ありふれた世界で一方通行 (双剣使い)
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プロローグ

どうもこんにちは。書きたいことを書いていきます。
よろしくお願いします。


 人生とは数奇なものである。事実は小説よりも奇なりと言うがまさにその通りだ。

 何でそんなこと言ってるかって?今の俺の目の前にいる爺さんが「儂は世界神じゃ」とか言ったからだよ!

 

 

 だけど今の俺がここにいるのかが分からない。別に美少女を助けようとして目の前に迫ったトラックにビビッてショック死したとかじゃないぞ……多分。

 

 

「君は転生者に選ばれたんじゃ」

 

 

「いや、どういうことですか?転生するってことは俺は死んだんですか?」

 

 

 訳が分からず聞いてしまった。すると、世界神と名乗った爺さんは説明してくれた。

 

 

 何でも、神々の間では各々が管理している世界の中の人間を一人ランダムに選んで転生させなければならないらしい。今回は偶々選ばれたのが俺だったらしい。

 

 

「転生するにあたって、転生者には特典を与えることになっておる。好きな特典をこれに書きたまえ」

 

 

 そう言って彼は紙と羽ペンを渡してくれた。

 

 

「特典を希望するにあたって気を付けてほしいことがある。一つは、特典は三つまで。もう一つは、あまりに度を過ぎた特典を与えることができないということじゃな」

 

 

 ふむ、となると望むのは

1.『とある魔術の禁書目録』の一方通行(アクセラレータ)のベクトル操作

2.Dies iraeのベイ中尉の持つ聖遺物「闇の賜物(クリフォト・バチカル)

3.前世の記憶の保持         ってところか。

 

 

「ふむ、上の二つは力ということでわからんでもないが、なぜ残りの一つが記憶の保持なんじゃ?」

 

 

「別に、記憶があったほうが都合がいいかなって思っただけですよ。力の使い方もわかりますし」

 

 

「わかった。これから転生の儀式を行うが何か聞きたいことはあるか?」

 

 

「じゃあ最後に一つだけ。何で俺だったんですか?」

 

 

「特に深い意味はない。君の住む世界の中からくじ引きをした結果、君が選ばれたんじゃ。偶然じゃよ」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

 世界神が杖をかざすと、俺の足元に魔法陣が展開し、俺の目の前に白い輝きが広がった。

 

 

 こうして俺は新しい世界へと転生した。

 

 

 あ、世界神に転生先の世界について聞くの忘れてた。まぁどんな世界に転生したとしても全力で生きていくだけだ。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~(ちょこっと転生して17年後のオリ主のプロフィール紹介)

 

 

 名前:榊悠聖

 

 

 身長:173センチ

 

 

 趣味:ギター、親友のハジメと二人でゲーム

 

 

 好きなこと(もの):雫、ギター、ゲーム

 

 

 基本的に落ち着いており、大抵のことには動じない、雫が関わると情緒不安定になる 




オリ主はアルビノですので、外出時はフード付きのパーカーと日傘が必要です。
感想や意見などをもらえるとやる気が出ます。
これからSAOのほうも書き、投稿は交互にやる予定です。
不定期になるので気長に待ってください。


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第1章 オルクス大迷宮
始まりの時


ども、双剣使いです。前話でソードアート・オンライン書くって言ってましたけど先にこっちできたので投稿します。
一気に長くなりましたがどぞ


それと、この土日で既に43件のお気に入り登録ありがとうございます!dies iraeの力なのか、とあるの力なのか、はたまた10月からアニメのやるありふれの力なのか……謎だ


「くあぁ~」

 

 

 鳴り響く目覚ましの音で俺は布団から抜け出した。

 転生してから早くも17年。転生したばかりの時は自分がまだ生まれたてのBABYだったことに驚いたが、17年はあっという間に過ぎていた。

 転生特典の一つである記憶の保持は行われていたのだが、他の二つが表れていないのだ。ばれないように使用を試みたのだが、どちらの能力も発動する兆しを見せなかった。あわや能力は使えないのかと思ったが、そうではないらしい。俺の学校での成績はトップクラス。特に数学が図抜けているので、そこだけ見るなら公式の演算の足掛かりになるのではないだろうか。それだけでは不安なので、近所の剣道道場に幼少期から通い、それなりに戦う力も持っていると思う。まぁ剣道はとある天才に負けてからあきらめてしまったが……

 17年経った今でも自分の転生した世界が分からない。数多のラノベを読み、アニメも見て異世界系に精通している俺が分からないのだ。もしかしたらそれらとは関係のない世界かもしれない。

右も左もわからない世界だが、能力が使えるといいなぁ。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 朝食を食べ、転生について考えながら登校していると、いつの間にか学校の自分の教室に着いていた。

 教室の扉を開けて中に入ると、扉の近くでいつも起きている胸糞悪い場面に出くわした。

 

 

「よぉ、キモオタ!また徹夜でゲームか?どうせエロゲでもしてたんだろ?」

 

 

「うわっ、キモ~。徹夜でエロゲとかマジキモイじゃん~」

 

 

 一体何が面白いのか、一人の生徒を囲んで4人の男子生徒がゲラゲラと下品な笑い声をあげている。

 声を掛けられているのは南雲ハジメ。アニメやラノベ、ネトゲなどについて共に語れる俺の親友。

 そんな彼に声を掛けているのは如何にもThe・モブといったかんじの男子、檜山大介とその取り巻きである……名前なんだっけ?取り敢えずモブ男が4人。

 学校で友達と呼べる数少ない友人を罵倒されるのは嫌なので、やめさせるべく声を掛ける。

 

「おい檜山。お前うるさいし邪魔だから早く消えてくれねぇ?」

 

 

「さ、榊!?いや別にこれはだなぁ……」

 

 

「黙れって言ったの聞こえなかった?」

 

 

「……ちっ、き、今日のところはこれで勘弁してやる。じゃあな、キモオタ」

 

 

 俺が軽く脅しをかけるとモブ男4人はすごすごと引き下がっていった。

 何で檜山たちが簡単に退散したかって?あいつらがウザいから体育の剣道の授業で俺が完膚なきまで叩き潰したからだ。

 

 

「おはよう、ハジメ」

 

 

「あぁ、おはよう悠聖。さっきはありがと」

 

 

「気にすんなよ。俺もあいつら嫌いだし」

 

 

 ハジメはキモオタと罵られるほど身嗜みや言動が見苦しくないし、不清潔なわけでもない。積極的でこそないが、挨拶をすれば明瞭な返事を返してくる彼が、男子から過剰な敵愾心を向けられているのには原因がある。

 それは―――――――――

 

 

「南雲君、榊君、おはよう!今日もギリギリだね。二人とももっと早く来ようよ」

 

 

 満面の笑みを浮かべながらハジメに歩み寄る一人の美少女だ。名前は白崎香織。ハジメとは別の友人の親友だ。

 校内で二大女神と呼ばれている少女で、男女問わず絶大な人気を誇っている。腰まで届く長く艶やかな黒髪、少し垂れ気味の大きな瞳はひどく優しげだ。まぁそれはハジメに対してであり、俺にはどちらかというと友人として接している。スッと通った鼻梁に小ぶりの鼻、薄い桜色の唇が完ぺきな配置で並んでいる。

 そんな有名人である彼女が、白崎に好意を持っているクラスの男子の前でハジメに話しかけるのだ。ハジメを冴えないオタクだと思っている男子たちからしたら気に食わなくて当然だ。

 

 

「あ、ああ、おはよう白崎さん」

 

 

「おはよう、白崎」

 

 

 俺とハジメが挨拶を返すと白崎はさらに笑顔を(ハジメに)向けるため、クラスの男子全員の殺気が俺とハジメに全方位爆撃をしてくる。俺笑顔向けられてないんですけど?殺意に晒されて引き攣った表情を浮かべるハジメ。こちらをチラチラ見て助けを求めてくるので、それに応えて口を開こうとしたタイミングでさらなるダイナマイトが突撃してくる。

 

 

「悠聖、南雲君、おはよう。毎日大変ね。まぁ悠聖はそうは見えないけどね」

 

「香織、また彼らの世話を焼いているのか?全く、香織は本当に優しいな」

 

「全くだぜ、そんなやる気ない奴らにゃあ何を言っても無駄だと思うけどなぁ」

 

 三人の中で唯一俺とハジメに挨拶をしてきたのが八重樫雫。女子の中で一番付き合いの長い友人だ。白崎とは親友の間柄。ポニーテールにした長い黒髪がトレードマークの美少女で、切れ長の鋭い目の奥には柔らかさも感じられるため、冷たいというよりはカッコいいという印象を与える。世話焼きな一面も合わさって、白崎と二人で二大美少女と呼ばれている。

 172センチという女子にしては高い身長と引き締まった体、凛とした雰囲気は侍のようだ。彼女の実家は八重樫流という剣術道場を営んでいる。俺が通っていたのもそこなので、雫とはかなり長い付き合いになる。

 

 

 次に、些か臭いセリフで白崎に声を掛けたのが天之河光輝。如何にも勇者っぽいキラキラネームの上、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の完璧超人だ。

 八重樫道場に通う門下生の一人で、俺が辞めた原因でもある。後から始めたのにわずか数日で経験者の俺を倒すという、格の違いというか、才能の差を見せつけられたのだ。やめたくもなるわ。

 

 投げやりな発言をしたのが坂上龍太郎。努力とか熱血とか根性とかそういうのが好きなタイプなので、奴から見たら努力していない(ように見える)俺とハジメは嫌いらしい。

 二人を言い表すなら、イケメン(笑)と脳筋。

 

「あぁ、おはよう雫。」

 

「おはよう、八重樫さん、天之河君、坂上君。はは、まぁ、自業自得とも言えるから仕方ないよ」

 

 

 俺とハジメが雫に挨拶を返すと「てめぇら、何勝手に八重樫さんと話してんだ?アァ!?」という殺気がバンバン飛んでくる。少なくともお前らよりは雫と話してもいいと思うんだが。

 

「おい榊!?俺たちを無視するな!」

 

 クソ之河がうるさいので、黙らせるために口を開く。

 

「あ?無視するなだぁ?挨拶もしてこないような奴にする返事なんてねぇんだよ。なのに何でお前は自分が正しいと思ってんの?うぬぼれるのも大概にしてくんね?」

 

「ぐ……、そ、それよりも南雲、君は自業自得だとわかっているなら直すべきじゃないか?いつまでも香織の優しさに甘えるのはどうかと思うよ。香織だって君に構ってばかりではいられないんだから」

 

 

 俺に言い負かされたクソ之河は逃げるようにハジメに忠告する。こいつの目にもやはり、ハジメは白崎の好意を無下にする不真面目な生徒として映っているようだ。

 ハジメも苦笑いだが、クソ之河は思い込みが激しく、自分の考えが正しいといつも思っているので、暴論だとしても自分が言えば真実なのだ。俺やハジメがどうこう言ったところで聞く耳を持たないのは今に始まったことじゃない。

 

 そして、そんな暴論を叩き潰すのが、女神による無自覚核爆弾だ。

 

 

「?光輝君、何言ってるの?私は、私が南雲君と話したいから話してるだけだよ?」

 

 

 白崎の一言で教室が騒がしくなる。男子からはハジメに向けて呪詛やら殺気やらが向けられている。

 

 

「え?……ああ、ホント、香織は優しいよな」

 

 

 クソ之河の中では白崎はハジメに気を遣ったと解釈されたらしい。めんどくささでハジメが目を逸らして青空を眺め始めた。

 

 

「……ごめんなさいね?二人とも悪気は無いんだけど……」

 

「ま、諦めろ。天之河のあれは今に始まったことじゃない」

 

 

 俺と雫がハジメに声を掛けると、肩をすくめて苦笑いするのだった。

 

 

「それよりもさ雫、俺は巻き込まれてる側だぞ?少しぐらい心配してくれてもよくね?」

 

「何言ってるのよ、光輝は昔からああだったじゃない。悠聖は慣れてるでしょ?」

 

「まぁ慣れてないわけじゃないが……」

 

「なら大丈夫じゃない」

 

 

 そうこうしている内に始業のチャイムが鳴り、担任が教室に入ってきたので、各々席に戻り、授業を受け始めた。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 4限目が終わり、昼休みに入る。

 自作の弁当を食べようとした時、横から声を掛けられる。

 

 

「悠聖、隣いいかしら」

 

 

 雫はそう言って俺の返事を待たずに俺の机に自分の机を連結させ、自分の弁当を取り出す。ところで、どうして隣に来るのん?正面でよくね?まぁ面倒くさいから言わないけど。

 

 

「南雲君、一緒にお弁当食べよ?」

 

 

 視界の端では白崎が弁当箱を持ってハジメの元へ突撃し、それにハジメが必死の抵抗をしていた。

 

 

「誘ってくれてありがとう、白崎さん。でももう食べ終わったから天之河君たちと食べたらどうかな?」

 

 

 そう言って空になった10秒チャージのパッケージを振る。しかしそれは悪手だったようで、白崎はハジメに追撃をかける。

 

 

「えっ!お昼それだけなの?ダメだよ、ちゃんと食べないと!私のお弁当分けてあげるね!」

 

 

 止めたげて!ハジメのHPはもうゼロよ!俺?俺は雫と苦笑いしながらその光景を見ている。

 

 

 そんなカオスな空間に救世主(笑)が現れる。

 

 

「香織。こっちで一緒に食べよう。南雲はまだ寝足りないみたいだしさ。せっかくの香織の手料理を寝ぼけたまま食べるなんて許さないよ?」

 

 

 爽やかな笑顔でそう言うクソ之河にキョトンとする白崎。少々どころかかなり天然である彼女には、クソ之河のイケメンスマイルやセリフは通用しないようだ。

 

 

「え?何で光輝君の許しがいるの?」

 

 

 白崎の天然発言に俺と雫は「ブフッ」と吹き出してしまう。お茶飲んでたら危なかった。クソ之河はあれこれと白崎を説得しているのだが、彼女には届かない。

 何はともあれ、ハジメの周りには校内の有名人がほとんど集まっているので、視線を集めてしまう。ハジメの表情が死に始めた。

 

 

「ほら雫、出番だぞ。あのバカをどうにかs」

 

 

 ハジメを助けるために雫を送り出そうとした瞬間、俺の目の前、クソ之河の足元に純白に光り輝く円環と幾何学模様が現れた。その異常事態には周りの生徒たちも気が付き、輝く紋様―――――魔法陣を注視する。

 

 え、俺また転生すんの?大丈夫?

 

 

 クソ之河の足元に現れた魔法陣は徐々に広がり、教室全体に広がった。それを見たこのクラスの担任で、未だに教室に残っていた愛ちゃんこと畑山愛子先生が「皆!教室から出て!」と叫んだのと、魔法陣の輝きが爆発したようにカッと光ったのは同時だった。

 

 数秒か、数分か、光によって真っ白に塗りつぶされた教室が再び色を取り戻すころ、そこには誰もいなかった。蹴倒された椅子に、食べかけのまま置かれた弁当、散乱する箸やペットボトル、教室の備品はそのままにそこにいた人間だけが姿を消していた。

 

 

 

 そうして俺は再び転生することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました。

 制作理由を書きますが、原作のネタバレがあるので、読みたくない人は戻ってください。




 さて、Web版を読んだことがある人はわかると思いますが、原作は終わりがハーレムエンドで、ハジメの嫁の中には雫も入っているんです。原作を否定はしませんが、雫は自分の嫁に欲しかったのでこれを書こうと思いました。利己的だと思う人はお気に入りから消してもらっても構いません。


 感想や意見を送ってもらえると嬉しいですので、バンバン送ってください。極力返信します。ではまた次回


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異世界召喚

ちょっと遅くなりました。しかもかなり長いですごめんなさい。

書いてて思ったんですけど、原作や他の作者さんと内容が被ってるんですよね。もう少ししたらオリジナル展開入れれるのに

書いてないですけどオリヒロは二人を予定していて、一人は完全オリジナル、もう一人は他作品のヒロインから私が選んだ数人にアンケートで票を入れてもらいたいです。あとがきにアンケ設置します。


 数秒、或いは数分か。もしかしたらもっと長かったかもしれない。

 

 

 両手で顔を庇い、目をギュッと閉じていた俺は、周囲を見渡す。

 

 

 

 目に飛び込んできたのは巨大な壁画。縦横10メートル程の壁画には、後光を背負った金髪の人物が描かれており、背景の草原や海を包み込むように両手を広げている。美しい壁画だが、何故だろう。薄ら寒さを感じて無意識に目を逸らした。

 

 

 どうやら俺たちは美しい光沢を放つ滑らかな白い石造りの建築物の中の巨大な広間に集まっているようだ。周りには周囲を呆然と見渡しているクラスメイトが居た。あの時教室にいた全員が転送されたようだ。

 

 

 そこで、右腕を誰かに掴まれていることに気づいた。直前まで隣で弁当を食べていた雫だ。彼女が俺の右腕を抱え込んでいるので雫の豊かなあれががが。

 

 

「雫……離してくれねぇ?」

 

 

「あ、ご、ごめん//」

 

 

 声を掛けると、自分が何をしているのか気づいたようで、慌てて俺の右腕を解放する。

それを確認してから、俺はこの状況を説明できるであろう台座の周囲を取り囲む者達に視線を向ける。

 この広間にいるのは俺たちだけでなく、少なくとも30人近くの人々が、両手を胸の前で組んで祈りを捧げるように跪いているのだ。

 彼らは皆白地に金の刺繍が施された法衣のようなものを纏い、傍らに錫杖らしき物を置いている。

 

 

 その中から特に豪奢で煌びやかな衣装を纏い、30センチ位の烏帽子を被った70代位の老人が進み出て来た。もっとも、老人と呼ぶには纏う覇気が強すぎるので、50代と言われても違和感は感じないが。

 

 

 彼は手に持った錫杖をシャラシャラと鳴らしながら、外見によく合う深みのある落ち着いた声音で話し始めた。

 

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと言う者。以後、よろしくお願い致しますぞ」

 

 

 そう言って、老人は好々爺然とした微笑を浮かべた。そして、こんな場所では落ち着くことも出来ないだろうと、混乱冷めやらぬ生徒達を促し、落ち着ける場所―いくつもの長テーブルと椅子が置かれた別の広間へと誘った。

 

 

 この部屋も先ほどの広間と同じように、煌びやかな作りだった。芸術に素人な俺が見てもそう思えるのだ。聖教教会の権威がわかるだろう。

 

 

 イシュタルの手前、上座に近い方に愛ちゃんとクソ之河達幼馴染4人が座り、後はその取り巻き順に適当に座っていく。雫に前のほうに連れていかれかけたが、クソ之河のほうを見て嫌そうな顔をしたので、諦めてくれた。今はハジメと一緒に最後尾に座っている。

 

 

 ここに案内されている間、誰も騒がなかったのは、未だ現実に認識が追い付いていないからだろう。イシュタルが事情を説明すると言ったことや、カリスマレベルMaxのクソ之河が落ち着かせたことも関係しているだろう。教師の仕事を取られた愛ちゃんが涙目だったのはここだけの話。

 

 

 生徒全員が着席するのと同時にカートを押してガチのメイドさんたちが登場し、全員に飲み物を置いていく。彼女たちにクラス男子の大半が釘付けになるのを見た女子の視線は氷河期だった。

 俺も自分の傍に来たメイドさんを見て驚愕した。まず何よりも目を引くのは雫より大きい2つのお山。金髪巨乳美人メイド。雫のクールさと白崎の儚さの中間ぐらい。要するにかなりレベルの高い美人である。彼女は俺の顔を見ると、微笑んだ。うん、このメイドさん欲しい。

 その考えが分かったわけではないだろうが、彼女は他のメイドと違い、俺の椅子の斜め後ろに静かに立った。え、なにこれ?

 しかし、俺にはそれを考える時間はなかった。上座のほうに座っていた雫のほうから強烈な寒気が襲ってきたからだ。「ちょ、なんでそんな怖い顔になってるの、雫ちゃん?!榊君のことなら後から問い詰めればいいから今は落ち着いて?!」とかいう会話は絶対に聞こえない。聞こえないったら聞こえないのだ。だからハジメ、そんな顔をするな。

 

 

 全員に飲み物が行き渡ったのを確認すると、イシュタルがこの世界の現状、俺たちを呼んだ理由を話し始めた。

 

 

 要約するとこう。

 

 

 この世界には人族、魔人族、獣人族が暮らしている。この中で人族と魔人族は長年に渡って戦争をしていた。そしたらココ最近魔人族が勢力を拡大してきて人族大ピンチ!そしたら信仰神のエヒト様が勇者召喚するって言った!よし皆でお祈りしよう!んでその場面に都合よく俺達が召喚された。だから勇者様、この世界を救って!

って事らしい。

 考えうる中で最悪では無かったことに安堵する。1番最悪なのは彼らが俺たちを戦闘奴隷として利用することだ。

 だからといって進んで闘おうとも思わない。戦争するってことは魔人族―――人を殺すという事だ。殺し合い1つした事の無い俺たちが本物の戦争を経験すれば、最悪心が壊れる。看過できる訳が無い。しかし、それより問題点がある。この世界の大半がエヒト神を信仰しているのだ。拒否れば最悪右も左も分からない状態で放り出されるのだ。これが1番ヤバい。

 

 

 そんな中猛然と抗議する人が居た。担任の愛ちゃんだ。

 

 

「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 

 

 彼女は今年で25歳になる社会科の教師。本人は威厳のある教師を目指しているらしいがどう見ても小動物である。だが、彼女は大人であるために、現状のマズさを誰よりもわかっている。

 俺も愛ちゃんの言葉でイシュタルが渋るのを望んだが、そんな淡い希望は即座に打ち砕かれた。

 

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状不可能です」

 

 

 最悪だ。これ戦争参加断ったらマジで国外追放されかねん。だからと言って軽々しく参加しますとも言えねぇ……。あれ、これ詰んでね?

 

 

「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!?呼べたのなら帰せるでしょう!?」

 

 

「先ほど言ったように、あなた方を召還したのはエヒト様です。我々があの場にいたのは、単に勇者様方を出迎えるためと、エヒト様への祈りを捧げるため。人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんので。あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様のご意思次第ということですな」

 

 

「そ、そんな……」

 

 

 愛ちゃんが脱力したようにストンと椅子に腰を落とす。周りの生徒も口々に不満を漏らし始める。

 

 

「嘘だろ?帰れないってなんだよ!」

 

 

「いやよ!何でもいいから帰してよ!」

 

 

「戦争なんて冗談じゃねぇ!ふざけんなよ!」

 

 

 誰もが狼狽える中、イシュタルは何を言うでもなく、その様子を眺めていた。しかし、その瞳の奥には俺たちに対する侮蔑が込められているように思えた。「神に選ばれておいてどうして喜べないのか」と考えているのかもしれない。

 

 

 誰もが希望を求めていた時だ。勇者(笑)がこの場に誕生した。

 クソ之河は立ち上がってテーブルをバンッと叩いた。全員の視線を集めるとクソ之河は口を開いた。

 

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人たちが滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してもらえるかもしれない。……イシュタルさん?どうですか?」

 

 

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

 

「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

 

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

 

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

 

 クソ之河は無駄にイケメンスマイルで思いを述べる。吐き気がする。戦争が人と人の殺し合いであることすら失念し、自分と同じ人間を救うことしか考えていない。魔人族を魔獣と同列視している事がよく分かる。あぁ全く、あいつの度を過ぎた正義感にはおぞましさしか感じない。なんの為に愛ちゃんが俺達の戦争参加をさせまいとしたのか。そこに気づかない時点で勇者じゃない。

 しかし、ここで奴の無駄なカリスマが発揮される。

 絶望の表情だった生徒達が活気と冷静さを取り戻し始めたのだ。奴を見る目はキラキラと輝いており、まさに希望を見つけたという表情だ。女子生徒の半数以上は熱っぽい視線を送っている。

 

 

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」

 

「龍太郎……」

 

「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」

 

「雫……」

 

「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

 

「香織……」

 

 

 

 いつものメンバーがクソ之河に賛同する。もっとも、雫は俺の方を見ながら言っていたが…………何で?後は当然の流れというようにクラスメイト達が賛同していく。愛ちゃんはオロオロと「ダメですよ~」と涙目で訴えているがクソ之河の作った流れの前では無力だった。

 

 

 

 結局、全員で戦争に参加することになってしまった。きっと、クラスの奴らは本当の意味で戦争をするということがどういうことか理解してはいないだろう。崩れそうな精神を守るための一種の現実逃避とも言えるかもしれない。これは後で一言クソ野郎に言っておく必要があるかもしれない。

 

 

 

 俺はそんなことを考えながらそれとなくイシュタルを観察した。彼は実に満足そうな笑みを浮かべている。恐らくイシュタルは如何にも勇者っぽいクソ之河を観察し、どの言葉に、どんな話に反応するのか確かめていたのだろう。

 正義感の強いクソ之河が人間族の悲劇を語られた時の反応は実に分かりやすかった。分かりづらくしたのだろうが、嬉しさが隠せていなかった。その後は、ことさら魔人族の冷酷非情さ、残酷さを強調するように話していた。おそらく、イシュタルは見抜いたのだ。この集団の中で誰が一番影響力を持っているのか。まぁ奴は見た目から正義感を持っていそうだからな。

 

 

 世界的宗教のトップなら当然なのだろうが、人の性格を見抜き、操ることに長けているようだ。今後は要注意だな。

 

 

 これから行う宴の準備があるということで、イシュタルが席を外すらしい。クソ之河に一言言っておくなら教会関係者のいない今だろう。

 

 

「皆、大変だろうけど、俺たちが力を合わせればこの世界の人たちを助けられるはずだ。だから、俺に付いてきてくれないか?」

 

 

 クソ之河の言葉に皆がうなずいていき、最後尾に座っていた俺とハジメにクラス中の視線が来る。ハジメはどう答えるか迷っているようなので、先に言いたいことを言わせてもらおう。

 

 

「悪いけど、俺は戦争参加に反対だ」

 

「な、何を言っているんだ、榊。この世界の人たちは今苦しんでいるんだ。助けるべきだろう!」

 

 

「いやいや、お前が何言ってんだよ。どうしてお前はこの世界をよく知らないのに助けようだなんて言うんだ?」

 

「何でって……イシュタルさんが言っていたじゃないか!魔人族のせいで世界が大変だって!だから俺は彼らを見捨てておけない!

