急募:人類種の天敵を幸せにする方法 (「書庫」)
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OUTER SCIENCE

 クレイドル03墜落。たった二人の、されども屈指の実力を持ったリンクスにより行われた凶事。

 その二人は正しく“世界全体にとっての脅威”であり、また非力な者達にはどうする事もできない“正真正銘の怪物”であった。

 よって、企業連のトップ達とその反動勢力である筈のORCA旅団の首魁は、現状況を打破するために手を組む事を余儀無くされた。それ程までに二人は強大だったのだ。

 

 二人を抹殺する為、企業は傭兵機構“カラード”より、ランクNO.4から2までを共同出撃させ、ORCA旅団の首魁であるマクシミリアン・テルミドールは、自身の本来の名である“オッツダルヴァ”つまり、カラードのNo.1として出撃する。

 そしてそのメンバーの中にも、元オリジナルリンクスである霞スミカ…セレン・ヘイズも参入し、万全の戦力を投入した。

 

 

 した筈だったのだ。

 

 

 だというのに、結果は完全敗北だった。勝者はただ一人、“首輪付き”という「人類種の天敵」足り得る例外である。

 たった一人の、しかも新参の傭兵。彼は正しく天才と称するに相応しい者だった。数々の巨大兵器AFを撃破し、最強と最強が衝突したラインアークでの戦いから生存した異分子だった。

 カラードの上位4名、そしてベテランのリンクスを投入しても、討ち取れたのは彼の同志である“オールドキング”のみ。

 

 人類種の天敵は、クレイドルに深刻な出血を強いた。これにより、彼は史上で最も人間を殺した個人となる。強者である筈のカラード上位陣が戦死した今、誰もが“彼”という「災害」に巻き込まれないように、息を潜めて生きるしかない。

 誰もが絶望した時代。支配者たる企業は、とっくにその権威と意義を失い、ただ自らの首を締める過去の所業を悔いるしか無かった。

 

 しかし───まだ光明はあった。この世界におけるもう一人の「最強」にして「異分子」が、まだ戦えた。まだ生きていた。

 ランクNo.9“Unknown”白き閃光(ホワイト・グリント)。彼は残る地上の人類の為に再起し、怪物と相対した。

 誰もが固唾を飲んでその激闘を見た。誰にも追いつけない超高速戦闘。他人が介在する余地の無い激突。それは三度目の朝日を迎えてようやく終わりを告げた。

 

 彼等の勝敗を分けたのは、二つの要因。

 一つは“首輪付き”がホワイト・グリントのパートナーが編み出した苦肉の策を見破ることが出来なかった事。彼女はオペレーターという立場にありながら、Unknownと共に旧ホワイト・グリントへ搭乗して共に戦場へ躍り出た。全ては自身のパートナーを勝利に導く為に。

 結果、Unknownは“首輪付き”を殺す最後の一撃を行う事が出来た。激戦が終了間近となった時、腕の機能を失ったUnknownに代わり彼女が操縦桿を共に握ったからだ。

 

 そして最大にして二つ目の要因は、“首輪付き”が殺した筈のセレン・ヘイズが生存していた事。彼女は奇跡という他無く生きていた。

 彼女は瀕死の体を引きずりながらも出陣する。そして、最初で最後の一撃で“首輪付き”を死に至らしめる「確実な隙」を作り出した。

 ……これは勿論、“首輪付き”と暮らした時間が最も長い彼女にしか出来ない芸当だ。

 

 

 

 人類種の天敵たる獣は死んだ。彼の乗るネクストには、鋭利な銃身が突き立てられている。

 制御を失った大質量は重力の力に吸い寄せられ、水底へと引きずり込まれて行く。浸水する海水が、搭乗者“首輪付き”の腹に開いた大穴にしみて激痛を走らせて行く。

 

 彼は静かに目を閉じる。自身の命が終わると理解した以上、もう出来る事は何も無い。ならばこのまま死を待とう。

 激しい戦闘のおかげか、壊れた回線から様々な音が聞こえる。彼が死んだことを喜ぶ声。ただこれからの不安を吐露する声。ただ冷徹に彼を罵倒する声。その全てを耳に収め、彼は微笑んだ。

 

 “───うん、もう大丈夫だ”

 

 信じられない事に、彼の行動原理は「人類の為」だった。元となった渇望は「悪を根絶したい」。「悪を喰らう悪」となって悪を殺戮すれば最後に残った自分こそ、この世総ての悪である。

 この世総ての悪として、総ての罪と罰を抱く。後は己が消えるだけで悪は根絶される。

 

 残るのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして、この汚染された世界でもめげる事なく生きようとする人々。こうしてようやく、世界は真っ当な方向に傾く。

 少なくとも彼はそう信じた。そう考えて、実行した。自己満足だとしても、これが一番いい方法だと思ったから。

 

 消えゆく意識の中、最後の思考を巡らせる。

 

 “どうしてセレンさんは、生きていたのかな”

 

 それが分からなかった。自身はあの時確かに全ての敵を殺せたし、事実殺した。加減なんてなかった。容赦もしなかった。だというのに何故か?

 答えはありふれた事実。彼女が生きていた理由。それは至って単純な話。

 

 “───ああ、いや。なるほどそうか。僕は、セレンさんを殺したくなかったのか”

 

 人としての、「情」だった。

 

 

 ───お前には山ほど説教がある。楽しみに待っていろよ。

 

 

 しかし最後に、そんな声が聞こえた気もした。

 

 

 ✳︎

 

 

 

 死の先に待つのは地獄でもなければ、煉獄でもない。僕は今日、新たにそれを学んだ。

 意識が消え、目が覚めた時…僕の体は年単位で縮んでいた。脚と腕から見るに幼児ほどだろうか。

 

「っ痛…」

 

 身に纏っているのは懐かしの血の染みた清潔感など皆無な手術衣。包帯の巻かれた肢体からも血が染み込んでいて、黒色と化している。

 赤色に曇った視界であたりを見ると、散乱した電線とレポート用紙に、常時明暗するややこしそうな機材の群れ。セレンさんにインテリオル・ユニオンから拾われる前に死ぬ程見て、味わった光景だ。

 

「その割に………」

 

 あの腹立たしいエンブレムは何処にも無い。あれだけ自己顕示欲と自己愛の強い組織の事だから、何処かしらに自社のマークを刻むものだが…。

 そう思って周囲を見渡した瞬間、照明の無いこの部屋に極めて人工的な光が射す。入って来たのはガリガリな男。

 彼は白衣を着ているが、その眼の爛々とした輝きから医者では無く、アスピナ機関によくいる狂科学者(マッド・サイティエンスト)だとすぐ分かった。

 

「やぁ、初めまして検体No.53…ああこれ君の番号ね? 起きたらいきなりお母さんもお父さんもいなかったから、びっくりしただろう?」

「……」

「ひどく落ち着いているね? もしや夢だと思っているのかな? あぁ答えなくていいよ聞いてないし興味ないからどうでもいい。大事なのは君の身体をついさっき色々弄らせて貰ったって事。変化は成長と共にやって来る。我々はそれを見させてもらい、見込みなしとしたら処分させてもらうよ」

 

 …早口は嫌いだ。聞き取れないし。あと、こんな喋り方をする人にはあまり良い印象がない。自分に酔い切って、勝手にベラベラ喋って陶酔して、悦に入って見下して来る。

 目を合わせたく無くて、少し下を見る。それを見て科学者の方は気を良くしたのか、あからさまな侮蔑を込めて頭に手を置いた。

 

「わかったかい、NO.53」

「それ止めてよ、子ども相手にみっともないな」

 

 すごいムカついたからその手を振り払って、血の混じった唾を吐いてやった。

 

「僕にはヴォルフガングってなまえがある」

 

 あの人から貰った姓名…“ヘイズ”は絶対に名乗らない。それはもう捨てたし、袂を分かった以上名乗る資格も無いだろう。

 だけど、この与えられた名前だけは名乗りたい。これだけは唯一譲れない。

 

ヴォルフガング(狼の道)だと? ハッ随分と大層な名だな、一銭にもならない道端の芥(ストリートチルドレン)風情が」

「ッ!……ぁ゛」

 

 だけど科学者は僕に唾をかけられた事に、余程腹を立てたのだろう。

 わざわざ血の染みた包帯を圧迫して来た。包帯の下の傷はまだ癒えていないのか、冗談みたいな激痛が走る。神経の中に針を突っ込まれたみたいだ。

 

「お前の名前は53、それで十分だ分かったな?」

 

 ……勝手に言ってれば良い。それでも僕の名前はヴォルフガングだから。

 しかし…うん、まぁ、大体今の状況が分かって来た。

 

 僕は死んだ後、どういう訳か“別の誰か”として生まれた。そう考えた理由としては、先ず体格の違い。そして目の前の科学者が僕を前に恐怖の感情を一切抱いていないという事。

 そして再び生まれた僕はストリートチルドレンであり、だからこそ眼前の科学者の「実験」に利用されたという事と、そしてこれからも利用されるという事。

 

 …この辺りは死ぬ前と変わらない。やっぱりインテリオル・ユニオンは滅ぼして正解だった(私怨)。

 

 だけど…これからどうしたものか。ともかく、今は生きたい。野垂れ死ぬのはともかく、あいつの糧として死ぬのは絶対嫌だ。

 

 …生き残る為には、腹立たしいがあの科学者の「求める結果」を出し続けなければならないだろう。つまり「優秀」である必要がある。

 先ずこの科学者の実験の目的、課題、等々…を知らないといけない。

 

「…はい……(いやだけど)

「最初から頷いとけばいいんだよ、無価値野郎」

 

 …その一言を最後に科学者は出て行った。

 

「…よっ…っと」

 

 その隙に床に落ちていたレポート用紙を拾う。そこに書かれているのはきっと今僕が受けている実験についてだ。

 ……インフィニット・ストラトス(IS)。原因は不明であるが女性にしか扱えない兵器。当実験はその例外を生み出すもの、つまり男性操縦者を創り出すことを最低限の目標としたものである。

 理想的な最終目標は織斑計画(プロジェクト・モザイカ)成功体、現世界最強である織斑千冬とする…と、書かれている。どうやら世界最強を目標に、僕は使い潰されるらしい。

 

 

 そこから数年がたった。想像以上とも以下とまではいかないが、やはり地獄がそこにあった。だから生きる為に殺し続け、自身を痛めつけた。己は優秀であると証明し続けた。

 しかし足りない、不足であると科学者達は不満を口にし、更に僕の体を改造する。皮膚は何度も裂かれ、臓物は何度も掻き回され、得体の知れない何かを身体に満遍なく埋め込まれ、酷い匂いと味のする薬品を流し込まれ、それでも足りないと尚弄り回された。

 

 一体、何処までが「僕」なのか分からない。何度も何度も脳髄ごと肉体を作り直されていく内に、自己の体が自己の体でないように思えた。

 それでも生きる事を強制された。やはり死なせては貰えない。何が何でも生き永らえさせられた…生きるのに疲れ始めたのはいつだっただろう? あれほど執着した「生」に、今は微塵も輝きを感じられなくなっていた。叶うならさっさと死にたかった。

 

 

 

 …そしてとある日───僕は出会った。

 

 半壊し、開いた壁の穴から覗く()()()()()()()()()()。それをバックに、とても悲しそうな顔で僕を見る女の人に。

 

「……すまない、遅くなった」

 

 知っている。僕は彼女を知っている。何度も彼女の戦闘データを見た。僕は彼女を目標に身体を弄り回された。

 世界最強、織斑千冬。彼女はまるで冗談みたいに、残酷なほどに、セレン・ヘイズ(あの人)に似ていた。

 

 

 ……何故だか、無性に泣きたくなった。




・首輪付き(現在ショタ状態)
今作では元々インテリオルの実験体で、セレンが救出してインテリオルを抜けたという設定。
 本名ヴォルフガング・ヘイズ。名付け親はセレン・ヘイズ。利用されるだけの狗では無く、戦い生き抜く狼となれという願いを込めて付けた(なお結果)。世は諸行無常である。仕方ないね。
 私は彼を“純粋で若過ぎた、尚且つ賢く聡過ぎた少年”と解釈。ACfaの世界は本格的に詰んでいると理解し、どうにかするには根本的な奴ら(及びそれに準じた奴ら)を皆殺しにするしかねぇ! と思い、オールドキングの依頼を覚悟完了状態で快諾した。
 最終的にはジョシュア・グリント引っ張り出したアナトリアの傭兵に討たれ、安堵の中に死んだと妄想。

現状:まーた人体実験かよ…つらいたすけ(心身あぼん)
詳細:ISを操縦出来るように身体を色々と何度も弄られた。起動はできたけどちょっとしか動かない。
 科学者達は唯一の成功例なので実験を継続し、彼を唯一の男性操縦者+最強のIS乗りにしようと躍起になっていた。ちっふーの救助が間に合わなかったらファンタズマ・システムみたいなやつが採用されてたよ、あっぶねぇ。


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SCARY DAY

※前回誤字修正
×→十年の時が経った
訂正後→数年の時が経った
誤変換しました…すんません…

首輪付きの声って結構高いイメージ。無線だと「あれこいつ女?」ってダン・モロとかカニス辺りが勘違いとかしそう()
ではどうぞ、前回から半年程経過しています。

guest member→太った男



 ドイツ某州某所

 とある軍部専用の病院の、とある一室。そこは日当たりも良く、風通しも良い部屋だった。

 内装は上等なホテル並みに整っている。此処が病室などと言われても大半の人は信じる事は無いだろうし、信じたとしても、此処まで整える必要があるのかを問うだろう。

 

 その問いにはこう返答しよう。勿論ある。そもそも大部屋では遮る物がカーテンだけで、プライバシーが全くない。精神的な傷を負った者からすれば、(無論傷の程度によるが)それは一種の地獄だ。

 また大っぴらに出来ない身分や、事情を抱えた者。見せたくない傷や病を持った者。そういった者達を…言い方はあれだが、「隠す」為にも必要となってくる───要は心と、納得の問題だ。

 

 404号室。此処に半年程前、外部から一人の少年が搬入されて来た。

 無論、普通な少年ではない。非合法、非人道的な人体実験を数年の間受け続けた悲惨な存在だ。

 実験名“デザインド”…女性にしか動かせないISを男性でも使用可能にし、尚且つIS世界大会優勝者をモデルに、最強の存在を作り出す計画。その為に彼が受けた実験は惨憺の一言に尽きる。

 

 この計画の情報を掴んだのはドイツ政府。彼等は即座に軍部にてISの指導教官を務めている“織斑千冬”を中心にメンバーを編成し解体を開始。

 ()()()()この実験を行なっている組織は、国内の非合法組織だった為、即座に検挙が可能だった。

 無論抵抗して来た為、織斑千冬が制圧した。

 

 そうして保護されたのが、NO.53こと“彼”である。彼は千冬の強い要望により、彼女の預かりとなった。しかし、心身共に深刻な状態だった為、即座に集中治療室に担ぎ込まれ、今に至る。

 預かり先となった織斑千冬は、“彼”の治療を行った医者の一人から呼び出され、これから先の事や“彼”の現状を聞かされた。

 

「はっきり言っちまうと…あいつはなぜ生きているのか分からない状態だ。いつ死んでもおかしくない」

 

 本来ならば柔和であろうその顔を、懊悩と悲観に歪めて老年の男は語る。

 手始めに聞かされたその事実に、覚悟はしていたとはいえ、織斑千冬は頭を槌でぶん殴られたような衝撃を受けた。

 

「筋肉、神経、脳、骨、臓器諸々…全てに手を加えられた痕跡があった。まず傷が無い箇所がない。

 これが消える事は無いと言っていい。過度な薬品の投与から薬害も複数疾患してやがった。大半は透析やら何やらして、何とか治せましたがね」

 

 既にNo.53は人間の身体では無い。彼は最早フランケンシュタインの怪物だ。

 そして肉体は健康から程遠く、無事な所は皆無。全身は常に不全を起こしているのに、それでも肉体が「生存」に向かって延々と動いている。これが無茶な実験の賜物である事は明白だろう。

 

「常人ならとっくに死んでいる処置の数々。なのにあの少年は生きている…不謹慎とは理解しているが…あの子は正しく“最高の被験体”だった」

 

 そこまで言ってから、医師は自戒を込めて一度自身を殴る。

 

「…すまんな、本題に移ろう───」

 

 そうして織斑千冬は“彼”の抱えた病理を聞かされた。先ず不眠症と過眠症の併発。どうやら“彼”は悪夢をよく見るらしく、現在睡眠を拒んでいる。その為、内臓疲労や肉体疲労が慢性化している状態だ。

 

 次に視界不明瞭化。多数疾患した薬害の中で唯一完治せず、今も残っているもの。瞳孔が若干溶けているらしく、治るまでは時間が掛かるそうだ。その為暫くは杖を用いた生活となるらしい。

 

「…、もう外出しても大丈夫なのか?」

「一日一時間ほどなら。大概の物は回復したし…あとはさっき言った症状が治まるのを待つだけだ。本来なら薬を処方するべきなんだが…」

「身体が身体だけに望ましく無いと…」

「おっしゃる通りだ、教官殿」

 

 薬害に侵されきった身体に、薬を処方するのは危険だ。なので今は自然治癒に任せる他はない。

 時間を置いて薬を処方出来る様になるまで待つか、そのまま自然に治癒する事を待つか。

 

「栄養食をこっちから定期的に提供する。暫くはそれを食べさせるようにしろ。それと…アンタは多忙だろうが…今後二週間ほどは半日毎に状況レポートの提出をしてくれ。

 部屋は、あの子の居る個室をそのまま使って構わない。回復が予定より早く済んだもんでね、大分使用期限が余ってんだよ」

 

 医師はそこまで言って、千冬にカルテや検査結果、栄養食についてのデータを添付した書類を直接手渡した。

 それを受け取った“世界最強と謳われている女”は、静かにその書類を眺めている。彼女の双眸は憂鬱に沈み、平時のような凛々しさなど欠片も無かった。

 

「…人生なんて、誰だって後悔だらけだ」

「……分かっているさ、頭ではな」

 

 そう言って自嘲し、退室する黒髪の女。その背中を見て老年の医者は呟いた。

 

「……そう言ってぶっ壊れて逝ったやつを、俺は何人も見てきたよ」

 

 そうして彼は懐に入れていた酒を、白昼堂々飲んだ。医者は良く晴れた今日この日、最後の業務を果たして仕事を辞めるつもりだった。

 しかし存外、まだまだ自身は必要そうだと憂鬱な声で独り言を吐いた。

 

「だから、救ってやりたい…なんてのは俺の思い上がりかね」

 

 そういって、壁に飾って一組の男女が幸せそうに笑うモノクロの写真を見つめた。

 

 

 

 ✳︎

 

 404号室。窓は開けられており、爽やかな風がこの部屋にいる小柄な少年の頬を撫でる。

 真白な包帯に視界を遮られている少年は、その風を心地よいものと理解し、その口端を上機嫌に釣り上げ、鼻歌を歌った。

 まるで女性の様に透き通った声だ。伸びきったメラニン色素の無い白い髪のせいで、尚少年の性別を一見分からなくする。

 少年…ヴォルフガングは気分を高揚させたのか、身体をリズムよく左右に揺らしている。

 

「ヴォルフ。上機嫌だが、何か良い事でもあったのか?」

 

 少年は声を掛けられて、ようやく来客に気づいた。彼は一度身を硬ばらせるが、その声が既に知っているものと気付けば即座に警戒を解く。

 

「チフユさん? もう仕事終わったの?」

「…ああ、いや、今日は休暇を貰った」

 

 織斑千冬は今の所少年が唯一警戒を解いている存在だ。その理由は未だ定かでは無いが、大半の人が“ヴォルフガングを救出した本人だから”と予想しているが、事実は定かでは無い。

 しかしともかく、少年が本音を話すのは今の所彼女だけだろう。それは今日に至る半年の間、ずっと変わらなかった。

 

「もう包帯とっていいんだって」

「そうか、それは良かったな…今から外すか?」

 

 こくり、と頷く。そして次には申し訳なさそうな声色。

 

「…ごめんなさい」

「……いや、謝るのは私の方さ」

 

 …少年の手首と首には、大きな傷跡があった。彼は被検体当時、首に計測用の首輪を付けられていた。この首輪は肉に突き刺さって食い込んでいた為に、簡単には外れなかったそうだ。

 また殺処分と拘束用に手錠もつけられており、それもまた首輪同様で肉に食い込んでいた。二つとも外す事は出来たが、醜い傷跡が残った。

 手首には未だ後遺症が残っており、満足に動かす事が出来ない。少しづつ回復しているとはいえ、日常生活に負担となるのは明らかだった。

 

「いきなり瞼を全開にするなよ。少しづつ開けるようにしろ」

 

 しゅるり、と視界を覆う包帯が外れる。

 傷の首輪を付けた少年は、少しづつ目を開いて行く。紅玉石(ルビー)のように透き通った美麗な双眸が、そこにはあった。

 

 数度眩しさに目を瞬かせる。次第に目が慣れ始め、最終的にはゆっくりと、しかし確かに目を完全に開く事が出来た。

 そして少年は世界を観る。

 穢れた世界しか知らない少年は、今日この日この瞬間初めて正常な空間と、空と、自然を目の当たりにした。

 

「ああ───」

 

 ただ一度の溜息。

 そこに込められたのは、万感の思い。

 溢れる涙は感動と歓喜により生まれた。

 とめどなく、ぽろぽろと零れる涙は清潔なシーツに模様を作る。そんな事など気にせず、少年はひたすら泣いた。

 

「きれい───」

 

 彼は一度たりとも綺麗な世界を見た事が無い。ただ我々がいつも何の気なしに見ている清浄な空、陽光を浴び輝く緑、それら全て、この少年からすれば得難く、程遠いものだった。

 なぜか、報われた気さえした。少年は救われた気がしたのだ。己は(いたずら)に生まれて来たのではないのだと。ただ徒に身体を狂わされ、無意義に苦しんだのではないのだと。

 

「………明日、散歩に行こう。外出許可が出た。見たい景色を考えておけ。可能な範囲で、私が連れて行ってやる」

 

 “首輪付き”はシーツで涙を拭いながら、声にならない声で感謝を告げる。

 …ずっと焦がれていたもの。それが手に入った瞬間。そう、彼は過去写真でしか見たことのない、この世界が見たかった。

 

 今日は夜空を見よう。月を見よう。星を見よう。ああ、見たい。あらゆる景色が、穢れ無き世界が見たい。全てをこの肉眼の中に収めたい。

 

「…あ、れ……?」

 

 そうして、そこまで思って、ふつりと。

 

「ッ!?」

 

 まるで糸の切れたマリオネットの様に、少年は再び寝台に倒れ臥した。

 焦る千冬。しかし直ぐにそれが杞憂となる。なぜなら少年はただようやく、睡眠をとっただけなのだ。

 心が少し持ち治ったことで、数十日に渡る睡眠不足のしわ寄せが、今ようやく一斉に襲い掛かってきた。ただそれだけの事。

 

「驚かせるな…まったく」

 

 ぐしゃりと自身の髪を崩しながら、千冬は安堵のため息を履いた。その顔には疲労がありありと浮かんでおり、持ち前の美貌よりもくたびれの方が目立つという有様。彼女の実弟がみたら即刻休めと抗議する事だろう。

 

 そんな事など露知らず、少年の寝顔を見て懐かしむ様に彼女は少し笑っていた。

 そして久々に明日あたり故郷にいる唯一の家族へ電話をしようと思いながら、念の為少年の睡眠を医者へ報告をする。

 報告をし終えた千冬は、今日は取り敢えず一旦自室に戻ろうと404号室を立ち去ろうとする…が、彼女は一度逡巡を見せた。

 

 言うべきか、言うまいか。それはたった一単語。どのみち今のヴォルフガングには聞こえないだろうが、それでも大事な言葉。それを言う資格が、今の己にはあるか?

 

 そこまで考えて、医師の言葉が頭をよぎる。「人生なんて、誰だって後悔だらけだ」…その一言は織斑千冬の小さな縛鎖を千切るに、十分な威力を持っていたのだろう。

 

「…おやすみ、…せめて、いい夢を見ろ」

 

 ぼそぼそとした小さな声だったが、聞こえているかどうかでも定かでは無いものだが、それでもそれは、大事な言葉だった。

 

 

 




ヴォルフガングくんの歌っていた鼻歌は「cosmos new version」です、ORCA旅団にいた時ハリが歌っていたのを真似した…みたいな感じで。まぁ各自のフロム脳に任せます(丸投げ)。

【首輪付きくん状態異常】
・成長障害(現在身長154、成長の見込みなし)
・幼児退行疑惑
・視界不明瞭(右眼の瞳孔若干溶けてる)
・もう全身傷痕まみれや
・不眠症+過眠症併発
・内臓及び肉体の慢性疲労
医者「何で生きてんだこいつ!?」(驚愕)

なんか嫌にドイツ政府の対応早いよなぁ? あ、そうだ(唐突) ちっふーは実験場で研究書類見ちゃってアイデアロールでクリティカル出しちゃったから絶賛SAN値減少中だし、変に責任感じちゃってる感じだゾ(織斑計画)

ヴォルフ君こと首輪付き。IS世界はACfa世界と比べてまだ全然マシ(私感)なので、現在社会理解した瞬間即企業殲滅…とかはしないと思います多分。亡国企業は手を出さなきゃ無事だと思う。
取り敢えず今は回復目指してレッツゴー、次回はお散歩回です。




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1.5:Sympathy or responsibility?

  ( ゚д゚)   二話で橙バー…?
_(__つ/ ̄ ̄ ̄ ̄/
  \/    /
     ̄ ̄ ̄
  (; ゚д゚ )    …マジで?
_(__つ/ ̄ ̄ ̄ ̄/
  \/________/

割と本気で頭が上がりません。評価してくださった皆様、お気に入り登録をしてくださった皆様に止まない感謝を。皆様の心にLong may the sun shine!(太陽あれ)

今回は幕間。千冬先生視点。時系列はデザインド摘発、首輪付き保護から三日後です。


 …非合法、非人道的な研究を行っていた実験施設の制圧、研究員の検挙を終えてもう三日ほど経つ。

 現場で私が見た光景は、記憶の中でも一、二を争う程に人の心が無いものが創り出したと言うに相応しいものだった。

 

 保存液の詰まったケースに浮かぶ小さな脳髄、解剖台に乗せられた手と頭の無い小さな身体、脳漿の染み付いた白衣と床。むせ返るほどに充満したヒトの臭い。転がる血まみれの鉄くれ。何が起こったのか、想像せずとも分かってしまう。

 未だに気分の悪さが続いている。フラッシュバックとも違う。おそらく、見てしまったあの書類のせいだろうが…。

 

「教官、体調の方が優れていない様ですが…何か…」

「ッ────…!」

 

 …私の身を案じるラウラ・ボーデヴィッヒ。彼女の方へ視界を向けたとき、彼女の赤い瞳が、保護した“少年”のモノと重なり背中に冷たい何かが走る。

 胸を締め付けられる錯覚を覚える。網膜に焼き付いた「文字」が記憶に再生される。ほんの一枚の書類の、一文の一節。血の染みた紙に滲んだあの文字が、私の記憶にこびり付いて離れない。

 

「教官…?」

 

 そこで意識が戻った。どうやら思考に没頭していたらしい。額に手を置きながら、頭のスイッチを切り替えようと溜息を吐く。

 

「…ああ、いや。気にするな。ボーデヴィッヒ、私はこれから会議がある。終わりがいつになるかは分からん、今日は各自練習後、自由時間にする。各自にもそう伝えておけ」

「はっ!」

 

 不安そうな顔のままの敬礼をし、ラウラは退室した。少し申し訳なく思いながらも、私は私でこれからの会議の支度をする。

 …会議の議題は、唯一保護できた少年をどうするか。精神的にも肉体的にも小さく無い傷を持ち、しかし現在唯一の男性IS起動者となってしまったあの少年の行く末を決めなければならない。

 

 身だしなみを確認する。少々顔色が悪いが、まぁ大した問題はないだろう。

 携帯からセットしていたアラームが鳴る。会議のおよそ十分前の報せだ。

 私は心なしか、いつもより重い足取りで会議室へ向かった。

 

 

 ✳︎

 

 会議室には既に殆どの人員が揃っていた。三日前実験場の制圧に加わった者、保護された少年の主治医、検挙又は制圧を立案した者、記録者等々…。

 皆一様に顔を曇らせている。そう思う私も、恐らくは同じような顔をしているのだろう。

 

「…揃ったか、では会議を始める」

 

 今回の検挙を立案した元傭兵の軍部高官、黒髪に浅黒い肌の青年───レイヴン・イェルネフェルトが出席者が全員いる事を把握し、重々しく口火を切った。

 

「今回の議題は、ご存知の通り我々が保護したNO.53と勝手に呼称されていた、あの少年について。彼にはD程度ではあるが、IS適性が確認されている為、現在唯一の男性操縦者となる」

 

 …ISは、既存兵器の性能を遥かに超える。しかし数も汎用性も既存の物とは比べ物にならない程低い。そのISは女性しか動かせない。故に、世界では女尊男卑が当たり前になった。

 そんな風潮の真っ只中に、彼はIS起動者への変貌を強制された。彼の未来は、決して明るくはならないだろう。

 

「…彼の受けた実験の解析が終わり、全体が明らかになったが…彼は織斑計画(プロジェクト・モザイカ)の成功体をモデルに改造と訓練を受けていた」

 

 ────見間違いなどでは無かったか。

 

「施術数は数は細部含め約千を飛んで二十七回。詳細の方はシュトルヒ・フェット医師が纏めたレポートを確認するように」

 

 胸を締め付けられる錯覚を覚える。網膜に焼き付いた「文字」が記憶に再生される。

 「織斑千冬」を目標としNo.53の改造を続ける。

 …彼は私を間違いなく怨んでいる。もしもの話になってしまうが、仮に私が居なかったのなら、彼はこの様な実験など受けずに済んだ筈だ。

 …今は訪れないIFの話など考えても仕方がないと気づく。現実に起こってしまたのならば、そこからどうするかを考えなければならないだろう。

 

「それにより、少数派だが彼を処分しようとする動きが出ている。女尊男卑肯定派と、暗部徹底秘匿派の人間だ。今の所大人しくしているが…いつか強硬策に出てもおかしくないだろう」

 

 …予想より動きが早い。否、それよりも漏洩が早すぎる。予め()()()()()()()には渡らない様に徹底していたが。

 すると私の思考が分かっていたのか、保護した少年の治療担当に配属された老年の男…シュトルヒ・フェットがぶっきらぼうに言った。

 

「政府暗部や裏企業に秘匿なんざあってない様なもんだ。早いとこ行動を起こさんと潰されるぞ」

「…それでも早過ぎると思うが…今はよそう。ともかく此方側も彼の保護を固める必要があるな」

 

 …今あの少年は極度の不信と狂乱状態だ。その状況で警備を増やすのは得策か? …安全面で言えばそうだろう。だが増員した分、彼への負担は増す。

 彼は若年の身にありながら、優れた気配察知能力を持っている。それに加えて今の状態、人が増えた事などすぐ分かるし、その分心的負荷も増す。

 

「警備の数は増やせても一、二人程度だろう」

 

 医師が“そうだろうな”と頭を抱えて溜息を吐くと同時、会議室に沈黙が広がる。

 

「…ならば私が彼を預ろう。今彼と意思疎通が出来、彼にかける負荷も少ないのは私だけだ。適任だろう、フェット」

「…ああ、たしかに今、あいつがまともに顔を合わせられんのはお前だけだ」

 

 私の提案に一人、俯いた。席はレイヴンの真隣。金の髪に碧眼をもつ彼女───フィオナ・イェルネフェルトは、悲嘆の表情を浮かべている。

 彼女は研究者だ。今回の一件で「デザインド」について精査した者の一人。彼女は優秀だ。ともなれば、その下地または目標となった計画にも必然的に触れる事となったのだろう。

 

「…たしかに今は、一刻も早く彼を守る態勢を組む必要があるのは分かってるの…だけど、だからと言って……これは…」

 

 …気遣いはありがたい。だがもう決めた事だ。

 

「…問題ない。そこまでやわな精神ではないつもりだからな。それに…言っておいてすまないが、彼を見れるのもそう長くないかも知れん。だが一時的でも私の預かりにすれば、処分派も暗部も裏側も、そうそう手荒な真似はしないだろう」

「…たしか一年後だったか、ならば充分だ」

 

 レイヴンの可決を意味する発言が告げられた。

 医師も研究者も、そして何より発言者であるレイヴンですら理解はしているが納得はできないし、したく無いと言った面持ちだった。

 ……フィオナが泣きそうな声で青年に問う。

 

「もう…時間は無いの?」

「…予想以上に動きが早い。後手に回りっぱなしなのが現状だ。状況はとっくに手遅れで、同時に緩慢でもある」

 

 青年が眉間を揉み、苦渋と困惑の混じった顔で返答する。

 …彼は決して無能では無い。寧ろ有能な部類に入る。

 それでもこの状態が生まれた。向こうに余程の手腕を持つ者がいるのか、それとも前々から準備を進めていたか。何れにせよあの少年を守りきるのは…困難だろう。

 

「ただ…上手くいけば、あの子を俺の養子に捻じ込めるかもしれん」

「ッ! それ本当!?」

 

 …思いがけない光明に口端が釣り上がったのが分かる。医師が破顔し、フィオナに至っては机に身を乗り出している。

 レイヴンがあの少年の保護者となれば、手を出そうとする輩は更に減るだろう。私がおらずとも守りきれるようにはなる筈だ。

 しかし登録には相当な時間がかかるし、阻む者も多いだろう…恐らく彼は真っ当な手続きを踏むつもりなど、毛頭無いのだろうが。

 

「でも…時間は足りるの?」

「充分だと、俺は言ったぞ」

 

 力強く彼は宣言し、不敵に笑って軍帽を目深に被る。ろくな手段を取らない事はよく分かった。傭兵故の柔軟性は敵に回すと恐ろしいと把握している者は、この世にどれぐらいいるのだろうか。

 …再度彼は眉間を揉む。顔を不敵な笑いから、申し訳無さそうなものへと変え、唐突に私へ頭を下げた。

 

「しかし今、彼を下手に刺激すれば、どんな行動に出るかわからない。一番の時間を稼ぐことも出来、それでいて安全な策は貴女の元で精神の変化を待つということだけだ」

 

 彼は淡々と現状を語る。

 これは変えられ無い点。足掻きようが無い案件だ。

 …だからこその謝罪なのだろう。

 

「…すまない。結局、今は全て貴女任せになる」

「…気にするな、問題ない」

 

 …気持ちだけでも、今はありがたい。

 その一言と同時に、長い胸の締め付けが少し和らいだような気がしてならなかった。

 

 

  ✳︎

 

 薬品と消毒液の匂いが染み付いた白い廊下を、一人の女性がやや早足で歩く。

 幾多もの病室を通り過ぎ、最奥にある一室の前で止まった。病室の扉前には、警備員が二人だけ配置されている。

 二人は女性───織斑千冬の顔を一瞥すると、一礼と共に扉の前から立ち退いた。

 

「お疲れ様です」

「いつもご苦労」

 

 断りを入れ、彼女は扉を開いた。

 …途端、薬品と消毒液の匂いが更に酷くなる。そしてそこに新たに鉄錆の匂いが僅かに加わった。

 部屋には寝台が一つと、諸々の医療機材。数台の監視カメラが配置されている。

 

 寝台には一人の少年がいる。彼の第一印象は「白」だ。手術衣、髪、彼の身体に巻きついた包帯。その全てが白一色。

 白い包帯に視界を遮られた彼は、入室した存在に気付き、少し頬を緩ませ問うた。

 

「…オリムラ……チフユ…?」

 

 …織斑千冬は若干の戦慄を覚える。視界に映るものが何も無いはずの少年は、今確かに正解を口にした。

 少しの戸惑いと動揺の後、彼女は口を開く。

 

「そうだ…改めて言おう。私は織斑千冬…お前の未来を狂わせたきっかけになった者だ」

「…───」

 

 返答はない。しかし襲い掛かっても来ない。痛いほどの沈黙が過ぎ去って、少年は口を開く。

 

「ヴォルフ……ヴォルフガング」

「…?」

「僕の…、名前」

 

 傷塗れの少年は自らの名を名乗った。

 織斑千冬の思考が空白化する。予想だにしない返答に固まってしまう。それでも、微かに考える冷静さは残っていた。

 そうして───、

 

「……すまない、今のお前に言うのは、卑怯だったな」

 

 今言うべきではなかっただろうと、己に呆れた。

 しかし少年は首を傾げ、“なぜこの人は謝っているのだろう?”と内心不可解に陥っている。

 そんな彼に対し、彼女は「今は気にしないでくれ」と胸内で自嘲を交えながら、話題を切り替え、自身が少年を預かる事となったのを告げる。

 白い少年は、それを理解できたのか定かでは無い。

 しかし彼は確かに小さな、そして掠れた声で「よろしくお願いします」と言った。

 

 …その言葉に、再び彼女は胸を締め付けられる錯覚をする。そして痛いほどの沈黙が、二人の間を流れていく。

 その沈黙が耐えられなかったのか、それとも何を言えばわからなくなったのか、はたまたは両方か。

 

「今日はここまでだ…また明日、ここに来る」

 

 どれにしても、彼女は逃げるように少年の部屋を去った。少年の惜しむような声も、聞こえなかったフリをして。

 

 …夕日が沈んでいく。朧げな月が顔を出し、時の移ろいを告げていた。

 

 

 

 

   ✳︎

 

 

「不器用だな、お前さんも」

 

 老年の医者は、廊下で待っていた。

 彼はタバコがわりにチョコ菓子を口に加え、憐憫の目を世界最強に向けている。

 

「チフユ。確かにお前がいなけりゃあの子は実験体にはなってないだろう。

 だけど、逆にお前がいなきゃあの子はのたれ死んでたかもしれねぇぞ?」

 

 仮の可能性の提示。逆説の考えを述べる。

 その理由は医師として、今の彼女が危ういと判断してのものか。

 それとも───

 

「…いや、私がいなければ…真っ当に生きられた可能性の方が…ずっとずっと、多かっただろう」

 

 彼女の抱えた、もう一つの罪悪感の正体を探るためか。

 

 




Q.織斑千冬が居なくても首輪付きは実験を受けていただろうし、そこまで気に病みますかね?
A.IS普及の発端である「白騎士事件」をうさぎ博士と起こしていなければ「デザインド」自体立案されてないから…(冷汗)そこに加えて自らの出生である「織斑計画」までぶっこまれたちっふー、傷は深いぞしっかりしろ(真顔)
…うん、まぁ、なんだ!長々と書いたけど結局二次創作パワーだ!

レイヴン・イェルネフェルト…元傭兵の軍人。地位はそれなりに高い。上層部から「イレギュラーなんだよ。やりすぎたんだお前はな!」と疎まれてるが、んなもん知るかと言わんばかりに政府暗部をドンドン解体している。束博士よろしく生身でIS解体できるやべーやつ

フィオナ・イェルネフェルト…IS研究者。高名な教授の一人娘。旅中死にかけていたレイヴンを救出し、最終的には押し倒して婚姻関係を結んだ。父は「傭兵と結婚なんかさせませんよ!」状態だったが、傭兵が軍部の重要ポストに就いた為何も言え無くなった。父は泣いた。

シュトルヒ・フェット…太ったコウノトリを意味する偽名、本名は自分でも分からないらしい。第2話に出て来た老年の医者。養子と弟子がいるが、今は二人とも多忙で会えないとか。お爺ちゃん寂しいよ。

Q.イェルネフェルト夫妻が首輪付きを養子にしたいのは何故?
A.ドイツ政府は彼を巡って今四派に別れてます。
・取り敢えずドイツに置きたい派
・さっさと処分しようぜ派
・首輪付きを救いたい派(夫妻はここ)
・男性操縦者を実験したい派(政府暗部)
真ん中はともかく、他三派には日本に彼を渡す気はさらさらないです。ドイツ国内で彼を守るには軍部高官であるレイヴンの養子にする他ありません(少なくとも今の所は)。首輪付き(ヴォルフ)に軍部高官という後ろ盾があれば、暫くは大抵のことから守れるので、養子に…という感じで。


ちなみに三派の内役は上から51% 9% 27% 13%。暗部が少ない?デザインド摘発に乗じて殆どレイヴンに消されたに決まってんだろイレギュラー舐めんな(震え声)



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MOONLIGHT

何でこんな伸びてんの…(戦慄)

Q.首輪付き助けたい派多い…多くない?
A.戦争期でも無いし、それと助けたい(利用したい)みたいな奴も含んでいるので。因みに前提は「勢力の大きさ≠権力の大きさ」

guest member→アブ・マーシュ




 時刻、午前3時。最も暗い夜明け前。

 個人部屋404号室の寝台から、むくりと小さな影が起き上がる。

 影の正体は長髪の少年、ヴォルフガング。

 彼は自分が久方振りに睡眠をとったことに気付く。そして時刻を把握しようと、きょろきょろと辺りを見回すも、明かりがないので時計が見えない。

 もそもそもとした動きで寝台近くの常夜灯のスイッチを押した。幸いにも、スイッチは微かな力でも押せるらしい。

 部屋がぼんやりと目に優しい光で満たされる。

 

「……3時…3時かぁ…」

 

 時計を見て、彼もまた部屋の光と同じ様にぼんやりと呟く。

 そっと自身の傷の首輪に触れながら、安堵した様に笑い“今日は見なかったな”とほっと息をついた。

 

 彼はよく悪夢を見る。

 内容は己が殺した数多の人々からの罵倒…()()()()。彼は確かに前世の折、“人類種の天敵”として君臨して1億以上の人命を屠った。

 それは覚悟の上で決断した行動であり、それ故に自省こそすれど、恥じは無いし悔いも無い。必要な事だったと割り切り、彼は進んで行く。

 例えばの話。今生の時、デザインドの被験体だった頃に己が殺した者が夢に出てきてもヴォルフは“僕は進んで行くから安心して”と語るだろう。

 

 “───君が死んでも遺るものはある。僕はそれを背負って進むから、僕を信じて”

 “ ───僕が死んでも遺るものはある。君はそれを背負って進むんだ、僕は君を信じている。

 

 それが彼の性質。決して死を無駄にしないし、させない。何があろうと進み進ませ、結果や成果を手にするまで止まらない止まらせない。

 そんな異質な彼にとって見たくないと欲して止まない「悪夢」とは一体なんなのか? 答えは単純「進めなくなる夢」である。

 自身が何も出来なくなる。肢体が無く、目見えず声も出せなくなる夢。己が背負ったもの全てが何も果たせず終わり、己も何かを託す事すら出来ず死ぬ。それが彼には耐えられない。

 

「……生きなきゃ」

 

 だから生きる。己が今生で殺した者達の「生きたかった」という思いを背負ってここに在る。

 だから、死を願っても生きる。死が叶う事を切に望みながらも、生をどうでもいいと思いつつ、己は生き抜かねばならないと思考を自縛する。

 

「生きなきゃ、駄目だ」

 

 こほ、と乾咳を出す。

 どうやら長い睡眠により喉の水分が無くなってしまったらしい。

 

「………水、取りに行こう。

 寝すぎて頭も痛いし…ちょっと歩こう、かな」

 

 寝転がったまま、必死に手を伸ばし壁に立てかけてある杖を持つ。

 それを支えに起き上がった。そしてカツ、カツと硬質な音を立てて、少年は部屋から出た。

 

「お前か、身体の具合の方はどうだ?」

 

 部屋の扉を開けるとそこには世界最強がいた。顔色は幾分か良く、目にも凛々しさが戻っている。

 

「…まだ怠い。頭が痛いから、少し歩こうかなって…」

「一日中寝ていたわけだからな、血の巡りが良くないのだろう。水分補給も必要だな、付いて来い」

 

 有無を言わせず、といった感じで織斑千冬は歩き出した。

 ヴォルフは杖の向きを直し、置いていかれない様にやや早く歩いていく。

 

「…起こしちゃった?」

「いや、仮眠を終えただけだ」

 

 “そっか”と、少年は申し訳なさそうに呟く。

 それ以降、会話が発展しない。

 草木も眠る刻に相応しい沈黙が流れる。

 ただ廊下に足と杖の音が響くだけだ。

 

「……月が、綺麗だな」

 

 その沈黙を破ろうと、話題を探した結果はガラス窓から見える満月だった。

 肥え満ちた月は煌々と輝き、その光を以って二人を照らしている。何とも幻想的な風景ではあるけれど、しかし互いの視点には相違点が一つ。

 

「僕は…まだ見えない…かなぁ」

 

 傷の首輪を付けた少年は、視力が乏しい。歩くにも杖を突いて周囲を確認しなければならない。治るまでの辛抱とはいえ、生活にはそれなり以上の支障をきたす。

 景色の共有も難しく、本や新聞を読むには膨大な時間がかかるだろう。

 夜にもなれば物事は微か程度しか見えない。だからこそ彼はとても悔しげに歯噛みする。

 

「すまない、不謹慎だった」

 

 ぐしゃり、と千冬は自らの髪を乱す。

 深い溜息。後悔はそこから容易く読み取れる。

 しかし少年はいたって気にしない。寧ろ視力の弱い自身に内心はらわたを煮え繰り返しながら、杖をつく。

 

「大丈夫だよ…。いつか、僕も見れるかな?」

「…医師の話では、時間は掛かるが治るようだ」

 

 気分の沈んだ声でそう返答し、変わらず彼女は歩く。

 そんな彼女に追い付こうと、少年は杖をつく事をやめて小走りで追った。

 手を伸ばすと、布の感触を掠める。まだ足りない。思うように動かない足を無理やり動かし、半ば跳ねるように進む。

 そこましでようやっと、必死に伸ばしたヴォルフの手が、織斑千冬の服の袖を掴めた。

 

 くん、と少しだけ千冬の後ろへ重心が向く。

 彼女は即座に後方へ視界を向ける。

 役割を果たしていない杖。

 呼吸と共に揺れる白い髪から覗く澄んだ赤い瞳。

 口端は必死に釣り上げられていて、ぎこちない。

 作り笑いに慣れていないことが明白である。

 それでも、少年には今伝えたい事があった。

 

「僕の目が治って、見えるようになった時。

 ……また一緒に、月を見てくれますか?」

 

 貴女は徒らに僕を傷つけた訳ではないのだと。

 小さな夢を作ってくれたのだと。

 だから悔いないでと、そう伝えようとした。

 彼は異質ではあるが、れっきとした人間だ。

 人の心が分からない“化物”では無いのだ。

 

「───」

 

 思考に空白が生まれる。予想外な言葉に少しだけ面食らうと同時、少しだけ頬が緩んだ。

 ……それと、後悔。言わなければ、気を遣わせることも無かった筈だと考える。

 だけど、今はこの返事が最適だと思って織斑千冬は静かに言葉を口にする。

 

「ああ、約束しよう…だから、治るまで身体を大事にしておけ」

「…うん」

 

 月光に照らされながら、互いに頬を緩ませる。もう一度歩き始めた時、少年は敢えて杖を使わず、千冬の袖を掴んだままだった。

 織斑千冬もそれを拒む事はなく、ただ歩く速さを少年に合わせた。

 

 

 そろりと病棟を抜け出した二人は道中調達した水を飲みながら、ぼんやりと空を眺める。

 紺碧の空には白い月が静かに佇んでおり、じきに朝が来る事を忘れさせた。

 

 少年は見えない月よりも、見る事の出来る近場の石畳や、街路樹や植え込み、そして己が先程までいた病棟の方をキラキラとした目で見つめている。

 

「…初めて見たかも…」

「本当なら朝方に何処か連れて行ってやりたかったが…起こすのも忍びなかったからな」

「そっか、丸一日寝てたのか、僕」

 

 “どうりで身体がいつもより軽い訳だ”と呟く。その発言に千冬は少し思い悩んだような顔をする。

 

「身体に大事はないか?」

「大丈夫だよ、チフユさんは心配し過ぎ」

 

 そんな返答をする少年であるが、寧ろ織斑千冬の心配具合は適切なものである事をここに明記しておく。

 彼女は彼女で不安に思うことが多くあるのだろう。しかしそれをごまかそうと、それを悟られまいとヴォルフの頭に手を置いた。

 

