

 ガンスそれぞれに違う味わいが~とか……そんなんあるんです?」

 

 ミラの一言に端を発し、私の尊厳が蹂躙されていく。ちびっこ達の前でこれは、流石の私も涙が出そうになる。

 ちなみにチエよ? 私がガンスを舐めるのは味の為じゃなく“愛情表現“なんだ。いつもありがとう愛してるよペロペロ、みたいな事だぞ。

 

「今日もガンランスがあるから生きていける……。

 最近また国会で“ガンランサー税“の増税が閣議決定されたが、私は挫けない」

 

「せちがれぇなオイ……また増税されたんかよガンサー税」

 

「なんか3か月ごとに増税されてってない?

 今たしか10%でしょ? 容赦ないわね……」

 

「ちなみにこの10月から、ガンランス用砲弾の有料化が始まるよ?

 おねぇさんドンマイっ」

 

 時に愛は私を試してる。ビコーズ アイ ラビュー。

 プリティも私を応援してくれているし、今後とも頭を低くし、精進して生きていこうと思う。

 

 そんな事を言ってみんなにあきれ顔をされていた時……ふいにこちらに近づいてくる人影に私は気が付いた。

 青いドレス、そして特徴的なロールブロンドの髪が私の視界に入る。

 

「……ソフィー、少しよろしいかしら。貴方に重要なお話がありますの」

 

「プリシラ?」

 

 G級ランサーのプリシラ。

 彼女は私の後輩にあたるハンターであり、普段は別の場所で活動しているものの、よくこうして会いに来てくれる大切な仲間だ。

 しかしいつもの陽気な彼女とは違い、その表情はどこか真剣さを感じさせる物だった。

 

「これはギルドから直接の依頼なのですけれど、内容が内容だけに、少しここでは。

 ……プリティくん、皆さん、少しばかりソフィーをお借りしてもよろしいかしら?」

 

 プリシラに連れられ、私はいったん席を立つ。

 心配そうに私を見つめるプリティに「大丈夫だよ」と伝えるように、そっと頭を撫でてやってから。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 ――――わたくしが代わりに行っても良い。この任務、貴方にはあまりにも酷です。

 

 そんなプリシラの気遣いが、嬉しかった。

 この子は本当に優しくて、情の深い、真っすぐな女の子。

 唯一昔からずっと変わらず私と接してくれる……掛け替えのない友人。

 

 そんな彼女の気遣いを無下にしてまで、私はこのクエストを受ける事を決めた。

 わたくしでは頼りにならないと言うんですの!? と、ちょっとだけプリプリ怒られてしまったが……、そんな姿でさえも、なにやら愛らしく見える。

 丁寧に誤解を解き、そして心からの感謝の気持ちを伝えると、彼女は顔を赤くして黙り込む。

 

 ――――貴方がそう決めたのなら、わたくしはもう何も言いません。

 ――――ご武運を、ソフィー。どうか無理だけはしないで。

 

 万感の想いを込めて、私は頷く。

 祈るようにその場に佇むプリシラを残し、みんなの待つ席へと戻っていった。

 

 今朝ふいに思い出したあの言葉。遠い昔の、私の原初の記憶――――

 これはきっと、偶然なんかじゃ無い。そう強く感じながら。

 

 

 

「すまないみんな。ギルドから至急のクエスト依頼が入ったんだ。

 これから数日ほど、留守にする」

 

 みんなのテーブルに戻った私は、開口一番、矢次に必要な事を告げていく。

 バルちゃんとミラにはしばらく虫棍さんの所にお世話になるように、同じくプリティにも髭モジャの所へ行くようにと。

 

「……待て、我が主。よもや貴様、我らを残し一人で行くつもりか?」

 

 ミラが憮然とした顔で私を睨む。臣下を置き去りとはどういう了見だと詰め寄ってくる。

 

「そのクエスト、参加にHR制限があるの?

 バルちゃん達を預かるのはもちろん大歓迎だけど……、

 でも何人かは連れていったらどうかしら?」

 

「あぁ、クエに参加は出来んでも、何人か連れてった方が良いだろ。

 荷物もあんだろうし、飯だの寝床だのの準備する人間がいりゃあ、

 オメェは狩りだけに集中出来る」

 

「あ、ほなウチお供しますよ!

 ウチまだHR10やけど……今回はソフィーさんの応援しながら、

 しっかり勉強させてもらいます!」

 

「そもそも、前からその“HR“とやらの意義が理解出来んのだ。

 いったい我を誰だと思うておる?

 雑魚共がいくら束になろうが、遅れをとるものか。煩わしゅうてかなわん。

 ……我は行く。よもや異論はあるまい?」

 

「お……オラも行く! オラもお役に立ちてぇだ!

 ソフィーさんさえ良かったら、だけんども……」

 

 そうワイワイと盛り上がる狩団のみんな。

 皆一様に「自分が行く」と、私に力を貸す事を願い出てくれている。しかし。

 

「――――すまない、今回は私一人で行く。

 みんなはここで、いつも通り狩りをしていてくれ」

 

 そう言い放ち、私は踵を返す。

 もう伝えるべき事は伝えた、そう言わんばかりに帰路に着く。すぐにでも家に戻り、出発の準備をする為に。

 

「……お、おいっ……! ソフィー!?」

 

「ソフィーさん!?」

 

 背中から、なにやら驚いたようなみんなの声が聞こえる。きっと普段の私とは違う毅然とした態度に戸惑ってしまったのかもしれない。

 だけど私は、振り返る事無く、そのまま歩みを進める。

 

「 おねぇさん!! 」

 

 みんなが呆然とする中、プリティだけが即座に動き、私の前に回り込んできた。

 私の行く手を遮るように、……いや、心から私を案じるかのように。

 

「――――なにがあったの、教えておねぇさん」

 

 一瞬、言葉を失う。

 この純粋で、まっすぐな瞳――――それに照らされ、私はその場に立ち尽くしてしまう。

 まったく動く事が、出来なくなる。

 

「――――おねぇさん、ぼくを見て。いったい何があったの」

 

 プリティが、私の手を握る。そして全てを見透かすような瞳で、真っすぐ私を見つめている。

 

「――ッ」

 

 跪いて、しまいたい。

 この場に跪き、泣いてしまいたい。プリティに縋りついてしまいたかった。

 抱きしめて、欲しかった。

 

「 ッ! おねぇさん!?!? 」

 

 そっとプリティの手を外し、その場を歩き去る。

 前だけを見つめ、もう振り返る事無く、集会所の出口をくぐる。

 

 

「………………おねぇさん……」

 

 

 消えてしまいそうな程、ちいさな声。

 今まで聞いた事の無い、プリティの悲しそうな声。

 

 それすらも、聞こえなかったフリをして。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 “泣き虫ソフィー“。それが私のあだ名だった。

 

 まだ小さな、幼少の頃……私はよく村の子供たちにイジめられ、仲間外れにされて泣いていたものだった。

 

 友達と言える者も、いなかった。

 私のように臆病で、怖がりで、ボソボソと小さな声でしか物を話せない子。そんなのとは一緒に遊んだとしても、さぞつまらなかった事だろう。

 だからみんなはいつも私を置いて山や川に出掛けたし、泣きながら連れて行ってもらおうとしても、必死で皆を追いかけようとしても、身体がちいさくて足も遅い私などがついて行けるハズも無かった。

 

 だから、ひとりきりで静かに遊ぶのが、私の日常。

 花や草木、そして動物を遊び相手としているのが、私には合っていた。

 

 ウサギや小鳥は、村の男の子たちみたいに棒で叩いてきたりしない。

 花や草木は、村の女の子たちみたいにひそひそクスクスとわざと聞こえるようにして私を笑ったりしない。

 それにひとりでいる時は、この引っ込み思案な性格を、上手く人前でしゃべれない性格を気にしなくても良い。

 

 だから私は、ひとりきりでいるのが好きだった。

 ずっとひとりで遊ぶ。ずっとひとりきりで生きるもん。そんな馬鹿な事を本気で思い描いていたように思う。

 

 ……そんな私が約7年ぶりに、生まれ故郷であるこの村の門を、くぐった。

 

 

「……ッ!? お……お主は!!」

 

 憶えている、この人は村長のおじいさんだ。

 会うのは私が村を出て行ったあの日以来ではあるけれど、今もしっかり顔を憶えていた。

 そしてそれは、この村長も同じであるらしい。

 

「お主が……依頼を受けて来たハンターなのか……?

 本当にお主は……あのっ……!」

 

 私は静かに頷き、肯定の意を返す。村長は今も上手く言葉を探せずに、目を見開いている。

 想像するしかないけれど……、そりゃあ今の村長さんは、バツの悪い気持ちでいる事だろう。

 

 なんたって私は、“あのソフィー“だ。

 村の近隣に現れたモンスターの討伐を依頼してみれば、そこに現れたのが私だったのだから。

 過去にこの村を追い出した、あの忌まわしきガンランサーの娘なのだから――――

 

「………ッ! ………ッ」

 

 目の前の村長は、今も言葉を無くし、酷く考え込んでいる様子だ。

 私はそんな彼の様子を、じっと見つめるばかり。

 言葉をかける事も無く、ただじっと見守っていた。

 

「……いや、誰であろうと、この際関係ない。

 この村は今……、まごう事無く危機に晒されておるのだから。

 ハンター殿(・・・・・)、ワシの話を聞いて頂けますかな……?」

 

 覚悟を決め、まっすぐに私の目を見つめる村長のおじいさん。

 それに対し、頷きで肯定を返した。

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

「なんだよアイツ……ガンランサーなのか……?」

 

「なんでガンサーなんかが来るんだよ……。

 村長のやつ、依頼料をケチりでもしたのか……?」

 

 村長は、私の顔を憶えてくれていた。しかしながら村の皆は、そうでもなかったらしい。

 村の様子を確認すべく、防衛の為の下調べに村を周っている私。そんな見慣れぬガンランサーの娘を遠くから見つめ、皆がヒソヒソと囁き合っているのが聞こえる。

 

「終わりだよ……ガンランサーなんかに、なんとか出来るワケない……」

 

「何考えてんだよ村長も……。

 どうぜ無駄なら、さっさと村を追い出しちまえばいいのに……」

 

 こちらを見て囁き合っている面子の中には、私とそう変わらない年頃の者達もいる。

 よく見れば、それが昔私にイジワルをした子たちである事も分かる。買ってもらったばかりだった本を取り上げられたり、泥を投げつけて服を汚されたり、そんな思い出が脳裏に浮かんでくる。

