この素晴らしいスキマ妖怪に依神姉妹を (片腕仙人)
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1話

このすばin紫

流れは原作





雲一つない青空の下、一面が鮮やかな緑色の草原。

 

その草原に一人の女性が立っていた。ただこの草原にはあまり似つかわしくない八卦の萃と太極図を描いた中華風の服に日傘をさしている。

 

綺麗な金髪に整った顔立ち、すれ違えば10人中10人全員が振り向くであろう美人。

 

そんな金髪美人は慣れた手つきで日傘をたたみ遠くの方を見つめている。

 

そんな少しのことでも絵になる彼女は今━━━━

 

 

 

 

 

とても戸惑っていた。

 

 

 

 

◆◆◆

 

どうも皆さん、気がついたら草原に日傘をさして立っていました。

 

八雲紫です。正確には八雲紫に憑依転生した者、であっていると思う。

 

何故だろうかこんな挨拶を前にもしたような気がする。それに妙に体が馴染んでいるというかまるで長い年月をこの体で過ごしていたような感じがするが気のせいだろうか。多分気のせいね。

 

私は東方projectの中でも八雲紫が一番好きだったから嬉しいような気がするけどまさか自分がこんなことになるとは思ってもいなかった。でもどうせなら八雲紫の式とか隣でサポートする側とか親友とかになりたかったです!

 

まあそんな贅沢をいってる場合じゃない。とりあえず日傘をたたみましょう。日傘をたたみあたりを見回してみる。

 

んー、緑に緑に、緑。あたり一面緑色の綺麗な草原。精一杯深呼吸すればかなり気持ちがいいことこの上なし。

辺りを見回していると一本の木が生えているのが確認できた。

 

とりあえず行く宛もないことだしそこまで行くことにしよう。

 

何事もなく無事に到着。木の下は木陰になっていて涼しく快適。木に背中を預け腰をおろす。

八雲紫といえばスキマ、とりあえずこれが使えなければ八雲紫と名乗れるわけがない。

 

とりあえず、こうなんというか開け!って感じに念じてみる。

すると目の前の空間が裂け中からは沢山の目がこちらを覗いているようなモノが目の前に現れた。裂けた端、両端にはリボンのようなものがついていて想像通りのこれぞスキマといった感じ。

 

沢山の目がこちらを向いているが特に気味が悪いとかそういったことはない。少し怖い気持ちもあるもののスキマの中に入ってみる。

入るとすぐに後ろで入ってきたスキマが閉じてしまった。少し焦ったがどうやらここにスキマを開きたいと思えば開くらしいのでひと安心。

 

中はかなり広いそれこそ端の方が地平線のようになっていてどこまで続いているのか分からないくらいには広い。スキマの中に入った感想はなんというかとても落ち着く。まるで自分の家にいるような感じだろうか。

 

ひとまずここなら誰にも邪魔されることなく能力や弾幕の練習ができるはず。それにこのスキマの中も探検したいことだし、では早速練習に取り掛かりましょう。その後探索ね♪

 

 

 


 

さて探索を始めてどれだけ経っただろうか。スキマの中はかなり広大で探索する場所がかなりあった。探索している間にもスキマを使ったりする機会がかなりあった。

能力と弾幕その他諸々のことは片手まで出来るようになった。

 

それに探索してたときにこの扇子も見つけた。なんかかなり高級そうなソファーの上置いてあった。多分あそこがスキマの中心だと思う。

 

なにはともあれ大分長い間スキマにいたような気がするからさっさと外に出ることにしましょうか。

私は扇子を手に持ってスキマを開きそこから外に出る。出てみれば元の広い草原........ではなく周りには木が生い茂っている場所に出てしまった。おかしいわね、さっきと同じ場所にスキマを繋げた筈なんだけど。

 

まあ、いくら使えるようになったからといって絶対に失敗しないとは限らないわけで少しのミスぐらいは大目に見ることにしよう。

幸いなことに森の奥深くという訳ではなくちゃんとした道があるからそこを辿っていけば問題はないはず。

 

折角扇子を手に持って出てきたわけだけどこれなら日傘に方が絶対にいいはず。という訳でスキマから日傘を取り出してさす。スキマでその辺を見て街か村でも探してそこに繋げてしまうのもいいかもしれないけれどやっぱり自分の脚で探していくってのもなかなかに良いものだと思うの。

 

という事で道なりに進んで行きましょう。

 

 

それから少したちそれなりに進んでいるもののやはりというべきかあまり風景は変わらない。でも自然に囲まれているってのは悪くはない、悪くはないのだけどさっきから気になることが一つ。

 

どうやら今は人間ではなくスキマ妖怪、つまり妖怪になっているおかげでちょっとした違いや違和感など感覚がとてつもなく鋭くなっているらしい。だからさっきから私のことを尾行してきている三人程だろうかいつになったら出てくる気なのか出てくるなら早くしてもらいたいのだけど。

 

折角いい気分で散歩の様なことをしていたのにつけられるのはあまりいい気分じゃないわ。もういっそのことあからさまにも見えるくらいの隙でも作ってみましょうか。

そう思い私は歩みを止めてそれっぽく空を眺めてみる。すると動きが止まったことでチャンスだと思ったのか三人が私を囲むように飛び出してきた。

 

「よお、そこの姉ちゃん。女の一人旅はかなり危険だぜ」

 

「そうそう特にそんな貴族みたいな格好してる奴は特にな!」

 

「なんだったら俺たちが護衛でもしてやろうかぁ?」

 

うーん、なんというかこれだけ聞いたら親切な人が忠告してくれてるようにも聞こえるけど見た目が完全に盗賊的というか山賊的というかそんな格好で言われてもあ、じゃあお願いしますとは言えないでしょう。話を聞く限り私のことをどこかの貴族かなにかだと思っているようだしここは世間知らずのお嬢様的な感じに振る舞っておきましょう。

 

「あら、護衛してくださるの?でも私なんかにそこまでしてくださらなくてもいいんですよ」

 

「なに、心配しなくてもいいって俺たちに任せな」

 

どうやら何をいっても下がる気はないらしい。それなら丁度いいしどれくらいの強さなのか調べてみることにしましょ。

 

「そうですか......。でも護衛ってのはあなたたちみたいなのから守ることなんじゃない?気づかれてることも知らずに着けてきたまぬけな盗賊さん」

 

それを聞いたと途端盗賊たちは腰に指していたナイフを抜きこちらに向けてくる。

 

「おい!お前舐めたこといってんじゃねえぞ状況わかってんのかよ、おい!」

 

「ふふふ、怖い怖い。でも逃げるなら今のうちよ」

 

この言葉にさらにイラッと来たようで二人が一斉に私に向かって走りだしナイフで斬りかかってくる。残りの一人は弓矢を使って狙っているようだ。多分二人の攻撃で仕留めきれなかったときのために狙っているんだろう。

 

私は二人の攻撃を真下に開いたスキマに入ることで回避する。相手からしたら私が急に消えたように思えるはず。そして少し離れた場所にいる弓の人の後ろにスキマで現れる。三人は私を探して辺りを見回している。私はこっちよ~、あなたの後ろ。

 

「何処いきやがった!あの女っ!――――ぐぁ!?」

 

弓の人の背中に軽めの弾幕を放つ。するとそのまま二人の元まで吹き飛ばされそのまま動かなくなってしまった。

……死んでないでしょうね、そこまで強くやったつもりは無いんだけどもまあ次はもう少し手加減することにした方がいいかしらね。

 

「ふざけやがってこのクソ女!」

 

おっ、そんなことを女性に向かっていっていいと思っているのだろうか。皆は絶対にそんなこと言ってはいけません。私との約束よ。

二人は怒りのままこちらに向かって再度斬りかかってくる。それを今度は扇子を畳んだ状態でナイフを弾き勢いをそのままにして振り抜き二人のナイフをへし折る。

 

ナイフは扇子と打ち合った音とは思えないガキンッという音をたて呆気なく折れてしまった。

 

二人は驚いているようだがそれがとてつもなく大きな隙になっていることには気づいているのだろうか。がら空きになった腹部にさっきよりも軽めの弾幕を放てばさっきの弓の人のように吹き飛ばされ片方の盗賊は起き上がろうとしたが起き上がることができずにそのまま気絶。ただ最後の一人は何とか耐えたようでよろよろと立ち上がりこちらを見ている。

 

「お、おまえ........一体何者なんだよ!?」

 

聞かれたのならば答えてあげましょう。私は扇子を開き口元を隠し背後にとびきり大きなスキマを広げ盗賊を睨み付ける。なんか背後のスキマからなにかオーラ的なものが出ているような気がするけど気のせいよね。

 

「私は妖怪の賢者にして境界の管理者八雲紫。私と出会ってしまったあなたたちはただ運が無かっただけきっと次はうまく行くはずよ、きっとね。それはそうとあなた神隠しって知ってるかしら?」

 

「か....神隠し....」

 

「そう神隠し。まあ簡単にいってしまえば人がその場所から跡形もなく消えてしまうことって思えばいいわ」

 

私がそう教えてあげると何を思ったのか顔を青くして震えだしそのまま逃げていってしまう。何度もこちらを振り替えって私が追って来ていないかを確認しているらしい。でもそんなことをしていれば前にも注意があまりいかないし足元何て確認もできないだから、こうしてあげれば。

 

走っていた彼の姿がフッと消える。まるで本当に神隠しにあったかのように彼の姿は完全に消えてしまった。まあ本当は彼が行く先にスキマを開いて落とし穴みたいにしていただけなんだけれど上手く引っ掛かってくれたようで何より。

 

それじゃあこの三人には悪いけど逆に持ち物を物色させてもらいましょ。スキマを使って三人を集める。さっきスキマに落ちた盗賊も含めて全員が伸びている状態。さてそれでは物色物色。

 

 

 

 

持ち物を一通り見てみたけど使えそうなのはこちらの通貨と思わしきものくらい。あとははっきり言って要らないものばかりだった。さてとじゃああとはこの盗賊達をどうするかなのだけど……起きるの気長に待つとしましょう。

 

 

 

 


 

 

 

ぼやける視界のなか何とか目を覚ます。どうやら俺は気を失っていたらしい。だがなぜ........!?

 

そうだ、あの訳の分からない女から逃げていたと思ったら急に足元の感覚がなくなって気を失ってしまったんだ。アイツはどこに。

 

まだ近くにいるのかもと思い辺りを見回すがそれらしきものは何一つない。さっきまでのことは夢だったのかと思ってしまうくらいだ。両脇には仲間の二人が横になっている。

 

やはり夢だったのか思い息を整えていると

 

「あら、ようやく起きたのね」

 

と突然女性の声が聞こえてきた。そう一見綺麗なこの声には聞き覚えがある。俺達が襲ったアイツの声、どこにいるのかと辺りを見回すがどこにも姿は見えない。するとまたどこからか声が聞こえてくる。

 

「今回は命まで取ったりはしないわ。でもそうね、約束してもらえるかしら?私のことは誰にも話さない絶対に秘密にすると、もし誰かにいったりすれば━━━」

 

そこで声が途切れたかと思うといきなり辺りが暗くなった。今はまだ昼間のはず、おそるおそる上を見上げて見るとあまりの光景に声さえ出なかった。

 

空があるべき場所にはなにかよく分からないものがありそこからこちらを覗いている大量の赤い瞳が広がっていた。そして自分の正面少し上の辺りの空間がゆっくりと裂けさっき俺達を倒した正体の分からない女が出てくる。そいつは長い金髪を前に垂らしていて顔が見えない状態になっていて這い出すようにして上半身だけを見せている。

 

「もし、誰かにいえばあなたは━━━」

 

またそこまでいって動きが止まったかと思った次の瞬間に顔を両手でガシッと掴まれていた。そのま顔を固定されたまま近づかれて

 

「人知れず消えることになるわよ、ずっと見ているから忘れないことね」

 

ここで俺の意識は途切れた。

 

 

 


 

 

うーん、少しやり過ぎただろうか。折角起きたのに今度は泡まで吹いて気絶してしまった。

 

ただこの脅かしているときの感覚、相手が驚いている表情を見ているとなんというか、こう凄く快感という感じ。この感覚は癖になりそう。でも流石にこれはやり過ぎてしまったわね、反省反省。

 

次にやるときはもっと簡単に軽くからかうくらいにしておきましょう。彼らには悪いけどここに放置でいいでしょう。そこまで危なくなさそうだし。

 

さてとそれじゃあまた道なりに進んで行きましょう。いつかは着くはず気長に行きましょ。

 

 

 

 

 

 

結構な距離を歩いてしまった......まさかここまで距離があったとは思いもしなかった。

でもようやく着いたあとはこの街、名前は分からないけどここで役場的なところで色々聞ければ問題ない。

とりあえずそこのおばさまに聞いてみましょう。ギルドって言った方がいいだろうここの住民というかこの世界は結構ファンタジーな気がしてきたし。

 

「すこしお聞きしてもいいかしら?ギルドは何処にあるかご存知?」

 

「あらあら、これはまた美人な方がいらっしゃったね。ようこそ駆け出し冒険者の街アクセルへ。そこの通りを真っ直ぐいって右に曲がれば看板が見えてきますよ」

 

「そう、どうもありがとう。それじゃあまた」

 

そういって軽く頭を下げて先を急ぐ。後ろからさっきの人が貴族様が何の用かしら?とかいっているのが聞こえるけど私は貴族じゃないのよね。

 

さてさてやって来ました。冒険者ギルドここまで来るまでに大分注目されていたようだけどそんなに珍しい格好してるかしら?

 

それはいいとして早速ギルドに入りましょう。中からは多くの話し声や食器などの音が多く聞こえてきて賑わっていることがわかる。

 

「あっ、いらっしゃ......い、ませ....」

 

ギルド内に入ると赤毛のウェイトレスが最初は元気よく、後ろにいくにつれて途切れ途切れになって最後はぼーっとこちらを見ている。そのせいなのかギルド内もさっきの喧騒が嘘のように静まり返ってしまっている。

 

「....!、お仕事のご案内でしたら奥のカウンターへ、お食事でしたら空いている席へどうぞ!」

 

そんなに緊張しなくてもいいと思うのだけど....

 

仕事の案内は奥のカウンターね。仕事ってのはつまりは冒険者ってことね。そう思いカウンターへと向かっていく。カウンターに居るのは私と同じ金髪をしたやけに胸が大きい受付嬢。

 

「はい、今日はどうなされましたか?」

 

「そうねぇ、できれば冒険者になりたいのだけど」

 

そういうと後ろがざわざわっと騒がしくなった。

 

「えー、っとお連れの方がいらっしゃらないようなのですが……」

 

ん?なるのは私なのだけど。この姿だと流石にこれから冒険者になるというようには見えないということか。だからといって変える気はさらさらない。

 

「なるのは私なのだけど、いいかしら」

 

「え!?」

 

この言葉に受付嬢が驚きさっきよりも後ろがざわつき出す。

 

「それで結局のところどうなの?」

 

「あっ、はい!なれます。ただ冒険者登録には1000エリス必要です」

 

1000エリス、エリスっていうのはこっちでの通貨の単位らしい。とりあえずさっきてにいれたこのエリスってのを袋に入ったまま渡す。これなら勝手に1000エリス抜いてくれるでしょう。

 

「はい、これで足りる?」

 

「えーと.......はい問題ありません。ではこちらにご記入お願いします」

 

そういって財布に入りそうなくらいのカードをこちらに差し出してくる。どれどれ、名前、身長、体重、年齢その他諸々をざっと記入して受付嬢…金髪ちゃんでいいかしら、金髪ちゃんに渡す。

 

「はい、え~とヤクモ....ユカリさんですね。ではユカリさんこちらに手を置いてください。そうすると今のユカリさんのステータスがこちらのカードに表示されます」

 

なんというかまるっきりゲームの中というかそんな感じなのね。指示にしたがって手を置いてみると一瞬だけ光りあとは特になし。

 

「はい有難うございます、へ?はああぁぁっ!?な、なんですか!?この数値!?幸運が少し低いですがそれ以外が全てあり得ない数値ですよっ!中でも魔力がずば抜けて高いです!紅魔族でさえこんな数値はでませんよ!こんなの今まで見たことありません、あなたはいったい........」

 

その叫び声にも等しい声を聞きまたまた後ろが。

 

幸運が少し低い以外全てね、まあ八雲紫としては当然といえば当然これでもし全て平均値ですね、何て言われでもしたらその場で崩れ落ちていたでしょう。

 

「す、凄いです....これなら全ての上級職になれますよ。ん?これは賢者?ですかね。でもこれ最初の方が読み取れなくなってますね」

 

カードを私も覗きこんでみるが確かに前の部分が塗りつぶされているような感じになっている。でも私にはこの塗り潰されている部分に心当たりがある、多分あれでしょうね。

 

「そうね、この賢者にするわ」

 

「え!?で、ですがこれは初めてのことなのでどんな職業かわかりませんがよろしいんですか?」

 

私は肯定の意味を込めて軽くうなずき金髪ちゃんを見つめる。

 

「わかりました。では冒険者ギルドへようこそユカリ様、スタッフ一同今後のご活躍を期待しています!」

 

ではこれからいざ!冒険に!といって飛び出していきたいのはやまやまだがこういうのはクエスト的なものを受けないことには始まらないわけで。かといってどれが良いのかはまだ分からない。

 

「ところで金髪ちゃん、なにかいいクエストとかないかしら」

 

「金髪ちゃん!?え…ええとですね。やはりまだ冒険者になったばかりですので採取クエストと比較的簡単なジャイアントトードの討伐などがいいかと。確かジャイアントトードはそこのクエストボードにあったと思います....金髪ちゃん?

 

それならそのジャイアントトードってのを受けましょうか。

クエストボードからジャイアントトードの依頼を見つけて手に取りそのままギルドを出ていこうとしたのだが一人の男性に呼び止められた。

 

「おいおい、姉ちゃん。あんたまさか一人で行こうってのか」

 

声の方向を見てみるとそこにはなんというかザ・世紀末的な格好をしたモヒカン頭がいた。まさかこれが俗にいう新人狩りってやつだろうか。

 

「姉ちゃんがいくらいいステータスしててもはじめからソロってのはちと厳しいと思うぞどうだ俺とパーティー組まないか」

 

と思ったらただの優しい人だった。人は見かけによらないとはこの事ね。彼がパーティーを組む提案をした時周囲からズルいぞとか先越されたとか聞こえてきたがそこまでパーティーメンバーに飢えているのだろうか。

 

「そうね......折角のお誘いだけど遠慮しておくわ」

 

「そうか、それじゃあしょうがねえな。無理言ってもわりぃしな」

 

人は見かけによらないってのは本当にあるものだと再度実感したけどこの人やはり世紀末な見た目で少し損してる気がする。

 

何はともあれ今度こそクエストに出発ね。

 

私は期待を胸にしギルドを出ていくのだった。

 

 

 

 

 

ただ、後ろの方では私がクエストに成功するか戻ってくるかで賭けが始まっていたが今のうちに私が無事にクエストクリアで戻ってくる方に全額かけておくことをおすすめする。

 

 

 

 

 

 

 

 




チュートリアル盗賊は今後の出番はないです



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2話

でっかいカエル

紫が粘液まみれになる展開はないです


青い空、白い雲そしてどこまでも続く広い草原。

そしてそこを跋扈している馬鹿デカいカエル、そうカエルである。

 

アクセルでクエストを受け街を出てすぐの草原にやって来たはいいけどこれは........なんというべきか。

 

私が受けたのはジャイアントトードの討伐。はっきり言ってしまえば本当にそのままで大きなカエル。

ちなみにfrogとtoadの違いというのはカエル、frogの方は体に光沢があってスリム。水辺に棲んでいて足が長くて水掻きがあるらしいわよ。

 

toadの方は体が乾燥していてイボがあって太っている。水辺に行くのは産卵のときだけで足が短くて指先に水掻きないらしい.....そんなことよりもこのジャイアントトードというモンスター有名どころの物だとスライム的な立ち位置だと思うのだけど何度見てもただ大きなカエル、こういうのってもっと異形の姿だったりする物だと思っていたけど名前のまんまだったとは。

 

ただ相手がどんな姿であろうと討伐対象は討伐対象。それに見た目に反してとてつもなくヤバいモンスターかもしれない。

 

そう思い顔を上げ前を見ると見えたのは大きく広がって迫ってくる口、考えているうちにかなり近づかれていたようだ。

 

そしてそのまま頭からパクリと捕食――――されたりはせずにスキマを使いジャイアントトードの頭上に移動しスキマに腰を掛け見下ろす。

 

見てみるといきなり獲物が消えたことが理解できずに大きな頭を傾げているジャイアントトード。こうしてみると少しかわいく見えてもくる。ただサイズがサイズだからもっとこう手に乗るくらいの大きさなら人気になれたかもしれない。

 

流石にいつまでも頭上にいる訳にはいかないのでさっさと倒してしまいましょう。

 

別のスキマを開きそこから標識を撃ち出す。かなりの勢いで発射された標識はジャイアントトードの頭に深々と突き刺さり腹部から貫通し地面に突き刺さった。

 

やがてジャイアントトードは少しの間ピクピクと痙攣しやがて動かなくなった。

 

「これでいいのかしら?たしかカードに討伐数は表記されるってあの金髪ちゃんがおしえてくれたけど」

 

貰ったカード確認してみると裏面にカエルのようなマークの横に1と出ている。どうやらこれでいいらしい。それと少しだけど経験値も入ったようだ。

 

それから他のジャイアントトードも同じように倒し討伐は無事に達成。ただ少し多めに倒してしまったのだけど問題ないだろうか。

 

それにしてもこの討伐したトード達はどうすればいいのだろうか?

 

後でギルドの人達が回収でもするのかもしれないがよく分からないので取り敢えずスキマの中にしまっておくことにする。あんまりカエルの死骸を保管なんてしたくないけどね。

 

「それにしてもこの経験値ってのはジャイアントトードからてにはいるのが少ないのかレベルが上がるのに個人差があるのか知らないけど、結構倒したにしてはしょっぱい気がするのよね」

 

それにこの初期のスキルポイントってのは個人差があるって聞いたけどこれ凄い量あるんだけど覚えるのは特に無さそうね。

 

カードに書いてあるのは私が使える各スペルカードと弾幕、スキマなど。これで大体のクエストは行けてしまう気がする。

 

などと色々考えているといつの間にかギルドの前に着いていた。

ギルド内に入ると

 

「おっ!もう戻ってきたな」「やっぱりいきなりソロは厳しかったな」

 

等々私がすぐ帰って来たこともあってクリアできず戻ってきたと思っているらしい。

私はそのまま受付の金髪ちゃんのところへ向かいカードを渡す。

 

「これでクエストクリアってことでいいかしら?」

 

「へっ?も、もう、ですか。えぇと、はいこれでクエストクリアでって......えぇぇぇぇ!?なんですかこの数!?この短時間で20ってッ!?」

 

どうやらあまりにも早くクリアしてしまったことと討伐数でまた驚き声をあげてしまったようだ。喉は平気だろうかそんなに叫んでばかりで。

 

「それでこれはクリアでいいわけね。それでなんだけど倒したジャイアントトードはどうすればいいの?」

 

「........はっ!、はいそれはですね討伐した場所を教えていただけば回収班が向かいます」

 

回収班が行くのなら別に持ってこなくても良かったようね。このカエルどうしよう。あんまり長く保管していたくないんだけど。

 

「ねぇ、金髪ちゃん....なんて名前?あなたは私の名前を知っているのに私はあなたの名前を知らない、それは不公平でしょう?」

 

「え、えっと....では改めましてこのギルドで受付嬢をしているルナと言います。よろしくお願いします」

 

ルナ....つまりお月様って訳ね。たしかに....ルナ級の立派なものをお持ちで。ちょっとつつけばこぼれ落ちそうじゃない?

 

「きゃあああ!いきなりなにするんですか!」

 

あっ....つい手が勝手に....。でも目の前であんなに大きな月が北半球丸出しにされてたらつついてみたくもなるでしょ。

 

「あら、ごめんなさい....あんまりにも大きかったからつい手が....」

 

「つ、ついって....そんな..うぅ....」

 

この光景を見ていたギルド内の男性陣はみな同じことを考えていた。

 

(((うらやましい....俺もつついてみたい....)))

 

そんなこととは知らない二人は未だに会話を続けている。

 

「ところで、その回収したモンスターを置く場所?そこはどこにあるのかしら?」

 

「えっと、ギルドの裏にありますが....」

 

「案内お願いできるかしら、ルナ」

 

「は、はい....わかりましたけど....」

 

まぁ、そんな不思議に思わないでくれないかしら。一刻も早くスキマからカエルを出したいから早めでお願いします。さぁ行った行った。

 

 

 

 

 

「えっと、ここですけど。ユカリさんが知っていてもあまり意味はないと思うんですけど....」

 

私はルナに案内されてギルドの裏手にある倉庫のような場所へとやって来た。ここに討伐したモンスターを持ってくるらしい、普通は回収班がね。

 

「それじゃあ、置くものは置いたからあとはよろしくね」

 

手をヒラヒラと振ってその場を後にする。

 

「えっ!ユカリさん...置くものって――!?、えっ!えぇぇぇ!?こ、これっ!いつの間にっ!?ユ、ユカリさんっ!」

 

あらあら、突然現れたカエルに腰抜かして驚いちゃって、まあ。でもこれで驚いてたらそのうち口から心臓でも飛び出るんじゃないかしら。

 

ただやっぱりカエルだけじゃどうも味気ないというか張り合いがないのよね。それにもらえる報酬も単位はよくわかっていないけど気持ち少ないしここで生活していくなら拠点もいる。

 

スキマでもいいけどできることならしっかりとした拠点が欲しい。そのためにはたしかエリスってのが必要。それにはクエストをこなしていかないといけない。

 

「ねぇ、ルナ。いつまでもそこで座ってないでいきましょう。受付嬢でしょ?」

 

「....え、あっ..でもこれ..ま、待ってくださいよ!ユカリさーん!」

 

さてとギルドにいいクエスト、あればいいけど。どうなることやら。

 

ルナの駆け寄ってくる足音を聞きながらギルドへと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――数週間後

 

 

 

 

こちらの世界にやって来てからしばらく経ったけど生活はかなり順調。この街、駆け出し冒険者の街アクセルって言うわりにはなかなか高難易度のクエストがボードに貼ってある。

 

ここ本当に駆け出し冒険者の街?

 

最初クエストボードを見たときは名前の感覚でそれっぽいものを選んで受けてた。

 

『初心者殺しの討伐』

 

『一撃熊の討伐』

 

ここまではまあ、なんとか駆け出しでも....頑張ればなんとかなると思う。初心者殺しはでっかい猫、一撃熊はデカイ熊。ソロで挑むとかの縛りをしてなければなんとか倒せるはず。報酬もそこそこ。

カエル10回分くらいにはなる。

 

ただ....

 

『グリフォン、マンティコア、ヒュドラの縄張り争いを止めて欲しい』

 

『エンシェントドラゴンの討伐』

 

『グレイトフルジャイアントトードの討伐』

 

このグレイトフルジャイアントトードとか言うのはジャイアントトードのめちゃくちゃデカイバージョン。主的なやつ。

 

空中が安地だと思って観察してたら目の前まで飛び上がって来たときは思わず「ぎゃっ!?」とかいうカエルが潰れたような声が出てしまったけどカエル相手にカエルが潰れた声を出す日が来るとは思ってなかったわ。

 

 

他二つのクエスト、縄張り争いは...あれは酷いもんだったわよ。グリフォンが飛び回って辺りに暴風を吹き荒らしてるし、マンティコアはそれを狙って毒針発射しまくるし、ヒュドラは巨大な体と多い首を振り回して辺りの家屋ぶっ壊しまくるしであの村よく耐えてたわよね。

 

その根性と肝の座り具合があったら自分達でどうにかできたと思う。

 

そしてこれが一番の問題、『エンシェントドラゴン』。

 

率直に言うけど....アホなの?なんでこんなもん駆け出し冒険者の街のクエストボードに貼り付けてんのよ。絶対に無理でしょあんなの。大体あの大きさのモンスターは絶対に大人数、しかもかなりの腕前の冒険者を集めて来ないとダメなやつだったわよ。

 

モンスターな感じのどんな攻撃受けても吹っ飛ぶだけのハンターを集めて来ないときついと思う。普通の冒険者はまず勝てない。

 

 

とまあ、ここまでクエストをやって来た訳だけど一通りすべてクリアはしてきて報酬もたっぷり貰ったから生活に困ることはない。それにちょっとしたお屋敷も買おうと検討中。

 

いまはギルドの前までやって来た。なにかいいクエストないかしらね。そう思いながらもはや親しみさえ芽生え始めてきているギルドの扉を開けなかへ入っていく。

 

「いらっしゃいませ~、あっ!ユカリさん今日もクエストですか?」

 

「ええ、まぁそんなところよ。なにかいいクエストがあればいいんだけどね」

 

入るとすぐに元気のいいウェイトレスがこちらに笑顔を向けてくる。この光景もだいぶ見慣れた光景ね。

 

「ん~、どうでしょうね~?もうユカリさんがやりそうなクエストなさそうですけど。ルナさんなら分かるかもですよ~」

 

「そう、ならルナに聞いてみるわね。暇だったら後でまた来るからその時はよろしくお願いするわ」

 

「は~い、御待ちしてますね~」

 

ウェイトレスの横を通ってギルドカウンターまで向かう。カウンターには今日もかわらず胸元ガッバーでどう考えても見せたくてやっているような格好のルナが受付嬢をやっている。

 

「ごきげんよう、ルナ。今日も相変わらずね」

 

扇子でその強調された部分をつつく。

 

「きゃっ!もう、ユカリさん!ギルドにくる度に私の胸をつつくのはやめてくださいよ!」

 

そんなこといったってそんなのが目の前にあったらつつきたくなるのが自然の理ってものでしょう?それにこの行動はもはや私の習慣みたいになっているしギルドの冒険者たちも慣れたものよ。

 

「まあまあ、減るもんじゃないしいいじゃない。それで今日はなにかいいクエストあったりする?」

 

「もぅ....良くないですよぉ~..えっとクエストですよね?え~、今のところはユカリさんにお願いするほどのクエストはないですね....それにしてもこの数週間ですごい活躍ぶりですねぇ、ユカリさん。グリフォン、マンティコア、ヒュドラ、しかもあのエンシェントドラゴンまで凄すぎですよ!」

 

そんなに興奮しない方がいいわよ、ルナ。前のめりになると重力にしたがってそのたわわなものが揺れに揺れて冒険者の目が釘付けになってるんだけど。

 

「ん~、たしかにエンシェントドラゴンは結構苦戦したわよ。報酬もたっぷりだったし有難い限りだったわ。とりあえずクエストボードだけ見て来るわ」

 

「あっはい、どうぞ。.....私はもっと誇ってもいいことだと思うんですけどね、エンシェントドラゴン」

 

はいはい、私はそんなに有名になるとか威張りたいからやった訳じゃないからね。どれどれ、クエストボードには―――

 

 

 

『ジャイアントトード5匹の討伐』

 

 

『初心者殺しの討伐』

 

 

『ジャイアントトード8匹の討伐』

 

 

『一撃ウサギの討伐』

 

 

『ジャイアントトード10匹の討伐』

 

 

 

ねぇ.....ジャイアントトード多すぎじゃない?この街下手するとカエルにやられるんじゃないの。というかもうまとめちゃいなさいよ。こんな小分けにしないで『ジャイアントトード23匹の討伐』ってさ。

 

でも見た感じ本当にやることなさそうね。折角だし今日は街中でも散策することにしましょう。クエストばっかりであんまり見て回れてないし。よし、そうしましょ。

 

 

そうして私はギルドを後にした。




次は貧乏店主です


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3話

ポーションが爆発するのか...


ギルドを後にしてしばらくその辺をぶらついていたけど武器屋も防具屋もなんというかパッとしない感じの物しか置いてないわね。

 

折角だから格好だけは騎士とかなんだったかしら、アークプリーストとかいうのになってみてもいいかと思ったんだけど。格好だけだけどね。

 

「ん?ここは?」

 

歩いていると少しボロい感じの店が目が止まった。武器でも防具でもないアイテムの店。そういえば私この世界のアイテムって使ったことないわね。この先冒険者をやっていれば使うこともあるだろうしちょうどいい機会ね。見てみましょう。

 

それにこういうちょっとボロい店の方が掘り出し物とかが有るもんだしね。

 

扉を開け中へ入ってみるとザ・アイテム店といった感じにポーションなんかが置いてある。ただ店員が見当たらないけどもしかしてまだやってなかった?

 

「う~...ん?あっ!い、いらっしゃいませー!ようこそおいでくださいました!ゆっくりみていってください!」

 

なんて思っていたら奥から茶色の髪の紫色のローブを着た女性が出てきた。あっ、なんだろう紫色ってこともあってかなんだか親近感がわいてくる。でもなんか少しやつれてるような...。

 

ま、まぁいいわ。とりあえずその辺の棚のポーションを見てみましょう。棚に乗っているポーションを一つ手に取ってみる。瓶に入った赤い液体、ゲームとかだといたって普通だけど現実で見るとちょっとあれね。これを飲んだりはあんまりしたくない。

 

「あっ、それは爆発ポーションですね」

 

爆発ポーション?へぇ、なるほどね。回復とか補助のポーションじゃなくて攻撃に使うタイプなのね。

 

じゃあその隣は―――

 

 

「それは開けると爆発するポーションですね!」

 

 

開けると爆発?....えっ?....え?何に使うの、それ...。

 

 

じゃあこっちは―――

 

 

「それは飲むと爆発するポーションですね!」

 

 

.........こっち

 

 

「それは衝撃を加えると爆発するポーションですね!」

 

 

こ、こっちは―――

 

 

「それは空気に触れると爆発するポーションですね!」

 

「なんなのよ!?この店!爆発するポーションしか売ってないわけ!?なんなの飲むと爆発するポーションて!?自爆用なの!?こんな店二度と来ないわよ!」

 

店員に親近感が一瞬わいたけど気のせいだったらしいわ。こんな店ただのボロいだけの見た目通りのアイテム屋だったらしいわね。もう帰ります。

 

踵を返し店を後にしようと扉に手をかけたその時。

 

「ああああっ!待ってください!お願いします!!久しぶりのお客さんなんですぅ!あなたに帰られたらもう誰も来てくれないんですよぉ~!」

 

いや知らないから、そんなの私には関係ないから。とにかく腰から腕を離しなさいよ。

 

強引に振りほどき帰ろうとする。

 

「お願いしますお願いしますお願いしますッ!!!せめて何か一つだけでも買っていってくださいぃ!もうその辺に生えてる雑草を食べるのは嫌なんですぅ!!」

 

雑草って....そんな生活してんのこの子。んんん...まあ、折角だから一つだけ買っていってあげてもいいかもしれない。一つだけだからね!

