武人な狼奴隷とむっつりな聖女さま (エルフスキー三世)
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狼獣人奴隷爆誕

うん、またふたなりなんだ(


 その男は剣士であった。

 切って切られて切って、そんな死合いを幾度となく繰り返してきた武芸者であった。

 いくさ場で育った男はそれ以外のことを知らず、できなかった。

 ある者は彼のことを人の皮をかぶった獣と称した。

 ある者は彼のことを武神に愛されし修羅と皮肉った。

 そんな徳も格も品もない男は、いつしか剣豪と呼ばれるようになった。

 

 しかし、無敗だった男も、今まさに死を迎えようとしている。

 

 血潮が滾る、熱い剣戟の末にではない。

 常勝不敗の男は流行病によって、その命を散らそうとしていたのだ。

 

「理不尽なり……」

 

 男は死の間際に呟く。

 ここは人里離れた山奥。

 男以外には誰もいないみすぼらしい掘っ建て小屋。

 

「理不尽なり……」

 

 声は悲嘆に満ちていた。

 男はしけった布団に体を横たえたまま涙を流す。

 

「理不尽なり……それがしは……どのような形でも、まだ、生きていたい……」

 

 死合いの最中で死ねないことが悔しいのではない。

 誰にもみとられず逝くことが悲しいのではない。

 男には、まだ果たしてない望みがあったのだ。

 

「それがし、可愛らしい理想のおなごで童貞を卒業したかったでござるよ‼」

 

 男はシャイで阿呆で高望みするやつであった。

 無念、ああ、無念……。

 そんな心残りを抱えたままゲハっと吐血し、男は童貞のままこの世を去った。

 

 ……で、気がついたら女の体になっていた。

 

 驚愕をする男。

 悪臭がした……そして全裸であった。

 おっぱいがあり、おまけに頭の上に……けもの耳がついていた?

 動揺をしながらも周りを見渡す。

 牢屋……いや、檻だろうか?

 まるで打ち捨てられるように閉じ込められていた。

 男はいつもの習慣で、目覚めと同時に肉体が万全に動くか確認をおこなう。

 

 そして酷いありさまだと溜息をつきそうになる……この体は、あまりにも損傷が激しかったのだ。

 

 右腕がなく、足の健を切られ、尻の部分も何かが足りない。

 切り傷に酷い打撲。

 体で痛くない部位を探すほうが難しく、特に股座がじくじくと痛んだ。

 壁板に寄り掛かりながら体を起こすと重い頭痛がした。

 

 唐突に、この体の記憶が、人生が、流れるように蘇る。

 

 彼女は、狼獣人の父と人の母の間で産まれた半獣人であった。

 獣人と人との間に子が出来るのは本当に稀で……父にとってはほんの遊びだった。

 望まれぬ生とその黒髪ゆえに、一族に、家族に、血の繋がった実の父にすら疎まれた。

 唯一守ってくれた母は亡くなっており、幼いころから疎外され、虐めを受けていた。

 剣だけを友として、父に振り向いてもらうためだけに必死に修練に明け暮れた。

 いつしか彼女は一族有数の剣の使い手として名をはせるようになった。

 ところがある日、兄弟たちに騙され、傭兵奴隷として売られてしまう。

 その時の彼女の思い、理不尽さ、男は我がことのように深く同情した。

 戦場での初陣と、その活躍。

 彼女は凄まじい剣士だった。

 男の目から見て剣技はまだまだ未熟で粗削りな部分が多い。

 しかし鍛えあげられた肉体の強靭さはそれを補ってあまりあり、驚くほどのものであった。

 

 彼女の記憶がさらに流れていく。

 

 ある敗戦で本隊が逃げるための捨て駒にされ、自決する前に捕虜となり……男としても目を逸らしたくなるような暴行を受けた。

 彼女は、その苦痛と屈辱の過程で、魂の死と救済を望んだ。

 そして生を望む己の魂が、残された彼女の体に宿ったと、男は納得した。

 男は一滴の涙を流し、彼女――キリカの代わりに生きていくことを誓った。

 