「わ、わ…チフユさん…?」

「……気にするな」

 

 優しい声色。いつも凛々しく、厳しい彼女にしては珍しい事である。

 白髪の少年はそれを心地よく思い、穏やかに目を閉じこのひと時を忘れないよう、嚙みしめようと思っていたのだが。

 

「…え、あれ最強?嘘でしょ、俺あんな鬼みたいな人が女らしい顔してるとか信じられ───」

 

 中々に失礼な事を呟く茶髪の青年がいる事に気付き、少年は心の中で“知らないぞ僕は”と思いつつ、初対面の青年に一応同情の念を送る。

 しかし現実は非情であり、コンマ数秒後にはブリュンヒルデ直々のアイアンクローを食らっている青年の姿がそこにあった。

 

「あだだだ脳出る脳出る脳出るってこれぇ!?やべぇ何このアイアンクロークッソ痛ぇんだけど!?レイヴンの金的より痛いって握力どうなってんだこの女もしやゴリラなのかオイ!?」

「ほう、思ったよりも余裕そうだな───もう少し粉砕()らせてもらうぞアブ・マーシュ…!」

 

 …これは青年が悪い。少年は頭の中で粛々と現状況を咀嚼した。

 

  ✳︎

 

 青年が世界最強から直々に鉄拳制裁を食らった後、盗聴防止と近所迷惑にならぬようと少年達は結局404号室に戻って来た。

 ヴォルフガングは寝台の上に座っており、織斑千冬はソファに腰掛けていたが、ボコボコにされたアブ・マーシュだけは冷たく硬い床上で正座だった。

 

「前が見えねぇ」

「それだけで済んだ事をありがたく思え」

 

 未だ若干の怒りを見せる女は冷たく言い放ち、少年はそれを見て“結構ショックだったのかな”と思いつつ、顔面が比喩では無く本当にボコボコになっている青年を眺めている。

 

「それで? 貴様は何をしにやって来た。単に覗き見に来たのならさっさと帰れ」

「んな理由で俺が来るかよ、専用機の件だよ最強」

「…決まったのか」

「まあなー」

 

 けろり、と青年は笑って一つ伸びた。

 大きなあくびを伴いながら、少年の座る寝台のそばまで椅子を引っ張り、そこに腰掛ける。

 

「さて初めましてだな。俺はアブ・マーシュ。ただの天ッ才アーキテクトだよ少年。今日は君にとある企業からの商談があってやって来た」

「……」

「Oh…とても心に刺さる視線をありがとう」

 

 “企業”という単語が出た瞬間、傷の首輪を付けた少年の双眸は冷たかった。

 ヴォルフにとって“企業”の印象はすこぶる良くない。彼にとって“企業”とは市場の独占と利益の為ならば、どんな事も厭わない無血外道の集団だ。

 そうではない所もあると頭では理解しているが、心は納得出来ていない為に、必然態度にもそれが現れてしまう。

 

「何をしに来たんですか?」

「なんか冷たいな君、俺達はほんの親切心で君の元へ来たというのに…まぁいいか、本題に行こう。君はISを動かせる事を、自覚してる?」

 

 早速答えづらい質問をアブ・マーシュは投げかける。代わりに答えようとした織斑千冬を、彼は手の仕草で封じる。

 これは少年が答えなければならないのだと、青年は一つの線を引いた。

 

 問われた少年は目を見開いた。

 それに加え、わなわなと歯を震わせる。

 記憶の再生が始まる。

 少年の脳に、常人であっても狂人であっても、思い出したくないであろう過去が渦巻き始める。

 強烈な目眩と頭痛が少年を襲う。口内が乾く。込み上げてくる血の味と胃酸の臭いにむせ返る。手足が震え、悪寒が彼を包む。彼はそれに耐えられず、己の身体を抱く。

 それでもしかし、彼の唇はこう答えた。

 

「…動かせた、僕は、アレを確かに動かした…」

「Good. 意地の悪い質問をしてすまない。だが君は思いの外強い子だったね」

 

 から、と笑いアブ・マーシュは水を差し出す。少年はそれを豪快に嚥下した。

 身体中から一気に抜けた水分を補給しようと必死に喘ぎながら水を飲む。

 側から見ればまるで溺れているかのように見えるが、それを終えた時、蒼白だった少年の顔色は少しではあるが血色が戻り始める。

 機を見計らい、青年は話を続ける。

 

「ま、ともかく。俺達は君と商談をしに来たんだよ。勿論俺達にメリットが出るようにな! だけどその為にも、君にもメリットがある事を説明しに来た、夜分遅くにごめんね? 俺達は君に“専用機”を作ってやろうと思ってる」

「…“騙して悪いが”とか言って自爆させるつもりかな?」

「心の扉が予想以上に硬いな君」

 

 当然の警戒だが余りにも容赦無い想定な為、軽く引くアブ・マーシュ。傍で話を聞く織斑千冬もまた同等の反応を示していた。

 

「ま、そら警戒もするよな。だが安心してくれよ、俺達を斡旋したのは、君を弄った実験場をぶっ潰す事を立案したレイヴン・イェルネフェルトさんだ」

「レイヴン…?」

 

 前生の己を乗り越えた者の名が出、首輪付きは驚愕を表に出さずにはいられなかった。

 その驚愕を別の意味で受け取ったのか、青年は何処か合点がいかないように眉をひそめ、背後にいる女に尋ねる。

 

「あれ?おい、最強。養子の件説明してねーの?」

「明日か明後日にする予定だったんだが…この分では明日にでも説明したほうがよさそうだな」

「I see. ならその辺りの説明省くぞ。明日にそれが聞けるからな。取り敢えず、君はレイヴンさんに会ったらお礼を言いな」

 

 …やはり己の知っている“レイヴン”とは違うのだろうと首輪付きは割り切り、そっと落ち着きを取り戻そうと深呼吸をした。

 そんな事に意を介さず、アブ・マーシュは淡々と話を続ける。

 

「これは君にとっても悪い話じゃないんだ。後ろ盾だけではこの先生きのこれないぜ? だから、お前自身も強くならないといけない」

 

 今少年の立場は非常に弱い。身寄りもなく、戸籍も作成途中。織斑千冬という保護者がいるが、それに頼り切ってもいけない。

 世にも貴重な男性操縦者、そして“デザインド”唯一の成功体。更に加えていなくなっても誰も困らない身、裏側の者にとっても表側の者にとっても喉から手が出る程欲しい存在だろう。

 

「…他の奴らから身を守る為にも。国からもチフユさんからも見限られないように、僕は僕の有用性を証明しないといけない…でしょ?」

 

 だからこそ、現状自身を保護してくれる存在に「己は有用である」という事を証明し続ける。自分は使えるのだと、自分を失う方が損失が大きいと、そう主張し続けなければならない。

 少年のこの発言に目を見開く女性が一人いたが、今はそれを置いておこう。

 青年は特に気にすることも無く、話を続ける。

 

「That’s right! だが強くなっても無所属だとネームバリューの欲しいIS系の企業の方はうるさい。だから“専用機”も必要だ。変な裏側の企業にちょっかい出されない為にもな。そんな訳で、俺達が先に作って君に与えることにした。君を俺らがフライングゲットって訳!」

 

 ヴォルフの腑に納得が落ちる。確かにこれは両者にとってメリットのある話だ。

 アブ・マーシュの属する企業は先んじて「未だ公表されていない男性操縦者」を入手する事が出来、ヴォルフガングは専用機を手に入れる他、他企業からの干渉を避ける事が出来る。

 

「…名義とか手続きとか契約とかは?」

「俺は天才だがそれ以前にアーキテクトだぜ? ならその為に方々に頭下げるのだって苦じゃないさ。信頼の為に無茶な契約も随分と結んだもんだよ。レイヴンの野郎……あんなの飼い殺しレベルの契約じゃねーか…ま、良いんだけどさ」

 

 そしてもう一つ分かった事がある。

 この男はアーキテクトである己に絶対の自信と誇りを持っている。その力を十全に振るう為ならば、凡ゆる損失を厭わないし第一客を裏切らない。

 この人ならば、信頼できる。 少年はそう思い、ここに来てようやく青年に笑顔を小さく見せた。

 青年はそれに気づき、照れ臭そうに話題を変える。

 

「…ともかく、これがお前の専用機を作る所だ」

 

 青年から名刺を手渡された時、少年の時が止まった。

 黒い名刺に走る赤いラインに、白い英語。

 このエンブレムには見覚えしかない。

 やや待って、青年が口を開く。

 

「名をレイレナード、俺の属する新興企業さ」

 

 少年は思いっきり噎せる。

 ───なんて事だ、と心の中で叫んだ。

 

 

 




▶︎企業からの勧誘が減少!
▶︎裏企業が強行手段にでる確率UP!

レイレナード社
新興企業。エネルギー分野に強い変態技術者どもの巣窟その1。挑戦的な開発を続けており、この先注目を集めている。
アブ・マーシュ
新興企業レイレナード社所属の天ッ才アーキテクト。元々は「IS研究機関アスピナ」専属アーキテクトだったが「何だこの気狂い共…(恐怖)」という事でとある友人と一緒にレイレナード社へ移った。

人の心が分からない化物では無い(分かった上で化物地味た行動をする)拙作の首輪付きのイメージに使った曲は「新世界へのプロローグ」に加え「NEW WORLD」(Bentham)です。歌詞を見みると拙作の首輪付きがどんな人間が少しわかるかも?

まだ平穏は続くよ!安心だね!(プロットから目を逸らしながら)次回は一夏とテレフォン☆ショッキングにするか、それともラウラと会わせてみようか。悩むぞい。

陳謝:これから先かなり忙しくなるので更新が随分と先になる可能性がございます。本当に申し訳ない(メタルマン) でもいつか戻ってくるから安心してね!

-投票終了-
皆さまご協力ありがとうございました!




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I KNOW THAT

ちっふー「デザインド摘発を計画し、立場の弱いお前を守るために養親になる予定のレイヴンだ」(顔写真見せる)
首輪付き(まんまUnknown(レイヴン)じゃん…おなかいたい)
ちっふー(…様子おかしいな)
ちっふー「お前、レイヴンを知っているのか?」
首輪付き「知らない」

因みに大文字の題名は首輪付きから「誰か」へのメッセージだったりする。


    ✳︎ ✳︎ ✳︎

近隣に暮らす人々の間の平和とは、
人間にとって自然な状態ではない。
それどころか、戦争こそが自然な状態である。
敵意はただ戦争のみに見られるものではなく、
我々は常に敵意に脅かされている。
それ故に、平和は法により確立されねばならない。
イマヌエル・カント「永遠平和のために」
───第ニ章より抜粋



 ヴォルフガングとアブ・マーシュが邂逅し、専用機について話し合った後2週間ほど経過した。

 少年の視界は治癒が進み、左目は生活する上で不自由ないレベルまで回復しているが、右目の治りは芳しくは無いとのことだった。

 だが、杖をつく必要がなくなったのは目出度い事と言えるだろう。

 

 そんな彼は今日、朝一から延々と自身に与えられる専用機についての資料を眺めていた。

 

「…“ストレイド”…」

 

 少年はキリキリと胃が痛む感覚を覚える。

 自身の生涯にまたもや「企業」どころか、前世の折に駆った機体の名すら絡むとは。己は余程、彼等と縁があるらしい。

 苦笑いと共にと少年は資料をめくる。

 

 機体名ストレイド。設計者及び開発者はアブ・マーシュ。開発許可はレイレナードの社長直々から貰ったとの事だった。

 コンセプトは高機動性及び特殊性。近接戦闘を得意とした機体であり、そこに既存のISにはない機能を追加させようと、レイレナード社全体が躍起になっているとの事で、機能の候補としては以下の通り。

 

 ・慣性抑止フィールド“プライマル・アーマー(PA)

 ・PAを攻撃に転化した“アサルト・アーマー(AA)

 ・瞬間加速(イグニッション・ブースト)の軌道変更及び連続使用可能化

  …等々。

 

「…いやネクストだよねコレ」

 

 世界が変われど人は変わらないらしい。

 諦観の目で少年はそっと資料を閉じ、溜息を吐きながら寝台の上に乗せてあるバッグにしまい込む。

 その後、間も無く部屋の扉が開き、ためらいなく一人の女性が入室する。

 

「入るぞ」

「もう入ってる気もする」

「気にするな」

 

 少年用の個室に入って来たのは例に漏れず、織斑千冬。

 本日彼女は久方ぶりの非番であり、スーツでは無く私服を着ていた。

 

「そろそろ出る時間だ、準備は出来ているか?」

「荷物らしい荷物もないから、大丈夫だよ」

 

 今日の少年は、病棟から支給された白い寝巻きを着ていない。

 その代わりに極一般的な衣服(上下共に長袖)を着用している。

 彼のこの服装には理由があった。

 

 本日を以って、404号室の使用期限は終了であり、少年は大分回復を見せていたが、この頃と同時、政府暗部から怪しい動きが目立つ様になる。

 現状、レイヴン・イェルネフェルトはヴォルフガングの養子登録が未だ出来ていない。

 

 そこでレイヴンは彼を保護する為に、織斑千冬に少年を同じ部屋に入れる事を委託した。

 千冬はこれを戸惑いつつ承諾し、これからの生活の為に少年の私服を購入した。

 

「…服のサイズは問題ないか?」

「うん、背が伸びてなかったのはショックだったけど…でもこんなしっかりした服って初めて着たかも」

 

 えへへ、と無垢な笑顔を見せる白い少年。

 吐いた言葉に悪意は無い。彼は心底からそう思い、とても嬉しそうな様子を遠慮の一つも無く見せている。

 

 世界最強と呼ばれた女は、その横顔に引け目を感じてしまう。

 

 それが良心の呵責だと彼女は知っている。

 だからさっさと吐いて楽になりたい。

 そう願えど何故か彼女は中々踏み出せずにいる。

 

「…、───そうか。だがまぁ、きっとこれから伸びるさ。成長期だからな」

「そうだよね、カルシウムとか今から摂れば伸びるよね、あと夜早く寝るとか!」

 

 …織斑千冬は、伝えていない。

 少年の身体は、これ以上成長出来ない事実を。

 隠している事が、それだけならまだいい。

 ただいつかは───。

 

 眼前で年相応の笑顔を浮かべる様になった少年に告白しなければならない。

 

 己が過去に友人と共に起こした事件を。

 それにより今の世界が生まれたことを。

 その結果、少年が悲劇を背負う事になってしまった事を。

 

 そして、そんな日が来ることを、彼女は無意識のうちに忌避している。

 

 今はそんな事を知る由もない織斑千冬。

 彼女は、傷塗れの身体を衣服で隠した少年と共に自らの住処に足を進めた。

 

 

 互いのせいで、今があるのに。

 

 

   ✳︎

 

 

 かちゃり、と銀色の塊が半分回った。

 

 開いた扉から遠慮がちに白い長髪が覗く。

 女性とも見違える中性的な少年が、ひっそりと部屋に入った。

 彼の手には学生鞄みたいな革のバッグが握られており、中身には簡単な着替えと複数の資料程度だけ。

 当たり前と言えば当たり前だ。彼は今日に至るまで日用品などとは限りなく無縁に近い人生を送ってきた。

 

 ただ、それも今日までの話。

 これからヴォルフガングは、少しでも真っ当な人間らしい暮らしが出来るだろう。

 此処は確かに織斑千冬(にんげん)の住む部屋なのだから。

 

「…………」

 

 リビングにてやはり、少年は驚く。

 綺麗な部屋、整った雑貨に電化製品。破れていない大きなガラス窓から見える夕日と緑と街並み。

 そこに前生の面影(戦場の火)は無く、さりとて今生の影(幼子の血)も見られない。此処は真に“平凡な暮らし”がある。

 しかし…少年はきっとそれに()()()()

 

「……違う」

 

 ……彼は思う、()()()()()()()()()()()()

 

「今、何か言ったか?」

「ううん、何でもないよ」

 

 

 ……戦場から戻って来た者の中には、望んでいたとしても、平穏を享受することが出来なくなってしまった者もいる。

 一度闘争のテンションを味わった者は一生戦場に身を置くことになる。

 少年の「肉体」はそうではないかもしれないが「意識」又は「魂」とも言うべきか、ともかく彼の「中身」は絶対に違う。

 “首輪付き”はあくまで闘争に生きた者だ。殺し殺された者。例えばの話、彼が幾ら闘争を蛇蝎の如く嫌うようになっても、一度味わった「麻薬」から脳は逃れられない。

 

「……僕は何処に居ればいいのかな」

 

 だから彼は“きっと此処での生活は長く持たないだろう”と思い、先を見通した一言を呟いた。

 そしてその一言だけを聞いて、いつの間にかノンアルコールビールを片手に持っていた織斑千冬は何でもないかの様に言う。

 少年の内心を彼女は知らない。だから言えるのはいたって普通の言葉だけ。

 

「空き部屋が一つある。昨日片付けたばかりだが、寝床と机、それとIS関連の物も揃えて置いた。足りない物があれば、一緒に買いに行こう」

 

 その姿を見て、“首輪付き”は少し笑った。

 確かに目の前の人は、訣別した恩師(セレン・ヘイズ)と姿形こそ合わせ鏡の様に見えるけれど、実際は違うのだ。

 彼女は彼女でしかない。無くした者、別れた者は幾ら望もうと戻ってこない。それが自分の意思で手放したのならば、尚更のこと。

 それが少年にとっては何処か悲しかった。そう思っている己に驚くと同時、激しい自己嫌悪を抱く。

 ───お前が殺したのだろうと、お前が手放したのだろうと、自身を縛った。

 

「取り敢えず、何日か過ごしてみてからかな」

「…そうだな」

 

 酔えない酒を飲み、先行きを不安に思いつつ女は苦く笑う。

 しかし少年は微笑み、これからを思い手を伸ばした。

 

「だから、これからよろしく」

「ああ、よろしく頼む」

 

 一先ずは、握手。

 これから待つ前途を如何に乗り越えるか、それよりも己はこの世界でどう生きればいいのか、それが少年の抱く不安。

 少年とどう向き合うべきか、いつになれば己の咎を吐けるようになるのか、それが世界最強を苛ませるもの。

 互いに抱く不安は多い。だが今はそんなものだろうと、中々に平凡なスタートを切った。

 

 

 

「僕の部屋ってこっちですか?」

「ッ!?待て、そっちの扉は開くな!!」

「へ?」

 

 …話は変わるが、織斑千冬という女は家事に関しては全くのからっきしだ。

 彼女の弟はその逆だが、それはまた別の機会とさせていただく。

 

 ともかく、女の家事スキルはゼロを振り切りマイナスと言っていい。

 そんな彼女が自身の部屋を散らかしていない訳がないのだ。

 にも関わらず今日ヴォルフの見た部屋は、少なくとも見た目は綺麗に整理整頓されていた。

 

「…………うわぁ」

 

 少年は見る。その実態を見てしまう。

 ゴミとゴミとゴミ。散らかされた衣類やら何やら。そこかしこに放置されたなんかもう意図もよく分からないダンボール。缶ビールの残骸が無数。

 少年が目の当たりにしたのは弊害。これは急な来客および同居人が来た為に、織斑千冬が彼女なりに掃除した結果。

 

「うわぁ…………」

 

 ドン引きである。“うわぁ”と言った数二回。

 心の底からのドン引きなのである。

 この凄惨な殺人現場(被害者:部屋一室、凶器:ゴミの山)を作り出した張本人は至極気まずそうにしていた。

 

「……いや、そのだな、いつもならもっと綺麗なんだが…最近色々と忙しくてな」

 

 そんな感じで誤魔化し沈静化を───駄目だった。少年は赫怒の笑顔(ブチ切れスマイル)で彼女を見つめている。

 ヴォルフは切れた。どうしてこうなるまで放っておいたんだ、そう小一時間ほど問い詰めたいと思っている。だが恐らく、千冬の言う「忙しかった」理由には自身の事もあるのだろうと思い、何も言わなかった。

 その代わりに、少年は尚のこと激怒した。必ず、かの無量大数のゴミを除かなければならぬと決意した

 

「ゴミ袋、掃除機、雑巾、洗剤と新聞紙」

「……………………………ああ」

 

 世界最強、少年の剣幕に動かされた瞬間である。

 この後、たった一人の女性の部屋から出た無数のゴミにより、ゴミ収集員は大量の仕事を強いられる事となる。

 これにはさしものドイツ軍部、特に織斑千冬から指導を受け恩義と尊敬の念を持つラウラ・ボーデヴィッヒも流石にドン引きであった。

 

 

 夕日が傾きつつある時、とある一室から二人分の叫びが空に響いていく。

 

「あー、もう!なんで下着がその辺に置きっぱなのかなぁ!?しかもこれ上下バラバラじゃんか!」

「ッ〜〜お前!!!」

 

 少年の声は半ば悲鳴じみており、それを受ける女の声はもはやいたたまれないものだった。

 

「羞恥心があるならちゃんと仕舞ってよ!あと雑誌を冷蔵庫の中に入れない…冷蔵庫の中に雑誌!?」

「……ッく!」

「何で悔しげにしてんの…あー…今日中に足の踏み場くらい作らなきゃ……」

 

 …中々に幸先の悪いスタートではあるが、これもきっと少年にとって良いリハビリになるだろう。

 彼が真っ当に生きられるようになる為に、社会復帰運動は通過する必要もある。ならばこれは怪我の功名というやつだ。

 




レイヴン「少年保護したいけどまだ養子登録時間かかりそうだから一緒にいてあげてくれまじで頼む」
ちっふー「……まぁ問題ない(部屋掃除しないと…)」

首輪付き「あんた一体何なのよ!缶ビールの残骸は捨てない!ソファの上にはゴミ袋の山!足の踏み場もない!いつもはもっと綺麗なんて突然メチャクチャは言い出す!かと思ったらゴミの山が倒壊する!挙句はベッドの下から酒瓶がゴロゴロ転がる!あんた人間なの!?お次は冷蔵庫の中から雑誌ときたわ!本棚が倒れてきたんであんたを助けたわ!そしたらあたしが掃除してる身よ!どうして部屋がこんなになるまで放っておいたのか教えて頂戴!」
ちっふー「(´・ω・`)」


知らなかったのか?闘争からは逃げられない。
今回はちょっと内面抉り。正直書いてて楽しかった()次回はIS試運転、と言っても専用機が出てくるのはまだ当分先の話です。
それと少しきな臭い話も出るかも?
???・????「そちらにとっても、悪い話では無いと思いますが?」
次回投稿は遠い先の事に成りそうですが、まぁ頑張りますねん。

・容姿モデル
ヴォルフガング…刀剣乱舞の今剣ちゃんとDies Ireaのアンナ(速い方)ちゃんを足して二で割った感じ。最近、刀剣乱舞を友人(男性)がやってるのを知ってちょっとびっくり。
レイヴン・イェルネフェルト…DRIFTERSの薩人マッシーンこと島津豊久さん。因みに私が戦国武将で一番好きなのは父と同じく島津義弘。
フィオナ・イェルネフェルト…声の影響なのかペルソナ3のアイギスがしっくりきたけど、お前どう?
シュトルヒ・フェット…鋼の錬金術師のノックス大先生。あんな人が身近に欲しかったなー俺もなー。
アブ・マーシュ…キノの旅の『相棒』、緩い感じでクッソえげつないムーブかます所とか大好き。


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4.5:Hello my ……

幕間である。後々重要な事につながったりするのである。



 同居が始まり一週間。月曜のよく晴れた日。

 織斑千冬とヴォルフガングの部屋に、一人の来客がやってきた。ボブカットにしたブロンドカラーの髪と、スカイブルーの瞳を持つ女性。

 名をフィオナ・イェルネフェルト。遠くない先、少年の養母となる人物だ。

 

 そんな彼女の第一声はこれである。

 

「…私、部屋間違えてない?」

 

 嫌味でも無く、ただ純粋に不安そうな顔でそう彼女は言った。

 それも仕方ない。今まで最早壊滅的ないし野盗に襲われた様に散らかった部屋が、ある日突然綺麗になっていたのだから。

 フィオナのこの発言に、織斑千冬は申し訳なさそうに“間違えてないさ”と返した。

 

 

 

 

 リビングには白い長髪をヘアゴムで纏めた少年、ヴォルフガングが“メアリー・シェリー著:雑種でも分かるIS操縦法操縦の基本”と書かれた冊子を読みながらソファの上で仰向けに寝転がっている。

 熟読中なのか、来客には気づいていない様子だ。

 

「客が来た時はしゃんとしろ」

「ぐべっ」

 

 千冬が本の上から手刀を落とす。本と共に顔面へ衝撃を叩き込まれた少年は、呻き声を上げながら起き上がった。

 …シャツの上に長袖のパーカーを羽織っているが、シャツ自体のサイズがあっていないので、かなりヨレヨレだし、傷痕の残る肌が見えている。

 それを見た金髪の女は黒髪の女、織斑千冬に問うた。

 

「…サイズ、あってないんじゃ……」

「ん、ああ…買いに行った時、これしか無くてな…」

「持ってきて正解だったわね、この辺りの服屋って品揃え悪いもの。仕方ないわ」

「すまん、助かる」

「気にしないで、大丈夫よ」

 

 カサ、と紙袋を手渡す。中には衣類が複数枚入っており、そのどれもがヴォルフのサイズに合ったものだ。

 少年は背伸びをして紙袋の中を覗き、内容を把握すればチフユ共々フィオナに感謝しながら頭を下げた。

 

 …その間、少年は猛烈な既知感と奇妙な感覚に苛まれている。当たり前だ。前生で己を踏破(ころ)した存在と瓜二つの人間を目の当たりにしているのだから。

 

 ヴォルフは最近SF小説を読んでいる。今生の己が置かれた状況を理解する為だ。

 そこで彼は唯一しっくりきた答えを見つけた。所謂平行次元世界(パラレル・ワールド)の存在である。

 ある時空から分岐し、それに並行して存在する別の時空、“もしもこうだったらどうなっていたのか”という形が実現した完全なるIFであり、自身はそこに居るのだろうと一応の折り合いをつけている。

 だからこそ、フィオナやレイヴンといった()()()()()()()()()()に会った時、動じないだろうと思っていたが…やはり慣れないのだ。

 

「? どうしたの?」

「…ううん、何でもない」

 

 閑話休題。

 ともかく、少年は彼女が今日来た要件を訪ねる。

 

「今日は、服を届けに来たのと…それと、部屋が大丈夫かあの人に見て来てくれるように頼まれたの」

「………なるほど」

 

 あの人とは十中八九レイヴンの事だろう。話題の真ん中である織斑千冬は露骨に目を逸らす。それを見た金髪と白髪は互いの顔を見合わせ、脱力したかのように力なく苦い笑みを浮かべた。

 場の雰囲気に耐えられないと悟った千冬は、ガシガシと頭をかいてややぶっきらぼうな声色で。

 

「せっかくだ、茶でも飲んでいけ」

 

 と、強引に空気を変えた。

 

 

 

 

 入れたのは紅茶。茶菓子はカヌレ。二人の女性はその二品を堪能する。

 少年は気を利かせたつもりか、一人自室に篭ってISについての学習を進めている。

 

 テレビはついていない。鳥の声がよく聞こえ、爽やかな青空が映るガラス窓は開いており、澄んだ空気が流れて来る。

 ───この場には清涼な沈黙が満ちていた。

 織斑千冬もフィオナ・イェルネフェルトも、今は互いにこの静謐な時間を安らかに過ごしている。

 

「本当、言うとね」

 

 苦笑いと共に、ブロンドカラーの髪を持つ女が口を開いた。

 

「少し、…かなり不安だったの。貴女の事も、あの子の事も。最初の(あの)頃のあなた達は、本当にいつか壊れてしまいそうで、怖くて…でも医師の人に任せるしかなかったから」

 

 抱えていた不安を吐露する。

 実験より生み出された二人。その心情は想像を絶する程に苦しいものだった筈。だからこそ、フィオナは二人が心配だった。

 織斑千冬は黙って、彼女の言葉を待つ。それが千冬なりの彼女への向き合い方でもあったから。

 

「だから…今日、あなた達二人を見て、ほっとした。私の不安なんて、最初から杞憂だったんだなって分かったの」

「……そうか」

 

 憑き物が落ちた様な、晴れやかな笑顔を見る。

 しかし数秒挟み、眉間にシワがよる。

 出来上がった剣幕を見て、千冬が僅かに目を見開く。急激な表情の変化に何事だと思い、とっさに身構える。

 しかし次にフィオナが口にした言葉は、なんて事はないただの小言だった。

 

「話は変わるけど…せめて洗濯ぐらいは自分でやりましょう?」

「む、なぜ分かった?」

「……そこは否定して欲しかったわ」

 

 顔を伏せる金髪の女。彼女の“少年が基本的な家事をこなしているのではないか”という懸念が的中してしまった瞬間である。

 

「家事は苦手でな…」

「仕方ないとは分かっているけど…」

 

 知っての通り、織斑千冬は家事に対してはからっきしな上に、常日頃から多忙な人間だ。掃除や洗濯など溜め込むのが常である。

 なので月に一度大々的な掃除が行われる。時折協力していたのがフィオナである。彼女は千冬の性質を把握していた。

 

「推定15、6歳に自分の下着洗わせる二十代の女性が何処にいるの」

「……字面が酷いな」

「分かったなら改めましょう?あの子、まだ子どもよ?」

「いや、分かってはいるんだ。しかしやろうと思った時には殆どの家事がもう終わっていてな、一度前に───」

 

 『私がやるからやらんでいい』

 

「と言ったら」

 

 『は?』

 

「普段高い声しか出ない喉から重低音がした」

「家事方面の信用ゼロじゃない…」

 

 フィオナは嘆いた。この一週間で一体何があったのだ。少し落ち込んだ気分を晴らそうと、互いに紅茶を口に含む。

 その後、互いの顔を見合わせてから一拍を置き、場の雰囲気をフラットに戻した。その少しの後、フィオナがゆっくりと疑問を口にする。

 

「…どうして、あの子を預かろうと思ったの?」

 

 彼女はずっと気になっていた。

 

 少年が保護された当時、織斑千冬という人間は多忙であった。非番の日がきちんと設けられてはいるが、基本的に夜や夕方に家へ帰って来る機会は少ない。いつも戻って来るのは深夜の時間帯が常であった。

 はっきり言って余裕の無い生活だった。少年を預かってから、その様な事情も加味され、今は以前より大分ゆとりのある生活とはなったが。

 

 世界最強は打算家では無い。故にどうしても気になったのだ。何故あの様な余裕なんて何処にも無い状況の中でも、自身にとって相対するのも苦しいであろう存在を預かろうと思ったのか。

 

 その返答もまた、ゆっくりと返された。

 

「……考えた事もなかったな。あの時は…ずっと何かに必死だった気がした」

 

 

 

「ただ今は、そんな必死さなんて何処かに行ってしまったかの様に思える」

 

 ティーカップを手に微笑むその姿には、いつもの凛々しさなど無く───ただ穏やかで、肩の力が抜け切った姿であった。

 

 

「今も、少し…いや、かなり苦しくはあるがな」

「……私は力になれそう?」

 

 

 常に胸を締め付ける圧迫感を解く日。

 いつか来るその日を、織斑千冬は忌避している。

 

 

「ああ、もしかしたらいつか頼るかもしれん」

 

 

 

 

  ✳︎

 

 

 フィオナが帰路に就き、時が過ぎる。いつも通り家事は少年がこなした。やはり千冬に対して家事方面の信頼はゼロらしい。

 いつも通りの一日が過ぎ、織斑千冬は寝床に就き少年もまた自室へと戻った。

 

 時刻は深夜二時。千冬は起きた。理由は単に変に目が覚めただけだ。

 ごく稀にこういった事は誰にでもあるだろう。

 

「……」

 

 周囲を見渡す。綺麗になった部屋。以前の様なゴミ屋敷ぶりは何処へ行ったのだろうか。寝台の隣にある小机に置いておいた水を飲みながらそう思っていると、ペンの走る音が彼女の耳に届いた。

 廊下に出ると、ヴォルフの部屋から聞こえて来た事が把握できる。少年の部屋の扉は閉まっているが、隙間から間接照明の光が漏れていた。

 

 部屋に入ると、白い髪を無造作に乱した少年がクロスワードパズルを解いていた。何やら苦戦しているらしく、眉間にシワが寄っている。

 千冬は少年の側に座り、静かな声で聞いた。

 

「…寝れないのか?」

「……うん、でもずっと起きているのは暇だったから…これをやってたんだ」

 

 少年の抱えた不眠症。これは回復の目処がまだ立っていない。一日毎に医師から診療を受けた事で過眠症の方はなんとか治療出来たが、不眠症の方からは中々抜け出せずにいる。

 とは言え、以前よりはマシだ。内臓疲労も肉体的な疲労も変わらず慢性的ではあるが、病理が一つ減った事で精神的な疲労の要因は確かに減ったのだ。この調子で、不眠症の治療も未だ続いている。

 

「うーん……」

 

 からんと、シャーペンが転がった。

 どうやら途中で行き詰まったらしい。

 ぺしょ、と机に頭を投げ出した少年。

 

「ペルーのウルバンバ谷に沿った山の尾根にある15世紀のインカ帝国の遺跡ってなに…?」

 

 うごごご、と呻きながら訪ねるヴォルフ。どうやら自分の力だけで解けなかった事を悔いているらしい。

 黒い髪を耳にかけながら、千冬はやや考える。聞き覚えはあるが、記憶は奥底にあるらしい。しかし思い出すのにあまり時間はかからなかった。

 

「マチュピチュだ」

「マ、チ、ュ、ピ、チ、ュ…あ、ホントだ」

 

 文字により一列が埋まる。どうやらそれでクロスワードの答えは出たのか、少年は雑誌を閉じて本棚にしまい込んだ。

 

「…ふへっ」

「どうした?」

 

 唐突に少年の頬が緩み、薄い腹が震える。

 

「い、いや、チフユが何か真面目な顔で、マチュピチュだって言ったのが、なんか、じわじわ来て、ぷ、あはははははッ!ごめんもう無理お腹痛い!」

「…お前のツボはよくわからん」

 

 そう言った女の口元は、少し緩んでいた。

 

 時刻は午前二時。誰もが寝静まる時間。ただ近所の事を考えて、小さく笑う声が密やかに響いている。

 

 

 

 

 

 

  ✳︎

 

 

 

「Hello hello? レイヴン?」

「こんな夜更けに何の用だ、アブ・マーシュ」

「いや制作途中のストレイドなんだけどさ、途中でハッキング食らって今クラッシュカウンターぶち込んだんだ。ついでに逆探知もしたとこ」

「……それで?」

「ハッキングした奴がどーも“天災”っぽいんだよ、これが。いやまぁ、確証はないからなんとも言えないんだけど」

「篠ノ之束がか?何故?」

「さぁ?取り敢えずこの案件は確かに伝えといたぞ。あとこれは社長にも伝えといた。お前も十分気をつけといてな」

「…亡国機業(ファントム・タスク)の事でも多忙だというのに。次から次へと仕事が舞い込んでくるな、今年は…」

「…Oh. …今度飲みにでも行くか?」

「……ジョシュアも連れて来てくれ」

「Ok んじゃ、その日まで胃をぶっ壊すなよ」

 

 

 




〜IS参考書一覧〜
・雑種でも分かるシリーズ
・いい的にならない方法百選
・月間月光
・メノ・ルー直伝操之技
・週刊とっつき
・ウォルコット姉弟による戦術指導

・クラッシュカウンター
ハッキングした奴のパソコンを強制的にブルスク状態にする血も涙もないカウンター。相手(のデータ全て)は死ぬ。篠ノ之博士のデータの運命や如何に。
・カヌレ
おいしい

・ジョシュア
姓名はオブライエン。実は織斑千冬の近所に住んでる。アブ・マーシュと共にアスピナからレイレナード社へ移った人。フィオナ、レイヴンとは友人関係。最近は絵を描いている。犬の散歩が趣味。




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STASIS


メインシステム、戦闘モード起動します
ようこそ、戦場へ。
あなたの帰還を歓迎します




 早朝5時、ドイツIS訓練場控え室。

 傷の首輪を持つ少年、ヴォルフガング。彼が着ていた服はロッカーに押し込まれており、彼は代わりに“ウェットスーツの様なもの”を身に纏っている。

 

 “様なもの”と言うには理由がある。それはウェットスーツと言うには分厚過ぎるのだ。また各部にはベルトの様な帯が取り付けられており、それは少年の矮躯を補強しているのは明白だった。

 

 彼の纏う黒い装束の正体はISスーツ。

 ISを効率的に運用するための装備品。

 

 少年の物は特別仕様であり、普通の物より丈夫に出来ている。その為、外見も通常のISスーツよりも幾分か重厚に見えるのだ。

 

「…動きにく……」

 

 …その分動きやすさに欠けるが、そこは仕方のないこと。

 少年は溜息と共に髪をヘアゴムで束ねる。それで一通りの準備は終わり。彼は動きづらそうに歩き、控室から訓練場へと赴いた。

 

 訓練場には先んじて白ジャージを着た織斑千冬がタブレットを片手に待っていた。その隣には訓練用ISラファール・リヴァイヴが待機している。

 彼女は少年に気づくと、タブレットの画面を二、三度指で叩く。液晶にはラファールのデータが表示された。

 

「来たか、ISスーツの方に問題は無いか?」

「…ギチギチして動きにくい。脱いじゃダメ?」

「我慢しろ、お前の身体の為だ。人体模型の様にバラバラになりたいのなら話は別だがな」

「着てまーす…」

 

 うげ、とした顔で少年は頷く。いくら彼でも肢体が四散するのは嫌らしい。

 

「さて、今朝言った通り、今日お前には実際にISを動かして貰う。またその際、レイレナード社と軍部からの要望であるお前の戦闘データも収集する。手は抜くなよ、お前の将来を決める一日だ」

 

 そう言って、千冬はタブレットをヴォルフに渡す。

 

「ラファールの装備は、お前の専用機“ストレイド”の初期装備を準拠に編成されている、エネルギーブレード、マシンガン、プラズマキャノンだ。

 …アブ・マーシュの奴は“他の武器も使える様にした方が後々楽になる”と言っていたが、一先ずこれを搭載させた。どうだ、やれるか?」

 

 黒髪の女が少年に問う。少年は黙って液晶を眺めていたが、次第にくつくつと笑い声が溢れ始める。

 彼の瞳に、普段の様な無垢さは何処にも無い。獰猛に尖り、動向の開いた双眸は、今もなお静かに佇む機体に向けられる。

 

「チフユ。多分僕ぶっ倒れると思うから」

 

 するり、とヴォルフの真白な指が鋼の塊を撫でる。傷の首輪を付けた少年は恍惚に笑い、まるで甘い紫煙を頬張るかのように息を吸った。

 待つ闘争へ期待し興奮する、アドレナリンが脳髄を席巻する。最高に酔える量だ。脳内麻薬に浸かって、気分は随分と良くなった。スーツの不快感なんてどっかへ消え失せている。

 

「その時はお願いしていい?」

「───ッ…!」

 

 織斑千冬は、少年の陶酔しきった微笑みを見てざわりとした感触を覚える。

 これが子どもの浮かべる笑みか? 否だ。今目の前にいるのは誰だ? これがあの少年? 誰かとすり替わったのかのではないのか? 本当にそう思い込んでしまいそうになった。

 そう思って、彼女はヴォルフを網膜に写し直す。居るのは困り笑顔で頼みごとをする白い少年だ。

 …肩の力が抜ける。今のは何だったのか、微かな不安と共に少年の要望には溜息を吐いた。

 

「…自己管理能力も身につけておけ、何から何まで面倒見きれん」

「あははっ、だよね。でも今日だけお願いだよ。今週の台所当番全部僕にしていいから」

「…………………今日だけだぞ」

「はーい」

 

 少年に装着されたラファールが起動する。それと同時、彼と同じく訓練用のISを身に纏った三人の軍人がゆっくりと降りて来る。

 三人の操縦する機体は少年と同じくラファール。その内一人は二門のガトリング砲を追加装備したモノを装着していた。

 少年はマシンガンを持ち直す。彼と相対する三人の軍人もまた構えをとる。

 

「時間制限は無し。試合や通常模擬戦同様、ヴォルフのシールドバリアーのエネルギーがゼロになった時、又はお前達三人のエネルギーがゼロになった時に測定を終了する」

 

 説明と共に千冬は訓練場の観戦席へ移る。訓練場にはゆるりとした空気が流れていた。

 三人の軍人が、眼前の少年を脅威とも戦力とも見ていないからだ。

 彼女達は教官から“初心者に歩幅を合わせろ”と事前に言われていた。

 事実今日出て来たのは線の細い少年だ。しかも適性はDと来た。これは手加減も難しいだろうと、そう油断しきっていた。

 

「お前達、準備はいいか?」

 

 今日この日、彼女らはその侮りを心の底から悔いる事となる。

 

「開始しろ!」

 

 始まりの瞬間、少年はガトリングを装備したラファールに爆速で両足蹴りをお見舞いした。

 

 

  ✳︎

 

 ガトリングを装備したラファール搭乗者である黒ウサギ隊(シュヴァルツ・ハーゼ)所属の一隊員は、一瞬何が起こったのか理解出来なかった。

 遅れながらやって来た爆音と共に、現状を理解する。教官から開始の一言と同時、即座に白い少年は両足を此方に向けてかっ飛んで来た…つまりは単なる突撃(チャージ)だ。そして己はそれをモロに食らった。

 

 ただ、現実を理解した時にはもう遅かった。彼は即座に足を目一杯開き、武装であるガトリングの銃身部分に足を引っ掛ける。

 そしてそのまま、右手のプラズマキャノンを数度機体にゼロ距離で数度放つ。

 ゴリゴリと削れるエネルギー量。慌てながらも迎撃しようとした時には既に手遅れで、ブレードを最後の一撃に貰った。

 

「───良い、良いねこれェ…!」

 

 一名、数秒で脱落。少年はそんな戦果などに浸らず、悦楽の笑みを浮かべてマシンガンを構え直す。

 

「うっそでしょ…?」

 

 二機のラファールの片割れ、茶髪の女がそう呟く。嘘だ、ありえない。そう現実を否定したくとも、結果は揺るがない。

 ───あれが初心者? 巫山戯るのも大概にして欲しい。私の知っている初心者と違い過ぎる。あの少年は、あの例外は一体何なのだ。

 彼女はその恐れを振り払おうと、銃器から弾幕を張る。流石は軍人というべきか、恐怖に囚われても照準は少年に合わせていた。

 

「ハハ、アッハハハッハハッ!!」

 

 だが当たらない。適性D相応の動きと速度だ。練度の高い軍人なら簡単に撃ち落とせる筈なのだ。だというのに、少年は四枚の多方向加速推進翼を駆使し、縦横無尽に飛び回り弾幕の隙間を縫う。

 このままでは不味いと判断したもう一人のラファール操縦者である金髪の女も、武装をアサルトカノンに切り替え援護射撃を行う。

 

 開ききった瞳孔で、少年は弾丸の雨を見る。避けられないと悟ったのか、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「はぁ!?」

「イかれてる!あいつ正気か!?」

 

 大幅に削れるヴォルフのシールドエネルギー。しかし尚彼は回避動作を見せない。寧ろ速度を増していく。茶髪の女は弾を撃ちながら後退していたが、ついに追いつかれた。

 その刹那、女は己の鳴らす銃声の中に紛れて、鈴の音の様に透き通った歌声を聴く。彼女は当然幻聴だと思った。しかし違った。違ったのだ。

 

O Danny boy, (ああ、私の愛しい子)the pipes, the pipes (あの笛の音が)are calling(貴方を呼んでいるわ)

「…本当に気でも触れてるんじゃないのアンタ!!」

 

 少年だ。ヴォルフガングの歌声だ。獣の如き眼光が、茶髪の女を捉えて離さない。彼によってマシンガンによる応酬が始まった。

 銃口は至近距離、逃れようとしても離れられない。金髪の女による援護が入ると、ヴォルフは被弾の一瞬を、茶髪の女を盾にする事でやり過ごす。

 

'Tis you, 'tis you must go(あなたは私を遺して)and I must bide.(去ってしまうのね)

「何なの…!?これじゃ本当に化け物よこの子!」

 

 怪物が歌と共に命を刈り取りに迫る。そんな幼い頃に聞いた御伽噺を想起させるには、充分な恐怖が其処にある。彼女らは悔いる。たとえ子供が、たとえ男が、たとえ低適性者が相手でも、侮るべきではなかった。

 

And kneel and say(どうかお別れの) an Ave there for me.(最後の言葉を頂戴)

 

 侮った結果がこれだ。予期せぬ怪物(イレギュラー)の登場により、敗北を刻まれていく。恐怖に陥った時点でベストなど尽くしようがない。

 何の変哲も無いはずの民謡が、今や恐怖の象徴と化した。彼女らが自信を喪失するのに時間はさほどかからなかった。信じられないと嘆いた。

 

 対照的に。

 

 傷の首輪を付けた少年は、この一時一時を味わい尽くす。久方ぶりに味わった闘争のテンションが、ヴォルフに酩酊感を与える。

 歌う歌う。踊る踊る。正しく少年は「酔っ払い」だ。その結果がご覧の通りの歌劇である。

 

 

 悪夢の如く時間は僅かで過ぎ去る。

 少年の独壇場(オペラ)はフィナーレだ。

 

 茶髪の女にはブレードによる引導を。

 金髪の女には弾幕による幕引きを。

 白髪の男には微かな命が残った。

 

 

 時間にしておよそ三分。ヴォルフよりも先に三人の軍人が操るISのエネルギーが尽きた為、今回の能力測定が終了した。

 それと同時、白髪の少年は口から大量に血を吐き出す。いきなり激しく動いた結果としては当然だ。

 

「っ… あぇッ、はッ…! っ…」

 

 少年の意識が明暗する。彼はえづき、血を吐き続ける。倒れそうになる身体を銃身で支え、必死に顔を上げた。

 蒼穹が白い少年を見下ろす。さやわかな風が、汗ばんだ柔肌を撫でる。

 ヴォルフは笑う。心の底から、万感の思いを込めた笑みを浮かべた。

 

「〜〜〜〜ッ楽しかったぁ…!!」

 

 その一言で最後。彼の意識は完全に途絶える。制御を失った肉体は重力に従い、地に着こうとしていた。その矮躯を支えたのは、少年が吐血した時点で駆け寄っていた織斑千冬だ。

 

「誰が血を吐いて倒れるまでやれと言った馬鹿者が。心配をかけるな全く…」

 

 彼女は呆れた声で眠る少年にそう呟く。

 

「…救護班、私はこいつを病棟まで運ぶ。それまでの間あいつら三人を頼むぞ」

「了解です!」

 

 彼女は溜息を吐き、ヴォルフを抱えたまま医務室を目指して歩き始めた。

 付添い人は長い銀の髪を持つ少女だ。

 

 やや早歩き。呆れはしたが心配はしていない訳ではないのだ。微かな不安はそのまま歩くスピードと歩幅に変換されている。

 付き添いの銀髪少女は、千冬を見失わないように精一杯だ。それを見て千冬はほんの少しだけ歩く速さを抑えた。

 

「ラウラ、お前からヴォルフはどう見える?」

 

 道すがら、そんな事を問いかける。

 ラウラと呼ばれた銀髪眼帯少女はやや待って口を開いた。

 

「…所感ですが…。印象としては“獣”です。それも“勝利のみ”を貪る愚鈍な。

  しかし、戦いを至上の娯楽としている輩とは違うように見えました」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒは語る。己の視点から見た少年の印象を。

 黒ウサギ隊の中でも屈指の実力者である彼女ですら、ヴォルフに不安と恐怖を抱いた。今の少年には勝てるだろう。だが彼がこれから先、今よりも力を付けたとしたら? 

