人間戦記 (イスカリオテのバカ)
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【Error】

 先ず最初に陳謝の意を捧げさせて頂きたい。
 幼女戦記を題材にした数々の先達の作品の中にこの様な駄作品を加えてしまう事を深く反省すると共に皆様方にこの作品を見て頂けることに対して感謝の意を捧げたい。
 



◀:ティアナ・ヘルシング年表


[0ヶ月]二度目の生誕。

[2ヶ月半]「ティアナちゃん」として初めて野菜をあーんした記憶(前世の影響でデブでもないくせに良く食べる)

[3歳1ヶ月]同い年のターニャ・デグレチャフと同期に読み書きを始める。言語がドイツ語に酷似していた為ターニャよりも早くに覚える。

[5歳2ヶ月]孤児院の中で食べ物を巡る喧嘩に遭遇、解決に至ったもののターニャ・デグレチャフとの決定的な違いを認識する。

[7歳3ヶ月]孤児院付き教会小学校の健康診断で『魔導適正』が確認される。

[7歳4ヶ月]将来的に徴兵される赤紙を受領、この時ターニャは神への罵倒雑言をこれでもかと垂れるのに対しティアナは小躍りする程の喜びよう。

[8歳]帝国軍士官学校へ進学。

[9歳]帝国軍士官学校(繰り上げ)卒業。

[現在]お空でお散歩中。




 
 この小説の目的はナチズムの国家社会主義者であるティアナ・ヘルシングと己の利己的思想に従って動く資本主義者であるターニャ・デグレチャフとの違いをノルデンを通して皆様方に考えて頂きたく書いたものだ。
 至らない点もあると思うが幼稚な作者の文章構成能力、語彙力ではこれ位が限界な故許してほしい。


__かくして役者は全員演壇へと登り、暁の惨劇(ワルプルギス)は幕を上げる

 

__諸君、戦争の夜へようこそ

 

 

❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑

 

 

「It…looks like it……What,I'm not done yet…」

(その…ようだな……なに、まだまだ…)

 

 狂気が空に解けて行く、満足感が焼け焦げた死体と鉄の匂いに混じり機械仕掛けの神の中を満たす。狂気の発生源を睨む誇り高き英国淑女は伯爵の眷属を側に従え驚きに目を剥く。

 

「That…That appearance is you…?Major(少佐)!」

(それが…そのザマがお前か…?少佐!)

 

 麗しき霧の都、英国倫敦を火の海に沈めた狂気の元凶、少佐と呼ばれた肥満体型の男性は一般の血液よりも黒く濁った血を撒き散らし地面を染める。

 左半身を覆っていた煙が晴れると彼の凄惨たる正体が顕となる。

 

「That's right. This is me……」

(そうだ。これが私だ……)

 

 大なり小の歯車が絶妙な加減で組み合わさり偽りの体を動かす。垂れ流しとなっていた黒い血の正体は彼の体を動かす燃料だった、その他にも火花を上げショートを繰り返す回線や電子版にエンジンの様な部品、受信機の様なアンテナの付いた数々の部品が彼の抉られた部分から剥き出しとなっていた。

 

「Machine!?」

(機械!?)

 

「How rude of you……to say…young lady.I am absolutely human」

(失礼な事を……言う…もんじゃない…お嬢さん。私はしっかりと人間だよ)

 

 機械は人の言葉を口にする、夜の住民(吸血鬼)が口にした機械の体を……己の醜く美しい身体を否定する為にギチギチと油の切れた音を響かせながら彼はニヤける。

 英国の英雄はその惚けた目を向けられると一言で切り捨てる。化物を熟知するからこそ口に出来る人間の魂から洩れ出るその思い。

 

「Monster.You're a monster」

(モンスター、お前は化物だ)

 

「You're Wrong.“I am human”. The thing that makse a human a human is one thinp.It's your own will」

(違うね、()()()()()。人間が人間足らしめている物は唯一、己の意志だ)

 

 彼は語る、己が人間である証明を……()()弱い伯爵とは違う()()弱い少女とも違う()()か弱いアーカードとは違うと。

 自分は如何しようも無い程の人間だと、愉しくて楽しくて嬉しくて仕方が無いのだろう。()()()()()()事は正しく甘美な事なのだろう。  

 

 

 だが彼は何処までも人間だった。

 

 

 たとえ培養液の中に浮いている脳髄が彼の残った最後の生身だとしても、たとえ巨大電子機器の記憶回路が彼の過去を示す全てだとしても彼は人間だ。可愛そうな程に人間なのだ、他者からすれば()()は化物だろうと彼からすれば己は人間と信じているのだ。

 伯爵は言った[人間のような化物では駄目だ。化物のような人間でも駄目だ]と。

 少佐も言った[化物のような人間では駄目だ。人間のような化物でも駄目だ]と。

 

「…………」

 

「…………」

 

 懐を漁りワルサーP38を取り出し後の英国の英雄……インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシングに照準を合わせる。

 彼女も礼儀を重んじる名家の当主として、この馬鹿げた戦争に決着を付ける為にRSAFエンフィールドNo.2を取り出し一歩一歩少佐に近づいて行く。

 メラメラと燃える舞台に立つ二人の役者と一人の傍観者、下手側から何発も弾丸が飛ぶが一発として当たらない。上手側は悠々と歩を進め近づいて行き遂に眼前に立つ。

 ワルサーに装弾されている残り弾数は一発、少佐とインテグラはほぼ同時、ほんの少しだけインテグラルが撃つのが早かったが少佐の放った最後の一発はインテグラルの左目を撃ち抜いた。

 その代償として彼……ナチス・ドイツ最後の大隊 ラストバタリオンの代行指揮官 モンティナ・マックスは眉間を撃ち抜かれ、半世紀もの永き夢に終を告げた。

 

「I hit something for the first time!」

(初めて当たったぞ!)

 

 最早そこに在るのは人でなく魔でなく男でなく女でない、ただのガラクタが服を着て放置してあるだけと化していた。

 遠い何処かにある巨大電子機器が機能を止め、遠い何処かにある脳髄が死ぬ、時間がそれを教えてくれる。彼の最後の意地なのか……戦争の神(マーズ)の加護なのか彼はもう動くはずの無い体を動かし言葉を募った。

 

「This was a grnat…great war…It was a great war」

(これは良い…良い戦争だ…良い戦争だ)

 

 

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》統一暦一九二三年六月 北方軍管区ノルデン戦区/第三哨戒線《

 

 私は、何故こうして戦争をして()()()()()()のだろうか?女子(おなご)特有のふにふにの御手々に上から配当された理論の理の字も理解し難い宝珠を握り、嘗ては碌に世話にならなかったライフルを地面に置き、ティアナ・ヘルシングと言う憎く愛すべき宿敵の名を携え、魔導少尉等の標識を与えられ私の自意識は戦争の神(マーズ)に問いかける。何故、私はまた戦争に出られているのか?と。

 

「フェアリー09よりノルデンコントロール。繰り返す、フェアリー09よりノルデンコントロール。応答願う」

 

 地上でボコスカと砲撃挟撃が飛び交うノルデンの雲天に距離はあれども()()のシミがぽつりと浮かんでいた。

 雲に隠れてはまたひょっこりと顔を覗かせるちっこいシミの正体は帝国の誇る航空魔導士官であり、如何なる運命の悪戯なのか幼女となり新たな戦場で歓喜に浸る自分を客観的に目した現状なのだ。

 黒いss服を着ていた頃が懐かしいと感じる軍服を身に纏い、手に握りしめる魔導師の意思をこの馬鹿げた世界へ干渉させる、後方で今も訳の分からん兵器を作っているプロフェッサーの話によれば術式という吸血鬼等よりも超常な存在を科学で制御する演算宝珠がその証。

 まだこの世界の人間が化物を信じていた頃用いていた古の宝珠を、魔導と科学が産業革命や経済革命ウンタラを経て誕生した世界の全てを数値として絡みつく糸を解きほぐす魔導工学の結晶。

 

 世界大戦程では無いにしろ激戦区と呼ぶにふさわしいノルデンの空を私ともう一人の同僚兼幼馴染に上から達せられた任務は生身で行けば下手せずともおっ死ぬであろう高度六千フィートにて、対地速度を巡航速度にて維持しつつ指定された空域でこちらの友軍砲撃の着弾地点の観測。

 

「フェアリー09、こちらノルデンコントロール。感度良好、現在貴官とフェアリー08を正常に追尾中」

 

 ものぐさ言うほどでもない。私達の任務は帝国と忌々しい協商連合の国境線における支援飛行任務なのだ。

 飛行術式とか言う訳の分からん魔術を維持する頼りない演算増宝珠を首にプラプラさせ、楽しそうに、そして油断なく観測するフェアリー09と呼ばれた人影は、地上で砲撃ぶちかましている歩兵からすれば驚くほどに小さく見える事だろう。

 

 実際、物理的に小さいのだが……齢二桁に届くか怪しい。加えて女性という事を考慮しても小柄な体格。一般の八重歯より尋常でないほど伸びた歯は吸血鬼を思わせる程尖っている。

 肥満体型だった前世と比較するとどっこいどっこいなのだが。航空用喉頭マイクのサイズに対して首周りが小さ過ぎるなどと言われた時は正直嬉しくも惨めな気持ちになり幼馴染とうなだれた。

 

「フェアリー09了解。任務空域に到達。感度良好」

 

 正直インテグラの様に威厳を感じないか弱い、それは覚醒する前のセラス・ヴィクトリアの様に弱々しい声なのは残念だ。

 私の幼馴染は舌が廻らないが為に流暢に喋れず、時偶に嚙みかける度にブチ切れそうになるのを何度か目撃している。

 

「ノルデンコントロール了解。フェアリー08も指定の空域に到達次第任務にあたる…………、フェアリー08の所定空域到達の伝達を受信。所定の任を遂行せよ」

 

 10秒ほどの差はあれども私ともう一人の魔導師は任務を全うする。幼女らしい舌足らずな対話も気に留めない軍も軍だ。私としてもその合理的処置は大いに結構なのだが、航空魔導師は空戦を重視する観点から魔導技術への適正のみが戦力化の基準となる。

 

 それを突き詰めていった帝国において、魔導師の年齢制限は過去の遺物と化していると幼馴染はキレていた。私からすれば戦場に出れるのであれば前線も後方も男も女も老人も幼女も関係なしに大歓迎なのだが。まぁ今となっては考えても仕方がない。こうして外見だけなら保護されるべき年齢の己も当たり前のようお空に飛ばされているのだから。

 

「フェアリー09了解。戦域における異常を認めず。繰り返す、異常を認めず」

 

「ノルデンコントロール了解。貴官、同じくフェアリー08の観測エリアに対する割り当て砲兵部隊砲兵大隊である。コールサインはゴリアテ06。

 空域管制より別命があるかエリア掃討まで観測任務に順次せよ。追達にフェアリー08より戦域警報が発され次第貴官は援護に周るように。オーバー」

 

 大隊という言葉に反応する私はやはりあの戦争が愛おしかったのだろうか?それはともかく、この人的資源の調達方法は帝国の今まで置かれていた地政学的観点からの要求が大きい。

 かつてのドイツ帝国の様に列強諸国の中心に位置する国土故に、四方八方を仮想敵として見なければならないのが今の現状。忌々しい事にあの懐かしの英国は、この御時世中立国であるが故、攻め入る事が出来無いのが悔やまれる。

 ともかく、その長大な国土防衛の兵力は常に喫緊の課題だ。この問題の解決の為、血眼になった参謀本部のお偉い様方は使えるものは何でも使い回すという素晴らしいの一言に尽きるところまで行き着いている。

 

「フェアリー09、此方集積軍団砲兵大隊、コールサインはゴリアテ06、聞こえるか?」

 

 上記の理由により幼女であろうが使えるのなら戦争中の軍とはいとも容易く国境、つまりは最前線に放り込み哨戒飛行に順次させてきた。簡単すぎる仕事、死んだり死なせたり出来ない所に不満は募るが飛び出せるだけ感謝せねばあるまい。

 

「ゴリアテ06、此方フェアリー09。感度良好。敵歩兵部隊の接触まで250m……諸元を発送中、確認されたし」

 

 可愛らしげな声を義務的に押さえ込み喋る幼女、それにもう数百m離れた空にもう一人の幼女が揃って飛ぶ姿はひどく現実離れした光景なのだろう。私の様に狂った者以外にこれ程の異常事態を見て困惑すればその者が常識人という証明である。

 ノイズの入り混じったた通信とはいえ健全で裕福な家の御令嬢であれば家で人形とキャッキャウフフしている年頃の幼女の声が飛び交うことはもう魔導師業界では当たり前(日常)と化していた。軍人を軍人足らしめる大本はその過酷極まり無い戦場でのみ実用性を発揮する()()の訓練によるまともな一般良識を疲労と恐怖により心身を極限まで摩耗させる。

 その結果、女子供を戦場のど真ん中、果てには最前線に送りつけようと違和感を感じさせないほど感性を馬鹿にされて久しい。

 

「ゴリアテ06了解。基準砲にて初弾を発砲」

 

 だからこの私、ティアナ・ヘルシングと幼馴染兼同僚である()()()()()()()()()()()は双方共に少尉として軍籍に登録された航空魔導師は慣れた手付きで淡々と定時連絡を自分の背丈以上もある無線機越しにノルデン北方の地で砲撃戦の観測手を務めている。どうせターニャのことだ、今頃心の中でグズグズと文句を垂れて順応しているだろう。

 なぜこの愉しさを毎度唱えてやっているのに理解しないのかこっちの方が理解に苦しむが。まぁあっちはあっちでこっちはこっちの理想を持っているのだから仕方の無いことではある。

 

「着弾確認。……至近弾と認む。着弾位置の公算誤差範疇の十五メートルと判断、効力射を行われたし」

 

「ゴリアテ06了解。直ちに任務を開始する」

 

 眼下を見つめる蒼紫の瞳に油断は見えない、それすら塗り潰す程の歓喜が見え隠れしているのだがその歓喜の内にやはりというか困惑の色も存在した。なぜ性別が変わり背丈は縮み戦場に出る事ができたのか。

 

 それを差し引いて嬉しくないのは我が身の変化。人の身、ただし子供ではあるが、正直酷く不自由ではある。女児の方が男児よりも成長の度合いが早いとはいえ長年動かして来たあの肥満体の感覚で体を動かすには軸がぶれて仕方がない。加えて、軍に入って幾度となく自分が如何に無力で役立たずなお子様化しているのか痛感する。

 銃は持てなかった。大きすぎた。無論、もともと当てられる程の技量がある訳でもない、格闘訓練ではターニャとしか体型が同等の者が居なかったので投げ投げられ、蹴り蹴られの傍から見れば子供の喧嘩にも見えなくはないだろう。ただし、技量は軍人として恥ずかしくない程度だが。 

 

 演算宝珠をもってしてこの世界を三つのベクトル数値に置き換え、仮定をつけ、理解し、術式をもってその数値の世界に干渉する術を学ぶまで、思い通りに動けない手足で地べたを私とターニャで這いずり回ったのは愉しい思い出だ。

 チビでノロマでどうしようもなかった孤児院の頃とは違い帝国軍士官学校で学んだすべてを利用し、身長差のみのアドバンテージまで持ち込めた為、脳で考える魔導技術がものになった。科学だけではたどり着けない、魔術だけでは理論が立たない大空に我々の唯一誇れる魔導をもって世界に干渉したのだ。

 

 魔法に対する違和感など最初に脳を弄くり回された時に捨てた、何も知らなかったターニャの前世に比べ私はfreaksだ何だの化物を調べ尽くしてきた、今更騒ぐことでもない。しかし、便利な道具同然だからと言って、どうして使わなければならないのか?

 なるほど嘗て私が編成した大隊は時を待ち必要な時に出なければならなかった。だから兵站し兵装し教導し指揮し訓練し教育して備えてきたのは道理だな。だが使う目標のいないうちにラスト・バタリオンを編成しなければいけない理由があるだろうか?()()ないだろうがね。

 随分昔から、帝国と協商連合は国境問題で国民は知り得ない下らない紛争を軍は抱え込んでいた。一応、周辺の国民らへは誤魔化しを交えながら避難誘導をしていたのでその地域の帰属権は、争われてはいない。

 

 だが単純に帝国の経済力軍事力共に申し分ないほど圧倒的であるが故に、公式に問題が喚起されないだけだった。ティアナからしてみればソ連に対し周辺国が単独で戦争を吹っ掛けないのと同じである。ただしドイツは除く、ツィタデレ作戦の様なイカれた条約違反バンザイな作戦を思いついた時点で検討がつく。

 物騒な政情にもかかわらずティアナとターニャは呑気なブルジョワジー(上層部)が単なる「瀬戸際外交」と判断したことにより現地、つまり今現在飛んでいるノルデンのお空にて研修課題を最年少二人組で修了する事となった。

 

 あくまでも、士官学校の教育の延長として、飛行哨戒班で陸軍と連携している研修。私としては最前線バンザイ突撃に大賛成だったのだが、知らせを受け後方に下がる機会を失ったターニャは沼底に意識を失う様にベッドに身を投げ、泣き言を零しながら寝に入り研修終了と同時に少尉へと任官し戦闘配置される。私達に与えられたコールサインはフェアリー08、09。つまり妖精という比喩表現だ。外見で見れば貧弱この上ない幼女。そして自分で自覚が出来るほど狂気の宿った蒼紫の瞳と白く透き通った人形の様な肌、何となくかつての部下…シュレディンガー准尉の様な髪型の色素の抜けた金髪。

 

 目の色と髪型を抜けばこれらの条件はターニャ・デグレチャフにも当てはまる。コールサインは確かにその名がふさわしいものではあるのだろう。

 そして、コールサインを割り当てられ正式に現地の国境警備軍にティアナとターニャで着任した矢先のこと。魔導士官学校からの促成組や、現地編入組等からなる管理部隊に編入されたティアナとターニャは上からの有無を言わさぬ四十八時間の待機命令を受領した。編成直後のことで伝統的な即応能力の検証目的と緊張感維持のため上が思いついた(私からして)生ぬるいかと思い完全武装で待機についたのが二十四時間ほど前。

 

 これがまた戦争の神(マーズ)が微笑んでいると思いかねないベストなタイミングで国境各地に設けられた前哨警戒地点より緊急連絡が飛び込んできた。いわく、協商連合に大規模越境作戦の兆候あり、と。

 前々から危惧されていた協商連合の方針転換。政権交代による首脳陣の入れ替えと、それに伴うナショナリズムの勃興は国際方針の一変を要求。包み隠さず言ってしまうと、私達の様なお子様(中身は中年)でも()()()()()ほどの()()()()()()状況での軍事行動がかつてのアホな部下である誰だっけ……名は覚えていないがあの紅葉卸しにされた女のように冗談ではないかと疑いが掛かるほどの軽率さで断行されるに至っていた。気が付けば協商連合から宣戦布告代わりに、退去命令がばら撒かれる始末。

 要約すれば“帝国軍人は二十四時間以内に、我が国固有の領土より直ちに撤退せよ”と、阿呆らし過ぎてターニャと共に探りを入れてしまう程だった。

 

 協商連合の事情など一介の尉官が、というより我々帝国側の人間の大多数の知ったことではないが地域紛争は「政治的に余りに敏感」であるが故に本格的な武力衝突を帝国は忌避するだろうとでも考えたのだろう。武力差という現実に目を背けているとすれば、後世の歴史本に悪い意味で刻まれるだろう。 

 阿呆らし過ぎると。それとも、必勝の方策でも用意しているのだろうか。

 協商連合の意図と目的を理解しかねる帝国は、それでも精密な官僚機構と軍事機構を想定通りに動かし、理論通りに手筈を開始していた。戦場を回す小さな歯車に過ぎないティアナはしてみれば内部へ戦争へのプロパーが存在せず簡単なプロパガンダと楽観視していた節が無いわけではなかった。

 なにしろ、ノルデンを跨げば直ぐそこの近隣国である連邦が自国の近隣で軍事行動を起こされたい筈もなく仲介や威嚇による掣肘(せいちゅう)が予期されていた。協商連合に梃入れする連合王国・共和国にせよ、自殺的なまでの進駐行動でこれまでの梃入れが無に帰すことを危惧し制止するだろう。要約すればこのまま行けば株主の大損になるわけで、大多数の将兵は「あり得ない」、そう判じていた。

