絆レベル10のカルデア (ヒラガナ)
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第一話:藤丸立香と性女と聖拝戦争

藤丸(ふじまる)立香(りつか)はどこにでもいる普通の少年である。

中肉中背、顔は無難にまとまった作りで、性格は中庸寄りの善性。

陽キャラでもなければ、陰キャラでもない、学校のヒエラルキーは中間層に位置する――そんな少年だ。

 

が、『普通』と称される主人公が普通でないのは世の常で、藤丸立香もご多分に漏れない。

彼には特殊な能力があった、それも三つも。

 

一つは『レイシフト適正100%』

異なる時代、異なる世界に転移する『レイシフト』。それは己の存在をあやふやにする危険な行為だ。人理継続保障機関フィニス・カルデア側の観測がなければ存在が希薄となり、レイシフト者は世界の異物として意味消失する。

適正がない者はレイシフトした瞬間に『無かったもの』として消えてしまうだろう。そして、適正者は世界中を見渡しても50人程度だと試算されている。

そんな中、藤丸立香はレイシフト適正100%を叩き出した。これはカルデアから観測されていなくてもレイシフト先で、しばらく平気な顔して活動出来る驚くべき数値だ。まさにレイシフトするために生まれてきたような存在である。

 

 

もう一つは『絆レベル測定』

魔術とは縁のない一般家庭出身の立香だが、魔術師の才はあった。とは言え、ごく微量な魔力しか持ち合わせておらず、魔術の基本でもある『強化』すら使えない。

しかし、彼は生まれついて『他者が自分をどの程度親しく思っているか』を測定出来る魔眼を有していた。相手を意のままに操ったり、相手を硬直させたり、死が視覚化出来たり、おぞましい効果ばかりの魔眼の中で、立香の魔眼はささやかなものだ。

 

絆を測定すると言ってもレベル0からレベル5までの6段階評価と大雑把。

初対面ならレベル0で、肉親はレベル5、クラスメートは1~3で安定しており数値が大きく変動するのは稀だ。故に彼はこの魔眼を多用せず、たまにクラスの可愛い女子が自分をどう思っているのか確認して、一向に上がらない絆レベルに小さく溜息をつく程度だった。

 

これら二つだけなら一般人(いっぱんじん)に近い逸般人(いっぱんじん)として藤丸立香は人類最後のマスターとなり、人理焼却という未曽有の大災害に立ち向かっただろう。

人理保障機関カルデアの職員たちや、歴史に名を刻む英霊たちとそれなりに絆を深め、魔術王の目論見を打破せんと死力を尽くしただろう。

だが――そうはならなかった。

 

全ては三つ目の能力に起因する。三つ目が全てを狂わせてしまった。

人類にとっては幸運かもしれないが、藤丸立香個人には間違いなく不幸となる忌むべき能力――『サーヴァント特攻(ハート)』

 

この物語は、サーヴァントによる襲撃から必死に逃げるついでに人理を守るマスター『藤丸立香』と、彼の命は守るが貞操を狙う『サーヴァント』たちの肉々しい狂騒劇である。

 

 

 

 

 

 

 

 

目覚めてみると、眼前に聖女がいた。

文字通りの目と鼻の先。ベッドの上で四つん這いになり、立香に覆いかぶさっている。その血走った瞳と荒い息は、彼女の呼称が聖女ではなく性女なのでは? と疑いたくなるほどだ。

 

「おはよう……ジャンヌ……さん」

危なかった、あと三秒目覚めるのが遅かったらヤラれていた。立香は肝と股間を縮めながら穏便に挨拶をする。

 

「チッ」

恐ろしく速い舌打ち、襲われ慣れしているマスターでなきゃ見逃しちゃうアクションを取りつつジャンヌはベッドから離れた。そして――

 

「おはようございます、マスター」

完全無敵の清楚な微笑みを浮かべる。ここだけ切り取れば、彼女が聖処女ジャンヌ・ダルクであることを疑う者はいないだろう。

 

どうしてマウントスタイルを取っていたの? そう尋ねるほど立香は不用心ではない。性女が理性を振り絞って退いてくれたのだ、わざわざ蒸し返して刺激するのは三流の手である。

 

「今日は、ジャンヌさんなんですね。俺を起こす係は」

それ故の話題転換。さらに何でもないように喋りながら、立香は急いで寝床から脱した。肉食サーヴァントにとってベッド上のマスターは皿の上のメインディッシュと同義、長居は無用だ。

 

「ふふ。はい、初めてのマスター起床係です。呼んでも起きなかったら――と思って()()用意していたのですが、意外と眠りが浅いんですね。いけませんよ、厳しい戦いの連続で心が休まらないと思いますけど、せめてカルデアの中くらいはリラックスしてください」

 

「はは、努力します」

誰のせいでこうなったと思ってんだ! 抗議の声をグッとこらえて、立香は曖昧に笑った。正直、彼にとってはレイシフト先もカルデアも等しく危険地帯である。

 

「ところで、マスターは寝間着を着用しないのですね。服に皺が出来ますし、あまり感心しませんよ」

「すみません、着替えるのが面倒臭くて」

 

無論、嘘である。可能な限り着替えの頻度を抑えるのは、カルデア内護身術の初歩の初歩だ。

 

「もう、調停者(ルーラー)としてあなたを正しく導くのが私の務め。行き過ぎた怠惰は許しませんよ」

口では小言を吐くが、ジャンヌの顔には『せっかくマスターのパジャマ姿が見られると期待したのに』と書いてある。

 

『パジャマ関連の話題を続けるのはマズイ。別の角度から切り返せ』

藤丸立香の危険予知(貞)スキルが進言した。これは数々の修羅場を超える中で勝手に()えたスキルであり、当初はEランクだったのに今やBランクとなった成長著しいスキルだ。ただ、貞操の危険を予知するだけで、命の危険には鈍感なのが玉に瑕である。

 

「そのルーラーであるジャンヌさんが、俺を起こしに来るなんてビックリしました。ここに来たってことは勝ったんですよね……あの戦いに」

 

「たまたまです。私はいつものように調停者として参加していたのですが、今日の戦いに勝利者はいませんでした。最後まで残っていた二体のサーヴァントが同時に倒れ伏してしまって……ですので、代わりに私がマスター起床係になったわけです」

 

マスターの寝顔を拝むための戦い。俗にいう『聖拝戦争』がカルデアでは毎日繰り広げられている。その歴史は古く、誰が立案したのかはもう分からない。判明しているのは、立香が最初の特異点である冬木から帰還した直後に始まった事だ。

 

多くのサーヴァントがカルデア内で争えば、開始10秒で人類最後の砦は崩壊し、サーヴァントを現界させるための電力が途絶えてしまう。そこでサーヴァントたちは己をデータ化して、シミュレータ内で技と力と英知を駆使したバトルロイヤルに明け暮れている。

様子見や出し惜しみは一切ない。最初からクライマックスの大決戦だ。参戦するサーヴァントは増加の一途を辿り、今では100体の大台を突破した。

一騎当千の強者(つわもの)たちが対人・対軍・対城・対界宝具をブッ放し合う大乱戦は、並行世界で行われた『聖杯大戦』がお遊戯に見えるほど熾烈を極め、興味本位で画面越しに観戦した立香がパンツを取り換えるのに十分な迫力だった。

 

敗者はしばらく霊体となるようペナルティが設定されており、勝者のみが実体化して立香の部屋へ赴くことが出来る。

今日の勝利者は(自称)調停者のジャンヌ・ダルクであり、勝因は『たまたま』だと言う。

もちろん立香は信じていない。

ジャンヌは調停しない調停者として彼の中で認識されており、中立と言いながら片方を贔屓(ひいき)する傾向にある。また、平和や友和を謡いながらも最終的には実力行使に及ぶ脳筋でもある。何より目の前のジャンヌは――

 

立香は魔眼を発動させた。

ジャンヌに重なるように文字が浮かび上がる。『絆レベル10』という文字が。

 

なんだよ、絆レベル10って……

 

手塩にかけて育ててくれた両親だって絆レベルは5だ。それを遥かに上回る絆レベル10。

そんなサーヴァントがまともなわけない。絶対、精神に異常をきたしている。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

常識外の絆レベル。最初は見間違いかと思った。あるいは魔眼の誤作動か……

地獄のような冬木で初めてサーヴァントを召喚した時、絆レベル0の魔女が現れた。恋愛敗北者の雰囲気を醸しているが、神話に名を残す大魔女だ。ちゃんとコミュニケーションを取れるのだろうか。と、心配した立香だったが、しばらくしてそれは別の心配へと代わる。

 

大魔女を従えての初戦闘。骸骨兵を鎧袖一触で片付けた彼女を見た際、「えっ?」と立香は驚きを漏らした。

 

『絆レベル2』

 

一戦闘を終えただけで絆が一気に深まっている。初対面からほどほど喋るクラスメートレベルに。

 

上がり過ぎじゃないか……いや、『つり橋効果』というのもあるし、命のやり取りの中で絆が上昇しやすくなっているのか。

疑問に思ったが、とにかく生き残る方が先決だ。

 

立香は盾サーヴァントのマシュ、所長、神話級恋愛敗北者の大魔女、途中で仲間になったキャスター兄貴と共に炎上汚染都市・冬木を駆け抜け、最後にオルタ化したアーサー王を倒した。

 

と、ここで不思議な事が起きる。

所長が敵の手によって消滅するちょっとしたトラブルを挟んでカルデアに帰還すると、大魔女がデレデレになっていたのだ。

 

なんだこれはワケが分からない。初対面の時はフレンドリーながらも大魔女らしい威厳で接してきたのに、短時間一緒に居ただけで『捨てられるのが怖くて必死に貢ぐ系魔女』に早変わりしていた。

 

もっとも大魔女が貢いでくるのはキュケオーンという麦粥だ。

味気ない見た目に騙されることなかれ。一見ただのお粥だが、シリアスな顔して腹ペコ属性だった強敵オルタ・アーサー王を豚にした勝負の決め手でもある。そんな経緯があるので、まったく食欲がそそられない。

 

なお余談だが、豚にされたオルタは、キャスター兄貴の宝具『灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)』により、燃え盛る巨人の檻に閉じ込められた。

で、檻の中でこんがり丸焼きにされてしまったのである。その見事な焼き上がりに立香は涎を垂らしそうになった。

 

「ぐぐああああああッッッ!! 私がこんな無様なやられ方をぉぉぉぉ!!」

豚化が解けて消失する際のオルタの断末魔。さぞ無念だったのだろう。悲愴さが半端なく込められており、立香の耳にこびりついて離れない。

 

屈辱に塗れたオルタの最期はこのくらいにして――

 

「なんだってするからさ! 一緒にいておくれよ。ほら、ここにキュケオーンがある、キュケオーンをプレゼントするから! キュケオーンをお食べ! お食べったら!」

グイグイと食べさせようとする大魔女をやんわりと拒みながら立香は魔眼を発動させた。すると。

 

『絆レベル6』

 

6? 未だかつて見たことのない数字である。

目をゴシゴシと擦って再び見るが、やはり大魔女の絆レベルは6。

 

なんだ6って? 絆レベルは5が上限じゃないのか。そもそも一日で絆が0から6になるなんて上昇速度がおかしい。マスターとサーヴァントの間柄が関係しているのか?

 

次々と湧く疑問に立香は答えを出せなかった。

ま、まあ戦友であるサーヴァントと仲良くなるのは悪いことじゃないよね……?

 

そう甘く考えていたのは僅かな期間で、初レイシフト以降次々と召喚されるサーヴァントたちも同様に絆レベルを爆上げしていく。人間の限界である絆レベル5など一日で突破するのは当たり前。絆レベル10でなければ藤丸立香のサーヴァントにあらず。

生前は人格者として知れ渡っていた善・秩序属性のサーヴァントだろうと関係ない。どいつもこいつもマスターのためなら溶岩の中を泳ぐのも辞さないガチ勢となる。

 

く、喰われるっ!?

立香は恐怖した。狼の群れの中で暮らすことを余儀なくされた子羊の心境だ。

 

 

カルデア職員たちの絆レベルは落ち着いていてコミュニケーションが取れる。立香はカルデア医療部門トップのDr.ロマンに助言を乞うことにした。

 

「マスターとサーヴァントは特別な絆で結ばれるみたいだからね。みんなが立香君に一目を置くのは自然なことじゃないかな。 えっ? それにしても置かれ過ぎだって? うーん、立香君はレイシフト適性だけでなくマスター適性も高いのかな? なんにせよ、不安ならボクの部屋で寝泊りするかい? 少しは安全だと思うけど」

 

なぜか赤面するロマン。提案した瞬間、彼の絆レベルは人間では最大値の5から6に上がった。

 

「っ!」

前々から異様に気に入られているとは思ったけど……親より強い愛情を持つなんて普通じゃない!

 

 

ロマンから漂うヤベェ臭に戦慄する。

立香はロマンの申し出を丁重に断り、以降節度を持って交流するようになった。

 

数日後。

ロマンがチビチビ酒を飲みながら英霊ダビデに人間関係の悩みを打ち明けている光景が、深夜の食堂で目撃されたそうだが、それは別の話。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

話を戻す。

部屋に備え付けの洗面台で顔を洗う。拭きタオルはジャンヌが持参した物を使うよう強要されたので仕方なく従う。

そして、立香は使用後のタオルを返却した――いつの間にか手袋をしたジャンヌに。

性女は満足げにタオルを受け取り、自身の指紋が付かないようにしてジップロックへ封入した。ストーカーがゴミ捨て場からターゲットの私物を収集するみたいだ、と思いながらも立香は見て見ぬフリをする。サーヴァントのやる事をいちいち気にしていたら身も心もボロボロになるので、是非もないネ。

 

続いて歯磨きをする。ジャンヌが無言でガン見する中、居心地の悪さに耐えながらブラッシング。早く済ませてしまうと「ちゃんと磨かないといけませんよ」と叱られそうなので、我慢して歯ブラシを動かす。ようやく磨き終わり、口をゆすいだタイミングで。

 

「あっその歯ブラシ、先端がヘタっていますね。ちょうど新しい物を持ち合わせていますので今後使ってください」

と、若干の棒読みでジャンヌが新品の歯ブラシを取り出した。

 

なぜ、新品を持ち歩いているのか?

なぜ、持っているなら歯磨きを始める前に渡さなかったのか?

なぜ、「使い古した方は私が処分しておきますね」と言いながらも部屋のゴミ箱ではなく、二個目のジップロックに封入しているのか?

 

これらの疑問を全て立香はスルーした。ツッコミを入れたところで不毛な会話になるのは火を見るより明らかだ。

そもそもサーヴァントたちが彼の私物を何かにつけて持ち去るのは日常茶飯事。歯ブラシだって毎日のように取って代わる。カルデア以外の世界が焼却された今、歯ブラシだって貴重なはず。いったいどこからサーヴァントたちは新品を用意して来ているのだろうか?

 

彼には見当が付かなかったが、歯ブラシ供給の裏には商売ッ気のある複数のサーヴァントの暗躍があった。『藤丸立香』はサーヴァントたちにとって一大コンテンツであり、彼に関するグッズが膨大なQPで取引されている。もし、立香がカルデアマーケットの実態を見聞きすれば、その胃は限界に達するだろう。知らない事は幸せである。

 

 

身支度を整えると。

「では、食堂に参りましょう。一日を元気に過ごすには、朝食が必要不可欠です」

ジャンヌが片手をヌッと突き出した。意味する所は分かる。

立香はその手を握り返し、二人はお手手つないで食堂へと歩き出した。

 

この歳にもなって……と恥ずかしかったのは今や昔。毎日のようにやっていれば羞恥心より諦めが先行する。人間、何事も慣れである。

 

上機嫌なジャンヌと、人生の侘しさに溢れる立香の足取りが唐突に止まった。

二人の行き先を遮り、一体のサーヴァントが仁王立ちしている。

 

「ようやく実体に戻れるようになりました。やってくれましたね、聖女様」

ジャンヌと瓜二つだが、中二病を発症したかのようにダークさを纏うサーヴァント『ジャンヌ・ダルク・オルタ』。

 

復讐者(アヴェンジャー)クラスらしくいつも不機嫌そうな彼女が、今日はいつにも増して眉間に皺を寄せている。

その厳しい眼光がジャンヌと藤丸立香の繋がれた手に注がれた。

 

「その手を放しなさい。本来なら私が握るはずだった手ですよ」

 

「なにを言っているのか分かりません。マスター、早く食堂に行きましょう」

 

「聞く耳を持たないわけですか。まったく、汚い手段で勝利をもぎ取るとは聖女が聞いて呆れます」

 

「汚い手段、ですか?」

言い争いを始めるダブルジャンヌに向けて、立香は疑問を投げかけた。

 

「そうですよ、マスター。この性悪女は、本日の聖拝戦争が始まる前にこう持ち掛けてきたのです」

 

「マスター! 堕ちた私の言葉に耳を傾けてはいけません。全て戯言です」

 

「はん、貴女は言いましたよね。『共同戦線を張りませんか? 他ならぬマスターに接近するためです、これまでの遺恨は一旦忘れましょう。調停者である私なら、貴女が生き延びられるよう戦局を操作出来るかもしれません』って。それは良いです。実際、私は最後までは生存出来ました――けれど、貴女は最後の最後に裏切りましたね。疲労困憊の私の背後に回り、後頭部に一撃を加えたのです。ああ、なんて野蛮で卑怯なのでしょう」

 

『どうだ、お前の印象を落としてやったぞ』と言いたげなドヤ顔のジャンヌ・オルタ。

『なにチクッているんですか馬鹿ァァ!』と忌々しい顔をするダメ調停者ジャンヌ。

 

どちらが真実を口にしているのかは一目瞭然だ。しかし、「まあ、そんな事だと思ったよ」というのが立香の正直な感想である。

絆レベル10のサーヴァントにとって常識や倫理は二の次で、マスターに近付くのが最優先されるのだ。他者を信頼するなど仁義なき聖拝戦争において不要。今回の場合、ジャンヌが悪かったのではない、ジャンヌ・ダルク・オルタが甘かったのだ。

 

「マスターの前での流言、許せません。蹴散らします!」

 

「ほざくなっ! マスターの寝顔を見逃した我が憎悪、思い知ってもらいましょう!」

 

かくて、二人のジャンヌは激突した。狭い廊下で剣や旗をぶつけ合っての肉弾戦だ。巻き込まれれば命はない。

 

こいつはスタコラサッサだぜ。緊急避難はマスターの得意とするところ。立香は踵を返し、迷わず逃亡した。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

「――はぁはぁ、ここまで来れば大丈夫かな?」

ダブルジャンヌの争う音が遠くに聞こえる。廊下の突き当たりまで来て、立香は走る速度を緩めた。

 

 

知名度抜群にして、超絶美人のジャンヌたちが自分を賭けて衝突する。

そこまで求めてくれるなんて男冥利に尽きるというものだ。ジャンヌだけではない、サーヴァントはみんな美人揃いで、みんな自分に求愛してくる。

 

「やっぱり俺はサーヴァントに好かれる体質なのかな。ちょっと愛が過剰だけど、悪い気はしないか――って心を踊らせた頃が懐かしい」

立香はどこぞの深海電脳楽土にも勝る深い溜息を吐いた。

 

 

そんなわけで逃げ道の途中にあるトイレの前までやって来た。

ふと見ると、入口近くのベンチに一人の男が座っている。

うおッ! なんて逞しい男……そう立香が思っていると、突然その男は元から裸の上半身に力を入れて胸筋を誇示した。そして開口一番に。

 

「やらないか?」

 

「やるわけないでしょ!」

 

男の名はフェルグス・マック・ロイ。

ケルトの勇士であり、あのクー・フーリンの養父でもある。大食漢で気前がよく、某ジムリーダーに似た顔のナイスガイだ。

そんな彼だが、精力絶倫という重大な問題を抱えていた。

 

「ところで俺の虹霓剣(カラドボルグ)を見てくれ。こいつをどう思う?」

 

「すごく……大きいです……」

 

「このままじゃおさまりがつかない。マスターのヘブンズホール(隠語)を使わせてくれないか?」

 

「ぜぇったい嫌ぁぁぁぁ!!」

絶叫しながら立香は再び逃亡を開始した。

 

 

サーヴァント特攻(ハート)スキルに隙はない。

女だろうと男だろうと、人間であろうと神だろうと、動物でも宇宙生物でもホムンクルスでもカラクリ人形でもカバーする。

サーヴァントとして召喚すれば、どんな存在でも立香を好まずにはいられなくなるのだ。

 

『美女だらけのサーヴァントハーレム? あー、ダメダメ。差別も区別も許しません。みんな平等ですよ』

 

このようにサーヴァント特攻(ハート)スキルさんの懐の広さは異常。

 

 

藤丸立香は本能で理解している。

今のカルデアは、自分の前後(意味深)が純潔だから成り立っているのだ。

自分の身体が清いからサーヴァントたちは軽い喧嘩(サーヴァント基準)をやらかしても本気の奪い合いはしない。

だがしかし。もし、誰か一体にでも喰われてしまえば、嫉妬と憤怒が飛び交う絶望的な内紛へと発展するだろう。『聖拝戦争』が現実世界で勃発して、カルデアの壊滅は必至である。

いや、そもそも男性サーヴァントに掘られるのは、まっぴら御免だが。

 

人理を焼却した魔術王より味方サーヴァントによる内紛の方が何倍も恐ろしい。藤丸立香はギリギリに保たれた世界で何とか生きている。

 

 

 

「あっ、マスターだ! まぁ~す~たぁ~!!」

涙目の立香の前に、理性蒸発のヤベェ野郎が現れた。

 

シャルルマーニュ十二勇士の一人、アストルフォ。

外見はピンクの三つ編みを後ろに垂らした美少女――だが、男だ。

 

常に能天気で我慢が苦手。ただでさえ絆レベル10サーヴァントの理性は壊滅的だと言うのに、初っ端から理性のないアストルフォだと死滅的となる。

加えて彼は男の娘、つまり立香の天敵だ。

女なら前側を守ればよく、男なら後ろ側を守ればよい。

しかし、男の娘となると守る箇所が前後二つになって苦労も二倍である。

 

「はぁはぁ、マスターを見ていたらボク、なんだか熱くなってきたよぉ~」

 

初手・発情とはやりおる。飛びかかってくるアストルフォに。

 

「令呪を持って命ず――『動くな』!」

サーヴァントへの絶対命令権『令呪』を切った。

 

カルデアの令呪は通常の聖杯戦争とは違い、一日に一画回復する仕組みになっている。だが、それでもまったく足りない。

脳も下半身もゆるゆるなサーヴァントたちを相手取るのには、令呪が百画あっても心許ないのだ。

 

「くっ、やむを得ないとは言え、使ってしまった!」

 

「ああぁ~~ん。マスタ~のイケず~」

 

床に寝そべり硬直するアスフォルトの横を抜け、立香は食堂へ急ぐ。

人やサーヴァントの多い食堂なら軽率な行動を取る輩も少なくなるはずだ。

 

なぜに朝食に行くだけで命辛々、もとい貞操辛々にならなければいけないのか。

自身の運命を嘆きながらも、立香は素早く進んでいた。

 

 

 

しかし、悲しいかな。神様は立香に残酷である。

 

「あらあら、ますたぁ。かけっこですか? わたくし、おいかけるのは得意なんです。さぁ、はりきって走りましょう」

 

彼の背中に、嘘つき絶対焼き殺すガールの……耳に優しく心臓に悪い声が響いてくるのであった。

 

 

 

 

 

ここは人理継続を保障する機関カルデア。

なお、マスターの貞操は保障されていない。




読者様の中には「推しサーヴァントが変態扱いされたっ! 訴訟も辞さない!」と憤る方もいらっしゃるかもしれません。

だが、ちょっと待ってほしい。
絆レベル10の恐ろしさをきちんと把握していれば、適切な描写だったと肯けるはずです。

性女、もとい聖女ジャンヌ・ダルクを例にとってみましょう。

ジャンヌの絆レベルを0から5に上げるのに必要な絆ポイントは 『27500』
絆レベルによって聞けるボイスがこのように変化します。

絆レベル0ジャンヌ 「調停者としての覚悟も心得もあります。私に付いてきてください、マスター』 (*絆ボイスネタバレにならないよう意訳)

微妙に距離感のあったジャンヌが

絆レベル5ジャンヌ 「マスター、貴方がいればいかなる艱難辛苦も恐れることはありません。共に行きましょう!」

もう身体がくっ付くんじゃないか、と思えるほど距離感0になってくれます。やったぜ!


で、ここからが地獄です。

絆レベル5から6に上げるのに必要な絆ポイントは『282500』
いきなり必要絆ポイントが爆上げします。

そして、絆レベルを5から10まで上げるのに必要な絆ポイントは 『1612500』
0から5に上げるのに必要なポイントの約60倍です。
ちなみに一回のクエストで手に入る絆ポイントはだいたい1000程度。絆レベルを5から10に上げるのに1600回ほど戦わなければなりません。
なんだこれは、たまげたなぁ。

なぜ、絆レベル5から先が鬼畜設定になっているのでしょうか?
絆レベル10になればサーヴァント専用の礼装(アイテム)がゲット出来るとはいえ、絆レベル6からは趣味の世界です。
運営がFGOを長く遊んでもらうためのやり込み要素として用意したのかもしれません。


ですが、そんな大人の事情は忘れましょう。
絆レベル6以降のボイスは用意されていないので、サーヴァントたちが何を思っていたのかは分かりません。しかし、彼らの気持ちを……今回の場合はジャンヌの心情を汲み取ってみると、いきなり必要絆ポイントが爆上げした理由が見えてきます。


レベル5の時点で、マスターラブ勢に片足突っ込んでいたジャンヌ。

ジャンヌ「いけない、気が付いたらいつもマスターのことを考えている。しっかりしないと。これ以上想いを強めたらマスターの重みになってしまう」

真面目な彼女のことです。自重しようと頑張ったことでしょう。絆レベルが上がりにくくなったのも致し方ありません。

が、ダメ!

サーヴァント特攻(ハート)さん「もっと自分に素直になってええんやで。ほら、今回のクエストの取り分や」

獲得絆ポイント=1000(クエスト報酬)×10000%(サーヴァント特攻(ハート)効果)=100000

ジャンヌ「いやあああああ!! マスタァァァアアアア!!??」 (絆レベルアップ 5 → 6)


ジャンヌの頑張りはサーヴァント特攻(ハート)さんのお節介によって無駄な努力に終わり……やがて。



絆レベル10ジャンヌ「マスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスターマスター…………うふふふ」


マスター片足ラブ勢の頃の60倍の絆を叩きつけられ、無事レベル10になりました。そら狂いますわ。

よって、ジャンヌが肉食で変態行為に耽ってしまっても、それは適切な描写だと思うわけです。
無論、ジャンヌだけではありません。
カルデアのサーヴァントたちはみんなサーヴァント特攻(ハート)さんの思いやりでマスター狂いになっています。

いやぁ、藤丸立香君は多くの傑物たちに好かれて羨ましいですねぇ(愉)


と、いうわけで本作品の正当性が証明されました(強弁)
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。

一応、全5話構想なので、ゆっくりと続きを書いていきたいと思います。


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第二話:藤丸立香とキュケえもんと名探偵(前編)

全五話構想と書いたが、五回の投稿で終わるとは言及していない。
そのことをどうか諸君らも思い出していただきたい つまり……作者がその気になれば長くなった1エピソードを分割して投稿することも可能だろう……ということ……!



大変申し訳ありません、後編は早めに投稿します。


「キュケえも~ん!」

 

「どうしたんだい、立香君? また、バーサーカー連中に襲われたのかい?」

 

「ううん、バーサーカーの大半は『素材狩りの刑』になって不在だから今回は違うんだ~」

 

「じゃあ、何があったのかな? おっと、親愛なるマスターの来訪に茶菓子も用意しないんじゃ大魔女の名折れだ。ちょっと待ってくれ、今キュケオーンを用意するから」

 

「あっ、お構いなく。キュケオーンは結構です」

 

「きゅ、急に素に戻るのは止めてくれよ。キュケオーンをお食べ! お食べったら!」

 

 

「……毎度そのやり取りをして飽きないのですか、マスターも叔母様も」

 

藤丸立香とキュケえもんの珍妙なやり取りにツッコミを入れたのは、『裏切りの魔女』ことメディアである。

キュケえもんの姪であり同門の彼女は、姉弟子と同様に高い魔術スキルを誇り、これまた姉弟子同様に男運の無さを誇っている。

 

「失礼なのは分かっているんですけど、キュケえもんと喋るのは楽しくてついつい調子に乗ってしまうんですよ」

 

(しか)と聞いたかい、メディア! 私たちの絆の深さを! 立香君にとって私は初めての相手だ。これはもう運命を感じずにはいられないんじゃないかな! なっ!」

 

「初めての相手って……誤解を招く言い方をして。あくまで最初に召喚されたサーヴァントというだけですよね。それにキュケえもんって……叔母様はあだ名を付けられて不満はないのですか?」

 

「もちろんさ! キュケオーンは私のアイデンティティであるし、それをモチーフにした親愛の呼び名にどうして嫌悪を抱くっていうんだい?」

 

「なんでしたらメディアさんも呼び方を変えてみましょうか? ええと、キュケえもんの元ネタからして『メディミちゃん』が良いですかね?」

 

「メディミちゃ、ちゃん……そのような可愛らしい名を受け入れるのは……しかし、他ならぬマスターからの提言ですし……」

 

フードを深く被って、照れた顔を隠し戸惑うメディア。リリィのような初々しい反応に思わず立香の顔が綻ぶのであった――

 

 

 

などと、二人の女心をタラシの如く弄ぶ藤丸立香だったが、彼の内心はどこまでも真剣だった。

 

神話級恋愛敗北者のキュケえもんとメディア。マスターガチ勢の中では接しやすい部類に入る二人だが、油断は出来ない。なにせ人間を豚に変えたり、肉親を殺す残酷なエピソードを持つ正真正銘の魔女たちだ。

隙を見せればナニをされるか分かったものではない。

 

だからと言って、セメント対応をすれば闇を抱えやすいのが魔女というもの。恋愛関連のトラウマ持ちでワンアウト、とっくの昔に絆レベルが10に到達してツーアウト。もしマスターへの愛を(こじ)らせてスリーアウトを取ってしまえば貞操終了(ゲームセット)である。

 

藤丸立香のスキル『危険予知(貞)』は魔女二人の恐ろしさを正確に察知している。彼はあえてフレンドリーに接して、魔女の闇度が溜まるのを抑え、性的な意味でのワルプルギスの夜が訪れないよう腐心しているのだ。

 

なおサーヴァントによってはフレンドリーに接した結果、お尻にフレンドリーファイアッーーーー! を受ける可能性も多々ある。100のサーヴァントがいれば100のコミュニケーションがあると理解し、それぞれのサーヴァントの主義趣向を調べ学び、適した交流を図らねばならない。失敗すれば貞操と人類が滅亡一直線だ。

まったく人類最後のマスターはブラックにも程がある職業だぜ!

 

 

「それで何があったんだい? 話してみてくれよ。それとキュケオーンをお食べ」

「実は午前中の事なんですが……」

 

キュケえもんの部屋。怪しげな釜や用途不明の器具や干物にされた爬虫類の死骸が所狭しと並ぶ中、唯一開けたテーブルに三人は位置取る。

立香は目の前にドンと置かれたキュケオーンの皿から視線を逸らしつつ、回想モードに入るのだった。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

シャーロック・ホームズは仲間になったばかりのサーヴァントである。四番目の特異点『死界魔霧都市:ロンドン』。霧に包まれた都のベーカー街で、彼は立香たちを待っていた。

 

「本来ならもっと後で合流する予定だったのだが。いやはや、私の予定を狂わせるとは実にミステリアスな魅力を秘めるマスターだ」

 

初対面なのに気に入られている。普通なら疑問に思うところだが、立香はいつもの事と受け入れた。

 

ホームズはアトラス院について調査しているようだが、彼の目的なんてぶっちゃけどうでも良い。

そんな事より優先すべき事がある。カルデアのライブラリデータによれば、かの名探偵はアイリーン女史以外に異性へ関心を示したことがなく、結婚をナンセンスと称した人物だという。なら性に淡白なのだろうか……いや、データだけで判断するのは浅慮。

きちんと言葉を交わしホームズの人となりを把握して、安全な付き合い方を確立しなければ。立香の頭にはそれしかなかった。

 

なお、サーヴァントを丁寧に調べ上げ、一体一体と向き合う態度こそ『あっ、マスターってこっちに気があるんじゃね?』と誤解を生み、サーヴァントの絆レベル上昇に大きく関係しているのだが、悲しいかな当の立香は気付いていなかった。

 

貞操を守ろうとすればするほど、貞操が危うくなっていく。なんとも皮肉が効いた話である。

 

 

 

名探偵はカルデア内において、早速活躍の場を得る。

 

『藤丸立香の下着盗難事件』

 

カルデアではさして珍しくもない事件であり、世界一の名探偵が出張るにはあまりに低俗かもしれない。

だが、ホームズは犯行現場である立香の部屋にやって来た。

 

「聞けば三日に一度は下着が紛失するそうだね。私の知的好奇心が驚くほど反応しないが、新参者としてマスターへの貢献度を稼ぐとしよう」

 

えっ、あのシャーロック・ホームズに下着泥棒を捕まえさせる? なんて恐れ多いことを……カルデア職員の中に生粋のシャーロキアンがいたら自分は殺されるんじゃないか、と立香の胃がキリキリ鳴った。

 

名探偵は部屋中を調べ始めた。小説におけるホームズは頭の回転と同じくらい調査スピードが早く、犯行現場の要点を即座に見抜く人物だった。が、立香の前でタンスの中を(あらた)める彼は実にねっとり――訂正、ゆったりとした挙動を取る。

それだけ熱心に事件に当たってくれているんだな。立香は人類最後のマスターとして培ったポジティブシンキングで、ホームズの不審ぶりを流した。

 

「タンスから盗まれたのは、パンツ一枚かね?」

 

「はい。先日盗まれた時に、残存する下着を数え直したので間違いありません」

 

「ふむ。ちなみにその時の犯人は捕まったのかい?」

 

「バーサーカークラスだったのが幸いしました。証拠を残しまくりで俺でも犯人を突き止めることが出来ました。残念ながらパンツはすでにヨレヨレな上に湿っていて処分するしかありませんでしたけど」

 

「……(くだん)の狂暴なるサーヴァントは今どこに?」

 

「『素材狩りの刑』に処されて現在カルデアには居ません」

 

「すまない。私はカルデアに来て日が浅い。『素材狩りの刑』について説明を頼んでいいかね」

 

「あっ、失礼しました。『素材狩りの刑』というのは――」

 

 

カルデアの戦闘シミュレーターは非常に優秀である。

データさえあれば、どんなサーヴァントだろうと怪魔だろうと再現して戦闘することが出来る。制作者はサーヴァントとマスターがシミュレーターによって練度を上げ、人類の脅威に立ち向かうことを願ったのかもしれない。が、現実は無情である。高性能シミュレーターはロクでもない事に使われていた。

 

『聖拝戦争』と『素材狩りの刑』、シミュレーターの用途はもっぱらこの二つだ。

 

前者は藤丸立香の起床係を決める大戦争。

 

そして後者は、藤丸立香に危害を加えたり、私物を盗んだサーヴァントへの懲罰である。

下手人はシミュレーターに押し込められ、設定された敵を狩って素材を規定数集めるよう命じられるのだ。素材とはサーヴァントの霊基を強化する魔術的なアイテムを指す。鳳凰の羽根やゴーストランタン、世界樹の種などなど、サーヴァントによって強化に必要な素材は異なる。

 

なんでそんな物がシミュレータから獲得出来るのか? と誰もが首を傾げるが、人類の危機を前にして使えるものは何でも使う。シミュレーターは十二分に活用させていた。

 

なお、犯罪サーヴァントたちは素材ノルマを達成するまでカルデアに帰れず、途中で力尽きれば一か月間実体化出来ないペナルティを喰らう。

 

「バーサーカーたちはカルデアよりシミュレーターの中に居る方が多いですね」

 

マスターも無しに単騎で敵がひしめくエリアに送還される。バーサーカークラスの特徴は攻撃力があるものの守りに弱い。さらに燃費が悪く、一応カルデアから魔力が細々と供給されているもののすぐにガス欠になってしまう。敵の一体一体は弱くても、複数相手となればバーサーカーが生き残れる道理はない。

 

しかし、藤丸立香のバーサーカーは一味違う。マスターに会いたい一心でしぶとく生存してノルマをこなす。バーサーカーの癖にスタミナ配分に気を付け、素材を用いて己を鍛え、本来持っていないはずの『ガッツ』や『仕切り直し』スキルで体力を回復し、しまいには独自で霊基再臨までしてしまう。バーサーカーとはいったい……?

 

先日『蛮神の心臓を50個獲得するまで帰れまてん!』のノルマを課せられた、自分を藤丸立香の母と思い込んでいる武将サーヴァントも今頃は――

 

「息子の下着を管理するのは母の務めなのに何が悪いのです!? ええい、邪魔です! 母の道を阻むものは何であろうと塵芥(ちりあくた)に成るがいい!」

と居直って元気にデーモンたちを屠っているだろう。

 

 

 

 

「なるほど。『素材狩りの刑』か……何とも恐ろしい事を考えたものだ」

 

「ダ・ヴィンチちゃんが考案してくれたんです。サーヴァントに襲撃されて疲れ切った俺を不憫に思ったらしくて」

 

ダ・ヴィンチはカルデアの中でも古株のサーヴァントで、技術局特別名誉顧問として日夜特異点修復に尽力している。自身の傑作であるモナ・リザに心酔しており、その姿で現界したエキセントリックな彼女? だが、根は善良だ。

 

立香の現状を知ったダ・ヴィンチは「立香君はただの人間なのに、懸命にオーダーをこなしてくれる。キミを尊ばないサーヴァントは厳罰がお似合いさ!」とシミュレーターを刑罰装置に改造した。

 

目が回るほど忙しいはずなのに、俺のために……立香は感動した。

ダ・ヴィンチの献身に報いたい。凡人の自分では大したことが出来ない。それは分かっているが何かしたい。

考えた末に立香は夜食を作り、夜通し働くダ・ヴィンチの部屋へ持って行った。優しきサーヴァントの助けに少しでもなれば、と期待して――

 

 

で、襲われた。

 

「多忙で頭がボーっとしている時にだよ。立香君がやって来たんだ。こんな夜更けにわざわざ部屋を訪ねてくるなんて……しかも、ちょっと気恥ずかしそうに。もしかして、ついにデレ期到来かと身体をオーバーチャージさせていたら『食べてください』の言葉だよ。そりゃ許可が出た、と思って襲うさ! 万物の成り立ちについて肉体言語で語り合おうとするさ!」

 

立香の悲鳴で駆け付けた複数のサーヴァントによってダ・ヴィンチ容疑者は拘束された。その供述は一定の同情を得たものの、マスターへの暴行未遂は万死に値する。結局、ダ・ヴィンチは初の『素材狩りの刑』に処された。

 

さすがは人類史に名を残す大天才である。懲罰シミュレーターの性能を身をもって試験する科学者の鑑。

 

 

 

 

 

話を下着盗難事件へと戻す。

 

「犯行時刻は君が朝食を取りに食堂へ行き、戻るまでの一時間か」

 

「はい、部屋に戻ってみるとタンスが開けられていて、パンツが無くなっていました。サーヴァントは霊体になれますし、この部屋にはプライバシー保護のため監視カメラがありません。いったい誰が盗んだのか……」

 

「盗まれたパンツの種類はブリーフ、トランクス、ボクサーパンツ、ジャパニーズフンドシ、どれかね?」

 

「それって事件に関係するんですか?」

 

「犯人の思考を読むのに役立つかもしれない。情報は多い方がいい」

 

「と、トランクスです」

 

「なるほど。マスターはトランクス派……と」

 

興味深く頷くホームズ。この名探偵、本当に大丈夫なのだろうか?

