ABOUT THE BLANK (ようぐそうとほうとふ)
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グッバイ・ブルースカイ
罪と罰①1998年12月~


1998年12月初旬

 

 外は木枯らしが吹いていた。日差しはあるが風は突き刺さるように冷たい。冬の柔らかい日差しはぼんやりとした陰影を作って昼下がりのカフェに差し込んでいる。大通りに面したカフェでは冷たい風から逃げてきた人がちびちびとエスプレッソを啜っていた。

 

「なんか…雑誌で見たんですよね。ノートルダム…?の大予言っていうのが流行ってるらしいって…。知ってます?」

 

 紫色のセーターの少年はジェラートを食べながら向かいに座っている人物に話しかけた。相手は小さく顔を横に振った。少年と同じくらいの体格で、赤毛がとても美しい。だがそれ以外は全体的にみすぼらしかった。

「なんか来年の夏、世界が終わるらしいですよ?なんでかわからないんですが…でもそもそもなんで流行ったのかさっぱりだけど。えーと、それで、あなたは…」

 少年は手元の履歴書に目を落とした。メモには

 

ヴォート・ブランク vuoto blank

 

 とだけ書かれていた。他の欄はすべて白紙だ。

 

「ブランクさんは、来年世界が終わるならなにかしたいことあります?」

 ブランクと呼ばれた相手はしばらく無言でいた。少年は困ったような顔をしてジェラートを一口、ぺろりと舐めた。するとブランクが急に言葉を発した。

()()()()()()()

 少年は次の言葉を待った。しかしブランクはそれ以降黙りこくったままだった。

「え?…困ったな。ええと、今日は面談、ということで来たんですよ、ぼく。貴方が組織の親衛隊に入りたいと言うから。間違ってませんよね?」

「はい。僕は空っぽなので、何か仕事が必要です」

「じゃあ貴方には何ができるんですか?」

「僕は何にでもなれます」

「何にでも?」

「何にでもです」

 

 ブランクは出されたコーヒーに一口も手を付けてなかった。少年と同じ味のジェラートはもうほとんど溶けて液体になっている。

 

「…食べないんですか?」

「指示をしてください」

「指示がないと何もできないんですか?」

「それが僕の美点です。僕は空っぽなんです。やりにくいですか?」

「えー、まあ、正直」

「手を見せてくれますか?」

「え?」

「手を見せてください」

「は、はあ…」

 

 少年は渋々手のひらを上にして見せた。ブランクはそれをじっと見てから「触れます」と言ってまるで手相でも見るかのようにじっくりと少年の手を触った。

 そして手を離すと、急にヘラっとした笑顔を作って話し始めた。

 

「僕はヴォート・ブランクっていいます。仕事を探してて…で、ドッピオさん、あなたの属してる組織だったら僕の能力を活かした仕事につけるかなって思ったんですよ」

「能力っていうのは、その急に明るくなる性格?」

 ドッピオと呼ばれた少年はその変貌に驚きながら尋ねた。

「それは僕の特技です。僕は手相を見ると、その人の性格がなんとなくわかります。貴方がやりにくそうだったので、貴方っぽい性格になってお話しようと思いました」

「じゃあ貴方は今ぼくっぽく喋ってるってこと?」

「ええ。僕自身は空っぽなので」

「えー?ぼくってそんな笑顔するかなぁ…」

 ドッピオはちょっと引きながらもさっきよりかはマシだと思い質問を続けた。

「じゃあ能力っていうのは?」

「僕はスタンド能力者です。あなたに連絡をとってくれた幹部の方に紹介されたのです。こういう特殊能力を持った相手とは何度か会ったことがあります。僕は他者の能力をコピーすることができるんですよ」

「…それは、どうやって?スタンドの発動条件は?」

 ドッピオは声を潜めて聞いた。

「スタンド能力を発動している相手に触れることです。コピーした能力は相手が生きているかぎりいつでも使えますが、同時に2つのスタンドを操ることはできません」

「それは…強い、ですね…。でも普通、そういう能力のことは他人に絶対秘密にしますよ?いいんですか、ぼくに言って」

「はい。僕には主人が必要なんです。僕は空っぽなんです。指示をくれる人が必要なんです」

「なるほど…えっと…」

 ドッピオはしばし考えるように顎をさすった。ブランクはコーヒーをぐいっと飲んでから溶けたジェラートを啜った。

 

とぅるるるるるるるん…

 

「あ、ちょっと…ちょっといいですか?」

 

とぅるるるるるるるん…

 

 ドッピオはキョロキョロと周りを見回し、カフェの出入り口付近に公衆電話があるのをみつけた。

「電話が」

 

 どたどたと椅子を蹴っ飛ばして、ドッピオは受話器をとった。

 

「もしもし、ドッピオです」

『私のドッピオ。どうだ?入団希望者というやつは』

「ボス!ええ、今ちょうどやつの能力について聞きました。弱いのか強いのかちょっとわからないんですが…」

『いいや、十分強い。強い能力をコピーすればな。それに…あの奇妙な性格。自分が無いというのはなかなか興味深い。使えるかもしれない』

「そうですか?ぼくはなんか不気味ですよ…親衛隊に突然入れるのはどうかと思うなァ…」

『入団は許可しろ。ただしその性格と能力が本物か試す必要がある。いいか、やつに与える任務は…』

「ああ、ええ。なるほど。わかりましたボス。それでは…」

 

 ドッピオはどこにも通じていない電話を置き、席に帰っていった。ブランクはジェラートの器を口に当て完食、いや完飲していた。

 

「あなたの仮入団を認めます。親衛隊に入れるかは試験を終えてから決めます」

「本当ですか?試験かぁ…緊張します」

 ブランクは器をおいて口をナプキンで拭った。ドッピオはぐっとブランクに顔を近づけて囁いた。

 

「まず、組織の基本的なルールと構造についてはぼくがこのあと説明します。そして肝心の試験なんですが…」

 

 

 


 

 

1999年1月

 

 賑わったレストランではディナーショーがたった今終わった。特段有名でもない歌手のワンマンショーだった。

 レストラン『グロリア』ネアポリスではありふれた、高級感はあるが高級ではないレストランだ。中流階級がちょっと贅沢する日に行くようなところというのが適切なたとえだろう。

 そこで8人の男がテーブルを囲み、大してうまくなさそうに料理を食べていた。

 

「おせーなリゾットの野郎はよォ〜〜自分で指定しておいて、前菜どころかメインディッシュにも間に合わねーってどういうことだ」

 巻き毛の男がひどく苛立った様子で言った。横に座っている男が呆れた様子で横目で見ている。

「遅れるって連絡あったろーが」

「あ、兄貴…でも何かあったとしたら…?」

「ペッシ。おめーリゾットに、よりにもよってリゾットに何かあるわけねーだろ。あるとしたら今日来るっつー新入りがなんかあったんだよ。違いねえ」

「新入りね」

 髪を短く刈り込んた男が嘲るような調子で言った。

「新入りが来ても分前は人数分増えねーっていうのによぉ…」

「ご、ごめんよ…」

「おい、イルーゾォ。ペッシはきちんと仕事こなしてるだろうがよ。お前だってこの前…」

「あ?なんだよプロシュート。別にペッシが悪いなんて言ってねーだろーが。ああ?」

「集まるといつもこうだ」

 彼らはパッショーネの中で暗殺を請け負うチームのメンバーだ。全員が全員スタンド能力を持ち、組織に歯向かうものを秘密裏に消している。

 報酬の話以外で全員が揃うことは新入りが入るときか、誰かの葬式くらいだ。そしてリゾットが遅刻するということは今までにないことだった。

 皿が下げられ、デザートのスフレが出てきたときにようやくリゾットと噂の新入りがやってきた。

 

「すまない、待たせたな」

「おいおいおせーよ。何があったんだよ?」

「ああ、調整に手間取ってな」

「調整い?」

「ああ。紹介する。新入りのヴォート・ブランクだ」

 

 リゾットの後ろから遠慮がちに小柄な人物が前へ出てきた。肩くらいまでのセミロングの赤毛がやけに綺麗だった。だがそれ以外はパッとせず、これと言って特徴が挙げられない冴えない容姿をしていた。強いて言うなら不安げに全員を見る猫目が特徴だろうか。

 身長が低いせいか、それとも顔立ちがあどけなさを残してるせいか、何歳なのかも掴みかねる。老け顔の10代と言われればそう見えるし、童顔の30代と言われてもなるほどと納得できそうだ。髪も長いせいで女々しく見えるが、顔つきだけ見れば男にも見える。

 なんとも掴みどころのない容姿だ。

 

「ヴォート・ブランクです!どうぞよろしくお願いしますッ!頑張ります!」

 

 まだまだガキじゃねえか、と言いたげにギアッチョがブランクを見た。しかも超地味なガキ、と。

 

「お前ら、きちんと挨拶しろ」

「…あー、新入りクン、とりあえず座って食えよ。もうデザートだけどよ」

「ハイッ!恐縮です」

 イルーゾォが自分の隣の空席の椅子を引いてやった。ブランクはペコペコしながらそこに座ろうとする。ブランクが尻を椅子におろそうとした瞬間、イルーゾォは椅子を思いっきり引いてブランクは床にすっ転んだ。

 どっと笑いが起こった。リゾットだけが呆れ気味に額を抑えため息をついた。ブランク本人はきょとんとして床から笑い死にしそうなイルーゾォを見ていた。

「いや、すまねーな。立てるか?」

「いえ!問題ありません」

 ブランクはイルーゾォの悪意に全く気づくような素振りも見せず、さっと立ち上がり椅子に座り直し、皿に乗ったオレンジをぺろりと食べた。拍子抜けしたイルーゾォをホルマジオが愉快そうに見てる。

「とても美味いオレンジです!」

「ぷっ…ハハハ!なかなか根性あるヤツじゃねーか!どこで拾ってきたんだ?」 プロシュートが笑いながらリゾットに聞いた。

「ああ…情報部のやつの紹介でな」

「っていうと…ムーロロってやつか?」

「ああ」

「はい。ムーロロさんにはとてもお世話になりました」

「ムーロロに世話になってんならよお〜〜、なんで暗殺チームに回されてんだ?」

「ハッ!それは僕がとんでもなく機械音痴だからであります」

「最悪だな!バカなのかお前」

「残念ながらそのようです」

「よかったなペッシ、お前にも弟分ができて」

「いやー…オレにはちょっと荷が重いよ、兄貴みたいになれるかわからないから……」

「そういうのを人前でいうんじゃーねーよ。ったく…」

「ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!」

「ああ。…ちょっとお互い話していてくれ。電話だ」

 

 リゾットが席を立つと、今まで不機嫌そうに黙っていたジェラートが口を開いた。

「てめー、誰の下につくんだ?お荷物ひかされんのは誰なんだよ」

「まだそのような指示は受けてません!」

 ついでソルベがいかにもトゲのある感じで言った。

「っていうか気になってたんだけどよぉ。お前男なのか?女なのか?紛らわしいナリしやがって」

「…?僕の性別が何か問題でしょうか」

「女だったらオレたちは絶対にテメーと組む気はねえ。嫌いなんだよ女って、やかましくて弱っちくて」

 ジェラートはソルベと視線を交わした。その様子を見てプロシュートが呆れ気味にいった。

「お前らと一緒にやりたいやつなんていねーっつーの」

「僕は指示さえいただければなんでもやります!お二人には近づかない、受諾しました!」

「なんかおめーまともじゃねーな」

 ギアッチョがかなり不審そうな眼差しでブランクを眺めた。同じようにブランクを見ていたメローネが急に提案した。

「とりあえずそのダッサイ服と髪の毛何とかしたらどうだ?」

「確かに」

「クソダサい。死んでも隣を歩いてほしくない」

「そ、そこまでダサいでしょうか?」

 わいのわいのとブランクの服装に対する文句がでてきたころ、リゾットが電話から戻ってきた。

「紹介はすんだか?」

「だいたいすんだぜ」

 とイルーゾォがしれっと嘘をついたが、リゾットは別に気にしてないようだった。

「こいつの面倒はひとまずイルーゾォ、ホルマジオ、おまえらが見ろ」

「は?なんでだよ!?」

「ニコイチで面倒見れそうなのお前らしかいねーだろ」

 ソルベが笑いながら言った。暗殺チームは任務の際二人一組で動くことが多い。今はソルベとジェラート、プロシュートとペッシ、メローネとギアッチョ、そしてイルーゾォとホルマジオがよく組まされていた。確かにこの中だと二人共経験が長く安定し、比較的社交性があるのはイルーゾォとホルマジオだった。

「ははぁ!よろしくお願いします!先輩方」

「クソッ…みそっかす掴まされるとは!」

「ブランクはなかなか面白いぞ。…とりあえず今日のところは解散だ」

 

 リゾットの鶴の一声で全員がコーヒーを飲み、レストランから出た。ホルマジオは任された手前仕方なくブランクに尋ねた。

「で、お前家は?本部にとまんのか?」

「いえ!僕はこれからムーロロさんとお別れパーティーなので!明日!また明日からよろしくお願いします!」

「おいおいおい、甘ったれてんなぁ」

 イルーゾォが意地悪げに言うと

「へへへ…」

 なぜかブランクは照れた。

「は?全く褒めてねーよ…」

 

 こうしてヴォート・ブランクは暗殺チームへの潜入を開始し、ボスから提示された本当の入団試験がはじまった。

 


 

 

「で、どうだ。うまくやってけそうか?」

 ブランクはこくこくと頷いた。

 目の前に座ってる男はカンノーロ・ムーロロ。パッショーネの情報技術チームにいる男だ。ギャングと言われて人々が想像するような服装をしている。

 二人がいるのはモノで溢れかえった倉庫で、ムーロロの拠点の一つだ。遠くで船の汽笛の音が聞こえる。二人はプラスチックケースに座って向き合っている。

 ムーロロはゆっくりワインを飲みながらほとんど反応のないブランクに話しかける。ブランクは虚ろな目をしてグラスを持っているだけだった。

「あっちでは何になってるんだ?」

「…この前空港で荷物を持ってくれた少年です。リゾット・ネェロに社交的な人物になれといわれた」

「そうか。うん、当たり前だがそのまま行ったらどこでもやってけねーよな。ボスの試験の方はどうだ?」

「裏切り者を突き止めることです。多分すぐに終わる」

「へえ。予想では誰だ?誰がボスの正体を探ってる?」

「ソルベ、ジェラート。他のメンバーより排他的で親密。あなたのデータ通りです」

「よしよし、じゃあすぐに親衛隊入りできるはずだな。いい調子だ」

 ブランクはうなずく。

 

「お前のホントの仕事は?」

「いずれボスの腹心になること」

「いい子だブランク」

「僕は何にでもなれる」

「その通りだ」

 

 誰にも正体を明かさないボスにどこまで近づけるか。ムーロロが今トライしているゲームだ。と言っても本気でボスの正体を知りたいわけじゃない。

 ただ退屈だったから。賭博やスポーツじゃもう微塵も心躍らない。本当にスリリングで頭を使うゲームを思いついたときはまだ始めてもないのに勃起しそうになった。

 

 このブランクはだいぶいいところまでいけるはずだった。

 

 なんにでもなれる人格と、それを写したかのようなスタンド能力。ブランクのスタンド、ミザルーは他人の能力をコピーし、本体が生きている限りストックしておくことができる。そう、能力をストックできる。ここがブランクの最大の強みだ。その能力の情報はいずれ大きな力になる。

 

「長いゲームになるかもしれんが、覚悟はできているか?」

 ムーロロはブランクに問いかけた。

()()()()()

 ブランクはムーロロをまっすぐ見つめ返し、質問を質問で返した。

 

「そりゃできてるよ」

「なら僕もできてる」

 

 

 

 

 

 



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罪と罰②1999年1月~

 新入りを任されたホルマジオだが、少なくとも自分はイルーゾォよりは面倒見がいいと自負していた。というかイルーゾォがそういうのに向いてないので自分がやるしかないというのが実情だった。

 本部に行くと、ブランクは掃除をしていた。誰に言われたというわけではなさそうだが、異様に本格的な掃除用具を揃え、床にワックスがけしている。

 基本的に暗殺チームは定期報告会や仕事のブリーフィング、報酬に関する会議以外で集まる義務はない。故に本部にいつもいるのはリゾットくらいで、掃除も業者に任せられないためいつもどこか埃っぽかった。

 

「あっ!おはようございます」

「掃除なんてしても誰もお前を褒めちゃくんねーぞ」

「いえ!僕、ハウスダストアレルギーなので気になっちゃって…」

「そーかよ。…これ踏んでいいのか?」

「ああもう!どうぞ。僕のことなど気にせずに。ただとても臭いかもしれません。窓際にいるのを推奨します」

 

 ホルマジオは窓際の椅子に腰掛けた。ブランクはテキパキと掃除道具を片付け、ホルマジオのそばに立って気をつけをした。

「ヴォート・ブランクです。先輩、今日からよろしくお願いします」

「オレはホルマジオ。イルーゾォは今日バックレた。…で、今は特に依頼がねえしお前に今日教えられることはあんまねぇぞ」

「それなのにホルマジオ先輩は来てくれたんですか!自分感激ッス」

「リゾットの頼みだからな。そういえばあいつは?」

「僕と入れ違いで外出です。あ、なんか飲みます?」

「ミネラルウォーターくれ」

 ブランクは冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出しホルマジオに渡した。おそらく今ペッシがやってる備品の発注なんかもこいつが引き継ぐのだろう。

「そういえばなのですが今日昼頃メローネさんが来るそうです」

「あいつなんか用事あったか?」

「はい。僕の服を買ってくれるそうです。あとペッシさんも来るそうです」

「あいつらなんやかんやで新入り甘やかすんだからよぉーまったく。オレは厳しーぞ。少なくとも仕事面ではな」

「楽しみです!」

「お前はどんな能力を使うんだ?」

「僕ですか。僕はスタンドをコピーするスタンドを使います」

「は?コピー?」

「左様です。スタンド発動中の本体に触れることでコピーができるのです!しかもストックできるんですよ。最強!」

「ほぉー、そりゃなかなかピーキーだな」

 ホルマジオは昨日リゾットがブランクを「面白い」と言った理由がわかった。

「暗殺にはいいかもな。だがスタンド使い同士の戦いじゃ使いにくい」

「え?なんで?最強では?相手の能力コピーですよ。最強ですよね」

「いーや。お前やっぱ馬鹿なんだろ。相手がスタンド発動中に接触しなきゃなんねーっとことはよー、絶対相手の射程に入るってことじゃあねーか。しかもその場で相手の奪っても練度では勝てねーし」

「…あ!そっか。考えたこともなかったです」

「まあでもストックできるんだろ?だったらコピーする必要がない相手なら使えるし、つえーよ。今は何をコピーしてんだ?」

「えーっと…それは平時は秘密にしとけって言われました」

「はあ?オレはおめーの尻拭いしなきゃなんねーんだぞ?歯向かうんじゃねーよ。いざって時に泣いて縋ってきてもなぁーんもできねーじゃあねーか」

「うーん…たしかに…いや、でもなんかスタンド使いは能力を明かさない、と。すっげー言われたんすよね、リゾットさんに…なんででしょう?」

「…お前ってもしかして常識知らずなのか?」

「いや、そんな事はないはずなんですけどね。なぜかよくそう言われますね」

「秘密にすんならもう手遅れだぜ。オレ絶対スタンド出してるときにお前には触んねー」

「え?あ、そっか。あー。なるほど。もっともですね」

「だからって嘘をつくのはダメだ。それはオレたちチームに対する侮辱だからな。ただ自分の能力に関しちゃ本当のことを言う必要もねえ。わかるか?」

「はい。ええと…言葉遊びですか?」

 

 ホルマジオは呆れながらブランクに忠告した。

「いいか?自分がバカだって喧伝するのはやめろ。ナメられちまうぞ。もしわざとやってんならそれはそれでいいが、仲間内でナメられるってのはよくない。敵ならナメられても殺しちまえば終わりだがな、仲間はそうは行かない」

「僕は仲間になれないということですか」

「ちげーよ、なりたいなら対等を装え。今のお前は犬みてーだ。腹を見せて手の内を明かしてオレに気に入られようとしてるだろ」

「おお、そのとおりであります!さすがホルマジオ先輩!」

「だーかーら、その態度!その態度がムカつくんだよォーーッ」

「えぶっ」

 ホルマジオがぶん殴るとブランクは一応黙った。泣き出したりパニックになったりしなくて安心した。ちなみにペッシは最近まで殴られて泣いていた。

「僕、わっかんないんですよね、ラインが…手本がないと」

「ガリ勉だったのか?周り見てりゃーなんとなくわかんだろ」

「わかんないんですよ!僕…僕が友人と話してるところを知らないからかな。先輩、誰を手本にすべきでしょう?教えてください」

 そのなんだか奇妙な口ぶりにホルマジオは一瞬首を傾げたが、指摘してもわけわからん事になりそうなのでスルーした。

「ムーロロ?だったか。お前の世話んなったやつのマネすりゃいーんじゃねえの?」

「わかりました」

「いや、別に命令じゃねーけど」

 そんなこんなしていると、ドアが空いてペッシが一人で入ってきた。

「あ?なんか掃除してある?」

「おうペッシ。こっちの新入りは気が利くぜ」

「オレはそんなのやろうと思わなかったな…」

「僕、ハウスダストアレルギーなので!」

 プロシュートと一緒にいないペッシはとても珍しい。チームに入って以来ペッシはずっとプロシュートの背中を追いかけていた。ホルマジオは生まれたばっかの雛かよ、と思いつつも微笑ましい光景だと思ってた。

 そのペッシのポジションがブランクになったわけだが、こいつはどうもペッシみたいに純粋じゃなさそうだった。

「オレはペッシ。プロシュート兄貴に仕事を教えてもらってるんだ。入ったの去年の秋…だったかな。よろしく」

「じゃあもうバリバリ暗殺です?クール!」

「あ、いや…俺、まだ一人も殺してないんだ。兄貴がまだだめだって」

「プロシュートさんは仕事に厳しい方なんすね」

「まーあいつは一番流儀持ってるつっーか。うん」

「オレ!兄貴のそういうところすっげぇ尊敬してるんです!」

「おおー、僕もホルマジオさんの尊敬できるとこ探しますね」

「いや、やめろよ暑苦しいから」

 ペッシとブランクは仲良くなれそうだった。ほのぼのした部分で息が合いそうだ。すぐにメローネも本部に来た。普段来てる服ではなかったが派手ながらの服を着ている。オンオフを分けるタイプだったという記憶はないが、服買うときはなんか気を使ってるのかもしれない。

「ちゃんと揃ってるな。ブランク、お前どうせ金持ってないだろ?」

「はい!無一文です」

「じゃ、今日貸すから借用書書けよ」

「わーい借金!」

「奢ってやんねーのか。けちくせー」

「自分の仕事着くらい自分で買うべきだろうが。お前こそショーパブとかに連れてったりすんなよ」

「んなとこいくわけ…」

「じゃ行くぞー」

「ホルマジオの兄貴、留守番頼みますね」

「先輩留守番よろしくです」

 

 メローネ、ペッシ、ブランクはあっという間に出ていってしまった。

「……はあ」

 

 ホルマジオかしばらくパソコンをいじっているとリゾットが帰ってきて、仕事が入ったから誰がやるか夜に会議を開くことになった。

 夕方になって買い物に行ってた三人が帰ってきた。ブランクもペッシもショッピングバックを抱えて楽しそうにしていた。いくらの借金ができたのか興味があったが聞いたら同情しそうだった。

 

「夜から会議なら早速着ます!」

「髪もちゃんとやれよ。香水とかテキトーにあんの使っちまえ」

「ハッ!」

「お前!黒くて丸いやつはぜってー使うなよ!」

「ハッ!…でもどれもこれも黒くて丸いですが…」

「右から三番目の、金の文字が書いてあるやつ!」

「かしこまりました!絶対使わない!受諾ッ」

 

 ブランクは洗面所でゴソゴソやってる。ペッシは新しい靴を買ったらしく箱を開けてうっとり見ていた。メローネもなんか買ったらしいがとっとと自分のロッカーにしまったようだ。

「ホルマジオ、次の仕事ブランクにやらせてやれよ。借金地獄に浸かっちまうぜ」

「お前いくら使わせたんだよ」

「さあねー」

「ま、でもやらせるべきかもな。あいつが仕事で使えるのかわかんねーし」

「リゾットが面談してるんだからそこは大丈夫だろ。な」

 メローネがリゾットに問いかける。リゾットは自分のノートパソコンから視線を上げて頷いた。

「あいつはああ見えて経験者だ。問題なくこなす」

「へえ?だってよペッシ。やっぱマンモーニはお前だけか」

「や、やめてくれよ。マンモーニっていうのは…」

「あのバカっぽいのは演技なのか?」

「演技…か。そうとも言えるが、そう言うと嘘だな」

「はあ?意味わからん」

「オレから言えるのは、あいつは即戦力として入団を許可したってことだけだ」

「へぇ…じゃあ次の仕事、ブランクに振ってくれよ」

「もとよりそのつもりだ。他のやつらも使えるのか知りたがってるだろうからな…」

 

 

「メローネ先輩、ばっちりっすよー」

 

 タイミングよくブランクがやってきた。ジーパンにパーカーというダサい服から高そうなスーツにグレードアップしていた。髪もびしっと纏めて顔面にも伊達メガネが追加されている。

「最低限だな」

「え、まだだめっすか」

「悪くない。いい服を着ることが大事だ。あのくそダサジーパンは捨てとくからな」

「そんな…」

 

 そうこうしているとどんどん他のメンバーが本部にやってきた。集合時間ぴったりにソルベとジェラートが駆け込んできて全員揃うと、リゾットが仕事の話を始めた。

 

 


 

 

 

「へー、はじめての仕事は国外か」

 ブランクはムーロロの言葉に頷いた。二人はまた港の倉庫にいる。今日はワインでなくコーヒーを持っていて、ブランクは口をつけていない。

 二週間ぶりに会うブランクは前より垢抜けた格好をしていた。チームとうまくやってけているようだった。

「…マンハッタン・トランスファーを使う。許可をいただけますか?」

「オレに許可をもらう必要はねえよ。ブランク。そりゃオレがお前を拾ったわけだが、今や同じ盤上にいる。対等だ」

「ではスタンド能力を使う際、許可を乞うことを辞める」

「ああ。自分で考えて自分で行動しろ。…あー、オレはお前が心配だよ」

「任務自体に危険性はありません」

「違う違う。オレはお前の腕を信じてる。じゃなくって、お前の将来とかそういうのだよ」

「……」

 ブランクは黙った。表情に変化はない。ムーロロはコーヒーをぐいっと飲んだ。ブランクの経歴は名前同様ブランクだ。

 マンハッタン・トランスファーというコピーしたらしいスタンドについて尋ねると返ってくるのは「恩人」「軍隊」という単語のみだ。他のコピーしているスタンドも「連れられた。お見舞いに」と、誰かに才能を見込まれて仕込まれていたらしいことがわかるだけだった。

 他の思い出についても、本人がエピソードトークがほとんど不可能なせいで何もわからない。

 

 ブランクと会ったとき、こいつは未成年売春している女を車で客のところに送り届ける運転手をやっていた。ただし、その売春宿の客がめちゃくちや高い割合で死んでいた。

 未成年を抱いて腹上死。遺族からすりゃ絶対に世間に知られたくないことだ。故にギャングに探偵みたいな仕事が回ってきて、ムーロロがそれを調べることになった。ちなみに売春宿は事件を逆手に取り『天国に一番近い』なんてキャッチコピーをつけていた。

 その被害者と居合わせる嬢はバラバラだったが、客の注文にはかなり共通点があった。

 

一晩コース

他の店でトラブル

サディスト

 

 そして必ず運転手としてブランクが一晩中車で待機していた。さらに監視カメラからブランクが車から降り、今寝ているであろうターゲットの部屋の前まで行き、ドアの前でしばらくじっとしている映像が見つかった。

 

「お前あそこで何していたんだ?スタンド能力者なのか?」

 

 尋問中、だいぶ絞られぶん殴られたというのにブランクは涼しい顔をしていた。そしてムーロロが『優しい警官』役として質問すると、あっさりと答えたのだ。まるでマニュアルにそういう質問があったかのように。

「頼まれたのでスタンドで殺しました。…次の指示はありますか」

 

 

 

 

 

「僕はバカですか?」

「は?そんなこといってねーだろ。お前はバカじゃねーよ。バカのマネをしてるだけだ」

「僕、ダサいですか?」

「へ?いや。なんかすげーいいスーツきてるよな。カッコい〜〜ぜ。メガネも似合ってる」

 ムーロロは驚いた。ブランクが自分の見かけについて聞いてくるなんて初めてだ。というか仕事のこと以外で自発的に質問してくるなんてレア中のレアだった。

「同行するのは誰だ?」

「ホルマジオ、イルーゾォ。リゾットもおそらく監視目的でついてきてると思われます」

「そうか。ソルベとジェラートはどうだ」

「……二人は本部にほぼ顔を出さないようです。…でも端末にチップを仕込むことに成功した」

「やるじゃねーか!ブランク」

「あとは待つだけ。ボスの試験は楽勝です」

 

 

 

 

 そして任務当日、ホルマジオ、イルーゾォ、ブランクの三人はシチリア島から海を渡りリビアに上陸した。

 リビアはかつてイタリアの植民地だった地中海に面するアフリカの国であり、世界遺産に登録される遺跡が多数あるイスラム教圏の国である。現在はカダフィ大佐によって共和制が敷かれているものの、実質独裁国家となっている。

 独裁国家は町並みが美しいというがまさしくそのとおりだった。外国人向けのホテルのサービスは極上だが、今回三人はリビアに秘密裏に入国しているある人物を暗殺しなければならないので、身元を明かさなければならない良いホテルは使えなかった。

「あーあ、お守りは全然旨味がねーな。ホテルもシャワーがろくに使えねーし暑くて砂っぽいし」

「マジだるい」

「観光できるわけでもないし…」

 三人でずっとぶつくさ言いながらも安ホテルの屋上へ向かった。やることをやらねばしょうがないのだ。今回のターゲットはアメリカのマフィアだ。イタリア、リビア間の武器の密輸にイッチョがみしてきてる野心家に制裁を、との事だ。

「でもよー、狙撃って…狙撃だぞ?なんかオレは好きじゃねー。だって露骨だもんなァ?わかるか?」

「でも見せしめだとわかるようにとのことですし…イルーゾォ先輩のは全然見せしめじゃないし、ホルマジオ先輩のはわけわかんないじゃないですか。僕適任!」

「でもその狙撃もお前の本当の能力じゃあねーんだろ?誰かからパクったもんなのにうまく使えるのか?」

「ばっちりっすよ!」

 ホルマジオは縮めておいたカバンをもとに戻しブランクに投げ渡した。ブランクはカバンをあけるとバラバラに分解したライフルをテキパキ組み立てた。スタンドでしか戦ってこなかった二人にとってなんだか新鮮な光景だった。

「そのマンハッタン・トランスファーの能力、もう一回説明してくれ」

「ハッ!これは射撃の中継をしてくれるのです。つまり死角というものは存在せず、どこにいようとも標的に鉛玉をぶちこめるのです!」

「射撃ありきのスタンドってことか?」

「そうです。持ち主はシモ・ヘイヘみたいな人でした。最強!」

「おい。って事はテメーがへぼならどーしよーもねーって事じゃねーか」

「いえ。それは大丈夫てす。僕その人にいろいろ教えてもらったので」

 ブランクは自信ありげに銃を構えた。だがイルーゾォはあまりブランクを信用していない。ホルマジオもだ。

 目標のいるホテルとここは一キロ近く離れている。マンハッタン・トランスファーはあくまで中継であり目標を捕捉できる位置に発動させなければならないのだが、そもそもその中継点たるマンハッタン・トランスファーに弾を届かせなければならない。そんなことこいつにできるのか?

 

「よし…わかった。オレがマン・イン・ザ・ミラーで目標を監視する。テメーが失敗したときはオレが仕留める。いいな」

「お前の能力で?オイオイ大丈夫かよ。場所によっては目立つんじゃぁないか?」

「あー?なんだよ。じゃあおめーのくだらねー能力で突然ちっちゃくすんのかよ?そっちのほうが目立つねッ」

「くだんねーかくだるかはよぉー能力の使い方次第だって何回も言ってんじゃあねーか」

「マンハッタン・トランスファー。位置に付きました。ここから968メートルです。ですが標的の位置が…部屋変えたかもしれないですね。まだ見つからない」

「おい、勝手にはじめんなよ…ほら、無線機だ」

 イルーゾォは無線機を渡すとホテルの屋上から降りていった。

「あー、みてみたいなー先輩のスタンド」

「コピーしたいのか?」

「それもありますけど普通にもっと知りたいです、皆さんのこと」

 

 ライフルを構えるブランクの姿はサマになっていた。シモ・ヘイヘもどきというのがどんなやつか気になるが、ここ一週間こいつにそれとなく昔の話を振っても具体的なエピソードがほとんどでてこなかった。というかうまく自分のことが話せないようだった。

『イルーゾォだ。ターゲットのいる部屋、鏡はあるんだがちょっと見えにくい。5階の角部屋だ。ふた部屋あるうちの寝室にいるぜ』

「了解。スタンドの位置を調整します」

『シャワー室とクローゼットの中にしか鏡がねーんだよ、ここ。だから音と物の動きしかわからんが、うす開きのクローゼットのドアから見るに抜け毛のケアしてるっぽいぜ。……いやちげえ!こいつヅラだぜ!!髪の毛だけ浮いてる!ヅラ外して櫛で梳かしてんのか』

「まじっすか。ヅラ、寝るときも被ってくれれば狙いやすいですね」

『それはねえな。……今ベッドサイドの椅子にいるようだ。マンハッタン・トランスファーは場所を掴んだか?』

「はい。かすかに気流を探知しました。…いけます」

『梳かし終わっちまいそうだぞ。早くやれ』

「了解。撃ちます」

 

 ホルマジオは耳をふさいだ。銃声が轟き、ブランクが反動で肩を揺らした。一キロ先にあるマンハッタン・トランスファーに当たったのか裸眼では到底わからない。

 

『…命中だ』

 

 イルーゾォの声が無線からした。

『だがおい、お前どうして顔の中心にぶっこんだんだよ。ひでーやつだな、顔の判別がつくかわからんぞこんなのじゃ』

「え?あら。そんなとこに当たりましたか。まあ見せしめっぽくはなったかな…」

『オレは帰還するぜ』

 イルーゾォの通信が切れ、ブランクはてきぱきと銃を分解し始めた。銃声のせいでホテルの下の方が騒ぎはじめてる。銃をしまい終えたカバンをリトル・フィートで小さくして二人はそそくさと部屋に戻った。

「ね?慣れたものです」

「普通に殺し屋として食ってけそうだな」

「今回はスタンドが強かっただけです。借り物ですから…でもまだ僕隠し玉いっぱいあるんで!超期待、最強!」

「そーかいそーかい。イルーゾォが帰ってきたら早速イタリア行きの船に乗るぞ。もうこんな暑いとこいたくねーし」

「ハッ!僕は好きですが!こきょうのにおい!」

「出身なのか?」

「え?それはわかんないっす」

「…おめーよー…今まで優しさで何回お前を殴るの思いとどまったか教えてやろーか」

「それは知りたくないです!」

 

 

 三人はシチリア島でちょっとだけ贅沢な飯を食い、ネアポリスに帰還した。初任務達成をねぎらってささやかながら祝杯が用意されていたが、すでにべろべろの三人には味がよくわからないわ吐くわで、ギアッチョがめちゃくちゃキレてブランクだけをボコボコにした。

 

 こうしてブランクはきちんと仕事をこなす一人前として認識された。ブランクはほんの少しだけそれを誇らしく思ったが、それを感じることは指示されていないことなのですぐ忘れた。少なくとも本人はそう処理した。

 

 


 

 

 

「もしもし…ブランクです。ドッピオさん。はい、対象の通信記録、検索記録、カード情報、位置情報を抜きました」

「はい。クロです。ソリッド・ナーゾについて調査しています。…え?ショッピング履歴?…ペディキュア、シェイブローション、定期購読してるフランスのファッション誌……ああ、はい。エジプトへの旅券を買ってますね」

「はい。わかりました。ではそちらへ連絡します。ええっと……チョコラー()()?…タですね。わかりました」

 



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罪と罰③1999年3月~

残酷な表現があります。


『はい』

「チョコラータ?」

『どちら様です?』

「ブランクです。えー…受験者の」

『ああ…話に聞いているよ。こちらはすでにネアロポリス入りしてる』

「そうですか。仕事にはかかれますか?」

『問題ないよ。問題ないとも。場所を教えてくれ』

「地図を送ります」

『…受け取った。では現地で会おうか』

 

 

 チョコラータとの待ち合わせ場所に行ってすぐにブランクは納得した。自分が面接を受けたのと同じ時期にボス直々に親衛隊入りを打診されたという男。

 只者じゃないというのが肌でわかる。できれば関わり合いたくないが、こいつらに同行しなきゃ親衛隊入りは無理だ。ブランクは自分が“嫌悪感”をちゃんと感じていることに感動した。

 元医者らしいが医者っぽい雰囲気が全然ない。笑顔を浮かべて佇んでいるがオーラが澱んでいる。足元にかなり大きな箱を置いていた。

 横に立ってる男は猫背で、なんだか挙動が不審だった。時々チョコラータの方を見て何かをねだってるようだったが、すくなくとも成人男性がやっていい仕草ではない。

 

「ブランクです。こんにちは」

「ああ。君がそうなのか。…ふうん。頑張っているかい」

「はい」

 今日のブランクは誰でもなかった。ムーロロがなるべく誰でもなく自分でいろと指示したからだ。

 普段の“自分”は外界に対してほとんどリアクションをとってなかったが、今日は多少コミュニケーションを取れるように頑張っていた。

 ムーロロの指示とはいえ、誰かになりきってもないのに人と話さなきゃならないのはとても苦痛だ。

「裏切り者は…この時間二人揃って隠れ家にいます。一緒に昼寝しています」

「仲がいいんだねえ〜。そう聞いていたから、張り切ってたんだよ」

 何を?と聞くのは面倒だった。ブランクはチョコラータと荷物をせかせか運ぶ男をソルベとジェラートのアパートの前まで案内した。

「じゃあ、呼ぶから。ちょっと待ってておくれ」

「はい」

 命令されてブランクはホッとした。ソルベとジェラートが殺されるまでここで立ってればいい。楽な仕事だ。

 自分が親衛隊に入るには二人を売るしかない。二人とは二ヶ月間それなりに話したが、ブランクには情というものがまだよくわからなかった。そもそもそれらを持つよう言われていない。

 ブランクの思考は実にシンプルだった。命令を、あるいは指示をこなす。それだけ。そう育てられたからなのか、そう生まれついたのかはわからないが、感じることも思い出すことも言われなければやらないようにして生きている。

 

 ムーロロに従い、親衛隊に入る。その命令以外に指示されたことは

 

リゾット…社交性のある人格であること

リゾット…スタンド能力のことを迂闊に話さないこと

ホルマジオ…嘘をつかないこと

イルーゾォ…彼のベッドのシーツに絶対に、死んでも触らないこと

メローネ…スーツをクリーニングに出すこと

ギアッチョ…彼の私物に触ったら死ぬこと

ソルベとジェラート…二人に近づかないこと

チョコラータ…ここで待つこと

 

 だけだ。つまり、それ以外はやってはいけない。それに反してはいけない。

 

 

とぅるるるるるるん…

 

「はい。ブランクです」

『チョコラータだ。ちょっと来てくれるか?』

「はい」

 

 

 ブランクがソルベとジェラートの部屋に行くと、二人はまだ生きていた。てっきり殺してから連絡が来るものと思っていたのでブランクは当惑した。

 縛られたジェラートがブランクを見てなにかウーウー叫んでいるが猿轡のせいで何を言ってるのかわからない。

 ソルベはダイニングテーブルの上に寝かせられている。ラップのようなビニールでギチギチに拘束され、目を恐怖でひん剥いている。ただし彼は轡をされていない。ブランクを見るなり罵声が飛んできた。

「どういうことだテメーー!ブランクッ!コイツらは何なんだ?!」

「……」

 ブランクは質問に答えるべきか考えた。もう死ぬから言ってもいいのか。死ぬから教えないでおくべきか。困ってチョコラータを見ると、彼が代わりにソルベの疑問に答えた。

 

「ボスは暗殺チームに裏切り者がいる事は知ってたんだけどね…確実に誰か突き止められなかったそうなんだ。だから彼を送り込んだよ。自分で蒔いた種だから、彼を責めるのはお門違いってもんじゃないか?」

「テメー、オレたちを裏切ってたのか?!はじめっから」

「先に裏切ったのは君たちだろう?ボスの正体を探るものがどうなったかって知ってるはずなのに」

 くすくす、と猫背の男が笑った。なぜかカメラを構えてソルベとジェラートを交互に撮っている。これから何が始まるのだろうか。

 

「裏切り者には罰を」

 

 チョコラータが取り出したのは大きな肉きり包丁だった。屠殺場で使うような巨大な刃物をみてジェラートが暴れまくる。

 ブランクは自分の心臓がものすごいスピードで脈打ってるのを感じた。項の毛まで逆だってる。なんだかとても…とても…その先をどう言い表せばいいのかわからない。

「あんまり騒ぐと他の住人が…」

「問題ない。もう誰もいないからな」

「…どういうことですか?」

「さあね。どうでも良くないか?始めよう。君にはアシスタントをお願いしたくて。ほら、セッコは録画してるから手が空かないだろう?」

「はい。指示をお願いします」

「簡単なことだよ。これから彼を刻んでいく。その部品をなるべく丁寧にこの箱に詰めてくれるか?丁寧にだぞ。あんまりぐちゃぐちゃだと、あとできれいにみえないから」

 

 そういってチョコラータはずっと持ってた大きな箱を指した。中にはさらに小さい箱が大小様々詰まっていた。マトリョーシカみたいだ。

 

「…刻むとは?」

「え?刻むと言ったら刻むんだよ。35…いや、36かな。ほら〜ペディキュア、これ、きれいに塗ってあって感心したんだ。足をピーンでさせて、指だけ標本になってたら素敵だと思わないか?」

 ブランクはチョコラータが何を言ってるのか、頭の中でゆっくり噛み砕いた。やりたいことはわかった。だが理由がわからなすぎる。裏切り者の報復だとしたら悪趣味すぎる。

「…なぜそのようなことをするんでしょうか?」

「そりゃあ、見てみたいからだよ。見てみたくないか?恋人の前で足から刻まれてく男の顔と、それを見る恋人の顔。想像しただけでたまらない。興味がある」

 

 それを聞いてソルベの罵声はいよいよピークを迎えた。チョコラータは大好きな音楽でもきくようにニコニコしてる。

「なるほど」

 はっきり言ってチョコラータの語った理由はブランクにはよくわからない。よくわからないし、とてもやりたくないと思った。だがチョコラータは手伝えと指示したのだ。

 自分は指示を突っぱねた事はない。

 

「さ、はじめようか」

 

 なんの躊躇いもなくチョコラータは包丁を振りかぶった。そしてピンと伸ばされた足の指、ジェラートとおそろいのペディキュアが塗られた足の先を切断した。

 悍ましい悲鳴が聞こえた。ブランクは絶叫するソルベの口の中に虫歯の治療痕があるのを発見した。彼の頭の向こうでジェラートが失禁するのが見えた。

 

 見たくない。

 頭の中にそれだけが浮かんだ。

 

「ほらぁ。ぼうっとしないで!箱にしまってくれ」

「はい」

 ブランクはハッとして切り落とされた指を拾った。切断面はとても美しい。親指の骨をうまく避けて切っているおかげで刃がもたつかなかったのだろう。指を箱に入れるとき、ブランクはその切断面にもやもやとしたなにかがへばりつき、蠢いているのを発見した。カビのようだった。

 

「あの、これは…」

「それはわたしのスタンドだよ。いいから、気にせずほら、しまってしまって!」

「はい」

 

 ブランクは箱の蓋をした。パチンという音を聞いてチョコラータはまた肉包丁を振りかぶり、足の甲を切断した。今回も中足骨があるにも関わらず美しい断面だ。遅れて血が流れるが、その血は流れたそばからカビに覆われていく。ブランクはそれを拾い、またケースにしまう。

 

「ブランク!テメーーッ呪ってやる!絶対に許さねえからな、オレが死んでも絶対にあいつらがテメーを…」

 

 チョコラータはソルベの怒声を無視して足首を切断した。ゴッドンと言う音がして関節からきれいに落ちる。

「ギャアアアーーーッ!」

「さてどこまで一刀両断でいけるかな。経験的に言うと意外と、足の付け根くらいまでならいけるんだよな」

 

 それから悲鳴と肉を断つ音が景気よく何度も繰り返された。大腿骨を断ち切る頃には、悲鳴は命乞いめいたうわ言に変わった。

「頼む、ジェラートだけは許してやってくれ。頼む。頼むから…」

 足の根本を断ち切るとき、包丁が骨にあたってゴツンという音を立てた。ソルベが感じる鈍い痛みを嫌でも想像してしまう。自分の想像力じゃ追いつかない痛みを感じてるんだろう。ソルベの顔はもうぐちゃぐちゃだ。

 

 チョコラータが骨に半分埋まった包丁を引き抜き、もう一度叩きつける。

「ひげっ」

 としゃくり上げるような声が聞こえブランクは持ってる箱を取り落としそうになった。チョコラータは今度こそ完全に斬り落とした太腿の断面を見て、こちょこちょとくすぐるように筋肉繊維を撫でる。またソルベが悲鳴を上げた。

 そこでようやくブランクは彼が失血で死ねないことを悟った。切る端からカビが血管を塞いでいるのだ。今も動脈から血が吹き出したのは一瞬で、もうカビが断面を覆い尽くしている。テーブルもほとんど汚れていない。

 

 こんな拷問は…いや、処刑か。さすがに初めてみた。どんな苦しみにも終わりはあるがその終わりが遠すぎる。そしてその途方もないソルベの絶望と痛みはブランクが招いたものだった。

 ジェラートももうただ体中の穴から液体を流してるだけだ。ブランクも口からゲロが出そうだった。

 

「骨盤を真っ二つはちょっと骨が折れるね…ふふ、骨が折れる…だってさ。のこぎりを使うかね」

 そういってチョコラータは小型の骨用鋸を取り出した。先程の肉包丁より大ぶりの鉈で腹部を斬り、赤い肉と薄ピンクの腹膜を遠慮なしにかき分け鋸をに突っ込んでく。

 ガリガリガリガリ、と暴力的な音が耳孔から脳へ駆け抜けていく。みちみちみち、と肉を巻き込む音も聞こえて、ひときわ大きな悲鳴を上げてソルベが気絶した。

 

 セッコがつんつん、とチョコラータの太ももを突っつき、ジェラートを指さした。彼は猿轡を飲み込み窒息して痙攣していた。

 びくんびくんと体全体が跳ねている。物凄くくぐもった咳みたいな音が聞こえて、それから全く動かなくなった。

 

「ホホホホホホッ!いや〜たまらんなぁ。セッコ、ちゃんと撮れてるか?!」

「うんッ!」

「良ォ〜〜〜〜〜しよしよしよしよしよしいい子だッ。終わったらご褒美だッ!たっぷりね」

 

 ブランクはジェラートの恐怖で引きつったぐちゃぐちゃの顔を見て、自分にこれまで感じたことのない大きな感情が芽生えてるのがわかった。だかその芽をどうすればいいのかわからない。ブランクには今切断されたソルベの下半身と手の指の付け根を同じケースにしまうことしかできない。

 

 腹腔は腰部分と比べとても斬りやすいようだった。何よりチョコラータは腕が良い。複雑に入り組んだ腸も崩れることなく切断し、あっという間にカビにくるんで保存する。多少持ち上げたくらいじゃ内蔵が飛び出してくることもない。

 肋骨もうまく避けて、どうしても当たる部分は骨自体を潰さないように丁寧に鋸で切っていく。その度におぞましい音がして、どんどん胸が腐るようなどす黒いなにかが芽生えていく。

 チョコラータは肝臓を真っ二つに切断する。ソルベの肝臓は意外ときれいな色をしていた。ああ、そういえば二人は健康に気を使っていたなと場違いな回想がブランクの脳裏に浮かんだ。

 

 ソルベはもう何も言わないし叫ばなかった。切断するときに口からうめき声みたいな空気を吐くだけだった。チョコラータは面白くなさそうにソルベの露出した肺を揉んでみた。ぼしゅ、と喉から変な音が出ただけだった。

 

「あーもう、発狂したのか?おーい。ほら、ブランクくん。彼に呼びかけて!」

「え……」

 ブランクはチョコラータに小突かれ、ソルベの顔が見える位置に行かされた。ソルベの顔は恐怖により歪み、目は見開き口もかっぴらいている。生きているとしたら、それが最大の罰だ。地獄すらも生温い苦痛を想像させる顔だ。

 もう、ブランクの事が見えているのかわからない。

 

「や…やりたく、ない」

 

 ブランクは自分の口からそんな言葉が出たことに驚いた。

 

「え?君、嫌なのか?…セッコ、ちゃんと彼も撮ってるか?よォーしよしよしよし偉いぞ。やりたくないっていっても、君はやらなきゃいけないんだ」

 

 やらなきゃいけない。

 ブランクの今までの生き方に従えば。

 空っぽ。

 そう思っていた。何も響かない真空みたいなものだと。

 僕の中の空虚になにかがどんどん溜まってく。

 どす黒い何かが。

 

 ブランクはつばを飲み込んだ。口の中に血の味を感じる。

 

「ソ、ソルベさん…起きてください…あ、あなたの…心臓、に。今…うう。刃が通りました。感じますか?う……わかりますか?」

 心臓は動いていた。ついさっきまで。カビが一瞬で覆えない巨大な血の坩堝。今度の出血はテーブルにドバっと溢れ、床まで滴った。これでようやく殺人現場っぽくなった。

「おお、いいねー実況プレイッ!!これは励まされるなぁ〜〜その調子その調子!続けて?」

 ゴリゴリゴリゴリと硬い音がする。もう脳に酸素が行かなくて死んでいてくれていればいいのに。

「肩甲骨に…鋸を入れています。わ、わかりますか…ああ……ご、ごめんなさい……」

「なぜ君が謝るんだ?何も悪い事はしてないじゃないか。あ〜いい、いいッ!その表情。ポーカーフェイスからそういう表情が出るのってたまらない!素晴らしいね〜〜」

 

 チョコラータは首を一刀両断しながら微笑む。その喉の断面が一度だけ自発的に伸縮した。ブランクはもう、ソルベに何も言えなかった。そして自分の心を制御できないままチョコラータに話しかけていた。

 

「僕は…指示に対して本気で嫌だって思ったのは初めてです。人に、人に対して、こ、こんなに罪悪感を持ったのも」

「あァ〜たまらん…。わたしは君をとっっても気に入った……今、君は感じてるんだな」

 

 チョコラータはソルベの口を少し開け、そこから下顎骨を分離させるように切断した。これできっと脳幹も損傷したろう。やっとソルベは死んだと確信できた。

 

「…僕は怒るべきですか?」

「は?」

「僕は泣くべきですか…?それとも自責の念に駆られるべきですか?」

「君は面白いねぇ」

「気持ち悪い…」

「吐くならここで吐かないほうがいいよ。バレちゃったら親衛隊に入れても命があるかどうか…」

「僕は親衛隊に入れますか?」

「ん?うんうん。推薦しておこう。なんていうか君は見込みがある。わたしのもとで働いたら、きっと素敵な人間になれるよ。どうだ?」

 その言葉にセッコがどたばたと抗議の意を示しているようだった。コミカルな動きだがとても笑う気になれない。

「……いえ…結構です」

「ブランクくん、君は自分というものがものすごーーく希薄だと聞いているよ。わたしはこれでも研修のとき精神科にいたんだよ。だからわかるんだ。人は大きなストレスを抱えたとき、どんなに無感動だって思い込んでても、本当の自分の姿を垣間見ることができるんだ」

 チョコラータはわざわざかがんでブランクと視線を合わせた。

「絶望や死や苦しみは、人間の精神を最も浮き彫りにする。そう思うんだよわたしは。…どうかな、君のはじめての感情は」

「………これが……感情なんですね」

「そうだよ。どんな気持ち?わたしに聞かせてくれ」

 チョコラータの笑顔を見て、ブランクは息を呑んだ。チョコラータはブランクと同じくソルベだった肉塊の前に立っているというのに自分とは真反対の精神状態にいる。

 ずっと誰かの模倣で生きてたブランクは初めて“これにはなれない”という相手に出会ってしまった。足元が大きく崩れていくような気分になる。

 

「……わかりません」

「おや」

「ただここに長居したくないと思っています」

「ふーーーん」

 

 チョコラータはがっかりしたようだった。ふいっとブランクから視線を外し、36個に分解されたソルベを運び出し始めた。ブランクも手伝った。

 

「じゃ…また」

「さようなら」

 

 昼間合流したときとほとんど変わらない調子で二人は車に乗って市内に消えた。

 ブランクは自分の服にかすかに血がついてるのをみつけ、頭の中に黒いもやもやが溜まってくのを感じた。

 ブランクは帰ってから服を焼き捨てた。捨てとけと言われていた古いパーカーなのだから悲しむ必要なんてないが、何故か無性に悲しかった。

 

 飯をくおうと思った。だが頭の中にソルベの内臓の色がちらついて何も喉を通らない。喉。ぐにゃぐにゃした弾性のある肉の塊。

 吐きはしなかった。もっと料理に近い死体なら見たことある。ただひたすらに気分が落ち込んでいった。

 

 ブランクはふいに自分をずっと連れ歩いてくれた『恩人』のことを思い出した。彼はまだ若いのに戦場に行き場を見出していた。

 お前は復讐しなくてはならない、と繰り返し言われていた。

 復讐には心が邪魔だ。葛藤するな。お前はあの血統を滅ぼすこと以外何も思わなくてもいいと。

 ブランクにはピンとこなかった。言われるまでもなく、葛藤などしたこともないし何かが好きとか嫌いとか、そういうことがまずわからなかった。

 ただ『復讐のために心を捨てろ』というのはきっとブランクではなく自分自身に言ってるのだなと思っただけだった。心がわからないぶん、恩人の望む姿でいようと思った。だから全ての命令に従っていた。

 『恩人』と別れたのは最近だった。自分が戻るまで適当に生きておけと言われたのが最後だ。無性にあの人に会いたいと思ったのは初めてだった。 

 

とぅるるるるるるん……

 

 電話が鳴った。

「はい。ブランクです」

『あ、お久しぶりです。ドッピオです。お疲れ様でした。チョコラータも褒めてました。…無事、あなたは親衛隊に抜擢です。ただ…もう少し、いやもしかしたらずっと暗殺チームにいてもらうかもしれません。追って連絡しますけど…任務は継続ということで』

「わかりました」

 電話はすぐに切れた。ムーロロからの命令はこれでワンステップ進んだわけだ。無事、自分は命令をこなし続けている。それに安心する。

 

とぅるるるるるるん…

 また電話だ。

「はい。ブランクです」

『よぉブランク。どうせ家で暇してんだろ?今から来いよ、おもしれーもん見せてやっから』

「わかりました」

 ブランクは居場所を聞いてすぐに電話を切った。断るのはブランクらしくない。でも今ホルマジオと顔を合わせたくなかった。それでもブランクは指示された場所へ向かうしかないのだった。

 

 



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罪と罰ーI act as you wantー

 呼び出された場所は高級なレストランだった。急にこういうところに入る事になったら、メローネに選んでもらったスーツみたいなのを着てないととても困る。パーカーはやっぱり捨ててよかったんだ。

 

「こっちだ」

 プロシュートが手を挙げてブランクを呼んだ。テーブルについているのはプロシュート、ペッシ、メローネだけだ。

「あれ、ホルマジオ先輩は?」

「あいつは今仕込み中だ」

「仕込み?」

「とりあえずなんか飲めよ」

「じゃあ…ウィスキーお湯割りで」

「そんなふざけたメニューここにはねーよ」

「ミルクはあるのに?」

 ブランクはペッシが飲んでるミルクをちらっと見て言う。

「ミルクはどこにでもあるよ」

「じゃあ僕もミルクを」

「お前らなあ…そんなの飲んでるギャングがいるかよ。ペッシ、お前はオレの隣で今まで何を見てきたんだ」

「ご、ごめんよ兄貴」

 

 

 などと話しているとホルマジオが戻ってきた。ペッシに車の鍵を投げつけるとやるよ!と気前よく言った。

「ブランク、お前も好きなもん食えよ」

「いや〜僕いま食欲ないんすよね…」

「はぁ?勿体ねえ」

「だからお前なよなよなんだよ。背、伸びないぞ。そういえばお前年齢いくつだ?」

 メローネはやたらと身長体重年齢血液型という身体的なデータを尋ねてくる。誰に対してもそうらしいがかなり不評で、イルーゾォは以前「マジでキモいよな」と漏らしていた。

「んー…15歳から18歳の間だとは思うんですけど、ちょっとわかんないっすね」

「思ったより若いな」

「僕発育いーんす。伸び代!」

「戸籍とかちゃんとあんのかよ」

「よくわかんないっす」

「よく今まで生きてこれたな」

「へへ…照れます!」

「なんで褒められてると思ってんだこいつ」

 

 

 ホルマジオはブランク越しにある席を眺めていた。その席についた男と女性が席を立つと、「よっし!仕上げと行くか」と言ってペッシの肩を掴んで前方の男性を指さした。

 

 

 

「よーく見てろよマンモーニたち」

 

 さっきホルマジオが見ていた男だった。

 男は急に苦しみだし、ボン、と音がしてその男から車が出てきた…としか言いようがない。ギャグみたいな光景にペッシは言葉を失った。

 そして連れの女が車に押しつぶされ、その血が車体の下から流れてきてからようやく

「ヒィィイイイーーッ」

 と叫んだ。ホルマジオはそんなペッシを見てご満悦だった。プロシュートとメローネは「あーあ」と言って殺す予定になかった女の死体の方を見ていた。

「あっはっはっは!よし、帰って会議だ!終わったらサッカーでも見ようぜ」

 

 

 本部に行くとソルベとジェラート以外全員がすでに揃っていた。今回の"車ボーン"案件の報酬についての話し合いだ。当然実働しているホルマジオの取り分は多いが、ボスからの報酬は任務に関わろうと関わるまいと全員に配当される。

 

「アイツらが来てないなんて珍しいな」

「サボりか?」

 ブランクは平静を装っていつもソルベとジェラートが座ってる椅子を見た。

「どっかにしけこんでんだろ、どーせ」

 イルーゾォがニヤニヤしながら言うとリゾットが深刻そうな声で言った。

「いや、報酬にがめついあいつらが欠席なんておかしい。変だ」

 

 全員が沈黙した。心当たりがあるのはブランクだけではない。

 そもそもなぜブランクが暗殺チームに派遣されたか。それはチーム全体に反逆の兆しがあったからだ。暗殺チームにはボスからの報酬のみでそれ以外にしのぎがない。故に不満がゆっくり蓄積している。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ソルベとジェラートを探すためにチームはそれぞれ捜索を開始した。だが一向に二人の行方はつかめないまま1日がたった。

 ブランクが突き止めた二人の隠れ家はどうやら他の誰も知らないようだった。たしかに自分の仲間を尾行しスパイする必要なんてないのだからチームメンバーが知ってる必要もない。秘密を暴く必要も、殺す必要も。

 

 ブランクはリゾット、ギアッチョとともに本部で待機していた。

 

「テメーはなんで行かねーんだ?」

 ギアッチョはパソコンでチームと情報技術部の協力者と連絡を取り、時にそれをメンバーに中継していて忙しそうだ。別にギアッチョは特別機械に明るいというわけではないが、リゾットはリーダーだしブランクは機械音痴ということになってるので仕方なくやっている。

「僕はお二人に近づくなと言われてますので…」

「こんな時に何言ってんだテメーッ!」

「ヒィ!殴んないで!」

 リゾットは拳を振り上げかけたギアッチョに尋ねる。

「カード履歴は見れないのか?電車や飛行機に乗った形跡は?」

「見てるけどよォ〜2日前でぱったり止まっててその後一切使ってねーーんだよ」

「そうか…」

 リゾットは落胆というよりかは何か覚悟したような重たい口調だった。ギアッチョはだんだん額の血管を浮き上がらせてヒートアップしていく。

「なんでオレらがこんな目に合わなきゃなんねーーーんだよォ〜。そもそもオレらの実力は組織ナンバーワンだろ?こんな低賃金でよぉ〜働かされる立場じゃねーーっツーのによお!」

「少しは落ち着け、ギアッチョ」

 ブランクは腕をぎゅっと抱いた。隠れ家に行けばジェラートは絶対に見つかる。だがソルベはあのあとどうなったんだろうか?

「テメー今日はぜんっぜん喋んねーなオイ。なんか喋れよッ!」

 ギアッチョが唐突にブランクの頭を小突いて怒鳴った。

「だってギアッチョ先輩、僕がしゃべると殴るじゃないですか!」

「殴んのはテメーがつまんねー話してるときだけだろーが!黙っててもイライラするぜッ!」

「リゾットさん、この人頭がおかしいです!」

「落ち着けお前等」

 

 

 とぅるるるるるるん…

 

 そして、電話が鳴った。

 鳴ったのはリゾットの携帯電話だった。リゾットはすぐ電話に出る。

「リゾットだ。ああ。……窒息死?」

 いきなり不穏な言葉が聞こえた。ブランクにはジェラートが見つかったのだとすぐにわかった。ギアッチョがどうなったか気になりすぎて激しく貧乏ゆすりを始める。

「わかった。遺体はそのままにしておけ。すぐにいく」

 

 そして電話をきると立ち上がり、端的に通話内容を二人に伝えた。

「ジェラートの死体が二人が偽名で契約していたマンションから見つかった。オレとブランクがそこに向かう。ギアッチョ、お前はチームと連絡を取り合い一度全員を本部に集めろ」

「オレも行くぜッ」

「いや、お前じゃないとパソコンを使えないからな…」

「クソッッ!お前がバカなせいで頭のいいオレが損するなんてマジありえねーー!!」

「ヒィ…」

 ブランクはギアッチョから逃げるようにリゾットについていった。本当はあんなおぞましい事のあった現場に再び行くなんて嫌だ。

 

 嫌だ。

 

 今演じている、名前も知らない少年の感情じゃない。これはきっと自分の意志だ。チョコラータの問いかけが脳裏によぎった。

 

 

 

「ジェラートは…」

 

 隠れ家に向かう車の中で、リゾットがふいに口を開いた。

「お前のことを全然可愛がってなかったが、嫌っていたわけではない」

「あ…はい。それはわかってました。死んだのは残念で悲しいです」

「ブランク、それは()()の感情なのか?」

「え?」

「他の連中はまだ知らないが、オレはお前にあった時“社交的な性格でいろ”と命令した。お前はそれを守り続けているが、今回の言葉はどっちなんだ?会ったときの空っぽのお前か?」

「…えっと…」

 ブランクは考えようとした。“僕”はジェラートが死んだと聞いてどう思った?“僕は彼が死ぬところを見た”という事実を“僕”は知らないふりをしている?だめだ、頭が混乱する。

「わかりません」

「………そうか」

 

 対向車のライトが二人を照らした。ブランクは自分の前髪を留めていた頭につけている眼鏡を下ろす。伸びっぱなしの前髪で瞳が完全に隠れる。

 

「ただ、二人の椅子が空いてしまうこととか…二人のカップを片付けるべきか、とか…あの二人を呼び出すときに気を使うとかしなくていいんだ、とか…そういうことを思います」

「そうか」

 

 目的地に到着した。ブランクは腕に鳥肌が立つのを感じた。

 ソルベとジェラートの隠れ家に行くと、ドアの前でホルマジオが待っていた。

「…おう」

「中だな?」

「ああ」

 

 ホルマジオとリゾットは中に入っていく。ブランクもそれに続く。ソルベの断片を運ぶため繰り返し往復した廊下だ。その先に転がってるジェラートの遺体も何回も見た。

 目立った変化はない。まだ虫たちが本格的に活動してないおかげだ。あの日見た通りの恐怖に引きつった顔。まるで焼き付いてしまったかのようだ。

 

「猿轡を喉の奥まで飲み込んで死んでる」

 

 ホルマジオはすぐそばのダイニングテーブルを指差した。心臓を切ったときに流れ出た血がすっかり乾いてどす黒い色のカスになって広がっている。

「こっちはソルベの血だよな…ざっと調べたが死体は見つかんねえ」

「ソルベの死体だけ持ち去られたということか」

「ああ。……なあ、ジェラートは一体何を見たんだ?何を見たらこんな顔になるんだよ」

「さあな…」

 

 ブランクは無言でジェラートをみた。白目が濁り始めている。2日ほど経って皮膚の下で腐敗が進んでいるせいだろうか。最後に見たときより肌がおどろおどろしい色味を帯び、臭いを放っている。

 

「死後硬直がとけかけてるな。…こんな顔のままでは気の毒だ」

 

 リゾットはジェラートの傍らに屈み、瞼をおろしてやった。でも顔の筋肉はどうしようもなかった。轡に指紋があるかも、という淡い期待を持ってかそれ以上遺体に手を触れなかった。

「あの、買収してる警察を呼びますか…?」

「いや…呼んでも来ないだろう。誰も裏切り者には関わりたくないだろうからな」

「裏切り者?」

「見ろ、この紙」

 

 その紙は覚えている。チョコラータがジェラートの遺体に貼り付けた“punizione 罰”と書かれた紙。自分はここで何が起きたのかわかってるし、ジェラートが死んだ瞬間何を見ていたのか知ってるし、ソルベがどう殺されたかこの目で見ている。

 

 全部知ってて、白々しく言うのだ。

 

「まさか…ボスの情報を探ってたんですか」

 

「そうだ。そして罰された」

「クソッッ!!一体ソルベはどこ行っちまったんだよ!!」

 

 それはブランクも知らなかった。

 

 

 その後リゾットは本部に戻り、ホルマジオは事件現場の捜査ができるような能力を持つ組織の人間に声をかけに行くことになった。ジェラートの遺体はこのまま置いておくことはできないため、どこか保管場所を探さねばならなかった。ブランクはその役目を進んで引き受けた。下っ端の仕事だからだ。

 結局、ジェラートの遺体をおいてくれる死体安置所を探すのに一晩費やした。誰もパッショーネから反感を買いたくないんだろう。結局100年前の設備がそのまま残ってるような古い病院に金を積んで置いてもらえたが、あまり長くしないでくれと言われてしまった。

 その後ジェラートの遺体を運び込むころには朝になってた。

 ブランクは流石に眠くなり、早朝からやってるアメリカのコーヒーチェーンでコーヒーを飲んでから本部に戻ろうとしてきた。そこでまた携帯電話が鳴った。

 

 

 とぅるるるるるるん…

 

「はい。ブランクです」

『寝てたのか?』

 かけてきたのはイルーゾォだった。まだ本部に全員いるのかと思いきや、電話の向こうから聞こえるのは風の音だった。

「寝そうなだけっす」

『今どこにいんだ?』

「カゾーリアのシティーホテルのそばっす」

『じゃあ迎えに行ってやるよ』

「え…なんでですか?」

『は?なんでってなんだ』

「イルーゾォ先輩、今まで僕を置き去りにしたことはあっても迎えに来たことなんてないじゃないですか。まさか…僕を暗殺しに…?」

『あー?お前本気で言ってんのか?だったら何も言わずに殺してるだろ。いいからおとなしく待ってろ』

 

 ネアポリスにいるのならここには15分もあればついてしまう。ブランクはコーヒーを飲み干し店外に出て、車でも目に止まりやすい駅の方へ向かった。

 駅のすぐぞばの道でちょうど都合よくイルーゾォがブランクを見つけ、クラクションを鳴らした。

 

「とっとと乗れよ」

「ありがとうございます」

 ブランクには車の良し悪しはよくわからないが、イルーゾォの乗ってるのは最近カタログで見かけたオープンカーだった。冷たい風がかなり当たるので寝ようとしてもねれない。

「みんな解散したんですか」

「一旦な。安置所、こんなとこまでこねーと見つかんなかったのか?」

「ネアポリスのは全部だめでしたから…」

「そうか。ビビリの糞ヤローしかいねーな、ネアポリスには」

「………あの、イルーゾォ先輩、どういう風の吹き回しなんですか?」

「は?」

「いや、だっておかしいじゃないですか。なぜ僕を迎えに?本当は真の目的があるんですよね?」

「お前の面倒見ろって言われたのはホルマジオだけじゃねーだろ」

「そうですが…」

「オレが親切にしてんのがそんなに不満か?」

「いや、超嬉しいです」

「ま、今はホルマジオが参ってるからな…オレは見てないんだが、ジェラートの顔って…」

「そうですね。あんまりことばにしたくない感じでした」

「ソルベもジェラートもバカだな。確かにオレたちの待遇は納得できねーけど、ボスの正体を探るなんて自殺行為だろ」

「……イルーゾォさんは知ってました?その…二人がボスの正体を探ってるって」

「いや、そんな素振り見せてなかったからな。やるならあいつらだと思うが…」

「そうですよね」

「オレだって野心はあるけどよォ…手順っつーもんがあるだろ。なんでいきなり本命に当たるんだか。やっぱよー、二人で肯定しあってると回り見えなくなるんだろーな」

 

 イルーゾォやホルマジオはブランクより付き合いが長いぶん堪えるのだろう。遺体の搬送をかってでてよかった。

 ネアポリスに戻ると人々が起き出したらしく出勤する人や店をあける人がいた。ブランクは目を細めながら朝日に照らされる町並みを眺めた。

 

「オマエ…こういうときにはおちゃらけねーんだな」

「だ、だって空気読まないと殴るじゃないすか」

「オレはお前に手を上げたことねーよ。……ねーよな?初対面の時は置いといて」

「え?覚えてないっすね…」

「はーあ……怠い。怠いな。お前運転しろよ」

「いいですけど事故ってもいいですか?すっげー眠くて目が霞んでて…」

「使えね〜」

「いや、いいですよ。やります!任せて!代わってください」

「代わるわけねーだろーが」

 

 

 2日後、本部に大量の荷物が届いたことで状況が一変した。一辺50センチ、厚さは実に6センチはある巨大な荷物が、36個。

 暗殺チームはその日全員本部にいて、ジェラートの死亡現場についての調査結果を共有していた。何も証拠らしきものはなく、全員が落胆しているところに突然宅配業者がやってきたのだ。

 

 36という数字を聞いてブランクはぞっとした。だが荷物の形はどれも同じ四角だった。ソルベの死体なのはほぼ間違いないが、なぜこんな形をしているのだろう。

 

 

「にしてもなんなんだこれ…現代アートってやつか?」

 そのままにはしておけず、メンバーで36の包みをやぶき始めた。メローネが半分剥いたそれを見てつぶやく。

 

 ブランクは額縁とその中に収まっている透明の液体を見てすぐにチョコラータが言ってたことを思い出した。

 

『標本になってたら素敵だと思わないかい?』

 

「う………ッ!」

 

 今時分が手に持っている額縁の中央に浮かぶのは、あの切るのに手間取っていた腰骨と手の甲だった。

 ブランクは思わず後ろに仰け反り、ちょうど後ろに立っていたプロシュートに激突した。

「ッテーな…なんだよ?」

「こッ…これは……!!」

 ほぼ同じタイミングでペッシが叫んだ。

「ソルベの足の指だ!このペディキュア、ジェラートとオソロのやつだ!」

「何ッ?!」

 ブランクはしゃがみ込み、慌てて包みをビリビリに裂き始めるチームを見ていた。額を外して皮膚表面を確認すると、それが何なのか疑いようもなくなる。

「こ、この入れ墨…確かに見たことある」

「並べてみろ!」

「お、オレ見たくねぇよ!」

「うるせえ!いいからとっとと並べるんだ」

 36のソルベが順番に並べられていく。切断面はおそらく後ほど修繕したのだろう。とても美しい出来だ。

 

「こんな…こんなことって…」

 

 送られてきたのはホルマリン漬けになった輪切りのソルベだった。

 何より恐ろしいのは手間のかけ方だ。額をすべて取り払い並べられたソルベはおぞましい表情をしていた。ただ見せるのではなく、組み立てさせて、触れさせてその顔を観客に晒す。

 

 あまりに重すぎる“罰”だった。

 

「ジェラートはよォ…目の前でソルベが輪切りにされてくのを見て、絶望のあまり…」

 

 全員無言だった。想像を絶する苦痛を与えられて殺されたのは明らかだった。ブランクは彼がチョコラータのカビのスタンドによりなかなか死ねずにいたのを知っている。死してなお晒し者にされるとはその時予想だにしていなかったとはいえ、この残酷な仕打ちにまた胸のそこに黒いものが溜まっていくのを感じた。

 

 

 ソルベの遺体はリゾットが“どうにかする”と言って、ペッシとブランクは返されてしまった。二人して本部を追い出され途方に暮れているとペッシが「とりあえず少し落ち着きたい」というので客の少ない寂れたバーに入った。

 ペッシはストレートのウォッカをショットで一杯やると、頭を掻きむしって俯いてしまう。

 

「信じらんねぇ事するよな…」

「……ですね。ドン引きっす」

「ブランクは…この業界長いんだよな?あんなことするやつ見たことある?」

「ないですね。普通死体にそんな手間かけないっす」

「報復にしたって…あんな、あんなふうになっちまうなんてよォ〜…一体ボスは何者なんだ?」

「……そんなのあれを見てからじゃ考えたくないですよ…」

 

 ペッシと別れたあと、ブランクは家に向かった。すでに明かりがついていて、キッチンではムーロロが持ち込んだらしい冷凍ピザを食べて待っていた。

「おう」

「ムーロロさん。何かあったんですか」

「聞いたから。見つかったんだってな二人共」

「情報が早いですね」

「そりゃ仕事柄な。座れよ」

 

 ブランクは腰掛け、メガネを頭から外した。前髪が視界を遮りやっと一息つけた心地がした。

 

「ボスの試験はどうだった」

「合格です」

「おお!やったじゃねーか!」

 ブランクは返事ができなかった。ムーロロもソルベとジェラートが始末されたことは知っててもそこにブランクがいたということは知らないようだ。

 ブランクも話したくなかった。曖昧に笑い、ムーロロが差し出した缶ビールを飲んだ。

「なんだ?様子が変だぞ」

「そうですか?」

「ああ。愛想笑いなんてどこで覚えてきたんだよ」

「今のは愛想笑いですか?」

「ああ。へらーっとしてぺらぺらだ。演技にしては大根すぎるぜ」

「……僕はこのところ変みたいです」

「ソルベとジェラートを売ったからか?」

「……そうだと思います」

 

 ムーロロは物珍しげにブランクを見た。やはりブランクにはだんだん感情が芽生え始めているのだろうか。

「何かあったのか」

 ブランクはふるふると首を横に振った。何かあったに違いないが言いたくないらしい。こいつが何かを拒否するなんて今までなかった。

 だが、ゲームを途中で辞める程のことではない。

「そうか。じゃあほら…ビール、飲めよ。湿気た面してるくらいならオレの前でも演技してもいいから。な」

「…はい」

 

 

 翌日には二人の葬式が行われた。犯人がどうとかろくに調べていないのだろう。それも当然のことだ。参列者は一人もいない。暗殺チーム8人だけの寂しい式だった。

 リゾットは葬儀のあとただ一言「二人のことは忘れろ」とだけ言った。全員返事もせず、教会を去っていった。

 二人のものはすべて沈黙の中に処分された。

 

 


 

 

 

2000年6月

 

 

「で、厚顔無恥なキミは今もぬくぬく、黙々と、チームで仕事をこなしてるんだね。無垢な顔して大悪党だな」

「…ボスからの命令ですので」

 

 ブランクはチョコラータの顔は決して見るまいと手元のコーヒーを意味もなくかき混ぜた。日差しは夏を感じさせる鋭さで二人のいるカフェの外を白く照らしている。

 ドッピオと面談したのと同じカフェだ。彼とはあれ以来月一の電話連絡だけで会っていない。

 

 ブランクはあれから1年3ヶ月、ずっと仕事をし続けている。ボスから与えられた監視と暗殺チームの本業である暗殺を。

 そして定期的にチョコラータに呼び出しを受け続けている。

 

「いいね。わたしももっと仕事がしたいものだけど、中々ね…恐怖に抗える骨のあるやつはもういないのかな」

 ブランクはまだコーヒーをかき混ぜている。チョコラータはいつもこうして暗殺チームに反逆の兆候がないか聞いてくるがブランクは返事をしなかった。現にあれ以降彼らに反逆の兆しなんてない。

 

 屈辱的な日々を粛々と過ごすのみだ。難易度が高く、報酬の低い仕事をただこなす毎日への不満をみんな飲み込んでいる。

 

「キミのコピーしてるスタンド?デス・13だっけ?ペドフィリアのポルノメーカーを3人も殺したの。アレのおかげでわたしのとこにも恩恵があってね。アシのつかない検体が手に入ったんだ。今日はそのお礼に奢ってあげよう」

 

 そして、チョコラータは毎度こうやってブランクを揺さぶる。自分のした暗殺がどのような結果を招いたか逐一話してきかすのだ。

 毎回毎回、暗殺によって死んだ人間の何倍も不幸な人間がうまれている。その詳細なエピソードを。

 そして最後に必ずこう聞く。

 

「今、どんな気持ちだ?」

 

 ブランクはコーヒーをかき混ぜる手を止めた。そして分厚い前髪と眼鏡越しにようやく彼の顔を見る。

「わかりません」

 

 チョコラータはブランクの強がりにゲラゲラと笑い、チップを払うように金をおいて先に店を出るのだった。

 

 

 

 

 

とぅるるるるるるん……

 

 

「はい、ブランクです」

『おいおめーよぉ、今日競馬来るって言ってたよな?言ってたはずだ。予言が出るから任せろっつーからよォ』

 電話の相手はホルマジオだった。かつてコピーしたスタンドにノートに予言が出るトト神というスタンドの話をしたときに勢いでそんなことを言った気がする。

「え?ああ、はい。言いましたね」

『今何時だと思ってんだテメーーッ!とっくに全馬走り終わってこっちは大損だぞッ!』

「うわ、やべ」

 ブランクは反射的に電話を切ってしまった。あの怒りようだとあと2日はホルマジオと顔を合わせるべきではない。(大負けについてはブランクに一切責任はないのだが)

「……ふう」

 

 ブランクのスタンド能力、ミザルーのコピーしている能力は8つある。そのうち7つは『恩人』と旅をしていたときに手に入れたものだ。

 1年、一貫した人格を演じてきたことによってブランクは『恩人』について言語化できることが増えてきた。

 

「…あの人はもう僕を迎えには来ない。僕じゃあの人の復讐を遂げられない。僕は…空っぽだ」

 

 恩人は自分の中に誰かの面影を見て、復讐に燃えていた。あの血統に復讐するために、かつて持っていた力をすべて自分のものにしろと言っていた。

 世界中を回って色んな人に引き合わせてくれたが、今思うとそんな旅より、自分になにか期待してくれたのが嬉しかったのだと思う。

 

 ソルベの絶叫とジェラートの恐怖に歪んだ顔をまだ鮮明に覚えている。いや、チョコラータと会うたびに思い出しているせいで反芻しすぎて忘れられないのだ。

 

 自分は誰よりも裏切り者だと思っている。

 自分が何であるか自ら規定したのは初めてだった。

 自分はチームとともに恥辱に耐え、痛みを共有している。

 だがそもそもその受難は自らが招き、加担したものだ。

 なのに、誰もそれを暴くことはない。

 罪には罰を。それが人間が人間として従うべき原理なのに自分の罪は罰されない。

 それはつまり、自分はまだ本当の形を手に入れてないという証だ。

 

とぅるるるるるるん……

 

 

「はい。ブランクです」

「…はい。ドッピオ様、変わりありません」

「はい。引き続き。異変があったらすぐ連絡します」

 

とぅるるるるるるん……

 

「はい。ブランクです」

「いや、あの、いま外なので…」

「ほんとすみません。ほんとすみません!でもご自分でも言ったじゃないですか、ギャンブルなんてくだんねーって…」

「……わかりました。すぐ行きます」

 

 

ブランクは電話を切って、眼鏡を額の上まで持ち上げ、前髪をカチューシャのように止めた。

 

 

「行くか」

 

とぅるるるるるるん……

とぅるるるるるるん……

とぅるるるるるるん……

 

 



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“ソリッド・ナーゾ”①

2001年1月18日

 

 カラブリア州はいわゆる“ブーツのつま先”にあたる地域で、メッシーナ海峡越しにシチリア島と面している。自然に恵まれた豊かな土地で、各県ごとに独特の文化を持つ。料理はあまり手間をかけないが、歴史的に見ればかなりの昔から酪農が営まれていた土地であり、サラミ発祥の地とも言われている。

 ブランクはナポリから列車で約五時間揺られその地に降り立った。船や列車で通ったことはあったが目的地とするのは初めてだ。レッジョ・ディ・カラブリア駅を降り、タクシー乗り場で待ちながら目的地を再度確認した。

 

 

 ブランクが暗殺チームに入って2年になる。当時より15センチは背が伸び、体つきもなかなか様になってきた。(と本人は思っているのだが周りにいる奴らが全員体格がいいせいでいまいちパッとしない)

 スーツも自分で買って好きにカスタマイズしているし、カチューシャ代わりにしている伊達メガネもジョニー・デップがかけてそうなブランドものだ。

 

 “僕が”望んでそうなったわけではない。

 

 2年経っても、ブランクはまだ自分が誰かが“こうであれ”と指示された何かで有り続けていると感じている。つまりこれは手本のようなイケてるギャングの服というだけだ。

 タクシーに行き先より少し手前の場所を告げ、ブランクは窓の向こうを流れ去っていく美しい景色を眺めた。

 

 今日ここに来たのは観光のためなんかじゃない。カンノーロ・ムーロロの命令だ。

 

 

 つい昨日、いつものようにブランクが寝るためだけに借りている部屋に帰るとまたムーロロが上がり込んで中華料理屋のテイクアウトを食べていた。

 よくあることなので気にせず自分のために置かれた四角いパックを開けヌードルを啜ると、口の中のものを飲み込んだムーロロから財布を渡された。

 

 

 

「何これ?」

「交通費と経費」

「?つまり?」

「特別任務。極秘任務。呼び方はなんでもいいがオレ個人からのお願いだよ」

「わかりました。どこに行けば?」

「カラブリア。詳しい場所と内容は中にメモが入ってる。当日、電車に乗ってから確認しろ」

「わかりました」

「日帰りの楽な仕事だ。だが決して個人的な興味だとかで余計なことはするな。いいな?」

「わかりました」

 

 ブランクは容姿もだが、ムーロロの前での振る舞いも変わった。ソルベとジェラートの一件以降、彼の前でもずっと暗殺チームでしている演技を続けている。

 それが本当に演技なのかどうか、ムーロロは怪しんでいるが。

 ブランクがヌードルを一気に掻き込んでから聞いた。

 

「武器は要りますか?」

「いいや、いらない」

「そっか、よかった。もう前使えてたスタンドはほとんど使えなくなっちゃってるから…」

「護身用にナイフくらいは持ってていいかもな。でもライフルは目立つからだめだ」

「わかりました」

 

 何より変わったのはスタンド能力だ。

 

2000年の10月末の事だったか。ブランクは自分のスタンドが変化したことを報告してきた。

 


 

 

「僕、スタンドが今までどおり使えないんです」

 

 ブランクはスタンド能力を発動している対象に触れるとその能力をコピーし、ストックできた。

 だが今はスタンド能力を発動していようといまいと、触れればそれをコピーできるのだ。それだけ聞くとかなり強くなったように思えるが実際は違った。

 

「じゃあオレので試してみろ」

 ムーロロはブランクに手を差し出し、握らせた。もちろんスタンドは発動させていない。

「……はい。わかった」

 と言ったブランクの肩にはトランプの形をしたスタンドがちょこんと乗っかっていた。

 間違いなくムーロロのスタンド、オール・アロング・ウォッチ・タワーだ。若干カラーリングが違うが。

 ムーロロのオール・アロング・ウォッチ・タワーは53枚からなるトランプの群体型スタンドだ。ムーロロは普段はその小ささ、薄さを利用し諜報活動に使っている。

 そのオール・アロング・ウォッチ・タワーがブランクの周りをカサカサ動きまわり、好き勝手に遊んでる。

「ん?ちょっとまて……なんか少なくないか?柄もなんかハートとダイヤしかねーよーな…」

「そうみたいですね。スタンド本体のことをよく知れば知るほど、フルパフォーマンスを発揮できるはずなんですが…どうやら僕はムーロロさんのこと、半分くらいしか知らないみたいです」

 

 

 スタンド能力を発動してない状態でもコピーできるようになったのは、ブランクの手相を見て性格を読み取る特技が進化したのだろう。

 問題は相手を知れば知るほど、コピーした能力が強まるという変化だ。

 理にはかなっている。自分の能力の特性、限界、使い方を知ることは強さに直結する。どんな使えなく見える能力だって使い方次第で最強になったりもするのだ。

 

「……なるほど…。ってことは前使えてた能力、8つはあったよな?使えなくなったのか?」

「はあ…使えはするんですけど…」

 といってブランクは一冊のノートを出してみせた。中にはぐちゃぐちゃの漫画?絵?象徴文字?よくわからないものが書いてある。

「トト神の予言です。わかります?」

「なるほど…な」

「まともに使えるのはマンハッタン・トランスファーだけです」

「そうか。ありゃお前の恩人のだもんな」

「はい。僕は弱くなったんですか?」

「…リゾットには報告したか?何か言われたか?」

「はあ。いい事だと言われました」

「……そうか。ボスには?」

「まだ内緒にしてます」

「わかった。ボスには言わず、オレの命令を継続しろ」

「わかりました」

 

 スタンドとはすなわち精神のヴィジョンだ。それが変化するというのはつまり精神も変化したことを意味する。

 それをブランクに指摘すると「可能性は無限大?」と言うに留まり変化に対してどう思っているのかは話さなかった。

 

 相手のことを知れば知るほど強くなるってことは、相手のことをわかりたいって思ってるってことだ。

 ブランクはただ見たもの触れたものを真似するだけでなく、理解したいと思い始めたのだ。

 本人はその変化の意味をわかっているのだろうか?ムーロロにはそこがもどかしく感じる。まだ暗殺チームとボスを敵対させるゲームは続いているというのに。

 

 


 

 

 

 ブランクは目的地の病院の1キロ手前でタクシーを降りた。とても小さな村だが住むには良さそうな場所だった。ただそのぶんよそ者は珍しいのだろう。あんまりジロジロ見られるので途中の雑貨店で地味な白いワイシャツに着替え、髪もおとなしく見えるようにひっつめた。

 

 病院は町のハズレの丘にある。山岳を吹き抜ける風が心地良い。ブランクは病院に入るとナースに見つけられないように非常階段を登った。

 そして“ドナテラ・ウナ”と書かれた病室のドアをノックした。

 

 

「はい……」

 

 病床にいたのは今にも死にそうな女だった。

「ドナテラ・ウナさんですか?」

「そうよ…。あなた…まさか名札が読めないの?」

「いえ。念の為」

 

 気の強そうな女性だった。とても弱っているが、瞳に宿る光は力強い。

「教会のものです。あなたのためにお祈りさせてください」

「教会?こうなる前までは何度もいってたけど、あなたのことは見たことない」

「僕は各地を旅して病気の方のために祈りをささげています」

「……うさんくさいわね」

「そうかもしれませんね。…重いんですか?」

「見ればわかるでしょ。わたしはもうすぐ死ぬわ」

「そのようですね。ですがあなたの目には恐れや苦しみは見えません。なのにそんなに悲しそうなのはなぜですか?」

「……あなた、遠慮ってものがないの?普通もっと気を使うでしょ…」

「すみません。だから僕、こういう修行をしろって言われるんですね」

「……いいわ。祈らせてあげるから終わったらとっとと出ていって」

「ありがとうございます。あなたはとても優しいひとですね」

 

 ブランクはやせ細ったドナテラの手をそっと取り、額に当て、目をつぶり、その形をじっくり肌で感じた。

 彼女はスタンド使いではないということはすぐわかった。それがわかればムーロロに与えられた任務は終了なのだが、ブランクはその女性の分析を続けた。

 気高い女性なのだろう。血管の浮き出たガリガリの手でもわかる。何かを守ろうという強さと愛に満ちた手だ。

 手のひらに浮かぶ微妙な凹凸としわから彼女の芯の強さがひしひしと伝わってくる。だが同時に骨から冷たさが伝わってくる。瞳に宿っていた悲しみの原因だろう。

「…変わった祈り方」

「………そうかもしれませんね。でもこうしたほうがあなたのことがよくわかるんです」

「…あなた、女の子よね?」

「え?そう見えます?」

「わたしの娘もこうやって、わたしの手を握ってくれる。とても、暖かくて優しい手だわ」

「いい娘さんですね」

 

 ドナテラの手から感じる骨のつめたさの正体がわかった。不安だ。

 きっと彼女の娘はまだ若い。彼女の気高さは母親のもつ気高さだったのだ。その誇りが、娘を残し早死する自分を許せないのだ。

 

 ブランクは手を額から離し、最後にぎゅっと両手で包み込んでドナテラの目を見た。

 

「あなたの魂に安らぎが与えられることを祈ります。あなたの勇気と誇りが娘さんにもきっと受け継がれていることでしょう」

「………」

 ドナテラは無言でブランクをじっと見つめ返していた。

 

「では。祈らせてくださってありがとうございました」

「…ねえ、待って。あなた各地を旅してるのよね」

「はい」

「サルディニア島に行くことがあれば、教会の関係者に“ソリッド・ナーゾ”という人がいないか尋ねてみてほしいの」

「別に構いませんが…その方は聖職者かなにかですか?」

「いいえ。わからない。教会に関係があったようだけど…もしかしたらと思って」

「わかりました。いいですよ」

「ありがとう」

 

 ブランクはドナテラに微笑んでから病室を出た。来たときと同じように非常階段から出て、レストランでタクシーを呼んでもらう。まだ午後三時だから帰ってすぐムーロロに報告できる。

 駅に着き、きっぷをとったあとに取り急ぎ列車の到着時間だけ連絡し、ブランクは来たときの服装に着替えた。売店で5時間の船旅のために本を買った。(ジェイムス・P・ホーガンの『星を継ぐもの』だ。面白かった)

 

 まっすぐ家に帰ると時計は十時を回っていた。ブランクがシャワーでも浴びようかと服を脱ぎ始めると呼び鈴がなった。ムーロロだろう。

「よう」

 ドアのすぐ前まで行くと、ムーロロはドアを数センチだけ開けて囁いた。

「どうだった?」

「スタンド使いではありませんでした」

「そうか。それがわかればいい。ご苦労だったな。財布は焼き捨てろ。あ、中の金はとっといてくれ」

「わかりました。上がっていきますか?」

「いや、いい。ちと忙しくてな。ありがとよブランク」

「いえ。ではおやすみなさい」

 

 なんで田舎の死にそうな女について知りたがるのか、ブランクにはさっぱり理由がわからなかった。だが言われないということは知らなくてもいいことなのだ。わざわざ知ろうとすることはヤブヘビってやつだろう。

 変に突っ込むと深みにハマる。ソルベとジェラートのように。ドナテラには悪いがソリッドなんとかという人物についても探す気は更々ない。

 

 

 次の日はイルーゾォとのブリーフィングだった。彼は早起きするタイプではないので夕方に待ち合わせる。ブランクは日中昨日の旅行の荷物を処分してから本部に行った。

 本部にいたのはイルーゾォとプロシュート、ペッシだった。プロシュートとペッシはたまたま居合わせただけらしい。

 

「おせーよブランク」

「夕方集合って言ったじゃないすか」

「お前、四時じゃ夕方中盤だろ」

「…時計。時計を使って情報共有しません?」

 

 このごろイルーゾォとブランクはよく組まされる。彼のスタンド、マン・イン・ザ・ミラーは単体でも強いが、万が一鏡の中でなにかあったときにフォローできる人間がいればより安全に仕事ができるからだ。

 ホルマジオは一人でやりたがる質な一方、ブランクは人と組むほうが向いていたので自然とそうなった。

 

「せっかく4人いるし麻雀しようぜ」

「いいね兄貴!オレ最近やっと役を覚えてきたよ」

「なんでそんなくそドマイナーなゲームやんなきゃなんねーんだよ。ちまちま並べんのストレスなんだよな」

 イルーゾォはあまり卓上ゲームをやらない。スポーツの試合には気前よく賭ける一方でプレイするのは好きではないようだった。

 人を観察する癖があるブランクは見抜いていたがイルーゾォは実は逆境とプレッシャーに弱い。ポーカーや対戦ゲームに向かない性格だ。

「麻雀なら僕、昔めっちゃイカサマ勉強しました。賭けましょう」

「お前のイカサマ見破るゲームならいいぜ」

「オレもそれにのる」

「…ちなみにペッシアニキは僕とグルですよ」

「え?!イカサマの打ち合わせなんてしてないだろ!急にやめろ!」

「ほら、普段打ち合わせしてるから出てくるセリフっすよそれ。僕らイカサマのゴールデンコンビなんです」

「変に揺さぶろうとしても無駄だぞ」

「イカサマのコールがあった時に僕でなくペッシアニキがいかさましていた場合、僕の賭け金でなく先輩方の賭け金を全額もらいますがいいですか?」

「ほう…おもしれーじゃねーか」

「えーっと…麻雀のイカサマって自分の役を教えて都合のいい牌を捨てさせるとか?」

「そうです。麻雀は自分の望む役を揃えるゲームですからね。どちらか片方だけ勝てばいいのですからゲーム中何らかの方法で自分の欲しい牌を相手に伝えられればそれでいいんです」

「ハッ。そんなの注意深く見てりゃー余裕でわかんじゃねーか。それを逆手に取って普通にこっちがあがることだってできるぜ」

「待て、イルーゾォ。イカサマはすでに始まっているぞ」

「何?」

「さすがプロシュート兄貴ですね…」

「ブランク、お前すでに心理戦を仕掛けているな?」

「ふ…見破られましたか。そうです。仲間で結託し牌を教えるローズなど麻雀のイカサマの本流ではありません。そう、男は黙ってぶっこ抜き!(牌を予め用意していた手持ちのものとすり替える行為)」

「あ、そっか。そもそもオレのビーチ・ボーイならこっそり牌を入れ替えたり並べ替えたりもできるッ!」

「そのとおり。ルール無用のイカサマ対決ならばスタンド能力からして僕らのほうが有利なのです!もっと言うならトランプゲームだと勝ち確なんですが」

「お前、人からパクったスタンドでゲームしようとすんなよ…」

「さあ、賭けますか?おりますか?」

「オレは大口叩く相手は負かしてやりたくなる性分でな。やってやろーじゃねえか」

「さすが兄貴!」

 

 

 ブランクはすっかりチームに溶け込んでいた。裏切り者を排出しボスから冷遇されていても穏やかな日はあったし、飢えたり苦しんだりすることもなかった。

 時々辛い任務も在るし毎日こういうふうにふざけられるわけでもないが、たまにとんでもなく面白い日があったりすればブランクにとっては十分だと思っていた。

 

 そう思えるのが自分が一番年下だからだという事実に気づくのはそこから二ヶ月も後のことだった。

 

 

 

 2001年2月9日

 

 

 ブランクはまだチョコラータに呼び出されている。毎度自分の殺しが誰を不幸にしたのか聞かされるが、もうあまり胸が傷まない。人はどんな痛みもいずれ慣れるのだ。何度も何度も胸が腐るような気分になっていたし、時に“加工中”の人体の写真を披露されたりしたがそれすらも慣れのうちに入っていく。

 殺しという経験もそういう慣れに埋没していくものだ。そしておそらく、裏切りも。

 

 

「今日は残念ながら君のカウンセリングの時間はあまりない」

「カウンセリング…?え……?今までのはカウンセリングだったんですか」

「いいか?一度しか言わない。暗殺チームに“ソリッド・ナーゾ”を探してるやつはいないか?」

「え?」

「いないのか?いるのか?」

「ソリ…?いや、聞いたこともないです。というか人探しなんてやってる人、いませんよ。通信記録にも特にないです」

「そうか。じゃあ今後出たらすぐドッピオに連絡すること。さてカウンセリングに時間をさけるね」

「わかりましたが…アレですか?誰かが裏切り…」

「わたしならボス自身が詳細を言うまで首を突っ込むのはやめるね。まあ君が突っ込むぶんにはいい口実ができるから歓迎だよ。調べなよ」

「絶対嫌です」

 

 ソリッド・ナーゾは一月前あった病気の女、ドナテラが探してほしいと言っていた名前だ。ちゃんと覚えている。どうして同じ名前がチョコラータの口から出るのだろう。

「いいか。その名前は撒き餌だ。ボスを探るものが必ずぶち当たる名前。かつてボスが使っていた偽名の一つなんだがね。これを探してるやつはレッドカードだ」

「そうだったんですか。じゃあソルベとジェラートもその名前を?」

「さあ。わたしは罰を与えるよう言われただけだから」

「……わかりました。兆候があるか注視します」

「裏切り者が出るといいねえ。また一緒に仕事したいね」

「二度と嫌です」

「最初と比べると生意気な口をきくようになったな」

「そう演じてるんです。あなた相手に素の自分でいたら耐えられません」

「耐えられない?空っぽの君からそんな言葉を聞くようになるとはね!すごい進歩だ!セッコ、今のセリフ録音してたか?」

 すぐ足元の床が突然柔らかくなり、にゅっと手が一本飛び出し、グーのサインを送っていた。ターミネーター2のシュワルツェネッガーみたいだった。

 

「きみはわたしに感謝すべきなんだ、ブランク。君がこんなふうに自分を表現できるようになったのはこのわたしがお前にそうなるよう望んだからだ」

「それは…思い上がりも甚だしいでしょう。会うペースは離婚した父親の頻度以下じゃないですか」

「君の初めての拒絶を引き出しのは()()()()()だよ。君の自我は絶望により目覚めた」

「……確かに引き出したのはあなたかもしれません。でも僕が変わったと感じるならチームのみんなが…」

「以前の君なら『いいえ、僕は空っぽです』とか言いそうなもんだけどね?変わったって自覚はあるんだ。ずいぶん愛着が湧いたんだねえ。なにもかも命令のままに放り込まれた仮の仲間に過ぎないのに。君はそのチームのメンバーを売ってわたしの殺人に加担したんだぞ?忘れたのかい。なんて都合がいい脳みそなんだ」

「…」

 ブランクは反論できなかった。チョコラータがじいっとこっちを見ているのを睨み返すしかない。

 自分が変わった?…変わったとも。だがそれはそっちのほうが任務を、命令を円滑にこなせるからだ。これは適応だ。

「君の与えられた命令はなんだ?」

「ボスのために裏切り者を見つけること…」

「裏切り者には?」

「罰を」

「今の君にできるのか?」

 罰を与える?

 2年面倒を見てくれた仲間に?

「…できます」

「え?なんだって?聞こえないな。もっと大きな声で」

「殺せます。命令されたら何にでもなる、何でもする。それが僕の美点です」

 これは自分自身の言葉なのだろうか。ブランクにはわからなかった。だが少なくとも、自分はそうやって生きると決めていたことだ。

 

 守らなければならない命令

 

恩人が戻るまで適当に生きていること

ムーロロの指示に絶対に従うこと

 

 これを守ることが僕でいることだ。

 

 

 

「その言葉が嘘じゃないことを願ってるよ」

 

 

 



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“ソリッド・ナーゾ”②

2001年3月4日

 

 ブランクが恩人と過ごした日々はとても目まぐるしく、週ごとに違う国にいたんじゃないかと思うくらい移動が多かった。そのせいか思い出せる光景はいつも列車の連結部分だとか車の座席だ。

 恩人はまだ青年というよりも少年と言えるくらい若かったがとても腕が立つスナイパーだった。だから仕事があったんだろう。

 恩人と出会う前までブランクは子供がたくさん集められたとても狭い場所にいたのたが、その事は“暗殺チームのブランク”では思い出せない。“空っぽのブランク”ならばその時感じた乾いた熱風だとか口の中に入った砂の味を思い出せるが、どんな扱いを受けていたかは全く思い出せない。

 

 思い出せるのは感触だけ。触れてきた手の数だけしか思い出がない。

 

 酷い客を殺してほしいと言ってきた売春婦の手はとても薄かった。ガリガリに痩せた手はひと目で薬物中毒者のそれだとわかったし、手首にひどい切り傷がたくさんあった。

 誰かに何かを要求されたらそのとおりに動く。ブランクの基本原理。では逆に他の誰かにこの売春婦を殺してくれと頼まれたら自分は受諾しただろうか?