 

 先も申した通り帝国と正面からぶつかり合ったとして協商連合の勝利できるほどの軍事力は有しておらず、どこかしらが仲介に乗り出し協商連合と帝国の政治家と外交官が始末をつけるだろう、と思っていた。

 だが、当事者である協商連合を除き誰からしても理解しかねる事態は、同世代の人間全員を困惑させることになった、もしもこれが連中の狙いならば正直拍手を送りたいほどの大博打だ。

 

 “進駐する協商連合軍に投降し、武装解除するか、速やかに撤退せよ”

 

 かつて()()()()()だった頃の権力のあったティアナが突きつけられれば瞬で出撃命令を下し蹂躙していた勧告、生憎一介の尉官の私は命令違反となるので口に出せないが上もそういう気持ちではあるだろう。

 一般的に衝撃的としか評価出来ない勧告、それでも半信半疑な目で事態を見ていた帝国にとって、協商連合が国境を越境せりとの報告は頭の隅に留めておいたにせよ、到底現実に起きるとは予測していなかった。

 後世において、帝国参謀本部のレルゲンという軍人が「……軍上層部による極秘裏の自演自作と疑う方が、まだ理解しやすいほど協商連合の意図は理解しかねた」と心中の疑問を吐露するほどにそれは常識から脱却していた。

 だが、疑問や不明瞭な点を除きプラグマティズムな帝国軍は実務的に協商連合の大規模越境作戦に即応を命令する。意図に対する迷いはあれ、戸惑いはあれ、紛争の可能性が指摘された時点で規定通りに物資の事前集積は開始され、中央からは大陸軍の各軍団が鉄道線での集結を開始。全て、偏りなく順調に成し遂げた帝国軍組織の手際と組織の勝利と評価される対応をやってのけた。  

 だが、大量の物資を動かし、部分動員まで行ったにせよ帝国はそれでもなお半信半疑を拭えずに悩まされ続ける。馬鹿な、あり得ない、と。

 

 諸列強の中でも軍備、随して物資輸送技術は頭一つ抜きん出た帝国だ。平時でさえ国境周辺には国境警備隊の名目で軍団規模の駐屯軍を展開させている。そこに、最低限の備えとして動員されティアナとターニャのちびっ子の属する追加の一個軍団。多少の情報戦を考慮し、諸外国のマスメディアを招聘まで行い対応そのものは抜かりなかった。だからこそ訝しむ、本当に攻めてくるのだろうか、と。

 ティアナはともかく連合を除く列強諸国の殆どは大義名分もなく軍事強国である帝国に、それもわざわざメディアの前で劣勢な戦力で越境攻撃してくるなど夢にも思わない。

 

 だが、世の中は現実は小説より奇なり、だ。ここまでくればティアナからしても摩訶不思議な展開に発展した。言い方を変えれば、最後の大隊の()()()()を変えて目の当たりにした、と言ったところだ。

 

 “開戦です!!皆さま、繰り返しお伝えします。開戦です!!たった今、戦争が始まりました!!帝国がレガドニア協商連合の越境侵犯に対して、宣戦を布告致しました!!つい先ほど協商連合軍が各地で越境を開始し、これに対応した帝国軍の部隊が続々と国境へ急行しております!!すでに、各所で交戦中との情報が入って来ております!”

 

 だが事実として眼下では、友軍機甲部隊を始めとした各部隊が急速展開中。並行して同行の従軍記者らがネタを見つけ叫び声を上げる勢いで各地で飛び込んでくる速報を全世界に発信している。

 戦勝出来る絶対的な自信があるからこそ出来る宣伝戦というわけだろうか。まぁ国力・技術水準・軍備のいずれを比べようと圧倒している以上、次の一手を先に打っておくのは明白だ。

 そして開戦に至るにして報道関係者が現地に展開しているということは宣伝を行う程度の余裕がある訳だ。帝国の強大さと正当性を宣伝するのは政治面で見ても悪くはない。加えて、向こうが先に国境を超えたという証明があるので、大義名分にも事欠かせない。そこにマスメディアを招き入れるということは、ようするに勝てる戦争と暗に示しているのだ。自国の負けているところを自由に報道させようと考える首脳陣なぞこの異世界においても幻想だ。隠すことこそしないが、少ないということは順調に事が進んでいる証しだ。

 

 これらの要因はターニャ・デグレチャフ少尉に安心をもたらすと共にティアナに退屈を感じさせる要素だ。正直、北方に飛ばされ研修と聞かされたときは幼女だろうが何であろうが辺境の戦場に送り使う軍事国家と、普通なら私程度の年齢の者など奇跡が起らない限り向かわないであろう懐かしの戦場へ再び立たせてくれた神もとい戦争に幸あれと賛美を送りたい。

 

 だからこそ、湾岸戦争の様に一方的な立身出世の好機を与えてくれるのは嬉しい誤算だ。

 勝って当たり前の戦争で、勝って当たり前の軍隊で、退屈な空から雑魚兵を叩いて潰して進軍するだけのつまらない任務ではある。が、悪い話ばかりでは無いのは確かだ。国境哨戒任務は地味さが強く出ている上に戦果を上げたところで政治面からの配慮措置で公式に存在しない業績、つまりは骨折り損のくたびれ儲けと化す。

 

 ただでさえ狙撃の腕はモンティナ・マックスであった頃と比べれば雀の涙程度に向上したが、それに加え色抜け金髪蒼紫眼で色白の幼児。間の悪いことに経歴だけ見れば士官学校の首位五位まで食い込んでいるエリートの魔導師だった。

 仮に(ティアナ以外の将校の考えで)抜擢して使ってみても失敗なんてすれば前途ある幼児を使い捨ての駒として利用したと悪評が立つのは避けられない。実力は良いとして外見が付いてきてない酷くアンバランスな存在が今のティアナ・ヘルシングなのだ。

 

 教官らの受けは射撃以外は比較的良かったが、部下を率いるために昇進するには「嬰児の魔()士」感が否めない。だからこそ、より強大でインパクトのある実績を残さなければならない。

 だが、今までは示す為の機会がなかった、と言うよりかは与えられる事がなかった。つまりは、私は「軍人の魔導師」として見なされておらず「小娘の魔法使い」としてしか評価されて来なかった。

 四肢を糸で操縛られ自ら動けない()()()扱い、何万匹といる軍の狗(国の傀儡)と成り下がった。

 

 しかし、皮肉なことにも帝国軍が圧倒的に優位な戦場で実戦の場を設けられ初戦を飾れるとは思ってもいなかった。

 噂では地獄その物になると言われたノルデンの地、そんな素敵な場所で戦争に赴けるなど、オマケに目を付けられる程度に活躍すれば地位を手に入れる事のできる戦場ときた。

 素晴らしい、全く持って素晴らしい!Splendidこの上ないこの状況を利用しない手立てはない。

 

「あゝ、愉しいな……だがコレでは足りない、もっと戦火を……もっと、もっと戦果を」

 

 無意識の内に口から漏れていた呟きを理解してくれる者は今は居ない。何れはこの思想に共感を感じてくれる同士に巡り会えるのを、また密かに楽しみとしておく。

 

「フェアリー09、此方ゴリアテ06。射撃の効果を求む」

 

「ゴリアテ06、此方フェアリー09。効力射撃を認む。繰り返す、効力射撃を認む」

 

 素敵な我々の敵がバタバタと倒れ、焼かれ、刺され、死んでいく様を見て、溢れ出る笑みを押し殺しながら陸で頑張って殺し回っている砲兵隊へ転送する。

 術式を展開しつつ、無線通信機を担いで飛ぶのは馴れないうちはフラフラとしてしまうが帝国の演算宝珠は中々に有能らしく普通数年の月日を掛け実戦で効を成すものが若干扱いは難しいが早い段階から実践投与に移れる優れ物だ。 

 最初に観測研修生として派遣される通達が来たときは溜息が出そうになったがここまで来ると懐かしの戦争の空気に酔い痴れるのだから良しとする。

 

「フェアリー09より、ノルデンコントロール。応答願う」

 

「こちらノルデンコントロール、感度良好」

 

「フェアリー09了解。現在面制圧進行中、制圧セリと判断。敵歩兵部隊は組織的統制を損失しつつあり、総進を続行されたし」

 

 眼前において壊走し、散り散りに逃げ始める人間だった糞袋共は呆気も取らず榴弾のにより木っ端微塵に粉砕された。

 

「フェアリー09よりノルデンコントロール。所定の位置に前進セリ」

 

「ノルデンコントロール、了解。こちらも確認した。現在軍団砲兵隊に現状を転送中。着弾観測の継続をされたし」

 

「フェアリー09了解。引き続き下さ着弾観測に当たる。オーバー」

 

「ノルデンコントロール、了解」

 

 

❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑

 

 

__神に許しを乞うな

 

__この世の不条理は大小の歯車により廻る

 

__その歯車の企画者こそが神そのモノなのだから




 作者は少佐ほどナツィオナールゾツィアリスムス(平たく言えばナチズム)の国家社会主義のイデオロギー保有者ではないしターニャほど資本主義じゃないので……

 どっちかと言うと利益がある方に傾く人間なので時として資本主義、かと思えば共産主義など簡単にコロコロ変わりますね。
 基本的なイデオロギーが立憲主義なのはルールを重んじる日本人なので仕方なし。


 少佐改めティアナには死んで貰いたいですね……出来ればティアナは反逆罪じゃなく別の方法で死んで欲しいものです。
 満足に死んでもらえれば良いんですけどね、何分何をしでかすか作者にすら分かりかねないキャラなので正直成り行きで死ぬのは止めてもらいたいです。
 最初は何処かのシーンで上層部の一人ぶっ殺して軍を引っ掻き回してから銃殺刑の予定でしたがやめました。


 ターニャとの仲自体は悪くも良くも無いです。まぁ下手な兵よりはお互い信頼しては居ます(分かりやすく言えば利用する側とされる側)
 今後ターニャにとってのヴィーシャの様なキャラを少佐にも作ってあげる予定です。


 次回を書くかは未定ナリ……



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【pacific sky】

 第二話の作成に多大なる時間を労してしまい申し訳ありませんでした。
 約3000文字ほど書いていたのですが満足に行かず敢え無く全て削除して作り直した所存でして、それにより大幅に投稿が遅れてしまいました。
 今一度この様な愚策を寛大なる御心にて御待ちして下さっていた読者様方、誠に申し訳ございませんでした。

 追加で申し上げますが【pacific sky】は書いてて正直苦痛でした。自己満足たらしめる稚拙な文、人物達の心情を碌に表現出来ない愚かしい頭を持つ自分が嫌になります。 
 一話目と違い嘗て作者が書いた凡夫な作品を下回る駄文が完成してしまいました。偏見混じりのイデオロギーの果に見出した結論はプロパガンダじみた物と来た…

 要するに作者としてはこのまま駄文を綴る位ならいっそ止めてしまおうかと思い始めたわけで。
 もしも仮に続きを書く事になったとしても作者は一話目以上の出来の作品を作るのは難しいと思います、それでも書いてほしい方が居るのなら評価を下さるとモチベーションに繋がります。(露骨な評価欲求)

 忠告となりますが今回から(作者からして)ネタに走り出します。ネタとは言いますが言動が若気の至りの様な喋り方となるだけなのでそこまで巫山戯たりはしないと思います。
 あと今回からオリジナル展開になります


 ティアナは場面が変わるシーンの時点でターニャと合流してます。単純に作者の実力不足で上手く書けなかったので合流シーンは省きました。混乱された皆様方申し訳ありませんでした。

 書いている最中に気付いたのですが高評価およびお気に入り登録をして下さった皆様方に多大なる感謝の念を感じております。この様な作品に評価を付けてくださる事に対して私としては非常に恐縮の至でございます。
 もちろん評価や登録をされていない方々もお目を通して頂けるだけで作者には嬉しいことですので何卒今後ともこの作品をご愛読して頂けるととても嬉しいです。



 再三に渡り申しますが大変長らくお待たせ致しました、それでは本編を心ゆくまでお愉しみ下さい。


 与えられた任務は重要だが単調な仕事。無線と観測機材一式背負い弾着観測を行うだけのつまらないもの。リアルタイムでの処理は諸元を請け負う軍団砲兵の砲兵科の担当、戦術指揮はノルデンコントロールの管制官越しに与えられるだけの平たく言えば我々の任務は中間報告人の様に居たら便利、その程度の認識でしかないものだ。

 勝ち戦ということもあり帝国軍砲兵隊の見学と称すべき見事な技量が繰り広げる曵下射撃や同時着弾射撃を見学するだけの任務。

 歴代の諸列強と比較し新参あるいは新興の軍事大国である我らが帝国。その盛名を支える軍は新興でありながらも名を轟かせる要因である比較的新型の装備を誇り、火力主義万歳を説き、さらに信奉して止まない所業にある。

 

 帝国の信念は「銃剣は嘘をつかないが、物量も嘘をつかない」だ。なればこそ、帝国において砲兵隊は「戦場の神(マーズ)」である。

 ティアナは勿論のこと無神論者様々であるターニャからしても空想御伽話に出る神よりかは姿形を目視できてなおかつ余程のぬけさくが

 

Los!Los!Los!(行け!行け!行け!)

 

 と指揮しない限り信頼の置ける絶対的な存在。何しろ、こちらから半信半疑ながらも待ちかまえていた開戦。制空権も対空魔導監視網もほんの少しの手抜きなく、そして抜かりなく万全に整えられた状況だ。

 散発的な挑発紛いの抵抗や対空砲火の輝きも戦場の神である砲兵隊に告げ口すればワンコールで出前ピザの如く無駄な時間を極限まで省いた砲兵隊による面制圧が破砕してくれる。

 

 安全で堅実で、それでいて評価される仕事。全く持って意図し難い、大方ターニャの事だ今後もこう簡単な仕事が回ってこないだろうか等とライフルを撫でながら切に願っている事だろう。

 ただ、今回の仕事は何もデメリットしかないわけではない、先も上げた通り()()()()()が下るのだ。つまりは首が飛ぶ可能性もあれば首の皮が厚くなるかも知れないと思わぬギャンブルが存在する。

 さらには特等席にて友軍による一心不乱の大進撃が観戦出来るのだから安いものだ。

 一方的に敵を粉砕する光景を見ているのは悪くはない。砲兵が耕し、歩兵と機甲部隊が前進し対地掩護兼直掩が我々魔導師。その上空を戦爆混合戦隊が奥地侵攻の先達として先行中。演習でもこれほど上手く行くかどうかという段取りの良さでことが進められている。

 これほど見事な手際で成し遂げた参謀本部の人間と一緒に歌いたいものだ、そうだそうだとも!この()()()()()()()()が終わったら私の知り合い全員で一緒に歌おう、愉しいぞ。凄く楽しいだろうな、ホルストヴェッセルを歌って次の戦争に備えるんだ。

 最後の戦いに(Zum letzten Mal) 今こそ点呼は(mird hum Appell)鳴り響く( geblasen)我ら既に(Zun kampte)戦争準備は( steh'n wiralle)万端なり( scronbereit)♪……

 

「ノルデンコントロールより、フェアリー09、砲兵隊による観測射撃開始。データ、送レ」

 

「こちらフェアリー09、各初弾の着弾を確認。各データを転送中。修正は約20メートル。繰り返す、修正は20メートル。修正次第効力射を始められたし」

 

 危なかった、このまま脳天気に歌っていれば参謀本部に流れかねない。咄嗟に口を噤み難を逃れたがもしバレでもしたら軍法会議までは程遠くともあの口うるさい眼鏡のレルゲンとか言った少佐に目を付けられかねない。

 それは置いておくとしてやはりどんな時代、どんな世界であろうと卒なく仕事をこなす砲兵隊は素晴らしいの一言に尽きる。

 多少のズレはあれど初弾にて至近弾を軍団集積砲兵レベルでやってのけるのだ。軍事大国様々だな、まったくこれだから最前線は楽しいな。

 

「ノルデンコントロール了解。全力射撃はフェアリー08の観測するゴリアテ07と同時、二百秒後の予定。オーバー」

 

「フェアリー09了解。アウト」

 

 やや高度を上げるべく上昇し、距離を取るように東側にずれる。あれ程見事な砲撃を成す砲兵隊の照準がそう簡単にずれるとは思わなんだが前世の最後、セラス・ヴィクトリアに88mm砲に撃たれた事が余程身に滲みているのかこういった射撃前は自然と離れてしまう。きっとターニャはあれでも少し抜けてる所があるから避けたりはしな……いや、流石にあいつも身の安全を考慮して避けるに決まっているか。

 こうしている内に撃ち始められる2つの砲兵隊による全力射撃は正しく空から母なる大地に無数に降り注ぐ枯葉剤の様に人の命を枯らしていく。

 

「フェアリー09より、ノルデンコントロール。効力射の着弾を継続されたし」

 

「ケルビムリーダーより、戦域警報! 繰り返す、戦域警報! ボギー多数の接近を確認!」

 

 ……は?(歓喜)

 

「ノルデンコントロールより全空中待機激撃戦力へ。ROEを国境哨戒任務より防空遊撃戦へ移行せよ。繰り返す、ROEを国境哨戒任務より防空遊撃戦へ移行せよ」

 

 帰ってきた応答は予想していたものとは違った。嗚呼何たることだ、戦友が敵に襲われてしまっているでは無いか。いや、下手な芝居を打つよりかは素直に喜びを感じよう。新手の敵兵力が私に……我々第三帝国に向かって来てくれたのだから。

 

「ボギーより多数照射反応!術式による干渉を感知!バンデットと判断!敵より照射あり!ただちに、叩き潰せ!」

 

 願ってもない、このまま何も無ければ退屈だった。そして更に戦場を引っ掻き回す気配を撒き散らす存在が通信越しに飛び込んで来た。これを喜ばずして何を喜ぶ、戦場が自ら歩み寄って来たのだ。迎え入れるのがベルセルクの嗜みだろう。

 

「ノルデンコントロールより全軍へ通達す。繰り返す、ノルデンコントロールより全軍へ通達すッ!」

 

 普段友軍機が撃墜されようと他人事と同じくニュースを淡々と読み上げるニュースキャスターの様な管制官の連中に少なからず焦りと困惑の入り混じった声が聞こえてきた、普段の様子が様子なので事態の拙さを物語っている。

 

「協商連合軍の大隊規模魔導師の越境を確認。繰り返す、協商連合軍の大隊規模魔導師の越境を確認」

 

 やはり協商連合軍は馬鹿の集いなのだろう。本来であらば戦力の逐次投入など()()()()()軍事行動においては禁忌だ。かつてのティアナにすれば失う物が存在しないが為にスコップは疎か廃材を持たせて倫敦に猪突猛進、飛んで火にいる夏の虫を言葉通りに遂行する、いうなれば阿呆だったが流石に今世に限ってそんな無駄な事を成そうとは思わない。

 だからこそ、個人的異常者なりに考えて今回の異常行動は世間的な常識で見積もれば歩兵のみで越境させた挙げ句、予備を後になって投入する事は本来ありえないと断言せざるを得ない。

 ティアナやターニャの様に下手な軍人よりかは頭の回る者であってもよりによって、帝国が防衛から追撃線に移行しつつあるこの段階になって協商連合軍が予備戦力を投入して来るというのは完全に予想外だった。理想的な戦場を作りたくばもっと早くに投入するのがセオリーなのだ。だが、だからこそ帝国は確かに不意を突かれてしまう。

 

「想定ケースに従い、ただちに迎撃を開始せよ!繰り返す、ただちに迎撃を開始せよ!」

 

 中途半端に敵を叩きのめし、砲兵隊の配置転換や微妙な修正を各隊が始めた矢先に大隊規模以上の魔導師部隊による大規模反抗。類にのケースが想定されていない訳ではないが帝国軍は敵の野戦主力は完全に叩きのめしたと判断していた。

 つまりは思っていたより残りっカスが多かった、それだけだ。ただその残りっカスが危険因子足り得る存在だったのが問題となっている。

 ティアナとしては後方に徹している身として物足りなさを感じてはいるものの仕方の無い事と割り切っており、観測要員としての仕事を続けようと管制とのコンタクトを再度取ろうとした。

 

「……ザッ…ザザザ…ザッーーーーーーーー」

 