 

 

立香の心配は良い意味で裏切られた。

現場検証を終えたホームズはカルデア内で聞き取り調査を行い、瞬く間に容疑者を絞り込んだ。

 

犯行は食堂で立香が朝食を取っていた午前7時から8時の間。

 

サーヴァントは食事を取らなくても問題なく動くことが出来る。しかし、食事は重要なコミュニケーションツールであるし、ご飯を食べるマスターをオカズにパンを咀嚼するのは食欲と性欲が満たされてお得――そんな見解を持つサーヴァントたちで事件当時の食堂は混雑していた。

『素材狩りの刑』に服す20体のサーヴァントを除き、姿が見えなかったサーヴァントは片手で足りる数だった。

 

「今回の事件は至ってシンプルだ。まだらの紐のような(おぞ)ましさはなく、ブルースパーティントン設計書のような煩雑さもない。犯行現場を思い返せば、事情聴取せずとも犯人は特定できる。付いて来てくれ、マスター。探偵の醍醐味は謎を解き、犯罪者を追い詰める時に集約される。もっとも今回は謎と呼べるほどのモノではないがね。それでも被害者である君の(あずか)り知らぬ所で解決されるのは嫌だろう」

 

世界一の名探偵と評されるシャーロック・ホームズは気取った物言いをしながら廊下を進む。立香は誰が犯人なのか問いたい衝動を我慢した。推理物のお約束を鑑みれば、かの名探偵はきっと犯人の名をはぐらかすだろう。今はただ、名探偵の背中を追うのに集中するべきだ。

 

そう首を長くして待たなくても、謎は解かれるのだから。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

「へえ、私とメディアが実験している間にそんな事があったのかい? しまったなぁ、有能アピールチャンスを逃してしまったよ。私がその場にいたらすぐ犯人を当てて、ピグレットに変えてやったのにさ」

 

キュケえもんが両肘をテーブルに突き、手のひらの上に顎を載せてムクれた。幼い体型も合わさって、ファミレスで駄弁る中学生のようだ。

 

「叔母様は犯人が分かったのですか?」

 

「その前に一点だけ確認させておくれよ。立香君のタンスの前には何か落ちていなかったかい?」

 

「――鋭いですね。弱体耐性を向上させる礼装。使用された形跡のあるソレが落ちていました」

 

「ありがとう、大体絞り込めたよ。メディアも覚えているだろう? つい先日のことだ。立香君のタンスは本人以外は開けられないよう、魔術でロックしたじゃないか。解除するにはそれなりの魔術知識と耐魔力A+クラスは無いと不可能なやつをね」

 

立香が大魔女を『キュケえもん』と呼んで、良好な関係を築こうとするのも貞操保持の礼装を作ってくれるからだ。

彼の着ている服はスタンや魅了を無効化するようキュケえもんが魔術式を組み、服飾が得意なメディアが編み込んだ逸品である。時計塔の魔術師なら喉から手が出るほど欲しがるだろう。

他にも認識阻害の魔術を立香の部屋に施して千里眼持ちのサーヴァントによる視姦から守ったりと、魔女たちは手を焼いてくれる。

色々問題を抱えている二人だが、なんだかんだ立香のカルデアライフに欠かせない魔女コンビだ。

 

 

「――犯人は耐魔力A+未満で、礼装の補助を使ったということですか? それにしては証拠品を現場に残すのが気になりますけど」

 

「私たちがタンスに魔術を掛けて日が経っていない。普通だったら警戒して犯行を控える時期じゃないか。それなのに何故犯人は動いたのか? ふふふ、先週『素材狩りの刑』に処された中に、にっくき愛され女神が二人いたことを考慮すれば見えてくるんじゃないかな」

 

「そこまでお見通しとは脱帽です」

立香は拍手でキュケえもんを讃えた。キュケオーンに精神汚染されていても神代の大魔女なだけはある。

 

「ふっふふん~。どうだ、私の頼りになりっぷりは! 好きになるなら今のうちだゾ! あっ、もうなってる?」

 

「で、肝心の解決シーンなんですけど」

 

立香はドヤ顔のキュケえもんとテーブル上のキュケオーンをスルーして話を続けた。

 



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第二話:藤丸立香とキュケえもんと名探偵(中編)

すみません。サーヴァントたちが好き勝手動き回ってしまったので、話が長くなりました。二話は三つに分けさせてもらいます。

次の投稿こそ後編です(決意表明


そのサーヴァントの部屋に入室した瞬間、立香は動揺した。

『君は数合わせの予定だったけどゴメン、他が全滅したからたった一人のマスターとして世界を救ってね』と人類史上最大の無茶振りをされた時に勝るとも劣らない衝撃を受けてしまう。

 

一目で分かる、間違いない! 目の前にいる『彼女』こそ自分の下着を盗んだ犯人だ。いや、犯人以上のナニかだ!

 

「お待ちしておりました」

立香とホームズの来訪を予想していたのか、彼女は平静な態度だった。

 

「その様子からして言い逃れはしないのだね、賢明な判断だ。もっとも犯行現場に礼装をあえて残したり、朝食時という多くのサーヴァントがアリバイを持つ時間帯での犯行から察するに……君は()()()()()()()のだろう?」

 

「なっ、ホームズさん!? 捕まったら『素材狩りの刑』なんですよ!」

 

「それだよ、マスター。彼女は受刑者としてシミュレーターに入りたかったのだ。先に送還された姉二人を追うために」

 

「あっ……」

ホームズの言葉がトリガーとなり、立香は思い出す。

 

 

 

――あれは先週のこと。

 

フランス組サーヴァントのお茶会に(半強制的)に参加した立香は、内装がフランス王宮風になったマリー・アントワネットの部屋でクッキーを摘み、紅茶を嗜んでいた。

 

主催者のマリーは毒にも薬にもならないふわっふわな話題を振ってくる。

アマデウスは部屋に備え付けのピアノで天才的な演奏を披露する。

絆レベル10になってから赤面症を患うサンソンは会話に入ろうと四苦八苦する。

フランス王家とマスターの騎士・デオンは一歩引いた所から茶会を見守っている。その立ち位置が入口ドアの前になっているのは偶然であり、立香の逃亡を防ぐ意図はあろうはずもない。ないのである。

 

なんだかんだ平和に茶会は進んでいた――と、そんな時。

 

「お、おや? こ、困ったな。お菓子がなくなってしまった」

 

立香と同じ空間にいて緊張しているのか、サンソンが噛み噛みになりながら空の皿を持ち上げる。その動作と言葉が何故かわざとらしい。

 

「まあ!? でも大丈夫よ」

マリーは柔和な表情を浮かべ……けれど目からハイライトを消して言った。

 

 

 

 

 

「お菓子がなければマスターを食べればいいじゃない」

 

 

マズいですよ! 立香の『危険予知(貞)』が遅まきながら警報を発した。

 

ぐっ……身体が不自然に熱い。しまった、食事に何か盛られたか。毒に耐性がある立香だが、媚薬関連はまだまだ未熟である。

 

さらにアマデウスの弾く曲が、いつの間にかR指定フランス映画の、エマニュエルな感じになっていた。この心遣いには魔性菩薩さんもニッコリであろう。

 

 

「ヤラせるか! こんな事もあろうかとっ!」

 

 

立香は懐から煙幕玉を取り出し、床に思いっきり投げつけた。風魔出身の忠忍から万が一のためと渡されたとっておきだ。

 

次の瞬間、お茶会の会場を煙が満たした。一メートル先も見えない、完全なる白の空間だ。

 

「きゃあ! ケホケホ。私のマスター! どこに行ってしまわれたの? 心配しないで、ギロチンより痛くしないわ」

「任せて、マリア。最下層サーヴァントの僕だけど耳には自信があるんだ。必ずマスターを捕らえるから」

「怖がらせてどうする、アマデウス。聞いてくれマスター。僕は人体研究をしている。力を抜いて、お尻を預けて欲しい。苦痛は与えない」

 

 

ヴィヴ・ラ・マスターしたフランス勢の相手をしていられるか。

立香は最近()えたスキル『気配遮断C』を発動して逃走する。その機敏さは、下手なアサシンサーヴァントより上だった。

 

一騎当千の強漢魔たちに抵抗するべく進化する立香、すでに人としての(ことわり)から外れかかっている。まあ、世の中にはマスターのくせに英雄王とタイマンして勝つ自己犠牲野郎もいるし多少はね。

 

 

フランス王妃の部屋を出るには、鉄壁の門番を突破しなくてはならない。かの百合騎士は立香の天敵・性別あやふやサーヴァント。しかも理性蒸発騎士より慎重なので手ごわい。

 

「大丈夫、私なら出来るさ」

警戒しているそばからこれだ。今の掛け声からして防御系スキルを発動したのだろう。ずるずると遅滞戦術を取られれば煙が晴れて万事休すだ。

 

迷っている時間はない。

令呪を切るには声を出さなければならず、しかも一体にしか効果はない。

ならば……こんな事もあろうかとパート2、立香は用心のためにカルデア戦闘服を普段着の下に着ていた。

 

この魔術礼装には『ガンド』という機能が搭載されている。相手の動きを止める呪術で、魔獣だろうと神獣だろうとサーヴァントだろうと、果ては魔術王にすら効いてしまうたまげる機能である。

もっとクールタイムを短縮して、はよ。

 

なお、立香は『ガンド』を敵に使ったことがなく、標的は味方サーヴァント一択。

レイシフト中の戦闘はサーヴァントの気を高ぶらせやすい。なのでガンドは、戦闘からの流れでマスターを襲っちゃうお茶目なサーヴァントをチン静、もとい鎮静するべく使用されているのだ。

 

「うぐぅぅ」

デオンは強い弱体耐性を誇るものの、今回は立香の悪運に屈した。ガンドの呪いによって、守護騎士は膝を床に突いたのである。

 

「わ、私は王家の百合に勝利を誓い……マスターの菊に勝利を刻む……なのに」

 

防御特化のデオンくんちゃん、性癖は攻撃寄りだった模様。

立香はお尻に力を入れつつデオンを抜き去り、肉食化したフランス領から脱した。

 

 

とりあえずフランス勢はシミュレーターの中で頭を冷やしてもらわないと。

廊下を走りながら立香は端末を操り、影の風紀委員長に一報を入れた。

 

「乱しましたね、カルデアの風紀を! 私の息子を! 容赦しません、粛清です!」

 

私情を挟みながら影の風紀委員長はフランス勢の摘発を快諾した。

ふぅ、これでめでたし、めでたし。

肩の荷が下り、立香は長めの息を吐いた。

 

なお、影の風紀委員長はこの翌日に下着泥棒で逮捕されるのだが……それは、また別の話。

 

 

 

自室に戻った立香。しかし、彼の受難は終わらない。

 

「おかえりなさい。いい天気ね、マスター。こんな日はお出かけしたくなるわ。ねえ、()

 

「そうね、()。形のない島の洞穴はどうかしら? ほの暗い穴の底でイケない遊びをしましょ」

 

「うふふ、直接女神から寵愛を受けるだなんてマスターは幸せ者ね。心行くまで楽しみましょう」

 

男の理想を具現化した女神・ステンノとエウリュアレがベッドに寝そべっていた。

神の造形美をこれでもかと見せつける容姿。特に精巧でありながらSッ気が混じる表情は一部の人間に特攻属性を持つ。

 

二人が絡み合ってベッドを占有している情景は蠱惑的に尽きる。たまらず立香の心臓は早鐘を打ち……そうになったが。

 

「この匂い……いいわ。とっても」

「うふふ、癖になりそう」

 

ステンノとエウリュアレはお出かけのお誘いをしつつ、シーツを自らの鼻に押し付けて持ち主の残り香を吸収せんとクンカクンカ励んでいた。いろいろと台無しだ。

 

「せっかくの話なんですけど、もう遅い時間ですし、また後日ということで」

 

ザ・日本人的な断り文句で要求をはね退ける立香へ、女神たちは残酷な笑みを送った。

 

「あら残念。あまり手荒な真似はしたくなかったんだけど」

「仕方ないわ、()。女神の心を踏みにじるとどうなるか教えてあげましょう。手取り、足取り、腰取りね」

 

ステンノとエウリュアレは、喰らった者を愛の奴隷に変える宝具を発動した。

 

 

女神の微笑(スマイル・オブ・ザ・ステンノ)

女神の視線(アイ・オブ・ザ・エウリュアレ)

 

 

自信満々で放つ二人。下僕になった立香を如何なる方法で愛してやろうか、と彼女らの頭はピンク色の妄想で一杯になっていただろう……が、ダメ!

 

忘れてはならない。立香の服は一見カルデア支給のものと同等だが、その実キュケえもんの愛情盛り盛りの特別製なのだ。

高性能を誇り、機能の一つとして『魅了耐性』が施されている。

 

『可愛いピグレットに唾つける輩は、たとえ神でもぶっ倒す!』

大魔女は敵に回すと厄介だが味方だとこの上なく心強い。恋愛敗北者の意地によって完全なる『魅力耐性』が実現した。魔力A+の女神の誘惑だろうと突っぱねるのだ。

 

「お、お二人とも。宝具は人のいない方に向けて撃たないといけませんって」

 

「えー! なんでケロっとしているのよ」

「まだ慌てる時間じゃないわ。もう一度よ、()

 

と、悠長に二度目の宝具を打とうとした女神たち。甘ちゃんである。

立香の部屋の周囲は魔力センサーが幾重にも仕掛けられていたり、サーヴァントたちの使い魔が監視している。

そんな場所で宝具を使うなら一発勝負が鉄則。次があると思っている時点で女神たちは二流だ。

 

突如として天井から忍者サーヴァント三体が降下し、壁や床下から無数のハサンが湧き、ドアをぶち破って三騎士のサーヴァントたちも殺到する。

 

一秒も経たずに女神たちは勝利から見放された。

 

ステンノとエウリュアレの最大の武器は相手を魅了すること。

しかし、女性には効かないし、男性サーヴァントは立香の魅了に掛かったも同然なので今更女神に(うつつ)を抜かしたりはしない。つまり唯一の武器は無用の長物と成り下がり、女神二人は完全に詰んでしまったのである。南無南無。

 

ちなみに本来なら一度目の宝具が打たれる前に女神たちは制圧されていただろう。それが出来なかったのは、影の風紀委員長を始めサーヴァントの多くがフランス組を拘束してシミュレータールームまで連行するのに忙しかったためだ。

(ほぼ)同時多発エロは悪い文明。

 

 

そういうわけで、マリーアントワネット、アマデウス、サンソン、デオン、ステンノ、エウリュアレの六体がシミュレーター内に送還された。一日の受刑者としては平均よりやや多めの数値であるし、珍しくバーサーカー以外のクラスで占められた日だった。なので、立香の記憶に残っている。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

「じゃあ、あなたはステンノさんとエウリュアレさんの救援のために?」

 

立香の問いにゴルゴーン三姉妹の末妹であり、下着泥棒のメドゥーサは肯く。

170を超える身長に、ボディコンワンピースのセクシーなお姉さん。どう見ても下着を盗むより盗まれる側だ。

 

メドゥーサは沈痛な胸の内を吐き出した。

 

「上姉様も下姉様も戦える方ではありません。素材狩りなど不可能です。こうしている間にもエネミーに襲われているかと思うと……私は居ても立ってもいられずに……」

 

「『素材狩りの刑』に処された者はシミュレーター内の犯罪者用区画へと飛ばされる。合流しようとするなら自らも犯罪に手を染める必要があった、そういうわけか」

ホームズがさらっと補足を入れる。事件発生前は素材狩りの刑を知らなかったのに、情報収集能力が半端ない。

 

 

ステンノとエウリュアレが戦えない。せやろか?

 

藤丸立香は勉強熱心なマスターだ。カルデア内護身術の一環としてサーヴァントたちの主義趣向を把握する彼が、戦闘能力に目を向けないわけがない。

 

サーヴァントたちは聖拝戦争や素材狩りの刑を日夜行っているので、戦闘能力の向上が著しい。レイシフト中を除けば、立香は常に100体以上のサーヴァントを観察・調査してデータを更新している。言うまでもなく殺人級の仕事量だ。しかし、サボればせっかく構築したカルデア内護身術が時代遅れとなる……それは立香の貞操と人類の終焉を指す。やるしかない。

 

立香の見立てでは、ステンノもエウリュアレも十分強い。

元は無力な女神だったかもしれないが、サーヴァントとなった彼女らは対男性の切り札として有用だ。基本ステータスでも末妹と同等かそれ以上。

メドゥーサの心配は杞憂もいいところである。とは言え、姉を思いやるメドゥーサに現実的な意見をぶつけるほど立香は冷血ではなかった。

 

「上姉様と下姉様のため……いえ、これは言い訳ですね。いくら二人のためとは言え、マスターのパンツを盗んで良い理由にはなりません。あなたの心を傷つけてしまい、大変申し訳ありませんでした」

 

メドゥーサが深々と頭を下げた。高身長の彼女の謝罪には迫力がある。

 

動機は分かった。告白が全て真実ならば、最大限の恩赦が下るよう手を尽くそう。立香はそう誓った……もし、本当に告白が真実ならばの話だが。

 

「犯罪者を擁護するわけではないが、彼女はパンツを一枚しか盗まなかった。二枚でも三枚でも掴める機会があったにも関わらずだ。それに物的証拠と状況証拠を多く残して、早急に捕まろうとした。彼女の自供は()()正しいだろう」

 

引っかかる言い方をするホームズ。立香が気付く程度の虚偽、名探偵も下着泥棒の自供を鵜呑みにしていない。

 

立香には納得出来ない事があった。捕まりたいなら現行犯逮捕された方が手っ取り早い。立香の在室中に堂々と入ってきて、堂々とタンスを開け、堂々とパンツを盗めばいい。なのにメドゥーサは一番簡単な方法を選ばなかった。

 

それに彼女は罪は認めても、パンツを返そうとしないし在処(ありか)を吐こうともしない。

 

残酷かもしれないけど、俺のため人類のため変態サーヴァントは矯正しなければならないんだ!

真実を追究すべく立香は攻めた。

 

「シミュレーター行きの前にパンツを返してください」

 

「うっ」

返品要求にメドゥーサは戸惑いを大いに見せる。

 

「マスターのパンツは……とある場所に隠してまして……回収するのに少々時間を要します。私が刑期を終えて社会復帰するまでお待ちくださいませんか?」

 

「清姫じゃなくても分かります。嘘ですよね」

 

「な、なにを証拠に……!?」

 

「だって――パンツは今、ここにあります。もっと言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ぐぐむむむっ!?」

聖剣エクスカリバーで横殴りされたかのように後退するメドゥーサ。嘘を隠すのが致命的に下手糞だ。

 

「そ、そこまでハッキリおっしゃるのなら調べてください。私がマスターのパンツを装着して堪能中なのか……この身体を直に触っても構いません。むしろ推奨します」

 

メドゥーサがモジモジしながら身体を差し出してくる。艶めかしい腰つきや太ももが強調された彼女のボディラインがグッと近付いてきたのだ。健全な青少年には刺激が強すぎる。

 

が、残念。盗んだパンツをこれ見よがしに装着するメドゥーサはあまりに変態だった。立香の野生が尻込みするほどに……

 

「じゃ、お言葉に甘えて。回収させてもらいます」

 

立香はメドゥーサのエロティックな身体へとゆっくり手を伸ばす。

 

「はぁはぁはぁ……マスター」

性愛の対象であるマスターが、自身の下半身を……弱い所を触ろうとしている。メドゥーサの呼吸が興奮で荒ぶる。

 

姉のオモチャなので目立たないが、メドゥーサはなかなかの性欲モンスターだ。

男だろうと女だろうと気に入れば狙うし、並行世界で不幸ガン積み少女のサーヴァントだった時は、夢の中ならノーカンとマスターの恋人に粉を掛けたりもしていた。

そんな彼女が藤丸立香のサーヴァントとなり、絆レベルが10になった。ならば性欲が大爆発するのは当然の帰結である。

 

 

「触りましたよ、これですよね」

立香がメドゥーサの大切な部分に手を掛けた。

 

「あっ……や、やめっ! やめてください。そこは……!?」

 

「ええい! こんな所に付けるなんてナニ考えているんですか!」

 

立香は無理やり引っ張って、メドゥーサの大事なところからパンツを奪い返した――そう。

 

 

 

 

 

彼女が『バイザー』として装着していたパンツを。

 

 

 

メドゥーサは知名度の高い神であり、モンスターである。

彼女の最大の特徴は見た相手を石に変える魔眼だ。石化機能はON・OFFの切り替え可能なため、目にバイザーを装着する必要はない。

実際、メドゥーサがバイザーを付けるのは立香に格好良さアピールをする時のみだった。

 

バイザーは蛇を想起させるデザインでセンスは悪くない。

しかし、今日のメドゥーサはどこかで見たことのある物をバイザーにしていた。

 

あれ? あの模様に、あの生地って俺のトランクスじゃね? 畳んだトランクスの両端にバンドを付けて目を覆ってね? 

 

いや……まさか、そんな馬鹿な……う、嘘だるるるぅぅぉぉぉ!?

 

 

メドゥーサの部屋に入った直後、立香の脳内は大混乱に陥った。

そら外見クールなお姉さんが、何食わぬ顔で自分のパンツをバイザーにしていたら頭が真っ白になりますわ。

 

多少の変態行動ならどんどん流す藤丸立香でも無理だった。

己の快楽を追求しつつ「姉を助けたくてパンツを盗みました」と、ほざくメドゥーサをどうしてもスルー出来なかった。

『ええー? ほんとにござるかぁ?』と思わざるを得なかった。

 

もうやだ、このカルデア。

 

 

 

 

たっぷりのペナルティを受け、メドゥーサは姉たちと同じエリアへ送還された。

 

「嫌な事件だったね」

彼女を見送った後、心底疲れた立香にホームズが声を掛けた。

 

「しばらくカルデアから離れたいです。早く次の特異点見つからないかな」

 

「先ほどはすまなかった。辛い場面を君に喋らせてしまって」

 

途中からホームズの口数が少ないと思っていたら、メドゥーサを問いただすのが嫌だったのか。さすがの名探偵も超級の下着泥棒は相手にしたくない模様。

 

「こんな事件に関わってくれただけでもホームズさんには感謝しています。幕くらいは自分で降ろさないと」

 

「君は強いな……しかし、無理をしてはいけない。私の方でマスターの負担が軽減されるよう手を打とう」

 

「何かアイディアがあるんですか?」

 

「あるにはあるが……ふっ、()()()()()()()()()()()

初めてホームズが笑った。人を喰ったような、だが子どものような無邪気な笑みだった。

 

 

 

 

 

「ところで、取り戻したパンツはどうするのかね? また履くのかい」

 

「迷っています」

 

メドゥーサの魔眼と直に接触していたパンツ。履いた瞬間に石化の呪いが発動したらどうしよう?

己の(カリバー)が石のように固くなる分は許容出来るが、本当に石になったら笑い話にもならない。

 

「不安なら私が預かろう。呪いがあるのならマスターの近くに置くのは反対であるし、解呪の出来るサーヴァントがいないか探してみよう」

 

「い、いえ。そこまでしていただかなくても」

 

「最初に言っただろう。今回は新参者としてマスターへの貢献度を稼ぐつもりだと。私に任せてくれたまえ」

 

「ホームズさん……」

 

なんて頼りになるサーヴァントなのだろう。「では、預かるよ」と立香のパンツを証拠品袋に厳重に保管し、持ち去っていくホームズ。

彼の背中を眺めながら立香は大いに感謝した――

 

 

まあ、それはそれとして魔眼でホームズの絆レベルを確認すると、召喚早々なのに『8』を示していた。

 

立香は名探偵との今後の交流に思いを馳せ、大いに苦悩するのであった。

 

 




サブタイトルにもなっているキュケえもんの霊圧が消えた……


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第二話:藤丸立香とキュケえもんと名探偵(後編)

頭キュケオーンして書いたら一万文字超えました。
それはともかくこれで二話完結です。


藤丸立香はフリルな衣装に袖を通し、ヒラヒラのスカートを腰に巻いて、ピンクで大きなリボンを胸元に装着した。どれも二十年弱の人生において初めての経験である。

 

この前のロンドンで知り合い、当たり前のように同行(ストーキング)し、果てはカルデアまでやって来た英霊ナーサリー・ライム。彼女が好みそうなアリスめいた服装だ。

到底自分に似合うものではない。げんなりとする立香とは対照的に――

 

「いいわ! いいわよ! 素敵以外のナニモノでもないわ!!」

 

メルヘン服飾家のメディアは大層興奮していらっしゃる。カルデアのマスコット・フォウのお株を奪う勢いで「FOOOOO!!」と絶叫もしているし。

血走った目と、血迸る鼻と、血沸き過ぎて逆に青白くなった頬。女装立香を刮目した直後、彼女はキャスターからバーサーカーに鞍替えした。

彼女の中のモデラー魂も沸き立っているらしい。女装立香をフィギュア化すべくペンを走らせデッサンに励んでいる。

 

何てことはない。これは対価だ。

 

 

 

立香のタンスに施されたセキュリティ魔術は、変態レアリティ星5サーヴァントによって破壊された。

三日前にキュケえもんたちがセコムしてくれて、ようやく下着泥棒問題から解放される――と思った矢先のトラブルだ。立香の落ち込みは大きなものだった。けれど、対策を諦めればカルデアは『性犯罪者の巣窟』という汚名を永遠に払拭出来ない。

 

立香はキュケえもんとメディミちゃんを頼った。

下着事件の一部始終を聞いた魔女二人は、変態バイザーに今度会ったらヤキ入れると決意表明しつつ、立香の護身に協力する姿勢を見せた。

 

 

そういうわけで注文する。

 

「妨害系礼装の影響を受けない弱体耐性無効化の性能を持ち、なおかつ魔力EXランクのサーヴァントだろうと解除出来ない魔術ロックを設置してください」

 

魔術に疎い立香でも、これが相当難しい依頼だと分かっている。しかし、世界史に名を残す数多くの英霊(へんたい)に対抗するには神話級の礼装を持ち出さなくてはならない。

 

 

「他ならぬ立香君の願いだ! 応えなくては大魔女の名が廃るってもんさ! 私が一肌脱ごう!」

「ありがとうございます! あ、でも本当に脱がなくていいですよ。服に掛けた手を放してください」

 

キュケえもんの方は快諾したが、メディアは難色を示した。

 

「叔母様、安請け合いはしないでください。理論上は可能ですが、現環境下で素材や触媒を確保出来るのか判断付いていませんし、効果発動に要求される魔力量を計算しないと」

 

「さすがに無茶な要求だとは承知しています。俺に協力できる事があれば何でも……とは言えませんが、抜き挿し関係を除いて善処します」

 

「早速ですがマスターこちらに着替えてください説明は時間の都合上割愛しますがマスターがこの格好で応援することによって礼装作成効率が当私比で2.2の高倍率になりますから一秒でも早く着替えしてください迷っている時間なんてありませんのであしからず」

 

立香の『条件付き何でも』によってメディアは手のひらを華麗に返した。

 

息継ぎも無しでまくし立てる姿は高速神言スキル持ちの面目躍如。

アキレウス並の速度でフリルなお手製衣装を持ち出し、グイグイと立香に押し付けてくる。キャスターは接近戦に弱い、という概念を打ち消す速攻だ。

 

意外なことだが、メディアの持ち味は接近戦にこそある。彼女の持つ宝具『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』は、相手に直接ぶっ刺さなければ付与魔術解除の効果が発動しない超近接武器だ。故に彼女は相手の間合いに入る技術を鍛えに鍛え、たとえ肉弾戦に持ち込まれても殴り勝てるように、愛と勇気と若気の至りが込められた『キルケ―敗北拳』を会得している。

 

このメディアが某第五次聖杯戦争に参加していれば、愛しの高校教師を前線に出さず、ムカつく男サーヴァントたちを自らの拳でボコボコにしただろう。

 

 

それはさておき、立香はメディアの着せ替え人形になる事を承諾した。

何かを得るためには同等の何かが必要。等価交換の法則を思い返してみれば、神話級礼装と自分の女装が同価値と見なされたのである。安い取引だ、と自己暗示に励む。

 

自室で顔をしかめながら着替え、渡された数多くのウィッグからマシなものを選んで頭に被せ、準備が出来たところで魔女と大魔女を部屋に招いて――冒頭の惨事へと繋がった。

 

 

 

 

パシャパシャとフラッシュがたかれる。撮影しているのはメディアでもキュケえもんでもなく、竜退治で知られる聖人・ゲオルギウスだ。

 

召喚直後に立香からカメラをもらったゲオル先生。その嬉しさが暴走して、いつしか押しも押されもせぬカメラマンとなった。どこで入手したのか高性能ミラーレス一眼カメラを常時携え、肩に『撮影班』の腕章を付けるプロの風格といったらどうだ。

 

今回、「マスターが少女物の服を手にして自室に入った」とのタレコミを受けたゲオル先生の動きは迅速だった。撮影機材をハサンたちに持たせて連絡の一分後には馳せ参じたのである。さすがはカルデア公認の藤丸立香専属カメラマン。

 

「マスターの一部始終を撮ることが、私の使命ですから」

 

その言葉に偽りなくゲオル先生は立香の行く所ならどこにでも出没する。無論、レイシフト中でも例外ではない。

レイシフトは魔力や電力の関係上、数体のサーヴァントしか同行出来ないようになっている。その貴重枠に後輩盾サーヴァントを差し置き、ゲオル先生は『撮影班』として固定メンバー入りしているのだ。

 

フランスでワイバーンに怯えながらも立ち向かう立香。

ローマでの行軍に疲れ、簡易テントの中で眠る立香。

オケアノスの無人島で波にたわむれる立香。

ロンドンの街灯に照らされ大人びて見える立香。

 

カルデアに居るだけでは分からない藤丸立香の魅力を、ゲオル先生は一枚の写真上で見事に表現してみせる。

先生が優遇されているのは、その卓逸した技術を多くのサーヴァントに認められた事に他ならない。

 

先生は聖人と謡われる人格者。サーヴァント界における至宝を独占せず、焼き増しして全サーヴァントに行き届くよう配布する。

サーヴァントたちの部屋にお邪魔してみれば、壁中に貼られた藤丸立香の写真(撮:ゲオルギウス)と対面できるだろう。

サーヴァントたちの性活に欠かせないネタ――それを提供してくれる先生はまさに性人と言える。

 

なお、真面目一辺倒な先生であるが、撮影に集中するあまりに敵の動きに気付かずピンチに陥る――といったお茶目な面もある。

そういった時は他サーヴァントが駆け付け、か弱い先生を守るのが常だった。

 

あれ、ゲオル先生って敵の攻撃から味方を守る事に特化していなかったっけ? と考えてはいけない。先生が被害を受ければ撮影機材が台無しになるからね、是非もないネ。

 

 

「いっきゃああああ! そのまま動かずに、そうよ! もっと脇から腰にかけてのラインを見せて!」

 

「マスター! 表情が固いですよ。少女のようにピチピチの笑顔で目線くださーい!」

 

魔女と聖人に囲まれ、立香の心は確実に削られていった――

 

 

 

 

 

「ご協力ありがとうございます。また一つ、マスターの新しい面を撮ることが出来ました。それにしても女装したマスター……ふむ、サーヴァントたちの趣向を開拓すること請け合いですな。ともあれ今後ともご贔屓に」

 

先生が退室する。これから現像作業で忙しいだろうに、その顔は達成感に溢れていた。

 

 

「ふっふふふ~ん。あっ、ごめんなさいマスター。ちょっと制作に没頭したいから自分の部屋に戻るわね」

 

女装立香を堪能したメディアも上機嫌に出て行った。制作に没頭したいと言っているが、果たして魔術礼装のことを指しているのか、それとも女装立香のフィギュアのことを指しているのか。疲労困憊の立香には尋ねる気力がなかった。

 

召喚した直後はフードで目元を隠し、冷たい微笑と声質で立香にプレッシャーを与えたメディア。キュケえもんによって汚染されていたキャスターのイメージ修復に多大な貢献を果たした彼女が、あんな姿になるなんて見とうなかった。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

自室のベッドに腰かけて休んでいると。

「立香君」

これまで静かにしていたキュケえもんが近付いてきた。

 

 

「メディアは可哀そうな子なんだ」

 

「えっ? 頭が?」

 

「そ、それもあるけど、あの子は軽薄な男に酷い目に合わされてきてね、立香君のような安心して付き合える男性は初めてなんだよ。だから、気を許してちょっと羽目を外してしまうんだろう」

 

あれがちょっと? そうツッコミたいが、メディアの生前を想えば、仕方ないことかもしれない。

 

「意外です、キュケえもんがフォローに回るなんて」

いつもならハッチャけるのがキュケえもんで、諫めるのがメディアなのに。

 

「おいおい、私はあの子の姉弟子だよ。たまには目上の度量を示さないとね」

軽い口調で言うキュケえもんだったが、優し気な瞳から受ける印象は年長者のソレだった。普段の性格や幼女体型から忘れそうになるが、キュケえもんは酸いも甘いも噛みしめてきたロリ〇バア。決める時は決めるのである。

 

「それじゃあ、そろそろ私のお願いも聞いてくれるかな?」

「うっ……そうでした」

 

一度吐いた唾は呑み込めない。立香は安易に『条件付きで何でもする』と言った己を恨んだ。

 

「警戒しなくていいさ。私の願いは――これなんだから」

 

キュケえもんの手にはいつの間にか麦粥(キュケオーン)の皿が載せられていた。作ったばかりのようで湯気が立っている。

 

「やっぱりですか――んっ、それって?」

 

いつものヤツかと思ったら違う。

以前、「キュケオーンって地味じゃない。ぶっちゃけ味気ない」と口さがない者から批判されたキュケえもん。酷く気にした彼女は、オリジナルキュケオーン作りに熱を上げた。

キュケオーンフラペチーノガーリックソーダスペシャルやキュケオーンクラシックエキストラソイミートキャラメルなどなど。

 

奇々怪々なキュケオーンが開発され、立香は味見係を強要されてきたのだ。

しかし、いま目の前にあるのは何ら変哲のないキュケオーンだった。地味で味気ない見た目をしている。

 

「覚えているかい? 私たちが初めて会った時のことを」

「冬木の、ことですか?」

「初めての人理と命を賭けた戦いで、君は怯え嘆き涙していた」

 

ああ、そうだった――あの頃は貞操を心配することもなく、純粋に命だけを気にすれば良かった。今、思えば(ぬる)い事にアタフタしていたものだ。

 

 

「そんな時に私が取り出したのが――」

「思い出しました。このキュケオーンでしたね」

 

 

炎上する冬木を駆け抜けるのは、ザコメンタルでロクなスキルを持っていない立香にとって辛いものであった。

 

余裕のない彼に「元気がないのはお腹が減っているからじゃないか? ほーら、極上のキュケオーンさ。これを食べれば嫌な事もへっちゃらだよ。お食べ!」とキュケえもんが振舞ったのが眼前のこれだ。

 

初めて食べる料理。しかも料理技術が未熟だった神話時代のものだ。現代料理で舌の肥えた立香には物足りなく感じた。

けれど温かい。キュケオーンの熱と、右も左も分からない未熟なマスターを応援するキュケえもんの心が、じんわりと立香を温めてくれた。

 

もし、キュケオーンが無ければ、藤丸立香のグランドオーダーは冬木の街で終わっていたかもしれない。

 

なお、初めて食べたキュケオーンだけが豚化の効果を宿していなかった。召喚時のキュケえもんはまだ絆レベルが低く、『マスターをピグレットにして愛でたい』という欲求を抑え『戦場でマスターをピグレットにしたら危ない』という常識を持っていた(過去形)。

 

 

「でも、今になってなんでノーマルキュケオーンを?」

「まあ、なんだ。私たちの原点だし、今の立香君を癒すのに一番相応しいかなって」

 

キュケえもんが唇を尖らせ、恥ずかしそうに言う。神話級恋愛敗北者は恋愛の大一番でヘタレるものだ。

とは言え、キュケえもんの不器用な優しさが立香には心地よい。

 

思えば、最近の自分は精神的に追い詰められていた。医療部門のロマンに相談しようにも、絆レベル6の人間に心を開くのは怖いし。

カルデアに居るよりレイシフト中の方が羽を伸ばせるくらいで、オートマタ―やゴーストや殺人鬼が蠢くロンドン特異点を観光地気分で旅した程だ。

 

なるほど、客観的に見て自分は危険な状態だな。

立香は己の異常を認識した。

 

「調理法と味はシンプルだけど、材料にはこだわった。栄養は保障するさ。はい、あ~んして」

スプーンでキュケオーンをすくい、立香の口へと持っていくキュケえもん。まるで恋人同士のやり取りだ。それを自覚しているのか「あ~ん」と言うキュケえもんの顔は赤い。

 

据え膳喰わぬは男の恥。ここまでされたらキュケオーンを食べるしかない。

でも、大丈夫なのか? ラブコメな空気に流されそうになっているけど、相手はあのキュケえもんなんだぞ。敵も味方もピグレットにして愛でる大魔女なんだぞ。

 

立香の懸念は表情に出たようだ。

 

「食べてもピグレットにはならないよ――と、言っても普段の行いからして君は信じないかな? だったら」

キュケえもんはスプーンを動かし、パクッと自分の口に入れた。 

 

「あっ……」

「もぐもぐもぐ――ほら、どうだい? なんともないだろ」

 

きちんと咀嚼し呑み込み、安全性を実証するキュケえもん。豚化は大型エネミーや魔神柱を除けば耐魔力に関係なく発動する。ならこのキュケオーンは問題ないのか、初めて食べたあのキュケオーンのように。

 