 

反対の棚のポーションを手に取る。

 

「それは振ると爆発するポーションですね」

 

「よっし、帰るわね。もう二度とこの店にはこないわ。金輪際、二度とね!」

 

「ああああ!そんなぁ!待って待って!せめてお茶だけでも飲んでいってください!人と話すのも久しぶりなんです!ひとりは嫌なんですぅ!」

 

んんんんん....この子、なんというか悪い子ではなさそうだけどなんとも言えないわね。ま、まぁタダならお茶の一杯くらいいただいていってあげなくもないわね。これで雑草のお茶なんて出てきたら絶対に帰ってやる。

 

すぐそこにあった椅子に腰掛ける。

 

紫ローブの子は涙を拭いこちらをうかがいながら奥へ下がっていった。心配しなくても逃げたりしないわよ。それからすぐにカップを持って戻ってきた。

 

中には普通の紅茶が...ねぇこれを売ったらまだ収入入るんじゃない?それにこのカップと皿を換金すれば雑草なんて食べなくてもいいんじゃないかしら。

 

そんな疑問を浮かべながら紅茶を口へと運ぶ。

 

「あっ、美味しい」

 

「はぁぁぁ!良かったですぅ!」

 

うん、普通に美味しい。もうここ喫茶店とかでいいじゃない?向いてないわよアイテム店。爆発ポーションしか売ってないし。

 

「あっ、私はこの店の店主のウィズっていいます。よろしくお願いします」

 

まさかの店主でしたよこの子。てことはこの大量の爆発ポーションもこの店主が仕入れたのよね?なんでこんなに爆発ポーションだけを?ごめんなさい、馬鹿なの?

 

「私はヤクモユカリ、ユカリでいいわよ」

 

「はい!よろしくお願いしますユカリさん!私のこともウィズで結構です」

 

「そう、ウィズ。じゃあ一つ聞くけどアイテム店じゃなくて喫茶店にする気はない?向いてないわよアイテム店」

 

「えぇ!?そんなぁ、ひどいですよユカリさん!私は好きでやってるんだからいいんですっ!」

 

あっ、そう。好きでやってるならいいじゃない。売り上げとかは置いておくとして好きならいいと思うわ誰にも迷惑かかってないし。

にしてもホントに紅茶だけは美味しいわねこの店。

 

「さてと、ウィズ。紅茶ごちそうさま。折角だからこのポーションひとつ買っていくわよ。はいお代、お釣りは取っておくといいわ」

 

「!!、あっ、有難うございます!!またのお越しをお待ちしてます!!!」

 

そうしてユカリはウィズの店を後にした。しばらくしてからどこかで爆発音が鳴っていたがなんだったのかは謎である。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ウィズとの出会いから数ヶ月後

 

 

 

 

 

「ウィズ~、紅茶おかわり貰える~?」

 

「は~い、今持っていきますねぇ~♪」

 

すっかり喫茶店としてウィズの店に入り浸っていた。いやだってしょうがないのよね。ウィズの入れる紅茶、なんかやけに美味しいのよ。試しに私が自分でやってみたこともあったけど全然違ったし..何があそこまで美味しくしているのか謎だわ。

 

「お待たせしましたユカリさん!おかわり持ってきましたよ」

 

「あら、どうも。そういえば最近顔色良くなったわねウィズ?」

 

「はいぃ~!そうなんですよぉ~!なんと最近売上が伸びてですねこれも辛くても諦めずにここまで続けてきた成果ですよ!」

 

ふ~ん、そっかそっか。諦めずに続けてきた成果...ね。

 

「またまた冗談でしょ。この店に私以外の客なんていないでしょ?買うもんなんにもないじゃない」

 

「なっ!ひどいですよ~!ユカリさん以外も来てくれてるんです!しっかり帳簿もつけてるんですよ!見てください!一気に売り上げが伸びてるんですよ!」

 

見せられた帳簿には確かに誰かがこの店でアイテムを買っていったということが書かれている。ただ少し現実ってものを教えて上げましょうか。ねぇ、ウィズ?

 

「ウィズ?その月って何人来て誰が来たのか覚えてる?」

 

「はい!もちろんですよ!えっと...この月はですねひとりだけですが、ユカリさんが来てポーションを買っていってくれました!」

 

「その次の月は?」

 

「えっと、次もひとりで...ユ、ユカリさんが来てポーションを...」

 

「その次」

 

「えっと..えっと..この月もひとりで、そのユカリさんがポーションを....」

 

ウィズの目をじっと見つめる。

 

ウィズはそっと顔を帳簿で隠す。

 

「ウィズ?私の家、そろそろポーションで一杯なんだけど?」

 

「うぅぅぅぅ....その、すみませんでした....」

 

そう、最近のウィズの店は確かに繁盛している。帳簿だけ見ればだけどね。私はウィズの店で紅茶を飲む代わりにポーションを買ってあげている。お金はクエストの報酬でかなりの額があるから特に気にする必要がない。

 

だからなんに使うかよくわかりもしない爆発ポーションを在庫も含めてまるまる買っていっているのだ。保管場所は数ヶ月前に買ったお屋敷の地下。本来なら別の使い道があるのだが現在は爆発ポーション保管倉庫となっている。

 

「えっと、そのユカリさんには毎回ポーションをお買い上げいただき誠にありがたく思っております。在庫も全部買ってくださるのですぐに発注できますし...」

 

「そこよ!!ウィズ!!なんで私が在庫も全部買ってあげたのになんでまた同じものをしかも前回より多く仕入れてるのよ!」

 

「そ、それはユカリさんが買ってくれたので他の冒険者の方々も買ってくださると思って!」

 

ああああああ!なんでこの子はっ!私が爆発ポーションの在庫も含めて全部買って行ったのに次の月には同じ爆発ポーションが倍の数入荷しているのよ。もう訳がわからないわよ。

 

「ま、まぁ...それは貴方の優しさなんだろうけどもうちょっと控えなさい。ね?」

 

「は、はいぃ...すみません...」

 

ちょっと釘指しておけばウィズもわかってくれるわよね。それともうひとつ気になっていることを聞きましょうか。こっちが本題なんだしね。ウィズの手をとり軽く握る。

 

「?、ユカリさん?どうかしましたか?」

 

「いえ、ウィズの手ってとっても綺麗よね。白くてまるで血が通ってないみたい」

 

「そ、そんな...言い過ぎですよぉ」

 

「それに、体温も低いわよね...ええ、低すぎるわよ。ねぇ、ウィズ?」

 

ウィズは目を反らしどこか焦ったように見える。立ち上がりウィズへと詰めよりカウンターに追い詰める。

 

「ねぇ、ウィズ。私たちってもうそれなりの仲じゃない?隠し事はなしにしないかしら?」

 

「そ、そんな...か、隠し事なんて、ありま、せん...よ?」

 

ふ~ん、あえてしらを切るつもりね。なら確信をつかせてもらいましょうか。ウィズのローブの胸元に手を突っ込む。

 

「ひゃぁ!?ユカリさん!何を!?」

 

「ウィズ、おかしくないかしら?胸に手を当てても鼓動が全く感じないんだけど?いくら胸が大きいからって聞こえないほどじゃないでしょう?それに体温もやっぱり低すぎるわ。ウィズ...貴方人間じゃないでしょ」

 

「!?っ......その...は、はぃ。私は、人間じゃないです。アンデッドの王『リッチー』なんです...そのユカリさんを騙す気はなかったんです!...ギルドに報告...しますよね」

 

「ふ~ん、リッチーね。なんでギルドに報告しないといけないの?」

 

「えっ!?だって私はリッチーで人間じゃないんですよ!?」

 

確かに人間じゃないわね。でも誰かに危害を加えた訳でもないしむしろ餓死しかけてたじゃない。それに人間じゃないなら―――

 

「私だって人間じゃないしね♪」

 

「.......へ?」

 

 

あら、なかなかいい表情ね。それじゃあ改めて私の事を話すとしましょうか。

 

 

 

 




来店率、人間:0%
人外:100%



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4話

魔力タンクそして貧乏


「私は妖怪の賢者にして神隠しの主犯。八雲紫と申しますわ、アンデッドの王リッチーのウィズさん」

 

椅子から立ち上がりスキマへと腰掛け扇子を開き口元を隠す。

 

「え...ヨーカイ...ですか?ユカリさんも人間じゃないん..ですか?本当に?」

 

本当だって、ちょっとなんか反応薄く...ない?折角それっぽい雰囲気出してやったのに...。なんかちょっと恥ずかしくなってきたじゃない。よかった顔隠しといて。

 

「はぁぁ~よかったですよぉ~!私もうこの街にいられなくなっちゃうかと思いましたぁ~。ユカリさんも人間じゃないならその心配はなさそうですね」

 

「なんでそう思うのかしら」

 

「え...だって...」

 

ウィズがなにか安心して椅子に座っているけどその対面に私も座る。

 

「私が貴方の秘密をなぜバラさないと思うのかしら?貴方が人間じゃないってバラしても私には何のデメリットもないのよ。ただ貴方がここにいられなくなるだけ。心音が聞こえない貴方と心音も体温もある私、冒険者はどっちのことを信用するかしらね?」

 

ウィズはどこか絶望したような表情でこちらを見ている。

 

「そ、そんな...お、お願いします!わ、私はまだこの街にいたいんです!...私にできることならなんでもしますから!お願いします!」

 

へぇ、なんでもするの...なんでもねぇ。なら――

 

「そうね、なんでもするというのなら私に今まで通りに美味しい紅茶を出してくれないかしら?ん、どうかしたのそんな間抜けな顔しちゃって...」

 

「うわああああああん!!ユカリさーん!!ありがとうございますぅ!!私、ユカリさんと出会えてよかったですぅ~!」

 

ちょっと!そんなにくっつかないでよ!私はただ少し気をつけて欲しかっただけで...ここの紅茶が飲めなくなると私の楽しみが失くなるからであって。

 

「いま、紅茶のおかわり持ってきますね!!」

 

「ええ、いただくわ」

 

まぁ、ウィズなら平気かしらね?一応ここまでやって来た訳だし。

 

「お待たせしましたユカリさん!それで気になったんですがあのユカリさんが座っていたのってなんなんですか?」

 

私が座っていたの?ああ、スキマのことね。すぐ横にスキマを開いて見せる。

 

「それです!それ、私長いこと生きてますけど見たことないんですよね」

 

「それはあたりまえよ。これは私にしか使えないから」

 

「そ、そうなんですかっ!?固有魔法とかでしょうか?いったいどんなことが...」

 

んー、魔法とは違うけどこっちの世界基準ならまあ大体そんな感じかしらね。使い方は見て貰った方が早いでしょうね。スキマへ腕を突っ込みウィズのすぐそばに繋げる。

 

「ん?なんだか胸の辺りがムズムズと...!?、ひゃあ!?な、な、何ですかこれ!!」

 

「貴方も大概でかいわね。安心して私の腕よ。これはスキマっていって詳しい説明は省くけど移動にも収納にも攻撃にも使える万能魔法よ」

 

「そ、そうなんですか...でも胸をつつく必要ってあったんですかぁ...」

 

それはなんというかそこに気になる胸があったからよ。

 

「ねぇ、ウィズ。私は魔法見せたんだしそっちも何か見せてくれない?」

 

「えっ...そ、そうですね!私だけ見るのは不公平ですよね。じゃあそうですねぇ、『ドレインタッチ』なんてどうでしょうか?相手に触れることで魔力や体力を吸収できる特殊スキルなんですけど。吸収した魔力を他者に受け渡したりすることも出来るんです。心臓の近くで皮膚の薄いところからの吸収だと配給の効率が良いみたいなんですよ。ちょっと失礼しますね」

 

ウィズはそういうと私の手を握る。

 

「『ドレインタッチ』」

 

そう唱えるとウィズの手が紫色に輝き、私の中から何かが吸われるような感覚を感じた。これがドレインタッチね。

 

「ふ、ふぇぇ~、ユ、ユカリさんの魔力、しゅごしゅぎますぅ~」

 

えっ!?なんかウィズがふにゃふにゃになったんだけど...。というかなんか,,,頬が赤くなって目もとろっとして色っぽく。

 

「ど、どうかしたの!?ウィズ!」

 

「そ、その...ユカリさんの濃くて熱いのが身体中に...しゅごいですぅ...こんなの初めてで..はぁ...癖になりそうです」

 

「ま、魔力!魔力の話よね!」

 

なんだかウィズの目が据わっているように見えるんだけどもしかして私、自分の身を安じた方がいいかしら。襲われたりしないわよね?

 

「そ、それでウィズ、スキルはポイントを使って覚えるのね」

 

「はぃ...ふぅ、そうですよ」

 

ギルドで貰ったカードでいつの間にかスキルの欄にあるドレインタッチにポイントを割り振って覚える。....これで本当に使えるようになるの?

 

「えっと、『ドレインタッチ』」

 

「きゃあああああっ!?強すぎます!?そんなに吸わないでくださいぃ!消えちゃいます!私消えちゃいますよぉ!?」

 

握っていたウィズの手を急いで離す。ウィズは机に突っ伏してはぁはぁ息をきらしている。かるくやったつもりだったんだけど強すぎたみたいね....。若干ウィズが透明になっちゃってるしこれはやり過ぎたらマジで消えかねない。

 

「ごめんなさいね、ウィズ。そんな気はなかったのよ。はい、私の魔力あげるわ」

 

ドレインタッチで私の魔力を分けてあげる。すると薄れていた部分が元に戻っていく。

 

「んっ!んん!....あっ...ユカリさ...んんっ!そんなに一気に流し込まれたらわたし..っ!」

 

「えっ!?あれっ!ちょっとウィズ!?」

 

ウィ、ウィズがなんかびくびくと震えてうつむいてしまった。も、もしかして痛かったの?まだ加減がわかっていないからもしかしたらそうなのかもしれない。

 

「ユカリさん....今日は諸事情によりもう閉店です。この看板さげてユカリさんもまた日を改めて来て下さい」

 

あっ.....やっぱりウィズ怒ってる...。顔も合わせてくれないし、今日はもう言われたことして帰ろう。看板を手にし入り口へ向かう。

 

「ウィズ、その...ごめんなさい。また改めて来るわね」

 

返事はない。そのまま店を出ていく。

 

はぁ、これはやってしまったわ...加減を失敗してウィズを怒らせるなんて...次にお邪魔する時はお詫びの品もって行くことにしよう。許してくれるだろうか。

 

そう思いながら自分の屋敷へ向かっていく。街は相変わらず賑わっているけど私の心は鎮まりかえってる。どうお詫びをしたらいいものか...ん?

 

なんだろう、今視界の端の方になにか変なものが....!?

 

 

えー、皆さま私は今沈みきっていた気持ちが一瞬でどこかへ消えていってしまってます。ウィズには大変悪いと思うんだけどそれよりも気になるものが目の前にあるのよ。

 

 

 

私は今その少女に視線を釘付けにされている。

 

 

 

青のロングヘアーに、この異世界にはありそうもない薄汚れたパーカー、何故か若干すけてる青のミニスカート。頭には大きなリボン、それと全体的に青い。足元は靴はおろか靴下すら履いていない。

 

しかも服やリボンには『請求書』『差し押さえ』『督促状』といった札が大量に貼られている。オシャレにしてはかなり奇抜な格好。

 

手にはボロいお椀を持って、黒猫と思しきぬいぐるみを抱えている。ジト目で、やる気の無さそうな目付き.....なんでここに彼女が...『依神紫苑』がいるのよ。

 

「ん、あっ....八雲紫...」

 

しまった、目があった。大丈夫大丈夫きっと他人のそら似よ。なにくわぬ顔で目線をそらしてその場を立ち去る。

 

でもどうしてここに依神紫苑が...。彼女がいるならもしかすると妹の方もいるのかもしれな....ん?

 

何故だろうさっきから街の住民がチラチラと私の方を見てくる。しかも聞こえないようにこそこそと話してもいるようだ。いや、私を見ているんじゃないわね。その後ろの方を....!

 

「あんた、なんで着いてきてんのよ」

 

「.............」

 

相変わらずのジト目でこちらを見ている紫苑。

 

 

 

「ねぇ、見てよ。あの子、あんなに汚れてボロボロの服。きっと親がしっかりとしてないのね」

 

「ええ、きっとそうよ。見てよ自分の娘なのに相手にもしない。きっとご飯もあんまり食べてないんじゃない?」

 

 

....ん?ちょっと待って今、娘っていった?しかもなんで私の方を向いてこそこそ話してるのかしら?娘じゃないんだけど。

 

「ちょ、ちょっと、誤解で「おかぁさんお腹へったよぉ~、ひもじいよぉ~」

 

!?、な!?この子いきなり何を言い出して!

 

「まあ、聞いた今の!やっぱりそうみたいね」

 

「ええ、親失格よね」

 

いやいや違いますからっ!?

 

「いやっ!あのこの子は他人「残飯でも...我慢するから...お願い、お家にいれてよ...」

 

こそこそ話をしていた奥さん方と周りの住民はこの一言を聞いて目を見開きこちらを見ている。

 

「ダメならせめて水だけでも「よっし、あんた、もう黙りなさい。行くわよ!」

 

手を強引に引き全力で路地裏へと入っていく。その時の住民たちの目が人を見る目ではなかったけど誤解ですから。私はそんなことしてないから!本当に誤解だから!

 

「........」

 

「........」

 

なんだろう。つれてきたは良いけど....どうしたものか。さすがにこの場に放置って訳にはいかないだろうし。それよりもまずは――

 

「ねぇ、あんた。なんであんなこといったのかしら?」

 

下手したら私に有らぬ噂がたってしまうでしょうが!

 

「んー、なんか前あったときよりも胡散臭くなかったしなんか優しそうだった、雰囲気変わった?。それに、ああやったら私のこと拾ってくれると思って」

 

「だからって、やり過ぎでしょ。何よおかぁさんて...貴方の母親になった覚えはないわよ」

 

かといって拾ってあげないこともないんだけど問題がいくつかある。それは紫苑の能力、『自分も含めて不運にする程度の能力』この能力のせいでこの子を拾えばもれなく不運にみまわれるのよね。

 

「ねぇ、紫苑。貴方、妹はどうしたの?」

 

「女苑はお金稼ぎにいって帰ってこなかった」

 

...帰ってこないってそれ平気なの?でも女苑はいるのね。ということは最凶最悪の双子は健在というわけね。....よし。

 

紫苑の頭に手を置く。

 

「紫苑、拾ってあげないこともないんだけど生憎こっちも手が離せそうになくてね。でも少しぐらいなら」

 

「紫、そういいながらなんで離れていってるの」

 

............それじゃまたどこかでっ!

 

このまま裏道を通り続けていれば撒けるはず。それに人目にもつかない。これなら完璧。

 

 

少し時間はかかったけど私の屋敷へと帰ってこれた。

 

「ただいま、我が家」

 

「ただいま、我が家予定地」

 

 

........え

 




紫苑のキャラがいまいちわかんないですね


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5話

紫「紫苑よ...働け...」


「おじゃまします」

 

「ちょ、ちょっと!待ちなさい!なに当たり前のように入っていこうとしてんのよ」

 

「?」

 

そんな、え?なんで?みたいな顔されても...。それに待ってなさいって言ったのにつけてきたのね。まあ戻る気はなかったけど。

 

「紫苑、待ってなさいって言ったじゃない」

 

「紫は戻ってこなさそうだったから着いてきただけだけど」

 

....なかなか鋭いじゃない。確かに戻らないけど時々様子を見るくらいはしようと思ってたわよ。

 

「それじゃあ、おじゃまします」

 

「いや、ダメよ。ここは私で定員オーバーなの」

 

「......うわ~ん、せめて敷地にだけでもいれてよぉ~...もうワガママ言わないからお家にだけでもいれてよぉ」

 

またその手か、でもこの辺には住民はいないわよ。残念だったわね。

 

「なんだ、なんの騒ぎだ?」「おいおい、なんでも自分の家にもいれてもらえないらしいぞ」「服もあんなに....ひどい奴もいたもんだな」

 

 

「.....紫苑、行きましょうか!まずは一緒にご飯でも食べましょう!さぁ行くわよ!」

 

紫苑の手を引き屋敷へ駆け込む。

 

こいつ本当に不運なの?本当は運いいんじゃないの?さっきまで人通りなんてなかったのにわらわら集まってきたわよ。

 

「久しぶりの屋内だ...紫、ご飯は?」

 

なんか図々しくないかしら、この紫苑。今は彼女のことは少し放置しとくとして私は今、紫苑を貧乏神を屋敷へと招き入れてしまった。このままではせっかく稼いだエリスも屋敷も失いかねない。早急に紫苑の能力の対策を練らなくては。

 

「...やっぱり私なんかのためにご飯なんてくれないか...どうせ皆私のことなんて...」

 

なんだろう、私の隣から凄い負のオーラ的なものを感じる。....招き入れてしまったものは仕方ないわよね。このまま隣で不のオーラ出しまくられても困るし少しは施しをあげましょうか。それに元の紫は嫌っていたのかも知れないが私としては特にそんなことはない、けどその能力はあんまり好きじゃないけどね。

 

「紫苑、こっちよ」

 

半目でうつむきぬいぐるみを見ている紫苑を呼び着いてこさせる。そのまま近くにある椅子に座らせておく。

 

「はい、これでも食べなさい。ジャイアントトードの唐揚げ」

 

「!...いいの?」

 

私の顔と唐揚げとを交互に見て....いや、9:1で唐揚げのほう見てるわね。遠慮なんてしなくていいから食べなさい。意外とこのジャイアントトードの唐揚げはいける。見た目があんなだけど味はしっかりしているのよね。

 

唐揚げを見て目を輝かせている紫苑は年相応の少女に見える。でも彼女、貧乏神なのよねぇ...。

 

「いただきま~...ああっ!!」

 

紫苑が唐揚げに手をつけようとした時、閉まっていたはずの窓が開き数羽の鳥がサッと唐揚げを持ち去っていってしまった。さっきまではそれなりにあったのに残ったのは既に最後の一つ。しかも大きさは小さい。

 

「あんた、本当に運ないわね。というかどうやったらこんな...」

 

「うぅ...さっきまであんなにあったのに...」

 

ちびちびと残った小さい唐揚げを食べる紫苑。やっぱりこれは少し考える必要があるわね。となれば早速取りかからなくては。

 

「紫苑、その辺の空いてる部屋使っていいから休んでなさい」

 

「えっ...私なんかがいてもいいの?私がいるとどんどん貧乏に」

 

「出ていっても行くところないんでしょ?それに門の前なんかにいられたら私に善からぬ噂が立つじゃない」

 

それならここに置くしかないでしょ。もう、本当に厄介な能力ですこと。ほら、今日はもう休みなさい。これ以上不幸なことが起きないうちにね。

 

 

 

 

 

 

 

―――紫苑回収から数日後

 

 

 

うーん、見事なまでにボロくなったわねぇ...私の屋敷。庭からかるく見渡しただけでも酷さがよくわかる。数日前までは壁にあんな大量の蔦は絡まってなかったし、あの場所にも苔は生えてなかったでしょ。屋根も傷んで端の方にヒビがはいっている。

 

見た目が完全にアウトだけど内装は変わっていないのよ。ちょちょちょっと境界を弄って綺麗にはしてある。ただ何故かいくつかの家具が差し押さえされそうになったけど追い返して二度と来ないようにちょっとだけオハナシしておいた。

 

さてと今頃ぐっすり眠っているであろう貧乏娘を起こしに行きましょうか。玄関の扉を開け...あけ..ちょ、開かないっ!建て付け悪くない?よっと...!?

 

「痛った!?」

 

くぅ~...少し力を入れて引っ張ったら急に開いて頭に...痛い。痛む頭を擦りながら紫苑の部屋へと向かう。扉には『紫苑の部屋』と彼女直筆の看板がぶらさがっている。

 

開けてみるとだらしなくよだれを垂らして眠っている紫苑の姿が。なんでも私と会う前は地面で眠っていたらしくて布団が天国に思える、らしい。

 

「紫苑、起きない。朝よ」

 

「ん~、紫ママ...あと五時間...」

 

......だれがママよ。それに五時間は寝過ぎよ。

 

「そう、じゃあ朝ごはんも昼もいらないわね」

 

「!?、起きました!おはようございます」

 

よろしい、それじゃあさっさと行くわよ。なんというか現金な子というか欲望に正直というか、扱いやすいわ。紫苑も起きたことだしリビングに戻りましょ。

 

振り返り紫苑の部屋を去ろうとして部屋を出る...と同時に足を押さえしゃがみこむ紫。

 

「んっ...くっ...!んぐぐぐ...この、扉めぇ...」

 

くっ...!なんで普通に部屋から出るだけなのに足の小指を扉にぶつけないといけないのよ...。

 

「紫、大丈夫?」

 

心配そうに覗きこんでくる紫苑。

 

「え、えぇ、平気よ。もう慣れてきてるし」

 

立ち上がり二人でリビングへと向かう。到着するとそこには二人分の朝食は用意されている。まあ、用意したのは私なんだけど。

 

席についていざ食べ始めようとすると奴らはやってくる。どこからともなく何故か閉まっていたはずの窓がいきなり開き数羽の鳥が乱入し朝食をすべて掠め取っていく....私のだけを的確に。

 

ふ、フフフフフフ...もう、ね、慣れたわよ。次に来たときは覚えてなさい、確実に消してやるから。

 

「ゆ、紫...やっぱりやめた方がいいと思う。私の()()()()()()()なんてしたら体がもたなくなっちゃう...私なんかのためにそんな...」

 

「い、いいのよ紫苑。別に平気だから、心配いらないわね」

 

紫苑の言った通り私は今、紫苑にふりかかってくる不幸を肩代わりしている。そのおかげで紫苑にはここ数日不幸なことは起こっていない。そのかわり全部私に来ているからここ数日は酷いものよ。

 

なかでも酷かったのは少し街中を歩いただけでいきなり暴走馬車にはね飛ばされるし、財布は失くすしで散々だった。

 

「紫、これ...一緒に食べよ」

 

.....あぁ、紫苑の優しさが心に沁みる。なんていい子なのかしら。お言葉に甘えて朝食を半分いただく。だが奴らはまたも容赦なくやってくる。

 

朝食へと狙いをすまし飛び込んでくる変な鳥たち。私は次はないと言ったわよね。スキマを変な鳥の目の前に開く。急に現れたスキマを避けることが出来ずに次々とスキマへ飛び込んでいく鳥。最後の一匹が入ったらスキマを閉じて完了。

 

「よし、今日は焼き鳥ね」

 

「あんな鳥は焼かれて当然」

 

ええ、まったくねその通りよ。ひとから飯を奪うなんて最低よ。

 

そのあとは邪魔されることなく朝食を食べ終え紫苑の能力を抑えるための結界造りを始める。実はこの結界もうほとんど完成している。あとは細部の調節となにか依代的なものが欲しい。これが意外と見つからないものなのよ。なにか紫苑が身につけられるような物がいいんだけど。最悪私がなにか作ってそれを依代にするか...。

 

 

 

 

―――更に数日後

 

 

 

「紫苑、ギルドに行くわよ」

 

「え、なんで?私は紫みたいにクエストやるよりもここで寝てたいんだけど」

 

「あんた、ここんところゴロゴロしかしてないでしょ。それならもういっそのこと冒険者登録でもしてクエストの一つくらいやってきなさいよ。他には妹探すとか」

 

最近の紫苑は路上生活の反動からかかなり自堕落になってしまっている。これじゃあ結界が完成してもただただゴロゴロするだけのニートを我が家に抱え込んでいるだけになってしまう。

 

 

「という訳で行くわよ」

 

「えー、めんどくさい...やらなきゃダメなの?」

 

ええ、勿論ダメです。我が家にニートを置くような場所はありません。嫌がる紫苑を連れてギルドへ向かう一歩を踏み出す―――

 

「あっ、紫危ない」

 

「えっ...ぐああああああぁぁっ!?ぐふぅっ!!」

 

突然現れた暴走馬車にはね飛ばされる紫。よろよろと立ち上がるがこれだけでは終わらない。立ち上がるとすぐに空のバケツが頭には落下してきた。

 

「くぅぅ~....イッタイ、頭が割れる...」

 

こ、これは...普段は人前ではスキマを使わないようにしているけど今回はギルドまで直通で繋げていきましょう。もう一回馬車にはねられでもしたらたまったもんじゃないわよ。

 

スキマを広げ...スキマを....スキ...なんで開かないのよ...これも不運てことなの?スキマってそんな運要素関係ないでしょ。このままじゃまた.....あっ。

 

私の目の前へ再度迫る暴走馬車.......わかってる。

 

「ああああああ~、なんかもう慣れてきたわぁ~....ぐへぇ!?」

 

はね飛ばされる地面に背中を強打した。痛い....。

 

「紫、死んだ?」

 

「生きてる」

 

おかしいわねすぐそこのはずなのにギルドまでは長い道のりになりそうな気がしてならない。とにかく安全第一で行くことにしましょう。紫苑も協力してね。

 

「紫、鼻血でてる」

 

あっそう、ほんとだ。




不運な二人


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6話

カズマのターン


どうも、俺の名前は『佐藤和真』。ちょっと事情があって異世界転生した日本人です。こういう転生ってのは大体は特典を持って転生してチートで俺Tueeeするのが定番なんだが俺の担当の女神にちょっとイラッとして特典をそいつにしたのはいいんだが冒険者になるその前に俺達はいきなり難題にぶち当たってしまった。

 

ギルドの巨乳のお姉さんに冒険者登録してもらおうとしたら手数料がかかるらしく1000エリスってのがいるらしい。アクア、俺が特典としてこっちに連れてきた女神なんだがそいつも無一文、俺も無一文。早々に詰んだんだが....。

 

アクアと少し相談していた時ギルドの扉が開き俺はそこで運命的な出会いをした。

 

入ってきたのは金髪の誰がどうみても美女というであろう女性。本当に漫画やアニメの中から出てきたみたいだ。キリッとした表情に出るところ出た素晴らしい体型。中華系のドレスみたいなのを着ていかにも大人の美女という感じだ。アクアも見た目は美人だがあの人とは比べ物にならない。俺もああいうお姉さんがよかった。なんでこんなの選んだんだ俺。

 

アクアはその金髪お姉さんに近づいていく。

 

「そこのセレブそうなあなた!私はアクア、アクシズ教団の崇めるご神体の女神アクアよ!もし、私の信者なら....お金貸してくださると助かります」

 

なんだあれ、上からなのか下からなのかわかんねぇぞその態度。気になる返答は...

 

「は?嫌よ。なんで自分が女神とか言ってるようなやつに施さないといけないのよ。こっちだって今はそれどころじゃないのに...」

 

ですよねぇ...いきなり自分が女神だなんて言うやつ信じませんよね。バッサリとアクアを切り捨てた金髪お姉さんが一歩踏み出すと同時にバランスを崩した。

 

これはチャンスだ。ここで華麗に受け止めればそこからお近づきになってそこから関係が深まって...なんてことになるかもしれない。

 

そう思って受け止めるために動こうとしたがお姉さんは少しふらついただけだった。だがそこからが明らかにおかしかった。

 

「おっと、この程度ならなんとでも――あっ!?」

 

長椅子に脛をおもいっきりぶつけてしゃがみこんだ。あれは痛い、見てるこっちも痛いくらいだ。

 

お姉さんがなんとか立ち上がろうとしたが運悪く通りかかったウェイトレスの持つお盆が頭へとぶつかる。

 

「うぐぅ!」

 

「ユカリさん!?大丈夫ですか!?」

 

「こ、これくらい....なんとも...」

 

言い切る前にぶつかった拍子に宙へと舞い上がった飲み物が落ちてきてお姉さんの頭にもろにかかってしまい頭からびしょびしょ。さらに追い討ちをかけるようにもう一つのグラスが頭へ。ゴツンと鈍い音がしたけどあれ平気なのか...とんでもない災難だぞ。

 

「ああっ!?今拭くもの持ってきますからぁ~!!」

 

ウェイトレスはそういいすぐにタオルのようなものを持って駆け寄ってくる。

 

「あっ!」

 

だが急ぎすぎて足がもつれたらしくお姉さんへとダイブした。

 

「うっ!...んぐっ...」

 

「あああっ!すみませんすみませんすみません!」

 

な、なんだろうさっきまでは大人の女性って感じだったのに一気にドジっ子残念美人になったような。

 

「だ、大丈夫...平気、よ...これくらい慣れっ...!?」

 

なんとかテーブルに掴まって起き上がろうとしたお姉さんだったが何故かそのテーブルの足がポッキリと折れて顔面から床に突っ込んだ。

 

.......これは、酷い。

 

 

「あ、あの、あの人っていつもああなんですか?」

 

近くのモヒカン頭の人に聞いてみる。

 

「あっ?いやそんなことねぇぞ。むしろイメージ通りキリッとした大人の女って感じだが最近のユカリはついてないらしいな。この間も馬車にはねられてたしな」

 

えっ!?はねられたってそれ平気なのかよ...俺の死因よりひどいぞそれ。

 

「プークスクス!この女神アクア様に無礼な態度をとるから――ひゅぐっ!痛いじゃない!何すんのよ!」

 

誰だって自分が女神って言ってるやつがいたら信じねぇよ。俺でも信じない。アクアには黙ってもらうために脳天にチョップしておいた。そんなアクアはいいとして

 

「えっと、だ、大丈夫ですか?」

 

「ぐすっ....え、ええ、ありがとう」

 

うわっ...マジで美人だなおい。少し涙ぐんで潤んだ瞳に位置の関係状上目遣いになってるからなおさらだな。それにいい匂いもする。こんなお姉さんと冒険者生活をおくれたら最高だろうな。

 

俺の手をとり立ち上がるお姉さん。

 

「えっとあなた登録料が無くて困ってたのよね?お礼といってはなんだけど1000エリスと少しの気持ちよ、受け取って」

 

こ、これができる大人の女性ってやつか!美人で気もきくとか最高じゃないか。にしても渡されたときに手をギュッとされただけで胸のドキドキがヤバい。まさか、これが恋ってやつか....。

 

「ちょっと!なんでこいつだけなのよ!しかもこれ一人分じゃないっ!」

 

「そっちの青いのは何もしてないでしょ。うるさいわね。行きましょうか紫苑」

 

金髪お姉さんの近くにいた全体的に青い人がうなずく。同じ青なのに絶対にあっちの人の方がこの女神よりもいい気がする。...ん?あのシオンて呼ばれたひとの服ってパーカーか?でもここって異世界なんだろ、パーカーなんて....しかもよく見ると服には差し押さえとかの札みたいなのが貼ってあるしファッションにしては変だ。

 

もしかして....いやきっとそういう風に見えるだけか。

 

そのあと登録料をなんとかして冒険者登録をしたんだが俺は幸運が高いだけ、受付のお姉さんにが商人が向いてるといわれる始末。対するアクアは女神だからなのかステータスは軒並み高い。

 

ギルドの冒険者達にも驚かれていた。こういうイベントって普通は俺がなるもんじゃないのかよ...。

 

「えええええええ!?」

 

なんて思っているとまた受付のお姉さんの叫び声。そっちを見るとさっきの金髪のお姉さんと独特の服装をした女の人がいた。

 

「な、なんですか....これは...。ステータスは高いんですが幸運値だけが極端に低いです。というかマイナスに振り切ってますよ!?シオンさんユカリさん!?私こんなのみたことないんですけど!?」

 

「まあ、わかってたわよ...ねぇ、紫苑」

 

「うん、まあ...私なんてこんなもんだよ...職業は冒険者でいいや...私みたいなのでもなれそうだし」

 

な、なんかあの二人のところだけ変なオーラ出てないか?なんかこう...黒っぽいなにか...。しかも、聞き捨てならないことが聞こえたけどステータスが高いのに冒険者を選ぶのか、なんだ冒険者にしかなれない俺への当てつけか?まあ、そんなことはないんだろうけど、いいなぁ...ステータス高くて。

 

ま、まあいいこれからは俺だって冒険者の一員、俺の冒険者生活がここから始まるんだ!

 

 

 

 

 

 

まさかギルドに来るまでに3回も暴走馬車に遭遇するとは思わなかったわ...しかもギルドに来てからも散々。なによあれ、私をピタゴラスイッチの一部だと思ってるの?

