伝説の勇者の爺共 (ケツアゴ)
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勇者召喚
プロローグ


なろうの方は今回のに加筆して投稿します 12時予定


「……ふぅ」

 

 照りつける太陽と地面からの反射熱で吹き出した額の汗を首に巻いたタオルで拭う。この日、僕こと璃癒(りゆ)は庭の草むしりを一人でやっていた。本当だったら折角の夏休みだから友達と海に行こうって約束だったんだけど、その子が全教科赤点っていうスーパーハイグレートな真似しちゃってさ。

 

 優しくて物静かな同居している方のお祖母ちゃんは一代で財を築いた実業家で家の庭だって広いし、雑草だって物凄く多くて抜くのも大変なんだ。……どうして一人でやっているかは詳しく言いたくないなぁ。ちょーっと歴史のテストのヤマが外れちゃってさ。お母さんがカンカンで大変だったよ、全く。夏休み中のお小遣い半額か草むしりなら草むしるよね、普通。

 

「まっ、こんなもんかな?」

 

 麦わら帽子がズレたので直し、また汗を拭った僕の足元には抜いた雑草が積み重なっている。少し喉が渇いたし、高校の入学祝いに買って貰った腕時計は三時を指示している。……三時?

 

「やばっ! もう時間だよっ!?」

 

 慌てて家に戻ろうとした時、何とも正反対な足音が背後から二つ近付いて来る。振り向くと其処には僕が慌てた理由である二人が居た。二人とも老人だけど腰は曲がっていないし杖も必要ない足取りだ。

 

 

「おうおう、ご苦労さん。プリン買って来てやったぞ、プリン! お前さん、プリン好きだからな!」

 

「その前にシャワーでも浴びて汗を流してきなさい。年頃のレディですからね。其れと日焼け止めはちゃんと塗りましたか? 虫除けも忘れては駄目ですよ?」

 

 下駄の音を鳴らしながら歩いて来るのはお母さん側の空也(くうや)お祖父ちゃん。灰色の羽織を着た大柄の筋肉質で小さい頃はよく肩車をして貰ったんだ。色黒の三白眼で堅気には見えないけど元々は警察官で警視まで昇進したんだってさ。でも、ヤクザの親分って言われたら信じちゃいそうだよ。結構有名なお店の箱を見せびらかしながら豪快に笑う姿からは想像出来ないけど優秀だったんだね。

 

 そしてもう一人が同居している示現(じげん)お祖父ちゃん。空也お祖父ちゃんは白髪の角刈りだけど、こっちは白髪を整えてスーツを着た老紳士って感じ。職業は大学教授だよ。因みに奥さん、つまり家を建てたお祖母ちゃんは空也お祖父ちゃんの妹で、正反対の二人は子供の頃からの友達だったんだって、世の中って意外だよね。

 

「空也お祖父ちゃん、いらっしゃい! 今日は泊って行くの?」

 

「ん? ああ、示現と飲みに行って帰ろうと思ってったんだけど、璃癒がそう言うなら泊るとすっか! 何かと五月蠅い馬鹿娘も居ねぇしな」

 

「……はぁ。璃癒ちゃんは泊って行くのかと訊いただけでしょうに。まあ、夫婦で旅行に行っている事ですし泊って行く様に勧める予定でしたが。……君はあの頃もそうやって思うが儘に行動して、奈月(なつき)や私、エリザがどれ程苦労したか……」

 

 ガハガハ笑う空也お祖父ちゃんに対して示現お祖父ちゃんは少し呆れた様子。幼稚園の頃から餓鬼大将といさめ役って関係だったらしい。それにしても久々に聞いたな、その名前。

 

 奈月って言うのは空也お祖父ちゃんと結婚した方のお祖母ちゃんの名前だけど、エリザっていう人には会った事がない。三人共の友達らしいけど、何処で会ったとか、その人の名前が出る時に言うあの頃とかについて訊いても胡麻化されるんだ。……うーん、ちょっと不満かな?

 

 

「おいおい、高校生にもなって不貞腐れて頬膨らましてるのが居るぜ」

 

「こら、止めなさい」

 

 僕の頬を面白そうに突いて来る指を示現お祖父ちゃんが止める。高校生だって分かってるならもう少し子供扱いはどうにかして欲しいよ、まったくさ。でも口で言っても聞かないのは分かって居るから何も言わないで家に向かおうとする。汗だって早く流したいしね。

 

 あっ、そうそう。僕はポニーテールの健康そうな体の女子高校生だよ。身長は普通で……胸についてはノーコメント。

 

「あっ!」

 

 一陣の風が吹き、麦藁帽子を舞い上げる。慌てて掴もうとして振り返るけど僕の手は何も掴めなかった。其れは掴み損ねたとかじゃなくって、麦藁帽子が消え去って……。

 

 

 

 

「勇者様っ! どうかこの世界をお救い下さいっ!」

 

「……へ?」

 

 純和風の庭は何時の間にか荒廃した西洋の神殿跡みたいな場所に変わってて、如何にも巫女って感じの服を着た金髪碧眼のお姉さんが跪いて僕に懇願してきたんだ。

 

 

 

 もう一度……えぇえええええええええっ!?

 

 

 

 

 

 神聖都市ロザリンド、其れが私の故郷の名前。清貧を良しとし、強欲傲慢を戒めるロザリンド教の大本山。階級が一定以上上がる事によって罰則事項が増え月々の手当もさほど上がらない等の不正腐敗を取り締まりが機能し、救いを求めてきた貧民には一時の助けではなく新たな仕事で自立の道を、孤児には学びの機会を、そんな場所でした。

 

 甘い香りが漂うお花畑、恋人や家族連れが集う噴水の公園、質実剛健を基本にした聖堂、私が育った孤児院……もう何も残っていません。禍人(まがびと)が従えるモンスターによって焼き払われてしまったのです。

 

 

 

 

「エリーゼ、良かったわ。貴女だけでも生き残っていて……」

 

「司祭長! 一体何が……」

 

 其れは私が孤児院の子供達との約束で、満月の晩にだけ咲くアルテミスという花を摘みに行き、一晩掛かって漸く見つけて山を下りると全てが終わっていたのです。

 

 ベンチに座って読書をしていた公園も、喧嘩ばかりだけど実は仲が良い夫婦が経営するパン屋も、絵本に出て来たアルテミスが見たいと言ったフィーヌや私のスカートを何度もめくって叱られていたチェッキーの居た孤児院も、その場所に居た人まで纏めて破壊され焼き尽くされていました。

 

 そして、倒壊した聖堂の中で瓦礫の下敷きになって虫の息の司祭長……私にとって母親同然だった彼女は私の手を握り、私に都市の宝であり一年に数度だけ儀式の際に公の目に晒される一冊の古文書と紫色のクリスタルのペンダントを差し出したのです。

 

 

「禍人の…復活で…す。勇者を…世…界の希…望を……エ…リーゼ、私の…可愛…い娘。貴女…を愛して…いる…わ……」

 

 禍人と勇者、それはアルテミスが出て来た絵本にもなっている伝説。三百年前、魔界より侵攻してきた禍人と呼ばれる存在、その王である魔王アステカウスを討ち滅ぼし二つの世界を繋げるゲートを破壊したとされる四人の英雄。一人は今のエルフの女王様であり御伽噺ではなく歴史書にも記された話。そして重要なのは此処から。

 

 司祭長が私に託したネックレスの名は秘宝バルトル。異世界より三人の英雄、勇者とその仲間を召還する力が有ると伝わっています。

 

 

 ……本来ならば都市の壊滅を知らせ、相応の準備を整えてから行うべきなのでしょう。ですが冷静さを失った私は古文書に記された満月の欠け始める最初の夜、都市が壊滅してから最初の晩に儀式を行い、三人の異世界人を召喚したのですが……。

 

 

(私は何という事を……)

 

 訳も話さず謝罪もせず懇願した私が目にした三人の姿、私よりも年下の少女、そして二人のお爺さん。少女は完全に困惑し、お爺さん達は何やら囁き合っている様子。例え伝承の英雄達が少年少女であったとしても、私はこの様な人達に別の世界の命運を押しつけたのかと後悔と自責の念に潰されそうになる。

 

 

「申し訳御座いません。今すぐ説明を……」

 

 せめて説明をして存分に罵られ殴られ……殺される事すら覚悟しました。何せ召喚された者は世界を救うまで元の世界に帰還出来ないのですから。だから、それは私への当然の報いだと、せめて誠意を示そうともう一度三人の姿を見た私の目に先程まで存在しなかった物が映っていました。

 

 璃癒 勇者見習い Lv11 

 

(これが伝承に残る召喚者に与えられる力……ステイタス看破)

 

 その者の名とクラス……クラスとはその者の持つ力を段階と種類に分類した物、そして力量を示すレベル、それらを総称してステイタスと呼び、其れを見抜く力が与えられるとされています。伝承によれば一般人よりは数段高いレベルですが……。

 

 

「お嬢さん、少々お聞きしたいのですが……此処はロザリンドですね?」

 

「今のエルフの女王はチビニア……チルニアで合ってるか?」

 

「な…何故その名を……え?」

 

 謝罪を忘れるという愚行を行った私に対しての問い掛けは余りに想定外。勇者様も困惑した様子でお二人に視線を向け、私はお二人のステイタスに我が目を疑う事になるのでした……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 示現 救世の勇者(先代) Lv100

 

 空也 救世の大賢者(先代)  Lv100

 

 

 

「はぃいいいいいいいいいいいいっ!? ぜ、前回の勇者様と賢者様ぁああああああああっ!?」

 

 この時の驚きと醜態を私は一生忘れないでしょう。人前で此処まで叫んだのは後にも先にもこの時のみなのですから……。

 

 

 

 




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驚愕の真実

 破壊の為に破壊、殺戮の為の殺戮、白亜の城は無残な瓦礫と化し、笑い声で溢れた街には人とも獣ともつかぬ咆哮が轟く。失望、絶望、憤怒、怨嗟、恐怖、地獄に相応しい物が多くあり、そんな場所で人々は生きている。……一応は。死が救いとなる家畜にすら劣る劣悪な環境、それが生きている場所だ。

 

 少し前、この場所には稀代の名君と称された王が居た。白亜の城に住む彼は民の安寧を願い、人故の不完全さで救いきれない事に嘆き、諦める事無く己を研磨続ける彼の臣下も民も幸福だっただろう。

 

 王のお気に入りの場所は城から見える小さな湖。水鳥が優雅に泳ぎ、周囲には花が咲き誇り、夜に映る月は美しい。王には王が眠るべき場所があると理解しながらも、自らの墓は湖の畔が良いと思っていた。多分、もしかしたら、きっと、彼の願いは叶えられたかも知れない。其れほどまでに彼は愛され……結局、それは可能性の話でしかないのだが。

 

 彼の愛した国はもう無い。民は絶望の中生きている。王様も死んで、彼の城は無残に壊されて、其れを引き起こした者達は国の名前も、王様の名前も知らないし知ろうともしない。この場所を選んだのも特に理由が無かった。

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ、どうして僕を呼んだのさ? 今、人間チェスが良い所だったんだよ。ねー?」

 

「そうだよ。キングに選んだ赤ん坊を討ち取った時のルークの顔が最高だったんだ。きっと父親だよ。ねー?」

 

 瓦礫となった城の上、夜闇が集まったかに見える黒い球体が浮いている。その中の一室、円卓を挟んで四カ所に計五つの椅子が有る部屋に子供の不満そうな声が響く。無邪気故の残酷さ▼……等では絶対になく邪悪を凝縮した幼子の声は二つ。年の頃は十程の双子らしき二人が直ぐ隣に並べた椅子に座って足をバタバタと動かしている。

 

「ちっ!!」

 

 双子の正面の席は不在、左右には既に座っており、双子の声が耳障りだとでも言いたそうな舌打ちが響く。双子が顔を向けたのは右側、細い女の胴回り程もある腕をした大男だった。赤い髭も髪も短く切ってはいるが乱雑で彼の性格を表している。

 

 大男の印象を表すに相応しい言葉は、粗暴、野蛮、そして暴力。机の上に足を載せて椅子にもたれ掛かった大男は双子に不機嫌と不満の籠もった視線を送り、ふと喉の渇きを覚えて一番近くの給仕の女を指差す。髪の長い白い肌の美しい女だ。

 

「おい」

 

 その一言と共に指で招かれた彼女は覚悟を決めた顔で歩み寄って跪き、大男の豪腕が頭をむんずと掴んで引き寄せると細い首に鋭い牙が突き立てられる。ジュルジュルと液体を吸う音に合わせて女は身動ぎを許されぬまま枯れ、最後はミイラになった状態でゴミの様に放り投げれば他の給仕が慌てて回収、部屋の外に持って行く。この後、彼女がどうなったかは想像に容易いだろう。男は満足したのか口周りを拳で拭った。

 

「ぷふぁっ! やっぱ共食いが一番だな。人間はどうも臭くて堪らねぇ。……臭いつったら小便臭い餓鬼が居たな、おい」

 

「汗臭い血生臭いおっさん臭い、三臭いアンタが言うの?」

 

「自分の臭さで鼻が曲がっておかしくなってんるんじゃない?」

 

 大男の言葉に頬を膨らました双子が言い返せば先程から溢れていた殺気が濃厚になって行く。この時、沈黙を守り傍観に徹していた三人目が動く。手を数度叩いて注目を集めたのは若い男。軽薄さ等無縁な長髪黒髪の男で彼が動いた時、三人の顔に緊張感が走った。空気が張りつめ、否が応でも男の一挙一動に注目させられる。

 

 

 

 

「……今夜は肉たっぷりのシチューだったが、海鮮系に変えた方が良いか?」

 

 発せられたのは夕餉のメニューについて。先程の発言から内容の予定変更の必要性が気になったのか気を使って首を傾げながら訊ねる。その口元には涎の痕が残り、腕を組んで黙っていたのは寝ていただけの様だ。

 

「い、いや、気にするこたぁねぇ。それに晩飯は自分の所で食うしな。……それよか呼び出した理由を言ってくれや」

 

 呆気に取られたのではなく、この男と一緒の空間に居たくない、そんな大男の顔を見た彼は給仕に何かを告げると口を開いた。

 

 

 

 

「……各地に勇者を名乗る者達が出現した。厄介な事だ」

 

「ああ? どうせ偽物ばっかだろ? 三百年前に当時の魔王様をぶっ殺したつぅから本物は居るんだがよ?」

 

「此奴、分かっちゃいないね。馬鹿だよね。ねー?」

 

「もし本物が居ても情報が混ざるから厄介なのにねー」

 

 双子の嘲笑が頭に来たのか大男が立ち上がった時、男はまたしても首を傾げる。

 

(全部本物ではなかったのか……)

 

 

「……テメェ、いい加減にしねぇと締め上げてから喰殺すぞ」

 

「面白いね。逆に握り潰して食べてあげるよ」

 

「え~? 引きちぎって遊んで捨てた方が面白いよ」

 

 双子に対しテメェと単一に対する言葉を使った大男は腕を伸ばして掴み掛かろうとし、双子もヘラヘラ笑いながら右手と左手を片方ずつ伸ばす。だが、その間に男が割って入る事で動きが止まる。その手にはジュースが入ったコップを乗せたトレイが置かれていた。

 

 

 

「……幹部の死闘は禁じられている。ほら、これでも飲んで落ち着け。クレメド、餓鬼と呼ぶなら大人の対応をしたらどうだ?」

 

「お、おう……」

 

「イルマとカルマもだ。仲間に喧嘩を売るな」

 

「「……はーい」」

 

 双方共不満や遺恨は有るも男の言葉に従うしかない模様。ただ、男はそれに気が付かず満足そうに笑うと思い出した様に口を開いた。

 

 

 

 

 

「姉さんだが例の勇者の末裔だとか言う国の王子を殺しに行った。……所で帰ってくるまでに勇者について教えてくれ。忘れてしまったと知られたら殺される」

 

 其れが呼び出した理由なら殺されてしまえ、クレメドとイーラとカルマは同時に思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三百年前、魔界より現れた禍人と名乗る者達によって世界の危機が訪れた時、エルフの姫君によって召喚された三人の英雄の活躍により……」

 

 僕は今エリーゼさんからお祖父ちゃん達の伝説を教えられていた。この世界に召喚された時に文字や言葉が自動で翻訳されているらしいから発音とかも気にならないけど、途中で気になるキーワードが出て来たんだ。あっ、空也お祖父ちゃんが賢者とかはスルーする事にし他。……気にしちゃ駄目だよね、うん。

 

 ……僕のお祖母ちゃんの奈月お祖母ちゃんは一代で会社を大きく成長させた才女で優しく物静かな淑女で、こんな風になりたいって憧れだったんだけど……。

 

 

「……あのー。短気で喧嘩早い武術の達人の奈月って空也お祖父ちゃんの妹とは同姓同名の……」

 

「いや、彼奴だ。昔はそんなんだぞ」

 

「……今でも偶に出しますよ、本性」

 

 お祖父ちゃん達から聞かされた衝撃の事実に僕の中のお祖母ちゃんへのイメージが音を立てて崩れていく。正直物凄くショック……。

 

 

 

 

 

 

「……まあ、何だ。大人ってのは色々有るんだって」

 

 あの後、今後の方針を考えるからってエリーゼさんと示現お祖父ちゃんが話し合っている。三百年経った今の状況を聞きたいそうだけど呆れているというか予想通りって感じって言うか……どうしたんだろう?

 

 空也お祖父ちゃんは色々とショックを受けた僕の髪をグシャグシャと撫で回しながら慰めてるけど……そうだよね。お祖母ちゃんだって色々あって今があるんだから。それにちょっと嬉しいことも有る。

 

 

「ねぇ、お祖父ちゃん達の口から何があったか聞きたいな。今までずっと誤魔化してばっかりだったもん」

 

「おっ! なら俺の武勇伝をじっくり語ってやるぜ」

 

 今までお祖父ちゃん達が楽しそうに語っていた頃の話、其れを問題なく聞くことが出来る。うん、この世界に来て不安たっぷりだけど、一つでも良いことが有るのは嬉しいな。

 

 

 

 

 

「……さて、私達は信用できず、基本的に国も信用しない方が良い。ならば向かう場所は只一つ……エルフの国ですね」

 

 示現お祖父ちゃんの言葉が耳に入る。エルフの女王様がお祖父ちゃん達を召喚した人で仲間の一人。……どんな人なんだろう? 会うのがちょっと楽しみ……かな?

 

 

「チビニアの国かぁ。彼奴、ちゃんと王様やってんのか?」

 

 空也お祖父ちゃんは少し面白そうに呟いた……。




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今後の方針

 碌々舗装をされていない山道を五台の馬車が疾走する。強靭な肉体を持つ馬が二頭掛かりで引くのは巨大な馬車であり、内部は見た目以上に広い魔法の馬車である。時折、犬ほどの大きさのバッタや岩石の身体を持つ亀に襲われるも乗っている者達によって難なく退治されていた。

 

「しかし此処まで多いと嫌になりますね……」

 

「口ではなく手を動かさんか、馬鹿者」

 

 辟易したといった様子で死骸を除けて通り道を造っているのは立派な鎧を身に付けた騎士の青年。彼も、無駄口を注意して来た中年の騎士も王子の仲間として魔王討伐メンバーに選出された者達の一人。余計な護衛対象を増やさない為か騎士達は最低限の身の回りの事は訓練の一環で可能になっており、馬車に乗っている者の殆どが一流と表して良い実力者だ。

 

 もっとも、そうでなければ魔王の討伐という栄誉と危険が類を見ない程に大きい任務を任されないだろうが。名誉、義憤、忠義、憧憬、そして正義。動機は違えど皆、この任務に誇りを持っている。不良騎士と呼ばれ唾棄すべき者が居る中で、実力人格共に選考基準を満たしたエリートの集まりだ。

 

 そして彼らを率いる王子こそ最も優れた騎士であり、誰もが御飾り等ではないと認めている。彼さえいれば魔王討伐さえも果たせると信じていた。

 

「さて、行こうか。先ずはこの先で確認された禍人の幹部の討伐だ」

 

 

 

 

 

 

「……目標、発見。即排除」

 

 騎士達から離れる事一里程、崖の上から彼等を見詰める女が居た。覆面で口元を隠しフードを被って素顔は見えず、騎士達を見詰める瞳には殺意も憐憫も嘲りも含まれず、足下に転がる石ころ程度の認識も無いのだろう。息を吸うように無手のままの右手で投擲の構えを取り、右足を踏み込む。何時の間にか闇を凝縮したかの如き槍が握られ、槍が赤雷を纏った瞬間……放たれた。

 

 谷を越え、川を越え、空を切り裂きながら槍は飛んで行く。その速度は常人には知覚不能であり、進軍の準備を整えた騎士達へと一直線に向かい……。

 

 

 

「な……」

 

 何だ、と、若い騎士が疑問の言葉を吐き出し終えるよりも前に地面に突き刺さった槍は眩く輝き膨張した。着弾地点を中心に膨らんでいく闇は地を、森を、生き物を、全てを飲み込んであっさりと消え去る。跡には丸く抉られた地面以外何も残らない。その場所に何かが在った痕跡さえも完全に消え去っていた……。

 

 

 

 

 

 

「勇者を名乗る者達の台頭ですか。……人の本質は変わりませんねぇ」

 

 エリーゼさんから得た情報は私が予測していた通りの内容でした。私達が旅をしていた時に紛失した秘宝と古文書ですが、世界中に所有を主張する者達が居て、彼らが支援する勇者の存在。勇者を名乗る事で得られる利益は大きいでしょうしね。……ですが、却って都合が良い。

 

「では、私達は勇者を名乗らぬ事にしましょうか。偽物扱いされるのも、偽物と分かっていて援助する権力者と敵対するのも厄介ですしね」

 

「で…ですが勇者である事で得られる支援や情報だって……」

 

「そして私達が一度魔王を倒しているという事実が禍人の勇者への警戒を生み、目立てば襲撃を受けるでしょう。数で攻められればどうなるかは……分かりますね?」

 

「……はい、そうですよね」

 

 大勢が巻き込まれる、私の言いたいことをそう取ったらしいエリーゼさんは言いたいことがある様子ですが飲み込む。向こうも此方を召喚して巻き込んだという自責の念が有るのでしょう。実際は私達が危ない以外の意味など無いのですけどね。

 

 ……私は昔から感情ではなく実利で動く人間だった。そうしたい、ではなくて、そうした方が都合が良いから、それで動いて来た。正反対の人間である空也が眩しく見えてはいましたが、それでも生き方を変える気はない。

 

 私にとって護るべきは孫娘である璃癒。次点で私や空也でしょうか? 正直言ってこの世界の住人など興味はない。私が勇者だった頃も元の世界に戻る為に戦ったのであり、世界を救うという使命感など偽りだった。

 

 

 

「ご安心なさい。私達の手でもう一度世界を救ってみせましょう」

 

「は…はい!」

 

 私が勇者を名乗るのをしないのを提案するのは面倒を避ける為。勝手に呼び出して押し付けた勇者の名に縋り、勇者だからと頼ってくる者が鬱陶しいからだ。だから魔王は倒しますが余計な人助けはしない。異世界の住民の為にどうして璃癒が危険を冒す必要が有るのですか? その場しのぎの局地的な平和維持など意味はないのですよ。

 

 

 

(……問題は)

 

 奈月の本性の件がショックだったらしい璃癒と、それを慰めている空也に視線を向ける。あの子の場合、救えたかもしれないのに救えなかったと落ち込むでしょうし……優しく善良な子に育って良いことなのですがね。

 

 

 

「まあ、後々考えるとして……」

 

 正直言って支援は欲しい。お金は必要ですからね。ですが権力者の厄介さは前回の冒険で理解しています……空也と奈月以外は。ああ、彼女が居ましたね。約束もありますし、目的地が決まりましたね……。

 

 

 

「エルフの国に行きましょう。しかし、信用できる相手が居るのは本当に嬉しい事です」

 

 ……ああ、所で偽物の皆さんには感謝しましょうか。説得の口実が増えた上に敵の情報が入りやすくて何よりです。きっと襲われるでしょうが別に良いのでしょう? 正義か欲か強制か、どんな理由であれ勇者を名乗るのですから折り込み済みでないといけませんよ? 勇者には高潔な自己犠牲の精神が求められるのですから。

 

 

 

 

 

「さて、璃癒。ちょっと彼処の木に目掛けて走ってみて下さい。勿論全力でお願いしますよ」

 

「え? うん、分かった」

 

 目的地も決まり、先ずは最寄りの町で準備を整えようとなったのですが先に確かめておくべき事があります。私の時も苦労しましたからね。

 

 私が指さしたのは燃え残った大木。璃癒は特に迷うことなく駆け出し、一瞬で激突した。メキメキと音を立てて倒れていく木の璃癒が激突した部分は弾け飛んでおり、大した痛みも無い様子ですが呆然としていました。それもその筈。本人からすれば自分が此処まで速いと認識さえしていないのですから。

 

「え? ええ!?」

 

「懐かしいなー! 俺も召喚されて力が増えた最初の半日は加減が分からずに苦労したぜ。示現は三日掛かったけどな」

 

「寧ろ半日で適応した方が変ですけどねぇ。……璃癒、覚えて置きなさい。私達は召喚されてレベルとクラスを得た事で身体能力が大幅に上がっています。町に着くまでに慣らしましょう」

 

 私などフォークを曲げてしまったり物にぶつかったりと苦労したにも関わらず、空也は半日、奈月も一日で順応したのは呆気に取られた覚えがあります。絶対私が普通ですけどね。

 

「も、申し訳有りません! ちゃんと説明していませんでした」

 

「構いませんよ、エリーゼさん。私も空也も実際に体験した者達ですし、文献でしか知らない貴女を責めは致しません」

 

 実際、私は彼女にさほど期待はしていない。精々がこの世界の今の時代の住人として案内をして頂く迄です。だから私は平謝りの彼女に作り慣れた温厚な笑みを向ける。この場合、これが最適ですので。

 

 

 

 

 

 

「……うーん。ちょっと慣れて来たかな? あっ! 何かが寄って来たよ、お祖父ちゃん達」

 

 一時間後、その場で三メートル程ジャンプしながら早くも順応を始めたらしい璃癒は着地すると前方を指さす。視線を集中させれば地球では存在する筈のない生物が五体の群で近寄って来ていました。

 

「あれは確か……レッドゲルですね」

 

「何だか弱そうだね。ゲームの序盤の雑魚っぽい」

 

 現れたのは直径一メートル程の赤い半透明のキューブ状の生物。中心に細胞核を思わせる球体が浮かんでいまして璃癒は呑気にしていますが時代のせいでしょうね。なまじゲームやら小説やらでファンタジーに触れるからこそ油断が生まれる。さて、講義としては丁度良い相手です。

 

「エリーゼさん、あれの説明をお願いできますか?」

 

「え…えっと、レッドゲルはキューブゲル種の中堅に位置するモンスターでして決して雑魚では有りませんよ、璃癒さん」

 

「結構。では、実際に見てみましょう」

 

 此方に気付くなりプルプルと震えながら子供の駆け足程度の速度で寄ってくるレッドゲルの先頭に下手投げで拳大の石を投げる。弧を描きながら命中した石は体内に沈み、熱湯に入れた氷の粒のように一瞬で溶けて消え失せた。

 

 これで妙な侮りは消えたでしょう。実際、今の璃癒では武器があっても苦戦する相手です。見た目が弱そうなのが来てくれたのは逆に良かったかも知れませんね。

 

「生き物である以上は補食をしているという事で、あれの場合は強力な酸性の体液を使っています。……それと璃癒、都合良く弱い順にモンスターが出てくるゲームと違って現実ですので気を引き締めるように。良いですね?」

 

「うん。ごめんなさい」

 

「宜しい。では、空也。久しぶりの魔法をお願いします」

 

「おうよ! 璃癒、見てろよ。魔法使いの最高ランクである賢者の爺ちゃんの活躍をな! アースパイル!!」

 

 少しだけ厳しい声で忠告すれば璃癒は素直に聞いてくれる。では目障りな存在には消えて貰いましょう。次の講義には些か現実離れしすぎている。空也が前に進み出て手を前に翳し魔法を唱えれば天に向かって岩の杭が突き出されていく。凄まじい勢いで広がっていく杭が止まった時、既にレッドゲル達は溶解する間も無く杭に核を貫かれて消えていきますが……予想通りですね。

 

 実際、空也も分かっているのか頬をポリポリと掻いています。扇状に広がっていく範囲。レッドゲルを飲み込んだのは辛うじて効果範囲に収めた端の方なのですから。

 

「……あちゃあ。こりゃしくじったな」

 

「ブランクですね。……私達も勘を取り戻す必要が有るようです」

 

 魔法を使えると使いこなせるのは別の話。暫くは広範囲の魔法は控え、コントロール取り戻さなくては……。

 

 

 

 

「空也お祖父ちゃん凄い! 僕も魔法が使えるようになるのかな!?」

 

「ん? ああ、確か魔法が使えるクラスを得たならレベルの上昇と一緒に使える魔法が頭に浮かぶ筈だぜ。……だったよな?」

 

「いや、魔法に関しては君の方が上だったでしょうに。なぜ私に訊くのやら……忘れたのですね」

 

「おうさ!」

 

 得意げに肯定できる友人が羨ましいと、この時は思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……さて、次のモンスターで講義が出来れば良いのですが。望むのは獣に近い種類。命を奪う事について早めに知っておかないと……。




加筆バージョンは王子について掘り下げます 活躍も……

何故か黒くなった示現爺ちゃん でも孫が大切です

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違和感

「さて、山を登る前に休憩にしましょう」

 

 エルフの国に行くには今目の前を流れる川を越え、山を越えるのが一番早いらしい。僕やお祖父ちゃん達はクラスを得た事で身体能力が上がっているけど、エリーゼさんは大分疲れているみたいだからね。

 

 一晩中山の中で花を探し回った後で故郷が滅びたのを見て体も心も疲れ切っている。まだ太陽は高いけど、僕も休ませた方が良いと思うんだ。

 

「璃癒、貴女もちゃんと休みなさい。……と言うより忘れている事が有るでしょう?」

 

「え? 宿題は……無理だし何だっけ?」

 

 いやー! 異世界に来たから勉強ができないのは辛いなぁ、うん! ゲームや漫画も無いのも辛いけどさ……。特に週刊誌買って来て今から読むぞって時に草むしりをする事になったもんなー! あれれ? 草むしりと言えば……。

 

 

 

「あっ! お風呂に入ってないや!」

 

 街は壊滅的で何とか旅に使えそうな物をエリーゼさんが集めていてくれたけど、色々あって使えるお風呂を探すって考えはなかった。多分無理だったけど、あの惨状じゃ無理だし。

 

「……はぁ」

 

「がはははは! やっぱ奈月の孫だな。彼奴も旅の最中は頓着しなかったぜ、そういうの」

 

 うっ! 示現お祖父ちゃんは、年頃の娘が嘆かわしい、って顔で溜め息吐いているし、空也お祖父ちゃんの口から出て来た知りたくなかった真実。う、うん、確かに年頃の女の子としては拙い……かな?

 

 

 

「では、休憩で。空也、お風呂の準備をお願い出来ますね?」

 

 え? この環境でお風呂入れるの?

 

 

 

 

 

 

「さて……グラビティ! 水の精霊王よ、我が呼び掛けに応えたまえ……サモン・ウンディーネ!!」

 

 空也お祖父ちゃんの呪文によって河原の一部が上から見えない力で押し潰されて陥没、膝の高さ程の穴が空く。そして次の呪文を唱えると川の中心に魔法陣が出現してそれほど深くないのに其処から大きな泡が上がってくる。中には神秘的な雰囲気のお女の人が入っていた。

 

 踊り子みたいな露出の高い服も腰まで伸びた髪も、身体さえも半透明の水色な液体で構成された彼女は泡が割れると同時に宙に浮き、僕に視線を向ける。値踏みされているような威圧されているような奇妙な感覚に戸惑った僕の隣ではエリーゼさんが跪いて祈りを捧げていた。

 

「ああ! 偉大なる聖獣王様にお仕えせしウンディーネ様! お姿を拝謁できた事、我が人生で最大の幸福で御座います」

 

 聖獣王、それがエリーゼさんが……いや、この世界の殆どの人が信仰する対象らしい。黒衣を身に纏って沈黙を貫く少年と数多の獣をお供にした世界を守護する存在で、クラスとかレベルとかを世界に齎したって教わったよ。お祖父ちゃん達は会った事が有るらしいけど、空也お祖父ちゃんは懐かしそうに笑って、示現お祖父ちゃんは渋顔だったのは何故だろう?

 

 そして聖獣王を信仰する聖獣王教には代わりに人を助ける四人の精霊王をそれぞれ最も崇拝する派閥に分かれるまでは聞いたけど、エリーゼさんはウンディーネ派なんだね。こうやって見ていると神秘的で神様って感じがするもん、気持ちは分かるかも。

 

 エリーゼさんの祈りが通じたのかウンディーネさんから威圧感が消え、柔らかい笑みと共に口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「……マジっすか? いやー! ウチの信者とか最高っすね。てか、久々にウチを呼び出せるのが居るから契約の試練を簡単にしてやろうと思ったら空也じゃないっすか! 示現も居るっすね。其処の奈月に胸と目つき以外は似ている子は孫っすか?」

 

「ああ、俺と示現の孫娘の璃癒だ。おい、挨拶しな」

 

「は…初めまして……」

 

 軽っ!? 水の精霊王、口調凄く軽いよ! ……あっ、エリーゼさんが固まってる。うん、仕方ないよね。取りあえず言われるがままに頭を下げて挨拶したらこっちに近寄って腕を取るとブンブン振って来た。

 

「こっちも初めまして宜しくっす! こっちの信者の子も宜しくっすね」

 

「ウ…ウンディーネ様がががががが……」

 

「ありゃ? あー、なるへそなるへそ。いやいや、普段はちゃんと精霊王らしく喋ってるっすよ? これでもイメージ商売っすからね」

 

 呆然とするエリーゼさんの腕を取ったまま緩く軽い感じを崩さない。これは立ち直るの暫く掛かりそうだなぁ……。

 

 

「おーい、ウンディーネ。久々に会って直ぐにアレだけどよ、風呂の準備頼むわ」

 

「オッケー! ほいよ……っと!」

 

 ウンディーネさんが指を一度パチリと鳴らせば穴の底から水が湧きだし、もう一鳴らせばお湯になる。恐る恐る手を入れれば適温だ。……はっ!