 

「相変わらずのご都合主義だな。あの爺さんから聞いた話だけで魔人族が悪だと断定するのは早計なんじゃないか?」

 

「イシュタルさんが間違っているって言うのか?」

 

「別に必ずしもあの爺さんが間違ってるわけじゃねぇ。ただ実際に見てもいないのに魔人族が悪だと決めつけなくてもいいんじゃねぇのか?」

 

「それは戦いながら追追見ていけばいいじゃないか!」

 

「まぁそれでもいいが……俺が言いたいのは本当に戦争に参加する気があるのかってことだ」

 

「何を言ってるんだ。その話しならさっきイシュタルさんがいる時にしたじゃないか」

 

 

 クラスの奴らもポカーンって顔してやがる。未だに俺の言わんとしていることに気付いていないらしい。

 

 

「おいおい……戦争って人と人の殺し合いのことだぜ?何でそれを進んでやろうとしてるのか俺には理解できねぇな」

 

 

 周りの奴らが「あっ!」と今更思い出したような声を出す。どうやら今の自分たちがどれだけ愚かな行動をしようとしていたのか理解したらしい。中には顔を青ざめさせる女子もいる。

 

 

「それは安直すぎないか?戦争が必ずしも殺し合いってわけじゃないだろう。おかしなことを言って皆を困らせるのはやめてくれ」

 

「おかしなことじゃないだろう?どころか、爺の話を信じて戦争に参加しようとするお前が皆を困らせてるんじゃないか?そもそもあの狂信sy-----」

 

 

 そこで俺とクソ之河との口論は終わりを告げた。歓迎会の準備を行っていたイシュタルが戻ってきたからだ。そして勝手にクソ之河が受け答えをしたため、もれなく俺たちは全員で戦争に参加することになってしまった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 戦争参加を決めた以上、俺たちは戦いの術を学ばなければならない。なので、俺たちはこれから訓練のできる場所に行かなければならない。

 今の俺たちは聖教教会本山がある神山の麓のハイリヒ王国に行くらしい。

 イシュタルに先導されて柵に囲まれた円形の大きな白い台座に乗り、イシュタルの詠唱によって起動したそれで地上へと向かう。

 全く手の込んだ演出である。雲海を抜けて天界から降りて来る【神の使徒】そのままだ。完全に仕組まれたようである。

 

 王宮に着くと、俺たちは真っ直ぐに玉座の間に案内された。

 教会に負けないくらい煌びやかな内装の廊下を歩く。道中、騎士っぽい装備を身につけた者や文官らしき者、メイド等の使用人とすれ違うのだが、皆一様に期待に満ちた、あるいは畏敬の念に満ちた眼差しを向けて来る。俺たちが何者か、ある程度知っているようだ。もしかしたら教会の狂信者どもが振れ回ったのかも知れない。いずれにせよ、期待されているのだ。こうなってくるとクソ之河の暴走が止まらないかもしれない。

 俺とハジメは最後尾を付いていった。因みに、さっきのメイドさんはなぜか俺に付いてきてます。クラス全員から嫉妬の視線をもらい、雫からは寒気のする視線を向けられています。

 

 美しい意匠の凝らされた巨大な両開きの扉の前に到着すると、その扉の両サイドで直立不動の姿勢をとっていた兵士二人がイシュタルと勇者一行が来たことを大声で告げ、中の返事も待たず扉を開け放った。

 

 イシュタルは、それが当然というように悠々と扉を通る。クソ之河や俺等一部の者を除いて生徒達は恐る恐るといった感じで扉を潜った。

 

 扉を潜った先には、真っ直ぐ延びたレッドカーペットと、その奥の中央に豪奢ごうしゃな椅子--玉座があった。玉座の前で覇気と威厳を纏った初老の男が立ち上がって待っている。おいおいまじかよ、この国では教会関係者のほうが上位にいるのかよ。

 

 国王の隣には王妃と思われる女性、その更に隣には十歳前後の金髪碧眼の美少年、十四、五歳の同じく金髪碧眼の美少女が控えていた。更に、レッドカーペットの両サイドには左側に甲冑や軍服らしき衣装を纏った者達が、右側には文官らしき者達がざっと三十人以上並んで佇んでいる。

 

 玉座の手前に着くと、イシュタルは俺達をそこに止め置き、自分は国王の隣へと進んだ。

 おもむろに手を差し出すと国王は恭しくその手を取り、軽く触れない程度のキスをした。これで、国を動かすのが〝神〟であることがはっきりとした。

 

 そこからはただの自己紹介だ。国王の名をエリヒド・S・B・ハイリヒといい、王妃をルルアリアというらしい。金髪美少年はランデル王子、王女はリリアーナという。後は、騎士団長や宰相等、高い地位にある者の紹介がなされた。ちなみに、途中、美少年の目が白崎に吸い寄せられていたので白崎の魅力は異世界でも通用するようである。

 

 その後は、晩餐会が開かれ異世界料理を堪能した。見た目は地球の洋食とほとんど変わらなかった。たまにピンク色のソースや虹色に輝く飲み物が出てきたりしたが非常に美味だった。食事中、雫はクソ之河が何を言っても無視を続け、俺の隣に座っていた。そして、俺付きになったメイドさん(アリスさんと言うらしい)が俺用の料理を持ってくるたびに無表情になり、二人の間には火花が散っていた。二人に挟まれた俺が助けを求めてハジメのほうを見るも、ハジメは距離を取り、視界に入れなかった。アイツ後でシバく。

 

 王子がしきりに白崎に話しかけていたのをクラスの男子がやきもきしながら見ているという状況もあった。

 

 

 王宮では、生徒全員の衣食住が保障されている旨と訓練における教官達の紹介もなされた。教官達は現役の騎士団や宮廷魔法師から選ばれたようだ。いずれ来る戦争に備え親睦を深めておけということだろう。

 

 

 晩餐が終わり解散になると、各自に一室ずつ与えられた部屋に案内された。天蓋付きベッドに愕然としたのは俺だけではないはずだ。

 アリスさんが部屋に入ってこようとしたのを雫が止め、数分ほど話し合っていたが、二人で雫の部屋に行ってO★HA★NA★SIするらしい。

 

 二人が部屋に戻った後、疲れていた俺はベッドに潜り込んで意識を手放した。

 

 

 




読了ありがとうございます。アンケへの協力お願いします。

※アンケはオリ主が奈落に落ちて次の話あたりで終了します。



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ステータスプレート

おはこんばんにちわ。書けたので投稿しました。
長いし原作と似てるとこ多いんですよね……まぁどうぞ


 翌日から早速訓練と座学が始まった。

 

 まず、大部屋に集められた俺たちに十二センチ×七センチ位の銀色のプレートが配られた。ちょうど学生証のような感じだ。不思議そうにそれを見るクラスメイト達に騎士団長メルド・ロギンスが直々に説明を始めた。

 

 騎士団長が訓練に付きっきりでいいのかと思ったが、対外的にも対内的にも〝勇者様一行〟を半端な者に預けるわけにはいかないということらしい。

 団長本人も、「むしろ面倒な雑事を副長(副団長のこと)に押し付ける理由ができて助かった!」と豪快に笑っていたくらいだから大丈夫なのだろう。いやそれ仕事を押し付けられた副団長は大丈夫じゃないだろ。

 

 

「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

 

 非常に気楽な喋り方をするメルド。「これから戦友になろうってのにいつまでも他人行儀に話せるか!」と、他の騎士団員達にも普通に接するように忠告するくらいだ。まあこちらとしてもそれぐらいラフなほうが今後もやりやすいが。

 

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。 〝ステータスオープン〟と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

 

「アーティファクト?」

 

 

 アーティファクトという聞き慣れない単語にクソ之河が質問をする。おいおい、お前現代に生きていてアーティファクトすら知らないのかよ。もっとアニメやラノベに手を出しなさい。

 

 

「アーティファクトって言うのはな、現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法の道具のことだ。まだ神やその眷属達が地上にいた神代に創られたと言われている。そのステータスプレートもその一つでな、複製するアーティファクトと一緒に、昔からこの世界に普及しているものとしては唯一のアーティファクトだ。普通は、アーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、これは一般市民にも流通している。身分証に便利だからな」

 

 

 なるほど、と頷き生徒達は、顔を顰しかめながら指先に針をチョンと刺し、プクと浮き上がった血を魔法陣に擦りつけた。すると、魔法陣が一瞬淡く輝いた。俺とハジメも同じように血を擦りつけ表を見る。

 

 

 すると……

 

 

===============================

 

榊悠聖 17歳 男 レベル:1

 

天職:学園都市第一位・■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■(■ ■ ■ ■)

 

筋力:170

 

体力:180

 

耐性:120

 

敏捷:100

 

魔力:50

 

魔耐:50

 

技能:ベクトル操作・悪党の立ち振る舞い・剣術・気配探知・情報隠蔽・縮地・物理耐性・並立思考・■ ■ ■ ■・言語理解

 

===============================

 

 

 こんな感じに表示された。魔力関係が低い代わりに、それ以外のステータスが100を超えていた。このステータスがこの世界では強いのか分からないが、一方通行(アクセラレータ)の能力は使えるようだ。黒く塗りつぶされているのはおそらくヴィルヘルムのことなのだろう。使えないということは、聖遺物を現在所持していないか、俺の渇望が足りないのか……いずれにせよ、最初はベクトル操作で戦う必要がありそうだ。

 

 全員が自分のステータスプレートを眺めていると、メルド団長からステータスの説明がなされた。

 

 

「全員見れたか? 説明するぞ? まず、最初に〝レベル〟があるだろう? それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルは、その人間が到達できる領域の現在値を示していると思ってくれ。レベル100ということは、人間としての潜在能力を全て発揮した極地ということだからな。そんな奴はそうそういない」

 

 

 ふむ、ゲームとは違って、レベルが上がったからと言ってステータスが上がる訳ではないらしい。

 

 

「ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。それと、後でお前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。なにせ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大解放だぞ!」

 

 

 メルド団長の言葉から推測すると、魔物を倒しただけでステータスが一気に上昇するということはないらしい。地道に腕を磨かなければならないようだ。しかし、宝物庫を大解放するほど俺たちに期待しているのか、国自体の戦力はそれほど高くないのかもしれない。

 

 メルド団長の説明は続く。

 

 

「次に〝天職〟ってのがあるだろう? それは言うなれば〝才能〟だ。末尾にある〝技能〟と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持っている奴が多いな」

 

 

 学園都市第一位が一方通行のことだと考えると、戦闘職なのだろう。

 次にステータスの説明が続く。

 

 

「後は……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな! 全く羨ましい限りだ! あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

 

 この世界のレベル1の平均は10らしい。まぁメルド団長もこの世界よりも俺たちのほうが強いって言ってるから普通なんだろう。

 

さて、ハジメのほうは……なんか周りを見てキョロキョロしてる。

 

 

「ハジメー、どうだった?」

 

「あ……悠聖……どうしようこれ…」

 

 

 すっごい悲しそうな顔でステータスプレートを見せてくれた。

 

 

===============================

 

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1

 

天職:錬成師

 

筋力:10

 

体力:10

 

耐性:10

 

敏捷:10

 

魔力:10

 

魔耐:10

 

技能:錬成・言語理解

 

===============================

 

 

 ハジメの表情から察していたが、全ての能力がこの世界の人の平均値だった。

 

 

「うん……何とかなると思う……」

 

 

 そんな慰めの言葉しか出てこなかった。

 

 そんな中、メルド団長の呼び掛けに、早速、天之河がステータスの報告をしに前へ出た。そのステータスは……

 

 

============================

 

天之河光輝 17歳 男 レベル:1

 

天職:勇者

 

筋力:100

 

体力:100

 

耐性:100

 

敏捷:100

 

魔力:100

 

魔耐:100

 

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

 

==============================

 

 

 俺よりも低かった。勇者なのに悪党よりも弱いとはこれ如何に。

 

 

「ハジメ……どうしようこれ?」

 

「悠聖も低かったの?」

 

「いや……俺は……」

 

 

 勇者よりも高いステータスを見せたら(主にハジメの表情が)大変なことになるだろうが、見せなければならないようだ。

 

 

「うん……よかったね……」

 

「おう……」

 

 

 俺とハジメの間に気まずい雰囲気が流れる。その間にも、メルド団長は勇者(笑)を褒めていた。

 

 

「ほお~、流石勇者様だな。レベル1で既に三桁か……技能も普通は二つ三つなんだがな……規格外な奴め! 頼もしい限りだ!」

 

「いや~、あはは……」

 

 

 団長の称賛に照れたように頭を掻くクソ之河。ちなみに団長のレベルは62。ステータス平均は300前後、この世界でもトップレベルの強さだ。しかし、クソ之河はレベル1で既に三分の一に迫っている。成長率次第では、あっさり追い抜きそうだ。因みに俺の平均は110弱。勇者(笑)の少し上。

 ちなみに、技能=才能である以上、先天的なものなので増えたりはしないらしい。唯一の例外が〝派生技能〟だ。

 これは一つの技能を長年磨き続けた末に、いわゆる〝壁を越える〟に至った者が取得する後天的技能である。簡単に言えば今まで出来なかったことが、ある日突然、コツを掴んで猛烈な勢いで熟練度を増すということだ。

 

 クラスメイトが団長に各々のステータスを報告している中、報告を終えた雫がこっちへやってくる。

 

 

「悠聖、ステータスはどうだったの?」

 

「ん」

 

「これまたすごいわね……光輝よりも高いじゃない。それにこの学園都市第一位って天職……何なのかしら?黒塗りのところもあるし……大丈夫なのかしら……」

 

「ほんとですねぇ」

 

 

 なんか雫のほうが俺以上に心配してる。あとサラッとアリスさんが雫と一緒に行動しているのはどうしてだ。昨日の夜は何を話したんだ?仲良くなってますねぇ。

 ようやく俺とハジメの番になったので、ハジメがプレートを見せる。

 今まで、規格外のステータスばかり確認してきたメルド団長の表情はホクホクしている。多くの強力無比な戦友の誕生に喜んでいるのだろう。

 

 その団長の表情が「うん?」と笑顔のまま固まり、ついで「見間違いか?」というようにプレートをコツコツ叩いたり、光にかざしたりする。そして、ジッと凝視した後、もの凄く微妙そうな表情でプレートをハジメに返した。

 

 

「ああ、その、なんだ。錬成師というのは、まぁ、言ってみれば鍛治職のことだ。鍛冶するときに便利だとか……」

 

 

 歯切れ悪くハジメの天職を説明するメルド団長。

 

 

 その様子にハジメを目の敵にしている小悪党が食いつかないはずがない。鍛治職ということは明らかに非戦系天職だ。クラスメイト達全員が戦闘系天職を持ち、これから戦いが待っている状況では役立たずの可能性が大きい。

 

 小悪党筆頭の檜山大介が、ニヤニヤとしながら声を張り上げる。

 

 

「おいおい、南雲。もしかしてお前、非戦系か? 鍛治職でどうやって戦うんだよ? メルドさん、その錬成師って珍しいんっすか?」

 

「……いや、鍛治職の十人に一人は持っている。国お抱えの職人は全員持っているな」

 

「おいおい、南雲~。お前、そんなんで戦えるわけ?」

 

 

 檜山が、実にウザイ感じでハジメと肩を組む。見渡せば、周りの生徒達-----特に男子はニヤニヤと嗤っている。

 

 

「さぁ、やってみないと分からないかな」

 

「じゃあさ、ちょっとステータス見せてみろよ。天職がショボイ分ステータスは高いんだよなぁ~?」

 

 

 メルド団長の表情から内容を察しているだろうに、わざわざ執拗に聞く檜山。本当に嫌な野郎だ。取り巻きの三人もはやし立てる。強い者には媚び、弱い者には強く出る典型的な小物の行動だ。しかしどうしてだろう。こいつらのようにハジメに敵対心を持っているのは、白崎に好意を抱いている。だが、雫や白崎、アリスさんなどの女性陣は一様に不快な表情だ。

 白崎に惚れているくせに、なぜそれに気がつかないのか。そんなことを考えながら、ハジメを助けるために前へ行く。

 

 ハジメのプレートの内容を見て、檜山達は爆笑していた。そんな屑の手元からハジメのステータスプレートを回収し、ハジメに渡す。

 檜山が何か言っているが黙殺してメルド団長にプレートを見せる。

 そして、驚いた表情になる。

 

 

「学園都市第一位……?そんな天職は聞いたことも無いな。それに、天職が塗りつぶされてはいるが二つも……」

 

「やはりバグなんでしょうか?」

 

「うむ…仕方がない。このまま使ってくれ。それと、訓練では剣を使ってくれ。君の技能について教えることはできないから、自分で訓練してくれ」

 

「わかりました」

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「あれ、いったい何が起きたんだ?」

 

 

 ステータスプレートを見せて戻ってくると、ハジメの表情が無になっていた。そんなハジメを愛ちゃんがアワアワしてみている。俺でもここまで追い込んでいないはずだが……

 

 

「愛ちゃんが南雲君にとどめ指しちゃったのよ」

 

「とどめ?」

 

「これ」

 

 

 雫が見せていたプレートには……

 

 

=============================

 

畑山愛子 25歳 女 レベル:1

 

天職:作農師

 

筋力:5

 

体力:10

 

耐性:10

 

敏捷:5

 

魔力:100

 

魔耐:10

 

技能:土壌管理・土壌回復・範囲耕作・成長促進・品種改良・植物系鑑定・肥料生成・混在育成・自動収穫・発酵操作・範囲温度調整・農場結界・豊穣天雨・言語理解

 

===============================

 

 

 あれ?これ俺たちよりもチートっぽくね?

 

 

 確かに全体のステータスは低いし、非戦系天職だろうことは一目でわかるのだが……魔力だけなら勇者に匹敵しており、技能数なら俺ですら超えている。糧食問題は戦争には付きものだ。ハジメのようにいくらでも優秀な代わりのいる職業ではないのだ。つまり、愛ちゃんも十二分にチートで、励まそうとしたら裏目に出たのか。

 

 一人じゃないと期待したハジメへの精神ダメージは相当だろう。

 

 

「な、南雲くん! 大丈夫!?」

 

 

 反応がなくなったハジメを見て白崎が心配そうに駆け寄る。愛子先生は「あれぇ~?」と首を傾げている。相変わらず一生懸命だが空回る愛子先生にほっこりするクラスメイト達。

 

 ハジメに対する嘲笑を止めるという目的自体は達成したものの、上げて落とす的な気遣いと、これからの前途多難さに、俺は苦笑いしかできなかった。

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございます。アンケートへの協力お願いします。


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邂逅

おはこんばんにちわ!いつもと比べると結構短いですし最後の方雑です。ご勘弁を

ではどうぞ!


 

 

 

 全員分のステータスを確認した後、俺たちはメルド団長に連れられて宝物庫に来ていた。それぞれの天職にあった武器を選ぶためだ。

 

 宝物庫の中には、ファンタジー世界でしか見ることのできないような剣や杖、盾などが、種類毎に分けて保管されていた。

 その光景に皆はテンションが上がったらしく、はしゃぎながら各々の天職に見合った武器を探していた。

 かく言う俺もテンションが上がっていたりする。オタクとしてゲームやアニメなどに浸かっていたハジメも喜びを露わにしている。

 そんな俺の隣には一緒に剣を探しに来た雫がいる。

 

 

「さすがに圧巻ね。装飾が多くて使いにくそうな物が多いけど」

 

「まぁ宝物庫って言うぐらいだし、実戦向きじゃないのもあるかもな」

 

 

 そう、この宝物庫には装飾過多な武器が多いのだ。戦い用より、儀礼用として使われているのかもしれない。

 

 

「メルド団長が言っていたアーティファクトなんじゃないかしら?宝石とかも武器によって違う能力を持ってたりするじゃない」

 

「そうだな。それと、雫ってこの話題についてこれるんだな。興味ないのかと思ってたし」

 

「私じゃないわよ。香織が南雲君との話題のために勉強していたのだけど、それに巻き込まれたのよ……」

 

「なーる。だから白崎はハジメに内緒でアイツの好きなアニメや漫画について教えて欲しいって頼んできたのか」

 

「そうよ。おかげであなたたちとそれなりに話せるくらいにはなったわ」

 

 

 そんな軽口をしながら物色するも、雫の反応がイマイチよくない。

 

 

「アーティファクトって言ってる割には合わないみたいだな」

 

「悪くはないんだけどね……刀のほうがしっくり来るのよ」

 

 

 なるほど。雫の実家である八重樫剣術道場は古流剣術なので、刀を使う。

 まぁ俺は理由がそれだけでないことを、とある事情で知っているが、本人は知らないようなので言う必要はないだろう。

 

 

 別の場所から騒がしい声が聞こえたので見てみれば、勇者(笑)が宝物庫の中でも別格であろう一振りの長剣を手にしていた。その剣の刀身は光っているようだ。

 

 

「驚いたな。これは国宝の聖剣なんだが……簡単に使い手として選ばれるとは流石だな。期待しているぞ」

 

 

 まぁわかりきっていたことだ。聖剣を使えない勇者がいたら、それこそまさに勇者(爆)だろう。

 

 

 しばらく探索していると、壁際に掛けられている十字剣を見つけた。柄の部分には、血のように赤い宝石が埋められている。なんでも、吸血鬼の血を封じ込め、魔力を流すことで一時的だがステータスが爆発的に上がるらしいとメルド団長が教えてくれた。だが、一度魔力を流すと使用者の魔力が枯渇するまで吸い続けるので封印指定のものらしい。

 

〝-----オレを手に取れ-----”

 

 

「……え?」

 

 

 声が聞こえた。でもそっちを見てもあるのは十字剣だけ。まさか……こいつが……?

 

“-----オレを……掴め-----”

 

 俺はその声に従うように十字剣へと手を伸ばす。

 

 

「ちょっと、悠聖?!」

 

 

 雫の制止する声すら無視して柄を掴む。その瞬間、俺の中に何かが入ってくる感覚に襲われる。人の形をした闇のようにおぞましいもの。目を逸らしたくても逸らせない。そして目の前まで迫ってきたソレは俺の体を包むように広がり-----そこで俺の意識は途切れた。

 

 

 

 

 




読了ありがとうございます。

たくさんの感想送ってもらったんですけどそれの半数近くが一方通行=ロリコンだからオリ主もロリコンで天職欄に書いてあると思ってましたってのが多くてびっくりしましたwwオリ主はロリコンじゃないよ……多分。でも愛ちゃんは見た目ロr…グフッ(作者は殴打されました)


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訓練

どうも、おはこんばんにちわ。大学の一年生だけ参加の研修に行っていたので金曜日に挙げられなかったです。待ってた人ごめんなさい!急いで書いたのでクオリティ高くないかもです。

ではどうぞ。


「はぁっ!」

 

「セイッ!」

 

 

 俺と雫の振るった訓練用に刃引きされた木剣が激しくぶつかる。これでも元は雫の実家の道場に通っていたのだ。それなりに雫のクセも分かっているのだが……

 

 

「フッ!」

 

「くぅッ!」

 

 

 スランプのせいか、時折攻撃を捌けない時がある。そんな時は技能の並立思考を使って反射している。しかし-----

 

 

「ぐあっ!」

 

 

 今のように天職が剣士の雫の敏捷性に抜かれてこちらが攻撃を受けることもザラだ。もっと早く、正確に演算して反射しなければ戦闘では使うことが出来ない。一方通行のように一瞬で演算できるようになるまではひたすら戦闘で慣れるしかない。

雫が練習に付き合ってくれたこともあってステータスはそこそこ伸びた。どれほどかと言うと

 

 

==================================

 

榊悠聖 17歳 男 レベル:2

 

天職:学園都市第一位・■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ (■ ■ ■ ■)

 

筋力:290

 

体力:300

 

耐性:250

 

敏捷:240

 

魔力:60

 

魔耐:60

 

技能:ベクトル操作・悪党の立ち振る舞い・剣術(+抜刀術)・気配探知・情報隠蔽・縮地・物理耐性・並立思考・■ ■ ■ ■・言語理解

 

================================

 

 

 こんな感じである。因みに、勇者(笑)である天之河のステータスはオール200。俺を除けばクラス内で一番高い数値だ。技能の総数はあちらが多いが、俺の場合は、全部反射すれば被害はないはずなので、気配探知や縮地などの反射以外の技能を磨くことが多い。

 雫と模擬戦をしているのは、いざという時に躊躇しないようにするためだ。この話を持ち掛けてきたのは雫だ。俺が初日にした話を踏まえ、備えるらしい。勇者(笑)がいないのは、アイツなら「雫がそんなことをする必要はない」と腑抜けたことを言うかもしれないからだ。

 

 

「悠聖、あなたは……忌避感はないの?」

 

 

はっきりとは言わなかったが、それが魔人族を殺さなければいけないことだと分かった。

 

 

「そんなわけないだろ、俺だってできることなら殺しはしたくない。でもそうしないと生き残れなかったり、俺にとっての大切なものが失われそうになったら、それを守るために殺すだろうけどな」

 

「そう……その大切なものの中には私も入ってるのかしら?」

 

「?当然だろ?」

 

「そう……ふふ」

 

 

 なんか雫が嬉しそうだった。どうしたんだろう?