 かの少年は恐らく、そう遠く無い内に己を超える。その事実はすんなりと受け入れる事が出来た。それ程までに驚異的なのだ。

 

「…戦う事しか知らない。まるで、誰かにそう植えつけられたみたいに」

 

 気付けば、そんな事まで語っていた。

 

「…正しく“首輪付き”か」

 

 織斑千冬は、担いだ少年の首の傷に触れた。

 “首輪付き”とは彼を揶揄する渾名だ。

 最初は彼の存在を知ったとある若い軍人が、ヴォルフの事をそう呼んだ。

 傷の首輪を付けているからと、そんな簡単な理由。しかし首輪とは本来獣を手繰る為に取り付けるためのものだ。

 

「…私の目には、仔犬にしか見えないが」

「アメリカン・ピット・ブルテリアは仔犬だとしても充分危険だと聞きました」

「よく知っているな、お前」

 

 しかしまぁ、と少し頬を緩ませて彼女は言う。

 

「こいつには、戦いの事以外も教えなければならない。血生臭い事だけに特化しても、真っ当に生きられる道理はないのだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

   ✳︎

 

 

 

 

「……あいつ、アブ・マーシュ……何なのあのカウンター…時間差で数増して再来とか、無害なソースコードとほぼ同化とか、1秒ごとに解除コードが変わるとか、頭おかしい…」

 

 地獄の底から這い出るような声が、とある移動ラボに響き渡る。

 

「あいつだけはいつか絶対殺す……」

 

 声の正体は篠ノ之束。単独でISの基礎理論を考案、実証のみならず、全てのISのコアを造った自他共に認める「天才」科学者。

 そんな彼女が、今は疲労感と無力感に打ちひしがれていた。

 

「……ああ…」

 

 彼女の顔を、青い光が照らす。

 光源は彼女の眼前にあるブルースクリーン状態のコンピュータだ。

 

「束さん秘蔵のコレクションがぁぁぁ…!」

 

 殆どのデータは守れた。しかし今日、彼女の秘蔵品である妹と親友の盗撮写真集は電子の世界から消え去った。南無三である。

 

「はぁ……思い出したらムカついて来た」

 

 溜息を吐きつつも、篠ノ之束の指先は生き残ったコンピュータを操作した。

 彼女は至極単純にドイツ軍部のデータバンクに侵入し、最奥部の機密ファイルに不正アクセスし、とあるデータを開く。

 開いたデータ名は[実験log#5]モニタに血に汚れた手術衣を纏う白い少年───“デザインド”被験体、NO.53の姿が表示される。

 

「…こいつは“危険”だよ、ちーちゃん。守る必要なんて本当はないの」

 

 今この場にいない親友を思い、彼女は呟いた。

 

「さっさと消した方がいいんだけど───まだ気になる所もあるし、今は生かしといてあげよっと」

 

 彼女はデータ面でしか少年を知らない。

 しかし天才であるが故にか、彼女は察した。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

 

 

 

 




ヴォルフの歌っていたはアイルランド民謡Danny boy両親や祖父母が戦地に赴く息子や孫を送り出すという設定で解釈されることも多かったそうな。
現物の著作権は当然切れていますが、和訳版の方は切れていなかったので和訳は独自のものです。

・感想コーナー・
隊員A「美少年の開脚は眼福でした(真顔)」
隊員B「彼はジャパニーズシマヅか何かか?」
隊員C(ポルナレフ状態)

首輪付き専用ISスーツ
見た目は「プロメア」のリオが来ている服の白いひらひらが無い版みたいな感じ。内臓、骨格、皮膚の施術痕が開かない又は悪化しない様に補強する役割を持つ。これを来てなかったら瞬間加速時に全身がバラバラだよ!(RD感)

Q.ちっふーと首輪付きのご飯事情
A.フィオナさんが来るまでは首輪付きが作ってました。下手するとちっふーはカップ麺とか惣菜ばっかになっちゃうからね、体壊すね。そんな訳で今は当番制です。月水木土が首輪付きで、それ以外はちっふー。

首輪付き…炒め物ばっか、というか焼く以外の調理法を最近まで知らなかった。味付けは濃い。傭兵時代(前世)の名残。
ちっふー…和食を作りたいが、海外だと日本製品はクッソ高いので代わりにジャーマン料理とか作る。

天災兎のデータ状況
盗撮類…全滅、サルベージの目処有
IS類…半壊、バックアップ有
その為…全滅、バックアップ有

アブさん「やったぜ」
束「ぶっ殺すぞ」


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WHAT?

お互いの関係というもの
少しの前進、ゴールは近いぞゴーゴゴー




 とある日の正午。測定後倒れたヴォルフガングは即日退院したが、不眠症治療の為に病棟への通院は依然変わらず続けている。

 彼は今現在、中庭にて専属医であるフェットから説明を受けている真っ最中だ。

 余程長く聞かされているのか、中性的な少年の顔が“もういいっす”みたいに歪んでいる。さっさとこの場から解放してくれとその顔が暗に告げていたが、医師はそれを理解した上で話を続けていく。

 

「つまり脳全体を沈静化させて睡眠状態にする薬ってことだ。…一応、効き目が極限的に弱いものを選んだ。長々と説明しちまったが、これでも不調が出た場合はすぐに報告してくれ、薬も飲むのを止めてだな」

 

 少年が持っているのは不眠症治療の為の薬だ。それも極めて効果が薄いもの。

 医師がこの薬を処方したのには理由がある。少年の身体がマトモでは無いということ。受けた実験により彼の身体は、構造が常人とは異なっている。

 また相当数の薬害に侵されていた過去もあり、気軽に薬を処方する事も躊躇われた。

 

「不調って例えばどんなの?」

「動悸、息苦しさ、湿疹、頬の赤み…あー、まぁとにかく少しでも体調がおかしいと感じたらすぐにまた此処に来い」

「はーい」

 

 少年の右目は変わらず、濁った視界のままだ。その治療も並行して進めてはいるが…結局、睡眠という体全体を休める時間が少年には圧倒的に不足している為、回復は芳しくない。

 それが医師目下の悩みであったが、ヴォルフはその事をあまり気に留めずにいる。彼はいまそれよりも、ISの訓練に精を出していた。無論、訓練時のみ無茶をしないように側には監視者が複数人付いている状態だ。

 

 “有用性の証明”───ヴォルフガングが生きる上で欠かしてはならないこと。その為、彼は限定的に自由行動を許された今でも鍛錬を積み続けている。

 …ISに乗る事が楽しいというのも、積極的に努力を続ける理由の一つではあるが。ともかく、彼は意気揚々とIS訓練許可を貰おうと足を運んだ。

 しかし、ヴォルフのIS訓練願いは受諾されなかった。これにはさしもの少年も少なからずショックを受けたのか、訓練場近くのベンチで呻いていた。

 

「…うー……うー…」

「…ベンチの上で呻くな」

 

 そんな近寄り難い少年に声を掛けたのは、銀の長髪と赤い瞳に加え眼帯が特徴的であるラウラ・ボーディヴィッヒだ。

 彼女は黒ウサギ隊の中で最もヴォルフと顔を合わせた回数が多い。と言ってもそれは、訓練場で良く会う程度のものである。だがそれでも、互いの顔と名前を覚える程度には顔を合わせている。

 

 とはいえ、ラウラのヴォルフに対する態度は心なしか冷たい。その理由はいたって簡単で、単なる嫉妬である。

 ラウラにとって少年の同居人───織斑千冬は尊敬の対象だ。畏敬の対象が、眼前の者につきっきりかつ同居。嫉妬を覚えるなという方が無茶だ。

 

 ちなみに黒ウサギ隊中でも織斑千冬とヴォルフガングの関係は話題になっており、その関係を奇妙に勘繰る者も少なくはない。

 ここ最近では日本通(自称)のクラリッサが、とんでもねぇ方向に誤った日本文化を隊員達に教えてしまったおかげで、ただでさえ昼ドラじみた妄想に尾ひれがつきまくった事は未だ新しい。

 

「……前から一つ聞きたかったのだが」

 

 ラウラはそんな体験もあってか、少年と教官の関係を明らかにしたいと切に思っていた。そして今はそれを叶える絶好の好機。

 だからこそ思い切って問うた。

 

「…貴様にとって、教官は何なのだ?」

「どんな…どんな? うーん…」

 

 ラウラの問いに、傷の首輪を付けた少年は戸惑う。言葉を探して悩み出す。

 少女は答えを急かす事はしなかったが、少年の前から動く事はない。それは暗に不回答を許さないという旨を告げている。

 ややあってから、少年は口を開いた。

 

「恩人で、目標かな?」

「恩人…?」

 

 うん、と一度頷き少年は続ける。

 

「あの人はさ、地獄みたいな所から僕を出してくれた。青空を見せてくれた。その後も色々お世話になりっぱなし。…勉強も教えてくれてるし、必要なものも揃えてくれた…恩はいっぱいあるんだ」

 

 そこまで話して、ヴォルフは顔を伏せた。

 脳裏に桜色が、“もう一人の恩人”が過ぎった。

 別段、悲観的な思いをしているわけでは無い。

 ただまた同じだなと、そう思っただけだ。

 

「あの人は自分の国に帰らなきゃいけないから…その前に何かお礼をしたいんだ。でも今の僕の立場だと全然自由に動けないから、指名手配犯とか探せないし…」

「おい待て、何故そこで指名手配犯がでる」

「だって殺したら賞金貰えるじゃん。貰えなくても臓器とか売れるよ?」

 

 自然とそう答える“首輪付き”。その双眸は真剣で、冗談では無いと語っていて、ラウラは確かに絶句した。

 彼女とて事情持ちだ。悲劇で狂った存在など既知の者だ。だが目の前の少年は何だ? この少年は狂ってなどいない。欠落しているわけでも無い。タガが外れたわけでもない。

 ヴォルフガングという少年は、純粋にそういう存在なのだ。殺し得たモノを糧とする生粋の獣。首輪が無ければ暴れ散らす危険存在。

 

 …止めなければと、導かねばと、そう決意するのに時間はかからない。

  それは同情ではなく、危機感から来るものだった。

 

「…取り敢えず良く聞け。教官に礼をしたいのであれば、そういった手段から一度離れろ。例えば身近で役立つものとかをだな」

「……性能の良い拳銃とか?」

「違うそうじゃない」

 

 その後もラウラによる恩返しの方法講座は三十分程続き、そこでようやくヴォルフガングは“金銭・銃器類を贈るのはNG”ということを覚えた。たった三十分でこれまでの成果を上げたのは後にも先にも彼女のみだろう。

 程なくして二人は別れるが、その時はすでに最初の頃にあったどこか冷たい雰囲気はなくなっていた。

 

 そして少年は部屋に帰る途中、与えられた携帯端末でとある人物に連絡を取った。

 

「…もしもし、マーシュ? レイレナード社でIS訓練って出来たりしないかな?」

 

 強くなることは、楽しい。

 戦いもそれと同じく、楽しい。

 少年の心は戻りつつあった。

 己の魂の場所、つまり“戦場”へ。

 

「…専用機完成までダメ? …わかった」

 

 そして彼はレンガで組まれた街並みを見る。

 洒落た小さな彫刻、其処彼処を彩る自然と、オープンカフェでくつろぐ老紳士、手を繋ぐ親子、熱意を持って技を見せるストリートパフォーマー。

 それを見て、彼は微笑む。

 

「…此処は綺麗だ」

 

 この世界は、分かり易い癌がない。

 あったとしても、それは害以外も振りまく。

 壊死を待ち続ける詰んだ世界ではない。

 何より此処には空がある、緑がある。

 だからこそ、彼はこの世界を“綺麗”と称した。

 

「あいむしんかーとぅーとぅとぅーとぅとぅ

 あいむしんかー とぅーとぅーとぅーとぅ…」

 

 懐かしい鼻歌を歌いながら、少年は帰る場所へと足を向ける。

 

 

 ✳︎

 

 とある作業室。そこにいたのはフィオナ・イェルネフェルトと織斑千冬の二名のみで、彼女らは複数枚の書類を確認している。

 数ある書類の中にある一枚には、白髪の少年の顔写真が貼られており、その隣の氏名欄には“ヴォルフガング・イェルネフェルト”と記入されていた。

 

 一通り作業を終えて休息時間に入る。ペットボトルのお茶を飲み干してから一息をつく。文字の海と睨めっこを続けていたせいか、目が疲れた。

 織斑千冬は眉間を揉み、目薬を差す。清涼感が両目を駆け巡り、ツンとした感覚に涙が滲む。数度目を瞬かせ馴染ませる。

 幾分霞が取れた視界で時計を見ると、既に夕日が見える時間帯であることを把握し、今日は早めに帰れるなと少し安堵する。

 

 だが彼女には、帰る前にどうしてもフィオナに伝えたいことがあった。

 

「…前に、何故あいつを預かったのか聞いたことがあっただろう?」

「ええ…、そうだけど…どうしたの?」

 

 母性を思わせる優しい声。その声になんと無く安堵する。きっと否定されることは無いのだろう。だから安心して、話を続けられる。

 深呼吸。こんなにも緊張するとはらしく無い。だけど自然と恐怖はないし、言葉に悩む必要すらも無い。ただなんとも無いように口を開く。

 

「私は多分、あいつに何かしてあげられると思っていたんだ。無意識にあいつと、昔の私を重ねて見ていた」

 

 女と少年はデザイナー・ベビー(おなじ)だ。

 そして親は無く、一人で弟を守りながら生きてきた。その道のりは過酷の一言に尽きるだろう。ずっと頼れる者も無いまま戦ってきた。

 

「…少しでも救えなかった(むかしの)自分を慰めたくて、あいつに優しくしたかったんだと…思う」

 

 フィオナは否定しない。ただ黙って、話を聞いてくれている。大人にも、子供にもこういった存在は複数人いることが必要不可欠だ。

 弱音も本音も話せる相手がいなければ、人は強くなれるかもしれないが極度に脆くなる。鉄のみで雑に打った粗悪な剣の様に。

 

「だが───、今は、あいつが居てくれて良かったと思っている」

 

 始まりはあまり褒められた感情では無いと理解している。それでも投げ出さず、今日までやってきた。だからこそ気付けた。居てくれてよかったと。

 家事をしてくれるとか、掃除をしてくれるとか、そういう理由からでは無い。ただ身近に居てくれるだけで充分な存在もいる。知っていた筈の大事な事なのに、いつのまにか忘れていた。

 

「…そうねぇ」

 

 変わらず、優しい声色。

 しかし微笑みはほんの少し意地悪なものに。

 

「部屋も綺麗になったし、お酒の量も減ったものね」

「…そういう事ではなくてだな…(いや世話にはなっているが)

「…………んんっ」

 

 最後の小声は聞かなかった事にする。

 

「…そっか。でもまぁ、何がしてあげられるかはともかく、貴女の帰国も近い事だし今までのお礼はした方がいいかもしれないわね」

「……菓子折りとか?」

 

 フィオナは顔を両手で覆った。

 勘弁してくれ、そこまでお世話になってたのか。

 

「物じゃなくてもいいと思う。あの子が喜びそうな事を考えてみるとか…」

「あいつが喜びそうなこと…今度一夏の奴にも聞いてみるとするか」

「弟さん、あの子と同い年なのよね? 良いと思うわ」

「外見からだと全くわからんがな」

 

 身長154に加え童顔かつ中性的な顔。長い髪も相まって先ず男性として見られるのかが疑問だ。髪を切れば多少は男性らしく見えるのだが、髪を切る時間が確保できないのが現状である。

 それはさておきと、フィオナは話題を切り替えた。

 

「…それにしても、あの子の養子登録が間に合って本当に良かった……」

 

 ドイツ軍部はヴォルフの処遇を巡って保持派、保護派、処分派、実験派の四つに分かれていた。

 しかし保持派と保護派が徒党を組んだ事により処分派は封殺。処分派は対抗として実験派と組む事を考えたが、派閥同士の目的が「処分」と「実験」では噛み合う筈もなく、頓挫。

 結果として勝利したのは保持派と保護派。その為ヴォルフガングは晴れてドイツ国籍とレイヴン(軍部高官)の養子という後ろ盾を手に入れた。

 

「…普通はこんな簡単にいかないが…」

「彼も必死だったから…胃薬の量も増えてるし…」

「……そうか」

 

 

  ✳︎

 

 

 

「ジョシュア、今日はどうだった」

「午前中に二度ほどヴォルフガングの方に襲撃の気配があった。事前に拘束し其方に引き渡している」

「いつもすまないな…俺も動ければいいんだが……」

「お前の多忙さは聞いている。だからこそ実働は私に任せろ、お前はお前の仕事に集中すれば良い」

「……俺は最高の友人を持ったな」

「それは私も同じ事だ。それはそうと、知っているかレイヴン。BFF社の社長がつい先日、王小龍氏へ交代した事は」

「…BFF…積極的な吸収と合併で欧州第一位の規模を持つに至った総合企業だったな…その社長にあの陰謀屋が?」

「ああ、しばし裏側も表側も荒れると考えていいだろう。それと株をやるつもりならデュノア社はやめておけ」

「ハハッ、そういうのはアブ・マーシュに言ってやれ」

 

 

 




首輪付き…導火線の火が消えた状態。尚導火線は健在な上ガソリンもある。火種になるのだーれだ。ちっふーには予想以上の情が芽生えた。ちっふーの帰国が近いから近いうちに何か恩返ししたいね。
ちっふー…心情整理完了。別れの時も近いので何か今までのを礼したい。

ACメンバーの殆どは亡国企業とのゴタゴタ時に本格的に大暴れするから待ってて♡

さてさて、IS学園入学まであと少し。ちなみにシャルロットさんには死亡フラグビンビン立ってます。自力で折れるもの(折れやすいとは言ってない)だから安心して良いよ!書庫さん嘘つかない。

P.sこれこら月に一回更新出来るか出来ないかになるよ!ごめんね!でも私にだって進路というものがあるんだ!許せ!



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5.5:Please answer

  ─────天使みたいなのが空から落っこちてきて、この世界で生きるとしたら、悪いこともたくさんしてしまうと思うんだよ。
 純粋すぎてどんな色にでも染まってしまうんじゃないかなってな…。

 東京喰種/篠原幸紀



 Bernard and Felix Foundation.

 

 通称BFF社。積極的な吸収と合併を進める事により力をつけた欧州の総合企業。

 ISに関しては精度に優れた狙撃用兵装、及びそれを用いるために特化した追加装備に定評がある。

 

 …と大躍進を遂げたBFFであるが、それを語る上で欠かせない男がいる。

 

 男の名は“王小龍(ワンシャオロン)”裏舞台での画策や工作に長け、黒い噂が絶えない人物。その為一部からは『陰謀屋』と悪名高く評価されている。

 彼はBFF発展に最も貢献したと言っても過言ではない。だからこそ彼が社長の席に着くのはごく自然な話だ。何らおかしくは無い。

 

 そんな彼は応接室にて一人の男と対面していた。

 対面者の名はアルベール・デュノア。

 

 彼はデュノア社という一つの大企業社長という席に着いている。デュノア社は量産機IS“ラファール・リヴァイヴ”の開発元であり、そのシェア率は世界第3位を叩き出した。

 しかし、設立当初から技術・情報力不足に悩まされ、未だ生産できるISが第2世代止まりであることから経営危機に陥る。

 その為技術及びデータ収集の為、特定の企業に産業スパイを送っていたのだ。

 BFFはその特定の企業のうち一つだった。

 

「もう一度言おう。()()()()()()()()

 

 王小龍は裏にも精通した男だ。たかだか一企業のスパイ程度が、“真っ黒な男”の手から逃れられる道理は何処にも無い。

 アルベールの足元には黒い革袋が横たわっている。大きさは成人男性の平均身長ぐらいだろうか。

 

 …状況は単純明快。

 だが王小龍は“何も知らない”と言う。

 アルベールにはそれが不気味で堪らなかった。

 王小龍は皺の入った老年の顔を“笑み”にする。

 

「しかし厄介なネズミには退場して貰った」

 

 デュノア社がBFFに送ったのは最も優秀な人材だった。だが結果はご覧の通りだ。

 

「優秀な右腕がいる。私も年だ、変化には疎い。しかし勝手に動かれたのには少々困った。何せ「処分」には手間がかかるのだからな。

 ………私はな、アルベール。手間が嫌いなのだ。だからこそ並べる死体袋の数を三つにしなかった。これは温情では無いのだ」

 

 …アルベールには妻と娘がいる。今ある革袋の数は一つ。二つ足したら三つ。とても単純な計算で、残酷な数字が“父親”にのしかかった瞬間だ。

 アルベール・デュノアは激しく己の采配を後悔すると同時に、相対する男のやり口をただ恐れた。

 

 この男には情がない。殺すと決定したら殺す。それこそ刻みに刻んで家畜の餌とするか、誰とも分からぬ灰にされて海に散らすか。

 そして死体であろうと王小龍は使えるなら使う。アルベールの前にある黒い革袋がその証明となっている。この死体は一人の父親へ強烈な恐怖と不安を抱かせるには、十分な材料だった。

 

「繰り返すが私は何も知らない。

  ───分かるな、アルベール・デュノア?」

「……何が、言いたい」

 

 声が上ずる。恐れで喉が震えるのだ。

  王小龍は“笑み”のまま淡々と語る。

 

 しかしその双眸は昆虫の様に無機質だ。この男はアルベール・デュノアに何も感じていない。威嚇どころか、凄む事すらしない。

 ただ「材料」を並べて、粛々と自分の言葉を話すだけ。それだけで脅迫が成立してしまっているのだから、する必要がない。

 

「私の知り合いはこんな事を口にする。曰く、仏の顔も三度までと。だが私はそれが出来ない。起死回生と自爆特攻、…私が最も恐怖するもの。だからこそ、“恐ろしい死”は必要なのだ」

 

 王小龍は外道であるが傲慢では無い。彼は常に恐怖と共にあり、それを消すために凡ゆる策を講じて行動し続ける。博打など以ての外。堅実な手段で着々と確かに己の足場を固めるのみ。

 しかし、恐るべきなのはその“堅実な手段”の中に「殺害」が入っているということ。

 本来なら相当なリスクを背負うはずの選択だ。

 だが王小龍は躊躇いなく行う。隠蔽の準備と次第を整え、リスクを潰せば粛々と行うのだ。

 

「これからどうするのかはお前の自由だ。だが自由には責任が伴う。お前の力で守れないのであれば不用意に刃向かうな。私とて人間だ。躊躇いもするし、酒も不味くなる」

「…………仰せのままに、王大人(ワンターレン)

「ならば良い。下がれ。指示は追って出す」

 

 膝を折るしか無かったアルベールの精一杯の皮肉も、まるで通じていなかった。

 

 

 ✳︎

 

 

 いつも通りの夜遅く、私は自室の扉を開ける。

 

「おかえり。今日もお疲れ様、チフユさん」

 

 時刻は深夜帯だというのに、白い同居人───ヴォルフガング・イェルネフェルトは起きたままで私を待っていた。

 辛そうな素振りは見られない。何かあった訳でも無さそうだ。そこに少し安堵すると共に、やはり家事を任せきりにしてしまっている現状に猛省。

 

「早く寝ろと言っただろうが馬鹿者…ただいま」

「だって眠れないからつまんないし、ね?」

 

 バッグを置いて、玄関から廊下へ。

 軽い足音が私の先を歩く。トテトテと小さな音。矮躯を持つ者特有の音。

 リビングの机上にはラップが掛けられた皿が数枚。今日も料理を作らせてしまったか。もっと時間に猶予が出来れば私も作れるのだが…。

 

「今日はクラムチャウダーと、後アヒージョとパンだよ。明日は休みって聞いたから、少し重たくても大丈夫かなって」

「また随分と凝ったものを…いつもすまないな。身体の方に問題は?」

「だから心配しすぎ。別に危篤患者じゃ無いんだから。ちょっと待ってね、今あっためる」

「いやそれくら───…はぁ……」

 

 私の声も聞かず皿を持って台所へ消える。

 どうも彼は自分の仕事を取られるのを嫌がる傾向にある。どうしたものか。このままでは家事をさせたままになってしまう…。

 

「あらうんど ざ こすもす おばざぺいーん」

 

 …鼻歌か。時間帯を配慮して小声で歌っている。台所を除くと髪を一つ結びにし、サイズの合わないエプロンを着用した少年がいた。

 不思議と様になっている。違和感がないのだ。体力に余裕があれば見惚れていたりしたのだろうか。

 

 かん、と少年が鍋の側面でおたまを叩いた。そうしてクラムチャウダーを底の深い皿に盛る。

 並行して温めていたアヒージョも盛り付ける。どうやら二品とも加熱は終わったらしい。

 

 机上に置かれた料理を、断りと感謝の言葉の後に口に含む。どうやらまた腕を上げたらしく、味の濃さが丁度いい。

 ……以前食べた物は…まぁ酷かったな。単純な炒め物だったが、味の暴力というべきだろうか。濃さの余りに眩暈を覚えた程だ。

 

「……ああ、美味くなったな」

 

 とはいえ、流石に一夏程ではないが。

 

「なら良かった」

 

 そんな当たりも障りもない返答をする少年。しかしその顔は微笑みに変わっており、嬉しさを滲ませている。やはり医師のアドバイス通りに成果が出やすい料理から教えて正解だったか。

 最初の方は何をやらせても冷めた印象があったが、それも薄れつつある。ラウラの話を聞くに未だ不安な要素は多いが…随分とマシになった方だ。

 

 夕食を終え、晩酌に入る。酒はシュナップス。フルーツやハーブで味、香り付けをしたもの。度数は40とビールよりは酔える酒だ。

 …未だヴォルフは寝ない。眠れないのはわかるが…流石に体に障るだろう。

 私はそれとなく寝ることを促したが。

 

「まだ起きてたい。どうせ眠れないし、夜は退屈だから」

 

 一向に寝ようとしない。どうしたものか。この辺りも要相談だ。薬を貰っているのにまるで意味をなしていない。

 しかし時が経つにつれ、うつらうつらとし始める。目もトロンとしているので、薬自体はちゃんと効いているのだろう。あとは寝てくれるだけか。

 

 私はそっとヴォルフを寝室へ誘導する。久方ぶりの睡魔に襲われている彼の意識は朦朧真っ最中。少し背中を押すだけで勝手に歩いて行く。

 寝室、というかはヴォルフの自室に着く。ベッドは未だ一度もその役割を果たしておらず、それ故にシーツは綺麗なままだ。

 ベッドの上に少年が座る。睡魔に抗えないのか、そのまま壁にもたれかかる。

 

「…ん? 服に油が付いたままだぞ」

「うん…着替え…ふぁ…ないと…よっと」

 

 服の汚れを指摘すると、のそのそと着ていたシャツをおもむろに脱ぎ始める。

 ……この辺りの常識も教えるべきだったな。

 

「ん………」

 

 ぺさ、とその辺にシャツが落ちた。

 ヴォルフは上裸のままシーツに身を落とし、ぼんやりとしている。

 その時私はというと、何故かベッドに横たわっているヴォルフを見つめていた。

 

 ……彼の印象は、“真白”だ。

 

 白い髪と肌、しかしその身体には傷痕が刻まれた。それはこれから先も、消える事はない。薄くなる見込みもない。

 ───今でも、それが悔しいし苦しい。もっと早くに保護出来たら、と思わずにはいられなかった。

 

 …瞳を見る。ぼんやりと開いた双眸の色はルビーと遜色変わりない。それ程までに透き通っている。いっそ本当にルビーを加工して眼球にしてますと言われた方が納得出来るぐらいだ。

 

 総じて、彼を綺麗だと思っていた。白い布に溶けてしまいそうな少年の姿に、以前読んでいた一冊の本にあった一節を思い出す。

 

 “私は神の子、腐敗したこの世に産み堕とされた”

 

 …ヴォルフの髪を撫でる。柔らかで、さらりとした感触。手入れされた女性の髪質と変わらない。

 するとヴォルフの手が、撫でる私の手に触れた。ほぼ反射的な行動だろう。当の本人が困惑しているようだ。

 

「……ん」

 

 しかし驚いたのは、彼が私の手を握ったまま瞼を閉じた事。薬がだいぶ効いてきたのだろう。健やかな寝息が聞こえる。

 しっかりと睡眠をとった事に少し安堵。布団をかけてやり、起こさないようにゆっくりと握られた手を解く。

 

「……おやすみ」

 

 そうしてその場を後にする。自室への廊下を歩く途中、無意識の内に握られた手を見ていた事に気づく。…少し顔が熱い。

 

「……いかん、飲みすぎたか」

 

 …流石に酔いが回り過ぎたのだろう。私も早々に寝る事にする。どうせ明日は休日だ。少しぐらい寝すぎても何も問題はない。

 

 

 

 

 ああ、でも───あの瞳は綺麗だったな。

 

 

 

 

 ✳︎

 

 

 レイレナード社個人用開発室。

 茶髪の天才アブ・マーシュは何やら渋い顔で自身のパソコンと向き合っている。

 

「うわぁー…、マジか。あのハッキング本当に天災からのだったのか。あーあー随分と凶悪なウィルス送ってきちゃってまぁ」

 

 くるん、と金槌が青年の手の平で踊った。

 

「ま、俺のパソコンが一台お釈迦になるのは確定でしたっと」

 

 次の瞬間、どがしゃぁん! と喧しい音を立てて機械の板が正真正銘のガラクタと化す。

 

「とは言え、“本命”のプロテクトを解くには、お前だからこそ時間がかかると思うけどな? 聞いてるんだろ、シノノノ・タバネ」

『……何だ、気づいてたんだ』

 

 アブ・マーシュの携帯から唐突に若い女の声が響く。声の正体は言わずもがな篠ノ之束だ。

 

「Hello hello hello. 俺お手製のカウンターのお味はいかがかな?」

『いやぁ、流石にあそこまでタチ悪いのは予想外だったよ。お前マジ巫山戯んなよキチ野郎。お前のおかげで束さん秘蔵のコレクションフォルダは電子の海の藻屑だよ』

「ウケる」

 

 天災の恨みを買いながらも“ウケる”で済ませる天才。束の恐ろしさを知る者からすれば信じられない行動だ。人はアブ・マーシュを命知らずの馬鹿と評する事は間違いないだろう。

 

『というかさ、お前の“本命”のプロテクト何なの?クッソ単純なものが無量大数とかお前正気?』

「でも単純な作業って面白いだろ? 努力するしか道はないぜ? それはお前だってわかると思うけどな、IS開発者」

 

 天災からの返答はない。しかし頷くのも否定するのも癪だといった印象をアブ・マーシュは感じた。そして彼は意地悪く笑う。

 

「一つ言っておくよ、シノノノ博士。お前はもうちょっと、他人の事を知るべきだ。馬鹿なんだから」

『は?知ったような口利かないでくんない?大体凡人に毛が生えた程度なお前の言葉を私が真に受けるとでも思ってんの?死ねば?』

「はいはい、んじゃ“本命”ハッキング頑張ってねー。俺の命ならいくらでも狙えば良い。全力で向かい会ってやるよコミュ障女」

 

 ぶちん、と通信と共に何かが切れた音。

 開発室には茶髪の男の溜息だけが静かに響いた。

 彼はコーヒーを淹れ、静かな休息をとる。

 その最中に、天災との初邂逅を思い出す。

 

  ───何が天災だ!たかだか頭がバケモンじみてるだけで実際は痛い言動でニヤニヤするコミュ障でダッセー服着た恥知らずの厨二病ナルシストかよふざけんな!!!!!

  ───お前がふざけんなよぶっ殺すぞ!?!?

 

 我ながら、よく今生きてるなと思う。

 いや、未だ俺が殺されてないのはきっと───。

 

「…ま、仲間が欲しいのは誰だって当たり前か。殺人鬼だろうと狂人だろうと冷酷無比の機械だろうと…一人ぼっちは寂しいからな」

 

 お前の予想に反し、世界は楽しいよ篠ノ之束。

 お前や俺が思うより、凡人は複雑なんだ。

 世界は簡単じゃないし、人もそうだった。

 

 どんだけ立派な頭があっても、お前も俺も結局何も分かっちゃいなかったんだ。

 

 

 




時間が確保出来た+さくさく書けたので投稿 次回はいつになるか分からないので今のうちに謝罪しときます。ごめんなさいね。
さて、今回はその事情を加味して少し長めの後書きを。

まずはアルビノについてをば。

アルビノはご存知の通りメラニン色素の欠乏による遺伝子疾患が起きた生物のことを指します。肌は白く、目が赤くなったりするのが有名でしょうか。本当は細かな症状があるらしいですが、今は割愛。

翻ってヴォルフの症状ですが、ストレスと薬理的な“改造”が要因によるメラニン色素の死滅、あるいは欠乏化によりアルビノ同然の症状が起きています。謂わば人口のアルビノです。

  そして、古来より白い動物は、その希少性や見た目の美しさから、“神の使い”などとして崇められてきました。アルビノも例外ではありません。

いやー、それにしても“デザインド”は偶然の産物とは言え一体何を作ってしまったんでしょうかね? 現在のところ彼は“殺す事”以外のことを覚え始めていますが。まぁ天災に目を付けられたので、結局は時間の問題ですね、アハハハ。

陰謀屋は迫真のヤクザムーブ。これから先アルベールはどう動こうが糞爺の掌の上です。いやー乱世乱世。まぁ多分娘さんは助かると思いますよ。ところで生きてさえいれば幸せって何処まで適用されますかね? なんて冗談はさておき、はてさてデュノア家はどうなることやら。

ちっふーには心情変化が巻き起こり中。保護対象に向ける感情が大変化中。首輪付きもちっふーに大分心を許してます。寝込みを見せている所からもそれは伝わるかと。
しかし別れとは訪れるもの。一年間は会えないですねぇ。その間に何としても一夏とは会話させたいところではあります。

そしてアブ・マーシュとウサギ博士の関係を少しほめのかし。未だアブさんが生きてるのも何となく分かるかなぁとは思います。

アンケートは終了です。皆さま投票ありがとうございました。しかし膝枕人気でしたね…褒め頭撫でも良い所まで行きましたが、あと一歩でした。
それでは今回はこの辺で。投稿がなかなか安定しませんが、それでも見ていただけたら感謝感激でございます。ではアデュー!
P.S感想は大変励みになってます。いつもありがとうございます。正直言ってモチベ維持の為にドンドン欲しかったりする(豹変)


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Today -1

 ───人殺しが正当化されることはない、正当化される時代もない。
 MGSシリーズ/世界を救った(デイビッド)



 早朝五時。朝焼けが窓から差し込む。瞼越しに光を受けた少年は目を開いた。彼は久方ぶりの睡眠に驚き、身体の調子の良さに納得している。

 

 しかし何故上裸なのかは分からない。暑かったのかな? そんな呑気極まる思考をしながら、彼は身支度を始める。適当なシャツとジーパン。それを纏えば早足にリビングへ。

 

 時刻が時刻故にリビングは無人だ。同居人は疲れもあって未だに微睡みの中にいる。起こすのも憚られるので今朝は自炊。とは言っても茹でるだけの簡単なものばかりだったが。

 先ず、ヴァイスヴルスト。食感はふわふわ、かなり柔らかめ。肉とハーブの香りが食欲を満たしてくれる。主食はシンプルに蒸した芋、そして付け合わせは定番のザワークラフトにした。

 

 教えられた通りよく噛んで食べる。水分もしっかりと摂取し、顔と歯を磨く。後はバッグの中の荷物を確認する。

 専用のISスーツ、自衛用にくすねた銃、携帯食料、携帯電話、財布…問題無し。

 引出しから身分証明書を取り出す。名前欄には、ヴォルフガング・“イェルネフェルト”と書かれている事を確認し、ポッケへしまい込む。

 

  ───最後に、リビングの机に書き置きを。

 

 “Ich sollte gegen 18 Uhr zurück sein.(六時までには帰ります)

 

 

 

  ✳︎

 

「思うに、貴様の思考は物騒が過ぎる」

 

 軍部IS訓練場。例によって例の如く、ラウラと顔を合わせたヴォルフガング。始まったのは常識教育だ。銀髪の少女の指摘に、白髪の少年はきょとんとする。

 ちなみに少年の使用機体はラファール。少女の使用機体はヴォルフの初めて見る機体で、量産品ではないことが明らかだった。

 

「物騒? 主にどの辺り?」

「考えつく手段が大体“殺害”だろう」

「あー…? いや、でも早く済むじゃん」

「…一般社会において、“殺人”は人道に悖る」

「……へーい」

 

 銀の少女は重い溜息と共に黒いISを動かし始める。対して、ヴォルフは分からないと言った顔のままだ。彼はその最中でもラファールで弾幕をばら撒き他の訓練者を圧倒していく。

 こんな会話の中でも二人は訓練真っ只中だ。訓練場には六人。状況は二対四を想定したものであり、“二”はヴォルフとラウラの役割。

 

「人はルール、規則、規範の中に生きるものだ。それから外れれば、もはやただの獣と変わらない」

「……それ、言われたよ。随分と前に嫌なヤツから“所詮は獣だ”って」

 

 ラファールが四枚の羽で四方八方を飛ぶ。プラズマをばら撒きながら弾幕を張る。その雨の中には狙ったように作られた出口がある。

 否、出口がそこしかない。まんまと作られた迷路に引っかかった訓練者はラウラのISによるプラズマ手刀で叩きのめされる。

 

「指摘があったのなら直せ」

「どう直したものかなぁ」

 

 ただ、事務作業のように淡々と。

 

「ルールばっかり守ればいいの? 何があってもルールだけ?」

「……それはそれでどうも違うような」

 

 雑談を交えつつ、二人は四つの訓練機を叩きのめす。時間は然程かかっていない。ラウラとヴォルフガング。二人のコンビネーションの高さは稀に見るハイレベルなものだ。

 理由としては、互いの戦術を訓練場で何度も見ていること、何度もコミュニケーションを取っていることが挙げられる。互いに互いが何と言わんとしているのか、何となくではあるが理解できるのだ。

 

 タイマーが鳴る。訓練時間の終わりが告げられ、皆一斉にISを解除した。

 その際、過日に於いて白い少年から蹴りを喰らい、そのせいで新たな扉を開いた女が息を変質者よろしくはぁはぁと荒げながらヴォルフに近付くが、即座に他隊員に拘束された。この間僅か二秒。

 

 その一連を黙殺した長髪の少年少女は、粛々と常識や一般社会での振る舞いについての講義を続けている。

 ラウラは思う。未だ社会に馴染めそうにないヴォルフを見て、尊敬する教官とて万能ではないのだと。あの方もまた歴とした“人間”なのだなと。

 

「…まぁ、時にはルールを破る必要もあるだろう。しかし、そのような事は稀と考えて、普段は規則に則った行動をしろ。仮にそのようなケースにあった場合、度が過ぎた行動には出るな、分かったな」

 

 本日の講義を締めくくる。織斑千冬とラウラ・ボーデヴィッヒによる昼夜で行う常識教育の効果はまちまちだ。若干遅くはあるけれど、ヴォルフは少しづつ規範を大事にするようになって来ている。

 不安はあるが、それも消えていくだろう。そんな風に考えながら、ラウラは疲労を溜息と共に吐く。

 その原因たる少年は天真爛漫な微笑みで、茶化すようにこう言った。

 

「はーい、センセイ」

 

 そんな一言共に、少年は走り去る。時折“あれを私に言って欲しい…っ!”などと聞こえたが、ヴォルフはそれを空耳と片付けた。あれは恐ろしいものだ。逃げないとやばい奴だ。

 ロッカールームで着替えを行う。ISスーツを脱ぎ、いつもと同じ傷を隠す服を着る。首元の傷は隠せないのは仕方ない。というか少年は元より気にしてないのだが。

 

「……ん?」

 

 ヴォルフは着替えの最中、違和感を持つ。“見られている”感覚が確かにあった。あの変態のものではない。恐らくは己に敵意、殺意を持つ何者か。

 そっと、バッグの中に入れていた銃───デザートイーグル.50AEのセーフティを外し、周囲を警戒。すると、その動作だけで違和感は消えた。

 

「…慌ててる、武器持ちは予想外だったかな?

 …あー…マズイ、このままだと、武器を用意される可能性大だ」

 

 やはり戦場にいなければ鈍る。内心でそう歯噛みしながらも、少年は懊悩する。今此処で“見えざる的”に向かって盗品の銃をぶっ放す訳にもいかない。だが住居に帰れば、住居ごと爆破される可能性も無きにしも非ず。

 理想なのは、帰路途中に始末すること。幸い、此処はIS訓練場。下手な動きは“見えざる的”でも出来ない筈だ。勝負は此処から離れた時となる。

 

 そうと決まれば久々の白兵戦準備だ。携帯端末で周辺地域を確認しつつ、少年は口元を歪ませ悪辣な笑みを浮かべた。

 

 ───()()()()()。この独特のスリルが、戦術を組み立てるこの瞬間が、最高に楽しくて堪らない。

 “見えざる的”は、“首輪付き”の燻っていた闘争本能に火をつけた。

 …不運という他はない。統率された猟犬ではなく、野蛮極まる獣に餌として認識されたのだ。汚らしく食い散らかされるのは自明の理であろう。

 

「…アハッ」

 

 ニタリ、と獣は歪に、けれど綺麗に笑う。

 

 彼はやって来た「本当の殺し合い(極上の餌)」を前に興奮を抑えられない。

 努めて冷静になろうと深呼吸。

 ばくばくと興奮で喧しくなった心臓を、ゆっくりと落ち着かせながらロッカールームを出、そのまま興奮に急かされた様に早歩きで訓練場を後にする。

 

 先ずヴォルフガングは大通りに出た。己を何処からか観察する感覚は、訓練場を後にした瞬間から発生していた。

 数にして恐らく三つ。それ程遠くない距離で、機を伺う様にこちらを見る。

 

「…うーん」

 

 自身を見る感覚が、やや尖る。殺気である事は明白だろう。ヴォルフはそっと通行人の一人を盾にする様に歩く。すると殺気は薄くなる。

 先刻からこの繰り返し。現在時刻は午後三時。訓練場を後にしておよそ一時間程経過した。

 両者に大きな動きは見られない。アクションを起こすには人が多過ぎる。どうしたものかと頭を悩ましていた時のこと。

 

 

 

 

 

 

 

  ───よう、“首輪付き”───

 

 

 

 

 

 余りにも懐かしすぎる声が、背後から響く。

 しかし少年は振り返りなどしない。静かにベンチに腰を下ろし、声の者もまた少年と背中合わせの形で腰を下ろした。

 

「……君もこっちに?」

「さぁ、どうだかな」

 

 渋い声。何処か狂気をにじませた声。声の持ち主が纏う服はモッズコート。腕には鎖で縛られた女のエンブレムが貼り付けられている。

 知っている。ヴォルフガングは、首輪付きは、人類種の天敵はそのエンブレムの持ち主を、共に数多の命を殺した最高の相棒を知っている。

 

「煮え切らない返事。ははっ、何だよ。僕が作った妄想だって?それともゴーストだったりする?」

「さてな、…好きなように捉えればいい。俺も自分の身に何が起こったのか分かってないんだからなぁ」

 

 オールドキング。“人類種の天敵”の共犯者である男。誰よりも狂い、苛烈な思想を持った殺戮者。首輪付きが“人類種の天敵”となったきっかけ。

 

「…人気者だな? 仕掛ければ良いだろう」

「人が多過ぎる。巻き込まれるよ」

「今更そんな事を気にする必要があるのか?」

 

 彼は独善的テロリズム思想の危険人物だ。故に周辺被害や、人命の危険など一切考慮しない。その証拠に、前生に於いては無辜(とは言い難いか)民が暮らす航空プラットフォームクレイドルを落とし、約1億余りの人類をその手で殺している。

 そして彼は生温い夢など見ない。殺したのならば己は殺人者に過ぎず、革命とは所詮大量殺人と認め、その上で殺される覚悟もある。それがオールドキングという男だ。

 

「俺達は何処に行こうと泥の中だ。今更、躊躇する必要などないさ。選んで殺すことと、無作為に殺すこと、どう違う?」

「何も変わらない。どちらにせよ殺すんだ。そこに善も悪もない…んだけど、今の僕はやりたい事がある。だから此処で司法のお世話にはなりたくない」

「……そういう事か」

 

 ヴォルフは何も知らない者を、戦火に巻き込む事に躊躇はない。現在の彼は、獣よろしく教えられた事を守っているだけだ。なので巻き込む必要があればヴォルフは間違いなく周辺通行人を巻き込み戦闘を開始する。

 今はその必要がない。だからこそ派手に動かない。今日この大通りを通った人々は、知らずの内に幸運に恵まれていたのだ。

 

「…君は、会えた?」

 

 此処には何処かで見た顔ばかりだ。だから、首輪付きはオールドキングもまた同じ事に苛まれているだろうと、そう勘ぐった。

 

「…いたさ、…今も生きている。リリアナもリザも、此処ではな」

 

 オールドキングが、前生に於いて率いた組織はリリアナ。駆ったACの名はリザ。何方も女性の名だ。

 使用した武器の名は“SAMPAGUITA”ありふれた花の名前。だがその花言葉は───“永遠の愛を誓う”という、何とも殺戮者には似合わない言葉。つまりはそういう事なのだ。

 

「そっか」

「…お前どうだ、会えたのか」

「僕? 会えるわけないよ、もうあの人は、遠い人だ」

 

 袂は既に分かたれたのだから。そう思って少し寂しくなる。かつての相棒は素っ気なく“そうか”と返して、それ以上は何も聞かなかった。

 やや待って、夕日が見え始める。オールドキングは煙草を咥え、火種を起こす。一つのため息と共に紫煙を吐き出した。

 

「…俺達は結局は人殺しの人でなし、戦争屋には変わりない。だがどうしてか、此処にいる。生きている」

「……不思議だね。外道の死後に地獄(Gehenna)なんて無ければ、楽園(Ēlysion)も無い。あるのは、僕等はまだ生きているって事実だけなんだ」

 

 碌な末路は辿れない。その通りだ。しかし死後、悪は裁きを受けるという文化。二人が過去、面白半分に縋ったそれは無く、変わりに「生き直している」という奇妙な現象の体験中だ。

 それが可笑しくて、分からなくて、恐怖がある。だけど二人は笑う。だって楽しいのだ。この訳のわからなさが、どうしようもなく。

 

 そして、そもそも、ヴォルフには───

 

「でもさ───、それでも、生きているなら夢は見たいし、叶えたいよね?」

 

 今、彼にはやりたい事が出来た。

 その告白の後、父親のような笑い声。

 短くも確かなそれは、少し長く続いた。

 

「……餞別だ、貰え」

 

 ごとり、と四角い箱を渡す。少年は中身を見て驚愕するが、同時に破顔した。

 おもちゃを手に入れた無垢な子供のように笑い、戦術が増えた事に歓喜する。

 

「…手榴弾、四つもいいの?」

「惜しいが…まぁ、仕方ないさ。…怖い女達が待ってるからなぁ。俺は一足先に行かせてもらう」

「そっか…なら、そろそろ僕も行ってこようかな」

 

 モッズコートの男が立つ。顕になった手の薬指には、銀色に光る輪があった。

 ヴォルフガングもまた立った。顕になった手首には、痛々しい傷痕が残っている。

 彼ら二人は背を向けたまま拳を合わせた。そして声を合わせ、たった一言。

 

「「もう二度と会う事は無いだろう」」

 

 別れの挨拶は、それだけで充分だった。

 

 

 

 さて、これより始まるは殺し合い。

 路地裏に入った少年。彼の前に現れた三人の女性。彼女らは武器を掲げ、無害そうな顔をした無垢な瞳に向ける。

 

 しかし少年は笑う。歪に楽しく愉快げに。次に鳴るのはサイレンサーを介した銃声。水のような物が飛び散る音。

 携帯電話の着信音。薄い機械の板を手に取ったのは、血に塗れた白い手だ。

 

「どうしたの、チフユさん?」

『おいお前今何処にいる』

「少し厄介ごと。大丈夫。すぐ帰るから」

『お前───』

 

 ぷつん、と通信を切る音。

 がたん、と携帯電話が路地裏に落ちる。

 

 少年は鼻歌を歌う。その歌曰く、私は思想家であり、射手であり、進む事しか知らない子供であると。

 倒れ伏した一人の女の頭からは血が流れ出て、赤い水溜りが出来た。少年の右手には風穴が開いている。彼の左手には重厚な拳銃が。

 

「戦いは良い、僕にはそれが必要なんだ」

 

 怯えた残りの二人は、自縛を解いた獣の眼光を前に萎縮する。されど双眸の色を、屈辱からの憤怒へと変える。

 そして勝ち誇ったかのような顔で、高らかに何かを叫んだが、少年にとってはどうでもいい事だ。だからそのまま発砲する。

 

 しかし標的は死なない。突如起こった閃光と共に、銃弾が弾かれる音。叫んだ二人の女は機械の鎧を、技術の結晶を、───人殺しの道具としてISを、その身に纏っていたのだ。

 

「……最高」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ✳︎

 

 

「…アブ・マーシュ、あいつの、

 ───…ヴォルフの専用機を出せ」

「Ah…良いのか、レイヴン? あの子ならきっと本当に殺すぞ?」

「死なせる訳にもいかないだろう。手段も選べない。責任は俺が取る。チフユにも俺から話しておく。だから頼む。あの子を死なせるな」

「…… ま、仕方ないか。OK.お前の覚悟には応えるよ。しかし、まさか女尊男卑派が此処までやるとはねぇ…予想外も予想外だよ」

「大方、亡国機業に煽られたと見て良いだろう。何度か不審な通信記録が残っていたが…本当に行動に起こすか、普通」

「…………さぁー?よっぽど煽りが得意な“天災”でもいたんじゃない? おーいジョシュア、聞こえてるな? ストレイドをハンガーにかけろ、俺のカタパルトで飛ばすから───」

 

 




ドイツ編最終局面スタート。血生臭くなりそう。話変わりますが、最近、もしや私はショタコンなのではないかと疑問を抱き始めました。

オールドキング…首輪付きと同じ現象が発生した殺戮者その2。リザ、リリアナに関しては私の解釈である。今生ではミュージシャン兼マフィアになった模様。やっぱり殺人者じゃないか(絶望)
 IS世界には概ね首輪付きと同じ感想。というかリザとリリアナが生きてる時点で言うことなし。しかし相棒からラブコールが来れば「とぅーとぅーとぅー」の悪夢が再び。

首輪付き…ひっさびさの殺し合いにワクワク。最高に楽しい、今日死んでも良いくらいにはご機嫌。
ちっふー…努めて冷静。一刻も早く首輪付きとの合流を目指す。内心気が気でない。
レイヴン…アブ・マーシュに首輪付き専用機を出す事を依頼。承認される。
女尊男卑派…亡国企業と“とある人物”に煽られた。首輪付きを殺そうとしてISまで持ち出している。
オールドキング…最終的に皆殺せばいいのだ。






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Today-2 Advent Scorcher(焼き尽くす者の顕現)

 ───殺戮を楽しんでるんだよ、貴様は!
 MGSシリーズ/世界を敵に回した(イーライ)



 ───おかしい、明らかにおかしい。

 

 白髪の少年を殺さんと、ISを駆る二人の女は困惑した。己が使用するのは最強の兵器だ。女に力を齎した至高の技術だ。だというのに、目の前の少年が、獣じみた獰猛な笑みを見せる彼を殺せない。

 

 四方八方を跳ねる白の軌跡。壁を蹴り、地を走り、砂埃とゴミが舞い、盾となる。照準が合わせられても、発砲まで僅かばかり追いつけない。広範囲を制圧可能な武装を使えば殺せはしよう。

 しかし使えない。この現場を見られる訳にはいかない。だからこそ己の駆るISの武装はライフルとブレードという最低限だった。けれども、本来ならそれで充分なのだ。それだけで殺せるはずなのだ。

 

「ハハッ! ハハハハハッハハ!!」

 

 なのに、殺せない。同じ人間だ、やれる筈だ。だが違う。眼前の少年は、忌々しくもIS適性のある男は、生身でこの兵器に相対しながらも既に五分経過した。その身体に傷はない。当然、こちらも無傷。しかし未だ膠着が続いているのも事実である。

 

 二人のうち一人が、ブレードを手に接近する。常人を遥かに超える速度だ。白髪の少年、ヴォルフガングの脳天から股下まで一閃、矮躯を両断しようと振り下ろされた。

 しかして再認せよ、白き彼は常人とは程遠き者。その肉体は既にヒトの物を遥かに逸脱した。改造された肉体は僅かではあるが、生身でも、“最強の兵器”に肉薄出来る───!