 

私のZUN帽もびちょびちょになっちゃったし...今はスキマの中にしまってあるから何も被ってないのよね。そういえばギルドじゃあ帽子はとったことなかったわ。だからなのかいくつかの視線を感じる。見てもいいけどじろじろ見られるのはちょっとね。

 

それと私のことを起こしてくれたあの青年だけどあれジャージだったわよね。最初は似た服なのかと思ったけど名前を聞いて確信したわ。だって佐藤和真って完全に日本人だし。何らかの理由でここにいるんだろうけど私には関係ないわね。

 

まあそんなことよりも紫苑のことだけどステータスは予想通りだったわ。幸運最低値、さすがは貧乏神ね。

 

「紫苑、ところで本当に冒険者でよかったの?貴方ならもっと別の職業にもなれたでしょう?」

 

「んー、でも冒険者ならスキル全部覚えられるって...そっちの方がいいと思って。それならそのうち紫とか女苑の役にたてるかなって...役にたたないかもだけど...」

 

「そんなことないわよ、きっと力になるわ」

 

紫苑は紫苑なりに考えていたみたいね。というかいい子すぎない?本当に貧乏神?いやそれは関係ないか。

 

実際に紫苑が役にたつかと聞かれればそれはもういるだけでも役にたっている。まず私の話し相手になってくれてるし戦力としても充分すぎるくらい。そのうち女苑も見つけなきゃいけないけど二人が揃えばかなりの戦力になる。その辺の冒険者なんて目じゃないくらいにわね。

 

「そういえば紫の職業ってなんなの」

 

「賢者」

 

「妖怪の?」

 

まあ貴方ならそっちを思うわよね。私もそう思ったし。

 

「一応は賢者ってだけよ。こっちには私たちみたいなのは今のところ貴方と私、そして女苑だけ」

 

紫苑はそれをきくと数回うなずいてもらったばかりの冒険者カードを興味深く見ている。私も近づき一緒に見せてもらう。

 

どれどれやっぱり私と同じで最初からいくつかのスキルは持ってるわね。

 

『弾幕』に『スペル』、それに『憑依』、『完全憑依』スキルポイントも多くある。

 

「紫、スキルってどんなのあるの」

 

スキルね....そういえば私って『ドレインタッチ』しか覚えてなかったわ。ウィズに見せてもらっただけで魔法とかそういうのはパーティも組んでないしで見る機会なかったし...賢者って魔法職な気がするけど私ってまったくといっていいほど魔法覚えてないわ。

 

これじゃあ、賢者(脳筋)じゃない...。

 

「あー、えっと...私もあんまり詳しくないわ」

 

「え...私より冒険者やってるのに...なんで」

 

....そういわれてもね。

 

「やあやあ、お二人さん!スキルについて知りたいの?なんならあたしが教えてあげようか?」

 

そういいながら一人の少女が話しかけてきた。

 

革の鎧に身軽そうな格好。頬に小さな刀傷のある明るい感じの銀髪少女。

 

「でもただじゃあ教えられないなぁ~、クリムゾンビア一杯奢ってくれれば教えてあげてもいいんだけどなぁ~」

 

いや、教えてくれとは言ってないんだけど。それに....

 

「ねぇ、紫苑こういう輩ってどう思う」

 

「....信用しない方がいい..絶対に」

 

「そうよね、いきなりやって来たと思ったら奢ってくれれば教えますなんていったい何様なのかしらね」

 

「えっ!?ちょっ!?」

 

「うん、多分私たちから何か盗んだり善からぬことをするために近づいたんだと思う。...もうなんにも持ってないのにこれ以上何を盗るの...」

 

「待って待って!?あたしはそんなつもりじゃなくてっ!お、奢ってくれなくてもいいから親切心でだから!教えますタダで教えますから着いてきて!!」

 

私と紫苑は疑いの目を少女に向けつつ警戒しながら着いていくのだった。

 

 




カズマ達は元気に土木工事


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7話

パッド入り


銀髪少女に着いて行くこと数分、私たちはギルドの裏手までやって来たわよ。ということはやっぱり...

 

「見なさい紫苑やっぱりそういうことだったらしいわ」

 

「うん、口ではああいってたけどこんな人目のないところに連れてくるってことは...やっぱり」

 

「ええ、ここできっと私たちの身ぐるみを剥いで金目の物を全部奪っていく気に違いないわね、最低の女ね」

 

「ちょぉぉぉっと!?違うってばぁ!!なんで信用してくれないかなぁ...」

 

いやね、だっていきなりタダでスキルについて教えますって言われて着いていったら人目のない場所に連れてこられた。そんなのもうここで犯行に及ぶためにやって来たとしか。

 

「「.........」」

 

「うっ....本当にまだ疑ってるよ...ま、まぁいいや。まずは自己紹介しとこうか。あたしはクリス、見てのとおり盗賊だよ」

 

「「やっぱりそういうことじゃん」」

 

「違うってば!!職業が盗賊ってだけだって!!」

 

職業盗賊、つまりは盗人。なにも間違ってないじゃない。何が違うのかしら?とりあえず紫苑は後ろに隠しておこう。

 

「....す、スキルって言うのは基本的には冒険者カードの現在取得可能なスキルってところにあるスキルをスキルポイントを使って覚えていくんだけどそっちの子はたしか冒険者だったよね。初期職業の冒険者はまずはスキルを目で見てスキルの使用方法を教えてもらうとスキル項目に追加されるんだ」

 

へぇ、そんなシステムだったのね。冒険者ってスキルポイントが多めに必要なだけで意外と万能な職業なのではないだろうか。そこからはクリスがスキルを実演、『敵感知』、『潜伏』、『罠解除』といういわゆる盗賊スキルを見せて説明してくれた。

 

紫苑は実演を見て目を輝かせていた。貧乏神ってのを除けばやっぱり楽しそうにしている少女にしか見えないわね。なんだかほっこりしてきたわ。

 

(おっ?なんかあっちの子は好感触ぽくない?よし、このまま)

 

「さて今度は私の一押しスキルだよ。そぉれっ『スティール』!」

 

クリスがそう叫ぶと私が持っていた扇子が消え彼女の手の中に。

へぇ...そう。

 

「ふふん!このスキルはね相手の持っている物をなんでも一つランダムで奪いとる色々と使い勝手のいいスキルなんだよ!」

 

「なるほどね...そうやって金品を巻き上げてるわけね」

 

「やっぱりそっちが目的なんだ....」

 

「あっ...違うから!これは実演しただけで!ほ、ほら多分今のでスキルの欄にこのスキルが登録されたはずだから確認してみて!」

 

二人でジト目クリスに向けつつ紫苑のカードを確認する。するとたしかにクリスがさっき使ったスティールが取得可能スキルの欄に表示されていた。

 

その欄を指でさわるとカードが光を発して字が濃くなった。これで覚えたの?なんかずいぶん簡単ね。

 

「あっ、覚えられたんだね。じゃあさっそく実戦してみよう。この扇子と...これでいいかな。当たりは扇子、ハズレは石だよ。やってみてね」

 

紫苑は恐る恐るではあるが手をクリスへと向ける。

 

「...『スティール』」

 

紫苑の手が輝きそこに握られていたものは...

 

「え、なにこれ」

 

「....土」

 

「....あー、えっと...なんでだろぉ...」

 

扇子どころか石ですらない。手にあったものは少量の土。いったいどこからスティールしたのよ。これならせめてハズレの石の方が運が悪かったで.....運?

 

「ねぇ、クリス。このスキルって何かステータス補正ある?」

 

「えっ、一応は幸運値だけど」

 

「はい、ゴミスキル。使えないわ」

 

「こんなスキルいらない」

 

「えっ?あっと、もしかして幸運値低い?」

 

低いなんてもんじゃないわよ、この子の場合はね。ある種、特別なのよねなんせ貧乏神ですもの。

 

「最低よ」

 

「えっ?」

 

「この子の幸運値は最低、というよりもマイナスに振り切ってるの。そんな子に幸運値補正のスキル教えるとか...クリスさんは本当に盗賊の鏡なんですわね」

 

「....さすがの私でも...これは傷つくよ...こんなことしなくても...」

 

「わあああああ!!ごめん!そんなつもりじゃなくて!!はいこれ返すから!それとこんなのしかないけどこの携帯食料あげるから!」

 

「ありがとう、美味しい」

 

「食べんのはやっ!?」

 

紫苑も立ち直ったし扇子も戻ったし今度はこっちの疑問にこたえてもらいましょうか。

 

「じゃ、じゃあ、私はこれで...冒険者頑張ってね...」

 

「少し待ってもらえるかしら?」

 

クリスは、んあ?と間抜けな感じに振り返る。なんかずいぶん疲れてるようね。そんなことはどうでもいい。疲れてたいなら勝手に疲れていればいい。私にはずっと気になっていたことがあったのよ。

 

「ねぇ、あなたはなんなのかしら?」

 

「....え?それってどういう?」

 

返してもらった扇子を開き顔を隠し表情を悟られない、交渉だったりの時によくやるポーズをとる。

 

「あなたの名前はなんなのかしら?」

 

「紫、クリスって言ってたけど」

 

そうね、たしかに彼女はクリスと名乗った。でもそれは事実ではあるけど本質的には事実ではない。片手で紫苑を制する。

 

「そ、そうだよ...私は盗賊のクリス――」

 

「ええ、そうでしょうね。たしかにあなたはクリス。盗賊のクリス。だから私はそちらの名前を訪ねているのではないのよ。本来のあなたに対して訪ねているの」

 

クリスはどこか驚いたような表情をしたがすぐにとぼけ始めた。

 

「え、えっと、なんのことか、わからないなぁ...」

 

あちら様はあくまでもしらを切るつもりらしい。ならいくつかのお話でもしてあげましょうか。

 

「そう、ならそうね...とある噂話でもしましょうか」

 

 

 

 

―――少し前にとある人物がこの世界に現れたらしいわ。

 

 

その人物は経緯はどうあれ冒険者となったらしいわよ。

 

その冒険者になった人物はすぐに初心者では出来ないようなクエストをいともたやすくこなしていったわ。

 

周りの冒険者達はその偉業に驚愕し歓喜していたらしいの。

 

宴会のおこぼれにありつけるからかもしれませんがね。

 

でもそのなかでただ一人疑いの目で見ている者がいたのよ。

 

 

 

 

 

クリスの表情が少しだけ強張る。

 

 

 

 

 

―――その少女はその人物がこの世界に現れたときから監視していた。その人物が何者でなんのためにやって来たのかを監視していたんでしょうね。

 

暫くしてその人物は一人の少女とであったわ。

 

そこからその人物の生活は少し変わったけど監視していた人物はそれどころではなかったでしょうね。

 

なんせこの世界にはいないはずの少女がいつの間にかそこにいたんだから。

 

そこからはよりいっそう注意深く監視していたんでしょうね。

 

 

 

 

クリスの額には玉のような汗がにじんでいる。

 

 

 

―――でもそれが良くなかった。

 

 

注意深く監視し過ぎて監視対象に気がつかれていたことに気がついていなかった。

 

そして彼女はそんなことも知らずに接触する機会が巡ってきたことにこれはチャンスだと思って接触してきた。

 

罠だとも知らずにね。そしてその少女は漸くその真実を知ることとなった。本人たちを目の前にしてね。

 

 

「実に奇妙だと思わないかしら、なんだか今の私たちに似てない?監視者があなた、冒険者と少女が...私とこの子」

 

 

辺りは不思議と静まり返り喧騒が嘘のように物音がしない。

 

「....あっ、はははっ!...お、面白い話だね。で、でも私はそんなことしてないし...!?」

 

 

「どうかした?なんだか酷い顔よ」

 

クリスはどこか怯えたような表情でこちらを見つめている。

 

 

 


 

 

「どうかした?なんだか酷い顔よ」

 

 

その一言だけでまるで心臓を鷲掴みにされらような感覚に陥る。たしかにあたしはあの人を見てきた。でもあの口ぶりじゃあ最初からあたしが監視していたのはばれていた。

 

「な、なんで!体がっ!」

 

せめてこの場から離れようと後退りしようとしたのに体がピクリとも動かない。一歩、一歩、私へと近づいてくる。近づくにつれて辺りの気温が徐々に下がっているような変な感覚。

 

近づくにつれて彼女の後ろがゆっくりと歪み始める。そしてソレが現れた。どこまでも続くような暗闇、そこにあるいくつもの赤い瞳がこちらを見つめている。

 

息が詰まる。今までに体験したことのないような恐怖。身体中から汗が噴き出し震えが止まらない。

 

また一歩、一歩と近づいてくる。後ろのソレは大きさを増していき辺り一面を覆い尽くした。さっきまでは明るかったのに今では真っ暗、光は一筋も射し込んでいない。気づけば上下左右すべての方向が暗闇に包まれ赤い瞳がこちらを覗き込んでいる。

 

頬に冷たいなにかが触れる。それは彼女の手。いつの間にか触れられるまでの距離まで近づかれていた。彼女の笑みが目に焼き付き離れない。咄嗟に目を閉じ見ないようにする。

 

それと同時に感じる浮遊感。

 

その浮遊感が消え恐る恐る目を開けるとそこはどこかもわからない草原だった。

 

「は...はぁ...ゆ、夢?...」

 

さっきまではとは嘘のような明るく輝く太陽、どこまでも広がる草原。きっと夢だったんだと自分に言い聞かせる。

 

「よかった....夢だったんだ....」

 

「んなわけないでしょ」

 

「ひやああああああああああああああああッ!?」

 

耳元でいきなりあの人の声が聞こえ飛び上がってしまう。それと同時に腰が抜けその場にへたりこんでしまう。

 

「ひやあああってそこまで驚くことないんじゃない?」

 

「紫、あれは誰でも怖いと思う。私も怖かった」

 

「そう?そうかしらね?..次はもう少し手加減しましょうかねぇ」

 

「へ?え?な、なに?どういうこと?」

 

もう頭のなかがぐちゃぐちゃ、さっきまでの雰囲気は消えたどこか柔らかい雰囲気に変わった彼女。いつも見ていたのと同じ。さっきのはいったいなんだったの...。

 

 

 

 

 

「へぇ~、それでその姿が本来の姿って訳ね」

 

「は、はい。そうなんです。クリスは私が地上に来る時の仮の姿でして」

 

 

今私の前にはゆったりとした白い羽衣に身を包み、長い白銀の髪と白い肌青い瞳をしたどこか儚げな美しさを持った少女がいる。

 

場所はギルドの裏手から移ってどこかの草原。どこかというと私にもわからない。適当なところに繋げたわけだし。

 

「それで、結局なんで監視なんかしてたの?それと名前は?」

 

「えっと、私の名前はエリスっていいます」

 

エリス?エリスって言うとこの世界の通貨と同じね。

 

「それよりもユカリさん!なんですかあれは!!本当に怖かったんですからねッ!」

 

まあまあ、それは悪かったって。やり過ぎたのは紫苑にも言われてわかってるから。でも私も散々監視された訳だしおあいこってことでね。

 

「それでなんで監視してたわけ」

 

「それは...その、まったく身に覚えのない方がいらっしゃると思って気になって...もしかすると悪い人かもしれませんし女神としてはほおっておくことはできないので」

 

「それで、あなたから見て私たちはどうなの。排除すべき存在かしら」

 

「いえ、その必要はありません...怖かったですけど」

 

「よかったわね。紫苑、女神の御墨付きよ」

 

「女神にそういわれても運気なんてあがらないよ...」

 

そうなのよねぇ...女神にオッケーですって言われても別に運気がよくなってくれるわけじゃないのよねぇ....はぁ~辛い。というかそもそもの疑問なんだけどなんで女神が盗賊なんてやってるの?

 

「エリス、あなたなんで盗賊なんてやってるのよ。女神なんでしょ?」

 

「えっとそれはですね―――」

 

 

エリスが言うにはこういうことらしい。盗賊をやっているのはなんでも先輩女神のアクアとか言う奴が異世界に日本人を転生させた際に持たせているチートアイテムの悪用を防ぐためだとか。そのために盗賊として神器回収をしているらしい。あと義賊みたいなこともやってるとか...ふーんそっか。

 

「なるほどね。神器回収」

 

「はいそうなんです」

 

「つまりその神器回収でどこかの家に忍び込んで神器を回収。善からぬことに使われている金品を盗んで貧しい人たちに配っていると」

 

「はい」

 

「そして...どんどんその盗みの魅力にとりつかれしまいには新人冒険者から身ぐるみを剥ぐようになって....貧しい人達からもわずかな金品を盗み取り始めその欲求を満たしていると...なんて..極悪非道なことをッ!」

 

「つまり私たちに近づいたのも金品を奪うため...私ぬいぐるみくらいしかないのに...これも持ってくの...」

 

「はい.....はい?...違いますよッ!?そんな盗みに快楽とか見出だしてないですから!!」

 

「「えっ!?そうなの?」」

 

「いや、なんで二人してそう思ってるんですか!?」

 

いやぁ...だってねぇ...紫苑。

 

最初は出来心でそこから...てのはよくある...

 

そうよね、てことはやっぱり

 

うん、多分...

 

「ちょっと!!二人で目だけで会話しないでください!!もぉぉ!!」

 

あら、私たちが目だけで会話してるのよくわかったわね。さすがは女神と言うべきかしらね。でもまだ気になることがあるのよね。それは上半身の一部分。クリスの時に比べて少し...いや随分と大きくなったわね。大きさはルナ並かしら?でもちょっと違和感が。

 

「エリス、あなた随分立派なもの持ってるわね。羨ましいわ」

 

「り、立派...ですか?」

 

当の本人はいまいち理解してないみたいね。胸元で手をくいっとしてジェスチャーで胸のことだというのを教える。

 

「?...あっ!えっと、えへへ、そのありがとうございます。えへへ」

 

「でもなんか違和感があるのよね...その胸」

 

「へ?...そ、そんなことないですよ...本物です!ホ・ン・モ・ノ!」

 

「何をそんなに焦っているの、別に偽物とは言ってないわよ。でもやっぱり怪しいわね...大きすぎるのよ、あなたのそれ」

 

あっ、エリスの表情が凍った。....ちょっと私もスティール(スキマ)してみようかしら。普通にスティールしたら大したもの取れないでしょうけど私独自のスティールなら楽勝。

 

「エリス、それ『スティール』」

 

「え...ユカリさん残念ですがわたしこう見えても幸運の女神なのでそう簡単には――」

 

「ねえ、紫苑なんか凄い物てにいれたわ」

 

「...なに、これ...」

 

これはね、ムネパッドっていってね。吸血鬼のメイドとかがよく着けてるやつよ。それにしても7重パッドはやりすぎじゃない?いまやエリスにはさっきまでの小高い丘はなくなって平野が広がってる。

 

「にしても盗ったら盗ったで...なんかこっちが悲しくなってきたわ...」

 

「紫、これ食べれたりしないの?」

 

紫苑はエリスのパッドをぐいぐいと引っ張っている。紫苑、パッドは食べ物じゃないわよ詰め物よ。

 

「....えっ!?いつの間にッ!?か、返しくださあああい!!わた、わたしのパッドぉぉぉッ!!」

 

エリスはなんとか取り返そうと私の前で飛び跳ねている。まったく揺れてない。しかも私がパッドを頭の上に掲げているせいでまったく届かない。身長的にこうしたら絶対に...ん?

 

「ねえエリス、あなたパッドだけじゃなく上げ底ブーツまで履いてるの?うわっ...凄い上げ底」

 

「うわああああああああああああっ!!なんでえええええ!!返して!返してええええ!わたしのパッドと上げ底おお!!ああああああああっ!」

 

 

それ言ってて悲しくない?

 

 

その後は私がスティール(スキマ)でエリスの偽乳のパッドを一度返してもう一度奪い盗ったりとからかったり暴走したエリスに胸を鷲掴みにされたりと一騒動あったけど何だかんだでその神器回収に協力するとこになった。

 




パッド神


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8話

ボッチと貧乏とスキマ


エリス様との出会いから数日、本人いわく幸運の女神らしいけど私の運気はまったくあがっていないわよ。むしろ酷くなってきてる。

 

私が拠点として購入したお屋敷だけど買った当初はピカピカの豪邸といっても過言ではなかったけど今は壁は蔦まみれ屋根には穴が空いてるし何故かずっとこのお屋敷の上だけは雷雲が漂ってるしで隣の空き家のお屋敷とは全然違うわね。

 

隣は綺麗なのにこっちは....ああ、まあそれを考えてもあんまり意味ないわね。隣の芝生は青く見えるものよね。それにここ数日はほとんどお屋敷に籠りっきりだった。

 

結界を弄って行き詰まっては息抜きのために外をぶらつき馬車にはねられ。

 

あるときは紫苑と一緒に出掛けてバケツが私だけに落下してきてびしょ濡れになり。

 

またあるときは折角買った食材を馬鹿デカイ鳥にかっさらわれた。

 

そしてギルドに顔を出せば 「ユカリさん、なんだかやつれました?」 と言われる日々。

 

でも、でもようやく、ようやく完成した。

 

「フフ、フフフフフフ。やったわよ、ついにこの時がやって来たわ。紫苑ー!紫苑どこにいるの?」

 

「んー....どうかしたの紫。そんなに叫んで...隈凄いけど平気?」

 

ンフフ、そんなの寝れば治るのよ。それよりもいまはこっちが重要なの。

 

「紫苑、貴方のぬいぐるみ貸してくれない?」

 

「いいけど....?」

 

紫苑からぬいぐるみを受け取りそのぬいぐるみに結界を施していく。特に見た目には変化がないけどしっかりかかっているはず。それと....

 

「手を出してくれるかしら?」

 

紫苑の腕に紫色のミサンガを着けてあげる。そしてぬいぐるみも返す。紫苑がぬいぐるみを受けとるとその二つがわずかに紫色の光を発した。

 

「よし、これで完璧ね。さすがは私!」

 

「紫なにこれ?」

 

「それはね貴方の自分も含めて不運にする能力を抑制する結界よ。ぬいぐるみとミサンガが揃って初めて効力を発揮するものなのよ。貴方の溜め込んでしまう不運を貴方に集めるんじゃなくお屋敷の地下に作った『不運貯蓄器』に溜め込めるようになるわ」

 

「『不運貯蓄器』....?」

 

「名前はどうでもいいのよ、とにかくこれで貴方はそれがある限り不運に見舞われなくなる。能力や身体能力なんかはそのまままったく影響ないから心配しないで。ただやっぱり定期的に放出しないといけないわ。そこは変わらないわね」

 

「じゃあもう....ひもじい思いもしなくても済むの?私裕福?」

 

いやぁ....必ずしも裕福になれるとは....紫苑は貧乏神、その現実は覆すことはできない。だから必ずしも裕福に暮らせるとは限らない。

 

「裕福は無理かもしれない、貧乏神という事実は変わらないから」

 

「そっか....そうだよね....やっぱり私はみんなの嫌われ者....」

 

「そうかしらね?私は貴方のこと嫌いじゃないわよ。それに絶対に裕福になれないって訳じゃないわ。貧乏神といっても限度があるし私も試行錯誤してる。それに私だってクエストで稼ぐし貴方も協力してくれれば――――」

 

「すれば?」

 

「――毎日美味しいご飯が食べれるわよ」

 

「!?」

 

「どう?やってみる?」

 

紫苑はぬいぐるみを握りしめ頭を縦にブンブン振りまくっている。ふふふ、よしよし。そんなに頭を振ってると倒れるわよ。

 

「ん....なんで頭、撫でるの?」

 

「んー、そうねぇ....私は貴方と出会う前はかなり裕福だったわ」

 

「うぅ....それは....」

 

「話は最後まで聞きなさい。でもね、裕福ではあったけどどこか物足りなかったのよ。それでも貴方を拾ってからは運は悪くなったけど毎日がとっても充実した日々に思えたわ」

 

紫苑を優しく抱き寄せ目を閉じ額を合わせる。

 

「例え他の誰かが貴方を嫌っても私は貴方のことを嫌いになったりしない。私は紫苑、貴方のこと好きよ。だってもう家族でしょう」

 

額を離して紫苑へと微笑みかける紫。

 

「えあ..あうあう....あの..その...うぅぅ..」

 

言葉にならないといった感じに紫苑は紫から目を反らす。ただ顔は真っ赤で耳まで真っ赤。このままでは頭から湯気でも出るのでは? というほど。

 

もう一度紫苑を優しく抱き寄せる紫。

 

「なぁに?紫苑、照れてるの?ふふふ」

 

「むっ....紫....」

 

「何かしらぁ?可愛い紫苑ちゃん?」

 

「....そういうの胡散臭い」

 

「なぁっ!?」

 

「あとちょっとウザイ」

 

「ぐはぁッ!?」

 

その場でガックリと膝から崩れ落ちる紫。それを見てわずかに微笑む紫苑。

 

「紫、クエスト行こ」

 

「え、ええ....。わ、わかったわよ....今いくわ」

 

紫は気がついていなかったがこの時の紫苑の表情はどこか晴れやかだった。

 

 

 

 

 

 

という訳でやって来ましたクエスト目的地。受注したのはちょっとした採取クエストで近くの森へやって来たんだけど......

 

「紫苑、あれなんだと思う....」

 

「わかんない....変人?」

 

 

紫と紫苑の視線の先には一人の少女が樹の前に立ちなにかをしている光景が写っていた。黒に胸元がガッツリ空いた上着にピンクのスカート、髪はセミロングの黒髪、それをリボンで束ねている。スタイルもよく開けた胸元からは立派な北半球が顔を出している。

 

 

んー、あんまりこう言いたくもないけど変人よねぇ....こんな森のなかで樹に向かってひとりで話しかけてるなんてね。今もほら――

 

『わ、我が名はゆ、ゆんゆん....もう一回やり直し..我が名はゆんゆん。アークウィザードにして上級魔法を操る者。やがて紅魔族の長となる者!....うぅ、やっぱり恥ずかしい』

 

なんか名乗りの練習してるみたいだけど、こんな場所でひとりであんなのを練習するってなんか....悲しいわね、それに見てるこっちが恥ずかしくなってくるわ。

 

「紫、これからどうする?」

 

「そうねぇ、もう少し見てみましょうか。なにか面白いことが起こるかもしれないしね」

 

「.....そういうところは変わらないね」

 

そう?私は面白いことがあるなら見届けたいし、害がなければ参加したい人種なだけで盗み見が趣味って訳じゃないのよ。

 

二人は黙ってその少女を見続けている。二人は別段なんともないだろうが少女からしたらたまったものではないだろう。折角こんな人気のない場所までやって来て練習をしているのにバッチリ見られてしまっている。少女が気がつけばきっと顔から火が出る思いだろう。

 

『よし……名乗りはこれくらいにして次は....私ゆんゆんっていうのその、私とお友だちになってくださいっ!!』

 

すぐそばに生えている花に話しかけ始める。だが不思議なことに彼女が話しかけるとさっきまで元気だった花がくたっと下を向いた。

まるで顔を反らすかのように。

 

『ええッ!?なんでぇ!?.....つ、次は大丈夫....なはず....』

 

少女はよし!と気合いを入れると立ち上がり――やべ、こっち来た。紫と紫苑のいる草むらへとやってくる。

 

「えっと、草さん....私と....お友だちに....なってください!」

 

「えっ、嫌です」

 

「へ?ええ!?しゃべった!!でもって断られた!?」

 

(紫、どうするつもり?) (ちょっとイタズラしてみたくなったのよ)

 

紫苑は自分も不運だが大概この少女も不運だなと思ったが口には出さないようにした。

 

「え、えっと....私草さんとお話するの初めてなんです....だ、だからこれを機にお友だちに....なって..くれませんか....?」

 

「だから嫌ですぅ。なんでならないといけないんですか?」

 

「うぇぇええ!!なんでぇぇぇ!せ、折角お友だちが増えると思ったのに....あっ、お金あげればいいんだ!前もそれで友達にッ!」

 

え....待って、今すごくあり得ないことが聞こえたんだけど気のせい?金で友達?それは友達という名の体のいい財布なのでは?

 

「あんた人に金を渡して友達になってもらってたの?」

 

「えっ....はいそうですけど。変、ですか?」

 

「変も何もッ....ちょっと待っててくれるかしら?」

 

悲しい彼女には一度待っていてもらって紫苑と相談する。

 

(ねぇ、紫苑。友達って買うものだっけ?)

 

(違うと思う....私も嫌われてたけどお金でってのは..無いと思う)

 

(そうよね。絶対財布として使われてただけでしょうね)

 

(......私もお金貰えるかな?)

 

紫苑?ソレだけは絶対にやめなさい。いくら友達のためなら金を惜しまないめっちゃ都合のいい財布だとしてもソレだけはダメ。いくら貧乏でもいくら落ちぶれても人として堕ちてはダメよ。

 

(.............わかってるから)

 

本当でしょうね....まあいいわ、紫苑にそんな度胸無いだろうし。とりあえずこの可哀想な娘にはちょっと助言だけしておきましょう。

 

「あんた、そんなの友達じゃないわよ。今すぐ縁を切りなさい」

 

「そんなぁ!?友達ですよッ!?....もしあの人達と縁を切ったりしたらもう....悪魔しか、友達は..いない....」

 

ぷるぷると震えながら涙目になる少女。なんか....この子にちゃんとした友達とかそういうの教えた方がいい気がしてきた。だってもう聞いてるだけでヤバイもの悪魔が友達とかそのうち命よこせとか寿命よこせって言われてもはいどうぞって渡しかねないわよ。

 

きっと友達って言う『魔法の言葉』(彼女限定)を付け加えるだけで二言返事でオッケーするでしょ。草むらから少女の前へと姿を見せる。紫苑も傍らに引っ張り出す。

 

「えっ!ええ!?あの、今までのってあなたが....。あっ!えっ..もしかして私の自己紹介も....見て、ましたか?」

 

「ええ、バッチリ」

 

「うん....最初から最後までね」

 

「あ..ああ....いやぁぁぁあああぁぁぁ!!忘れてぇぇ!!

 

嫌です、忘れません。

 

 

少女の悲鳴が名も無き森に木霊したのだった

 

 

 

 

 

 


 

 

「それで気分はどう?落ち着いた?」

 

「は、はい..すみませんでした」

 

私と紫苑が全部見てたことを知った彼女は盛大に取り乱して今までずっと『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛』とかいって転げ回ってたのよね。

大分落ち着きは取り戻したけど。

 

「私は紫、こっちは紫苑。それで改めてだけど....どちら様かしらお嬢さん?」

 

「えっ!....あの、そのぉ....」

 

少女はどこかそわそわとどこか落ち着きがない。やがてよし!と気合いを入れてこちらへと謎の構えをとると....

 

 

「我が名はゆんゆんっ!アークウィザードにして上級魔法を操る者。やがて紅魔族の長となる者!....うぅ」

 

そう高らかに宣言し顔を真っ赤にしてぷるぷる震えている。

 

「恥ずかしいならやらなきゃいいじゃない」

 

「....ゆんゆん?変な名前」

 

「へ、変じゃなッ!..あの、やっぱり変ですか?」

 

まあ変でしょうね。ゆんゆんなんて名前普通はつけないでしょ。あだ名だったりしたらまあ違和感は....無いわけではないけど納得はいく。あー、でもこの子『紅魔族』って言ったわね。

 

「紫苑、ゆんゆんってのはたしかに変な名前だけどこれはしょうがないのよ。彼女たち紅魔族ってのは瞳が紅く産まれつき魔力も知力も高い、ただ何故かみんな名前が変なのよ」

 

「紅魔族..ゆんゆん..どこでそんなこと知ったの?」

 

「街の図書館でね」

 

紫苑はぼーっとゆんゆんを眺めている。この子そういえばアークウィザードって言ったわね。これはもしかするとちょうどいいかもしれないわ。

 

「ゆんゆんだったわね。もしよかったらいくつか魔法を見せてもらってもいいかしら?タダが嫌ならパーティーを組んでもいいしなんならあなたの欲しがってるお友だちになってあげてもいいわよ。本当のお友だちにね」

 

といっても友達ってそんな「お友だちになってください!」って頼み込むよりも自然と付き合ってる間になってるものだと思うのだけど。

 

「ほ、本当ですか!!はい!それならいくらでも見せちゃいますよ!やったあ!!今日は記念すべき日ね!お友だちが二人も出来たんだからっ!やったー!!」

 

ぴょんぴょん飛び跳ねて体全体で喜びを表しているゆんゆん。この喜びようはちょっと異常な気もする。あっ、そういえば紫苑の意見聞いてなかったわね。

 

「紫苑はいい?」

 

「まぁ、別に問題ない」

 

そう、それはよかったわ。でもゆんゆんにはちょっとした決断をして貰いましょう。普通だったらすぐに決められるだろうけど彼女はちょっと特殊だから結構な決断になるかも。

 

「ゆんゆん、私たちが友達になるかわりにさっきのお金でお友だちになった人とは縁を切ること。いいわね」

 

「えっ!?でも....」

 

「ならこの話はなかったことに――」

 

「!?、うぅぅッ....わ、わかりました..後でこっそりと

 

「あっ、後でこっそり~なんて考えないことね。そんなことしたら即刻辞めるわ」

 

「は、はいぃ!!」

 

よし、これで集り屋の虫は消えるでしょう。私や紫苑の友人にそんな集られるような人がいるのはちょっと嫌だし何よりゆんゆんのためにもならない。根はいい子そうだしそのうち友達も増えるでしょ。とにかく今は魔法を見せて貰うことにしましょう。

 

さあ、ゆんゆん、紫苑行くわよ。

 

 

そうして三人は森を後にした。

 

 



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9話

最凶最悪のパーティー

実際強い(運は皆無)


「さてとそれじゃあゆんゆんお願いね」

 

「は、はい!任せてください!お友だちならお安いご用です!!」

 

うん、でもまだ知り合って一時間も経ってないけどね。場所は移って主な出現モンスター『ジャイアントトード』でお馴染みのちょっとした草原までやって来た。

 

ここに来たのはゆんゆんに魔法を見せてもらうため。別にあの森でもよかったけど折角だし開けた場所で見たい。

 

それにただ興味があるから魔法を見たいんじゃなくてスキル習得のため。私の職業の『賢者』、そして紫苑の『冒険者』は似ている。冒険者がスキルを習得するにはそれを見て説明してもらうとスキル習得欄に追加される。私の方はというと魔法を見ただけで追加される。

 

距離は関係ないし特殊な条件がある訳でもない、ただし魔法関係に限るという感じ。物理的なものはまだ試してないからわからないけど覚えようと思えば覚えられるんじゃないかしらね。

 

「ほら、ゆんゆん丁度よくカエルも来たからあれでお願い」

 

「はい!いきますっ!『ライト・オブ・セイバー』ッ!!」

 

ゆんゆんがそう声をあげると手刀の先から(つるぎ)のような形の光が発せられ近づいてきていたカエルの胴体へと振るわれる。カエルの胴体に一筋の光が走る。カエルの体は真っ二つに切り裂かれそのまま吹き飛び跡形もなくなった。

 

これ名前的に私が思い浮かんだのはライトセイバーなんだけど。ヴオンッ!ブンブォンッ!て振る度にうるさいやつ。

 

「次はこれです!『エナジーイグニッション』!!」

 

間髪いれずに他のカエルへ魔法を放つゆんゆん。

 

すると今度はカエルが急に立ち止まると口や目から青い炎を噴きあげ燃えはじめた。見た感じは体内からの発火。辺りには肉の焼けたような香ばしい匂いが漂ってる。ただ焼かれてるのにまだカエルはもがいて苦しんでいる。............この子、意外とエグいことするわね。しかもすごいいい笑顔でこっちみてる。

 

いや、この魔法がエグいのであってゆんゆんは私たちに魔法を見せてどうだ!ってことで笑顔なんだろうけど....この感じだと次はお前がああなる番だって言われても自然に感じる不思議。

 

「ど、どうですか!これはどちらも上級魔法なんですよ!」

 

たしかにさっきのが初級魔法です。なんて言われたら上級はどんなにすごいものなのか....ってなってたでしょうね。冒険者カードを見るとそこには新しく『ライト・オブ・セイバー』と『エナジーイグニッション』の文字が追加されていた。

 

「あ、あれ?ユ、ユカリ..さん?す、凄かったですよね?....あれ?シオンさん凄かったです..よ、ね?」

 

「うん、凄かった。ピカッてなって、びゅーんってなってズバッて..凄かった。でも....もうひとつは..なんか怖い」

 

「えぇ!?そ、そう?じゃ、じゃああんまり使わないようにしようかな....」

 

 

ゆんゆんが上級魔法と言うとおりスキルポイントは他の初級魔法よりも高めね。でも問題なく覚えられるしぱぱっと覚えてしまいましょう。ただこのスキルを覚えたときのピリッとした感じは....あんまり好きじゃないわね。

 

「ゆんゆん、これは別に使ってもデメリットなんて無いわよね?」

 

「はい、特には無いですけど。あっ!でもいきなり上級魔法とか魔力消費の激しい魔法を使うと魔力がなくなって動けないくなったりしちゃいますよ」

 

「それだけかしら?なら心配ないわね」

 

ゆんゆんは首を傾げていまいち分かっていない様子。腕を頭上に突き出し構える。

 

「『ライト・オブ・セイバー』、なるほどこんな感じね」

 

ゆんゆんとは違い紫色をした光の剣が天高く伸びそびえ立っている。もし神様が天の上的なところにいるのであれば突然謎の紫色をした柱が生えてきて驚いたかもしれない。多分エリス様は優しいから許してくれるだろう。

 

そのまま丁度よく顔を出した運の良いジャイアントトード目掛け腕を振り下ろす。這い出してきたばかりのジャイアントトードは避けることもできずにあっさりと切り裂かれ..というよりは消滅した。

だがそれだけに留まらず地面を盛大に抉りとった。

 

「......」

 

「....えっと、これ同じライトオブセイバーなの?....え?色とか威力..え?」

 

「紫、やりすぎ..加減もできないの....賢者の癖に」

 

うぐっ..ちょ、ちょっと加減を失敗しただけだから次はもう少し上手くいくはずよ。

 

「か、加減して『ライト・オブ・セイバー』ッ!」

 

念のために衝撃に備える紫苑とゆんゆん。だがさっきとは違ってまったく衝撃がこない。

 

「ねぇ二人とも、これなんだと思う?」

 

紫の手には紫色をした剣のような形をした物が握られていた。完全に一本の剣として握られている。

 

「えっと、これは....ライトオブ..セイバー?」

 

「意味合い的にはあってると思うけど」

 

 

....たしかにライトオブセイバーなのは確か。でもねやっぱり私にはこれライトセイバーにしか見えないのよね。だって振るともう..