立香はキュケえもんからスプーンを譲り受け、キュケオーンをすくい、慎重に食べた。

口の中に味気ない味が広がっていく。でも、美味しくて……何より温かい。

 

「あ、あ、よく考えてみれば、間接キスじゃないか、これは」

 

彼女の妹弟子が見れば「歳を考えろ」と言うだろう。少女のように恥ずかしがり鷹の羽をバタバタ揺らすキュケえもんは、その仕草だけ見れば可愛らしいものだった。

 

立香の身体に異変はない。ちゃんと人間のままだ。

安全だとハッキリすれば何だか腹が減ってくる。立香はあっという間に皿を空にした。

 

「ふぅ、ごちそうさまでした」

「見ていて気持ちのいい食べっぷりだったね。作った甲斐があるってものさ。あっ、もうお腹いっぱいかい? ほ~ら、まだまだキュケオーンはあるよ」

 

空間転移を用いているのか、またキュケオーン入りの皿がキュケえもんの手に載せられている。

 

「じゃあ、お言葉に甘えます」

 

せっかくのご厚意だ、無下には出来ない。立香は注意することなく、おかわりのキュケオーンを口に入れようとした――と、その時。

 

 

 

大きな塊が扉をぶっ壊しダイナミック入室した。それは速度を緩めず立香たちへと襲い掛かる。

 

「いぃっ!?」

避ける暇なんてない。立香は頭と顔を守るよう反射的に防御の姿勢を取った。

ガシャン、とキュケオーンの皿が床に落ちる。緊急事態とは言え、食べ物を粗末にしてしまった事実が立香の勿体ない精神を僅かに突いた。

 

 

数秒経つ。が、大きな塊はこちらへ危害を加えてはこない。

なんで……立香が戸惑っていると。

 

 

「心理学において『一貫性の原理』というものがある。マスターはご存知かな?」

 

「ほ、ホームズさん!?」

午前中お世話になった名探偵が入室してきた。黒いコートを羽織り、パイプとステッキを持った英国紳士の出で立ちだ。

 

「人間は社会的生物。他者を視線を気にせずに生きていけない難儀な業を背負っている。故に社会的評価を得るため己の行動、信念、態度に一貫性を持たせたくなるのが人間だ。マスターがそこの麦粥を躊躇なくおかわりしたように。いや、思慮不足と責めているのではない。この場合は鷹の魔女の狡猾さを評価すべきだろう」

 

「――えと、つまり、おかわりのキュケオーンには……豚化の呪いが」

 

「初歩的だが有効なトリックだよ。勉強になったかい、マスター」

 

「あだだだっだだだっだあああだああああ!!」

 

立香とホームズのやり取りをかき消すように、キュケえもんの悲鳴が室内に木霊(こだま)した。

かの大魔女の頭には牙が突き立てられている。それも狼王・ロボの偉大なる牙が。

 

「紹介しよう。今後、マスターの食事のサポートをする首無し騎士のヘシアン氏と狼王のロボ氏だ」

 

ヘシアン・ロボ。多くの変化球サーヴァントが住むカルデアの中でも、変わり種なのが彼らである。

なにしろ英霊には届かない霊基の首無し騎士と狼の幻霊を融合させて、無理やり英霊まで格上げしたのだから。

 

「ガウガウッ!!」

「いだだいだだ!! 牙を立てないでくれぇ!! しょーがないだろぉぉ! 美味しいキュケオーンを作るなら豚化の調味料が一番なんだからぁぁぁ!!」

 

立香がキュケオーンを食べようとした瞬間、現れた大きな塊はヘシアン・ロボだった。

彼らは悪の元凶であるキュケえもんを背後から襲撃し、その頭に噛り付いたのである。ロボの体長は三メートルを超えており、口のサイズは人間の頭がスッポリと収まるほどだ。

キュケえもんの頭はロボの口内にあり、シュールな光景が広がっている。

 

「ロボ氏の嗅覚は人間の百万倍、さらに英霊になったことで魔力感知にも長けている。鷹の魔女が証明してくれたように、悪意を食事に盛り込む輩から君を守ってくれるだろう」

 

「これが、ホームズさんの言っていた『マスターの負担を軽減する』対策……?」

 

「その一つと思ってくれたまえ。君の安全事情をヘシアン氏とロボ氏に説明したところ、快く協力してくれたよ」

 

「ガウガウヴォォォ!!」

 

「あばばば! ああっ、身体から光の粒子がぁぁ! 還っちゃう! 座に還っちゃうからやめてぇぇぇ!?」

 

顔のないヘシアンの感情は分からないが、キュケえもんを噛みながらロボは「任せろっ!」と言わんばかりに唸る。

 

初対面の時は、立香を食い殺そうとしていた復讐者が随分懐いたものである。

速攻で絆レベルを上げ変態化するサーヴァントの中でも、ヘシアン・ロボはチョロくなかった。立香を食べようとしても性的に食べようとはしなかった。そのツンぶりが立香には好ましかった。

 

それに悩みの種だった食事を手助けしてくれるのは、本当に有難い。

立香の服は多くのデバフを無効化するよう作られている。そんな彼を攻略するなら、服ではどうしようもない食べ物から攻めるのが常道だ。

 

事実、先日刑に服したフランス組もお菓子に媚薬効果のある薬を混入させていた。

おそらくアレは『愛の霊薬』を使っていたのだろう。名の示す通り、食べた者を愛の虜にする恐ろしい効果を持ち、なおかつ比較的簡単に入手できる礼装である。

魅了スキルを持たないサーヴァント御用達で、何度あの霊薬に狙われたか分からない。

 

他にも立香の食事事情には大敵がいた。

暗殺教団の教主「山の翁」を務めた歴代ハサン・サッバーハの一人、静謐のハサンである。

 

彼女は毒のエキスパートであり、触れた物を毒死させる特異体質を持っている。

幸運か不運なのか、立香は毒無効の体質に目覚めていた。

そして、召喚仕立ての静謐のハサンの能力を知らずに、「よろしくっ」と朗らかに笑いながら握手してしまったのである。あの頃の立香はまだ擦れておらず、サーヴァントと良好な関係を築こうと無駄な努力をしていた。

 

生前から触れるモノを殺すしかなかった静謐のハサン。その生涯は孤独に包まれていたと言う。彼女が英霊になってまで聖杯に願いたかったのが「自分に触れても死なず、微笑みを浮かべてくれる誰かと出会えること」――それをあろう事か、藤丸立香は召喚直後に叶えてしまった。

 

サーヴァント特攻(ハート)スキル持ちによるピンポイント攻撃。そらもうマスターラブ勢一直線ですよ。

静謐のハサンは出会って10秒で『絆レベル10』になった。現在でも破られていない最速レコードである。

 

本来、絆レベル5の時点でベッドに忍び込み「貴方は私が触れても死なない人」と悦びに浸る静謐のハサン……それが絆レベル10になるとエグイことをやり出す。

その一手法が食事に自分の体液(意味深)を混ぜることだ。

触れるだけで死ぬ彼女の体液……青酸カリが裸足で逃げ出すほどの猛毒だ。毒の効かない立香でなければ、ステラさん以外のどんな英霊でも一舐めで即死するだろう。

 

「貴方は私が触れても死なない人。私の××を食べても死なない人……」

 

毒の効かない立香の様子が自分を受け入れてくれる証明となり、言葉にならない快楽を呼び起こす。静謐のハサンの性癖はマスターラブ勢の中でも歪んでいた。

 

愛の霊薬と違って悪影響がないとは言え、食後に「今のご飯には、私の××を混ぜていました。はぁはぁ、やはり貴方こそ私が永遠に仕えるお方」と毎度犯行声明を出される立香の心境は筆舌に尽くし難し。吐き気を催すのはもちろん、壮絶な胃もたれが起こり食欲減退に繋がるのだ。

 

 

媚薬や体液漬けな悪夢の食事から解放される!

立香は心から喜んだ。ヘシアンとロボに抱き着き「ありがとうございます! ありがとうございます!」と涙目で感謝するほどに。

 

「…………」

「アウ゛ォォォォン!!」

声を出せないヘシアンの分までロボは吠える。立香の期待に応えてやる、とヤル気を見せる。

 

ロボは狼だし、ヘシアンは首がないし、自分を性的に襲うことはないだろう。一匹と一人に抱擁しながら、立香の冷静な部分がそう計算した。

 

だが、ちょっと待ってほしい。

ロボは狼だがオスである。ヘシアンも首から上はないが下半身は健在である。よって、一人と一匹は立香の敵になる要素をちゃんと持っていた。

100体ものサーヴァントの襲われ対象でありながら、立香はまだまだ甘い。この世には獣〇を始めとしたアブノーマルな世界がある。どんなに目を覆いたくなるファックな世界でも背けてはいけないのだ。

 

なお、ロボが雄たけびを上げた関係上、キュケえもんの額から牙が抜けた。大魔女は昇天ギリギリのところで倒れ伏し「ちくしょう……次こそは……」と諦めの悪い呟きを残すのであった。

 

 

ちなみにメディアは女装立香のフィギア作りで自室に閉じこもり、キュケえもんはシミュレーター送りになった都合で、立香の依頼したセキュリティ礼装の件は大いに遅れることになった。

立香の受難はまだまだ終わる兆しすら見えない、南無南無。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

~おまけの怪文書~

 

 

 

やあメディア!

3日ぶりだね。元気にしていたかい?

 

なんだい、死人を見る目をして。

まあ、分かるさ。さすがに大魔女たる私も死を覚悟したよ。

 

なにしろ『ライダークラスはびこるワイバーンの森行き』の刑だったからね。

あの竜モドキ共、何度も人の羽を突いてくるわ、突風起こすわで大変ったらないさ。

極めつけはファヴニールっていう悪竜。

おいおい、君の相手はどっかの大英雄だろ、こっち来んな! って最初は逃げるのが精一杯だったよ。

 

でも、ふと気付いたんだ。私は立香君の初めてのサーヴァント。運命の魔女が近くにいないんじゃ、立香君が寂しがる。

立香君を不安にするくらいなら、ワイバーンの恐怖なんてアイアイエー島の砂粒よりちっぽけだ。

 

奮起した私に敵はいない!

どいつもこいつもキュケオーン漬けにしてワイバーンの森をピグレットの森に変えてやった。

もちろん図体のデカい悪竜もね。

キュケオーンは大型エネミーに効かない? うるさい、知ったことか! って気合でピグレットにしてやったさ、どんなもんだい!

 

 

そんな感じで帰還した私だけど、今回の刑罰で色々思うことがあったよ。

立香君の気持ちを無視して、ピグレットにするのは悪い事だ。そう反省した。

 

……ん、なんだい? 何を今更って顔をして。

私と立香君が気の置けない仲なのは周知の事実だけど、まだピグレットする仲までは深まっていない。それは認めよう。

だから、私はもっと立香君との距離を詰めようと思うわけだよ。

 

手段として考えているのは『聖拝戦争』に勝ち抜き、立香君を起こして二人で朝キュケすることだね。好感度上がること間違いなしさ!

ワイバーンの森から帰ってきた私なら十分に聖拝戦争を勝利出来るからね……ある一つの危険要素を取り除けば。

 

メディアも知っていると思うけど、聖拝戦争でやたら私を狙ってくる奴がいるじゃないか。

そうそう、真っ黒なドレスを着たアーサー王。

あいつったら戦争に勝つより私を落とすことに全力を尽くすんだぜ。冬木でピグレットの丸焼きにしたのを、座に戻ったくせに何となく覚えているみたいだ。あーやだやだ、オルタな連中の陰気さはどうにかならないかな。

 

とは言えだ。私は大魔女、器の大きさを示そうじゃないか。

これから黒いアーサー王の部屋に行って、詫びキュケしてくるよ。それで関係改善さ。

 

えっ? 詫びキュケに使うキュケオーンに豚化の呪いは入っていないか、だって?

あははは。もちろん()()()()()()

 

――なんだい? 頭バーサーカーを見る目をして。

しょーがないだろ。美味しいキュケオーンを作ろうとしたら、なぜだか豚化の呪いがくっ付いてくるんだ。不思議だね。

 

まあ、ちゃんと対策は考えているよ。

どうして私がメディアの部屋に来たと思う……ふっふふ。さすがは妹弟子、察しが良いじゃないか。

君の『ルールブレイカー』をちょっと貸しておくれよ。

 

陰気なアーサー王だって美味しいキュケオーンを堪能し、豚になってもすぐ元に戻せば今までのいざこざを流してくれるだろう。

うん、我ながら完璧な作戦じゃないか!

 

……えっ? 豚にされた挙句に短刀で突かれようとしたら、きっと怒る?

 

メディアは心配性だな。大丈夫、大魔女とは思えない付き合い易さが私のアピールポイントだからね。

笑顔でキュケオーンを勧め、笑顔でルールブレイカ―すれば、何の問題もない。

 

そういうことで、君の宝具を貸しておくれ……うん、ありがとう!

 

って、おいおい、別れを惜しむ目は止めてくれないか。今生ってワケじゃないんだからさ。

すぐに事を終えて帰って来るよ。

 

じゃあね、メディア―――

 




ここまでお読みいただきありがとうございます。

一話と二話は、藤丸立香の現状を説明するための導入回なので退屈だったかもしれません。

三話からはギアを上げて、派手に盛り上げていきます!


と、いうことで。

第三話『藤丸立香と人類悪とデンジャラス・ビースト』へ続く。


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第三話:藤丸立香と人類悪とデンジャラス・ビースト①

もう前後編と見せかけて中編挿入の詐欺は止めたいので、表記を変えました。
これで無限に一話を続けられるわけですよ……とは言え、出来るだけ少ない区切りで終わらせます(終わらせるとは言っていない)


なお、第三話にはFGO第一部の重大なネタバレが含まれています。ご注意ください。



「子イヌ~! なんで逃げるのよ、せっかくリサイタルを開いてあげるのに! 今日は特別にカボチャの料理もあるのよ~!」

 

「無理です! 今日はアレです! て、定期検査的なものがあって食事制限と音楽制限があるんです!」

 

「なによそれ! 聞いてない!」

 

「せっかくのお誘いですけど! そういうわけなんですんません!」

 

「怪しい……ちょっと止まりなさいよ。話はじっくり詳しく訊くから!」

 

「いいぃ、だから無理ですって!」

 

今日も今日とて藤丸立香はカルデアの廊下で鬼ごっこに興じていた。本日の鬼はエリザベート・バートリー。曰くつきの史実を残す反英雄の若かりし姿だ。

アイドルになる夢と致命的な歌唱力、そして不遜な性格から『カルデアのジャイ〇ン』と立香は心の中で名付けていた。

 

なりふり構わないバーサーカークラスや、移動力に富むライダークラスのサーヴァントに比べれば、エリザベートは楽な相手だ。

立香本人の自覚は薄いものの、身体能力だけで言えば彼は人外レベルに足を突っ込んでいる。

 

その証拠に、第三特異点・オケアノスで行われた大英雄・ヘラクレスとの追いかけっこ。エウリュアレを抱えてヘラクレスを特定の場所まで釣らなければならない――難易度ベリーハードなミッションを立香は普通に完遂してみせた。

 

想定以上にヘラクレスが暴れたことで遅延攻撃役のサーヴァントたちが蹴散らされたり、エウリュアレを狙っていたはずのヘラクレスがサーヴァント特攻(ハート)さんの影響で立香にゾッコンになったり……トラブル目白押しだったが、立香は持ち前の脚力で勝利したのである。

 

生前からヘラクレスを知る純潔の狩人は、大英雄を寄せ付けない速度で走る立香(女神所持)を見て「ないわ……」と茫然自失になったという。

なお、長時間立香の脇に挟まっていた女神は絆レベルを『6』にした。

 

そんな立香がジャイ〇ン程度に負けるはずがない――と、言いきりたいが……

 

「子イヌ~、(アタシ)の歌を聴いて感極まって専属マネージャーになりなさぁい!」

「子イヌ~、今回はパンプキンパイも作っているからいらっしゃい! 変な物は入ってないから」

「子イヌ~、クエストが終わったら(アタシ)と宿屋に泊まって一晩過ごすわよ!」

 

エリザベートはノーマルと魔女と勇者の三体に分裂していた。目立ちたがり屋な彼女はクラス適性を増やす癖がある。しかも増産分は召喚せずとも勝手知ったる何とやらでカルデアに居着くので、厄介な居候と大差ない。

 

「三人に勝てるわけないだろ!」の名言があるように立香はエリザベート×3に追い詰められていた。

 

 

 

「先輩! こっちです!」

そこへ救いの女神ならぬ救いの後輩の声が!

 

「っ!」

有能な立香の身体は即反応した。脳の指示を待たずに声のした部屋へ飛び込む。立香がジャンピング入室した直後、扉は閉められロックされた。

 

「子イヌ~? あれどこに行ったのよ?」

「こっちじゃない」

「いや、あっちでしょ」

「とにかく追うわよ~」

 

エリザベートたちの気配がだんだん遠ざかっていく。

 

「…………行ったか」

床に耳を当て、足音が小さくなっていくのを確認して立香は呟いた。

 

「ご無事ですか、先輩」

「ああ、助かったよ。ありがとう」

 

体勢を整え、部屋主のマシュに礼を述べる。

 

マシュ・キリエライト。

元は人間で、とある事故によって英霊と合体したデミ・サーヴァントだ。

多くのサーヴァントが英霊の座から召喚され一時的に協力しているのに対し(なお、絆レベル10勢は永久的に協力する心意気)、マシュは存命で魔力供給が無くても消滅することはない。

マスターガチ勢は認めないだろうが、藤丸立香の正式なサーヴァントはマシュだけである。

 

「毎日襲われて心中お察しします。私が先輩の盾となってサーヴァントの皆さんから守りきれれば良いのですが」

己の力の無さを悔やむように、顔をしかめる後輩。

 

マシュは自身に宿る英霊の真名を知らず、サーヴァントとしての力を存分に発揮することが出来ない。中途半端なデミ・サーヴァントと、聖拝戦争と素材狩りの刑の周回で霊基フル強化したマスターガチ勢。対立すれば、どちらが勝つか考えるまでもないだろう。

 

実際、そうなった。

第二特異点を修復した後、マシュの霊基は強化された。上がった力に勇気づけられ、彼女は発情サーヴァントから立香を守ろうと立ち向かい――そして、為す術なく敗れたのである。

ヒナ鳥が成鳥になったところで、ドラゴンに勝てるわけがない。マシュはガチ勢との力の差を嫌と言うほど思い知った。

 

「こうやって助けてくれるだけで十分だよ。本当に感謝している。やっぱりマシュは俺にとって『()()』だね」

 

「ほ、褒め過ぎです……私なんてまだまだ」

 

「自分を貶めなくていいよ。マシュはサーヴァントになって日が浅い。今は未熟かもしれないけど確実に強くなっている。それは俺が保障する。真名だってそのうち思い出すだろうし、焦らず、しっかり成長していこう」

 

「は、はいっ! お心遣いありがとうございます! 先輩!」

 

立香の優しいフォローにマシュは嬉し恥ずかしで縮こまった。

 

歯の浮く台詞をキメ顔で吐く立香。これが普通のサーヴァントなら、絆レベルが一つか二つ上がっただろう。だが、マシュの絆レベルは……

 

 

 

『絆レベル3』

 

よし、いいぞ。

立香は内心ほくそ笑んだ。

 

「マシュは俺にとって特別」、その言葉に嘘はない。

マシュはサーヴァントでありながら絆レベルの上がり方が人間と同じ……いや、人より渋いくらいだ。どんなに甘い雰囲気で告白めいた言葉を垂れ流しても変化しない。マシュこそ立香にとっての安全地帯であった。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

藤丸立香がマシュ・キリエライトに抱く想いは複雑であり、時期によって大きく異なる。

 

まずは、初対面。

カルデアに到着して早々に立香はマシュと出会った。

 

「あまり特徴的な自己紹介にはなりませんでしたが、よろしくお願いします、先輩」

 

なんだ、この子は……

 

会った直後で即「先輩認定」、さらにこちらを慕うような口ぶり。驚くほどフレンドリーだ。

これが駅前だったりアーケード街なら悪質のキャッチセールスかと警戒するところである。

 

しかし、悪くはない。

立香の学校ではお目に掛かれない美人。締まるところは締まり、出るところは強烈に出ている体型。あざとさすら感じる性格の良さ。おまけに眼鏡のアリとナシを両方堪能出来る親切仕様。

 

男の理想がそこにはあった。

思春期の立香がこれからのカルデアライフを妄想し、その中に恋仲になったマシュを登場させたのも無理からぬことだろう。

 

「では、中央管制室に案内します」

カルデアに不慣れな立香のためマシュが案内役に名乗りを上げた。

 

ほんま、ええ子や。

立香は胸をときめかせ――「おっと」

けれど長年の経験から魔眼を発動させた。

 

「あっ、この子。俺に惚れてんじゃね?」と勘違いして痛い目に遭うのは男の通過儀礼である。すでに通過済みの立香は、気になる異性がいれば魔眼使用、と心得ていた。

果たして、先を行くマシュの背中に浮かび上がった結果は。

 

『絆レベル0』

 

なっ、なんだと?

立香の見立てでは『絆レベル2』はあると踏んでいた。学校のクラスメートレベルである『2』。出会って間もないが、マシュの柔らかい受け答えから計算した確かな値であった。

 

それが『絆レベル0』だとっ!?

 

絆レベル0は初見も初見。

「はじめまして」「こちらこそはじめまして」で脱するくらいの最低値である。長々と会話したマシュならとっくに卒業しているレベルだ。それなのに『0』。

 

み、見間違いじゃ……ないよな……? 

立香は、前を行く後輩に恐怖した。

 

 

 

 

だが、恐怖は人理焼却の前に一旦消え去る。

 

命辛々で切り抜けたファーストオーダーの『冬木』。

突然の大ピンチを新米サーヴァントと新米マスターは共に力を合わせ生き延びた。

『吊り橋効果』と言うものがあるが、立香としては『地上74m電流鉄骨渡り効果』ほどの劇的な体験をした。心臓は何度も飛び跳ね、自分を死守するマシュにときめき放題だった。

 

「ありがとう、マシュがいたから何とかなった」

「いえ。お礼を言うのはこちらの方です。先輩の励ましが私を何度も支えてくれました。本当にありがとうございます」

 

初めてのオーダーから帰還し、立香とマシュは抱き合った(*健全な意味です)。互いの無事を確認したら自然とそんな行為に及んでいた。傍らで初召喚したキュケえもんが不平不満を叫んでいたが、そこは無視で。

 

絆レベルが『4』……もしかしたら『5』に達するのでは、との手応えを立香は感じていた。これで『2』とかならマシュと上手くやっていく自信がなくなる。

 

まあ、心配は杞憂に終わるだろう。

なぜなら――

 

「先輩、特異点を全て修復するのは苦難の連続で大変だと思います。でも、先輩とならきっと出来る。私は信じています」

抱き合う格好で立香の胸に額を当てる後輩。気弱そうで芯のある盾のデミ・サーヴァントは照れながら言う。そこに確かな絆を感じる。

 

「ああ、俺とマシュならやれるさ!」

立香は安心して魔眼を発動し、マシュを見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

『絆レベル1』

 

 

立香は人間不信になった。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

あれから何度も死ぬような出来事を潜り抜けてきた。日本に居たままでは絶対に経験出来ない死線を乗り越えてきた。

その度にマシュと喜怒哀楽を共有してきた。

 

なのに、なのにである。

 

第二特異点セプテムを修復した時点で、マシュの絆レベルは『2』。

「おっす」「うぃ~す」と軽く挨拶し合うクラスメートレベルである。あれだけの困難を超えてなお、自分とマシュは教室がたまたま同じだった程度の仲なのか。

 

もしやシールダークラスとは心を簡単に許さないお堅いメンタル持ちなのか……マシュ、恐ろしい子ッ!

 

立香はマシュから距離を置いた。小特異点修復の際にマシュをメンバーから外し、ゲオル先生を投入したのも後輩との信頼関係が崩れていたためである。

 

怖かったのだ。

「先輩! 先輩!」と親愛を以て接してくるのに、絆レベルをピクリとも動かさない後輩が怖くて仕方なかったのだ。

 

 

 

それから時は流れ――

第四特異点『ロンドン』を修復した今、立香の心境には変化が起こっていた。

 

現時点でマシュの絆レベルは『3』。放課後一緒に遊ぶ友達レベルだ。

友達……良いじゃないか! こちらの貞操を狙う絆レベル10勢と比べればずっと良い!

 

立香は疲れていた。サーヴァントたちの実力行使を伴う求愛行動に心底疲れていた。

九死に一貞の毎日を過ごす彼にとって、いつしかマシュは癒しになっていた。

 

マシュは変わらない。変わるとしても特異点修復レベルの大イベントがなければ変化しない。

きっと彼女の心は強烈な刺激しか受け入れないのだろう。

日常のささやかなやり取りでじんわりと仲を深めていく――意識高めの大人な恋愛を切り捨て、ひたすらドラマティックを追究する主義か宗教に入っているのだろう。

 

それもいいさ。

甘いマスクで甘い言葉を吐いても微動だにしない、まさに不動明王の如き後輩。その姿勢が立香にリラックス効果を与えてくれる。

 

「マシュ。今日の昼って時間ある?」

 

「はい。空いていますが」

 

「じゃあさ、一緒にランチなんてどうかな? 最近、とても優秀な食事サポート係が付いたおかげで、気楽にランチを取れるようになったんだ」

 

「先輩と……は、はい! マシュ・キリエライト。お供します!」

 

「どう聞いても友達以上だろ!」の会話を行ってもマシュの絆レベルは相変わらず『3』。

立香はマシュの顔(に書かれた絆レベル)を見て、幸せそうに微笑むのだった。

 

 

 

 

 

藤丸立香は人類最後のマスターであり、人理の守護者・サーヴァントの獲物である。

前世でどんだけの悪行を重ねれば辿り着けるのか見当もつかない、そんな不幸な星の下に生まれた子である。

 

だから、彼に幸せは似合わない。

 

 

 

 

「……フォウ」

 

藤丸立香の後輩(しあわせ)を壊すべく、人類悪が動き出そうとしていた。

 



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第三話:藤丸立香と人類悪とデンジャラス・ビースト②

先に謝罪します。
マシュファンの方、誠に申し訳ありません。


人類悪。それは人類史の淀みであり汚点。人類の自殺機構とも称される災害である。

尊大な名に誇張はない。単独で人類を滅ぼし、世界を終わらせる最強最悪の獣だ。

 

そんな獣が、カルデアに紛れ込んでいる事をほとんどの者は知らなかった……

 

 

「……フォウ……フォォォウ」

カルデアの無機質な廊下。小動物が曲がり角から顔だけ出している。

真っ白な毛並みに小さな身体。見る者によって犬とも猫ともリスとも呼ばれる、摩訶不思議な生物だ。

 

世話人のマシュが「何となく頭に浮かびました」で付けた名前は『フォウ』。

だが、本当の名は『キャスパリーグ』、人類悪の一体『比較』の理を持つビーストⅣ『キャスパリーグ』である。

 

キャスパリーグことフォウは人間の悪い感情に感化されて、姿を大きく変える。

嫉妬、愛憎、嫌悪。誰もが持つネガティブな心が、フォウを危険な生物へと変えていく。

一つの村でフォウを生活させれば、多くの時を待たず醜悪な獣によって村は滅ぶだろう。

 

仮にだ――どこかの並行世界に、普通の『藤丸立香』と彼を健気にも守る『マシュ・キリエライト』がいた、とする。彼と彼女は王道的な物語を歩んで最終的に魔術王を打倒した、とする。

きっとその冒険譚は美しく清々しい軌跡を描くことだろう。

醜い姿に変わり果てる筈だったフォウが、変わることなくいられるほどに。

 

しかし、それはあくまで仮の話。

サーヴァント特攻(ハート)さんが猛威を奮うカルデアにおいて『美しい』や『清々しい』は全て遠き理想郷となっている。

フォウの変化を止められるモノはない。

かと言って、テクニシャンで知られるサーヴァント特攻(ハート)さんが安易にフォウを人類悪へと導くだろうか。

――否である。

 

『変わらないまま』か、あるいは『醜悪な人類悪へと変わる』。

 

二者択一の未来しか持たない、と思い込んでいたフォウの中で第三のナニかが生まれようとしていた。

 

 

「……フォウ……フォォォウ」

フォウは廊下の陰からじっと見ている。

 

 

「子イヌ~! 待ちなさいよぉ!」

 

「だから無理ですって!」

 

エリザベート×3が追い、藤丸立香が逃げる。彼女たちと彼の攻防をフォウは観察していた。

 

「フォウ……」

 

最近のフォウの頭は藤丸立香一色になっている。正確には、『立香がサーヴァントたちに襲われる』――それを鑑賞することに夢中となっている。

 

「フォフォウ? フォフォォ?」

何だろうか、この静かでありながら熱い高揚は。

自分でも分からない感情にフォウはドハマりしていた。それこそ立香のレイ〇未遂現場を一日三回は目撃しないと、欲求不満が溜まって眠れなくなるほどに。

 

フォウは雑食である。様々なジャンルを食わず嫌いすることなく腹に収める。

たとえば――

 

「マスター! 一に筋肉、二に筋肉! 人理修復の鍵を握るのは鍛え抜かれた身体なのです! 私の計算に間違いありません! さあ、服を脱ぎ去って共にトレーニングです!」

暑苦しいスパルタ王との筋トレ。無論ただのトレーニングでは済まず、スパルタ王は「サポートしますぞ!」との名目で肌と肌との触れ合いを強要してくる。セクハラってレベルじゃねぇぞ!

対して立香は話術と体術を駆使し、回避に全力を尽くす。二人の身体的・頭脳的攻防戦は見応えしかない。

 

 

「護衛の褒美ですか……? しかし、僕は任務を全うしたまでで……はぁ、主殿がそこまでおっしゃるなら茶器を所望します。先日、信長殿の収集物を目にする機会がありまして、僕も集めてみようかと。いえいえ、曜変天目茶碗のような高価な物は望みません。今、主殿が手にしている湯飲みを頂戴したく存じます。ああ! 洗わずとも結構。飲み残しがあれば尚よろしいです」

スパルタ王のような直球も良いが、風魔忍者のような変化球も好物だ。震える手で自分のコップを手渡す立香、何物にも勝る忠義の証を受け取り光悦に浸る忍者。素晴らしい主従関係にフォウの身体が歓喜で疼く。

 

 

「ねえ、おかあさん。わたしたちね、おかあさんの中に帰りたいの。でも、それよりおかあさんになりたくなっちゃった。おかあさんの種をもらって、わたしたちもおかあさんになる」

立香に関する事ならサイコ物だって大歓迎である。

闇しかない言葉をロンドンの切り裂き魔から受け取った際の立香の反応ときたらどうだ。内股になって股間を守りつつ後退する挙動は、四足歩行を無理やり二足に変えてスタンディングオベーションを取りたくなる。

 

 

どのやり取りも(おもむき)があって愛おしい。しかも毎日複数回公演してくれるので、藤丸立香ウォッチャーとして最高の環境である。

 

 

「フォ、フォフォォォウ!! (特別意訳:人間って面白(おもしろ)!!)」

 

立香を狙うサーヴァントたちの肉食めいた表情が、顔面を恐怖で染めながらも逃げ惑う立香のへっぴり腰が、フォウには新鮮だった。

『美しいか、醜いか』の二択でしか物事を見られなかったフォウに、藤丸立香の周辺で起こるイベントは第三の感覚を呼び起こす。

フォウは日に日に増していく名状しがたい感情を持て余していた。

 

 

 

 

立香がマシュの助けによって、エリザベート×3の追跡を撒いた。残念、今回はここまでかとフォウが溜息をついたところで。

 

「ほう、獣風情(ふぜい)が倒錯的な行為に耽るではないか。貴様には過ぎた感情だが、目覚めたのならば祝福してやるのも一興よ」

 

「フォゥゥピカッチュ! フォフォウ! (特別意訳:金ピカッ!? 突然出てきて目に悪いんだよ!)」

 

いつの間にかこちらを見下ろすように英雄王・ギルガメッシュが立っていた。金色に逆立つ髪と金色の甲冑。ゴージャスな装いが、古代バビロニアの宝物庫の主である事を物語っている。

 

「己が役割を放棄し、引きこもっていた獣だからこそ至ったのかもしれんな。人類悪とはすなわち『人類【が】滅ぼす悪』、見方を変えれば人理を守ろうとする願いそのもの。なるほど、『人類愛』に通ず獣なら、辿り着くべくして辿り着いた感情よ」

 

「フォフォウ! フォビロニア! (特別意訳:毎度意味深な口を叩きやがって! 面倒くさいんだよ、バビロニア野郎!)」

 

「ふん、美醜の物差ししか持たぬ獣では分からんか。(オレ)が新たな見識をもたらしてやろう。貴様の胸に去来するモノ、それは『愉悦』だ」

 

「フォェツ? (特別意訳:ゆえつ?)」

 

愉悦。聞き慣れない人間の言葉。しかしながら、スッと腑に落ちる。

そうか、この高鳴りは愉悦なのか……

コクコクと首を縦に振って、言葉を咀嚼するフォウ。ビーストが意図せぬ進化へ舵を切ったことに、カルデア三大部活動の一つ『愉悦部』の部長ギルガメッシュは口元をニヤリと歪めた。

 

「だが……所詮は獣よ。真なる愉悦までは届いておらん」

 

「フォォ?」

 

「今の貴様は天に向け口を開き、いつか降ってくる愉悦を待っているに過ぎん。随分な阿呆面ではないか、物乞いも同然よな」

 

「フォフォゥゥ! フォヌゥマエリフォ! (特別意訳:万年慢心敗北者が……っ! 取り消せよ、今の言葉!)

 

「怒りに駆られる程度の覇気があるなら、家畜ではないと証明してみせよ。真なる愉悦を得るには――」

 

ギルガメッシュ部長による熱血指導。これによってフォウは新たな階段を昇り出し、ついでに『愉悦部』は部のマスコットを獲得するのであった。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

立香が慎重に辺りを確認し、身を隠していたマシュの部屋から出てくる。二人は短い言葉を交わして別れた。

去っていく立香の背中を廊下に出て見送るマシュ。表情は寂しそうであり、どこか苦悩が垣間見える。

 

この隙を狙い、フォウは開いたドアからマシュの部屋に侵入した。

 

――想像通り。

 

部屋は主の性格を反映してか質素なものだ。物は少なく、片付いている。

これが他のサーヴァントの部屋なら、立香の写真やグッズやティッシュで埋め尽くされているだろうに……

 

「フォ~~。フォフォフォフフ (特別意訳:いけないなぁ~立香君の正式サーヴァントでありながら、彼色に染まっていないなんて)」

 

だが、だからこそ育て甲斐がある。

 

ギルガメッシュ部長の教えによると、真なる愉悦は『己の台本に合わせて獲物を動かし、罠にハメる』こと。成し遂げた(あかつき)に得る快楽は無類だそうだ。

これには目から鱗である。

普通の愉悦だけでも大歓喜なのに、自分でプロデュースした罠に立香が引っかかったとしたら……

「フォルルル」想像しただけで悦びが全身を回り痺れてしまう。

 

立香を罠に掛けよう。それも最高の罠がいい。どんな罠が良いだろうか……?

 

フォウは小さな頭で頑張って考えた。

そして――「フォティン! (特別意訳:ティンときた!)」

 

立香が最も信頼する者を襲撃者に変貌させるのはどうだろうか? 

 

まさに悪魔的、いや人類悪的思考である。

 

思い立ったら即行動。フォウは準備を整えると、マシュの部屋に忍び込んだ。

 

部屋の様子を見るに、マシュはまだ性犯罪者化していない。

しかし、彼女はデミ・サーヴァント。サーヴァントの因子を宿す限り、必ず立香のスキルの影響を受けているはずだ。

 

愉悦(くさ)ってもビーストⅣなフォウさん。立香がサーヴァントを魅了するスキル持ちだと感覚的に見抜いており、またマシュの中でスキルを阻害するナニかがあるのにも気付いていた。

 

 

「あっ、フォウさん?」

マシュが自室に戻ってくる。先ほどまでいなかったフォウがベッドの上にちょこんと載っている事に、彼女は小さく驚いた。

 

「フォフォフォウ」

フォウはマシュに突っ込んで、器用に彼女の肩へと身を移す。

 

「どうしたんですか、フォウさん? 何やらご機嫌なようですが?」

 

「フォフォフォ~? フォディオフォ (特別意訳:そりゃ今から君を堕とすと思うと、最高にハイッてやつだ)」

 

「もしかして私を慰めてくれるんですか? ありがとうございます」

 

マシュは小動物相手にも丁寧に接する。誠に人間の出来た少女だ――故に堕落した後に想いを馳せるとワクワクが止まらない。

 

「私、先輩のお役に立っているのでしょうか……?」

フォウを載せたまま、マシュは力なくベッドに腰かけ悩みを打ち明けた。言葉が伝わっているとは思っていないだろうに、それでも誰かに聞いてほしくて彼女は胸の内を吐露する。

 

「私なんかいなくても先輩には力強いサーヴァントの皆さんがいます。宝具もまともに使えないデミ・サーヴァントは足手まといになるだけで、逆に先輩を危険に晒すのでは……そう思ってしまうんです」

 

マシュが自身の存在価値を見失ったのは、ここ一カ月の出来事が原因だった。

 

小特異点修復の際にレイシフトメンバーから外されたのがまず一点。あの時は「マシュもたまには休んだ方がいい」と立香に言われての事だった。ショックだったが自分の身を案じての提案だと、疑いの心を何とか押し込めて納得した。

 

だが、第四特異点ロンドンでの最終決戦。ついに現れた七十二柱の魔神を統べる魔術王との戦いで、マシュのアイデンティティは崩壊した。

魔術王はソロモンと名乗り、ラスボス特有の大仰な台詞回しで目的を語り、力を示してみせた。

 

「助けを請え! 苦悶の海で溺れる時だ! はっはははははは!!」

 

四柱の魔神を従えたソロモンは圧倒的だった。

「イイゾ! イイゾ!」と馬鹿にしたような声で防御力低下のスキルを発動し、マシュが唯一拠り所にする『守りの力』を削いでいく。

さらに全体範囲の魔術を連発し、ロンドンで出会ったサーヴァントたちを瞬く間に一掃した。

金時や玉藻の前は出会ったばかりなのに即退場である。扱い方が雑過ぎやしませんかねぇ?