 

「ねぇねぇ!もっと暴れてよねぇ!!」

「頭おかしいんじゃねぇのこいつ!?」

 

 ブレードが落ちるよりも早く、ヴォルフが迫る。肩に刃が当たる。それでも迫る。肩の皮膚が切られ、血が流れ出る。

 それでも笑ってる。駆けながら銃を構え、不意打ちの四発速射。その全てが眉間めがけて放たれた。直撃はした、しかして対象は無傷。

 

 ISに備えられた防御機構、シールドバリア。展開された不可視の壁。

 だがそれも無敵ではない。エネルギーがゼロになれば展開されなくなるし、許容量を超えた攻撃を受ければ、そのままダメージを負う。

 

 削られるエネルギー。微かな反撃は、狂笑と共に行われた。自身が死に迫りながらも、少年は絶えず笑みを浮かべる。

 女は彼を恐怖した。無理もない。こんな怪物と相対して、恐怖を抱かない者など余程イかれている。

 

「〜〜ッ!? 死ね、死んじまえ化け物!!」

 

 恐怖とは思考力を奪うモノ。女は銃を撃つのではなく、銃身で少年を殴り飛ばした。

 がつん、と硬い音が鳴る。ヴォルフは仰向けに倒れ、額から血を流す。

 起き上がる気配はない。女は恐怖に支配された思考のまま、次の行動に移る。手にしていたブレードを投げた。白刃は倒れた少年の体を裂き、その命を奪おうとする。

 

「これで死ぬだろ…」

「とんでもない子がいたもんね……」

 

 二人揃えて安堵の声。怪物が死ねば人は安堵する。だから油断していた。これ以上の恐怖など、あるはずもないと。

 しかしそれは誤りだった。自身の予測を上回る恐怖など、世の常である。

 

 回転し、進む刃は肉を裂く音など響かせない。

 代わりに、()()()()()()()()()()()()()

 

「───…オイ」

 

 有り得ない。有り得てはならない。怖い。夢なら覚めて欲しい。そう二人は願う。されど残酷な現実はここにある。

 ぐにゃり、と背骨を気持ち悪く蠢かせる矮躯。次第に起き上がる少年。ぼたぼたと頭から流れる血。それはさながらブードゥーのゾンビのようだ。

 

「怖がっちゃ駄目でしょ、僕を殺しに来たんでしょ? その為に兵器だって持ち出したんでしょ?」

 

 白髪の化け物が、ぶつぶつと呟く。だらりと垂れ下がった頭。血を変わらず垂らし続け、幽鬼のように身体をゆらゆらと揺らし、迫る。

 少年の手には、IS用のブレードが握られている。脱力しきった腕は、巨剣を地に付けたままだ。地と金属が擦れ、ガリガリと音が鳴る。

 

 おかしいだろうと、二人の女は最早笑ってしまう。溢れた感情は歪な形で表層化したらしい。乾いたそれは、夜の闇に溶けていく。

 今宵は満月らしい。月光を背に浴びた白き者が、死神が迫る。果てし無く怖い。優位なのは、間違いなくこちら側の筈なのに、何故私達が追い込まれているのだろう。理解したくとも出来ない。

 

「なら殺し合わないと駄目だよ、それでもっと僕を笑顔にしてよ。こんなの全然つまんないよ、餌がお預けなんて最悪だよ、泣きそうだよ」

 

 むくれた子供のような顔。欲しかったおもちゃを取り上げられたような顔。決してこの場にはそぐわない言葉と表情。あまりにもちぐはぐ過ぎて、訳が分からな過ぎて、理解出来なくて。

 ───ああ、なんで私達がこんな目に会わなきゃいけない? 女の内一人がその思考に思い至って、震えながらも立ち上がって。

 

「ふ、ふざ、ざけるな…ッ」

「あ、あんた…、どうしたの?」

 

 次第に、沸々と怒りが込み上げてきて。

 

「おま、お前なんか死ねばいい!! お前みたいな男なんてさっさといなくなれば良いんだ、そうすれば私達が───!」

「どうでもいいよ、早くやろう?」

 

 言うまでもなく、今宵ヴォルフを襲撃したのは女尊男卑思想の者ら。それ故に見当違いの恨みを少年に向け、命を狙った。

 しかし今は違う。彼女らは、自身の身を、迫り来る怪物から守る為にヴォルフを殺さんと、意思を固めた。

 

 震える指が引き金にかかる。放たれる無数の実弾。恐怖でブレた視界と腕ではマトモに狙いが定まる筈もなく、壁や地が抉れるばかり。少年はブレードを盾にし、その場をやり過ごす。

 思わぬ反撃に少年は破顔する。忿怒した女は弾を切らしたライフルをリロードする。それは本当に微かな一瞬で、しかしそれでも確かな隙だった。

 

 カキン、と一斉に何かを抜く音。その直後少年は四つの楕円球体をブレードの腹で打つ。

 かつての相棒からの選別、対人用グレネード。四つとも全てが放物線を描き、見事ISの至近距離で爆ぜる。大幅に削れ行くエネルギー。

 

「頑張れ!」

 

 にったり、にこにこ。殺されようとしているのに、やはり笑う少年はISに向け、甘ったるい声で声援を送り、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もブレードを振り回す。

 

「頑張れ、頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ頑張れぇ!!」

「うるっさいのよぉ!!!」

 

 到頭女の駆るISのシールドエネルギーがゼロになると同時。蒼白な顔を怒りに歪めた彼女は、持てる全力で少年を殴りつけた。

 盾にしたブレードが軋む。力の流れと向きに従い、矮躯が吹っ飛び、壁に叩きつけられた。

 

「カッ………ッ」

 

 ごぼ、と口から血が漏れる。しかしそれでも、彼は笑ったまま。楽しいと、だからやめられないと、そう目で語りながら再び立とうとした。

 

「悪いけど、ここまでよ」

 

 しかし、無茶なものは無茶だ。ヴォルフの体はあくまで少年、かつ生身の人間。超技術の塊で武装した者には届かない。

 銃口が額に突きつけられる。ごり、と冷たい感触が額にめり込む。少年の命が散るまで僅か。なのに変わらない者は変わらない。

 

「…気持ち悪いわね、本当」

 

 傍観に徹していたもう一人の女。彼女は己の片割れが冷静さを欠いた時点で、恐怖も相まり、かなり焦った。だが結果は予想と変わらなかった。

 力任せに暴れ続け、恐怖を怒りで無理やり押さえつけていた相棒は、現在肩で息をしながら吐瀉を吐いている。さもありなん。出来るなら自分だって吐きたい気分である。

 

「貴方はここで死になさい、イレギュラー」

 

 それはこの少年を殺してからにしよう。私達女性が、この十年のうちで得た立場を脅かしかねない、このどうしようもない忌子を。

 

 

 

 

 

  ✳︎

 

 

 

 

 今宵、ドイツの一部地域が医療設備を除き、停電が発生した。原因は不明と公表されたが、下手人は言うまでもなく二人の天才である。

 篠ノ之束、並びにアブ・マーシュ。今回の両者の思惑、目的は全くの別物だが、その過程と手段は同一だったらしい。

 

 鴉と鸛が、遣る瀬無い面持ちで佇み共に煙草へと火を灯し、紫煙が闇に沈んだ町に流れていく。

 碧眼の金の髪を持つ女は、ただぼんやりと空を眺めるしかなかった。

 

 夜の街を走る一人の女。最強とまで謳われた彼女は、星と月の光を寄る辺に、休む事すら忘れて一匹の獣を探し続けている。

 そんな折に、空に一条の黒が走る。不吉極まり無いそれは、彼女の中によぎる嫌な予感を煽るには充分すぎたのだろう。

 

 

 

 

  ✳︎

 

 

 

 

 本当に、それは奇跡としか言いようがない。

 

 女が少年の頭を吹き飛ばそうとした、その瞬間に───その黒い機体は空から降ってきた。

 

 吹き荒れる風、吹き飛ばされる少年。女と男を阻むその機体は、まるで鴉のような風貌を持っていた。

 先鋭と流線形を主体として組まれたモノ。暗く、鋭く輝くそれは、ある種の神秘さすら感じられる。諸人がこのISをみれば、恐らく皆一様にこう評する事だろう───至高の存在(アリーヤ)と。

 

「…スト、レイド?」

 

 ヴォルフガング、首輪付きはその機体の名を呼び、触れる。鴉の如きISは、歓喜するように、赤い光に包まれ形を変える。

 光が晴れる。ISはその姿を消したが、代わりに少年に変化が起きていた。

 少年の首には、傷跡を隠すように黒いチョーカーが装着されている。

 

 ぶちり、と凄絶に少年は笑う。一連を眺めていた二人の女が、再度発砲する。

 しかし少年は、それを気にも留めない。チョーカーを愛おしげに、人差し指の爪先で撫でて、静かに呟いた。

 

「───Ich liebe dich!!!」

 

 その言葉に応えたかのように、ヴォルフガングの身体へISが装着される。

 鴉の意匠を凝らした装甲。独特の複眼が搭載されたバイザー。比較的装甲は薄いが、限りなく人体に近いマニュピレーターを持つ腕部。膝部分、爪先が尖った脚部。総じてスマートなデザインの機体だ。

 

 発砲された筈の実弾が、突如動きを鈍らせる。ストレイド特有の能力である慣性抑止フィールド、プライマル・アーマーがその効果を発揮した。

 少年はそれを攻撃に転化する。その場に広がる無色の波動。その威力は存外にも高く、二人の女はいとも容易く吹き飛ばされた。

 

 アサルト・アーマー。フィールドを圧縮し暴発させる機能。その代償はシールドエネルギーの過半と、ハイリスクだ。

 しかしその分、威力及び利便性は他の追随を一切許さないが…使用する瞬間を見計らうには、相当以上の熟練が必要となる。

 

 女が体勢を立て直す。少年の額に銃を突きつけていた女が駆るISのシールドエネルギーは、先程の反撃で三分の一を下回った。

 焦りと共に再びライフルを構え、空中を旋回しつつ、射撃を行う。そのスピードは限界速度ギリギリだ。彼女は心から完全な侮りが消えた。

 

 しかし、それを嘲笑うかの如く。

 

 鴉の眼光は、瞬時にして女の前に現れた。無論、言うまでも無く瞬時加速(イグニッション・ブースト)での追跡だ。

 驚愕する女をよそに、ストレイドの左手に顕現したレーザーブレード“DRAGON_SLAYER”が鋭利に光る。それは躊躇い無く振るわれ、女の駆るISに残っていたシールドエネルギーを更に削ぐ。

 

 ピタリ、と守りを喪いつつある女の身体へ、銃身が当てられる。少年が右手に持つマシンガン“HIT MAN”は容赦なく、無慈悲に弾丸を乱発する。継続して響く銃声。叩き込まれ続ける質量。

 ISには絶対防御という機能がある。シールドバリアーが破壊され、操縦者本人に攻撃が通ったとしても、この能力があらゆる攻撃を受け止めてくれるが、その代わりとして、シールドエネルギーが極度に消耗する。

 

「落ちろ」

「な゛っッ!?」

 

 ガイン、と少年はその黒脚で女を空から叩き落とした。狩りを終えた捕食者は、静かに地上へと降り立つ。叩き落とされた者の意識はすでに無い。

 残る一人の戦意は完全に喪失したのだろう。銃はその辺に投げ出され、女自身は地にへたり込み、時折静かに乾いた笑いを零した。

 

「……ふーん」

 

 至極つまらなそうな声だ。遊んではくれないのか。そんな落胆が声に現れている。興味を失ったのか、少年はISを解いて、そのまま立ち去ろうとする。彼が背を向けた、その瞬間こそが分岐点だった。

 

「ぁぁあああぁぁあああああああ!!!!!」

 

 油断大敵、不意打ち上等。唯一意識ある女は、勇気を振り絞って背後がガラ空きとなった少年に向けて、アサルトライフルを乱射する。

 戦意喪失のフリはこの一瞬の為の、最後の大博打。落とされた仲間の敵討ち。全てはこの一瞬の為だけの賭けだった。

 

 幸いにも、少年は生身に戻っている。これならば恐らく殺せる。その確信と共に雄叫びを上げ続け、弾丸の雨を怪物に浴びせる。

 チャンスはここしか無い。だからこそ、確実に、絶対に今仕留める。その気概と一心で漸く行なった反撃。

 

 だが、それも───

 

Super(最高)

 

 かつて世界全てを敵に回した獣には通じない。

 女が次に目にしたのは。少年の腕部に部分展開されたIS、ストレイド。少年はそれを盾に、最後の猛攻を防いだのだ。

 

 ゆっくりと獣が近づいてくる。女はそれでも再度弾丸を放つ。やけっぱちと笑われるかも知れないが、少年は心中で女へ敬意を抱いていた。

 諦めない者、足掻こうとする者、抗う者、それは少年が最も尊敬する者だ。

 故に少年は決して眼前の遊び相手、否───己の“敵”を決して嘲りはしない。

 

 女は、人類は、改めて「天敵」に相対して本能的に恐怖する。己はこれからきっと死ぬ。その確信がある。だけども諦めなどしない。ただひたすらに、「生きたい」という、その一念で発起する。

 未だ交戦意思は失われていない。だから戦いを続けている。

 

 互いに、最後の一撃を用意する。

 

 女は銃を構え直し、狙いを定める。

 少年は背後と腕にのみISを展開する。

 

 ブースターの唸る音が響く。

 次に響いたのは、殴打の音だった。

 

 

 

 





バッカみたいに疲れた。久々にこんな文字量書きましたよちくせう。
最近不定期投稿ですんません。多忙はまだまだ続くので更新は殊更不定期になります。でも続けはするから安心してね!


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Today-3:Reminiscence(自覚無き想起)

 ───俺は思想のために戦わない。俺は戦士だ。それ以上でも以下でもない。
 MGSシリーズ/世界を売った男(ビッグボス)


 冷たい夜は、織斑千冬の思考を、残酷なまでに冷静な物としてくれていた。

 人の目が付かぬ路地裏の最奥。地に転がる三人の女性。一人は頭から血を流し、うつ伏せのまま少しも動かない。他二名は壁に叩きつけられたまま。

 

 中心に立つのは白い少年。長い髪は所々が赤く汚れ、左手にはグロテスクな穴が開いている。

 首には黒いチョーカーが付けられており、それが待機状態に移行した“ストレイド”であると把握するには、さほど時間はかからない。

 

 ──────雨が降り始めた。

 

 少年はゆらり、と女の方を見る。女が己の知る存在だと分かれば、がっかり半分嬉しさ半分といった、複雑な顔色を見せる。

 どうやらまだ戦い足りないらしい。久方振りの闘争に脳内麻薬は過剰に分泌でもされたのだろうか、その顔には酒に酔っているかの様な妙な艶やかさがある。織斑千冬はそれを気味悪く感じた。

 

 雨に濡れ、粘ついた鉄の匂いがやや薄れる。

 死臭すらも……雨で流される。

 

「風邪引くよ、チフユさん」

 

 瞬間、鉄の匂いが一気に濃くなる。織斑千冬の頭には、雨除けとしてだろう、少年の羽織っていた上着が被せられた。

 少年の左手から流れ出る血が、上着にすっかり染み付いてしまっている。

 

「……お前が、やったのか。ヴォルフ」

 

 分かりきったことを聞く。それでも、この光景を、事実を夢だと思いたかった。

 しかし、ヴォルフガング(狼の道)は何でもないかのように、にっこりと笑って、ただこう告げる。

 

「一人だけね、残りは止めたよ。三人やると殺し過ぎって言われるかなと思って」

 

 少年は自らの縛鎖を千切り、今宵獣へと成り果てた。ただ己の悦楽のために殺し尽くす、野蛮な存在。幾ら彼に法を教えても、命の尊さを教えても、一度戦いに戻ればこの通りだ。

 あくまで捕食者であり、獣。善悪や事情など関係なく、ひたすらに闘争を楽しむことしか知らない、哀れな存在、それが少年の正体だ。

 

 織斑千冬はもう何も言えなかった。何処かで間違えたとか、何がいけなかったとか、最初からそういう話ではなかったのだ。

 幾ら常識を教えようと、倫理を教えようと、法令について教えようとも───()()()()()()()()()()。不足に過ぎる。少年には届かない。

 

「…狙われたと、気付いていたな?」

「うん」

 

 少年は己の命が狙われた事など知っていた。

 

「その上でお前は、私達に何も言わなかった」

「楽しみたいからね」

 

 しかし彼は誰にも庇護を求めなかった。何故なら「戦いたかったから」そこに自己への頓着などない。彼に取っては己の命など、唯一知る娯楽のための消耗品に過ぎない。

 

「巫山戯るな、下手をすれば死んでいた」

「でも生きてる」

「…そういう話ではない」

 

 静かな声だ。しかしそこには赫怒が込められている。静かに荒げられた声に、少年は目を見開く。彼に取っては初めてだったのだ。眼前の女が、此処まで感情を露わにする瞬間を見るのは。

 

 織斑千冬は膝を降り、少年と目線を合わせて両肩を掴んだ。双眸には決意が宿る。確固たるものだ。意地と言ってもいいかもしれない。

 少年は目をそらすことが出来なかった。理由なんてわからないのに、何故か織斑千冬と目を合わせたまま固まってしまう。

 

 雨音が二人の声を隠そうとする。

 

「平穏は退屈か?」

「……それなりに」

 

 小さな問答。

 

「戦いは楽しいか?」

「そりゃあもう!」

 

 それは歪さを克明にする。

 少年はそれを恥じず悔いない。

 女はそれを知っていて、腹を括る。

 

「───ハッキリ言おう、お前は“異常(イレギュラー)”だ」

 

 そして彼女は、分かりきっていたけれど、口に出すことを憚っていたその一言を発した。

 少年は大して変わらず動じない。だから何なのだろうとでも言いたげな目だ。

 

「闘争時のテンションに頭が固定されている。日常に帰ることを拒んでいる。平穏が退屈に感じられて、どうしようもなく耐えられない。命を奪う行為も、お前にとっては作業の一つにしか過ぎないのだろう」

 

 その表情は上着と髪の作る影のせいでよく見えない。しかし唇の端から血が流れ出ている。何故かは分からないが、少年は少し悲しくなる。

 

  雨が次第に弱まり始める。傘も差さずにいた二人はとっくに濡れ鼠。何方か一方が泣こうが泣くまいが、涙が雨かは判別がつかない。

 

 両肩を掴まれ、目を逸らせない少年は、自身の耳から音が遠のいていくのを感じる。何も聞こえなくなる。緊張とも違う。ただじっと見つめられたまま、どうすれば良いか分からずにいる。

 

 そうやって固まる少年から、人を殺めた者から、獣と成り果てた男から、織斑千冬は決して逃げない。彼をただの殺戮者では終わらせない。それは己に課した義務か、それとも犯した過ちの償いの為か、そうでなければ単なる情からか。

 

 いずれにせよ、彼女は言ったのだ。

 

「だからこそ、覚悟しておけ。私はお前が平穏に生きられるようになるまで、お前を離しはしない。絶対にだ」

 

 人類種の天敵を知る者からすれば、正気を疑うような宣言を。

 

 しかし───たかが一瞬、されど一瞬、首輪付きの呼吸が戸惑いに止まる。一応、少年は彼女の発言した内容を理解出来ている。聞き間違いでもない。だからこそ心の底より驚いている。

 

 その隙を見逃さず、“最強”は畳み掛ける。

 

「私はお前を見限らない。見捨てない。お前が獣で無くなるまで、私はお前を絶対に逃さない。それを胸に刻め、忘れるな」

 

 それはある種の宣戦布告と言ってもいいだろう。それを覚悟で彼女は言葉を吐き、顔を変える事なく少年の左手を取った。

 左手は穴が開いている。血はとっくに止まったが、見るも無残な傷はじくじくと蠢き、少年の脳髄と神経に痛みを提供し続ける。

 

「……すまんな。傷がまた、増えてしまった」

「……そこは、謝らなくて良くない?」

 

 ようやく出せた声は、何故か震えていた。理由は依然として分からない。

 …しかし少年は少しの安堵を感じている。それに困惑する。なんだか靄がかかったようで上手く話せない。ぼんやりとした思考だ。どうしていいか分からない。それでも女は少年の手を引いてくれた。

 

「痛いだろう、早く治療するぞ」

 

 何時もとは少し違った微笑みで。

 

 

 

 

 今日この日、今宵が明確な分岐点。歴史を分ける分水領に近いもの。その決め手となった言の葉が、静かにされど力強く少年の元へ届く。

 

「…お前の身体は、お前のものだ。どう使おうと、私は何も言わん───が、お前の無事と息災を祈るものがいる事を、考えてみろ。これは宿題とする。期限はないが、必ず提出して貰うぞ」

 

 精密に回り続けるはずの歯車に、一石が投じられた。それはとても脆く、すぐさま砕けてしまうだろう。しかしひと時の歪みはいずれ重大な欠陥を生み出すには十分なのだ。

 

 獣の回路は、静かに狂い始めた。

 

 

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

 レイレナード社個人開発室。アブ・マーシュはレイヴン・イェルネフェルトと互いに遣る瀬無さを帯びた笑みでいる。

 彼等の視界にはヴォルフガング専用IS“ストレイド”のデータが収まっていた。

 

「…初期化と最適化、いつやったんだ?」

「Hmm….訓練時のデータから当てずっぽう。ま、再調整はまた今度やるさ」

 

 ISは本来ならば最初に搭乗者のデータ入力である「初期化」と機能整理の「最適化」を行い、搭乗者に最も相応しい形態にする必要がある。

 その結果起きる最初の形態移行が「一次移行(ファーストシフト)」だ。装甲の形状なども若干変化し、それによって初めてISは“搭乗者の専用機”となる。

 

 アブ・マーシュはその二つを搭乗者の訓練データのみを使用して行った。無論粗雑な仕事となってしまったが、結果は今宵の通り。

 とは言え、付け焼き刃故にいずれガタが来るのは明白だ。後日ヴォルフガングと共に正確な初期化と最適化が行われるだろう。

 

「そんな事より、今は最強のケアをした方がいいんじゃない?」

「…それはフィオナの役割だ、俺には不足だよ」

「今日も家に帰らないつもりだろ、お前また押し倒されたいの?」

「あ゛?」

「sorry sorry.にしても、フィオナちゃんを行動させないのは意外だったな、あの子にも探してもらってたら、あの少年を見つけ易くなってただろうに」

 

 指摘を受けた青年は軍帽を目深に被り、表情を隠す。

 しかし茶髪の青年は見透かしたような顔をする。

 事実それは間違いではない。アブ・マーシュは眼前の軍人とは友達なのだから、レイヴンの思考など丸分かりである。

 

「現状はあまりにも危険すぎる。…危険な可能性は間引くに越した事はない」

 

 苦笑を浮かべ、青年は言う。彼は全てを守りきる自信がなかった。だからこそ少年の捜索を最強に一任し、己の妻には役割を与え、体良く軟禁し、そもそも危機から遠い状態に置いた。

 

「……嫁さん大好きやろーめ」

「さて、何のことやら。…あ、お前明日顔の形変わってると思えよ?」

「Why!? ちゃんと謝ったじゃん! 何が不満なんだよオイ!?」

「すまんな、俺の黒歴史に触れた以上私刑からは逃れられない」

 

 ふはは、と笑ってない笑い声と共に青年は個室を去る。彼はこれより少年を襲撃した者達と、それを命じた者達の調査にかかる。長い戦いにはならないだろうと、アブ・マーシュは勝手に予想する。

 

 彼は口にチョコレートを放り込み、甘味に舌を委ねる。疲労に染み渡る感覚に少し酩酊。睡眠を取ろうとする頭を無理やり起こし、引き出しから出した複数枚の書類に目を通し始めた。

 

 すると唐突に携帯電話の着信音がなる。アブ・マーシュは気怠げな面持ちで応答した。

 

「はいはい、こちらレイレナード社技術顧問アブ・マーシュ」

 

 

 

 

 ✳︎

 

 

 

『アブ・マーシュ、私だ』

「ジョシュアか!調査の方はどう?」

『やはりお前の推測通りかもしれん…“デザインド”被験体の数と、埋葬された遺体の数が合わん。解剖医の話によると、遺体の殆どは脳髄と脊椎が摘出されてる状態だったらしい』

「───それ不味いな、すごく不味い。……これなぁ、何処かの企業も結構奥深くまで絡んでそうだなぁ…」

『欧州圏のBFFが関与している可能性は?』

「あの狸爺は危ない橋は渡らない、無しだ」

亡国機業(ファントムタスク)の動きはどうなっている?』

「実働部隊は変わらず沈黙、情報系撹乱系の奴等は静かに動いてるが、意欲的って感じじゃない。好き勝手してるって感じなのがレイヴンの見立てだ…案外、トップの連中が死んじまって宙ぶらりんなのかもな」

『───なるほど、引き続き調査は続行する。お前の方でも何かわかれば教えてくれ』

「わざわざ悪いね、気をつけてよ、ジョシュア」

『ああ、お前も気を付けるようにな』

 

 

 

「───生体パーツ、ねぇ…。

    久々に“アスピナ”の資料、漁るか」

 

 

 

 




(前回に頂いたコメントを見ながら)皆ラウラ先生に藁にもすがる思いやん…

ちっふー「もう逃がさねぇぞお前!!」
そんなわけで覚悟を決めた最強でした。
今回はやらねばやられる状況だったのでセーフセーフ(すっとぼけ)

今回は分岐点。もしフィオナさんが脱走して首輪付きを見つけていたらRTAよろしく彼が一気に真人間に近付きます。母は強え。しかしその場合はその場合で厄介問題が山積み。
千冬さんの場合は真人間化は他ルートより遅くなるけど、後々の問題が山にならない。(但しヘタを打てば天敵コースに突入する)といった感じで。

~この先やりたいと思ってる回~
・フィオナのレイヴン押し倒し騒動
・篠ノ之とマーシュの邂逅
・ドイツ大人組飲み会(多分絶対やる)
・ラウラ先生の授業
・おりむーテレフォンショッキング(絶対やる)

IS学園入学まであと少し…頑張れ私。



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Cendrillon

いやー寒くなりましたね。布団から出るには辛い季節になってまいりました…
そんなこんなで今回どうぞ。あんまし話動かないですね今回…IS学園入学まであと三、四話ぐらいだ…頑張れ私……
あ、そうだ(唐突)正直一夏君のシスコン具合はマジな方でヤバイと思うけど、お前どう?




 ヴォルフガングは織斑千冬と軍部へ帰る途中、シュトルヒ・フェット並びにラウラ・ボーデイヴィッヒに掻っ攫われ、先ず二、三発ぶん殴られた。

 医師曰く、ガキが自分から進んで傷を作るな。

 軍人曰く、私と教官が教えた事柄は一体何処にやったとの事。

 

 そして少年はめっちゃ怒られた。馬鹿みたいに怒られた。すんごい怒られた。深夜三時半まで説教は続いたが、ラウラはそれでもまだ足りないと呆れ、フェットに至っては依然静かにブチ切れたままである。

 

「フェット、手っていつ治る?」

「お前次第だ。馬鹿をしなけりゃすぐに治る」

「利き手が無事なら勉学に励めるな───そら、さっさと紙とノートを出せ。今日は特別に法学では無く、簡単な心理テストだ。この後にはカウンセリングも控えてる、さっさとこなせ」

「うーへー…、ラウラ先生厳しい…」

 

 一方で織斑千冬は、待っていた友人───フィオナ・イェルネフェルトに───に掻っ攫われた。彼女は今日何が起こっていたか、その全てを知っている。その上で多くは語らず、先ず謝罪と感謝を述べた。

 少年の為に奔走してくれた事に感謝を。今回自身は動くことが出来なかった事に謝罪を。

 

 結局、少年の手は血に塗れた。しかし二人は挫けず、狼狽する事もない。

 織斑千冬は決意を固めたが故に。フィオナは少年の受けた実験の痛ましさと、その内情を事細かに知っているが故に。

 逆に尚のこと、燃える。何とも引き上げがいのある者だろうか、意地でも日陰から日向へ引きずり出してやると躍起になる。

 

「先ずカウンセリングだ。これは今日中にラウラが行うだろう」

「社会福祉運動とかも一度やらせてみましょうか」

 

 その後の話をしよう。今回の襲撃には亡国機業(ファントムタスク)なる組織。その末端中の末端が関わっており、軍部の少数派である「女尊男卑派」がそれと連絡を取っていたことが明らかになった。

 その者達は即座に拘束され、現在は取り調べの真っ最中。中々口が硬いらしく、有益な情報は得られないままだ。

 少年を襲撃した実働者達は、辛うじて生存した二名のみが病棟に搬送されたが、()()()()()()精神に相当なダメージが見られている為、それ故に込み入った捜査は難航しているのが現状だった。

 

 しかし結局、いつも通りの日々が帰って来た。一夜限りの波乱で、この話は進展を見せぬまま終い。然もありなん。手掛かりを得ようにも一向に得られないのが現状なので、仕方ないのだ。

 

 すぐさま戻ってきた平穏な日常に、ヴォルフは内心小さく舌打ちをする。別に平和が嫌いなわけではない。特に戦争が好きというまた訳でもない。少年が好むのはあくまでも「戦い」でしかない。

 だがそれも、それしか知らない故の嗜好である。

 

 閑話休題(それはともかくとして)

 

 今回少年の専用IS───“ストレイド”を非公式的に起動させたアブ・マーシュ、つまりレイレナード社には今回の一件を通しある疑問が生まれた。

 いつもと変わらぬ個人開発室には、モニターの光のみが急速に点滅を繰り返し続ける。延々と流れる文字列の全てを、アブ・マーシュは把握し一つの結論を導き出した。

 

「……データ取得完了っと」

 

 茶髪の青年は顔をしかめ、調整の為回収したストレイドを見る。鴉のようなそれは、ただ黙して鎮座したままだ。

 

「…少年のIS適性がDからB相当まで一足飛びと考えた方がいい、か。

 …幾ら何でも早過ぎないか? というかこの成長性の高さは不味いなぁ。“デザインド”のデータはもう流れてるだろうから尚まずい…」

 

 “デザインド”…男性IS操縦者を人体改造によって生み出し、尚且つそれを「織斑計画」の成功体を目標に改造を続行する試み。

 それは既にドイツ軍部に解体されている。残された研究記録や犠牲者の遺体は、皆丁重に荼毘に付された。

 

 研究記録は勿論、遺体すらも灰にせざるを得なかったのには理由がある。

 デザインドの犠牲者達は皆一様にして身寄りのない子供、ストリート・チルドレンだった。これが不味かったのだ。

 

 言ってしまえば、デザインドは男でもISを操縦出来るという実例を造ってしまったのだ。人体に過大な負荷をかけ、身体を改造し続ければ出来るのだと、その証明をNO.53───“ヴォルフガングという少年”で形にしてしまった。

 実験データが流れ出せば、今後身寄りのない子供だけが狙って誘拐され、人体実験の素体にされていくのは確定的と言っていい。…言い方は悪いが、遺体という「前例の資料」も露呈すれば尚のこと状況は最悪だ。

 

 だからこそ、ドイツはその処分を厳密に行った。

 しかしこの世に完璧や完全など存在しない。確実に“デザインド”のデータは「裏側」それも「奥の奥」で流れ出していると、アブ・マーシュは確信を持って断言出来る。

 

「…ま、いいか」

 

 だがアブ・マーシュはその一言で割り切った。

 

「へー、どうでも良いんだ。案外冷たいんだね」

 

 その声に返答したのは、本来ならばあり得ないはずの高い声。

 声の持ち主は茶髪の青年の背後にいた。彼女は眠たげな目で個人開発室の全体を舐め回すように見渡していた。

 彼女は独特極まる服装だった。機械的なウサギのつけ耳に、青いワンピースにエプロンを足した何とも奇妙な格好だ。

 

「good evening.シノノノノノノノ博士」

「挽肉にするぞお前」

「ヴルストは勘弁かな」

 

 篠ノ之束。世界を揺るがした天災がそこにはいた。けれどもアブ・マーシュはなんとも無いかのように、机の引き出しからチョコ菓子の袋を取り出した。

 その双眸は胡乱げだ。込めた感情を言語化するのであれば「面倒くせぇな電話でいいだろ構ってちゃんかお前は」だろうか。

 

「ahh…冷たいだっけ?」

 

 しかしそんな事はおくびにも出さない。言ったら自身がどうなるかは明白なので、話題を元に戻す。

 乱雑に菓子の袋を開け、中に入っていたプチシューを二つ取り出し、一つは己の口の中へ、もう一つは望まぬ来客の方へと投げた。

 …投げられた方のプチシューは哀れにも地面に落ちたが、関係なく青年は話を続ける。

 

「正直その辺にいる孤児がどうなろうと俺はどうでもいいのよ。

 今回の戦闘データを見て確信したよ。あの少年は必ず俺の創作欲を刺激してくれる。だから俺は彼に機体を作り、与えるだけの話…けど、レイヴンと結んだ契約があるから、最低限の報告はするつもりだ」

 

 プチシューをむぐむぐと咀嚼しながら呑気そうに語る。恐らく、本当に顔も知らぬ誰かの事など、本当に心の底からどうでもいいのだろう。報告など単に友と結んだ契約だから行うだけに過ぎない。

 義憤に駆られる素振りなど欠片も無い。例えば己が非難されたとしても、この青年は涼しい顔で「怒らないとダメなのか?」と言って終わらせる。

 そういった所では、この青年は天災と少し似ているのかも知れない。

 

 さてその天災───篠ノ之束であるが、彼女は何でも無いかのようにこう告げた。

 

「その子のことなんだけどさ。あいつ、欲しいデータが取れたら殺すつもりだから」

 

 その宣言に、“天才”の眉間にシワがよる。顔もやや険しくなった。それに意を介さず…というよりか、元々他人に無関心であるが故、人の顔をあまり見ていないせいだろう。

 束は聞き手の感情の変化を気にも止めず、話を続ける。

 

「正直、あいつはヤバイよ。すごくヤバイ。今すぐにでも殺したいくらいに。中にどんな怪物が収まってるか分かったものじゃないからね」

「…そんな化け物から欲しいデータは?」

「まぁ、男性が操縦できる理由とか、性差による違いとか、他にも色々と取りたいデータはあるけど。今一番欲しいデータは…」

 

 ぴ、と天災の指が黒いISを指し、こう言った。

 

「そのISのコアとあいつの関係だよ」

 

 コア───つまりISコアとは読んで字の如く、ISの中枢を担う物体。深層には独自の意識があるとされているが、コア自体の情報は一部を除き一切開示されておらず、完全なブラックボックス。

 コアを作成可能なのは開発者である束のみ。しかしある時期を境に束はコアの製造を止めたため、ISの絶対数は467機となった。

 

「束さんは自分の作ったコアの全てを把握してる。そして当然コアにも個体差が存在する。その中でも一等個性的で厄介だったのがそのコアだ」

 

 なるほど、と青年は内心舌打ちをする。自身はいつからこんなにも不幸になったのかと。

 そんなことなど露知らず、天災は語りを続ける。その面持ちはどこか不機嫌そうではあるが、微かに喜びが混じっているように見えた。

 

「あの子は一番個性的でね。その理由は単にへそ曲がりなのか、捻くれ者なのか結局私には分からなかった。でも唯一、あいつに使われた時その子は本当に嬉しそうにしていた。今日でそれを確信したよ」

 

 いつになくやや真面目な口調だった。だが青年は眠そうに何度か目蓋を閉じたり開いたり、しまいには船を漕ぎ始めている。

 話が終わったと察すれば伸びをする。連日のデスクワークのおかげか、身体中から乾いた音が断続して響く。

 

「お前はその理由が知りたいと…少年にストーカー行為は褒められたもんじゃないよ、通報待った無しだな」

「あいつに時間割くならお前と話す方が断然マシだね。大体そんなこと束さんが箒ちゃん以外にする訳無いじゃん馬鹿じゃ無いの、いっぺん生まれ変わり直せば?」

 

 吐かれた悪態にあくびを一つ。そして目をこすりながら適当な返答をする。

 

「悪いけど俺グノーシス主義だから」

「死ねって言ってんだよ変態」

 

 そんな会話の最中でも、天才の思考は始まっていた。ヴォルフガングという少年を、己に火種を灯し得る存在をいかにこの天災から庇護しようか。

 そしてどうやってこの天災の鼻を明かしてやろう。そう密かに心に企みを始めたアブ・マーシュだった。

 

 

 ✳︎

 

 

 亡国機業(ファントムタスク)。世界の暗部。裏社会の大組織。規模目的共に不明ながら、延々と戦火の火種を煽る者達。発足以来長年に渡り活動してきた彼等は今宵皆集って議論を行なっていた。

 

 この組織は運営方針を決める「幹部会」と「実働部隊」の2つに分けられている。

 席に座る者達は皆「幹部会」の者。その全てが老年、壮年期者で、若者はごく少数しか存在していない。息の長い組織特有の現象だ。

 

「BFFが我々の傘下を抜けたか」

「あの陰謀屋は何を考えている…これで欧州圏の操作は不可能になったか」

「…そも、何故王小龍が社長に就任出来た。都合の良い傀儡すら作れない程無能ではなかった筈だろう、先代社長にして我が同胞は」

 

 頭を悩ます老いた声達。中には甲高い声もあった。どうやら彼等にとって不測の事態が起こっているらしい。

 

「いやいやいや、此処でBFFについて話し合っても仕方ないよね? 居ない人のことを話しても時間の無駄だ。そんな事より、以前話した兵器について開発認可をもらいたいんだけど」

 

 そんな話の腰を折ったのは若い男の声。侮蔑極まる声色と、慇懃無礼なその態度は、老人達の怒りを買うのには十分だった。

 

「口を慎め、アイザック・サンドリヨン」

「若輩者ながら我々の席に至った事は評価する。しかし相応の振る舞い方すら出来ぬなら、即刻消えて貰うだけだ」

 

 アイザックと呼ばれた緑髪の男は微笑みのまま肩を竦めた。余裕綽々としているその佇まい。人の神経を逆撫でする事に関しては、恐らくこの青年に並ぶ者はいないだろう。

 

「おや、それは怖い。でも関係ないね、君達が何と言おうと僕等の知った事じゃないんで、まぁ案は提出しておくから精査の方はよろしく」

 

 男は言うだけ言って、会議机の上に数枚の書類を提出し、その場を去った。

 

「まてサンドリヨン! 話はまだ終わっ───」

 

 最後の声はドアが閉まる音に絶たれた。緑の男は肩を竦め、呆れたような溜息を吐きながら無機質な廊下を歩いていく。

 その背後を付いてくるのはフードを目深に被った、背丈の小さい何者か。男はそれに背を向けたまま、声を投げかけた。

 

「あの会議、どう思う? アンジー」

『意味の無い時間です』

 

 アンジーと呼ばれたフードの者は、先の老人達の集いをその一言でバッサリと切り捨てた。それにアイザックは笑みを浮かべつつ“真理だね”と評した。

 

「まぁ、何でも構わないよ」

 

 そして彼は一枚のガラス窓から景色を眺める。何の変哲も無い摩天楼。疎らに灯る電灯はさながら地上の星だ。

 実に見応えのある夜景だが、青年の表情は感動から程遠い。侮蔑、嘲笑の感情がそこには破顔という形で表されていた。

 

 暫しの後、アイザック・サンドリヨンは溜息を吐きながら、静かにまた廊下を進み始めた。そして憎悪にも似た感情にじませた声色で、ただ一言。

 

「───滅茶苦茶にしてくれればね」

 

 実に破滅的な願望が、声となって漏れ出した。

 

 




アイザック・サンドリヨン
私的には「財団」とは戦争ある限り生まれる存在、一種の現象のような個人と考えています。彼はいわば「IS世界の財団」のようなものです。
今回はデモムービー的な登場。本格的に動くのは後半からかなぁ。因みに以前の「消えた脳髄、脊椎、遺体」ですが余さずこいつが待ってます。わぁ、ロクなことにならねぇぞ絶対。私は知ってるんだ。
現在アブさん、ウサギ博士両名にマークされてないので完全野放しの状態だよ、やばいね。

アンジー
何で室内でフードなんて被ってるのかな(すっとぼけ)。ところでACVDのLivさんの周りをくるくる回ってるアレ、ソルディオス・オービットにしたら面白そうだよね。他意はないよ。本当だよ。

幹部会
レイヴンに「死んでじゃないの〜?」って予想されてたけど生きてたよ。クレイドルに住む人々みたいな方々。つまり人類種の天敵基準では死んだ方がいい奴等だからお先真っ暗コースだよ、辛いね。 でもみんなで力を合わせれば安心だよ。震えて待ってろ(豹変)

〜ゲームの腕前とか〜
首輪付き…FPS以外は超ド下手。
織斑姉弟…弟の方はそれなりにうまい。姉は多分ポンコツレベルで下手。
黒兎隊双首領…ラウラ、クラリッサ共に廃人ゲーマーLv99
フィオナ…それなりにうまい
レイヴン…軍略ゲーム、FPS以外クッソ下手
天才組…寧ろゲームを作る側。

次回:おりむーテレフォンショッキング





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REALLY?