 ヒソヒソ話ばかりするのは、今も昔も変わってはいないんだな――――

 別に気になどしていないし、わざわざ彼らをふん捕まえてまでそれを咎めるつもりもない。

 ただなんとなしに、そう思っただけ。

 私にとって彼らは、もうすでに過去の人達だから。

 

「――――ッ!?」

 

 ふいに身体に何かがぶつかった感覚がして、私は足を止める。

 ふと顔を横に向けると、そこにはゲラゲラと笑い声をあげる少年たちの姿があった。

 

「や~~い! 当たってやんのバカガンサー!!」

 

「出て行けガンランサー!! 弱っちいガンランサーめ~っ!!」

 

 私が言葉もなくボケーっと立ちすくんでいると、やがて少年たちは「わーい!」と声をあげ、どこぞへと逃げ去って行った。

 どうやら先ほどは泥玉をぶつけられたみたいだが……この年になっても私は子供にイジめられるのかと、妙に感心してしまった。

 あ、筋金入りなんだな、私って……。

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

 泣き虫ソフィーは、みんなに遊んではもらえない。

 だからいつも、ひとりきり。お花や動物たちが私の遊び相手。

 

 ずっとそうだったんだ、あの日までは(・・・・・・)

 あの日から私は、突然ひとりでは無くなった。……まぁ友達と呼ぶには、少し違うかもしれないけれど。

 

「………………」

 

 なんとなしに、村のはずれまで歩いて来てしまった。

 まぁ防衛の下調べとしては、ここまで来る必要など無かったのだけれど……、これは本当に無意識にというヤツなのだ。

 

「……もう無い、か。……当たり前か」

 

 それもそのはず。だって幼少の頃、私は毎日のようにこの場所に通っていたのだから。今も足が憶えていたのかもしれない。

 今はただの荒れ地となり、草木が生えているだけのこの場所。ここは当時、私がよく足を運んでいた民家があった。

 

「おにいちゃんの、家……」

 

 もうどこにも姿はない。けれど今も、ハッキリと思い出せる。

 ここにあったハズの暖かな家。私が毎日のように通い、そして話し相手になってもらっていた、あのおにいちゃんの事を――――

 

 

 

 

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

「わあああああーーーっっ!!!!」

 

 

 突然の爆発音に驚き、わたしは地面にひっくり返った。

 

 村の男の子たちに追い立てられ、逃げるがままにこんな見知らぬ所まで来てしまったけれど……もしかしたら私はここで死んでしまうのかもしれない。幼き日の私は本気でそう思った。

 

「――――ん? あれ、そこにだれか居るのかい?」

 

 地べたにペタリと座り込み、目を白黒させながら声のした方に顔を向けてみる。するとそこには見知らぬ男の人の姿。

 その左腕に、未だプスプスと煙を上げるガンランスを握った青年(・・・・・・・・・・・)の姿があった。

 

「ひっ……ひぃぃいいやぁぁぁ~~~~~~!!!!」

 

 例えるならば、いきなり目の前に包丁もった“なまはげ“が現れたらば、誰だってこんな風に叫び声を上げると思う。

 この青年さんはなまはげとは程遠い華奢な身体だが、手にしたガンランスの迫力が遥かに包丁を上回っているので、プラマイで良い勝負なのだ。

 

「……た、食べないでくださいっ! ころさないでくださいっ!

 わたしはまだほんの7年ほどしか、こたびの生をオウカしていないのです!

 これはあまりにもセッショウなことですっ! このしうち!」

 

「えっ」

 

 土下座して拝み倒し、当時うろ覚えであった「なんまいだぶ、なんまいだぶ」という言葉をひたすら連呼したが……もしかしたら“なんまいだぶ“は、私が死んだ後に使われるべきワードだったかもしれない。

 

「あ……あの、女の子さん? ちょっと?」

 

「いっすんの虫にもゴブのたましい、ともうしますっ!

 言葉のいみはよくしりませんが、とにかく見逃して下さるとサイワイですっ!

 わたしが世話をしているお花さんたちも、タイヘンよろこんでおります!」

 

「あの……食べないし、殺したりしないよ?

 ぼくって、そんなサイコパスに見えるかな……?」

 

 お慈悲をくださいませ、お慈悲をくださいませ。

 幼き私はそう連呼しつつ、ひたすらおにいちゃんに土下座をし、慈悲を請うのだった。

 

 

 



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その2

 

 

「ごめんごめん。ちょっと庭でガンスの素振りでもと思ったんだけど……、

 間違えて砲撃のトリガーを引いちゃってね。アッハッハ!」

 

 いや~凄い音したよね~。ニワトリ達びっくりしなかったかな? ……そんな風におにいちゃんは朗らかに笑う。未だ地面に座り込む私に対して。

 

「気をつけてはいるんだけど、乗ってくるとつい……引いちゃうんだよね。

 よく狩場でも、勢い余ってモンスじゃなくて仲間の方を吹っ飛ばしちゃったり。

 動く物は全て撃つ! って感じで。ガンサーのサガなんだろうね」

 

 先ほど弁解してはいたが、この人は本当のサイコパスなんじゃないだろうか。

 今も「まぁ後でおもいっきり仲間に怒られるんだけど……」とうんうん頷いているおにいちゃんを見て、私は思う。

 

「そんじゃあよっこいしょ……っと。

 改めまして、こんにちは女の子さん。こんな所でどうしたんだい?」

 

 おにいちゃんは私の手を引き、優しく立たせてくれる。そして軽くポンポンと服に付いた埃を払ってくれた。

 

「……ん?」

 

 その過程で、おにいちゃんが私の服に付いた泥の跡を見つけたのが分かった。これはここにやってくる前、村の男の子たちに泥玉をぶつけられた時の物だ。

 思わず私は手でそれを隠し、何も言えず俯いてしまう。私はイジメられっ子だと知られるのが、きっと子供ながらに恥ずかしかったんだと思う。

 

「……あ、そうだ女の子さん。

 もし良かったら、僕の話し相手になってくれないかい?

 ちょうど今、母さんがお茶の用意をしてくれているんだ。

 美味しいクッキーもあるよ?」

 

 線の細い身体。どこか人懐っこい雰囲気。

 金色の短い髪は、太陽の光でキラキラとしていた。

 そのメガネをかけた柔らかい微笑みに照らされ……、いつしか私は、こくりと頷いていた。

 

 

………………………………………………

 

 

「はいお嬢ちゃん♪ 暫くはこれを着てて頂戴ね」

 

 おにいちゃんのお母さんが、私を着替えさせてくれる。

 代わりに泥の付いた洋服を受け取ったお母さんは、私をお茶の用意されたテーブルに案内した後、いそいそと奥の部屋へ持っていく。きっと汚れを落としに行ってくれんだろう。

 

「さぁ、どうぞ召し上がれ。

 と言っても僕が淹れたワケじゃないけど……。美味しいのは保証するよ」

 

 おにいちゃんは、何も聞かなかった。

 たださり気なく私を家に誘い、軽くお母さんに私の服の事を話し、こうしてのほほんとお茶をすすっている。

 

 今思えばだけど、おにいちゃんは全てを察していたのだと思う。服の汚れと、黙って俯く私の姿を見て。

 それでも何も言わず、こうして私をもてなしてくれたのだと思う。

 しかしながら……幼かった私にはそんな事はわからない。ただただ「バレなくてよかった……」と、内心胸を撫でおろしていた記憶がある。

 

 つまらないプライド、幼い意地。

 ……でも子供の小さな世界で生きていた私にとって、これはとても大切な物。必死に守らなきゃいけない物。

 そんな私のちいさな矜持を、おにいちゃんは守ってくれたのだ――――

 

「こ……このたびはお招きいただきマコトにありがとうございます!

 ツウコンのきわみですっ!

 わたしは村のこども衆がひとり、ソフィーというおんなです!」

 

「痛恨の極みって」

 

「こらっ、ガロン!

 あらあら、ソフィーちゃんはしっかり挨拶が出来てえらいのね♪」

 

 人見知りや口下手に加えてテンパっていたのもあるのだが、だいぶ言葉遣いがおかしな事になっている私。

 それでもおにいちゃん……ガロンさんのお母さんは、朗らかに笑って頭を撫でてくれた。

 

「この子ったら、何年かぶりに家に帰ってきたかと思えば、

 こうして毎日だらけているばかり。ろくに外に出ようともしないんだから。

 だからソフィーちゃんが来てくれて、おばさんとっても嬉しいわ♪

 このぐーたら息子と遊んでやって頂戴ね♪」

 

 ひどいなぁ母さん……ちょっとした療養だって言ってるのに。

 そう呟いてはいるものの、おにいちゃんとお母さんが本当に仲が良い事が分かる。

 

「でもまぁ、毎日退屈してたっていうのは本当だよ。

 僕はハンターをやっててね。ここ数年はずっと街の方で活動してたんだけど、

 最近、ちょっとだけ身体を悪くしちゃってさ。

 今はこうして家に戻って、少し身体を休めている所なんだ。

 ソフィーは“ガンランス“って知ってるかい?」

 

 ガンランス? と首を傾げる私。

 コテンと首を傾げるその仕草に、お母さんは微笑ましそうにしている。

 

「そう、僕がさっき庭で握ってた武器だよ。

 僕はあれを担いで、モンスターと戦う仕事をしているんだよ」

 

 えへへとばかりに鼻の下をこすり、照れ臭そうな、それでいてどこか誇らしげな表情を浮かべるおにいちゃん。

 身体は小さくて(私からみたら大きいけど)、年だってまだ15才かそこらなのに、このおにいちゃんはあんなに重そうな武器を持ってモンスターと戦っているのか。

 幼い私はその事におどろき、思わず「ほぉ~!」と声を上げる。憧れに目を輝かせる。

 

 少し後で聞いたのだけど、おにいちゃんはこの時の事が、とても嬉しかったのだそうだ。

 自分を見て目を輝かせる私の様子を、おにいちゃんは嬉しそうに何度も語っていたそうな。

 後にお母さんがそう聞かせてくれた。

 

「うんうん! あ、良かったらソフィーも一度握ってみるかい!?

 ちょっと今から庭に出て、ガンランスの扱い方を……」

 

「ガロンっ!!」

 

 なにやらテンションの上がったおにいちゃんが、いそいそと私の手を引いて庭に連れ出そうとする。それを拳骨で阻止するお母さん。

 

「なにしてるの!! こんな小さい子にガンランスなんて持てるワケないでしょ!