 

 そんなことを考えながら雫と二人で、アリスさんが持ってきてくれた水を飲みながら休憩していると、ハジメがクズ党4人組に連れていかれるのを視界の端にとらえた。

 立ち上がると、対策をすぐさま講じる。

 

 

「悪い雫、ちょっと用事ができた。それと、白崎を連れてきてくれ!アリスさんはもう一人分のタオルと水を用意しといてくれませんか?」

 

「わかりました」

 

「いいけど……ちょ、悠聖!どこに行くのよ?!」

 

 

 受け答えもそこそこに、足裏のベクトルを操作し、ハジメが連れていかれた訓練場から離れた場所へと向かった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

(三人称視点)

 

 

 図書館でこの世界や魔物のことについて勉強していたハジメは、訓練の時間が迫っていることに気づいて訓練場に来ていた。

 訓練施設では既に何人もの生徒達がやって来て談笑したり自主練したりしていた。どうやら案外早く着いたようなので、自主練でもして待つかと、支給された西洋風の細身の剣を取り出した。

 と、その時、唐突に後ろから衝撃を受けてハジメはたたらを踏んだ。顔をしかめながら背後を振り返ったハジメは予想通りの面子に心底うんざりした表情をした。

 

 そこにいたのは、檜山大介率いる小悪党四人組(ハジメ命名)である。訓練が始まってからというもの、ことあるごとにハジメにちょっかいをかけてくるのだ。ハジメが訓練に積極的になれない理由の半分だ。もう半分は、悠聖たちの訓練を見ていると自分の無能っぷりを見せつけられるからだ。

 

 

「よぉ、南雲。なにしてんの? お前が剣持っても意味ないだろが。マジ無能なんだしよ~」

 

「ちょっ、檜山言い過ぎ! いくら本当だからってさ~、ギャハハハ」

 

「なんで毎回訓練に出てくるわけ? 俺なら恥ずかしくて無理だわ! ヒヒヒ」

 

「なぁ、大介。こいつさぁ、なんかもう哀れだから、俺らで稽古つけてやんね?」

 

「あぁ? おいおい、信治、お前マジ優し過ぎじゃね? まぁ、俺も優しいし? 稽古つけてやってもいいけどさぁ~」

 

「おお、いいじゃん。俺ら超優しいじゃん。無能のために時間使ってやるとかさ~。南雲~感謝しろよ?」

 

 

 そんなことを言いながら馴れ馴れしく肩を組まれ、人目につかない所へ連れていかれる。それにクラスメイト達は気がついたようだが見て見ぬふりをする。

 

 

「いや、一人でするから大丈夫だって。僕のことは放っておいてくれていいからさ」

 

 

 ハジメはやんわりと断るのだが、それが気に食わなかったのか、本音を出し始める。

 

 

「はぁ? 俺らがわざわざ無能のお前を鍛えてやろうってのに何言ってんの? マジ有り得ないんだけど。お前はただ、ありがとうございますって言ってればいいんだよ!」

 

 

 そう言って、脇腹を殴る檜山。ハジメは「ぐっ」と痛みに顔をしかめながら呻く。

 

 4人は段々暴力にためらいを覚えなくなってきているようだ。まぁ高校生男子が突然強大な力を手にしたら、その力を使いたがるのは分かるのだが、その矛先を向けられては堪ったものではない。かと言って反抗できるほどの力もないので、ハジメは悔しさに口を噛み締めることしか出来ない。

 

 やがて、訓練施設からは死角になっている人気のない場所に来ると、檜山はハジメを突き飛ばして、訓練と称したイジメを始める。

 

 

「ほら、さっさと立てよ。楽しい訓練の時間だぞ?」

 

 

 檜山、中野、斎藤、近藤の四人に周りを取り囲まれてしまったので、嫌々ながらもハジメは立ち上がる。

 

 

「ぐぁ!?」

 

 

 その瞬間、近藤背後から剣の鞘で殴られる。悲鳴を上げ前のめりに倒れるハジメに、更に追撃が加わる。

 

 

「ほら、なに寝てんだよ? 焦げるぞ~。ここに焼撃を望む――〝火球〟」

 

 

 中野が火属性魔法〝火球〟を放つ。倒れた直後であることと背中の痛みで直ぐに起き上がることができないのでハジメは、ゴロゴロと必死に転がりなんとか避けるがそこを狙ったように、今度は斎藤が魔法を放って来る。

 

 

「ここに風撃を望む――〝風球〟」

 

 

 風の塊が立ち上がりかけたタイミングで腹部に直撃し、仰向けに吹き飛ばされる。「オエッ」と胃液を吐きながら蹲る。

 

 

 魔法自体は一小節の下級魔法だが、現実世界でプロボクサーに殴られるくらいの威力は持っている。王国が勇者一行のためと言って支給している魔方陣によるものだ。戦闘で使うことを目的としているので、威力が高いのも難点だ。

 

 

「ちょ、マジ弱すぎ。南雲さぁ~、マジやる気あんの?」

 

 

 そう言って、蹲るハジメの腹に檜山が蹴りを叩き込んでくる。ハジメは込み上げる嘔吐感を抑えるので精一杯だが、何度も何度も同じようなことを繰り返される。ハジメは痛みに耐えながらなぜ自分だけ弱いのかと悔しさに奥歯を噛み締める。本来なら敵わないまでも反撃くらいすべきかもしれないのだが、ハジメは昔からこのように他人に暴力を振るうのを嫌っていたので、誰かと喧嘩しそうになったときはいつも自分が折れていた。自分が我慢すれば話はそこで終わり。喧嘩するよりずっといい、そう思ってしまうのだ。

 そういう点では悠聖を凄いと思える。彼は昔から喧嘩が強かった。だが、檜山たちの様に他人をいたぶるために使っていた訳では無い。本人曰く、自分の守りたいものを守る時にしかそういうことはしないらしい。現に、ハジメは何度も悠聖に助けられているので、本当だと知っている。

 少しずつ痛みが全身に広がり、意識が朦朧としてきた時、唐突に檜山が「ぐあっ!」と悲鳴をあげて吹き飛んだ。

 何事かと思って残り少ない体力を駆使して顔を上げると誰かが自分を檜山たち4人から守るように背を向けて立っていた。

 

 

「遅くなって悪かった、ハジメ」

 

 

 それは、幼なじみの悠聖だった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 俺は背後で痛めつけられた部位を抑えて蹲るハジメに遅れてしまったことを伝える。

 

 

「遅くなって悪かった、ハジメ」

 

「う、ううん。大丈夫だよ……」

 

 

 どう見ても大丈夫ではないのだが、俺は回復魔法が使えないので、ハジメは不本意だろうが、白崎に任せるしかないだろう。

 そう結論付けて俺は正面に向き直る。そこには、俺に殴り飛ばされた衝撃から何とか立ち上がった檜山の姿があった。

 

 

「おい榊、てめぇ何しやがる!」

 

「何していたのか聞きたいのはこっちだ!どれだけハジメのこと痛めつけやがった!」

 

 

 それを聞いた檜山達は言い訳を始めた。

 

 

「いや、違うんだよ。痛めつけてたんじゃなくて訓練だったんだよ。そしたら魔法の当たり所が悪かったみたいでさ、ちょうど医務室に連れて行こうとしてたんだよ」

 

「そうそう」

 

 

 他の3人も檜山の言葉を肯定するようにうんうんと頷く。けどな、ニヤニヤとした意地汚い笑いが顔に出てるぞ。その程度で俺をだませると思ったら大間違いだ。

 

 

「そうか、訓練だったか……なら一つ聞く。いつから自分たちが他人に訓練できるほど強くなったと思った?もし本当に強くなったというのなら、勇者の天之河よりも強い俺をぶちのめしてみろよォ!」

 

「え、ちょ、ま?!」

 

 

 俺が剣を抜きながら脅すと、4人は目に見えて狼狽え始める。そんな彼らにさらなる追撃が入る。

 

 

「何やってるの!?」

 

 

 

 その声に「やべっ」という顔をする檜山達。当然だ。やって来た白崎は、小悪党4人組が惚れているからだ。

 

 

「悠聖、南雲君、大丈夫?」

 

 

 雫も白崎の後ろから来て声を掛けてくる。白崎だけでは心配だからついてきたようだ。だがその後ろには余分なのがいた。そう、勇者(笑)のクソ之河と金魚の糞である坂上だ。

 雫に何であいつらがいるのかと目線で問うと、勝手に付いてきてしまったのだとこちらも目線で答えた。雫とは目線を交わすだけで互いの考えていることがそれなりにわかるのだ。

 

 

「いや、誤解しないで欲しいんだけど、俺達、南雲の特訓に付き合ってただけで…」

 

「南雲くん!」

 

 

 白崎は檜山の弁明を無視して、痛みをこらえて蹲るハジメに駆け寄る。ハジメの様子を見た瞬間、檜山達のことは頭から消えたようである。ザマァwwwww

 

 

「特訓ね。それにしては随分と一方的みたいだけど?」

 

「いや、それは……」

 

 

 さらに雫が追い打ちをかけていく。俺が大人しく引くように言おうとしたタイミングで横槍が入る。

 

 

「言い訳はいい。いくら南雲が戦闘に向かないからって、同じクラスの仲間だ。二度とこういうことはするべきじゃない」

 

「くっだらねぇことする暇があるなら、自分を鍛えろっての」

 

 

 勘違い勇者と金魚の糞だ。それでも、クラスの中心人物たちから諭された小悪党4人組は誤魔化し笑いをしながらそそくさと立ち去ろうとしたが、俺は一言言っておく。

 

 

「もし次てめぇらがハジメに同じようなことをしてるのを見たら警告無しに攻撃するからな」

 

 

 俺が雫と二人で、高速の剣戟を繰り広げているのを知っている4人は、脱兎のごとく逃げ出した。

 白崎が回復魔法を掛けて、ハジメの傷を徐々に癒していく。

 

 

「あ、ありがとう。白崎さん。助かったよ」

 

 

 苦笑いするハジメに白崎は泣きそうな顔でブンブンと首を振る。

 

 

「いつもあんなことされてたの? それなら、私が……」

 

 

 怒りに満ちた表情で檜山達が去った方を睨む白崎を、ハジメは慌てて止める。

 

 

「いや、そんないつもってわけじゃないから! 大丈夫だから、ホント気にしないで!」

 

「でも……」

 

 

 なかなか納得できない白崎に再度「大丈夫」と笑顔を見せるハジメ。白崎も、渋々ながら引き下がる。

 

 

「南雲君、何かあれば遠慮なく言ってちょうだい。香織もその方が納得するわ」

 

 

 渋い表情をしている白崎を横目に、苦笑いしながら雫が言う。それにも礼を言うハジメ。しかし、そこで水を差すのが勇者クオリティー。

 

 

「だが、南雲自身ももっと努力すべきだ。弱さを言い訳にしていては強くなれないだろう? 聞けば、訓練のないときは図書館で読書に耽っているそうじゃないか。俺なら少しでも強くなるために空いている時間も鍛錬にあてるよ。南雲も、もう少し真面目になった方がいい。檜山達も、南雲の不真面目さをどうにかしようとしたのかもしれないだろ?」

 

 

 俺は開いた口が塞がらなかった。今の出来事をどう解釈すればそうなるのか。クソ之河がご都合解釈と性善説の塊だとしても、さすがにこれはないだろう。ついに頭が沸いたか。

 こいつの思考パターンは、基本的に人間はそう悪ことはしない。そう見える何かをしたのなら相応の理由があるはず。もしかしたら相手の方に原因があるのかもしれない! という過程を経るのである。そのうえ、こいつの言葉には本気で悪意がない。真剣にハジメを思って忠告しているのだ。ハジメは既に誤解を解く気力が萎えたようで、諦めの表情だ。ここまで自分の思考というか正義感に疑問を抱かない人間には何を言っても無駄だろうと。だが、俺は奴に楯突く。ハジメを守るために。

 

 

「ちょっと待てやクソ之河」

 

「ク、クソ之河?!い、いきなりなんだよ、榊」

 

「あぁ、テメェが人を疑わない人間だってことは知ってたけどよォ、さすがに努力してる友人を目の前で貶されるのは気に入らないんでな」

 

「努力しているだって?南雲は訓練の最中もほとんど何もしないで一人でいるじゃないか。それのどこが努力してるって言うんだ?」

 

「それは違うな。ハジメは訓練の時間だって錬成の使い道について考えているし、読書の時間だってこの世界のことについて学んでいるんだ。これのどこが努力してないって言うんだ?」

 

「で、でも、知識があったからと言ってどうなるんだ?別にステータスが上がるわけじゃないだろう」

 

「確かにステータスは上がらねぇよ。それでも知識ってのは戦闘の経験値よりも重い意味を持つときがある。その意味がお前にわかるか?」

 

「だがそれでも訓練をしなければステータスは上がらない。もう少し訓練の時間を増やすべきだ。榊も変なことを言って南雲を困らしちゃいけない」

 

「アァ?!」

 

「ストップ!」

 

 

 一触即発の雰囲気を止めたのは雫だった。俺とクソ之河の間に割り込む。

 

 

「……チッ!」

 

 

 さすがに雫にまで迷惑をかける気はないので手を引く。ただもうやる気がなくなった。

 

 

「雫~、俺今日の訓練でねぇわ。団長にそれとなく言っといてくれ」

 

「ちょ、悠聖!」

 

 

 その場にいた全員から視線が飛んでくるが、無視して自室に引っ込んだ。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 夕食の時間、メルド団長から、今日の訓練をさぼったことについての注意がされた。ただ、誰かが話を通したのか、厳重注意だけだった。そして、そのあとに重要な報告があり、明日から実践訓練のために【オルクス大迷宮】に遠征に行くらしい。ちょっとだけ楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございます。私の天之河嫌いが如実に出てる気がする…


アンケートはあと二話ほどで切ります。


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月下の誓い

どうも皆さん、おはこんばんにちわ。ちょっと遅くなりました。後半はオリジナルです。サブタイはFate~Hevens Feel~の第一章を変えてみました
ではどうぞ


【オルクス大迷宮】

 

 

 それは、全百階層からなると言われている大迷宮である。七大迷宮の一つで、階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現するそうだ。

 だがそれでも、この迷宮は冒険者や傭兵、新兵の訓練に非常に人気があるのだ。階層により魔物の強さを測りやすいからということと、出現する魔物が地上の魔物に比べ遥かに良質の魔石を体内に抱えているからなのだ(ハジメ情報)。

 魔石とは、魔物を魔物たらしめる力の核をいう。強力な魔物ほど良質で大きな核を備えており、この魔石は魔法陣を作成する際の原料となる。魔法陣はただ描くだけでも発動するが、魔石を粉末にし、刻み込むなり染料として使うなりした場合と比較すると、その効果は三分の一程度にまで減退する。まぁ要するに、凄い石だ(小並感)

 だが、良質な魔石を狙っても手に入れることはかなり難しい。良質な魔石を持つ魔物ほど強力な固有魔法を使うからだ。固有魔法とは、詠唱や魔法陣を使えないため魔力はあっても多彩な魔法を使えない魔物が使う唯一の魔法である。一種類しか使えない代わりに詠唱も魔法陣もなしに放つことができる。魔物が油断ならない最大の理由だ。高純度になればなるほど魔石の質は上がるが、魔物もその分強くなる。今回の訓練ではそんなに深くまで行くことはないらしいが。

 

 俺達勇者一行+αは、メルド団長率いる騎士団員複数名と共に、【オルクス大迷宮】へ挑戦する冒険者達のための宿場町【ホルアド】に到着した。新兵訓練によく利用するようで王国直営の宿屋があり、そこに泊まることになっている。

 

 久しぶりに普通の部屋を見た気がする。それが宿の部屋に入った俺とハジメの最初の感想だ。俺たちはベッドにダイブし「ふぅ~」と気を緩めた。俺とハジメは同室だ。気兼ねなく休める。因みに、部屋割りを決めるタイミングでひと悶着あったがここでは割愛。アリスさんは王宮で待っている。本人はついて来ようとしたが、さすがに戦闘職じゃないのにつれていけないといって説得したのだ。痴話喧嘩みたいになっていたらしく、雫の機嫌が悪かった。

 

 明日から早速、迷宮に挑戦だ。今回は行っても二十階層までらしく、それくらいなら、ハジメのような最弱キャラがいても十分カバーできると団長から直々に教えられた。それに、俺もハジメのことは守るつもりなので、大丈夫だろう。

 ハジメは申し訳ないと言う他ないような表情だったが、友を守るのは当然だと言って納得させた。

 

 しばらく、借りてきた迷宮低層の魔物図鑑を読んでいると、徐々に眠気がやってきた。明日は早いから今から寝るのもありだろう。

 俺とハジメはそれぞれのベッドに入り、「おやすみ」と挨拶を交わして目を閉じた。

 

 

 しかし、まどろみ始めたその時、扉をノックする音が響いた。立ち上がり、睡眠を妨げる悪魔が男だったら殴り倒す、雫だったら歓迎と決めてドアに向かう。今トータスにおいては十分深夜にあたる時間だもんね。仕方ないね。

 

 

「南雲くん、起きてる? 白崎です。ちょっと、いいかな?」

 

 

 その瞬間、俺は立ち位置を入れ替えてハジメにドアを開けさせる。え、と一瞬硬直するも、ハジメは慌てて扉に向かい、鍵を外して扉を開けると、そこには純白のネグリジェにカーディガンを羽織っただけの白崎が立っていた。

 

 

「……なんでやねん」

 

「あっ…………(察し)」

 

「えっ?」

 

 

 ある意味、衝撃的な光景に思わず関西弁でツッコミを入れてしまうハジメ。俺は白崎が来た理由を何となく察する。よく聞こえなかったのか白崎はキョトンとしている。

 ハジメは、慌てて気を取り直すと、なるべく白崎を見ないように用件を聞く。いくらリアルに興味が薄いとはいえ、ハジメも立派な思春期男子。今の白崎の格好は少々刺激が強すぎるようだ。俺?特に気にしないですはい。

 

 

「あ~いや、なんでもないよ。えっと、どうしたのかな? 何か連絡事項でも?」

 

「ううん。その、少し南雲くんと話たくて……やっぱり迷惑だったかな?」

 

「…………どうぞ」

 

 

 白崎は、即座に弾丸を撃ち込んでくる。しかも上目遣いという炸薬付き。効果は抜群だ! それに圧倒されたハジメは自然とドアを開けた。ちょっとー、俺いるんだけどー?いないモノ扱いすんなや。

 

 なにも警戒せず嬉しそうに部屋に入って来る白崎は、自分のベットの上に居る俺を見て硬直する。分かった分かった、分かりましたよ。

 

 

「はぁ……ハジメ、俺ちょっと夜風に当たってくるからな。2時間ぐらいでいいな?」

 

「えっ……ちょっ、悠聖?!」

 

 

 敢えて生々しい時間を伝えて部屋をでる。ハジメは慌てて俺を呼び止めようとするが無視。白崎はよく分からずにキョトンとしていた。

 部屋を出たはいいがさて、どこへ行こう?

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 そんなわけで俺は現在宿泊しているホルアドの宿の外を散歩している。空には満月が輝いており、うっすらと地面を照らし出している。月明かりに導かれるようにして、俺は小さな開けた場所に出る。そこには、一人の女神がいた。

 雫だ。彼女は自分の剣を正眼に構え、素振りをしていた。幼少期から剣道をやっていたからか、その構えは美しい。さらに、月明かりがその姿をうっすらと照らし出している。いっそ神々しさすら感じられる。

 思わず見惚れていると雫がこちらの気配を察したのか、こちらを振り向く。当然ボーッと突っ立っていた俺と目が合うわけで。

 

 

「あら、悠聖じゃない。どうしたのよ」

 

「いや、俺とハジメの部屋に白崎が突撃してきてな。おかげで俺は部屋に居れなくなったんだよ」

 

「あら、やっぱり香織はそっちに行っちゃったのね」

 

「ん?その言い方だと雫は白崎が来た理由を知ってるのか?」

 

「ええ、まぁね。ただ……」

 

 

 そこで言い淀む雫。どうやら言いにくいことらしい。

 

 

「別に無理して言わなくてもいいぞ。俺も聞きたいわけじゃないし」

 

「大丈夫よ…聞いてもらえるかしら?」

 

「別に構わないぞ」

 

 

 雫は決心したように表情を引き締めると口を開いた。

 

 

「さっきまでちょっと仮眠してたんだけどね……夢を見たのよ」

 

「夢?」

 

「ええ、それでその内容なんだけどね、悠聖が消えてしまうの」

 

「俺が…消える?」

 

 

 こくりと頷く雫。

 

 

「そうなの。夢の中で悠聖は私の前を歩いてるんだけど……どれだけ走っても追いつけないのに少しずつ距離が開いていって、最後にはあなたが炎の中に消えて行ってしまうの」

 

 

 ……心当たりがないわけではない。ヴィルヘルムが聖槍十三騎士団の一員となったときにカール・クラフトから授けられた「望んだ相手を逃し続ける」という呪いを表しているのかもしれない。まぁ聖遺物に適合した時点で呪いがかかるのかどうかは分からない。それに俺が聖遺物と適合したのかどうかすら分かっていない。

 

 

「……悠聖は……どこにも行ったりしないわよね?もし離れ離れになっても帰ってきてくれるわよね……?」

 

 

 その問いにはすぐに答えられなかった。前述の呪いのこともあるが、このような時に見る夢は実際に起きてしまうケースがあるらしい。一種の未来視だとか言われているらしいが本当のことは分からない。

 

 

「大丈夫だって、俺は絶対にお前の前から居なくなることはねぇよ。忘れたのか?俺は勇者よりも強いんだぞ」

 

 

 そう言っておどけて見せるが、雫の表情はあまり良くならない。

 仕方がないので、雫が安心できるであろう言葉を探す。

 

 

「ならさ、雫。もし俺が危なくなったらさ、助けてくれよ」

 

「え……?」

 

「そんなに俺のことが心配なら無理して勇者たちといる意味は無いんだぞ?後ろをついてく俺の隣にいればいい。ま、決めるのは雫だが」

 

「……わかったわ。そこまで言われて納得しなきゃ余計な気遣いになるわね。私は光輝たちを支える役目があるから最前線へ出るわ。悠聖もあまり無理をしちゃダメよ」

 

「分かってるよ」

 

「ならいいわ。それと、最後に一つ、約束してくれないかしら?」

 

「俺にできることなら別に構わないが」

 

「大丈夫よ。そんなに無理難題じゃないから。もし私たちが何かしらの理由で離れ離れになったとしても……絶対に私の元へ帰ってきて」

 

「なんだ、そんなことか。お安い御用だ。じゃあ俺からも一つ。もしそうなってもさ、俺が帰ってくるまで待っててくれるか?それまでにはさ、雫やハジメ、白崎を守れるくらいには強くなって帰ってくるからよ」

 

「ええ……約束するわ。あなたが必ず私の元へ生きて帰ってきてくれるまで待ってるって」

 

 

 そういって雫はクルリと背を向けて空を見上げた。

 

 

「……見て、悠聖。月がきれいに出てるわ」

 

「お、ホントだな」

 

 

 俺は雫の隣に立ち、空を見上げる。

 無意識のうちに雫のほうに手を出していて、彼女はそれに何を言うでもなく黙って握り返してきた。そうやって二人で十分ほど夜空を眺めていた。

 ウトウトし始めた雫をおんぶして部屋に連れて行ったのはここだけの話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございます。最後の辺流した感じになってしまいました。
そろそろアンケート締め切りです。そのすぐ後に次のアンケートがあります。投票よろしくお願いします。


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絶望へのカウントダウン

どうも、おはこんばんにちわ。ちょっと期間が長かったですね。ホントは平成のうちに出そうと思ったんですが、大学のクラブでゴールデンウィーク明けに締め切りのある小説を書かなきゃいけなかったんです。しかもまだ終わってないというやばさ。キッツいなぁー


まぁコツコツ書いていきます。ではどうぞ!


 翌日、俺たちはメルド団長をはじめとしたハイリヒ王国騎士団の団員の付き添いの元、【オルクス大迷宮】へと潜っている。

 迷宮の入り口はゲームでよくあるような不気味な洞窟だと思っていた俺とハジメは、博物館の入場ゲートのような入り口を見てがっかりした。しかも周りには屋台などが沢山あり、迷宮の入り口とは思えないほどに活気づいていた。

 

 ちなみに、騎士団員の後ろを、周りをきょろきょろと見ながら付いていく姿は生まれたばかりのアヒルのようだろう。そんな様子を冒険者は微笑ましい表情で見ていたことは誰も知らない。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 迷宮の中は、外の賑やかさとは無縁だった。

 縦横五メートル以上ある通路は明かりもないのに薄ぼんやり発光しており、松明や明かりの魔法具がなくてもある程度視認が可能だ。緑光石という特殊な鉱物が多数埋まっているらしく、【オルクス大迷宮】は、この巨大な緑光石の鉱脈を掘って出来ているらしい。

 

 俺たちは隊列を組みながらゾロゾロと進む。俺とハジメは隊列の最後尾を歩いている。俺のステータスがクラス内で一番高いので、メルド団長に最前線へ行くように言われたのだが、ハジメの身を守るためだと言って無理やり納得させた。あのバカ勇者と一緒に戦いたくなかったってのもある。フレンドリーファイアされそう。しばらく何事もなく進んでいると広間に出た。ドーム状の大きな場所で天井の高さは七、八メートル位ありそうだ。

 

 物珍しげに辺りを見渡していると、壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が湧き出てきた。

 

 

「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ! 交代で前に出てもらうからな、準備しておけ! あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」

 

 

 メルド団長が最前線の勇者パーティーにアドバイスをする。その言葉通り、ラットマンと呼ばれた魔物が結構な速度で飛びかかってきた。

 灰色の体毛に赤黒い目がギラりと光る。ラットマンという名称に相応しく外見はねずみっぽいが……二足歩行で上半身がムキムキだった。八つに割れた腹筋と膨れあがった胸筋の部分だけ毛がない。そして、まるで見せびらかすようにポーズを取る。男からしたら吐き気しか催さない。

 ヤツの正面に立つ勇者(笑)はどうでもいいのだが、雫の頬が引き攣っている。よし、あのクソネズミは抹殺だ。

 それと、雫はあまり知られてないがかわいいものが大好きだ。あんな悍ましいものを見たらトラウマになっちまう。後で慰めなければ(謎の使命感)。

 

 間合いに入ったラットマンを雫、勇者(爆)、脳筋の三人で迎撃する。その間に、白崎と特に親しい女子二人、メガネっ娘の中村恵里とロリ元気っ子の谷口鈴が詠唱を開始。魔法を発動する準備に入る。訓練通りの堅実なフォーメーションだ。逆に、不意を打たれると弱いが、あのネズミにそこまでの知能はないだろう。

 

 勇者(爆)は純白に輝くバスタードソードを視認も難しい程の速度で振るって数体をまとめて葬っている。まぁ他のメンバーには見えないだけであって、俺にはスローモーションで見えている。この上層ならあのレベルでも十分だが。

 あの剣はハイリヒ王国が管理するアーティファクトの一つで、名称はべったべったの〝聖剣〟である。何のひねりも無くて拍子抜け。ただ性能は馬鹿にできない。光属性の性質が付与されており、光源に入る敵を弱体化させると同時に自身の身体能力を自動で強化してくれるという能力を持っている。いやらしい、実にいやらしい。

 脳筋は、空手部らしく天職が〝拳士〟であることから籠手と脛当てを付けている。これもアーティファクトで衝撃波を出すことができ、また決して壊れないのだという。どっしりと構えて敵を後衛に近づけないその姿はまさに重戦士のそれだ。

 雫は、サムライガールらしく〝剣士〟の天職持ちで刀とシャムシールの中間のような剣を抜刀術の要領で抜き放ち、一瞬で敵を切り裂いていく。その動きは洗練されていて、騎士団員をして感嘆させるほどである。うん、美しいね、さすがは雫だ。

 そして雫たちを援護するように後衛の白崎達から詠唱が響き渡った。

 

 

「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ――〝螺炎〟」」」

 

 

 三人同時に発動した螺旋状に渦巻く炎がラットマン達を吸い上げるように巻き込み燃やし尽くしていく。「キィイイッ」という断末魔の悲鳴を上げながらパラパラと降り注ぐ灰へと変わり果て絶命する。

 後にはラットマンの影も形もなかった。他の生徒の出番はなしである。どうやら、仮にも勇者として召喚された俺たちの戦力では一階層の敵は弱すぎるらしい。

 

 

「ああ~、うん、よくやったぞ! 次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」

 

 

 さすがの団長も苦笑いだった。王国最強の戦士でもここまでの火力は見たことがないようだ。生徒の優秀さに苦笑いしながら気を抜かないよう注意する団長。しかし、初めての迷宮の魔物討伐にテンションが上がるのは止められないようで、頬が緩む生徒達に「しょうがねぇな」と団長は肩を竦めた。

 

 

「それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」

 

 

 団長の言葉に白崎達後衛組は、やりすぎを自覚して思わず頬を赤らめるのだった。

 

 

 そこからは特に問題もなく交代しながら戦闘を繰り返し、順調よく階層を下げて行った。

 

 そして、一流の冒険者か否かを分けると言われている二十階層にたどり着いた。

 

 現在の迷宮最高到達階層は六十五階層らしいのだが、それは百年以上前の冒険者がなした偉業であり、今では超一流で四十階層越え、二十階層を越えれば十分に一流扱いだという。

 俺達は戦闘経験こそ少ないものの、全員がチート持ちなのだ。この世界の超一流など火力のごり押しでどうにかなってしまう。楽々と二十階層まで攻略できた。だが、迷宮で一番恐いのはトラップである。RPGではよく見るものだ。ゲームの中ならやり直しがきくが、現実ではそうもいかない。致死性のトラップに引っかかったらそこでおしまいなのだ。

 故に、トラップ対策として〝フェアスコープ〟という魔法がある。これは魔力の流れを感知してトラップを発見することができるという優れものだ。迷宮のトラップはほとんどが魔法を用いたものであるので、ほとんどはフェアスコープで発見できる。ただし、欠点がある。それは索敵範囲がかなり狭いこと。なので、スムーズに進もうと思えば使用者の経験による索敵範囲の選別が必要だ。

 

 なので、俺たちの力押しが七割、団長の連れてきた団員たちによる補助が三割。俺たちだけではここまで安全に来ることはできなかっただろう。ひとえに彼らのおかげだ。

 

 

「よし、お前達。ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。今までが楽勝だったからと言ってくれぐれも油断するなよ! 今日はこの二十階層で訓練して終了だ! 気合入れろ!」

 

 

 団長の声が響く。アドバイスに一行の間に緊張が走る。

 

 ここまで、ハジメは特に何もしていない。まぁ俺もこれと言って派手なことをやったわけじゃないが。ハジメは騎士団員たちが弱らせて誘導した魔物を錬成を使って固定、一瞬のスキをついて剣で串刺しにしただけだ。ハジメ本人はそこまですごいことをしたとは思っていないようだが、団員たちを見ると少なからず驚いていた。ハジメは見ていないから気づいたのは俺だけだ。