 

 ドナテラ・ウナの手。母親の手。

 

 南部の田舎に住む死にかけの女がなぜソリッド・ナーゾの名前を口にしたのか。少し考えればわかることだ。

 

 

 

「……おい。運転中に目を瞑るな」

「え?ああ…すみません」

 

 ブランクははっと我に返って自分がハンドルを握ってることを思い出した。今日はリゾットの運転手をやっているというのに。

 普段リゾットは単独行動で仕事にもプライベートにも他人を同行させることはない。(故にブランクはまだ彼の能力を知らなかった)

 今日はムーロロと特別な話があるらしく、彼と深い仲のブランクに運転を頼んできたのだ。

「ムーロロとはどう知り合ったんだったか」

「あー、ちょっとドジ踏んじゃって…殺しの現場を押さえられまして。その時拾ってもらったんです」

「そうだったな。お前は幸運だな」

「そうですかね。いや、ムーロロさんは良い人ですが」

 

 ムーロロは指示をくれる。使ってくれる。役をくれる。今ブランクがここにいるのもムーロロのおかげだった。

 

「にしてもわざわざリゾットさんを山中に呼び出すなんて…どんな用なんですかね。まさかキャンプでもしようってわけじゃないでしょうし」

「ネアポリスで話したくないことなんだろう」

「うわーなんかやな予感」

 

 ブランクの予感は的中だった。ドナテラのことを探らせて以来会ってなかったムーロロはいつものギャングっぽい服でなくレジャーにきた観光客みたいな格好をして山道の途中にいた。

 

「よぅ。わざわざこんなとこまで悪い」

「問題ない」

「あ?ブランクじゃねーか。どうしてお前が?」

「オレが連れてきた」

 

 ブランクはきょとんとしてリゾットの方を見た。彼はいつ、何度見ても何を考えているのかよくわからない顔をしている。

「…リゾット…でも…」

「遅かれ早かれ知る話だ。ブランク、オレたちは…“ソリッド・ナーゾ”を追う」

「え……」

「どういう意味かはわかるな?もし命が惜しいなら、今すぐ回れ右して帰れ。今ならまだムーロロに身柄を保証してもらえる」

「ば…バカにしてるんですか?!僕が命欲しさにに逃げ出すとでも?!」

「死ぬかもしれないんだぞ。お前の恩人にもう会えないかもしれない。その覚悟はあるのか」

 

 組織を裏切る覚悟。いや、違う。

 ブランクの場合、チームを売る覚悟って意味になる。

 ブランクは脳みそが煮えそうなくらい熱くなってるのがわかった。

 

 命令は何よりも大事だ。僕は命令を、指示をこなすことで僕足りえる。僕は命じられるから人を殺せる。僕は命じられるから裏切れる。嘘をつける。

 

 ブランクは何度も頭の中で自分の人生哲学を繰り返した。

 

()()なんてとっくの昔にできてます。僕は暗殺チームのヴォート・ブランクです」

「……そうか。ではここに残れ」

「ヒヤヒヤしたぜ…いいんだな、ブランク」

「はい」

 

 おもむろに歩きだすムーロロに続き、三人で青空が広がるなだらかな坂を登る。遠くにネアロポリス湾が見える。

「つい昨日、カラブリアでドナテラって名の女が死んだ。その女が“ソリッド・ナーゾ”って男を探してたんだ」

「組織とは無関係だな?」

「ああ。そこは保証済み。さらに…ドナテラには娘がいた。自分が死ぬ前に父親にあわせたかったのかもな」

「…ということは…その娘は“ボスの娘”ということか」

「ああ。ドナテラがボスを探してたことはまだ組織のうち数名しか知らないが、噂がまわるのははえーからな。じき誰かがドナテラの娘が“ボスの娘”ってことに気づくだろ」

「娘を手に入れればボスの正体へ一歩、いや…かなり近づくな」

 

「ボスは娘のこと知ってるんですか?」

「それもじき耳に入るだろう」

「ボスは娘を確保しようとするだろうな。なんとしても」

「ああ、急いだほうがいいぜ。ただその娘が今どこにいるのかまでは調べがついてない。こっちで人を動かしすぎるとボスに気取られるからな」

「いいや。それだけわかれば十分だ」

「お役に立てて何より。オレもあんたらと同じ、実働と賃金が噛み合わないチームの人間だからな。期待してるよ」

 

 リゾットは返事をせず、背を向けて山を下り始めた。ブランクはオロオロ迷い、リゾットについていこうとした。

「リゾット!ブランク借りていいか?」

「ああ」

「え?あ、じゃあリゾットさん!鍵ー!」

 ブランクが鍵をぶん投げるとあさっての方向へ飛んでいってしまった。だがリゾットが手を上げると軌道が不自然に曲がり、鍵はリゾットの手の中にすとんと落ちてった。

「あら…?ナイスキャッチ?スロー?」

 ムーロロはぽかんとしてるブランクの背中を突っついた。リゾットは片手を振って背中を向けて去っていった。

「ほら、ブランク。てっぺんまで行こうぜ」

「えー…今日のクツ革靴なのにぃ!」

 

 もう3月になるとはいえ標高が高ければ冬並みの寒さになる。トレッキングの格好をして準備万端ののムーロロはともかく普段着ている薄手のスーツのブランクは寒かった。その上いつも背負ってる分解式ライフルがかさばる上に重かった。

 

「あれだけの情報話すためにこんなとこまで呼び出したんですか?」

「ここなら盗聴の心配はないからな…お前、さっきの会話がどんだけやばい情報かわかってんのか?」

「わかってますよ。リゾットさんは……ボスに反逆するつもりですよね?」

「そうだ。で、お前の今の仕事は?」

「…暗殺チームへのスパイ」

「それより優先されるのは?」

「あなたの命令です」

「よしよし。お前はほんっといい子だなァ〜」

 ムーロロは機嫌が良さそうだった。というよりかは高揚していると言うべきだろうか。

 

「二年前、お前と始めたゲームがついに本格的に動き出したってわけだ。お前はうまいことチョコラータに気に入られたな。…まあボスに気に入られるってのはまず無理だからそれはそれでいい。暗殺チームにもうまく馴染んで、信頼されてる」

「はい。あなたの命令通りです」

「ああ、よくやってるよ。今から新しい命令をだすぞ。いいか?」

 

 ムーロロは立ち止まり、こちらを向いた。周りには誰もいない。風で流された雲が日差しを遮り影を落とした。

 

「オレは暗殺チームがボスをぶっ殺す方にベットだ。今までは勝ち目が薄すぎたが、ボスの娘なんてカードが出てきちゃ話は変わってくる。だろ?」

「ええ。ボスがアクション起こさないわけないですしね」

「そのとおり。十中八九…いや、絶対に娘を保護するはずだ。あのボスが娘なんて手掛かりを野に放ったままにしておくわけがねーからな。おそらくこれはボスのしっぽを掴む最初で最後のチャンスだろう」

「…ですがチームの裏切りが発覚すれば僕はボスから暗殺指令を受けると思います。どうしますか」

「リゾットほど用心深い男なら、行動を起こす頃にはチーム全員に身を隠すよう指示するはずだ。見つかんないだとかなあなあにしてうまくはぐらかせ」

「………善処します」

「お前の仕事は、まず第一に優先すべき仕事は…ボスを倒すために努力することだ。そして第二に、すべてが失敗しそうになったら、暗殺チームの生き残りを殺してボスの前に首を持ってけ。いいな」

「それは……」

「お前が裏切り者だってなったらいずれオレにも手が回るだろ。ぜってーやだよ、チョコラータとかいうイカれ野郎に拷問されるのは…」

「………わかりました。ボスを倒す、組織に残る…」

「そうだ。やれるか?ブランク」

「やります。やれますよ…。あなたがそう望むなら」

「偉いな。これからどういう状況になるかはわからん。お前は暗殺チームの使用する端末に仕込んだスパイウェアで常に監視しろ。目立った変化があればオレに伝えろ。もちろんそれはボスに言うな」

「はい」

「定時連絡が二回途切れた場合、お前はゲームオーバーだと見なす」

「はい」

「必要に応じて…ボスの信頼を損ねたと感じたら、暗殺チームのメンバーを殺して“証明”しろ。できるか?」

「はい」

「本当にできるんだな?」

「…やだな。できますよ!僕は究極のイエスマンなんですよ」

「……ブランク、お前一旦演技やめろ。出会った頃のすのお前に戻って言ってくれ」

「え…」

「いいからはやく。命令だ」

「…………」

「ブランク」

 ムーロロはブランクに近づき、両手で頭をガッと掴んで無理やり目を合わせた。

「やれるか?殺せるか?」

 ブランクの目は、出会った頃より全然違っていた。あの頃は瞳孔すら変化がなかった。脈拍も呼吸も、肌の温度すらも全く変わらず、ハイと即答していた。

 だが今のブランクはどうだろう。首筋にあたった指から伝わる脈は早い。発汗しているし、瞳孔も興奮してか開き気味だ。

 こいつは普通に動揺し、葛藤している。

「ほんとに、殺せるのか?ブランク」

 

 ブランクはゆっくり、初めてしゃべるオウムみたいにたどたどしく話し出す。

「………僕は…誰かの命令に、従うことしかありませんでした。なのに…今、返事するのに抵抗を感じています」

 だが瞳はまっすぐムーロロを見ていた。

「ですからもっと強く()()()()()()()()。僕をもっと命令で縛り付けてください。必ず殺せと、強く」

「ブランク…お前……」

 ムーロロは頭を掴んでいた手を離し、ゆっくりその手を頭の上に置いた。

「変わっちまったな」

「……すみません…」

「いや、謝ることじゃねーよ。お前も成長期だもんなぁ…」

 ムーロロはため息をついてまた歩きだした。ブランクはトボトボとついていく。

「でもよ…オレはやるぜ。もう降りれねえ。お前もだ。お前もオレもこのゲームに責任がある。途中で情に流されるなよ。だからお前にしっかり命令する。どうにもなんなくなったらチームの生き残りは()()()()

「わかりました」

 

 

「…わかってますよ。僕は…」

「空っぽか?」

「………ええ」

 

 

 

 その後ブランクはムーロロと別れて、一人で電車でネアポリスに戻った。まだ午後三時で、道には観光客や学校終わりの生徒がうようよいた。

 あんな話を聞いたあとじゃ気分はあまりよくないが、何しろ天気が朗らかなので、なんだか散歩して気分が紛れるんじゃないかと思った。

 

 二年前のブランクならこんなふうに自分から散歩してみようなんて思いもしなかった。そう、自分は裏切りを後悔してる。時々二人を思い出すと後味の悪い思いをするし、今日の帰り道リゾットが裏切りを撤回しないだろうかと数度思った。

 自由はたまらなく不安だ。自分で決めることは苦しい。

夜何を食うかとか、どのテレビを見ながら寝るかとか、どのマフラーを巻いていくかとか、それくらいなら苦もなく決められるっていうのに。

 

 

「うわっ…!」

 

 考え事をしていたせいで人にぶつかってしまった。

「す、すみません」

 慌てて前を向き謝ると、ぶつかった少年は財布を落として小銭をぶちまけてしまっていた。

「ひゃーやばい。ほんとごめんなさい!」

「いえ…大丈夫ですよ」

 ブランクが慌ててしゃがんで小銭をかき集めると少年もしゃがんだ。車道側に転がってしまった10リレ硬貨を拾い上げようとしたとき、少年と手と手が重なってしまった。

「…あ」

 ブランクはハッとしてその少年の顔を見た。金髪で巻毛の彫刻みたいな顔した美少年だった。そして、触れたことでわかった。この少年はスタンド使いだ。

「どうかしました?」

 だが少年はきょとんとしてこっちを見ている。

「あ、いや…あはは。まるで少女漫画みたいだなって思って。お金全部あります?」

「はい。多分」

「ほんとすみません。…えーと…」

「気にしないでください」

 

 少年は爽やかにそう言ってさっと立ち去ってしまった。もしかしたら自分を殺しに来た親衛隊かとも思ったのでホッとした。まさかあんな少年がギャングなわけないし、無自覚のスタンド使いなのかもしれない。

 

「なんだろ…このスタンド」

 

 一瞬触れ合っただけではスタンドの姿もまともにコピーできない。ただ拳のあたりが生命エネルギーに満ちている感じがする。もう少ししっかり接触したり、あるいは話したりすれば使えるのだろうが、無理に会いに行って手を握る程のことではない。(というか、そんなことしたら変態だと思われる)

 

 だがあの少年にはなにかひっかかるものがあった。うまく言葉にはできないが…人を引きつける、でもない。どこか懐かしい?違う…。昔会った?そうでもない…。

 

 本部のソファーで自分の右手を眺めていると、不意に上から声がかかった。

 

「なんだそれ。誰のスタンドだよ」

 

 なんだかすごく眠そうなホルマジオだった。誰かが仮眠室で寝ているのはわかっていたが、てっきりイルーゾォかギアッチョかと思っていた。

「あー?いや、なんか道端でばったり手と手を取り合った美少年のなんですがね…」

「は?寝ぼけてんのか?」

「ホルマジオ先輩こそ仮眠室でパーティーすんのやめてくれません?なんか廊下の奥がにんにく臭いんですけど」

「っせーな…クソ、頭いてぇ!」

 

 ブランクは試しに仮眠室を覗いてみた。ピザの空き箱とビールの空き缶が散乱していて食べ物と汗といろんな匂いが混じってて臭かった。

 

「ピザの空き箱がこんなに…あ~クソッ!」

「チクショー…寝落ちするとはな…」

「仮眠室をこんな使い方すんの先輩だけっすよ」

「仮眠のつもりだったのに目覚し時計が壊れてたんだよな…。前使ってたの誰だ?」

「多分ギアッチョ先輩ですね」

「あのプッツンヤロー…ぜってーあいつがぶっ壊したんだ」

「いや…ギアッチョ先輩なら原型留めないと思います」

「じゃあ片付けといてくれ」

「自分でやってくださいよ」

「はぁ…しょォーがねェーな〜」

 ホルマジオはそう言いながらシャワー室に入っていった。本当に掃除するのか怪しいものだ。

 

 ホルマジオがシャワーから出てくる頃にはブランクは仮眠室の掃除を終えて換気をしていた。

「結局やってんのかよ」

「下っ端ですから」

「ハッ。みんなそんな気にしねーよ。オレが使う前も汚かったぞ」

「いやぁ、何故かそういうの僕に苦情が来るんすよね…」

「そりゃお前、しょっぱなワックスがけしてたせいじゃね」

「あー、入団一周年のお祝いモップでしたもんね。そういう事だったのか」

「諦めて役目を受け入れな」

 

 その後イルーゾォとメローネがやってきてメローネが受けた仕事のターゲットについて確認し合った。今回は珍しく高額の報酬の依頼だが、その代わり血液をこちらで入手しないといけない。

 ブランクが血を採集し、イルーゾォが鏡の世界で中継をし…と地味に手間がかかるのでちゃんと手順を確認しあわないといけなかった。

 

「あーあ。めんどくせぇ。だいたいよぉ、客の方も血液サンプルくらい用意するのが筋ってもんだよな?」

「まあ…しょうがないだろう」

 しょうがないというのは言わずもがな、組織内で冷遇されていることだ。つまりこの仕事は辱めの一環だ。

「僕はみんなでやるほうが好きです」

「お前の仕事はスタンドなくてもできるくだんねーやつばっかだもんな」

「な…能力はシンプル・イズ・ベストですよ」

「その能力も借りパクだろーが」

「啀み合いはオレ抜きでやってくれよ。じゃ、行こうぜ」

「あーなんか回りくどいな…。普通にオレらで殺しちまいたいわ」

「イルーゾォ先輩に賛成です」

「や…だから殺しじゃなくて拉致、誘拐だって。オマエラなぁー、さっきまでそれを確認してたんじゃあなかったのかよ」

「え?ああ…そうだったな」

「だるいっすねぇほんと…あ、メローネ先輩!女の用意は?」

「お前…言い方が悪すぎやしないか?お前らがやってる間に適当にどっかで見繕うから心配しなくていい」

「どっちも大差ねえな」

 

 そんな軽口を叩き合いながら三人は仕事に向かった。結果的にはかなり楽勝だった。鏡の世界でアミを張ってたイルーゾォがブランクだけを外に出し、標的がトイレに来た時を見計らい蛇口のせんに刃物を仕込んどく。

「楽勝〜」

「儲けたな」

 二人はすぐにメローネのところに血液を届けに行く。メローネはなぜかデパートのトイレの前で待っていた。

「ちょうどいい。イルーゾォ、悪いがマン・イン・ザ・ミラーで女子トイレに行かせてくれ」

「は…?お、おいお前…オレのスタンドをそんな…そんなことに使うつもりなのかよ…?!」

「違うッ!母親に良さそうな女が一人で入ってるんだよ!はやくしろ!!」

「うわー…」

 

 メローネの発言は性欲からのものではないのは重々わかっているがイルーゾォはドン引きした。ブランクもちょっと引いた。

 帰り道はやや気まずい感じになったが任務はつつがなく終了し、リゾットに任務完了を伝えた後に3人は解散した。

 

 


 

 

その週の最後の晩に報酬についての会議があり、チームメンバーが全員本部に集まった。だが今日はやや雰囲気が違う。リゾットの真剣な顔を見てブランクはすぐ察した。

 

 

「報酬は…いつもどおりの分け方でいいな」

 全員返事をするまでもなくイエスだ。そんなことよりもリゾットの凄みの理由が知りたかったからだ。

 

 

 

「お前たちはもう察しがついてるようだな。ここから先はヤバイ話だ。オレたちの矜持に関わる重要な提案がある。いないとは思うが、そんなの関係ねーってやつがいたら帰って二度と戻ってくるな」

 全員の雰囲気が変わった。ブランクにはそれが冬の硝子みたいな冷たさに感じられた。全員が呼吸を抑え、目に鋭さが宿る。

 当然出ていくものはいなかった。

 

 

「オレたちは今から…“組織を裏切り”“ボスを倒す”」

 

 

 

 

 



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俺たちに明日はない

「オレたちは仲間を殺され、屈辱の日々を送っていた。それでもただ黙って耐えていた。それはなんのためだ?オレたちはいつかボスのすべてを奪う。その好機が今やって来た。…ボスに娘がいることがわかった。オレたちはそいつを奪取し、ボスの情報を搾り取る」

 

リゾットの言葉に全員が重たい沈黙を返した。最初に発言したのはイルーゾォだった。

 

「娘ってのは確かか?」

「確かだ」

「どうせ情報源はムーロロだろ?信用していいのか?」

「あいつだけじゃない。カラブリアにシマを持ってる幹部もすでに娘の存在は知っていた」

「お、オレら以外に根性あるやついたんだ」

「あいつはオートアサシノフィリアだから殺されるのを期待してる」

「嘔吐朝死のうフライ?なんだそれ」

「オートアサシノフィリアってのは自分が死んだり殺されたりする妄想で興奮する変態のことだ」

「さすがメローネ」

ペッシの疑問にメローネが即答し、ホルマジオがそれにひいていた。

 

「話を続けるぞ。先月カラブリアである女が死んだ。その女は死ぬ一月ばかり前に突然ソリッド・ナーゾを探していた。シングルマザーが今際の際に呼びたい人物ったら…相場は決まってる」

 それもそうだな、と言いたげなメローネ。ギアッチョはよく分かってなさそうだった。

「その娘を手に入れれば…ボスの影をふむことができる。いや、本人にすら手が届くかもしれん」

 プロシュートが口を開く。

「やれそうじゃねーか。娘はどこにいんだ?」

「まだ故郷のカラブリアにいるはずだ」

「じゃあまずオレたちはその娘を捕まえりゃーいいってわけだな」

 リゾットは頷き、再び全員を見回して言った。

「ああ。ただこれまでのように本部に集合して話し合うのは無理だ。今はまだオレたちの裏切りはボスに知られないだろうが、娘を探り始めたらすぐにバレる。したがって、今日からすべての連絡はパソコンや電話で。滅多なことがない限り互いに会うな」

 

「えぇ。そんな!オレ…オレ一人じゃやれる気がしないよ兄貴イ〜」

「ペッシ、ペッシペッシ、ペッシよォ…だからお前はマンモーニなんだよ、リゾット、オレはペッシと行動する。いいか?」

「わかった。ブランク、お前は?」

「僕は一人で大丈夫です!」

「生意気いってんじゃねーよ、かわいげねーなァ〜おい」

「よし、ではチャットの使い方はギアッチョ、教えてやれ」

「だ〜〜か〜〜ら〜〜なんで教えんのオレなんだよッ!ムカつくぜ!」

「今端末持ってるのお前だけだろ?」

「持ち歩けてめーら!!」

「…これからは必ず持ち歩け」 

 

 

2001年3月16日

 

 ブランクはローマに身を隠すことにした。観光地なら人に紛れて見つかりにくいし、交通の便がいいからだ。市街のボロホテルの一室を借り、拠点になるように私物コンピューターや地図を貼り付け、鍵を付け替えた。万が一のときスイッチ一つで証拠が消せるように細工したりして一日を終え、服を買いに行った。

 

 洗面所で顔を洗ってメガネを外したとき、しばらく演技する必要がないことに気づいた。なぜか頭に不安が過ぎった。

 数日は誰からも連絡がなく、ブランクはぼーっとしてみたりローマ観光してみたりしたがいつもどこかに不安があった。そんなのははじめての事だった。

 チーム支給のパソコンには一日に何度か全体チャットで情報が投下されていた。ドナテラがカラブリアのどこに暮らしていたか。近隣に何があるか。別のスタンド使いがいるか、などリゾットが一人で調べているらしい。

 どんな能力なのか知らないがあの人も建物も少ない田舎町で隠密行動ができるということはステルス性能でもあるんだろうか。

 なかなか行動に移らないのは娘が見当たらないからか、確証がないからか。少なくともチームで一番用心深いリゾットらしい。

 

 ブランクは現在ムーロロのオール・アロング・ウォッチ・タワーを使える。だが本人から「絶対使うな」と言われているので偵察や調査に協力できなかった。

 他のメンバーも暇なのかわからないが、たまに突然電話がかかってくる。ペッシから「尾行されてるかもって思ったとき自然に確かめる方法ある?」と聞かれたので「靴紐を結ぶふりをする?」と答えたり。ホルマジオからBSアンテナの不正利用の方法を聞いたりした。

 チャットには親衛隊メンバーについての情報や他のチームのスタンド使いの情報も多く共有され、部屋でそれを読んたりする時間も長かった。

 ブランクが親衛隊で知ってるのはチョコラータとセッコとドッピオだけだが、他にも3名ほどいるらしい。昔はあと三人いたようだが全員鬼籍に入っている。

 万が一自分の名前があったらやばいなと思ったが見当たらなくて安心した。

 

 

2001年3月20日

 

とぅるるるるるるるん……

 

「はい。ブランクです」

『オレだ』

 声の主はムーロロだった。電話なのにかなり小声で話している。

『もう限界だ。怪しまれる前にボスに報告しろ』

「わかりました」

 ブランクの返事のあと電話はすぐ切れた。ブランクはすぐに別の番号をプッシュし、ワンコールで切る。二分後すぐに折り返しで電話がかかってきた。ドッピオはボス同様用心深い。

『ドッピオです。ブランク、何かあったんですか?』

「リゾットが消えました。同時にチームに散開の命令が出ました。なにかするつもりです」

『……わかりました。指示を待ってください』

 電話が切れ、きっかり二分後また電話がかかってきた。

『ボスからの命令です。リゾット・ネエロを暗殺してください』

「…わかりました」

 

 リゾットの場所は不明だった。ボスの娘を探しているというのなら少なくともカラブリア州にはいるのだろうが、彼は常時端末の電源を切っているらしく位置情報は全く送られてこない。

 まさかスパイウェアが入れられてるのに気づいているのだろうか?だとしたらブランクはとっくに殺されてるか尋問されてるはずだからその線は薄い。だとすれば彼の能力に関係あるのだろう。

 どちらにせよムーロロの指示は依然“ボスを倒せ”だ。ローマから動く必要はないのだ。

 

 

2001年3月27日

 

 リゾットから全員に「娘の場所と行動パターンを掴んだ」と連絡があった。なかなか場所をつかめないと思っていたが、すでに組織の他のチームがうろつき始めていたのと、娘が友達の家を泊まり歩いたりしたせいでさらえるという確証が得られなかったようだ。

 

 近日中に娘を奪う。

 

 それはつまり狼煙を上げるってことだ。

 

 ブランクは頭の中で素数を数える。久々にやった緊張緩和方法だ。97まで数えたとき、電話が鳴った。

 

とぅるるるるるるるん……

とぅるるるるるるるん……

 

「……はい」

 

『ブランクか。午後七時、トレビの泉に来い』

 

 それだけ言って、電話相手は回線を切ってしまった。今の声は聞き間違いようがない。チョコラータだ。とてつもなく身の危険を感じる。

 だが行かないというわけにもいかない。自分にはやましいことは何もない…という体でいなければならないのだから。

 だが午後七時という時間設定は気になった。現在六時。もしブランクがいつもどおりナポリにいたとしたら絶対に間に合わない。ローマにいることを知ってての時間設定であることは間違いなかった。

 ローマにいる理由はいくらでもでっち上げられる。だが問題はなぜチョコラータがそれを知っているかだ。

 

 トレビの泉はローマで一番人気と言っていい観光スポットでいつ行っても人がひっきりなしに記念写真を撮っている。その巨大な噴水を囲む柵に保たれるようにしているチョコラータを見つけ、ブランクは声をかけた。

 

「おそいよ」

 

 そう言ってチョコラータはスタスタ歩いていってしまう。人気のあるところからどんどん離れ、小さな川にかかる橋まで来た。チョコラータは橋脚部分に降り、サビだらけの鉄門をあけ地下へ降りていった。ローマの地下には発掘が追いつかないほど古い墓が多い。ちょっと掘ればローマ時代のコインが出で来るとまで言われている。

 

 暗い通路の先にあったのは人一人が立ってるくらいの空間と椅子に縛り付けられた裸の男だった。

「……誰ですか?これは」

 ブランクの疑問を無視してチョコラータはぺらぺらと話し始めた。

 

「ブランクくん、わたしは君にとてもよくしてたと思うんだがどう思う?四肢は揃ってるし、どこも病気してないし…なにより生きてる」

「そうですね…」

「それは君がどう変わってくか興味があったからだ。予想通り君は見事に自分というものを見つけた。故に、最近つまらなくなっていたわけだ。こういうのをマンネリっていうんだが」

「……」

「一週間だな。一週間、君はずっとローマにいたね?リゾット・ネエロをぶっ殺さなきゃいけないのにずいぶん悠長じゃないか」

「…どうしてそれを?」

 

 チョコラータはブランクを無視して話し続ける。

 

「わかるさ。暗殺チームを束ねてるんだからこちらから探して殺すのは難しい。それよりかは連絡を待ったほうが怪しまれないし、効率がいい。わかるよ、理屈としてはね」

「……」

「だが、ね。どうもわたしは気になるんだよ。空っぽで、自意識が希薄だった君ならその判断をし、ただローマでぼうっとしてたって納得した。だが今の君が、チームのおかげですとか抜かしやがった君が合理的な行動をするはずがないんだ」

「……そうですか?チョコラータ先生、さすがに妄想が甚だしッ…」

 

 チョコラータはそれ以上言わせないようにブランクの口に指を突っ込んだ。そのまま指を曲げ、頬を上にひっぱった。噛むわけにも行かないブランクはつま先立ちになるしかない。

 

「すっとぼけてんじゃねーぞ。このオレが、二年間も生かしてやってんだぜ?なあ、なんでかわかってんのかよッ!おい」

 チョコラータは遠慮なく爪先立ちのブランクの腹を殴った。ブランクの思考が真っ白に染まり、気が遠くなりかける。だが突っ込まれた指の爪が頬に深く刺さって嫌でも痛みと向き合わせられる。

 

「無表情を作ってるな?どんな気持ちだ、いつもみたいに言ってみろよ」

 指を突っ込まれてちゃ母音しか喋れないのに。チョコラータは指をグリグリ捻って口の内側の肉をどんどんえぐってく。

 

「オレのスタンドは知ってるよな?口の中の傷からストロー用の穴を開けることだってできるんたぜ。せっかく見栄えのいい顔してんだ。ネズミの食ったチーズみたいになんのは偲びねーよな。むしろオレはそうしたいが…スタンド能力をコピーされるのはムカつくからな」

おうあ…おういいんおうあええあいおあ(ぼくは…ぼすにしんようされてないのか?)

「ボスの考えは知らん。だがリゾットを本気で殺せると思ってるかは怪しいね。失敗したら殺されるんじゃないか」

えお、いおっおおおおえうおぁ…(でも、りぞっとをころせるのは…)あうんおういあいあい(たぶんぼくしかいない)おうあ…おうあんあええるあお(ぼすは…そうかんがえてるだろ)?」

「ブランク、オレはおまえが見かけより馬鹿じゃねーから疑ってんだ」

 

 チョコラータはまだブランクを殴った。体がよろめき、爪が頬の中を抉った。血とよだれが口からダラダラ溢れてきてI♡ROMAのシャツを汚した。思わずチョコラータの腕を掴もうと手が出てしまうが、チョコラータは右手でブランクの首にチョップを叩き込んだ。

 咳き込むブランクを眺めながらチョコラータは話し続ける。

「リゾットを殺せる可能性が減るのと、ひょっとしたら裏切りそうなおまえをぶっ殺すの、ボスがどっち取るかはしんねーが…わたしだったらおまえをぶっ殺す方を選ぶね」

 

 チョコラータは口から指を引っこ抜き、よろめくブランクを蹴り飛ばした。石がゴロゴロ転がっている地面に背中が激突する。

 チョコラータはポケットからクロスボウの矢を取り出した。通常の矢と違い、ポイントに4ヶ所切れ込みのようなものがある。

 

 そしてあっというまに矢をブランクの腹部に3箇所、首に一本深く突き刺した。貫通した矢先でジャコンというバネの音がした。

「うッ…!」

「内臓も動脈も傷つけてない。後遺症になるような位置じゃあない。だが、背中側には鈎がでているから引き抜くのはかなり勇気がいるだろうね」

「これ…ほんとに死なないやつですか……超痛い!」

「そこは保証するよ。で、ほら。矢はケブラーの糸で…別の矢とつながってる!見てろ」

 チョコラータはニコニコ笑って対になってる矢を見せびらかし、裸で椅子に縛り付けられた男に突き刺した。男の方は猿轡ごしにくぐもった悲鳴を上げた。

「彼の方は引き抜いたら確実に死ぬ。引き抜いても、放っておいても身体の中のカビが肉を食い散らかしてどっちみち死ぬがね。でもわたしたちがお前の宿を調べてここに帰ってくるまでは保つさ」

「こんなことしてなんの意味が…」

「趣味だよ」

「あ、そっか…」

「ちなみに彼はただそのへんを歩いてた旅行者らしい。家族写真を財布に入れて観光マップをだいーじに胸にしまって…心温まるな。では失礼。そこで待っていろよ」

 チョコラータはブランクの上着のポケットから財布と鍵を抜き、地中から出てきたセッコのカメラを三脚に固定してから地下室を出ていった。

 

「クソチョコラータ…」

 

 ブランクは起き上がった。地面にまで刺さった首の矢がひっぱられ、血がどろっと口に溢れてきた。死なない位置なんて嘘なんじゃないかってくらいの量だ。腹もとんでもなく痛む。何より口の中がズタズタだ。これじゃしばらく辛いものは食べられない。

 

 だが痛みと引き換えにチョコラータの能力までもコピーできた。(生きて帰れた場合)最大の功績だ。

 さらに、これは脱走の好機でもある。チョコラータの好物は最後まで残しとく性格が今回はチャンスに変わった。

 

 ブランクはチョコラータが指を突っ込んだのが右の頬で良かったと心から神に感謝した。

 左の奥歯に本人内緒でパクったリトル・フィートで縮めたパソコン、着替え一式が仕込んであるからだ。

 

 この矢を縮めて脱出…というのは無理だろう。ここから宿まで車で十分。家探しには五分とかかるまい。

 ブランクのコピーしたリトル・フィートだと縮めるのにものすごく時間がかかる。おおよそ30分たってようやく縮みはじめ、任意の大きさになるまでさらに10分はかかる。

 そして矢を繋いでいる糸だが、ケブラーというと防弾チョッキにも使われている繊維の名前だ。触った感じもとてもじゃないが切ったりちぎったり出来そうじゃない。たとえタングステンだろうと今のブランクに切ることはできないだろうが…。

 

「……」

 

 となると、矢で繋がれた男を殺す他ない。

 

 フランクは立ち上がり、男の様子を見た。まさかブランクが自分のために命を奪うことを良しとしないと思ったんだろうか。

 いや、奪うこと前提でここに置いていったのだろう。

 チョコラータはボスから与えられた仕事としてブランクを襲ったのではなく、疑惑と個人的趣味で襲ったのだから。故に家探しが主目的で、あとのこれは前戯みたいなものだ。

 家探しして何も出なくても、チョコラータは個人的に自分を殺しに来るだろう。絶望から引き出されたその次を見るために。

 とんだ変態に目をつけられたものだ。

 

 ブランクは無言で自分と男を繋ぐ糸を引っ張り、男の首に巻いた。気道を潰すと苦しんで暴れる。血の流れを止めてしまえば死ぬまで10秒、天にも登る気持ちらしい。

 こういうとき言葉をかけるのはむしろ残酷だ。

 後ろから輪にした糸を手のひらの上でまとめ、そのまま握る。そしてそれを90度捻りながらまっすぐ上へ素早く持ち上げる。

 これにはあまり力はいらない。だが少しの抵抗と糸の細さのせいで手に糸が食い込み切れて血が出た。10秒カウントすると男はもう動かなかった。男の体に刺さった矢をむりやり引き抜き、抉れ取れた肉を取り除いて糸といっしょに巻いてズボンのベルト部分に無理やり差し込んだ。

 ビデオは一応ぶっ壊したが、どうせ隠しカメラがたくさんあるんだろう。ブランクは虚空に向けてファックユーのポーズだけして地下から脱出した。街はまだ人気があって、体から矢の突き出たブランクはかなり目立ってしまう。

「クソ…なんかクラクラしてきた…」

 ブランクはなんとかタクシーを捕まえた。だが運転手は四本突き出た矢を見て悲鳴を上げ降りるように懇願してきた。

「ピーピー喚くなッ!金ならいくらでもくれてやるからとっとと市外に向けて走りやがれ!殺されてーのか」

 ブランクは怒鳴る口から血が飛び散るわ、矢をブラブラさせてるわではたからみればイッちゃつてる人そのものだった。

 誰かを恫喝するのは久々だったので怒鳴ってサツビラ投げたあとに赤面したが、運転手は車を急発進させ爆速で街を抜けていった。

 ブランクはもとの大きさに戻した携帯電話である番号をプッシュした。

 

とぅるるるるるるるん……

 

「……あ、もしもし。ブランクです」

『どうした。お前から電話なんて珍しーな』

「あのー、ちょっと教えてほしいんですが。お腹にあいた穴ってお医者さんに行かなくても治りますか?」

『は?』

「なんか…もしかしたら毒とかあるかも。…すげー喉乾いたんですが。なんだかわかります?目が霞むし…寒」

『お前今どこにいるんだ?』

「タクシー」

『はぁ…しょォーがねーーーなぁ…運転手にカゼルタの水道橋のバス停まで行くようにいえ』

「あー、ヴァンヴイッテリ?あのすげーでかい…バカ…バカでかい」

『そうだ。それまでに生きてたら助けてやるよ』

「わかりました」

 

 電話を切ってからよくよく自分の体を見てみると、首からかなり出血していた。何が動脈は無事だ、あのヤブ医者は。それとも変に情けをかけて首を絞めたせいでどこか引っ張ってしまったのだろうか?

 腹の方からもじわじわ血が出て、座席はどうしようもないくらい汚れている。だがそんなことかまってられないくらい意識が朦朧としてきた。

 ブランクは運転手に行き先を告げると座席に寝転んでそのまま寝てしまった。

 

 

2001年3月29日

 

 カンノーロ・ムーロロは収集したデータを丁寧に編集していた。組織構成員の個人情報とスタンド能力をまとめたファイル。ボスにすら見せない完全版は生きてる人間だけでなく死んだ人間も網羅してあるいわばパッショーネ大全だ。

 暗殺チームのプロフィールもブランクのおかげでだいぶ溜まった。地元をウロウロしてる下っ端のは簡単に集まるが、幹部クラスや特殊任務を受けてるチームは秘密主義だからだ。

 

 ムーロロは何人かの幹部のファイルを呼び出した。もしボスが娘を保護するなら誰に頼むだろう。リゾットが行方をくらましたと聞いた以上スタンド使いに任せたいはずだ。

 ナポリ地区で一番スタンド使いを抱えているのはポルポだ。あのデブは絶対に買収できない。現状に満足しているからだ。

 他だとローマ、シチリアの幹部がスタンド使いだったはずだ。シチリアのやつが一番可能性が高い。

 ムーロロはポルポとシチリアの幹部の情報をリゾットに送った。リゾットはここのところこちらからの連絡に出ない。

 ブランクも位置情報特定不可と報告してきた。あいつはリゾット暗殺司令をもらったくせにのほほんとしていたが大丈夫なんだろうか?

 

 反響みたいだったあいつが自分を持ち始めたのはいい事だが、同時にあいつの一番いいところ、つまり冷静で公平な判断力と合理的な思考がなくなりつつあるのは残念だった。

 万が一になったら切り捨てることも考えなければならない。

 

 でも、どんなに変わってもあいつはずっと命令を出すオレに従順だ。そこは今も昔も変わらずやつの美点だ。

 

 

 

 

とぅるるるるるるるん……

とぅるるるるるるるん……

 

 電話だ。

「はい」

『ムーロロさん。ブランクです』

「おう。どうした?」

『あのー、今一人ですか?』

「おう」

『実はチョコラータに疑われて襲われました』

「何?ボスは知ってるのか?」

『知らないはずです。チョコラータは…なんというか、趣味で僕を殺したがってて…』

「お前の裏切りはバレてねーんだな?」

『ええ。定時報告もいつも通りでした。あ、でも…』

「なんだ?」

『チョコラータのスタンドをコピーしました』

「でかしたな。お前、怪我は?」

『超しました。でも問題なく動けます』

「よし。任務は続行だ。リゾットの暗殺の件については情報部と連携するとボスに伝えておけ。こっちになんか来たらメールで送る」

『わかりました。では』

 

 暗殺対象がリゾットで本当に良かった。あいつを見つけるっていうこと自体UFOをみつけろっていってるようなもんだから時間がかかったって不思議じゃない。チームが散開しているのはブランクを送り込んだ当初の狙いから外れている。ボスにとっては不都合な展開だろう。

 チョコラータがブランクを追ってくるのだとしたらかなり危険だ。だが追跡能力に乏しい二人ならやり過ごせないこともないだろう。待ち伏せされない限りは。

 

 神の視点を得たような気分だ。

 

 

 

 

 だが、神は決してプレイヤー席には座らないのだ。



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ヤング・ラスト
せんぱい①2001年3月30日


「ハッ!」

 目の前に広がってるのは最後に見たタクシーの運転席なんかじゃなくて、タバコの煙で薄汚れた茶色の天井だった。

 

「知らない天井だ…」

「そりゃそーだろ」

「わ、え?ホルマジオ先輩?」

 

 その視界に突然見慣れた坊主頭が飛び込んできたおかげで眠気が吹っ飛んだ。

 

「何驚いてんだよ。テメーで電話してきたくせによ」

 言われてようやく自分がどんな目にあったか思い出し、ブランクは思わず自分の首を擦った。

「そうだ。矢が…」

「矢なら縮めて抜いた。お前森かなんかに隠れてたのか?あれ狩り用の矢だよな」

「まあ…多分あっちは狩りの獲物だと思ってるっていうか…」

「ボスの追手か?」

「うーん…そうともいえ…ますね。いや、そうです」

「はぁ、やっぱお前一人にするんじゃなかったぜ。おかげで余計な手間が増えちまった」

「あ、そういえば昨日のタクシーは?」

「始末しといた」

「そうですか…」

「なんだよしょぼくれた顔して。おめーが蒔いた種だろ」

「すみません、そうですよね。先輩は僕の尻拭いを…」

「本当だぜ。おめーいい先輩持ったよな。イルーゾォなら絶ッ対見捨ててたね。むしろ助けんのプロシュートかオレくらいだろ」

「ホルマジオ先輩の尊敬できるとこ、もうありすぎて両手の指じゃ足りないっす。一生ついていくっす」

 ブランクは手を胸の前に組み仰々しくホルマジオを讃えた。

「あと電話で毒がどうこう言ってたけど特にそういうのはなさそうだぜ。血はすげーでてたがまあ食えば治るだろ。お前怪我したことねーのか?なっさけねーなァ」

「あ、あんだけ血が出ればパニクりますよ…」

「恩人に甘やかされて育ったんだな」

「あの人はすげー厳しかったですよ!たまたま怪我しなかっただけで…」

「オレも甘やかしちまったぜ。ほら、食っとけ」

 ホルマジオが投げ渡してきたのはトマトの缶詰だった。

「ポパイじゃないんですから…あれはほうれん草か。いや、ほうれん草のほうが多分鉄分が…」

「うるせーな。ガス通ってねーんだよ。あとはスナックしかねー」

 ブランクは上体を起こして貧血気味の頭を抱えた。

「今何日です?」

「3月29日」

「あれから一日眠ってたんですか?」

「そーだよ。初めて見たぞ、あんくらいの傷で一日ぶっ倒れてるやつ」

「言い訳しようがないっす…」

「あ、でも腹にすげー青あざ。あれは見たことねーな」

 

 道理で今も腹に鈍痛がはしってるわけだ。どれだけの力で殴ったのかは知らないが相当アタマにきてたんだろう。

 

「なんか進展ありました?」

「ああ、あったぜ。リゾットがしくじった」

「なんと」

「今回ばかりは慎重さが裏目に出たな。娘は先に保護されちまった。保護しに来たのはノーマークのペリーコロって幹部でいま行方を探してるがうまく撒かれちまった」

「ペリーコロ?あー、あのちっちゃいおじさんか」

「ああ。だがそいつがずっと護衛するのはねーだろうな。スタンド使いじゃねえし。オレはポルポに預けられるんじゃねーかって思うが、おまえはどう思う」

「ポルポ…スタンド使い量産してるデブですか。あり得る話ですね。単純に手駒が多そうですし」

「ああ。だがいまネアポリスに行ってもすぐ殺されちまうだろうから確認はできねえ。ローマにいたお前がそのざまだしな」

「人が多いから大丈夫だと思ったのに…」

「ふん。マンモーニだなお前も」

「うるさいなぁ」

 

 ブランクは口の中から歯に糸で縛っておいた塊を吐き出した。リトル・フィートで小さくしていた私物のパソコンと支給のパソコン、その他諸々の資料を入れた袋だ。

 ポルポの構成員のデータを参照するために私物のパソコンの方を能力解除しもとの大きさに戻した。

「あッ!てめーそれ!オレのリトル・フィートじゃねーか!!パクってんじゃねーぞおい!」

「だ、だって便利なんですもん」

「ふざけんなテメーーッ」

「や、やめて!ビンタはやめて!」

 ブランクの懇願を無視し、ホルマジオは右頬を思いっきりひっぱたいた。チョコラータにえぐられた傷が痛み、口の中に鉄の味と涎が広がった。

「恩知らずが!」

「すみませ〜ん…」

「気持ちがこもってねーよ。しょーがねー。落とし前は動けるようになってからつけてもらうからな。おとなしくそこで待ってろ」

 

 ホルマジオはでかけてしまった。ブランクはパソコンの電源をつけ、ポルポの地区の構成員のデータに目を通しながら携帯電話でムーロロと連絡をつけた。

 そしてすぐにドッピオに電話をかけてワンコールで切る。チョコラータに襲われたとは報告できないが時間がかかってる言い訳はしなければならない。チクったところでなにか変わるはずもない。

 自分はあの狂人に命を狙われているのかと思うと急に仕事が嫌になってきた。

 

とぅるるるるるるるん……

 

「ブランクです」

『ドッピオです。どうぞ』

「リゾットの現在地が特定できません。情報技術チームに協力要請をしても?」

『わかりました。リゾットを殺すことが困難ならば、メンバーを一人ずつ暗殺しおびき出す他ないですね。接触はありますか?』

「いいえ。他のメンバーも場所を転々としています。ですがリゾットよりは特定は容易です」

『ではメンバーを殺してください。すでにリゾットのために一週間以上無駄にしています。…あの、親切心って言うと押し付けがましいんですが…()()()()()()()()ですよ』

「……ええ、わかりました」

『ぼくはあなたを信じてます。だってこういうときのためにあなたはいたんですから。ね?』

「ええ。そのとおりです」

 

 ブランクは電話を切って溜息をついた。嘘も手慣れたもんだった。

 立ち上がり、傷の具合を確認する。矢が貫通したというのに体に残る痛みや違和感は少ない。せいぜい身体をひねると痛みが走るくらいだ。熱も出ていないから感染症もおこしていない。

 

 チョコラータをヤブといったのは撤回しなければならないな。

 

 ただ殴られた際の内出血はかなり重いみたいだ。腹部は拳型に二箇所どす黒い色になっていて常時鈍痛がする。あの時吐いた血は内臓からのものだったのかもしれない。

 

 ブランクはすぐライフルを組み立て構えた。重みのせいで内臓が痛む。痛みはどうしてもコントロールしきれない動きを生む。立って撃つのは厳しそうだ。

「…筋肉は…信用できないか」

 この痛む体で長距離射撃は難しいかもしれない。

 恩人ならたとえ片腕が吹っ飛んでも標的を逃さないだろうが、ブランクには無理だ。地面に置いて狙う分にはまだなんとかなりそうだが、これからの状況を考えると少し不安だ。

 

 ブランクはベッドの傍らに置かれたビニール袋を漁って鎮痛剤を見つけ出し、適当に何粒か口に放り込んだ。

「でもチョコラータのグリーン・デイは切り札になる。怪我の功名ってやつかな…。…これ前も言ったっけ?血が足りねー…」

 

 ブランクはしょうがなく投げ渡された缶詰のトマトをそのまま食べた。他になんかないかと冷蔵庫を見ると、生野菜や生肉は一切なく冷凍食品ばかりだった。頻繁に移動を繰り返している以上仕方がない。

 

 ただ目をつぶりじっとしていると窓の外で猫が入りたそうに外枠を引っ掻いていたので入れてやった。

 猫を腹に乗っけて気持ちよく寝ていたら、どすんという衝撃とともに猫のぬくもりが消えた。

 

「勝手に猫なんて上げてんじゃねーよ」

「…せっかくいい気分で寝てたのに…」

 もう13時を回っていた。ホルマジオはステーキのテイクアウトを持って帰ってきてブランクに食べさせた。一日寝たあとに肉は胃にあまり良くないが気遣いを無碍にしてしまうのは今後の付き合いに支障をきたす。

 なんとか肉を噛み切り野菜ジュースで流し込んだ。

「パソコンなんて立ち上げて何してんだ。つーかお前デスクトップなんて使えたのか」

「あー、覚えました」

「できるなら初めからやれよ」

「へへ…」

 ホルマジオは寝っ転がったままのブランクの顔面に5センチほどの厚さの封筒を落とした。

「褒めてねーよ。あと明日イルーゾォが近場に寄るらしいからこれ渡しに行け」

「はあ。封筒…お金ですか?」

「ああ。口座なんてすぐ押さえられるから引き出しとけっつったのにあのバカ」

「イルーゾォ先輩らしいですね」

「11時に3ブロック先のカフェ・オルトラーニだ。ブレスケッタが美味いとこ」

 

 ブランクは了承し、翌日言われたとおりの時間につくよう外に出た。イルーゾォはカフェ・オルトラーニのテラスに座り優雅にカフェラテを楽しんでいた。

 ブレスケッタが名物らしいその店は立地も良かった。大通りより一本裏なおかげで静かだし、裏にある昔使われていた鐘楼も歴史を感じさせる。

 店とテラスを仕切るガラス板の間には水が流れていてとても涼し気だし、テラスの植え込みは青々として外装もかなりおしゃれだった。ホルマジオは結構ネアポリスでもいいところを知ってる。もしかしてカフェ巡りが趣味だったりするんだろうか?

 ちなみにこういう風にきちんとお茶を楽しむのはメローネとイルーゾォだけだ。この場合のきちんとというのは仕事中にもかかわらず、という意味が含まれている。

 

「おーブランク。お前怪我したって?」

「ええ。まあ、大したことないですけどね?」

「大泣きして電話かけてきたって聞いたぞ」

「あのヤロー…」

「ま、座れよ。一杯奢るぜ。その金で」

「どうもです」

 封筒を手渡しミネラルウォーターを一杯頼んだ。とてもじゃないが味付きのものは受け付けない。コーヒーは特に厳しい。

「こんなゆっくりしていいんですかね」

「カップ一杯飲み干す時間くらいあるだろ。ケッ。お前はホルマジオにはよく懐いてるくせにオレとはコーヒー一杯も付き合えねぇってか?」

「なんで今日はそんな被害妄想強いんですか…?」

「あ?テメーが余計なこと言うからだろーが」

「だって僕ら追われる身ですよ。この怪我だってぬくぬくローマで暮らしてたら…」

「オレのスタンドなら楽に逃げられるからな。襲われてもそんなケガしねーよ」

「じゃあコピーさせてくださいよ」

「絶対やだね。能力は安売りしたら強みも価値もなくなる」

 イルーゾォの言うとおり。暗殺チームで能力をコピーさせてくれたのはペッシだけだった(しかも後でプロシュートにめちゃくちゃ怒られたと言っていた)。

 

「…まあそうですよね。他人に自分のことを曝け出すのに抵抗がない人は少ないです」

「あ?そういう話だったか?」

「そういう事じゃないんですか?」

「んん?……まあそうか」

 微妙な沈黙がおりた。ブランクはずっと気になっていたことを尋ねた。

 

「やっぱり弱くなったと思いますか?僕のスタンド…」

「さあな。捉え方次第だろそんなん。ちなみにオレはオレの能力が一番強いと思ってるからお前のスタンドはクソ弱いと思うぜ」

「僕イルーゾォ先輩のそういうとこは見習いたいと思ってます」

「敬意が足りねえんだよテメーはよォ…」

「そんなこと…」

 

 ブランクは笑いながらミネラルウォーターのグラスを持った。だが口に運ぶ直前、手の影以外の何かがグラスにうつった気がした。

 

「なんか…今……」

「あ?」

「なんかグラスに映りませんでした?黒くて三角のものが」

「何言ってんだお前。そりゃ何かしら反射するだろ」

「でもなんか不自然な感じだったんだけど…」

「気になんなら交換してもらえよ」

 ブランクはちょっと考えてからグラスを口につけ、飲んだ。グラスを離す直前に今度はっきり見えた。グラスの中に黒い三角のものが浮いている。いや、泳いでいる。

 

「なッ…!」

 

 間違いない。ハリウッド映画みたいなサメのヒレがグラスに浮いてる。

 

「先輩、ここにいてください!」

「あ?ああ…なんだよ急に」

 ブランクは自分が言った言葉にハッとした。

 ()()()()()だって?自分はここから逃げろと言ったつもりなのに?

 

「先輩とずっとお茶してたいんです!先輩、僕は先輩とここにいたい、一緒にいたいです」

「なんだ?忙しいやつだな」

 違う。自分の意思に反して言葉がでてきている。ブランクはすぐ口を塞いだ。そしてグラスをまた見た。サメは消えている。

 イルーゾォが様子がおかしいブランクを見ながらカップを持ち上げ口に近づけた。

 ブランクはイルーゾォのカップを鷲掴みにし地面に叩きつけた。カフェラテが床にぶちまけられた瞬間、確かに見えた。

「上空に敵!」

「何ッ?!」

「違う!左の客の足元!」

「どこだよ!」

 だめだ、話せば話すほど混乱する。

 サメの姿のスタンドを探す。ミネラルウォーターの中、カフェラテの中、正確には飛び散ったしずくに。そして今、別の客のグラスにもヒレがみえた。

 

 敵だ…。

 


 

「やはりね」

 

 

 そのブランクがぎりぎり見える位置、向かいの建物の屋根の上でティッツァーノは嘆息した。そしてスクアーロの肩にもたれる。

 

「メンバーと接触があることを黙っていたようですね。とんだ二枚舌だ」

「今は本当に二枚舌さ」

 スクアーロはニヤニヤしながらカフェのテラスでうろたえるブランクを眺めた。

 

「アレはイルーゾォか。鏡の世界に逃げられると厄介ですね。先に始末してください」

「ああ。さて…ブランクはどうするかな」

 


 

 

「く…」

 ブランクは口を抑え、席を立った。敵の狙いが何なのか、自分の暗殺ならば今ここでやる必要はない。つまり自分だけじゃなくイルーゾォもまとめて始末するつもりなんだろう。

「なんだ?口切ったのか?」

 イルーゾォはなぜかこんな時だけ優しく紙ナプキンを差し出してきた。

 ブランクは首をブンブン振って必死にノーを伝えようとした。だが首は縦に振られていた。

 言葉だけじゃない、意思疎通の手段すべてを奪われている。

 ブランクはカフェの周囲を見て敵がいないか確認する。だがそれらしき影は見えない。遠隔操作型だとして距離をとるべきかいなか。とにかくイルーゾォから離れなければ。

 ブランクは店内に入ろうとした。だがテラスを仕切るガラスの壁が…中に水が流れた凝ったガラスの壁が突然割れた。

 

「うぐッ…!!」

 

 飛沫に紛れてサメ型ののスタンドが移動しているのが見える。だが見えても対処できなかった。サメはまっすぐブランクの顔面めがけて飛んできた。

 頭を仰け反らせて避けようとした。だがサメは耳たぶに喰らいつき、そのまま耳の下半分を持っていった。

 ブランクは派手に倒れ、周囲のお客が悲鳴を上げた。

「なんだ?!敵か」

 

 

 千切れ飛んだ耳は床にこぼれた水の上に浮いていた。畜生。これじゃあ一生ピアスがつけれないじゃないか。

そしてその落ちた耳のすぐそばに三角形のヒレが見える。耳から流れる血がドロドロと地面に流れ、駆け寄ってきたイルーゾォの足元に流れる。

 

 このスタンドは液体があればどこでも移動できるのか。だとすれば血を流してるのは非常にまずい。

 

「先輩ッ…!僕、僕を抱きしめて下さいッ!」

「は?」

「きつく抱いて離さないでください!好き好き大好き超愛してる!今すぐ、さぁ!」

 ブランクは手を広げイルーゾォに叫んだ。

「お前…」

 イルーゾォはポケットに手を入れた。その瞬間

 

 

 

「掴んだぜッ…クラッシュ!」

 スクアーロのクラッシュがイルーゾォの喉笛を捉えた。だがそれとほぼ同時にイルーゾォはブランクの襟首を掴み、自分のポケットに入れていた鏡を使いマン・イン・ザ・ミラーを発動させた。

 

 

 

「ッ…………!」

 

 

 

 鏡の世界にはイルーゾォが選択したものしか入れない。つまり今喉に食らいついたサメのスタンドは消える。

 

「いっッ………てぇーーッ!何だこりゃァ!今のなんだよブランク!!」

 イルーゾォの喉から血が出ている。だがつい先日のブランクと比べたら大した傷じゃない。かすり傷だ。

 ブランクは慌てて自分の舌を確認する。

「あ…し、舌!舌!僕はブランク、好きな女優はレオンの時のナタリー・ポートマン!嫌いな食べ物は…酢豚!……よ、よかった。とれた!」

「今のは攻撃か?お前には見えてたか?」

「はい。僕の舌にもついていました。先輩!敵は二人です。ヤッちゃいましょう」

「そうだな。見つかった以上やるしかねえ。だがおまえの舌の方もサメも遠距離操作型だよな?本体見つけられんのか?」

「はい。作戦があります。少なくともサメの方はやれるでしょう…でも…先輩はちょっと危険かもしれません」

「いいぜ。聞くだけ聞いてやる」

 

「じゃあ先輩、これあげます」

 ブランクはさっきとっさに拾ったちぎれた自分の左耳たぶを渡した。

「うッわ…キモすぎる…」

 イルーゾォは薄情なのでそれをバナナの革みたいにつまんでもった。ブランクはちょっと傷ついた。

「これをサメに食わせてください」

「あ?食わせたらどうなる?」

「多分すげーびっくりします」

「…で?」

「びっくりした本体を見つけて狙撃します」

「お前…それを()()って言ったのか?」

「え?はい…」

 イルーゾォは予告なくブランクの頬をひっぱたいた。

「て、敵は絶対にカフェのテラスが見える場所にいるはずです!先輩が出てきたらなおさら撤退はせず確実に襲ってきます。そんで耳を食わせれば絶対びっくりします。僕なら必ず見つけられます」

「…本当に耳食わせたらびっくりするのか?」

「ええ。僕を鏡の世界から出してください。裏の鐘楼まで2分もあれば登れます。この建物の上からならカフェを見渡せる場所も丸見えです」

「……2分だな。わかった、お前に2分だけ付き合ってやる」

 

 

 

 

 



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せんぱい②2001年3月31日

「なんだ?二人が急に消えたぞ」

「わたしのトーキングヘッドも強制的に解除されたようだ」

「何?トーキングヘッドはティッツァ、お前の意志でしか外せないんじゃなかったのか?」

「ああ。解除というよりも引き剥がされたという感じがした。イルーゾォの能力だろう。鏡の世界にスタンドは入れないらしいな」

「チッ…」

 スクアーロはカフェ・オルトラーニをもう一度見た。ガラスが割れて騒ぎになってる中、イルーゾォとブランクの姿は見えない。

「二人は…クソ、人だかりが邪魔だ」

「見つからない…みたいですね。スクアーロ、なにか痕跡は…」

 スクアーロはティッツァーノの言葉を遮る。

「イルーゾォが出てきた」

「一度隠れたのにわざわざ出てくるとはどういう事だ…?」

「どちらにせよ鏡の世界に逃げられたら厄介だ。殺れる時に殺っちまおうぜ」

「用心してください。ブランクは姿を見せてない。やつらがもしわたしたち本体の姿を見つけたら…」

「オレたちを見つけるなんて不可能だ。それよりもイルーゾォを生かして逃がすほうが面倒だぜ…!」

 

 

 

 テラスには大きな水溜まり。イルーゾォは店員がガラスを片付けようと近づいてきたのを怒鳴って追っ払った。邪魔をされたくない。

 先程噛みつかれたときわかったが、サメの形のスタンドは遠隔操作型のくせにスピードはとてもはやい。

 

 さっきは運が良かった。

 イルーゾォは牙が掠った首筋を擦る。ほんの一瞬マン・イン・ザ・ミラーの発動が遅れていれば確実に持っていかれていた。

 

「水溜りなんて明らかな敵の巣だが…裏を返せば攻撃が飛んでくる場所はハッキリしてるわけだ」

 イルーゾォは集中して耳を澄ませた。ちゃぷ、と後ろの水たまりから音がした。

「どっから噛み付いてくるかわかればかわすのはわけねーんだ!種がわかっちまえばよォ〜、くだんねー能力だな!」

 

 クラッシュが狙っていたのは一貫して急所だった。液体の体積に応じて身体の大きさが変わるが故に破壊力は低いのだ。

 背後の足元の水たまりからクラッシュが跳ねた。イルーゾォは椅子を振りかぶりクラッシュをぶん殴ろうとした。だがクラッシュはすぐに別の水たまりに移動する。

 

 

「床からの攻撃では見切られてしまう」

「わかってるッ!だがカップからの攻撃ならどうかな!」

 

 ガラスが散乱したそばの席には飲みかけのまま放置されたカップがたくさん。

 イルーゾォのすぐそばのグラスからまたクラッシュが喉をめがけて飛び上がる。

 

「狙う場所も芸がないな」

 

 イルーゾォは左手に握っていたブランクの耳をだし、クラッシュの口に突っ込んだ。その際クラッシュの牙が指の肉を引っ掛け人差し指の肉が半分持ってかれた。

「クソッ…速い!だが……!」

 

 クラッシュのヒレが床に見えた。

 

「ヤロー咥え込んだぜ、ブランク!」

 

 

 

 

 ブランクは繋ぎっぱなしの電話からイルーゾォの声を聞いて大きく息を吸った。

 いまさっき組み立てたライフルのスコープから景色を覗く。狭い路地のカフェが見える場所は限られている。テラス側にある高い建物、せいぜい百メートル圏内。

 この鐘楼はカフェの真裏だ。ここからならその場所すべてを見渡せる。

 

「グリーン・デイ…」

 

 イルーゾォに渡した耳はまだ生きている。以前たまたまであった少年のスタンド能力、全容は不明だが、今のところ生き物に過剰に生命エネルギーを与えることができるということだけわかっていた。

 ブランクは切り落とされた耳に生命エネルギーを与えた後、グリーン・デイでカビを生やした。グリーン・デイは高低差を感知し、低い位置に移動した()()()()()()()の肉を貪り続ける。

 ただしブランクの劣化コピーではチョコラータのように数センチ単位の高低差では増殖しない。だが

 

「人の頭から地面の水たまりだったら1メートルはある…それくらい落ちればグリーン・デイは僕の耳を喰らい尽くす」

 

 

 

 

「ぐっ…!」

 カフェ・オルトラーニに面した通りから一本奥に在る5階建てのアパート。その非常階段でスクアーロは体を硬直させた。

「スクアーロ!どうしたんです」

「く、クラッシュの口に変なもんがまとわりついてる!」

「何?」

「ブランクだ!あいつの耳に変なもんがくっついてやがった!…これは……カビだ!あの野郎、まさかチョコラータのスタンドを…」

「戦闘継続は…」

「可能だ!だが…クソ!こんなもんクラッシュに食わせやがって…!」

 ティッツァーノは階段から身を乗り出した。イルーゾォはクラッシュの移動を目視しつつある。いや液体の入ったカップをどんどん水たまりに落とし移動先を減らして動線を絞っているのだ。

 

「スクアーロ、場所が悪い。その口についてるのを取るために一度撤退…」

 

ティッツァーノが撤退しよう、と言い終わる前に事態は一変していた。

 

「グリーン・デイのカビはスタンドを食うことはできない。だけどその一瞬の動揺さえあれば簡単だ。獲物を探すのは慣れてる…グリーン・デイを解除してマンハッタン・トランスファーを出すまでもない」

 

 カフェから離れているにも関わらずカフェの方を注視していて、なおかつ動揺している人物。真正面のアパートの非常階段に男が二人いる、片方は身を乗り出してる。ここより高い建物だが問題ない。

 

「僕の師匠は世界最高の狙撃手だ。運がなかったな」

 

 筋肉は信用できない。銃は骨で撃つものだ。恩人の言葉通り肌で風を感じ、微風がほんの少しやんだその瞬間引き金を引いた。

「ウーノ…」

 

 

 バスッという空気の音がして身を乗り出していない方の男の頭がはじけ飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 ティッツァーノは額から血を流すスクアーロをみて一瞬何が起きたかわからなかった。

 

「スクアーロ!?」

 

 

 身を乗り出したまま振り返る無防備なうなじにブランクは容赦なく次弾を叩き込む。

「ドゥーエ」

 

 だが風邪のせいか痛みによる無意識な痙攣のせいか、わずかに狙いがずれた。弾はティッツァーノの右肩を吹き飛ばしたが絶命にはいたらなかった。ティッツァーノはスクアーロの側に倒れ込み、その死体に縋った。

 

「ブランクだな…やり、やがった!あの野郎スクアーロを…!」

 

 ティッツァーノの腕は鎖骨とちぎれかけの筋肉でなんとかぶら下がってるような状態だった。弾の入射角度からして撃ってきたのは真正面、ここより少し低い位置だ。

 鉄柵の隙間から真正面を見る。カフェのすぐ裏にちょうどそれくらいの高さの鐘楼がある。やつはイルーゾォを囮にしてそこに移動したのだ。

 

「クソ…!狙撃なんて…ッスタンド使いとしての美学がないッ…」

 

 ティッツァーノは鉄の扉の向こうに逃げ込んだ。この傷じゃ助からない。死ぬ前にどうしてもあいつに連絡を取らなければ。

 

 ティッツァーノは右側のポケットから電話を取り出す。失血で今にも気を失いそうだ。そして番号をプッシュし発信ボタンをおそうとしたその時

 

「テメーが追手だな?」

「な…あ……」

 

 イルーゾォが頭に銃を突きつけた。そして返事も待たず3発頭に撃ち込んだ。

 

 アパートの住人が音を聞きつけドアの外を見ると非常階段に続く廊下に腕のちぎれかけた射殺体が転がっていた。他に生きているものは誰もいなかった。

 

 

 

 

 

とぅるるるるるるん…

 

 

『はい』

「あ、ホルマジオ先輩?僕です。ブランクです」

『ああ。お前らよー、今日なんかやらかしただろ?なぁ。オレのオキニの喫茶店をぶっ壊しやがったよな?』

「それ関係でお電話したんですよ。実は親衛隊の追手に襲撃されまして。追手はイルーゾォ先輩とぶっ殺したんですが、やつらの情報端末を手に入れたんで、それをムーロロさんに届けてきます」

『なんでムーロロなんだよ』

「だって僕らが持ってても宝の持ち腐れですし…ムーロロさんならボスからの連絡逆探知できそうじゃないですか?」

『あいつを過剰に信用するのはやめとけ。…まあお前が殺して奪ったもんなら好きにしろ。つーかおまえローマからずっとつけられてんじゃねーの?帰ってくんなよ』

「酷。いや、実際そうかもしれないんで帰らないっす。あ、運転中なんであとはイルーゾォ先輩に聞いてください」

『あんま派手にやんなよ』

「了解です。ではー」

 

 

 ブランクは電話を切って助手席に投げ捨てた。

 先程自分を襲ってきた二人組の私物はすべて回収した。死体の身元はしばらくは割れないだろう。パンツに名前を書いてるようなヤツじゃないせいで未だ名前はわからないが、親衛隊のメンバーで二人組、という特徴からスクアーロとティッツァーノではないかと思われる。

 親衛隊はチームのようにはつるまないし互いのスタンド能力もわざわざ開示しない。全員の顔と名前、能力を知ってるのはおそらくドッピオだけだ。

 おかげでこちらが勝てたがそれはあちらがブランクの狙撃能力を知らなかったからで、今後そういうたぐいの幸運に期待すべきではない。

 

 

 ムーロロとはサレルノで落ち合う約束だ。車をとめて海岸沿いの遊歩道を歩いているといつの間にかムーロロが横を歩いていた。今日は観光客みたいなラフなポロシャツを着ている。

 いつもギャングでーすって感じのスーツを着ていたのに、最近は変装に気を使ってるらしい。

 

「お前目立つなぁ」

 

 開口一番そう言われた。ムーロロが呆れるのもしょうがない。左の耳が半分食いちぎられたせいでブランクの顔には包帯がぐるぐる巻かれているからだ。

「包帯かなり適当だな。しょーがねー、巻き直してやるよ」

「イルーゾォ先輩がやってくれたんですけどね…」

 ムーロロはわざわざガーゼとテープを買ってきて目立たないよう髪で隠せるように手当した。

「ひぃー、ひでぇー傷…全部落ち着いたら整形外科に行かなくっちゃな」

「千切られたのが下の方で良かったです。上側持ってかれたらメガネがかけられないですから」

「どうせ伊達だろ?…で、回収したものは?」

「はい。ノートパソコンと携帯電話。あとは彼らの財布ですが、中に入ってた身分証や免許書はすべて名義が違うので宛になりません。ただ特徴からしてスクアーロとティッツァーノかと」

「お前、親衛隊全員把握してるのか?」

「人数と名前くらいは。二人組で動く人間は彼らとチョコラータ、セッコくらいなので」

「ふむ。死体は?」

「さあ…あっちのモルグだと思います」

「こっちから手を回して身元の捜査はやめさせとく。あんま目立つ殺しはやめろよ。今後どうにもならなくなったとき困るぞ」

「はい」

「だが…この二人は誰に言われてお前を殺しに来たんだ?ボスだとしたらリゾットを殺せてもリカバリーはきついぞ」

「いえ…ボスじゃないと思います。ボスなら僕からチームの情報を絞り出すはずです。二人は僕とイルーゾォを確実にあの場で始末するためにその場にとどまるというリスクをとってました」

 ムーロロはふうむと唸ると携帯をいじり始めた。履歴にでている番号を見てブランクは二人を差し向けたのが誰かわかった。

「最後にかけた番号、チョコラータだ」

「ははぁー…なるほど。どうやらあいつも100%ボスに従順じゃないみたいだな」

「二人を唆したのがチョコラータだとしても、ドッピオに報告をしてたかもしれませんね」

「そうだな。パソコンの解析はオレに任せろ。お前はオレからの命令を続行しろ」

「わかりました」

「……いいか、ボスを倒す。だがお前の心の裏切りをボスに悟られるなよ。お前はオレだけ信じてろ。そうすればオレはこれからずっと、お前を完璧にコントロールしてやるから」

「はい。僕はあなたがいなければこうやって、自分の好きな服とかメガネとかも選べませんでした。本当に感謝してます。そう思えることも、あなたのおかげですから」

「……お前はいい子だな」

 ムーロロの言葉にブランクはにこりと微笑み「それが僕の美点です!」とガッツポーズをした。

 

 

 その晩、ブランクは適当なホテルに泊まった。耳の傷は膿んだりはしてないが骨のない部分は完全に千切れている。持ってかれたのが左で良かった。右だと銃を撃つときにかなり支障がある。

 スクアーロとティッツァーノを撃ったとき、ソルベとジェラートの時のような後悔や罪悪感はなかった。

 僕はまだ大丈夫。最近いろいろ感じるようになったけど、命令には矛盾してない。

 

「……今日は、一人仕留め損ねた……そこだけ反省!寝るッ!」

 

 


 

 

 ブランクは翌朝起きてからシャワーをあびてチョコラータにやられた傷と耳の包帯を替えた。ここ数日で体が傷だらけだ。口内炎も痛いし腹の青あざはますます不気味な色に変化してもはや青あざと呼べなくなっている。

 

 ボスの娘の情報は昨晩更新されていた。ペリーコロの姿がナポリで目撃されたらしい。なぜわざわざナポリに?と言う疑問は次に送られてきたリゾットの短いメッセージでかき消された。

 

 

リゾット :ポルポが自殺した。ペリーコロの部下をムショ近くで発見。娘をポルポに預けるつもりだったのかもしれない

 

リゾット :ポルポの部下のリストを用意しろ。そのチームの何処かが娘を護衛するはずだ

 

リゾット :ポルポが一番信頼してたのはブチャラティってやつだ。まずはそいつを追え。顔を頭に叩き込め

 

ホルマジオ :了解。ブチャラティを追う

イルーゾォ :上に同じく

ブランク  :はい

 

ホルマジオ :ナポリに一番近いのはオレか?

イルーゾォ :オレはもういる。ブチャラティのシマのレストランに侵入したが姿はない

ブランク  :ぼくわ あやしいちーむりーだー おいます

 

 

 ブランクは身支度をしてバイクを一台現金で購入した。携帯にイヤフォンを繋ぎ運転中でも通話できるように少し調整する。

 

 

とぅるるるるるるん……

 

 

 電話がかかってきた。相手はイルーゾォだ。

 

『ブランク、お前耳寄りな情報欲しくないか』

「昨日片耳なくなった人間に対する配慮が足りなくないですか?」

『ポルポはよォ〜見てのとおり強欲だったろ?あいつはムショの外に隠し財産拵えてたらしいんだ』

「へー…隠せるほどお金があるなんて羨ましいですね」

『バカ。話の肝は金じゃあねーよ。さっきブチャラティってやつが信頼されてるって言われてただろ?でもいくら信頼されてても、幹部じゃない人間にボスが大事な娘を預けるわけねーだろ』

「じゃあブチャラティ以外の人追ったほうがいいんですか?」

『テメーは黙って話を聞けよ。ブチャラティってやつはおそらく幹部になるため、その隠し財産を手に入れるはずだ。幹部になってから任せられんのが娘の護衛なんて気の毒だがよー。そんなこと知らずにシメシメ顔で隠し財産を取りに行ってるに違いねえ』

「なるほど。ってどっちにしろブチャラティを追うことには変わりないじゃあないですか。もー…」

『だぁ!話を聞けって何度言ったらわかる?いいか、財産目当てで強欲なバカが何人かブチャラティ追ってんだよ。オレらが追うのはそっちだ』

「ああなるほど。鵜飼の鵜ってやつですね」

『案の定何人かナポリに駆けつけてきてる。そして一人、確信を持って動き出したやつをみつけた』

 

 イルーゾォはマン・イン・ザ・ミラーの鏡の中の世界からネアポリス中を覗いて回ってるんだろうか。徒歩だから大変そうだ。

 

「場所は?」

『モーロヴェベレッロだ。急げ、だがとっくの前に高速船に乗っていったらしい。クレジットカードなんて使ってるぜ。こいつ馬鹿なのかもしれん。周囲でブチャラティたちを見かけたか聞き込みしたがビンゴだ。あいつらはレンタルヨットでカプリ島に向かってる。そこで娘を受け渡すかどうかわかんねーが一度ブチャラティをマークすれば勝ったも同然だ』

「わかりました。モーロヴェベレッロなら20分でつきます」

『はぁ?おっせーなオイ…飛ばしてこい』

「じゃー運転に集中するんで切りますよ。いいですねッ」

 ブランクは一方的に電話を切ってスピードを上げた。ブチャラティとか言う気の毒な幹部候補の顔はちゃんと頭に叩き込んだ。

 

 殺す。娘を奪う。娘に“触れる”。

 

 ドナテラの骨の感触を不意に思い出した。今や娘はあの母親の漠然とした不安よりはるかに悪い現実に放り込まれたわけだ。

 

 娘を手に入れればボスは必ず取り戻そうとするはずだ。そしてボスの血液さえ手に入れればメローネのベイビィ・フェイスでボスを追跡できる。そうでなくても彼女の面影から今のボスを推察できるかもしれない。

 そしてブランクにしかできないことだが、彼女のことを深く知れば彼女になりきることができる。なりきり、近づき、そして殺すことだってできるかもしれない。

 とにかく彼女さえ捕まえれば逃げ回るのをやめて攻勢に出れるのだ。

 

 

 港でイルーゾォと合流し、高速船に乗った。船に揺られる一時間の間に事態が進展していたら、ブチャラティたちがすでにカプリ島から立ち去っていたら、その場合島に渡らないホルマジオがブチャラティの手がかりを追うことになる。

「まだいると思います?」

「さあな。あっちも長居はしたくねーだろう。だがあっちはヨットでこっちは高速船だ。なんとかなるだろ」

「あー…着くまで寝ててもいいですか?なんか貧血で気持ち悪くて…」

「はあ?ホントお前…昨日からわがまま放題かよ。新入りってもう2年前の話だぞ」

「イルーゾォ先輩のほうが結構末っ子気質だと思うんですが…」

「どこがだよ。お前の方が甘やかされてんじゃねーか。普通怪我して助け求められても見捨てるぞ」

「そうなんですか?ホルマジオ先輩は本当に尊敬しちゃうな…」

「はいムカついた。オレは絶対お前が死にかけてても見捨てるからな」

「僕は……」

 

 どうすればいいのかわからなかった。

 

 

 


 

「あと昨日の、お前のベロにひっついてたとかいうスタンドだが…あれって思ったことと反対のことを言うんだったか」

「え?ああ。そうですね。ほんとに言いたいことと真反対のこと喋っちゃって…でもよくよく考えると使いどころが難しいスタンドですよね」

「お前あのときオレと一緒にお茶したいだの好きだの何だの言ってたが」

「過ぎたことを蒸し返すのはやめません?あ、うみねこが飛んでますね。そろそろ島が見えるかな?」

「クソガキ…」



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せんぱい③2001年4月1日

 高速船から降りてまず目についたのは人だかりと救急車だった。船着き場でなにか騒ぎがあったらしい。

「なんだ?ありゃあ」

「ちょっと聞いてきます」

 ブランクは走って人だかりの中に突っ込んでいった。そして何人かに話を聞いてからまた小走りで戻ってくる。

「えー、あっちの小屋の方は発砲事件だそうです。救急車の方はなんか波打ち際に頭撃たれた人がいたらしくて、病院に搬送するとかなんとか」

「来ていきなり手がかりか」

「なんかトラックの運転手が警察の事情聴取をうけてるみたいですよ。どうします?」

「つまりガラの確保は警察と病院がやってくれてるってことだろ。オレたちはまずブチャラティたちを探す。船着き場にこの写真のヨットがあるか確認しろ」

 イルーゾォはレンタルヨット店で撮ったブチャラティが乗っているのと同型のヨットの写真をブランクに渡した。ブランクはすぐに船着き場にかけていく。

 イルーゾォはすでにいないだろうと思いつつ港のレストラン、土産店、カフェ、コンビニエンスストアをぐるっと回った。だが当然ブチャラティはいない。

「チッ…情報印刷してくるんだった。いちいちパソコンで見るのだるいんだよな」

 

 店外に出るとブランクが大きく手を振った。怪我してるくせに無駄に元気に走っている。

「ヨットは見当たりません!」

「メンバーの誰かの能力で隠してんのかもな。それか港以外の場所に停めたのか?まあいい」

 イルーゾォはボート監視小屋の責任者と見られる初老の男性に声をかけた。ブチャラティの乗ったヨットと同じ型のヨットの写真を見せると、いつもよりかは丁寧な語調で話す。

「忙しいところ悪いが、このヨット見かけなかったか?」

「え?……いえ。見ていませんねぇ」

「そうか。もし見かけたらこの番号に電話してくれないか?金だ。とっといてくれ」

「え、でも…いいんですかこんなに?まさかさっきの事件と…」

「あんたはヨットを見たら連絡すりゃいいんだよ。見なくてもこの金はもらってくれ。頼んだぞ」

「は、はあ…」

 

 

 島とはいえカプリ島はそれなりに広い。二人で闇雲に駆けずり回っても非効率的だ。索敵能力に関して言えば二人共特段優れているわけでもない。通行人全員に聞き回ればすぐ見つかるかもしれないが、そんなことしたら殺しに来ましたと知らせるようなもんだ。

 

「ブランク、ちょっとこっちこい」

「はい」

「お前はここでさっきの銃撃戦の現場を調べろ。で、まだ乾いてねー血液があればそれを採集しろ」

「了解です。先輩は?」

「30分周囲を探す。それ以上はあいつらもとどまんねーだろうからな」

「わかりました」

 

 ブランクとイルーゾォは二手に別れ、それぞれ痕跡を探した。イルーゾォもなるべく不自然でないようにあたりをくまなく探した。だが財宝を隠していられるような頑丈そうな店や民家、あるいは銀行などを回っているとすぐに30分たってしまった。

 港に戻るとブランクもがっくりした顔で首を振っていた。

「血は全部乾いちゃってました。ベイビィ・フェイスには使えないでしょうね…トラックの上に残っていた血痕、二人分ですが。片方はブチャラティのチームの男でしょう。血液型はB型、年齢はおそらく成人か少し下…男臭い男な感じがしますね」

「なんでそんなにわかるんだよ」

「血痕をベロベロなめればこれくらいわかります」

「お前……一番似てほしくないやつに似ちまったのか?メローネしかやらねえよそんなこと」

「あははは!なーんて、冗談ですよ。目撃したトラックの運転手から聞いたんです」

「テメーこんな時にふざけてんじゃねェーッ!」

 

 イルーゾォはブランクの右頬をぶん殴った。ブランクはチョコラータにやられた傷がまた開くのを感じた。ブランクが頬をさすりながら唸ってるとイルーゾォの携帯が鳴った。知らない番号だが局番から見るにさっきのボート小屋のおやじだ。

「ヨットがいたのか?」

『あ、いえ…その、先程の写真の船がですね、あったんですが…妙なんですよ!』

「は?結論だけ言え」

『港の桟橋のすぐ下に、沈んでるんです!バラバラになって』

「何…?すぐ行く、案内しろ。金は払う。……おいブランク!急いでさっきの港だ」

「はあ…」

 

 イルーゾォの姿を見つけると、ボート監視小屋の職員は大慌てで二人を桟橋まで案内した。人気の少ないボロっちい桟橋の下に、確かに妙な影がある。よく目を凝らすと、たしかに写真のものと同型のヨットだった。

「ブチャラティの野郎…。船を破壊しやがったか。もう別の手段で島を出たな」

「うわー…すごい。船をバラバラにぶっ壊せるスタンドなんて…やだなぁ。会いたくないっすね」

「この断面、やたら真っ直ぐだな。パワーにまかせてぶっ壊したって感じじゃない」

「一体どうしてこんなことになったんですかねぇ?これ、事故ってことになるんですかねぇ?さっき運ばれてった人のものなんですか?」

 職員も不思議そうにしていた。ふたりは顔を見合わせ、追加で金を払って口止めした。

 

 イルーゾォは一度現状をチャットで報告してから撃たれた男が搬送された病院へ向かった。ERにいるかと思いきや小さな病院なので普通のオペ室に寝かせられていた。そばに控えていた医師と看護師は締め落としてから、男の顔を確認する。

「ああ、高速船で乗ってった方だな。ローマ地区のやつだ」

「頭にガッツリ弾入っちゃってるのに生きてる。すげー…」

「聞き取りは無理か…無駄足だったな」

「いや、ちょっととりあえず触らせてください」

 ブランクはピクリとも動かない、いろんな管に繋がれている男の手に触れ、寝てるのをいいことに全身をベタベタ触り始めた。

「うわッ…やっぱりお前…」

「いや…意識がない人にはこうするしかないじゃないですか。カルテとか持ち物とかに名前書いてないですか?」

 イルーゾォは倒れてる医者の手元の書類を拾い上げてめくった。

「名前はあとでパソコンで確認できる。…お、こいつのじゃないけどどうやらもう一人救急車で担ぎ込まれてるやつがいるみたいだ」

「そっちも行きましょうか」

「そいつのスタンド能力はコピーできたか?」

「ええ。すげー強いですよ。でも脳みそ撃たれちゃな…意思疎通ができないのでこれ以上は…」

「よし。別を当たろう。こっちは名乗るくらいはできる見てーだな。ズッケェロって名だ」

 

 ズッケェロの方は普通の病室に入れられていた。ドアを開けると4つあるベットのうち一番奥に男が寝ていた。ひどく焦燥した様子で寝込んでおり目に包帯が巻かれていた。

「マリオ・ズッケェロか?」

 その言葉にズッケェロの肩がはねた。

「な、なんだ。誰だ?」

「組織のものだ。誰にやられた?目が見えないのか?」

「あ、ああ。なんで組織のやつがここにいるんだ?」

 ブランクはさり気なくズッケェロの手をとり看護師がやるみたいに血管を探すような仕草をして触れた。イルーゾォはわざとらしく親しげにズッケェロに話しかける。

「そりゃお前らと同じ理由だ。その様子じゃポルポの隠し財産はもうブチャラティたちの手に渡っちまったようだな」

「お前ら?ってことはサーレーは生きてるのか?」

「ああ。重体だがな。…で、お前はブチャラティたちの能力を見ただろ?怪我してるところ悪いがちょっと教えてくんねーか」

「あいつらを追っても無駄だ。もう財宝はねーだろうし…チーム6人と1人じゃ勝ち目は薄いぜ」

 イルーゾォは早くもイライラしだしたらしく同情気味の声色を捨て、いつもの調子で喋りだした。ブランクにはズッケェロの脈拍が上がってくのがわかった。

「グダグダ言ってんじゃねーよ。いいから教えろ。わかってる情報だけ端的に言え」

「な、なんだ…?お前ブチャラティに恨みでもあるのかよ?」

「ねーよ。ただこっちは急いでいるんだ。早く言わねーと優しく無くなっちまうかもな」

「お前、組織のもんじゃねーだろ」

「オレの言葉がわかんねーのか?」

 一気に空気が険悪な張り詰めたものになった。イルーゾォはズッケェロに繋がれている点滴を引き抜き目に突き刺した。

「イギッ…!」

「今目にぶっ刺したのは、どーせ使えねー目に対して期待すんのをやめさせたかったからだ。わかるか。また見えるかもっていう希望はよー、あんまりに残酷だからな。…とっととブチャラティたちの能力を言え。オレがまだ優しくいれるうちにな」

「ッ……うう!クソ!あんな噂信じてここに来るんじゃなかったぜ!言うよ、言うとも…!」

 

 

 

 

イルーゾォ :ブチャラティチームの能力がわかった

 

ブチャラティ…ジッパーを出現させ生物、物体問わず切開できる

アバッキオ…過去にあった出来事をスタンドでリプレイする

ジョルノ?…新入り?リストにない。ものを生き物に変えた

 

他のメンバーについては不明。ズッケェロ、サーレー両名のスタンドはブランクがコピーした。なおサーレーの方は拳銃使いにやられている。(グイード・ミスタか?)現場から血液は採取できず。

やつらは本島へ戻った模様。オレらも戻る

 

リゾット :港近辺での捜索をつづけよ。アシの確保を急ぐはずだ

 

イルーゾォ :わかった

 

 

 イルーゾォはネット回線のつながったホテルを取りチームと情報共有した。ギアッチョはペリーコロの部下を一人捕まえ尋問したが何も情報が出なかったらしい。

 リゾットはブチャラティ、ボス間での通信がないか監視しているらしいがボスが果たして直接指令をするかどうか。とにかくほとんど謎だらけだった。

 

「…でも、それにしてもだ。人探しはクソつまらんな」

「ですね。僕も先輩も罠っていうか、先に待ち構えて戦うタイプですしね」

「プロシュートたちもネアポリス近辺に着いたらしい。途中襲われたらしいが、ネアポリス地区の夢見るチンピラで親衛隊じゃなかったらしいぞ」

「は~それは相手が気の毒に…プロシュート兄貴の倒し方なんて不意打ちくらいしか思いつかないな」

「オレのマン・イン・ザ・ミラーなら勝てる。スタンド能力なんて関係ないからな」

「あと勝てるならギアッチョ先輩ですかね?」

「ああ。それか不老不死の究極生命体とかだな」

「それか吸血鬼?」

 

 聞き込みをするにしても深夜では誰も起きてない。朝早く起きるため二人はとっとと寝た。起きてすぐに港のそばのレンタカー店をまわり、盗難車がないか聞き込んだ。存外早くに盗難被害にあった市民を見つけられ、ナンバーを聞き出した。

 

 

 

 とぅるるるるるるん……

 

 

「はい、ブランクです」

『よお。ナランチャ見つけたぜ』

「ナランチャ…ああ。ちっちゃい子ですね。どこです?娘はいます?」

『ちょっと頭使えば港から一晩でいける町なんて限られてるだろーが。お前ら悠長にしてるからダメなんだよ。娘はいない。ナランチャ一人だ。今からとっ捕まえて尋問する』

「大丈夫ですか?」

「ホルマジオだろ。代われ」

 そこでイルーゾォがブランクの手から電話をもぎ取った。

「…ああ。はあ?そんな遠く?チッ…何だったんだよこの朝の苦労はよー…。……わかった」

 イルーゾォは電話を着るとまっすぐ道を進んで、人通りの少ない路地に止まってるワゴンの窓を割り鮮やかな手さばきでにエンジンを繋いだ。

「とっとと乗れ。行くぞ」

 

「なんか僕たち間抜けですね…」

「ああ。でも誰かがやらねぇとな…貧乏くじだぜ。お前疫病神かなんかなんじゃあねーのか。親衛隊にも追っかけられてるしよォ」

「親衛隊は撃破できたしいいじゃないですか。超前進!すごいですよね?」

「何人いるかもわかんねーから安心はできないだろ。そもそもヒットマンってのはしっぽ掴まれた時点で失格なんだが」

「僕の本業運転手だったんで…」

「じゃあ運転するか?おい」

「いーえ。先輩にお任せします」

 

イルーゾォの運転はビュンビュン他の車を追い越していく。彼の運転は荒っぽい。2年前車に乗せてもらったことをふと思い出していると、イルーゾォが口を開いた。

「ホルマジオがやられることは…まああるか。やられてた場合お前はあいつの死体からこっちにつながる物品を回収して燃やせ」

「…やられてる前提で話すのやめましょうよ」

「はぁ?だからテメーは甘ったれなんだって、オレは何回も何回も何ッ回も言ってるよな?なあ。裏切ったって事はいつ誰が死んでもおかしくねえ。それ前提で動くんだよ」

「まあデッドオアアライブなのはわかってます…けど…」

「オレはお前が死のうがホルマジオが死のうがボスの娘を奪還する。そしてボスを倒し、麻薬ルートを奪い、組織を乗っ取る!それが出来なきゃ殺されるんだよ。はじめからあとはねーんだ」

 

 ブランクにはまだあとがある。暗殺チームの人間を殺してボスの前に持っていけば自分の裏切りはなかったことになる。あとはチョコラータに殺されない限りはなんとでもなる。

 ブランクははじめから見抜いていた。ムーロロのゲームはボスを倒すことが最終目標なんじゃない。

 危険な賭けをして生き残ること。生き残って、なんてことはないゲームだったな!と世界を小馬鹿にしてやることが“勝利”なのだ。

 

 でもこの世界は、ゲームボードの上の駒である僕たちには違う。

 

「僕はお金も地位も興味ないな」

 

イルーゾォははあ?という目でブランクを睨んだ。

 

「…先輩たちには悪いですが、この二年間は楽しかったし、こういう毎日がずーっと終わらなく続くのも、そんなに絶望的じゃない。そうやって時間を茫漠とやり過ごすこともできるのに、どうして怒るんですか?」

「ハッ!20も超えてないガキがつまんねえ人生観語ってんじゃねぇよ」

「う…すみません」

「マンモーニ。どんだけナメた人生送ってたんだ?テメーが毎日をやり過ごせねえ程に怒ったことねーのは、テメーがボケっと生きてるからだろ。誇りとかクセーこと言うつもりはないが、そういう生きる支柱みてーなのが傷つけられた時に怒るんだよ。それがわかんねーってことはてめーは今まで誇りなんて感じたことなかったってことだ」

「……誇りですか」

「ねえなら探せ、空っぽ人間。珍しく自分語りしたと思ったらクソネガティブだったんだなお前」

「…なんか恥ずかしくなってきました。はじめからやり直しても?」

「恥ずかしいってなんだよ…巻き添えでこっちもそういう感じになるじゃねーか。クソッ!」

「ウオッ!アクセル踏み過ぎでは」

「飛ばさなきゃ逃がすかもしれねーからなッ」

 

 

 とぅるるるるるるん……

 

「はい、ブランクです」

『ブランク、オレだ。リゾットだ』

「あ、はい。…イルーゾォ先輩、リゾットさんから」

「スピーカーフォンにしろ」

 

「はい。聞こえますか」

『移動中か。ボスからブチャラティたちに指令が行った。いくつかパソコンを中継している。オレは中継点を当たる。お前たちはブチャラティたちが向かう場所へ行け』

「わかった。どこだ?」

『ポンペイだ。細かくは解析できてない』

「わかった、向かうぜ」

『何かを取りに行くよう指示されたようだ。それを回収しろ』

「おう」

 

 イルーゾォは電話を切ってしばらく行くと、ガソリンスタンドで突然車を止め、ブランクを蹴り出した。

 

「はぁっ?!イッテェーーー意味わからん」

「お前はホルマジオんとこへいけ」

「な…リゾットはお前たちって」

「現場の判断優先だ。それにポンペイじゃお前の狙撃はすぐ見破られる。なんもねー平地だしな。他のスタンドも大したもん持ってねーだろ」

「ホルマジオ先輩ならほっといて大丈夫ですよ!」

「あいつが無事ならとっくに連絡が来るだろ。それがねーのはそういうことだ」

「今一番やべーのはボスの娘を追っかけながら親衛隊だとかオレたちの命を狙うバカの邪魔が入ることだ。お前はホルマジオの尻拭いしてこい」

「でも…」

 

 

 イルーゾォはそれ以上聞かずに車を発進させた。ブランクは自分のパソコンを開きホルマジオから連絡がないか確かめた。何もない。

 ホルマジオのいる街までたった5キロだ。ブランクはガソリンスタンド店員が乗ってきたらしいバイクをちょろまかしヤケクソで走り出した。

 

 街についてすぐ、最悪の想定が現実に変わったことを悟った。消防車のランプが街の通りを照らしていて、規制線がはられていた。

 ブランクはそれを無視して一番焼け跡が激しい場所めがけて進んだ。

 制止してくる警官を突き飛ばし、布をかぶった人一人分くらいの塊にかけていく。ガソリンと焦げの匂いがする。かなりの火勢で燃えたらしい。

 布を少しめくると半分焼け焦げた見慣れた服の袖が見えた。

 

「…クソッ!」

「君…その人の身内か?」

「うるっせんだよ!はなしかけんじゃあねえ!!」

 

 ブランクは周囲を見渡した。破壊され黒焦げになった車には弾を撃ち込まれたような跡がある。地面にもいくつか、大きさの異なる穴だ。

 

「マシンガンか…?大きさが違うのは……そうか。先輩のリトル・フィートで縮んだのか」

 痕跡を見つけるために地面に這いつくばるブランクを警官は不気味がって遠巻きにしている。止めるか止めないか、地方ののほほんとした警官には決断できないのだろう。

「あらかた焼けてる…ナランチャの私物でもあればいいんだけど…」

 

 そういうものはなさそうだった。あってもきっと焼けてしまっている。焼けていないとしたら…

 ブランクは立上がり、またホルマジオの遺体へ歩み寄り、布を引っ剥がした。

 

「ちょっと…ッ!」

 声を上げた警官を今度はぶん殴った。

 

「だいぶ焼けてるが…死因はやっぱ弾…かな。どれ…」

 ブランクは息を止めてホルマジオの服を弄った。割れて壊れてるが携帯と、部屋の鍵を回収した。財布も半分焼けてて、こちらが処分するまでもないほど損傷している。鍵だけ回収し服をもとに戻す。

「ん…?」

 そこでホルマジオの口の中に何か、紙のようなものが入ってるのを見つけた。ブランクは数秒だけ悩み、皮膚が焼けて肉が剥き出しになった口をこじ開けた。歯だけがやたらとキラキラ真っ白く輝いていてなんだか冗談みたいだ。

 

喉の方まで突っ込まれたぐしゃぐしゃの紙を引っ張り出し、口を元どおり閉じ、慎重に広げる。

 

「これ…は…地図か?」

 

 半分焼けてるが間違いなく地図だった。ペンで印がつけてある。

 

「先輩…」

 

 ブランクは立上がり、遺体にまた布をかけた。

 そして怒り狂って突っ込んできた警官をもういちどぶん殴り、バイクにまたがる。

 

 

とぅるるるるるるん……

 

『ブランクか?』

「はい。リゾットさん、娘が今いる場所を突き止めました!あ、ホルマジオ先輩がなんですが…っていうかホルマジオ先輩殺されてました」

『そうか…』

「えと、先輩が地図を入手してました。僕はそこに向かいます。街から東南40キロのぶどう畑農家です」

『わかった。…イルーゾォはポンペイに着いたそうだ。お前も用心しろ。娘を奪還するのが不可能な場合決して目標を見失うな。今メローネがそっちへ向かってる』

「わかりました」

『無理はするな。お前の戦い方はスタンド使い複数相手に立ち回れるものではない』

「わかってます。わかってますが…」

『絶対に見失うな』

 

 

 ブランクはフルスロットルで畑を駆け抜ける。死体のことなど考えないようにして。

 

 


 

「ふうん…ティッツァーノとスクアーロ、舐めてかかったようだな」

 

 ホルマジオが潜伏していた小さな街、そこの死体安置所でチョコラータはつぶやく。死体安置所には生きてる人間が一人もいないから自分のスタンドはほとんど役に立たない。だが少なくとも居心地は良い。

 

 蛍光灯が切れ掛かってるし冷房も切れかけてる寝心地の悪そうな死体安置所。二人もこんな場所で徐々に腐ってくハメになるとは思ってもなかっただろう。

 

「で、お前はこの二人の死体を回収してどこに持ってくつもりだったんだ?」

 チョコラータは上半身だけになった黒服の男を蹴り飛ばした。返事もうめき声もなく妙に思い、足でそれを裏返す。すると舌を噛み切って自殺していた。

「まったく。この根性のなさ…誰かに頼まれた下っ端にしても構成員の劣化はここ二年でずいぶん進んでしまったようだな…さて」

 

 チョコラータは死体をそのままにして出ていく。青空は高く、風は爽やかだ。そんなの特にどうってことも思わないが…。

 

とぅるるるるるるん……

 

「チョコラータ」

『もしもし。ドッピオです。今どこにいるんですか?』

「どこだっていい。仕事なら言われたところに向かう」

『今、何をしてるんですか?』

「何だっていいだろ」

『……あなたがしてる事はボスへの背信行為とみられても仕方がないですよ』

「そうか?心外だな。ブランクよりは忠実だよ」

『ブランク?どうして急に彼の名を』

「あのガキは裏切ってる。リゾットを殺そうともせず他のメンバーといきいき戦ってるようだよ」

『なぜあなたがそれを?』

「わたしは彼とよく会っていたからね」

『なぜそれをぼくに言わなかったんですか』

「言う必要がないからだよ。…ドッピオ、なぜブランクと接触するのをずっと避けてたんだ?あいつ、明らかに二年前と変わったが」

『………』

 

 チョコラータは内心でこの反応に満足していた。ドッピオがブランクと会うのを拒む理由がわかりかけてきた。

「あいつなんかに仕事を任せるのはやめたほうがいいと思う。どうだろう。暗殺チームはわたしが殺すというのは」

『だめだ。チョコラータ、あんたの能力は封印しろとボスから指示されてるはずだ!』

「じゃあボスに問い合わせておいてくれ。…わたしの勘だとすぐにオッケーするさ。ボスならね」

『…………わかった。また、連絡する』

 

 

 

 

 



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マンハッタン・トランスファーVSセックス・ピストルズ

 ぶどう畑を吹き抜ける爽やかな風を感じながら、グイード・ミスタは空を流れる雲を見ていた。穏やかで気持ちのいい天気だ。状況が状況でなかったら今日は日が暮れるまでのんびりしていたかったがそうも行かない。

 ミスタは伸びをした。車のそばで立ちっぱなしであたりを警戒しているのだが、こう天気がいいとどうも眠くなる。二階の窓からトリッシュも空を眺めてるのを発見した。

 ボスの娘ってだけで危険に巻き込まれて気の毒だが、もしかしてこれからすっげー金持ちになれるかもしれないわけだし、ちょっと羨ましい。

 

 アバッキオ、フーゴ、ジョルノがボスからの司令に従いポンペイに出てる間、ミスタとナランチャが周囲を警戒している。

 ナランチャは消耗していたがアイツのスタンドが一番索敵に優れているので踏ん張ってもらった。

 ナランチャを襲ったという暗殺チームのやつはその場で死んだし仲間とも連絡をとってないとは言っていたが、油断はならない。

 

「ふぅー…ここでとれたワイン、どんな味がするんだろーな」

 

 なんて独り言をつぶやいてまた空を見た。

 ふわ、と綿毛のようなものまで飛んている。春の風だ。

 

「…綿毛?」

 違った。それは綿毛なんかじゃない。妙な形をした謎の浮遊物だ。

 

「ッ!」

 

 ミスタは銃を抜き二発即座に撃った。音を聞きつけブチャラティが飛び出してくる。

 

「どうした!ミスタ」

「な…あたんねーだと?!」

「あれは…スタンドか?」

 

 ブチャラティもすぐふわふわ浮いてる妙なものに気づき、目を細めた。スタンドはここから5メートルくらい上空でふわふわ浮いているだけだ。

 

「トリッシュ隠れるんだ!下へ降りてこい!ナランチャッ!あたりに敵は?!」

「えっ…そんなのいないぜブチャラティ。人間の呼吸の点なんて、少なくともここ30メートル付近にはない!」

「範囲を広げてくまなく探せ!敵スタンドの姿が見えた!これは…遠隔操作型、なのか?なんもしてこないようだが…」

「こいつ、かなり精密に動いてるぜ。オレの弾を二発避けやがった」

「本体はナランチャも見つけられてない、ここから100メートルは離れた場所にいるはずだ。弾丸が見切れるということはスピードもあるかもしれない。気をつけろ!」

「チッ…ナランチャ!あのふわふわ浮いてんの撃ってくれ」

 ミスタの怒鳴り声に家の裏口からドタドタとナランチャが走ってきた。

「どれだよ!スタンドじゃ見なきゃわかんねーじゃねーかー!」

「こっち来いって!玄関の方に浮いてんだよ!」

「どれ…あ、あれか」

 

 ナランチャが。だがその瞬間

 

「あ」

 

 ナランチャの左腕が爆ぜた。肘の少し上あたりで皮膚と筋肉が弾け、血が吹き出した。骨が露出し血がどくどくと流れ出し、ナランチャは目をまんまるにしてぶらんと垂れ下がる前腕を見ていた。

 

 そしてそれに遅れて銃声が轟いた。

 

「攻撃だ!物陰に隠れろ!」

 

 ミスタが叫び、ブチャラティがジッパーで無理やり傷をつなげたナランチャを家の中にぶん投げた。

 その間にもう一発、ブチャラティのふくらはぎを掠め肉を大きく削いだ。

 

 ミスタは転がり、玄関をくぐってドアを閉めた。

 

 そして連続して4発、銃声と何かが破裂するバスッと言う音がした。

「おそらくガレージの車を撃ったな…オレたちの車じゃないが、いざってときのアシがなくなるのは困る…」

 

 さらにもう一発銃声がして、ドアの止め金が破壊された。軋む音を立ててドアがゆっくり開く。

 

「お、オレの腕ッ…!どーなってんだよ!ブチャラティ〜…」

「クソ、ジッパーで繋いではいるが吹っ飛んじまった肉が多いな。ミスタ、なにか縛るものを」

「チッ…この威力は軍用ライフルか?スタンドじゃあねえよな…」

「ああ。ナランチャを撃ったのはスナイパーだな…。この家の玄関から真正面、手前の丘の上の森だろう。だがガレージは反対側だ。どうやって狙撃でパンクさせた?」

「妙なやつだぜ。だがライフルとは困ったな…襲撃にしちゃちと正攻法すぎるぜ」

「ああ。オレのスティッキー・フィンガーズでもあの速度の弾を見切って止めるのは不可能だ。だがあっちが動く気がないのならこの家で耐えてジョルノたちの帰りを待てば…」

 

 きぃいー……

 

 と、軋んで開いたドアの向こうから、例の浮いていたスタンドがふわりと侵入した。

 

「ッ…きたぜ…」

「……ナランチャ、おい。エアロスミスは出せるか?」

「う、うう…うん」

「あれを撃て。…見えるか?」

「ああ。わかった、チクショーッ!ブチャラティ、超いてぇーよォ」

「すまない。踏ん張ってくれ」

 

 ナランチャのエアロスミスが機銃でスタンドを狙った。

 

「エアロスミスッ!」

 

 だがエアロスミスの掃射さえも、まるで風に煽られとんでいく羽のようにキリキリ舞いして避けていく。

 そして掃射が終わった途端また銃声がした。

「うっ!」

 ナランチャのスタンドを弾丸が貫いた。だが実弾はスタンドに傷をつけられない。

 

「今の軌道…ドアの外からじゃ当たるわけがない。あのスタンドが射撃を中継しているのか?」

 

 銃声。

 そしてドアの丁番のあたりに大穴が空き、がたんと音を立てて入り口から中が完全に丸見えになった。

 

「わざわざドアを開けたか。ミスタ、もう一発撃ってくれ」

「おう!」

 

 ミスタはまた一発撃つ。スタンドは風に吹かれるように弾をかわし、また同じ位置に漂った。

 

「違う、ミスタ。このスタンドは操作で避けてるんじゃあない。ようやく確信が持てた。やつはおそらく気流を探知してる」

「なんでわかる?」

「撃たれた直後、あのスタンドは螺旋状に回転して舞い上がった。弾丸はジャイロ回転している。その風を読んだんじゃないか」

 

 だとしたらナランチャの掃射の気流も読んで避けたというのか。ならばドアを開けたのも空気の出口を一箇所作り、気流をより探知しやすくするためか。

 

「トリッシュの安全が最優先だ。キッチンから迂回して階段に行き、彼女を保護する」

「あ、ああ」

 ミスタは丘の向こうに見える木々を見た。あの影になってるとこの何処かに狙撃手がいる。新たな追手が…

 


 

 

「チッ…便利なスタンドだな……」

 

 ブランクはナランチャの腕を即座に繫げたブチャラティのスタンドを見てイライラしながら呟いた。

「殺すなら…ドタマに撃たなきゃだめか……」

 三人が物陰に隠れたのを見て次弾を装填し、まずはマンハッタン・トランスファーの射撃中継を利用し車を潰した。

 

 そして次は中継なしにドアに狙いを定めて撃った。ドアが壊れ、マンハッタン・トランスファーの入れる隙間が開く。

 ナランチャのスタンドを撃ってみたがエアロスミスに実弾は効かないためブランクには排除することはできない。

 

 

「だがこれでナランチャは相当呼吸が乱れた。彼の呼吸は目印になる…怪我人っていうのは一番使える足かせだな」

 

 ブランクはもう一発ドアに撃ち込み、玄関の風通しをよくしてやった。

 

 ブランクがいるのはブチャラティの読み通り、家の真正面およそ200メートル。なだらかなぶどう畑の丘の上にある森だった。

 ブランクはボルトを引き次弾を装填する。

 

 勝機はある。

 

 リゾットは追跡するだけで十分だとか言ってたがそんなわけがない。あいつらはホルマジオを殺した。

 そんな奴らが分断されてる好機に付け込まないなんて間抜けすぎる。

 車の轍から家を確認し、窓から空を眺める女の子を見つけたときにブランクはすぐ決断した。

 

 イルーゾォ先輩がポンペイでやりあってるうちにブランクが残り三人を片付ける。イルーゾォが3、ブランクが3。娘を確保する栄光はブランクのものになってしまうが、半数わたせば先輩の顔も立てられていいじゃないか。

 

 何より、ホルマジオが残した手がかりを無駄にしたくなかった。

 

 

 気流が僅かに変化した。ブランクは目を閉じスタンド越しに風を感じる。ブランクの読みの精度は師匠より遥かに劣る。だが家の中の気流ならばいくらか読みやすい。

 

 ブランクは引き金を引いた。マンハッタン・トランスファーの中継により弾が着弾する。

 

「……ん?誰も…当たってないか?…微風。微風だ。腰くらいの高さから…風が出てるのか?いや。下向き…下向きの水流。水道を流した?なんのために…」

 

 ブランクは目を凝らす。精度不足を目で補おうとするが流石にうかつに姿は見せない。だが目を開けたら開けたで気流以外の余計な感覚がノイズになる。

 闇雲に一発撃つか?だが盲打ちしたらこちらの精度それ自体が良くないことが悟られてしまう。

 

「………階段の上…クソ。上がられたか」

 

 

 

 

 マンハッタン・トランスファーがまたふわりと動いた。

 

「ブチャラティ!スタンドが反応したぞ!」

 

 ミスタが怒鳴った。

 さきほどキッチンから走り出したときに撃たれた弾丸はブチャラティの頬をかすめただけだった。ブチャラティは上に向かおうとするとき、キッチンにあるガス栓をすべて開け、排水管を破壊した。

 ダメ元だったが狙い通り気流の流れが読みにくくなっているらしい。

 

 銃声が轟いた。

 

「ウオッ…!」

 

 またもライフル弾がスタンドを中継して飛んできた。だがガスのおかげで狙いが逸れている。弾丸はブチャラティの頭から五センチほど離れたところを通過して壁を破壊した。

「トリッシュ、部屋から出るな!毛布が何かをかぶれ!今行く…!」

 

 

 

 

「チッ…」

 

 ナランチャがまたエアロスミスでマンハッタン・トランスファーへ掃射する。弾もスタンドとはいえ動くものには必ず気流が発生する。マンハッタン・トランスファーにとってそれを避けるのは造作もない。

 

 ブランクはブチャラティを狙うのをやめる。娘に誤射するリスクは取れない。

 

「先に下の二人だな」

 ボルトを引き薬莢を排出した。次のために弾をつまむと、指がぶるぶる震えてるのがわかった。

「……」

 次弾装填。スコープを覗き、同時に気流を感じる。ナランチャの呼吸はすぐに見つかる。もう一つの呼吸はおそらくミスタというガンマンだ。

「怪我人は…半殺しで囮にする。狩りの鉄則だよ、グイード・ミスタ…ッ」

 捉えた。妙な気流を無視して荒い呼吸とすぐそばの呼吸に集中すれば絶対に当たる。

 

 ブランクは引き金を引いた。

 

 そしてマンハッタン・トランスファーがミスタとブランクの射線をつないだそのほとんど同時に、ナランチャはエアロスミスでキッチンの天井を撃ちまくった。

 

 

 

 

「ぁ…ッ?!」

 

 ブランクは引き金を引いたまま身を硬直させた。

 

「が…あアァ…クソッ………!あいつらッ」

 

 ぶどう畑の向こうに見えるブチャラティたちの潜伏する家。その家の一階は今火に包まれていた。

 

「キッチンをガス爆発させたのか…ッ!マンハッタン・トランスファーごと!つーか自分ごと!ば、馬鹿じゃねえの?!」

 

 ブランクは身体を起こし上着を剥ぎ取るように脱いだ。左上半身にスタンドからフィードバックされた火傷ができている。

 マンハッタン・トランスファーは爆発の寸前、空気の収縮を探知し反射的に空いてるドアから逃げようとしたはずだ。だからガスで満ちた天井付近にいたにもかかわらずこの程度の怪我ですんでいる。

 だが4つある羽のうち一つがやられた。もう気流を正確に読むことはできない。

 

「クソッ…!」

 

 ブランクは地面から起き上がりスコープで家の様子を見た。

 玄関から男が走って出てくる。帽子とセーターがぼうぼう燃えているのに全速力だ。グイード・ミスタ、拳銃使い。

 

「正面突破だと…舐めんな!」

 ブランクは立ったまま次弾装填し引き金を引く。だが

「ッ…!」

 痛みだ。痛みで筋肉が引きつって狙いが逸れた。

 

 なんということだ。師匠の金言をここに来て忘れるとは……!