 

 

「エ…エリーゼさん?」

 

 信仰の対象が物凄く軽ーい性格だった上にお風呂の準備の為に召喚されてあっさりと引き受けるとか大丈夫かな、そう思った僕が顔を向けて声を掛けるも反応が無い。

 

 

「……気絶してる」

 

「ありゃりゃ? 変な子っすねー。ちなみにお湯の効能は打ち身、擦り傷、高血圧、湿疹、挫き、腰痛、関節痛、肩凝り、美肌その他諸々。んじゃ、また呼んだら良いっすよ」

  

 白目を向いて立ったまま気絶しているエリーゼ三の目の前で何度か手を振ったウンディーネさんはお風呂の効能を説明し終わると川の中に入ってこっちに手を振る。その体は徐々に水中に沈んでいった。

 

「次はイメージ商売に的した口調でお願いします」

 

「オッケー! 忘れてなかったら善処するっすよ」

 

 出来るなら忘れないで欲しい、エリーゼさんを見ながら僕は願うのであった。

 

 

 

「……ウンディーネの湯は久々ですね。私達も後で入りましょう。最近研究続きで肩凝りが酷くて。じゃあ、周囲を布で囲っておきますので先に入りなさい、璃癒。私達は食料の調達をします」

 

「俺もどうも最近血圧がなぁ。まっ、仮にも精霊王の力が籠もってるんだからこれで解決するだろう」

 

 お祖父ちゃん達は体を大切にね。……じゃあ、エリーゼさん起こしてお風呂に入ろうか。いい加減気持ち悪くなってきたし。僕はエリーゼさんを揺り起こすと一緒に布の内側に入って服を脱ぎ始める。でも、まさかあんな事になるなんて……。

 

 

 

 

 

 

 

 エリーゼさんは現実逃避でウンディーネさんについては忘れてるっぽい。何も言わないでおこうか。だって今はそんな事より会った時から同士だと思ってた彼女の裏切りが許せないんだ……。

 

 

 

 

「着痩せする体質だったんだね、エリーゼさん……」

 

 僕がシャツとハーフパンツ、スポーツブラとパンツを脱いで裸になってから視線を送れば丁度ブラを外している所だった。格差、圧倒的な格差が其処にはあった。アレは凶器のレベルだよ……。

 

 普段はゆとりのある服とブラで押し込められていた凶器は解放と同時に威力を発揮する。ブルンと物凄く揺れていた。

 

「着痩せ? わ…私太ってますかっ!?」

 

「……いいえ」

 

「良かったぁ……」

 

 問題無くボンキュッボンです、エリーゼさん。安心したのか胸をなで下ろして息を吐けばプルプル震えています、エリーゼさんのおっぱいが。肌だって白くて艶々でついつい見ちゃうし、羨ましい……なんて言わないからね!

 

 僕だって健康的に焼けた肌に引き締まった身体だし? 男装が似合いそうとか言われるけど。…ええい! 今はお風呂だお風呂! 折角広いんだ、泳いじゃえ!

 

 

 

 

「極楽、極楽……」

 

 普段は家のお風呂だし、公共の場で泳いだら怒られちゃうけど今は別って事で背泳ぎをしながらお風呂を堪能。疲れが溶けていく感じがするよ。横を見ればエリーゼさんも溶けそうな程に気持ち良さそうにして顔が緩んでる。そして顔の前ではブカブカと島が二つ浮かんでいた。

 

 

「ねえ、エリーゼさん。何食べたら胸が大きくなるの?」

 

「胸ですか? さあ? でも、大きいと大変ですよ? 肩は凝るし激しく動いたら痛いし、小さく出来るなら小さくしたいなって思いますから……」

 

 ……は? この人、今なんて言った? チイサクシタイ? 僕は立ち上がり無表情でエリーゼさんに近寄って……胸を掴んだ。

 

 

「お前は世界中の貧乳を敵に回したー!! この、このっ! 揉んでやる、奪ってやるー!!」

 

「ひゃんっ!? ちょ…ちょっと落ち着いて……ひゃうんんんんんっ!?」

 

 

 

 

 

「ふう。良い湯だった……」

 

 流石はウンディーネさんの力が籠もっているだけあって髪が艶々、お肌がスベスベになってる気がするし、お風呂から出たら水滴さえ体に付いていないや。……うん。エリーゼさんが隠し持っていた凶器に暴走して揉んだり揉んだり揉んだりした気がするけれど気のせいだよね? 何か怯えた表情で距離を開けられている気がするけれど……。

 

「そんな事よりお腹が減ったなぁ。ご飯なんだろ?」

 

 大分長い間お風呂を堪能してたけど外からご飯が出来たって呼ばれたから出てきたんだけどお腹が鳴っちゃったよ、今。プリンは異世界には持ってこられなかったしさ。って言うか米食べたい、米。朝ご飯はパンだったし、お昼は素麺だったからね。こう、お肉に甘辛いタレを絡めてガッと掻き込みたい。

 

「まあ、僕は米をおかずに米が食べられるけど……この匂いはっ!」

 

「良い匂いですけど何でしょう……」

 

 少し離れた場所で二人が熱した石で何かを焼いている。いや、何かじゃない。これは僕の大好物の匂い。エリーゼさんは分からなくても僕には何か分かって一目散に駆けだしていく。少し近寄れば正解だって判明した。

 

 

 

「やった! 焼き蟹だっ!」

 

「こ…これはキラーキャンサー……。あの、これってモンスターですよ?」

 

「知ってる知ってる。何度も食ったからな」

 

「蟹味噌も美味しいですよ。ほら、食べてご覧なさい」

 

 真っ赤に熱した石の上で丁度焼けていたのは五十センチ程の大きさの巨大な蟹のハサミ。甲羅の色が緑だけど気にしない気にしない。モンスターだって蟹には変わりないもんね。

 

「いただきまーす!」

 

 先ずは焼き蟹から。身をほじくって口に運べば丁度良い焼き加減で旨味と甘みが凝縮されて少しの臭さなんて気にならない。蟹味噌も少し苦い気もするけれど逆に混じっている美味しさを引き立てている。美味しい、美味し過ぎる!

 

 僕が思わず感動で打ち震える中、抵抗があるのか恐る恐る手を出してたエリーゼさんも驚いた顔だうんうん、食文化の違いって異世界でも有るんだね。地球にはモンスター居ないけど。

 

 

「ビックリしました。モンスターを食べるって聞いたことはあっても実際に食べた事は無くって……」

 

「勿体ないなぁ。……あー、醤油と米が欲しい。味噌汁に入れてご飯でガッと行きたい気分」

 

 納豆が有れば更に良し。あー、無性に食べたくなってきたよ。

 

 

 

「この世界、米が有りませんよ」

 

「大豆もないから醤油も味噌も無いな」

 

 ……は? 思わず僕は固まってしまう。お米も醤油も味噌もない。納豆も? この時程この世界に来たことがショックだと感じた事は無い。だって日本人だもん……。

 

 

 

「……璃癒、それはそうとお客さんです」

 

 ショックに打ちひしがれた僕が顔を上げれば匂いに誘われたのか涎を垂らす凶暴そうなモンスターが二体。僕の知識からしたらコボルトが一番近いね。ナイフ持った二足歩行の犬っぽいし。

 

「アレはコボルトです! 皆さん、此処は私が……」

 

「あっ、矢っ張りコボルトで良かったんだ。……僕も戦うよ。良いでしょ、お祖父ちゃん?」

 

 エリーゼさんが杖を出して構えたから僕も町で発掘した両刃の剣を取り出す。西洋剣とは扱いが違うけど剣道は道場に通っているし、お祖父ちゃん達に頼れない状況に陥る前に経験は積んでおきたいからね。二人を見れば頷いたので戦いを始める。

 

 

 ……思えば既に違和感はあったんだ。お祖父ちゃん達の表情とか、自分の心境とかさ……。

 

 

 

「ライトアロー!」

 

 エリーゼさんの杖から飛んだ光の矢が先頭を走ってきたコボルトの腕に刺さり怯ませる。矢が消えて傷から血が吹き出した時、眼前で僕が剣を振り上げていた。

 

「てやっ!」

 

「グギィッ!」

 

 肩から脇腹まで振り抜いて両断、ナイフを振り回しながら近寄ってくる二体目の胸を貫いて蹴り飛ばした時、三体目が横にナイフを振り抜こうとするけれどもう一度放たれた光の矢が首に命中、僕は三体目の首を跳ね飛ばして血を浴びる前に飛び退いた。

 

 

「やった! ……あれ?」

 

 何かが……変だ。虫や如何にも幻想の生物って感じのじゃ無くって小柄な大人ほどの犬みたいな相手を斬っておいてどうして達成感しか感じないんだろう? 皮を切り裂き骨を断って首まで切り落として、どうして平然としていられるんだ?

 

 

「……召喚時に付与されるのは言語や文字の翻訳だけでなく戦いに対する忌避感の減少ですよ、璃癒」

 

 示現お祖父ちゃんの言葉に全てを理解する。自分が自分でなくなったみたいな感覚。それが凄く怖かった……。



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戦う理由

 幼い頃から僕はお祖父ちゃん達にベッタリだったのを覚えている。二人共、とっても立派で自慢で、構って貰えるだけで嬉しかった。一番の楽しみは二人の休みが重なった時に一緒にお出掛けする事。両手を繋いで貰って歩いたんだ。

 

「ねぇねぇ。僕、お祖父ちゃん達が大好きだよ!」

 

「おう! 俺もお前が大好きだぜ」

 

「勿論私もですとも。可愛い孫娘ですから」

 

 二人は僕を大事にしてくれて、ずっと守ってくれている。僕は今も守られているだけだった……。

 

 

「あ…あの……」

 

 コボルトとの戦いの後、僕達はロアハ山って呼ばれる山を登っていた。この山を越えた先の街を経由して港町で船を使ってエルフの国がある島に向かうんだってさ。その道中、エリーゼさんは僕に話し掛け辛そうにしている。

 

 只でさえ異世界から了承もなく呼び出した上に魔王を倒さなくちゃ帰れないって状況に陥らせた事に罪悪感を抱いているのに、僕が戦いが怖いって……いや、戦って相手を傷付ける事に抵抗を感じなくなった事が怖いって口にしちゃって更にそれは強まった。

 

 ……故郷を失って、昨日まで一緒に笑った家族同然の人達を急に失った彼女の方が辛いのに、僕は何をやっているんだって思う。でも、怖い。右手を見れば命を奪った時の感覚を思い出す。皮を切り裂いて骨を断った時に考えたのは血で汚れるのが嫌だって事。僕が僕でなくなった様な、そんな感覚だ。……戦いに忌避感を感じ、仕方なく命を奪って魘される、そんなのよりはマシだって分かっているけど……。

 

「おいおい、ボーッとしてたら危ないぜ? ほら、祖父ちゃんが手を繋いでやるよ」

 

「あっ……」

 

 僕達が歩いている山道は一応旅人の為に手入れされていたけど、禍人の影響でのモンスターの増加や山賊の出現で少し荒れちゃってる。空也お祖父ちゃんの魔法なら地形を変えたり出来るそうだけどブランクが長くて危ないから今は駄目だって言って示現お祖父ちゃんが道を切り開いていた。

 

 だから警戒の為に一番後ろは空也お祖父ちゃんが歩いていたけど、急に手を伸ばして僕の手を優しく握ってくれた。温かくて大きくて力強くて……安心できる手。高校生になったし人前で手を繋ぐのが恥ずかしくなったけど今くらいは別に良いよね?

 

「璃癒、アレだ、何って言ったら良いのか分からないけどよ、悩め、迷え。俺達もそうだったぞ」

 

「……お祖父ちゃん達が?」

 

 少し意外だった。今の僕みたいに凄く強いお祖父ちゃん達二人みたいのも居ないのに世界を救った当時のお祖父ちゃん達やお祖母ちゃんが僕みたいに怯えて迷っていたなんて……。

 

「ああ、そうだ。示現なんざゲロ吐いて酷い顔だったんだぜ?」

 

「……空也、余計な事は言わないで欲しいのですが。それと後で前後を代わって貰いますよ? 私だって久々に孫と手を繋ぎたいですので」

 

 前を向いているから見えないけど多分眉間に皺を寄せているんだろうなってのは声で分かる。温厚で優しい示現お祖父ちゃんが本気で文句を口にするのは空也お祖父ちゃんにだけで、それって仲が悪いの?、ってお祖母ちゃんに訊いた事が有るもん。笑いながら、いいえ、仲が宜しいのですよ、って言ってたけど、今の僕ならそれが理解できる。

 

「まあ、自分なりに戦う理由を見つけるこったな。俺の場合は米が食いたい、だっけか?」

 

「ぷっ! いやいや、それは流石にないよ、お祖父ちゃん。戦う理由がお米って!」

 

 思わず吹き出してしまう。あー、でも暫くお米が食べられないのは辛いなあ。醤油を塗って香ばしく焼いたおにぎりとか食べたい……。

 

 少しは元気が出てきて食べ物に思考を持って行かれた僕の頭を撫でる気なのか伸ばしてきた空也お祖父ちゃんの手が急に止まる。前を見れば示現お祖父ちゃんも足を止めていた。……誰か木陰に隠れてる? 前方と左右の木の陰や草むらに誰かが隠れてこっちを見ているぽいって僕も感じた時、相手が動き出した。

 

 

「へっへっへっ! こっちに気付いたみたいだが猟師か何かのクラス持ちか? 戦士系のクラスを選らんどくべきだったな」

 

「爺さん達は殺して身包み剥ぐとして……」

 

 前方と左右に二人ずつの計六人、柄の悪い男の人達が武器を持って現れる。前方の二人が弓矢で残りはカットラスって名前だった筈の剣。厭らしい目を僕とエリーゼさんに向けている。何をする気なのか聞かなくても理解できた。

 

「お祖父ちゃん、戦お……」

 

 戦おう、そう言おうとしたけど途中で声が途切れる。戦うって考えた瞬間にあの自分が自分でなくなったみたいな感覚に襲われて手が震える。それを自分達に怯えているって思ったのか山賊達がニヤニヤと嫌な笑みを僕に向けてきた。

 

 

「おい、あっちの嬢ちゃんが怯えてるぜ。安心しな、優しく相手してやるからよ」

 

「嘘付けよ。この前も餓鬼を無理矢理組み伏せて犯してただろ、お前。この変態が」

 

「そっちの方が興奮すん……だっ!?」

 

「おいっ!? 何……がっ!?」

 

 前方の山賊の片方の顔面に下駄が激突する。横を見れば空也お祖父ちゃんが右足の下駄を飛ばした姿勢になっていて、もう片方の下駄も直ぐに飛ばして顔面に命中。二人共完全に気絶してて、お祖父ちゃん達は……怒っていた。

 

 

「……おい、糞餓鬼共。ちぃーと痛いが我慢しろよ?」

 

「勿論拒否は許しませんよ? ……余罪も有るみたいですしね」

 

 空也お祖父ちゃんは拳をゴキゴキ鳴らしながら、示現お祖父ちゃんは片刃の剣を峰打ちの構えで鞘から抜いてそれぞれ左右を威圧する。あっ、山賊達が完全に戦意喪失してる。多分気圧されて逃げ出せも出来ないし心が折れてるね、アレは。でも、二人共知った事じゃないんだろうなー。

 

 僕は静かに合掌。聞こえてくる山賊達の悲鳴を聞こえない振りをして全てが終わるのを待っていた。

 

 

 

 

 

「俺の孫娘に何をするって? あぁん!?」

 

「ぎゃぁあああああああああああっ!! ごめんなさい、ごめんなさいぃいいいいいいいっ!!」

 

「おや、どうしました? 私はこのまま貴方の股に剣を振り落とせば簡単に潰せる、と言っただけで潰すとは言っていませんよ? 所でアジトと仲間についてお聞かせ願いたいのですが」

 

「言います、言います! だからもう許じてくだざいっ!!」

 

 ……あー、何も見えない聞こえないー。エリーゼさんも目を逸らした方が良いと思うよ、本当にさ。

 

 

 

 

「しっかしお前が怒った演技とか久々だな、おい?」

 

「……あの場合は都合が良かった、それだけですよ。不快なのは本当ですしね」

 

「都合が良いって尋問と愛情アピールのどっちだ?」

 

「……黙秘します」

 

 

 

 

 山賊達から聞き出した情報じゃ僕達みたいに襲われた人達を奴隷商人に売るために捕まえているらしい。……女の人は別の目的でも。内容は口にしたくない。

 

 

「皆、助けに行こう!」

 

「璃癒、気持ちは分かりますが落ち着きなさい。下手に手を出して捕まった人達が殺されては元も子もありません。此処は街に向かって山賊達を差し出して大規模な討伐隊を出して貰うべきではないですか?」

 

 僕に提案に真っ先に反対したのは示現お祖父ちゃんだった。確かに僕達は強いのかも知れないけど、人質救出や潜入の経験は……あっ!

 

「空也お祖父ちゃん、刑事だったし何か作戦無いの!?」

 

「いや、俺は部署が違ったからな」

 

「そういう事です。此処は専門家に任せましょう」

 

 ……確かに上手く行くかどうか分からないけど、僕達が捕らえた六人が帰って来ないからって残りの山賊が警戒するかも知れないじゃないか。もしそれで犠牲者が出たらと思うと凄く嫌だ。でも、下手をしたら危険だってのも分かる。

 

 

「……一刻も早く街に急ぎましょう。それが一番です」

 

「……分かった」

 

 勇者って役割を貰っても何も出来ない自分が嫌になってくる。ああ、何で僕なんかが勇者なんだろう? 戦いも禄に出来ないのに……。

 

「わきゃー!」

 

 示現お祖父ちゃんの言葉に俯きながら頷いた時だった。前方から小さな子供みたいな声が聞こえてきて金色な小さな何かが飛び出してくる。空也お祖父ちゃんが受け止めたのは小さな子犬、大きさはチワワ程度かな? それを追いかけて来たのか巨大なダンゴ虫が木々を薙ぎ倒しながら転がって向かってきた。

 

「グギョッ!?」

 

「デスボール……でしたね、確か」

 

 示現お祖父ちゃんは片手でデスボールの突進を受け止め、剣を真横に振るって両断する。結構堅そうなのに凄いな、僕と違ってさ……。

 

 

「お爺ちゃん強いねー! 助けてくれてありがとう!」

 

「これは……ケルベロス、それも稀少個体ですね。話に聞いた事は有りますけど……」

 

 デスボールを倒した途端に尻尾を振って喋り出した子犬はジークって名前らしい。あわわ、凄く可愛いや。まあ、家で飼ってる柴犬のゴンの方が可愛いけどさ。

 

 重要なのは頭が三つ有るって事。このモンスターは僕でも知ってる奴だ。でも、エリーゼさんが言った稀少個体ってのは何だろう?

 

「ケルベロスの稀少個体は御伽噺の類とされる程に珍しい存在です。人語を使う程の知能と高い潜在能力、本来は猛毒の唾液が秘薬になっているなどと伝わっていますけど……可愛いですね」

 

 フワフワの毛皮に円らな瞳、柔らかそうな肉球。見ているだけで胸が締め付けられるけど魔法の類かな? 

 

「あのね! お兄ちゃん達を探しに来たら迷ったの! 見てない?」

 

「……お兄ちゃんとは人間ですか?」

 

 ジークの首には首輪が填められていて、魔女の帽子と杖みたいな絵が書かれた飾りが付いてる。多分飼い主だろうね。

 

「うん! 山賊を退治しに行くからテントで待ってろって言わてて……あっ! 出て来たのバレたら怒られちゃう……」

 

 落ち込んだのかさっきまで元気に動いていた耳が垂れ下がる。うん、犬って本当に可愛いなあ。って、山賊退治っ!?

 

 僕がジークの言葉に反応した時、山賊から聞き出したアジトの場所の辺りが爆発した。轟音が響いて鳥が逃げ出す。いったい何が。いや、そんな事より……!

 

 

「お祖父ちゃん達! もう任せておくとか出来る状況じゃ無いよ!」

 

「……仕方有りませんね。行きましょう」

 

 絶対何かあったんだ! 急いで行かないと捕まってる人達に何があるか分からないぞっ!

 

 

 

 

 

「お強いんですね。お名前をお聞かせ下さい!」

 

「……ディハスだ」

 

「ディハス様ですね。あの……お礼に二人でお食事でも」

 

「いえいえ、私の両親に会いませんか! 実は実家は裕福で婿入りすれば苦労はさせません」

 

 ……何これ、ってのが僕の感想だ。アジトの古い砦まで行ってみれば赤い髪のお兄さんがお姉さん達にモテてた。多分会話からして山賊からお姉さん達を助けたらしいけど……。

 

「か…格好いい人ですね!」

 

「エリーゼさんの好みってああいう人?」

 

 肩まで伸ばした赤い髪をした影のある美形さんで背も高いし体も引き締まってるけど僕の好みとは違うかな? まあ、友達が好きな乙女ゲーに出てくるクールポジションっぽい人だね。それよりも僕は持っている武器が気になるよ。

 

 全体が半透明の赤い水晶の奥で炎が燃えているみたいな幻想的な物質で作られた巨大な剣。無理に切り出して形にしたみたいな無骨さを感じさせる。縦幅も横幅も長くって凄く重そうだ。

 

「あれは火水晶(ひすいしょう)ですね。魔力を込めれば硬度が増す魔法戦士御用達の武器素材。相応に重いのでアレほどの大きさの武器は初めて見ましたよ」

 

「……む?」

 

 こっちの会話が耳に入ったのかディハスさん達は顔を向けて来て……僕を見てる? いや、気のせいだなって思った時、奥からもう一人出て来た。ディハスさんと同じ赤い髪を三つ編みにした十歳程の男の子、こっちも結構な美少年だ。生意気そうな感じがするけれどね。魔法使いなのか杖を持っていた。

 

「兄ちゃん、こっち手伝ってって言ったで……ジークっ!?」

 

「お兄ちゃんだー!」

 

 エリーゼさんの腕の中から飛び出したジークは尻尾を振りながら少年に飛び付いて顔を激しく嘗めている。涎でベトベトになったけど嬉しそうだな、あの子。

 

 

 

 

「ジークがお世話になって有り難うね、お姉さん達。僕はセウス。こっちは十歳上のお兄ちゃんで……」

 

「ディハスだ。……少女、名を聞いて良いか?」

 

「エリーゼです」

 

「璃癒だけど……」

 

「そうか、良い名だ……」

 

 この兄弟、ディハスさんとセウス君は旅をしながら修行をしているらしくって、ジークは途中で懐かれて連れて行ってるらしい。今は遠くの街の商人の依頼で山賊に捕まった人の捜索に来たんだって。

 

「……毎回毎回新しい場所で女の人に惚れられるんだからたまったもんじゃないよ、僕はさ。あっ、でもお姉さん達みたいな綺麗な人なら羨ましいかな?」

 

 そうやって褒めてくるセウス君だけど、空也お祖父ちゃんが耳打ちするには何となく私達の強さを認識しているらしい。魔法の才能が極めて高いと偶に力に敏感になるんだって。この年齢じゃ珍しいらしいけどさ。

 

 取り敢えず僕達が近くの街に知らせに行って二人とジークは動けない人も居るから残るって話になったんだけど、別れる際にこんな事を聞かれたんだ。

 

 

 

「ねえ、イルマ・カルマって禍人の情報を持ってない?」

 

 この時、セウス君は凄く怖い目をしていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぁ……。まだかなぁ」

 

「璃癒、はしたないですよ」

 

 壊滅した山賊のアジトに囚われてた女の人達を連れて山を下った僕達はアジエタって街に辿り着いた。こんな時代だからか検問所が有って、問題になっていた山賊の壊滅を聞いて大慌て。結果、僕達は一旦詰め所で待ち惚けを食らって欠伸してたら怒られちゃった。

 

「あ…あの、退屈でしたらクラスやレベルについてお勉強しませんか?」

 

「ああ、それは良い事です。大切な事ですからエリーゼさんにしっかり教わりなさい」

 

 ……うへぇ、勉強かぁ。まあ、数学とか数学とか数学の勉強じゃないし別に良いかな? エリーゼさんが折角勇気を出して歩み寄ろうとしてるし、僕も仲良くなりたいしね。……其れにしても何時まで待たせる気だろう? 気分的に疲れちゃったよ……。

 

 

 

 

 

「それでは璃癒さん……」

 

「あっ、待った待った。ちゃんと覚えたかの確認の前にちょっと良いかな? 僕達って同じ十六だし、呼び捨てにしない? 僕も友達は呼び捨てだしさ」

 

 会ったばっかりだし仕方ないけどちょっと気になっていたんだよね。エリーゼさんは一瞬キョトンとして少し恥ずかしそうに頷いてくれた。

 

「え…えっと……璃癒?」

 

「うん! これからその呼び方ね、エリーゼ!」

 

 差し出した手をエリーゼは遠慮がちに取ってくれた。……僕より肌がスベスベだなぁ。

 

 

 

「じゃあ、璃癒。クラスとレベルの関係について言ってください」

 

「えっと、何かしらのクラスを持っていないとレベルの上限も低くって、よりレベルの上限が高いクラスに派生するには高いレベルが必要……だったっけ?」

 

「はい、その通り! 因みにレベルは修練でも上がりますが効率が悪いですし、出来れば強い敵と戦って行きましょう」

 

 クラスは何かしらの儀式を受けることで一種類だけ手に入って、後は才能とか努力で能力のボーナスが違うクラスに派生していくんだよね、確か。戦士が魔法戦士になったり能力が上位互換の騎士になったり。派生表は勇者(見習い)の僕には特に関係ないけど鑑定の魔法や能力が有ればステータスは見れるし相手の能力の予測が付くからって覚えるように言われたけど……凄い量なんだよなぁ。

 

「……にしてもこれが経験値になるって不思議だね」

 

「全ては聖獣王様のお力によるものです。あっ! 璃癒も今日から一緒に祈りましょう!」

 

 僕は指先で透明な石を摘まんで光に翳す。魔魂石(まこんせき)という名のこの石はモンスターの魂が物質化した物で、これを砕くとレベルの上昇に必要な経験値になる上に魔法の道具の動力源にもなるとか。自分より弱い相手のだと大量に使っても雀の涙らしいけどさ。

 

 そしてクラスやレベルを人に与えただけじゃなくて、この魔魂石が手に入る力も聖獣王様の力だってエリーゼは言ってた。だから食事の前にはお祈りをしてたよ。うーん、目を輝かせて誘ってくるけど、聖獣王様に会った事のある二人は祈らなかったのが気になるんだよね。それに……。

 

 

 

 

 

 

 

「では早速、アチャラカモクレンキューライス、テケレッツのパ」

 

 ……このお祈り、何処かで聞いたことが有るんだけど?

 

 

 

 

 

「お前達、さっさと行け! ったく、何時まで詰め所を占領するつもりだ、まったく……」

 

 待ちに待って漸くアジエタに入れると思ったら兵士さんが酷い態度を取ってきた。自分達が待たせてた癖に嫌だなあ。買い取りを頼んだ魔魂石もエリーゼが言うには相場よりずっと安い値段らしいじゃないか。

 

「もー! 何なんですか、あの態度は! 私達が何をしたって言うんです!」

 

 町中に入ってもエリーゼの怒りは収まらないで文句を言ってる。僕だって不満さ。でもお祖父ちゃん達は最初から分かってたみたいに特に気にした様子もなかった。

 

「山賊を倒したからですよ」

 

「まっ、面子を潰された腹いせの嫌がらせって奴だな。一々怒ってちゃ身が持たないから止めとけ止めとけ」

 

「どうして山賊を倒したら嫌がらせを受けるのさ? 山の近くなんだから街の人だって迷惑してたんじゃないの?」

 

「ええ、だからこそです。長い間手を拱いて苦情も入っていたでしょう。そして結局倒したのは旅の者、それも老人や若い女性となればプライドを傷付けられたのでしょう。……璃癒、この世界は王や貴族が居て役人の腐敗も頻繁にあって、日本的な倫理観を期待してはいけません」

 

 ……うーん、難しいや。漫画や映画に出て来る中世の時代をイメージするべきなのかな? でも、それにしても建物は兎も角、排水路とかはちゃんとしてて話に聞く悪臭とかはしないね。何で此処だけ発達してるのか心当たりを聞いたらお祖父ちゃん達の影響らしい。

 

「悪臭ですか? ……文明の発達に口を出すべきでないと慎んではいましたが、次に喚ばれる人の為にその辺りだけ広めました」

 

「……ありゃあ酷かった。馬糞とか普通に落ちてたり窓からゴミとか便所の中身を捨てたりよ……」

 

 有り難う、お祖父ちゃん達! そのままだったら耐えきれなかった!

 

 

 

「では、今夜の宿を決めましょう。その後は……酒場ですね」

 

「ああ、情報収集だな。さっき酒蔵見つけたし期待出来そうだぜ」

 

「……飲み過ぎたら駄目だよ? 帰ったら奈月お祖母ちゃんに言い付けるからね」

 

 本当に程々にして欲しいよ、二人共。これだからお酒好きは困るって言うか、仮にも伝説に残ってる英雄なんだしさ。……あれ? さっき検問所でも気になったけど……。

 

「エリーゼ、二人が英雄の名を名乗っても特に反応しなかったよね? よく名前が使われるの?」

 

「いえ、流石に伝承の名前を使う人は少ないですけど……何故でしょう? どうして特に気にした様子が無かったのでしょうか……?」

 

 何かモヤモヤした物を感じながらも僕達は手頃な宿に泊まる事にした。少し古いけどご飯が美味しいって教えて貰ったんだ。エリーゼはちょっと疲れたからって宿に残るけど、僕は散歩にでも行こうっと。

 

 

 

 

 

「長閑な街だなぁ……」

 

 当然だけど車も自転車も走ってなくて電線もない。明かりは魔魂石を使っているらしいけど、本当に中世の街並みって風景に少しワクワクして来た時、間近で僕をジッと見詰める女の子が居た。

 

「ねぇ! お姉ちゃんって旅の人でしょ? あたし、アンジェリカ! 旅の話が聞きたいな」

 

「僕は璃癒。……うーん、あまり面白い話は無いけど構わないかい?」

 

「うん!」

 

 青いリボンがチャームポイントのアンジェリカちゃんは八歳くらいの女の子で、良い所があるからって僕の手を持って走り出した。

 

 

「此処だよ、お姉ちゃん。綺麗でしょ! あたしの好きな場所なんだよ」

 

「うわぁ。とっても良い所だね、アンジェリカちゃん」

 

 連れてこられたのは町外れの小さなお花畑。色々な花が咲いていて思わず見取れてしまう。アンジェリカちゃんはお花の中に座って僕を手招きしながら旅の話が聞きたいって目をキラキラさせていた。

 

 うーん、どうやって話そうかな? 此処に来てからは短いし、旅行の話をそれっぽくして……。

 

 

 

 

「危ないっ!」

 

 咄嗟にアンジェリカちゃんを抱きかかえて飛び退けば僕達が居た場所に鞭が叩きつけられる。衝撃で花が散って地面が割れていた。

 

 着地し、鞭が戻っていく方を見れば其処に居たのは僕と同じ位の女の子。赤いドレスを着た紫色のドリルヘアーのお嬢様っぽい子で静かに微笑んでいる。彼女を見た瞬間、僕はお祖父ちゃん達の言葉の意味を理解した。

 

 

「禍…人……」

 

 二人の話じゃ禍人は人と変わらない見た目をしているけど一目見れば解る、そんな理解しにくい内容だったけど実際に目にすれば嫌でも分かる。見た目は変わらないのに、何かが違うって強烈に感じるんだ。

 

 

「貴女、私の鞭を見事に躱しましたわね。お名前をお聞きしても?」

 

「……璃癒」

 

 素直に答える義理はないけれど、今は少しでも時間を稼がなくっちゃ。アンジェリカちゃんはショックで動けそうにないし、お祖父ちゃん達は街に居るから……なっ!?

 

 街の上空には無数の巨大な蜂の姿。針の先に火球を出現させて次々に放っている。これじゃあ直ぐの助けは期待出来ないかも。つまり、僕が戦うしかないんだ。

 

「おや? 震えていますわね。まあ、仕方のない事。では、此方も名乗らせて頂きましょう。偉大なる四凶星(しきょうせい)が一角である暴王(ぼうおう)クレメド様が下僕……ローズリンデと申しますわ」

 

 丁寧にお辞儀をするローズリンデだけど目は完全に僕達を見下して弄ぶ気だと告げている。戦うしか……ないんだ。

 

「留癒お姉ちゃん……」

 

 今にも泣きそうな声でアンジェリカちゃんが僕の袖を掴む。そうだよね、怖いよね、不安だよね。この子を守れるのは僕しか……あれ?

 

 

「……そっか。思い出したよ」

 

(……震えが止まった? あの娘、どうなさったのでしょうか?)