 

 

「悠聖、これどう見てもただの寄生プレイヤーだよね……」

 

「おいおい、それを言うならステータスが高いから最前線から遠ざけられた俺に当てはまると思うんだが」

 

「そ、そうだよね…はぁ~」

 

 

 ハジメはどこまでも落ち込んでいく。確かに戦線を遠ざけられた俺と一緒に居たらそう思うのも無理はない。

 

 

「それでもちゃんと成果は出てると思うぞ。錬成の速度が上がってるように見える」

 

「あ、やっぱり?僕もそう思ってたんだ」

 

 

 ハジメも気づいていた。ならもうちょい自信持てよと思ったが言おうとしたタイミングで騎士団員が弱った魔物をハジメのほうに誘導したので、邪魔にならないように距離を取る。

 

 そんな俺を見て、溜息を吐きながら魔物に接近、手を突いて地面を錬成。万一にも動けないようにして、魔物の腹部めがけて剣を突き出し串刺しにした。普通に戦えてるぞ、おい。

 魔力回復薬を口に含みながら、額の汗を拭うハジメ。騎士団員達が感心したようにハジメを見ていることには気がついていない。

 

 やはり彼らはそこまで期待していなかったらしい。まぁ錬成師なんて戦闘職じゃないもんな。実際は錬成を利用して確実に動きを封じてから、止めを刺すという騎士団員達も見たことがない戦法で確実に倒していくのだ。錬成師は鍛冶職とイコールに考えているから錬成師が実戦で錬成を利用することなど思いつかなかったのだろう。

 

 この戦い方は、ハジメ自身が自分で考え付いたものなので俺も知らなかった。錬成の練習には付き合ったが、こんな策を考えていたとは知らなかった。

 

 しばらく進むと団長が小休止を宣言する。小休止に入り、ふと前方を見ると雫と目が合った。どうやら俺が安全地帯で大人しくしていることで安心したらしい。けどな、肝心の雫が最前線にいるんだよなぁ。雫の隣では白崎が微笑みながらハジメのことを見つめていた。それを確認した俺と雫は頷きあうと……

 

 

「ハジメ~、白崎とラブコメってるとか余裕だな~」

 

「な、なに言ってるのさ悠聖。ただ白崎さんと目が合っただけだって?!」

 

「はいはい、そういうことにしといてやるよ」

 

 

 雫のほうは…

 

 

「香織、なに南雲君と見つめ合っているのよ? 迷宮の中でラブコメなんて随分と余裕じゃない?」

 

「もう、雫ちゃん! 変なこと言わないで! 私はただ、南雲くん大丈夫かなって、それだけだよ!」

 

 

 「それがラブコメしてるって事だろ(でしょ)?」と、俺と雫は思ったが、これ以上言うと二人とも本格的に拗ねそうなので口を閉じる。だが、雫は目が笑っていることは隠せず、それを見た香織が「もうっ」と呟いてやはり拗ねてしまった。

 

 そんな様子を横目に見ていた俺は、ふと嫌な感じの視線を感じて周囲に目を向ける。ねばつくような、負の感情がたっぷりと乗った不快な視線だ。どうやらハジメに向けられているらしく、出所を見つけ出そうとした途端に霧散してしまい、見つけることは叶わなかった。

 

 

(視線の先はハジメ……となると檜山達小悪党組の線が濃厚だが、さすがに見てただけで問い詰めるのもよくないよなぁ。もう少し様子を見るか)

 

 

 その視線は今が初めてというわけではなかった。今日の朝から度々感じていたものだ。視線の主を探そうと視線を巡らせると途端に霧散する。朝から何度もそれを繰り返しており、ハジメはいい加減うんざりしていた。

 

 隣で深々と溜息をつくハジメ。どうやらハジメもこの不快な視線に気づいていたらしい。だがやはり出所が分かっていないようなので、不安を煽る必要は無いだろう。

 

 その後も、休憩を少しづつ挟みながら俺たちは二十階層を探索する。

 

 迷宮の各階層は数キロ四方に及び、未知の階層では全てを探索しマッピングするのに数十人規模で半月から一ヶ月はかかるというのが普通だ。

 

 現在、四十七階層までは確実なマッピングがなされているので迷うことはない。トラップに引っかかる心配もないはずだった。

 二十階層の一番奥の部屋はまるで鍾乳洞のようにツララ状の壁が飛び出していたり、溶けたりしたような複雑な地形をしていた。この先を進むと二十一階層への階段があるらしい。

 そこまで行けば今日の実戦訓練は終わりだ。神代の転移魔法の様な便利なものは現代にはないので、また地道に自分の足で帰らなければならない。若干弛緩した空気の中、せり出す壁のせいで横列を組めないので縦列で進む。

 

 すると、先頭を行く雫を含んだ勇者パーティーや団長が立ち止まった。訝しそうなクラスメイトを尻目に戦闘態勢に入る。どうやら魔物のようだ。まぁこの横幅ならよほどのことが無い限りこちらには来ないだろう。

 

 

「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」

 

 

 団長の忠告が飛ぶ。

 その直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は、今は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩きドラミングを始めた。擬態能力を持ったゴリラだ。某パズルゲ―の動くゴリラじゃねえぞ、マジもんのゴリラだ。

 

 

「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」

 

 

 団長の声が響く。クソ之河達が相手をするようだ。飛びかかってきたロックマウントの豪腕を脳筋が拳で弾き返す。クソ之河と雫が取り囲もうとするが、鍾乳洞的な地形のせいで足場が悪く思うように囲むことができない。

 

 坂上の人壁を抜けられないと感じたのか、ロックマウントは後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸った。

 直後、

 

 

「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」

 

 

 部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられた。

 

 

「ぐっ!?」

 

「うわっ!?」

 

「きゃあ!?」

 

 

 体をビリビリと衝撃が走り、ダメージ自体はないものの雫たちが硬直してしまう。ロックマウントの固有魔法“威圧の咆哮”らしい(ハジメ情報)。魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させるという何ともめんどくさい能力だ。

 まんまと食らってしまった雫たち前衛組が一瞬硬直してしまった。

 

 その隙にロックマウントが突っ込んでくると予想した支援組が障壁を張ろうとしたが、予想に反してサイドステップし、傍らにあった岩を持ち上げ白崎達支援組に向かって投げつけた。見事な砲丸投げのフォームでだ。 咄嗟に動けない前衛組の頭上を越えて、岩が白崎達へと飛んでいく。

 

 白崎達が、準備していた魔法で迎撃せんと魔法陣が施された杖を向けた。避けるスペースが心もとないからだ。

 

 しかし、発動しようとした瞬間、白崎達は衝撃的光景に思わず硬直してしまう。俺も思わず「うへぇ」と言ってしまう。

 なんと、投げられた岩もロックマウントだったのだ。空中で見事な一回転を決めると両腕をいっぱいに広げて白崎達へと迫る。その姿は、さながらル○ンダイブだ。「か・お・り・ちゃ~ん!」という声が聞こえてきそうである。しかも、妙に目が血走り鼻息が荒い。白崎、谷口、中村の三人は「ヒィ!」と思わず悲鳴を上げて魔法の発動を中断してしまった。

 

 

「香織?!」

 

 

 頭上を越された雫が悲痛な叫びをあげる。ちっ、それ聞いちまったら見て見ぬふりなんてできねぇな。

 足裏のベクトルを操作。一瞬にして最前線へと飛び込むと、ダイブ中のロックマウントの顔面に回し蹴りを叩き込む。そして、足が触れた瞬間にもう一度ベクトルを操作。ロックマウントに掛かる重力を反射するのに加えて、俺の前への推進力も含めて亜音速でロックマウントを蹴り返す。

 

 

「吹っ飛べ」

 

 

 一方通行の声を真似ながら足を振りぬいた。

 

 ズドドドドドドドドドド⁈

 

 ロックマウントが勢いよく戻っていく。ただし地面にめり込みながらだが。

 

 

「「「「「なっ⁈」」」」」

 

 

 団長や団員、クラスメイトが驚愕の声を上げる。

 当然だ。これまで戦闘に参加していなかった俺が勇者(爆)よりも速く動き、一瞬で魔物を撃破したのだから。

 

 

「おい前衛組、前に出すぎだ。一人ひとり交代しながらスペースを使って戦え。狭い場所で無理に横に展開しようとすんじゃねェよ!」

 

 

 それだけ言って元の場所に戻ろうとしたら白崎に声を掛けられた。

 

 

「榊君、守ってくれてありがとう」

 

「別に白崎が気にすることじゃねェよ。ただお前になんかあったら雫が悲しむからってだけだ」

 

「ふふ、それでもありがとう」

 

 

 白崎は何が嬉しいのか、微笑んでいる。

 

 

「わかったよ、とりあえずその気持ちだけ受け取っておく。お礼ならちゃんと雫に言っとけよ」

 

 

 戻ろうとしたら、最前線で勘違いクソ野郎がなんか大声で喚いていた。

 

 

「貴様……よくも香織達を……許さない!」

 

 

 どうやら彼女たちが動けなかったのが恐怖からだと勘違いしたらしい。彼女達を怯えさせるなんて! と、なんとも微妙な点で怒りをあらわにするクソ之河。それに呼応してかヤツの聖剣が輝き出す。

 

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ――〝天翔閃〟!」

 

「あっ、こら、馬鹿者!」

 

 

 団長の声を無視して、大馬鹿は大上段に振りかぶった聖剣を一気に振り下ろした。

 

 その瞬間、詠唱により強烈な光を纏っていた聖剣から、その光自体が斬撃となって放たれた。逃げ場などない。曲線を描く極太の輝く斬撃が僅かな抵抗も許さずロックマウントを縦に両断し、更に奥の壁を破壊し尽くしてようやく止まった。

 馬鹿だ、馬鹿がいる。どうやったらあそこまで妄想が飛躍するのか知らないが、確実にやり過ぎだ。

 

 パラパラと部屋の壁から破片が落ちる。「ふぅ~」と息を吐きイケメンスマイル(笑)で白崎達へ振り返った馬鹿。香織達を怯えさせた魔物は自分が倒した。もう大丈夫だ! と声を掛けようとして、笑顔で迫っていたメルド団長の拳骨を食らった。ハッ、ザマァ。

 

 

「へぶぅ!?」

 

「この馬鹿者が。気持ちはわかるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが! 崩落でもしたらどうすんだ!」

 

 

 団長のお叱りに「うっ」と声を詰まらせ、バツが悪そうに謝罪するクソ之河。白崎達が近寄って苦笑いしながら慰める。なんで慰めるんだろうな、それがアイツの勘違いを助長しているのだが。

 

 その時、ふと白崎が崩れた壁の方に視線を向けた。

 

 

「……あれ、何かな? キラキラしてる……」

 

 

 その言葉に、俺を含めた全員が白崎の指差す方へ目を向けた。

 そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。まるでインディコライトが内包された水晶のようである。雫や白崎などの女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。

 ちなみに、雫は皆に隠しているが、極度の可愛い物好きである。

 

 

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

 

 

 グランツ鉱石とは、言うなれば宝石の原石だ。特に何か効能があるわけではないが、その涼やかで煌びやかな輝きが貴族の女性に大人気であり、加工して指輪・イヤリング・ペンダントなどにして贈ると大変喜ばれるらしい。求婚の際に選ばれる宝石としてもトップ三に入るとか。俺たちには縁遠いものだ。

 

 

「素敵……」

 

 

 白崎が、団長の簡単な説明を聞いて頬を染めながら更にうっとりとする。そして、誰にも気づかれない程度にチラリとハジメに視線を向けた。もっとも、俺と雫だけは気がついていたが……

 そんな中、小物がいきり散らし始めた。

 

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

 

 そう言って檜山(クズ)が動き出した。グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。それに慌てたのは団長だ。

 

 

「こら! 勝手なことをするな! 安全確認もまだなんだぞ!」

 

 

 しかし、クズは聞こえないふりをして、とうとう鉱石の場所に辿り着いてしまった。

 

 団長は、止めようと檜山(クズ)を追いかける。同時に騎士団員の一人がフェアスコープで鉱石の辺りを確認する。そして、一気に青褪めた。

 

 

「団長!トラップです!」

 

「ッ⁈」

 

「チィ!」

 

 

 俺はヤツを蹴落とすために足裏のベクトルを操作しようとしたが-----時すでに遅かった。

 

 檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。グランツ鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップだ。美味しい話には裏がある。世の常である。

 

 魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり、輝きを増していった。まるで、召喚されたあの日の再現だ。吐き気がする。

 

 

「くっ、撤退だ! 早くこの部屋から出ろ!」

 

 

 団長の指示をよそに、雫とハジメ、できるなら白崎を連れて部屋を出ようとしたが、間に合わなかった。

 

 部屋の中に光が満ち、俺達の視界を白一色に染めると同時に一瞬の浮遊感に包まれる。

 

 

 空気が変わったのを感じ取った俺は思わず顔をしかめた。さっきまでいた二十階層とは全く別物の空気。かなりやばい気配がする。

 

 尻もちを大半の生徒がついていたが、団長や騎士団員達、雫達など一部の前衛職の生徒は既に立ち上がって周囲の警戒をしている。

 

 転移の魔法陣。現代の魔法使いには不可能な事を平然とやってのけるのだから神代の魔法は規格外だ。

 

 周りを確認したところ、俺達が転移した場所は、巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはありそうだ。天井も高く二十メートルはあるだろう。橋の下は川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。落ちたら生存は不可能だろう。

 橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見える。俺たちは橋の中間地点に飛ばされたか。

 

 それを確認した団長が、険しい表情をしながら指示を飛ばした。

 

 

「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

 

 

 雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達。

 しかし、迷宮のトラップがこの程度で済むわけが無いだろう。これだけだったらトラップを置く意味がない。

 その予想は正しかった。

 階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現しからだ。更に、通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が現れる。

 

 その時、現れた巨大な魔物を呆然と見つめる団長の呻く様な呟きがやけに明瞭に響いた。

 

 

 

――まさか……ベヒモス……なのか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございます。結構長かった……


アンケートは次話を投稿したら締め切ります。まだの人はお早めに!

では次の話で!


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別れの時 前編

どうも、おはこんばんにちわ。双剣使いです。遅くなってしまいました。大学の課題やってたら締め切りギリギリまでかかったのでなかなか書けなかったんですよ……

奈落に落ちるまで書くと長くなりそうなので分割です。

ではどうぞ!


 

 

 

 橋の両サイドに現れた赤黒い光を放つ魔法陣。通路側の魔法陣は十メートル近くあり、階段側の魔法陣は一メートル位の大きさだが、その数がおびただしいのだ。

 

 小さな無数の魔法陣からは、骨格だけの体に剣を携えた魔物があふれ出してきた。

 

 

「ま、まさか……〝トラウムソルジャー〟なのか⁈」

 

 

 後方を確認していた団員が驚愕を露わに叫ぶ。なんでも、前方のベヒモスほどではないが、それなりに深層の魔物だ。が溢れるように出現した。目玉の代わりであろう赤黒い光が、空虚な眼科の奥で不気味に光っている。その数は、既に百体近くに上っており、尚、増え続けているようだ。

 

 だが、雰囲気でわかる。目の前の“トラウムソルジャー”なら俺や勇者(仮)の力で突破できるだろう。けど、反対側はそうじゃない。団長の反応から察するに“ベヒモス”はかなりやばそうだ。

 正直なところを言うと、俺一人でも戦うことはできる。だが、所詮は戦えるだけであって、勝てるわけじゃない。俺の現在のステータスでは決定打に欠ける。

 惜しむらくは、ベイ中尉の聖遺物を使えないことだ。基本性能の肉体強化は既に発動しているようで、訓練中にあまり痛みを感じ無くなっていたのには驚いた。しかし、未だ血の杭を形成するには至っていない。能力として発現しない以上、戦術の一つとは考えられない。また、ベクトル操作能力も完璧に扱えていないのだ。並立思考を使った高速演算はほとんど物にした。しかし、未だに一方通行のように腕を振るだけで空気ベクトルを掌握するなどができず、対象に直接触れなければベクトルを操れないのだ。練習しようと考えていた矢先に今の状況だ。運が悪すぎる。

 

 

「グルァァァァァアアアアア!!」

 

「ッ!?」

 

 

 後方から聞こえた咆哮に思わず振り向く。そこにいたのは、瞳から赤黒い光を放ち、鋭い牙と爪を一鳴らし、頭部の兜から生えた角から炎を放ってこちらを威圧するトリケラトプスだった。

 

 その咆哮で正気に戻ったのか、団長が矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

 

「アラン!生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ!カイル、イヴァン、ベイル!全力で障壁を張れ!ヤツを食い止めるぞ!光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」

 

「待って下さい、メルドさん!俺達もやります!あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう!俺達も……」

 

 

 勇者(爆)が何やらトンチンカンなことを言い始めた。自惚れる訳じゃないが、一行の中で一番強い俺でさえ勝てる保証がないのだ。俺よりも弱いお前が出張っても瞬殺されるだけだぞ。

 

 

「馬鹿野郎!あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ!ヤツは六十五階層の魔物。かつて、“最強”と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ!さっさと行け!私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」

 

 

 メルド団長の鬼気迫る表情に一瞬怯むも、「見捨ててなど行けない!」と踏み止まるクズ勇者。

 

 どうにか撤退させようと、再度団長がクソ之河を説得しようとした瞬間、ベヒモスが咆哮を上げながら突進してきた。このままでは、撤退中の俺たち全員を轢き殺すだろう。

 

 そうはさせるかと、ハイリヒ王国最高戦力が全力の多重障壁を張る。

 

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず――〝聖絶〟!!」」」

 

 

 二メートル四方の最高級の紙に描かれた魔法陣と四節からなる詠唱、さらに三人同時発動。一回こっきり一分だけの防御であるが、何物にも破らせない絶対の守りが顕現する。純白に輝く半球状の障壁がベヒモスの突進を防ぐ!

 

 衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、ベヒモスの足元が粉砕される。橋全体が石造りにもかかわらず大きく揺れた。撤退中の生徒達から悲鳴が上がり、転倒する者が相次ぐ。

 

 トラウムソルジャーは三十八階層に現れる魔物だそうだ。今までの魔物とは一線を画す戦闘能力を持っているのは想像にかたくない。前方に立ちはだかる不気味な骸骨の魔物と、後ろから迫る恐ろしい気配に生徒達は半ばパニック状態だ。

 隊列など無視して我先にと階段を目指してがむしゃらに進んでいく。騎士団員の一人、アランが必死にパニックを抑えようとするが、目前に迫る恐怖により耳を傾ける者はいない。

そんな中で俺は一人黙々とトラウムソルジャーを迎撃し続ける。右手に持った剣を振るい、トラウムソルジャーに触れる瞬間にベクトルを操作、普通ではありえない速度で吹き飛ばし、他のトラウムソルジャーも巻き込んで橋の下へと落としていく。左の拳も同じように使う。別にクラスメイトを守るために戦っているわけじゃない。自身を含めて、雫とハジメ、白崎に団長ぐらいは助けなければ行けないと考えたからだ。前者の三人は言わずもがな、団長はこの国の大切な戦力だ。何よりも、人格者として評価できる。それ以外は、助けられたら助けるレベルだ。あ、クソ之河はどうでもいいよ。

 

 

「早く前へ。大丈夫、冷静になればあんな骨どうってことないよ。うちのクラスは僕を除いて全員チートなんだから!」

 

 

 視界の端で、自信満々に女子の背中を叩いて励ますハジメを捉えた。どうやら、トラウムソルジャーに殺されそうになった少女をハジメが錬成の応用で倒したようだ。「うん! ありがとう!」と元気に返事をして前線に掛けていく女子生徒。

 

 

「ハジメ!」

 

「あ、悠聖!大丈夫?」

 

「おいこら、それはこっちのセリフだよ。お前、よくこんな状況で他人を助ける余裕あるのな」

 

 

ちょっと皮肉ってみると、サラッと流してカウンターを打ってくる。

 

 

「そういう悠聖だって、八重樫さんとか助けるつもりで戦ってるんでしょ?僕と一緒だよ!」

 

「ハッ、そういうことにしといてやるよ。で、ここからどうすんだ?今のままだとお前のクラスメイトが死ぬぞ」

 

「そこは自分のクラスメイトって言わないんだね……とりあえず、あの骨を突破しなきゃいけないんだ。でもクラスの連携が取れてないから……」

 

 

そう言ってこちらを見るが、首を振って拒否する。なぜなら―――

 

 

「止めろハジメ、そんな何かを期待するような目を向けるな。悪いけど、クラスメイトをどうにかしろって言われても出来ねぇよ。暴力による支配なら別だが」

 

 

そう、教室での俺の人付き合いの少なさ故に、俺にはカリスマ性が欠けている。雫やハジメ、白崎、あとは影の薄さ日本一(遠藤)ぐらいしか話す相手がいなかったから当然と言えるが。ハジメもそれをわかっているから、「だよねー」と流し気味だ。

 

 

「仕方がないから天之河君を呼んでくるよ!それまで悠聖はここを保たせられる?」

 

「癪だが、最適なのはあの野郎か。だが良いのか?女子はともかく男子はお前のことネタにしてたんだぞ。それでも助けるのか?」

 

「うん、あんなことをされても一応はクラスの仲間だからね」

 

 

そう言ってハジメは笑う。俺一人の力では守りたいものも守れるかわからない以上手間をかけたくないのだが、仕方ないか。

 

 

「ホント、お前のお人好しさには呆れるぜ。けどまぁ……嫌いじゃァねェな」

 

 

これは別に絆されたとかそういうのじゃない。ただ肉壁が多ければいいと思っただけなのだ。譲歩じゃない。ないったら無いのだ。

 

 

「あれは任せろ。今のうちにお前はあのクソ勇者を呼んでこい。早くしねぇと見捨てちまうかもしれねェからなァ!」

 

「うん、任せた!」

 

 

そう言ってハジメはクソ之河たちの方へと走り出した。正直、俺も向こうへ行って雫の安否を確認したい。だが、トラウムソルジャーをどうにかしなければ撤退もままならないのだ。我慢するしかない。

 

 

「ほんじゃま、いっちょやるかァ!」

 

 

俺は足裏のベクトルを操作し、トラウムソルジャーの群れに殴り込んだ。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~(三人称side)

 

 

 ハジメは、トラウムソルジャーを悠聖に任せるとクラスのリーダーである天之河を呼びに最前線へと走り出した。

 

 ベヒモスは依然、障壁に向かって突進を繰り返していた。

 障壁に衝突する度に壮絶な衝撃波が周囲に撒き散らされ、石造りの橋が悲鳴を上げる。障壁も既に全体に亀裂が入っており砕けるのは時間の問題だ。既にメルド団長も障壁の展開に加わっているが焼け石に水だった。

 

 

「ええい、くそ!もうもたんぞ!光輝、早く撤退しろ!お前達も早く行け!」

 

「嫌です!メルドさん達を置いていくわけには行きません!絶対、皆で生き残るんです!」

 

「くっ、こんな時にわがままを……」

 

 

 メルド団長は苦虫を噛み潰したような表情になる。

 この限定された空間ではベヒモスの突進を回避するのはあまりにも難しい。それ故、逃げ切るためには障壁を張り、押し出されるように撤退するのがベストだ。しかし、その微妙なさじ加減は戦闘のベテランだからこそ出来るのであって、今の天之河達戦闘初心者には難しい注文だ。

 

 その辺の事情を掻い摘んで説明し撤退を促しているのだが、天之河は聞く耳を持たない。〝置いていく〟ということがどうしても納得できないらしく、また、自分ならベヒモスをどうにかできると思っているのか目の輝きが明らかに攻撃色を放っている。悠聖の言う虚構の正義感と異様な思い込みが裏目に出ている。

 迷宮であまりにも簡単に魔物を倒せたことから、少し自分の力を過信してしまっているようである。戦闘素人の天之河達に自信を持たせようと、まずは褒めて伸ばす方針が失敗していた。

 

 

「光輝!団長さんの言う通りにして撤退しましょう!」

 

 

 雫は状況がわかっているようで天之河を諌めようと腕を掴む。内心では、悠聖の危惧を誰よりも理解していたので、何度も撤退を促すのだが、どうにもならない。

 

 

「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ?付き合うぜ、光輝!」

 

「龍太郎……ありがとな」

 

 

 しかも、坂上が天之河に続こうとするのを見て、勘違いが加速する。それに雫は舌打ちする。

 

 

「状況に酔ってんじゃないわよ!この馬鹿ども!」

 

「雫ちゃん……」

 

 

 苛立つ雫に心配そうな白崎。

 

 そこに、一人の男子が飛び込んできた。

 ハジメである。

 

 

「天之河くん!」

 

「なっ、南雲!?」

 

「南雲くん!?」

 

 

 思わず雫はトラウムソルジャーのたむろする方を見る。いつもならこんな時に天之河をどうにかしようとする悠聖がいなかったからだ。

 

 

「大丈夫だよ、八重樫さん。悠聖なら向こうで戦ってるから」

 

「そ、そう」

 

 

 ハジメに見抜かれていたことに戸惑いながらも安堵する雫。悠聖自身が気づいているかは置いておいて、自分が悠聖を想っていることを知っているのは親友の香織だけだと思っていたからだ。確かに、よく見てみると時々トラウムソルジャーの隙間から見慣れたくすんだ白髪が見える。

 

 雫が悠聖の生存報告に内心ホッとしている横で、ハジメは物分りの悪い天之河を必死に説得していた。

 

 

「早く撤退を! 皆のところに! 君がいないと! 早く!」

 

「いきなりなんだ? それより、なんでこんな所にいるんだ! ここは君がいていい場所じゃない!ここは俺達に任せて南雲は……」

 

「そんなこと言っている場合かっ!」

 

 

 ハジメを言外に戦力外だと告げて撤退するように促そうとした天之河の言葉を遮って、ハジメは今までにない乱暴な口調で怒鳴り返した。

 

 いつも苦笑いしながら物事を流す大人しいイメージとのギャップに思わず硬直する天之河。

 

 

「あれが見えないの!? みんなパニックになってる! リーダーがいないからだ!悠聖と騎士団の人が頑張ってるけど、いつかは被害者が出る!」

 

 

 天之河の胸ぐらを掴みながら指を差すハジメ。

 

 その方向にはトラウムソルジャーに囲まれ右往左往しているクラスメイトと、何とかして状況を打開しようと奮闘する悠聖とアランの姿が見えた。

 

 訓練のことなど頭から抜け落ちたように誰も彼もが好き勝手に戦っている。効率的に倒せていないから敵の増援により未だ突破できないでいた。悠聖も圧倒的パワーで敵を落としているが、少しでも彼の意識がそれたら、取り返しが付かないだろう。

 

 

「一撃で切り抜ける力が必要なんだ!皆の恐怖を吹き飛ばす力が!悔しいけど、それが出来るのはリーダーの天之河くんだけでしょ!前ばかり見てないで後ろもちゃんと見て!」

 

 

 呆然と、混乱に陥り怒号と悲鳴を上げるクラスメイトを見る天之河は、ぶんぶんと頭を振るとハジメに頷いた。

 

 

「ああ、わかった。直ぐに行く!メルド団長!すいませ――」

 

「下がれぇーー!」

 

 

 〝すいません、先に撤退します〟――そう言おうとしてメルド団長を振り返った瞬間、その団長の悲鳴と同時に、遂に障壁が砕け散った。

 

 暴風のように荒れ狂う衝撃波がハジメ達を襲う。咄嗟に、ハジメが前に出て錬成により石壁を作り出すがあっさり砕かれ吹き飛ばされる。多少は威力を殺せたようだが……

 

 舞い上がる埃がベヒモスの咆哮で吹き払われた。

 

 そこには、倒れ伏し呻き声を上げる団長と騎士が三人。衝撃波の影響で身動きが取れないようだ。天之河達も倒れていたがすぐに起き上がる。メルド団長達の背後にいたことと、ハジメの石壁が功を奏したようだ。

 

 

「ぐっ……龍太郎、雫、時間を稼げるか?」

 

 

 天之河が問う。それに苦しそうではあるが確かな足取りで前へ出る二人。団長たちが倒れている以上自分達がなんとかする他ない。

 

 

「やるしかねぇだろ!」

 

「……なんとかしてみるわ!」

 

 

 二人がベヒモスに突貫する。

 

 

「香織はメルドさん達の治癒を!」

 

「うん!」

 

 

 天之河の指示で香織が走り出す。ハジメは既に団長達のもとだ。戦いの余波が届かないよう石壁を作り出している。気休めだが無いよりマシだろう。

 

 天之河は、今の自分が出せる最大の技を放つための詠唱を開始した。

 

 

「神意よ! 全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ! 神の息吹よ! 全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ! 神の慈悲よ! この一撃を以て全ての罪科を許したまえ!――〝神威〟!」

 

 

 詠唱と共にまっすぐ突き出した聖剣から極光が迸る。

 

 先の天翔閃と同系統だが威力が段違いだ。橋を震動させ石畳を抉り飛ばしながらベヒモスへと直進する。

 

 

 坂上と雫は、詠唱の終わりと同時に既に離脱している。ギリギリだったようで二人共ボロボロだ。この短い時間だけで相当ダメージを受けたようだ。

 

 放たれた光属性の砲撃は、轟音と共にベヒモスに直撃した。光が辺りを満たし白く塗りつぶす。激震する橋に大きく亀裂が入っていく。

 

 

「これなら……はぁはぁ」

 

「はぁはぁ、流石にやったよな?」

 

「だといいけど……」

 

 

 坂上と雫が天之河の傍に戻ってくる。天之河は莫大な魔力を使用したために肩で息をしている。

 

 先ほどの攻撃は文字通り、勇者である天之河の切り札だ。残存魔力のほとんどが持っていかれた。背後では、治療が終わったのか、メルド団長が起き上がろうとしている。

 

 そんな中、徐々に光が収まり、舞う埃が吹き払われる。

 

 その先には……

 

 無傷のベヒモスがいた。

 

 

 

 低い唸り声を上げ、天之河を射殺さんばかりに睨んでいる。と、思ったら、直後、スッと頭を掲げた。頭の角がキィーーーという甲高い音を立てながら赤熱化していく。そして、遂に頭部の兜全体がマグマのように燃えたぎった。

 

 

「ボケッとするな!逃げろ!」

 

 

 メルド団長の叫びに、ようやく無傷というショックから正気に戻った光輝達が身構えた瞬間、ベヒモスが突進を始める。そして、光輝達のかなり手前で跳躍し、赤熱化した頭部を下に向けて隕石のように落下してきた。

 

 

「なっ……」

 

「急げ、早く下がれ!」

 

 

 団長が天之河達に逃げるように声を張るが、驚きのせいで天之河達はすぐに動くことができない。

 もう駄目だと雫が思った時、真横を何かが高速で通り抜けた。

 その何かは落下中のベヒモスの頭部に直撃し、一瞬だけ動きを止める。

 

 

「雫ぅぅぅぅ!」

 

 

 ベヒモスが止まった一瞬のスキをついて、よく見慣れた白髪が豪風を伴って駆け抜けた。

 

 

 ゴッキィィィィィン!?

