あなたを愛してるって、伝えたかった (ポロシカマン)
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まずはわたしのことを伝えたかった

 

 

 

 記憶の始まりは、先生の笑顔でした。

 

「――おはよう。」

 

あの日先生はベッドからうまく起き上がることのできないわたしを

 

「よく目覚めてくれました」

 

優しく、慈しむように抱き上げてくれました。

 

「……ありがとう」

 

そして声を枯らして、

 

「生きていてくれて、ありがとう……!」

 

先生は泣いていました。

 

理由は今でもわかりません。

 

でも少なくとも、

 

わたしの存在を祝福してくれたことだけは

 

確かだと思いました。

 

だから、

 

わたしのこの命は、

 

先生のためにこそ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――エラ、『イノエラ』!」

 

名前を耳元で叫ばれて、飛び起きる。

 

「何をしていたのかと思えばまた居眠りとは!」

 

ぶるぶると頭を振って声のした方を見れば、あぁ……

 

「今日という日の重要性を理解しているのですか、イノエラ!!」

 

ナ、ナスターシャ教授でした!

 

あれ今何時……あわわわわ!もう『クイーンズ・オブ・ミュージック』が始まってしまう時間です!

 

「こっちを見るッ!」

 

ひぃッ!

 

「……あなたの性根に根差したぼんやり性は、この際注意するのは諦めましょう。しかし、マリアの晴れ姿を見たいとわざわざ管制室までやってきておいて、待っている間のホンの小一時間も起きていられないとは!」

 

うぅ……教授のお説教がまた始まってしまいました。

 

「……夜更かししてまで何をしているのかは聞きません。しかし自分の生活習慣もまともに整えられないというのは、『ヒト』として見過ごせませんよ」

 

自分でもどうかと思うくらい抜けているわたしは、今日も今日とて自らの至らなさに気落ちして反省の繰り返しです。

 

こんなんじゃまた先生に呆れられちゃうなぁ……

 

「……ところで」

 

……?

なんでしょう、教授がわたしを見つめます。

 

「そういえばなぜ、貴女はマリアの歌を好いてくれるのですか?」

 

いやいや……なぜってそれは

 

 

『うたが じょうずな ひとの』

 

『うたを きいて まなぶのが』

 

『うたを うまく うたう だいいっぽ』

 

 

ですから……っと

 

「………」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、答えます。

 

「……なるほど。わかりました」

 

わたしはうんうん、と頷きます。

 

「……あなたの夢、叶うとよいですね」

 

はい!という感じを出すために、わたしは大きく頷きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――僕の夢の転機は、とある少女だった。

 

『聖遺物』と呼ばれる先史文明の遺産をその心臓に受け、偶然にもその聖遺物をその身と同化させてしまった少女。

 

「立花響。――またの名を、融合症例第一号」

 

 自らの研究分野において、彼女のようなイレギュラーはまさに青天の霹靂だった。

 

「やっぱり生で見ると違うなぁー……」

 

 ゆえに、欲した。

 

 彼女のような存在を。

僕の夢の澪標となる存在を。

 

 そして、作り上げた。

 

「天然モノのデータも大分取れたし、さて、僕の方のも研究を進めないと」

 

 人と聖遺物の合いの子、融合症例を。

 

 人の形を得る前の、受精卵の段階より。

 

「苦労したなぁほんと……」

 

 

 

 

 材料は、僕の細胞と、

封印されていた完全聖遺物『ネフィリム』

 

 

 

始めの一人は、そもそも萌芽せず。

 

二人目は謎の蒸発。

 

三人目はもはや生物とも呼べない姿に変貌し、

 

四人目はがん細胞へと分化し、

 

五人目は腕が十二本生えて自分で絡ませて死んだ。

 

六人目は脊髄が過剰に発達し背中を突き破って死んだ。

 

七人目は異常な体温で自らを蒸し殺し、

 

八人目と九人目は人型になったが、前者は襲い掛かってきたので僕が殺し、後者は目を離したすきに自分の首を縊って自害した。

 

そして――。

 

『No.10 Synthesister INO-EL』

 

彼女は絹のように美しい銀の髪を携え、齢14に相当する少女の姿にまで成長した。

 

目覚めた彼女の前で、僕は人生で初めて人に涙を見せたのだ。

 

 

「まさに女神だ」

 

全てを見通すような黄金の瞳。

 

純粋無垢な微笑み。

 

 

それに何より、聖遺物と混ざったせいで失ってくれた人間性、余計な雑音を発さない唇。

 

 

「僕だけの至高の女神(アイドル)だ」

 

 

『愛』こそが、人と聖遺物を繋ぐ究極の要素であるなら!

僕の彼女への愛こそが、彼女の持つ『ネフィリム』の要素を強め、フィーネとも立花響とも異なる『真の融合症例』へと彼女を導いてくれるだろう。

 

「そして『完成した』彼女を取り込んだフロンティアを操る僕は、人の身のまま、英雄になるッ!!」

 

空を見上げれば、ライブ演出の炎に照らされて夜空は紅く染まっていた。

 

「―――さて、もう一仕事です。さっさと終わらせてシャワーでも浴びましょうかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教授のとなりに腰かけて、モニターのマリアさんと翼様を凝視。

 

ふんふん。歌うのに邪魔そうなひらひらは不死鳥の翼をイメージしてダイナミックに振って振って振りまくる…と

 

勉強になります!

 

はぁ、わたしもいつかこんな大きなステージでライブしてみたいなぁ……

 

いやいや、その前にちゃんと声を出せるようにならないと!

 

「!……!…!」

 

うぅ、やっぱり出ない……でも、頑張ります!

 

 



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人とヒトは理解り合えないって、伝えたかった

 

 

 

 

 はぁ~~~~!

 

……不死鳥のフランメ、最高でした!!

 

「いよいよですね」

 

 二人が同時に腕を振り上げたところで炎がドカン!となってシルエットになった二人の影が不死鳥の形になってたところはなんていうかこう……感謝しかないっていうか……あーテンション上がっちゃいますーー!!

 

「……(落涙ッ!?)」

 

はッ!?

 

 い、いけません……感動しすぎて涙腺がゆるゆるになっていました……

女の涙は軽々しく人前にさらしてはならないとドラマで言っていたのに!!

 

「イノエラ……あなた、まさかとは思いますが……」

 

! な、なんでしょうか……

 

「今日マリアがステージに立っている理由を忘れているわけではありませんよね……?」

 

 ……いやいや、そんな、さすがにそれを忘れるわけないじゃないですかぁ!

今日は大事な大事な全世界にわたしたち『フィーネ』の存在を知らしめる宣戦布告の日……

そして、わたしが先生好みの女の子に『成長』する日!

 

 つまりは先生が英雄になるための、神話の幕開けの日なのですから!

 

……あれ?

 

「……はぁ」

 

 そうしちゃうと翼様が、あのマントがカッコいいシンフォギアを纏ったマリア様を迎え撃つために同じくシンフォギアを纏って……

 

た、大変です!

 

「待ちなさいッ!」

 

 はぅッ!

 

「外出は許可できません」

 

……うぅ、いや、でも

 

「そんな顔をしても駄目です。あなたの身に万が一のことがあれば我々の、マリアの頑張りの全てが無駄になってしまうのですよ?」

 

 ! それはダメです!

「イノエラ、あなたには別に大事な役目があるのをお忘れですか?」

 

 いーえ、忘れてなどいません!先生から仰せつかっている私の大事な大事な役目。

そう……わたしの役目は――

 

「『フロンティアの起動』……理解しているのなら、いいでしょう」

 

 お船の舵を切るジェスチャーで、教授に意思を伝えました。

 そーれ、おもかじいっぱーい!…ってやつです。

いつか機会があれば、本物でやってみたいですね。

ぐるぐるするの絶対楽しいです!

 

「……イノエラ?」

 

 おっと、つい我を忘れてしまいました……。

 こくり、と教授に頷きます。

 

「よろしい」

 

 そうです。マリアさんの今までの努力を無駄にするなんて、死んでもできません!

 

 ここは我慢の子。ここでしっかりマリアさんと翼様の戦い、歌のぶつかり合いを見守るのです。

 

 ……うぅ、できればもっと間近で観たかったです……けど……

 

 

 

「そろそろですか……二人とも!」

「デェス!」

「…はい」

 

 切歌ちゃんと調ちゃん。

今日のお二人は、マリアさんのお手伝い。

なんだか気合が漲っていますね!頼もしいです!

 

 

 

「……それじゃあマム!行ってくるデス!」

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 

 あ、はい!お二人とも

 

「!」

 

 行ってらっしゃいませ!

 

「……(ぺこり)」

「……(ぺこり)」

 

 ……あぁ。

 

 今日も、手を降るわたしに、二人は何も言ってくれませんでした。

 

 いいんです。

 しょうがないですよね。

 

 お二人がわたしを仲間と認めてくれるはずないですもん。

 

 だってわたしは

 

 

《私は、私たちは『フィーネ』!――終わりの名を持つ者だ!》

 

 

 マリアさんの妹さんを死なせてしまったんですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石はフィーネ。アメノハバキリの特性を完全に理解した搦め手の数々……クク、いい戦闘データが取れそうだぁ」

 

 強奪した完全聖遺物、『ソロモンの杖』より繰り出したノイズによりライブ会場を封鎖した後。

僕は物陰より我らが新生フィーネ、黒のガングニールのシンフォギアを纏いしマリアと、アメノハバキリのシンフォギアを纏いしサキモリこと風鳴翼の戦闘を観察していた。

 

「私を前に、気を取られるとはッ!!」

 

む!

 

「……アメノハバキリの機能制限限定解除、それによるギアの出力亢進の影響でしょうか」

 

『LiNKER』切れにしては随分と早い……押されはじめましたよ?……もしや

 

「ナスターシャ教授。フォニックゲインの塩梅はどうですか?」

《現在22%……イノエラに変化は見られません》

「了解しました。そちらも引き続きよろしくお願いします」

 

 ナスターシャへの通信を切る。

 

「やれやれ、どうやらウチの女神さまを満足させるには、まだまだ盛り上がりに欠けているようだ」

 

 さーて、あの子が喜びそうな演出はどうしよっかなーっと……おや?

 

「――やめようよこんな戦い!今日出会った私たちが争う理由なんて無いよ!!」

「!!――そんな綺麗言を…ッ!!」

「……えぇ?」

「綺麗言で戦うヤツの言うことなんか……信じられるものかデスッ!!」

 

「ブフッ!……ックククク」

 

 ちょっとちょっとォ、いつからここはコント会場になったんですかぁ?

仕事中に笑わせないでほしいんだけどなぁ。

 

「……そんな!話せば理解りあえるよ!戦う必要なんか」

「偽善者」

「!!」

 

 おいおい……

 

「この世には……あなたのような偽善者が多すぎる!」

 

 あーあ、マジで言っちゃってるよあのジャリン子。

安直だなぁ、偽善とかなんとか。全くくだらない……

 

 真にこの世に存在するのは『英雄』と、『英雄を英雄たらしめるための有象無象』だけだっていうのに!

 

「痛みを知らないあなたに……誰かのためになんて、言ってほしくない!!」

 

 ぶっははは!ちょっとぉ!あの子笑いの神様に愛されちゃってます!?

知らないって悲しいよなぁ。そのセリフを他でもない、立花響にほざいちゃうんだもんなぁ!

 

《聞こえますかドクター》

 

おっと、ナスターシャからだ

 

《最終手段です。例の増殖分裂タイプを》

「はーい」

 

 なんだ、装者が六人揃ってもこんなもんですか。

 

「存外、判定が厳しいなぁ。ツヴァイウイングのライブ映像を見せすぎましたか。耳が肥えてしまったのならしょうがない」

 

『ソロモンの杖』を起動。

 

「さーて、ド派手なパーティーとしゃれこみましょうかァ!」

 

 

 

 

 

 「三人とも退きなさい!」

 《……わかったわ》

 

 ……うぅ、こんなこんなはずじゃなかったのに……なんでこんなことに……

 

「気落ちする必要はありませんよイノエラ。『ヒト』の気持ちに嘘はつけません」

 

で、でも教授……

 

「むしろ中途半端に励起してしまう方が問題なのです。まだチャンスはあります。三人の帰投を共に待ちましょう」

 

い、いいんでしょうか……それで、それで先生はわたしを許してくれるでしょうか!?

 

「……ドクターのことでしょうか?」

 

頷く。

 

「許しますよ。今までに一度でも、彼が貴女の気持ちを傷つけたことがありましたか?」

 

……でも、でもぉ……!

 

「あなたこそ彼を信じるのです。それが、ヒトとヒトが理解りあうのに大切なことなのですから」

 

う、うぅ……うぅ……

 

「(なんと繊細な……こんなにも純粋な感情を持つ少女を、私たちは、これから……)」

 

だめ、これじゃ教授の膝を涙で濡らしてしまいます。

 

でも、でも先生の期待に応えられないわたしは、わたしは……

 

どうして、生きていられるというんでしょう。

 

 

 

《――Gatrandis babel ziggurat edenal……》

 

 

 

「!!」

 

この……この『歌』は!!

 

「な……! ここで絶唱……だとッ!?」

 

 

――コセ

 

 

あ……え?

 

なに、なんでしょう

 

わたし、わたしの中でなにか……

 

 

 

『―――ヨコセ』

 

 

 

……あなたは、だ……れ……?

 

 

「!! イノエラ!

これは一体……まさか装者三人による同時絶唱のフォニックゲイン、それによる――」

 

 

 

『ナマエワカラナイ』

 

あ……じゃあ、あの、光ってるので「ピカピカちゃん」って呼んでも、いいですか?

 

『イイゾ』

 

ありがとうございます!

 

『オマエハナンダ』

 

はい!イノエラといいます!よろしくお願いしますねピカピカちゃん!

 

あ、それで、さっきのよこせっていうのは……

 

『タリナイ』

 

はい?

 

『タリナイタリナイ ナニカガタリナイ カラッポハイヤダ』

 

……空っぽって、何がですか?

 

『ココ カラダノマンナカ ココカラッポハ タエラレナイ』

 

あ、もしかしてお腹が空いてるんですか?

 

『ソレダ タリナイイヤダ タベタイ』

 

あれって……え、もしかして、翼様を!?

 

『チガウ アノ モッテルヤツ』

 

い、いやいやダメですよ!

どんなにお腹が空いてても刃物はさすがに……あ、でもいいのかな?

 

あれって確か、アメノハバキリっていう聖遺物なんだし。

 

「聖遺物は食べられるものだ」って先生も仰ってましたし!

 

翼様には申し訳ないけど、翼様が歌うのに絶対必要なものじゃないらしいし……じゃああげます!

 

『ホントカ』

 

はい!

 

『ジャアソッチイッテモイイカ』

 

いいですよー!

 

『ソウカ』

 

さー、いらっしゃ……

 

 

『イタダキマス』

 

 

え?

 

 

 

 

 

 

あぁ

 

 

目の前が、真っ白になって

 

せん、せ―――

 

 

 

 

 

 

 「ただいま戻りました」

 

 ジャリン子の薄っぺらい言葉にモロに影響されて泣いちゃった立花響も観察し終え、ナスターシャとあの子の待つところへと帰り、すぐさまフォニックゲインを計測していた管制モニターへと、目を移す。

 

《COMPLETE》

 

「うへッ」

 

 おっとぉ、つい笑みが零れてしまいました。

いけないいけない。僕は嬉しくなるとつい感情を抑えられなくなってしまうところがありますからね。

デキる英雄はポーカーみたいな心理戦も上手でないといけないってのに。

 

「お帰りなさい。ご苦労様でしたドクター」

「作戦成功、素晴らしい結果ですねナスターシャ教授」

「えぇ、まずは第一段階をクリア。ここから忙しくなりますね」

「はぁい……フフッ」

 

 そうだ、忘れないうちにこれをあの子に……

 

「………!!」

「おぉっとぉ!!」

 

 ほーら来た!まったくお転婆な女神さまですよ全く……

 

「…!…!!」

 

 犬っころみたいににこにこしながら僕に抱き着くイノエラ。

かわいいですねぇ。ホントにあの気色悪いネフィリムが中にいるのか不思議でしょうがな……

 

「おや?」

 

 よく見ると、なんだか犬歯が妙に長いですね……これはつまり!

 

「イノエラ」

「?」

 

 懐の包み袋から取り出したるは、今日僕がぶっ壊した研究所でかっぱらってきた何かの聖遺物。

 

「ちょっとしたお土産です。とっても()()()()ですよぉ」

 

 そう言うと、イノエラはぱぁっと目を輝かせて、

 

 

 その聖遺物にかぶりついた。

 

 

「クッククク……」

 

 やった!やったぞぉ!!

 

 聖遺物に喰われるのではない、聖遺物を喰らう超存在!!

 

 イノエラは今日を以って!

 

 真の融合症例であると証明された!!

 

 

「アーーーハッハッハッハッハ!!」

「ネフィリム……すべての聖遺物を喰らい糧とする、自立型の完全聖遺物。『ヒト』がそれを身に宿した結果が……この……うぅ」

「おやナスターシャ、『人』って誰のことを言ってるんです?」

「!!」

「この子はねぇ……女神なんですよ」

 

 紛れもなく。一点の曇りもない。

 

「人を超えた存在。この星で唯一の、人造神(シンセジスタ)です」

 

 

 喰らえ、喰らえ。

 

 有象無象を。

 

 僕の夢を阻む全てを。

 

 その牙で、砕き喰らえ。

 

 

 

 

 

 



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わたしは一人じゃないって、伝えたかった

 

 

 

 イノエラの中のネフィリムが覚醒してから、一週間が経過した。

 

「!……!……!!」

「はいはいちょっと待っててくださいね」

 

 収まりきらない飢餓衝動に苦しむ彼女は、こうして日がな一日僕に縋りついて聖遺物を求める。

 

「そら、よく噛んで食べるんですよ」

「ーーーッ!!」

 

 求めるままに与えるうちに、F.I.S.から持ち出した聖遺物は早くも底を突こうとしていた。

早急に手を打たなければ、きっと飢えたこの子は手始めにギア所持者である戦闘担当の三人に牙を剥くだろう。

それは今時点では避けたい。フロンティアを起動させるまでは、あの三人にはちゃんと働いてもらわないといけませんからね。

 

「――ドクター」

「どうぞ」

 

 ナスターシャが何の用か、僕の研究室へと足を入れた。

 

「……!!」

「どうかしましたか、教授」

「……いえ」

 

 ふん、どうやらこの子の食事風景はご老体には些か刺激が強すぎるよう。

まったく、こんな調子で計画遂行まで保つのやら。

……まぁ本音を言えば?さっさとくたばってくれると僕も仕事が減って助かるのですがね。

 

「これよりフロンティアへの視察に向かいます」

「あぁ、それでしたか」

 

 イノエルとは別の、僕たちフィーネの計画の要。フロンティア。

その起動前に、『神獣鏡』の光の照射座標の調整などで視察を行う必要があった。

 

「でしたら、留守番がてらにこの子の食糧調達の算段を付けておきますよ」

「よろしくお願いします。では、調と切歌を護衛に就けましょう」

「……おや、いいのですか?」

 

 護衛ねぇ……その言葉、もしかして『監視』って意味で遣ってますぅ?

 

「僕としてはそちらに戦力を回していただいた方が気が休まるのですが」

「………」

 

 フフッ、露骨に警戒してくれますねぇ。 

ま、いいですけど。それならそれで別のやり方でいくまでのこと。

 

「いいでしょう」

 

 ほぉ。

 

「予定時刻には帰還します。……では」

 

 ドアの閉まる音を最後に、再びイノエラの荒い租借音だけが残る。

しかしそれもすぐに遠くなり、やがて静寂となった。

 

「……イノエラ」

 

 イノエラはびくりと肩を揺らし、涙を湛えた目で僕を見る。

 

「その苦しみを抑えられる装置は、直に完成します。それまでの辛抱ですよ」

 

 そのまま、声も上げずに彼女は泣きだした。

 

「大丈夫、君は強い子です。なんてったって、この僕とネフィリムのDNAを掛け持っているのですから」

「……(こくん)」

 

 膝に乗せ、背中を擦ってやる。

するとやがて、イノエラはゆっくりと眠りに落ちていった。

 

「……ふぅ」

 

 いやはやなんとも……

 

「わかっていたこととはいえ、疲れるなぁ」

 

 まぁ、それも今のうちですがね。

 

「あとは実戦データを取るのみ……」

 

 PCの画面に映し出された成分表を再度チェック。

 

《 LiNKER GENETIC-HIGH BINDED 》

 

「ANTI-LiNKERと拮抗した場合も兼ねて、今日で全てのテストは終わらせたいところですが……さて」

 

 撒いた餌に獲物は掛かってくれるでしょうか……

 

「早く使いたいなぁ……『G-LiNKER』」

 

 

 

 

 

――エラ

 

 

どこからか、声がします。

 

聞いたことのあるような、ないような

 

でもどこか心当たりのある……

 

 

 

『イノエラ!』

 

「――ッ!?」

 

目が覚めると、そこは何もない場所でした。

 

「……?」

 

真っ暗で何も見えません。

 

本当に何もない。わたしだけがある場所。

 

すごく……寂しいです。

 

『おい、こっちを見ないか』

 

「!?」

 

ま、また声です!!

 

どこ、どこですか!?

 

『私はここに……あぁ、待て。今もっと存在感を出す』

 

その声の後、突然目の前に『光』が現れました。

 

『どうだ?認識できたか?』

 

この光は……そうだ!

 

『やっと気が付いたか』

 

「ピカピカちゃん」!!

 

『そうだ。実は折り入って君に伝えたいことがあ……!?』

 

 ……ありゃま、素早い!

 

『何をする!』

 

 じっとしててください!

 

『やめろ!掴もうとするのはよせ!!』

 

 えぇ……

 

『手を下ろせ!今すぐ!』

 

 ……どうしてもダメ、ですかぁ?

 

『ダメだ!なにか、なにか怖い!』

 

 はぁ……わかりました、諦めます。

 

『全く……君は自分の欲求に正直だな。』

 

 えへへー、先生にもよく言われます!

 

『……まぁ、それもきっと私のせいなのだろうが……』

 

 ? それは一体どういう……

 

『そのままの意味だとも』

 

 ――ピカピカちゃんが上下に揺れます。

 

『まず、私はピカピカちゃんではない、私の本当の名は――』

 

 ――息をのんで、見据えます。

 

 

『私の名は《ネフィル》。群体の《ネフィリム》ではなく、個となってしまったゆえに《ネフィル》だ。』

 

 

 ネフィル……ネフィリムって……え、うそぉ!!

 

『嘘ではない!

でなければ君が苦しむこともなかった』

 

 え、でも確かにわたしはネフィリムという聖遺物をこの身に組み込まれ生まれ落ちた者で……はい?……苦しむ?

 

『あぁ。第二に伝えたいのは、君が常に空腹感に苛まれるのは――』

 

 ――光が、だんだんと強まっていく。

 

『君の思考回路が我らネフィリムの共通本能に侵されてしまった影響なのだということだ』

 

 影響……?

 ピカピカちゃんの、ネフィリムさんの?

 

『ネフィルだ。もはや私を構成する集合意識に私以外のネフィリムは存在しない。今の私は完全なる個なのだ』

 

 じゃあネフィルさんのせいで、私はお腹が空いて空いて仕方なくて、先生を困らせてしまったと……そういうことですか?

 

『あぁ。私が目覚めてしまったせいで本当に申し訳なく思う』        

 

 なんだぁ……

 

『君の怒りはよく――』

 

 じゃあ誰のせいでもなく、あなたを受け入れたわたしの責任だったんですね!

 

『――なに?』

 

 え、だってそうでしょう?

 

 ネフィルさんの腹ペコは自分じゃどうしようもないもので、そんなあなただって気付きもしないで受け入れてしまったんだから……

つまり全部わたしが悪いんじゃないですか!

 

『それは……それは違う!君にこの飢餓衝動を引き受ける義務も責任もない!

全ては意思薄弱だった私が欲望に抗えず君との融合を強めたせいで――!』

 

 みなまで言わない!!

 

『な――!』

 

 わたしがいいって言ったんだからいいんです!

 

『それでは君はずっと――!』

 

 遠慮しないでください!

 

『私のせいで苦しみ続ける生を送ることに!』

 

 どんと来いですよ!

 

『……なぜだ。なぜ……なぜなんだ!!』

 

 わたしたちが同じ体の同居人だからです!!

 

『!!』

 

 わたしたちは同じ、先生に生み出された、正真正銘の一心同体だからですよ!!

 

『……そうか』

 

 ――強く明滅していたネフィルさんは、ゆっくりとその輝きを柔らかいものに変えていきました。

 

『強いな……羨ましいほどに』

 

 羨ましい?……私が?

 

『あぁ……私のような自分の本能にすら逆らえない弱者にとって、君はとても、輝いて見えるのだ』

 

 いや、いや……わたしは、わたしのような泣き虫で先生を困らせてばかりの者がそんな立派な……

 

『謙遜……か。それもまた輝きだ!』

 

 は、はぁ……

 

 ――ネフィルさんが、回るように上下に揺れる。……嬉しいって、ことなのでしょうか

 

『そして最後に……』

 

 最後に?

 

『この至らぬ私でも何か、君の役に立ちたいと思うのだ』

 

 え、それって……

 

『君が望むことなら、何でも叶えてみせる』

 

 わたしの……望み……

 

『何かないだろうか』

 

 あ、あります!!

 

『なんだ!?』

 

 ………声を!!

 

『!!』

 

 声です! 声が欲しいです!!

声さえあれば、私でもツヴァイウイングのようなアイドルになれます!!

 

先生にも、マリアさん切歌ちゃん調ちゃんに教授や、きっともっとたくさんの人に、

 

わたしの心を、伝えられます!

 

……だから!

 

だからわたしに、声をください!!

 

 

 

『……そうか』

 

 !!

 

『わかった。君に声をあげよう』

 

 できるんですね!

 

 

『ただし――今は無理なのだ』

 

 

 …………

 

 …………………え?

 

 

『君と私の融合深度が、君に声を返すのに、まだ足りないのだ』

 

 

 ……かえす?

 

『実は君の声は、私との融合の影響で君の神経支配から外れて、私が司る領域で眠っている状態にある。

その支配を君に譲渡するのに君との……そう、《距離》だ。距離が遠いのだ』

 

 …………そ、そんな

 

 それじゃあ、わたしは、わたしの、夢は………

 

『――だが諦める必要はない!!』

 

 ……!!

 

『あと少し……本当にあと少しで届く!!

なにか、なにか我らの融合を強める何かがあれ……ば……』

 

 !! ネフィルさん!?

待って!まだ、まだ話したいことがいっぱいあるんです!!

 

『時間……切れ…か…すまない……あとは……君の……先……せ――――……

 

 

 

 

―――ネフィルさああああああああああん!!!

 

 

 

 

 

 

「!!」

 

 ここは……

 

「おや、お目覚めですか」

 

 先生!!

 

 じゃあ、ここは……

 

「……どうしたんだい?」

 

 えっと……大丈夫です……

 

――という意味を込めて、首を横に振る。

 

「そうですか……ふむ、まぁ問題ないでしょう」

 

 何かを少し考えた後、先生はわたしに向き直ります。

「起き抜けで悪いんですが、ちょっと僕と一緒にお客様の相手をしてほしいんです」

 

 お客様……?

 

 先生も指さした監視カメラの映像、そこには。

 

「あそこの彼女たちです」

 

 翼様!!

 それにあの時のオレンジと赤の人!!

 

「彼女たちはこれから始めるある実験のお手伝いさんでして。その実験というのが――」

 

 そう言って先生は、ポケットから何かを取り出しました。

 

「この春の新作……《G-LiNKER》のテストなんですよ!」

 

 !!

 

 LiNKERって……まさか!!

 

「ふふッ……そう!!

遂に完成したのですよッ!!

君の、君だけの、最高のLiNKERが!!」

 

 

 人間と聖遺物を繋ぐお薬……LiNKER

 

 わたしだけの特別版……

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

『あと少し……本当にあと少しで届く!!

なにか、なにか我らの融合を強める何かがあれ……ば……』

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「おぉッ!?」

 

 

 ……ありがとうございます

 

 

「フフ……やる気十分、ってところですか?」

 

 ありがとうございます!先生!!

 

 やりました、やりましたよネフィルさん!

あなたの最後の言葉の通り、先生が私の夢を叶えてくれるんです!

 

「では行きましょう!」

 

 ――うん!という意味で頷きます!!

 

「さぁ……楽しい実験教室の始まりです!」

 

 

 

 先生。

 

 

 先生、わたしは、

 

 一番欲しいときに一番欲しいものをくれる

 

 そんな先生が、大好きです!!

 



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お前たちのためにここにいると、伝えたかった

 

 

 

 

 「イノエラ、分かっているとは思いますが……これから対峙する風鳴翼は歌女ではなく、装者です」

 

 わかってます。

わかってて、わたしは翼様の歌も好きになったんですから。

 ──先生の手の平をなぞり、そう伝える。

 

「……きっちりしっかり戦える、ということでいいですね?」

 

 戦えます。だってあの人の歌を、だれよりも一番近くで聞けるんですから。

 ──力強く、なぞる。

 

「いい子です」

 

 先生が、わたしの頭を撫でてくれます。

大きくて、温かい手。

うれしい。うれしい。

 

無意識に、両腕を先生の腰に回してしまいます。

 

「……生きて、帰ってきてくださいね?」

 

 はい。死んでも戻ってきます。

 

 今の()()()()()は、無敵ですから。

 

 

「では、いきますよ」

 

 羽織っていた白いケープを脱いで、畳んでベッドに置きます。

 

「G-LiNKER……注入!」

 

 胸の、心臓のある部分の肌に大きな注射器が充てられる。

 

「―――!!」

 

 チクリと、痛む。

 

 注射器から覗く真っ白な液体が、わたしの──中へ――

 

 

 

 

 

 

『また会えたな』

 

 

 ………

 

 

『本当に、いいんだな?』

 

 

 ……はい。

 

 

『戻ってこれないかもしれないぞ』

 

 

 戻ってきますよ。

 

 

 でももしもの時は、わたしの体を、

 

 

 先生を、よろしくお願いします。

 

 

『……ありがとう』

 

 

ゆっくりと、わたしの意識は、闇に、

 

優しい闇に沈んでいきました。

 

 

 

『――君たちの夢は、私が守ろう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉおおおおッ!?こ、この光はァアアッ!?」

 

 実験開始より数秒後、注入部から発せられた一条の輝きは瞬く間にイノエラの全身を包み込んだ。

 

「来る、来る、くるくる来るくる来るぞォオオオッ!!」

 

 光は闇に溶け、そして―――。

 

 

 

 

『ふむ……』

 

 光の中から現れたるは――

 

『初めまして、というべきかな』

 

黒曜石に似た頑強そうな表皮。

 

何物をも貫き通しそうな鋭く伸びた爪、牙、側頭部より伸びる二本の角。

 

闇の中でらんらんと輝く、マグマよりも白熱した筋状の眼。

 

地獄の底から聞こえてきたかのような深々しい―――声。

 

 

『私はお前たちがネフィリムと呼ぶ者。

訳あって、ここではただのネフィルと名乗らせてもらおう』

 

 その姿は、正しく怪物だった。

 

『そうか、お前が先生……』

「おぉ、おおお、おおおおお!!!」

 

 感動で涙がちょちょぎれそうになるのをこらえ、怪物に触れる。

 

「よく、よくぞ復活してくれました……ネフィリム、もといネフィルよ!!」

『!……何をする!』

「あうッ!?」

 

 が、その瞬間僕は床に叩きつけられた。

 

そうだった……僕が今目の前にしているのは『全にして一、一にして全なるもの』。

伝承に於ける共喰いの巨人。すべてのネフィルを喰らい終えた完成されし『ネフィリム』!

 

未だ木っ端の我が身では、あまりにも軽率だったか……

 

でも僕はまだ死ね――

 

 

『あ、あー……大丈夫か?』

 

 ……はい?

 

『あぁいや、すまない。まだこの体の感覚に慣れていなくてな……。悪気があったわけではないのだ。イノエラには黙っていてほしい』

「え、あの……なんですって???」

 

 イノエラ……今、この怪物はイノエラの名を呼んだのか? 

 

『肉体に異常はないか?骨を折っていないか?』

「……問題はありませんが」

『そうか……重ねてすまなかった。我が友の先生よ』

「友……先生?」

 

 まさか……

 

「あの、もしやあなたは、その身の中でイノエラと意思疎通を行えていたのですか?」

『!!……そうだ!その通りだ!!』

 

 怪物は、そのドス深い声で嬉しそうに答えた。

 

『よくぞ理解した先生よ……いや、私が先生と呼ぶのはおかしいな。何と呼べばいい?』

「……では、『ドクター・ウェル』と」

「長いな」

「!?……なら、ドクターと」

『ウェルのほうがいい。ウェルと呼ぼう』

「………はぁ」

『よろしく頼むぞ。ウェルよ』

 

 いやいや……まぁ、別にいいですけど。

この怪物は大切なフロンティアの鍵。変に機嫌を損ねるのはよくありませんからね。

いやしかしそれにしても……

 

「なんというか……あなた、随分と会話が達者ですね?」

『そうだろうか?自分ではわからん』

 

 おぉ……なんなんでしょうかこのおしゃべり完全聖遺物は。

恐ろしく人間的じゃないですか?

 

『起き上がれるか?良ければ手を貸そう』

「! け、結構です」

『そうか……』

 

 そんな鋭い爪まみれの手を取れるものか!

……え、いやそんな、本気でしょげてる……だと!?

 

『……あぁ、そうだ。まずはお前に感謝しないとな』

「なんですって?」

 

 感謝?この僕に?

 

『私をイノエラと融け合わせてくれたこと、そして私にここまではっきりとした意思を持たせてくれたことを……深く感謝する』

 

 ……え?