大学に無事受かったので初投稿です。
大変お待たせしました…すんません…

今回はまぁほのぼのっぽい感じ。
割と長めかもしれないのでごゆっくりん

サブタイのreallyはマジで?くらいの軽さです。


 買い物:shopping───貨幣により品物を手にいれることであり、買物は気晴らしや娯楽として行われることがある。

 店舗にある様々な商品を見て比較し迷ったり購入の決断をすることを楽しむ人がいるのである。

 

 買い物とは日常に欠かせないもの。人類種の天敵が前生に於いて墜落させた空中居住空間“クレイドル”に於いても、それは行われていた。

 しかしそれは、閉鎖された経済活動だ。そういった意味では、クレイドルでの生活は───汚染され切った地上の民が暮らす地───コロニーと遜色変わりなかったのかもしれない。

 

 ともかく、ヴォルフガング・イェルネフェルトは織斑千冬に「モールへ買い出しに行くぞ」と言われた時、その顔を苦くした。

 この少年は「商売」や「企業」や「利益至上主義」というモノに良い印象を持っていない。彼が“人類種の天敵”として生きていた世界での「企業」は、余りにも腐り切っていた故にだ。

 だからショッピングモールでの買い物にもあまり期待を寄せていなかった。

 

 モールの光景を見るまでは。

 

 赤、緑、黄…と広がる極彩色。それぞれが葉や実、根に取り分けられた上で籠に収められ、行儀よく整列している。

 青々とし、しかし瑞々しい匂いが嗅覚を叩く。収穫された作物が陳列したこの場を見て、ヴォルフガングはこう言った。

 

「……テーマパーク????」

「何処から何処を見ても食料品売り場だ」

 

 スパーンと付添人ラウラ・ボーディヴッヒのツッコミが白い長髪をひっ叩いた。

 その際“おう”っと小さく少年が呻く。

 

「冗談だよ…先生の怒るポイント謎だよ…」

「新手のボケか、今のは。薬物にでも手を出したかと思ったぞ、割と本気で」

「これ僕キレてもいいポイントだよね?」

 

 険悪な字面だが、その実二人は楽しそうにしている。なので何も問題は無いなと判断した織斑千冬は、はしゃぎ過ぎるなと釘を刺した。

 今回モールに来た目的は買い出しだけでは無い。もう一つの目的は「ヴォルフガングの頭を平和な状況に慣れさせる」ことである。

 言ってしまえば社会復帰運動(リハビリ)の一環だ。

 

 ラウラがこの運動の付添人を務める理由は、彼女が少年に常識を教える立場だったのに加え、過日の襲撃騒動からの反省からの案だった。

 

「とは言え、本当に雑誌で見たテーマパークみたいだと思ったのは本当だよ。初めてきたからね、ショッピングモール」

 

 薄々と今回の買い出しの目的には気付きながら、白長髪を一つ結びにした少年はカラカラと笑っている。初めて目にする物には誰だって興奮する。

 銀の長髪と眼帯の少女はそれに絶句。よもや此処まで外を知らぬとは思わなんだ。

 

「こいつはこういう機会を設けなければ、近場の市場か、訓練場か、医療棟にしか足を運ばないからな……」

「教官……」

 

 遠い目をした最強を見て、ラウラの目が憐憫に変わると同時に「この人でも出来ない事はある 」という認識がラウラの中で確たるものとなった。

 尊敬の念は未だ強いが、以前の様な崇拝じみた域では無い。却っていい傾向なのかもしれない。

 

 そして内心で猛省する千冬。多忙さを理由にやるべき事から目を逸らしていたと後悔真っ只中。確かに法令やら学を教える前に、こういった活動の機会を多くすべきだっただろうか。

 ……しかしながら、法知識がなかったらなかったで白い少年は問題を起こし得るので、織斑千冬の対処が一概に間違いとは言えないのだ。

 

「今日は何買うの? 食料品?日用品?」

「両方だな。人手も増えたんだ、買いだめして帰るぞ」

「分担は……しない方が良いですね」

 

 それはともかくとして、今現在すべき事は買い出しである。過去はあくまで反省に使えばいい。未来に活かせればそれで良しなのだ。

 メモ帳を確認し終えた千冬はカートとカゴを持って売り場の方へ足を運ぶ。

 いつもよりやや騒がしい買い物が始まった。

 

 

 

 

 ───野菜売り場

 

「なにこれ?新手の鈍器?」

「ドリアンだ、酒に合う」

「……教官?今何と?」

 

 ※ドリアンとアルコールの食い合わせは本来、命に関わります。常人は絶対真似しないで下さい。

 

 

 

 ───魚売り場

 

「…ミル貝ってグロイ」

「………キモいな」

「気持ちは分かるが口を慎め馬鹿ども」

 

 ミル貝の、でろんと伸びる大きく発達した水管を眺めながら感想を述べた少年少女はひっ叩かれた。当然である。

 

 

 

 ───雑誌売り場

 

「………………」

「目で訴えるな、買わんぞ。買ったらお前はまた夜更かしするつもりだろう」

「クロスワードに対する情熱を少しは常識を守る方に使えんのか貴様は」

 

 眠れない夜にはパズルがうってつけです。(頭を使うと眠れなくなる場合もあります)

 

 

 

 

 そんな具合で、騒がしくも淡々と買い出しが終わった。一行は現在、フードコートで昼食を終え、食後の小休止を取っていた。

 しかし突如黒服の女が織斑千冬の前に現れ、何やら報告を入れた。それに目を見開いた彼女は、黒服の女と共に席を外す。

 

 それと同時、残された二人の周囲を私服の男女が取り囲むように席に着いた。雰囲気や足運びから、一般人でない事は明白だ。

 言うまでもなく二人の護衛だろう。そのうち一人の女性はIS所持者だろうかとラウラは雰囲気で、ヴォルフは直感で把握する。

 織斑千冬は、私服の護衛者達に要警戒を促してから場を離れ、この一連を何でもないかのように見ていたラウラとヴォルフは、千冬が去ったことをさして気にせず休息に浸り続けた。

 

 

 ✳︎

 

 チフユが黒スーツの人と何処かに行って、僕とラウラだけが残された。

 いつの間にか、僕らの周りには手練れが群れを成している。恐らく全員警護の人なのだろう。中にはレイレナード社の人間もいた。

 

 警護は都合八人。そのうち一人、日本刀マークのシャツを着た男は、ギターケースを肩に下げている。その中身は恐らく物騒なものだろう。

 そしてその男の隣、天使の羽みたいなマークのある黒ジャケットを羽織った女の人。あの人はきっとかなり強い。

 

 …それにしても、あの男女はやけに距離が近くないだろうか。まぁ気にしても僕にとってはどうでもいい事なのだが。どうでもいいったら。

 

 視界を“せんせー”ことラウラに移す。彼女は食後のデザートであるクレープを食べ終えたのか、お絞りで手を丁寧に拭いていた。

 

「…美味しかった?」

 

 何とは無しに聞いてみる。

 

「まぁまぁだ」

 

 何とも素っ気ない返事だ。

 でも不思議と、冷たい印象は何処にも無い。

 

 冷水を喉に通す。潤いが発声器官を満たす。飲み込む音が耳中に響く。

 ガラスの窓から降り注ぐ陽光が、僕らを照らす。聞こえる音は食事と子供と親の音。平和で安寧極まりない、僕にとっては未だ慣れない時間の流れ。

 

 “訓練場に行きたい” そんな思いばかりが強くなる。言ってしまえば今が苦痛で、脳が乾いている感じが凄い。お腹が空いているのに、餌がない。

 

「…今日はどうだった?」

 

 そんな僕など露知らず、ラウラは聞いてくる。

 純粋な疑問なのだろう。眼前の白ウサギみたいな少女は、小首を傾げてる。

 

 煙に巻くのは憚れた。情というか、何というか、最近自分でも気づいたが、どうやら僕は誤魔化すことが余り好きでは無いようなのだ。

 細かく言えば、本音を誤魔化すのが苦手だから、さっぱり言ってしまう方が良いと考えている。嘘つきよりはマシな姿勢かな?

 

「…んー、最初は楽しかった」

 

 だから全部言う。

 

「色々綺麗だったり、グロテスクだったり、面白かったり…本当に最初の頃は楽しかったんだよ? そこは本当だよ?」

「………ああ」

 

 神妙な顔で、先生は頷く。

 その顔がちょっとチフユに似てて、何故か自然に頬が緩む。すると案の定怪訝な顔をされたけど、とにかく話を続けた。

 

「でも何処か冷めてる。退屈だと感じて、戦いたいと思わずにはいられなくなる。駄目なんだよ、どうしても今が耐えられない」

 

 飢えている。今の僕は正しくそれだ。お腹が空いて、どうにもならない犬に過ぎない。僕は“変われない”それを良いことに戦いへの欲求は、心の中で強さを増し続けている。

 縛鎖は理性のみ。やりたい事をやる為に耐えようとする。だけれども“戦い”とは一度味わえばやめられ無いもので、一つ行えば二を欲する。

 

 ああ、もう本当煩わしい。心の赴くままに戦いたいけれど、それでは駄目だ。やりたい事が出来なくなりそうだし、それは今の綺麗な世界を壊してしまう。だから抑え続けなくてはいけない。

 この綺麗な空と地を、自らの欲望のままに壊し尽くしたくは無い。それぐらいには此処は綺麗だから、此処に生きてみたい。

 

「……うん、まぁ、退屈だったよ」

 

 なんともまぁ、滑稽で惨めで哀れで退屈な話だ。

 

 

 

「変われない事は、悪い事じゃない」

 

 …ラウラの言葉に少し、驚いた。

 

「…やっぱり分かる?」

「ああ。存外、お前は分かりやすい方だ。

 感情が直ぐ顔に出る」

 

 くすりと小さく微笑む彼女は、身長に似合わず大人びて見える。それが奇妙で、不思議に思う。

 

「お前はまだ保護されて一年も経っていない。それどころか、たったの数ヶ月でお前みたいな奴が、変わるとは到底思えない」

 

 真っ直ぐに見据えて、彼女はこう言った。

 僕はと言えば、びっくり固まる。

 ふと頭が軽くなった気がした。

 

「それでも、ゆっくりで良いんだ。少しでも真っ当に生きられるようになって欲しい。私も教官も、そのつもりでお前と時間を過ごしている」

 

 純粋に、尊敬した。

 僕には到底出来ないだろうその在り方。

 恐らくは普通である筈のスタンス。

 だからこそ情景は強くなる。

 届かないからこそ、光り輝いて見える。

 

「…───ああ、安心した」

 

 僕はきっと、変わらない。

 所詮は獣、話しても仕方ない確信犯。

 戦いが好きで、綺麗な世界が好きだと言う矛盾した頭。それが申し訳ないとは思う。だけど僕は綺麗な理念とか目的とか持ってない訳で、だから背負える人(オールドキング )のようには強く成れないし、忘れる事ない恩人(セレン)みたいに優しくは成れない。

 

 だけど。

 

 それでも“変わってみようかな”と、一時の気の迷いでも、少しでもそう思えたのならば、僕は“真っ当な方向”に前進しているのだろうか。

 

 口元が少し緩んだのを自覚して、水を飲んだ。互いに沈黙。それは話題を変える合図でもある。

 

「お前は、やりたい事とかはあるのか?」

「あるよ、───宇」

 

 突如、携帯電話の着信音が鳴り響く。

 空席に置かれているバッグからはみ出している黒い携帯。チフユの物だ。

 鳴り始めて1、2、3、4、5とコール音が続く。

 

「……長いね」

「いっそ出てしまえ、周りの迷惑になる」

「そうだね、火急の用事かもだし」

 

 携帯を手に取り、耳に当てる。

 電波が此処には居ない誰かと繋がる。

 そして次の瞬間に僕は酷く驚いた。

 

『もしもし、千冬姉?』

 

 …話には聞いていた。聞いていたとも。

 しかしこうした形で言葉を交わす事になるとは思いもしなかった。どうも初めまして、どうせならその顔も見てみたかった。

 

「チフユは今留守だよ、用があるなら聞いておくけど、どうする?」

 

 織斑一夏。チフユ()()()()()であり、彼女の弟。

 

『え…あ、いや、それはありがたいけど…あんた誰なんだ?』

「えーっと…チフユの、弟の、イチカ?」

『あ、ああ…で、あんたは?』

「… ヴォルフガング。長いから、ヴォルフで良いよ」

 

 声から困惑が分かる。そりゃびっくりするだろう。肉親、姉にかけた筈の電話からいきなり知らない人の声だ。

 イチカは未だあたふたしてるけど、何となく、彼の人の良さが分かった。この状況で普通“ありがたい”なんて言うだろうか? 僕は勿論、まともな人も中々言わないだろう。多分。

 

「僕はチフユに保護観察されてて…リハビリというか、まぁお世話されてるというか、偶にし返してるというか、…ああ、チフユからイチカの事はちょっと聞いてるよ、自慢の弟だって」

 

 なるべく僕の事は話さない。自分の立ち位置は流石に少しくらい分かる。一般の人に軽々しく言ってはいけないって事くらい。とは言え、質問にはきちんと答える。これは大事な事だと学んだばかりだ。

 

『いや待て待て待て保護観察って何だよ!? お前一体何したんだ、あと世話って何だ、お前千冬姉に何もしてないよな!?』

「僕、白兵戦の経験あんまり無いからする前に地面に転がると思う。はは、ミンチミンチ」

『マジでお前何なんだよ…』

「ん───…何だろう…」

 

 あまり言わない方が良さそうなので、僕は話題をずらす。

 

「話変わるけどチフユって家事苦手?」

『…見たのか』

「冷蔵庫から雑誌が ビールのゴミの山が」

『…すまん。…俺が見た中では冷蔵庫に封筒が入ってる時もあった』

「…───ドイツのお菓子食べる?送るよ?」

『…いや、いい。それより、お前は一体…」

「ごめん、それは言えない。でもまぁ聴きたかったらチフッがべご」

 

 イチカも苦労したんだなぁと思いつつ相槌を打っていたら、死ぬほど痛い拳骨脳天直撃。意識はクラクラチカチカ明暗中。身体はグラグラ揺れて今にも倒れそうな感じ。僕はそのまま携帯をなす術なく引ったくられる。

 机に頭を伏す前に、揺らぐ視界の端には僕より先んじて鉄拳を喰らったのであろう、先生が頭を押さえて悶えていた。僕はと言えば机とキスをした所。

 

 幸いにも、意識はあった。殺気は無いので多分咎める為と、あとは何らかの感情の発露がこの拳骨なのだろう。

 

「…ああ、すまんな一夏。仕事で席を外していた」

 

 …柔らかい声だ。僕と話す時なんかより何倍も丸い声。チフユは少し疲れた顔だけど、何時もより多少は柔らかな表情だった。

 

 ああ、なんだ。家族とはそういうものなのか。

 姉とはそういうものなのか。

 …少し、羨ましいなと思っている。

 それがどうか気の迷いであって欲しい。

 

「…ヴォルフの事は話せん。…ああ、少しな。問題ない、心配するな」

 

 無事と息災を祈る声。数えておよそ5分の時が流れた。互いに話は終えたのか、携帯を持った手がだらりと下がる。

 ゆっくりとチフユが僕を見る。呆れたような顔。先の柔らかな顔はどこにも無い。それに何故か、少しざわつく。理由なんて知らない。

 

「…今回は多目に見る」

「はい…」

「申し訳ありませんでした…」

 

 警句と謝罪。そんなやり取りの後、三人で帰る用意をする。荷物を軽く纏めて、分担。荷物の量はそれなりだから、まぁまぁな大荷物。

 トレイやコップを片付け、ゴミを捨てる。いよいよフードコートから出ようとした時、ある一枚の写真が、正確にはポスターに目が止まった。

 

「…このポスター…」

「? ああ、MSFの宣伝か、それがどうしたんだ」

 

 ラウラが不思議そうに僕を見る。

 僕にはこのポスター…というか、ポスターに映る人物に間違いなく見覚えがあった。青い髪の女と、灰色の髪の男。二人とも白衣を纏っており、快活な笑みを浮かべている。この切り取られた一瞬にいる二人は間違いなく。

 

「いや、このポスターに写ってる人達…フェットの部屋に置いてあった写真に写ってる人と同じだよ、これ」

 

 幾度も医師が寂しそうに眺めていた者達だった。

 

 

 




ブランクが長すぎたのでリハビリで何か書くかもしれません(真顔) っかぁー、やっぱ感覚あくと駄目ですね、変な文しか書けない…でも頑張る…

現状の首輪付き;獣から人に変わり…変わり…変わってお願い(懇願) 皆への配慮(弱)を覚えた! ■■の感情を取得した! まだまだ先は長い…。

・帰宅中の小話・
首輪付き(´・ω・`)「何か弟さん当たり冷たい気がしたぁ…」(強いんだろうなぁ戦ってみたいなぁ)
ちっふー(絶対今会わせたらあかん)
ラウラ(せやな)

国境なき医師団(Médecins Sans Frontières)
通称MSF。1971年にフランスの医師とジャーナリストのグループによって作られた非政府組織。皆様ご存知世界最大の国際的緊急医療団体。

・フェットの部屋にあった写真。
男と女が幸せそうに笑っているモノクロ写真。二話で登場済。モノクロなのは撮影者である医師の趣味。彼の医務室に置いてあるので、患者や職員は割と見る機会がある。ちなみによく見ると女の方は右腕が欠損している。

・写真、ポスターの男
灰色の髪と瞳の男(21) 細マッチョ+黒タンクトップ+白衣といラーメンにケーキ突っ込んだ感じの男。フェットの弟子。医療棟の中には彼を知ってる人が割と多い。腕は破茶滅茶にいいが、側から見れば治療が雑極まりない。

・写真、ポスターの女
青色の髪と瞳の女(18) 隻腕+白衣+スポーツウェアという大味の複合体みたいな奴。フェットの養子。医療棟の中には彼女を知っている人が割と多い。現在養父とは喧嘩中。尚理由はくっだらないものである。

学園に入るまでにやらなきゃいけない話が2、3個程あるから許して…許して…



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X.x: I’m accomplice

最新話(幕間)へようこそ…
これが書く必要のあった話の一つだ…
俺はついにモチベを保つ方法を見つけた。
“書きたい時、書ける時”に書くのだ。
もう、誰にも俺の筆を止める事は出来ない…
(感想を)くれ。(台無し)

※何方にせよ一番原動力になるのは皆様の感想に他ならないよねって(前回の一ヶ月ぶりの投稿に多くの感想をいただけた感涙の涙)(ありがとうございます)



 アスピナ機関───西アジア圏の複数国家によりアナトリア半島に設立された、IS研究機関の一つ。彼等の行なっている研究は多岐に渡る。

 lSの更なる空力特化の為の新設ブースター考案、大脳皮質とISコアの関連性研究、コア・ネットワークの解明など…列挙すればキリがない。

 

 薬品と紙と機械の匂い。忙しないタイピングと、歩く音。会議室と書かれたプレートのついた扉からは喧騒の声。すれ違う痩せぎすの男は虚というか恍惚とした目でサプリメントを貪っている。

 俺とジョシュアが去ってからも此処、アスピナ機関に変わりはなかった。まさしく変人、奇人、狂人の坩堝。自身が数年前にはこの枠組みに所属していたのが懐かしい。

 

 黒一色の廊下。此処は地下に位置するため当然窓なぞない。

 それ故に閉塞感が半端ではない。はっきり言って苦痛だ息苦しい。

 

「お待ちしていました、アブ・マーシュ」

「Hello.Hello.Hello.迎えなんざ不要だからとっとと失せてくれ、CUBE.何度も言うがオタクらのとこに戻る気はさらさら無いよ」

 

 俺を迎える青白い顔をした男は肩を竦める。その呆れ顔が腹立たしいぞ消えて無くなれ。

 お前らの話長いんだよ、捕まりたく無いから迎え要らねえっつったのにこの野郎。余程研究データが惜しく無いと見える。

 

「そうもいかないのですよ。データや資料は一括して新設のアーカイブルームに纏める事になりましてね、そこまでの道が複雑なので、案内はどうしても必須になります」

 

 まーた増築したのか。国からの支援があるにしたってポンポン作り過ぎだろ。ただでさえ複雑な地下施設を更に複雑にしてどうする。お前らはラビリンスでも作りたいのか? その内ミノタウロスでも作るつもりか? 

 こいつら本当に作りそうだから怖えんだよなぁ。何でこうも変態と馬鹿と倫理観ゆるゆる野郎が集まるんだこの機関。

 や、まぁ国からの公認受けて思う存分研究出来るからここに来るんだろうが、国営とだけあって設備も半端じゃ無いくらい整ってるしな。

 

「…一応聞くが、どんぐらい複雑化した?」

「ニホンのダンジョン、シンジュク程の」

「俺が悪かった、この通り頭下げるから案内頼む」

「貴方は賢明な方なので助かります」

 

 そうだよな、貴重データばっかだからそら簡単に行けるように作らねえよな。

 でもシンジュク並みは駄目だろ。加減をしろよ馬鹿。あそこは一度入ったら出られない無限回廊。さながら地獄の一種。一度迷子になれば永遠にそこに住む事になると、以前黒ウサギ隊のISを拝見しに行った時に知り合ったニホン通のクラリッサとやらは言っていた。

 そんな馬鹿なと最初は思った。だが現実は小説より遥かに奇なり。確かにあれは迷宮、いやそれを通り越した何か。出来れば行きたく無い地トップだ。

 

 カツカツとクッソ長い廊下を歩き、時には体感で5分ほどエレベーターを下ったり、右左と通路を曲がり、何度か厳重そうな扉の内へ入る。

 すると、小さな部屋に入った。四方にはコンソールが置かれており、その内の正面の一つにCUBEは触れ、何度か入力を繰り返す。

 

「…これで承認無しに閲覧可能です。機密ファイルについては貴方の持つIDを使用して下さい。問題無く動作すると思います」

「……退社者のIDでも使えていいのか?」

「我々の技術を模倣できる脳の持ち主など、それこそ貴方や篠ノ之博士の様な者しか有り得ませんので。まぁ、仮にその辺りの科学者が模倣出来たとしても、それを十分に活用出来るかどうかは話が別になりますが」

 

 成る程違いない。

 

「ではごゆっくり」

 

 そう言って青白男は去る。俺は俺で再びコンソールに触れた。モニタには幾つかのファイル名が映し出される。ファイル数自体は俺やジョシュアがいた頃より格段に増えているようだ。

 

 新型剥離剤(リムーバー)開発・予算案[削除済み]

 O.V.E.R.S.並びにマスドライバー開発経過報告

 V.O.B並びO.V.E.R.S.設計原案[未提出]

 BFF共同開発案[機密レベル5]

 倫理委員会による査問会日程表

 トルコ共和国代表との会談日程表

 

 …この辺りはまだ健全なデータ群か。も少し奥に潜ってみるとしよう。

 

「生体系はやっぱ目に付かないとこか…さて」 

 

 コンソールを弄り回す。ファイルのソースコードを探り、いくつか怪しそうなものをピックアップ。其処から手当たり次第に検索欄に入力。

 気の遠くなる作業だが、幸いにも「当たり」は早期に掴むことが可能だった。

 

 モニタに突如としてメッセージが表示される。

 

 [警告:責任者及びIS委員会上層部並びにアスピナ機関加盟国による承認が必要

 内容:貴方がアクセスを試みているファイルは閲覧許可権限を持つ人員にのみアクセスが許可されています。 

 上記組織並びに人員の許可無しにアクセスを試みた場合、保安要員が派遣され、処分・尋問のため留置房へ護送することになります。

 制限時間内にログイン資格を提示して下さい。]

 

「はい発見、ID入力っと」

 

 [ログインID:eye of the Horusを認識]

 [閲覧許可を確認しました 表示を開始します]

 

 俺の目に飛び込む新たなデータ群。アスピナ機関は間違っても清廉潔白な研究機関ではない。寧ろ世界最高峰に血生臭く、また闇の濃い実験場だ。

 非合法な実験や、条約を度外視した開発なぞ日常茶飯事。それを数国が総出で隠蔽し、またその成果にあやかる国もそれを助長する。正に地獄。

 勿論この事実を知るのはごく僅かに限られる。かの天災は知ってるのかって? あの女はそもそも此処に興味がないので除外。

 

「…さて、何処から探るか…」

 

 俺の目にファイル名が断続して映る。

 

 IS操縦者の限界調査-第七次実験結果

 高IS適性操縦者作成計画-決議未定

 デザインド資料群-[作成中]

 プロジェクト・ファンタズマ資料群

 脳髄のパッケージ化とそれによるIS駆動

 ISの自己進化についての論文

 

 発見は思いの外早かった。俺は脳髄とISについてのファイルを開く。出来ればコピーが欲しいが、此処までの黒さとなれば実物としての持ち出しは許可されないだろう。なので今此処で全て脳に叩き込む。

 

 [脳髄のパッケージ化とそれによるIS駆動]

 [脳髄のみによるIS操縦は現技術の段階では、基本的には不可能として証明されました。その要因として脳髄の防腐・意識維持の困難さ、無人ISの技術不足、コアと大脳の研究不足が挙げられます]

 

「Ah…成る程?」

 

 [しかし、EOS(エクステンデッド・オペレーション・シーカー)ならば実現が望める可能性があります。現在はEOSの改良及び開発、大脳の研究チームが編成され、開発に取り掛かっています。

 詳しいデーターに関してはこちらをご覧下さい。

 →【予算決議段階に入った為情報封鎖中】]

 

「…EOSか」

 

 EOS、 確か国連が開発中の試作兵器。ざっくり言えば万人が使用可能の擬似IS。人命救助やPKOでのシェアが期待されているが、…はっきり言って産廃の一言に尽きる。

 機体が重いし燃費最悪だしシールドバリアも無いしパワーアシストが稚拙過ぎるし第一世代のISと比べんのもおこがましい。実用化への道は遥か遠い。

 

 アスピナもそこは分かっているのか、改良案が幾度か出されているようだ。

 …そういや黒ウサギ隊の奴等からも私的に改良依頼が来てたな…ここに回しちまおうかな…怒られそうだけど。

 ぶっちゃけ俺はEOSにゃあんま興味ないのだ。

 

「…ま、今回の収穫はこの辺りかねぇ。他は…あーやっぱ封鎖中か、これだけでも見れたので良しとしますか」

 

 パパッとログアウトして、終わりっと。

 俺は狭っ苦しいアーカイブルームを後にする。

 

 廊下にはやっぱり青白い男がいた。律儀にもずっと待っていたらしい。ご苦労な事だ。CUBEは俺に閲覧終了で構わないかどうか、その確認をとってから出口に向かって歩き始めた。無論俺もそれについていく。

 

「そう言えば、今ドイツには男性操縦者がいるそうですね」

「デザインド成功体なら渡す気はねぇよ、どうしても欲しいならドイツとことを構える覚悟を決めたらどうだ?」

「冗談。確かに彼は我々からすれば垂涎の個体ではありますが、一大国と矛を交えてまで欲しいとはにべにも思いませんよ」

 

 男は肩をすくめる。

 俺もそれには笑みで返した。

 

「しかしドイツは何故彼の存在を公表しないのでしょうか?」

「あの出自じゃ無理だろ。するのは下地を整えてから。あの少年自体の下地は整い終えたが、多分政府自体の準備はまだなんじゃないか?」

「どちらにせよ、公表後はパニックになるでしょうね、確実に」

 

 違いない。これから先大量の仕事を抱え込むだろう友人に胸内で同情しておくとしよう。いやまぁ、少年を専属操縦者にしたレイレナード(ウチ)もだいぶ面倒な事に巻き込まれるのだろうが。

 

 そんなお喋りをしながら黒い壁と床の通路を歩き続ける。すると、黒い廊下に青いライン光が突如としてゆっくりと走り出した。

 何だこれ、と少し気になって聞いてみたところ、どうも可視化された送信データだそうな。何故こんなことを? と聞いてみれば。

 

「かっこいいからです。それ以外何か理由が必要ですか?」

「異論なし。ロマンは全てに勝る」

 

 漢の世界がそこにあった。

 

 

  ✳︎

 

 

 モノクローム・アバター。一色の分身。亡国機業の実働部隊。その一人オータムは不機嫌極まりない面付きで、眼前の老爺を睨みつける。

 その老爺は無防備、無装備だ。彼は人当たり良い微笑でオータムを眺めるばかり。しかしその瞳は昆虫の様に冷たく、情が完全に感じられない。

 その老爺の名は王小龍。BFF社の現社長。

 

「私の処分に来たか? オータム」

「抜かせ、糞爺。分かってて言ってんだろうが」

 

 ドスの聞いた声でオータムは凄むも、老齢の陰謀屋はどこかふく風だ。

 彼は後ろ手に組んだまま窓から外を眺める。穏やかに陽光を浴びるその姿は好好爺以外の何でも無い。

 

「私に敵対意思がないかどうか、だろう? 心配は無用だ。今の私には時間がない。当面、亡国機業に介入する予定はない」

「ああ、そうかい」

 

 ぶっきらぼうに頷くオータム。彼女の不機嫌さは一切拭えていない。

 ───BFFは本来ならば亡国機業の傘下に在るべき企業だった。

 しかし社長がこの陰謀屋に交代した途端、その在り方は瓦解。BFFは欧州圏に大規模な根を張ったまま亡国機業からの参加を離脱。この一件で亡国機業の受けた損失は決して少なくない。

 

()()()()()()

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 裏切りには制裁を。それは万国共通のルールだ。

 事実モノクローム・アバターは王小龍の粛清を是とした。

 だが幹部会はそれを却下。彼等は王小龍…BFFが消失ないし恐慌状態に成った場合の損失や不利益を考え、その結果粛清を一時的に延期した。

 この一件で実働部隊と幹部会に微かな亀裂が入ったのは言うまでもないだろう。

 

「だが、そうだな。強いて言うのならば───無論、最初からだとも」

「…ああ、そうか」

 

 オータムは怒りに身を任せ、早々にその場から立ち去ろうとする。

 ドアを蹴り開けてから振り返り、憤怒を滾らせた声でこう言った。

 

「覚えておけよ老醜。いつか吠え面かかせてやる」

「楽しみにしておこう。変われぬ醜悪な機械しか愛せぬ、惨めな蜘蛛よ」

 

 瞬間、王小龍の頬を何かが掠めた。

 遅れて聞こえた発砲音。

 微かに砕けた壁を見るに、小口径の銃弾だろう。

 

「アルベール」

 

 オータムが去ったことを確認してから、彼は従者の名を呼ぶ。

 姿を隠していたのだろう、女と入れ替わる様に現れたアルベール・デュノアは、複数の書類を手にしている。

 

「…検討は的中です。IS装備開発企業『みつるぎ』は亡国機業のフロント企業で間違い無いかと」

「ご苦労。下がれ。言われる間でも無く、妻子には護衛を手配してある。心配は不要だ」

 

 正当な働きを遂げた部下には正当な報酬を。

 危険にはそれに見合うだけの保証と保険を。

 社長としてはごく当たり前なことだ。

 

 謀に長けた翁は、静かに次の指令をアルベールに述べた。

 

「レイレナード社に連絡とアポイントを取れ。私は私で、織斑千冬にこの件と、その他の諸々を告げておく」

 

 

 

 

 




アスピナ機関…外道機関。アブ・マーシュはその変態と畜生具合に愛想を尽かし退社、その際実験や処分騒動に巻き込まれかねない友人、ジョシュアを連れレイレナードに移り現在に至る。
 アブ・マーシュに良心の呵責などはないが、彼は気まぐれで一度アスピナ機関頼みで解体を試みた事がある。結果は中止。複数国家による隠蔽が発覚したため、流石に現段階では分が悪いと判断し、また「最悪のケース」も想定された為やむなく断念した。

デュノア社の現状…BFF非傘下の企業だが、実質BFFの傀儡状態。王小龍の支援で何とか経営破綻を免れている状態。BFFの支配から抜け出すには先ず技術不足を解消し、経営破綻を自力で回避する事が絶対条件。

ドイツ現状…「ヴォルフ君の発表いつすれば良いか目処立たねぇよ…」「やべぇよ…やべぇよ…」「じゃ、俺レイヴンに丸投げして帰るから…」「あ、おい待てい。事の大きさ的にもう逃げられ無いゾ♡」「なんだよおおおおおもおおおおおおお」「一年後にパパッとやって!終わりっ!」
レイヴン「やったぜ」(←責任転嫁見越して大多数巻き込んだ傭兵)

CUBE…偽名。アスピナ機関の中でもとりわけ優秀な研究員。徹夜が続くとよく光が逆流する。多分今回で出番終わりじゃ無いかな。

オータム…レズ。何か原作で扱いが可愛そうな人。もっと活躍させても良い…良くない…? 

ちっふードイツ時代(今ここ)

空白の一年

IS本編

アンケートご協力感謝します!
ラウラ先生人気あってうれしい…うれしい…


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FOSTER PARENT

スランプなので不定期更新だったり変な文だったりするけど許せサスケ

今回は優しい風みたいな感傷的なBGMでも聴きながら読むといいかも


 一年の終わりが近づいている。

 

 世間は新年祝いの為に準備が進み始めた。

 仕事量を調整する者。

 帰省のための旅費を確認する者。

 飛行機や電車の席を予約する者。

 

 ともかく過ごし方は様々だ。

 

 ドイツの中央部よりやや離れた所。農場や牧場が並ぶ地域。のどかな道を黒いワゴン車が走る。道はお世辞にも整地されてるとは言い難く、ガタガタと車体は先ほどから揺れっぱなしだ。

 運転手の女性、織斑千冬は露骨に顔をしかめており、助手席の少年、ヴォルフガングは不快そうな顔を隠しもしなかった。

 

 何事ないままに、数ヶ月が経過した。

 季節は冬。冷たい風が身に辛くなり、防寒具も厚さを増す必要がある。

 乗車中の二人は選ぶのが余程面倒だったのか、お揃いの無難な黒いコートを羽織っていた。

 

 二人は今日、顔合わせと今後の相談のために、イェルネフェルト夫妻の家へと向かっている。夫妻は知っての通り、少年の養親になる二人だ。

 

 一年の終わり───つまり。織斑千冬が帰国する日も近い。こればかりは国や肉親の事もあるので、どうにもならない。

 これは初めから決まっていた事だ。だから二人は惜しむ事も、物悲しく感じる事も無いはずだと思っていた。

 でも現実はいつだって予想を超える。

 

 最初の頃、いつか別離の時が来るとは知っていたが、そこまで気に留めなかった。

 時が続いて、確かに会話が増えた。時折惨事が起きたけれど、それを契機に互いの思い入れが大きくなった。

 そして今。遠くない内に来る別れの日を意識し始めて、会話が少し減った。別れを惜しむ程度には、情が湧き過ぎたのだ、お互いに。

 

「…もう直ぐ着くぞ」

「ん」

 

 二人の目に、それなりに大きい一軒家が見える。庭もまぁまぁ広い。他の家と比べて、ほんのちょっぴり裕福そうな家。

 周囲には家屋が無く、替わりに畑や森林がある。物静かなところなのだろうと、少年はぼんやりと思考している。

 

 車に気付いたのか、一人の青年が出て来た。

 浅黒い肌と、濡羽色の髪と、鴉の様に鋭い双眸。

 レイヴン・イェルネフェルト。軍部高官。

 一応の戸籍状は少年の義父になった男。

 

 “人類種の天敵”は彼を知っている。

 彼の駆け抜けた前生に於いて、己を踏破した者。

 ランクNo.9 unknown.

 勿論、unknownとレイヴンは似て非なる存在だ。

 並行世界の同一存在でしかないと理解している。

 

 車を降りる。心なしか足取りの重い少年に気付いたのか、千冬はさり気無くヴォルフの背中をさすった。

 別に酔ったわけではないのだが、少し嬉しかったので少年は特に訂正したりしなかった。

 

「長い道のり、お疲れ様。

 よくここまで来てくれたな、二人とも」

 

 青年が少し柔らかい表情───未だ十分無愛想な面だが───で、二人を出迎えた。

 

「まったくだ。もう少し中央に近い所に居を構えれば良いだろう」

「俺は静かな方が好みなんだ。フィオナもな」

 

 そうして、二人が他愛もない話をする中でも、少年の足取りは依然重い。

 その理由は色々とある。養父と顔を合わせる事への勝手な気まずさだったり、胃の重たさだったり、これまでの道のりで累積した疲労だったり。

 だけど、一番の理由は。

 

「どうした、ヴォルフ? 酔ったか?」

「…なんでもなーいよ」

 

 ───この家に入れば、否が応でも実感せざるを得なくなると理解しきっている。

 でもその実感が嫌で、歩く速さが自然と落ちる。だけど足はずっと動き続けている。だからきっと家には入る事になる。

 そうすると、本当に実感する。

 

 少年と織斑千冬が共に暮らす日々が、確かに終わるという事を。

 

 

 

  ✳︎

 

 

 

 その家の内装は、“普通”の一言に尽きた。

 

 特別性など何処にも無く、凡庸非凡な部屋がそこにある。裕福さを示すような調度品などは一切存在せず、少年は少し拍子抜けした。

 軍でもそれなりの地位にいるのだから、内装もそれに準じたものだろうと思っていたから。

 

 ただ拍子抜けと同時に、少し安堵。

 金銭感覚は、まともな様子だ。

 

 リビングに入ると卓上には既に五人分の紅茶と、マフィンが置かれていた。

 五つある椅子のうちの一つには、金の髪に碧眼を持つ女性───フィオナが席についており、彼女の手によっていくつかの書類も既に纏められていた。

 

「! 良かった…無事着いたのね…」

 

 三人の姿に気付いたかと思えば、ほっと胸を撫で下ろすフィオナ。首を傾げる千冬とヴォルフに、レイヴンが呆れ混じりに口元を緩めつつ説明する。

 

「ここに来るまでにお前達が奇襲を受けないか心配していてな、何かをして無いと落ち着かないと言って徹夜までしていた」

 

 よくよく見れば、フィオナの顔はやや青白く、目元にもクマのようなものが見えた。

 それに少し驚愕する来客者達だが、結局のところ何事もなく顔合わせが進む。

 

 織斑千冬が先ず話したのは現在の少年の状態だった。ヴォルフの身体は、殆どが正常な機能を取り戻してはいた。

 しかし全身や首の傷痕は消えなかった。

 また薬の効きが鈍くなっていて、その為、もし病理に発症した場合は完治までに長い時間がかかるかもしれない事。

 精神、身体共に余す事も隠す事もなく全てを話した。彼の行いも、在り方も、全てを養親に話して行く。

 

 戸籍や修学状況についても話した。

 気に入っている物や趣味についても話した。

 …人を殺した事も、隠す事なく。

 

 養親となる夫妻は、時折心配の色を帯びた目で少年を見る事はあっても、決して侮蔑、軽蔑、憐憫の感情で少年を見る事はなかった。

 

 少年ことヴォルフと言えば、己の事を夫妻に語る千冬を見ていた。

 …織斑千冬の顔は、必死さがたやすく見て取れるものだった。単なる業務の引き継ぎを行っているのでは無く、“託している”と、今なら理解できる。

 

「…ふへっ」

 

 だから、過日の言葉が、見捨てないと言う宣戦が、嘘では無いのだとわかった。それがどうにもくすぐったくて、少年は微笑んだ。

 

 そうして多くを語り、多くが了承された。

 “託す”下準備が終わり、さぁ帰宅しようと千冬とヴォルフが席を立った瞬間。

 

「待ってくれ」

 

 レイヴンが二人を引き止める。

 青年は席を立ち、ヴォルフの目の前に立ち、目線を合わせようと膝を折る。

 頬を微かに緩ませ、歯切れ悪くこう言った。

 

「…少し、君と話がしたい」

「───…」

 

 少年は固まる。意外な展開。予想にもなかったアクションだ。出来れば遠慮したいとまで思ったが、今の彼には断る理由が無かった。

 凝り固まった首でヴォルフは渋々と頷く。千冬はそれを見て、少し目を細めたが、フィオナの“大丈夫”という囁きに少し安堵したかのような顔になる。

 

「…少し長引きそうだ。フィオナ、オリムラと少し話していてくれ」

「…わかった」

 

 黒い青年が手を差し伸べる。

 白い少年はそれに戸惑った。

 

 よく見ると、青年の手は自信なさげに震えている。少年はそれに気付くも、どうしたらいいかわからないまま固まっている。

 するとレイヴンは苦く笑い、静かに手を下ろす。

 

「…すまない。距離感がよく分からなくてな。ともかく、書斎で話そう。なるべく短く終わらせられるように努力する」

「…えっと、はい」

 

 ガッチガッチである。傍目から見れば不安でしか無いほどに初々しい。

 

 場所は二階の書斎に移る。四方が本棚に囲まれ、簡素な机や幾つかの写真が壁に載っている凡庸な部屋。窓から映る空は、暗色に染まりつつあった。

 レイヴンが席に座ると、ヴォルフもすごすごと席に座った。二人は机を挟んで対面する形になっている。

 

「あー…、何と言えばいいか…」

 

 青年は仏頂面を気難しいものに変え、言葉を探そうと何度か口を開閉し、時間にして数分後、彼は意を決した様に言葉を発した。

 

「…人を、殺したんだったか」

「……自衛…じゃ無いけど」

「ああ、さっき聞いたさ」

 

 再び気まずい沈黙が流れる。

 ヴォルフは警戒心を最大に高め、姿勢を落とす。

 しかし、彼の危惧はまったくの杞憂だった。

 

「…俺は…その、元傭兵でな。沢山殺した。凄い殺した。だからこそ君に人の命について教えられる立場ではないし、資格もない。

 人殺しがいくら命の尊さを語ろうとも、説得力が微塵もないだろう?」

 

 苦笑と自嘲を、青年は重ねた。また傭兵だという証明の為か、彼は己の服を大きく捲り上げた。彼の体には火傷跡、銃創、剣創、多種多様な傷跡が克明に刻まれていたが、一つ共通点があった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()。必ず生き残ってやるという底意地を感じさせるその歴戦の証は、典型的…またこの時代・国の高官には付きがたいものだろうと、少年は理解する。

 

 青年は服を直した後も、苦笑のままだ。

 

 ぎこちない仕草で、もう一度手を差し伸べる。浅黒い肌の手は、自信なさげに揺れているけれど、何度だって差し伸べられた。

 もう片方の手の指で、頬をかく。苦笑いのまま、息を一吸いして、次いで言葉を口にする。その双眸は、決して少年から目を逸らさないままで。

 

「───同じ人殺しのよしみだ、這い上がるつもりなら手を貸すし、いくらでも底から引き上げる。落ちようものならぶん殴って何度でも引きずり上げる…ま、それでも養父としては落第点だろうが、よろしく頼むよ」

 

 カラッと、微笑んだ何処か穏やかなその顔。言葉と笑みを受けたヴォルフは、違和感を拭えぬままで、戸惑った声色で返す。

 

「…これを話す為だけに、二人で?」

 

 意外だった。危険視されてると思った。だから釘を刺されるか、何かあると思って身構えていたのに、現実はこうだ。

 拍子抜けと言えば違いない。だけど自然と、安堵している己もまた存在していた。

 

「フィオナもオリムラも、この手の話はあまり良い顔はしないだろうと思ってな…」

 

 レイヴンは“女性は怖いぞ?”と遠い目で語る。

 “───…詳しく聞く事はやめておこう。何か地雷を踏み抜く気がする”

 その直感に従って少年はレイヴンに曖昧な返事を返す。レイヴンもそれに頷いた後、ハッとした顔で更に言葉を口にした。

 

「ああそれと、無理に俺を父と呼ばなくていい。君に取ってはチフユの方が親しみやすいだろう? 好きに呼んでくれ、俺もフィオナも気にしない。

 だから、そのまぁ、なんだ…形式上とは言え少しは親でいさせてくれ」

 

 少年は、再度、困惑に固まった。

 

 彼が人殺しである事は、二人は知っている。その経緯や動機も、また彼の異常性も間違いなく全て知っているのだ。

 だのに、養母は心配の上徹夜までした。眼前の義父は何度でも引き上げると言う。親でいさせてくれと言う。

 

 目の当たりにしていないだけと言われればそれまでだが、それでも理解が遠い。困惑しかない。でも思考はおかしいくらいに冷静だ。養親の言葉に、嘘偽りはない。確信めいた直感がそう告げる。

 

 本心で、彼らは言うし行動する。行動の伴った言葉ほど強いものはない。

 …気付けば、少年は口を開いた。理解している、眼前の男は間違いなく「鴉」であることには変わりないと、同一の存在であると。しかし溢れ出した言葉は止められない。それは確かな音となって響いた。

 

 ───“養父(おとう)さん”

 

 …変化は微細であるが確かに起こっている。これが少年にとって幸せな事かどうかはさておき。

 

 

  ✳︎

 

 

 ───取り残された者達は、粛々と時間が過ぎるのを待っていた。時計の針が鳴らす音は、二人の女の耳朶を静かに打つばかり。

 沈黙を破ったのは織斑千冬だった。彼女は俯いたまま、ポツリと言葉を溢す。

 

「……私は、全てを言おうと思う」

「…二つとも?」

「………初めて会った時にもヴォルフに言ったが…、その時のあいつは……まともに言葉を理解しているかもどうか、正直怪しいところがあった」

 

 “織斑千冬”は、目を閉じた。

 

 織斑計画、白騎士事件。これら二つに、千冬は深いどころでは無い関係にある。

 白騎士事件以降にISが兵器として世界に知らしめられ、今の社会が生まれた。

 織斑計画の成功体である千冬は、そのISに於いて最強の座に至った。

 そして───ヴォルフガングは、…織斑千冬をモデルに、被験体へ思い付く限り、倫理観を度外視した改造を施す“デザインド”による産物だ。

 

「……このままでは、駄目だと分かっていた。もっと早くに言うべきだったんだろう。それでも、結局帰国間近(ここ)まで先延ばしにしてしまった…………ああ、…私は、卑怯者だな」

 

 何を怖がっていたのか、何故再度の告白を先延ばしにし続けたのか、その理由は未だ分からないけれど、ずるずると先延ばしにしてしまって、ここまで来てしまった。溜まりに溜まったツケが来たのだ。

 

 フィオナは、手を伸ばす。伸びた先は俯いたままの友人の頭だ。そしてそのまま、フィオナは柔らかに、労わるように千冬の頭を撫でている。

 呆気に取られた千冬に、微笑みながら、言葉を。

 

「卑怯なんて、…言わないで。貴女、ずっと頑張ってるじゃない。

 家族(おとうと)を守ろうとして、あの子を変えようとして…二人に負担をかけないように生活も改善しようとして…頑張ってるじゃない」

 

 労りと賞賛。嘘偽りないそれは、確かに「強い女」へ届いたのだと思う。

 証拠に、本当に、微細に、微かに、和らいだ表情を千冬は浮かべている。それでも彼女は、未だ顔を伏せたままだ。当たり前な話。一言二言で持ち治る時もあれば、そうでない時もあるのが「人間」なのだから。

 

「……ああ、でも、深夜に整理整頓の方法を聞いてきたのは流石に驚いたけど」

「…酔っていて前後不覚だったんだ…」

 

 場を和ませようとか、思い出を少しだけ語る。

 そして、その上で金髪の女は力強く言った。

 

「貴女だから、きっと…絶対に大丈夫」

 

 




ちっふー…出生から過酷すぎて…ぶっちゃけもっと恵まれていいと思ってる。さすがに辛い…辛すぎない?
ヴォルフ…変化が少しづつ如実になっている。でもそれが幸せに繋がるのかと言えば…
レイヴン…不器用さん。今回は話術がクリティカルしたのでベストな結果を収める。
フィオナ…良心。ヴォルフと話したかったけどレイヴンに取られたのでちょっとむくれてる。ちっふーの相談によく乗るようになってた。



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White Dahlia(血泥の中で咲く花)

よぉ(気さくな挨拶)(土下座)(ほんとさーせんした)(リハビリ感ありありだけどユルシテ…ユルシテ…)(久々だからどっかガバってたらユルシテ…ユルシテ…)



 ───また多くの日が巡り、最後の時が来た。季節は出会いと別れの季節と名高い春である。

 

 今日は織斑千冬の帰国前日ではあるが、日常は変わらぬまま送られた。

 強いて言えば送別会じみたものが小数人で行われた事ぐらいだろう。

 

 現在時刻は午後五時半。最後の日だからと台所に立ったヴォルフガングが夕餉の支度を進めている。長髪は結局切らず、後ろに一つ結びのままだ。

 女性じみた中性的な顔立ちと、身長が160にも満たない線の細い身体も相まって彼の性別を一見間違えさせられる。

 喉仏が出ている事が唯一ヴォルフが少年だと分かる識別点だろう。そんな事を考えながら、千冬は台所に立つ少年を眺めて居た。

 その視線に気づいたのか、ヴォルフは千冬の顔を見る。

 

「…何でじっと見てるの?」

「………いや、喉仏が出ているなと」

「男だもん、出るよ」

「…そうだな」

 

 “変なチフユ”とこぼしつつ、引き続き夕餉の支度に勤しむ少年。その姿をかわらずにじっと眺める女。流れる時間は緩やかで、聞こえる料理の音は平和を示している。

 この音を聞くのも、少年の姿を見れるのも、今日をもってしばらく見納めとなる。再会出来ると分かってはいるが、それでも別れは物悲しいものだ。

 …感傷以外にも、少年を見つめる理由は存在するのだが。

 

「…あの、凝視されてると落ち着かないんだけど」

「ああ、…すまん」

 

 最後の日、織斑千冬にはヴォルフに話したい事があった。それは彼のルーツに少なからず関わる事であり、千冬自身が犯した過ちでもあった。

 決して黙ったままではいてはならない。それでも口にするには勇気が必要で、一歩を踏み出す勇気もまた必須だった。

 

 …なし崩しに、躊躇ってる内に、夕餉の時は終わった。

 

 最後の日だというのに、今日も二人はいつも通りだった。変わらないままの日常を送った。そこから進展なんてかけらも無かった。

 ただ少しお互いの胸中が感情的になっただけ。だから、夕食が終わっても、互いに向かい合う形で席についたまま動かないのはごく自然な話。

 

「…今日は、夜更かしをしないか?」

「……うん、そうだね。どうせ眠れないし」

 

 千冬からの至極珍しい提案を少年は飲む。

 最後の日だから、と。

 

「…話しておきたいことも、あるからな」

 

 

 

  ✳︎

 

 

 時計の時刻は9時半。

 風呂も、何もかも、二人は夜を明かす準備を終えた。

 ヴォルフはソファに身を任せている。

 千冬はそのソファの前に脱力して座っていた。

 至極珍しいことに、白い少年は瞠目する。

 

「…あっという間に、一年が終わったな」

 

 背中を向けたまま、女は言う。

 

「僕にとっては、激動の一年だよ」

 

 少年は天井を眺めながら呟く。

 彼は自らの手首を眺める。傷は消えない。握力の持久性に期待はできない。自らの右目に触れる。左と違いぼやけは強い。自らの首に触れる。黒のチョーカーに隠された傷の首輪。

 傷だらけの身体。血に触れた肢体。科学に弄ばれた臓器と骨と神経と何もかも。かれは正に現代のフランケンシュタインの怪物。その評価こそ正当だ。

 

 ああ、だけれども───、

 

「…お前、ISが無ければと、思った事は、あるか」

 

 唐突な、あまりにも唐突な尋ねだった。

 最強のIS操縦者から、そのような言葉が口に出る。

 それに驚くのは、少年だけではないだろう。

 

「……チフユさん?」

織斑計画(プロジェクト・モザイカ)が無ければと、思った事はあるか」

 

 血を吐くような声だと、少年は思う。

 この間にも、織斑千冬は顔を決して見せない。ヴォルフはそれを無理やり見てはいけないんだろうと、顔を合わせる事などしなかった。

 

「お前は、自身がそうなる謂れが無ければと、その原因がなければと、そう思った事が一度でもないとは、言い切れるか」

 

 お前は私を恨んだ事はないか? 少年は、そう言外に聞かれているような気もした。

 

「無いよ、昔はそう思う暇もなかった」

 

 しかし現実はこうだ。血と血と血、それに塗れて、それを溢し続けた過日。そこに思考を挟む余裕は無く、最初にあった生きようとする意志すら、果てには失っていた。

 地獄を通じて獣は再び生まれ落ちたが、その恨みの対象は既にいない。

 ただ、彼は夢を見た。今はそれを糧に前を見ている。人の皮を被る事を覚えた。今はそれを踏まえて市井に溶け込めている。

 

「…私はな、この一年で自分のしでかした事の重さを再度実感したよ」

 

 女の声は暗く重々しい。懺悔と後悔。その二律を持ちながら、自嘲を喉から捻り出す。その都度に彼女は自身の胸に針が刺さる思いだった。

 息を吸い、深く吐く。覚悟か何かを決めたような一動作。意を決したように、織斑千冬は言葉を吐く。

 

「…織斑計画についても、白騎士事件についても、

 ───お前はもう、きっと、知っているんだろう?」

 

 それはどちらも、少年の身を弄くり回した試みの根幹。後者においては、現社会の体制を築き上げた一大事件とも言える。

 IS開発者、篠ノ之束が起こしたとされるもの。犯行動機はISの価値を認めさせるという至極単純なものであるが、その内容はあまりにも度がすぎていた。

 否、度が過ぎているという言葉すら足りない。

 

 かの天災は、日本本土を攻撃可能領域である近隣諸国のミサイル数千発。それらを掌握し、その上その全てを本土へと向けた。

 一つの島国が焼け野原と化す筈だったが、突如現れた白銀のISを纏った一人の女性によって無力化された。その後も、各国が送り出した数多の兵器全てを、その女は人命を奪うことなく破壊した。

 この所業によりISは「究極の機動兵器」として一夜にして世界中の人々が知るところになり、そして「ISを倒せるのはISだけである」という束の言葉を事実として、敗北者たる世界は無抵抗に受け入れるほかなかった。

 これが白騎士事件のあらましだ。

 

「…拾われて、間もない頃の記憶は朧げだけどあるんだ。初めてチフユと会った日のことは、かすみ程度だけど、記憶にある」

 

 前者の織斑計画は、遺伝子操作によって意図的に「最高の人間」を造り出す計画。女とその弟の出生と少年の身に最も深く関わったもの。

 少年の被験した計画“デザインド”は、この「最高の人間」を後天的に作り出すことも目標だった。

 

「…そっか、それじゃあ」

()()()()()()()

 

 織斑計画成功体も、ISが社会に浸透した原因の一つでもある白騎士も、織斑千冬その人だった。

 少年の因果が、今目の前にはいる。ある種、彼の運命を決めてしまった者が、目の前には今確かに存在している。

 

「卑怯だと嗤ってくれ。白状しよう、私はお前にこの事実を告げることから、ずっと逃げていた。

 怖かったのだと思う。お前から恨まれる事が。それが逃げて良い理由になるはずないというのに……謝罪する。すまなかった」

 

 織斑千冬は逃げずに、その全てを告白した。

 その時になれば顔を合わせる勇気はなかったが、逃げる勇気もなかった。

 

 ヴォルフガングは、しばし沈黙する。

 悩む素振りは見られない。

 彼はソファから降りて、女の目前に座る。

 彼はじっと、織斑千冬を見つめている。

 千冬は目を逸らせなかった。

 少年は、彼女を見つめたまま言う。

 

「僕は人間だ。そうなれそうな気がする」

 

 彼は獣だ。闘争のみしか知らず、それにしか喜びを見出せない虎狼。だがその回路は静かに、しかし確かに狂い始めている。

 その原因は織斑千冬が大半を占める。それを踏まえて、戦場こそにしか居場所がなかったはずの白き少年は力強く、重ねて言う。

 

「僕は人間だ。それはチフユのおかげだ」

 

 自分の胸に手を当て、少年は笑顔を見せる。安らかなそれは、平凡な童が浮かべるものと、何ら遜色変わりないもの。織斑千冬は、それを目の当たりにして、瞠目する。

 

「僕は人間だ。チフユもそう」

 

 少年は両手を出し、女と繋ぐ。

 血脈の暖かさがそこにある。

 

「僕は人間だ。だから、憎めない」

「お前…」

 

 少年は、ぎこちないながらも女を抱きしめた。

 鼓動が伝わる。無防備な姿を晒す。

 それが信頼の証であり、友好の形だった。

 恨みなど、一欠片も無い。

 しかし、女は首を横に振る。

 

「納得出来ない?」

「…ああ」

 

 自責の念は晴れなかった。晴れて良いはずがないと、女は自身の心を自縛する。

 少年は悩む。こればかりはどうしようもない。きっと彼女はこの念に身を縛り続けるし、だから少年が“憎まない”という意思を示した事に、いつまでも頷けない。

 だが思いついたように、少年は笑った。ちょっとした罰ゲームみたいなことでもすれば、幾分心が晴れてくれるだろうかと、ややズレたことを考えて願う。

 

「………じゃあ、膝、貸してよ」

 

 最後の日ともなれば、少しは甘えたくなる。

 自分の小さな我儘を込めて、少年は言った。

 

 

 

 ✳︎

 

「…おい…本当にこれで、良いのか?」

「うん、だって世界最強の膝枕だよ? 