 

 

――ヴオンッ!ブンブォンッ!ヴオン!

 

これだもの....完全にライトセイバーでしょ。オブどこ行ったのよ。でもまあこれはこれで使い勝手良さそうだしアリね。ライト(オブ)セイバーを消して次の魔法にいきましょう。また都合よくカエルが出てきたしね。

 

次は使われる側からしたらたまったものじゃない魔法。

 

「カエル来てるよ、紫~。食べられても助けないよぉ~。めんどくさいし」

 

紫苑、後で話しましょう。せめて助けようとする気は見せなさいよ。大丈夫よ食べれるわけ無いからね。

 

「カエルさんごめんなさいね。悪気はないのよ。『エナジーイグニッション』」

 

ジャイアントトードはゆんゆんの時と同じように急に立ち止まる。そして口や鼻、皮膚からも紫色の炎が噴きあがる。だがその火力がおかしかった。ゆんゆんの時は良い感じにこんがり焼けたのだが今回は真っ黒、完全に炭化していた。

 

「....ゆかr」

 

「よし!今ので火力の調整はわかったからあのカエルの犠牲は無駄ではない!やりすぎって言わない!」

 

ゆんゆんと紫苑から生暖かい視線を送られどこか居心地が悪くなりはしたが勢いに任せ誤魔化した。それからゆんゆん先生に初級、中級魔法も教わり紫苑もいくつかのスキルが増えた。

 

あと何だかんだで後日一緒にクエストに行く約束もしたし何だかんだで紫苑とゆんゆんの仲も深まったらしく家で遊ぶ約束もしたらしい。よかったわね、紫苑。

 

でもなぜかしら不思議と....不幸値が上がった気がする。

 

 

 

 


 

 

それから数日後、お屋敷でのんびりと過ごしていると正面玄関の扉が叩かれる。あー、そういえば紫苑がゆんゆんと約束してたわね。今日だったかしら?

 

「はいはい、どちら様かしら?」

 

「あ!ユカリさん!シオンさんいますか?約束通りに遊びに来ましたよ!こういうの妄想でしかしたことなかったからとっても嬉しいです!!」

 

....なぜだろう、一瞬にして悲しい気持ちになったわ。ゆんゆんあなたはなぜそうも悲しい運命を背負っているの?

 

「それとですね、これお土産です!どうぞ!」

 

そう言ってフルーツの盛り合わせを差し出してくるゆんゆん。友達の家にやってくるのにフルーツの盛り合わせを持ってくるって....なくは無いだろうけどかなり珍しくない?でもやっぱりゆんゆんは根はいい子なのよね。ボッチなだけで....。

 

「あとですね!紹介します!私のお友だちのジョオンちゃんです!」

 

「どうも、女苑....で......は?」

 

「ゆんゆん、早く入って」

 

「はい、お邪魔します!」

 

ゆんゆんが入ると同時に即座に扉を閉める。私はどうやら疲れていたらしい。紫苑の友達が疫病神を連れてやってくるなんてやっぱり疲れてんのね私。

 

「あの、ユカリさん?まだジョオンちゃんが....」

 

「ちょっとッ!!あんたッ!!開けなさいよ!あんた八雲紫でしょ!!開けろォ!!!」

 

 

あー、あっあー、聞ーこーえーなーいー聞こえない....なんか凄い扉がドンドンいってるけど気のせい気のせい。

 

「紫、どうかしたの?なんかうるさいけど....あ、ゆんゆん。どうかしたの」

 

「シオンさん、えっとですね....」

 

「えっ!?その声姉さん!?なんでこんな奴と一緒にいんのよ!?さっさと開けろォ!!」

 

「女苑?紫、女苑がいるの?」

 

「ええ、まあね。来てるわよこの扉の向こうに」

 

ああ....なんてこと、できることならこれ以上は厄介事を抱え込みたくなかったのに。紫苑に気づかれたら流石に無理ね。だってもうじゃあなんで入れないの?って顔でこっち見てるし。

 

仕方ないから開けてあげましょうか。

 

「オラァッ!!姉さんを返せ!!」

 

「おっと危ない」

 

開けたらいきなり拳を構えた疫病神が殴りかかってきた。そんな血気盛んな疫病神はいらないので帰ってもらえないかしらね。

 

「姉さん!平気?この胡散臭い奴に何かされなかった?怪我は?いきなりいなくなって心配したんだから!いや、コイツに拐われたのよね!このッ!」

 

「違うよ女苑、私が紫に勝手についていっただけ。それからは一緒に住んで良くしてもらってるし優しいよ。ご飯もいっぱい食べれるし」

 

「はぁッ!?嘘でしょコイツが優しくするわけないじゃない!腹の底では何を考えてるか分かったもんじゃないコイツが!きっと姉さんは騙されてるのよ!そのご飯だってきっと何か裏があるはず、まずなんであんな胡散臭い信用ならない奴がこっちにいるのよ!」

 

「ゆんゆん....本人の目の前で....ああいう事言っちゃ駄目よ..人を傷つける....から..うぅっ....」

 

「ユ、ユカリさん!!しっかりしてくださぁぁぁい!?ていうかジョオンちゃんの言ってたお姉さんてシオンさんだったの!?なんかもうごちゃごちゃすぎてわからないよぉォォ!」

 

 

紫の屋敷の玄関はかつてないほどに騒がしく混沌と化していた。

 

 

紫苑は女苑に詰め寄られぐわんぐわんと揺すられぼーっとしている。揺らされ過ぎその目はどこか虚ろ。

 

そして女苑は紫がいることもそうだが紫と一緒に自分の姉がなぜいるのかを聞き出そうと必死に訪ねている。必死過ぎて紫苑が先にダウンしていることに気がついていない。

 

紫は女苑から目の前でメンタルに特大のダイレクトアタックを受けて真っ白になり崩れ落ちている。

 

ゆんゆんはというとまさか自分の新しく出来た友達(紫苑)を紹介しようと連れてきたその人物(女苑)がまさかの妹で新しく出来た友達が姉であるという衝撃の事実ともう一人の友達(紫)がボロクソに言われ崩れ落ちている様を見てキャパが完全にオーバーして口から魂が出てきている。

 

しかも「わーい、お友だちいっぱーい」と何か訳の分からないことを言っているあたり一番重症かもしれない。

 

 

 

 

全員が正気を取り戻すまでは数時間かかったらしい。

 

 

 




次は疫病神と貧乏神と隙間妖怪を土木工事してる冒険者にぶつけます


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10話

書いてたらかカズマまでいかなかったというね

次でカズマとアクア登場します


「それで....説明してくれんでしょうね。八雲紫」

 

「ええ、それは勿論。ですがもう少し態度と敵意を改めてくださるかしら。女苑?」

 

私と女苑は対面する形で座っている。横のソファーには紫苑とゆんゆんがこっちを心配そうに見つめている。....紫苑は相変わらずぼーっとしてるけど。

 

「あんたのそういう..話すときくらい扇子しまいなさいよ!」

 

「あなたもそのメリケンサックしまってくれないかしら」

 

女苑と紫、お互いバッチバチに敵意をむき出しにしていつ殴り合いになってもおかしくない状態。ゆんゆんは気が気でなかった。

 

(あの、シオンさん。二人はいつもこんな感じなんですか?)

 

(んー....そうでもない。女苑は素直じゃないだけ..紫は、よくわかんない)

 

(えぇ....)

 

一色触発のなか先に折れたのは紫の方だった。口元の扇子を机に置き女苑を見つめる。

 

「女苑、勘違いしないで欲しいんだけど私は紫苑を拐ったり変な事をしたりもしてないわ。これからもする事はない」

 

「そんなこと....」

 

「女苑、紫の言ってること本当だよ。優しいし私のこと家族っていってくれたし」

 

「そこよ!姉さん、八雲紫が優しくしてくれるってそんなの裏があるに決まってる!」

 

なんというかなかなか信用されないものね。でもたしかにあの、八雲紫がいやに優しくしてきたら絶対に裏があるって思うのは分かるわね。だってもし邪仙が笑顔で近づいてきたら絶対に警戒するものね。それと同じよ。

 

「まあ、疑うのは勝手だけど今はお友だち同士仲良くしてなさい。ゆんゆんだってこんな会議みたいなことしに来た訳じゃないし。はい、これさっきのフルーツ」

 

「........」

 

「そんなじっと見なくても平気よ。毒なんて入ってないから」

 

こうも疑われると流石に困っちゃうわね。これは特大の厄介の種を持ち込んでくれたようね、ゆんゆん?

 

「ん?どうかしました?ユカリさん」

 

うーん、すごく無垢で純粋な笑顔。なんでこれで友達いないのかしら。

 

「そういえばシオンさんとジョオンちゃんは姉妹なんだよね?」

 

「ええ、そうよ」

 

「ゆんゆん....どこで女苑と?」

 

たしかにそれは私も気になる。どういう経緯で知り合ったのやら。紫苑が言うには稼ぎにいって戻ってこなかったらしいし。

 

「えっと、ジョオンちゃんとはたまたまクエストで一緒になったんです。最初はお金がいるってことでクエストを一緒に行ってくれる代わりに報酬は山分けっていうので」

 

ゆんゆんとは既に面識があったわけね。ということは初めて会ったときからゆんゆんて既に疫病神憑きだったのでは....。考えないでおこう。

 

「それから泊まるところもないとのことだったので()()であるこの私と!一緒の宿に泊まったりしていたわけです!!」

 

なるほどね....つまりそこから

 

「そこから二人はお互いを意識し出すようになって禁断の関係に....」

 

「ちょっ!?なに意味の分かんないこと言ってんのよ!!」

 

「えっ!?ジョオンちゃん..そんな...でもこれも友達なら普通なんだよね!えっと、ふつつかものですが、そのよろしく..お願いします」

 

「えっ!?ちょっとゆんゆん!?」

 

「女苑....私は..応援するよ」

 

「姉さん!?なんで眼を合わせてくれないの!誤解だから!」

 

フフフ、女苑ちゃん私をボロクソに言ってくれたお礼は返したわよ。精々在らぬ誤解を解くのに奮闘する事ね。結構大変よ誤解を解くのって、特にこの二人はね。

 

「女苑....」 「ジョオンちゃん....」

 

「ああッ!!もうなんなのよぉ!!」

 

この後何故か女苑にメリケンで腹パンされたけど私は元気です。ゆんゆんも紫苑も女苑も何だかんだで楽しそうだったしよかったわね。久しぶりの姉妹揃っての会話だもの、ゆんゆんという友達もいるわけだし邪魔者は退散して紫苑の結界改善にでも勤めましょうかね。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

――色々あった翌日の朝

 

 

今日も今日とて日課である、もはや娘と言っても違和感がなくなった紫苑を起こしにいく。でもいつもとちょっと違うことがあるのよね。まずは紫苑を起こす。

 

部屋に入ると相変わらず幸せそうによだれを垂らして爆睡している。

 

....すぐに起こさずに紫苑の横へと腰掛け頭を優しく撫でる。最初はとんでもない人物と出会ってしまったと思ったけど今じゃ家族と言うまでになった。

 

「ん....んん......」

 

ふふ、まったく本当に幸せそうにしちゃって。

 

「ん..ゆか..り?」

 

「あら、起きたのね。ご飯できてるから仕度しなさい」

 

「んん....あと2時間..」

 

「せめて5分にしなさいよ」

 

「んー、紫お母さん..分かったー」

 

ん、ならよろしい。このやり取りは朝の恒例行事みたいになってる。最初はママ、お母さんはやめろって言ってたけどまったく気にならなくなったわね。

 

問題は新規さんの方。我が家には新しい住人が増えたから一応様子を見に行かないと。紫苑の直筆の看板のかかった横の部屋、音を発てずに気配を消して部屋へと入る。

 

中にはこっちもぐっすりと眠っている少女が一人。こっちは紫苑と違ってよだれは垂らしていない。綺麗な茶髪、紫苑の寝相は結構悪い。ただそれはお屋敷で生活を始めてから。かなりリラックスしているんでしょうね。地面と違って柔らかいしね。

 

対する今目の前にいる少女は随分と寝相がいいわね。....頭は爆発してるけど..。

 

壁には小さいシルクハットにサングラス、いかにもブランドもののバッグ、ジャケットがかけてある。ソファーには脱ぎ捨てられたミニスカ、ネックレスに指輪などのアクセサリーが一緒に置いてある。さぞかし綺羅びやかに着飾っていたんでしょうね。まあそれが彼女みたいなとこあるしね。

 

『依神女苑』、私八雲紫の同居人『依神紫苑』の妹。最凶最悪の姉妹の妹の方。疫病神。

 

それが今私の目の前で眠っている。散々人を胡散臭いとかいっておいてゆんゆんと一緒に帰らずに姉がいるなら私もと半ば強引に部屋に押し入ってくつろいでいたらしい。

 

という訳で新人には八雲家の洗礼を受けて貰いましょう。用意するのはフライパンと手頃なメイス。先端が丸いとなおよし。それじゃあ....せーのっ!!

 

 

――バアァン!!

 

 

耳をつんざくような音が部屋に木霊する。

 

「ぎゃああああああああッッ!?ああああああっ!?なにッ!!ぐふっ!?」

 

ぐっすりだった女苑はベッドから飛び起きそのまま床に落下した。

 

あー、耳が..耳栓しておいたのにここまで響くとは。今度はお玉あたりでやることにしよう。それにしても女苑平気かしら?さっきから床を転げ回ってるんだけど....。

 

「あんたッ!!ふっざけんじゃないわよ!!何してくれてんのよ!頭が割れそう....」

 

「おはよう、いい朝ね。よく眠れたかしら?..なにどうかしたの?そんな、叩き起こされたみたいな顔して」

 

「叩き起こされたのよあんたにね。それに最悪の朝よ..姉さんにもこんなことしてるんじゃないでしょうね」

 

「それは安心して、紫苑にはそんなことしてないから。女苑、あなただけよ........起きるといつもそんな風になってるの」

 

女苑の寝起きの頭はいつもの茶髪お嬢様縦ロールのギャルぽいスタイルだけど今はなんというか..そう、ソフトクリームみたいにモワァッとなってる。

 

「うっさいわよ....」

 

「まあ、いいけど....朝ごはんできてるから早く来なさいよ」

 

それだけ告げ女苑の部屋から出ていく。女苑だけだったら来ないかもしれないけど紫苑が来ればもれなく女苑もやって来るでしょ。

それまではゆっくり待つとしましょう。でも出来れば早く来てほしいわね。折角作ったんだし。

 

 

 

 


 

 

「それで..あの八雲紫がなんのつもりよ....」

 

「女苑..そんなに疑う必要ないと思うよ。それより美味しいから女苑も食べよう?」

 

「姉さん..ちょっとは疑ったりとか....まあ、味はたしかにいいわね。紫の癖に」

 

「最後のは余計でしょ。女苑」

 

私の読み通り女苑は紫苑と一緒にやって来た。ご丁寧にあのソフトクリームヘアをお嬢様縦ロールにセットしてね。なんというか姉思いというべきか過保護というべきなのかはよくわからないけど美しき姉妹愛だと言うことにしておこうかしら。

 

「それで女苑、あなたはこれからどうするの?またその辺に出ていくのか――」

 

「姉さんと離れる気は無いわよ!」

 

「ならここに住む気でいるのね」

 

「うっ....それは..あ、あんたが出ていけばね!」

 

「じょ、女苑ダメだよそんなこと言ったら..紫はちょっと女苑の事をからかってるだけで....本心は」

 

「さっさと食べていくよ姉さん!私たちだけでも平気だし!」

 

「え..あ....女苑..ま、待って..」

 

紫苑、そんな悲しそうな顔しないでよ。私まで悲しくなってくるじゃない。....でもジャイアントトードの唐揚げを咥えたままじゃちょっとシュールなんだけど出来ればもうちょいそれっぽくやってくれない?

 

でも女苑の気持ちも分かる気がする。妹として姉が心配だってのも分かる。ちょっとツンケンし過ぎだけどね。飯だけ食って本当に出ていったわよあの二人。この広い屋敷も一人は久しぶりだけど....どうしようかしら。

 

まあ、ゆっくり待っていればそのうち戻ってくるでしょう。それまでは結界を維持して待っていればいいか。

 

 

 

いや、待って....紫苑にあげたあのミサンガそろそろ交えどきだったわね。あれが切れたら不運が『不運貯蓄器』にいかなくなる。

つまり私にすべての不運、不幸が降りかかってくるわけで....イヤァ!?それは絶対に嫌なんですけど!

 

「不味い、これは本当に不味い。暴走馬車に跳ねられるのはなれてはいたけどアレ以上の何かがやって来たら....うぅ、想像もしたくない。せめてこっそりと渡せれば....なら早速行動に移さないと」

 

まずはスキマで二人の位置を確認....確..スキマが開かない!!またなの!?ということはつまり....よし、超細心の注意をはらって玄関までいきましょう。大丈夫、気をつけていれば悪いことは起きない。

 

 

 

ほ、ほらね!なにも起きることなくここまでこれた。あとは階段を下りるだけ....ここで不運だと落ちたりするんでしょうけど慎重に降りれば問題ない!

 

ほら、一段一段ゆっくり。なんだやっぱり問題ないじゃな――あっ

 

紫はそれはそれは慎重に足を動かしていた。かなり腰の引けた体勢で女苑が見たら笑うことだろう。そんなゆっくりと降りていた紫だったが不運にもゆっくりと足を踏み外した。スキマも何故か開かない。

 

この時の紫の目はどこか遠くを見つめ何か悟ったようだった。

 

「がぁッ!?ぐふっ!あ゛っ!あああああああああああッッ!!!げふっ!」

 

勢いよく一番下まで落ちよろよろと立ち上がる紫。

 

「せ、せめてここまで来たら..外にいるかだけでも」

 

なんとか扉の取っ手へと手を伸ばし掴もうとした時、その扉がいきなり開き....

 

「ぶッッ!?」

 

紫の顔面にぶつかった。

 

「あっ....紫、ごめん。戻ってきたよ..ただいま」

 

「お、おか..えり..どうして戻ってきたのよ、タイミングバッチリね」

 

「えっと、私のぬいぐるみ忘れたのと..これ切れちゃったから。雨も降ってきたし....」

 

ぬいぐるみを忘れたね..あんなに大事にして肌身離さず持ってたのにね。それに....

 

「ふう....切れちゃった、ね。それにしては随分切り口が綺麗ね。まるで何かで切ったみたいにね、紫苑?」

 

「そ、それは..」

 

目を反らしてあわあわしだす紫苑。これはわざと切ったしわざと忘れていったわね。戻ってきてくれたのは嬉しいけどそれをやると私が現在進行形で不運になるからちょっと複雑。

 

「紫、女苑とも仲良くしてくれない?」

 

「ええ、勿論よ。最初からそのつもり――でッ!?」

 

再度開かれる扉、しかもさっきよりも勢いよくまるで蹴られたかのよう。

 

「八雲紫っ!!仕方ないから厄介になってやるわよ!言いたいことがあるなら言ってきなさいよぉ!」

 

声をあげながら女苑が現れる。だが紫の返事はない。

 

「女苑、紫今ので気絶した..あと紫は足元、踏んでる。....女苑さすがにお姉ちゃんもこれは怒るよ...!」

 

「えっ!?ごめん姉さん!..てかなんでこんなとこで寝てるのよ」

 

「いいから..運ぶよ、女苑」

 

「う、うん。分かった」

 

貧乏神と疫病神に運ばれていく災難なスキマ妖怪だった。

 

 




女苑はお姉ちゃん子


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11話

カズマ視点と紫視点です


「じゃあ女苑、紫のことお願いね....しっかりと」

 

「うん、分かった」

 

そう告げて部屋を出ていく紫苑。部屋に残されたのはベッドにちょっとした不幸の連続で気絶した紫が横になっている。その傍らで椅子に座っている女苑。

 

「......たしかになんかあんまり胡散臭さがない気がするけど。やっぱりにわかには信じがたいんだけど」

 

眠っている紫の顔を覗き込む女苑。

 

「あなた、紫苑には素直なのね」

 

「!?、あんた起きてたの!?」

 

「今、起きたの。よっと、それでここに住むんでしょ?」

 

「まあね。それとあんたが起きるまでに姉さんから色々聞いた..その、ありがと。あんなに幸せそうに笑ってる姉さん久しぶりに見た....」

 

......あら?あらあら~?なにこの恥ずかしそうに頬を染めてるかわいい子は。ツンケンしているだけかと思ったら意外とかわいい所もある子だったのね。顔を反らしている女苑を強引に胸元に引き寄せる。

 

「よしよし、女苑。あなたは紫苑の言う通り素直じゃないだけなのね。いいのよー、素直になっても」

 

「はぁ!?」

 

「それに根っからのお姉ちゃん子。お姉ちゃん大好きなのね」

 

「違う!!そんなんじゃないからぁ!!」

 

女苑がそう叫ぶと同時に部屋の扉の方からガシャンと食器が落ちるような音が鳴る。

 

「そうだよね....こんなお姉ちゃん..嫌いだよね....ごめんね女苑..わたしのせいでこんな苦労かけて....」

 

そこにはミサンガもぬいぐるみも持っているはずなのに不運オーラを体から滲み出している紫苑が立っていた。

 

「お姉ちゃん!?違う!!違うから私はお姉ちゃんのこと大好きだから!!」

 

「いいんだよ....無理しなくても..ぐすっ..」

 

「ああああああ!お姉ちゃん!!」

 

病室では静かにしてもらえないかしら。私怪我人、姉妹の絆を深める会議は向こうでやってくれないでしょうか。でも女苑があたふたしてるのって意外とレアかもね。じっくり見ていたいけど体調も良くなったし女苑の部屋の看板でも作っておきますか。スキマに落下した食器を回収して部屋を出ていく。

 

「じゃ、終わったら呼んで」

 

「ま、待って!説明だけしていって!」

 

「あ、うん分かった....うぅ、ぐすっ..女苑..」

 

うん、放置でよさそうねこれは。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「姉妹会議は終わったみたいね」

 

「ええ、お陰さまでね....」

 

「紫、ギルドに行こう..女苑まだ冒険者じゃない」

 

女苑ってまだ冒険者じゃなかったのね。てっきりゆんゆんと一緒に行動してたからとっくに冒険者登録済ませてたのかと思ったわ。それじゃあ今日はまずギルドに行くことから始めましょうか。

 

 

 

 

 

という訳で冒険者登録をするためにやって来ました。お馴染みの冒険者ギルド。相も変わらず冒険者で賑わっているギルド。そこに似つかわしくない現代のギャルスタイルの女苑、というよりはかなりバブリーな感じの女苑。私が言うのもなんだけど似合わないわねぇ。

 

「ルナ、この子の冒険者登録お願いね」

 

「おはようございます。ユカリさん、冒険者登録ですね!わかりました。ではこちらのカードにご記入お願いします」

 

ルナから受け取ったカードにすらすらと記入していく女苑。

 

「えーと、ヨリガミ ジョオンさんですね。あれ?もしかしてジョオンさんは」

 

「うん、私の妹....今日から冒険者」

 

「そうだったんですね!では早速ステータスを見てみましょう!」

 

そういい女苑に手を置くように促すルナ。女苑が手を置くと装置が輝きだして....あっ、これあれね。またルナが驚いてギルドがざわつくやつだ。

 

「はい、ありがとうございま――はああぁぁっ!?な、なんですか!?この数値!?ステータスは全体的に高くて中でも筋力がかなり高いですよ!!あっ、でもやっぱり幸運は低いですね」

 

やっぱりね....ルナももう慣れたようなもんね。紫苑の妹だし幸運低そうとか思ってたんでしょ。私も思ってたわよ疫病神だし。

 

「これだと魔法職にも前衛職にも慣れますよ。勿論上級職にだって今すぐなれます!」

 

「んー、そうね。姉さんはたしかに冒険者だったし..紫あんたは」

 

「私は賢者よ」

 

「....賢者..へぇ...まあいいや。じゃあこれでいいや、はい」

 

「えーと、それでは冒険者ギルドへようこそジョオン様、スタッフ一同今後のご活躍を期待しています!」

 

女苑が賢者って聞いた時の顔が凄いジト目だったけどルナがお馴染みの言葉を言って冒険者登録は終了。それじゃあクエストを、っとその前に確認しなきゃいけないことが。

 

「女苑、どんな職にしたの....」

 

私の代わりに紫苑が聞いてくれたわね。

 

「私は『狂戦士』戦闘スタイルにもあってそうだったし」

 

あー、うん。なんか分かる気がする。女苑てステゴロでバリバリの接近戦タイプだしね。受けた腹パンはかなりの一撃だったのは記憶に新しいわ。

 

「女苑ぽくて安心した」

 

「たしかに女苑ぽいわね」

 

「私ぽいってなによ....」

 

それはもうステゴロ女苑よ。女苑の冒険者登録も終わったことだしクエストでも受けて実力拝見といきましょうか。見る必要もなさそうではあるけど。

 

「で?次は何すんのよ紫」

 

「そうねぇ、とりあえずジャイアントトードでも狩ってみる?すぐ見つかるしカエル」

 

「じゃあそれでいいや。姉さんいこう」

 

ちょっと?私もいるんだけど?女苑さーん?一応パーティーリーダーって私なのよ?まあいいか。じゃ、いきましょうか。

 

 

 

 


 

 

 

 

そしてやって来ました。ここもお馴染みカエルの草原。足元に弾幕でも撃ち込んであげれば数匹ジャイアントトードが地面から顔を出す草原。

 

やって来たのはいいんだけど....。

 

「あああああああ!助けてくれ!!アクアー!助け、うわぁッ!?」

 

草原には先客がいたみたい。ジャージ姿の青年、たしか名前はサトウ..サトウ....なんとか。その子が剣を片手にジャイアントトードと追いかけっこをしている。絶妙な距離感を保ってずっと追われている。

 

「ねぇ、あれって....」

 

「紫、助けなくて..いいの?」

 

助けるっていっても勝手にやってもいいものなのか。一応はジャイアントトードの討伐クエスト受けて来てるんだろうし、もしかするとあれはあえて追われているのかもしれない。それに....

 

「あー!!あんたはあの時の私にだけエリスくれなかったドケチセレブ女!」

 

そうこの全体的に水色の自称女神女がガン飛ばして来てるのよ。

 

「え、誰これ」

 

「まったくまたセレブ感を出してる奴連れちゃってなによ!ぺっ!」

 

「はっ?コイツ殴っていい?殴るわよ?」

 

どうどう、落ち着きなさい女苑。こんなの相手にしたらダメよ。私の経験からしてこういうのは放置が安定よ。

 

「ふんっ!今はそれよりもあっちよ!プークスクス!やばい!超うけるんですけど!カズマったら顔真っ赤で涙目で超必死なんですけどぉ!」

 

あっ、そうだカズマだ。あの子。

 

「ねぇ、コイツ一応あの追われてんのとパーティーなんでしょ?なんで笑ってんの....」

 

「うん..ちょっと酷いかも....」

 

「こら、二人とも見ちゃダメよ。あんなの見たら知能が下がる」

 

なんかカズマってジャージの子に凄い偉そうになにかいってるけどいい加減助けてあげなさいよ。というかそんな大声でしゃべってたら....あっ。

 

「二人とも下がりなさい。危ないわよ」

 

やかましい水色から距離をとる。

 

「私が頂戴って言ったおかずを抵抗せずにすぐに寄越すこと!それから、ひゅぐぅ!?」

 

近づいてきたジャイアントトードに頭からぱっくりといかれカエルの口で犬神家を始めた自称女神のやかましい水色。

 

「ぶふっ...頭から..ふふ」

 

「ざまあないわね」

 

「えっ..あれ平気なの?」

 

ジャイアントトードは基本噛む力が強かったりとかはしないしむしろ獲物を口に咥えた状態なら飲み込むために動かなくなって隙だらけだから倒しやすいのよね。でも舌に絡めとられるならまだしも直にぱっくりといかれる冒険者なんて初めて見たわ。

 

「おおーい!?食われてんじゃねぇー!」

 

そういって全力ダッシュで駆け寄ってくるカズマくん。動かなくなったカエルの頭を剣で叩きわって見事に討伐。意外とやるわね。

そしてカエルの口から水色を引っ張り出すカズマ。出てきた水色はカエルの粘液まみれ..ごめん先に謝っとく。

 

きったなっ!あんまり知りたくなかったけど結構臭いもキツイ。凄い生臭い。

 

「きたない..」

 

「うぇぇ....ああはなりたくないわねぇ..紫あれって良くあるの」

 

「たまにね..でもここまで近くでは見たことないわね....うぇ」

 

助け出された水色はさっきまでとは違ってぼろぼろ泣いてまたなにかごちゃごちゃ言い出したかと思うといきなり別のジャイアントトードに向かって走っていった。

 

「神の力、思い知れ!私の前に立ち塞がったことそして神に牙を剥いたこと!地獄で後悔しながら懺悔なさい!『ゴッドブロー』!ゴッドブローとは女神の怒りと悲しみを乗せた必殺の拳!相手は死ぬ!!」

 

水色の右腕が光輝きカエルに放たれる『ゴッドブロー』とやら。ただあれって打撃よね?

 

「ねえカズマ....だったわね」

 

「はい、カズマです」

 

「カエルは打撃効かないわよ、あんまりね」

 

「!、たしかにギルドでもそう言って!アクアー戻れぇッ!!」

 

カズマの警告も虚しくゴッドブローはカエルの腹へと命中。ぽよん、という音と共にやがて頭からまたぱっくりといかれた。

 

......わかったわ、あの子馬鹿なんだ。多分知力最低とかそんな感じでしょ。1日に二回も頭から食われる冒険者なんていないわよ。

紫苑と女苑が凄い呆れた顔してる。多分私も同じ顔になってるでしょうね。助け....ましょうか..。自業自得な気もするけど。

 

 

 

◆◆

 

 

土木工事しかしていなかった俺とアクアはいい加減冒険者ぽい事をするため最低限の装備を整えジャイアントトードの討伐クエストを受けたんだが....

 

なんとか一匹は討伐できた。ただその一匹目には散々追い回されてアクアが食われた。でもそのおかげで楽に討伐はできた。そして今はまたアクアが無謀にも特効して食われた。もうしばらく放置でもいいか。

 

それよりも今は目に前の超絶美人のお姉さんだ!たしかこの人は初日に出会った人。隣にはあのときの美少女もいる。それにもう一人もかなりのびしょ......あの~、そちらの方来る世界と時代間違ってませんか?

 

えっ?いつの時代?なんだかすごく現代チックというかバブリーチックというか....いやそんなことはない!きっと異世界カルチャーってやつだ。俺が知らないだけ。それよりも話しかけないと....

 

「えっとあなたはたしか、ユカリさん?でしたよね」

 

「ええ、そうよ。八雲紫、こっちは依神紫苑、それと依神女苑。あなたは確かサトウカズマくんだったわね。よろしく」

 

そう言ってた俺の手を握るユカリさん。あっ、いい匂いがする..じゃなくて!!

 

「よろしく..カズマ..」

 

「姉さんに変な気起こしたらただじゃおかないから」

 

えっ!怖ッ!このシオンって人は優しく微笑んでくれたのにジョオンって人の方はおもいっきり睨んでくるんだけど!俺なにもしてないじゃん!

 

「それよりもあれ、平気?」

 

「ん?あああああああ!!アクアー!!」

 

やべぇ!いくらなんでも放置しすぎた!もう完全に飲み込まれかけてる。ここからじゃ間に合わないかもッ!

走り出そうとした俺をユカリさんが手が行く手を遮る。

 

「女苑、あなたが行った方が速いからあれ、お願いね?」

 

「..はぁ、しょうがないわね。サクッとやっちゃえばいいんでしょ」

 

そういうと凄い速さでカエルの元へ向かうジョオンさん。もう飛んでいるみたいな速さだ。....てかホントに飛んでないかあれ?

!、そうだカエルには打撃は効かない!ジョオンさんは見た感じギャル、じゃないどう考えても剣とかを持ってるようには見えない。このままじゃ結局アクアの二の舞に!