 

 アンジェリカちゃんの不安を取り除く様に頭を軽く撫で、歯を見せて笑ってみせる。大丈夫だと告げるみたいに、僕にお祖父ちゃん達がするみたいに。

 

 

「僕はお祖父ちゃん達みたいに人を守れる強い人に成りたかったんだ。アンジェリカちゃん、君のおかげで全部思い出した。……もう、怖くない」

 

「遺言はそれで宜しいですわねっ!」

 

 アンジェリカちゃんを庇うように前に進み出た僕に向かってローズリンデが鞭を振り下ろす。僕が避ければアンジェリカちゃんに当たる軌道で向かってくる鞭に対して僕は一直線にローズリンデへと駆け出し、ジャンプして空中で鞭を受けた。

 

 

「痛っ……くないっ!」

 

「強がりをっ!」

 

 肩に食い込んだ鞭は凄く痛くて涙が出そうになる。その上空中で体勢を崩した僕に苛立った様子のローズリンデは鞭を引き戻し、僕はそれを掴んで目の前に着地した。目を見開いて咄嗟に飛び退こうとするローズリンデ。

 

「くっ!」

 

「うん、そうだよね。鞭って至近距離じゃ効果が薄いからね」

 

 だから何をしようとするか予想が出来た。飛び退こうとした高価そうな靴を踏みつけて逃がさず、鞭を掴んだままの右手で殴りつける。鞭の表面はトゲトゲしていて手に食い込んで痛いけど我慢だ。

 

「きゃっ!?」

 

「女の子の顔を殴るのは気が引けるけど……ごめんねっ!」

 

 顔を殴られた勢いでローズリンデがぐらつき、僕は賺さず肘を顔面に叩き込んだ。鼻の骨が折れたのか鼻血が出てるけど容赦はしない。そのまま胸倉を掴んで背中から地面に叩き付け、もう一度顔面を殴りつける。頭の下の地面が陥没してローズリンデは白目を剥いて気絶してた。

 

「……勝った!」

 

 街の方を見れば蜂も数を減らしているし大丈夫かな? ……あっ、手の甲を怪我してるや。慣れてない人が殴ったら拳を痛めるって本当なんだな。

 

 僕は安心したように駆け寄ってくるアンジェリカちゃんを見ながらそんな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「好き勝手にして下さいましたわね。お返しにグチャグチャのミンチにして差し上げますわ」

 

 声に振り返ればローズリンデの身体が宙に浮き、華奢だった身体が膨れ上がって変貌を始める。どうやら戦いは此処からみたいだね……。



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もう一つの姿

「楽しいね、カルマ」

 

「楽しいよね、イルマ」

 

 勇者達の末裔とされるローランド聖王国の王族、その王子であるローランドの失踪は当然調査が行われる。到着する筈だった砦の兵士達は調査に向かい、大地のクレーターまで辿り着いて帰って来ない。更に、更に更に調査に兵士が向かって……帰って来なかった。

 

 その中の一人は森の中を必死に駆け抜ける。息が切れても目の前が真っ暗になりそうでも死ぬ恐怖から逃げ続ける。頭に浮かんだのは仲間の無惨な死体。首を摘まんでねじ切られた者、指先で潰された者、脚を掴まれ死ぬまで振り回し叩きつけ続けられた者。

 

 あんな無惨に死にたくないと駆け抜け、捕まった。

 

「鬼ごっこの後は粘土遊びだよね」

 

「粘土遊び粘土遊び!」

 

 グチャグチャ音を立てながら死体が押しつけ合わされ結合して行く。出来上がったのは醜悪な人形の出来損ない。手足の長さも全体のバランスもチグハグで見るに足らない肉の人形。その口の中に光る玉が押し込まれる。

 

「これで君は僕達の玩具だよ、ローランド」

 

「今日から君は僕達の玩具だよ、ローランド」

 

「名前を付けてあげようね」

 

「名前を付けてあげるね」

 

 

「ローランド・コープス、それが君の名前だよ。沢山沢山殺そうね。守りたかった人間を!」

 

「今日から君はローランド・コープスだ。大勢殺そう、大好きな人間を!」

 

 

 

 

 

璃癒が散歩に出掛けた頃、エリーゼは部屋に残っていた。ちょっと無理しても一緒に行くべきだったかな、等と思いながら休んでいた時の事である。

 

「あれ? こんな所に本が……」

 

 宿屋のベッドに腰掛け、疲れてはいるけど何もしないのは落ち着かないのかエリーゼは荷物の整理を行っていた。その最中、財布がベッドと壁の隙間に落ちたので手を伸ばして取ろうとすると財布の下に何かが有る。取り出してみると一冊の本だった。

 

 地球に比べれば製紙技術も発展途上にも関わらず文庫サイズの本の紙質は良く、大手の印刷所で印刷したみたいな出来映えだ。ただ、タイトルが奇妙であった。

 

「『パンダでも分かる除霊格闘術』? ……宿の人に届ける前にちょっとだけ読ませて貰っても良いですよね?」

 

 パンダという動物については見識が無いが、ビショップ系のクラスであるクレリックを会得している彼女からすれば自分の分野に関係する技術指南書には興味を引かれる。本の質からして高価な物だとは分かっていても少しだけと信仰する聖獣王に懺悔しながらもページを開いた。

 

「えっと、先ずは玉葱をみじん切りにしてバターで炒め、冷やしたら合い挽き肉やパン粉と混ぜて……」

 

 最初から紆余曲折や脱線の連続で一向に本題に入らない。それでもエリーゼが読み進めるのは理由がある。少しでも力を付けて璃癒達の力になりたいからだ。今の自分ではレベルもクラス補正も低く、第一老いているも世界を救った英雄と肩を並べる等ととても口には出来ない。

 

 それでも黙って任せてられない善性と責任感を持つように育てられた彼女は藁にも縋る想いで本を読破し、奇妙な疲れに襲われる。意識を保つのも困難な状態になったエリーゼは糸が切れた人形の様にベッドに倒れ込んで寝息を立てた。

 

「……」

 

 窓が開き、侵入者が一人。完全に気配を消して物音を立てずエリーゼに近寄るその姿は余りに異様。ハシビロコウという名の鳥をご存じだろうか? 侵入者はそのキグルミを着ていたのだ。スヤスヤ寝ていて起きる気配が皆無の無防備なエリーゼに近寄ったハシビロコウは本を手に取ると窓から出て行った。

 

 

 彼女は目を覚まして自分のステイタスを見れば驚くだろう。レベルはそのままだがクラスが変化していた。本来ならば相応の場所での儀式や上位存在の加護が必要不可欠にも関わらず……。

 

 

 

 エリーゼ ウォークレリック Lv13

 

 

「むにゃむにゃ……アチャラカモクレンキューライス……」

 

 寝言でも聖獣王への祈りを捧げる敬虔な信者であるエリーゼは自分の変化に未だ気が付いていなかった。僧侶としても戦士としても並以上の才能と修練が必要なクラスを会得したなど夢で見さえもしなかった。

 

 

 

 

 

 

「空也、其方はどうですか?」

 

「いや、全然。面白ぇ噂話は幾つか耳にしたけどな」

 

 情報収集の為に、などと口実を作って酒場に飲みに来た示現達だが酔っぱらいの与太話以上の収穫は無し。元々メインは地酒を飲むことだと即座に気持ちを切り替えて乾杯、注文した料理を肴に喉を潤す。

 

「……少し弱いですね。それに私は辛口の方が好きなのですが」

 

「これでも一番強い酒だぜ? まあ、お国柄って奴か。前の時は酒なんざ飲まないから情報も集めなかったがな。……そうそう、こんなの見付けてよ」

 

 軽く炒めたソーセージをフォークで突き刺しながら差し出された紙を手に取った示現は怪訝そうな顔になる。この辺りの領主が支援している偽勇者の情報なのだが少々変な姿の肖像画だった。

 

 鯱のつもりなのか尻尾を上げた魚の兜を被ってネクタイをした者や忍者の覆面に褌一丁の者、十二単を真似てドレスを上から重ねている者、全員伝わった日本の文化などを誤解しているようだ。

 

「……何ですかこれは」

 

「ぶわっはっはっはっ! 幾ら何でも酷いだろ、こりゃ。……んでだ、璃癒が居ない今なら丁度良い。ちょいと質問に答えてくれや」

 

 大笑いした後で急に真剣な表情になる空也に示現もチラシを置いて向き直る。彼が二人の時にこんな表情を見せたのは妹である奈月と結婚する時と互いの子供が結婚すると決まった時、それだけだ。仕事や他の場所ではいざ知らず、示現が把握する限りはない。

 

 

 

 

「お前……あの言い寄って来てた姫さんに何時手を出してたんだ? 勇者達の子孫が居るって聞いて驚いたぞ、俺」

 

「……貴方が意気投合してた女将軍の彼女と関係を持ったのではなかったのですか?」

 

「うん?」

 

「……ああ、成る程。求心力を得るには楽な方法ですね。誰の子か公に出来ない子供でも産まれたのかも知れませんし……」

 

 互いに相手が大人の階段を上っていたと勘違いしていたが、それなりに世話になった国の後ろ暗い所を知って少々気まずい空気になる。陽気な酔っぱらいの喧騒の中、無言で酒を飲み干した。

 

「この辺りで止めておきましょうか? 飲み過ぎたら璃癒も五月蠅いですし。実は正常値の範囲内とはいえ前回の検診で肝臓の値がちょっと……」

 

「……だな。ってか、奈月に少し似てきてないか、彼奴。いや、ガサツじゃないけどよ。フォースガルドとはお前以上に……」

 

 残った料理を食べ終わり席を立った時、二人は遠くから接近してくる無数の気配を察知した。店主に代金を投げ渡し外に飛び出れば空の向こうで赤い物体が群れを成している。この時になると住人の中にも気が付く者が出て来て騒ぎになり始めた。

 

「あれは……モンスターだ! モンスターの襲来だ!!」

 

「皆、建物の中に隠れるんだっ!」

 

 叫び声に続くように緊急事態を知らせる鐘の音が激しく鳴り響く。慌てふためく住民に視線を向けた示現は溜め息を吐くとモンスターが向かってくる方向を向いた。

 

 

「未だ旅の支度も終わっていませんし、本当なら璃癒の安全を優先したい所ですが行ってきます。人命を優先するので大規模魔法は使わない方向でお願いしますよ」

 

「おうとも! ……あれだな。チビニアの国の奴らの避難先が襲撃を受けた時を思い出すな」

 

「防衛戦が面倒なので街には余り滞在しない方針でしたからね。……流石に璃癒には野宿ばかりさせませんが」

 

 奈月は別に良かったのかよ、と、ゲラゲラ笑う声を背に受けながら示現は足に力を込めて跳んだ。

 

「エアウォーク!」

 

 靴が光り輝き示現は空中を踏み締めて駆け出す。その速度は凄まじく、今の璃癒ならば身体能力を向上させる魔法を使っても追い付けないだろう。それを見送った空也は腕を組み、顎に手を当てて背後の物陰に隠れていた人物を威圧する。だが微塵も意に介した様子のない相手は平然とした足取りで出て来た。

 

 

 

 

「久し振りだな、おい。結界は普通に張ってるけど彼奴は元気か? そうかそうか。んで、わざわざ出て来たって事は……璃癒についてだな?」

 

 物陰から出て来たのは先程のハシビロコウ。変な格好で町中を歩いていても誰も気にした様子が無く、空也も訝しむ所か懐かしさと親しみを向けている。相手は何故か喋らず頷き、右手で町外れの璃癒が向かった方向を指した。その直後に何かを禁じるみたいに両手でバツを作れば空也は少し不満そうだ。

 

 

「ギリギリまで手を出すなってか? ……彼奴の試練か? 胸くそ悪いが仕方ねぇ。示現に資格がなかった場合、魔王を倒すのは璃癒の仕事だからな」

 

「……」

 

「示現とは意見が違うのかって? 俺は基本放任主義なんだよ。手なんざ最低限貸してやりゃ良い。可愛い子には旅をさせろって言うからな。……だがな、お前等が邪魔したせいで璃癒に何かあったらぶっ殺すからな?」

 

 最後に送られた特大の殺気にも動じずハシビロコウは路地裏に消えていく。その背中を目で追おうと覗き込むも既に影も形も消えていた……。

 

 

 

 

 

 

「総員、構えっ! 目標、レッドホーネット。撃てぇえええっ!!」

 

 建物の屋根や櫓に上がった兵士達が一斉に矢や魔法を放つ。だが、空中を自在に飛び回る巨大蜂には用意に命中せず、数匹を撃墜した所で接近を許してしまった。人と同程度の大きさを持つ蜂が耳障りな羽音を立てながら迫ってくる光景に恐怖を覚える兵士が出る中、中年の兵士は壁に立てかけてあった槍を突き出す。お尻の針を突き出して迫る一体の胴体を貫く前に折れてしまった。

 

「も…もう駄目だ……」

 

 迫り来る数は百体を優に越え、元々が山賊に手を拱いていた者達。力が無くても使命感で動けていた者だけでなく、惰性で働いていた者も居る。恐怖に駆られて我先にと逃げ出した者も出る。璃癒達に高圧的な態度を取った兵士だ。彼が兵士になったのも職権を盾に横暴な態度を取る為だ。

 

 そして、大勢が応戦する中で逃げれば目立つし狩猟本能も刺激する。目の前の大勢の獲物を無視し、一体のレッドホーネットが男を背後から捕まえた。

 

「は…放せっ!」

 

 じたばたと暴れるも脚でガッチリと掴まれては抜け出せない。彼を持ち上げながら上空へと飛び上がり、見捨てた仲間が豆粒に見える高度まで辿り着いた。この時、彼は表情が分からない筈の蜂の顔が笑ったように見え、言葉が通じたかのように脚を放す。

 

「う…うわぁあああああああああっ!!」

 

 彼の言葉の通りに解放され、地上へと真っ逆様に落ちていく。彼の行く末は転落死か……真下から迫るレッドホーネット達に喰い殺されるか。

 

 

 だが、そうはならなかった。街の方から一陣の疾風が吹いた時、彼に迫ったレッドホーネットが両断され、往復するようにもう一度吹けば彼は首根っこを掴まれた状態で地面に尻餅を付いていた。

 

「さてと、君の今後の仲間からの扱いには同情はしませんが……それは兎も角手助けは必要ですか?」

 

 

 

 

 

 兵士達を通り越し、目の前の獲物以外を狙ったレッドホーネット達は上空から炎を放つ。建物が燃えれば隠れた獲物は姿を現し、何よりも焼けた方が美味い。今もパニックになった子供達が悲鳴を上げながら飛び出し、親が連れ戻そうと追い掛ける。食いでが有りそうだと迫った時、地上から雷の輪が飛び出した。

 

 大きさも形状もチャクラムという投擲武器にそっくりなそれの数は四つ程、一匹の頭を貫通し、二匹三匹と急所を貫く。一匹、急所を外すも断面から放電して全身を焼き尽くした。即死した個体も傷の内部から電撃で焼き尽くされボロボロになって地面に落ちて砕け散る。

 

「やっぱ飛んでる奴にはサンダーリングが一番だな。……範囲魔法の方が楽だけど」

 

 宙に浮く雷の輪っかは次々にレッドホーネットを切り裂き電撃で身を滅ぼす中、町外れから禍人の気配を感じ取った空也は視線を向けて舌打ちをした。

 

「さてと、可愛い孫娘は大丈夫かね? ……頑張れよ、璃癒」

 

 

 

 

 

 禍人は通常は人の姿をしている。そう、通常はだ。とある理由から常にその姿を取れないが、この世界でも僅かな時間なら可能だった。

 

 我々を忘れたのならば恐怖と共に思い出せ。我々を貶めた罪を絶望と共に悔いるが良い。その姿を禍人はこう呼んでいる。

 

 

 

 

 

「これが私の 返神(ラ・アドベント)ですわ。さて、第二幕を始めましょうか」

 

 宙に浮いたローズリンデの身体は白く発光しグネグネと形を変えながら伸びていく。光が収まれば其処に居たのは人を一呑みに出来る大きさの白蛇だった。目はドレスと同じ赤であり、神秘性すら感じさせる。

 

「……白蛇。神様の遣いだっけ?」

 

「いえ、正確には私は……あら? 貴女、どうしてその事を? ああ、そういう事ですわね」

 

 思わず呟いた璃癒の言葉にローズリンデの表情が変わり、圧力が増す。鎌首をもたげ、大口を開けて璃癒へと食いかかった。

 

「わっ!?」

 

 サイドステップやバックステップで躱す璃癒だが食いつく速度は徐々に上がって行く。遂に璃癒を掠め、思わず踏鞴を踏んだ時、長い尻尾が横向きに振るわれた。咄嗟に腕を交差して後ろに飛ぶも衝撃は凄まじく吹き飛ばされた。

 

「がはっ!」

 

 肺の中の空気を吐き出し、背中に受けた痛みに苦悶する。そのまま丸呑みにしようとローズリンデが大口を開けて飛びかかった。

 

「丸呑みにして差し上げますわっ!!」



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理由と疑問

 迫り来るローズリンデを見ながら僕は魔法の使い方について思い出していた。見習いとはいえ勇者は勇者、ちゃんと魔法が使えるらしい。でも、練習は必要で取り敢えず使い方だけ三人に習っていた……んだけど。

 

 

 

「体の中心からガーッと集めてバッと出す感じだな!」

 

「では簡単なイメージとして毛細管現象の説明からしましょう」

 

「心臓から根で水を吸い上げるイメージで力を腕に集めて放つ感じです」

 

 お祖父ちゃん達、ごめんなさい。二人の説明は抽象的&理論的過ぎて分からなかった! そしてイメージしやすい説明をありがとう、エリーゼ!

 

 息が掛かるほどの至近距離まで迫ったローズリンデに僕は腕を突き出し、心臓から魔力を腕へと汲み上げる。何か熱い物が集まったのを感じた瞬間、全てを注ぎ込んだ。

 

 

 

「フレイムジャベリン!!」

 

 周囲を煌々と照らす紅き槍、それが詠唱と同時に僕の腕から飛び出してローズリンデの口へと飛び込む。湿った口内の水分を蒸発させながら突き進んだ槍は口の奥へと突き刺さり、肉を内部から焼き焦がしながら炸裂、苦痛で仰け反り上を向いた口から炎が噴き出した

 

「ぎゃああああああああっ!!」

 

 巨体を大きく動かして悶え苦しむ彼女から飛び退いて距離を取る。激しく動く身体は周囲の地面を掘り返し、さっきまで僕が居た場所に倒れ込んでのたうち回っていた。危ない危ない。最後にローズリンデは痙攣して倒れ込んで動かなくなったし、多分倒したよね? まあ、体内を焼き尽くしたんだし当然か。

 

「アンジェリカちゃん、取り敢えず安全な場所に……」

 

 街にもモンスターが来てるけどお祖父ちゃん達なら楽勝だろうし、火事の煙に巻かれない場所で待って貰ってて家族の人に安全を知らせないとね。多分心配してるや……お祖父ちゃん達やエリーゼも僕を心配してるかな? 禍人と戦ったなんて知られたら何か言われそう。

 

 

 

「璃癒お姉ちゃん、後ろっ!」

 

 この時、僕は完全に油断していた。此処は異世界で相手は理外の化け物なのに普通の生き物と同じように考えて、あれで動ける筈がないって思い込んだんだ。

 

「危っ!?」

 

 アンジェリカちゃんの声で振り向いた事で紙一重で背後から迫る水のブレスを躱す事が出来た。倒れ伏したローズリンデの口に魔力が溜まり、一直線に放たれるそれは言ってみれば鉄砲魚と同じ水鉄砲の類なんだけど規模が違いすぎる。あれじゃあ鉄砲水だ。人では抗えない自然の猛威、昔の人々が神に祈ってまで遠ざけようとした物の類。通り過ぎた地面は抉られていて背後から直撃したらと思うとゾッとするよ。

 

「あら、惜しい。やはり取るに足らないと放置するのは良くありませんね。今後は気を付けましょう」

 

 声は平静で冷徹だけど瞳からは相変わらず殺意を感じるし、動けると言ってもダメージは大きいみたい。フラフラとしていて少し頼りない感じだ。凄く痛いだろうにどうして帰らないのか僕は気になった。

 

「……ねぇ、どうして禍人は魔界からこの世界を襲いに来てるんだい? それに随分と人間が嫌いみたいだけど……」

 

 この世界に来てからずっと気になっていた事だ。自分達の世界があって、こっちでは本当の姿に自由になれないのに手間暇を掛けてまで侵略を進める意味が分からなかった。エリーゼも知らないって言うし、お祖父ちゃん達は何時か分かるって教えてくれないし。

 

 だからつい口に出した疑問だけど……。

 

 

 

 

「……貴女がそれを口にしますか。私達に何をしてきたかを知りもせず、あんな敗残者の流刑地に居ろとでも仰る気かしらっ!」

 

 ローズリンデは最初は静かに怒り、抑えきれない怒りが溢れ出す。え? 僕がいったい何をしたって言うのさっ!? 身に覚えのない恨みをぶつけられて戸惑う僕にローズリンデが再びブレスを吐きかける。

 

「フレイムジャベリン! ……げげっ!?」

 

 水流と正面からぶつかった炎の槍は水を蒸発させながら進むけど確実に威力が衰えて行ってる。最後には完全に消え去ってお風呂一杯分位の水が残って僕に向かって来た。しかも、既に向こうは次弾を装填しているし……。

 

「こ…こうなったら根比べだっ!」

 

 貫通する前に威力が削がれるなら接近して放つだけだ。僕はローズリンデの頭部に意識を集中させながら駆け出す。尻尾での薙払いも胴体にも少し意識を向けていればきっと……。

 

 

「……え?」

 

 またしても油断、同じ轍を踏む。尻尾自体は動かないけど、先端が地面の中を掘り進んで僕目掛けて飛び出してきた。あれほど普通の動物と同じだと考えるなと自分に言い聞かせたばかりなのに僕は何をしているんだ! 防御も回避も間に合わず体全体を突き上げる衝撃が襲う。続いての浮遊感、視線の先のローズリンデはブレスを放っていた。

 

「では、さようなら」

 

 空中で身動きできない僕を濁流が飲み込む。体中がバラバラになったみたいな激痛の後で地面に叩き付けられ、数度バウンドした僕はゴロゴロ転がってアンジェリカちゃんの前で止まった。

 

「う、うぅ……」

 

「あら、生きていますわね。では、今度に今度こそこれで最期ですわ!」

 

 痛い、痛いよ。助けて、お祖父ちゃん……。

 

 今までで最も多い魔力を口内にチャージして確実に僕を消し去ろうとするローズリンデ。僕には呻きながら助けを求める事しか出来ない。だって、僕は普通の女子高生だったんだ。なのに急に力を得たって戦える訳が……。

 

 

 

 

「璃癒お姉ちゃん……助けて」

 

 アンジェリカちゃんの震える声が耳に入った。そうだ、何を考えているんだ、僕は。今この場所に居るのは僕だ。この子を守れるのは僕しかいない。戦える戦えないは関係なく、戦わなきゃいけないんだ!

 

「ぐっ、うぉおおおおおっ!!」

 

 足は折れたかどうかしたのか力が入らないけど上半身は起こせる。凄く凄く痛いけど、魔力も殆ど残っちゃいないけど、足りないなら絞り出せば良い! お祖父ちゃん達みたいになるならこの程度乗り越えろ、僕!!

 

 

 

「叫んで気合いを入れても無理なことは無理ですわっ!!」

 

「無理かどうか……やってみなくちゃ分からないっ!」

 

 今、正に放たれようとする特大のブレス。無理にでも抗う力を出そうとした瞬間、僕の前に光り輝く剣が現れた。

 

 

「……うぇ?」

 

 思わず奇妙な声が出るほどに剣が綺麗だった。白銀の柄と鍔、刃は朝日を思わせる山吹色の輝きに満ち溢れて気が付けば僕は剣を手に取っていた。まるで何年も握り続けた竹刀みたいに手に馴染み、不思議と体から痛みが薄れて力が湧き出す。そして頭の中に直接声が響いてきたんだ。

 

 

 

 

『胸はないけど度胸は有るな、嬢ちゃん! ハッハー! 俺様、超気に入ったぜっ!』

 

 僕、超気に入らない。この剣、放り投げて良いかな? 

 

 軽薄、適当、いい加減。僕の嫌いなタイプだって僅かな時間で理解した。……この剣ならどうにかなるかもって思うから腹立たしい。

 

『おいおい、ツンデレかい? まあ、前のマスターよりはマシだが俺好みじゃねぇな。体付きは更に好みじゃねぇけどよ。……さてと、もう時間がねぇな。俺で戦え、マスター!!』

 

「言われなくてもっ!!」

 

『素直は結構。俺の名前はフォースガルド、覚えておきなっ!!』

 

 僕はフォースガルドを構えて走り出す。脚は動く、痛みも消えた。正面から迫る大洪水に対して僕は真下から剣を振り上げ両断した。二つに分かれて飛沫を撒き散らす水の間を僕は駆け抜け、ローズリンデ目掛けて跳ぶ。ブレスを吐いた直後の硬直を狙い、全力で振り下ろした。顔から胴体まで易々と切り裂き、倒れてくるローズリンデから離れる。

 

 

 其処で僕は倒れ込んだ。

 

「……あれ? 体が動かない……?」

 

『悪い悪い。まーだ完全な勇者でもないのに俺を使った反動だな。怪我は治しといたし、ゆっくり休めよ。……んじゃ、次は俺を見つけた後な。事前サービスは此処までだ』

 

 手の中からフォースガルドが消え失せ、僕は意識を失う。事前サービスってどういう事だろう?

 

 

『それは今後のお楽しみ。期待に胸を膨らませて待ってな。てか、マジで少しでも胸を膨らませとけよ? 貧乳勇者とか……』

 

 

 

 

 

 

 

 

「貧乳で何が悪いっ!!」

 

「きゃっ!?」

 

 叫び声と同時に起き上がると宿屋のベッドの上でエリーゼが椅子に座って僕の様子を見ていたけど、驚いて飛び起きる。胸が凄く揺れてた……畜生め。

 

 

「あ…あれ? 僕、どうして此処に?」

 

「まだ動いたら駄目ですよ、璃癒! 疲労だけとはいえ倒れたんですからね!」

 

 あー、たぶん怒ってる。これは暫く大人しくしてないと駄目なパターンだ。怒り慣れていないみたいだけど圧力が怖い。お祖父ちゃん達にも怒られそうだな……。

 

 あの二人って叱る時は本当に怖いから少し怯えていた僕はエリーゼを見て気が付く。あれれ? 怖い人が増えちゃった?

 

 

 

「あー、元気か? じゃねぇよな?」

 

「……暫く休みなさい……と言いたいのですが」

 

「何かあったの? ……外?」

 

 二人共、何か気まずい様子で何かを言いにくそうにしている。遊園地に行く約束を守れなかった時もこんな表情をしてたけど。

 

 空也お祖父ちゃんが指差した窓から外を覗くと街の人達がこっちを見ている。お祖父ちゃん達が活躍したから心配してくれて……って感じじゃないよね。武器とか持ってるし、尋常じゃない雰囲気が……。

 

 

 

「璃癒、貴女だけ街から出て行って欲しいそうです。禍人を倒したから報復を恐れ、私達には街の防衛のために残って欲しい……そう頼まれましてね」

 

「な…何ですか、それはっ!! 今すぐ文句言って来ます!!」

 

 エリーゼは怒って窓から飛び出す勢いだった。僕のために怒ってくれていると思うと、とっても嬉しい。でも、優しい彼女が誰かと揉めるのは嬉しくないな……。

 

 

「まあ、待てや。そもそも俺達が受け入れると思ったか?」

 

「ぐぇ!?」

 

 飛び出そうとしたエリーゼだけど空也お祖父ちゃんが襟首を掴んで止めた。その結果として変な声が出たけどね。あのさ、女の子にはもう少し優しくして欲しいな、孫娘としては。

 

 

「えっと、今すぐ皆で街を出るんだね?」

 

「ええ、当然です。まったく、私達が璃癒を後回しにする筈がないでしょうに」

 

 お祖父ちゃん達の事だから最初から分かっていたよ。あっ、でも旅の支度も終わってないし暫く動かない方が良いよね? ……うん、仕方ないや。

 

 

「じゃあ、おんぶ」

 

「……示現」

 

「ええ、私が背負いましょう」

 

 あれれ? こんな場合、二人が争うって思ったけど一体どうしたんだろう? まあ、良いか。僕は示現お祖父ちゃんの背に乗る。もう高校生だからおんぶなんて普通はして貰えないけど、動けないなら仕方ない。偶に懐かしくなるし子供みたいに甘えたくなるだ。……偶にね。

 

 

 

 

「出て行け!」

 

「出て行きなさい!」

 

「二度と現れるなっ!」

 

 背中に罵声と敵意を受けながら進むのって凄く嫌な気分だ。知り合いに嫌な人は居るけど、こんなに大勢に敵意を向けられた事は初めてで気が落ち込む。……少しだけ誰かのために戦うのが嫌になった。

 

「石でも投げられると思ったんだがな」

 

「……貴方が机を叩き壊したからでしょうに。良い脅しになって結構です」

 

 ……空也お祖父ちゃん、何してるのさ、グッジョブ。少しだけ気分がスッとした時、駆け寄ってくる足音がして息を切らしながらアンジェリカちゃんがやって来る。お祖父ちゃん達の前で立ち止まった彼女はリボンを差し出した。

 

 

「あのね、これあたしのお気に入りなの。助けてくれたお礼!」

 

「……良かったですね、璃癒。悪いことだけ見ては駄目ですよ」

 

「うん!」

 

 

 沈んだ気持ちが楽になる。誰かのために戦って本当に良かったと心の底からそう思えた。

 

 

 

 

 

 

 

「それでさ、旅の支度はどうするの?」

 

 示現お祖父ちゃんの背中の上で鼻歌を歌いながら景色を眺めていた僕だけど、次の目的地である港町のラグレまでは距離があるし本当にどうするんだろう? 徹夜で一気に駆け抜けるとか?

 

「それなら大丈夫ですよ! 私の友達に流浪民族がいるんですが、丁度今の時期はこの辺りで過ごして……あっ」

 

 エリーゼのお腹が鳴る。そう言えば僕もお腹が減ったし何か食べたいなって思った時、向こうから砂煙を上げながら接近してくるモンスターの群れが居た。……うげっ! 芋虫っぽいや。僕、芋虫は嫌いなんだよ。

 

 

「丁度良かった。アイアンビートルの幼虫ですねj

 

「狩るか」

 

 ……あれぇ? まさか食べるの? 本当にアレを? 鋭い牙に血走った目とかどう見ても肉食だし気持ち悪いよ、あれ!

 

 

「いやいやいやいやっ!? 流石にあれは食べたくないよっ!?」

 

「好き嫌いは許しませんよ?」

 

「好き嫌い以前の問題だからっ!」

 

 絶対に食べないからね!!

 

 

 

 

 

 

 

「……美味しい」

 

「ええ、虫なのに美味しいです」

 

 焚き火で串焼きにした虫の肉にかぶりつく。例えるなら鶏の手羽先。一口噛めばパリパリの香ばしい皮からは脂の旨味が広がって、肉は余計な脂が抜けきって淡白な肉の旨味が凝縮されて凄くジューシー。

 

 凄く不本意だけど食が進む。虫なのに……。

 

「醤油が欲しい……」

 

 醤油ベースの甘辛いタレを塗って米で食べたい。たぶん三杯はいける! お祖父ちゃん達も頷いている。やっぱり日本人はお米だよ、お米。

 

「早く魔王を倒して帰らないとね!」

 

 決意を新たにした時、また遠くからアイアンビートルの幼虫の群れがやって来る。やった! 追加がやって……誰か追い掛けられてるっ!!