 だがしかし、と、男は考える。

 

 確かに、どのような形でも生きていたいと願った。

 童貞を卒業したいと望んだのに、それより先に処女を喪失したようだ。

 そこで男は、童貞を卒業するためのチ〇コがないことにようやく気づいた。

 

「ひゃああああああああああぁぁぁ⁉」

 

 悲鳴をあげた。

 いかなる戦いでも眉一つ動かさなかった冷徹な男が情けない悲鳴をあげた。

 武人であったこの男にとって手足の不自由さなど、チ〇コの有り無しに比べれば些細な問題であった。

 

「チ〇コ! それがしのチ〇コ! チ〇コがっ⁉ り、理不尽なりよ――!!」

 

 狼獣人の少女に憑依し、生まれ変わった男は、狭い檻の中で絶叫をしたのだ。

 

 

 そのあとキリカは、奴隷市というものにだされ競売にかけられた。

 台上で体をいじられ、畜生のような扱いを受ける苦渋を味わったが、かつてキリカ(・・・)が受けた苦しみに比べれば安いものだと黙って従った。

 騒がしい人波の中をさりげなく見まわし、どうやって逃げ出そうかと算段していた最中に、潤んだ瞳でこちらを見つめる金髪碧眼の美女が……まるで高貴な姫のように可愛らしい理想のおなごを見つけた。

 

 おっぱいがめっちゃ大きかった。

 

 そしてキリカとなった男は彼女に買われたのだ。

 ただ……その美女がまさか、男が失ったチ〇コをもっていたとは夢にも思わなかったが……。



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聖女さまはお年頃

以前投稿したのを一部改稿したものです


 ラスクは奴隷市場にきていた。

 

(本当にここに、私の運命があるのでしょうか?)

 

 ごみごみとした場所である。

 行き交う者たちの服装には汚れが目立ち、檻で囲まれた狭い通路には汚物が落ちていた。

 もっともそれを気にする者はラスクくらいのものだろう。

 歩いていると男たちの不躾な視線を感じる。

 長居はしたくはない場所だ。

 帰ろうかなっとラスクは思った。

 

(いえいえ、いけません……望むものは待っているだけでは手に入らないのですから)

 

 とはいえ、ラスクが注目されるのも仕方がないことである。

 清らさをもった美貌。

 派手ではないが、仕立ての良いドレスで質素に着飾っている。

 彼女は明らかにこの場所では浮いていた。

 しかしラスクがここを訪れたのには理由があった。

 古くからの友人である未来読みの魔女に、奴隷市場にラスクの運命があると告げられたからだ。

 だからこそラスクは、今日この日に、このような場所に、彼女ができる範囲での精いっぱいのおめかしをしてきた。

 

 檻に入れられ、鎖に繋がれている者たちが運ばれている。

 すぐそばで叩かれる音と呻き声が聞こえた。

 ラスクは思わず顔をしかめた。

 そんなラスクに市場から紹介された付き添いの奴隷商人が声をかけてきた。

 

「ラスクさま、このような場所では、ご気分がすぐれないのではありませんか?」

 

 彼の表情は遠回しの嫌味ではなく、ラスクを心から気遣うものだ。

 

「大丈夫です。それより騒がしいようですが、これからなにか始まるのですか?」

 

 中央の広場らしきスペースに多くの者が集まってきている。

 木で作られた高い台の後ろには奴隷たちが集められていた。

 ラスクの問いかけに、奴隷商人はやや言いにくそうな表情で答えた。

 

「その……今から奴隷の競り(・・)が行われるのです」

 

「そうですか……ふふ、安心してください。私も、この場所での最低限の作法は心得ているつもりですから」

 

「は、はあ……これは、失礼致しました」

 