 

「ユカリさん!カエルに打撃は効かないって!」

 

「ええ、生半可な打撃は効かないわよ。でも女苑なら問題ないと思うけどね。紫苑はどう思う?」

 

「女苑だったら..やれるよ....だって私の立派な妹だもん」

 

えっ!でもそんな、念のため俺も行こうとした時ズドンッ!と何かが打ち付けられるような音が辺りに響いた。音の方向を見るとそこには拳を振り切ったジョオンさんと宙を舞うカエル....そしてカエルの口から頭だけを出したアクアがいた。

 

ジョオンさんはそのままカエルを蹴って頭上まで行き地面に向かってカエルを叩き落とした。数回バウンドするカエル。そこにいつの間にかすぐ横まで移動したジョオンさんが右ストレートを叩き込む。また絶対に体から鳴ってはいけないような音が鳴りカエルの頭が吹っ飛んでいった......ついでにアクアも「びゃあぁあぁぁ~!?」とか訳のわからないけど断末魔をあげてその辺に落ちてきた。

 

「う、嘘だろ....あんな素手で吹っ飛ばすなんて..」

 

「うわぁ..あそこまでやんのね....」

 

「女苑....たくましくなったね..お姉ちゃん嬉しい....でもやり過ぎ..かも」

 

なんかこの二人も若干引いてないか....。

 

「ほら、これでいいんでしょ。あとコイツも持ってきてやったわよ」

 

ドチャッと粘液まみれのアクアが倒れる。うわぁ..これは臭い。そして汚い。白目むいて気絶してるし、これでも女神なんだよなコイツ。

 

「えっと、ありがとうございます!ジョオンさん!おかげで助かりました!」

 

「えっ、あっ、まぁ..別にそんな感謝されるようなことでも....勘違いしないで!別にあんたらのためにはやってないから!」

 

そう言ってシオンさんの方へと走っていくジョオンさん。最初は怖かったけどかわいい所もあるんだな。ザ・ツンデレって感じ。

 

「ごめんなさいね。獲物奪う形になっちゃって」

 

「いえいいんです!おかげで助かりましたし..俺たちまだまだ初心者で装備も最低限のだったんで本当に助かりました。出来れば一緒に臨時パーティーみたいにクエストを出来ればいいんですけどね」

 

この人たちと一緒に冒険出来たらどれだけいいか。強いし優しいし、ただ俺の肩身がちょっと狭くなるけど俺だって成長すれば役に立てる。何より全員美人だし性格もあんな女神よりも格段にいい。でもまあ、無理だよな。

 

「いいわよ、別に」

 

「そうですよね..やっぱりそんなこと....え!?いいんですか?」

 

「ええ、それくらいいいわよ。だって冒険者はお互いに助け合うっていうじゃない?ふふふ」

 

な、なんて出来たお姉さんなんだ。この人こそが女神だったのか!しかもさっきの笑顔スッゴい慈愛に満ちた見惚れるような笑顔だった。俺みたいな弱小冒険者を受け入れてくれるなんてやっぱりこの人こそ真の女神!

 

「あっ....紫、ミサンガ切れた」

 

「ミサンガ?」

 

「へっ?....ぴぎゅ!?」

 

さっきまでいたユカリさんが一瞬でどこかに消えた。辺りを見回すといつの間にか現れたジャイアントトードが舌を伸ばして何かいや誰かに巻き付けていた。

 

舌に巻かれていたのはさっきまでいたユカリさん。ユカリさんは必死に地面にしがみつき耐えていた。顔を真っ赤にし涙目でぷるぷる震えている。

 

「な、なんでぇ!?なんでスキマが使えないのよぉ!?お願い!開いてッ!開いてよぉ!ヤダヤダ!格好よく決めた手前でカエルに食べられるなんてヤダァー!!速くスキマ開いてぇ!!ひら、んぎゅッ!?」

 

抵抗も虚しくカエルの口に引きずり込まれたユカリさん。カエルの口からはスカートが捲れ上がって綺麗な御御足と薄紫色のパンツ様が生えていた。絶景、とりあえず拝んどこ....じゃねぇ!!

 

「ユカリさあああああん!?」

 

「あっはははははははは!!!紫が、食われてッ!はははははッ!げっほげほ!ふふ、ははははは!!!」

 

「紫ー!!生きてるー!!じょ、女苑!笑ってないで助けようよぉ!大変だよぉ!」

 

や、やべぇよ!どうすんだよこれ!てかなんかこのジャイアントトードでかくないか?普通のより一回りデカいぞ!俺たちが攻めあぐねている間に徐々にユカリさんは飲み込まれていき。

 

「「「あっ」」」

 

ゴクリッと完全に飲み込まれてしまった。

 

..........え!?これ本当に不味いんじゃ..今ゴクリッっていったぞ。くっそ!もたもたしてるせいでユカリさんがッ!!あの時すぐに行動にしていればまだ助けられたかもしれないのに!

 

「あー、これは本当にヤバい奴かもしれないわね。どうしよう姉さん....」

 

「ゆか..り..そんなこれからは誰が私のご飯作ってくれるの....」

 

「姉さん、そこじゃないと思う。今は」

 

とにかく俺で敵うか分からないが絶対に倒してみせる。ユカリさんの敵をとってみせる!!

剣を握って一歩踏み出そうと思ったその時デカいジャイアントトードの脳天から一本の紫色をした光が放たれる。その光はジャイアントトードを切り裂くように脳天から顔、腹部へと進みやがて消えた。

 

ジャイアントトードはその光が消えるまでびくびくと震え続けていたが消えると同時に真っ二つになった。そして中から出てきたのは胃液や粘液、体液と色々なものを体に浴びたユカリさんだった。

 

「う、うぅ..うぐっ....えっぐ..ぐすっ..紫苑、女苑私..汚されたわ..うぇえぇええええっ...もうやだぁ...折角先輩ぽいとこ見せれたのに....あんまりよ..こんなの..ぐすっ..」

 

なんだろう、この感じ前にもあったな。そうたしかギルド盛大にこけてキリッとした美人さんのイメージが残念ドジっ子に変わったんだっけ。今もさっきまでは頼れる先輩美人冒険者の女神系お姉さんだったのに今じゃ粘液まみれのよわよわお姉さん、ちょっとエロいに変わったし。

 

「えっと、ユカリさん....そんな時もあります。お互いに助け合っていきましょう」

 

「....うん..でもねカズマ、それ私の心抉ってるのよ..」

 

あっ....たしかにこの状況でこれは..やっちまった....たしかに抉ってるわこれ。

 

「それじゃあ....私たちはもう帰るわね....また明日..いきましょう紫苑、女苑..ぐすっ..」

 

「う、うん..わかった」

 

「え、ええ。そうね..それじゃあまた..」

 

そう言い残しどこかに哀愁漂う背中と粘液を見せその場を去っていったユカリさん達だった。気絶してたアクアは叩き起こして俺たちもその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

因みに紫は戻るまでに暴走馬車に2回跳ねられたとか....

 

 

 

 

 

 

 




とことんついてない紫

ミサンガ切れたのはアクアのせいかもしれない


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12話

赤い爆裂魔女っ子

カエルリベンジ戦


ジャイアントトードに丸呑みにされた翌日。私、八雲紫は復讐に燃えていた。絶対にあのカエルどもは一匹残さず全滅させる。そのためには....

 

「ゆ、紫..そこまでしなくても....」

 

「いいえ、駄目よ紫苑。もしあの時みたいにカエルの近くで切れたりしたらまたあの時の二の舞になってしまうわ」

 

「だからって....」

 

「あんた、これはやりすぎでしょ..」

 

紫苑の腕は防具店から籠手を買い漁ってそれを私が掛け合わせた防具でガッチガチに硬められている。片腕だけ防御力最高という変な装備になっているが女苑と紫苑には分からないでしょう。なぜここまで私が必死になっているのかが。

 

でも貴方たちもカエルの胃袋の中に入ってみれば分かるわよ。ぬるぬる、ねとねととした生臭くて暖かい粘液を身体中に浴びる。しかも消化中のよくわかんないものが足元にはあって....うぇ..思い出したくない。

 

だから私はここまで厳重に整えているのよ。これなら切れる――

 

「紫、あの時切れたのはカエルのせいじゃなくて..何もしてなかったのに自然に切れたんだけど....」

 

「....マジで?」

 

それじゃあ、いくら厳重に装備を整えても無駄?かかった費用も労力も無駄?結構な値段だったのに?

 

「.....」

 

「いや、なんでこっち見んのよ」

 

「....財産を消費させる程度の能力のくせに

 

「はぁ!?それは関係ッ!....くっ!」

 

関係ない!と言い切りたかった女苑だったがあながち否定しきれないと自分でも思ってしまいぐっと力を込め握り拳を作って震えていた。

 

「紫、女苑も悪気があるわけじゃない..と思う。あとこれ動きづらい」

 

「はぁ....ならいいわ。これは外しましょう。..あのカズマって子にでもあげるわよ」

 

「また、行くわけね。でもいいの?また頭からパックリいかれるわよ」

 

「....それは、多分平気よ。クエストもまだ達成してないし嫌でもやらなきゃなのよね」

 

「あっそ、姉さんも十分気をつけてよね。私、姉さんをカエルの口から引っ張り出すなんて嫌だからね」

 

たしかに紫苑がもしもパックリといかれでもしたら抵抗なく飲み込まれそうではある。クエスト達成まであと数匹、ぱぱっとやってしまいましょう。

 

 

 

 


 

 

 

昨日と同じ、あまり思い出したくないけど私がカエルの胃袋の中に入ることになった場所までやって来た。どうやらカズマ達は先に来ていたみたいね。

 

冒険者にしては軽装というよりもろにジャージのカズマ、やかましい水色、それと昨日はいなかった全体的に赤い魔女っ子みたいな少女。新しいパーティーメンバーかしらね。

 

「あっ、ユカリさん..えっと昨日はあの後大丈夫でしたか?」

 

「ええ、まあ..なんとかね....ちょっとトラウマだけど..」

 

「プークスクス!カズマから聞いたわよ!あなたカエルに飲み込まれたんですってね~!この女神アクア様を蔑ろにしたむく――ぐふっ!?」

 

言い切る前にその場に蹲る自称水色女神改めアクア。ちょっと強くやり過ぎたかしら?無意識に弾幕を放っていたわ。

 

「それで、そっちの子は新メンバーかしら?」

 

「ねぇ..アクアってやつ平気なの....」

 

「....あー、コイツは放置でいいぞ。自業自得だし、それとこっちは仮加入的な感じで。名前は....」

 

カズマがどこか渋りながら名前を言おうとしたとき赤い魔女っ子が前へと出て来てバッと謎のポーズをすると声高らかに口上的なものを言いはじめた。

 

「我が名はめぐみん! アークウィザードを――」

 

「紅魔族ね」

 

「紅魔族....だね、女苑」

 

「そうね、これは紅魔族ね..」

 

私、紫苑、女苑の意見は完全に一致した。めぐみん、これがあだ名だったらまだ分かるわよ。ただ普通ならこんな名前つけない。なんか、こんなこと前にも覚えが....。

 

「おい、人の名乗りを邪魔しないでくださいよ....では改めて..我が名はめぐみん! アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法『爆裂魔法』を操りし者ッ!..決まりましたッ!」

 

どこか満足げな表情のめぐみん。なんなのかしらね、紅魔族ってこの名乗りをしないといけないきまりでもあるの?....まあそれはどうでもいいとして『爆裂魔法』。たしか上級魔法だったはず、もしもその『爆裂魔法』を巧みに操るというのであれば彼女は爆発系魔法の使い手。

 

こちらとしても是非この眼で見てみたいわ。そして覚えさせてもらいましょう。....というかここって駆け出しの街のはずなのに上級魔法使える人多くない?本当に駆け出しの街なの?

 

「えっと、ユカリさん臨時ではありますがパーティーとして一緒に..ってことでいいんですよね?」

 

「ええそうよ、あとこれあげるわ。ちょっと色々あって使わなくなった籠手。多分売れば結構な値段にはなると思うからそれで装備を整えるのもいいと思うわよ」

 

「あ、ありがとうございます!って重ッ!?」

 

そうなのよね....色々掛け合わせたせいで相当重いのよね。だからといって捨てるのもね。....ん?

 

突然くいくいっと袖が引かれる。さっきまで謎のポーズをとっていた紅魔族のめぐみんが私のそばに来て見上げてきている。

 

「えっと、さっきからカズマが言っているユカリというのはあのユカリであってますか?」

 

あの紫?私ってそんな噂になるようなことしてな....したわね。エンシェントドラゴンとか..。何故だろうどこか目を輝かせているような気がする。

 

「ええ、まあ多分その紫であってると思うけど」

 

「ほ、本当ですか!!あのエンシェントドラゴンを討伐したという賢者ユカリなんですね!私感激です!こうして本物に会えるなんて!」

 

「「「エンシェントドラゴン?」」」

 

カズマ、紫苑、女苑の三人が不思議そうに見てくる。あっ、そういえば討伐したのは紫苑と女苑と出会う前だったしカズマに関しては最近交流が増え..はじめたところだし。

 

「まあ、あれよ。でっかい羽根の生えたトカゲを倒したってだけよ。大したことないわ」

 

「何を言ってるんですか!!エンシェントドラゴンですよっ!国から賞金の懸けられたモンスターですよ!」

 

「なに紫、あんたそんなの倒してたの?」

 

「なんか....凄そう..」

 

「ユカリさんてやっぱり凄い人だったんだな....」

 

そこまででもないと思うんだけどね。たしかに大きさはエンシェントって感じではあった。多分、剣とか弓で倒そうとしたら強敵ではあるでしょうね。因みにエンシェントドラゴン頭は我が家に飾ってあります。インテリアとしてはかなりエンシェントしてたわよ。

 

私の話しはいいとして早いとこクエストを始めないかしら?あんまりここにいたくないのよね..カエルいっぱいだし。

 

「ほら、私のことはいいからクエストよクエスト。そのために仲間も増やして来たんでしょ?」

 

「ああ、そうだった。おい、アクアいい加減起きろ。始めるぞ」

 

「う..うぅ..何が起こったのよ....っ!!ちょっと!!そこのユカリとか言う奴!ふざけんじゃないわよッ!!いきなりあんなことしなくてもいいじゃない!私がなにしたってのよ!」

 

なにしたって、少なくとも私の事を馬鹿にしたでしょう?自分も捕食されてたにもかかわらず自分の事を棚にあげて。

 

「おい!アクアそんなことよりもクエストだ!それでめぐみんどうすればいいんだ」

 

「爆裂魔法は最強魔法。その分魔法を使うのに準備時間が結構かかります。なので準備が整うまであのカエルの足止めをお願いします。ユカリも見ていてください!私の爆裂魔法を!」

 

はいはい、余すことなくしっかり見てるからね。爆裂魔法習得のためではあるけど。ただ爆裂魔法って準備時間が必要なのね。となると詠唱とかそういうのが必要ということかしら?

 

....少し使い勝手が良くないわね。でも詠唱を空中とか相手の範囲外で行えばどうということはなさそう。覚えていても損することはないでしょう。

 

カズマが剣を抜きアクアが杖を構える。なんかこっちを睨んでくるんだけど相手は私じゃなくてカエルよ。カエルの方を指差してあげる。カエルは今のところ2体だけ。

 

遠い方のカエルは爆裂魔法で、近いのは自分とアクアで対処。カズマはしっかりと周りが見えててパーティーリーダーとしてはまずまずかしら。

 

「おい、アクア。お前一応は元なんたらなんだからたまには元なんたらの実力見せてみろよ」

 

「元ってなによッ!?ちゃんと現在進行形で女神よ私は!!」

 

「女神?」

 

「を自称しているかわいそうな子だよぉ。たまにこう言った事を口走るけどそっとしておいてほしい」

 

「かわいそうに....」

 

カズマとめぐみんにそう言われ涙目になるアクア。でも今度こそっ!!と気合いを入れカエルへと特効していった。ただやかましいだけじゃなくて表情だけでもやかましいとは....それにあの子まったく学んでないじゃない。昨日はあれでパックリいかれたのに。

 

「震えながら眠るがいいッ!『ゴッドレクイエム』ッ!!ゴッドレクイエムとは女神の愛と悲しみの鎮魂歌!相手は死ぬッ!!」

 

そう高らかに説明しながら勢いよくカエルの口へと入り込む自称女神アクア。......カエルは死にましたか?それとなんで絶対に悲しみを入れるのか、昨日のえっと..『ゴッドブロー』だったかも愛と悲しみだったでしょ。

 

「ねぇカズマ、あのアクアって子....馬鹿でしょ」

 

「はい、知力低いんです....でも流石は女神身を挺しての時間稼ぎか....」

 

なんか今のだけでカズマが苦労してるんだなということがわかった気がする。女神(自称)が己を犠牲に強大な敵(カエル)を足止めしていると辺りが薄暗くなり風が吹き始める。

 

めぐみんの掲げている杖へと魔力が集中していくのを感じる。めぐみんは杖を掲げた状態のまま詠唱をはじめた。

 

 

――黒より黒く闇より暗き漆黒に我が深紅の混淆を望みたもう

 

――覚醒のとき来たれり。無謬の境界に落ちし理。無行の歪みとなりて現出せよ!

 

――踊れ踊れ踊れ、我が力の奔流に望むは崩壊なり。

 

――並ぶ者なき崩壊なり。万象等しく灰塵に帰し、深淵より来たれ!

 

――これが人類最大の威力の攻撃手段、これこそが究極の攻撃魔法

 

 

――『エクスプロージョン』ッ!」

 

言い切ると同時にカエルのいた場所に天まで届くほどの巨大な火柱があがり爆風が辺りへと吹き荒れる。ついでにアクアを咥えたカエルもぶるぶる震えてその辺に飛んでいった。

 

「あうあう..」

 

「紫苑、私に掴まってなさい。吹き飛ばされでもしたら大変よ。女苑も捕まってもいいのよ?」

 

「へ、平気よ!そんなにやわじゃないし!」

 

紫苑はがっしりと私の腕に掴まっている。女苑はそう言ってはいるけど私の影へと体を隠している。素直に掴まればいいのに。私も扇子を広げ顔の前で広げておく。

 

爆風がおさまりさっきまでカエルがいたはずの場所にはまだ燻っているクレーターだけが残ってカエルは完全に蒸発していた。この威力なら覚えていてもやっぱり損はしないわね。でもちょっと嫌なのがあの詠唱。本当にあんなこと言わないといけないの?ちょっと恥ずかしいのだけど..

 

 

少しだけ気持ちが揺らいでいると近くの地面が不自然に盛り上がる。

 

ん?あっ、さっきの爆発のせいでカエルが地面から出てきてる。

 

「めぐみん、離れた方がよさそ....うよ..なんで寝てるの..」

 

「ふっ....我が奥義である爆裂魔法はその絶大な威力ゆえ消費魔力もまた絶大..要約すると限界を越える魔力を使ったので身動き一つとれません....近くからカエルがわきだすとか予想外です..」

 

ん?....ちょっと待って..紅魔族って産まれつき魔力が高いはず..よね。その紅魔族が一発撃っただけでこうなるの........使えなッ!?えっ!?爆裂魔法ってそんなに魔力使うの!?

 

撃っただけでこれじゃあまったく意味ないじゃない!どうしよう..覚えるのやめようかな..爆裂魔法..

 

「ヤバいです..食われます..ユカリさん達ちょっと助け、くぷっ!」

 

「「「あっ」」」

 

三人で呆気にとられている間にめぐみんが食われた。

 

「紫、めぐみん..助けないと..」

 

「そう..ね..とりあえず三人で弾幕撃てばなんとかなるでしょう」

 

「あー、その方がいいわよ。アイツら体もヌメッとしてるから」

 

三人でカエルの前へと陣取る。

 

扇子を構えその先からレーザーを放ち胴体を貫く。紫苑はボロいお椀を掲げそこから「貧」「厄」といった不吉な漢字ワードの弾幕を飛ばしている。女苑はブランドバッグを振り回し宝石や金のような弾幕を放っている。

 

私、紫苑、女苑の弾幕にさらされたカエルはめぐみんを咥えたままドスンと仰向きに倒れた。口を少しだけ開いてみるとぬるっとめぐみんが飛び出してきた。....うわぁ..汚い..。

 

「助けてくださりありがとうございます..でももうちょっと早くしてほしかったです....」

 

それは..まあ..ごめんなさい。気づけばアクアを咥えていたカエルはカズマが倒していた。あれ?もしかしてこのパーティーで強くてまともなのってカズマだけなんじゃ....。

 

カズマがストレスで死なないことを祈ってるわ。

 




まだ不運は起こらない


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13話

対カエル自爆ワザ「ゴッドブロー」 「ゴッドレクイエム」


「うぅ....生臭いよぅ..生臭いよぅ..」

 

「カエルの体内って、臭いけどいい感じに温いんですね」

 

粘液まみれで泣きわめくアクアに、これまた粘まみれでぐでぇっと横になっているめぐみん。ひとまず犠牲はなく辺りのカエルは討伐した。カズマのパーティー3人のうち2人がカエルの粘液まみれになりはしたが実質の無傷での勝利、まあ多分何かの尊厳的な犠牲は出たでしょうけど。

 

それとカズマとめぐみんがさっき話していたけどこの魔女っ子紅魔族のめぐみん、爆裂魔法以外は使える魔法がないらしい。つまりめぐみんが攻撃するには爆裂魔法を撃ってぶっ倒れるかその杖で敵をぶん殴る位しかないということ。

 

これを聞いたカズマの顔はそれはもう酷いものだったわ。

 

「えっと、何はともあれめぐみんのこと助けてくれてありがとうございます。それとさっきユカリさん達が使ってたのも魔法?なんですか?」

 

さっき使ってたのって言うと弾幕のことかしらね。これは魔法..というかスキル..というか説明するには難しい。しいて言うならスキル寄りだと思う。

 

「これはどちらかと言うとスキルだと思うわよ。『弾幕』といって要は魔力とかを撃ち出すみたいなもの....かしらね。どう思う、紫苑、女苑」

 

「うーん....あんまり意識してないからよくわかんないけど..多分そんな感じ?」

 

「たしかに姉さんの言うとおりあんまり意識してないから..聞かれると答えにくいわね」

 

「そっか....俺もあんな風に出来ればもうちょっと活躍できそうなんだけど..」

 

そうは言ってるけど一番活躍してたのはカズマだと思うのよね。実際にカエルを倒してるのはカズマだし。

 

「そういえばユカリさん――」

 

「紫でいいわよ、いちいちさん付けは大変でしょ。自然体でいいわよ」

 

それにいつまでも他人行儀っぽいしね。

 

「えっと、じゃあ..ユ、ユカリ..達のクエストは終わったのか?俺たちはあと一体なんだけど」

 

「まだ終わってないわよ」

 

「でも肝心のあのデカいカエルがいないんじゃ意味ないじゃない」

 

たしかに女苑の言うとおり、辺りにはもうジャイアントトードの姿はない。でもここは運がいいのか悪いのか、地面を叩けばカエルが出てくるような平原だし折角爆裂魔法も見れたことだしいっちょ派手にいってみましょうか。

 

「それについては問題ないわよ。いないなら..無理にでも出てこさせればいいいのよ」

 

扇子を構え魔力を集中させる。扇子を杖に見立てて扇子の先、それより少しだけ上の辺りに集めるイメージ。辺りは急に暗くなり始め風も吹き始める。しかもめぐみんが起こしていた風とは比較にならないほどの突風。空気までもが振動しその凄さが見てとれるよう。

 

あとは恥ずかしいけど詠唱を....ん?これってもしかして..

 

「女苑、女苑」

 

「ん?どうかしたの?姉さん」

 

「多分こっちの樹の影にいた方が..いい。いつもの流れだと..多分」

 

紫苑に引かれ樹の影へと入っていく女苑。

 

魔力が蓄積されていくにつれて離れた場所に魔法陣が形成されていき完全に形成しきると同時に紫が口を開く。

 

「『エクスプロージョン』」

 

そういうと同時に草原に轟音と爆風が巻き起こる。天高くめぐみんの撃ったものの数倍はある火柱が立ち上ぼり地面を揺らす。

 

「ぎゃああああああっ!?なにぃっ!!ひゃああはああぁぁああッ!?」

 

爆風でアクアが粘液を撒き散らし転がっていく。

 

爆心地にはこれまた数倍の大きさのクレーターが出来上がっていた。

 

「なっ!......嘘だろ...さっきのと全然..」

 

「くっ..! やはり賢者といわれるだけはあります。私の数倍いえ数十倍は見事な爆裂でした!やはり爆裂魔法は素晴らしいです、私もすぐにその域まで到達してみせます!」

 

....やっぱり少しやり過ぎてしまった。ここまでやるつもりはなかったんだけど..まだ手加減する必要があったのね。でもまあなんだかこう、スッキリはしたから良しとしましょう。ただ気になるのは詠唱が必要無かったこと、もしかするとあれは気分的なものでカッコいいからやっているだけという仮説が私の中で浮上しはじめた。

 

そう思い目の前の現実から眼をそらしているとまた袖をくいくいっと引かれる。横を見るとそこには紫苑と女苑が。

 

「紫、相変わらず..やり過ぎ....」

 

「ええ、いくらなんでもこれは..やり過ぎでしょ。ていうかあんたの加減知らずの一撃のせいでカエルが結構出てきたわよ!どうすんのよ」

 

女苑の言うとおりさっきの一撃でぱっと見ただけでも5、6匹はいる。

 

「どうするって倒すしかないでしょう?そのためには撃った『爆裂魔法』なんだから。カズマ貴方は向こうの離れた奴をお願いね。合図は私が出すから」

 

「お、おう!任せろ」

 

さて、早くしないとまたパックリいかれかねないしささっといきましょう。えーと、あれはどこにいったのかしら..あっ、あんなところに。

 

「ほら、起きなさいよアクア。情けないわねぇ」

 

「あ、あんた!ユカリだったわね!酷いじゃないなんで私を吹っ飛ばすのよ!なに!?恨みでもあるの!」

 

ああ、もう本当にうるさいわね。また弾幕撃ち込みそう....。でも今はなんとか我慢して。

 

「恨みはないわよ。ごめんなさいねアクア、悪気はないのよ..それでなんだけどあそこのカエル見えるかしら。アイツは今油断しきっているわ。二回も食われた貴方だから今回は平気なはずよ」

 

「えぇ..嫌よ。もう私食べられたくないもの、ユカリがいけばいいじゃない」

 

「........なぁんだ、女神アクア様はカエル程度に怖じ気づいてしまうような御方だったんですわね。残念ですわ..」

 

「..なんですって!いいでしょう!この女神アクア様の真の力を見せてあげようじゃない!!そこでしっかり見てなさいよ!うおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

そう言って学ばぬ女神はカエルに向かって全力疾走、大声をあげながら突撃していった。

 

「これがッ!女神アクア様の真の力!『ゴッドレクイエム・ブロー』!!ゴッドレクイエムブローとは女神の、ふにゅっ!?」

 

もはや言う事はない。立派なオトリ、ご苦労様です女神様。

 

「カズマ今よ、今なら難なく倒せるわ。行きなさい」

 

「....あっはい、うおおおおおおおおおおおっ!!!この馬鹿女神がぁぁ!!」

 

よし、これでカズマ達はクエスト完了。私達もサクッと始末してしまいましょう。

 

「紫....」

 

「あんた..やっぱり最低ね....」

 

あー、同居人二人の視線が冷たいけど気にせず行きましょう!ほらさっさと討伐する!さもないとあんな風に食われるわよ!

 

それからのジャイアントトード討伐は呆気なく終わった。お互いクエストをクリアしてひとまず解散となった。また縁があれば一緒になるかもしれない。だが別れの間際にアクアを見たが完全にカエルがトラウマになったようだった。目のハイライトが消えていたし。

 

........ごめんね。

 

 

 

 

 

 

――次の日

 

 

 

「女苑..ギルドまでいかない?」

 

「姉さん?いいけど、なんか用事でもあるの?」

 

「うん、クエストクリアしたからその報告」

 

紫が昨日、期限は明日だから明日報告してくればいい..そう言ってた。紫は多分、私の結界を弄ってるはずだから一緒にはいけない。

 

「なんか、姉さんちょっとだけアクティブになった?..これも紫のおかげ?なんかちょっと癪にさわるけど....」

 

「女苑、私は....いつでも..アクティブ..」

 

「はいはい、アクティブですね」

 

むぅ....信じてないな。妹なのにお姉ちゃんのいうことはしっかり聞いてよ。でもたしかに紫と出会ってからはちょっとは自分から行動するようにはなったかも....。

 

「で、紫は一緒に来るの?」

 

「紫は....」

 

「私はいかないわよ」

 

「きゃっ!?」

 

「!?」

 

いきなり壁が裂けてそこから紫が上半身だけを出して現れた。ちょっとビクッとなった..紫の突然現れるこういうところはちょっと直してほしいかも....でも女苑いくら驚いたからって

 

「女苑..殴っちゃ駄目だよ..」

 

「ええ、紫苑の言うとおりよ。いくら似合わない『きゃっ!?』なんて声を出してしまったからって殴らないでくれる?」

 

紫は片手で拳を受け止めながら女苑をからかっている。

 

「あんたねぇ!」

 

「あらぁ~図星かしらぁ~?ふふふ」

 

「喧嘩は駄目だよ..女苑、紫」

 

紫がからかって女苑がそれに突っかかっていく、それを私が仲裁する。いつもの光景だけどなんだかとってもほっこりする....。

 

「姉さん?何か嬉しいことでもあったの?笑ってるけど..それよりコイツの手を押さえててくれないッ!一発殴らないと気がすまない!」

 

「ちょっとぉ!いくら図星だからって暴力に訴えるのは良くないわよ女苑」

 

「コイツは絶対に殴るッ!!姉さん押さえて!!」

 

「もぉ..女苑、今回は押さえて..それに女苑でもああいう声出るんだね。お姉ちゃんは....女苑の別の一面が見れて嬉しい..」

 

「姉さんッ!?」

 

顔を赤くしている女苑。やっぱり女苑はかわいくて頼れる私の妹。

 

「じゃ、女苑のこと頼むわね紫苑。私も後から向かうからギルドで会いましょう」

 

そう言って紫はスキマを閉じて消えていった。女苑はちょっとむすっとしていたけど紫を追いかけない辺り本気じゃないみたい。

 

「はぁ....姉さん行きましょう。アイツの相手は疲れる..ギルドにいた方がましよ」

 

「そう?..じゃあ早く行こうか」

 

 

そうして私たちはギルドへと向かっていった....行ったんだけど..

 

 

「ヒャッハアー!!当たりも当たり大当たりだあああああああ!!うわあはっはっはっは!!」

 

 

「いやああああああああああああ!パンツ返してえええええええッ!」

 

 

誰かパンツを片手に持って振り回しているカズマと股の辺りを押さえて涙目になっている....えっと、エリス様..じゃなくてクリス..だったはず、それを何故か食い入るように見つめている金髪の騎士みたいな人。

 

....なんだろう..この状況..

 

「うっわぁ....姉さん、行こう。私たちは何も見てないわ」

 

「え?..えっと..うん、そうだね。私たちは何も見てない..よね」

 

「ええ、昨日あったカズマとか言う奴に似てる奴がパンツ片手にはしゃいでた..なんてことあるわけないわよ」

 

....しっかり見ちゃってるよね..それ..

 

でも紫も前に言ってた..厄介事には首を突っ込むな、気づいても自分に見てないと言い聞かせろって。うん、私は何も見てない。ギルドにクエストの報告をしにきただけだもん。

 

 

そうして私と女苑は何も見なかったことにしてギルドへと入って行った。

 

 




次回、パンツ


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14話

長くなったので2話に分けました


「ルナ..これ、お願い..」

 

「シオンさん、今日はジョオンさんと二人だけなんですね。少しお待ち下さい」

 

そういい奥の方に向かっていくルナ。ここのギルドは受付カウンターがあるんだけど何故かこのルナのカウンターだけがよく混んでるんだよね....なんでだろう?

 

「女苑、女苑..ルナの魅力ってなんだと思う?」

 

「えっ!?そ、そうねぇ....む、胸?」

 

「......女苑」

 

「そ、そんな顔しないでよ姉さん..ぱっと見たらそう思うじゃない!」

 

....わからなくもないけどそうなのかな?でもたしかに大きかった..紫も大きかったし外にいた変な騎士の人も大きかった。もしかして金髪だと..大きい?

 

「ど、どうかしたの姉さん」

 

....そういうわけでもなさそう。

 

「姉さん..何か言いたいことでもあるの」

 

「女苑はありのままの姿でいいからね....」

 

「??、う..うん」

 

うん、人はそれぞれだからね。私も紫も女苑のこと好きだからね。

女苑に姉として優しい眼を向けているとルナがクエスト報酬を持って戻ってきた。

 

「お待たせしました、シオンさんジョオンさん。クエストクリア報酬を20万エリスです....あのぉ..シオンさんそんなにじっと見つめてどうかしました....きゃっ!!いきなりなんですか!」

 

「姉さんッ!?」

 

あー、凄い柔らかい..これは紫がつつく理由がわかった気がする。女苑もどう?これはやっておかないと損するよ。女苑の手を掴んでルナの胸に当てる。

 

「えっ....あっ、凄い」

 

「でしょ..これは凄いよ紫よりも大きいし」

 

「あ、あのぉ..そろそろいいですかぁ....」

 

二人でしっかりと堪能したところで報酬を受け取ってルナには別れを告げて長椅子に腰かける。相変わらずギルドは賑やかだなぁ。紫がここは駆け出し冒険者の街だって言ってたけど駆け出しの街でここまで賑やかなんだから他の大きな街も気になる。いつか皆で行ってみたい。

 

少しだけ物思いに耽っているといつの間にかカズマが戻ってきていた。

 

 

「女苑、カズマのところ行ってみようか..」

 

「姉さんだけだとアイツになんかされても対処出来なさそうだし勿論私もいくわよ」

 

「カズマは....そんなこと、しない..よ?」

 

あっ..でもさっきパンツ振り回してたしもしかしたら変な人なのかも....

 

 

 

 


 

 

 

 

「カズマ..昨日ぶり....元気」

 

「ん、シオンとジョオンか。まあ元気だけど」

 

「ねぇ、なんでその人泣いてんのよ」

 

エリ..クリスが泣いてる。何か悲しいことでもあったのかな。カズマが口を開きかけたとき隣にいる金髪の騎士みたいな人が一歩前に出てきた。

 

「彼女はカズマに盗賊スキルを教える際にパンツを剥がれたうえに有り金全部むしりとられて落ち込んでいるだけだ」

 

「おいっ!あんたなに口走ってんだッ!?」

 

どこか恍惚とした表情で言っている騎士の人。やっぱりあれカズマだったんだね。女神様も大概災難だね..紫にパッドと上げ底っての盗られるし、カズマにはパンツ盗られるしで....

 

「財布返すだけじゃダメだって..じゃあいくらでも払うからパンツ返してって頼んだら自分のパンツの値段は自分で決めろって....」

 

「おいッ!?待てぇ!!間違ってないけど本当に待てぇ!!」

 

「あんたッ!そこまで最低な奴だったのね!姉さんに近づかないでくれる!!」

 

「いや!待って!」

 

「カズマ....いくらなんでも..最低だよ..」

 

アクア、めぐみんの目が信じられないものを見るような目をしているの。女苑も蔑んだような目でカズマのことを見てる。クリス平気かな..幸運の女神らしいけど現状不運の女神に見えるよ。

 

....私が言うのもなんだけど。

 

「さもないとこのパンツは我が家の家宝として生涯奉られる事になるってッ!!」

 

うわぁ....これは..ちょっと....私でも嫌だなぁ..。ギルド内の女性冒険者とウェイトレスさんたちの目がすっごい冷たい目になってるよ..女苑も....あっ、女苑の目が完全に汚物を見るような目に..