 

 

 

 

 

「あの、助けてくれてありがとう」

 

 追い掛けられていた子供が頭を下げてお礼を言った時、帽子が脱げて頭が見える。灰色の毛をした狼の耳が生えていた。

 

 

 

 そして、この出会いで僕達はちょっとした争いに巻き込まれる事になる。意外な相手との再会もあった……。

 



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ちょっと寄り道、大レース
獣人の少年


「矢っ張り芋羊羹は最高だよね! 濃いお茶に合うよ、まったくさ」

 

 何処かの町の神殿の屋根に寝転がってパンダ……のキグルミが羊羹を丸かじちにしていた。胸には『喋るパンダ』と書かれたネームプレートを付けており、背後には急須と湯飲みを乗せたお盆を持った小型な黒子が控えている。キグルミの口の部分に羊羹を突っ込み湯飲みでお茶を啜っていたパンダだが、突如その動きが止まった。

 

「!」

 

 黒子が懐に忍ばせていたナイフを引き抜くと同時に振り向くことなく後ろ手に突き出す。切っ先が硬質な物に当たった感触がして振り向けばハシビロコウが細長い長剣の腹で受け止めていた。相手が誰か確認した黒子はナイフを懐に仕舞うと慌てた様子で一礼し、ハシビロコウは一歩前に進み出た。

 

「我が主よ、任務完了だ。……しかし、些か回りくどい気がするのだが? 手を貸すならもう少し何か有るだろうに」

 

「うーん。僕が力を貸しすぎると儀式に支障するし、見物してて面白くないからね! 退屈は何よりの敵だよ」

 

「ふっ。まあ、その方が私も楽しめる。特に此度の勇者は善良な少女であるからな。禍人の正体を知った時の反応が楽しみだ。では、次の仕事に行かせて貰おう。……楽しませて貰って良いのだろう?」

 

「もっちろーん! 好きにやっちゃって」

 

 被り物なので表情は変わらないにも関わらず黒子には二人がどんな笑みを浮かべているのか分かる気がした。パンダは悪戯を思い付いた子供で、ハシビロコウは他人を苦しめて喜ぶ外道の笑みだ。

 

 

 

 

 

聖獣王教には幾つかの教義があるのだが中には、お金を使え、そんな変わった物まであった。年の九割に定められた祭日でも、祈りを捧げた人への振る舞い料理でも、兎に角として司祭達の過度な贅沢のように信者の不興を買う行為以外で聖獣王に絡めてお金を使うようにと、そうされていた。

 

「……なあ、おい。怒ってるか?」

 

「わざわざ訊く必要がある関係ですか?」

 

 そんな教義の影響か、レッドホーネットを退治し終わった二人が通された教会は少し古めかしい。外では焼け出された人のためにと料理が用意されているが、それは教会の資金を使って備蓄されていた食料なので貧乏な訳ではないのだが。

 

 それは兎も角、表面上は穏やかだがピリピリとした空気を放つ親友に空也はかなり気まずい想いをしている。二人の孫娘である璃癒が禍人と戦って勝利するも倒れたのが原因だ。示現からすれば何をやってたのだと言いたい気分であり、危険が迫ったのを知っていて試練だからと静観していた空也に怒るのは当然であった。

 

「君の放任主義を否定はしませんが、璃癒は私の内孫です。教育方針は私に決めさせて貰いたい。それに、奴らが何を言おうと私にフォースガルドを使う資格がないか判明するまでは試練など不要でしょうに。……だいたい、この世界と璃癒のどちらが重要なのですか?」

 

「でもよ、わざわざ手を出してきたって事は……」

 

「アレにまともな判断を求めるのが間違いですよ。君は何故か気に入っていますけどね。それにハシビロコウはあの珍獣の部下の中で最も性格が悪い。人の苦しみに悦楽を見出す程にね」

 

 明らかなる嫌悪を話題の対象に向けた示現は黙り込んでドアに視線を向ける。町の代表だと今の場所に通された時に名乗った男と数名がノックの後に入ってきた。手にはズッシリと重そうな袋をトレイの上に乗せ、ジャラジャラと硬貨の音がした。

 

 

「先程も名乗りましたが町長のルデンで御座います。この度は町を救っていただき感謝し切れません。これは些少では御座いますがお受け取りを……」

 

「これはご丁寧に。何分旅の身でしてね。色々と物入りで困っていた所です。では、遠慮無く……」

 

 示現が謝礼を受け取った事でルデン達の表情が少し明るくなり、次に何を言ってくるのか予測させた。勇者として行動をしていた頃、何度も頼まれた事だ。謝礼金を受け取った事で、お金次第で動かせると判断したのだろう。喜々とした表情で本題に入る。

 

「実は防衛のための兵士は傷を魔法で癒やしていただきましたが、町の皆の間には不安が広がっています。どうか防衛の為の人員が派遣されるまで滞在しては頂けないでしょうか?」

 

 やはり、と、示現は思う。クラスやらレベルがあるために個人間の戦力差が大きいこの世界では実力者の確保に何処も躍起になる。当然、示現に受ける気はないが、璃癒が町の人々を心配して残ろうと言い出すことを危惧した。素それほどに善良に育てた自信あっての心配だ。

 

 だが、ルデンの口からは更なる要求が飛び出した。

 

 

 

「勿論謝礼は何かある度に見合った額をお支払いします。ただ……禍人を倒したという彼女は街から今すぐ出て行って貰いたい」

 

 正直、その発想の予想はしていたが口に出すとまでは示現も思っていなかった。孫娘であると話している。つまり、報復が怖いから自分達のために孫娘を犠牲にしろと、金を対価に要求して来たのだ。

 

 

「……おい、ふざけるなよ?」

 

 ドンッという激しい音が部屋を揺らし、空也が拳を叩き付けたテーブルが真っ二つに割れる。ルデン達が怯えを見せる中、示現は無言で立ち上がって歩き出した。

 

 

「お…お待ちください! 彼女は禍人を倒せるほどに強いのでしょう!? ならば一人でも大丈夫な筈です!」

 

「そうよ! 弱い私達を守ってよ!」

 

「あんなに強いんだから当然だろっ!?」

 

 誰かの自己犠牲を当てにして、それに寄りかかる生き方は明確な驚異が存在するこの世界では珍しくもない。三百年前も同じで分かっていた筈の示現だが、孫娘の璃癒を犠牲にしろと言われて怒りを抱かない筈もない。

 

「こうなればどんな手段を使っても……」

 

ドアの前に立ちふさがったルデンに静かな声で加減しつつも殺気を込めて言った。

 

「……退きなさい」

 

「あ…がっ…!?」

 

 魔王を倒した英雄の殺気を浴びたルデンは泡を吹いて倒れる。もし本気なら心臓麻痺を起こしていただろう彼の横を通り過ぎ、示現と空也は出て行った。背後からは要求が飲まれない事への不満や不安から罵声が飛ぶも気にした様子もなく璃癒が寝ている宿屋へと向かうのであった。

 

 

 

「ああ、だから嫌なのですよ、無関係な大勢を救うのは。あれらは無償で無制限の善意を期待する。……非常に不愉快だ。空也、暫くは璃癒を甘やかすのは私に譲って頂きますからね?」

 

「……へいへい。了解了解っと」

 

 

 返事は兎も角、空也が不満そうなのは示現には分かっている。だが、無視する。ちょっとだけ言い出しやすい空気を作った街の住民に感謝する、そんな気持ちが芽生えて直ぐに消えた。

 

 

 

 

 示現達が行ったやり取りの詳細など知る由もなく野宿をしている最中に偶然助けた少年、彼は狼の獣人(ルー・ガルー)であった。この世界で初めて目にする獣人に璃癒がつい視線を奪われる。そんな中、彼の顔をジッと見ていたエリーゼだったが更に近寄って顔をのぞき込んだ。

 

「な…何? 俺の顔になんか付いてる?」

 

「……矢っ張り! スクゥル君ですよね? ほら、ハティルちゃんの友達のエリーゼですよ!」

 

「あっ! エリーゼさん!」

 

 

 

知り合いだと認識したのか怪訝そうな顔をしていたスクゥルは嬉しそうにし、それ以上に嬉しそうなエリーゼは勢い余って彼を抱きしめる。身長差のせいで胸に顔が埋まる事になってしまってスクゥルは顔を赤らめるもエリーゼは気が付く様子もなく、璃癒は小さな音で舌打ちをした。

 

「所でスクゥル君はどうして一人で? 何時もだったらギーシュちゃんと一緒なのに……」

 

「ギーシュと居たら目立って抜け出すのが……あっ。な…何でもないよっ! じゃあ、俺忙しいからっ!」

 

「抜け出す……?」

 

 スクゥルは慌てた様子でエリーゼの真横を通り抜ける。獣人特有の身体能力の高さは幼い彼にも備わっているようだ。だが、直ぐに回り込まれて両肩に手を置かれた彼の目前にはエリーゼの笑顔。優しくて恩顧そうにも関わらず彼には恐ろしく感じた。ガクガクと体が震えて顔がひきつるスクゥルにエリーゼはあくまでも優しく話し掛けた。

 

「ちょっとお話聞かせて貰えるかな?」

 

「……うん」

 

 端から見ていてあの笑顔の圧力は凄まじい、璃癒はそう思うのであった。

 

(出来るだけエリーゼには逆らわないでおこっと)

 

 

 

 

「ええっ!? 婚約者を連れてくるために部族から離れただってっ!?」

 

「正確には口約束らしいけど……」

 

 スクゥル君のお姉さんでエリーゼの友達であるハティルさんは家出の最中らしい。何でも部族であるガルムでもずば抜けた実力者だったから弱い男を婿にする気はないって言ってたけど、ある日突然惚れた相手が出来たから連れてくるって言って居なくなったらしいんだ。

 

でも三日前にお姉さんらしい人を見掛けたって人の話をお父さんがしてたのを偶然聞いちゃって、いても立っても居られなかったから家出して、それで危ない所だったとか。

 

「こら! それで君が怪我でもしたらハティルさんが気に病んじゃうでしょう? お父さん達だって心配しているに決まっていますよ」

 

「……うん。俺、帰ったら直ぐに謝るよ」

 

 エリーゼのお説教にスクゥル君はうなだれながらも素直に頷く。……耳が可愛いなあ。触ったら……駄目だよね。獣人さん達は動物扱いみたいなのは侮辱って受け取るって言ってたもん。この世界では普通に存在しているんだし、地球で例えるなら出身地や肌の色で差別するのと変わらないや。

 

 僕は駄目な欲望を抑え込み耐える。頑張れ、頑張るんだ僕!

 

 ……それにしても恋のために旅に出るとか女の子としては少し憧れるよね。僕、そんな燃えるような恋とかした事無いもん。それもスクゥル君から聞いた話じゃ凄くロマンチックな出会いだったらしいしさ。

 

 

「此処までか。……いや、貴様が我が部族に仇を成さぬように片目だけでも奪ってやる!」

 

 ガルムは狩猟を生業にしながら、聖獣王様に捧げるお金を得るために毛皮や織物を売ったり特別なお祭りに外の人を招き入れたりしているんだって。教会の仕事で参加したエリーゼとその時に仲良くなって商人を通じて文通をしてたらしい。

 

 大きな特徴としてはモンスターを飼い慣らし背中に乗っての狩りをしていて、大抵の人は賢くて手懐け易い上にそれなりに強い草食の二足歩行ドラゴン種のドラキリーってのを小さい頃から世話するけど、本当に上位の強さを持つ戦士は野生のモンスターを屈服させて乗りこなす。

 

 ハティルさんも大人の戦士顔負けの強さだったから自分に相応しい相棒を探しに行って……予想外の強さのモンスターに殺され掛けた。でも、危ない時に一撃でモンスターを倒して救ってくれた相手が居たんだ。

 

 爪が振り下ろされそうな時に抱きかかえて飛び退いて、そのまま片手で持った大剣で斬り伏せる姿を見たハティルさんは生まれて初めて男の人に胸がときめいたんだ。

 

「……おい、貴様。婿になれ」

 

「……ムコ? ああ、なる程。ムコになるべきか。だが、少し待ってくれ。今後を弟と話し合う」

 

 そう言って去っていったけど、最近になって彼女は、待つのは自分らしくないからって探しに出たらしい。

 

 

 

「……実は此処ら辺の領主が姉ちゃんに惚れたから嫁に寄越せって商人に圧力掛けて嫌がらせして来て、だから姉ちゃんも慌てて身を固めようってしたんじゃないかな? ……でも、最近になって俺達の大切な祭りであるラメリュスの大騎獣レースに召喚した勇者をねじ込んで来たんだ。優勝者は願いを叶える権利が与えられるから。……父ちゃんなら大丈夫だろうけど」

 

 

 

 

 ……えっ!? お祭りが近いんだ! 何か美味しい料理の屋台とか有るかな? スクゥル君のお父さんは最強の戦士って話だし大丈夫なら祭りはのんびり楽しめるね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、惚れた男を婿にするために出て行った姉ちゃんを捜しに行くとは無茶をするな、あの坊主も」

 

 スクゥルの父親が族長を務めるガルムという民族の拠点まで少し距離が有るので璃癒の事を考えて野宿をしているのだが、火の番をしていた空也はスヤスヤと寝息を立てているスクゥルに視線を向ける。

 

 灰色の髪に褐色の肌、毛皮や伝統の織物で作られた服に狩った獲物の牙のネックレスをした彼は小柄で幼さが残る顔立ちをしており、自分達を召喚して共に旅をしたエルフの少女を思い出させた。丁度彼女の年頃はスクゥルと同じ十歳程だ。

 

「まあ、無茶のレベルはあのチビの方が上だがな……」

 

 パチパチと飛び散る火の粉を見ていた空也は少しだけ思い起こす。自分達が高校生の時に召喚されて旅をした時の事を……。

 

 

 

 

 

「……どうした? チビニア、ちゃんと寝ないとチビのまんまだぜ」

 

 この日も順番で火の番をしていた空也は身を起こしたチビニアことチルニアに声を掛ける。金糸の如き髪に白い肌、成長と共に増していく美しさの片鱗を見せるも幼さの残る顔を彼女は不快そうに歪ませた。

 

「ええい、毎回毎回チビチビと! レディに対する気遣いがなっておらんぞ、空也」

 

「何処にレディが居るんだ? 少なくても俺の近くにはガサツな妹と小便臭いチビしか居ないんだがよ」

 

 奈月に聞かれれば兄妹喧嘩間違い無しの発言を聞きチルニアは疲れたように肩を落とす。色々と無駄だと分かってきていた。

 

「……もう良い。貴様に期待した妾が愚かであった。……少し会話に付き合え。今日は色々あったから眠れんのじゃ」

 

 子守歌でも歌ってやるか? 等とヘラヘラしながら馬鹿にしてくる空也の近くに腰掛けたチルニアは無言で暫く火を見つめ、そっと口を開いた。

 

 

「……まさか禍人があの様な存在だったとは妾も驚きじゃ。敵であることは変わらんが……同情はする。それと聖獣王様……については語らんでおこう」

 

「俺達のせいだって責めるかい?」

 

 少し浮かない表情のチルニアに対して何時ものからかう時みたいな表情とは正反対の真面目な顔を向ける空也に対してチルニアは馬鹿にするなとばかりに鼻を鳴らした。

 

「ふんっ。時代の流れという奴じゃ。少なくともお前達に怒りはぶつけん。……さて、もう寝るとするか。明日も早い」

 

 言葉を交わしてスッキリしたのか毛布にくるまるチルニアであったが、目を閉じる前にもう一度口を開いた。

 

 

「のぅ。妾は世界を救ったら家臣や民の力を借りて必ずや国を再興する。じゃから暫くこっちに……いや、何でもない」

 

 これ以上は口にしては駄目だと自らに言い聞かせてチルニアは目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えばお前、三日前に寝小便したろ。奈月にこっそり処理して貰ってたけどよ。その前も……」

 

「貴様ぁあああああああっ!!」

 

 これ以上は口にさせては駄目だとチルニアは飛びかかってポカポカと殴り掛かった……。

 

 



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偽勇者と伯爵

「息子が大変お世話になりました。どうぞ祭りをお楽しみください。それとエリーゼちゃん、娘が居なくて残念だったね」

 

「いえいえ、恋に生きるって憧れますし仕方ないですよ、フェンさん」

 

 スクゥル君を無事にガルムの拠点まで送り届けた私達は、彼のお父さんで族長のフェンさんに感謝されました。いえいえ、聖獣王教は助け合いを奨励していますし、そうでなくとも人のピンチには手を貸すのは当然です。

 

 フェンさんは相変わらず見た目は少し怖いですが優しく思量深いみたいです。種族の特長である灰色の髪に褐色の肌、体中に刻まれた古傷や口髭が少し威圧感を与えますけど目を見れば温厚だって分かります。でも、戦いになれば誰よりも勇敢らしいです。

 

「では、私達は旅の支度を整えるとして……無駄遣いは駄目ですよ?」

 

「はーい!」

 

 フェンさんとの会話を終えてお祭り……リュメロスの会場に足を運んでみたら凄い盛況っぷりで驚かされます。清貧を良しとする度合いが特に高いのが私の所属するウンディーネ派でしたからお祭りで使うお小遣いなんて殆ど持って居ませんでしたし、そもそも来たのはお仕事のお手伝いが主でしたから。

 

 だからちょっと璃癒が羨ましいです。良いなあ……。

 

 大勢の人で賑わう会場では織物や装飾品等の工芸の品の露天、それ以上に会場全体に漂う美味しそうな匂いを放つ食べ物の屋台に璃癒の目は釘付けです。……私の最近はモンスターを食べる事が多かったですから興味があります。……いえ、味は良かったのですよ? でも、モンスターを平気で食べるとか異世界の住民って一体……。

 

「ああ、エリーゼさんもどうぞ。着替えなどの必要な品を売っている店が彼方に有りますよ」

 

「あ…有り難く頂きます」

 

 示現さんは私にも璃癒と同じ金額を渡してくる。確かに旅に出てからずっと同じ服と下着でしたよ、私も璃癒も。シスター服も目立ちますし、下着も何着か換えが必要。……買い食いも少しなら良いですよね?

 

「エリーゼ、早く行こう! 先ずは焼き菓子のお店ね!」

 

「駄目ですよ、璃癒。先ずは必要な物をちゃんと買ってからです。お祭りに参加する前の作法だって有るんですからね」

 

 駆け出しそうな璃癒を捕まえて先ずは服や日用品を売っている場所に向かっていく。なんか小さい子供達の世話をしている気分ですね。……この分では見張っておかないとお小遣いをあっという間に使い込んでしまいますね……。

 

 

 

 

「ふーん。聖獣王教ってそんなにお祭りがあるんだ」

 

「ええ! 聖獣王様の眷属である六百六十六体の二足歩行の獣と黒衣の人間の全員に関係するお祭りがありまして、多すぎるから地域と奇数年偶数年に分けている程です」

 

 何とか璃癒を引っ張って下着や着替えを買い込み、水色のワンピースに着替えた私は早速屋台に視線を奪われている璃癒を連れて眷属の像まで向かいました。世界中に点在するこれらの石像は決して動かせず、こうして周辺でのお祭りに参加するなら楽しむ前にお参りするのが決まりです。

 

 ですが……。

 

「沢山並んでいるね」

 

「ガルムはこの先の石像のモデルになった亀とウサギが競争ばかりしていたのに因んで大騎獣レースを行っていますけど、凄く人気ですからね。部外者も許可を得れば参加できますし。まあ、流石に小さな子供は誰かと一緒ってなっていますけどね」

 

「ふーん。僕も参加したいけど乗るモンスターが居ないから残念だよ」

 

 石像までは後暫く時間が掛かりそうですし、此処は聖獣王様の伝説についてお話してみましょうか? 璃癒は聞きたいか訊ねたら興味を示したので他の方の迷惑にならない声の大きさで話し始めました。

 

 

 

 

 遙か昔、人々はモンスターの脅威に晒されていました。獣よりも遙かに強くて魔法さえ使い、どんな戦士も、どの様な策も、どれ程の武具も通じない。最早人は滅びを待つだけなのかと絶望が広まった時、聖獣王様は現れました。

 

 七つの頭と十の角を持ち、王の証したる冠を全ての角に被った偉大なる獣。人に戦う力、クラス獲得の儀式を広め、レベルを上げるために魔魂石をモンスターから手に入れる事が可能となる祝福を行った。これによりモンスターと戦える腕力や魔法、様々な特殊な力を得た人々は発展したのです。

 

 ですが、災いとは尽きぬ物。強大な力を持ち、モンスターを増殖させ支配する力を持った禍人の魔界からの侵攻により、人々は更なる苦境に立たされます。故に人々は聖獣王様に祈り救いを求めたのです。そして、禍人が真の力を発揮するのを妨害する結界が世界に張られ、異世界からの勇者召喚に必要な知識と秘宝デメテルが与えられたのです。

 

 最初の勇者が禍人の王である魔王を倒し魔界と世界を繋ぐ穴を塞いでから、聖獣王様は歴代の勇者達以外の前に姿を現していません。ですが必ずや何処かで見守って下さっていることでしょう……。

 

 

「他にも細かいエピソードが有りまして、勇者のみが扱える聖剣フォースガルドの誕生についでです。とある貧しい老夫婦が差し出した供物の大根を、清らかなる水と魔除けの塩を混ぜて浄化の炎で熱した所に投げ入れたら大根が剣へと変わった、そんな伝説です」

 

「え? 僕、塩茹でした大根に助けて貰ったんだ。って言うか歴代の魔王って大根でやられたの!? ……所で二足歩行の獣の中にパンダって居る?」

 

「パンダってどんな動物ですか? あいにく聞いたことが無いので璃癒の世界にしか居ない動物なのでしょう」

 

「……居ないのかぁ。僕、パンダが好きだから期待したんだけどな……」

 

 何処かに消えたあの本にもパンダって書かれていましたけど、パンダってそんなに可愛いなら見てみたいですね。まあ、私は璃癒達を召喚しても向こうの世界と行き来が出来るわけでも有りませんけど。

 

「……それにしても」

 

 どうして異世界からわざわざ召喚するのでしょうか? 色々と問題があると思いますけど……。

 

 聖獣王様ですから何か理由があっての事でしょうが、歴代の勇者様達のようにお会いする機会があれば問いたいと思う私でした……。

 

 

 

 

「さーて! 先ずはグルッと一周してから何を食べるか決めないとね」

 

 参加費の代わりに許可を得た商人が開く屋台もあって出店の数も種類も豊富。業務用冷凍食品が無い世界だから地球みたいにどの屋台も変わらない味って事は無いだろうし、同じ物を扱っている店でも違いが出る。勿論初めて見る料理も有るんだけど、残念なことに軍資金は決まっている。

 

 お小遣いが旅の資金から出ている以上は追加を期待できないし、今後立ち寄った街で僕の好みの料理が売っていてもお金がないなら買えやしない。お小遣いの九割を注ぎ込んでいた、お取り寄せグルメサイトも無い。つまりは自分の勘と推理力で選ぶしか無いって訳だ。

 

「まあ、手当たり次第に買わなかったらどうとでもなるでしょ」

 

 幸い財布は重いし、ぼったくり的な値段で売ってもいない。さてさて、どんな食べ物との出会いが有るのやら……。

 

 

 

「美味ーい! トロトロでモチモチで……」

 

 石窯で焼きたてのピザみたいなのにかぶりつけばモチモチとした食感の香ばしい生地と自家製の薫製肉や野草といった具が絶妙なハーモニーを奏でる。山羊乳のチーズは少し癖があるけど野草の苦味やお肉の濃厚な味と合わさって……。

 

「こ…これも美味しい!」

 

 ケバブみたいに大量の肉をじっくり焼いた物にニンニクみたいな野菜のタレを塗って更に焼いた物をフワフワのパンにシャキシャキの野菜と一緒に挟んで辛口ソースをかけてかぶりつけば強烈なパンチにノックアウトされた。

 

「うーん! シンプルなのも最高だね!」

 

 川魚を塩だけで味付けして串に刺して炉端焼き。皮が少し焦げててそれも悪くないって言うか良い! ワタの苦みも脂の乗った魚は最強だ!

 

 

 

「ふぅ。食べた食べた」

 

「本当に食べましたね、沢山。……見ているこっちが胸焼けしそうですよ」

 

 財布もかなり軽くなった頃、僕達はアクセサリーを売っている露天にやって来た。エリーゼは少ししか食べなかったけど大丈夫かな? 甘い物とかなら食べれるかも知れないし、後でデザート巡りでも……。

 

 財布の残りと目を付けていた店の値段を思い出しながらギリギリ予算内だって計算しているとエリーゼがしゃがみ込んでペンダントを手に取っていた。

 

「これ良いなあ……」

 

 二個一セットのペンダントで片方はディハスさんの剣と同じ火水晶、もう片方は緑色の風水晶(ふうすいしょう)って奴。ばら売りのは完売したって書いてるからセットで買うしかないけど……高い。エリーゼの手持ちだけじゃ少し足りない値段だ。

 

 でも、僕の残りを足せば買えるかな? 今まで清貧が教えだったからってアクセサリーは殆ど持って無かったらしいし……。

 

「エリーゼ、少し出すよ。さっきお話を聞かせて貰ったお礼!」

 

「で…でも璃癒さんの分まで無くなって……」

 

「良いから良いから。また頑張って稼げば良いしさ。せっかく強くなったんだし力試しはするでしょ?」

 

 そう、レッドホーネットの魔魂石を経験値にして僕もエリーゼもレベルアップして十五になったんだ。レベルは十三から上昇する能力値と必要経験値が跳ね上がるらしいから、レベルが上だったエリーゼが僕と同じだけ使っても同じレベルなんだ。

 

 

「……あれ? お姉さん達ってよく見たら……」

 

「あっ! セウス君だ!」

 

 そう。エリーゼや売り物だけ見てたから気が付かなかったけど、露天の店番をしていたのはセウス君だったんだ。よく見れば隣でジークが寝ているよ。鼻提灯膨らませて可愛いなぁ。

 

 

 

 ……あれ? お兄さんのディハスさんは居ないのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、勇者達よ、何時もご苦労と言っておこう。活躍のお陰で支援に使う臨時の税金が沢山取れるぞ」

 

 此処はアジエタやガルムが拠点を転々としている土地中辺の領主であるボリック伯爵家の屋敷。その客間には当主であるメタの姿があった。

 

 ガマガエルと豚を合わせて真正面から押し潰したかのような醜い顔に肥え太った身体、視線は正面にいる三人の内の一人である少女を舐め回すように見ており、そうでなくとも三人は彼の容姿に嫌悪感を感じていた。

 

 

「活躍だなんて大袈裟ですぅ。ナミラ達は大した事はしてませんよぉ?」

 

「然り。其方が弱らせてから放ったモンスターを殺しているだけでござる」

 

「まっ! 役者としても戦士としても一流なのは間違いないけどな」

 

 十二枚の服を無理に着ている少女、ナミラ。覆面と褌一丁の男、ガジン。そして鯱らしき被り物の青年、リュート。彼らこそボリック家が召喚したと主張する偽勇者一行であり、元を正せば規律に付いていけずに脱走したローレス聖王国の新人騎士。最低限の訓練を受けた彼らは今は領主と組んで民衆を騙して金を巻き上げている。

 

「それで作戦はバッチリなんですかぁ?」

 

 互いに利用するつもりで仲間意識のない四人の共犯者達の話題はラメリュスのレースへと移った。これに自分のごり押しで出場させたリュートを優勝させて目を付けていたハティルを側室にするという計画であった。謝礼は弾むと言われては断る理由はないが、族長のフェンの武勇は耳にした事がある。強欲だが自分達の強さの度合いを自覚している三人は勝算が薄いと考えていた。

 

「獣臭ぇ獣人の巣なんかに居たくないから戻ってるが、ちょっと見ただけでも族長が乗るモンスターは強そうだったぜ?」

 

「ぐふぐふぐふ。それなら大丈夫だ。私には心強い協力者が居るのでな」

 

 メタが臭い口を開けて言葉を発すると何時の間にか彼の背後に一人の男が立っていた。目玉の書かれた黒布で顔を隠し白いスーツを来た手足の長い奇妙な男。彼の姿を見た三人の顔が引きつる。

 

 

「ま…禍人でござるかっ!?」

 

「ええ、そうですとも。ですがご安心を。私はネペンテス商会に属する商人で、ボリック伯爵は上客。上客のお仲間である貴方方も大切な存在です。危害など加えません」

 

 顔は見えなくても誠意を感じさせる態度、そしてメタが行っている圧制は人類の敵である禍人には都合が良いのだとは理解できる。だが、今だけだ。何時か切り捨てられるとしか思えなかった。

 

「私の協力で大助かりらしくてな。将来的に他の人間とは違った特別待遇を約束してくれたのだ。お前達も私の役に立つなら口利きをしてやろう」

 

「そ…それは助かりますぅ」

 

 その約束を守る保証が何処にあるのだと口に出来ない偽勇者達が表面だけ取り繕った時、商人が指を鳴らす。すると部屋に一匹のモンスターが出現していた。

 

 二本の角を持つ漆黒の巨大な馬。強靭な肉体と狂暴そうな風貌に三人が身を竦ませるも襲ってくる気配は無く、商人はモンスターの前足に嵌めた黒いリングを指先で撫でた。

 

 

「バイコーン……先代の勇者さえも苦戦したという強力なモンスターです。ですがご覧の通りこのスレイブリングを付けている間はセットとなる指輪をした者の忠実な下僕となっています。ああ、指輪の持ち主は平気ですが強力な力で多大な負担が掛かっていますが……モンスターなどどうなっても宜しいでしょう?」

 

「ああ、その通り。……此奴が居れば優勝は俺の物だ」

 

 思いがけず手に入れた力にリュートは邪悪な笑みを浮かべる。仮初めの全能感が彼を支配していた……。



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少年の要求

 うちの兄は馬鹿である。ある日の事、朝からボーっとしてご飯も食べないので心配して声を何度も掛けたら漸く反応して……。

 

「何か大切なことを忘れている気がしてな。……朝飯を食べるのを忘れていたと思い出した。朝のメニューは何だ?」

 

 お昼前に何言っているのさ!?

 

 そしてこれは序の口で、目の前にそびえ立つ岩山を登りも迂回もせずに迷い無く突貫工事でトンネルを作ったり、師匠から送られてきたアクセサリーを売って旅の資金を稼ぐ時も代金やお釣りの計算に手間取って十歳下の僕に頼るしさ!

 

「……お前は凄いな。頭が良い弟で助かる」

 

 ……いや、二十にもなって九九に苦戦する兄ちゃんに誉められてもさ。うち、ちゃんと学校に通える程度には裕福だったじゃん。師匠にも最低限の勉強はさせられたでしょ!?

 

 そんでもって馬鹿な兄ちゃんだけど……嫌いじゃない。もうディハス兄ちゃん以外に僕の家族って居ないし、僕を守ろうとしてくれるし。

 

 

 ……でもさ、直して欲しい部分は未だある。女の人を無自覚に口説くんだよ、兄ちゃんって。なんかね、呪われてるって位にピンチの人に遭遇して善人だから助けるんだけど、その時の台詞がさ……。

 

 

「……安心しろ。お前を傷付けさせはしない」

 

「俺がお前を守る。絶対にな」

 

「こうして出会ったのは運命なのだろうな」

 

 こーんな感じで女の人に惚れられて、無自覚だからお礼がしたいと言われたら素直に受け取るんだ。じゃあ飯を奢って。高いと不安だから一緒に来ると助かる。こう伝えたくって……。

 

 

 

「……お前との食事で十分だ」

 

 わざとやってない?

 

 極めつけはこの前、ガルムの女戦士を助けてた時に胸を握ってしまったんだけど、相手に婿になれって言われてさ……。

 

「無辜、つまり罪を償って真っ当な人間になれと言われてな。……すまない。俺が牢屋に入っている間は危ないことをするな」

 

「いや、結婚しろって事だよ?」

 

「……何を馬鹿な」

 

 この後、兄ちゃんを言いくるめて旅立って、追いついて来たガルムのハティルさんに説明したんだけど……。

 

「そんな馬鹿が何処にいる!」

 

 貴方の目の前にいるよ? てかさ、何時も物憂げで陰があって寡黙で、とか何とか言うお姉さん達が多いけど、ボーッとしていて何も考えてないだけだから! 

 

 そんな兄ちゃんが居たら面倒だからって別の荒仕事を押し付けた僕はガルムの祭りであるラメリュスに露天商として参加していた。

 

 

「うわー! お姉さん、凄く綺麗だね。これなんかお姉さんの美貌を際立たせると思うな」

 

「あら、お上手ね。じゃあ、一個買っちゃうわ」

 

「お姉さん、ありがとう! だーい好き!」

 

「……三個追加で。お土産も必要よね」

 

 こんな感じで師匠が送ってくれた品を売って情報も噂レベルだけど結構集まったから後は適当に終わらせようと思った時、ちょっとだけ関わったお姉さん達と再会した。

 

 

 

「確かセウス君でしたよね。ディハス様……いえ、ディハスさんは居ないのですか?」

 

 キョロキョロと残念そうに兄ちゃんを探すエリーゼさん。この人は一目惚れしたタイプだね。ずっと真面目に生きてきて、何か救って上げたいって思う雰囲気の美形にコロッとやられちゃったタイプ。聖職者で兄ちゃんに惚れた人に多かった。主ではなく愛のために生きます、とか言ってくるのも居て大変だったよ。

 

「久し振りって程でもないか。セウス君、元気してた?」

 

「うん! お姉さん達も元気で綺麗だね! 兄ちゃんは別のお仕事だよ」

 

 こっちの璃癒ってお姉さんは兄ちゃんに興味なしって感じでフレンドリー。……これが今回の勇者なんだから驚きだよ。まあ、勇者って言っても人間だから当然だけど。妙に神聖視とか高い理想を向けているのが多いからね。特に自分では何もしないタイプにさ。

 

 僕はあのお爺さん達が側に居ないのに少し安心する。相手のステイタスを見抜く最上位鑑定系魔法が込められたペンダント、師匠が作ってくれたマジックアイテムの力でも一瞬だけ見えた三人の本当のレベルとクラス。どれだけ強力な偽装系魔法を使っているのかと思うよ、まったくさ。

 

 璃癒 マジックナイト レベル15

 

 これが偽装によって表示された今のお姉さんのステイタス。もう一人の方も短時間でクレリックからウォークレリックに変わっているし、何がどうしたんだか……。

 

 

 

「それよりお姉さん達、このペンダントが欲しいんだね? ……ねえ、ちょっと僕のお願いを聞いてくれるなら値段をおまけしちゃうけどさ」

 

 まあ、別に良いさ。重要なのは利用できるかどうかって事だもん。目的を果たすため、復讐のためなら形振り構ってなんかいられないんだ……。

 

 

 

 

 

 森の中をジークが凄い速さで疾走する。端から見れば黄金の疾風が通り過ぎたみたいに見えるだろうね。子犬程度の大きさだったのに今は全長が二メートルを越えていて、背中には僕と璃癒さんが乗っていた。

 

「ひゃっほー! 速い速ーい!」

 

 後ろで僕の肩に手を置きながら風を全身に浴びるために体を起こす璃癒さんはバランスを崩す様子もない。僕だってジークに乗るのに慣れたのは結構時間が掛かったのに僅かな時間でコツを掴んで羨ましいな。

 

「璃癒さん、危ないからさ」

 

「あっ、ごめんごめん。身を低くして乗るんだったね」

 

 突き出した枝とかモンスターの攻撃とかもあるし、何よりバランスを崩しやすい。だから一応注意すると素直に姿勢を低くして前に座る僕に身体を密着させた。

 

 少し良い匂いがしたし、胸は小さいけど柔らかい身体の感触が伝わってドキドキする。十歳だし、仕方ないじゃん。こっちは意識する年頃でも向こうは子供扱いするから平気で身体を密着させるんだもん。師匠だって一緒にお風呂に入りたがるんだもんなぁ……。

 

「ねぇねぇ、もっと速く走って良い?」

 

 森の中の荒れた道を馬の数倍の速度で走っていたジークの顔面めがけてホーネット種の下位モンスターであるノーマルホーネットが向かって来たけど簡単に噛み砕いて三つの頭でムシャムシャ食べている。食べ終わると更に速度が上がり、真ん中の頭が僕達を向いた。

 

 魔法で大きくなっても中身はジークのままだから素直で良いんだけど走り方が雑だから上下に凄く動く。正直言って勘弁して欲しいんだけど、後ろからもっと速くなるんだって期待を感じるんだよね。ジークだって僕を乗せてもっと走りたいって顔をしているしさ。

 

 僕は仕方ないかと諦めて軽く頷く。一瞬で速度が1・5倍にまで急加速した。……ジーク、後でお仕置きね……。

 

 

「ひゃっほー!」

 

「わーい!」

 

 ……無邪気って良いなあって、意識を何とか保ちながら思う。風景が矢みたいに後ろに飛んでいって、風はもう壁に体を押しつけているみたいに感じる。ハティルさんは僕にこんな事を言ってたっけ。

 

 

 

「我が婿の弟なら私の弟と同じだ。魔法系のクラスだろうが一流の戦士に鍛えてやる」

 

 少しだけでも鍛えて貰うんだったかなぁ、って思いながら僕はこの地獄が速く終わってくれないかなって願うのであった……。

 

 

 

 

 

 

「大丈夫? ジークから降りた時にフラフラだったけど体調でも悪いの?」

 

「お兄ちゃん、病気なの?」

 

 森の中の開けた場所で一旦休憩、焚き火の前で寝転がった僕の顔を璃癒さんが覗き込んでジークは元の大きさでベロベロ舐めて心配している。涎の治癒効果で身体は楽になってもベトベトになったから顔を拭きたいって思ったら璃癒さんがハンカチで拭いてくれた。この人、やっぱり明るくて優しい人だな……あれ?