 意外なラスクの言葉に頭をかく奴隷商人。

 ラスクは王国で聖女と呼ばれている。

 奴隷商人は人を家畜のように叩き売りする現場――この国の負の部分を見せるのは、聖女ラスクが不快になるのではないかと考えていたようだ。

 ラスクはそんな彼の細やかな心遣いに微笑みで返した。

 そして漫然と歩くのにも飽きてきたので、行われる競りを見ていくことに決めた。

 

 人が集まると、やがて奴隷の競りが開始される。

 

 全裸の奴隷が五人ずつ台の上に引き出されて競売されていく。

 傷だらけの者、体を欠損している者、顔色が悪く病気にかかっている者。

 老若男女を問わず、ほとんどの奴隷が金貨一枚にも満たない捨て値で取引されていた。

 

「ラスクさま、今回行われている競りは犯罪奴隷……そう呼ばれる最低ランクの者たちです」

 

「犯罪……奴隷ですか?」

 

「はい、殺人や強盗……王国法に反した行いをした者たちです。それ故に彼らには一般奴隷のように保護される法がありません。値段は安いのですが……まあ、とてもラスクさまにお勧めできるような者たちではありませんよ」

 

 ラスクは奴隷商人に詳しい事情などを話してはいない。

 そのため彼は、ラスクが召使などの一般奴隷を買いにきたと思っているようだ。

 二人が会話をしているとワッと歓声があがった。

 ラスクはその盛りあがりに釣られるように競売台を見た。

 

 引きだされたのは首輪をつけられた不自由に歩く一人の少女であった。

 

「さて、皆さま。本日のトリを飾る商品です! このような細い見た目ですが獣人の傭兵、武人と名高い狼獣人! しかも、先の戦いで我が王国と愚かしくも敵対した帝国、その敗戦する軍の殿を務め、勇敢な我らが王国軍兵士を切って切って切りまくり、捕虜となるまでに百以上は切り捨てたという、鬼神のような強さの最強最悪の凄腕剣士にございます!」

 

 長い黒髪と褐色の肌……小柄な狼獣人の少女であった。

 

「今は見てのとおり片腕が無く、足の健も片方を切られてますので傭兵奴隷としては、まあ使えません? しかし、しかし、こちらのほうの具合でも非常に満足できる商品となっております!」

 

 軽快な口調の男が狼獣人の太ももをつかむと、傷のついた足を開かせた。

 少女はうつむいたまま抵抗をしない。

 周囲からは罵倒と嘲りと下品な笑い声があがる。

 少女の顔は所々が黒く腫れあがり、体にも無数の打撲と傷あとがあり、右腕が二の腕から無く、尻尾も切断されていた。

 

 ここに来るまでに重度の暴行を受けていたことが、すぐに分かった。

 

 常人ならば自殺を考えてもおかしくないほどの欠損である。

 普通の感性を持つ者なら視線をそらしてしまうほどの酷いありさまであった。

 

「…………」

 

 しかし、ラスクは逆に魅了された。

 彼女に加虐趣味があるからではない。

 わずかに見えた少女の赤い瞳はぎらぎらと光り……確かな生を望んでいたからだ。

 そのある種の尊さを感じさせる、孤高の狼のような気高い姿……ラスクは言葉も無く、ただ獣人の少女だけを見つめた。

 

「また、この者は狼獣人としては珍しい黒髪です! 非常に希少でございます! 獣人を愛好する方々も、憎き帝国軍に愛するべき者を奪われた方も、この競売に是非是非、参加して頂きたく存じます!!」

 

 商品を検分するという名目で、獣人の少女は台の上で、犬のようにヨタヨタと一回りさせられた。

 

 ドクン――その行為に黒い感情が、ラスクの中で激しい怒りが渦巻いた。

 

「ふむ、どうやらあれが最後の商品のようです……。ラスクさま、この先は見ていて気分の良いものになるとは思えないので、そろそろ移動をしませんか?」

 