 安心するし、落ち着くよ」

 

 寝台の上、織斑千冬の膝を枕にヴォルフは呟く。

 頬は緩み、目蓋は少し下がっていた。

 紅玉じみた赤い眼差しは睡魔に蕩けている。

 

「…ああ、結局一緒に月、見れなかったね」

「…覚えてたのか、お前」

「そっちこそ」

 

 小さな夜の語らい。

 これを最後に、二人は長い別れとなる。

 再会は遠くなるだろう。

 

「…帰国して、それでIS学園に行くんだって?」

「調べたのか?」

養父(おとう)さんから聞いた」

「そうか…」

 

 長い白髪に女は何となく触れる。

 結局これは切らないままだなと、思いつつ。

 少年は撫でられたのかと勘違いし、微笑む。

 

「もしまた会えたら、僕は生徒?」

「もしではない。絶対だ。

 忘れたか、私はお前を逃さない」

「…覚えてたんだ」

「…ふん」

 

 終わりに二人の頬が緩み、そして最後の一言を。

 

「…いってらっしゃい」

「行ってくる」

 

 

 

 




 ───別離完遂───

白のダリア…花言葉:感謝

・その後
首輪付き…携帯にちっふー、黒ウサギ隊、医師、レイレナード組、イェルネフェルト夫妻のアドレスが登録済み。メールを打つと何故か暗号化する。

ちっふー…帰国後おりむーからめっさ質問責めにされる。話せないので適当に誤魔化して答えてたら関係が拗れそうになった。危ねぇ。首輪付きにメールを送るけど返信が大体暗号化してるので解読に時間がかかる。

幕間挟みつつ次回から学園行くよー



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幕間
C.F: Excalibur


幕間やぞ(先手)


 オルコット家。かつては名のあるイギリスの名門貴族の一つであったが、その担い手である者達は過日の列車事故により呆気なくこの世を去る。

 かの家に遺されたのは遺産と、一人娘とその従者。ウォルコット家の遺児は、周囲の大人達から自らの家を守るために研鑽を惜しむことなどなかった。

 それに目を付けたのが、後のBFF社長“王小龍”の側近の一人である“メアリー・シェリー”という女だ。

 

 彼女は程なくしてオルコット家の遺児───“セシリア・オルコット”と接触し、BFFへ勧誘する事を決定した。若輩ながらも資産を守る手腕を鑑みた上で、経済競争の中で妥当な戦力となると踏んだのだ。

 

 オルコット家従者“チェルシー・ブランケット”を仲介人とした交渉の結果、メアリーは“オルコット家の遺産”に「BFFの資産」という名目を与える代わりに、彼女のBFFへの服従と、就職後の一定の成果を請求。

 これは無事に受理され、今や欧州の大規模企業と化したBFFという最高規模の隠れ蓑を得たオルコット家の遺産は、今日至るまで守られている。

 

 

 そして現在。BFF本社の社長応接室にて、権力者たる王小龍はとある者と対峙していた。

 

「───さて、そちら側の要求を飲んで、今回この場にオルコット嬢は招かなかった。この事を留意した上で、話を進めよう、チェルシー・ブランケット」

 

 チェルシー・ブランケット。オルコット家の専属従者その人。彼女は普段纏っているメイド服ではなく、正装でこの場に出向いている。王小龍もそれに答える形で新品のスーツで出迎えている。

 今回の話し合いの場は翁により用意されたもの。王小龍は、オルコットについて一つの懐疑点を持っていた。

 

「本題から入ろう “剣”とは、何だ?」

「…なぜ、貴方がそれを?」

「……私とて地獄耳ではない。藁にもすがる思いで当たったが、まさか当たるとはな…」

 

 何らかの隠語。翁がそれを口にしたとたん、チェルシーの目は鋭くなる。

 テリトリーを守ろうと躍起になるもののそれだ。

 王小龍はその答えとしてとある家の名前を答えた。

 

「始まりはウォルコット家だ」

「…オルコットとは違うのですか?」

「血を分けた家が一番正しいか」

 

 老人は余裕綽々と茶を啜るが、対照的にチェルシーは警戒の目を緩めない。それどころか、翁の喉元に食らいつかんとばかりの眼力を放っている。

 それを気に留める事なく、小龍は話を進める。その様を見たチェルシーは、次第にその双眸を冷静なものへと変え、それを見計らって、翁はまた口を開く。

 

「“ウォルコット”は我々(BFF)の抱える一家だ。メアリーがセシリア嬢勧誘の為にオルコットの血縁調査の際、かなり遠いが、この家との血縁が明らかになった。

 所詮、分家だな。だからこそ、オルコットの遺産に隠れ蓑を与えるのが比較的容易にはなったわけだが…。

 ───一つメアリーが気にかけていたことがあった。セシリアの親は、死亡前に一度身分を隠した上でウォルコット家とコンタクトを取った形跡がある」

 

 ここで、チェルシーに明確な戸惑いが生まれる。

 王小龍は苦虫を噛み潰したような面持ちだ。

 

「それからだ、ウォルコットの先代当主も、セシリアの二親も、揃って不審死を遂げたのは」

 

 能面の様な老人の面持ちが、鈍く鋭くなる。

 対照的に、チェルシーの顔は陰鬱としたものだった。

 

「…不審死と、言い切るのですね」

「他に何がある? …奴が事故などで死ぬものか」

 

 吐き捨てるかの様に老人は言う。どうやらウォルコットの先代当主は、彼にとって大事な存在であったらしい。それを察したチェルシーは、意外そうな顔で小龍を見る。

 彼女から王小龍に対する印象は、極めて悪い。列挙すれば、無慈悲な昆虫。餌のみを食らう狡猾な梟。情のかけらなんて少しも無い鉄の心臓の持ち主と言ったところだ。

 だからこそ、今の王小龍の姿は新鮮極まるものだった。

 

「話を戻そう。どこで剣を知ったか、だったか。

 便宜上、現在ウォルコットの当主である姉弟は、先代からの遺言に一つ不可解なものがあると報告してきた。

 高度な暗号に隠されていたが、先週ようやく解読出来たとの事だった。曰く“亡霊により失われるだろう剣を取り戻せ”とな」

 

 暗号を解いた先にある何らかの隠喩。それを紐解こうとしたが、手がかりらしきものは一つとして見つからず、もはや投げ槍にも等しい思いで“オルコット”そのものに問うことにした。

 王小龍は、セシリアの両親が身分を隠し、ウォルコットに接触した点?そしてセシリアの二親が死した後のセシリア本人の奮闘を見て、彼女が“剣”について何か知る得るものは無いだろうと括っていた。

 

「…王の手にはいつの時代も剣が必要だ。

 無論、王は私ではないがな?」

 

 武威、王権の象徴たる剣。翁はそれを欲した。

 剣を知る従者はその訳を問いただす。

 

「貴方は───、貴方は、一体何を目的に?」

 

 暫しの沈黙。しかしそれが破られるのは存外にも早く、また秘匿性などかけらもなく訳を明かされる。王小龍の思考において、眼前の女性は驚異足りえないものと処理されている。

 

「…ISは、兵器として運用するには不完全だ。殆どの者はあれの真価を見ないフリをして誤魔化しているが、いつかはそれに直面するだろう。

 それが天災によるものか、時代によるものかは未だ分からないままだが」

 

 彼はISに兵器としての期待はしていない。現状BFFがISの装備を作成しているのは、それで一定の収益を確保出来るからでしかない。

 つまり、BFFは大規模総合企業であるにも関わらずI()S()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

「我々の罪はいずれ積もる。この星には飽き足らず、宙にすら塵芥を投じたという負債は、必ず我々にのしかかる。

 だがこれは───新たな事業のチャンスと言える。その先駆けとなり、新たな循環とフロンティアを築き上げる。それが私の目的だ。

 その為にも、()()()()()退()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であれ、()()()()()()()()であれ。

 だからこそ、私は剣を確保したい。戦力はいくらあろうと不足する。亡者とはそういうものだ」

 

 それは過日に抱いた夢と確信。積年の研鑚と野心の積み上げた舞台。今や最強の兵器ともてはやされた技術の塊の真価に目をつけた男は、着実に目論みの達成に王手を手繰り寄せる。

 恐ろしいのはここまで動いてなお、その胸にある理念はあくまで自社への利益だということ。彼はあくまでも、BFFの為にしか動かない。何処までも商売人な翁。

 

「さて、どうするチェルシー・ブランケット」

「…一考のお時間を」

「良いだろう、その間に状況は動くだろうが」

 

 その目論見を阻む亡霊を誅す為。

 宙にある聖剣に、老王の手が伸びる。

 

「しかし一つだけ───、年寄りの冷や水は、寿命を縮めますよ?」

「忠告、痛み入る。だがこの様な老耄に、代わりなどいくらでもいる」

 

 

 

 ✳︎

 

 

 ───亡国機業地下拠点。

 

 緑髪の男アイザック・サンドリヨンは、機材が等間隔に配置された部屋の中央にいた。

 彼の眼前には「白色かつ人型の、武装した機械」があり、アイザックはその機械に鋼材と電子回路でパッケージされた、子供の頭程の大きさの何かを収めた。

 

「調整完了。どうです? “新しい身体”の具合は?」

「…───…サん、ど り ョ ンん 、ん」

「…失敗のようだね、期待外れだ」

 

 人型の機械は、パッケージを装填された時に音声を流した。それは途切れ途切れな声。音程も乱高下であり、明確な理性などかけらも匂わせない。

 アイザックはそれに失望を隠さない言葉を送る。その言葉を受けてもなお、人型の機械は崩れ落ち、その場でのたうちまわり、呻き声を発するばかりだ。

 

「やはり機械への完全移植に人の方が耐えられないか。となると単純にコア付きのISに脳髄をパイロットとして装着するのも───」

 

 しかし、その白い機械は膝を付いた。

 身体中を軋ませ、震えさせながら、それは蠢く。

 極めて倫理から逸脱した何かが、今成立する。

 

「ゔ、ぁ、…ガ…ガァアアアアアッ!!!」

 

 機械が───吠える。それと同時に、白いそれは両足で立った。その両手に備え付けられたパイルバンカーもまた装填音を鳴らし、背にあるブースターからも熱気が放たれた。

 アイザック・サンドリヨンはそれを目の当たりにして、震えた。それは恐怖ではなく、狂気の恍惚から来たもの。彼は無常の歓喜をいま味わい、陶酔する。

 

「───素晴らしい…っ! 君のその戦いへの執念、それは何処から来ている? いや口にする必要もなかった! 羨ましいんだろう、唯一の成功体、あのイレギュラーが!」

 

 狂気の大爆笑。それに応えるかのように、頷くかのように、白い機械は再度吠える。

 

「君達12人の子供達は、希望と願望を持って“デザインド”に自己志願したけれど、成功したのは53人目のあの少年ただ一人。

 君達は糧にすらなれず、ただ失敗作として破棄され、しかしあの少年は今や闘争へ参加する権利を得るにまで登り詰めた」

 

 パッケージされたものは人の、子供の脳。

 それは“デザインド”の失敗作。

 それは破棄された執念の塊。

 今やかの執念と斬鬼は、機械の体で新生する。

 

「君の帰還を歓迎するよ、ようこそ戦場へ。

 記念に名前を贈ろう。君の名前は───カプリコルヌスだ」

 

 1人の尖兵が、今ここに現れた。

 





ゾディアックは全員出しません(出せません)

・王小龍
あくまでも社長。それ以上の逸脱は行わない。
野心が実る日は未だ遠い。

・チェルシー・ブランケット
現在クッソ焦ってるけどポーカーフェイスで誤魔化した。
聖剣をどうしたものか。

・カプリコルヌス
“デザインド”被験者の一人。とある理由で更なる戦いを望み、実験参加を志願したが、廃棄処分された。同じ被験者のNo.53に対し強烈な嫉妬と渇望、そして希望を抱いている。

・アイザック・サンドリヨン
活動開始。彼の目的は未だ不明たが、彼もまた“戦いを望む者”の一人。だがその渇望の果てには、おそらく何もない。



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Before:man and man

次回から学園入ります


 

 ───世界に激震が走る。その原因は極東の島国、日本から報じられた一つのニュースだ。その内容は至って単純ながら、しかし今の世界が揺らぐには充分な内容である。

 

 “世界初、男性IS操縦者発覚”

 

 インフィニット・ストラトス (IS)は、大前提として女性のみしか扱えない超兵器にして、技術の結晶体だ。それ故、その誕生と広がりによって社会の形は大きく変容した。

 女尊男卑化、そしてIS事業の誕生。最強を決めるための祭典であるモンド・グロッソの開催。その変化の有り様は目覚ましいものだったと、断言しきっていい。

 

 そうして生まれた風潮の中で、“男性IS操縦者”の誕生は極めて異例的であり───またどのようなものであれ、目を離せないニュースだ。

 実際、この一件を機に、発見国である日本を筆頭とし、世界中で男性へのIS適性検査が大々的に行われた。

 

「…えっと…思わぬ幸運?」

 

 所変わってドイツ軍部病棟ロビー。通院に来ていた長白髪の少年ヴォルフガング・イェルネフェルトは、今朝から報じられているニュースを眺めつつ、同行していた自らの養親レイヴンに恐る恐る目を向ける。

 

「そ゛う゛た゛な゛」

「ヒェッ」

 

 少年の養親である彼の浅黒い肌と精悍な顔つきは、今や精神的な疲労で土気色と骸の顔付きへと変貌していた。レイヴンは軍部でも高い立場に在り、それ故今回の一件で未来に待つ苦難を察知し、早くも心をやられたのだ。

 変わり果てた義父を憐憫の目で眺めつつ、少年は女性とも見間違え得るその端正な顔立ちを引きつらせながら、ロビーのテレビを眺める。

 

 彼の表情に面白味・新鮮さ・好奇・期待は無い。

 その理由は至って単純で、彼もまた“男性IS操縦者”だからである。厳密に言えば、本来ならばヴォルフが最初の男性操縦者だ。

 しかし、今ニュースで報じられている者がおそらく“天然物”だとしたら、ヴォルフは“養殖物”という表現が適切だろう。彼は、男性操縦者と化した経緯が経緯だ。だからこそ今までのドイツは軽々しく、ヴォルフの存在を公表できなかった。

 

「…まぁ、君を公表し易くなっただけ充分か。今ならニュースで話題の“彼”に続く二番目という形で何とかなる。もちろん、“デザインド”については徹底的に秘匿するが」

「というか、僕の経歴も結構偽装するんだよね?」

「…まぁなぁ」

 

 両手で顔を覆う養父。仕事に追われているのか、日に日に目の下のくまも濃くなりつつある。

 心の中で謝罪と同情をしつつ、呼び出し音を聞いて診察室に入っていく少年。今度胃薬でももらっておこう。そんな微かな心遣いを胸に、ヴォルフは専属医師からの診察を受けた。

 

 

 ✳︎

 

 

 

 新たな男性操縦者というニュースに、僕はあまり新鮮さを感じなかった。恐らく僕と“同郷”か、それに関係する誰かだろうと思ったからだ。

 気になるところがあるとすれば、その人が強いかどうかぐらい。強いなら戦ってみたいし、弱いならどうでもいい。本当にその程度だった。

 

 医師…フェットから処方された薬を飲む。定期的に飲まないといけないのは面倒だけど、これを飲んで身体を“調整”しないと駄目らしい。

 というのも、実験の後遺症…昔が薬漬けだったせいで、免疫があまり正常に機能してくれてないから仕方ないとのこと。

 その為に定期的に服用+注射する形でウィルス性の病気…インフルエンザとか、ノロウィルスとかへの耐性を上げるという処置を取っている。よくわからないけど、ワクチンみたいなものだろうか? 

 

 時刻は午後3時。今日は訓練場が黒ウサギ隊しか使えない日なので、僕は一等暇になる…というか、今は強制的に暇にさせられている。

 日本で男性操縦者が見つかったから、軍の人達から“マジで下手に動くなほんともうお願いだから”みたいな文面の手紙が来たり、実際今の所家にいるけど周りが警備の人で溢れている。落ち着かない。しかも暇だ。

 

「…テレビ見よっと」

 

 ニュースぐらいしかやってないと思うので、貯めていたBBCアースのDVDでも一気見しよう。

 無為に日を過ごすのも、きっと悪い事では無いはずだ。そう思っている中で、僕はニュース番組しか映さない液晶に現れた衝撃的な文字を見た。

 

 “男性操縦者:織斑一夏”

 

 目を見開いた時と同時に、外にいた筈の軍の女性が部屋に入ってきた。彼女の手には僕の携帯があり、その画面には[通話中:チフユ]と表示されている。

 没収されていたのに、わざわざ持ってきたという事は通話許可が下りているのだろう。僕は軍人から携帯を譲り受け、遠方の恩人と声を繋いだ。

 

「…えーっと、…おめでとう?」

『いい度胸だな、貴様。学園で待っていろよ』

 

 みしり、と受話器を握る音が聞こえる。

 でも声は心無しか柔らかい。

 

『…まぁ、お前の事だ。何と言えばいいのか分からんだけなんだろうが…』

「当たり。正直言って驚き半分、わくわくちょっと」

 

 チフユの弟なら、きっと強いだろう。

 本音を言うと戦ってみたくて堪らない。

 

「でも何でイチカに適性が出たんだろう? ()()()()()()()()だからかな?」

『今の所は何とも言えん。…大方の目星はついているが…お前は知らないままでいい』

「そっか、チフユがそういうならそうだね」

 

 下手な事には触れない。ラウラからも何度も言われた。これがきっとそうだと思ったし、チフユの言う事だから、多分本当に知らないままで良いんだろうと処理する。

 

「…そう言えばさ、なんでイチカに適性があるってわかったの? 普通に過ごしてたらISに触れる機会なんてそうそう無いよ」

『…』

 

 ニュースを見た時に何となく引っかかってた。女性しか使えない兵器を、男が触れる機会なんて整備とか作成とかを除けば、ほぼ無いだろう。

 ましてやイチカは学生だ。整備員を目指しているならまだわかるけれど、チフユからそう言った話は聞いた事がない。単に聞いてないだけなのかも知れないけど。

 

『………』

 

 …けど千冬は沈黙のままだ。僕の思考は深くなる。どうやら何か並々ならぬ事情が───

 

『…藍越学園とIS学園の試験会場を間違えたそうだ』

 

 写真付きのメールを受信する。そこにはチフユらしい筆圧で書かれた“藍越”と“IS”の字が書かれた用紙が貼り付けられていた。

 は? え? なに? 嘘でしょ? これを間違ったの? いや表記からしてもう違うじゃん。アルファベットと漢字だしそもそも周りの人の性別で“おかしいのでは?”と気付くんじゃ…?

 

Oh, komm schon(ジョークであってほしい)…」

 

 …ジョークじゃないんだろうなぁ…えぇ…いや、これは…えぇ…ちょっと困惑から抜けだせそうに無い。え、こんな事ってある? 普通ない…無くない?

 

「待ってごめん…え、イチカってバカなの?」

『否定する材料が欲しくなるな、ははは』

 

 か、乾いた笑い声……、いやもう痛ましい過ぎて聞いていられない。何だろう、こう…純粋に胸に来る。こんな声今まで一度も聞いた事なかった。

 というかチフユのこんな声自体新鮮過ぎる。ここ暫くの間に一体何があったんだ。一緒にいた時だってそこまで消耗した事は無かったはずだ。日本の労働状況ってどうなってるんだろう…。

 

『ヴォルフ…私はもう…もう…寝たい』

「……あー、えっと…仕事終わるまで電話繋ぐ?」

『………頼む……』

 

 …よほど消耗しているらしい。勢いに任せた提案を飲んだ事に驚きつつも、外にいる軍の人に通話時間の延長を申請する。念のため、監視がついたままであるが、通話は無事許可された。

 

 

 

 

 




おりむー
目星をファンブルした男。本人の知らぬ所でバカ判定された上に何気なく首輪付きにロックオンされている。南無三。現在てんてこまい状態。学園に行っても波乱の日々。何気にハードモード。強く生きろ。

首輪付き
免疫とメラニンが殆ど死滅してるので薬が手放せない。免疫は一応正常に機能する時もあるけど、普段はあんま働いてくれない。今欲しいものはBBCアースBlu-rayBox

ちっふー
無限の労働(アンリミテッド・オーバーワークス)
体は仕事で出来ている
血潮は酒で、心は機械
幾たびの山場を越えて不眠
ただの一度も休暇はなく
ただの一度も中断出来ない
彼の者は常に独り書類の丘で仕事に酔う
ならば、我が仕事に意味は不要ず
その体は、きっと仕事で出来ていた

レイヴン・イェルネフェルト
夜勤三連
書類、欠落ヲ不ラズ
心身、死滅ニ至リ
胃袋、冥府ヲ渡ル
休暇、上司ニ納メ
両雄、共ニ命ヲ別ツ




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in the school
Run!Run!Run!


Picr○wでヴォルフのイメージを現実にしてました。アルビノショタロリって良いよね、目のハイライト無しは特に良い。
ぷよコネの準備してたら延期を食らったショックでグロッキーでしたが何とか再起して初投稿です。


 IS学園─── IS運用協定に基づいて日本に設立した、IS操縦者育成用の特殊国立高等学校。

 操縦者に限らず専門のメカニックなど、ISに関連する人材はほぼこの学園で育成される。

 在校生は勿論のこと皆女性。前提としてISは女性のみが操縦可能であるからだ。

 しかし今回の世代には、その原則を無視した者がいた。

 

 クラス1-1の教室。周囲の視線を一身に受ける()()が存在する。彼は稀有も稀有な“男性IS操縦者”である。

 そうともなれば、周囲の女性から好奇の目を浴びせられるらのも、決しておかしくはない。

 そのような状況下におかれ、整った容姿を苦痛さに歪ませている“織斑ー夏”は、気まずさを感じるばかりだ。

 

 ───動物園のパンダってこんな気分なのか…

 

 そう思いながら痛む胃の辺りを抑えつつ、この場から逃げ出したい衝動に駆られる。

 しかし彼はどう足掻いてもこの場から逃れられ無い宿命である。男なら同情か嫉妬のどちらかを抱くだろう。

 一夏は重たいため息を吐き、自らの境遇を嘆いたが、半ば諦めの中で現状を受け入れていた。

 

 そして、彼は少し前に見たニュースを思い出す。

 ドイツでも男性操縦者が存在したというニュース。名をヴォルフガング・イェルネフェルト。その名前には一夏にとって聞き覚えのあるものだ。

 ドイツに出向いていた頃の姉の側にいた者。何もかも謎な少年(ちなみに一夏自身、ヴォルフの顔写真を見て男性なのかこれと困惑していた)

 ともかく、あの男には色々と聞きたい事はある。何故己の姉と同居していたのか、何故姉がヴォルフのことを頑なに話さないのか、とかとかとか…

 

「…絶対聞き出してやる…」

 

 その思考が口に出ていた事に後から気付き、慌てて唇を閉じる一夏だったが、時は既に遅く、彼はより一層の好奇と警戒の眼差しを浴びる。

 だが彼にとっては、もう一人の男性操縦者と姉の関係が気になるのだろう。ー夏の意識は思考の海に没していた。

 それ故に時間の経過も、自身に「織斑くん?」と呼びかける声にも気付く事が出来ないままだ。そんな具合に意識定まらぬ彼の頭に、出席簿の角が直撃する。

 

「がっばぶぁ!?」

 

 激痛に悶える。彼は後頭部を押さえ、苦悶の呻きを漏らす。痛む頭の中では困惑と戸惑いばかりだ。まず自分はなぜ殴られたのか、次に誰が自分を殴ったのか。

 涙の染み出した目で背後を見れば、そこには凛々しさを携えた女傑にして、一夏の実姉───織斑千冬が立っていた。

 

「何をぼけっとしている。自己紹介すらマトモに出来んのかお前は」

「ち、千冬姉…」

「此処では織斑先生と呼べ」

「あっばぶ!?」

 

 二撃直撃。一夏は机にキスをする。姉弟間ではさして珍しくもない一連だが、公衆の面前で行うには中々に刺激的な戯れだ。

 しかしそれを見て顔を顰めるものはいない。むしろこの教室にいる多くの生徒が、その目を羨望と興奮の色に染め上げ、織斑千冬を見る。

 そして大多数の黄色い音が、爆ぜる

 

「「「「ッッキャーーーー!!!!!!!」」」

 

 耳が裂かれんばかりの声量に顔を顰める織斑姉弟。そんなこともお構いなしに生徒達は叫び続ける。

 

「モノホンよ!モノホンの千冬様よ!?」「最高か?最高に決まってるじゃない!」「予想通りツンツンなのね、嫌いじゃないわ!!!!」「Foooo!!!!我が世の春がきたぁあああ!!!!」「凛々しいの塊…ありがとう…ありがとう…」

 

 ブリュンヒルデ。それは織斑千冬が持つ最強を意味する称号。故に彼女は世界からの憧れを一身に受けると言っても過言ではないだろう。

 なお当の本人は呆れた様相で生徒を眺めながら“私の周りにはこんなのしか集まらないのか”とぼやいている。

 こんなの呼ばわりされながらも声援をやめない生徒達。痺れを切らしたのか、織斑千冬は声を張り上げて教師の常套句を言う。

 

「静かにしろ!!!!」

 

 それだけでピタリと止む声。教室の空気が固まるが、慌てて緑色の髪が特徴的な、クラスの副担任である山田真那が慌てて千冬に駆け寄る。

 

「お、織斑先生! ヴォルフ君は見つかりましたか!?」

「ん、ああ。屋上にな…今連れてきた所だ」

「…!」

 

 話題に上がった名前を耳にし、一夏が微かに目を見開く。彼は同じクラスなのか、と内心微かに驚きながらも周囲を見渡す。

 どこだ、どこにいる。好奇心と何やら騒ついた心が彼の体を動かすが、しかし、何処にもそれらしき姿は見当たらない

 織斑千冬は大きくため息を吐き、教室の戸を睨みながら恐ろしく低い声で言う。

 

「…───おい、そろそろ観念しろ」

 

 皆一様に戸を見る。そこには誰もいないが、気配はあった。教室内に来ることをただただ忌避するかのような気配だ。

 やがて戸からひょこ、と手が出る。白い手だが、しかしその首元には痛ましい傷跡が見える。戸の向こう側にいる者は、その手をひらひらと揺らしながら、男性にしては高い声で、眠たげにこう言った。

 

「……時差ぼけがひどいので早退するよー…」

「え、えぇ…?」

 

 それに山田が困惑の声を上げた次の瞬間、織斑千冬は双眸を憤怒一色にし、勢いよく戸の向こう側にいる者に手を伸ばす。

 教室にいる生徒達が見たのは、世界最強の片手に頭を掴まれ、持ち上げられた長い白髪が特徴的な少年だった。

 

「初日から随分と自由だなこの馬鹿者」

「チフユ、チフユ、痛いよ」

「ここでは先生と呼べ」

 

 ぷらぷらと地に足をつけられないまま苦言を呈する白髪の少年。その髪型と高い声から一見女性と見紛えるが、制服の形からして、彼は歴とした男性である。

 

「…えぇー、あの私生活で先生はちょっと…」

「ほう? 随分と口が達者になったな?」

「あばばばばば!?!? ごめんなさいごめんなさい再会の嬉しさで調子乗ってた乗りましたオリムラ先生!!!」

 

 めぎめぎと世界最強直々のアイアンクローをくらい、軋む音を鳴らす少年の頭蓋骨。余程の激痛を味わっているのか、足がバタバタと動く。

 彼の“先生呼び”と謝罪で溜飲を下げたのか、千冬は雑に少年を席におろした。少年は落下の衝撃をもろに受ける。

 

「おぶっ!?」

「まったく…。すまない、自己紹介を続けてくれ」

 

 少年は“ゔー…”と呻きながら軽く乱れた制服を整えた。そして自身に集まる好奇の視線を実感し、また呻く。

 彼の聴界には数多の囁き声が響きだす。内容は「本当に男?」やら「男の娘…ありね」やら「千冬様(姉)とどんな関係が…」やらと多種多様だ。

 

「えっと、それじゃあ織斑くんからお願いしますね!」

「え、俺!?」

 

 織斑一夏はぼんやりしていたおかげで、自分まで番が回っていた事を知らなかったらしい。

 彼は慌ただしく席を立ち、しどろもどろながらも自己紹介を始めた。

 

「…ッスーーーーーー…」

 

 始めた。

 

「えー…っと……」

 

 ……始めた。

 

「織斑一夏です。…よろしくお願いします…」

 

 沈黙と同時、教室に尋問室のような空気が流れる。具体的に言うと「もっと色々吐き出さんかいコラ」といった感じだ。

 それもそのはず。男性操縦者など希少も希少。加えて織斑千冬の弟ともなれば尚のこと。クラス中が情報に飢えているのである。

 しかしそんな事など一夏が知る由もない。彼はなんと言ったら良いかわからず固まったままだ。内心「皆何を期待してるんだよ…」と冷汗だらだらである。

 そうして棒立ちのままでいたらまたもや叱責を受ける一夏。その間でも彼に注がれる興味の目は変わらない。

 ───そしてそんな彼を一等強い興味と期待の眼差しで見つめる者がいた。獲物を前にした肉食獣とは違う。玩具を楽しみに待つクリスマスの子供のそれだ。凶暴性のない、しかしギラギラとした目つきで彼を見ている。

 

「お前もぼけっとするな。さっきから名前を呼ばれているだろうが」

「ミ゜」

 

 その者も千冬から出席簿インパクトを叩き付けられる。机に頬をつけながら、彼は心の中で“前にもこんな事あったなぁ”と昔を懐かしんだ。

 彼は幾度か咳払いをし、きっちりと背筋を伸ばし、溌剌とした笑みを作る。声が通るように息を吸い、お腹に力を入れる。

 そして簡単かつ平凡な自己紹介を口にした。

 

「…皆さん、はじめまして。ドイツからやって来ました男性操縦者の一人、ヴォルフガング・イェルネフェルトです。長いのでヴォルフと呼んで下さい。

 えっとあとはー…あ、そうだ。この一年間、よろしくお願いします」

 

 その言葉に帰ってきたのは密やかな声。噂にも満たない話。ヴォルフはまぁこんなものだろうと思い、席に座ろうとしたが───その前にと、自身と同じ性である者の前に立つ。

 顔を近づけ、まじまじとその者を見る。黒い髪と瞳。日本人としてなんらおかしくはない特徴。

 白い少年は、その両手を伸ばし彼の手を掴んだ。不格好だが握手の形になっている。

 

「君がイチカだよね?」

「だ、だったら何だよ……」

 

 笑顔でヴォルフは確認を取るが、一夏の方は頬が引きつりまくりだった。というか若干引いている。警戒していた相手がいきなり笑顔で話しかけてきたらそら身構えるもんである。

 しかし彼の困惑などいざ知らず。ヴォルフは不格好な握手をそのままぶんぶんと振る。乱雑なハンドシェイクを不意打ちに喰らった一夏なそのまま振り回された。

 

「う、ぉ、あぁ!? いき、なり、手をふり、まわす、な、お前!?」

「やーーーっと会えたぁ!! チフ…オリムラ先生まったくイチカの写真見せてくれないんだもん!!」

「だあああ! いきなり何なんだ!? 大体お前千冬姉の何なんだよ!?」

「騒ぐな二人とも」

 

 終幕を浴びながらも騒いでいた二人に制裁再び。

 

「ちょ、待っ、びば!?」

「待って千冬姉、何で俺まで…ぶは!?」

 

 初日早々頭にたんこぶを作りながら呻くヴォルフは、それでも笑顔を絶やさなかった。

 一方一夏は不満そうな顔のまま激痛に顔を歪めている。

 

「いたたた…ちょっとは加減して欲しいよ…」

 

 戯けるように笑って見えるが、涙目なので痛みは本当なのだろう。だがその笑みに加わるのは、好奇と恍惚が同居した獣じみた眼光。

 それは確かに一夏を見据えており、決して離さなかった。

 

「…諸々終わったら保健室行こう…」

 

 ボソリ、と一夏は呟きつつ胃袋のあたりを抑えた。

 

 

 

 




首輪付きくんですが女装は頼まれたら対価次第でやってくれます。頼み=依頼の感覚がまだ染み付いてるからね、仕方ないね…犯罪の匂いがするなぁ!?

Q.戦い好きが顔写真みたい&やっと会えた発言の意味は?
A.顔写真見たい→対戦相手知りたい
 やっと会えた→バトルしようぜ!
 それぞれこう言うふうに和訳できますね。他にも「挨拶全般→首よこせ」などの派生もあります(頭島津)

・首輪付き
回りが女性だらけかつ好奇心の目が全身に来るのに迎撃出来ないからわりとげんなり。まるで成長していない…。話の通じるプレデター(相互理解ができるとは言ってない)イメージングはエンゼルフィッシュ。
・おりむー
なんかいきなりアルビノショタに恍惚な目でガン見された怖い。胃痛枠候補にしてハードモード爆走中の織斑弟。ちょっと危ういかもしれないシスコン。イメージングはthese are days (夏繋がり)
・ちっふー
おとうととゔぉるふがなかよさそうでなによりです(胃薬がぶ飲み)

なお当人達が知らぬままに男性操縦者二人を扱ったナマモノ同人誌の作成がクラス内のグループ一部で決まった、南無三。




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Brake Time


最近Vtuberを見てます(学校が始まらない)



 げんなり。それが織斑一夏の状態だった。

 

 今現在進行形で机に突っ伏す黒髪黒目の男は、だらしなく開いた口から「うぼおおおおお…」と人が出してはいけないような声をあげている。

 側から見ればゾンビのようなものである。彼がここまで疲弊しているのは、言わずもがな周囲がほぼほぼ女性という環境のせいだろう。そもそも彼自身がIS学園に入るつもりがなかったのも、一役買っている。

 

 加えて、だ。さっきから延々と来る背後からの視線も織斑一夏の精神を削いでいた。

 新しい環境。慣れない大勢の女性。後ろから来る視線。一人の男をゾンビにたらしめる状況はとっくに揃っていたわけで、休み時間にこうしてダメージを声に吐き出すのは当然だった。

 

「…いや…その、大丈夫か一夏…?」

「…箒か…久しぶりだな……はは…」

 

 6年ぶりに再会した幼馴染みである“篠ノ之箒”相手に懐かしむ、再会を喜ぶ会話にまで持っていけない。それが出来る気力が無い。

 ただ再会は嬉しいので笑顔は浮かぶ。なおその笑顔、どう見ても末期の者が浮かべるそれである。

 

「何がそこまでお前を追い込んだのだ…」

「視線を浴び続けるのって辛いんだな…テレビに出てる人は凄いって思い知らされたよ…」

「一夏? 戻って来い? なんかズレてないか?」

 

 乾いた笑いを浮かべたまま意気消沈。箒はそれを見て叱咤の一つでもしようと思っていたが、ここまでの惨状となれば一周回って心配の方向に心が傾いた。

 どうしたものか、と箒は悩む。彼女も彼女である悩みを抱えていた。数ある悩みのうちで最も新しく、しかし今一番懸念しているもの。

 内容が内容なため、関わりかねない一夏に打ち明けておこうと考えていたが───その一夏がこの有り様だ。

 

「……明日にでも回そうか…」

 

 ため息と共に仕方ないと後回し。本来なら積もる話もあったのだが、どのみちこの短い時間ではきっと話尽くせないだろうと判断する。

 しかし時間にはまだ余裕がある。なのでちらりと視線を横に流し、一夏の後方にいる存在に彼女は目を向けた。

 それが持つのは白い長髪、赤色の瞳、中性極まる顔立ち、黒のチョーカー。即ち、もう一人の男性操縦者ヴォルフガング・イェルネフェルトである。

 彼は隣席の生徒とゆるっゆるな会話をしていた。

 

「ゔぉるゔぉる…んー…いまいちかも〜」

「何でもいいよ? 呼びやすいなら何でも」

「んー…ゔぁおー?」

「ヌホトケ、それは絶対無し」

「顔怖いよー?」

 

 その様は何とも“普通”で、そこに箒は違和感を持つ。どうにも“姉から聞かされたあの男の総評”と一致しない。

 箒は入学直前に失踪していた実姉から、唐突な連絡を貰っていた。その内容は“今話題になっている男性操縦者達の一人、ヴォルフガングに気を付けろ”というもの。

 

 “───あれはね、根本から()()の。人から遠い…例えるなら獣かな? 油断してても、油断してなくても、皆食べられちゃうかもね。

 だから、何かあったら私に連絡して箒ちゃん。その為のコードは渡しておくからさ”

 

 ()()姉が、そこまで言ったのだ。

 ()()()()がだ。

 しかし蓋を開けて見ればあの様だ。揶揄われたのだろうかと眉を顰めつつも、念のため警戒はしておこうかと悩む箒だが───その思考を寸断するかのような大声が。

 

「イチカイチカー!! これ美味しいよこれ、ヌホトケに貰った!! 甘いから疲れも取れるよ!!」

「ごっばぁ!?」

「人と人の交通事故!?」

 

 後方からかっ飛んできたヴォルフと、席に座っていた一夏が激突する。まさかの光景に頭痛を覚えてきた箒。

 どんがらがっしゃん、床に倒れる白い少年と机に額を叩きつけられる黒い少年。

 入学初日から凄まじい。この有り様を見ながらも何か言いたげにしている金髪の生徒がいたが、今はともかく二人の安否確認だ。

 

「無事か二人とも!?」

「大丈夫〜?」

「無事だよ、受け身取れたよ」

「…俺なんかしたかなぁ?」

 

 奇跡的と言うべきか、二人とも無事だった。ひっくり返りながらもヴォルフは平気そうに笑っていて、一夏は頭を抱えながら自身の日頃の行いを真面目に振り返り始めようとしたのだが───彼はここで、気のせいだと思っていたものを再度目にする。

 

 床に転んだヴォルフの制服の袖が多少捲れ上がる。そこにあったのは、やはり痛々しい傷跡で、それは手首をぐるりと一周していた。

 心臓を掴まれた錯覚を、一夏は覚える。自分の背中が影となって見えていないのか、周りの反応はない。

 

「…ヴォルフ、ちょっといいか?」

「? いいけど?」

 

 そこから一夏の行動は早かった。ヴォルフの手首を制服の袖ごと掴み、周囲に確証を与えないようにし、早足で廊下へと立ち去る。

 周りの女生徒達の大半は姦しい雰囲気をより濃く放ったが、しかし篠ノ之箒だけは確かに違和感を抱いていた。

 

「…おりむー、怒ったのかな〜?」

 

 少し困り顔ののほほんとした雰囲気の生徒───ヴォルフにヌホトケと呼ばれていた───が言う。

 

「…いや、恐らく何かに気付いたのだろう。そういう所だけは鈍く無い男だ…」

 

 やや“だけ”を強く強調して箒は言う。そこには若干拗ねたような声色があった。

 

 

  ✳︎

 

 

 ───今日が入学初日なのは、ある意味幸運だったと思う。教室で再会した友人と話を明かすか、新たな友達を作る事に皆勤しんでいるのか、休み時間だけど、廊下に出ている人の数は多く無かった。

 念のため、死角になりそうな所で足を止める。そこで漸く俺は掴んだままのヴォルフの腕を離した。

 

 …身体が軋むような感覚。喉元から迫り上がる嫌な予感。話を切り出そうと口を開くも何と言ったら良いのか分からなくなる。

 

「イチカ、どうしたの?急に?」

 

 何かおかしな事でもあったのか、そう言いたげな顔をしたヴォルフは、今だと俺の中では“謎めいた訳のわからない奴”から“助けが必要かもしれない奴”へと印象が変わりつつあった。

 覚悟を決める。戻れなくなるかもしれない、なんて漠然とした嫌な予感に囚われたままでいて、何か出来たかもしれないのに、何もしないままでいるだなんて嫌だから。

 

「…───袖を、まくってくれ」

 

 最後の一線を飛び越えた。

 

「…見えてた?」

「多分、前の席のやつの何人かは見えてる」

 

 そうしたら“あっちゃー”なんて軽々しい態度で、でも怒りなんて湧いてこない。

 寧ろ危機感の方が強くなってくる。見たく無い、けど見ないといけない。俺のそんな葛藤なんて知るかと言わんばかりに、ヴォルフは前置きなしに袖をまくった。

 

「…ッ……!」

 

 …酷いとか、惨いとか、それどころじゃ無い。

 いいや、そもそもそれ以前に───()()()()()()()()()()()()()()()()()

 裂かれた痕、貫かれた痕、縫われた痕、焼かれた痕…きっと他にも色々ある。

 教科書でしか見たことがない注射針の痕は、数え切れない程にある。

 こみ上げた吐き気を飲み下し、何とか抑えた。

 

「…本当に、詳しくは話せないよ。話したらイチカが危なくなる」

 

 …全部に合点もいった。千冬姉が一年間いた理由も、千冬姉と距離が遠くないのも、素直に飲み込めた。それと同時に、恐ろしくなった。

 推測でしかないけれど、恐らく男性操縦者と判明したのはヴォルフが先で、そこからはあの傷を作るような“こと”が続いた。

 そこから千冬姉に保護されて、今に至ったのだと思う。

 

 ちょっと生まれが違えば、多分俺もこうなっていた。男性操縦者は希少だなんて痛いほどわかってる。でもその行く末を、俺はきっとしっかりと考えてなかった、考えることから逃げようとしていたのかもしれない。

 

「あー…、えっとさ、気に病まなくて良いよ? イチカじゃどうにも出来ないじゃん」

 

 わかってる、わかってんだよ。

 だから、頼むからもう─── そんな何とも思ってない目を、しないでくれよ。

 それは悲し過ぎるんだ。あっちゃいけない筈なんだ。泣いて良い筈だ、怒ったって良い筈なのに、どうしてこんな事になったんだ。

 

 …俺はきっと、いや絶対に、運が良かった。けど、今はそんな事で喜べない、寧ろ自分のことがよく分かったし、だからこそ此処で腐ってる場合じゃないはずだ。

 

「…よし」

 

 決めた。俺は、決めた。絶対にこいつを楽しませる。より多くの楽しみを、今は知って欲しい。

 その為に必要なものは…今は少ないけれど、日が進むに連れて揃うはずだと思うから。

 

「なぁ、ヴォルフ。今日の授業が終わって暇になったら、何か遊ばないか?」

 

 我ながら不器用で不自然な誘いだと思う。でも今は、ちょっとこんな感じの言葉しか思いつかなくて、後から後悔した。もっとこう、他にあるだろ俺。

 

「ああ、いや。やる事があるなら全然後でいいが…」

「───…」

 

 微妙そうな顔はしていない。ただ、面食らったような顔をする。驚きから少しづつ表情が変わっていく。

 懐かしむ様な、どこか納得したかの様な顔。

 

「今はまだ忙しいでしょ、でも落ち着いたら遊ぼ?」

「……ああ」

 

 …これはきっと、間違ってない。

  間違ってないよな、大丈夫だよな。

 

「ところでさ、傷ってやっぱ見えない方がいい?」

「…その辺ちゃんと先生と相談するか」

 

 取り敢えず、いまは教室に戻ろう。なんだかんだ休み時間にはまだ余裕があるから、準備も間に合う。流石に連続で出席簿アタックは食らいたくない。

 教室に帰ると何だか騒がしかったけど、何かあったのだろうか。

 

 





傷に関しては前の席の方が何人か見れてます。
他は見えたり見えなかったり。
皆様こんな反応
・「気のせいだと思う」
・「踏み込まない方がよさそう」
・「よく見えなかった」

おりむー決意。目標は絶対“楽しい”を味合わせる。何気にまだ未達成の「戦い以外の楽しみを覚える」の開放ルートに進んでますね…
現状いろいろな事をやってみたりするけど大体「時間潰し」的な感じなので、なかなか他の“楽しい”を得られてないのよね。あれこれ難易度馬鹿みたいに高くない?