 

 

 轟音を立ててベヒモスと白髪の男子―――悠聖が激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございます。長かった……
次は後編。奈落に落とすぜ!


アンケート締め切りました。


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別れの時 後編

どうも、双剣使いです。
まず初めに謝辞から。遅くなってしまって本当にすみませんでしたぁぁぁぁぁッ!
学校の課題とかやってるうちに気づいたらこうなってた…まぁゲームやってたってのもあるんですけどね 


とりあえず序章?は終わりです。ではどうぞ


「君!あまり前に出すぎるな!援護ができない!」

 

 

 俺は、生徒を纏めるために団長に送られてきたアランという騎士団員の言葉を無視してトラウムソルジャーに殴り掛かる。

 周りでは未だにパニクっているクラスメイトがウロウロしている。正直言って邪魔だからどうにかしたいのだが、ハジメに頼まれた以上、なるべく彼らに被害を出さないように立ち回る。

 幸いなのは、トラウムソルジャーが連携を取っていないこと。もし連携を取っていたら俺自身ここまで一人で戦えないだろうし、クラスメイトにも被害者が何人かは出ていたはずだ。

 

 

 ドオォォォォォォン!?

 

 

「アァ!?」

 

 

 後方で大きな爆発音が起きたので振り向いて確認すると、勇者(笑)の必殺技がベヒモスに当たったようだ。俺よりもステータスが低いとは言え、仮にも勇者だ。少しぐらいならダメージを与えられるだろう。

 そう思っていた矢先だった。巻き起こった土煙の中から無傷のベヒモスが出てきたのは。

 

 ちょっかいをかけられたことに苛立ったのか、ベヒモスが咆哮して角を掲げると、赤い光を放ち始めた。そして、そのままの状態で飛び上がる。

 直感でアレはやばいと分かった。最悪死ぬかもしれない。

 飛び上がったベヒモスは勇者(爆)に狙いをつけたらしい。奴が被害を受けるなら構わない。が、傍には雫とハジメ、白崎の三人がいる。ならば見過ごすことはできない。

 

 

「すいません、後はお願いします!」

 

「えッ、ちょっ、待っ……」

 

 

 俺は近くにいた騎士団員に後のことを任せて戦場へと走る。団員がまたなんか言っていたが無視だ無視。

 

 

「邪魔なんだよォ!どけェ!」

 

 

 ベヒモスのところへ行かせないためか、トラウムソルジャーが進行先に立ちはだかるが、そんなものは関係ない。足裏のベクトルを操作して突貫。一瞬で駆け抜ける。

 しかし、駆け抜けた先の視界には、すでに落下体勢に入っているベヒモスが見えた。このままでは間に合わない。どころか俺まで巻き込まれる。ならば------

 

 俺は咄嗟に立ち止まり、地面を踏みつける。もちろんベクトルを地面に放射状に放ち、それによって俺の半径二メートルほどに亀裂が走る。

 その時に浮き上がった小石をベヒモスに向かって蹴り飛ばす。黒い帯を引いて飛ぶ小石。それを追いかけるように再び走り出す。

 蹴り飛ばされた小石は最初は原形を留めていたが、途中で消滅する。しかし、黒い帯だけは消滅しないでベヒモスに向かって飛び、落下していたベヒモスの角とぶつかり、ゴッキィィィィィィィィン⁉と大きな音を立てる。

 一瞬だけだが、ベヒモスと黒い帯が拮抗するも、すぐにベヒモスが打ち破り、落下を再開する。

 

 けど、一瞬止めただけで十分だ。その間に残りの距離を詰め、ロックマウントの時と同じように蹴りを叩き込んだ。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「ウラァァァァァァァァァァ⁉」

 

 

 ベヒモスと激突したときに最初に感じたのは、失敗したという感覚だった。激突の瞬間に演算して反射に切り替えたが、焦ったからか、不完全な反射になったのだ。

 

 バシィッ⁉

 

 不完全とはいえ、反射したことで俺とベヒモスは互いに後方へと弾き飛ばされる。

 ズザザッ、と靴底を滑らせながら着地する。逆にベヒモスはうまく着地ができなかったようで、ひっくり返っていた。

 

 

「ちょっと悠聖!あなた大丈夫なの⁉」

 

 

 チャンスなので今のうちにダメージを与えようと思ったら、駆け寄ってきた雫に声を掛けられた。まぁそりゃ特に武装もしてない俺がベヒモスのやばそうな攻撃とかち合ったらそういう反応もするだろう。

 無視してもよかったが後がめんどくさそうなのでベヒモスへの追撃をやめて振り返る。

 

 

「あぁ、大丈夫だ。ちょっと反射に失敗したが、怪我はねぇ」

 

 

 一応心配させないように腕を振ると安心した様だ。その表情は俺が前線へ出ることへの不満でいっぱいだったが。

 

 

「雫、今すぐに団長たちを連れて後退してくれ。アイツの相手は俺がやる」

 

「はあ?!何バカなこと言ってるのよ!」

 

 

 当然のごとく怒って怒鳴ってくる。だがそれを聞き入れることは出来ない。

 

 

「別に俺は大真面目だ」

 

「その言葉が既に不真面目よ!それに、あなたが戦う理由なんて無いでしょ!撤退するなら皆で一緒に撤退するわよ!」

 

「悪いがそれは出来ない。撤退したくても後ろはトラウムソルジャーの集団が固めてる。仮にベヒモスを無視して突破しようとしてもあれだけの数だ。どれだけ全力を出しても時間が掛かる。その間にベヒモスに攻撃されたらクラス全員お陀仏だ。撤退を安全にするためには誰かが残ってベヒモスを足止めしなきゃ行けねぇんだよ」

 

「なら何もあなた一人で戦う必要なんてないじゃない!私や光輝たちと一緒に足止めするべきよ!」

 

「それができるなら俺もこんな提案はしねぇ。けどさっきのを見ただろ。アイツの防御は、クラスの中でも二番目に強いバカ勇者の現状の最大火力でも突破できねぇんだ。だったら俺が行くしかないだろ」

 

「けど……ッ!」

 

 

 雫の言葉は途中で中断させられた。ベヒモスがこちらに突進してきたからだ。

 

 俺は雫の前に出ると右手を前に突き出す。そして、右手を中心に反射してベヒモスの突進を受け止める。しかし、先ほどと同じように受け止めるだけで弾き返すことはできない。それでも踏ん張ってベヒモスの突進を阻む。

 ベヒモスは突進を受け止めているのが先ほどの落下攻撃を弾き返したのと同じ人物だと分かったのか、咆哮を上げながらさらに力を入れようとしたが、そのタイミングで俺はベクトル操作で強化した右足の前蹴りを叩き込んだ。

 

 

「グルァァァァァァァァァァ⁉」

 

「オォラァァァァァァァァァ!」

 

 

 ベヒモスも咆哮を上げて踏ん張ろうとするが、今回は俺のほうが上だったようだ。

 先ほどの再生のようにベヒモスは吹き飛ぶ。今度は俺は後退しなかった。

 

 

「さっきの続きだが、後ろのトラウムソルジャーを突破するためにはクラスが協力する必要がある。けど今はそんな事出来ちゃいねぇ。誰かがアイツらを纏めなきゃ行けねぇ」

 

「それだったら、一番強いアナタの役割なんじゃないかしら?」

 

「確かに俺はそういう面で引っ張れるだろうが、今必要なのはそういうことじゃねェ。必要なのは全員を落ち着かせ、活力を与えるカリスマだ。それを持っているのがあの勇者ってだけだ」

 

「確かにそれは分かるわ。でも、さっきも言ったようにアナタが囮になる必要なんてないわよ」

 

「だからさっきも言っただろうが、ステータスが高い俺の役割だと。それにもうあの約束を忘れたのか?」

 

「え……?」

 

「昨日の夜約束しただろ。何があっても俺は生きて帰ってくるって」

 

「……そうね、分かったわ。……悠聖、死ぬんじゃないわよ」

 

「当たり前だ。ほら、はよ戻れ」

 

「雫、急いで後ろに戻ろう!皆を助けるんだ!」

 

 

 雫が後ろに下がることを了承したタイミングで勘違い勇者君がクラスメイトを助けるために雫を呼んだ。雫はもう一度俺へと目を向けてから、後退を始めた。

 俺は前へと向き直る。そこでは、再びベヒモスが突進の構えを取っていた。

 

 

「さあ来いよ、デカブツ。叩きのめしてやるからよ!」

 

 

 多分、今の俺は笑顔だと思う。戦いを楽しんでいる自分を感じながら俺はベヒモスに向かって走り出した。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「チィッ!」

 

 

 俺は舌打ちをしながらベヒモスの前から後退する。

 戦闘開始から約十分ほど。戦局は俺が押され気味だ。

 間違ってもベヒモスが後ろのクラスメイト達に攻撃しないように立ちまわっているのに加えて、俺の攻撃力では決定打にならないことが分かった。

 勘違い勇者の一撃を受け止めていることからそれなりに固いとは予想していたが、どうやらそれ以上だったらしい。最初は持っていた剣を当てるタイミングでベクトル操作を使って威力を出していたが、耐えきれなかった剣が崩壊してしまった。仕方がないので、拳と蹴りで応戦しているが、そう簡単にはいかない。

 後ろのクラスメイト達も突破に少し時間が掛かっているようだ。もう少しこのままか。

 そう考えていた時、後ろから聞きなれた親友の声がした。

 

 

「悠聖、大丈夫?!」

 

「ハジメか!?何でこっちまで来た!下がってろ!」

 

「ううん、僕は後退しないよ!」

 

「馬鹿言ってんな!俺だってギリギリだ。お前を守りながら戦うことが難しいんだよ!」

 

「大丈夫だよ、自分の身は自分で守る。それに、僕に考えがあるんだ。聞いて!」

 

「―――わかった、手短に頼む」

 

「うん!―――」

 

「なるほど、確かに危険だが唯一の方法かもしれねぇな。好きなようにやれ、援護はしてやるよ」

 

「うん、ありがとう!悠聖!」

 

 

 ハジメの作戦には驚いたが、今の俺よりも安全かもしれない。ならば、それに賭けるまでだ!

 

 

「グゥオォォォォ!?」

 

 

 弾き飛ばされたベヒモスが角を赤熱化させ、再び落下攻撃を行う。

 ハジメが距離を取り、俺はやつをギリギリまで引き付け―――

 

 

「シィッ!」

 

 

 着弾よりも一瞬早くその場を離脱する。

 ゴッ!と音をたててベヒモスが橋に突撃して角が地面に埋まる。

 ベヒモスが角を引き抜こうと足掻くタイミングでハジメが俺と入れ替わって前に出る。

 

 

「――〝錬成〟!」

 

 

 石中に埋まっていた頭部を抜こうとしたベヒモスの動きが止まる。周囲の石を砕いて頭部を抜こうとしても、ハジメが錬成して直してしまう。

 ベヒモスは足を踏ん張り力づくで頭部を抜こうとするが、今度はその足元が錬成される。ずぶりと一メートル以上沈み込む。更にダメ押しと、ハジメは、その埋まった足元を錬成して固める。

 

 ベヒモスのパワーはかなりのものであり、油断すると直ぐ周囲の石畳に亀裂が入るが、その度に錬成をし直して抜け出すことを許さない。ベヒモスは頭部を地面に埋めたままもがいている。中々に間抜けな格好である。

俺は、背後が無防備なハジメに襲いかかるトラウムソルジャーを殴って吹っ飛ばし、他の個体も巻き込んで一掃する。

 

 

「さて、人骨共。これから先は死地と思えよ!」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 その間に、団長を筆頭とし、勘違い勇者や雫達がトラウムソルジャーを突破し、上層への階段前を陣取っていた。

 

 

「待って下さい! まだ、南雲くんと榊君がっ」

 

 

 トラウムソルジャーを突破するために後退しようとしていた団長に白崎が猛抗議した。

 

 

「坊主の作戦だ!ソルジャーどもを突破して安全地帯を作ったら魔法で一斉攻撃を開始する!もちろん坊主達がある程度離脱してからだ!魔法で足止めしている間に坊主達が帰還したら、上階に撤退だ!」

 

「なら私も残ります!」

 

「ダメだ!香織は俺達の生命線だ!魔力を消費したりした生徒の回復をしてもらわなきゃ行かん!」

 

「でも!」

 

 

 なお、言い募る白崎に団長の怒鳴り声が叩きつけられる。

 

 

「坊主の思いを無駄にする気か!」

 

「ッ――」

 

「そうよ、香織。あなたは私たちの中で一番治癒魔法がうまいから後退しなきゃいけないわ。大丈夫よ、南雲君は悠聖が守ってくれるわ」

 

 

 なかなか引き下がらない白崎を見かねた雫が注意し、二人の言い分が正しいと判断した白崎は、渋々と後退を始めた。ハジメの方をチラチラと見ながらではあるが、撤退する彼女を追って後退を始めた。雫だって悠聖が気になって振り向きたかったが、今振り返ったら撤退できなくなると自分に言い聞かせる。

 

 

 トラウムソルジャーは依然増加を続けていた。既にその数は二百体はいるだろう。階段側へと続く橋を埋め尽くしている。それでも被害が少ないのは、騎士団員の奮闘と悠聖の無双のおかげだ。

 しかし、悠聖は最前線に向かったし、騎士団員達も満身創痍。統制の取れないクラスメイト達は、今までの訓練を無駄にするかのように、連携も取らず、魔法も使わないで勝手に戦うため、徐々に周りを包囲されつつある。全員がこの絶望的な状況に気づきながらも立て直せない。

 誰もが、もうダメかもしれない、そう思ったとき……

 

 

「――〝天翔閃〟!」

 

 

 純白の斬撃がトラウムソルジャー達のド真ん中を切り裂き吹き飛ばしながら炸裂した。

 

 橋の両側にいたソルジャー達も押し出されて奈落へと落ちていく。斬撃の後は、直ぐに雪崩れ込むように集まったトラウムソルジャー達で埋まってしまったが、クラスメイト達は確かに、一瞬空いた隙間から上階へと続く階段を見た。望んでいながらも、見ることのできなかった希望がそこにはあった。

 

 

「皆! 諦めるな! 道は俺が切り開く!」

 

 

 そんな言葉と共に、再び〝天翔閃〟が敵を切り裂いていく。天之河が発するカリスマに生徒達が活気づく。

 

 

「お前達!今まで何をやってきた!訓練を思い出せ!さっさと連携をとらんか!馬鹿者共が!」

 

 

 皆が頼れる団長が〝天翔閃〟に勝るとも劣らない一撃を放ち、敵を次々と打ち倒す。

 

 いつも通りの頼もしい声に、沈んでいた気持ちが復活する。白崎が精神を落ち着かせる魔法をかけているのもあるが、2人のカリスマはかなりのものだ。

 治癒魔法に適性のある者がこぞって負傷者を癒し、魔法適性の高い者が後衛に下がって強力な魔法の詠唱を開始する。前衛はしっかりと陣形を組み、倒すのではなく、後衛を守ることに徹する。

 

 治癒が終わり復活した騎士団員達も加わり、反撃が始まった。チート集団の強力な魔法と武技の波状攻撃が、怒涛の如く敵目掛けて襲いかかる。凄まじい速度で殲滅していき、その速度は、遂に魔法陣によるトラウムソルジャーの召喚速度を超えた。

 

 そして、階段への道が開ける。

 

 

「皆!続け!階段前を確保するぞ!」

天之河が掛け声と同時に走り出す。

 坂上と雫がそれに続き、圧倒的なパワーでもってトラウムソルジャーの包囲網を切り裂いていく。

 

 そうして、遂に全員が包囲網を突破した。背後で再び橋との通路がトラウムソルジャーが群れることで閉じようとするが、そうはさせじと天之河が魔法を放ち蹴散らす。

 

 クラスメイトは皆訝しげな顔をする。当然だ。目の前に階段があるのに撤退しようとしないからだ。

 

 

「皆、待って!南雲くんと榊君を助けなきゃ!たった二人であの怪物を抑えてるの!」

 

 

 白崎のその言葉に何を言っているんだという顔をするクラスメイト達。仕方がない。ハジメは〝無能〟で通っているし、悠聖は実力はあってもそれを使わない怠け者と思われていたからだ。

 

 だが、困惑するクラスメイト達が、数の減ったトラウムソルジャー越しに橋の方を見ると、そこにはベヒモスを錬成で足止めするハジメと、彼に迫るトラウムソルジャーを次々と蹴落としている悠聖の姿があった。

 

 

「なんだよあれ、何してんだ?」

 

「あの魔物、上半身が埋まってる?」

 

 

 次々と疑問の声を漏らす生徒達に団長が指示を飛ばす。

 

 

「そうだ!坊主がたった一人であの化け物を抑えているから撤退できたんだ!前衛組!ソルジャーどもを寄せ付けるな!後衛組は遠距離魔法準備!もうすぐ坊主の魔力が尽きる。アイツらが離脱したら一斉攻撃で、あの化け物を足止めしろ!」

 

 

 ビリビリと腹の底まで響くような声に気を引き締め直す生徒達。中には階段の方向を未練がましい表情で見ている者もいる。雫は、そんな彼らの顔に気づいていた。

 無理もない。ついさっき死にかけたのだ。一秒でも早く安全を確保したいと思うのは当然だろう。しかし、団長の「早くしろ!」という怒声に未練を断ち切るように前を向いたので、指摘することは無かった。そんなことよりも悠聖たちの安全の方が上回ったのだ。

 

 階段へ向かうことを諦めきれない者の中には、檜山大介もいた。自分がやらかしたことではあるが、本気で恐怖を感じていた檜山は、直ぐにでもこの場から逃げ出したかった。責任など知ったことではない。

 

 しかし、ふと脳裏にあの日の情景が浮かび上がる。

 

 それは、迷宮に入る前日、ホルアドの町で宿泊していたときだ。

 

 緊張のせいか中々寝付けなかった檜山は、トイレのついでに外の風を浴びに行った。涼やかな風に気持ちが落ち着いたのを感じ部屋に戻ろうとしたのだが、その途中、ネグリジェ姿で歩く白崎を見かけたのだ。

 

 初めて見る白崎の姿に思わず物陰に隠れて息を詰めていると、白崎は檜山に気がつかずに通り過ぎて行った。

 

 行き先が気になって後を追うと、白崎は、とある部屋の前で立ち止まりノックをした。その扉から出てきたのは……ハジメだった。しかも、ハジメは白崎を部屋に招き入れたのだ。その数分後、部屋からハジメと同室の悠聖が「2時間ぐらい外に出てる」と言う、そういうことを示唆することを言って出てきた。

 

 檜山は頭の中が真っ白になった。檜山は白崎に好意を持っているが、彼女の隣にはいつも天之河が居る。彼がいるなら、所詮住む世界が違うと諦められた。

 しかし、ハジメは違う。自分より劣った存在(檜山はそう思っている)が白崎の傍にいるのはおかしい。それなら自分でもいいじゃないか、と端から聞けば頭大丈夫?と言われそうな考えを檜山は本気で持っていた。ちなみにこれは、彼を含む小悪党4人組の中での共通認識である。さらに言えば、悠聖が雫と仲良さげに喋ったり昼食を食べるのも、雫が騙されているからだと思っている。そんなことは無い上に、雫の眼中に無いのは彼らの方だと言うのに……。

 

 溜まっていた不満は、すでに憎悪にまで膨れ上がっていた。白崎が見蕩れていたグランツ鉱石を手に入れようとしたのも、その気持ちが焦りとなってあらわれたからだ。

 

 その時のことを思い出した檜山は、たった一人でベヒモスを抑えるハジメを見て、今も祈るようにハジメを案じる白崎を視界に捉え……

 

 ほの暗い笑みを浮かべた。

 

 が、突然横から肩を叩かれる。驚きのあまり心臓が止まりそうになる。先程の表情を見られていないかと焦って慌てて肩を叩いた人物を見て安堵する。

 肩を叩いたのは1人の男子生徒。彼は雫に好意を持っている生徒だが、彼女が悠聖と仲良さげなのが気に食わないらしい。ハジメを蹴落としたい檜山たちに同調し、表立って行動することは無いが、裏から色々と画策している。しかも雫のようなカッコイイ系の女子を屈服させたいという願望を持つとんだサディストである。優しげな顔をしていながら何気に腹黒だ。

 彼は考えていることはわかっていると言った顔で頷く。自分は悠聖を狙うからハジメを狙えと囁いた。当然それに頷き、ニヤリと笑った。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 ベヒモスは相変わらずもがいている。ハジメの魔力は残り少ないだろうが、この分なら逃げられる。ベヒモスに追いつかれても反射で押し返せばいい。

 

 ハジメがタイミングを見計らい、数十度目の亀裂が走ると同時に最後の錬成でベヒモスを拘束する。同時に、俺とハジメは一気に駆け出す。

 

 俺たち逃げ出した五秒後、地面が破裂するように粉砕されベヒモスが咆哮と共に起き上がる。その眼に、憤怒の色が宿っていると感じるのは勘違いではないだろう。鋭い眼光が己に無様を晒させた怨敵を探し……

 

 ハジメを捉えた。しかもその隣には自分の攻撃のことごとくを弾き返したいけ好かない奴がいるのも気づいたらしい。

 

 再度、怒りの咆哮を上げるベヒモス。俺たちを追おうと四肢に力を溜めた。

 

 だが、次の瞬間、あらゆる属性の攻撃魔法が殺到した。色とりどりの魔法がベヒモスを打ち据える。ダメージはやはり無いようだが、その威力だけでベヒモスの足が止まる。

 

 間違えて魔法を反射しないように頭を下げて全力で走る。すぐ頭上を致死性の魔法が次々と通っていく感覚は正直生きた心地がしないが、チート集団がそんなミスをするはずないと信じるしかない。先ほどまで向けられていた憎悪の視線は感じられなかったから、巻き添えなどないと信じる。

 

 しかし、淡い希望は即座に打ち砕かれた。

 

 無数に飛び交う魔法の中で、火球が一つ、クイッと軌道を僅かに曲げたのだ。

 

 ……ハジメの方に向かって。

 

 

「チィッ!」

 

 

 ハジメを守るために前に出て火球を反射する。事故だと思うが、ハジメを狙ったものだと思えば容赦はできない。演算して火球を正確に跳ね返す。

 

 

「なっ!?」

 

 

 反射した火球が途中で爆発した。一瞬見たところ、火球の後を追うように風球が迫っていた。その二つがぶつかったことで爆発がおきたのだ。

 爆発のせいで煙が巻き起こる。視界が塞がれてしまう。

 そこにさらに風球が叩き込まれる。

 

 

「ぐあぁっ!」

 

 

 視界が塞がれたことで反射ができず、風球をまともに受けてしまう。内臓に当たったらしく、息はできるが声が声ができない。

 

 

「「悠聖ッ!」」

 

 

 雫とハジメが声を上げるが、衝撃で返事ができない。

 手でハジメに先に行くように促すが、ハジメは聞き入れない。

 

 

「悠聖のことを置いて帰ったら八重樫さんに切られちゃうよ」

 

 

 そう言って笑いながら俺に肩を貸し、前へと進む。普通だったら美談だが、今は極限状態。後ろからはベヒモスが迫っているのだ。しかもベヒモスは角を赤熱化させて落下攻撃に入っている。が、このままなら間に合いそうだ。

 

 しかし、またもや希望は打ち砕かれる。新たな火球と風球がこちらに向かってきた。明らかにハジメを狙い誘導されたものだ。

 

 動けない俺を背負っているので動きにくいにもかかわらず、ハジメは、なけなしの力を振り絞り、必死にその場を飛び退いた。直後、怒りの全てを集束したような激烈な衝撃が目前まで迫る。

 

 

(間に合えッ!)