 

「そら見た事か。ただの英霊が私と同じ地平に立てば、必然、このような結果になる」

 

「っ……こうなったら……せめて、先輩だけでも――」

 

ソロモンの影響で力場が不安定となり、レイシフトが出来ない状況。マシュは立香の盾として殿(しんがり)を務める覚悟を決めた――が。

 

「大丈夫さ、マシュ。思ったより大したこと無い。初見は手を抜いてくれるなんて、大ボスの鑑ってやつだな」

 

立香は平然としていた。やせ我慢ではない、見慣れたヒエッ顔ではない涼しい面持ちだ。

 

「あ? 何? 今の全力――じゃないみたいでホッとしたぜ。俺の槍が英霊髄一だって所を坊主に見せねぇといけねえからよ」

 

「ふっ、オリジナルの癖に早々屈するとは玉藻地獄に堕とすまでもない。ご主人、派生作がオリジナルを超えていく様をポップコーン片手に見守るが良い」

 

「奇天烈な君の発言の中で、今のは珍しく同意だ。派生だろうが贋作だろうが、研ぎ澄ませば本物を超えることもある。さて、英雄譚なら一度手痛い敗北を味わうのがセオリーだが。別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」

 

「み、皆さん……」

マシュは改めて周りを見回した。やられたのはロンドンで会ったサーヴァントのみでカルデア所属の者たちはまったく(こた)えていない。悠然と得物を手にソロモンを見据えている。

 

「なにぃ、格の低い英霊の分際でその余裕。さらに劣る人間が私を『大したこと無い』だと――人類最高峰の馬鹿か、貴様」

 

立香たちを『見るに値しないモノ』と認識していたソロモンの目が初めて明確な感情を持つ。侮蔑に対する怒りという感情を。

 

「あっ、すみません。悪気はないんですけど……あなたを前にしてもカルデアで生活するほどの危機感を持てないんで。だから、ちょっと安心しました」

 

せ、先輩!? 果てしなく相手を侮辱してますよ! とマシュが突っ込むより早く。

 

「死ね、人間」

魔術王の攻撃が立香に向けられた。魔力で刃を形成し放ったのだ。

 

速いッ! 間に合わない! 先ほどの全体攻撃でマシュは負傷していた。立香の矢面に立ち、盾を構えねばならないのに足が鈍い……

 

「せ、せんぱぁぁぁい!?」

叫んでどうにかなるものではない。それでもマシュは声の限り叫んでいた。

 

「っと――」

 

「えっ?」

叫びは次の瞬間、マヌケな声に変わる。人間が魔術王の攻撃を当然のようにバックステップで避けたのだからそんな声も出る。もちろん、魔術王の刃は肉眼で捉えきれぬスピードだ。普通なら撃たれたことも分からず絶命するはずなのに。

 

「仕切り直しだ! エミヤは柱に向けて遠距離攻撃。キャットはソロモンに肉薄して本能重視で暴れれば良い。アニキは中間距離から嫌らしく牽制を。スキルと宝具のタイミングは追って指示を出す! 勝てる戦いだ、気楽に行こう」

 

魔術王からのダイレクトアタックに特別な感慨を抱くこともせず、立香は矢継ぎ早に指令を出し始めた。サーヴァントたちは忠実な動きで獅子奮迅に活躍し、ソロモン王へ確かな脅威を与えていく。

 

「なんだお前たちは……ヨクナイゾ! ヨクナイゾ!」

霊基フル強化のサーヴァントによる疾風怒濤の一斉攻撃。さすがのグランド・キャスターであろうと防戦一方となる。また、的確な場面で立香の指示が飛び、ソロモンのデバフやチャージ攻撃を潰していく。

追い詰められた魔術王は当初四柱だけ出していた魔神柱を二倍、三倍に増やし抵抗するも焼け石に水。鍛え抜かれたガチ勢の勢いはまったく緩まない。

 

最終的に――

 

「私はおまえたちなどどうでもいい。ここで殺すも生かすもどうでもいい。わかるか? 私はおまえたちを見逃すのではない。おまえたちなど、はじめから見るに値しないのだ(震え声)」

大層な捨て台詞を吐いて、ソロモンは尻尾を巻いて逃げて行った。

 

「お疲れ様、みんな――あっ、マシュもお疲れ」

激戦を制した立香がサーヴァントやマシュに労いの言葉を掛けていく。

 

お疲れ……いえ、私は何も出来なかった。先輩を守ることも、戦いに参加することも……

自分と他のサーヴァントの間に越えられない溝があるのは承知していた。しかし、これほど広く深い溝だったとは……

マシュは盾の後ろに隠れ、無力さに耐えられず悔しさの涙を流した。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

「他のサーヴァントの方とは違い、私の霊基は訓練をしても強化されません。こんな私に存在価値なんてあるのでしょうか……?」

思い出すと、また涙が溢れてくる。

どうして自分はこんなに中途半端なのだろうか。このままでは人理修復の大任から外されてしまう。いや、それよりも立香の正式サーヴァントである事が名ばかりになってしまう。

 

なんと幼気(いたいけ)な後輩だろうか。彼女の気持ちを知れば、誰もが同情を禁じ得ない。

 

――だがしかし。

 

「フォ~~。フォフォフォーー! フォフォフォベェ (特別意訳:泣かないで、存在価値はあるって。ほら、ボクと契約して肉食サーヴァントになってよ)」

少女のセンチメンタルな心なんぞ人類悪のフォウさんには関係ない。

 

 

 

格別の愉悦を味わうため! フォウさんの野望が、ここより始まるのだ!

 

初手は軽めのジャブから。

フォウさんはマシュの膝に一枚の写真を置いた。

 

「――えっ? これは?」

 

マシュの目が大きく開く。写真には立香の水着姿が鮮明に映っていた。地味な海パンが大事な部分を覆っているが、他の部分は瑞々しくも洗練された地肌が光り輝く。オケアノスの某島で撮られた星4レアな一品だ。

 

「フォフォ。フゥフゥ~」

フォウさん、人語の理解出来ない畜生ムーブでマシュの質問をスルー。

 

「どこから持ってきたのか分かりませんが、こんな写真があるなんて……」

 

写真はフォウさんがゲオル先生の部屋からくすねた物だ。聖人の先生は後から召喚されるサーヴァント用に同じ写真を何枚もストックしている。なお、マシュには刺激が強いという事で写真の多くは配布されていなかった。

 

「せ、せんぱいの……はだか。こんなにお腹を割ってたくましい……はぁふぅ」

 

「フォ~~ウ、フォウ(特別意訳:良い目をしている。将来性を感じる目だ)」

 

やはり見立ては間違っていなかった。

人類悪アイの分析によると、マシュの中に感情制御のためのストッパーが存在している。おそらく彼女と融合したサーヴァントが施した措置なのだろう。

 

 

ここだけの話だが――

 

レフによるカルデア爆破の際、マシュは瓦礫に挟まれ最期の時を迎えようとしていた。彼女を助けようと一生懸命な立香だが、(この時は)ただの人間にどうにか出来るものではない。

マシュが落命しようとした、まさにその時。

盾のサーヴァントが彼女の命を救うべく融合を試みた――と、傍らにいる少年を見て盾のサーヴァントは恐れ慄いた。

 

あ、この子、アカン奴や!?

 

少年がヤベェスキルを所持している。このままの流れだと、少女のマスターはこの少年になるだろう。

えっ? ダメでしょ? 今の今まで普通の人間だった少女が、ヤベェスキルの影響を受ければ狂ってしまうぞ。シールダーを秒で卒業してバーサーカーになるぞ。

 

盾のサーヴァントは一考し、スキルの影響を受けないようマシュの中に壁を作った。

性感を遮断するように立ちはだかる壁は、マシュを一種の不感症にしたものの、絆の過剰投与から心と頭を守った。

まあ、劇的な刺激を受けた場合には壁に亀裂が入り、僅かばかり絆の流入を許してしまうが……

 

 

「フォフォウ」

目下、フォウさんがやるべきは盾のサーヴァントの置き土産をぶち壊すことだ。そうすればダム決壊の如く、溜まっていた絆が氾濫(はんらん)する。マシュはサーヴァントの中で立香と過ごした時間が一番長い。絆の貯蓄分は相当なものになるだろう、壁崩壊後すぐ絆レベル10になるに違いない。

 

「フォフルル~。フォッフォフォ~ウンゥ (特別意訳:お客様、次の品でございます)」

マシュには性欲直撃のオカズをどんどん与え、反応を観よう。

 

続いてフォウさんが持ち出したのは、立香の寝顔写真だった。行軍疲れで深い眠りに入った彼を、ゲオル先生が激写した星5レアな物だ。

ただの寝顔なら高レアまでは行かないが、この写真の美点は立香の表情にあった。

偶然にも立香が口を尖らせ寝息を吐いている。しかもドアップで、寝顔のため目は閉じている――すると、まるで『キス待ちの表情』に見えるではないか。これはポイント高いですね!

 

「せんぱいが、私をさそっています! 一大事です!」

さっきまで力不足に嘆いていた少女の面影はどこへやら。マシュは過呼吸気味で写真を注視する。絆レベル3とは思えない喰い付きっぷりからして、もう壁に亀裂が入っていそうだ。

 

壁を壊すだけなら、アンダーグラウンドで流行りの『立香本』を持って来ればいい。しかし、アレは18禁である。どんな時代に行こうと頑なに禁酒するマシュには些かハードルが高い。

 

「フォフォッフォフォ~! フォッフォフリュル~ (特別意訳:大きくなぁれ、大きくなぁれ、でも焦らなくていいんだよ)」

 

短期間での強烈な刺激は壁以外の部分まで壊し、精神崩壊に繋がる恐れがある。故に最初は刺激の弱いものから始めて、マシュを慣らさなければならない。

 

名将フォウ、期待の新人に対して長期的視野の育成プランを取る構え。獣とは思えないクールな判断に、千里眼や隠しカメラで様子を窺う愉悦部の面々もニッコリである。

 

「先輩! お許しください!」

意を決したマシュが寝顔写真に顔面から突撃した。写真相手にキス、マスターガチ勢なら誰しもが通る道だ。

 

「フォフォ」

フォウさんは少女が女に変わっていく様を温かく見守った――と。

 

「――くっ!? う、う、ああああああっ!? かはぁああ!!」

 

「ファッ!?」

突然、マシュが苦しみ出した。あまりに藻掻(もが)くのでフォウさんは彼女の膝から退避する。

 

「いいやあああああああ!? せぇぇんぱいいいいいっ!?」

 

この狂乱、尋常ではない。マシュに何があったんだ――あっ!?

オロオロするフォウさんの頭に、一つの可能性が浮かび上がった。

 

フォウさんは人類悪なる厄災の獣であるが、今は四足歩行の小動物スタイルを取っている。そんなフォウさんが写真を持ち運ぶとなったら、どのようにするだろうか?

 

そう、口にくわえるしかない。必然、フォウさんの唾液が写真に付いてしまう。

 

マシュは不運にも唾液部分にキスしてしまったのだ。人類悪の因子が含まれる唾液に――

 

「あああああああああっっ!?」

人間とサーヴァントが融合したの彼女の身体に、「邪魔するで~」と人類悪の……ビーストの因子が侵入してしまった。マシュの身体にかつてない反応が起こる。

 

「フォウフォ! (特別意訳:やっちゃったぜ☆)」

迷将フォウさん、冬木市の管理人ばりのうっかりを発動。やっぱり畜生ですわ、こいつ。

 

 

「あぁああああっ!? こ、こわれます! わたしの中がこわれるぅぅ!?」

 

こうして藤丸立香の安全地帯ことマシュは、ビースト因子を体内に取り込み、デンジャラス・ビーストへと変化していくのであった。




【愉悦部】
カルデア三大部活の一つ。残り二つは『溶岩水泳部』と、ほとんどのサーヴァントが関与する某部(第四話で登場予定)がある。

活動内容は、藤丸立香の貞操危機一髪を鑑賞すること。並びに勇名をはせた英霊たちが性犯罪に手を染める姿を嘲笑すること。
部員が仕掛け人になって襲撃を影から操ることもある。

なお、立香が本当にレ〇プされるのは部員一同本意ではないので、ギリギリの所で助ける心積もり。具体的に言うと、立香が押し倒された際にはどこからともなく英雄王の財宝が飛んでくる。

また、傍観者然としているが、立香に隙があれば部員たちも襲撃者になったりする。



【部長】英雄王
【部員】扇動好きのローマ皇帝
    ファウストの悪魔
    ルネサンス期の錬金術師
    魔術王の父
    大江山の客将

【マスコット】フォウ


【入部予定】犯罪界のナポレオン
      レジスタンスの船長
      砂漠の商人女王   
      世界最古の毒殺女帝

(*部員構成への異論は認める)


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第三話:藤丸立香と人類悪とデンジャラス・ビースト③

大変お待たせして申し訳ありません。
マシュ視点に挑戦してみたのですが、思った以上に難しく難産でした。

1万文字を軽く超えたので、分割します。


「はっ! はぁ! はっ!」

 

死の恐怖に苛まれながら、私は炎上する都市を駆けます。

四方八方では光線が迸り、地が割れ、爆発が絶えません。古今東西で予言される『世界の終焉』も、こんなに悲惨ではないでしょう。

 

崩れたビルの陰に滑り込みます。周囲の鉄筋コンクリートなどサーヴァントの攻撃の前では紙くず同然と思いますが、それでも僅かばかり安堵しました。

 

「はっ、はっ、はっ……せ、せんぱい」

 

先輩のためなら誰が相手でも負けない。私は先輩の正式なサーヴァントですから。

矜持を胸に『聖拝戦争』に初参戦しましたが、開始数分で戦意喪失気味です。

 

強過ぎます。英霊の皆さんの練り上げた魔力が、極みに至った武術が、発散される殺気が、格の違いを教えてくれるのです。

本日のフィールドが最初の特異点『地方都市・冬木』だったのは、せめてもの救いでしょうか。

これがオルレアンやセプテムのような見晴らしの良い地形でしたら、開始直後に対軍宝具で一掃されていました。

 

『大丈夫さ、マシュ。思ったより大したこと無い』

第四特異点ロンドンにて、先輩が魔術王ソロモンに向けた一言。人理焼却という史上最悪の大罪を犯した相手を『大した事ない』って……

一瞬、先輩は現実逃避をしてしまったのかと心配しましたが、あれは強がりでも慢心でもありませんでした。

 

英霊の皆さんの宝具と比べれば、ソロモン王の魔術はそよ風程度です。

仮にソロモン王が魔神柱を召喚して戦力増強しようと無駄に終わるでしょう。英霊の皆さんに狩りつくされる魔神柱の姿がありありと想像できます。

 

もしかしたら――いえ、間違いなく。

この聖拝戦争に勝ち抜くのは、特異点を修復するより難しい。

特に攻撃手段の乏しい私では勝利の決め手に欠けます。

 

「――!?」

「うぎゃああああ!?」

 

近くで宝具の発動と、それを受けたサーヴァントの声が響きました。耳にタコが出来るほど聞き覚えのあるこの悲鳴は……ッ!?

 

瓦礫の隙間から様子を窺がうと、先輩の初召喚サーヴァントであるキュケオーンさんが倒れていました。服や鷹の羽が焼け焦げ、プスプスと煙が上がっています。

 

「ほう、まだ消えんとは存外しぶとい」

 

キュケオーンさんに接近するサーヴァントは――あれはアルトリアさんのオルタさんでしょうか? なぜか大型バイクに乗り、モップを持っています。なにより服装が……メイド?

 

「な、なんでぇ……詫びキュケして……あげたじゃないかぁ……」

 

「黙れ、食を雑に扱うのは心を無にして我慢しよう。しかし、食を介して裏切りを働くのは万死に値する」

 

「ご、誤解さ。美味しいキュケオーンを食べてもらい、君と仲直りしたかっただけなんだよ~」

 

「どこの世界に仲直りの相手を豚にして、なおかつナイフで刺す者がいる。寝言は霊体になってから言うのだな――不撓燃えたつ勝利の剣(セクエンス・モルガン)

 

「うわぁーん!? ピグレット~ット~ット~~! (残響音含む)」

 

オルタさんが持つ狙撃銃から謎のビームが放たれ、断末魔を遺してキュケオーンさんは昇天しました。情け容赦のない一撃です。

恐ろしい。オルタさんの恰好や宝具は珍妙なものですが、霊基の強さは冬木の大空洞で戦った彼女を軽く凌駕しています。

 

「んっ? この視線は――ほう」

 

「ッ!?」

 

ああっ! オルタさんと目が合ってしまいました!? 先輩のように気配遮断スキルを持っていないのが悔やまれます。

 

「マシュか。お前も参加するとはな。どうした? 隠れてばかりとはアサシンの真似事か?」

 

バイクを降りたオルタさんがゆっくりと近付いてきます。早く逃げないと……ビル陰に隠れながら脱出を図りますが、逃げ道がまったく見つけられません。

 

「そう言えば、お前はご主人様と一緒に居ることが多いな。これからは私がご主人様をサポートする。掃除と洗濯は徹底し、無論シモの世話も果敢に行う。ご主人様の正式サーヴァントだか知らないが、お前には節度ある距離を保ってもらうぞ」

 

「ご、ご主人様……それって先輩のことですか!? シ、シ、シモのお世話ってハレンチです!」

 

声を出せば、正確な場所が露見します。それでもオルタさんの言葉が聞き捨てならず、私は訊いてしまいました。

 

「ふっ、耳年増な生娘(きむすめ)の反応だな。メイドとご主人様が同じ空間にいれば、シモの関係で結ばれるのは約束された勝利の流れだ」

 

「さも常識みたいに言わないでください! その水着みたいなメイド服は先輩を誘惑するためなんですね? わざわざ霊基まで変えて!」

 

「仕事に適した服を着るのは当然だろう。ご主人様は若くて精力的だ、一日五回は発散させねばな――まあ、ライダークラスになったのは邪悪なる豚魔女を抹消するのに最適だった意味もあるが」

 

アルトリアさんの系譜はどうしてポンポン霊基を弄るのでしょうか……未だに融合した英霊の真名が分からず、万全に戦えない身としては忸怩たる思いでいっぱいです。

 

「ともあれお前はここまでだ。力のない者がご主人様を守れるはずがなかろう」

 

「くっ!?」

悔しいです、言われっ放しのまま敗北するなんて。それにオルタさんが四六時中先輩の傍にいると思うと、胸の奥がムカムカしてきます。

 

「悪くない顔だ。ご主人様とメイドの主従シチュを目撃してNTR趣味にハマるがいい、ハートブレイク……」

 

オルタさんから極大な魔力を感じます。キュケオーンさんを蒸発させたあの謎ビーム! 私の中途半端な宝具では防げる気がしません。でも、何もせずに負けたくない――盾を持つ手に一層の力を入れた時。

 

「えっ!?」

 

一瞬で周囲がピンク色の煙で覆われ。

 

「なにっ、これは? ぐっ……なんだとっ!?」

困惑するオルタさんの声が聞こえてきました。と、同時に。

 

「こっちよ、早く」

私の腕を誰かが握ったのです。

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました。危ない所を助けていただき……」

 

「いいのよ。困った時はお互い様でしょ」

 

オルタさんを撒き、私たちは廃ビルの一つに身を潜めました。

 

「ですが、敵である私をなぜ守ってくださったんですか?」

 

「うふふ、右も左も分からないままやられそうなビギナーに同情して、思わず手助けをしてしまったの――と言ったら、マシュちゃんは信じてくれるかしら?」

 

戸惑う私とは対照的に、彼女はにこやかな笑みを浮かべてました。同性が見ても息を呑む色気が散布されています、こうムンムンと。

 

「ご厚意は素直に受け取りたいのですが、俄かには信用できません。この戦場では甘えや油断の介入する隙はないと思います」

 

「あら、マシュちゃんも戦士らしくなってきたのね。子は放っておいても育っていくモノ。ママは嬉しいわ~、なんちゃって」

特に気を悪くすることもなく、彼女は――マタ・ハリさんは冗談っぽく舌を出しました。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

「同盟、ですか?」

 

「不慣れなマシュちゃんと戦闘に向いていない私。協力するには良い仲と思わない?」

 

マタ・ハリさんは諜報に長けているものの、戦闘力は人間の兵士とさほどの差はありません。言いにくいですが、近代の英霊のため神秘の持ち合わせもなく、武勇の逸話も皆無なためサーヴァントの中では霊基がかなり弱いです。

シールダーの私を盾役に添えたい。たとえ同盟が崩れてもシールダーのおぼつかない攻撃なら対処できる。そう計算して、マタ・ハリさんは提案していると推測されます。

各国の情報機関を手玉に取った、と伝えられる彼女の提案には熟慮する必要がありますけど……地獄めいた戦場、どのみち私一人では数分も生き延びれないでしょう。背に腹は代えられません。

 

「有難く同盟を結ばせてもらいます。未熟な身ですけど、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」

 

「こちらこそよろしくね。マシュちゃんが話の分かる子で良かったわ」

 

話が分からなかった場合はどうするつもりだったのでしょう。薄ら寒い気分になります。

 

「あの、ところで先ほどの煙幕は? マタ・ハリさんの宝具ではありませんよね?」

 

「同盟者の力が気になるようね。いいわ、マシュちゃんだけに、と・く・べ・つ・よ」

 

うっとりするようなウィンクをして、マタ・ハリさんは踊り子の衣装の手を掛けました。

 

「ひゃ!? なにを!?」

ガバッとスカートを開くものですから心臓が跳ねてしまいます。コフィン担当官のムニエル氏が目撃したら、卒倒しそうな扇情さです。

 

「――あっ」

浮ついた気持ちは、スカートの裏や太ももに仕込まれた武器の数々を目にして急速に静まりました。

アゾット剣のような魔力の込められた短刀が十本以上、拳銃が数丁に、手榴弾まで括り付けられています。あと、なぜかお菓子やスイーツまで袋詰めして用意されています。

 

「私のような頼れる武器も自慢の魔術もない弱者は、入念な準備と作戦で戦うしかないのよ。いつまでも謎の光弾を主力に戦っていたら瞬殺されてしまうもの」

 

「あの光弾ですか……たしかに」

武器を持たないサーヴァントの中には、申し訳程度に光弾を発射する方々がいます。英霊の座が攻撃手段の乏しいサーヴァントのために用意した救済処置でしょうか? 光弾は放っている本人たちも原理が分からず、威力はさほどない模様です。

 

「だから獲物は自分で調達したり製造しているのよ。例えばこの手榴弾からは煙幕が出るの。ジャパニーズ忍者から着想を得たのだけど、化粧の技術を導入して煙に色や匂いを加えたわ。攪乱性にはちょっと自信ありね。ナイフや銃の玉にはカルデアのスタッフにお願いして魔術的効果を付与しているの。ダメージは軽いけれど嫌がらせにはなるわ。意外と馬鹿に出来ないのがお菓子の類ね。さっきの怖いアーサー王を制止出来たのはコレのおかげ。英霊って食欲旺盛な人が多くて、特にご飯がアレなイギリス出身のサーヴァントには絶大な効果を上げるわ。カルデア料理部で修業した甲斐があるってものね」

 

軽い口調の説明とは裏腹に、マタ・ハリさんのとてつもない努力と勝利への執念が窺えます。いつも通りの武装で参戦した私とは根本的に違う……戦いに対する覚悟の次元が違い過ぎます。

 

「どうしてそこまで出来るんですか……マタ・ハリさんの装備は聖拝戦争に向けての物ですよね。人理を守る英霊にとって聖拝戦争は二の次ではないのですか?」

 

後から回想すれば失礼なことを尋ねてしまいました。この時の私は『先輩の寝顔を拝む』より『人理修復』が大事だと思い込む愚か者だったのです。

愚図な同盟者に失望することなく、マタ・ハリさんは優しく言いました。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

「あ、愛っ!?」

 

「生前も含めて、これほど誰かを愛したことはないの。マスターを想うだけで身体の奥が焦がれていくのよ。ジリジリと黒ズミになってしまうほどに。人間の頃なら体調を崩して()せってしまうでしょうね。こんな甘美な猛毒……初めての感覚よ。数多くの男を手玉にした悪女が世迷言を――って他人は笑うでしょうけどね。今の私は、人理修復よりもマスターに全力なのよ」

 

目の前に羞恥心の欠片もなく愛に全力な乙女が居ました。

完敗です。『愛』の単語でアタフタする私では到底太刀打ち出来ません。人の身では破滅を呼ぶ巨大な愛を抱え、マタ・ハリさんは聖拝戦争に臨んでいたのです。

 

「上手く言えませんが、御見それしました……マタ・ハリさんがそこまで先輩を好いているなんて」

 

「マシュちゃんだってもう少し大人になればマスターの魅力が分かるわ。ねっ、それまで私をサポートしてくれないかしら?」

 

マタ・ハリさんが顔を近付け、ジッと私を覗き込んできました。美しい『陽の眼』がランランと輝きを放っています。

 

()()()()()()()()()()()()()()……そうでしょう?」

 

先輩とマタ・ハリさん。仲睦まじく並び立つ二人を想像すると、異様なくらい似合っています。

己惚れていました。自分が先輩の正式サーヴァントだなんて……先輩の一番はマタ・ハリさんに決まっているじゃないですか!

 

「お任せください! マシュ・キリエライト、お二人の未来を守る盾となってみせます!」

 

「ありがとう、マシュちゃん。私とマスターの性活のために頑張りましょう。うふふふ」

 

 

 

 

 

こうして私たちはタッグを組みました。とは言え、攻撃手段の乏しいアサシンとシールダー。正攻法での争いは避けなければなりません。

マタ・ハリさんの武器の数々で接敵を回避し、時には敵同士が潰し合うよう誘導し、危うくなると私が前に立ち盾を構える。一流サーヴァントだろうと消し炭と化す死地を、私たちは終盤まで戦い抜きました。

 

しかし後一歩のところで、

 

「風よ集え……イビルウィンドデスストーム!」

 

カラクリ忍者さんの宝具によって盾ごと吹き飛ばされて敗北。最後までマタ・ハリさんを守り切れず無念です。

 

ですが諦めません! 次こそは、マタ・ハリさんと先輩をくっ付けてみせます!

 

…………あれ?

私はどうして、こんなにも熱くなっているのでしょう? マタ・ハリさんの決意は尊敬しますけど、先輩との付き合いを認められるわけないのに……

疑問を覚えることもなく戦っていました。まるで洗脳されているみたいに――――あっ。

 

 

「マシュちゃん、今日はお疲れ様。あなたの頑張りで残り十体まで生き残ることが出来たわ。自己最高記録よ」

 

シミュレーションルームで立ち尽くしていると、何もない空間から唐突にマタ・ハリさんが現れました。どうやら霊体のペナルティが解けて、実体化出来るようになったみたいです。

 

「初めての連携でこんなに上手くいったのですもの。訓練を重ねれば、聖拝戦争を勝ち抜くのも夢じゃないわ。私たちってベストパートナーね」

 

「――なにがベストパートナーですか! 人を『魅了』しておいて」

 

やられました。マタ・ハリさんの強みは相手を誘惑すること。しかも、男性だけでなく女性や魔物にも効果があります。

あの『陽の眼』に私は魅入られてしまっていたのです。

 

「あら、解けてしまったのね。ごめんなさい」

特に悪びれた素振りもなく、マタ・ハリさんは形だけの謝罪をしました。そのあっさりした態度がこちらの未熟を嘲笑うようで……怒りと悔しさと恥ずかしさが頭の中で渦巻き、熱くなってしまいます。

 

「搦手を多用しなければならないマタ・ハリさんの事情は理解できます! ですが、普通そこまでしますか!? これは実際の戦争ではありません。他者を踏み台にするような卑怯なやり方までして、ご自分の評判を堕とすような真似までして……そこまでして、先輩の寝顔を拝まないと気が済まないんですか!」

 

()()()()()()、当たり前じゃない」

 

「――そ、そんな……」

迷いの一片もない即答です。私の糾弾は「議論するまでもない」と斬り捨てられました。

 

「しょうがないでちゅね~。お子様なマシュちゃんのためにママが今の言葉を訂正してあげまちゅよ~」

マタ・ハリさんは、私の不機嫌に引っ張られることもなく、おどけた態度を取りました。不意に『争いは、同じレベルの者同士でしか発生しない』という格言を思い出してしまいます。

 

「て、ていせい?」

 

「主な訂正箇所は二つ。マシュちゃんは『これは実際の戦争ではありません』と言ったけど、そう思っているのはマシュちゃんだけ。他のサーヴァントにとっては聖杯より尊い物を賭けた正真正銘の戦争なのよ」

 

「せ、先輩の寝顔は聖杯以上……なんですか?」

 

「他のサーヴァントに同じことを訊いたら鼻で笑われちゃうから注意しましょうね~。さて、もう一つの訂正は『他者を踏み台にするような卑怯なやり方』のところ。別に私の『魅了』は卑怯でも何でもないわ」

 

「し、しかし『魅了』は相手の尊厳を傷つける行為で」

 

「だって『魅了』に掛かるのはマシュちゃんだけですもの。残りのサーヴァントはマスターを愛しているから、他所からの誘惑にうつつを抜かしたりしないわ。私の強みなんてカルデア内では、ただのお荷物なのよ」

 

「………………」

 

目の前が真っ暗になりました。

マタ・ハリさんの指摘が浮き彫りにしたのは私の至らない点。

 

私が如何に先輩を尊んでいないのか。

私が先輩を如何に軽く想っているのか。

私は先輩の正式サーヴァントでありながら、最も先輩に相応しくないサーヴァント……なのでしょうか?

 

「マシュちゃんに聖拝戦争は早いみたいね。出直しなさい。ここは、『愛』の何たるかも知らないお子様が来るところじゃないわ」

 

マタ・ハリさんが厳しい声色で忠告します。私は俯くしかありませんでした。

 

 

 

 

 

力もない。想いもない。

こんな私に存在価値があるのでしょうか。

 

自室で苦悩していると、廊下が騒がしくなってきました。

 

この聞き慣れた悲鳴は……先輩!

いつものお約束です。内なる悩みを一旦止め、私はエリザベートさん(×3)から先輩を保護しました。

 

 

「ご無事ですか、先輩」

「ああ、助かったよ。ありがとう」

 

サーヴァントの皆さんが愛してやまない先輩と自室で二人きり。

マタ・ハリさんだったらどうするでしょう?

好機とばかりに誘惑して、ど、ど、ど、同衾(どうきん)したりするのでしょうか?

 

私は……ダメです。先輩を強く思いたいのに、一緒に居るだけで満足してしまいます。誰かと争ってまで先輩を求める気にはなれません。

何かとても、もどかしいです。先輩は私にとって『先輩』と呼んでしまうほど好意的な人物なのに。その好意が深まりません。

馬鹿な妄想ですが、心の中に想いをせき止める壁があるみたいです。

 

 

 

結局、私はアプローチの一つもせず先輩を見送りました。

ベッドに腰を下ろし、また自己嫌悪に陥っていると――

 

「フォフォフォウ」

なんだかご機嫌なフォウさんが部屋に入ってきて――

 

「先輩! お許しください!」

差し出された先輩の寝顔写真に思わずキスをして――

 

「いいやあああああああ!? せぇぇんぱいいいいいっ!?」

 

ナニかが決壊しました。

流されます。常識や倫理や、人として大事なものが全て暴流に呑まれていきます。

ドクターやダ・ヴィンチさん、スタッフの皆さん、それに数多の英霊の方々――かけがえのない人々との出会いで学んだ『良識』が(ことごと)く洗い流されていき、私の世界は無に帰してしまいました。

ですが、空白を埋めるように――いえ、私の全てを満たすようにソレは――先輩への『愛』は広がっていったのです。




続きは明日投稿します。


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第三話:藤丸立香と人類悪とデンジャラス・ビースト④

昨日も投稿していますので、読み間違えの無いようお願いします。


生まれ変わった。

月並みな表現ですが、今の状態を表すのには最適です。

 

第四特異点ロンドンで行った霊基再臨とは比較できないほどの変化を感じます。

 

身体中から力が湧いてきます。

 

「あと数年しか生きられない」

と、ドクターから診断されるほど弱っていた肉体が生気で満ち溢れています。

 

ですが、力や生気は些細なものです。

そんなモノより私を私たらしめる圧倒的な想いは――先輩への愛。

胸のつかえが取れたように、今はナニモノにも邪魔されず先輩への愛をドバドバと精製することができます。

ハァハァンハァハァハァ……

 

数分前の私は、マタ・ハリさんが言っていたように『お子様』でした。

先輩の絶大なる尊さに気付かない節穴で、先輩を愛でるより人理修復を優先する空前絶後の愚か者だったのです。

 

ああ、先輩。先輩。先輩ぃ……

あなたと出会えた事、あなたの正式サーヴァントになれた事、毎日あなたと巡り合える事、あなたを瞳に入れられる事、あなたの声を耳に納められる事、あなたの香りを堪能できる事。

ありがとうございます、本当にありがとうございます。

マシュ・キリエライト、たとえ世界が焼却されようが最後の最後まで先輩を守り抜き、先輩のお傍を確保させていただきます!

 

「フォウ? フォフォフゥ? フォッキュルゥ?」

 

気が付くと、フォウさんが興味津々なご様子でこちらを見つめていました。

 

「取り乱してすみませんでした。私は大丈夫です。むしろ気力の充実を感じずにはいられません……ところでフォウさん」

逃げられると困りますので、フォウさんの前足を掴みましょう。

 

「フォッ!?」

 

やはり今の私は調子が良いみたいです。フォウさんがまったく反応出来ない速度で、拘束することが出来ました。

 

「更なる先輩の写真を要求します。加えて、写真の出どころについての情報提供を望みます。フォウさんの賢明な判断に期待します」

 

フォウさんなら人語が理解できる。自分でもよく分からない確信を持ってお願いしました。果たしてその返事は――

 

「フォッフフゥ~」

 

なぜか幸せに悶える挙動でフォウさんはコクコクと首を縦に振ったのでした。

 

 

 

 

フォウさんの案内で、ゲオル先生の部屋を訪問しました。

先生は私からレイシフトの固定枠を奪い、先輩の隣ポジションをゲットした怨敵。そう思っていた時期が私にはあります。

 

しかし、その認識は改めないといけません。

 

「マシュの情操教育に悪いと配布写真を制限していましたが、最早手遅れ――ごほごほ、もう制限する必要はないようですね。分かりました、これまでの超級お宝写真をお渡し、今後は全ての写真を配布しましょう」

 

ゲオル先生は話の分かる方でした。私を見るなり冷や汗を流しつつ、こちらの意図を読んでくれたのです。

さすがゲオル先生。もし、要求が突き返されたら、私――どうにかなってしまうところでした。

 

 

 

「ハァハァ、先輩ひぃ……いい加減にしてください。エロ過ぎます。ドスケベも(ほど)があります」

 

知らなかった先輩の一面。超級のお宝写真の破壊力と言ったら、アンデルセンさんやシェイクスピアさんの語彙力を使わねば表現出来ません。

自室にて、私は心逝くまでクチュクチュと先輩の写真を堪能しました。

 

「ふぅ……スッキリです」

 

さて、写真(前菜)はこのくらいにして――そろそろ先輩(メインディッシュ)を食べに行きましょう。もとい、先輩とやや過激なコミュニケーションを取りに行きましょう。大丈夫です、普通です。マスターとサーヴァントは性行為を通じて魔力供給をする、と文献にも載っていた気がします。作法です、ノーギルティです。

 

私はブラを外し、ビリっと服を裂いて胸元を広げ、スカートをカッターで切って裾上げしました。特に理由はありません、何となくです。

それから廊下へと飛び出して、先輩の部屋へGOです。

 

十秒で先輩の部屋に行き、インターホンを押し三秒待って、部屋から反応があろうがなかろうがドアをこじ開け入室。

それから先輩をベッドに押し倒して脱ぎ脱ぎして、合体――しめて二十秒でしょうか。ヤレます、今の私なら!

 

 

身体が軽い、もう何も怖くありません!

軽快に廊下を疾走していた私ですが。

 

「……ッ!?」

 

狩場(先輩の部屋)を前にして、ピタっと足を止めてしまいました。

くっ……あれが先輩の部屋、ですか? あの魔境が?

 

目的地の周辺から禍々しいオーラが垂れ流されています。魔術的な罠が幾重にも張り巡らされているようです。しかも仕掛けたのは一人ではなく複数人。発現する条件も解除する方法も何十パターンとあるのでしょう。対策がハッキリしない現状で、あそこに飛び込むのは危険極まりません。

 

私の動物的勘――いえ、獣的勘が警告を発しています。

 

さらに目を凝らせば、使い魔の姿もチラホラと……姿が千差万別なことからして、仕える主も複数いると思われます。

 

サーヴァントの皆さんが無暗に先輩の部屋へ突撃しない理由が分かりました。

出る杭は叩かれる。どんな強力な英霊でも他すべてを敵に回すと分が悪いです。

先輩の安全は、英霊の方々が均衡状態にあるため保たれているのですね。

 

これまでの私は何も知らず、何も見えず、先輩の部屋へ通っていました。

罠や使い魔が反応しなかったのは、そもそも私が敵対者の領域に至っていなかったからでしょう。

無知は罪。鈍感は悪。昨日までの私の愚かさに赤面してしまいます。

 

さて、どうしましょうか?

 

優秀な獣は理性的に狩りをすると言います。野生だからと言ってバーサーカーの如き振る舞いはしないのです。

己を知り、獲物を()り、状況を把握して動く。

狩りの基本を思えば、私に足りないものが見えてきます。

 

まだ、私は己を知りきっていません。未だに自分と融合した英霊の名前を知らないのです。

数時間前の私は『いつかは』や『何かキッカケがあれば』と、英霊探しに受け身でした。

 

しかし、今は違います!

先輩を押し倒すには、並み居るサーヴァントを打破しなければならない。でしたら、何が何でも半身となった英霊を探してみせますとも!

場所は分かっているのです! 英霊はこの身体に居るんです! だったら後は(まさぐ)るだけじゃないですか!

 

自分を弄れない者が、先輩を弄れるはずがありません! 

 

 

「ハァハァ……隠れても無駄です。ハァハァ……絶対に見つけてみせます」

 

ゴソゴソと服の中に手を入れて、少しでも英霊に手が届くよう集中します。

 

胸元を開き、パンツが見えるほど丈を短くしたスカート。そんな格好をして廊下の真ん中で始めてしまったので。

 

「ひぃ!? ご、ごゆっくり……」

たまたま通りかかった女性スタッフさんが、変質者と遭遇したようなリアクションを取ります。酷い誤解です。

 

まあ、今は他人の目や自分の評判より、先輩が最優先です!

 

 

――あっ、ようやく見つけました。

あなたが命の恩人にして融合してくださった方ですね。

その節は大変お世話になりました。

なるほど、敵を倒すより人々を守りたい。シールダーらしい優しさで感銘を受けます。

あなたの心情を見事引き継いで、私も人理や人々を守っていきたいと思います。先輩の守るついでに。

 

そうそう、こんな格言があるのですが、ご存知ですか?