 

 頭の下に柔らかい物を感じる。これってまさか……膝枕? うん、間違いないや。ちょっと意識を失い掛けた間に膝枕をされてたんだ。きっと地べたに頭を置くのはって事だけど少し恥ずかしい。でも、もう少しだけ……。

 

 心地よさに僕は瞼を閉じる。そして何時の間にか静かに寝息を立てていた……。

 

 

 

 

 

 

「……寝ちゃったよ。僕に弟がいたらこんな感じだったのかな?」

 

 枕もなかったし膝枕をしてあげてたら寝ちゃったセウス君の顔を眺めながら少し昔を思い出す。奈月お祖母ちゃんに膝枕とかして貰ってたし、帰ったら肩でも叩いてあげようか。

 

 それにしても気持ち良さそうに寝ているや。子供だし長旅みたいだから疲れているんだね、きっと。

 

 

 大騎獣レースに出場したいからパートナーになって欲しい、それがセウス君からのお願いだった。レースまで後少しだから今は練習中って訳さ。

 

 元々僕は速い乗り物が好きで奈月お祖母ちゃんがオーナーをやっているサーキットでスポーツカーの助手席に乗せて貰ったり、バイクの免許だってお小遣いを貯めて取るつもりだし、遊園地ではジェットコースター系には三回は乗る。

 

 だから渡りに船で引き受けたんだ。後でお祖父ちゃん達には事前相談しなかった事について怒られたけどさ。

 

「じゃあ、僕はご飯狩ってくるねー!」

 

「うん。セウス君は僕が守っておくから気を付けてね」

 

 最初は他に飼い慣らしたモンスターでもいるのかと思ったらジークが大きくなるんだもんな。因みに大きくなった時に真ん中の頭の耳の間を撫でたらくしゃみをするらしい。……ちょっと聞いてみたいな。

 

 意気揚々と森の中に入っていくジークのお尻を眺めながらセウス君のほっぺを指で突つく。プニプニでスベスベ。こんな子供だけど大変な旅をしているし、レースに出るのだって優勝の賞品の願いを叶える権利を使ってガルムに集めて欲しい情報があるって聞いてる。強い戦士が揃っているから多少の危険は大丈夫だからって。

 

 多分、イルマ・カルマって禍人に関する情報なんだろうな。何でその情報を……とは訊かない。こんな世界だし予想は付く。だったら無闇に思い出させる真似はしたくないんだ。だって、この子のレベルは僕より高い18でクラスだって魔法系のハイウォーロック。エリーゼが言うには余程の才能と修練がなければ会得が無理らしい。

 

「もう少し子供らしく生きられたら良かったのにね……」

 

 寝ているセウス君の頭を撫でようと手を伸ばす。手に伝わってきたのは他人の手の感触で、横には知らない女の人が居た。……誰!?

 

 

「……えっと、どちら様?」

 

「この子、私の弟子。……違った。この子、私の可愛い愛弟子。……兄の方はどうでも良い。この子が大切にしているから関わっている」

 

 わざわざ言い直すくらいセウス君を可愛がっているのだけ伝わってくるけど、抑揚の殆ど無い声じゃ感情も読めない。ただ喋っている間もセウス君を撫で回し、何時の間にか僕の膝から自分の膝の上に移していた。は…速い! この人、ただ者じゃないぞ……。

 

 

 顔はフードと口元を隠す覆面で分からないけど目元は美人に見えるし、髪は絹みたいな銀。触った肌もスベスベで白くて綺麗だった。そして何よりも胸が大きい。服の下で窮屈そうにしているのは巨を通り越して爆である。……絶対にただ者じゃないぞ。

 

「……ん。 そっちは?」

 

「僕? この子にレースのパートナーになって欲しいって頼まれたから練習しているんだけど……」

 

「……そう。じゃあ、私はそろそろ行く。面倒だけどお仕事。お母さ……師匠が顔を見に来たって伝えて。あと、これも食べろって」

 

 セウス君の師匠さんの横には山盛りの野菜が入ったザルが置かれていて、全部新鮮で瑞々しい。最後に名残惜しそうにほっぺの辺りをゆっくり撫でた後は現れた時と同じ様に一瞬で姿を消していた。……本当に何者なんだろう?

 

 やっぱりセウス君の師匠なんだし凄腕の魔法使いかなって思った時、ジークが獲物を咥えて戻って来た。影に紛れそうな色の子牛のモンスターだった後で訊いたらシャドウバイソンって名前らしい。

 

「……困ったな」

 

 血抜きとかした事ないや……。

 

 

 

「僕達は師匠に食べるように言われてたけど、お姉さんの所もなんだね。……人類の敵って認識があるのか他の人は食べないんだもん、勿体ないよ。知らなかったら絶対に美味しいって言うくせにさ」

 

 結局血抜きはセウス君に教わって私が解体まで終わらせて、今は枝に突き刺した肉を焚き火で炙ったり熱した石でじっくり焼いている所。タレが欲しいと思ったけど、まるで唐辛子を練り込んだみたいな辛みがあって十分美味しい。分厚いタンをじっくり焼いて、テールはスープにしたいけど冷やして脂を取るとか手間だから仕方なく焼いて食べている。

 

 コーラとかジンジャーエールが欲しいかな? それにしても美味しい。口の中でとろけてさ……。

 

「本当はもっと強かったら美味しいだよね、更に。肉が固くなっていくから包丁が通らない時もあるけど」

 

「なん…だって……!?」

 

 あっ。野菜もちゃんと食べたよ。シャキシャキで甘くって美味しかった。

 

 

 

「それにしても師匠ってば璃癒さんの前で……」

 

 ジークとの練習も一段落して帰り道、汗でベタベタだからお風呂に入りたいって思いながらの道中でセウス君は少し恥ずかしそうにしていた。うーん、僕も人前でお母さんに甘やかされたら少し照れるから気持ちは分かるよ。

 

 僕がそう伝えたら少しホッとした様子だったし、普段もあんな感じなのかな?

 

 

「修行は厳しいのに他ではベタベタして来てさ。髪を洗ってやるってお風呂に入ってきたり、朝起きたら抱き枕にされてたり、師匠だと変に目立つから街に出掛けた時はお母さんって呼べとか言ったりさ」

 

 山奥で暮らしていた師匠さんことキルケルさんは随分と変わり者だったとセウス君は語る。そろそろガルムの拠点が近いって時、急にジークが飛び跳ねた。

 

 

「わわっ!?」

 

 咄嗟に身体が浮いたセウス君を抱き締めて地面を見たら影の刃が突き出している。ジークが木を蹴って移動すると次から次へと影の刃が襲って来た。よく見れば刃になった影は夕日に照らされて向こうから伸びてきているのが分かる。その先には十頭ほどのシャドウバイソンが此方を睨み付け鼻息を荒くして立っていた。

 

 

「ブルルルル……」

 

 一斉に後ろ脚の蹄で地面を掻き、頭を低くして突進の構えをとる。多分さっき食べて今も角とか持って帰っている子牛の仲間だよね。死体を渡したら帰ってくれる……な訳はないか。

 

「セウス君、僕が前衛を……」

 

「アイススフィア」

 

 受け持つ、そう言おうとした僕の真横を蒼い球体が通り過ぎてシャドウバイソンの中心で炸裂、内包した冷気を吐き出して氷像が出来上がった。凄いのは周囲の騎の枝も白く凍っているのに僕の方には冷気が来ていないって所。……うわー、凄いな。

 

 

「へへん! どうかな?」

 

「うん。格好良かったよ。少しドキッとしたかな?」

 

「……そう」

 

 子供らしく振る舞いながら聞いてきたから素直に誉める。夕日の影響か少し顔が赤くなって見えた。

 

 

「僕も負けていられないや!」

 

 もっと強くなるぞ! 偽勇者なんかに負けないのは当然で、魔王だって倒せる位に!

 

 

 

(あーあー、調子狂うや。利用するだけの予定だったのにさ……)

 

 

 

 

 

 

「り…璃癒さんもお帰りですか。お風呂に入りたい……です」

 

「璃癒さん、やっほー!」

 

 僕達が滞在しているテントに戻ると丁度エリーゼも戻って来た所。子供は同伴者が必要だからってスクゥル君も出場するにはパートナーが必要でエリーゼを選んだんだ。乗っているのはスクゥル君が育てたドラキリーのギーシュ。エリーゼも大変だったのかヘロヘロな状態で虚ろな目をしてた。

 

 ドラキリーの見た目を例えるなら恐竜のラプトル。大きさは成体ではないのに二倍近くはあって鱗は黄金。ゴツゴツした尻尾やドラゴンって感じの顔が勇ましい。背中から降りたスクゥル君に顔を擦り寄せている所は可愛いけどね。

 

 

「エリーゼ……大丈夫?」

 

「な…何とか。偽勇者なんかに間違っても優勝させる訳には行きませんし……」

 

 フラフラと頼りない足取りでお風呂に向かっていくけど大丈夫かな? 間違って男湯に行きそうだし見張っておかないと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうして居るのさ?」

 

「あー! お姉ちゃん達だー!」

 

 今、僕の前には顔を背けて呆れ声のセウス君と無邪気なジークが居る。はい、偉そうにしておきながら間違えました。天幕に覆われたお風呂場。地面に掘られた穴に嵌め込んだ浴槽は大きくって温かそうな湯が張られている。少し匂いがするから薬湯の類かもね。

 

「えっと、ペットをお風呂に連れ込むのはマナー違反ですよ?」

 

「此処、僕の貸し切り。師匠がジークと入れるようにってお金を払ってくれてたんだ」

 

 うん、エリーゼ、ちょっと論点がズレている気がするな。僕達がするのは今すぐ出て行って女湯に行く事。……昔の公共浴場って感染症とか酷かったらしいし不安なんだよね。魔法でどうにかなるって話だけどさ。

 

 

「……あのさ、多分大勢用のお風呂は混んでるし汚くなってるだろうから使う?」

 

「うん!」

 

 僕は服の早脱ぎは大得意だし今すぐにでも入りたかったから遠慮なく入らせて貰う。でも飛び込んだのはマナーが無かったかな? 何かピリピリする気がしたし、手で掬ったらすり潰した葉っぱみたいのが入ってた。

 

「まあ、後でだから一旦出て行って……うぇ!?」

 

 ……あっ、やっぱり? もう汗でベタベタだったし早く入りたいなって思ってたから思わず飛び込んだけど、そりゃそうだ。後でって決まってるよねー。

 

「り…璃癒……」

 

 背後からエリーゼの呆れと……少し怒りが込められた声が聞こえてくる。子供だし平気かなって思ってたけど考えが違うよね。

 

 

 恐る恐る振り向けば僕が飛び込んだ時に飛び散ったお湯でビショビショになったエリーゼの姿があった。

 

「怒ってる?」

 

「何で怒っていると思うのですか?」

 

 笑顔だけど絶対に怒ってるよっ! 黒い笑みを浮かべながら僕を見下ろすエリーゼは肩を震わせている。疲れているから余計に余裕がないんだろうけど……。

 

 

「……乾かすにしても服を脱がなくちゃ駄目ですし私も入ります! セウス君、良いですね?」

 

「……あのさ」

 

「良いですね?」

 

「……うん」

 

 笑顔の圧力でセウス君の言葉を封じたエリーゼは服を脱ぐと僕と違って大人しくお風呂に入る。まあ、薬湯で濁っているから裸は見えないし平気なのかな?

 

 ちらりと視線を送ったら胸が浮力に負けてプカプカ浮かんでた……くっ! あれ? ジークが僕とエリーゼを交互に見て不思議そうにしてるけど……。

 

 

 

「璃癒お姉ちゃんとエリーゼお姉ちゃんのお胸って全然違うね! なんでー?」

 

「こふっ!」

 

 ジークの無邪気な刃が僕にクリティカルヒット。精神に多大なダメージをおった。

 

 

 

 

「恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい……」

 

「いや、自業自得だからね? 言っておくけど悪い人を敢えて上げるなら璃癒さんだから」

 

 お風呂でリフレッシュして落ち着いたのか、お風呂上がりのエリーゼは真っ赤にした顔を手で覆っている。うん、ごめん。反省しておくよ。

 

 

 

 セウス君にも悪い事したしアイスみたいな奴があったからご馳走しようと思ったら向こうでスクゥル君がフェンさんと話をしていた。フェンさんは相棒のドラキリーのグレーに乗って何処かに出掛けるみたい。

 

 

 

「父ちゃん、大丈夫?」

 

「何、心配はいりません。狩りに出た人が帰ってこないから様子を見に行くなど何度もあったでしょう? レースまでには帰って来ますよ」

 

 フェンさんはスクゥル君の頭を撫でるとグレーを走らせて彼方に消えていく。族長って大変だね。こんな時間に人捜しなんてさ。何度もあったなら直ぐに見つかると思うけど……。

 

 

 

 

 でも、次の日になってもフェンさんも、彼が探しに行った仲間も帰って来ないまま大騎獣レースの時間がやって来た。大波乱の幕開けだ。



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開幕!

「あわわわわっ! だ…大丈夫なのでしょうか!?」

 

「エリーゼが心配しても仕方ないし、君には他にやるべき事が有るんじゃないのかな?」

 

 フェンさんが帰ってこないまま迎えたレース当日、スクゥル君が心配で朝ご飯も落ち着いて食べられない私に璃癒はハムやチーズを挟んだパンを差し出して来ました。

 

「一番心配しているスクゥル君のパートナーは、あの子が他の誰でもなく選んだ相手は誰? ほら、やるべき事が見えてきただろ?」

 

「……はいっ! 私、行ってきます!」

 

 そうです。フェンさんが優勝できないなら万が一にも偽勇者が優勝してハティルちゃんがボリック伯爵と結婚しないように彼を励ましてあげるのは私の役目でした。

 

「璃癒、やっぱり貴女は勇者です」

 

「?」

 

 本人は訳が分からないって顔ですけど他者を奮い立たせて導く才能を貴女は持っているのですよ。

 

 私は璃癒が差し出したパンを片手にスクゥル君の所まで走っていく。彼女ほど人を元気付けられる自信は有りません。でも、私がすべき事なのです。

 

 

 

 

「……ううん、違います」

 

 道中に色々な励ましの言葉が浮かんでくるも頭を振って追い出す。私が言葉を発するのは頭の中のスクゥル君じゃなくって目の前にいる一人の人間。だったら顔を見て浮かんだ言葉を口にするべきです。

 

 今はスクゥル君に会うことだけを考えていた私の耳にスクゥル君の声が聞こえてくる。慌てて近寄った私の目の前にはギーシュちゃんと一緒に騎乗の訓練をするスクゥル君の姿でした。

 

「よし! もう一回だ、ギーシュ!」

 

「グルルルルッ!!」

 

 設置された障害物を飛び越えて砂時計の砂時計の砂がなくなる前にコースを一周する。私に気が付かないで一生懸命で、だけどお父さんが居ない不安から無理をしているのでもない。

 

 

 

「……やっぱり男の子ですね」

 

 よく考えれば私が最後に会ったのは二年前。ならずっと成長していて当然ですよね。これは心配して損をしました。じゃあ、タオルとお水の用意でもしてあげましょう。

 

 少しだけ寂しい気もしますが、今は喜んで後押しをする時。逆に私がレースで足を引っ張らない為にも使えそうな魔法の復習をしないと駄目ですね。

 

 

 

「……あーあー。男の子って直ぐに大きくなるから卑怯です」

 

 でも、叶うならあの姿をハティルちゃんにも見せてあげたいなあ……。

 

 

 

 

 

「流石に心配だから俺が探しに行ってくるぜ。頑張れよ、璃癒!」

 

「あははは。メインはセウス君だからね? 空也お祖父ちゃんなら安心だよ。じゃあ、僕が一位でゴールするまでには帰ってきてね」

 

 レース開始間近、そろそろ出場者の集合時間の会場近くで私達は空也さんの見送りをしていました。偽勇者が関わっているかも知れないのでレースに出ない仲間を警戒して示現さんは残って見学で出発前まで二人で話し合っていました。

 

 少し揉めてましたけど璃癒の活躍を見たいから。愛してくれる家族が居るって羨ましいなあ……。

 

 

「嬢ちゃんも頑張れよ! 二人で一位二位を独占だ」

 

「はい! 力が及ぶかどうかは分かりませんが全力で頑張ります!!」

 

「いい返事だ!」

 

 私の頭を璃癒さんにするみたいに大きな手が撫でる。嫌な気は全然しなくって、逆に安心します。これが英雄である大賢者の……いえ、孫想いの優しいお爺さんの手なんですね。ちょっとだけ家族が居る気分を味わえた気がします。

 

 

 

 いよいよ大騎獣レースの開幕、居並ぶのはガルムの戦士が乗るドラキリーを始めに足の速さで知られたモンスターとそれを使役する壮観なる顔触れです。

 

「……えっと、私って場違い……いえっ! メインはあくまでスクゥル君です!」

 

「そういうのは心の中で呟くものだよ、エリーゼさん? パートナーの自信のなさはプレッシャーになるんだからさ。

 

 は…はぅううううううううっ! またセウス君に。呆れられました。この子には情け無い所ばっかり見られている気がします。い…何時か良い所を見せてみせるんですから!。

 

「まあ、場違いなのは他に居るけどね……」

 

 私に向ける以上に呆れた視線を通り越して軽蔑と嫌悪の視線を向ける先、そこに偽勇者リュートの姿が有りました。

 

 

「おいおい、最強の戦士が居ないって聞いたぜ? ひゃははっ! 俺にビビって逃げたんなら野生の勘が鋭いな。流石は獣の親玉だぜ!」

 

 狼の獣人(ルー・ガルー)の祭りのイベントでの獣人への蔑視発言。減少傾向になりつつありますが一部に残る獣人差別。さっき到着したばかりなのに既にお店での横暴な振る舞いは耳に届いています。お金を払わなかったり助かのお客さんに因縁を付けたり、勇者の肩書きと伯爵の後ろ盾で好き放題だと聞きました。

 

「俺が優勝したら族長の娘は伯爵の妻……いや、狼だから飼い犬か? 後ろから犬らしく犯されて良い声で鳴きそうだな!」

 

 あんな人が勇者を名乗るなんてっ!

 

 この場にいる他の出場者さん達も彼には嫌悪を感じているみたいでした。名誉、矜持、挑戦、優勝によって与えられる権利よりも勝つことや出場する事を重要視する方が多いこのレースにおいて彼みたいな相手を見下しているだけの態度の方は気に入られなくて当然です。

 

 ですが、その一方で彼が操る騎獣に注目が集まっていました。秘境の奥地に生息し、強い縄張り意識から人前には殆ど姿を現さず、現せば町一つ滅ぼされると伝わる血の如き赤黒い鬣と双角の黒馬バイコーン。少し離れた此処にも邪悪で禍々しい気配が伝わり、皆さんも警戒していて注目こそすれ声を掛ける人は居ません。

 

 何せ勇者一行すら苦戦したとの伝説が残るモンスターなのですから……。

 

「な…何であんな人が使役を?」

 

 ただ単純に倒せるだけでは騎獣には出来ません。ガルムのドラキリーみたいに比較的温厚な種族を生まれた時から世話して絆を深めるなら兎も角、屈服させて従属化するには相手よりもずっと上の力が必要なのですから。

 

 リュート ナイト Lv17

 

 私は勇者召喚を行った恩恵で高度の鑑定能力を得ています。彼が最上級クラスの偽装系魔法でステイタスを偽っていない限りバイコーンを従えるのは不可能なはずなのに……。

 

 

「……あの脚に填めた黒い輪っかが怪しいね。妙な力を感じるよ」

 

 セウス君の言葉に釣られてバイコーンの脚を見れば確かに不自然な輪っかが。何も考えなければ変哲もない飾りに思えたのでしょうが、一度疑いを持ってみれば何やら嫌な物を感じます。バイコーンも含めて少なくても真っ当なルートでは手に入らない品の筈。伯爵の力で手に入れたのでしょうが勇者の名を汚す行為に他なりません。

 

「こうなったら一言何か……」

 

「ねぇ、エリーゼ。あの格好、馬鹿みたいだと思わない? ぷぷぷっ!」

 

 さっきから妙に黙っていると思ったら笑うのを我慢していたみたいで、璃癒は堪えきれずに吹き出してしまいました。確かに頭の魚みたいなのは変ですが、あれって地球では普通の飾りじゃなかったのでしょうか? 確か文献で見たことがありますけど。

 

 

「違う違う。あれってお城の屋根の飾りの鯱のつもりなんだろうけどさ……馬鹿みたいで笑えるよ。……あれだけ得意そうにしているんだ。思いっきり負かしてやろう」

 

「はい!」

 

 

 

 ……所で地球について詳しすぎる発言をセウス君達にも聞かれていますけど大丈夫なのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは今から大騎獣レースを開幕する。各人用意……始めっ!!」

 

「ブモォオオオオオオオオオオオオンッ!!」

 

 銅鑼の音が響き渡り、横一列に並んだ出場者が走り出した時、バイコーンが嘶きながら前脚を振り上げて地面に振り下ろす。轟音と共に蜘蛛の巣状に地面が砕け、衝撃波が砕けた大地の欠片を巻き込みながら広がっていった。間近にいた者達は崩れる地面に巻き込まれ衝撃波の直撃を受ける。少し離れていた者も迫り来る衝撃波から逃げ切れずなぎ倒される中、惨状を引き起こしたバイコーンは悠然と駆け出した。

 

「あばよー! ノロマは後からのんびり来いよー!! ひゃははははっ!」

 

 倒れ伏す者達を躊躇いもなく踏みつけながら疾走するバイコーンの背中からリュートの嘲笑が響き渡り、通った後には踏み砕かれた出場者達の死体が転がる。この時点で臆する者は足踏みをして出遅れ、臆さずに進み出た者達は全力で後を追う。波乱の幕開けとなったレースを制するのは誰かと観客がざわめく中、示現は顎に手を当てて選手達の背を見つめていた。

 

 

「このまま俺の優勝だな。どんな女かは知らないが、伯爵は女の趣味は良いし使った後で俺も……」

 

 野卑た笑みを浮かべるリュートを乗せたバイコーンが駆けるのは荒野。小さな坂が幾つも点在する上に草や大きな石が無数に転がって走るのが難しい場所だが、バイコーンは全てを踏み砕きながら突き進む。後続集団も最初の衝撃派によってスタートダッシュを狂わされるも追い付きつつあった。

 

 バイコーンの速度を考えれば本来は追いつけない。だが、リュートの力が足を引っ張って全力を出せないが故の結果だ。そして坂を駆け下りようとしたリュートの頭上を黄金の疾風が通り過ぎた。

 

 

「お先ー!」

 

 バイコーンの前方に着地したジークは一瞬で加速、徐々に距離を開けながら去っていくその姿を見たリュートは固まっていた。

 

 唖然とするリュートの耳に届いたのはジークの幼い声だ。元々が食べて寝て遊んでいれば幸せな幼子であり、自分の足の速さを自慢する意図こそあれど馬鹿にする気など無かった。

 

「……殺す」

 

 だが、リュートはそう受け取らない。元が素行不良で騎士の厳格な規律に適応できずに逃亡した落伍者の一人。多少の腕っ節はあったので荒事で日銭を稼いでいた結果、バイコーッという分かりやすく大きい力を手に入れた。

 

 他人を平気で騙す者は他人を信じるのが苦手なケースがあるが、力に酔って他人を見下していた彼はジークが自分を見下していると感じ取った。

 

 額に青筋が浮かび、屈辱で、手綱を持つ手が震える。思わず右手を振り上げた時、足下の穴を飛び越えようとバイコーンがジャンプした。

 

「へ?」

 

 リュートの乗馬の腕は拙い。バイコーンが命令によって暴れないので全速力でなければ何とか乗れていたが注意散漫の状態の上に片手で握った状態で飛び跳ねればどうなるかは自明の理。

 

「ぐぇ!? がぁああああああっ!!」

 

 突然の浮遊感の後、蹄によって荒れた堅い大地に背中から叩きつけられた。肺の中の空気を吐き出して悶絶するリュートの横を後続組が通り過ぎていく。ただ視線を送っただけなのだろうが彼には見下されているように見えた。

 

「く…糞っ! は…早く戻って来やがれっ!」

 

 一匹で先に進んでいたバイコーンに指輪を通して命令を下し呼び戻す。背中の痛みが凄まじく直ぐに出発が出来そうにない状態のリュートは先に進んだ先の者達の背中を睨み付けるも直ぐに嘲笑に切り替えた。

 

 

「……まあ、良いさ。この先にはたっぷり罠を張ってるからな。ひゃははは!」

 

 

 

 聴覚を遮るほどの水音と視界を奪う水煙。絶景と褒め称えたくなるほどの大瀑布。幾つもの河が合流した水流は凄まじく、朧気に見える向こう岸に渡るのは下流の橋を渡るか、モンスターの襲撃や流されるのを覚悟して泳ぐかのどちらかだ。

 

 

「レースは長いんだ。橋で行こう!」

 

 スクゥルは他のガルムの出場者に混じって橋を目指すギーシュはまだ若い個体で身体も未熟だが他の戦士の乗る同族と張り合えている。その理由は紅く光った脚、エリーゼの脚力強化魔法の力である。

 

「あ…あのっ! レースで使用して本当に良かったのでしょうか?」

 

「相棒をサポートするのもガルムの戦士の役目だから大丈夫。俺達にとって騎獣は乗り物じゃなくって仲間だからさ」

 

 ガルムの戦士の殆どが橋を渡る迂回ルートを選択したのもそれが理由だ。相棒を信頼しないのではなく、明日も明後日も何年先も共に戦うために避けるべきリスクは避ける、それが彼らだ。一部の血気盛んな若者や水中での動きを得意とするモンスターを手懐けた者は直線ルートを選択したが、彼らは彼らで全員が迂回したらメンツが潰れるという訳有っての事で蛮勇では無かった。

 

 

「……出て来たっ!」

 

 この時期、この橋にはとあるモンスターが出現する。蒼白いオーラに包まれ苦悶に満ちた人の頭、溺死や水棲のモンスターに襲われて死んだ者達が現世に留まった存在。死霊系に分類されるウォーターレイスである。

 

 厄介な特製として死霊系は物理攻撃の効果が薄く、ウォーターレイスの場合は攻撃を受けても水滴になって散らばって直ぐに再生する。倒すには特別な儀式を施した武器か魔法しかない。

 

 

「ウォアアアアアア!!」

 

 もはや自我など欠片もなく、本能で生者を襲って仲間に引き込もうとする邪悪な存在。うなり声を上げながら向かったのは幼い魂を持つスクゥルの所だった。

 

 だが、彼と共にギーシュに乗っているのはエリーゼ、神官職のクラスの所有者。戦いにおいては死霊系の相手を最も得意とする者達だ。哀れみを込めた目でウォーターレイスを見たエリーゼはロザリオをそっと握りしめ聖獣王に祈りを捧げる。

 

「彼らの魂に救済を……」

 

 

 

 

 そして殴った。拳をウォーターレイスの顔面に容赦なく叩き込んだのだ。

 

「ホーリーパンチッ!!」

 

「えぇっ!? エリーゼさん、素手じゃレイスとかは……って浄化されているっ!?」

 

 拳を真正面から受けたウォーターレイスは水ではなく光の粒になって昇天する。スクゥルは驚くもエリーゼは得意そうに拳を構えた。

 

 

「本で読んで覚えた魔法ですっ!」

 

「絶対魔法じゃ無いよねっ!?」

 

「でも現に浄化されていますよ? ホーリーパンチ! ホーリーパンチ! ホーリーチョップ!」

 

 目の前の光景からして納得するしかないが納得したくないとスクゥルが思った頃、直線ルートを選んだ選手にも動きがあった。

 

 

 

 

「……フェンの奴が出場していないとはな」

 

 直線ルートの先陣を切るのはアメンボの様に水上を移動して水中でも効果が落ちない粘着質の糸で魚などの水棲生物を捕らえる蜘蛛型モンスターのフィッシャーギアに乗った男の名はハイル。傭兵であり、十五年前に民族間の抗争でフェンに敗れた男だ。

 

 彼の目的は優勝してフェンと一騎打ちを行うこと。出来ればレースでも勝っておきたかったが仕方がないかと前を向いていた時、彼の背後の水面に水色の触手が突き出した。水中から伸びて忍び寄る触手には無数の吸盤が存在し、ハイルの体に絡み付く。

 

「ぐっ! 馬鹿な、レッサークラーケンだとっ!?」

 

 水中に落ちたが咄嗟に触手を切りとばしたハイルは浮かんできた十メートル程の水色の大イカのモンスターに驚かされた。本来は繁殖期か攻撃でもされない限りは魚や水死体にしか手を出さない大人しいモンスターの筈。何処かの馬鹿が手でも出して刺激したかと相棒であるジキドの背中に這い上がろうとして足を引っ張られる。

 

 彼の足に水棲の肉食馬であるケルピーが噛み付いていた。足だけでなく腕にも胴体にも次々に噛み付いて水中に引きずり込む。最後に彼が目にしたのは胴体に巨大な一つ目があるレッサークラーケンの足の一本、その付け根に嵌まった黒い輪っかであった。

 

 

 

 

 

「うふふふふ。ナミラ大活躍ですぅ。でも、リュートは何しているんですかぁ?」

 

 大瀑布の直ぐそば、崖の上からレッサークラーケンを操れるナミラはスレイブリングと対になる指輪を撫でながら未だ来ないリュートに不満を覚えながら岸に視線を送る。一番先に到着したにも関わらず立ち止まったままのジークであり、此処からでは怯えているのか何か理由があるのか判別できない。

 

 

 

 

「アイスクリエイション!」

 

 そしてセウスは当然怯えて立ち止まったのではなく、大規模な魔法を発動させる魔力を溜めていたのだった。杖の先から一直線に純白の冷気の奔流が溢れ出して向こう岸まで到着する。疲れたのかセウスが杖を下ろした時、目の前には氷の桟橋が完成していた。

 

 

「凄い凄い! セウス君、天才だねっ!」

 

「お兄ちゃん、すごーい!」

 

「うん、でも大規模すぎて疲れたし維持に集中力がいるから迎撃は頼んだよ?」

 

 次々に褒め称えてくる璃癒とジークに戦いを任せたセウスが合図すると同時にジークは氷の橋を駆けだし、ケルピーが群れで飛びかかってくる。

 

「せいっ!」

 

 璃癒の剣が先頭の一匹の首をはね飛ばし、脇を締めて引き戻した剣の先で二匹目を串刺しにする。最後にジークの背中の上に器用に立って三匹ほど纏めて蹴り飛ばせば残りは逃げ出した。

 

 だが、側面からはレッサークラーケンが迫りつつある。触手を切り飛ばしても臆さず向かってくる巨体にジークの顔の一個が向き口内から赤い炎の奔流を放つ。巨体を貫通し大瀑布の裏の岩肌に幾分かの破壊の痕跡を残して漸く消え去った。

 

 

「僕のフレイムジャベリンより上だね、あれは」

 

「仕方ないって。勇者でもレベルは低いでしょ?」

 

「うん、まだ……何で知ってるの?」

 

「鑑定で一瞬だけ見えたし、開始前の会話。黙っておくけどさ……もう少し注意しなよ」

 

「……うん」

 

 これは示現に叱られそうだと思いながら璃癒はジークの背中に腰掛け直す。岸はもう少し、次の難所は迷路みたいに入り組んだ洞窟で事前に地図が渡されていた。

 

 

 

 

 

「ほう! 俺様の為に橋を用意するとは良い心がけだ! 無礼は半殺しで許してやるぞ!」

 

 丁度ジークが渡りきった時、ダメージから回復したリュートが川岸に到着、バイコーンに命じて橋を全力で渡り出す。踏み荒らされた橋は通った部分から崩れて更に後続にいる選手は渡れないだろう。無論、それが狙いであったのだが。

 

 

 