 

 弾はミスタの脇の下を抜けて地面に当たる。土煙を巻き上げ、ミスタは咆哮してこちらに銃口を向けた。そして1発撃った。

 

 だがブランクとミスタの距離はおおよそ100メートル。拳銃の弾丸は100メートルじゃあまともに標的に当たりはしない。

 ブランクはかまわずすぐ次弾を装填し、スコープを覗く。

 

「コイツ油断シタゼ!」

「100メートルクライオレタチノチームワークデ余裕デ届クッテーノニヨ!」

 

「こっ…これは……」

 

 声だ。変なピーピー高い声が聞こえた。

 その瞬間、スコープが、目の前が真っ暗になった。そして頭にものすごい衝撃が走り、身体が後ろにのけぞった。

 

 

 

 

 

「…やったか」

「完璧ダゼ〜ミスタ」

「右目にシッカリブチコンデヤッタ!」

「ヤロー間抜ケヅラシテタゼェー!」

「さすがだぜピストルズ!」

「スナイパーナンテオレタチノテキジャナイゼー!イェーイ」

 

 ミスタはまだ燃えてる左肩をパタパタ叩いて火を消した。

 

「クソッ…黒焦げじゃあねえか。昨日の傷も満足に治ってねーっていうのによォ〜…」

 

 キッチンを爆発させるというのはナランチャの案だった。ついさっきも街中に火をつけまくったヤツらしいイカれた発想だが、それに乗るミスタも大概なもしれない。

 ガスは普通の空気と重さが違い、上に貯まる。そこで上に行くブチャラティへの狙いを反らせ、当たらないからと狙いを変えたスタンドごと爆発させる。

「ナランチャも実は賢いのかもしんねーな」

 だが結果的にもくろみは見事成功だ。トリッシュもまあ、怪我はしているかもしれないがブチャラティはなんとか二階についたようだし大丈夫だろう。

 死体を確認しに行こうとすると、ブチャラティが二階の窓から叫んだ。

「ミスタ、すぐにここから出るぞ!敵は一人とは限らん!」

「わかった!」

 ミスタは森を一瞥し踵を返した。ピストルズが右目に打ち込んだというのなら生きちゃいないだろう。

 

 トリッシュはかわいそうに、怯えていた。だがどっちかというと焦げ焦げのミスタとナランチャに対して怯えているように見えた。

「畑を抜けて車道沿いに走るぞ。ジョルノたちももう戻るはずだ。合流して即ここから逃げるッ!いいな」

 

 


 

 

 メローネはバイクから降りてぶどう畑まで燃え移った火事を眺めた。

「派手にやったな…」

 そしてバイクを降りて玄関付近の血溜まりから血液を採集した。ついでに指でその血をすくいベロリとなめた。

「AB型、血が薄い。怪我をして消耗してるな。…という事はホルマジオと戦ったやつ…ナランチャの血か。よーしよしよし…」

 ぶっ壊されたドアから家の中を覗いてみた。かなり火が回ってて血を採取するのは無理そうだった。

「だがこれでジュニアが生産可能になったな。勝ったも同然だ」

 

 メローネは立ち上がり、最後にブランクと連絡したときに聞いた『家のそばの丘の上の森』を見た。

 

 逃して、現場は火事で、連絡なしってことは…

 

 メローネは薄々だめだと思いながらも森に向かった。その森の入り口、ブランクが仰向けでぶっ倒れていた。スナイパーライフルが投げ出され割れたスコープのガラス片が飛び散っている。

 

「おいおい、ライフルで拳銃使いに負けたのか?ブランク」

 

 メローネは呆れながら死体から携帯を取ろうと服を弄った。胸ポケットに手を突っ込んだとき、ブランクの手がメローネの手首をガシッと掴んだ。

 

「違う…スタンド勝負で負けたんだ」

「うわァあーーッ?!」

 

 メローネは思わず悲鳴を上げて尻もちついてしまった。ブランクは右目から大量に出血しているが生きていた。

「お、お前は…生きてるなら早く言え!」

「今…起きた…」

「てっきり脳天を撃ち抜かれたのかと思ったが…それ、どうなってるんだ?目は潰れてるのか?」

 

 ブランクは右目に恐る恐る手を当て、傷を確認した。弾丸は眼球を潰している。だが、そこで完全に固定されている。

 カプリ島でコピーしたサーレーという男のスタンド、クラフトワークだ。真正面から撃たれ、弾丸が眼窩に侵入した時にとっさに固定できていたらしい。

 マンハッタン・トランスファーが焼かれ、一度能力を解除したのが幸運だった。

 

 幸運…。

 

「右目は潰れましたが…それ以外は元気です。…あ、なんか火傷がすげー痛くなってきた…」

「はあ…生きてるならとっとと行くぞ。ナランチャの血液を採取した。母親を見つけて産ませなければ」

「………すげー…気分悪い。痛いし…」

 

 ブランクは上体だけ起こし頭を抱えて蹲った。メローネはため息を付き背を向けてブランクに告げた。

 

「…落ち込みついでに教えるが、イルーゾォも殺られた。ここでボーッとはしてられないんだよ、来い」

 

 

 ブランクはおもむろに起き上がり、自分の右目におもむろに人差し指と中指を突っ込んだ。

 

「いッ……!」

 

 ブランクの声に振り向いたメローネはそれを見て顔を引きつらせた。

 ブランクは目に突っ込んだ指を数回掻き回し、抜きだした。血まみれの二本の指の間には弾丸が挟まっていた。

 ブランクはそれを茂みに投げ捨て、フラフラしながら立ち上がる。その形相は血塗れなのも相まってこの世のものじゃないみたいだった。

 

 

「……早く来いよ」

 

 メローネはその姿を見てからすぐに背を向け、ぶどう畑の向こう側に停めてあるバイクの方へ歩いていってしまう。

 ブランクは地面に落ちたライフルを拾い上げ、背中に背負った。バックパックも担いでふらふらした足取りで畑を抜けた。

 

 悔しい。

 

 悔しいだけじゃない。なんか暴れたいほどの気持ちが胸の上側にたまってくるし、喉がしまったみたいに苦しくなるし、潰れた眼球から血となにかよくわからない液体がぼたぼた流れてくるのが気持ち悪い。

 ムーロロの“とりあえず生き残れ”という命令は結果的に守れたが、自分はあのとき…ナランチャを撃ったとき、そんなものはどうでもいいと思っていた。

 

 僕は僕のために引き金を引いていた。

 

 僕は…怒りを感じているのか。

 

 

 

 

 ブランクは血を拭ってメローネのバイクの後ろに跨った。

「ほら、とりあえず止血しとけ。オレの服に血がつくからな」

「どうも。……うわ、これ先輩のマスクじゃないですか。ペアルックになるじゃないですか。キツイな…」

「お前だんだん無礼になっていってるよなぁ…」

 

 そしてメローネはスタンドを蹴り、エンジンをかけた。

 

 

 

 

 

 



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ベイビィ・フェイス:フィレンツェ行き特急

 ブランクはメローネの背中にもたれ眠り込んでいた。だがけたたましい着信音とメローネの呼び声で目を覚ました。

「おい。おいブランク。電話出てくれないか」

「あ…はい……」

 携帯電話の着信音が聞こえる。メローネは運転中で出られないためブランクはメローネの体を弄り携帯を探した。

「バッ…お前!セクハラだぞ。携帯ッつったら普通ケツポケットか胸ポケットだろ」

「だって先輩の服普通じゃないから…あ、ありました。出ちゃっても?」

「頼む」

 ブランクはスピーカーフォンにしてから電話に出る。

「はい。…もしもし、ブランクです」

『プロシュートだ。ブランク、お前よく生きてたな』

「プロシュート兄貴ぃ…!」

『今ブチャラティたちが乗り込んだと思われる電車に乗った。姿は捜索中だ。6番線.35分発のフィレンツェ行き特急だ。ここでケリをつける。いいな』

「流石です兄貴!」

『お前たちはとにかく列車を追いかけろ、いいな』

「ブランク、受話器俺の口に当ててくれ。おいプロシュート?オレとブランクはもう駅だ。次の特急に乗り、ナランチャの血液からジュニアを作り追跡させる」

『作っても無駄かもしれないぜ。今からザ・グレイトフル・デッドを使う。逃れられるわけがない』

「娘が手に入るなら何でもいいさ。では」

 ブランクは電話を切って元の場所(メローネの尻ポケット)に電話をしまった。

「ネアポリス駅についたらダッシュだ」

「了解」

 

 


 

 ローマ行き特急の個室は乗ってる時間に対してフィレンツェ行きと比べるとやや割高だ。だがそれでも一般客室なんかよりもよっぽど快適で、何より横に他人が座らないのがいい。

 

「はあ…」

 

 女はタバコを吸いながらイライラして時計を見た。出発時刻ぴったりにでてくれないと取引先とのディナーに遅刻してしまう。

 

「糞交通会社…早くしろっての」

 

 まだ長いタバコを灰皿で押し消すと、ふいに声をかけられた。

「君、健康状態は?」

「………えっ?」

 

 いつの間にか対面の座席に男が座っていた。奇妙なマスクをつけた気味の悪い男が。背筋に悪寒が走った。身の危険を感じ、体をのけぞらせ窓際にへばりつく。

 

「あ、あんた…いつの間に入ってきたのよ。鍵、かかってなかった…?」

「良好ですか?なにか生年月日を書いてあるものは…と」

 男は無遠慮に荷物をあさり財布の中から運転免許証を出した。

「ちょ、ちょっと!やめなさいよ!」

「1970年2月2日生まれ。31歳か。適齢期から考えると少し高齢だがまあいいだろう。ちょっと失礼」

「ヒィイ?!」

 男はついさっきまで女が吸っていたタバコをとって、フィルター部分をぺろりとなめた。

「血液型はB型。タバコも重いのを吸ってるな。ディ・モールト!非常にいい!酒やドラッグはやってるか?やってるともっといいんだが…」

「な、何?!あんたなんなの?!け、警察に訴えるわよ」

「シィー…ちょっと黙って、質問に答えてくれないか?これが最も大事な質問なんだ。君はどれが好みなのかな。何事も楽しまなきゃいけない。重要なのは()()()()なんだ。1500年前のインドの『カーマスートラ』という本には48以上の“仕方”が載ってるそうだ。立派な〝子供〟を産むための始まりには、とってもとっても重要なことだもんな…」

男はパソコンのディスプレイを広げ、女に画面に映る表を見せた。

 

 そこには一面、細かく違うキスの方法の図が並んでいた。

 

「ヒィ……い、いやぁーーーーッ!」

 

 


 

 

「本当に先輩の能力ってどうかと思います」

 ブランクはメローネが客席に帰ってくるなり言った。だがメローネは全然気にしてなさそうだった。

 

「ああ?だがこれほど強い能力もないだろ?ジュニアがやられてもオレにダメージはない。むしろ大変なのは産むことなんかより"いい子"に育てる事だ。教育っていうのは本当に本ッ当に大切なんだからな」

 

 そう言ってメローネは情操教育セットを取り出し出産に備えた。ブランクは向かいの席で窓にぐったりもたれかかりそれを眺めた。

 目が潰れてしまったせいか体が熱っぽい。メローネが女性を襲ってる間に水と解熱剤を買い込み飲みまくったがそう簡単に体は回復しなさそうだ。

「僕…ちょっと寝ていいですか?」

「ああ、勝手にしろ」

 

 

 ブランクはすぐに眠りに落ちた。

 そして夢を見た。

 

 

 

砂漠で、誰かと手を繋いで歩いてる

まっすぐなのか曲がりくねってるのか、砂しかないからわからなかった

手の主を見上げると、まだ16歳くらいの色素の薄い髪をした青年がいた

目の下に入れ墨があって、肩にはライフルをかけている

何かを僕に話しかけてるけど、言葉が違うからわからない

僕は自分の手をすっぽり包んでいる手のひらをずっと指先で触ってた

タコのできた硬い手だ

僕が知ってるどの手とも違う感触をしていた

僕が知ってるのは恐怖に凍える手のひらだけだった

 

冷たい鉄のドアと岩、乾いた冷気

砂漠は真逆だ

 

僕はきっと、嬉しかった

師匠と手を繋いで、道のない砂の海をさまようのが

言葉を教えてもらうのが

言われたとおりにやって、褒められることが

選んでくれたことが

 

本当に嬉しかったんだ

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 蜃気楼に包まれてるみたいなふわふわした心地だ。ブランクは寝返りを打とうとして、ここが列車の座席だったことに気づき思いとどまった。

 意識が少し現実に戻ってくると、メローネの声が聞こえた。

 

「こらこらジュニア、その子は殺しちゃいけないぞ。あくまで予行演習だからな。……うんうん、偉いぞ」

「え…?何…ジュニア?産まれたんですか」

 ブランクは半分寝ぼけながら質問する。すると

「おっとブランク、慎重に動けよ。今ちょっとお前で練習してたから…もしかしたら()()()()()()やってるかもしれない」

「は?…え?練習?何?」

 

 ブランクには言ってる意味が全然わからず困惑した。メローネの忠告に従いゆっくり起き上がると、ベイビィ・フェイスから生まれたらしいスタンドがメローネの足元からこちらをじっと見ていてギョッとする。

 そんなブランクを見てメローネは拍手をした。

 

「おお〜ちゃんと生きてるな!じゃじゃーん!なんとお前は一度テーブルに組み替えられてたんだよ!だがこの通り生還だ!偉いぞベイビィ・フェイス。今回のジュニアは優秀だ!」

 

「シンプルに殺意を感じる」

 

 ブランクは唖然としながらジュニアを褒めまくるメローネを見た。めちゃくちゃ嬉しそうだ。

 

「よし、トリッシュはこんなふうに、絶対に生かして連れてこなくっちゃあいけないからな。これで本番もバッチリだろう。精密性Bってところだな」

 

 ジュニアも過剰に褒められてニヤッと笑っている。幸せな親子みたいだが、ブランクは自分が過去最高の命の危機に瀕していた事にゾッとして全然微笑ましい気持ちになれない。

 

「本気で…本気ですか?え?僕たちって仲間ですよね?」

「ああ。だがお前は拳銃使いなんかに目を潰されて負けた。はっきり言って戦力外だろう?だったらオレの荷物持ちに降格だ」

「なっ!バカ言わないでください。僕はまだ……戦えますよ。両手をもがれたわけじゃない!」

 

 ジュニアは褒められたあと、また何か別の物質に自らを組み替え、視認が不可能になった。こうなるとメローネのベイビィ・フェイス本体でしか意思疎通ができない。

 

 

「じゃあなんで負けた?」

「それは…」

「簡単な話だ。お前は暗殺者ではなく狙撃手として戦ったからだ。自分の十八番を使うのはいい。だがナランチャを即死させず、スタンドの能力を考察するすきを与え、最後の最後で胆力で負けた」

「ッ…確かにナランチャを目印に使うべきではありませんでした。いえ、もっと言うなら先に見えていたグイード・ミスタを殺すべきでした」

 

 ブランクは右目が痛むのを感じた。

 慚愧に耐えないという言葉が頭に浮かんだ。そう、自分は今、自分の行動を恥じている。

 

 あの襲撃はスタンド使いの戦いとしては二流以下だった。狙撃手として師匠から学んだ知識と技術はあくまでも"狙撃手として"の戦い方だった。射撃衛星としてのスタンドは銃のアタッチメントにすぎないと。

 だが結果的にその考え方は左半身のやけどを招き、やけどのせいで仕留められる時に獲物を仕留め損ね、右目まで失う結果を招いた。

 

 

「ホルマジオは2年間お前に何を教えたんだか。やっぱり“教育者”としてならオレの方が優秀かもな」

「ッ…先輩は…悪くないです。僕が愚かで弱かった。…それだけの、話なんだ!」

 

 ブランクはメローネがくれたマスクを剥がし、目に当ててたガーゼを剥がした。ミネラルウォーターをかけて乾いた血を落としもう一度マスクを巻き直す。

 そして黙々と分解したスナイパーライフルの整備を始める。

 

「…フン」

 メローネは拗ねた子供を見るようにブランクを一瞥し、ベイビィ・フェイスに表示されるジュニアとのチャット欄へ目をやった。

 メローネはずっとカタカタやってジュニアとやり取りしていた。ジュニアはいうなれば受肉したスタンドなので一般人にも見える物質だ。

 ブチャラティたちの乗る時速150キロで走行する列車に追い付けるはずもないので今は車内のどこかでスタンバイ中だ。

 

 

「……僕どれくらい寝てたんですか?」

「30分ほどだな」

「たったそんだけか…」

「ああ」

「……メローネ先輩って全然僕に興味ないっすよね…」

「え?いや、あるぞ。お前の身長体重、取れるときは食事のデータもちゃんと記録してある。ジュニアはたいてい成長期になる前に消滅させるから、それくらいの時期の子供はあまり観察できないしな」

「え…うそ…ひく…」

 絡んでくるブランクにメローネは面倒くさそうな表情をした。

 

「なんだ?暇なのか?しょうがないな、ほら、一冊貸してやるよ」

 メローネはジュニアの教育に使った絵本の一冊をブランクに渡した。ブランクはとりあえず受け取る。『ちきゅうのどうぶつ アフリカへん』だ。

 

「わー…動物さんの絵本だ…」

「役立たずになったブランクくんはどの動物さんが好きかなー。ブランクくんにはライオンさんと違って牙も爪もないけどどうやって標的を殺せばいいのかなぁ?」

「うっ…ぐす…ホルマジオ先輩に会いたい!昨日今日で目も耳も失くした!そのうえこんな先輩のカバン持ちになるなんて殺されたほうがマシだァーーッ!」

 ブランクは絵本を床に叩きつけて座席に寝っ転がってジタバタした。メローネは更にめんどくさそうに窓枠に肘を突き、暴れるブランクを見た。

 

「ったく…やかましいな。話したいなら勝手に話せばいいだろう」

 ブランクはジタバタをやめるとメローネからそっぽを向いて話し始めた。

 

「メローネ先輩はホルマジオ先輩とイルーゾォ先輩がやられてなんとも思わないんですか」

「はあ?そりゃ思うだろ。お前より付き合い長いんだからな。だが泣くのも喚くのもボスの全てを奪ったあとでだ」

「……もしできなかったら死ぬだけ、ですか」

「ああ」

 

 ブランクはついさっき見た夢を思い出し、ぽつりと独り言のように呟いた。

 

「…僕の師匠は、何が何でも生き残れと言ってました」

「師匠ってマンハッタン・トランスファーの本体か?」

「はい。師匠は復讐のために僕を連れ回してました。復讐は、生き延びてこそ復讐です。だから必ず生き残れるよう立ち回れと」

「へぇー…」

「でも僕には復讐すべき相手なんていませんでした。だから言われるがままに師匠の言うことを聞いてました。復讐がなんなのか僕にはどうでも良かったんですが、師匠のためにはなりたかったし」

「ふーん…」

「でも今日…急にいろいろ感じました。いや、二年前から今日まで、感じていることに気づいてなかったんです。僕は…」

「おっ!ジュニアがブチャラティたちの列車を捉えたぞ」

「えぇ…うそ……この人ぜんっぜん聞いてなかったの…?」

「速度が落ちて追いつけると判断したな。列車はじき停止する。行け、必ずトリッシュを捕らえろ」

 

 バシッと音を立てて窓があいた。ジュニアが出て行ったんだろう。ジュニアが乗っていくのは競技用のラジコンヘリだ。

 ラジコンとはいえ最高時速は150キロを超える超ハイエンドな機体だ。だが長距離飛行には耐えられない。故に今、最後の追い込みで最大の成果を得られる乗り物だ。

 

 

「あ、悪いな。続けていいぞ」

「いや…いいです…もう…」

 

 ブランクは頭を振って気持ちを切り替えた。そして自分のズボンのポケットからカプリ島でコピーした『ソフト・マシーン』で空気を抜いて折りたたんでいたメローネのバイクを取り出した。

 

「僕がまだ戦えるって証明しますよ」

 


 

 

 ジョルノは朦朧とした意識の中、天井から聞こえてくる音を聞いた。

 

 

 ブチャラティが戦っている。老化した身体は重すぎる。どう頑張っても指先を動かすのがやっとだ。

 ガシャン、となにか金属製のものが落ちる音が聞こえた。

 

「何…?」

 

 トリッシュの声がした。

 声の方を見ると、そこには誰もいなかった。

 ジョルノはそれが見間違いかと思った。だが確かに、トリッシュが消えた。外に出たのか?まさかとは思うが…

 

 いや、違う。そんなはずがない。まだ列車の振動が亀越しに感じられる。釣り竿の男が亀を奪ったとかそういうのじゃあない。天井は変わらず運転席のままだ。

 

「ま、さか…」

 

 

 

 

 

 

 今にも夜闇に消えそうな黄昏の中、二人の男が対峙している。損耗したブローノ・ブチャラティ。そしてビーチ・ボーイを携えたペッシだ。

 

 

「なぜさっきお前の心臓の動きを見失ったのか…わからねーが……全てはオレがオメーに兄貴への償いをさせる事でオレたちの『任務』は終了するッ!」

 

 ペッシは顔の前にビーチ・ボーイを構えた。ブチャラティの老化は緩やかになっている。しかし足から突如血が吹き出した。

「今の攻撃、よく“見切れた”な」

 

「こいつには小細工は通用しねぇ」

 

 ブチャラティが呟く。同時にまた老化のスピードが上がった。

 

「栄光は………おまえに…ある………ぞ。ペッシ。やれ、やるんだ…オレはお前を見守ってる…からな…」

 

 列車の車輪の隙間で息も絶え絶えのプロシュートがペッシに向かって小さく、弱々しく語りかけていた。それが聞こえているかのように、ペッシが再度ビーチ・ボーイを振りかぶる。

「兄貴が逝っちまう前に、兄貴の目の前でよオオーーッ!償いはさせるぜェエエエ!」

 

 ブチャラティはまっすぐペッシに向かって走っていった。腕でガードし突っ込んでくるがペッシはまっすぐ、腕から胴へ経由することなく心臓へ向かった。

 

「思ってたぜ!お前が突っ込んてくるっていうのはなァ!」

 

「ああ…()()()()()。お前がまっすぐ心臓へ針を投げてくるのを」

 

 ブチャラティは落ち着いた声で返した。

「スティッキー・フィンガーズ!」

 そして自身に延びた糸を瞬時に、ペッシの首に巻きつける。だがそのとき、銃声が聞こえた。

 

 「な………に…?」

 

 弾はどこにも当たらなかった。だが音が聞こえたときにはペッシの首に巻き付いたはずの糸は、別の釣り針で巻き上げられていた。

 

 

「これは…まさか…」

 

 バイクの音が聞こえた。ペッシの背後からバイクが土煙を上げて走ってくる。後部座席に座った男が後ろからハンドルを支え、運転席に座る人物がペッシの持っているのとほとんどおなじデザインの釣り竿を持っていた。

 肩からスナイパーライフルをぶら下げていて、銃身が後ろの男にガンガンあたっている。

 

 

「ブランク、ジュニアを回収した!あとはこのままぶっちぎるだけだ」

「ううう、酔うわこれ」

「つべこべ言ってんじゃあねぇ!娘を奪ったんだ!ここでしくじったらオレがお前をぶっ殺すからな!」

「わかって、ます…よッ!ちゃんと支えててくださいね!」

 少年は一気に釣り竿を引いた。

 糸がたなびく。釣り針がキリキリと音を立て、ペッシの首に巻き付いた糸を上に引っ張り解いた。

 釣り竿本体も引っ張られたせいでペッシの腕からもぎ取られ、ブチャラティの心臓に達した針とともに糸が消失する。

 

 

「ペッシ兄貴…()()()()()()()()()!」

 

 ハンドルを握った赤毛の少年が叫んだ。釣り竿はもう持っていない。

 そしてペッシ共々轢き殺すルートでバイクが突っ込んでくる。そのバイク前方に、見たことのあるトゲトゲした人形スタンドの影が見えた。

「あれはッ…!」

 ブチャラティが叫んだ。

 

 

「『ソフト・マシーン』!」 

 そのスタンドは右手のレイピアでペッシを突き刺した。そして少年の後ろに座っていた男が跳ね上がるペッシの体をひっつかむ。ペッシは萎み始め、ペラペラになっていく。

 

「クソッ…!」

 

 ライフルの弾は一キロは飛ぶ。あの少年はペッシのスタンドとそっくりの釣り竿のスタンドの針を弾にくくりつけ、むりやりこちらへ到達させたのだ。

 

 このままじゃ轢き殺される。

 ブチャラティは体をとっさにジッパーでバラバラにし、突撃してくるバイクをかわした。そしてバラバラになった腕を投げ、ペッシの上着からはみ出ていた亀を掴んだ。

 

「ぐっ…!敵は逃したが……なんとか亀は取り戻せたようだな」

 

 バイクは土煙を上げて遠くへ去っていく。ブチャラティは亀を抱き、中を見る。老化から目覚めた仲間たちが見えたが、肝心の人物が見えなかった。

 

 

「まさか………トリッシュを……奪われた、だと…?!」

 

 

 

 

 


 

「ギアッチョ!娘を手に入れた。お前車だな?今どこだ」

『マジかよ。さすがだなメローネ。あと5分でローマ駅につく』

「よし。そしたら…とにかくリゾットに指示を仰いどいてくれ!こっちはいろいろ手が離せない。駅より手前の田園地帯で拾ってくれ。15分もあれば着く」

『わかった』

 

 メローネは電話を切った。バイクは線路沿いのあぜ道から一般道へ戻り全速力で飛ばしている。

 

「メローネ先輩、見ました?目を潰されてなお光る機転、才覚。僕の才能はカバン持ちなんかじゃ終わらないですね」

「お前…あんま調子乗るんじゃあねえぞ。そもそもオレのベイビィ・フェイスが完璧に!最大の任務をこなしたのがメインだろ」

「おたくのジュニアくん、なんで亀ごと持ってこなかったんですか?」

「それは…教育のせいだな。“トリッシュを奪え”以外命令してないから放置してきたらしい。…能力を解除したら消去だな。教育失敗だ」

「なんか同情しちゃうなぁ」

 

 

 ブランクは軽口を叩きながらも、だが内心はとても動揺していた。

 左目で覗く世界は以前よりも遥かに狭かった。今回は届けばいいだけで標的に当てる必要はなかった。だが、それでも担いだライフルの重みだとか、支えるための筋肉だとかが全く違う。左半身のやけど、千切られた耳も全てが痛みにより不随意の動きを生む。

 

 僕はもう、今までのようには撃てない。

 

 足元が崩れ去るような喪失感が襲ってくる。加えて、プロシュートの死だ。さっきまではさすがにプロシュートまで死ぬわけがないという謎の楽観さがあったのだが、そんなの不安を紛らわせるための心の錯覚に他ならなかった。

 

 どうやら僕は…彼らを想定以上に大切に思っていたらしい。

 しかも僕は不安で、怯えてて…それでいて、クソ!手が震えてる。

 

 ブランクはこの震えを後ろに座ってるメローネに気づかれてないように祈った。

 

 ともあれボスの娘、トリッシュは生け捕りにした。落ち着いた場所についたらベイビィ・フェイスの能力を解いてラジコンから人間に戻せばいい。

 空気の抜けてしまったペッシも元に戻し、ギアッチョと態勢を建て直さなければ。残ったメンツをまとめられそうなのはリゾットしかいないが、リゾットは一体今、どこで何をしているのだろうか。

 

 

 

 



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ヴェネツィア、リベルタ橋近辺

「オレだ」

『もしもし。リゾット、メローネが娘を奪った。プロシュートは死んだがペッシは無事だ』

「よくやった。オレはペリーコロの死体のそばに落ちてた紙の解析をしている」

『そんなの必要か?』

「ボスはブチャラティたちに娘を引き渡す手段を用意していたはずだ。娘が奪還される前にな。さらに都合のいいことに…ボスからの指令は一方通行だ。娘が奪われたと気づかずのこのこやってくる可能性も捨てきれない」

『わかった。とりあえずはメローネたちを拾ってフィレンツェに向かう。奴らが乗ってた列車の行き先だ』

「わかった。娘はブランクに尋問させろ。あいつならトリッシュからかなりの情報を引き出せるはずだ」

『あいつが?……わかった、リゾット。お前を信じよう』

 

 

 

 リゾットは電話を切る。目の間のパソコンの画面では焼かれた写真の輪郭が浮かんでいる。そのパソコンの前に座る男は震える手でマウスをいじり、時にチラチラとリゾットを窺う。リゾットは遅々として進まない作業に苛立っていた。かれこれ14時間はたっている。

 

「早くしろ」

「ッ…リ、リゾット…こんなことしてなんになるんだ」

「もうお前の手に釘をさす場所がない。次はどこに刺されたいんだ」

「う、裏切り者には未来なんてない…!」

「そうだな。左目にしよう」

「ギィッ…!グ…う…うぅ」

 左眼から血を流しうずくまるのは情報技術部員の男だった。ムーロロのチームのメンバーだった。もう一人のメンバーはリゾットから逃げ出そうとして口から大量のカミソリを吐き死んでしまった。こいつはそれを見て怯えて言うことを聞いたが、その恐怖も効力が薄れてきたのかもしれない。

 

 ぎし、ぎし、と階段を登る音が聞こえた。男の肩がびくんと跳ねる。男の喉には大ぶりの断ち切りばさみが埋まっていた。それはゆっくりと開き、皮膚下から口腔を切り裂いて、舌の根元を切り落とした。

 

 ドアが開いた。向こう立っているのはムーロロで、リゾットの姿と床に転がるチームメンバー、そしてたった今舌を切り取られ大量に出血したもう一人を見て固まった。

 

「リゾット……お前、オレの部下に何してんだ?」

「ムーロロ、久々だな。座れ」

「っていうか、どうして…」

「座れよ」

 

 リゾットは有無を言わさぬ口調で事切れた男を蹴り飛ばし、パソコンの前の席を開けた。床に落ちた死体の口から血がばしゃばしゃと溢れ、ムーロロの靴を濡らした。

 

「……なんだこれ。焼けた写真の修復…か?」

「ペリーコロが持っていた写真だ。お前の部下は半日かけてこの調子だ。引き継げ」

「………構わねーが……仕事が遅いからってオレの部下を殺すのはよォ、裏切り者の烙印を押されたとはいえやりすぎじゃあないのか?お前たち暗殺チームに流した情報はこいつらがせこせこ解析したもんだってあるんだぜ」

 

「オレの動機がわからないのか?お前の部下を殺すような事をした覚えがないと。自分の胸に手を当ててみろ」

「な…ぐっ!」

 

 信じがたいことに、ムーロロの頬を切り裂くようにして剃刀が何枚も皮膚のしたから出てきた。何をされたかわからなかった。ただ痛みにうなり手で頬を抑えた。リゾットはそれを見て冷たく言い放つ。

 

「殺しはしない。今はな。オレたちはボスを斃す。そのためにこの写真を復元しなくっちゃあならないんだ」

「わかった、わかったよッ…!」

 

 ムーロロは作業に取り掛かった。だがパソコンの解析プログラムはとっくに組まれていて、今まさに猛烈に稼働中だった。待ちの時間。それ以上できることがなかった。

 リゾットに説明してわかってもらえるだろうか。ムーロロは頭の中で必死に考えた。

 

 いや、そもそも…なぜこいつがオレを殺そうとしているのかだ。まさかブランクが何かしくじったのか?

 

「解析は98%まで進んでる。ちょっと待つだけだ」

「そうか。ではいつものように雑談をしよう」

 

 雑談?雑談だって?ムーロロはオール・アロング・ウォッチ・タワーを偵察へ出してしまったことを激しく後悔した。今ムーロロには自衛手段が一切ない。

 

「お前はよく麻薬取引ルートの話をしていたな。チームのもつ独自の仕入れルートや大麻の出処。合成施設の設備だとか」

「ああ。噂に過ぎねえって前置きしたよな?あそこは、ほとんど他のチームと接触がないから」

「ああ。だが全くないわけじゃあない。会おうと思えば会える。あっちも人間で、飯を食うし酒を飲むし買い物をする。そうだろう」

「…会ったのか?」

「いいや。そんな危険はおかせない。だがお前は会っていたな」

 

 ムーロロはツバを飲み込む。

 

「オレがお前にまず聞くことは、なぜ麻薬の取引ルートなどと言う幻想をオレたちに信じ込ませたか。そして次に聞くのは、ブランクに何を命令しているのか、だ」

 

 

ぴろりん

 

 コンピュータから場違いな明るいポップ音がした。

 

【復元完了】

 

 リゾットはムーロロを押しのけ、表示されている写真を保存しギアッチョに送信した。

 

 

リゾット :写真の復元が完了した。場所はヴェネツィア、サンタ・ルツィア駅と思われる。この場所に向かい、隠されたものを回収せよ

ギアッチョ:了解。オレとペッシが回収に向かう。メローネがブチャラティたちの始末をつける。ブランクが娘を尋問中だ

リゾット :オレも今からヴェネツィアに向かう

 

 

「オレを殺すのか」

 

 ムーロロの問にリゾットは答えなかった。

「ブランクも殺すつもりか?」

 

 その問いにリゾットが答えようとしたとき、

 

 

コンコン

 

 

 ドアがノックされた。

 


 

 

「………リプレイ完了」

 

 アバッキオのムーディー・ブルースはペリーコロの自殺をリプレイしたあと、トリッシュが攫われる場面をリプレイし、再びもとの姿に戻った。

 

「トリッシュを…ラジコンの表面に組み替えた、のか?そんなのありかよォ!つーか生きてんのか?!それって!」

 ミスタは混乱気味だがブチャラティは冷静だった。ナランチャはまだ千切れかけた腕のダメージと老化が激しかったせいもあり眠っている。

「敵は生け捕りが目的だ」

「ぼく達がいながら…すみません」

「いや、今回ばかりは敵の粘り勝ちだ。老化させるスタンド使いの最後の執念にしてやられた」

 フーゴがぎゅっと拳を握りしめて言うが、ブチャラティはなおも冷静だった。

 現在ブチャラティチームの六人は盗んだ車でトリッシュを追っている。

 

 ジョルノがトリッシュのハンカチを小鳥に変えて追跡させているのだ。鳥はトリッシュの方へ羽ばたく。その方角を頼りにとにかく車を飛ばしていた。

 

「敵は生け捕りにしたあと彼女を無事に生かしておくとは限らないぜ」

 アバッキオの言葉にブチャラティが頷く。

「当然だ。そして同時に、オレたちはボスからの指示どおりヴェネツィアのサンタ・ルツィア駅の翼の生えたライオン像へ行かねばならない。そこでチームを2つに分ける」

 

 トリッシュ奪還チーム

 ブチャラティ、アバッキオ、ジョルノ(亀の中にナランチャ)

 ヴェネツィアチーム

 ミスタ、フーゴ

 

 

「…まあ妥当な分け方だな」

「ええ」

 

 ミスタとフーゴは頷きあった。敵が最も注意を払うのはこちらの追跡だ。こちらからヴェネツィアに行くのは気にもとめないだろう。

「ぼくのスタンドじゃあ万が一戦闘になってもトリッシュを巻き込むかもしれないからな」

「オレたちはオレたちで途中で車パクんねえとな〜そういうのお前のほうが得意だよな?」

「君はいろいろ雑なんだ」

 

「…おいジョルノ!鳥はどうだ?」

 アバッキオが亀の天井に向け、車を運転しているジョルノに怒鳴った。ジョルノの顔が天井に大映しになる。

「今のところヴェネツィア方面に行こうとしています。変化はありません」

「ジョルノ、ぼくが運転をかわろう」

 フーゴがジョルノに変わって運転席についた。中に入ったジョルノは壁際に立つ。

「…では一度敵の能力をおさらいしておこう」

 ブチャラティはペンを取り出し、机に直接敵の情報を書き込んだ。

 

釣り竿のスタンド…体内に針を侵入させる。糸に攻撃してもこちらへ跳ね返る。一番厄介

トリッシュをさらったスタンド…生命を物質に組み替える。遠隔操作型?無機物に擬態可能

 

ソフト・マシーン…本体、ズッケェロはカプリ島の病院で治療中と確認。なのでスタンド本体は赤髪の少年?

赤髪の少年は釣り竿のスタンドも所持?またライフルを持っていることから狙撃手?

 

 

「狙撃手ならオレが仕留めたって言ってんじゃねーか!目ん玉にぶち込んだんだぜ?」

「でも死体を確認する時間はなかったんだろ。遠目に見た狙撃手はどんな格好だった」

「あ…赤毛の…やつ…」

「やっぱ仕損じてんじゃねーか」

 アバッキオがツッコむとミスタはぐぬぬと黙り込む。

「弾丸を撃ち込まれても生き残るのは不思議じゃあない。現にミスタ、お前も生きてる。…それにどうやら、いくつものスタンド能力を有しているらしい。そのうちのどれかで致命傷を回避したのだろう」

「複数の能力を使いこなせんのか?そんなのありかよ?」

「ああ。釣り竿のスタンド…ビーチ・ボーイだったか。それとそっくりなスタンドをも使ってた事から、他人の能力をコピーする能力と考えるのが妥当だろう」

「どっちにしろ厄介だな。そのコピーするための条件ってのがわからんが、あまり接触したくはねえぜ」

「ああ。自分の能力を勝手に使われるのはいい気分じゃあねーからな」

「最も注意すべきなのは遠隔操作型とみられる物質を組み替えるスタンドだ。追手を暗殺するのにうってつけだからな」

「表面に張り付いたりもできるんだろ?見分けようがねーぜ」

「ジョルノのスタンドなら生物、無生物の見分けがつくな。組み替えられた物質は生命になるのだろうか?」

「それは…敵に触れないと確かなことは言えません」

「おい、テメーのスタンド能力だろうが」

 アバッキオはジョルノに突っかかる。ブチャラティはそれを制しながら思案した。

「どっちにしろオレたちはすでに能力を知られている。不利なのは間違いない。その上で必ずトリッシュを奪還する…それがオレたちの任務だ」

 

 そこで亀の外からフーゴの声が聞こえてきた。

 

「ブチャラティ!橋が見えてきました。鳥はヴェネツィア市街へ飛ぼうとしています」

「ああ、ではミスタとフーゴはここから別行動だ。それぞれ任務を遂行しろ」

 

 


 

 

 ヴェネツィアの手前の街。貧乏な旅行者が泊まる裏通りの狭いホテル。

 

「あんな小娘を自白させるなんて…拷問したほうが早いだろ」

「北風と太陽ですよ、こーゆーのは。僕がやるのは…いうならばカウンセリングですよ。もしくはセッション。…この言い方すげーやだな」

「カウンセリングに行く女なんてろくなもんじゃあないぜ。そういう女は大抵健康じゃないし情緒が不安定で母体としてはイマイチなんだよ。カウンセリングなんかで救われるくらいなら、好きなだけ酒を飲んだほうがいい」

「なんかやな思い出でもあるんですか?」

「いいや」

「とにかく…ここに来る前の僕の得意分野なんですよ。女の子の悩みを聞くのは」

「ブチャラティたちはオレたちを追ってるはずだ。悠長なことをしてる暇はない」

「こう見えて僕、このやり方ですごいスタンド使いを発掘したことあるんですよ。まあ任せてくださいって」

 

 ブランクはカチューシャ代わりのメガネを外し、借りているメローネのマスクもとり、更に上着も脱いだ。

 そしてさっきまでとは全然違う顔つきでトリッシュが寝かされている部屋にはいっていく。

 

 

 

 

 トリッシュが目を覚ますと。鼻いっぱいに嗅ぎ慣れない不快な臭いがした。例えるなら3日くらい換気してない生活臭というか、染み付いた人間の臭いというべきか。とにかく嫌な臭いだ。

 体を起こすと自分はベッドに寝かされていて、その正面にある椅子に誰かが座っていた。

 窓の外を車が通り、ヘッドライトで部屋が照らされた。

 

「やあトリッシュ」

「何…あんた誰なの?」

「僕はヴォート・ブランク。はじめまして」

 

 そのブランクと名乗る人物は、うっとおしいほど伸びた赤毛の前髪の隙間から、澄んだ青い目でこちらをまっすぐ見ていた。右目は固く閉じられていて、目の周りに火傷の跡が見える。

 自分と同い年くらいに見えるあどけなさだが、雰囲気はとても落ち着いていて、黙って考え事をしているときのブチャラティに少し似ていた。

 でも線が細く、声もハスキーで女の子っぽかった。そう思ってみると女の子にも見えるし、柔和そうに微笑む顔はやっぱり年上の男の子にも見える。不思議な雰囲気だが、どこかで会ったことあるような安心感がわいてくる。

 

 自分が攫われたのだというパニックに陥らなかったのは、多分目の前にいたのがブランクだったからだろう。

 

 

 

「ブ、ブチャラティたちは…ここはどこなの」

「僕たちはブチャラティから君をさらいました。場所は言えない」

「じゃああなたが裏切り者のチーム…なのね?私を殺しにきた…」

「まさか。殺すならとっくにそうしてるし、拷問するなら君を縛らずベッドに優しく寝かしたりしないよ。まあ慈善事業じゃあないんでね…安全な場所に逃がしてあげるとか、そういうわけじゃないんですが」

「………」

 

 黙る。沈黙以外にどうしろって言うのか。ブランクは沈黙をまるで気にしてないように落ち着いた、音節を意識したトーンで話す。

 

「君はドナテラに似ているね、トリッシュ。怯えて伏目がちになるところも、頼りなさげな肩も」

「適当なことを言わないでくれる。母にあった事なんてないくせに」

「いいや、あるよ。今年の1月末に、僕はカラブリアの丘の上の病院でドナテラ・ウナと面会してる。その時君のことを聞いた」

「嘘よ」

「いいや。ほんとさ。ドナテラは僕に手を握らせてくれたんだ。僕が彼女の手を包み込むと、彼女は娘を思い出したと言ってくれた。…暖かくて優しい手だとね」

 

 ブランクは自分の手を前に差し出した。指と指の隙間から、トリッシュと目があった。

 

「瞳は似ている。でも眉は、君のほうが意思が強そうだね。ドナテラも気丈な性格だったけど、僕があった時は君のことが心配で、不安そうだったよ」

「…本当に母と会ったの」

「さっきからそう言ってるじゃないか。トリッシュ。ドナテラはとても君を心配していた。彼女に触れたとき感じたのは、君の身を案ずる柔らかな肌と、骨まで凍りそうな不安だった」

「あたしも…いま凍えそうなくらい不安だわ」

「本当?」

「そうよ。不安で不安でたまらない!…ブチャラティたちがあんたたちにあんな目に殺されかけてるのを見たんだもの」

「そうかな。彼らの安否が心配なのはわかるけど…僕にはもっと、君が不安に思ってることがあるように思えるんだ」

「どうしてわかるのよ」

「僕はね…手に触れれば、その人のことがちょっぴりわかるんだ。トリッシュ、僕の手をとって」

「ど、どうしてよ…」

「僕は君の不安を分かち合いたいんだ。トリッシュ、君のことをとっても知りたいのさ」

 

 怯えるトリッシュに近づくブランク。そっと伸びる指。振り払おうとするトリッシュの手首を掴み、そのまま指を絡める。

 

「やっぱり、僕のことが怖い?…目が潰れてるのは僕のせいじゃあない。ミスタってやつにやられてね」

「違う…急に私のことを知りたいなんて言うやつ、信用できないからよ。裏があるに決まってる」

 手はブランクを拒否するように強張っている。だがその拒否が、肉体の反応が“理解”への第一歩なのだ。

「そうだね…でもそれで君を傷つけようってわけじゃない」

「嘘よ。あんたたちは罪のない列車の乗客を巻き添えにするような奴らだわ。私の命なんてなんとも思ってないに決まってる」

「それは、僕らには大義があるからさ。僕らはボスを倒すためになんだってする。…トリッシュ、君の父親だ」

「……私の父は……一体何者なの?ギャングのボスを殺すために、そんな事までするの?」

「…君をひと目見たときからわかってたよ。やはり君は…何も知らされないまま連れられてたんだね」

 

 トリッシュは目を伏せた。一瞬だが絡んだ指の抵抗感が消える。ブランクは畳み掛ける。

 

「君はそれがとても不満だ。ブチャラティたちは守ってくれるけど、君になんにも教えてくれなかった。これから君が直面しなきゃいけない父親についても」

 

 トリッシュの体が僅かに開いた。それを見逃さず、ブランクは自分の体をよりトリッシュに近づけ、手を固く握る。彼女の瞳を間近で観察し、その瞳孔の開き具合を、虹彩の輝きを見る。

 

「僕が全部教えてあげる。どうして追われてるのか、君の父親が何者なのか…君が何者なのか。だから」

 

 トリッシュが息を呑んだ。眼が見開き、ブランクの左目に映る自分の顔を直視した。

 

「わかり合おう、深く深く。魂が剥き出しになるまで」

 

 次の瞬間、

 

「きっ…気安くさわってんじゃあねえ!」

 

 トリッシュは意を決してブランクの腹に思いっきり蹴りを叩き込んだ。ブランクは体勢を崩し、トリッシュを巻き込んでベッドに倒れ込む。

 ブランクは苦しげな呼吸をしながら、こちらを見上げるトリッシュをまた真っ直ぐ見つめた。呼吸の割には表情を変えていない。

 

「その勇気はどこから来たのかな。怖ければ怖いほど勇気が湧いてくる質なのか。…レイプされるとでも思った?」

 

 ブランクの雰囲気が急に変わった。自分を安心させるような空気じゃなくなって、まるでトリッシュの不安をそのまま模したみたいに暗く、冷たく、大きく見える。だがトリッシュはその怯えを知られたくなかった。

 

「ッ…私もあんたに押し倒されてわかった。あんた、女の子じゃない。女にレイプなんてされないわよ」

「それを確かめたいならさっきのキックは股間にするべきだったね。でももう動けないよ。君の手足は固定したから」

 

 ブランクは動けなくなったトリッシュに覆い被さり、そのまましばらくトリッシュの息と脈を観察していた。

 トリッシュの呼吸、脈拍は固定されていると言う異常な状況へのパニックの後、だんだんと落ち着いていく、雫からなる波紋のように。

 

「魂は、経験の積み重ねで形成されるのかな。もちろんそれは大きな要素だけど…でも肉という鋳型なしには魂は存在し得ないだろ。…僕は魂の鋳型ががわかるのさ。だから、誰にでもなれる」

 

 トリッシュは鋭い眼差しでブランクを睨んでいる。ブランクはその瞳をじっと見据える。硝子のような目で。

 ブランクはトリッシュの手をもう一度よく触り、揉み、残った左目でじっくり見た。指が手のシワを、皮膚を、筋肉をなぞるたびにブランクはトリッシュの反応を記憶する。

 

「君の…肉体の半分は、父親でできてる…だが……このかたち、()()()()…」

 

 

 

 物音がして静かになって、そしてブランクが出てきた。

「お前、なかなか変態趣味だな」

 メローネがそうからかうと、ブランクは反応せずにじっと虚空を見つめたままだった。猛烈に何かを考え込んでるように見える。

 

「…なんだ?おーい。…無視してるのか?」

 

 だがそこでベイビィ・フェイスから連絡が入った。

 

 

ターゲットを発見しました。

 

「よし、ジュニアがナランチャを見つけたらしいぞ…一人一人確実に暗殺しろ」

 

了解

 

 

 

 

 

 フーゴとミスタはヴェネツィア、サンタ・ルツィア駅へ辿り着いた。写真通りの景色が広がっている。二人はパクったバイクを降り、あたりをぐるりと見回した。敵の影はない。

 深夜ということも相まって、物音がほとんどしないし、やけに冷え込む。

「とっとと回収しようぜ」

 ミスタは像に近づき、フーゴを見た。

「……ミスタ、早く像を壊せよ」

「いや、銃打ったら敵に知られちまうかもしれねーだろ?お前のスタンドでやってくれよ」

「あのな…パープルヘイズは拳にカプセルがあるんだぞ。忘れてんのか?ここでぼくが拳で像をぶっ壊したら、太陽光もでてないんだ。無毒化するのに時間がかかる。忘れたのか?懇切丁寧に、危険が及ばないよう説明したのにもう忘れたのか?オイミスタッ!」

「わ、わかったから急にキレんなよ…おっかねー。蹴りとかもできねーのか」

「パープルヘイズは……あまり言うことを聞かない」

「はぁ…ったく。じゃあ素早くやるぜ」

 

 ミスタは一発だけ像に打ち込んだ。像は脆く、すぐに崩れてしまう。おそらくディスクを埋め込むために急増されたものなのだろう。破片を取り除くと、赤い色のディスクが見えた。

 

「よし…じゃあとっとと戻ろうぜ」

 

 と、ミスタがディスクを取ろうとした瞬間

 

 

「なんだ、そんなとこに隠してあったのかよ」

 

 

 釣り針が、ミスタの足元から飛んできた。

 

 

 

 



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暗闇の密度

2000年10月20日

 

 ブランクとペッシはよく遊んでいた。

 

 とはいえブランクの家には何もなかったから、遊ぶと言っても特別なことはしていない。

 ペッシの家でぼーっとサッカーやゴルフや、ルールもろくに知りもしない、興味もないスポーツ番組をかけながら、だらだらピザやスナックを食ってるのみだ。あるいはテレビゲームをするか。

 ペッシのほうがほんの少しチームに入るのが早かったから、ブランクはいつもペッシを立てていた。だがペッシからしてみれば、人を殺したあとに平気でピザを食ってコーラを飲み干すブランクのほうがよっぽど先輩に見えた。なのに下手に出てくるので、すごく座りが悪かった。

 

「ブランクは…初めて人を殺したときどうだった?」

「“どう”ってなんすか?」

「気持ちっつーかメンタル?っつーか…そういうの」

「どうだったかな…」

 ブランクは昔話が異常に下手だった。自分でもうまく思い出せないらしく、思い浮かんだ単語がぽつぽつと出てくるくらいで収穫がないのが常だったが、それでもペッシは知りたかった。

 ブランクは数分のロードを経て、ぽつぽつ話し始めた。

「やれって言われた…そう、冷たいタイル…。排水溝があって…。あっちはナイフ、僕はなんだっけ…」

「殺れって誰に言われたんだ?」

「……わからない」

「ブランク…それって…」

 ペッシは口をつぐんだ。地雷に足を突っ込んだ気分になって、思わず謝った。

「ごめん。忘れてくれ」

「いや〜…あんま覚えてなくて…すみません」

「いいや。…オレ、プロシュート兄貴にいっつも言われんだ。お前にはまだはえーって。なんでだと思う?」

「うーん…僕にもそれはわからないです。でも、プロシュート兄貴はペッシ兄貴を大事に育成してますし、教育の一環なのでは?」

「そうかな…オレ、兄貴の足を引っ張ってんじゃねーかってずっと思ってんだ」

 

 ペッシは手を広げてブランクに見せた。ブランクはきょとんとしながらもその手のひらをじっと観察した。

 

「ブランク、お前にはわかるんだろ…手を見れば、そいつがどんな人間か。なあ、オレって兄貴が期待してるようなヤツになれるのかな」

 ブランクはスタンド発動時に限り、相手に触れることでスタンド能力をコピーできてしまう。

 イルーゾォをはじめ他のメンバーからは“スタンド使ってないときもぜってーオレに触んな!”と厳しく言われているので、ペッシの手にも触れはしなかった。

 

「………僕がわかるのは、今のペッシ兄貴のことだけっすよ。ペッシ兄貴、手にタコができてる。あと汗っかきですね?ビーチ・ボーイを握ってるとき、とても緊張してる。そしてプロシュート兄貴の期待に応えたいと強く願ってる」

「それはわかってるよ。オレ、気がちっちゃいしカンも悪いし、ここぞってときに思い切りが良くないんだ。そんなんでよぉ〜…プロシュート兄貴みたいになれる気がしないぜ」

「仮に触れてもペッシ兄貴がどうなれるかは僕にはわかりません。でも願いの強さは実現へつながる力になると思います」

 ブランクはうまいことそうまとめ、ニコリと笑った。だがペッシは全然励まされた気分になれず、しょんぼり項垂れた。

「なりたい目標が高すぎるんだよなァ…」

 ブランクはちょっと寂しそうな顔をしてペッシを見つめた。

「僕はペッシ兄貴が羨ましいです。なりたい自分があって、努力してる。それってすごいことだと思います」

「お前にはないのか?目標とか」

 

「ないです。僕は…空っぽですから。何もないんです」

 

 ブランクは目を伏せた。こいつはたまにこういう顔をする。好きなチームとか、好きな音楽とかを聞いたとき、適当な流行り物の名前を答える前。そういうときにひどく寂しげな顔をするのに、ペッシは気づいていた。

 

「…なあブランク。握手しようぜ」

「え…」

 ブランクはびっくりしてこっちを見た。ペッシは自分の青臭さに赤面しそうになりながらも自分の考えを言葉にしていく。

「何もないなんてさ、絶対そんなことないと思うんだ。だってよぉー、オレたち新入りだし、まだまだこれからだって思わなきゃやってけねーよ。きっとこれから、オレたち何かになってくんだ」

「…これから………」

 

 ブランクが恐る恐るペッシの手を握り、ペッシはそれをぐっと力を込めて掴んだ。

 

「……なれる…といいな…」

 

 

 


 

 

「なんだ、そんなとこに隠してあったのかよ」

 

 

 ミスタは声が聞こえた瞬間、ディスクに伸ばした手を引っ込めて銃を取った。そしてその声がした方へ向けて引き金を引く。

 

 だが判断を誤った。釣り針の狙いははじめからディスクだったのだ。

 露出したディスクは暗闇へ飛んでいき、声と反対方向、駅の入り口の方から現れた手にー小指のない手にー回収された。

 

「写真だけ渡されてもよォ〜。わかるわけねーよなぁ、こんな隠し方されちゃあよォー。だったら、はじめっから場所を知ってるやつに任せたほうがいいよな?そう思わねーか」

「テメーは…」

 ミスタは再び銃を構えた。シャッターの降りた駅入り口にはつい半日ほど前対峙したときと全く違ったオーラを放つ釣り竿の男、ペッシが立っていた。

 

 

「まさか…この場所に来るなんてッ…!」

 

 フーゴはそれを見て思わず動揺を口にした。言葉は白い息となり、途端、寒気がした。恐怖とか武者震いじゃあない。単に気温が下がっているのだ。

 ギギ、と背後からなにか固いものがこすれる音がした。

 

「テメーはパンナコッタ・フーゴかァ?」

 

 背後に立っていたのは男だった。ひどいくせ毛の眼鏡の男がほんの数十センチ後ろで自分にささやきかけている。フーゴはほとんど反射で足を振りかぶった。いや、振りかぶろうとしてそれができないことに気づいた。

 足が地面から全く動かないのだ。自らの足元を視認して、ようやく何が起こっているのか理解した。

 

凍っているのだ、足元が、地面が。

 

「あのデコっぱちはよォー…『この作戦、まさに!漁夫の利』とか言ってたけどよォ…」

 

 男は真っ白な奇妙なデザインの全身スーツを着ていた。まさかこれがスタンドそのものなのだろうか。男は顎に手を押し当てながら急に話しだした。

 

「完ッ全に誤用じゃねぇか!上げ膳据え膳だったらまだわかるぜ。現にリストランテかよってぐれー簡単に目の前に目当ての品が出てきたんだからな…。だがよォー、漁夫の利じゃあディスク取られちまうのはオレたちじゃあねーか!クソムカつくぜ!なんでわざわざ仕事の前にボケてく?!それとも本気で言ってたのか?!なにが『まさに!』なんだよッ!意味わかんねーーーぜッ!クソが!」

 

 男は地面を激しく踏みしめキレ散らかす。

 

 

「パープル・ヘイズ!」

 

 フーゴは自身のスタンドパープル・ヘイズを発動させる。

 パープル・ヘイズの拳には両手合わせて6つのウィルス入りカプセルがある。だが昼のマン・イン・ザ・ミラーとの戦いを経て、現在拳には毒のウィルスのカプセルがたった一つしか残っていない。ウィルスの充填には一日かかる。

 

 つまり今のフーゴには最大の武器、殺人ウィルスがない。

 

 ならば、いやだからこそ。背後数十センチという距離でも近距離パワータイプのパープル・ヘイズでぶっ叩けば相手はひとたまりもないはずだ。

 

 絶対、カプセルのある左手は使うなよ。と念じて拳を振り抜く。

 

ぐぁるるるるるるる!

 

「うおッ…?!」

 

 パープル・ヘイズの不意打ちに対応できず、男は攻撃を完全に受けた。だが顔面にほんの少しヒビが少し入っただけだ。

 さらにパープル・ヘイズの拳がどんどん足元同様に凍りついていく。

 

「この硬さ、そして冷たさ…まさか身に纏っているのか?()をッ…!」

 

「イルーゾォの死体の溶け方は薬品か毒か、なんだかわかんねーが…、こーやってテメーの周りの空気ごと氷漬けにしちまえば心配しなくて済むな」

 

 ギアッチョはそんなフーゴを見てニヤリと笑った。フーゴの体はすでに半身凍っている。

 

「どーだ?なんもできねー気分はよぉ。そのままテメーの仲間がぶっ殺されんの、氷漬けのマンモスみてーにぼんやり眺めてんだな!」

 

 フーゴは自分の死を確信した。この男に、自爆覚悟でウイルス入りカプセルを叩きつけてもおそらく無駄だ。パープル・ヘイズのウイルスは超低温で生き残るような強いものではない。

 

 警戒を怠った。

 敵はディスクの存在を知る由もない。知っていたとしてもトリッシュの方に人を割くだろう。

 そんな思いが自分の中にあった。

 

 

 

「とっとと片付けるぜ!」

 

 ペッシはディスクをポケットにしまってからすぐさま釣り糸を振りかぶった。ミスタはすかさず撃つ。

 弾丸はペッシの頭を完全に捉えた…はずだった。

 

「あぁッ?!一体…ッ?」

 

 ミスタが声に出すよりも早く、ビーチ・ボーイの釣り針がミスタの銃を持ち上げた左腕に心臓めがけてはいってくる。

 

「チッ!」

 ミスタは暗闇に目を凝らす。するとペッシの周り、特に急所の付近になにかキラキラと輝くものがあった。

 

『ミスタ!アイツノ周リニ氷だ!氷ガ浮イテヤガル!ソレデ狙イヲソラサレタッ…!』

 

 ピストルズの報告に、ミスタは心の中で呪詛を吐き散らす。

 まさかトリッシュをさらってる方じゃなくてディスクの回収にこんな強い能力をもつ二人を裂くとは思ってなかった。

 

「…狙いが逸れちまったな…一朝一夕じゃダメだな。でもよォー、針は侵入した!オメーはもうおしまいだッ」

 ミスタはすぐ腕を振り回し、釣り針の進路をめちゃくちゃにしてやろうと足掻いた。

 前回と明らかに違う。心臓へ直に狙いを定めてきた。銃を構えていたおかげで腕で止まってるが、そんなのちょっとの時間稼ぎにしかならない。

 

 

 相手はどうやらこっちの想像もつかないほどに本気(マジ)にボスの手がかりを求めているらしい。

 

「だけどよォ…こっちだって命懸けで本気なんだよッ!」

 

 ミスタはまた撃った。今度は自分の腕にはいってる糸に向けて。

 

「バカかおめーーは!ダメージはテメーに返ってくるんだよ!忘れちまったのか?」

 

 ペッシは一気に心臓へ針を進めた。

 

「ああ、しっかり覚えてるぜ…そんでオレは、何も糸を切ろうって撃ったんじゃあねえ。むしろ逆だ。()()()()()()()()()()()…ッ!」

 

 ミスタの心臓を今まさに引きずり出してやろうとしたその時だった。ペッシのビーチ・ボーイの竿先端が突如バチンと音を立てて爆ぜた。

 

「グッ…う、うわァああーーッ!オ、オレのッ…ビーチ・ボーイが…」

 

 ミスタは弾丸を糸伝いに、糸に沿わせて発射したのだ。ピストルズは見事糸を伝い、竿そのものを破壊したのだ。

 

 本体へのフィードバックでペッシの頭部にも大きな裂傷ができる。

 支柱を損傷した糸はたるみ、針はミスタの胸からポトリと落ちた。

 

 

 

「氷の盾だってよォ…!この距離じゃ自在じゃねーだろ!頼んだぜピストルズ!!」

 ミスタは銃を乱射する。胴体、頭、どこだっていい。とにかくペッシめがけて。

 

「こっこれしきの……これしきの怪我がなんだってェーーんだよ!ミスタァッ!」

 ペッシは竿が折れてもなおビーチ・ボーイを振りかぶった。糸はまっすぐ、ミスタの心臓めがけて飛んでいく。

 

 

「ガッツあるじゃねーかペッシィ!」

 

 ギアッチョはもうフーゴを脅威に思っていなかった。ペッシのまわりの氷の壁をより強固に、弾丸から守ろうと意識をそっちへうつしたその瞬間。

 

 

「ぼくは…ッ」

 

 フーゴが叫んだ。

 

「ぼくは自分のミスは自分で贖うッ!ディスクは必ずぼくたちが手に、入れる!」

 

「ああ?冥土で言ってろよバァアーーカ!」

 

 ギアッチョがフーゴをコケにしてやろうと笑うと、

 

「は?な…何やってんだテメー!」

 

 フーゴは自分の左手をパープル・ヘイズに食いちぎらせた。本体が傷ついたのと同様、パープル・ヘイズも左手が切断されている。

 そしてパープル・ヘイズにその左手を思いっきり投擲させた。

 

「チッ…そんなことして何になんだ?バカが!血液で氷の盾をマーキングでもしようってハラか?無駄なんだよ!飛んでる血液だってホワイトアルバムにかかれば一瞬で凍るッ!」

 

「ああ…でもおまえが勝ち誇った一瞬の油断のおかげで…手、そのものは……()()()!」

 

 

 

かしゃん

 

 と、脆いものが砕ける音がした。

 

「あ?」

 

 パープル・ヘイズ、最後の一個のカプセルがついた左手がペッシの足元に落ちて砕けた音だった。

 

「なんだ?手…がなん…ッう、ううぅーーっ?!」

 

 ペッシの釣り竿を握る手に、一瞬でおぞましい水疱が発生する。

 

 

 

 


 

2000年10月7日

 

 夕暮れだった。

 街のビルの一角、小さな事務所。窓から漏れてくる夕日は真っ赤で、部屋の中の真っ暗な影を分断し、そういうデザインなのかってくらい美しいコントラストを描いている。

 

 プロシュートは影になってるソファーに座り、ゆっくりとタバコを吸った。プロシュートはあまり吸うタイプではないが、たまに、こういうなんかキレイな光景に出会ったときはそれごと味わうようにタバコを吸うのだ。

 

「兄貴…どうしてオレに“仕上げ”をさせてくれねぇんですかい」

 

 ペッシは床に転がった老いて干からびた男を見て、恐るおそるプロシュートに尋ねた。プロシュートは当然のことを言うような口調で返す。

 

「あ?それはオレがやれるからだ。やれるやつがやんのが1番いーだろ」

「そ、そういうことじゃなくてよォ。ブランクは、オレよりあとに入ってきたのにバンバン仕事をしてる。オレはいつも兄貴に頼ってばっかで、全然役に立ってなくて…」

「ペッシ、ペッシ、ペッシ、ペッシよォ。お前は十分役に立ってんじゃあねーか。何も手を下すのがイコール仕事じゃない」

「でも、ブランクはオレより年下なのに何人も殺ってる。オレはまだ…」

 

 プロシュートはどんどんしょぼくれてってくペッシにため息を吐き、タバコを床に押し付けて消してから立ち上がり、いつもやるように頭をぐっと固定して顎を撫で回す。

 

「ペッシ、ブランクとお前は違う人間だ。お前はいつ誰を殺すか、自分で決めるべきなんだ。仕事だから、任務だから、言われたから。そんなので暗殺者なんてやるべきじゃあない」

「…?でもオレは暗殺チームですぜ」

「だから、その意識がマンモーニなんだっつってんだろーが、ペッシ。お前はまだ幸せなんだぜ。多分ブランクは…自分じゃ決められなかったクチだ」

「そうなんですかい?」

「勘だがな。悪いとは思っちゃいないぜ。…だが、オレはお前にはそうなってほしくないんだよ、ペッシ。自分でそういう覚悟を決めて、初めて"殺し"が完了するんだ」

 

 だとしたら、とペッシはふいに思った。

 

「…兄貴は、どうだったんですか?」

「さあな。忘れちまったよ」

 

 


 

 

 

 

「ふッ…ふざけやがって!!」

 

 

 ギアッチョはすぐさまペッシに向かって走り出した。だがペッシの腕はもう溶け始めている。

 

「ギアッチョ!!受け取れッ!!」

 

 ペッシはミスタへ投げていた釣り針を引き戻す。そのせいで腕が溶けて崩れ落ちた。だが片腕になりながら、ギアッチョにむけてディスクをひっかけたビーチ・ボーイを投げ渡した。

 ギアッチョがそれをしっかり掴んだ途端、糸は撓んで地面に落ち、消えた。

 

 ミスタの弾丸がディスクを追いかけるようにギアッチョに命中する。だがホワイトアルバムの厚い氷の装甲はそれを容易に弾く。

 

「まさかよぉ…ペッシが目の前で殺られるなんてよォ〜……テメーら、ぜってー生きては返さねぇぜ!」

 

 フーゴの体が一気に凍った。もう顔の一部しか露出していない。このままじゃすぐに凍死してしまう。 

 更にミスタの下半身も急速に冷やされ、固定される。だがミスタは冷静に、ありったけの弾をギアッチョへ撃った。

 

「学習能力ねーのかテメエーーはよォーッ!ホワイト・アルバム・ジェントリー・ウィープス!」

 

 ぎゃりぎゃりという音を立て、弾丸は凍った空気の壁を跳弾し、ミスタへ返っていく。

 

「うごッぁ…!」

 

 ミスタに跳ね返った弾丸は4発。すべてどてっぱらに叩き込んでやった。

 

「4…発?4発だと?あいつは全弾…」

 

「や、やっぱ…4って数字は縁起わりーぜ………でも考えようによっちゃ…2発は狙い通り、届いたってことだもんな。…テメーのすぐ後、オレたちの乗ってきたバイクによォ…!」

 

「なッ」

 

 爆発炎上。その瞬間的な空気の圧縮はジェントリー・ウィープスを使用しスタンドエネルギーを消耗しているギアッチョには凍らせることが出来ない。

 

 爆音が真夜中のヴェネツィアに轟く。

 

 

 

 

 

 


 

 

 まず異変に気づいたのはブチャラティだった。

 

「今…。外から変な音がしなかったか?」

「外ですか?」

 

 ジョルノはハンドルを握ったまま周囲を見回す。車は鳥の目指す方向へ向かって狭い道を進んでいる。地面が荒れた石畳なせいで車はゴトゴトと揺れ、本当に妙な音がしたのだとしても気づくのは難しそうだ。

「わかりません。ですが鳥の目指す場所がはっきりわかってきました。おそらくこの通りをまっすぐいって、左の方に曲がれば…」

 

 トン、

 

「やはり!上だジョルノ!敵は車の屋根にいるッ!」

 

 ジョルノはブチャラティの警告を聞いてすぐに車の窓を閉め、内側から施錠する。

 

「アバッキオ!」

 

 ブチャラティはすぐさま亀の中の二人を確認した。だがもう二人の影はない。

 

「敵はもう中に侵入しているぞッ!ジョルノ!」

「敵は部屋の中の家具のどれかに化けているはずです。おそらくアバッキオ、ナランチャも同様に何かに組み替えられている…!」

 


 

アバッキオ、ナランチャを組み替えました。

 

ですがブチャラティ、ジョルノに亀の中にいることを気づかれました。

 

「何?…敵は二人か?だったら…姿を見られても構わない。車をクラッシュさせろ。とにかくスキを作るんだ」

 

車をクラッシュ。了解

 

 


 

 

 

「亀の中に入るのは自殺行為だ。だがこのままでは埒が明かない。もたもたしていると物質になった人間を殺しかねないな」

 

 ブチャラティはしばし考えた。

 敵の分解方法はアバッキオのリプレイで予習済だ。敵は直に対象に触れる必要がある。そして体が分解されるまでいくらか間がある。

 

「今すぐ、敵スタンドをこの亀の中から出さなきゃならない。ジョルノ、オレが今からそいつをここから釣り上げる」

 

 ジョルノは一瞬ブチャラティの意図がわからなかった。だが亀のスタンドの性質、キーを外した場合に“生きているものだけ排出される”ことを思い出し、頷く。

 

 ブチャラティは亀の中に腕を伸ばした。部屋の壁に手をかけたその瞬間、アバッキオのリプレイで見たとおりに分解される。

 

「だがこの攻撃は予習済みだ」

 

 ブチャラティはすでに腕をジッパーで切り離していた。

 ブチャラティは分解されつつある腕でテーブルをしっかりと掴んだ。そしてジョルノはキーを取り外す。

 物質に分解されている最中の“生きた”腕ごと、テーブルが排出される。

 

 

 

メローネ、ブチャラティを分解していたら、キーを外されました

ブチャラティごと引きずり出される

どうしますか?

どうしますか?

 

 

「それなら都合がいいだろうが。出た瞬間、ジョルノを殺してそれから亀とキーをぶっ壊せ。そしたら任務は完了だろーがッ!」

 

ジョルノを殺す。亀を殺す

了解

 

 

 

 


 

 

 

リゾットとムーロロの元に訪れたノックの主は返事も聞かずにドアを開けた。木の軋む音とコンピュータのぶーんというファンの音が静寂に響く。

 

 

「予期せぬ来訪者だな。この場合、わたしが、だが」

 

 

 隙間からぬるりと入ってきたのはやけに顔色の悪い、やけに骨ばった男だった。気味が悪い、とリゾットは心の中で吐き捨てた。ムーロロはひゅぅっと息を吸って、明らかに恐怖を感じていた。

 リゾットは尋ねる。

「お前は誰だ」

「それはこっちのセリフだが…」

 男はそう返す。ドアを完全に開け放ち、こちらをじっと観察している。

 リゾットはそれ以上入って来ようものならすぐさまメタリカで攻撃しようと、乱入者を牽制する。

「ムーロロに用があってのことなら、悪いがこっちが先約だ」

 

 

とぅるるるるるるん……

 

 リゾットはムーロロのスーツのポケットにあった電話を取る。番号を確かめ、ムーロロをひと睨みしてからその口元に電話を持っていき、スピーカーフォンにして通話ボタンを押した。

 

『ブランクです。ムーロロさん?今いいですか』

 ブランクの声が荒い音質で聞こえてきた。やけに緊迫しているが、ムーロロにかかってくる電話だ。暗殺チームに何かあったわけではないのだろう。

 乱入者も黙ってその電話を聞いていた。

 ムーロロはちらりとリゾットを見てから応える。

 

「………ああ。オレだ。何かあったのか?」

『ちょっと相談したいことが。超重要!あの、今お一人ですか?』

「あ、ああ。なんだ」

『なんか息が荒いですよ?あの、ほんとに…』

 ムーロロの手のひらに剃刀が“生えてきた”。それを見てムーロロは痛みを堪えながらブランクの声を遮った。

「いっいいから話せよ。この回線なら盗聴の心配もねーから…」

『…ですですか。あの、娘を攫ってみたんですが、ええー、うーん…難しいな。とにかく、ボスの正体がわかりかけて…』

 

 そこで、不意に乱入者が口を挟んだ。

 

「それはいいね、ブランクくん。ぜひわたしにも教えてくれ」

『……………チョコラータ先生?』

「驚いたな。お前までブランクの関係者か」

「彼はわたしの患者でね」

 続々聞こえてきたチョコラータ、リゾットの声にブランクはしばし沈黙する。そしてようやく出てきたのが

『…ムーロロさん、指示をください』

 という言葉だった。ムーロロが何を言おうか迷ってるところでリゾットが口元から電話を奪う。

 

「ブランク、オレだ。リゾットだ」

『………』

「お前に聞きたい事がある。だが、とにかく今は娘を連れて逃げ、ギアッチョと合流しろ」

『………わかりました』

「いやどうだろう。ここでふたりが死ねばまたわたしと君で楽しく鬼ごっこができる」

「自信過剰のイカれ野郎か?チョコラータといったな。貴様はなぜここに来た」

「わたしはわたしだよ。ブランク、お前のことを殺してもいいって、ボスが許可を出したからな。まずはお前の大切な人を殺しに来た」

『………リゾット、チョコ先生は高低差を感知し繁殖するカビをばら撒きます。すでに撒いてることでしょう。今より低い位置には行かないでください』

 リゾットはそれを聞いて電話を切った。

 

 

「ならば簡単なことだな。オレはお前に近づかない…」

 

 

 

 

 

 



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夜明けまでの距離

「…マジでやばいな」

 ブランクは電話を切ってからぽつりと呟いた。それにメローネが反応する。

「ああ、やばいぞ。ジュニアがあのジョルノとかいう新入りに見つかった」

 メローネはかなり焦ってベイビィ・フェイスを弄っている。チャットの応酬が激しくて、ちらっと見ただけじゃジュニアからのメッセージが目でおえないくらいだ。

「今ジュニアはどこに?」

「ここから西50メートルの路上だ。やつらここをまっすぐ目指してきてる。現在車外で戦闘中」

「…リゾットさんからも指示が来ました。娘を連れてギアッチョと合流せよとのことです」

「よし、もう娘からは絞れるだけ絞ったんだろ?移動だな」

 ブランクは慌ててさっき脱いだ上着を着てライフルを担いだ。メローネもポケットからキーを取り出し、部屋のドアを開けた。

「娘は?」

「ソフト・マシーンで畳んであります」

 ブランクは自分の胸ポケットを叩いた。

 二人は走ってホテルから出てギアッチョの車に乗り込んだ。メローネはジュニアへの指示があるので運転はブランクだ。

 本当はブランクはギアッチョの私物に触ったら死ななきゃいけないのだが、今回ばかりは仕方がない。

「他人の高価い車運転するのって興奮する〜ッ」

「いいから早く出ろ。様子がおかしい…!あの新入り、一体…」

 

 


 

 

 ジョルノは助手席から飛び出したブチャラティと、腕をしっかり抱え込んだスタンドを見て即座にブレーキを踏んだ。車は激しくスリップしほとんど突っ込むように角のリストランテのテラスを破壊して止まった。

 

「ブチャラティッ!」

 ブチャラティは腕を失いつつも座席の上で蠢いている亀を抱え、車外へ脱出する。ジョルノも転がるように外に出て、すぐにブチャラティと背中合わせになって周囲を警戒する。

 

 鳥が車外からパタパタと飛び立った。それに一瞬気を取られたジョルノに向け、車の下からナイフが飛ぶ。

 ジョルノはすんでのところでゴールド・エクスペリエンスでそれを弾く。

 

「車の下か!」

 

 ブチャラティがジッパーで車を切開する。

 

いいや違うねッ!

 

 車ではなくぶちまけられたテーブルの一部が変化し、スティッキィ・フィンガーズの足を掴む。

 スティッキィ・フィンガーズは足を掴んだスタンドごと車へ向けて蹴り抜いた。車のドアフレームがスタンドの頭をかち割ったかに思えた。だが

 

無駄だぜッ

 

 スタンドはニタリと笑い、自ら分解して真っ二つになった頭部をブチャラティの脚ごと閉じた。

 

「チッ…!」

 ブチャラティは脚を切り離さざるを得なかった。

 敵は触れなければ分解できない。つまり触れられたそばから切り離せば一応は致命的ダメージは避けられる。だが結局こちらが損耗していくだけだ。

 

「ブチャラティ!」

 

 ブチャラティはジョルノへ亀を放おった。スタンドはブチャラティではなく亀を追おうと跳躍した。

「狙いはあくまで亀か!」

 ジョルノは無防備なスタンドの腹にゴールド・エクスペリエンスの拳を叩き込んだ。

 

学習不足みてぇーだな“ジョルノ”!

 

 スタンドは先程と同じようにジョルノの拳を咥え込んだ。だがジョルノは

「それはどうかな」

 と冷静に返した。

 

「君がトリッシュを連れ去ったときからずっと何かひっかかることがあった。生き物を物質に組み替える。…奇しくも僕と逆の能力だ」

 

何語って…んう…

 

 ジュニアは自分の異変に気づいた。腹の中で何かが蠢いている。ジョルノが“食わせた”拳くらいの大きさのものが暴れてる。

 

「物質に生命を与える。それがほくのゴールド・エクスペリエンスの能力」

ぐあァーーッ!

 

 “それ”はジュニアの首元を食い破り外へ飛び出してきた。

 

ピ、ピラニアッ!なぜ俺の中に…ま、まさか!てめー自分の拳を…ッ!クソッタレ!変えたんだな?!

「そして君の能力は僕にある大切なことを教えてくれた」

 

 ジョルノは切り離されたはずの拳をもう一度、仰け反りまともな防御のできないジュニアへ叩き込む。

 

「物質を自らの体のパーツに変えて補う!この拳はぼくのブローチだったものだ」

 

 ジュニアはボロ切れのようにふっ飛ばされて車の残骸に突っ込む。

 

「さあ、もたもたしている暇はない。鳥はついにトリッシュを見つけた!」

 

 ジョルノは問答無用でゴールド・エクスペリエンスで車の残骸にラッシュを叩き込む。

 

無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ッ!

 

 車は爆発炎上し、ブチャラティのそばの瓦礫が突如脚へ変わった。敵スタンドの能力が解けたらしい。亀の中を確認するとアバッキオとナランチャが床に倒れていた。

「ブチャラティ!腕は…すみません。スタンドと一緒に焼けてしまったようですね」

「いや、いい。オレの腕もお前の能力で作れるな?」

「ええ。時間はかかりますが」

「俺の腕を治し次第、ナランチャの吹っ飛んじまった腕の部品も作ってくれ。すぐ鳥を追うぞ」

「はい。鳥はここから…すぐ先の路上です!」

「走るぞジョルノ!」

 


 

 

「うわ、爆発?」

「クソッ!ジュニアがやられたッ!!」

 

 メローネは怒鳴りながら座席を蹴っ飛ばした。ブランクはエンジンをかけハンドルをぎゅっと握りしめる。

「こりゃフルスロットルですね」

 ブランクはがこがことシフトレバーをいじり、アクセルを踏んだ。

 

「追跡者は誰です?」

「ブチャラティと新入りのジョルノってやつだ。ジュニアから送られてきた情報から考えるに、新入りの能力は生き物を作り出す能力らしい。…ベイビィ・フェイスと逆だ。それを応用して自分の拳を作ったようだ」

「えーすごい便利。僕の目も作れるのかな?コピーさせて欲しいなぁ…」

「呑気なこと言ってんじゃねーよ!結局一人も殺せなかったんだぞ」

「それは僕じゃなくて先輩のミスですよ」

「はァ?!いやそーだが、そうだな…。クソ…やはり母親ってのは妥協しちゃあだめだな。あの女、明らかに健康状態が悪かった…教育する時間もあまりなかったし…」

「世話の焼ける息子ですね」

 ブランクはぶつくさ言うメローネを無視してリベルタ橋へハンドルを切った。

 直線、あとは飛ばしてヴェネツィアに入るだけ。という時にブランクのスーツに糞が落ちてきた。そしてすぐにその糞の落とし主が半ばぶつかるようにしてオープンカーの中に飛んできてブランクの肩によじ登ってとまった。

「えーっ?!どんな確率だよ。飛んでる燕のフンが?当たるか?!なんかディズニープリンセスみたい!」

「は?()だって?燕が夜に飛べるかよ」

 

 ブランクが腕を振り回しても風に負けずに燕はまとわりついてくる。メローネはジョルノの能力を思い出した。

 

 ()()()()()()()()()

 

「こいつは敵だッ!」

 

 メローネは燕を叩き潰そうとした。ブランクの肩と挟むように手を振り下ろす。

 燕の脆い体はひとたまりもないかに思えた。だが手のひらにグニャっという柔らかい感触がした途端、全身に痛みが走った。

 

「うッ…!」

「メローネ?!」

 

 全身を上から叩き潰されるような痛みだった。思わず蹲るメローネにブランクはぎょっとする。

 

「こ、この燕…ダメージを()()しやがった…!」

「ちょこざいな!」

 

 ブランクはつぶやく。

 

「何を探知して追ってるんだ…?やはりトリッシュか」

「仕方ないですね。一度ソフト・マシーンを解除します。先輩、運転できますか」

「ああ。かなり食らったがそれくらい…」

 

 ブランクはメローネと運転をかわり、後部座席にトリッシュを広げ、ソフトマシーンを解除する。

 元に戻ったトリッシュにとまる燕をすかさず掴み、グリーン・デイを直に食らわせる。肉食カビはあっという間に燕の体を食い散らかした。

 

「…いる」

 

 そしてブランクは暗闇に目を凝らす。微かに聞こえるプロペラ音はこちらとほぼ同じ速度で後方約150メートルを移動中。

 ブランクはライフルのスコープだけ取り出して覗いた。左目で見るスコープの景色はずいぶん違う気がした。

 

「敵はおよそ200メートル後ろ…ナランチャのエアロスミスの射程は50メートル…距離を詰められたら面倒です」

「しぶといな。オレたちの能力じゃ奴らはまけない!ギアッチョたちを呼び出すぞ」

「ええ。あっちもつつがなければいいんですが、ねっと…」

 

 ブランクはライフルを組み立てた。右目は使えないためいつもと逆の左側で構え、後ろにかすかに見えるヘッドライトを狙った。夜闇に移動も相まって最悪のコンディションだが、今はできることをやるしかない。

 

「利き目をやられたのに撃てるのか?!」

「ジュニアなしのメローネ先輩よりはマシでしょ」

「急に言うようになったな…」

 

 道路は直線。車間およそ200メートル。今までの自分なら当てられなくもない状況だが、慣れない腕での射撃だ。

 

 スコープを左目で覗く。銃身を右手で支える。引き金を左手で引く。それだけの事なのに、クソ。ちぎれ飛んだ左耳が痛む。

 

 ブランクは撃った。乾いた銃声が夜闇に響くが当たった手応えがない。

 

「お…落ち着け…よく見るんだ、標的を…」

 

 ブランクは次弾を装填する。マンハッタン・トランスファーを飛ばすか悩んだ。だがいざというとき自衛の手段がなくなるのは致命的だ。

 つまり今、純粋に自分の射撃の腕が問われることになる。よりによってこんなボロボロの状態で!師匠はそういう言い訳を聞いてくれない人だった。

 

 もう一度スコープをじっと見る。揺れてぼやけてよく見えないが、たしかに車が一台ぶっ飛ばして追ってきてる。

 運転席にはブチャラティチームの顔写真のリストになかった人物が座っていた。

 

「ジョルノ…?お前がジョルノだったのか」

 

 直感でわかった。

 金髪の巻毛。ギリシャ彫刻のような顔立ち。彼とは以前たった一度だけ出会っている。たまたま手と手が触れ合ったスタンド使いの美少年だった。

 

「ギアッチョが電話に出ないぞッ!やっぱオレたちでどうにかする他ない」

 

 ブランクは以前やったようにビーチ・ボーイを弾にくくりつけ、車に着弾させだれでもいいから釣り上げようと思った。だが

 

「ビーチ・ボーイが()()()だと…!?」

「ペッシがやられたのか?クソッ」

「ギアッチョ先輩はしくじったんですか?」

「オレに聞いてもわかるわけ無いだろう。市内に入ったら面倒だぞ。タイヤとか撃てないのかよブランク!」

「今の僕にはこの遠距離は無理です。70…いや、50メートルくらいなら移動中でもなんとか当たる…と思う。でもそんな近距離に入ったらナランチャに蜂の巣にされる」

「それじゃあ…一か八かやるしかないだろう。どっちにしろスピードの出せない市内に入ったらオレたちは確実に捕捉される。相手は4人もいるんだぞ」

 

 メローネの言うことはもっともだった。だがブランクは躊躇う。自分にできるのか?目を潰されて火傷を負わされて、一度惨めに敗北した自分が…。

 しかも失敗したらメローネも自分も死ぬかもしれない。

 

「メローネ…でも…は、外すかも…」

「あー?じゃあオレにやれっていうのかお前は」

「だ、だって…全然ダメなんだ!さっきの射撃も…夕方も…今までの僕なら当てられたのにだめだったんだよ!」

「知るか。どっちにしろお前がやるしかない」

 ブランクの泣き言をメローネは一蹴した。

「…失敗しても怒らないでくださいね……」

「失敗したらその時はその時だ」

「じゃあ…僕だけ降ります。トリッシュと先輩は巻き込めない…」

「バカ。3()()車にいるから勝機があるんだよ。オレは勝ち目のない提案なんてしない。こういうときこそクールになれるのが大人の証なんだよ」

 

 

 メローネはブランクに命令した。合図をしたら急停車。そして撃つ。極めてシンプルな命令だった。

 

 ブランクは目を瞑り深呼吸した。相手はおそらく一気にナランチャのスタンドの射程距離まで詰めてくるはずだ。あっちも命懸けだから、猶予などない。

 

 

 ちょうど橋の分岐に差し掛かったとき、メローネは思い切りブレーキを踏んだ。

 

「……」

 

 

 ブランクは意識を風に集中させる。わずかに川上から風が吹いている。

 車は静止し、橋という骨組みを感じることができる。 

 メローネは運転席からこちらを見つめている。いつでもまたアクセルが踏めるように足は運転席に固定しつつも、シートは最大限に倒してある。

 

 トリッシュがブランクの膝の上で小さく喘いだ。こんな状況じゃなかったら役得なのだが、いまは無駄にこそばゆい。トリッシュの体は運転席から後部座席にかけて横たえてある。

 

 これで呼吸の点がほとんど3つ、並んでいることになる。

 ナランチャの二酸化炭素レーダーを誤魔化すために。

 

「……見えた」

 

 ブランクは4発連射する。勘に任せて。

 発砲音が頭に響く。弾は夜闇に吸い込まれていき、ナランチャのエアロ・スミスが車のすぐ真上を通った。

 

 バスンという音が聞こえた。

 

「メローネ、車を出せ!」

「ディ・モールトッ!いいぞッ」

 

 4発も撃って1発しか当たらなかった。だが1発はあたった。

 

 車がうなりを上げタイヤが橋をこすり、ゴムの焦げる臭いがした。ナランチャがとにかく撃ちまくる前に、運転席を見つける前に射程外へ逃げなければ。

 ブウンと空気を震わすプロペラの音がして頭上をエアロスミスが旋回した。

 ブランクはトリッシュを覆うようにして座席にしがみつく。

 

 

 エアロ・スミスからなにかが降ってきた。

 

 はて?と首を傾げる暇もなく、そのなにかは運転するメローネの首元に落ちた。

 そしてそれは鎌首を擡げ、牙を剥いた。

 

「う、おおォオオーーッ!!」

 

 ブランクは右手で蛇をひっつかんだ。頸が締められる感覚がするが、そんなの無視してグリーン・デイを発動させる。だが蛇はそのまま右手に噛み付いた。

「イッ…」

 蛇の毒がなんだかブランクはよくわからないが、とにかく、敵がただのシマヘビを落とすなんてまずあり得ない。

「ブランク!」

 メローネが叫ぶ。

「大丈夫!」

 ブランクはすぐに蛇に噛まれた部分を自らカビに喰わせた。肉がグズグズになって溶けていくのを感じる。だがこれで毒が回る前に右手の小指球(小指側の側面)の肉を削ぐことに成功した。

 

「うわーーッ?!グロいッ!」

 ブランクは自分の手を見て叫んだ。肉と腱の断面から骨がちょっと覗いてた。

「我慢しろ!敵は!」

「ジョルノ…絶対許さねェーーッ!また銃が撃ちにくくなるじゃあないか!なんなんだよ!クソッ!」

 ブランクはスコープで後方を確認した。

「ハザードランプだ。事故ったらしい!このまま行こう、メローネ」

「当然だ」

 

 メローネ、ブランクはトリッシュを有したままヴェネツィア入りに成功した。ブチャラティたちの車を攻撃している間にギアッチョから留守電が入っていた。

 どうやらバイクは失ったらしい。しかも川を泳いで市内に入ったらしいので、三人の集合は入り組んだ水路の橋の下だった。

 

 ギアッチョは川から上がるとスタンド能力を解除した。当然髪はふわふわ、服も乾いてる。

 

「ほんとにちゃんとまいてんだろうな?」

「正直保証はできない。なるべく移動を続けよう」

「ギアッチョ先輩、ペッシ兄貴は…」

「…死んだ。だがブツは回収した」

 ギアッチョがポケットから取り出したのはディスクだった。

 

 


 

 バイクの爆発炎上ごときでやられるホワイト・アルバムではなかった。だが炎を消すには川へ飛び込まねばならなかった。

 川から顔を出し、敵の位置を確認する。フーゴはもう死に体でミスタの方の銃弾はガード可能だ。

 

 それよりもー…

 

 ギアッチョは遠くからライフルの音がしたのを聞いた。加えてメローネからの鬼電でケツがずっとバイブしてた。

 

 ミスタをぶっ殺すのが早いか、あいつらがブチャラティどもに捕まっちまうのが早いか…どう考えてもメローネが捕まるほうが早い。

 

 デコっぱちは使えねーしメローネは本体はほぼ無力。だとすれば自分が優先すべきはディスクの奪取、それ以外にない。

 

 ペッシが託したディスクを。

 あいつの死体を置き去りにして。クソ。目の前でックソ脆いカプセルに猛毒?アホかそんな能力!自分で食らって死にやがれ!!

 

 ギアッチョはキレ散らかしたくなる激情を冷やし、再び川へ潜りそこから撤退した。

 


 

「リゾットからの連絡はどうなってんだ?」

「ない」

「チッ…あいつまでなにかトラブルかよ。この3人だけで娘をどうにかするってのは一番避けたかったぜ。メローネ、もうジュニアは作れねーのか?」

「午前四時のヴェネツィアの路上にいい母親がいると思うか?」

 

 メローネとギアッチョはずんずんと街を歩いてく。ブランクは無言であとをついていった。

 

 

 ペッシが死んだ。

 

 ギアッチョは言葉少なかった。そのせいで全然実感がわかなかった。今日一日でチームの半数が殺されたことになる。

 

 そして…何より自分の命も風前の灯だ。

 

 スパイがバレてムーロロが襲撃された場合の指示は受けていない。

 この場合優先されるのは

 

すべてが失敗しそうになったら、暗殺チームの生き残りを殺してボスの前に首を持ってけ

 

になるのだろうか?