 

 

 軽くではあるが、体が動かせるようになったのでベヒモスの攻撃を反射しようと試みる。

 が、攻撃自体は防げたが、衝撃を完全に消すことはできず、衝撃が全身を駆け巡る。しかも、それは俺の体にとどまらず、俺が倒れていた橋全体を揺らし————メキメキと音を立てて崩壊を始めた。

 亀裂が、俺を中心にして、円状に一瞬で広がる。そして、中心から奈落へと落ちていく。

 

 

「グウァアアア!?」

 

 

 ベヒモスも着地した地面が崩壊を始めたことで、奈落へ落ちていく。体重が重いせいか、俺よりも早くその姿が暗闇に消えた。俺の体もそれを追うように落下する。

 ハジメはどうなったのかと視線だけを巡らせると、数メートル離れたところで同じように落下していた。

 激突の衝撃で気を失ったのか、名前を呼んでも応答がなかった。

 

 反射で戻ろうにもハジメのところへ行くまでで少し時間がかかる。それに、下に行けば行くほど戻るための足場もなくなる。

 諦めて目を閉じようとした時、聞きなれた彼女の声が聞こえた。

 

 

「悠聖ッ!」

 

 

 顔を上げれば、雫が橋の欄干から身を乗り出して、何度も俺の名前を呼んでいる。その隣では、涙を流しながらハジメの名前を呼び、追いかけようとしてクソ勇者に羽交い絞めにされている白崎もいた。

 雫の表情は俺が奈落へ落ちていることへの驚き、俺が死ぬことへの恐怖、自分も後を追おうとする意志、その他もろもろの感情を映していた。そして、俺が戻ってこないことに気づくと、飛び降りようと身を乗り出す。

 それだけはだめだと思い、彼女を引き留め、約束を思い出させる方法を考え————あった。

 

 俺は未だに動かしづらい体に鞭を打って、ズボンのポケットへと手を入れ、中にあったものを掴む。

 花柄の髪留め。

 雫は普段のクールな印象とは裏腹に、実際は可愛いものが大好きな少女だ。特訓の合間に団長やアリスさんに確認し、空いている時間に王都の露店で買ったもの。雫の誕生日が近かったからだ。異世界で何してんだと思われるだろうが、毎年の恒例だから仕方がない。まぁ渡すことはできなかったが。

 

 今にも飛び降りようとしている雫の気を引くため、髪留めを右手に持ち、残り少ない体力で軽めのベクトル操作を行う。

 

 彼女のもとへ届くように。自分は必ず生きて帰ると誓って。

 

 

「ラァッ!」

 

 

 髪留めは光を反射しながら飛翔し、今にも飛び降りようとしていた雫の手に収まる。

 自分の手の中に飛んできた髪留めに驚き、すぐにそれの意味に気づいたようだ。約束が伝わったかどうかは分からないが、涙を流しながらもこちらを見てこくりと頷く。

 

 それに安堵した途端、意識が薄れ始めた。

 薄れゆく視界の中、雫が何事かつぶやく。声は聞こえなかったが、口の動きだけで何を言ったのか分かった。

 

 

 ————待ってる。だから絶対に生きて帰ってきて————

 

 

 あぁ、当然だ。

 

 

 そして、俺の意識が暗転した。

 

 

 

 

 




どうも、「ありふれ」9巻をようやく手に入れ、表紙が雫だったことに大喜びしたのもつかの間、ハジメに惚れた描写が出てきて、Web版のトラウマが呼び出されて発狂した双剣使いです。私、Web版の時から雫イチ押しだったので、あの場面には当時さんざんハートがブレイクされました。そして同じことを今回も繰り返す…何やってんだろ、私。
まぁ気を取り直して、読了ありがとうございます。
アンケートの方も多くの方に回答していただき、感謝しかありません。お気に入り登録も500件を超えました。よかったよかった。アンケート結果は次話くらいで書けたらいいなと思います。

最後の雫誕生日云々は、話の都合上こっちの方がいいかなと思ったので勝手に作りました。本編にも書いてなかったのでまあいいかなとw

それではまた次話でお会いしましょう!(それより先に他の作品が出るかも…)




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生まれる悪意

どうも、バンドリの二次小説を書こうかどうか迷っている双剣使いです。
紗夜さん、かのちゃん先輩、有咲、リサ姉が推しなんで、彼女たちをメインで書きたいなぁ。


ま、言いたいことはあとがきにあるので、本編の方へどうぞ!


 

 

 咆哮を上げながら落下していくベヒモスと、共に落ちていく橋の残骸で見失ってしまいそうな二人————悠聖とハジメの姿。

 

 その光景を、階段の前で二人を援護しようとしていた雫と香織は、まるでスローモーションのように緩やかになった時間の中で、ただただ見ていることしかできなかった。

 

 雫は、昨日の夜、悠聖と会う前に香織から聞かされた夢の内容を思い出していた。ハジメが目の前から消えてしまう、と言っていたはずだ。ありえないことだとその時は笑ったが、同じようなことが目の前で実際に起きていた。

 次に思い出したのは、香織とそんなことを話した後、香織がハジメのことが心配だと彼の様子を見に行ったため、手持ち無沙汰になったので外に素振りに行った時のこと。

 香織が部屋に突撃してきたから、気を利かせて散歩していた悠聖にあったのだ。何か嫌な感じがしたので、彼に戦ってほしくないことを伝えると、自分は大丈夫だと言われた。それでも納得できなかったが、最後に彼と約束した。彼の身に何かが起きても、必ず生きて帰ってくること。

 

 

 奈落の底へ消えた悠聖を見つめながら、その時の記憶が何度も何度も脳裏を巡る。

 

 確かに約束したのだから、信じなければいけない。でも無理だ。こんな底も分からないような奈落に落ちてしまったら生きて帰ってくることなどできない。

 

 もう二度と彼に会えない。ならばもういっそのこと、彼と共に落ちればいいのではないか。

 そう考えて雫は橋の縁に向かって、歩き始める。足元はフラフラとしていてまるで幽鬼のようだ。それを見た天之河が何か言っているが関係ない。

 クラスメイトが驚いて見ている中、橋の縁に着いた雫は、悠聖の後を追って飛び降りようとして―――

 

 何か光り輝くものが自分の方へと飛翔して来るのを見た。それは段々自分の方へと向かってくる。

 気になって、それを掴むために手を伸ばす。

 それは雫の手元に来るタイミングで減速し、伸ばした手のひらに落ちる。

 

 それは、花柄の髪留めだった。香織が付ければさぞかし注目の的になると思えるほど可愛かった。元いた世界では見たことがないので、この世界で手に入れたものかもしれない。

 

 雫が可愛いもの好きなのを知っているのは、大親友の香織と、悠聖だけ。クラスメイトは勿論のこと、天之河だって知らないことだ。そして、自分の誕生日が近いということもある。

 そこまで考えて、これを渡そうとしたのは悠聖だということに気づいた。

 

 そこまで考えた雫は、一度忘れかけていた、昨日の約束を思い出す。

 

 悠聖は言っていた。何があっても生きて帰ってくると。ならば、これはその誓いを示しているのではないか。

 もしそうであるならば、自分は死ぬ訳には行かない。お互いが生きて会うことを約束した。守らなければ彼に合わせる顔がない。

 

 そう考えた雫は、知らないうちに涙が頬を流れていることに気づいた。

 だが、そんなこと構わない。すぐに彼に伝えなければいけないことがある。

 

ようやく現実に戻ってきた雫が聞いたのは、隣で涙を流しながら叫ぶ香織の声だった。

 

 

「離して!南雲くんの所に行かないと!約束したのに!私がぁ、私が守るって!離してぇ!」

 

 飛び出そうとする香織を天之河と坂上が必死に羽交い締めにしていた。香織は、細い体のどこにそんな力があるのかと疑問に思うほど尋常ではない力で引き剥がそうとする。

 

 このままでは香織の体の方が壊れるかもしれない。しかし、だからといって、拘束を緩めれば、そのまま崖を飛び降りるだろう。それくらい、普段の穏やかさが見る影もないほど必死の形相だった。いや、悲痛というべきかもしれない。

 

 

「香織っ、ダメよ!香織!」

 

 

 雫はついさっきまで今の香織と同じ心情だったのだ。自分は悠聖から渡されたもので正気に戻れたが、香織はそうではない。説得したくてもかけるべき言葉が思いつかないが、これ以上香織を刺激しないように、名前を呼ぶことで正気に戻そうとする。しかし、こんなところでも空気を読めないバカ勇者は無自覚に地雷を踏みぬく。

 

 

「香織!君まで死ぬ気か!南雲はもう無理だ!落ち着くんだ!このままじゃ、体が壊れてしまう!雫だって、榊のことを諦めたんだ!香織も諦めるんだ!」

 

 

 それは、天之河なりに精一杯、香織を気遣った言葉。しかし、今この場で錯乱する香織には言うべきでない言葉だった。そのうえ、雫の名前を出したことも仇となった。

 

 

「無理って何!?南雲くんは死んでない!行かないと、きっと助けを求めてる!」

 

 

 香織は落ち着くどころか、さらに暴れ始めた。

 

 雫は深呼吸をし、気持ちを落ち着かせてから未だに暴れている香織に近づく。

 

 訝し気な顔をする天之河と坂上に構わず、問答無用で香織の首筋に手刀を落とした。ビクッと一瞬痙攣し、そのまま意識を落とす香織。

 

 ぐったりする香織を坂上が抱き留める横で天之河が何かを言おうとした途端、後方に吹っ飛んだ。天之河の前に立った雫が前蹴りを放ったからだ。

 

 

「な、何するんだ雫!」

 

 

 呆然とする天之河に

 

 

「……なさい」

 

「な、何だって……?」

 

「取り消しなさい!」

 

「な、何をだ……?」

 

「悠聖は生きているわ。当然南雲君も。だから、2人を諦めろだなんて言うことは許さないわ。取り消しなさい!」

 

「な、ど、どうしたんだ、雫。俺は香織を落ち着かせる為に……」

 

「それが逆効果だって言ってるのよ!少しは香織の気持ちも分かってあげなさいよ!」

 

 

 雫が激昴するのを、誰もが唖然として見つめていた。当然だ、いつもは取り纏め役として奮闘している彼女が、天之河の言葉にここまで怒りを露わにしているからだ。雫や香織と仲のいい女子ですら彼女に近づけない。それほどまでに、今の雫からは気迫が漂ってきていた。

 

 しかし、天之河は雫の言っていることが微塵も理解できないようで、未だに怪訝な顔をしている。

 

 分からせるために、刀でも突きつけようかと思い、腰の刀に手を伸ばし————

 

 

(あッ!)

 

 

 悠聖からもらった髪留めをまだ手元にあったことで、冷静になり、自分が何をしようとしていたのか気づく。

 

一気に冷静になり、手を柄から離す。深く深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、未だに呆然としている天之河に背を向ける。気持ちの整理がついていない状態で天之河と再び会話すれば、今度こそ斬りかかってしまいそうだからだ。

 

 

「ありがとう、ここからは私が支えるわ」

 

「お、おう」

 

 

 礼を言って坂上から香織を受け取る。彼もまた、雫の豹変ぶりに驚いているようだ。

 

 香織を背負い、歩き出そうとした雫の元へメルド団長が神妙な顔をしながらやってきた。

 

 

「すまない。坊主たちを守ると言っておきながら、前線で戦わせ、その上あんなことにしてしまった。彼女を止めてくれたことにも感謝する」

 

「気にしないでください。さっきの私を見られたくなかったってのもありましたから。光輝があれなんで」

 

「そうか……。もう誰一人として犠牲にするわけにはいかない。全力で迷宮を離脱する。……彼女を頼む」

 

「わかっています」

 

 

 冷静になったことで周りを見ると、「もう嫌!」と言って座り込んでしまう生徒もいた。それも仕方がない。訳も分からず転移させられ、ベヒモスやトラウムソルジャーに襲われ、あげくには目の前でクラスメイトが二人も死んだのだ。こうなるのは必然だろう。

 彼らを連れていくためには、メルド団長だけでは無理だ。彼らが一番頼りにしている天之河の声が必要だ。だから、雫は彼に声を掛ける。

 

 

「光輝、何をボーッとしているのよ、あなたじゃなきゃ皆を脱出させられないわ。だから、戻ってきなさい」

 

 

 その言葉に今までボーッとしていた天之河が復活する。

 

 

「あ、ああ。そうだな」

 

 

 そして、天之河がクラスメイト達に向けて声を張り上げる。

 

 

「皆!今は、生き残ることだけ考えるんだ!撤退するぞ!」

 

 

 その言葉に、クラスメイト達はノロノロと動き出す。トラウムソルジャーの魔法陣は未だ健在で、続々とその数を増やしている。今の精神状態で戦うことは無謀であるし、戦う必要もない。

 

 天之河は必死に声を張り上げ、クラスメイト達に脱出を促した。メルド団長や騎士団員達も生徒達を鼓舞する。

 

 そして全員が階段への脱出を果たした。

 

 上階への階段は長かった。先が暗闇で見えない程ずっと上方へ続いており、感覚では既に三十階以上、上っているはずだ。魔法による身体強化をしていても、そろそろ疲労を感じる頃である。先の戦いでのダメージもある。薄暗く長い階段はそれだけで気が滅入るものだ。

 

 そろそろ小休止を挟むべきかとメルド団長が考え始めたとき、ついに上方に魔法陣が描かれた大きな壁が現れた。

 クラスメイト達の顔に生気が戻り始める。メルド団長は扉に駆け寄り詳しく調べ始めた。フェアスコープを使うのも忘れない。万が一にも、これがトラップであることは否定できないからだ。

 

 その結果、どうやらトラップの可能性はなさそうであることがわかった。魔法陣に刻まれた式は、目の前の壁を動かすためのもののようだ。メルド団長は安心から、つい安堵の息をついた。

 

 メルド団長は魔法陣に刻まれた式通りに一言の詠唱をして魔力を流し込む。すると、まるで忍者屋敷の隠し扉のように扉がクルリと回転し奥の部屋へと道を開いた。

 

 扉を潜ると、そこは元の二十階層の部屋だった。

 

 

「帰ってきたの?」

 

「戻ったのか!」

 

「帰れた……帰れたよぉ……」

 

 

 クラスメイト達が次々と安堵の吐息を漏らす。中には泣き出す子やへたり込む生徒もいた。天之河達ですら壁にもたれかかり今にも座り込んでしまいそうだ。雫も、彼ら以上に疲れていた。

 当然だ。いくら香織が女子とはいえ、高校生だ。気を失っている彼女を一人で背負っていたら、そうなるというもの。ましてや雫も女の子だ。疲労は男子以上だ。

 途中、坂上や天之河が背負うのを変わる旨を言ってきたが、大丈夫だと断った。何も心配してはいないが、香織を背負わせることに抵抗があったのだ。

 

 しかし、ここはまだ迷宮の中。低レベルとは言え、いつどこから魔物が現れるかわからない。完全に緊張の糸が切れてしまう前に、迷宮からの脱出を果たさなければならない。

 

 メルド団長は休ませてやりたいという気持ちを抑え、心を鬼にして生徒達を立ち上がらせた。

 

 

「お前達!座り込むな!ここで気が抜けたら帰れなくなるぞ!魔物との戦闘はなるべく避けて最短距離で脱出する!ほら、もう少しだ、踏ん張れ!」

 

 

 少しくらい休ませてくれよ、という生徒達の無言の訴えをギンッと目を吊り上げて封殺する。

 

 渋々、フラフラしながら立ち上がる生徒達。天之河が疲れを隠して率先して先をゆく。道中の敵を、騎士団員達が中心となって最小限だけ倒しながら一気に地上へ向けて突き進んだ。

 

 そして遂に、一階の正面門となんだか懐かしい気さえする受付が見えた。迷宮に入って一日も立っていないはずなのに、ここを通ったのがもう随分昔のような気がしているのは、きっと少数ではないだろう。香織をここまで背負ってきた雫も例外ではない。

 

 今度こそ本当に安堵の表情で外に出て行く生徒達。正面門の広場で大の字になって倒れ込む生徒もいる。一様に生き残ったことを喜び合っているようだ。

 

 だが、一部の生徒――未だ目を覚まさない香織を背負った雫、その様子を見る天之河、坂上、谷口、中村、そしてハジメが助けた女子生徒などは暗い表情だ。

 

 そんな生徒達を横目に気にしつつ、受付に報告に行くメルド団長。

 報告することは主に二つ。

 一つは、二十階層で発見した新たなトラップ。あれは危険すぎる。石橋が崩れてしまったので罠として未だ機能するかはわからないが報告は必要だ。

 

 そして、悠聖とハジメの死亡報告もしなければならない。

 

 憂鬱な気持ちを顔に出さないように苦労しながら、それでも溜息を吐かずにはいられないメルド団長だった。クラス最強と最弱。他人からしたら後者はそこまで大切だとは思わないかもしれない。しかし、短い間とはいえ、自分が訓練した生徒が死ぬのは嫌なことだ。雫と香織が悲しむ姿を見たのもそれを助長している。

 

 二人が危険なことをしないように注意する必要があるかもしれない。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 ホルアドの町に戻った一行は何かする元気もなく宿屋の部屋に入った。幾人かの生徒は生徒同士で話し合ったりしているようだが、ほとんどの生徒は真っ直ぐベッドにダイブし、そのまま深い眠りに落ちた。疲れ、恐怖、驚きなどがごちゃ混ぜになってしまっているのだ、仕方が無いだろう。

 

 そんな中、檜山大介は一人、宿を出て町の一角にある目立たない場所で膝を抱えて座り込んでいた。顔を膝に埋め微動だにしない。もし、クラスメイトが彼のこの姿を見れば激しく落ち込んでいるように見えただろう。

 

 だが実際は……

 

 

「ヒ、ヒヒヒ。ア、アイツらが悪いんだ。雑魚のくせに……ちょ、調子に乗るから……て、天罰だ。……俺は間違ってない……白崎のためだ……あんな雑魚に……もうかかわらなくていい……俺は間違ってない……ヒ、ヒヒ」

 

 

 暗い笑みと濁った瞳で自己弁護しているだけだった。

 

 そう、あの時、軌道を逸れてまるで誘導されるように悠聖とハジメを襲った火球は、ある人物と共謀した檜山が放ったものだったのだ。

 

 階段への脱出とハジメの救出。それらを天秤にかけた時、ハジメを見つめる香織が視界に入った瞬間、檜山の中の悪魔が囁いたのだ。今なら殺っても気づかれないぞ?と。彼も言っていた。欲しいものを手に入れるためには、手段を選ばなくてよいと。

 

 そして、檜山は悪魔に魂を売り渡した。

 

 バレないように絶妙なタイミングを狙って誘導性を持たせた火球をハジメ達に着弾させた。流星の如く魔法が乱れ飛ぶあの状況では、誰が放った魔法か特定は難しいだろう。まして、檜山の適性属性は風だ。証拠もないし分かるはずがない。

 

 そう自分に言い聞かせながら暗い笑を浮かべる檜山。

 

 その時、不意に背後から声を掛けられた。

 

 

「へぇ~、やっぱり君だったんだ。異世界最初の殺人がクラスメイトか……中々やるね?」

 

「ッ!?だ、誰だ!」

 

 

 慌てて振り返る檜山。そこにいたのは見知ったクラスメイトの一人だった。

 

 

「お、お前、なんでここに……」

 

「そんなことはどうでもいいよ。それより……人殺しさん?今どんな気持ち?恋敵をどさくさに紛れて殺すのってどんな気持ち?」

 

 

 その人物はクスクスと笑いながら、まるで喜劇でも見たように楽しそうな表情を浮かべる。檜山自身がやったこととは言え、クラスメイトが一人死んだというのに、その人物はまるで堪えていない。ついさっきまで、他のクラスメイト達と同様に、ひどく疲れた表情でショックを受けていたはずなのに、そんな影は微塵もなかった。さっきの表情と今の表情。まったくの別物だ。

 

 

「……それが、お前の本性なのか?」

 

 

 呆然と呟く檜山。

 

 それを、馬鹿にするような見下した態度で嘲笑う。

 

 

「本性?そんな大層なものじゃないよ。誰だって猫の一匹や二匹被っているのが普通だよ。そんなことよりさ……このこと、皆に言いふらしたらどうなるかな?特に……あの子たちが聞いたら……」

 

「ッ!?そ、そんなこと……信じるわけ……証拠も……」

 

「ないって?でも、僕が話したら信じるんじゃないかな?あの窮地を招いた君の言葉には、既に力はないと思うけど?」

 

 

 檜山は追い詰められる。まるで弱ったネズミを更に嬲るかのような言葉。まさか、こんな奴だったとは誰も想像できないだろう。二重人格と言われた方がまだ信じられる。目の前で嗜虐的な表情で自分を見下す人物に、全身が悪寒を感じ震える。

 

 

「ど、どうしろってんだ!?」

 

「うん?心外だね。まるで僕が脅しているようじゃない?ふふ、別に直ぐにどうこうしろってわけじゃないよ。まぁ、取り敢えず、僕の手足となって従ってくれればいいよ」

 

「そ、そんなの……」

 

 

 実質的な奴隷宣言みたいなものだ。流石に、躊躇する檜山。当然断りたいが、そうすれば容赦なくハジメを殺したのは檜山だと言いふらすだろう。

 

 葛藤する檜山は、「いっそコイツも」とほの暗い思考に囚われ始める。しかし、その考えは、その場に現れた人物によって中断させられた。

 

 

「おいおい、そんなにいじめてやるなよ。かわいそうだろ?」

 

 

 やってきたのは、先ほど迷宮で自分を唆し、自身も悠聖を殺そうとした人物だった。親し気に目の前の人物に声を掛ける。

 

 

「別にいじめているわけじゃない。ただ彼を勧誘していただけだ。それに、キミだって彼と同類だろう?いや、もしかしたらそれよりもタチ悪いかもね。君の指示でしょ。彼の行動は」

 

 

 目の前の人物の言葉は辛辣だったが、互いの目的を知っている節がある。

 

 厳しい言葉に、彼は笑いながら答える。

 

 

「別にいいだろ?自分の目的のためなんだから」

 

「ふーん、まぁいいんじゃない?ところで、どうするんだい?僕に従うのかどうかはっきりしてほしいな」

 

 

 そう言って、二人がこちらを見てくる。

 それに渋っていると、魅力的な提案をしてくる。

 

 

「白崎香織、欲しくない?」

 

「ッ!?な、何を言って……」

 

 

 暗い考えを一瞬で吹き飛ばされ、驚愕に目を見開いてその人物を凝視する檜山。そんな檜山の様子をニヤニヤと見下ろし、その人物は誘惑の言葉を続ける。

 

 

「僕に従うなら……いずれ彼女が手に入るよ。本当はこの手の話は南雲にしようと思っていたのだけど……君が殺しちゃうから。まぁ、彼より君の方が適任だとは思うし結果オーライかな?それに、こいつも八重樫雫が欲しいから協力してるんだよ」

 

 

 そう言って隣のクラスメイトを指さす。彼はそれに頷く。

 

 

「普段の俺は八重樫の視界に入ってねぇからな。近づくのに手っ取り早いんだよ」

 

 

 しかし、その魅力的な提案には心惹かれるが、目的が分からない。

 

 

「……何が目的なんだ。お前は何がしたいんだ!」

 

 

 あまりに訳の分からない状況に檜山が声を荒らげる。

 

 

「ふふ、君には関係のないことだよ。まぁ、欲しいモノがあるとだけ言っておくよ。……それで?返答は?」

 

 

 あくまで小バカにした態度を崩さないその人物に苛立ちを覚えるものの、それ以上に、あまりの変貌ぶりに恐怖を強く感じた檜山は、どちらにしろ自分に選択肢などないと諦めの表情で頷いた。

 

 

「……従う」

 

「アハハハハハ、それはよかった!僕もクラスメイトを告発するのは心苦しかったからね!まぁ、仲良くやろうよ、人殺しさん?アハハハハハ」

 

「ま、これで俺たちはお互いの目的のためにいろいろやっていくわけだが……檜山は俺たちの指示に従っていれば白崎が手に入るぞ」

 

 

 そう言われると、自分は正しいことをしているのだと思えてくる。

 

 彼らは楽しそうに笑いながら踵を返し宿の方へ歩き去っていく。二人の後ろ姿を見ながら、檜山は、香織が手に入った時のことを考えてほくそえんでいた。。

 

 檜山の脳裏には忘れたくても、否定したくても絶対に消えてくれない光景がこびり付いている。ハジメが奈落へと転落した時の香織の姿。どんな言葉より雄弁に彼女の気持ちを物語っていた。

 

 今は疲れ果て泥のように眠っているクラスメイト達も、落ち着けばハジメの死を実感し、香織の気持ちを悟るだろう。香織が決して善意だけでハジメを構っていたわけではなかったということを。

 

 そして、憔悴する香織を見て、その原因に意識を向けるだろう。不注意な行為で自分達をも危険に晒した檜山のことを。

 

 上手く立ち回らなければならない。自分の居場所を確保するために。もう檜山は一線を越えてしまったのだ。今更立ち止まれない。あの人物に従えば、消えたと思った可能性――香織をモノにできるという可能性すらあるのだ。

 

 

「ヒヒ、だ、大丈夫だ。上手くいく。俺は間違ってない……。成功したら、白崎とあんなことやこんなことを……」

 

 

 再び膝に顔を埋め、ブツブツと呟き出す檜山。

 

 今度は誰の邪魔も入ることはなかった。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 檜山を唆して奴隷とした二人は、暗闇の中で話していた。

 

 

「よかったのかい?彼に目的を伝えてしまって」

 

「構わない。アイツは既に俺の趣味も知っているからな」

 

「あぁ……強気な女を屈服させたい……だっけ?随分と深いね」

 

「お前にだけは言われたくねぇよ。ま、最終的にアイツは捨て駒にするがな」

 

「まぁいいよ。僕も彼が手に入れば満足だし。君たちの結果には興味ないよ」

 

「それでいい。もともと、そういう関係だったしな」

 

 

 裏路地に響く声。周りには人っ子一人見当たらないが、万が一を考えて聞こえないように話す。

 

 

「そろそろ僕は行くよ。あまり遅いと不審がられるしね」

 

「あぁ、じゃあな」

 

 

 片方が闇に溶けるように消えていった。

 残された方は、夜空を見上げてつぶやいた。

 

 

「待っていろ、八重樫雫。俺はお前を手に入れ、俺に逆らえないように徹底的に躾けてやる。楽しみにしていろよ」

 

 

 そのつぶやきを聞くものは自分しかいない。それ以外の人物に聞かれることなく溶け消え、また、彼も闇に消えるように姿を消した。

 

 

 

 

 




読了ありがとうございます。
まず初めに、アンケートの結果報告から。栄えあるオリヒロに選ばれたのは————






FGOよりジャンヌ・ダルク(白聖女)!

あぁ、ジャンヌゥゥゥゥゥ!
はい、すいませんでした。因みに、結果はこう

1位.ジャンヌ・ダルク【FGO】(197票)
2位.シノン【SAO】(173票)
3位.時崎狂三【デート・ア・ライブ】(144票)
4位.セラ=シルヴァース【ロクでなし魔術講師と禁忌教典】(50票)
です!
なによりも驚いたのが、セラだけ二桁。上位3人はまぁ比較的接戦なのに対してこれは……。結果はジャンヌになりましたが、2位~4位のキャラをメインヒロインにおいて二次小説書けたらいいなって思います(忙しいのに何言ってんだコイツ)。

バンドリ、ありふれ、SAO、デアラ、ロクアカ……書きたい作品が多すぎる……。一応はこの作品をメインに書いていきますけどね。

それと、前話にちょこっと出たキャラはオリキャラなので、タグつけなきゃ……。原作で言う檜山ポジ(ようするにかませ犬)ですね、檜山いますけど。

あとがき長くなってしまい、すみません、また次の話でお会いしましょう!