 獣人少女の経歴と損傷している体から、碌な買い主が現れぬことは確かである。

 

「……あの子が……欲しいです」

 

「えっ?」

 

 熱にうかされたようなラスクの表情とその言葉。

 奴隷商人には予想しないものであった。

 

「ではこれから狼獣人の競売を開始したいと思います! まずは金貨五枚からスタートです!!」

 

 獣人少女の競売開始の合図がでてると、途端にあたりが騒がしくなる。

 獣人の中でも武人と呼ばれる高い戦闘力をもつ狼獣人。

 彼らは捕虜になるくらいなら死ぬまで戦い潔く自決する。

 そのため少女は愛玩用としては掘りだし物の奴隷だった。

 欠損が酷い割にはかなりの高値から始まり、値段はどんどんと上がっていく。

 

 ……十 ……十五 ……二十七 ……三十二

 

 あっという間に一般奴隷の値段をこえた。

 

(このままでは、このままでは、あの子が買われてしまう⁉)

 

 ラスクは焦り、奴隷商人に強い口調で命じた。

 

「あの子を買うんです! お金ならいくらでもだします! 今すぐ競り落としてきてください!!」

 

「え!? ……は、はい! 承知致しましたラスクさま!!」

 

 奴隷商人はラスクの剣幕に目を丸くし、慌てて人混みをかき分け、競売台の前を目指して走っていく。

 その後ろ姿を見ながら、再びラスクは台上に立つ獣人少女へと目を向けた。

 

「ああ、早く、早く、売れちゃう、売れちゃう、売れちゃうよ……」

 

 ラスクの口から焦りあまり独り言がもれた。

 胸の前で祈るように指を組んで体を忙しなく揺すって、しまいにはその場で小さくぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 豊かなおっぱいが、ばいんばいいんとめっちゃ揺れた。

 そんなラスクの後ろにいた男たちが、顔を見合わせて下卑た笑いを浮かべる。

 この者たちは先ほどからラスクを品定めするように眺めており、令嬢のような華奢な見た目の彼女は、護衛らしき奴隷商人がいなくなっていいカモに見えたのだ。

 

「へへ、お嬢さん、いけないなぁ、こんな危ないところで一人でいちゃぁ?」

 

「そうそう、親切な俺さまたちが、保護者者のいないお嬢さんを外まで案内してやるぜ」

 

「お礼は、そうだな……有り金と、そのおいしそうな体でいただくぞ、ふへへ」

 

 ニタニタと笑う三人の男たちがラスクを取り囲む。

 しかし、ラスクは反応しない。

 その視線は獣人少女だけに注がれていた。

 

「お嬢さん、怖がらせちゃったかな? ほら、俺たちと一緒に行こうぜ?」

 

 大男がラスクの肩をつかみ、彼女の前にでた瞬間だった。

 

 ぱんッ!

 

 肉を叩く、乾いた打撃音が鳴った。

 ラスクよりも一回り以上は大きい巨漢が宙を舞う。

 水平飛行――放物線すら描かなかった。

 そして巨体が後方の檻にぶつかって、激しい音と共に太い鉄格子がぐにゃりと曲がった。

 

「い、いったいなんだ!?」

「お、おい? なにが起きた!?」

 

 地面にどすんっと倒れ、泡を吹いて気絶する大男。

 四角く太いあごには、くっきりとした拳大の凹みがあった。

 男たちが信じられない表情でラスクを見る。

 ラスクは前を向いたまま、振り払うように片腕を後ろに伸ばしていた。

 彼女が放ったのは、ただの裏拳である。

 自分の視界を遮ろうとする者をラスクは無意識のうちに払い飛ばしていたのだ。

 

「こ、このクソアマがっ!!」

 

 仲間をノシた者がラスクだと気がつき、男が激高して殴りかかる。

 ごつごつの拳を固めた容赦のない一撃がラスクの後頭部に直撃する。

 べちんっとなにかがつぶれる音がした。

 