 しかし返ってきたのはノイズの入った無効のコンタクトだけだった。これからが砲兵隊の誘導にせよ友軍情報の受理にせよ無線機その物に故障が生じたとあらば致命的、そう言わざるを得ない。実戦で使い物にならない物資や人材ほどムカつくモノは無い事を知っているティアナは舌打ちをしつつも任務を遂行するため眼前に意識を向けた。

 

「ノルデンコントロールよりフェアリー09、現在戦域α、ブロック八、高度四三〇〇においてフェアリー08が中隊規模の敵魔導士群と接敵。友軍魔導小隊がスクランブル中、至急エンゲージに努めよ」

 

 歓喜、感謝、マジでターニャには感謝の念が込み上げてくる。どうしてこうしてお前はこう私の愉しみを作ってくれるのだろうか。

 

「フェアリー09了解。至急援護に向かう」

 

「ノルデンコントロール了解」

 

 おさらいとして、ターニャの現状は彼女の故郷である日本の歴史において名を残す関ヶ原の戦いで我々ドイツ軍からしても中々にイカれた頭を御持ちのSHIMAZUの武将、島津中務大輔豊久なるバーサーカーに出くわした徳川の武将、井伊侍徒直政が「首置いてけぇ!手柄じゃ!!」と追っかけ回されている訳だ。

 児童相談所が無い事が幸いした。ターニャは都合の良い、言い換えれば現金な性格をしている為己の姿形を最大限活かす戦法を迷い無く取ることだろう。そして世の中の豚共の性癖にHITした暁には戦場は疎か軍ですら手が付けられない市民領域に逃げる事だろう。だが、今の世界でそう簡単には事は運べない。

 

「ハハハ、愉しいぞ。凄く凄く!愉しいぞ!!祖国の為(ひいては私の為)に尽くせるなど光栄の至ではないか」

 

 未だかつてこの世界でここまで高揚とした気分に浸かれた事があったであろうか、興奮が脳に影響を及ぼし視界を歪める感覚に陥るが第二の脳と言って差し支えない思考領域を担保出来る魔導師の頭脳とはいやはや全く持って素晴らしい事この上ない。

 元々の性格もありメタンフェタミン、世間一般の徐倦覚醒剤の副作用による精神汚染は二倍三倍に膨れ上がるが気にしない。たとえどれ程服用しようとも魔術により負担はカバーされるし神が私を簡単に殺すとも思えない。

 

「相手はビショップでもノスフェラトゥでもないただの人間の、ただの空を飛ぶだけで練度もないお粗末な一軍……を相手するターニャ(主人公)を助太刀するj()o()k()e()r()が私と来たか」

 

 主役を演じるのはティアナではなくターニャだ。何処の戦場で幼女二人が主人公の魔法少女染みた魔法を使い敵をブチ転がす奴がいるのか、そんなのは一人で十分である。

 

I want to die at Greatbattlefield(死ぬなら素晴らしい戦場で)

 

 ラインは楽しいがまだ私は満足しないし満足出来ない。なればこそ次の戦争ヘ次の次の戦争ヘ期待を込めて突撃する為にこの戦争を生き抜かねばならない。

 そして遂にターニャを見つけた。あとは【突撃!隣の幼馴染】をして乱入すれば私の満足する結果が待っているに違いない。ターニャの事だ、敵前逃亡とならない様に考えながら離脱するに違いない。そうは行くものか、協商連合のゴミ共を血と肉の詰まった肉袋にするまで引く訳に行かない。なにせ愚かにも我々帝国の貴重な資源と時間を浪費させるのだ。極僅かながらも因果応報、やられた分はしっかりと返さねば筋が通らない。ゆえにこれからの戦闘の勝者は私達で無くては意味がなくなる。

 やられっぱなしは真っ平御免だし、メンツに傷が付くのを黙って見過ごす訳には帝国軍人としても私個人としても憤懣の溜まる思いで過ごす事となる。地べたを這いずろうが何だろうが構わない、ただ戦ってただ勝ちたいのだから。その為には敵を殺す……殺すことこそが、戦いなのだ。

 

 

❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑

 

 

Anson major__

 

「スー中佐!観測魔導師の増援と思われる敵影を確認!スクランブルです!」

 

 神よ…神よ、何故なのです、どうしてなのですか。

 

「さらに中隊規模が急速接近、共に後方に小規模の魔導師反応。後続と推定されます!」

 

 私は貴方に……主に願ったはずだというのに。

 

「殿の第十六ホーレルシュタン師団、突破されました!」

 

 一体、どうしてなのです。

 

「ラカンプ少佐の大隊より突入部隊宛で緊急!帝国軍大隊規模魔導師と混戦に突入。退路は長くは確保できないとの事です!」

 

 一体祖国は、どこでどうして、道を誤ってしまったのですか?

 

「分かっている!時間は有限だ、速やかに観測魔導師二人を排除できないのか!?」

 

 砲火と絶叫による混乱が加速させ崩れ行く祖国の軍は刻一刻と事態が悪化していくことを空から見ているアンソン中佐に嫌でも現実を突き付ける。怒りと焦燥に歪み崩れるアンソン中佐が声を枯らし間接射撃の阻止を怒号するも事態は動こうともしない。

 

「片方は掠ってはいます!ですがもう一方、碧目の観測手に中々手こずる状況です!」

 

 視線に質量を与えればそのまま宙を舞う二匹の忌々しい蝿を撃ち抜くことも可能と思わせるほど睨みつつアンソン・スーは天を仰がねば正気を保てないほど疲労していた。これほど上層部の適当さを恨んだことがあったであろうか、過去を振り返る時間すら目の前の蝿には絶好の機会なのだが仰がずはいられない。

 

「嫌な位置を取られました。友軍の上、そしてその周りをもう一人が遊走とは、何方か片方は落とせどももう一方にこちらが落とされます」

 

 大多数でもって敵を追うのだ。たとえ敵であろうとも意地汚く生きる術を見出す事に対し卑怯とは言えるはずもなかった。ましてや目測でも飛んでいる二対の金髪はアンソン・スーの娘よりも幼い幼女を彷彿させる背丈なのだ。だからこそ帝国に対しての怒りは増すと言える。

 

「……政治屋どもめっ」

 

 誰のせいだと問われれば論ずるまでもない。彼の口から漏れたその一言が今の状況を招いた理由を纏めていたのだから。ロンディニウム条約を嗤い、平然と無視して選挙に訴えてみせる口先だけの軟弱者をここに吊るしてやりたかった。彼らが危機に晒しているのは祖国の民なのだ。

 

「スー中佐!やはり、別案通り敵砲兵隊を叩きましょう!幾ら機動性が高い魔導師二人とはいえ分隊も残せば抑えられます!」

 

「駄目だラガルド、たとえ一方を抑えてももう一人が襲ってくる!それこそ退路を引く前に全滅だ!」

 

 スー中佐の部隊は良くも悪くも、敵中に入り込み過ぎている。もう一つ、あともう一つ部隊が居てさえくれれば砲兵列へ強襲を掛けることはおろか、ターニャとティアナ二人を纏めて殺せただろう。だが彼の部隊は突破に対し複数の部隊を突破口に割かねばならずこの始末となった。

 

「カニンガム、敵来援までの時間は!?」

 

「もっとも早い編隊で四八○秒!早くしなければ尻尾につかれます!」

 

 帝国の迎撃部隊が続々と迫る中で全滅を賭して一か八かの大仕掛けに出た所で手札はブタ、つまりは詰みとなっていた。なればこそその運命を覆さんが為にこの手持ちで挑む他スー中佐には選択肢が存在しなかった。

 

「わかっている。格闘戦……迂闊だぞラガルドッ!?」

 

「大尉!?ラガルド大尉!?」

 

「クソッ!カニンガム、カバーしろ!ラガルド上がれるか?ラガルド!?」

 

 眼前で焦ったラガルド大尉が敵魔導師に接近を許し切迫される。反応できず、咄嗟に掩護が遅れラガルド大尉への誤射を恐れ発砲が止まりその隙に敵は術式を発現。敵の機動は掩護射撃で抑える前提で突っ込んできたラガルドが咄嗟にずらすにも余りにも近すぎた。

 緩やかに、時に急加速を使い巧みに射撃を避けていた両魔導師はそのタイミングを逃す事なくチャンスへと変える。

 

「っ、やってくれる!!カバーしろ!」

 

「ブレイクッ!あの糞雌豚共、狙い澄ましてやがる!トール!?」

 

 幼女二人に対し大人が複数人の戦力差での優越。火線の集中。それで、抑え込んでいた敵魔導師を自由にさせた代償は計り知れないほど高かった。

 

「脱落ニ名!加えてラガルド大尉はかなりの重症でトール中尉が敵魔導師により死亡!」

 

 碧目の魔導師により両腕が焼けただれたラガルドは、出血と痛みで意識が朦朧としながら降下中。それをカバーしようと射線に割って入ったラガルド大尉のバディであるトール中尉ももう一人の魔導師の銃剣に喉を割かれ亡き者となった。

 

「えぇい、やってくれる。中佐殿、自分とラバンが切り込みます、掩護を!」

 

「ああ!クソッタレ!掩護してやれ!」

 

「ヒット!ヒット!」

 

「その腕もらったぁ!!!」

 

 我武者羅な戦場にてそのニつの声は驚くほどハッキリと彼の耳に渡来する。

 

『『ツカマエタ(タノシイナ)』』

 

 片や狂信者のように唯一の目標を成し遂げた様な喜びに近い声、もう一つは説明するのも烏滸がましくハッキリと歓喜の言葉を告げていた。

 

「駄目だバルド!ラバン!下がれ!そいつは…そいつらは……」

 

 何処かでは分かっていた、だが叫ぼうとした彼の無駄な行為を誰が責められようか、ともかくその件の帝国軍魔導師二人は、自らに斬り掛かってくる部下二人を自身を餌にして誘き寄せあろう事か自分ごと術式の効力圏に取込み発現させた。

 

「二者共に…自爆だと……」

 

 魔力の意図した暴発、その光景は理解したくも無かったが彼はそれ以上に最悪な物を見てしまった。

 

「中佐、限界です!捕捉されます!」

 

「……観測手は潰した!離脱する!」

 

 

 

 

 地上へ墜ちて行く二人の観測手の片割れ、蒼紫の瞳の幼女の目がこちらを向き口元を歪め我々を嘲笑っていたのを__




 前の半分も行かない文章で申し訳ありません。それと遅くなったのもごめんなさいm(_ _;)mまぁヒラコーも遅いし大丈夫だよね?

 作者はスー家が大嫌いです。


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【Personal・First】

 一体何ヶ月の間放置したのでしょうか。言い訳を聞いて下さるのであれば嬉しく思うと共に申し訳なくも感じます。
 詳細としましては自転車で高校へ登校している最中偶然にも曲がり角で他校の生徒が乗る自転車と衝突しその際メガネのレンズが割れ不幸な事に眼球に破片が侵入すると同時にフレームにより目が圧迫され内出血、結果網膜剥離という痛々しい現状へと至りました。
 完全に真っ暗闇という訳ではないのですが左目が煤けて視える状況なので歩行にも一苦労です。
 以上の理由により精神的に落ち込んでいたのと共に書いてはいたのですが元々目が悪い所に左目は使い物にならず右目も見えはせども痛みを伴うと散々な状態で書いた所で誤字脱字のオンパレードとなってしまい投稿が遅れてしまいました。

 最早あれですね、呪われてると思って良いんじゃないでしょうか?





fuckのところをScheißeに変えときました。


 ある魔導将校達の授かった叙勲、それは稀に現れる優秀な兵にのみ与えられる映えある勲章である銀翼突撃賞とそれには劣る物の大抵の場合、二階級特進者に贈られるものが殆どの片銀翼突撃賞がある。

 しかし今回のライン戦線にて名を挙げた二人の生存者は生きたまま授与するに飽き足らず、異例の速さで二つ名まで贈られるという晴れがましい決定が参謀本部にて行われた。しかし、戦勝とそれに伴う叙勲の例に沸きあがる一角を他所に参謀本部の一角、徹底して衛兵により部外者の立ち入りが排された参謀本部第一部(戦略)の会議室では重苦しい空気と共に激論が飛び交っていた。

 厳密に言えば二人の准将による大反対なのだが。

 

「断固として反対です!そのような集中投入ではメリット以上に即応性を失うリスクが余りに大き過ぎます!」

 

 軍人として名の恥じない成りをした軍人は立ち上がるなり反対を怒号してやまない。傲岸さを匂わせるほど、自信に溢れながらも薄い青みを帯びた彼の目。それは常に先を見据え、かつ現実も等しく見る慧眼を持っていることを悟らせる。才幹と自信の調和故に磨かれた俊才と参謀本部で評価されるルーデルドルフ准将。その彼が俊才の誉れも投げ捨て机に身を乗り出さんばかりに声高らかに反対を叫び続けていた。

 

「すでに現地にて展開されている部隊による追撃戦を遂行すれば事足りる問題です! 今のこの状況はまず何より戦略的柔軟性を保たなければなりません!難しい事ではなく順当に圧迫し続ければ良いのです!」

 

 いわく戦略的柔軟性を損なうべきでは無い、と。

 

「同じく、意義を申し立てざるをえません。優先順位の高い敵野戦軍の撃滅には成功したのです。これ以上犠牲を出してまで戦争に何を求めるのですか。国防する事に関しては果たされています」

 

 そして、戦略的柔軟性を保つべきと言うその視点に置いて物静かな物腰と学者然とした外見、真実を飾り気もなく語るルーデルドルフ准将に対し他者に分かりやすく、かつ的確に理解させる言動を見せる軍人として自らを律している者特有の印象を与えるゼートゥーア准将も反論の列に加わる。

 

「両准将の言は一理ある……ルードヴィヒ中将?」

 

 座長を務めるマルケーゼ侍従武官にしてみれば、両准将の言は理屈を通してみれば無視しえない程度に理が通っていた。マルケーゼ以外の侍従武官にしてみれば議論の場において反論者を無視していた事であろう。

 だが、マルケーゼにしても気になる点が無いわけでもない。参謀本部の見解が、最高統師府へ持つ支配的影響を見れば掘り下げるだけの価値は存在し得た。

 

「慎重な事は良いが、そもそも周辺国に動員の兆しすらない。この様な状況下において、我々が大規模攻勢を所与の上に束縛されず行えるとすれば絶好の好機ではないか」

 

 立ち上がった参謀長の顔色は、困惑。将来を有望視していた部下が二人揃って反旗を翻したことに対して戸惑いを感じた。その一方で怒気を孕み色を見定めている奇妙な困惑を見せる顔をしていた。

 

「中将閣下!せめて限定動員に留めるべきです!全面動員など、それではプラン三一五の前提基盤が崩壊します!」

 

 ルーデルドルフ准将の簡潔な異議は帝国の置かれた地政学的な事情によるものだ。帝国は周辺を列強諸国に囲まれた唯一の列強国、それは常に二正面以上の国防戦略を想定しなければいけない。比較的新興の軍事国家として名を馳せる歴史的な背景が存在する帝国。それはつまり、軍事面での面子として質的優位を確立しなければという潜在的な恐怖と地理的必要性に迫られての事だ。

 

「ゼートゥーア、戦力の逐次投入は何としても避けなければならん。それは誰の目からしても明白だ」

 

「逐次投入の愚は小官も承知しております。ですが敵野戦軍の殲滅に至るに主力を投じる必要性は疑う事こそが必要となります」

 

 イルドア王国を始めとした三つの列強国はいずれも本格的な動員の兆しすら見せない中協商連合を撃滅しうる環境は整っている。

 が、しかし『敵を叩くは今』という点においてゼートゥーア准将はそもそも論戦果拡張が既に果たされたと解釈する点においてルードヴィヒ参謀長と意見を異にする。

 

「ゼートゥーア准将に同意します。我々は現に勝利しつつあり問題はこの果実をいかに有効的に活用することができるかを考慮すべき次元です!明確な方針を示さず徒に動員しても戦略次元の目的が余りにも曖昧で国防に利するとは考えにくくありませんか」

 

 戦果拡張に関する次元ではなく、単純明快な事に今の現状を戦果と照らし合わせた上でその戦果の活用法についての疑問の提示であった。ルーデルドルフ准将の提言は、やや趣旨が異なるにしても軍が方針もなく徒に整えられた国防方針を危うくする事への危惧である。

 

「しかしだルーデルドルフ、最高総師府から方針が示されていない以上、参謀本部としては戦果を拡大するしかない」

 

「中将閣下、軍事において明確な戦略目標の欠落した行動は禁忌です。小官も思慮のない大規模侵攻で国防戦略を結果的に損ないかねない行動は断固として反対いたします」

 

 ゼートゥーア准将もルーデルドルフ准将に苦虫を噛み潰したような表情で同意する。

 

「機を見るに敏であれ!我々はこの行動によってノルデンの領有問題を解決する用意があります!さらには帝国の地政学的課題を解決しうる!」

 

 だが、一部の列席者が思わず叫び声を上げるのも全く根拠がないわけではない。それは、帝国を「常に苛む包囲が施されているという現実の課題」を断ち切る好機という甘美な未来図も用意されているからだ。隣国の協商連合打破できれば帝国を苦しめる脅威の一つが取り除かれる。それは長年の地政学的課題を解決する

機だった。

 

「異議あり!即定の防衛をしてまでも断行すべきではありません!」

 

 しかし、問題の本質はルーデルドルフ准将が断固とした反論を提示するように今の防衛計画を危うくしてまでも将来の安全を確保しに行くか否か、という点にある。

 

「帝国の目的は国防です。事実上の国境線もロンディニウム条約で確定してある以上、本質的には問題ないも同然」

 

 そしてゼートゥーア准将に至っては協商連合など捨て置けば良いとすら平然と言ってのける。いわく、ロンディニウム条約で解決済みの問題を態々拗らせる必要はない、と。

 

「敵の舞台に上がる必要はありません!それこそ、我々は我々の舞台で戦えばよいのです!その為にこれまでの準備を投げ仰せても良いと仰るつもりですか!?」

 

 なによりもルーデルドルフ准将がほとんど身を乗り出さんばかりに会議場に対して訴えるように本質は帝国の国防の根幹に関わる問題である。

 参謀本部の長らく整備し続けているプラン三一五。それは帝国の地政学的事情から、帝国が持ち得る唯一の国防戦略だった。どこから連鎖的に侵略されようと有機的に反撃し、防衛を断固として成し遂げるという帝国の防衛方針は四方を潜在的敵国に囲まれた帝国の窮余の結論だ。帝国はそれ以外に成算の高い防衛作戦を事実上見出すことが出来ない。

 

「ならばこの包囲されている現状を部分的にせよ打破できる好機を見逃すのかね?」

 

「幸い、列強諸国に動員の兆しすらない。今なら帝国の禍根を解決しうると私は信じている」

 

 その決断の是非について、彼らは知らない。少なくとも今、この時だけは。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 本日は晴天なれど、風は強し。双眼鏡を覗き込み()の銀翼を覗き見れば今もなお上昇中。予定された試験項目を半分ほどクリア済み。良く良く表情を見てみれば多少の引き攣りは見え隠れせども平坦な顔成りを保っている。

 前回パラシュートが雲の湿気で開かず危うく死にかけたのに比べまだマシだが気が乗らない事は察せれる。まして、少し集中力が乱れれば演算が崩れ宝珠が炎上すると言う空中で生身の人間が行うには中々に酷な条件での実験となっている。

 被験者では無いにしろその苦労を想像するのは一言に()()()と言えようか、欠陥だらけで信頼性の欠片もない「新型」という犠牲者を生み出すことに特化したクソの様なガラクタで、だ。

 世界に一つの個として鑑賞できる喜び、というのだろうか。宝珠に込められた小さくも膨大な情報量の詰まった新世界の未知の理に対する干渉はミリ単位で狂えば一巻の終わりとなる緻密な作業が請求される。

 細心に細心の注意を払わねばならない作業を、遊びが一切ない代物で行なえと言われたターニャ・デグレチャフ(尊き犠牲)の人形の様に繊細な手はズタズタにされていた。

 あともう少し私と救護班の到着が遅ければ、医療技術の進歩が遅ければ彼女は左腕一本で生きて行く羽目になっていた。

 