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lock-on(みぃつけた)

 皆様大変長らくお待たせいたしました。
 大学の関係により、執筆意欲の低下がしてしまい、投稿が大幅に遅れてしまった事を此処に陳謝致します。
 実は忙しさも相まってもう書くのをやめようかな、とも思っていました。けれどやはり私は書くのが好きで、そして何より「続きを待っている」という旨のコメントを頂き、恥を忍んで戻ってまいりました。
 見てくださる心からの感謝と敬意を。
 そしてこれからまた、不定期ではあります拙作をよろしくお願いいたします。
 頂いたコメントは必ず返させていただきますので、暫しお待ちを。

 それでは───心優しき皆様の未来と瞳にLong may the sun shine(太陽あれ)



 彼女が火種を撒いたのは、最初は小さな出来心と持ち前のプライドの高さからだった。

 しかし彼女自身、こんな事になるなんてかけらも思わなかった。ましてや、己が敗北することなど。

 

「楽しかったよ、セシリア」

 

 長い白髪が風に揺れる。舞い上がる土煙のを裂くように、バイザーの紅光が差し込む。

 晴れた煙から現れる“黒”の機体。

 殺意を具現したかのようなそれを見るだけで───セシリア・オルコットの震えは止まらなかった。

 

 彼は一体何なのだろう?

 化け物? 怪物? その誰もが当てはまらない。

 彼女はただただ詰将棋のように勝利の道筋を絶たれた。

 その結果が、自身のプライドを粉々にする敗北だ。

 

『勝者、ヴォルフガング・イェルネフェルト』

 

 無機質な音声が、彼の勝利を告げる。

 だがセシリアのもとに去来したのは████だった。

 だからこそ、彼女の瞳は彼を睨んだのだ。

 

 何故こうなったのか? それを語るには───しばし時間を巻き戻す必要がある。

 

 

 ───

 

 織斑一夏がヴォルフガングを連れ出し、教室に戻ってきた後、普通に授業が始まった。

 始まったのだが。

 

「織斑先生、すいません。教材を休暇期間に誤って捨ててしまったので再発行をお願いします」

 

 それは余りにも衝撃的な始まりだった。中には吹き出した生徒も、絶句した生徒もいた。織斑千冬は一夏に反省文の提出と、教材の1週間以内での履修を課すことでその場は取り敢えずではあるが収まった。

 しかしこの一連で、織斑千冬は実弟の変化に気付く。知っての通り、織斑一夏は自分で望みこのIS学園に入ってきたわけではない。

 だからこそ、意欲なぞほぼゼロだった筈だ。

 

「……何があった?」

 

 だが、織斑一夏の目はやる気に満ち溢れていた。使命感を帯びていた。やる気がない? 自ら望んで此処にきたわけではない? そんな事はもう言ってられないだろうが、とその双眸が語っていたのだ。

 余りの変わりように若干引きながらも、良い傾向だろうと千冬は職員室でヴォルフに関した書類をまとめつつ、口元を緩ませた。

 しかし教室にいる当人は───。

 

「ぉ゜ァ゜」

「わぁー…レイヴンと組手した後の僕みたい…」

 

 教材による事前知識もなく、新たな知識の濁流を気合いと感情のみで相手取った結果、見事に脳味噌がキャパオーバーし、人としての言語すら話せない状態と化していた。

 それをドン引きながらに見つめる白髪かつ中性的な容姿の少年、ヴォルフガング。

 彼は墓前に備えるかのように菓子箱を置く。

 

「…ヴォルフ…後でわかんないとこ教えてくれ…」

「良いけど…今日は休んだ方が良いんじゃ?」

「いや…今の俺は周回遅れだからな…取り戻さねぇと」

 

 ガバリと起き上がり、礼を言いながら菓子を口に放り込む一夏。そんな顔を物憂げに見つめるヴォルフ。

 二人とも顔立ちが整っているため、周囲では何やら不穏な声が上がるが二人の男児は全力で聞こえないフリをする。

 そんな彼らが共通の話題───“織斑千冬”について愚痴やら何やらを話していたところに、いきなり一つの甲高い声が割り込んだ。

 

「ちょっとよろしくて?」

「「ん?」」

 

 二人が見たのは、縦ロールにセットされた長い金色の髪と緑の瞳。気品を感じさせる佇まい。表情は極めて攻撃的であり、それを目の当たりにしたヴォルフは瞳孔を開き、一夏は驚いたのか少し仰反る。

 そんな驚愕と好戦的な反応など知った事ではないというかのように、彼女は声高だかに、恥じらうことも、躊躇うことなくこう述べた。

 

「何ですの!? その反応は! この私に話しかけられただけでも充分に光栄なのですから、それ相応な態度というものがあるのではないかしら!?」

「あ、イチカ、これやばい人だね」

「ヴォルフぅ!?」

 

 それをノータイムでバッサリと切り捨てる無慈悲な白髪少年。悪気無く言っているので尚のこと始末が悪い。流石にあんまりじゃないかと目を剥く一夏。

 ヴォルフの態度や発言に気を障ったのか、金髪の女は一夏を差し置き、ヒートアップする。

 

「イギリス代表候補生であるこのセシリア・オルコットを知らないようですわね…、ドイツは真面目な教育を受けさせているのか疑問になって来ましたわ…」

「……へぇ」

「おい、ちょっと待てよ。確かにこいつの態度は悪かったけど、言って良いことと悪いことがあるだろ」

 

 沈黙していたが、どうしても聞き捨てならない一言を起点に会話に割って入る一夏、彼は自分よりもだいぶ背丈の小さいヴォルフを庇うように立っている。

 

「そもそもなんだよ代表候補生って、あからさまに人を見下せるほど偉いのかよそれって」

 

 ───織斑一夏はIS操縦者でありながら“代表候補生”を知らない。そんな事実に倒れたくなったセシリアと周囲の聴衆だったが、続く言葉で息を呑む音が聞こえた。

 が、それはとそれとして先ほどから会話を聞いてた篠ノ之箒から叱責の声が飛んだ。鋭い声とともに、スパァンと実に良い音が教室に鳴り響く。彼女が一夏の頭部にツッコミを入れた音である。

 

「あべし!?」

「その言葉には頷けるが…普通文字からして分かるだろう!? 代表候補生と言うのは各国代表のISパイロットの候補になっている者の呼び名だ! わかったか一夏ァ!」

「アイマム!!」

 

 ギャーギャーと喧騒が吹き荒れる教室。そこに終幕を告げたのは、次の授業時間が始まったことを示すチャイムだった。織斑千冬の出席簿ブレードを食いたくないのは誰もが同じ意志なのか、皆いそいそと席に着く。

 その直後に、スパァンと教室の戸を開いて織斑先生と山田先生が入室してくる。千冬は教壇に立ち、大雑把にこう言い放った。

 

「早速だがクラス代表を決める。自薦他薦は問わない。やりたいものは申し出ろ。先に言っておくが、拒否権はない」

 

 ───沈黙。こういう場で我こそはと自分から手をあげる子どもは余りいない。

 だが好奇心をもった何名かの生徒は徐に手をあげる。

 

「織斑君を推薦します」

「えっ」

「あ! 私も私も!」

「じゃ〜私はゔぉるゔぉるを〜」

 

 推薦されたのは希少な男性操縦者。大方レアだからこそとか、そんな理由だろう。

 ここまで来て自分名前が上がらないことが不満だったのか、セシリア・オルコットは机を叩きながら立ち上がった。

 

「お待ちなさい!! 納得がいきませんわ! 何故この私ではなくIS操縦の経験もない男が推薦されますの!? わざわざこんな極東まで足を運んだと言うのに、こんな島国の猿と一緒にされては困りますわ!」

 

 ぶち撒けられた鬱憤と不満。

 流石にこれには聞き捨てならなかったのか、織斑一夏も立ち上がり、セシリア・オルコットに対して吠える。

 

「イギリスだって島国だろ!! ハギスやらうなぎのゼリーやらとんでもないものばっか生み出しやがって! 食文化に至ってはお前の言う極東の猿以下だしな!?」

 

 売り言葉に買い言葉。このまま終わらぬ口喧嘩が広がり、教師からの仲裁が入るまで繰り広げられるだろうと教室にいる生徒の殆どが思っていたのだが───これを終わらせたのは意外な声だった。

 

「ねぇ」

 

 普通の声色だが、まさか自発的に喋るとは思わなかった。先ほどから一言も発さなかったから、黙ったまま終わるかと、誰もがそう思っていた。

 けれど現実のヴォルフガング・イェルネフェルトは違う。彼は机にほっぺを押し当てながら、うだうだと、挑発するように言葉を吐く。

 

「別に好きなだけ言っても良いけど、後から恥ずかしくなると思うよ? ドヤ顔してたくせに水没したやつみたいに」

「いや誰だよそれ…」

 

 前世の折、全盛期から程遠い白い閃光(レイヴン)に、余裕綽綽に挑んで見事返り討ちにあった男を思い出す「首輪付き」メルツェルの根回しがあったにせよ、あそこで死んでたら彼はどうするつもりだったのだろう? もう今となっては答えなど帰ってくるはずもないが。

 

「あとさ、セシリアは多分凄い頑張ったんだと思うよ? だからその…代表候補生? っていう何かにもなれたんだと思う。けど、その肩書きに甘えてるんじゃ良く言っても『粗製』じゃないかな」

 

 そして彼は努力は笑わず、その結果を嗤った。わかりやすく、生意気な微笑みまで浮かべ、ヴォルフガングはセシリアを見る。その眼光は獰猛な獣のそれと何ら変わりない。

 見えやすい挑発を受けたセシリアだが、その肩はワナワナと震えている。彼女はキッとヴォルフガングと一夏に対して大声で宣言する。

 

「決闘ですわ! 手加減なんてする優しさももうありません! 徹底的に叩きのめしてやりますわ!!」

「やた!」

 

 その瞬間ガッツポーズをとるヴォルフガング。

 彼の顔は恍惚に歪んでおり、周囲から驚きの表情で見られていることなど気づきもしない。

 彼はそのまま教卓にいる織斑千冬に対して、興奮冷めぬままに声を掛ける。

 

「ということでチフユ!僕とイチカとセシリアの模擬戦でクラス代表決めよ!」

「何が“ということで”だ馬鹿者…だがまぁ良い案だ。運動場はちょうど1週間後に予定が空いている。そこで模擬戦を行い、勝ったものをクラス代表とする」

 

 

 

 




今回の特別意訳
「……へぇ」→強いのかな?強いよね?楽しいよね?
「今日は休んだ方が良いんじゃ?」→万全でいてよ、楽しめないじゃん

今回わざわざ粗製呼ばわりしたヴォルフですが「プライドが高い→舐められる→手加減される」と察してわざと煽りました。全力で戦いてえのである。



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room friend

ACfa世界よろしくイレギュラーが連鎖しつ発生・誕生するのがこの世界です。うーん、この迷惑極まりないバタフライ・エフェクト。


 全ての授業とLHRが終わり、一夏は机に突っ伏した。常に女性からの目や、触れたこともない知識との格闘で彼の精神と肉体は、とっくに疲労のピークに迎えている。

 そんな彼の頭をづんづんと人差し指で突くヴォルフ。虫をいじめる子どものような姿だが、皆別にそれを咎めたりしなかった。

 

「イーチーカー、どーしーたーのー」

「疲れてんだよ…いた、いだだだ…」

 

 歳の離れた兄弟のような光景。周りの生徒はクスクスと笑いつつ彼らを見ているが、見られている当人達は周りから見た自分など気にしていなかった。

 そんな戯れをしている中、彼らの担任でもある山田真耶が慌てながらもやってくる。

 

「少し良いですか? お二人に渡すものがあるんです」

 

 そう言って渡されたのは、数字の札がついた鍵だ。言うまでもなくこれは寮室の鍵だろう。

 

「あれ? … 最初の一週間は家から通うんじゃ…」

「そうだったんですけど…政府とドイツからの指示で…急で申し訳ないんですが、2人は今日から寮に入ってもらう事になりました…」

 

 え、と固まる一夏。あまりにも急過ぎる。荷物なんてろくに持って来てないぞと焦り出すが、そんな思考を中断するかのように凛とした声が響く。

 その声の正体は織斑千冬だ。ヴォルフは彼女を認識した途端、すぐさま側によっていくが、伸ばされた腕に堰き止められている。

 

「此処にいたか、山田先生から聞いていると思うが、お前達は今日から寮生活となる。用意は私が既にしておいた。着替えと、携帯の充電器があれば十分だろう?」

「娯楽文化をご存知ない!?」

 

 荷物の少なさに叫ぶ一夏。彼はものの見事にアイアンクローの餌食となった。

 

「…あれ、僕とイチカって部屋一緒?」

「ああ、分かってるとは思うが、お前達の立場的な問題が理由だ」

「一纏めにして守備を固めるの? 思い切ったね…」

「正直、こうでもしないと手が届かないというのもあるがな。だがこの学園は広大だ、目も届かない場合があることを留意して動け」

「はーい」

「千冬姉そろそろ離しあだだだだ!? 千冬姉ェ!? 千冬姉ぇ!? 死ぬゥ! 俺死ぬゥ!!!」

「織斑先生と呼ばない。30秒増加」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?!?」

 

 解放されたのは5分後だった。

 

「頭割れるかと思った…」

「痛いよねー、チフユのアイアンクロー」

 

 廊下を歩く2人。部屋番号を確認しつつ、見逃さないように逐一通り過ぎるドアを確認していく。番号的に、そろそろ自分達の部屋に着くだろうと思っていた一夏とヴォルフだったが、彼らの視界にとある人物が入る。

 彼女は何度かドアを見つめては廊下をうろうろと徘徊し、時折悩むように何かをぶつぶつと呟き、そしてまた徘徊とドア観察に戻るのを繰り返している。

 旗から見ればただの不審者でしかない。

 

 ヴォルフの瞳孔が開く。彼は姿勢を落とし、警戒態勢に入ったが…そのすぐ後に一夏が「何やってんだ? あいつ…」と声を出す。此処で不審者を一夏の関係者だと認識したのか、ヴォルフはすぐさま警戒態勢を解いた。この間僅か1.4秒である。

 

「おーい、箒。何してんだ? 側から見ると怪しい人にしか見えないぞ」

「一夏!? 部屋に戻っていたのではないのか!?」

「さっきまでロビーで潰れてたよ」

 

 ヴォルフがそう補足すると、完全に見逃していたことがショックだったのか、その場で固まってしまったのは篠ノ之箒。織斑ー夏に好意を寄せており、今回部屋の前まで来たのもその一環ではある。

 

「…僕邪魔かな?」

「ん? そんな事ないぞ? で、どうしたんだよ箒」

 

 何となくそれを察知したのか、ヴォルフは一応の気遣いを見せたが一夏は見事にそれを一刀両断した。それに対して気の毒そうな顔を箒に向けるヴォルフ。

 

「…一夏、少しいいだろうか? 出来れば2人で話したい」

「別にいいけど…ヴォルフ、一人で平気か?」

「ねぇ僕のことを身長通りの年齢だと思ってない?」

「いっだぁ!? いきなり頬をつねんな!!」

 

 むくれたようにそそくさと部屋に入っていく白髪の少年。低身長は割と気にしていたのか“もっと伸びれば…”なんて独り言も聞こえてくる。やや乱暴にドアを閉じる音が廊下に響き渡り、一夏と箒だけがその場に取り残された。

 

「…今の俺が悪い?」

「あたりまえだ」

 

 ただ、微笑ましそうな顔をドアに向ける一夏は、どうしようもないほどにじじくさかった。

 

 

 ───

 

 

 ───自室に入ったヴォルフは、即座にチョーカーに指を押し当てる。

 

 彼の身を包むのは漆黒のISである“ストレイド”だ。

 ヴォルフはこれを脱ぎ、装備の見直しと全体的な点検を始める。

 とは言っても、製作者であるアブ・マーシュにより渡されたマニュアルに従って見直すだけであるが。

 

 武装であるエネルギーブレード、マシンガン、プラズマ砲に不備は見られない。独自の機能であるプライマル・アーマー、アサルト・アーマー機構に問題は確認されない。

 本職ではないので、不安はあるがマニュアルに従えばきっと問題はないだろうと思いつつ、ヴォルフはストレイドの調整を進める。

 

「…楽しそうでは、あるんだよね」

 

 上機嫌に、鼻歌を歌いながら。

 まさか入学早々、戦う場が設けられるとは夢にも思わなかった。ああ、だめだ、興奮して来た。今からでも戦いたい、体が熱いし疼く。未知の敵との戦闘ほど昂ぶるものはない。どんな攻撃をしてくるのだろう、どんな動きで追い詰めてくるのだろう、待ち遠し過ぎて気が狂いそうだ。

 しかも楽しみは今回二回もある。セシリアとイチカで、合計で二回も戦える。

 

 気分の上昇のせいか、調整のスピードが上がる少年。戦うことに対しての意欲に関しては人一倍どころではない。

 ストレイドも心なしか、その機体独特の輝きを増しているかのように見えた。

 

 このISは、あらゆる世代に該当しない例外だ。

 これは「天才」による「天災」への反抗心。

 開発済みのパーツや武器を粒子化させるという工程に、データ化という手順を追加。そうすることで心臓部であるコアへ各種武器とパーツの搭載を可能にした。

 それにより、状況に応じてアセンブルを変更可能なのがこの機体の真骨頂。変幻自在の姿にして複雑怪奇な戦術を取るこの機体に、あるべき形など存在しない。山猫とは太古より自由な生き物だ。

 とはいえ、容量の問題はつきものである。搭載できるパーツと武装はせいぜいそれぞれ2、3個程度。ただそれでも十分驚異的だ。

 

「…今開発出来てるのが… 」

 

 マニュアルに添付されていたデータを見る。どうも開発が出来次第パーツのデータを送ってくれるらしく、その中で欲しいものがあれば逐一コアに搭載し直しに来てくれるそうなのだ。

 至れり尽くせりだなと思いつつ、現在搭載されているパーツを見る。その中で二つほど、ヴォルフの目を引くものがあった。

 

 CR-LAHIRE

 BOOSTER-SERIES: LAHIRE

 

 高機動かつ軽量機体の基礎となり得るパーツ。今ある武装との相性も考えつつ、久しぶりにスピードを体感したいという欲望が、彼の中で芽生え始める。調整のスピードが更に速くなり、わずか5分後には戦闘機に近しいフォルムとなったストレイドが部屋に立っていた。

 

「…ふっふーん」

 

 ISを待機状態であるチョーカーに戻し、ベッドに寝そべる白い髪の少年。長いそれは、真白なシーツの上で乱れている。彼の紅玉にも似た瞳は恍惚に歪んでおり、写真にもすればそれなりの額で売れそうな姿となっていた。

 

 戦いは、やはり楽しい。

 それでも、奇妙な実感が確かにあった。

 今日は、戦いもなかったはずなのに───どうしてこんなにも胸が弾むのだろう?

 

 おそらくは、新しい環境のせいだろうと考えたヴォルフは、しばし睡眠をとってからシャワーを浴びることにしようと、ゆるりとまぶたを閉じた。

 

 

 ───

 

 

「いつ動くか、だって? ───そうだね、先ずは“天災”の動きを待とうか。彼女の特異性は厄介だ、だから企みのキーを壊すとまではいかないけれど、徹底的に邪魔をするさ。他に質問はあるかな、“レオ”」

『では答えて貰おう。アイザック、私達はこの体でも十分戦う事は可能なのかを』

「それは君達次第だ。ああ、でも“アクアリウス”と“ゲミニ”に関しては無理もない。まさかMSFにあんなイレギュラーが存在するとは思わなかったんだ。別に僕に怒ってもいいよ? それは契約に入れてなかった」

『いや、その件でお前を責める気はない。彼らは戦って死ねた、本望だろう』

「なら結構。君も仕上がったみたいだし、そろそろ僕等も動き始める。先方はカプリコルヌスに任せるよ、彼ならまぁまぁの戦果をとってくれるかな? ま、なんでも構わないけどね、滅茶苦茶にしてくれるなら」

 

 

 パチン、と宵闇の中で指が鳴る。

 音を合図に電灯に明かりが灯される。

 血と臓物と鋼が転がる無機質な部屋の中、9つの鉄の人形が待機している。一見、ただの無人兵器にしか見えないが、その実“脳と脊髄”を搭載している極めて非人道的な兵器の群だ。

 彼らの中央に座すのは緑髪の男、アイザック・サンドリヨン。彼の貼り付けたような笑みの裏側からは、この世の全てを憎む怨嗟に塗れていた。

 

「とは言え、生身であの二人を打ち破るとはね…あの灰髪の男と青髪の女、いったい何ものだい?」

『それは我々も知りたいところだ。現地の兵と結託し、火器を集めたとこまでは納得できる。だがそのままあの二人を倒すとはどういう事なのか…』

 

 

 




織斑先生はドイツにいた頃から「先生」呼びがなかなか定着しない事をちょっと気にしてます。
ヴォルフは千冬の事はあくまで「チフユ」と呼びたい。距離を自分から作りたくないという気持ちが芽生えているので、無意識のうちに大体の人の名前を下の方で呼んでいる感じ。

一夏→今回のファインプレーは箒への声掛け。これがなかった場合再走確定だった。

ヴォルフ→チャート粉砕ショタ。既に束さんのチャートはズタボロ。

箒→チャート粉砕ヒロイン。下手をすると束さんが緊急発進。

束さん→ストレイドのコアから通信拒絶されてるしコア・ネットワークにも居ないしキレそう、マジふざけんなよ束さんのものだぞ返せよクソアブ。

ストレイドのコア→武器と装備データが来てご満悦。ドイツにいる頃から自己進化して保存頑張っちゃうぞー状態。今の主人とは気が合う。たたかうのもたのしいね!殺し合おうぜ兄弟!そして俺はアイツと██に飛ぶんだ(どうでしょう感)何気に完全独立化しつつある。

アブ・マーシュ→なんかやったら出来ちゃった、コアについてはAI付きサーバー程度にしか見てなかったからマジで知らない。あのコア本当にタバネの作成物?


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White tail tale beginning


バイトの面接が終わったので初投稿です(百均)



 クラス代表決定戦前、ヴォルフガング・イェルネフェルトは相手となるセシリア・オルコットの試合記録を見ることもなければ、聞き込むことすらしなかった。

 また昨今のIS学園では「誰もいない訓練場でバカみたいに速い機体が飛びまくっている」のが噂となっていた。何だそれは、と思い観に行こうとした生徒もいたが、一度もそれがはっきりと確認された事はないという。

 

「うーん、久々だと難しい…」

 

 更衣室でそんな事をぼやいたのは、噂になっていた「馬鹿みたいに速い機体」の乗り手である。ヴォルフガング当人だった。

 彼は新たに組み替えた“ストレイド”の速さに慣れようと、ここ数日の間は訓練場に篭っていたのだ。

 

 開発者からセッティングされていたパーツである「LAHIREシリーズ」は、速さと軽さを売りにした一品だ。実際、その通りこのパーツを用いた事でストレイドのスピードは飛躍的な上昇を遂げている。

 

 が、欠点があるとすれば“脆い”事だ。

 

 エネルギーの大容量をブースター系統に割くため、シールドやら絶対防御やらのエネルギー数値が他機体と比べ、圧倒的とまでは言わないが低い。

 もちろん、売りである速さを駆使し、回避に徹すれば良い。だがこの機体の速さはそれこそ段違い。慣れなければ振り回されて終わり。ただの動く的と変わらないだろう。

 

「でも何とかなるか。

 …お腹すいた…食べ行こ…」

 

 感は戻りつつある。それに「速い」というのは嫌いじゃないし寧ろ好きだ。あの風を切る感覚と、目まぐるしく変わる視界は、何とも言えない興奮がある。

 

 そんなことを考えつつ、黒い帯のようなものが巻きついた黒色のISスーツを脱ぎ、自分が動きやすいように改造した制服を纏う。

 長い髪をヘアゴムで纏める。切る予定は───今のところ無い。戦闘の邪魔にはならないし、出来ればまた梳いたり、結んだりして欲しいものだ。

 そんな願望を頭に思い浮かべつつ、彼は食堂へ向かった。

 

「…わぁ」

 

 食堂にはほぼ屍と化した織斑一夏がいた。彼の前には、何処か不機嫌そうな篠ノ之箒が朝食を取っている。

 ホットサンドと簡単なサラダの乗ったトレイを手に、一夏を見るヴォルフに気付いたのは他ならぬ一夏だ。

 

「よぉ…座るか…?」

「なんで朝からそんなゾンビみたいな」

「久々だと全然ダメだな…剣道」

「は?」

 

 ───ISじゃなくて剣道? 何で? と思いつつ促された通りに隣へ座るヴォルフ。それに気付いた箒が、やや頬を引きつらせるがヴォルフの目には入っていない。

 

「何で剣道?」

「俺が知りたい…箒にISについて教えてくれって頼んで、一回断られて…でも何か了承してくれて…今ここ…」

「うーん、全然わからない」

 

 そんなふうに駄弁りながらホットサンドを口に入れると、目を輝かせるヴォルフ。どうやら困惑とか疑問とかより、今は食い気が勝るらしい。

 にへら、と微笑みながら二口、三口。その姿は殆ど無垢な子どもと変わらない。困惑の目が箒からあるが、それに気付くこともない。

 

「というか、イチカの機体って?」

「…一夏の機体はまだ無い。それが理由で今は昔の感覚を取り戻させようとだな…」

「剣道やってたんだ、イチカ」

 

 何気ない質問に答えた箒。そこから得た情報に微かな驚きをみせるヴォルフ。ぎこちない会話だが、確かに成立する言語のやりとり。やはり篠ノ之箒は困惑を強くする。

 そんな様子の幼馴染みに気付かず、というよりは気付く余裕も体力もない一夏は、机に突っ伏していた体を重々しく上げる。グイッ、と伸ばされる身体。ごきごきと音が鳴り、あくびも出た。

 

「…よし、そろそろ俺は行くよ。ヴォルフ、後でノートちょっと見せてくれよ、流石に基礎くらいは知りたい」

「ん、じゃあ放課後部屋で一緒に勉強する?」

「良いのか? お前も訓練とかしたいだろ?」

「今日はお休みってことで」

 

 そりゃ良いと笑いつつ、その場を後にする一夏。箒にもお礼を述べて去った彼の背を見ながら、ヴォルフは箒に言葉を放りなげる。

 

「…もう素直に好きって言っちゃえば?」

「ぶふぅッ!?」

 

 まさかのぶっ込みに思わず吹き出す篠ノ之箒。そんな様を可笑しそうに見ながらサラダを口に入れ、清涼感に頬を和らげるヴォルフ。まるで平和だ。何処にも危険な匂いなどなく、極めて長閑な雰囲気。

 そんな雰囲気をぶち壊すようにむせながらも呼吸を整えた箒は、涙目になりながらも水を飲む。息と調子を整えてから食ってかかるように「何故わかったのか」と聞いた。

 

「僕とイチカの会話であからさまにつまらなそうな顔してたから…羨ましい?」

「だっ、だだ誰が羨ましいなどと!!」

 

 紅玉色の瞳を小悪魔のような笑みと共に光らせる少年に、しどろもどろになりながらも否定にもならない否定をする少女。側から見ても篠ノ之箒という人間が、小さな少年にからかわれているのは明白だった。

 

「へーぇ、ならこれからの放課後はイチカと勉強しよっかなー」

「なっ…」

「あははっ! ほらほらもう隠せてないよ。

 …あと僕にその気はないから安心して良いよ? あ、でもそうか。イチカとの時間がとられるのが嫌なのかなぁ?」

「い、いい加減にしろ貴様!! 誰があんな鈍感で実直な奴なんかに…」

「いや途中から褒めてる褒めてる」

 

 実に活き活きとした表情でからかう少年。手玉に取られる少女。二人の見た目もあり、何故か姦しい。外見とはなかなかに人を惑わすものである。

 

「ゔぉるゔぉる〜新作のお菓子出てるよ〜」

「ッ! ヌホトケ、すぐ行くから待ってて! …じゃね、ホウキ。何でそんなに()()()()()のかわかんないけど、()()()は結構バレるよ?」

「───ッ!?」

 

 他の生徒に呼ばれ、ぱたぱたと食器とトレイを手に去るヴォルフ。最後の一言を受けた彼女は、その場に針で止められたようにピシリと固まってしまう。

 篠ノ之箒の脳内で姉の言葉が再浮上する。彼は危険である。彼は人間ではない。彼はなるべく早く殺さなければならない。あの天災とまで呼ばれた、姉がこうも言う。恐怖もするし、探る目も向けるのは当然だ。

 

 だが、だが篠ノ之箒はわからなくなった。確かに姉は必死だったが、彼は本当にそこまで危険なのか? そもそも実害をもたらした経歴もないかのように見える。そうともなれば敵視する理由は一切ない筈である。

 

 自分はどうするべきなのか。そう迷う彼女の手の中には、兎の意匠を持つスイッチが冷たく転がっており、何の意味もなく手のひらの面積を消費する。

 

 そうして、先日一夏へ言った警告と、その返答について思い出す。

 

 “やつは危険だと、あの人は言っていた”

 “…悪い、俺にはそう思えねぇ。いや、そう思っちゃいけない”

 

 ───あれはどういう意味だったのだろう。

 

 

 ───

 

 

 あっという間にその日は来た。クラス代表決定戦当日、ここに来て“織斑一夏の専用機体がまだ届いていない”という思わぬハプニングが発生する。

 これは仕方のないことであった。前例のない男性操縦者に“本来なら主に代表操縦者および代表候補生や企業に所属する人間に与えられるワンオフ仕様である特別性のある機体の用意”などどう考えても急すぎる。難航しても致し方ないことだ。

 

「…そういやヴォルフはもう持ってるんだな」

「政府が早くにレイレナード社に声をかけてくれたからね、だから一応そこの所属になってるよ、僕」

 

 嘘は言っていない。また違和感もないのでそのままスルーされたが、その場にいた織斑千冬は内心ひやっひやだった事をここに明記しておく。

 そんな事などつゆ知らず、一夏と箒が何やら揉め始めたのを身はからい、ヴォルフは小さな声で提案する。

 

「チフ…オリムラ先生、僕が先に出よっか?」

「却下だ。あいつが先の方がお前にとっても、此方側にとっても、一夏にとっても都合がいい」

「はっきり言うなぁ……あだっ」

「学校では敬語を使え」

「…寮では?」

「………………しかし遅いな、アリーナの使用時間も限られているんだが…」

 

 露骨にはぐらかす千冬とそれにジト目を送るヴォルフ。ギャーギャーと騒ぐ箒と一夏。そんな喧騒を切り裂くように、高い声が響き渡る。

 

「来ました! やっと来ましたよ〜!」

 

 緑の髪を揺らし、ばたばたと走る山田真耶。彼女は息を整えつつも、迅速に織斑一夏を専用機の元へ案内する。それに千冬や箒も続き、興味が湧いたのかヴォルフもついていく。

 

 その先にあったのは、ヒロイックなデザインで組み上げられた一つの技術の塊。ただ一人のために組み立てられた兵器。その特別性は、ISに触れて日が浅い一夏でも確かに実感することが出来た。

 そして同時に───彼は、眼前の機体に何処か「会うべくして会った」というか感覚を抱く。酷く奇妙ではあるが、それは確かな実感であり直感である。

 

 山田真那が告げるその機体の名は“白式”

 

 舞台役者の名が挙げられた時の観客のように、織斑一夏の胸は高揚した。眼差しは熱く、心は滾る。心なしか、彼の口元は釣り上がり笑みの形を作る。まるで楽しみを控えた幼子のようだ。

 

「…また“White(しろ)”か」

 

 そしてもう一人、笑みを浮かべる者がいた。

 ヴォルフガング・イェルネフェルトは、否“首輪付き”は、己が相対した中でも最も高い実力を持った者を、怪物と形容するにふさわしい者を頭の中で思い浮かべる。

 

 ───“白い閃光(ホワイト・グリント)

 

 全盛期を過ぎたUnknownを支えた、最強の座に君臨する機体。そして何より、一度己の腹を貫き、自らの人生に幕を引いた白。

 織斑一夏はそんな“白”になってくれるだろうか? いや、なって欲しい。そして自分と戦って欲しい。勝手な言い分と理解しているが、白の名を冠した機体を駆るのであれば、その者は強くなければ己が納得しない。

 

「よし、時間も押している。一夏、行けるか?」

「いつでも行けるよ、ちふ…織斑先生」

 

 ISを身に纏う一夏。何処か冷たい感触に、興奮していた頭は極めて冷静に変貌する。緊張がないと言えば嘘になるが、やるだけやらねば意味がない。その意思は強く、それは彼の双眸に確かに宿っていた。

 出撃前となる一夏に、数多の声が投げられる。声援と応援。幼馴染みと教師と姉から届けられるそれに、どうしようもなく勇気付けられる。

 

「───イチカ、盛大に暴れなよ」

 

 そして最後、カタパルトから射出される瞬間。

 長い白髪を揺らしながら、微笑みを向ける“彼”を見る。

 サムズアップで、激励とも言える言葉を吐く。

 

 織斑一夏には、それが頼もしく見えて、それでいて一度だけヴォルフガングを正しく認識した。

 ああ、悲しいことに彼は“戦いの先達”なのだと。

 

 

 “あら? 逃げずにやって来ましたのね”

 

 

 ───そうして小さな白は、初の敵と相対する。

 

 





ヴォルフ→ホワイト・グリント過激派強火勢。探る目には気付く。伊達に傭兵はしていなかった。

篠ノ之箒→束さんのフラグ管理が杜撰すぎてガバ発生。介入イベントが1減少。しかし早いとこ機体を貰わないと命がやばい(予言)

織斑一夏→ファインプレーは「座るか?」の後の早期退散。これがなかった場合では束さんの介入イベントがセッシー戦直後に発生していた。グランドルートへの道筋をガバ無く走る走者の鏡。

織斑千冬→先生と呼べ(無意識:それはそれとして名前呼びも捨てがたい)

アンケートで募集していた記念話ですが、百票以上のものは全て書くことに致しました。その方が皆楽しめるし私も楽しい最高か?
 ストーリーの進行度合いと書き上がり次第投稿致しますんで! それでは皆様アンケートご協力ありがとうございました!


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Only sword

ここ最近ダクソMAD見て泣いてます。



 ───正直なところ、イチカの戦いは見られたものじゃなかった。仕方がないとはわかっているが、それでも酷いと言いたかった。

 あれでは本当に動く的のままだ。

 

「…まぁ、こうなるな」

 

 チフユも大して驚いていない。

 初心者と代表候補生、その差は歴然だ。

 そもそも、イチカとセシリアの相性が悪い。

 セシリアの周りには幾つかの遠隔機動兵器がくるくると回っていて、セシリア自身も遠距離武器を使っている。

 それに比べ、イチカの武装はブレード一本。かなりの変態構成だ。白式を作った企業? 組織? は何を考えて初心者にこんな機体を渡したのだろう?

 

「チフユ、あのくるくるしてるやつは何?」

「織斑先生と呼べ。…あれは“BT兵器”と言い、簡単に説明すると操縦者の思考で稼働する装備だ。

 第三世代のISはこういった特殊兵装の搭載を目標にしている。セシリアの使用している“ブルー・ティアーズ”は、その試験機とも言えるな」

 

 「山田先生」というチフユの声にヤマダが一枚のディスプレイを見せてくる。そこに表示されていたのはセシリアの駆るあの青い機体こと“蒼い雫(ブルー・ティアーズ)”の情報だ。

 これは紛れもないセシリア・オルコットの専用機である第3世代型IS。射撃を主体とした機体であり、搭載している兵装はチフユの言った通り殆ど射撃類ばかり。

 データを見ながら思ったことを口にする。

 

「セシリアはこの機体のテストモデルに選ばれる程には、射撃に優れてるってこと?」

「……お前は戦いに関しては頭の回転が早いな」

「失礼な。戦い以外でも早いよ、例えばクロスワードとか新作スイーツの当たり外れの予想とか」

「…ああ、そうか」

 

 ぐっしゃぐっしゃと髪を撫でられる。声は心なしかいつもより柔らかくて、何だか心地良い。それと先に待っている戦いに対してワクワクが止まらない。

 落ち着く心と、浮き足立つ心が並行している。なんだかぐちゃぐちゃな心だ。

 そんな自分をおかしく思って笑っておく。

 

 そんな事をしている間でも試合は続く。チフユの目は厳しく、ホウキはさっきから穴が開くんじゃないかってくらいに試合に見入っていて、こちらから話しかけても反応することはないだろう。

 

「…お前はどう見る?」

 

 なんて思っていたら、ホウキの方から声をかけてくる。多分勝負の行く末についてだろう。誤魔化しても仕方ないので、さっさと正直に述べてしまう。

 

「八割の確率で負け。良いところに行っても驚かせるだけ。よっぽどなことがないと何もできないままで終わり」

「…───」

 

 こと“戦闘”に至り、経験と相性は大きなアドバンテージだ。これを覆すには余程の特異性を持つか、そもそも技術とか経験とか組み合わせとかの外で勝負を行うしか無い。

 例えばの話、策略に長けた老兵がいた。しかし彼を破ったのは若手の参謀家だった。

 彼は「老兵の上司の弱点」というアキレス腱を熟知していたからだ。

 経験や実力で遅れをとっていても、相性次第では大番狂わせなんて当たり前だし、逆に相性が悪ければ圧倒的に不利となる。

 

「経験値の差が大きすぎるし、そもそもブルー・ティアーズと相性が悪いから付け焼き刃じゃ無理。

 勝負するなら───“イチカが持ってて、セシリアに無い経験”とかかな」

「なるほど…」

 

 イチカの間合いはブレード一振りだけ。セシリアの間合いは長・中距離特化。何度も言うが相性も悪いし、経験と実力でも負けている。これは勝つ方がおかしい状況だ。

 覆すには持ってる手段を余程巧く活用しなければならない。

 それはそれとして、だ。

 

「……イチカってさ、何だろ…苦労人だよね。僕がいなくても、多分イチカはこうなってた。理由は違うと思うけど…」

 

 …“ドイツはロクな教育も受けさせていないのか”というニュアンスを含んだ言葉に、食ってかかった時のイチカの顔が鮮明に思い浮かぶ。本当に、心の底から怒っていた、怒ってくれたのだろう。

 出会って直ぐ、面識も限りなく薄い。それなのにこんな事をしている。極度のお人好しか、それとも何らかの強迫観念か。

 理由が何であろうとも別に良い。ただ、予想を裏切って欲しいなとは思える。

 

 ああ、なるほど。

 僕はイチカに勝って欲しいのか。

 強くなって欲しいという思いも、戦って欲しいという思いもそこにはない。

 

 純粋な、ただ…何故か勝って欲しい。

 おかしい、これはおかしい。

 どちらが勝とうと僕には関係がない。

 ただ楽しみの順序が違うだけだ。

 なのに、どうして?

 

 

 ───疑問を抱えたまま、僕はホウキと同じように試合を見ている。負けたらからかってやろうかな、と普段の自分なら絶対に思わない思考に、困惑を感じながら。

 

 

 

 ───

 

 

 

 セシリアが駆る機体「ブルー・ティアーズ」には、手も足も出なかった。俺と白式は何も出来ず、ただ的のように打たれるばかり。

 

「…わかっちゃいたけど…やっぱ強いな…」

 

 思わずボヤいた言葉。我ながら情けないと思いつつも、態勢を立て直し、何とか回避の動作に体を持っていく。何発も食らっていれば目も慣れた。ギリギリだが被弾する回数は確かに下がって来ている。

 それでも当たるもんは当たる。ガリガリと削れるシールドエネルギー、敗北条件はこれが尽きる事。俺の命はほぼほぼ風前の灯だ。

 

「当然でしょう? ISを使い始めて時間の浅い貴方が、私に勝てるはずもありません」

 

 俺のぼやきやに返すセシリア。その目は高慢ではなく、自信と経験が宿っているのであろうが──どうも、俺にはそれが曇っているように見えた。

 吐き捨てるように、それでもまだ諦めていないことを伝えるために、俺はこう返す。

 

「一つだけいいか? 今言わないと、言う機会がなくなりそうだ」

「…………?」

 

 怪訝な視線が俺に刺さる。

 今はそんな事はどうでも良くて、単に伝えたい言葉を吐いた。

 

「二度とヴォルフにあんなこと言わないでくれ」

 

 ───そこだけは譲れなかったし、譲りたくもなかった。そこだけは許容できなかったし、したくもなかった。

 だからこうして、立ち続けている。

 無様に撃ち抜かれながらも、睨んでいる。

 

「…いいでしょう。ただ、私に一度でも攻撃をできたらの話ですが」

「そうかよ、…なら、やるしかねぇよなぁ!」

 

 出された条件に、体が熱く滾った。

 だん、と強く足を踏み込む。

 我ながら無謀すぎる戦いだと分かっている。

 

 実力差なんてものは理解していた。少しでもISに関して知れば知るほど、経験の差がデカいのだと思い知らされて、決して届き得ない壁と差があるという事実を飲み込むしかなかった。

 目の前にいるセシリア・オルコットは、どうしようもないほどに凄い奴なんだって。

 

 ───だからと言って諦めていい理由にはならない。

 

 何度でも抗う。無様でも、惨めでも構わない。

 幾ら地べたを這いずり回ろうとも、折れることだけはしてやらない。

 ブレード…雪片二型を手に強く握り直し、前を見る。

 

「…あいつは気にしないだろうけどな」

 

 気にすることも出来ないと思う。

 だって、多分だけどその心は壊れやすくて、だから守ろうとして強くなった。

 強くなるしかなかった。そんな気がする。

 ただの思い込みなら、それでいい。だがそうだとしても、友人を馬鹿にされて、いい気持ちでいられるわけがない。いたらそいつは男じゃない。

 

 自己満足? 八つ当たり? 好きなだけ笑うといい。好きなだけ言えばいい。外野の野次なんてどうでもいい。俺は、あいつの今とその先を守れるようになりたいだけだ。

 ただ、失った時間の分まで色々と楽しんで欲しい。熱中して欲しい。そこに水をさして欲しくないだけなんだ。

 

「でも、だから俺が代わりに戦うんだ。お前に、もうあんな事を言わせないように」

 

 なぁ、“白式”最初から、俺のわがままに付き合ってもらって悪いと思ってる。

 けど、けどさぁ、ほんの一回だけで良いから…今は俺に力をちょっとだけ貸してくれよ。

 

「───ッ!」

 

 白式は、本来の色を取り戻してくれた。

 思わず口が綻ぶが、今は気にしていられない。

 

一次移行(ファースト・シフト)…!?」

 

 その単語の意味は抑えてある。搭乗者のデータ入力である「初期化」とそれによって機能整理である「最適化」を行うことで搭乗者に最もふさわしい形態にする。

 この「一次移行」はその第一段階に該当し、装甲の形状変化が発生。それによって初めてISは“搭乗者の専用機”に変貌する。

 

 ()()()()()()。これでは届かない。届くはずもない。俺は、今の自分が持てる全てを出し尽くし、少しでも敵に肉薄しなければならない───!

 

 手に持つ“雪片二型”が輝きを得る。鮮烈な月明かりのようなそれは、刃の形を取り、一つの強大な武器と化す。

 単一仕様能力(ワン・オフ・アビリティー)の発現。これは、俺と白式の相性が最高値に達した証、その報酬としての固有能力。

 白式の場合、その名を“零落白夜”持ちうる力は諸刃の剣。自身のシールドエネルギーを引き替えに、敵ISのシールドエネルギーを叩き斬る剣。

 

 ああ、まったく。素人にしちゃ厳しすぎる激励と選別だ。

 

「───ッ!? お行きなさい、ブルー・ティアーズ!!」

 

 勝負は一瞬。疾走は純粋に速さを要する。正眼の構えをとり、確かに狙いを定めた。そうすれば後は疾走あるのみ。当たって砕け散り、飛沫を少しでもぶち当てる。速く、早く、疾く! 全ての攻撃を身を捻り、かわし、そうして俺はあの青色を打倒しなければ───!