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奈落の底

 どうも、双剣使いです。遅くなってしまって本当に申し訳ありませんッ!大学舐めてました……。思っていた以上にキツイ……


 なので、クオリティもそんな高くありませんが、それでも良ければどうぞ。


「ぐッ!」

 

 

 ザァーと近くで水の流れる音を聞いて、俺は目を覚ました。

 

 

「痛ッ!…クソが……」

 

 

 ふらつく頭を片手で押さえ、悪態を突きながら起き上がる。頭は痛むが、確認したところ、血も出ていないようだ。

 辺りを見渡すと、緑光石の発光のおかげで何も見えないほど暗くはなかった。体のすぐ横を川が流れており、少しでも座標が違ったら流されていたかもしれない。

 

 

「そうだ……確か、魔法をぶつけられてハジメと共に落ちたんだったか……。————ッ、ハジメ!!」

 

 

 頭が回転を始めると、一緒に落ちた親友のことを思い出す。

 

 慌ててハジメの姿を求めて周囲を見渡すが、人影は一つもない。代わりに、俺が倒れていた周りには、全体が白で、ところどころが黄ばんだ、先端が鋭利な刃物のように尖ったものが落ちていた。そう、まるで犬の歯のような————

 

 

「ッ!?」

 

 

 そこまで考え、俺は慌てて自分の体を確かめた。もしそれが本当に犬歯————魔物の歯なのだとしたら、自分は体の一部分を喰われたのではないかと考えたからだ。

 

 しかし、どれだけ体を隅々まで調べても、魔物に噛まれたような傷跡は一つも見つけられなかった。せいぜい、橋の上でぶつけられた魔法の痣だけだ。

 

 魔物に襲われたわけではないことに安堵し、改めて周りを見ると、暗闇に目が慣れてきたのか、先ほどよりも鮮明に周りが見えてきた。

 

 

「チッ!完全に迷宮の最下層だろ」

 

 

 俺は思わず悪態を突いてしまった。当然だ。二十回層に居たはずが、もう何階層かもわからないような奈落にいるのだ。怒るなと言う方が無理だ。

 そして、分かったことがそれ以外にもあった。まずは、この場所から上へ上ることはできないということ。上を見上げても、何も見えなかった。壁伝いにベクトル操作で駆け上がろうにも、途中で力尽きるのは明白だ。となると、横手に見える道を進むことになるが————

 

 

「やべぇ雰囲気がビシビシ漂ってるんだよなぁ…」

 

 

 今自分が何階層に居るか分からないが、降りれば降りるほど難易度の上がるのが迷宮だ。見たことも無いような魔物がいるのはもちろん、レベルもかなり高いことが予想できる。今の俺のレベルだと不安だ。

 

 しかし、進まないことには何も変わらない。

 

 

「少しづつ進みながらハジメを探すか…」

 

 

 決めた後の行動は迅速に行う。

 

 何か武器は無いかと思って周りを探すと、腰に違和感を感じた。

 確かめると、そこには、トラウムソルジャーを殲滅しているときに折れたはずの十字剣だった。それも、傷一つ無い状態だ。

 

 

「何故これがここにあるんだ?」

 

 

 そうだ、折れたのはあの時にこの目で確認したはずだ。なのになぜ……?

 

 しかし、考えていても答えは出ない。考えるのは後回しにして、先に進もう。いつ魔物に襲われるか分からない以上、安全の確保が必要だ。

 

 道中で敵に出くわすのも面倒くさいので、慎重に慎重を重ねて歩いていく。

 

 周りの岩肌は、低層のような四角いブロック塀ではなく、岩や壁があちこちからせり出し通路自体も複雑にうねっている、まさに洞窟と呼ぶに相応しい場所だ。

 

 ただ、大きさは上層の比ではない。構造も複雑だ。

 

 物陰から不意打ちを喰らわないように慎重に歩き続けた。

 

 

 どれほど歩いただろうか?

 

 時間の感覚があやふやになった頃、遂に初めての分かれ道にたどり着いた。そこは、巨大な四辻だ。道の先から魔物が現れる可能性を考慮して、岩陰に隠れながら行き先を考える。

 

 その時だった。視界の端を何か白い物が通過した。

 

 気になったが、安易に姿を見せることはしない。隠れている岩陰から確認すると、俺のいる通路から直進方向の道に白い毛玉がピョンピョンと跳ねているのがわかった。長い耳もある。見た目はまんまウサギだった。

 が、今俺の視界に映るアレはどう考えてもウサギじゃない。

 

 まず大きさだが、中型犬くらい。既にこの時点でおかしいが、異常はそれだけに留まらない。後ろ足がやたらと大きく発達している。前足は普通なのにだ。そして何より赤黒い線がまるで血管のように幾本も体を走り、ドクンドクンと心臓のように脈打っていた。普通に不気味だ。

 

 見た目はウサギだが、どう考えてもヤバい。特に、あの大きな後ろ足から出るキックをまともに受けたら木っ端微塵だろう。捕獲して食料にすることも考えたが、実行不可能なのでやめる。ウサギに見つからない通路へ向かうことにするべきだ。

 

 息を潜めて最高のタイミングを待つ。そして、ウサギが後ろを向き地面に鼻を付けてフンフンと嗅ぎ出したところで飛び出し、横を抜けようとしたが、それは叶わなかった。

 

 あれだけ慎重に行動していたにもかかわらず、腰に十字剣を挿していたのを忘れていたのだ。

 洞窟内にカーンという、決して小さくない音が響き渡った。

 

 次の瞬間だった。地面に顔を向けていたウサギが耳をピンと立たせながら、こちらを振り向いた。

 

 そして、思わずそちらを見ていた俺と目がバッチリあった。その瞬間、俺は悟った。アイツには勝てないということに。

 同時に、ウサギも、俺が自分を脅かす捕食者ではなく、自分に狩られる弱者だということに気づいたらしい。血のように真っ赤な瞳に侮蔑の色が浮かんでいるのがはっきりと分かった。

 

 しかし、早く視界から消えれば襲ってくることは無いだろうと思い、すぐに逃げようとして愕然とした。

 体が動いてくれなかったのだ。

 おそらく、自分よりも圧倒的に強い敵に会ったために、恐怖で足が竦んでしまったのだろう。

 

 それを見たウサギは、ゆっくりと足を踏み出した。俺が恐怖で動けないことが分かっているのだろう。俺の恐怖を助長するように、殊更ゆっくりと歩いてくる。

 

 それに対して、どれだけ動こうとしても俺の足は動いてくれない。

 

 そうこうしているうちに、ウサギは動けない俺の前へとたどり着く。

 

 そして、俺の目の前で、大きな後ろ足を振りかぶる。反射の壁を張っているが、たやすく突破されるだろう。

 

 雫に生きて帰ると約束した直後に魔物に殺されるとか救いようがねぇな、と思い、目を閉じて諦めていた。

 が、いつまでたっても自分が蹴り飛ばされた感覚がない。

 

 不思議に思って目を開けると、目の前にまで近づいていたはずのウサギの姿はなく、数メートル先に見ることができた。

 自分が助かったと思うのと同時に、何故あのウサギは逃げたのか、という疑問が俺の頭の中に浮かぶ。

 

 その答えはすぐにもたらされた。

 

 先ほどまでウサギが見ていた先————つまり俺の背後に自分よりも恐ろしい敵を見たからだった。

 

 呆然とする俺の体の真横を何かが高速で通り抜け、逃げていたウサギを背後から串刺しにしたのだ。

 ウサギを貫いた何かは、先ほどの巻き戻しのように背後へと戻っていく。

 

 それを追うようにして俺も後ろを向くと、そこにはやばそうな魔物が、捕まえたウサギを捕食している姿があった。

 

 獣だということを示す四足歩行。全身に広がるしなやかな筋肉。獅子の頭と胴体。蛇の姿をした尾。そして、先ほどのウサギと同じ迷宮の魔物だということを示す赤黒い血管。

 そう、ゲームでよく見る合成獣(キメラ)がいた。

 

 ウサギを捕まえたのは蛇の姿をした尾のようで、合成獣はウサギの肉を引きちぎり、腹の中に収めていく。

 

 食事を終えた合成獣がようやく俺に目を向ける。

 

 その瞬間、ウサギと目が会った時以上の恐怖が俺の全身を駆け抜けた。

 

 勝てない。どうあがいても勝ちの目が見えない。ウサギと相対したときは、恐怖こそあれど、かろうじて反射の壁を構築することができた。演算をするだけの余裕があった。

 だが、今回はその比ではない。演算をする余裕すらないとすぐに理解した。

 

 しかし、奈落に落ちる寸前に見た雫の顔が脳裏を過る。

 そうだ、俺は約束したじゃないか。生きて雫の元へ帰るって!

 ならばまだ諦めるわけにはいかない。できる限りの反射の壁を構築して、隙を見て逃げるしかない。

 できるかどうかは分からない。それでも、生き残るために全力を尽くそう。

 

 合成獣は俺のことを完全な獲物として見ているためか、俺が覚悟を決めるまでは待っていたようだ。

 立ち向かう俺をいたぶるつもりなのかもしれない。

 

 

「まったく……趣味悪ィぞ」

 

 

 思わず突っ込んでしまった。魔物相手に何かを言っても意味がない。あるのは、ただ生き残るために戦う意志だけだ。

 

 息を整え、今までで最高の精度でできる限りのベクトルの壁を作り出すことに成功。そのまま合成獣に立ち向かおうとして————突如、わき腹から身を焦がすような灼熱の痛みが走った。

 

 

「なっ……カハッ!?」

 

 

 喉の奥から血がこみ上げ、吐血する。かなりの量の血が地面に落ちる。

 痛みをこらえながらわき腹を見て愕然とした。

 

 先ほどウサギを捕らえた時と同じように、合成獣の尻尾が伸びて俺の右脇腹を貫通していたのだ。

 

 その光景に、忘れていたはずの絶望が再び襲い掛かってきた。

 俺は勘違いしていたのだ。俺のような奴がどれだけ足搔いたところで、格上の魔物を単独で倒すことなど不可能だったのだ。

 

 グイ、と合成獣の方に引き寄せられる。脇腹を貫いていた尾の先が鉤爪のように変形し、俺の背中側に引っかかっているらしい。

 

 そんなことを、朦朧とし始めた頭の片隅で考えているうちに、合成獣の目の前にまで引きづられてしまった。

 

 俺の意識も消えかかっていて、ただただ、合成獣が俺を呑み込まんと口を大きく開けるのを眺めていた。

 

 そんな時だった。再び雫の顔が脳裏に浮かび上がる。それも、あの月の下で誓った約束も同時に思い出す。

 そうだ、あの時に誓った。雫を守れるぐらい強くなると。

 

 

「ぐ、おぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 

 意識が覚醒し、拘束から抜け出そうともがく。

 しかし、合成獣はそんな暇すら与えてくれなかった。

 

 尾を通して何かが流し込まれる感覚を感じた途端、体がビクンと跳ね、それっきり動かなくなったのだ。

 

 

「なッ……」

 

 

 手足の感覚が鈍い。どことなく痺れているようにも感じる。毒を流し込まれたのかもしれない。

 

 致死性のものだったらしく、意識が再び落ち始めた。

 それでも俺は生きようと抗った。

 

 約束がある。待たせている人がいる。彼女に誓った言葉がある。まだ伝えられていない想いがある。やり残したこともある。

 

 だからッ!だから俺は、生きなきゃいけないッ!!帰るためにッ!

 

 同時に、こうも思った。俺をこんな理不尽な世界に連れてきた、エヒトとかいうクソ神を、聖教教会のイカレ信者どもを消したいと。俺をこんな目に合わせた復讐を。

 

 

 俺は強く願った。

 

 生きて雫に会い、この世界の神を殺して元の世界に帰還すると。当然、雫やハジメたちと一緒にだ。

 

 強く、強く願った。

 

 しかし、願いが届くことはなく、俺の意識が暗転した。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

〝————渇望を承認。汝の願いは条件を満たした————”

 

〝————これより、根源への接続を開始する。肉体が適応するまで52秒————”

 

〝————接続完了。これより、我と汝は一心同体。ともに己が渇望を満たすために。幸あれ。Amen————”

 

 

 この瞬間、オルクス大迷宮地下の奈落の底にて、一つの悪が生まれた。

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 合成獣は信じて疑わなかった。己の勝利を。正確には、食料を得るための狩りだが。

 それでも、負けるはずがなかった。自分はこの階層で一番の強者なのだから。

 

 ならば、目の前に立っているアレは何だ。なぜ絶対的強者である自分がこうも簡単に地に伏し、今瀕死であるのか。

 

 最初は楽だった。自分と出会った恐怖におびえながらも、気丈に立ち向かおうとする獲物を捕まえるだけだったから。少し暴れたが、毒を流し込んで殺した。

 食べようと口を開いたときにそれは起こった。

 

 獲物が持っていた剣————合成獣は知らないが、悠聖が宝物庫で見つけた十字剣————が突如、鞘からひとりでに抜け出し、こちらの眼球に向けて刺突を放ってきたのだ。

 

 驚き、慌てて距離を取る。その拍子に獲物が尾から外れたが、再び捕まえればいい。そう思った矢先、十字剣が獲物の背中に突き立ち、その刀身を泡のように分離させると、獲物の中に入っていったのだ。

 

 唖然とする中、瀕死だったはずの獲物がゆっくりと立ち上がったのだ。

 

 これには合成獣も驚きを隠せず、呆然と獲物を見ていた。

 

 立ち上がったソレは、姿形こそ大きな変化はなかったが、さっきまではなかったほど濃密な殺意をこちらに放ってきたのだ。

 

 しかし、こちとらこの階層の強者だ。退くことはないと攻撃を仕掛ける。

 

 しかし、伸ばした尾はソレの手刀でたやすく切り飛ばされた。さらに、動揺している間に、地面から何十本もの

赤い杭が生え、こちらを串刺しにしたのだ。

 されには、こちらの魔力を凄まじいスピードで吸収したのだ。

 時間にしてほんの数秒だが、すでに合成獣に立ち上がるだけの力は残されていなかった。魔力とともに、生命力も奪われたのだ。

 

 そして今、自分を追い詰めたソレは、目の前で足を振りかぶっている。

 

 

「何か最後に言い残すことはあるかァ?」

 

「グルルルル……」

 

「そうか、じゃあ死ねよ」

 

 

 唸り声をあげて、せめてもの抵抗をしようとした合成獣はあっけなく頭部を粉砕され、絶命した。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 奈落に一人の悪魔が現れた。

 果たしてそれが榊悠聖なのか、十字剣の意思なのかははっきりとしないが、間違いなく悪魔だ。見た目はそこまでだが、常に放っているプレッシャーと殺気が尋常ではないからだ。

 

 そして、悪魔は、ここから脱出するための行動を始める。

 

 

 すべては己が渇望のため。欲望のため。復讐のため。

 

 悪魔は、動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 読了ありがとうございます。
 まず謝辞から……遅くなってしまい申し訳ありませんッ!課題が多い……。思ってた以上に大学ってきついんですね、学びました。

 話の中に出てきたキメラは、FGOのキメラを想像してもらえると分かりやすいかと思います。そして何よりも不安なのが、渇望が足りているのかということ。少々足りない感があるんですよね……。後、雑でごめんなさい、頑張ります。

 最後に、感想など送ってもらうと、モチベーションが上がるかもしれません。それでは、また次話で。それと、ロクでなし魔術講師と武装親衛隊のほうもよろしくお願いします!それでは、また次話でお会いしましょう!


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クラスメイトside1 少女たちの決意

 遅くなってしまって、本当にすいません!ポケモンのUSUMやってたせいで、全然書けなかった…大学の期末もありましたしね……

 時間かけた割には、全然本編は進みません。ご容赦ください。

 では、どうぞ


 時間は少し遡る。

 

 ハイリヒ王国王宮内、召喚者達に与えられた部屋の一室で、八重樫雫は、暗く沈んだ表情で未だに眠る親友————白崎香織を見つめていた。彼女の親友であり、幼馴染でもあるため、雫が香織を看病していた。

 

 

 五日前のあの日。二人を含めたクラスメイトは、迷宮攻略の中で、取り返しのつかない損失を味わった。

 

 あの後、宿場町ホルアドで一泊し、早朝には高速馬車に乗って一行は王国へと戻った。とても、迷宮内で実戦訓練を続行できる雰囲気ではなかったし、無能扱いと怠け者であったとはいえ、仮にも勇者の同胞だった者が二人も死んだのだ。国王や教会への迅速な報告が必要だった。

 また、今後の戦いのことを考えると、勇者一行に戦意を喪失されてしまうわけにはいかないようだ。厳しくはあるが、こんな所で折れてしまっては困るのだ。致命的な障害が発生する前に、勇者一行のケアが必要だという判断もあったらしい。

 

 雫は、王国に帰って来てからのことを思い出し、香織に早く目覚めて欲しいと思いながらも、同時に眠ったままで良かったとも思っていた。

 

 帰還を果たし、悠聖とハジメの死亡が伝えられた時、王国側の人間は誰も彼もが愕然としていたが、死んだのが、実力はあるのに怠けてばかり(だと思われている)悠聖と、〝無能〟のハジメと知ると安堵の吐息を漏らしたのだ。

 

 国王やイシュタルですら同じだった。強力な力を持った勇者一行が迷宮で死ぬこと等あってはならないこと。迷宮から生還できない者が魔人族に勝てるのかという不安が国民の間で広がるのは困るのだ。神の使徒たる勇者一行は無敵でなければならないのだから。

 だが、国王やイシュタルはまだ分別のある方だっただろう。中には悪し様に二人を罵る者までいたのだ。

 

 もちろん、公の場で発言したのではなく、物陰でこそこそと貴族同士の世間話という感じではあるが。やれ死んだのが無能や怠け者でよかっただの、神の使徒でありながら、まじめに戦闘訓練をしないクズなど死んで当然だの、それはもう好き放題に貶していた。まさに、死人に鞭打つ行為に、雫は憤激に駆られて何度も手が出そうになった。自分の大切な人がそのように言われていたら誰だってそうなるだろう。

 

 しかし、雫は必死に手を出さないように努めた。腰に吊っている刀に手が触れないように、悠聖から貰った髪飾りを握りしめ、感情を抑えた。

 

 実際、あの場面で正義感の強い天之河が真っ先に怒らなければ飛びかかっていてもおかしくなかった。天之河が激しく抗議したことで国王や教会も悪い印象を持たれてはマズイと判断したのか、悠聖とハジメを罵った人物達は処分を受けたようだ。もしこれで彼らを処分せず、見逃していたら、実家で身に着けた剣術で、彼らを血の海に沈めていたかもしれないのだ。その点に関しては、天之河には感謝しかない。

 しかし、その後の展開に、雫が納得したわけではない。

 

 二人を庇ったことで、天之河は、使えない無能にも心を砕く優しい勇者であると噂が広まり、結局、天之河の株を上げただけ。悠聖とハジメは勇者の手を煩わせただけの無能であるという評価は覆らなかった。

 

 あの時、自分達を救ったのは紛れもなく、勇者も歯が立たなかった化け物をたった一人、錬成で食い止め続けたハジメと、自分たちの危機を救い、化け物を純粋に圧倒していた悠聖だというのに。そんな彼らを死に追いやったのはクラスメイトの誰かが放った流れ弾・・・だというのに。

 

 生徒たちは、図ったように、あの時の事を話さない。自分の魔法は把握していたはずだが、あの時は無数の魔法が嵐の如く吹き荒れており、〝万一自分の魔法だったら〟と思うと、どうしても話題に出せないのだ。それは、自分が人殺しであることを示してしまうから。

 

 結果、現実逃避をするように、あれは二人が自分で・・・何かしてドジったせいだと思うようにしているようだ。死人に口なし。無闇に犯人探しをするより、彼らの自業自得にしておけば誰もが悩まなくて済む。クラスメイト達の意見は意思の疎通を図ることもなく一致していた。

 

 メルド団長は、あの時の経緯を明らかにするため、生徒達に事情聴取をする必要があると考えていた。生徒達のように現実逃避して、単純な誤爆であるとは考え難かったこともあるし、仮に過失だったのだとしても、白黒はっきりさせた上で心理的ケアをした方が生徒達のためになると確信していたからだ。

 こういうことは有耶無耶にした方が、後で問題になるものなのである。なにより、メルド自身、はっきりさせたかった。〝助ける〟と言っておいて、ハジメを救えなかったことに心を痛めているのはメルド団長も同様だったからだ。また、奈落の底に落ちていく悠聖を見つめる、雫の悲痛な顔が、頭から離れないというのもある。

 

 しかし、メルド団長が行動することはできなかった。イシュタルが、生徒達への詮索を禁止したからだ。メルド団長は食い下がったが、国王にまで禁じられては堪えるしかなかった。

 その話を、メルド団長から教えてもらった雫は、イシュタルを斬るために教会に向かおうとしたが、メルド団長の必死の説得を受け、渋々と引き下がった。

 その代わり、心の中で滅多切りにしたが……

 

 

「あなたが知ったら……怒るのでしょうね?」

 

 

 あの日から一度も目を覚ましていない香織の手を取り、そう呟く雫。

 

 彼女を診た医者からは、体に異常はなく、おそらく精神的ショックから心を守るため防衛措置として深い眠りについているのだろうということだった。故に、時が経てば自然と目を覚ますと。

 

 雫は香織の手を握りながら、「どうかこれ以上、私の優しい親友を傷つけないで下さい」と、誰ともなしに祈った。

 

 その時、不意に、握り締めた香織の手がピクッと動いた。

 

 

「!?香織!聞こえる!?香織!」

 

 

 雫が必死に呼びかける。すると、閉じられた香織の目蓋がふるふると震え始めた。雫は更に呼びかけた。その声に反応してか香織の手がギュッと雫の手を握り返す。

 

 そして、香織はゆっくりと目を覚ました。

 

 

「香織!」

 

「……雫ちゃん?」

 

 

 ベッドに身を乗り出し、目の端に涙を浮かべながら香織を見下ろす雫。

 

 香織は、しばらくボーと焦点の合わない瞳で周囲を見渡していたが、やがて頭が活動を始めたのか見下ろす雫に焦点を合わせ、名前を呼んだ。

 

 

「ええ、そうよ。私よ。香織、体はどう?違和感はない?」

 

「う、うん。平気だよ。ちょっと怠いけど……寝てたからだろうし……」

 

「そうね、もう五日も眠っていたのだもの……怠くもなるわ」

 

 

 そうやって体を起こそうとする香織を補助し苦笑いしながら、どれくらい眠っていたのかを伝える雫。香織はそれに反応する。

 

 

「五日?そんなに……どうして……私、確か迷宮に行って……それで……」

 

 

 徐々に焦点が合わなくなっていく目を見て、マズイと感じた雫が咄嗟に話を逸らそうとする。しかし、香織が記憶を取り戻す方が早かった。

 

 

「それで……あ…………………………南雲くんは?」

 

「ッ……それは」

 

 

 ハジメの名前を出された途端、ハジメと共に奈落の底へ落ちていく悠聖の姿が蘇ってくる。しかし、今は悲しみに浸る前に、香織の問いにどう答えるかだ。

 苦しげな表情でどう伝えるべきか悩む雫。そんな雫の様子を見て、自分の記憶にある悲劇が現実であったことを悟る。だが、そんな現実を容易に受け入れられるほど香織はできていない。

 

 

「……嘘だよ、ね。そうでしょ?雫ちゃん。私が気絶した後、南雲くんも榊くんも助かったんだよね?ね、ね?そうでしょ?ここ、お城の部屋だよね?皆で帰ってきたんだよね?南雲くんは……榊くんと訓練かな?訓練所にいるよね?うん……私、ちょっと行ってくるね。南雲くんにお礼言わなきゃ……だから、離して?雫ちゃん」

 

 

 現実逃避するように次から次へと言葉を紡ぎハジメを探しに行こうとする香織。そんな香織の腕を掴み離そうとしない雫。

 雫は悲痛な表情を浮かべながら、それでも決然と香織を見つめる。

 

 

「……香織。わかっているでしょう?……ここに彼はいないわ。……悠聖も」

 

「やめて……」

 

「香織の覚えている通りよ」

 

「やめてよ……」

 

「二人は、悠聖と南雲君は……」

 

「いや、やめてよ……やめてったら!」

 

「落ち着いて、香織!二人はここにはいないの!」

 

「ちがう!死んでなんかない!絶対、そんなことない!どうして、そんな酷いこと言うの!いくら雫ちゃんでも許さないよ!」

 

 

 イヤイヤと首を振りながら、どうにか雫の拘束から逃れようと暴れる香織。雫は絶対離してなるものかとキツく抱き締める。ギュッと抱き締め、どうにか彼女を落ち着かせようとする。

 

 

「落ち着いて、香織。私は二人が死んだなんて一言も言ってないわよ」

 

「え……?でも、ここにはいないって……」

 

 

 ようやく落ち着いたのか、話を少しずつだが、聞いてくれるようだ。そう思った雫は、話を続ける。

 

 

「ここに居ないことが、二人が死んだことに繫がるわけではないわ。本当に死んだかどうか確認してないんだから」

 

「でも、あんなところに落ちちゃったら……」

 

「大丈夫。まだ落ちただけよ。生きてる可能性だってあるのよ。それに……」

 

 

 雫はポケットに入れていたものを取り出し、香織に見せる。

 それを見た香織は、驚きに目を見張る。

 

 それは、悠聖が奈落に落ちる中で、雫に渡した髪飾りだ。

 

 

「あの時、悠聖が私に送ってくれたの。思い違いかもしれないけど、これを手にしたときに、悠聖の声が聞こえた気がしたわ。南雲くんと二人で、絶対に生きて帰ってくるって」

 

 

 馬鹿馬鹿しい話だ。信じられる根拠なんて何一つない。それでも、雫は悠聖のことを信じている。香織にも信じてもらおうなどとは思っていない。これは、自分の気持ちの問題だから。

 

 香織は、しばらく呆けていたが、何を思ったのか、笑い出した。

 

 

「ちょっと。何で笑うのよ?」

 

「ごめんね、雫ちゃんがそこまで榊くんのこと信じてるんだったら、私も信じてみようかなって思ったんだ。でも……」

 

「でも?」

 

「そうしたら雫ちゃんが嫉妬しちゃうかなって思って……」

 

「ちょ、何言ってるのよ!?そんなわけないじゃない!!」

 

 

 雫の慌て具合に笑みをこぼすが、すぐに神妙な顔になる。あの時の光景が頭から離れないのだろう。

 

 

「あの時、南雲くんは私達の魔法が当たりそうになってた……誰なの?」

 

「わからないわ。誰も、あの時のことには触れないようにしてる。怖いのね。もし、自分だったらって……」

 

「そっか」

 

「恨んでる?」

 

「……わからないよ。もし誰かわかったら……きっと恨むと思う。でも……分からないなら……その方がいいと思う。きっと、私、我慢できないと思うから……」

 

「そう……」

 

 

 俯いたままポツリポツリと会話する香織。自分は、悠聖を助けるために強くなる決意をした。香織がハジメを助けるために強くなりたいと言い出すまで、雫は待つことにした。

 やがて、香織は真っ赤になった目をゴシゴシと拭いながら顔を上げ、雫を見つめる。そして、決然と宣言した。

 

 