 いったいなに考えてるのっ!!」

 

「だ……大丈夫だよ母さん。

 実は僕が個人的に作った、ミニマムサイズのガンランスがあって……。

 これを使って練習しておけば、この子も将来は……」

 

「だからなに考えてるのよっ!!

 こ~んな愛らしい女の子にいったい何させる気なの貴方は!!

 ガンス狂いもいい加減になさいっ!!」

 

 烈火の如く怒られるおにいちゃん。その光景に恐れおののく私。

 

「だいたいガンランスなんて握ってるから、

 身体こわして帰って来くるハメになったんじゃないの!?

 いい加減ほかの武器を使いなさい! カッコ悪いじゃないのガンランスなんて!」

 

「ガンランス馬鹿にしないでよ! 僕だって怒るよ母さん!」

 

「ねー♪ ソフィーちゃんもそう思うわよねー♪

 ガンランスなんて使ってるから、いつまでたっても女の子にモテないのよねー♪」

 

「ガンランス馬鹿にしないでったら! 出来れば僕の事もやめてよ!」

 

 私を撫で繰りまわしつつ、おにいちゃんをからかうお母さん。

 二人はとっても仲良しなんだな、私はそう思った(白目で)

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

 “討伐隊正式銃槍“。

 これがおにいちゃんの握っているガンランス。そして私が生まれて初めて目にしたガンランスだった。

 

 その機能美に溢れたデザインと性能は高く評価されており、アイアンガンランスや骨銃槍よりも一段上の銃槍として、ガンサーを志す者がまず一番最初に制作を目指す銃槍。

 そして、“ガンランス“と言えばこの銃槍を思い浮かべるという人も多い程、有名なガンスでもある。

 私にとって思い出深く、そして私の“憧れ“その物となるガンランスだった。

 

 

「ソフィーはハンターに興味があるのかい? あまりそんな風には見えないけど」

 

 お茶とお菓子をご馳走になった後、私はおにいちゃんにお願いし、ハンターの武器というのを見せてもらっていた。

 今このおにいちゃんの部屋には、おにいちゃん愛用のガンランスを始めとし、多種多様な武具が並んでいる。

 

「さっきはああ言ったけど、やっぱり女の子が見ても面白い物じゃないかもしれない。

 特にソフィーには、花や人形なんかの方が似合うだろうしね」

 

 そうおにいちゃんは朗らかに笑うが、それを聞いて即座に私は反論した。

 

「そんなことない! とてもきょうみ深くハイケンしてます!

 うまくは言えませんが、とてもオモムキがあると! カクシンしているしだい!

 カッコいいとおもいます!」

 

 フンスフンスと息を荒くし、私は武具の数々を眺めていく。

 ソフィーには花や人形が似合う……それはまったくその通りだったのだけど、当時の私はおにいちゃんの言葉に反発心を抱いた。

 きっと「おにいちゃんの好きな物は、私も好きだ」と。そして「か弱い女の子なんかじゃない」と見栄を張りたかったのかもしれない。

 普段いじめられっ子な私の、精一杯の見栄――――

 おにいちゃんは本当の私など知りはしないのだからと、少しでも良く見られたかったんだ。

 

「そうかい?

 僕としては、こうやって自分の武器を見てもらえるのは嬉しい事だけど。

 ソフィーはこの中で、どれが一番良いと思う?

 もし使うなら、どれを握ってみたい?」

 

 おにいちゃんは壁に立てかけられた沢山の武器を指し、興味深そうに私の好みを訊ねる。

 

「――――ッ」

 

 でも正直……私にとってここにある大きな武器達は、みんな“怖い物“でしかなかった。

 おにいちゃんの背丈ほどある大きな剣。かぼちゃよりも大きな鉄のハンマー。こんな物でもし叩かれでもしたら、きっととんでもなく痛いのだろう。

 どうしてもその事が頭をよぎり、臆病な私は言いよどんでしまう。

 

 でも、ここは頑張りどころ。だってさっき、私はこれを「カッコいい」と言ったばかり。

 少しでもおにいちゃんに良く思われたい。

 だからおにいちゃんの好きな物は、私も好きと。そう“嘘“をついたのだ。

 やがて私はうんうんと悩んだ末に、そこにあったひとつの武具を指さす。

 

「……弓? おぉー、ソフィーはガンナー志望なのかぁ。

 きっとすごい美人の弓使いが誕生するね。とても絵になると思うよ」

 

「え……えへへ」

 

 おそらくは私の将来の姿を想像し、満足そうにウムウムと頷くおにいちゃん。

 ……しかしながら、褒めてもらえたのはとても嬉しいのだけれど、私が弓という武器を選んだのは、見た目が一番怖くないから(・・・・・・・・)だった。

 ギラギラと光る刃物や、重そうな斧、そんなのは見ているだけで痛くなってくる。

 

 生き物の身体を叩いたり、斬ったりする……それを想像するだけで、私の身体は震えた。

 そしてこれは、今も変わらない(・・・・・・・)

 

「この弓で、ソフィーはモンスの脳天を撃ち抜くのかぁ~」

 

「……うっ、うちぬくの?!?!」

 

 思わず「ガーン!」と打ちひしがれる私。

 見た目は細くて、楽器のような見た目だったからこそ“弓“というのを選んだのに……そこには衝撃の真実が隠されていた。

 撃ち抜いたらきっと物凄く痛い。そんな事したら死んでしまう。

 

「や……やっぱりこれで……」

 

「ん、大盾かい? ソフィーは盾が好きなの?」

 

 先ほどの発言を取り下げ、私は同じく壁にあった大盾を指さす。

 これらなら刃物は付いていない。武器ではないのかもしれないけれど、背に腹は代えられなかった……。

 

「……いや、これは賢い選択だよソフィー。

 攻撃より、まずは守りの事。勝つ事より、生き残る事――――

 これはハンターにとって、一番大切な事かもしれない」

 

 妥協に妥協を重ねてしまい、意気消沈していた私。そんな私の意識を、おにいちゃんの言葉がこの場に呼び戻す。

 

 

「ハンターっていうのは血の気の多い連中も多いからね。

 だからどうしても、攻めの事ばかりを考えてしまいがちだ。

 ……でもねソフィー? 敵を倒す事も強さだけれど、

 怖い気持ちに負けず、必死に耐える事……これも“強さ“なんだ」

 

 

 おにいちゃんが、まっすぐに私を見据えている――――

 

 まるで光が差したように、それが天啓だったかのように……、私は決して目を逸らす事が出来ない。

 いままでに感じた事の無い、衝撃。

 それを全身に受けて、身体を動かす事が出来ない。

 

 

 叩くよりも、守る事。

 力の強さより、耐える強さ。

 勝つんじゃなく、負けない。

 

 怖い気持ちに、負けない――――

 

 

 

「ソフィー、君は女の子だ。

 別に村の男の子達みたいに、力持ちじゃなくったっていいんだ」

 

「けれど、“心“は……。

 自分を大切にし、好きな人達を大切に出来る強さは、

 どうか持っていて欲しいんだ。

 そのガンランスの大盾は、きっと君によく似合うよ――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日、おにいちゃんに言われた、この言葉を。

 

 私は生涯、忘れる事は出来ないんだろう。

 

 



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その3

 

 

「いたぞ! ソフィーだ!!」

 

「捕まえろっ! 泥玉部隊、しゅつどうっ!」

 

 ある日、村はずれの草原でひとり遊んでいた私のもとに、村の男の子達がたくさん押しかけてきた。

 

「ひっ……ひぃぃいいいやぁぁ~~~!!」

 

 作っていた花飾りや、話相手になってもらっていたお人形を放り出し、私はその場から駆け出した。

 手を上にあげて「うわーん!」と泣きながら走る。必死に逃げる。

 

「追えっ! 逃がすなぁー!」

 

「待てぇイャンクック! ペイントしてやるぅー!」

 

 棒きれや泥玉を手に、笑いながら追いかけてくる男の子たち。

 ハンターごっこのつもりなのか、私をイャンクックに見立ててやっつけようとしているのか。物凄い恐怖を覚え、私は涙で顔をグシャグシャにする。

 それでも男の子たちは容赦なく私を追ってくる。

 

「――――えっ? なんかソフィー、速くない……?」

 

 捕まえろ~と全力で走る男の子たち。それとは対照的にとても不格好に走る私。

 ……しかし、なぜかその距離は、一向に縮まらない。

 

「オイ! あいつ速いってオイ!」

 

「なにあれ!? ぜんぜん追いつかない! ……速っ!?」

 

「うそっ!? なんでアイツあんな……。えっ……?」

 

 もう「わあああ!」とばかりに必死こいて走る私が、やがて並み居る男の子たちを全て置き去りに、遠くへ逃げ去っていく。

 

「何だあいつオイ! どうなってんだオイ!」

 

「ソフィー半端ないって! マジ半端ないって!!」

 

 立ち止まり、唖然と見送る男の子たち。

 この間まで楽に捕まえられたハズのどんくさい女の子が、いま自分達を振り切って逃げて行った事が、信じられないというように。

 

 そんな彼らの様子も知る事無く、私はひとり、草原を駆けていく。

 

 おにいちゃんの家を目指して。

 あの暖かい場所に、行く為に。

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

「ガンランスをおしえて」

 

 そうおにいちゃんにお願いしたのは、この家に通うようになって、すぐの頃だった。

 

 あの日以来、私は毎日のようにおにいちゃんの家に遊びに行くようになり、その度にハンターの事、そしてガンランスの事を聞かせてくれるようにせがんだ。

 

 時におにいちゃんの部屋で、時にお母さんも交えてお茶をご馳走になりながら。

 二人はいつも暖かく私を迎え入れてくれ、まるで本当の家族のように接してくれた。

 

 メガネのおにいちゃんの、優しい微笑み。いたずらっぽくおどけるお母さんの笑顔。

 この家にいる時だけは、私は普段の自分の事を忘れ、心から幸せな気持ちでいる事が出来た。

 

「えっ、僕がかい?