「ねぇ、璃癒さん。僕、維持に集中力が必要って言ったよね?」

 

「うん、言ったよ」

 

「そうだっけ? 忘れちゃった!」

 

 ジークの言葉に反応したかの如く氷の橋は細かい粒になって消え失せリュートとバイコーンは急流へと落下、知った事ではないとセウスはジークを走らせて先に進むのであった。

 

 

 

 

 

 

「がぼっ! あ…足がつった! た…助けろっ!」

 

 バイコーンの背中から落下したリュートは何度も浮き沈みを繰り返しながら流されていく。悠々と泳いで向こう岸を目指していたバイコーンは命令を受けて彼を助けに向かった。

 

 だが、彼が命じたのは助けろだけ。どの様にかは指定していない。バイコーンは流れから助ける為に彼の腕に噛み付いて掴まえた。

 

「ぎゃっ!?」

 

 骨まで砕きそうな顎の力で腕に食いつかれ肉に歯が食い込み、そのまま首の力だけで岸に放り投げられたリュートは顔面から地面に激突、鼻の骨と歯の数本を折ってしまう。鼻血が溢れ出て歯が抜けて何とも間抜けな顔立ちだ。こんな時でも無事な鯱がいっそう間抜けを際立たせた。

 

 

 

「ち…畜生。まだ罠は残っているからな……」

 

 未だ挫けてはいないリュートだがバイコーンは彼の近くで寝そべって大あくび。まだ先に進むためには回復に時間が必要なリュートであった……。

 

 

 



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悪意

「おーえす! おーえす!」

 

 未だリタイアしていない出場者が全員通り過ぎた川の岸では巨大な地引き網を引っ張るキグルミの集団の姿があった。不審者丸出しの彼らは扇子を振るパンダのやる気のない掛け声に合わせて力を込めて網を引っ張り上げた。

 

 異様な光景ではあるが水中では更に異常な光景が繰り広げられている。魚も川の住人であるモンスターも網に振れると気を失い、先程引き込まれた犠牲者の死骸以外は網を通り抜けた。

 

 最終的に地上に引き上げられたのは人や彼らが乗っていたモンスターの死骸のみ。一カ所に集められた。死体に向かってパンダが右手を前に突き出すと周囲の地面一帯に広がる巨大な魔法陣が出現した。

 

 

「我が権限によって裁定するっ! この者達の身に起きた事は不当なる神罰として無効っ!」

 

 死体は全て無残な事になっていた。全身の肉を齧られた者やバラバラにされた者、表情も悶え苦しんだ様が現れて口にするのも憚られる程に悲惨な結末を迎えたのが一目で分かる。いや、分かった。

 

 魔法陣から立ち上る光の柱が消え去った時、眠っているだけのような安らかな顔で五体満足な死体となっていたのだ。

 

「さて、これでオッケー! 悲劇の度が過ぎる程に関わった禍人の力となる穢れが増えるからね。……適度に死なないと勇者の必要性が下がって儀式に支障が出るから面倒だよ」

 

「……」

 

「あっ! ご苦労様ー!」

 

 パンダが一仕事終えたとばかりに額に手を当てた時、背後に黒子が降り立つ。それなりの距離とかなりの高さを持つ大瀑布の崖上から衝撃を殺して殆ど音もなく着地した黒子はその腕でナミラをお姫様抱っこしていた。

 

 

「話すですぅ! 変態がナミラに触るなですぅ! お前みたいな変な格好のチビが触って良い存在じゃないんですよぉ!」

 

 高所長距離からの飛び降り大剣を経験されられたにも関わらず元気に手足をバタバタ動かして暴れるナミラの

 

「あはははははっ! 酷い言われようだね、君。まあ、そんな格好で一言も喋らないとか。…」

 

「!?」

 

「え? 僕がその格好をさせてるって? ……忘れてた。いや、ずっと変な格好するよねって思ってたけど僕が冗談で渡したんだった。ぶっちゃけ下手な伝説クラスの鎧を上回る性能だけどさ。あと、着ていると喋れなくなる呪い付き」

 

 自分を指さしてリアクションで抗議してくる黒子にもパンダは脳天気。ガックリと膝を折る黒子の腕の中で未だにナミラが暴れる中、一陣の風が吹いて顔を隠す布がめくれ上がった。

 

「ナミラはお金を貯めて美少年を侍らせて……侍ら……せて……」

 

 腕の中、黒子の素顔を至近距離で見たナミラは凝視し、暴れるのを止めて嬉しそうに彼の首に抱き付く。どうやら随分とお気に召した様子だった。

 

 

 

「……あのぉ、好みの女性はどんな子ですかぁ? ナミラはお料理も魔法も結構自信がありますよぉ? 胸だってそれなりに有りますしぃ……」

 

「彼、ロリコンだよ。幼い女の子が大好きなんだ」

 

「なん…だと……」

 

 今度はナミラがガクリと肩を落とし、その指からパンダが黒い指輪を抜き取る。よく見れば網にもスレイブリングが引っ掛かっていた。

 

 

 

 

「……むぅ。これを作ったのは……シアちゃんかぁ。あの子以外だったら嬉しいのになぁ……」

 

 二つ共を口に入れて咀嚼した後、パンダは少しだけ悲しそうに肩を落とした……。

 

 

 

 

 

 

 

「また行き止まり。……セウス君、君って地図読めないの?」

 

「まさか。兄ちゃんじゃ有るまいし、地図くらいちゃんと読める……んだけどなぁ」

 

 これで通算十回目の行き止まりに地図を手にしたセウスは困り顔だ。幾ら入り組んでいても特徴的な通路と比べてみれば今の道が正規ルートであるのは間違い無い。現に後から何人も同じ行き止まりにやって来ていた。

 

「あのね、あのね! お兄ちゃん、こっちから風の臭いがしなかったから不思議に思ってたんだ! それでね、あっちからエリーゼお姉ちゃんの臭いがするよ!」

 

「でかした、ジーク! 後でお肉を買ってあげるからね!」

 

「やったー!」

 

 お肉と聞いて尻尾を激しく振りながらジークは一気に加速する。岩肌に身体をぶつけないように身を低くした二人の前にギーシュに乗ったスクゥルとエリーゼの姿が見えてきた。

 

「ちょっと君! 地図が微妙に違うんだけど!? それと他のガルムの人達は?」

 

「それは途中で俺も気が付いたっ! 洞窟に慣れた自分達は直ぐに分かって有利だし、不手際で主催者サイドが恩恵を受けるのは嫌だからって他の選手を案内するってさっ! 君もついて来てっ!」

 

 ガルムにとって大騎獣レースは信仰を捧げ誇りを懸ける神聖な物。故の行動であったが、ジークはギーシュの横を一気に駆け抜けた。

 

 

 

「僕達に先導は必要無いよ。ジーク、風の臭いを頼りに一気に進めっ!」

 

「うん!」

 

 忽ち小さくなって行くジークの姿にスクゥルは面食らい、直ぐに楽しそうな笑みを浮かべた。

 

 

「ギーシュ、俺達も行くよ!」

 

「グルッ!」

 

 彼の声に応えてギーシュも加速して追走。この二人が現在の所トップ争いをしている……筈だった。

 

 

 

「ひゃはははは! 遅いな、お前達!」

 

「彼奴、何時の間にっ!?」

 

 前方の横道から急に現れたリュートに驚いて横目で彼が飛び出してきた道を見るが行き止まり。璃癒が驚く中、バイコーンは高くジャンプをして天井に角を叩きつける。罅が天井に広がって小石がパラパラと落ち、大規模な落盤が発生した。ガラガラと

振動で洞窟を揺らしながら巨大な岩が落下する中、天井にぶつけた頭から流血しながらリュートが後ろを見て笑っている。

 

 当たれば確実に押し潰される規模の岩が迫る中、璃癒とセウスは同時に片手を突き出した。

 

 

「「フレイムジャベリン!!」」

 

 頭上から迫る無数の巨大な岩に二つの炎の槍が向かい、着弾して爆散。粉々に砕いた。だが、その間に既にリュートは先へと進む。先程までは耐え切れない速度に平然としていた。

 

「……あれは何かやったね」

 

「ずるって事?」

 

「多分ね。まあ、ジークは強いし璃癒さんが居れば百人力だからね。僕が負ける筈がないよ。……えっと?」

 

「何となく?」

 

 セウスが何気なく口にした言葉に璃癒は笑みを浮かべて彼の頭を撫で回す。怪訝そうな顔を浮かべたセウスだが、嫌な気はしなかった。

 

(兄ちゃんや師匠とは何か違うんだよね。うーん、どうしてだろう?)

 

 少年は心に芽生えた慣れない想いに疑問を感じるも答えは出ない。実の弟に馬鹿と呼ばれる兄と少し溺愛気味の師匠では教えられないか教えないその答えが出るのは少し先の話。今は先程の疑問に答えよう。

 

 

「おやおや、何をなさっているのやら。私達は十分な商品をご提供した筈ですが足りなかったようですね」

 

「黙れっ! あの餓鬼さえ居なかったら俺がとっくに先頭なんだよ!」

 

 リュートは何か不正を行ったのか? 答えは是である。時間は少し遡り、一番遅れて洞窟に入ったリュートだが何時の間にか真横を商人が走っていた。疾走するバイコーンの真横をまるで鼻歌交じりに散歩するみたいな足取りで併走する商人は呆れた声を出し、怒鳴り散らすリュートに一本の瓶を差し出した。

 

 

「これを飲めば一時的に騎乗関連のクラスになれます。きっとバイコーンも乗りこなせる筈でしょう。……少々負担が強いお薬ですが」

 

「そんなのが有るなら最初から寄越せっ!!」

 

「ああ、それではどうぞ。ついでにこれはオマケです」

 

 奪い取るように薬を受け取ったリュートが薬を飲み干すと同時に彼の視界に映る景色が変わり、後方にセウス達の姿が見えた。

 

 

 

 

「ひゃははははっ! 俺が最強だっ! 俺こそが英雄「なんだっ!!」

 

 洞窟からトップで抜け出たリュートは高揚感に身を任せて笑う。その姿を空中に立った商人が上空から見下ろしていた。

 

 

 

 

「あひゃひゃひゃひゃひゃっ! 確かに願いは叶えましたよ、お客様ぁ! 所で最初にした商品のご説明は覚えてらっしゃいますかぁ?」

 

 腹の底から笑うように商人はリュートを嘲笑する。全力で走るバイコーン、その脚の方からミシリと小さな軋む音がしたが大地を砕きながら駆ける蹄の音に掻き消された。

 

 

 

「ああ、英雄と言えば匿った恩を仇で返して宝を奪った上に殺しにきた奴が居ましたね。婚約者を奪って逃げた後に

和解した上司に助けるか迷われて死んだそうですが」

 

 嘲笑から一変して憎悪の籠もった声で呟いた商人は数度首を横に振り、そして消えた。

 

 

 

 

 

 

「さて、任務を遂行するか」

 

 洞窟を抜けた先に広がるのは草木生い茂る巨大な森。一応整備されている道もあるが急な高低差等の悪路を避けているために遠回りとなっている。そちらの道にはボリック伯爵の部下が武器を構え罠を張って待ちかまえており、直線ルートだが非常に悪路なルートにはカジンの姿があった。

 

 覆面に褌姿と非常に高い肌面積は虫に皮膚を噛まれる結果を招いて非常に痒そうだ。だが、そんな様子は一切見せずに彼はナイフを構えて既に通り過ぎたリュートと同様に悪路を平然と進む者達の対応を任されていた。

 

 構えたナイフは刃に溝があって毒を塗り込みやすくした投擲用。腰からポーチを下げて収納している。そんな彼の前にスクゥルとエリーゼのコンビが姿を現す。木々の隙間を抜けて音もなく迫ったナイフはギーシュの右足に突き刺さる。だが、転ぶのを咄嗟に堪えたギーシュによって背中の二人が投げ出される事はなかった。

 

「ギーシュっ!」

 

「誰がナイフを……? いえ、今は治療が先です。何処か物陰に隠れて……きゃっ!?」

 

「……ちっ」

 

 エリーゼの頭部を狙ったナイフは直前で躱され木に突き刺さる。森に気配を同化させて狙いやすい場所に移動する途中、目前の草むらが突如音を立ててガジンはナイフを構えるが頭を覗かせたのはバイコーンであった。

 

「……迷ったか?」

 

 まさか森の中をグルグル回って戻って来たのではと、偉そうに言い訳を重ねるのならば少し何か言ってやろうと声を掛けるも返事なし。近寄ってきたバイコーンの背にはリュートの姿もなく、すわ振り落とされたかと呆れる彼の直ぐそばにバイコーンは寄ってきた。

 

「向こうに行け。……意味がないか」

 

 リュートの命令を聞いたのは前足に填めたスレイブリングの力だったかと追い払おうと命令した自分に呆れるガジンだが、ふと違和感に気が付いてバイコーンの足を凝視する。填められた筈のリングが存在しておらず、バイコーンを挟んで反対側に商人の姿があった。

 

 

 

 

 

「お客様、もう一度ご注意をしておこうかと思いまして。強い力だと負担が掛かるのですよ……アイテムに。おんやぁ~? 私、一度でもモンスターの身体に負担が多いから注意しろと言いましたか? 自己解釈はいけませんよ? あひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!」

 

 不気味な笑い声が耳に届くと同時にガジンの頭をバイコーンが噛み砕く。少し離れた場所には生きたまま内蔵をむさぼり食われたリュートの姿があり、ガジンの死体の血を啜ったバイコーンが見つめる先にはギーシュの治療中のエリーゼ達の姿があった。

 

 

 

「ヒーリング! 次はポイズンキュアス!」

 

 あの獲物は美味そうだとバイコーンは喉を鳴らして一気に疾走、前足で叩き潰そうと飛びかかる。突如真横から行われた襲撃にエリーゼ達は対応できない。

 

 

「グルッ!」

 

「うわっ!?」

 

 対応できたのはギーシュだけだった。長い尻尾で二人を弾き飛ばして逃がし、対価としてバイコーンの蹄の直撃を受ける。最後の瞬間、ギーシュはスクゥルのみを見つめていた。

 

 

「ブルル……」

 

 大して美味そうでもない獲物に邪魔をされた怒りから散らばったギーシュの肉片を蹄で踏みにじって唸り、スクゥルは怒りに任せて飛び出そうとして咄嗟にエリーゼが抱き止めた。

 

「ギーシュッ! ギーシュ!!」

 

「駄目です、スクゥル君! 此処は逃げて……」

 

 不可能だと言葉の途中で悟る。生物的な本能から来る恐怖で身体の震えが止まらない。せめてスクゥルだけでも逃がそうとしても精神に身体が追い付かない。一歩、また一歩と脅す為にゆっくりと近寄るバイコーン。最大まで恐怖を感じた時の血肉こそが最高だと舌なめずりをした。

 

 先ずは足を潰そう。次は手を潰し、殺さないように身体の端から時間を掛けて潰していく。絶叫は耳障りだが、絶叫すら上げられない時こそ最高の瞬間。

 

「ブルルルルッ!」

 

 エリーゼの足めがけて振り下ろす為に振り上げられた前脚。獲物を狩る前段階、その無防備な瞬間に真横から強烈な電撃が迸る。周囲を照らす程の電光にバイコーンの強靭な身体が揺らいで数メートル吹き飛ばされるも転ぶことなく持ち直す。

 

「ブルッ!」

 

 狩りから戦闘へ意識を切り替えたバイコーン。その視線の先には中央の頭の口から電撃を放った姿勢のままのジークが居た。

 

「ジークが美味しそうな果物に釣られたせいで迷ったけど……幸いだったかな? 取り敢えず……二人を連れて逃げようか」

 

「無理だよ、璃癒さん。……絶対に追い付かれる。例え強敵でも挑むしか生き延びる道はないよ」

 

 勇者達でさえも苦戦したというバイコーンに冷や汗を流しながら剣を構える璃癒と少しヤケクソ気味に杖を構えるセウス。その目前では頭を低くして突進の構えを取っていたほぼ無傷のバイコーンが角先で地面を削りながら突き進んで来た。

 

 

 

 一方、行方不明になったフェン達を探しに行った空也だが、関知魔法によって見つけ出す事に成功する。巨大な岩に囲まれて隠された檻の中に騎獣と一緒に捕まっていたのだ。

 

「こりゃ力封じか……」

 

 檻の真下に描かれた魔法陣は捕まえた者のステイタスを一定以下にまで制限するもの。では、制限されたエネルギーは何処に行ったのか、それは直ぐに分かった。

 

 

「逃げて下さい! 禍人が言うには一定以上のレベルが来れば罠が発動して……」

 

「忠告はありがてぇが……ちぃーと遅かったな」

 

 空也を逃がそうとフェンが叫ぶも地震でも起きたのか周囲が激しく揺れ、地面が割れる。周囲に点在するのは岩ではなく地上に突き出した巨大な岩の一部。それが意志を持って動き出した。

 

 

 

 

 

「……オオヤマツミやダイダラボッチの系統か?」

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 地中から出現したのは全長二百メートル以上の超巨大な岩のゴーレム。それが足を振り上げ空也目掛けて振り下ろした……。

 



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族長と翁

 とある国の、とある山の中にその石の祠はあった。かつては多くの村人が祈りを捧げ欠かさず手入れをしていたが、今では苔むして雨風に晒されて崩れかかっている。

 

 この祠に纏わる伝承には力持ちの神が登場した。大きな山が道を塞いで隣村との交流もままならないと嘆く者達の為、地鳴りと共に山を崩して小さくしたという心優しい神様だ。

 

 だが、もう誰も祈りに来ない。流行病でも飢饉でもなく、ただ単に若者が村を捨て何時の間にか村がなくなった、それだけだ。もう祠に誰も参らない。祠に奉られた神に誰も祈らない。祠や伝承について誰も知らない。まるで最初から存在しなかったかのように。

 

 そんな話は何処にでもある。時代の移り変わりに何かが取り残されるのは珍しくもない話だった……。

 

 

 

 私はこの日ほど自らの無力を噛み締めた事はない。誇り高き狼の獣人(ルー・ガルー)の狩猟部族ガルムの族長にして最強の戦士フェン。仲間は私を称えるが……何が最強だ。

 

「臭いは此処からか……」

 

大切なレースがあるというのに帰って来ない仲間の探索に出た私は岩に囲まれた荒野にたどり着いた。今までこの辺りには獲物が少ないからと来る機会はなかったがここまで岩があっただろうかと少し妙な感覚を感じ、相棒のギグも警戒している様子であった。

 

 我が部族では強者はドラキリー以外の騎獣を選ぶ者が多いのだが私は物心付いた時からの相棒であるギグと自らをb鍛え上げて何時の間にか主従揃ってガルムにて最強と呼ばれていた。

 

 相棒であり主従、それがガルムでの騎獣への扱いだが私にとってギグは兄弟同然であり、息子の騎獣であるギーシュはギグの息子だ。そんな相棒の只ならぬ様子に私は周囲を警戒し、突如動き出した岩に咄嗟に反応できた。

 

「ふんっ!」

 

 普通の岩だと思っていたが、ゴツゴツしたやや丸っぽい岩に岩の手足が生えた見慣れぬモンスターだ。当たるだけで痛手になりそうな腕を振り回し襲ってくるが、咄嗟に剣を振るって関節らしき場所に切りかかる。硬質な感触に構わず力を入れれば腕を切り落とせるが断面も岩で血の一滴も出ない。

 

 ゴーレム種、核が周囲の物質を取り込んで動かすタイプの厄介な相手と判断して一旦退こうとして自らの不用心さを呪った。

 

 見覚えのない岩全てが起き上がり私達に向かって来ている。地上だけでなく地下からも這いだして数を増やし続け、目測で凡そ百に届きそうだ。

 

「……少し厳しいが行けるな?」

 

「グルッ!」

 

「我らはガルム最強の戦士なり! この首、取れるものなら取ってみよっ!」

 

 剣を握る手に力を込め自らを奮い立たせる。ギグも大きく吼えるとゴーレム目掛けて駆け出した。これ程の数、禍人が絡んでいると見て間違いない。ならば族長として一体でも多くを倒し、少しでも情報を持ち帰るのが使命だ。

 

 例え絶望的な相手でも私は諦めはしない。我が名はフェン。誇り高きガルムでの族長なり!

 

 

 

 

 

 

「……ふう。流石に冗談でしょう?」

 

 戦いが始まって既にかなりの時間が経過し、倒した数は百を優に越える。動きは単調で急所である核は総じて胸の表面近くに埋まっている。魔法で強化した剣で突き刺せば容易に倒せる相手だ。

 

 だが、倒しても倒しても沸いてきてキリが無い。もしや核を生み出す女王タイプのモンスターが居るのかと思い当たるも既に剣は限界で予備の短剣を使っている所だ。

 

 ギグも爪で切り裂き尻尾を叩きつけて応戦していたが疲弊の色が見えている。破綻は間近で明らかな不覚だ。情報は十分集めたので本当に一旦退くべきかとの考えが頭を過ぎった時、服の裾をゴーレムの腕が掴む。

 

「しまっ……」

 

 短剣を間接に突き立てれど刺さった時点で固まって引き抜けない。焦りが生まれ、焦燥は余計な思考を生む。気が付けばギグにも多くのゴーレムが纏い付き私は背中から引きずり下ろされた。

 

 起き上がろうとする私の手足をゴーレムが押さえつけ、ギグも暴れていたが遂に引き倒されてしまう。その上にゴーレムが殺到し重なり合った。骨が折れ内蔵が潰れてもギグは暴れ吼え続け……やがて声が聞こえなくなった。

 

「ギグ……」

 

 苦楽を伴にして育った相棒が死んだ。私の判断ミスでだ。失意が心に広がる中、一体のゴーレムが私めがけて腕を振り下ろす。頭部に衝撃を感じて意識が薄れゆく中、あざ笑うかのような声が聞こえてきた。

 

 

 

「安心するんだな。お前達は暫くの間、このダイダルズ様が穢れを貯めるのに利用してやるんだな」

 

 

 

 

 目が覚めた時、岩に囲まれた檻の中で同胞に囲まれていた。皆須く疲労と悲しみの色が見え、軽くない怪我をしている。相棒たる騎獣が見当たらない理由は聞けなかった。

 

「兎に角此処から脱出を……」

 

 痛む身体に鞭打って立ち上がって鉄格子に手を掛けて壊そうとするもビクともしなかった。私はレベル28、鉄格子ならば容易に破壊出来るはずだ。……力が入らない?

 

「族長、あの魔法陣に力を制限する効果があるらしく……」

 

 若い戦士が絶望した様子で指さした地面には魔法陣が見える。何故分かったか、きっと教えられたのだろう。何の為か? それは絶望を、負の感情を与える為だ。

 

 禍人は自らが関わった悲劇で生じた人の負の感情を”穢れ”と呼ぶ力の源に変化させるという。若者の言葉によって皆の間に動揺が走る中、私は声を張り上げた。

 

 

「落ち着きなさい! 私達は誇り高きガルムの戦士。今は身体を休め策を練るのです!」

 

 禍人の思い通りになどさせるものか。お前達が力を得る手助けなど私はしない。負の感情など与えてなるものか。この人数なら周囲の岩が全てゴーレムでも強行突破は可能かどうか思案していた当てが外れましたが、ならば次の策を考えるまで。さて、残った部族の仲間が此処にたどり着いて私達を助けられるかは分かりませんし、どうにか脱出の方法を考えなければ。

 

 この場において私が心の支え。ですので不安を顔には出さずただ思案を重ねる。先ずは檻から出る方法を……。

 

 

 

「族長、誰か……」

 

 仮眠を順番で取っていた私は揺り動かされて目を覚ます。視線の先にいたのは息子がお世話になったというご老人の空也さん。見慣れぬ服装で恐らくは私以上の強者だと戦士の勘が告げた相手。

 

 ……拙い! 魔法陣について教えられた若者が聞いた他の情報では一定以上の強さの人が近付けば罠が発動する筈だ。私は慌てて警告を出すも時すでに遅く、私が相手をして敗れたゴーレムが首を痛くするほど見上げても全体が把握できない程に巨大化した物が現れる。

 

 それが私達めがけて足を振り下ろして来た。負の感情を堪える私達に業を煮やしたらしく殺す気のようだ。天空より大山が降ってきたかの如き光景に死を覚悟した。最期に心に浮かんだのは絶望ではなく二人の子供の顔。最期に一矢報いたと目を逸らさずに頭上を見上げていたのですが、見えない壁に遮られるみたいに足が止まっていた。

 

 脅すために止めたのではないのは必死に踏み下ろそうとして力を込めるゴーレムの姿で理解する。そして、見えない壁の正体にも心当たりが。必要なレベルに達した上で余程の才能の持ち主でなければ会得できない防御魔法エアウォール。

 

 私以上の強者とは思っていたが、予想以上だったようだ……。

 

 

「グギギギギッ! 邪魔するんじゃないんだなっ! ダイダルズ様の邪魔をするんじゃないんだなっ!」

 

 この声は意識を失う前に聞いた声。そして感じる禍人の気配。随分と気に食わない様子で何度も足を踏み下ろすダイダルズですが不可視の防壁はビクともしない。ですが一方で空也さんも反撃が出来ないのではと不安を感じた。あれほどの魔法、維持するだけで精一杯で他の魔法の行使に回す余裕など有るはずが……。

 

 

「ゴッドフィストッ!」

 

 空也さんの腕の先端を覆うように神々しささえ感じさせる半透明の巨大な腕が出現、ダイダルズの足を殴り飛ばして圧倒的重量の巨体が宙に浮いて背中から倒れた。……本当に私は彼を甘く見過ぎていたらしい。

 

「空也さん、貴方は一体……」

 

「話は後だ。今からリハビリなんでね。巻き込まれねぇように避難しとけや。ほれ、ヒーリングシャワー」

 

 ダイダルズから視線を外しはしないが態度にも言葉にも余裕が見て取れる彼は素手で檻を破壊した上で私達を癒す。では、お言葉に甘えて避難させていただきましょう。

 

 

「皆は逃げなさい。……私は残らねば部族の顔が潰れます」

 

 蛮勇は恥ずべきですが、役に立たないからと騎獣を殺した相手との戦いから逃げてはガルムの戦士は名乗れない。私さえ残れば顔は立つ。巻き込まれて死んでも自己責任だと伝えれば皆は心残りがありながらも退いてくれた。

 

 

 

「空也さん、申し訳ない」

 

「良いって、良いって。一人なら……まあ、大丈夫だろ」

 

 頭を下げる私に空也さんが軽く手を振る中、立ち上がったダイダルズが屈辱からか身を震わせれば表面が隆起する。先端が鋭く、大きさは樹齢を重ねた樹木程。それが無数に存在し、馬よりも速い速度で一斉に放たれ此方に殺到した。

 

「サンダーレイン!」

 

「空が……」

 

 先程までは雲一つない蒼天。今は即座に暗雲立ちこめ雷光と雷鳴が漏れ出る空模様。私達にめがけて向かってくる岩に雨霰の如き大量の雷が降り注ぐ。一撃で岩を破壊しても勢いは収まらず雷撃は大地を砕き、ダイダルズの体の表面を砕いて行く。あまりの威力にあの巨体が動けない中、雷撃が収まった瞬間に地面が盛り上がってゴーレムが姿を現した。

 

「か…数は力なんだなっ! それにもうあんな魔法を使う力は……」

 

 

 それは予想よりも願望に近いのでしょう。奴も既に気が付いている筈です。空也さんは未だに余裕であると。私が負けるに至った時の数倍の規模で増えるゴーレムに対し空也さんは右腕を突き出す。

 

 

「エクスプロージョン!」

 

 ゴーレム達の中央で爆発が起き、それが周囲へと規模を広げていく。拡大する爆炎にゴーレム達は飲み込まれ、爆発が収まれば地面が深く抉り取られている。

 

 

「あ…ああ……」

 

 顔がないにも関わらずダイダルズが絶望と恐怖を感じているのが分かった。膝から崩れ落ちて必死に這って逃げようとする姿は先程まで私達に絶望を与えんとしていたのが嘘のようだ。

 

 

 

 

「……んじゃまぁ、終わらせるか」

 

 彼は退屈そうに欠伸をしてからダイダルズに指先を向ける。横に居るだけで気絶してしまいそうな膨大な魔力が溢れ出した。

 

 

「ホーリーノヴァ!」

 

 天より光の柱が降り注いでダイダルズを飲み込む。目が眩む程に眩くなった光が消えた時、地面には巨大な穴があるだけでダイダルズの姿は完全に消え去っていた。

 

 

 ああ、本当に私は彼の強さを侮っていた。私より強いなんて低い次元に彼は居なかったのだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やり過ぎたか? やべっ! 示現に小言言われるな、こりゃ。そしたら璃癒の中で俺の威厳が暴落しちまうぞ……」

 

 ただ、どれ程強くても彼は身内に見栄を張りたい普通のお爺さんでもあるようだった……。

 



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バイコーン 上

 バイコーンはリュートと出会ったその日から激しい憤怒をため込み続けていた。大して美味そうでもない、獲物としては下の下の存在に自我を抑え込まれて従わされる屈辱は計り知れない。

 

 これが本能のままに動く知能の低い獣ならば違っただろうが、皮肉なことにバイコーンは人語を理解する程度の知能を持ち合わせたモンスターであり、誇り高い気質であった。

 

「ひゃははは! これが俺の力だ!」

 

「相棒? おいおい、こんなの道具だろ」

 

「ちゃんと俺様の役に立てよ?」

 

 自分の全力に耐えきれない程度の存在の分際で道具扱いをして、その力が誰の力かも理解できない愚か者。リュートに対して早々にその様な評価を下していたバイコーンは無理に従わせられる命令の範疇で意趣返しを行っていたその最中、あっさりと解放された。

 

「おい、何止まってやがるんだ、駄馬が」

 

 足に填まっていた不愉快な道具が砕け散り、身体が急に自由となった事に怒りさえも忘れて呆然としていたバイコーンの頭を叩くことでリュートは激しい怒りを呼び戻した。命令を聞くからと背中に乗っていただけの状態で暴れられた事でリュートは背中から地面に落下し、此方を見下ろすバイコーンの脚に命綱であったスレイブリングが填められていないのに気が付いた。

 

「ブルルルルッ!」

 

「ま…待ってくれ! 俺達相棒じゃないか。だろ?」

 

 威嚇するように身を震わせて鳴くバイコーンにリュートは命乞いをしながら引きつった笑みを向けつつ這って逃げ出そうとして、その足に蹄が踏み下ろされる。骨が砕け肉が潰れた。

 

「ぎゃぁあああああああああああっ!!」

 

 あれほどに耳障りだった声が今は心地が良いと思いながらバイコーンはリュートの腹部に鼻先を近付け、腹を食い破る。偽勇者として好き勝手をしていたリュートは生きたまま内蔵を食われて死んでいった。

 

 だが、足りない。バイコーンの怒りは未だ収まらず、空腹も満たされていない。リュートの仲間だった男を食っても同じであり、怒りと空腹を収める為に見つけた獲物に襲いかかり、更に怒りを増大させた。

 

 目の前の獲物は五体。既に始末した獲物に乗っていた美味そうなのと放っておいて構わないの。後からやって来て邪魔をした少し鬱陶しそうなのが二体。そして初めて目にする少し面倒そうな獲物。

 

 そう、所詮は獲物だ。狩りの時に抵抗はされるが最終的に食べるだけの、そんな獲物でしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 僕は我ながら甘いって思ってしまう。バイコーンなんでヤバい相手に挑まずに逃げちゃえば良いのに、どうして戦いを挑んでいるんだろう?

 

 復讐を遂げるまで普通の人生は捨てるって誓った。他人は利用する対象だって思った筈だ。でも、こうして僕は絶対に勝てない相手に向かい合っていた。

 

「アイススフィア!」

 

 相手を凍り漬けに出来るし、倒せなくても氷が動きを鈍らせるお気に入りの魔法。大抵はこれ一撃で決着が付くし、動きを封じた所でジークや兄ちゃんがトドメを刺す。

 

 正面から突進してくるバイコーンはアイススフィアを避ける事なく角で弾いた。角を叩きつけられたアイススフィアは内包した冷気を解放するけど最大限の威力を発揮する距離にバイコーンは既に居ない。僅かに体の表面が凍っただけだ。

 

 バイコーンはそのまま氷に覆われた体で止まることなく向かって来た。全身に氷の固まりが付いているけど意に介した様子もないし、激しく動く度にボロボロ落ちていく。あーもー! 無茶苦茶過ぎるよ! って言うかレースの最中より速くなっているよね、確実に。偽勇者ってどれだけ邪魔だったのさっ!