 

『何か私にやってほしいことはないか?ウェル、頼みがあれば聞こう。

といっても今のこの身でできるのは、破壊と捕食と蹂躙くらいだが』

 

 ごくりと、息を呑む。

まさか、ネフィリム……ネフィルがここまで理知的にコミュニケーションを図ってくるとは想像できなかった。

しかも、暴威ではなく対話でもって。

 

 これは、これは……なんて。

 

『さぁ、まずは何をすればいい。教えよ、私たちの造物主よ』

 

 なんて、僕に都合がいいんだろうか!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――いやに静かだな、なんにもねぇ」

 

 あの三人のアジトに侵入してから少しばかり、最初に話し始めたのはクリスちゃんでした。

 

「確かにな。ここまで登ってきて罠の一つもないのは確かに妙だ」

「このままだと…ちょっとした肝試しになっちゃいま、うおぉっと!!」

「立花ッ!?」

「あ、危なかったぁ……」

 

 変なとこに段差があったせいで転びそうになっちゃったよぉ……

 

「バカ、つまんねードジこいてんじゃねーよ」

「えっへへ、ごめんなさぁい」

「警戒を怠るな。いつ敵が現れるかもわからんのだぞ」

「はぁい翼さん」

「ったく、気の抜けた返事だなぁおい。はぁ…相ッ変わらずお前といると全ッ然気が張らねぇ」

「うぐッ!?」

「案ずるな雪音、直に慣れる。むしろ、立花のこの自然体を見て逸る気持ちを落ち着かせるくらいの心構えが丁度良いのだぞ」

「えぇホントかぁ~?」

「ホ、ホントだってぇ!ほらお酒でべろんべろんになってもスッゴイ強い人だっているんだしぃ、ちょっとくらいドジでもだいじょーぶだいじょーーぶ!!」

「いやだからそれ映画ン中の話だろーが!!」

 

 翼さんのナイスフォローのおかげで、クリスちゃんとの距離もぐんぐん縮まってきてるのを感じる!

これはもう、未来や翼さんたちと交えてドキドキパジャマパーティー夢ではないんじゃないでしょーか!!いやぁ楽しみ楽しみ……

 

「――ッ!!お前たち!」

「「!!」」

 

 ――ノイズだ!!

 

 廊下の奥から、いっぱい出てきた!!

 

「あの整った隊列は……」

「! ……間違いねぇ。前ン時と同じだ!」

「『ソロモンの……杖』!!」

「クソッ!!……どこのどいつだ!!出てきやがれ!!」

「落ち着け雪音!……まずはこちらが先決だ」

「~~ックショオ!!」

 

 今日も戦いが、始まる。

 

 

銃爪にかけた指で夢をなぞる(Killter Ichaival tron)――』

羽撃きは鋭く、風切る如く(Imyuteus amenohabakiri tron)――』

喪失までのカウントダウン(Balwisyall Nescell gungnir tron)――』

 

 三つの聖詠が、深い闇を響き渡る。

 

「♪――ッりゃぁあああ!!」

「♪―ハッ!!」

「♪―――はあぁッ!!!」

 

 それぞれの胸から湧き上がる鼓動が歌に、メロディーとなってギアから鳴り渡る音楽となって、ノイズたちに確かな形を作り出す。

 クリスちゃんの弾丸が、翼さんの斬撃が、私の拳が歌に乗って、ノイズたちに炸裂。廃病院の中を、炭が舞――

 

「炭素になりきらない――だとッ!?」

 

 倒したはずのノイズが、復活した!

 

 

「そんな……なんで!?」

「どーゆーことだよッ!!クソッ、こんな奴らに!!」

 

 !! クリスちゃんまで……!

 

「ハァ……ハァ……ギアが重てぇ……!」

「! まさか、出力が落ちているのか……!!」

「アァ……ッ!?」

 

 な、それじゃあ!!

 

『そういうことらしいぞ』

「!!」

 

 今のはだ――

 

「――がッ!?」

 

 瞬間、私の体は何か、とても重い、コンクリートの塊のようなもので叩き飛ばされた。

 

「立花ッ!!」

 

 ……い、今のは……あッ!!

 

「二人とも避けてッ!!」

「「!!」」

 

 二人にめがけて、『何か』が振り下ろされようとしたのが見えた。

 

「!……ハァアッ!!」

『!!』

 

 クリスちゃんはすんでのところで回避したのと同時に、

翼さんが『それ』に斬りつけた。でも――

 

「……アームドギアで迎撃したんだぞ!?」

「なぜ炭素と砕けないッ!?」

「まさか……ノイズじゃない!?」

「!!……じゃあコイツは何なんだよ!」

『オォ……』

「!!……さっきの声!!」

 

 じゃあ、まさか……!

 

「コイツが喋ってたのか!」

『剣の聖遺物か。たしか名をアメノハバキリ……そこの青いの!』

「!!」

『お前が風鳴翼だな?』

「だったらどうした!!」

『――丁度良い!!』

 

 

 ……まずい避け――!!

 

 

 

 

 

 

『この色紙にサインを書いてもらおうか!!』

 

 

 

 

 

 ………………。

 

「……は?」

『友が喜ぶ!!さぁ、書いてもらおうか!!』

 

 

 あ、ペンも持ってる。

 

 いや………………あのー、これって……

 

 

《ただのファン……だとッ!?》

 

 

 いえ師匠それ絶対違うと思いますッ!

 

 

 



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せめて正直でありたいと、伝えたかった

 

 

「――これが、今回のミッションです。どうです、やる気が出てきたんじゃないですか?」

 

「結構。では頼みましたよネフィル。ほどほどに楽しんだら帰投してください」

 

 

 死活問題だった。

 

 だからこそ、これから相対する彼女たちには、私の全てを曝け出さなくては申し訳が立たないと思った。

 

 

 『爪で刻まぬように苦労しなければ持つことすら容易ではないこの真四角の紙、これに名を書かすことさえできれば――』

 

 あぁわかっている。

 

 私自身、これは異常な行動なのだと。

 

 だが悪いなウェル。私程度の意思ではこういう方法しか取れんのだ。

 

 こうするほか、彼女の悲しみを和らげる方法がわからない。

 

 故に。この身を貸してくれたイノエラの涙に報いるくらいは、赦してほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………戦場(いくさば)で何を馬鹿なことをッ!!」

 

 ファンの友達っぽい『そのヒト』に、翼さんはアームドギアを突きつけます。

 

『私は本気だ。――伊達や酔狂で』

「「「!!」」」

『苦労して頼むものかッッ!』

 

 その瞬間、ただの叫びだけで、私たちは無意識に足を退いてしまった。

 

「(痛ッ……てぇ!?)」

 

 ビリビリと、鞭で打たれたかのような振動が、周期的に全身を襲う。

その中で、

 

「……ならば! その証を見せてみよ!」

 

 翼さんが、負けじと叫びに応じました。

 

「おいッ!そんなこと言ってる場合か!?」

 

 

 ふと気付けば、

 

『……』

 

 すでに静けさを纏っていた『そのヒト』は、色紙とペンを懐にしまって、真っ赤なヒビのような眼をすぅっ、と細めました。

 

「……」

「……」

「……。」

『それもそうだな』

「いいのぉ!?」

「(いや乗っかンのかよ!?)」

 

 え、あれ……てことはもしかして『このヒト』……

 

『証か。――そうだな』

「何かあるのか」

『あぁ。――しゃがめ!』

「「「!!」」」

 

 咄嗟に、私たちは言われたとおり、膝を曲げ視線を落とした。

 

『……ッ!!』

 

 『そのヒト』の振り上げた右腕から、何かツタのようなものが、放射状に放たれる。

一本一本がやがてそれぞれノイズに付着して――

 

「「「!!?」」」

 

 付着部から、まるで掃除機が糸くずを吸い込むように……ノイズたちを一瞬のうちに消してしまった!

 

「な……!?」

『どうだ、お前たちを縛っていた虫どもを喰らってやったぞ』

「はぁ!?」

()()()()……だと!?」

『むぅ、やはり虫程度では腹が満たされんな』

 

 お腹のあたりを擦りながら、『そのヒト』はぶっきらぼうに答えました。

 

『なんだ、私のことを知らなかったのか?――仕方ない。老婆心というやつだ、教えてやろう』

「な……!?」

 

 老婆心、というまさかの言葉に、私たちは驚きを隠せなかった。

 

『私の名はネフィル。……お前たちには、完全聖遺物ネフィリムと言った方が通りがいいか?』

 

「「「!!!?」」」

 

 聖遺物……!?それも、ソロモンの杖やネフシュタンの鎧と同じ……完全聖遺物!?『このヒト』が!?

 

『ネフィルでいい。気軽にそう呼んでくれ』

 

 そう言って『そのヒト』……ネフィルさんは、足をくんでこの暗い廃病院の廊下に胡座をかいた。

 

「随分と余裕ぶっこくじゃねぇか……!

てめぇみてぇな聖遺物がいるかよッ!!」

『いるだろう。目の前に』

「ッ!!」

『そうだ、たしかアウフヴァッヘンだかなんとかで聖遺物を鑑別していると聞いたな。では一曲披露して――』

《解析結果、出ました!!……対象は米国政府聖遺物研究所から持ち出された聖遺物の一つ、ネフィリムで間違いありません!!》

《何だとッ!?あったのか!!》

《数分前に届いた資料の中に丁度!》

 

 わぁおタイムリー!!さっすがは二課のみなさん!!

 

「すいません!間に合っちゃいました!」

『わかった』

 

 立ち上がろうとしてまた座るネフィルさん。

見た目の雰囲気からは想像もできないなんというか……かわいらしさが感じられます。

 

「(なんだこれ)」

 

《対象の概要は……! ありません……米国政府からはこれ以上の情報を引き出せなかったようです》

『ならばそこから先は私が話そう』

《――――なッ!!??》

 

 聞かれてた!?ギアを通してるのに!?

 

『いいだろうか、顔の見えない何者か達よ』

《どうしますか、司令?》

《……本人の口から聞けるのなら、是非頼みたいところだな》

『肯定か。よし』

 

 そしてネフィルさんは、自分についてをコツコツと語り始めた。

 

 

『さっきも見せた通り、私の特質はかつてこの星を支配していた者たちの造りし物ども……お前たちが聖遺物と呼んでいるそれらを、「捕食」することだ』

 

「「「……!?」」」

 

 

 

《なんだとッ!?》

『本当に知らなかったのだな』

 

 通信越しに届く師匠の驚愕で、呆けそうだった頭に意識が戻る。

 

 捕食……それはつまり、聖遺物を殺して、食べて、自分の栄養にするってことで…………

 

「あれ、それって……」

『お前たちがノイズと呼ぶ虫どもも、製造技術にそれらが関わっている。故に一応は私の捕食対象になるのだが――いや、実のところ喰らうのに使ったエネルギーよりも得られるエネルギーが少なすぎてな。割に合わないのだ』

 

 聖遺物の欠片から造られたシンフォギアも……

 

《……天敵、だな》

 

 つまりは、生半な相手ではないということ。

 半端な気持ちは、もう消さないと――。

 

『――さて、証も見せた。私のことも話した。――さぁ書け!風鳴翼!』

 

 ネフィルさんが、再び色紙とペンを持って翼さんににじり寄ります。

そして――

 

「……先ほどの不意討ち、見事だった。そしてこちらの一方的な要求の数々に応じてくれたことに感謝する」

「おい!?」

「貴殿の、友のために自らの利すら捨てるその心意気を、認めよう」

 

 シンフォギアを纏っている間は見ることのないと思っていた、『アイドルとしての翼さん』の微笑みが、そこにはありました。

 

「いいのかよ!!こんなん罠に決まって……!」

「雪音」

「……ッ!!」

「私に任せろ」

 

 クリスちゃんにもまた微笑んだ翼さんは、剣を納め、ネフィルさんにその凛々しいお顔を向けます。

 

「サインが所望なら……正々堂々、今度開催される私のライブに参じてくれないだろうか」

『!! ライブ――そうか。なるほど』

「(通じただとッ!?)」

 

 何かの気づきを得たようで、ネフィルさんはその頑強な腕を組んで興味津々という風に翼さんを見つめました。

 

「そこではサイン会も催される。その時は今日の蟠りを捨て、防人ではないただの歌女の風鳴翼として、一筆奉ることを約束しよう」

『いいのか?』

「当然だ。貴殿の友にも、そう宜しく頼む」

『了解した。――軽はずみが過ぎただろうこの私にその心遣い、切に、感謝する』

 

 深く納得した様子の深く低い声色とともに、ネフィルさんは、翼さんに頭を下げました。

 

「(この人はともかくとして……どういうことだよ!!どんだけ真面目だこのデカブツ!!)」

 

 ……そうだ。そうだよ。

完全聖遺物だとか、聖遺物を捕食するとか以前に、

 

「翼さん、クリスちゃん」

「? なんだ」

「私にも……ネフィルさんと話させてくれませんか」

 

 この人、ものすッごくいい『ヒト』だ!

 

「お前、こんな時にまでッ!」

「ごめん」

「……!」

「やっぱり私ね……拳を振りかざすより先に、手を繋ぐことを、諦めたくないんだ」

「……お前…」

 

 たとえそれを、偽善と罵られようとも。

 

「構わない」

「……いいよ。好きにしろ」

 

 クリスちゃんも、銃を下ろしてくれました。

 

「師匠、いいですか?」

《俺も構わん。だが今お前たちが立つその場所が、ギアの出力に影響を与えている可能性がある》

「あ……」

《まだハッキリとはわからんから油断するなよ!》

「了解ッ!」

 

 みんなからの許しも得た。

なら、やることは一つ!

 

「あの」

『む?』

「聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

『手短に頼む。待たせている者がいるのでな』

「わかりました!」

 

 ゆっくりと、歩み寄る。

 

 最初に、自分の意思を押し付けるんじゃない。

一歩一歩、着実に、互いの気持ちを確かめるんだ。

本気の本気でぶつからないと、気持ちは届きっこないんだから。

 

「あなたは――どうして最初に私たちと戦おうとしたんですか?」

『そう指示されたからだ』

《……やはりか》

「……わかりました。じゃあ、あなた自身は私たちと戦う意思はあるんですか?」

『今はないな。戦わなくていいのなら、それに越したことはない』

「!!……じゃあ!」

 

 もう一度、歩み寄る。

 

「じゃあ私たちに戦う理由は――」

『立花響』

 

 また歩み寄ろうとして、足が、止まった。

 

 

『すまないが、意思はなくとも義務はあるのだ』

 

 

「え……?」

『お前たちと戦い、勝ち取らなければ、私と、私の友には、永劫に苦しみ続ける"未来"しかない』

「なんだと……?」

『お前たちと戦うことでしか得られぬものが、()()()の目的なのだ』

「なんだッつぅんだよ……それは」

『安心しろ。お前たちの命までは取らない』

 

 

 

 

 

 

 

『欲しいのは立花響、お前の心臓だ』

 

 

 

 

 ………?

 

 

「私の………心臓?」

 

 

 何を言われたのかわからなかった。

 

 

「……ッけんじゃねぇ!!命取る気満々じゃねぇか!!」

 

 クリスちゃんが、下ろしていた銃をガトリングに変えて向けなおす。

 

『問題ない。数分程度なら、人間は血液循環が停止しても存命が効くと聞いた。その間に代わりを補填すればいいとも』

「人のハツをなんだと思っていやがる!!オモチャの電池じゃねぇんだぞ!!」

『重々承知している。だからこそ戦いは避けられぬと言った』

 

 今にも銃弾を放とうとするクリスちゃんを制して、翼さんはネフィルさんに向かい立った。

 

「貴殿は……何故立花の心臓を欲するのだ」

『私は聖遺物を喰らう聖遺物だ。無論、喰らう』

「何故……何故よりにもよって!!」

『彼女の心臓こそが!!』

 

 突然、ネフィルさんが声を荒げて私を見た。

 

『もう一振りのガングニールを穿たれた彼女の心臓こそが!!私の留まらぬ飢餓衝動を永久に鎮められる可能性のある唯一の食物なのだ!!』

 

 私に近づくネフィルさんと、

 

《――! ――!!!》

 

 通信の向こうで、遠く聞こえる司令の声を認識すると同時に、私は自分の置かれた状況にようやく実感を覚えた。

 

「なんで……?」

『お前が、ガングニールとの融合症例だからだ』

 

 身体が、震えを帯びてきた。

 

「どうして……?」

『私と、()()()と同じ融合症例だからだ』

「「!!??」」

 

 恐くて、怖くて腕でお腹を抑える私の前で、

 

 ―――光が、弾けた。

 

 

「私は人とネフィリムの遺伝子を融け合わされた生まれながらの融合症例、『人造神(シンセジスタ)』」

 

 

 光が闇に融けた場所には、白い髪の、金色の瞳の女の子が立っていた。

 

 

「無理を承知で言わせてもらう――さぁ、お前の心臓を喰わせよ」

 



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あなたを助けたいのは、嘘じゃないって伝えたかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ……言っ・ちゃっ・た」

 

 ドが付く程にバカ真面目!!

はぁ……大方、精一杯の誠意で以て事を荒立てず、手っ取り早く『覚醒心臓』を口にしようとしたのでしょうが……いやはや。

 

「中途半端に優しくすれば、かえって人を傷付ける。傷心中の彼女には、殊更深く効いちゃいますねぇ」

 

 真面目故嘘をつけず、欲望をそのまま吐き出すネフィル……掛けるは純真故頼まれたら二つ返事で断れない立花響。

 

 「戦場において、善意と善意の掛け算が導くは、得てしてマイナスの解ばかり……そも、現実とは残酷に残酷なものです」

 

 人でなしが真面目さと美徳を不完全に学んだ結果がこれとは……クク、噛み合わない歯車にも似た歪さが、なん、とも、そそる!!

 

 

 はてさてこの状況。どう切り抜けますかねぇ、うちのネフィルは。……そして、行くぞ我らが立花響よ。

 

 

 

 

 

 

 

 ギア越しに、胸の痣に触れる。

 ──どくん、どくんと、

 鼓動が、私を生かすために血を巡らす鼓動があった。

 

「(──なんという、なんという敵を差し向けてくれた……武装組織『フィーネ』ッ!!)」

「(そんな頼み方されたら、このお人好しが嫌だと言えるはずもねぇ……書いた通りの殺し文句じゃねえか!!)」

 

 

 暗闇においても、はっきりと輪郭を示す()()()()()()()()()()()()()()()、長く長く腰の辺りまで伸びていた。

 前髪も同様、左目を隠すように胸元近くまで伸びていて、その奥ではくりりと大きな瞳が綺麗な金色を輝かせている。

 身長は未来より少し低いくらい。そこからすらりと伸びた肢体は、一糸も纏わぬ生まれたままの──

 

「む、もとに戻ってしまったか」

 

 そう言ってすぐネフィルさん……『ネフィルちゃん』は、近くにあったロッカーのようなものに掛けられていた灰色の布を、マントのように無造作に羽織った。

 肢体は隠れ、口元もまた、布の裾で隠れて見えなくなる。

 

「失礼した」

 

 あまりにも、あまりにも日常的に、私たちに向かい話しかけるその子。

 私たちは、空いた口を塞げずに喉を乾かすばかりだつた。

 

「……んでだよ」

「?」

「おかしいだろ!!……お前も、あいつらも!!」

 

 クリスちゃんが、全身の全てを使って、叫んで問うた。

 

「なんで、10年とちょっとしか生きてねぇような子供が戦わされる!!……なんで……なんで」

 

 ここにはいない誰かに、向かうように。

 

「(この世界はこんなにも……弱い子供を虐げるッ!)」

《融合症例……お前は確かに、自分のことをそう言ったな?》

「あぁ。それも信じられないか?」

 

 師匠が私たちのギアを通して、ネフィルちゃんに問いかける。

 

《信じる信じないはこの際どうでもいい。重要なのは、お前が誰の命令で、何のために融合症例と生まれてきたかということだ》

「なるほど、当然の疑問だな。もちろん──」

 

 ネフィルちゃんは素直に、

 

「立花響の心臓を譲渡してくれたなら答えよう」

 

 要求を曲げずに突きつけた。

 

「埒も開かんか……司令、これ以上ここに留まるのは」

《くッ……》

 

 師匠の歯が軋む音が、ギア越しに伝わる。

 

《すまないお前たち。この距離では、流石の俺も間に合わん……》

「いいからそこで司令してろよ。まだノイズがいるかもしんねぇんだしさ」

 

 声の沈む師匠をクリスちゃんが優しく諭す。

 

「──話は済んだか?」

 

 そして、再び存在感を出すネフィルちゃん。

 私は、今度こそ目の前のその子に、視線を合わせて向き合った。

 

「私の心臓が……あなたの"未来"っていうのは、どういうことかな?」

『正しくは、私と私に肉体を貸してくれているこの少女の未来だ。私たちはお前の心臓なしに──ぐぅッ!?』

「「「!?」」」

 

 突然、『ネフィルちゃん』はお腹を抑えて蹲る。

深い苦しみを讃えた彼女の瞳、その金の瞳孔が、紅い、紅い三日月模様を輪郭として輝きだした。

 

『──すまない、意思を得た私であっても、この底無しの飢餓衝動は耐えかねるのだ。──本能とはどうしてこうも度しがたい!』

 

 食い縛る歯を見せながら、ネフィルちゃんは床に臥せる。

 

 私の、心臓。私の心臓があれば、この子を、ネフィルちゃんを……

 

「立花ッ!!」

 

 はっ、と。

 翼さんの呼ぶ方を見る。

 

「駄目だ……それだけはいけない。お前の命は、お前だけの物ではないと、既にその身が知っているだろう」

 

 ……そうだ。この心臓は、

 

 ──生きることを、諦めるなッ!!

 

 もう、私だけの物じゃないんだ!!

 

「……ごめん」

「? 何故、謝る」

「本当に、ごめん」

 

 向き合って、伝える。

 

「この心臓だけは、渡せない。私の、私の命を助けてくれた人が、命を懸けて、くれたものだから」

 

 涙が、涙が出そうでたまらない。

 

「──そうか」

 

 そんな私にネフィルちゃんは、苦しみに縛る唇の、

 

「辛いことを頼んでしまって、すまなかった」

 

 角を上に曲げて──笑ったんだ。

 

「でも!!心臓以外だったらなんとかするよ!!

だから諦めないで他の──」

 

 

「───他に手なんてありませんよ」

 

 

 ……なんで

 

「あなたに与えられた選択肢は二つだけです」

 

 どうして

 

「この子と戦って喰われるか、戦わずにその身を捧げるか、その二つだぁけ!」

 

 どうしてここにいるの

 

「さぁ選びなさい。どちらがより、あなたの信じる英雄的美学に則しているかを!!大好きでしょう?自己犠牲!!」

 

「なんで……」

 

「それとも自分可愛さに尻尾巻いて逃げますか!?

えぇ!?『ルナアタックの英雄』、立花響ッ!!」

 

 

なんでここにいるんですか

 

ウェル博士

 



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みんな幸せになりたいだけだと、そう伝えたかった

 

 

 

 「なんであんたがここにいンだよ……ウェル博士!!」

 

 二週間前。

 

 私とクリスちゃんは『ソロモンの杖』の護送のための護衛として、彼と共に死線を潜り抜けたことがあった。

 

 最初に抱いた印象は、『人当たりのいい学校の先生』

 どこにでもいる、ただのいい人。

 

 でも……

 

「うひひひ」

 

 目の前のこの人は、違う。

 まるで、まるで……

 

「答えられませんか、立花響。

……いただけないなぁ。それはちょぉっと英雄的にナンセンスですよぉ?」

 

 ──悪魔のような、

 私の、私の今まで生きてきて得たもの全部を嘲笑っているかのような……悪魔の笑みを、浮かべている。

 

「!? ソロモンの杖!?

まさか、あン時のノイズは!」

「あぁこれですか?……単純な話です。

あの時既に、ソロモンの杖はケースには無く、この懐にて隠し持っていたのですよ……無論!」

 

 叫ぶと同時、博士が手にしている杖のり放たれた緑色の光から、無数のノイズが出現する。

 

「ライブの時とここでのノイズも、僕がちゃっかり繰り出してあげたモノです。いやぁこの杖、実によくできたオモチャですよねぇ……」

「……ッッ!!」

「楽しくって楽しくって、用もないのについ召喚したくなっちゃうんですよ、ノイズ♥️」

「て……ッんめぇえええええ!!」

 

 激昂したクリスちゃんがアームドギアを構える、が……

 

「……ッ!?」

 

 まるで重すぎる荷物を落とすように、その手から、アームドギアをこぼれ落とす。

 

「いい加減忘れてそうだから忠告しますと、貴女たちがこの空間に足を踏み入れた時より既に、僕の造った『Anti-LiNKER』が貴女たちの身を蝕ばんでいます。ほら、もう立ってるだけでしんどいんじゃないですか?」

「『アンチ…リンカー』!?」

《──装者の適合係数、著しく下降しています!!》

《このままではギアのバックファイアで、装者の生命に甚大な被害が!!》

《……そういうことか、ウェル博士ッ!!》

「くひっ」

 

 無邪気な子供のように笑う博士、その横に、よろよろと立ち上がるネフィルちゃんの姿が見えた。

 

「──なんだウェル、もう出てきたのか」

「英雄とは、自らが殿(しんがり)となり何かを護り抜いてこそ、認められるものなのですよ」

「そういうものか」

「そういうものです」

「すまない、彼女の心臓はまだ、」

「わかっています。……初陣でハードル高くしすぎましたね、こちらのミスです。素直に謝罪しますよ」

「その気遣いに感謝する」

「……結構。では感謝ついでにもうひとつ頼みたいことがありまして……耳を借りますよ」

「うむ」

 

 そう言って屈み、ネフィルちゃんに何やら耳打ちする博士。

 それにふんふんと頷いた後、ネフィルちゃんは再び私に視線を合わせた。

 

「──フッ!」

 

 臨戦するより先、彼女の腕から超高速で放たれた何かのヒモが、私の首へと巻き付く。

 

「──ッあぁ!!」

 

 次の瞬間、鋭い痛みが脳内を駆け巡った。

 

「立花ッ!?」

 

 目にも止まらぬ速さを以て、痛みと同時、翼さんの一閃のもとそのヒモは切り裂かれた。

 

「貴様、今何をッ!!」

「……間に合いました?」

「紙一重でな」

 

 残ったヒモはネフィルちゃんのもとへと戻り、博士が取り出した試験管のような管に、何か真っ赤な液体を注いでいく。

 

「重畳です。ククククク……綺麗な色だなぁ。流石、ルナアタックの英雄はいいもん食ってますねぇ!」

「~~ッ! ケツが寒くなるようなこと言いやがる!」

 

 あ、あれ……?

 

 なんか、頭がぽーっとしてきて……

 

 あぁ……そっかあれって私の……

 

「ほんの少しばかり、お前から血液を採らせてもらった」

「勝手なことをッ!!」

「承知だ。だが立花響の許可は既に取っていたと判断した。違っただろうか?」

 

 ──でも!!心臓以外だったらなんとかするよ!!

だから諦めないで他の――

 

 ……違くないよ。

そうだね……それが、キミの苦しみを和らげるのに少しでも役に立ってくれるなら……

 

「ううん」

「そうか」

「……へいき、へっちゃらだよ……!」

「──心より、感謝する」

 

 朧気に、頭を下げて礼をするネフィルちゃんの黒い髪の毛が、見えた。

 

「……今日はこれで手打ちとしましょう。そぉれぃッ!」

 

 博士の掛け声とともに、さらにノイズが出現し、一斉に私たちのもとへと走り寄ってきた。

 

「!──待てッ!!」

 

 二人は、ノイズの影になるよう空間の奥へと走り去っていった。

  

「くっ、今のギアの出力では……これしきの数といえど些か……」

「あたしに任せろ」

「雪音……?」

「こういう時こそあたしの出番だ」

 

 翼さんの肩に手を置いて、クリスちゃんは、ニコっと笑った。そして……

 

「──♪」

 

 クリスちゃんの、苛烈に激しくも、女の子らしい可愛らしさを薫らせる『胸の歌』が、再演された。

 

「!! 待て雪──」

 

 

 

 

 ### MEGA DETH PARTY ###

 

 

 

 

「持ってけ全部だぁああああああああああッッ!!」

 

 ギアの腰部ユニットより放たれた無数の小型ミサイルが、向かってくるノイズたちをめがけ飛翔。

 

 爆炎が上がり、爆音がこだまする。

 

やがて煙が晴れて、周囲を見渡せば、密室と化していた廃病院の壁は粉々に破砕されていた。

 

「…………へっ、閻魔様にヨロシク……な」

「雪音ぇえッ!!」

「クリスちゃんッ!?」

 

 ゆらりと、重心が傾いていくクリスちゃんを、翼さんと私でなんとか支える。

 

「おいおい、大げさだろ……」

「大げさなものかッ!!

相談もなしに、勝手なことをッ!!」

「そうだよッ!!三人で力を会わせたらもっとちゃんと……」

「お前血ィ取られたこと忘れたのか……?まだ敵の装者が残ってるかもしンねぇだろ……S2CA(あれ)はこの間みたいに力が有り余ってる時じゃねーとな」

 

 はっと、気づく。

 

「だったら今一番戦えるあんたに任せた方が一番いい。……万全と戦える奴が一人でもいた方が、結果的に全員生き残れる可能性が高ぇからな」

「雪音……お前は、そこまで考えて……」

 

 翼さんは少しばかり目を伏せて、そして、いつもの切れ味の乗った眼光が戻る。

 

「今は助かった。そう言っておく。だが帰ったら、叔父様と朝まで説教だ」

「……へっ、りょーかい」

 

 力強く笑う翼さんと、その肩に腕を任せてふわり、柔らかく笑うクリスちゃんは、まるで十年来の親友のような雰囲気をしていた。

 

《──響君とクリス君は帰投!!

翼は敵組織の捜索に当たれ!!》

「「了解ッ!!」」

《すでに本部はそっちへ向かっている!

まだそう遠くには行っていないだろうが……くれぐれも深追いするなよ》

「心得ています。……立花、雪音を頼めるか?」

「もちろんですとも!!」

「……おぉい!揺らすなって!……うぷ、晩飯を腹ン中で小踊りさせんな」

「ふわぁ!ごめんクリスちゃん!?」

「全くお前たちは……」

 

 

 

 

 

 

 壁だった穴を抜けて、私とクリスちゃんは海面へと浮上してくる本部を目指す。

 ウェル博士とネフィルちゃんを探すのは翼さんに任せて、私たちは真っ直ぐ一直線に海岸線へと向かった。

 

「ごめんねクリスちゃん、なんか目がしぱしぱして……真っ直ぐ歩けないや」

「別に気にしてねぇよ。あたしも似たようなもんだ……それよりも」

「それよりも?」

「あのウェルの野郎のことだよ」

「……最初からだったんだよね。

ソロモンの杖を奪うために、私たちを騙して……」

「これも全部……あの杖を起動した、あたしの責任だ」

「……それは違うよ!!」

「違うもんかよッ!!」

 

 クリスちゃんの叫びが、私の肩を揺らす。

 

「違うもんかよ……いっつもだ!いっつもいっつも……誰かのためにと願うあたしのせいで、別の誰かを傷つける!!」

 

 揺れる。

 

「あたしの起動したソロモンの杖が呼び出したノイズが!!無辜の人たちを殺して回る!!」

 

 ……揺れる。

 

「どうすりゃいいんだ……どうすりゃ、あたしはどうすりゃ贖える……?