 ……いや、今まで偉そうに話してはいたけど、僕ってまだHR3だからなぁ。

 何年かやってはいるけれど、全体としてはもうペーペーもいいトコなんだ。

 とてもじゃないけど、人に教えるって程じゃあ……」

 

 おにいちゃんの話を聞くのが、好きだった。

 狩場で見てきた風景、戦ってきたモンスターの事、そして大切な仲間たちの事。

 その全てが私にとって未知の物で、小さな世界で生きてきた私には想像も付かないような物。

 時に情けない失敗話や、お金や素材集めで苦労した話なんかもあったけれど……、おにいちゃんの優しい口調で語られるそれらでさえ、私にはとても輝かしい物に思えた。

 

 そしていつもおにいちゃんが目を輝かせ、一番楽しそうに語るのが“ガンランス“の事。

 どれだけおにいちゃんがこの武器の事を愛し、そして楽しんで握っているのかがひしひしと感じられた。

 だから私は、ある日おもいきり勇気を振り絞り、ガンランスを教えてもらえるようお願いしてみたのだった。

 

「おねがいです! わたしもガンランスを使えるようになりたいのです!

 フンコツサイシンでがんばります! ハイスイのジンです!」

 

「ソフィーって、よく知らない言葉を躊躇なく使っていくよね。

 たくさん本を読んでるんだなっていうのは分かるよ」

 

 やがて私のよくわからない熱意に押される形で、おにいちゃんはしぶしぶ折れてくれた。

 そしてその日から、おにいちゃんによるガンランス指導が始まったのだ。

 

 

「――――はい。今日からこれが、ソフィーのガンランスだ」

 

 手渡された小さな銃槍を見て、私は目を輝かせた。

 

「これは本来オトモ用に作られたガンスなんだけど、

 僕が頑張って砲撃も撃てるように改造したんだ。

 完成まで1年もかけた、ぼく自慢の一品さ」

 

 “ランポスネコ銃槍“、これが私の初めての愛槍だった。

 本来オトモアイルーが持つサイズのそれは、丸みをおびた可愛らしいデザインをしている。

 これなら、怖くない――――

 幼い私が持つのにピッタリの、そんな愛らしいガンランス。

 

 何より、おにいちゃんが作った物だというのが、私にはこの上なく嬉しい。

 私の為にピカピカに磨かれ、しっかりと整備されたそれを見て、私は心から幸せに包まれたのを憶えてる。

 

 

「さって! さっそく始めていこうかソフィー!

 今日から君もガンランサーだ! 一緒に最高のガンサーを目指そう!」

 

「おす! おねがいもうしあげそうろう!」

 

「ソフィー! 押忍ではなく“ガンス“だッ!

 君もガンランサーなら、言葉の前と後ろに“ガンス“と付けろッ!」

 

「ガンス! おねがいするでガンス!」

 

「オゥケィガール! では行くぞソフィー!

 まずは水平突き10回×3セットからだ! レッツガーンスッ!」

 

 まるで「レッツダーンス」みたいに言うおにいちゃん。

 今思えば、私にガンス指導する時のおにいちゃんは、なにやらテンションがおかしくなっていたような気がする。

 

「はいっ! エックス、エックス、エーイ!!」

 

「えっくす、えっくす、えーーい!」

 

「エイ、エックス、エーイ!!」

 

「えい、えっくす、えーーい!」

 

 なぜかおにいちゃんはいつも、水平突きの事を「X」、砲撃の事を「A」と呼んでいたけれど……あれはいったい何だったんだろう? ちなみに斬り上げの時は「X+A」だ。

 

「どうしたソフィー! 遊びに来てるのか!?

 ……そんな事でガンスが輝くかッ!! ガンスが答えてくれるものかッ!!」

 

「ガンス! わかったでガンス!」

 

「おぉきてる! 君のガンスが光って見えるよ!!

 キレてる! キレてるよソフィー!!」

 

「えっくす、えっくす、えーーい! えっくす、えっくす、えーーい!!」

 

「よぉ~し! そこでフルバーストだソフィー!

 いいよいいよ~。もう全部出しちゃおっか~。

 君の全てッ! ……そうっ、君の全てをッッ!!!!」

 

「ふぅぅぅ~~ん…………どぉぉぉーーーん!! はいだらぁぁーーーっ!!!!」

 

「リロォォード!! 即座にリロードだソフィーーッ!!

 ……リロードアクションこそ、ガンスの華ッ!!

 リロードタイムが……こんなにも戦いに息吹をッッ!!!!」

 

「わたしのリロードは、れぼりゅーしょんだっ!」

 

 時に叱咤し、時に鼓舞する。おにいちゃんのガンランス指導が続く。

 

「回れ回れソフィー!!

 斬り上げ→サイドステップ→斬り上げで、ぐるぐるとモンスの周りをッ!!

 ……これが出来てこそのガンランサー! 仲間にポジションを譲るPTの基本ッ!!」

 

「あ、ハンマーさんあたまをどうぞ! スラアクさんしっぽをどうぞ!」

 

「君みたいなモンは……申し訳なさそうにガード突きでもしてれば良いんだッッ!!!!

 何様なんだガンランサー!! 黙って翼でも斬ってろッ!!」

 

「すいません! ガンランスですいません! いきててすいません!!」

 

 技術だけでなく、ガンランサーの精神。心得。

 その全てを、私はおにいちゃんから学んだ。

 

「歩け! 歩くんだソフィー!! 盾を構えたら常にのしのし歩けッ!!

 ……止まったら死ぬ! ガンランサーは止まったら死ぬんだッ!!」

 

「わたしはサメ……! わたしはマグロ……! わたしはガンランサー……!」

 

「ガムートと戦えば、ガンサーはありえないくらい雪だるまにされる。

 テオとやれば、ガンサーはありえない量の熱ダメージを喰らう。

 どうだソフィー! 怖いか!!」

 

「ノー! たいへんお得でありマース!!」

 

「ガンスに感謝をッ! 常に感謝を忘れるなッ!!

 そうすれば君は負けない! 君のガンランスは負けなぁぁーーいッ!!!!」

 

「わたしのダントウは、けして許しはしないわ!」

 

 

 

 おにいちゃんといるのは、楽しかった。

 ガンスの訓練だって、別に辛くはなかった。

 

 真剣に私に向き合ってくれるのが嬉しかったし、たまに厳しかったけれど、今まで感じた事の無かった“達成感“という物を教えて貰った。

 思わぬ副産物として、私の足が村の男の子たちよりも速くなったのも嬉しかった。これもおにいちゃんの指示の下、ガンスを担いだまま散々走らされた成果だったんだろう。

 私にとっておにいちゃんとのガンランス訓練は、そんなとても充実した時間であったのだ。

 

 この大きな盾が、好きだ。

 何かあったら、これに隠れてしまえるという安心感。臆病な私の心でさえも、これですっぽり覆い隠してしまえる気がする。

 おにいちゃんが“似合う“と言った、ガンランサーの、大きな盾。

 

 

 最初は“ウソ“から始まった。

 おにいちゃんに好かれたくて、一緒に居たくてついていた、嘘――――

 

 本当は、ハンターになんて興味は無い。

 あんな恐ろしいモンスターと戦うなど、私にとってはとんでもない事だ。

 

 怖がりな私は、おにいちゃんがモンスターと戦った話を聞くだけで、身体が震えてきた。

 怪我をしてしまった話を聞いていた時なんか、恐怖で涙が滲んできた程だ。

 ……それでも必死に我慢して、おにいちゃんの話を聞き続けた。自分のガンスで生き物を殺してしまうかもしれない想像から、必死で目を背けた。

 ただただおにいちゃんと一緒に居たくて、ずっとずっと、ウソをつき続けた。

 

 

 私もガンランスを担ぐ。私もハンターになる。

 

 私は嘘をつき過ぎて――――それが本当になった(・・・・・・)

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

「あれ? どうしたのおにいちゃん?

 イスにすわっているのですか?」

 

 ある日のガンランス訓練の時、いつもなら一緒にガンランスを振り回しているハズのおにいちゃんが、椅子に腰かけていた。

 

「あぁ、ちょっと今日は……身体の調子が悪くってね。

 最近ソフィーと居るのが楽しくてさ。ちょっと張り切り過ぎちゃったのかな?」

 

 そう朗らかに笑うおにいちゃん。

 今日はもうやめよう。お家で休まなくちゃ。私は心配になってそう言うも、おにいちゃんは大丈夫だと言うばかり。

 

「平気さ。少し休んでいればすぐ元気になるから。心配いらないよ。

 さっ! ガンスの道は一日にしてならずだよ、ソフィー。

 今日はソフィーもお待ちかね、竜撃砲の撃ち方だ!」

 

 私の頭を撫で、優しく微笑んでくれるおにいちゃん。

 私はそれで安心し、ずっと“ガンランスの代名詞“と聞いて興味を持っていた竜撃砲の事に想いを馳せる。

 

「ソフィー、炎が竜にダメージを与えるのは当然だけど……、

 実は竜撃砲の時、撃っているハンター本人の“背中“にも攻撃力があるんだ」

 

「ナンデ!? りゅうげきほうナンデ!?」

 

「炎に頼っているうちは……まだまだだね。

 ガンランサーは、背中で竜を撃つのさ」

 

 この世界の不思議。アタリハンテイ力学。

 私は目を輝かせ、いそいそとガンランスを構えた。

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

「あいつも運がねぇよな……。まさか身体をやられちまうとは……」

 

 おにいちゃんの家からの帰り。

 わたしは道端で、ヒソヒソと話をしている男性たちの姿を見かけた。

 

「あぁ……確か“ゴア・マガラ“とか言ったか?

 新種のモンスなんだろ?」

 

「ギルド本部の方じゃ、今もうてんてこ舞いらしいぜ?

 なんでも未知のウイルス? それがえれぇ厄介なんだとよ」

 

「まだ新人だってのに……偶然そいつにブチ当たっちまったってのか。

 ほんと運がねぇよ、ガロンは(・・・・)

 

 ただその場を通り過ぎようと歩いていた私は、突然聞こえてきたおにいちゃんの名前に、その足を止める。

 

「今は実家で療養中だって聞いたが……治すアテもねぇんだろ?