「ひっ!? ぎゃあああああああああああああああああぁぁ!?」

 

 だが、悲鳴をあげたのは攻撃したはずの男の方であった。

 手を押さえ、地面をはいずり回りながら叫び声をあげている。

 恐るべきことに、男の五本の指が全て折れ曲がっていた。

 頭部を殴られたはずのラスクは何事もなかったかのように前を向いている。

 

「や、やりやがったな、この女ぁ!!」

 

 最後に残った男が血走った目で腰の短剣を引き抜いた。

 ここまでの騒ぎになると周辺の者たちも気づき、いくつかの悲鳴があがり、奴隷市場の用心棒たちが慌てて駆け寄ってくる。

 

「おいっ! すかしてないで、こっちを見やがれクソ女!!」

 

「じゃかしやあああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 いらだちのあまり、故郷の方言がでた。

 振り返りながら放たれたラスクの前蹴りが、男のもつ鉄製の短剣を木の枝のようにぽっきりとへし折り、そのまま勢いと威力の乗った重たい爪先が男の腹部へと突き刺さる。

 

「ぐぎゃあぁ!?」

 

「じゃああああああああっ――!!」

 

 咆えたラスクは短剣を失った短剣男をボールのように蹴りあげた。

 短剣男は小石のように何度も地面をはね、巨漢の倒れている場所を通過し、轟音をだしながら檻の鉄格子を粉砕破壊して、最後に石壁に叩きつけられた。

 しかしそんな結果を見届けず、邪魔者を排除したラスクは、すぐに狼獣人の少女のほうに向きなおる。

 騒ぎを遠巻きに見ていた者や、奴隷市の用心棒たちは、見た目は清楚で華奢なラスクの蛮族のような行動に静まり返っていた。

 

「あ……あなたは、もしやラスクさま……聖女ラスクさまですか!? こ、これは、大変失礼致しました!!」

 

 用心棒の中にラスクを知っている者がいたようだ。

 彼らはラスクにペコペコ謝罪すると事情も聞かず、犯罪行為を犯そうとした男たちだけを引きずっていく。

 それらの処理の最中もラスクの意識は狼獣人の少女だけに集中していた。

 周りの騒めきも、恐れるような視線も気にならない。

 

「運命……ああ、私の運命の相手……」

 

 ラスクはうっとりと、囁くように言葉に出しながら手を伸ばす。

 邪悪な魔物との戦いともなれば重量級の甲冑を着込み、極太メイス片手に雄たけび声をあげ、様々な攻撃を物ともせず吶喊するラスク。

 

 その桁外れの頭おかしい頑強さから、王国の聖女……そして聖なる重戦車とも呼ばれていた。

 

 そんな彼女も婚姻を考える年になった。

 ラスクは希少種族、その最後の生き残りである。

 血を受け継ぐ子孫を残す必要があったのだ。

 伴侶となる運命の相手――それを追い求めて友人に占いを頼んだ結果がこの場所である。

 

 ラスクの命令を受けた奴隷商人が声を張りあげて、黒髪の狼獣人を競り落とそうとしている。

 

 黒髪の狼獣人の体がふらつく……揺れる乳房とその顔がみえた。

 ほんの一瞬、ラスクを魅了した少女の赤い瞳と視線があう。

 ラスクは「はうあっ!!」と下腹部を手で押さえて前かがみとなった。

 

 ラスクはうつむいて下唇を噛み、頬を朱に染めて、プルプルと腰を震わせた。

 

 狼獣人の少女をジッと見つめるラスクの潤んだ目は、先ほど彼女に襲いかかってきた男たちと同じ光を……ねばりつくような情欲を宿していた。

 

「ふふ……ふふふ、初めて反応しちゃいました。……生まれて初めて私の男の子(・・・)が反応しちゃいましたよ!!」

 