 

『攻撃は最大の防御』

 

あなたは私の半身とも言えますが同一ではありません。守り方に差異が出ても、笑って許してくださいね。

 

 

 

デミ・サーヴァントになって以降、付き纏っていた違和感が消えました。

英霊との完全なる融合が果たせたようです。

これなら宝具の真なる効力を発揮できます。もっとも、守り寄りの宝具なので私なりのアレンジを施しましょう。

 

後は実戦的な訓練をして、この力を試したいのですが……

 

「おや、そこに居る少女は……たしかマシュ、という名前だったか?」

 

おや、ちょうど良いタイミングで最高のサンドバッグが来てくれました。

 

「こんにちは、ランスロットさん。カルデアには慣れましたか?」

 

先日、召喚されたばかりのお父さんです。

身体を大げさな鎧で包み、如何にも清廉な短髪を生やして、「私は理想の騎士です」と言わんばかりの真面目そうな顔つきをしています。あくまで見た目は。

彼の息子と融合した影響か、そのスカした顔を二、三発殴りたくなりますね。

 

「我が王を始めとし、サーヴァントの誰も彼も武に秀でていて、我が身の未熟を痛感する日々さ。マスターの力になるためにも訓練に励まねば……ところでマシュ、その恰好は? 卑劣漢に襲われたのなら私が征伐するが」

 

目の前の卑劣漢が、ほざきやがります。

さらに「若い婦女子が瑞々しい肌が露出する。さぞ辛いだろう。こんな物でよければ」とか抜かしながら、自分のマントを差し出してきます。

さすがお父さん。歴史的ナンパ野郎らしい行動で、大いに癪に障ります。

 

「ご心配なく。これは自主訓練の影響で性犯罪とは無縁ですので。それよりランスロット卿。訓練をしたいのでしたら私が相手になります」

 

「君が? しかし、か弱い婦女子に剣を向けるのは」

 

「英雄の中の英雄であるランスロット卿の相手として、私は力不足かもしれません。ですが、物は試しと言います。必死で食らいつきますので、何卒よろしくお願いします!」

 

「――これは失礼した。君も一人前のサーヴァントだったか。私の方こそ、是非お願いする」

 

承諾して「では、シミュレーションルームに」と、紳士らしくエスコートするお父さん。控えめに言って背後から盾でぶっ飛ばしたいです。

 

「待ってください。シミュレーションは効率的ではありません。カルデアの倉庫エリアに人が滅多に通らない区画があります。広さもありますし、そこで実戦的な訓練をしませんか?」

 

「実戦的? さすがにそれは危険過ぎる」

 

だから、良いんじゃないですか。

渋るお父さんでしたが、所詮女にだらしないクズ。私が潤んだ目で頼めばイチコロでした。

 

お父さん相手なら遠慮なく屠ることができます。

ちゃっちゃと英霊の力を馴染ませ、先輩と愛を育むとしましょう。



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第三話:藤丸立香と人類悪とデンジャラス・ビースト⑤

藤丸立香は悩んでいた。

外出するべきか、自室で過ごすか、どちらが貞操に優しい行動なのかを。

 

エリザベート×3から追われ、マシュの部屋に匿われ、それから自室に戻り――しばらく。

 

気持ち的には姫路城の女妖怪リスペクトで引きこもりたい。

だが、下半身に地獄なカルデアライフを送るあまり、サーヴァントたちの性能や動向を調査して襲撃に備えるのが立香の『在り方』になっていた。一時的な安寧を求めて刑部(おさかべ)した結果、最終的にサーヴァントの未知の力によって(性的に)食べられました、では目も当てられない。

 

特に先日召喚したばかりのランスロットのデータが心(もと)ない。彼がマスターラブ勢になってしまえば脅威となるだろう。百貌のハサンの一個体くらいなら対処出来る立香だが、理想の騎士と呼ばれるセイバーには手も足も出せず、下半身を出す羽目に陥る。早急にランスロットの性能を調べて対策を立てねば。

 

それに、今日の昼はマシュとランチを取る約束をしていた。ランスロットを探しつつ、昼時になったらマシュの部屋へ行こう。

 

方針を決め、重い腰を上げた立香が慎重に自室のドアを開けた時である。

 

「フォウフォウ!」

 

廊下の向こうから謎生物のフォウが跳ねながら駆けてきた。そのまま立香の胸にダイブしてくる。

 

「おっと」

何でもないようにフォウを抱える立香。カルデアに来た当初、このタックルを受けて尻もちを付いていた彼だが、数多くのサーヴァントたちに色々な意味で揉まれた事で動じない身体となった。

 

「どうかしました、フォウさん?」

マシュと同じくフォウに敬語を使う立香。マシュが丁寧な話し方をするのは彼女の優しい性格故だが、立香は事情が異なる。

 

――こいつ、ただもんじゃない。

 

立香の研ぎ澄まされた直感スキルが、フォウの人類悪気質を感じ取った。

小動物だと舐めてかかれば滅ぼされる。丁重に扱ってご機嫌を取らねば取り返しのつかないことになるぞ。

 

危機管理能力に長けた立香は己の直感を信じて動いた。

フォウが多少のヤンチャをしても笑って許す。物陰からジッとこちらを覗いていても気付かないフリをする。サーヴァントとの精子を賭けた戦いの最中、「フォリュフォフォゥヒュ~~」と床を転がりながら悶えていてもスルー。

 

そんなフォウに甘く接する立香だから――

 

「フォフォ! アクスルフォ!」

 

フォウが服を噛んで引っ張ったり、先導するように前を進む動作に。

 

「付いて来い、ってことですか? 了解です」

 

意図が読めないまま、とりあえず従ってしまった。

 

 

 

焦っているようだな、フォウさん――立香は観察する。

どこへ案内する気なのかは分からないが、フォウの足取りに余裕はない。まるで特ダネの現場に急ぐ記者だ。決定的瞬間を撮り逃してたまるものか! という気迫を感じる。

一体この先に何が?

立香は疑問を覚えながらカルデアの奥へ奥へと進んでいく。

 

 

あまり馴染みのない区画まで来た。先には、たしか格納庫と倉庫があったか。立香は脳内でカルデア内部図を参照する。

この辺りは人通りが少なく、故・オルガマリー所長の亡霊が彷徨っている、との怪談話が囁かれる程度に薄気味悪い。

 

所長か……惜しい方を亡くしてしまった。神経質な上に情緒不安定で視野が狭くて空気が読めず、「いくら数合わせにしても、こんな素人をマスター候補にするなんて!」と俺に刺々しい言葉を投げつけてきて……ああ、思い返してみると、本当に良い人だった。

 

サーヴァントたちとの肉食コミュニケーションに疲れ切っている立香の中では、『襲わない』=『良い人』という悲しき式が成り立っていた。

もし、この場に所長の亡霊が出てきても、立香は喜んで声を掛けるだろう。ある意味、聖人の境地に至っている。

 

 

ガン! ドギャ! シャ! ゴガン!

 

進行方向から剣呑な物音が響いてきたため、立香は頭を切り替える。

 

「フォ! シ~」

フォウが振り向き、お口チャックのジャスチャーをする。四足歩行の癖に器用な……

 

コクコクと首肯する立香。言われなくても黙るに決まっている。廊下の先から届くのは闘いの空気だ。ヤバいことが起こっている。

 

 

現場は格納庫だった。ここはカルデアの中でも特に広く、立香にとっては最早うっすらとしか思い出せないが高校の体育館ほどの面積を有していた。

天井は高く、十メートルはありそうだ。館内にこれほどの空間があるあたり、カルデアの広大さを感じずにはいられない。サーヴァントを100体以上住まわせる施設だけはある。

 

2体のサーヴァントが格納庫の中央で剣を交えいている。

いや、正確には1体のサーヴァントと1体のデミ・サーヴァントが、剣と盾を交わしている。

 

あれはランスロットさん! それにマシュ!

 

普通なら驚きの声を上げるところだが、そこは気配遮断持ちの立香さん。

不測の事態でも物音を立てるヘマはしない。動揺しているが、身体の方はサーヴァントらに察知されない速度で格納庫の隅にあった車の裏に滑り込む。

 

……ん、これは?

たまたま遮蔽物として利用した車だが、ただの車ではない。分厚いボディと10輪以上のドでかいタイヤが目に付く物騒な装甲車だ。こんな物を何に使うのだろう、と首を傾げたのは一瞬で、立香の関心はすぐにセイバーとシールダーに移る。

 

 

――凄い。

 

多くの闘いを経験し、目の肥えた立香でも息を呑むハイレベルな攻防戦だ。

ランスロットが強いのは承知していたが、驚嘆すべきは彼と対等に打ち合うマシュだろう。立香の知っている彼女はもっと未熟で頼りなかった。

それにマシュは守ることには勇敢だが、敵を傷つけるには不向きなサーヴァントだ。シールダークラスだからではない。生来の優しさが、攻撃する手を鈍らせていた。

 

しかし、今のマシュはどうだ。まったく迷いがない。それどころか、ケルト系やベオウルフやマルタのような好戦的な性格すら窺える。

 

何より――嗤っているのだ。

盾を振りかぶってランスロット目掛けて叩きつけるマシュの顔は、闘いの享楽に耽っていた。

 

いつものマシュじゃないぞ!? さっき助けてくれた時は仏のマシュだったのに、こんな短時間で彼女の身に何がっ!?

 

立香は頭を抱えた。隣では「フォキュ♪ フォッキュキュキュ~!」とフォウが愉悦成分の吸収に勤しんでいる。

 

 

「その盾……その気配……君は、まさか……!?」

数度の交戦でランスロットの中に疑念が生まれた。

「そんなはずがない。だいたい性別が違う」――彼の口から戸惑いが漏れる。

 

「ようやく気付きましたか? 女心には敏感なくせに、身内には鈍感なんですね――お父さん」

 

「お、お、お、おとうさんんんんっっ!!??」

生前はついぞ聞けなかった呼び名。それを息子ではない少女に言われたのだ。ランスロットの動揺はそれはそれは大きいもので、自分の不貞によって円卓が崩壊した時に勝るとも劣らないほどキョドってしまう。

 

「馬鹿なっ!? どういうことだっ!? まるで意味が分からんぞ!」

 

誉れ高き剣のサーヴァントでも家庭問題には弱かった模様。僅かな間だが、彼の意識は闘いから外れてしまった。その隙を獣は見逃さない。

 

マシュが攻勢に出る、しかも、これまでに一度も見せたことのないパターンで。

 

「たーーーーあっっっっ!」

投げた。シールダーの(かなめ)とも言える盾を投擲したのである。

 

「なにっ!?」

 

武器であり防具でもある盾を自ら手放す。ランスロットの頭にはなかった選択である。

それでも通常の彼なら避けられたであろう。しかし、『お父さん発言』によって初動が遅れてしまった。アロンダイトで弾く……のは盾の重さとスピードから推定して厳しい。防御するしかない。

 

「ぐっ!」

 

衝撃は想像以上。防御を強いた両腕が痺れる。数秒だが剣を持つ握力が弱まってしまうだろう。だが、そんな心配より今は――

 

「真っすぐいってぶっとばします!」

盾がランスロットの視界を覆っているうちに、マシュは一気に距離を詰めていた。すでに拳を振りかぶる動作に入っている。

 

シールダーなのに肉弾戦かよ! とツッコミを入れはいけない。

英霊がクラス詐欺をするのは日常茶飯事であり、マシュの行動はまだ良心的である。

世の中には銃をぶっ放すセイバーがいたり、杖を武器にしているのに宝具が石投げだからアーチャーだったり、馬に乗っているのに武器が槍だからランサーだったり、何も乗っていないのにライダーだったり、文化人はとりあえずキャスターだったりで「お前のクラス、ガバガバじゃねぇか」がデフォなのである。

 

「ええいっ!」

 

アロンダイトで払うには難しい至近距離、さらに時間的猶予もない。腕を酷使してしまうが、もう一度防御を。この攻撃さえ凌げば、距離を取って仕切り直せる。

マシュの目や腕を観て予想するに、狙いは顔面か――背に腹は代えられない、の精神で防御体勢を取ったランスロットだったが……彼は誤った。

 

顔面や腹より、もっと守るべき場所を疎かにしてしまったのだ。

 

「っっぅつ!?」

 

衝撃は腕でも腹でも顔面でもなく、股間から来た。

 

こ、この表現しきれぬ苦痛は……ランスロットが虚ろな視界を下げてみると、己の大事な場所にマシュの足がめり込んでいた。

顔面を殴ろうとした動きはオトリで、マシュの狙いは端っから金的だったのだ。

 

息子? による製造元への重撃。これほど痛ましい里帰りがあるだろうか。

闘いを観察していた立香も『ランスロットがマシュの父!? ということはマシュの真名は……』との考察を一旦忘れて、思わず自分の股間を押さえてしまう。

 

「カハッ!?」

 

ランスロットは屈した。膝から崩れ落ちた。どんな強者でも鍛えられない場所をやられたのだ、仕方ないね。

 

 

 

 

 

 

「どうしました、お父さん? もう訓練は終わりですか? せっかく再会出来たんです、もっと語らいましょう」

 

背中を丸めてプルプル震える父を見下ろし、マシュは言う。気を遣う喋り方が皮肉を助長して、挑発作用抜群である。

 

ドM大歓喜な構図だが、性癖ノーマルな立香には凄惨な光景でしかない。

 

マシュが愛され女神の長女に通じるサディスティックな笑みを……

これは真名を思い出した影響? ギャラハッドか? ギャラハッドの性格に引っ張られてしまったのか……なんてことだ、あんな良い子を変質させるなんて盾のサーヴァントとは酒呑童子以上の鬼畜なのか……

 

立香は戦慄し、そして心から悲しんだ。マシュの存在は立香の中で癒しになっていたのだ。

 

「フォウ、フォウ」

 

立香の嘆きを察したのか、よしよしとフォウが立香にすり寄ってきた。いけしゃあしゃあ感が実に人類悪である。

 

「フォウさん……俺を慰めてくれるんですか、ありがとうございます」

 

立香はフォウを大切に抱えた。モフモフな毛並みが最高に気持ち良く、リラックス効果が高い。

魔術王以上の脅威を感じる小動物だけど、このモフモフと思いやり。そうか、フォウさんこそが最後の癒しスポットだったのか。

 

「フォ~」

 

立香の好きなようにさせるフォウさん。その献身ぶりは人類悪に似ても似つかない。

フォウさんはたまたま人類悪として生まれ落ちただけで、心はジャンヌばりの慈愛に満ち溢れているのでは? と性善説論者は期待するかもしれないが、もちろん事実は異なる。

 

恐怖には鮮度がある。行き過ぎた恐怖は不感症を招く。絶望に染まった立香からはナイスリアクションが飛び出さず、深刻な愉悦不足になってしまう。

故にフォウさんは立香のメンタルケアすべく自身を差し出したのだ。愉悦は何よりも優先される。

上げて落とす、落して上げる。対象の心を見事に操るテクニシャンな手腕からして、フォウさんはすでに愉悦初心者を卒業しているようだ。

 

 

 

立香とフォウさんがイチャイチャしている間も戦況は動く。

息子? にムスコを撃たれ、さらに侮蔑を受けたランスロット。彼のプライドはズタズタである。

 

「色々言いたいことがあるが、まずは騎士の矜持を貶めた償いをしてもらおう。君がギャラハッドの関係者だろうと容赦しない」

 

シリアスな物言いとは裏腹に、ランスロットは内股になりならがら生まれたての小鹿ムーブで立ち上がった。額からは汗がだらだら流れ、股間へのダイレクトアタックの被害の大きさが察せられる。

 

「最果てに至れ、限界を越えよ、彼方の王よ、この光をご覧あれ――」

 

ランスロットの宝具『アロンダイト』から青白い光が漏れる、その美しさは湖の如し。光の斬撃を生むアロンダイトに過負荷を与えることで、切り口から爆発を生み出す絶技『縛鎖全断(アロンダイト)過重湖光(オーバーロード)』を放とうとするランスロット。

これが訓練であることも、相手が息子? であることも考慮していない、本気である。

 

対するマシュだが、黙って待っているわけではない。こちらも宝具発動の予備動作へと移行する。

 

「真名、開帳――私は厄災の席に立つ。其は全ての瑕、全ての怨恨を癒す我らが故郷――」

 

あれは……っ!?

 

観戦する立香は息を呑む。マシュの前方に展開されるのは、かつての宝具『人理の礎(ロード・カルデアス)』の守護障壁と同様の効果が期待されるもの。しかし、薄っすらと顕現し始めた白亜の城・キャメロットから感じる屈強さは、かつてとは比べ物にならない。

 

白亜の城の高さは格納庫の天井ギリギリだ――室内で使えるようにマシュが大きさを調整したのか? と、いうことは周囲の状況に応じて展開できる宝具なのか? 大きさによって使用魔力や防御力はどのくらい変動するのだろう?

マシュの成長に驚きながらも、すぐさま立香は宝具能力を推し量ろうとする。人理修復をこなしつつ、これまで綺麗な身体を保っているのは伊達ではない。逝き延びるのに重要なのが観察力だと、立香は心得ているのだ。

 

「その城は……ふっ、今は考えまい」

 

ランスロットの瞳に郷愁の色が浮かぶが、間を置かず消える。

 

「行くぞ、止められるものなら止めてみるがいい。縛鎖全断(アロンダイト)過重湖光(オーバーロード)!!」

 

眩い光の剣を構え突進するランスロット。

 

白亜の城を砕けばランスロットの勝ち。アロンダイトを押し止めればマシュの勝ちか……

立香は思った。おそらくランスロットもフォウも同様に考えただろう――が、マシュだけは別の思考を持っていた。

 

マシュの口より宝具詠唱の最後の一節を紡がれる。

 

「――顕現せよ、『いまはとにかく(ロード・)疾走する理想の城(キャメロット)』!!」

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

なんと表現すればいいのだろうか?

宝具対決の結末は奇想天外であり、立香の常識と語彙能力の範疇から飛び出していた。

 

ゆっくりでいい、落ち着こう。それから、ありのままに今起こったことを搾り出してみよう。

余計な感情を混ぜず、端的に言うと。

 

 

『ランスロットがキャメロットに()かれて、高速回転しながら格納庫の壁にめり込んだ』

 

 

なんだこれは、たまげたなぁ。

立香はこめかみを押さえた。サーヴァントを人間の尺度で測ってはいけない、と分かっているつもりだったが甘かったようだ。

 

マシュの新宝具『ロード・キャメロット』は、城をぶつける宝具だった。

何トンあるのか想像も出来ない城が、スタート即トップスピードの助走いらずで突っ込んでくるのだ。こわっ。

衝突エネルギーはどんだけなんだ? 運動エネルギーの式で計算しようとする立香だったが、無駄な努力だと思い直し止める。

 

「……がっ……あっ……くはっ……」

 

ランスロットの身体の節々や顔から血が流れ、白の甲冑を朱に染める。シュワシュワと光の粒子も立ち昇っていてアカン状態である。

 

「ふぅ、お父さんへのお礼参りが出来てスッキリです。それに宝具を思ったより使いこなすことも出来ました。これならサーヴァントの皆さんが敵に回っても、やりようがあります」

 

色々おかしな事を言うマシュ。残念ながら眼前のランスロットは口がきけない瀕死で、立香は隠密活動中でツッコミ役が不在である。

 

「雑事をこなしたところでいよいよ本番です! 先輩の部屋へゴーです!」

 

すでにランスロットへの関心を無くしたようで、マシュは昇天寸前の父に背を向けて格納庫の出口へと急ぐ。

 

 

マシュがヤバい。

『男子、三日会わざれば刮目して見よ』との慣用句があるけど、俺の後輩は三十分くらいでとんでもない変化を遂げとる。刮目して見たくない。見なかったことにしたい!

 

立香は悩んだ。これからマシュにどう接すればいいんだ?

答えは早々に出ない。ともかく時間をかけて考えたいところである。マシュには悪いが、しばらくは会わないようにしよう。ランチの約束は携帯端末でキャンセルの旨を伝えておこう。

 

装甲車の裏にて体育座りのスタイルで立香はガクガク震えた。マシュのパワーアップを歓迎したいのに、身体が怯えて仕方ない。

立香にとって幸運なのか不幸なのか、彼の優秀な感知能力がマシュから漏れるビースト臭を嗅いでしまった。人の形をした厄災を前に、恐怖するのは当然のことである。

 

「ふん♪ ふん♪」

ご機嫌な足取りでマシュが遠ざかっていく。

 

いいぞ、そのままこっちに気付かずに、彼方まで行ってくれ! そう願う立香の背後に忍び寄る小さな影が一つ。

言及するまでもなく、もう一体の人類悪である。

 

 

「フォウフォウフォーーウ!!! リツカイクベシフォーーウ!」

 

「ぐはぁぁっ!?」

 

それは見事なまでの強襲だった。勢いをつけまくった人類悪キック。予想だにしなかった一撃に、立香はゴロゴロ転がり、装甲車の裏から出てしまった。

 

「痛ぅつつ。な、何するんですか、フォウさん! …………はっ!?」

 

痛みに堪えて身体を起こし、フォウを非難する途中で立香は固まった。ジリジリと焦げそうな熱視線が格納庫の出口から照射されとるっ。

 

 

「あぁ~~!! 先輩じゃないですか~~!」

 

「ヒエッ!?」

 

「もしかして私に会いたい一心で、辛抱たまらず来てくださったんですか! 感激です!」

 

ビーストがUターンして、獲物の方へ駆けてくる。その笑顔は愛しの先輩に出会った嬉しさのためか、美味しい御馳走を前にした悦びのためか。

 

これはもうダメですね、と匙を投げたい状況だが、人類最後のマスターは諦めが悪い。

 

まだだ! たしかに好戦的な戦闘スタイルになったマシュだけど、他のサーヴァントみたいに性的な意味で肉食になった証拠はない。

これまで通り、清い先輩後輩関係でいられる可能性だって残っているんだ!

ほら、絆レベルだって『3』のままに決まっているし!

 

立香は魔眼を発動して、接近してくる荒輩、もとい後輩を見つめた。

 

果たして絆レベルは――――『3』

 

やった! やっぱり『3』のままだ! さすがマシュさん、この期に及んで変わらない不動明王ぶり! ありがとうございま………あっ?

 

マシュに浮かんだ『3』の数値。

 

しかし、次の瞬間に『××』となり、一秒も経たずに『1×』になり、『(^^)』、『見せられないよ!』、『→〇』と変化していく。

 

初めての経験に立香は大混乱へと陥った。

 

絆レベルがバグっている……だとっ!?




『いまはとにかく疾走する理想の城(ロード・キャメロット)』
酷い捏造宝具を見た。

と、お思いになられる読者様がいらっしゃるかもしれませんが、実は元ネタがあります。


FGO 第1部6章『第六特異点 神聖円卓領域 キャメロット』の第15節において。

分からず屋のランスロットに向けてマシュが放った台詞。

「目は覚ましましたか、ランスロット卿! これで分からないのなら、次はお城をぶつけます!」

と、あります。

つまり、本編のマシュもその気になればキャメロットを攻撃に用いることが出来る――かもしれないわけで、本作の『いまはとにかく疾走する理想の城(ロード・キャメロット)』は、原作準拠と言える……といいなぁ。


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第三話:藤丸立香と人類悪とデンジャラス・ビースト⑥

お待たせしました。
長大化した三話ですが、ようやく目途が立った次第です。


絆レベルがバグっている……だとっ!?

 

初めてのケースに立香の頭は真っ白になった。

何も考えられない彼の代わりに解説しよう。

 

マシュをデンジャラス・ビーストに変えた元凶はフォウである。こやつは優秀な魔術師や英霊が闊歩するカルデアにおいて、ほとんどの者から人類悪だと感知されず気ままに暮らしてきた。それを可能にしたのが自身の特性を隠す『隠蔽スキル』。

耐魔力持ちのサーヴァントだろうと赤裸々に見通す立香の魔眼でも、人類悪の隠蔽スキルには勝てなかった。

 

マシュの中のビースト因子さんは『女の子の中を覗くなんて許せません。エッチなのはいけないと思います!』とプライバシーを保護する。

個人情報の管理が重要だと叫ばれる現代において、ビースト因子さんの管理意識は称賛されるべきであろう。

 

「先輩! 先輩! 大変です! 一大事です! 先輩を間近にすると身体の火照りがリビドーでアッパー状態です!」

 

「落ち着きましょう、マシュさん」

 

男・藤丸立香、興奮する後輩を前にして迫真の丁寧語である。

絆レベルが判然としないものの、マシュはどう見ても肉食サーヴァント化していらっしゃる。扱いを間違えれば、清い先輩後輩関係は遥か遠きものになり、Heaven's Feel並のドロドロ展開まっしぐらだ。

 

「ランスロットさんとの訓練でお疲れでしょう。身体に痛みはありませんか? 宝具まで使ったのですから、まずはアフターケアをですね……」

 

「どうして他人行儀な言葉遣いなんですか、先輩? 異なる時代、異なる世界を手と手を絡め合わせてヤリ抜いてきた仲じゃないですか。もっと親しみや肉しみのこもったコミュニケーションを希望します!」

 

「やはりいつものマシュさんではありませんね。ひとまず休憩してはいかがかと」

 

「あっ、そうですね! 休憩しましょう! 私の部屋で一緒にしっぽり!」

 

清純派だった俺の後輩が頭黒髭になっとる――立香は心の中で泣いた。

 

 

 

その時である。

 

「……あっ……ぐあぁ……はぁ……」

 

すっかり蚊帳の外になっていたランスロットが呻き声を上げた。彼は『キャメロットに()かれて死亡』という稀にみるアレな死因を獲得しつつある。

どくどくと至る所から血を流し、蒼白となる顔面。身体は壁にめり込んだままでシュワシュワ光の粒を立ち昇らせている。

 

「うっ、そうだった! マシュさん、話は後です! 先にランスロットさんを!」

 

急いで回復スキル持ちのサーヴァントに診てもらわなければ、せっかく仲間になったのに座に還ってしまう。

絆レベル10勢なら昇天しても「マスターと繋いだ縁、絶対に放してなるものか!」とカルデアに自力召喚するが、絆レベルが7と底辺のランスロットではそのままお別れになるだろう。

 

「分かりました、先輩!」

とろけていた顔をキリッと固めて、マシュは頷いた。元来彼女は真面目な子である。父親が逝くかどうかの瀬戸際でふざけた物言いはしない――のだが。

 

「つまり、脱げば良いんですね!」

 

戦闘服から普段着に戻っていたマシュ。彼女はおふざけ要素の欠片もない大真面目な様子で、上着を取っ払った。

シールダーのくせにマシュマロのような柔肌が下着からこぼれそうになる。

 

「マシュさん何してはるんですか!?」

 

後輩の場にそぐわな過ぎる行動に、立香は興奮するより先にツッコミを入れざるを得なかった。

 

「ナニって、死に行くお父さんへの餞別(せんべつ)です! 『ああ、自分がいなくても娘の未来は安泰だ』と満足して逝けるように私と先輩の共同作業(愛)を眼前で行う手はずなんですよね? 分かっていますよ、私と先輩は以心伝心なんですから! さあ、伝説級不貞野郎のお父さんが改心するほどの圧倒的な純愛を見せつけてやりましょう!」

 

「違うから! 隅から隅まで違うから!」

 

それでなくても相手のお父さんの前で初体験とか、『筋力のステータスがDな上に心は硝子(ガラス)だぞ』で有名な某アーチャーよりマシな立香のメンタルでも崩壊不可避である。こんなんトラウマ物ですわ。

 

「とにかく救護を呼ばないと!」

 

治療に適した人材は……ロマンは人間だしサーヴァント相手は荷が重そうだ。処刑人で有名だが実は医者の家系のサンソンか、ヤバい方のメディアが適役だろうか?

立香は携帯端末を取り出しながら、医療技術に特化したサーヴァントが召喚されればいいのに、と思った。

なお、その願いは次の特異点で叶うのだが……願望成就と同時に恐怖のナースプレイが始まるとは、この時の立香は想像もしていなかった。

 

 

 

その後。

ランスロットはギリギリのところで救出され、逝き先を英霊の座から医務室へと変更した。

それを見届けた後、二人っきりの格納庫で。

 

「マシュ、改めて話をしよう」

 

後輩に服を着直させ、立香は強い口調で語りかける。

先ほどまでのビビリ顔とヘタレ丁寧語の彼ではない。ランスロットの決死の時間稼ぎ(本人の意思なし)のおかげで、心の整理をすることが出来た。

100体以上の英霊を従わせているのは伊達ではない。腹をくくった藤丸立香は、ここからが強い――といいなぁ。

 

「俺を慕ってくれる気持ちは嬉しい。けれど、今は節度を持ってマシュと付き合いたいんだ」

 

「難しいですよ、先輩。節度のある突き合い……ピストン運動はどの程度を想定しているのですか?」

 

「オーケー、マシュ。(シモ)の話はそれくらいにして上を見てくれないか」

 

「上?」

 

立香に促されて視線を上げたマシュの目が「あっ!」と見開いた。

 

いつからなのか、格納庫の天井付近には無機物だったり生物だったり念のような不形状だったり、在り方はともかく多数のモノが浮き、立香たちの動向を監視していた。

 

「サーヴァントたちの使い魔や魔術が俺とマシュを観ている。ここだろうとマシュの部屋だろうと、不純異性行為を開始すれば即妨害されるだろう」

 

「こんなにたくさんのデバガメがいるなんて! カルデアの風紀はどうなっているんですか!」

 

風紀を乱す側の後輩が立腹する。

自覚のない人(サーヴァント)ほど公序良俗をぶち壊すんだよなぁ……立香は心中で毒づいた。

 

「さっきマシュが脱いだ瞬間、遠距離用の宝具がいくつか発動しそうになっていたんだ。下着まで脱いでいたらマシュの命が危うかった。俺は心配なんだよ……サーヴァントなら死んでも座に還るだけ。縁があればまた召喚することが出来る。でも、マシュは死んだら終わりなんだ。もう二度と会えなくなるんだ。そんなの、俺は、嫌だ……」

 

苦悩を滲ませる立香の声と言ったらどうだ。上手い、感情がノリに乗っている。これを狙ってやれるのは、一流劇団のメインを張る役者か、人類最後のマスターくらいだろう。

カルデアに来てからというもの立香は様々なステータスを成長させた。その中の一つが演技力だ。

どんなに鍛えようと人間とサーヴァントの差は歴然であり、最後に頼るべきは拳よりトークである。

絶対絶貞の窮地において、相手にゴマをすったり、思考を誘導する技術が身を助ける。地獄のカルデアライフで立香が辿り着いた結論だ。

 

生きたい。逝きたくない。そんな性存本能が立香を稀代の名優へと導く。

なお、演技力が高まるのは必ずしも良い事ばかりではなく、シェイクスピアやアンデルセンからの視線が日増しに熱を帯びている。セイレムあたりで衝撃の役者デビューを果たす立香が居たり居なかったりするかもしれない。

 

 

「マシュの安全のためにも、どうか自重してくれないか。マシュが傷つく姿なんて見たくない」

 

「先輩……そこまで私のことを……でも、これでは生殺しです」

 

極上の獲物を前にして永遠に「待て」を命じられるのは、気が狂うほどの苦痛である。今は我慢出来てもいずれはプッツンするだろう。

だが、心配ご無用。

名ブリーダーの立香さん。肉食獣の扱いは心得ている。

 

「そこを何とか……」

頭を下げて、お願いのポーズを取る立香。しかし、それはフェイクだ。

 

『特異点が全部修復されて、世界が元に戻るまでの辛抱さ。サーヴァントたちがみんな座に還ったら好きなだけイチャイチャしよう』

 

声を発さず口だけ動かす。頭を下げたのは口の動きを上空の監視者たちに見せないためだ。

 

「あっ……すみませんでした。先輩の気持ちも考えずに、自分勝手なことばかり言ってしまって」

マシュも頭を下げて。

 

『分かりました、絶対ですよ、先輩!』

会話方式を読唇術に切り替える。

 

さも当然のように唇だけで会話する立香とマシュ。まあ、人類最後のマスターと人類悪因子持ちなら出来て当たり前な雰囲気があるし、何ら不思議ではないね(強弁)。

 

 

こうしてマシュと約束を取り付けた立香だが、腹の中では別の企みを持っていた。

 

マシュには悪いけど、サーヴァントのみんなが素直に還るなんて思えない。それどころか俺を求めて争奪戦が勃発するだろう。

さらに外界からの通信が復活すれば人の出入りが激しくなるはず。

その隙を突く! こんな肉食サファリパークなんて居られるか! 俺は日本に帰らせてもらうぞ!

目的のためならハイ・ジャックでもシー・ジャックでもしてやる! 俺は本気なんだからな!

 

メンタルがいっぱいいっぱいの立香くん。犯罪に手を染めてでも帰郷する覚悟の模様。

彼は気配遮断スキルをフルに使って、逃亡する計画を立てていた。その際にマシュは足手まといになるかもしれない。万全を期すなら彼女は同行させない方が良いだろう。

 

ごめんな、マシュ。日本に帰ってほとぼりが冷めたら、手紙でも送るから。

 

そんな甘々な立香のプランだったが――

 

『もし、サーヴァントの皆さんが邪魔をするのなら、カルデアの送電システムを破壊しましょう。電力を失えばサーヴァントの方々は現界出来ませんから』

 

涼し気な顔で己を上回る外道プランを提示する後輩によって、破棄される運びとなった。

 

『…………』

 

俺はとんでもない約束をしてしまったのかもしれない――しばらくの間、読唇術関係なく立香は声を出すことが出来なかった。



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第三話:藤丸立香と人類悪とデンジャラス・ビースト⑦

人理修復を達成した暁には、好きなだけイチャイチャしよう。

たとえ、カルデアを破壊することになっても。

 

マシュとの約束を不本意ながらも交わした――その翌朝。

 

虫の知らせと言うべきか、立香は通常より早く目を覚ました。

 

なんだか胸騒ぎがする。なにか悪いことが起こりつつあるような……

どうせサーヴァント絡みに違いない。今の時間だとサーヴァントたちは、聖拝戦争の真っ最中だろうか。

 

ベッドから跳ね起き、立香は部屋に備え付けられたモニターのスイッチを押した。

毎朝恒例の聖拝戦争。その様子はモニター越しに観ることが出来る。

 

はたして画面に映し出されたのは――

 

「……なん……だとっ」

 

おそらく、元は草木が茂るオルレアンの大地。それが今や、草木は徹底的に破壊され環境団体憤死の光景と化している。

 

誰がやったのかは明白だ。

 

『GOです! キャメロット! 人の恋路を阻む者は城に轢かれて逝ってしまえ、です!』

 

ゴシゴシと立香は目を擦ってみた。見間違いでないのは分かっていても、見間違いと信じたい上での無駄な足掻きである。

 

俺の後輩が、俺のシールダーがクラッシャーになっとるぅぅぅ!

 

マシュが新宝具の『いまはとにかく(ロード・)疾走する理想の城(キャメロット)』を発動し、縦横無尽に暴れまわっていた。

格納庫で出したキャメロットはカルデア施設を破壊しないように縮小させていたようで、今は本来の大きさでの顕現だ。

 

20メートル以上の城壁で囲まれ、天を刺すかの如き塔が幾つもそびえる巨城が、右へ左へF1カー並の速度で突進し、時には華麗なドリフトやターンを決める。

圧倒的でビッグな『死』が爆走する戦場。そこに立つサーヴァントは生きた心地がしないだろう。

操者のマシュを狙おうにも、彼女は城壁の内側に陣取っているためアーチャークラスでも射貫くのは至難だ。

 

 

『おのれ、私の城で当たり屋風情な真似を……喰らえ、『不撓燃えたつ勝利の剣(セクエンス・モルガン)!』』

 

マシュの蛮行に業を煮やしたのは、メイドでオルタなアーサー王である。怒りの謎ビームがキャメロットの外壁にぶつかる……が。

 

『しまったっ!?』

 

セクエンス・モルガンは城壁に当たるや否や、威力を維持したまま反射されたのである。宝具を撃ったばかりで硬直していたオルタは、己が作り出したビームの中に消えていった。

 

「ただでさえ動く防壁なのにビーム反射機能付きとかチートですやん! 反則やん!」

視聴する立香が渾身のクレームを入れるが、FGO年末特番アニメにおいてマシュの宝具は『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)』を反射していたから多少はね。

 

 

 

戦場は荒廃の一途を辿り、残るサーヴァントはまばらになっている。

爆走キャメロットを攻略せねば勝ちはない。だが、どうすれば……厳しい戦況を覆すべく一体のサーヴァントが飛翔した。

 

『ふん! 空を飛んでしまえば城だってピグレットと同じく地を這う存在さ。どうだい、分厚い壁も私には届かないだろ』

 

キュケえもんである。特徴をキュケオーンに全振りしているので、忘れがちだが彼女は鷹の魔女。飛ぶことだってお茶の子さいさいなのだ。

今回の聖拝戦争では天敵・オルタアーサー王が早々に脱落したおかげで、何とかここまで生き延びている。

 

「なるほど、空からなら城壁は意味をなさない。良い手だ」

そうコメントする立香だったが、声には諦めの感情がこもっていた。

だってキュケえもんなんだぜ……あの出オチ感が半端ないキュケえもんなんだぜ……

 

『久しぶりに優勝して、寝起きの立香君と朝キュケだ!』 

立香の心情とは裏腹に、キュケえもんは気合が入っていた。

杖をキャメロットの中心部に向け、強力な魔術を放とうと――

 

『魔力解放! 喰らえぇぇ……ぎゃああああ!!??』

 

が、ダメッ!

先にキャメロットから光線が発射され、速やかにキュケえもんを射止めたのである。

鷹も鳴かずば撃たれまい。

哀れ、キュケえもんは悲鳴を上げながら墜落していった。

 

 

「何の光!?」

 

立香は光の出所と思わしき城壁塔の一角にモニターを合わせた。

すると、そこには赤髪で糸目の弓兵が配置されているではないか。

 

見た事のない顔だが、たぶん円卓の騎士の一人なのだろう。立香は予想した。

だってそうだろう。並の弓兵が光線みたいな矢を扱えるものか。それに彼の獲物は弓ではなく竪琴で、弦をつま弾く度に真空の刃が飛んでいく。かなりテクニカルで強いサーヴァントだ。

 

「イスカンダル王のように当時の人間も召喚出来るのか、マシュの宝具は……」

しかし考えてみれば、英霊を呼ぶ召喚サークルはマシュの大盾を媒介にしている。その大盾を使った宝具なら、自身と縁のある騎士を付随品として召喚出来てもおかしくはない……のかぁ?