 

「あんた..姉さんに近づいたら..潰してやるわよ」

 

「ヒェッ...」

 

「....クリス、大丈夫?クリスって本当にあれ(女神)なの?....幸運なんか低そうだけど」

 

「うっ..それは、一応高いんだけどねぇ..あははは。心配してくれてありがとうシオン」

 

エリス様の時とは違ってやっぱりだいぶフランクな感じがする。そして胸も平たい..身軽そう。

 

「あー、シオン?どこ..見てるのかなぁ~?」

 

どこも見てない....よ?そんなに詰め寄らなくても紫みたいにからかったりしないよ。でも今考えてみると幸運の女神様からパンツを剥ぎ取るカズマって実は凄いんじゃないかな?普通は無理だよね。

 

「『スティール』ッ!」

 

クリスと話しているとカズマの声が聞こえてきた。カズマはめぐみんに右腕を突き出していた。あれって私も教えてもらった物を一つ盗るスキルだったはず。

 

カズマはゆっくりと手を開いて盗った物を広げる。

 

するとそれはここからでも確認ができるもの、黒い三角の形をしてリボンのついた布....なんかめぐみんがもじもじして..あっ。

 

「なんですか..ステータスがあがって変態にジョブチェンジしたんですか....スースーするのでパンツ返してください..」

 

うん、だよね....パンツだよねめぐみんのパンツ。でもなんでだろう..あれって盗れる物はランダムの筈だけどなんで....パンツ?

パンツってそんなに高価な物でもないと思うんだけど。

 

「姉さんこんな奴の近くにいたら危険よ!あっち行こう!」

 

「待ってくれッ!!もう一度チャンスをくれ!頼む、こんなはずじゃないんだッ!!」

 

「....うーん、まあいいよ」

 

「姉さんッ!?なんでそんなこと..」

 

「カズマもワザとじゃない..と思うし..私だとどうなるのかちょっと興味あるから..」

 

女苑は心配してくれてるけどそんなに心配する必要ないと思うけどね。盗られて困るものは私持ってないし。

 

「じゃ、じゃあ..いくぞ。『スティール』!!」

 

カズマの手がまばゆい光を放ち輝きだす。そしてカズマの手に握られていたのは....パンツ、ではなく紫苑の持っている黒い猫のぬいぐるみだった。

 

「あっ....私のぬいぐるみ..」

 

「いよっっっしゃあああああっ!!どうだっ!見たか!俺はパンツを狙っていたわけじゃないんだ!!」

 

ここで喜んだのは勿論カズマ、これでパンツ脱がせ魔の汚名を受けることも女性冒険者からも冷たい視線を向けられないとガッツポーズをしてぬいぐるみをぐるぐる振り回している。

 

それが良くなかった....嬉しさのあまりついつい力が入ってしまっていたカズマ。そんな風に扱えば必然的に良くないことが起こってしまう。紫苑のぬいぐるみは紫が結界のために多少は補強をしてはいるがいたって普通のぬいぐるみ。

 

辛うじて千切はしなかったもののカズマの手から滑り落ち飛んでいく紫苑の大切なぬいぐるみ。ぬいぐるみが床に落ちると同時にバリンッとガラスでも割れるような音が鳴り響く。

 

「ああっ!?私のぬいぐるみ!あわわわっ..ど、どこぉ....どこいったのぉー!」

 

飛んでいったぬいぐるみを探しに涙目で床を探し回る紫苑。カズマへの視線はさっきよりも冷たいものになっていた。

 

「あ....えっと..その....うぐっ!?」

 

「おい、あんた!覚悟はできてんでしょうね!!」

 

カズマの首もとへ掴みかかる女苑。今にも殴りかかりそうな勢い、というよりも既に拳を振りかぶっている女苑。それをなんとか止めようと腕を掴むアクアとめぐみん。なんとか押さえているが長くは持たないだろう。

 

「ジョオン!待ちなさいって!カズマもワザとじゃないのよ!」

 

「そうです!カズマから聞きました!カエルを殴り飛ばせる腕力でカズマを殴ったら死にますから!!」

 

「女苑....なにしてるの....」

 

「姉さん!それ無事だった?姉さんの大事な物でしょ?」

 

紫苑が戻ると同時にカズマをポイッと捨てすぐに姉のもとへと向かう女苑。

 

「うん、ちょっとほつれちゃったけど....平気だったよ」

 

「シオン..ごめんな。そんなつもりじゃなかったんだ..」

 

「うん、わかってるよ....カズマはそんなに悪い人じゃないし..」

 

ほつれちゃったけどこの程度ならいくらでも直せるから平気..でももし千切れでもしたら泣いてたかもしれない....それに下手したら能力も暴走してたかも....。

 

「シオン、さっき凄い音したけどそれは平気だった..のか?」

 

「うん..あれは私もよく分からな..ん!?」

 

突然眼を見開き固まり鼻を押さえる紫苑。

 

「ん?どうかしたのかシオ..ん゛!?なんだこの臭い!クサッ!?」

 

「姉さん?どうかし..うっ!?」

 

女苑も謎の異臭を感じて鼻を押さえる。

 

そして周りの冒険者やウェイトレスも謎の異臭にざわつきだす。

 

「カ、カズマぁ....何よぉ~この臭い。私の鼻が曲がりそうなんですけどぉ!!」

 

「たしかに酷い臭いです!これはキツイです、カズマまさか....」

 

「いや!俺じゃねぇから!!」

 

カズマや紫苑、その他の冒険者達がギルドの入り口に目を向けるとそこにはニッコニコ笑顔だが目が完全に据わっている紫がたたずんでいた。服はボロボロ、頭から血を流して何故かびしょ濡れでとてつもない異臭を放っていた。肩などには生ゴミのような物もぶら下がりかなり汚い。

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

「ユ、ユカリ....えっとどうしてそんなところに立って..って臭ッ!?」

 

「あんた、いったいなにがあった――クサッ!?なによこれ!?」

 

「あんたらさっきから臭い臭い言い過ぎなのよ..私だって好きでこうなったわけじゃないのよ」

 

紫苑も鼻を押さえ、うぅ..と臭そうにしている。他の冒険者たちも同じく鼻を押さえている。

 

まったく、私だっていきなりの出来事で驚いたんだから....。そんなに臭いものでも見るかのような表情はやめてほしいのだけど。まあ実際に臭いことに変わりはないんだけど。

 

「それで....紫。なにが..あったの..うぅ」

 

「その前にちょっと着替えてきてもいいかしら....私もこの格好は限界だから」

 

そう言ってたカズマたちの元を後にしてルナの元へ向かう。私が近づくと冒険者とウェイトレスが全員一気に動いて私から距離を取る。しかも口々に「臭い」 「クサッ」 と言っている。

 

 

.......ちょっとイラッとくるわねこれは。いつか覚えてなさいよ。

 

「ルナ、ギルドにシャワーってある?」

 

「は、はいありますけど..うぅ、酷い臭いですよ紫さん」

 

....ねぇ、ルナ。なんかそのいいかた誤解を生みかねないんだけど..ルナが悪いのよ。カウンター越しにルナの肩をがっしりと掴み微笑みかける。

 

「ユ、ユカリさん!臭いです!離れてください!!」

 

「ちょっと!!それだと私自体が臭いみたいじゃない!」

 

肩を掴んだままこっちに引き寄せて強引に抱きつき体を密着させる。

 

「いやあああああ!!クサいッ!?臭いですぅ!うううううっ...酷いですよぉ....」

 

「まあまあそう言わずに一緒に綺麗になればいいじゃない。さあ、行きましょう。シャワーが私たちを待ってるわ」

 

ルナの抵抗も虚しく紫にずるずると引きずられ奥へと消えていった。

 

 

 




パンツ以外も奪えるスティール


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15話

続きです

スティールのところは一人称か三人称で迷いましたがとりあえずは三人称で。あとで書き直すかもしれないです。


 

 

 

それから少し時間が経ってから綺麗になったルナと紫が姿を見せた。ルナは予備の制服、紫はいつもの中華系の服、どちらも新品そのもの。

 

「もぉ~、ユカリさんあんなことやめてくださいね。本当に酷い臭いだったんですからね!」

 

「そうは言ってもルナだって臭い臭い言われたら傷つくでしょ?だから近くにいたルナにも同じ気分を味わって欲しかったのよ」

 

「いや!味わいたくないんですが!もう....」

 

と言いつつ許してくれるルナは本当に受付嬢の鏡だと思う今日この頃。あと私を臭いっていた奴ら顔、覚えたわよ....。臭いはひとまず取れたし細心の注意をはらって紫苑たちのところに向かいましょう。聞かなきゃいけないことが山ほどあるのよ。

 

「紫苑、女苑、それにカズマたちもご機嫌いかがかしら。私は良くないわよ」

 

「紫、さっきのって..なんだったの?凄い臭いだった....」

 

「ええ、ついに胡散臭さが滲み出てきたのかと思ったわよ」

 

女苑、胡散臭さがもし滲み出てきたとしてもあんな酷い臭いにはならないわよ。私をなんだと思ってるのかしらね。

 

「それでユカリさっきのはなんだったんだ?」

 

「....そうね。話すと少し長くなるんだけど絶対に聞いておきなさい特にこのメンバーはね。私は今日紫苑たちとは別でギルドへと向かっていたわ。いたって普通の大通りをね」

 

私は紫苑にクエスト報酬を受け取っておいてとお願いした。そこまではまったく問題はなかった。問題なのはこの後。

 

「ちょうど家を出てから半分くらいの距離のときに急に寒気を感じたのよ。それを合図に私をいつもの不運が襲ってきたわ――」

 

 

 

 

 

少し歩けば何故かいきなり野犬に追いかけ回されるし。

 

「「「ワンワンッ!!ヴヴヴヴッ!!」」」

 

「ちょ、ちょっと待った!?私なにもしてないでしょ!良い子だからあっちいってちょうだい?駄目?」

 

「「「......グルルッ!!」」」

 

一斉に飛びかかってくる野犬。

 

「いやぁぁぁぁ!?一瞬だけ考えたでしょ!!どっか行きなさいよぉ!!」

 

そのあとは全力疾走で逃げてなんとか撒くことができた。

 

 

 

 

 

大通りは危険だと思って路地を行けばちょうど良い具合に一台の馬車が道を塞いでいて....私はだいたいこの後の展開は予想がついてしまっていたわ。

 

「ダメもとで聞くけど慈悲はないのかしら?」

 

「ブルルッ!!」

 

馬は答えることなく全力で私に突っ込んできた。そしてまたもはね飛ばされた私。

 

「はぁ....これあれね..結界に何かあった....ぐはぁ!?..わね..」

 

 

そのあとも水を被ったり、ずっこけたりといろいろあったけどなんとかギルドが見えるところまでやって来たんだけど最後にとびきりのヤツが待ち構えていたわ。

 

 

「やっと..ここまで..やってきた!はぁ....んあ?ああああああああああああああっ!?」

 

一歩を踏み出した瞬間地面に亀裂が入って私の回りだけが地下に落下していった。そしてそのまま下水道にドボン。私は下水道の水を頭から体全体に余すことなく浴びてしまった。

 

 

 

 

「という事であんな臭くて汚い状態になっていたって訳よ。わかったかしら?」

 

「わ、わかったというか....」

 

「えと、ユカリあなたも苦労してるのね。....そんなあなたにはアクシズ教に入信することをお勧めするわ」

 

「ユカリ、運悪いんですね....さすがに同情します。そういう時は爆裂魔法を撃つと気がはれると思いますよ」

 

「なっ!..なんという不運ッ!..くぅ..うらやましいッ!..はぁ..はぁ..私が代わってやりたいくらいだ!いやむしろ代わってくれ!!」

 

は?なにこの女騎士....目がヤバいんだけど。カズマまたなんか変なもの拾ってきたのね。かわいそうに....。

 

それよりも気になっていたことがあったんだった。私がこんな不幸に見舞われたということは結界が作動していないか、紫苑のミサンガが切れてるか、ぬいぐるみが離れている、何かしら原因があるはず。

 

「紫苑、ミサンガとぬいぐるみ持ってるわよね」

 

「え、うん一応は」

 

「ちょっと見せてくれないかしら?」

 

「いいけど、はい」

 

どれどれ....ミサンガは、問題なし。結界にも異常なし。ぬいぐるみの方は....ん?ここほつれてるわね。後で縫い直しておきましょう..じゃない!いや縫い直しておくのは縫い直しておくけどそうじゃない。なにこれ結界が完全に壊れてるんだけど....。

 

「紫苑..これ..誰かに盗られたり、叩きつけられたりしなかった?」

 

「えっと、カズマに....」

 

「盗られたのね。投げられたりは?」

 

「えっと、したかな。そういえばその時にガラスが割れるみたいな音が....」

 

ふーん....なるほどぉ..そう..これで理由がはっきりしたわねぇ。

カズマが原因てことねぇ。カズマを見るとスタスタとどこかへ去ろうとしている真っ最中だった。

 

目視出来ないようにスキマをわずかに開いて脚を挟んで動けなくする。カズマは突然動けなくなって冷や汗をダラダラと流している。

 

「カーズーマーくーんー、ちょぉっとオハナシしましょうか」

 

「す、すんませんでしたぁぁぁ!!!どうかどうか許してください!!」

 

いやいやそんな命をとろうなんて思っちゃいないわよ。それにほら私はオハナシをしたいだけなんだから。さぁ、向こうの空き部屋に行きましょうか。

 

安心してホントウニオハナシスルダケダカラ。

 

 

「いやぁぁぁぁぁぁ!?ジョオン!シオン!助けてくれェェ!!」

 

「ソンナニサケバナクテモイイノヨ?」

 

カズマはそのまま紫と共に空き部屋へと姿を消していった。

 

「えっと、ユカリさんって怒ると怖いのねぇ....めぐみん、カズマ..平気かしら?」

 

「カズマなら平気じゃないですか....と言いたいですけど相手はユカリですし....」

 

アクアとめぐみんはカズマを心配しているようだったがすぐにテーブルに戻って食事を再開し始めてしまった。紫苑と女苑は特には心配していなかったが紫苑は少しだけ思うことがあった。

 

(紫、今私の不運受けてるけど....平気かな?)

 

カズマよりも紫が心配な紫苑だった。

 

 

 

 

 


 

 

 

「あっ....戻ってきた..」

 

「....なんかあったわね..あれ」

 

カズマが引きずられ連れ込まれた部屋の扉が開きカズマと紫が姿を現した。だがなぜか紫は頭を擦っているしカズマはどこか心配そうにしているあたり何かしらの不運が起こったに違いない。

 

他のメンバーのところまで戻ってきた二人。互いに間に何も挟まない形で対面する紫とカズマ。

 

カズマとのオハナシはカズマが素直にしゃべってくれたからスムーズにいったんだけど....まさかオハナシ中に壺が頭に三回も落下してくるとは思わなかったわねぇ..。

 

結界が壊れた理由はだいたいわかった。カズマが自分の無実を証明するために紫苑にスティールを使ってぬいぐるみをスティール。喜びのあまり振り回して手からどこかに飛んでいってその拍子に結界が破損。ちょっとそうなる予想はできてなかったわね。

 

これからは強度も上げておかないといけなさそう。

 

「本当にすんませんでした!」

 

全力で頭を下げてくるカズマ。悪気はないのはわかったけど、どうしようかしら。それよりも紫苑に簡易結界だけ貼っておかないと私がヤバい。

 

「紫苑、手出しなさい。簡易結界貼るから」

 

「....ん」

 

紫苑の腕に『不運退散』と割りと適当なことを書いておいた御札を貼り付ける。ふざけてるようだけどしっかりとした結界だから安心。

 

「さて、カズマ。私が許すだけなら簡単でしょう。だからあなたの運命は自分で決めなさい。もしもご自慢の『スティール』でこの扇子かそれ以上の物を私から取ることが出来れば許してあげるわ。紫苑は何か要望あったりするかしら?」

 

「うーん、特には....」

 

じゃあこれでいいわね。

 

「あ、ああわかった。扇子かそれよりも良いものを取れれば許してくれるんだな!いくぞ『スティール』ッ!!!」

 

まあ、結界も簡易的ではあるけど直して不運とは無縁の私から扇子を奪えるわけないのよね。エリスの時と違って今回は油断もしてないし。

 

光を放ったカズマの手には一見何も握られていない。そして私の顔の前には未だに開かれた状態の扇子が存在している。どうやら、失敗みたいねカズマくん?

 

「ふふふ、カズマ残念だったわ....!?」

 

途中まで不適な笑みを浮かべていた紫はいきなり固まるとわなわなと震えだす。顔も隠してはいるが耳まで真っ赤で涙がうっすらと目に浮かんでいる。

 

「ん....これは..!」

 

カズマの手に握られていたもの、それは扇子ではなく一枚の布。黒のレースのついた紫色の三角形、横の部分はかなり細く紐のようになっていてかなり刺激的な三角形、いわゆるパンツと呼ばれるものだった。

 

しかも本来『スティール』は対象からランダムで一つの物を奪い取ることのできるスキルなのだがカズマの手にはまだ別の物が握られていた。それはまるで二つの何かを包み込むような形状をしていてパンツと同じく紫色に黒のレース、細かい模様のはいった物だった。そう、ブラジャーと呼ばれるもの。

 

たしかにランジェリーとしてはセットで一つ....と言えなくもない。運が悪いのか良いのかはよく分からないがカズマはある意味扇子よりも価値のある素晴らしくも恐ろしいものをてにいれてしまった。

 

 

「あ....あぁ..うそでしょ....それって..ッ」

 

紫は完全にカズマの持っている物を理解してしまい口をぱくぱくとさせているがまったく声が出ない。

 

 

「これは....なかなかにセクシーですね..といよりカズマ、パンツだけでは満足できないなんて本当に変態にジョブチェンジしたんですね..」

 

「うわぁ..さすがに女神の私としてもこれは....」

 

「紫、凄いの着けてる..いつもこうなの?」

 

「たしかに..紫、あんたなに..今日勝負事でもあったの。これ完全に....そういうヤツでしょ。じゃなかったらいつも?」

 

「なっ!そんなんじゃなくてッ!いつもはもうちょっと落ち着いた感じの....ほら私、紫色とか好きだから!きょ、今日は紐ってだけで、その、別にそれ以外を持ってないって訳じゃないの!ただ..多いってだけ、で....!?」

 

 

必死になって誤解を解こうとしている紫だが完全に墓穴を掘っている。紫も自分の失言に気がついたがその時では既に遅かった。男性冒険者たちは「おぉ」と感嘆の声をあげ何かを考え始める。この場合は妄想し始めたと言った方が正しいかもしれない。

 

対する女性冒険者たちは顔を赤くし口元を手で覆ってはいるが「すごい..あんなのを..わ、私も..」と何かを決意する者もいたようだ。

 

紫は耳まで真っ赤になったままかろうじて扇子を開き続けたままカズマを睨みつける、だが涙目。すくっと立ち上がる紫。それにあわせてたゆんと弾む胸元、これにまたもや男性冒険者たちは声をもらしていた。

 

「カズマ....覚悟はできてるのよねぇ..」

 

 

「いやいや!待ってくれ!ワザとじゃないんだって!!あっれえええッ!?さっきはうまくいったのに!シオン言ってやってくれさっきはパンツじゃなかったって!」

 

「私、パンツ履いてないよ...履いてもすぐにどこかにいっちゃうから下着はつけてないよ....ん?」

 

「「「「「えっ!?」」」」」

 

このギルド内の全員が一斉にぽかーんとしながら紫苑へと視線を向ける。さっきまで真っ赤になっていた紫も呆然と紫苑を見ている。

 

「ちょっ!姉さん!?そういうことは言わなくてもいいのッ!!」

 

「そ、そうよ紫苑!こんなところで爆弾発言しないでくれる!?私知らなかったんだけど!?後で買ってあげるからねッ!!」

 

「大丈夫..一応お札を貼って..」

 

「「そこまでにしてッ!!」」

 

紫苑に詰め寄っていく女苑と紫。

 

紫苑の爆弾発言で男性冒険者は妄想を一度やめて紫苑のスカート、胸元をガン見し始める。カズマやめぐみん、アクアもうそだろ....と紫苑へと視線を向ける。

 

そんな中、金髪の騎士だけが別の意味で頬を赤く染めて「んぁ..うらやましい..」と意味のわからないことをいっていた。

 

ギルド内はある意味カオスな状態になっていた。さらにそこに拍車をかけるようにアナウンスが鳴り響く。

 

『緊急クエスト!緊急クエスト!街の中にいる冒険者各員は至急正門へお集まりください!!繰り返します、冒険者各員は至急正門へお集まりください!』

 

 

さっきまでの状況が嘘のように慌ただしくギルドの受付員たちも正門へと向かっていく。あまりの慌ただしさにカズマや紫、依神姉妹の二人も雰囲気に流され正門へと向かっていくのだった。

 

 




次は緊急クエスト、それからエリス様と紫の話を予定してます


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16話

緊急クエスト


正門へと集まった冒険者達。冒険者以外の街の住民達は急いで戸締まりをして家の中へと逃げていっている。ただ緊急クエストの報告は突然、街にもアナウンスはあったが急に避難しろと言われても『はい、わかりました』とはいかない。

 

ほとんどの住民が避難の準備に手間取っている状態。この状況を正門まで向かう間見てきたけどかなり深刻な事態なように見える。

 

「紫..緊急クエストってなに?」

 

「それが、私もいまいちわからないのよね」

 

「はぁ?あんた私達よりも冒険者してたのに知らないの?」

 

たしかに私は紫苑と女苑よりも冒険者歴は長い、女苑が言うことも分かるけど....緊急クエストなんてそんなしょっちゅう起こらないでしょ。私も経験するのはこれが初めてなのよ。

 

とりあえず正門で待ってれば何か分かるでしょ。

 

 

 

 

 

 

 

冒険者の集まった正門、そこへと向かってくる緑の巨大な影。絶えず形を変え常に変化し続けるそれは完全に一つの生き物のようにも見える。その正体は謎の緑の物体の集合体。

 

「紫..女苑..これって....」

 

「ええ..完全に..あれよね..」

 

「....『キャベツ』..よね..」

 

私たちは街へと迫り来る『キャベツ』の大群を見て三人揃って間抜け面をさらしていた。だって考えてもみてよ『キャベツ』が群れで空を飛んでやって来るとか....話に聞いただけでもそんな事言ってる奴の正気を疑うでしょ。

 

 

........それにしてもあのなんか..ぶわっ!て動くの何かににてるような気がするのよねぇ..なんだったかしら。....あっ!そうだあれよ!鰯とかが群れになって身を守る時とかにそこに向かって捕食者が突っ込むとそこだけぶわっ!って形を変えるあれ、あれに似てる。あとはコウモリの群れが動く様子にも似てる。

 

「な、なんじゃこりゃあああああああ!?」

 

そうね、私たちの言いたいことをカズマが代弁してくれたわ。なによ..これ..。

 

「なに?カズマもそうだけどあなたたちも知らなかったの?この世界の『キャベツ』は飛ぶわ。味が濃縮して収穫の時期が近づくと簡単に食われてなるものかとばかりに。街や草原を疾走する彼らは大陸を渡り海を越え最後には人知れぬ秘境の奥で誰にも食べられずにひっそりと息を引き取ると言われているわ」

 

「え....息、引き取るの?」

 

た、たしかにそこまでいくなら死なずに生きなさいよ。完全に無駄でしょその行動。しかしその話だとこのキャベツはただのキャベツじゃなくて渡りキャベツって訳ね....なんか自分で言ってて頭が痛くなってきたわ。

 

「なあ、俺もう帰って寝てていいか....モンスターの襲撃とかじゃねぇのかよ..」

 

「緊急クエストがキャベツ....てっきり本気で行かないと駄目な奴かと思ったけど杞憂..てレベルじゃなかったわね..」

 

「あれ..美味しいのかな女苑」

 

「....飛んで跳ね回るキャベツとか食べたくないんですけど..」

 

他の冒険者達はめちゃくちゃやる気だけど私、女苑、カズマ、紫苑....は食べれるかどうか気にしてるだけね。紫苑以外の私を含めた三人はやる気ゼロに近い。

 

「皆さーん!今年も収穫の時期がやって来ましたよ!今回のキャベツは出来が良く一玉一万エリスですよ!!捕まえたらこちらに納めてくださーい!」

 

へえ..一つ一万エリスねぇ~....ん?一玉一万?ぱっと見ただけで数百、下手すれば千はいるキャベツ。しかも納品、収穫ということは食べれるということ......よし、やるか。

 

「紫苑、女苑今の聞いたわね..」

 

「うん..聞いた、食べれるんだねあのキャベツ」

 

「へえ、一つ一万ねぇ..」

 

扇子構える私に女苑の背後へくっつく紫苑、おもむろに取り出したメリケンサックをはめる女苑。

 

「「「収穫だあああ!!」」」

 

「えええええええッ!?いきなりやる気にッ!?」

 

なに驚いてんのよカズマ。当たり前でしょ一体で一万エリスよ?しかも食べれるとくればやるしかないでしょ。あのねこっちだってね三人分の食材と食費、いくら蓄えがあるからといって貧乏神と疫病神と共に生活している以上最悪の状況に備えなければいけないのよ。

 

なによりここで多く収穫すれば食材の費用を押さえられる!しばらく食卓がキャベツ一色になるかもだけどアレンジもそれなりに効くから問題なし。むしろ紫苑あたりは豪華になって喜ぶはずよ。となれば早速収穫といきましょう。

 

扇子をキャベツの大群に向けて振るう。すると私の左右に二つずつ魔法陣が展開されそこから紫色のレーザーが放たれる。放たれたレーザーはキャベツを貫き切り裂いていく。そしてそのキャベツは地面に落ちるまえにスキマで回収、用意された檻へ直送する。

 

私や紫苑、女苑の三人だけだったら問題なくスキマをフルで使えるんだけど今回は人目が多いからちょっと細工をしないと使えないのがめんどくさいけど仕方がない。こうでもしないと叫ばれかねないのよ。いきなり何もない場所が裂けてそこに目玉が大量にあったら誰でも恐怖でしょうからね。今回は魔法陣に見えるように細工しておいた。

 

「それぇー、女苑頑張れー」

 

「いや!姉さんもやってよ!――オラッ!!」

 

「私も..頑張ってるよぉ....もぐもぐ」

 

紫苑も弾幕を女苑の後ろから撃ってキャベツを捕まえてる....いや食べてるわね..あの子。女苑は相変わらずキャベツを殴って叩き落としてるし..意外と硬いと思うんだけど..キャベツ。逞しいって言うべきなのか、脳筋というべきなのか....。

 

「紫っ!あんたのアレで一気に回収しなさいよ!そっちの方が楽だし早いでしょ!意外とコイツ等硬いのよ!」

 

と、言いつつキャベツを殴りつける女苑に私は少し恐怖を感じる。だってキャベツに女苑の拳の後がくっきり残ってるんだもの..あの子筋力スゴすぎない?それとスキマでごっそり捕獲できなくもないけどそれは最終手段。それをやったら最後、他の冒険者にキャベツがいかないわよ。

 

「なぁ、ユカリ....そのビームってやっぱり俺には覚えらんないのか?ダメもとで今度教えてくれたりとか..」

 

「カズマッ!!これはいい機会だ、クルセイダーとしての私の実力見ていてくれ!!うおおおおおおおっ!」

 

そういって走っていく金髪女騎士。

 

「カズマ、ほら見ていてあげなさいよ。新メンバーでしょ」

 

「いや..まだそういう訳じゃ....というか俺の良くないセンサーがビンビンに反応してるんだよ..アイツはめぐみんやアクアと同じタイプだって」

 

一見普通の騎士に見えるけど....たしかに気になる点はいくつかあったわね。女騎士様はキャベツに向かって両手剣を振るっている。あの大きさの両手剣ならキャベツくらいならやすやすと真っ二つにできるでしょう....当たればね。

 

「ふんっ!!はあ!!」

 

「ねぇカズマ..逆に凄くないあれ....」

 

「い、一発も当たってねぇ..やっぱりなんかあんのかよ..何で俺のパーティーってこんなヤツばっかり」

 

うーん..運が悪かったんじゃない?女神と言い張る変人に、一発限定爆裂紅魔族、攻撃の当たらない騎士..色物パーティー過ぎないかしら。それにしてもあの騎士凄いわね、未だに一発も当たってない。あそこまでいくともう一種の才能じゃないだろうか。

 

「ぐあっ!?」 「ああっ!?」

 

キャベツ襲来から....やっぱりなんか言ってて馬鹿みたい..でもまあいいわ。キャベツ襲来から少し経って大分数も増えてキャベツの本隊が到着して密度と突撃の頻度がかなり増えてきている。こうなってくるといくらキャベツといえど侮ることはできない。

 

あのスピードで体当たりされれば当たり処によっては死まであり得てしまう。現に他の冒険者達は倒れてなんとかキャベツの体当たりを防いでいる者が大半。そして不幸にも身動きがとれなくなっている冒険者に向かってキャベツが体当たりを仕掛ける。だがそれを身を挺して守ったのはあの女騎士。

 

次々とキャベツが体へと当たりその衝撃で鎧が剥がれ服が破れる。

 

「無茶だ!あんただけでも逃げてくれッ!!」

 

「馬鹿を言うな!..んっ..倒れた者をっ..見捨てるなどできるものか!!....んぁ..」

 

「早く逃げてッ!騎士様!」

 

「あんなになってまで....騎士の鏡だ!」

 

....なんだろう、この..なんとも言えぬ違和感。たしかに自らの体を犠牲にして仲間を守る。それは騎士の鏡と言えなくもない..ないのだけどぉ..何故ッ!頬を赤く染めているのッ!?

 

「....くっ..んんっ..は、んぁ...ンンっ!」

 

「ねぇカズマ、あれって....」

 

「言わないでくれっ!..考え..たくっ!ないッ!!」

 

「でもほらあれどう考えても....」

 

「ま、まあ、その....」

 

「んっ..あっ..はぁ..んん!」

 

((やっぱり悦んでるぅー!?))

 

カズマ達の新しいパーティーメンバーのあの騎士、絶対にドMでしょ。キャベツに突っ込まれて喜んでるし。....ちょっと後ろから弾幕撃ってみようかしら、それ。

 

「ああんッ!!くっ..んんっ..」

 

「ごめんなさい。騎士様、誤射よ」

 

「んぅっ..こ、この程度..なんともないッ!前からはキャベツ、後ろからは魔法..しかもなかなかの威力....はぁ、はぁ、な、なんというご褒....んん!そこの魔術師の人私には構うな!どんどん撃ってこいッ!むしろ撃ってくれッ!!さぁ!はやくッ!!」

 

「........」

 

「......カズマ、あなたも苦労してるわね」

 

「おう..わかってくれるか....」

 

今度カズマだけでもなにか奢ってあげましょう。多分この調子じゃ体が..精神の方がもたないかもしれないし。

 

 

 

――光に覆われし漆黒よ、夜を纏いし爆炎よ

 

 

ん?あっ..この厨二な感じの詠唱は....めぐみん。あの子やっぱり頭おかしいんじゃない?こんな状況で爆裂魔法撃とうとしてるんだけど!?まだ向こうにはあの騎士と紫苑と女苑もいるんだけど!?

 

すぐに紫苑、女苑をスキマ(魔法陣細工済み)で引っ張りこっちに連れてくる。

 

「あうっ....」

 

「ちょっ!紫あんた何すんのよ!」

 

そのまま騎士も引っ張ろうとした瞬間に巨大な爆発が騎士とキャベツを飲み込んだ。哀れ女騎士は爆発四散..することはなく「ああああんっ!」というなんとも扇情的な声をあげ恍惚の表情で吹っ飛んでいった。

 

そのあとは何事もなくキャベツを収穫して無事に緊急クエストはクリアとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで!なんで私たちは報酬も貰わずに家に戻ってきてんのよ!!」

 

「女苑、そんなに怒鳴らなくても....」

 

「だからルナも言ってたでしょ..報酬は用意するのに時間が掛かるから明日まで待ってくれって」

 

私たちはカズマや他の冒険者と別れてお屋敷へと戻ってきていた。何よりも大量のキャベツを保管と早速料理して今晩のおかずにしないといけないしね。でも変ね何かを忘れているような気がするのよねぇ....。

 

「まあいいわ。紫苑、女苑、今日はこのキャベツでキャベツパーティーといきましょう。材料費も実質ただだしラッキーね..んん、なんかちょっと寒いわね」

 

二人の前でキャベツを持ち仁王立ちする紫。そのとき少し強めの風が吹き紫のスカートを翻す。

 

「ッ!?」

 

「なっ!?」

 

「へくちっ!うう..ん?どうかしたの二人でそんな驚いたような顔して」

 

私の顔と下の方を交互に見る紫苑と女苑。いったい何してるのよ、そんな頭を振って。

 

「ゆ、紫..あの..その..」

 

「ね、姉さん、いいわよ。私が言うから....えっと紫あんたちょっとどこかに違和感とかない?」

 

違和感?たしかに言われてみればなにかが足りないような気も..。

 

「言われてみればそんな気が..」

 

「紫、気を確かに持ちなさいよ。あんた今....ノーパンよ。多分上も着けてないんじゃない?」

 

..........ッ!!

 

すべて思い出した!そうだった!私は今ッ!この風が吹く度にスースーする感覚、動く度に一部分が直接布に擦れる感じ..私はカズマに下着をまるまる剥がれたままだった!!

 

「あ..あああああああああっ!!私まだ下着返してもらってない!?じゃあ、今まで私はずっと....う、うああああああっ!!」

 

 

顔を真っ赤にして屋敷へ駆け込んでいく紫。

 

「....姉さん、私たちも行こうか」

 

「そうだね..女苑..紫..平気かな..」

 

「はぁ..忘れるもんかしらね..普通気づくでしょ」

 

女苑はやれやれといった感じに頭を振って紫苑と一緒に屋敷へと向かっていった。その日、紫は部屋に籠って出てこなかったとか。

 

 




カズマ、最強のおかず(意味深)をてにいれる



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17話

クリス兼エリス様と紫


緊急クエスト『キャベツ大収穫祭』が行われた翌日。見た目完全に幽霊屋敷、内装は見た目と反比例して綺麗な紫の屋敷に来客がやって来ていた。

 

「すみませーん!」

 

ドンドンと叩かれる扉。扉を叩いているのは頬に小さな傷のある銀髪少女、そしてその少女の胸は平坦だった。

 

「はーい、どちら様....あらエリス様じゃない?じゃあね」

 

「ちょちょちょっと待ってよ!!何で閉めるの!?それにあたしはクリス、そんな女神様じゃないよぉ~。そりゃあ、あたしくらい美人だったら間違えるのも無理ないけどぉ~」

 

「ねぇ、それ言ってて悲しくならない?用がないなら帰ってくださらないかしら、盗賊は何を盗み出すかわかったもんじゃないのだから」

 

「うっ....よ、用はありますよぉ..それに!わたしはそんなに手癖が悪くもありません!今日は紫さんにお話があって来たんです。二人で話せる場所ありますか?」

 

盗賊のクリスから女神エリス様モードに代わってしまった。これは....私何かしてしまったかしら?まあとにかく私の部屋にでもいきましょう。そこなら二人で話せるだろうし。

 

 

 


 

 

というわけで部屋までやって来たんだけどなんで私は正座させられているのだろうか。そして目の前には脚を肩幅に開いて腕を組んでいるクリス改めエリス様が見下ろしていらっしゃる。

 

組んだ腕にその豊満な胸が乗っているけど今日はパッド何枚重ねですか?