 信頼の置けない宝珠など安全ピンの外れた手榴弾を爆発しないように握り締めているのと大差ない。結果など誰からしても分かりきっていることだ。だから高度四千の上空で放たれた溜息を白く煌めかせる彼女の気苦労は計り知れない。

 

『機関部爆発!出火を確認!試験中止!繰り返す、試験中止!』

 

「………Scheiße!!!!!!」

 

 そして今日も、予定通り管制の悲鳴じみた叫び声とターニャの零す苦悶の呻き声、ティアナの呆れを含む叫び声が晴天に溶けて行った。

 

 どうして被験者じゃ無い私がターニャの実験に付き合わなければならないのか?それは北方で二人仲良く負傷し、後方へ下げられた時まで遡る。

 当時、療養中のターニャ・デグレチャフ及びティアナ・ヘルシング魔導少尉にとって復帰後の配属先は死活問題だった。奮戦し、一定の戦績を上げて受勲までなしている……これは、昇進において有利になると共に、前線(後方)に縛られかねない絶妙な問題を含んでいた。

 

「「拝見いたします」」

 

 二人揃って差し出された人事書類、その時浮かんだのは心中前線への再配置だけを願うイカれた思想と勘弁願いたいと想像する常識的思想。だが、ターニャの懸念は杞憂に終わる。中には上記二名の本国勤務を命じる発令日の日付の無い人事書類。つまり正式ではないものの、日付を記入し上官がサインすれば何時でも有効になる代物だった。

 

「喜べ。本国戦技教導隊付きの内示と総監部付き技術検証要員、及びそれの補佐としての出向要請だ」

 

 その話を聞き双方の少尉の意を総括せども結果的に悪くない提案だった。本国配置で、それも事実上の後方勤務。

 心理上の違いはあれども双方にとっては本国戦技教導隊へ配属ということは多くのメリットを含ませている。帝国軍最高精鋭として装備面で最恵待遇の部隊である上に、戦技研究のメッカとして技量を磨く(特にティアナ)としては適している。生き延びる確率、そしてキャリアを獲得する確率を少しでも上げるにはこの上ない環境であるのは間違いなかった。二人としても、他者の指導を兼ねねばならないとしても周りから技術を盗む目安や媚を売る意味では最高の席だろう。

 

「可能な限り貴官等の意向を尊重するつもりではある、だが異議を申し立てるかね?」

 

 形式上は意向を尊重するとはいえ事実上の内定。こちらが申し立てを拒絶するとは先方も想定してはいない。ここまでお膳建てられたということは配属拒否など許されることではない選択肢は先の質問に肯定の意を含む答えしか無い。

 

「はい、異議を申し立てません。配属命令を授与します」

 

「同じく異議はありません。技術検証補佐としての任務を全うします」

 

 司令はその言葉を聞き満足げに頷くと、私とターニャが同意したことを書類に書き込む。その時点で書類上は転属が完了した。

 その後説明された事を要約すれば新型の宝珠の開発に貢献せよとの事である。ただ、宝珠が如何様な性能を所持しているかを問いただしたところ大部分が機密事項に該当し聞き出す事はできなかった。

 気がかりは残る。技術試験のために新型演算宝珠の各種技能試験、一言たりとも嘘はつかれていない。ただその宝珠がポテトマッシャー並みに使えるかはたまたイタリア製の赤い悪魔並みに厄介な代物か伝えられなかっただけだ。

 その結果、素敵な我が幼馴染は今、この瞬間も苦しんでいる。

 

 

 帝都ベルンより南西方面空域、行動八千百。従来の演算宝珠では昇ることの困難極まりない、それこそターニャやティアナの様な異常とも取れる才能を有さない限り昇ることの不可能な高度に在していた。酸素濃度は一万二千に比べれば幾許マシとは言え正直なところ心許なく何より体温の低下が深刻だった。

 必要な高度順応を行うために、開発担当者殿(尊き犠牲)と共に六千八百付近で時間を取りすぎたのが裏目に出ていた。もともと高高度というのは生身の、それも十代にも届かない子供が来て良い場所では断じてない。

 これ程の高度に達したのはDeus ex machinaに乗ってあの青い空を、黒と赤に染められた懐かしい戦場を翔けた時ぐらいだろうか。

 

「デグレチャフ少尉、意識は健在か?デグレチャフ少尉?」

 

 たかが四千、されど四千。その差は症状の差異に直結する。おそらく全身の倦怠感はティアナのそれを大きく上回るだろう。かくいうティアナ自身想像を絶する環境下なのだ、通信を寄越すのも億劫などと言う言葉で表すのすら烏滸がましい。

 二人の脳裏は偶然にも一致した。新型の実験だか何だか知らないがこの高度に生身の人間を送り込もうと考えた連中は一度がん首揃えて体験して見るべきと言う恨み言である。

 

『一応にはある。……が、長くは持たない。はっきり言って生身でこれ以上の高度は不可能と判断する』

 

「了解、管制室にはそう伝えよう。健闘を祈る」

 

 ターニャが飛行している場所は地上より二十一・六度も低い。空戦機動で辛うじて滞在できるかどうかの瀬戸際な高度は、明らかに人間の侵入を拒絶している。そもそも従来の演算宝珠は高度六千が限界、ティアナの様に才能に満ち溢れたものであっても八千を少し超えた所が上昇限界。それ以上は推進力が足りずに重力を振り切れない。

 だからこその新型演算宝珠の実験であった。詳しい事は何一つとして説明されていない為にティアナには分からないが少なくともまともな物で無い事は先程爆風に巻き込まれ燃死体となり掛けたターニャを見れば見て取れた。

 

『何より、魔力の消費が凄まじい。魔力の変換効率は常識外にも程がある』

 

 ガソリンの代わりに魔力を餌にする演算宝珠は変換機関にて活発させるのだがこの最新型、四発化を図る事で魔力の消費を四倍にする代わりに出力を四倍に強化している。ただそれは、元々半端ない魔力消費量を加速度的に飛躍させているという事だ。

 そしてそんなモンスターマシーンを恐ろしいまでの小型化を達成した事に対して敬意を払うに然るべきなのだろう。しかし、使う側、そしてそれを間近で見守り爆発した際に引っ剥がす役割の二人からすればたまった物じゃない。精密機械を小型化するという事は遊びが無くなるわけだ。

 

「あー、ドクトル・シューゲルからの伝達だ。少尉、もう少し高度を上げれないか?とな。理論的に一万八千までは行けるとの事だが」

 

 双眼鏡を覗き込み顔色の悪そうな幼馴染に対して些か酷であるのは承知の上だが中間観測者として為さねばならない仕事のため、都合を配慮する気の無いあっけらかんとした技術者の言葉を伝える。

 流石の私でもこんな馬鹿げた命令は下さない。今までだってそうだ、死ぬ気になれば光明が見える程度の命令しか下した事はなかった。でなければリップバーン少尉にあの()()()()()()()吸血鬼を相手させるものか。

 

「ヘルシング少尉、管制機に直接繋げれるか?」

 

『多少のノイズは入るだろうができなくも無い、繋げるぞ?』

 

 そろそろ限界なのだろう。声に含みを感じる震えがあった、かく言う私もあの様な無理難題を押し付けられよう物なら例のDQNの乗る管制機を渾身の魔力を乗せた砲撃で撃ち抜いている。

 通信設定を変更ししばし経った頃、観察を続けているとどうやら無事繋がったらしい。遠目で見てもわかりやすい程に怒鳴り散らしてる。

 しかし程々科学者という者は()()()()()()。大博士含めこのドクトルも不可能とひと目で分かる代物を卓上のデータが成功を叩き出す限りたとえ倒れようと機材に手をやる。そういう所は素晴らしいのだが如何せん理論観念が壊れ過ぎているのも困り物、特に今頃ターニャに負けない程の大声で怒鳴り散らしてるであろう主任は大博士(グランドプロフェッサ)以上に壊れた節がある。

 

「……っ!!」

 

「……!?…ッ!!!!」

 

 おぉおぉ、どうやら相当仲良く演っている様子でターニャに関しては身振り手振りで怒りを表現している。ちらりと管制機を双眼鏡で見ればこちらも部下を退けてマイクを破壊する勢いで握っている。

 酷く嫌な予感が背筋を通った。第三者視点で道化二人のコントを観察していようと見ている此方側が頭の痛くなる光景はターニャの集中力の乱れにより打ち切られた。

 

『機関部、宝珠核温度急上昇!?』

 

 管制機から聞こえる警告音声、未だ爆発しないだけ儲け物と思うか思わないかは個人の自由として最終的に命綱であったターニャの宝珠核制御のテクニックもこうも波乱とした現状では意味もなく結果は制御を喪失。一刻の猶予もない状況下において魔力供給をカットしつつ並行して演算宝珠内部の魔力を緊急排出。

 様子見をして感じた事として、思った以上に前回の教訓を取り入れた安全機構は有効に機能するらしい。前回は爆発、炎上共に使い物にならなくなった回路と比べれば急遽要請した外殻の強化が間に合い吹き飛ぶ事には至らなかった。

 

「管制。救援の出動の許可は降りるものか?現在デグレチャフ少尉に異常が発生」

 

 腕がセラス・ヴィクトリアよろしく無くなり掛けた前回に比べてガラクタ一つが犠牲になった今回の実験、毎度の事ながら誤作動による予備の演算宝珠の起動を懸念してか持ち合わせのないターニャを拾いに行くのは何時もティアナの役割だった。

 ここは帝都、チビ二人が抱き合って地上に降下しようと撃ち抜かれる心配は無用。故に今ターニャにとって重要なのはティアナに大人しく、それでいてきちんとした体制で抱かれるよう備える程度の事だった。

 

『了解しまし、ちょっ、ドクトル!止めてください!離れて!はなr』

 

 だが高度を上げターニャを救出する準備に取り掛かった瞬間。無線越しにろくでもない揉め事を耳にし強制的に通信を切られたティアナは今頃パニックであろう幼馴染に小声で気を紛らわせる為に国際問題待った無し(Matrosenlied)を歌い現実逃避をやってのける。こうでもしなければ何時飛び火してくるか分かったものではない。

 

「頭の働く馬鹿とはかくも恐ろしいとは、認識を改める必要は……ハハハ、忘れていた。私自身が頭の働く愚か者ではないか!」

 

 アーデルハイト・フォン・シューゲル主任技師という人物は良識というものと引き換えに才能を得たのでは無いだろうか?才能と人格が一致しない事例は数あれどこれほどまでにズレが生じた人物はティアナの知り合いでも例の大隊隊員達と英国国教騎士団の愛おしい屑共、そして裏切りの13課メンバーと限られている。

 とは言え世間一般からすれば異常なほどに知り合いに居ると認識できるがそれは閑話休題。




 とんでもなく中途半端な終わり方で申し訳ない、このまま行くと一万文字を軽く越す勢いなので此処で切らせて頂きました。Secondはその内出せれば出します。目の治療が最優先なので……



 ティアナがDQNの実験に付き合う羽目になったフラグその壱、上官に質問せずにトントン拍子に事が進んだから。

 さて、今回から活動法告にてティアナには拷問シリーズをして貰う……予定だったのですが余りにも無頓着な内容だったので一つの作品として投稿します。
 ただし書くのは私ではなく姉です。私はこっちの本編に集中いたしますので糞姉が不愉快な思いをさせると思いますが温かい目で見守って上げてください


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人間戦記 【Apocrypha】

 さて、まず申し上げる事としましては本作品の世界を描き上げたのは私()()()()私の姉でございます。私は本編しか書くつもりなので代わりに姉に執筆して貰いました。
 一応、この作品を出ている分は全部読ませた上でHELLSING本編を読ませ、私からも後のストーリー展開を軽く説明し私自身流し読み程度の確認はしました。多少の矛盾点が見受けられると思われますが本作品は正規ルート通りの世界線ではないので気にしないで頂けると弟としても嬉しく思います。

 もう一度申し上げますが、この番外編は本編と直接的な関わりは御座いません。どちらかと言うと前戦よりも後方のやり取りが多くなると思います。 




 この作品は戦場の一場面を作者という神の如き権能を用いて切り取ったものです。本来の世界線と統合性はありません。あってたまるか。


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 片銀翼突撃賞__それはとある一人の軍人に与えられた名誉ある勲章。熾烈な戦場を縦横無尽に駆け抜け敵を殲滅し味方を鼓舞する姿に人々は畏怖と敬意を払いネームド持ちであるターニャ・デグレチャフと唯一対等になり立てるその軍人を【片銀】と呼び讃えた。

 そんな誉れ高き勲章を齢九歳の身で授与された英雄ティアナ・ヘルシングが信頼する部下の一人であるアニーシャ・ヘルムート・シュリャホーワ伍長の凄惨な戦場記録を少し覗いてみよう__

 

 

 

 アニーシャ・ヘルムート・シュリャホーワにとって初めての時は震えが止まらなかった。塹壕からスコープを覗いて見ればほら、協商連合所属の陸上部隊のクソッタレが反対側の塹壕から身を乗り上げてくる。

 カチッと音を鳴らし引き金を引けば眼球から抵抗なく侵入した銃弾は奴の頭蓋を砕き脳髄を撒き散らし体は塹壕へ逆戻りだ。

 ふと、私は気が付いた。構えていたライフルの金具が擦り合いカチャカチャと小刻みに鳴っているのを、人を撃ち殺したという現実により震える全身と撃った反動で傷んだ骨が教えてくれる。

 人を殺した、他の誰でもないこの私が……銃を構えて標準を定めて弾を装弾し、引き金を引き撃ち殺した。

 

「良くやったシュリャホーワ伍長。だが虫を一匹殺した程度で泣き出す様ではいけないぞ?」

 

 隣を見れば未だカタカタと震えながら罪悪感と恐怖で知らぬ間に涙を流していた私を嘲笑う上官が居た。何故笑って居られるのだろう、私よりもうんと年下だと言うのに。

 

「さぁ伍長、ここでの散歩はお終いだ。名残惜しいが帰るぞ」

 

 ティアナ・ヘルシング少尉、片銀翼突撃賞を受勲した帝国の切り札の一人にして過ちその物とも呼べる人。こんな頭のおかしな()()だと分かっていればこんな部隊に志願したりなどしなかったのに。いや、過ぎたことを悔いて何になると言うのだろう。

 

「了解……しました」

 

 淡々と少尉殿の後を着いていく。塹壕を戻って行けば連中が投げ込んだ手榴弾の餌食になった友軍が黒焦げになって倒れている。その近くでは体の一部が炭と化し耳穴から大量の血を吹き出しながら座り込んでいる者も複数人いた。恐らくだが至近距離で爆発を受けたが為に鼓膜が破れると同時に飛んで来た破片で顔面がボロボロになったのだろう。

 仲間の死を悲しむより自身が人を殺した事に対して哀しむとは、我が事ながら都合の良い性格をしている。

 保身に走る訳ではないが仲間の死を悲しまない訳ではない。真横に居た仲の良い同期が脳を吹き飛ばされて死ぬ事や不発弾を誤って踏み木っ端微塵に吹き飛ぶ同期もザラに居たのだ、泣き叫ばない訳がない。

 

「………伏せたまえ伍長、どうやら連合の阿呆共はまだピクニックがしたいらしい」

 

「ッ……」

 

 少尉殿の言葉通り塹壕へ身を屈めると案の定頭上を弾丸が通過した。一瞬の気の緩みすら許されないこの世界(センソウ)、まったく清々しい程にこの世の中は夥しい量の数奇な歯車で回っているらしい。それとも神々は我々の様な矮小な存在を嘲る為に戦争を続けさせているのだろうか、だとすれば私は本格的に火薬庫の人間と仲良くする運命にあるのやも知れない。

 

「デグレチャフ中尉は未だ雪山から帰って来ないしで暇で仕方ない。まったく上層部の能無し(クズ)共め、まだライミー共とのランデブーの方が数京倍マシだ!」

 

 普段愚痴を零す姿を見せた事のない上官が珍しく顔を訝しめ上層部の人間に怨佐の念を溢れさせている。

 同意見かと問われれば、まず間違い無く「Ja」と答えるだろう。首輪の掛け方を間違えた飼い主に苦しい思いをする飼い犬が機嫌を損ね食い付きかねない状況と良く似ている。きっとこの上官なら己の野望の障害となるなら祖国だろうが何だろうが問答の余地無く滅ぼしに掛かってくる。

 

「シュリャホーワ伍長」

 

「は、はい!」

 

 突然、先程の激情が鳴りを潜め普段通りのいけ好かない声色で私に呼びかけて来た。

 

「君は仮に無事に帰れたとしてこの後何があると考える?」

 

「質問の真意が理解出来ません」

 

 くるりと体を反転し、私を舐める様な目線で問う少尉殿の真意の全てを、推し量る事は現時点の啓蒙では心許なかった。

 未だ鳴り止まない戦火の轟音を遠くへとやり上官の言葉へ耳を傾ける。彼女の言葉は凡人には理解できない、しかし汎ゆる物事の本質を捉えたその言霊は聞き逃すには勿体無い。

 

「ではヒントを与えよう。このまま行けば我が帝国は間違いなく勝利する。しかし協商連合の連中は顔を真っ赤にして周りの痴呆共と手取り合ってダンスに興じ兼ねない。そうなれば……」

 

 つまりはアレだろう、常日頃から呟いてる列強諸国を巻き込んだ大きな戦争、【世界大戦】を暗示してるのだろう。あゝ恐ろしくて敵わない、悪名高き彼女の思考回路をほんのりとだが理解出来る様になってしまった自分自身が恐ろしくて敵わない。

 

「我々も舞台に強制参加の上で独り寂しく踊り狂う事になる……という事ですか?」

 

「八〇点だ伍長」

 

 隣に敷かれた塹壕に手投げ爆弾が投げ込まれ戦友の断末魔が聞こえて来た。それでも少尉殿は歌う様に語る。まるで仲間達の悲鳴が聞こえていないかの様に嬉々として私に囁く。

 

「孤独なダンスは私も御免被る。しかしもはやこのまま行けば避ける事は不可能、であれば各々が楽しく踊るのをただ眺めているだけなんて()()

 

「火種を作るのはあくまで我々、だけど勝手に焚きつけるのは連中なのだよ伍長」

 

「我々は北風と太陽の太陽だ。列強諸国が北風の如く協商を奮い立たせようと圧倒的武力の前では膝を突く。ならば我々が太陽となり連中を誘導すれば良いのだよ」

 

 正直この会話を報告書に纏め上げて上層部に提出すれば国家反逆罪及び交戦規定の侵害の罪で死罪に出来るがそうなると帝国の支持率やプロパガンダに対する影響力の低下が懸念されるので却下となる。

 

「砲撃が強くなって来たな、急ぐぞ伍長」

 

「はい」

 

 自らを機械と律し淡々と命令に従えば良いのだ。例え叛旗を起こそうが起こさなかろうが待っている結末は少尉殿の言うとおり悲惨な戦争だけ、そこに気付いてしまえばもう同じ穴の狢である。

 

「あのゴミクズ共と踊るのは少々腹立たしいが贅沢は言えまい」

 

 帝国は協商連合による不可侵条約の破局を前提とし、終局的段階の位置において重大な選択を迫られている。踊るも踊らないも、結局は歯車の嵌り具合で汎ゆる具合に帰結する。

 故に帝国としては、少尉殿の言う通りゼートゥーア准将閣下やルーデルドルフ准将閣下の様な聡明かつ大局的に状況を示唆出来る切れ者が指揮する以外は破滅とも言える大戦への道のりを刻一刻と歩む事になっている。

 たった一つの手違いが、万人を巻き込む凄惨な事態を招き兼ねない。

 

「まったくその通りですね」

 

「おや?ようやく伍長も分かってくれる様になったか」

 

 冗談じゃない。口が裂けても戦争至上主義のイカれに賛同など出来るものか、あくまでも私が賛同するのは上官だからと言うだけである。

 私はこれでも常識人のつもりである。今だって人を撃つことに嫌悪感は抱くし、人を人と思わない上官も同僚も同じ人間としての目線を汲みたくなど毛頭無い。不条理演劇は狂人同士で勝手にやってくれと言う訳だ。

 

「少尉殿に質問なのですが何故連中は情報操作に尽力しないのでしょう」

 