 

カルデアの召喚システムは結構ガバガバで、本来聖杯戦争では呼べない英霊から幻霊、直死の魔眼持ちや疑似サーヴァント、果ては魔法少女まで何でもござれだ。

城のついでとして出てくる英霊がいても穏便な部類のイレギュラーじゃないか――立香はそう思うことにした。

 

『私の宝具はお城だけを召喚するって、いつから錯覚していたんですか? 兵士に守られない城がありますか! さあ、弓兵さん! 一気に勝負を決めましょう!』

 

『私は悲しい。普通の英霊としてではなく、添え物として召喚されるとは……ポロロン』

 

気勢を上げるマシュと、やや不満そうな弓兵。

凸凹した二人だが、近距離の敵はマシュの操作するキャメロットが轢き、遠距離や上空の敵は弓兵が狙い、意外と息の合ったコンビネーションで戦果を上げていく。

 

『どうですか、みなさん! これぞ、私が先輩を想ってリフォームしたお城です。円卓の騎士たちがギスギスしていた城ではなく、私と先輩がラブラブするための愛の巣なのです!』

 

『私は悲しい。仕えるべき相手が色欲塗れの少女で……ポロロン』

 

『この強固さ! この盤石さ! この堅牢さ! ああ先輩! あなたへの想いはこの通り揺るぎません! あなたへの想いを邪魔する人はこの通り倒しまくります!』

 

「これは素直にヒエッですね(白目)」

あまりに大きく重い愛に耐えきれず、立香はモニターを消した。

 

甘かった。人理修復までマシュは大人しくしている、などとお花畑脳で予測した自分が愚かだった。

 

聖拝戦争で負けた場合、しばらく実体化できないペナルティを負う。

その間に勝者だけが立香の部屋に入って、寝顔を拝み、起こす権利を得る。

 

多くのサーヴァントは立香を起こすだけで、それ以上のことはしない。

もし眠っている彼を襲えば最後、全サーヴァントを敵に回すことになって英霊の座への帰還不可避だ。その後、カルデアに自力召喚して戻ってきても周りから塩対応されるのが関の山だろう。

 

「でも、マシュはヤル気だ」

 

今のマシュには禁忌を破る凄みがある。後先考えないヤバさがある。バーサーカーよりデンジャラスな香りがプンプンする。

マシュが勝利者になれば、この部屋には『ギシィィ!! ギシィィ!!』とベッドが軋む音が響き続け、立香は甚大な被害が受けるだろう、主に股間を。

 

「とは言え、あの勢いは最後までもたないよな。キャメロットを動かして、円卓の騎士まで召喚するんだから。どう見ても燃費の悪い宝具だ」

 

都合の良い考察を己に聞かせるものの、不安は消えるはずもなく。

部屋の隅で体育座りになり、迷いに迷って――数分。

 

「いや、しかし、現状を正確に把握しないと対策が取れない」

なけなしの勇気を振り絞って立香は奮起した。

 

恐怖のスパイスは未知である。知らないから怖いのだ。幽霊の正体が枯れ尾花だったみたいに聖拝戦争の趨勢を見届ければ、あら不思議。マシュは途中で負けて、マスターガチ勢の中でもマシなステラさんや忍者たちが勝ち残って、怖い気持ちなんてどこかへ飛んでいきましたヤッター! な未来だってあるかもしれないじゃないか。

 

「頼むよぉ、頼むよぉ」

 

立香は手と手を擦り合わせてから、再びモニターのスイッチを入れた。

 

 

果たして、画面には――

 

 

 

 

『良い顔をするようになったわね。つい昨日までは生娘だったのに、今は立派な娼婦のよう……』

 

『キッカケを作ってくれたのはあなたです。その節は本当にありがとうございました』

 

『失敗だったわ。マシュちゃんが、こんなに素敵な婦女子になるなんて』

 

弓兵もキャメロットも消え、砂礫の大地となった戦場。

最後に立っているのは、マシュとマタ・ハリだった。

いや――うち一人はすでに身体から光の粒子を昇らせ、消失しようとしている。

 

『失敗ついでにまたアドバイスしてあげる。今日の勝利で己惚れないでね。もうマシュちゃんは強敵として認識されてしまった。コソコソ逃げ隠れする私とは違う。どのサーヴァントもあなたを真っ先に排除しようとするわ』

 

『誰が来ても負けません! 先輩への愛でバフ掛かりまくりの私に隙はありません!』

 

『強気なのは結構だけど、マシュちゃんの宝具はお城に侵入した敵には弱いわ。それに頼みの付属英霊は攻撃特化にするため耐久性を犠牲にしていた。なにしろ私の光弾で朽ちてしまったもの。彼、最期は涙目だったわよ』

 

マタ・ハリの指摘にマシュは苦い顔をした。

いくらビースト因子の加護を得たとはいえ、ビーストのように無尽蔵の魔力を扱うことは出来ない。暴虐を楽しんでいるようでいて、見えないところでは魔力を節約しながらマシュは戦っていた。

 

『それでも私は負けません! もっともっと強くなって、サーヴァントの皆さんとついでに魔術王を蹴散らし、先輩とイチャラブの限りを尽くしてみせます!』

 

『うふふふ、頑張りなさい。私だって負けない……虐げられることには慣れているわ。でも、聖拝戦争の自己記録を更新できた。少しずつ、私は、マスターに近付いているのよ……』

 

悔しさと確かな希望を抱いてマタ・ハリは消え――勝利者たるマシュだけが残った。

 

『さようなら、マタ・ハリさん。あなたは同じ男性を愛した、尊敬すべき女性でした……』

 

「マシュ……」

 

(つわもの)どもが夢の跡となった戦場に響くマシュの独白。映像を観る立香は物悲しさを覚えた。

 

『まっ、それはそれとしてです! 聖杯よりも尊い先輩をおそいに……もとい、起こしに行きましょう!』

 

なお、しんみりムードは一瞬で終了。ここからはビースト後輩待望の時間である。

マシュが獣の目で涎を垂らし出したところでシミュレーターの映像は途切れた。

 

「こらあきまへん」

恐れていた事態になってしまった。英霊のみんなは聖拝戦争のペナルティでしばらく霊体化している。救助は望めないだろう。自分の貞操は自分で守らねば。

現在、マシュはシミュレーションルームに居る。ここに来るのにそう時間は掛からないだろう。

 

自室に籠城か、どこかへ避難するか……立香は即断した。

カルデアのセキュリティなんて野獣後輩の前には意味を為さない。それより広大なカルデアの内部でかくれんぼする方が性存率は高いはずだ。

だから――

 

「逃げるんだよぉぉぉ!!」

 

立香はドアを開けて、廊下へと飛びだそうと――

 

 

 

「がおお~~おはようございます、先輩! がおお~~」

 

「あっ、おはようございます。マシュさん(絶望)」

 

現実は無情である。部屋の前にはすでにマシュが立っていた。

 

「お、お、お早い御到着デスね」

 

「兵はセック〇を尊ぶと言います。秒で来ました!」

 

「それを言うなら、兵は拙速(セッソク)を尊ぶ……って、それよりマシュさん。何とも珍妙な格好をしていらっしゃいますが、なぜに……?」

 

逝の予感に苛まれながらも、立香はマシュの服装にツッコミを入れざるを得なかった。

 

「コレですか? せっかく先輩を起こすのです! 正装するのは礼儀ではないでしょうか!?」

 

正装……性装の間違いでは?

 

立香が疑問に思うのも無理はない。

マシュはほぼ全裸で、リンゴの審査的に大丈夫なのか心配になるドスケベな装いをしていた。

彼女は着やせするタイプのようで、紫のファーでちょっとだけ隠れた胸の自己主張感がバリ高である。

クロスした黒紐が申し訳程度に胴を覆い、太ももはこれでもかとムチムチ感を強調し、青少年の理性を喰いにきている。これは(ビースト)ですわ。

 

なお、これからガチに喰われそうな立香はまったく興奮できない模様。

 

「マシュさんのヤル気は十分伝わりました。しかし、誠に残念ながらこちらはもう起床していますから、お帰りくださっても」

 

「ナニを言うのですか! 先輩! まだ、起きていないじゃないですか!?」

 

「はいっ?」

 

「ほら、先輩のセンパイがまだ眠っています」

 

マシュの鋭い眼光が立香の下半身を射抜いた。パンツの中に埋没する立香のリツカ君は、カルデアが肉食ワールドになってからというものAチームに負けないくらい長き眠りについている。

 

「先輩は年齢的に性欲旺盛なはずです! それがオネムなのは健康上問題が発生しているためと断言できます! 起床係として見逃せません! がおお~~!」

 

「ひぃぃ!! ガンド! ガンド! と、止まらねええ! れ、令呪をっ!?」

 

デンジャラスな格好をしたマシュとのバトルが始まった。

 

『起床レイ〇! 野獣と化した後輩』

 

そんなタイトルが似合いのマスターとビーストの闘いは、それはそれは熾烈を極め、カルデア施設に少なくはない被害を与えることになった……

 

 

 

そんなカルデアの一角から。

 

「フォウ……フォォフォォ~~」

 

愉悦ニストとしては垂涎物の光景をウォッチングしながら『ああ、コレだよコレ。これが見たかったんだ。たまらねぇ~ですぜ』と床で悶える人類悪が一匹。

マシュを肉堕ちさせた諸悪の根源であるフォウは、今日も楽しく愉悦ライフを満喫するのであった。

 

 

 

 

 

――――そうだ。私は、本当に、愉悦(うつく)しいものを見た。

身体を交えずとも(こじ)らせる愛はあり、お尻から血を流さなかったからこそ、辿り着ける答えがあった。

おめでとう、カルデアの(都合の)良き(マスター)

 

第四の獣は、君によって新たな嗜好に目覚め、(本来の存在意義をガン無視するようになったのである意味)倒された。

 

 




やっと三話が終わりました。
想定の四倍くらいの文量になってしまいました……長ぇぇ。

四話は間延びせずに、コンパクトに仕上げたいと思います(予定)


と、いう事で。

第四話『藤丸立香と引きこもり姫とサーヴァント・オールシーズンフェスティバル』に続く。



まさか本家の復刻イベントと同じタイミングになるとは……
本家は同人イベントにあるまじきKENZENなフェスティバルですが、本作品は『R-15』タグの加護の下、好き勝手やりたいと思います。


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第四話:藤丸立香と引き籠り姫とサーヴァント・オールシーズン・フェスティバル①

水着イベントにキュケえもんが実装されず「汎人類史に存続する価値はあるのか?」と自問自答して筆が止まっていましたが、キュケえもんの戦闘ボイスが追加されたことで息を吹き返したため投稿を再開します。

なお、第四話は多くのサーヴァントがキャラ崩壊していますので、ファンの方には申し訳ない気持ちでいっぱいです。


サバフェスをご存知だろうか?

正式名称は『サーヴァント・サマー・フェスティバル』。

ハロウィン、クリスマス、バレンタイン・ホワイトデーと季節のイベントをきっちりこなすカルデアが、夏に催す宴のことである。

 

人理が焼却されてんのに余裕あんな、こいつら――とか。

英霊のくせに人類より生を謳歌してんな、こいつら――とか思ったら色々辛くなるから止めようね。

 

ともあれ。何も知らない者からすれば、屋外で楽しく踊るサンバのような催しを想像するかもしれない……が。

性欲溢れる我らがカルデアにおいて、んなフレッシュなイベントが開かれるはずがないだろいい加減にしろ!

 

フェスティバルは室内で行われ、激しく動き回ることなく、軽快な音楽なんぞ鳴り響かず、爽やかさなど微塵もない。

 

――だが、熱狂はある。

 

『サーヴァント・サマー・フェスティバル』。

有り体に言えば『同人即売会』。

紙面に書(描)かれた文字が、イラストが、物語が、参加者(の主に下半身)を熱く狂わせるのだ。

 

さらに、ここはルルハワで開催された健全なサバフェスとは異なるR指定世界。

マスター脳を患う理性蒸発上等のサーヴァントらが集う肉食カルデアにおいて、『健全』は遥か遠き理想郷へと追いやられた。

人理焼却された世界に、表現の規制に取り組むリンゴ的組織があるはずもなく「全年齢? 知らない言葉ですね」と、サバフェスはアダルトな魔境と化している。

エロは生きる原動力であり生命の根源。何を恥ずかしがる、大いに表現しよう、エロの偉大さを三千世界に轟かせよう!

 

わざわざ言及するまでもないが。会場に置かれた作品群はどれも『藤丸立香』が題材となっており、彼を模したあられもない創作物が会場を席捲している。

もし、本人が目撃すれば「こんなサバンナにいられるか! 外が焼却されていようが俺は自分の国に帰らせてもらう!」とカルデアからの脱走を試みることは想像に容易い。

故にサバフェスはサーヴァントが企画・運営を一手に引き受け、秘密裏に開かれてきた。

それも夏だけでなく、年がら年中。

 

当初は夏のみ開催だったが、こんな愉しい祭りなら年に何度も楽しみたい――との要望が日に日に増え、いつしかオールシーズンとなった。

名も変わった。『サーヴァント・オールシーズン・フェスティバル』だ。

 

隙あらば開催するのだ!

どんどん書け! どんどん描け! どんどん演れ! どんどん彫れ! どんどん縫え! 

己が欲望を、己が愛を、己が性癖を!

いつか実現するかもしれないマスターとの逢瀬。そのイメージトレーニングも兼ねて!

 

 

人理修復、聖拝戦争、サバフェス準備、マスター襲撃。

カルデアのサーヴァントは実に多忙である――そんな中で。

 

 

一体のサーヴァントが人(サーヴァント)生の袋小路に陥っていた。

彼女の名前は――

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

「おっきー、ネームの進捗はどうなっていますか……うっ」

 

相方の部屋を訪れた清姫は、散乱する本やスナック菓子の袋や紙屑に眉をひそめた。

基本的に片付いていない相方・刑部姫のテリトリーだが、今日はいつにも増して汚部屋である。

 

「こんなに散らかして……返事を聞くまでもなく進んでいないようですね」

 

溜め息を吐きつつ、清姫が目に付くゴミを拾っていると。

 

「うう~~ダメだぁ、(わたし)はもうダメなんだぁー! うわあああーん!」

 

中央にドッシリ置かれたコタツからすすり泣く声が聞こえてきた。

 

「部屋に引き(こも)るばかりか、さらにコタツに籠るなんて、これは重症ですね。ほら、おっきー。顔を出してください。泣いていても締め切りは延びません」

 

コタツ布団を持ち上げようとするも内部からの抵抗は激しく難航する。

ええい、筋力Eなのにやりますね。いっそのことコタツを燃やし、たまらず飛び出してきたところを上から鐘を被せ捕獲しましょうか……と、物騒なことを思案する清姫。

しかし、この引き籠り。追い詰め過ぎたあまり、チェイテピラミッド姫路城へと逃げ籠った前科を持つ。強硬策に移るのは尚早か。

 

(わたし)は所詮アマチュアぁぁ。低クオリティの駄作量産機なんだぁ~」

 

「はぁ……前回の事をまだ引きずっているんですね。切り替えていきましょう、プロはプロ。私たちは私たちで」

 

「うぇぇ、簡単に割り切れれば苦労しない~~」

 

 

元来、刑部姫はオタ活に積極的でカルデアに召喚される前から同人活動を行っていた。

アマチュアながら実力は高く、イラストをTwit〇erに投稿すれば4000イイネを取れるくらいにはある。

 

 

そんな彼女の心が折れる事件が、前回のサバフェスで起こってしまったのである。

刑部姫と清姫の同人サークル『Princess×2』が出した渾身の一作『マー珍と触手』。

タイトルからしてヤバいが中身もヤバい。

 

事件の概要の前に、内容を大まかに説明しよう――

 

グランドオーダーの最中、魔神柱に捕らえられてしまう立香。

魔神柱の触手(魔神柱に触手なんてあったっけ? という疑問はNG。あの見た目ならば触手があってもおかしくないと誤認推奨)は立香の四肢ばかりか大事な部分にも伸びていく。

服を剥かれあられもない痴態を晒してしまう立香! 絶体絶尻! もうダメだ貫通だ! という寸前で彼はサーヴァントに救出され、貞操の危機を脱する。

しかし、身体は無傷でも心に残った大きな傷は如何ともし難い。

立香は自室に引き籠るようになった。そんな彼を健気に看病し支えるサーヴァント(目鼻が描かれていない同人誌おなじみの顔)。慈悲深い献身はやがて立香の心を癒し、一人と一体の仲は深まっていく。

絆が深まればヤルことは一つ。サーヴァントと立香は幸せな合体をして、お話は終了する――

 

 

刑部姫と清姫には確かな手応えがあった。

絵の出来は上々。鐘姦やコタツ姦など趣味に走り過ぎた過去作より万人受けする。

これなら歴代最高の売り上げを叩き出すのは間違いない!

 

二人は大きな期待と自信を胸に、サバフェスに臨んだ。

結果は……運が悪かった、相手が悪かったと言うしかない。

 

『Princess×2』の売場は不運にも大手サークルに挟まれていた。

一方は、日本史上最高の知名度を誇る画家・葛飾北斎

もう一方は、日本史上最高の知名度を誇る小説家・紫式部

 

これだけで罰ゲーム状態なのに、なお最悪なのは同人誌の内容が被っていたことである。

葛飾北斎は、生前からタコに絡まれる女性の浮世絵を描いていた。ならば『魔神柱×立香』モノに手を付けるのは必然であろう。

紫式部はこの時たまたま『立香介護』モノに挑戦しており、源氏物語に負けない淫靡と官能的な描写を現代小説の形にしっかり落とし込んでいた。

 

長蛇の列を作る二大サークル――の真ん中でポツンと佇む刑部姫。俗にいう『伊〇ラ〇フ状態』だ。端から見れば笑い話だが、渦中の本人としてはまったく笑いは出ず、冷や汗が滴る。

相方の清姫が居れば、まだ彼女の苦痛は緩和されたことだろう。しかしタイミングが悪く、清姫は立香を襲った罰による『素材狩りの刑』で不在であった。

 

針のムシロの刑部姫は、自作内の立香以上に精神をやられ、自作内の立香以上に引き籠ってしまった――そういう経緯である。

 

 

 

「今回はわたくしがネームを切っても良いですが、それは逃げですね。わたくし、逃げる者は追わなければ気が済まない性質(タチ)なので。おっきーには何が何でも奮起してもらいます」

 

清姫の声が硬くなる。傷心の相方への遠慮がなくなった。

 

「ひっ! お、横暴だー。暴力に屈する(わたし)じゃないぞー。耐久サポーターアサシン枠の意地を見せてやる! こちとら同人活動の傍らスキルや宝具を強化して、マーちゃんの役に立とうと鍛えているんだから!」

 

「あの明後日の方向に強化したスキルと宝具ですか? 正直、おっきーの戦い方に合致していないような……」

 

「やめてぇぇぇ、きよひー! その事実は(わたし)に効く!」

 

沸騰したヤカン蓋のようにコタツが上下に激しく揺れる。中に籠る刑部姫は壮絶に悶えている模様。

 

「はぁ……」清姫は入室してから早くも四回目の溜め息をついてから。

 

「今のおっきーは同人活動の初心を忘れているみたいですね。無理矢理引きずり出したり燃やしても根本的解決にはなりませんか……でしたら、ここは一つ、わたくしから試練を与えましょう」

 

「しれぇんん……試練ってケルト系や脳筋系サーヴァントがやたら好みそうで、文化系の(わたし)的には鳥肌が立つ暑苦(あつくる)ワードの? そんなの(わたし)が承諾するわけないじゃん」

 

「うふふ、拒否していられるのも今のうちです。試練を乗り越えた場合、特別な賞品を贈りましょう」

 

「賞品……舐めてもらっちゃ困るなぁ。(わたし)が受けた傷は深く痛ましいんだ! そんじょそこらのモノで釣ろうだなんて(わたし)を馬鹿にしてい――」

 

旦那様(マスター)の毛髪です」

 

「詳しく」

 

「あれは先日。わたくしが『素材狩りの刑』になった日のこと」

 

「あ、回想初っ端でオチが見えちゃったんだけど」

 

「わたくしは隠密的にすら見える献身的な後方警備でマスターを護っていました」

 

「客観的に言えばストーキングをしていたと」

 

「ますたぁを監視していましたら、何やらムラムラしてしまい。思い余って背後から濃密な身体接触を仕掛けまして」

 

「いつもの強襲をかけちゃったんだ」

 

「その後、同じ水泳部の頼光さんたちに捕縛されたわけですが……騒動の最中、幸運にもわたくしの指にマスターの大事なモノが数本絡まっていました。きっと、わたくしの日頃の行いが良かったからですね」

 

「思わずコタツから出てツッコミたい衝動に駆られるけど……ほ、ほ、ほんとにマーちゃんの毛髪?」

 

「我慢できず一本口に入れたので間違いありません。わたくしの霊基が多幸感と力に溢れ、聖杯なしでレベル上限が解放されました」

 

「そのデタラメさは、まさしくマーちゃんの!? ――ごくり」

 

「おっきーはメル友でサークル仲間。手に入れた毛髪から一本くらいは融通しても構いませんよ」

 

「そ、そ、そんなあからさまな『餌』に釣られないクマァァァ…………ァァ…………はい、釣られました。これでもかと華麗に釣られました。ってかマーちゃんの一部が手に入るとか乗るしかない、このビックウェーブに!」

 

ドタバタ暴れ叫んでから、ようやく刑部姫はコタツから顔を見せた。尻を隠して頭隠さず。カタツムリみたいと内心思う清姫である。

 

「で、きよひーは(わたし)に何をさせたいの? ネロ祭やギル祭みたいな超高難易度の試練はダメだからね。フリじゃなくガチで」

 

「うふふ、簡単な試練です。怯えないで聞いてください――」

 

訝し気な目の相方を安心させるように、清姫は嘘偽りのない明快な言葉を発した。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

「まさか、引き籠りで名を馳せた(わたし)が御朱印集めモドキをやるなんて……絶対おかしい。魚が陸で生きるレベルの無理げーだって」

 

愚痴りながら刑部姫は廊下を進む。彼女が通路にいるだけで誰の目からも違和感だが、肩が擦るほど壁際をコソコソ歩く様は実に『らしい』光景だ。

 

「どこが簡単なのさ。コミュ障には辛すぎるんですけど」

 

清姫から与えられた試練は、『サバフェスに出るサークルを巡って、各サーヴァントの主義趣向をインタビューし、どんな矜持を持ってサバフェスに臨んでいるのか調べる』――だった。

 

「全部とは言いません。この紙に指定されたサークルを回ってください。それぞれの先生方には話を通していますから。会った証明として先生方のサインを忘れずもらってくださいね。あっ、わたくし、嘘は大嫌いですので……虚偽報告には炎をもって対応します」

 

ドスが効いた言葉に、刑部姫はコクコクと肯くしかなった。

 

 

 

「それにしても~」

 

色々と引っかかる試練だ。清姫の行動にはバーサーカーらしからぬ段取の良さと卒の無さが窺える。猪突猛進な彼女が持ち合わせていないものだ。

 

「きよひーならマーちゃんの毛髪を交換条件にさっさと原稿を描け、と命令しそうなのに。こんな回りくどいやり方を取ったのは……そういうことだよね」

 

どうやら自覚以上に仲間や友達を心配させてしまったらしい。

サークル名が記された指示書は、書式がサバフェス運営の発行誌に似ている。

 

運営の構成員は毎回微妙に変わるが、責任者は常に決まっている。黒髭氏だ。

彼はクリエイターではない。サバフェスにおいて脚光を浴びることはない。

しかし、読み専として素人のどんな拙い作品にも目を通し、良い点を見つけ褒めてくれる。もちろん改善点もきちんと指摘するが、将来性に期待した思いやりのある論評は多くのクリエイターから支持されている。

何と言っても問題行動の多いサーヴァントたちを統括し、短い頻度でサバフェスを開けるのは運営責任者たる彼の手腕に依るところが大きい。

ある意味、サバフェスにおいて最も必要とされる存在だろう。

 

「黒髭氏が、きよひーに助言してくれたのかな。多くの作家たちと交流して、(わたし)の創作意欲を刺激しようと……じゃあ、仕方ないな~」

 

ここまでお膳立てするのに、それなりの労力が費やされたはずだ。

些か大きなお世話だが、友人である清姫と黒髭氏の厚意を無下にするのは気が引ける。

 

「よ~し、いっちょ行きますかぁ」

 

指示されたサークルを全部回るのは骨だ。気合入れなど自分のキャラに合わないが、やっておこう。

 

 

『同人活動』には、たくさんのサーヴァントが関わっている。関わり過ぎている。

絵心がある者は漫画やイラストを、ストーリーテリングが上手い者は小説を、料理の得意な者はマスターの胃袋攻略に適したレシピを、音楽で一世を風靡した者は楽曲を、フィギュアやゴーレムなどの変わり種だってある。どのサーヴァントも思い思いの方法で自身の中で燻ぶる熱情と劣情を表現する。

 

これが『サバフェス部』だ。『愉悦部』、『溶岩水泳部』と並んでカルデア三大部活動の一つと数えられるが、携わる人数だけ比べれば他を圧倒している。

部と言う形を取っているものの部員たちが一堂に介するのはフェスティバル当日だけで、普段は横の繋がりが薄い。同部員だろうと、刑部姫が喋ったこともない者ばかりだ。

 

ちなみに文化に疎い脳筋サーヴァントは部員になれないが、推しの先生が同人活動に集中できるようQPを稼いで投げ銭したり。

藤丸立香がサバフェスに気付かないよう、あえて(?)襲撃者となって注意を逸らしたりする。いやはや、刑罰を承知でサバフェスに身を捧げる。なんとも涙ぐましい自己犠牲ではないか。

 

 

 

「わー。お菓子だーお菓子ー! クリスマスでもないのに嬉しいです!」

「わー。おいしぃ! アメリカにはない味でほっぺた落っこちそう~」

「わー。わたしたちも大満足だよー!」

「わー。絵本のようにあまーい!」

 

「ひっ!?」

 

前方から(中身はともかく見た目は)カルデア子供組がキャッキャと走って来る。キャッキャの『キャ』は陽キャの『キャ』。つまり大敵だ。

刑部姫は壁に張り付いて、

 

「お菓子ありがとー! おねえさーん!」

 

お礼を言いながら去って行く幼女共をやり過ごした。

 

「うええぇ、慣れないなぁ。あの子たちのあのノリは……ん、お姉さんって」

 

どうやら最初の先生の部屋に着いたようだ。

 

「こらこら、ちゃんと前を向いて歩くんだぞ」

 

叱るようでいて、母のような愛情を含む声色。

ギリシャ神話に名を刻む女狩人・アタランテが刑部姫の前に立っていた。

スラリと細い体躯、ケモノ染みた耳と尻尾が特徴的だ。

 

 

「子供は良いものだな。彼女らの笑顔は好きだ」

 

アタランテはその生い立ちから、子供を庇護され愛されるべき対象と見ている。聖杯にかける願いは『この世全ての子供たちが愛される世界』、たとえ夢想家と蔑まれようとも願わずにはいられない。

 

「さて――」

アタランテの視線が子供たちから刑部姫にシフトする。

「話は聞いている。私の活動を見学したいのだな」

 

「ひっ、そ、その」

 

刑部姫にとってアタランテはまったく接点のないサーヴァントだ。会話するのもこれが初めてである。

だが、相手はサバフェスで一大ジャンルを築く権威あるお方。挨拶はしっかり行っておこう。

刑部姫はブンブン頭を下げつつ言った。

 

 

「よ、よろしくお願いします! 『ショタランテ先生』!」

 



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第四話:藤丸立香と引き籠り姫とサーヴァント・オールシーズン・フェスティバル②

お久しぶりの投稿です。

【前回のあらすじ】

スランプになった刑部姫は創作意欲を取り戻すため各サーヴァント先生の作業(性癖)を見学して回る事となった。
記念すべき最初の先生は、子供大好きのショタランテ先生で……


アタランテの部屋はとにかく簡素、電化製品はもちろんテーブルすら無い。狩人である彼女の性格が実に反映されている。

だからか、部屋の角にある作業机とその上の豊富な画材が、刑部姫には異質に映った。

 

なお、壁には藤丸立香のお宝写真が所狭しと貼られまくっているが、どのサーヴァント部屋でも馴染みの光景のため注意は特に引かれない。

 

「『Princess×2』の本は毎回購読させてもらっている。私の趣向からは外れるが、一定のクオリティが約束されている分、安心して読める」

 

「大人気作家・ショタランテ先生が(わたし)たちの作品を!?」

 

座布団のない床で正座し「こ、光栄過ぎて心臓がぁぁ……」と胸を押さえる刑部姫。

 

「卑下する事はない。『Princess×2』の実力は確かだ。マスター狩りのシーンはカリュドーンの猪狩りよりずっと丁寧で参考になる」

 

「やめてぇぇ! 持ち上げ行為は落とす前振り。(わたし)の中ではそうなっているの」

 

頭を抱える刑部姫に、ヤレヤレと嘆息しつつ。

 

「汝に技術的なレクチャーは必要ないだろう。私が為すべきは――」

 

アタランテは作業机に置かれていた一冊の本を手に取った。

 

「この本を読んだ事はあるか?」

 

「そ、それは『はじめてのぐらんど・おーだー(表)』! ショタランテ先生の代表作にして『りつか君6歳』シリーズの第一作! 手垢が付くほど読み返しています!」

 

『はじめてのぐらんど・おーだー(表)』、りつか君6歳がサーヴァントらに見守られながら特異点で聖杯探索をする物語だ。瓦礫、焦土、怪物、死――聖杯探索のシリアスな部分は子ども向けにマイルド化され、ショタランテ先生の優しい絵柄も相まって小学校の図書室に並べられても問題ない外面と内容になっている。

 

りつか君6歳がトテトテと特異点を歩き回り、立ちはだかるトラブルに対して時には「うわぁぁん」と大粒の涙を流し、時には「きゃきゃ、やったぁー」と満面の笑顔で乗り越える。

りつか君の一挙手一投足が放つ可愛さは凄まじいの一言。どのくらいヤバいかと言うと、読サバたちの理性や母性や父性に特攻し『半ズボン耐性ダウン』を付与するほどだ。無論、無敵貫通属性のため読めば最後、この永続デバフから逃れる術はない。

 

また、『この世全ての子供たちが愛される世界』が願いのアタランテは子供にこそ自分の漫画を読んでほしい、と常々思っている。そのため『はじめてのぐらんど・おーだー(表)』はサバフェスでは珍しいエロ要素を排した全年齢対応。

これにはカルデア子供組もニッコリだろう。なお、サーヴァントに年齢はあってないようなモノなので、子供組だろうと喜々としてR-18の同人誌を漁っている模様。

 

 

「漫画を描くに当たって、私が最も重視しているのは『マスターを如何に愛狂(あいくる)しく表現するか』だ。すなわち如何に純粋で無垢に描くかだ」

 

「なるほど」

『愛狂しい=純粋・無垢』には独断と偏見の介入が見られたが、ショタランテ先生から発せられた言葉となれば説得力がある。刑部姫は異議を唱えず肯いた。

 

「人理焼却によって世界中の子供が消された。下手人を千回射殺しても許し難い暴挙だ。こんな絶望的な世界でも、まだ私の子供(ねがい)は残っていた。マシュは例外枠なので外すとして、一番若いのはマスターだ。子供と言うには精悍過ぎるが、頑なに酒を避け『未成年』を主張するところからして子供だろう。そんな子供が矢面に立って、人理のために死地を踏破せねばならない。なんて痛ましく、なんて尊いのか……私はマスターが愛しくてたまらない」

 

「ショタランテ先生……」

 

もしかしたら人理焼却に最も憤りを覚えているのはアタランテかもしれない。重苦しい彼女の口調に、刑部姫は思いの強さを感じた。

 

「そして気付いたのだ。ただでさえ愛しいマスターが幼児化すれば、すなわち最強ではないかと」

 

「なるほど」

明らかな発想の飛躍だが、ショタランテ先生から発せられた言葉となれば説得力がある。刑部姫は異議を唱えず肯いた。

 

アタランテが作業机に向かい、真っ白の原稿用紙に手を置き、丸ペンを握る。

 

「イメージするのは常に最萌えのマスターだ。あどけない表情と、穢れなき半ズボンをイメージしろ。あとは手が勝手に動き始める」

 

言葉通りアタランテの手が躍動し『りつか君6歳』を紙面に生み出す。その迷いなきペン捌きが、立香に対する執着……もとい思いの深さを示している。

 

はぇ~、すっごいキュート。

見れば見るほど生唾が溢れてくる。刑部姫は口元を拭わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

アタランテは純潔の女神アルテミスの加護を授かった『純潔の狩人』。本来なら他人と抜き挿しの関係を築いてはいけない。だが、どんな戒律にも抜け穴があるようにアタランテにも穴がある(意味浅)。

 

神話の時代、数々の求婚者を追い返すため出した条件『自分との徒競走に勝利すれば結婚も合体もOK』がそうだ。

哀しい事だが、立香は気付かぬうちに条件をクリアしてしまった。

 

第三特異点で起こった、ヘラクレスとの追いかけっこ。

立香はエウリュアレを脇に抱えたままヘラクレスの追走から逃げ切った。

かつてアルゴー船に同乗したヘラクレスの力量はアタランテの知るところ。

 

あの大英雄に人間が拮抗してみせる……だとっ!?

 

アタランテの驚愕は大きいものだった。俄然、藤丸立香に興味が湧き――詰んだ。

立香に僅かでも関心を持てば心臓を『サーヴァント特攻(ハート)』さんに握られたも同然。その後はお決まりのコースである。

あれよあれよと絆され特異点を定礎復元した頃には「やはりカルデアか。いつ戻る? 私も同行しよう」と絆レベル8らしい強引さでくっ付いてきた。

 

 

マスターの脚力は英霊の域に辿り着いている。私と争えばどうなるか……くっ、まだ私が勝っているか! いや、待て。ヘラクレスとの徒競走ではマスターは女神(ハンデ)を抱えていた。その分を差し引けば私より速いのでは……うむ、速いに違いない! つまり、私が襲っても……もとい『純潔の誓い』と膜を破っても合法!

 

 

これは性犯罪者の欲目ですわ。

アタランテは都合の良い判断でマスターガチ勢の仲間入りを果たした。

 

 

 

 

 

「はぁはぁ……マスター……マスター……くぅぅ」

 

「しょ、ショタランテ先生?」

 

『りつか君6歳』を描くうちにアタランテの呼吸が荒くなってきた。

 

ああ、これは自分の描いた絵に発情しているんだな。分かる分かる、(わたし)も熱中するとつい地産地消しちゃうし。

 

刑部姫が温かい目でアタランテの変調を見守っている……と。

 

「しまった! 手が滑った!」

 

迫真の棒読み。アタランテは作業机の引き出しを開け、毛皮を取り出した。すんごい手の滑りっぷりだ。

 

「おお! それって!」

刑部姫が活気づく。ショタランテ先生のファンなら誰でも期待する展開が来たのだ。

 

アタランテは毛皮を被り、

 

「ぐ、ぐぅぅ、ぐぅぅおおおおおお!!」

 

雄叫びを上げた。黒いモヤが彼女を覆い、姿と霊基が変わっていく。

 

アタランテが使用したのは『魔獣カリュドーンの皮』。自身に魔獣の力を付与する代わりに理性が消失してしまう呪いの宝具だ。

アタランテ・オルタとして別枠召喚される事もあるが、肉食カルデアではアーチャーのアタランテがオルタも兼任している。

 

野性味溢れる表情と肩に付いた猪の顔。面積の小さい喰い込み水着な外見であるのに色気がまるでない。

 

「間違いじゃない! 間違いのはずが無いんだ! うう、うあああああぁっ!」

 

今にも宝具をぶっ放しかねない掛け声を発し――アタランテは再び机に向かった。

獣のように唸っても、やるのは漫画を描き続けるのみ。違和感がヤバい。

獣化して手先の器用さが下がったためか、先ほどより絵が乱雑だ。けれど、それが迫力へと昇華され……『りつか君6歳』が大変なことになっている。

 

 

待ってた! 『はじめてのぐらんど・おーだー(裏)』待ってた!

きよひー等の例外を除けば、バーサーカーとは極力接したくない刑部姫だが、ショタランテ先生だったら話は別。

立香が襲われる同人誌は数あれど、ショタランテ先生は表裏の2バージョンを出してくれる。表で健全な冒険をする『りつか君6歳』が、裏でくんずほぐれつな目に遭う。

全年齢対象キャラが裏ではエロいことに。これぞ同人誌の本懐ではなかろうか。1バージョンのみより禁忌感が強まり、妄想も高まって……たぎる!