 未知のウイルスだってんだから」

 

「医者は首振ってやがったよ。手の施しようがねぇって。

 まだ発狂して死んでねぇのが、不思議な位なんだとさ。

 ……まぁ、長くはないだろう(・・・・・・・・)って話だ」

 

 

 やがて私を通り過ぎ、男たちが歩き去って行く。

 

 私は身を固くし、その場で佇む事しか出来なかった。

 

 

 



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その4

 

 

 こいつはもうすでに、例のウイルスに侵されている。

 だからこいつに行かせれば、何も問題は無い(・・・・・・・)

 

 

 これは、ずっと後になって聞いた事。

 私が多少なりとも大きくなり、そしてある程度事情を理解できるようになった頃、聞いた事だった。

 

 

「ソフィー。悪いけど、母さんと別の部屋に行っててくれ」

 

 ある日、家で療養中だったハズのおにいちゃんの家に、ギルドの使者を名乗る男がやってきた。

 彼は家にやってくるなり、「ギルドからの招集だ」と。

 すぐに出発の支度をするようにと、否応なくおにいさんに告げた。

 

 

 この地域からそう離れていない場所に、まだ当時新種のモンスターであった“ゴア・マガラ“が現れたという情報がギルドに入った。

 このモンスターは、過去におにいさんが偶然にも遭遇し、そしてハンター稼業を休業に追い込まれた原因であるモンスターだ。

 

 まだ未知の部分が多いこのモンスターの討伐は、大変な危険を伴う。

 それに加えて、この竜が持つという、危険なウイルスの存在。

 ゆえにこのモンスターの討伐に、ギルドは自分達お抱えの精鋭達を使う事を、嫌がった。

 たたが竜一匹の処理ごときで、自分達の力の象徴である精鋭ハンターたちを壊されてしまうかもしれない事を、嫌ったのだ。

 

 そこで白羽の矢が立ったのが、おにいちゃん。

 過去にこの竜との対戦経験があり、そしてすでにウイルスに侵されている(・・・・・・・・・・・・・・)、おにいちゃんだ。

 

 このひと山いくらの下位ハンターであれば、たとえ敗れて死んだとて、大した痛手とはならない。

 加えてこのガロンという狩人は、その身を蝕む病により、たとえ放っておいてももう長くない(・・・・・・)というのだから。

 

 おにいさんがギルドから招集を受けた理由……それはつまり、こういう事だった。

 

 

 当時の幼い私には、当然ながらそれは理解出来ない。

 ただ、この家にやってきた使者の男の偉そうな態度と、「この国とギルドの為に貢献せよ」という傲慢な言葉に、物凄く腹が立ったのを憶えている。

 

 おにいさんは今、身体を壊して休んでいるのではないのか。

 なぜそんなおにいさんを、貴方は戦わせようとするのですか――――

 

 身体の大きな知らない大人に怯えつつも、そう憤る私に向かい、おにいさんはこの場を離れるように指示した。

 

「ソフィーちゃん、あっちでおばさんと遊びましょう。

 だいじょうぶ……大丈夫だから……」

 

 お母さんに抱きかかえられ、私は出入り口をくぐる。

 扉が閉まる寸前に見えた、おにいさんの真剣な表情……。それが今も、私の目に焼き付いて離れない。

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

「それじゃあ行ってくるよ、母さん。またしばらく留守にする」

 

 小さなポーチの荷物と、一本のガンランス。

 それだけを持ち、おにいちゃんは扉をくぐっていく。外で控えている馬車の所へと。

 

「――――――おにいちゃんっ」

 

 私は駆けだす。抱かれていたお母さんの腕を振り切って、必死におにいちゃんのもとへと。

 

「……ッ! ……ッッ!!」

 

 でも、もうすで馬車に乗り込み、そして私に気が付いてこちらを振り向いたおにいちゃんを目の前にしても、何も言葉が出てこない。

 これはただならぬ事であるのは、私にも分かった。

 しかし幼い私には、これがどういう事態なのか、またなんとおにいちゃんに声をかければ良いのかが分からなかった。

 

 行かないで――――

 行っちゃダメだよおにいちゃん――――

 

 そう、声を掛けたい。是が非でも引き留めたかった。

 しかし……子供である私には、それが正しい事なのかすら、分からなかったんだ。

 

「……それじゃあね、ソフィー。

 しばらくの間、いい子にしてるんだよ?」

 

 やがて、何も言えずにいる私に向かって、おにいちゃんが優しい顔で微笑んだ。

 

「帰って来たら、ガンランスの連携技をみっちり教えてあげる。

 それまでに、しっかり予習復習をしておくように」

 

 馬車から手をのばし、私の頭を優しく撫でる、おにいちゃん。

 

 

「“危機に対して立ちはだかり、絶望を穿つ“

 ……この大きな盾と銃槍は、その為にあるんだ」

 

 

「行ってくるよ、ソフィー。

 君が想ってくれるなら、僕は決して倒れない――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 離れていくぬくもりに、遠ざかっていく優しい笑顔に……、私は手を伸ばした。

 

 でももう届かない。もう二度と届かなくなった。

 

 

 おにいちゃんが高く掲げたガンランス。

 それが私の幸せだった日々の、最後の記憶――――

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

 それからの事は、もうよく憶えていない。

 

 記憶が曖昧なんだ。

 おそらく、幼かった当時の私には、あまりにも耐えがたい光景だったのだろう。

 

 

 

 ……おにいちゃんは、帰って来た。

 あれから数日が過ぎた頃、私との約束を守り、必死で生きて帰って来てくれたのだ。

 

 しかし、私がおにいちゃんにまたガンランスを教えてもらう事、そしておにいちゃんと言葉を交わす事は、もう二度となかった。

 

 

『――――――ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!! ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!!』

 

 

 おにいちゃんが村に帰って来たと聞き、息を切らせて家までたどり着いた私が見たのは……担架に寝そべった状態のままでグルグル巻きに縛られ、そして叫び声を上げるおにいちゃんの姿だった。

 

「 ソフィーちゃん!? ……だめっ、入ってきてはダメッ!!!! 」

 

 出入り口の前で呆然とする私に、お母さんが叫ぶ。

 口から泡を吹き、血走った瞳で白目を剥き、縄を引き千切らんばかりに暴れ狂うおにいちゃんの姿……それを決して私に見せまいとして。

 

『 あああああぁぁぁぁああああ!!!! あああああああああ!!!! 』

 

 おにいちゃんは、帰って来た。

 死闘の末にゴア・マガラを撃退し、その銃槍で私たちを守ってくれた。

 

 しかし、その身体と精神はもたなかった。

 

 すでに病に蝕まれ、限界まで来ていたであろうその身は、再びゴア・マガラのウイルスに晒される事により、臨界点を超えた。

 ギルドは、狩りを終えてすぐ地面に崩れ落ちたおにいちゃんを連れ帰るだけは連れ帰り、そしてロクな治療を施す事もなく、即座にこの村に送り返した。

 

 おにいちゃんが再び私に笑いかけてくれる事、優しく私の頭を撫でてくれる事は、もう無かった。

 

 

 

 

 

 

 おにいちゃんの遺体は、炎で焼かれた。

 ゴウゴウと、真っ白な灰になってしまうまで。村の人々により徹底して処理(・・)をされた。

 

 私達の村の風習では、天に召された人の身体は、土に埋めて土葬する事になっている。

 幼い頃はハッキリと理解していなかったけれど、この国の人々が信仰する神様の教えで、亡くなった人の遺体は大切に残しておかなければいけないのだ。

 いつか私達の神様がこの世界に復活をなさる時、同じく信徒である私達も、共に復活する。

 その時の為に身体は大切に土の中に埋め、残しておかなくてはならない物なのだ。

 

 ……だから、遺体を炎でやかれるなんて、決して許されない罪を犯した人だけ。“罪人“だけなのだ。

 炎で遺体を焼かれる……。それはこの国の人々にとっての最大の罰であり、一番残酷な仕打ち。

 必死に戦い、この国の為に命を捧げたおにいちゃんは、罪人と同じ扱いを受け、その尊厳までもを奪われた。

 

 

 

 

 おにいさんとお母さんの家。

 これも村の人々により、火を放たれた――――

 

 

 未知のウイルス。まったく自分達に分からない物。

 そんな物をどうにかするなら、怖くて仕方がないのなら……、もうその全てを炎で焼いてしまう、それより他は無かったのだろう。

 

 おにいちゃんと共に過ごし、一番近くにいたお母さん。

 彼女も村の人々の手により、私の目の前で、家と共に炎で焼かれていった。

 

 

「――――こんな子は知りません。見た事も無いわ」

 

 

 私が最後にお母さんに掛けられた言葉、それは私との決別を意味する言葉。

 そして、世界一やさしくて。心から私を愛してくれていたという、その証のような言葉だった。

 

 おにいちゃんと共に過ごしたのは、お母さんだけじゃない。私もだ(・・・)

 その私を庇い、幼い私を生かす為に、お母さんはたったひとりで、炎に焼かれていった。

 

 

 ゴウゴウと燃え盛る家。私達の過ごした、暖かな場所。

 それを無事に灰にし終えて、村の大人達がほっと胸を撫でおろす。安心した表情を浮かべる。

 

 やがて一人、二人と家路につき……この場の全ての村の大人達が立ち去った後も、私はこの場から動けず、ただただ立ちすくんだ。

 

 灰を。暖かさの残骸を。

 幸せの終わりを。

 

 私はいつまでも、見続けていた――――

 

 

 

 

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

 あの日の私と同じように、今この場に立っている。

 

 あの頃とは違って、いま目の前にあるのは、草木だけ。

 この場所には、未だに誰も怖がって、家など建てないから。

 

 

「おにいちゃん、お母さん。ただいま――――」

 

 

 私は、報告する。

 今はもういない、心から愛した人達に向かって。

 

「宿命、を感じるんだ……。

 ここに帰ってきたのも、ヤツがここに来るのも、

 そして私だった事も……きっと偶然なんかじゃない」

 

 

 おにいちゃんが、呼んでる。

 

 帰ってこい。そして“守れ“と。はっきりそう分かったんだ。

 

 

あのゴアマガラ(・・・・・・・)が来るよ、おにいちゃん。

 今度は私が、しっかり決着をつける――――」

 

 

 

 

 おにいちゃんの、ガンランスで。

 

 私達ふたりの、ガンランスで。

 

 

 

 

 



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その5

 

 

「おや? ……ど、どうしたのですかハンター殿っ!?

 その服の泥は……?」

 

 村周辺の視察を終え、私は村長のいる家に戻る。

 村長は少しうろたえた後、やがてその原因を察する事が出来たようで、気まずそうに私から目を逸らす。

 

「……部屋を用意しております。

 どうぞ今夜はそこで、身体をお休めくだされ……」

 

 村長は私を部屋まで案内してくれようとする。

 しかしそれを手で制し、私はこの村に来て以来、初めて口を開いた。

 

「――――必要ありません。すぐに出発します。

 ヤツがこの村を襲う、その前にこちらから叩きます」

 

 おどろいた目で私を見つめる村長。それに構う事無く、私は必要な事柄を告げていく。

 

「飛竜観測所より、ヤツの居所の情報は伝わっています。

 もし万が一私が倒れた時は、即座にこの村に伝令が来る手筈となっています。

 その時の為、住人を避難させる準備を進めておいて下さい。

 必要な物は、全てギルド側が用意しています」

 

 村を見て回った結果、まだヤツがここにやってくる気配は無かった。若干の猶予がある。

 ならばこちらからヤツの元に向かい、即座に叩く。

 

「……馬鹿なッ、もう外は日も暮れておるッ!!