このままずっと……ずっとあたしは……!」

 

 私は、私に掛けられるのは。

 

「クリスちゃん」

「……なんだよ」

「それでも……どんなに苦しくても、私は。

私はクリスちゃんに生きていてほしい」

 

 ただの、正直な気持ちだけだから。

 

 

「朝普通に起きて、ごはん食べて、学校行って、ごはん食べて、友達と遊んで……一緒にごはん食べて」

「飯ばっかじゃねぇか」

「……ごはん食べて」

「……おい」

「美味しい!って言って……笑ってほしい」

 

 潮風が、首筋の傷を撫でて、痛む。

 

「私ね……昔、そんな普通のことが、できない時があったの」

「…………」

「怒鳴り声が目覚まし時計だった」

 

 割れた窓ガラスが、枕元に落ちていたあの日。

 

「朝ごはんとお弁当は食べ物を買いに行けないから、取ってあった缶詰め」

 

 誰も、何も売ってくれなくなった。

 

「…………やめろ」

「お父さんはいなくなっちゃったけど……未来と、お母さんとお婆ちゃんがずっと一緒に居てくれた」

 

 抱き締めてくれた。

人の……冷たさと暖かさを知った。

 

「もういいよ!!やめろ!!」

「それでも」

 

 どんなに辛くても。

 

「それでもわたし、今日まで生きててよかったぁ!…って思うんだ」

「……!!」

「諦めなかったから。いつかきっと、きっと元通りになるって信じてたから」

「……。」

「だから……今は私、胸を張って笑えるよ!」

 

 だから。

 

「クリスちゃんもさ、一人で悩まなくたっていいんだよ」

「……」

「私にとっての未来みたいに……クリスちゃんにも、一緒に悩んでくれる人、いる?」

「…………」

 

 ──良い大人は夢を見ないと言ったな…そうじゃない。大人だからこそ、夢を見るんだ。

 

「いる」

「……そっか」

 

 それなら

 

「クリスちゃんも、いつかきっと、胸を張って笑えるよ!」

 

 

 この子は、絶対幸せになれる。

 

 

「……あんがとな」

「……ッ!?」

「なんか……あんがと」

「はぁあ……クリスちゃん!!」

「耳元で叫ぶんじゃねぇよ!……頭痛くなる」

「うぐ、ごめんなさい」

「ったく」

 

 ちょっとだけ、

 

 ほんのちょっとだけクリスちゃんが、笑ったように見えた。

 

「……あーあ!ホンっとこのバカのお守させられるあの子の苦労が偲ばれてしょうがねぇな!」

「な!お、お守!?なに?なんなのさぁ~!」

「そのまんまの意味だよ、バぁカ」

「またバカって言ったぁ!これで今日十八回目だよぉ!!」

「数えてんのかよ!?」  

「うん!」

「やっぱバカだ……」

「……あ」

「どした?」 

「あれ?未来だー、どしたのこんなとこで?」

「……おい??」

「もー遅いから寝ないと明日起きられな」

「おい待てそれ幻覚か!?血ィ抜かれてすぐに人担いで歩いてしゃべりまくったせいかそりゃ…待て待て待て待てそっちは海ゃぁああああ!!!」

 

 

 

「――ん何見てるんです?」

「人間の輝きを少し」

「……なんもありませんけど」

「今海に落ちたからな」

「??????」

「素晴らしかったな」

 

 

 その後、起きてすぐ私とクリスちゃんは未来と師匠にこっぴどく叱られましたとさ。ちゃちゃん。



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あなたが嫌いなわけじゃなかったって伝えたかった

「ウェル、肩を貸そうか?」

「……いきなりどうしたんです?」

 

 目線の下から、さぁ来い、と言わんはばかりに右手をこちらに向けるネフィル。

 ……さっぱり意図が読み取れない。

 

「疲れてないか?もしくはどこかに負傷はないか?」

「100%元気ですよ……どういう風の吹き回しですかあなた」

「いや、少しばかりな。お前がいいならいいんだ」

 

 ……そう言って、時たまこちらを見やりながら、ネフィルはそわそわと態度をおかしくしながら僕の隣をついて歩く。

 

「もしやあなた……」

「!」

「聖遺物が欠乏しすぎて思考がボヤけてますね?」

「──むぅ」

 

 むぅじゃないよ、だって絶対そうでしょう。

歩き方だって今のあなた、生まれたての小鹿よりも弱々しい感じ出してるじゃないですか。

 

「別にそんなことは」

「あるでしょうよ。自分じゃわからないと思いますが目とか真っ赤ですよ?限界窮めてるのは端から見たら明白です。……全く」

 

 しょうがない女神様(シンセジスタ)だなぁ。

ソロモンの杖は懐に……さて。

 

「よっこいせ」

「ッ!? いきなり何を!?」

「何って……」

 

 頑張ったご褒美に、

 

「抱き上げただけですよ」

 

 いわゆる、宗教画のメシアベビースタイルです。

これならネフィルの綺麗な顔もじっくり拝めますねぇ。

 

「──おぉ、お?」

「これで多少は残っている体力を疲労回復に回せるでしょう。……どうです、目線が上がってみて」

「なんとも奇妙だ──だが」

 

 微笑を湛えながら、

 

「この温かさは好ましい」

 

 ネフィルは腕を僕の首に回して、さらに目線を上に上げた。

 顔のすぐ横に、ネフィルの毛先だけが白く残った漆黒の髪が来る。

 

「……それはよかった」

「なぁ」

「何です?」

「もしや、ここから見えるあの何処までも続く水面が、『海』というものだろうか?」

「おや、海を知ってるんですか」

「知識としてはな。だが、見るのは今夜が初めてだ」

「ほほぅ……」

 

 ネフィル……かつての先史文明期のネフィリムも、通常の生命のように生態を持って行動していた可能性は考えていましたが……俄然興味が湧いてきましたね。

 

「海はお好きですか?」

「あぁ。月の光が照らす水面が美しいからな」

「……では、今夜はあなたにとってのいい夜……ってことですかね」

「──そうだな、いい夜だ」

 

 ほとぼりが覚めたら暇潰しに研究してみるのも一興でしょうか。

 

「とても、いい夜だ」

 

 ネフィルが、こちらを見て微笑む。

……金の瞳に星が映る。この世のものとは思えないその美しさは正しく、女神に相応しいものだろう。

その瞳の輝きを、永遠に見つめていたいと思わせるほどに。

 

 ──だが夜の海は、よく荒れる。

 

「見つけたぞ……ウェル博士ッ!!」

「……やれやれ」

 

 ちょっとしたロマンチックタイムも海だけに潮時。

おジャマ虫のエントリー。

 

「無粋なサキモリちゃんですねぇ。日本人はワビサビを重んじるのではなかったのですか?」

 

 アメノハバキリのシンフォギア、その装者。

 風鳴翼が、日本刀に似たアームドギアを携えてこちらへと相対する。

 

「侘も寂も解さぬような輩が、日本人(われら)の心を語るなッ!!」

「おぉ怖ッ!!……ふっ。流石、何百年も内戦してた戦闘民族は面の皮の覇気が違いますねぇ。これは強敵だぁ」 

 

 時間は……そろそろですね。

もう少し遊んでいたいところですが……。

 

「ウェル、下りるぞ」

「闘りますか」

「闘らぬ理由もない」

「これは頼もしい……ですが」

 

 上空から、最早聞き慣れ飽きた歌が届く。

 

「その必要はないようですよ」

 

 『槍』が、風鳴翼めがけ放たれた。

 

「ッ! ……このアームドギアはッ!!」

 

 黒のシンフォギアが、薄れ行く夜闇に映えて靡く。

 

「久方ぶり、とでも言っておこうかしら……」

「マリア……マリア・カデンツァヴナ・イヴッ!!」

「ごきげんよう。元気そうね……翼!」

「くくっ」

 

 マリア、またの名を『フィーネ』。

 先史文明期より、アウフヴァッヘン波を浴びた自らの血を引く者を魂の器とし、この地上に於いて暗躍の限りを尽くしてきた稀代の妖女。

 この朝焼けに染まり始めた小湊に、彼女はその姿を現した。

 

「(む……ギアの心地が戻ってきた……アンチリンカーとやら、屋外ではそう長い時間効力を維持出来んらしいな……)」

「(と、思っていそうな顔ね……アンチリンカーの効果はこちらもよく理解している。ここは早期の決着が得策……だけど)」

 

 そう事はうまくいかないだろうということもまた、彼女は理解しているでしょう。

 なんたってこの巫女、僕のLiNKERがなきゃろくにギアが纏えない可哀想な女の一人なんですから。

 

「では、こちらから行かせてもらうッ!!」

「聴くがいい……防人の歌をッ!!」

 

 そしてそのまま、両者は激突し、歌が重なる。

 剣で槍を、槍で剣を……時々マントが挟まりながら、互いにいなし、叩きつけ合う。

 

「凄まじい闘いだ。目で追うだけでここまで集中させられるとは」

「追えちゃうあなたも中々ですよ」

「そうか?」

「そうですとも……期待していますよ?ネフィル」

「承知した」 

 

 飛び散る火花がここまで飛んできそうなほどに激しく歌い合う両者は――まるで長年の宿敵であるかのように拮抗して、鍔競るばかり。

 

「ここでは私たちの闘いには狭すぎる……もっと広いハコに鞍替えましょうか」

「――逃がすかッ!!」

 

 やがて戦場は大海原へと変遷。アームドギアを足場として水面にて君臨したマリアを風鳴翼は足部ユニットをホバーとして滑水。水飛沫が両者の得物を濡らし、昇りゆく朝日が輝かす。

 

 

  ――― 蒼ノ一閃 ―――

 

=== HORIZON†SPEAR ===

 

 

「「ハァアアアアアアアアッッ!!!」」

 

 

 飛ぶ斬撃、奔る熱線……そして激突し、海は雨となって僕とネフィルに降り注ぐ。

 ……果たして、夜が明け切る前に決着は着くのでしょうか。

 

 

「ッ! そこッ!!」

 

 走り出すマリアの一瞬の隙を突いて、風鳴翼が短刀を投擲。

 

「こんなものッ!」

 

 それを弾くマリア、短刀は遠く空へと飛んでい……かなかった。

 

 舞い上がった短刀は、ある方向へと刃先を向かせ、再び速度を得て地上を目掛け落下する。

 

「! ウェル!!」

 

 その方向とは、僕とネフィルが立つ場所を指しており、隣にいた彼女が僕を庇うように前に立つ。

 

「ですが無問題です。……聞こえますか?あの歌が」

「歌?──むっ!」

 

「「──♪」」

 

 空中より、無数の小鋸が飛来する。

その一つが、落ち行く短刀と衝突し僕らを護る。

 

■■■ α式・百輪廻 ■■■

 

「今日は、いつもより多め」

「なら、こっちもついでにいっちゃうデェス!」

 

 何処からか魔女の笑い声が聞こえたよう。

どでかい二枚の鎌もまた、風鳴翼に向け放たれる。

 

××× 切・呪りeッTぉ ×××

 

「……ッ!!」

 

 鋸も鎌も、一つでも身を掠めれば出血多量な危険武器。しかし彼女は、飛来するそれら全てを刃でいなし斬り破った。

 

「いやぁ相ッ変わらず危ない技ですねぇ。こっちまで飛んでくるかと思ってヒヤヒヤしましたよ」

「……飛んできてほしかった?」

「まさか!……冗談がキツイですよ君ぃ」

 

 ザババの双刃が一つ、『塵鋸のシュルシャガナ』のシンフォギア装者……月読調。

まるでプラットホームの吐瀉物を眺めるかのような冷たい目でこちらを見やる彼女に、僕は優しく、大人の余裕で微笑み返す。

 

「くッ、新手か――ッ!」

「なんと……イガリマぁッ!!」

 

 残る一刃、『獄鎌のイガリマ』の装者、暁切歌。

 マリアと闘う風鳴翼へ向け突進、身の丈以上の大鎌を振りかぶる。

 見た目から感じられる以上の俊敏さで翻弄を誘いながら、鎌の斬撃で隠した蹴りを、風鳴翼のどてっぱらへと打ち込んだ。

 

「――この程度ッ!!」

「ッ!……あうッ」

 

 しかし決め手とはならない。

 ……流石に装者としての経験差が激しすぎましたか。あちらも見た目以上に、頑強な体幹をお持ちのようだ。

 

「切歌ッ!……ここは私に任せてあの二人を!」

「……りょおかいデス」

 

 ふむ、まぁちょっと遅かったですが英断です。相手は百戦錬磨の強者。

 下手に連携の取れないダブルスよりも、自分の真価を発揮できるシングルの方が相手の搦手にも決め技にも対応が利くというもの。

 まだ完全には目覚めていないと見えますが、この判断力もフィーネの片鱗なのでしょうか……。

 

「調ッ!」

「切ちゃんッ!……大丈夫?」

「なんとかデス!」

「ま、打ったLiNKER分の働きはしてましたよ。それは僕が保証します」

「……」

 

 はい無視ー。この子こういうとこあるよねー。

自分に都合の悪いことはぜーんぶだんまり。

よーわたーりじょぉず!ハァイ!

よーわたーりじょーーず!

 

《二人とも、もうあまり猶予はありません。ドクターとその子を連れて帰投なさい》

 

 上空、空間に揺らぎが見えた。

 神獣鏡(シェンショウジン)の効果による光の反射性能の応用で開発された『ウィザードリィステルスシステム』。それにより世界各国からの捜索から逃れている我らが母艦、『エアキャリア』が、ナスターシャとともに僕のもとへと帰還した。

 

「……!!」

「……了解」

「…りょおかいデス」

 

 ()()ネフィルの姿を初めて見たせいか、明らかに動揺する暁切歌。

 ……わかりきっていたことでしょうに……まぁ余計なことさえ言わなければ別にいいですけど。

 

「さっさと掴まって」

「安全第一で頼みますよ」

 

 ドライな月読くんの腰に手を回そうとした、その時。

 

「――行かせるものかッ!」

 

 

――― 影縫い ――― 

 

 

 四人の影にそれぞれ、文字通り、地面に待ち針を打つが如く短刀が穿たれた。

 

「――ッ!!」

「う、動けない……!」

 

 ……いやいや、どういう原理ですかこれ。

 気軽に物理法則を無視したことしないでくださいよ。

 

「(くッ、ごめんみんな……!!)」

 

 うーん……ロープ越しにエアキャリアで引っ張ってもらおうにも、肉体の動きがほとんど拘束されているせいで肝心のロープが掴めないとあっては意味がない。ここは……

 

「ウェルよ」

「「(……しゃ、喋った!?)」」

「なんです?」

「この突き刺さったものは、聖遺物だな?」

「えぇ、聖遺物の力で形成された物ですよ」

「──よし」

 

 同じく拘束されていたネフィルは、肉体を一切動かさず、腕のあたりから触手を数本、ぬるりと伸ばした。

 

「――丁度、腹が減って仕方がなかった」

 

 そして目にもとまらぬ速さで、触手は穿たれた短剣を全て、塵も残さず捕食した。

 

「……ッ!?」

「た、食べちゃったデェス!?」

「くくッ」

 

 流石は『聖遺物を喰らう者(ネフィリム)』の特質を受け継ぎしネフィル。

この程度の危機など、全く持っておやつ感覚ッ!!

 

「……なんと……くッ」

「よくもッ!!」

「──ッ、お前は退かぬのかッ!!」

「退けるわけないでしょ……まだ、何も成していないというのに……あの子が、逝ってしまったというのにッ!!」

「……マリア、何を──ッ!!」

「ハァアッ!!」

 

 渾身の妨害も空振りに終わって、頑張るマリアと渡り合う風鳴翼。

 いやぁ、いい表情です。その悔しさをバネに、次も美味しいヤツを頼みますよ。

 

「ふぅ、多少は腹の虫も納まった」

「クク、クククク……流石ですよネフィル!やっぱり君は最高です!!」

「そうか」

「くッ、フフフフフ……」

 

 堪え切れない笑いを漏らしながら、今度こそ月読くんの腰に手を乗せ体重を任せる。

ネフィルは暁くんが抱え、僕らはロープに引き上げられてエアキャリアへと昇って行った。

 

「(……今の、アメノハバキリから放たれた短剣の捕食。紛れもなくネフィリムの力……)」

「(それを操る今のこの子はもう、私たちに手を振ってくれたあの子、イノエラとは違うんデスね……)」

「(ドクターがこうなるって言ってたことが、本当に……)」

「(イノエラはもう……)」

 

 

 

「(顕在化したネフィリムの意思に、喰われてそのまま消えてしまったんだ……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――まどろみの海より、浮かぶ。

 

「……あれ?」

 

 ここは、どこでしょう。

 

 さっきまでいたはずの暗闇の世界じゃなく、

 

「……夜の、海?」

 

 景色の形を認識する。するとどこからか、わたしに向けた声が届いた。

 

『起きたのか。イノエラ』

 

 ……その声は。

 

「ネフィルさん!?」

 

 どこ、どこにいるんですか!?

それにこの空間は一体……あなたと会えたあの暗闇の世界はどこへ……

 

『ここは、きっと私のイメージの世界だ』

 

 イメージ……ですか?

 

『ああ、今まで何もなかったのは、そのまま私には何もイメージがなかったからだろう。だが、今は違う』

「違うって?」

『ウェルにもらったのだ。この、美しい景色を』

 

 漣が浮かぶ私を優しく撫でる。

 

「先生にですか……いいなぁ……」

『今度、君が起きている時にウェルと一緒に見に行こう』

「はい!」

『今から楽しみだ』

「そうですね!」

 

 くすりと、ネフィルさんが笑ったような気がした。

 

『すまないイノエラ。まだ()()()の状況が続いている。もう少しばかりそこで休んでいてくれないか?』

「あ、わかりました。気を付けてくださいね?」

『もちろんだ。この体は君のものなのだからな。決して誰にも傷つけさせはしないと約束する』

「頼もしいです!」

『そう言ってくれると助かる……では、おやすみ』

「はい……おやすみなさい」

 

 

 わたしは再び、瞼を閉じて。

 

まどろみの海に身を任せ、意識の奥へと沈んでいった―――。

 

 



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「死んでほしい」と「愛してる」は矛盾しないって伝えたかった

 

「あ、こら!……まだ寝ちゃダメデスよ!」

「──む」

 

 イメージの世界からの帰還。瞳が開く。

私を抱えた鎌持ちの少女の警告で、微睡みは晴れ、視界ははっきりと輪郭を得て、視覚情報となって脳に届く。気分は良好だ。

 

「すまない。私のせいで何か不都合なことはあっただろうか?」

「問題ないデスよ」

「そうか。良かった」

 

 どうやら無意識への潜行中は、現実では眠っている状態になるらしい。気を付けねば。

 

「──あぁ、そうか。ここはまだ…」

 

 眼下に視界を移せば、そこは一面に広がる青い、何処までも青い、暁が照らす大海原。

 夜に眺めたものとは、また違った美しさだった。

 

「美しい、本当に美しいな。こんなにも美しいのに、何故私は、今日の今日まで気付けなんだか」

 

 ──まだ、イノエラとウェルがくれたこの意思も無かったあの頃……私がしていたことといえば、ただ内なる無限の飢餓衝動を満たすことだけだった。

 

「……聖遺物が、キレイとかわかるんデスか?」

 

 色のない過去に戻りそうだった瞬間、鎌持ちの少女から私の感性を問われる。

 

「わかるとも」

 

 当然の疑問だろう。

 彼女らにとって聖遺物とは、ただ使い方が特殊なだけの道具でしかない。

 大抵の人間は、道具に、意思も感情も求めはしない。

 

 

「お前も美しい。特に、その翠の瞳が美しいな」

 

 

 だが私はきっと、道具にはなりきれないだろう。

 この世界の美しいもの全てを愛したいという感情が、……胸裏の奥より湧き上がる内は。

 

「な……にゃ……ッ!」

「? 顔が赤らんでいるな。熱でもあるのか?」

「ね……ねーデスよ!キャリアに着くまで……黙って、あたしに抱かれてろデェス!!」

「承知した」

 

 気を悪くさせてしまったか…すまない、鎌持ちの君。

やはり、私に感情は求められていないのか。

 

「(……あの子、デフォルトでナンパスキルを搭載してるんですけど、誰の血筋なんです?)」

 

 そして我らは、景色に溶け込む謎の構造体へと運ばれたのだった。

 

 

 

 

「──翼ッ!」

 

 マリアとの闘いは、彼女の逃走により終わった。

朝焼けが照らす本部の甲板で、去り行く敵本拠を睨むばかりだった私に、叔父様の声が届く。

 

「申し訳ありません……全ては私の未熟ゆえ、このようなことに」

「なぁに構わんさ。今日だけで大分、相手の手札が見えたからな」

 

 そう言って叔父様は、私の隣に胡座する。

共に朝日を拝む形となって、不肖の我が身を照らし包む。

 

「後で手持ちの資料と、今回得られたデータを基に敵の正体の検証に入る予定だ」

「私も参加します」

「……と、言うと思ってこうして釘を刺しに来たわけだ。まさか、俺が見抜けないとは思うまい」

 

 刺し貫くが如き眼光が、こちらに向く。

 

「その膝、初撃でいいもん貰っちまったようだな」

「……左様です」

 

 叔父様の言う通り、あのアームドギアによる狼煙の投擲を私は左膝に受けた。そのせいで思うような果たし合いが出来なかった事実が、今も強く、胸の裡で影を落としていた。

 

「……あのガングニールは、強かったか?」

「……はい」

 

 撃ち合った感触は、まだこの手に残っていた。

 

「あのガングニールは……マリアは、生半な心構えでは破れぬものと心得ました」

 

 あの槍には、それだけの重さがあった。

 

「……()くしたはずのガングニール、こうして二振りになって戻ってくるとは……どういう因果なんだろうな」

「……えぇ。ですが」

 

 奏。立花。

二人を知る今の私なら……

 

「迷うはずもありません。私が……この風鳴翼が、必ずやあの烈槍を降してみせます」

 

 覚悟なら、とうの昔にできている。

 

「そうか……」

 

 叔父様が快活と笑う。

 

「じゃ、久々にやるか?特別メニュー!」

「無論です。是非、今夜から!」

 

 もっと、もっと風鳴翼は強くなる。

護りたい全ての者たちを、護り通せるように。

――私の夢を、叶え歌うために。

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

 可愛くない剣との激闘から少しばかり。エアキャリアへと帰投した私はギアを解除しシャワーを浴びてから、既にみんなが集まっているブリーフィングルームへと足を運んだ。

 

「マリア!」

「……マリアッ!」

 

 調と切歌が抱き着く。

 

「こーら、転んじゃうでしょ?」

「へへへ……」

 

 脇腹の痛みを心で殺しながら、二人の頭を撫でる。

 辛い戦いの数々も、これがあるからやっていけるというものだ。

 

「……こほん」

 

 マムの咳払いで、私たちは気まずく離れる。

でもそのあとに浮かべた優し気なマムの視線は心地よかった。

 

「ではドクター、お願いします」

「承りました」

 

 恭しくもお辞儀するドクター・ウェル。

キザったらしい仕草が背筋に悪寒を走らせる。

 

「では、先刻の顛末の報告を、させていただきましょう」

 

 が、今日の彼はいつもの人を小馬鹿にしたような笑みとは違った、ごくごく真面目な面持ちだった。

 

そして……隣に立つ彼女が、

 

「ついに、完成したG-LiNKERによりまた一つ、この子は真の融合症例への『神化』を果たしました。……では自己紹介と行きましょう」

「私の名はネフィル。群体としてのネフィリムではなく、完全なる個となったゆえのネフィルだ」

 

 元あったイノエラの意思すらも喰いつくした、()()()()()

 

「…………」

 

 

 

――イノエラですか? 彼女の意思はネフィリムの意思が覚醒すれば……まぁ、自動的に消えてしまうでしょう。

 

 ──それでいいのかって? 自分で作っといてなんですが…ようやく安定までこじつけた神化融合症例(シンセジスタ)、その貴重な脳組織持ちの肉体サンプルを腐らせないための言わば彼女は繋ぎの魂。()()()()()()()()()()()()()それに意思などまるで必要がありませんよ。 ……ていうか喋れない彼女のためにいちいちこっちで意図を汲み取らなきゃいけないのいい加減めんどくさいんだよねぇ。

 

 ──あー早く発現させたいなぁ、ネフィリムの意思。

 

 

 

 本来はイノエラが使うはずだった、小鳥のさえずりよりも可愛らしい声。

 

「(わかってはいた……フロンティアを円滑に起動し操作するためには、優れた意思を持つ生体CPUとしてネフィリムに意思を持たせる必要があったことは……!そのためには、器を守る使い捨ての魂となるイノエラを見殺しにするしかないことも……!!)」

 

 傍らに立つ調と切歌も、同じ気持ちだった。

 

 

――今日も、手を振ってくれたイノエラに「行ってきます」って言えなかった……。

 

――あたし、ホントはもっとあの子と一緒に遊んだりしたいデス!お買い物とかしたいデス!

でも……でも、それをしたらきっと……あたし、マムとマリアの頑張りを台無しにしてでも、あの子のためにイガリマを振ってしまうデス……だから……だから……!

 

――こっちから、嫌われるようにするの……ッ!!

 

 

 ある夜、寝付けない私は見てしまった。

 

私の初ライブの時の中継映像を見て、振り付けの練習をする彼女を。

 

 

完璧だった。映像の中の、私よりも。

 

 

才能の輝きに見惚れて数時間……結局朝まで練習を重ねた彼女に何も言わないまま、私は部屋に戻ってしまった。

 

 

 

 弱い者たちを月の落下より救うための、『フィーネ(わたしたち)』。

 

何も知らない、か弱いイノエラを犠牲にすることを選んだ、私たち(フィーネ)

 

 

 

負けられるはずもない。退けるはずもない。

 

 

私たちは彼女の屍の上でなければ、戦う理由すら失ってしまうのだから……。

 

 

 

 

「――ウェルよ、すまないがここまでだ」

「……はい?」

 

 ──握りしめた拳が緩む。

 

「名前は言えたので、後はあの子に任せることにした」

「あの、ネフィル? あの子とは一体……」

「? 何を言っている」

 

 そしてその言葉は、

 

 

「イノエラに決まっているだろう」

 

 

 あまりにも、予想の外を行っていた。

 

「………!!!」

 

 表情からはほとんど読み取れないが、完全に寝耳に水といった形でその姿勢を崩すドクター。

それもそうだろう。断言した事項がまるで間違いだったのだから。

 

「そうですか。では、ゆっくりお休みください」

「そうする。……ではな」

 

 そしてネフィルは、目を閉じて

 

「「「……!!!」」」

 

 彼女の、毛先以外が黒くなってしまった髪に、眩い白が戻っていく。

――そして。

 

 

「………!?……!」

 

 目を開けてそこにいたのは、いつも私たちを見送ってくれた、あの。

 

「「「…………イノエラッ!!」」」

 

 呼びかける。

 

「! ………!」 

 

 イノエラは私たちを見渡して、ゆっくりと、その整った美しい相貌に笑みを添えた。

 

 

 

 

 



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この"アイ"を抱えて生きていくんだって伝えたかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ましたら、なぜかわたしは、柔らかな温もりに包まれたのでした。 

 

 

「イノエラ……ッ!」

 

 むにむにと埋まる顔を頑張って上に上げると、そこには

 

「!?」

 

 マリアさんが、あのマリアさんが!

涙を溜めた目でわたしを抱きしめてくれているではありませんか!!

 

「……よかった……!」

 

 なぜ、なぜこんなことになっているのでしょう。

マリアさんはわたしのことなど見向きもしないほどに、今日の今日まで忙しなくアーティストをしていたはずなのに……どうしてでしょう。

 

「………」

 

 また目を閉じて呼びかけてみても、ネフィルさんはもう寝てしまっていて、わたしの声に応えてくれません。

これではさっぱりです。わからんちんです。

 

「お帰りなさい!イノエラ……!」

 

 ……でも、そうですね。

あったかいから、いいですよね。

こうして生きて帰ってきて、こんなにもあったかくしてもらえたのだから、いいですよね。

 

「………!」

 

 先生!

なんということでしょう!こんなにも近くにいらっしゃった先生に、ご挨拶もしないままでいただなんて!

 

「……」

 

 すいません先生。

どうかお許しください。なんとマリアさんにこんな風に抱きしめてもらっちゃって、嬉しくって嬉しくって我を忘れてしまったんです。

 

 でも帰ってきました!

 言いつけ通り、イノエラは生きて帰ってきましたよ!先生!!

 

 だからどうか、今だけは、お許しください……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………お帰りなさい。よく戻ってきてくれましたねイノエラ」

 

 いや何でまだここにいるんですかあなた。

てっきりネフィルの顕在化で意識なんてとっくに消えてしまったと思っていたのに……あなたがいない前提で考えてた計画を練り直さないといけないじゃないですかッ!

 

「! ……!」

 

 マリアに抱かれながら、その綺麗な顔で笑いかけるイノエラ。

なんとも小憎らしい!

 

「初陣祝いに、あとで一緒に美味しいお菓子でも食べましょうか」

「!! ……!」

 

 マリアから解放され、うんうんと頷くイノエラ。

 ……でもまぁ、戻ってきてしまったものはしょうがないですね。

在るなら在るで、有効的に使っていける方法を模索すればいいだけのことです。

 

 それに……

 

「ふふッ」

 

 もっとも重要な『ネフィリムの意思』……ネフィルの覚醒は予定通り成されました。

 

 G-LiNKER投与による獣神態への転身能力、シンフォギアを始めとした聖遺物由来の物質の捕食形質。これらも盤石に備えています。最早立花響以外の敵シンフォギア装者など、恐るに足りません!!

 

 また、心臓とはいかなくても融合症例第一号(たちばなひびき)の新鮮な血液を齎してくれたことで、新たな新装備の開発にも本格的に着手できそうです……楽しみだなぁ。何造ろうかなぁ。

 

 いやぁそそるそそる!僕の中の研究者魂が熱く滾って燃え盛るッ!!

 

「……ッククク」

 

 ――そしてッッ!!

 

 ネフィルが女神に!

 僕は英雄の中の英雄に!!

 月の衝突より逃れた新人類にとっての、永遠となれるぅうううう!!!

 

「アーーーッハハハァーーッハハハハハァーーッ!!!」

 

 笑う!笑うしかない!!

 あぁ!あぁ!

 

 楽しすぎて……眼鏡がずり落ちてしまいそうだぁ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――というわけで!今日から三人で、師匠の特別強化メニューをみっちりこなすこととなったわけだねクリスちゃん!!」

「いやざけんなよお前マジで」

 

 ネフィルちゃんとの出会いから少しばかり。未来と師匠からこれでもかとお説教をもらい、それからトマトジュースをたっくさん飲んでなぁんと!!不肖、この立花響!元気元気の大復活でございます!!

 

 ……と、いったところで先日からの失敗の数々から自分の無力さを噛み締めていたところに、翼さんから師匠の特別強化メニューのお誘いが舞い込んできたのでした!!

 

「勝手にあたしまで巻き込むんじゃねーよ!!……てかそれであたしごと海に落ちやがったことをうやむやにしようってンなら、そうは問屋が卸さねーぞあぁ!?」

「ままま待って!!そ、そんなわけないじゃないっすかぁ~~?ねぇ翼さん?」

「緒川さん、明日のクイズ番組の収録なのですが……」

「って聞いてない!?」

 

 さっきまで一緒におしゃべりしてたはずの翼さんは突然、アーティストモードで打ち合わせ。

早い!状況の変化が早すぎる!!さすがは日本一のトップアーティスト、時間のスケールが私たちのような一般ピーポーとは違うということですね!!??

 

「逃げんじゃねぇこらぁ~~~!!」

「だったら追ってこないでよぉ~~~!!」

「やはりここは『常在戦場』で攻めていく方向に」

「あはは……(相変わらずマイペースな子たちだなぁ……)」

「こらお前たち!!」

「わうッ!?」

 

 突然のVSクリスちゃんチキチキ鬼ごっこはこれまた突然、師匠の首根っこ鷲掴みで両成敗となりました。

 

「は~な~せ~~~!!」

「そんなに元気が有り余ってるなら、陸に上がって走り込みでもするか?」

「!!」

 

 さっきまでの勢いが嘘のように、ぴたりと動かなくなり落ち着きを取り戻すクリスちゃん。

よっぽどいやなのかなぁ、走り込み……気持ちいいのになぁ。

 

「……で、だ。 緒川、翼を借りていいか?」

「はい。急ぎの仕事はありませんので。……では翼さん。先方には話を通しておくので、明日は()()()()でお願いしますね」

「ふッ……わかっています。クイズ番組でも、風鳴翼はただ死力を尽くして臨むのみです」

「えぇ、その意気です。……では!」

 

 マネージャーさんスマイルを浮かべながらの忍者的瞬間移動、緒川さんはいつものようにシュシュッと消え去ってどこかへと行ってしまいました。

 不思議だなぁ……翼さんや師匠もできるのかな?

 

「……さて、早速だがお前たちに見せたいものがある」

「わぶッ」

「っと……見せたいものですか?」

 

 放してもらい、顔から落ちたクリスちゃんを介抱しつつ聞き返す。  

 

「藤尭!」

「はい。こちらです」

 

 と、そう言って藤尭さんが見せたのは。

 

「これは……」

 

 なんか煙の出るひんやりしたケース……液体窒素……だっけ?それに収納された、何かのヒモ……

 

「……あぁ!!」

 

 あの時私の首に巻き付いた、ネフィルちゃんの出したヒモだ!!

 

「先刻ようやくこいつの臨床試験が終わってな」

「装者の皆さんにも、結果を共有しておきたくて」

「……で、なんか分かったのかよ?」

「あぁ……」

 

 師匠はいつも通りだけど、なぜか藤尭さんは何かに心痛めたように、目を伏せ俯いていた。

 

「まずこの、ネフィルと名乗った少女の体組織の一部だが……遺伝子検査の結果、これには通常の人類が持つにはあり得ない塩基配列のDNAを持つことが分かった」

「! ということはやはり……」

「はい。彼女が完全聖遺物ネフィリムとの融合症例であるというのは、全くのでまかせではないと思われます」

 

 ………そうなんだ………。

 じゃああの子も、私や了子さんと同じ……

 

「ウェル博士が使用したAnti-LiNKER、あれはシンフォギアと適合者の適合率を低下させるものだが、知っての通り響くんには翼とクリスくんほどの効果は無かった。……これはおそらく、響くんが胸のガングニールの欠片と強く結びついてるためだろう……仮説に仮説を重ねるのはご法度なんだが……もし彼女、ネフィルが響くんと同じ融合症例であるのなら、響くんと同じくAnti-LiNKERの効果を減衰させるはずだ」

「……そういえば確かに、ネフィルはあのガスのある場所でも聖遺物の力を十全と使いこなしていたような……」

「じゃあやっぱり……」

「あぁ。現状、彼女はネフィリムとの融合症例であると言わざるを得ない」

 

 うん……そうですよね。

だってあの子、嘘を言ってるようには見えなかったですもん。

 

「聖遺物を喰らうとされるネフィリムの特性……ノイズはともかくシンフォギアのアームドギアすら捕食対象であると判っている以上、装者の皆さんにとって彼女はまさに『天敵』です。彼女との戦闘は極力避けるべきと断言します」

「……天敵、ですか」

 

 それは……そうかもしれない。

――でもッ!!

 

「立花響」

「!!」

 

 師匠が、私のことをフルネームで呼んだ。

こういう時は、そう。

私に破らせたくない約束をさせる時だ。

 

「君は彼女と闘うな」

「………」

「理由は、言わずともわかるだろう」

 

 わかります。バカな私だって、それくらいは。

 

「私の……私のこの胸の心臓を狙われてるから、ですよね」

「あぁそうだ」

 

 あの子が。

 ネフィルちゃんが自分の"未来"とまで言ったこの心臓を。

 

「そして、彼女がシンフォギアの天敵という以前に……君の、『立花響の天敵』だからだ」

「!!??」

 

 私の……天敵?