「雫ちゃん、私、信じないよ。南雲くんは生きてる。死んだなんて信じない」

 

 無理して言っているのではないかと心配したが、香織の決意を秘めた顔を見て、それは杞憂だと分かった雫は、安堵の息を吐いた。

 

 

「うん、それでこそ香織よ。私だって、悠聖が死んだなんて少しも思ってないわ。悠聖が安心して帰ってこれるように、今よりも強くなるわ。あなたは?」

 

「うん、私も、もっと強くなるよ。それで、あんな状況でも今度は守れるくらい強くなって、自分の目で確かめる。南雲くんのこと。……雫ちゃん」

 

「なに?」

 

「力を貸してください」

 

「何言ってるの、当然のことじゃない。私は悠聖に、強くなれたと胸を張って言えるように、香織は今度こそ南雲君を守るために。目標は違うけど、強くならなければいけないわ。あなたが折れそうになったら私が支えるわ」

 

「ありがと、雫ちゃん。じゃあ、雫ちゃんが倒れそうなときは、私が支えてあげるね!」

 

「あ、それはいらないわ。私を支えていいのは悠聖だけなんだから」

 

「ひどいよ!?」

 

 

 泣き真似をしながら雫に抱き着く香織。雫は、そんな彼女の突然の行動に、焦ることなく、しっかりと受け止めた。その際、雫の豊かな双丘に顔を包まれた香織が、とてつもない敗北感を感じていたが、雫は気づかなかった。

 

 香織の行動が、じゃれつきだと気付き、ようやく、軽口を言い合えるようになってきたことに、雫は心の底から安心した。

 

 しかし、周りの者から見れば、彼女たちが、ショックから抜け出せていないのでは、と思うだろう。特に、あの思い込みの激しい幼馴染の勇者は。

 

 普通に考えれば、雫と香織の言っている可能性などゼロパーセントであると切って捨てていい話だ。あの奈落に落ちて生存を信じるなど現実逃避と断じられるのが普通だ。

 

 おそらく、幼馴染である天之河や坂上も含めてほとんどの人間が二人の考えを正そうとするだろう。

 

 だが、そんなことは関係ない。他人からどう見られようと、二人だけが分かっていればいい。他人には分からないだろうし、分かってほしいとも思わない。同性の親友である二人の間で十分だ。

 

 

 その時、不意に部屋の扉が開けられる。

 

 

「雫!香織はめざ……め……」

 

「おう、香織はどう……だ……」

 

 

 天之河と坂上だ。香織の様子を見に来たのだろう。訓練着のまま来たようで、あちこち薄汚れている。

 

 あの日から、二人の訓練もより身が入ったものになった。二人も悠聖とハジメの死に思うところがあったのだろう。何せ、撤退を渋った挙句返り討ちにあい、あわや殺されるという危機を救ったのは彼らなのだ。もう二度とあんな無様は晒さないと相当気合が入っているようである。

 

 そんな二人だが、現在、部屋の入り口で硬直していた。訝しそうに雫が尋ねる。

 

 

「あんた達、どうし……」

 

「す、すまん!」

 

「じゃ、邪魔したな!」

 

 

 雫の疑問に対して喰い気味に言葉を被せ、見てはいけないものを見てしまったという感じで慌てて部屋を出ていく。そんな二人を見て、香織もキョトンとしている。しかし、聡い雫はその原因に気がついた。

 

 現在、香織は雫の膝の上に座り、雫の両頬を両手で包みながら、今にもキスできそうな位置まで顔を近づけているのだ。雫の方も、香織を支えるように、その細い腰と肩に手を置き抱き締めているように見える。

 

 つまり、激しく百合百合しい光景が出来上がっているのだ。ここが漫画の世界なら背景に百合の花が咲き乱れていることだろう。悠聖やハジメなら、作画がどうのこうの、アングルがあーだこーだと言いそうな状態だった。

 

 雫は深々と溜息を吐くと、未だ事態が飲み込めずキョトンとしている香織を尻目に声を張り上げた。

 

 

「さっさと戻ってきなさい!この大馬鹿者ども!」

 

 

 今日も、王宮には、オカンの声が響き渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 読了ありがとうございます。一か月近く投稿できなくて、すみませんでした。ポケモンに久々にハマり、ポケカやUSUMやってたのが一番の原因だと思います。次は早く書き上げるようにします。気長に待っていてください。

 では、次話でお会いしましょう!


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囚われの聖女~前編~

一か月以上投稿できなくてすいませんでしたッ!
何とか書きました。
ですが、注意があります。今回は全くと言っていいほど本編に関係がありません。長くなりそうだったので半分にしただけですし……読まなくてもいいかなって思われても仕方ありません。それでも読んでくださる方だけ画面を下にスクロールしてください。


 とある一人の少女の話をしよう。

 

 

 彼女は、ハイリヒ王国の領土に程近い公爵領のドンレミという村の村長の娘として生まれた。彼女を長女とし、父と母、二人の妹の五人で暮らしていた。

 

 当時、公爵領はハイリヒ王国に属してはいなかったが、交易を行うなど、それなりに友好な関係を築いていた。必然、ハイリヒ王国が他国と戦うことになれば、公爵は兵を連れて参戦した。当時、王国はエヒト神への信仰を広めるという名目で、周辺諸国へと兵を送り、各地で争いを起こしていた。後に、聖教教会が聖戦と名付ける戦いだ。

 

 彼女が生まれた村でも、若い男が公爵軍の兵士として駆り出され、戦争に参加した。戦死して帰ってこなかった者も多くいた。

 彼女の父親は、村長であったことと、生まれたのが娘三人だったこともあって、戦争には参加しなかったが、村長であった父は、戦死した若者を一人一人、丁寧に弔った。彼女は、その儀式に何度も出席した。家族、村の知人を失った悲しさから、終始涙を流し続けた者がほとんどだった。また、愛する人を失ったことで、心が壊れてしまった女性、後を追うように自ら死を選んだ者もいた。もともと、感受性が豊かで、他人の感情の変化に敏感だった彼女が、喪失感に苦しむ村の住人を見て、胸を痛めたのは当然と言えるだろう。彼女は、もしかしたら村長であった父よりも、村の住人に心を寄せていたかもしれない。

 故に、彼女の心では、村の若者が王国のために公爵の軍に加わり、戦場で命を散らしていることに対する疑惑が生まれる。なぜ自国の利益のために、関係のない人々が犠牲になるのか。他国の領土を奪うのではなく、交易によって自国の利益を上げることはできないのか。彼女は、最低でも公爵領からの犠牲者を出したくないという思いから、一時は公爵に直々に訴えることも考えた。

 

 しかし、この公爵領は、王国との交易で得た利益によってなんとか治められている。戦いにおいてハイリヒ王国と共闘しないことになれば、王国側から今後の交易が行われなくなるかもしれない。そうなったら、王国との交易で続いている公爵領は、すぐに荒野と化すだろう。彼女も、それは痛いほど分かっていた。そのため、直談判することはなかったが、彼女のその思いは、胸の中にくすぶり続けることになる。

 

 しかし、彼女の心の内など知ったことではないと、ハイリヒ王国は戦火を広げ、多くの国へと進行していく。必然、彼女らの村を含む公爵領から多くの若者が徴兵されていき、村には老人と女性、子供だけになった。男手がなくなったことで、力仕事を行うものが少なくなり、老人や女性、さらにはまだ十歳にもなっていない子供も手伝わなければいけなくなってくる。

 村長であった父は、戦争に行かない代わりに、若者がいなくなって畑を耕すことのできなくなってしまった家に行き、手伝いをするようになった。彼女の父親は、どちらかと言えば、戦争を肯定していたから、村長だという理由で徴兵されないので、村人に顔向けできないと考えたのだろう。しかし、彼のおかげで、作られないだろうと思われていた作物が実り、村は食糧難に陥ることはなかった。

 

 元々、村はそこまで裕福ではなかったし、村長であった彼女の家も、贅沢な食事など滅多になかった。そのためか、一番下の妹は、普段よりも豪華な食事ができるとあって、大喜びだった。もう一人の妹も、表情にこそ出さなかったが、喜んでいただろう。少女も、父親が戦争に行かない代わりに、村で畑仕事をやることに賛成だった。少なくとも、父親が戦場で死ぬことはないからだ。戦場で肉親が死ぬことはどうしても避けたいからだ。しかし、戦争に向かった村の若者たちを止められないことが、彼女の大きな悩みだ。それでも、家族全員で食べる豪華な食事は、何よりも家族を大切にする彼女にとって、癒しとなっていたのは間違いないだろう。死んでしまった若者たちのことを考えると不謹慎だが、この時だけは、自分の家族に誇りを持っていた。

 

 しかし、運命は、そんな彼女の想いをあざ笑うかのように、最悪な方向へと進んでいく……。

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 戦争に参加した若者が尊い命を無為に散らすことに違和感を覚え、より一層彼女が深い悲しみを覚えるようになって、七年ほどが経った。

 

 ハイリヒ王国はいまだに戦争を続けており、村から従軍する若者の数は増える一方だった。一度は無事に村に帰れたとしても、次の戦いが始まればすぐに徴収される。こんなことを繰り返していれば、精神的にも来るものがある。特に、親しかった者が、目の前で殺されるのを見てしまったなら、心が現実を受け入れまいと、そのことを忘れようとするだろう。それだけならまだいいが、心を壊してしまうこともある。そうなってしまった者は、公爵の判断で、村に返された。しかし、彼らは自分の意思で動くことはできなくなってしまっているため、一日中、部屋で呆けていることしかしないため、働き手は増えず、食べ物の消費量が増えるだけだった。

 

 村の状況はかなりひどくなっていき、小さな子供まで畑仕事を行うようになった。彼女や、姉妹も時間を見つけては手伝いを行うが、あまり芳しくない。戦火が広がるにつれ、軍に渡す糧食や日々の食事で、食料が底をつきかけていた。

 

 彼女が、「主」の声を聴いたのは、そんなころだった。

 

 その日、彼女は、村の老夫婦の手伝いに来ていた。その老夫婦には二人の息子がいたが、長男は戦地で死に、弟は未だに従軍していたため、力仕事を行うには少々無理があった。二人が四苦八苦しながら農作業をしているのを見た彼女は、居ても立っても居られず、手伝いをしていたのだ。

 

 一人で大丈夫だと言って、農作業をしていた時だった。

 

 頭の中に、声が響いてきたのだ。

 

 知り合いに呼ばれたのかと思って辺りを見回したが、誰の姿も見られなかったので、作業に戻ろうとしたところ、再び声を掛けられる。

 

 よく聞いてみると、その声は自分の頭上から聞こえてきていた。

 

 慌てて頭上を確認すると、まばゆいばかりの光が目に入ってきた。おもわず、目の前に腕をかざす。姿は見えないが、声を掛けてきた人物は、光に包まれているのだろう。

 

 何かしらの魔法が使われているのだろう。姿は見えないが、声だけは聞こえてくる。

 

 何者なのか。少女はそう問いかけた。

 

 光の奥の人物はこう言った。自分はこの世界の本当の管理人だと。

 

 この世界を統べる主神は、聖教教会が崇めているエヒト神ではないのか。彼女はそう訊ねた。聖教教会は、エヒト神が唯一の神だとし、国民や近隣諸国にもそう言っている。ハイリヒ王国は一番にエヒト神を主神とし、崇めている。現在起きている戦争も、ハイリヒ王国、正確には聖教教会が、エヒトの威光を広めるためのものだからだ。

 そう思っての発言だったが、それは正しくないことだと、光の奥の人物は言った。

 

 彼(彼女?)が言うには、もともとこの世界は別の神が管理していたらしい。それが今目の前にいる人物だという。

 

 ではなぜこの世界にはエヒトなる神が信仰されているのか。

 

 それについても管理人は答えた。

 元々、エヒトは他にもいる管理者たちの中では下級で、それほど力も持っていなかった。しかし、彼は野心にあふれていた。多少なら大丈夫だが、彼のそれは異常だった。自分よりも上の階級の管理者たちが持つ世界を手に入れるためには手段を選ばなかった。エヒトが何故そこまでの野心を持っていたのかは分からない。しかし、実際に今はエヒトが管理しているこの世界は、本来は予定されていない路線へと進んでいた。繁栄へと進んでいたはずが一転、滅亡へと変わってしまった。

 故に、誰かがエヒトを止めなければならない。

 

 ならば、元々の管理者であったあなたがやればいいのではないか。彼女はそう訊ねた。

 

 しかし、管理者はそれはできないと言う。確かに自分ならエヒトを止めることはできるだろう。しかし、それでは意味がない。その世界の住民が間違った繁栄を正し、自分たちで道を切り開いていくからこそ、素晴らしい世界になるのだそうだ。だから、管理者は手を出すことはしないらしい。そのかわり、世界をあるべき方向へ導けるであろう存在に声を掛け、頼むのだと言った。

 

 この話を聞いた彼女の頭の中に浮かんだのは、世界を救おうとか、エヒトをどうにかしなければいけないとか、そういうことではなかった。彼女の頭の中を占めたのは困惑だった。なぜその話を自分にするのか。訳が分からなかったのだ。

 当然だ。彼女は何の力も持っていないただの村娘だ。しいて言うなら、村長の娘だということぐらいで、大国や、世界を統べる神のような存在に比べたらあまりにもちっぽけだ。このように世界の命運を左右するような話を彼女にする意味はないはずなのだ。

 

 それが顔に出ていたのか、管理者はその訳を話し始めた。

 

 少女の身には、ある特別な力が宿っている。それは、こことは別の世界で、「聖女」と呼ばれた女性の能力で、少女は、その女性と同じ能力を持っているというのだ。

 

 驚きを隠せない少女に、管理者は話し始めた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 「聖女」と呼ばれた女性は、戦争の時代に生まれた。百年戦争と言われる、自分の国が大国と争っていた時代だ。村娘として生まれ、その村で二十年近く暮らしていたある時、女性はその世界で神とされている、「主」なる人物から神託を受けた。「主」なる神が言うには、女性の国は近いうちに攻め滅ぼされる。しかし、女性が最前線に立って戦うのであれば、勝利するだろうとのことだった。村娘だった女性は、戸惑いながらもその言葉に従い、神の描かれた旗を掲げ、兵士として最前線に立った。当時、自国の主要都市が大国に包囲されていたが、女性は軍を率いてその場に現れ、包囲網を打ち破った。その後も、国王の直属として数々の戦地を駆け巡り、勝利を収めた。すべて、神の神託の通りだった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 その話に少女は素晴らしさを感じた。「聖女」と呼ばれたその女性は、自分と同じ村娘という境遇から、多くの人々に慕われる存在になった。確かに、自分も村の人に頼られるときはあるが、彼女とは規模が全く違う。期待を背負い、毅然とした立ち振る舞いをする姿が想起できた。

 同時に、逸る気持ちを抑えられなかった。自分とは違い、祖国のために戦う彼女のその後の人生が輝かしくないわけがない。続きを聞きたいと思っていた。

 

 しかし、管理者はこう言った。彼女の活躍は認められることはなかったと。

 

 

 

 

 

 

 

 




 読了ありがとうございます。
 ……ここまで読んでくださった方が居るとは思えませんが……。
 今回は本当にひどいです。本編は進まない。全く関係が無いことを書き連ねる。一話にまとまらないなどなど。本当にすみません。
 後編はなるべく本編に絡ませられるようにします。不定期ですが、なるべく早く書き上げたいと思います。気長にお待ちください。

 ではまた次話でお会いしましょう!


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囚われの聖女〜後編〜

 どうもお久しぶりです、双剣使いです。前回の投稿が9月……大変お待たせしてしまってすみません。書いていた内容を消して考え直していました。まぁそれでもかなりひどい文章と内容ですけどね。別に読まなくてもいいような、話の流れがよくわからないゴミクズな内容です。それでもいい方は本文へお進みください。


 

 

 反逆の魔女。

 それは、トータス史に記された、1人の少女のこと。しかし、今この場で語るのは、聖教協会によって運命を捻じ曲げられた、1人の聖女の物語である。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 この世界の管理人と名乗った謎の人物から自分の前世と呼べるであろう人物の話を聞いた少女は、その日の夜に自身の寝床の中で、今日聞いた話について考えていた。

 自身に、別の世界で聖女と呼ばれた女性の力が宿っていること。その力を手にした者は、聖女となる運命を定められていること。そして、聖女と呼ばれた女性の最期。

 正直なことを言うと、聖教教会の間違いを正すだけの力を自分が持っていることは嬉しかった。彼女の脳裏に浮かぶのは、王国に命じられるままに公爵が村から徴兵したために戦争に参加し、その中で死んだ若い男性。自分に優しく接してくれた彼らが、皆悲惨な姿で運ばれてきた。中には、首から下が無かったり、両目が潰れているなど、損傷が激しい遺体もあった。そして、変わり果てた息子を見て涙を流す女性。息子を失った悲しみから心が壊れ、ただひたすら虚空を眺める以外の行動をしなくなってしまった夫婦。戦争によって心身に傷を負った村の人たちの顔。それらが次々と浮かんでは消えていく。

 

 それらを一通り思い起こした後、彼女は一つ、決意を固める。すなわち、聖教教会の宣託を信じないという道を。

 もう二度と、自分の知り合いが傷つくことの無いような世界にするために。誰もが笑い、戦争の恐怖に怯えなくても済むような世界を作るために。彼女は、狂った神、エヒト神への反逆を決意した。

 

 しかし、エヒトに反旗を翻すということは、同時に、世界中を敵に回すということでもある。なぜなら、エヒトを信仰する聖教教会は、各国に存在し、信仰者の数も生半可ではない。ハイリヒ王国ほど狂信的ではないが、エヒトへの信仰をしている者は多い。

 

 自分一人だけでは、どうにもならない。少女が一人でできることなどたかが知れている。

 

 しかし、それを可能にするのが彼女の身に宿った聖女としてのカリスマ性である。彼女は知る由もないが、彼女の体に宿った聖女としての力は、生前の彼女と同等の能力を持っている。ことカリスマ性においては、この世界に適応したことで飛躍的に上昇している。故に、彼女が一度それを願えば、周りの人間は彼女のオーラに惹かれ、導かれる。

 導くと言うと、従う側に強制的な力が働いていると思いがちだが、聖女の能力は全く違う。彼女のカリスマは、世界の理に干渉し、世界において正しい解答を出し、人々にその解答を示すものだ。ある種、啓示と言えるものだ。エヒトのように紛い物でもなく、のちに現れる勇者(笑)のように偽善的でもない。

 

 彼女の決意に答えた聖女としての能力は、瞬く間に村全体に広がり、彼らに正しい道を示した。

 彼らは、その道に沿って歩き始めた。ただひたすらに、自分たちの平穏な生活のために。

 

 彼らの行動は広がりを見せ、近隣の村々に広がり、彼女の決意から一か月も立たないうちに、領主である公爵の元まで届いた。

 これを見た公爵は原因を特定。既に神子として中心人物になりつつあった少女を招き、話を聞くことになった。

 

 その場には、村民代表として少女とその父親。各村の代表者が出席。対して、公爵側は公爵本人のみ。護衛もいるにはいるが、扉の外で待機している。

 

 彼女たちの村のある地域を管理していた公爵は、幼少期のころから戦争にいい感情を持っていなかった。さらに、領民を思いやることのできる人物だった。話し合いは順調に進んでいく。

 三日後、今後は領民をハイリヒ王国の要請があったとしても、駆り出さない。公爵の口からこのことを伝え、従軍しない代わりに、生産物などを少し多めに差し出す方針が決まり、その場は解散。

 後日、公爵の口から王国に伝えられ、国王の許可を得ることに成功した。

 納める税の量が多少増えたが、戦争の恐怖を感じなくてもよくなり、村に活気が戻ってきた。村民は、彼女の行動をたたえ、感謝を述べた。誰が言ったかは知らないが、「聖女」と彼女が呼ばれるようになるのはすぐだった。

 

 しかし、平和な日々は続かなかった。

 彼らの行動を耳にした聖教教会の高位神官たちが批判を始めたのだ。彼らは、「エヒト神の加護を受けて生活している者たちが、主なる神の啓示である戦争に参加しないのはおかしい」と王国に訴えた。当時から王国に強い影響を与えていた聖教教会の言葉を無視することもできず、国王は公爵との約束を破棄。その後、異端者を取り締まると言う名目で、王国から公爵領に軍が送られた。これも、教会の働き掛けによるもので、公爵領の民は反逆罪を企てたとして処刑することになったのだ。

 

 公爵が報を受けたのは軍が領地目前に迫ってからだった。彼は急いで私兵を集め、兵を留めようとしたが、数の差は歴然だった。公爵の軍は壊滅。公爵自身も捕縛され、その場で首を斬られた。

 

 それからの領内は地獄だった。

 侵入した王国軍は、各村で民家を焼き払い、住民を捕縛。奴隷として利用できる成人男性や子供は売られ、女は兵士たちの性の捌け口として扱われ、年寄りは利用価値無しとして殺された。

 そしてそれは、彼女の住む村にまで及んだ。もともと、ただの農民だった彼らが戦う術を持っているはずもなく、次々と殺されていった。

 目の前で殺されていく村人を前に、彼女は何もできず、ただ見ていることしかできなかった。

 

 教会側の指示で、中心だった「聖女」だけは生かして連行してくると言う指示だった。縛られ、地面に転がされた彼女の前で、兵士たちは見せつけるかのように残虐な行為を行った。

 老人の首を一人一人はね、流れ出した血だまりの上で女を犯した。当然、彼女と同い年の友人も目の前で何人もの兵士の相手をしたことで自我を失ったし、全身が血と汚液に塗れていた。さらに、彼らは彼女の二人の妹まで犯した。泣き叫ぶ彼女の前で、兵士たちは欲望の限りを尽くし、女が意識を失えば首を跳ねた。男は散々痛めつけて反抗できなくした後、奴隷として連れて行った。

 

 彼女の心は既に折れてしまった。

 知っていた。管理者を名乗る人物から話を聞いたとき、自分は「罪」という炎に焼かれながら死ぬものだと思っていた。しかし、家族や友人までもが尊厳を汚された。人一倍責任感が強い彼女にとって、何よりもつらかった。自分のせいで妹は凌辱された。自分がくだらない正義感で手を出したからだ。

 

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 王国の教会に連れてこられた彼女は、毎日拷問を受けていた。正確には受ける寸前だった。最初の一日目こそ、神官たちが並ぶ部屋で裁判にかけられ、死ぬまで牢屋で性奉仕することを言い渡されたからだ。

 

 判決を言い渡されてから、既に一か月が経過した。しかし、未だに彼女は純潔の証を守っていた。

 なぜなら、彼女の体の内に宿る「聖女」としての権能が、兵士たちが彼女に触れることを許さなかったからだ。

 彼女の中に宿った、「聖女の劫火」。魔女裁判にかけられ、火刑に処された聖女の祈りが力となったもので、宿す人間の肉体をあらゆる障害から守り抜く。

 そのため、手足を枷で拘束された彼女に多くの下種な思考を持った男が近づいたが、誰一人として彼女に触れることはできなかった。

 彼女の身に宿った守護の炎は、彼女に触れようとする者たちを悉く焼き尽くしたのだ。少女の拒絶の意思に反応し、男たちの身を焦がした。ならば、寝ているときなら大丈夫だと襲い掛かった男も、彼女が起きた瞬間、その身を劫火に包まれて焼死した。

 そのため、今となっては誰も彼女に触れることはなくなった。教会の高位神官たちですら、彼女をどうするか決めあぐねていた。

 

 ある時、一人の神官が会議の場でこう言った。

 

 

「彼女は、永久封印にしたらどうだろうか」

 

 

 そこからの話は早かった。封印場所にはオルクス大迷宮が選ばれた。現在の最高到達階層に、そこそこ大きな部屋があるため、そこに封印することになった。

 

 決定から一週間後、少女はその身をオルクス大迷宮の五十階層に封印された。

 

 

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 少女が封印指定にされてから百年ほど経ったときだろうか。

 その間、彼女は十字架に縛り付けられたまま過ごした。当然、食料などないのだが、「聖女の劫火」には、身を守るだけでなく、傷を癒したり、生命力の維持などが効果としてある。少女は知らないことだが、神結晶という石も同じような効果がある。彼女は、身体自体が神結晶と同じなのだ。

 拘束されているために、特に何をするでもなく只々ジッとしているだけである。常人であれば精神が崩壊しているだろう。しかし、彼女はそうはならない。未だに自分の信念を捨てていないからだ。自分がやっていたことは無駄だと思っていない。ただその思いだけで生きている。

 

 既に時間の経過や日にちなど分からなくなっている。ただ自分が長いことこの場所にいることしか分からない。自分の力では拘束を外すことはできないし、体力も残っていない。

 今日もただ時が過ぎるのを待つだけだと思っていた。だが、そうはならなかった。

 突然、目の前が光った。眩しさに目を閉じる。

 光はすぐに消えた。長いこと光を見ていなかったせいか、目を開けることができない。

 少しづつ目を慣らしていこうとした時だ。声が聞こえた。

 

 目の前に立っていたのは、彼女に道を示した管理者を名乗る人物だった。

 百年前に自分に道を示してから、一度も姿を見せなかった人物が目の前に立っている。誰もが自分をこんな目に合わせた人物に文句を言うだろう。しかし、彼女は恨み言ひとつ言わなかった。逆に、外の世界がどうなっているかを、言葉を発するのが久々のために咳き込みながらも問うた。

 

 管理者は一言、すまなかったと謝罪をした。彼(彼女?)は少女が囚われの身となったことを知るや否や、失望し、見限ったのだ。もし彼女を奮い立たせたのが自分だと分かれば、エヒトの手が及ぶと考えたのだ。故に、彼女が囚われの身となっても助けることができなかった。百年ほど経過して、ようやくエヒトの目をごまかすことに成功したため、世界の情勢を見たところ、ハイリヒ王国の神官らによって、別の世界から勇者たちが召喚された。

 しばし観察していたところ、集団の中に特異な人物を二人発見。気になり、観察を続けたところ、パーティーメンバーに裏切られて、ここオルクス大迷宮の奈落へと落ちていくのを見た。しかし、彼らには勇者としての力がある。しかも、彼ら二人なら、エヒトを倒すことができるかもしれない。

 そのため、少女を少年たちの元へ転送すると言うのだ。かつて世界を救おうとして失敗したが、彼女の中の聖女の力は健在だ。勇者たちと力を合わせればエヒトにも届く刃になりうる。

 

 それを聞いた少女は最初、首を横に振った。あの時、家族を守れなかった自分に、再び戦う資格があるのか。また同じように彼らも消えてしまうのではないか。

 しかし、少女の力は彼らにとって必要なものだと、管理者が何度も言うので、渋々了承。それを見た管理者は一つ頷くと、彼女を拘束から解放し、真オルクス大迷宮の最下層に転送すると言った。

 彼女はそれを受け入れ、自分を包み込む白い光に身をゆだねた。

 

 南雲ハジメと榊悠聖が奈落の底に落ちてから一週間後のことである。彼らが、最下層の反逆者の住処にて出会うのはもう少し先の話である。

 

 

 

 

 

 

 




 読了ありがとうございます。書いてる内容はぐちゃぐちゃだし、何を言いたいのかさっぱりだと思われます。私自身「ナニコレ」と言いたくなるぐらいひどいです。それでも読んでくださった方、ありがとうございます。
 先日より、大学が長期休暇に入ったので、執筆の時間が多く取れるようになりました。三月末までは投稿ペースを速められるよう頑張ります。駄作ですが、これからもよろしくお願いします。


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