 

「レッグブースト! アームブースト! マジックブースト!」

 

 立て続けに掛けられる強化魔法によって僕達の速度や力、魔法威力が底上げされる。前方より迫ったバイコーンに対して璃癒さんは僕を掴んで、ジークはエリーゼさんとスクゥルを乗せて飛び退いた。さっきまで僕達が居た場所を通り過ぎ、森の木をなぎ倒しながら進んだバイコーンは巨大な岩に衝突して砕いた所で止まる。ダメージは無いみたいだ。

 

岩の欠片が鬱陶しいのか身体を振るって払い除けるけど脳震盪所か立ち眩みすらしていない様子だ。文献でも結構な強さの描写だったし本当に逃げない自分が不思議だよ。

 

 ……いや、分かっているんだけどね。自分でも信じられないんだけどさ。

 

「操るのに使っているっぽいアイテムが無くなってるし、自由の身って事だよね? これは逃げる訳には行かないや。でも、セウス君は逃げて良いからね?」

 

「いや、僕もジークも残る。璃癒さん達だけ残せないよ」

 

 町一つ滅ぼすって危険なモンスターを放置できない正義感なんて僕にはない。兄ちゃんとジークと師匠以外は興味が薄かった僕だけど、何故かこの人の前じゃ格好を付けたくなったんだ。

 

「そう? なら心強いや。やっぱり君も男の子だね」

 

 笑顔を向けられたら妙だけど悪くない気分がする。でも、今の僕にはそれが何か分からなかった。

 

「来るよっ! フレイムアロー!」

 

「セイントアロー!」

 

 再びこっちに突進してくるバイコーンに僕とエリーゼさんが魔法の矢を放つ。総数二十位の矢は軌道や速度を微妙にずらしながら突き進むけどバイコーンは避ける素振りも見せず頭を激しく振って角で全部叩き落とした。

 

「あれを全部っ!? じげ……先代勇者が苦戦したって伝わるだけありますね……」

 

「でも、防ぐって事は当たれば効くって事だよ。それに朗報。確かに先代は苦戦したけど……たった一人の上に五体相手にしたそうだよ、レベル30の時にさ」

 

 別に朗報ってまでじゃない。絶望の度合いは変わるけどさ。13を越えればレベルアップの必要経験値も能力への補正も段違いに上がる。勇者のクラス補正も他とは段違い。つまりバイコーンが圧倒的な格上だってのは変わらない。

 

 だけど、それを聞いた璃癒さんの顔から迷いが消えた。

 

「なら、勝てそうだね。にしても随分詳しいね」

 

「うん、師匠が文献を沢山集めててさ」

 

 でも、希望さえ失わなければ何とかしてくれるんじゃないかって思わせる何かを璃癒さんは持っている。勇者特有の能力なのか、それを持っているから勇者に選ばれたのかは分からないけど。

 

 にしても師匠ってどうして彼処まで勇者に関する文献を集めているんだろ? 先代どころか先々代や初代の眉唾物な物まで集めてるから暇潰しに読んだ僕も詳しくなったけど。

 

 ……もう一つ疑問が。勇者の召喚には数百年単位の間が有るのに文献の記述からして文明は殆ど進歩していないんだ。そして研究者もそれを疑問に思わない。師匠だけは僕が訊ねたら驚いた後で喜んだけどさ。

 

「……ん。気が付いたんだ、偉い偉い」

 

 あの時の師匠は本当に嬉しそうだった。何でかは誤魔化されたけど……。師匠って絶対僕に何か隠している。それも時々無性に話したそうにするけど話せない事を……。

 

 

「先代勇者がバイコーンを倒した時は先に角を破壊したらしいよ! あの角が防御の要だってさ。アースランス!」

 

 足元から突き出した岩の槍はジャンプで避けられ、真上から迫るバイコーンから助けようと璃癒さんに再び抱き寄せられる。……少し嬉しい気がするけど恥ずかしい。

 

「矢っ張り詠唱していると反応が遅れるね。……角を破壊できる魔法ある?」

 

「使えるけど……今は無理。今日は少し魔法使い過ぎてさ。……璃癒さんは?」

 

「レベルアップした時に何となく使えるようになった勇者専用魔法なら大丈夫……かな?」

 

「行くよー!」

 

 また突進してくるバイコーンに今度はジークが雷を吐き出した。迸る電流は真横から不意を打てば数メートル吹き飛ばせるけど角で防ぎながら突進されたら動きを少し鈍らせるだけしか効果が無い。

 

 氷の橋とか必要以上に派手なのを使わなかったら禁術が使えるのに。使ったら絶対に師匠にばれて叱られるけど。

 

「ブォオオオオオオオオオン!!」

 

「うわっ!?」

 

 流石に鬱陶しく思ったのか激しくバイコーンが嘶いたら耳を塞ぎたくなる大音量。ジークは耳が良いから特に辛そうだ。

 

 さてと。怒って更に動きが単調になってくれたら嬉しいけど頭が良いから演技の可能性もあるんだよな。

 

「……璃癒さん、魔法の発動にどの位必要?」

 

「十秒」

 

「了解。じゃあ、僕達で絶対に稼ぐから璃癒さんは今すぐ集中! ゴーレムクラフト!!」

 

 残った魔力のほぼ全てをつぎ込んでバイコーンと同じ大きさのゴーレムを生成した。地中の金属を練り込んだ最高硬度の動く城塞。

 

「ブル……」

 

 璃癒さんが魔法の準備を開始した瞬間、バイコーンの視線の先が変わる。さっきまでエリーゼさんを最優先の獲物に選んで僕達は邪魔者だったのに、今この瞬間に璃癒さんを明確な危険と認識したんだ。

 

 さっきまでの突進は頭を低くして後ろ脚で地面を掻いていたけど今は違う。後ろ足に力を込めて弓を引き絞るみたいに力を溜めて一気に放つ。比べものにならない速度でバイコーンが飛んで来た。

 

 

 

 ……うん、知ってたよ。それが君達の本気の攻撃だってさ。何度も読んで知ってるんだ。だから、既に間にゴーレムを滑り込ませていた。衝突音と共にゴーレムの全身に罅が入り、バイコーンの勢いは止まらず突き進もうってしている。

 

「二人共、今だ!」

 

「うん! せーのっ!!」

 

「シャインバインド!」

 

 ゴーレムの中央に丸い穴が空き、其処目掛けてジークが電撃大きさにを吐き出す。全体的な威力はさっきと同じ。でも、拡散していた雷はジークの口の大きさに密集、貫通力を上げてバイコーンを押し戻そうとする。そして光の鎖が四方から伸びてバイコーンに絡み付いた。

 

 

「よし! このまま……」

 

「ブルォオオオオオオオオオオオンっ!!」

 

 再びの嘶きと共にバイコーンは激しく暴れゴーレムが完全に破壊、鎖も引きちぎった。残るはジークの電撃のみ。だけど、遂にバイコーンは電撃を角で周囲に弾きながら前進する。多少の電撃が身体を焦がしても臆さずに最大の驚異である璃癒さん目掛けて一目散に突き進む。その顔面に石が投げつけられた。

 

 

「よくもギーシュを!」

 

 投げたのは涙目のスクゥル。普通の子供よりは投げる力が強いけど、あの程度の大きさの石が当たった所で存在を再確認させる程度の働きにしかならない。当たっても問題無しとバイコーンも無視した。

 

 

 

 

「ブォ!?」

 

 そう、どうでも良いとちゃんと認識さえしなかった石の先端が柔らかい眼球に命中するまでは。予想外の痛みに僅かな間だけバイコーンの動きが鈍る。直ぐに持ち直して電撃を受けながらも突き進む程度の僅かな時間。

 

 

 

 

「ホーリーセイバー! 皆、お待たせっ!」

 

 でも、そんな僅かな時間を希望に変えるからこそ勇者なんだ。まだ十秒経っていなくても想いに応え璃癒さんは魔法を完成させた。

 

 手に持つ剣の刃に纏った聖なる光は巨大な刃と化して周囲を照らす。あれこそが文献で読んだ勇者専用魔法ホーリーセイバー、一切の邪悪を断ち切り人々を守る希望の剣。璃癒さんは剣を構えバイコーンに切りかかる。咄嗟に迎え撃とうとした時、ジークの吐き出す電撃の威力が増した。

 

「行っけー! やっちゃえ、お姉ちゃん!!」

 

 

「やぁあああああああああああっ!」

 

 気合い一閃、バイコーンの最大の武器であり最硬の防具である角を二つ纏めて切り落とし、返す刃が首に食い込む。分厚い皮膚と筋肉に刃の先端が易々と入り……砕け散った。

 

 

「……へ?」

 

 何が起きたか分からず璃癒さんは呆然と根本に僅かに残った刃を見つめる。ホーリーセイバーは確かに強力な魔法だ。でも、それ故に媒体となる剣への負担は計り知れない。

 

 

 そして、さっきの石が決定的な隙をバイコーンに作ったように、璃癒さんに生じた隙は決定的だった。真下からかち上げる様な頭突きが直撃した璃癒さんは宙を舞い、バイコーンは前脚を振り上げる。スタートの時の光景が浮かんだ瞬間、気が付けば僕は駆け出していた。

 

 落下してくる璃癒さんを受け止め、残った僅かな魔力を全て注ぎ込む。バイコーンが笑った気がした……。

 

 

 

「マジックシールド!」

 

 前方に張った半透明の障壁。遅れてバイコーンが前脚を地面に叩き付けて生じた衝撃波が土砂を巻き込みながら向かって来た。土石流を受け止め、衝撃波の直撃を受けて障壁が崩れかける。……この時、昔の光景が頭を過ぎった。

 

 

 僕の方を見て笑うもう一人の兄ちゃん。その身体が握り潰される姿を僕は覚えている。絶対に忘れはしない光景だ。

 

 

 

「まだだ。まだ僕は負けないっ!!」

 

 もう魔力は尽きた筈なのに想いに応えるかのように杖が光り障壁が修復していく。

 

 

「やった……」

 

 

 そして、衝撃波を完全に防ぎきった瞬間に僕は膝から崩れ落ち、目前でバイコーンが再び前脚を振り上げていた。

 

 

 

 

 



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バイコーン 下

 僕がお兄ちゃん達と出会ったのは雨の日だった。ボクの種族のケルベロスは家族を大切にするってオバちゃんから教えて貰ったけど、ボクとだけ遊んでくれない他の兄弟みたいにお母さんに毛繕いをして貰った事も、お腹いっぱいご飯を貰ったこともなくって、食べ残しを食べても怒られない、それだけだった。

 

 ボクの毛の色が違うから? ボクが雷や氷も吐くから? だから家族って認めてくれなかったのかなぁ?

 

「あれれ? 皆、どこだろー?」

 

 ある日、起きたら皆が巣から居なくなってた。ボクは固まって寝ちゃ駄目だから離れて寝ているんだけど、一日待っても誰も帰ってこなくって、臭いを追ったら川を渡ったのか消えちゃってた。ボク、泳げないし川の中には何だか怖いものが沢山いるし、仕方ないから巣に戻って皆を待って、次の日も、また次の日もお腹が減るのを我慢して待ったんだ。

 

「……うぇ。不味いよぉ……」

 

 狩りを習っていないボクじゃ獲物を仕留める事なんか無理だし、美味しくない草や虫を食べて空腹を誤魔化してた。

 

「お肉食べたいよぉ……」

 

 骨にこびり付いたお肉を齧ってたけど、とっても美味しかったと思ってる。寂しくて一匹は怖くって、誰かとお話がしたくってボクは旅に出た。

 

 モンスターに、人に、動物に襲われて、受け入れて貰えなくって、寂しくてひもじくて寒くて、雨の中でボクは倒れて起き上がれなくなったんだ……。

 

「もう疲れちゃった……」

 

 もう全部諦めて目を閉じた時、温かい手がボクを持ち上げた。

 

 

「金毛のケルベロスとか珍しいね。師匠、これ飼って良い?」

 

「ペットを飼うのは情操教育に良いって聞くし……ちゃんとお世話できる?」

 

「うん!」

 

「多分世話するのは結局お母さ……私」

 

 生まれて初めて抱っこされて満腹になって暖かい寝床で寝て……生まれて初めて幸せだった。

 

 

「よーし! お前は今日からジークね。え? お兄ちゃんって呼びたい? 別に良いよ」

 

「セウスに逆らわないならご飯はあげる。早く強くなって守る。分かった?」

 

「……ケベロスルだったか?」

 

 皆、ボクの大切な家族。大切で大好きな家族。だから絶対にボクが守るんだ!

 

 

 

 

 

 バイコーンが前脚を振り上げる。さっきはお兄ちゃんが防いだけど、次は絶対に防げない。あんなのを受けたらお兄ちゃんが大怪我しちゃうよ!

 

「やめろぉおおおおおおおおっ!!」

 

 考えるよりも先にボクはバイコーンに飛びかかっていた。首筋に牙を突き立てて全力で噛む。皮もお肉も堅くって先っぽしか刺さらないけど足を思いっきり振り下ろすのは邪魔が出来た。バイコーン、お前はお兄ちゃんを苛めた! だから絶対に許さないぞ!

 

 牙が通じないなら噛んだ状態で雷や炎を吐き出してやる。これは少しは効いたのかバイコーンが暴れだした。

 

「ブルルルルルルッ!」

 

 お姉ちゃんが切った首の怪我と口から血を出しながらバイコーンは無茶苦茶に暴れまわってボクを木や岩に叩き付ける。木や岩が砕ける位の威力で凄く痛い。でも、お兄ちゃんはもう戦えないし、璃癒お姉ちゃんは怪我してエリーゼお姉ちゃんが治している。

 

 ボクしか居ないんだ。戦うのは身体が頑丈なボクの仕事なんだ。ボクが絶対に守るんだ!

 

 急に身体が宙に浮く。上に跳んだバイコーンは空中でグルグル回って目が回りそうだよ。

 

「ジーク、直ぐに離れろ!」

 

 お兄ちゃんの声に慌てて口を放してバイコーンから離れる。危なかったよ。あの勢いで岩に叩き付けられる所だった。

 

「お兄ちゃん、ありがとう」

 

「別に良いから無理はするなよ、ジーク」

 

 お兄ちゃんはそう言うけど、バイコーンは強いんだ。だから後で謝ろう。ボクは突進しようとするバイコーンが動き出すより前に頭からぶつかった。ううっ、凄い石頭。

 

「ブル……」

 

 でも、たぶん相手も怪我が大きくって弱くなってる。今ならボクの方が速いぞ!

 

 また前足を振り上げたバイコーンの胸を爪で切り裂く。とっても浅いけどバランスを崩したので体当たりを仕掛けたら伏せて躱されて頭突きを食らって転がった。

 

「やったなー!」

 

 全力で雷を吐き出そうとして……あれ? 息しか出ない。もしかして魔力切れ?

 

 突然、バイコーンが大きくなる。あっ、違った。ボクが元の大きさに戻っちゃったんだ。

 

「あわわわわ! お兄ちゃん、どうしよー!?」

 

「馬鹿っ! 相手から目を離すなっ!」

 

 聞こえてくる猛烈な足音。怒濤の突進を慌てて避けるけど余波でボクの小さな身体は吹き飛んで地面を転がり木にぶつかった」

 

「きゃんっ!」

 

 思わず悲鳴を上げたボクが見上げた先には踏み潰そうと落下してくるバイコーン。体中が痛くて動けないボクが目を閉じた時、温かい手がボクの身体に触れる。お兄ちゃんがボクを掴んで助けてくれたんだ。

 

「危っな! ジーク、無茶しすぎ。でも頑張ったよ。後でお肉買ってあげる」

 

「お肉ー!」

 

 何かな何かな? ボク、骨の付いた牛さんのお肉が大好きなんだ。涎が出て尻尾をブンブン振っちゃう。楽しみだなー、お肉!

 

「あれ? でもバイコーンはまだ……」

 

「ジーク、教えてあげる。勇者ってのは困難に打ち勝つ人を指す言葉なんだ」

 

 ボクを抱いたお兄ちゃんごとボクを倒そうとこっちを向いていたバイコーンの背後から璃癒お姉ちゃんが飛びかかる。手には折れちゃった剣を持ってた。

 

 

 

 

 

 

「ホーリーセイバァアアアアアアアアアッ!!」

 

 柄に残った刃がナイフくらいの大きさの光の剣になってピカピカ眩しい。でもボクは見逃せなくって頑張って見る。バイコーンの背中に飛び乗った璃癒お姉ちゃんは首に刃を突き刺した。

 

 

「ブルォッ!?」

 

 とっても沢山の血を吐いてバイコーンは苦しそう。でも、そんな状態なのに走り出した。背中に璃癒お姉ちゃんを乗せたまま。

 

「くっ! これでも倒せないなんてっ!」

 

 首に食い込んだ剣の柄を掴みながらしがみついた璃癒お姉ちゃんを振り下ろそうと走り出す。きっと逃げる気だ。逃げて怪我を治して人を襲う気なんだなっ!

 

 璃癒お姉ちゃんも分かっているのか必死でしがみついて、バイコーンは自分の身体ごと木とかにぶつかっている。もう声も出ないのか口から血だけが出るだけだ。

 

 そうだよね、生きたいよね、死にたくないよね。ボクもお兄ちゃんと出会えなかったら死んでいたもん、分かるよ。

 

 でもね、子供のボクより分かっているだろうけど戦いなんだ。

 

 

「あぐっ! 痛っ! こなくそっ!」

 

 璃癒お姉ちゃんは体中をぶつけて血を流すけど絶対に手を離そうとしない。バイコーンの脚はちょっとずつ遅くなってるし、もう限界が近いんだ。だから何が何でも生き延びようと全力を尽くしている。

 

 

「……ごめんね。君は本当は人とは関わらない所に住んでいたんでしょ? だから、僕を恨んで構わない」

 

 璃癒お姉ちゃん、バイコーンが可哀想だって思ってる。泣きそうな顔で歯を食いしばって呟くのがボクには見えて聞こえていた。

 

 

 

「伸びろっ!」

 

 後ろから首に刺さった光の刃が伸びて貫通する。今までで一番多くの血を吐いてバイコーンは倒れた。最後に璃癒お姉ちゃんが投げ出されないように自分が下敷きになるみたいにして……。

 

 

「……はははは。勝っちゃったよ。まあ、レースの優勝は無理だけどさ。少し休んで行こうか」

 

 緊張が解けたのか座り込んだお兄ちゃんがボクの頭を撫でながら笑ってる。矢っ張りお兄ちゃんが撫でてくれるのが一番嬉しいな! でも、レースを諦めるなんてどうしたんだろ?

 

 

「ボク、走れるよ? 頑張って一位になるよ!」

 

「構わないから休めって。ボクは情報よりジークが大事なんだからさ。怪我は大丈夫?」

 

「うん! お兄ちゃんが守ってくれたもん」

 

 とっても嬉しいから顔を嘗めてあげる。ふふん! 後で璃癒お姉ちゃんも嘗めてあげよっと!

 

 

 

 

 

 

「ジークもボクを守って……璃癒さん、逃げてっ!」

 

 お兄ちゃんが安心した顔から一変して叫ぶ。さっき倒した筈のバイコーンが立ち上がってた。首に穴が空いて目は死んでいるのに動いている。あれってゾンビだ!

 

 でも、こんな短時間でどうしてと思ったボクが見たお兄ちゃんのお顔は凄く怖かった。

 

「イルマ・カルマぁ……!」

 

 その名前をボクは知っている。お兄ちゃんのお兄ちゃんの一人を殺した禍人の死霊使い(ネクロマンサー)の名前だった。

 

 

 

 

 

「……あはは。ちょっと不愉快かな?」

 

 確かに倒したのに立ち上がったバイコーンの瞳には生気がない。だって首に穴が空いているし、そこから血が溢れ出しているのに平然としている時点で変だ。

 

 変な話だけど僕はバイコーンに、いや、戦ってきた相手に敬意を持つ事にしている。命を奪うことに慣れすぎてしまわないように、本当の意味で強くて誰かを守れる勇者になるために。

 

 だからこそ、目の前のバイコーンの姿に無性に腹が立つ。肉が急速に腐って目玉が飛び出して神経でぶら下がって所々骨が姿を覗かせる。魔法に詳しくはないけど何かしらの魔法が発動したって理解した。

 

 

「イルマ・カルマぁ……!」

 

 そう、セウス君は犯人に心当たりがあるんだ。うん、覚えたぞ。探しているっていうイルマ・カルマって名前の禍人がやったんだね。

 

 

「あー、でも拙いな。ゾンビってリミッター外れて強くなってるんだっけ……」

 

 凄く腹が立っている僕だけど正直言って限界が近い。剣だって今度は完全に砕けちゃったし体中が痛いしピンチだ。……でもさ、ピンチにはヒーローがやって来るものだ。

 

 

 

 

 そうでしょう? ねぇ、示現お祖父ちゃん。

 

「遅くなって済みません、璃癒。ですが、もう安心なさい」

 

 示現お祖父ちゃんがバイコーンゾンビの前に立ちふさがる。もう老人なのに大きく見える背中は格好良くって頼もしくって憧れた。こうして見ると本当に遠いなぁ。

 

 

「示現お祖父ちゃん、解放してあげて」

 

「ええ、分かりました」

 

 ゾンビに知能はなく、存在するのは生き物を襲って食べる本能だけってエリーゼから聞いている。バイコーンも血と涎をダラダラと口から溢れさし、さっきまでの数倍の速度で至近距離の僕達に襲い掛かる。

 

 

 

 そして、次の瞬間には示現お祖父ちゃんが剣を鞘から抜いて振り下ろし両断していた。左右に分かれて飛んでいき、地面に転がるバイコーンの死骸。今度の今度こそ倒したって転がった魔魂石が教えてくれた。

 

 

 

 

「皆さん、随分と頑張ったようですね。野暮用で遅れで不安でしたが杞憂だったらしい」

 

「野暮用?」

 

 流石にエリーゼだけじゃ治療の手が回らないから示現お祖父ちゃんも治療を行っている最中、戦いの様子を僕から聞いて示現お祖父ちゃんは少し嬉しそうだった。……無茶だって怒られもしたけどね。

 

 そして示現お祖父ちゃんが何をしてたかというと怪しい奴らと戦っていたらしい。

 

「いえいえ、戦ってなどいませんよ?」

 

「え? 武器を構えた奴らがガルムの拠点の周囲やら森の中に居たから捕らえたんでしょ?」

 

「はははは。あの程度、戦いなどと言いません。……まあ、璃癒達の中に上玉が居るから伯爵に差し出すなどと口にしたので少し本気は出しましたけど。可愛い孫娘に手を出させる訳がないでしょうに」

 

 あー、うん。多分エリーゼの事じゃないかな? って言うか恥ずかしいから人前では止めてっ!

 

「璃癒、今後は気を付けなさい。貴女はこちらの世界では向こうより魅力的に見えるらしい。変な輩が寄ってくる程にね」

 

 だから止めてってっ! ……まったく、孫娘が可愛いからってさ。嬉しいけど恥ずかしい……。

 

 

 

 

「あのね、あのね! ボク、走りたい気分なんだ! 駆けっこの続きがしたいな!」

 

「良し、出発しようか、セウス君!」

 

「え? あっ、うん」

 

 もう回復したのかジークはまた大きくなって今すぐ走り出したいみたい。これはこの場から逃げ出すチャンスだって思った僕はセウス君の手を取ってジークの背中に飛び乗った。

 

 

 

 

 緑溢れる森の中をジークに跨がって突き進む。凸凹道も獣道も道無き道を平然と走破する中、僕はセウス君の背中を見つめていた。

 

 最初は首飾りが欲しかったし興味もあったからこれ幸いと参加したレースも終盤。短い時間だけど濃密な体験をしたと思う。

 

 ジークみたいに速い動物に乗って自然の中を巡ったのも、氷の橋を渡ったのも、洞窟で迷ったりしたのも今は面白い体験で、誘ってくれたセウス君には感謝している。多分この子は巻き込んでしまったって思ってるだろうけど、バイコーンとの戦いだって終わってみれば悪くない……かな?

 

 いや、セウス君はずっと年下だし、僕にそっち系の趣味はないよ? そんな言い訳や弁明を先にさせて貰うけどさ、危なかった時の僕を助けてくれた姿は格好良かったって思った。

 

 僕、誰かを守れる人になりたいし、お祖父ちゃん達に守って貰ってはきたけど、お祖父ちゃんはお祖父ちゃんだもん。男の子に守って貰うってシチュエーションに何も感じない程に枯れた青春は送っていないんだ。

 

 言っておくけど少しだよ? ほんの少しだけドキッとしたんだ。うん、こんなのは初めてだよ。相手はずっと年下の子供なのにね。

 

「璃癒さん、見えてきたよ!」

 

「うん! このまま一気に突っ切ろうか!!」

 

 だから森を抜けて先頭集団の背中が見えた時に少しだけ惜しいって感じちゃった。きっと半分はジークに乗るのが楽しいからだけど、きっと残り半分は……。

 

 

「行くよ、全速力だぁー!!」

 

 ジークの掛け声と共に僕は落ちないように姿勢を低くしてセウス君に密着する。あっ、少し照れてるや、可愛いな。そして一人、また一人とジークは追い越して遂に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴール!! 一位はセウス&璃癒&ジーク! まさかの大番狂わせ、優勝したのは十歳の少年だぁー!!」

 

 万雷の喝采が僕達を祝福し、それに応える為に手を振る。あー、楽しかった。またジークに乗れたら嬉しいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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闇で蠢く

 美しかった嘗ての面影は既に無く、侵略者たる禍人に破壊の限りを尽くされ、日々暴虐の宴が開かれている亡国。

 

 名を覚える価値すらないと評されたその場所に存在する黒い球体、禍人に煉獄魔城(れんごくまじょう)と呼ばれる其処に幹部たる四凶星(しきょうせい)が集結していた。

 

「ではでは、今月の成績発表と参りましょうか! まあ、一位は不動なので御座いますけど? あひゃひゃひゃひゃ!」

 

 壁に貼り付けられた表を指し示しながらも他の者達を嘲笑う商人。不動の一位をキープする彼に不快、憤怒、嫌悪、その様な感情が向けられるも彼は臆さず気にしなかった。

 

 ただ、その感情を向けているのは腕を組んで貧乏揺すりをしているクレメドと、机に肘を付いて顎を拳に乗せているイルマとカルマのみ。

 

「素晴らしい。流石は真名持ち(まなもち)だけある」

 

「ええ、どうも。リュキ様も流石の成績で御座いますよ」

 

 先日二人の戦いを止めた青年、リュキは素直に賞賛して拍手まで行っている。彼に対して商人は大業にお辞儀を行った。演技過剰な態度にクレメド達の怒気が増すも一切臆さず、先程から話を聞かずに育児日記を楽しそうに読んでいる覆面の女……キルケルに視線を向けた。

 

「キルケル様もそろそろ名を取り戻せるのでは?」

 

「……うん? 聞いてなかったけど、何か言った?」

 

 聞き返しはしたが直ぐに日記に視線を戻したキルケルに何をしに来たと言いたい気分のクレメドだが、票が示す成績……どれだけ穢れを貯めたかに圧倒的な差があるので文句を言えない。

 

 一位は商人なのだが、それに迫る勢いがキルケル、その三分の二がリュキで更に半分がクレメド達だ。役目をお前以上に果たしていると言われれば反論出来ないかった。

 

(んな恥知らずな真似が出来るか)

 

 何時か成績を抜けば即座に殺してやると戦いを禁じる掟を無視する気であったが、この場には成果の差を無視する者達が居た。

 

 

「ねぇ、それって例のペットの日記? 知ってるよ、人間を飼ってるってね」

 

「知ってる知ってる! 僕達もそのペットで遊びたいな!」

 

 弱所を掴んだと子供らしくない笑みを向けるイルマとカルマ。ニヤニヤと挑発する言葉を吐き出してキルケルの反応を伺った。

 

 止めてくれと頼めば最高、こっちに興味を示さない余裕を崩すだけでも楽しいと。

 

 だが……。

 

 

「……ん? ああ、ごめん。君達に興味無いから聞いていなかった」

 

「ぐっ!」

 

「このっ!」

 

 余裕綽々、全く崩れる様子無し。逆に怒りを露わにした二人が飛び出そうとした瞬間、商人が真上から両足で踏み付けた。顔面から机に叩きつけられた二人はもがくも顔は上がられず、商人は屈んで囁いた。

 

 

「無駄な事はお止め下さい。それとイルマ・カルマ様ではキルケル様の目を盗むなど不可能。意趣返しに手を出しても消されるのがオチでございます。……ああ、あの子については面白くなりそうなので私も邪魔をさせていただきますよ?」

 

「……迷惑、邪魔」

 

「いやいや、遠慮なさらずに! 精力的に穢れを稼ぐのもあの少年の為でしょう? なにせ彼はキルケル様の……」

 

 商人の上半身が突如弾け飛ぶ。彼に手を向けた姿勢のキルケルの顔にはイルマとカルマが引き出せなかった怒りが僅かに浮かんでいる。

 

 テーブルや天井、壁や床にまで肉片や血が飛び散り、リュキの顔面には大腸が張り付いていて迷惑そうに指先で摘まんでいた。

 

 

 

「おうおう、汚しちまってよ。おい、お前のなんだから掃除しとけ」

 

 不愉快そうに血で汚れた茶菓子の皿を床に放り投げたクレメドは虚空に向かって話し掛けた。すると返事が返ってくる。

 

「横暴な気もしますが沈黙も時も金ですし、沈黙を守らなかった罰として受けましょう」

 

 先程まで誰も居なかった場所に無傷で服も汚れていない商人が平然と立っていた。だが、先程バラマかれた彼の血肉は部屋を汚したまま依然存在して、先程爆発四散した彼も確かに存在していたと告げている。

 

「では、次に痛ましい犠牲者の発表です。同胞が七名程犠牲となりました。およよよよ。何という悲劇! では、皆様。哀れな仲間の死を悼んで黙祷を!」

 

 オーバーリアクションでの祈るポーズに合わせて何処からともなく流れてくる厳かな音色。本音だと取り繕う様子の一切見られない商人にクレメドは呆れ顔で茶を啜った。

 

「馬鹿馬鹿しい。死んだ雑魚に祈る心なんざテメェに有るかよ。ってか、誰が祈るってんだ」

 

「リュキ様が祈っていますが?」

 

「何やってんだテメェっ!?」

 

「……黙祷だが?」

 

 お前話を聞いていなかったのか? 床に膝を付いて祈りを捧げていたリュキはクレメドにそんな想いが込められた視線を送って苛立たせる。出来るならば殴り殺したいと限界ギリギリの激情を抑え込んでいた。

 

「それにクレメド様は雑魚の死を悼む必要はないと申しますが……なら私は魔王様かキルケル様以外の死に祈りを捧げられませんが?」

 

「……上等だ。表に出やがれ!」

 

 遂に我慢が限界に達し、クレメドは前に乗り出すようにテーブルの上に足を乗せて今にも殴りかかりそうな勢いだ。イルマとカルマは面白い娯楽が始まったという顔になり、リュキは黙祷の途中で気が付いていない。キルケルは何処からか途中の編み物を取り出して作業を始めた。

 

「何やってんだ、クソアマ!」

 

「何って……編み物。寒くなる季節だし、風邪引いたら心配だからつくってあげようと思って」

 

 先程似たようなのを行った遣り取りにクレメドは毒気を抜かれたのか拳を収めて乱暴に座り直した。それを確認するなり商人が再び口を開く。

 

「さて、それでは目下の驚異となる国があるので名前だけでも覚えて帰って下さい」

 

「驚異? 僕達が苦戦する相手が居るとは思わないけど?」

 

「驚異になる奴が居るほど僕達は弱くないけど?」

 

 商人の言葉に口を挟んだのはイルマとカルマだけだが、クレメドも同意見らしい。仲の悪いイルマ達が黙っていたら彼が口を挟んだ事だろう。残りの二人は黙って聞いている。キルケルは他事に夢中な気もするが。

 

 商人は大袈裟に肩を竦めると指を鳴らす。空中に四つの国旗が出現した。

 

 金色で獣の角と爪を描いた赤い旗。

 

 十の王冠を黒で描いた白い旗

 

 交差した銀色の剣と槍を描いた緑の旗

 

 そして金色で杖を描いた青い旗

 

 青い旗にのみクレメド達の視線が集中する中、商人が咳払いして手を数度叩けば他の三つの国旗が大きくなり、先ずは赤い旗が示された。

 

「獣人国家ゼルディス、数多の種族が集まる国であり、生まれもっての高い身体能力に加えて戦士の育成に精力的。近々どの種族の代表が王になるかを決める王臨祭(おうりんさい)が開催予定です」

 

 次は黒い旗

 

「聖獣王教の総本山である宗教国家トラヘー。聖獣騎士という魔法と武器を高いレベルで扱う連中が居ます」

 

 次は緑の旗だ。

 

「冒険者が立ち上げたフロレス共和国。此処は結構な強者が集まりますが正式な所属じゃ無いので把握が難しいのです。……この三つの国はお国柄か腐敗貴族を操って……とか無理でして」

 

「……問題無い。その内、私が全部潰す。穢れも貯まったし、本拠地から離れられる時間も増えた」

 

「ええ、その通りですとも! 私と違って皆様は自由に動ける時間に制限があります。まあ、上級の禍人を撃破可能な方が複数人居ても問題ないのですけどね。……問題は此処だけです」

 

 大きく表示された旗が燃え尽き、残った旗が大きく表示された。

 

「エルフの国家カノンノ。前回の魔王を倒した勇者達を召喚した魔術師であり勇者一行の一員である女王チルニルが治める国。此処に情報を集めさせるのは避けたいのですよ」

 

「……確かにエルフ自体は魔法に優れた長命なだけの種族だが、女王は先代魔王を倒した幼少期より確実に成長している。……なら、私が今すぐ潰しに向かおう」

 

「馬鹿だ、馬鹿がいる。出来たらとっくに全軍投入してるって」

 

「本当に馬鹿だよね~」

 

 何故イルマとカルマに馬鹿にされたのか分からないという顔をした時、かれの脳天にキルケルの拳骨がたたき落とされてテーブルを突き破って床に顔面から激突した。

 

「愚弟、少し黙って」

 

「……強力な結界で我々禍人は入れないと何度も申し上げた筈なのですが、キルケル様、彼はどうして此処までアホなのですか?」

 

「ミステリー」

 

「……まあ、良いでしょう。そんな訳で目障りなカノンノですが付け入る隙は御座いますよ。先ず、自分こそが勇者を召喚したと宣言する者からすれば先代の勇者一行など目障り。そして他の仲間は異世界の住民であり、自分達の女王が唯一世界に残った英雄となれば元々自意識の高いエルフは増長。……今や国民と他国の板挟みで苦労しているという噂」

 

 後は時間に任せれば勝手につぶし合って疲弊すると腹を抱えて笑う商人。クレメドやイルマ、カルマも人間の潰し合いを想像して楽しそうだ。

 