 

「彼女はノイズや了子くん……フィーネとも違う今まで君が戦ってきたどの相手よりも早く……君の『誰とでも手を繋ぐ』信念を理解した存在だ」

 

 

 無意識に、横にいたクリスちゃんを見つめてしまう。

 少しバツが悪そうに見つめ返すクリスちゃんから、申し訳なくなって目を逸らす。

 

「そしてその上で彼女は、『命を喰らって生きる』という生物として最も純粋な信念を以って、次も君に戦いを挑んでくるだろう……そんな相手に君は、『大切な人を守る』ために歌うことができるのか?」

 

 その問いかけは……私の、心の奥でしまっていたはずの疑問を引っ張り上げてきた。

 

 

 

 ――自分の信念のために、誰かを犠牲にしなきゃいけないときは、どうすればいいのか。

 

 

 

 未来、お母さん、お祖母ちゃん。

 翼さん、クリスちゃん、師匠と二課のみんな、リディアンのみんな。

 そして街のみんな――。

 

 あの子を見殺しにしないとみんなを助けられないとしたら……私は――。

 

 

 

「おいバカ」

 

 

 思考の坩堝に沈みそうだった私を、

 

 

「なに勝手に一人で悶えてんだよ」

 

 

 クリスちゃんが、引っ張り上げてくれた。

 

「まさかお前ほどのバカが、信念とガキの命どっちを取ろう…とかクソ真面目なこと考えてるわけねーよな?」

「え……?」

 

 あ……そうか。

 

 これって、そういうことなんだ。

 

「こーゆーとき、いつもの『立花響(オマエ)』ならどーすんだ?」

 

 そうだよ。

 私なら、そもそも絶対――

 

 

「クリスちゃん」

「ん?」

「決まってるよ。立花響(わたし)なら絶対――」

 

 

 

「信念も、あの子もぜーんぶ、守ってみせるに決まってる!!」

 

 

 ――生きるのを、諦めない。

   

 ――誰と手を繋ぐことも、諦めない。

 

 それが、この胸のガングニールに。

 奏さんと了子さんに誓った、私の『胸の歌』だから。

 

 

 

 

 



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言葉は心の形だって伝えたかった

 

 

 

「そうか……フッ」

 

 

 

 師匠が――満足そうに腕を組んで、ニヤリと笑う。

 

「やはり、君には要らぬ気遣いだったか」

 

 まるで、最初から私の答えることなどわかっていたかのように。

 

「敢えて立花の口から決意を語らせることで心根を固めさせた……差し詰め、そういったところですね」

「……もぉ~~!人が悪いですよぉ師匠!」

 

 五人の輪の中で、どっ!と笑いの花が咲きました。

 

「はっはっは!いやぁすまんすまん!

君の性格上、ここではっきりさせておくべきと思ってな!」

「笑ってごまかすんじゃねぇっつの……ったく」

「クリスくんも、ナイスアシストだったぞ?」

「普段から立花のことをよく理解ってなければ、出てこない科白(セリフ)だったな」

「な……!はぁあッ!?」

 

 顔を真っ赤にして驚くクリスちゃん。

 

「いやぁ~~~うっれしいなぁ~~!!

クリスちゃんったらぁ、わたしのことそんなに思ってくれてただなんて~~!!」

「バッ……んなわけねぇだろ! …ッカじゃねぇの!?」

「いやぁ~我ながら愛されちゃってますな~~なっはははは~!」

「ふふ……」

「んのやろぉ~……おぉい!!あんたからもなんかねーのか!?

 こいつの先輩なんだろ!?何とかしろよこの怪人脳ミソ花畑をよぉ!!」 

「おい雪音、『あんた』とはなんだ『あんた』とは」

「あぁん!?」

「もう少し私に対してそれなりの呼び方というものがあるだろう。例えばそうだな……『風鳴せ」

「! …もういいッ!! 

あーもう!!お前ら全員バカだぁ~~ッ!!」

 

 また笑顔の輪が広がる。

うん、そうだよ。前は戦うことでしか対話できなかったクリスちゃんとだって、こうして理解り合えたんだ。

 

 だから、あの三人や、ネフィルちゃんとだって……

 

 ――それこそが偽善。

 

 何を言われたって、折れる理由にはならない。

 何度拒絶されたって、諦めない。

 

 それが、わたしなんだから。

 

 

「……む、時間か……よし、三人とも特訓開始まで待機! 各々、今のうちに腹ごしらえでもしといてくれ」

「「はいッ!」」「はーい…」

「なんだ、声が小さいぞクリスくん?」

「いや別に」

「ふむ……まぁ安心しろ!今日はまだちょっとした小手調べだ!」

「小手調べ?」

「それぞれに合ったメニューを練るためのな! ……だからあまり無理はしなくていいぞ。やることはそう難しいもんじゃないからな」

「……!!」

「単純な基礎体力テストとして、ただひたすら、何も考えずにここの甲板を30周走ればいいだけだからな!」

「おい嘘だろ?(絶望)」

 

 おぉ、早速走り込みですか!

 久しぶりに腕が……ううん、脚がなるッ!!

 

「じゃあまた後でな!」

「はーい!」

 

 こうして、うなだれるクリスちゃんを連れて食堂へと向かい、

一つの答えが見えたわたしはウキウキと特訓に備えて食べる今日のご飯に思いを馳せるのでした!

 

 

 

「――司令」

「なんだ」

「本当に、言わなくてよかったのでしょうか」

「……言って、どうにかなる問題ではない」

「それは、そうですけど……」

「幸い、手掛かりになりそうなものがこうして俺たちの手に渡ってきたんだ。俺たちは最善を尽くすだけさ」

「はい……」

「彼女が響くん以上の融合症例だと分かった以上、それを現実たらしめている何かが、この組織片には秘められているはずだ……それが分かれば」

「えぇ……響ちゃんの、体も」

「あぁ――牙を剥き、浸食が進む心臓の聖遺物(ガングニール)から、彼女の命を守ることができるはずだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――というわけで、立花響の血液から精製したこの特殊栄養剤が底を突く前に、なんとしても立花響の心臓を手にする必要があるわけです」

 

 今日からわたしも、この『フィーネ』での活動方針を決める話し合いの場に席を与えられることとなりました。

 

「ついでに言っておくと、持ち出した聖遺物の欠片も残りわずか。できればその補充もしたいところですね」

 

 先生がわたしのことをマリアさんたちにお教えしているこの状況、なんだかちょっと、変な気分ですね……顔も熱くなってきました。……これがいわゆる、"恥ずかしい"というものなのでしょうか?

 

『私もそう思う』

 

「!!??」

 

 ね、ネフィルさん!?

お、起きてらっしゃったんですか!?

 

「……イノエラ?」

 

 はっ!!す、すいません先生!

大丈夫です!なんでもないです!!

 

《なんでもないです》

「……あ、そう。――では説明の続きを……」

 

 いつもマリアさんやツヴァイウィングのライブ映像を観るのに使っている、先生からいただいたタブレット。

なんと!文字を打つことでここのモニターにわたしの意思を表示させることができたのです!!

 これでやっとわたしも、みなさんとちゃんとお話できます!

 

『それは良いことだ』

 

 はい!それはもう……

 

 ってだから!なんで起きてらっしゃったなら何も言ってくれなかったんですか!!

 

『それは……すまなかった。用もないのに声を掛けるべきではないと思ったのだ』

 

 あ……それは、お気遣いありがとうございます。

 

『今度から、意識が戻ったら声を掛ける。なんと言えばいいだろうか』

 

 そうですねぇ……"おはよう"はどうでしょう?

 

『朝になるとよく耳にする単語だな。……そうか、それは睡眠から覚醒し始めて口にする言葉として遣うものだったのか』

 

 難しく言うとそういうことですね。

 

『わかった、"おはよう"だな。おはよう、おはよう、おはよう……よし、私の意思にしっかりと刻み込んだぞ』

 

 ま、真面目でいらっしゃいますねぇ……

 

『当然だ。せっかく君から伝授されたのだ。忘れることなど私はとても耐えられない』

 

 え……そこまでですか?

 

『そうだ。君の言葉は、君が思っている以上に私にとっては大切なのだ』

 

 あ……ありがとうございます!

 嬉しいです!

 

『……嬉しい……とは?』

 

 あ、はい!

 

 ……"嬉しい"はですねぇ、自分にとっていいことがあった時に言う言葉なんです。

 

『私が、私が君の言葉をこの意思に刻み込むことは、君にとって"嬉しい"、なのか?』

 

 もちろんですよ!だってあなたの役に立てたんですから!

 

『そうか……"嬉しい"……"嬉しい"……』

 

 ネフィルさんも誰かにいいことをしてもらえたら、"嬉しい"って言うといいですよ。

"嬉しい"は、言われた方も"嬉しい"を感じられるすごいものなんです。

 

『"嬉しい"……そうだな、君に嬉しいをもらった私は、たしかに"嬉しい"を感じた!』

 

 でしょう?そうでしょう?

 "嬉しい"はすごいんですよ!

 

『ありがとうイノエラ。今日もまた、この意思を伝える術を体得することができた。

 ! おぉ……そうか! "嬉しい"は"ありがとう"と似た者同士だな!』

 

 ……お気づきになられましたか!

 

『やはりか!』

 

 そうなんです!"嬉しい"と"ありがとう"は一つだけでもすごいのに、二つ一緒だともっとすごくできちゃう……それはもうすごい……すごくすごい言葉なんですよ!!

 

『おぉ、すごい』

 

 はい!すごい!!

 

『嬉しい!ありがとう!』

 

 そうです~~~!!

 

『おぉおおお……! なんだこれは……私の意思は今、猛烈に昂っている!

 なんて素晴らしい言葉なんだ……"ありがとう"!"嬉しい"ぞイノエラ!』

 

 私も……私の言葉で感動してくれるなんて……感無量ですネフィルさん!

 

 私、これからももっとネフィルさんにたくさんのこと教えられるように……

 

 ――エラ。

 

 いっぱいお勉強しますね!!ネフィルさん!!

 

 

「……イノエラ!?」

 

 

 ――はッと、意識が現実へと還る。

 

「大丈夫デスか!?」

 

 き、切歌ちゃん! なんで目の前に!?

 

「どうしたんですかイノエラ……まるでどこか遠くを見つめるような目で、意識が飛んだように呆けていましたよ?」

「何か変なキノコとか食べちゃったデスか!?

 い、色々なものが飛んでっちゃったみたいに……ぷわわ~ってしちゃってマシたよ!?ぷわわ~って!!」

「ぷわわ~、じゃよくわからないよ切ちゃん」

「えぇッ!?」

「二人とも、一旦落ち着きなさい」

「そうよ。二人ともそんな心配しなくても大丈夫。小さい女の子はね、時たまこんな風に意識がぽん、と抜けてしまうことが起こるものなのよ。あなたたちも覚えがない?」

「……そう言われるとそんなことがあったような……」

「私あるよ切ちゃん。……ていうか今日の朝なんだけど」

「なんデスとッ!?」

「……うん。何かふわ~っとした気分になって()()()()()()()()()()()()()体が勝手に動きそうに……」

「それ多分別のヤバいヤツデスよ調ぇッ!!」

「あのッ、ちょっあなたたち、僕をどかして話さないでくれます??」

 

 って切歌ちゃんだけじゃなくて、先生や調ちゃん、教授にマリアさんまで……

 

 すごいこんなに人がたくさん周りにいたこと、初めて……

 

 初めて……

 

 

「イノエラ?」

 

 わたし、

 

「……泣いてる」

 

 ちゃんと……みなさんの……『フィーネ』の仲間になれてたんですね……!

 

「イノエラ」

 

 マリアさんと調ちゃん、切歌ちゃんが

 抱きしめてくれていた。

 

「伝えたいことがあったら、遠慮せずに言いなさいね」

「今まで冷たくしてごめんなさい」

「あたしたち、イノエラのこと大好きデスよ。泣きたいときは一緒にいるデス」

 

 

 

 わたしは、わたしを見てくれる人は

 先生や教授、ネフィルさんだけじゃないんだ。

 

 

「イノエラ……」

 

 ……先生?

 

「明日は、そこの暁くんと月読くんと一緒に、この艦の外へ繰り出してみなさい」

 

 ……え?

 

 外に……外の、たくさんの人がいる外の世界に、出てもいいんですか!?

 

「知見を拡げるのはもちろん、僕たちが月の落下より救済(すく)わねばならない無辜の人々の姿をよぉくその目に焼き付けるのです」

 

 !! なるほど!!

 

「きっとあなたのシンセジスタとしての精神性を高めるに打って付けの学びとなるでしょう。どうです、素晴らしいと思いませんか?」

 

 素晴らしいです!!

すっごく!すっごく素晴らしいです!!

 

「じゃ、そういうわけで……僕は新装備の開発に戻るので、あとは先生にお任せします」

「承りました」

「では」

 

 ……待ってください!!

 

「っと……なんです?白衣が伸びちゃうじゃないですか」

 

 

 すいません先生……どうしても伝えたいことがあったので……よし、と!

 

《そとにでることをゆるしてくださって ありがとうございます ほんとうにうれしいです》

 

 

「……どういたしまして」

 

 

 マリアさんたちの手を振ってくれるのを、私は目いっぱいの笑顔でお返しする。

 

 そしてどこか嬉しそうな先生を送り届けながら、わたしはあしたのことで頭をいっぱいにしたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 



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許されたい気持ちは間違いなのかと、伝えたかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──さてイノエラ、君を外に出すことを許可したのは何も、知見を拡げてもらうことだけが目的ではありません。

 

 ──知っての通り、君の体は通常人が生命活動を維持するのに必要な種々の栄養素の他に、飢餓衝動を抑え、真なる融合症例へと『神化』するため聖遺物に連なるものを摂取する必要があります。

 

 ──そして君を『神化』せしめる物のうち、最も栄養価の高い食材こそが……立花響の心臓なのです! 

 

 ──最優先に手に入れるべきはもちろんそれ。……後はシンフォギア装者の持つアメノハバキリ、イチイバルのペンダントなど聖遺物由来のアイテムたちも、余裕があれば手に入れてください。……やれますか?

 

 

 はい!! イノエラはやってみせます……

 先生のご期待に、応えてみせます!!

 

 ――素晴らしいッ!!その意気です……!あ、そうそう。同行する暁くんと月読くんも、他ならぬ君の頼みなら、快く協力してくれることでしょう。目いっぱいこきつか……仲良くなることを推奨します。

 

 わかりました!! 

 

 ――よろしい!では、行ってらっしゃい。こちらも色々と楽しいものを用意しておきますよ……。

 

 

 

 

 

 

「じゃじゃん!到着デェス!」

 

 やって来たのは、翼様を初めとした、あの三人のシンフォギア装者さんがいるという場所。

 なんだか入り口からたくさん人がいて、すごく賑やかですね。ドキドキしてきました!

 

『おぉ……人間がこんなに集まっている街は久々だな』

 

 ネフィルさんは初めてではないんですね。

 

『あぁ。しかし、ここまで多様性に富んだ人間たちが一同に会するところを見るのは初めてだ』

 

 ははぁ……とすると、昔の人類ってもしかして、みんな同じ顔だったりしたのでしょうか?

 

『どうだったか……すまない。封印を解かれる前のことはほとんど覚えてはいないのだ』

 

 そんな……ネフィルさんは大丈夫なんですか?

 

『問題はない。情報の記憶は確かにないが、感情の記憶はあるからな』

 

 感情ですか?

 

『あぁ。……君の記憶がくれた言葉たちの中に、丁度その感情を表現できるものがある』

 

 それは……?

 

『───さ』

 

 

 

 

 

「──イノエラ、イノエラ?」

「!?」

 

 はっ、調ちゃん!

 あわ、あわわ、わたしまたネフィルさんとのおしゃべりに夢中になりすぎてしまいました!

 

「また『ネフィリムの意思(アイツ)』と脳内会議デスか?」

「大変だね……二重人格」

 

 はいぃ……またお二人に迷惑を……。

 

《すいませんでした》

 

 タブレットを使い、それを見てもらうことで謝ります。こんな形でしか謝意を伝えられないのが心苦しいですが、今はこうするしかありません。

 

「別に謝らなくていいんデスよ!」

「うん。自分じゃどうしようもないことってあるよ」

 

 うぅ、お二人の優しさがあったかいです……

 ネフィルさんにも、勝手におしゃべりを中断してしまって申し訳ないです……

 

『構わんさ』

 

 いつもすいません……

 

『なに、私とはいつだって話せる。今は今しか深められない仲を深めるといい』

 

 い、いいんですか?……許してくれるんですか?

 

『あぁ。何かあれば起こしてくれ。私は眠っている。

 君は彼女たちと楽しむといい』

 

 ! ……ありがとうございます!!

 

『うむ。おやすみ、イノエラ』

 

 おやすみなさい、ネフィルさん。

 

 ……今はこれでいいかもしれないですけど、今後のネフィルさんとのおしゃべりはどうするか、いい加減ちゃんと考えないといけないですよね……どうしましょう。

 

 て、いけませんね。ここは自分のことよりお二人とのおしゃべりに集中しないと!せっかく一緒にお出かけしてくださるんですもんね!

 

「──そーいえばデスけど、イノエラのその服はどこから来たんデス?」

 

 あ、この服ですか? この服はですねぇ……なんと!

 

《マリアさんからの

 おさがりです!!》

 

「なるほど……言われてみればマリアっぽい」

「デスデス!」

 

 私もまさかここまでしていただけるとは思わなくて……最初はとてもいただけませんって突き返しちゃったんですよね……

 でもマリアさんが、

 

 

 ──もうこれを私が着ることはないわ。肉体的にも精神的にもね。だから、今これを必要としてるイノエラに着てもらえる方が、私にとっては嬉しいの。

 サイズ的も問題ないし……それに何より、あなたのそのシルクのように綺麗な白い髪とこの服がよく似合うと思うから……ほらぁ!やっぱり似合ってる!!かわいい~~!!アンティークのビスク・ドールみたい!!

 ね、写真撮りましょう!!写真!!ほーらこっち見……何しに来たのよドクター。ちょっ、入らないでッ!あっ、こらカメラ返しなさ、返せーーッ!!

 

 

 と言ってくださったので、お言葉に甘えてありがたく着させていただいています。

 

「ほほぉ、ちびマリアはこんな感じだったんデスねぇ……なんというか、おとぎ話の妖精さんのようで……メルヘンかわいいデスね!」

「メルヘンはそういう風に遣う言葉じゃないよ切ちゃん」

「何を今さらッ!言葉なんて雰囲気でわかればいいんデース!!」

「(切ちゃん……気持ちはわかるけど、それを言ったら色々と問題な気がするよ……)」

 

 ちなみにこの『写真』というものなんですが、無事、先生ともご一緒して撮れました!

 ……マリアさんの普段は見られない変なお顔が特徴のとても貴重なもの。わたしたちの大切な宝物です!

 

「……む!」

「切ちゃん?」

「感じないですか二人とも……この香しいものを!」

「!?」

 

 言われてみれば……なにかとても……甘いようなしょっぱいような……

 

《いいにおいがします!》

「イエース!!」

「あの、切ちゃん?」

「ふっふっふ……持っててよかったウマイもんマップ!……これは制覇せずにはいられんデスよ!!」

《いいんですか!?》

「行かないでかッ!!」

「待って、待って」

「なんデスか」

「二人とも何か忘れてない?」

 

 よだれが出てきた私の横で、調ちゃんが待ったを掛けます。

 ……そうでした!!私たちには本来の目的が!!

 

「ふっ……忘れるわけないじゃないデスか調ぇ。

もちろん『立花響(アイツ)』と『ペンダント』の奪取もするデスよ……でもそれには居場所の特定が不可欠、ならばこのウマイもんマップに沿って、学校の隅々まで洗い出すのが最も効率的なのデスッ!!」

 

 な……なるほどぉ!!

 そういうことだったんですね切歌ちゃん!!

 

「本当?」

「もちろん!」

「本当に本当?」

「はぁい!!」

「任務にかこつけて豪遊したいとかじゃなく?」

「…そうデス!!」

 

 ちょっと間がありましたね。

 

「……じぃ~~~~ッ」

「!?」

 

 調ちゃんが、とても鋭い眼差しを切歌ちゃんに送ります。……これはあれでしょうか。

 刑事ドラマで、刑事が容疑者を追い詰めるシーン特有のあれなんでしょうか!?……ドキドキですね!!

 

「~~ッ! 本、当ッデス!!」

「…………」

 

 ちらりと、一瞬だけ調ちゃんに見られたような気がしました。

 

「そこまで言うなら。いいよ」

「……やったーー!!」

 

 調ちゃんの許可が下りました!

切歌ちゃんと手を叩いて、喜びの分かち合いです!

 

「そうと決まれば一直線!!まずはあそこのおうどんから行っちゃうデース!!」

「待って切ちゃん!最初にコナモノは胃もたれしちゃ……もぉ」

 

 切歌ちゃんが颯爽と走っていってしまいました。

 

「仕方ない切ちゃん……ごめんね、イノエラ」

《なにがですか?》

「切ちゃんね……本当はずっとイノエラとこういう風に遊びたがってたんだ」

 

《ほんとつめふな》

 

「……『ほんとうですか』、かな」

 

 頷く。――タブレットをを打つ指が、震える。

 

「それでね……少し、じゃないくらい浮かれてるんだよ。……あんなに楽しそうな切ちゃん、久しぶりに見た」

《それはよかたです》

「イノエラのおかけだよ」

 

 調ちゃんが、わたしの手を取る。

 

「私もね、すっごく楽しいよ……切ちゃんと、イノエラと一緒だから」

 

 笑顔。

 

 笑顔です。

 

 調ちゃんの、笑顔。

 

 初めて見る、笑顔。

 

「イノエラは、どう?

 ……私たちといて……楽しい?」

 

 ――タブレットを叩く。

 今度は打ち間違えないように。

 ちゃんと、気持ちを全部伝えられるように。

 

 

《たのしいです》

 

《しらべちゃんと

 きりかちゃんが

 やさしいから

 きょうはとっても

 たのしいです》

 

 

「…………ッ」 

 

 調ちゃんは、泣いていました。

 

「…………よかったぁ……」

 

 涙をぽろぽろ、ぽろぽろと、静かに流して、泣いていました。

 

「私たち……あなたに……」

 

 気が付けば、抱きしめられる。

 

「ひどいことだけじゃなくて……ちゃんと……!」

 

 わたしも、調ちゃんを抱きしめる。

 

 

「ごめんね……ずっと……逃げてて……ごめんね……」

 

 

 どうして謝ってくれるのかは、わからなかったけれど

 

 でも、調ちゃんを抱きしめたかったんです。

 

 

「ありがとう……イノエラ……」

 

 

 抱きしめないといけないような気がしたんです。

 

 そうすることが、わたしの役目だって、そう思ったから―――。

 

 

 



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だから必ずここに帰ってくると伝えたかった

「──イノエラ~、わたあめとリンゴ飴、お好きな方を取るデスよ!」

 

 切歌ちゃんから提示されたのは、白いふわふわしたものと、マイクのような真っ赤なまぁるい飴さんでした。

 

いいにおい……で、てもこれらは、本当に食べられるものなのでしょうか?

 

「大丈夫、美味しいよ」

「あたしも保証するデス!」

 

 お二人がそこまで言ってくださるなら……じゃあ

 

《りんごあめを

 いただいても

 いいですか》

「はいデス!ささ、どうぞどうぞ……」

《いただきます!》

 

 渡していただいたそれを持ち直します。

これは……どこからどう食べればいいんでしょうか。

 

「そのままがぶっていけるよ。

 見た目ほど固くないから」

「思いっきりがっつくデス!」

 

 では……いただきます!

 

「!!」

 

 これは……しゃりしゃりして、甘くて。

でもちょっとすっぱくて…!? とろっとしてきた!?

 

す、すごい……食べれば食べるほど固いのと柔らかいのが交互にきて、でも甘いのが絶えなくて……

 

 すっごく、美味しいです……!!

 

 ……つ、伝えなきゃ……この、りんごあめについて!

 

《いままでたべたことのないあじがして

 とってもとってもおいしいです!》

 

 こ、これで……あ……もっとこの感動を伝えらる言葉があるような……でも他になにが……うぅ~!もどかしいです~~!!

 

「……よかったぁ!」

 

 どうしま……あれ、切歌ちゃん?

 

「そんなに美味しそうに食べてもらえてよかったデス!」

 

 あ……

 

「いやぁ~イノエラって何が好きかわからなかったのデ、口に合うか内心ドキドキだったんデスけど……バッチリみたいデスね!やったデス!」

 

 わたし……ちゃんと伝えられてたんだ……よかったぁ

 

「切ちゃん、私もわたあめ半分もらっていい?」

「いいデスよー!はいデス!」

「ありがとう」

「いへへ……はむ!」

「……はむ」 

「「…………!」」

 

 お二人は落ちそうな頬を抑えながら、美味しそうにそのふわふわな……わたあめ、わたあめでしたね。それをはむはむといただいてます。

 仲良く一緒に分け合って、二人で一緒にはむはむ、はむはむ。

 

 美味しそうですねぇ……本当に……ふわふわ……

 

 

 

 ふわふわで……

 

 

 

 

 ()()()()してて……

 

 

 

 

 おいしそうですねぇ

 

 

 

 ふわふわゆれて

 

 

 

 おいしそうですねぇ

 

 

 

 キラキラ光ってて

 

 

 

 おいしそうですねぇ

 

 

 

 

「イノエラ……?」

 

 

 

 

 おいしそうですねぇ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのペンダント

 

 

 

 

 

 おいしそうですねぇ

 

 

 

 

 

 

 ……………あれ?

 

 

 

「あぁ!りんご飴落ちしちゃってるデスよ!……もぉ~、ダメじゃないデスか食べ物を粗末にしちゃぁ」

 

 

 

 

 おかしいな

 

 

 わたあめ

 

 おいしそうだったのに

 

 

 もう

 

 

 おいしくなさそう

 

 

 かわりに

 

 

 あの ペンダント

 

 なんで

 

 なんで

 

 

 

 

 

 おいしそう

 

 

 

 おいしそウ

 

 

 おいシソウ

 

 

 おイシソウ

 

 

 

 オイシソウダナァ

 

 

 

 

『!!』

 

 

 

 オイシソウダカラ

 

 

 

 タベテ……

 

 

 ……あれ  

 

 

 わたしは

 

 

 

 

 『――すまない!!』

 

 

 

 あ

 

 ネフィルさ―――

 

 

 

 ネ――――

 

 

 ―――

 

 

 ――

 

 

 

 

 

「……間一髪だった」

 

 まさかこんな形で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()飢餓衝動が再発してしまうとはな……まるで予想もしていなかった……

 

 私が元来持つこの飢餓衝動と、イノエラが持つ人の感情(くうふくかん)……それらが脳細胞の発する神経間物質を介して繋がってしまった結果、こうして予期せぬ形でスイッチが入ってしまったということか……

 なんという弊害だ……イノエラにどう謝罪すれば……

 

 

「……………は?」

「なんであなたが……」

 

 いや……先にこの二人にだな……

 

「すまない……邪魔をしてしまった……」

「なんで……なんで今アンタが出てくるんデ――!」

「切ちゃん!」

「!!」

「……周りをよく見て」

 

 

「え?何よあの子、さっきまで髪真っ白じゃなかった?」

「わ~~!さっすが天下のリディアンの文化祭ね~~!どこのバンドの人かしら?スゴイ髪型!!」

「なんだなんだ揉め事か?」

「うおッ!!なぁあの子たちちょーカワイくね!?」

「ワンチャン行っとく!?」

「いいねぇ!!」

 

 

 

「……隠れるデス」

「うん」

「――ねぇそこの君た……あれ?いねーじゃん」

 

 

 

 

 建物と建物の間、日の光も当たらぬ陰。

あれはたしかドクダミ……だったか。その植物が群生するそこに、私たちは身を潜めた。

 

「……ハァ……くッ!」

 

 まずいな……私でもここまで強いと感じる飢餓衝動は久しぶりだ。

これは冗談抜きにきつい……早急に何とかしなくては……

 

「……ちょっと痛むかも」

「ん?……!?」

 

 一瞬。確かに一瞬ではあった。

だが我を忘れそうになるほどの痛みが、太腿にて顕れたのだ。

 

「こういうこともあるだろうって、ドクターが持たせた聖遺物入りの栄養剤。

 これで少しはお腹が減らなくなるって言ってたけ ど……どう?」

「あぁ……嬉しい、ありがとう……とても、助かる」

 

 ゆっくりと、全身に血液が正常に巡り始めるのを感じる。

 生理機能が回復したのだ。呼吸も楽になってきた。

 

「ネフィリムの飢餓衝動……だよね」

「あぁ……こればっかりはどうにも」

「……イノエラは、どこに行ったの」

「共有している意識の、奥深くだ。

 急のことだったせいで無理やり彼女の意識を押しのけてしまった」

「……帰ってくる?」

「もちろんだ。今も、彼女の意識が眠っているのをしっかりと確認している。いずれは目覚める」

「よかった……」

「よくないデスよ」

「切ちゃん」

「イノエラが起きてくるのにどれくらいかかるんデスか」

「切ちゃんッ!!」

「あと五時間もあれば、自然と覚醒するはずだ」

「……ッ!」

 

 胸倉を掴まれる。

 

「ダメッ!!」

 

 それを月読調が強制的に剥がす。

 ……そして私を守るように前に立った。

 

「切ちゃん……自分が何しようとしたかわかってるの!?この子は――」

「んなもんわかってるデスよッ!!」

 

 暁切歌は、遮るように叫だ。

 

「そいつが……ネフィルは……私たちの活動の要で……そいつに何かあったら……マリアとマムと調と一緒に今まで頑張ってきたこと全部……無駄になるデス……」

「………」

「でも、でも……だからって……!

 今じゃなくったって……!

 今じゃなくったって、よかったじゃないデスかぁ!」

 

 今にも涙を零しそうなほどに、悲愴に、叫ぶ。

 

 ……そうだ。イノエラも、ともにいたこの娘たちも、今この時をとても楽しんでいたはずだ。

その時間を、私の齎した飢餓衝動が打ち崩してしまったのだ。

 

「…………」

 

 謝罪の言葉を、口にできなかった。

 そうすることで、憤る彼女の心を侮辱してしまうような気がした。

 

 

 ――だから

 

 

「……二人に提案がある」

「「!!」」

「ここで私と、君たち二人は別行動としないか」

 

 

 私は、消えるべきだ。

 

 

「私は立花響を、君たち二人は風鳴翼と雪音クリスをそれぞれ捜索しよう。落ち合う場所は……人気のないここが丁度いいか」

「……それは!!」

「いいんだ」

「ネフィル……あなた……」

「一人でもこの身は、イノエラは私が守る。そのために私はここにいるのだ」

 

 この娘たちから目の届かないところにいるべきだ。

 

「…………」

「…暁切歌よ」

「切歌でいい」

「では切歌……一つ、いいだろうか」

「……うん」

 

 だがその前に、言っておくことがある。

 

 

 

 

「イノエラと手を繋いで歩いてくれて、ありがとう」

 

 

 

 頭を下げて謝辞する。

 心よりの、感謝だった。

 

「……んなの、当たり前ですよ。仲間なんデスから」

「その当たり前を、イノエラはとても喜んでいた。

 眠っていた私が感じ取れたほどに……だから、ありがとう」

「―――ッ!!」

 

 

 "ありがとう"

 

 イノエラがくれた、言葉。

 

 とても、いい言葉だ。

 

 イノエラはいつも私に、素晴らしいものをくれる。

 

 私は、そんなイノエラにもっともっと尽くしたい。

 

 イノエラを大切にしてくれる者に尽くしたい。

 

 ゆえに、君たち二人にも尽くしたいのだ。

 

 

「……日が暮れる前にここで落ち合おう。

 気をつけてな」

「待って!」

「……ん?」

 

 なんだろうか

 

「あんたも……気をつけるデスよ!」

「……!」

 

 私に、気を掛けてくれるのか……

 こんな私に……この娘は!!

 

「ちゃんと、私たちのとこに帰ってくるデスよ!」

「了解した」

「……これ、忘れもの」

 

 月読調が、何かを手渡す。

 それはウェルが造った私たちのための栄養剤だった。

 

「ちゃんとあなたが持ってないと、ね?」

「あぁ……ありがとう」

 

 しっかりと、懐に仕舞う。

 落とさないように。失くさないように。

 

 

「ではな」

「うん。またね」

「また後で、デス」

「あぁ……また後で」

 

 

 "また後で"

 

 ――これも、いい言葉だな。

 

 

 誇りを胸に、私は、雑踏の中へと足を踏み出した。

 

 



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君の夢が私の夢だと伝えたかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──なぜだ

 

 

「ねぇ、あの子どこの子かしら」

「見ない顔よねぇ……外人さん?

顔かわいいし肌白いし、目も綺麗な黄色……」

「黄色?……赤じゃないの?」

「どっちもじゃない?……右目が髪で隠れてるけど、よく見たらオッドアイみたいね」

 

 

 ───なぜ私はこんなにも目立っている?

 

 これはどういうことだ……そうか!

 

 イノエラの容姿が美しすぎるからか!

 

 ……これはどうすることもできないな。

 仕方のないことだからな!

 

 ……だが、それでももっと他に注目すべきものが此処彼処にあるぞ人間たち。

 『焼そば』『ツイストポテト』『ドネルケバブ』… 

なぜあんなにも興味をそそるものに、目を向けないのだ。

 

 私はさっきから目の遣り処に困って困って仕方がないというのに!

 

 ……それこそ言っても仕方がないか。

 私に彼ら彼女らの目線の向きを変えてしまえるような異能はないからな。

 

「金は、あるにはあるが……買い食いはできん。今以上に目立ってしまう」

 

 ならば……

 

「……どこか人気のない高所に行って、そこで周囲を見渡しながらの探索を……む?」

 

 何やら大きな声が聞こえるな……あそこか

 

「──さぁさぁ!秋桜祭名物『うた自慢大会』!!

 今年もやってるよ~~!

 優勝者には、生徒会権限でなんでも一つ望みを叶えちゃうよ~~! 今からでも飛び入り参加大歓迎!!