しかも今ならトリッシュもついてくる。と、なればボスももしかしたら僕を褒めてくれるかもしれない。

でも結局チョコラータは僕を殺したがってる。これは揺るぎない。

 

 

「でもよ…オレはやるぜ。もう降りれねえ。お前もだ。お前もオレもこのゲームに責任がある。途中で情に流されるなよ。だからお前にしっかり命令する。どうにもなんなくなったらチームの生き残りは必ず殺せ」

 

 

このままリゾットと合流すれば僕は殺される。リゾットが僕を生かしておく理由なんてあるだろうか。いや、あるはずがないのだ。

 

自分にはもう、本当に何もなくなってしまったのだ。

携帯電話を見た。1件だけ留守電メッセージが入っていた。

ブランクはそれを恐る恐る再生する。

 

 

 


 

 

「…もしもし。オレだ。ごめんなブランク」

「こんな形でゲームが終わっちまうなんてな」

「オレはゲームオーバーらしい」

「お、オレは“お前にもゲームに責任がある”って言ったよな?あ、あ、あれは忘れてくれ」

「逃げろ」

「お前は、ひ、ひとの望む形を…映すよな、鏡みてーに。オレ、お前を初めてみたとき……とき………あ、やれるなって、思ったんだよ。それってよォ…()()がなんかしたかっただけなんだよなァきっと…」

「あれ?なんの話、してんだ…っけ」

「いたい…」

「最後の命令だ。()()()

「ずっと遠い国で、師匠探す旅でもすりゃあいいんだ。ホントは、おまえはそーすべきだったんだ…」

「ブランク、逃げろ」

「逃げてくれ」

「…め…ん」

 

 

 

 

 

 

「…だって。聞いてたかブランク?お前にも見せてやりたいッ…この顔!この、劇的な瞬間…あ〜〜〜これを聞いてるお前の顔、絶対に撮りたかった!撮りてェーーぜ!なあ、どんな気持ちだ?お前はどうするんだ?これから。次会うとき、必ず聞かせてくれよ。それじゃあまたな!すぐ追いつくぞ」

 

 

 

 


 

 

「…………」

 

 

「…おい、ブランクゥ!キビキビ歩けよ!てめーはよォ〜オレは爆発に巻き込まれてんだぞ。なのにテメーよりキビキビ歩いてんだぜ。つーかよぉ、キビキビってなんだよ?何をどう観察してりゃそんな音が聞こえんだ?つーか音なのかこれは?ムカつくぜッ…超ムカつく!キビキビ歩けコラァーーッ!」

「…………」

「なんだ?様子が変だぞ」

「…………」

 ブランクの異変にまずメローネが気づき、ギアッチョがブランクの胸ぐらを掴み揺すぶった。

「もしもし?…聞こえてんのか?オイッ!」

「あー…ギアッチョ、ちょっと前歩いててくれるか?」

「あァ?!無視かよ!マジでムカつくヤツだなッ!」

 ギアッチョが手を上げかけたとき、携帯電話が鳴った。ギアッチョはすぐに電話に出た。

 メローネはブランクの顔を見る。顔面蒼白で目を見開き、機械的に歩き続けている足を見つめている。

 

「リゾットからだ。多少手間取ったらしいがもうヴェネツィアについた。場所もメモった。早速行こうぜ」

 

 ギアッチョは携帯をしまうとまっすぐ目的地に向かって歩き出した。

 だがブランクは立ち止まり、下を向いたまま動かなかった。メローネはそんなブランクを見て不審に思い、顎を掴んで無理やり前を向かせた。

 

「ブランク、急にバグってんじゃねえ。何があった?」

「……ムーロロさんが死んだ」

「何?なぜわかった」

「るすろく」

「…………そうか。あいつもこっちに踏み込みすぎたな。気の毒だがしょうがないだろう。オレたちももたもたしてたら同じ運命だ」

 

 ブランクは泣いてはいなかった。ただ、泣きそうな顔で何かを言いたげにしていた。

 

「なんだ?」

 

「僕は…逃げたくない」

 

「あ?だったら早く付いてこいよ。ほら!」

 メローネは苛つきながらブランクの腕を引っ張り引きずるようにしてギアッチョの後を追った。

ブランクの右手はまだ包帯から血がにじみ出ていて地面に点々と血痕を残している。メローネは舌打ちしてもう一枚自分のハンカチを巻いてやる。それでもブランクは茫然自失状態だった。

「あのな…恩人が死んでショックなのはわかる。だが腑抜けんのは死んでからにしろッ!」

 そこまで怒鳴っても、ブランクはメローネに引きずられるままに無言でついてくるだけだった。

 

 リゾットが指定したのは観光客用のゴンドラ乗り場だった。夜明け前には絶対人がこない場所。3人がそこにつくと、リゾットはまだ姿を見せてなかった。

 メローネはバッグからパソコンを取り出し、ディスクを見る準備をする。

 ブランクはその傍らに座り尽くしていた。

 

「ウジウジしやがって…初めて見るな。しょぼくれてるコイツは」

「こいつ昨日からウツ気味なんだよ」

「はぁ?なんだそれは。そんなことしてる場合じゃねーだろ〜がッ!」

 ギアッチョが背中を強く小突いてもブランクは項垂れるだけだった。頭をひっぱたいても同じだったのでギアッチョは今度は蹴り転がそうとしたら、さっきまで誰もいなかったはずのゴンドラのうち一槽にリゾットが乗っていた。

 

「リゾット…、その怪我どうしたんだ」

「ああ。手間取ったってのがそれだ。詳しくは後で話すとして…とりあえずあのボートに乗ろう。そしてディスクの中身を確かめる」

 

 ブランクはリゾットを見つめていた。酷く怯えた表情で。だが逃げるわけでもなく、むしろリゾットの方へ歩み寄っていった。

 

 

「………ブランク。お前、何故逃げなかったんだ」

 

 リゾットは傷だらけのブランクを見てたずねる。

 メローネとギアッチョには質問の意味がわからなかった。

 

ブランクは答える。

 

 

「僕は………僕は、僕は……逃げたくなかった。逃げたくない。でも……どうしてなのか、そのあとどうすればいいのか、わからないんです……」

 

 

 

 



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サン・ジョルジョ・マジョーレ島:夜明け

()()()()()()()()()()()

 

 電話を切ったあと、リゾットはそれだけ言った。この男の能力が何にせよ、二人の距離は五メートル、メタリカの射程圏内だ。

「一気に決めさせてもらう」

 チョコラータの背後にスタンドが出現した。ふいごのような音を立てて何かを散布しだす。ブランクの言う“カビ”だろう。

 

「ッ…ぷッ……グエェエエーーッ」

 

 だがやつがカビを噴霧すると同時にこちらもメタリカを発動した。チョコラータの頸動脈にすでにメスができ始めている。

「このまま掻っ切らせてもらう」

「ゲッ…ゲフッ!」

 チョコラータの頸を切り裂いてメスが飛び出してきた。血が派手にぶちまけられ、勝負は一瞬で終わったかに見えた。

「ゴボ…ゴボボ…焦った、ぜ…チョー焦った……ゴホ…」

「な…」

 チョコラータの首には灰汁のような色をしたカビがまとわりついていた。チョコラータはさらにそこに指をつっこんでぐちゅぐちゅと動かした。指先にはちいさな釣り針のようなものを挟んでいた。手術に使う縫合用の針に見える。

 

 縫ったあとも脈に合わせて、血がぴゅるぴゅる漏れ出していた。だが致命傷ではない。

「…おぉ…駄目だな、漏れちまうぜ…でも脳によぉー、血が行くには十分だ。死ぬかと思った…」

「…何度縫おうと無駄なことだ」

 

 リゾットはまたチョコラータの皮膚下、手首にカミソリの刃を作り出す。

「ハッ、ビミョーに遅いぞ。射程ギリギリなのか?」

 チョコラータは先程自分の喉を切り裂いたメスを拾い上げ、ムーロロに投げた。

 

「グガッ…!」

 

 それはムーロロの脚に命中し、ムーロロは蹲った。だが頭を少し下げただけで、顔面にカビの侵食が始まった。

「ひっ…何だこりゃぁ!」

 

 そして自らはバックステップで部屋のドアから逃げ出す。きん、と音を立ててヤツの体内からでてきた刃が床に落ちた。

 

 

 チョコラータは部屋から出て、階段の手すりにしがみつきながら自分から生えてきたカミソリを引き抜き床に捨てた。そしてリゾットに大声で話しかける。

 

「お前もすでにカビに寄生されているぞ。そいつは高低差を感知する。…残念ながら、お前らはもうここから動けないってわけだ。だがオレはお前に近づけない。…そこでどうだろう?取引しないか?オレはお前に近づかなければいい。お前はそこから動けないんだぜ?膠着状態はお互いにとってよくねーんじゃないか。…オレがお前から逃げるのは簡単だ。階段を降りりゃーいいんだからな!ムーロロさえ引き渡せばとどめを刺すのはやめてやるよ!そいつを窓から落とせばいい!」

「膠着を好ましく思わないという点では同意する。だがオレがここから動けない、と決めつけるのも早計だ…」

「何?」

 

 ばすん、という音がした。

 

 一瞬なんの音がわからなかったが、その後漂ってきた焦げた匂いですぐリゾットが何をしたのかわかった。

 チョコラータは即座に階段を駆け下り、建物から出た。

 

 

「おいおい…だいぶ正気じゃねーな、リゾットとか言ったな。あいつ通電殺菌しやがった…」

 

 カビとて人間と同じ真核生物だ。グリーン・デイのカビはスタンドが作り出したものだが、生き物に違いない。

 通電により発生するジュール熱で体表から体に根ざした菌をまとめてぶっ殺す…なんていうのは普通やれない。カビを殺せる電流を流したら普通心臓が止まって死ぬからだ。

 あれ程の殺意をまとった男が一か八かの賭けに出るわけがない。心停止を避ける手段があるのだろう。おそらくスタンド能力に関係した何かが。

 

「だがあいつのスタンドの秘密はちょっぴりわかった…鉄分だな。血の中の鉄分で刃物を作りやがる。そしておそらく、磁力を持っている」

 

 先ほどムーロロに投げたメスの軌道がやや不自然だったのはやつに引っ張られてのことだろう。

 チョコラータはリゾットのいるはずの部屋を見上げた。あいてなかったはずの窓が今は開いている。

 

「グエッ」

 

 バチンという音がしてチョコラータの左耳が切断された。いつの間にか出現した裁ちばさみが今度は肩口に突き刺さる。

 

「建物の上から来るな…」

 

 だがリゾットの姿は見えない。チョコラータは耳を拾い、大声で叫ぶ。

「おい()()()!まだなのか」

 

 返事は足元から聞こえた。

 

「うぉッ……オオッ!」

「よし…」

 

 リゾットが第二撃を与えようとしたときどぷんと音がして地面が波打った。

「もう一人いたのか…」

 

 泥色の全身スーツを着た男が地中から浮いてきて(としか形容できない)、チョコラータにロープを投げ渡した。その男はムーロロを担いでいた。

 

「悪いがどうしてもこいつは加工しなきゃならないんでな…お前と殺し合いをしている暇はないんだよッ!」

 チョコラータはセッコが破壊した車のドアを、まるでサーフィンボードのように液状化した地表に置き、それに乗る。するとスーツの男が獣じみた咆哮をあげ、一気にスピードを出して泳ぎ去って行ってしまった。

 

「地面を液状化するスタンドと高低差を感知するカビ…ブランク、とんでもない奴らに追われてるな…」

 リゾットはそのまま地面に降りた。もうメタリカの射程からはるか彼方へ逃げる二人とムーロロを追うのは不可能だ。いや、そもそも追う必要はない。

 

「時間とダメージを無駄に食ってしまったな…」

 

 リゾットはすぐさま自分のバイクに向かい、エンジンをかけた。

「急がなければ。オレたちの目標はあくまでボスだ」

 

 

 

 そして、リゾットはついにボスに手が届きかけている。

 

 

 

 

 

「………ブランク。お前、何故逃げなかったんだ」

 

「僕は………僕は、僕は……逃げたくなかった。逃げたくない。でも……どうしてなのか、そのあとどうすればいいのか、わからないんです……」

 

 

 

 リゾットは、そう言って項垂れるブランクの襟首を掴み、ボートに乗せた。ブランクは尻もちをついたまま動かなかった。

 

「ムーロロはチョコラータに連れ去られた。オレは追わなかった。もとから殺すつもりだったからな」

「………」

「お前についても同じように扱うとは考えなかったのか」

「…考えました。……でも、逃げたく、なかった…今更、逃げ出せません」

「逃げたくなかった、か。お前からそんな言葉が出てくるようになるとはな…」

「……」

 メローネとギアッチョは事情がよく飲み込めなかった。

「リゾット、こいつなにやらかしたんだ?」

 ギアッチョの問いにリゾットは淡々と答えた。

 

「こいつはムーロロの命令に従い、親衛隊のスパイとしてオレたちのところに来た」

 

「なッ…何?それは…確かなのか?」

「オレも気づいたのはごく最近だ。妙に思ったんだよ、娘がいるとわかったあと、組織が動き出すまでのタイムラグがありすぎる。情報が意図的に操作されているのは明白だ。あいつはオレたちにまず情報を与え、裏切りの先陣を切らせたんだ」

「おい、おいおいおい…あいつはオレたちに裏切らせて、何がしたかったんだよ?」

「さあな。…オレたちが失敗しようと、きっとどうとも思わなかったことは確かだ。成功したら協力者、失敗したら知らん顔を決め込むつもりだったんだろう。いざとなりゃブランクをスケープゴートにしてな」

「…ブランク、テメーはムーロロに何言われてたんだよ。ボスから何指示されたんだ。全部話せよクソヤローッ」

 

 ギアッチョはブランクを無理やり立たせる。船が大きく揺れるがお構いなしだ。

 

「は…はじめは…暗殺チーム内の裏切り者を特定せよとのことでした。任務を遂行し、ボスとのコネクションを作るようムーロロに言われました…。その後ボスより暗殺チームの監視を命じられ、今にいたります。ムーロロからも、同様です。僕はムーロロのゲームのために、ここにきました」

 

「じゃあなにか?テメーがソルベとジェラートを売ったのかよ」

 ギアッチョが今にも爆発しそうな様子で言った。ブランクは少し躊躇ってから首を縦にふった。ギアッチョはその頭を即座に殴った。ブランクは後ろに倒れ、ボートがかなり大きく揺れる。

「テメーが、テメーのせいでオレたちは組織であんな扱いされたってことかよ。なあ。ゲームだと?ふざけてんじゃあねェぞテメーーッ!」

 ギアッチョは転がったブランクに馬乗りになって胸ぐらを掴んだ。

「すみません」

 淡々と答えるほかないブランクをギアッチョはまた殴りつけた。顔の左側を殴ったせいで、耳の傷が開いたらしく、血が船底に飛び散った。

 

「謝ってんじゃねーよ!ふざけんなッ!クソが!テメーが始めっからオレたちに知ってること全部いってりゃホルマジオたちだって死ななくてすんだんじゃねぇーのかよッ!」

 ブランクはホルマジオの名前を聞いてようやく目に涙を浮かべ始めた。それをみてギアッチョはもう一発ブランクを殴りつけた。

 

「オレたちの情報を売ったのか?スタンド能力の情報を」

 メローネが尋ねると、ブランクは口から抜けた歯を吐き出してから答えた。

「はい。ですがムーロロに“ベイビィ・フェイス”と“マン・イン・ザ・ミラー”については伏せておけと指示されていました。リゾットの能力は知らないので教えていません…」

「そのムーロロへの最後の電話でお前は何を伝えようとした?お前は確かボスの正体がわかりかけた、といったな」

 リゾットが尋ねるとブランクはしばし逡巡してから答えた。

「……ええ。トリッシュを観察してわかりました。ですが…」

「今ここで言え。もう時間がない」

 

 

 

ボスからの指示

 

このDISCに入力している情報はネアポリスの町から列車に乗った時点で入力されたものである。

 

これから君たちが向かうのは「サン・ジョルジョ・マジョーレ島」

 

たった一つ教会のみある島で、そこにはたったひとつの大鐘楼がある

娘を連れてくるのはその「塔の上」

娘を塔の上に連れてきた時点で君たちの任務は完了する

 

指令1:塔には階段はなく、現在エレベータ一基のみで塔上に登ることができる。エレベータに乗れるのは「トリッシュと護衛ひとりのみ」である

指令2:護衛の物はナイフ、銃、携帯電話等あらゆるものの所持を禁止する

指令3:島にはこのDISCを手に入れてから15分以内に上陸しなければならない。なおこのDISCには発信機がついているのでこのDISCが移動していることはすでに確認している

指令4:他のものは船上にて待ち、上陸は禁止する

 

 

 

 

 

 

「今ここで憶測を言うのは、先入観により判断を鈍らせることに繋がると思います。一つ確かなのはサン・ジョルジョ・マジョーレ島に必ずいるということ。それだけです」

「テメー…ここまで来て情報を隠すのか?」

「違います。あまりに…直感的なものなので…」

 ブランクはいったことを後悔したような顔をしていた。自分でも確証のない勘なのだろう。

 ギアッチョは静かに怒りをためこんでいるようだった。

 

「確かに、あの島に必ずボスはいる。そして…娘はオレたちの手中にある。これがおそらくボスを殺す最後の、そして最大のチャンスだろう」

「問題は娘を連れてきたのがブチャラティのチームじゃないと気づかれたとき、ボスがどうするかだな」

「娘を奪還するだろう。ボスが強力なスタンド能力を持っているのは確実だ。ここまで手間をかけて導いた娘を奪還せず逃げ出すとは思えん。ここで終わりにするだろう」

「リゾット、お前が行くつもりなのか」

「ああ。オレが適任だ。もちろんボスにここでとどめを刺すのが一番いい。だが、万が一失敗した場合、メローネ、お前がボスを殺せ」

「ボスの血液を手に入れてか」

「そうだ。俺が適任だといったのはそこだ。そしてギアッチョ。お前は荒巻く海でも止められる。…そうだな?」

「…ああ。その気になりゃーな」

「お前はボスの逃走経路を潰せ。オレがボスを仕留め損ねた場合、状況を見て殺れそうなら殺れ。無理ならばメローネと協力してボスを追いかけ、暗殺しろ」

「わかったぜ、リゾット」

「了解」

 三人は自分の仕事を確認し、互いを見つめ合った。

 そしてまだ倒れたまま動かないでいるブランクを見てギアッチョが軽蔑したように足で踏みつける。

「……で、こいつはどーすんだよ」

「…メローネ、見張ってろ。本当に、何もかも失敗したとき、トリッシュをじっくり観察したこいつが最後の頼みになるだろうからな」

「はいよ」

「そんなの必要ねぇーっツーの…クソッ!全部終わったらオレはお前をブッ殺す!覚悟しとけよ」

 ギアッチョは一発蹴りを入れて、川に飛び込んだ。ブランクは無言でボートの底に倒れたまま動かなかった。メローネは呆れた顔でそんなブランクを一瞥し、遠くに見える朝日に照らされるサン・ジョルジョ・マジョーレ聖堂を見上げた。

 

 

 


 

 トリッシュは目を覚まし、自分が見知らぬ男に抱えられてるのに気づきギョッとした。とっさに叫ぼうとするがすぐに口を塞がれ、地面に降ろされ、後ろ手にしっかり腕を固定されてしまう。

 とんでもなく素早い手付きに「自分は殺されるんだ」と思った。

 だが、聞こえてきた声は思っていたよりも落ち着く、低く安定したものだった。

 

「オレはお前に何もしない。お前の父親はこの教会の大鐘楼にいる。そっちに用があるだけだ」

 確かに鉛のような冷たい殺意を感じるが、それはトリッシュではなく別のところを向いているようだった。

「…じゃああんたが…父を裏切った、チームのボス?」

「そうだ。邪魔をするな。それだけだ」

 男は教会の門をくぐり、中の装飾には見向きもせずにまっすぐ礼拝堂から出て廊下に出る。廊下の奥にはエレベーターがあった。

「でも父を殺すつもりなんでしょう…」

「会ったこともない父親でも殺されるのは嫌か」

「…そうじゃないわ。…ただ、結局私はほとんど何も知らずにここまで来てしまったんだって…おもっただけ」

 

 エレベーターが到着した。リゾットは念入りに中を調べる。不審なものはなく、操作パネルももグランドフロアと最上階と開閉ボタンのみ。生き物の気配もなかった。

 

 リゾットはトリッシュを籠に乗せようと腕を握る手に力を込めると、トリッシュは急にリゾットに尋ねた。

 

「……あの子は。ブランクって子」

「…あいつは生きてる」

「そう」

 

 なぜ急にあいつのことをきくのだろうか。ブランクがトリッシュを深く知ろうとしたとき、トリッシュもまたブランクのなにかに触れたのだろうか?

 だが、そんな事を考えている暇はもうない。

 リゾットは最上階のボタンを押した。

 

 

 

 

 

「ブチャラティは“失敗”したか…」

 

 

 教会入り口の監視カメラの映像がブラウン管に映し出されている。それを見て男はため息を吐き、座っていた椅子から立ち上がった。

 

「見込みがあると思っていただけに残念だ。しかし、捉えようによっては幸運とも言える。始末しなければならないものが同時に現れたのだからな」

 

 リゾット・ネエロ。

 ヤツの能力は未だ不明だ。リゾットから始末するとなると相当手こずるに違いない。そうこうしているうちに仲間を呼ばれたら厄介だ。

 故にトリッシュの確保が最優先であることに変わりはない。己の正体につながるものは必ず消す。

 追ってくるようならば、能力の正体を暴いてやる。

 

 

 

「誰だろうと私の永遠の絶頂を脅かす者は許さない」

 

 

 

 エレベーターが浮上する。天井がガタガタと不安な音を立てた。

 

「あの子が言ってた。……あたし……殺されるの?」

「…オレには関係のないことだ」

 

 ブランクがなぜそんなことを言ったのか。あいつは意味なくに人を怖がらせるようなことは言わない。トリッシュ越しに感じたボスの魂を見てそういったのだろうか。

 正体がわかりかけた。判断が鈍ろうがなんだろうが、聞いておけばよかった。

 

「あいつはなんて…」

 

 リゾットはハッとして自分が掴んでいたはずのトリッシュの腕が、いや。トリッシュが消えたことに気づいた。

 

「…これは…ボスのスタンド能力か」

 

 

 エレベーターの床に大穴が空いている。リゾットは迷わずそこから下へ出て、壁にあるメンテナンス用のハシゴに飛び移った。

 姿が見えない。だがそれは想定済みだ。

 

「娘の場所ならすでに、捉えているぞ。……下か。納骨堂へ向かったな」

 

 


 

 

 

 ギアッチョはメローネからリゾット上陸の知らせを受けて、メローネたちのいるボートと反対側にある船着き場に上がった。

「クソが…ホワイト・アルバムは潜水スーツじゃねェーのによォオー…どうしてこんな潜んなきゃいけねーんだ?そもそもなんでこんなところに街なんか作ったんだ?」

 ギアッチョは一度能力を解除し、曇ったメガネを拭きながらつぶやいた。

「だいたいよォ、フランスのパリは英語ではパリス(Paris)っていうくせに、みんなはフランス語通り「パリ」って呼ぶ。でもヴェネツィア(Venezia)はみんな「ベニス」って呼ぶんだよ…『ベニスの商人』とか『ベニスに死す』とかよォー…。なんで『ヴェネツィアに死す』ってタイトルじゃあねぇエーんだよォオーー!!なめてんのかァーーッこのオレをッ!イタリア語で呼べイタリア語で!チクショオーッムカつくんだよ!コケにしやがって!ボケがッ!」

 

 怒りを発散した後、すぅと息を吸ってから教会の出入り口の位置、船をおいておけそうな場所を見取り図で確認し、ボスが脱出する際使うであろうルートを絞りこむ。

 めちゃくちゃ集中して考えてると、ちゅんちゅんうるせー鳥共の鳴き声に混じって波を切る音が聞こえた。

「……あ?」

 集中が妨げられてイラッとして周りを見渡す。この時間に船が出るとしたら漁師だろうか?ヴェネツィアにいるのかそんなの。

 

 遠く見える対岸の街並みをぐるっと見渡す。

 見間違いではなく、1艘のボートがこちらに向かってくるのが見えた。

 

「メローネ…やっぱまけてねェーじゃねーかよ」

 


 

 ブチャラティたちはクラッシュのあと、ミスタとフーゴと合流するためにサンタ・ルツィア駅に向かった。橋からそこまで遠くはない。

 だがひと目で戦闘が起きていたことがわかった。

 

「フーゴ!」

 

 いち早く駆けつけたブチャラティはちょうどミスタが川からフーゴを引き揚げているところに居合わせた。

 

「なにがあった」

「二人の敵と遭遇。…一人はやったが、ディスクは奪われちまった…ッ!フーゴも左手を失った」

「負傷に関しては心配ない。…だが、フーゴは一体何があったんだ?全身が…凍傷、なのか?ひどく変色してる」

「ディスクを持ち去った敵は氷を操るスタンド使いだ。やべーぞブチャラティ。このままじゃフーゴが…」

「ジョルノ!治療は可能か?」

「左手や、ひどく損傷している脚ならば新しく部品を作ることはできます。ですが…全身ではどうしようもない。適切な治療を受けなければフーゴは死にます」

「……わかった、ナランチャ、もう動けるな?」

「あ、ああ!動けるよ!フーゴを病院に連れてくんだな?」

「そうだ。大急ぎで連れてって、戻ってこい」

「うん。わかった」

「ミスタ、覚えてる限りでいい。敵は仲間と連絡をとった素振りは見せたか?」

「……いや、すまねえ、わかんねえ。その爆発させたバイクはやつらのみてーだが、川を泳いで消えちまった」

「ムーディ・ブルースでの追跡は困難か…」

「いいや、ブチャラティ。諦めるのは早いぜ。二人組の方の車が乗り捨ててあるかもしれない。そっちを当たろう。敵は必ず合流するために連絡する」

「…そうだな、まだ諦めるには早い。トリッシュは生きてる、奴らがボスに接触する前に必ず取り戻す」

 ブチャラティの言葉にアバッキオは力強く頷いた。ジョルノは二人についていきながらも考え事に耽っていた。

「おい、遅れてんぞ」

 ミスタはさっき怪我を治して(と言っても部品で埋めただけだから完治ではないのだが)平気で走っている。

「考え事か?」

「いえ…この護衛任務が失敗したらボスは僕たちをどうするつもりかと」

「そりゃあんま考えたくねーな」

 

 ジョルノは考える。このまま暗殺チームがボスを殺した場合、組織の支配権を得るのは奴らだ。ボスの正体は誰も知らない。だからこそ、今ここで暗殺が起きて誰かが成り代わっても問題ない。

 

 暗殺チームが支配権を手にすればブチャラティチームに復讐するのは明らかだろう。

 

 だがこのまま暗殺チームがボスを殺し損ねても

任務失敗とみなされ、ボスに処分される可能性が高い。

 

 トリッシュを奪われた時点で自分たちは道が残されていないのだ。

 

 ブチャラティも当然そこに思い至っているはずだ。

 彼が今何を考えているのか。真っ直ぐな志を持った彼のことだ。だからこそ今、必死にトリッシュ奪還へ動いている。

 ジョルノとしては、顔の知れないボスよりは暗殺チームとやり合うほうがマシだ。

 

「ムーディ・ブルースが痕跡を見つけたぞ」

 

 

 

 

 


 

 

教会左手の船着き場。

 

 メローネはギアッチョにリゾットが上陸した旨を伝えると電話を切った。ブランクはギアッチョに蹴られたままの姿勢で倒れたまま、死んだクラゲみたいに船底にへばりついている。

 

「おーい…ブランク。おい。いい加減顔あげろよ…昨日今日で一気にめんどくさいヤツになったなお前」

 ため息混じりにそう言うと、ブランクは口を開いた。

「………メローネはなんで僕に怒らないんですか」

「は?怒ってほしいのか」

「…や、殴られるのは……やですね…」

「オレが喚き散らさないのは今更怒ってもしょうがねーからだよ。そうだろ?もともと暗殺チームは疑われてたんだ。そこにお前が来ようと来まいと、いつかバレてソルベとジェラートは殺された」

「…でも、彼らを特定したのは、僕です。僕は…二人の拷問にも立ち会いました」

「…あれやったの、誰だ?」

「チョコラータ先生です。今は僕を殺そうと追ってきてる…」

「へえ。じゃあちょうどいいな。お前を餌にそいつにも復讐できるわけだ」

 メローネは教会を見上げながら言う。ブランクは上体を起こし、自分の耳から垂れてる血を見た。朝日がまだ教会の影になって届かないせいか、どす黒く見える。

 

「……僕にまず復讐しないんですか…僕は……ずっとあなた達を裏切ってた」

「逆に聞くが、そう思ってんならなんで途中で逃げなかったんだよ。死にたかったのか?」

「……死にたくない。でも、逃げるのは死ぬのと同じだ。僕は矛盾してるんです。…僕はあなた達が好きだった。僕は、最悪の場合あなた達を殺せという命令を受けていた。でもできなかった」 

 

 ホルマジオの死体が頭をよぎった。焼け焦げた見知った顔。そして列車の車輪の隙間に見えた、ちぎれかけたプロシュートの脚。

 イルーゾォがバイクで自分を突き飛ばしたときの目、ペッシが分かれる前に握った手。

 全部、もう二度と戻ってこない。この世から完全に消えてしまったものたち。

 

 メローネはただ黙ってブランクの独白を聞いていた。

 

「僕は自分がない。空っぽだ。誰が死んでも悲しくない。何がどうなっても痛くない。傷ついても、それは演技している架空の人格だから」

 

 涙が溢れてきた。止められなかった。自分の感情がこんなに制御できないことなんて今まで一度もなかった。

 

 

「でもそうじゃあない。もう嫌だよ、メローネ…。僕はもう、自分が空っぽだなんて言えないよ…もう、誤魔化せない………僕はどうしようもなく…辛い………」

 

 ブランクは跪くように泣いた。頼りない肩が揺れて、嗚咽を漏らしてる。朝日が差し込んできて、ブランクのきれいな赤毛を照らした。船底に溜まった血と同じ鮮やかな朱色だった。

 

 

 メローネははじめてブランクを見たとき、男か女かよくわからないし、大人か子供かもわからない妙なやつだと思ってた。

 仕事を一緒にやりはじめて、飄々とした姿を見て、ペッシよりよっぽど大人びてるなと感心することもあった。

 だが2年共に過ごして、死闘のはてにここまで辿り着いて、ようやく確信した。

 

 こいつは年相応の脆さを持った、ただのこどもだ。

 

 

 

 

「…だからオレはこどもって嫌いなんだよな…」

 

 

 

 

 

 

 

 



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Awaken

1997年、春

 

 噴水の音がした。外からの光がレースのカーテン越しに外の庭の木々の柔らかい影を作ってる。ちょっぴり湿っぽい空気は、こないだまでいた砂漠と全然違って、体がムズムズする。

 フカフカのソファに、ピカピカのテーブル。上には金色の何に使うのかよくわからない器だとかライターみたいなものとかがおいてある。壁には絵と十字架がかけてあって、なんだか厳かな雰囲気だ。

 

 扉の向こうから音がした。僕は師匠を見上げた。師匠は扉を開ける主をまっすぐ見ていた。

 入ってきたのは浅黒い皮膚をした男だった。胸に十字架をくっつけているから神父か牧師なんだろう。師匠の訪問をあまり快く思ってないようだった。

 

「その子が電話で話していた子か」

「ああ。ブランクって呼んでる」

 師匠は僕を立たせた。普段着ないような襟付きの服を着せたのはこのためだったらしい。

 神父は僕を頭のてっぺんからつま先まで見つめた。そして何か汚らわしいものを見るようにして目を逸らす。

 

「こんな子を代わりにする?頭がおかしいんじゃあないか。彼は、もういない。どんな才能があったって彼になりうる人間なんてこの世に一人もいるものか」

 

「待ってくれ。それだけじゃない」

 師匠は机の上に地図を広げて指差して、縋るような必死さで神父に説明する。

「この子は、彼の…子どもかもしれない。その可能性だってある。生まれながらのスタンド使いで…みろ、地図、彼の旅した場所で……!」

 

 神父はそれを机から叩き落として怒鳴った。

 

「代わり?代わりだって?彼の代わりなんてあるものか!彼は失われたんだよ、永遠に!そんなちっぽけな代用品で私と彼の関係性まで穢すな!」

 

 僕は神父を眺めた。僕は自分が怒鳴られようと殴られようと何も感じない。でも、その言葉に師匠が傷つくのはわかった。

 師匠は落ちた地図をただ黙って見ている。

 神父は激昂したことを恥じるように口を一度覆ってから、今度は静かに言った。

 

「この子と君の出会いは運命かもしれない。だがそれは、彼とは全く関係ない別の引力だ。いい加減現実を見ろ。年も合わない。それに彼に似てるとこなんて何一つないだろ」

 

 師匠は黙りこくってしまった。僕は師匠が僕をどうしたいのか、直感でわかってても言葉にはできない。ただ、少し前から彼の心に迷いを見ていた。

 神父はそれをズバリ言い当てたんだろう。

 

「……」

「…教会から孤児院を紹介できる。置いていくか?」

 

 神父の言葉に、師匠は首を横に振った。

 

「いいや…オレは、諦めない…こいつは、いつか弾になる。あの、空条承太郎の心臓を貫く銀の弾丸に」

「そうか」

 神父は嘲るような口調だった。

 

 師匠は僕の手を掴んで部屋から出た。その手はとてもあつかった。

 僕はそのあつさにおどろいて思わず尋ねた。

「ししょう…ぼくはここに残ったほうがいいですか」

「残らないよ。お前はオレと一緒に行くんだ」

「どこへ」

「どこまでもだ。道を見つけるまでどこまでも」

 


 

 

 あの時師匠の手に宿ったあつさが、急に瞳に涙として宿った気がした。頬から水滴がこぼれ落ちた。それは涙ではなく、血だ。

 船底にはブランクの血がたくさん流れていた。朝日に照らされている朱色の血。生きている証拠。

 

「僕は空っぽなんかじゃない。それを隠すのがうまかっただけだ。だからここまで…失うまで、気付けなかったんだ…」

 

 顔を拭う。だが手も血だらけだから効果がないかもしれない。でももうそんなことブランクにはどうでもよかった。ただ頭と胸がねじ切られそうなくらいに苦しい。

 

 

「辛い、苦しい…寂しい…みんないなくなっちゃった。耳も吹っ飛ぶし、目も潰れるし、手もえぐられるし……しこたま殴られたし…」

「最後のだけ自業自得じゃないか?」

 メローネが突っ込む。確かに今痛むのはほとんどギアッチョにぶん殴られた部分だ。

「もう傷つきたくないよ…」

「傷つかない人生なんて死んでるのと同じだろ。…つーかめそめそ鬱陶しいな…あれもこれもやりたくない、じゃあどうしようもないだろ。イヤイヤ期ってやつなのか?」

 

 ブランクは黙って、鼻水を啜った。メローネは教会の方をじっと見つめた。そして滔々と昔話でもするかのようにブランクに話し始めた。

 

「オレたちはお前がきてから散々だったぜ。名誉も地位も、尊厳も何もかも、ハゲタカみたいなヤツらがこぞってオレたちから奪っていく」

 

 ブランクはまた胸がいたんだ。足元を睨みつけて黙ることしかできなかった。

 

「この世界じゃ全員が奪う側に回ろうとする。でもオレたちははじめからそういう奪い合いゲームの中で生きていた。それまでずっと奪う側だったから忘れてただけで」

 

 暗殺は人間の命を“奪う”ことだ。人間から奪えるものの中で一番重いものを奪い、対価を得る。そうしなければ生きていけないから。

 

「誰も彼もがお互いに奪い合う。それが世界のルールなんだ。こうなったのはお前のせいじゃない。ギアッチョもわかってる。もっと大きなものが、オレたちをこんなとこまで追いやったんだよ」

 

「……そんな理屈…僕にはわからないよ」

 

「そうか?お前もずっと、誰かに都合よく搾取されていたろ。ムーロロに、ボスに。お前は奪われ続けてたんだよ」

 

 

 イルーゾォの言葉が、ふいにブランクの脳裏に蘇った。

 

 

テメーが毎日をやり過ごせねえ程に怒ったことねーのは、テメーがボケっと生きてるからだろ

 

 そう、僕は毎日を、漠然と、やり過ごせれば幸せだと思ってた。

 

 

誇りとかクセーこと言うつもりはないが、そういう生きる支柱みてーなのが傷つけられた時に怒るんだよ

 

 僕はいま怒ってるのかな、イルーゾォ。

 

 

それがわかんねーってことはてめーは今まで誇りなんて感じたことなかったってことだ

 

 

 

 ブランクはやっと、身体を起こした。そしてメローネをまっすぐ見て問いかける。

 

 

「……メローネは…僕がここで逃げ出したら、僕を殺す?」

「…まあ一回限りで見逃してやるよ」

「どうして?」

「さっきお前に助けてもらったから」

「……それだけ?」

「あっ、おい。オレが優しいやつだなんて勘違いはよせよ。そうじゃあない」

 

 メローネはわざわざ手をびしっと前にして断りを入れた。そしてブランクの手の傷を指差し、はっきり言った。

 

「お前は自分が死ぬかもしれないのにオレを助けた。オレがお前を見逃すのはその傷への見返りだ。()()()()だよ」

 

 メローネとブランクの視線がかっちりと合った。メローネはトルコブルーの瞳で、ブランクはウルトラマリンの瞳で。ブランクはゆっくり瞬きしてから、目を逸らす。

 

「……逃げないよ。僕、泳げないし…」

「あっそ~かよ。じゃあもう黙って鼻血拭いてろ」

「………メローネ。さっき世界は奪い合いだって言ったでしょ。本当にそうなら、世界は残酷だね」

 

 

「そうだ、残酷だ。だからオレたちは奪われただけボスから奪い返してやるのさ」

 

 

 強いものだけが、勝者だけが、すべてを掴む。それがギャングの掟だ。

 

「それでお前はどうする。苦しいからってそこに座ったまま動かないのか?」

 


 

 ディアボロは娘、トリッシュに会ってみて“実感”した。

 地下納骨堂に逃れて、高窓から届く僅かな明かりでしか顔を確認できないが、確かに血の繋がりを感じる。

 ほとんど直感で、“これが自分の娘だ”と感じる。それはつまり、娘も意識があるときならば自分の存在を直感で察知できるということだ。

 やはり、始末しなければならない。自分へ繋がる痕跡は、血はここで絶たねば。

 

 リゾットは完全にまいたはずだ。エレベーターの穴に気づいたところで姿を捉えることはできまい。

 

 

 

 

 ギ…

 

 そこで本来聞こえ得ない音がして、ディアボロは柱の影に隠れる。納骨堂入り口の扉がゆっくり開いている。

 

「…ようやく辿り着いた。本来ならば沈黙のうちに標的を葬り去るが、お前には…しっかりとけじめをつけなきゃならない。死ぬ前に自分が何に殺されたのか理解してから死んでもらわなければ、仲間が浮かばれないからな」

 

「…リゾット・ネエロ……何故わたしがここにいるとわかったのだ」

 

 これもやつの能力か?エレベーターから一直線に来なければ追いつかれるはずがない。

 一体何を感知している。

 

 リゾットの姿は扉の前から不意に消えた。

 

 階段を降りる靴音が僅かに聞こえた。

 

 ちゃり…ちゃりちゃりちゃり…

 

 金属がこすれるような音が抱えているトリッシュのもとから聞こえてきた。

「……これは…」

 トリッシュの手だ。左手に小さな切り傷がある。そしてそこから“釘”が生え、階段の方へ引っ張られているのだ。

 

「まさか…磁力か…!」

 

 ディアボロは迷わずトリッシュの左手を切断した。

 

「これほど早くオレの能力を悟ったのは貴様が初めてだ。だがすでに射程距離に入った」

 

 射程距離と聞きディアボロはとっさに後ろへ下がる。途端ディアボロの左腕から大量のカミソリが生えてきた。カミソリは手首の動脈を的確に切り裂き血飛沫とともに地面に落ちる。

「何ッ…!」

 その血にはおぞましいスタンド像が見える。体内に発現させるスタンド…これでは攻撃されるまで何もわからないわけだ。

 

 血しぶきが空中で止まったように見えた。いや、血が、リゾットにかかったのだ。

 姿の見えない理由がわかった。やつは磁力で鉄を操ることができる。おそらく砂鉄を纏って磁力で姿をカモフラージュしているのだ。

 

「右だな」

 

 こちらがやつの姿をほとんど視認できないのに対して、リゾットはまだこちらの位置を探知している。

 いや、もうすでにかなり近くにいるはずだ。トリッシュを探知しているのか自分をすでに捉えているのかはわからないが、とにかくトリッシュを抱いたままでは殺られる。

 ディアボロはトリッシュを投げ捨てる。そしてキング・クリムゾンの能力で時を飛ばし、さらに奥へ距離を取る。

 

 だが完全に射程圏外に出ない限りスタンドそのものが消えるわけではない。

 

「逃がすか!」

 

 納骨堂から外へ抜けようとしたのは失敗だった。この狭い空間ではやつを振り切るのは困難だ。

 だが…一度能力の種がわかれば、そしてキング・クリムゾンの射程圏2メートルに入りさえすれば、確実に殺せる。

 ヤツの姿は見えないが出血部位から窺える群体型スタンドの密度からして射程は10メートルがせいぜいだろう。離れれば離れるほど密度が落ちている。

 

 チキ…

 

 皮膚の下で何かが動く感触がした。左のこめかみだ。やつは少なくとも左側にいる。時を飛ばし一気に駆け寄り、確実に殺す。

 離脱までにこのカミソリが体外へ飛び出すのは確実だろう。だがこのままヤツの仲間がやってきて、トリッシュを置き去りにして逃げざるを得なくなるのが一番恐るべきことだ。

 

「傷を受ける覚悟なくして、何も得ることはできん!因縁を断ち切るための、これは試練だ」

 

 

 

 

 


 

 

「メローネ…やっぱまけてねェーじゃねーかよ」

 

 ボートはまっすぐこちらへ向かってくる。

 ギアッチョは即座に行動を開始した。

 

 

 ミスタは遠くに見えるサン・ジョルジョ・マジョーレ島を眺めながら操縦をしているブチャラティに話しかける。船上には二人だけでジョルノとアバッキオは亀の中で待機している。

 

「…本当に奴らは…ボスはあそこにいんのか?」

「ムーディー・ブルースのリプレイで確かに聞いたろう」

 

 

今ここで憶測を言うのは、先入観により判断を鈍らせることに繋がると思います。一つ確かなのはサン・ジョルジョ・マジョーレ島に必ずいるということ。それだけです

 

 

 リプレイで映し出される赤毛の狙撃手は仲間にひどく殴られていたようだった。ミスタは何があったのかとても気になったが、前後のつながりまで聞いている暇がなく、リプレイ後すぐにボートを前進させた。

 

 ボートは飛沫を上げて、サン・ジョルジョ・マジョーレ島に向かっている。

 

 敵の妨害もない。教会内ですでにボスと戦っているのだろうか?だとしたらジョルノの心配事が実現してしまったというわけだ。

 

 そーだとしたら相当ヤバいぜ。まさか4月に入ったせいか?オレに一月まるまる家から出るなって言ってんのかよ。クソッ!

 

 ミスタは心の中で悪態をつく。そして朝日に照らされる教会を睨みつけ…キラリと空中で何かが光を反射しているのを発見した。

 

「ブ、ブチャラティ!今すぐ船を止めろーーッ!」

 

 ミスタはブチャラティから無理やり舵を奪い、ハンドルを思いっきり切った。だが遅かった。

 

 進行行方向上に並べられた氷のつららが舟の胴に突き刺さった。

 

「これは…!」

 

 つららはいくつかブチャラティとミスタの体を抉っていた。飛び散った血で色が付き、まるで剣山のように並べられていた氷の罠が明らかになる。

 

 

「空気中の水分を凍らせて作ったんだ!ギアッチョ…あいつがいる!この周囲に潜んでいるぞ!」

「潜むって言ったってここは…うっ!」

 

 ブチャラティは自分の手に起きた異常にようやく気がついた。ボートについていた手のひらの皮膚が剥がれ、ひっついている。

 

「凍っている…!痛みに気がつかないほどに!」

 

「下だ!」

 ミスタはすぐさま川へ発砲した。弾丸を水中で届けることは難しい。だが敵の姿を確認することくらいはできる。

 

「イルゼェーミスタ!ヤツハ船底ニ張リツイテヤガルッ!アンタノ真下ダ!!」

 

 

 途端、ミスタの足元から底がぶち抜かれ、氷をまとった腕ががっちりと足を掴んだ。ホワイト・アルバムのメット越しにギアッチョとミスタの視線がかち合う。

 

「引きずり落としてやるぜェーーーッミスタ!!」

「しぶてえヤローだなテメーはよォーッ!」

 

 ミスタは無理やり腕から足を引っこ抜いた。ズボンと皮膚が持ってかれる。血まみれの足さえもどんどん凍りついていく。

「クソッ…!血が凍りつく…!」

 

 ブチャラティが持っていた亀の中からジョルノだけがでてきた。状況を見て息を呑む。

 ボートの周りが次第に凍りついていき、スケートリンクか氷山みたいになってゆっくり川を流れていっている。

 

「まさか泳ぐしかねーのか?!島まで100メートルはあるぞ」

「いいえ、まだ諦めるには早すぎます」

 

 ジョルノは攻撃により破損したボートの部品を魚に変えた。カプリ島のときと同じことをしようとしているわけだ。

 

「わかってねーようだな。オレのホワイト・アルバムは…流れる水だろーと関係なく止められるんだよッ!」

 

 

 ギアッチョはボートに上がり叫んだ。そしてジョルノたちを追いかけるように水面が凍り付く。

 ジョルノは自分以外を亀にしまい速度を上げるが、ギアッチョは凍った水面をスケートで滑ってきてすぐに追いつき、ジョルノに蹴りを入れた。

 するどいブレードがジョルノの背中に突き刺さり体が宙に浮いた。亀はジョルノの手からこぼれ落ち、川へと投げ出されてしまった。

 

「チ…まあいい。まずはテメーだ新入り…」

 

 ギアッチョはジョルノから流れる血を凍らせ、蹴り飛ばされたときと同じ姿勢で静止させる。そして空中に氷柱を作り出し、ジョルノの延髄に叩き込もうとする。

「うぉおおォーーッ喰らいやがれ!」

 

 ドンドンと発泡音がした。どうやらミスタは水面が凍り切る前に亀から逃れ浮上したらしい。

「何度同じことすりゃわかるんだ?効かねーっつてんだろーが!」

 ギアッチョはジェントリー・ウィープスで瞬時に氷の壁を作りだし、銃弾を弾く用意をした。

 

「気を引けたら十分なんだよ!」

「何ッ」

 

ジィッ

 

「ジッパー…だと!?」

 

 スティッキィ・フィンガーズがギアッチョの足元の氷を切開し川に叩き落とした。

 水面下でブチャラティとギアッチョが対峙した。ギアッチョは着水の瞬間空気穴を閉じたが、水泡がごぽりと上がったのがわかった。

 

「オレをなめすぎなんじゃあねーのか?ブチャラティ。流れてる水だろうと、どんだけ体積があろうと…オレのホワイト・アルバムはすべてを静止させるぜッ!」

 

 ギアッチョの周りが瞬時に凍り付く。ブチャラティは離脱が一瞬遅れるが、すんでのところで魚に引っ張られた。すべてが凍っていないとはいえ、水温は零度前後のはずだ。なのに魚はその中を自在に泳いでいる。南極の海であろうと生存する魚はいる。不凍タンパク質を持つ魚だ。

 この凍る寸前の水に飛び込むブチャラティも相当肝が座ってるが、あの新入りもまんざらバカじゃないらしい。

 

 水面下まで凍ってしまえば泳いで追いかけることもできない。ギアッチョはすぐに浮上した。

 ブチャラティも水中から上がってきたらしい。ガタガタ震えながら蹲っている。

 

 ギアッチョの顔面が出てきてすぐ、ミスタは発砲した。氷の壁があるというのにバカなやつだ。すでにかなりスタンドパワーは消費しているがやむを得ない。ギアッチョは再び自身の周囲の空気を凍らせた。

 だがそこで違和感に気づく。

 

「ッ…!」

 

 新入りが自分の背中の傷を抉って、血まみれの腕をこちらに向けて振った。

 

 ギアッチョは瞬間理解する。

 

 ()()()()()()()()…!!

 とっさに腕でホワイトアルバムのフェイスカバー部分を覆った。現在ギアッチョの周りはなんであれ問答無用で凍る温度だ。そこに真っ赤な血なんてぶっかけられたあとじゃ…!

 

 

 発砲音が聞こえた。空気穴は閉じている。たとえ弾丸が氷の壁を見切り飛んできたとしても耐えられる。

 案の定首筋に衝撃が走った。だがダメージは全くない。ギアッチョは腕をどけ、勝ち誇ったように言い放った。

 

「勘がいいなてめーらは…だが一手、こっちが早かっ…」

 

 そこで、本当に一手上回っていたのは相手だったことを悟る。

 教会からすぐ近くの船着き場のビットにブチャラティがしがみつき、よじ登っているのだ。

 

「は?なんであそこにブチャラティが…」

 

 ギアッチョは蹲り倒れている氷上のブチャラティを見た。それは呼応するようにゆっくりこちらを振り向いた。

 頭にタイマーがついた、ムーディ・ブルースのブチャラティだった。

 

「ッ」

 

 

 ギアッチョはスーツ内にしまっていた無線機のボタンを押して叫んだ。

 

 

「メローネ!ブチャラティがそっち行ったぞ!!」

 

 

 

 

 

 

「メローネ!ブチャラティがそっち行ったぞ!!」

 

無線から突如ギアッチョの怒鳴り声が聞こえてきて、メローネもブランクもハッとなった。メローネは無線をとって応答する。

「何?!ギアッチョ、そっち側で何が起こってんだ!?もしもし?」

 メローネの通信にギアッチョからの返事はなかった。

 

「……メローネ、僕行きます」

 

 ブランクが立ち上がり、返事も聞かずに船から降りて走り出す。

 

 船から降りて、ふらついた。でも転ばないようにしっかり地面を踏みしめる。

 武器は背中に背負ったライフルにナイフが一振り。

 そんなんでブチャラティを止めて、ボスを倒せるのか。わからなかった。だが立ち止まってる場合じゃない。

 

 教会の扉がバタンと閉まるのが聞こえた。きっとブチャラティだ。転びかけながら階段を登り、ブランクも扉に到達する。

 

 

 

僕は、この世界は奪い合いゲームだなんて思いたくない。

だって僕はたくさん与えてもらった。

師匠にも、ムーロロにも、チームのみんなにも。

 

奪われ続けていたのなら、みんなが僕に与えられるものなんてないはずでしょう?

世界が本当に奪い合いゲームなら、僕は空っぽか、マイナスになってるはずなんだ。

でもそうじゃない。

 

 

世界は両義的で、引き裂かれてて、僕たちはその中間を飛ぶ一羽の鳥だ。

鳥はいつか一つの空を飛び続けることになるのかもしれない。

でも、違う空が消えるわけじゃないんだ。

 

僕はずっと、なにとも向き合ってなかった。

辛いことは全部箱の外に押しやって、空っぽの箱の中で呆然と、その空虚な安寧に浸っていた。

 

でももう、与えられたものについて無視を決め込むことはできない。

僕はもう、ここに留まっていられない。

 

 

鳥は、そとに向かって飛ぶのだ。

 

 

 


 

 

 リゾットは己の勝ちを確信した。ボスは出血した。さらにそれだけでなく、メタリカがすでに発動している。納骨堂は広く、その気になればメタリカの射程内から逃げ出すことは可能だ。

 さらに言えばここまで攻撃を加え逃げの一手に徹してるあたり、ボスの能力は近距離パワー型…。こちらが近づかなければ勝てる。

 

 心が踊る。ボスの顔を拝むのが…苦しみに歪んだボスの顔を見るのが楽しみでしょうがない。だが、浮かれてはならない。浮かれたやつから死んでいく…!

 

 磁力によりボスの位置は簡単に探知できる!娘の体以外に磁気を発しているのは…

 

「もう追い詰めたぞ、ボス!ここが貴様の墓場だ」

 

 柱の影で皮膚がバリバリと剥がれる音がした。だが

 

「ッ違う…これは」

 

 柱の影にあったのは。トリッシュの切断された手だ。いや、確かにさっきまで人一人いたはずなのに。

 まさか先程から起きている不可解な感覚…いつの間にか行動していたような瞬間が今再びあった。

 その能力を使い移動したのか。

 

 だが、

 

「どこにいようと…オレの意識があろうとなかろうと、メタリカはお前の体を内側から切り裂くッ!」

 

 感じた。背後だ。

 リゾットは振り向きざまに最大パワーでメタリカにより刃物を作り出そうとした。 

 

「喰らえ…ボス!」

 

 だが、目に飛び込んできたのは納骨堂の階段を降りて全力でこちらに走ってくるブチャラティだった。

 

「ッ……ブチャラティ、だと?!」

 

 メタリカの主たる能力は磁力による鉄の操作である。故に操作するリゾット本人が認識した対象でなければ、活性非活性、または攻撃といったアクションを取れない。

 すべての意識を“背後のボス”に向けていたリゾットにとって、背後にいたのがボスではなく、いつの間にか教会にたどり着いていたブチャラティだという衝撃は一瞬の隙となった。

 

 

 

 

 

 

()()だ」

 

 

 その冷たい声に、一瞬が永遠に引き伸ばされたようなどす黒い絶望を感じた。

 

 

「ほんの一瞬の隙が…お前の命運をわけたな」

 

 

 ディアボロはキング・クリムゾンを発動させた。

 

 

「隙というものはわたしのキングクリムゾンの能力と少し似ている。

つまり意識と意識のはざま。

己の中へ埋没し現実に表出しない“時間”だ。

『キング・クリムゾン』の能力の中ではこの世の時間は消し飛び、全ての人間はこの時間の中で動いた足跡を覚えていない。

 

だが一度血液内に発現したメタリカは時間を飛ばそうと飛ばさまいと殺意が継続する限り存在する。

 

つまりスタンド本体のお前が

お前自身が、己自身の意識の狭間に落ちない限りオレの体内の鉄分は奪われ続ける…。

 

 

だが今回ばかりは運命が俺に微笑んだようだな」

 

 

 

 ブチャラティは何が起きているのか理解ができなかった。黒服の大柄な男が突然、どてっぱらをぶちぬかれて血を拭き上げたのだ。

 

「なッ……何ィ?!」

 

 漆黒の男の背後には真紅のスタンドが立って、拳を振り上げている。

 そしていつの間にか、背後に冷たい刃物のような殺意を感じ、ブチャラティは息を呑んだ。

 

 

 

「ここで振り向かずに帰れば、お前に安寧を与えてやろう。お前のおかげで裏切り者のリゾットを倒し、トリッシュも我が手にできたのだからな。道中娘を奪われた失態はそれで精算する。…いい話だろう」

 

 

 ボスだ。今、背後にボスが立っている!

 

 魚に引かれる前にジョルノから生命エネルギーを与えられたブローチを預かっていた。だがそれをボスにつける隙などあるわけがなかった。

 こんなに近く、息遣いを感じるほど近くにいるのに。

 

 ピクリとも動けない…これが、ボス。オレたちがいつか倒すべき相手…

 

 ブチャラティは、拳を引き抜かれ地面に崩れ落ちた男の向こうに、トリッシュが倒れているのを見つけた。彼女の投げ出された足は失血により真っ白になっている。

 

 冷水に飛び込んだ時よりも背筋が凍りつくのを感じた。

 

「一つだけ質問させてください。トリッシュの傷は……この男が?」

 

「……そうだ」

 

 

 汗を舐めなくたってわかることだ。

 失血した娘を、手首を切断された娘を捨て置いて男の始末を優先し、オレに甘言を吐く男が…娘を保護して安全に匿おうなどと、考えているわけがない。

 

 

 ずっと想像していた最悪の想像が的中してしまった。

 

 やはり、ボスは…

 

 

 ブチャラティがスティッキィ・フィンガーズを発動しようとしたその時、

 

「お前…一体誰なんだ…?」

 

 ハスキーな声が聞こえた。

 

 階段から光が漏れ、その影がブチャラティのもとまで長く伸びている。

 この声はついさっき、ムーディー・ブルースのリプレイで聞いた。ブランクと呼ばれていた赤毛の狙撃手のものだ。

 

「ダメだ早く逃げろ!」

 

 ブチャラティは叫んですぐ前へ駆けた。トリッシュのもとへ、ほとんど飛び込むように。

 前後を敵に挟まれる形となったボスは一瞬判断が遅れた。そのおかげでブチャラティはなんとかトリッシュのもとへ辿り着いた。

 すぐに彼女の傷をジッパーで塞ぐ。だかもうその時には、悪魔の手は彼に届いていた。

 

「ブチャラティ!」

 

 赤毛の少年が叫ぶと同時に銃声が轟く。だがもう何もかもが遅かった。

 

 ブチャラティの肩口に物凄いパワーでチョップが叩き込まれていた。その傷は心臓まで届いている。ブチャラティにはわかった。

 そしてすぐさま、ジッパーでボスのスタンドの腕を固定した。

 

 

「ブランク…撃て!…オレごと!」

 

 ブランクは躊躇いなく撃った。一発で仕留められるかなんてわからないので連続で早打ちする。

 

 だが弾はなぜかすべて背後の壁に当たった。まるで弾丸が体を貫くその瞬間、彼らが透明になったかの様に。

 

「無駄な悪あがきだぞブチャラティッ!」

 

 スタンドは無理やりブチャラティの体からジッパーを引き千切るように拳を引き抜いた。肉と皮膚がぶちぶちと破れる嫌な音がした。

 

「くッ…」

 

 ブランクはすぐに撃つ。

 

「弾丸など、我がスタンド、キング・クリムゾンに対して最も無為な攻撃だな!」

 

 キング・クリムゾンはブランクも始末しようと階段の方へ振り向いた。

 

 だがそこで、納骨堂全体に凶悪な冷気が流れ込んできた。

 

「これは…ギアッチョのホワイト・アルバム」

 

 キング・クリムゾンは暗がりから出るのをやめた。すべてを凍らされては地下道から脱出するのは困難。

 ギアッチョが護衛チームの足止めをやめてこちらに来るということは、大量のスタンド使いがここにくるのと同義だ。

 いかにキング・クリムゾンといえど複数名相手に正体をまったく見せずに戦うのは無理だ。

 

「チッ…」

 

 ボスはすぐさま地下道の入り口へ走り、すでにドアに張り始めている氷を破壊し逃亡した。

 

「り、リゾット…!」

 

 ブランクは薄く張り始めた氷にすっ転んで階段を落ち、リゾットのもとへ駆け寄った。まだ意識があるようだったが、腸が床に飛び散っている。手遅れなのは明らかだった。

 

「そんな…僕がもっと早く来てれば…」

「い、いや…やつを捉えていながら瞬殺しなかったオレの、ミスだ……それより」

 

 リゾットは自分の顔にかかった血液を指さした。

 

「…これが……ボスの血液だ。受け取れ」

 

 ブランクはいそいでいつも持たされているメローネのサンプル回収キットで血液を採取した。

 

「ブランク…」

「僕のコピーしてる力じゃ、治せない…。ごめんリゾット…僕の…せいで…」

「違う。これは単なる()()だ。オレは、お前がスパイだとわかってて手元に置いていた。…そっちのほうが、情報を掴むのに都合がいいからだ。…お前だけのせいで片付くもんじゃない」

「でも、僕は裏切ってたんだよ。僕が馬鹿だったせいで、もっと早く片付く問題がここまで悪くなったんだ…」

「…ブランク、オレがお前を罰さなかったのは…お前が…お前がう、奪われ続けてるだけじゃ…可哀想に思えた…からだ」

 リゾットは血を吐いた。もう意識も途切れそうなんだろう。虚ろな目で高窓からさす光を見ていた。

 

「だって…それじゃあんまりだ。きっとオレもお前に…()()を投影してたんだな…。ブランク、手を出せ」

「はい」

 ブランクはリゾットの手を握った。初めて触れる大きな手はどんどん冷たくなっていく。

「オレの望んでることがわかるか」

「…わかります」

「叶えてくれるか」

「はい…僕は…僕は、自分の意志で誓います。リゾット、必ず貴方の望みを叶えます」

「頼んだぞ」

 

 寒い。ギアッチョのホワイト・アルバムのせいだけじゃなかった。

 ここはとても寒くて、暗い。人が死ぬには悲しすぎる場所だ。

 

 ブランクはリゾットの瞼を閉じてやった。ここでじっとしててはだめだ。でも、ここにリゾットを留めたままにするなんて嫌だ。

 その思いを断ち切り、立ち上がる。

 

 トリッシュとブチャラティが倒れている。彼らにも申し訳ないが、今はリゾットが命をかけて手に入れたボスの血液をメローネに渡さなければならない。

 トリッシュの喉がかすかに動くのだけ確認した。…ブチャラティはもう、駄目だろう。ブランクが去ろうとするのもわからないらしい。虚ろな目でトリッシュの方を見ている。

 

 ブランクが階段を登ろうとするとブレードが地面を削る音がしてギアッチョが滑ってきた。納骨堂に立ち込める血の匂いに顔をしかめてブランクを睨んだ。

 

「お前……」

「ギアッチョ、リゾットは仕事を果たした」

 ブランクは血液のサンプルをギアッチョに渡そうと手を伸ばした。だがギアッチョはそれを受け取らず、

「よく、ぬけぬけと…」

 と怒りを押し殺したかのように言った。

 ブランクは腕を伸ばしたまま、ギアッチョを真っ直ぐ見つめ、強い口調でいった。

 

「僕はリゾットに、みんなにとてもひどいことをした。それを償うまでは殺さないでほしい」

 

 ギアッチョは黙った。そしてしっかりと二本の脚で立ってる、だが震えているブランクを見て、小さくため息をつく。

「…ブチャラティの仲間がもうたどり着く。てめーを引きずってちゃ追いつかれる。おぶされ」

 

 

 ギアッチョは背中を向けた。ブランクはこわごわおぶさる。

 

「うわ…お、お腹が冷える…下りそう…」

「テメーはたきおとすぞ、途中で。こっちはマジで疲れてんだよ…」

 

 ギアッチョはスピードスケートの選手みたいにみたいに走り出す。背中のブランクのことなんて全く気にしてないフォームだから気を抜くと振り落とされそうだ。

 複数の足音が聞こえるが、間一髪、裏口を蹴破って勢いよく外に出た。

 

 外に広がっていたのは思いもよらない光景だった。

 

「うわ……!」

「言ったろーが、海だって川だって、止められる。その気になりゃーな!」

 

 目の前に広がっていたのは氷漬けにされたカナル・グランデだった。太陽の光を受けてキラキラと、オレンジ色に輝いている。

 着氷し、氷の破片が空へ舞った。ブランクの赤毛が氷を通してピンク色の光になり、背後に積もっていく。

 

 少し滑ると、凍りついた川を走るメローネの後ろ姿が見えた。起きだした街の住人も面白がって、次々と氷の上に立つ。

 メローネに追いつくとギアッチョはブランクを乱暴に背中から振り落とした。

 

「リゾットは!」

「…任務は果たした」

メローネの言葉にギアッチョがこたえ、ブランクはポケットからサンプルを手渡した。メローネは受け取った血液サンプルを見てなんともいえない顔をした。

「詳しいことは…とにかくこの街を出てからだな」

「ああ。まあでもちょっとみてろよ」

 三人が岸に上がり終えると、ギアッチョはニヤッと笑ってお祭り騒ぎになっている凍った川を指さした。

 

「ホワイト・アルバム解除!」

 

 川は一瞬で溶け、氷上ではしゃいでいた大人、子ども、みんなが水の中に落ちた。

 

「ハッハッハッ!バカどもが!ヘヘヘヘヘッ!!」

「ふ…あはは…はははは!」

「ははは…あは…あっはっはっはー!」

 

 ギアッチョとメローネは笑った。

 ブランクも笑った。涙も出てきたけど、構わずに笑ってやった。

 たくさんの舟が落ちた人たちを助けようと川を覆いつくしていく。ついでにいい足止めになったわけだ。

 

 

「じゃあ…行こう。次こそボスを仕留めるぞ」

 

 メローネの言葉に二人はうなずき、歩き出す。振り返らずに。

 

 

 

 


 

 

 

鳥は卵からむりに出ようとする。

卵は世界だ。

生まれようとする者は、ひとつの世界を破かいせねばならぬ。

鳥は神のもとへとんでゆく。

その神の名は、アプラクサスという。

 

ヘルマン・ヘッセ(実吉捷郎 訳)『デミアン』岩波書店 1959年 より

 

 

 

 

 

 

 







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ラン・ライク・ヘル
道すがら


 トリッシュが目を覚ますと、目の前にはすっかりおなじみの亀にはめ込まれたキー越しの少し歪んだ青空が見えた。

 

 夢?

 

 トリッシュは起き上がり、頭をおさえた。すると手首にジッパーがついているのに気づき、起きたての頭にかかる靄が一気に晴れた。

 思わず周りを見た。ソファにはジョルノが座っていた。彼もまた寝ていたようで、トリッシュが起きたのを察して俯いていた頭を上げ「おはようございます」と言った。

 

「あれから何があったの?…父はどうなったの?」

 トリッシュの言葉にジョルノは言葉を選ぶようにすこし考えながら答える。

「…どこから説明すればいいのか…とにかく、ぼくたちはサン・ジョルジョ・マジョーレ島を出て、ヴェネツィア市内を抜けたところです」

 トリッシュは自分の身に何が起きたのか、どんどん蘇ってくる恐怖に思わず自分の腕をさすった。

「…覚えてるわ。あの時、エレベーターで…わたしは…」

「トリッシュ…」

「やはりそうなのね」

「やはり、とは?」

「いえ。攫われたとき、ブランクって子に言われただけ。……父がわたしを…殺すつもりだって」

「もう少し、詳しく教えてもらえませんか。…ぼくたちはボスを裏切った。情報はなるべく共有しておきたい」

 

 トリッシュはジョルノの言葉に驚いて尋ねる。

「裏切った…?どういう事なの?どうしてあなた達が」

「きみの護衛任務は失敗した。どのみちぼくたちには未来がない。それに……きみを、娘を始末するようなボスに忠誠を誓ったりはできない。ぼくもブチャラティと同じ意見です」

「……あなたとブチャラティのほかに誰がいるの?」

「フーゴ以外は全員です。フーゴは再起不能だ…ぼくの能力でも治療しきれなかった」

「…そう。そうなのね……」

「トリッシュ、疲れてるだろうけど今すぐ教えてください。暗殺者チームと何があったのか。奴らの情報を…」

「…ちょっと、ちょっとだけ時間をちょうだい。一人にして。整理したいわ」

「………わかりました」

 

 ジョルノは亀の中から出ていった。トリッシュは膝を抱えて脳裏によぎる様々な出来事について思いを巡らせた。父親、裏切者、生死。どれもこれも今まで生きてきた15年間、考えたこともなかったような事ばかりだった。

 たっぷり30分はそうしていただろうか。「入るぞ」と言う声が聞こえて、ブチャラティが亀の中へ入ってきた。

 

「トリッシュ、とにかく生きていてよかった。手首のジッパーは傷が癒えれば自然に消える」

 なんだか久々な気がした。ブチャラティの落ち着いたトーンの優しげな声に、トリッシュは安心とまではいかないものの、少し冷静になれた。

 

「あなたが助けてくれたのね」

「ああ。本当にすまない。オレたちが不甲斐ないばかりに、君を危険な目に」

「いえ。薄々わかっていたわ」

「今オレたちがどういう状況にいるのか、ジョルノから聞いたか?」

「ええ」

「ナランチャは君に真実を教えるのに反対したんだが…これから先の危険も込みで伝えるべきだとオレが判断した。ショックを受けさせてすまない。だが事実だ」

「……ねえ、これからどうするつもりなの?」

「オレたちは君の父親を暗殺する。そのために、顔を知らねばならない。君に協力してほしい」

 

「そうよね。わたしもこのままじゃどうせ殺されるもの…」

「トリッシュ、これからもオレたちが君を護ることは変わらない」

 

トリッシュの諦念のこもったつぶやきに、ブチャラティは力強く言った。トリッシュはブチャラティを見つめた。ブチャラティはこの前と全く変わらない、真っ直ぐな瞳でこっちを見ていた。

 

「…ブチャラティ、ありがとう」

「当然のことだ。それよりも、暗殺者チームの人間について知ってることを話してくれないか。今は少しでも情報がほしい」

「…そうね」

 トリッシュはゆっくり昨晩から朝にかけてのことを思い出した。起きている時間がやけに短かったおかげか、衝撃的な出来事が続いた割に細部まで覚えている。

 

 

「私があったのは二人だけ。赤毛の子と背の高い黒服の男…」

「黒服の男は死んだ。リーダーのリゾットという男だ」

「そう…」

「赤毛の方は狙撃手だな。名はブランクだったか…何か話したか?」

「ブランクは…わたしの母親を知っていると言っていたわ。そして…わたしに覆いかぶさった。魂がどうとか変な話をしていたわ」

「襲われたのか?」

「違う。ただわたしを観察していた…。そして何か、そう。なにかに気づいて私から離れた」

 

 

 

昨晩、ヴェネツィア市街の安ホテル

 

 

「……このかたち、どこかで」

 

 

 ブランクはそうつぶやいたあと、トリッシュの顔を間近で見つめた。髪に触り、それを唇に持っていく。トリッシュは不思議と不快ではなかったが、怖かった。

 

「そうだ…ふゆ。ひざし…。あの日は…だが…」

 ブランクはトリッシュの髪を握りしめた。頭皮が引っ張られて、トリッシュは思わず囁く。

「……やめて…ッ」

「あっ。ご、ごめんね」

 ブランクのさっきまでの有無を言わさない迫力は消えていて、同い年の気弱な少年みたいな声でトリッシュから離れた。そして自問自答するようにブツブツつぶやいている。

「……でも、だとしたら…どういう意味なんだ」

 トリッシュはわけがわからなくなってきた。ブランクの雰囲気がコロコロ変わり、恐怖で圧迫されていた混乱が噴出した。

 

「わたしを解放して…!もううんざりよ。見ず知らずの男に囲まれて、攫われて、これから会う父親はギャングのボス…本当にうんざりだわ!」

「……トリッシュ。たしかに、僕が善人だったらきっときみを逃してるね……」

「…しないくせに。そんなのわかってるけど、クズ野郎って罵っとくわ。クズ野郎ッ!」

「…きみはたぶん、殺されるよ」

「…あんたたちに?」

「いや。ボスにさ」

「てきとうなことを言わないで」

「てきとうじゃないよ。感じるんだ」

「そういうのをてきとうっていうのよ」

「……そうかな。いや、そうだといいんだけど。…君越しに感じるボスはとても冷たいよ、トリッシュ。そうじゃなくてもボスはとても残酷な人だ。君だけに特別だとは到底思えないな…」

「…だから何。逃してくれるわけでもないのに、どうしてわざわざそんなこというわけ?」

 トリッシュの言葉にブランクは驚いたような顔をして、次に恥じ入るように目を背けた。意外な反応だった。

「たしかに…なんでだろう。ごめん…僕ちょっと混乱してるんだ。今日だけで…大事な人がたくさん死んじゃって。八つ当たりしたい気分だったのかも」

 

 トリッシュは黙った。ブランクにとっての大事な人とは、間違いなくブチャラティたちが始末した裏切者のチームのメンバーのことで、原因は自分だ。

 ブランクは、トリッシュがそう思ったのがわかったかのように、申し訳なさそうな顔をして苦笑いした。

 

「君のせいじゃないのにね」

 

 

 ブランクはそう言って、またトリッシュに抱きついた。トリッシュはブランクの細い肩が震えているのがわかった。

 安心させたり、怖がらせたり、不安がらせたり、怯えたようになったり、この子は雰囲気がコロコロ変わる。本質は結局なんなのだろう。

 

「ごめんね」

 

 ブランクの声が耳元で聞こえてからすぐに視界が暗転した。そして次に目が覚めたときはリゾットと教会内にいたのだ。

 

 

 

「…悪い人だとは、思えなかった。残忍な人たちだとは思うけど、あの人たちも理由があるのだわ」

「そうか…」

 

 ブチャラティもなにか心当たりがあるのだろうか。敵を庇うような物言いに対して同調するかのような声色だった。

 

「…矢継ぎ早に質問してすまない。次、オレたちがむかうべき場所について…君に何か心当たりがないかと思って。昔話でもなんでもいい、君の父親に関してなにか思い出せることはないか?」

「父のこと…そうね。たしか母は父とサルディニアで出会ったと言っていたわ。…そう、訛りもあっちのほうだったって。…そうだわ!コスタ・スメラルダの海岸の話をしていた」

「サルディニアか…。わかった。すぐにそちらへ向かおう。飛行機が手っ取り早いな…」

「向かうの?」

「ああ、急がねば。間違いなく追われてるだろうからな。…何か必要なものがあったら言ってくれ。すぐに調達する」

「……わかったわ」

 

 ブチャラティは亀の外に出て、ナランチャが入れ替わりで入ってきた。傷が癒え、かなり元気になったらしいが表情はどこか暗かった。フーゴと仲が良かったようだから落ち込んでいるのかもしれない。だがトリッシュにナランチャを慰める余裕はなかった。

 

 

 亀の外に出たブチャラティは車を運転しているアバッキオと後部座席にいるミスタとジョルノにトリッシュの話したことを掻い摘んで説明した。

 四人は飛行機を盗むことで合意し、アバッキオはハンドルを空港へ切った。

 

「…ブランクってやつはトリッシュの母親に会っていたのか。となると暗殺者チームの生き残りもサルディニアに向かうかもしれねーな…」

 アバッキオは面倒くさそうにつぶやいた。ミスタもブランクの話が出ると若干渋い顔をする。仕留め損ねたのが尾を引いているらしい。

「だとして、まだトリッシュを狙ってくんのか?」

「いや…その可能性は低いだろう。奴らもわかったはずだ。ボスの強さを」

「じゃあよォ、敵は同じなわけだろ?あっちもこっちを狙う理由はねーし、こっちも同じだ。そーだろ?」

「ミスタ、それは違います。彼らはもとよりボスを殺し、立場を奪う気です。そして今やぼくらの向かうべき目標は彼らと同じです」

 ジョルノの言葉にアバッキオも同調する。

「ライバル…ってわけだ。敵の敵は味方とか言うが、あいつらにその理屈が通じるかどうか」

「アバッキオの言うとおりだ。三つ巴というわけだな…もっとも、ボスの正体がわからない以上両方闇の中を藻掻いてるようなものだが」

「奴らの生き残りは三人…だったか?お互い能力は割れている…と。なあアバッキオ、あいつらも飛行機を使うかな」

「さあな。飛行機なんて何台もあるし早いものがちってことはねえよ」

「そういうことじゃあなくってなぁ…」

 

 ブチャラティはアバッキオとミスタの会話を聞きながら目を瞑った。ジョルノはそんなブチャラティの様子を注意深く見た。

 

 サン・ジョルジョ・マジョーレ教会の地下でブチャラティを見つけたとき、“もう手遅れだ”と思った。ゴールド・エクスペリエンスで傷を治したが、彼はもう動かないのだと心の底で静かな確信があった。

 にも関わらず、ブチャラティは起き上がり、動いている。

 あれは勘違いだったのだ。

 その思いと、まるで運命のような冷たい確信。その2つがジョルノの心でせめぎ合っている。

 今後それに意識を割いてはいられない。胸の奥底にしまわなければと思いつつ、ジョルノはゆっくり、ブチャラティから視線を剥がした。

 

 

 

 


 

 

 

 ブランクは自分の手の傷を見て深いため息をついた。ヘビに噛まれた部位を抉ったのは早計だったかもしれない。とはいえ血清を手に入れるために病院へ行ったりしてたら今ここにいないし、結果的に何かは失っていただろう。そう思えばまだマシだともいえる。

 腱は傷ついてないので動きはするが痛みのせいで震えっぱなしだ。

「クソ…」

 ブランクは小さくつぶやいて手首を掴み、傷口のガーゼを張り替えた。

 ギアッチョはゴミ箱の上に座って売店からスッたゴシップ誌をつまらなさそうに見ていた。

 

 2人はピサ中央駅の従業員用通路の業務用搬出口付近でメローネの“出産待ち”をしていた。受胎から出産までは3分だが母親選び、質問コーナー、出産直後の教育には時間が掛かるし、付き添っていても仕方がないので(というか二人共なるべく立ち会いたくなかった)目立たない場所で待機しているというわけだ。

 

「ペニシリンって青カビからできるじゃないですか。だからグリーン・デイのカビもうまいことそう、治癒能力とかにならないかなって思うんですが、そもそもカビって微生物のコロニーの総称じゃないですか。だから〜性質を変えるとなると人格根本から変わらないと無理な話ですよね」

 

 ブランクは痛みを紛らわすために雑談をしはじめるが、ギアッチョは元から必要のない話に相槌を打たない方だった。だがブランクはブランクで相槌の有無にかかわらずしょうもない話を続けられる質だったので、ギアッチョは話があさっての方向へ行ってしまう前に返事をした。

「傷なんて飯食っときゃ治るだろ」

「…そういえば昨日の朝からちゃんとしたご飯食べてないな」

「メローネが一段落したらなんか食うか」

「あ〜いいですねえ。僕コシャリが食べたいなあ…。まあイタリアじゃ売ってないですけど。でも家で作るとなんか違うんだよなぁ」

「店入ってる余裕ねーだろ。移動しながらだよ。アホかテメーは」

「はあ…できたてのものが食べたい」

「忘れてるみてーだが…チョコラータとかいうのがお前追ってきてるんだろ。別行動してもいいんだぜオレは」

「僕が死んだら次はお二人ですよ。覚悟の準備をしていてください」

「何目線だよ。…にしてもおっせーなメローネは」

 ギアッチョは立ち上がり読み終わった雑誌をゴミ箱にシュートした。ブランクも包帯を巻き終えて目を覚ますためにストレッチをした。ギアッチョがイライラして壁を蹴り出しそうになってようやくメローネが帰ってきた。

 

「ベイビィ・フェイスはすでに追跡を開始した。ボスは移動しているらしい。すぐには追いつかないな」

「どこに向かってんだ?」

「南へ。ここからおよそ10キロらしいが…一定の距離を保ちつつ尾行させるよう指示している。姿を捉えたらまた連絡が入るはずだ」

「…行き先はトリッシュの向かうであろうところですね。きっとサルディニアだ」

「ああ。母親の家に写真が入ってたらしいな。リゾットのパソコンにデータが入ってたのを確認したし…お前は直接聞いたんだろ?」

「ええ。“ソリッド・ナーゾ”がいた場所…確かにドナテラから聞きました」

「トリッシュは一人で逃げてんのか?」

「んー、ブチャラティが生きてたら、彼も一緒だと思いますが…」

「死んだんだろ?」

「ありゃたすからないですねえ」

「一人ならもう組織の手に落ちてるだろう。間違いなく誰か同行しているさ」

「あいつらが裏切るか?女一人のために」

「いやギアッチョ、なくもないだろう。オレたちがトリッシュを攫って、奴らの護衛任務は失敗しているからな。ボスが許すわけがない」

「ああ…確かに。ざまーみろだな」

 

 三人は車を盗む事もできた。だが今回は無駄が多いが、運送トラックの荷台に乗り込みボスを追跡するベイビィ・フェイスを追いかける方法をとった。ムーロロが死んだ今、隠蔽工作は不可能だ。窃盗事件を起こすわけには行かない。

 

 ベイビィ・フェイスを単独で動かすのはリスクにほかならない。ボスがメローネの能力を知らないというのは一つの大きな武器でありボスを倒しうる唯一の可能性だからだ。

 遠隔自律型というのはベイビィ・フェイス最大の利点だが弱点でもある。現にブチャラティチームへの初撃はスタンド自身の思考力不足から。二度目はスタンド能力を知られていたために敗北している。

 故に“本体が姿を見せずにいられる”という長所を捨てて、メローネが肉眼で状況判断し指示を出す事で確度をあげるのが最善だ。 

 

 

 あのサン・ジョルジョ・マジョーレ島での出来事からまだ半日もたっていない。

 ブランクはリゾットとのことを思い出した。

 

 


 

2000年10月29日

 

「チリコンカンはテクスメクスの代表料理でしょう?分類上アメリカの料理とされてますが、もとはといえばテキサスってメキシコ共和国の領土だったのでメキシコ料理とだぶる点が多いんですよ。料理ってやっぱりその土地の気候とか伝統の醸成された味があるわけで…何が言いたいかって言うとイタリアのチリコンカンは最悪です!」

 

 その日ブランクは本部でイルーゾォの車両保険の書類を作らされていた。そこにリゾットがやってきて二人で昼食を食べに行くことになった。

 二ヶ月前にできて開店後の混雑のおさまったテクスメクス料理屋に入った。ランチタイムにしては客が少なかった。そもそもローマでテクスメクスを食べたがる人間はあまりいないのだろう。

 

「そうか?ここのブリトーは旨いが」

「全然ですよ。少なくともチリソースにこのタコスは合わない。キメが細かすぎる。粗さが必要なんですよ」

 ブランクはかつて南半球を旅していた。そのせいか味の好みが刺激的なものに寄っているらしい。

 

「おまえは実は料理にうるさいよな」

「食べてみると昔食べたのと味が違うって思ってしまうんですよね」

「いい事だ。昔のことを思い出すのは最近よくあるのか?」

「…そうかもしれません。いや、忘れてたわけじゃ、ないんですけど…」

 

 ブランクは手に持っていたタコスを口に入れてもぐもぐ噛んで飲み込んだ。

 

「言葉にするのはむずかしい。なんて言えばいいのかな…」

 

 リゾットは頼んだブリトーをすでに食べ終わっていて、ライム入りのミネラルウォーターのグラスを傾けていた。

 ブランクは窓際の空席を見ながら、ゆっくり考えながら答えた。

 

「炎は“明るい”。でも触ると“熱い”。一度わかれば炎は熱くて明るいものになるじゃないですか。そういう感じです」

 

「…詩的だな」

「へへ…」

 

 ブランクも自分のチリコンカンを食べ終わってから、遠慮がちに手を上げて話しだした。

 

「あの…詩的ついでに報告が」

「なんだ」

「僕のスタンド能力のことです」

 

 ブランクは自身のスタンドに起きた変化を伝えた。

 スタンド能力発現中でなくとも触れればスタンドをコピーできること。しかし相手のことを理解しなければパフォーマンスを発揮できないこと。以前使えていた能力はすべて使い物にならなくなったこと。

 

「僕は…以前と同じ仕事を受けることができません。今のところマンハッタン・トランスファーぐらいしかまともに使えません」

「…そうか」

「僕はクビですか?」

「そんな事はない。…元よりオレは、お前の射撃の腕をかって入れたのだからな」

「でも…弱いですよね。相手のことを知らなきゃスタンド使えないなんて」

「いいや、それはいいことだ」

 

 その時、ブランクはリゾットの言っていることがわからなかった。

 

「今楽しいか」

「?はい」

 

 ブランクの返事にリゾットは頷いた。

 

「リゾットさんは?」

「ああ」

 

 リゾットは楽しい、と明言することはなかった。だがかすかに笑ってナプキンを丸め、領収書をつまんで立ち上がった。

 

「お前が熱弁するからにはちゃんとしたテクスメクス料理を食べてみたくなった」

「そりゃイタリア中探すしかないっすね!」

 


 

 

 今ならわかる。相手を理解しなければならないこと。能力が変わった意味。

 

 そして、今の自分にできること。

 

 三人が乗り込んだのはコルス島行きのフランス産ミネラルウォーターのトラックだった。島経由でサルディニアに渡る予定でいる。

 三人は積み上がった箱の中からいくつか拝借し、買ってきたパンとチーズで簡単なサンドイッチを作って、車座になり話し合う。

 

 

「あのー、ブチャラティチームの話に戻るんですが、僕ら協力できないですかねえ」

「ハァ?あいつらはオレたちのチームをぶっ殺してんだぞ。ありえねーッ。それに奴らも裏切るからにはオレらと同じように組織の乗っ取りを計画しているかもしれねーだろ。だったらもう戦うしかねーっつの」

「そうだ、ブランク。敵の敵は天敵っていうだろ」

「………ん?そんな諺あったっけ?」

「だいたいお前、大好きなホルマジオもイルーゾォも殺されてメソメソ泣いてたじゃねーか。もう忘れたのか?薄情もんが」

「その件に関しては正直復讐も辞さないですよ?でも…あのボスの能力、僕たちだけで勝てるのか…」

「…一度整理するか」

 

 トラックの中にかけてあったボードの裏にメローネがメモを取る。

 

「まずブランク、お前がトリッシュに触れて感じたことを報告してくれ」

「はい。…ごく簡単に言うと、僕、トリッシュとよく似ている人を知っています」

「似てるっていうのは顔が?」

「いえ、魂…というと抽象的すぎますが…それが」

「はァ…魂だと?お前そんな観念的なもんを持ち出すんじゃねーよ。クソがッ。道徳の時間でもおっぱじめる気か?!あぁ?」

「だからあのとき言わなかったんですよ!…魂というよりかは、肉と言ってもいいかもしれません。彼女の半分はボスの遺伝子ですからね。感じが似た手に触れたことがあるんです」

「一体そいつは誰なんだ」

「ボスの右腕と称される人物…親衛隊のリーダー、ヴィネガー・ドッピオです」

「お前…会ったことあるのか」

「まあ僕これでも親衛隊だったんで…」

「裏切者」

「う…」

 ギアッチョにチクリと言われてブランクは唸ってうつむいた。メローネはちょっとため息ついてから質問を続けた。

「感じが似てるっていうのは具体的にどういうことなんだ」

「そのままの意味ですよ。第一印象とか直感の部類です。すっごい似てて…。んー…例えば…昔の友達の写真をみたっていうか…兄弟?みたいな」

「ドッピオはボスと血縁なのか?」

「それはわかんないですけど。トリッシュに触れたとき思い出したのがドッピオさんだったんですよね。根拠は全くないんですが…勘以外の何物でもないんですが…とにかく頭に過ぎったんですよ。…言わなくてよかったでしょ?」

「確かにな」

 メローネは頷くが、ギアッチョは貧乏ゆすりをしながらもブランクの言葉を吟味するように言った。

「……だがお前のそれはスタンド能力の一端なんだろう。もっと検討の余地はある」

 

「なんにせよ…ボスの正体はいずれはっきりする。ベイビィ・フェイスの辿る遺伝子情報は間違いないのだからな」

「だな」

「要するに不意打ちしかねーってことですよね?」

「ああ。問題はベイビィ・フェイスの接近をいかにして悟られないかだが…そもそも予知のような能力を持っているから警戒状態じゃ不意打ちすら成立しないかもしれない」

「となると来るとわかっていても避けられない攻撃か?んなもんあんのかよ」

「…爆弾とか?」

「ホワイト・アルバムの冷却もタイムラグがあるからな。予知された上で喰らわせるとなると工夫が必要かもしんねー。ブランク、お前便利な能力持ってねーのか?」

「そんな都合良くは…」

「役に立たねーな」

「……通用するとしたらグリーン・デイでしょうか。あれは一度生えればもうどうしようもないです。ただ僕のコピーでは散布範囲が違いすぎます。直に触れないと…」

「あー、そりゃ無理だな」

「そういえばお前、ベイビィ・フェイスはコピーできないのか?最悪片方がおとりでもう片方が…」

「ベイビィ・フェイス本体はできると思いますよ。でもジュニアが産まれるかどうかは…。正直、あの能力は共感し難いので、単なるセクハラスタンドになってしまう可能性がありますね」

「いやいや。それはおかしいだろ?オレたち気心しれてるんだから完璧にコピーしろよ。それによォ、セクハラって言い方は礼を欠いてると思わないか?重要なことなんだぞ、あの質問は…」

「いや、そもそも女性に産ませるってのが異常なんですよ!生命を産み出す行為ってのが先輩の中でどう認識されてるのか理解ができない」

「DNAが混ざり合い、2つの遺伝子をかけ合わせた子供ができる。そこにちょっと好みだとか相性がからんでくる。自然じゃないか」

「…」

「ギアッチョ、何かフォローを入れろよ」

「とにかく…ボスの行き先で網を張るしかないようだな」

「じゃあわかるまで僕寝ますね。傷が痛くてしょうがない」

「オレも起きててもしょうがねーし寝るか」

「…そうかよ。お前らは揃いも揃って…」

 

 メローネはいじけたようにボードを放り出した。ギアッチョはダンボールを寝やすいように並べ、その上に寝転んだ。

 ブランクはそのまま寝転んですぐ寝てしまった。

 

 トラックは三人を乗せたまま道をゆく。

 

 

 

 



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サルディニア

2000年4月15日

 初めての“カウンセリング”

 

とぅるるるるるるん…

 

 ソルベとジェラートの葬式を終えて二週間以上たった頃。つまりはチームのメンバーがようやく彼らを“忘れた”頃に、ブランクの携帯電話が鳴った。

「……」

 ブランクは番号を見てからためらい、3コール目でようやく通話ボタンを押した。

 

「……ブランクです」

『わたしだよ。覚えているかな?チョコラータ』

「…はい」

『今暇かね。悪いがちょっと来てくれるか?』

 チョコラータが指定したのはドッピオと面接したカフェだった。ギャング御用達なのだろうか。ひょっとしたらパッショーネの誰かが経営しているのかもしれない。

 ブランクが向かうと、チョコラータだけが席についていた。セッコはおらず、一人でココアを飲んでいた。チョコラータはブランクが席につくと、何も言わないのをいいことに同じものを適当に注文した。

 

「その後どうだ。葬式があったらしいな?」

「はい」

 ブランクは胃がムカムカしていてとてもじゃないがココアなんて飲めなかった。まだソルベの生暖かい切断された肉の温もりを覚えている。本当はチョコラータなんかと会いたくなかった。だがこの時のブランクにNOという選択肢はなかった。

 

「どんな気分だった?」

「……わかりません」

「ふうん。もっと会話が必要だね、わたしたちには…。セッコとはねえ、初めてあったときに話さずとも通じ合ったもんだが、そういう相手は滅多にいないもんだよ」

「……」

 ブランクが無言でもチョコラータはお構いなしに話し続ける。

「そうだ。セッコが撮ったあの時の思い出をテープに焼いたんだ。君にもあげよう」

 チョコラータはなんのラベルも貼ってないビデオテープをブランクに無理やり渡した。ブランクは受け取り、どうすればいいのかわからなくなって固まっていた。

 

「きみは、極端に言ってしまえば選ぶのが苦手なんだろう?だからまずは、ノーが言えるようになるべきだな」

 

 チョコラータは立ち上がり、ブランクの隣に移動してきた。そしておもむろにビデオカメラを取り出し、ミニDVカセット(1990年代に主流だった磁気テープによる記憶媒体)を差し込み、本体についている折りたたみディスプレイに映像を映し、無理やりブランクに見せる。

 

 画面には自分の血の気の失せた顔が大映しになっている。

 カメラは横パンして、台上に乗った下半身のないソルベの断面を映した。カビが蛆のように断面をじわじわ覆っているのを舐めるように撮ってから、カメラは次第に顔へ近づく。玉のような汗が小さな画面でもわかるほど溜まっている。

 カメラが首筋のとこまできたあたりで、ブランクは顔をそらした。

 だがチョコラータはそれを許さない。顎を掴み、無理やり画面を見るように向ける。

「ほら、このシーンが一番いい顔をしてるんだってば!ジェラートの死体をほら、凝視しているこの眼。いやたまらんねえ。こういうのは何度見ても良い」

 ソルベの見開いた目、その白目の血管までもが鮮明に映し出された。ディスプレイではなく、ブランクの脳裏に。

 

「……や、やめろよ!」

 

 ブランクは思わず顎を掴むチョコラータの手を振りほどき、カメラを叩き落とした。カメラはブランクの手付かずのココアのカップに当たり、テーブルから落ちた。落下音は聞こえなかった。地面の下からにゅっと伸びたセッコの手がしっかりキャッチしていたからだ。

 ブランクはもらったビデオテープもテーブルに放り出して窓側へ体を引く。

 

「……僕は…、あの日の事はもう思い出したくない」

「なんだ、ちゃんと言えるじゃあないか。うんうんいいことだ。だが過去から逃げちゃ人間は成長できない。きみは自分のやったことから目を逸らしちゃいけないんだよ」

 チョコラータはブランクのスーツの襟を掴み、無理やり着席させる。一般人の目もあるため派手に暴れることもできず、ブランクはまたソルベの拷問映像と向き合わされた。

 

 画面では腹部に刃を入れられるソルベの顔が映っている。ブランクは吐きそうになりながらも“目を逸らすな”という言葉にバカ正直に従っていた。

 

「…どうして…僕にかまうんですか。放っておいてください。僕の仕事に、あなたは必要ない」

 

 映像は自分の情けない泣き顔とジェラートの死体が交互に映したのち、ソルベの輪切り作業へまた戻った。

 

「そんなのわたしに関係ないね。わたしはただ自分の好奇心に従ってるだけだよ。きみがどう成長してくにせよ、きっと手をかけて育てたものを壊すときってのはものすごくカタルシスを感じるはずだ。今まで育てることは怠ってたけどね」

「意味がわかりません」

「じゃあ考えるんだな。きみはそれをしなくっちゃあならない。じゃないと、面白くない」

 

 

 

 

とぅるるるるるるん………

 

とぅるるるるるるん……

 

とぅるるるるるるん…

 

 

「…もしもし」

『ブランク、今どこだ?』

「…チョコラータ先生…そんなの言うと思いますか?」

『電話に出られるってことは一人か?』

「…はい。でも探知される前に切りますからね」

『馬鹿正直に電話に出ることないだろうに。いくらムーロロの番号だからって。…まさか留守電聞いてないのか?』

「聞きましたよ」

『ほう?それにしちゃ冷静だな。想像しないのか?お前の恩人がわたしに何されたか。あるいは…されてるのか』

「…先生こそなぜ電話を?」

『そりゃ困っているからだ。ヴェネツィア以降おまえたちの足取りがとんとつかめないからね。ブチャラティたちのほうはカルネが向かったらしいが…』

 

 カルネとブランクは少しだけ親交があった。彼は矢を受けて生き残った口だが、何故か一向にスタンドが発現せず周囲が困っていたときにドッピオから声がかかったのだ。

 手に触れ、何度か話すうちに彼のスタンド能力は恨みのパワーで動くことがわかった。恨みが強ければ強いほどスタンドは強力になる。だが、残念ながら本人は無差別に他人に憎悪を振りまくような人間でなかった。

 普段は弱い。だが殺されるくらいの強い恨みがあれば最強、と報告した結果、彼も親衛隊入りしたらしい。鉄砲玉なのは目に見えていたが、自分も使い捨てのスパイなので特に気の毒とも思ってなかった。

 今回の任務でカルネは殺されに行く。ボスに本気で忠誠を誓っているなら喜んで従っていただろう、昔の自分のように。

 

「カルネくんがあっちに行くってことは、ボスは僕たちをあまり脅威に思ってないんですね」

『ああ。リーダーを失ったおまえたちはイマイチ獲物として魅力的じゃあないからな。だがわたしは違うぞ。どうせおまえたちの行き先もブチャラティたちと同じだろう?なあ、どこに向かってるんだよ』

「…チョコラータ先生は僕を追ってるっていうのに、ボスから情報をもらえてないんですね」

『ああ、そうなんだよ。ボスもオレには近づきたくないらしいな。つまり裏を返せば、ボスもそこに行くんじゃあないかと思うわけだ。お前たちの行き先にな』

「……僕も同じ意見です」

『なあ、教えてくれよブランク。そしたらよォ〜、おまえを殺すのを少し後回しにしたっていいぞ?一人くらいは仲間を見逃してやってもいい。なあ、ブランク、どこに向かっているんだよ』

「嫌です。頑張って探してください。…もう切りますよ」

『本当に生意気になったな、お前は。どう変わるつもりなんだ?いや、どこまで変わったんだ?』

「…会った時に確かめてください」

 

 

 ブランクが切る前にチョコラータ側から電話が切れた。ブランクは携帯電話をポケットにしまい、目の前に積まれたダンボールの山をぼんやり眺めた。

 なんでもいいから情報を引き出せたらと思って出たけど、結局憂鬱な気分になった。

 

 ブランク、ギアッチョ、メローネはコルス島を経由するサルディニア島行きの貨物船に乗った。

 宅配業者の荷が大量に乗っているが、船長に金を払えばのせていってくれるとの事なので糸目をつけずに支払った。

 ただし人が乗るのに適した空きスペースはほとんどないので、一番下っ端のブランクが貨物スペースに追いやられたというわけだ。

 

 カルネがこちらに来なかったのは幸運だった。能力を知ってるブランクに対して無意味だという判断かもしれないが、なんにせよボスの関心はもっぱら娘、トリッシュにあるようだ。

 

 トリッシュを追うボス、ブランクたち、そしてブランクを追うチョコラータもいずれサルディニアに辿り着く。

 チョコラータの目的は自分の殺害だけではない。むしろそっちはついでで、真意は暗殺チーム、そしてブチャラティたちと同じところにある可能性が高い。

 となれば、相当な混戦が予想される。その反面、ボスを殺しうるスタンド能力を持つチョコラータが向かっているのは僥倖かもしれない。(もちろんこちらも殺される覚悟が必要だが)

 

「って…まてよ、ブチャラティたち?」

 

 ブランクはチョコラータの言葉を反芻する。

 

ブチャラティたちのほうはカルネが向かったらしいが…

 

 仮にブチャラティが死んでいたとしたら、チョコラータはこんな言葉を使わないだろう。いろいろ雑なイルーゾォとかならともかく、彼がもう死んだ人間の名前を挙げるとは考えにくい。

 ということは生きているわけだが…ジョルノ・ジョバァーナの能力はあの重傷すら治癒できるということなのだろうか?

 ブランクは潰れた右目を無意識に触った。未練がましいとは思いつつ、やはり射撃の腕は取り戻したかった。

 

 射撃は僕が僕であるために必要な技能だった。

 

 二年前の自分だったら目玉を潰されようが他の特技を見出して淡々とその後を過ごしていくんだろうが、今の自分じゃそう簡単に飲み込めそうにない。

 リゾットが認めてくれたこと、師匠とともに学んだ歳月をブランクは“知って”しまった。

 

「はあ……」

 

 船が大きな波に当たるたび、ダンボールは危なっかしく揺れる。ロープで固定しているとはいえこれが全部崩れて下敷きになったらと思うとゾッとする。

 さすがのブランクでも自分の気分が落ち込んできているのがわかる。

 

ー炎は“明るい”。でも触ると“熱い”。一度わかれば炎は熱くて明るいものになるー

 

 

 慕っていた先輩たちがバタバタ殺されて、目も潰れ、裏切りもバレて、ずっと頼りにしていたムーロロにもきっともう会えない。命令を出してくれる人はもういない。どん底だ。

 

 メローネはこの世界を奪い合いゲームだと言った。

 僕はそうは思いたくない。だが現実はそのゲームの真っ只中にある。ボスを殺して権力のすべてを掻っ攫う。それができなきゃ死ぬだけだ。

 それは疑いようもない事実だ。

 

 本当に奪い合いゲームを否定するためには、まずこのゲームに勝たねばならない。

 まったく、とことん矛盾している気がするが、今の自分にはそうすることでしか正解を示せない。

 

 復讐はこれからの人生をより良く生きるためにするためのものだ。

 僕は生きたい。生きて、今度はきちんと自分の言葉で語れる日々を紡ぎたい。

 

 

 

 

 汽笛が鳴った。もう島につくらしい。

 ブランクは立ち上がり、デッキへ向かった。港はもうすぐ目の前で、ウミネコがみゃあみゃあとうるさい。

「メローネ、ちょっと報告が…」

「こっちも重要なことがあるぜ。ベイビィ・フェイスはボスの姿を捉えた」

「マジですか。…ええと、僕の方はチョコラータ先生からいまどこって聞かれただけです。あとブチャラティチームの方へ刺客が行ったらしいです」

「お前の主治医は何がしてーんだよ。待ち合わせか?」

 ブランクフィルターのかかったほのぼのした内容にギアッチョが呆れて突っ込む。

「んー、僕を殺すついでにボスを殺したい…のかも。そんな空気出てました」

「はあ?親衛隊なのにか」

「いやぁ…チョコラータ先生なら何をしても納得っていうか…」

「こっちの話に戻っていいか」

 メローネは若干苛つきながら会話を遮った。ギアッチョもブランクもハッとしてメローネに向き直った。ベイビィ・フェイスの画面上にジュニアとのチャットログが表示されていた。

 

 

ー空港で“父親”の姿を視認しました

 

ーディ・モールト!口頭にて報告しろ

 

ー少年です。髪は、ピンクブロンド。紫色のセーターを着ている。いい靴だ。ボクもこの靴は好きだ

 

ー少年?何かの間違いじゃあないのか。

 

ーたしかに少年です。線が細い、こっちに気づいてない、いま、こどもにアイスをぶつけられてとまどってる

 

ー間違いなくそいつなのか?

 

ーそうです。荷物は旅行かばんひとつ、あどけないというか、言ってしまえば間抜けな顔をしている。そばかすか?とても若い。やはり少年だ。封筒からなにか出してみている

 

ー詳しく確認できるか?

 

ーいいえ。近づきますか?

 

ーいや、まだいい。一定の距離を保ちつつ追跡を続行せよ。オレたちも向かう

 

ーウィ。細かい座標は…

 

「少年…だあ?」

「ちょっと、今回の母親ちゃんと選んだんですか?僕が見たボスの背中はどーみたって成人男性でしたよ。少なくともブチャラティよりはでかく見えた。目ぇ悪いんじゃないんですか」

「どーなってんだよメローネ」

 二人はブーブー文句をたれた。メローネ本人も当惑しているようだった。

「ジュニアは画像を送れない。それに語彙力も教育に依存してるからな…だが、大人と子どもは使い分けてる。少年の外見ってのも間違ってないはずだ」

「いまジュニアと話せます?」

「ああ」

 メローネはちょっとベイビィ・フェイスをいじってブランクに向けた。ブランクは発語しながら画面に文字を打ち込む。

 

「ハロージュニア。えーと、ブランクです、はじめまして。僕はメローネの後輩です。後輩っていうのは…」

「いや、そういうのはいいから」

 

 ブランクの言葉に反応して早速画面上にジュニアのメッセージが表示された。

 

ーボンジュール、ブランク

 

「きみの父親について、もう一度詳しく教えてくれるかな。えー、服のことなんだけど、変な切れ込みの入った縦編みのセーター?」

 

ーそう、そのとおりです。ボクのところからは背中が見えます。髪は後ろで編み込んでまとめています

 

「そいつで間違いない?」

 

ーまちがいない。何度もそういってる。彼が父親だ!