「おい、全員集まった時の恒例のアレやるぞ」

 

 特に気分が良さそうなのはクレメドであり、上機嫌で他の者を見回して提案を行った。ただ、乗り気なのは彼だけだが。

 

「面倒だね、カルマ」

 

「意味のない事やりたがる奴の部下が哀れだね、イルマ」

 

「伝統だ、伝統! てか、実際の歳は大して変わらねえだろうがよ!」

 

 不満そうに拒否をする二人を睨んだクレメドは咳払いで空気を変えると立ち上がり、禍々しい赤褐色のオーラを前進から放つ。

 

「四凶が一角、(ぼうおう)暴王クレメド」

 

 続いて立ち上がったのは双子。立ち上がり暗緑色オーラを放つ。二人が同時に喋った時、声が完全に重なって一人で喋っているかのようだった。

 

「「四凶が一角、悪童君(あくどうくん)イルマ・カルマ」」

 

 次は黙祷を終えたリュキだ。襟元を正し正面を見据えながら静かに告げる。彼が纏うのは白銀色、振れる事すら躊躇わす神聖さすら見る者に感じさせた。

 

「四凶が一角、殲滅皇(せんめつこう)リュキ」

 

 そして、四人目は当然キルケルだ。このような場の場合、当然ではあるが最後を飾る者こそ最も重要な立場の場合が多い。彼らの場合は四凶星において最強といった所だろう。先程から名乗り上げに対し黙して静かに耳を傾けていた彼女に否が応でも注目が集まる。殺意すら含まれる視線を受けても一切動じず、ただただ黙ったままの不動の構え、今すぐ動く様子無し。

 

 

 

 

 いや、よく見れば前後に僅かに動いている。こっくりこっくり船を漕いでいた。

 

「……おい、あれって寝てないか?」

 

「すやすや、すやすや」

 

 耳を澄ませば安らかでメルヘンチックな寝息が聞こえてくる。

 

「やっぱ寝てるよなっ!? って言うかすやすやって寝息立てる奴初めて見たぞっ!?」

 

 そろそろ胃がキリキリ痛み出して来たクレメドだが、直ぐ近くで怒鳴ってもキルケルに起きる様子はない。最後の最後でグダグダに終わった恒例の儀式であった。尚、それも恒例である。大体リュキかキルケルがやらかしてグダグダになり、躍起になったのか懲りないクレメドと呆れてやりたくないイルマとカルマという図が出来上がっていた。

 

「では解散にしましょうか。私、これでも忙しい身ですので。何せ皆様と違って本来の名前を取り戻した以上は見合った成果を上げる必要が有りますからね。では、ご機嫌よう」

 

 最後に機嫌を損ねさせる発言をした後で商人は足下から吹き出した闇に包まれて消え失せる。部屋の汚れはそのままで、先ほど掃除すると言ったのは嘘だったらしい。

 

 

「ちっ! おい、リュキ。次は俺様が勝つ!」

 

「そうか。励めよ? やる気を出すのは結構だ」

 

「糞っ!」

 

 指を突きつけ宣戦布告するも流されたクレメドだがリュキからは本音で応援していると分かる顔と声色が返ってくる。顔を盛大にしかめた後で背後に生じた空間の歪みに入って行った。彼が通ると歪みは消え失せ、それを見送ったリュキは怪訝そうな表情だ。

 

 彼からすれば素直に激励しただけであり、互いに頑張ろうとなると思ったのに悪態を付かれて不思議顔。煽りになっているなど微塵も感じていないのがたちが悪い。

 

 

「姉さん、彼は何に怒っているのだ?」

 

「さあ?」

 

 イルマとカルマもとうに消え失せ、残された姉弟は本当に理解できなかったのか同じ様に首を傾げた。

 

「では、私もこの辺で」

 

「……ん。じゃあね」

 

 頭を垂れて消え去っていくリュキに軽く手を振るキルケル。その目は編み物に注がれ弟には微塵も向けられてはいない。本人は気にしていない様子であったが……。

 

 

 

(しかし姉さんが心配だ。目的と手段が混ざってしまわなければ良いのだが……。問題は何かやらかしそうな彼……シアバーンだ)

 

 彼の心を占めるのは姉への心配。姉の今後を憂いつつ戻っていくのであった。

 

 

 

 

 

 そして彼が思考の中で呼んだ商人の名前であるシアバーン。偶然かケルト神話に登場する一つ目の巨人であり、英雄ディアルムドと種族の垣根を越えた絆を結び、その末路は……。



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自由な大熊猫 ただしキグルミ

 レースが終われば大宴会が待っている。事前に聞いた話じゃガルムの人達のお店の売り上げや外の商人から徴収した場所代の殆どを使った飲めや歌え、食えや踊れの大騒ぎらしい。

 

 聖獣王教では聖獣王様に絡めてお金を使うのが奨励されているから感謝を捧げるって名目で凄く奮発した食材が出るとか。

 

 えへへ~。今日は栄養のバランスとか考えずに沢山食べるぞー! お肉を口一杯にほうばって、甘い物も満足行くまで食べるんだ。

 

 あっ、でもお祖父ちゃん達は飲み過ぎないように言っておかないと。二人共アラフィフだし、血圧とか尿酸値を気にすべき年齢だもんね。

 

 レースで優勝したし宴でも目立つことになるのは少し面倒だけど、想像しただけでお腹が減って涎が出てくる。

 

「五人前は食べるぞー」

 

 早く宴の時間が来ないかなー。僕は料理を想像しながら宴の時間を心底待ちわびる。この時、折れた剣とかの他事は完全に頭から消えちゃってたんだ。

 

 

 

 

 

 

 でも、ちょっと問題が発生して宴どころじゃないらしく……。

 

 

 

 

 

「お前達、私が誰か分かって居るのか? この様な目に遭わせて後悔するぞ!」

 

 縛られて地面に転がりながらも横柄な態度をとっているのは森の中で出場選手を襲っていた奴らのリーダーらしき人。結局返り討ちになったり示現お祖父ちゃんに叩きのめされて捕まったんだけど、どうして此処まで偉そうに出来るんだろう?

 

 ガルムの人達も大切なレースを邪魔されたからって取り囲んで睨んでいる。これ、放置してたら袋叩きになるんじゃないかな?

 

 

「私はメタ・ボリック伯爵の私兵長だぞっ! 今すぐ私を解放して無礼を働いた者達の首を差し出せば口利きしてやらん事もない! ああ、当然ながら族長の娘と他の女も此方が指名した者は差し出して貰うがな!」

 

 ……ちょっと我慢の限界かな? 他にも擁立した勇者のリュートが優勝を逃した時に口封じをするための部隊を派遣してたらしいし。示現お祖父ちゃんが叩きのめした上に高くてもレベル14って弱さで助かったって言ってたけど。

 

「いやいや、レベル35のソードモンクという偽装に無理が生じない相手で良かったですよ」

 

 こんな具合だし、皆きっと殴りたいけど殴れない理由がある。族長のフェンさんが不在の時に伯爵と揉めるのは避けたいんだ。前から嫌っているらしいけど相手は貴族、敵に回せば厄介だからね。

 

 

「ふふんっ! 身の程を弁えているみたいだな。では、次に勇者の妨害をして優勝したその二人を袋叩きだ。いや、女の方は全員で犯させた方が……」

 

 それを自分達に従う気だって何を勘違いしたのか余計に偉そうになって、そろそろ誰かが限界って時、人混みをかき分けてフェンさんがやって来た。後ろには帰って来なかった人達や空也お祖父ちゃんの姿もある。

 

 良かった、助かったんだね。僕がホッと胸をなで下ろす中、フェンさんは伯爵の部下に近寄っていく。自分に謝罪する気って思ったのが顔から丸分かりな彼の前で立ち止まったフェンさんは後悔を口にした。

 

「……私は伯爵を刺激しないのが部族を守る事に繋がると思っていました」

 

「ああ、そうだ! お前ら獣人如きが……」

 

「だが、違う! お前達に立ち向かう事こそが皆を守る事に繋がるんだっ!」

 

 ニヤニヤと笑う男の胸倉を掴み上げたフェンさんは拳を振り上げて顔面を殴った。一撃で鼻が潰れて前歯が折れるけど気絶はしてないし多分手加減はしてる。だってフェンさんはレベル30って聞いたしね。

 

 一撃で心をへし折られた男は怯えた目でフェンさんを見ているし、他の人達も威圧するように並んで睨みつける。……にしてもお祖父ちゃん達が言ってたみたいに貴族社会って漫画や映画みたいに腐敗した奴らが居るんだな。何か精神的に疲れて食欲がなくなった時、今戻ってきたらしいスクゥル君が駆け寄ってフェンさんに抱き付いた。

 

「父ちゃん!」

 

「スクゥル、心配をかけましたね。ギーシュは……いや、言わなくても良いです」

 

 強く抱きついて密着しているから顔は分からないけど多分泣きそうだと思う。それはお父さんのフェンさんも同じ様に思ったみたいで撫でようと頭に手を伸ばした時、スクゥル君が頭を上げる。強い決意に満ちた目だった。

 

 

 

「ギーシュは俺を守って死んだんだ。だから……彼奴の分も強くなるよ。だから俺を鍛えて欲しいんだ!」

 

「……そうですか。では、厳しく行きますよ?」

 

「うん!」

 

 撫でようとして出した手を引っ込めたフェンさんの顔は嬉しそうに見えたけど寂しそうに見えた。何でだろう?

 

 

 

「おや、彼の顔が不思議そうですね。親や祖父母は子や孫の成長が嬉しい反面、手を離れていくのは寂しいのですよ」

 

「お祖父ちゃん達も?」

 

「ええ、その通りです。速く立派になって欲しいですが、同時に何時までも手が掛かる存在であって欲しいと我が儘を抱いています」

 

 少しだけ情けなさそうに苦笑しながら示現お祖父ちゃんの手が僕の頭に置かれる。えへへ。やっぱり幾つになってもお祖父ちゃん達に撫でられるのは嬉しいな。

 

 

「では、宴の準備を始めましょう!」

 

 フェンさんの言葉に喝采が上がる。そうだよ、今から宴の時間だ。少し不愉快な物を見たから食欲がないけど楽しむぞー!

 

 

 

 

「これ美味しい! サクサクでフワフワで……」

 

 コンガリ狐色に揚がった白身魚のナゲットを次から次へと口に運んでいく。サクサクの衣の中にはたっぷり空気を含んだ淡白で魚の旨味が凝縮されている。味付けはシンプルに塩だけの物からチーズや唐辛子っぽい香辛料の粉を混ぜた物、大葉っぽい野菜を刻んで入れた物とか種類が沢山。幾ら食べても飽きが来ない。

 

 次は骨付き鳥を石釜で焼いた物に細切れの香味野菜を入れたソースをかけた料理。パリパリで脂が凝縮された皮は剥いで米を挟んで食べたい気分。お肉も肉汁が溢れ出して、それが辛口のソースと混ざってもう最高! 骨までしゃぶった後はパンで残ったソースを拭って口に放り込む。喉が渇いたので果汁を混ぜた水で喉を潤した。

 

 

「あらあら、随分とガルムの料理が気に入ったのね。……部族に入れば毎日食べれるわよ?」

 

「あはははは……」

 

 蜜を沢山かけた木の実入りのパンケーキを受け取りがら僕は少し困った笑顔を浮かべる。これ、ナッツの固い食感とフワフワの生地、トロトロの蜜が合わさって凄く美味しい。ちょっと喉が渇くけどさ。

 

「璃癒さん、此方のお飲み物を……」

 

「おや、果実酒ですか。生憎祖国ではお酒を飲めない歳でして。私が代わりに頂きます。……構いませんね?」

 

 えっと、なんかね。レースで優勝したセウス君のパートナーだった僕は強いだろうってなって、獣人に多い価値観として男女共に強い相手が魅力的らしくってさ……僕、結婚相手として狙われています。

 

 同じくらいの年頃の男の子が僕に注目してて、何とかお近付きになりたいって来るのを示現お祖父ちゃんがブロックしているんだ。正直言って助かってる。僕、友達は多いけど男の子を異性として接するのは馴れてないからさ。扱いが分からないや。

 

 

「……そう言えばセウス君はどうなんだろう?」

 

 少しキョロキョロしてみれば離れた場所で空也お祖父ちゃんと座っている。あの子、魔法の話が聞きたいからって連れて行ったけど、空也お祖父ちゃんを女の子達への盾にする気だったな。実際、怖くて近付けないみたいだし。

 

「所で空也お祖父ちゃんはレベル幾つだっけ?」

 

「40と先程話していましたよ。……まったく」

 

 あっ、自分の偽装レベルより高い数値を言ったのが気に入らないんだ。示現お祖父ちゃんって冷静なんだけど空也お祖父ちゃんに対しては大人げないって言うか素直だよね。

 

 

「ねぇねぇ、璃癒お姉ちゃん! ボク達と一緒に来ないー? お兄ちゃん二人とボクで旅をしようよ」

 

 足元から声がしたから見下ろせば口元に食べかすが付いたままのジークが尻尾を振りながら見上げていたので思わず抱っこしちゃう。あー、癒される。僕、犬大好きだから凄く癒されるよ。

 

 

「急な話だね。うーん。セウス君達が僕達に同行するなら兎も角、僕だけが行くのは難しいかな? やっぱり家族と一緒に居たいしさ」

 

「そっかー。じゃあ、お兄ちゃんと璃癒お姉ちゃんが結婚したら? だったら一緒に居られるよ!」

 

「結婚かぁ。あはははは。僕にはまだまだ早いって」

 

「ええ、璃癒には早過ぎます。所でお酒はこの辺にしておかないと肝臓にあかんぞう」

 

 示現お祖父ちゃん、飲み過ぎ! もうアラフィフさえ過ぎるんだからセーブしないと駄目でしょ!? 素面の時と同じ顔つきで唐突にギャグを口にする示現お祖父ちゃんに僕は溜め息が出てしまう。

 

 

 

 その時、時間が止まった。酒の滴は空中で止まり、大騒ぎの喧騒も聞こえない。まるでビデオの一時停止をしたみたいに僕だけが動けて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、光も空気も動いているよ? じゃなきゃ何も見えないし息も出来ないからね。ぷぷぷー!」

 

 目の前には地の文を読んで嗤ってくるパンダが立っていた。……へ?

 

 

「パ…パンダが喋ったぁあああああああああっ!?」

 

「おいおい、ちゃんとネームプレートに喋るパンダって書いてるでしょ? 君、少しは落ち着きなよ」

 

 いや、だから何だって言うのさ。って言うか動揺してたから分からなかったけど、よく見ればキグルミだしさ。……あれれ? この世界ってパンダが居ないんじゃ?

 

 

「……君、一体何なんだい?」

 

「何なんだいって……見ての通りの喋るだけの善良なパンダ。名前はアンノウン。じゃあ、そう言う事で!」

 

 一気に警戒をした僕に対してペースを崩さないアンノウンが口笛を吹けば何処からか人力車を引っ張る黒子が走ってきて僕達の前で止まるとアンノウンが飛び乗った。

 

 

「それじゃあサヨナラ、璃癒ちゃん。いや、リーちゃん。今日から君は友達だっ! 多分何処かの誰かがね!」

 

「凄くあやふやだ!?」

 

 

 ただし、飛び乗ったのは黒子の肩にだ。そのままアンノウンを肩車した黒子が凄い速度で去っていって、何時の間にか時間が動き出していた。

 

 

「璃癒、その人力車は?」

 

「……さあ?」

 

 何と説明するべきか悩む気力さえも使い果たした僕は肩を落として脱力する。すると袖の中から一本の刀が落ちてきた。この世界って刀があったんだ? いや、そもそも何時入ったんだろうと疑問に思ったけど張り付けていたメモ用紙を見て考えるのを止める。

 

 

 

 

 

『頑張ったご褒美。銘は緋鋼(あかはがね)、大切にしてね! アンノウン psこのメモを一番先に読んだ人は貧乳』

 

「……今度会ったら殴ろう」

 

 取り敢えず真面目に考えたら駄目な相手だって僅かな時間で理解した。アンノウン、一体何者なんだろうか……?

 

 



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次の地へ!

 「ぐふふふふっ! もう直ぐあの女が手に入るぞ。先ずは……私に逆らった罰として鎖で繋いでおくか。服をはぎ取り、処女を奪った後は部下にも褒美として使わせてやらねば」

 

 ボリック家の屋敷にて主であるメタは部下が報告に戻ってくるのを今か今かと待ちわびる。自身に感服した禍人にバイコーンという伝説級のモンスターを差し出させた、少なくとも自分ではそう思っており、そんな自分の目論見が外れるとは想像もしない。

 

 今まで気に入った女はどんな手段を使っても手に入れてきた。結局は飽きて捨てるのだが、其れまで楽しめれば構わないのだ。醜悪な顔で卑猥な妄想をしながら笑えば過剰な贅肉が揺れ動く。

 

 もし万が一リュートが失敗した時もハティルの帰る場所を奪って自分を頼らざるをえなくする為に大勢の兵士を送り込んでいて穴はない。実際はレベルに差が有りすぎて敵わないのだが、獣人を獣の一種と侮る彼は信じはしない。この時点で破滅が決まっていた身であるが、偽勇者を擁立したのが運の尽きであった。

 

「なん…だ……?」

 

 グビグビとワインを流し込んでいた時に感じる猛烈な眠気。一切抵抗することなくメタは眠りに落ちた。

 

 

 

 

(此処は……?)

 

 目を覚ました時、メタは暗い部屋で粗末な椅子に縛られていた。口には猿轡をされ声が出ない。ただ、部屋の中に大勢がいる事だけは分かる。必死に騒いで助けを求めた時、肩に手が置かれ背後から男の声が聞こえた。

 

 

「くくくく、気分はどうかな? その椅子も猿轡も君が攫った女で楽しむ時に使っていた物だが……」

 

「んー! んっー!!」

 

 自分嘲っていると感じたメタは必死に叫ぶ。私が誰か分かっているのか、等と。まるで心を読んだかに如く声の主は拍手をしながら姿を見せる。ハシビロコウのキグルミであった。

 

「その状態で其処までとは逆に感心する。……ああ、問い掛けには是と答えよう。では、私からも質問だ。彼女達に見覚えはあるかな? ああ、無くてもあっても君の結末は不変なのだが……」

 

 部屋が明かりでで照らされて見えなかった者達の姿が目に映る。見窄らしくやつれた女性ばかりで一向に思い出せない思わず首を傾げたメタの耳元でハシビロコウは囁く。

 

 

 

「彼女達は君が犯した上で捨てた女性達だ。君に会ってお礼がしたいと集まってくれてね。……ああ、そうそう。私は回復魔法は得意だから死なせはしない、絶対に。……君がどれ程死を望んでもな。くくくく、精々頑張りたまえ」

 

 ハシビロコウが部屋の隅に移動すると女性達が手にした武器を構えて我先にと殺到する。切れ味の鈍い刃は満足に肉を裂けず痛みばかりが増すばかり。涙を流し塞がれた口から絶叫を漏らすメタの姿を見たハシビロコウはキグルミの下で笑みを浮かべていた。

 

 

「お前はやり過ぎたのだよ。贅を貪り民を虐げる程度なら我が主は動かなかったのだがな。偽勇者を使って好きにした報いだと思いたまえ。……さて、事後処理も仕事の内だ。失踪した当主の代わりを選別しなくては……」

 

ハシビロコウが顎に手を当てて思案に耽る中、メタは怪我を負うと同時に癒えていく身体に次々と武器を振り下ろす女達を見てこう思う。

 

(何故だっ! 何故私がこの様な目に合わねばならんのだっ!?)

 

 最後まで彼は己の罪を悔いず、恨みをぶつける女性達を呪う。何日も何日も続く地獄によって心が壊れるまでずっと……。

 

 

 

 

 

 

 抜けば玉散る何とやら、アンノウンと名乗るパンダのキグルミから貰った緋鋼は美しかった。夕日を思わせる緋色の刃紋を持ち、曇り一つ無い刀身。試しに振ってみれば長年使い続けたみたいに僕の手に馴染む。

 

 何より僕が習ったのは剣道なので西洋剣よりも扱い易い気がしたんだ。くれたパンダの人格は兎も角、この刀はとても良い。示現お祖父ちゃんは何故か微妙そうな顔だけど。

 

「……アレからの贈り物ですか。いえ、それなら質は最高なのですが……」

 

「彼奴と知り合いなの?」

 

「ええ、私達の時にちょっと……」

 

 聖獣王様についてもだけど、示現お祖父ちゃんが誰かに大して嫌そうな顔をするのは珍しい。いったい何をしたらこんなに嫌われるんだろう? 空也お祖父ちゃんは聖獣王様については愉快な奴って笑ってたのにさ。

 

 

「とある目的から町に拠点を作る事にしたのですが、ある日拠点として借りた家に帰ったら……家の中が回転寿司屋担っていてアンノウンとハシビロコウがカウンターで握っていたのですよ」

 

「うん、ちょっと落ち着こうか。絶対酔ってるよね?」

 

「久し振りの米に喜んだのも束の間、回っている寿司は卵やサラダ軍艦以外はワサビが入っていまして、知らずに食べた私は……」

 

 あー。示現お祖父ちゃんはワサビ苦手だもんね。でもお寿司かぁ。話を聞いたら食べたくなっちゃったな。奈月お祖母ちゃんは回らない上に値段が書いていない所に連れて行ってくれるけど、僕としては回転寿司でサイドメニューを楽しみたいんだ。

 

 魚介類の出汁のラーメンとか唐揚げとか、本格的なお寿司屋では出さないようなのが……って、違う違う。

 

 

 

「示現お祖父ちゃん、取り敢えず寝たら? 多分お酒飲み過ぎ。帰ったら奈月お祖母ちゃんに言いつけるからね!」

 

「事実ですが……私も聞く側なら相手の正気を疑いますね」

 

 普段は真面目な示現お祖父ちゃんが変な事を言うんだから驚いちゃったよ。何処の世界に人の家を回転寿司屋に改築する奴が居るって言うのさ。僕は示現お祖父ちゃんの背中を押してテントに入らせると緋鋼を手にして少し出歩く。こんな良い武器を貰ったらジッとしていられない。ちょっと体を動かしたい気分なんだ。

 

 

 

 

 

 

「……それで汗だくになったからお風呂に入りたくなって此処まで来たって事?」

 

「えへへ。他の所はもう閉まっててさ。通りかかったら中に居るっぽいからついね」

 

 僕はまたしてもセウス君が借りたお風呂を使わせて貰っている。いや、我ながら常識がないかなって思ったよ? でも、僕の臭いを嗅ぎ付けて顔を出したジークに引っ張られちゃってさ。中に入ったらちょうど入浴中だったから毒を食らわば的なノリで。

 

 ……うん、テンションが上がっておかしくなってた。濁り湯だけど僕の身体を直視しないようにしながらもセウス君が呆れ顔って分かるもん。十歳時にそんな反応をされたら嫌でも冷静になるって。

 

 ……あれ? 他のお風呂が開いていなかったのは時間が遅いからだけど、セウス君はどうしてこんな時間に?

 

 

 

「エリーゼさんは疲れて宴の最中に眠ったって言うのにタフだね、璃癒さんはさ。……僕が今お風呂に入っている理由? もう旅立つからさ。希望する優勝賞品はもう伝えたし、兄ちゃんが心配だからね。誰かに騙されてたり、変な物を買ったり、付いて来る女の人が増えてたり」

 

「えっとね! 次は遺跡に行くんだって。昔の王様が残したゴーレムの武器が欲しいらしいよ!」

 

 あれ? それって盗掘じゃ……。

 

「……言っておくけど管理する国から許可は得るから。古代に滅びた関係ない国の遺物が残り続けるのは気に入らないからお金を取って入る許可を出して残りは自己責任ってスタンスだよ」

 

 うーん。地球での価値観が通じない場合があるよね。

 

 心地良い温度の湯に浸かりながら今日は色々あったと思い起こす。結局、偽勇者達は女の子を除いて死体で見付かったらしいし、行方不明の彼女は何をしているんだろう?

 

 ああ、そう言えばレースの最中に出会ったあの人、だいぶ変な人だったよね。

 

「セウス君のお師匠さんに会ったって言ったでしょ? あの人、何者? 急に現れたり消えたり……」

 

「さあ? 何か森の中を彷徨っている時に出逢ってさ。僕の顔を見るなり驚いた顔をして抱き締めたりして来たんだ。僕の顔って兄ちゃん達に似てるから実の母親って事もないだろうしさ。……あの人、自分について話さないから分からない事だらけだよ。何故か兄ちゃんには塩対応だしさ」

 

 今、セウス君は兄ちゃん()って言った。僕はそれで少し悟って黙り込む。暫く沈黙が続いたけど、セウス君が沈黙を破った。

 

「璃癒さんは自分の世界じゃどんな風に過ごしてたの?」

 

「うーん。普通に学校に行って友達と遊んでたかな? 友達は多いんだ。恋人はいないけどね」

 

「璃癒さん綺麗なのに?」

 

 あはははは。この子、上手だなぁ。でも勘違いさせないように言葉は選ぶべきだと思うよ?

 

「あはははは。なんだい、君って僕みたいなのが好みなのかい? いやー、お姉さん照れちゃうよ」

 

「どわっ!? 何するのさっ!?」

 

 セウス君がいきなりビックリさせて来たから近寄って首に手を回して頭を撫で回す。慌てて抜け出そうとした時に手が胸に当たったけど気が付いてないね。まあ、僕のは小さ……急にこんな事をされたら当然か。

 

 ……うん、絶対そうだ。流石に調子に乗りすぎたか、反省反省。

 

「ごめんごめん。セウス君が可愛くてね。って、男の子だし可愛いは駄目か」

 

「なら頭を撫でるの止めてくれる?」

 

 気が付けば僕の手は彼の頭を撫でていた。うーん。レースとか戦いで心の距離が狭まったのかな? じゃないと流石に男の子に此処までしないって。

 

 

 

 

「じゃあ、僕はそろそろ出るけど……テントまで送っていくよ。お嫁さんにしたいって人に声を掛けられたら面倒でしょ?」

 

「そうだね。じゃあ、僕も出るね」

 

 このお風呂を借りているのはセウス君だし、ナンパされても断るのは大変っぽい。狼なだけに肉食系だからね。だから僕も即座に立ち上がったんだけど、話をしていて気が緩んだのか僕の方を向いていたセウス君にもろに裸を見せちゃった。

 

「うわっ!? ……璃癒さんの世界って女の人は皆そんな感じなの?」

 

「それは風評被害かな? 流石に子供相手だから平気なだけだって」

 

 マセたエロガキなら兎も角、セウス君は普通に恥ずかしがるだけだから見られても平気だしね。でも、セウス君が見られるのは嫌だと思うから速く服を着ないとね。

 

 服を着てセウス君が出てくるのを待ってた僕はジーク抱っこした彼と並んで歩く。大きくなるのは結構疲れるから少し休まないと駄目らしくて今は寝ているジークは可愛かった。ケルベロスは頭のどれかが起きてるって伝承だったはずだけど、本当は違うんだね。

 

 

 

「じゃあ、また機会があれば。璃癒さんにはまた会いたいしね」

 

「勇者として? それとも僕個人として?」

 

 月明かりの下、ジークを抱っこしたセウス君に別れを告げる。夜中だし寝てからの方が良いと思ったけど、よっぽどお兄さんに早く会いたいんだね。そっと差し出された手を握り返せば子供特有の柔らかい手で、こんな子供が復讐心を持って旅をしているらしいなんて悲しいと僕は思ったんだ。

 

「そうだね。両方かな。勇者の力を借りたくなるだろうし、璃癒さん自身にも会いたくなるし。…じゃあ、また」

 

「うん。また会おうね」

 

 さようならじゃなくって、また会おう。別れの挨拶はこっちの方が僕は好きだ。さて、時間も時間だし寝ないとね。明日からお祖父ちゃん達に本格的に稽古を付けて貰わないと。

 

 僕はもっと強くなりたい。勇者だからって訳じゃないけど、あんな子供が子供らしく過ごせる世の中にする役に立てるならなりたいんだ。

 

「よし、頑張るぞー!」

 

 頬を両手で挟むみたいにして叩くとテントに戻る。僕にも疲れが溜まっていたのかハンモックに寝転がると直ぐに睡魔がやって来た……。

 

 

 

 

 

「本当にお世話になりました。何かあれば私達が力になりますよ」

 

 翌朝、僕達もガルムの皆に別れを告げて出発する。見送りはフェンさんとスクゥル君。え? 僕に求婚しようとしていた人達は? ……お祖父ちゃん達の物理的方法の説得で夢の中だよ。

「お孫さんを僕に……へぶっ!」

 

「璃癒ちゃん、俺と結婚……げへっ!?」

 

「罵って下さ……ばはっ!?」

 

 もう旅立つって分かった途端にお祖父ちゃん達が居ようと突撃して来て力で止められる。しかし初対面で求婚とか流石にビックリ。中には変なのが居た気もするけど僕じゃ応対が大変だったよ。

 

 ……人ってあんな風に空を飛ぶんだなぁ。

 

 

 でも、幾ら地球じゃないからって何を考えているのさって思ったけど、フェンさんが言うには、自分達の種族の若者は何度でもアタックするし夜這いもするから心をへし折る位で丁度良い、だって。

 

 ……だからスクゥル君のお姉さんも恋に積極的だったんだね。頑張れ、セウス君。

 

 

「えっと、エリーゼさん……ありがとう。また会おうね」

 

「ええ、また会いましょう。それとハティルちゃんに会ったら戻るように伝えておきますね」

 

「……うーん。姉ちゃんって部族でも特に一直線な所があるし、本当にお婿さんを連れ帰るまで帰らないんじゃ……」

 

 エリーゼはスクゥル君の頭を撫でながら微笑んで、彼は嬉しそうだったけど……何か言いたそうにして見えたのは気のせいかな?

 

 

「それじゃあ出発です。港でエルフの国カノンノのある島に向かいましょう」

 

「港町かぁ。色んな酒が飲めそうだな。魚も美味そうだしよ」

 

「いえ、どうも酒は其れほど種類が入って来ないそうですよ。……ワインは随分と上質なのを仕入れているそうですが」

 

「言っとくけど飲み過ぎは駄目だからね?」

 

 これだから飲兵衛は困るよ。エリーゼも苦笑しているしさ。……でも、地球と変わらない二人に僕は安心していた。

 

 漫画とかゲームでしか知らない世界に勇者として来ちゃって魔法や剣を使ってモンスターと戦わなくちゃいけなかったり、お祖父ちゃん達が実は伝説の英雄だったりとビックリの連続だけど、お祖父ちゃん達はお祖父ちゃん達のまま、僕が大好きで頼りにしている二人のままだったんだから。

 

 

 

 

「頼りにしているよ、お祖父ちゃん達」

 

「ええ、任せていなさい、璃癒」

 

「おうよ! 俺達を頼りな、璃癒」

 

 二人の手が僕の頭に置かれて、それだけで僕は安心する。これからどんな困難が待ちかまえていても、二人が居るなら絶対に大丈夫だって思えるんだ。

 

 

 

「じゃあ、出発!」

 

 僕は先陣を切るように歩き出す。さあ、次の街でどんな出会いがあるのか今から楽しみだ!

 

 

 

 

 僕達が去った後、寂しそうに立ち尽くすスクゥル君の肩に手が置かれた。

 

「……良かったのですか? エリーゼさんに想いを伝えないで」

 

「うん! 俺、もっと強くなってエリーゼさんを迎えに行くんだ。だから、告白するのはそれからにする!」

 

 スクゥル君は決意に満ちた瞳で宣言して、その姿を見るフェンさんは嬉しそうで寂しそうな瞳をしていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霧煙る夜の海、星明かり一つ無い闇の中で青白い光が揺れ動く。光を放つのは一隻の大型帆船。凪の中を突き進むその船は普通ではなかった。フジツボが大量に付着した船腹には所々穴が空き、風を受け止める帆も役割を果たせない程に損傷が酷い。

 

 何よりも異様なのは乗組員だ。鼻を摘まみたくなる程にカビ臭い甲板の上、骨だけの船員がモップを手に掃除を行っていた。片腕がない者、頭の一部が割られている者、激しい戦闘を伺わせる彼らはスケルトンと呼ばれるアンデッド系のモンスターだ。

 

 カタカタと骨を鳴らし、意思など感じられない動きで作業を続ける彼らを見下ろす姿があった。

 

 その肉体には肉が残っていた。所々腐り落ちて眼窩に収まる目玉の代わりに奥が怪しく光っている。金糸で刺繍が施された服と帽子を身に纏い、露わになった肋骨の中で脈動を止めた心臓が姿を覗かせて居た。差し詰め幽霊船長といった所だろう。

 

 彼が居るのは甲板を見下ろせる場所に存在して内装も豪奢……だった船長室。今は隙間風が入り込む荒ら屋の如き惨状で、戸の失われた棚の上に飾られた鞘だけは装飾が豪華で却って部屋を見窄らしく見せている。ただ、鞘に収める筈の剣の姿は何処にもなかった。

 

「……」

 

 幽霊船長は古ぼけた酒瓶の蓋を外して一気に呷る。辛うじて残っている口の部分は兎も角、喉は骨だけで酒が床や服を濡らすも気にした様子もなく、酒瓶を放り投げると歌を口ずさむ。波の音も聞こえずスケルトン達が掃除をする音以外に何も聞こえない闇に不気味な歌声が響き渡った。

 

 地獄の底から響くような、生気を感じさせない不気味な声が……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私のハートはメロリンパッフェ、蕩け蕩けてチョコフォンデュ~」

 

 其れは奇妙な歌であり、声の不気味さと相まって怖気を感じさせるには十分であった……。

 



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