 今からあの深い森を進み、ヤツのもとに向かうなど……!」

 

 伝えるべき事は、全て言い終えた。

 私は視線を切り、出入り口へと踵を返す。

 

「 ま……待て! 待たんかッ!! ………………ソフィーーッッ!!!! 」

 

 

 縋るような、村長の声。

 それが聞こえなかったかのように、私は歩みを進める。

 

 思えば、私が村を出て行ったあの日まで……。身よりの無い私に一番親身になってくれたのは、この人だったな。

 

 そんな事を、歩きながら思い出していた。

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

「あら、逃げるのねガンランサーさん?

 やっぱり貴方には無理だったのかしら?」

 

 村長の家を後にし、村の門へと向かっていた私。そこに通りかかった幾人かの住人が、私に声をかけた。

 いつものヒソヒソ話ではなく、まっすぐに私に向けて。

 

「あーそうなのそうなの! どうぞ行きなさいなガンランサーさん!

 こっちだって、アンタに期待なんてしてなかったわよ」

 

「ハナからガンサーにどうこう出来るだなんて、思っちゃいねぇ。

 むしろお前なんかに助けられたとあっちゃあ、

 明日からどんな顔して生きていきゃあいいか……」

 

「出ていけよクズがッ!! 二度と村の門をまたぐんじゃねぇぞッ!!」

 

 頭部に、衝撃を受ける。

 どうやらこの場にいる誰かが投げた石が、私の頭にぶつかったようだ。

 当たり所も良かった為か、額から血が流れていくのを知覚する。

 

「 失せろガンランサーッ!! さっさと出て行きやがれ!! 」

 

 

 

 投石、そして罵声。

 沢山のそれを背に受けて、私は生まれ故郷の村を、後にした。

 

 

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 夜の森を泳ぐようにして進む。

 

 昔はこの森も、私の庭のような物だった。そういえば初めてファンゴを見たのもこの森だったのだが、あの愛らしいブタの親子は今も元気にしているだろうか?

 

「問題ない、この先だ。まっすぐ進め」

 

 感覚を研ぎ澄ませ、夜を駆ける。

 そうしていながらも私の脳裏には、まるで溢れ出すかのようにして、過去の記憶が蘇ってくる。

 

 おにいちゃんとお母さんを失った後、本当なら私の生活は、以前ひとりだった頃に戻るだけだったハズだ。

 しかし、決してそんな風にはなってくれなかった。

 私の中には、左腕には、おにいちゃんに教わった沢山の事と、ガンランスの扱いが染み付いていたのだから。

 

 

 人目を避けた森の中、私は毎日ガンスを振り続けた。

 雨の日も、雪の日も、胸がすくような晴天の日も。

 そうせずには、いられなかった。だって私には、代わりにする事なんか何も無かったのだから。

 

 もう花や人形が似合うソフィーは、どこにも居ない。

 だって私はガンランサーで、この銃槍を振るう事以外、生きる意味は無いんだから。

 

 この頃から私は、村の住人達と会話をする事が無くなった。正確に言えば「出来なくなった」のだが……。

 どれだけ村の大人達が親切にしてくれようとも、優しく微笑みかけてくれても、その頃の私の表情は氷のように固まったまま決して動く事がなく、言葉を話す事なく。

 たとえ目の前に誰かいようとも、ただここではないどこか、虚空を見つめているように見えたのだそうだ。

 あるとしたら、突然なんの前触れもなく泣きだす事くらいだ。

 

 そして私は、物を考えるのもやめた。

 ただ朝起きて、水と慎ましい食事を摂った後、夜の帳が落ちるまでガンスを振り続ける。

 たったそれだけで生きた生活が、やがて9歳になり、10を数え、11の時に村を追い出されるまで続いていった。

 

 

「――――お前か」

 

 

 私は、ヤツを見つける。

 漆黒の身体、しかし通常の個体とは明らかに異なる模様をした、不浄なる竜。

 

「帰ってきたんだな、ここに。

 ……私もそうなんだ。すぐに村は出てきてしまったけれど」

 

 こいつは、通常のゴア・マガラとは違う、いわゆる“なりそこない“というヤツだ。

 しかるべき時を経ても、その進化系であるシャガル・マガラへと羽化する事がついに出来なかった、そんな個体。

 

 道を外れ、大人になれず……その未来をも閉ざされた。

 こいつの命はもう長くない(・・・・・・)そうだ。そうギルドが調査した資料に書いてあった。

 

 ゴアが今、幾多の竜を見てきた私をしても“ありえない“と感じる程、凄まじいまでの瘴気を放っている、

 これは、こいつの怨念なのか。

 それとも憎しみ? 悲しみ? 悔しさなのか?

 

 こいつは、周りと同じにはなれなかった。“普通“にはなれなかったんだ。

 自ら望んだワケでもなく、たまたまどこかが“特別“な者として、生を受けてしまっただけ。

 そんな、たったひとりきりの、悲しい存在。

 

 そうしてこいつは、もうすぐ消えていく。

 何者にもなれずに、消えていく。

 

 その前に……戻って来たんだな、ここへ。

 せめて最後は、この場所で――――

 お前はそう思い、ここに帰って来たんだな。

 

「参ったな……似た者同士だ。

 全部お前のせいだっていうのに……、私は憎めそうにない……」

 

 けれど、“不文律“がある。

 こうして出会ってしまったら、私達は戦うしかない。殺し合うしかない。

 それがお前という竜と、私という人間の、不文律。

 

 私達ふたりの、やくそく。

 

 

「勝負しよう、ゴア。……おにいちゃんが待ってる」

 

 

 轟く、ゴア・マガラの咆哮。

 大地さえ震わせるその轟音が、私にはどこか、泣いている子供のように思えた。

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

 夜の森で踊る。ふたりと一頭で、クルクルとまわる。

 

「――――ッ!?」

 

 勢いをつけて突進するゴア・マガラ。その破壊的な衝撃を、大盾で受ける。

 

「ガードはもたない(・・・・)

 ……すごいんだなお前。このまますり潰されそうだ」

 

 ガンランサーの大盾が、軋みをあげる。

 今まで私が縋ってきた盾が、自分を守る為の術が、こいつには通用しない。

 

 今まで必死に、これに隠れてきたのに。

 おにいちゃんが“似合う“と、そう言ったのに。

 似た者同士の力比べは、どうやらコイツが一枚上らしい。

 

「私の場合は盾だったが……お前はその牙で、“守って“きたのか?」

 

 生きる為、歩いていく為。

「ここにいても良い」って、そう許してもらう為に。

 

「泣きたいのか、それとも怒りたいのか……。

 いい加減どっちかハッキリしろ!! この駄々っ子め!!」

 

 ――――――そんな事だから友達が出来ない!!!!

 自分の事を棚にあげて、私は叫ぶ。

 

「自分だけだって、そう思ってるのか?!

 私だって辛かった! 死にたかったッ!!

 でも仕方ないじゃないか! 生きてるんだから!!

 私が生きてなきゃ……全部消えちゃうんだから!!!!」

 

 

 次第にゴア・マガラのウイルスが、私を蝕んでいく(・・・・・・・・)

 

 視界が歪む、思考がどこかへ飛んでいく。

 明らかに他の個体のとは違う、今まで経験した事の無い感覚が、私を侵す――――

 

 

 

 

 

 

 

 …………村を出て、集会所通いをするようになった頃だ。私の心に変化が訪れたのは。

 

 ただただ毎日のように命の危険に晒されていく、そのうちに……今まで凍っていたハズの感情が次第に溶けていき、その中から本当の私“泣き虫ソフィー“だけが残った。

 

 ランポス、ファンゴ、ランゴスタ。

 クック、ゲリョス、リオレイア。

 

 ……怖い! とんでもなく怖い! 戦うなんてとても耐えられない!!

 

 でも仕方ないじゃないか! “ガンランサー“なんだから!!

 痛くても怖くても! たとえ殺してしまっても(・・・・・・・・)!! 私は戦っていくしかないじゃないか!!

 

 私はガンスを振るうしかない! もうそれ以外なにも持ってないッ!!

 ここには花も人形も本もない! あるのは痛いのと、怖いのばっかりだ!!

 

「ウソを……ついたから……。

 ずっと、嘘をついていたから……」

 

 これはその罰なのか?

 私が悪い子だったから、ウソつきだったから……、だから今こんなに苦しまなくっちゃいけないのか?

 だって、おにいちゃんと話したかった! おにいちゃんが欲しかったッ!!

 ならいったい、他にどうすればよかったんですか!?

 

「似合うって……言ってくれた……。

 おにいちゃんが私に、“ガンランサー似合う“って……」

 

 おにいちゃんが言った。もういないおにいちゃんが、そう言った。

 なら私はガンスを握らなきゃいけない(・・・・・・・・・・・・・)

 

 そうしないと、消えてしまう――――――

 おにいちゃんがくれた言葉が、……想いが!! ……全部消え去ってしまう!!!!

 

 全部なくしてしまうんだよ! ガンスを握らなきゃ!!

 私はもうそれしか、それしか持ってないんだよ!!!!

 

 

 

………………………………………………

 

 

 

「 狩りなんて出来ないよおにいちゃん!!

  わたし、ハンターになんてなれない!!!! 」

 

 

 ゴア・マガラを、斬り付ける。

 斬り付けながら私は、今まで決して言えなかった、“本当の気持ち“を叫ぶ。

 

「 おにいちゃんがすきなの!

  ガンランサーじゃなくて、おにいちゃんがすきなだけなの!!!! 」

 

 ガンスを振るう手を止められない。

 もうすでに息絶え、鱗も甲羅もバキバキに割れてしまったゴアの死骸にガンスを突き刺すのを、止められない。

 

「 狩りなんてだいきらい! ハンターなんてだいきらい!!