 さぁさぁこの修羅の巣窟の門を叩く、果敢な勇者はおらんかね~~!!」

 

 うた自慢……?

 ! これは……!

 

「渡りに船……というやつだな!」

 

 なんという僥倖!!

 ここは参加するほかないだろう!!

 

「……すまない!そこの君!」

「お~!早速猛者のエントリ……うわわ!?」

「? どうかしたか?」

「い、いやぁ……なんでもないっす!(なんだこのパンク少女!?……なんか別の意味で猛者っぽい子が釣れちゃったんですけど!?)」

 

 優勝……とにかく参加者の内で歌唱力が最も優秀だと証明すれば……そうだな「立花響を一人ほしい」と言えばとても平和的に覚醒心臓を得ることができる!

 

 それに歌……歌だ。

 私の意識が表層に出ている間は、イノエラの声を私の声として出力できる。

 ならばこのイノエラの声を使い歌い上げ、それを優秀だと証明することは、イノエラの夢にとってもまたとない飛躍の機会!!

 

「その『うた自慢大会』、私にも参加させてはもらえないだろうか!」

 

 つまりは一石二鳥!

 ここで石を投じず、なんとするのか!!

 

「わ、わっかりましたぁ!!参加、オッケーです!」

「嬉しい、ありがとう!」

 

 よし、最早勝利も同然だな!!

 

「んでは早速こちらの方へご一緒願いますね~」

「助かる」

 

 恩人の娘に連れられ、会場であろうドーム状の建物へと足を運ぶ。その周囲は花に囲まれていて、穏やかな雰囲気の派手すぎない華美さが心地良い。

 

 中に入ると、どこからか歌が聞こえたきた。……どうやらすでに大会は始まっているようだな。

 

「ここにお名前を書いてください」

「ふむ」

 

 娘から、何やらぺらいちの紙を渡される。

 

 そうだな……私の「ネフィル」という名は、既に立花響たちの目の前で堂々と名乗っていた。

 故にこのような形に残るものに名を残すことは決してできない……ならば、書くべき名はひとつだ。

 

《イノエラ》

 

「あ、すいません。フルネームでお願いします~」

「……なに?」

 

 フルネーム……だと?

 

「いやこれが……」

 

 ……待てよ。

 

「あ、いやすまない。そうだったな」

「落ち着いて書いてくださいね~」

 

 確かに、名字が無いというのはこの時代の人間に扮する上でかなり無理があったな。

しかし名字か……そうだな、折角だ。

 

 

《イノエラ・ウェルキンゲトリクス》

 

 

 うむ……いい!いいぞ!

 これでいい!これがいい!

 

 

「……はい!ありがとうございます~!」

 

 ……ふふ、力が湧いてくるな。

 名を背負うことで誇らしい気持ちになる者がいるというのは……なんと素晴らしことだろう。

 

「では次に歌う曲をここに……」

「わかった」

 

 私でも歌える歌……あるな。イノエラの記憶があるゆえ、それはもう。

 

 どれにするか……そうだな、難易度の高いものにした方が評価も高いだろうから、『アレ』にするか。

 

《―――――》

 

「あの……イノエラさん?」

「なんだ」

「い、いいんですか?」

「なにがだ」

「その曲はなんというか……時期が悪いと言いますか……」

「歌を歌うのに時期も何もないだろう。私はこれを歌うぞ」

「は、はぁ……まぁ、あなたがよろしいのでしたら……」

「ふん」

 

 何を言い出すかと思えば……いや、私の与り知らぬところでこの歌に関して何かひと悶着あったのかもしれないのか……まぁ知ったことでもないな。歌うだけのことに何を言われようと構うものか。

 

 

 

 

 

 

 

「な、中へどうぞ~!」

 

 歌の聞こえる扉を通りすぎ、大きな黒い扉に着く。その近くの壁には、扉を指す矢印と共に"Back Yard"と書かれた看板が貼られていた。

 

「ありがとう」

「……はい~~!」

 

 ここまで案内してくれた娘はそう言い残してそそくさと何処かへ走り去っていった。

 

「……さて」

 

 周りを見渡せば、私より前に来た者たちが今か今かと自分の番を待ちつつ、談笑、読書、イヤホン……だったかを付けながら精神集中。それぞれ思い思いに過ごしている。

 

「「「……!?」」」

 

 しかしそれも私を認識するまでのことだった。

 

 私を視認した瞬間、彼女らは一様に『怯え』を見せた。

 

「……よろしく」

 

 別にこちらは歌うこと以外は何をする気もない。

なのにそんな風に見られると些か落ち着かないというものだった。

 警戒を解かせるべく挨拶……さてどうだ。

 

「「「…………。」」」

  

 固まったまま微動だにしないとは。

 ううむ、これはどうしたものか……私のせいでこの娘たちが本来の実力を発揮できないとあってはここで優勝する意味も薄れてしまう。

 

 やはりこの美しくない髪か?鋭い目か?……伸びた歯なのか?

 

 ……せっかくの美しいイノエラの容姿を私が汚してしまっている罪悪感が、重く肩にのしかかる。

 

「……ふぅ」

 

 イノエラのままの容姿だったら、ここの彼女らに無駄な警戒をさせずに済んだのだろうか……

 こんなことを考えても仕方ないのは分かっているが……

 

 

 ――あぁ、どうにか彼女らに負担を掛けない容姿になれないものか……

 

 

 

 

「――っしゃぁーー!ギリギリセーーフッ!!」

 

 む、私の後の者が来たのか。

 

「電光刑事ただいま参上!!」

 

 ……なんだあの格好は。

 

「はぁー、なんとか間に合った~!あっつ……」

「ふぅ……板場さんの凝り性も困ったものですわ……こんな時間になるまで衣装合わせが終わらかったなんて……」

「こらぁ!今更そんなこと言わないの!!もう戦いは始まってるんだから!!」

 

 なんだあの格好は!!

 ど、どんな組織に属しているんだこの娘たちは!?

 その帽子?や鎌?はなんだ!?

 まさか……私の知らされていない別のシンフォギア装者が……?

 なんということだ!!こうなれば……!!

 

「!!……ねぇあなた!!」

 

 ――何ッ!?

 

「それ何のキャラのコス!?めっちゃクオリティ高いねそのウィッグ!!どこで買ったの~~?」

 

 回り込まれた……だと!?

 ……は、速い!!なんという速さだこの娘ッ!!

 全く動きを捉えられなかった……人間態とはいえ、ウェルの造ったシンセジスタであるこの私を軽々しく凌駕するとは……なんということだ……怪物か!

 

「ていうかあなたもしかしてオッドアイ!?それオッドアイだよね!?まさか自前!?自前オッドアイ!?

 ウッッッソめちゃくちゃ気合入ってるじゃん!!ねぇなんのアニソン歌うの!?」

 

 しかも五月蠅いぞ!!とても!!

 さっきから私の理解を超えた言語でまくし立ててくるのはなんなんだ!?どういうことなのだ!?

 

 おぉぉ……こんな形で先手を打たれるとは……気力を奪われて何もできな……

 

「こらぁ!ダメですよ板場さん!!」

「はうッ!?」

 

 ん?……なんだ?

 

「もぉ~、この子怖がってるじゃん!……きみ大丈夫?」

「……だ」

「だ?」

「大丈夫だ……」

 

 た、助かったのか……?

 

「ごめんなさい……この子ちょっと推し?の方のコスチュームを纏っているせいか、元来のアバンギャルドが爆発してしまっていまして……」

「普段はここまでじゃないんだけどね?ごめんね!」

「うぅ……すんませんでした……」

 

 ……なんだ。

 

「ハァ……」

 

 敵ではなかったか。

 まるで隙だらけではないか。

 私としたことが、変に取り乱しすぎたな。反省せねば。

 

「えっと、その、良かったらなんだけど……」

「ん?」

 

 何だろうか、まごついた口調で……

 

「怖がらせちゃったお詫びに、その……してほしいことないかな!?」

 

 ……なんと。

 まさかここにもチャンスがあったか。

 

 ……ここで立花響を所望するのは容易い。そうした方が効率的だろう。

 だがそれではこの大会で歌う意味が薄れてしまう。

 

 意味が薄れるということは、それは妥協を生むことに繋がってしまう。

 ……イノエラとウェルの名を借りて歌うのに、妥協などあっていいはずがない。

 

 しかし立花響の心臓以外で望むものなど…… 

 

「……ある」

「な、なに!?教えて!!」

 

 それは、歌うに相応しい……

 

「――私を、この容姿を、歌で人を魅了するに相応しいよう美しくしてほしい!」

「………ぱーどぅん??」

 

 

 

 

 

「というわけで……」

「どうでしょう?」

「……ごくり。」

 

 ………ふむ。

 

「――完璧だ!!」

「「「はぁ~~~!!」」」

 

 無駄に視界を遮る前髪は白いピンで留められ、後ろの髪もなにかもこもこした輪(シュシュといったか)によりうなじあたりで一つの玉に纏められ、毛先も首を回すのに煩わしくないよう上向きだ。

 

 それに何より……

 

「この服に、よく似合っているな」

「そうですね~……ナイスです!!」

「持ってて良かった女子力アイテム!」

 

 マリアの服を着るにも相応しくなった!

 

「あ、あの、大丈夫!?これ美しいの解釈合ってる!?かな!?」

「あぁ!何も問題はない! 恩に着るぞ、ヘルメットの君」

「はうッ!!……なんてカッコイイのこの子ッ!!

君は私が守護る系ヒロインかッ!!」

「まーた始まった……」

「そして獣耳の君と蟷螂の君も……」

「あ、この子たちの名前は『ノワール』と『置き引きカマキリ』。ご存知の通りモデルは第八話の……」

「いや違うしッ!?」

「はぁ……もう、板場さんったら……」 

「ふふっ、そうか」

 

 もはや何も問題はない!!

 下準備は最高の形で完了した!!

 

「ウェルキンゲトリクスさ~ん、スタンバイお願いしま~す」

「うむ、わかった」

 

 いいタイミングだな。

 さて、行くか……

 

「お、出番だね!!」

「行ってらっしゃいませ!」

「頑張ってーー!えっと……名前聞いてなかったね」

「イノエラだ」

「……イノエラちゃん!行ってらっしゃい!!」

「あぁ、君たちもありがとう。応援している」 

「はーい!!」

 

 

 そして壇上へと上がる。

 

『さて!次なる挑戦者はこの子!突如リディアンに舞い降りたミステリアス美少女……イノエラさんです!』

 

 おぉ……人間があんなにも。

 

「……ふふふ」

 

 ここにいる全員をイノエラの歌声の虜にできると思うと、思わず笑みが零れてしまうな。

 

『果たして、優勝の暁に一体何を望むのでしょうか!?』

 

「――決まっている!!」

 

『おぉ!?それは一体!?』

 

「ある女の……"ハート"だ」

 

 

 会場のそこかしこから歓声が上がるのが聞こえる。

 よし、掴みは良いようだな……あとは思いっきり、歌うのみだ。

 

 

『きたーーー!!これはいろんな意味で期待の新人だァーー!

 さぁ熱唱していただきましょう!!歌うのは――』

 

 

 

 

「マリア・カデンツァヴナ・イヴで――

 "Dark Oblivion"」

 

 

 

 さぁ聴くがいい。

 我が友の、夢を羽撃く歌声を!!



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歌に善悪はないと伝えたかった

 

 

 

 

 

 

──幻影となって閉じた夢の国は、夜空の星たちのように欠片となって落ちていく

 

 

 

「……まさかこのご時世にマリアの曲をやるなんて」

「はは、やるなぁあの子」

 

 

──どうすれば未来を、過去の繁栄を、取り戻せるというのだろう……

 

 

「ねえいいの……?

 あの子歌ってて……だってあの曲って……」

「別にいいだろ。歌は歌だよ。歌っていた人間が何者だろうと、かつてその歌のくれた感動が本物だったということに変わりはない」

 

 

──また昇る太陽を見られるのはいつ?

  私たちが目覚められるのはいつ?

  その日が来るまで

  どれだけの理想を殺せばいい?

 

 

「罪を作るのは人だ。歌が作るのは感動だけだ」

 

──私たちはもう 引き返せないから……

 

「ほら聴きなよ」

 

──光と闇の交錯 星は落ちていく 

  慈悲などどこにもありはしない

 

「元の歌手がどうとか、そんなものどうでもよくなるくらい、心が籠ってるのが理解るだろ?」

 

 

──栄光の地へと辿り着け 

  心に言い聞かせて

  そう疑問など置いていけ

 

「…………えぇ」

 

──まともなままでは苦しいだけ

  我らはこの痛みから逃れなくてはならないから

  さぁ 立ち上がり 私と伴に行こう

  もうこれ以上滅びを享受する必要など無い 

 

 

「本当に……」

 

 

──『無意識』こそが 

  未来から我らを解き放つものだから……

 

 

「なんて強くて……頼もしくて……

 儚い歌声なんでしょう……!」

 

 

 

 

 

 

 

 ──鐘が鳴る。

 

「"Wrapped in illus──……ふぅ」

 

 ここで打ち止めか……思っていたより歌う時間が短…

 

「ありがとーーッ!!」

 

 

 

 突然、

 

 私は歓声と拍手の交響曲に包まれた。

 

「……おぉ」

 

 ホール全体が、私を……イノエラの歌声を称える音楽を奏でていた。

 体が浮き上がったかのような錯覚を覚えて、思わず息を呑む。

 

「はは……」

 

 やはりだ。やはり君の夢はもはや現実だったのだ。

 イノエラ……君はすでに君の望む君になれていたのだ!確信したぞ!!

 

「……こちらこそ、ありがとう!」

 

 そしてすでに私の優勝は決まったも同然!!

 ふふ……ふふふふふ

 

「くくくくく……」

「あの」

「くくっ……あっはっはっはっ!!」

「あのぉ!!」

「……はッ!?」

 

 …………は?

 

「そのー、次がつかえてるのでそろそらこちらに……」

「あ」

 

 歓声が笑い声に変わるのを聞いた。

 

「す、すまない!……すまない!

 ~~!……失礼した!!」

 

 どちらへ行けば!……あっちか!

 

「ぬぉお……」

 

 あああああ……やってしまった!

 う、嬉しすぎたせいでつい我をわすれてしまった…!

 

 ……イノエラとウェルの名を、

 恥にまみれさせてしまった……!

 

「……ううぅうう!!……恥ずかしい!!」

 

 こ、ここから居なくなりたい!!

そうだ……もう結果は出ているようなものなのだ。

さっさとここから……

 

 

 

「うー……この空気でやるのめちゃくちゃキツいんだけどけど~~!」

 

 ……いや

 

「イノエラさんがまさかあれほどの歌い手だったとは……世界は広いですわね~」

「……いや、逆に燃える!!」

「へ!?」

「フッ……私のバンへの愛は、イノエラちゃんのタマスィーが籠った歌にだって負けやしないのよ……!」

 

 彼女らの歌を聴いてからにするか。

 

 私をイノエラほどではないが美しくしてくれた者たちだからな。聴かずに帰るのは失礼だ。

 

「……さぁ、次の挑戦者は一年生トリオです!!」

「よっしゃあ!……行くわよぉ二人とも!!

 私たちだってオーディエンスをどっかどっか沸かせてやるんだからーー!!」

「お、おーー!!」

 

 

 さて、あの奇妙な出で立ちだ。

 果たして一体どのような歌を歌うのか……気になるところだ。

 

 

 

 

 ──鐘が鳴る。

 

「えぇ~~なんでぇ~~!?」

 

 な!?こ、ここで終わりなのか……

 ここからが盛り上がりそうだったのだが……

 

「もぉ~~二番の歌詞が泣けるのにぃ~~!!」

 

 この三人娘、決して低い実力ではなかった。

 歌その物もまた、何か胸を熱くさせる素晴らしいものだった……このような形で終わってしまうとは。

 

「もっと聴きたかった……電光刑事、バン」

 

 残念だ。

 

「──おぉっと!!ここで新たな挑戦者の登場だ!!」

 

 ん?なんだ三人が最後ではなかっ……

 

「……ッ!!」

 

 な……あの娘はッ!!

 

 

 

 

「──調!ここ空いてるデス!」

 

 ネフィルと別れ、パクパクと食べ歩きつつ人混みの中に隠れて風鳴翼と雪音クリスを追っていた矢先、一人何処かへと向かう風鳴翼を発見したのが、お話の始まり。

 

 そんなカモネギを尾行していたら、なんと続けざまに雪音クリスまでも見つけたのだ。

 そしてそのまま二人と、あと何人かが一緒に向かったのをこれ幸いと後を付けて来たのが、ここ。 

 何やら歌の大会が開かれているらしい会場へと辿り着いたのだった。

 

「やった。よいしょ」

「風鳴翼は……あそこら辺デスね」

「さすが切ちゃん。よく見えるね」

「ふっふ。任務に抜かりはないのデス」

 

 美人潜入捜査官メガネのおかげで、普段より数割り増しに頼もしく見える切ちゃん。……あれ?

 

「はー、いやそれにしてもスゴい人だかりデスねぇ」

「へぇ……」

「? どしたデスか?」

「えっとね。さっきの挑戦者がマリアの曲を歌ってたらしくて、それがスゴい良かった……らしいよ。近くの人が噂してる」

「ほへぇ!!そりゃまぁなんと熱心なファンがいたもんデス!……聞いた話だとマリア関連の歌やら番組やらはこの間の決起の影響でぜーんぶお蔵入りされちゃったとデスよ!?」

「らしいね。……世界に宣戦布告したマリアは、芸能界からはいなかったことにされてる。でも、そんなマリアの歌を好きでいてくれてる人が、ここにも居たんだね」

「……もちっと早くくれば良かったデスね」

「そうだね。 ……どんな人が歌ってたんだろ」

 

 と、切ちゃんと話し込んでいたら。

 

「お、来るみたいデスよ」

「……ごくり」

 

 雪音クリスだ。

 何故か俯いているけど、どうしたんだろ……

 

「中々歌わないデスね」

「演出かな?」

「なるほど」

「ごめん、適当に言った」

「調ぇ……」

「ごめんって」

 

 しかし心配するのも束の間。

 

「──!!」

 

 雪音クリスの、柔らかくも力強い歌声が、会場を一瞬で包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──花畑が見えた。

 

「……これは」

 

 雪音クリス……彼女だ。

 友だろうか、三人の娘たちと手を繋ぎ花畑を駆ける光景が見える。

 

 そこにいる彼女は、とても、とても──

 

「あぁ、そうか…」

 

 美しい、純粋な笑顔だった。

 

 人が、そんな風に笑えるとしたら、それはきっと……

 

「君は"夢"を叶えた喜びを、この歌に乗せているのか……」

 

 

 ……なんて

 

「なんて、楽しそうに歌うのだろう」

 

 あの三人も。

 雪音クリスも。

 

 だから、こんなにも心を動かされる。

 

「………そうか。歌は、勝負するものではないのだな」

 

 

 気づけば、涙が私の頬を伝っていた。

 

 

「……私は、歌に何を乗せていたんだ?」

 

 イノエラの夢を叶えたいという願い。

 ……それだけで良かったのか?

 

「いや……足りなかった」

 

 イノエラとウェルの名を背負い歌うことに酔いがあった私の歌は、果たして人を真に楽しませるものだっただろうか。

 

 あの三人や雪音クリスのように、歌を楽しんでいただろうか。

 

「楽しんでいなかった。

 ……ただ、勝つことにのみこだわっていた」

 

 …………なんということだ。

 

「私は、イノエラの声でなんということを……」

 

 そうだ。

 

「…………はは」

 

 そもそもが間違っていた。

 

「最初から……勝負にすらなっていなかったのか」

 

 許してくれ。

 どうか、許してくれ。

 

 君たちの輝かしいものを、この穢らわしい化物が踏みにじったことを、許してくれ。

 

「…………完敗だ」

 

 私は歌の意味を間違ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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人の心を救うのもまた、人の心だと伝えたかった

 

 

 

 

 

 

「……立花響を探さなければ」

 

 雪音クリスの歌うのを終えた瞬間、拍手喝采が沸き上がるのを尻目に、方向からして外へ続くのだろう、舞台袖から伸びた通路へと向かう。

 

「…………」

 

 ……こんな形で勝利しても、意味はあるが納得がいかない。

 敗北感にうちひしがれたこの意識のまま立花響の心臓を喰らったところで、果たしてウェルの望む『神化』を達せられるのか……その疑問が、私の足を俊に動かす。

 

「ふっ……」

 

 だが、私の意識は澄んでいた。

これ以上ないほどに透明で、余計なものが取り除かれたような感覚を覚えていた。

 それはあの歌が、私に敗北感以上の……そう、イノエラの夢を叶えさせる鍵。"気付き"をくれたからだ。

 

「歌を楽しむ……か」

 

 そうだ。それがなければ真に歌で人の心を動かせるはずはなかったのだ。

 

「イノエラ……君への詫びはこの気付きで賄おう」

 

 君は、歌を楽しむのだ。

 楽しんでこそ、人を楽しませられるのだ。

 

「……もしかしたら、君には不要な情報かもしれないな。君はいつも楽しそうに踊りを練習していたからな」

 

 だが伝えたい。

 伝えたいのだ。

 

 この意識が揺れるほどの感動を、

 大切な君に伝えたいのだ。

 

「思い切り歌ったからか……腹が空いたな」

 

 日の光が見える。

 外へと辿り着いたのだ。

 

「だが、心地いい。

 ……心地いい飢餓感も、あるのだな」

 

 

 

 

 

 

「このりんご飴をくれ」

 

 近くにあった屋台で、イノエラが食べきり損ねたあの食物を見つけた。

 立花響を捜索する前の腹ごしらえとしては最適だろう。よく見ると人の心臓に似ていると言えなくもない外見をしているからな。丁度いい願掛けだ。

 

「はいただい……あれ?」

「む、どうかしたか?」

「あの……もしかしてあなた、

 あの……イノエラさん……ですか?」

 

 突然イノエラの名を出され、警戒体制に入ろうとした瞬間、さっきまでの私の行動を思い出す。

 

「あぁ、そうだが。……もしや君は、さっきまであそこの会場に?」

「……はい!!」

 

 ……そういうことか。

 どうやら私の歌を聴いた者の一人だったらしい。

 

「…………」

 

 ……少し、いやかなり気が引けるが、

 一度ちゃんと、こういう場ではっきり"感想"を訊いた方がいいだろう。……そうしよう。

 

「ではその……あの……どう、だっただろうか。

 イノ、私の……歌は」

 

 たとえそれが、

 

「君の意識(こころ)に……何か、残るものを与えられただろうか?」

 

 どれだけの罵声だったとしても……

 

 

 

「もう……最ッ高でしたよ!!」

 

 ……え?

 

「いやもうマリアが目の前にいるんじゃないかって歌解釈完璧で!『え?マリアいるんだけど』みたいな!? 完璧!!完璧にこれ以上ないってくらいの"ダオブ"でしたよ!!」

「だ、だおぶ??」

「は~~~~~~……っていうか歌ってるときの表情とかあれ初ライブの時のオマージュでしたよね!?イントロから歌い出しにかけての首の角度とかどんだけ鏡見て練習したらできんだよって位バチクソエベレストクオリティだったし後ろにスポットライトの幻覚見えたしもうヤバヤバのヤバソースがけヤバンバ定食一人前っていうか」

「ま、待ってくれ!!情報量が多い!!」

「……ハッ!!

 あ…………す、すいません!!」

 

 な、なんだったのだ……あのバンの娘といい、この娘といい……何が彼女たちをここまで引き上げているというのだ……

 

「あの……ここまで言っちゃったら丸わかりだとおもうんですけど……」

「ん?」

「私、マリアのファンで……」

「あぁ……」

 

 それはまぁ、そうなのだろうな

 

「それで、その……あんなことがあったせいで

ネットでもテレビでもラジオでもめっきりマリアの曲が流れなくなって……グッズも全部回収されて」

 

 イノエラの記憶にも、それに関するものがあった。

 ひどく悲しい思いをしたのだろう。意識の中で泣く彼女を見たのはつい最近のことだった。

 

「……みんなもマリアのこと始めからいなかったみたいに話題にしなくなって……」

「…………」

「すごく、嫌だったんです」

「……嫌、だった?」

「はい……なんでそんな簡単に忘れられるのかって」

「…………そうだな」

「ホントに忘れてるわけじゃないことは、わかります。話題に出さない方がいいことも知ってます。でも……」

 

 

 

「だからって……マリアの、マリアの歌まで否定することないじゃないですかぁ!!」

 

 娘が、泣き出す。

 

「確かにマリアはテロリストだったのかもしれない!!プロフィールも全部嘘で、私たちを騙してたのかもしれない!! でも……でもマリアの歌がくれた感動は!!あの時救われた心は、悪でも嘘でもないでしょぉ!!」

 

 ……吐き出す。

 

「……なんで、なんでみんな、そこまで否定するの……!? 犯罪者の歌なんか聴くなとか、テロリストの片棒を担ぐのかって……そんなの……」

「…………」

「そんなの関係ないじゃん……人が何を好きになったっていいじゃん……何を好きなままでもいいじゃん……」

 

 あぁ、そうか。

 

「好きだって気持ちに……理屈なんかないもん……」

 

 この娘は、マリアの歌という自らの心の柱をずっと、長い間貶められ続けてきたのか……

 

 それは、それはどれ程の苦痛だっただろう。

 どれ程の哀しみだっただろう。

 ……どれ程の、絶望だっただろう。

 

 ……この私に、歌の意味すら解せなかったただの化物に、この娘へ掛けられる言葉など……

 

 

「だから、今日はあなたの歌にとても救われたんです」

 

 …………。

 

「え?」

「あなたが、あんなにも堂々とマリアの歌を歌う姿に、私は救われたんです」

「私の……私の歌に、救われた?」

「はい!!」

 

 ……そんな馬鹿な。

 私の歌にそんな力は!!

 

「私以外に、今でもマリアの歌を好きでいてくれる、あなたのような人がいるんだって! 誰に憚ることなく自分の"好き"を表現する人がいたんだって!

……その事実が、今日までの泣いてるだけの私を救ってくれたんです!!」

 

 ……いや、しかし

 

「だから、ありがとうございました!

 今日のことは、一生忘れません!!

 それだけは伝えたかったんです!!」

「……いいのか?」

「え?」

「こんな、歌を歌とも思わなかった私に、そんな、そんなことを言ってしまって」

「いいに決まってますよ! ……難しいことはわからないですけど、私があなたの歌で救われたことは紛れもない事実なんですから!!」

 

 ……そんな、そんなことを

 私は……私は……

 

「なぁ」

「はい」

「……私は、歌っていいものだったのか?」

「そんな!当たり前じゃないですか!!

「……!?」

「歌を歌うのに、資格なんていらないですよ? ただ心の思うままに、溢れる気持ちを伝えるためにこそ、歌はあると思います。好きな時に好きなだけ、歌いたいときに歌うのが歌です!」

「歌いたいときに…歌うのが、歌」

「はい!!歌う人がどんな気持ちを持っていようと、聴く側はただ、歌われる気持ちの大きさと尊さに、感動するだけなんですから!!」

 

 …………あぁ

 

「そうか……そうか……」

 

 私のこの、歌に対するちっぽけな絶望など、歌を聴いたものにとっては些事でしかなかったのか。

 歌に乗せた心の形に善悪などなかったのか。

 

 ……私は間違ったが、それはイノエラとウェルを傷つけるものでは、なかったのだな。

 

「……ありがとう」

 

 私は、ただの化物ではなかったのだな。

 ……少しマシな、人のために生きられる化物だったのだな。

 

「君に逢えて良かった」

「……こちらこそ!!」

 

 歌う気持ちに善悪はない。

 その歌の本質を定める全ては、ただ歌を聴いた者の受け取り方次第。

 

 ……あぁ、これだ。

 私は今日、この気付きを得るために歌ったのだ。

 

 それがわかったことで、私もまた……

 

「あ、そうだ!

イノエラさん!!」

「ん?」

「こちらりんご飴です!」

「……あ」

 

 そういえば忘れていた。

 私はこれを買いに来たのだった。

 

「すまない、つい話し込んでしまったな」

「いえいえ、こたらこそ色々とお恥ずかしいところを……お恥ずかしいついでに、こちらもどうぞ!」

 

 そう言って、娘が渡してきたのは──

 

「わたあめ……わたあめではないか!」

「はい!!ここはわたあめも売ってます!」

 

 おぉ、それは……ホントにそう書いてあるな。

 あまり看板を見てなかったので見逃していた。

 

「合わせていくらだろうか」

「! そんな!御代は結構です!!」

「……なんと?」

「今日あなたからもらったものを考えたらとても御代をいただこうとは思えませんよ!むしろこちらが払いたいくらいってもんです!!」

「そ……そうなのか?」

「それはもう!」

「……あ、いや。君がそう言うのなら、従おう。

 ありがたく貰う……ぞ?」

「はぁい!さ、どうぞ!!」

「うむ」

 

 改めて、娘からりんご飴とわたあめを受けとる。

 どちらも甘い香りをふんわりと放ち、私の鼻腔をくすぐって止まない。

 そして、それらは娘の横に立て掛けてある他のものたちより数割り増しに大きかった。

 

「ありがとう」

「こちらこそ!」

「……では」

「……あ、すいません最後に一つ!」

「なんだろうか」

「……あの小声ですいません。ちょっと聞いておきたいことがあって……」

「うむ」

「イノエラさんは実際のところ、マリアが本当にテロリストだと思いますか?」

「………むぅ」

 

 これは返しに困る質問だ。

 自らのライブで観客を人質にして立てこもった事実を見れば確かにテロリストだろう。

 しかしその人質をあっさりと解放してしまったところは、どこをどう見てもテロリストのすることではない。

 

 冷徹さと、優しさ。

 マリアには行動原理を一貫させない二面性があるのだ。

 

 ――そしてそれが意味するところは……

 

「テロリストかどうかは分からない。だが何か隠していることがあるのは確かだろう」

「ですよねぇ!!」

 

 どうやらこの娘も同じ考えを持っているようだった。

彼女は目をらんらんと輝かせながら、うんうんと頷き私の手を取る。

 

「やっぱり何か深い事情があるんですよ!!

例えばそう……実はマリアは対テロ組織専門の潜入捜査官で、アーティストになったのもその組織での活動と捜査官としての暗躍を両立させるための……」

 

 ……話が一つどころではなくなってきたのは気のせいだろうか。

 

「……てなわけでマリアは無罪!!

 つまり私たちはなんにも間違っていないのですよ!!」

「……そうだな」

 

 話し終わったか……では今度こそ

 

「イノエラさん」

「……なんだ」

 

 まだなのか……

 

「――また、会えますか?」

 

 いや、最後か。

 

「縁があればな」

「なら会えますね!」

 

 ……言い切ったな。

 だが、なぜだろう。

 私もそんな気がする。

 

「ではな。また……今度」

「……はい!また今度!」

 

 『また後で』は用法が違うと思いなおし、咄嗟に言い換えたが……どうやら正しい去り方をできたようだ。

 

 

 

 

「嬉しい、ありがとう

 また後で、また今度……」

 

 覚えた新しい言葉は……どれも私の意識を温かくさせる物ばかりだ。

 

「そうだ……言葉だけではない。

 私が今日この外の世界で得られたものはたくさんあった」

 

 それに

 

「たくさんの者たちが、私とイノエラによくしてくれた」

 

 ウェル。

 切歌、調。

 うた自慢大会の運営の娘達。

 電光刑事三人娘。

 雪音クリス。

 ……そして、先ほどのマリアの歌に心を捧げた娘。

 

「歌……そうだ、歌とは何か。

その答えを彼女たちはくれたのだ」

 

 あぁなんて、

 

 

 

「――なんて私は、幸福な化物なのだ」

 

 

 

 人ですらない私に、

 彼女たちはたくさんの大切なことを教えてくれた。

 

「私は……何を返せるだろう」

 

 私に"愛"をくれた者たちに、

 何を返せるだろう。

 

「……そうか」

 

 また、

 彼女たちは大切なことを気付かせてくれた。

 

「だから……ウェルたち『フィーネ』は、落ちる月より人類を救おうとするのか!」

 

 自らに"愛"をくれる全ての者を守る。

 そのためにこそ、フロンティアを起動するのか!

 

「なら、初めから答えはあったではないか!」

 

 フロンティアと融合し、人類を救う方舟となることこそネフィル(わたし)の使命だ。

それはつまり、今日わたしが出会った愛すべき者たちを守ること……それと同義だったのだ!!

 

 

 ――そうだ!!