 

「ユカリさんいったいどこを見ているんですか。私は少し怒っているんですよ」

 

「そう言われても心当たりがないのよねぇ....エリス様に怒られるような心当たりがね..今日はパッド何枚重ねですか?エリス様」

 

「今日は8枚..何を言わせるんですかっ!!もうっ!」

 

8枚って....だからそんなに重ねていれたら不自然になるって言ってるのに。それに聞いたのは私だけどさらっと答えようとしたのはそっちでしょうに。

 

「いいですかユカリさん!本気で怒りますよ!これ、見覚えありますよね....うぅ..重い」

 

エリス様が取り出したのは冒険者が装備していそうな籠手。ん?確かに見覚えがあるような..無いような....なんだったかしらね?

 

「その顔は覚えてないって顔ですね..これ、ユカリさんが作ってカズマさんにあげたものじゃないですか!」

 

....ああ~、そういえばそんなこともあったわね。私が紫苑のために作ったけど使い物にならなかったからカズマにあげたんだった。でもなんでそれをエリス様が?

 

「そういえばそうね、でもなんでエリス様が持っているにかしら?」

 

「それはこれを私が買ったからですぅ!!」

 

買った、つまりカズマはこれを売ったわけね。別に悲しくもなんともない。むしろ私が売って金にしろといったわけだしね。

 

「ユカリさん、私はこれが武具店に売られているのを見たとき自分の目を疑いましたよ。これは言ってしまえば軽い神器です。なんでそんなものがあるのか独自に調べてみればどこかの誰かが作ったらしいじゃないですか!ユカリさん!!勝手に神器を造り出すのはやめてくださいっ!!」

 

....え?あれって女神視点からだと神器扱いだったの?そんなつもりじゃなかったんだけど..。知らず知らずの間にそんなもの造ってしまっていたのねぇ..。

 

「ちなみにそれ、どんな効果があったの?」

 

「これは装備するだけで軽い攻撃だったら自動で障壁が防いでくれて災いや不幸を払い除けてくれます。それに幸運値も大幅に上昇、罠解除やピッキング等もほぼ一発で成功、欲しいものが絶対とは言いませんが比較的早く良い状態で入手できたりと人によっては喉から手が出るほどの代物ですよ!なんてものを造ってるんですか!」

 

....あー、そんな代物だったの..これ。でもたしか紫苑に装備してもらった時はまったくそんな素振りは見せてなかったけどもしかして素の不運でこの神器(仮)の幸運を相殺していた?あり得そうね紫苑なら....。

 

「あー、勝手に変なもの造ったことは謝るわよ....じゃあはいそれ頂戴」

 

「えっ!?」

 

「いや、だって仮にも神器認定されたのならその辺に置いておくわけにもいかないでしょ?私が造っちゃった訳だし私がどこにも出さないように保管しておくわよ」

 

私が受け取るために手を差し出すがエリス様は何故か籠手を両手で抱え込んであわあわとどこか落ち着かないご様子。

 

「えっ、えっとぉ..その~、私が折角買ったわけですし..そのぉ、値段の分、元が取れるくらいにはつかってみたいなぁ..なんて思っちゃったり....」

 

「......いくらしたの」

 

「さ、三百万エリス..です」

 

....あれが三百万エリスね..私もう冒険者やめて商売始めようかしら?ああ、でも駄目ね。よくよく考えたら三百万はしないけどそこそこ材料費かかったし利益が少し少ない。

 

というかこの女神、私に散々注意しておいて自分はそれを使いたいと申すか。......よし。エリス様が両手で抱えているかなり重いはずの籠手を取り上げる。

 

「ああっ!?ユカリさん!なにするんですか!!とらないでくださいよぉ!!」

 

またもやいつぞやの時のようにぴょんぴょん飛び跳ねているエリス様。さすがは8枚重ね、まあ揺れる揺れる。いくら揺らしてもこの籠手には絶対届かないんだけどね。今は両手で私の頭上に持ち上げているけど....これわりとマジで重い。

 

「うぅぅ....高かったのにぃ..もうお金残ってないのにぃ....」

 

「はぁ..何も奪い取ろうって訳じゃないわよ。いくらエリス様でもこの大きさと重さじゃまったく使い物にならないでしょ?ちょっと調節するから待ってなさい」

 

「えっ..じゃ、じゃあ使わせもらえるんですか!!わかりました!待ってます!」

 

そんなニッコニコの笑顔をこっちに向けないでよ。なんだか本当に女神なのか怪しくなってきたわねエリスの方も。今のところ私の目の前にいるのは新しい装備を試したくて仕方のない、まるで新しいおもちゃを与えられた子供のような少女が一人だけ。女神はいない。

 

重い籠手をスキマに放り込んでエリスを部屋に残して地下へと向かう。......あっ。

 

「エリス!!」

 

「ひゃあっ!?な、なんですかッ!!ユカリさん!さっき出ていったはずじゃ..ひぇッ!?なんで上半身だけ!」

 

今の私はスキマから上半身だけを出してエリスの前にいる。エリスから見たら私は上半身だけが浮かんでいるように見えていることでしょう。

 

「エリス、ちょっとこっち来なさい。怖がらなくても平気よ」

 

怯えながらゆっくりと近づいてくるエリス....ええいっ!!焦れったいわね!ガシッと手首を掴みスキマへと無理やり引きずり込む。

 

「キャアアアアアッ!!いやあああああッ!!たすけてくださあああああい!!ふえええええん!!」

 

いちいち叫ばないでよ。うるさいわね。ちょっと手伝ってほしいだけだから。変なことはしないって....パッドは盗るかもだけど。

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ早速やっていこうか!」

 

「はぁ..本当にやらせる気なのね」

 

現在私はエリス様改めクリスとダンジョンの前までやって来ている。なんでこうなったのかというと地下にエリスを無理矢理連れ込んでサイズを測っていろいろ弄ったりしていたとき....あっ、もちろん弄ったりしてたのは籠手でサイズは手のサイズのこと。

 

私が測るって言った時エリスは胸元を隠してたけど手の事だと分かると顔を真っ赤にしていたわね。いったいなんのサイズだと思ったのか..胸のサイズなんて見たらすぐに分かるってのにね。

 

それはいいとして、サイズ調節と改良をしている間に丁度攻略したいダンジョンがあるという話になってそこで使ってみたいとの事。そしてそのダンジョンに私も同行して欲しいらしい。なんでもそのダンジョンの奥にはかつて転生者が使っていた神器が眠っていてその神器回収をしたいとか。

 

「ユカリ、ダンジョンに入るときは気をつけてよ!危険な罠が沢山あるからね。でも心配このあたしがいるから大船に乗った気でいていいよ!」

 

「....ねぇ、エリス」

 

「クリスッ!!」

 

「はいはい、クリスね。ひとつだけ疑問なんだけどあなたほどの神様ならダンジョンの奥までひとっ飛びして神器回収、神の力とかでパパッと回収できないの?」

 

私は少し前から思っていた。この世界で通貨になるまでの神ならわざわざ変装してダンジョンに一から潜っていく必要なんてないのではないだろうか?と。私が神器を誰かに与えるなら自動で回収されるような機能でもつけておくけどね。

 

「そ..それは....じゃない..か..

 

「え?なんて?ごめんなさい聞こえなかったわ」

 

「そ、それじゃあッ!楽しくないじゃないですかぁッ!!」

 

「....は?」

 

....今この女神、楽しくないって言った?それとも私の聞き間違いだろうか。

 

「私も最初は回収だけ済ませていたんですよ!でも一回だけ冒険者として正攻法でダンジョンに入って神器を回収した時に感じたあの感覚。トラップや謎を解き明かして行くのが楽しくて..それ以来こうしてダンジョンに冒険者として潜ることに決めたんだよ!!」

 

そう言って『ふんっ!』とない胸を張るクリス。

 

「えっと..つまりあなたは回収事態は楽にできるけどあえてダンジョンの正面からいこうって訳ね。しかも理由は楽しいからと....私帰ってもいい?いいえもう帰るわ」

 

「ええっ!?ちょっと待ってよ!ユカリ!折角ここまで来たんだしこのまえ約束もしたじゃん!一緒に神器回収してくれるって!嘘は良くないよっ!!」

 

....はぁ、もうクリスなんだかエリスなんだかわからないわね。クリスとエリスを行ったり来たりしすぎてるわよ神様?たしかに約束じみたことはしたけど特に報酬もないのにダンジョン攻略してまで神器を回収したくもない。別にその神器がもらえるわけでもないしね。

 

しかも理由は結局変わらず楽しいから....要するに一回だけやってみたら案外良くて癖になったんでしょ。この感じじゃ盗賊も興味本意でやったら楽しかったからとかでしょ。この神様意外とはっちゃけてるわね。まあいくら頼まれても無報酬じゃ――

 

「あっ!ユカリもしかして....怖いんじゃない?へへへ、そっかぁ~。ユカリには無理かぁ~」

 

....フフフ、みえすぎた挑発ね。そんなものに引っ掛かるような私ではないわ。残念でしたわね、エリス様。

 

「むっ..まあ、いいよ。あたし一人でも楽勝だしねぇ。ユカリはダンジョンが怖くて逃げちゃったってことにしておくからさ。それとも洞窟だから怖いの?暗いの駄目?なんだ意外と可愛いところもあるんだねぇ~」

 

 

....................フフ、だからそんな挑発には――

 

 

 

 


 

 

 

 

「ありがとう!ユカリ!じゃあ早速ダンジョン攻略いってみよぉー!!」

 

「その前にクリスちょっとこっちに」

 

「ん?」

 

クリスが私の目の前にやってくると同時に扇子を振り上げ脳天へと振り下ろす。

 

「いて..な、なにしてんのユカリ?」

 

クリスの脳天にポンという音でも鳴りそうなくらい軽く叩く。そのまま無言でぺちぺちと叩いていく。クリスは不思議そうにして頬を掻いている。

 

「さてそれじゃあ行きましょうかクリス。今ので1センチ身長が縮んだけど平気よね」

 

「ふえっ!?う、嘘でしょ!?ほ、本当に縮んだのッ!?....ねぇユカリ!ユカリさん?さっきの怒ってるの?それなら謝るから身長戻してぇえええ!!むしろ伸ばしてよぉおおおおお!!」

 

クリスの叫びを背後に聞きながらさっさとダンジョンの中へと入っていく。クリスも涙目で追ってくるけどあんなことで身長が縮むわけないじゃない。というか最後願望だし。まったくあなたが誘ってきたんだからさっさと来なさいよ。

 

 

 

ダンジョン攻略を始めてから少し、まだ序盤であるもののトラップが多くなってきた。序盤ということもあってか軽い魔法が主だけどこれならなんら問題ではない。なぜなら――

 

「むぅー..ユカリ、たしかにこれを試したいとはいったけどこれは無いんじゃない?」

 

「そう?でもしっかり機能してるじゃない。不便でもないでしょ?ほら、また打ち消した」

 

「うんまあそうだけどぉ....なんか想像してたのと違うんだよねぇ..」

 

私の前を歩くクリスは私特性の『神器(仮)【改良済】』を着けている。この籠手は軽い攻撃なら自動で弾いたり打ち消したりしてくれる。駆け出しの低レベル冒険者や低レベルモンスターからしたらチートだチートと言われること間違いない。

 

そしてこのダンジョンのトラップもそれに含まれている。だからクリスには文字通り肉盾として先に行ってもらっている。

 

「うーん..まあいいか。ユカリよく聞いてよ、今はこれのおかげでスムーズに進んで行けるけど本来ダンジョンていうのはとっても危険な場所でぇぇ!?」

 

私にダンジョンについて説いているクリスの姿がパッと消えてしまった。どうやら落とし穴のトラップがあったらしい。落とし穴のふちにしがみついて踏ん張っていた。

 

「聞いてるわよ続けて」

 

「そ、それどころじゃないんだけど!?助けてよぉッ!!」

 

まったく、仕方のない神様ですこと。腕を掴んで引っ張りあげる。

 

「あ、ありがとぉ....ん?なにこのヴーヴーって変な音」

 

「ん?ああちょっと失礼するわね」

 

私はクリスの手を離してZUN帽の中に手を突っ込みあるものを取り出す。

 

「うぇ!?ちょっ!なんで離すッ!?うわあああ!!....あれ?」

 

クリスは落とし穴の下の方にスキマを開いて片手間で回収。そして私がZUN帽から取り出したものは振動している白と黒の球体、俗に『陰陽玉』などと呼ばれるもの。振動している陰陽玉をぽいっと空中へ投げると丁度顔ほどの高さでホバリングを始めた。

 

『あー、えっと紫?これ本当に聞こえてんの?』

 

「ええ女苑聞こえてるわよ。どうかしたの?」

 

クリスは変な球体と私が会話している光景をぽかーんとしながら見ている。この陰陽玉は『通信用陰陽玉』、スキマに転がっているのをいくつか見つけて使えるか試して問題なく使えたから紫苑と女苑に何かあったときのために渡しておいたもの。

 

『それなんだけどあんたのこの屋敷に地下あるじゃない。今そこにいるんだけどこの..なんかデカイタンクみたいなのがガガガガッてうるさいのよ。なんとかできないの?』

 

地下のタンク?たしかに地下には『不運貯蓄器』があるんだけど....それが騒音を響かせていると?....それ、不味いわね。

 

「女苑、そのタンクの下のあたりにメーターみたいなものない?」

 

『メーター?あー、この赤い方に振りきってるやつのこ――』

 

「すぐに隣のレバーをひねって止めなさいッ!!はやく!」

 

『えっ!?わ、わかったわよ....あっ、止まった。これでようやくあの騒音から解放されるわ。それじゃまた』

 

「あっ!ちょっと待って....てホントにきったわよあの子..」

 

でもまあこれでタンクが許容量オーバーして吹っ飛んで街に負のオーラ的なものを撒き散らさずに済んだわけだし一件落着....とはいかないのよねぇ....。

 

「ねぇユカリそれなに?....また何か造ってたの?」

 

腰に手を当て頬を膨らませたクリスが陰陽玉のことを訪ねてきた。どうやらまた私がよからぬ物を造っていたとちょいとお怒り気味。でもこれは私は造ってない。スキマの中にあっただけ。

 

「クリス、あのね。私が何でもかんでも造ってると思わないでくれる?これは最初からあったもので離れてても連絡がとれる結構便利な物なのよ。折角一個余ってるからあげようと思ったのに....」

 

「え..えっと..その、も、もらってあげてもいいかなぁ~..なんて」

 

こちらの様子を伺うようにちらちらと見てくるクリス。欲しいなら言ってくれればいいのに。

 

「え?でもぉたしか勝手に神器とかを造るなって言ってなかったかしら?これも言ってしまえば神器とまではいかないけどかなりの便利アイテムなんだけどいいの?仮にも神様でしょ?」

 

「うっ....それはぁ..いいんだよ!それはあくまで便利アイテム、そう!便利アイテムだから!!」

 

この女神、意外と欲しがり屋さんなようね。まあ別に最初から渡すつもりだった訳だしちょっとからかっただけ。クリスをからかうのはもはや私の趣味と言ってもいい。反応がいいからね、仕方ないのよ。

 

欲しがり女神様に陰陽玉をぽいっと投げ渡すとクリスは軽く見てから懐にしまった。

 

「ありがとうユカリ。それじゃあガンガン進んでいこう!と言いたいところなんだけど....ユカリなんかあった?あたしだから分かるんだけどさっきまではなにもなかったのにいきなり負のオーラというかなんかこう..黒い感じのオーラが出てるんだけど....」

 

「....えぇ、まあちょっとね..ところでクリスなんかさっきから地鳴りみたいなもの聞こえない?」

 

「え?....あー、たしかになんか洞窟の奥の方から何か..」

 

二人揃って奥の方へ目を向けるとうっすらと何かが見えてきた。ドドドドっという音が大きくなりうっすらと見えていたシルエットがはっきりと見えてくる。その正体はコボルトと呼ばれるモンスター。それが大量の群れでこちらに迫ってきていた。それ見た二人は....

 

「いやあああああ!?ユ、ユカリはやく逃げよう!」

 

「....ああ、なんとなくこうなると思ってたわ....」

 

焦るクリスにどこか悟った表情の紫。

 

「はぁ、まあたしかにここは一度体勢を立て直すために撤退..ん?......あっ」

 

「ユカリ!!なにのんびりしてるのっ!?はやく!!」

 

「....あの~、クリスさん誠に申し訳ないのですが..引っ張ってくださいませんか?ちょっと脚が挟まっちゃって動けなくなっちゃって....」

 

「ええっ!?なんでそんなッ!というかなんでそんなに落ち着いてるの!?」

 

え?そりゃまあいつものことだしね。もう慣れてますから。

 

「ちょっと思い当たる節があってね、あはは........いやあああ助けてぇ!?さすがにあの大群にもみくちゃにされたら死ぬわよ!!は、はやく引っ張ってッ!!死ぬ!死んじゃうから!!」

 

必死に挟まった脚を抜こうとしている紫、その紫の体を引っ張るクリス。だが挟まった脚はまだ抜けない。迫り来るコボルトの波。スキマを使えばいいじゃないかと思うだろうがそれは本人が一番最初に試していた。結果は....まあお察しである。

 

「んんんッ!!おかしいでしょ!?なんでこんなにがっちり嵌まってるのよ!!これも運が悪いせいなの!?はっ!クリスッ!いやエリス様!!私に全力で幸運の上がる魔法かなんかかけなさい!幸運の女神なんだからそれくらいできるでしょ!早くッ!!」

 

「ええっ!?そんないきなり!でもわかりました。どうなるかは知らないですけど『ブレッシング』!!」

 

「もっと!一回じゃ足りない!!」

 

「も、もっとですかぁ!?『ブレッシング』!『ブレッシング』『ブレッシング』『ブレッシング』『ブレッシング』!!!」

 

幸運の上がる魔法を幸運の女神であるエリスが何重にもかけたせいか紫の周りは不思議とピカピカと輝いている。

 

「ふんっ!....あっ、抜けた....ん?あっ..」

 

「なら早く逃げ..よう..あっ」

 

ようやく挟まった脚が抜けたのはよかったが既にコボルト波が文字通り目の前まで迫っていた。クリスと紫はぐっと衝撃に備えたが待てど暮らせど衝撃はこない。いや別に来て欲しい訳ではないのだが。

 

恐る恐る目を開けてみるとそこには突如出現した落とし穴へと流れこんで落下していくコボルト達が。先頭のコボルトはなんとか落ちまいと踏ん張ってはいるが次々押し寄せてくる後続に押されて落下していってしまっている。

 

「「............」」

 

紫とクリスはまさかの光景に言葉を失っている。

 

「えっと..と、とりあえずなんとかなったわね..」

 

「う、うん..な、なんかすごいことになってるけどね....」

 

まさかこんな都合のいいことが起こるなんてねぇ....これも幸運の力ってやつなのかしらね?幸運の女神様々ね。でももし私が一人でこうなってしまっていたら確実に死んでいたと思う。....これはもうやるしかないようね。

 

クリスの前に片膝を地面につけて跪く。

 

「え?ユ、ユカリ?何してるの?」

 

「私一人ではあの場で死んでいたことでしょう。それを救ってくださったのは紛れもなく幸運女神エリス様です。私はこれからはエリス様を信仰するエリス教徒として生きていくことに決めました。どうかこの哀れな私に御加護をくださいませんでしょうか」

 

胸の前で手を組み目を閉じて祈る紫。その姿はまさしく女神へと祈りを捧げ啓示を受けるに値するほど美しく洗練されていた。それを見たクリス兼エリスは。

 

「え、えへへ。そ、そこまで言われるとなんか照れちゃうなぁ、えへへ....はい紫さん女神エリスとして貴方に祝福があらんことを」

 

「ありがとうございますエリス様......それとなんですがこの哀れな私に定期的に祝福してください。紫苑と女苑にもお願いします。それから定期的に私の屋敷に来なさい。そして屋敷に幸運上昇と祝福を掛けていきなさい」

 

「ん?..んん?あの..ユ、ユカリさん?」

 

「それからそれから最近何故かまたやって来るようになった借金取りに天罰を与えて二度と来ないようにして、あと最近下着が一組消えました。早く見つかるようにしてよ。あと幸運の女神なんだから一攫千金、見つけたらこの先遊んで暮らせるくらいの宝を見つけられるようにしてあと――」

 

「ちょちょちょッ!?ちょっと待ってください!?ユカリさん!!な、な、なんですかその無茶苦茶な願望は!!あと瞳からだんだん光が消えていってるんですけど!?さすがに駄目ですからねそんなこと!!」

 

紫の信仰というより願望を押し付ける願いに思わず突っ込むエリス。だが紫の一言でピキッと氷ついたかのように固まる。

 

「....いいんですか?女神エリスはパッド8枚重ねの偽乳女神だと、上げ底を履いた偽身長女神だと言いふらしますが....いいんですね?」

 

「なっ!?ひ、酷いですよ!か、神をお、脅すなんてしちゃ駄目なんですよッ!..うぅ..そんなことしないですよね?ユカリさんはそんな人じゃないですよね?ね?」

 

「............はい」

 

「なんですかッ!?今の間は!?」

 

どこか懇願するように紫へと詰め寄り若干涙目になっているエリス。それを見て紫はおもむろに立ち上がりエリスを見下ろして頭へ手を置くとそのまま撫で始めた。紫の突然の行動に「へ?ん?」と困惑するエリス。

 

「ふふ、冗談よ冗談。そんなことしないわよ。あっ、でもエリス教徒になるってのは本当よ?あとたまにでいいから屋敷にも『ブレッシング』とかそういうのを使ってくれない?その時はしっかりおもてなししますから。もちろん普通に遊びに来てもおもてなしするわよ。改めてよろしくね」

 

「ユ、ユカリさんっ!こちらこそよろしくお願いします!」

 

さて、これではれてエリス教徒となったわけだけど早速信仰する女神様にやってもらわなければならないことが。

 

「それでなんだけどエリス様、そろそろ追いブレッシングお願いしてもいいかしら..ブレッシングがきれかかってるのが分かるわ..はぁ..はぁ..こ、これがきれたらマズいわ..動悸が激しくなってきて..胸が苦しくッ..ブ、『ブレッシング』を!早く!」

 

「えっ!?えっと、『ブレッシング』!」

 

「よし、じゃあ進みましょうか。目指せ神器回収!」

 

そう言って落とし穴を軽く飛び越え先に進んでいく紫。エリスも苦笑いであとをついていく。ちなみに押し寄せていたコボルトの波は完全に落とし穴の奥底へと消えて一匹もいなくなっていた。

 

 

 

 

 

そしていろいろあったけどようやく最奥までやって来た。ここに来るまでも本当にいろいろあったわ。例えば――

 

 

「ユカリ!宝箱見つけたから周り警戒よろしく!」

 

「はいはい、わかったわよ」

 

「ユカリ....なんか鍵難しいタイプだったのに一瞬で空いたんだけど..」

 

「そう、運が良かったのね」

 

「そ、そうなのかなぁ....」

 

また少し進むと..

 

「ユカリ!?やっぱりおかしいって!このロックピックは基本一回使ったら終わりの消耗品なのになんでこんなに繰り返し使えるのぉ!?」

 

「....う、運が良かったのよ。あとそんなに大声出さないでよ..ここ洞窟だから反響してうるさいの――がぁっ!?あ、頭がッ!?」

 

「ユカリッ!?」

 

洞窟の天井の岩が紫の頭に落下、運が悪かった。

 

「ぶ、ブレッシング..お願い....」

 

「う、うん..わかった」

 

 

そして最奥のいかにもボス部屋という感じの岩の扉の前。

 

「途中から突っ込まなくなったけどこのダンジョン鍵の難易度の割に報酬が良すぎるよ..で、でも見た感じここはボス部屋!この扉を開くにはちょっとした工夫が――」

 

そう言ってクリスがポンと扉を叩くと簡単に開いた。

 

「....流石はクリス、随分と簡単に見えたけどきっと何か特殊なことをしたんでしょうねぇ」

 

「....もうっ!!なんなのっ!なんでこんなに簡単なんですかッ!」

 

 

 

 

ということもありクリスはちょっと理不尽にお怒り状態。

 

「まあまあクリス、落ち着きなさいって。難しすぎるよりはいいんだから。それに神器までもうすぐのところまで来てるんだから終わり良ければなんとやらとも言うじゃない?」

 

「でも..まあいいかな。たしかに目的は達成できそうだし――!」

 

クリス、紫が少し歩みを進めると突然地面が盛り上がり始める。それは次第に巨大な人間のような姿を形作り二人の行く手を遮るように立ちはだかった。

 

「どうやらここのダンジョンのボスは『ゴーレム』みたいだね。気をつけてね、ユカリ。ゴーレムは皮膚が岩で覆われて固いから生半可な攻撃じゃ――」

 

 

【『廃線「ぶらり廃駅下車の旅」』】

 

 

紫がそう言うと同時にこの世界には存在しないはずの電車が現れゴーレムに突っ込みそのまま壁に激突し大爆発を起こした。ゴーレムは何が起こったのか理解する間もなく消え去ってしまった。

 

「..........」

 

「よし、討伐完了」

 

普通だったらスペルなんて使わないんだけどクリスはエリスだし私が人間じゃないことも知ってるし加減は必要ない。というより現状手加減しての戦闘はしたくないのよね。なんと言っても運、悪いしね。ささ、クリスさん神器回収しちゃってださい。

 

ボスも倒して丁度中央にいかにもな台座が出てきた。クリスはむくれ顔をこちらに向けながらも神器を手に取る。すると乗っていたものが失くなった台座はゆっくりと沈んでいき完全に沈むと同時に何かカチリッという大変よろしくない音がなっていた。

 

「ふんっ」

 

「あー、クリス?悪かったわよ。次は真面目に攻略するから、ね?」

 

「....次は!しっかりと!わかった?..ユカリの場合は侵入とかの方がいいのかも....ん?なんか揺れてないですか?」

 

「そ、そうね..揺れてるわね..そういえばさっきなんかカチリって音が聞こえたような..」

 

お互いに冷や汗をかき向かい合う紫とクリス。

 

「クリス..」

 

「ユカリ..」

 

「「逃げろぉぉぉっ!!!」」

 

全力ダッシュで出口へと急ぐ。次々と洞窟が崩れだし始めるなか変わらず走り続けている二人。それからすぐに完全に崩れ落ち入り口からは土埃が大量に舞い上がる。中にいた二人はというと。

 

 

「なんとかなったわね」

 

「うん、でもこういうトラップがあるの..忘れてたよ」

 

土埃をもろに被ってはいるがなんとか無事ではあった。

 

その後クリスと一緒に屋敷に戻るまでにもブレッシングがきれて少しトラブルはあったものの比較的平和だった、らしい。

 

 

 




次はゾンビメーカー(仮)さん


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18話

ゾンビメーカー討伐........の前、次でゾンビメーカーさん(仮)出します


「ゾンビメーカー討伐?」

 

「ああ、そうなんだよ。俺たちのパーティーで一応重要なアクアのレベルをあげるためにアンデッド系のモンスター討伐をしようってことになって」

 

なるほどねぇ。たしかにアクアのアークプリーストという役職は回復も補助もできる重要な役職。レベルをあげたくなるのはあたりまえ。でも一番苦労するのもアークプリースト、アークプリーストはレベルが上がりにくいらしい。

 

実はそれよりは上がりにくいものもあるんだけどね。私のとか。

 

「それで出来れば付き添いみたいな感じに一緒に来てくれると有難いんだけど」

 

「うーん、まあいいわよ」

 

「よっしゃ!あざっす!ユカリさん!」

 

私もゾンビメーカーってのがどんな奴なのかちょっと気になるしね。見た目は某ドラゴンな感じのクエストみたいなやつの嘆きの亡霊的なやつかしら?

 

紫苑と女苑にも来るかどうか聞いておくとしましょう。

 

 

 

◆◆

 

 

という訳でやって来た共同墓地。場所は街から外れた丘の上、この共同墓地はお金のない人や身寄りのない人がまとめて埋葬されているらしい。

 

カズマたちは既に到着していたらしく墓地から少し離れた場所にいる。私も一人カズマ達の方へと歩みを進める。そう、一人でね。

紫苑と女苑も誘ったんだけど女苑はキッパリ「行かない」と紫苑は「今日はお休みの日~」と言ってベッドに横になっていた。

 

という訳で私一人である。

 

カズマに「いいわよ」と言ってしまった手前、やっぱりやめたとも言うわけにもいかないしぶっちゃけ暇だからいいんだけどね。

カズマ達の方へ向かっている私だけど今とても気になっていることがある。

 

ここは共同墓地、つまるところお墓。そしてカズマ達は離れているもののこのお墓の近くにいる。なのに......私の目には彼らがバーベキューしてるように見えるんだけど。なんというか肝が据わっているというべきなのか、なにも考えていないのか、罰当たりな気はするのだけど....。

 

ちなみに目的のモンスターのゾンビメーカーは夜に出てくるらしい。だからって墓でバーベキューは罰当たり過ぎない?

 

「あっ、ユカリも呼んだんですか?カズマ」

 

「ああ、一応な。もしものことがあったら対応してもらうためにな」

 

「大丈夫!平気よ平気!この女神アクア様がいるんだからもしものことなんて起きないし起きたって楽勝なんだから!!もぐもご」

 

「そうですよカズマ!なにが出てこようとこの最強の爆裂魔法の使い手の私がすべて灰塵にしてやります!」

 

「わ、わたしだってっ....!,,えっと」

 

と、言っている自称女神様。肉を口一杯に頬張っている、既に心配なんだけど。

 

「ほぉー、この駄女神が平気ねぇ。そういうときが一番信用ならないんだ。それにめぐみん、こんな場所で爆裂魔法は絶対に撃つんじゃないぞ。どう考えても墓地が壊れる未来しか見えない。ダクネスは....まあいいか」

 

「んんッ!..私だけ....なにも言われないなんて..やはりカズマは私の扱い方をわかっているな!!」

 

「なぁッ!?駄女神っていったわね!駄女神ってぇ!!」

 

「何でですか!カズマ!私ほどのアークウィザードになれば墓地を破壊せずに爆裂魔法を放つことくらい楽勝ですよ!」

 

わーわー、ぎゃーぎゃーと騒ぎだす問題児達。ここ墓地の近くってこと忘れてない?一応亡き者達の安らぎの場だけどこれ祟られても何も言えないわよ。

 

騒がしい問題児を無視して空いている席に腰かけぱぱぱっと肉と野菜を取り分ける。

 

「ああー!!ちょっとユカリ!それ私が育ててた肉なんだけどぉー!」

 

喧しい水色がなにか言っているけど無視しましょ。そんなに大切だったら名前でも書いておきなさいよ。

ささっと二人分を用意、勿論肉と野菜のバランスを考えて均等に。そうしたらスキマ(魔方陣偽装)を開いて上半身を突っ込む。繋がっている場所は私たちの屋敷。

 

という訳で....