 

「そっか。ありがとーばいばーい…」

 

 

 

「ドッピオ…なのか?」

「………信じがたい…いや、ありえない事ですが…。ええ。リゾットさんが浴びた血はドッピオのものだったようですね」

「はあ〜〜〜?じゃあボスがドッピオなのか?あ?ドッピオがボスなのか?どっちが正しいんだよ。紛らわしいぜ、クソイライラするッ!」

「お前、二年前にドッピオに触れたんだよな?その時はどう感じたよ。もっと詳しく、具体的に話せ」

 ブランクはうーんと悩みながらメローネの質問に答えた。

 

「…正直あの頃の僕にはスタンド能力発動中でしかコピーできませんでしたし、占い程度のことしかわかりませんでした。ですが…確かに、彼は奇妙でした」

 ブランクは手をグーパーしながら慎重に言葉を選び、答える。

「僕の特技はもう、占いとかと違って全然直感ですので根拠は省きますね。彼はやや気弱で素朴な青年だと感じました。ですが一方で手の硬さ…というか肉体のですね、それと精神が釣り合ってないなとは思いました」

「お前…暗殺者なんかより向いてる職業あるよな」

「僕もたまにそう思いますね。…少年だなーって性格なのに、肉体はけっこう傷んでたんです。まあそういうこともあるだろうと思ってたんですけど…」

 

 うーんと唸るメローネとブランクに対してギアッチョが提案した。

「ドッピオの正体がなんにせよ、よォー…ドッピオを生け捕りにするメリットはあると思うぜ。なんつったって唯一ボスと直接やり取りしてる部下だ。ドッピオ=ボスだとしても、オレらがボスになり代わるつもりなら、あいつの持ってる組織の連絡網はどっちにしろ必須だろ」

「ドッピオ=ボスなら即殺したほうがいいと思うがな。生け捕りにしてもスタンド能力を発動されたら危険だ」

「僕は…生け捕りかな。彼が何なのか興味あるし、やっぱり組織メンバーとのやり取りの方法だとかは吐かせないと。殺すのはその後です」

 ギアッチョ、ブランクの意見にメローネは意外そうなかおをした。二人の意見が合うのは珍しい…というよりかは、ブランクがちゃんと意見を言うのが珍しかったからだ。

「おい、マジかよ。正体が気になるってのもまあわかるが…」

「メローネ、お前が決めろよ」

「ですね」

「あー?多数決じゃなくていいのか。…まあお前たちの言うことも一理あると思う。ベイビィ・フェイスの能力的に、結局一度物質に組み替える。事実上の生け捕りにはなるわけだしな…。だが今はその後のことでなく如何に生け捕りにするかを議論したほうがいいだろう。状況によってどうすべきかは現場の判断だ」

「なんか頭良さそうだな」

「さすが最年長!」

「おまえら疲れてるからってなんかテキトーにほめてんだろ。目的地まではまだかかるぜ。頭が働かねーなら20分だけ寝かせてやってもいいぞ」

「やさしい!アニキ!」

「頼りにしてるぜメローネ」

「もういーから黙ってろ」

 


 

 

 チョコラータは電話を切って忌々しげにつぶやいた。背後に聞こえたのは空調の音に似た機械音と不規則な金属音だった。まるでコンテナの外からなにか柔らかいものがぶつかっているようなくぐもった音だ。

 

「ブランクの奴め、船に乗ってるな…」

 

 ブランクの奴はわたしの電話から少しでも情報を得ようという算段だったのだろう。暗殺者チームの生き残りはムーロロ亡き今、十分な情報を得られない。それでも何か目的を持って移動している、ということは独自にボスか、ブチャラティたちの位置を掴んでいるのだろう。

 

 

「なあ…チョ、チョコラータ…オレたち、次はど、……どこいきゃー…い、いいんだ?」

 

「あいつは船を使ってどこかに向かってる。島か…または単に陸路より安全と踏んでのことか…」

「船っていうとよー…が、外国に、でも…に、にげんのか?」

「いーやセッコ。あいつらはボスを追ってんだ。ボスの手がかりを掴むために必死こいてかけずってる。行き先はイタリア内のはずだ。とりあえず、フィレンツェで待機だ。直にカルネの成果がわかるだろう」

 

 先ほど通りかかった飲食店のテレビで、ヴェネツィア空港で射殺体が発見されていた。被害者の身元は割れないというが、報道された情報からしてほぼ間違いなくカルネだ。

 

「かるね…カルネって……あーあの…えっとぉ」

「親衛隊のやつだ。ノトーリアスB.I.Gとかいうスタンドだったか?死後の恨みのパワーで動くスタンドなんだが、まさか役に立つ日が来るとはな」

「し、しななきゃつかえねーのか?…ふ、ふべんだ!」

「ああそうだな。おい、バッテリーはよォオーく確認しておけよ、セッコ。いざってときにバッテリー切れってのが一番ムカつくからな。予備の充電器の電池も持っとかなきゃあな。移動が多いと何かと荷物が多くなって手間だな…まったく」

 

 チョコラータは足元においた金属製の大きな箱を一度蹴っ飛ばした。そしてそれを担ぎ、バスの時間を確認する。

 

「しかし…それでもだ。それでも、旨い料理に下ごしらえが必要なように、これは持っていかなくっちゃな」

 

 


 

 

 亀の中で眠っていたナランチャは衝撃を感じて目を覚ました。最後に覚えているのはあの何もかも食い尽くすスタンドにやられたところだ。

 

「ジョルノ…なんかいま外で大きな音がしなかったか?」

 

 最初に目に入ったジョルノに話しかけると、ジョルノも目が覚めていたらしく、体を軽くおこして返事した。

 

「え?…そうかもしれませんね。すみません、どうも…気分が」

 ジョルノも手酷くやられたらしく、起き上がったと思ったらすぐソファーに突っ伏してしまった。ミスタは全く目覚めた様子はなく、寝息も静かに横たわったままだ。

「オレも最悪だ…ついてねーよ…狙撃手にやられてずっとで、治ったと思ったらコレだぜチクショー。フーゴも再起不能だし…ここ数日でいろいろ起こってわけわかんねーよ…」

「フーゴはきっとよくなりますよ。…もちろん、ぼくたちがボスを倒さなければ彼も危険かもしれませんが…」

「……しょーがねーよな。元はといえばオレたちのヘマだもんな。それよりトリッシュが可哀相だ…」

「彼女は…思ってるよりずっと強いですよ」

「そうかな…っていうかジョルノ、お前両腕なくなっちまってんじゃあねーか!大丈夫なのかよ。つーかだからか、治ってねーの」

「ここまでやられるのは初めてなので…辛いといえば辛いです。ですが、腕を切り落とす直前、ブローチに生命を与えました。まだその気配を感じます。きっと誰かが見つけてくれたんでしょう」

 

 ナランチャはジョルノの冷静さに感心しつつ、先程の衝撃が気になって上を見た。亀はどこかにしまわれているのか天井は真っ暗だ。だがふいに夕焼けの空が見え、上からアバッキオが入ってきた。

 

 

 

「よぉ、オメーらちゃんと生きてるか?」

「縁起でもねーこと言うなよ〜アバッキオ。何があったんだ?」

「ナランチャ、お前は元気そうだな。…ほれジョルノ。腕だ」

 アバッキオはおもむろにジョルノに腕を投げ渡した。ジョルノは胴で受け、ちょっと苦笑いしながらテーブルにおいてくっつけようとした。

「ありがとうございます」

「礼ならトリッシュに言うんだな。今回は彼女がいなかったらダメだった」

 ナランチャはジョルノの腕を固定してやる。怪我のせいでしんどいがジョルノさえ治ればこちらのものだ。

「だから何があったんだよ!」

「飛行機は例のスタンドのせいで墜落した。腕はトリッシュが守りきったんだ」

「エエ?!まじかよ。つーかオレたちどんだけ眠ってたんだ〜?!」

 ナランチャはショックを受けたリアクションをしてみせるがオーバーだったせいで圧迫止血していた傷口から血が吹き出た。アバッキオは呆れながらもう一度きつく包帯を巻いてやった。

「そうだったんですか。サルディニアにはついたんですか?」

「ああ。沖に落ちたせいで散々だぜ。泳ぐのは久々だ。…まあ墜落したおかげでボスもしばらく正確な足取りは掴めないだろう…ジョルノ、テメーはとっとと全員治しとけよ」

「もちろんです」

「じゃあ…いよいよオレたち…」

 

「ああ。ボスの正体に近づくわけだ」

 

 

 



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ホワイト・アルバム&ベイビィ・フェイス・ジュニア

 ギアッチョは起きてすぐにメローネと運転を代わった。ベイビィ・フェイスは詳細な情報を送り続けている。ドッピオは街でタクシーを拾い、どこかを目指しているとのことだった。

 すでに一キロ圏内に入ったということで二人は緊張していた。だというのにブランクは後部座席でまだ寝ている。

 

「こいつマジ起きねーな」

「まあ地味に一番負傷しているからな」

「…運のいいやつ。よく生きてこられたな、クソよえーのに」

「確かに強運だな。おっと」

 道があまり良くないせいで車体がひどく揺れ、フロントガラスに飾ってあったアロハ人形が倒れてしまった。それを見てギアッチョがハンドルをぶん殴った。

「チッ。てめーらがちゃんとオレの車回収してりゃーこんなファミリーカーパクらずに行けたのによォ〜!」

「忘れているようだが、お前もオレのバイクオシャカにしてるんだぞ」

「チッ…」

 

 しばらく沈黙した後、ギアッチョが口を開いた。

「メローネ、ソルベとジェラートのことだが、お前はブランクを許してんのか?」

「許すも何も…こいつを責めても何にもならないからな」

「ずいぶん冷てーじゃあねーか。メローネ、ソルベとジェラートよりブランクに情がうつったのか?」

「そういうわけではない。……こいつが来なけりゃこうはならなかったって言うなら話は違うぜ?だが…現実的に考えて、あの二人が殺されるのは必然だった」

「オレだってそれくらいはわかる。だがこいつはスパイしてたんだぞ?オレたちをずっと監視していた。ムーロロの手駒になってな」

「ああ。つーか別にオレは怒ってないわけじゃあない。だけど2年付き合ってりゃこいつがどんなやつかくらいわかる。ブランクはただ自分のことが全然わかってないバカだった。それがわかったら殺す気も失せた。何が悪いかわかってないやつを罰しても無駄だ。償いは死だけじゃあないと思う。少なくともブランクにとっちゃな」

 

 メローネの言葉にギアッチョはしばし黙った。そしてサン・ジョルジョ・マッジーレ教会の地下で、リゾットから受け取った血液サンプルを握ったブランクの姿を思い出した。

 

 

「僕はリゾットに、みんなにとてもひどいことをした。それを償うまでは殺さないでほしい」

 

 

「…オレはリゾットの死体を見るまでは、ブランクを殺すつもりでいた」

「そうだと思った。だからブランク連れてきたときはビビったぞ」

「あいつは自分で償うと言った。…お前が言ったとおり、償いは死だけじゃないってことなんだろーな。…なんで揃いも揃ってクドい言い回しするんだ?流行ってんのかよそういうの」

「ああ…もしかしたらオレが置いといた本を読んだのかもしれないな。情操教育がてら、本部に置く本は選んでたからな」

「マジかよ。あそこに本棚なんてあったのか」

「あるだろーが、デスクトップの下に。ホルマジオとかが結構雑誌を持ち込んでたぞ」

「あいつの事だから古本処分のついでだったんじゃね」

「かもな。なんかグラフィックノベルとかも知らない間に入れられてたし」

「あぁ…?そりゃ誰の趣味だ?」

「さーな」

 

 二人は少しだけ笑って、前を見た。美しい海岸線が広がっている。コスタ・スメラルダの近くだからか、海はエメラルド色に見える。岩場の白がやけに眩しい。

 

「…ギアッチョ、お前もブランクを一度は許してみようって気になったんだろ。だったら最後まで信じてやれよ」

「メローネ、てめーオレに説教してんのかよ。別に疑ってもねーし許してもねー。処分保留にしてるだけだっつーの」

「…やれやれ。やっぱプロシュートと違ってオレたちに後輩育成は向いていないな」

 

 ギアッチョはふん、と鼻で笑ってから後ろを振り返りグースカ寝てるブランクに怒鳴った。

 

「オイ!いい加減起きろよブランクッ!」

 ブランクは目をこすりながら起き上がり、キョロキョロ周りを見てから不機嫌そうに言った。

「………なんか僕の悪口言ってませんでした?今」

「メローネがボロクソに言ってた」

「クソォ〜…!」

「目ぇ醒ませよ。これからが本番だ」

「そうだ。今オレたちはドッピオの乗っているタクシーを追ってる。どこに向かってんだろうな?丘登ったところで何もねーだろうに」

「丘?こちらが高ければそれでいいんですが。…なんで丘?」

「…普通に考えて突っ込むのはオレの役割だ。ジュニアと連携して気を引き、ドッピオを物質へ変換する。で、お前らは上の方で援護」

「ジュニアはなんに化けてるんですか?」

「やつの乗るタクシーに張り付いている。ちょうどトランクのあたりだな」

 

 ギアッチョは無線にイヤフォンマイクを差して耳にしっかりテープで貼り付けた。

「…よし、感度良好」

 メローネ、ブランクも同じように無線を繋ぎ、常時連携できるように調整した。

 

「それにしても丘ですか」

「マップをみてもあの道の先は特に何もないな…お、停まったらしい」

「じゃあオレは降りる。しっかり援護しろよ」

 ギアッチョは車が完全に止まる前にとっとと出ていってしまった。メローネはすぐ地図を確認し、丘の上へ登れそうなルートを見繕ってから車を出た。ブランクもそれに従い、ライフルケースを抱えて岩場を登った。

 

「…お前、何メートルくらいなら撃てる?」

「当てるだけなら100…」

「近ッ」

「すみません…」

「しょォーがねーなぁ…」

「うう…ホルマジオ先輩ぃ…」

「いや、無意識だ。振ってないから。悪かったよ」

 

 

 二人は一段上の遊歩道に出ると、慎重にドッピオの姿を探した。彼はタクシー運転手とひと悶着した後、路肩から海を眺めているらしい。

 ジュニアはどさくさに紛れてタクシーから分離し岩場の石の一つに化けてスタンバイ中だ。

 

ー見てるのは海じゃない。…封筒から写真を取り出して参照しているようだ。空港でも持っていたものだ

 

 ジュニアのチャットを見てメローネはもう一度あたりを見回した。ここは観光マップに出てくるような完璧なコスタ・スメラルダを見下ろすにはやや外れている。

 

「ここから見えるのはビーチと建物、石碑だな」

「何かよくわかんないけど気を取られてるならチャンスですね」

 

 ブランクは組み立て終えたライフルを構え、左目でスコープを覗き込んだ。スコープの目盛りを調整し、風を感じる。幸い微風だ。

 感覚は鈍っていない。マンハッタン・トランスファーは襲撃を悟らせないために初撃では出せないがなんとかなりそうだ。

 

「ギアッチョ…聞こえるか?」

ああ。ドッピオは見えている。すぐにでもやれる

「わかった。ジュニアもスタンバイ完了だ」

「ブランクです。こちらもいつでもいけます」

『わかった。オレに合わせろよ』

「了解」

 

 

 

 

 ドッピオはボスに言われた通りの場所についてひとまず安心した。これから渡された写真の場所を監視しなくっちゃならない。

 

「それにしても…本当にブチャラティたちは来るんだろうか」

 

 ブチャラティが裏切るのは予想外だった。カルネは飛行機を墜落させたが、それでも奴らは生きているという“予感”がするとボスは言っている。ノトーリアスB.I.Gから逃れられるとは到底思えなかったが、ドッピオはボスの命令に従うだけだ。

 ボスがやれというのならばたとえ無駄足だろうが完遂する。

 

 アバッキオが生きていたとしたら、あの石碑の場所に必ず現れる。そしてボスの正体につながる手がかりをみつける。

 ドッピオにはそれが何なのか知らされていないが、ボスの正体に迫るものは何人たりとも生かしておけない。

 

 ブチャラティ達以外にも懸案事項は山ほどあった。

 暗殺チームはブランク含めまだ三人残っている。そのうちのメローネは能力不明だが、サン・ジョルジョ・マッジョーレ島で表立って動かなかったあたり、サポート系の能力なのだろう。

 

 “知らない”というのは何よりも恐ろしい。

 

 さらにリゾットが情報分析チームを壊滅させたおかげで、暗号化されたネットワークが一時的にクラッシュされていた。誰の仕業かわからないが、どうやら暗殺チームの裏切りに乗っかってる連中がいるらしい。

 いまは各地に分散した生き残りがネットワークを再構築しているが、完全復旧には時間がかかる。

 暗殺チームはチョコラータがおっているとはいえ安心はできない。

 

『いいかドッピオ…チョコラータを決して信用するな』

 

 ボスが教えてくれたチョコラータの経歴は吐き気を催すほどのものだった。奴ほどのゲス野郎が暴れる機会を逃すとは思えない。

 

 情報分析チームの殺害現場の痕跡を見るに、チョコラータはリゾットをほとんど追い詰めていた。なのにやつは仕留め損ね、さらには見逃した。

 

 やつはブランクに執心するあまりボスの安全を軽んじている。いや、むしろやつのことだ。裏切りまで考えているのかもしれない。

 ボスはティッツァーノとスクアーロを唆し死に追いやったのもチョコラータだと言っていた。

 

 

ー最終的にこの事態を収拾するのはボスの右腕である自分の役目なのだ…ー

 

 

 

とぅるるるるるるん……

 

 

「もしもし?ドッピオです」

『何をしているのだドッピオ』

「ボス!すでに目的地に着きましたよ。ブチャラティたちはまだ来ていません」

『違う、お前はすでに監視されている』

 ボスの声色はかなり尖っている。ドッピオは思わず体をこわばらせ周囲を見回そうとしたが、電話の向こうから険しい声で止められた。

 

『妙な動きをするな。そのまま、何でもないって風を装え』

 

 だが、もうドッピオは異変を感じ取っていた。急に鳥肌が立ち、背筋に悪寒が走った。

 

「な、なんだ…寒気…?」

 

 日は照っている。風もない。4月にしては暖かい今日この日に寒気がするなんて…。

 ドッピオが無意識に腕を擦ろうとしたとき、背後から声がした。

 

 

 

「百聞は一見に如かずって諺があるがよォ〜」

 

 

 刺々しい声だった。ドッピオはゆっくり振り向く。全身を白いスーツが覆っている。いや、あれはスタンドだ。

 

 

「オレはことわざに一家言ある性格なんだが…この諺に対しては特に言うことはねぇぜ。今、まさにオレはてめーの正体を見て確かめようとしてんだからなア」

 

 そしてこの冷気。暗殺チームのギアッチョだ。

 

「だっ…誰ですか?!」

 

 ドッピオは後ろに飛びのいて、すっ転んだ。臀を強く打ち、痛たと呻く。大抵のやつはそんなどんくさいドッピオを見て、おや?と攻撃を思いとどまる。

 だがギアッチョは違った。

 

「なるほど確かにてめーがボスだと言われても到底信じられねぇーな。だが万が一人違いだろうとどうでもいい。即、やらせてもらう!」

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()”だと?!

 

 

 ドッピオはギアッチョがいった言葉を正常に処理できなかった。

 考える間もなく、地面が即座に凍りついた。ドッピオの靴底を覆うように氷が広がっていく。

 ドッピオは既のところで凍りつくのを飛び退いて避けたが靴は持っていかれた。靴下越しに触れる地面は異様なほどに冷たい。

 

凍傷になっちまいそうなくらい…いや、もうなっているか…それくらい冷たいぞ!これがやつのスタンドなのか

 

とぅるるるるるるん……

 

 手に持ったままの電話がまたなった。ドッピオはすぐに取る。

『ドッピオ、エピタフを使うのだ。やつはお前を殺すとすでに“決めて”いる!誤魔化しの時間はない…私もすぐに向かうが、時間がかかる。それまでお前はやつの攻撃を避けなければならない』

 

「なんだ…電話か?気味悪いなオイ。だがよォーてめーはもう逃げられないぜ!」

 

 ギアッチョが手を振りかぶると、ギャリギャリギャリという不快な、固いものがこすれる嫌な音が空中に響いた。

 

 ドッピオは、ほんのすこし体を左へ傾けた。

 バスッと言う音がして地面が破裂した。

 

 狙撃されている。おそらくはブランクから。

 

 どこからかはわからないが、ドッピオはエピタフでしっかり目撃していた。銃弾が空中で乱反射している様子を、そしてその反射でキラキラと何かが舞っているのを。

 

「避けるか。てめー、やはり予知のような能力を持ってんな?まあいい。お喋りはもう終いだ」

 

『ドッピオ、予知するのだ!次はどこを狙っているのだ』

「く…エピタフ!!」

 ドッピオが見た光景は、光だった。十秒後の自分はキラキラとした光の中にいる。一体どういうことなのか全くわからなかった。

『何が見えた!』

「光だ!この光…まさか」

 

 ギアッチョの周囲には氷の壁が作られている。さっき見えた光はそれだ。

 途端、銃弾が降り注ぎ、氷の破片が舞った。

 弾丸は破片をさらに細かく砕き、ドッピオのまわりに飛散する。

 

「ッ…!」

 

 10秒にも及ばない時間でドッピオの周囲に細かい氷の檻ができていた。

「一歩でも動けば氷が…皮膚に…」

 

『まさか…ドッピオの正体に気づいているのか?』

 

 電話から聞こえるボスの声は初めて聞くくらい焦っていた。言っていることはよくわからない。だが、今自分に何ができるっていうんだ…?!

 情報によればギアッチョのホワイト・アルバムに隙はない。すべてを凍らせる能力なんて予知ができてどうこうなるもんじゃあない!

 

『氷の檻から抜け出せドッピオ!2メートル以内に近づき、キング・クリムゾンで即座に殺すッ!』

 

 はい、ボス

 

 と返事をする前に手に持っていた携帯電話が弾け飛んだ。今度は氷の壁を反射させたものじゃない。はっきり捉えた。

 ここから30メートルは上の岩場にスコープの反射光が見える。

 

「ブランク、てめェーチクショーッ!」

 

 だが岩場の上には“3つ”人影がある。

 

 ドッピオはその意味を即座に理解した。

 二三歩悪あがきのように横へ逃れる。すると

 

「バラバラになりな!」

 

 足元にいつの間にか転がっていた岩が人型に変化した。

 

「ベイビィ・フェイス!」

 

 

 

 

 


 

 サルディニアに無事上陸したブチャラティ一行は写真の石碑へと急いだ。当然目立つ手段は使えないため小さなボートで沿岸をいき、近場で降りて歩いた。

 その建物は地元の人にはよく知られており、観光客はあまり来ないらしい。ボスはこの島の出身だというから穴場を知っているのは当然だ。

 15年前の、青年だったボスが暮らしていた地。トリッシュはどんな気分なのだろう。亀の中から出してやれないのは些か気の毒だが、用心に越したことはない。

 

 石碑で15年分の過去を巻き戻さなければならない。アバッキオいわく、7〜8分はかかるそうだ。なるべく急いでリプレイしすぐに立ち去らねばならない。

 

 

「ブチャラティ、周辺20メートルには観光客以外に不審な呼吸の点はない」

 いま外に出ているのはブチャラティとナランチャのみだ。ナランチャはエアロ・スミスで索敵をし、安全を確認した後に別の場所で待機しているアバッキオが合流する流れだ。

 

「よし…もう少し範囲を広げてみてくれ」

「わかった」

 

 建物はとても目立たない岩場の影にある。海岸からも離れていて足場も悪いが、観光スポットになっているところよりも静かで落ち着いているいい場所だ。

 すぐ上の道はすでに敵がいないことを確認している。あとは20メートルほど上に車道がある。その斜面は岩ばかりで、敵が潜むにはうってつけだった。

 

「あの車道の方まで見れるか?」

「いや…もうちょっと移動しないと射程範囲外だ」

「そうか…念の為少し索敵範囲を…」

 

 そこで、浜辺の方から悲鳴が上がった。

 

「なんだ?!」

 

 二人はすぐさま駆け出した。そしてビーチに向かうなだらかな下り道ですぐ異変に気づいた。

「止まれ…ッブチャラティ!」

 先を行くナランチャが急に鋭い声をあげ静止した。

「ブ、ブチャラティ…変なこというけどよォー…これ以上来ちゃだめだ…!」

「何?何があったナランチャ」

「お、オレの…手に、急に湧いてきやがった!」

「湧く?何がだ、見せろッ!」

 ナランチャはゆっくり振り向いた。

 

「…これは…!」

 

 ヤニのような色をした“何か”がナランチャの手にこびりついている。

「坂を下った途端だ…!突然、オレの手にッ…」

「これは…スタンド攻撃か。エアロ・スミスは無事か?」

「あ、ああ。エアロは無傷だぜ!」

「では亀の中のジョルノたちに緊急事態の合図を送れ」

「了解!」

 

 ブチャラティは浜辺に目を凝らした。何人か、死体らしきものが海に浮いている。

 

「どこかにスタンド本体がいるはずだが…いや、まずはこのスタンドの正体を確かめねばならないか」

 

 浜辺のすぐ上の車道で車が止まる音がした。

 

「な、なんだ?!人が溺れてるぞ!!」

 

 善良な市民が浜辺の異変に気づいたらしい。車から降り、浜辺につながる階段を降りようとした。

 そこでブチャラティたちはこのスタンドの正体を目の当たりにした。

 

「ぎ、ぃやぁーーーっ!!!」

 

 階段を下ったはしから、男の腰からナランチャについていたものと同じ“なにか”が一斉に生えてきてそのまま粉々になった。

 

「これは……まさか“下る”と攻撃を受けるのか」

「そ、そうだ。ここは坂道だ…!」

「この気味の悪いのは…カビか。微生物が肉を食い散らかしているんだ」

「嘘だろ?とれねーのかよこれ!」

「ああ。とにかくナランチャ、お前はこれ以上下っちゃあだめだ。そして…敵はおそらく近くにいる!追手だろうがなんだろうが、確実に始末しなくっちゃあならない…!」

 


 

 ギアッチョは黒電話に“変換”されたドッピオを見て一息ついた。

 

「ずいぶん…あっけなかったなジュニア…本当にこれがてめーの父親か?」

「Exactement!そのとおりです…でもまずい。メローネから応答が途絶えました。何かあったに違いない!」

「もしもし、メローネ?ブランク?オイッ!応答しろ」

 

『…まさ……ぁ……は……』

 

 無線からはざらついたブランクの声しか聞こえてこない。

 

「アクシデントらしいぜ。ジュニア、メローネのところへ急げ」

 

 ギアッチョは黒電話を拾い上げ、ジュニアに続く。だが岩場に足をかけた途端、“どぷん”と音を立てて手足が沈んだ。

 いや、沈んだという言い方は奇妙だった。触れた岩の感覚は硬い。なのに“めり込む”。まるで泥にでも突っ込んだみたいに。

 

「これは……」

 

 

 

「て、てめーが……よお。ギ、ギ………ギアッチョ…かぁ?」

「…………よくよくオレには邪魔がはいるみてぇーだなぁオイ…」

 

 声がした方を振り向くと、自分と同じように全身にスタンドをまとった男が立っていた。

「てめーは誰だよ。見たことねー面だな」

「お、オレの、名前はぁ……これから、これから死ぬ…お前が知る必要は、ね、ねェーーんだよぉ!」

 


 

 

 ブランクは自分の肩に突然走った痛みに目を白黒させた。引き金にかけていた指を外し、おそるおそる肩を確認する。

 肩だけじゃない、背中に何本かメスが刺さっている。

 

「え……ぁ……」

 

 腱を切られた。銃を支える腕に急に力がはいらなくなり、ライフルが音を立てて地面に落ちた。

 

 

「ぶ…らんく」

 

 メローネの声がした。ブランクは振り返る。

 

 

「ボスを……殺せ」

 

 

 そういうメローネの腹に、土色の手袋をはめた腕が刺さってるのが見えた。

 

「ッ………!ま、さか…あなたは…」

 

 

「ああ…ひさしぶりだな、ブランク。いい面構えになったじゃあないか…!」

 

 

 崩れ落ちるメローネの背後に立っていたのは、オアシスを纒ったセッコと、いつもどおりの白衣をまとったチョコラータだった。

 

 

 

 

 




おまけです
ブランクくんが流した暗殺チームマル秘情報を乗っけておきます
というのは嘘でツイッターにあるマル秘情報ネタです。深夜に自分で言って自分で受けてたのでのっけときます。

メローネ ㊙️情報
ファミリー層がいる時間やイベントなど、大衆が集まる場ではマナーのために肌色のストッキングを身につけている
ギアッチョ㊙️情報
魚の骨を取り除くのは面倒なので骨ごと噛み砕いている
プロシュート㊙️情報
一度だけ後頭部の結び目を5つにして過ごしてみたことがあるが、ペッシに気づいてもらえなかったのでそれ以降やっていない
ペッシ㊙️情報
ヘアスタイルと観葉植物と間違われ、目に栄養剤を刺されたことがある
リゾット㊙️情報
メタリカの磁力でコンパスが狂うのでトレッキングからハブられている
イルーゾォ㊙️情報
鏡の中か外かわからなくなった時、お箸を持つ手を参照する
ミスタ㊙️情報
四輪駆動車に乗ってバグったことがある
ドッピオ㊙️情報
事あるごとに電話を壊すため、ネアポリス中の携帯ショップから出禁を食らっている


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ホワイト・アルバムVSオアシス

1998年 11月

 

 娼婦の殺人依頼を淡々と遂行していたヴォート・ブランクを尋問した後、ムーロロは彼の身柄を預かった。

 外は雨が降っていた。ブランクはくたびれたパーカーしか着ていなくてとても寒そうに見えるが、本人はそういう素振りはない。

 

「…なんか食うか?」

 ムーロロの問いかけに返事はなかった。

「腹減ってないのか」

 質問の仕方が悪いらしい。とりあえず反応を得るため、もっとわかりやすい質問にかえた。

「名前はなんだっけ?」

「…ぶらんく…」

「変な名前。…ってオレほどじゃあないか。ブランク、お前家は?」

「ない」

「家族は?年いくつだ?行くところはあんのか?」

「ない。わからない。ない」

「ないない尽くしだなァお前」

「僕は空っぽだから…」

 ブランクはそう呟いて黙ってしまう。なんだか空とか言ってるわりには寂しそうな雰囲気だった。

「…なあ、お前のスタンドはさっき言ってたデス13であってるよな?あれはどういう…」

「ちがう」

「え?」

「僕のスタンドは、みざるー…」

「でもさっきデス13って…」

「それは、コピーした能力の名前」

「コピー?」

 ブランクはたどたどしく自分のスタンド能力を説明した。

 スタンド発動中の本体に触れると能力をコピーすること。恩人に連れられて何人かの能力をコピーしていること。

 ムーロロはブランクを行きつけのリストランテへ連れて行った。潰れるのも時間の問題ってくらいに寂れているが、ここのスパゲッティは絶品だった。

 

「美味いか」

「…味、よくわからない」

「じゃあこれが美味いって味だ!わかったか?」

 ブランクは口に詰め込んだスパゲッティを飲み込んでから頷いた。

「笑ってみ」

 ブランクは口の端をぎゅっと吊り上げてみた。とてつもなく苦いもんでも食べたのかってくらい眉間にシワが寄っている。

「ブサイクだな〜!お前の恩人?そういうのは教えてくれなかったのか」

「おんじん…僕を捨てた」

「おや」

 ブランクはとても悲しそうだった。ぱっと見は青年のようだったのに、その表情はまるで幼児みたいだ。

「僕は…なれなかったから。でぃおに…」

「…ふうん。よくわかんねーけど…期待にそえずに捨てられるなんてよくある話だから気にすんなって」

 ブランクは一度黙った。そしてフォークにパスタを巻き終えるとムーロロに問いかけた。

「……僕はこれから何をすればいいですか」

「そうだな…まずは、それを食い終えて、デザートを食べよう」

 

 ブランクは頷き、スパゲッティを食べた。デザートのパンナコッタも完食した。なんやかんや腹は減っていたらしい。

 

「お前に命令が必要なら、オレが出してやるよ」

 その言葉を聞いてブランクはほのかに嬉しそうだった。

「わかった。従う」

「物を覚えるのは好きか?」

「得意」

「よし…じゃあいろはを叩き込んでやるよ。よろしくな、ブランク」

「はい。…ムーロロ」

 

 


 

 

 

「う…く…」

 

 ブランクは背中に刺さったメスを引っこ抜き、地面に放った。血が点々と美しい白い岩に落ちる。

「墜落のニュースを見て“飛んで”きたんだ。パッショーネのネットワークは便利だなあ。島の盗難車のナンバー追跡をしたら無事こうして追いつけた」

 チョコラータの満面の笑みを見てると流れる血まで凍ってしまいそうだ。

「情報分析チームのネットワークは…一定時間管理者のアクセスがないと管理者以外は締め出されるはずだ…管理者アクセスには…ムーロロの、指紋認証が要る」

「ああ、切り取って使ったよ。だからここに来ているのはオレたちくらいだろうな」

「ッ…」

 その光景を想像したくなかった。何度も何度も繰り返し反芻させられたソルベの解体光景がムーロロの姿でリフレインする。

 ブランクはその幻想を振り払うように地面に突っ伏しているメローネを見た。血溜まりができはじめている。セッコは横に立ってビデオカメラを回している。

 その視線に気づき、チョコラータが親切に教えてくれた。

「ああ、まだ死んじゃいないさ。傷にカビをくっつけてある。ソルベにやったのと同じようにな。…ま、それでも時間の問題だが」

 

 ブランク、頭を回転させる。この事態をどう切り抜けるべきか、死ぬ気で考える。ジュニアの消滅条件に“スタンド本体”の死があったとしたらボスの捕獲も水の泡だ。

 

 いや、そうでなくてももう仲間を失うのはゴメンだ。

 

「で、ここで何をしていた?」

「……でッ……デート…」

 セッコは無言でメローネを踏みつける力を強くした。チョコラータも笑顔が凍ってる。ブランクは慌てて止める。

「や、やめろセッコ!違う!今のは冗談。クソ…!」

 ブランクは頭をブンブン振って頭を正気に戻す。

 

「僕たちはメローネの能力でボスを生け捕りにした!殺したらもう追えなくなるぞ…!」

「何?」

 この言葉にはセッコまでも反応した。メローネから足をどけてこちらをじっと見つめてる。

「聞こえなかったんですか。ボスを捕まえたんですよ!」

「はっ…ハハハッ!つくならもっとマシな嘘をつくんだな、ブランク。そんな簡単にいくわけがない」

「事実だ。僕らはボスの重大な秘密を知っている…。先生、あんたもボスを殺すつもりできたんだろッ?こんなチャンス二度と訪れないはずだ!」

「…それはどうかな?ボスでさえ、私のグリーン・デイからは逃れられない。今、あの海岸からカビは広がっている。いや、オレの半径10メートルにくれば嫌でも散布されたカビを吸い込む。その時点でおしまいだ」

「そうかな。ボスの能力なら殺せると思います。…だって先生はボスのスタンドを知らない。無知っていうのは力の前でもっとも無力だ」

 

「……そうか。じゃあ教えてくれよ、ブランク。おまえの仲間の命と交換だ」

 チョコラータはあっさりと交渉に応じた。いや、脅迫に切り替えやがった。

「や、やめろ!僕に直接やれよ!」

「うおッ!オオッ…!」

 セッコがしびれを切らしてブンブン腕を振り回し始めた。それを見てチョコラータは微笑みながらなだめる。

 

「慌てるなセッコ。箱を置いてけ」

 セッコは背負っていた鉄製の箱を置いて準備運動でもするかのようにぴょんぴょん跳ねた。

 

「さて、セッコ…残りの暗殺チームの生き残りの…ギアッチョだったか?そいつの死体を持って帰ってこい」

「うー!」

 

 セッコは“ダイブ”した。地中を泳ぐくぐもった音が足元を通過していった。チョコラータは自分のカウンターであるギアッチョをセッコに始末させるつもりらしい。ギアッチョの絶対零度にカビもクソもないからだ。

 

 

 


 

 

 ギアッチョは黒電話を拾い上げ、ジュニアに続く。だが岩場に足をかけた途端、“どぷん”と音を立てて手足が沈んだ。

 

 いや、沈んだという言い方は奇妙だった。触れた岩の感覚は硬い。なのに“めり込む”。まるで泥にでも突っ込んだみたいに。

 

 

 

「これは……」

 

 

「て、てめーが……よお。ギ、ギ………ギアッチョ…かぁ?」

「…………よくよくオレには邪魔がはいるみてぇーだなぁオイ…」

 

 

 

 声がした方を振り向くと、自分と同じように全身にスタンドをまとった男が立っていた。

「てめーは誰だよ。見たことねー面だな」

「お、オレの、名前はぁ……これから、これから死ぬ…お前が知る必要は、ね、ねェーーんだよぉ!」

 

 セッコはギアッチョをみつめる。その目には絶対自分を始末するという覚悟が見える。

 

 

「ジュニア!てめーは先に上行ってろ」

 

 ギアッチョは黒電話をジュニアになげた。ジュニアはそれを受け取り、岩場を登り始める。

 セッコはキョトンとして登ってくジュニアを眺めた。

 

「なんで……?電話なんかもってんだ?だ、大事な電話でも………くんのかよ?」

「てめー、ヤブ医者の助手だな?」

「やっ…ヤブだと…?どおいう意味だ……それ…?」

「……」

 

 こいつ、いろいろ足りなさすぎんだろ。

 

 ギアッチョは間髪入れずにセッコをぶん殴った。

 が、セッコはその拳を腕でガードした。この速度を見切るとなるとかなりのパワーとスピードを誇るスタンドなのだろう。奇しくも自分と同じように。

 

 セッコは腕を押し返しながら、余裕そうに微笑み、片手に持ったビデオカメラをこちらに向けた。

 

「な、なんかお前よぉ、お、オレと………キャラ被ってないか?そのスーーツはよォ……オレのぱ、パクりっぽいぜ」

「んな、わけ…あるかよッ!クソがァアアッッ!!」

 

 ギアッチョはホワイト・アルバムでセッコの腕を凍らせた。セッコは驚きのけぞるが凍りついたせいでギアッチョの拳から腕が離れない。

 

「うオォッ?!な、なんだこれッ…!」

「このまま凍らせてバラバラにして海に沈めてやる」

 

 ギアッチョの挑発にセッコは咆哮を上げた。途端、どぷんと音を立てて氷が溶ける。

 

「オアシス!」

 

 距離をとったセッコが拳を振りかぶり今度はギアッチョが攻撃をガードする。

 セッコは再び凍らせられないようにすぐにまた飛び退き、地中に潜る。地中にホワイト・アルバムの冷却を届かせるのは骨だ。

 

 

「今の感じ、熱じゃねー。さっきの岩の感触からしてこいつ周りを液状化させる能力のようだな。氷も一応鉱物だし理にはかなってる…ってことか」

 

 どうやらホワイト・アルバムとの相性は最悪らしい。やつの周囲すべてを凍らせたとしても溶かして地中に逃げられれば結局リセット。一方的に封じ込めないとなると、殴り合うしかなさそうだ。

 

「チッ…何がパクリだ!クソが!クソがクソがッ!本気でマジのマジでムカつく野郎だなてめーはよォッ!」

 

 ギアッチョは大気中の空気を凍らせ、つららを作る。地中を“潜水”する微かな音と地表に現れる僅かな波立ちを感じ取る。

 

 発見した。セッコはまっすぐ自分の足元向けて泳いでくる。

 

 ギアッチョは跳躍し空中のつららを掴んでぶら下がる。敵の能力は“地面に潜る”だけだ。だとすれば地表の標的を見極めているのはヤツ自身の身体能力に由来するもののはずだ。

 自分の能力でさんざん分かっているが、着るタイプのスタンドというのは本体のフィジカルで強さがかなり左右される。

 相対してわかるこの強さ。相当な身体能力を有しているのは明らかだ。

 

 ギアッチョは空中に固定した氷柱を波立つ地面に向けて投擲した。ぼちゃぼちゃと音がして地中に突き刺さる。

 

 

 セッコはさっきまでギアッチョが立っていた位置に飛び出してきた。肩に氷柱が突き刺さっている。硬さはホワイト・アルバムには劣るようだ。

 ギアッチョはそこにすかさずセッコの周辺の空気を凍らせる。

 

「うッ…!」

 

 セッコは途端に冷えた自分の全身に体を硬直させるがすぐに地中に逃れる。

 ギアッチョは着地すると同時に地面から数センチの厚さの氷を張る。

 

 オアシスは氷を溶かし進むことはできるようだ。だが氷は一度液体に戻ると液体のままだ。

 

「普通あれだけの冷気を吸い込んだら肺がやられてもおかしくねえ。こいつ、異常なまでの肺活量を持ってやがんな。地面の中を泳ぐならまあ当然か…」

 

 じゃぱ…

 

 

 水音がする。セッコもギアッチョを探知できるがこちらも溶けた氷で大まかな位置は探知できる。

 

 

「スタンドパワーはほぼ互角…防御力はオレが上。だが…メローネがピンチか。しかも敵は地面の下からオレを狙い放題。なんでこうオレの敵はめんどくせーやつばっかなんだ?クソムカつくぜ…」

 

 

 次顔を出したら、初撃は何が何でも避ける。直当てして押し切るしかねえ。

 幸いあっちはつららが刺さっちまう程度の脆さだ。

 気密性も悪く、冷却それ自体は効く。

 

 だがおかしい。先程から周囲に気配は感じない。撤退するような性格とも思えないのに奇妙だ。

 

 ギアッチョが考えている合間、突如影が足元に広がった。

「何?!」

 上に広がっているのは岩場の色の泥だった。

 

ざばっ!

 

 地面に水が砕ける音がする。そしてすぐにギアッチョは自分がハメられたことに気づいた。

 

 

「オレのオアシスでものが溶けたあとよぉ……射程外にでたもんは、も…もとの鉱物に戻る。氷は…もとにもどんねーけどなあ…」

 

 美しいコスタ・スメラルダの岩場は不気味に溶けた崖に変わっていた。

 ギアッチョのいた部分には巨石ができていた。斜面から溶かした石すべてがオアシスの射程外に。出たことにより再度固まりできた岩だ。

 

「圧死…は、しないにしても……窒息死はするはずだ…」

 

 セッコはビデオを回しながらニヤニヤと笑みを漏らした。

 

「どう…かな?おめーのパワーで砕くには…でかすぎんじゃあ、ね、ねーか?」

 

 


 

 

 

 

「ブランク、とっとと答えろ。ボスのスタンド能力はなんだ?」

 チョコラータはメローネの髪を掴み、無理やり顔を見せた。顔の半分は血で汚れている。

 チョコラータはメスをその首筋に当てこちらを睨んだ。

 

「ッ…ボ、ボスの能力は()()だ!時間を飛ばすんだよ!」

「時間を飛ばすだと?」

「ああ」

「どうやってボスを捕まえた?そんな能力…無敵じゃあないか」

 

 ブランクは虚偽を織り交ぜて説明する。黄金比は9の事実に1の嘘だ。

 

「…ギアッチョを囮にし、僕の狙撃で移動を制限してからメローネのベイビィ・フェイスで闇討ちしたんだ。ボスはベイビィ・フェイスの存在も能力もしらなかったからね。ベイビィ・フェイスは生物を物質に変換できる。ボスは今、何かモノに変えられてるはずだ…」

「…ほう。よく成功したな」

「ボスも同じ手は食らわない…だから絶対にメローネを殺しちゃだめだ」

「ああ、それはよくわかった。いいや、それだけわかれば十分だ」

 

 

 チョコラータはさっきセッコが置いていった箱を投げ渡した。縦60センチ、厚さ30センチほどの鉄の箱だ。

 また、ブランクの脳裏に2年前のことが過る。

 

「ブランク。開けろ」

「…いやだ」

 

 何が入ってるのか、言われなくてもわかる。

 チョコラータは僕が何をすれば一番傷つくか知り尽くしている。

 

 

 チョコラータはビデオを構え、ズームした。

 

「開けたくないのか…じゃあ先輩にお別れを言うんだな」

「…」

 

 ブランクは箱に手をかけた。重いっちゃ重いが、せいぜい5キロくらい。蓋は留め具を外すとスライドするようになっていた。

 留め具を開けて、蓋を持ち上げる手が止まった。だがメローネの首にはもうメスが食い込んでいる。

 

「ッ…わかってる…開けるよ…」

 

 ブランクは意を決して、蓋を一気に開けた。

 箱の中はブランクの髪の色と同じ朱の布地のクッションで内側を張ってあった。まるで棺みたいだ。

 

 その中に、頭と胸部だけになったムーロロが納められていた。

 

「うッ………」

 ブランクは吐き気のあまり思わず手で口を抑えた。

 傷口、箱、苦悶の顔。最後に見たムーロロの顔とソルベが死ぬ寸前の顔。全部が脳みその中でぐちゃぐちゃに混ざり合う。

 

 

「その顔だよ。それを楽しむために来たんだ。ボスはいわゆる、棚ぼただ」

「む…ムーロロ…」

「いやー、大変だった。あのときより時間もないし、久々だったからな。必要臓器は揃えておいたんだが、ここまではもたなかったか…ちょっと触ってみろ。まだ温かいかもしれない」

 

 ムーロロの痛みを想像する。

 手足を切り取られ、縫い合わされ、切り取られ、視界も聴覚も奪われて、腹を割かれる。その間死ぬことも叶わず、この男を喜ばす悲鳴を上げる他ない。

 地獄を。

 

「うッ…あぁ……」

「そいつの為に泣く必要なんてない。お前を利用して組織をしっちゃかめっちゃかにしようとした卑怯ものだ。恥知らずだぞ?こいつさえいなけりゃお前は仲良しクラブでのほほんとしていられたんじゃあないかって…考えたことなかったか?」

 

 チョコラータはブランクの涙が小さな棺に落ちるのを見て爆笑し、ビデオを回した。

 ブランクは息ができなかった。酸欠で真っ白になりそうな頭の中にはち切れそうな憎悪が湧き上がってくる。考える暇もなく、口から言葉が飛び出てきた。

 

 

「殺してやる…!」

 

 ブランクの言葉にチョコラータは更に高らかに笑った。

 

 

 ブランクは気づいたら駆け出していた。落ちたメスを拾い、投げようとした矢先に腹部にものすごい痛みが走って体勢を崩し、地面にそのまま勢いよくぶつかった。

 

「い……ったい、なに…がッ…」

 

 口から大量の血が流れ、下腹部がとてもあたたかくなった。ブランクは痛んでいる部分に手をやる。

 

「ぇ…」

 

 6日前、ローマでチョコラータに矢を撃ち込まれた部分からの出血だった。

 もうとっくに治ったと思っていたのに急に傷口が開いたのか?いや、そもそもこんな血が出るような傷じゃあない。内側からずたずたに刻まれたかのような痛みだ。

 

「一体どうしてって顔をしているな、ブランク」

 

 ジィーーッという音を立ててカメラのレンズがこちらにズームする。チョコラータはこちらへ歩いて近づいてくる。

 

「遠く離れたグリーン・デイのカビを温存しとくなんて、前までのオレじゃできなかった。だが、不思議とな…お前と会って話をするうちに、オレの能力も成長したらしいな」

 

 チョコラータは足でブランクを仰向けに転がす。メスを持った手を思いっきり踏みつけ、指の骨を砕いた。

 

「……ッ…!」

 

「お前のおかげだよ、ブランク。お前と話しているうちに、オレはオレの欲望にもう一度きちんと向き合うことができたんだ。本当に、本当に感謝している」

 

 チョコラータは手を伸ばし、潰れた右目にそのまま指を突っ込む。

「ぎッ……あ………!」

「ああ…眼窩の内側っていうのはすべすべしてて気持ちがいいな」

「ッ………!ぁッ…!ゲ…」

「なあ、このまま指を突っ込んで、脳味噌からカビを一斉に生やしたらどうなるんだろう。ぶっちゃけ試した事はあるんだが…お前はその時何を見るんだ?興味がある」

 

 ブランクの首からも血が吹き出てきた。痛みでチカチカする視界の中、ビデオカメラに自分が映るのが見えた。

 腕を振り回そうがチョコラータはお構いなしだ。

 

「オレも成長したんだ、お前も成長してるはずだろ?それとも、成長してその程度なのか?最後の最後に無抵抗で死んでいくつもりか?」

「ちッ…がう……待って、るんだ…」

「は?何を…」

 

ベイビィ・フェイス!

 

 ジュニアの接近にチョコラータはギリギリのところで気付いた。だが肩口を狙った一撃を正確に避けることはできない。

 だからチョコラータは自分で腕を切断した。

 

「何ッ……?!」

 

 ジュニアは驚きのあまり追撃ができなかった。チョコラータはそのまま飛び退き、倒れたブランク、ジュニアと距離をとった。

 

 

「こいつが…ベイビィ・フェイス、なのか…なるほどな……」

 

 




推薦文を頂いてました。ありがとうございます!書く気とやる気がムンムンわいてきました


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グリーン・デイとブランクの『ミザルー』

うッ…

 

 ジュニアの拳にはカビが付着していた。

 ジュニアは受肉したスタンドだ。カビの攻撃も通るらしい。振り落としたジュニアの腕にびっちりカビがついているのを見て唸った。

 だがすぐに自身を分解し、カビの部分だけ切り捨てて再度自分の体を構築した。多少体は小さくなるがこれならば動ける。

 

 

「なるほど、物質に変えるだけじゃなく、スタンド自身も変身できるんだな?そしてオレに近づくってことは近距離パワー型…か?妙だな」

 

 チョコラータは片腕を自ら切り離した割には元気そうだ。この元医者は自分の体を切り刻むことも得意らしい。

 残った腕で気絶しているメローネを指差し、ジュニアに、まるで出来の悪い子に言い聞かすように言った。

 

「忘れんなよ。…メローネとブランクの体内のカビをな。二人の命は未だオレの“お気持ち”次第なんだぜ」

 

 ブランクは右目を押さえて起き上がる。体が痛みで制御できないようで、血を吐いてまた倒れてしまう。

 

ブランク!起きてください!

 

 ジュニアが必死に呼びかけるがブランクはなんとか上体を起こすだけだった。首からも血が溢れ、下手したらメローネよりも血塗れだ。

 

「ボス本体を確保してんだろ?オレにわたせ。そしたらこのままオレも大人しく帰ってやるよ」

ブランク…

「…ジュニア、だめだ。どー考えてもウソだ。それを…あいつに渡すくらいなら、ジョルノたちにくれてやれ…」

 

 ブランクは血を拭いながら言った。

 チョコラータは余裕からか笑顔だ。なんなら腕の切断面はカビで保護しているおかげで出血もない。

 

 ジュニアは生理的嫌悪感で一杯になって、どうすればいいのかわからなくなる。指示をくれるメローネは死にかけていて、自分の決断次第で殺すことになる。

 今まで生まれてきた数多のジュニアたちの心に情というものはなかった。だが、今回の彼は違った。

 メローネが死ぬことが自分の存在にどう関わってくるのかわからなくて恐ろしくなる。

 

 “死ぬ”ことはない。きっと。

 だが、自分が一人で世界に放り出されてしまうのは死ぬのと同じくらい怖いような、そんな気がした。

 

 メローネが助かる可能性が1%でもいい。あるのならば、それに賭けたい。

 

 

……ブランク、すみません

 

 

「やめろ…ッ!ギアッチョと、それ持って逃げろ…!」

 

 ブランクの声を無視し、ジュニアは黒電話を取り出してチョコラータに向けて投げた。 

 チョコラータは黒電話を受け取りジロジロと観察した。

 

「本当にこれがボスか…?信じられねーな。能力を解除しろ」

その前にメローネをわたせ!ブランクのカビも解除しろ

「スタンドのくせにいっちょ前に交渉か?いいぜ」

 

 チョコラータはジュニアをあざ笑う。そしてグリーン・デイがゆっくりメローネを持ち上げ、思いっきり崖の外へ投げた。

 

メ、メローネーーッ…!

 

 落下は即ち死だ。カビが全身を食い尽くし、メローネは確実に死ぬ。

 

 ブランクは力を振り絞り、ボスを狙撃していたライフルまで跳んだ。スコープを覗く余裕なんてなく、ほとんど盲撃ちだが、構わず引き金を絞る。

 

「クラフト・ワーク!」

 

 運良く銃弾が一発メローネの体に当たった。そして銃弾はそのまま空中に“固定”される。

 

「ジュニアーッ!メローネを物質に変換しろッ!!」

「器用な奴だよまったく…!」

 

 ブランクが叫ぶのと同時にチョコラータは再びメスを投げた。ブランクは振り向きざまにライフルを構え、チョコラータに向けて撃った。

 だが先程踏み砕かれた右手は、骨が皮膚を突き破った傷口からカビに食われていたらしい。人差し指と小指が引き金を絞ってすぐに崩れ落ちる。

 

「ク…ソ、医者ァアーッ!かかってきやがれ!」

 

 ブランクは構わずライフルをぶん投げた。そして自分の体に刺さったメスを抜き構える。

 チョコラータは投げつけられたライフルを片腕で弾き飛ばす。ブランクはすかさず、がら空きの脇腹にメスを投げる。

 脆くなった指がまた崩れ落ち、飛び散った。

 

「おまえのそのあまっちょろいスタンドで…ッ!運命をどうこうできるなんて思い上がってるんじゃあないッ!ブランク!」

 

 メスは刺さった。だがチョコラータはお構いなしだった。

 ブランクの顔面にチョコラータのパンチが叩き込まれる。ブランクはあえなく倒れ、青空を見上げた。

 

 チョコラータは腹に刺さったメスを抜いてから自分の腕を拾い、あっという間に縫合して元通りにした。

 メローネはすでにジュニアの手によって回収されたらしい。ブランクはしっかり目で確認した。

 

 チョコラータはまたビデオカメラを回し、仰向けに倒れたブランクを撮る。

 

「悪いが…お前と遊んでちゃ本格的にこっちがやばいみたいだな。名残惜しいがとどめを刺すッ」

 

「…そう…だね。僕も名残惜しいよ」

 

 チョコラータは急に膝に力が入らなくなり、かくんと地面に膝をついた。

「やっとあんたの中身に届いた…やっとだ」

「な…なぜ膝が…?脚に、力が…」

 

 先程ブランクが投げたメスが刺さった部位から、病巣のように真っ黒な痣ができている。そこからべコリと、まるで事故った車のバンパーみたいにベッコリと腹が凹んでいた。

 

「いやッ…これは痣なんかじゃあないッ…!これは……これはッ!」

 

「“グリーン・デイ”!あんたのホンモノと違って、何かを媒介しなきゃ遠くには届かない貧弱なカビだし、高低差による細かい制御はできない。一度発動したら目の前の餌を食い散らかすだけだ」

 

「て、テメェ…!オレの…オレのスタンドを、このオレに!食らわせやがったなチクショォオオオーーーッ!!」

 

「僕に手加減する器用さはないから…あっという間に“致命傷”だ。もうあんたにカビを操る力はないッ!」

 

「なめてんじゃあねーぞブランク!テメー一人を道連れにするくらいは余裕だぜ!」

 

 チョコラータはカメラを投げ捨て、ブランクの首に手を伸ばした。ブランクはもう骨しか残ってない右手でそれに抵抗するが、握られた端からカビの胞子に巣食われていく。

 

ブランク!

 

 大声がして、ブランクの背後からジュニアが崖を駆け上がって跳躍した。

 

させるかよ!このゲスがァアーッ!!

 

 ジュニアの拳がチョコラータの頭部にめり込んだ。そのままジュニアは殴り抜ける。そしてラッシュを叩き込む!

 

てめーは苗床がお似合いだ

 

 チョコラータは三メートルほどぶっ飛ばされ、ぴくりともうごかなくなった。ブランクの傷口のカビも消え、腹と首の痛みが消える。ジュニアは捨て台詞を吐いた後、地面に崩れ落ちた。

 ブランクはなんとか立ち上がり、ジュニアの体を起こした。腕を起点に体中からカビが萌芽している。チョコラータは最後の力を振り絞ってジュニアだけでも確実に殺そうとしたらしい。

 

く、くらっていた…みたいですね…ヘマをしました

「ジュニア…ごめん、ありがとう」

 ブランクはそっとジュニアの体を撫でる。体温を感じるっていうのはなんだか不思議だ。

 

メ、メローネはすぐ下の道路の縁石にしておきました。きっと、すぐに…手当をすれば…

「わかった。…またね」

ま、またはないですよ…あったら嬉しいんですけどね…

「おつかれ…」

 

 ジュニアはブロックみたいになって、最後にはそのへんの石と見分けがつかなくなるくらい、バラバラになって死んだ。

 

「泣いてる…場合じゃ、ない…か」

 

 ブランクは立ち上がり、チョコラータが倒れているあたりを睨んだ。

 チョコラータの死体のそばから人影がゆっくり、立ち上がる。

 

「まさか、この私と相対するのが…ヴォート・ブランク。お前になるとはな…」

「ヴィネガー・ドッピオ…いや、ボス……!」

 


 

 

「どう…かな?おめーのパワーで砕くには…でかすぎんじゃあ、ね、ねーか?」

 

 ぐちゃぐちゃに溶けたコスタ・スメラルダの岩場と、やけになだらかでつるつるした石の塊。チョコラータとブランクがやりあっているところから70メートルは離れた道路で、セッコはその岩をビデオに撮っていた。

 

「こいつはもう動けない…はずだ。…そうだ…チョコラータに連絡…えっとぉ……どのボタンだっけ?」

 

 セッコは太もものポケットから携帯電話を取り出した。ウンウンうなりながらなんとか通話ボタンを思い出し、チョコラータにコールする。だがチョコラータは電話に出ない。

 

「チョコラータ?…な、なんで…でねーんだ?なんかあ、あったのかよ」

 セッコはギアッチョが閉じ込められている岩とチョコラータがいるはずの崖の上を交互に見る。

「アッ…!死体をもってこいって言われたのにこれじゃあ運べねぇ!…どーしよう…クソ〜ふ、ふざけやがって」

 

 セッコはしばらく迷った。だが崖の上から妙な音が聞こえた。サプレッサーを通した銃声だ。

 

「チッ…ギ…ギアッチョ。て、てめーはか、観光名所…にでも、なるんだな…」

 

 とにかく今はチョコラータのもとへ戻ろう。

 

 

 セッコはチョコラーダの元へ向かおうとした。だがギアッチョの岩の下からぴしゃぴしゃという水の音がして立ち止まった。

 

「なんだ…?雨漏り…じゃなかった、水漏れ…か?」

 

 次いで岩に亀裂が走った。セッコがそれを覗き込もうとした刹那、氷の塊が岩をぶち破って“発射”された。

 

「ダアああああッ!うばぁーー?!あ、危ねェーじゃねーか!!」

「クソカスが…こんな岩ぶち砕くために…スタンドパワーを滅茶苦茶消費したじゃあねーか。ろくな飯食ってねーのによォ〜!」

 

 ギアッチョは泥に飲み込まれる直前、スーツに空気を取り込むと同時に更に分厚い氷の装甲を作り出していた。一度凍結を解除し、滲み出た水を凍らせ、また解除し、ほどよく水が浸透してぶん殴る。

 めちゃくちゃ単純に岩を砕いて出てきたのだ。

 

「てめーオレをあんまナメてんじゃねェエー!!」

「お、お前ッ!しっ、しぶてぇーんだよ!!」

 

 セッコは再びダイブする。どぷんと地中に頭まで浸かった瞬間、全身が硬直した。

「な……アッ?!固い!!いや、つっ…冷てえ!」

「反応の遅れが命取りだったなモグラヤロー。この地面に染み込んでる水はオレがじっくりじっくり冷やした水だぜ」

 

「オ…ッオアシスッ!」

 セッコは慌てて泥化を急ぐ。だがギアッチョは勝ち誇ったように高らかに咆哮する。

「そしてそういう水は!衝撃を与えた途端瞬時に凍るッ!」

 

 そして振り上げた足をそのまま凍らせた地面に叩きつけた。

 

 足は地面に食い込み、ブレードの先端に骨を砕く手応えがあった。

 セッコのくぐもった悲鳴が地面の下から響いてきた。だがやつの死体は上がってこない。むしろより深く、深く溶けて潜っていくような振動を感じる。

 

「頭は割ったはずだ…。なのに動くだと?しぶてーのはどっちだよ…」

 

 ギアッチョは息切れしながら呟いた。そこに突如銃声が鳴り響く。聞き慣れたブランクのライフルの音じゃない。拳銃の音だ。

 銃弾がホワイト・アルバムの左膝の部分にめり込んでいる。

 

「てめー!ギアッチョ!オレたちを追ってきたのか?!」

 

「だあァアアーーーッ!!だからッ!なんでオレにはこう邪魔が入ってばっかなんだ超ムカつくぜッ!!クソがぁーーーッ!!」

「うっせー!今度こそ仕留めてやるからなッ!」

「テメーらといちゃつくのも悪くねぇ!だがオレたちの目的はテメーらなんかじゃあねえーんだよっ!すっこんでろ、雑魚がッ!」

 

 ギアッチョは跳躍した。空気中に氷の柱を作り出し、それをどんどん登っていく。

 

 ミスタは柱を折るために数発撃つ。

 

「バカの一つ覚えみてーに撃ちやがって!」

 

 だがギアッチョもいちいちジェントリー・ウィープスで弾き返すなんてだるい真似はもうやめた。氷を砕かれるのならば崖から別の氷柱をはやし、それを這い登ってメローネたちのもとへ向かう。

 

「ミスタ!上にはすでに、ジョルノとナランチャが向かっている。オレたちで挟み撃ちにするぞッ!」

「ああ!」

 

 

 

 

 

 セッコは前頭葉にできた傷を抑えながら、必死にチョコラータにコールした。だが電話には誰も出ない。何度かけなおしても、チョコラータは出ない。

 

「…チョコ…ラータ……まさか……負けた、のか?」

 

 セッコの携帯を持つ手ががくがく震える。ずっと信じていた、ついてきていたチョコラータが負けた?

 

「チョコラータ、負けたなんて嘘だよな?…お、オレの信じてるあんたが…よォ!」

 

 

 地中を潜り、セッコは崖の上を目指す。

 チョコラータの携帯に繰り返し繰り返しコールしながら

 

 

 

 

とぅるるるるるるるるん…………

とぅるるるるるるるるん…

とぅるるる…

 

 


 

 

 

 

「ここまで…ここまで事態が悪化するとはな」

 

 ボスはブランクの方を向いていなかった。チョコラータの死体を見ながら、淡々と言葉を発する。

 ブランクはドッピオと同じ服を着た、なのに全く凄みの違うその背中をみてゴクリと息を呑み、攻撃が来てもいいように構えを取る。

 血を失いすぎて立っているのがやっとだ。スタンドを出せたとしてもろくなパワーも出せやしないだろう。

 足元のおぼつかないブランクに、ディアボロは語りかける。

 

「言え。お前はどの能力を使って私の正体を見破った?」

 

 ブランクは息を呑む。真実をそのまま伝えればボスはメローネを絶対に、確実に殺すはずだ。トリッシュよりもベイビィ・フェイスのほうが脅威なのは明らかなのだから。

 だったら自分は勝利のために、嘘を突き通さねばならない。メローネが生きていれば、ボスを追跡することは可能だ。命の優先順位は明らかだ。

 

「………僕自身の力だ。面接のとき、僕はドッピオに触った。トリッシュにも触った。…僕にはわかるんだよ、魂の形が」

「それで…ブチャラティ達を追い、ドッピオを見つけたということか。……まさかたったそれだけの事に足を掬われるとはな」

「……」

「だが不確かな憶測をもとにここまで思い切れたとは思えん。さらに、ブチャラティたちを追っていたと言うならば、ドッピオの背後を取れた理由もわからん…お前たちにはもう一つ、確証があったはずだ。言え、真実を。そうしたら苦しまず殺してやる」

 誤魔化しなんて通じないようだ。ブランクはいよいよ神様にお祈りをするべきかもしれない。

 

 

とぅるるるるるるるるん…………

とぅるるるるるるるるん…

とぅるるる…

 

 

 

 

 突如、電話がなった。二人はハッとして音のなる方に目をやった。ブランクの目の前に、チョコラータの電話が落ちていた。

 

「ッ……!」

 

 ブランクは咄嗟に電話を取ろうと手を伸ばす。

 

「電話をとった瞬間、お前を殺す。真実を言わなくても、お前を殺す。コールが鳴り終えるまでにするか。お前の命は、それまでだ」

 

 

 ブランクは深呼吸をして天を仰ぎ見る。どうせ真実を話す気はない。自分は殺される。

 

 なんて美しい青空なのだろう。

 その空に、一筋の雲が走っているのが見えた。

 

「あ…」

 

 ぶぅん…

 

 聞き慣れた憎きプロペラ音。

 

「エアロ・スミスッ…!」

 

 ブランクがつぶやくと同時に、飛行機が頭上を通過し、まっすぐボスへ掃射した。

 そしてブランクは電話を取り、通話ボタンを押す。

 ブランクは低く、小さな声で告げる。

 

 

「……セッコ…崖を、崩落させろ」

 

 


 

 

 

「今ッ…!確かに時が飛んだぞ!」

 

 ジョルノが鋭く叫ぶ。ナランチャも頷き、レーダーに集中した。

 

「大きい呼吸の点を撃った!だがその呼吸は消えてない。健在だッ」

「となるとやはりそちらがボス…!カビのスタンド使いはもう死んだ、小さい呼吸の点は…暗殺者チームの生き残りか」

「もうすぐそこにいる!どうするジョルノ」

「どうもこうもない!ここでボスを倒すッ…」

 

 ジョルノとナランチャはかける。もうボスの姿が見えてもおかしくない。呼吸の点があるのはここから2メートルほど高い、道路からちょっと離れた岩場らしかった。

 ジョルノは上を見た。だが駆け出し、踏み込んだ地面の感触が突如変化する。

 

 沼に脚を突っ込んだような感覚だ。

 

「なっ…これは……!」

 

 ナランチャもジョルノも、その異常事態にとっさに対処するすべが思いつかなかった。

 地面が急に泥状に変化している。しかも効果はおそらく斜面全体に及んでいる。

 

「まずい…地すべりだ!」

 

 泥化した地面の上に転がる岩が斜面を滑り落ちていく。

「ジョルノ!」

 ジョルノはナランチャの腕を掴み、すぐそばの木にしがみつこうとする。だが根を張る地中深くまでも泥になっているようだ。

「一体何人のスタンド使いがここにッ…!」

 このままじゃ落岩に巻き込まれる。上から落ちてくる岩をゴールド・エクスペリエンスで砕いても土石流のようになったこの斜面を落ちたら重傷は免れない。

 

「ジョルノ!エアロで亀だけでもッ…!」

 

 ナランチャの言葉にジョルノは頷く。だが

 

「スパイス・ガール!」

 

 亀の中からトリッシュが出てきて、足元の泥化していない大きな岩を殴った。

 

 

「トリッシュ!出てきちゃ…」

 

 柔らかくなった岩の中に三人はくるまり、地面をボヨンボヨンと落ちていく。

 

「何言ってるの。出てこなきゃ全員死んでるわよッ!それに…いるわ!感じる!!父がすぐそばにいるわ!」

 

 

 


 

 

 

「キング・クリムゾン」

 

 キング・クリムゾンがとらえたのは“崩落する地面”そして巻き込まれ落ちていくブランクの姿だった。

 セッコのオアシスのフルパワーだ。この斜面全体が滑落する。

 

 エアロ・スミスの弾丸に当たる心配はない。だが何より重要なのは、“ブチャラティたちはもういる”と言うことだ。

 ディアボロは目を凝らす。肉眼でだってわかる。

 あの石碑の前に、一番いてはならない人物が立っている。

 

「アバッキオ…!ムーディブルースですでにリプレイを“開始”しているなッ?!」

 

 

 ブランクはすでに土砂に飲み込まれかけている。仮にブランクの始末を優先してアバッキオを逃し、自分の過去を知られるリスクをとるべきか。

 

「ッ…やはり、ブランク!まずは貴様だ」

 

 時は再び正常に流れ始める。ブランクは驚きの表情でこちらを見ている。目と目があった。

 

「ボ、スッ…!」

 

 だが、足が突然引っ張られた。

「ボス、てめーが…てめーがボス…なんだな…オイ。あと……あと少し、だったのに…よォ」

 死んだと思っていたチョコラータが鬼神のような表情でこちらを睨み、脚にしがみついていた。

「死に損ないがッ!」

 

 

 

 チョコラータの作り出した一瞬がブランクを逃がす結果に繋がったのは皮肉に他ならない。

 ディアボロがチョコラータにとどめを刺す頃にはブランクはすでに崖から落ちていた。

 

 さらに、エアロ・スミスはまだ飛んでいる。そしてこちらに銃口が向いている。落ちたブランクを追えばブチャラティチームとぶつかるだろう。

 

 そして地中から腕が一本、生えてきた。

 あの泥色のスーツはセッコのものだ。

 

「ッ……」

 

 ディアボロはすぐさま時を飛ばした。そして身を翻し、すぐさま標的を切り替える。

 

 

 

 

「ナランチャ!また時が飛んだぞ。上にはまだ誰かいるか?」

「あ、ああ!いるぜジョルノ。ぶちかますッ!」

 

 エアロ・スミスは掃射を開始した。

 ふにゃふにゃの岩から出ると、あたりの光景はすっかり変わってしまった。先程の場所から10メートルは落ちている。

 

「そこにいんのはジョルノか?!」

 さらに下の方からミスタとブチャラティが走ってくる。崩れる岩場に足を取られてはいるが二人は無傷だった。ジッパーで危機を回避したのだろう。

「ミスタ、ブチャラティ!」

 ブチャラティはトリッシュを見て驚愕する。

「トリッシュ、亀の中へ戻れッ!」

「待って!父の気配が消えたわ」

 トリッシュはお構いなしに、上を凝視して叫ぶ。

「何?じゃあ一体上にいるのは…」

「上に敵がいるんだな。誰であろーがとにかく仕留めとくべきだ。オレは行くぜッ!」

 ミスタは拳銃を構え、早速崖を登り始める。続こうとするナランチャをブチャラティが止めた。

「…嫌な予感がする。ナランチャ、お前はアバッキオに退避するよう合図をおくれ!」

「わ、わかった!」

「ジョルノ、お前は“退避”だッ!トリッシュを必ず護れ」

「…ッ…わかりました。気をつけて」

 

 ブチャラティ、ミスタは崖の上へ。そしてナランチャは海岸へ向かった。

 ジョルノはトリッシュに亀の中に入るよう促した。

「すぐにここから退避します。さあ亀の中に」

「ちょっと待って。ジョルノ…声が聞こえるわ」

「声…?」

 ジョルノはすぐにゴールド・エクスペリエンスを出して、地面に手を当てて生命エネルギーを探知する。たしかにすぐそばの岩陰に誰かがいる。だが死にかけだ。

 

「トリッシュ…早く亀の中へ」

「待って…ここから見えるわ。あれはッ……!」

 

 ゴールド・エクスペリエンスがその人物を押しつぶす岩を砕いた。遠くから見たことないが、たしかに見覚えがある。暗殺者チームのメンバーだ。苦しそうに呻き声を上げている。

 

「…両足の骨が砕けている…腹部にもかなりのダメージだ。よく生きているな…」

「ジョルノ…この人を助けないの?」

 ジョルノはしばし悩んだ。この男はおそらく、トリッシュを分解して連れ去ったスタンドの本体だ。さらに高い追跡能力を持っている。

 おそらく暗殺者チームをここまで導いたのは彼だろう。状況からしてトリッシュを追ったとは考えにくい。

 だとすれば彼らは何を追跡していたのか?

 答えはおそらく…

 

「……命だけは助けます。全部治してまた襲撃されても迷惑ですしね…」

「そ、そう」

 トリッシュはほっとした。ジョルノならここでこの男を見捨てても不思議じゃないと思ったからだ。彼はとても賢く冷静で、この数日間で驚かされることばかりだった。

 だが、同時にそこに恐ろしさも感じるのだ。

 

 


 

 ジョルノたちとほぼ反対側に位置する崖で、ギアッチョは氷により滑落を逃れた。だが上に登りきって見つけたのはセッコとチョコラータの死体だけだった。

 

 

 

 ボスの姿もなければ気配もない。メローネもブランクも生死不明だ。もう、ボスを追う手だては何もない。

 

 

「…これで…終わりなのか?」

 

 メローネだ。メローネを探さなければならない。仮にあいつが生きていればジュニアで追跡が可能だ。

 ギアッチョはすぐにメローネと、ついでにブランクを探し始めた。

 血の跡を見つけてたどると、すぐにブランクを見つけられた。

 

「ブランク!メローネはどこだ?」

「わからない。…うえ、上にボスがいる。早く…」

「チッ。もういねーよ!消えた」

「クソッ!…すぐ、僕もメローネを探す…」

 ブランクは起き上がろうとした。だがブランクの右腕は肘から下が岩の下敷きになって、完全に潰れている。

「ヒッ…い、……痛くないッ!逆に怖いッ」

「お前ほんと使えねェッ!」

 

 ギアッチョはキレた。ブランクはいつもみたくおちゃらけて返すのではなく、神妙な顔をしてうつむいた。

 

「ごめん…すぐには行けなさそうだ…」

「ハナからテメーに期待してねーよ!」

「ほんとに…ごめん……」

 ギアッチョの予想に反してブランクは今にも泣き出しそうな声で謝罪した。

「……あー…ったく。クソッ!いいからそこで寝てろ。お前なんてアテにしてねーよ!」

「ごめん……」

 

 ブランクはそうつぶやいて気絶してしまった。ギアッチョはため息をついて、呼吸を確認した。

 死んだわけじゃないなら放っとこう。

 メローネを探す途中、新入りが岩場を下っていくのが見えた。上からもミスタとブチャラティの声がする。あまり長居するとまたやり合う羽目になりそうだ。

 

 メローネはすぐ見つかった。目立つ場所に横たわっていたからだ。腹部に服が破けたあとがあるが、傷はない。ただ両足はぐちゃぐちゃだ。

 

「クソ…オレはこんなんばっかかよッ!」

 

 ギアッチョはメローネを担ぎ、ブランクのもとに戻った。

 

「………ブランク、お前まだ戦う気あるか」

 

 ギアッチョの問いかけに、ブランクは目を覚まし、力強くうなずいた。

「あるよ。…あるに、決まってる」

「ここにいたらブチャラティたちが来る。だがお前の腕は岩に完全に固定されてて動かせねえ」

ブランクはギアッチョの言わんとしていることがわかった。すうと息を吸ってから答えた。

「…わかった。自分でやるよ」

「できんのか?」

 ブランクは頷いた。

ギアッチョは氷で鋭利な刃物を作り出す。ギアッチョはマチュテに似た氷の柄にあたる部分に布を巻き、滑り止めにしてやった。ブランクはそれを受け取ると、弱々しい笑顔で言った。

 

「…すぐ冷やしてね」

 

 

 

 

 

 



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ABOUT THE BLANK

 ブランクは氷のマチュテを振り上げた。肘より少し下に狙いを定める。どうせカビに食われて使い物にならなくなった手とはいえ、切断するのはゾッとする。

 重たい刃。これならば一刀両断できる。

 つばを飲み込んでから一気に振り下ろす。

 

「うッ……!」

 

 さっきチョコラータにカビでやられたときとは違う痛みで脳が痺れる。

 ギアッチョの氷がすぐに切断面を包み、止血をする。だが痛みはそう簡単には麻痺しない。

 

「チッ…まずいな」

 

 上の方から何かが動く気配がした。ギアッチョは囁くように言うと、メローネと岩から解放されたブランクを担ぎ上げて崖を猛スピードで下った。

 

 内臓がえぐられた痛み。そして体が切断される痛みがブランクを襲う。失血も相まって、ブランクはそのまま気を失ってしまった。

 

 

 そして、痛みは過去を呼び覚ました。

 

 

 

 

ABOUT THE BLANK

 

 

 

 ヴォート・ブランクはかつて“アンドレア”と呼ばれていた。

 と言ってもそれは本名ではなく、ビデオパッケージに記載される役名にすぎない。

 

 

 

 1989年、ルーマニアでは人々が民主化を求め、革命が起きた。当然国内は混乱に陥った。ブランクはそのさなか、自分の名前を失くしてしまった。

 親もなく、保護者もなく、ブランクは物心ついたころ、いつも腹をすかせていた。覚えているのは、ノミまみれの寝床と、『蝿の王』に出てくるような大人不在のストリートチルドレンの王国だ。

 そこでは自分の意志を叶えることは困難で、ブランクは言われるがままに年上の命令に従うことでなんとか日々の糧を得ていた。

 

 

 そんな子どもに目をつけたのが、革命の波に飲まれ地方に追い出された元ギャングだった。

 そのギャングは似たような境遇の子供を集めて一つの施設に入れた。こうしてブランクは名無しの誰かから“アンドレア”になった。

 

 そして子供たちにトーナメント制の殺し合いをさせ、ビデオにして国外の変態に売りさばいていた。

 “アンドレア”は優勝候補として計4本のビデオに出演し、優勝した。その間、“アンドレア”は自分の心が傷つかない術を身に着けた。

 

空っぽになればいい

自分はここにいない

 

 施設にいる子どもが“アンドレア”だけになって、かわいい服と美味しいご飯を食べれるようになってから、売れっ子女優の最後を飾るタイトルは『殺人幼女残虐処刑』だと告げられた。

 “アンドレア”はただ「そんなもんか」と思った。六歳か七歳かの子供にしてはあまりにも達観した感想だったが、自分の心を守るために空っぽになったのだから仕方がない。

 

 

 

 “アンドレア”はカメラが天井に取り付けられた台の上に乗った。手足は鎖で固定される。台自体は安物のテーブルだが、シックな布がかけられ、百合の花と十字架が飾られていた。

 そういう趣向らしい。

 “アンドレア”は目をつぶり、アンフェタミンを飲まされた。なるべく長く意識を保っておくためだ。こういうビデオは、早々に死ぬよりは苦しんで苦しんで事耐えるほうがウケる。

 “アンドレア”は猿轡を噛まされる前にお祈りをしろと言われた。

 

 

慈悲深き聖母マリア

主はあなたとともにおられます

主はあなたを選び、祝福し、あなたの子イエスも祝福されました

神の母、聖マリアよ

罪深い私達のために、今、死を迎えるときも祈ってください

アーメン

 

 

 “アンドレア”が祈り終えると、三台のカメラそれぞれに処刑人がその腹を掻っ捌く大振りのナイフを見せびらかす。

 業務用の高価いカメラ。ビデオの値段に応じて画質を変えて売っている。一番安いビデオは画質を荒くダビングする。最高額を払った一人だけに、マスターテープが渡される。

 “アンドレア”の白い下腹部にナイフの切っ先が押し付けられる。ぷつりと、ぶどうの皮が弾けるような感覚がして血が溢れていく。

 

 刃はゆっくり、内臓に到達する。じわじわと体内に挿入されたナイフは、“アンドレア”の子宮のある位置で一度止められる。

 

「罪には罰を!」

 

 “アンドレア”はこの男が信仰など持ち合わせていないことを知っている。罪も罰もここには存在しない。

 殺すものと殺される者がいるだけだ。

 

 ナイフが横に捻られた。絶叫がフロアに反響する。絶叫に合わせて指揮するかのように、男はナイフを抜き差しし、下腹部をミンチに変えていく。

 

 自分の死がエンターテイメントに還元されつつある中、痛みと絶望に沈みつつある頭を突如響いた銃声が意識を覚醒させた。

 

 “アンドレア”の上に男が倒れ込んだ。ひゅーひゅー息を必死でしているが、全く効果がないようだ。それもそのはず、肺が撃ち抜かれている。

 ドアは空いてないのに、この密室にどうやって銃弾を撃ち込んだのだろう。その時はわからなかった。

 

 苦しんでもがく男を目にして、“アンドレア”の空っぽの心の中に、不意に憎悪がいっぱいに満ちた。“アンドレア”は倒れた男の首筋に目一杯首を伸ばし、噛み付いた。

 そんな事しなくても男は死ぬだろう。だがその真っ暗な感情は自分でとどめを刺さずにはいられなかった。

 首の肉を食いちぎり、吐き出す。男の血が顔面にかかって、ようやく殺意が消えていくのがわかった。同時に、自分の命も。

 薄れていく意識の中、ドアを蹴破って侵入してきた人物が必死に自分を助けようとしてくれたのがわかった。

 

「ジョンガリ…その子はもうだめだ」

「いや、まだ助かるかもしれない。おいッ!なんでもいいからなにか喋れ。気を失うな」

 ジョンガリと呼ばれた男は“アンドレア”の手を握り呼びかけた。

 後ろからドタバタと他に侵入してくる音がしたが、“アンドレア”の視線は空中に漂う不思議な形のなにかに釘付けになっていた。

「…あれは……はな?」

「マンハッタン・トランスファーが見えるのか?」

「きれい……」

 

 こうして、“アンドレア”は死んだ。スナッフビデオを売りさばいていたギャングかぶれのゲス共は、雇われた暗殺者により全員闇に沈んだ。

 

 そして次に目が覚めたとき、真っ白な病室で自分を助けてくれた男と再会した。

 

「何もかも、忘れたほうがいい」

 

 男はそういった。

 全体的に色素の薄い男だった。目の下に特徴的な入れ墨を入れてるせいか、エキゾチックな香りがする。

 

「わかった。…大丈夫、もともと、空っぽ……だから」

「空っぽ?」

「…なにも……かんじない、ことにしたんだ」

 

 その言葉に男はしばらく黙った。そして自分の頭上を指さした。あのときにも見えた花に似たなにかがふわふわと飛んでいた。

「見えるか?」

「うん」

「……お前の才能を試してみないか。新しい自分になるんだ」

 

「新しい、自分…」

 

「そう。…まず、名前からはじめよう」

 

 

 

 やっと思い出した。

 僕を助けてくれた恩人の名前を。

 ジョンガリ・A。

 自分に“ヴォート・ブランク”を与えてくれた人。

 

 

 

1998年 4月

イタリア、フィレンツェ。

 

「ブランク」

 

 ジョンガリはとても、悲しそうな顔をしていた。あんまりに悲しい顔をしているので、ブランクまでなんだかそわそわしてしまう。

 

「ブランク、お前とはここでお別れだ」

「どうして?」

「……オレは一度故郷に戻る」

「僕も行く」

「だめだ」

「なぜ?」

 

 ジョンガリはブランクから目を逸らした。最近、ジョンガリはサングラスをかけている。光が眩しいのだ。今はちょうど日が高く登っている。

 

「……お前は、ここでオレが戻るまでとりあえず生きていろ。いいな」

「……僕も行くよ」

「だめだっていってるだろう。……ブランク、オレは…もしかしたら視力を失うかもしれない。そうしたら、もうお前の面倒は見れない」

「どうして?僕が杖になる」

「…やめろ」

「僕、なんにでもなれる。…なるよ…だから…」

「やめてくれッ!」

 

 ジョンガリの怒声に、ブランクは体を硬直させた。

 

「お前は、お前だよ。プッチの言う通り、オレが馬鹿だったんだ。これは罰なんだ」

 ジョンガリの失意に沈んだ顔の理由が、ブランクにはわからなかった。目が見えなくなることが狙撃手にとってどれだけの打撃か。

 そして、ジョンガリが何を悔いているのか、想像力にかけていた当時のブランクにはわからなかった。

「………僕は……どうすればいいですか?」

「…また、新しい人生を始めろ。何もかも忘れて」

「なにもかも、忘れて…」

「そうだ。オレのことなんて忘れろ。そして自分を見つけるんだ」

「……命令ですか?」

「そうだ」

「………わかりました」

 

そうやって、僕は馬鹿正直に命令を守ってしまったんだ。

ジョンガリはそれを何より悔やんでいたのにね。

本当に僕はバカだ。大バカなんだ。

 

 


 

 

「おい…ブランク。おい。いい加減起きろよ」

 

 ブランクは、自分を呼ぶ声で目を覚ます。気絶していたらしい。頭にモヤがかかっている。最後に覚えてるのは…港で車をパクってるギアッチョの後ろ姿と、眠そうなメローネ。車内から見上げる美しい青空。

 

 あとの記憶は全部混ざり合ってて断片的だ。酷い悪夢と二日酔いに苦しむ雨の日って感じの体調だ。

 

「メローネ…?……え?全部夢…?」

「な、わけないだろ…何ならもう今、貧血で死ぬかも。オレ」

 ブランクはそばの岩場にもたれかかるメローネを見てぎょっとする。かなり顔色が悪いし、乾いた血がこびりついたまま落とせていなかった。

 それでようやくさっきまで何が起きていたか思い出し、顔にかかった前髪を掻き上げるために右手をあげようとした。

 

「え…う、お?ぇ?えっ?!う、腕がない?!」

 

 ブランクは自分でビビって仰け反った。するととたんに体中が傷だらけで痛むのがわかる。

 さっきまで見てた夢だとか感傷だとかはまとめて吹っ飛んでしまった。

 腕は肘のすぐ下で切断されていてベルトで縛ってあった。今の動きで落ちてしまったが、周りに氷をくるんだ上着が巻き付けられてあったらしい。

 

「自分でやったのも覚えてねーのか?」

「お…思い出した!え?僕、大怪我じゃないですか……」

「そーだよ。オレも腹ぶち抜かれて、新しい内臓詰められたよ」

「え?誰に…」

「まったく覚えてないのか。ジョルノだよ。し、ん、い、り」

「なんでジョルノがメローネを…?」

「さあな。ギアッチョに聞いてもらうように頼むか?」

 

 ブランクはハッとしてあたりを見回す。腕に巻かれていたのはギアッチョの上着なのに肝心の本人がいない。

 

「そうだよ。ギアッチョは?」

「あいつはブチャラティたちを追っかけた。奴ら、なんか目的があるようだったからな」

「ぼ、僕も…行かなきゃ」

 ブランクは立ち上がろうとするが、貧血で気が遠くなってすぐ倒れ込んでしまった。

「…お前死にかけじゃあないか」

「そうでもないよ。メローネよりはマシだ」

「オレが立ち上がれねーのは足がグッチャグチャに砕けてるからだよ。…あいつらそっちは治療してかなかった」

「なんだよそれ。ケチだな〜」

 

 ブランクはよろめきながらもゆっくり立ち上がった。酷い有様だ。腹の傷も首の傷も致命傷ではないが、素人の応急手当じゃそのうち限界が来そうだし、右目は再度えぐられたせいで異物感がすごい。

 右腕に関してはもはや痛みすらあまり感じない。

 

 

 ブランクはメローネを見た。メローネもボロボロだが、派手さでは自分が勝っている。

 メローネは痛々しいブランクの姿を見て、なぜか悲しげな笑みを浮かべた。

 

「もう銃撃てなくなっちまったな」

「…まあ、なんとかなるよ」

 

 左手はまだ残っている。

それに、大切なことを思い出せた。自分がどうしてこうなったのか。

 封じ込めていた絶望の記憶と原体験は、“ヴォート・ブランク”に欠けていたものそのものだった。

 

 

 魂は、経験の積み重ねで形成されるのかな

 

 そうだよ。今は過去の積み重ね。

 過去からは逃れられない。

 古傷のように、不意に痛みだす。

 

 僕は何もかも奪われ尽くして、消えてしまう寸前だった。

 誰も知らない祭壇の上で、未来を奪われた。

 でもジョンガリは助けてくれた。気まぐれや打算かもしれない。それでも、僕はもう一度この世界に居てもいいよと言ってもらえた。

 ジョンガリは僕を置いていったけど、ムーロロに会えた。

 

 結果出会えた。自分を呼び覚ましてくれる人たちに。

 そして、たくさんのものを与えてもらった。

 

 

 ブランクは自分の左手をゆっくり広げた。手のひらに握られていたのは、一枚の()()()()だった。

 

「それは…」

「いろいろ失ったかいはあった。…思い出した。僕が、名前をもらった時のこととか」

 

 メローネはブランクの目を見た。

 一昨日はボートの上でメソメソ泣いていたくせに、急に大人びた顔をするようになった。こいつの目は覚悟を決めた目だ。

 

「僕のスタンドの本当の力が、今わかったよ。大丈夫…リゾットの望みはまだ果たせるよ」

「…そうか。じゃあもうオレの説教はいらないな」

「ふッ…あれが説教ですか」

 

 

 メローネは無理して行くな、なんて言わない。自分がブランクでも、きっと行く。

 志は同じだと確信できる。

 本当に、子どもの成長っていうのは驚くべき早さだ。

 メローネはこうやって勝手に傷ついてへこたれて立ち上がって、目まぐるしいブランクを見ていると、なんだか老けた気分になる。

 本当に青臭いやつ。見てて恥ずかしくなってくる。

 

 こいつの過去に何があったかなんて、どうでもいい。こんな稼業に手を出すんだからどうせ悲惨だ。

 自分の過去だってありふれてはいるが悲劇的だし、チームの全員そうだろう。

 

 ただ、オレたちはそこから変われなかった。

 

 勿論それはそれでいい。ギャングの世界で生きるのならば、それ以外にどうしようもない。スタンド能力なんて“魂の写し鏡”に毎日向かい合わされていれば、今の自分が不変だと錯覚するのも、無理はない。

 

 でも、お前は違うんだな。

 自分を直視しても、そんなに傷ついても前へ進むつもりなのか。

 

 

「さて…。ギアッチョに追いつかなきゃ。メローネは文字通り足手まといなんでここで寝ててください」

 

 ブランクの生意気な口調にメローネはハッと鼻で笑う。

 

「じゃあジュニアを連れていけ。ボスの血液はまだある」

「えっ?母親は?」

 ブランクの疑問を無視し、メローネはベイビィ・フェイスを弄って画面を見せた。

「何言ってんだ。ほら、番号えらべ」

 ブランクの表情が凍る。そして血を失って蒼いはずの顔がわずかに紅潮する。

「いつから知ってたんです?」

「二年過ごしてりゃわかるだろう?…いや、ギアッチョとかペッシは知らなさそうだが…」

 

 そういえばメローネは汗の味で血液型がわかる男だった。それくらい簡単にわかるんだろう。

 ブランクは両手で頭をかかえようとした。だが腕がないので無理だった。

 

「でも、僕は子どもがうめないよ」

「問題ない。要は染色体の話だからな」

「クソーッ!男性ホルモンとかまで手を出してたのにッ!」

 ブランクは地団駄を踏んで悔しがった。だがメローネは無視してベイビィ・フェイスを指差す。

「あー、そういうのオレには関係ないから。はやく番号選んで」

 

 ブランクの動揺に反してメローネはどうでも良さそうだった。ブランクはため息をついてから画面をよーく見た。

 

「ま、まじか。ボスの子どもか…。感慨深いや。…じゃあ18番」

 ブランクが選んだ画像を見て、メローネはベイビィ・フェイスを再度いじくる。

「…お前こんなのが好きなのか?なかなかいい趣味してんだな…」

「それはマジでセクハラでは」

 

 突然背筋に悪寒が走った。思わず背中に手をやるが、腕がない。ブランクは静かにキレてまた地団駄を踏む。

 

「よし、3分後に出産だ。教育はこっちでするから行っていいぞ」

 

 メローネはそう言って、心底疲れたと言いたげに寄りかかった岩に体を預け、目を閉じた。

 

「……その、僕は男のつもりで生きてきたので!こういうのはこれっきりにしてください」

「あっそう。というか今も昔も女扱いしたことなんかないだろうが」

「あ…確かに」

「いや、プロシュートは結構気を使ってたかも…」

「うわー!マジ?もうやだ!恥ずかしい」

 メローネは煩そうに目を開け、手で追っ払う仕草をする。

「とにかくもういけよお前、うっせー。傷にさわるんだけど」

「あんたマジで僕の扱い雑だよな。…じゃあ…行ってきますね」

 

 ブランクは背中を向けて歩き出す。体はボロボロだが、しっかりとした足取りで。

 

「ギアッチョを頼んだぞ、ブランク」

「……うん。まかせて」

 

 

 

 

 僕はヴォート・ブランク。

 スタンドは『ミザルー』で、年齢は多分16歳くらい。

 メキシコ料理が好き。ボードゲームが好き。

 青空が好き。

 風に香る草花の匂いや、砂漠の匂いが好きだ。銃のグリップのザラザラも、本部の革張りのソファーの感触も好きだ。

 

 みんなが好き。大好きだった。

 僕がそれを台無しにした。

 僕はたくさん失ったけど、まだやるべきことは残ってる。

 約束した償いを、僕はやり遂げなければならない。

 でもそれだけじゃあない。全部終わったらやりたいことがたくさんあるんだ。

 

 これが、今僕について言えること全部。

 

 

 

 




第2部にあたる部分が終了です。
前話で入りきりませんでした。
お気に入りが予想より増えた中で、今回の話の内容は受け入れられないって方もいるのかと思うので不安です。(意味なくやってるわけではないのですが…) 追記:それでもブランクくんは彼です。
前やるっていってた修正等は全部終わってから手をつけると思います。勢い優先!ごめんなさい。
評価、感想、推薦等々ありがとうございます。


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目的地はローマ、コロッセオ

 コスタ・スメラルダの海岸は離れてみれば見るほど無残な姿に変形していた。

 ナランチャは走りながらちらっと横目でそれを見て「うっひゃー」と呟いた。

 ある種の観光名所にはなれるかもしれないが、そのおどろおどろしさじゃ以前のような客は見込めないかもしれない。

 

 いったい何人死んだのだろう?ビーチにいた人間自体は少なかったとはいえ、あのカビのスタンドはあまりにも強かった。

 誰が倒したのか知らないが、よくやったと褒めてやりたいくらいだ。

 

 エアロ・スミスはナランチャより一足先にアバッキオの元へ向かった。丘を下ったので肉眼で確認できないが、アバッキオの周囲10メートルには呼吸の点は確認できない。

 そばのビーチにいた観光客も先程のカビの騒ぎで死んだか逃げたかしたのだろう。

 

 

「アバッキオ〜!」

 

 ナランチャは叫んだ。もうアバッキオはすぐそこだ。

 

 だが突如、レーダーに新たな呼吸の点が現れた。しかもそれはアバッキオめがけ、一直線に進んでいる。

 

「エアロ・スミス!」

 

 ナランチャに迷いはなかった。すぐさまその点めがけて撃ちまくる。

 エアロ・スミスの弾丸は不審な呼吸の点をぶち抜いた!と思った途端、奇妙な感覚が襲ってくる。レーダーに急に硝煙反応がどっと映った。自分が撃ったと思った弾数よりはるかに多く。

 

「あ…」

 

 そして呼吸の点は健在だ。さらにさっきより五メートルも離れた位置に移動している。

 

「これが時を飛ばすってやつかよ!アバッキオ動くなッ」

 

 オレのエアロじゃ太刀打ちできない

 

 ナランチャは冷静に自分の能力とボスの能力の相性の悪さを自覚していた。だがアバッキオを見殺しになんてできるわけがない。

 

 アバッキオのムーディー・ブルースはいままさに何者かに変わろうとしている最中だった。アバッキオは警戒の体勢を取る。

 

「ナランチャ!いるんだなッボスが!」

「そうだ!もう目の前…ッ!」

 

 背中だ

 ナランチャの位置から背中が見えた。

 

 アバッキオがエアロの射線と重なるように駆け出してやがる!このままナランチャが撃てば時を飛ばされ弾はアバッキオを蜂の巣にする。

 

「見え見えの罠だぜ!」

 

 ナランチャはエアロを少し移動させ、容赦なく撃ち込んだ。

 再び時が飛んだ、いつの間にか弾は打ち尽くされ、地面に煙がたっている。それがわかってすぐ、ナランチャはアバッキオの周囲に円を描くように撃つ。

 

 

「アバッキオッ…!」

 

 ナランチャは走りながらレーダーを見た。呼吸の点が一つしかない。

 ボスとアバッキオが重なっているんだ。ボスはアバッキオを今、まさに殺そうとしている!

 ナランチャはそう思った。そしてありったけの弾を装填し、駆け出した。

 と当時に、アバッキオがこちらに叫ぶのが聞こえた。

 

「違うぞナランチャ!ボスの狙いはお前だッ!!」

「なッ」

 

 ナランチャは背後から不吉な気配を感じた。

 

 呼吸の点が重なっていたのはアバッキオとボスじゃあない。自分とボスだったのだ。

 

「キング・クリムゾン」

 

 そして、すべての時間が消し飛ぶ。

 

「ナランチャ・ギルガ。全く、わたしにとってはまるで意味の無いスタンド攻撃だが、その索敵能力は厄介だ。邪魔になる前にここで退場してもらうッ!」

 

 

 ナランチャが驚愕と絶望の次に感じたのは、熱さだった。肩口から心臓にかけてが、ものすごく熱い。

 ナランチャはいてぇよ。と言おうとしたが、口から出てきたのは血のあぶくだけだった。

 

「ナランチャーーッ!!」

 

 ディアボロはナランチャの血を払い、アバッキオを見た。アバッキオもこちらをしっかりと見ていた。

 皮肉だ。15年前の姿を再生しにきて、このディアボロの今の姿を目撃することになるのだから。

 

 アバッキオのムーディー・ブルースはリプレイを途中でやめたのか、スタンドそのままの姿でこちらに拳を振り上げている。だがなんと虚しいことか。

 

「くだらん能力、取るに足らないパワー。お前ごときのためにッ…このディアボロがどれだけ骨を折ったか」

 

 キング・クリムゾンの腕は無慈悲にムーディー・ブルースを貫き、アバッキオは倒れた。赤黒い血が白い岩に広がっていく。

 

「……誰であろうと、わたしの永遠の絶頂をおびやかすものは許さない」

 

 アバッキオは空を仰ぎ見て事切れた。あれだけの騒ぎがあったのに空は変わらず青く、高い。

 

 

 とにかくこれでムーディ・ブルースだけでなく、エアロ・スミスまでも始末できた。イレギュラーな出来事は多々あったが、やはり生まれ故郷はついている。

 すぐにブチャラティたちが来る。

 

 ディアボロはドッピオに代わり、救護隊の方へ走っていかせた。ドッピオの記憶は混乱しているが、そこから生じる違和感を無視させることができる。それがドッピオの美点だ。

 

 ドッピオは救護テントで一通りの検査を受けてる途中、小脇に抱えたパソコンに気づく。

 

「…あれ。いつの間にぼくはパソコンなんて持ってたんだ?」

 

 するとパソコンからゲームみたいな電子音がなりひびく。

 

とぅーーーるんッとぅーーーるんッ

 

「うわっ?!……ああ、これがパソコン電話?ってやつかな。どれ…」

 

 ドッピオはノートパソコンを開き、ちょっと悩んでから電話のようにパソコンを耳と口に当てた。ちょうど頭を食われてるみたいに見える。

 他の患者や看護師は白い目でそれを見ていた。

 

『わたしのドッピオ…』

「ボス!あの、すみませんぼく…なぜか救護テントにいるんですが…」

『いいのだ。今はそのままやり過ごせ。目的は半分達した』

「半分…ですか?」

『今はここに潜み、その端末を使いこなせるようにしろ。わたしの正体へ近付こうとするものをお前が突き止め、始末するのだ』

「わかりました。ボス…」

『暗殺者チームは何としても殺さなければならない。だがもうこの島にいるべきではない。一度場所を変えるぞ』

「もちろんです!ボス。」

 

 


 

 アバッキオ、ナランチャの死体を見てブチャラティはショックを受けた。

 死体の周りには大量の弾の跡があったが、それだけの攻撃をしてもボスには一つも当たらなかったのだろう。血などは落ちていない。

 確かに、ボスの能力から考えるとナランチャの弾は避けれるし、アバッキオに至ってはリプレイ中で無防備だ。

 判断を誤った。ナランチャ一人で行かせるべきではなかった。あるいは、アバッキオを一人で放置しておくべきではなかった。カビのスタンド使いに目もくれなければこうはならなかった。

 

「オレの……せいだ」

「ブチャラティ」

 

 血に染まる砂浜を見て、ブチャラティは今まで聞いたことのないような悲愴な声で言う。傍らに立つミスタがブチャラティの肩に触れた。

 

「ッ……急ぐぞ。ここは危険だ。はやく……行かねーと」

「ああ…」

 

 ジョルノもすぐにやってきた。アバッキオ、ナランチャの死体を見てさすがの彼も動揺をみせた。そして、ジョルノはアバッキオが砕けた岩のかけらを握っているのに気づいた。

 

「ブチャラティ……この岩のかけらは…」

 

 ジョルノはゴールド・エクスペリエンスでそれに触れた。かけらは小さな蝶になり、石碑の方へと羽ばたいた。

 

「これは…」

 

石碑の裏に残されていたのは、男の顔だった。

 

「アバッキオはリプレイを終えていたのだ。…ナランチャが、時間を作ったおかげで…これを残すことに成功したんだな」

 

 

 3人は青空のもとに立ち尽くした。しばらくして、ジョルノが二人を並べてうっすら開いた目を閉じた。すぐに見つけてもらえるように、傍らに大きな木をはやした。まるで空が眩しすぎないように傘をさしてやったみたいだった。

 

 

「……行こう。…もう騒ぎになっている。こっちにも人が来てしまう」

 

 ブチャラティの言葉に返事はなかったが、全員ボートに乗り込んだ。亀の中のトリッシュには、ミスタが何が起きたか説明した。

 

 説明を終えるとミスタは船の操縦を任され、ブチャラティと、ジョルノが亀の中へ入ってきた。

 ボスの顔を解析にかけるのはジョルノが任された。砕いて持ってきたボスの顔にトリッシュは嫌悪に満ちた眼差しを向けた。

 

「父が…いいえ、父と呼ぶことすら、もうやめるわ。ボスは…絶対に許してはならない」

「そのとおりだ。…素顔は割れた。だが見つかるかどうかはまだわからない」

「ボスの姿がわからない限り…オレたちに勝ち目はない」

 ブチャラティは珍しく弱気に見えた。トリッシュはかけるべき慰めの言葉が見つけられなかった。

 

「…暗殺者チームがもしかしたら、ボスの正体を掴んでいるかもしれません」

「奴らが?」

「追跡能力を持つ男はまだ生きています。彼らがボスの襲撃に成功し、何者かの邪魔がはいり失敗したのだとしたら……もう一度、その能力でボスを追うはずです」

「では最悪、彼らを追いかけることになるわけか…」

 ブチャラティもジョルノも思案する。そこにトリッシュがおずおずと提案した。

「ねえ…彼らとは協力できないの?」

 

「オレたちは暗殺者チームのメンバーを殺している。はっきり言って、難しいだろうな」

 ブチャラティはたった一度言葉を交わしたブランクという少年を思い出す。彼ならば話が通じるかもしれないという予感があるが、生きているのかどうかもわからない。

 コスタ・スメラルダの崖のうえ、二人の死体と共にもう一人分の血痕が残されていた。崖下に消えた血痕が意味するのは、これから先決して楽観的な想像に賭けてはならないということだ。

 

 

「だめですね…いろんな警察の犯罪者データベースにも該当者ゼロ。故人も、行方不明者も」

「ボスならばそういったデータを消していても不思議じゃあないな。…だが可能なのか?あらゆる人生の足跡を消して、この世で生きることが」

「これまで…なのか?もうぼくたちだけの力ではボスを倒すことはできないのか?」

 

 すると、タイミングを見計らったかのようにパソコンの画面にノイズが走り、奇妙なグラフィックが浮かび上がる。そして割れた音声で、何者かがジョルノたちに語りかけた。

 

『いいや…やつを…ディアボロを倒す方法は………ある…!』

 

 

 

 


 

 

 夕日に照らされたコスタ・スメラルダには続々と警察、救急車両、マスコミが押しかけ、カオスが形成されつつあった。

 ブランクはチョコラータの死体を漁った後、近くの土砂の中からムーロロの入った箱をなんとか探し当てた。

 

「今回ばかりはチョコラータの悪趣味に助けられたよ…」

 

 蓋を開け、無残な姿のムーロロにしばし黙祷する。そして意を決して、ムーロロの口をむりやり開いた。

 ブランクはムーロロに出会ってからパソコンの使い方を一通り叩き込まれたあと、左の奥歯の裏に特別な鍵を仕込んでいると教えられていた。

 歯にかぶせてある詰め物を取り出し、丸められた小さな紙片を取り出す。これこそが“裏口の鍵”だ。

 

 

「ごめんねムーロロ。あとで必ず迎えに来るから」

 

 ブランクは箱を抱きしめてから、草の上にそれを置き直して走り去った。

 

 

 港には大量の報道陣が集まっていて騒々しい。ブランクは街が見下ろせる丘に座り、片腕でパソコンを弄っていた。

 

 パッショーネ情報技術部が誇る監視ツールのバックドアを使い、公的機関や空港、港の監視カメラにアクセスした人物を徹底的に洗っている。裏口の鍵を使えば指紋認証など必要ない。全権限フリーパスだ。

 ブチャラティたちがどこに向かったのかは不明だが、彼らは彼らでボスの痕跡を見つけたはずだ。アバッキオのムーディー・ブルースが何かしらボスの過去の痕跡を捉えたと仮定すれば、サルディニアの死亡者名簿や犯罪者データベース等にアクセスしていてもおかしくない。

 そうでなくても、監視カメラへの不正アクセスを辿れば、ブチャラティたちの姿そのものを捉えることができるはずだ。

 

 片手じゃやりにくいな…。とブランクがイライラしていると、急に首筋に汗が垂れるような感覚がして思わず悲鳴を上げた。

 

「うわッ…え?何…」

 肩にもぞもぞ動くものがあるのに気づく。髪に絡まっているそれはベイビィ・フェイス・ジュニアだった。前のジュニアよりトゲトゲが少ない。

 

……ママ…

 ブランクは苦笑いする。

「僕のことはブランクって呼んでくれる?」

ぶ、ぶらんく

「うん。……えーと。メローネ元気?」

お、お腹減った

「あー!そうね…船で食べたパンの残りがあるよ」

 

 ジュニアにぺっちゃんこになったパンを渡すと、構わずもぐもぐと食べはじめた。

うま…うま…

「おお…こう見ると結構かわいい…」

 ジュニアはそのまま肩に座っていた。メローネと何かしらやり取りしているのかもしれないがブランクには知る由もない。

 

いどう…いどうどうするの

「ん?ああ。あっちの方にヘリポート代わりの開けた原っぱがあるんだ。あそこからテレビ局のヘリをパクるよ」

ヘリ?