 

 

「私に愛をくれる者たちを守るために、私に意思が芽生えたのだ!」

 

 

 

 

 

 答えを、得た。

 

 

「もはや……平和的解決などと悠長なことは言わん」

 

 

 やるべきことは、ただ一つ。

 

 

「問答無用だ。尋常なる勝負で以って、決着を付けよう」

 

 

 ――立花響。

 

 

「君を倒し、その心臓を喰らうぞ。

君たち愛すべき人類を……救うために」

 

 

 

 

 君の歌を、聴きに行く。

 

 



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そんな優しい君が好きになったと伝えたかった

 

 

 

 

 

 

 

 雪音クリスの歌に聞き惚れてしまったその後。

大会の優勝者に与えられる『どんな望みも叶える権利』を得るため、私は切ちゃんと一緒に得意なツヴァイウィングの"ORBITAL BEAT"を聴衆の前で披露したのだった。

 

 しかし歌い終わった後、その結果を伝えられる直前、マムからアジトが米国政府に特定されたことを伝えられ、とても惜しいけれど、知られてしまったアジトを放棄して別の場所に移動するというマムの命令に従い撤退。

 

 ……するはずだったのだけど。

 

 

「――切歌ちゃんと調ちゃん……だよね?」

 

 なんと、挟み撃ちされてしまった。

 

 前方を立花響と雪音クリス。

 後方を風鳴翼。

 

「(これは……)」

「(どうしたもんかデス……!)」

 

 このまま手を拱いていたら、マムとマリアのところに戻るどころじゃなく……この人たちの作戦拠点に連行されてしまうのが関の山だろう。

 

 どうすればこの状況を打破できるのか……

 

 ――ヒントを探して周囲を見渡す。

 

 ……あった。

 

『日本の国家機密であるシンフォギア装者の正体であるあなたたちがここで戦えば、きっと得る物より失うものの方が多いぞ』

 

 こう言ってしまえば、きっと人のいい甘ちゃんなこの人たちなら……

 

 

「三対二、数の上ではそちらに分がある……でも」

 

 

 

 

 

 

「いや、三対三だぞ」

 

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 

 突然、あらぬ方向から思いもよらない人物の声が放たれた。

 

「……あむ」

 

 りんご飴とわたあめを頬張りながらやってくる、その人物の名は……

 

「……ネフィル!?」

「んっく、うむ。また会えたな!」 

 

 なんでここに!……って、いても何もおかしくないよね。

だってさっきまで一緒にいたんだし……それに、きっと一緒にいた時のように、ここで食べ歩きながらこの立花響を探してたんだろう。だからこんなにも場の空気になじみ切った姿をしているんだ。

 

「切歌よ、君がイノエラに勧めていたこの二つ、改めて食べてみたらどちらもとても美味だった。ありがとう」

「は……はぁ。

 それは何よりデス……けど」

 

 い、今それを言うんだ……

しかもあっという間に食べきってるし

 

「……なぁ、コイツって……」

「あぁ……先の廃病院で相対した……ネフィリムの融合症例と名乗った、あの金眼の少女だろう。

少し印象が違うが、同じ面影だ」

「(わぁ……かわいい髪型に服……ネフィルちゃんってオシャレさんだったんだぁ……)」

「……なぁ」

「ひゃいッ!?」

「どうしたんだよ……いつにも増して顔面のアホが爆発してんぞ?」

「ななな、なんでもないよぉ!?

決してネフィルちゃんが可愛いとかそんなことは決して」

「……可愛い?私が?」

「はわッ!?」

「…………お前さぁ……」

「ふふふ……君という第三者が同じように感じられたということは、やはりこの私の姿は人間の一般的な美しさに適った姿だというわけか……ありがとう」

「あ、ど、どうも?」

「いやお前らさぁ!?」

 

 

「…………ッ」

 

 こんな時でもおちゃらけて…… 

 だからあんな呑気なセリフを、命がけの戦の最中に言えてしまうんだ。

 こんな人が、人類を月の欠片の落下より救っただなんて……

 

 

 

「――お前たちは、何をしにこのリディアンへ足を踏み入れたのだ」

「!」

 

 シンフォギアを持つ私たちにそぐわない変な空気になっていたのも束の間、風鳴翼が口火を切った。

 

「答えよ!」

 

私たちがここに来た理由……それは……

 

 

「……決まっているとも、風鳴翼」

 

 ネフィルが、立花響を見る。

 

「立花響……彼女の心臓を、喰べに来た」

「……ッ!!」

 

 ネフィルの告白に、立花響からはさっきまでの少し気の抜けたような感じは消え、本気の瞳になる。

 

「ま……そんなとこだろーな」

「まさかこうして白昼堂々現れるとは思わなかったがな」

「む、別に私は不意打ちが好きなわけではないぞ。

 この間は偶々ああいう狭く暗い環境だったがゆえに不意打つ形になってしまっただけだ」

「!……あぁいや、不意打ちを責める意図はなかった。

 単純に貴殿とこのような場で逢うのが意外だっただけだ」

「……そうか。早合点だったな。すまない」

「(だから真面目かッ!?)」

「……ネフィルちゃん」

「む?」 

 

 立花響が、少し逡巡したように、緩やかに語り始める。

 

「…………ネフィルちゃん、わたしは」

「戦わないとは言わせんぞ」

 

 ネフィルは、それを最後まで聞くことなく的を射ったように回答した。

 

「!」

「そして、君が私にくれようとするだろう心臓以外の全てを、拒否する」

 

 この期に及んでまだ話し合いなんて甘い考えを振りかざそうとする立花響に、ネフィルの先制が効いた。

そう、私たちが望むのはネフィリムの融合症例としての力を高めるその心臓とシンフォギアのペンダントのみ。他の何を貰ったって大して意味はない。

 

「……立花響」

「え?」

「私は……君が嫌いじゃない」

「……えぇ!?」

「あらゆるものに愛を与えられる君の信念を理解できた今の私は、とても君が輝いて見える」

 

 そう強く言い切るネフィルに、途端に押し黙る立花響。

何かを言いたそうに、口をぱくぱくと震わせている。

 

「……君の、たとえ相手が敵であろうと決して敬意と親愛を以って臨むことを忘れないその"意思"は……とても、とても貴いものだ」

「……?」

「私個人としては、君が私たちのためにもその意思で以って対話してくれることを、心から感謝している……だが」

 

 ネフィルは立花響の手を握り、微笑む。

 

 

「それでも私たちには、君の心臓だけが未来なのだ」

 

 

 ……ネフィルの姿は、まるで聖人に祈る信徒のように、深い敬意に包まれていた。

 

「ゆえに、我らは戦わねばならない。

尋常に、正々堂々と、己の全てを掛けて。

どちらが真に強い信念を胸に燃やしているかを、確かめるために」

 

 ……ネフィル以外の誰もが、言葉を噤む。

ネフィルの声が、姿勢が、あまりにも……そう。

 

あまりにも立花響に対して真摯だったからだ。

立花響の生き方を決して嘲笑も貶めもせず、どこまでも誠実に対話しているからだ。

 

「……立花響」

 

 最後の一押しとばかりに、ネフィルが言葉を紡ぐ。

 

「戦うのは、私も嫌だった」

「……なら!!」

「だが、戦わなければ守れないものがあると理解した!」

 

 紡ぐ。

 

「私は化物だ」

「……」

「私は同胞たる聖遺物を喰らい続けなければ、理性という意識を失い惑乱する、人に害なす化物だ」

「……違うよ」

「事実だ。実際に君を……私のとても大切な友までも私のせいで苦しんでいる」

「…………。」

「立花響、君は……何のために、戦う」

 

 俯いていた立花響は顔を少し上げ、ネフィルの方を見、答えた。

 

「"人助け"だよ。……困ってる人がいたら、ほっとけないから!」

「……!」

「それと……みんなの居場所(ひだまり)を守ること!

 誰だって帰る場所と、そこで待つ人がいる。

 そんな当たり前な当たり前を守りたいから、わたしはシンフォギアを纏って歌うんだ!!」

 

 きっぱりと、答えた。

 

 あまりにも、見ていられないほどの――

 

「なんという……綺麗ごとデスかッ!」

「切ちゃん」

「そんなこと言うようなヤツが、なんで――!!」

「切ちゃんッ!!」

 

 飛び出そうとする切ちゃんを寸でのところで抑える。

 

「調ッ!!」 

「ここは、ネフィルに任せよう」

「!!」

「それからでも遅くない」

 

 私だって、ホントは飛び出してあの女に問いただしてやりたい。 

 

―――『だったらなんで人類を救う邪魔をするのか』って

 

 月の落下から人類を救うために、人類全体の当たり前の幸福を守るために戦う私たちを邪魔するのかって!!

 

「……そうか」

 

 でも、ここでそんな立花響に物申せるのは詰問したネフィルだけ。

 ………さぁ、どうするの? ……ネフィル。

 

 

 

「――ふふ、ふふふ」

 

 

 ……笑っ……た?

 

「……っはっはっはっはっは!!」

 

 ネフィルは、笑う。

 鈴を鳴らしたように、

 小さい子供が好きなアニメを見て笑うように。

 

「……ね、ネフィルちゃん?」

「くっふふふ……ははは!」

「わたしそんな、爆笑しちゃうようなこと言ったかなぁ!?」

「……いや、いや!

 違うんだ!これは! ……!

 ふぅ……嬉しいからなのだ」

「え?」

 

 笑い涙を湛える目をこすりながら、続けざまにネフィルが言う。

 

「君が、今日私が出会ってきた優しい人間たちと同じ優しさを持っていたことが、嬉しくて笑ってしまったのだ!」

 

 …………。

 

「「……はい?」」

 

 切ちゃんと、全く同じタイミングで頭に疑問符が浮かぶ。

 

「……今日ここに来て、私はたくさんの、君のような人間たちの、当たり前にあった優しさに触れた」

 

 ネフィルは、握っていた立花響の手を、優しく胸元で抱く。

 

「こんな私にも仲間だと言ってくれた娘がいた。」

 

 切ちゃんが、ハッとした顔でネフィルを見やる。

 

「この髪を結ってくれた者たちがいた。

 私と遭えて良かったと言ってくれた娘がいた。

 こんな私にも……いたのだ。そんな、優しい人間たちが」

 

 風鳴翼と雪音クリスが、互いに悲痛な面持ちを見せる。

 立花響は……口を開けて、ネフィルの言葉に聞き入っていた。

 

「そして……そんな彼ら彼女らに、とてつもない大災厄が迫りつつある」

「……大災厄?」

「あぁ……ここでは言えないがな」

 

 ……月の落下。

 私たち『フィーネ』は、フロンティアで以ってその災厄から人類を救うために活動している。

 

 その目的を、災厄から自分たちだけ逃げようとする者たちの息が掛かった組織にいるこの人たちに話すわけにはいかない。……絶対に、今以上の力で弾圧しようとしてくるに決まっているから。

 

「その大災厄から、私は私に優しさをくれる君たち人類を救いたい。

 何があろうと、護りたい……そのためには!」

 

 

 ――そして、ネフィルは

 

 

「私は君の心臓を喰らい『真の融合症例』へと神化し、全人類を守護する究極の力を得ることが必至なのだ!!」

 

 真っすぐに、一直線に、

 

「……もう一度言う!

 当たり前の優しさを以って……私を思ってくれた君の……君の心臓をこそ喰べたい!立花響!!」

「!!!」

 

 ――言い切った。

 ネフィルは、自分の意思を……伝えきったのだ。

 

「……ネフィル」

 

 ……あなたは……どうしてそんなにも純粋で、真っすぐに人を見据えられるの……?

 

 

 

 

 

「………わかった」

「「「「!!」」」」

「ネフィルちゃん……君と、戦う!」

 

 立花響が、ネフィルの意思に応える。

 

「――翼さん!」

「異論はない。

 ……ここまで言われて退き下がるなど、風鳴翼が許せるはずもない」

「クリスちゃん!」

「決める前に訊けっつーの……

 ……ハァ、あたしは一向に構わねーよ。

 お前がちゃんと自分の意思で決めたんだろーからな」

「……二人とも、ありがと!!」

「応!」

「へへ」

 

 向こうの意見は既に纏まっているようだ。

 

「――切歌、調」

「やるデスかッ!!」

「……当然!」

 

 そしてそれは、こちらも同じ!

 

 

 

「「「お前たち三人に、然るべき決闘を申し込む!!」」」

 

 

 ――さあ!

 

 

「君の意思と私の意思、どちらが人類を救うに相応しいか……」

 

「いざ尋常に」

 

「……勝負デス!!」

 

 

 



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人の感情は燃える炎のようだと伝えたかった

 

 

 

 

 

 

 

 一陣の風が吹く。

 

「……決闘」

「古きゆかしき……ってやつか?」

「なるほど、解りやすい。

 きょうび珍しい程の潔さだ。お前たち」

 

「もう、マリアが戦わなくてもいいように」

「大切な人たちを、守るために!」

「決着を着けよう。親愛なる立花響とその仲間たちよ」

 

 もう後には引けない、引かない。

 人類を守るに相応しいのは、私たちだ!!

 

《──あなたたち!!

 何をしているのですか!!》

 

「「!!」」

 

 マムだ。

 マムからの通信だ。

 焦燥と怒りの籠った、マムの声だ。

 

「待ってください!!

私たちこれからペンダントと立花響を──」

《捨て置きなさい!!

 ……早くこちらに帰投するのです!!》

「……ッ!!」

 

 マムの言うことはもっともだ。

 ……そもそもとして、現在私たちはアジトの場所を知られてしまって他の何処かへと居を移さなくてはならない状況にある。

 むしろこの瞬間までここに留まっていたことの方が問題だった。

 

「ここまで来て、デスか」

「仕方ないよ」

「……む」

 

 ネフィルが何かを察したように切ちゃんと私を見る。……この様子だと、もしかしたら今の通信を聞いていたのかもしれない。

 

「立花響!……手を出してくれ」

 

 そんなネフィルが突然、立花響に呼び掛ける。

 

「? ほいっ」

「これを渡しておく」

 

 そう言ってネフィルが手渡したのは、

少し前に私があげた『栄養剤』だった。

 

「なんだそりゃ」

「薬か?」

「あの、ネフィルちゃんこれ」  

「悪いが急用だ!」

 

 ネフィルがそう叫んだ、次の瞬間──

 

「のをッ!?」

「きゃ!?」

 

 切ちゃんと私は、まるで麻袋でも担ぐようにネフィルに抱えられていた!

 

「「うわぁあああああッ!?」」

 

 そしてそのまま、ここの玄関扉の上までひとっ跳び。

こ……これは…………

 

「!!」

 

 そうだ。

 

 忘れていた。

 

 ネフィルは……イノエラは、聖遺物ネフィリムと人間の融合症例。

 つまりは、見えないシンフォギアを纏っているといっても過言じゃない身体能力を、生まれながらに持っているんだ……

 

「決闘は夜にしよう」

「待ッ……何だと?」

 

 走って来た立花響たち三人。

 目線の関係でいつも彼女らを見上げてばかりだった私でも、この高いところで抱えられた状態なら見下ろせる。……少し、嬉しい。お腹苦しいけど。

 

「おいてめぇら!!

あそこまで言っといて逃げんのかよッ!!」

「急用だと言った!

 逃げる位なら啖呵など切らん」

 

 吠える雪音クリスをネフィルは両断。

 「ぐぅ」と言って黙る。

 ……ネフィルの言葉って切れ味が鋭いね。

 

「ネフィルちゃん!これは!?」

「それは担保だ。

 決闘の(とき)まで預けておく!」

「今夜か……何処で致すつもりだ」

「こちらから伝える。

 連絡先は……」

「――ばがばかばか!!何考えてんデスか!?」

「揺らすな」

「居場所を常に探知されちゃうかもしれないようなもの教えてどうすんデスか!?個人情報は他人にアンイに教えちゃメメメのメッ!なのデスよ!!」

「さすが切ちゃん、常識がある」

「マムが言ってたのデス!!」

「……『マム』ってだれ?」

「あっ」

 

 切ちゃん……

 

「(知ってっか?)」

「(いや。……まさか失踪したF.I.S.の者の一人か……?)」

「……とにかく!

 決闘の連絡は何かしら考えておく!必ず三人で来い!」

「ねぇマムってだ」

「いいな!!」

「――あハイッ!!」

「よし、また逢おう!!……さらばだ!!」

 

 再び飛翔。

 街頭、電柱、どこかのお店の看板などなど。

 まるでジャングルにでも住んでいたのではという軽やかすぎるアクションでアジトへと奔るネフィルと抱えられる私たち。

 

 さて……決闘……一体これから、私たちはどうなるんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セレナ……」

 

―――また、割れたペンダントを指でなぞる。

 

 何度目だろう。

 こうして『あの歌』を口ずさみながら、あなたとの最後の瞬間を思い出すのは。

 

「…………」

 

 

 

 あの日。セレナが死んだあの日。

 

 旧F.I.S.の敢行した、"歌を介さない"非アウフヴァッヘン波環境下での聖遺物起動実験は、第一種適合者一名の死亡という惨劇により幕を下ろした。

 

 その第一種適合者こそ……私の妹、『セレナ・カデンツァヴナ・イヴ』。

 

 暴走した聖遺物を止めるため、纏った純白のシンフォギアを以って放たれた……奥の手、『絶唱』。

その特性により、セレナは暴走状態にあった聖遺物を『胎児』と呼ばれる形態に戻すことで被害を食い止めたのだった。

 

――しかし、力あるものには必ず代償が伴う。

 

 シンフォギアの持つ決戦機能……『絶唱』は、歌うことであらゆる兵器、あらゆる武力を凌駕した絶大な力を発揮する。……だが、使用者に降りかかる負荷もまた絶大。

 

 文字通り、肉体を内側から磨り潰される程の衝撃が装者を襲う。

 

 ………そして絶唱を使ったセレナも……

 

「……くッ」

 

 残ったのは、この割れたペンダント。

 本当の持ち主は、もういない。帰ってこない。

 

 ……だが、セレナではない、帰ってくるはずがないと思っていたものが帰ってきた。

 

 セレナの死の原因の一つ……起動実験の対象だった完全聖遺物、ネフィリム。

その細胞と、()()()()()()の遺伝子を掛け合わせ生まれたとされる……人造の融合症例、"イノエラ"は、ウェルの開発した特殊LiNKERの作用により体内のネフィリム遺伝子に意思を持たされてしまった。

 

その名は、ネフィル。

正しく、聖遺物ネフィリムの意思だ。

 

 

――『彼女こそ、セレナの仇と言える存在ではないか』

 

 ふとそんな考えが過ってしまった瞬間、私は最早、彼女を仲間として見ることができなくなった。

 

「……イノエラのままで、いてほしかった」

 

 わかっている。それは叶わぬ願いだ。

 月の落下から人類を救う方舟、フロンティアの完全な制御には、ネフィルという意思がフロンティアと融合しなければほぼ不可能であること。

 

 私は……あの子の守りたかったものを守るために、あの子の仇を守らなくてはならない。

 

「そのためのガングニールだというなら……!」

 

 

 転機が訪れたのは、ある夏の日だった。

 

 このマリア・カデンツァヴナ・イヴも、微弱ながらある聖遺物との適合性があることが判明したのだ。

 

 聖遺物の名は『ガングニール』。

 

 北欧の伝承にて伝わる大いなる神が振るったとされる必中の槍。

 

 『なぜ自分が』

 

 その答えを探す間もなく、私を待ち受けていたのは戦闘訓練の日々。

 

 何度、逃げ出したいと思っただろう。

 

 何度、死んでしまいたいと思っただろう。

 

「あの苦しみの果てが……これなのか!!」

 

 ひび割れていない、首のペンダントを振りかぶる。

 

 ――だが。

 

「……!!」

 

 ……そうするたびに、『あの歌』を歌うセレナの声が響いてくるのだ。

 

「……わかってる。わかってるのよ」

 

 セレナは、私に『戦え』と歌い続ける。

 

 『今を生きるために、自分と戦え』と歌い続ける。

 

 

 

「セレナ……わたし、あなたのように……もっと、強くなってみせる」

 

 

 あなたの為にも。

 

 人類の為にも。

 

 もう……あの、ウェルが炭に還した少年たちのような者を、生まないためにも。

 

 

《――間もなくランデブーポイントに到着します。いいですか?》

「オーケー、マム」

 

 

 また、戦いが始まる。

 

 この身を焦がす、あの日の炎を、燻ぶらせぬように。 

 

 



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大切な者のために戦う自分が負けるはずはないと伝えたかった

 

 

 

 

 

「決闘などと……勝手なことをッ!!」

 

 エアキャリアに帰投した調、切歌、そしてネフィルから伝えられたのは……なんと今夜、立花響の心臓を懸けて決闘を行うという、常軌を逸したものだった。

 

「……あなたたち!! 

私たちのやっていることは遊びではないのですよ!!」

「デスがマム!!」

 

 口答えする切歌に、マムの平手が飛ぶ。

 

「……!?」

 

 ――が、

 

「遊びで決闘はしない」

 

 その一撃を頬に受けたのは切歌でも、ましてや調でもなかった。

 

「ネフィル……なんで!?」

「決闘を提案したのは私だ。この二人はあの三人をその気にさせるために、私の口車に付き合ってくれただけだ」

 

 叩かれた頬を擦りもせずに言い切るネフィル。

 見ていて痛々しいとは微塵も感じさせない程、その瞳には確固たる意思が見えた。

 

「その辺にしませんか、ナスターシャ先生?

 ネフィルもこう言っていることですし」

 

 横から口を挟んだのは、何やら薬品の入ったいつも私たちが使うものとは毛色の違う、黒い、拳銃大の注射器を、その手で撫で回すように弄びながらニヤニヤと嗤っているウェル。

 

 あまりにも不気味が過ぎるその表情に、調も切歌も怯えたように顔を顰める。

 

「それに、まだ取り返しのつかない状況でもありませんよ。 アジトは抑えられましたが……大した問題じゃあない」

「……どういうこと?」

 

 調がウェルに問いかける。

 

「その決闘とやらでこのネフィルが立花響を降し、ガングニールと融合した彼女の覚醒心臓を喰らえば……たちまちフロンティアを完全支配する条件は整います!!

 最早何処かに身を潜める必要すらない!!」

 

 ……確かにその通りだ。

 可能性としては、今夜立花響を倒せば私たちの計画遂行に際した全ての条件は揃うことになる。

 なるのだが……まだ神獣鏡によるフロンティアの封印解除実験も済んでいないのに、この自身はなんだ?

 

「ウェルよ、では」

「ハァイッ!!むしろ結構!!大いに結構!!じゃんッじゃんデュエっちゃってくださいッ!!そして勝つんです!! (人類)の為にッ!!」

「うむ! そう言ってくれると信じていた!」

「フハッ!!……ですが、条件を一つ設けます」

「む?」

「決闘に臨むのは、僕とネフィル二人だけです」

「「!?」」

 

 調と切歌が目を見開く。

 

「なんでデスか!!」

「あの三人と、あなたたち二人だけでやるっていうの!?」

「勿論! 勝算はありますよ!!

 ここにたっぷりと!!」

 

 ウェルは弄んでいた注射器を、人差し指を軸に回転させる。まるでこれが勝算だとでも言うように。

 

「でも……ネフィル……」

「(そういうことか)……気持ちは嬉しいが、切歌。

 立花響の心臓を巡る問題は、私とイノエラが中心だ。

 ここは任せてくれないだろうか」

「そう。君たちが決闘に参加する意義はありません」

「あんたは黙ってろ!!」

「おぉ怖!」

「……ねぇ」

「どうした?」

「もしかして、切ちゃんと私がいたら、邪魔?」

「……邪魔、ではない。決して。

 二人がいてくれたらとても心強い。それは本当だ」

「なら!」

 

 問い詰める調に、ネフィルは握った両手を胸に当て、二人に向け強く思い宣う。

 

「……決して二人が足手まといだからという理由でこう言っているわけではない。

 ただ、私自身の力だけであの三人に勝ち、立花響の心臓を喰らわねば……真に人類を救う資格を得られないような気がするのだ」

「…………ネフィル」

「そ、そんな顔をしないでくれ! 負けないぞ私は!!

 なにせ、二人が共に戦うと言ってくれた時、みるみる力が湧いてくるのを感じたしな!

 そうだ! 今日二人が私にしてくれたこと、言ってくれた言葉……その全てが、今の私の力なのだ!!」

「ネフィル……」

「ネフィルぅ……!」

「私は大丈夫だ!

 二人の熱い気持ちはしっかりと」

 

 胸に当てていたそのマネキンよりも艶やかで線の細い両手で、ネフィルは、二人の手を取り、自身の胸元に宛がう。

 

「ここに仕舞っておくぞ!」

 

 花が咲いたような、ネフィルの朗らかな笑み。

 

 今にも泣きだしそうな二人が、ネフィルを抱きしめる。

 そんな二人にネフィルはどうしたものかと顔をほのりと赤らめてたじろぐいだ。

 

「(……どうなのかしらね)」

 

 この光景だけ見れば、ただ心温まる情景だろう。

 

――しかしこのネフィルが決闘に臨むのは、あの虹の如き輝きの『絶唱の三重奏』。

それを放った立花響、風鳴翼、雪音クリスの三人の装者たち。

 

 果たして、雌雄を決するのはどちらなのか。

 

 ……まるで想像もつかないというのが、正直な私の思いだった。

 

「…………そうですか」

 

 マムは、少しばかりネフィルを見つめた後、車椅子を反転させてキャリアに向け駆動させた。

 

「戻りますよ、あなた達。

 ここに長居することはできません」

「「はい……」」

「ではドクター、ネフィル。……ご武運を」

「こちらこそ、後の準備をよろしくお願いします。ナスターシャ先生」

 

 沈んだ声で返事する調と切歌。

二人とマムがキャリアへと戻っていく。

 

「……ククク、どうしたんですフィーネ。

 あなたも観客席に戻っては如何ですか?」

 

 そう言って嫌らしいだ笑みでこちらを見送るウェル。

 この男がこういう顔をするときは、決まって何かをやらかす時だ。

 

 ……少し、釘を刺しておかねば。

 

「ドクター。一応訊いておくけれど、万が一そのネフィルに何かあった時の策はあるんでしょうね?」 

「……ほう?」

「世界を敵に回している以上、どんな些細な綻びでも全てを台無しにしてしまうリスクとなり得るのよ。

 何かあってからじゃ遅い……可能性は全て、検討しておくべきだわ」

 

 この男が、私欲に走って私たちを裏切るという可能性を……ね。

 

「………ハァ~~~~ッ」

 

 わざとらしく深いため息を吐くウェル。

 

「涙がちょちょぎれそうですよ……僕ってここまで信用ないですかフィーネ?

 僕たち、これで結構長い付き合いだと思ってたんだけどなぁ……どう思います?ネフィル」

「普段の行いだろう。私から見てもとてもふざけているからな、お前は」

「わぁ、正直ぃ~~」

 

 ……そうか、"櫻井了子"であったフィーネのことを……

 

「……ま、いいですけど。貴女の言うことは至極もっともで当然の懸念です。

 ですがご安心ください。このネフィルが負けることなど、ひゃくッ!パーッ!セントあり得ませんから」

「……どういう意味?」

「そのままの意味ですとも!

 むしろ負ける方法を教えてほしいくらいに、勝算しかないッ!!

 そう!……この、"G-LiNKER Ver2.0"がある限りッ!!」

 

 気色の悪い笑い声を上げながら天に上げるのは、ここに来てからずっと彼の手元にあった注射器。

 

「LiNKER……その、黒いのがか?」

「そうともネフィルッ!!……これこそは、君を神化へと至らしめる立花響の心臓という、最後の晩餐を引き立たせる正に食前酒ッ!!あの時よりも更に上の次元へと、君を導くのですッ!!」

 

 体全体をくるくると回転させながら、ウェルは、ひどく、酷く上機嫌に、そのLiNKERの特性を語り始める。

 

「この前とは違う……兼ねてより、ソロモンの杖に付着していたごくごく微量の組成成分を抽出し、そして凝縮させた!……ある聖遺物たちの、力の残滓!!」

「聖遺物?……新しい奴か!」

「新しい……とも言えますし、実はもっと前からあったとも言える……そう!!」

 

 ウェルは新しいオモチャを貰った子供のように飛び上がり、そして、『その名』を叫んだ

 

 

 

「『ネフシュタンの鎧』と『聖剣デュランダル』!!

 その二種の聖遺物の力を!!

 このLiNKERは配合しているのですッッ!!」

 

 

 勝算の名を、叫んだ。



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護りたいから強くなれると伝えたかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ネフシュタンに……デュランダルですって!?」

 

 『ネフシュタンの鎧』

 それは数ヶ月前のルナ・アタックに於いて、櫻井了子《フィーネ》が自身と融合させた完全聖遺物の名。

 

 その特性は、『再生』。

 どれ程の攻撃を加えられようと、たちどころに自己修復する不滅の鎧。

 ……しかし、その再生は纏う者の肉体を巻き込み、やがては鎧と同化してしまうというリスクもあった。

 

 ルナ・アタックの直前、フィーネはその特性に目をつけ、米国政府の追っ手から逃れるため自らその鎧と融合。特性である再生能力をその身に宿したことで、聖遺物に依らない通常兵装による攻撃を実質無効果させる力を得たという。

 

 完全聖遺物『デュランダル』 特性は『不滅不朽』。

 刀身より無限のエネルギーを放出する欧州より出土した大帝の聖剣。

 フィーネが月を穿つ為に建造した、超弩級砲塔……

『カ・ディンギル』の動力炉として利用されたが、最終的には立花響たち三人の装者の手に渡り、彼女らの放った一閃がフィーネを自ら取り込んだネフシュタンと共にその身を塵と還した……ということが、この計画を始動する前に目を通したルナ・アタックの資料に記載されていた。

 

「そう!!公的には消滅したとされる

 二振りの完全聖遺物……

 しかし残っていたのですよ。

 同じくフィーネの元にあった

 この、ソロモンの杖に!!

 その僅かばかりの成分が!!」

 

 ウェルは傍らにて立っていたネフィルを左手で抱き上げ、右手でソロモンの杖を天高く掲げる。

 

「使えるものは全て使う!!

 そう!!LiNKERへとッ!!

 あらゆる聖遺物を喰らい超越する

 このネフィルにこそ!!

 僕の造った至高のLiNKERが相応しいッ!

 ……そうは思いませんかフィーネ!?」

「…………」 

 

 さて。フィーネとして、どう答えたらいいものか……

 

 この男には、私が再誕したフィーネであると信じこませているけど……この男、天才的頭脳の持ち主であることは覆しようのない事実だ。恐らくはもう勘づいているだろう。

 

 私が、再誕したフィーネではないことに。

 

 ……だからとて、ただのマリアとして振る舞うことはできない。私がフィーネであるという前提があるからこそ、副作用の少ない高精度LiNKERをただ一人で製造できるこの男を計画に乗せられたのだから。

 

 ならば、

 

「……あの三人に勝てるのならなんでもいい。

 たとえこの私の不覚を遣おうともね」

 

 こう言う他ない。

 

「流石は永遠の刹那に生きる戴きの巫女!!

 大した器ですよ!!」

「…………戻るわ。後はよろしく」

 

 もう、ここにいる意味もない。戻ろう、(キャリア)に。

 あぁ、早くマムたちの顔が見たい……

 

 

「マリア」

 

 足が止まる。

 

「何の用かしら……ネフィ――」

 

 振り向き、赤と金の瞳の少女を見ると……

 

「この服は返しておく」

 

 いつの間に着替えたのか、白いポンチョ型のケーシを羽織っていたネフィルが、綺麗にたたまれた私のお古を差し出してきた。

 

「……どうも」

 

 元々は、私がネフィルではなくイノエラにあげたもの。

イノエラと肉体を共有するネフィルも、そのままそれを着ていた事実を今更認識する。

 

「……………」

 

 正直言って、その事実は不愉快だった。

 

 あの時自分が着ていた服をネフィル(セレナの仇)に着られていたという事実に。

 

「それと……もう一ついいだろうか」

 

 その眼差しは、真っ直ぐ私の方に向いていた。

 

「……何?」

 

 右目の赤と、左目の金の瞳。

 その美しさが、不愉快だった。

 

「──今日、

 君のファンだという娘に出逢った」

 

「………………?」

 

 

 意味が解らなかった。

 

 

「何ですって?」

「アーティストである君の、

『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』の

 ファンだという娘に出逢ったのだ」

 

 ……こんな時に、何を思ってそんな報告をするのか。

 まるで理解できなかった。

 

「それが何?」

「いや、大したことではない。

 今のうちに伝えておきたいことを

 言っておくべきだと思ったのだ。

 ……そういえば、

 イノエラを通さずに面と向かって君と

 会話するのは初めてだった気がするな」

 

 それは私が、意識的に避けてたから……セレナを思い出さないように。

 お前を見ると、お前が死に追いやった妹との想い出が……甦ってくるから。

 

「ゆえにここできちんと伝えておく」

 

 私は、無言を貫いたまま、

 

「…………君は」

 

 ネフィルの言に耳を傾ける。

 

 

 

「君は本当に、凄い女だな!!」

 

 

 ………………。

 

「………………は!?」

「いや本当に凄い!!

 あそこまで他の人間を

 夢中にさせることが

 できるとは!!」

 

 

 やめろ

 

 

「その娘は君の歌う姿に

 心救われたと言っていた!

 君の歌がくれた感動があったから、

 辛いことを乗り越えられたと

 言っていた!!」

 

 

 そんな目で見るな

 

「……私は感服した!!

 とても!!

 とても感服したぞマリア!!」

 

 

 調の、

 切歌の

 

 セレナのような目で、私を見るな!!

 

 

「―――ッ!!」

 

 

 セレナを、殺したくせに

 

 

「私は君を、心の底から尊敬する!!」

 

 

 私の、たった一人の家族を、殺したくせに!!

 

 

 

 化物が、ただの少女のように振舞うなッ!!

 

 

 

「だからこの決闘が終わったら、どうか……

 どうかイノエラと私に歌を教えてほしい!!」

 

 

――姉さん、私にももっと歌を教えてよ。

 

 

「……ッ!!」

 

 

――わたしも、姉さんみたいにみんなを喜ばせる歌を、歌えるようになりたい!

  だから教えて!マリア姉さん!! 