「簡単だよ伍長、連合も引くに引けない大局に至っている。今さら退ける何て選択肢を取るようならば今まで味方だった列強諸国に一網打尽にされてしまうのは目に見えている。

 だから下手に情報操作は出来ない、連合が一度我々に敗けた事実はどうあっても覆し様のない事実なのだよ」

 

「でしたらだからこそなのでは?風の噂では協商に援助をしている国の一部地域では除倦覚醒剤の流用は御法度と聞きました。そう言った面での情報操作程度であればやらないという選択肢は無いのでは?」

 

 底辺に属する兵士では入手し得難い情報は、大抵がホラ吹きが垂れ流した信憑性の薄い情報ではあるが大国として名高く、新参国と呼ぶに値するルーシー連邦は政治面での情報網は抜け穴があるらしく情報提供に尽力してくれる御仁の話では比較的信憑性は基準を満たしているらしい。

 

「なる程……良い所に目が行くな。確かにルーシー連邦は近年になってアンフェタミン類の除倦覚醒剤の取引は反対の運動が盛んならしいが、連邦は内部粛清の動きがまだあるらしく便乗の形に乗って撲滅運動に乗り出してる。魔導士にとって精神状態が左右され易いシラフの状態だと不安だと思うのだが………いやはや連邦の考える事は私にも分からん」

 

 本日何度目となるであろう『お前が言うな』と言う言葉が喉元まで出掛かったが抑え込む。

 常識に当てはめたとしてもルーシー連邦の考える政策は正直な所常識に当て嵌めたとしても信じ難い。そう言えばそんな事が先鋒の協商連合軍との条約違反でも似通った事態があったと記憶している。

 

「嘗ての協商連合の総力戦と何処となくですが似通ってますね」

 

「応、そうだとも、あれは馬鹿で愚かで愚図でキチガイで果てしなくイカれていた。()()に何の違いも有りはしない。結局のところ突き詰めれば戦争馬鹿であるのに我々と彼らで違いは無いのだ」

 

 またトリップし始めてしまった。除倦覚醒剤を使った素振りは見せなかったので恐らく感情が高揚して脳内麻薬が分泌されたのだろう。支離滅裂な発言が多くなっている。

 狂人の子守をさせられるのは()()()体調に直結するストレスを感じさせるのか。そう考えるとターニャ・デグレチャフの相手をさせられるレルゲン上官の胃が殺されそうになるのも道理である。

 

「さあ行くぞアニーシャ・ヘルムート・シュリャホーワ伍長、戦争の時間だ」

 

 そう綺羅びやかに狂気を含んだ笑みを浮かばせながら帝国の英雄、ティアナ・ヘルシングは塹壕を飛び出した。




 初めまして、イスカリオテのバカの【姉】です。

 シュリャホーワ伍長は大局を見る目がありますが、それを活かせません。この時代にしてはまぁまぁ珍しい自分本位の資本主義的思考回路をしています。

 これは単純に自分の本性を未だ自覚していないが為に起きた誤差です。自分では大義名分の下、私刑を正義と称し振り下ろしているに過ぎません。
 如何なる場面で本性を自覚するのか私にも分かりませんがもしそうなった場合、きっと彼女は今の上官ではなく同じ資本主義的思考回路の持ち主であるターニャに着くと思われます。

 私は愚弟と違い長く話すのが苦手なのでここで切らせて頂きます。

❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑


 はい、イスカリオテです。姉の作ったオリキャラであるシュリャホーワ伍長なのですが「誰がここまで悲惨な目に合わせろと言った?」の限りですね。
 別にモブが死のうが構いませんしキャラが不幸な目に会おうと気にしない方針でしたが何でここまでリアルに死体の描写書けるんですかね?(困惑)


 次回はまたもシュリャホーワ伍長の苦労を描いた与太話。


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【Personal・Second】

 まず最初に感謝の言葉を捧げます。この作品は先日一周年を迎えました。これは偏に読者の皆様方からの温かいコメントやURによる物が大きいと感じます。
 この一年、振り返れば多々ありました。目が見えなくなった時などは人生で1位2位を争う程に絶望しました。しかし皆様方の励ましにより長く険しい連載も一周年!本当にありがとございました!!

 とは言ったものの、番外編を入れてまだ5話しか投稿してないんですけどね……


「諸君、由々しき事態だ」

 

 神域、その一角で彼らは極めて堅実に苦悩している。それは実に献身的な、善意とも呼べる意図から生じたものだった。

 

「既に承知ではあるが信仰深い人間が急速に減少」

 

「カトリック教徒であったバチカンの信徒達も先の人間の起こした戦争に巻き込まれ辺獄に墜ちてしまった」

 

「然り、だが我々の様な闘争を司りし闘神からしてもあの人間は甘美な催しをするのもまた事実」

 

 人類という種を高次の世界へ導く、あるいは出来得る限りの無干渉を貫く。どちらに重きを置いたとしても輪廻転生という複雑、かつ緻密なシステムに綻びを生じさせないよう保ち続けるには多方面から数々の限界が訪れつつあるのも神々には分かっていた。 

 

「例の釘、そして検証結果は?」

 

「概ね上々。しかし例の人間の策略、そして忌まわしき吸血鬼により領域に至れたであろう神父も残骸に成り果てました」

 

 英国に住まう多くの信徒が死に僅かな数残っていた狂信者達も件の神父、アレクサンド・アンデルセンを含めて十数人が辺獄へ旅立った。

 それが決定打となり神秘そのものと呼べた代物であろうと現代における()()は理解する為の材料が揃ってしまっていた。暗に文明の発展による信仰の退行が見て取れる結果である。

 

「いやはや難儀な物だ。気狂いだとしても人類の世話は我々の義務とも呼べる義務ゆえ、過去に語り掛けた時は如何なる気違いであろうと我々を神だと認知してくれたのだが」

 

「現代ではごく稀でしかありませんが嘗て、380年ほど前であればあちら側から呼びかけもありましたな」

 

 科学の進化がまだ顕著に表れていなかった時代、超常現象を誰一人物理に則り証明することが出来なかった頃であれば人は神を祟り上げていた。それどころか人と違う魔なる者からの守護を求め自発的に呼び掛けてくる事すら珍しくなかった。

 しかし、世界……と言うよりかはガイアと呼ぶに相応しい()()という独立した意識に神々は未来を見たわけではない。故に()()()()知っている訳ではない為一から百まで自力で調べ上げなければならないが超次元に存在する神であれば苦とはならず意思があれば成し遂げる事は可能であった。

 

「……やはり恩寵が存在したからでは無いでしょうか?」

 

 導き出された結論は、意外な事に現実的な意見だった。

 

「とすると?」

 

「人の営みがまだこれ程まで発展していなかった時代、彼等だけでは回避する事のできない厄災から守護する為に我らは介入しました」

 

 先程もあげた様に文明の発展は神の御技を科学という枠組みに抑える事も可能とする。つまりは雷の原理すら解き明かされていなかった時代であれば大国の都出会ったとしても機能中枢を壊滅に追いやる事も可能であったが今の時代、島国であろうとも多少のインフラに支障をきたす事はあれど、国家の危機になることは本当に稀になっていた。

 確かに、バチカンの様に現代においても信仰を忘れない熱心な信徒は居るがそれも嘗てのローマの皇帝ネロにより迫害された過去がある。例え時代が進み再び神を崇め祀る世になろうとまるで母の下から独り立ちする子のように神々の抱擁から抜け出そうとする者もいた。

 正しく怒涛の勢いで信仰は発展と共に反比例して行った。

 

「人間は自らの知性を育み啓蒙思想と共に文明も相応に発展して来た、だからこそ介入は成長を停滞させると危惧し、独り立ちさせていますね」

 

「逆にだからこそ、文明という名のフィルターが我々の存在を霞めてしまっているのでは?」

 

 彼らという高次の存在からして発展その物を敵視するつもりは毛頭なかった。寧ろそれは、喜ばしい事であった。

 では何がいけなかったのか、それは視点の違いから生じた歪みとも呼べる決定的なものであった。神々からすれば科学の発展は神が作りたもうた秩序を探求する上での知性の結晶として考えていた。

 だからこそ、神々は歪みきった思惑がもたらした結果を重く問題視していた。人は神の思う高次の存在では無く人でありながら人として歩み出した時、即ち人類と神の決別から始まっていた。

 神々からすれば利己的思考、もしくは恐怖心により人間とは動くモノと言う認識が強いがその会見を改めない限り未来永劫、人類の原点回帰が訪れる事は無い。

 

「うぅむ、だとすれば難しいぞ」

 

「誰か打開策に提案は?」

 

 ここに来て、智を納めし天使が考え抜いた案を示した。人類の発展に基づき、かつさらなる信仰の会得へと繋がる主張を。

 

「皆様方、私なりに現在の人間界における聖遺物の意義を調べた所、神聖視されてはいるのですがそれが直接信仰に繋がっていない事が判明しました」

 

「そこで我々智天使の提案としましては新たなる聖遺物を人間界に卸すのです」

 

 必要とされていない。それは言ってしまえばそれだけの事実であるがそれでも、何千年も前から世話して来た身として感じない物が無い訳ではない。

 だからこそ、未だ誰も管理していない純然なる聖遺物の存在を知らしめる事により信者の会得を企てるのだ。

 

「しかし、この乱世の時代において並大抵のでは目立つという点で心許ない。戦争を失くせばあるいは……」

 

「冗談でも止して頂きたい。我々闘神にとって戦こそが信仰、例え総者の意見でも受け容れられない」

 

 横槍を入れる様に会合に参加していた闘神が切羽詰まった様子で意見して来た。

 

「冗談だ。しかしそうなると物理的と言うよりは概念的な聖遺物……いや、この場合天啓を与えた方が効果的か?」

 

「尚の事、奇跡による物が相応しいでしょう」

 

「奇跡?」

 

 

❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑

 

 

Tiana Hellsing___

 

 世の中には良い知らせと悪い知らせが混在しているらしい。それがティアナ・ヘルシング魔導少尉の心境であった。

 技術班が内示した予算案に基づく手当を講じる事は今後無いと暗に指示されたされたのだ、上層部に。これに関しては無難と言える、寧ろ有り難みの念すら込み上げてくる程である。肉体労働断固反対の精神は何時の世もデブと幼児には御用達である。

 幾ら戦好きの性根の持ち主であっても如何様にして命の捨て所を決めるか位は己が采配で決めたい。ましてや兵器開発における人体実験による事故死? 冗談にしては流石に興が乗らない。

 欠陥宝珠の開発打ち切りに伴い通達された、将来的な教導隊での任務の続行は、誠に嬉しい誤算であった。しかしである、この世の中は中々に常識人には理解し得ない不遜の事態が跋扈している。例えば、と言うか十中八九あのMADは危険過ぎて凍結していた実験を行おうと開き直る可能性がある。

 

「それならどれだけ良かったことか……」

 

 あれは正直ティアナからしてもドン引きせざるを得なかった。突然、天から天意のアイデアが降りてきたと発狂し「今ならやれるのだ!!!」と叫びちらした時は不本意ながらターニャと抱き合う程に脳が可笑しくなっていたのだろう。

 普段から頭がおかしいMADでさえ素面では危険すぎると断念する実験が、神なる不安要素のせいで壊れてしまった精神状態で強行しようと企てている。

 

 エレニウム九五式の魔力発現現象の空間座標への変換現象発現固定化実験。通称、魔力変換固定化実験という。

 ドクでも「あ、これ腕が吹っ飛びますね」と投げやりにしかねない空想の産物である。しかし今のDr.シューゲルにまともな判断能力が備わってるはずも無く、こうして幼女が二人仲良く並べれている。

 いや、なんで?私はスペアであって本来であらば現場に居なくて住む筈なのだ。

 

「デグレチャフ少尉、準備は良いかね?ヘルシング少尉もフライトの心構えは済んだだろう」

 

 こいつやっぱり一度死んだ方が世の為人の為、ひいては私の為になるのでは?

 半径100メートル圏内に何も無い実弾演習場の一角。あえて人工物を探すとすればこれ以上無いくらいにうきうきした笑顔を浮かべるドクトルと絶望と困惑に顔を染めたターニャ・デグレチャフ少尉と観測機器ぐらいだ。そしてスタッフ共々、この実験の危険性をじゅうぜに理解している者たちは皆、離れにある観測所で遠巻きにモニタリングしているだけであった。

 ようするに爆発オチを前提にこの実験は進められる。どうせ爆発させるならクロックタワーにして欲しい。

 

「ドクトル、本気でやめませんか?試算では、最悪我々は演習場ごと吹っ飛びかねません」

 

「私もデグレチャフ少尉と同意見です。軍人の情けで死ぬなら戦場が望ましい。演習場で爆発して死ぬなど末代までの恥です」

 

 止めれる可能性が無きにも非ず。であれば藁にも縋る思いで中止を呼び掛けた。正直、今すぐにでも胸元にぶら下がったエレニウム九五式を叩き壊してやりたい。

 

「科学の進歩には犠牲がつきもの。もちろん、君たちだけでなく私もここにいるぞ。何が問題なのだ」

 

 ごめんドク、前までお前以上に頭がヤバい科学者は金輪際現れないと思っていたが訂正、このアーデルハイト・フォン・シューゲル主任技師はお前以上に頭が()()()

 

「素晴らしい。しかしその清々しいまでの献身的思考は別の所に回して頂きたい」

 

 おそらくターニャも同じ事を胸の内に秘めているだろう。別に科学者が己の実験中に()()()()()()で天に召されるのは勝手にして欲しい。だから巻き込むな。

 

「………? 科学者たるもの研究に忠実であるべきである。つべこべ言わず始めたまえ」

 

 死にたいのなら一人でどうぞ。などと言えるはずも無い。ならばせめて、周りに迷惑をかけずに死んでくれ。もしくは隣にいる幼馴染と抱き合いながら死んでくれたら騎士十字賞を授与してやりたい。

 

「もう一度いいます。我々は科学者ではなく軍人です」

 

「そうです。死ぬなら戦場がセオリーです」

 

「じゃあ命令だ。さっさとやりたまえ」

 

 立場上、軍人として指揮系統の命令に従え。まったく持って素晴らしい事この上ない程に真っ当な返答をどうもありがとう。

 

 くたばりたまえ。

 

 今ならあの大佐殿たち(Defatist)が怯えに怯えた理由が分かる気がする。

 

「………九五式への魔力供給開始」

 

「同じく、魔力供給を開始する……」

 

 万策尽きたと、我が身の不幸を嘆きながら無駄に器用な魔力供給の手腕を発揮し九五式へ慎重に魔力を注ぎ込む。

 

「観測終了。両名の無事を祈る」

 

 空っぽ過ぎで笑えてくる儀礼的な言葉は、死の前兆に聞こえて仕方がない。何ということだ、これほどの死の恐怖を味わったのは1941年のユーゴスラビア戦線での電撃戦以来だ。

 

「なに、心配はいらない。この実験は()()するから()()のだ」

 

 ドクトルのカルト宗教の信者の様に毒された目をティアナは知っている。なんせかつてのティアナ自身がそうであったのだから。

 

「……ドクトル、一体どこからその様な自信が?」

 

 ふと、ターニャが零した言葉は不安に塗れていた。彼女とて分かっている筈だ。その疑問はこの場において全く意味がなく、不必要である事を。

 しかし確かめねば気が持たないのだろう、この何処から湧いたか良く分からない自身が看過しえない危機を我々に及ぼすという事をだ。

 

「なに、簡単な事だったんだよ」

 

 大げさに両手を広げ、まるで喜劇役者のように芝居然とした表情で物事をかたらんとするドクトルの態度。それだけで、二人の背筋を冷たくするには十分だ。

 自信ありげに世の中の真理を透き通った目で語る? それは何時の世も見えてはならない深淵を覗いた時か、人ならざる物へ魅了された者の特徴である。それも、百害あって一利無しの筋金の入った危ない物のである。

 

「………と、申しますと?」

 

 そういった類に熱狂している人間に対してもっとも危険な事は同意や否定の意を表すこと。ライミー共やチンクに至ってもこの事実は変わり無い。故に穏便に済ませたくば『可もなく不可もない返答』こそが最善手なのだ。

 

「私は、主任技師。二人は、主席試験要員と次席試験要員。つまり我々が反目せずに協力すれば事をなすのは容易いと言う事だ」

 

 この手口は身に覚えがあり過ぎて困る。かつて無敵のカンプグルッペを作ろうとした際も言葉匠に各国の上層部を手駒にした物だ。

 

「私は先日天啓を得てね」

 

「………天啓、でありますか?」

 

 ついに恐れていた事態が発揮した。至ってはならない高次元的思考に到達したのだろう。見ればターニャも顔を青くさせている。

 

「そうとも。我々が共に、神へ成功を祈願すれば、信ずる者は救われようとな」

 

「「……………………ああ」」

 

 知っているとは言え、いざ再び相まみえるとなると、慨嘆の声が漏れてしまう。それだけに飽き足らずため息までも。科学の申し子たるドクトルが? あの狂信者の第十三課よろしく神に、祈願するだと? 理想が現実に敗れた拍子に気が狂ってしまったのだろう。

 そこまで悟った時点でターニャだけでなくティアナにとっても軍令だろうと実験を継続するのは身を滅ぼすと判断。なけなしの予備魔力回路を確立させ、宝珠核の暴走を阻止すべく安全機構の起動手続きを開始する。

 

「奢らず、謙虚な気持ちになるのが重要だということだが」

 

 だが、毎度の命綱たる安全機構は立ち上がらない。不測の事態に、表面上へいぜを装いながら内心驚愕し、二人揃って顔を合わせる。どうやらこういった事態に()()()()馴れているターニャからしても予想外だったらしく手元の宝珠へ不安げな目を向け見返した。

 

 散々見てきた。毎回毎回爆発する度に救助に向かい発熱して融解している試作宝珠のはずだ。緊急用装置は義務として取り付けられているはずなのだ。…………それが起動しないという事はだ………やってくれる。

 これを開発したのは誰でもなく、目の前で穏やかな、死期を悟った様な目をした主任以外に居ない。何という体たらく、同じ狂人でありながらベクトルの違いにより気づくのが遅れてしまった。

 

「いい機会だ。君たちは天使の様な美麗さを持っているのだ。3人でこの際、共に神へ成功を祈ろうではないか」

 

「ドクトル、もはや人としての教示を捨てましたか?」

 

 それはティアナが幼女となった今生でももっとも忌むべき事である。例え狂人だとしても人の道を踏破するのであらば

 先程とは、また違った殺意が湧いてくる。単純に理不尽に振り回される怒りでは無く、人間性を軽々しく神に投げ込んだその気概に私は今までにない殺意を覚えたが面には出さない。

 

「我らが発明の信徒となり、祈願すれば成功は間違いないのだ」

 

「ちなみに、我々が祈願せねばどうなります?」

 

「まぁその時は3人して殉教というところだろう」

 

 死の河を行軍せしめたイスカリオテの様に殉教を誇りと捉える節が垣間見える。法悦を浮かべ、愉悦に身を委ねたある種の悟りに近い笑みと言っていいだろう。

 

「今すぐメディカルチェックを受けましょう。あるいは銀翼の実力、お見せしましょうか」

 

「片銀も微力ながらも助力しましょう」

 

 覚悟が決まったらしく。というよりも死ぬならせめてコイツを殺してからという思惑がダダ漏れなのはご愛顧としよう。

 

「落ち着けデグレチャフ少尉。君はヘルシング少尉とは違う……君は、()に会っているのだろう?ならば何も恐れる事はない」

 

「なに?どういう事だデグレチャフ!?」

 

 密かに手に収束させていた魔力を分散させる。コイツが?無神論者の極みに等しいこのターニャ・デグレチャフ(理性の化け物)が寄りにも寄って、神に会っただと?

 

「魔力係数が、急速に不安定化!? 魔力暴走です!」

 

「そんな!? 核が融解寸前! 総員退避ー!!!!」

 

 観測班の悲鳴。それを雑音として聞き流しつつ倒れ行く幼馴染を脇目にティアナは確かに実感した。それと同時に何かに刈り取られる様に意識は闇へと飲まれる事となる。

 

 あゝなるほど__これは中々、確かに()()()だな。あのアーカードが愛想を尽かすのも頷ける。そしてイスカリオテの狂気をこの身を持って証明する羽目になるとは。

 

"会いに行くぞ(殺してやる)()()()()()!!"