「うん。ほら、あの飛んでるヘリの本社ってフィレンツェのあたりだろ。でも事件が事件だし局に戻らず一度降りるだろうから…」

わかった

 ジュニアはそう言うと黙ってしまう。ブランクはちょっと困りながらもパソコンいじりを続行した。

 

 ブチャラティたちの回線はすぐに見つかった。警察の顔認証システムに割り込んでいるようだ。やはりアバッキオが無事ボスの顔を手に入れたらしい。

 だが妙だ。その回線は無理に切断されている。それも外部の手によって。ブランクは更に解析を進める。どうやら誰かがそこに割り込んだらしい。

 

 そこでヘリが降り立つのが見えたので、一度中断しすぐに泥棒へ切り替えた。とにかくこの島からは出なければならない。

 クルーたちが降り、警備が手薄になるまで近場に潜んだ。その間にブランクはギアッチョの携帯に電話をかける。残念ながら留守電だ。

 ギアッチョはギアッチョでパソコンが達者だから、独自に情報収集しているはずだ。なるべく早く連携したかったが仕方がない。メッセージだけ残すことにした。

 

「もしもし?僕です。生きてます。今どこですか?向かいます。…僕はジュニアと一緒です。これからヘリを盗んで本土へいきます。あ、ブチャラティたちの使っている回線は発見しました。何者かからコンタクトがあった模様です。内容については解析中です。気づいたらかけなおしてください」

 

 それだけいうとすぐに切り、ヘリのそばで一服している運転手を気絶させて運転席に乗り込んだ。

 

 

「ヘリの運転は…ガムテープで固定するか…?」

 

 ブランクが後部座席で紐かテープかを探していると、沈黙していたジュニアが肩から降りてきて運転席に座り、エンジンをかけた。

 

「えっ。何やってんの?」

ヘリコプター、操縦、おそわった

「メローネぇ…!」

まかせて

 

 ジュニアは慣れた手付きでスティックを握り、ペダルを踏み、あっという間に離陸した。

 

“目標”のもとへ向かう?

「うん。ちなみにどこ?」

上空一万メートル。東へ向かっている

「なるほど飛行機か…とりあえずそっちに向かおう」

 

 ジュニアは頷いて舵を切った。

 ブランクは靴の中敷きから白い粉の入った袋を取り出し、鼻で吸った。アンフェタミンはやり過ぎると良くないが程度を知っていればボロボロの体も新車みたいにキビキビ動かせる。

 お守りでずっと持っていたが今が使い時だろう。

 

 それを見てジュニアが言った。

 

ドラッグ?

「やむなくね…あ、教育には良くなかったかな」

いいや、ドラッグをやる親は“ベネ”だって、メローネが

「へー。ほんとどうかと思うよ、メローネの価値観は。先輩だから今まで遠慮して言わなかったけど、変態だよねあの人」

ジュニアに食わせちまえばよかった、とメローネが言ってます

「わ。伝えないでよ!」

 

 パソコン上ではソフトが通信内容の再現を試みているが、ノートパソコンなせいもあり思うように進まない。ブチャラティに接触を試みた側の回線は厳重に暗号化されており、同じく割り出しには時間がかかりそうだ。

 片手でやりづらそうにしているブランクを見てジュニアは尋ねる。

 

体は、痛くないの?

「痛いよ。でも平気さ。僕はもう、体から何を失っても大丈夫。怖くないよ」

どうして?

「大事なことを思い出したからね。肉体がどんなに奪われても、魂は損なわれない。だって魂は…これまで過ごした時間は、経験は、誰も奪うことはできないだろ」

 

 パソコンから音が鳴った。ブチャラティの回線に割り込んだ人物の現在位置が割れた。だが音声通話が長かったおかげで早く突き止められた。ローマのコロッセオだ。

 

 

「…ジュニア、ボスは今どこ?正確な場所を言える?」

ボスは…下降中。地上へ。地図と照らすと…ローマの国際空港だ

「なんでボスもローマに…」

 

 ブランクは空港の乗客リストを参照する。ドッピオの名前はない。

 ブランクはその後もブチャラティたちと謎のコロッセオの人物の通信記録を解析しようと試みた。画像データが送られたということしかわからなかった。

 だがもう一つ妙なアクセスを発見した。ブランクと同じプロクシサーバーを経由するアクセスだ。つまり、パッショーネの監視システムを使って同じものを調べてる人物がいる。

 

そこで電話がかかってきた。 

 

 

「はい」

『ブランク、オレだ』

「ギアッチョ、今どこです?」

『ローマの小型飛行機の発着場だ。そっちは?』

「まだ洋上です。ローマとは都合がいい。…僕も20分ほどでつきますから、合流しましょう」

『ボスはどこだ?』

「ジュニア」

フィウミチーノ空港から降りて市内に向かっています。この速度は車だが…バスだと思う

『なるほど。細かい座標を言え。オレが行ってカタつけてやる』

「待ってギアッチョ。ボスは僕らを捨て置き、ブチャラティたちを追っている。…それはなぜだと思う?」

『あ?なんでだ』

「DNAをつかんでる僕らより重要なものがそこにあるからだ。ブチャラティたちの回線を突き止めたのは僕だけじゃあない。…現場に残っていたチョコ先生の私物を漁ったんだけど、パソコンが消えてたよ。あの人のパソコンは今、全ネットワークを自由に閲覧できるようになってる」

『ボスはそれ使ってブチャラティたちのもとへ向かってるのか?』

「ああ。正確にはブチャラティたちが向かってるであろうところ。もっと言うならば、ブチャラティたちにコンタクトをとった人物のもとだ」

『そいつはどこにいる』

「ローマ、コロッセオ」

『…コロッセオの人物の正体は何であれ、オレたちよりもボスにとって脅威ってことか』

「そうです。行くならそっちでしょう。僕もすぐ向かいます」

 ブランクはパソコンをカチャカチャやってブチャラティたちに似た人物が写ったらログが出るように調整した。そのキーの音を聞いて、ギアッチョは不思議そうに尋ねる。

『…お前そんなにパソコンいじれんのになんで今まで出来ねーふりしてたんだ?』

「や…それは……余計な仕事したくなくて…」

 

 携帯電話から罵声が聞こえてきたので、ブランクは聞かずに切った。

 

 

 ジュニアは無事着陸まで完了させた。メローネの教育がすごいのかジュニアの性能がいいからなのかはわからないが、今度のジュニアも優秀だ。

 ジュニアは一般人にも見えるスタンドなため、ブランクはヘリ内にあった機材用のバックに彼を入れて運んだ。

 ブランクはとりあえず現場からとんずらして、ジュニアにご褒美としてサンドイッチを買ってやった。

 

 

 それを食べ終わるとジュニアはブランクの肘から先のなくなった右腕をバッグの中から手を伸ばして触っていった。

 正直痛いので触ってほしくはないのだが、するがままにさせた。ギアッチョとの待ち合わせ場所へ走っているとき、ジュニアがふいに話しだした。

 

ブランク。メローネからの連絡はもうこない

「えっ」

緊急手術になるって

「はー…びっくりした…死んだかと」

ぼくはブランクをささえるように言われた

 

 ジュニアはブランクの右腕にぶら下がった。そして姿が変わり、メタリックな色をした義手になった。

「えー?!かっ…かっこいい……!」

ちゃんとは動けない。形を作ってるだけで、複雑な機械にはなれないから

「…いや、十分だよ。ありがとう。これなら身軽だね。……これさ、変形できたりする?」

できるよ

 そう言って義手はさっきまで乗っていた飛行機のスティックに変わった。見てくれだけは昔読んだ日本の漫画みたいだ。単純なものなら変形可能らしい。

「やばい。かっこよすぎる!!サイボーグ!」

 ブランクは嬉しくてブンブン腕を振り回した。ふさがっていない傷口から血がドロドロと流れ出してきたのですぐにやめた。

 

 

 

 

 ローマ、テベレ川にかかるサンタンジェロ橋でブランクとギアッチョは落ち合った。

 ギアッチョはバイクに跨っており、相変わらずイライラしていた。

 

「おせーぞブランク!ジュニアはどうした」

「じゃーん!ニュー・ジュニア!」

 ブランクはターミネーターみたいな見かけに変身した義手ジュニアを見せつけた。ギアッチョは目を丸くして呟いた。

「クソかっけぇじゃねーか…!」

 

 ギアッチョの後ろに乗り、ジュニアの化ける義手の指し示す方向を確認する。ボスは今コロッセオ方面へ向かう道路だろう。指し示す手が時折停止することからして、変わらずバスに乗っているようだ。

 

「ボスは近いです」

「ボスはもう同じ手は喰らわねえ。ベイビィ・フェイスの奇襲はもう通用しない」

「ですね」

「加えてブチャラティどももこっちにきているしな」

「コロッセオにいる人物って一体どんな…」

 

 ブランクが言いかけると、急に義手がぐわんと動いた。

 ジュニアの声が緊迫感をはらんだものになる。

 

目の前だ。……くるっ!

 

 ローマの夜、オレンジの該当に照らされた道路。二人の目の前を一台のタクシーが走り抜けた。

 ガラス越しに、横顔。サルディニアで一度は捕らえたドッピオの姿が見えた。

 

「チッ…追うぞ!」

 

 ギアッチョはアクセルを踏む。今二人が追いついたことを悟られてはならない。一定の距離を保ちながら二人は会話する。

 

「ギアッチョ。僕はコロッセオにつく前にボスをやるべきだと思う!」

「…じゃあコロッセオにいるヤツはどうするんだ。ボスの敵だろうが、ブチャラティどもに協力しようとしている以上、オレたちの敵だと言える」

「ブチャラティが着くより前に両方やっつければいいじゃないですか!」

「虻蜂取らずにならなきゃいいが。そういえば……なんでアブとハチなんだよ。両方刺してくる虫ケラなのになんで取ろうとするんだ?ムカつく言葉だぜッ」

「あー、取るっていうのはぶっ殺すって意味らしいですよ」

「あァッ?!このオレに口答えすんのかテメーは」

「こんなとこでキレなくても」

 

「…だが両方やっつけるってのは賛成だ。気に入った。オレがボス、お前がコロッセオのやつだ」

「別々ですか?」

「オレは一人のほうがやりやすい。待ち伏せじゃないなら尚更な」

「僕はボスを倒す自信がありますよ!」

「どーせ自殺覚悟の特攻だろ。弱いやつはすぐそういう発想に至る」

「…覚悟の上です」

「お前、師匠とかいうのに生きろって命令されたんだろ」

「…それは……もういいんです」

「あぁ?趣旨替えか?」

「……たしかにそれは言われましたよ。でも、そんなの聞く義理はないんです。自分で決めなきゃ。決めたことを、絶対にやり遂げる。この身がどうなろうと…」

 ブランクのやや熱の入った言い方に、ギアッチョはため息混じりの冷めた声で返す。

 

「ブランク、お前はよォ…覚悟の意味を履き違えてねーか?」

「え?」

「捨てばちと覚悟は違うだろ」

 ブランクは押し黙る。ギアッチョはそのまま言葉を続ける。

 

「大体オレはまだお前が裏切ってたこと許しちゃいねーぞ。命で支払えば償えると思ってんじゃあねえ。オレに許されたいなら生きて、ボスの首をもってこなくっちゃな」

 

「ギアッチョ…」

 

 ブランクは今の自分の表情を見られなくてよかったと思った。

 

「それにオレがボスと当たるのは暗殺者チームの基本ルール、勝算が高いヤツがやる。それに従っただけだ」

「……わかった」

 

 ブランクは何も言わなかった。左手でギアッチョの肩をぎゅっと握り、前を行くタクシーを睨んだ。

 ギアッチョは座席から腰を浮かせる。代わりにブランクが後ろから手を伸ばしハンドルを握る。ホワイト・アルバムが発動し、冷気がブランクの顔面にかかる。

 

 

「…ブランク」

「ん?」

 

 標識が見えた。

コロッセオまで50メートル

 

 

「ビビってるか?」

「まさか」

 

 

 

「よし、じゃあ突っ込むぞ」

「おうよッ!」

 

 

 

 

 

 



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『ディアボロ』

2000年 夏

 

 リゾット・ネエロは実は本部にいる時間が一番長かった。会議や打ち合わせがない日もよく一人で椅子に座り、本を読んだり映画を見たり、あるいは単に酒を嗜んだりしていた。

 自宅はもちろんある。だが、どうにも居心地の悪さを感じていた。仕事柄すぐ引き払えるようにあえて持ち物は少なくしている。

 もちろん自分の姿、素性を掴まれない自信はある。現にスタンド使いになって6年、誰も家までやってきて自分を殺そうとした人物はいない。

 それでも、家のものは増えてないし、いつまでたっても寛げない。

 

 反面、本部はものがかなり増えていた。メンバーが各々仕事道具や不用品を持ち込んだり、単に誰も捨てない物品が一室に溜め込まれている。酒瓶も大量に転がって煩雑としている。

 でもリゾットは何もない自宅よりはまだリラックスできる。

 

 ブランクは夏の間だけ、昼間は本部に入り浸っていた。以前理由を聞いてみたところ「部屋にクーラーがない」からだそうだ。

 

「砂漠で暑いのはなれてるんですけど、湿気がどうも…」

 

 ブランクは本部で本を読んだり、算数の勉強をしたりしていた。特に邪魔ではないのでよく同じ部屋にいながら無言で日が暮れるまで過ごしていた。

 

 ある日リゾットはふと頭に浮かんだ疑問をブランクに投げかけた。

 

「ブランク、お前は生まれながらのスタンド使いだったか?」

 ブランクは読んでいた雑誌から顔を上げて聞き返す。

「それ以外にあるんですか?」

「ああ。むしろパッショーネ構成員のほとんどが試験を受けてスタンド能力を手にしている」

「え?資格制度かなんかがあるんですか?」

 フラワーコーディネーターみたいなのを想像したのだろう。ブランクは混乱したような顔をしていた。

「資格か。そう言っても差し支えはないな。通常、組織に入ろうとするとポルポのテストを受ける。その際、資格を問われる」

「テストってどういう?」

「まず…ライターの火を渡される。それを一日消さずに守りきれば合格、と伝えられる」

 ブランクはニヤッと笑って言った。

「ははーん…裏があるんでしょう」

「その通り。消す消さないは問題じゃあない。消したあとライターを再点火すると、ポルポのスタンド、ブラック・サバスが現れ矢を刺す。すると資格のあるものは生き残り、スタンド能力を獲得する」

「いじわるなテストですね」

「その通り。もっとも正式に入団を希望するようなやつはそうヤワじゃあない。死ぬやつは想像よりも少ないらしいがな」

 

 ブランクは感心したような顔をしてから、なんとなしにリゾットに尋ねた。

 

「リゾットさんはなんで組織の門を叩いたんです?」

「…復讐だ。よくある理由だ」

 

 ブランクはキョトンとした顔をした。無理もない。今までリゾットはどうして自分がここにいるのかを誰かに語ったことはない。言葉の裏側の意味を汲み取ってほしいなんて望んでもいない。

 

 

 始まりは、飲酒運転だった。まだ幼いいとこが馬鹿なドライバーに轢き殺された。

 司法は子どもの命を奪った男にたった数年の刑期で赦しを与えた。だからリゾットが代わりに制裁を与えた。そこからずっと、自分は暗がりを進んでいる。それだけの話。

 

 この世は実に馬鹿げている。

 

 人々は仕組みに盲目に従う奴隷に過ぎない。目の前には正義や善はなく、ルールという名の血の通わない迷路が横たわっている。

 その迷路でやれることといえば、自分が損をしないために、あるいは得をするために他人を踏みつけにする工夫だけ。

 リゾットが足を踏み入れたのはあらゆる社会の中でも最も残酷な迷路で、そこでは血と暴力がすべて。

 そしてルールは、ボスが決める。

 

 毎日が耐え難いものへ変わっていく。もはやリゾットの心は諦めに支配されつつあった。

 

 人間は、その血が心臓を巡る限り欲望のために他人を傷つける。

 暴力という刃は生きている限りその身から捨てることはできない。

 そして最後、自らの刃は己自身を切り裂き、死ぬ。

 

 リゾットは自身のスタンドから、人という生き物の逃れようのない運命を感じ取っていた。

 

 

「あ…」

 ブランクが小さく声を上げた。見ると、窓の外は雨が降っていた。夕立だ。

「洗濯物、干してたのにな」

 ブランクはうんざりしたような顔をしてこう付け足した。

 

「モンド、カーネ」

 

 リゾットが目を丸くしていると、ブランクが反応した。

「師匠が言ってました。イタリアの言葉なんでしょ?“ありゃりゃーなんてこったー”って意味だって」

 そういえばブランクの第一言語は英語だった。イタリア語は勉強して覚えたというから、普段はスラングはあまり言わない。

 

「むかし、聞いたことがある気がする」

 

 リゾットは誤魔化すように言った。

 本当は、きちんとした意味を知っている。だがその意味は今の自分にとっては刺さるものだった。

 

Mondo Cane

 死ぬほどでもない絶望の積み重ね。

 そういうときに使う言葉だ。

 

 

「お腹減ったなぁ…よし!ご飯でも作りますかね。リゾットさんのぶんも作りますよ!」

「ああ」

 

 ブランクは台所に置かれた空き缶と酒瓶を腕で退けてまとめて袋に落とした。缶詰と鍋といつのものだかわからない調味料を適当に鍋に放り込んで行く。

「何を作る気だ」

「無難煮」

「…なるほど」

 

 別に美味しい料理が食べたいわけではなかったのでスルーした。ブランクはたまに何かを作っているが、メンバーからは特に褒められてもけなされてもいなかった。

 理由は出されたものを見てすぐにわかった。本人の無難煮という言葉通り、無難な具材が無難な味に仕上がっている。美味しくもまずくもない。

 

「料理は好きなのか?」

「好きではないです。でもよく師匠のご飯作ってました。僕はどんな食材でも無難に仕上げられるので。だから“無難煮”なんですよ」

 

 ブランクの断片的な昔話から伝わるのは、長らく砂漠にいたこと。メキシコやキューバにも行っていたらしいこと。そこで師匠に狙撃を教わったということ。

 そしてその思い出をとても美しいものとして記憶しているらしいということだった。

 

「砂漠はね、夜はとっても寒いんだけど、建物にも、何にも邪魔されないから星が空いっぱいに広がってるんだ」

 

 ブランクは無難煮をパクパク食べながら、空の広さを手でなんとか表現しようとして手を上へ伸ばした。

 

「僕、地球が丸いのは知ってるんですけど。普通に生きててそんなこと意識しないじゃないですか。でもいっぱいに広がった星空を見ていると、それがわかるんです」

 

 きっと脳裏にはその夜空が浮かんでいるのだろう。本当に、出会ったときとは比べ物にならないほど表情豊かになったものだ。

 

「端から端まで、全部いっぺんに見ることができないくらい、星屑が広がってるんですよ。空の中にいるみたいに」

 

 それは自分には想像できないくらい、美しいのだろう。もう、自分はそんなふうに純粋に感動することなんてないような気がした。

 

 でも、いつかそんな光景を見てみてみたいような気もする。

 

 


 

 

 

 ローマのオレンジの街灯で彩られた夜に、派手な破壊音が鳴り響いた。

 

 ブランクがハンドルを握ったバイクはドッピオの乗るタクシーへアクセル全開でぶつかった。ギアッチョはそのまま屋根に飛び移り、瞬時に車体全体を冷やした。

 

 タクシーはスリップし、街灯に衝突した。

 クラクションがずっと鳴り響いている。タイヤは四輪とも凍りついていて、窓ガラスは衝撃で粉々に砕け、道へ飛び散っている。

 

 ブランクは前輪が外れかけたバイクからすぐに飛び降りて着地した。

 

 ギアッチョはタクシーの背後にたち、後部座席に誰もいない事を確認しすぐにブランクにハンドサインを送る。タクシーは黒煙を上げ、燃えはじめた。

 ブランクはバイクを捨てて全力でコロッセオめがけ走る。

 

 ホワイト・アルバムが瞬間的に冷やせる範囲はじつは狭い。

 大気中の水分を凍らせるジェントリー・ウィープス。日に何度も使ってりゃバテ気味なのも当然だ。

 ボスの射程、おそらく半径2メートルを一瞬にして極低温にするだけの力は何回分も残っていない。

 

 ボスが自分を殺しに接近する、たった一回に賭ける。

 ホワイト・アルバムの装甲は砕けることはない。

 失敗して喰らっても致命傷には至らないと思いたい。

「ボス相手にその希望は甘すぎるわな」

 

 地面はどんどん凍っていく。隠れていようが逃げ出そうとしようが、誰もギアッチョのホワイト・アルバムの極低温からは逃さない。

 

 

 

「やはり追ってきたな」

 

 ディアボロは当然のように無傷だった。一瞬のうちに攻撃を予知し、窓を破壊して時を飛ばし身を潜めるのは容易だ。

 奴らが確実にこのディアボロに追いつくことはわかっていた。だがブランクは脇目も振らずコロッセオに向かっている。やつもまたブチャラティたちとコンタクトをとった人物を割り出したらしい。

 

 チョコラータの死体から奪ったパソコンはシステムの全権限が与えられており、不正アクセスのもとを辿るのにそう時間はかからなかった。だが、内容まではわからない。

 

 ただ、端的に言えば()()がしたのだ。

 

 娘がいるとわかる数日前にも感じた不吉な予感。全く同じ感覚が背筋を走り、自分の行き先に影を投じた。

 

「オレは直感を信じる。…コロッセオにはオレの絶頂を阻む何かがある。運というものは悪いときはことごとく悪い。ヴェネツィアでお前たちを仕損じた結果何度も辛酸を舐めさせられた。だからここで確実に始末してやる」

 

 

 キング・クリムゾンは再びすべての時を消し飛ばす。

 飛ばされた時間を認識できるのはディアボロただ一人。絶対零度は静止の世界?笑わせる。

 

 キング・クリムゾンは飛んだ時の中、世界に干渉することはできない。空気は冷やされ続け、霜はおり、星は流れる。

 故に攻撃とは時を飛ばし、その間に予備動作を行い、他者が時間を正常に認識できるようになるその瞬間致命傷を与えること。

 

 予測可能、防御不可能の攻撃。

 ギアッチョのホワイト・アルバムの反応速度にもよるがやつの防御力ならひょっとしたら致命傷を免れ、時を飛ばそうとお構いなしの冷却を食らわせてくる可能性がある。

 

 

 防御力もさることながら瞬発力に自信があるのだろう。でなければいまここで当たるという判断はできない。

 ならばこちらも最大限の力を以ってしてねじ伏せる。

 

 

 ギアッチョは時間が飛んだと直感的に理解した。何かが急に自分の背後に現れたのが音でわかった。

 自身の半径二メートルにジェントリー・ウィープスで作り出した氷片のたてる音が攻撃の合図だ。

 

「“接近した”とわかれば十分だッ!」

 

 ギアッチョは即時周囲の空気を冷却する。そして回し蹴りを叩き込む。

「っ…!」

 だが粉々に砕け散ったのはボスじゃない。先程ドッピオを乗せていたタクシーの運転手だ。いつの間にか入れ替わっている。

 

 そしてまた時間が飛ぶ。背骨に強い衝撃が走り、前へつんのめる。装甲は無事だが防御しそこねたお陰で衝撃はしっかり伝わった。

 ボスは接近を避けて道路標識を折ってぶん投げてきやがった。

 

 その道路標識が落ちる前に、また時間が飛ぶ。

「うッ……?!」

 気付けば腹に折れたポールの切っ先が当たっていた。

 

 

この先歩行者優先

 

 

 標識の向こうに、ボスがキング・クリムゾンの拳を振り上げこちらを見ている。

 炎に照らされるその顔は、ドッピオの面影など微塵もない悪魔のような笑みを携えていた。

 

 そしてキング・クリムゾンは渾身の力を込めてポールを突いた。想像以上のパワーだ。ギアッチョはすぐにポールを握り、切っ先がこれ以上装甲に食い込まないように冷却する。

 

「なるほど。その装甲は相当硬いなッ…!」

 

 また時間が飛んだ。

 今度は空気の流れも何もなかった。焼けたタイヤが目の前に投げ込まれ、そのベタつく煙がヘルメットに付着し、凍る。

 

「あッ…?!」

 

 ギアッチョは視界を奪われ、自身の周囲への警戒をコンマ数秒損なった。ボスはその隙を逃さない。

 だが、地面を踏み込んだのとほぼ同時に銃声が聞こえた。

 

 

 

 

「チッ……!やっぱりピストルズでも当たらねぇ。軌道を完全に読まれてるぜ!」

「…あの後ろ姿。間違いない、ボスだ」

 

 ブチャラティたちはボートを使い、車を使い、ようやくローマにたどり着いた。

 コロッセオまであと40メートルというところで爆発音が響き、ギアッチョが殺されかけていたのを見つけた。ブチャラティとミスタが亀の外に出て現場を偵察していた矢先のことだった。

 

 まさかすでに暗殺チームも、そしてボスまでもがコロッセオに集結していたとは。

 

 ミスタは弾を装填してからブチャラティの方を見る。

 

「交戦してるのはギアッチョだけだな?あいつに当たっちまった…生き残りはあいつだけか?」

「さあな。いずれにせよここでボスにコロッセオに到達されるのはまずい!男がまだいるかどうかわからないがこの騒ぎはもう知っているだろう。今すぐ行かねば」

「じゃあオレとジョルノでボスを食い止める!ブチャラティ、トリッシュを頼んだぜ」

 

 ミスタは亀を投げ渡した。ブチャラティはしっかりそれを抱いた。亀の中からジョルノが出てきて、前方をにらみつける。

 

「行ってください、ブチャラティ」

 

「ああ。ボスを殺せるチャンスがあれば殺せ。…いいな」

「当然だ!」

 

 ジャッと音を立ててシリンダーが回転した。

 

 

 

 

 ギアッチョは気がついたら顔面に銃弾を食らっていた。

 

 この攻撃…拳銃使いのミスタか?また時が飛んだのか。

 

 その認識が一瞬曇った勘を冴え渡らせた。銃弾の熱が今は有り難い。その熱が消える前に一瞬周囲の冷却を解除し、手で汚れを拭う。

 

 炎のオレンジに照らされたミスタとジョルノが走ってくるのが見えてギアッチョはブチ切れた。

 

 

「チクショーーッ!オレに当ててんじゃあねえ!グイード・ミスタ!ぶち殺されてーのか!!」

「うるせー!狙いはボスだ!今たしかに背中が見えたぜッ…ここで殺ればよォー!焦る必要はねぇからな!」

「ざけんなッ……!ボスをやんのはオレたちだ…ジェントリー・ウィープス!!」

 

 ギアッチョは叫ぶ。おそらくこれが最後のジェントリー・ウィープスだ。密度は低いが、半径10メートルに氷の檻が構築される。

 その檻の破壊された部分にギアッチョは先程打ち込まれたポールをぶん投げた。

 

 ミスタもそれを察しセックス・ピストルズを放つ。

 

 

「イクゼッ…!オメーラ気合イレテケェーーッ!」

「コノ氷デ弾道ヲ撹乱スルッ!時間差攻撃ダ!」

 

 

 ギャギギャギギギギ

 

 檻の中を跳ね返りながら弾丸はディアボロを捉えた。キング・クリムゾンにより弾は一発外れる。だがピストルズは外れた場合にも跳ね返れるよう、氷片を目指している。跳ね返った弾が外れようと止まらない限りピストルズはディアボロを狙い続ける。

 

「小細工をしたところで…」

 

 仕掛けがわかってすぐにディアボロはピストルズの一匹を捕まえ、握りつぶす。

 

 ミスタの脇腹にでかい傷ができる。

 

「よくやったミスタ!ボスの体にゴールド・エクスペリエンスで作ったてんとう虫をつけることに成功したッ!これで位置は完璧にわかるッ」

 ジョルノは暗がりに向けて指差す。確かに今誰かが動いた。

 ミスタが叫ぶ。

「テメーもっと冷やせコラーーッ!」

「ハァ?!無茶言うんじゃあねェッ!」

 

 ジョルノは炎のゆらめきが不自然に揺れるのを目撃した。

 

「また時が飛んだぞ!」

 

 そしてジョルノめがけてバイクの残骸が投げられた。ジョルノはゴールド・エクスペリエンスでバイクを叩き壊す。反射的に三人は背中を合わせて全方位を警戒する体勢をとった。

 足元に広がった水溜りに波紋ができる。水はギアッチョの足元から凍りついていく。

 

 ボスの姿は見えない。

 ジョルノは生命エネルギーを探知し、その方向を指差す。

 

「そこだッ!ミスタ撃てッ」

 

 ミスタは撃つ。だが音を認識することはできなかった。気づいたときにはジョルノの首めがけて振り下ろされたキング・クリムゾンの腕が、ジョルノの顔の半分ごと凍りついていた。

 

「やはり狙いはジョルノだったな!このまま氷漬けにしてやるぜボス…ッ!ジョルノごとなあッ!」

 

 ギアッチョはボスの攻撃対象を完全に予期し、“捕らえた”と確信した。だがキング・クリムゾンのそばに立つボスの手にはいつの間にか奪ったミスタの銃が握られていた。

 

 

 

「一発だ。オレがお前たちを仕留めるのには一発でいい」

「ッ…まさかこの水ッ…そしてバイクは…」

 

 ジョルノがつぶやく。

 

 銃口が火を吹いた。そして、火種は炎となり、周囲に爆音を轟かせた。

 

 

 

 

 

 

 遠くで事故でも起きたかのような大きな音がして、ポルナレフは双眼鏡を使いあたりの様子をうかがった。

 コロッセオで待つ男。ブチャラティたちに矢の力を与えようとしている、かつてのスターダストクルセイダー。ボスを倒す希望を与えるためにこうして待ってはいるが、どうもその希望も風前の灯らしい。

 

 だが自分には待つことしかできない。誰かがたどり着くと信じて。

 

 チキチキ……

 

 

 金属のこすれる音が聞こえ、ポルナレフは瞬間的に(チャリオッツ)を抜いた。

 背後に忍び寄る何者かはその切っ先を躱し、気配を顕にした。

 ポルナレフはそちらを向く。遮られていた月明かりが忍び寄ってきた人物を照らした。

 

 それは、赤毛の痩身の少年だった。全身傷だらけだがしっかりとした足取りで、ゆっくり一歩歩み出た。青い瞳がポルナレフをまっすぐ見据えた。

 

「お前は暗殺者チームの…」

「僕はヴォート・ブランクだ。あんたはボスの何なんだ?答えろ」

 ブランクは手ぶらだった。スタンド像が出ていないにも関わらず、不穏な殺気をはなっている。

 ヴォート・ブランクという名は資料にあった。裏切り者の暗殺者チームの一員で、他者のスタンドをコピーするスタンドを有している。となると半端な憶測で敵の力量を図るべきではない。足元をすくわれる。

 

 ポルナレフが黙っていると焦りにも似た声色でブランクが言った。

 

「聞こえないのか!僕の仲間が、死ぬ気で時間を作ってる。ボスはもうすぐ目の前まで来ている」

 

 遠くから、また爆音が聞こえてくる。ポルナレフは慎重に答える。

 

「わたしはポルナレフ。ディアボロはこの体の仇だ」

「ディアボロ…?」

「やつの名だ」

「…ポルナレフ、ブチャラティたちになぜコンタクトをとった?ディアボロは僕らを殺すことより、あんたを優先してこっちに一直線に向かっている。あんたは何を隠し持ってんだ?」

 

チキチキチキチキチキチキ

 

 

「お前たちこそ何故ボスを倒そうとする。麻薬ルートのためか?金?権力?そんなもののために戦っているやつに答える筋合いはない」

「金だって?バカバカしい。僕らの動機はただひとつだ。汚名返上、そして仲間の名誉回復だ。必ずこの手でボスを地獄に送る。それが今、僕がここにいる動機だ」

 

 

ヂギッ

 

 

 ひときわ大きい金属音が聞こえた。同時に、ブランクが怒鳴る。

 

 

「話してもらうからな!ポルナレフッ」

 

 途端腕が捻り上げられ、車椅子の車軸が歪んでポルナレフは地面に投げ出される。

 

「シルバーチャリオッツ!」

 

 チャリオッツに以前のようなパワーはない。それでも相手に距離をつめられないため弧を描くように剣を振り抜くつもりだった。

 ブランクもチャリオッツの斬撃の届く範囲を見極め、剣先を避けるつもりだった。

 

 だが

 

「え…」

 

 ブランクの頬からは血が垂れている。

 

「いつ…切られた?」

「いつ剣を振り切ったんだ」

 

 二人はほとんど同時に、息を呑む。

 

「まさか」

 

 

 階段の影から、足音が響いた。

 

「まずい…いつの間に…ッ」

「ボス…いや、ディアボロ…!」

 

 そして、長い影が踊り場に差す。

 

「この一連の出来事は、過去に打ち勝てという「試練」だとオレは受けとった。人の成長は未熟な過去に打ち勝つことだとな…」

 

 

 あらわれたのは“ディアボロ”。

 

「そうだろう。J・P・ポルナレフ。過去は、ばらばらにしても…石の下からミミズのように這い上がってくる」

 

 



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悪魔を憐れむ歌

 ディアボロが来る!そう感じた瞬間、ブランクはポルナレフの肩を掴みとにかくこの場から逃げ出そうとアーチから“外”を目指した。

 

 だが気付いたときにはなぜか下の階に二人して落ちていた。

 

「こっちだ」

 

 ブランクが何が起きたか理解する前に、声の主はポルナレフのもう片方の肩を持ち上げ走り出す。ブランクは慌てて足並みをそろえて、自分たちを窮地から救った人物が誰か確認した。

 

「ブチャラティ…!」

 

 ポルナレフが先にその人物の名前を呼んだ。

「ボスは一直線にあんたを目指していたらしい。…ポルナレフ、と名乗っていたな。何か探知されているんじゃあないか?」

 

 ブチャラティは先程のブランクとポルナレフの話を聞いていたらしい。出てこなかったのはブランクの出方を窺うためだろう。

 ポルナレフは探知と聞いて苦々しい顔をした。

 

「……だとしたら、パソコンしかない…入念に出処は隠したつもりだったんだが…」

「僕もそれを逆探知してきたんだ」

「なるほど…知らない間にネットワークまでも組織の手の内に落ちていたとはな…ぬかっていた」

「情報技術チームは優秀なので!」

 

 ブチャラティはジッパーを使い巧みに先程の場所から距離をとっていく。

「そんな事はどうでもいい。約束通りオレはここにきた。ボスを倒す可能性とやらを教えてもらおう」

「僕のほうが先に着いたんですが?」

 

 ポルナレフを支えるブランクの手がたまたまブチャラティの手に触れた。紙に触れたような感覚にブランクは思わずブチャラティの顔を見てしまった。

 どこか大怪我でもしているのか?死んで何日か経ってる死体の皮膚みたいだ。

 ブランクは思わず心配して尋ねてしまう。

 

「ブチャラティ、あんたどこか…」

 

 だが割り込むようにジュニアが叫ぶ。

 

ブランクッ!やつが動き出した!さっきの階から時計回りでこちらに迫ってきている

 

「距離をとったところで…だな」

 それを聞いてブチャラティは思案する。ポルナレフは担がれながらブランクの方を向いた。

「…一つ聞きたい。ブランク、なぜオレを担いで逃げようとした」

「はあ?」

 ポルナレフは険しい声で尋ねる。ブランクはポルナレフの言いたいことがわからずにキョトンとしていた。

「なぜだ!答えろ!殺しかけといて何考えてやがるんだ」

「別に殺そうとなんてしてねーッつの!」

 

 ブランクは文句を言いながら頬から垂れる血を拭おうとした。だが袖にはすでに血がついていた。

 また時間が飛んだのだ。

 

 

 ジュニアの腕がディアボロのいる方向を指差す。だがキング・クリムゾンで時間を飛ばされているせいでこちらからすれば瞬間移動しているように見え、かなり混乱しているらしい。

 

「大まかな方向と距離だけでいいッ!半径…5メートル。それより入られたらヤバイぞ」

 

 ブチャラティとブランクは歩調を早める。ポルナレフは脚がない分軽くぎりぎり運べるが、成人男性は結構重い。

 全力疾走には程遠い。これではすぐに追いつかれる。

 

また飛んだ!あっちも走って接近してくる

 ジュニアは焦った声で告げる。

「クソッ!ジリ貧だ」

 

 ブランクはこのままじゃ逃げられないと悟った。どうにかしてここでボスを迎え撃ち倒さねばならない。

 

“捨てばちと覚悟は違う”

 

 ブランクの頭の中ではギアッチョの言葉がぐるぐるまわっていた。

 

 ブチャラティはブランクの方を向き、静かな覚悟を決めた目をして言った。

 

「ブランク、オレたちは目下のところピンチだ。協力する気でいるが構わないな」

 その冷静さにブランクは面食らいつつ頷いた。

「…しょうがないですね。いいでしょう」

「ジョルノたちはおそらくやられた。…ここにいる三人でボスを倒すしかない」

 

 ブチャラティは次にポルナレフを見た。ポルナレフもその目を見て、一瞬沈黙してからブランクに自分がなぜここで待っていたかを話し始める。

 

「……オレが持っているのは“矢”だ。やつを倒す、おそらくは唯一の手段になる」

「じゃあ出し惜しみしないで今すぐ使ってボスをやっつけてくださいよ!」

「ダメだ。オレには使えない。だからブチャラティたちとコンタクトをとったのだ」

 

ブランク!走り続けて…!距離、10メートル!

 

「“矢”がスタンド能力を目覚めさせることは知っているな?」

「ああ」

「相応しいものが自らのスタンドに“矢”を刺すと、スタンド能力のさらにその先の能力が目覚めるのだ。キング・クリムゾンは無敵だが、矢により進化し、レクイエム状態になれば可能性はある」

「そっ…そんな事あるかぁ?!」

「レクイエムはすべてのものの精神を支配するのだ!矢の力さえ制御できれば勝機はある。だが同時に、やつには絶対に渡してはならない」

 

 ブランクがいろいろと質問しようとすると、それを遮るようにジュニアが大声で叫んだ。

 

 

ブランク!真上だッ!来るぞ!

 

 

 

「スティッキィ・フィンガーズ!」

「キング・クリムゾン!」

 

 ブチャラティは上に向かってがむしゃらにラッシュを繰り出した。確かにブチャラティのスティッキィ・フィンガーズがこの中で最もパワーが強いだろう。だがそんなことをしたらまっさきにボスから攻撃される。

 

 それでもブチャラティは自分の体の状態を理解し的確に対処したのだ。自分以外時間を稼げる者はいないと。

 

 

 キング・クリムゾンはまずブチャラティを狙った。双方の目の前がブチャラティの飛び散った血で真っ赤に染まる。

 

「シルバーチャリオッツ!」

 

 ポルナレフはとっさにチャリオッツでブランクと自分を今空いたばかりの天井の穴にぶん投げた。着地したばかりのやつと入れ違いだ。若干の時間的猶予が生まれることになる。

 

 だがブランクもポルナレフもまた走って逃げようなどと考えていなかった。

 

 ブランクはポルナレフの肩を支えて立たせた。

 ポルナレフは時が飛ばされたと認識してからすぐにチャリオッツでやつの射程二メートルを薙ぐつもりでいた。ポルナレフの考えうる唯一のディアボロ対策だが、エピタフを持つやつに通じるかは分のない賭けだ。

 

 ブランクは小さな声で自分の腕になったベイビィ・フェイス・ジュニアへ話しかける。

 

「ジュニア…ギアッチョ待ってるときに話したこと覚えてる?」

うん。…でもうまくできるかわからない

「失敗しても怒らないよ。…やってくれ」

 

 

かつーん…

 

かつーん…

 

 また、足音だ。ディアボロが階段を使ってやってくる。

 

 

「ヴォート・ブランク。仲間のほとんどはブチャラティ達に殺された。メローネだったか?そいつの潜伏先もすでに組織の刺客が向かった。ギアッチョもすでに倒れた。たとえ生き延びても、お前に何が残る?」

 

 悠長にブランクに話しかけてくるのは一体何のつもりだろうか。それとも今更諦めるとでも思ってるのだろうか。

 

「…僕は…」

 

 何か言った気がする。

 だがまた時が飛んだ。ジュニアの指し示す方向が急に変わる。

 

「お前は空のままでいるべきだった。情に溺れた結果、お前は全てを失い、ここで死ぬ。お前に引導を渡すのはわたしだが、降り積もり、かたを付けなかった過去こそがお前の真の死因だ」

 

 ディアボロは慎重を期してエピタフで未来を見る。10秒後、ブランクは腹をぶち抜かれ血を吐き出している。

 

「キング・クリムゾン」

 

 ディアボロは時を飛ばし、ブランクの背後に回りこんで拳を振り上げた。

 

「時よ、再始動しろ!」

 

 そして気付いたときにはキング・クリムゾンの拳がブランクの胸郭を貫いていた。ぼちゃ、と音がして拳分の肉片が地面に飛び散った。支える力が消え、ポルナレフが肩からずり落ちる。

 

 シルバー・チャリオッツの斬撃もまたエピタフによって予知されていた。剣は空を切り、気づけばディアボロはポルナレフの目の前に立っていた。

 

 ポルナレフは息を呑む。

 

 だが、倒れたはずのブランクの方から血を吐き出す音がして、ディアボロは振り返った。ブランクは膝をついてはいるがまだ生きていた。それどころか、急に話しだした。

 

「1956年…ギロチンで処刑された首に意識があるか、調べた人がいる…それによると…斬首後15分は反応があったとか」

 

「…ブランク…何を…」

 ポルナレフは脈絡のない話を始めるブランクを見て困惑した。ディアボロもだ。

 

 確かに胸は貫いた。サン・ジョルジョ・マジョーレでのブチャラティのように、しばらくは動けるのかもしれない。だがそれにしては無駄話がすぎる。

 それでもブランクは話し続ける。

 

「それって要するに…重要な血管さえ押さえておけば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。…そんなの二年も前にチョコラータ先生が教えてくれたけどね」

 

 

 よくみると出血箇所を押さえるブランクの右腕には、先程まで義手となっていたジュニアが人型にもどっていた。

 

「ベイビィ・フェイス!身体を再変換しろ!」

「お前ッ…自分の胴体をあらかじめ切り離し、物質に替えていたのか!」

「一回全身やられたことがあったんでね!そしてもうあんたは僕の射程に一度入った。一度入ったなら意識も無意識も関係ない。あんたはもうおしまいだ」

 

 

チキ…

 

 聞き覚えのある音がする。皮膚の下で何かが蠢いた。

 

 

チキチキチキチキ…

 

「くらえ…メタリカ」

 

 そして一斉に、それが“芽”をだす。

 鉄分から生成された何本、何百本という無数の針が。肉の中で根を張るように。

 

 肉を掻き回す湿った音と皮を引き裂く乾いた音がほとんど同時に聞こえた。そしてチャラチャラチャラ…と針が地面に落ちる音も続いてする。

 ブランクは自分の足元の血溜まりが急に広がっているのをみて時が飛んだのだとわかった。

 

「クソッ!殺し損ねたッ!射程外に逃げたな」

 

 だが間違いなくやつの体はミンチ入りの革袋のようになっているはずだ。

 

ブランク、だめだ…パーツのいくつかは修復できないくらい飛び散ってしまった!

「構うもんか!四肢が動けば十分だッ…!」

 

 ベイビィ・フェイスは物質化したブランクの肉片を掻き集め、はめ直しながら泣きそうな声で叫ぶ。

 肉との接合は鉄分で針を作り出して縫い止めている。死ぬほど痛いが、薬物のおかげでなんとか動けている。

 

「ブランク、やつは腕から肩にかけて負傷した!今どこにいる!」

 

 ポルナレフは叫ぶ。ブランクは転びかけながら彼のもとへ近づき、ジュニアはボスの位置を探知し指差す。

あっちだ!血痕のある方向へ7メートル

 

「僕らは動く必要はない!僕の半径3メートルに近づいたら最後、体中をずたずたにしてやるッ…!かかってこい!」

いや、おかしい!ボスは離れていく!

「逃げるつもりかッ…」

 

 

 ブランクが立ち上がり、ボスを追うために走り出そうとしたとき、穴の空いた床。下のフロアから声が聞こえてきた。

 

「ブチャラティッ!そんな…!」

 

 聞いたことのある女の子の声だ。見て確かめるまでもない。トリッシュ・ウナがコロッセオにいる。

 

 いつの間にここにいたのか…まさかブチャラティが亀を持っていたのか。

 ボスが離れていくのはひょっとしてトリッシュの存在に気がついたからか?

 それともやっぱり逃げるつもりなのか?

 いや、全部罠で逃げるふりをして僕を殺す?

 

 ブランクの頭の中に様々な考えが浮かんでは消えた。貧血気味の頭じゃどれが一番あり得るのか考える余裕がない。

 

 ただ一つ確かなのは、自分がボスの3メートル圏内に入り、攻撃対象を“認識”しなければメタリカによるとどめはさせないということだ。このまま無差別に『ミザルー』のメタリカを発動させた場合、ポルナレフもトリッシュも殺してしまう。

 

 とにかく、ボスに近づかなければ。

 

 ジュニアの指し示す方向はトリッシュのいるフロアに続く階段だ。ブランクは穴へむかって大声で怒鳴った。

 

「トリーーッシュ!ボスが向かってるぞッ!今すぐ身を隠せ!」

 

 

 そして階段へ駆け出した。しかし

 

びちゃ

 

 と、なにか液体が落ちる音を聞いた。その刹那、ブランクの視界が真っ赤に染まった。

 ブランクは慌ててそれを拭う。そしてジュニアが鋭く警告を発した。

 

真後ろ…ッ!2メートル!

 

 

 びちゃ、と。音が聞こえた瞬間ブランクは背後の気配へとメタリカを発動させた。

 

 爆ぜるような音を立てて血中から作り出されたカミソリが肉をつぶし、皮膚を切り裂いた。

 

 殺った。

 

 確信を持ってブランクは振り向いた。だが、そこにあったのは“左腕”だった。

 

「ッ…!」

 

 そして再び世界でただ一人、ディアボロだけが認識できる“時間”がはじまる。

 

「腕一本はお前と、お前と暗殺チームのしぶとさへの称賛ということにしよう…ヴォート・ブランク」

 

 ディアボロはすでに柱を破壊し、その岩をブランクめがけ投擲した。圧倒的パワーを誇るキング・クリムゾンの岩石投げだ。脳髄をぶちまけて死ぬだろう。

「近づけなくても、お前を殺す手段などいくらでもある。貴様のような野ねずみがこのオレを…あろうことかここまで損耗させるとはな。身の程をしれ」

 

 

 時が再始動し、振り向いたブランクの顔に岩が命中した。骨の砕ける音と湿った何かが崩れる音がし、悲鳴を上げる間もなく、ブランクは仰け反って倒れた。

 

 ディアボロは自分の傷口から流れる血からメタリカのスタンド像が消えるのを見た。

 ブランクの死体を確認しようと目を細めた。だがすぐに違和感に気づく。自分を探知し続けるベイビィ・フェイスの右手が消えていた。

 

 ディアボロは鼻で笑った。

 

 

ベイビィ・フェイスッ…!

「この後に及んで不意打ちなど、このオレに成立するわけがないッ!」

 

 ジュニアの不意打ちは不発に終わった。キング・クリムゾンが腕を振り払うだけで事足りた。

 壁に叩きつけられたジュニアは全身が千千になる痛みを感じて、それっきりだった。

 キング・クリムゾンにより省略された過程は自らの死を認識することすら不可能だ。

 

 ポルナレフは突然吹っ飛んだブランクを見て今度こそ終わりだと確信した。自分の斬撃は見切られている。血の垂れ方で時が飛ばされたかどうかわかっても、タイミングをずらされれば意味がない。

 

 

「リゾット・ネエロの…死者のスタンドまで使えるとは…してやられた」

 

 

 トリッシュは体を硬直させた。全身が凍りつくような、あの気配。

 

 父が…ディアボロがいる。もうすぐ目の前に。

 ようやく辿り着いたというのに、全員やられてしまったのか。

 

 トリッシュは腹に穴の空いたブチャラティの体を抱く。こんなにひどい怪我なのに、出血がほとんどない。いや…それどころか死んでしばらくたったかのように体が冷たい。

 なにがなんだかわからなかった。ただ、前にもまして邪悪な気配に震えることしかできない。

 

 強くなったと思ったのに。

 だが今ディアボロを前にして、自分の心の中には恐れが満ちている。勇気を奮い立たせ、立ち向かいたい。でも…

 

 

 階段からは血が垂れてきていた。さっき叫んでいたブランクのものだろうか。

 トリッシュはブチャラティの頭を抱きしめる。

 

「ブチャラティ…」

「トリッシュ…」

 

 トリッシュの声を聞いて、ブチャラティのまぶたがぴくりと動いた。ブチャラティはそのまま手をゆっくりと上げて、トリッシュの腕に触れた。

「ブチャラティ…!あなた……生きて…いるの?」

 トリッシュの驚きにブチャラティは途切れ途切れになりながらも「逃げろ」と呟いた。

 

 

 

 

 

 

「死にぞこないどもが次から次へと鬱陶しい。まるで小蝿だな」

 

 

 ポルナレフは再びディアボロと対峙した。もはや希望は潰えたかのように思えた。ポルナレフは布越しに矢に触れる。自分がチャリオッツに矢を使うのとみすみすこいつに渡してしまうのと、どちらがマシか。

 ディアボロはきっと、いつか矢の本当の力に気づいてしまう。そしてやつならば自分のためだけにこの“すべての精神を支配する力”を使いこなすだろう。

 

 

 

 ポルナレフはディアボロの後ろで倒れているブランクを見た。ちょうど頭部に砕けた岩の欠片があり、顔は見えない。だが出血こそあるものの、頭部は潰れていない。

 ぴくりとその唇が動き、顔と岩の間からボロボロとブロック状の何かが崩れ落ちた。その色は、ブランクが“ジュニア”と呼んでいたスタンドの体と同じ色だった。

 

 それを見て、ディアボロが再度ブランクの死を確認しようとする前に、ポルナレフはシルバー・チャリオッツを抜いた。

 

「悪あがきを」

 

 キング・クリムゾンはチャリオッツを殴りぬいた。だが殴り抜けたのは甲冑のみだった。

 

「そんなの読めているぞ。狙いは本体のお前だッ!ジャン=ピエール・ポルナレフッ」

 

 スタンドでの防御無しでキング・クリムゾンの破壊力を防ぐなど不可能だ。慌ててスタンドを戻そうとしたところで間に合わない。だがポルナレフはそのまま、甲冑を脱いだチャリオッツを突っ込ませた。

 

 ポルナレフはキング・クリムゾンの攻撃を食らい、倒れた。

 

 

 

カラン

 

 乾いた音をたて、チャリオッツのレイピアが地面に落ちた。

 

 

 

 ディアボロはポルナレフの血を振り払い、トリッシュの気配を追おうとした。腕をなくしたとはいえ娘たった一人、どうとでもなる。

 まずはブランクの死体を確認しなければ。

 頭を潰した感触はあった。だが死んだふりをしてディアボロが近づいてくるのを待っている可能性もある。

 

 石の転がる音がした。

 

「…ジュニア…きみたちに、何度助けられたことか…」

 

 

 やはり、予感どおりヴォート・ブランクは立っていた。

 

「一体何度叩きのめせば死ぬんだ」

「僕も自分の打たれ強さに感服してます」

 

 では先程の攻撃をどうやって躱したのか?岩は確実に頭に入っていた。

 理由はその顔に付着した肉片を見ればわかった。

右腕に化けていたスタンド、ベイビィ・フェイスが体表を覆ってクッションの役割を果たしたのだ。

 自分が振り払い殺したジュニアはほとんど死にかけの残骸だったのだ。

 

 ディアボロは怒りで我を見失いそうになった。だが、見覚えのあるものが先程殴りぬいたブランクの胸部に刺さっているのを見て、怒りは動揺に変わる。

 

 ディアボロは立ち尽くした。なぜこうも想定外のことばかり起こる?どんな悪運が自分につきまとっているんだ。何もかも、二年前暗殺チームの愚か者が自分の正体なんか嗅ぎ回ったせいだ。

 

 

「その矢…ッ!なぜそれがここにある!」

「さあね。でもこれであんたを倒せるなら、体なんていくらでもくれてやる!僕は魂を殺せぬものなど恐れないぞ」

 

 

 

 

 

 




次回最終話です
最終話、エピローグで黄金の風は完結です


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あなた達にあえてよかった

「………あれ?」

 

 ブランクは自分の手をグーパーしてみるが、何も変化がない。メタリカは自分の体内に発動できる。だから穴の空いてる胸にさしたのだが、力が満ちてくるだとか光に包まれるだとか、そういうことは全くなかった。

 

「何だ…?威勢のいいのは口だけか」

 

 

 だがブランクにだけは判った。

 自分のスタンド能力が予想通りのものであることが。そして矢によりその箍が外されたことを。

 

 

「キング・クリムゾン!すべての時間は消し飛ぶ!」

 

 ディアボロだけが認識できる時間。すなわち、自分だけが“存在”する世界を動く。

 そこは世界の果てに似ている。すなわち、自分だけの孤独な世界。

 だからこそ、キング・クリムゾンの能力は帝王の名にふさわしい。

 

 

「なるほど。これがあんたの見てる世界なんだな」

 

「なっ…」

 

 ブランクはこちらを認識している。

 

 ありえない。

 

 やつはキング・クリムゾンの吹き飛ばす時間の中を、ディアボロだけが存在する世界を確かに捉えている。

 

「これが…矢により引き出されるスタンド能力…」

「まさか…オレのキング・クリムゾンをコピーしたのかッ!」

「いいや。僕のスタンドは、相手をコピーするもんじゃあない」

 ブランクのはぐらかすようなこたえにディアボロの頭に血が上った。

「だからなんだ、死にかけの分際で!時を飛ばすまでもない。ねじ伏せてやるッ…!」

 

 キング・クリムゾンは殴りかかった。だがブランクはディアボロの拳をはじいた。

 ブランクの背後には、ぼんやりとだがたしかに、人のかたちをしたヴィジョンが浮かんでいた。

 

 幻のようなスタンドヴィジョンは白い指をキング・クリムゾンに無理やり絡める。

 振りほどこうとしてもなぜかキング・クリムゾンの腕は微動だにしない。まるで岩に埋まってしまったように微動だにしない。

 

「…共感だ。僕のスタンドは…()()()()()()()()()だったんだ。共感に…思い出に時間も、死も、生も関係ない」

 

 そのスタンドの指が、深く手の甲に食い込んだ。そして、ふいにキング・クリムゾンが消失した。ブランクのスタンドに吸い込まれたかのように。

 ディアボロは言葉も出なかった。ただ、動けないでいた。

 

 矢の力?

 あり得るわけがない。

 なぜスタンドが消えた?

 幻覚を見せる能力か?

 頭の中を混乱が覆い尽くしていく。そして混乱は端から敗北の予感に染まっていく。

 

 

「そして…これが矢で引き出される…スタンド能力のその()()だ」

 

 ブランクは自分の左手を胸の前で握った。後ろのスタンドの形が、霧が晴れたかのようにくっきりと浮かび上がる。

 その形は見間違えようがない。キング・クリムゾンの姿だった。

 

「スタンド能力を…いや、もはや魂と言ってもいい。それを奪う。それがこの矢によりもたらされたスタンド能力を超えた力」

 

 奪われ続けたブランクの至る場所。

 空だったブランクの本当の力。

 

 相手の魂に共感し、それを奪う。

 

 それが すべてのものの精神を支配する力(ソウルスティーラー)。ブランクのミザルーが行き着く果て。

 

 

「あんたの世界を見てわかった。僕らはしょせん、時の奴隷だ。だが、この認識されない孤独の世界にいたって、復讐の刃からは逃れられないぞ!」

 

 矢はもう一つの福音をもたらした。

 奪った能力はブランクの中で()()()

 

 

「僕はリゾットの望みを叶える」

 

 時が飛んだ。ディアボロは初めて自らのキング・クリムゾンをくらい、その理不尽さを思い知った。

 

 

 気づけばブランクは目の前にいて、ディアボロに抱きついていた。

 ジキッ…と音を立てて、地面から生えた鈎がディアボロの足を固定した。

 動けなかった。動けないまま、ブランクの胸から流れる血がべったりと自分の腹につくのを感じた。

 

 そしてあの音が聞こえる。

 

チキチキ…チキチキチキ…

 

「やめろ!オレから離れろ!その薄汚い手を退けろ!」

「……僕も痛い。でも、僕は罰を受けて当然だから」

 

 ブランクの胸の出血が針に変わっていく。

 キシキシキシと音を立ててディアボロとブランクの体の間で膨張して、皮膚を突き破っていく。

ディアボロの切断された左肩からも傷口を埋め尽くさんばかりにカミソリの刃が発生していく。

 刃はチャラチャラと音を立て地面に積もっていく。刃は落ちてすぐ、化学反応でも起こしたかのように一緒に流れてきた血を吸収し、さらに大きなナイフやメスに変わる。

 

「でもあんたの感じる痛みは違うぜ。この刃は、今までお前に奪われ続けた誰かの痛みだ」

 

 ブランクが腕を回した箇所から、ヂキヂキと皮膚下で刃物が肉を切り裂き、内側へ突き進み体を破壊していく。

 

「やめろ!やめろ!やめろ!このオレがこんなところでッ!こんなやつに…」

 

 

 ブランクの傷からも、たくさんの刃が飛び出している。これまでの傷全てから、自分を切り裂く刃が血の代わりに吹き出す。

 

 これは復讐心だ。復讐とは引き裂かれた魂の咆哮だ。

 時には自らの憎悪が、自らを引き裂く。

 まるでリゾット・ネエロの生き様そのものだ。

 

 過去になにがあったかなんてわからない。でもこんな魂の形を見ると、なんだか悲しくなる。

 

 

 

 ディアボロの口から血が溢れ、項に流れてきた。温かい。その血はすぐにカミソリの刃に変わって、服の隙間に落ちてった。

 

 ディアボロは崩れ落ち、そのまま動かなくなった。

 大量の血が針まみれの床に落ち、またより一層鋭い針と刃物の山になる。広がっていく血はどんどん刃物に変わっていった。

 刃物は集積すると磁力によりよりあつまり、大ぶりのものに再生成されていく。周囲はまるで剣の樹がはえてるかのようだった。

 あたり一面に、針と剣が侵食していく。メタリカの原則である自然界にある鉄分がどうとかの法則を無視して、わずかな鉄分を元に多量の刃物が“生えている”のだ。

 

 

 夜闇の星が鈍色に反射して、銀の世界にいるみたいだ。

 

 美しい空が急に暗転してようやくブランクは自分を支える力がもう残ってないことに気付いた。

 

 

「あれ…ちょっとやり過ぎたかな…?」

 

 よくよく自分を見ると、本当にひどい有様だ。

 首からも、腹からも、針がどんどん生成されている。傷口周辺からポロポロと針が溢れ、肩に積もって落ちていた。右目からはカミソリの刃が、涙の代わりに落ちている。

 薬が切れてきたのか、それとも傷を視認したからか、ものすごく痛い。

 

「あはは…すご……」

 

 胸からは大量に血が流れていた。血中の鉄分は地面に落ちる前に徐々に形を成していき、落ちる頃には一つの刃物となっていた。

 

 

 ブランクは制御しなければと思うが、もう立つことができない。

 そのまま膝を突き、地面に伏した。自分の下に広がっていく血はすぐに針に変わり、傷口に突き刺さる。

 

 ボスの言うとおり、生き延びたところでほんとに何もなくなっちゃうな…。

 

 いや、ここで死ぬならあんま関係ないか。

 レクイエムは僕が死ねば終わるんだろうか。 

 星はもう、まっくらでみえない。

 

「……なんか…疲れちゃった…」

 

 でもこれで、償えたかな。

 ギアッチョは許してくれるか微妙だけど、リゾットの望みは叶えたよ。

 

 でもなぜかな…ここで、一人で死ぬのはとっても悲しい。誰もそばにいないのは、ひどく寂しい。

 これが、僕へのほんとうの罰なのだとしたら、きっと世界で一番ひどい罰だ。

 

 大切なものを見つけたあとだと、死ぬのはとっても、怖いんだね。

 気づけて良かった。

 

 


 

 

 ギアッチョは熱を感じて目を覚ました。

 

 爆発の瞬間、ホワイト・アルバムの装甲を厚くすることに失敗した。息切れもいいところだったしそれはしょうがない。頭部を覆うヘルメットだけ頑丈にできただけでも御の字だ。

 

 熱の原因は頭以外の全部だ。

「クソ…燃えて…やがるじゃねーか…クソッ!オレは何回爆発に巻き込まれりゃーいーんだオイッ!クソがァッ!」

 

 怒鳴った途端腹部に明確な痛みを感じた。

 見ると車のバンパーだがなんだかわからん部品が深々と食い込んでいた。貫通はしていない。だが、衝撃は内臓に届いてしまったらしい。

 

 ノビていて動かなかったから激しく痛まなかったようだが今のブチギレでズキズキ痛みだした。

 

「クソッ!ありえねーッ…」

 

 怒れば怒るほど逆効果だがその状況にますますムカついてくる。

 燃える現場から這い出して、早くコロッセオに向かわねば。

 

 よく見るとやられてるのは腹だけじゃない。

 

 気絶している間、氷が熱で溶かされたらしく、右脚の皮膚が水ぶくれを起こしている。肋は何本か折れてるし、多分足甲のどっかもいかれてる。

 絶対的防御力を誇るホワイト・アルバムがここまでやられるとは思わなかった。同時に、やはりキング・クリムゾンは自分に倒せなかったであろうことも悟る。

 防戦一方。攻撃手段にかけていた。

 消耗さえしてなければと思うが終わった戦いに言い訳したところで何も始まらない。

 コロッセオに気を取られてか、とどめを刺されなかったのは運が良かった。

 確かに普通ならもう戦闘不能だ。普通なら動けねーがそんなの根性で乗り切れる。

 だいたいブランクがあんだけ欠損して動けてるのにここでへばるわけにはいかねえ。

 

 ギアッチョは立ち上がり改めて周囲を見回した。

 

 ジョルノ・ジョバァーナとグイード・ミスタも爆発でやられている。ミスタはほとんど死にかけてるが、ジョルノは生きていた。片脚を車体に潰されてはいるが死にはしないだろう。

 ボスの腕を氷漬けにしたときに張った氷は結果的にジョルノをも助けたらしい。生命を作り出すという能力があればそこのミスタも助かるだろう。

 もっとも車体に押しつぶされた体が燃えてしまうのが先かもしれない。

 

「ああ…クソ…調整さえ利いてりゃまとめて始末できてたのによォ…」

 

 

 ギアッチョはフラフラした足取りでコロッセオへ向かった。だが途中で目眩がして倒れてしまう。内臓が中で破裂してるのか、皮膚の下ににたぷたぷ血が溜まっているらしい。

 しかたなくガラス片を刺し、血を出して凍らせて止血する。だがそのせいか意識が遠のく。目の前に地面が見えて、頭に衝撃が走った。

 

 生温かい。自分の血を見ることなんてかなり久々だ。

 ホワイト・アルバムという無敵の能力を身に着けて以降、ギアッチョは怪我なんてそうそうしてなかった。

 

こんな傷でへばってるとこ、アイツらに見られなくてよかった。

 

 ギアッチョがもう一度立ち上がろうとしたとき、後ろで瓦礫を崩す気配がした。振り向くと、ジョルノが片足を自分で切断して燃える車の下から這い出していた。

 

 

 


 

 

ブランクはあの日の祭壇の上に寝ていた。

倉庫をちょっと改装しただけの儀式部屋。コンクリの壁にかけられた十字架。掃除しやすいように、部屋の端に排水溝がある。

台上には百合の花と十字架があった。

司祭の格好をした男が立っていた。

男はブランクの体の中から臓器をどんどん抜き取っていく。

痛みもなく、血も流れなかった。

やがて、両手両足を縛られたブランクの体から、ぜんぶの臓器が抜き出された。

天井に向かって、空っぽの胴体が口を開けている。

司祭に扮した男は部屋の暗がりに消えた。

 

それっきり、誰も来ない。ずっとブランクは繋がれたままだ。

 

 

そうだよ。こうなることもあり得た

ジョンガリが来たのはたまたまだ

そもそも、もっと前に子どもたちの殺し合いに負けてたかも

 

みんな透明になった

いのちはなかったことになった

僕も、そうなるはずだった

 

 

気づくと、誰かが祭壇の傍らに立っていた。

どうしてか、顔が見えない。

 

「それは特別かわいそうなことじゃなければ、お前が弱かったからとかそういうわけじゃあない。ただ世界がそういう仕組みなだけだ」

 

聞き覚えのある声だ。低くて落ち着く、諦念に満ちた声。

 

「報われない。奪われ続ける。そういう世界だ」

 

そうかもしれない。それは真実だ

少し前にも、同じことを言われた気がする

 

「僕はそうじゃないと思いたいよ」

 

ブランクは言った。

 

「たしかに、みんなハゲタカみたいに僕から奪っていく…。でも僕も、いろんなものを奪っていたよ」

 

 生きるため殺した孤児院の仲間たち。

 狙撃手として殺した名もしれぬ兵士。

 暗殺者として殺した数々の個人。

 そして、裏切り者として見殺しにしたみんな。

 

「僕はそれに気づかなかった。ディアボロと、実のところ同じか、もっと悪い。だから、罰を受けた」

 

 

どうすればいいんだろう

どうすれば許してくれるかな?

これで許してくれるかな…

 

 

「オレは怒ってないぜ」

 

 また、別の誰かが立っていた。ブランクから顔はよく見えない。

 

本当に?

 

「あたりまえだろ。オレに付き合ってくれたんだから。オレたちのゲームは終わった。よくやったな」

 

「勝ちだか負けだか…もうわかんないけどね…」

 

もう一人の寂しげな声の男が言った。

 

「ブランク、世界は円のようなものだ。

与えたり、奪ったりが循環する輪だ。

別々に存在するんじゃあないし、境界線があるわけでもない。残酷な世界も、美しいものも同じ円の中にあり続ける。

お前はその輪の中で生きてかなくっちゃならない」

 

じゃあ僕はこれまでちゃんとその環の中にいたんだね…。

「これまでも、これからもだよ」

 

「でも今いるここは…まるで世界の果てみたいだ」

 

誰にも干渉できない、僕だけしかいない場所。

輪から外れた場所だ。

キング・クリムゾンにより吹き飛ばされる時間の中のように。

 

「くらい…」

 

ブランクは、かつてジョンガリが破った扉に手を伸ばした。鎖の錠のかかった扉。とうぜん届かない。

それでも手を伸ばした。

 


 

 トリッシュは天井に空く穴から、胸に矢が刺さったブランクを一瞬見た。そしてすぐに苦痛に悶える声が聞こえてきて、トリッシュは上の様子を見ようと、おそるおそる階段を一段登った。

 だが上げた足の膝にいつの間にか、一本の針が刺さっているのを見て体が硬直した。

 針の先端はよくみると外側を向いている。続いてもう一本が膝からぷつりと皮膚を突き破り生えてきた。

「な…なんなのよッ!これは」

 トリッシュは思わず階段から退く。天井の穴からは悲鳴と、チャラチャラチャラチャラ…という金属音が聞こえてきた。

 

 「トリッシュ…ここは…離れたほうがいいかもしれない」

 

 見るとブチャラティの体の傷からも大ぶりのハサミが飛び出していた。トリッシュはブチャラティの肩を抱き、下へ向かう。

 

 一番下に到達し、ブランクとボスがいるはずのフロアを見ると、カミソリの刃と針とがアーチからこぼれ、その刃物が落ちながら寄り集まり剣に変化し、地面に突き刺さった。

 

 

「なんて光景だ」

「ブチャラティ…一体何が起きてるの?」

 

 ブチャラティの体にはメスが突き刺さっていた。落ちてきたものだろう。血はやはり、あまり出ていなかった。

「ブチャラティ!またあたしをかばって…」

「当たり前のことだ。怪我はないか」

「…これくらい、平気だわ。……これは、スタンド能力なの?」

 

チキチキチキ…

 刃が擦れ合う音がとても耳障りだ。

 

「矢の力が暴走しているのかもしれない。とにかくどういった能力なのか見極めないことにはどうしようもないな」

 

「上よ…多分、上に登ると傷口が開くんだわ。さっき針が出てきたのは、4日くらいまえに擦りむいた膝だもの」

 

「…傷か……」

 

 自分の体を見るブチャラティ。とても生きていられる傷じゃないのに、彼は動いている。トリッシュは胸にわいてくる不穏な予感を振り払おうとした。

 

 

「ブチャラティ…!」

 

 そこでジョルノの声がし、二人は振り向く。

 驚くべきことにジョルノはギアッチョと肩を組んでやってきた。よくみるとジョルノの左足のズボンが千切れていた。剥き出しの足は妙に汚れていない。

 

「ジョルノ!どうしてその人を…」

 トリッシュを無視してギアッチョはブチャラティに尋ねた。

「ボスはどうしたんだよ」

「おそらくブランクが殺った。だが…暴走状態に陥っている」

「どういうことです?」

「それよりもミスタは…」

「最低限の治療をしておいてきました。動けるようになるには時間がかかる…」

「オイッ!どーいうことかって聞いてんだろーがッ!とっとと答えろッ!」

 

 ギアッチョはジョルノの肩を振りほどき地面に放り出した。

 かわりに手を差し出したブチャラティの傷をすぐにジョルノは補う。

 

 あのとき、ジョルノはギアッチョの内臓を補うのと引き換えに、足が完全に接合し歩けるようになるまで肩を借りる条件を出した。

 ギアッチョはしばし悩みはしたが承諾し、律儀にここまでジョルノを運んだのだ。

 

「ここで待っていた男はスタンド能力を進化させる“矢”を持っていた。ブランクはそれを使いボスを倒したが…その能力の制御を失ったらしい」

「ちらりと見えたわ。胸に矢が刺さっていた」

「はあ…?何やってんだアイツは…」

 

 地面から生えた幾百本もの剣は、星の僅かな光を拾って集め、氷のように冷たく光る。

 それはさながら剣の山。針の下草。

 上階からこぼれ落ちるカミソリの刃は雪のようにも見えた。

 遠くで見れば美しいが近くで見るとなんとおぞましいことか。

 

「これは…メタリカ、なのか…?あいつ使えたのかよ」

「ああ。スタンドの発動条件は“上がる”ことだ。上に登ると傷口から見てのとおり、針と刃が生成される」

「…スタンドのみならばどうにかなりますか?」

「さっきスティッキィ・フィンガーズで試したが傷口からハサミが生えてきた。いずれにしろ射程外だがな」

「ここから3階までか…矢を彼から取り戻せば、このスタンドは終わるんですよね」

 ジョルノがなんとか方法を考えていると、ブチャラティがすでに決めていたことのように提案した。

「オレがいこう。この体ならば……どんなに傷ついても支障はない」

 そのブチャラティを見て、ジョルノは彼がとっくに死んでてもおかしくない傷を負ってなお、痛みをほとんど感じてないことに思い至った。

 

 

 二人のやり取りを無視してギアッチョは躊躇いなく階段に向かった。それ見てトリッシュは思わず声をかける。

「だめよ!あたしもさっき登ろうとした。でも何日も前の擦り傷でも開いたわ」

「なんだテメー…外野は黙ってろ」

 トリッシュはギアッチョの気迫に押されてだまる。

「これはオレの仲間の不始末だ…オレが行くのが筋ってもんだろうが」

 

「しかし…傷は?」

 引き留めようとするブチャラティにギアッチョは半分キレながら反論した。

「ああ?それにテメーらよりはマシだろ。ブチャラティ、なんだその体。生きてんのか?気持ち悪りーぞ」

 

 ギアッチョは忠告を振り払うように手をシッシと振ってから階段へ歩きだした。

 

「待ってください」

 まだ引き止めるジョルノにプッツンしかけるギアッチョだが、腹の痛みを思い出して抑えた。

 

「トリッシュ、ブランクは心臓に矢を刺したんですか?」

「ええ。ちらっと見えたときは…」

「じゃあこれを持っていってください」

 そう言ってジョルノはてんとう虫のブローチを渡した。

 

「てめー…なんのつもりだ?見返りに何をタカるつもりだ」

「そんなものはいらない。ただ、助けられるようなら助ければいい。それだけだ」

「……ムカつく奴だな」

 

 ギアッチョはそれだけ言ってすぐに階段へ向かった。今度は誰も引き止めなかった。

 

 

 ギアッチョが階段に足をかけ一段登ると、腹にチリチリとした痛みが走り、白い上着にまた血がにじんだ。

 それだけじゃない。右足の水ぶくれが弾けて、ズボンの内側からカミソリの刃が飛び出てきている。ギアッチョは一瞬体勢を崩す。

 

「いってーなッ!クソ…」

 

 壁についた手の、数日前の擦り傷からもカッターの刃が押し出されるようにして生えていた。

 階段は登れば登るほど、建物に侵食する刃物の密度が増していた。登れば傷から切り裂かれるだけじゃなく、地面にも壁にも剣やら刀やらがはえているのだ。

 進むのなんて正気の沙汰じゃない。

 

「ブランク、テメー…マジで覚悟しろよ…」

 

 だが何よりも痛むのは腹部だ。ボスにやられた傷で内臓がズタズタになっていってるのだろう。

 だがギアッチョの心を占めるのは痛みよりも遥かに大きな怒りだった。

 

「償いはどうした」

 

 一歩一歩、地面の針を踏みしめて階段を登っていく。

 

「首持ってこねーと許してやんねーって言ったろーが」

 

 踊り場を通過すると、上のフロアが見えた。剣の刃が扉のように行く手を阻んでいる。もうズボンが血でビチャビチャで、しかもそれがどんどん針に変わっていくものだから気持ちが悪い。

 

「ボスの死体もそこから出さねーと、殺したって証明できねーだろーが!オイッ!これどかせブランクッ!」

 

 剣の扉の向こうから反応はない。

 

「クソガキが…つーかそもそもオレはテメーのことはずっと気に入らなかった。弱いし、空気読めねーし、飯奢らされるし…それなのに来てやったんだぜ。礼だけじゃ足りねーぞ」

 

 口から垂れる血がカミソリの刃になった。口の中がジャリジャリしてくる。舌の奥からでてきた刃を一枚地面に吐き捨ててギアッチョは怒鳴った。

 

「ここ数日で突然悟ったようなコト言いやがって。テメーの全部が超ムカつくぜッ!!暴走だがなんだかしらねーが、へばってんじゃねーーーッ」

 

 そして腕を振りかぶり、思いっきり剣を殴った。氷で覆った拳が剣を打ち砕き、氷にも似た刃の空間が顕になった。

 

 折れた破片が転がった先に、ブランクはうつ伏せになって横たわっていた。傍らにはボスの死体もあった。その少し遠くにもまた誰かが倒れている。

 

「ブランク…」

 

 ギアッチョはブランクを仰向けに起こし、口の前に手を当てて呼吸を確かめた。わずかだがまだ息をしている。胸からはまだ血が細い筋になって流れ出している。

 どうやら傷口に生成された無数の針で失血死は免れているらしい。

 

「バカだなお前…自分だけ傷つくことが偉いとでも思ってんのか?」

 

 もちろん返事はなかった。紙のように白い肌はどす黒い血で汚れている。

 矢を抜かねば。

 暴走の至る果てがどうなるかはわからないが、はやく終わらせてやらないとだめだ。

 

「死んでも恨むんじゃねーぞ」

 

 ギアッチョは先程折った剣先を握り、ブランクの針の心臓へ突き立てた。抜き身の刃で自分の手も切れるが、もうかまわない。

 

 そのまま心臓へ刃を入れる。無数の針が剣をひっかく不快な音が聞こえた。そして剣先に硬い何かが当たる。きっとこれが“矢”だ。

 

 ギアッチョはそのまま力を込めて、心臓にしっかり剣を沈めてから、てこのようにして心臓を引きずり出した。

 吹き出す血は、もう刃に変わりはしなかった。

 

 そして先程ジョルノから受け取ったてんとう虫のブローチを、心臓へ変身しつつあるそれをブランクの胸に押し込んだ。

 

 

 

 刃は突如霧散した。それを見てジョルノはすぐに階段を駆け上がった。ブチャラティ、トリッシュもあとに続いた。

 

 

 ジョルノがつくと、ブランクはちょうどまぶたをひらいた。

 ブランクはジョルノを見て少しだけ口角を上げ、言った。

 

 

「……きみは……ジョルノ・ジョバァーナだね」

「そういう君は…ヴォート・ブランク」

 

 ジョルノはようやくブランクと出会った。アバッキオのリプレイで見た姿よりも生身のブランクはずっと優しげに見えた。

 ブランクの胸にはまだ深い傷がある。ジョルノはブランクの傷を塞ぐためにゴールド・エクスペリエンスを出した。

 ブランクは黄金のスタンド像を見て、ジョルノを見て、目を閉じた。

 

「これは…君の心臓か…?あたたかいね」

 ブランクの言葉を聞いて、ジョルノはわずかに微笑んだ。

「………オレへの礼はどーした」

 

 ブランクの上半身を抱えるギアッチョは呆れ気味に言った。ブランクは薄く目を開けて小さな声でいった。

 

「ギアッチョ。僕は…光を見たよ」

「はあ?意味わかんねー…」

 

 ブランクは意識を失ったようだった。ギアッチョはキレる気力もなく、半笑いする。

 

「ああ…クソ疲れたぜ…」

 

 自分の下に広がる血溜まりを見て、意識が遠のく。ジョルノがそれに気づき、ギアッチョの顔を見た。

 

「結局…てめーら漁夫の利だな……ラッキーな奴らだ…」

 

 そう言ってギアッチョも気絶してしまった。

 先程治した腹部の傷が刃で開き、さらにスタンドで体の内側へと切り開かれていたらしい。その刃が消えたせいで出血は夥しい量になっていた。

 

 ジョルノはギアッチョの腹の傷も治した。ゴールド・エクスペリエンスは損なわれた部品を作り出すだけなので、足に負った火傷やフーゴの時の凍傷のような面の傷はどうしようもなかった。

 かなりの痛みだったろう。

 その痛みを乗り越えて仲間を助けに行ったのだ。その尊い精神にジョルノは自分たちを突き動かす正義の心と同じ流れのものを感じた。

 

 ブチャラティも同じだった。

 

 どれだけ傷付いても、自分の意志を貫く。そして時には仲間がそれを助け、正す。

 自分の信じたいと思っていた道を彼らもまた歩いていた。

 はじめは殺し合うべき“敵”だった。だが、今となっては奇妙な絆さえ感じる。

 

 ジョルノは傍らに転がった心臓に埋まった鏃を抜き、ハンカチで包んだ。

 彼らから誉を奪う事は黄金の精神からは程遠い。今はただ、彼らの支払った代償に敬意を表する。

 

 

 

「……トリッシュ…結局オレたちが君にしてやれたことはあまりなかったな」

 

 ブチャラティは隣にいるトリッシュにそう呟いた。トリッシュはブチャラティの横顔を見て、そのどこか穏やかな瞳がもっと遠くの、どこでもない何かを見つめているのがわかった。

 

 

「そんな事はないわ。それに…」

 

 トリッシュはブランクを見た。

 初めてあったとき、あの子はまるで片翼をもがれた雛のようだった。

 だがディアボロを前にしたあの子の顔は違った。

 

 

 どんなに傷ついても、失っても、それにはきっと意味がある。それと向き合って意味を見つけようとする限り。

 

「あなた達にしてもらった事は、忘れない。その価値を決めるのは、あたしだわ」

 

「……そうか。トリッシュ、君はとても強くなったよ」

 

「ありがとう、ブチャラティ。ミスタ、ジョルノ。ここにいないアバッキオとナランチャ、フーゴも…」

 

 

あなた達にあえてよかった。

 

 

 

 

「本当に、ありがとう」

 

 

 

 




スタンド名『ミザルー』
本体 ヴォート・ブランク
スタンド像-なし

破壊力-E
スピード-コピーした能力による
射程距離-コピーした能力による
持続力-A
精密動作性-D
成長性-A

触れた者のスタンド能力をコピーする。強さは本体への理解度で変化するが、パワーと精密動作性はさがる。
本体が死亡した場合使用不可になるが、後に死者であろうと〝自分を承認〟した者のスタンド能力も使えるようになる。


スタンド名『ソウルスティーラー』 
本体 ヴォート・ブランク
スタンド像-靄

破壊力-なし
スピード-なし
射程距離-なし
持続力-なし
精密動作性-なし
成長性-なし

矢によりレクイエム化したスタンド。
対象の能力を奪い自分のものにする。
自分のものにした能力はそれぞれの能力に合わせて進化する。
奪った者の精神構造にまで共感してしまうため相手はある程度見定める必要がある。
奪った能力を返すことも可能。


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エピローグ:あまねく空に光りあれ

 ブランクは一通りの手術を終え、ネアポリス中央病院へ移送された。数日間意識不明だったが、春の日差しの穏やかな午後、ようやく目を覚ました。

 

 片目は包帯に覆われたままで右腕もなかった。左胸や腹部全体にまだ違和感があったが、すこぶる調子は良かった。ナースコールをおそうとした時、横のベッドで本を読んでいる人物に気づき、思わず叫んだ。

 

「メローネ!?」

 

「おう。聞いたぜ、おまえハリネズミみたいになってたらしいな」

「刺客が行ったって言うからてっきりもう死んだのかと…え?足あります?幽霊じゃあないですよね?」

「自分の弱点は自分が一番よく知ってるからな…。苦労したぜ。足折れてるのに隠れなきゃならなくて」

 ブランクはよろよろしながら立ち上がり、メローネの布団をめくって足があるか確認した。

「おお!あるー!」

 ブランクはついでと言わんばかりに触って確かめた。あまりに無遠慮な触り方だったせいで足を固定するボルトにふれてしまった。

 メローネは痛みで仰け反る。

「ッ……?!て、てめーーッ!!ふっざけてるんじゃあねーぞ!!患部に触るな!」

「おお、痛いってことは生きてる!」

「笑い事じゃすまされねー事をしたんだ、お前はッ…」

 

 

「……なんでこんなにうるせーんだよ」

 

 

 そこでギアッチョが入ってきた。

 起き上がっているブランクを見てどこかに電話をかけた。

 

「体の調子はどうだ」

「やっぱり手がないのは落ち込みますね…」

「問題なさそうだな」

「あと体がすごくおもい」

「それはなんか食えば治るだろ」

 ギアッチョは食ったら治る論を振りかざす傾向がある。

「それよりもあのあとどうなったんですか?僕ら揃って病院にいるのに一番驚いてるんですが」

「ああ…」

 ギアッチョはかなり嫌そうな顔をした。

「あいつらだよ。まじで理解できねえ」

「はあ?」

 言葉足らずなギアッチョにメローネが補足するように言い足した。

「アイツらはオレたちを始末する気はないとさ。一連の騒動はドッピオと親衛隊の反逆…というふうにまとめようとしている。だがはっきり言って収束する気配はないな」

「はあ…」

 ブランクは点滴を引き抜きながら事態を飲み込もうとした。メローネが持っているのは情報分析チームの管理者権限を持つブランクのパソコンだから、ブチャラティたちと一緒にいろいろ工作しているんだろう。

 

 だが裏工作なんかでどうにかなるとは思えない。サルディニアの件と言い、騒ぎが大きくなりすぎた。“ボス”本人が収束を宣言しなければだめだ。

 

「まあぶっちゃけお前待ちだ。あの新入り…ジョルノはお前が決めるべきだとよ」

「なんで僕」

「お前がボスを殺したからだよ」

 ブランクは今まで下っ端だったのに急に重要な交渉を任されそうな気配がして、ちょっと顔を顰めた。

「ジョルノ・ジョバァーナ…。あいつは危うい。何を考えているのかわからん」

「オレも同感だ。策略を巡らすタイプじゃないようだが、言葉は通じるのに違う世界のやつと話してるみたいだ」

 ギアッチョ、メローネはジョルノに対して懐疑的らしい。嫌いだとか相容れないというよりかは理解不能という感じだ。確かにボスの座を狙っているかもしれない人物が死にかけの“敵”を助けるなんてギャングの常識では考えられない。

 それにやつらとは何度も死線を交え、結果的にこちらはチームの殆どを失っている。わだかまりがあって当然だ。

 

 

「僕が思うに彼は…」

 

 ブランクが言いかけたとき、ノックの音がした。

 ドアを開けて入ってきたのはジョルノとミスタだった。

 

「ブチャラティは?」

「彼は…」

「あいつはもう足を洗った」

「はァ?ありえねーだろそんなんッ!お前らのリーダーじゃなかったのかよッ」

 ギアッチョがキレながら言うとミスタは「一身上の都合だ!」とキレ返し病室が騒がしくなる。

 

 改めてジョルノと向き合ったブランクは何を言えばいいかわからず目を泳がせた。そんなブランクにジョルノは落ち着いた態度で提案する。

 

「外で話しませんか?二人だけで」

「あ、うん。そうだね。ここうるさいし」

 

 ブランクはメローネにアイコンタクトをとった。メローネは行ってこいと言いたげに小さくうなずいた。

 

 ブランクは入院着一枚だったがあまり気にせず、ジョルノとともに病室を出た。

 昼下がりで心地の良い気候だ。平日なのだろうか、見舞いの人は少ない。二人は自然と屋上へ足を向けた。

 屋上にはたくさんのシーツが干してあり、太陽の光を反射して白く眩い。ベンチにすわるとネアポリスの美しいレンガの町並みが見える。海の青は前に見たときよりも青く、深く見えた。

 

「…僕さ、前に君とあった事があるんだよね。覚えてる?」

「いいえ、記憶にありません」

「敬語はやめようよ。僕、君のこともっと知りたいんだ」

「…確かにそうだ。ぼくたちはちゃんと知り合わないと」

 

 ジョルノ・ジョバァーナは美しい顔立ちをしていた。その顔に、どこか見覚えがあるような気がする。どこで見たんだろうか。思い出せないけれど、どこか懐かしい。

 ブランクはなんとなく気まずくて、頭に浮かんだ事を話してみる。

 

 

「君のスタンドは、すごいね。与えられるんだもの。僕、ずっと誰かにいろんなことしてもらって、与えられて来たんだよね。今度は心臓まで君からもらっちゃった。落ち込むよ…」

「君はボスを倒した。それだけでいろんな人に未来を与えたんだ。そうは思えないのか?」

「……そうか。なるほど。そういう考え方もあるのか」

 

 ネアポリスの空。気持ちのいい青と雲の白のコントラスト。初めて見るような気がする。

 

「ジョルノ、君はこの騒動が起きる直前に入団したよね。なんでギャングになろうなんて思ったの?」

 

 ブランクの問にジョルノは目を丸くしてから、なにかためらうように目をそむけた。もう一度こちらを見るときに微笑を浮かべ、またすぐに平静な顔に戻る。

 なんだか背伸びした少年みたいだ。事実、彼は自分と大して年の変わらない少年だった。

 

「…口にするのは、なんだか気恥ずかしいな。……ぼくは昔、ある人に助けてもらったんだよ」

「ある人?」

「ぼくは日本人とのハーフでね。黒髪でいかにもいじめられっこって感じだった。母親にもあんまり可愛がられてなかったし…義父からはよく殴られてた。気づいた頃にはすっかりひねた子どもになっていたよ」

「そーはみえないですね」

「ある日、怪我をしたギャングの男をかばったんだ。その日から周りの景色が変わった。だれもぼくをいじめなくなったんだ。その人はぼくをずっと影からまもってくれていた。決してそれを表に出したりせず、ただ無言でね。その日からぼくはギャングスターに憧れるようになった」

 

「…君も誰かに助けられたんだね」

 

「ああ。それを思い出すと…不思議と勇気が湧いてくる。わかるかな」

「なんとなくわかる」

「そうか。そうなんじゃないかと思った」

「……ふ。なるほどね…」

 

 そりゃギアッチョやメローネと話が通じないわけだ、とブランクは納得する。

 だってこんな眩い夢を見てるやつなんて今まで世界中のどこだって見たことない。

 

 王道

 

 彼の歩む道はそれだ。そしてそれにふさわしい精神を持っている。さらに、生み出し与えるという天賦の才がその道を照らしている。

 魂の形がわかるブランクには嫌というほどにわかる。彼の黄金の精神が。

 

「でもさ…正しいことばっかり、善い事ばっかりできるわけないよ。光があれば闇がある。そして…ここの闇は濃すぎる」

 

 闇は暗殺チームや麻薬チームだけじゃない。売春、裏ビデオ、賄賂、誘拐。この世界の裏側に巣食う暴力と奪い合いは、それがなければ成り立たないものがあるから存在するんだ。

 裏世界をいくら照らしたって、より濃い闇がどこかで生まれる。光には、シミのような影がついて離れない。それが世界だ。

 

「それは嫌というほどわかっている。でも、ぼくは暗闇の中を切り拓いていく。どんなに困難で、犠牲があっても。それが正しいことならばね。ぼくは自分が正しいと信じたことをするだけだ」

 

「だから僕らを殺さなかった?」

「そうだ」

「じゃあ、僕があのまま世界をめちゃくちゃにしようとしてたら君はどうしてた?」

「その時は君を殺して止めただろうね」

「なるほど。いいね」

 

 燕が1羽、二人の上を飛んでいった。ジョルノはその軌跡を目を細めてみていた。

 

「ブランク、君のことも教えてくれるか。どうしてボスと戦ったんだ?」

「え、みんなから聞いてない?」

「君の口から理由を知りたい」

 

 ブランクはかなり悩んで話し始めた。

 

「はじめは命令されたからだよ。でもそのせいで……本当に大切なものを失った。だから償い、なのかな。うん。いや、それだけじゃないんだけど」

 

 ブランクは自分の頭に渦巻く考えをよく噛み砕きながら言った。

 

「僕は、ずっと僕がどういう人間なのか知らなかった。だから…いろんな動機はあるけど…僕は、僕の魂の形を知るために戦ってたのかもしれない」

「見つけられた?」

「多分。…僕はね、できれば誰かに与えられるような人間になりたいと思った。でも…結果的に、僕は“矢”で奪う力を手に入れたわけだ。皮肉だよね。結局いろいろ駆けずり回って見つけた自分は理想の自分ではなかった」

 

「ぼくはそれは違うと思う。君のスタンド能力がどんなものでも、行為自体の尊さは損なわれない。それを忘れてはいけない。それに…君自身が何者であるか結論付けるにはまだ早すぎる」

「…そうだね」

 

 ふいに、メタリカに自分を引き裂かれたときに見た夢を思い出した。

 あの地下室に横たわり、孤独に閉じ込められる夢。誰かが僕に言ってくれた言葉を。

 

お前はその輪の中で生きてかなくっちゃならない

 

 そうだ。僕は生きなきゃいけない。前に進み続けなくちゃならない。そうしてできた道を、最後に振り返ってようやく僕がどんな人間だったのかがわかるんだ。

 

 

「…ジョルノ、僕は、君を信じたいと思ってる。君の行く道に興味がある。でもそれには、ほんの少し僕の臆病が邪魔をするんだ」

 

 ブランクは恐る恐る左手を前にだした。

 

「握手を…してくれないかな。そうしたら、きっと僕は君を本当に信用できると思うんだ」

 

「……ああ、わかったよ。ブランク」

 

 ジョルノ、手を握る。

 離してからブランクの手をそっとつかみ、その手のひらにあの矢を置いた。ブランクは驚いてジョルノの顔を見た。

 

「ぼくは君たちの栄光を横取りするような卑怯者ではない。この矢は、そしてボスになる権利は君と君のチームが勝ち取ったものだ。ぼくは、君たちの選択を尊重する。君たちが仲間を殺した僕たちを許さないと言うならば、それも仕方がない」

 

 ブランクはかなり驚いた。その誠実さに思わず笑ってしまう。

 

「…僕らみんな、君に命を助けられてるんだよ?ずるいよ。そんな人を殺せるわけがない。それに君のことはよくわかった」

 

 ブランクは手の上に乗った矢を見た。あの日心臓に刺さった矢。とても痛かった。今も左胸にはまだ違和感がある。でも、ジョルノからもらった新しい心臓はちゃんと鼓動を刻んでいる。

 

「僕は君が望むなら、ボスって立場を君に譲りたい。僕はボスの器じゃないからね。ただし…矢は僕がもつ」

 

 ジョルノはかなり驚いた顔をしていた。ブランクをしっかりジョルノの目を見て言った。

 

「この矢が保険だ。君が僕の仲間を退けたりしないようにする抑止力だよ。そして…君がちゃんと光の道を進んでいるかぎり、僕は君と手を組もう」

 

「願ってもない話だ。だが…はっきり言って正気じゃあないよ、君は」

 ジョルノは笑ってる。ブランクもつられて笑った。

「僕は人を見る目があるんだよ」

「きみの仲間は賛成してくれるとは思えないけど」

「多分二人ともめっちゃ怒る。でもボスは絶対やりたがんないよ、じゃない?内紛あった組織のボスとか絶対やだね。君のほうが変なんだよ!」

 

 

 

 病室にもどると爽やかな気分の二人と対照的に空気が重かった。ギアッチョとミスタが喧嘩していたのかもしれない。

「まとまったか?」

 メローネがまっさきに尋ねた。

「えー。僕ジョルノにボスをやってもらおうと思うんだけど…」

「はあ?!責任とってテメーがやれよッ!!」

「えー…でも年功序列ならメローネだよね?」

「絶対やだ」

 ギアッチョは案の定キレた。ブランクはむりやりメローネに矛先を向けたが、メローネは即答だった。

「ギアッチョは?」

「絶対やだ」

 ブランクはほらね?と言いたげに肩をすくめた。

 

「オレははっきり言って気に入んねーし、信用しきれねー。どっかで確実にオレたちを始末しようって気になるんじゃあねーか?」

「そこらへんはちゃんと大丈夫。矢は僕がもらったんで。もしそんなことしたら矢を使ってめちゃくちゃにしてやりますよ」

 

 ギアッチョはまだ納得できていないようだった。メローネはじっくり考えをまとめてから口を開いた。

「オレも不満がないわけじゃない。ブチャラティならば適任だと思うが、いなくなった以上やつが選んだお前しかいないだろう。ジョルノ・ジョバァーナ」

 

 すでに“暗殺チームはボスを護るためあえて裏切り者となった真の英雄”という筋書きができている。あとはボス自身が表に立ち、それを肯定すれば名誉の回復は果たされる。

 

 

「誓えるのか?ディアボロみてーに誰かを踏みつけにして安寧を貪るクソッタレになんねーって…テメーらに殺されたオレたちの仲間に誓えるのか?」

 

 ギアッチョは低く、暗い声で改めてジョルノに問う。

 

「誓います。死んでいったぼくたちの仲間の魂にも」

 

 ジョルノは凛と答えた。ギアッチョはジョルノの瞳に嘘がないかをしっかり、さすような眼差しで見た。

 

「……チッ。オレは見張ってるぜ。そこのバカだけじゃ見落としがあるにちがいねーからな」

「巻き込み事故みたいにディスられた…」

「……まあつまり、これでまとまったってわけだな?」

 どうやらミスタはこの病室に長居したくなさそうだった。ブランクも彼に目を潰されたので苦手意識がある。

 

「詳しいことはまた日を改めよう。まだ入院中だというのにすまなかった」

 

 ミスタとジョルノはそう言って辞した。

 二人が扉を閉めてから、ギアッチョはブランクを睨みつけた。

 

「お前とんでもねー決断したな」

「任せたくせに」

「まあでもやりたくないしな。ボスなんて。リゾットがいりゃ任せられたが…」

 

 三人は黙った。近いうちに、“ボス”の収束宣言後に葬儀が執り行われる予定だ。

 確かにブチャラティたちに対しては簡単に割り切れない感情があった。だが一先ず、裏切り者という汚名は返上される。

 そうして、ようやく鎮魂歌を奏でることが許されるのだ。

 

 

「そういや光ってなんだよ」

「ん?そんなこといった?」

「とぼけてんじゃあねーぞ。気絶する前そう言ってたぞ」

「うるさいなーーホント。ここ、病室だよ?つーかなんでギアッチョだけそんな元気なんだよッ」

 ギアッチョとブランクは喧嘩を始め、メローネは苦笑いしながらベッドに横たわった。

 

 

 


 

 

 ネアポリス郊外にあるちいさな家に、一台の車が止まっていた。普段人の気配はないが、今日は二人の人間がそこを訪れていた。

 

「素敵な家だわ」

 

 トリッシュはリビングに入ってすぐそう言った。本当に素敵な家だった。窓から見える景色が特に素敵だ。

 ブチャラティは鍵をテーブルにおいて、椅子に座ってその窓の向こうを見た。

 

「ここから、海に沈む太陽が見えるんだ」

「住んでいるの?」

「いいや、所有しているだけだ。中心部へは、少しだけアクセスが悪いしな」

「急ぎの用さえなければ十分だわ」

 

 トリッシュの言葉にブチャラティは微笑んだ。

 

「近くにうまいリストランテと、学校もある。静かでいいところだ。…君が、新しい人生を歩み出すにはふさわしいとおもう」

「ブチャラティ、本当にいいの?こんなに世話になって…」

「気になるなら、大人になってから家賃を払ってくれればいいさ」

 

 ブチャラティの冗談にトリッシュはとても優しい笑みを浮かべ、窓を開けた。春の暖かな風が吹き込み、白いカーテンがかすかにたなびいた。

 

 もうすぐ日暮れだ。ネアポリスの海は日に照らされると、まるで金の海のように光り輝く。

 キラキラと太陽の光を反射する波。潮の香りをかすかに運ぶ風。穏やかな時間。

 

「ブチャラティ。あたし、この旅であなたのことをもっと知りたいと思ったの」

「それは…光栄だな」

 トリッシュは自分がかなり恥ずかしいことを言ってしまったことに気づき、慌ててブチャラティの方を振り向いた。

 

「か、勘違いしないでよ。別に変な意味じゃあないわ!」

「わかっているよ」

 ブチャラティはさもおかしそうに、笑う。

 

わかってないじゃない…

 

 そう思いながら、トリッシュは赤くなった頬を隠すように廊下に出て、階段を見つけた。

 

「二階も見てごらん。どっちかの窓が閉まりが悪いが…両方いい部屋だから」

「ええ」

 

 階段を登る足音が聞こえて、ブチャラティは瞳を閉じ、ゆっくり背もたれに体を預けた。

 

 

 もうじき海に日が沈む。

 

 

 

黄昏時に、この街は美しい黄金の輝きを放つんだ。

トリッシュ、君がここでこの黄昏を一日の終わりに眺めてくれたらと思う。

君がここで、今日一日で起きたいろんなことを噛み締めて、明日を生きてくれたらとても嬉しい。

 

 

そうなれば、オレは自分の進んだ道を、自信を持って振り返れる。

アバッキオとナランチャにも胸を張って会いに行ける。

 

そしてその道を、自分の進んだ道を誰かが続いてくれればと思う。

 

 

「ブチャラティ。…窓、閉まりが悪いんじゃあないわ。すぐ上に燕が巣を作っていたの。フンが詰まってただけだわ。ねえ…」

 

 トリッシュは階段を降りて、早くブチャラティに燕を見せてやりたくて呼びかけた。だがリビングから返事はなかった。

 

 

「ブチャラティ?」

 

 

 

 


 

 

 

 暗殺チームの葬式は合同で行われた。

 各チームのリーダー、幹部が訪れるかなり大掛かりな式だった。ボスとして名乗りを上げたジョルノも出席した。

 当然組織はまだ混乱していて、葬儀に来なかった幹部も数名いる。完全に騒ぎが収束するにはまだ時間がかかるだろう。

 ブランクは地位的には参謀だったが、特に誰からも注目されていなかった。個人的にはありがたいが少しだけ寂しい。なのに仕事だけはちゃんと割り振られ、3日後にはポルナレフの遺体を祖国に運ばねばならない。

 

 式がおわり、誰もいなくなった墓地の駐車場でブランクはメローネの車椅子に体重を預けながら、協会の屋根にある十字架をぼーっと眺めていた。

 昨日はムーロロの葬儀で、神父の話も祈りの言葉もだいたい覚えていた。

 信仰のない自分には、一言一句、誰に向けてもほとんど同じの教えなんてあまり意味がないと思った。でも、それに意味を見つけることが信仰なのだと思う。語るコードが違うだけで、届けたい思いは同じだ。

 

 

 ギアッチョは建屋でいろいろな手続きを済ませていた。書類や墓地の話だろう。二人が病院にいる間いろいろ手はずを整えたのはギアッチョだった。

 

 

「メローネ」

「ん?」

「僕、暴走してたとき夢を見たんだ。僕は昔、体から大切なものを奪われた。夢の中では、師匠は助けに来てくれなくて、僕はこのまま死ぬんだなって思ったんだ。でもね、誰かがかわりにドアをぶち破ってくれた。そして目が覚めたんだ」

「へー」

 

 メローネは相変わらず無関心そうだった。でもメローネはこういう会話を後々いじってくる。

 

「…メローネ、ありがとう。僕をここにいさせてくれて。あの日、ボートの上で諭してくれて」

 

 その言葉を聞いてメローネは急に腹をおさえるように前かがみになり、ヒクヒク肩を震わせて笑いだした。

「お前ほんっとうに恥ずかしいやつだな!」

「なんで笑う?!そこは違うだろーが!こんなに素直に礼を行ったのに!少しくらい照れたりしろよ!!」

 

 車椅子をガタガタ揺らしてキレるブランクとまだ笑っているメローネをみて、ギアッチョは本気で呆れていた。

 

「何盛り上がってんだよ」

「お、ブランク。ギアッチョにも言ったら?」

「ぜっったいやだ…」

「なんだと?テメーオレをなめてんのか!クソがッ」

 

 遠くで神父がそれを迷惑そうに見ていた。

 

 

 

 

 メローネを病院に収容し直した後、退院したブランクとギアッチョは暗殺者チームの本部へ行った。

 ブランクはここに泊まるつもりで、ギアッチョはそれに付き合った。

 ドアを開けるといきなり物が散らばっていた。

 

「きたねー」

「家探しされてたからな」

 ギアッチョは電気をつけて構わず中に入っていく。いつもみんなが座っていたソファーのまわりは少しだけ片付いていた。

 改めて見ると家探しとかは置いといて、汚い。特に酒瓶が溢れかえっているのが気になる。

 ブランクは入った当初こそ掃除を頑張ったものの、片付けを上回るスピードで酒瓶が堆積していくので見ないふりをしていたのだ。

 

「このあたりは片付けたからまあ寝れるだろ」

 ギアッチョはソファーのあたりを指差すが、正直他と違いがわからなかった。

「ギアッチョの掃除は雑すぎる…」

「文句があるならテメーでやれ。下っ端の仕事だろ」

「僕は実質ナンバー2でーす。敬語使ってくださ〜い」

「ビール瓶で殴ってやろーか」

「すみません…」

 

 ブランクは転がった酒瓶を拾った。まだ中身が入っている。よくみると中途半端に中身が残ってる瓶ばかりだった。みんな飲み会のときに部屋に残っているぶんを把握せずに買い込むし、そもそも飲みきろうという意識がないのだ。

「もう飲んじまおうぜ」

「賛成」

 ギアッチョも瓶の山を見て同じことを思ったのか愉快な提案をした。ブランクも同意し、大量の瓶をテーブルに置いた。

 

 

 

 次にブランクが意識を取り戻したのは盛大なゲロ音が聞こえてきたからだった。

 ギアッチョが吐いてるらしい。

 二人の頑張って飲みきろうという努力が床中に転がっていた。

 ブランクは起きて、コップ2つに水を注ぐ。

 

 ふらふらになってきたギアッチョにそれを渡すとギアッチョは一瞬でそれを飲み干し、お代わりを要求してきた。素直についでやり、自分も水を飲む。

「いつも思うけど、酒弱いよね」

「お前はなんでそんな強いんだ」

「こればっかりは体質ですね。才能!」

 

 水を飲み終えるとギアッチョはブランクの向かいのソファーに寝っ転がった。メガネを放り投げて眉間を押さえている。

 

 この部屋には、いろんな思い出がある。自分が初めてここに来たとき、この部屋には10人いた。

 ブランクの椅子はずっとパソコンの前に置かれたただの椅子だった。

 2人、ブランクが死に追いやった。

 そこから8人になって、今はもう3人しかいない。

 からっぽだ。

 

 僕はこの空虚を受け止めなきゃいけない。

 喪失を乗り越えて、そしてこれからまた、残った絆を失う恐怖から逃げずに生きていかなきゃいけない。

 でも同時に、新しい絆を繋ぐこともできる。

 

 奪い、与える。相反するこの輪の中で。

 

 

 

 

ちゃんと覚えているよ。

君が扉を破ってくれたんだ。

一番僕を嫌っていた君が、血みどろになりながら手を差し伸べてくれた。

僕はそのことを絶対に忘れないよ。

 

 

「…ギアッチョ」

「ああ?」

「君の手に触れてもいい?」

 

 ギアッチョは眉間から手をどけず、片手をこっちへ差し出した。

 

 ブランクはその手におそるおそる触れ、そのあつさをしっかり感じた。

 

「…ありがとう」

 

 

 

 





【挿絵表示】



黄金の風は終了です
感想、評価、誤字報告、そしてここまで読んでくれた方、ありがとうございました。
詳しいあとがきは活動報告に譲るとして、書き切れてよかったです。

番外編を少しやったあと、パンナコッタ・フーゴの話を書く予定です。もう少しだけ続くんじゃ

追記 ブランクくんの絵を貰ったのでぜひ画像一覧なり割烹なりで見てください!カワ(・∀・)イイ!!