 

 

「…………なんでよ」

「ん?」

「なんで……なのよ」

 

 

 なんで……

 

 

「……私を、ただのアイドルの

 ように見られるのよ……」

 

 

 もっと

 もっと他に訊くべきものがあったはずなのに。

 この化物の性根を問いただせるものがあったはずなのに。

 

 咄嗟に口をついて出た疑問は……それだった。

 

 

「決まっているだろう」

 

 

 

 

「君が人を笑顔にできる、

 他者を勇気づけられる

 本物のアーティストだからだ。

 イノエラが憧れた、

 努力と根性のアイドル……

 ……マリアだからだ!!」

 

 

 

 

 

 気がつけば、私は走っていた。

 

 

「――マリア!?」

「遅かったね……どうかした?」

 

 キャリアに着いて、調と切歌、マムのもとにたどり着いた瞬間、へたり込んでいた。

 

「……なんでもないわ」

「なんでもない人間が……

 そんな今にも泣きだしそうな

 顔はしません」

 

 調と切歌は、私に寄り添う。

 

「ドクターに何か言われたの?」

「ううん……」

「じゃあ何があったデスか?」

「…………」

 

 何があった……か。 

 

 ただ……自分が何者なのか

 何をすればいいのか、それがこんがらがって分からなくなって……

 

 

 

「ネフィルを……」

「「?」」

「二人は、ネフィルをどう思っているの?」

「どうって……」

「人類を救う同志デェス!!」

「……そう」

 

 

 私も、そんな風に思える人間だったのなら……きっと、もっとちゃんと……

 

 

()()()()

 

 

 一瞬、マムが誰が呼んだのか、わからなかった。

 

 

「……なに?」

「あの子は、ネフィルは

 あのネフィリムではありません」

「……………」

「割り切れ、とまでは言いません。

 ただ、私たちと共に戦うあの子に、

 あの事故の責任などないということ

 だけは……覚えておきなさい」

 

「…………えぇ」

 

 

 今の私はフィーネ。

 

 『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』としての感情は、捨てなければならない。

 

 それが、たとえこの身を引き裂くようなことだとしても……

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、エサも撒いたことだし。

 そろそろ来る頃合いかな……」

 

 

 ソロモンの杖より放たれたるは、無数のノイズ。その大群。

 

 

「どうですネフィル……

 このノイズたちこそ、僕らを崇め、

 奉り、護るためにある正に騎士団!!

 気分が盛り上がるでしょう?」

「…………」

 

 それらを見下ろす僕とネフィルの立ち位置は、さながら群雄割拠の(つわもの)を率いる将を思わせるよう。壮観だぁ……ククク、きっとこのネフィルも……

 

「正直に言っていいか?」

「どうぞ」

「気持ち悪い」

 

 盛大にズッコケる。

 

「何故ですッ!?」

「人間を殺すことしかできんこいつらなど……

 どれだけいようと不快なだけだ。

 どうせならイノエラの歌を讃える

 人間の大観衆が欲しいところだな」

「また随分と無理のあることを……」

 

 ていうかそもそもとして……《アレ》は口が利けないんだから歌が歌えるはずもないじゃないですか。

 素っ頓狂なことばかり言って! 

 心配だなぁ全く……

 

「だがそうなるのも時間の問題……

 ……ウェルよ」

「なんです?」

「そのLiNKERとやらで、

 イノエラは今度こそ声を出せるように

 なるんだろうな?」

 

 ……さて。

 

「君とイノエラの体内にある

 人間とネフィリムの遺伝子……

 このG-LiNKER Ver.2によって

 その融合指数が上昇すれば、

 より高精度の生理的機能の

 調整が利くようになることは

 確実ですね。」

「もったいぶるんじゃない。

 出せるようになるのか……ならないのか。

 それが知りたいのだ」

 

 順を追って説明してるだけなのに……せっかちなんだからなぁ。

 ……しかしまぁ。

 

「出せるようになりますね」

「! 本当かッ!?」

「えぇ!!」

 

 融合症例であることに起因する種々の欠陥も、それはまだこの子の肉体にあるネフィリムの遺伝子が完全に融けきっていなかったから……であるならば、このLiNKERによる最後の調整が成されればそれも立ちどころに解決することは必定!!

 

「歌でもなんでも、声があればできること

 なんでもできるようになりますよ!!」

「……~~~よしッ!!」

 

 ……喜んでるなぁ。

 なんでそんなにあっちが喋れるようになることが嬉しいのか知らないけど……まぁどうでもいいか。

 

「! ……ウェル!!」

「はいはい?」

「……ちょっとしゃがんでくれ」

「? ……こうですか?」

 

 今度は何だろうか。

 

「じっとしているんだぞ……」

 

 そう言って、ネフィルが何をするのかと待っていると……

 

「――おォんッ!?」

 

 突然、うなじから僧帽筋に掛けて何かむにっとした柔らかいものと共に、鈍い痛みが襲い来る。

 

「な……何ですかこれは!?」

 

 僕の鎖骨が見えるだろう位置に視点を持ってくれば、

 

「今さっき思いついたんだが……」

 

 真っ白の絹のように美しいネフィルの、両の太腿が、僕の顔を挟んでいるではないか。

 

「この状態でウェルが屹立すれば、

 私はウェルより高い視点で

 世界を見ることができるのではないか?」

 

 つまりこれは……

 

「僕に……君を乗せて肩車しろと??」

「おぉ!名前があったのか!!

 そうだ!!その肩車だ!!」

 

 

 ……ざけんじゃない!!

 

 

「さぁ、このまま立ってくれ!!」

「お、……おぉお!?」

 

 

 く、くそったれ……!!

 なんで……なんでこんなことをしなくっちゃいけないんだ……!!

 僕はこんな……アグレッシブなことするキャラじゃないんだぞ!!

 

 

「踏ん張れ!!いけるぞ!!

 もう少しだ!!ウェルいけ!!いけ!!」

「ぬおぉおお!?」

 

 何するものぞ……肩車ァアアアア!!!

 

「ッラァ!!!どうだぁ!!」

「おぉおお~~!!」

 

 ご満悦と言いたげな感嘆の声。

 ふふ……ざっとこんなもんですよ……

 ……あ、マズイ。膝が痛い膝がッ!!

 

「ははは……見ろウェル!!

 街があんなにも光っている!!」

「……えぁ?」

 

 光ってるって……あぁ、いわゆる都会の夜景ってヤツですか。

 僕も初めて見たときはちょっとだけ感動したなぁ。

 飛行機の中から見る、東京の夜景。労働と文明の象徴。

 

 誰かの犠牲なくして、美しいものは創れないと、そう僕らに教えてくれる人類の灯だ。

 

「海もいいが、これもまた美しい!!」

「それは何よりですね」

 

 ホント、この子は美しいものが好きですねぇ。

 

 まぁ、気持ちはとてもよくわかります。

 僕にだって、こういう物を見て感傷に浸りたいときもありますからね……。

 

 

「……そうか!」

 

 何かに気付いたように、頷くネフィル。

 

「美しいものに……

 自然も、人間の創るものも関係ないな!」

「……ほう? それは真理ですね」

 

 

 そう、人類が美しいと感じる物や事象に、自然や人類、その他の生物の何が創造したものかなどは関係ない。

 

 

「ただ美しいから、美しい。

 それに……理屈などないのです。

 それを語るというのは、烏滸がましいだけ…」

 

 矮小な人類の価値観など、遍く存在する美しさを語るには、程遠く狭ッ苦しいもの。

 美を語るのにふさわしいのは、そう……

 

「ですが語ってもいい者がいるッ!!

 そう………英雄ですッ!!

 "美"の体現者である英雄こそが、

 美を語るに相応しい存在!!

 そしてその英雄こそが……」

「お前というわけだな?」

「ザッツその通りッ!!!」

 

 爆笑が重奏する。

 

「では私はどうなのだ?

 美を語ってもいいのか?」

「いいですよォ!!だって女神だから!!

 女神が美を語らずしてどうします!?」

「どうもしないな!!」

「でしょう!?」

 

 再びの重奏。

 

「ははは……美……そうだ美だ!!

 ウェルよ!!私は美を護るぞ!!」

「ほう!!

 大きく出ましたねマイヴィーナス!!」

「あぁ!! 私は、

 私が美しいと感じたものを護りたい!!」

「それは例えば?」

 

 

 

 

「――人類だ!!」

 

 

 

 ……へぇ。

 

 

 

「人類という、あたたかくて優しい、

 美しい者たちを護ってみせるぞ!!」

 

 

 

 ……ほぉん。

 

 

 

 まぁ

 

 

 

 いいか

 

 

 

 

 

 

「……ウェル?」

 

 

 

 どうせLiNKER(これ)使ったら、

 

 

 

 

 フロンティアの制御に必要な基本的思考方針である『思考回路』。

 その動作を妨げる『想い出』という記憶は……きれいさっぱり洗い流されて、消してしまうんだし。

 

 

「いいですねぇ。

 じゃあ全部片付いて完成したシンセジスタ

 となれた暁には、新人類を守護する偉大な

 女神さまとして、ちゃんと祭ってあげますよ」

「おぉ、それはいいな!!

 イノエラと一緒に人類を護る……いいな!

 決闘が終わってあの子が起きたら、 

 相談してみよう!!」

「それがいいでしょう」

「うむ!!」

「フ……んん?」

 

 ネフィルの小気味いい相槌に交じり、どこからか聞いたような声がする。

 

 

「決着を求めるのに――

 御誂え向きの舞台と云うわけか」

 

 

 アメノハバキリのシンフォギア装者、風鳴翼だ。

並んで雪音クリス、そして……立花響。

 

 

 

「さぁ、始めましょうか」

「あぁ……」

「…………」

「…………」

「恰好が付かないので

 いい加減降りてくれます?」

「!?」

 

 バツが悪そうに、顔を赤らめながら大地に立つネフィル。

 

「……ウェル」

 

 そしてネフィルは視線をあの三人にではなく、僕へと向けた。

 

 

 

 

「お前も、イノエラも、フィーネの皆も

 ……何があろうと、必ず護る」

 

 

 

 その少しばかり口角を上げた不敵な微笑みは――

 

 

 

「期待していますよ、僕の女神《ネフィル》」

 

 

 

 そう、まるで――いつか憧れた者たちの。

 

 

 

 



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ただ、この感謝を伝えたかった

 

 

 

 

 

 決闘開始の合図だろうノイズ発生を検知して、やってきたそこは……旧本部、旧リディアンのあった場所。

 東京番外地・特別指定封鎖区域……私たちが"カ・ディンギル址地"と呼ぶ場所だった。

 

 聞いた話だと、たくさんの聖遺物がぶつかり合ったせいで発散したエネルギー。その影響で、草の一本も生えない荒地へと変わってしまったのだそう。

 

 あの綺麗だったお庭は、校舎は、もうどこにも見当たらなかった。

 

 

「――あれはッ!」

 

 代わりにいたのは、辺り一面を埋め尽くすノイズの大群。

 その光景は、まるで――

 

「…………よくも」

 

 ツヴァイウィングの、最後のライブ……

 

「これだけのノイズをッ!!」

 

 わたしが、この心臓にガングニールを受けたあの日の――

 

 

 

 

 

 

「君たち、よく来てくれた!」

 

 思考が沈みかけたその時。

 

「――ネフィルちゃんッ!!」

 

 

 わたしたちを呼びかけた、凛々しい声が意識を揺り戻す。

 

 決闘の相手、ネフィルちゃんが、ノイズが群れる場所より小高い崖で仁王立ちしていた。

 

 

「――てめぇ!!

 尋常に決闘するとか言っといて!

 そこのノイズ共はどういうことだよッ!!」

 

 猛るクリスちゃんの声が、ネフィルちゃんへと向けられる。

それに反応してか、ネフィルちゃんはひしめくノイズの大群を見下ろしながら、少し悲し気にこう呟いた

 

「うぐ……すまないお前たち……

 こんなには要らんと言う私の言葉に

 耳を貸さない、このウェルが悪いのだ」

「はァッ!?」

 

 裏切ったな!……と言いたかったような驚声が夜の帳にこだまする。

 

「フン……折角の決闘です!

 数体ばかりいたところで盛り上がりませんッ!

 だからこうして出張ってきて、ノイズのみなさんを招待させていただいたまでのことッ!!

 フフン……気が利いてるでしょう?」

「お友達感覚かよッ!」

「巫山戯た真似を……!」

「クク……」

 

 ニヤニヤと嗤うウェル博士が、一瞬だけわたしの方を見て、哄笑する。

 

「……ククァーッハハハハハハ!!!立花響ィ!!

 精々コイツらで体温めて、心臓ホッカホカに

 しちゃってくださァい!!ッハッハッハ!!」

 

 ……ダメだ。あの人にこれ以上、あの杖を遣わせちゃダメだ!!

 

「こほん」

「「「!」」」

 

 突然の、ネフィルちゃんの咳払い。

わたしを含めた三人の視線が彼女に集まる。

 

「ウェル、G-LiNKERを」

「……自分で打つんですか?」

「当然だろう」

 

 博士はどこか逡巡するような表情をしたあと、杖を持っていたのとは逆の手で、銃と"はんだごて"の中間のような器物を、持ち手がネフィルちゃん向くように渡した。

 

「……どうぞ」

「感謝する」

 

 それを受け取ったネフィルちゃんは、わたしの方を向いて、微笑んだ。

 

「立花響」

「!」

「今夜、君の心臓を喰らわせてもらう!

 私の……この私自身の意思で!!」

 

 啖呵が、火蓋が、切られる。

 

 

「さぁ」

 

 

 首筋に、黒い物を充てる。

 

 

「白黒分けようか、立花響」

 

『自決』

 

そんな言葉が、頭を過ぎる。

 

 

 ネフィルちゃんの、その首に何かを射れる所作が、そうさせたのかな―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――私には、いや、私という意思の原点である(ネフィル)たちに、『過去』と呼べるものがない。

 

何処の誰によって、何処へ行くように造られたのかすら、知らない。

 

あったのは、ただ『この飢えを満たしたい』という、渇望だけだった。

 

 

 飢えを満たす術は一つ。聖遺物を喰らうこと。

それだけを本能として活動する時間が、我々の全てだった。

 

 

 そして喰物もなくなれば、やることは一つ。

 

 

 同胞(わたし)を喰らった。

 

 

 見つけ次第喰らった。

 

 

 喰らって

 

 喰らって

 

 

 

 喰らいつくした。

 

 

 

 そして

 

 

 

 最後に残った(ネフィル)には、

 

 

 

 

 

 (ネフィリム)には、

 

 

 

 

 飢えはなかった。

 

 

 

 

 代わりに

 

 

 得たのは

 

 

 

 

 

 

 

『虚無』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 『なにもない』 

 

   

 

 

  

 それだけだった

 

 

 

 

 

 

 くらう ということいがいの

 

 

 こうどうができない

 

 

 たったひとりのこった

 

 

 

 

『虚無』。

 

 

 

 

 

 『なにをすればいい』

 

 『なにをかんじたらいい』

 

 『わからない』

 

『わからない』『わからない』 

 

 

 わたしには 『なにもない』

 

 

 

 

 

 

わたしは

 

 

 

からっぽだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひかりがみえる

 

 

 

 

 

 

あぁ

 

 

 

 

 

 

 

なんてまぶしいんだろう

 

 

 

 

 

 

 

イノエラだ。

 

 

 

 

 

イノエラの笑顔だ。

 

 

 

 

ウェルもいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁ

 

 

 

 

あぁ

 

 

 

 

あぁこんなにも

 

 

 

 

 

何もない私を、こんなにも必要としてくれる者たちがいたなんて。

 

 

 

 

初めて、海を見た。

 

――忘れられない景色ができた。

 

 

 

始めて、聖遺物以外のものを喰らった。

 

――忘れられない味ができた。

 

 

始めて、歌を歌った。

 

――忘れられない夢ができた。

 

 

始めて、他者の腕に抱かれた。

 

――忘れられない温もりができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

――私には、いや、私という意思である(ネフィル)に、『過去(おもいで)』と呼べるものができた。

 

 

 

 

護りたい。

 

 

このあったかいものを護りたい

 

 

あったかくしてくれるものを、護りたい。

 

 

 

この優しい『人間』たちを、護りたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 <煉獄は氾濫す。我が夢幻よ、方舟となれ(אבא, למה אתה עוזב אותי)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「!!!」」」

 

 

 呟いたのは――まるで聞いたことのない言語。

 

 『聖詠』にも似た、決定的な何か。

 

 その声は、まるで、何かを、

 

 冀うようで──

 

 

 

「……なッ!?」

 

 眩い光が、彼女を包む。

 

 

 

「―――飛んだッ!?」

 

 光は、宙にあった。

 

 

 

 その輝きは、太陽か――違う。

 

 

 月か――違う。

 

 

 

 

 中天に輝くそれは。

 

 

 近づいてゆくそれは。

 

 

 

 

「────流れ、星……」

 

 

 

 

 私たちの立つ所に向かって、降り至る。

 

 

 

「―――伏せろッ!!!」

 

 

 

 衝撃波が、世界を包む。

 

 

 

 

「うッ!」

 

 

 黒い粒のようなものが、顔にかかる。

 

 ノイズだ。

 

 ノイズだった炭の嵐だ。

 

 

 

――風が吹く。

 

 劈く暴嵐が、切り刻むように全身を襲う。

 

 

 風圧に負けじと瞼を開けば、今にも押し寄せようとしていたノイズの大群は、すでにその存在を消していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「―――!!」

 

 

 

 代わりに居たのは。

 

 

 

 

 

 

「――あれはッ!?」

 

 

 

 

 

白い、巨神。

 

 

 

「ネフシュタンの……鎧ッ!?」

 

 

 

白い、無数の『蛇が絡み合ったような』翼。

 

 

 

全身が、白い。

 

 

ただただ、『白』。

 

 

それ以外の色がない。

 

 

 

――そして、

 

 

「――顔が、ない?」

 

 

 

ただ、牙だけが見える。

 

 

口に相当するその部分しかない、相貌。

 

 

 

 

 

『……護る』

 

 

 

その口が開かれ、

 

 

地獄の底から聞こえるような、沈み切った、いつか聞いたあの、声。

 

 

 

『私が――護る』

 

 

 

 

 

 

 

 

『人類を、護るッ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 気配に、振り返る。

 

 

 

 

 

 

 

 

『だから―――クワセロ』

 

 

 

 

 

 

 白の鎧に、朱が差した。

 

 



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想いは疑うことすら奪うのだと伝えたかった

 

 

 

「――ッ!!」

 

 一瞬の出来事だった。

 ネフィルちゃんが背後に現れた――その気配に反射した私の脊髄が、咄嗟に両腕を交差させる。

 

 が、 

 

「立花ァッ!!」

 

 鮮血。

 真っ赤な、目に焼け付く程に真っ赤な血液が、ネフィルちゃんの真っ白の鎧を斑に着する。

 

「―――ッぐぅッッ!!」

 

 砕けた左腕のギアだったものが、私の目の前で散り広がる。

叫びだすのをこらえ、後退。

抱えられるように、クリスちゃんの腕の中に納まる。

 

「お前……血がッ!!」

「……大、丈夫」

「大丈夫なもんかよッ!」

 

 クリスちゃん怒る。

 優しい声で怒る。

 

「へいき」

 

 ダメだなぁわたし……

 

「へっちゃらだから……!」

 

 また、心配かけちゃった。

 

「雪音ッ!」

「わかってる!……借りんぞ!」

「うあぁちょっ、おぉ!?」

 

 クリスちゃんを滴るとので汚さないように抑えていた左腕から右手をどかされる。そして間髪入れずに、わたしのギアのマフラーのさきっちょを千切ったクリスちゃんは、包帯代わりにそれを傷口に巻き付けてくれた。

 

「……ッ」

 

 痛みを殺す。

 

「ッし、こんなもんだな!」

「たたた……って、おぉお!

なんで!?全然痛くなくなっちゃったよ!?」

「ったりめーだ!そういう風に縛ったんだからよ」

「すっっごいクリスちゃん!

将来はお医者さんかなぁ!?」 

「フンッ!!」

「ぎゃーーーッ!?」

「軽口叩く余裕があんなら、問題ねーな!」

「はいぃ……」

 

 およよ……クリスちゃんったら厳しいなぁ……

 

「……手は動くか?」

「んー……うん!問題なし!!」

 

 でも、ちょっと嬉しかったり。

 こーゆうの、『友達』って感じでいいよね!!

 

「ありがと!!クリスちゃん!!」

「……ふん」

 

 指も動く。

 ちょっと痛いのを我慢すれば、きちんと拳を握れる。

 ――まだ、戦える!!

 

『な……』

「!」

 

 今、ネフィルちゃんが何か言おうとしたような……

 

『(……なぜ、立花響の腕に裂傷が?

まさか、このいつの間にか伸びている腕の剣で…?

いや!私は確かにこの()を彼女にぶつけようとしたはず……!!)』

「てめぇ……『正々堂々』って言ってた割には随分と狡いじゃねえか」

『待て!今のは私にもよく――』

「ネフィルッ!!」

 

 !……ウェル博士!!

 

「何をボケっとしているんですか!!

 もうおしゃべりの時間は終わりですよ!!」

『待ってくれウェル!何か、私の体にいじょ――』

 

 ネフィルちゃんが何かを言い終わる前に、博士がノイズを召喚する。

 

「この決闘……無論この僕も

参加させていただきますよ!」

「てんめぇ……

いい加減その杖を放しやがれッ!」

「嫌だねッ!!……フン!!」

 

 博士が大きく腕を振る。

緑の光と共に、再びノイズの大部隊が出現する。

 

「征けェエエッ!『英雄部隊』ッ!!

さぁ決闘のお時間ですッ!!」

 

 一斉に襲い掛かるノイズたち。

拳と剣閃と弾丸がそれらを炭と散らしながら、夜闇に歌声を響かせる。

 

「♪――結局それかッ!!

ノイズに戦わせといて何が決闘だよッ!」

「♪――こうなるとは思っていたが、

もはや尋常とは程遠いな……!」

「オマケは僕が相手しますッ!

君は立花響に専念なさい!!」

『……助かる!』

 

 腕から伸びていた金色の剣がしゅるしゅると収納され、代わりに、ネフィルちゃんの拳がわたしに目掛けて飛んでくる。

 

『(そうだ……今私がすべきなのは

立花響と決着を着けることだけ!!)』

 

 一閃、二閃。

 避け、受け流し、カウンターを入れる隙を探りつつ、巨体となったネフィルちゃんの懐へと近づく。

 

「♪―――

(やっぱり速い……ッ!!

でも、まだ目で追える!!)」

 

 懐に、入った。

 

「(ここッ!!)」

 

 しかし

 

 

「……ふひッ」

 

 

 ネフィルちゃんの背後から、脇の下を通って、高速で奔った『何か』がわたしの体を引き裂いた。

 

「――ぐぁああああッ!!」

 

 吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 

『(……また、私の知らないものが私の中から勝手に!!)』

 

 顔を上げ、その『何か』を視認する。

 

「………!!」

 

 それは、全身が覚えている激痛と同じ。

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あれっ、て……!!」

 

 まさか。

 そんなはずはない。

 

 だって、あれは、あの時。

 

 了子さんと、一緒に――

 

 

「嘘だろ……?」

 

 クリスちゃんの声が聞こえる。

 

「雪音……まさかあれは……」

「見間違うものかよ……ッ!!

なんでアイツが纏ってんだ……

"ネフシュタンの鎧"をッ!!」

 

 

 

 

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

 

 

 

 まただ。

 

「――貴様の仕業かッ!!」

「そうですとも!!

 僕のLiNKERは最早人と聖遺物を

結びつけるだけに留まらない!!

 全ての聖遺物を喰らうネフィリム

の特性と合わせ、あらゆる聖遺物の

特性をこのネフィルは再現――」

 

 また、私の意思ではない何かに、私の体が突き動かされた。

 

「じゃあさっきの金ぴかの剣は――」 

「無論、かの聖剣の因子から生成――」

 

 何故だ。

 私の体に、一体何が起こっ

 

 

――引っ張られるように、走らされる。

 

 

 ……またか……!!

 

 

――足が、一人でに持ち上がる。

 

 

 待て!!

 その下には、立花響が!!

 

 

――断頭台の刃のごとく、踵が落とされる。

 

 

「……ッ!!」

 

 

 やめろ

 

 やめてくれ

 

 私がしたいのは、尋常なる決闘だったのに。

 

 人類を護るものを決める聖なるものだったはずなのに。

 

 こんな、こんないたぶる真似は、私の本意ではないのに!!!

 

 

「……ッ!……ッ!!

 ……ぁッ!!」

 

 やめろ!!踏みつけるんじゃない!!

 なぜイノエラの体が言うことを聞ないくれない!!

 

「、、、あ、あ、……ッ!!」

「やめろォおおおお!!!」

 

―――雪音クリスの、私の顔面に狙い放たれた弾丸を、他でもない私の右腕が勝手に防ぎ弾いた。 

 

「……ざけんじゃねぇ!

ざけんじゃねぇちくしょォ!!

あたしの関わった聖遺物がまた……!」

「くひ、ふふふひひひ……」

 

 

 何を、笑っているのだウェル。

 

 私の何が、可笑しいのだ。

 

『……!!』

 

 

 待て……

 

 

『……!……!』

 

 

 これは、なんだ

 

『…………!!!』

 

 声が、出せない……だと!?

 

 

 

 

「(G-LiNKERに含ませた聖遺物の因子は

何もネフシュタンとデュランダルだけ

でなない……)」

 

「(ソロモンの杖……その表面を薄く

削り取って、含ませちゃいましたよ…)」

 

「(おかげで、ほら……文字通り、

この手の杖を介して伝わる

()()()()()、君は動いて

くれるようになった……)」

 

「(必要な知識と経験はもう与え切った!

フロンティア制御に必要な思考回路(プログラム)

すでに完成した以上、最早君たちの意思

など邪魔でしかない!!)」

 

「(君は僕の、僕だけの物……

だから僕が好きにしていいのは当然!!

さぁもうひと頑張りですよネフィル!!

僕の意思で、君を最高の女神に仕上げ

てみせましょう!!)」

 

「ハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 

 

――ウェルの高笑いが響き渡る。

 

 

『……!!!!!』

 

 

 私の声は、聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 



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ずっとそばにいたって伝えたかった

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ッ!!

(ダメか……ダメなのか!!)』

 

 ひとりでに動くイノエラと私の脚、なんとか私の意思のもとに戻そうと力を籠めるが、まるで意味を成さなかった。

 

「……!!……!!」

「──立花ァアアアアアアアッ!!」

 

 目にも止まらぬ速さ。風鳴翼が、大きく肥大した剣を携え怒号のような叫びと共に私のもとへ迫り来る。

 

「来た来た来たキタァーッ!!

("ネフシュタンの翼"発現ッ!!

さぁ捕らえてしまいなさいッ!!)」

 

 突如、私の背の、紫の翼に見えていた物が枝羽を展開して孔雀の尾羽のような形態へと変わる。そしてそれらの一本一本が、先ほど立花響を刺突した蛇状のものと同じ姿となった。

 

 視認できただけでも、20本は優に超えているだろう鎌首の数。……身に覚えのない、この能力。おそらくはウェルがLiNKERに含ませたと言っていた新しい聖遺物の影響か。

 それら蛇たちが、私の意思と関係なく、私の背から生え、ひとりでに蠢きうねる。

 

『(なんだこれは……なんなのだこれはぁッ!?)』

 

 声も上げられないこの身では、それら鎌首は只々恐怖の塊でしかない。……声なき悲鳴が意識の中で木霊する。

 

「ィヨイショーーーォッ!!」

 

 なぜか、ウェルが声を上げたと同時。蛇たちが大剣を振りかざした風鳴翼へ向け飛び掛かった。

 

「♪――そのような搦手ッ!」

 

 ――逆羅刹――

 

 しかし、彼女は纏ったシンフォギア、その脚部よりプロペラ状の刃を展開。牙を剥く紫蛇の悉くを、疾風と共に薙ぎ払っていく。

 

「チィッ!!」

 

 ……流石はイノエラの憧れた、至高の歌女の一人。

 歌だけでなく、戦闘においても強かとは……おぉ、恐怖が退いていく!

 なんと!美しさは元気をも与えてくれるのか!!

 

「まだです……まだデュランダルがあるッ!」

「――ッ!よそ見してんじゃねぇぞッ!!ッらァ!!」

「危なァい!?……おぉんのれイチイバルゥ!!のいずのいズノイズゥウウゥア!!」

 

 ウェル、あの怒れるの様子では、流石に我が身の異常に気付いていないか……

 声も上げられんことには、この、"自分の意思で肉体を動かせない"という危機的状況をどう伝え…ッ!

 

「……うっらぁああ!」

 

――立花響!!

 起き上がっ……うおォッ!?

 

「(あんのバカ……へッ、流石にあの程度じゃくたばんねぇか!)

……おらそこォッ!」

「オォうッ!させま……ぎゃんッ!」

「……今だッ!」

「(まずいッ!杖がないとノイズとネフィルの操作が!!)……のぉおおおッ!!」

「……ッチ!」

「ふっはハハハ!!残念!!

 贅肉の差ですッ!!」

「無駄に速ぇ……クソッ!」

 

 殴り飛ばされながら、雪音クリスの杖を奪おうとする手をくねりくねり避けるウェルが視界に映る。

しかし無理な体の動きをしたせいか躓き態勢を崩してしまう……が、雪音クリスに拾われる寸でのところで拾いなおし、難を逃れていた。

 

「立花ッ!大事ないか!?」

「けほっ、大丈夫ですッ!」

「……よしッ!」

 

 と、声のした方を見たれば、風鳴翼が立花響を抱き起している。

 そして彼女はウェルの方へ、立花響は私の方へ、それぞれの戦いへと舞戻った。

 

『(……美しい)』

 

 ほんの少しの会話で、まるで全てが通じ合ったかのよう。惚れ惚れしてしまうほど、この二人は()()()()の仲だった。

 ……それもそのはずか、あそこでウェルの召喚するノイズを撃ち払っていく雪音クリスも含めた彼女たちは、イノエラと私が生まれるより前、ルナ・アタックで共に戦った間柄なのだというからな。コンビネーションが出来上がっているのも当然だろう。

 

『イノエラと私も、やがてはマリアたちと……ッ!?』

 

 声が、声が出せる!?

 

『……出せたぞ!!』

 

 縛られている感覚も……消えた!!

 

「いい加減、遊ぶのも飽きてきました……」

「「!!」」

 

 ウェルが、細長い鳥のようなノイズを召喚。風鳴翼と雪音クリスをいっしょくたに何やら粘着質な白いもので拘束しているではないか。

 

『……ッ!?』

 

 よそ見をした一瞬、再び肉体を拘束する感覚が襲来した。

 

『(これは……なぜまたッ!?)』

 

 そして背中の蛇が一本、風鳴翼と雪音クリスのもとへと奔り、鎖のように巻き付く。

 

「翼さんッ!!クリスちゃん!!」

「ほっとけッ!!」

「……!!」

「私たちのことはいいッ!」

「おめーはまずそいつをなんとかしろ!!」

「………うんッ!!」

 

 駆け寄ろうとした立花響を、二人が一喝。

 立花響はぐッと口を結んで私に向き直った。

 

「フン、大した信頼関係ですねぇ。……ま、しかしこうして僕に捕まってしまった以上、そう大したものではなさそうですが」

「知ったような口を利くな!下郎!!」

 

 風鳴翼が、剣吞を纏う。

 

「わぁーお、ゲロー!!初めて聞きましたよその日本語!」

「……ッ」

「おいメガネ」

「……?」

「後ろにゃ誰もいねーよ!!おめぇに訊いてんだよッ!!」

「はぁ」

「こんの……ッ!」

「乗せられるな雪音!

 ……思う壺だぞ」

「……悪ぃ」

 

 飄々と自分たちを小馬鹿にするウェルに、冷静さを失わず仲間を窘める風鳴翼。

 大したものだ。切歌だったら今ので大怒りしてウェルに殴りかかっていたところだったぞ。

 

「はぁあああッ!!」

『(……ッ!!)』

 

 殴りかかる立花響の拳を、操られるイノエラと私の肉体がいなす。

 

 防御の意思を持たずに勝手に戦うこの体。思考と戦闘が乖離する奇妙な感覚の中で、ウェルと風鳴翼、雪音クリスの会話が波を打つように耳に入る。

 

「……あの二人はどこ行ったんだよ」

「二人?……あぁ暁くんと月読くんですか?」

「あの二人は謹慎中です。勝手な行動を取ったヴァツ!としてね……だからこうして僕が出張ってきているわけですよ」

 

 のらりくらりとハブらかすかと思いきや、素直に質問に答えるウェル。

 

「でもまぁ、こうしてウチのネフィルと、そこの立花響を水入らずで戦わせられる状況に持ち込めたので、結果オーライですがね」

「……先ほどの話の続きを聞かせてもらおうか」

「というと?」

(とぼ)けるな!!……"デュランダル"と"ネフシュタンの鎧"まで掘り起こし、何を企てるッ!F.I.S.!!」

「企てる?……人聞きの悪い!!

この武装組織『フィーネ』の目的はただ一つ!!」

 

 ウェルは天に輝く月を指さし、声高に宣う。

 

「『人類の救済』ッ!!

月の落下により損なわれる……無辜の人々を()()()()()救い出すことだ!!」

「「「!!!」」」

《―――なんだとッ!!??》

 

 いつかどこかで聞いたような男の声が、立花響のシンフォギアより漏れ聞こえる。

 ……やはり、その上位者も含めた彼女たちは知らなんだか。この世界を蝕もうとする真実(さいやく)を。

 

「馬鹿な……月の動向は各国機関が三か月前から計測中ッ!落下などという結果が出たら黙っているはずが――」

「黙ってるに決まってるじゃないですかッ!!」

「……!!」

「対処方法の見つからない極大災厄など!!公表したところで大パニックは必然ッ!!」

「そんな……嘘、ですよね……?」

「嘘なものですかッ!!

フフン……ここで問題です!

そんな大変な真実を知ってしまった各国の有力者たちが我先にと取るであろう行動、はてさてなぁんでしょ?」

「……『自分だけは助かる方法を探す』」

「そう!!自分可愛さに責任ある者が責任を放り投げ!!何も知らないほとんどの人類を見殺しにする!!

……不都合な真実を隠蔽する理由など、いくらでもあるのですよッ!!」

「……そういうことかよ!!」

 

 怒りを露にする雪音クリスと、苦虫を嚙み潰したような顔でウェルを睨む風鳴翼。

……そして。

 

「いつ……いつなんですか?