 

 

 

❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑

 

 

 

「議論の末に、貴女方が開発されているエレニウム九五式でしたか? これの起動実験に奇跡をもたらすことを主は御認めになられたのです」

 

 何処なのだここは。溶けていた意識を綻びかけていた自我を以てして半ば無理矢理覚醒させた私は知りもしない空間に立っていた。原因はまず間違いなくドクトルのしわざと見做して良いだろう。

 しかしまた、御大層な場所である。神を拝謁する為に作られたと言われても納得がいく。その証拠に数メートル先にはその神と思われる未確認生物と若干顔色が悪い幼馴染が対峙しているのが見えた。

 

「いやはや、真事に奇々怪々。今まで幾度も魑魅魍魎に魅せられてきたが神と会えるとはね」

 

「お前も来たのか……」

 

 つい、生前の口調に寄ってしまう。あの身体的特徴から読み取るに、インドの神であると推測出来るがそれはもはやどうでも良い。

 しかし言ってくれれば良かったものを。何故こんな未知数で()()()な事を黙ってたのだ、()()()()を独り占めしたいガキかね君は?

 

「そしておめでとうございます。貴女方は……いえ失礼、そちらの御仁は既に()()を知っていましたね。ともかく、主は無知こそが罪であるとお認めになられ、導く事を決意されました」

 

「一向に結構だ。それよりヘルシング、貴様こそ彼らを知っていたのか?」

 

「知るか馬鹿者。こちとら化物採掘で忙しかったんだ」

 

 正直な話、ラストバタリオン結成の為にも化物以外に神という存在を調べはしたが、ここまで過干渉される言われはなかった。精々が第13課(イスカリオテ)をアンデルセン含めて殺してしまった事ぐらい………ああこれの事か。

 

「ご安心ください。御二方の懸念は、何を強制されるかということでありましょう?」

 

 え?そうなの?とは流石に言えないし確かに不安は感じる。物事の路線変更が余儀なくされたりは前世含め多々あったがそういうことに対して反発したりしたのは事実だ。

 何かを押し付けられる、あるいは神の言うとおり制御やら強制を強いられるするのは屈辱の極みだ。

 しかしである。そうなってしまえば私は嘗てのモンティナ・マックスだった頃の己を全否定する事になってしまう。あの計画はある種の共同思想の下に私が、大多数のミディアン達を洗脳ないし教導したのだ。そう捉えれば哲学的疑問は残るものの一応の納得は納めるに値する。

 

「ですので、ご安心ください。我々は、貴女方の演算宝珠を祝福し、奇跡を為せるように致します。貴女方は、それを使い神の恩恵を実感し祈りの言葉を唱えられるようになるでしょう」

 

「祈りの言葉?」

 

「そうです。そちらの御仁は(なかば)歪んだ形ではありますがご存知でしょう」

 

「この私が?…………ああ、イスカリオテか」

 

 自らを絶対不変の全知全能とのたまうのだ、あの懐かしの戦争やそれ以前、カトリック教会最強戦力であるあの組織の人間達、ひいてはカトリック教徒全員に言える事であるが主に対する祈りの言葉、だったかを知っていて当然と言えば当然だろう。

 

「ですから主は、祈りの言葉が湧き出るように、心に語りかけるように、奇跡を信じられるように至らしめました」

 

「それは………すごく悪質な洗脳に聞こえるのだが」

 

「私は結構だ。今さら本物の奇跡を魅せられたところで散々()()()()()()()()を視てきたから見飽きた」

 

 悪質なんて言葉では片付けられない。ようするにあれだろう?私にイスカリオテの真似事をしろと強制させようとしているのだろう。しかもそれが、この先の戦争において必ず手元に置いておかねばならない演算宝珠に組込まれているわけだ。 神()()()に預けるにはいささか驕りが過ぎるのでは?

 何というマッチポンプ。笑顔で悪徳業者に挨拶するんじゃないかと疑いかねない性格を、神とやらはしているらしい。とすると、イスカリオテはさながら企業に務める営業マンだな。笑けてくる。

 

「別段強制するものではありません。ただ神の奇跡を信じ、真摯に祈りを捧げられる。貴女方の持つ演算宝珠はその加護を受けたのです」

 

 凄まじい。世間に疎いかみとはここまで常識外だったとは。おそらくではあるが、この祝福を素直に受け取らなかった場合、意識が現実世界に引き戻されると同時に核融解による暴発に巻き込まれ良く手四肢の欠損。最悪の場合3()()()のヴァルハラ行きの片道切符が手に入る。

 

「なるほど、ところで我々の実体は?」

 

 流石に理性の化け物であるターニャを以てしてもそこのところは気になるらしい。

 

「貴女方は神の恩恵に守られます。さあ、いざ行きなさい。主の御名を広めるのです」

 

 




 今回物凄くガバリマしたね。ごめんなさい。次回はターニャとティアナが現実世界に引き戻された所から始めます。 




 作者としてはタニャヴィシャならぬティアシュリャをやりたいのでできるだけアンケート優しくしてくださいね?♡


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【Unnatural Sistar's】

 何を考えて姉がシュリャホーワ伍長をティアナと性格の違うキャラにしたのか分かりませんが正直言って滅茶苦茶書きにくいです。
 あと再び評価をお願いします。このままですとモチベーションが急降下して終いには失踪してしまうかも知れません。

    


 気がつけば、私の意識はあの非常識極まりない謎空間から脱していた。

 しかし、その要因が戴けない。人類というカテゴリーにおいて、最も険悪する変態の声に引き戻されたのだ。

 仮にもし私が帝国法務官史ならば、MADの即刻銃殺刑にする法律を作ることを約束する。さもなくば人的資源をラッドと同じ量を消費する羽目になる。

 

「主はおられた! 奇跡だ!!! 信じる者は幸いなり!!」

 

 ムハンマドも驚愕する狂気的な瞳を宿し預言者の真似事に興じ虚空へ叫び散らすMAD。いやしかし、この世界にはあまり宗教的な物が流行っていないので実質的に預言者の様なものではある。

 

「落ち着かれよ主任、我々も事態を把握し切れていないんだ」

 

 口を閉じてくれるのなら土下座でも何でもしてやる。それが出来ないのならば黙って回れ右して彼処の崖から飛び降りて欲しい。きっと神の下へ行けると思う。

 

「おおデグレチャフ少尉!ヘルシング少尉!実験は、見事成功したぞ!!三人で共に神名を讃えようではないか!!!!!」

 

 信仰心と科学への渇望が化学反応を起こし、手の付けようが無い変態へランクアップしてしまった。もはや戦争がやりたいだなんて言ってる暇はない、今すぐにでもコイツを始末しない限り帝国に()()()未来は来ないだろう。

 

「さあ、さあ、私に奇跡の恩恵を見せてくれ!」

 

 近寄るな、むさ苦しい初老の男に蔓延られて喜ぶ程私は壊れていない。目麗しい女性と()()して最後を迎えた私にとって拷問より酷い扱いだ。

 

「デグレチャフより管制、九五式の制御術式は正常か?」

 

 一刻も早くこの場から去りたい気持ちはデグレチャフも同じらしく、私にドクトルが引っ付いてる隙に管制官へ助けを求める。

 できれば、技術的な障害から静止の声がかかる事を祈る。だが悲しきかな、曲がりなりにもクソッタレの神が悪戯に作り上げた呪いの品だ。()()に抗う術は限られている。

 

「見た限りにおいては。ですが観測機械の故障かもしれません」

 

「やむを得ない……九五式は封印し、研究所で御二方の品を検査するべきだ」

 

 Majestic(素晴らしい)、無理な進行は良からぬ結果を招く物だ。度が過ぎる慎重さがあってこその技術者だろう。これなら私とデグレチャフを見捨ててMADの子守をさせた件も水に流せる。

 きっと彼らはこの結末を迎えた際にMADを静止するために傍観者に徹したのだ。そう思えば許容範囲内である。

 

「何を言う!!今すぐ起動したまえデグレチャフ少尉!!」

 

 しかし、そう簡単に問屋が卸さない。若干希望が見えたが神の御使いを宣う障壁に阻まれたが故に、楽園という名の安全地帯への活路は閉ざされた。

 

「頑張りたまえデグレチャフ少尉、私は一足先に貴官の雄姿を見学させてもらう」

 

「何を言っているのだ、ヘルシング少尉。君の九五式も起動するのだぞ?」

 

「…………え?」

 

 ()()()()()()。まさかザミエルの魔の手はリップバーンでは飽き足らず私まで狙いを定めたのか?ならいっそう標準はあそこで狂喜乱舞してるMADにして欲しい。

 

「……起動します。理論上成功するか吹っ飛ぶかの博打です。私は後者に口座の全額を賭けます。負けた際はデグレチャフの口座に振り込んどいて下さい」

 

「嗤えないジョークだなヘルシング、まぁ私も金が増えるのは嬉しくもあるが哀しくもある」

 

 中々にユーモアセンスに富んだ問答だと思う。何方にしろ損得勘定は私とデグレチャフの間だけの誓約だ、このご時世で金を使う機会など軍人には回ってこないだろう。

 そんな事はさておき、演算宝珠の回路に魔力を走らせ、四核の同調を開始。途轍もない魔力の奔流により巻き上げられる塵を目尻に絶大な性能に目を丸くする。見ればターニャに関しても同じ表情だ。

 なるほど素晴らしい発明だ。だが、誠に遺憾ながらこいつは呪いの品だ。 

 

「おお、主の奇跡は偉大なり。主を讃えよ、その誉れ高き名を」

 

「賛美せよ。我ら主により産み落とされし御子。共に主を崇めよ」

 

 普段と比べれば明らかに声色が違ったそれは、通常の思考回路を持っていればまず吐く事のない主を讃える言葉だった。

 

「成功した?………まさか、本当に!?」

 

 観測班の疑問の絶叫が禍根へ投げ込まれた事により、我に返った。

 

「………今、私は何を?」

 

「ありえない……そんな、そんな馬鹿な話がある物か…よりにもよって…この………私が?」

 

 余りにも大きなショックは全身を巡り、体の自由を奪っていく。あれ程愚弄した神が私を嘲るかの如く、このような仕打ちを打って出るとは。

 正直、ターニャよりもショックの度合いとしてはこちらの方が大きいやも知れない。

 

「ああ、少尉。君もわかるかね? この信仰が。奇跡だよ奇跡!」

 

「「奇跡?」」

 

「唱えたまえ、主への賛美を。見たまえ、奇跡を」

 

 ここまでが悪夢のような事実。神などといった超常的存在とご対面出来たのは僥倖だったが、それ以外は()()()()()()()()()以下だ。頼むからこの忌々しい記憶を掘り返すこの場から逃げさせてくれ。

 

 そこで来た朗報こそ、わざわざ西方から共和国が宣戦布告。限界まで落ちていた気分は多少晴れる結果となった。

 しかしである。如何にウォージャンキーと言えども、極限まで疲労しきった肉体と不安定な精神は私に追い打ちを掛け、素直に喜ばせてはくれなかった。

 

___なお、博打の件は有耶無耶になった。

 

 

❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑

 

 

【幼年学校 寄宿舎】

 

 私、アニーシャ・ヘルムート・シュリャホーワの朝は苦い珈琲から始まる。

 

「おはようイルゼ、珈琲はいるかしら?」

 

「アーニャには悪いけど遠慮しとく、低血圧には何しても無駄よ。」

 

 大して美味しくもないたんぽぽコーヒーに舌鼓を打ち朝を迎える。のそのそと、隣接した部屋から顔を覗かせた友人、イルゼ・ハイドリヒは普段は女傑の様に規律を重んじる性格をしている。

 しかし朝に限ってはその限りではない。低血圧なせいで、ご覧の通り普段の面影を欠片も感じないだらしなさを曝け出している。

 

 私とイルゼは同期の女性陣と比べ些か身長が高い。栄養も二人とも両親が多少食事に気を配れる程度の賃金は稼げている為、ボディも出る所は出ている。

 とは言え、私とイルゼには決定的な違いが存在する。端的に言えば私はコミュニケーション能力が彼女と比べ低い傾向にある。嫌われている訳ではないのだが、彼女と比べて同期の態度はどこかよそよそしいのだ。

 他人と話すのが苦手な自覚はあり、どうにか改善しようとした過去もある。しかし、それの努力は徒労に終わった。

 

 それはさて置き、本日は部隊への配属先への移転登記日だ。幸いな事にこの仲の良い友と同じ実戦部隊への配属だったのは僥倖だろう。

 この国の人は皆言う。戦え、祖国の為に戦えと。しかし私は常々思う。()()()()()()と。

 如何に祖国の勝利を願うが為に志願性を取って入軍したと言え()()()()()()()られてはい(Ja)と答える輩は彼の銀翼と片銀翼くらいだろう。私は違う。私は御国の為に命を捨てるのではなく家族と隣人の為に氏に抗うのだ。

 それを全う出来る職場が魔導師だっただけの話なのだ。

 

「「いただきます」」

 

 後方の、舌鼓を打つ美味な食事と比べるのすらおこがましい前線付近の下兵の為の食堂の料理は、味どころか栄養バランスすら考えられていない()()()()()為だけに出された料理に、ようやく適応してきた。

 

「ねぇアーニャ、あの噂本当に信じる?」

 

「噂?ああ、あの噂好きの女が言ってた隊長さんの正体?」

 

 本名は知らない、しかし私達下官間では一人の兵がここ最近目立っていた。セレブリャコーフの友人のエーリャと呼ばれる人物が寄せ集めた情報は不確かな物も含まれて入るが、概ね当たりが多いので有名だ。

 それに不興を買うか好感を買うかは人によるだろうが、私とイルゼは圧倒的に前者である。理由を上げればきりがないが強いて言えば飄々とした性格と情報収集の速さだろう。

 正確に言うと()()というよりも()()()()の方が的を得ているやも知れない。

 

「銀翼と片銀翼が仲良く小隊のお守りの任務。そしてそこに烏合の衆らしく引っ付く新兵に私達も着くと……」

 

「貴女本当に捻くれてるわね。そうもあの女の子の情報が信用ならないの?」

 

「あら?ならイルゼは信じるの?」

 

「まさか、それならサタンの方がまだ仲良く出来そうよ」

 

 実を言うと根本的な部分では、彼女と私の嫌いという定義が異なる。私の場合論理的に考えた末に、得体の知れない情報収集能力を有するあの女が嫌いなのに対し、イルゼの場合は生理的に受け付けないらしい。

 よく居るではないか、初対面であるにも関わらず顔の形状や歩き方、言動から挙動の全てがいけ好かない者。それがイルゼにとってのエーリャなのだ。

 

「まぁ彼女が砲兵隊支援の観測班になってるだけ安心ね。まだ上官が見張っててくれるもの」

 

「それより私よ。貴女は後方だからまだマシよね……まったく、銀翼の教育費は幾らなのかしら」

 

 淡い期待と、特大の不安を抱えながら、私とその友人は朝食を済ませた。

 

 

❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑❒❏❐❑

 

 

___《数日前》帝都 ___

 

 

「転属、でありますか?」

 

 九五式専任試験要人としてモルモット扱いされる技研から漸く人としての扱いが受けれる許しを得た。二人で毎日神を呪ったのは徒労に終わる事がなかった。

 もし仮にあの転属届けが受理されなければ、単身協商連合の共和国を跨いだ先にある連合王国に建設されてるバカでかい時計塔を爆破してやったと言うのに。

 正直転属云々の事情を抜きにして私個人の願望成就を目的とした上でやりたい気持ちが燻っている。

 

「ああ、転属だ。上はエース二名を遊ばせる気は更々ないらしくてな。第二〇五強襲魔導中隊の第三小隊隊長、及び補佐官ないし副隊長だ」

 

 素晴らしい。やっとこさ部下を持つに至ったわけだ。この幼馴染と、切っても切れない縁に結ばれているのはあの忌々しい事件(九五式暴走事件)以来諦めている。

 これからだ、これからがかつて大隊を率いた私の腕の見せ所だろう。

 

 化物を構築し 化物を兵装し 化物を教導し 化物を編成し 化物を兵站し 化物を運用し 化物を指揮したこの私に掛かれば、たかが知れている()()を教育するなど、余程のロートルとアマチュアじゃない限り失敗しない。

 

「それと、おめでとうデクレチャフ少尉。先の戦功で貴官には航空突撃章が授与される。流石に銀翼と比べると劣るがな」

 

「ありがとうございます」

 

「そしてヘルシング少尉、貴官も戦線には参戦して無いながらも見事な後方支援であった。今後もその手腕を奮ってくれるのを期待している」

 

「至極恐縮です」

 

 若干不服そうな表情が読み取れたが、上官からすれば愛国心故の戦場に赴けなかった事に対する雪辱だと処理し、好感すら抱けた。実際ティアナにとってもそれはあながち間違いではなく楽しみにしておいた戦場に行けなかったのは精神衛生上大変よろしくない。

 それはそれとして両者共々答礼。手際よく宿舎の荷物の整理に取り掛かる。テキパキと進めて行き私物を将校用旅行鞄に詰め込んでいく。女性としても、軍人として最低限の荷物だけだった為少なくて済みすぐ様管理責任者に対する辞令。提示しさっさとトンズラする。

 幸いにして、拠点への移転は問題なく行われた。指定された友軍部隊の中隊長を始めとした補佐の副隊長達との面会となった。

 

「第二〇五強襲魔導中隊の第三小隊副隊長へ配属された、ティアナ・ヘルシング魔導少尉だ。先達の手を煩わせない事を誓おう」

 

「よろしく少尉、まず中隊長に代り着任を歓迎しましょう。第二小隊員のアドレア・ジョーンズ軍曹であります」

 

 素晴らしい。末端の兵ですらこれ程の覚悟と度胸を持ち合わせているとは。仮に前世で彼が居たのであれば間違いなくラスト・バタリオンに勧誘していただろう。

 

「こちらこそ、よろしく軍曹。厚かましくあると思うが、縦社会に殉ずれば貴官は私よりも階位は下なのでこの口調で行かせてもらう」

 

「片銀翼保持者に覚えてもらえるのは光栄でありますな。早速ですが隊長方から通達された作戦と少尉殿の子守り……失礼、教育なされる新兵達の資料です」

 

 渡された書類に目を走らせる。一瞬、何が書かれているのか理解に苦しんだ。一思いに書類を引き千切らなかったのは上官としての矜持故のものか、はたまた思考の放棄によるものか。

 

「軍曹、これは未経験の新兵の充当と聞いていたのだが……私は児童預かり所の入園手続きに目を通したのか?」

 

「仰っしゃりたい気持ちは十分痛み入ります」

 

 分かるのか、この書類に書かれている情報が何の偽りもない事実だった場合の絶望を。これでは愉しむどころの話ではなく、私が唯一()()()戦争である()()()()()()()戦争に発展する。

 人は皆闘争本能を内に秘めている。それが顕現するのは何時の世も命の危機に瀕した時だ。それは例え新兵であっても変わりはない。しかし、ここに書かれている事が事実ならば愉しむ間すら無いに等しい。

 

「率直に申し上げますと第三小隊の練度不足は目を当てられない程の物です。それに関しましてはシュワルコフ中尉も分かっておられました」

 

 そうだろうな、じゃなけりゃ一体どれ程の無能だろうか。

 幼年学校の基礎課程を修了した魔導士、聞けば才能に恵まれて何色にも染まっていない優秀な兵と捉えるだろうが現実はその逆、戦場におけるセオリーを何一つとして理解していないアマチュアなのだ。

 魔導の基礎を齧っていればこの決定が如何に馬鹿げた決断か分かるだろう。ティアナの信条以前の問題として洗浄において基礎課程を修了したばかりの兵など、肉壁どころか邪魔者でしかない。自分で考えず敷かれたレールを何の疑いも持たず走る列車など危ない云々以前の問題である。

 

 そして、このある意味戦力外通告に等しい兵たちを率いる事になったのが我らが第三小隊。要するに隊全体としては期待してないが()としての戦力動員としては多少の信を置いている訳だ。

 

「で……これを受託したのか、私の部隊の隊長殿は」

 

「何分急な通達でしたので。拒否権もない上、教育的指導を目的とした軍功を得なければなりません」

 

 分かっていた事とはいえ、いざ言われると中々に堪えるものが疼く。せめて多少の融通は聞かせて欲しいものだ。練度不足の固定戦力は先進にエサを釣ったまま吸血鬼の群れに突っ込むよりも無謀極まりない。

 キャリア? 戦績? 今更そのような物に固着する性分では無いが要らないわけではないのだ!