 

「私の愛するものはこう成り果てても変わらん。子供達だけだ」

 

ショタランテ先生がなんか世迷言を吐いている。

 

「でも、先生。子供のりつか君を裸にしてアレコレするのは先生のルール的にアリなんですか? まだ6歳なのに」

 

前々からの疑問を刑部姫は恐る恐る尋ねた。

 

「大丈夫だ! 私が描く『りつか君6歳』は6歳ではない!」

 

「はっ?」

 

「『りつか君6歳』までが名前なのだ! 実年齢はもっと上! 精通もしている」

 

んな屁理屈な! と心中で突っ込む。

だが考えてみれば、この予防線の張りっぷりがショタランテ先生の真骨頂。

 

『全ての子供に幸せを』と願う一方で『マスターをショタ化して直接愛したい』と欲する。

願望と欲望。相反する両者に折り合いをつけるため先生は多くの小細工を弄している。

 

わざわざオルタして理性を排さねば濡れ場を描けない。

その濡れ場は荒々しい絵のタッチとは裏腹にイチャラブだ。

相手役は味方サーヴァントで固定されているし、プレイ内容は『りつか君6歳』の負担にならないよう配慮に配慮を重ねたもの。親の気持ちになって読めば、子供への愛が随所で爆発しているのが汲み取れるだろう。

読後感は心と下半身がポカポカするもので――

 

 

『りつか君は良い子でちゅね~。ママが色々なことを教えたくなるわ (踊り子ママ)』

 

『子供が元気なのを見ると嬉しくなるわ。もちろん元気よく出すところもね (キッチン担当の二児ママ)』

 

『ショタランテ先生の作品からは学ぶ点が多いわ。そうね、これがマハトマね (マハトママ)』

 

『子供のワンパクさは微笑ましいが、りつか君は度が過ぎていて心配だ。せめて食事の世話くらいはしたくなるな (エミヤママ)』

 

『好きな作風ですけど、りつか君をもっと(たくま)しくして赤ちゃんプレイを導入した方が……ゾクゾクと興奮します (バブミママ)』

 

『りつか君を見ていると我が子のような愛おしさを……あら、りつか君は我が子……ふふ、私ったら寝ぼけていたようです。実の子を忘れるなんて (バーサー(かあ))』

 

『サバフェス新参者ですが、ショタランテ先生の作品は窓口が広く初心者でも安心して読めました。先輩のショタ化というのは私的に新境地であり、早速半ズボンの購入に走ったものです。タイミングを見計らって先輩に履いてもらうよう交渉してみます! (デンジャラスビースト)』

 

 

と、ママ属性の読サバと一部ビーストから熱烈な評判を得ている。

 

 

ショタランテ先生は戦っているんだ。自分の在り方や倫理に反しないギリギリのラインで、マーちゃんと愛し合うために。

それに比べて(わたし)は壁サーとジャンルが被って叩きのめされたくらいで創作意欲を失うなんて……

 

作品だけでは読み取れない作者の苦労を目の当たりにして、刑部姫は柄にもなく自身を恥じるのであった――

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

刑部姫のサークル見学は続く。

 

 

 

「ハ。ハハハ。クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! 我が名は復讐者、巌窟王エドモン・ダンテス!恩讐の彼方より、我が共犯者を〇〇にきたぞ!」

 

エキセントリックで言動の半分は意味不明な『エロモン・ナンデス』先生。

しかし、本人の性格とは打って変わって作風は純愛もの。四六時中マスターに寄り添って絆を深める描写は、悪や混沌属性のサーヴァントだろうとキュンしてしまうほどで――

 

 

 

『エロモン先生の作品は不安定な僕の特効薬だよ、本当に感謝している。僕が僕の中の『俺』とギリギリやっていけるのも先生のおかげさ (悩める二重人格)』

 

『余の……美しきマスターを……おお、エロォォオオオオ!!! (姪×マスター 肯定伯父)』

 

『甘い物は菓子で十分と思っていたんじゃが……ううむ、意外や吾もイケる口だったか。おっ、酒呑……そんな物より酒でも呑まないかって? 酒呑から誘ってくれるなんて嬉しい事もあるものだな! (幕間登場率高スギィ鬼)』

 

『人気作品だからよぉ、買い占めからの転売で大儲けだ! って思っていたんだが……ヤベェよ、中身ヤベェよ。俺が俺でなくなっちまう! (新大陸発見船長)』

 

『蹂躙のない貧弱ジャンルなのに目が離せん。くっ、私とした事が……些か腹が立った。麦粥魔女で憂さを晴らすか (祝・初強化オルタ)』

 

『やはり恋愛の王道は純愛ですね! ちなみに先輩のカップリング相手として王道なのは後輩だと思います! エロモン先生のお話のように順序を守ってお付き合い出来るか少し不安ですが、最初からクライマックスにならないよう自重して先輩との愛を深めます! (デンジャラスビースト)』

 

 

 

このように受け止め方はそれぞれだが評価されている。

 

最近頭角を現してきた『ゲシュペンスト・ケッツァー』先生もそうだが、復讐者(アヴェンジャー)クラスは何故か純愛に走りやすい。

復讐を願いながら心休まる相手を求めているのかな? と刑部姫は見学しつつ予想した。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

「あなたに幾つかお教えできるものがあります。さあ、共に学びましょう」

 

教えを乞うとすれば彼ほど頼りになる者はいない。大賢者・ケイローンの見学は創作の心得だけでなく技術の面でも実りが多い。

ただ、こちらはエロモン先生とは反対で……本人に問題はないものの、作風が上級者向けだ。

 

「常に冷静に、広い視野を持って。そして、マスターにアプローチしなければなりません。広い視野ですよ」

 

と、ケイローンこと『ケモナーン』先生は言う。作者名から察せられるように彼の作品は種族の垣根を超えた愛がテーマだ。

しかも「ケモミミ娘って良いよね」とほざくエセケモナーではなく本格派。ケイローンは半身半獣で、下半身はいろんな意味で馬並である。

そのためか、ケモナーン先生の読者層は特殊だ。

 

 

『ヒヒーン! 先生の作品、人参と同じくらい好きですね。マスターと真なる人馬一体をしてこの世の果てまで駆けたいものです! (自称呂布)』

 

『ケモナーン先生の本は人類の、いや全生命の至宝だよ (理性蒸発騎士の幻馬)』

 

『人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて、と言いますが自分が馬であれば蹴られずに済む。安全ポジからマスターを狙いますか、グシシシシ(性格の悪い不死身神馬)』

 

『先生の作品を読んでいると、ビーム出して姉を名乗る不審者より私の方がマスターにふさわしいと思えてくるの (陸海空万能適性イルカ)』

 

『わたし、人食い馬として有名なのですが、マスターは別の意味で食べて征服したいですね……ふふふ (実は座に登録されている英霊馬)』

 

『カルデアはマスターに危険地帯過ぎるでチュン。閻魔亭でケモナーン先生流のおもてなしをするでチュン (若いツバメ狙いの雀)』

 

『………… 《――狼である彼は与えられた肉を食べない。しかし、自ら肉を求めることはある》 (9.5割ツン狼)』

 

『先輩が題材ならケモってもイケます! さすが先輩! 先輩は可能性のケモノです! 私も獣になってしまいそうです! がおー! がおー! 趣向をこんなに開発していただきケモナーン先生には感謝の言葉もありません! 先生がご教授してくれた異種族愛の神髄を肝に銘じてこれからも先輩に迫ります! (デンジャラスビースト)』

 

 

このようにガチケモ勢からケモナーン先生は支持されている。

多くがサーヴァントの乗り物だったり宝具だったりで忘れがちだが、英霊と同時召喚されたのなら彼らもサーヴァント特攻(ハート)さんの影響下だ。

たまに主を放っておいて立香を追いかけることだってある。立香に求められる逃走速度は上がる一方だ。

 

「マスターにもお教えしたい事がたくさんあるのですが、なぜか同室を拒むのです。特に再臨した姿では決して近付いてくれません」

 

悲しげに呟くケモナーン先生の授業を終え、刑部姫は部屋を後にした。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

「結構回ってヘトヘトだよぉ。もうゴールしても良いよねって言ったら、きよひーに焼かれちゃうかな。まあ、勉強にはなっているしガンバローっと。で、今度の目的地は……ゲッ!」

 

 

次なる先生は、サバフェスにおける大御所と言える。

画力の高さは言わずもがな。最大の特徴にして人気の理由はストーリーにある。

 

ショタランテ先生やエロモン先生のように純愛派の作品だろうと、基本的にサーヴァント側が攻めに回る。これは立香本の常識だ。

しかし、大御所先生は逆。立香が攻め手となるのだ、それも襲い掛かる勢いなので逆レと言って差し支えない。この発想にはどの肉食サーヴァントも目から鱗だろう。

特にM属性持ちから喝采を浴び、先生は不動の地位を築いている。

 

「きっと学べる事は多いよね。けど、先生は(わたし)にとって『苦手』の一言では表せないし、ぶっちゃけ天敵だし…………うっ、着いちゃった」

 

大御所の部屋に到着してしまった。

これから会う先生は作風とは真逆の……いや、どこまでも己の有り方を作品に落とし込んだ猛者。

 

「入りたくないな~。一か所くらい飛ばしても良いよねぇ、だよねぇ」

 

部屋の前でウロウロしていたのが悪かった。突然、スゥーと扉が開き。

 

 

「んん……? 汝は圧制者?」

 

パンツ一枚で筋肉隆々の大男が現れた。

古代ローマの剣闘士でありバーサーカーのスパルタクスだ。

 

「ち、違いますぅ! (わたし)、弱者! えげつないほど弱者!」

 

慌てて否定する。もし圧制者認定されたら叛逆されてしまう。

 

「おお弱者よ! 汝の盾になって圧制者を抱擁せん!」

 

「ひっ! 言っている事とやる事が違っ……ぐえええええ!?」

 

スパルタクスが抱擁をもって訪問者を歓迎する。顔に押し付けられる筋肉と男臭と汗。

この世のものとは思えない不快さの三連撃に見舞われ、刑部姫は気絶というサーヴァントらしからぬ行為を選んだ。

 

 

なんで……こんな人が大御所なの……ああでも、『圧性』には叛逆だから正しいのかな。

さすがは『叛逆レ』先生……ぐふぅ。

 

暑苦しい筋肉の中で、刑部姫の意識は完全に閉ざされるのであった。

 

 



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第四話:藤丸立香と引き籠り姫とサーヴァント・オールシーズン・フェスティバル③

―2019年12月―

キュケ信者「ついに2部5章開幕か。予告映像に出てきた仮面の男がオデュッセウスという噂があるが……キュケオーン(大魔女)の元彼を出すのはやめてくれよぉ」

運営「噂の通り、オデュッセウスだぞ」

キュケ信者「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!」

運営「でも、大魔女は出さないから絡みはないぞ」

キュケ信者「ほっ……出番がないのは悲しいけど今回ばかりは嬉しい」

運営「オデュッセウスは、さっくりアサシンされるからキャラ実装はないぞ」

キュケ信者「やった。マイルームで元彼専用セリフを喋るキュケオーンはいなかったんだね」




―2020年3月―

運営「新イベントやるぞ。大魔女がメインだぞ」

キュケ信者「ファ!? 出番があるにしてもキュケネタでとりあえず場を賑やかすだけの大魔女がメイン!?」

運営「新コマンドコードで麦粥をプレゼントするぞ」

キュケ信者「効果が毒付与ww さすが運営! キュケオーンの扱い方を心得ている!」

運営「イベントタイトルは『アイアイエーの春風』、概要どうぞ」

キュケ信者「………………(概要黙読中)………………な、なにこれ。不安しかない内容やん」

運営「察しの通り、大魔女とオデュッセウスの絡みがメインだぞ」

キュケ信者「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!」

運営「5章で大魔女を登場させなかったのは、二人の物語を一つのイベントにするためだぞ。念入りに描写するぞ」

キュケ信者「これが人間のやることかよぉぉぉぉぉ! 元彼に未練タラタラな推し鯖を見せつけられるなんて! 運営は人の心が分からない!」


―イベント後―


運営「で……どうやった?」

キュケ信者「やっぱ運営の……キュケオーンを……最高やな! (テノヒラクルー)」



 

「……あれぇ……ここは……ふぐぅ!」

 

意識を取り戻すと同時に鼻孔をくすぐるのは、圧倒的なまでの男臭さ。

寝ぼけることを許さないショックで、刑部姫は現状を把握した。

 

 

(わたし)はサバフェスサークルを見学していて、スパルタクスこと『叛逆レ』先生の部屋を訪ねた末に暑苦しい抱擁を受けて……そ、そうだ先生は?

 

 

(マスターの)純潔(を狙うショタ専)の狩人と同様に、スパルタクスの部屋も立香の写真群を除けば飾り気がない。が、部屋の中央には圧制に耐えうる逞しい作業机が鎮座していた。

スパルタクスは机に向かい執筆中である。はち切れんばかりの背中を丸め原稿に顔を近付け、簡単に握りつぶせるであろうGペンを繊細に操り、「ふはははは! 愛! 愛を!」と時折叫びながら漫画を描く光景と言ったらどうだ。

狂気である。狂気が形を()して()る。サーヴァントでなければ精神が「ああ、きえる、きえる、うすれていく。たもてない、じぶん をたもてない」とゼパってしまうだろう。

 

きよひーの口車に乗らないで大人しく部屋に引き籠っておけば良かったぁ……

 

刑部姫は心底後悔した。だが心の底と断じるには甘かった、いや浅かった。

 

「ぬぅ!」

脈絡なくスパルタクスが振り向いた。

 

「ひぃぃ!?」

 

「おお! 弱者よ! 目覚めし弱き者よ! 汝に圧制者に負けぬ力を授けん!」

 

「ま、漫画のレクチャーをしてくれるってことですか? いえいえいえ、作業のお邪魔ですから(わたし)はお暇を」

 

「圧制に屈するのは恥ではない! 圧制に心を折る事こそ恥辱なのだ! 汝の内で高ぶる克己! 解放し時のために研鑽すべし!」

 

――あっ、ダメだこれ。

 

刑部姫は察した。

 

叛逆レ先生はコミュ障なんだ。(わたし)と違って人前でスラスラ弁舌出来るけど、相手の言葉には聞き耳を持たない類の。コミュニケーションが取れているようで、まったく取れていない系のバーサーカーなんだ。

 

「弱者よ! 研鑽者よ! 汝を抱擁せん!」

「ぎょえぇ!?」

 

言うが早いか、スパルタクスは刑部姫をホールドする。再び香り立つ男臭に刑部姫は状態異常を発症、また気絶するかと思われた時。

 

「ふん!」

 

「あshjjshgdfd!!」

 

スパルタクスは刑部姫を高く持ち上げ、作業椅子に叩き降ろした。落雷のような大音量が部屋を駆け抜ける。

 

「いいいたたたあたたたた!?」

言うまでもなくお尻に深刻なダメージである。「ととと、咄嗟に変化スキルを使わなかったら即死だった!」

 

刑部姫の悲痛なコメントは大袈裟ではない。事実、彼女が腰を下ろした椅子の間からシュワシュワと金色の靄が立ち昇っている。

 

「さあ筆を! 力無くても愛はある! 汝の性なる思いを白紙に顕現せよ!」

 

「じ、実力を見たいってことですかぁぁ?」

 

バーサーカーらしい文脈無視の発言をおっかなびっくり解釈して、刑部姫は描き始めた。

 

「ふん! ふん! ふん!」

 

か、描き辛ぁ……叛逆レ先生ったらメッチャ後ろから覗いてくるし。(わたし)の後頭部に鼻息が当たりまくるし。

 

身の毛もよだつ時間を乗り越え、刑部姫は藤丸立香を仕上げた。

左斜めに顔を向けた、一番描きやすいアングルのラフ画。バーサーカーの眼光に怯えながら描いたにしては上々の出来じゃないかな? と刑部姫は自己評価しつつ、恐る恐る叛逆レ先生の動向を窺った。

 

「………………ふーーーむ」

 

刑部姫の藤丸立香をマジマジと見つめること三十秒。スパルタクスは――

 

「愛を! 愛を! 己に含有する愛を! 倹約のない十全の愛を!」

 

突如として叫び始めた。

 

「い、いけませんでしたかぁ!? (わたし)的にはマーちゃんへの愛を込めたつもりだったんですけど!?」

 

「十全ではない! 万全ではない! 弱者よ、刮目せよ!」

 

ペンを握る刑部姫の手を、スパルタクスは己の巨大な手で包み込んだ。さらに、刑部姫の背に(みなぎ)る胸筋を接触、覆いかぶさって前のめりになる。

叛逆者と引き籠り姫という縁遠きはずの二人は、二枚羽織の羽織なし状態となった。

当然、刑部姫は――こんな『あててんのよ!』はイヤァァ!! と内心で阿鼻叫喚である。

 

しかし、内なる悲鳴はすぐに沈黙へと変わった。

 

「――すごっ」

 

叛逆レ先生が動かしているのはペンではなく、ペンを持った刑部姫の手。

それなのに絶妙なタッチで『藤丸立香』が生み出されていく。

 

こ、これは!? よく見る押し倒された構図のマーちゃんじゃない!

逆だ。押し倒されたサーヴァント視点のマーちゃんだ! こっちを見下ろして今まさに襲い掛かろうとするマーちゃんだ!

 

凄い凄い! 天才のソレ!

リアルでもよく目にする怯えた表情のマーちゃんじゃなくて、リアルではお目に掛かれない獰猛なマーちゃん!

でも、クオリティが抜群で妄想が(はかど)っちゃう!

 

不快感を忘れ、刑部姫はサバフェス大御所の妙技に酔いしれる。

 

「先生! 叛逆レ先生! どうやったらこんなスキルが身に付くんですか!?」

 

「愛! 愛以外の何ものでもない!」

 

「愛…… (わたし)はマーちゃんを愛していると思っていました。でも、そうじゃなかったんですか……」

 

「消沈するな、弱者よ! 汝の愛は本物! ただ発達途中である!」

 

「はったつ……とちゅう……」

 

「愛は育むもの! 今は小さな種火だろうと幾星霜を経て、大火に至る! 現状に叛逆せよ!」

 

スパルタクスに刑部姫を応援する気持ちはない。彼はバーサーカーだ。己の信条を放つだけの叛逆者だ。しかし、それ故に虚飾のない熱弁が刑部姫に染み渡っていく。

 

「紙面に囚われる事なかれ! 万事が愛の糧になる! マスターとの一分一秒を活かさん!」

 

あっ、そういえば――刑部姫の中で一つの疑問が氷解する。

 

狂化ランクが高いスパルタクスであるがバーサーカー勢の中において彼は穏健派に属する。シミュレーションへの入退所を繰り返す風紀委員と異なり、素材狩りの刑に処されたこともない。

 

「おお! 弱者よ! 汝に圧制に叛逆する力を与えん!」

立香の訓練に付き合う事は数あれど、どこぞのスパルタ王のように裸でのトレーニングを強要することもない。

ドン引きするほど健全なサーヴァントなのだ。

 

どうして、バーサーカーの叛逆レ先生があんなすっごい理性を……ずっと不思議だったけど分かっちゃった。

先生は誰よりもマーちゃんに強くなってほしいんだ。だって先生は叛逆レ先生。圧制に叛逆する者。なら弱者のマーちゃんは襲えない、自分が圧性者になっちゃうから。

だから、マーちゃんを鍛える。襲っても圧性にならないレベルまで鍛える、大手を振ってマーちゃんを押し倒せる日まで我慢に我慢を重ねて……

 

先生の作品に出てくる攻め攻めのマーちゃんは、先生の夢の到達点! サーヴァントの圧性に叛逆する強者で、先生の圧性ラインをクリアしたマーちゃんなんだ。 

脱帽だよ、先生は欲望に叛逆しながら愛を貫く人だったんだ……

 

「愛は根源! 愛は気力! 愛は妄想! 愛は執着! 愛は技術! 愛はNP! 全ては愛から始まる! おお! 弱者よ! 汝の愛する者をいつ如何なる時も全霊を以て愛さん!」

 

「分かりました先生! 愛します! マーちゃんを年がら年中愛します! よ~し、ヤッちゃうぞー!!」

 

すでに第三再臨を終えている刑部姫。しかし、彼女はまだ性長する。藤丸立香という太陽に向かって、暗く湿った世界から手を伸ばす。

 

(わたし)もまだまだ上に逝けるんだ! 

かつてない自信と高揚感を抱きながら、叛逆レ先生と「愛!」を叫び、刑部姫はスキルを深めるのであった。ついでにマスターガチ勢沼の深みにハマっていくのであった。

 

 

 

 

 

なお、叛逆レ先生の寸評。

 

 

『主の方から私に触れてくれる。私の肉体、体液、粘膜を求めてくれる。たとえこれが作り物でも、これが私の夢。ありがとうございます、叛逆レ先生(異物混入犯)』

 

『未だ垣間見えないマスターの表情。それを補填するには格好の材料ですね。もちろん、いつかは自らの手で撮ってみせますよ(藤丸立香撮影担当)』

 

『先生の作品に出てくるマスターは酷い命令をしたり、苛めるので嫌いなはずなのに……でも、手を握ってくれて積極的で……胸の中にしまっちゃいたくなります(被虐体質持ち)』

 

『やめてください。このような執拗な責め苦、物語だとしても死んでしまいます。けれど、語りたくなるのはなぜでしょう……ビクビクン(寝かせない意味で不夜城)』

 

『叛逆レ先生の教えは目から鱗でした。なにも襲われるだけが先輩じゃないんですね。ところで私の盾は先輩の槍を受け止めるためにあると言っても過言ではありません。ですがこの盾、意外と脆いので少しの突きで壊れる可能性があります。そうなっても気にせず私を貫いてください。大丈夫、受け入れる準備はすでに完了していますから! ガーっと猛った調子でGOして頂けると助かります!(デンジャラスビースト)』

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

サークル見学は確実に刑部姫を変えていく。

 

 

「やあやあ、サバフェス参加者から教えを乞っているんだろう? しょーがないなぁ、うちは門外不出だけど大魔女として頼られれば応えなくちゃね。愛豚(ピグレ)姦の秘術を特別に……って、なんでスルーなんだよ! えっ? 見学マップに私は入ってない? はぁ!? 知る人ぞ知るサークル『相愛(アイアイ)はYeah!』がないとかどうなっているんだい!」

 

サーヴァント一体一体が、藤丸立香への『愛』を持つ。マスターを豚にしてから(まさぐ)る。そんな傍目では理解されにくい愛でも良いのだ。恥じることなく掲げて良いのである。

 

 

 

素晴らしき愛。だが、時に争いの種になる。

 

藤丸立香を陰から守る(監視)忍びたち。そのサークルを見学した時のこと。

 

「次回のさばふぇすでは、お館様を模した忍具を販売するでござる。こちらの手裏剣は、とれーにんぐるーむの機材に付着したお館様の汗を塗った物。喰らえばどんなサーヴァントだろうと魅了されるのは必然。もっとも、もったいなくて投げるのに躊躇しまうかと。かく言う拙者も十投中九投は、投げずに懐で()でてしまうでござる」

 

「この改良された『風魔まんじゅう』に注目するとは、刑部姫殿もお目が高い。はい、主殿の似顔絵を刻印したニューバージョンです。慣れれば悪くないと評されていたまんじゅうが主殿の加護によって一個でNPが30は貯まるようになりました。他にも段蔵殿が開発したカラクリ忍具が…………段蔵殿? 顔を伏していかがなされた?」

 

「……申し訳ない。次回の祭典、段蔵は小太郎殿らとは共に行けませぬ」

 

「なっ!? なぜですか、母ぅ……いえ、段蔵殿! 僕たちは忠義サークル『忍妊』として主のため励んできたじゃないですか!」

 

サークルリーダーの風魔小太郎が問いただす、と同時に。

 

「見苦しい姿ですね、これだから人間出身のサーヴァントはいけません」

 

「鉄の絆は何物よりも固い。私の炉心がそう訴えています」

 

「割り込み 謝罪。新たな同盟 認めてくれると 嬉しい」

 

「ゥゥ……ァゥ……」

 

「我が空想世界を発展繁栄させるためには、多くの機械が必要である」

 

メカエリチャン1号機、2号機、哪吒、フランケンシュタイン、バベッジ卿が部屋に乱入してきた。言及するまでもなく(だいたい)ロボ系のサーヴァントたちだ。

パーソナルスペース? 知らない言葉ですね、と言わんばかりにサーヴァントで室内がごった返し、対人能力の低い刑部姫には辛い環境となった。

 

「引き抜き!? 甘言に惑わされるなど、段蔵殿らしくもない!」 

 

「お許しください。段蔵は作りたいのです。この身が壊れかけのカラクリだろうと、どうしても作りたいのです……マスターを」

 

「主殿を?」「お館様を?」

 

「時代遅れのニンジャでも分かるように言えば、1/1汎用人型愛玩ロボット『藤丸立香』」

「見た目はパイロット候補そのもの。これまでに収集した音声データを編集する事で簡単な受け答えも可能です」

 

メカエリチャン1号と2号が無い胸を張った。

 

「新時代 到来! 異種姦 有効 為らば ロボ姦も有り!」

「ゥゥ……ァゥ……」

「理論上ではあるが、マスターの人格をトレースすることも出来よう。ただし、周囲を混乱させる分泌物は再現どころか解析不可能」

 

勢いづくロボ勢。

 

「ふざけた事を! 主殿のまがい物を生み出すなど言語道断! 僕の目の黒いうちは絶対に許さない!」

「はわわわ。話が誠でしたら一家に一台お館様が……拙者、『くのいち』、『巫女』、『未亡人』と属性過多と言われていますが『ろぼ』もあった気がするでござる」

「千代女殿まで! 気をしっかり持ってください!」

 

混乱する忍勢。

 

二つのサークルの諍いが刑部姫には眩しく映った。

あそこまで全力になれる。あそこまで己の主張を押し通そうとする。全ては藤丸立香を思えばこそ……

 

(わたし)も周りの目や評判を気にせず、あそこまで本気になりたい。

 

ロボ勢と忍勢の対立が激しくなる中、こっそり離脱する刑部姫。

 

 

多くのサークルで見聞きし学んだモノは、彼女の情欲を掻き立てマスター沼の深みへと誘っていく。

 

 

 

 

「お疲れさまでした、おっきー。その顔からして成果はあったみたいですね」

 

サークル巡りを終え自室に戻ると、清姫がコタツに入って立香ネタの艶本を読み漁っていた。

 

(わたし)の至らなさが身に染みました。猛省です」

 

「その割には落ち込んでいませんね?」

 

「とーぜん! 今からネームに取り掛かるからね! 柄じゃないけど熱血モードで行くぞー!」

 

刑部姫は燃えていた。

原点に帰ろう。自分にとって最萌えのマーちゃんを描こう。誰にどう思われようと、マーちゃんの魅力を最も発揮しているのは自分だ! と豪語する作品を作ろう。

 

ピンク色の情熱に突き動かされ、刑部姫は一心不乱に原稿に向かう。

 

 

次の作品は、『Princess×2』史上最高傑作になるに違いない。

相方の成長ぶりに、清姫はバーサーカーらしからぬ穏やかな笑みを浮かべるのであった――

 

 

「それはそうと、きよひー。サークル見学の報酬! マーちゃんの髪の毛は?」

 

「ちっ、覚えていましたか」

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

~おまけ~

 

もしかしたら二年後くらいに発生するかもしれないカルデアのお話。

 

 

 

 

虞美人「とうとう来てやったわ、カルデア! 全然呼ばれる気配がないから自力召喚で! さあ、項羽様はどこ! 居るのは分かっているのよ!」

 

マシュ「あっ。芥さん、もとい虞美人さん。カルデアにいらっしゃったんですね」

 

虞美人「げえ、マシュ!?」

 

マシュ「どうしました? 急に怯えて」

 

虞美人「爆走する変な城で咸陽を更地に変えた輩に遭えば、警戒もするわ! なんなの、敵地とは言え加減しなさいよ」

 

マシュ「加減? 先輩を消そうとする異聞帯に加減? あははは、虞美人さんも冗談を言うんですね?」

 

虞美人「ひっ……ま、まあ済んだ事は置いといて。それより項羽様はどこにいるのよ?」

 

マシュ「項羽さんでしたらおそらく――」

 

 

 

 

虞美人「この部屋に項羽様が……やっば、緊張してきた。すーはーすーはー、よし。行くわよ、いざ再会の時!」

 

ドアおーぷん。

 

虞美人「項羽様! お久しぶりでございます。貴方様の妻、ぐび――――えっ?」

 

メカエリチャン1号「なかなか筋が良いですね、新入り」

メカエリチャン2号「脇から腰にかけてのラインは見事です。特別に褒めてあげます」

 

項羽「私は為政者のための装置。そのような道具を仲間として迎え入れた事、未来を担いし者の造形担当に任命してくれた事、各々方にはなんと感謝すれば良いか」

 

哪吒「礼不要! 皆、ロボ姦の友!」

フラン「ゥゥー! ァゥー!」

バベッジ「1/1汎用人型愛玩ロボット『藤丸立香』Ver.3.1 には多くの発想と出資が必要だ。我こそ感謝しよう」

 

虞美人「こッ? ここここここ……」

 

哪吒「ニワトリ?」

 

虞美人「項羽様ぁぁぁ!? なぜ藤丸の人形をお作りにぃぃ!? おのれぇぇ、藤丸! 項羽様を篭絡したかぁぁぁ!!」

 

 

 

以上、虞美人がサーヴァント特攻(ハート)さんに屈し、藤丸立香を『愛息』と誤認する3日前の出来事。

 



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第五話:藤丸立香のグランドオーダー①

更新が遅れてすみません。

久しぶりの人のための肉食カルデア解説

①藤丸立香はサーヴァントとの絆を強制的(ココ重要!)に深める『サーヴァント特攻(ハート)』スキルを持っています。

②所属サーヴァントは絆レベル10がほとんどで、みんな藤丸立香を狙っています。

③マシュはフォウ君の人類悪因子を取り込んで、デンジャラスビーストに進化しています。絆レベルはバグっています。

④立香がサーヴァントに襲われるシーンを鑑賞する集団・愉悦部が存在します。(部長:英雄王。現部員:扇動好きのローマ皇帝、ファウストの悪魔、ルネサンス期の錬金術師、魔術王の父、大江山の客将。マスコット:フォウ)

⑤現在は一部四章のロンドン修復後です。


その時は前触れなくやって来る。

たとえ『チェイテピラミッド姫路城攻略戦』の最中で、藤丸立香が混乱と焦燥の真っただ中にいようと関係ない。その時はこちらの事情をガン無視でくるのだ。

 

 

 

最近、刑部姫の様子がおかしいな。オタ活への情熱がナリを潜め、引き籠りに磨きが掛かっている。

こんな思い詰めたサーヴァントは不意に爆発して予想外の行動に出やすく、貞操が危うくなるという予想通りの流れへ帰結するものだ。

 

立香は刑部姫の部屋を訪れた。

心配する素振りを見せて、彼女の中の爆弾を処理するためだ。ひと昔前のギャルゲーかな?

 

「うひゃぁぁぁぁ!! マーちゃんの方からやって来るなんて! 神性持ちの(わたし)が言うのもアレだけど、神展開きたぁぁ!」

 

あるるぅぇぇ?

刑部姫はテンション上げ上げ↑だった。汚部屋の中央に鎮座するコタツ上には同人活動の作業道具が散らばっているし、事前調査とは差異が見られる。

 

俺の知らない間に、刑部姫が快調するような出来事があったのか。たぶん、友達の清姫か黒ひげ氏が動いたんだろう。

 

ならばここに留まる理由はない。

必死に室内へ誘う刑部姫に対し、立香は『紳士たる者、婦女子の部屋にみだりに入らない』論を掲げ、部屋の前でお(いとま)を告げようとした。(いろんな意味で)腐っても刑部姫はアサシンクラス。彼女のテリトリーに入るのは危険極まりない。

 

――が、刑部姫にばかり気を取られたのが敗因だった。

 

「がふぅっ!」

 

刑部姫の使い魔である蝙蝠(こうもり)のバックアタックで背を押され、哀れ立香は部屋の中に連れ込まれた。

 

無論、監視していたマスターガチ勢たちが、この無法を許すはずがない。

自分を藤丸立香の母と思い込んでいる系サーヴァントの風紀委員長を先頭に救出班が刑部姫の部屋へ殺到する。

 

普段の刑部姫なら軽い抵抗の末、あえなく御用となっただろうか今は違う。

先日のサークル回りと立香の来訪でハイテンションになっていた刑部姫は「マーちゃんは(わたし)守護(まも)る!」とコタツ内部と異界を繋げ、チェイテピラミッド姫路城まで後退。徹底抗戦の構えを見せたのである。

 

かくして『チェイテピラミッド姫路城攻略戦』は勃発。

微妙なスキルと宝具と評される刑部姫だが、極めれば防衛に関して馬鹿に出来ない性能となる。

立香が人質になっている事から対城宝具は使えず、かと言って持久戦をすれば立香(の貞操)が危ない! 

ままならぬ状況に攻略側が苛立ちを覚えた――

 

 

そして、その時が来た。

 

 

『なにをやっているんだ、古今東西の英雄が揃いも揃って! 刑部姫は早く立香君を解放するんだ!』

 

Dr.ロマンの通信が戦場に響く。

サーヴァントに対して下手に出やすい彼だが、緊急事態である事と立香の危機が重なり強い口調となっている。

 

『今は争っている場合じゃない! 見つかったんだ、新しい特異点が!』

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

「ではブリーフィングを始める――って多い、多いよ! なんだってみんな詰めかけているのさ!」

 

中央管制室にロマン迫真のツッコミが上がる。が、その声は圧倒的な人口密度……いや、サーヴァント密度によって響き渡ることはなかった。

 

カルデアの中でも比較的広い管制室が、今や100以上のサーヴァントで非常に手狭なことになっている。大柄な者が珍しくないサーヴァント業界。スパルタクス、呂布、ヘラクレスなどは2メートルを優に超えているし、ダレイオス三世やロボは夢の3メートル級だ。

そんな輩が団子状になっているのだから暑苦しい事この上ない。まあ、肉薄するカルデア職員たちはサーヴァントのプレッシャーで肝を冷やしているが。

 

ちなみに特異点が見つかった時点でカルデアは第一級戦闘状態に突入しており、立香を襲った罪でシミュレーション送りになっていたサーヴァントたちも緊急事態により現場復帰している。つい先ほどやらかした刑部姫が五体満足に管制室に居られるのもこの為だ。なお、特異点修復後の身の安全は保障されていない。

 

「人理修復に協力的なのは助かるけど、せめて霊体になってくれないかなあ」

 

「仕方ないさ、ロマニ。今の彼らを止められるのは立香君だけで、それも令呪を使用する必要がありそうだ」

 

技術局特別名誉顧問のダ・ヴィンチがロマンの肩をポンポン叩いて、一定の同情を寄せる。

 

「次のレイシフト先はどこですか?」

 

肉食サーヴァントに囲まれ針のムシロな立香が、胃を押さえながら質問した。

 

「ああ! それはね――」

 

声を掛けられたのが嬉しいのか、絆レベル6のロマンは大層嬉しそうに説明する。

 

「北アメリカ大陸。『アメリカ合衆国』と呼ばれる超大国だ。歴史上においてこの国を外すことはできないだろう。魔術的には歯牙にもかけられないけど、歴史的重要性は言わずもがなさ」

 

「アメリカ……えっ? もうちょっと具体的な地名は?」

 

「すまないけど、観測できたのはここまでなんだ」

 

前回の聖杯探索は一都市であるロンドンだったのに対し、今度は北アメリカ大陸ときた。ちょっと探索範囲の振れ幅が大き過ぎんよ~。

 

ま、まさか徒歩で聖杯探索しろって言うのか。北アメリカ大陸だぞ、端から端までどんだけあるんだよ、足の皮がズル剥けるわ!

立香が頭を抱えそうになっていると。

 

「ヒヒーン! 次なる戦場は一つの大陸を股にかけた広大なもの。ならば是非とも私にお乗りください。貴方と共にどこまでも駆けてみせましょう!」

 

無駄に良い声の赤兎馬が己の有用性を主張してきた。

それを引き金にライダー勢が活気づく。

 

「僕の後ろが空いているよ。ブケファラスも君なら食べずに乗せてくれるはずさ!」

 

「ベアー号が吼えてやがる! 大将を俺の背に乗せろ、だとよ! そんじゃオレっちとタンデムだ! 振り落とされんなよ」

 

「高速回転が玉に瑕ですが、タラスクの背を活用してください。心配なさらずに。タラスクが暴れるなら杖でぶん殴って……おほん、杖で小突きますから」

 

「あたしの戦車(チャリオット)、車輪しかないように見えるけどアーケード版ではちゃんと馬が引いているし、空も飛べるんだ。お姉さんに任せなさい」

 

ライダーの強みは機動力。狭いロンドンではいまいちな活躍だった分、ここで立香の好感度を稼ごうと息巻いている。

だが、他クラスのサーヴァントも黙っていない。

 

『魔術に縁のない場所なら、魔術に耐性のないエネミーが多いはず。ここはキャスタークラスを連れて行くべき』

 

『広範囲での探索が必要なら単独行動スキルを持つアーチャークラスが望ましい』

 

『戦場が広大ならば大規模な開戦が予想される。最優のクラスと呼ばれるセイバーを頼りましょう』

 

『なんの戦場の一番槍はランサークラス。剣より槍が強いのは歴史が証明している。しぶとく生き残ってマスターを守るぜ』

 

『情報収集に要人暗殺、効率的な聖杯探索にはアサシンクラスが最適』

 

『■■■■■■■■■■■ーーー! (アピールポイントが思いつかないから、叫んでやる気を見せるスタイル)』

 

サーヴァントの誰もが、自分こそ聖杯探索のお供に相応しい、声高に主張する。霊体にならず管制室へ詰めかけているのも、己を売り込むためであった。

 

 

 

管制室が喧噪に包まれ、やがて熱狂へと昇華されていく。

なぜ、サーヴァントたちがこれほど熱くなり、中心にいる立香が冷えていくのか……答えは、カルデアの歪さにあった。

 

 

通常の聖杯戦争において、サーヴァントはマスターの魔力によって現界している。

しかし、魔力量の少ない素人魔術師の立香では、とてもじゃないが100以上のサーヴァントに魔力を供給できない。

故にカルデアのサーヴァントたちは、電力を魔力に変換して存在を維持していた。

 

カルデア内に居るだけなら消費電力はさほど喰わない。が、レイシフトとなれば話は別だ。

時間跳躍と並行世界移動を同時にこなすレイシフトには、膨大な魔力(電力)が用いられ、レイシフトする人数が増えるほど消費量も増えてしまう。

 

特異点にレイシフトする固定メンバーは二人と一体。

 

マスターである藤丸立香。

召喚サークルを設置する上で欠かせないマシュ・キリエライト。

藤丸立香専属カメラマンのゲオル先生。

 

これに加えて1体連れて行くのがやっと。一応、戦闘時の短時間であれば数体召喚することは可能だが、ほとんどのサーヴァントに出番がない事実は変わらない。

 

レイシフトのサポート枠に入る可能性は1%以下。ソシャゲの最高ランク排出率に匹敵する渋さである。

サーヴァントたちがガチャ廃人並に頭を熱くさせ、議論を紛糾させるのも分かるというものだ。

 

 

――と。

 

「ふはははははは!」

場違いな笑い声が、管制室に響いた。

 

「凡百の英霊どもが耳障りによく吠える! 己の無能をひけらかす趣味でもあるのか?」

 

この金ピカな声は……!