いつ月は、落ちてくるんですか!?」

「さぁ?来年か再来年か……はたまた一週間後か……いや、明日でしょうか?」

「はっきりしやがれッ!!」

「縛られてるくせに偉そうに……フンッ!!」

「あぅッ!」

 

 ウェルは徐に雪音クリスの方へ近づいたかと思えば、その狭い頬をぺしりと叩いた。

 

「クリスちゃんッ!」

「……貴様ァ!」

「おぉっと!フフ……噛みつこうとするなんて……育ちの良さそうな顔して豪快ですねぇ!僕好みだッ!」

 

 駆け寄ろうとする立花響を、紫蛇がひとりでに動き拘束。

とうとう本体のこの肉体は勝手に動くことすらしなくなった。

 

「ですがご安心をッ!!

――見なさいッ!!このネフィルをッ!!」

「何……?」

「彼女こそ、月の落下という洪水から人類を救済する方舟、その核となる存在……この僕の造り上げた人類守護の女神、『ネフィリム・シンセジスタ』ですッ!!」

 

 ウェルが、私を指さし熱く燃えるように語り始める。

 

「災厄より逃れ、逃れた後迷える人類をを導く『英雄』ッ!

そしてその英雄と人類を祝福し、来たる新世界の柱となる『女神』ッ!!

 ネフィリム!デュランダル!ネフシュタンの鎧!ソロモンの杖!!現存する聖遺物たちはここに一つと結集し、『英雄』と『女神』の力となったッ!!……あとはそう……」

 

 

 杖で指さすは、立花響。

 

 

「君の心臓だぁけ……」

 

 

 左腕より、黄金の剣が、勝手に伸びる。

 

 

「おや、やる気ですねぇネフィル!

ここで捌いちゃうんですか?」

 

 ──いやだ。

私の意思でないと、いやだ!

 

「(なぁんて、僕が杖でそうさせてるんだけど……)」

 

 

 ──いやだ!

 私の意思を、無視しないでくれ!!

 

 

 

 こんな形で完成しても!真にウェルたちの望む女神にはなれない!!

 

 こんな形で女神になっても!!誇りをもって人類を護ることなどできない!!

 

 

「行けぇネフィルゥ!!

今日が君の新しい誕生日だァッハハハハハ!!アーーーッハハハハハ!!!」

「ぐッアアアアアアアアア!!」

 

 切れろ!切れてくれ!!

 立花響を放してくれ!!蛇よ!!

 

 

「立花……立花ァアアアアアアアアア!!」

 

 

 

 ウェル!!

 

 マリア!!

 

 切歌!!

 

 調!!

 

 ナスターシャ!!

 

 誰か!!

 

 誰でもいい!!

 

 

 

 

 私の意思を抑圧する者に、抗う力を――くれ!!

 

 

 

「……ん?」

 

 

――そう、冀った瞬間。

 

 

『…………はッ!?』

 

 私の意思を縛っていた、絡めていた"糸"が消えたような感覚。

 

「ッ……あれ?

ね、ネフィル……ちゃん?」

『動かされる感覚が、消えた……?』

 

 消えた。

 始めから、そんなものなどなかったかのように。

 

 ……先ほど一回自由になったのとは別の感覚……

 

 そうだ。これはまるで

 

 まるで()()が、私を縛る"糸"をほどいてくれたような……

 

 

 

《──大丈夫ですか!?》

 

 

!?

 

 

――この、懐かしい……

 

 

 

《なんだか状況がよくわかんないんですけど……でも!》

 

 

 

 

意識の中で響く、私と同じ声は!!

 

 

 

《とりあえず!ここから先はわたしに任せてください!!――ネフィルさん!》

 

 

 

 

 

 

 

 

『くぉぉ……』

 

 目覚めた意識を目覚めさせるため。

 体の全部に力を籠めて……

 

『っっぱぁーー!!!』

 

 服を脱ぎ飛ばす要領で、腕を伸ばす!!

 

「な……はぁあああッ!?」

 

 ふぅー。いやぁやっぱり気持ちがいいですねぇ!こうすると一日の始まりを感……って夜じゃないですか!?

 

「な……何故だ!?

(何故手を放していないのに杖の支配から逃れているんだッ!?)」

 

 

『……あ、先生!!おはようござ……じゃなくてこんばん……あれ?』

 

 …………わたし、喋れてません?

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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分かち合っただけの想い出だって宝物だと伝えたかった

 

 

 

 

 

 静寂と暗闇の中──モニターに映し出される決闘の様子を見守る私たちは、そのあまりに信じがたい光景に、目を疑った。

 

「あの子……今、ドクターのこと『先生』って……」

「デス……あたしにもそう聞こえたのデス」

 

 耳を、疑った。

 

「まさか……」

 

 ふにゃりと笑う顔が、モニターの中の怪物と、重なる。

 

 

「イノエラなの……!?」

 

 

 先ほどまでは、妙に物静かではあったものの、確かにあの怪物はネフィルだった……はずだ。

 それがなぜ今になって、ネフィルによって飢餓衝動から護るために眠らされたはずのイノエラの意識が、この戦いの場において顕在化したというの……?

 

「あ……ネフィルが言ってた、イノエラが目を覚ますだろうって時間……」

「あれから五時間は……確かに経ってるデスね……」

「……一体、何が……」

 

 この決闘、迎える結末は私たちに何を齎すというのか。

 

「……三人とも、ここから動いてはなりません」

「……マム?」

 

 何を言って……

 

「『想定外は想定内』……この言葉を肝に銘じておくのです。

どんな状況になろうとも、冷静さを失わず、最善を尽くすことを忘れないために……こほッ」

「「「マム!!」」」

「大丈夫……三人とも、ドクターとあの子……イノエラから目を逸らさないで……」

 

 何を思ってか、ふとしたマムの言葉……

 不安が一層、込み上げる。

 

「(これから……何が起こるっていうの……?)」

 

 モニターを見れば。

 映し出されていたのは、その厳つい姿とは程遠い年端のいかぬ子供のように、両手をばたばたと振って走り回りはしゃぎ回る怪物(イノエラ)と、それを見て腰を抜かすウェルの姿だった。

 

 

 

 

 

 

『やった……』

 

 やった

 

 やった……!

 

 とうとう……やったんですね……!!

 

『ぃやったぁーーーーーーー!!!』

 

 先生!!ネフィルさん!!

 

 お二人のおかげでイノエラは!

 

 ついに、"声"を発することができるようになりましたーー!!!

 

『やったやったやったやったーー!!うわぁーー!!声が!!声が出てる!!やったーーー!!!』

 

 先生の夢である『英雄になりたい』を叶えさせてあげたいという私の夢……とは別の、密かに持つもう一つの夢。

 それは……『先生を私の歌と踊りで笑顔になってもらう』ことなのです。

 

 でも昨日までの私には、そのために絶対必要な"声"がありませんでした。出すことができませんでした。

 

 しかし……切歌ちゃんと調ちゃんとのお出かけの途中で眠ってしまった私が目覚めた今この時、なんと、出せるようになっているじゃありませんか……声が!!

 私の!!この口から!!

 出せるようになってるじゃありませんかーーー!!

 

『あーーー!!あ!あ!あーーー!!……わぁーーー!!!』

 

 すごーーい!!

 すごいすごーーい!!

 

『せんせーーー!!』

「ひっ!!」

 

 駆け寄って初めて見る先生は、なんだかとても小さいように見えます。

でもこれ、わたしがネフィルさんのお力を借りて体の色々なところがおっきくなってるだけで、先生が小さくなっちゃったわけではないんですよね。不思議ですね!

 

『やりました……!イノエラはやりましたよ!!』

「あ……は??」

『ありがとごうざいます!!本っ当に!ありがとうございます!!

わたしずっっっとこの声が欲しかったんです!』

「そ……そうなの??」 

『はい!! 先生のくれたお薬のおかげで今こうしてしゃべれるようになって……もうすっごく嬉しいです!!感謝感激です!!……せんせーーー!!』

「――来るな!!」

『っ!?』

「来るんじゃない……そんなナリで……抱き着こうとするんじゃないッ!

ネ……イノエラ!」

『……あ』

 

 そうでした……

今のわたし先生から見たら、とっても大きくて……とがってて……

 触れたら傷つきそうで――いや、ですよね。

 

『……すいませんでした』

 

 謝らなきゃ。

 ……先生を、怖がらせちゃったんだもん。

 

「ハァー……ハァー……」

『先生……その』

「アァン!?……アッ!

ごほん……な、なんですか?」

『手を、お貸ししましょうか?』

 

 もっとちゃんと、

 先生のお役に立てることしなくちゃ。

 手を、差し伸べなくちゃ。

 

「……いりませんよ」

『…っ』

「自分で立てます」

『あ……はい……』

 

 うぅ……

 失敗したなぁ……

 嬉しすぎて舞い上がっちゃいました……

 こんなわたしじゃ、先生のお手伝いが務まりません……

 

《――エラ》

 

 んん?この声は……

 

《イノエラ!?》

 

 あ、ネフィルさん!!

 

《だ……あ、おはよう!!

 大丈夫なのか!?》

 

 おはようございます!

 おはようのあいさつ、覚えてくれていたんですね!!

 

《当たり前だ!

 君が教えてくれたものだからな!》

 

 嬉しいです~!

 

《ふふふ! あ……いや、それよりもその……あの時、勝手に意識の海底へ押し込めてしまって……すまなかった》

 

 え?……あ、あー……

 そういえばそうでしたね……

 

 りんご飴を切歌ちゃんからいただいて、それから…………あ、今日のネフィルさんの想い出を、共有している記憶領域から覗けばいいんでした!

 

 ……ネフィルさん!

 

《……いいとも

 見てほしい。私の得た、宝物《おもいで》を》

 

 ありがとうございます!

 

 

――思い出す(みる)

 

  想い出を、見る(思い出す)

 

  他の誰でもない、ネフィルさんの、わたしの思い出を―――

 

 

 

 

●●●●●●●●●●●●●●●

 

「イノエラと手を繋いで歩いてくれて、ありがとう」

「……んなの、当たり前ですよ。仲間なんデスから」

「その当たり前を、イノエラはとても喜んでいた。

 眠っていた私が感じ取れたほどに……だから、ありがとう」

 

●●●●●●●●●●●●●●●

 

「というわけで……」

「どうでしょう?」

「……ごくり。」

「――完璧だ!!」

「「「はぁ~~~!!」」」

「この服に、よく似合っているな」

「そうですね~……ナイスです!!」

「あ、あの、大丈夫!?これ美しいの解釈合ってる!?かな!?」

「あぁ!何も問題はない! 恩に着るぞ、ヘルメットの君」

 

 

『きたーーー!!これはいろんな意味で期待の新人だァーー!

 さぁ熱唱していただきましょう!!歌うのは――』

「マリア・カデンツァヴナ・イヴで――

 "Dark Oblivion"」

 

●●●●●●●●●●●●●●●

 

 

 

――見えたのは、

 

 ネフィルさんと仲良くなった切歌ちゃん、調ちゃん。

 

 ネフィルさんの髪をかわいらしく飾り付ける、奇妙な女の子三人組。

 

 美しくマリアさんの歌を歌いきったネフィルさんを、歓声で讃える人たち。

 

 赤いシンフォギアを纏っていた……雪音クリスさん。

 翼様やマリアさんに匹敵するほどに、その歌う姿は、きれいでした。

 

 

――その時のネフィルさんの哀しみもまた、記憶と共にわたしの意識に刻まれます。

 

 

●●●●●●●●●●●●●●●

 

 

「私の……私の歌に、救われた?」

「はい!!」

 

「……いいのか?

こんな、歌を歌とも思わなかった私に、そんな、そんなことを言ってしまって」

「いいに決まってますよ! ……難しいことはわからないですけど、私があなたの歌で救われたことは紛れもない事実なんですから!!」

「……私は、歌っていいものだったのか?」

「そんな!当たり前じゃないですか!!

「……!?」

 

「歌う人がどんな気持ちを持っていようと、聴く側はただ、歌われる気持ちの大きさと尊さに、感動するだけなんですから!!」

「そうか……そうか……」

 

 

「……ありがとう」

 

 

●●●●●●●●●●●●●●●

 

 

「立花響、君は……何のために、戦う」

「"人助け"だよ。……困ってる人がいたら、ほっとけないから!」

「……!」

「それと……みんなの居場所(ひだまり)を守ること!

 誰だって帰る場所と、そこで待つ人がいる。

 そんな当たり前な当たり前を守りたいから、わたしはシンフォギアを纏って歌うんだ!!」

 

 

●●●●●●●●●●●●●●●

 

 

「僕に……君を乗せて肩車しろと??」

「おぉ!名前があったのか!!

 そうだ!!その肩車だ!!

 ははは……見ろウェル!!

 街があんなにも光っている!!」

「……えぁ?」

「海もいいが、これもまた美しい!!」

「それは何よりですね」

「美しいものに……

 自然も、人間の創るものも関係ないな!」

「……ほう? それは真理ですね。

 ただ美しいから、美しい。

 それに……理屈などないのです。

 それを語るというのは、烏滸がましいだけ…

 ですが語ってもいい者がいるッ!!

 そう………英雄ですッ!!

 "美"の体現者である英雄こそが、美を語るに相応しい存在!!

 そしてその英雄こそが……」

「お前というわけだな?」

「ザッツその通りッ!!!」

「では私はどうなのだ?

 美を語ってもいいのか?」

「いいですよォ!!だって女神だから!!

 女神が美を語らずしてどうします!?」

「どうもしないな!!」

「でしょう!?」

「ははは……美……そうだ美だ!!

 ウェルよ!!私は美を護るぞ!!」

「ほう!!

 大きく出ましたねマイヴィーナス!!」

「あぁ!! 私は、

 私が美しいと感じたものを護りたい!!」

「それは例えば?」

「――人類だ!!」

 

「人類という、あたたかくて優しい、

 美しい者たちを護ってみせるぞ!!」

 

「お前も、イノエラも、フィーネの皆も

 ……何があろうと、必ず護る」

 

「期待していますよ、僕の女神《ネフィル》」

 

●●●●●●●●●●●●●●●

 

 

 

 

 

 

……ネフィルさん。

 

《……なんだろうか》

 

今日は、楽しかったですか?

 

《……あぁ。楽しかった!

 とてもとても、楽しかった!!》

 

……伝わってきます!その気持ち!

 

《うむ!!……人の喜び、怒り、哀しみ、そして楽しいという感情……しっかりとこの意識に刻めた!!とても……とても有意義だった!!》

 

 わたしにも、ネフィルさんの心がわかります!!

 

《そうか……伝わるかこの感動が!!

たくさんの人に良くされた……

人類を、あの優しい人達を、月の落下から護らねばならないと心昂らせる……この感動が!!》

 

 はい!!

 わたしも……わたしだって同じ気持ちです!!

 

 

 

 ちらりと、視界に映る……ノイズさんに捕まっている翼様。

そして感動的に歌ってらした、あの雪音クリスさん。

 

 巻き付いていた、わたしの体から生えている変なムチっぽいのを外します。

 

「な……どういうつもりだよ!?」

「これは……貴殿は何を……」

『……あなたたちを』

「!?」

『あなたたちほどの人を、わたしなんかが縛っちゃいけないんです』

「貴殿は……いや」

『はい?』

「貴女は、イノエラといったわね」

 

 体が固まる。

 ……大好きな翼様に名前を呼ばれて……しまったから。

 

『……そうですよ』

「さっきまでネフィルと名乗っていたのは……」

『わたしとネフィルさんは、同じ体で生きる別の意思(こころ)で、二重人格?って言うらしいです』

「……マジかよ」

「そういうことか……イノエラ」

『なんでしょう』

 

「サインをあげられなくて、ごめんなさい」

 

…………!!

 

 

《覚えていてくれたのか……なんと殊勝な》

 

 ……それが、風鳴翼さんという人ですから。

 ファンのことを、すっごく大切にしてくれる人なんですよ。

 

《……そうだったな》

 

 はい。

 

 

『……翼、さん』

「どうかした?」

『わたしが、翼さんの護りたいもの全部……代わりに護ります』

「――!」

『だから、全てが終わった後……みんなが笑って暮らせるような歌を、歌ってください』

 

 

 その時は、わたしたちはきっと、もう……フロンティアと一つになっているでしょう。

 ……もっと翼様の歌、聴きたかったなぁ。

 

 

『……それでは』

「待っ――」

 

 聴きたかったなぁ…………。

 

 

 

「……なんだったんだ、あいつ」

「…………雪音」

「え?」

「私の歌は……"人"を繋ぐことができたのだな」

「……そうだな」

 

 

 

 

 ネフィルさんの記憶を覗かせていただいて、わたしにもわかりました。

 先生やマリアさんたちが世界を敵に回してまで、人類を護るために戦うのか。

 

『立花響さん』

 

――全ては、みんなが自分にくれた優しさを、優しさでもって返すため。

 

 

『闘いましょうか』

「……イノエラちゃん」

『わたし……心の底から、人類のみなさんを護りたいです』

 

 あなたの優しさも、ネフィルさんが教えてくれた。

 

『護りたい……先生とネフィルさんと、マリアさんと切歌ちゃん調ちゃんと教授と一緒に!! わたしも!!人類のみなさんを……護りたい!!』

 

 だから、あなたとだって闘います。

 

「……わたしもだよ

 わたしも……あなた達と護りたい」

『あ、じゃあ似た者同士ですね!わたしたち!!』

「!!……うん!!」

 

 拳を、構える。

 

『――行きますよ!!』

「――こぉい!!」

 

 

 

 ぶつけ合う。

 

 火花が、散り輝く。

 

 

 

 

 あぁ……でも。

 

 欲張りだけど……

 

 

 わたしが声を出せるようになったこと……先生にも、喜んでほしかったなぁ。

 

 

 

 

 

 



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手は繋ぐためにあるんだって、伝えたかった

 

 

 

「……ぐぅッ!!」

『……ッあぅ!』

 

 ――激突の反動。ぶつかり合ったわたしたちは、互いに跳躍。

飛び退いて、相手の目を見て、逸らさないで、再び……拳を構え直した。

 

《イノエラ!》

 

 うぉんうぉんと、頭の中でネフィルさんの声が反響する、ような感覚。

 

『だいじょ……おと、と』

 

 立ち上がろうとして、立ち眩み。膝を折る。

 

《イノエラッ!!》

『だ、だだだいじょーぶです!!……ふぅー』

 

 わたしを心配するネフィルさんの感情(こころ)が、波紋となって意識の海を揺らします。

 

「(互角か……)」

「(あいつ、あのバカの拳に撃ち負けなかったな……デケェ図体は伊達じゃねぇか。

 くそっ、あたしだって……)」

「(待て、雪音)」

「(なんだよ!)」

「(奴があらゆる聖遺物を捕食する能力を持っている以上、アームドギアでの攻撃以外で奴に対抗する術の少ない私たちが応戦したところで、徒に奴の力を増させてしまうこととなりかねない。……私の影縫いも、奴にとっては菓子も同然だった)」

「(そんな……!)」

「(ここは、アームドギアに頼らず戦える立花に任せよう)」

「(……了解)」

 

一旦深呼吸。落ち着きます。

 

『まだまだ……よし!行けますよ!!』

《無理はするな!戦いは私に任せてくれ!!》

『やです!』

《なぜだ!!》

『マリアさんや切歌ちゃん調ちゃんが戦っているのに何もしないわたしは……もう!やなんです!!』

《…………ぐぅぅ》

『……お願いします。ネフィルさん』

 

 先生の、『フィーネ』のみなさんのお役に立ちたい……わたしだって、その思いは同じです。

"ゴクツブシ"って言われているような不安な気持ちは、もうやなんです。 

 

 

《……本当にいいのか?》

『いいんです』

《君の記憶を共有している私にはわかる。

……君は戦闘というものに忌避感があるだろう》

『む……』

 

 確かに……その通りです。

 先生から頂いたタブレットに登録されていた動画配信サイトに数多くあったアクションやバイオレンスを謳うジャンルの作品たち……困難に立ち向かう人たちのなんと痛そうな表情の数々……見てられませんでした。

 綺麗な男の人と女の人があまあまラブラブしているのを見る方がいいです。

 

『でも……いつまでもそんなんじゃダメだって……叫ぶんですよ』

《……何者が叫ぶ?》

『それはもちろん……わたし自身の、意思ですよ!!』

 

 立ち上がり、響さんに向き直る。

 

『はぁッ!!』

「♪――やあッ!!」

 

 連続する、拳打と蹴打の応酬。

 撃って、躱して、受けて、痛がって。

 

《七時方向、来るぞ!!》

『はいッ!!』

 

 ネフィルさんのサポートで、響さんの拳を避ける。

 そしてカウンター。

 当たったけど、効いてないのか、返す拳がやってきて、当たって、でも、返して。

 繰り返す。

 それを繰り返す。

 ずっと繰り返す。

 

 ――歌と打撃音のマッシュアップ、これが闘い。

 

 怖い。

 痛いのが怖い。

 

 でも――わたしがやらなくちゃいけないいです。

 

 それが、わたしの今生きる甲斐だから。

 

「(ええいまどろっこしい!! フン、油断してる隙に特大出力で……)」

『……んぐ?』

 

 ぎちりぎちりと、絹糸のようなものが……わたしの意識の口と感じられるところを、全身を、縛るような感覚。

 

『……むがぁ!!』

 

 もう!!何ですか急に!!

 気持ち悪いですよ!!

 

「――なぁッ!?(ソロモンの支配が無理やりッ!?)」

『……?』

 

 まったく何だったんでしょうか……

 あれ?先生が驚いてますね……なんででしょう?

 

『先生ー、どうしたんですか?』

「!? ……どうしました?イノエラ……

僕のことはいいですから、ほら、決闘決闘!!」

『はぁーい!!

よーし!……ふふん!頑張りますよ!!』

「(……なぁ、今の見たか?)」

「(あぁ。ソロモンの杖をイノエラに向けて、何か良からぬ仕業を行うようだった)」

「(……あの杖に、ノイズ召喚以外の小手先を仕込んでやがると見えるな)」

「(同意見だ。……ウェル博士は雪音に任せる。私はイノエラとネフィルを)」

「(おう)」

 

 さて、気を取り直して……

 

「……イノエラちゃん!」

『……なんです?』

 

 むむ、闘いながらの会話。

初めてのこと、でも頑張ります!

 

「わたしね……今日ネフィルちゃんと会うまでネフィルちゃん……ううん、ネフィルちゃんとイノエラちゃんとは、戦いたくなかったんだ」

『……はい?』

《――なに?》

 

 攻撃の間隔が、互いに弱くなります。

 な、なんでしょう……響さん、急にどうしたんでしょう……もしかして降参……じゃないですよね。ファイティングポーズを解いてないですし。はい……

 

「戦う相手を敬って尊重して、優しく、普通に話しかけてくれた……敵として会った"人"たちの中で、キミたち二人が、初めてだったんだ」

『……そ、そうなんですか?』

「うん。最初はちょっと戸惑っちゃったけど……今はとっても嬉しいよ」

 

 それは……なんというか……

 

『相手を嫌な気持ちにさせないように話すのって、当たり前のことじゃないんですか?』

「――!!」

『そんなこともできないなんて、響さんが今まで戦った人たちってよっぽど悪い人たちだったんですねぇ』

「……ううん」

 

 響さんが、首を振る。

 

『え、違うんですか?』

「うん……確かに、辛い言葉をたくさん掛けられて、打ちのめされた。でもそれは、その人たちにとってわたしには譲れないものがあるからだったんだ」

『……譲れないもの?』

「そうだよ。……人を傷つけてでも、手を取り合うことを放棄してでも『やり遂げたい夢』があったから。だから、立ち向かったわたしたちには、これでもかと強敵だったんだ」

《譲れないもの……やり遂げたい夢……》

『あります』

「……だよね!」

『わたしたちにだってありますよ!

あなたの心臓を食べて、先生を……人類のみなさんをお守りするって夢が!!』

 

 そしてもちろん先生に歌と踊りを見て笑顔になってもらうことも!!!

……恥ずかしいので言えませんけど……。

 

『でもだからって響さんたちをいたずらに傷つけたりしません!正々堂々、こうして決闘で果たしあってるんですからね!』

「……それだよ!」

『……え?』

 

 背中の蛇さんたちを飛ばして、響さんを掴もうとするも避けられて、何が何だかわからない言葉の数々。

混乱しないように、頭を振って、蛇さんを飛ばし続ける。

 

『……速い……!!』

《なんという反射神経……!》

「それ……とッッてもすごいことなんだよ!!二人とも!!」

『……わけがわかりません!!』

「強い願いを持っていて、それを阻む相手に会ったとして……それでも優しさを前面に出して話し合える……それができる二人は、とってもすごいんだよ!!」

『すごいから……なんだっていうんですかぁ!!』

「そんなすごい二人だから!!」

 

 蛇さんたちを置いてけぼりに、飛び上がる、響さん。

 

《!!……防御だ!!》

『はい!!』

 

 来たる衝撃を和らげるべく、腕を交差し、臨む。

 

 

「――わたし、キミたちと友達になりたいんだ!!」

 

 

『《!!!!》』

 

 とも……だち……

 

 

『わたしたちが……』

《君の……?》

 

 

 ――ネフィルさんの記憶を通して感じた、響さん。

 

 真っすぐ見据えた、きれいな瞳。

 とってもカッコよかった。

 

 そして、わたしと同じ、聖遺物との融合症例……

 

 

 ――憧れなかったと言えば、嘘になる。

 

 

 

「闘うしかなかったわたしたちだけど……」

 

 

 腰のあたりが燃えたと思ったら、すごい速さで飛んでくる響さん。

 

 

未来(あした)を奪い合うしかなかったけど……」

 

 

 ――右手の籠手が、大きくなって、伸びて。

 

 

「わたしは、それでも優しいまま言葉を掛けてくれた二人と……手を繋ぎたいから!!」

 

 

 ――身体が、回って。

 

《ネフシュタンが通じない……なら!》

 

 左手に黄金の剣(デュランダル)

 

 

「――わたしの!!ハートの全部!!この拳に込める!!」

『だったらわたしたちも!!』

《持てる力の全部を!この剣に込める!!》

 

 

 

 

 ――拳と、剣。

 

 火花。二つの黄金が、衝突する。

 

 

 

「あぁあああああああああああああッ!!!」

『《はぁああああああああああああああッ!!》』

 

 退かない。

 退けない。

 負けられない。

 

 先生の為にも――ネフィルさんの為にも!!

 

《イノエラと、マリアたちの為にも!!》

 

 

 

 剣先に、全意識を集中する。

 

 

 

 

 

 ……その中で、ネフィルさんの意識と完全と同調する中で、わずかばかりの(ずれ)が聞こえた。

 

《遅れてしまったが……おめでとう。イノエラ》

 ――なんですか突然……今大事なところですよ?

《すまない。こうして君と強く繋がれている今こそ、伝えておくべきだと思ってな》

 ――いいですけど……なにがおめでたいんですか?

《それはもちろん――》

 

 

《声を、ずっと欲しがっていた歌を、君がようやく得られたことさ》

 ――あ……

 

 そうでした。

 ネフィルさん、ずっとわたしの声のこと、気にして……

 

《おめでとう》

 ――……はい

《君が、ウェルに歌を聞かせるときは、今日私があの大会で得た教訓を生かしてくれるととても嬉しい》

 ――もちろんです!……でも

《でも?》

 ――こんなときにそんなこと言われちゃったら……わたし……わたし……

 

 

「――立花の拳がッ!!」

「デュランダルの剣先を……砕いてやがる!!」

「ば……バカな!!不滅の象徴を!!ただのグーパンでッ!?」

「ハッ! ばーーーか!!」

「ァアン!?」

「ありゃぁただのグーパンじゃねぇのよ……あれはな、この世でただ一つの、立花響の拳なんだだ」

「それがぁッ!?」

「道理も理屈も関係ねぇッ!!あれに貫き通せねぇモノなんざ……この地球上に存在するものかよッ!!」

「常山蛇陣ッ!!鋼と砕け!立花ァーーッ!!」

「や……やめろォーーッ!!やめてくれぇェーーーッ!!」

 

 

 ――嬉しくって……満足して……

《イノエラ……イノエラ!!デュランダルが!!》

 

 

 ――生きててよかったって……泣きたくなって……力が、入りません……!!

 

 

「――いっけぇええええええ!!!」

 

 

 

 

 

 あ。

 

 

 ――ほっぺが、痛いです。

 

 

「「やった!!」」

「うわあぁああああ!?」

 

 

 

そっか……

 

出せる力、全部、届かなくて。

 

 

《ぐあッ……あぁ!》

 

 

 

わたしたち、

 

 

 

《う……イノエラ……》

 

 

 

 ――大丈夫ですよ、ネフィルさん。

 

 

 

《私の……せいだ……すまない……》

 

 

 違いますよ。わたしが、弱かったから。

 

 

《いや……わたしが、あの時、欲望を抑えて踏みとどまってさえいれば……!》

 

 

 でもわたし嬉しかった。

 

 

《イノエラ……!》

 

 

 他でもないネフィルさんに祝ってもらえたのが、とても嬉しかったんです。

タイミングが悪くて、先生には祝ってもらえなかったから……なおさら。

 

《でも……!!》

 

 後悔なんてないですよ。

 出し切れたじゃないですか。私たちの全力。

 ほら、外骨格が煙と消えて、普段のわたしの姿に戻っていくのがわかります。

 

 

 あぁ。

 

 実感、来ました。

 

 

 

 ――決闘、負けちゃったんですね。

 

 

《すまない……すまない…すまない……イノエラ……すまない…!!》

 

 

 ――大丈夫ですよ。ネフィルさん

 

 

《イノエラ……》

 

 

 ――お疲れさまでした……本当に、ありがとうございました。

 

 

《イノエラ……うぅ……ありがとう……!!》

 

 

「……」

「雪音……?」

「……強いよ」

「え?」

「あの頃のあたしより、ずっと、心が強いよ。お前ら……」

 

 

 

「イノエラちゃん、ネフィルちゃん」

『あ……』

 

 響さん……

 

『おめでとう……ございます……』

「……!!」

『これで……晴れてあなたが……人類のみなさんを……お守り……』

「違うよ……」

『え……?』

「イノエラちゃんも、ネフィルちゃんも……"人間"だよ!!」

 

 

 

 

 ……………え?

 

 

 

「話し合って理解り合えるんだもん!!」

『そんなこと……だってわたしたちは……聖遺物を食べないと生きられない……』

「そんなこと関係ない!! わたしが守りたい人たちの中には……二人もいるの!!」

『《!!!!》』

 

 そんな……そんなこと……あるわけない!!

 

『ダメですよ……あなたに負けてしまった時点で、もうわたしたちに守られる価値なんて……』

「あるよ!! だって……わたしが守りたいんだもん!!」

『!?……………それだけの、理由で!?』

「そうだよ!!それ以外の理由なんて必要ないよ!!

人が人を守りたいって気持ちに、大切な人を大切にしたい気持ちに『理屈なんてない』ッ!!」

《……!!》

 

 理屈なんて……ない……

 

「月が落ちてくるなら、落ちてこないようにする……二人が聖遺物なしで生きることができないなら、それもなんとかする……どっちも大変かもしれない……でも、守ってみせる。人類(みんな)を、人間(ふたり)を!」

 

 

 

 

 響さんから左手が、差し出された。

 

 

 傷だらけだけど、きれいな手。

 とても、輝いて見える。

 

《なんと……美しい手だろうか……》

 

 

 

 この手………わたしは……

 

《私は……》

 

 

 

 

「力になりたいんだ!!

……友達のピンチ、ほっとけないからね!!」

 

 

 

 

 あぁ……わたしのことを

 

 

《私のことを》

 

 

 友達だって

 

 

《人間だって》

 

 

 

 そんなこと言われたら

 

 

 

 

   ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

 

 

 わたしは。

 《私は。》

 

 

 

 英雄(立花響)の力を、得られるのなら――― 

 

 

 

 その手の、温もりを―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうやって君は、人を守るとウタうその拳で、もっと多くの誰かを……無邪気にぶっ殺していくわけですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――あれ?

 

 

 

 

 

 

 

 目が、何か

 

 

 布みたいなのに覆われて

 

 

 

《イノエラ……!!

これは……この感触は!!あの時の『意思』!!ど――》

 

 

 

「立花響。君は危険すぎます」

 

 

 

 

 

 ――あ、口に何か

 

 

 

 

 

 

「………え?」

「うちの大事な女神に、いらない夢を……魅せるんじゃぁないッ!!」

 

 

 

 

 

 

 ――え?

 

 

 

 

 

「逃げろ……逃げろォおお!」

《吐き出せ……吐き出せぇええええええ!!イノエラァアアアアアアアア!!》

 

 

 

 

 ――柔らかくて、時々固くて甘い……

 

 

 

 ――食べにくいなぁ……あ、切れた。

 

 

 

 

「立花ァアアアアアアアア!!」

 

 

 

 ――! この味、もしかして……

 

 

 

 

 

「あ……あぁ」

 

 

 

 

 

 ――りんご飴だ!!

 

 

 

 

 

 

「あぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

「行ったァアアアアアアアア!!!パクつけた………♡

これでェエええええええええええええ!!!」

 

 

 

 ――美味しい……美味しい……こんな、こんな美味しいもの…………今まで食べたことない……!!

 

 ――あれ?そういえば何か聞こえるような……よく聞こえないですね……口以外が急によくわからなくなって……でも……

 

 

 

 

「僕譲りの精神力が阻害していた杖の支配も、立花響に負けてくれたことでボッキリ折れてェ!!すんなり受け入れてくれたなぁ!!……おかげでェ!!こうして再びお前たちを操れるようになったァ!!」

 

《そんな……嘘だ……ウェルが……そんな……お前が私たちを……》

 

「ブフフハハハハハハハハハ……アーーーハハハハハハハハハハ!!!!アーーーーッ!!アーーーーハハハハハハハハハハ!!!」

 

《嘘だァアアアアアアアア!!!》

 

 

 

 

 

 ――今は、これを食べたいから……いいや!

 

 



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