 

「…!」

「面あり…にも、行かねぇか…!」

 

 けど、駄目だ。届かない。エネルギーの消費も、最初に受けた攻撃の数も多すぎた。セシリアは眼前の俺を見て、目を見開いているけれど、こんなのはただの一発芸だ。驚きの隙をついたに過ぎない。

 だから、自惚れない。まだまだ学ぶべき事は多いし、俺は白式についての理解を深めないといけない。そう思えば思うほど、目の前の存在のデカさが、本当によくわかる。

 

 ああ、だからこそ悔しい。

 

 そんなことを考えながら、俺は自身の敗北を知らせる音声を、静かに受け入れていた。

 

 

 

 ───

 

 

「悪いヴォルフ! すげーだっさく負けた!」

「エネルギー管理も満足に出来んか、

 リンクスを名乗るなよ貴様」

「いやなんだよそのキャラ…リンクスって何だ」

「いやなやつのモノマネー」

「辞めてしまえそんなモノマネ!!」

「ともかくお疲れ様。へーい」

「…ん、ああハイタッチか。へーい」

「イチカ、かっこよかったよ。最後の」

 

「…織斑先生には、彼はどう見えますか」

「───よく言えば攻撃的な純粋さを持った男。悪く言えば人の形をした闘争本能だ。だがそれがやつの全てではない。一緒に過ごすとわかるが、ヴォルフは合理的な選択を取る。散らばっているのなら一つにまとめる。単独で撃退できるならそうする」

「……………」

「“出来るならばやる”それがヴォルフの性質だ。

 …だがお前にはどう見える? 篠ノ之」

「……私には、ただの子どもにしか見えません。一夏とはしゃぐ様は、本当に友人と遊ぶ子どもにしか。確かに所々に危険を伺わせるところは見られますが…」

「つまり、そういうことだ。やつの心には子どもと大人が捻れて同居している。だから一瞬は空虚に見えるし、かと思えば狂っているように見える。言うなれば、多面体の鏡だろう」

「…多面体の鏡……違う側面がいくつも…」

「束に何を言われたか知らんが、どうするかはお前が決めろ。これからヴォルフとセシリアの試合が始まる。それも判断材料にすれば良いさ」

 

 

 

 

 




ヴォルフ…“戦いたい”と██が同時に発生。少なからずマトモになりつつあるが、その弊害が発生の兆しを見せている。天秤がガッタガッタだなお前。なんか段々某遅効性SFの首狩り鶏に近付きそう(下書きを見ながら)

一夏…覚悟キメてんねぇ! 多分一番怒らせちゃいけない人ランキングのダークホース。白式のコアは後方保護者面してるし、こいつは多分無意識に兄貴面してるとこあると思う(執筆中にこいつが一番勝手に動く)類が友を呼ぶってやつか。

セシリア…ど素人を相手にしていたと思ったらまさかの薩摩隼人並みの覚悟勢に変貌していた。代表候補生だが素人に王手一歩前まで行かれたため、数日前のヴォルフの言葉が内心めちゃくちゃ刺さっている。

箒…いきなりめちゃくちゃ語り出したなこの人…と千冬に対して思ったが一応言葉には出さないでおいた。

千冬…思いの外めちゃくちゃ語ってしまいヴォルフに聞かれてないかどうか内心気が気でない。
   ()  ()
束…(・ω・`)



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paradigm shift





 ───あの裏切りを、あの言葉を、僕は絶対に忘れないだろう。

 

 気取った声のナルシスト、熱意を装った企業の傀儡、そのくせ分裂なんて起こして逃げた弱い人。

 オッツダルヴァ? マクシミリアン・テルミドール? 馬鹿馬鹿しい、アンタなんて結局どっちでもない人で、何もない奴だったじゃないか。

 

 ORCA旅団は確かにあの腐った世界の反抗勢力だった。

 けれど発端は「次の開拓地」を望んだ企業だった。

 お誂え向きのトップにNo.1の傭兵を据える。

 そりゃ、そうそうたる人達が集まるだろう。

 だが、集まった団員は捨て駒に過ぎなかった。

 用が済めば、後は団長が全て終わらせるだけ。

 

 “当然の報いだ、貴様らはORCAの名を貶めた”

 

 最後に裏切るプランだったくせに、最期まで「ORCA」という名にこだわり続けて矛盾した男。呵責と増長に耐え切れず人格までブレた男。それがあの男の正体だ。

 オールドキングはそれを知っていて、だからこそ企業についても、 ORCAについても未来がないと分かって、

 ───僕らは揺り籠を壊し尽くした。

 

 それからだ、あいつみたいに、高飛車な人がほんの少し苦手になったのは。

 

 

  ───

 

 アリーナに、一つの機体が降り立つ。青と黒を基調としたそれは、戦闘機にも似た先鋭的なフォルムをしていた。

 それは、レイレナード所属操縦者であるヴォルフガング・イェルネフェルトの専用機体こと“ストレイド”だ。

 

 操縦者は赤いバイザーを開く。限りなく人体に近いマニュピレーターを2、3回ほど握っては開き、不備がないかどうか確認した。動作は至って良好だ。

 

 遅れて、点検を終えた青い機体が降り立つ。

 “ブルー・ティアーズ”は、厳かに佇んでおり、至極静かに敵機である“ストレイド”を視界に収めているが、搭乗者であるセシリア・オルコットは、何が言いたげに口を開閉させていた。

 

「ねーぇ、イチカと戦ってみてどうだった?」

 

 右手にマシンガン“01-HIT MAN”を、左手にブレード“DRAGON SLAYER”を取り出しては握り締めつつ、ヴォルフは問いかける。

 戦前の語らいなど、あまりした事はない。

 しかし、心の余裕などが出来たおかげか、ヴォルフはあまり縁のなかったそれに興じてみる。

 

 対するセシリア・ウォルコットは、先の織斑一夏との戦いで何かがあったのか、しばし俯いたままだった。

 それでも、問いかけられればゆっくりと白い長髪の少年を見る。

 

「………そのことで、一つ謝罪を」

 

 ざふ、と揺れた音。ヴォルフの目には、頭を下げるセシリア・ウォルコットの姿が映る。彼は困惑し、何をやっているのか、と問うた。

 

「謝罪、ですわ。この度は数々の無礼、申し訳ありませんでした。

 …貴方や織斑さんを男だからと見下し、あのような罵声を浴びせた事を、ここに謝らせてください」

 

 ヴォルフガングは、首輪付きは理解出来なかった。あんな罵声なんて聴き慣れていて、別に気にしてなんかいなかったから、この結果は全くの予想外だったのだ。

 イチカとの戦いで、何か起こったのだろうかと彼はイチカとセシリアの双方に興味を持つ。

 

 一夏には彼と闘うことで起こる変化に。

 セシリアには起こった変化による戦いへの影響に。

 

 織斑ー夏は弱い。それは当たり前の事実だ。だがしかし、彼は彼でとても興味深いものを持っていると、ヴォルフは確信する。

 それが楽しい、本当に楽しい。人について知ることが楽しいと、明確な新たな芽生えがある。

 

「…そうだ。セシリアとあいつは違うんだ。苦手なところは一つもない」

 

 なら、わざとらしく煽ることも必要ない。

 真摯に向き合い、全力で叩き潰す。

 こんな戦い、滅多に出来ない。

 貴重な機会に、ひたすら感謝する。

 

「気にしてないから…って言っちゃうのも悪いんだっけ。先生…じゃないや、ラウラも言ってたし…今度何か美味しい甘いものでも、奢って貰えれば良いかな?」

 

 へにゃん、と柔らかな笑みを溢す。要望は微笑ましく、それに面食らうセシリア。

 しかし、ヴォルフにとっては何気ない事。

 

 試合開始の合図が鳴るまで、残り僅か。

 お互いが構えを取り、敵を見据える。

 鳴り響き出した試合開始を告げるブザー音、それと同時に、ヴォルフガングは姿を消した。

 

「なっ…!?」

 

 否、確かに彼はこのアリーナ内にいる。ISのハイパーセンサーが、確かにヴォルフの位置を感知した。それは、セシリアの真後ろだ。

 知覚は遅すぎた。驚愕の最中、ブルー・ティアーズは背後からブレードによる一撃を許してしまう。

 

「ふっ…と!」

「…! ならばこうですわ!」

 

 爆発の様に鳴るブースター噴射の音。またもや姿を消すヴォルフのストレイド。相手がスピード特化の機体とわかれば、セシリアはBT兵器…“ブルー・ティアーズ”を自身の周囲に展開させ、周囲全方向に対し攻撃する。

 感心する様な声。それは今も超高速で飛び続ける白い少年から。攻撃を避けるために、彼は一度だけ止まり、その姿を現した。

 それを見過ごすセシリアではない。彼女は武装の一つであるレーザーライフルである“スターライトmkIII”を放つ。

 

「そこです!」

「あっぶないなぁ! はっはははは!

 でも良い! すごく良い! 予想以上に楽しいや!」

 

 だが跳躍と共にかわされる。楽し気な笑い声、溌剌とした声がアリーナに染み渡る。

 嘲笑ではない。本当にこの戦いを楽しむかの様な笑い声。

 上空に位置をとった彼は、背部武装であるプラズマキャノンこと“TRESOR”をセシリアに向けて放とうとするが───既の所でそれを取りやめる。

 

「…わかっていましたわよ」 

 

 ヴォルフの飛ぶ先には既に二つのブルー・ティアーズが待ち構えている。

 ビット型の兵器は、即座にミサイルを吐き出し、敵を射たんとする。

 

「ならこうだ」

 

 だが少年はさして慌てることもせず、それどころかより一層楽し気に口元を歪めながら、TRESORの銃口をビットに向けて即座にプラズマの塊をぶつけた。

 爆風でヴォルフの身体と機体は後ろに吹っ飛ぶが、彼はブースターを吹かすことで即座に体勢を整え、そして縦横無尽に飛び回る。

 

「っく…!」

 

 ハイパーセンサーで捉えられても、思考と行動が間に合わない。次に彼はどこからやってきて、どう攻撃するのか、セシリアの思考リソースはその方向に割かれてしまい、BT兵器はその動きを止めていた。

 そこが第三世代ISの課題でもあった。イメージ・インターフェイスを用いた特殊兵器だが、稼働と制御にかなりの集中力が必要とされる。少しでもそれが乱されれば十全な機能など夢のまた夢だ。この課題がある限り、第三世代は未だ実験機の域を出ない。

 

 飛び回る機体からは、延々とマシンガンによる弾幕が放たれる。一発一発ごとの威力は低くとも、チリが積もれば山となる様に、決して無視できないダメージとなる。

 ブルー・ティアーズのシールドエネルギーは、着実に削られていく。底をつくのも時間の問題だ。

 

 だが───彼女は諦めない。せめて一撃? 少しでも削る? 否、否、否! やるのであれば勝つ。自身の努力の全てを叩きつけ、それで持って踏破し乗り越えなければならない。諦めなど論外だ。

 

「っ、あああああああ!!!」

 

 全てのビットが本体であるブルー・ティアーズの元へ帰る。接続を終えたそれらは、スラスターへと変貌する。

 ヴォルフは怪訝な顔をしつつも、攻めの手を緩めない。高機動で翻弄しつつ、マシンガンで着実にセシリアのエネルギーを削って行く。

 ブレードによる突撃案は、ヴォルフの中から消えた。彼の感が、明らかに何かあると察知した為だ。

 

「行きますわよ…!」

 

 セシリアが狙う一瞬は、軌道を変える一瞬。確かに僅かではあるが、その時だけはストレイドは動きを止める。自身が唯一喰らい付けるのはそこだけだと理解していて───それでいて尚、セシリアはヴォルフに勝つつもりでいた。己の矜持が、それを叫んでいる。

 

「…ああ、楽しい。本当に楽しい」

 

 万感の思いを込め、ヴォルフは呟く。競い合うこと。それが楽しい。戦いの中にある何かに、彼は清々しさを感じていた。

 だからこそ、手抜きなどする筈が無い。全力を持って叩き潰すし、躊躇などする訳もない。

 

 そうして、最後の一瞬は訪れた。

 

 ストレイドが確かに軌道を変えた瞬間。

 そこをめがけ、ブルー・ティアーズが飛び出す。

 スラスターを得て、それは爆発的な加速を生む。

 確かにセシリアはヴォルフに近付けた。

 

「インターセプター!!」

 

 叫んだのはブルー・ティアーズ最後の兵装の名。接近戦用のショートブレードが、セシリアの手元に現れ、一撃を喰らわせようとする。

 だが、足りない。首輪付きには追い付けない。セシリアの眼前にあったのは、自身より早く準備されていたブレードと、TRESORの銃口。

 

 回避が間に合う筈もなく───青い機体はプラズマとブレードによって地へと叩き落とされ…そうして敗北が確定的となった。シールドエネルギーが、確かに底をついたのだ。

 

 …彼女が火種を撒いたのは、最初は小さな出来心と持ち前のプライドの高さからだった。

 しかし彼女自身、こんな事になるなんてかけらも思わなかった…否、己が敗北することを前提に戦う事を嫌っていた。

 だからこそ、全力を以てヴォルフを相手取った。

 

「楽しかったよ、セシリア」

 

 だからこそ、少年はどこまでも楽しめた。消化的な試合など何処にもなく、単純に楽しいという一心が、彼を満たしている。

 晴れやかな笑顔。恍惚とした、危うげなものでは無い。まるで、スポーツを終えたばかりの様で、溌剌している顔だ。

 

 長い白髪が風に揺れる。舞い上がる土煙のを裂くように、バイザーの紅光が差し込む。

 晴れた煙から現れる“黒”の機体。

 殺意を具現したかのようなそれを見るだけで───セシリア・オルコットの震えは止まらなかった。それは恐怖ではなく、武者震いによるそれだ。

 

 彼は一体何なのだろう?

 化け物? 怪物? その誰もが当てはまらない。

 彼女はただただ詰将棋のように勝利の道筋を絶たれた。

 その結果が、自身のプライドを粉々にする敗北だ。

 

『勝者、ヴォルフガング・イェルネフェルト』

 

 無機質な音声が、彼の勝利を告げる。

 だがセシリアのもとに去来したのは“悔しさ”だった。

 だからこそ、彼女の瞳は彼を睨んだのだ。

 いつか、必ず勝ってみせると。

 

 




ヴォルフ→スポーツ的な楽しさを戦いの中で若干見出す。娯楽が増えつつあるので不安定さはあまり無い。ちなみに、古代スポーツは争いの代替という説もあった。また食欲は、三第欲求の一つでもある。

セシリア→最後まで「勝ち」を諦めなかった。ある意味特異的な人材であり、打倒首輪付きを目指す。一夏の波紋がデカすぎる。

オッツダルヴァ→首輪付きから滅茶苦茶嫌われている。高飛車な態度もそうだが、彼の旅団長としての在り方も納得出来るものではなかった。ぶっちゃけると進撃のライナー枠。
 詳細は活動報告にまとめてあるので気になった方は覗いてみてね。


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Help me/Spiritual defeat

 幕間話だけど許して…許して…(バイト疲れ)
 stardustでも流しながら読んでもろて
 コメントはちゃんと返信するのでマッテローヨ‼︎


「ファットマン…ああ今はフェットだったっけ? あの人なら今日みたいな日を最期にすんのかな」

「さあね、ともかく晴れた日以外なら仕事は辞めないわよ」

 

 MSF“国境なき医師団”の活動は多岐に渡る。紛争被害を受けた地域への支援。医療福祉。学校・水道設備の普及。難民保護など様々だが、一括して慈善事業を行なっている。

 当然、紛争地域にも出向く以上、安全とは程遠い仕事だ。爆撃の煽りを受けたり、スタッフ本人が紛争被害を身を以って体験することだってある。

 

 しかし、医者らしからぬ言動をするこの二人は違う。

 灰を被ったような男。青い花のような髪の、隻腕の女。二人はそれぞれ、その手に極めて普通な鉄の棒を持っていた。二度三度それを振り回し、男は顔をしかめる。

 

「オイ、マギー。ちょっと俺のと交換してくんない?」

「あなたがそっちが良いって言ったじゃない」

「いやこっち何かぶん回し辛いわ」

 

 ぶすっとした顔をするマギーという青い女に対し、ケラケラ笑って懇願する灰色の男。

 二人は現在MSFの派遣先である病院に居たが、そこは明らかに異常だった。

 周囲に同僚や上司の存在は愚か、患者の一人すらいない。もぬけの殻というのが相応しいだろう。

 

「あー、あー、こちら“アッシェ”避難完了しましたか、どーぞ?」

『こちら本隊。患者及び職員は近隣国への避難完了しました。あなた方も一刻も早くそこから離脱して下さい。どーぞ』

 

 灰髪の男“アッシェ”はトランシーバーから患者達や、仕事仲間が安全圏に入った事を知ると、トランシーバーを床に落とし足で踏み砕いた。その様をマギーはドン引きしたかのような顔で見ている。

 

「あなたね…」

「良いだろマギー、聞かれてたらまずい」

「救援の一つでも頼んだら良かったのに」

「お? 日和ったかマグノリア・カーチス?」

「別に。あなたの死体は重そうだから運びたくないだけよ」

 

 軽口を叩きながら、二人は背中合わせになる。

 

「先ずは先鋒をやって、肉盾と武器ゲット」

「時間があれば敵の規模も聞きたいところね」

「前に回収した爆薬あったよな、とってくる」

 

 ───彼等はつい先日、突如出没した「二つの兵器」を相手取り、粉砕した。丁度ISにも似たような、ISと呼ぶにも厳ついようなそれは、人の言葉を話しながらもパイロットが存在していなかった。

 否、この言い方には語弊がある。正確には“パイロットの肉体”が存在しなかったのだ。

 残骸にあったのは、脳が収められた金属製のケースだけ。

 

 これは何だと現場の医師達が困惑する中、マギーとアッシェだけが別の可能性を懸念していた。

 狙ったように到来した二機の兵器。一機ならば偶然や、進路上の衝突という事でまだ飲み込めた。だが2機ともなれば、その可能性はほぼ無いと言って良いだろう。最早故意に此処を潰しに来たと断言していい。

 

 それが叶わなかった場合、何が来るか? 語るに及ばず“追撃”だ。その懸念は当たっており、新たに運び込まれた患者や周辺部族から“妙な格好の奴らが来て、それを見た仲間が皆殺された”と情報が入る。

 事態を重く見たマギーとアッシェは、“緊急避難”の予定を前倒しに実行。幸いにも近隣には連盟加盟国があったため、早期に交渉を終え避難先を獲得。少しずつ、しかし確実に避難を進め、無事に終わらせた。

 

「…お、来てるな」

「始めましょうか」

 

 どんな手段か、敵が来た事を察知したマギーとアッシェはその場から散開する。

 二人とも、死ぬなよだとかそう言った言葉も言わない。

 というか、そもそも医師がこの状況に対処している事自体おかしいのだが。

 

「やー、やっぱ戦いはやめられないな!」

「離れられないわね、私もあなたも」

 

 

 ───

 

 数十分後。病院外。そこにはうんざりした顔のアッシェと、不満そうなマギーが鉄パイプを片手に何やら地面や、倉庫をガチャガチャとかき回しつつ、病院の周囲を回ったり、内部に入っては何度かグルグル回ったりとして居る。

 

「いやー、変わった格好ってISのことだったのか」

「もっと色々聞いておくべきだったわね」

 

 愚痴るようにぼやくアッシェ。彼とマギーが相対したのは、今や最強の兵器と名高いインフィニット・ストラトスだった。ステルス機能を持ったそれから逃げおおせている時点でだいぶおかしいのだが、今この場にその異常性を突っ込む人間はいない。

 

「や、鉄パイプ一本で勝てるかぁぁぁあああ!!!!!」

 

 そして痺れを切らしたのか、アッシェが心の底からのシャウトを放つ。ご丁寧に鉄パイプを床にまで叩きつけて。

 もちろんやけくそから来る行動ではない。

 

「…さて、来るな此処に」

「スイッチは?」

「もう持ってる」

 

 此処はかつて病院だった。人の命を救うべき場所は、今や戦闘痕が痛ましく残る戦場であり、それはいかなる地獄絵図よりも地獄を表した。

 ただ、一つ。どうにもおかしな事があるとすれば───これ見よがしに転がって居る、薬品の山や、油、千切れた電線、火薬の匂いがする小箱などなどが目立つところだろうか。

 

 アッシェはガレージから病院内まで引っ張り出したバイクにまたがる。マギーも同じバイクに乗り、アッシェの背中に片腕でしがみつく。更にそれを、アッシェはベルトで自身の体にマギーを縛りつけ固定した。

 

「物音がしてる! 早く行かないと追いつかれるのも時間の問題よ!」

「今蒸す! 振り落とされんなよマギー!」

 

 ドバンっ! と物々しい爆音が聞こえたと同時に、バイクが疾走する。その進路上には、油と窓ガラスがあった。

 …本来なら、油にタイヤを滑らして横転するのが普通だ。

 しかし、アッシェという男はどこまでもイレギュラーであり、そんな男の背にしがみつくマギーもまたそうであった。

 

 結論から言って、バイクは油によるスリップを起こさなかった。その代わりに滑った勢いを借りて、むしろ爆発的に加速し───そのまま窓ガラスをぶち破り、病院外へと疾走する。

 だがその疾走痕に奇妙なコードが伸びて居る。それはアッシェの手元まで繋がって居る。彼の手元にはオンオフスイッチがあり、カードはそこから伸びていた。

 チュン、と後輪間近に殺傷性の高い何かが掠めた瞬間、アッシェは手元にあったスイッチを握り直す。そこには「延長電線」というシールが貼られている。

 

「生きてたら良いなぁ」

 

 そんなボヤキと共に、彼はスイッチをオンにした。

 するとどうだ。コードに火花が走り、廃病院にまでたどり着く。その瞬間と全く同時、廃病院は音を立てて爆散を始めた。

 紅蓮の炎と、灰色の煙を巻き上げ、瓦礫を撒き散らし、内部にいるものの生存を許す事などないほどの破壊をもたらしていく。

 

 それを背に、男女を乗せたバイクは疾走する。まるで映画のワンシーンかのよう。二人は振り返ることもせず、ひたすらにバイクを走らせていく。

 そうして、逃げ出してから幾ばくかの時間か流れ終えた時、追撃の兆しも見られなくなった頃に、マギーはアッシェに尋ねた。

 

「貴方ならどう見る?」

「生きてるだろ、ISなら尚更だ」

 

 ISならば生きている。それは間違っていない。そもそもあれは、極限環境下での運用を想定されたマルチフォーム・スーツだった筈だ、とアッシェは思考を走らせる。

 ならば生きている。どれだけ爆薬を撒こうと、即興の毒ガスを撒き散らそうと、あれらは確実に生きている。追撃が来ないとは、単に割りが合わないと踏んだが、それとも警戒されたのか。

 

「でしょうね、でなきゃ天災が顔負けだわ」

「しかし、どうしてわざわざISまで持ち出して此処に襲撃しに来たんだか」

「大方、この前の奴の回収じゃない?」

 

 ああ、アレか。とアッシェは思い出し直す。

 “アクアリウス”と“ゲミニ”

 いきなり襲撃しに来た何か。闘争に囚われた同じ穴の狢。脳は埋葬し、他のパーツは患者と共に移動させたが、あれは何だったのだろう?

 

「ま、良いか。細かいことは性に合わねえ」

「取り敢えず、逃げ切るのが先決ね」

「おう、一緒に生き残ろうぜ? 相棒(マイバディ)

 

 灰色の男と、青髪の女は疾走する。

 夕暮れの日を浴びながら、満足そうに笑って。

 

 

 




アッシェ…ドイツの太った医師の弟子。名前の由来は灰色の髪から。生来の少年兵だった。価値観は真っ当ではない。死にかけていたところを太った医師に救われ、医学を志す。好きな色は青。紛争地域にて素性を隠し、セーフキャンプを離れて戦いながら難民と怪我人を確保し、病院まで連れて行っては治療という行動をバレないように続けているロクデナシ。

マグノリア・カーチス…ドイツの太った医師の養子。名前は死別した親から与えられたもの。生まれは真っ当なものではない。死にかけていたのをアッシェに拾われ、太った医師に保護された。初めてアッシェと太った医師を見たときは“何故か”号泣した。好きな色は灰。
 ちなみに養父とは喧嘩別れの真っ最中。理由は太った医師が「胸は俺の方が上だな(着替え中に偶然鉢合わせてしまった時に言われた)」と言葉のナイフを叩きつけたことに起因する。貧しいむ(BREAK DOWN)

追撃者達…とある国のとある部隊。原作にも出ている。分かる人はピンと来る。目的は迎撃された兵器の残骸を回収する事及び目撃者の始末だったが、作戦エリアが爆散するわ目撃者には逃げられるわ散々な目にあった。というかステルス機能が付いたISで対応したのに灰を巻かれてメタられたし、何ならバリアが破られる前で行った。何なのあのモンスター医者、泣いていい?

アッシェ「灰を撒いて炙り出し…ISじゃねぇか撤退撤退!!(爆薬を的確にばら撒きながら)(バイクを引っ張り出しつつ毒物を作成したり、爆薬を設置しながら)」
マギー「この野郎…このクソ野郎が!(盛大な舌打ち)(中指おっ立てながら油やら爆発物や電線や薬品を撒く)」
追撃犯達「何なのだ、これは!どうすればいいのだ?!」


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extra.trapped boy

番外編やよ
バイトと大学が某ウィルスのせいでクッソごたついたので初投稿です
だがしかし、私もただ忙殺されただけではねぇのです(特訓)
リハビリ中だから続きはまだよ



 

 

「はぁぁ…! 良い!良い!私の探していたモデルそのものだよ! あっやばいまた良いの浮かんだッハァァァァァア‼︎‼︎

 今度こっち着て! 白チャイナ! ハイ!」

「…協力するとは言ったけどさ…要望が多すぎない?」

 

 とある日、IS学園寮の某所。

 白い髪に、紅玉の瞳を持つ中性的な“彼”は、自らの装いと視界にある数多の服を眺めつつため息を吐く。

 その全ては“女性モノ”であり、性別的な観点からすれば“彼”が纏うに適さないはずである。

 

 しかしながら、“彼”もといヴォルフガングは前述の通り中性的な容姿を、ともすれば少女と見紛う顔立ちをしていた。体躯も容姿に倣い、矮躯と呼ぶに相応しい細くすらりとした手足、そして白い肌を持っていた。

 

 ここで一つ質問。

 前提として、あなたは準備も何もかも整っており、後は材料が揃うだけで、その状態で長い時間を過ごしました。

 そして今、眼前に材料に最適過ぎる物があります。

 あなたはその瞬間に湧き出るであろう創作意欲をねじ伏せることができますか?

 

 ───無論、多くの人が即座に“否”と答えるであろう。

 

 奇声を上げながら手元ノートにガリガリと新たな服の図案を書く少女。彼女もこの学園にいる以上、IS操縦者或いはそれに携わる者だが、それはそれとして服そのものへの興味と創作意欲があった。

 

 とうとう爆発したそれは、理性を道連れにし、少女に“懇願”という選択肢を与えたのだ。

 即ち“自分のデザインした服を着て欲しい”という願いを。

 そしてそれは、幾つかの約束の元で叶えられた。

 

「…よっと…」

 

 故に、今ヴォルフガングが袖を通すチャイナ服も、彼女が手ずから作成したもの。なかなかのハイクォリティさとサイズのちょうど良さに少年はかなり引く。作成者曰く、目測で作ったと言うのだから気持ち悪いことこの上ない。

 

 そもそもチョイスからして趣味が全開すぎる。それなりに雑誌の部類を読んだ彼自身、白いチャイナ服がマニアックな代物だとは把握可能だ。

 これらの物的、或いは状況的な証拠により少年は「ああ、この女の人は色々と危ないんだ」「こうしてガスを抜かないと破裂して何かしでかすんだ」と半ば諦めに近い思考で粛々と服作りの変態(仮称)の要望に応え続けていた。

 

「ゔぉるゔぉるも大変だねぇ〜」

「訓練場も空いてなかったから、ちょうど良いよ。

 それにお菓子もらえるし」

「おっとちょっと不安になって来たよ?」

 

 のほほんとした雰囲気が特徴の布仏本音が、ヴォルフの着替えるパーテーション越しに声を投げる。彼女は少年と友好的な関係を持つ人間の一人であり、彼の隣席の人物だ。

 服作りの変態がヴォルフを連れ込むのを目撃し、成り行きという名の“諸事情”で彼等に同行した。

 

「…よし、あとタイツ履いて…、と」

 

 そうこうしている内に、着替えを終えた少年。

 服作りの変態と、布仏はパーテーションから姿を見せる女装少年の姿を見る。

 

 長い袖は所謂“萌え袖”というやつで、細い指だけがチラリと見える。

 胸元の露出は極力少ないが、身体にフィットした構造は、ただでさえ線の細い矮躯を克明にし、儚さとたおやかさを感じさせた。

 裾は長く、足首まであるがスリットは大胆に。歩く都度、揺れるそれは隠していた太腿を覗かせるが、それも服と同色のタイツで覆われている。

 

 少年と服の変態には一つの約束があった。

 それは“着る服は露出の少ない服のみ”というもの。

 しかし、それは服の変態という魚に水を与える様なものだった。

 

 “見せないエロス”───それが彼女の専攻分野であった。健全さに隠れたドスケベパンチ、理性崩壊RTAの加速装置。背徳と道徳を備えたロマン。

 着用者がそれに無自覚なのも良いし、自覚した瞬間恥じらうのも良い。それを利用し煽ってくるのは最高にして最高、すなわち甘美そのものである。

 高露出なぞクソ喰らえ、真なるエロとは獣が如き一矢纏わぬ姿などでは無く───人が得た文明の産物、即ち服にこそ宿るものなのだから。

 

 かつかつと軽快に鳴る少年のハイヒールの音、その一つ一つに変態は自らの成功を確信し、恍惚とする。脳内に溢れ出すアドレナリンが、息を荒くさせる。

 やがて、自らが編み出した至高の服を纏った少年が、上目遣いで、化粧で小綺麗になりつつも中性的な顔を保ったままの顔を、小悪魔の様に歪ませてくれた。

 そして少年特有の声でこう言ったのだ。

 

「はーい、こんなのだけど感想は? 変態さん?」

「罵ってもらえる幸福、誉高い。

 いくら払えば良いかな」

 

 もはや犯罪スレスレどころかアウトコース一直線の発言である。

 

「うっわ本当にどうしようもないなぁ…」

「おっと良いのか?それ以上は私も理性を保てないぜ?」

「真剣にキモイからやめよっか〜」

 

 思わず真顔になる二人。その視線は絶対零度どころか全球凍結レベルである。クマも殺せそうな冷たい目に当てられても、変態は多幸感に胸を弾ませたまま「うへへ、ふひひ、ぐふっ」ときったない笑い声をあげている。

 布仏は「この人無敵?」と内心でドン引きしつつ、完全に白チャイナのドレスを着こなしている少年へと視線を向ける。

 …恥じらいが一切見られない。それどころか平常そのものであり、動揺のかけらも無かった。

 

「………ゔぉるゔぉるは抵抗とかないの?」

「あまり。服なのは変わりないし…それに、───似合ってるでしょ?」

 

 心無しかドヤ顔の少年。

 ちろ、と赤い舌を口元へ運んだ自分の指に這わせるその姿。

 幼さと身に纏う服によって生まれた独特の色気に、布仏は謎の罪悪感と高揚感に襲われる。

 

「……………それ、その服着てる時は禁止ね〜」

「えー、なんで?」

「なんでも〜…」

 

 この破壊力は、いけない。色々とアウトだ。

 過半どころか二人しか男性のいないこの学校で、こんな事をされてみろ。ものの数秒でこの学校は水滸伝や失楽園よろしく伏魔殿へと変貌しかねない。

 当人はこれを無自覚というか、「こうしたら良いんだろうな」みたいな感じでやってくるからなおいけない。

 「無知シチュ傾国属性いい…」などとほざき回る服作りの変態こと“業の塊”を見なかったことにしつつ、自分より美麗な服を着こなす少年を眺め、布仏は複雑な感情を込めてため息を吐く。

 

「よし! 最後にこれお願い!シンプルイズベストってね!」

「これ…スカートか…。本当にシンプルだなぁ…」

 

 新たに服を渡され、さっさとパーテーションで身体を隠して着替えを始める少年。

 布ずれの音が、部屋に染み渡る様に響いた。

 

 そして、しばらくしてからのタイミングだった。

 忙しなく動く靴の音と、それに続く走るような足音。

 勢いよく扉が開き、足音の主人である二人がエントリーする。

 

 人類最強たる鋼の女こと織斑千冬と、その弟である一夏。姉弟の二人であるが、姉の方は何やら剣呑な目つきであり、弟の方はややくたびれた顔色である。

 どうしたのか、と布仏が尋ねる前に千冬が口を開いた。

 

「お前達、ヴォルフの奴を見てないか? 先日のレポートに不備があってな、いや大したミスじゃないんだが…」

「彼ならここにいますよ! ちょっと私の野暮用に手伝ってもらってるんです! それももう終わるので、少しお待ち下さい!」

「あ、ああ…」

 

 得体の知れない熱意の籠った目にぐいぐいと迫られ、つい気圧される織斑千冬。

 彼女の強さを知る人が見れば、目を疑う様な光景だ。下手をすれば、この服作りの変態は称賛と畏敬の念を貰うだろう。

 そんな彼等とは別に、一夏と布仏は談笑を始めていた。

 

「おりむー、どうしてそんな疲れてるの?」

「…俺、何故かヴォルフといつも一緒にいる、思われてる、朝からずっと探してる、俺、疲れた」

「言語能力が減衰するまで頑張ったんだねぇ〜」

 

 真っ白に燃え尽きた某ボクサーの様な顔をする織斑一夏。彼は彼で災難だった。

 折角の休みだし、程々に勉強をして何処かふらつこうとしたらいきなり姉から「ヴォルフが何処に行ったか知らんか」と捕まり、そこまではまだ良いのだが、知らないと答えたら「いつも一緒にいるならある程度目星もつくだろう」という理由で手伝わせられる。

 一応穴埋めというか、労いの昼食は貰えそうなので、そこまで不満はないのだが、それはそれとして疲労は溜まっていた。

 

「あれ? チフユにイチカ? どうしたの、何か忘れてたっけ?」

 

 そんな彼等の声を聞いていたのだろう。

 怪訝そうな顔で、ヴォルフガングがパーテーションの向こう側よりひょっこりと姿を現した。

 …無論、着替え終えた状態───即ち、女性服を身に纏った状態で。

 

 下肢にはハーネス付きのパンクスカート。アシンメトリー構造で、調和の取れたアンバランスさ。柄は赤と黒のチェックで、スリットはジッパーで開封が自由だ。

 靴は黒。ニーハイのコンバットブーツ。

 衣服はオーバーサイズのシンプルな白シャツだが、サスペンダーとハーネスのお陰で、だらしなさはかけらも無い。

 

「「………………………」」

 

 呼吸が止まる織斑姉弟。

 一夏の思考はたかが一瞬、されど一瞬「誰だこの女の子」と思ってしまった。

 千冬は「やっぱ似合ってしまうのか」と納得感に浸っている。

 

 そして肝心の本人だが───意外なことに固まっていた。どうやら身を出したのは声を聞いたが故の反射的な行動だったらしく、今更自分の姿に気付いたのだろう。

 そそくさ、と再びパーテーションへと隠れる少年。

 千冬はそれを見て、とんでもないものを見たと言わんばかりの顔をし、心無しか頬を緩め、つかつかとヴォルフの元へと迫ろうとする。

 

「いや落ち着いてくれ千冬姉!?!? やばいからぁ!! その行動は懲戒免職ものだからぁ!!」

 

 それを全力で顔が真っ赤な一夏は止めた。

 

「何をする離せ一夏!! あいつが“照れ隠し”だと…!? 写真の一枚でも撮って早急にドイツの奴らに報告する以外ない!!」

「心が無さすぎる! それは流石に辞めてやれよ!?」

 

 ぐぎぎぎと拮抗する織斑姉弟。お互いに冷静じゃ無いのは「一夏呼び」「千冬姉呼び」のところから容易く読み取れるし、そもこんな馬鹿騒ぎをした時点で明白だ。

 さて服作りの変態はというと、この女随分と逞しく千冬の「写真」発言に耳ざとく食いつきあれ、彼女に「今まで撮った写真を送る代わり、服のリクエストを貰う取引」を持ち掛ける始末。

 それを鎮圧しようと奔走する一夏は、取引内容を聞いてからほんの一瞬思考を挟んだ姉を見て“ああ、この人は疲れてるんだ”と死魚の目で遠くを見た。

 そして、そうこうしている内に布仏本音とヴォルフガングは姿を消した。

 

 

 

「………───…〜」

「抵抗とか無かったんじゃないの?」

 

 食堂の片隅、乱雑に乱れた制服の少年は机に突っ伏していた。

 布仏はそんな少年の戦利品である菓子の山や、ISによる戦闘関係の資料を整理しながら声を投げる。

 

「…無かったよ、無かったけど…チフユに見られたらすごい逃げたくなった…」

 

 最強は、気付いていただろうか。

 彼女に見られた少年が、みるみると耳を目の様に赤くしたのを。

 

「…怖い、感じとかして、でもやたら心臓がうるさくなって…とにかく顔が見れなくて…」

「なるほどねー…」

 

 案外、この獣は人の情緒を会得しつつある。

 否、取り戻しつつある。

 それこそが彼、ひいては全体にとって最優の終わりへと向かう。

 

 これは断章とも言える一つの話。

 しかし、愛すべき日常のほんの一幕。

 もしかしたら───この他にも多くのカケラを目の当たりに出来るかも知れない。

 

 

 




 性癖博覧会

・ヴォルフ君の着た服一覧
シスター服、アオザイ、着物、レディースコート、コンバット、スチームパンク、ゴシックetc…

・ヴォルフの情緒
 意外と豊かだったりする。
 年単位の時間が過ぎれば当然か。
 しかし火薬はしけらない。

・服作りの変態
 制服改造とかも受け持つ変態。
 某デーモンスレイヤーで言うゲスメガネ。
 多分この後何だかんだアイアンクローの刑

・最強
 最強=完璧超人では無い
 暴走がひどい。
 写真は買った。

・一夏
 胃痛枠への誘いに屈しつつある。
 それはそれとして白い美少女にドキドキした。
 何がとは言わないが捻じ曲がらない事を祈る。


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seesaw game
荳榊ョ牙ョ壹↑蟋九∪繧


『結局お前は辞退したと?』

『うん、レイレナードも“イベントに出すなら完全に仕上げたい”って。だからクラスの代表はイチカ』

『あの変態どもはまだ改造し足りないのか?』

 

 クラス代表戦後のあくる日、IS学園屋上。

 風に吹かれ、白い髪を流しながらヴォルフガングはドイツに居るラウラとSNSを通じてチャットをしていた。

 なお、画面だけを見れば一面ドイツ語である。

 

『教官は止めなかったのか?』

『もちろんチフユからも止められたよ

 “公平性に欠ける”とかなんとか』

『十中八九お前を野に放ちたくなかったと見えるな』

『(「・ω・)「Brüllen(がおー)

『ディスプレイ越しに引っ叩くぞ』

 

 そんな会話を繰り返す途中、ヴォルフの隣に織斑一夏がよろよろとやってきた。

 表情はどこか浮かなく、悩んでいるのは明白だ。

 白髪の少年は携帯を閉じ、ポッケに仕舞い込んだかと思えばピルケースを取り出す。

 中にあるのはいくつかの錠剤だ。少年は水も使わずそれを飲み込んでから、隣の同級生へ言葉を投げる。

 

「どうしたの? チフユに怒られた?」

「…いや、今日怒られたのはお前だろ。というか、深夜まで携帯をいじるのやめろよな、また寝坊するぞ?」

「今日は良いの」

 

 少年の返答に一夏が〝どういう理屈だよ…〟と辟易する。ヴォルフはそれに対して気を止めず、そのまま会話を続ける。

 

「で、何でそんな顔なの?」

「あー…いや、今日転校生が来たんだけど…」

 

 話題は新たにやってきた転校生“凰鈴音”の事になる。

 彼女は織斑一夏にとっては初めての幼馴染であり、その仲の良さは折り紙付きとも言える。そんな彼女であるが、幼少の折に一つ約束をしていた。

「毎日酢豚を作ってあげる」いうもので、側から聞けば首を傾げるものであるが、所謂“毎日味噌汁を作る”ようなもんである。

 ただ一夏はこれを“酢豚を奢る”と曲解。そんでもってそのまま馬鹿正直に言うもんだから、頬に紅葉を作る羽目になった。

 そして織斑一夏は、何が彼女を怒らせてしまったのか理解出来ず、頭を悩ませている。

 

「うーん…、わかんない」

 

 けど、と少年は一つ区切りをつける。

 

「多分、何か伝えたいけど恥ずかしがってダメだった…みたいな感じじゃないかな?」

「何かって何だよ」

「うーん…聞いた感じだと…こ───」

 

 好意、と核心が第三者の口から出る前だった。

 どばん! と扉が開く音が空に鳴り響き、咄嗟に男衆は身構え扉の方へと視界を映す。

 するとそこには、織斑一夏の姿を見て固まる女生徒がいる。

 ここで彼と出会うのは予想外だったのか、扉を乱暴に開いた本人は口をパクパクと閉口させていた。

 

「な、何であんたが此処に居んのよ!?」

「いちゃ悪いのか!?」

 

 理不尽な言葉に対して、流石に噛み付く一夏。

 何となくではあるが、ヴォルフはこのやりとりのみで彼女が一夏の言う〝凰鈴音〟だと察する。

 そして瞬く間に始まる口論。

 やれいきなり叩くとは何ごとか、やれあんたの自業自得だやら、と一向に平行線から脱さないその様に、少年は〝ああこれ永遠に終わらないやつだ〟と察して再び携帯端末を弄り出す。

 とっとと寮に戻っても良かったのだが───少年は、今はもうちょっとだけ「此処」に居たいと思っていた。

 それは、半ば縋るような気持ちであり、或いは「名残惜しい」とも言える心だった。

 少年自身、それには気付いていまいが。

 

「と、言うか───あんた誰よ?」

 

 そんな折、口論中の筈の凰鈴音から声がかかった。

 少々面食らいながらも、少年は簡単に名乗った。

 

「…ヴォルフ、ヴォルフガング・イェルネフェルト」

「え゛ッ」

 

 その瞬間、ぴしりと少女が石化した様に固まる。

 

「…どいつのだんせいそうじゅうしゃ?」

「そうだよ?」

「……………うそ」

 

 自身の現実を疑うかの様な声を出す。

 

「こんな女の子みたいな顔してる子が女の子なわけないでしょう!?」

「落ち着け鈴、言葉が滅茶苦茶になってる」

「……何かなぁ」

 

 複雑そうに頭をかくヴォルフガング。

 特段、自身の性に関して頓着はないのだが、こうも言われると気にもなってくる。

 改善しようにも、以前見せられたカルテの内容からして、おそらく不可能だ。

 背も伸びない、身体は止まった。

 今だけは、それが少し惜しいとも感じている。

 

 なんて思っていたら、また騒ぐ幼馴染二人。

 それを見て、なんとなく、しかし形容のできないもやが少年の心を覆い始める。

 二人で話し続けている。そこに入り込む余地はないし、なくて良い。

 だが、それはそれとして…何処か胸に穴が空いた様な気がした。

 

 ヴォルフは咄嗟に、己の心臓に手をやる。

 何処にも異常はない。物理的に穴が開いたというわけでも無い。

 今自身が体感するそれが何なのか、一切わからない。

 しかし、体験だけはした様な気がした。

 

「…いっか、戻ろ」

 

 だが、答えは得られなかった。

 だから、そっとその場を後にする。

 織斑一夏も凰鈴音も、それには気づかないままだった。

 

 

 ■

 

 

 見当違いの復讐ほど、見苦しいものは無い。

 王小龍はそう思いながら、一枚の資料を処分する。

 

 その資料には、とある少女について記されていた。

 それは失敗作と唾棄され、捨てられた残響。

 彼女は未だ生存しており、その存在が確認された。

 そして策略の翁は理解していた。

 彼女の持つ心の向かう先を、何処までも。

  

 だからこそ、彼は過去に「最強」へ連絡を繋いだ。

「もしかしたら、やりかけの仕事があるかもな」と。

 あくまでも予想の域を出ないものであったが、ものの見事に的中した案件をどう処理すべきか、思考を巡らせる翁は一つの可能性に思い至る。

 

〝彼女〟は、現在のパワーバランスを壊しかねない。言わば存在そのものがどの勢力にも、もちろん自分にも通用する「切り札」とも言える。

 否、正確には「存在が持つ情報」がそう機能する。

 勢力自体の人員調整を行えば、切り札の無効化を図ることは可能だ。

 

 だがあまりにもリスクが高い。

 最悪、このBFFの再編が必要になる上、自身が動きにくくなる。また、ドイツの鴉を敵に回しかねない。

 それはこの老人が最も避けたい展開だ。

 唯一幸運とも言える展開は───情報戦に通ずる者垂涎の一品を、かの「天災」といまだ世に潜む「何か」が「いつでも暴露出来るもの」として処理している可能性がある、という所だろうか。

 

「…ふむ、やはり私ではこの程度か」

 

 いかに優れていようと、例外を前にしては無力だ。

 老人はあっさりと、それを認めた。

 やりようは、幾らでもあるのだ。

 

 幾らか、目を向けている「例外」は存在している。

 彼らを操作する事は不可能だ。

 だが、方向をずらす事は出来る。

 想定できる最悪は、自分が例外に食われる事…()()()()

 それは大前提だ。例外に手を出せば、タダでは済まないことなど百も承知だ。

 最も最悪なのは「例外同士が衝突し、互いに消滅すること」に他ならない。あれはあれで、使いようが数多あるカードだ。

 共倒れも、全方位への道連れも可能な「真の切り札」とでも言おうか。

 しかしそれ故に機会は平等に近く、誰であろうと完全なコントロールが不可能なのが「例外」達だ。

 

「さて、ならばこうする他あるまい」

 

 王小龍の矛先は、静かに定められた。

 彼が先を見据え、狙ったのはただ一人。

 しかしあくまで、ほんの僅かに背中を押す程度。

 どう転ぶかは分からない、しかし今切らなければ出し抜かれる可能性は極めて大きい。

 

 最悪、全てひっくり返せば良い。

 

 命あっての物種だ。己の存在の引き継ぎは、幾人にも渡り済ませている。己が死のうとも、次の手はあるのだから。

 この老人、何処までも「勝ち」に貪欲であった。

 

 

 

 

 

 

 




学園編後編に入るわよ
学園編前編のヴォルフは「詰め込み中の空っぽ」を、一夏は「ぶり返した熱意」をイメージして書いてました。
後編は全キャラの大暴れ(小規模)を書くつもりです
完結まで気長にガンバル

さて、感想返信について少しお話を。
大変申し訳ないのですが執筆に集中させて頂きたいため、これから行える頻度は限りなくゼロに近いです。
しかし、感想の全ては必ず読ませていただいています。その全てが私のかけがえのない燃料であり、応援です。
虫のいい話と理解していますが、これからも貰えたらなぁと。
質問などございましたら後書きで回答いたしますのでお気軽にどぞどぞ


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//-Wake app return-//

 これは、誰かが間違えたという訳ではない。

 少年の身近にいる存在のせいではない。

 ただ、彼の本質が変わっただけなのだ。

 

 白髪を結び、赤い瞳を開く。

 鏡に写る己を自嘲し、彼は端末に送られてきた音声を再生する。

 時刻は深夜、最悪と言うべきか、不幸と言うべきか、彼を止められる存在は何処にも無かった。

 

[…君には、伝えておこうとな]

 

 音声の主人は、老人のものだった。

 その声の正体を、少年は知っていた。 

 その男がいかに賢しく、また非道であるかを。

 しかし、確かな実績があると。

 それは〝此処〟でも変わらないと。

 

[時期は早い。近日中だろうな。

 確かに〝そこ〟の天気模様は悪くなる]

 

[だが、極上の味と保証しよう。

 貧相な食事ばかりでは、飢えるだろう?

 最も、慣れていない者からすれば毒だが]

 

 ぐちゃり、と踏み躙られる。

 

 今まで取り繕って来たものを。

 今まで塗り固めた小さなセーフティを。

 今まで留めていたモノを。

 

 戦士とはそういうもの。一度味わったモノからは逃れられず、死ぬまで飢えて飢えて、飢え続ける。

 もちろん、騙すことは出来た。それで普通の生活を送れる者だっている。

 けど、この声は最悪の一手を打った。

 

 老人は〝剣〟以外の切り札を欲した。

 だからこそ、彼に与えてしまった。

 最も楽な逃避先を。

 

 正義とは、ある種楽な立ち位置だ。

 悪とは、ある種楽な立ち位置だ。

 狂人とは、ある種楽な立ち位置だ。

 

 何を行い、成そうとも〝自分は「そう」〟だからと開き直る事ができる。

 だからこそ、大衆を動かす場合はそれを起用する者も多い。

 だがその全ては皆一様にして「熱に浮かされている」だけであり、だからこそ「本物」の前には無惨に砕き散る定めにある。

 では「本物」を動かすにはどうすれば良いか?

 

[君が餌を平らげれば、それで丸く収まる。

 悪い話ではないだろう?]

 

 必然、利益を交渉の場に乗せる。

 だがこれはあくまでも定石。

 この声を最悪たらしめているのは、見えない所にある。

 この声は、少年に対し暗に〝大義名分〟を与えた。

 少年自身の表層思考が「どうでもいい」と思っていようが、奥底には確かに響いてしまっている。

 遅行性かつ時限型のモノ。タチの悪い病理とどう違う?

 

 少年は、己がそれに踊らされると分かった。

 何処まで取り繕おうが、己は己でしかない。

 きっと、自分は〝餌〟を平らげる。

 

 だから、少年は何処までも弱々しく鏡に写る自分へ拳を叩きつけた。

 自分を初めて殺したいと思ったのか。

 自分を何処までも嫌悪したのか。

 その心中は定かではない。

 

 …少年は、気付いてないのだ。

 此処で心を複雑に歪ませた以上、もう彼はスタートラインに立つ事ができた。

 何ごとも、始まりは混沌である。

 

 これより始まるはバランスゲーム。

 力を欲した棋士が竜王を作り出すか?

 それともゲームを放棄せんと第三者がひっくり返すか?

 戦況は、未だ霧に包まれている。

 

 

 

 

 

 



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