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バッド・トリップ
00.ギャンブラー:過去


 

 暗殺にも繁忙期と閑散期があり、その依頼数は季節に結構左右されている。経済関係の依頼は月末に固まったり、人間関係のもつれは意外と秋に多い。

 つまりまるまる一ヶ月、全くやることがない。そういう時期がある。

 召集もかからない。依頼がない。そんな日が二週間続いた頃に本部へ行くと、暇な連中がたむろしている。

 その日はイルーゾォ、ペッシ、ギアッチョ、ブランクの四人が揃い、テーブルを囲んでいた。

 もう一人、ホルマジオもいたが、今は仮眠室で寝ている。彼の場合は暇なのではなく、昨晩徹夜でプロシュートと飲み明かし家に帰ってないだけだった。

 

 テーブルの上にはトランプのケースがおかれており、ブランクがディーラーよろしくショットガンシャッフルを披露していた。

 

「次もまたポーカーで?」

 

 ブランクの問いかけにイルーゾォが若干悩ましげに、自分のおさげをくるくるともて遊びながら答えた。

「金かけたところでよォー…このメンツじゃ盛り上がりにかけるぜ。賭け金が堅実なんだよ」

「だって…そもそも手持ちが少ないんですぜ、オレたち新入りは」

「僕もメローネ先輩への借金の利子が…」

「付き合ってやってんのにしらけてんじゃねーよ」

 しょんぼりするペッシとブランクに、片手間にクロスワードパズル雑誌を読んでいたギアッチョが文句を言った。

 低迷したテンションにゲームはもうお開きかと思われた。だがそこでブランクが妙案を思いついたと言わんばかりに立ち上がり、こう提案した。

 

「そうだ。罰ゲームをかけることにしません?」

 

「は?」

「超単純。負けたら罰ゲーム。罰ゲームはみんなが紙に書いて箱にでも入れて、敗者がひく」

「いいね!」

 ペッシはそれが気に入ったらしいが、イルーゾォはちょっと躊躇った。

「なんだかガキっぽくねえか?」

「でも罰ゲームの発案は僕らですよ。どうせえげつないものばかり揃うに決まってます。ゲームに緊張感が生まれますよ」

 ブランクの言い分はそれなりに筋が通っているように思えた。それにまあ、金を失うことよりも恥をかくことのほうが嫌だ。緊張感という点では悪くはないかもしれない。ギアッチョも雑誌を放り出してやる気をみせた。

「のった」

「…まあ試してみるのも悪くねーか」

 

 早速各々適当な紙に罰ゲームを書き出した。ペッシはちょっと悩んでいるようだった。

「罰ゲームか…自分で引く可能性もあるんだよな?」

「負けなきゃいいんですよ負けなきゃ!」

 ブランクはサラサラっと書いて折りたたんだ。ギアッチョも書き終わったらしく、トランプのケースに札を入れブランクに渡した。

 四人とも札を入れ終わると、ブランクがカードを配りだした。

 

「……オーケー。では種目は」

 

 

ババ抜き

 

 

「シンプル…」

「故に奥深い!」

「まあ敗者ははっきりしてんな」

 

 ババ抜きは知っての通り、順番に手札を引き合い、数字を揃えて捨てていき、最後までジョーカーを持っていたプレイヤーの負けというシンプルなゲームだ。

 

 手札の一番多いペッシからブランク、イルーゾォ、ギアッチョの順で回ることとなった。

 ペッシの札からブランクが早速一枚引いた。揃った札を捨ててイルーゾォの方へ向ける。

 

「オレすぐ顔に出ちゃうんだよなぁ…」

 ペッシは口をへの字にして自分の手札を見た。その表情を見てギアッチョがニヤッと笑う。

「ふん。ペッシ…左端のがジョーカーだろ?」

「や、やめてくれよ!」

「おおっと図星か?」

「も、もうオレ自分の手札見ねえ!」

 ペッシはギアッチョから引いた札を手持ちに加えてからぎゅっと目を瞑ってしまう。

「じゃあ僕が確かめちゃお。…お、マジだった」

 ブランクはしめしめと、先程ジョーカーだと疑われた左端の札を引いた。

 それを見てイルーゾォは呆れ顔だ。

「お前馬鹿なのか?」

「フッ…バカはイルーゾォ先輩の方ですよ。僕はあんたを絶対に罰ゲーム沼に沈めるつもりなんですからねッ」

 ブランクは手札をシャッフルしてからイルーゾォに提示した。

「このオレにジョーカーを引かせる気かァ?面白え」

 しかしブランクの勢いに反して、イルーゾォはジョーカーを引かず数字を揃えて手札を捨てた。

 

 淡々とゲームは進み、ペッシの残り一枚をブランクが引いた。

「オレイチ抜けだ!」

「……ぬう…」

 ブランクの手持ちは3枚で、イルーゾォがさっとそこから一枚引いた。

「おォーっと?どうやらオレも揃っちまったみたいだな」

 イルーゾォは厭味ったらしく笑い、自分の手をパーにしてブランクに見せた。

「ギアッチョ先輩……」

 ギアッチョの持ち札は残り一枚だった。ババ抜きは二回連続して誰かに引いてもらうことはできない。つまりブランクはギアッチョの手札から引く他ない。

 

「…てめーが引く番だぜ」

「ぐ…」

「早く引けよ、オレのラスト一枚を」

「クソォオーーーッ!」

 ブランクは悔しさで顔をあげられないままギアッチョの札をとった。ブランクの手元にはジョーカーとクローバー、ハートの4の札が残っていた。

「バァァーカ!」

「策に溺れやがって」

「チクショー!あんた地味にカンがいいなぁ!」

 イルーゾォはゲラゲラ笑い、ギアッチョもくすくす笑ってブランクをコケにした。ペッシだけが申し訳なさそうな顔をしてブランクに気づかわしげな視線をやっていた。

「なんかゴメンな、ブランク」

「いいえ…こればっかりは僕が愚かでした…」

 

 ブランクは泣く泣くトランプケースにしまわれた罰ゲームくじを引いた。おられた紙を開くと、そこに書かれていたのは

 

 

床に座る

 

 

「ぬるい!」

「誰だこんなぬるい罰ゲーム書いたの!」

 ペッシがおずおず手を上げるとギアッチョは大きなため息をこれみよがしにつき、乱暴に次の罰ゲームの札を書いてトランプケースにしまった。

「次はもっとやべーやつにしろよな」

「お、おう…!えーっと…」

 

 ペッシ、ブランクもささっと罰を書き、再びトランプをシャッフルした。

 

「じゃ…今のはお試しということで。気を取り直してババ抜き再戦といきましょうか」

 

 ブランクは同じ失敗を二度は繰り返さなかった。ペッシも今回は初手でジョーカーを引くことなく、またも一番に上がった。

 今回はブランクがジョーカーを持っており、イルーゾォにひかせることに成功した。イルーゾォとギアッチョ間でジョーカーは往復し、最後の最後、イルーゾォはギアッチョの眉間の血管の浮き具合でジョーカーを判別する方法を発見して勝利を収めた。

 

 今回の罰ゲームは“酒をコップ一杯一気飲み”というシンプルなものだった。イルーゾォの書いた罰で、ギアッチョはヌルいぜと言いながらジンを一気した。

 だがギアッチョは特段酒に強いわけではない。一気は堪えたのか、早くも顔が赤らんでテンションが上がっていた。

 

「ババ抜きなんてやってらんねーぜ!飽きた!もっと戦略性のあるもんにしろッ」

「ではローリング・ストーンなんてどうでしょう?」

 

 ローリング・ストーンはまず手札八枚がプレイヤーに配られる。そして一番最初のプレイヤーが場に好きなカードを出す。次のプレイヤーは場に出されたカードと同じマークのカードを出さなくてはならない。

 全員が同じマークのカードを出せた場合、最も数字の大きいカードを出したプレイヤーが次に最初にカードを出せる。

 同じマークのカードが出せない場合、場にだされたカードをすべて引き取らなくてはならない。そして引き取ったものが次に最初にカードを出すことになる。

 はじめに手札がなくなったものが勝利となり、以下の順位は手札の枚数で決まる。今回の場合は最も手札が多いものが罰ゲームを受けることになる。

 

「なんだよ、単純なゲームだな」

「結構運で左右される気が…」

「いや、最初にカードを出す人間が圧倒的有利ですよこれ」

 ブランクはじっくり考えて自分の札を見た。ギアッチョもメガネを直しながら手札を確認していた。

 

「ブツクサ言ってねーでとっととやろーぜ」

 イルーゾォが促し、先程イチ抜けしたペッシがダイヤの6を出した。次々とダイヤが出され、Kを出したブランクが親になった。ブランクはクローバーの3を出し、場にはカードがどんどん溜まっていく。

 4巡目、イルーゾォが親になったときについにペッシがカードを出せなくなった。

「えっ…うわ!マジかよぉ〜〜こんな枚数捌ききれるわけがねえ!」

 20枚近くに膨れ上がった自分の手札を見てペッシが悲鳴を上げる。

 案の定ペッシは手札を捌ききれず、ギアッチョの上がりで無事最下位が確定した。引いた罰ゲームは

 

タバスコ一気飲み

 

「一気飲み好きだなオイッ!」

 これにはギアッチョがキレた。案の定イルーゾォの書いた罰ゲームだった。

「オッ…オレ、タバスコは嫌いじゃあないけどさ…こんなに飲んだら流石に、体に悪いんじゃあ…」

「あァ?罰ゲームなんだから当然だろうが。それとも罰ゲームもマンモーニ用じゃなきゃだめか?」

 イルーゾォはここぞとばかりに挑発する。見え見えの挑発だったがペッシはムッとした顔でタバスコの蓋を開けた。

「…飲むよ。こんなの余裕だ。マンモーニなんて言わせねぇ!」

「ペッシアニキィ…!」

 ペッシは迷いを振り払うようにタバスコを一気飲みした。当然その味覚を超えた辛さ、痛みに悶え苦しむ。

「ペッシ、ほら飲め」

 ギアッチョがいかにも水っぽく差し出したのは先程のジンの残りで、ペッシは飲んだ途端ぶっ倒れてしまう。

 

「こ、これは流石にプロシュート兄貴に怒られるのでは…?」

「こねーこねー。息もしてるし大丈夫だろ」

「しばらく再起不能のようだな。…よし、3人で次だ」

 ギアッチョは目が据わっていた。シラフのイルーゾォとブランクだったがお互いがお互いに罰ゲームを仕掛けたいため降りようなどとは言わなかった。

 

「…では、さっきと同じで?」

「ああ」 

 

 ブランクは手際よくカードを配り、第二戦が始まった。

 

「じゃあさっき三位だったブランクからでいいか?」

「やったーラッキー!」

「デッキ構築は完了だ。いつでもいいぜ」

「……デッキ?」

 ギアッチョは自信ありげにメガネをクイッと上げた。

「見えたぜ…このゲームの勝ち筋がな」

 ブランクはそんなギアッチョをみてイルーゾォに小声で囁いた。

「彼、そーとー酔ってませんか?」

「ああ。こういう酔い方は見たことねー…」

「早く出せブランク!」

「は、はあ…」

 

 ブランクは場にクローバーの7を出した。イルーゾォが次にQを出し、ギアッチョが8を出す。一巡目はクリアされ、イルーゾォが好きなカードを出せる。

 だが3周目、ギアッチョはカードを出さずに場に出ていた8枚を回収した。

「おやおや?」

 ブランクが煽り気味に笑ってもキレたりしなかった。それがなおさらイルーゾォとブランクを不安にさせた。

 だが5巡目でギアッチョがカードを回収した狙いが見えた。残り手札三枚ともなると確実に出せないマークがでてくる。

 そこでイルーゾォはギアッチョの初回の負けの理由がわかった。

 だがギアッチョは序盤にあえて負け、親になることで場をコントロールしていたのだ。どのマークでも最強のカードが出せるように。

 

「チッ…なるほどな…奥が深いぜ」

 

 ギアッチョがどんどん手札を消化して一番に抜け、ゲームは終わった。結果はイルーゾォの最下位だ。

 いやいや引いた札に書かれていたのはものすごく汚いブランクの文字だった。

 

メローネの服を着る

 

「…?!」

「おっ!ついに引きましたねぇ!」

「てめぇッ…!ふざけてるのかっ…!」

「いやぁ…」

 

 思わずブランクに掴みかかるイルーゾォにギアッチョが野次を飛ばす。

「罰ゲームなんだからやんねーとなぁ!年上ぇ!」

 タバスコと酒の暴力から復活したペッシもじっとりとした目でイルーゾォを見ていた。

「逃げるんですかい?イルーゾォの兄貴よォ…」

「クソッ…!」

「まあまあ…イルーゾォ先輩が肌を見せるのが嫌って言うのなら、毛布をかぶっていただいても構いませんよ?」

 ブランクの挑発はかなり効いた。しかもほか二人の視線はマジであり、乗らざるを得なかった。

 

「うるせー!恥ずかしくなんかねーよッ!このイルーゾォ様を舐めてんじゃあねーぞ」

 

 イルーゾォは立ち上がり、ロッカールームへ向かった。

 

 

 

「ペッシも復活したし大富豪しようぜ。ベタに」

「いいですね」

「特殊ルールはどうする?」

 

 ギアッチョ、ペッシ、ブランクが和気藹々としている横でイルーゾォはメローネの服を着て縮こまっていた。

 お情けでマスクをかぶることは免れたが、上半身の更に右側だけ寒い状況に身体がなれない。ヤケになって酒を煽り、配られたカードを確認した。

 大富豪はオーソドックスで、さらに戦略性も必要なゲームだった。ブランクを叩き落とすならばここである。

 

 だがブランクも負けるわけには行かない。次の罰ゲームはさっきよりも過激なものになっているに違いなかったからだ。

 

「ジーザス…!」

 

 だがブランクは唸った。手札にあった最強のカードはQで、あとは連番でもなんでもないカードしかない。ここにきてトランプの神様は微笑まなかった。

 

 

 そしてカス札しかないブランクは順当に負けた。

 泣く泣く罰ゲームを引いてそこに書かれた内容に悲鳴を上げた。

 

「“ホルマジオのボーズに線を追加”?!誰だよこれ書いたの!」

 

「オレだ」

 ギアッチョが片手を上げて答えた。

「ギアッチョ、お前かなり酔ってるんだな」

「や、やらねばなるまいですか?僕はホルマジオ先輩をこの中の誰よりも尊敬しているのに?!」

 大体のことなら素直に従うブランクだが、一番世話になっているホルマジオに対してのいたずらは流石に躊躇った。だがむしろそれが最高にいじりがいがある。

 

「全員やってんだぞ?」

「今更逃げんのかァ?」

「裏切り者」

「恥知らず」

「くっ…クソ…!そんな…!」

 ここぞとばかりに飛んできたブーイングにブランクは挫けそうになった。唯一ペッシだけが優しげにブランクの肩を叩いた。

「たしかに、最高難易度のミッションだ。オレ協力するよブランク…!」

「ペッシアニキ…!そっち方向に援護してくれるんですね…でも嬉しい!」

 ブランクとペッシが肩を組んで友情を確かめあってるのを見て、イルーゾォはヘッと鼻で笑った。

「オレはごめんだぜ!あいつキレるととんでもねーんだぞ」

「イルーゾォ、てめー薄情だな」

「あぁ?!ギアッチョ、お前まさか…」

「オレはのるぜ」

「かなり酔ってるな!貴様」

 ギアッチョは二人に加わり、今度はイルーゾォが煽られた。

「この薄情者が」

「インチキのスタンド」

「おさげ」

「寒そう」

 

 多勢に無勢だった。それに、どうせ実行するのはブランクだ。イルーゾォは大きなため息をついてから膝を叩いた。

 

「てめーら……あーもうわかった。しょぉーがねーなぁー!」

「いえーい!」

 

 ホルマジオはまだ仮眠室で寝ている。立てた作戦はめちゃくちゃシンプルだった。ブランクが侵入、実行。

 ホルマジオが目覚め命に危険が及ぶ場合、マン・イン・ザ・ミラーでブランクを引きずり込み脱出する。

「結局オレ頼みの作戦じゃねーか」

「頼りにしてますよ先輩」

「てめーはこういう時だけ調子いいんだよな」

「何をおっしゃる。僕は先輩がいないとこでめっちゃ褒めてるんですよ」

「いるところで言えッ」

 

 ブランクは手にしたカミソリで十字を切った。

 

「ではいってきます」

「死ぬなよ」

「グッドラック…」

「ちゃんとおしゃれに剃り込んでこいよ」

「無茶苦茶だぁ…」

 

 ブランクは靴音をたてないように裸足で仮眠室に忍び込んだ。ホルマジオは奥のベッドで寝息を立てていた。二日酔いなのか寝苦しそうだ。

 ブランクは深呼吸してカミソリを握った。ホルマジオの坊主には古傷の線が二本ある。もう一本入れろとのことだが、中途半端な右の線を生え際まで伸ばしてもいいかもしれない。

 恐る恐るホルマジオの頭に手を伸ばし、脳内でイメトレした。いざ剃り込み!と坊主に触れた瞬間、カミソリを持ったブランクの手をホルマジオが掴んだ。

 

「何の用だよ…」

「ギャァーーッ!!」

「あんだけ騒いでりゃ病人だって目を覚ますぜ。…で、何するつもりだったんだテメーはよォ…」

「あ…ああ…」

 ブランクはとっさに手鏡を翳そうとしたがポケットに伸ばす手も捕まえられてしまう。

「た、助けてーッ!」

「ブランク!助太刀に来たぞ」

 そこでペッシが扉を開けて現れた。ジンの空き瓶を構えている。ホルマジオは寝起きに連続して見せられる不可解な光景に困惑していた。

「アニキ!」

「オレに構わず逃げろーッ」

 ホルマジオは突っ込んでくるペッシの頭をぐっと鷲掴みにしてベッドに倒した。そのスキにブランクは鏡を取り出した。

「マン・イン・ザ・ミラー!ホルマジオ先輩をかっさらってください!」

 そのブランクの無茶振りにイルーゾォは応えてしまった。

 

 

「イルーゾォ!てめーまでグ…」

 

 鏡の世界に引きずり込まれたホルマジオはプッツンしながらイルーゾォの姿を探した。だがその姿が目に入った途端怒りは霧散した。

 

 メローネの服を着たイルーゾォが佇んでいる。しかも身長差のせいでパッツパツの。

 

「お前………そ、その格好はオレを笑かすため…じゃあねーよな?」

「あ」

 

 イルーゾォは酔いと熱狂のせいで自分が傍から見てやばい格好をしているのを忘れていた。

 

「違うッ!これは…これはアレだ。罰ゲームで!」

 

 ホルマジオはもう言葉が話せないくらい笑って腹を抱えて蹲っている。

「笑ってんじゃあねえよッ!」

「笑うなっていうほうが無理だろーがそんな格好!」

「クソッ!全部ブランクのせいだッ…あのヤローこうなったら意地でもホルマジオと戦わせてやる!」

 

 

 イルーゾォはブランクを探した。見つけ次第鏡の世界に引きずり込んでやろうとしたが何処にもいない。ソファーの上ではギアッチョが爆睡しており、ペッシも一緒に消えている。

 

「あいつ逃げたなッ!」

「はぁ〜…久々に死ぬほど笑えたな。じゃあそろそろ出してくれ」

「そういう趣旨じゃねーんだよこれはッ!」

 イルーゾォは怒鳴ったが、もはや何を言ってもやってもホルマジオはツボに入るらしく、ブルブル震えて笑いを必死に噛み殺していた。

「ヤベーなそれ。宴会芸にできるぜマジで」

「しねーよ!クソッ…あいつらァー!」

 


 

 

 ブランクはペッシとともに、颯爽と本部に現れたプロシュートをダシにして脱出に成功した。プロシュートは忘れ物を取りに来ただけだったらしく、午後のティータイムがてら二人を落ち着いたカフェに連れてきた。

 

「はぁ〜プロシュート兄貴の知ってるお店はどれもこれもおしゃれで素敵ですね」

「お前も美味い店はちゃんと覚えておけよ。嗜みだ」

 ブランクは危機から脱した安心感に包まれながら紅茶を啜った。ペッシもココアをかき混ぜてからプリンを食べる。

「タバスコのせいで味がわからねえ…!」

「タバスコだぁ?」

「は、ははは…」

 

 ブランクとプロシュートのパンケーキも届き、みんなある程度食べ進むとプロシュートがブランクにたずねた。

 

「イルーゾォとホルマジオとはどうだ?うまくやれてるか」

「ああ、それはもう!二人共なんやかんや優しいですし頼りになりますよ。大人!」

「そりゃよかったじゃねーか。…正直心配していたんだ。ホルマジオはまあともかく、イルーゾォはかなり我が強いからな」

「たしかに若干意地悪だよな…あ、悪口じゃあねーですぜ、兄貴」

「まあ言いたいことはわかるぜ」

 プロシュートはペッシの面倒を見ているとはいえ、同じく新入りのブランクに対して気にかけていたようだった。

「そーですねえ。兄がいたらあんな感じなのかもしれませんね。でも僕は好きですよ。イルーゾォ先輩はもしかしたら僕の事あんま好きじゃないかもしれませんが…」

「そうか?かなり可愛がってるようにみえるが」

 プロシュートの言葉にブランクは少しだけ驚いた。

「ほんとですか?」

「ああ。やっぱ弟分ができると意識も変わるんじゃあないか?」

「弟分かあ……でももしかしたら今日でそれも終わりかも…」

「お、オレも一緒に怒られるよブランク…」

「一体何したんだ?てめーら…」

 ペッシとブランクが襲われている謎の焦燥感に、プロシュートは半笑いだった。

 


 

 ブランクが本部に帰ると誰もいなかった。ちゃんと謝ろうとしていたのに肩透かしを食らい、そのままソファーに寝転んだ。

 雑誌を読んだりしているうちに眠くなり、家に帰るのも面倒くさくなってそのまま寝た。

 

 次に目を覚ましたとき、時計は夜の11時を回っていた。

「…ん?」

 腹のあたりにメローネの服がかけられていた。シャワールームへ続く廊下から気配がし、ブランクは上体を起こしてそっちを見た。

「げぇっ!イルーゾォ先輩…」

 廊下の奥から出てきたのはいつもの服のイルーゾォだった。みんな帰ったのかと思ったが飯でも食べにでかけていただけらしい。

「あ、てめーブランク。よく呑気に寝ていられたな」

「い、いやあ…その。逃げたのを謝りに戻ってきたんですけど…」

「謝んなら最初から逃げるな。ったく…そのメローネの服、お前がクリーニング出しとけよな」

「あ、そーいう…」

「……で」

「ん?」

「何しに戻ってきたんだよ。さっき言ってたろーが」

「ああ!…逃げてすみませんでした」

「よし」

 

 イルーゾォはそう言ってミネラルウォーターのボトルを取りソファーに座った。

 

「そうそう。お詫びの印も持ってきましたよ!ほら」

 

 そう言ってブランクが差し出したのはテレビに繋ぐ家庭用ゲーム機だった。すでに配線が完璧に整えられている。

 

「トランプとかだるいですから、今度からこれの勝敗で賭けましょう!」

「もう絶対罰ゲームは賭けねーぞ」

「まーまーそう言わず。ほら、F-MEGA!やりましょうよ」

 ブランクはコントローラーをイルーゾォに差し出し、電源を入れた。

「今からか?」

「徹夜で。どーせ仕事なくて暇だし。ゲームやれるのギアッチョ先輩かイルーゾォ先輩くらいじゃないですか。やろーよォ〜」

「詫びじゃなくて自分のために買ってきたのかよ…」

 と言いつつも、イルーゾォは自分の車体を選択した。

「しょうがねーな…じゃあお前、負けたらメローネの服な」

「えっ…それは……ぐぬぬ…いいでしょう…負けませんよ」

「冗談だよ。バーカ」

 

 

 

 

 




完結タグを一度つけたのですが外しました
番外編、フーゴ編のあとも続きを書くかもしれないので。


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01.グレート・ギグ

 フランスは国土の半分以上が農業用地となる農業大国であり、特に北部は大規模な耕作地帯が広がっている。

 ミスタが車窓から見渡す限り一面の小麦畑が広がっていて、金色の穂がそよ風に重たい穂首を揺らしている。

 

 ミスタはレンタカーのハンドルを握っていた。そして後部座席にはブランクがいて、ずっとピコピコと携帯ゲーム機を弄っていた。ゲームボーイという名前のそれは、たしか以前、ナランチャが欲しがっていたものだ。

 ブランクは暗殺チームのメンバーと話してるときなんかはナランチャと少しだけ雰囲気が似ている。だがイタリアからここまで、半日以上の移動時間中にその明るい、ガキっぽい面は見れなかった。

 

「…ふあ」

 

 ミスタがあくびをするとブランクはゲームから視線を外し、ミラー越しに視線を投げる。

「運転、かわりますか?」

「ああ?いや、いい。多分もうすぐつくはずだ」

 

 単調な風景に普通なら眠くなるが、道が悪いために車体ががたがた揺れるのでそうもしていられない。

 二人はフランス北部、ノルマンディ地方にあるリヴァロ村の近くの小さな街を目指している。

 

「リヴァロチーズ食べたことあります?」

「あー。多分。つーか飛行機で出たのがそれじゃあなかったか?」

「そうでしたっけ。乳製品、お腹壊しそうで残しちゃったんだよな…」

「ふぅん…」

 

 お互い気まずさを感じてるせいもあり、会話は終始ギクシャクしていた。

 ミスタはブランクの右目を撃ち抜いた張本人だ。ブランクが腹に一物抱えていたっておかしくない。ジョルノのゴールド・エクスペリエンスの能力で右目も右手も治せるはずなのに、なぜかやつは義手のまま。治してもらったのは耳だけだった。

 あてつけか…?とミスタは思っていた。もしかしたらそんな疑念のせいで余計に気まずくなっているのかもしれないが。

 

 ジョルノがボスに成り代わって一ヶ月。

 ミスタはかつて親衛隊が担っていたボスの護衛を一手に引き受けていた。

 あの一連の騒動はすべてドッピオと親衛隊に罪を擦り付け、暗殺者チームとブチャラティチームの名誉を回復させ、トリッシュは無関係の被害者として発表された。

 暗殺者チームは名ばかりのチームになり、メローネはかつてのペリーコロのシマを引き継ぎ、ギアッチョは賭博を仕切る権利を得て、両名とも幹部入りした。

 

 ブランクはかつてのドッピオのポジションを手に入れた。組織内の人事をすべて掌握する権限を持ち、反逆の恐れのある人物と片っ端から“面会”している。

 ボスの正体に納得しなかったものは去り、反逆の目があるものは厳重に監視されている。幹部やチームリーダーなど、抜けた穴はこの一ヶ月でジョルノとブランクにより埋められつつある。

 

 ブランクの人事掌握。それはすなわちソウルスティーラーの力を使ってスタンド能力者を選別していることに他ならない。

 

 ミスタはあの矢を、ひいてはその引き出される力を“危険だ”と思っていた。

 そのことについてジョルノに問いただす機会があった。

 

ーネアポリス中学高等学校の宿舎ー

 

 ジョルノはまだ学校に通っている。パッショーネが経営権を買い取ったおかげで、宿舎の一番いい応接室も、校長室も好きに使える。

 組織の話をするときは決まって応接室だった。ミスタはガキの頃よく親が学校に呼び出されていたのを思い出すので少し嫌だった。

 

「ジョルノ、いいのか?あいつに矢の力を使わせて」

「制御訓練の一環だ。とても上手く行っているよ。それに、暴走されるのが何より困るだろう?」

「だったら有効活用…ってか」

「そういうことさ。…もっともスタンド能力を剥奪する必要のある幹部はまだいない。むしろ地元のゴロツキのほうが悪質のようだ」

「そいつらもブランクが審査するのか?」

「いや。当分はそこまで手は回らないだろう。なんせ…」

 

 ジョルノの目の前のテーブルには分厚い資料と何枚かの写真が広がっていた。ミスタはそれにちらりと目をやった。

 

「麻薬チーム、か」

「ああ。ブチャラティの悲願。叶えるにはまだ時間がかかりそうだ」

 

 麻薬チームは召集に応じない。

 麻薬はディアボロが持っていた組織最大の資金源だった。それを生産し、流通させていたのがリーダーのマッシモ・ヴォルペ。そしてそれを守るために集められた精鋭たちだ。

 ジョルノの新体制では麻薬はまっさきに排除される。呼び出しに応じないのはそれを察してのことだろう。

 さらに悪いことに、混乱に乗じて他のギャングからオファーを受けているらしい。

 

「ヴォルペは抹殺する他ないだろうな。ほかは…どうだろう。出方次第ではあるが、資料を読む限りじゃ恭順は期待できないな」

 

 ジョルノは憂い気な眼差しで写真のヴォルペを見ていた。そこに宿る光は慈悲でもなんでもなく、陶器のような冷たさを孕んでいる気がした。

した。

「…まあこっちはこっちでぼくが手を尽くす。君は別の仕事をしてほしい」

「オレに?お前の護衛以外の仕事か?」

「ああ。フランスに行くブランクの護衛だ」

「なんでオレ?ギアッチョでいいだろ。親睦旅行でもしろってか?」

「なにも仲良くしろって言ってるわけじゃあないさ。君は護衛というよりかは監視だよ」

「…ジョルノ、おまえはやっぱり抜け目ねーよな」

「正直、ボスの座を手に入れるためにリスクを払ったという自覚はある。すべての精神を支配する力なんて、存在するだけで脅威だからね」

「正直よくわかんねーけどな。オレたちが見たのは針山みてーな光景だけ。ソウルスティーラー…だったか?スタンド能力を奪うっつーのも発動条件は触れることなんだろ?」

「それに関してもブランクがすべてを正直に話してるとは限らない。いや、彼自身もそのときは死にものぐるいでわからなかっただけかもしれない」

「ようするにオレたちはなんも知らねーってことか?」

「そのとおり。ぼく以外の視点で、彼を観察してほしいんだ」

「それでオレにお鉢が回ってきたわけか」

「そうだ。それにきみはどうも、彼に苦手意識を持っているようだから」

 ミスタは指摘されてうう、と唸った。

 

「どうもなァ〜…気まずいんだよ。あいつの目を潰したのはオレだろ?新しい眼球入れないのもよォー…なんかの意思表示なんじゃないかって思っちまって」

「ブランクはそんな性格じゃあないよ」

「そうか?いつも二人っきりで話してるだろ。その時オレの悪口とか言ってんじゃあねーのか」

「まさか。むしろ褒めていたよ」

「なんて?」

「ギアッチョより心が広そうだし、メローネより普通って」

「……それは褒めちゃいねーだろ」

 

 


 

 

 そして現在ブランクの右目には新しい眼球が入っており、その上から海賊のような眼帯を巻いて保護している。眼球はこの旅に出る直前、ジョルノに作ってもらったらしい。

「目の調子はどうだ?」

「え?ああ。嵌めただけなので…すぐに定着はしませんよ」

「そうか」

 

 ジョルノとブランクはかなり密に面会している。護衛としてジョルノの身辺にいるミスタはしょっちゅう顔を合わせていた。だが二人の間で交わされている会話は謎だ。

 

「…ああ、見えてきましたね」

 

 ブランクはその街のすぐそばにあるというチーズ工場の看板を指さした。道も新しく舗装されてガタつかない。

 

「……さて。さすがにもうちゃんとした服に着替えないと」

 

 ブランクはそう言って上着を脱ぎ、シャツを脱ぎ、用意していた黒い葬送用の礼服に着替え始めた。二人共一応パッショーネの代表としてここに来ているので、みっともないシワを作らないようスーツは別で持ってきた。

 

 ミスタは視線を前へ固定した。着替えなんてわざわざ見たくない。

 ブランクは着替え終えると赤毛をオールバックにして後ろでまとめた。眼帯をはずし、一度は潰れた右目を開いた。右目の周りには火傷と細かい裂傷の跡があり、ギョッとするような色に変わっている。それが見えないように右側の前髪だけ少しおろして、全体にワックスをつけ始めた。

 

「ミスタはどこで着替えます?」

「ああ。オレは目的地について車止めてからでいい」

 

 ポルナレフの住所はブランクが一人で遺体を送り届けた際に調べた。公的記録に記載された住居はパリ郊外の集合住宅だった。出迎えたのは昔ポルナレフの面倒を見ていたという老婆だったが、身内でもなければ10年は会ってないという。

 ただ遺体の引き取りには同意し、後に連絡するから帰ってほしいと頼まれた。

 そして一月後の今、彼の故郷と思しき街に正式に呼ばれた。

 

 指定されたホテルの駐車場でミスタは着替えた。

「やっぱり帽子ないと誰だかわかりませんね」

 礼服のミスタを見てのブランクの一言。

 

「何回か見てるだろ?」

「どうも慣れなくて。こう…物足りないカンジ?」

「悪かったな」

「いや、悪いとは言ってませんよ」

 

 またギクシャク。どうも息が合わない。

 ホテルはこぢんまりとした古い建物で、ドアを開けるとベルが鳴った。受付に人はなく、音を聞きつけて奥から上等なスーツを着た男が出てきた。年齢は40代くらいだろうか。背は低く、目つきは鋭い。とてもホテルの支配人とは思えない愛想の悪さだった。

 

「ブランク様…ですね?」

 

 二人はてっきり葬儀に出るのだと思っていた。だがその男の醸し出す雰囲気ときたら不吉な知らせを告げる陰気なカラスみたいだ。

 現に、次に出てきた言葉はこうだ。

 

「ポルナレフ様の死について、いくつかお聞きしたいことが…ありまして」

 

 ブランクは口をへの字にしてからミスタをちらっと見た。立場でいえばブランクのほうが上なので、ミスタは「答えろよ」と言うように視線を男にやって促した。

 

「誰ともしれぬ方にお話しすることはありませんね」

「オット…これは失礼しました。私は、スピードワゴン財団のものでして…」

「スピードワゴン財団ですって?」

 

 その名は当然知っていた。石油で財を成したアメリカの大財閥。だがなぜポルナレフの死からその財団の名が出てくるのだろう。

 

「我々にはポルナレフ様の死の真相を知らねばならない理由があるのです。当然、あなたがたが知りたいであろうこともお教えいたしましょう」

 

「…わかりました。いいですよ」

 

 頷くブランクにミスタは慌てて耳打ちする。

「いいのか?ほんとにスピードワゴン財団のやつかも怪しいぜ」

「まあ罠でも別に、なんとかなりますよ」

 矢の力を持っている余裕か。ブランクはこともなげに言った。

「それにそういう時のためにあなたがいるんですよね?」

「…おっしゃるとーりだぜ」

 

 スピードワゴン財団の男に導かれるままにホテルの階段を登り、一室に通された。そこで待っていたのは先程の男と打って変わって人の良さそうな笑みを浮かべた老人だった。どこかペリーコロに似ている。

 先程の目つきの悪い男は一礼して部屋から出ていった。

 

「ようこそいらっしゃいました。お呼びたてして申し訳ありません。私はジン・グレイブス。ポルナレフさまとスピードワゴン財団との連絡役でした。…とはいえ、5年以上前から彼から連絡はなく、今回の訃報が届いたわけですが…」

「僕はヴォート・ブランクです。ポルナレフさんのことは大変残念です。今日はてっきりお葬式があるもんだと思ってきたのですが」

「葬儀はあす執り行われます。この街の近くに彼の故郷があります。…一日早くお伝えしたのは、私の個人的な動機からです。私はポルナレフさまに一体何が起きたのか、知らなければならないからです」

「なるほど。お気持ちはよくわかります。ポルナレフさんは僕たちギャングの抗争に巻き込まれる形で亡くなったわけですから、僕たちにはきちんとご説明する義務がありますね」

 ブランクはオールバックの髪をなでつけた。その仕草は映画に出てくるキレ者のギャングのようだった。ミスタはメローネから誰かになりきるのが彼の性だとは聞いていたが、実際見てみると迫力があった。さっきまでゲームボーイをいじってたやつとは思えない。

 

「とはいえ部外者の方に我々の内情すべてをお話しすることはできませんので、ポルナレフさんに起きたことのみお話しましょう。ポルナレフさんは組織を私物化し反逆を企てた“ディアボロ”なる人物との個人的因縁を晴らすべく、同じくディアボロと敵対する我々に接触したのです。彼の協力もあって我々は勝利し、ディアボロを斃しました。結果的に彼の命を救うことができなかったのはこちらとしても胸が痛みます」

「ディアボロなる人物がポルナレフさまを殺害したのでしょうか?」

「あなた方はディアボロを知らなかったのですね」

「ええ。私が知っているのはポルナレフさまが“矢”を追い、イタリアに渡ったところまでです」

「…そうですか。まあ僕もそのへんは聞く暇がなかったので、彼の身体を不具にしたのがディアボロらしいということくらいしか」

「“矢”は…」

「…矢?」

「ポルナレフさまは、矢を持っておりませんでしたか?」

「…さあ。彼の私物は調べさせてもらいましたが、そういったものは…クロスボウかなんかが趣味だったんですか?」

「いえ。…左様ですか」

「……なんにせよ。彼が共闘してくれたからこそ僕は今ここにいます。感謝しかありません」

 

 ブランクもなかなか大した嘘つきだ。相手の訝しげな眼差しに顔色一つ変えず堂々としている。矢のことなんて知らぬ存ぜぬで通すつもりらしい。

 ジョルノの指示があったのだろうか。なんにせよミスタに口を出す権限はない。

 

 グレイブスを名乗る人物は静かに目頭をハンカチで押さえた。それを見てブランクは付け足す。

 

「僕は…ポルナレフさんに助けてもらったことを忘れません。…よかったら、彼のことをもっと教えてくれませんか」

「…ええ。そうですね。私とポルナレフさまは、死闘をくぐり抜けたわけでも長く友人だったわけでもありません。ですが彼はとても、良い人でした。あなたには彼のことを少しでも知っていてもらいたい」

 

 

 

 グレイブスとの面会は日が沈むまで続いた。ポルナレフが13年前、DIOという人物と戦い、その縁でスピードワゴン財団とコネクションを持ったこと。ある特殊な“矢”を回収するために世界を飛び回っていたこと。各国で起きたトラブルにグレイブス氏があくせくと対応したこと。などなど、思い返せば楽しい日々を語った。

 ブランクとミスタはただ聞いて、頷き、笑った。グレイブスの語るポルナレフはとてもいきいきとしていて、まるで彼がまだ生きていて、これからひょっこり戻ってくるような気さえした。

 

「ああ…すっかり遅くなってしまいました。夕食は、ホテルでお召し上がりになりますか?もう街のレストランは閉まっているでしょうし…」

「……そうですね。いただきます。いいかなミスタ」

「ああ。ごちそうになろうぜ」

「ではロビーでお待ちください。…話をきいてくれて、ありがとうございました」

「いえ。こちらこそ」

 

 二人はホテルのロビーに座り、窓から街を眺めた。街灯がすくなく、とても暗い。だが静かで落ち着く夜だった。

 

「なかなか愉快な人だったんですね、彼は」

「みたいだな」

「もっとどうにかできなかったのかな…」

 

 ブランクはとても悲しそうな顔をした。ときおり見せるこの顔が、ミスタの心の中に残る疑問をいつも掻き立てる。

 

「…なあ、やっぱり本当はオレたちのこと許せないんじゃあないのか」

「へ?」

「オレたちはお前の仲間を殺した」

「…もー思い上がらないでくださいよ!少なくともミスタとジョルノは殺してないでしょ。それに、ジョルノには助けてもらったし…恨んでませんよ」

「そうなのか?おまえがフーゴと会おうとしないのはそういう事なんだと思ってた」

「……ああ。いましたねそんな人」

 ブランクは視線をそらし、窓の外を見た。ミスタからは火傷の残る右目が見える。右手は最新型の義手で手袋に覆われている。ジョルノに頼めばきっとすぐ新しい手をつけてもらえるのに。

「別に、許すとか許さないとかじゃないですよ。ただ今は…楽しかった日々を思い出すと、悲しくなる。だからです」

「…そうか。すまない」

 

 

 ブランクがいえいえ、と返すと目つきの鋭い男が夕食の支度ができたと呼びに来た。

 料理は老人が作っていたらしい。広い円形のテーブルには皿が4枚置かれていた。

 

「げえっ!4枚!皿が4枚あるぞッ…!」

「はあ?そりゃそうでしょうよ。フォークもナイフもグラスも4。4人なんですから…」

「4って数字は縁起がわりーんだよ!不幸な出来事はいっつも4が絡んできやがる。昔近所で猫の子どもが…」

「ちょっと!」

 騒ぎ始めるミスタの襟首をつかみ、ブランクは食堂入り口までひっぱってく。

「あっちの機嫌損ねるのはよくないですよ!ただでさえ大嘘ついてるんですから、穏便に!いいですねッ」

「でも!」

「でもじゃない!そーだ…ほら!取皿を追加してもらいましょう。そしたらお皿は5枚になる。とにかく、静かにしましょう」

「…嫌な予感がするぜッ…!」

 

 ブランクはなおも抵抗を示すミスタを変人を見るかのような目で一瞥しテーブルについた。

 

「疎餐ですが…」

「いえ。とんでもない!美味しそう!」

 出されたのはタラの包み焼きとポトフ、パンとサラダだった。短時間にしては凝った料理でブランクはもうフォークを持ってかまえている。

「いただきます!」

 ミスタも渋々席について食べ始めた。だが確かに味は美味い。格別だ。だがテーブルにいるのは4人…4人だ。しかも自分のポトフにはなぜか!星型に切られたにんじんが4つも入っている。

「ブ…ブランク……」

「ん?」

「にんじん、一個取るか一個オレに渡せ」

「は…?」

「いいからはやく。オレの皿に4つ入ってるんだよ!4はだめなんだよオレはよォ!」

「ミスタ…あなたもなかなか…そのう。難儀ですね…」

 ブランクは呆れながらにんじんをひとつ奪って口の中に放りこんだ。

 ブランクはグレイブスとポルナレフが星型のにんじんの話をしていたことがあったとかなんとかで盛り上がっていた。目つきの悪い男は黙々と料理を食っている。同じテーブルでもテンションは二分されている。

 

 

 ホテルの部屋に通されてもミスタの気分はずっと4の不吉なオーラで曇っていた。

 クローゼットからハンガーを出そうとしたら、ハンガーも4つ。ホテルに入ってから急にこれだ。頭がクラクラしてきた。

「オレが神経質になってるだけか…?」

 さっきブランクに不審者を見るような目で見られたのが効いている。ブチャラティやジョルノだったら軽く流してくれるのだが(もちろんミスタにとっては重大事なので流されるのも微妙な気持ちになるのだが)、変人扱いをもろに受けたのは久々だ。

 

 ミスタは上着だけ脱いでベッドに倒れ込んだ。移動の疲れが結構来ているようで、すぐに眠気に襲われ、そのまま眠りに落ちてしまった。

 

 しかしミスタは下の階から聞こえてきた物音で目を覚ました。時計は午前2時を回っている。

 ブランクは隣の部屋で、そちらは極静かだ。なんにせよこんな時間に物音がするというのは十分不審だ。ミスタは拳銃を握りしめ、そっと部屋のドアを開けた。

 

 廊下は窓から差し込む月明かりで青白くてらされている。下からはまだ人のいる気配がする。ミスタは慎重に階段を降りた。木の軋む音がやたら大きく聞こえる。

 二階の廊下は明かりがついていた。息を殺し音の主がどこに潜んでいるのかを探る。鼻孔に血の匂いが漂ってきて、ミスタは引き金に指をかけた。

 

 ドアが半開きの部屋がある。そしてその部屋から伸びる影がゆらりと動いた。

 

 ミスタは躊躇いなく撃った。

 ピストルズは確実に手足の関節を破壊する。…はずだった。次弾に乗ってるNo.5が叫ぶ。

 

「ミスタ…!ハズシタッ」

「は?そんなことありえねーだろ!」

「弾同士ガブツカッテ事故ッタミテーダ!」

「お前たちに限ってそんなこと起きるわけ…ッ!」

 

 ミスタは駆け出し、半開きのドアを思いっきり開いた。廊下の先に誰かが倒れている。その床には血溜まりが広がっていた。

 

「撃ってきたのは…アンタかぁ…」

 

 その血溜まりのすぐ横に、ライトスタンドを持った男がいた。ホテルでまずミスタたちを出迎えた、目つきの悪い男だった。

 

「…そのスタンドを置け。そこに転がってるのはグレイブスさんか」

「あ?ああ。うんうん。…そうだよ」

「なぜだ」

「なぜ?なぜってまあ…理由はいろいろあるよな。いろいろ…」

「おい、そのライトスタンドをおけっていってるだろ」

「2つのことを同時に指示すんじゃねーーよ。あのなあ、人間っていうのは、考え事してるときに他のことに脳のリソースをさくとな、両方パフォーマンスがおち」

 ミスタは無言で手に向けて撃った。

 弾は今度は貫通した。先程のピストルズの事故がスタンド能力によるものなら今回の弾を避けないのはおかしい。

 

「いってえええええ!」

 

 男はライトを取り落とし、穴の空いた手のひらを凝視し叫んだ。

 

「命乞いの最後のチャンスだ。何が目的だテメー。喋ったら重傷ですましてやるよ」

「ライトを落としたってことは…そっちのほうがツイてるからなんだ」

「は?」

「そんで、それはアンタにとってツイてないってことだ」

「さっきからお前は何言って…」

 

 バチン

 頭上から突如聞こえてきた破裂音に驚き見上げると、天井のシーリングファンの固定具がさっきの事故って外れた弾丸でぶっ壊れていた。

 シーリングファンは回転したままミスタの頭めがけて落ちてくる。

 ミスタは避けようとしたが、何故か足がもつれて転んでしまう。すると先程男が落としたライトの破片が腕に突き刺さった。痛みに思わず身をよじるとコードがぐちゃぐちゃに絡まって身動きがとれなくなってしまった。

 

「なんだこれは…ッ!」

「おお〜ツイてないねぇー。ついてないだろ?さっきからずうっと…」

 

 ミスタの肩の上に突如スタンドのビジョンが出現した。猫のような頭をした出来損ないの標本みたいな像だ。猫らしく、自分の前足をなめている。

 

「オレのスタンド、グレート・ギグは運を操作する!オレの能力にかかればどんな凄腕のガンマンだろうと、ギャングだろうと、とんでもない不運に見舞われて勝手に自滅するってわけだ。これってよォ〜最強、だよな?」

「何が目的だ」

「“矢”に決まってんだろうが。アホかテメー」

「矢?一体何だそれは。ちっとも見当つかねーぜ」

「ハッ!嘘ミエミエだぜッ!オレは知ってんだよ。ポルナレフが肌身はなさず矢を持ってたこと…そしてッ!ディアボロを追ってたのもぜぇーんぶな!農場から姿を消されたときはマジに焦ったぜ…オレの企みがバレたんじゃあないかって…な」

 

 男はミスタに蹴りを入れた。ミスタはそれに乗じて転がり、背中に回ったまま固定された銃を向け、引き金を引いた。

 しかし、転んだ衝撃で撃鉄が折れていたらしい。何度引いても手応えがない。

 

「むだむだ。何するにしても悪い結果になんだよ、おまえは」

「クソッ!」

 

 目の前には空薬莢が4つ転がってる。ああやっぱり、4って数字は死ぬほど縁起が悪い。

 

 

「なんの騒ぎです?」

 

 廊下からのんきな声が聞こえてきた。ミスタはすかさず叫ぶ。

 

「ブランク、来るな!」

「おわっ!なにこれ」

 ブランクは廊下からこちらを覗き、驚愕の声を上げた。

「矢はこっちか?」

 男はブランクの方へあるき出そうとした。ミスタは足をひっかけようとするが、上から重い時計が落ちてきた。そればかりか棚まで倒れ、完全に全身押しつぶされてしまった。

 そしてミスタの肩に憑いていた猫のスタンドがブランクに飛びかかった。距離を置こうと一歩引いたブランクは転がってた薬莢を踏んですっ転ぶ。

 

「いたァッ!」

「グレート・ギグ!てめーはもう何やってもうまくいかねーぜ」

 男は仰向けに転んだブランクに馬乗りになり、ポケットナイフを突きつけた。ブランクは抵抗するが、脱げかけたガウンが不自然に絡まって動けなくなる。

「なんじゃこりゃ!」

「ブランク!そいつのスタンドは不運を呼び寄せる」

「はあ?!」

「さあ矢の在処を吐きな。てめーが何者かなんて調べはついてる。パッショーネのNo.2様よォ!テメーが持ってねーならボスか?おい。言えよ」

 

 男はブランクのシャツを引き裂いた。そしてズボンのポケット、インナーを触って確かめると急に笑い出す。

 

「なんだ?お前女じゃあねーか!ラッキー。じゃあ隠す場所は穴の中とかかな」

「とんだゲスですね。ですがその推理はあたりと言わざるを得ません」

「アバズレめ」

「……でも、僕に触れたのはアンラッキーですよ。あなた…」

 

 ブランクがそう言うと、右目から急にぶしゃ、と血が溢れ出した。

 

「は?」

 

 男が間抜けな声を出した途端、ブランクの膝が男のみぞおちを蹴り抜いた。

 

「穴は穴でも目玉の穴でした」

 

 ブランクの背後にいたはずの猫はいつの間にか男の方へすり寄っていた。腹をおさえてうずくまる男に、ブランクはあっかんべーをする。

 右目のあった場所に見えたのは矢じりだった。

 

「は?え…」

 

 そしてブランクは男の頭めがけ、踏み潰すつもりで蹴りを入れた。

 

「大丈夫ですか?ミスタ」

「いや…お前護衛いらねーじゃん…」

「今回はたまたまですよ」

 

 ブランクはミスタを助け起こすと、出血している目玉から矢じりを引き抜いた。

「ジョルノに目玉にしてもらってたんですよ。いざってときはメタリカで潰して生き物じゃなくしちゃえば刺す手間も省けますから」

「痛くねーのか」

「ちょっと痛い」

 

 グレイブスの方を確認すると頭を殴りつけられたようで意識がない。頭の傷ということもあり、救急車を要請した。だが警察に巻き込まれるのは厄介だったので最低限の治療で済ませ、ホテルを出ることにした。

 

 ブランクは拘束した男の方を見て言った。

 

「これは君の望む結果を引き寄せる能力のようですね。人を幸せにすることもできるのに、他人に不運を呼び寄せることに使ってきたのは残念です。これは僕が貰っていきますね」

 

 グレート・ギグはブランクの足元へ擦り寄り、霞のようになって消えた。

 レンタカーに乗り込んでからブランクは眼帯を巻き直した。怪我をしたミスタを気遣ってか、ブランクが運転席に率先して乗った。

 ミスタは後部座席からブランクを見た。ブランクの開けた胸元に、ひどい傷があるのが見えた。

 レクイエム暴走時にブランクは心臓を失っている。その時の傷なのだろう。左胸全体にひび割れのように広がる、隆起した傷。呪いでも受けたみたいに所々がまだどす黒い血の色をしている。

 とても生々しい傷だ。

 

 

「ブランク…それ」

 ミスタの視線に気づき、ブランクは寂しげな顔をしつつも(なぜか)胸を張って答えた。

「僕の秘密を知られてしまいましたね…。でも僕、ホルマジオ先輩のようなビッグな男に憧れてて…あ、スタンドはリトルでしたが…」

「いや隠せよ」

「おっと失礼」

 

 ブランクはあわてて胸元を直した。そして車を発進させ、街を出る。深夜二時の農地は真っ暗で、夜空に広がる星がやけに明るく見えた。

 

「葬式…出れずに帰る羽目になるとは…」

「きっとまたスピードワゴン財団からコンタクトが来るだろ」

「あーあ。ツイてないな。こんな遠くまで来たのに…」

 

 ミスタは後部座席に寝っ転がり、窓から星を眺めた。しみじみと夜空を見上げるのは久々かもしれない。 

 

「素朴な疑問なんだが…お前なんで男の格好してるんだ?」

「そりゃこの稼業、女より男のほうが得ですからね」

「組織のNo.2まで登りつめたらあんま変わんなくないか?いや、お前のその生き方を否定してるわけじゃあないんだぜ。なんとなく思っただけで」

「…考えたことも無かったですね。でも僕、この格好が一番しっくりきます。それだけですよ」

「そうか。悪かったな変なこと聞いて」

「いえ。僕からも聞いていいですか?」

「なんだよ」

「4が苦手なのに、なんで四輪車には乗れるんですか?4月は家から出られないとかありますか?月の第4週は?四足獣は飼えなかったりしますか?」

「や、やめろッ!連呼するのはやめろ!そんな神経質じゃあ生きてけねーよ!」

 


 

 また移動に半日かけて、ネアポリスについたのは夕方だった。ブランクは学校にいるジョルノに会いに行くのはめんどくさかったので全てをミスタに任せ、自分は暗殺チームの本部へ戻った。

 3人それぞれ新しい役職を手に入れたが、ここを溜まり場のようにしてたまに集まっている。

 ブランクに至ってはもうそこに住んでいると言ってもいい。

 

 本部に行くと、メローネがソファで寝転びながらパソコンをいじっていた。ブランクを見るとおかえり、と言って座り直した。

 

「……あのさ、僕が女の格好したら女装かな」

「は?…まあ服によるが…お前ゴツいから女装に見えるかもな」

「そうだよね」

「急にどうした」

「いや…。その…僕の性別、チームで誰が気づいてました?」

「あー…たしかイルーゾォがオレに聞いてきて…ホルマジオとプロシュートに相談して…」

「あいつが言いふらしたようなもんじゃねーか!えー。イルーゾォ先輩はなんで気づいたのかなあ…」

「理由までは聞いてないな。でもペッシは知らなかったろうし、ギアッチョは多分まだ気づいてねーぞ」

「うーん、あの人に至ってはなんで気づいてないんだろうって感じです」

「なんで帰ってきて早々そんなこと聞くんだ?ポルナレフの葬式でなにかあったのか」

「いや。葬式はいろいろあって出れなくて、その上暴漢に体を弄られました」

「レイプじゃん」

「いや、言い方の問題ですね」

「矢の力があるからって調子に乗ってると痛い目見るって言っただろ」

「別に痛い目なんて見ていませんよ!」

「心配して言ってやってんのに…前みたいにいつでも助けてやれるわけじゃあねーんだぞ。オレもギアッチョも」

「…でも、僕たちはずっとチームですよね。魂の!」

「サムい…」

「さめた大人め」

 

 ブランクは部屋の奥に消えた。メローネは時計を確認した。もう夕飯時だ。

 

 ブランクは着替えてやってきた。いつものスーツじゃなくてタイトなサマーセーターとスキニーという中性的な格好だった。

 

「飯行くか」

「奢り?」

「おまえのか?パッショーネ参謀さまさま」

「ご冗談を。先輩」

 




スタンド名『グレート・ギグ』
本体 ギヨム・トマ
スタンド像-猫の頭に骨格標本のような獣の体

破壊力-E
スピード-C
射程距離-C
持続力-A
精密動作性-D
成長性-B

取り憑いたものの“運”を操作する。
相手に不幸を呼び寄せることも、幸運を呼び寄せることも可能。本体の思うままの出来事が起きるわけではなく、何が起きるかは運任せ。


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02.エリンニ

恥知らずのパープルヘイズのネタバレが過分に含まれています


 

 

 

「パンナコッタ・フーゴ…」

 

 フーゴの名を呼ぶのは、数年ぶりに会うかつての級友だ。背の高い、物憂げな瞳の男。

 

「マッシモ・ヴォルぺ…」

 

 男の足元には少女が倒れていた。シーラE。自分が助け出さなければいけない少女。フーゴは彼女を写真でしか知らない。どんな音楽が好きか、どんな食べ物が好きかも知らない。

 それでも、助けなければいけない。

 

 シーラEは浅い呼吸を繰り返し、朦朧とした顔で床を掻いている。辛そうだった。推察するに、麻薬の中毒症状が出ているのだろう。

 

「ナイトバード・フライングから逃れたのか?一体どうやって」

「ぼくは…何もしていない」

 

 やけに静かなフーゴの様子に、ヴォルペは「おや?」と首を傾げた。ブチギレて教授を半殺しにしたイカれたパンナコッタ。そして殺人ウイルスを使う狂犬、ブチャラティチームのフーゴという肩書からかけ離れていたからだ。

 

「…大学時代とずいぶん変わったな、フーゴ。まあお互い様だが、牙でも折られたのか」

「そうかもしれないな。…だが折られたわけじゃあない」

 

 静か、というのは間違っていなかった。だがどうやら“まだ”静かなだけらしい。ヴォルペはあらためて、フーゴを睨みつけた。フーゴも同様にヴォルペを見つめ、視線を外さない。

 

「なあ…フーゴ。パッショーネにいる意味があるのか?あいつらは危険とみなすや否や、能力を奪う。与えたくせに、だ。あまつさえ、オレは抹殺対象だとよ。そんな勝手が許されるのか?」

 

「…ソウルスティーラーは能力を奪うだけじゃない。改良し、また与えることができるそうだ。はじめからおとなしくしていれば抹殺対象になんてならなかった」

「ハッ…“改良”か。欺瞞もいいところだな」

 

 ヴォルペは嘲り笑った。おかしくておかしくてたまらないと言いたげだった。

 

「スタンド能力は精神エネルギーの形そのものだ。オレ自身の魂だ。それを勝手に変えられるだと?ふざけるな。そんなのは冒涜だ!」

 

 広い地下空間にヴォルペの罵声がこだまする。冷え冷えとした空気が肌をさすようだった。

 

「出せよ、おまえのパープルヘイズを。オレを殺しに来たんだろう」

「……ぼくは…」

「オレが一度()()()を手にすればシーラEは死ぬ。使い方はこいつのスタンドでわかったからな。そしておまえの殺人ウイルスとやらも無効になる…はずだ。なんてったって生きてるかどうかも怪しいもんな」

 

 フーゴは両手をきつく握りしめた。

 

「ぼくのスタンドは役立たずだ。誰かれ構わず、無差別に殺してしまう、どうしようもない能力だ」

 

 下を向き、頭の奥をきつく締め付ける罪悪感を絞り出すように、言った。

 

「ぼく自身もそうだ。ぼくはあの日敗北した自分を…いまだに許せていない」

 

 

 


 

 

 

メッシーナ海峡に面した港、ヴィラ・サン・ジョヴァンニにて。

 

 

 一人の男がちょうど200メートルほどむこうの古い倉庫を双眼鏡で見張っていた。男の名前はサーレー。彼は数ヶ月前、運悪く“ポルポの遺産”を巡りミスタと戦った。その際に負った傷がオレンジ色の髪の生え際に生々しく残っている。

 

 港は太陽が沈みかけていて、あたりは黄金に彩られたかのようだった。双眼鏡越しに見える海運会社の所有していた煉瓦造りの古い倉庫の壁も海と同じ色に染まっている。

 サーレーは双眼鏡から目を離し、時計を確認する。そして後ろに控える今回の“任務”をともにこなすメンバーをちらりと見た。

 

 一人はズッケェロ。コンテナに寄っかかり遠くを見ている。そこそこ長い付き合いだが、こいつの眠そうな目はいまだに何を考えてるのかよくわからない。

 そしてもう一人はかなり小柄な女。いや、ガキと言ってもいい。彼女の名前はシーラE。同じローマ地区の構成員だったらしいが、今回の任務が初対面だ。こいつもズッケェロと同じく協調性のかけらも見せず、ファッション誌を興味なさげにめくっている。

 

「お前は何やらかした?」

 サーレーが話しかけると、シーラEは億劫そうに頭をもたげ、大きなため息をついてから答えた。

「あんたたちこそ」

 質問を質問で返すとは、肝のすわったガキだ。もっとそのくらいでなければこんな世界で生きていけないし、こんな任務にまわされる事もなかったろう。

「オレたちはブチャラティ共を襲っちまった。早とちりでな」

 サーレーの答えを聞くと、シーラEは思いの外素直に答えた。

「私は…昔、ブランクと揉めたの」

「ブランク?ブランクってあのソウルスティーラーか?」

 ソウルスティーラーという単語に会話に参加する気を全く見せていなかったズッケェロまでもが反応した。シーラEはますます白けたような顔をして答える。

「そう。あのソウルスティーラーさまさまよ。…あんなやつ、参謀の器なんかじゃないわ。どうやってジョルノさまに取り入ったんだか…」

 シーラEはやけに挑発的だ。まるでその不敵な発言に二人がどう反応するかを見ているようだった。サーレーはそれをシーラEの強がりととった。

「おい。いいのか?そんなこと言って。うっかりチクっちまうぞ」

「あら。なんで私があんたたちを口封じするって思い浮かばないわけ?」

 だがシーラEも負けていなかった。

「なんだクソアマ。やんのか?」

「私は構わないわよ?元々ローマのチンピラとじゃ実力が違うんだから。私は元親衛隊よ。もっとも…ブランクのせいで降格させられたんだけどね」

 不敵さに裏打ちされた実力は、やはりあるようだった。だが一方で降格についてはあまり触れられたくないようだった。サーレーとしてもソウルスティーラーの過去に関わる話はあまり突っ込みたくなかった。

 というのも、ヴォート・ブランク。通称ソウルスティーラーに関する話は例の“ボスの娘騒動”以降、“ボスの正体”並みの不穏さをもって各所で囁かれていたからだ。

 

「はっ。どーりでこんな任務に回されるわけだぜ。おれたちゃみんな、()ボスに楯突いたってことか」

「…新、じゃないでしょ。迂闊なこと言うんじゃないわ」

 ズッケェロが鼻で笑う。

「公然の秘密みたいなもんだろ」

「…そっちも発言には気をつけな」

「どっちにしろ任務を成功させなきゃお陀仏だぜお二人とも」

 

 

 そんな三人が回されたのは、キレモノ揃いの麻薬チームの殲滅任務だった。

 

「ったく…急造チームにゃ荷が重い任務だと思わねーか?なあズッケェロ」

「ああ。でもこの任務を成功させなきゃ能力を奪われちまうからな。オレたちに選択肢はねーってわけだ」

「噂じゃソウルスティーラーにスタンド能力を奪われたやつは廃人になるそうじゃねーか。なあ、こえーよなぁシーラE」

「…ふん。成功させればいい話でしょ」

 

 シーラEはファッション誌を投げ捨て立ち上がり、コキコキと首をストレッチし始めた。

 そんなシーラEを見て、ズッケェロが急に口を開いた。

 

「お前ソウルスティーラーに会った事あるんだよな?」

「だからそう言ってるでしょ。2年くらい前のことよ」

「どんなやつなんだ?ほとんど姿を見せないだろ」

「当時はふつーのチンピラにしか見えなかった。…でも…あいつも元暗殺者チーム。イルーゾォと同じ、冷酷なゲス野郎に変わりないわ」

 

 “イルーゾォ”という名前には並々ならぬ憎悪が込められているように思えた。だがそういうところに無頓着なズッケェロは呑気な声で言った。

 

「チンピラ?脚がグンバツの女って聞いたぜ、オレはな」

「あ?オレは隻腕隻眼のガンマンって聞いたが…」

「あんたら、噂話が趣味なわけ…?ひょろっとしたどこにでもいそうなチンピラよ。ちょうどサーレー、あんたみたいなね」

「へっ…そりゃさぞかし威厳がねぇんだろうな。誰も見たことがねーってのも納得だ」

「失敗したら会えるかもね?能力を奪われるときとか」

「そもそも生きて帰ってこれんのかって話だろ」

「ああ。だからきっちりこなすぜ」

 

 太陽が水平線に沈みきり、あたりは次第に薄闇が立ちこめていった。サーレーは腕時計を確認して呟く。

 

「時間だ」

 


 

 

 

ローマ コロッセオの地下

 

 真実の口から左にコロッセオをまわり、小さな海鳥の掘られた石畳を少しずらすと、小さな鍵穴がみつかる。

 そこを開け、地下へ続く階段を下ると、奇妙な空間が広がっている。荘厳な柱に古代ローマ様式の彫刻の施された大空洞だ。

 その回廊を抜けると、さらに地下へ進む階段が見つかる。そこは人工物というよりは自然物のような石柱が並んでいるが、よくみるとその柱の一本一本に“顔”が彫られている。その彫刻ははローマ人というよりももっと荒々しい印象で、エキゾチックな顔立ちをしている。

 

 その最下層は更に広い空間になっており、中央に場違いな安っぽい椅子と机が置かれていた。それを挟むようにして、五人の男が神妙な顔をして佇んでいた。

 

「このポルナレフ様の残した日記と資料で…とりあえずのところ、あなた方のお話を信用できると判断いたしました。……こんなところに身を隠していらしたとは」

 

 揃いのスーツを着た三人の男の中で一番小柄な老人が言った。この三人の男はスピードワゴン財団の人間で、揃いとはいえかなり仕立てのいいスーツを着ているところからそれなりの地位のものだと察せられる。

 対面するのはジョルノとメローネだった。パッショーネのボス、そして実質No.3といえる幹部が揃っての会合だ。政治家相手でもそうそうない組み合わせといえる。

 ジョルノが口を開く。

 

「それで、先日うちの幹部を襲った男の身元はわかったのでしょうか」

「はい。男の名前はギヨム・トマ。29歳、出身はフランスで21のときに入団。スピードワゴン財団アメリカ本部で5年働いた後、ポルナレフさまを探し出し、サポートをするためにチームで欧州へ赴き、その後消息を断ちました」

 

 ジョルノも矢を狙って待ち構えていた男のことはブランク、ミスタから聞いていた。当然彼から奪ったスタンド能力のこともだ。

 

「おそらくポルナレフさまの持つ矢の力に気づいたのでしょう…そしてやつ一人ポルナレフさまに近づき、機会を窺っていたのです」

「その男はスタンド使いだったと報告を受けています。その事実はそちらで確認済みでしょうか」

「いいえ…我々は入団者がスタンド能力者かどうか必ず確認しています。彼は少なくとも8年前はスタンド使いではありませんでした」

「ではポルナレフさんの持っていた“矢”を使用して後天的に能力を得たと?」

「…いえ、それはありえません。ポルナレフさまは絶対にスタンド使いを増やすようなことをしませんから」

「では…一体どうやって?まだ我々の知り得ない矢が存在するとでも?」

「その可能性も捨てきれません。矢、もしくは類似の品。……あるいは“スタンド能力を与えるスタンド能力者”の存在。あらゆる可能性が考えられますが、我々は後者だと睨んでおります」

 

 能力を与える能力。ブランクのソウルスティーラーは奪った後、能力を成長させ持ち主に返すこともできる。類似の力を持つものがいる可能性も捨てきれない。

 

「だとすれば特定は困難…と」

「ええ。もちろん常に捜査はしておりますが…」

 

 

「わかりました。ギヨム・トマの件は一度おいておきましょうか。…このイタリアでスピードワゴン財団の方が次々と消えている、その件のほうがあなた方には急ぎでしょう」

「ええ。おっしゃるとおりです…」

 

 左端のスーツの男が机の上に資料を出し、メローネがそれを受け取った。

 

「行方不明者一覧です。…そして、こちらの方は読んでこの場で破棄していただきたい」

 

「……わかりました」

 ジョルノはメローネとともに資料を読んだ。その内容の衝撃にジョルノの資料を読む手はしばしば止まり、メローネもまた驚きのあまりつばを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

「………ほとんどオカルトじゃあないか」

 

 コロッセオ地下空間から出て、送迎のリムジンに乗り込んでからようやくメローネは口を開いた。

 

「傍から見れば、スタンド能力もオカルトだ」

「そりゃあそうだが。…オレはおちょくられてるのかと思ったくらいだ」

 

 メローネはうんざりと言いたげだった。行方不明者の資料だけ受け取りはしたものの、どうせ死体は見つからないだろう。

 

「で…スピードワゴン財団の人間は“それ”を狙う何者かに殺された…と」

「ああ。“それ”の回収が矢の所有権の条件だとあちらは暗に言っているわけだ」

「矢の奪還に本気で動かれちゃあこっちとしても困るしな。事実、この組織はソウルスティーラーという恐怖の鎖でなんとか体裁を保ってるっていうのが現状だからな」

「悲しいことに裏世界の安定はまだまだ遠い話ってことだ。わかっているよ」

 

 ジョルノの達観したような言いぶりにメローネは噛み付いた。

 

「ほんとうにわかってるのか?ジョルノ。オレがおまえと組んでるのは、()()()()()()()()()()だぜ。そしてそれが多数派だ」

 

 残念ながら、ジョルノの志に真に感動し、暗闇の荒野を歩いてゆこうと決意できるものは少ない。

 それが普通だ。それが人間だ。

 

 だからこそ、ジョルノは標にならなければいけない。

 

 ジョルノはメローネをまっすぐ見つめ返し、堂々と答える。

 

「わかっているよ。だかそれも次第に変わってきているだろう?そして…麻薬チーム、彼らの殲滅でようやく切り替わるはずだ」

 

 メローネは視線を窓の外にそらした。

 

「それもブランクの仕事じゃあねーか」

「彼女が心配?」

「……彼な、彼」

 ジョルノのちょっとからかうような口調にムッとしてメローネは咳払いしつつ答える。

「…あいつは実際、適任だよ。あいつの前じゃどんなスタンドだってまな板の上の鯉だからな。ただあいつは断るってことを知らないだろ」

「今回は彼自らの提案だよ。人選もね」

「はあ…?あいつはマゾヒストなのか…?」

「ぼくも…無理する必要はないと常々言ってるんだが」

「……おまえらいつも何話してるんだ?密室で。変なことしてないよな?」

「驚くほどに仕事の話しかしていないよ。…あっでもこの前は二人で寿司を作って食べたな。ブランクが昔一度食べたのが忘れられないからって、魚を持ち込んで」

「変なことしてるじゃあねーか…」

 

 

 


 

 

 ネアポリス中心街から外れたバー、グァルティエロ。パンナコッタ・フーゴはそこでピアノを弾いていた。

 現在フーゴはペリーコロの息子、ジャンルッカの元でこのバーの用心棒を任されている。

 

 フーゴはギアッチョの絶対零度の前に敗北し、重度の凍傷を追って一週間後、ようやく意識を取り戻した。そしてその頃にはフーゴを取り巻く環境はガラリと変わっていた。

 

 死闘を繰り広げたはずの暗殺者チームが英雄として祭り上げられ幹部となり、トリッシュ・ウナは無関係の少女とされ、ボスが正体を明かした。

 長らく謎とされていたボスの正体がジョルノ・ジョバァーナだと聞いたとき、自分はたちの悪い悪夢の世界にとらわれているのかと思った。

 

 病室に訪れたジョルノことボスは事の顛末をフーゴに語った。そして、仲間の死も。

 

 

 フーゴは鍵盤に指を乗せた。奏でる曲はショパンのノクターン第二番。客がいないときは、こうしてフーゴの引きたい曲を弾く。

 

 

 ここに来る客は比較的カタギが多い。立地が観光客も安心してうろつける駅付近だし、通りに面している。マフィアの“表の顔”としては上等の場所で、本当なら用心棒なんてそうそう出番がない。

 

 

 でも自分はここで甘んじて飼い殺されている。ジョルノはもっといい仕事を回すことができると言ったが、フーゴは断った。他に、何かを望んだりはしない。

 

 世界は変わった。

 でもぼくは、いまだにあの日の敗北にとらわれている。

 

 

カランカラン…

 

 ドアベルが鳴り、客が入ってきた。時計はとっくに12時を回っている。深夜の入店は珍しい。

 

 客はポニーテールの女だった。明るい茶髪に、バカみたいにおっきなリボンをつけている。瞳の色に合わせた黄色のパレオの下には拳銃。明らかに堅気じゃない。

 

「ねーねーピアノってさあ」

 

 女はピアノをひくフーゴの背後に無遠慮に立って、演奏なんてお構いなしに喋りだした。

 

「十本の指を全然違うふうに動かすじゃん?フツー無理くない?それってさー、訓練でできるようにしてるってことでしょお?」

 

 フーゴはそれを無視して曲を弾き続ける。パッショーネの人間か、敵対するどこかのチンピラか知らないが、何をしたいのかわからない以上、相手にする必要なんてない。

 

「自転車に乗るのもさぁーよくよく考えると、すっげーイミフメーなことしてるじゃん?足をぐるぐるぐるぐる…でも大人になっても覚えてるでしょ。そう考えると、体に染み込ませるってちょーだいじ。そう思わない?」

 

 女はわざわざかがんで顔を覗き込んできた。視界の端に女のポニーテールの先端がチラチラと映り込んで気が散った。

 

「きみのピアノも、ちいさいころ染み込まされたの?パンナコッタくん!」

「うるせーぞ!テメーの目はフシアナかァーッ?演奏してるのが見えねーのかッ!!」

 

 フーゴはプッツンし、女めがけて拳を振り抜いた。だが女は平然と右手でそれを受けた。

 女の右手はギキッ…っと金属が軋むような音を立ててフーゴの拳をがっしりと掴み、離さなかった。

 

「噂通りのキレ者だねぇ!パンナコッタくん」

 

 パッショーネのやつか。それも見かけによらずに武闘派らしい。

 そう判断した途端、フーゴの怒りはフッとさめた。それをわかってか、女は拳を離し、一歩下がってわざとらしく顔の横でピースをしながら言った。

 

「ボクは〜くおんちゃんです!イェイぅ!情報技術部新チーフだよんッ!ブイブイッ!ピィースッ」

 

「………」

「えっ…無視…?」

 

「……情報技術チームがぼくに何の用だ」

「そりゃ飛び込みの仕事のお知らせだよー!パンパカパーン出世チャーンスッ」

 

 くおんと名乗る女はドラムロールを口ずさみながら、ピアノのそばのテーブルに勝手に資料を並べ始めた。

 

「…断るという選択肢は?」

「あるわけないじゃんッ!」

 

 くおんはビシッと指でフーゴを指さし、決めポーズだといいたげにウィンクした。

 とんでもなく厄介そうな任務に、今まで見たことないタイプの女が相棒。嫌な予感がする。そしてそれは避けられないらしい。

 




明日アニメが最終回ですよ!あとAbemaTVでやってるオーコメ付き再放送が面白いですよ!
『予約』の準備はできてるか?オレはできてる。
時間と曜日が違うので気をつけましょう!わたしは今からロスに襲われてて、楽しみな半面とても憂鬱です!!
では


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03.デプレッション

 

「ふぅ…ふぅ…ふぅ……」

 

 息の荒い男がトイレに駆け込んできた。フーゴはそれを横目でちらりと見た。冬だというのに脂汗をかいて、上着を半分脱いでシャツの袖をまくっている。

 男は個室に駆け込み、ゴソゴソやった後スッキリした顔で出てきた。

 

 どうみても、クソをひり出したって感じじゃあないな…。

 

 フーゴは手を洗ってすぐにその場から立ち去った。ジャンキーなんて関わり合いたくもない。薬物で身持ちを崩すなんて、自分は愚かだと札をつけて歩いているようなものじゃないか。

 だが、巷にはそんな奴が溢れている。そして、自分たちの組織が、その土壌を形成している。

 

「うちの子がね、急に高価いラジカセを買っていたのよ…」

 

 いつものリストランテに行った。ちょうどフロアの隅でブチャラティが掃除係をしている従業員から相談を受けているところだった。神妙な、ささやくような声で女はいう。

 

「問い詰めたら…受け子をやってるんだって。恥ずかしげもなく言うの。誰のって聞いても答えなくって…ねえ、ブチャラティ…もし売人に心当たりがあるんなら、子どもを巻き込まないように言ってやってくれないかね…」

「わかりました…こちらで探してみましょう」

 

 最近組織はヤクを売り捌いてるのを隠しもしなくなった。フーゴはヤクの話が出るとブチャラティの表情が強ばるのに気づいていた。普段冷静で感情を表に出さない彼が唯一自分をコントロールしきれない瞬間。過去に麻薬絡みでなにかあったのだろうと容易に想像できた。

 だからといって無闇やたらに過去を詮索したりはしない。それが礼儀だ。

 

「ブチャラティ」

「ああ、フーゴか。聞こえていたか?」

「ええ。子どもに受け子をやらせてるやつがいるんですか?とんでもないクズがいたもんですね」

「ああ。まったくだ…」

 

 受け子とは要するに金と薬の受け渡し役だ。客と直接会うのを嫌がるやつが犯罪とは無縁の市民に小金と引き換えに片棒を担がせる。

 はっきり言って、そういうのに抵抗がないやつは将来的に顧客になる可能性が高い。もちろん子どもも例外ではなかった。

 

「何人か心当たりはあるからこれから当たってみる」

「ブチャラティ、ぼくも手伝いますよ。手分けしたほうが早いでしょう」

「そうか?それは助かる」

 

 これでもフーゴはブチャラティチーム最古参だ。少なくともミスタ、ナランチャよりはチンピラたちに話が通りやすいだろう。

 フーゴは車で空港に向かった。

 空港につくと、真っ先にタクシー乗り場へ行く。目的の人物はすぐに見つかった。

 

 彼の名前は涙目のルカ。空港で私営タクシーを牛耳ってるケチなチンピラだ。そういうゆすりたかりだけでは生計は成り立たない。いくら巻き上げても上納金はパーセンテージで決まっている。

 下っ端たちはだいたいそんな感じでヤクザ稼業に真摯にうちこんでも大した金にはならない。だから大抵は副業をしている。ルカも例外ではなかった。

 

 フーゴと目が合うと、ルカは鼻をすすり、ハンカチで涙を拭った。やつの目はショバを巡る喧嘩でぶちのめされて以来涙が止まらないと聞いている。よくみるとまだ頬に傷跡が残っている。

 

「ブチャラティんとこの…フーゴ……さんでしたっけ?どうかしました?」

 ルカは言葉遣いこそ丁寧だが、なんとなく不遜な感じがした。フーゴは静かに苛ついた。

 偉くもない、たまたま喧嘩で最後まで立ってただけでイキってる間抜け。そういうやつは嫌いだ。

 

「いえね、ちょっと噂を耳にしまして。あんた、ヤクを売り捌いてるそうじゃないか。子どもに受け子をやらせてるんだってな?」

 もちろん証拠はないが、カマ掛けとして断定口調を使った。だがルカは悪びれもせず首を縦に振った。

 

「ああ。許可をとって売ってんだ。何が悪いっていうんです?そもそも麻薬はあんたたちの管轄外だろ」

「…いいや、管轄内だ。子どもを犯罪に巻き込むな」

「……売っちゃいないですよ?さすがにね…でも、働きたいやつと人手がほしいの、需要と供給ってやつですか?それが噛み合ってるってだけじゃないですか」

「覚えたての言葉を使ってるのはバカみたいだぞ。とにかくぼくは子どもに受け子をやらせるのをやめろと忠告してるんだ」

「いちいちうるせーな!オレらはオレらで納得してやってんだよ!文句言うなら仕事も娯楽もろくにねぇーセーフに言えよ!」

 

 フーゴは返事はせず、拳でルカの頭を殴りつけた。ルカは吹っ飛び、地面に落ちて起き上がることはなかった。

 

「…今日は食いっぱぐれたな」

 

 

 

 


 

 

 

 

「はい!というわけでだいたいここに書いてあるとおりなんだけど…」

 

 くおんの広げた資料に載っていたのは見覚えのある男の顔だった。

 

「ヴォルペ…?マッシモ・ヴォルペが…抹殺対象だと?」

「えっ?!知ってる人?すっごーいぐうぜん!」

 

 なんだか適当なやつだ。フーゴは自分があしらわれてるように感じ、若干不快になった。だがそれよりもボローニャ大学の頃の同級だったヴォルペとの思わぬ再会のほうがはるかに注意をひいた。

 尖った印象を受ける骨格に、イギリス系の細い鼻筋に細い眉と目。間違いない、ヴォルペ本人だ。

 

 資料の下に記されているのは彼のスタンド、マニック・デプレッションの能力だった。

 

「麻薬を生み出す能力…こんなものがパッショーネの麻薬ビジネスの正体…か」

「あっもちろんこれだけじゃないよ?やっぱねぇ、ウィードは産地で選ぶ人もいるから。…とはいえ市民に流通してる安価なのはほとんど彼のだったみたいだけどね!質がいいのは金持ち専用〜カリブ直送安心品質!…まあそのルートもコカキが管理してたから他のギャングに売られちゃったかも」

 

 フーゴの脳裏にブチャラティの顔がよぎり、心臓がずきりといたんだ。

 長らく彼を見ていたフーゴは知っていた。彼は口にはしなかったが、麻薬に対しては複雑な思いを抱いていたに違いなかった。

 自分がその元凶とこんな形で関わることになるとは思いもしなかった。

 

「ぼくが選ばれたのは彼と同級だったからか?」

「えっ?違うんじゃあないかな?初耳だし。えっと…そうだね。まずは経緯説明だね!車でやろっか」

 

 メランコリーに陥りかけたフーゴをガン無視して、くおんはヴォルペの資料を回収し、細かくちぎって灰皿の上で燃やし始めた。

 

「ちょっと待ってくれ。まだ店が…」

「えー?どーせこないよ客なんて。いっこくをあらそう?らしいのでハイ!車へゴー」

 

 フーゴは振り上げたくなる拳をぐっとおさえた。だがこのくおんは任務を持ってきた以上、フーゴより立場は上だ。あの日からポッキリ折れたフーゴには舐めた態度の女をぶん殴るほどの激情を持てずにいる。

 

 くおんはフーゴの返事も聞かずに店を出て、乗ってきたらしいワゴン車に乗り込んだ。ナンバーから見るにレンタカーだ。

 車が発進し、夜の街を抜けていく。誰かを轢き殺しても構わないといいたげなスピードの出し方だった。くおんは路地を抜けると唐突に話しだした。

 

「麻薬チームの討伐はほんとはボクらの任務じゃなかったんだよね。ていうか、前任がちょっとしくじったのねー」

 

 当初、麻薬チーム殲滅メンバーはサーレー、ズッケェロ、シーラEの三名だった。ヴィラ・サン・ジョヴァンニにてビットリオ、コカキの撃破には成功したらしい。

 作戦終了予定時間、港に派遣された斥候は重篤な麻薬中毒の症状の状態で倒れているズッケェロを発見し、その近くでビットリオと刺し違えたと見られる重傷のサーレーとともに回収した。

 

「なんと!麻薬チームの武闘派二人は仕留められたんだけど…代わりにシーラちゃんが攫われちゃってさ。それでホントはその後を引き継ぐはずだったボクと君の出番ってわけ!いえーい大抜擢ッ」

「大抜擢?」

 

 そんなわけ無いだろう。という意図を込めてくおんをにらんだ。だがくおんはそれにニコニコと笑顔で応じ、全く気にしてない様子だった。

 

「女の子を助けに行くナイトだよ。光栄だよね!でもこのヴォルぺとアンジェリカも多分手強いよ」

「麻薬を生み出す能力に…幻覚を見せる能力…なのか?さっき燃やした資料に書いてあったのを見るに、戦闘能力が高いとは言い難いが」

「まあたしかに、シンプルな強さはコカキとビットリオの方が勝るね。っていうかむしろサーレーとズッケェロはよく倒したと思うよ!シーラちゃんさらうのに手間取っただけかもしれないけどさ」

「…逆に言えば残りの二人は正攻法では倒せないと」

「そうだね。そうかな?んー…詳しくはわっかんないや!」

「…こんなの情報なんて言えない。不正確すぎる」

「もー、文句言わないでよー!かわいそうでしょ!こんだけわかったのってすごいよ?あの二人は不死身だね!今は怪我と中毒で死にかけだけど」

「……」

 

 フーゴは「ぼくはお前に文句を言ったんだ」と言いたいのをぐっとこらえた。

 

「よし。他になんか思い出したら適宜言うよ!」

 

 車は高速に入り、くおんはアクセルを踏み抜く。法定速度なんて全く気にする様子はない。それほど急ぎなのか、そういう性格なのか。態度からは掴みかねる。

 

「さっきははぐらかされたが、ぼくときみがこの任務に選ばれたのはなぜだ?」

「え?あー…」

 くおんははじめて困ったような、なんとも言えない渋い顔をした。

「ボクの元上司、ムーロロって人なんだけど…実は前の騒ぎの元凶みたいな?結局有耶無耶になったんだけど…それでちょっとね」

「ああ。なるほど…」

 

 どうやらくおんも自分と似たような立場らしい

 

 二人とも“ボス”の秘密に関わっているというわけだ。それに前任のメンバーのうちズッケェロは聞き覚えがある。ブチャラティがポルポの遺産を取りに行く際襲撃してきたやつの名だ。

 

 つまりこの麻薬チームの殲滅は組織にとっての懸念事項をまとめて潰すいい機会とも捉えることができる。

 病院に訪れたジョルノからそんな気配は感じられなかったが、ミスタと彼を除く組織のトップは元暗殺者チームが占めている。彼らならばフーゴを切り捨てる理由は十分にある。

 

「パンナコッタくんのこともちょっと知ってるよ。情報チームだからね!暗殺チームとバトったんでしょ?事情知らなかったとはいえツイてないねー」

「なんだ。知っていたのか…」

「そりゃね!っていうか〜知ってるからヤバイんだよ。やんなっちゃうね」

 

 組織に忠誠を誓わないものはソウルスティーラーに能力を奪われるという。

 

 ソウルスティーラーはかつて敵対した暗殺者チームの狙撃手、ヴォート・ブランクだ。だがヴェネツィアで敗北した自分は彼と戦ったことはない。それどころか顔も知らない。

 あれからおよそ三ヶ月、ブランクからの連絡は未だにない。彼の仲間を殺したのは自分のパープル・ヘイズだ。なのになんの音沙汰もないのは不気味だった。

 だが、おそらくこの任務が終われば会うことになるだろう。彼は怒るだろうか?それとも自分を許すのだろうか?わからない。

 自分にはもう抗う権利すらないような気がした。

 

「シーラちゃん、無事だといいね。なんでさらわれたのかわかる?あっ!そういえばパンナコッタ君って大卒だっけ?なんかめっちゃ頭いいんだよね!」

「名前で呼ぶの、やめてくれないか」

「えっ。なんで?だってボクはくおんだよ?」

「意味がわからないんだが。…とにかく嫌なんだ。大体、初対面なのに馴れ馴れしいぞ。立場以前に礼儀が…」

「じゃあパニーって呼ぶね!」

 

 フーゴは助手席の前を蹴った。破壊音が聞こえ、グローブボックスのフタが空いて中身が床にこぼれ落ちた。

 

「うわーッ?!これ経費で落ちるかな?!この前ウィリーやって壊したバイクは駄目だったんだよね」

「知るかッ!」

「まーまーリラックス!気楽に行こうよ」

 

 フーゴはもう一回グローブボックスを蹴った。今度は蓋が完全に取れてしまった。だがくおんはもう経費のことは忘れたのか、ケロッとした顔で気遣わしげな声を出した。

 

「でも麻薬チームも気の毒だよね?」

「お前…無敵か…?」

「だってできる事をしてるだけだよ?それを否定して、死ねって。かわいそー」

「そのできることってのが許されないことなら、しかたないだろ」

「そお?じゃあパンナコッタくんは生きてるだけでめーわくだからしね!って言われてもいーの?!」

「………そうだな。言われても、仕方ない」

「な、なによう。急にそんなトーンダウンしなくてもいいじゃん。話に聞いてたのと違うなぁー…」

 

 くおんはシーラEの話をぺらぺら喋っていた。フーゴがあからさまに興味なさげな顔をしてもお構いなしだった。

 この能天気さは、強いて例えるならミスタとナランチャを足してそのまま割らない…。そんな感じだ。

 

 

「人間の肉ってよォ〜美味いのか?まずいのか?」

 

 そんなことを話していたミスタのことを思い出した。ナランチャはやめろよといいつつも想像が止まらなくて余計ミスタを饒舌にしてしまうし、アバッキオもそれを止めずに静観していた。

 

 ああ、そういえば一連の出来事は、奇妙な彫刻家の件を片付けてすぐのことだったな…

 

 

 

フーゴの無反応さにしびれを切らしてか、くおんはクラクションを鳴らしながら文句をたれた。

 

 

「ねえ、ボクたちチームなんだよ?もっと打ち解けようよ」

「…どうせこの任務だけじゃあないか。だったら必要ないだろう」

「でも同じ組織だよ?それに、情報技術チームに君を勧誘するってのもかねてるの。頭いいんだよね?きみ」

「パソコンはあまり触ったことないんだ」

「むいてると思うよ!…いや向いてないかな…キレてぶっこわしそう」

 フーゴはくおんを思いっきり睨みつけた。それをみてくおんはにゃははと笑う。どうしてか、彼女が組織のものだとわかった途端、正面切って怒ることができない。

 

「思ったよりはキレないね。遠慮はあるんだ。前はそうじゃなかったでしょう?ブチャラティの隠し玉だったもんね」

 こいつは心を読んでいるんだろうか?

 さっきから、フーゴを怒らせたいのかとしか思えないほど的確な言葉を投げてくる。

 

「…もう彼はいない」

「仲間がいないのはかなしい?」

「うるさいな」

「わかるよ。ボクも大事な仲間いっぱい死んだから」

「じゃあ聞くまでもないだろう」

「えー?じゃあボクと一緒の気持ちなの?パンナコッタくんは。だとしたら…相当“かなしい”だよ!手首切っちゃうくらい!」

「運転に集中してくれないか。あんたの与太話に付き合うのは疲れた」

「つれないなー」

 

 フーゴは目を瞑り、これ以上会話をする意志がないことを示した。くおんは今度はその意図を汲んで黙ってまたアクセルを踏みスピードを上げた。掴めないやつだ。

 単調な景色に目を奪われるなんてことはなく、フーゴはいつの間にかうとうとしていたらしく、気づけば車は高速を降りて一般道を走っていた。

 

「パンナコッタくんパンナコッタくん」

「その呼び方やめてくれないか」

「ほら見て」

 

 くおんの指差す方向には海が広がっていた。そしてその手前に煙がいくつも上がっていた。道を照らすライトに沿うようにオレンジ色の光に黒い煙が照らされている。街全体で交通事故が同時多発的に起こったかのようだ。

 

「…一体どこを目指しているんだ?」

「シチリアだよ!オルティージャ島!すてきー!これから港でボートをかっぱらいますー」

 

 くおんは双眼鏡を手渡してきた。フーゴはそれで事故の起きた場所を見る。一番近い現場は何が起きているのかなんとか視認できた。車が一台ガードレールにつっこんで大破している。

 

「さて…と。えっとー…どうする?走り抜けちゃおっか」

「まだ敵の攻撃方法も射程距離もわからないんだぞ」

「でも急がなきゃ。時間がないんだよ」

 くおんはフーゴの返事を聞かずアクセルを踏む。こいつには人の話を聞く気は一切ないどころか、ちょっと前の会話を覚えてるだけの集中力もないらしい。

 

「幻覚を見せる能力、麻薬を生み出す能力。この攻撃は幻覚を見せる方だろう。となると敵の攻撃のトリガーを慎重に見極める必要がある。事故ってる車がある以上スピード出して突っ込むのは得策じゃない」

「じゃあ足で走ろっか」

 

 くおんはすんなり納得して車から降りて屈伸し始めた。フーゴも同じく車から降りて、真っ暗な海を遠目で眺める。

「ぼくのスタンドは…あまり、使い勝手が良くない。無闇に突っ込んで敵と出会っても役に立たないかもしれない」

「何言ってんの。結局最後にものをいうのはフィジカルだよッ」

 そう言ってくおんはその場で宙返りをした。情報チームのくせに身体能力は高いらしい。驚いた顔をしたフーゴにニコッと笑いかける。

 

「ボクが抜擢されたワケをとくとごろーじろ。だね!」

 

 


 

 

「ねぇー…マッシモ。本当に、本当に?本当にあるの?」

「ああ。何度も確認しただろ。しつこいくらいに何度も。間違いない」

 

 アンジェリカは震える指先でシーラEを撫でた。シーラEは脂汗を浮かべて眠っている。ヴォルペの能力、マニック・デプレッションで生成された麻薬を打たれ昏睡状態に陥っているからだ。アンジェリカはアンジェリカで“血液がささくれだつ”痛みを緩和させるために麻薬を打ったばかりだ。二人共朦朧としている。

 ヴォルペはヨットを操縦している。真っ暗な海面を滑るようにして、目的地へ向かっている。

 

「でも、できるのかなあ…。何百年も、何千年も昔のことなんて、あたしにはなかったことと同じに思える」

「できるできないじゃあない。させるのさ」

 

 アンジェリカは夢うつつだ。それでも彼女の能力、ナイトバード・フライングはしっかり仕事をこなしている。はるか彼方、陸の方で煙が上がるのが見えた。誰かが幻覚に囚われ、死んだのだろう。

 

「この入れ墨…とってもキュート」

 アンジェリカが鼻をすすった。つう、と垂れる鼻血に全く構わない。ヴォルペは舵からちょっと手をはなし、それを拭ってやった。

 

「ねえ、ほんとに追手はいるのかな」

「さあな。コカキがやられて、ほんとうにオレたちだけ、孤立無援になってしまったな」

「それを手に入れたら、どこに行くんだっけ」

「忘れたのか?フランスに抜けて、それからシベリア、アラスカ、そしてアメリカ。長い旅になるぞ」

「ああ、そうだったね。楽しみだなあ。その頃には、もう体は痛くないんだもんね、マッシモ」

「ああ。だから安心して、お前はスタンドに集中しろ。誰の邪魔も入らないように…」

 

 アンジェリカは目を閉じた。シーラEと並ぶと姉妹みたいに見える。

 アンジェリカはナイトバード・フライングで追手と思われる自分たちの足跡を追いかけるものに無差別に幻覚を見せている。ほとんど自動で動いているとはいえ、“感じ取る”には集中力が必要だった。

 アンジェリカはこんな難病にさえなっていなければ、もっと瑞々しく、輝くような太陽の下で学校に向かう無邪気な少女になってたはずだった。

 

 生まれは、選べない。運命は、選べない。

 

 能力をソウルスティーラーに委ねればアンジェリカを然るべき医療機関へ預けるという話もあった。だがヴォルペはそれを飲まなかった。

 医療でどうにかならなかったから彼女は自分のそばにいる。それに、ボスの座をまんまと乗っ取った奴らの言うことなんて信用できなかった。

 麻薬チームの四人はその事実を知っていた。取引を飲んだとしても待っているのは終わらない、掃き溜めをさらうよりも惨めな日々だろう。

 そしてなにより、アンジェリカと引き離されることが自分にとって半身をもがれるほどの苦痛だということに気がついたからだ。

 

 自分なしで、アンジェリカがシラフでいる日々を耐えられるだろうか?誰よりも寂しがりなアンジェリカ。かわいそうなアンジェリカ。

 中毒になるのは麻薬だけじゃない。関係そのものだって毒になりうる。

 それを自覚してなお、崖っぷちに追い詰められればられるほど、手放しがたく思えて愚行に走ってしまう。

 

 “石仮面”という荒唐無稽な手段にすがるほどに。

 

 



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04.ナイトバード

 

1999年1月 ブランク入団から一月

 

「人に恨まれる覚えは…少なくともこっちに来てからはないんだけど」

 

 シーラEは身動き一つできないまま、視界いっぱいに広がる地面を見つめ続けることしかできなかった。

 顔を上げることはできない。なぜならば首周りには大量のパイプやらボンベやらがくっついており、しかも体全体がそういった鉄類にガッチリと固定されてしまっているからだ。

 

「にしても指定場所が廃工場とはね…ほんとラッキーだった。それに君の能力は特段僕と相性が悪かったみたいだしね。今回は僕の運が良かった」

 

 シーラEはイルーゾォをおびき寄せるために偽の暗殺依頼を出した。イルーゾォ向けの、人をさらい甚振るゲスな仕事を。

 だというのに、指定場所に来たのは赤毛のひょろい新顔だった。そいつは無警戒に廃工場に来て、フェイクのターゲットの写真を見ながらキョロキョロしていた。

 シーラEは当然肩を落とした。だがフェイクの依頼を出した以上、引き下がることはできなかった。シーラはその見慣れないチンピラの顔が組織の情報にあるかどうか確認するため、あわててパソコンをとりだし電源をつなげた。残念ながらリストにそれらしき人物はみつからなかった。

 たが暗殺チームの新入りであることは間違いない。シーラはイルーゾォの情報を搾り取ろうと自身のスタンド、ヴードゥー・チャイルドで襲いかかった。

 

 ヴードゥー・チャイルドは殴った箇所に唇ができて、攻撃を受けた者の深層心理を読み取り、最悪のことばを吐き続けることができる。初対面の赤毛にも容赦なく、その場で身動き取れなくなるような心の吐露を吐きかけたはずだった。

 

 なのにこいつには言葉が全く響いていない。

 

「僕は空っぽだからさ…何を言われてもなんとも思わないんだよね。噛み付いてくるのには参ったけど」

 

 ブードゥーチャイルドの唇を作る能力は解除させられた。だがシーラはまだ諦めてはいなかった。相手の油断を待って再び襲いかかり、今度は迷わず喉笛を噛みちぎるつもりだ。

 

「…で、君は…えーっと…シーラ?シーラちゃんっていうのか。ふぅン…パッショーネの人じゃん。同士討ちはご法度じゃなかったっけ?」

 

 目の前にぼとりと財布が落ちてきた。所持品を漁られ、パッショーネのバッジを見つけられたらしい。名前の方はクレジットカードか何かでわかったんだろう。

 

 ゲッ。こいつ札はおろか小銭も全部抜いてる!せこいやつ!