 

「皆まで言うな。私だって命令されたのならば()()()ではなく()()()()と言ってやるところだ」

 

「流石帝国が誇るネームドですね。ともに戦える事は名誉であります」

 

 しかし哀しきかな、軍人には『はい』と『YES』と『ja』しか返事は存在しない。ましてやティアナはターニャに次ぐ帝国の主要戦力、その存在は生存している事実だけでも十分なプロパガンダ効果を発揮する。裏を返せばイメージを崩す事は自らを無能だと自己紹介してるに等しい。

 だからそ厄介な存在に追っかけ回される事になったと言えよう。いっそ邪魔者達をターニャと裏口合わせて一斉放射で皆殺しでしてやろうか。

 

「うむ、そうだな。これは存外にヴァルハラ行きの通達か」

 

「これでもオブラートに包んでいる気らしい。帝国主義者もこれには参ることだろう」

 

「デクレチャフ少尉殿!?」

 

 満を持して登場した我らが隊長の顔色は幼馴染だからこそ察せられる色をしていた。どうやら会議も終わったらしく急ぎ足で外に待機してる新兵達の元へ向かうつもりらしい。全く不愉快極まる。

 

「ではなジョーンズ軍曹、次は塹壕の中で会おう」

 

「早く行くぞ、遅れてしまっては示しがつかん」

 

 

 

 

 帝国軍、西方方面司令部直起動打撃群第七強襲梃団、第二〇五強襲魔導中隊所属ティアナ・ヘルシング少尉とターニャ・デクレチャフ少尉の第一印象は、まず誰もが目を奪われる病的なまでに白い肌と酷く濁った印象を与えるキツい目つきだった。

 予想できるか?あの厳格なシュワルコフ中尉がホクホク顔で連れて来た銀翼及び片銀翼保持者が幼年学校どころか入学資格すら満たさないような子供だったのだ。蒼紫の瞳と白く透き通った人形の様な肌、独特な跳ね方をした髪型の色素の抜けた金髪以外はターニャ・デクレチャフ少尉と瓜二つなのも驚愕の理由だろう。

 

 次に感じた()()()()()()()()()()()点だった。常識に当てはめればこの場に相応しくない年層の少女二人が軍服に身を包んでいるのは可笑しいのかも知れない。だが、今この場に彼女達がいる事こそが寧ろしっくりする。

 

 そんな私の不安を露知らず、私の同期が声を上げた。

 

「クルスト・フォン・バルボルフ伍長、イーダル=シュタイン幼年C大隊第一中隊より参りましたっ!」

 

「ハラルド・フォン・ヴィスト伍長、同じくイーダル=シュタイン幼年C大隊第一中隊より着任いたしました」

 

 物好き二人がはつらつとした表情で名乗りを上げる。私やセレブリャコーフの様に徴兵制による半強制送還ならば文句を言う立場に立てるかもしれないが、彼らの様な志願兵は正直なところ埒外の存在だ。きっと思考回路が全面的に献身的かつ保国的なのだろう。

 事実、徴兵制度による新兵は彼らを不審な目で見詰めている。

 

「アニーシャ・ヘルムート・シュリャホーワ伍長、イーダル=シュタイン幼年D大隊第二中隊の出自であります」

 

 この場におけるたった二人の徴募組における心境としては疲労を覚えた。順調に行けば、組分けは同じ幼年学校出身の者同士で組まれる仕組みとなっている。つまり徴募組の私とセレブリャコーフは隊長と副隊長の何方かと組む事になるのだ。

 

「貴官が私とペアを組む新兵か。ティアナ・ヘルシング少尉、貴官と同じくイーダル=シュタイン幼年D大隊からの出だ。仲良くやろう」

 

 そう言って笑った少尉殿の目は、濁っていた。

 いや、口では労いに等しい事を言ってくれては居るのだが如何せん、壇上に登った時のあの表情が頭から離れずにいる。

 

「とは言ったものの。無様を晒す様な士官候補生を子守するつもりは毛頭ない。そういう奴等は須らく死ぬに越した事はない」

 

 優しさと圧政的思想が入り混じり過ぎた情報量に思考が頓挫し掛ける。それは、最前線で戦ってきたことにより得た教訓か。はたまた単なる持論なのか分からない。

 

「隊長殿からのありがたい御言葉だ。聞いておきたまえ」

 

 雰囲気が変わる。何を言い出すのかワクワクしている様な表情を浮かべる副隊長の視線の先には、悠然と佇み気を伺うターニャ・デクレチャフ少尉の姿があった。

 

「傾注! この場に集まった勇気ある新兵諸君に告げる。諸君は祖国に詰め寄り軍衣に身を包んだ以上、為すべき事を為せ。さもなくば臆病者と断じ即刻退去してもらう」

 

 簡潔に纏められたそれは、使えれば()()()()使い潰し使えなければ()()()潰すという意思表示にも思えた。

 呆然とその意志を噛みしているのも束の間、気が付けば野外へと蹴り出されていた。

 

「さあ行くぞシュリャホーワ伍長、愉しい共和国から降り注ぐ野戦砲の雨あられの時間だ」

 

「え、ちょっ…ええ!?」

 

 着任早々に塹壕貴族の仲間入りを果たし共和国軍の定期便を浴びる羽目になった。

 そして来るわ来るわの榴弾のスコール。魔導士として基礎技術が基準値に達しているかの再確認が待っていた。それと同時に私たちは理解した。今まで如何様な理由で士官候補生が給料泥棒呼ばわりされていたのかを、この場において給料泥棒以下のゴミであるのかを。

 

 踏んだり蹴ったりな地獄を踏破し、私たちの何人かは精神がブッ壊れた。

 特筆するなら、クルスト・ハラルド両伍長が隊長と副隊長に不敬にも盾突き、呆れた両名は中尉殿との決断で懲罰は表向きされなかった。

 

 ………そう、表向きはの話だ。

 

 彼らは単純に前線での面倒が見きれず後ろに配属されたのだ。

 

 

 

 その結果が、地を赤く染め上げる事になるとは当時の私には予想し得なかった。




 作者はエーリャは好きです。諜報部員とかカッコいいじゃないですか。ですがここは腹を括ってシュリャホーワ達には嫌われてる設定にしました。

 理由としましては諜報部という得体の知れない機関の人間に近い性質をもつエーリャは、少々性格に難があるシュリャホーワには受け付けなかったと言う設定です。
 人間誰しも、何処からともなく情報を入手してくる人間を無作為に信頼しませんよね?私だったら幾ら人が良かったとしても一切信頼なんてしません。


 


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人間戦記 〜 シェアードワールド 【PAST】

どうも、姉です。今年最後の投稿は私が飾ります。
 
弟のチェンソーマン盗み見したら心が折れたので暫くバックレます。
 
 あと作中に出てくるたんぽぽコーヒーの説明は間違ってます。理由は愚弟に後書きで書かせますので読んどいてください。


 我が偉大なる祖母、アニーシャ・ヘルムート・シュリャホーワは語ってくれた。如何に戦争が愚かで人々に()()を運ぶのかを。

 

「あれはあの時代に生きたからこそ分かる事、アンタに理解出来るとは思えない」

 

 そう言いながらも彼女は私を暖炉の焚かれたリビングの椅子に招いてくれた。玄関からのそのそと歩くその背中は、普段の皺くちゃな老人のそれではなく実際に戦争を体験した兵の()()にまみれた勇ましい背中だった。

 

「お前の母にも聞かれたけど、これは本来なら思い出すのも憚られる話さ。()()()()()()()()()もしたし()()()()()()()()()もした……全く、誰の受け売りなんだか」

 

 そう自分を卑下しながら語る祖母の顔は僅かに笑みを讃えていた。

 外は雪が降っておりこの暖炉の炎は例年の冬よりも暖かく感じた。そんな私を察したのか、祖母は揺らめく炎を寂し気に見つめると口を開いた。

 

「私は帝国軍の特殊部隊員だった。苦しかった、だってその分期待も大きければそれに応える為の()()も相応に辛いからね」

 

 曰く、帝国軍魔導師隊の一員だった頃に度々あった非常呼集の度に五分で身支度を済ませなければならない事だったらしい。

 夏だったら汗で蒸れるだけだから良い方らしく、冬になると呼集に遅れてはならないので靴下を履かずにブーツを履いたあかつきには足先をギロチンで切断された様な激痛が走るらしい。祖母の友人は砲撃でも近接戦闘でもなく、そんな()()()()()()()()()理由で両足の指を切断する結果となったそうだ。

 

「………そう言えばアンタ位の頃だったね。あの人に会ったのは」

 

 含みのある言い方に私は好奇心を刺激され聞いてみる事にした。祖母は待ってましたと言わんばかりに笑いながら語ったその内容に、私は開いた口が塞がらなかった。だってそれは今の御時世では決して考えられない事なのだから。

 けれどそれはその時代であれば()()()と片付けられてしまう些細な事だったらしい。

 

「私達の上官は私よりもうんと小さかった。それこそお人形遊びしている方が似合う年頃のよ」

 

 厳格な祖母も若かりし頃は私の様な女の子だったのは想像できた。それでも私なんかよりうんと幼い子供が戦場で、それも最前線で命を張っていたという事実に私は唖然とした。祖母自身初めに目にした時は冗談だと捉えたらしいがその後戦場を共にして行く内にそんな事毛程も思わなくなったと語ってくれた。

 

「そこに積まれた本、丁度75kgくらいかしら。それを持ち上げられる?」

 

 祖母が指差した先には山の様に積まれた本が紐で結ばれ部屋の済に置かれていた。

 私は近寄って紐で巻かれた本の山を軽く持ってみて上がらないと感じ、祖母の顔を見ながら首を横に振り否定の意を示した。

 

「男は死ぬとそれと同じ重さになるの。それを最初の頃は律儀に残酷に運んだものよ」

 

 ゾッとした。だってそれは風船が破れて括っていた紐とゴムだけになった事と一緒なのだから。肉体というゴムと紐は命という名の空気のおかげで重さが緩和されている。けれど一度空気が無くなれば残るのは肉体だけ。

 ましてや祖母は女性。いくら魔導師であろうと超人的な肉体を持っている訳ではない、死体を一度に沢山運べる訳がないのだ。

 

「皆口々に戦争は終わったって言っているけれど私達の心は終わってないわ。と言うよりも終われないと言った方が正しいかしら」

 

 祖母の瞳は泣いていた。決して祖母自身が泣いているのではなく、彼女の瞳の奥に見える心が涙しているのを感じた。

 

「今だからこそ語れるけれど私は祖国の事なんてこれっぽっちも誇りに思って無かったわ。それどころか資本主義に近い考え方ね。そういう意味では銀翼に近かったかしら」

 

 祖母はやられたらやり返すの精神で生きて来た。それはひっくり返せば恩を受けたのならば同じく恩を返す事こそが礼儀と思って生きてきた事と等しい。

 私の一族は祖母の教えの影響か、他と比べ若干利己的な所が強い。それは偏に社会から爪弾きにされ易いとも言えるがこうして平和に暮らせているのだから良いと言えよう。

 

 ふと祖母が立ち上がると何も言わずにキッチンへ姿を消した。不審に思いつつも私は暖炉を眺めながら待っていると、祖母が2つのカップを持って帰って来た。渡されたカップの中には半分程に注がれた珈琲が入っており、良い香りが鼻腔を燻った。

 

「お前の母は珈琲が未だに飲めないらしいね。そういう点ではお前の方が大人かね」

 

 誂う様に笑ってみせた祖母は珈琲を飲みながら続きを語ってくれた。

 

「知賢を広めるついでにお前に教えとくよ。戦争で飲める珈琲は軍に所属してる限り美味しいのは飲めないと思いなさい」

 

 どういう事なのだろうと思い首を傾げていると祖母はおもむろに袖から何かを取り出した。黄色の花弁を備えたそれをよく見るとたんぽぽだと分かった。

 どういう事だと思っていると祖母は何を思ってか私のまだ珈琲の入ったままのカップにそれを投げ入れた。出来立て熱々の珈琲のせいで中々取り出せずやっとの思いで取り出した頃にはたんぽぽは珈琲のせいで黒くなっていた。

 どう言うつもりだと睨みつければ祖母はニヤニヤしながらこう言った。

 

「たんぽぽコーヒーの出来上がりさ。私達の一本的な飲み物は水と安いワインとそれ、酷い時は泥水も啜ったものだよ」

 

 絶句した。どこまで絶望を煮詰めればそんな生活水準にまで下がるのだと。飲料水でこの程度なら食事などお粗末過ぎるのではないか。いやきっと、栄養なんて考えられていない腹の足しになるだけの乾燥食品ばかりなのだろう。

 今日の晩ごはんは誠心誠意心を込めて感謝しなければ私の気が収まらない。そう思えるほど凄惨な事情が祖母の話から伺えた。

 

「一番悲劇と思った事を教えてあげようか。こればっかりは一線を画してたね………今でこそ停戦協定を結んだ諸国、そこで民を虐殺紛いの事をしたものだよ」

 

 祖母は自らの皺寄った掌を悲し気に見つめながら当時の悲劇を語った。罪の無い民子をその指で引き金を引いて殺したと、隊長命令だったとは言え密かに噎び泣く程に苦しかった処刑は、おおよそ人のやる事ではなかったらしい。

 

「■■連合国の子供の死体を街頭に吊るしたりもした。当時の協定違反すれすれだった行為も、嘗ての上官のコネで揉み消された」

 

 きっと祖母の目からは己の手が血塗れに映っているのだろう。小刻みに震える手がそれを容易に物語っているのだから。

 

「雪も強くなってきた……今日は家に泊まって行きな。お前の母には私が電話しとくから」

 

 猛吹雪とまでは行かないが、女が一人で出るには危険な程度に強くなってきた雪による申し立てに、私は申し訳なく感じた。そんな私に祖母は気にするなと言い玄関に設置された電話へと向かって行った。

 また一人でリビングに残された私はカップのたんぽぽコーヒーをじっと眺めながら祖母の話を振り返った。

 

 戦争とはかくも人の尊厳を壊す物なのだと。それと同時に疑問に思った、祖母が最初に利益を運ぶと言った真意を。

 正直ここまでの話を聞いた限りでは何処にも利益らしい利益は見受けられなかった。ひょっとするとあれは祖母なりの嫌味だったのかも知れない。

 

「話が長くなって済まないね。さて、どこまで話したか……」

 

 再び椅子に座り暖炉を眺める時間がやって来た。ここで私はさっき抱いた疑問を祖母に聞いてみた。

 

「ああそれか、ぶっちゃけた話あれは当時だからこそ身に付いた利益と言えるね」

 

 何度目となるか、現代と戦時下における考え方の違いは。きっとこれから話す内容も現代では考えられない非常識に塗れた事かも知れない。

 

「私が初めて人を撃った話をしてあげよう。あれは本当に忘れたい思い出さ」

 

 私は心の何処かでライフル銃の危険を軽視していた。勿論人を殺す為の道具だということは理解していたが、それでもこの平和な時代に生まれた身からすればどうにも想像出来ない代物だった。

 だから祖母の実体験を聞いて認識を改める事となった。人を殺すとは何か、引き金を引いたその先の末路がどうなるのかを。

 恐ろしかった。だって祖母の語る当時の利益とは簡単に言えば()()()()()()を瞬時に得れたかどうかなのだから。あの時代、他者を考慮していては自分が殺されると知っていた軍人である先人達だからこそ見出した達観した覚悟。人を殺す事を当たり前と捉えていた常識に私は心底震えた。

 

「さて、もうそろそろ夕餉の支度をするとしようかね」

 

 今日の夕飯はスープでした。




 イスカリオテです。一年間お疲れ様でした。作者これから日本電子専門学校の受験を狙ってるので投稿来年になると遅れるかもしれません。

 

 

 姉から頼まれたのでたんぽぽコーヒーの説明を致します。本来であればたんぽぽの根を焙煎して抽出するという要するに珈琲豆を使わない代物なのです。
 ですから途中でシュリャホーワ軍曹がやった様に珈琲にダイレクトにたんぽぽを入れる様な品はたんぽぽコーヒーじゃないです。あれは最早イジメの類です。飲めなくないと思います(実際過去に作者が試して無害でした)


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【Stay Grand】

 半年以上も放置してしまい申し訳御座いませんでした。やっとの思いで書籍版一巻の半分を切りました。

 今更ながらシュリャホーワって名前本当はロシア人のはずなのにドイツ人として書いてました。完全に姉の勘違いです。ごめんなさい。
 こじつけに等しい上に今後使う予定もない設定なので適当に流しておいて下さい。多分ロシアあたりから親子でアサイラムでもしたんでしょう。私の作ったキャラじゃないので詳しくは分かりません。


 
 忘れてると思いますので前回のあらすじを箇条書きで記させて頂きます。

・ヘルシング、デグレチャフ両少尉による九五式試運転及び実用性確認実験終了

・魔導師中隊編入によりシュリャホーワ伍長が正式に本編に登場

・デグレチャフ少尉がシュワルコフ中尉の指示の下小隊長に任命。それに伴いヘルシング少尉はその補佐としてシュリャホーワ伍長と共に作戦に赴く

 
 以上、ザックリ言うとこんな感じになります。


 酷な話である。

 この並びきった上下関係によりアーニャは大変不本意ながらも、しかし事実怪我らしい怪我もなく生還している。望ましいシチュエーションではない凱旋を幾度か繰り返していくうちに、組織というものが砲兵運用に対し如何に絡みついているか身を持って理解した。

 我々魔導師とは航空機とのスケールの差によるメリットが大変著しく、大型ともなれば航空機を大砲で狙うよりも面攻撃である機銃掃射の方がよっぽど効果的だ。馬鹿正直に正面突破など狙えば無抵抗主義よろしく殺されるのがオチである。この話を考慮してみれば魔導師とは航空機より遅いとはいえ的の大きさ的にも大砲で狙い撃ちするには到底無理難題なのだ。

 

 戦争が中盤まで迫り火力陣地の拡大による先進的攻撃作戦によるゾーン射撃でも陥れば話は変わる。だが、そうでもない限り自陣での軍事行動ならば申し分ない速さを有していると教わった。

 

 デグレチャフ少尉やシュワルコフ中尉の有り難いお言葉を借りれば定点防御に懐疑的だと教えられ、アーニャの直接の上司であるヘルシング少尉には『信ずるものなど個人により差異はある。しかし、我々魔導師が信ずるに値するものなど到底差異が出るものではない』と申していた。

 ようするにだ、一見まともそうな御二方の言葉と生粋の狂人であるヘルシング少尉は、見方は違えど見ているものは砲撃である事に変わりはない。懐疑的視点を未だ捨てられずいるがそれこそが魔導師にとっての命綱だと考えている。伝達される飽和攻撃命令に脳死した思考で淡々と行うのは正に愚の骨頂と言えよう。

 

「素晴らしい。見たまえ軍曹、あれこそが我々を勝利に導く黒い希望だ」

 

 そう言ってヘルシング少尉は空を指差し、飛び交う砲弾に目を輝かせる。一つ提言するならば砲兵の練度具合に多大な差異が生じている事だろう。無論、帝国陸軍の圧倒的精密度を惜しみなく誇れるからこその発言だ。

 古参の兵ほど心酔するものは共通する。というのも観測手として任務に就かない限りにおいて、我々第二〇五強襲魔導師は現状における地上部隊に対する圧倒的とも言えるアドバンテージを有している。それは一概に砲兵による依存が高い。

 帝国軍魔導師隊は敵兵梯団におおよそ舐めてかかる事はしない。いやむしろ、この戦場において敵が阿呆である事を期待することの方がよほど阿呆であると言えようか。

 

 

 

 良い目つきをする様になった。

 ティアナ・ヘルシング少尉は後続するバディの顔を見て得にもなくそう考えた。部下の成長とは喜ばしい物であると同時に、それは使い捨ての駒にするには些か「もったいない」と感じるようになるのと同じだ。