 王国の聖女。

 清楚なお姫さまのような美貌をもつラスク。

 彼女は希少種族……男も女も両方いけちゃう、ラズ神族(ふたなり)の血を引くものである。



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狼武人は主君を得る

 競売のあと奴隷小屋に戻されたキリカは、召使らしき老婆に布で体を拭かれ、瓶に入った毒々しい緑色の液体を傷口や打撲の上からべっとりと塗られた。

 異臭と激痛に顔をしかめたキリカであったが、熱と共に痛みと腫れが徐々に引いていくのを感じ、塗られたそれが即効性の薬であると知って驚いた。

 それから簡素だが作りのしっかりとした丈の短いワンピースを着けさせられた。

 まるで小さな童が着る着物みたいだが、そのような物でも裸よりマシとキリカはとりあえず安堵した。

 

 身支度を整えてくれた老婆が去ると屈強な男たちが現れ、着いてくるようにキリカに命じた。

 

 狭い通路を男たちに支えられながらよたよたと歩き、考えるのは己のこれから先の未来ではなく、先ほど見たお姫さまのような高貴で美しき女性のこと。

 おそらく今の自分は、この異人だらけ(・・・・・)の国において最低の身分のはずだ。

 獣人とはいかなる魑魅魍魎の類かは知らぬが、人より身分が上ということはあるまい。

 そして、この欠損の酷い体では武人としての大成も難しいだろう。

 そんな条件で成りあがるには、どれほどの時間と労力を要するかは分からない。

 しかし、と、キリカは残った左手の拳を握りながら思った。

 

 あの美しき女を手にするためには、どのような艱難辛苦でも乗り越えて見せる‼

 

 現実逃避の強がりではなく、キリカは本気で誓った。

 彼女を見た瞬間に魂が震えたのだ。

 キリカは、おっぱいの大きい女が好きだった。

 それを置いても、運命と言うものを本気で感じた。

 あのような美しい女を自らの物にするには、金か、武力か、権力か……あるいはそのすべてが必要なのかもしれない。

 それでも絶対やり遂げて見せると決意したのだ。

 

 男が憑依した今のキリカは悲観主義者であった以前とは違い、恐ろしいくらいに前向きの楽観主義者で、そしてどうしようもなく阿呆であった。

 

「く、くく……」

 

 突然、邪悪な顔で笑いだしたキリカに、両脇にいた男たちは驚きビクッと体を震わせた。

 

 さらに武人は考える。

 確か……自分を競り落とした者は高級そうな服を着た髭男だった。

 浅黒い肌の性欲の強そうな油っギッシュなおっさんだった。

 

(助平そうだし隙を見て、ノシて、金品を奪って逃げるか……)

 

 再び悪い顔で含み笑いをする狼獣人の美少女を男たちは不気味そうに見ていた。

 

 それから案内されたのは、外とは明らかに作りの違う綺麗な部屋。

 結論だけ言うと、キリカが主人の元から逃げ出す必要はなくなった。

 なぜなら案内された先には油ギッシュな中年男ではなく、キリカが一目ぼれしたお姫さまのような清楚な美女がいたからだ。

 

「は、初めましてキリカ……ですよね? ええっと、私の名前はラスク、あなたの身受けをした……その、主人となる者です」

 

「…………なんと?」

 

 目的としていた美女が目の前に現れキリカは心底びっくりした。

 驚愕をあらわにするキリカに美女は……ラスクは何を勘違いしたのか、慌てたように手の平を前に突きだし、ぶんぶんと振った。

 その美しい線を描く頬は朱に染まり、豊かなおっぱいがぶるんぶるんと揺れた。

 

 キリカの視線がおっぱいに一瞬で奪われた。

 

「あ、ああ、違う! 違うのです! 確かに私はあなたをお金で買いましたが、私が望むのはそのような主人と奴隷のような強制的で歪な関係ではなく、ええっと、恋び……ひ、ひえっ⁉ で、ではなくですね……そ、そう、お友達! 心を通わせられるお友達になりたいのです! ええ、いいですよねお友達⁉ はい、お友達から始め(・・)ましょう⁉」

 

「は、はあ……?」

 

 キリカは言われた内容を飲み込めず、吟味するかのようにラスクを見つめた。

 ラスクは一口で言いきったせいか、子供のように顔を赤く染め、はぁはぁと息を乱している。

 キリカの中で何かがすとんっと落ちた。

 ラスクの憂いを帯びた顔を見た瞬間、その言葉に嘘偽りはないとはっきりと理解できた。

 

(……く、不覚なり!)