立香が視線を上げると、管制室の中空に英雄王・ギルガメッシュが尊大な表情で浮いていた。

 

「ふん。だが、凡百とは言え英霊。それを100体以上所持していながら戦場に出せるのは数体。残りの戦力は、味方になるのかすら分からなぬ現地の英霊頼り。なんだこれは、(オレ)を腹筋大激痛させたいのか? ふざけた博打に託せるほど、貴様らが修復したい人理は軽いものと見える」

 

痛い所を突かれたのか、カルデア職員らが苦い顔で消沈する。

立香も英雄王と同様の不満を覚えているが、少ないリソースの中で職員たちは必死にやりくりしている。彼らの頑張りを否定はできない。

 

「英雄王! 差し出がましいですが、俺たちは俺たちなりに最善を尽くしてきました。英雄の中の英雄である貴方から言えば、満足できるものではないにしても」

 

「たわけめ」

 

立香の進言は、言葉半ばで一蹴された。

 

ギルガメッシュ王の機嫌を損ねてしまったか……くっ、どうか穏便に。叱責は甘んじて受けますからバビロンの蔵は開けませんように。

いつもの貞操的なドキドキでなく、命の危機を前に立香は動悸を早める。

 

 

英雄王は不遜な言い方はそのままに、しかし発言の流れを変えた。

 

「部下の力量と仕事量を(オレ)が把握していないとでも思ったか。貴様らが限界まで己を行使し、献身しているなんぞ百も承知よ!」

 

「ぎ、ギルガメッシュ王?」

 

「故に特別だ! 今回は特別に(オレ)が動いてやった。感涙に咽びながら聞け!」

 

腕を組み、残忍で寛大な英雄王らしく宣言する。

 

 

「従来の聖杯探索は終わった、これから始まるのは一騎当千の質と数による『蹂躙』。凡百らしく全力で、武でも名誉でも好きなだけ特異点に刻むが良い!」

 




次回は明日か明後日に。


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第五話:藤丸立香のグランドオーダー②

今回は独自設定が多数登場します。

初っ端から『サーヴァント特攻(ハート)さん』が猛威を奮う本作ですので、矛盾や粗があっても「ままええやろ」な精神でお読みいただくと有難いです。


英雄王、ギルガメッシュ。傲慢で冷酷、隙あらば愉悦を求める、癖しかない男である。

反英霊以上のコミュニケーション難易度を誇るが、不遜な振る舞いが許されるだけの実力を持ち合わせた英雄の中の英雄。

 

そんな彼が()()()により『カルデアの魔力(電力)供給問題』を解決すべく立ち上がった。

 

 

 

 

「まあ、(オレ)が動くと言っても指示を出すだけだ。必要な人材を必要な箇所に配置する、それこそが王の資質と言うものだからな」

 

ギルガメッシュは考えた。

必要な物は電力。カルデアの発電設備はフル稼働しており、多くの電力を昏睡状態のマスターたちの生命維持や近未来観測レンズ・シバのために使っている。サーヴァントのレイシフト用に融通するのは難しいだろう。

 

「足りなければ増やす。幼子でも分かる道理よ」

ちょうど先日、電気に精通するサーヴァントが召喚された。ヤツなら相応の働きをしてくれるだろう。

 

ギルガメッシュは、禁欲的な男を愉悦の徒にするような口の上手さで勧誘を行った。

 

 

「――成る程、『すべてをみたひと』と語られるだけはある! 私に話を持ち掛けたのは正解だ。何故なら、私は天才だ。何故なら、私は雷電だ。我が交流発電機サンダードームならば、サーヴァント多数のレイシフトにも対応してみせよう!」

 

ロンドンで敵対した星の開拓者、ニコラ・テスラ。

彼はマキリ・ゾォルケンによって召喚され、魔霧計画に加担していた――が、藤丸立香を見るや「おっと身体に電気が走った」と発し、ゾォルケンから受けていた狂化を自力解除。あっさりサーヴァント特攻(ハート)さんの軍門に下ったのである。そのままごく自然にカルデアまで付いて来たのは言わずもがな。

 

「超効率の発電方式は私が作り上げるとして、実際組み上げるには人足が必要となる。英雄王の人徳があれば、容易にかき集められると思うのだが」

 

「ほう、(オレ)を試すか。凡夫が図に乗るな――と、宝物庫を開けそうになるが……よかろう。今は計画の達成が優先だからな。(オレ)の手を煩わせるのだ、上手くやれよ」

 

 

ニコラ・テスラからの注文は、単純な労働力。

それを叶えるため、ギルガメッシュは2人のサーヴァントに接触した。

 

 

「僕が聖杯に願うのは『原初の創造』――だった。しかし、それを『受肉』に変えてしまった藤丸立香()には責任を取ってもらわなければならない。ああ、彼を生かすためならばゴーレムの提供を惜しまない」

 

「ホムンクルスをご入用と? 我が愉悦部の長たっての願いとなれば喜んでお貸ししましょう……それが藤丸立香(真理)のためであれば尚更です」

 

 

アヴィケブロンとパラケルススの2人は、どちらも『求める対象に近付くべく研究と探究に心血を注ぐ』というキャスターらしいキャスターである。なお、カルデアに召喚されるまでそれぞれ『原初の創造』と『真理』を追究していたが、今では専ら『藤丸立香』を研究対象としている。

 

アヴィケブロンがゴーレムを、パラケルススがホムンクルスを提供し、ニコラ・テスラの計画の手足となる。

こうしてテスラが言うところの『サンダードーム』なる発電施設は、カルデア職員の許可なんぞ取るはずもなく勝手に作られることになった。

 

しばらく時が経ち。

 

「さて、作業の進捗でも見てやるか」

 

ギルガメッシュが千里眼を用いてサンダードームを視察すると、磁力を付与されたゴーレムたちが高速回転していたり、燃焼効率を上げられたホムンクルスたちが火の海で藻掻く姿があった。

さらに、いろんな意味で地獄絵図を作るニコラが「核融合……有りだな」と独白していた。

 

「ははははは、恐れ入ったぞ雑種。(オレ)をここまで戦慄させるとはな……っていやいや待て待て」

 

ニコラ・テスラだけに任せるのは危険だと感じたギルガメッシュは強引に一部の計画を凍結した。

また、代わりの発電方法としてナーサリー・ライムの助力を受けながら、消え行く途中のロンドン・ハイドパークから『サンダーブック』と呼ばれる魔本を捕獲。

これは微小な魔力で存在し続け、電気を垂れ流すエネミーだ。発電施設に隔離部屋を作って飼育することとした。

 

 

 

 

「発電はこんなものか……次は吸収効率だな」

 

カルデアから提供される魔力は、天然の魔力ではなく電気を変換させた人工物である。そのためか、サーヴァントが吸収する際に『抜け落ち』が発生していた。

 

100の魔力がサーヴァントに提供されたとする。マスター由来の天然物ならば100全てを吸収するところ、人工物はせいぜい60といった具合だ。

アーチャークラスでありながらキャスターの素養を持つギルガメッシュは、この『抜け落ち』を知覚し、吸収効率に着目していた。

 

 

(オレ)はあくまで監督役だ。手足を行使するのは百凡の英霊に任せるに限る」

 

ハイドパークまで行って魔本採取に奮闘したのをノーカウントし、ギルガメッシュは魔術に詳しいサーヴァントを訪ねた。

 

 

「ふぅん、傲慢な男の頼みは聞かない主義なんだけど。しょーがない、他ならぬピグレットのためだからね。一肌脱ごうじゃないか!」

 

「はぁ、叔母様ったら安請け合いして……マスターにプレゼントする礼装作りがまだ途中なのに」

 

怪しげな薬品や生物の干物が並ぶ、如何にもな部屋。

そこの主であるキュケえもんとメディアの魔女コンビは、英雄王の案件を受諾した。

 

男運の無さが目立つ2人だが、魔術に関しては時計塔の君主(ロード)を子供扱いするほどの実力者だ。

普段から立香のためにセキュリティ礼装を用意する2人は、ギルガメッシュの依頼も『いつもの仕事』と承諾した。

 

「人工魔力の吸収効率を上げる……骨が折れそうな問題ですね」

 

「そうでもないさ、メディア。私に良い考えがある!」

 

フラグなセリフに、妹弟子のメディアと依頼人のギルガメッシュが「期待できない」と半眼になっているのも何のその。

 

「電力を魔力に変換する際に、触媒を使うのさ」

 

キュケえもんは一つのアイディアをぶち上げた。

 

「触媒……いったい何を?」

 

「ふふふ、私の魅惑の身体(147cm、39kg)が受け入れるのはピグレットただ一人。魔力だってそうさ、ピグレット印の魔力ならいつでもウェルカムってね!」

 

「ほう」

「それって!」

 

まさかでマトモな妙案にギルガメッシュは愉しそうに、メディアは驚きの反応を見せた。

 

「ピグレットの魔力。欲するも頭バーサーカー確定だから我慢したあの禁断の代物を、触媒として扱うのさ……ふふふふ」

 

キュケえもんは大魔女の面目躍如たる邪な笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

「お、俺の魔力を……?」

 

「すでに検証は済んだ。貴様が先日受け取った礼装。あれに貴様の魔力を変換器へ飛ばすよう細工してな」

 

な……なんだとっ。最近、肉食サーヴァントの潜伏に気付きにくかったのは魔力を抜き取られていたせいか、と立香は訝しんだ。

 

「だが、案ずるな。貴様から採る魔力はせいぜい1割程度。聖杯探索に支障はなかろう」

 

元々、量の少ない立香の魔力――その1割。

ごく少量であるが、それで十分だった。いや、十分過ぎた。

 

立香の魔力は触媒ではなく、起爆剤だったのである。人工魔力を100%吸収どころか、ブーストさせて英霊にぶち込む……が、対価として理性を奪い取る。

そんな恐るべき機能を秘めていたのだ。

 

「ピグレットの体調も考えて、2割くらいもらおうかな…………ぐ、ぐえええぇぇ!!」

 

被験者となったキュケえもんは盛大にラリッてギャグシナリオの住人と化し、大魔女の面目丸潰れな醜態を演じてしまったのである。

あまりの無様っぷりに英雄王と妹弟子はこれを見なかった事とし、立香から提供される魔力は1割、それ以上はNGと取り決めた。

 

 

 

 

 

ギルガメッシュの長い解説も締めに入る。

 

「発電施設と魔力の吸収システム。これらによってレイシフトに約30体の英霊を同行出来るようになった。研究が進めば、更なる同時召喚が可能となるだろうが、現時点ではこれで満足せよ」

 

「30体! あ、ありがとうございます英雄王! 他のサーヴァントの皆さんもありがとうございます!」

 

「ふん、礼なんぞ要らぬ。貴様は自分の仕事を全うせよ」

 

「はいっ!」

 

純な藤丸立香とツンデレなギルガメッシュ。一見して微笑ましい光景であるが。

 

藤丸立香の内心は――

 

(うわあああああっ!! レイシフト中は、大半の肉食サーヴァントから離れて伸び伸び出来るのに、俺のモラトリアムがぁぁぁ!! なんてことしたんだ英雄王ゥーー!!)

 

 

対して、ギルガメッシュは――

 

(人理修復はカルデアマスターの使命。最も重要視するべき行いであり、最も観賞し甲斐の催事であるはず。しかし、どうだ……雑種ときたら目を輝かせながら特異点を謳歌している。たわけ! 貴様の真骨頂は、震え怯えつつも全力で足掻く姿にある! カルデアでは常にそうであろう! 肝心の特異点で生き生きするとは何事か! さあ、(オレ)がここまで協力してやったのだ、我ら(愉悦部)に愉悦へ浸るひと時を提供せよ!)

 

藤丸立香とギルガメッシュはマスターとサーヴァントではなく、愉悦対象と鑑賞者の間柄にあった。

 

 

 

 

「そろそろいいだろうか。マスター」

 

心中で「英雄王のバカヤロー」する立香に、疑似サーヴァントが話し掛けてきた。時計塔のロードの肉体に、三国時代に謳われた天才軍師の能力を持つ彼は――

 

「こ、孔明さん!」

 

「英雄王の言う通り、今回のレイシフトでは同時に30体のサーヴァントを同行できる。もっともサーヴァントの霊基の強さ(コスト)の影響で、同行数は増減するが」

 

理路整然とした口調の孔明であるが、人の良い性格をしている。直接立香を襲うことはないし、せいぜい人理修復を成した暁には、時計塔へ留学するべきだと強く進言する程度だ。

そんな彼が言い辛そうな顔をするのだから、これは悪い話だと立香は察した。

 

「マスターに頼みたい仕事が2つある」

 

「な、なんでしょうか?」

 

「1つはシフト作成だ。30体連れていけるとは言え、全てのサーヴァントは同行できない。だが、召喚サークルを利用すればサーヴァントの入れ替えが可能となる」

 

あっ……つまりは……

立香の瞳から光が消える。愉悦部垂涎のリアクションである。

 

「マスターには全サーヴァントが一度はレイシフトするようシフトを組んでもらいたい。これは忠告だが、特定のサーヴァントを贔屓(ひいき)しない方が君のためになるだろう。どのサーヴァントも活躍できるよう召喚のタイミングには気を付けてほしい。適材適所が肝要だ。私が代わってやりたいところだが、マスターの命令でなければ誰も従わない」

 

100以上いるサーヴァントを上手に入れ替えて、全員に見せ場を作れとな? 

無茶振りってレベルじゃねーぞ! 立香は絶叫した。もちろん心の中で。

 

「もう1つの仕事だが」

 

「ま、まだ何かぇ……」

 

「査定を頼みたい。サーヴァントの働きを平等に評価してほしい。これも忠告だが、華々しく宝具を撃つセイバーばかり高評価して、人知れず情報収集に励むアサシンを軽んずれば無用な争いを生むだろう。広い視野と深い考察が必須だ。私を始め、ヘクトール氏や陳宮殿のような指揮経験を持つサーヴァントを相談役として付けるのでどうか頑張ってくれ」

 

「…………」

 

すでに言葉を失った立香。それでも孔明の言葉は止まらない。

 

「今回の聖杯探索の完了後、評価の高いサーヴァントから順に褒賞を与えるのも忘れないでほしい。マスターの国で言うところの『御恩と奉公』に例えると分かりやすいか。恨み辛みから無縁でいるための処世術と思ってくれ。なに褒賞と言ってもマスターの私物であれば何だろうと至高の品となるだろう、難しく考えることはない」

 

「…………」

 

肉食カルデアから避難し、胸躍る冒険をしたこれまでの聖杯探索。

『逝き逝き』ではなく『生き生き』できた唯一の日々が終わったのだと、立香は理解した。

 

 



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第五話:藤丸立香のグランドオーダー③

藤丸立香の現状を客観的に説明するため、今回はRTA(リアルタイムアタック)形式で書いています。

RTAに不慣れな方には申し訳ありませんが、RTA動画はどれも素晴らしいものですから一度は視聴することをおススメします。
まずは『自分の好きなゲーム名』と『RTA』で検索してみてください。検索しろ(豹変)。



「戦いは数なり!」な百貌ネキ リスペクトのRTAはぁじまぁるよー!

 

はい、今回から1部5章『第五特異点 北米神話大戦 イ・プルーリバス・ウナム』を走っていきます。

クッソ名作な6章、7章に隠れがちになっていますが5章のシナリオも規模が大きく熱いものとなっています。見とけよ見とけよ~

 

まあ、これRTAだからシナリオはカットなんですけどね。それ以前にこれ、サーヴァント特攻(ハート)さんが猛威を奮う【肉食ルート】なのでシナリオが通常ルートとまるで違います。

 

 

あ、初見さんのため肉食ルートについて説明しておきますね。

 

古今東西の英雄をサーヴァントとして召喚し戦うRPG『Fate/Grand Order』。

プレイヤーは主人公『藤丸立香』となり、ガチャでサーヴァントを入手し戦力を揃えながらシナリオクリアを目指します。

多くの方は「強いサーヴァント来いよ、頼むよぉ~」と念じリセマラに挑んだと思いますが。

実はこの時、立香君のステータスもリセットする度に若干変わっていたのです。優秀な人理修復アニキたちは気付いたかな?

 

初期召喚サーヴァントと一緒で、立香君の能力もランダムで決まります。

と言っても、クソザコ素人魔術師の彼ではどんな場合でもロクな能力になりません。(吟味(ぎんあじ)するほどじゃ)ないです。

 

そう言われていたんですよ、発売した直後は。

ですがしばらくして、フレポ召喚の星0ニキ以下のクッソ低確率で『サーヴァント特攻(ハート)』持ちの立香君が爆誕することが発見されました。さらにこの特殊能力を持つ立香君(エサ)でプレイするとシナリオがガラッと様変わりするのです。こんな厳しい条件を設けた開発スタッフは頭バーサーカーなんですかねぇ……

 

このルートを肉食ルートと呼びます。

 

通常ルートと大きく違う点として、ガチャする必要がなくなります。

 

はっ? 何言ってんだこいつ?

 

と思われるかもしれませんが、マジです。このルートに入ってしまえば、サーヴァントの方からホイホイ勝手に召喚されます。

課金要素を自ら投げ捨てるスタイル誇らしくないの?

 

特異点攻略後は、現地で出会ったサーヴァントが敵味方問わず仲間になります。

カルデアに帰還すると、プレゼントボックスにサーヴァントたちがぎゅうぎゅう詰め込まれていた――そんな恒例光景には、嬉しさよりおぞましさを感じること請け合いです。

 

また、サーヴァントたちはシミュ内で戦争したり、別ゲーで言うところの『遠征』に当たる『素材狩りの刑』に就くので自動的にレベルアップ・スキルアップしていきます。

素材のための周回なんて必要ねーんだよ。

 

ついでに藤丸立香の髪の毛や私物から彼のDNAを取り込むと、サーヴァントのレベル上限が上がります。(聖杯を使うまでも)ないです。

 

 

そして、フル強化されたサーヴァントを率いてレイシフトするので、特異点先のエネミーが秒で溶けていきます。はぇ~すっごい。

最初のリセマラが地獄(114514敗)なだけで、あとは楽ちん(ちん)にRTAを進めることができますね。いいゾ~これ。

 

 

――ってそんな簡単に行くわけないだろ! いい加減にしろ!

 

 

はい、この動画を観続けてきたアニキたちなら周知のところさんですが、肉食ルートは事故率が半端なく高いです。

4章までの特異点ならオートバトルに設定してトイレタイムを取るくらい簡単なのですが、拠点であるカルデアが大変危険。

廊下を少し歩くだけでサーヴァントとエンカウントして一方的に襲われます。しかも、相手のステータスはこちらとは雲泥の差、勝てるわけがない逃げるんだぁ。スキルや礼装や令呪を駆使し、何より祈祷力を用いて対処しましょう。

捕まって(性的に)喰べられると、NTRれたと他のサーヴァントがブチ切れして内紛が勃発、そのままカルデア崩壊でゲームセットです。悲しいなぁ……

 

 

私は肉食ルートを500回走ってきました。その中で5章まで辿り着いたのは200回くらいになります。

意外とイケるやん、と感じるかもしれませんが、肉食ルートが本性を現すのは5章からです。ここからはクッソ激烈難易度になります。

 

原因は、前回の動画で出てきた『サーヴァント多数によるレイシフト』。

通常ルートなら勝ち確の素晴らしいシステムですが、肉食ルートでは害しかない人類悪システムです。

こいつによって、立香君とRTA走者の憩いのひと時だった特異点攻略が、カルデア滞在時よりもクソゲーと化します。

 

『サーヴァント多数によるレイシフト』のイベントを発生させなければ良いのでは? と質問されそうなので先にお答えします。

 

理論上、イベントを回避することは可能です。

『サーヴァント多数によるレイシフト』システムが導入される条件は2つ。

 

① ニコラ・テスラを仲間にしている

② AUOを仲間にしている

 

2人が揃うと、大規模な発電施設が建てられてしまいます。

 

①は4章のロンドンを修復すると、強制加入してしまうため回避できません。

一見、やり様がありそうに見えるのが②です。

通常ルートでは期間限定でしか召喚されない英雄王。しかし、肉食ルートのAUOは「芳醇な愉悦があると聞いて」と言わんばかりに期間関係なく早々とカルデア入りしやがります。もろちん自動召喚なので拒否できません。

私の体感ですが、4章までには95%の確率でカルデアに居ます。星1サーヴァントより登場しやすくて、1章・オルレアンでジャンヌ・オルタを倒すのがAUOなのも珍しくありません。

 

そんなわけもあり、ほぼ確定で5章から多数のサーヴァントと共にレイシフトします。

ただでさえキツイ肉食ルートでAUO(が出ない)リセマラをやっていたらRTA走者の心が壊れちゃ~うので、彼が召喚されてもRTAは続行です。

 

そうそう、AUOの害悪ムーブは他にもあります。

彼が居ると、フォウが愉悦堕ちします。そのフォウがマシュをデンジャラス・ビースト化させます。で、そのマシュが立香君に薄い本案件を仕掛けて、無事ゲームオーバーになります(45敗)。

ある意味、AUOはプレイヤー最大の敵です。サーヴァントの屑がこの野郎……!

 

 

『サーヴァント多数によるレイシフト』の話に戻ります。

 

このシステムの中で逝き延びるには、『サーヴァントの不満度』と『藤丸立香のストレス度』に注意を払う必要があります。

 

レイシフト制限数の拡大によってサーヴァントたちは活躍する機会を得ました。みんな張り切っています。彼ら、彼女ら、その他の期待を裏切る真似をすると『不満度』が一気に上がるようになりました。

 

不満度が一定値を超えると襲撃イベントが発生します。1体だけなら対応できるかもしれませんが、少しでもガバると複数のサーヴァントが不満度の上限突破を起こし襲撃イベントが多発。

あ~もうめちゃくちゃだよ――な感じで立香君がガバガバな体験(意味深)をしてゲームセットです。

 

 

回避するには『サーヴァントを適正なタイミングで召喚し、活躍させ、正当に評価する』を徹底すること。聞いただけでも難しそうですが、実際にやってみるとクソクソクソです! エルメロイ2世クラスの観察力がなければやってられません。

 

じゃけん立香君には人間を卒業してもらいましょうね~。

具体的な対処法は走りながらで解説します。

 

 

 

さて、立香君が綺麗な身体を維持できたとしても『ストレス度』が振り切れていたら大ピンチです。

サーヴァントの不満度と同様に、5章から立香君のストレス度も上がりやすくなっています。これが上限を超えると、三大護身スキルの危険予知(貞)・気配遮断・気配感知が使えなくなります。そうなったら最後、サーヴァント襲撃に抵抗できず詰みです。

 

具体的な対処法は、北アメリカにレイシフトしてから3日経つまでに愉悦部のサーヴァントを誰でもいいので攻略メンバーに(くわ)えることです。どういう事なのかは、時が来たらお話しします。それにしても立香君の天敵である愉悦部が、攻略の鍵とは制作陣の性格悪過ぎません?

 

このストレス度は1部後半と1.5部でプレイヤーの頭を悩ませることになりますが、頑張って耐えましょう。

2部になると大正義ヒロインことゴルドルフ・ムジーク新所長が登場して状況は変わります。何だかんだで面倒見の良い彼が居るだけで立香君のストレス度が上がりづらくなりますし、どんなにストレスを抱えていてもお手製料理を食べればあら不思議。ストレス度が0になります。

やっぱ……ゴルドルフ君の……クロワッサンを……最高やな!

 

 

 

 

解説が長くなりました。プレイを再開します。

 

 

ブリーフィング直後からスタートです。

RTAなので急ぎシフト表を作成し、北アメリカ大陸にイクゾー(デッデッデデデデ)! ――をすると、高確率でゲームオーバーになります。

RTAで大事なのは安定ってそれ一番言われてるから。

 

まずは、メニュー画面を開きましょう。すると、選択できる行動に『スキル習得』が追加されています。

立香君、現状の力ではヤラれると察知したのでしょうね。この勘の良さがなければマスターにはなれないんやなって。

 

レイシフトのタイムリミットまで僅かですが、短時間での大胆な成長は主人公の特権。死に物狂いで鍛えましょう。

講師役はケイローン先生オナシャス!

ギリシャの英雄たちを輩出した名教師です。彼ならばすぐ『あのスキル』を立香君に叩き込んでくれるでしょう。

 

なお、無策でケイローン先生の部屋へ行くとゲームオーバーです。

先生は最終再臨を済ませているので、獣性の高い人馬な身体になっています。男同士、密室、馬並……何も起きないはずがなく。

ですので、霊基一覧画面でケイローン先生を第一臨か第二臨の人間形態にしておきましょう。

また、オルガ団長やヘラクレスなど先生の知り合いに同行してもらえば安全です。

 

 

 

多少タイムをロスしましたが、新スキルを修得し、シフト表も完成。

これで準備は整いました。

5章には祈祷が試されたり、ガバ誘発ポイントがより取り見取りですが、まあ何とかなるやろ(楽観)。

 

それじゃあ、今度こそ――北アメリカ大陸にイクゾー!(デッデッデデデデ!(カーン)デデデデ!)

 




次回からは(たぶん)通常形式に戻ります。


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第五話:藤丸立香のグランドオーダー④

それは、正道を()く藤丸立香の物語。

 

1783年、北アメリカ大陸にレイシフトした彼と、パートナーであるマシュ・キリエライト。

来て早々、二人は大規模な戦いを目撃した。

1783年のアメリカには不釣り合いな機械化兵団と、レトロチックな蛮族の集団が激突している。

 

両軍に敵と認識された立香とマシュ。

苛烈な攻撃を必死に防ごうとするも多勢に無勢。砲弾と榴弾に当たり立香は右腕と左大腿部を負傷、気を失ってしまう。

そんな彼の治療(切断)をしようと現れたのは、クリミアの天使ことナイチンゲールであった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強い浮遊感と船酔いに似たふらつき。

レイシフトを終えた時に来る感覚を振り払いながら、立香は周囲を確認した。

 

現在、自分を取り巻くのは鬱蒼と茂る木々と――30体のサーヴァント。

いつもの外出(レイシフト)で得られる解放感は微塵もなく、カルデアと変わらない圧迫感が立香を痛める。

 

「マスター、手はずは分かっているな?」

 

「大丈夫です。やります」

 

アドバイザー役の孔明に促され、立香は己を勇気づけるように強く肯いた。

悲観ならもうたくさんだ。やらなきゃヤラれる。相手が伝説の英雄だろうと立派に引率してみせる。

 

「状況確認が最優先です。ハサンの皆さん、テルさん、アタランテさん、よろしくお願いします」

 

「「「「任されよ!」」」」

「へっへっ、森は狩人のフィールドさ。お前さんは息子も同然、父親らしいところをみせるぜ」

「韋駄天にも勝る早さで情報を届けよう。礼を強請(ねだ)りはせんが、使用済み半ズボンをはずんでくれると助かる」

 

立香の指示を受けたサーヴァントらが喜々と散開した。

レイシフトしてまず行うべきは調査だ。北アメリカ大陸がどう変貌しているか、また誰と敵対するのかを早急に把握しなければならない。

 

百貌のハサンは、多重人格が宝具化したことで分裂出来るようになったハサンだ。

個体それぞれに個性があり、話術、学術、隠密術、暗殺術、詐術などに長けている。

戦闘能力は低いため聖杯戦争ではやられ役に甘んじてしまうが、それ以外の用途幅が広過ぎで「こんなん重宝するしかないじゃないか!」なチートサーヴァントである。

1体ずつ低コストのためかマスターから離れて活動が可能であり、調査には持ってこい。

レイシフト第一陣メンバーに選ばれるのは必然と言えよう。

 

単独行動スキルがデフォなアーチャークラスの中でウィリアム・テルとアタランテを調査に出したのは、ここが森で2体が狩人だから。また、今後荒野での戦闘が想定されるアメリカ大陸で、2体の活躍の場は限られるかもしれない。そのため今のうちにポイントを稼がせようと計算したからである。

 

適材適所な人(サバ)材派遣が円滑な聖杯探索の基本であり、マスターの性命の保障となる――そう立香は考えた。

 

なお、懸命にやりくりする藤丸立香の姿は尊さに溢れており、待機中のサーヴァントを垂涎させるのだが、幸か不幸か立香は気付けなかった。

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

『この先の荒野で大規模な戦闘が発生している。一方は現地民兵と機械化歩兵から成るアメリカ西部合衆国軍。もう一方は蛮族のケルト軍。それぞれの軍の指揮官は――で、所属するサーヴァントは――である。状況からケルト側の――が聖杯の持ち主と思われる。両軍に属さず行動する一団が存在し、リーダーのサーヴァントは――だ。はぐれサーヴァントも存在しており――が目撃されている』と多くの情報が帰還したサーヴァントによってもたらされた。

 

「お、おう……」

 

収集を命じた立香が軽く引きほどの情報量だ。明らかに『周囲の状況』とは異なる重大事実まで含まれているし。聖杯探索中盤から終盤で「な、なんだってー!」と明かされる聖杯の在処まで見当が付いてしまった。色々台無しである。

 

ちょっとサーヴァントの皆さん頑張りすぎじゃありませんかねぇ(畏怖)。

 

「お疲れさまでした。非常に有意義な結果となり、感謝に堪えません。今回働いたサーヴァントの方々には一律5ポイントを付けさせていただきます。さらに、皆さんが入手した情報が今後役立った場合、その活躍度によって追加ボーナスを払います」

 

「「「おおぉぉぉ!!」」」

 

「「「ぐぬぉぉぉ!!」」」

 

ポイントをゲットしたサーヴァントらが歓喜し、先を越されたサーヴァントらが苛立ちの声を上げた。

 

サーヴァントたちに格差を付け、周知させる。危険な行為だと自覚しながらも立香は断行する。

査定を後回しせず、結果は逐一公表する――それこそが英霊たちを納得させる方法だと信じた。

 

都度、査定を明かせば不正や贔屓(ひいき)をしていないと示せる。サーヴァントらにポイントを意識させることで、マスターを襲うようなポイントマイナスの愚行を予防も出来る。

冴えた案に思えるが、欠点もあった。立香の見る目に狂いがあって評価内容がガバガバだったら成立しない方針なのだ。人外アクションを採点するのは難易度が高い。

 

立香は己を鼓舞する。

 

今の俺が持たなきゃならないのは確固たる指標。サーヴァントからどんな圧力を受けても不動の指標こそが、逝き延びる唯一の道なんだ!

 

 

「さすがです先輩! これまでの聖杯探索とは一線を画すスムーズな滑り出しです! ところで私の身体も滑りを良くしていますから、どうですか? その辺りの草むらで」

 

「最強の軍団を指揮するマスター。木漏れ日がお顔を照らして凛々しさが十倍増しです。シャッターを切る手が止まりませんぞ!」 

 

ポイントと無縁で強制メンバーの盾のビースト(マシュさん)藤丸立香専属カメラマン(ゲオル先生)が視界の隅でキャッキャしているのを無視し、立香は行動する。人理のために、カルデアの仲間(サーヴァントを除く)のために、そして自身の貞操のために。

 

 

「討って出ます。目標はこの先の荒野で展開するケルト軍。アメリカ西部合衆国軍への攻撃は原則禁止としますが、機械化兵士が撃ってきた際の反撃は許可します。現地民は今後協力関係を結ぶかもしれませんので殺傷は控えてください。もし行えばレイシフトメンバーから外します、いいですね!」

 

 

正道を()く藤丸立香が巻き込まれた戦いに、性道を逝く藤丸立香は積極的に武力介入すると言う。

すでに有力な情報を得た現状、戦う必要性は薄い。

ケルト側が聖杯を持っているとすれば、兵士は無限湧きするかもしれない。ここで蹴散らしても徒労に終わってしまう。

それどころか敵にカルデアの存在と実力を知られてしまうだろう。

 

かしこい選択ではないのは重々承知だ。

けれども立香は選択する。多くのサーヴァントを引率する身として、戦闘行為を選択する。

そうしなければサーヴァントたちはポイントゲットの機会に恵まれず、自暴自棄になりかねない。敵軍ではなく自軍にヤラれるなんて笑えないし、後者の確率の方が高くて泣けてくる。

 

『聖杯を探索する』『サーヴァントのポイント管理をする』

『両方』やらなくっちゃあならないってのが『マスター』のつらいところだ。

 

 

 

 

 

森の出口に到着した。この先は土と砂交じりの荒野で、機械と蛮族の激突によって砂塵が舞っている。

両軍とも眼前の敵に夢中な模様。横槍を狙う一騎当千の肉食獣たちに気付いていない。

 

どのサーヴァントも(おの)が武器を握り、「ひぃ、ふう、みぃ……」と獲物を数えて舌なめずり。頭の中はポイントの事で一杯のようだ。

 

第一陣メンバーにバーサーカークラスを入れなくて正解だったな――立香は胸を撫で下ろす。

バーサーカーなら作戦なんぞ知らんと突撃して、戦線を「あーもうむちゃくちゃだよ」にしていただろう。

レイシフト直後は不測の事態が目白押しだ。どんなケースにも対応出来るようにと、基礎能力の高い剣・弓・槍の三騎士クラスを中心にメンバーを決めた自分の判断は正しかった、と確信する。

 

そもそも、バーサーカークラスってどこで採用すればいいんですかねぇ?

 

レイシフトメンバーが限られていれば、どのクラスにもある程度強いバーサーカーに需要はある。

しかし30体も揃えた行軍となれば、如何なる種類の相手だろうと最適解クラスが帯同しているわけで。情報収集や索敵など器用な任務には向かず、暴走する危険が常に付き纏うバーサーカーって要らなくね? と、なってしまう。

 

 

大所帯のカルデア軍におけるバーサーカーの活用法とは……レイシフト前に思い悩んでいると。

 

「あなたが苦悩せずとも結構。狂兵の運用は軍師にお任せください。私、試したい策を山程積んでいるので」

 

カルデアで最も異名の多い軍師がバーサーカーの運用ならば我に策あり、と笑みを浮かべた。

 

そうなん? じゃあ、よろしくオナシャス! 

 

人選に悩み疲れていた藤丸立香くん。『深く考えずに軍師へ丸投げ』という特大のミスを犯してしまう。

立香くんがこの時の丸投げを激しく後悔するのは、少し先の未来でのお話。

 

ちなみにバーサーカーの面々は()の軍師と共に召喚予定である。

 

 

 

 

 

 

『戦闘指揮は私が()るが、名だたる英雄たちに細かい指示はかえって邪魔になろう。大まかな策と戦場の趨勢だけ伝える。基本は各自の判断で臨機応変に、以上だ』

 

孔明が全員に念話を飛ばし、やや湿り気のある目で『ふぅ、マスター号令を』と告げてくる。

 

生前は神であり王であり将だった英雄たち。

しかし、今は立香に従うサーヴァントだ。彼らを戦場へ送り出すのは、立香をおいて他にない。

 

敵に察知されないよう念話で――なんて、しみったれた気遣いは彼らに失礼だ。

貞操を狙う危険な輩だろうと、歴史に燦然と輝く英雄の軍団。マスターとして締まらない姿は見せられない。

 

立香は大きく息を吸って――

 

「第五特異点の記念すべき初戦! 敵は武力の高さで知られるケルトの兵士です。しかし、()()()()()()()皆さんなら心配無用! 斬る、射る、突く、殴る、燃やす、消す。方法は問いません! 皆さんの勇士を俺の目に焼き付けさせてください!」

 

サーヴァントが喜びそうな文句を混ぜながら大音声で号令を発す。

 

「いざ! 出撃です!!」

 

「「「「おおおおぉぉぉお!!」」」」

 

テンション有頂天なサーヴァントたちが獲物目掛けて疾走する。

その物騒な後ろ姿を眺める暇なく、立香は覚えたての魔術を発動させた。

 

魔術師ならば誰でも扱える『強化』。

初歩の初歩と言われる魔術であり、加えて講師がケイローンだったこともあって、魔術の才がない立香でも短時間でモノに出来た。それも二つの強化を。

 

一つは強化魔術の王道である『視覚強化』。

もう一つはケイローン先生曰く「ここを強化したいとは……マスターには些か手に余りそうな部位ですが、私が手取り腰取り教えましょう」で肝を冷やしながら学んだ『記憶領域強化』。

 

 

これらを行使することで、立香は不思議な感覚に陥った。

視界が広がっただけでなく、点にしか見えなかったケルト兵の表情まで分かる。一旦目を閉じてもケルト兵たちの顔を模写できるくらい詳細に思い出せる。

 

これなら……やれる、査定開始だ!

 

 

ファーストアタックは、アーチャーのアーラシュか。戦いを終わらせる英雄の一矢が先制の一撃とは趣深し。眉間を射抜かれたケルト兵の消失確認。1ポイント。

 

続いて、アルテミスの矢が到達。男にはめっぽう強い彼女の攻撃だけあって急所でなくてもケルト兵は消失。1ポイント……っとまだだ。彼女にぶん投げられたオリオンも棍棒で一殺。併せて2ポイント。

 

ここで若き日のクー・フーリンが陸上選手ばりの綺麗なフォームで戦線に躍り出た。サーヴァント相手にはいまいち効かないゲイ・ボルクで同胞に容赦のない一刺しを三回だよ三回、で一気に三殺して3ポイント。

 

――と、少し離れたところにナポレオンの大砲が着弾。ケルト兵が吹き飛ぶ……その数はええと、五体か! いや、一体はまだ生きているようなので4ポイント。

 

セイバーたちも参戦し始める。やめてくれ、モーさん! 一振りで数体のケルト兵を屠らないで! 数えるの大変なんだよ、4ポイント!

 

……うおっ、岩陰から魔術を撃ちかけていた祭司(ドルイド)が焼失した。あの炎は……キャスターのクー・フーリンの攻撃か! しまった、クラス違いながら同名の英霊はポイント管理で混乱する! 1ポイント。

 

あっ、ケルト軍の隠し玉らしきバイコーンを沖田さんが惨殺して大勝利ぃ~している。バイコーンは高ランクエネミー指定で5ポイントだったよな? くそぉ、敵によってポイントが違うから集計がぁぁぁ!!

 

 

 

カルデア軍の凄まじい攻勢でケルト兵が溶けていく。

あらゆる場所で、秒単位で、異なるサーヴァントの手によって、どんどん溶けていく。

 

いくら『視覚強化』したとは言え、同時多発する戦果を査定するのは至難の業だ。

カウントを忘れないため会得した『記憶領域強化』は、サーヴァントとケルト兵のゴアでスプラッターなシーンまでしっかり記憶してしまうため精神衛生上非常によろしくない。しばらく肉が喰えないこと必至である。

 

不幸中の幸いなのは広範囲宝具が用いられていない事だろう。多数のサーヴァントを現界維持するには電力節約が重要。そのため、許可のない攻撃宝具は使用禁止とされている。

もし、サーヴァントたちがバンバン宝具を放って百単位でケルト兵が消し炭になっていたら「査定なんてやってられるかぁ!!」と立香は吠えたに違いない。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

5分も経たずに戦いは終わった。

ポイント至上主義のカルデア軍によってケルト軍は全滅。部隊消耗率が30%を超えての『全滅判定』などではなく、文字通り一兵たりとも生かさず滅したのである。

 

戦場に残ったのは、戦い足りない(もっとポイント欲し気な)様子のカルデアサーヴァント。

圧倒的な蹂躙の前に機械でありながら怯え切った機械化兵士。

戦意喪失に加えて失禁や失神する現地民兵。

 

 

そして、戦場の端に。

 

「……あ……ああ……やっと……おわった」

 

廃人一歩手前の藤丸立香。

視覚強化の影響で目は充血し、記憶領域強化の名残で頭をグラグラさせている。

 

次からは記録要員として誰かの使い魔をレンタルしたい……待て、ダメか。査定にサーヴァントを絡めるのは不正に繋がる。不正疑惑を持たれるだけでもアウトだ。

レイシフト先をモニタリングするのが精一杯のカルデアシステムじゃあ、レイシフト先の戦場を広範囲360度で撮影するのは夢のまた夢だし。

 

現状は俺が頑張るしかないか……あ゛あ゛ぁぁ。

 

「先輩! 先輩! しっかり! 一大事です、先輩のメンタルがティウンティウンと四散しそうです! お身体を私に(ゆだ)ねて休んでください! そのまま身も心も依存してくださっても一向に構いません!」

 

膝枕を企てるデンジャラス・ビーストを満身創痍の身でかわしながら「どこかに俺を優しく介護してくれる人はいないかなぁ」とフラグでしかない願いを、藤丸立香は抱いた。

 

 



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