  生き物をころすなんて……できるわけないッ!!!! 」

 

 銃剣が折れる。

 バキンという固い音が鳴った途端、私はバランスを崩し、もんどりうって倒れる。

 もう立ち上がる事が、出来ない――――

 

 

「おもい……。おもいよぅ、おにいちゃん……」

 

 

 大盾も銃槍も手放して、地面に蹲る。

 もう動かなくなった、似た者同士の友達。その傍らで、私は泣く。

 

 

 

 

「おもいよぉおにいちゃん……。ガンランス――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………………………………………

 

 

 

 

 

 雨が、降っている。

 夜の森に、雨音だけが響く。

 

 私の涙も、この想いも。

 ぜんぶ無かったみたいに、するようにして。

 

 

 



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その6

 

 

「 こ の バ カ 嫁 」

 

 

 地面に蹲り、ひたすら「おーいおい!」と泣いていた私の首根っこを、お義母さまが引っ張り上げた。

 

「あなた何考えてるザマス? 雨降ってるでしょ? 今。 いっぱい降ってるでしょ?

 これもお得意のジャストガードでなんとか出来るの? 出来ないでしょ?」

 

「え゛……お、おかっ! お義母さま?!?!」

 

 突然なんの気配も前触れも無く、この場に推参したお義母さま。

 今も優雅に口に手をあて、「おっほっほ♪」と笑っている。

 

「身体冷えるでしょ? 雨って。 ならお腹だって冷えるでしょ? 分かる?

 元気な赤ちゃん産まなきゃでしょ? 嫁は。 お仕事ザマショ?

 アタクシに孫の顔見せて? 楽しみにしてるのよ? これでも」

 

「え゛っ……ちょっと………え?!」

 

 そうお義母さんは私の手を握り、ズンズンと歩き出そうとする。

 私の意向や意志を尊重する気配は微塵も無い。

 

「待って下さい! 私はもう帰れません!! プリティのもとへは戻れないんだ!!!!」

 

 そう叫びながら腕を振り払……おうとしたものの、〈がっしり!〉とばかりに捕まれた私の腕はビクともしなかった。まるで万力に捕まったかように。

 それでも私は、必死に声を振り絞る。

 

「 貴方も今すぐこの場を離れてくださいッ!

  私はこのゴアと戦った! こいつは普通のゴアマガラじゃないんだッ!!

  ……そのウイルスに感染した私は、もうどこへも行けない!! 戻れない!!

  たとえ人に感染する物じゃなくても……ギルドがそれを許さない!!!! 」

 

 もう泣き喚きながら、懇願する。

 目の前も見えなければ、自分が何をしているのか、何を言ってるのかも分からない。

 

「 だからひとりで来た! ひとりでここに来たっていうのに!!

  ……貴方まで感染してしまったら、もう全て台無しなんだッ!!!!

  私はプリティになんて謝ればいいんだ!? もう会えもしないっていうのにッ!!

  帰ってっ……帰って下さいッッ!! 私を置いて今すぐ帰ってくれッ!!!! 」

 

「………………」

 

 空を見上げてビービー泣く。

 このバカお義母さま、“バかあさま“と、新しい言葉も発明する。

 

「ほう……ウイルスとな?

 そのウイルスというのは……この竜の物ザマスね?」

 

 やがて呆れるように、心底私をゴミのような目で見た(・・・・・・・・・・)お義母さまが……私の手を放す。

 そして何気ない足取りで、スタスタとゴアの遺骸へと歩いていく。

 

「で……この竜がいったいどうしたんザマス?

 アタクシぜんぜん、なんともありません事よ?」

 

「 !?!? 」

 

 私は衝撃に目を見開く。お義母さまは「じ~っ」と私を見つめる。

 今、ゴアの傍で立つお義母さまが、そのゴアの頭を〈なでり、なでり〉としている。

 

「何がウイルスなんザマス?

 ……さっきちょっと見てたけど、貴方すこし心が豆腐なんじゃありません?

 アタクシがやられたら、PTの皆は一体どうなるんザマス?

 誰が笛を吹くんザマス?」

 

「…………ッ! ………ッッ!!」

 

 もう私には、アングリ口を開ける事しか出来ない。

 

「そもそもアタクシ、もう結構前からこの場に居るんザマスよ?

 ウイルスにやられておかしくなるなら、とっくにおかしくなってるザマス。

 少しは落ち着きなさいな、ソフィーさん」

 

 お義母さまが懐からハンカチを取り出し、上品に手を拭う。

 その余裕に満ちた仕草を見て……私は冷静さを取り戻してくる。

 

「きっと……“体質“もあるのね……。

 人それぞれ、食べ物や物質に“身体が受け付けない物“があるように。

 ……恐らくアタクシには、このウイルスは効きづらい。

 ソフィーさんは戦いが終われば、しばらくして元に戻った。

 でも、たとえアタクシ達と同じく強靭な肉体を持っていようとも……、

 それが致命的なダメージとなってしまう者も、いるという事なのでしょう」

 

 再びお義母さまが私に寄り添い、今度はゆっくりと優しく手を引いてくれる。

 

「……でも、何故ここに来てくれたのです?

 貴方はハンターとして重要な立場がある人で、プリティの母親なのに……。

 自分は大丈夫だなんて、最初から分かってたハズない。

 なのになぜ……私なんかの所に……」

 

 チラリとこちらを一瞥し、なにやら愛嬌のある片眉だけを上げた表情で、お義母さんがそっと口を開く。

 

 

 

「――――“家族“でしょ? ならウイルスなんて、何?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

 やがて必死こいて森を抜けた私達が見た物。

 それは雨の中で私達を待ち続け、そしてちょっと済まなそうに苦笑しているプリシラの姿だった。

 

「いや……あの、どうしてもって言って聞かなかったんですのよ。

 わたくし、必死にソフィーの顔を立てようと頑張ったのですけれど……」

 

 お義母さまがあの場所に居た理由。それを察する事が出来た私。

 

「それと……あの……実はお母様だけではなくてですね?

 なんと言うか……その、気持ちを汲んであげて欲しいんですの……」

 

 

 プリシラが少しだけ横にずれ、彼女の背後の光景が見えるようになる。

 

 そこには、私の愛する人達の姿。

 狩団のメンバーたちが並んでいるのが見えた。

 

 



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epilogue 茨の海

 

 

 

「ひっ……ひぃぃいいやぁぁ~~~!!!!」

 

 

 ――――私は逃げ出した。

 一目散に。みんなの顔を見た途端。わき目も振らず。

 

「ちょ! ……おいテメェ!!

 追えっ!! 逃がすなぁぁああああーーーーーー!!!!」

 

 髭モジャを筆頭に、仲間たちが〈ドドドド!!〉と土煙をあげて迫ってくる。その額に青筋を浮かべて。

 嫌だっ! もうどんな顔してみんなと会えば良いのか分からない! ……怖いッッ!!

 

「なんで逃げんのよぉソフィーさん! ソフィーさぁぁーーん!!」

 

「待たんか馬鹿者! どこへ行くつもりだ!!」

 

「うわぁぁぁーーーーん!!!!」

 

 ――――走る。とにもかくにも走る。

 彼方まで行くぞ私は。この地平の彼方まで。

 

「 ふぬごっっ!! 」スボォッ!

 

 地面に仕掛けられた落とし穴にハマる私。情けない声も出る。

 

「バカ野郎お前! 読み読みなんだよお前ッ!!

 こちとらこれでメシ食ってんだよ!! いつも蜘蛛の巣とか採取してんだよ!」

 

 穴にハマった私に向かい、捕獲用麻酔玉を「えいえい!」とぶつけてくるメンバー達。

 

「い……痛いっ! ……煙たいっ!!」

 

「やかましいわ腐れガンサーめが!! 散々我に心配かけおって!! ……泣くぞ!!」

 

「わああああ! わああああ!」

 

「大人しくなさいっ! 大人しくなさいっ! えいえい!」

 

 ミラは罵りながら、チエは叫びながら、虫棍さんは諭しながら玉を投げてくる。

 そこらじゅうにモクモクと白煙が上がる。もう何をしているのかも分からない。

 

「はい! 調合おわったよ! どんどんなげてね!」

 

「じゃんじゃんもってこい坊主ッ!! テメェこの野郎! テメェこの野郎!!」

 

 プリティが捕獲用麻酔玉を調合し、次々とみんなに手渡していく。

 

「白く染まれっ! 我が麻酔玉で白く染まるがよいッッ!!!!」

 

「わああああ! わああああ!」

 

「ブスになりなさい! ブスになりなさい! えいえい!」

 

 

 みんなの怒りが収まるまで、プリティのポーチから調合の素材が無くなるまで……私は捕獲用麻酔玉を喰らい続けた。

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

 ガラガラガラ! ペッ!

 ガラガラガラガラ! ペッ!

 

 ごしごしごしごし!!

 

 本日の寝床となる家屋に到着し、おもいっきりウガイと手洗いをし、お風呂に入った後……。

 

 

「頑張ったわねソフィー、えらいわ――――」

 

 

 虫棍さんが、私を抱きしめてくれる。

 まるで母親がするように、よしよしと頭を撫でながら。

 

「事情は、プリちゃんから聞いたわ。

 わざと私達に素っ気なくしてまで……辛かったでしょうに……。

 でももういいの。よく頑張ったわ……ソフィー」

 

 いつもとは違う、柔らかな笑み。暖かなぬくもり。

 それはまるで……本当にあの頃、お母さんがしてくれたみたいな……。

 

「――――っ! うっ……うぅ~~~~っっ!!」

 

「うんうん。いいの泣いても……。

 もう大丈夫よ、ソフィー。……いい子ね……」

 

 もう止まらない。私の感情が決壊し、とめどなく涙が流れる。

 虫棍さんはそれを、優しく受け止めてくれた。

 

 なんてバカな事したんだろう、私は。

 こんな暖かい人から離れようとしていたなんて。逃げようとしただなんて。

 

 そう感じ、よけい涙が止まらなくなった。

 

 

 

「…………つか、あのよ相棒?

 いい雰囲気の所、申し訳ねぇんだけどよ?」

 

「ん?」

 

 傍で私達の事を見守ってくれていた髭モジャが、言いにくそうにして口を開く。

 

「間違ってたらすまねぇんだが……。俺の解釈で言ゃあ、

 そういうのって坊主の役目なんじゃねぇのか(・・・・・・・・・・・・・)?」

 

「 !? 」

 

 硬直する虫棍さん。

 ふと視線を向ければ、そこには〈ぷくぅ~!〉と頬を膨らませているプリティの姿があった。

 

「あ……あのね坊や!? ……これはね!?」

 

「…………」(ぷくぅ~!)

 

「違うの! 私は別にっ……! た、ただ……ついね!?」

 

「…………」(ぷっくぅ~~う!)

 

 無言で〈じと~っ〉と虫棍さんを見るプリティ。

 物凄く珍しい光景なのだけど……プリティは今、ほんとに怒ってるんじゃないだろうか?