 ふと過る過去の記憶に入り交じる生前の戦場風景。それすら、この大空を跨ぐ魔導師になってからというもの色褪せる事こそないが何処か物足りさを覚える。

 

 感傷に耽っている合間に状況は留まる事を知らず、事態は動きを見せた。

 真隣を進行するデグレチャフとシュワルコフ中尉殿の猛々しい賛美の声が上がる。それに呼応するように、砲撃の苛烈さは勢いを増していく。徹底的な面攻撃は素晴らしい。あの馬鹿ゾーリンが縦一列になってお行儀よく進軍し、野鳥の傭兵たちにボロクソにされたのを思い出す。思わず気分が高揚するが気化けにて鎮める。

 

「砲兵よ!砲撃よ!汝らの産声を戦場に響かせたまえ!!」

 

「素晴らしい!これぞ我らが勝利への道標!戦場における絶対の証!!」

 

 強面の古参兵の皆様方に続いて改めて思う。都合の宜しいファンタジーのみ現実に投影したこの世界。どこを探そうと吸血鬼のような空想の産物は魔法に取り残され、過去の遺産となったこの世界様。それでも火力だけは裏切ることをしなかった。

 個の兵力など、私の頭の中でしか機能しない。あるのは数の暴力。無論、最低限の質を揃えない限りは幾ら軍事国家である帝国といえど何処か笊になる可能性がある為、練度自体は他国の比にならない。

 そういった功績があるからこそ、砲兵の信頼は絶対とまでは行かずともこの激しい戦場においても確立した信頼を得る。なるほど正に神の如き存在だ。虫酸が走る。

 

「いやはや、何とも言い難いがこれはまた……」

 

「どうした?怖じけづきでもしたか?」

 

「まさか、むしろ武者震いが過ぎる」

 

 デグレチャフの小馬鹿にした問答に答えてやる筋合いはないが、部下達のメンタルケアも兼ねて答えてやる。歴戦の古兵でさえ前線配置となれば恐怖に身が竦む。そんな中で新兵ばかりの中隊後続部隊員たちでは逃げ出さないだけ利口だろう。眠たくなるような授業内容ばかりの軍属幼年学校出身の者たちの多くは、その場から動けない者も出るほどだ。

 だからこそ砲兵の存在は心の拠り所として大いに貢献している。突撃発起線に到達した第二〇五強襲魔導師中隊にとって幸いにも、先の一斉放射の面制圧射撃により大多数の敵梯団を崩壊にまで追い込んだ。杞憂に終わったから事ではあるが、本来ならば敵砲兵隊による対抗射撃もあり得るが先の大打撃によりこちらまで手が回ることはないらしい。

 

「一二〇mm砲の素晴らしさは胸が躍る。敵残存兵の残党処理に落ち着くとは」

 

「小官としましては何処か物足りなさは感じますが戦果としては上々でしょう」

 

「些か気圧される新兵も居りますが存外にこれなら直ぐに制圧できますな」

 

 概ねティアナとターニャの意見は合致する。シュワルコフ中尉の簡潔かつ明確に纏められた目標は、このまま順調に進めば最低限の犠牲を出さずに済む。

 潤滑に事を運ぶ事ができれば今回の任務は極めて簡素なものになる。ティアナにとって面白味はなくとも中隊全体で捉えれば運に恵まれていると言えよう。本日は新兵の初舞台、そういった意味も込めて戦争日和として素晴らしいと言えよう。

 

「ははは!これはまた勇敢な魔導師だ。これではどちらが年上か分からんな」

 

 気持ちの良い笑顔で褒め称えるシュワルコフ中尉に釣られる形で他の兵も笑う。嫌味の一つも込められていないその笑顔は、全くもって戦場には似合わないだろう。

 

「頃合いだな。中隊、突撃発起用意。撃ち漏らしは残さず潰せ」

 

 汗ばむ手を握りしめ覚悟を決める。いくら好きとはいえ仮にも命のやり取りの現場において、脳天気に過ごせる肝は備わっていない。軍学校の授業で歴戦の兵がラインは御免と語っていたのを思い出す。なるほどこの空気のひりつき具合は慣れることはないだろう。

 

「時間ですな、私とデグレチャフで先に行きましょうか?」

 

「勇ましいなヘルシング少尉。だが、存外デグレチャフも乗り気ならしい」

 

「若輩共に先輩風を吹かしたく思っておりますので」

 

 強者故の傲りか、張り詰められた緊張は解きほぐされた。いい契機とも呼べるやり取りだった。突撃前の過度な緊張はパフォーマンスに支障をきたす、それを解消することは仕事を熟す上で重大なマネジメント力だろう。

 シュワルコフ中尉率いる魔導中隊は地獄のライン戦線においても古参兵であっても、生死をかけた突撃前の緊張感は得とし難い。ましてや、言い方があれだが子守をしながら死地に突っ込もうとするのだ、緊張度は最高潮に達する。そんな時こそ人はこぞって冗談に逃げる。それは恥になどならず立派な精神安定を目論んだもの故だ。

 

「頃合いだな。全体突撃!我に続けぇ!!」

 

 シュワルコフ中尉の指揮の下、魔導師中隊は前線へ向け進軍する。土で汚れた顔を流れる真新しい黒い汗の滴が伝い風になびき斜めに頬を伝う。一斉に放たれた怒声は砲撃もかく言う声量だ。

 

 魔導師は天を翔けるとジャーナリスト達が新聞メディアにしたのを目にした事がある。なるほど確かに天を翔けるような気分に能うが、それは命の駆け引きを知らない一般的視点から物事を見た場合、あるいは安全圏から観戦していた場合の話である。魔導師が最も無防備になる瞬間、それは索敵哨戒の最中ではなく飛び立つ瞬間にある。

 言い換えれば歩兵にとっても脅威に至り得るという訳だ。持ち合わせの防殻と防御膜により身を固める魔導師は一発二発の弾丸程度ならまず落ちたりはしない。対戦車砲程でないにしろ一度に不特定多数の兵士を補触れる火力を上空から投射できるとなれば、これほどの脅威は無視するには土台無理な話なのだ。

 雨あられもかく言う銃撃を掻い潜れるか、それとも魔導による蹂躙の始まりか。互いに駆け引きとも呼べない刹那の瞬間、その一瞬の隙間を縫った方が勝ちを得るのだ。

 

「各級指揮官と無線手を優先しろ!」

 

「一匹逃せば5人は死ぬぞ!!」

 

 周知の事実である。

 ある程度の場数を踏んでいれば嫌でも知る事になるそれを思いながら、他の追随を許さない速度で駆け巡りターニャと共に爆裂術式を発動させ共和国の者共にスコールもかく言う物量をもって「丁重に撃墜」させていく。もちろん再起など思わせる事のない徹底ぶりを以てだ。

 

 銃弾の密度的から察するに抵抗勢力は制圧可能な程だろう。おおよそ逃げ遅れた兵達が最後の抵抗と言わんばかりに拡散・孤立し散発的に弾を撒いてるに過ぎない。

 普段であれば敵後続梯団の増援を危惧しつつの残党狩りとなるが今回に限っては我らが起動打撃群と砲兵により対処されている。正直物足りなさが心の内にあるが贅沢は言っていられない。

 

 できた余裕を利用し、後続するシュリャホーワ伍長の戦闘具合を観察する。最初彼女を見た時はどこかバチカンの小坊主に通ずる危うさを感じたが、いざ戦場に出してみれば小銃による被弾は見受けられるものの防殻は抜かれていない。機動性に関しても妥協点は超えておりまずまずと言えるだろう。そして何より()()()()()()から最善手を()()()()()()に移しているのは高評価に値する。一ヶ月前の木偶のようにただ突っ立ってるだけの役立たずだった頃と比べ見違える成長ぶりだ。人間としての最大の権利を使う場面でしっかりと使える部下は頼もしい限りだ。

 逆らう気すら起きない、つまり圧倒的武力差を前に崩壊し欠けている残敵の背を窓にした実践講習といったシュワルコフ中隊長の言葉は実に的を得た発言だった。やはり実践を超える訓練などないのだ。

 

「私に聞こえないと思って裏でぶつくさ文句を言ってた頃が懐かしい。今じゃ一人前とまでは行かずとも立派な兵の顔をしている」

 

 最後の大隊(ラストバタリオン)には申し訳ないが化け物共は向上心というものが欠けている。言うなれば人を捨てる事は()()()を、自由を捨てる事を意味する。あの黒い死神が朝焼けを背に髑髏を担いだその時に確信したように力を得るために隠れた本心を捨てる事のなんと滑稽な事か。

 そういった意味では共和国の兵はある意味幸せ者だろう。少なからず疑問を持つ者はいるだろうが、何分司令部が敵対している我々から見ても時代錯誤な考えの持ち主なのだ。奇しくもシュリャホーワ伍長と対になる形で思慮を捨て去り突撃するだけの木偶が相手とあっては馬鹿にするなと言わざるを得ない。

 人的資源の浪費は結構。見てる分には大いにやってもらって構わないが余りの愚かさに今一度人的資源管理制度を見直してみてはと進言してやりたい。

 

 面白い事に世の中は如何に荒涼となろうと、その本質はどこまで行っても変わらない。手段と目的の反転がなされようと行き着く先は()()()()()()()()()()()()()()に絞られる。いくら崇高な理念で拗られた理念であろうと捻じり過ぎては千切れてしまい本質を見失ってしまう。

 今にして思えば自分は存外きっちり使い切った(全滅)させただけ利口だろう。そんな事を思いながら拡散型術式を用いて確実に複数名の若人を葬りながらティアナは嗤う。

 

「上手く行きすぎな気もするがな、この先に翳りがないと良いのだがね」

 

 

 

 懐疑的思慮の下今一度自身の置かれた状況を確認する。前方に敵影多数がおりそれをデグレチャフ、ヘルシングの両少尉が憮然と狡猾を織り交ぜた表情で破壊と殺戮の嵐をばら撒いていた。一撃を的確に命中させるデグレチャフ少尉と比べヘルシング少尉は広範囲に渡る散発的な攻撃が目立つ。常識的に考えて超至近距離まで接敵が可能な状況において無駄に魔力を消費するのはどうかと思われるが、その馬鹿げた魔力量がそれを現実的戦法として確立させる。

 改めて次元の差を思い知らされた。別段その事に対し嫉妬を覚えるわけではなくあくまでも呆れの念が強かった。

 

「中隊長より各位伝達。三百秒後に友軍による砲撃再開予定。離脱に入れ」

 

 そうして、呆けていると散り散りだった敵梯団の残党兵が後方へ離脱を開始した。途中まで生き残るために全力で頭をフル回転させていたが為に敵梯団を把握し切れていなかった。今回こそこれ以上の指示もなく撤退が命令された為良かったが下手すればこの一瞬の油断が死を招く結果に帰結するかも知れない。そうならなかった事に少なからず安堵を覚えると共に次こそは気を付けようという警句を刻んだ。

 ふと、少し離れた所を並走するセレブリャコーフ伍長の姿が目に入った。遠目からでも良くわかる安堵の念がありありと顔に浮かんでいた。恐らく自らの手を汚さずに済んだ事に対しての安心なのだろう。無論それを悪しき思想と捉えるつもりはないがこれから先そんな考え方で生きていけるのか不安であると、同期にして唯一同じ性別の彼女への細やかな配慮だった。

 

「集結を確認。損害なし。各員、装備以外に消耗もありません」

 

 一人二人死んでると思ったが存外に皆しぶといらしい。集結地点での点呼も終わり各自不測の事態に備えよとの達しに従い仮眠を取ろうと移動を開始する。

 実家にいた頃とは偉い違いだと呆れ半分疲労半分といった思いでベッドを目指し歩く。まだガッツが有り余っているのか、目をギラギラさせながら銃を弄るヘルシング少尉と反対に「寝る」とだけ言って早々に仮眠に入ったデグレチャフ少尉に習って休もうとした。

 されど神はそれをお許しにはなさらなかった。突然の呼集。ムクリと上体を起こし戦闘配置につくデグレチャフ少尉と共に地獄へ向かった。

 

「全員集まったな。さて、中隊諸君。よろしくない知らせだ」

 

 今度は何だ。口汚くも罵声を心の中で呟きながらシュワルコフ中尉の報告を淡々と聞く。上官がこのように敢えて冷静に続けるときは十中八九最悪な事の前触れであった。

 

「急報だ。第四〇三強襲魔導中隊が浸透突破中の敵魔導三個中隊と不意遭遇戦に突入」

 

「このタイミングで追撃されるとは、笑い話にもなりませんな」

 

 心の底では知ったこっちゃないと思うが、帝国軍人として友軍が強襲されたと言う知らせは重く伸し掛かった。珍しくヘルシング少尉が仲間内を気に掛けるような発言から事の重大さがうかがい知れた。

 

「……では後続の梯団は?」

 

「砲兵隊が叩いているが、観測手が直掩魔導師からの追撃に遭遇。結果的にろくに観測が行き届いていない」

 

 死ぬほど疲れた体に対する仕打ちがこれでは神を呪いたくなる。クソッタレの神はどうやら道理を理解してないらしく不得手な戦場を引っ掻き回すのに忙しいらしい。本当に死ねばいいのに。

 

「四〇三と合流の命令が届いた。直ちに出発する」

 

 たいへん不本意ながらこれらの決定事項が覆るとはない。緊褌一番、緩んだ士気を昂らせよと自らの体に言い聞かせるが現実は気合だけで立ち上がれるほど回復していなかった。

 

「同時に着弾観測要員の救援だ。こちらも、敵中隊に追われるとのこと。ああ、そう言えば少尉たちは以前北方で経験していたな」

 

「はい、二度と御免です」

 

「あの時ほど死を身近に感じたのは初めての経験(今世では)でした」

 

 砲兵隊の目となる観測手を潰すことは、すなわち砲兵を使い物にならなくしてしまう。敵の着弾観測手を真っ先に狙う事こそが勝利への鍵となるとベテランは異口同音に語る。

  

 マズい、凄くマズい。後方にはイルゼがいる……

 

 一介の魔導師と比べその死傷率は比べ物にならない危険度を誇る観測手。エースオブエースに限りなく近いと思われる少尉らが着弾観測任務中に生死を彷徨う深手を負ったと言われてしまえばその不安は跳ね上がる。

 誰がとは言われていないが言いようのない不安が駆り立てる。もしかしたらイルゼかも知れないしそうじゃないかも知れない。それを自覚した瞬間、「イルゼが死ぬ」という想像が鮮明に映し出された。

 若干人間不信に陥っていたアーニャが唯一心を許せる人と判断した彼女が死ぬと思うだけで指が震える。ではどうするか。簡単だ、最善を尽くせば良いのだ。    

 無限に増殖する黒い感情を抑え込み、挫けそうになる体を無理やり立たせる。本人からすれば勇気を振り絞った上での行動だが他者から見ればその疲労困憊とした立ち姿は余りにも心許なかった。

 

「銀の翼を持つ二人に聞こう。貴官らならば救援は可能かね?」

 

「遅滞ならば兎も角……救援となると」

 

「援助を目的とするなら、我々二人だとしても保障しかねます」

 

「九五式の使用を視野に入れてもか?」

 

「二個中隊規模ならば良しとして……ツーマンセルとなると伍長らが限界でしょう」

 

 二人の少尉がそれぞれアーニャとセレブリャコーフに視線を向ける。一瞬余りの冷たい視線に怯みそうになる。そんなアーニャを差し置いてデグレチャフ少尉は、シュワルコフ中尉の問いに対し諦観交じりに答えた。

 

「有精卵から卵程度にはなりましたが、まだ雛にすらなっていません。殻を割るには早過ぎます」

 

 確かに個人としての観点ならば絶対的戦力を有するヘルシング少尉からすれば、それ以下の階級の者達は皆がたかが知れる練度だろう。

 仮に、少尉達だけで救援に向かったとして、待っているのは最低でも三個魔導中隊との空戦。ましてや後続の敵梯団の接敵も視野に入れなければならない。流石の銀翼であろうとペアを気に掛ける余裕はないに等しく、セレブリャコーフ伍長と互いにカバーし合ったとしてもアマチュア同然のアーニャ達では生存率などたかが知れている。

 それ以前の問題として、両伍長の精神的健康と肉体的疲労を加味した上で否定しているのだ。

 

「「意見具申許可願います!」」

 

「セレブリャコーフ伍長?それにシュリャホーワ伍長までどうした」

 

「我々も救援任務に志願します!」

 

 偶然にも重なった志願の声。彼女たちは思いに至った過程こそ異なれどその行き先は同じだった。訝しむシュワルコフ中尉の声の理由はもちろん、崇高な理由だからと言って上官の許可も得ずに発言するなど厳罰と下されて然るからだ。

 

「伍長!」

 

「私とて、帝国軍人です!」

 

「我々は帝国軍人としての矜持を以てこの任務に志願します!」

 

 無理難題は百も承知。直接的な関わりはまだなかったがデグレチャフ少尉の咎めるような短い叱責の声はそれだけでアーニャとセレブリャコーフ伍長を縮こまらせた。だがこの時ばかりは二人を止めるには至らなかった。

 

「中尉殿!どうかご検討を!!」

 

「………行かせてみては如何ですか、中尉殿」

 

「ヘルシング!?貴様何を言って…!」

 

 こちら側だと思っていたヘルシング少尉からの裏切りに、いつもは興味なさげに細められている目を見開いて驚愕する。信じがたい考えだと論ずるデグレチャフ少尉と、これも良い社会経験だと反論するヘルシング少尉の言い合いは不思議と年相応の少女同士の喧嘩にも見えなくもなかった。

 完全に否定されるとばかり思っていたが、案外部下に対する理解はあったらしい。

 

「ジョーンズの分隊をつけてやる。失敗は許されないぞ」

 

「シュワルコフ中尉殿まで……」

 

「みなまで言うな。中尉殿が認めているのだ、これ以上の駄々こねは過保護だぞ」

 

 これまた意外な増援を受け驚愕とした表情のデグレチャフ少尉。自身のペアと比べると些か感情の隆起が起こりにくい人かと思ったが、案外表情豊かな人なのだな。そんな不躾な思いを抱かせるほど百面相を浮かべるデグレチャフ少尉。

 人間味あふれる一面を目にしたことにより改めて自分の不甲斐なさを痛感する。倍以上に歳の離れた子供二人に私達は子守されていたと自覚すれば、自己嫌悪にも似た恥ずかしさを覚える。

 

「了解しました。最善を尽くすといたしましょう」

 

「危機あらば駆けつける。魔導師の本懐だな。武運を祈ろう」

 

「武運長久は兵の誉れ。必ずや成功してみせましょう」

 

 集結地点より発進し始める中隊全体を見送るとデグレチャフ少尉はセレブリャコーフ伍長に向けて惚れ惚れとするような笑みを見せた。それに釣られるように私の上官であり片銀翼章を持つ英雄が邪悪であり可憐な笑顔で振り向いた。

 

「さぁ伍長、君の活躍する舞台は()()()が用意した。貴官が何を思って志願したか皆目見当がつかないが楽しませてくれたまえよ」

 

 悪い笑顔を見せる上官。不敵に嗤うその姿を見て私は不思議な高揚感と緊張感が体を支配する感覚に陥った。だがそれに対して、嫌な気分かと問われればそうとも言えなかった。それが自分の考え、自分の魂からでた()()()()だと分かっているから。

 

「必ずご期待に沿ってみせます」

 

「よろしい。では楽しい幕開けと行こう。状況を開始したまえ」




 私、台詞のあとに半角文字で効果音とか加えるの嫌いなんですよね。例えるなら……

「うっ…!」ゾクゾク

 何なんでしょうねゾクゾクって?そう表現せずとも『無意識に溢れた苦悶を含んだ言葉。それと同時に背を駆ける悪寒は私の肌を粟立たせた』のように地の文で表現すればいいのに。
 もっと言うと台詞の後に更に台詞が付くのも嫌いですね。例えるなら……

「よーし!食べるぞ!!」イタダキマス カチャカチャ

 何なんでしょうねコレ?巫山戯てるんでしょうか。頂きます位なら地の文で幾らでも表現できるじゃないですか。『日本人特有とも言える所作。それは食らう生き物への感謝の言葉を告げる言葉であり、それを言って初めて箸を持ち食事へありつけるのだ』って書けばいいじゃないですか。

 皆さんどう思います?


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