 

 そして、キリカは先ほどまでの浅ましい己を深く恥じた。

 

(なにが、なにが、この女を手に入れるだ‼)

 

 目の前の美しい女性は、奴隷の身の自分に救いの手を差し伸べようとしている。

 それだけではなく、友になろうとまで言ってくれた。

 逆の立場ならどうだっただろうと、自分の人としての器の小ささ、物欲にまみれた下劣さに気づいてしまったのだ。

 そして女神のような高貴な女性を物扱いし、欲情の対象にしようとしたことが心底恥ずかしくなった。

 

「あ、あの……だめですか?」

 

 ラスクが泣きだしそうな表情で問いかけてきた。

 その透き通る声に、獣の心が清らかなもので満たされる。

 これが男のときは鼻で笑っていた坊主どもが目指す悟りの境地……明鏡止水というものであろうか?

 

(らすく……と申したか……考えてみれば女になった身だ、どう逆立ちしても、この方と男女の仲になるのは不可能だった……)

 

 本当は可能なのだが、その場合、元男のキリカの男心がごりごり削られる。

 というか、ラスクの内面はキリカに対しての性欲まみれなのだが、女と禄に付き合ったことのない元童貞には分かりようもない。

 そして、ラスクの清楚な美貌も、キリカの中で彼女の評価を爆上げする原因になっていたのだ。

 

 美人はお得とはまさにこのことである。

 

(ふふ、前世において尊敬に値する……忠義を尽くせる主君(・・)といえる者にはとうとう巡り合わなかった……あるいはこれこそが神のおぼしめしなのかもしれぬ……そうか、ああ、それもよかろう……そうと決まればっ‼)

 

 キリカは欠損した体で、瞬足といえる動きで、ラスクの前で片膝をついた。

 その赤の双眼はらんらんと輝いていた。

 恐るべきことに、室内にいた誰もが、不自由な体のはずのキリカのその動きを捉えられなかった。

 目の前にいた聖女ラスクでさえも……。

 それは男が生前に修得した技能。

 人の意識の隙をつき、一瞬で視線の外に出る瞬歩という技である。

 周りの男たちが慌てて、ラスクの身に危険が及ばぬようにキリカを取り押さえようとするよりも早く。

 

「それがし、藤木(・・)キリカと申す! 前世は修羅道に生き、武士とは到底言えぬ品なき畜生同然の身なれど、らすくさまを主君と仰ぎ、眼前に立ちふさがる敵すべてを切り捨てる、ただ一振りの刃となることをここに誓う‼」

 

 大音響で宣言したのだ。

 室内が静寂に包まれた。

 

「以後、良しなに‼」

 

 キリカが『よろしくお願いしますっ!!』と最後に告げた。

 

「え、あ、はい……お願いします……」

 

 ええ、なんでそうなるの……と、呆然と返答したラスクの顔が言っていた。

 跪きラスクのつま先だけを見ているキリカは当然気がつかない。

 多分見てても気づかないだろう。

 なぜなら、主君を得た幸運に武人は唯々興奮していたから。

 

 お嫁さんが欲しかった聖女ラスクの誤算。

 

 それは、キリカが可哀そうなほど思い込みの激しい戦いしかできぬ武人(あほう)だったこと。

 ともあれ、狼獣人のキリカは聖女ラスクにお姫さま抱っこされ、お持ち帰りされることとなった。



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