 

「そもそもよ? やっぱおかしいと思うんだよ。

 なんで猟団の俺達じゃなく、坊主のお袋さんが迎えに行ってんだよ」

 

 プリシラの元に押しかけ、共にこの地域までやってきた一同。

 場所が夜の深い森であった為、下手したら遭難の危険がある。なので全員で向かうのではなく誰かひとりが代表して迎えに行く、という事になったらしいのだが……。

 

「当然でしょ? アタクシでしょ?」

 

 そこでお義母さまは、「この中でいちばん腕が立つ」という圧倒的な説得力を持って、有無を言わさず代表の座を勝ち取ったのだそうだ。すごい(小並)

 

「ズルいよおかぁさん! ぼくだって、おねぇさんをむかえに行きたかったのにっ!」

 

「お黙りなさいラインハルトっ! 幼い我が身を恨むザマス!

 ……文句があるのなら、その狩猟笛で語りなさいッッ!!」

 

「やらいでか! ――――りゅうは! かりばでりゅう、しゅりょうぶえじゅつ!!」

 

「狩場出家ッ、家訓ッッ!!!!」

 

 プリティがお義母さまに斬りかかっていく。

 二人の狩猟笛が嵐のように交錯し、なんか〈ドガガガガ!!〉みたいな音が辺りに鳴り響く。

 

「 なにがユーのしあわせ!? 」

 

「 何をしてッ! ハッピィィ!? 」

 

「「 そうだッ! 恐れないッ!! 狩り友(みんな)の為にぃぃッッッ!!!! 」」

 

 飛び蹴りのような技が空中で交錯し、なにやら二人の背後に広大な大海原が見える。

 

 

「「 愛とっ! カリカリピー(狩猟笛)がぁ! とぉぉぉもだちだぁぁぁーーーーッッ!!!! 」」

 

 

 〈ザッパーン!〉という巨大な大波が見え、まるで決めポーズのようなカッコいい姿勢をとっている二人。

 

 プリティにもこんな一面があるんだな。そりゃそうか、お義母さまの子供だもんな。

 私は思いました。

 

 

……………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

【少し出かけて来ます。夕方には戻ります。  ソフィー】

 

 

 次の日。そう置手紙を残して、私はひとり村へと向かった。

 ……まぁ途中でみんなに見つかって、ついて来られてしまったけれど。

 

「おっほっほ! 村長さんもお上手ザマスね!

 そうなのです! やはりカリカリピーこそが数ある狩猟武器の中で至高の……」

 

 狩りの報告をする為に村長の家を訪ねた途端、私を押しのけて村長と話し出すお義母さま。私はアングリと置いてけぼりをくらう。

 

「でもね? まぁね? 不詳の嫁ですがね? よくやっているとは思うんザマスよ。

 まだまだ料理もドが付くほど下手くそザマスが。食えたモンじゃないザマスが。

 ……しかし、健気に頑張っててね? そこがまた可愛げがあるというか……」

 

 彼女は絶好調だ。私は赤面して俯いているしかない。

 けれど、胸が暖かくなる心地がする。お義母さまが隣に居てくれる。

 おっほっほとか言いつつ肩をパシパシ叩かれながら……私はどこか、嬉しい気持ちでいたんだ。

 

 

 …………村に着いた時、住人のみんなは、私を不審な目で見ていた。

 ゾロゾロと仲間をしたがえて村に引き返してきた私を見て、いったい何のつもりなのかと、とても警戒していたのだと思う。

 ミラなどはもう「あっコラ? おっコラ?」と、そこらじゅうにメンチを切りまくっていたけれど。

 

「おいアンタ……その怪我ッ……」

 

 昨夜の戦いによって負傷し、私の身体のいたる所にある治療の跡。それを見た住人の一人が、思わずというような様子で私に近寄って来た。

 

「アンタまさか……あれから、あのモンスと……」

 

 小さく騒めいている住人達。そこから言葉が続かずうろたえている様子の、目の前の男。

 私の仲間たちは、ただ黙ってその光景を見守っている。

 

「――――」

 

 男を通り過ぎ、私は歩いて行く。やがて少し遅れて、仲間たちも追従する。

 

「………………アンタ……」

 

 呟くような声が聞こえた。でも私は振り返る事なく、歩いて行く。

 言葉を交わす必要は無いから。もう全て、終わった事だから。

 

 

 分かってるんだ。別にみんな、私個人に対して憎しみを抱いてたんじゃない事も。

 みんながモンスターに怯え、すごく不安だったっていう気持ちも。

 

 そして、憶えてるんだ。

 ここにいるみんなに……私は昔、とても優しくしてもらったって事も。

 

 

……………………………………

 

 

「あぁ……、本当にありがとうございます、ハンター殿……。

 村には何ひとつ被害なく、誰一人として死なずにすんだ……。

 ありがとうございましたハンター殿。……本当に……」

 

 今、村長が私に向かい、深々と頭を下げている。

 私はそれを黙って受け入れる。もう特に、思う事もないから。

 

 でも……“ハンター殿“……か。

 少しだけ、ほんの少しだけそう思ったけれど……私は静かに、この感情に蓋をする。

 

「どれだけ言葉を尽くそうとも……感謝などしきれません。

 少ないですが、出来る限りの報酬金を用意しました。

 他にも村に出来る事であれば、……このワシに出来る事であれば、

 もう何でもおっしゃってくだされ。

 貴方の献身に報いるに足るとはとても思いません。ですが……!」

 

 覚悟が見えた。

 その言葉、その姿から、本当に村長は私の為に、何でもしてくれるつもりでいるのだろうというのが分かった。

 誠実さ。報い。償い……。そんな想いを感じる事が出来た。

 

「――――要りません、何も」

 

 村長が目を見開いている。

 私の言葉を聞き、その顔を絶望に染めるかのように。

 何故お前はそんな事を、と。

 何故そんなにも、残酷な事を……と。

 

「ただ……ひとつだけ。お願いしたい事があるんです」

 

 村長の顔色が変わる。

 まるでその言葉に救われたかのような、助けられたかのような、そんな表情。

 けれど私は、それを見る事もせずに。

 

 

「墓を、作らせてください。

 あの土地に墓を。……どうかっ……」

 

 

 

 跪き、懇願した。

 

 

 

 

 

 

……………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

 

 “インペリアルオルデン“

 

 これはあの討伐隊正式銃槍を、進化させた銃槍。私が長い時間をかけて、狩りの中で強化していった銃槍。

 そして、おにいちゃんの銃槍だ。

 

 

 

「……こんな所、かな」

 

 それを土に埋める。私達が過ごした、暖かな思い出のあるこの土地に。

 

「ごめんねおにいちゃん……。昨日ので、銃剣が折れちゃったんだ」

 

 根本からポキリと折れた銃剣。もうこのガンランスが、何かと戦う事は無い。

 

 ……謝りたい事は他にもある。実はこの銃槍は、討伐隊正式銃槍の最終強化形であるにも関わらず、元の物とは全然色が違う。真っ黒ブラックなのだ。

 だから正直、おにいちゃんが握っていた頃とは、ぜんぜん見た目が違うと思う。

 愛槍だったのに……ホントにごめん、おにいちゃん。

 

 そしてこれは、ゴアを倒した銃槍。

 過去二度に渡ってあのゴアと戦い、そして力の限り渡り合った銃槍だ。

 この真っ黒な見た目は、まるであのゴアの事も彷彿とさせる。

 だからこれは、ゴアの銃槍でもあるんだ。

 

「いったい、何のお墓なんだろうね……?

 ここには遺体も骨も無い。ただガンランスを埋めて、

 墓標代わりに盾を飾っているだけだ……」

 

 意味なんて、無いのかもしれない。

 あれから長い時が経ち、きっとおにいちゃんもお母さんも、もう天国で幸せに暮らしているんだから。

 だから、私が作ったこのお墓は、きっと何の意味も無い物なんだ。

 それでも……。

 

「今ね? すごくスッキリした気持ちでいるんだ、私。

 きっと、たくさん泣いたせいなのかな?

 ……またここ来て、ゴアと戦って、お墓を作れて……。

 本当に、よかったって思う」

 

 これは、おにいちゃんとお母さんのお墓。

 あの悲しいゴアマガラのお墓。

 そして、少女だった頃の……私の想いのお墓。

 “泣き虫ソフィー“の、お墓……。

 

 

「ガンランスが、おもかった――――

 心の弱い私には、とても抱えてはいられなかった」

 

 

 

 狩りをするのが、嫌だった。

 生き物を殺してしまう事が、怖かった。

 ガンランスを振るう事が……つらかった。

 

「……けどね? 本当は、分かってたんだ。

 おにいちゃんは、私をガンスで縛りたかったんじゃない。

 私を狩場で生きさせる為に、ガンスを教えてくれたんじゃない」

 

 

 ――――自分を大切に出来る強さ。好きな人を大切に出来る強さ。

 ――――それを持っていて欲しいんだ。 この盾は、ソフィーによく似合う。

 

 

「……けれど、馬鹿な私は……決しておにいちゃんを忘れたくなくて。

 ずっとおにいちゃんに縋っていたくて、……ガンスを握ってたんだ」

 

 そうしていれば、私はおにいちゃんと一緒にいられる。

 このガンランスがおにいちゃんで、この大きな盾が私。ふたりはいつも一緒。

 そんな風に思えたからこそ……私はガンランスを握り続けた。

 

 

「ガンスを教えてくれて、ありがとう。

 私と一緒にいてくれて、ありがとう――――」

 

 

 

 そう、伝えたかった。

 どうしてもまたこの場所で、おにいちゃんとお母さんに、そう伝えたかったんだ。

 

 

「これからも、なんとかやってくよ。

 ガンランスを握って。仲間達と一緒に」

 

「だから……泣き虫ソフィーは、今日でおしまい。

 私は全部、ここに置いていく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 花で飾ろう、ありったけの花で――――

 

 見えなくなるくらい。

 苦しみも、涙も、全て覆い隠してしまえるくらいに。

 

 たとえいつか、枯れるとしても。いつか崩れ落ちるとしても。

 その度にまた、こうしてありったけの花で飾って、私は歩いていく。

 

 

 たとえそれが、正しくなんかなくても――――

 

 

 

 

「ガンランスがすき。今度はウソじゃないよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 振り向けば、そこにプリティの姿。

 

 沢山の花で飾られたお墓を後にし、私は駆けだしていった――――

 

 

 

 

 



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