 

「で、なんで偽の依頼を?内容から察するにイルーゾォ先輩をおびき寄せたかったのか?」

「……あんたに…関係ないでしょ」

「あるよ。イルーゾォ先輩は僕の世話役なんだ。君にまた粘着されると面倒だろ」

「ハッ…じゃああんたもゲス野郎のお仲間ってわけね」

「ギャングなんてやってるのはみんな同じ穴の貉だと思うけどね。君も僕も」

「程度が違うわ。私はあいつをぐちゃぐちゃにしないと気がすまないッ!裏世界に住むクズには同じクズになってでも、自身で裁くしかないのよ」

 赤毛は鬼気迫る形相のシーラを見てきょとんとしてから言った。

「ああ…もしかして復讐ってやつ?」

 

 無関心が透けて見える口調にシーラはブチキレそうになった。だが身体にのしかかる鉄の重みと冷たさがシーラをギリギリ正気にとどめた。そんなシーラの心境を知ってか知らずか、赤毛は更に踏み込んでくる。

 

「君の復讐はよりよく生きるためにすること?」

「ちがう、姉さまの無念を晴らすため。それができれば、私の命なんてどうなったっていい」

「姉さま?」

「そう。あんたの先輩が殺したの。私は絶対に許さない…」

「ふうん…そういう復讐もあるんだね」

 

 赤毛は無感動に言った。そして数秒考え事をするかのような間をおいてからまた話し始めた。

 

「僕、チームに入ったばっかりだからわからないけど…イルーゾォ先輩が昔なにしてても全然不思議じゃないな。君のお姉さんはお気の毒に。まあ、正直どうでもいいけど…」

「いかにもゲスの仲間らしい発言ね」

「だって僕は酷いことをされてないからね」

 

 赤毛はかがみ込み、シーラの耳に顔を近づけ小声で言った。シーラからは赤い毛先しか見えない。

 

「でも…君が先輩を殺すと仕事に支障が出るから、復讐はさせないよ。このことはドッピオさんに報告する。ボスの右腕だ、わかるか?」

 ドッピオという名を聞いてシーラは息を呑んだ。赤毛はその反応を静かに観察している。

「なんであんたみたいな下っ端がドッピオさまの名前を知ってるの」

 そう聞いてからシーラは後悔した。この言い方じゃ自分がドッピオと通じる親衛隊だと言ってるようなものだ。

「もし君が今後もパッショーネで、本気で復讐を果たしたいなら…僕がいなくなってからのほうがいいね」

「私を殺せばそんな危険なくなるわよ」

 シーラは挑発する。だが赤毛は意にも介してない様子でそのまま立ち去ろうとしていた。足音が遠ざかっていく。

 完封された。反撃の機会もとどめも刺されない、完全な負けだ。

 

「チクショウ!死ね!」

 

 シーラの罵倒に、だいぶ遠くから返事が聞こえた。

 

「変なの。人は必ず死ぬよ。いつかね」

 

 

 シーラがその赤毛の名を知ったのはだいぶあとになってからだった。

 

 


 

 

 くおんはシカのように軽やかに走っていく。フーゴは3メートルほど間を空けて彼女に続く。フィジカルが物を言うと公言するだけあって走りはハイペースだ。

 先程双眼鏡で見た事故現場を通り過ぎる。車の中で運転手が血を流して伏せている。死んでいるのか生きているのかわからないが、かまっている暇はない。

 市街地に入った。事故があったにもかかわらず街はしんと静まり返っている。くおんは港へ続く商店街の入り口でピタリと止まり、フーゴを見た。フーゴもくおんの顔を見て頷いた。

 

「妙だな」

「ね。……でも生き物は複数いるよ」

 

 くおんは首はほとんど動かさずに周囲を目だけで見回した。野生動物みたいな勘が働いているのだろうか。フーゴに感じ取れない何かの気配を掴んでいるらしい。

 

「…ぼくにはわからないな」

「いや。感じる。でも人…っぽくはないな…」

 

 くおんは腰に下げた拳銃を取り出した。ベレッタ92だ。さっきまでのおどけた態度と打って変わって真剣な眼差しで暗闇に目を向けた。

 

「……近い」

「何…?」

 

ふぅーっ……ふぅーっ……

 

 不意に荒々しい呼吸音が聞こえた。背筋に悪寒が走り、フーゴはとっさに体を左へ仰け反らせた。

 直後、風を切るような音がして、さっきまでフーゴの頭があった位置に鉄パイプが振り落とされていた。

 

「おっ…」

 

 くおんが銃口を向けるより早く鉄パイプの持ち主にフーゴの拳が叩き込まれた。

 男の顔面には拳がガッチリめり込んでいる。だがぶっ倒れることなく、鉄パイプを再び振りかぶろうとした。

 その時、くおんの銃口が光り、銃声が二回轟いた。男は両膝の関節を破壊されがくりと体勢を崩す。フーゴはさらにその背中に蹴りを叩き込んだ。男は前へ吹っ飛び、地面に血の跡を残しながら転がる。たが鉄パイプは決して手放さない。そればかりかこちらを睨みつけて立ち上がろうと藻掻き始めた。

 

「こいつ、普通じゃあないぞッ!」

「パンナコッタくん、これ!」

 くおんは反対側の腰に下げていた銃をフーゴに投げ渡した。男の口からは歯が歯肉からぶら下がっているだけでなく、頬の内側からも犬歯が飛び出していた。それだけの力で殴られたら脳震盪を起こすか頭蓋骨が割れるかで再起不能になるはずだ。

「ひぃーッ…痛くないのかな?アレ」

「いいや…おそらく感じてないんだ」

 

 そうこうしているうちに周囲に同じように荒い呼吸を繰り返す、うつろな目をした人間が集まってきた。まるで男の血の匂いに釣られてきたかのようだ。

 それを見てくおんはため息を吐き、フーゴの言葉の意味を理解した。

 

「なるほどね…マニック・デプレッション、応用が利くんだ」

「こんな使い方ができるとはな」

「ヤクでぶっ飛んでるっていうより、これじゃあゾンビだねゾンビ。ゲームみたい!」

「馬鹿なことを言ってる暇は…」

 

 フーゴの言葉を遮るように、叫び声が聞こえた。くおんの背後から男が一人まっすぐ走ってきた。くおんは冷静にその男の額に銃床を叩き込んだ。

 

「ゾンビなら弾の無駄うちはご法度だからねッ」

 

「いや、場合によるッ」

 

 フーゴはくおんに組みかかろうとしたもう一人の頭を一発で撃ち抜く。

 

「あは、やるじゃん!走ろう、パンナコッタくん!」

 

 それを皮切りに大勢の中毒者たちが二人をめがけ走り出した。

 二人もすぐに駆け出す。行く手を阻む有象無象を蹴散らしながら。てっきりくおんはなにかしらスタンド能力を使うかと思ったが、全て格闘技で応戦している。戦闘向きの能力ではないのだろうか。

 

 

 襲い掛かってくる連中は単調な攻撃しかできないため対処は容易だった。だが数とスタミナがありすぎるため戦闘は余裕とは言い難い。やつらは殺さない限り襲ってくる。

 

 フーゴはごみ捨て場から非常階段、屋上を経由して港へ行けるルートを発見した。くおんもフーゴのあとに続いた。これで地上を行くよりは遥かにマシなはずだ。

 

 

 

 真夜中の海はタールみたいに真っ黒だ。夜の闇との境界でチラチラと港町の灯台の光が瞬いている。

 

「あの漁船をパクろうッ!」

 

 くおんはそう言って走るスピードを上げ、ショートカットと言わんばかりにはしごを無視して三階の高さから飛び降りた。さすがに怪我をすると思ったのだが本人は平気そうだ。

 

 フーゴははしごを使ったが後ろから中毒患者たちの唸り声がどんどん迫ってくるせいでほとんど飛び降りる形になってしまった。

 

「はやくはやく!」

 

 フーゴが漁船に飛び乗る頃にはもうエンジンをかけられたらしく、すぐに飛沫を上げて港から離れていく。マニック・デプレッションで強化された人々は次々に海に飛び込んでこちらに向かって泳ぎ始めるが、次第に波の間に消えていった。

 

「よし…大成功!あとは島に行って、ヴォルペを止めるだけだねッ!いぇいぅ!天才!」

 

 くおんはエンジン全開で船を走らせる。飛沫が顔に当たった。走って火照った体が潮風で冷めていき、次第に頭も冴えてきた。

 フーゴは宙ぶらりんになっているいくつかの疑問についてくおんに聞いてみる事にした。

 

「なんでヴォルペは島に向かっているんだ?海外に逃げるならもっと別の方法があるはすだ」

「んーっと…順を追って説明しないとだめなやつなんだよね…」

 くおんはちょっと考えてからフーゴの疑問に答え始めた。

 

「今回の任務、麻薬チームの件がなかったならギアッチョがやる仕事だったんだよ。紆余曲折だね!ギアッチョはわかる?」

 フーゴはその名前を聞いて拳を握りしめた。

「元暗殺チームの…」

「知ってるんだ」

「ああ。……戦って負けた相手だ」

「あはっ!じゃあ生きてるだけで大したもんじゃん!自信持ちなよ〜」

 くおんはフーゴの重たい口調とは裏腹に感心したような褒め言葉を口にする。フーゴも流石にもう慣れたが、まるでくおんの耳にはお気楽フィルターでもかかってるのかというくらいにポジティブだ。

 

「一応言っておくが腕相撲か何かじゃあないんだぞ」

「わかってるよ?でもなんか気にしてるっぽいんだもん。慰めたんだよ!」

「余計なお世話だ」

 くおんはフーゴの素っ気ない対応を相変わらず歯牙にもかけず、ニコニコしている。

「でねでね、ローマである財団の人間が攫われてるって報告があがってね。調査を進めてったら、ギアッチョが回収するはずだったブツを麻薬チームも狙ってるっぽいってはんめーしたの!で、いろいろな兼ね合いで殲滅がシーラちゃんたち、ボクと君が回収って割当になったんだよ」

「そのブツっていうのはヴォルペにとって逃亡よりも優先するほどの品なのか」

「んー、ボクはそう思えないけど…考え方は人それぞれだよねぇ」

「一体それは?」

 フーゴの質問にくおんはニヤッと笑い、芝居がかった口調で答えた。

 

「人を不死身にする仮面さ」

 

 フーゴは不意に出てきた不死身というワードに気を取られ、きょとんとした顔をしてしまった。

「聞き間違いじゃあないよな?さっきのゾンビみたいなたとえか?」

「ちがうよ!マジだよ!本当にあるんだもん」

「そんなオカルトを信じて、ヴォルペがこんな事をするとは思えない」

「確証があったんだよ。…ま、シーラちゃんをさらったあたり、使い方までは知らないのかもしれないけど…もう使われてたとしたらヤバイねー」

 どうやら聞き間違いでも冗談でも比喩でもないらしい。一体どんな状況に追い込まれたら不死身の仮面なんかを欲しがるのだろう。フーゴにはさっぱりだった。

 だがそれが実在して、今後脅威になるというのならば、対策を練らなければならない。

 

「ぼくのパープルヘイズは生き物に対して無敵と言っていい。だが不死身に効くかはわからないぞ」

「そこらへんはどうでもいいんだよ。ノリだよノリ〜」

 

 真剣なフーゴに対してくおんは投げやりだった。確かに、上としてもこちらの成功率なんてどうでもいいのかもしれない。

 組織にとっては不都合な真実を知るこちらと裏切り者の共倒れがベスト。最悪の場合、裏切り者が勝ち残ってもより強力なスタンド使いを差し向ける準備があるはずなのだ。

 フーゴは暗澹たる思いに駆られ、思わず問いかけた。

 

「どうして組織に居続ける?」

 

「え?もしかしてボクにきいてる?」

「こんな危険な任務にあてがわれるくらいなら、足を洗って普通に働くなり、外国に逃げればいいたろう」

 

 くおんはうーん、と少し悩んでるような声を出してから答えた。

 

「それを言うならパンナコッタくんこそだよ?組織は今かなーりグダグダじゃん。ボスの挿げ替えは成功したけど、幹部は軒並み入れ替えられた。何人か暗殺されたし、裏切り者には処刑命令が出てる。この討伐任務も、あわよくば口封じって狙いがあるんだよ?どーしてそんなとこに居続けたいの、パンナコッタくんは」

「…きみは情報チームのチーフなんだろ」

「そりゃパーソナルデータはわかるよ。ブチャラティチームで何してきたかとか、誰といちばん仲良かったかとか、君がとても優秀な人間だってこともね。でもそれを見ると尚更、ギャングに固執する必要なんてないように思えるけど?」

「そうか。傍から見るとぼくはそう見えるんだな」

 

 確かに、その気になれば外国で身一つでどうにかできるかもしれない。大学を放逐されたときと比べれば選択肢はたくさんある。

 なのにぼくはネアポリスから出るなんて思いつかなかった。その理由について考えようとすると、今も服の下に残る凍傷の跡がつっぱるような気がした。

 ボートが風を切って海を行く。波があたって飛沫が飛ぶ。くおんは舵を握ったまま沈黙を守っている。

 フーゴの頭にまず最初に浮かんできたのは、全く唐突で、答えになってない、今はなき過去の風景だった。

 

「あの、リストランテ。行けばだいたいブチャラティ、アバッキオ、ミスタ、ナランチャのうち誰かがいて…エスプレッソを飲んでた」

 

 ブチャラティチームのたまり場だったリストランテ。スパゲッティを頼んでおけばハズレはないが、実はピザはそこまででもない。それに切り分けるものを頼むとたいていミスタが4に固執し、いつものジンクスの話を持ち出してくる。

 その時の光景が突然フーゴの頭によぎったのだ。

 

「バカみたいだが…ぼくがここにいるのは……そう。まだあいつらがそこにいるような気がしてならないからなのかもしれない」

 

 

「………わかるかも、それ」

「…おまえ、てきとうに答えてないか?」

「そんなことないよ!…僕にもあるんだ、二度と帰れない場所ってやつが」

 

 

 目の前に島らしき影が見えてきた。フーゴは追求するのをやめて、目の前に見えてくるはずの港の明かりを目を細めて探した。

 

 だがそこで突然、エンジン音と漣の間に不自然な何かが聞こえたのだ。

 

る、れ…

ら…ら…

らら…ら

 

 

「今、歌ったか?」

 

 

 

「はぁ?なァーに言ってんだよ、フーゴ」

 

「…え?」

 

 目の前にいるのはナランチャだった。カプレーゼをフォークに突き刺しながら、こちらを見つめている。口の端にはトマトの種がついている。

 フーゴはグラスを口につけていて、危うく中身をこぼしそうになっていた。

 

「遅ぇな、ブチャラティ」

 

 ナランチャの左手にはミスタが座っていて、椅子を傾けて出口の方を見ている。いつものリストランテだ。ミスタの向かいのアバッキオは最近買ったMDでなにか曲を聞いている。

 

 フーゴはグラスを取り落とし、席を立った。水がこぼれ、グラスは割れてしまい、ナランチャが悲鳴を上げる。

 

 ぼくはさっきまで…

 さっきまで?

 

 突然頭が霞がかったようになり、自分が何を思い立ち上がったかわからなくなる。フーゴは眉間を押さえ、テーブルに手をついた。真っ白なテーブルクロスだ。

 

「何だ、どうしたんだよフーゴ…ったく」

 

 アバッキオが面倒臭そうに破片をナプキンの上に集め始めていた。ナランチャは心配そうに、というよりは不気味なものを見るような目でこっちを見つつ「なんだァ?フーゴ、頭痛か?」と声をかけている。

 ミスタは机の上のシミをバンバン叩くようにして拭いている。

 

「……す、すまない」

 

 強烈な違和感に襲われ、フーゴはまた席に座った。だがその違和感の原因がわからない。まるであっという間に箱にしまわれてしまったかのようだった。

「そんな調子で大丈夫かよ。ブチャラティの連れてくるやつってのがもし幹部だったら、見苦しいとこ見せられねーんだぜ」

 アバッキオはヘッドホンを外して言う。

「大丈夫だ。さっきはちょっと…寝ぼけてた」

「お前居眠りしてたのかよ!」

 ナランチャが笑う。いつものように。つられてミスタも笑いだして、フーゴは怒った。

 

 

 

 

 そうだ。確か今日はブチャラティがある人を紹介したいと言ってみんなを集めたんだった。

 

 仕事上大切な取引相手ならばいつものレストランに呼んだりしない。だからきっと恋人だ!とミスタが盛り上がり、ナランチャと賭けをしていた。地域の自警団をしているぼくたちチームに、そういう浮いた話は今までなかったから一大イベントだ。

 

 そう。そうだった。

 

 それで待ってる間にナランチャが腹が減ったとごねてカプレーゼを食べだし、ぼくはそれに呆れていたんだった。

 

 そうこうしていると、レストランのドアが開いてそこからブチャラティが入ってきた。傍らには女性が立っていた。

「またせたな、お前ら」

「えっ…ブ、ブチャラティ…まさか紹介したい人…って…!やっぱり……!?」

 ナランチャががくがく震えながらブチャラティに尋ねた。ブチャラティははにかみながらその女性を紹介した。

「彼女はトリッシュ・ウナ。とても親しくしている女性だ。トリッシュ、彼らはオレの仲間だ」

「はじめまして、トリッシュ・ウナです」

 

 

 フーゴ以外全員が立ち上がり、ブチャラティの周りに集まった。フーゴは何故か立ち上がれないまま、ワンフロア向こうでわいわい騒いでるチームを見ていた。

 柔らかな日差しに包まれた全員を見てると、脳の奥からじんわりと幸福な気持ちが湧いてくる気がした。それと同時に、なにか大切なものまで麻痺していってるような気もする。

 

 ナランチャが楽しそうにトリッシュに質問をしている。ブチャラティとどこで知り合ったのか、確かに気になる。トリッシュは笑顔で、時々ブチャラティと視線を交わしながら楽しそうにそれに答えている。

 アバッキオはきっとブチャラティがトリッシュを連れてくることを知ってたに違いない。目を細め、幸せそうな二人を見ている。

 

 

「ん?フーゴ!お前まで彼女連れてきたのか」

 アバッキオが窓の外を見ながら言った。フーゴか窓の外に注目するより先にブチャラティがその人物を中に招き入れた。

 

「うわー、なんかお邪魔じゃなかったですか?ごめんねっトリッシュ…ボク、たまたま中覗いただけなんだよ〜!」

 

 声が聞こえた。確かに聞き覚えがある。だが背の高いアバッキオとミスタに遮られて姿は見えなかった。

 

「邪魔なんかじゃないわ。あなたと私も彼らと同じくらい仲がいいもの」

「ああ。きみもよければ一緒にお茶をしよう。椅子を用意してもらわなきゃな」

 ナランチャたちがワイワイとその人物をからかい始めた。

「よお!フーゴが恋しくてきたのか?」

「茶化さないでよ〜ナランチャ!」

「お熱いね」

 

 その人物は、柔らかな日差しに包まれていて姿が曖昧だった。鴨居をくぐって、少し影になったこちら側に来てようやく姿がはっきり見えた。どこからか潮の匂いがした。

 

「やあ、パンナコッタ・フーゴ」

 

 そこに立っていたのは全身ずぶ濡れの人物だった。赤毛が目元にかかっているせいで表情はよく見えない。ただ隙間から見える青い瞳はとても冷たい。

 

 レストランにはあまりにも場違いな様相の“彼女”に、フーゴはまるで本当にレストランでたまたまあったかのような自然な挨拶をした。

 

「やあ、くおん」

 

 

 



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05.パープル・ヘイズ

「…はじめまして…といってもいいよね」

「来るなら言ってくれればよかったのに」

 

 “くおん”はフーゴの目の前、ナランチャが座っていた席に腰掛けた。濡れて額に貼り付いた前髪を右へ流した。

 オレンジ色の髪はいつもより深みのある赤に見える。光の加減のせいだろうか。それとも濡れているからだろうか。

 いつもはポニーテールだった気がするんだが…気のせいか。

 

「……くおんは、甘いの好きじゃあなかったよな。ダイエット中だったか。ぼくは少しくらい太っていたって気にしないけど…」

「ふうん。そうなの?僕、彼女と一緒にご飯食べたことないからな…」

 

 くおんは真っ直ぐフーゴを見つめる。その右目の周りは火傷のあとがある。

 くおんの顔に傷なんてあっただろうか…?

 フーゴの不思議そうな顔に気づいて、くおんは唇の端を歪める。

 

「安心して。くおんはちゃんと実在するよ。情報チームのチーフだし、こういう性格だし、服装もだいたいこんな感じ。…変装がてら色々やってたんだけど…海で全部落ちちゃったね。もし会うことがあったら友達になってあげてよ」

「……あ、ミスタたちの言う事ならあまり気にしないでくれ。ぼくたちはまだそういう関係じゃあないのに、勘違いしているんだ」

 

 くおんは机の上のカップを右手で持ち上げた。手袋をしてないむき出しの鉄の義手が見えた。匂いを嗅いでから飲まずにそれを置く。

 そういえば、香りを感じない。

 強烈な違和感に襲われながらもフーゴはくおんに話しかける。

 

「今日は…なんでここに?」

「僕がここにいるのは、僕のスタンド能力のおかげさ。あの矢、精神を支配する力というだけあるよな。アンジェリカの能力を介してだが、他人の夢にこうして入る事が出来た」

 

 彼女の言っていることがよくわからない。だがフーゴは「へぇ」と、まるで世間話をしてるかのような相づちをうつ。

 フロアをまたいだ向こうではみんながわいわいとなにか話しているが、フーゴには後ろ姿しか見えない。不思議と輪郭がぼやけている気がして、目を擦った。

 フーゴの視線の先を追って“くおん”はちらりと後ろを見やった。そして向き直ると、どこか寂しげな顔をして言った。

 

「ここがさっき言ってた戻りたい場所なんだね。素敵だ。いつまでもここにいさせてあげたいのはやまやまなんだけど、時間がなくてね…」

「…そうだな。ヴェネツィアにはまた行こう。結局、教会にはいけなかったから…」

 

 よく見ると“くおん”は左右の目の色が違う。それに火傷のあとに囲まれた右目はちょっと焦点があってないように見えた。

 

「パンナコッタ・フーゴくん。道中で君のことはそれなりにわかったよ。割と楽しかったね」

 

 突然、頭がガンガンと痛みだした。脳みその中で何かが暴れているみたいだ。フーゴは思わず額をおさえた。

 

「僕は君のことを許すべきか、ずっと観察してた。君は僕の大切な人を二人も屠ったからね…それも、とびっきり残酷な能力で」

 

 “くおん”はそんなフーゴに構わず話し続けている。頭痛のせいで彼女の声がわんわんと反響している。

 そこでフーゴは、さっき割ったグラスの破片が手のひらに突き刺さっていることに気づいた。

 

「君がその能力通り、獰猛で救いようがない人間だったら僕も悩まずにすんだよ。でもそうじゃあないから、困るよね」

 フーゴはおそるおそる破片を抜いた。深々と肉に食い込んでいたガラス片。傷跡からは血が流れ出しているにもかかわらず、全く痛くない。

 

「………きみは…」

 

 

 目の前にいる人物を再び見つめた。そうだ。彼女の顔はたしかにくおんだが、フーゴの知ってるくおんじゃない。

 

 

「…きみは…誰だ…?」

「僕はブランクだよ。ヴォート・ブランク」

 

 気づくと、二人はポンペイ遺跡の広場に立っていた。見覚えのある鉄製のゴミ箱と、崩れかけた壁と、鏡がある。

 

「なぜ…ぼくに、会いに来た…?」

「僕にも大切な人がいたんだ」

 

 そこには二人以外の誰もいなかった。ゴミ箱に書かれた文字は反転していない。ここは一応“現実”になるのだろうか。だかなぜか濃密な人の気配がして、フーゴははっとして鏡を見た。向こう側に人影が見える。

 

「復讐をしに来たのか?」

「正確には、そうするか決めにね」

 

 フーゴの頭からどんどん靄が晴れてきた。それにつれ左腕に打撲の痛みや悪寒や、体の感覚も戻ってくる。

 

 ブランクの濡れそぼった髪をよく見ると、髪束のところどころにくおんの髪色と同じ明るい茶色が残っている。カラースプレーでも使っていたのだろうか、どうやら濡れて落ちたらしい。

 たしかに、ソウルスティーラーといえば赤毛だ。面識がないとはいえ、くおんが赤毛ならきっと警戒していただろう。

 

 フーゴは、いつか自分はソウルスティーラーに値踏みされ、生殺与奪権を行使されるだろうとは思っていた。だがまさか、こんなにすぐそばで自分を観察するとは。

 ソウルスティーラー。魂を奪うもの。あるいは狙撃手、暗殺者。目の前にして感じるのはそれらの肩書きにそぐわない、同い年くらいの若者で、例えばジョルノのような凄みや、暗殺者たちのような殺気があるわけでもなかった。

 

「僕の師匠は、復讐をよりよく生きるための第一歩だって言ってた。でもリゾットは…暗殺チームのリーダーだったんだけど…復讐を果たしてから人生が終わっちゃった。僕にはよくわからない。なんのために復讐なんてするんだろう…。君はどう?」

 

 くおんに化けていたときとは打って変わって、ブランクの口調は落ち着いた、穏やかなものだった。そのせいもあって、とても大人びた印象を受ける。

 

「ぼくは復讐する相手がいない。強いて言うとすれば、あの日負けたぼくを…許せない」

 

「…質問を変えるよ。君が僕だったら、復讐するかな」

「わからない。でも…自滅するよりかは殺される方がいいとは思う」

「君は自分が嫌いなの?」

「……嫌い、とは違う」

 

 沈鬱な表情のフーゴを見て、ブランクは肩をすくめて少し軽めの口調で言った。

 

「…逆に僕が君だったら…ヴォルペみたいに無茶な逃走をしてたかもって思うよ。やけっぱちになって、無謀な賭けにでてたかも」

「やけっぱち、か。たしかに、ぼくはそうしかねないな」

 

 フーゴは無意識に握っていた左の拳を開いた。あの日、自分で切り落とした左手。ジョルノに与えられた左手を。

 手の中からゴポリと音がしてあぶくが浮き出した。急に周りが暗くなり、全身が凍えそうなくらい冷えていった。グラグラ世界が揺れ、ポンペイ遺跡の風景が揺らぐ。

 

「…そろそろ時間だ。決めてくれ。目をさませば、君は誰もいない現実に戻らなきゃいけない。目を覚ましたくないなら、ほっといてあげる」

 

 


 

シラクサ、オルティージャ島アレトューサの泉

 

 

ら、らら………ら……らら…

 

 

 風の音に負けそうなくらい弱々しい途切れ途切れの歌声が真っ暗な泉に響いていた。美しい女神、アレトゥーサが姿を変えたと言う伝説がある。

 

 その柵に腰掛けて危なっかしく足を揺らす少女がいた。アンジェリカ・アッタナシオ。“血液がささくれだつ”奇病に侵された彼女の唇からは赤い血が流れ出している。本人はそれに気づいてすらいないのか、暗闇をぼうっと見つめながらか細い声で歌い続けている。

 アンジェリカの体はヴォルペの麻薬が切れかかり、痛みと禁断症状が徐々に出つつあった。もう少し経てば病気由来の全身の激痛が襲ってくる。だがアンジェリカはヴォルペとともに目的の教会に行くことを拒んだ。

 敵を撃破するためにはすこしでも近いところにいたほうがいい。絶対にヴォルペを守るのだという意志が、麻薬でラリったアンジェリカの理性を現実に踏みとどまらせていた。

 

 汗が異常に出てきた。アンジェリカは予備の薬が入った注射器を取り出す。手ががくがく震えてうまく刺せない。

 

 その震える手を、手袋をした手が後から優しく包み込んだ。途端、痛みが消えていく。

 後ろに立つ誰かがアンジェリカを抱きすくめた。その温もりに、全身の痛みや不安がじんわりと溶けて麻痺していくような心地になった。

 

「マッシモ…?」

「うん」

「ちゃんと足止めしてるよ。心配しないで」

「そうだね」

 大きな手はアンジェリカの頭をゆっくりと撫でた。慈しみに満ちた手で。

 アンジェリカは目をつぶる。鳥のさえずりが聞こえた気がして、後ろを振り返ろうとした。

 だがやんわりと、頭を押さえて止められた。

 

「寂しい思いをしてきたんだね」

「…え?なに、マッシモ…よく聞こえない」

「優しい夢をありがとう」

「えへへ…なんだか、抱きしめられても痛くないよ。なんでだろう」

 後ろの誰かがより強く抱きしめた。アンジェリカの視界に赤い髪が横切った。

「…マッシモ…?」

 

「おやすみ」

 

 その後アンジェリカは自分に何が起きたのかわからないまま頭を撃ち抜かれ、死亡した。まるで殺された瞬間が消し飛んだように、マッシモに抱きしめられたという幻覚に意識が取り残されたまま死んだのだ。

 

 

 背後に立っていたブランクは、崩れ落ちるアンジェリカの亡骸を丁重に横たえ、吹き飛んでしまった頭に腰に巻いていたスカーフをかけた。

 ブランクは幻覚にかけられた時点でアンジェリカの精神構造を知り、鳥をとらえ、コピーしたのだ。ミザルーの…いや、矢による進化はとどまるところを知らない。

 ボートの転覆では溺死しかけたとはいえ、ブランクはヴォルペにも、石仮面により生まれる吸血鬼にも負けることはないだろう。

 

「…さて…フーゴはちゃんと起きただろうか…」

 

 

 


 

 

「パンナコッタ・フーゴ…」

「マッシモ・ヴォルぺ…」

 

 フーゴは目の前に立つ男の名を呼んだ。かつての級友、そして今は殺さなければならない相手。

 

 二人がいるのはドゥオモ。オルティージャ島で最も大きい、もとは古代アテナ神殿だった教会だ。だが外観と比較して、内部はシンプルなルネサンス期の設計だ。

 その最奥、守護聖女ルチアの祭壇のすぐそばにヴォルぺと、人質のシーラEがいた。シーラEは床に倒れ浅い呼吸を繰り返している。

 

 

「なあ…フーゴ。パッショーネにいる意味があるのか?あいつらは危険とみなすや否や、能力を奪う。与えたくせに、だ。あまつさえ、オレは抹殺対象だとよ。そんな勝手が許されるのか?」

「…ソウルスティーラーは能力を奪うだけじゃない。改良し、また与えることができるそうだ。はじめからおとなしく服従していれば抹殺対象になんてならなかった」

「ハッ…“服従”!欺瞞もいいところだな」

 

 ヴォルペは嘲り笑った。おかしくておかしくてたまらないと言いたげだった。

 

「スタンド能力は精神エネルギーの形そのものだ。オレ自身の魂だ。それを勝手に変えられるだと?ふざけるな。そんなのは冒涜だ!」

 

 広い地下空間にヴォルペの罵声がこだまする。冷え冷えとした空気が肌をさすように感じられる。

 ヴォルペは壁の一角を思いっきり蹴りつけた。生身の人間の物とは思えない威力だった。ガラガラと壁が崩れる。

 

「出せよ、おまえのパープルヘイズを。オレを殺しに来たんだろう」

「…ぼくは…」

 

 ヴォルペはその崩れた壁の中から何かを取り出した。人の頭より少し小さいくらいの、楕円形の石だ。これが回収しなければならない“ブツ”なのだろう。

 ヴォルペの手に渡る前に…というのは果たせなかった。もう戦って勝ち取る他ない。

 

「オレが一度こいつを手にすればシーラEは死ぬ。使い方はこいつのスタンドでわかったからな。そしておまえの殺人ウイルスとやらも無効になる…はずだ。なんてったって生きてるかどうかも怪しいからな」

 

 フーゴはシーラの顔をもう一度みた。あどけなさの残る顔立ちは苦悶の顔で歪んでいる。彼女にも理由があって任務が与えられた。

 誰しもが理由があってここにいる。フーゴ自身もだ。

 

「ぼくのスタンドは役立たずだ。誰かれ構わず、無差別に殺してしまう、どうしようもない能力だ」

 

 フーゴは下を向き、頭の奥をきつく締め付ける罪悪感を振りほどくように言った。

「ぼくはあの日敗北した自分を…いまだに許せていない」

 

 フーゴは、目が覚めた時にそばに置かれていた拳銃を構えた。

 ヴォルペの居場所の書かれたメモと、くおんの髪をまとめていたリボンでまとめられていたベレッタだ。

 それを見るとヴォルペはマニック・デプレッションを出現させ、その針を自ら腕に刺した。能力により過剰に生命エネルギーが引き出される、命を削ることも厭わないヴォルペの切り札。

 

 フーゴは引き金を引いた。それが合図となった。

 ヴォルペはマニック・デプレッションによって研ぎ澄まされた感覚で、フーゴの狙いは頭だと見抜いていた。フーゴの指が引き金を引くのとほぼ同時に、頭の位置をずらす。放たれた弾丸は二発ともヴォルペの髪を何本か引きちぎるだけで後ろの壁に当たった。

 

 フーゴはなおも発砲する。一発はヴォルペの太腿に当たるが、まるで効いていない。相手は生命エネルギーで強化された体だ。関節を破壊するか足そのものを吹き飛ばさない限り倒れないだろう。

 

 ヴォルペが腕を振り上げた。強化された脚力と腕力ではガードしたとしてもそれをやすやす貫通するだろう。

 フーゴはとっさの判断でかがんだ。ヴォルペのパンチは空振る。だがヴォルペは全力で踏み込んだ脚でそのままフーゴを蹴った。

 

 フーゴはそのまま吹き飛ばされて床を転がった。衝撃に白黒する頭でも、とっさにガードした右腕の骨が砕けているのがわかった。

 

 フーゴは銃を持ち替えヴォルペを狙う。だがヴォルペはとっくに狙うまでもないほど至近距離に飛び込んできていた。フーゴはとにかく撃った。たが攻撃の甲斐なく再び床に組み伏せられた。

 ヴォルペはフーゴの顔面を殴る。その衝撃で手から銃が吹っ飛び、流れ出た血で視界が真っ赤に染まった。

 ヴォルペはフーゴの首に手を回し、骨を折らんばかりの力で絞め上げた。真紅に染まった世界で、鬼のような形相のヴォルペが怒鳴る。

 

「なぜパープルヘイズを出さないッ!自分のウィルスに冒されるのが怖くなったか」

 

「…そうだ。ぼくは死ぬのが怖い」

 

投げやりに生きて結末にたどり着くのは簡単だ

ぼくはパープルヘイズを自分の安全が完全に保証されている時か、死ぬ瀬戸際にしか使ってこなかった

何度あの日を振り返っても、ぼくはパープルヘイズという切り札をどう切ればよかったのかわからないままでいる

 

 

だが結局、全ては過ぎたことだ

ぼくはギアッチョに瀕死に追い込まれ、最後に左手を切り離し、釣り竿のスタンド使いを殺した

それが結果だ

 

ぼくはあの日の判断に自信が持てず、ずっとその場から動けないでいた

けれども立ち止まって、二度と戻れない道を眺めるだけの日々はもう嫌だ

ブチャラティたちについていけなかった自分のままなんてごめんだ

自分で道を決めなきゃまるで意味がない

 

「組織だとか忠誠なんてクソ喰らえだ…この任務も、お前の生死もどうでもいい…」

 

 フーゴは右手でヴォルペの腕を掻きむしりながら、砕けた左手の指先に拳銃が触れるのを感じた。今まさに死にそうだっていうのに不思議と頭が冴えてくる。

 

「ぼくは生きるために戦う。生きてなきゃ道を選ぶことはできないからだッ!」

 

 フーゴはヴォルペの腕に突き刺さったままのマニック・デプレッションの棘に自分の手のひらを思いっきり押し付けた。

 マニック・デプレッションの効果でもう絞りきったと思っていた力が空から湧いてくる。

 フーゴは血でぬめる床についたヴォルぺの足を蹴り払い、傷みの消え去った右手で銃を掴み、デタラメに引き金を引いた。

 ヴォルペはなおもウイルスを使わないフーゴに激高し叫んだ。

 

「臆病者ッ!」

 

 そして腹に空いたいくつもの穴を見て、痛みこそないものの自分の命に関わる傷だと悟る。とっさに仮面を自分の顔につけようと振りかぶった。

 

 終わった。ヴォルペもフーゴも確信したその時、恐ろしく冷ややかな声が聞こえた。

 

 

「止まれ」

 

 

 唐突に聞こえてきた命令に、ヴォルペは思わず静止ししてしまう。

 途端に自分の立つ床が抜け、フーゴごと真っ暗な闇に飲まれた。手から仮面の感覚が消え、温い液体が這い回るような不快な感覚が腕から全体に広がった。この感覚は知っている。アンジェリカのナイトバード・フライングに違いなかった。

 

「ッ…!」

 

 ヴォルペは声のしてきた方向を見た。そこは教会の入り口だったはずの場所だが、いつの間にか朝焼けに照らされる運河が広がっていた。

 運河の真ん中に立っているのは、赤毛の少年だった。

 

「ソウル…スティーラー…」

 

 ヴォルペは平衡感覚を失い、その場に倒れそうになる。だがこの場所には床なんて存在しないかのように、落ちる感覚がずっと続き、吐きそうになる。

 そのヴォルペをソウルスティーラーはただ見ていた。

 

「…アンジェリカは…」

 

 ソウルスティーラーは答えなかった。それでヴォルペはすべてを察した。

 ヴォルペはフーゴが差し向けられたと気づいたとき、てっきり彼に自分を殺させるつもりなのだと思っていた。だがどうやらとんだ思い違いをしていたらしい。

 

「どこまで…傲慢なんだ。お前は…」

 

 

 

 ヴォルペはそうつぶやくと、フーゴの上に倒れ込んだ。石仮面は地面に落ち、血に反応して針を出した。ブランクは胸から詰めていたらしい布をひっぱりだして仮面を拾い、そのまま包んだ。

 

 フーゴはヴォルペを押しのけてから、ブランクをじっくりと見た。

 ソウルスティーラー、話に聞いているよりも遥かに強い。能力を奪うスタンドだとは聞いていたが、その性能を向上させ自分で使うことができるとなると、複数の能力を既に有してしまった彼を倒すのはほとんど不可能だろう。

 道中、“くおん”がやけに気楽だったのもこの力さえあればあらゆる敵を無力化できるからだったのかもしれない。

 本当に任務の成功なんて念頭になく、自分を観察しにきていただけなのだ。

 

 

 ブランクは右腕の義手からコードを引っ張り出していじくった。ノイズ音がどこからか聞こえてくる。どうやら義手に無線を仕込んでいるらしい。

 

「こちらパンサー。標的を拘束。マスクも回収した。繰り返す。標的を拘束。マスクも回収。オーバー」

…拘束?標的は生きてるのか?オーバー

「ああ。標的も人質も生きてる。救護を要請する。オーバー」

チッ…てめー余計な情けかけたんじゃあねーだろうな。…すぐ向かわせる。おまえは待機だ、オーバー

 

 ブランクはそれを聞くと布で包んだ仮面を胸部に収納した。得体のしれない針が出るのを見てよく急所にしまえるな、と思いつつ、それもまた“彼女(彼?)”らしいと感じた。

 

「……くおん…きみが、ブランクだったのか…」

「そうだよ」

「なぜヴォルペを抹殺しなかったんだ?君なら殺せただろう」

「…殺さなくても勝てたからさ」

 

 見かけもそうだが、口調以外もくおんとはかなり雰囲気が違う。演技一つでここまで変わるものかと感心しつつ、シーラEのそばに屈んで拮抗薬らしきものを注射するブランクをまじまじと見つめていた。

 ブランクは視線に気づいてか、ちらりとフーゴを見たあと気まずそうな間をおいてから話しかけてきた。

 

「……体」

「え?」

「ヴォルペの麻薬で一時的に麻痺してるみたいだけど、ぐっちゃぐちゃじゃん。多分もうすぐ痛みだすよ」

 

 フーゴは自分の体を見た。意識があるのが不思議なくらいにグチャグチャだ。麻薬で痛みは感じないが、あからさまに肋骨が折れている箇所がある。右腕はところどころから骨が飛び出ているし、おそらく殴られた顔もひどいことになっているんだろう。

 

「ショック死しないといいね」

「…ああ」

 

 話題が尽きてしまった。ブランクは勝手にフーゴの手当をはじめた。その沈黙にいたたまれなくなって、フーゴは尋ねる。

 

「きみは…どんな夢をみた?」

「……イルーゾォがね、新しくホームシアターを作ったから見に来いっていうんだ」

 ブランクはフーゴの傷口を縫いながら話し始めた。

「映画なんてろくに見ないくせに、面白そうと思うと手を出しちゃうんだよね。金遣いが荒いんだよ、あの人は。だから僕は浪費癖はなんとかした方がいいって忠告したんだ」

 

 長い前髪が顔にかかってるせいでフーゴから表情は見えなかったが、とても穏やかな口調だった。まるで、子どもに物語を聞かせる母のようだ。

 

「そしたらなぜか、車両保険だとか月々の電気代の書類を渡されて僕が家計簿つけるハメになってさ。僕はテメーの母ちゃんかよってくらい、先輩の家計は知ってたんだ」

 ブランクは糸を切って、脱いだ手袋で傷口を縛った。

「ある日クレジットカードの明細で、僕が前に欲しがってた小型のバイクが買われてたのを見つけた。カレンダーを見ると、僕が入って三年のお祝いが近かった」

 

 ブランクと初めて目があった。澄んだ青色の瞳は誰かを責めるようなものではなく、ただひたすら哀しそうだった。それを見てフーゴは何も喋れなくなった。やっと絞り出せたのは謝罪の言葉だった。

 

「………すまない…」

「君が謝ることじゃないでしょ?」

 

 そう言って、また二人の間に沈黙がおりた。ブランクはそれに気まずさを感じてか、急に恥ずかしそうに顔をしかめながらフーゴの方をちらりと見た。

 

「……あのさ」

「なんだ?」

「…僕のくおんの演技はマジで演技だから。そのー、ほら。いぇいう、とか…本物のくおんはまじでそう言うんだけど…うー…僕は絶対言わないし、こんな明るくないし…それにこの女装!女装は本物もやってるからで…」

 

 ブランクはまだ弁明を続けていたが、フーゴは急に襲ってきた痛みでそれ以上聞き取ることができず、そのまま気絶した。

 次に目を覚ましたのは、4月と同様、病院のベッドの上だった。

 

 

 

 

 

 そして季節はあっという間に過ぎ、いつの間にか秋も深まっていた。もう上着を羽織らないと肌寒い。フーゴは黒塗りのベントレーの後部座席に乗せられ、ネアポリスの郊外へ連れられていた。

 

 車を運転するのは本物のくおんだった。指定された場所にやってきた運転手の第一声を聞いてフーゴはかなり衝撃を受けた。

 

「運転手のくおんちゃんですッ!いぇいぅ!このクルマ、組織のなんで安全運転で行きまショー!ぶいぶい!ピィーーッス!」

 

 ブランクの化けていたくおんと違い、本物のくおんは黒髪をポニーテールにしてゴスロリを着ている。だが運転態度は概ね同じだし、何もないのに鼻歌を歌っているあたりはものすごいデジャヴだった。

 

 くおんは込み入った路地を抜けると一息ついて話しかけてきた。

「ねーねー、きみブランクさまと仕事してたんでしょっ!?すっごいね!ブランクさまってさあ、ちょぉークールだけど優しくってさあ、ステキでしょ!」

「ああ…まあ。たしかにクールだな」

 テンションがブランクの演じるくおんそのもので、フーゴは思わず笑ってしまう。くおんは理由がわからずキョトンとしながら首を傾げる。

「えっなんで笑うの?!まさかブランクさまからなんか聞いてる?」

「ああ。なんというか、聞いてたとおりの人だなって…」

「ええーっ!感激!ふわー…うふふ!ねえねえボクのことなんて言ってた?…でもやっぱ、あんま聞きたくないかも!悪口じゃあないよね?あー!言わないで!」

 

 くおんは目的地につくまでずっとそんな感じで勝手に話したり、照れたり、笑ったりしていた。

 フーゴはそんなくおんをみて、なるほど確かに自分が苛ついてないときならば、こういうのを可愛いと思えるのかもしれないと思った。

 

 

 車が止まったのは郊外の邸宅だった。小高い丘の上にあり、美しい森を爽やかな風が抜ける。邸内は普段使ってなさそうで、家具のほとんどに白いシーツがかけられていた。

 

 通された部屋は書斎だった。壁一面に隙間なく本が詰まっていて、実用性よりも美を重視したラインナップだ。その部屋の窓際のデスクにはブランクがいて、持ち込んだらしいボロボロの本を読んでいた。入ってきたフーゴを見るとそれを置いて会釈した。

 

「顔、元通りになってよかったね」

「ああ…おかげ様で」

「早速仕事の話で悪いけど…今回の任務は麻薬を撲滅したい人、厄介者全員に死んでほしい人、君に会いたかった人…等々色んな思惑が重なった結果、一番マシな形で収束したわけだ」

 

 ブランクは最後に見たときよりももっと凛々しく、男性的に見える。本当によくここまで自分を変えられるものだと感心してしまう。

「ぼくはあの仮面が何なのか、もう詮索するつもりはありません」

「かしこまんなくていいよ。…ま、アレに関してはそれがいいね」

 

 ブランクはぱん、と手を顔の前で合わせてフーゴの顔を改めて見つめた。

 

「ソウルスティーラーは、スタンド能力を奪ったあとに進化させて返すこともできるんだ。君の殺人ウイルスは制御できたら強い武器になるだろう?組織でも過去を帳消しにして伸し上がれるよ。今回の報酬として、どうかな」

 

 ブランクは生身の左手をフーゴに向けて差し出した。だがフーゴはそんな試すような笑みを浮かべてるブランクに苦笑いを返し、それを辞した。

 

「この能力を手にしたとき、これが自分かと絶望した。スタンドっていうのは魂のエネルギーの形だからな。見るのも嫌だ。認めたくない…。でも、それが自分だ」

 

 ブランクは目を細め、微笑む。フーゴは自信を持って彼に答える。

 

「きみにスタンドを進化させてもらうのも、魅力的だ。でもそれではぼく自身は何も変わらないし、ぼくじゃない。ぼくに必要なのは力じゃなくて、もっと小さなことだから」

 

「…そっか。いいね。僕もそう思う」

 

 ブランクは手を引っ込め、何かを思い出すように目を瞑った。どこか悲しげだけど、優しい表情だ。フーゴはそれを見て、ずっと聞きたかったことを尋ねてみた。

 

 

「ぼくに復讐するかは決まった?」

「まだ。でもね、僕はきっと君を殺さないよ。殺したからってスッキリ解決することじゃあないしね」

「…そういうものだろうか」

「そうだよ。君だって、本気でキレたあと、ぶん殴ってスッキリすることあった?」

「…たしかに」

「でしょ?」

 

 二人は微笑みあった。

 そのあと二三金の話をしたあとに、フーゴは部屋を退出した。ブランクは最後に「さようなら」と言って手を振った。

 

 

 

 どうやら今日は別の訪問客もいるらしい。フーゴが玄関に行くと、ちょうど扉が開いて人が入ってきた。小柄な短髪の少女だった。

 どこかで見覚えがあるなと思いつつ、軽く礼をして去ろうとした。

 するとすれ違う直前、少女の方からフーゴに声をかけてきた。

 

「ねえ…あなた、パンナコッタ・フーゴ?」

「はい。そうですが」

 

 改めて少女の顔を見て、フーゴはそれが前回の任務の救出対象、シーラEだと気づいた。髪を切っていたせいでパッと思いあたらなかったのだ。

 

「あたし、あなたにお礼を言わなきゃいけないの。…あなたは知らないと思うけど、あなたはあたしの大切な人の仇をとってくれた」

「…そうだったのか。…いいんだ、お礼なんて」

「ううん。ありがとう」

 

 フーゴの返事も待たずに、シーラは礼を言い終えるとすぐ廊下を進んでいった。

 フーゴは深呼吸してから振り向いて、シーラを呼び止めた。

 

「よかったら、今度ゆっくり話さないか。スパゲッティのうまい店があるんだ」

 

 シーラは目を丸くしてから、ちょっとだけ微笑んで答えた。

 

「いいわ」

 

 

 

 

 

 そして、客が帰って誰もいなくなった屋敷にはブランクだけが残った。ブランクは腰掛けながらぼうっと天井を眺めていた。そうして30分ほど無為に過ごしていると、外でエンジン音がして乱暴にドアを開ける音がした。

 

 ギアッチョが迎えに来たらしい。ブランクは立ち上がってのろのろと上着を羽織った。もうその頃には書斎の扉はノックもなしに開かれていて、まだ支度を終えてないブランクを見てギアッチョがはあーっとため息をついた。

 

「どんくせーな、オイ」

「まだ約束の5分前だろ」

 

 ブランクは適当に髪をまとめ、ネクタイをポッケに突っ込んで邸宅を出た。ギアッチョの新車に乗り込んで一息ついた。

 これからローマに行ってSPW財団の人間と打ち合わせだ。

 ギアッチョは自分で運転するのを好む。幹部になっても他人に運転させた車に乗るのを嫌がって、好きな車を乗り回している。

 

 高速に入るまでは新しいチームがどうだとか、メローネがどうだとか、適当な雑談をしていた。一通り話のネタが尽きると、ギアッチョはいつもより静かな口調で言った。

 

「ヴォルペが自殺したそうだ」

 

「…そう」

「予想はできただろ。あいつはスタンド能力も仲間も、将来も何もかも失った。そういうやつがすることは一つしかねェ。なんでお前、アンジェリカは殺せてヴォルペはそうしてやんなかった」

「それは……だって…」

「だって?」

 

 ブランクはネクタイを結びながら、ほんの少しだけ固まった。

 

「私は…アンジェリカは…彼を愛していたから」

 

 ギアッチョは黙ってブランクを見た。

 ブランクはソウルスティーラーでナイトバード・フライングを奪う時、アンジェリカの精神に踏み込みすぎたのだろう。ブランクの瞳にはあろうことか涙が溜まっていた。

 それを見て、ギアッチョは片手でブランクの頭をぶっ叩いた。

 

 

「ふあ?!なんだよ!あたらしいめんたまとれちゃうだろ!」

「いい加減目を覚ませ。それは悪い夢だ」

「…わかってるよ。わかってるけど…」

 

 ブランクは本物の瞳から零れてきた涙を拭った。ブランク自身、それが自分の涙なのかアンジェリカの涙なのかわからなくなっていた。ただ、痛烈な寂しさと悲しさが抑えようのないくらいに溢れてくる。

 それを振り払うように、ブランクは頭を思いっきり仰け反らせ、空を見た。もう夜が来る。

 

「忘れんなよ、お前はお前だ。いつまでたっても手のかかる、オレの後輩だ」

「まだそんなこと言ってる!もう僕のほうが強いんだぞ」

「面白ぇ。じゃあ今度正々堂々殺し合いでもするか?」

「そ、それはやだ…」

「臆病者」

「君子危うきになんとやら!だよ」

「はぁ?なんでそこまで言って最後まで言わねーんだよ。クソムカつくぜ…」

「いぇいぅ!ほら、スピード上げようよ。涙を乾かさなくちゃ」

「文句があるならテメーで運転しろッ」

「事故る覚悟があるのなら!」

「チッ…」

 

 

 

 

 




くおん・ブシェッタ

ブシェッタ三兄弟の末っ子で、媚を売るのが得意。
ブランクに自分を売り込んで情報チームのチーフになった。枕営業も辞さない強かな男。男である。




丸焼きどらごんさんから頂いたディ・モールト なブランクくんです!!
グラッツェ…!
ビビットな色合いがすごく、すごくいいッ!

【挿絵表示】


6部アニメ化が決定したら続きを書きます。それまでは完結タグひっさげておきます。また会いましょう
アリーヴェデルチ!


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モメンタリー・ラプス・オブ・リーズン
00.DOPE:過去


 

 街全体にネオンが灯る日暮れ頃、プロシュートはそのグラフィックアートまみれの汚い道を、いつもと違う“相方”と歩いていた。

 

 

「ご存知ですか?先の大戦より前に、アンフェタミンは、発見当時鼻詰まりの薬として一般に流通していました」

 

 二人はスパッカ・ナポリを歩き、クアルティエーリ・スパニョーニへ向かっている。観光客向けの店が数多く並んでいるおかげで日が暮れてもまだ人で賑わっていた。とはいえ、それはあくまでも表向きの明るさだ。ネアポリスの治安は言うまでもない。一本奥の路地へ入れば人っ子一人いなくなる。

 

「そればかりか、ドイツ兵はみんなペルビチンという市販覚醒剤を飲んで戦地に赴いたらしいです。さらにさらに、子供の安眠に大麻が処方され、推奨されていたらしいです。…よかったですよね、僕たちこの時代にギャングで。だって、そんなに流通してちゃ商売にならない…」

 

 プロシュートは横でくどくどと麻薬について話す“相方”に尋ねた。

 

「勉強してきたのか?」

「ええ、そりゃもう。ペッシアニキの代理ですんで!恥をかかないように一夜漬けです!」

 

 ヴォート・ブランクはそれに笑顔で応えた。

 これから暗殺任務をしようっていうのに呑気なやつだ。

 

DOPE

 

 

「依頼だ」

 

 招集に応じたメンバーは、いつも通り淡白なリゾットの言葉を聞いて視線を交わした。この段階で誰が仕事をやりたがってるのか大体は把握できる。今回は誰も金に困っていたり腕を鳴らす機会を欲していないようで、ギラギラした目のやつはいなかった。

 

「ターゲットは売人だ」

「売人?クスリか?」

「そうだ」

「麻薬チーム絡みならオレは絶対パスだ」

 それを聞いてギアッチョはすぐに興味を失ったようだ。たしかに麻薬関連にむやみに足を踏み入れても余計なトラブルを抱え込むだけだ。

 しかしリゾットは首を振った。

「いや、新規の業者だ。どうやら質の悪いヘロインをパッショーネのものだと偽って売っぱらっているらしい。それで何人か死んだ」

「救えねーやつだな」

 ペッシがぼそっとつぶやいた。

「ちょっと待て。パッショーネの麻薬と、質が悪いとはいえ卸のヘロインじゃどうやったって儲けが違うだろ。売人は損じゃあねーのか?」

「営業妨害が目的ってことですか?そうまでしてイタリアで売りたいもんですかねぇ…」

 イルーゾォとブランクの疑問にメローネが答えた。

「薬物市場ってのはどこも新規参入が難しい。なんせ商品が商品だ。売り手と買い手に信頼関係が必要だろう。今回はその信頼を崩そうとしてる奴がいるのさ」

「ああ。どこかの幹部も言っていたが、“『信頼』を『侮辱する』という行為に対してだけは命を賭ける”ってわけだ」

「ははん。つまり依頼主はあのタコか」

「で、標的の名前、写真、性別は?」

「写真はない。本名も不明だが、通り名はシザーマン」

「うわ、おっかねぇー。両手がハサミなのか?」

「今回は捜索も込みでの任務だ。お察しのとおり、さる幹部直々の依頼だから報酬は弾む。経費も全額支払われる」

「デブの尻拭いか…オレはやめとく。人探しなんてたるいからな」

 メンバーはほとんど乗り気ではなかった。そこで黙っていたプロシュートが手を上げた。

「おいペッシ、やる気はあるか?」

「えっ?!オレたちでやるんですかい…?」

「やる気があるのか、ねーのか、どっちだ」

「や、やります!やるッス!」

「じゃあリゾット、今回はオレとペッシでやるぜ」

 プロシュートの言葉にペッシは怯えたような顔をしていた。そんな二人を見てイルーゾォが鼻で笑う。

「おいおい大丈夫かよ?標的見つかんなくて泣きついてきても無視するぜ」

「間違ってもテメーには頼んねぇよ。…いいな?リゾット」

「わかった。資料は今渡す。…じゃああとは好きにしろ」

 

 リゾットの一声で会議は終了し、イルーゾォが気楽に言った。

「よし…ブランク、ホルマジオ。ダーツ行こうぜダーツ」

「あ〜いいですねぇ。メローネ先輩もどうですか」

「行く。ギアッチョお前は?」

「ダーツなんてつまんねえ。的に矢をぶん投げてちまちま計算しろっていうのか?何がおもしれーんだよ」

「奢ってやるから来いよ」

「チッ…しょうがねえな…」

「あとでリゾットさんもくるそーです」

 いつの間にか聞いたのか、ブランクが楽しげにイルーゾォに話しかけている。各々席をたとうとする中、メローネがプロシュートにも声をかけた。

「お前らは?」

「ブリーフィングだ。気が向いたら行く」

「ちゃんと来いよな」

 プロシュートはペッシの方を見た。自信なさげに「あぁ…?」と曖昧な返事をした。

 


 

「いやあ。まさかダーツからのビリヤードでペッシアニキが腰をやっちゃうとは思いましませんでしたね」

 

 賑わう人通り。クアルティエール・スパニョーニ(スペイン地区)は裏通りまで明かりが灯って活気づいている。もちろん観光客ではない。誰もが派手な色合いの派手な服、夜の装いだ。

 ブランクも今日はいつもより踵の高い靴を選び、サングラスもレイバンのお高いやつをつけている。香水もいつもと違うようだった。行く場所が場所だから気合を入れてきたんだろうか。

 

「で、心当たりの店っていうのはどこだ?」

「もうすぐです。あ、ここだ」

 

 看板も出てない一本裏のビルの地下へ降りていく。

「ここのママとは顔見知りなので、大丈夫です」

 ドアを開けるとベルが鳴った。青臭い匂いがむっと漂う。大麻の匂いだ。

「あら。ブランクくんちゃんじゃない」

「アヴィー!ご無沙汰してまーす」

 

 そこはいわゆる"コーヒーショップ"で、もちろん非合法な場所だった。しかし餅は餅屋。薬は薬屋ということでかつてブランクが働いていた風俗業界と深いコネのあったこの店に来たわけだ。

 広いフロアではチルな音楽が流れ、キマった連中がまったりと中央で踊っている。壁に沿うようにソファとベッドが並び、完全にリラックスした奴らはそこで寝たりヤッたりしていた。

 なるほど確かにブランクの送迎業も必要とされるのかもしれない。

 

「聞いたわよ〜。“組織”に入ったそうじゃない?金回りが良くなったなら客として来なさいよ!」

「いやあ。それがとんだ貧乏チームに配属されちゃいましてね」

 ブランクは店主らしき男(いや、女と言うべきなんだろうか?)と親しげに話し始める。濃い化粧に香水がプンプンで、いかにも薄暗いこの店内でしか通じない装いだ。

 

「で…そちらの彼は?…めちゃくちゃいい男じゃない!!」

「こちら僕の上司のプロシュート兄貴です!…実は仕事で、ママに聞きたいことがあって。ね、兄貴」

「あら。刺激的だわ。何かしら」

「最近、劣悪なヘロインで死者が出ているのは知っているか?」

「…ああ。うちは見ての通りウィード専門だけど…噂には聞くわ。でもその“商品”ってお宅のじゃあなかったかしら」

「そー!腹立つんだよー!詐欺なんだよそれッ!」

 ブランクはすかさず畳み掛ける。

「僕らが卸すのは純正100%真っ白なチャイナホワイトのはずなんだよね。でも、問題のそれはだいぶくすんだ色なんだ。混ざってる時点で、“偽物”なんだよ。でもみんなラリってるでしょう?だから誤解が解けなくてすっごく困ってるんだ」

 

 ブランクはさり気なく大麻を吸い始めた。ラリったりしないのかよと思いつつ、傍観だ。多分それが一番店主の警戒を解く仕草なのだろう。ブランクはやけにそういうのがうまかった。

 

「…混ざってるものを知ってる?」

「んん…多分だけど動物用麻酔とか、そこらへんでしょ?」

「そうよ。合成麻酔薬フェンタニル。はっきり言って使用者を殺すつもりで作ったとしか思えない、悪質なものよ」

 

「オレたちも早急に手を打ちたいが、今のところ通り名しか掴めてない。売人の名前はシザーマンだ。心当たりはないか?」

「シザーマン…シザーマンね…。生憎ねぇうちはウィード以外仕入れてないの。そういう粉物の売人とは取引してない」

 

「ねえアヴィゲイル、現物持ってたりしない?」

「あたしはそんなの手にも取らないわ。でも…」

 

 そう言って店主はダンスフロアを持ってる煙管で指した。

「あそこなら誰か持ってるかもね。ううん。もしかしたらシザーマンもいるかもしれない」

 

 

 音楽がぐるぐると渦巻いて聞こえる。どうやら円形フロアの天井にぐるっと配置されているスピーカーで立体音響のようにしているらしい。大麻をやってなくても酔ってしまいそうだった。

 あきらかに素面の二人がホールの中央に出ても誰も気にしていない。煙で前がよく見えない上に、全員キマっている。

 

「ここの葉っぱは、シチリアの古いマフィアが持ってたルートで仕入れてるそうです。だからかなり上質で、キレがいい」

 ブランクは鼻を鳴らす。匂いでシザーマンのヘロインを見つけようなんてしてるのだろうか?

「そのマフィアは、今やパッショーネの傘下にあるとか。そいつの名前は…カキク?ケコ?なんかそんな名前だったような…」

「うろ覚えじゃあねーか」

「いますかね、シザーマン」

「さあな」

 

 プロシュートは客全員が吸ってるものを確かめた。全員葉っぱだ。粉ではない。プロシュートの警戒に何人か怪訝そうな顔をしていた。

 

「なんだあんたら、何吸えばいいのかわからないのか?」

 酩酊気味の老人が素面のプロシュートに絡んできた。若者の多い中では浮いている。

「そうなんですよ。僕ら無敵なんで大体の葉っぱじゃチルれなくて」

「そら難儀だ。粉は試したか?」

「一応ね。よく売ってるやつ。でもしばらくしまっといたら全然効かなかった」

「あー、そりゃあんた。パツショーネの麻薬だろう?ありゃだめさ、なぜかすぐだめになっちまう」

「困ったもんだよね。本場に行って吸うしかないのかな」

 ブランクは人から話しかけられやすい、というのを通り越していると思う。しかも相手がほしい答えを必ず返す。

「最近出回ってる…()()()()()パッショーネの麻薬…試したことあるか?」

「噂には聞くけど…それ、ホントにあるの?」

「ああ。ここから南に2ブロック先のDOPEって店に行くといい。あとはお前さんの交渉次第さ」

「ありがとう、恩に着るよ」

 ブランクは持ってた葉っぱを全部老人にやってプロシュートにウィンクした。

「手がかりゲットですね」

「お前、探偵に転職したらどうだ」

「こういうのはむしろ警察っぽい気もしますが」

 

 チームに入ってきたときからちぐはぐなやつだと思っていた。見た目の印象も男か女か、大人か子供かよくわからなかったし、性格も取ってつけたような明るさの下に冷たい諦観が積もっているような、そんな感じだった。

 ペッシが新芽なら、ブランクはむりやり葉っぱをもぎ取って新芽のように見せたみたいな、そういう違和感があった。

 もちろん暗殺チーム内でそんな矛盾や違和感を抱えてるやつなんてゴロゴロいる。だからそれは問題ではないのだが、そのことを隠すのがうますぎるのだ。

 過去にどんなことがあったのか、わざわざ聞くことはない。しかしこの若さで、と思うと過酷なものであったのは想像に難くない。

 

 

「それにしてもDOPEか…聞いたことないな…ここ一年で出てきたのかな」

「ブランク、お前麻薬チームにいたことでもあるのかよ」

「いえ。前職が近かったってのとムーロロさんの受け売りですよ」

「あいつか…お前には悪いが、やつは胡散臭い」

「まあそうですね」

 先程の老人に言われたとおり2ブロック先までくると、治安はさらに悪くなっていた。ゴミと大麻の香りがそこら中からしてくる。

 DOPEという店はすぐに見つかった。というのも店頭にデカデカとネオンで看板がおいてあったからだ。道理であの老人、雑な案内するわけだ。

 

「入ります?入り口からバーンと!」

「おいおいおいおい…ブランク。忘れたのか?オレたちは暗殺者だって」

「え?……あ」

「黙って待ってな。すでにグレイトフル・デッドは発動中だ」

 

 となるとやることはない。ブランクは入り口前の柱にもたれてただ待った。今頃店内はいつの間にか老化していく自分たちに気づいて驚きながらも何もできずそのままか、老いていることにすら気付かないかのどちらかだ。扉を塞ぐまでもない。

 

 10分程してプロシュートはようやく扉に手をかけた。ブランクもそれに続く。中からは生ぬるい人の気配と重低音の音楽が聞こえてくる。この店はさっきの店とは違い徹底的に()()なコンセプトのようだ。

 今は老人たちが羽化の前のセミのように静かに床に寝て、激しく明滅するネオンに照らされている。

 プロシュートとブランクは彼らの衣服を探り薬を山ほど持ってる売人を探す。しかしフロアの人間にそれらしきやつはいない。

「多いな、やけに。儲かってて何よりだ」

「はずれはずれはずれ…となると店員かな?」

 ブランクはカウンターを乗り越えバーテンダーを洗う。プロシュートはバックヤードに入った。しかし誰も倒れていない。

 

「ブランク、こっちはスカだ」

「僕もスカです。スカ・スカに改名しようかな」

「だがクラックを作ってる形跡がある。これがシザーマンの麻薬か?一応回収しておくか」

「警備員は武装してます。…見たことない顔ばっかりだ」

「つまりここが卸売り店ってなわけか」

 プロシュートはため息をついた。

 

「んん…どれどれ使ってる薬物は……っと」

 ブランクは倒れた老人の鼻の下についている粉をぬぐいちょっと舌で舐める。

「うーん…普通にわからん」

「わかったからもう舐めるな。最悪死ぬぞ」

 

 と、そこで突然ブランクが玄関に通じる防音扉を撃った。

 

「なんだ?!」

「誰か来ます。聞こえた!おぉお…キマってきたのかも!!感覚が研ぎ澄まされてきた気がします」

「幻聴なんじゃあねーのかッ?!」

「いいえ、間違いない」

 

 とブランクが言うやいなや、扉が突然真ん中から真っ二つに割れた。すかさずブランクが連射する。プロシュートも構え、敵を狙った。

 

「……あはッ」

 

 扉の向こうにいる人間は笑った。チャラチャラチャラ、と言う音ともに一歩踏み出す。プロシュートはその人影のどてッ腹めがけて撃った。銃声が轟く。続いてチャリンチャリンという音がする。

 

「残念」

 

「こいつ…」

 ブランクは弾を装填した。そしてすぐさま撃つが、またも金属音。来訪者は扉を跨いでフロアに侵入した。

 

「パッショーネの人ォ?」

 

 そいつはピンクの髪をしたピアスまみれの男だった。おそらくファッションでボロボロの服にピチピチのラバーのパンツ。趣味の悪いパンク野郎だ。

 

「兄貴、こいつ銃弾を真っ二つに()()しています」

「切断…だと?」

 

「目ェいいね。羨ましィなあ…ボクはぶっちゃけ全然よく見えないの…」

 男はブランクの方にピースしながら言った。ブランクはこいつどうします?と言いたげにプロシュートの方を見る。

「ッ…ブランク」

「はい?」

「お前顔に切り取り線ができてるぞ」

「は…えぇ?」

 

 男は一歩踏み出した。スタンド能力が見えているのに近づいてくるということはこいつのスタンドは近距離型なのだろう。

 

「きるきるきるきる」

「あーもう!」

 

 ブランクはどこから取り出したのか、サブマシンガンで男の周囲を薙いだ。しかし弾丸は全てきれいに切断され地面にばら撒かれる。

「……プロシュート兄貴。二メートルだ。こいつ圏内のもの全部を切断する」

 

「チッ…二メートルかよ。今は分が悪いな」

 

 プロシュートは自身の銃を天井へ向けて撃った。乾いた音とともに、照明が落ちる。突然の暗闇に戸惑うブランクの首根っこをひっつかみ廊下へ走った。

 

「一時撤退ですかっ」

「いいや、やつは追ってくる。お前にマークを残してるんだから。仕切り直しだ」

「でも兄貴、どうするんですか?兄貴のスタンドはあの切断厨には有効だけど、追われて戦うには向いてないですよね?」

「そうだ。だが捕まえないと任務失敗だ。やるしかない」

「ってどうやって!弾が届かないし…それに僕のスタンドもだいたい待ち構え型ですよ。それになんですか、僕の顔どうなっちゃってるんですか?流石に頭真っ二つは生き残れる気はしないです!」

「落ち着け」

 

 さっきの男のスタントは2メートル圏内のものをすべて切り刻む他に、敵に切り取り線を付与したのち切り刻む中距離攻撃があると推察される。

 射程は定かではないが、ブランクに切り取り線が付与されたときの間合いがおよそ15メートル。こいつがまだ死んでないということは切れる射程はもっと短い。

 

「よしブランク、お前は囮だ」

「さ、最悪…!」

 

 


 

 

 ブランクは走っていた。ちらりと後ろを見ると人混みの向こうからピンクの髪が見える。切り取り線をつけた相手を感知することができるんだろう。

「ああもう…!」

 男は人にぶち当たるのもお構い無しで人混みを掻き分けてくるのでブランクも同じように、他人に気遣う余裕もなく走る。

 ブランクしか眼中にないということは切り取り線をつけられるのは一人限定なんだろうか。

 

「てめーッ前見てるくせに何ぶつかってんだコノヤローッ!」

 チンピラにぶつかりキレられても無視だ。当然ブランクをまっすぐ追ってくる男も同じチンピラにぶつかる。

「オッ…オッオッ…!お前らグルかァアーー?!」

 チンピラは男の腕を掴んだ。しかしバチンと音がしてその腕が切断される。

 人々から悲鳴が上がり、逃げ出そうとする人たちが一斉に駆け出した。ブランクにとっては好都合だ。

 

「きるきるきるきる!」

 

 男ももちろん猛然と走ってくる。ブランクは15メートル圏内にだって入らないようにとにかく必死に駆ける。プロシュートと打ち合わせた駅まで。

 

 改札を飛び越えた。ホームには今日の最終列車が停まっている。バコンという音がして改札機が切断された。階段を慌てて登りその電車に滑り込む。

 プシュー…と音がして電車が動き出した。ブランクは一息つき、先頭車両の方へ歩き出した。

 連結部分の扉に手をかけるとバコンと音がして後ろ側の扉が切断され、男がぬるりとブランクのいる車両へ入ってくる。

 

「るきるき…これでおにごっこはおわり、君の人生もおわり」

 

 

「……最後に名前聞いていい…?」

「………はア?」

「僕ら、シザーマンとしか聞いてなくて」

「ん…?シザーマン……シザーマン?なにそれ」

「君の通り名だよ」

「ボクゥ?なんで?」

「いやいやいや…そのスタンド、いかにもシザーマンって感じじゃん」

「そんなダサい名前なわけないじゃん。それになおさらおかしイな。ボクのスタンドを見て生き残れた人なんていないのに」

 バチンバチンバチン、と男が一歩進むたびに周りの座席が切断されていく。

 

「わ、わー!待って!待って!」

「待たなイ…」

 

 ブランクは慌てて前の車両へ逃げた。男はだるそうに連結部の扉を切断する。扉を潜ろうとした直後、男の後ろから急に声がかかった。

 

「おい」

 

「え?」

 

 先ほど男が切断したドアからプロシュートが入ってきた。そしてまるでボールでも投げ渡すように白い包みを投げ渡してきた。

「あハッ」

 バチン、と袋が切断される。

 

「は……」

 

 その袋からぶわりと広がったのはくすんだ白の粉だった。

 


 

 

「……死んだんじゃないすか、これ…」

「さてな」

 

 プロシュートとブランクは床に転がり泡を吹いてる男を見てそうつぶやく。

 

「悪質なヘロイン…か」

 この麻薬に混入られているフェンタニルはヘロインの50倍も効果があるとされている、象でも気絶する鎮痛剤だ。

 あのDOPEのバックヤードにあったものだ。ざっと一キロ、直で浴びて吸えば昏倒する。

「さーってっと…麻薬はどこぞ?」

 ブランクは男の体を一通りチェックする。しかし薬どころか小銭すら持っていなかった。さらに腕をまくってみても注射痕の一つない。

 

「彼、ほんとにくだんの売人なんですかね?」

「……この仕事、一晩ですまねーようだな」

 


 

 

 昼下がり、公園。きらきらひかる、木漏れ日。頬をくすぐる風、それに乗ってくる様々な匂い。ただここにある全てのものを、穏やかな酩酊感で包み込んで享受する。

 薬物で得た刹那的な幸福は人生に敷き詰められた真っ黒な不幸をグロウでぼやかす。

 

「シザーマン。とんだミスリードだ」

 

 

 そんな()()に浸っていると、突然ベンチの隣に誰かが座った。すべてがきらめいてぼやけた視界ではそれが男だということしかわからない。しかし声だけは聞き覚えがあった。アヴィゲイルの店で売人を探していたギャングの一人だ。

 

「まさかヤツを破るとはな」

 

 ピンク髪の殺し屋、モイライの顔を思い浮かべ、笑う。金払いが良ければいくらでも媚びへつらう犬のようなやつだった。

 

「アントニオ・ブシェッタ。大した名前だな」

「ふん…」

「あんたのこと、調べたらすぐにわかったぜ。詐欺、恐喝、暴行、麻薬取引、殺人、死体遺棄…まあオレも偉そうなことは言えないが、大した犯罪歴だ」

「すべて過去のことだ。今はなんにも残っとらん。わかるか?大切なものはいつも手元に残らない」

「説教かますつもりなら悪いが、あんたはここで終わりだ」

「ふ……よりにもよってどこのだれともわからん若造に」

「あんたが本当に会いたかったのはヴラディーミル・コカキだな」

「ああ、かつての相棒だ…」

 

「麻薬チームに属してるとはな。たまたまぶち当たったとはいえ、こっちにとっては収穫だった」

「そうかい。ああ、くそ…やつの名前を出すなんてな。せっかくキマってきたのに台無しじゃないか」

「そりゃ悪かったな。オレはもう邪魔するぜ」

「なんだ、銃でもぶっ放すのかと思ったら。毒矢でも吹くのか?」

「オレのはもう少し…そうだな。あんたにとっちゃあ優しいのかもしれないな」

 

 そう言って男は去っていった。何がなんだかよくわからないが、今すぐ逃げようとかそういう気持ちにはなれなかった。ただ体がぼんやりとだるくなって、大麻のおかげでそれが心地のいい眠気に変換されていった。

 ただ片隅に浮かぶ、青春の日々がどんどん褪せていく。あせた思い出は美しい部分だけ鮮明で、心地よかった。

 

 

 

 

「おいおいおい、老人の安楽死なんてなーんかお前らしくない」

「あ?じゃあ町中で銃ぶっ放せと?これがただしい暗殺だろうが」

「はあー。そういえば最近ハデハデに戦ってたんで、暗殺ってなんだろって感じでしたね」

 

 メローネとブランクが公園の出入り口にあるジェラート屋で三段重ねアイスを食べていた。メローネはブシェッタの情報を集める際に声をかけたので一応ついてきたわけだ。しかし人の仕事をアイス食って待つなんてペッシならありえない。

 

「かつての大マフィアがあんなおじいちゃんになってせこせこ麻薬売ってるなんて夢ないっすね」

「盛者必衰だな」

「…で、あのDOPEの麻薬のルートの方はどうなったんだ」

「ポルポが全部持ってっちまったよ。ま、麻薬チー厶がルートを〆るんじゃあないか?」

「それでいて追加報酬もなし、か」

「世知辛いっすー」

 

 あの老いたマフィアの今がボスにとっての未来になってしまえばいいのに。なんて考えが頭を過る。そんな不確定で曖昧な未来を願うのは馬鹿馬鹿しい。思ったら行動に移すべきなのに、今はそれすらも縛られている。

 

 

「とりあえず…ペッシの見舞いに行くか」

「じゃあ僕は遠慮します。このあと僕ホルマジオぱいせんとおデートですので」

「はあ?デートってお前…」

「喧嘩賭博で八百長ひと儲けデートっす!わくわく」

「………オレも賭けに行くか。…じゃあなプロシュート」

「ああ」

 

 

 

 裏切り者を出したというだけでリスクと見合わぬ待遇で、それでもこの世界で生きるしかないならば、今現在提示されている賭けに勝ち続けるしかない。

 

 





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6部アニメ化嬉しいです


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00.ギャンブラー②:過去

 

【挿絵表示】

 

 

 

ホルマジオは夜11時のネアポリスの裏路地を歩いていた。切れかけた電灯の照らす道や壁は薄汚れていて、暗殺チームのアジト周辺を思わせる。

 違うところといえば通り全体に魚醤や発酵食品を思わせる独特の臭いがするところだろうか。エキゾチックな食品の香り。事実ここはアジア系の移民の集まる一角で、中華街と呼べるほど大きくはないが、かなりの数のアジア系の移民や不法滞在者が住んでいる場所だ。

 しかし人通りは皆無だ。まるで“余所者”のホルマジオが来たのを察知したかのように通りは静まり返っている。

 そんな中で唯一看板を出している建物があった。ホルマジオはその看板のすぐ横にある地下への階段を降りた。

 扉を開けると鈴がなり、中に充満していた煙が外へぶわりと流れた。そのタバコの臭いも嗅ぎなれないもので、ホルマジオは眉を顰める。

 煙の充満する店の中央には三人と卓を囲むブランクがいた。

 三人の男はじろりと鋭い瞳でホルマジオを一瞥した。しかし視線はすぐ自分たちの手元、麻雀牌へと戻った。

 

「ブランク、仕事だ」

 

 ホルマジオの声にブランクは視線を上げた。

「やっとツキが回ってきたところなんです」

 

 自分の教育が悪かったのだろうか。と一瞬頭によぎる。ちょっと遊びのつもりでギャンブルを教えてからブランクはドーパミン中毒になってしまったらしく、様々な賭け事に手を出しては有り金すべてをベットしてスリルを味わっているらしい。

 

「へぇそうかよ。それがオレになんの関係があるんだよ、ブランク」

「ドラを抱えて大三元リーチがかかってるんですよ?」

「いいから、来い」

 

 

 ホルマジオがそう言うと、ブランクは一瞬悔しそうな顔をしてから麻雀牌を倒し、席を立った。

 卓を囲む男が何かを言う。おそらく中国語だろう。全く聞き取れない。ブランクは二言三言返事をしてから足元に置いた細長いカバンを背負い、ポケットから金を少しばかり置いてホルマジオのもとへ来た。店を出るとジャケットを帆のように張って夜風にあて煙の臭いを落とすかのようにバサバサと振った。

 

「おまえ中国語も喋れたのかよ」

「いや?最近ちょっとした会話くらいなら…って感じですね」

「へぇ?なんか言ってろよ」

「最坏的人渣!把钱还给我!」

「意味はなんだよ」

「そうですね…まあ負け惜しみです」

 

 

 ブランクはそこらへんにいるアホな若者のような外見をしているし実際そう振る舞っているのだが、チームとして過ごして一年も経てばそれがよくできた仮面であることに気付く。

 ブランクのスタンド能力自体は『相手の能力をコピーする』というもので非常にピーキーだ。チームの中では一番弱いと言っていいかもしれない。しかしスタンドを抜きにすれば(この国でその条件が成立することはまずないが…)殺しの技術自体は一番高いかもしれない。腕のいい狙撃手のもとで何年も諸国を渡り歩いてきた経験も他のメンバーにはないものだ。

 

「で、誰を撃ち殺せばいーんです?」

「いや。スナイパーの出番はねェーんだ。今回は」

「…ん?っていうかそもそも『悪ィーなアブランク。今回は派手に臓物ブチ撒けるテメーの暗殺じゃあ注文にあわねェーんだよ。おとなしく留守番してな』……って僕をハブった仕事ですよね?なんで今更声かけるんですか?」

 

 どうやら仕事の割り振りのときの軽口を根に持っているらしい。だがそのセリフはイルーゾォのものだ。なぜ自分がブランクの機嫌取りなんてしなくちゃあなんねーんだ?と思いながらも、ホルマジオの思い当たる適任者はブランクしかいない。

 

「ちと事情が変わったんだよ」

「はあ…」

 

 ホルマジオとブランクは留めていた車に乗り込む。ホルマジオは今回の仕事について表示された自分の端末をブランクに渡した。

 

「ターゲットは記者。まあ記者なんてありふれた暗殺対象なわけだが…殺す前にそいつが行方不明になっちまったのさ。イルーゾォが調べたところによるとどうやら奴はギャンブル依存症らしくてな。ある日いつものように賭場に出かけてそれっきりらしい」

「先に別の人に殺されちゃったんじゃないですか?」

「それだったら手間が省けて結構だがよォ。どんなに探しても死体が出ていない。オレたちへの指示は“必ず殺すこと”。つまり死んだのをキッチリ確認するまでが仕事ってなわけだ」

「なるほど…。……ってなおさらなんで僕が必要なんです?僕って別に人探しは得意じゃないですよ」

「話は最後まで聞けよ、ブランク。…そいつが最後に目撃された賭場では行方不明者がすでに何人か出てるんだぜ」

「なるほど。帰りたくなってきたっすー」

「イルーゾォが突き止めたところによると新しいディーラーが来てから行方不明者が出始めたらしい」

「………で?」

「で、テメーの出番だ。賭け事、好きだったよな?」

 

 

 

 

 

「ウオオオオオ!!ッシャオラァアーー!!」

 

 

 ブランクは今クラップスをプレイしている。クラップスとは言ってしまえばサイコロを2つふりその出目を当てるというシンプルなゲームだ。

 まず全員が掛け金を自分の予想する出目に賭けおわるとシューターがサイコロを振る。この第一投を『カムアウトロール』と呼び、『7』の目が出るまでゲームが続く。

 

 ブランクはパスラインという賭け方で順当に勝ちを拾い、チップを蓄えている。このゲームはルーレットなどと違い、有利なかけ方が存在する。そのため“自然に”勝ってるように見せることはできる。

 

「すげーな兄ちゃん。さっきから当てまくりだ!」

「サイコ〜〜!!」

 

 オッズ賭けが成功してチップが倍になった。ブランクが勝鬨を上げる。クラップスはサイコロをふるだけで観客がわく賑やかなゲームだ。その中心にいるブランクには自然と注目が集まる。ブランクはホルマジオと目が合うとピースサインをした。

 

「あんたのツレ、ツイてるなぁ…」

 

 それも当然だ。ブランクはイカサマをしている。しかもペッシからコピーしたビーチボーイでサイコロの出目をちょっといじるセコいイカサマで。

 

「こう勝ってしまうと店に悪い気がしますねェ〜。どうしましょ。ドリンクでも追加で飲みますか?もちろん奢りです」

「ああ、遠慮なくいただくぜ」

 

 そろそろだ。そろそろ本命が餌にかかる時間だろう。バーカウンターへ行くとバーテンダーがにこやかにブランクに微笑みかける。

 

「お客様、素晴らしい勝ちっぷりですね」

「そう。今日はすっごいツイてる日みたいで」

「如何でしょう。より()()()()()な賭けをしてみるというのは」

「っていうと?」

「あちらのカーテンをくぐればわかりますよ」

 

 思わせぶりな言い方。勝って気が大きくなった客なら飛びつくだろう。もちろんブランクも飛びつく。興奮気味に自分の勝ち筋についてデタラメを述べてグラスを空けてからホルマジオと肩を組んで、耳元で囁いた。

 

「僕が適任っていうのは、如何にも調子づいたカモっぽいから?」

「ああ、その通り」

 

 ブランクは微妙な笑顔を見せた。ホルマジオはフン、と鼻で笑う。

「行くぞ」

「はぁい」

 

 瀟洒な飾りとたっぷりのドレープの入ったカーテンをくぐると、そこもまた賭場だった。しかし先程の場所はルーレットやスロットマシン、バカラなどすぐに決着のつくゲーム用のテーブルゲームが数個あっただけに対しこちらは本格的なカジノゲームの場がいくつもあり、それぞれにやり手そうなディーラーがついている。

 なんならカーテンをくぐる前より客も多い。こちらが本場であちらは一見さん向けだったようだ。

 ホルマジオは全体を見回し、目的の人物を見つけた。

 

「…いたぜ。一番奥でトランプいじってるやつだ」

「あの人がターゲットの最後の対戦相手なんですか?」

「さあな。だがあいつが件のディーラーなのは確かだ」

 

 そのディーラーは他の従業員と比べると一回りは年老いて見えた。髪は総白髪で、ややコケた頬は血色が悪く土色だ。ポーカー用の卓だが病人じみた風貌のせいかテーブルには誰もついていない。

 

「……さて。じゃあここからはオレたちの本業らしく紳士的に情報を聞き出すとするか」

「紳士的ねぇ」

 

 ホルマジオは問題のディーラーの席につく。ディーラーは嬉しそうに顔をクシャッと歪め、ホルマジオを見た。

 

「ようこそ。楽しんでおられますかな?」

「いいや、お楽しみはこれからなんでな」

「グッド。こちらではテキサスポーカーからインディアンポーカーまで、なんでもプレイできますよ。もちろん、お望みならヨットやバックギャモンなんかの他のゲームもございます」

 ディーラーはそれはもう美しい手さばきでカードをシャッフルし、並べてはまた手元に戻す。しかしホルマジオはきれいに返されたトランプの上に構わず写真を広げた。

「この男を知ってるな?」

「……ほう。人探しとは。……どうでしたかね。見覚えのあるような」

「ボケたフリは賢明じゃあねーな。とっとと言ったほうが身のためだせ」

「この年になってくるとフリも本当になってくるものです。……どうでしょう、あなた方はこの男の情報が知りたい。ならば私とここでゲームをして、勝ったらそれを手に入れる。そういう賭けをするというのは」

「オレたちが何者か理解できてねーようだな」

 ホルマジオがすごんでもディーラーはまるで動じなかった。トランプを繰る手は止まらずにまっすぐホルマジオを見つめ返している。

 

「あなた達が何者かは私には関係ない。私はダニエル・D・ダービー。生粋のギャンブラーだ。私にとってそれがすべて」

 

「賭けに勝ったら情報を渡すとは限らねぇ。デタラメを言う可能性もある。ここで肋の二三本折ったほうが確実に、それも早く吐くだろォーよ、と思うわけだが?」

 ここまで脅しをかけてもディーラーの男は変わらぬ意志の強い瞳でいる。老年に差し掛かったとは思えないぎらついた瞳に、簡単には情報を渡さないという意志の強さを感じさせる。

 

「情報を持っているのは本当だ。魂を賭けたっていい」

 

「はっはっはっ…」

 ホルマジオの後ろで黙って立っていたブランクが突如笑い始めた。

 

「失礼、魂とか言いだしたもんだからつい笑ってしまって」

「なに?」

 ブランクはやや演技過剰めいたしぐさで髪をかき上げた。

「僕たちゃ魂なんてとっくに悪魔に売り渡してる。賭けるなら命かな」

「ほう?命懸けのギャンブル。それもまた心躍る提案ですな」

「あなたが生粋のギャンブラーというのなら、ぜひとも勝負していただきたい」

 ホルマジオはブランクと席を替わる。

 ダービーはこれみよがしに自分のトランプさばきを見せつけながらブランクを値踏みするように上から下まで眺めた。

 ダービーの手さばきは熟練のディーラーでありギャンブラー。先程のようにスタンドによるイカサマなどは通用しないだろうという圧を感じる。

 当のブランクはトランプには興味ないと言いたげにテーブルに肘を突き、ダービーを見つめていた。

 ダービーはホルマジオと比べて幼く見えるブランクを安く見積もったのだろう。いやらしすら感じるへりくだった笑みを浮かべた。

 

「では…ゲームはあなたが決めて結構です、ボクちゃん」

「そうですか。じゃあコレで」

 

 発砲音がした。

 悲鳴、そして静寂。あまりに唐突な銃撃に場が静まる。ダービーの肩口越しの壁に弾痕があった。

 ブランクはどこにしまっていたのか、煙を上げるリボルバーを持っていた。入店時の身体検査をどう誤魔化したのか。ハンドガンを持ち歩いてるとはホルマジオも知らなかった。

 

「貴様ッ…!」

 店のガードマンがブランクへ銃を向けた。ブランクはリボルバーを持った手をあげた。銃を持つ指の間にパッショーネのバッヂを挟んでいる。

 

「文句があるならポルポに言いな。信頼を疑われてるあんたらが悪いんだ」

 

 賭博を仕切る組織の幹部、ポルポの名前の効果は絶大だった。土壇場でよく大嘘がつけるもんだ。

 ブランクはリボルバーから弾を出した。テーブルの上に薬莢が落ちて転がる。そしてそのまま銃をゴトリと置き、ダービーへ突き出した。

 

 

「僕はロシアンルーレットをやりたい」

 

 ダービーはひと呼吸おいてブランクを見つめた。どうやら値付けを改めているらしい。そして銃を手にとった。

 

「……S&W M29。よく整備されてるようで」

 

 ダービーは卓に散らばった弾の一つをつまみそれをしげしげと観察する。

 

「いいでしょう。それで、勝敗はどうつけるおつもりで?仮にわたしがこれで頭を撃ち抜いたらあなた方の欲しがっている情報もおじゃん。賭けが成立しないのでは?」

「銃口を押し当てる場所は頭じゃなくてもいい。心臓と頭に近けりゃ近いほど高得点。何回でも引き金を引いていい。プレイヤーには一度だけシリンダーを回す権利が与えられる。回さずに引き金を引いた場合得点は倍づけ。これでどうですか?」

「グッド」

 

 ダービーはにやっと笑う。下手したら死ぬギャンブルを前にワクワクしているらしい。ダービーはさっきまでの枯れた雰囲気から一転し、瞳にギラギラと生気がみなぎっているように見える。

 ダービーは弾と銃をブランクにつきかえす。ブランクはそれをホルマジオに手渡す。

 

「ダービーさんに何もされてないか確かめてくれますか?」

「ああ…」

 ホルマジオは銃と弾を点検し、ブランクに返した。ダービーは何もしてないようだ。

 ブランクはダービーにそれをそのまま渡す。

「弾込めはあなたに任せましょう。先手も譲ります」

「それはそれは。では遠慮なく」

 ダービーは弾を込め、シリンダーを回転させて振り戻す。これでどこに弾が入っているかわからなくなった。そしてまるで臆することなく頭に銃を突きつけ、引き金を引いた。

 カチン、と音がした。

「では頭は…30点でどうです?」

「いいですよ」

 ダービーはそのまま銃を腹に当て引き金を引いた。弾は入っていない。不発。

「そして腹は…15点といったところですか」

 ダービーは不敵に笑う。そしてもう1度引き金を引いた。

「では追加でもう15点だ」

 

 ダービーには弾の位置がわかっているのか?いや、わかっていても不思議ではない。この危険な賭けに全く動じていなかった点がよりそれに説得力を与えていた。

 

 ブランクは渡された銃を受け取るとシリンダーを回転させた。

 そしてそれを頭に突きつけて連続で2回引き金を引いた。

 

「60点。同点ですね」

「GOOD……賭け事はこうでなければ盛り上がらない」

 

 ダービーは笑う。勝負師の顔と言えばいいのだろうか。銃を受け取り、シリンダーを回転させずに頭へ突きつけ、引き金を引く。

 

「60点…」

 

 いつの間にかできていたギャラリーから息を呑む音が聞こえた。ブランクは銃を受け取ると、それをそのまま頭に突きつけた。

 

「シリンダーを回転させなくていいのか?残り三発、そのうち一発が当たりだというのに。…おっと、さっき回転させてしまったんだったか」

「回転させて一発目がアタリってこともあるんだからそんなことしても意味がないよ。重要なのはあんたがシリンダーを回さず一発だけ引き金を引いたこと。僕の得点が四倍になることさ」

「考えなしに脳みそぶちまけるのはいいこととは思えないね」

「そうかな?どっちにしろ人は死ぬ。場所と死因が多少変わるだけだ。僕にとっては大した問題ではない。こんな仕事をしてるんだ。ぶちまけられるのがあんたの脳みそだろうが、それは変わらない」

「そうか。なら引き金を引け。外れても私にはシリンダーを回す権利が残っているからな。たった120点のリーチ、覆すのは簡単だ。…わたしにとってはね」

「いや、240点だ」

「は?」

 

 ブランクは引き金を二度引いた。周囲から悲鳴が上がった。しかし、弾はでなかった。

 

「あと一発。16倍の弾だ。それを頭に撃てばあんたの勝ちでいい」

 

 ブランクは銃を差し出す。ダービーはブランクを見つめ、しかし銃は取らなかった。

 

「君の名前は?」

「ブランク」

「ブランクくん。いい勝負だった」

 

 二人は握手して周りからは困惑気味の拍手が上がった。

 いかにも何かありそうなダービーがあっさりと負けを認めたのはこれもまたギャンブラーとしての挟持なのだろうか。

 

「はあ…緊張しました」

 そう言ってブランクはおもむろに銃を自分の頭に突きつけ、引き金を引いた。しかしこれもまた不発だった。

「な……」

 ダービーは目を丸くする。

「アドリブでよくわかってくれましたね、ホルマジオ先輩」

「序盤はぶっちゃけ運だけどな」

「それくらいのリスクは全然犯せますよ。普段の賭け事より勝率が高いし」

 種は簡単だ。銃と弾を点検した際、ホルマジオの『リトル・フィート』で弾を縮めた。それだけだ。

 

 イルーゾォではなくブランクを賭場に連れてきた理由がこれだった。イルーゾォのスタンド、マン・イン・ザ・ミラーは自分が確実に勝てる場を作りだす。故にイルーゾォ自身も土壇場での駆け引きやリスキーな賭けは実のところ不得手。その点ブランクは賭け事に漬かりきって麻痺している。

 

「くくく……まさかスタンド使いとはな…わたしも耄碌したものだ」

「ダービーさんもスタンド使えばよかったのに」

「わたしは……スタンドを……使えないのだ……いや。使おうとすると」

 ダービーの顔色がみるみる悪くなり手が震えだした。さっきまで漲っていた生気が一気に消えて怯えと恐怖で目が虚ろになっていく。

 

「使おうとすると…思い出す。あの時の決定的な敗北をッ……こんな、こんな……このダービーに…許されないあの敗北をッ……!」

 ダービーは顔を覆い、必死に呼吸をする始末だ。どうやらトラウマ級の負けでスタンドを使うことができなくなってしまったらしい。それでもギャンブルを続けているあたり図太いのか繊細なのかよくわからないが。

 

「…で、情報は?」

「……ああ、ああ。その男とは確かに対戦した。彼はわたしとのポーカーに負けたあと、弟の勝負に乗ってしまった」

「弟?」

「そうとも。この建物の三階にいる。だが弟と勝負をするのは避けたほうがいい。あいつは…いや。とにかく期待しないほうがいい。何も賭けるな」

「スタンド使いなんですか?」

「………そうだ。やつはゲームを仕掛けてくる。それに負けると“魂”をとられるぞ。…忌々しい、あいつは心までは折れなかったらしい…」

 

 ホルマジオとブランクは顔を見合わせた。

 

 賭場をあとにし、二人は階段を上る。ダービーの弟とやらがいる三階、とっくに廃業したと思しき玩具屋の看板が立てかけられている。中には誰かいるらしく、灯りが漏れている。

 

「ここからはギャンブラーじゃなくて暗殺者だ」

「え?」

 

 ぽけっとしているブランクをほっといて、ホルマジオはドアを蹴破った。

 ドアの向こうには誰もいなかった。倒れた椅子とついさっきまで飲んでいたらしいまだあたたかい紅茶があるだけだ。

 

「下の騒ぎで逃げましたかね」

「そのようだな」

「肩透かしだな」

 

 ブランクはリボルバーをしまい家探しをはじめる。陳列棚はほとんど空で、床には市販の人形の空箱ばかりが落ちていた。

 店の荒廃具合は散々だが、バックヤードは整然としていて清掃もなされていた。棚に大量のゲームハードが並んでおり、ブランクが興奮気味に「あ~セガサターンじゃん!!」と言って手に取っていた。大量のゲームカセットもきっちりと棚に納められている。

 

 奥の部屋のドアを開けて、ホルマジオはホッとした。そこには魂の抜けたような顔をした(ダービーの言ったとおり、実際そうなのだろう)標的の体が無造作に放って置かれていたからだ。

 

「ようやく仕事の終わりだな」

「ダービー兄弟は殺さなくていいんですか?」

 ブランクはハードを一個、カセットをいくつか盗んで帰るつもりらしい。ポケットがパンパンになっている。

「ロハでやれって?ただでさえ無駄に駆けずり回ったんだ。オレはごめんだぜ」

「ま、そうですね」

 ただでさえ単価の少ない依頼だ。死体を見つけた以上、何人金をすろうが魂を抜かれようがもう関係ない。ダービーはきっとこの店を去り、ひょっとしたら国を去り、二度と会うことはないだろう。

 

 

 

「ずっと気になってたんですけどイルーゾォ先輩はどこにいるんですか?」

「さぁな。もうこの件に興味ねぇーんじゃあねぇの?」

「なんですかそれぇ〜。代わりに僕がこんなに頑張ったというのに…」

「名演技だったな」

「へへへ…ホルマジオ先輩のお役に立てたならそれでいいんですけどね」

「飯でも行くか。それともどこかギャンブルのできる場所にいってもいーぜ。麻雀の邪魔しちまったからな」

「ん…いや。もう賭けはいいです」

「なんだァ?実はロシアンルーレットで懲りたのか?」

「いいえ。クラップスでイカサマして気づいちゃったんですよね…スタンド使えば絶対勝てるって」

「いいことじゃあねーか」

「それじゃあ全財産賭けてもヒリヒリできないじゃないですか」

 

 どうやらホルマジオが思っていたより重症なハマり方をしていたらしい。期せずしてだがここで悟ってくれてよかった。暗殺者のくせに借金の取り立てでぶっ殺されていたかもしれない。

 

「なら普通に飯だな」

「わーい。奢りですね?最高!」

「しょォーがねェーなァー……」

 

 




続きは書いてます。
多分春には。
待ってる人がいたらすみません。
詳しくは割烹で。


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