 

 

 


 

 

八雲紫があのカズマっていうやつの付き添いで出ていったから今日はゆっくりとしていられる。なんか私も一緒に来るかどうか聞かれたけどわざわざそんなめんどくさいことしてられないっての。それに姉さんも行かないらしいし行く必要ないわよ。

 

それに紫のやつも大袈裟なのよ。私と姉さんが疫病神と貧乏神だからって現状余るほどお金もあるんだから。前にそう言ったら「もしもの時のため」って言ってたけどそのもしもは嫌気がさして私たちを捨てた後のためって最初は思ってたけど100%善意ってのが、私たちのためってのがなんか知らないけど無性に腹がたつのよね。

 

あいつ本当に八雲紫なの?八雲紫っていったら胡散臭くてあのスキマってやつの中から一方的にこっちを覗いて突然ぽっと出て湧いたみたく出てくるそんなやつだったと思うんだけど。

 

「女苑ッ!!」

 

「ひゃうっ!?いきなりなによッ!!」

 

くっ....コイツ!やっぱりどこかで見てたの?見計らったかのように背後からいきなり出て来て!変な声出ちゃったじゃんか!一発殴ってやんなきゃ気がすまないっての。スッと拳を構える。

 

「....女苑?なんで拳なんて構えてるのかしら?」

 

「あんたがいきなり出てくるからでしょ!わざとやったんじゃないわよね」

 

「そんな..私が女苑を意図的に脅かすようなことすると思ってるの?....でも結構可愛い悲鳴だったわねぇ」

 

反射的に紫の顔面目掛けて拳を振るう。

 

「おっと、危ない」

 

「ッチ」

 

紫は器用に上半身をくねらせ回避。

 

「はぁ、それでなんのようなのよ..まさか用もないのに出てきたんじゃないでしょうね?」

 

それだったら意地でも一発、いや二、三発殴ってやらないと気がすまない。

 

「そんな訳ないじゃない。はいこれ」

 

そう言って紫が渡してきたのは肉と野菜が乗った皿二枚。

 

「なにこれ」

 

「何って、差し入れ?」

 

「....差し入れ?」

 

こいつ何しに行ってんの?たしかモンスター討伐って言ってなかった?目でどういうことか説明しろと訴える。

 

「えっと、カズマ達のモンスター討伐を手伝ってくれってので行ったのはいいんだけどそのモンスター夜に現れるらしくてそれまで時間潰しでバーベキューしてるんですって」

 

....バーベキュー。

 

「場所は墓地のすぐそばね」

 

....墓地で..バーベキュー..すごいとこでやってんのね。

 

「それで差し入れってわけ。二人で食べて私はこっちにいるから」

 

「え、ええ..わかったわよ。姉さんと――」

 

「もぐもぐもぐもぐ、紫ありがとうもぐもぐ」

 

姉さんッ!?いつの間に!?既に口一杯に頬張って幸せそうにしている姉さん。流石は姉さんこういうときは行動が一番早い。

 

「んきゃ!?誰がッ!」

 

「ん?なにいきなり変な声あげてんのよ」

 

「い、いえ別になんでもないのよ。それじゃあ私戻るけど何かあったら陰陽玉使って連絡して。それじゃ」

 

そう言ってスキマに戻っていく紫。....せっかくだし食べよう。

あっ、結構美味しい....これならついていけばよかったかもしれない。まあいいわ、食べたらまたゆっくりしていよう。

 

そう思い食べ進める女苑だった。

 

 

 

 


 

 

紫苑と女苑に皿を渡して戻ってきた紫。だが今は少し怒っていた。目の前にはカズマが正座している。

 

「さて、カズマ。覚悟は出来ているんでしょうね」

 

「いやちょっと待ってくれ。何故、俺はユカリさんの前で正座させられているのでしょうか?」

 

ほぉ、この少年。この期に及んでなにも知らぬととぼけるつもりのご様子。いいでしょう、そっちがその気ならこちらは現実を突きつけるまで。

 

「私が魔法陣に上半身突っ込んでるとき..その、私のお尻鷲掴みにしたでしょ!気づかないとでも思ったのかしら?」

 

「お、おい!ちょっと待ってくれ!それは俺じゃない。たしかにこの中で男は俺だけだけどさすがにそんなことはしない!!」

 

「でも本当は?」

 

「出来ればやってみたいです」

 

「有罪」

 

「だぁぁぁッ!待ってくれ!犯人はわかってるんだ!」

 

....この必死さは本当にカズマじゃないのかもしれない。でもかなりの演技派という線も捨てきれない。ひとまずカズマの意見を聞いてみましょう。それが信用できなければ刑を執行します。それでは被告人、証言を。

 

「えっと、ユカリがあの魔法陣に頭を突っ込んでるときアクアがこっそり近づいておもいっきり鷲掴みにしてました。私の肉の敵!っていいながら」

 

「ちょっとッ!?カズマあんたなにいってるのよ!」

 

ほぉ、アクアがね。

 

「どうなの、やったのかしら?アクア」

 

「そ、そんなこと..す、する訳ないじゃない。ふ~、ふひゅ~、ひゅ~...チラ」

 

目をそらし明後日の方向へと顔を向け吹けもしない口笛を吹いてこちらの様子を伺っているアクア。ダクネスとめぐみんに視線を向けるとなんとも言えぬ表情で顔をそらされた。これは....犯人が決まったわね。

 

「ねえ、アクア?本当にやってないのよね?」

 

「あ、あたりまえじゃない!そんなことするわけないじゃないの~!」

 

「....そうね、アクアはそんなことしないわよね。あっ!そうそうあなたの肉を盗ったりして悪かったわね。お詫びとしてはなんだけど秘蔵の高級品を焼いてあげるわ」

 

「そ、そう!ほらみなさいよカズマ!ユカリは誰を敬うべきかちゃーんと理解してるみたいよ。カズマも見習いなさいよね!それから――」

 

アクアは上機嫌になってペラペラと自分が如何に敬われる存在かを話し始める。ゆえに気づかない、紫の目が完全に獲物を見据える獣のように鋭かったことに。カズマは気づいていたがここはあえて黙っておくべきだと判断した。何よりも駄女神にイラッとした、黙っておくには十分すぎる理由だ。

 

紫は魔法陣に手を突っ込み骨のついた肉を取り出す。アクアはそれを嬉しそうに見ている。

 

「アクアなんだか嬉しそうな顔ね」

 

「えへへぇ~あたりまえじゃない。ところでそのお肉はおいくら万円位するのかしら~?」

 

「そうねぇ....最初の数字の後にゼロが5つくらいかしらねぇ」

 

それを聞いたアクアの表情は顔の筋力が失くなったように緩みきったようになっている。もちろんカズマやめぐみん、ダクネスもその言葉を聞いて目が点になっている。

 

「さて、それじゃあ焼いてあげるわねアクア」

 

「お願いねー!ユカリ!あっ、勿論焦がしたりしちゃダメよ!」

 

ええ、わかっていますとも。この超高級肉(ただのカエル肉)をいまからアクアのためにしっかりじっくり一瞬で焼いてあげるわ。

 

片手にカエル肉を持ち空いたもう片方の指先から魔力を使って炎を出す紫。ただその炎は明らかにおかしかった。普通ならば赤く揺らめいているであろう炎は紫色、さらにおかしい部分は火力。

 

紫の指先から現れた、というよりも吹き出した紫色の炎は天高くまで上りごうごうと音をたて燃え盛りカエル肉を一瞬で真っ黒に焼き尽くしてしまった。真っ黒になったもはや肉とは呼べない物体はプスプスと音をたて異常な熱気を放っている。

 

「ユ、ユカリさん..?えっと、その..それどうするの?」

 

一歩一歩アクアへと近づいていく紫。表情はとても晴れやかないい笑顔。だが今はその笑顔が一番不気味に見える。

 

「ね、ねぇ..ちょ、ちょっと!待って待ってよ!ユカリさんそんなの持って近づいて来ないでよ!なになになにッ!?怒ったの?嘘ついたこと?それともお尻鷲掴みにしたこと?謝る、謝るから!だから無言で近づいてこないでぇぇぇッ!!イ゛ヤ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!?」

 

なんだろう..さっきまでおもいっきりこの超高温の物体X押し付けてやろうと思ってたのにこの情けない自称女神を見ててやる気が完全に失せたわ....なんか復讐はなにも生まないっていうのは本当にその通りな気がする。ただただ虚しい....なにやってんだろ私。

 

「ユカリさん?ゆ、許してくれるの?も、もうしないから――あう!?」

 

でも一応嘘ついた罰としてデコピンだけはしておいた。これくらいは問題ないでしょう。

 

「へっ!いい気味だなアクア。俺に罪を被せようとするからそうなるんだぞ」

 

「しょうがないでしょ!せっかく育ててた肉取られちゃったんだし、それにカズマさんだってユカリのお尻ガン見してたじゃない!!」

 

「なっ!?おま、おま、お前!?何言ってんだ!そ、そんなこと..するわけないじゃないか..」

 

............やっぱりアクアとカズマ両方に一度この物体X押し付けておこうかしら。

 

「「すみませんでした。それは勘弁してください」」

 

おっとどうやら思っていたことが口から出てしまっていたらしい。アクアとカズマにすごい綺麗な土下座をされてしまった。ただダクネスだけは「はぁ..はぁ、なんて羨ましい..私もユカリに地獄のような責苦を..ンンッ!」と一人で頬を染めていた。ここまでぶれないって一種の才能だと思うの。

 

といっても私にも今回は非がある。アクアの肉を取ってしまったわけだし追加の肉はきっちり用意してあげましょう。

 

 

◆◆

 

肉を補充してカズマとアクアにデコピンをして少し。

 

「なあ、ユカリ。さっきの魔法陣みたいなのってなんなんだ?レベルが上がれば俺にも使えるようになるものなのか?」

 

「それは私も気になっていました。私は爆裂魔法を極めていますがそれ以外の魔法を知らないというわけではありません。ですがユカリの魔法は見たことも聞いたこともありません」

 

「ああ、それは私も気になっていたんだ。それなりにパーティーを転々とした私も見たことがない」

 

うーん、たしかに他で見ることはないでしょうね。これはあくまでスキマを魔法陣に見せてるだけだし。とりあえずはウィズの時と同じように固有スキル、固有魔法とでも言っておきましょうか。

 

......そういえばあれ以来ウィズとあってないわ。死んでないかしら?いやもうウィズって死んではいるのよね。リッチーてだけで。

今度会いに行こう菓子折りでも持って。

 

「私のこれは何て言うか、固有スキルというか固有魔法みたいなものよ。私だけしか使えない」

 

「固有魔法!?マジかよ..そんなもんまであるのか」

 

「ユカリだけにしか使えない魔法ってなんだかカッコいいです!!あとずるいです」

 

「というと職業専用スキルというよりはユカリ専用ということになるのか?」

 

「ダクネスの言うとおり。そうなるわね」

 

カズマ達は私の謎の一つが解けたというように話し合っている。ただアクアは今だに一心不乱に肉を貪っているけど。あれで女神っていってるらしいですわよ。

 

「そうかぁ..固有スキルなんてものまで..いいよなぁ、俺も欲しい。さっきの炎も上級魔法だろ、レベル上げればおれでも出来るようにならないもんだろうか。俺なんて初級魔法をやっと覚えたってのに....道が険しすぎる」

 

そういいながらマグカップに茶色っぽい粉を入れて魔法で水を注ぎ底を炙り始めた。ん?この漂ってくる芳ばしい香りは....コーヒー?紅茶があるのは知ってた、それに最高の紅茶を出す喫茶店も知ってる。でもコーヒーは見つけてなかったわねぇ..今度買っときましょう。でも....

 

「カズマも私と同じ魔法使えてるじゃない」

 

「....え....えっ!?」

 

カズマは目を見開きこちらを見てくる。他の3人はというと。

 

 

「何いってるんですかユカリ?カズマにあんな魔法使える訳ないじゃないですか」

 

「ああ、めぐみんの言うとおりこの男にはそんな魔力はないと思うのだが」

 

「カズマが?無理に決まってるじゃない!何言っちゃってんのユカリさん」

 

いつの間にかこっちに来ているアクアも含めあたりまえ、周知の事実というように無理だと口々に言ってる。

 

「おい、お前ら黙ってれば好き勝手言いやがって..でもユカリ、不本意ではあるがこいつらの言ってるとおりあんな凄い魔法は使えないし習得してもいないんだが..」

 

と、カズマは言っているけど実際に自分で使っているんだから習得していないと言われても説得力がない。

 

「でも実際に『ティンダー』使ってるじゃない?さっきのはそれと同じ魔法よ」

 

「は?....『ティンダー』?」

 

周りの4人の顔が何言ってんだコイツ?みたいな表情をしている。実際に目の前でティンダーと言って魔法を使う。今回はさっきと違って魔力を少なめにして発動。紫の炎が指先からボウボウと燃え盛っている。

 

「こ、これが..『ティンダー』だってのか?」

 

カズマは驚いたように指先と私の顔を交互に見ている。むしろ何故そんなに驚いているのかその方が私にとっては謎だけど。

 

「ユカリ、ユカリ。カズマは魔法職の私よりもやたら初級魔法を上手く使っていますがユカリの使ったそれはティンダーの粋を越えていますよ。あっ、カズマ私にもお水下さい」

 

カズマに渡された水を飲み説明を始めるめぐみん。

 

「『ティンダー』というのは基本ちょっとした火を出すだけの魔法なんです。たき火に着火したりとかカズマがさっきやっていたように水を温めたりができる程度なんですよ。なので殺傷能力なんかは皆無なんです」

 

「つ、つまり..私のは....」

 

めぐみんは一拍置いてからこちらに視線をあわせてくる。その視線はどこか呆れの入ったような、でも優しくなんとも居心地の悪い視線。

 

「ユカリの『ティンダー』は異常です。なんなんですか?なんでそんな火力が出てるんですか?炎も紫でしたし....あれはもはやまったく別の魔法でしたよ。殺傷能力バリバリあります。異常です!」

 

「なっ!?」

 

い、異常..この私が異常?う、嘘でしょそんなはず....!

 

いや、そういえば少し前にギルドで初級魔法を見せてもらったときその場で覚えて使ったけど教えてくれた子が引いてたように見えたのはそのせいだったの?

 

あの時はまた加減を失敗してしまっただけだと思っていたのに....

それとあの火力で初級魔法とかこの世界の初級魔法、怖い..とも思ってたけど....私が..異常だったってこと..よね。

 

「..........」

 

「ユカリ?あ、あの流石に言い過ぎたかもです」

 

カズマやダクネス、めぐみんも心配して元気付づようとして近づくがすぐにその気も失せてしまった。なぜなら――

 

「フフ..フフフ、異常だって..わたしが....異常。頭のなか爆裂魔法のことしか考えてない頭のおかしい紅魔族の子に異常って言われる私って....」

 

「おい!頭のおかしいってどういうことですか!」

 

紫は虚ろな目でぶつぶつと呟き続ける。

 

「しかも攻撃がろくに当たらないドMの変態騎士も表情からして同じように異常って思ってる....異常はそっちでしょ..変態」

 

「へ、変..態ッ!!んんっ..んくっ....しょ、しょんなんじゃにゃいぞ!わ、私は..はぁはぁ..ん!?....っ」

 

突然紫に罵倒されびくんびくんとし始めるダクネスをガン無視して紫は呟き続ける。それがまたダクネスを喜ばせていく、今は「うぇへへ!」と気持ち悪い声をあげて体をくねらせている。

 

「はぁ..こんな変なパーティーメンバーのリーダーでステータス値低い最弱職のカズマでさえ初級魔法をまともに使えるのに」

 

「おい?ユカリ??スティールするぞ?いいのか?」

 

その一言に一瞬だけビクッとしたが気にせずに....若干気にしながら呟き続ける。

 

「....い、今もダクネスの体をチラチラ見てるこの男でさえ初級魔法をまともに使えるのに....アクアは..まあいいわ」

 

「なっ!やはり感じていた視線はカズマだったのか!ああ、やはりいいな!こう、ゾクゾクする!!」

 

「ち、違ぇから!!み、見てなんて..な、ないしぃ~..チラッ」

 

「ねぇねぇ!?なんで私はなにもないの!?あっ、でもこれ無い方がいいわね。やっぱり女神であるこの私は完璧で――」

 

「一つあったわ、宴会芸しか取り柄の無い自称女神の駄女神様」

 

アクアは満面の笑みから一転して虚ろな目をした紫に組み付きぐわんぐわんと体を揺さぶる。

 

「うわあああああん!!いくらなんでも酷いわよぉぉぉ!私本当に女神なんですけどぉぉ!!」

 

墓地の近くで騒ぎだしまくる集団。現代だったら通報待ったなしの光景だが幸いかどうかは定かではないが咎めるものはいない。故にこの騒がしい集団はしばらく静かにならなかった。下手したら眠っているはずの埋葬されている彼らが文句のひとつでもいってくるレベルで喧しかった。

 

 

それからしばらくしてようやくそれぞれが落ち着きを取り戻した時めぐみんが紫にあることを提案していた。

 

 

 

 

 

 

「ではユカリ、そのへんにある手頃な岩に『クリエイト・ウォーター』を使ってみてください。加減は..まあ適度にでお願いします」

 

「いいけど、しっかり離れておいてよね。危ないから」

 

めぐみんが何か企んでいるようだけど考えがいまいちわからない。私はどうやら手加減が苦手らしくて本来攻撃に使えないはずの初級魔法でさえ攻撃に使える程の威力が出てしまっていたらしい。しっかり加減できていると思っていたのに自分が恥ずかしい。

 

なんにせよ今はめぐみんの言うとおりにやってみることにする。右手を目標に向けて構える。

 

「それ、『クリエイト・ウォーター』」

 

右手からまるでジェット噴射でもされるかのような勢いで水の球体が射出され岩に向かっていく。命中した岩の周りは水浸し、そして命中した岩の半分近くが砕けていた。

 

「........なんというかここまでとは思ってませんでした。本当に『クリエイト・ウォーター』なんでしょうかねあれは?」

 

うっ....やっぱり普通じゃないのね。てっきりこういう攻撃魔法だと思ったのに。

 

「次にカズマ、普通の『クリエイト・ウォーター』を使ってください」

 

「めぐみん?今のを見て俺に同じものを使えと?」

 

「いいから早くしてください」

 

カズマはしぶしぶながら構えをとる。目標は私と同じ岩。

 

「じゃあいくぞ。うおおおおっ!『クリエイト・ウォーター』!」

 

カズマの右手から発射された水は岩に命中。ビシャッという音をたて辺りを濡らす。本来はこんなものである。

 

「見て下さいユカリ。本来はあの程度のものなんです」

 

「はい....」

 

「そう落ち込む必要はありませんよ。さっきのショボい感じのを目標に加減していきましょう。大丈夫です!ユカリは私と同じ爆裂魔法を扱う者、いわば同士です。そんなユカリが初級魔法を正しく扱えないはずないじゃないですか!特訓あるのみですよユカリ!私は応援します」

 

めぐみんっ!なんて..なんてっ!いい子なのっ!さっき頭のおかしいっていったのは訂正するわ。よし!そうよね特訓すれば必ず正しく使えるようになる。めぐみんがあれだけ言ってくれてるんだからしょぼくれてる場合じゃないわね。となれば早速特訓開始よ!

 

「なあ、いい感じにしようとしてるところ悪いんだけどあの程度とかショボいとか俺のこと貶してないか?貶してるよな?」

 

「........ではやりましょうユカリ」

 

「ええ、そうね」

 

「おい、なんで無視すんの?いじめ?パーティー内いじめなの?」

 

こうして私の初級魔法の特訓in墓地がスタートした。

 

 

 

「『クリエイト・ウォーター』!........でない」

 

「でませんね....加減しすぎですかね?」

 

うーむ、本当に加減が難しい..さっき見たカズマのを思い浮かべてやってるけどあまり加減しすぎると水すらでない。私にとって初級魔法の難易度が上級魔法クラスの難易度なんですが....こんなに難しいなんて。

 

「ウ~ン、そうですねぇ..あえて加減せずに発射する水量を絞ってみるのはどうでしょう?」

 

「そうね、やってみる価値はあるわね」

 

今度は右手をつき出すのではなく指先だけ、先端から発射するように意識する。

 

「お、おい、ちょっと待ってくれ。それだと――!?」

 

カズマは何か思い当たることがあったようで二人を止めようとする。だが間に合わなかった。

 

 

突然ではありますが皆様はウォータージェットというものをご存知だろうか。聞いたことがない人はウォーターカッターと言えばああ、あれか!となるかもしれない。

 

いきなり何を言っているのかと思うだろうが説明しておかないといけないんです。ウォータージェットというのは圧縮した水を0.1mmから1mmくらいの小さい穴からでている細い水流のことらしい。これで物なんかを切断して加工するらしいんだが刃のように切断するからウォーターカッターともいうらしい。そして実は切っているというよりも水の当たった部分を吹き飛ばしているとか。

 

なかには水流の速度がマッハ3に達する物もあるらしい。ようは何が言いたいかというとユカリが発射口を絞って加減をせずに撃ったりしたらどうなるかということ。byカズマさんの豆知識でした。

 

 

 

「『クリエイト・ウォーター』!」

 

紫の指先から放たれた水流はピュンッ!と水とは思えない音をたて止めようとしたカズマの顔のギリギリを掠め岩の中心に命中、そのまま貫通して後ろにあった鉄製の柵さえ貫通した。

 

「うおおおおおおいぃぃッ!?ユカリッ!!殺す気かぁぁぁ!!」

 

「えあっ!?そんなんじゃなくて....これは不可抗力、カズマが射線に入ってくるからっ!!」

 

「おいぃ!?なんで俺が悪いみたいになってるんだよ!めぐみん、ユカリに変なこと言うんじゃない!ユカリも少しは疑ってくれよ!」

 

うっ....た、確かに少し考えればわかる事だったわね..。

 

「ユカリちょっとこい。向こうで俺が直々に教えてやる。もしできなかったら.....」

 

「な、なんでそんなに手を握ったり開いたりさせてるの?私いったい何をされるのよ....」

 

「いいから行くぞ」

 

有無を言わさぬその態度に素直に従う紫。ここで逆らったら何をされるかわかったものではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

それから時間はそれなりに経過して漸く二人が戻って来た。どこかやりきったような表情を浮かべるカズマと紫。

 

「ユカリ、お前の成長した姿見せてやれ」

 

「ええ、勿論よ。成長したこの私に不可能はないわ」

 

そういい扇子を広げる紫。そのまま空いたもう片方の腕を岩へと向ける。

 

「はああっ!『クリエイト・ウォーター』!」

 

突き出した腕に三つの腕輪の様な魔方陣が現れる。そのうちの二つが強く光ると手のひらからチョロチョロと水が流れ出した。

 

「いいぞユカリ!そのまま『ティンダー』だ!!」

 

「ええ!任せて!それっ『ティンダー』!」

 

今度は指先から最初の業火と比べるととてつもなく小さい弱火の様な炎が現れる。カズマと紫はどこか誇らしくしているがこれは初級魔法ということを忘れてはいけない。別段、難しいことでもないのだが馬鹿みたいな火力になってしまう紫が異常なだけで特にすごいこともしていない。

 

「おお、やりましたねユカリ!さすがは爆裂魔法を扱う同士。私はきっとやりとげると思っていましたよ。あっ、ついでにお水ください」

 

「いいわよ、はいどうぞ」

 

いやぁ~、カズマには感謝してもしきれないわ。これで私もしっかりと初級魔法を扱うことができるようになった。カズマの助言のおかげね。

 

この腕にある腕輪式の魔方陣は一種のストッパーの役割をしている。カズマが私のクリエイト・ウォーターを見て「もっと蛇口を捻るみたいに調節できないもんか?」と言われてピンっと来たのよ。

意識的に魔力を調節するのが難しいなら魔方陣で調節してしまえばいいってね。その結果がこの形、何も機能していないと最大火力、一つだと中くらいの火力、二つだと小、三つだと....本当に少し、三つ目はむしろいつ使うのかわからないけどきっといつか使う日がくるはず。

 

 

さて、まだゾンビメーカーが現れるには時間がある。私の問題も解決したことだしあとはゆっくり気長に待つとしましょう。ゾンビメーカー、面白いモンスターだといいけど。

 

 

指先の炎を見つめ楽しそうに微笑む紫だった。ただしその炎の色は紫色なのは変わらず異常なのだがもはや誰も突っ込む者はいなかった。

 

 




次回、貧乏店主再び


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19話

辺りは日が落ちすっかり暗くなってモンスターが活動するにはうってつけの時間帯。シーンと静まり返り虫の音ひとつ聞こえない共同墓地、不思議とじっとりとした怪しげな雰囲気が漂っている。妖怪などの影の者には居心地のいい環境だろう。そんな人の気配以前に生き物の気配すらしないような場所に潜む者達が5人。それはカズマのパーティーメンバーそして紫。

 

カズマが先頭になり『敵感知』スキルで索敵をして標的の『ゾンビメーカー』が現れるのを今か今かと待っている。

 

「冷えてきたわね。ねえカズマ、引き受けたクエストってゾンビメーカー討伐よね?私そんな小物じゃなくて大物のアンデッドが出てくる気がするんですけど」

 

「おい、そういった事を言うなよ、それがフラグになったらどうするんだ。今日はゾンビメーカーを一体討伐、取り巻きのゾンビも土に返してやる。それが終わったら馬小屋に帰ってとっとと寝る。いくらユカリさんがいるからと言ってイレギュラーな事が起こったら即刻帰る。いいな?」

 

アクア達はうんと頷いているけどよく考えればそんなイレギュラーが起こるだろうか?もしも規格外の大物アンデッドなんかが現れていたのなら何らかの痕跡とかが残っているはず。

 

明るい内にサッと墓地を見たときにはそんなものはなかった。それに万が一私が対処できないような大物ならこの街は既に滅んでいるはず。そこまで心配はいらない、そう言いたいのだけどさっきのアクアの一言が気がかりなのよね。 『小物じゃなくて大物のアンデッドが出てくる気がするんですけど』 不思議とこの言葉には説得力がある。何故かは分からないけど私も同じように思ってしまった。なにか別の、普通のモンスターとは格が違うようななにか。

 

カズマ達には言うべきかもしれない。でもまだ確証が取れたというわけでもない。今は息を潜めて待つしかない。

 

「ん?....このピリピリ感じるのは。どうやら敵感知に引っかかったらしい、感じるぞ..1体、2体、3体....5、6、7..?ちょっと待ってくれ多くないか。まだ増えるぞ!?10、11....20近くいるッ!?嘘だろ、ゾンビメーカーの取り巻きはせいぜい2、3体だって」

 

「ねえ!ねえカズマ!?なんかすごい量なんですけどッ!?」

 

「ああ!確かにすごい量だ、あんな大量のゾンビに突っ込んでいったら....一体、どんなっ....!いつ突っ込む?」

 

頬を赤らめソワソワし始めるダクネス。この騎士こんな状況でも平常運転し続けるらしい。ただ確かにこの量は異常ね。明らかになにかに反応して沸きだしている。

 

 

その時、墓地の中央が青白い光を放ち始めた。そこにまるで呼ばれているかのように集まっていくゾンビ。よく見れば青白く発光しているのは円形の魔法陣。明らかに自然にできたりはしないもの。その魔法陣の隣、ゾンビの中に一人だけ黒とも紫ともとれるようなローブを着た人物が立っている。

 

 

........ん?何故だろう。あの感じ何処かで見たような....それにあの魔力に人とは違う境界の持ち主......あー、なんか覚えがあるような.....。

 

「あのー、あれゾンビメーカー....ではない....ような気が..するんですが....」

 

「奇遇ね、めぐみん。私もそんな気がするわ」

 

めぐみんが自信なさげにそう言うのも分かる。というよりも今の私の顔、平静を保てているのだろうか。すごく覚えのある境界を見てしまったばっかりに少し動揺している自分がいる。

 

「ここは一度撤退した方が――「あ―――――――っ!!」

 

カズマが撤退しようといいかけたその時アクアが大声を上げてローブの人物目掛け駆け出していった。

 

「あっ!おいちょっと待て!!」

 

私も後を追うようにしてそちらへと歩みを進める。アクアとは違ってゆっくりと。

 

「あっ!ユカリまで!!」

 

カズマ、そんなに焦らなくても平気....なはずよ。私の予想が正しければ出ていってもなんの問題もない。ゾンビも多分襲っては来ないはず。

 

「うおおおおおお!リッチーがノコノコとこんな場所に現れるとは不届きな!成敗してくれる!!」

 

リッチー、出来ればその言葉は聞きたくなかった。でもまだそうと決まったわけではない。もしかすると突然現れた野良リッチーかも知れない、もしくは人違いならぬリッチー違いという可能性も。第一あの娘がなにか悪意のある事を企むようには見えなかったし。

 

「やめ、やめてええええええ!誰ですか!?いきなり現れて何故私の魔法陣を壊そうとするんですか!?やめて、やめてくださああああい!!」

 

あー....すっごい聞き覚えのある声。なんだろう顔みなくても分かりそう。とりあえずアクアとリッチーのやり取りを手頃な墓石を肘掛けにでもして眺めていよう。

 

「黙ってなさい!このクソアンデッド!どうせこの魔法陣でろくでもないこと企んでるんでしょ!こんなものこうしてやる!この!この!」

 

「ああああっ!やめて!やめて!魔法陣を壊さないでください!この魔法陣は未だ成仏できない迷える魂達を天へと還してあげるためのものなんです!ほら見てください魂が天に上っていっているでしょ?」

 

なるほどね。確かに白い人魂が天へと消えていっている。それにゾンビが多いから気がつかなかったけどちらほら人魂も集まってきているようね。共同墓地の魂浄化、特に報酬も出ない完全に無料の慈善活動。泣ける話じゃない?

 

「あなたもそう思わないゾンビさん?」

 

「アアア...アァ?...アア」

 

「いやこっち見ないで向こう向いててくれない?」

 

ゾンビの顔の向きをアクア達の方へ向ける。浄化は向こう、私の所に来たって何もならないし起きない。だからそんなに集まらないでくれない?さっきから足元に這いずってるゾンビがまとわりついてきて鬱陶しいのよ。別に噛みついてくるとかそういうのじゃなくてただ寄ってくるだけ。それだけなら我慢するんだけど這いずってることもあってなんだかスカートの中を覗かれてるみたいで落ち着かない。それに足に触れるゾンビの手もどこか、こう、いやらしいというか、なんというか変な感じなのよ。はやく浄化してくれないだろうか。私、浄化魔法は持ってないのよね。

 

「リッチーの癖に生意気よ!そんな善行はアークプリーストのこの私がやるからあんたは引っ込んでなさい。それにこんなチンタラやってないで墓地まるごと浄化してやるわ。『ターンアンデッド』!!」

 

「えっ!?ちょっと待って!?」

 

アクアから強烈な光が放たれどんどんその光が広がっていく。その光に触れたゾンビや人魂は一瞬で消え去っていく。なんというか浄化というよりも消滅に近いなにかを感じる。というよりもこの感じは少し不味いわね。いくらリッチーとはいえここまでの浄化をもろに受け続ければ消滅しかねない。現に――

 

「きゃああああ!やめて、やめてください!消えちゃいます、私消えちゃう!!成仏してしまいます!!」

 

「はははははっ!!この腐れリッチーめ!自然の摂理に反して意地汚く生き続けるアンデッド風情が神の意思に背いた罰よ!さっさと消え去りなさい!!あははははははは――――ッ!?」

 

高笑いする弱いものいじめをする女神の風上にも置けない自称女神のアクアの脳天にチョップを落とし浄化をやめさせる。

 

「痛!痛いじゃない!?なにするのよ!私は今この腐れアンデッドを浄化する真っ最中だったのよ!!」

 

はいはい、本人はそう言っていても端から見ればただの弱いものいじめ。やかましい水色を端に追いやって足元が透明になっているリッチーの側に歩み寄る。

 

「あっ!ユカリさあああん!!助けてください!このままじゃ成仏させられてしまいます!」

 

うわああああん、と鳴き声を上げて私に抱きついてくる貧乏店主でリッチーのウィズ。よしよし、怖かったわね。変なアークプリーストに絡まれて怖かったわね、よしよし。

 

「えっとどういう状況だ?これ」

 

ウィズが私の腰に腕を回して盾のようにして後ろに隠れると一部始終を見ていたカズマが訪ねてきた。

 

「そうよそうよ!私の浄化を邪魔してまでリッチーを守ろうなんてどういうつもりよ!」

 

「えっと、そのリッチー....の人?はユカリとどういった関係なんでしょうか?」

 

まあ気になるわよね。私が同じ立場でもまったく同じ質問をすると思う。さてどう説明したものか、ただその前に消えかけのウィズをどうにかしておかなきゃ。ドレインタッチを使ってウィズに魔力を送る。

 

「んっ....ど、どうもありがとうございます、ユカリさん。これで消えずに済みそうです」

 

と言いつつも私の背後から出てこないウィズ。

 

「えーと、彼女は確かにリッチーよ。そして私の行きつけの喫茶店の店主」

 

「喫茶店じゃないです!!」

 

「.....まあ、それは置いておくとしてこちらリッチーのウィズ。悪い娘じゃないわよ。何をしてたのかは本人から聞いた方が早いでしょう。それに私が言うよりも本人からの方が説得力もあるしこの状況じゃ嘘なんてつかないでしょうから」

 

さあ、とウィズに説明するように促すが意地でも私の背後から出ない気でいるらしい。まあそれでいいなら私は構わないけど、でも確かに出ていけないのも分かる気がする。ヤバい顔したアークプリーストが目の前にいるんじゃ出ていこうにも出ていけない。

 

ウィズはおそるおそる顔を覗かせ話し始める。

 

「そ、その....私は見ての通りリッチー、ノーライフキングなんてやってます。アンデッドの王なんて呼ばれてるくらいですから私には迷える魂達の声が聞こえるんです。この共同墓地の魂の多くはお金がないためろくな葬式もされずに毎晩墓地を彷徨っています。それで一応はアンデッドの王な私としては定期的にここに訪れ天に還りたがっている子達を送ってあげているんです」

 

話を聞く限りでは素晴らしい善行。ただこの街にはプリーストがいないというわけではないはず。ウィズがやらなくてもプリーストがやってくれているんじゃないだろうか。まあ、やってないからこうしてウィズが定期的に来ているんだろうけど。

 

「ウィズ、別にあなたがやらなくても街のプリーストに任せておけばいいんじゃない?」

 

「そうよ!リッチーの癖に生意気なのよ!やっぱりターンアンデッドさせなさいよ!!」

 

「ひぇ....あ、あの、この街のプリーストさん達は....その、拝金主義でして、お金のない人達は後回しといいますか...その....」

 

..........なんというか、こう、ついつい目頭を押さえてしまった。ようするに金のある奴にはしっかりとやってやるけど金にならない葬式はやらないって言うことでしょ。この街のプリースト、ろくな奴いない。ウィズがこうしている理由わかったわ。もともと金のない人達だし天に還してやるから代金払ってとも言えないし人知れずにやるしかないわよね。というかそれも貧乏の原因のひとつじゃないだろうか。優しい分にはいいのだけどリッチーじゃなければ餓死してるんじゃなかろうかこの娘。

 

ウィズの言葉にカズマ、ダクネス、めぐみんの視線に居たたまれなくなったアクアはそっと目線を反らして明後日の方向を見ていた。

 

「あー、それならしょうがないんだがゾンビを呼び起こすのはどうにかならないか?俺たちゾンビメーカーを討伐してくれってクエストでここに来てるんだけど、というかここまでゾンビが多いって聞いてなかったんだが....」

 

「あ....そうだったんですか。その、呼び起こしているというわけではなく私がここに来るとまだ形の残っている死体は私の魔力に反応して目覚めちゃうんです。えっと、いつもはもっと少ないんです。今回は私も多いなぁ、と思っていたんですがユカリさんがいてその理由がわかりました」

 

アクアに注がれていた視線が一気に私へと向く。

 

「多分ですがユカリさんの魔力が強すぎて少しでも形の残っている死体ならゾンビとして目覚めてしまったみたいです」

 

今度は私が視線を明後日の方向へと向ける番だった。まさか来ただけで魔力に反応してゾンビになるなんて思わないじゃない。私は悪くないわよ。でもこれでゾンビがまとわりついてきた理由もハッキリした。完全に魔力に寄ってきていたようね。

 

「ですがユカリさんがいたなら教えてくだされば良かったのに。なんと言ってもユカリさんの魔力は超強力ですし()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それと私の店のお得意様なんです!」

 

ウィズの一言でただでさえ低いはずの気温がさらに低くなったようにその場が一瞬で凍りついた。カズマとアクアは驚愕して固まっている。めぐみんとダクネスは妖怪が分からずに困惑しているが剣と杖を構えいつでも動けるようにしている。......というよりもまずやらなければならないことがある。ウィズの方向へとゆっくりと体を向ける。

 

「ユカリさん?どうかしましたか?」

 

きょとんとした顔のウィズの頬を両脇へ向けておもいっきり引っ張る。うん、なかなかの弾力。

 

「ウィズ~?人の秘密を勝手にベラベラ喋っちゃう悪ーいお口はこのお口かしらぁ~?ねぇ、街中にあなたがリッチーだって言いふらしてもいいのよ?」

 

「あああ~!いふぁいいふぁいでふ(痛い痛いです)!!やめふぇくらはいユカリふぁーん(やめてくださいユカリさーん)!!ごめんなふぁい(ごめんなさい)、てっきりもうしってるものだとおもってふぁんでしゅ(思ってたんですぅ)!!うわああああん!!」

 

腕をバタバタさせ涙目になるウィズ.......な、何かしらこの感覚、もうちょっとこうしていたい。なんだかこう、楽しくなってきた。もっとウィズの頬を引っ張っていたい。

 

「ユカリさぁーん!やめてください!これ以上引っ張ったらちぎれちゃいますよおおお!!」

 

パッと手を離すとぺちんという音でもしそうな勢いで元に戻るウィズの頬。少し赤くなった頬を涙目でさすっているウィズ。....もう一回やったらどうなるだろうか。そう思っているとある人物が声をあげる。

 

「やあああっぱりそうだったのね!!あんた最初からなんか胡散臭いと思ってたのよ!!今なら胡散臭いだけじゃなく臭うレベルでハッキリ分かるわ!!妖怪だかなんだか知らないけどね、その腐れリッチーごと一緒に浄化してやるわ!ターンアンデッ――ぎゃっ!?」

 

反射的にアクアに向けてビンタを放つ。なにが胡散臭いよ、臭くないわよ。それに私の親友を腐れ腐れって言わないでもらえないかしらね。

 

「うっ....うぅ....痛い..」

 

「ヒール」

 

「あっ....ありがと――ぶっ!?」

 

再度バチンと響く音。あえてアクアをヒールで回復させてからもう一度ビンタ。これは私を臭いと言った分。

 

「う....うわあああああああん!なんでぇ、なんでぇそんな酷いことするのよぉぉ!わたし何も悪いことしてないじゃない!!」

 

涙目でぽかぽかと胸を叩いてくるアクア。これはあえて無視しておく。時には相手にしないことの方がキツイ時もある。

 

「ア、アクア....なんて羨ましい!..カ、カズマ、見てみろあのユカリの蔑んだような目を。私もあんな目で見られたい!考えただけでも....あぁ、ゾクゾク、して、くるなぁっ!!」

 

ダクネスがいつもの如くドMを発動している。視線をダクネスへ向けると上気して赤くなった頬にだらしなく緩んだ口元。目が合うだけでごくりと生唾を飲み込むダクネス。

 

「さぁ、ユカリ!私にも、私にもその蔑んだ目でアクアよりもキツイ仕打ちを!さぁ!!」

 

「..............」

 

「はぁ....はぁ....ゾクゾク....はやくはやく」

 

これは...酷い。ここまで筋金入りのドMは初めてみる。というよりもドM自体をあまり見ない。これはどうするのが正解なのだろうか?

 

「.....ウィズ、この後――」

 

「んん!放置プレイ、だと!?あの目で散々期待させるだけ期待させてあえての放置。....くっ、でもこういうのもいいなぁ..はぁはぁ....ど、どうしようカズマ!私は最高の人物を見つけてしまったようだ!ここであえての放置はなかなかできないぞ!....見ろあの表情を!ここまで言っても放置、でも目は変わらず....くっ、感じてしまう自分が恥ずかしい!それがさらに興奮する....!」

 

マシンガンのようにとんでもない言動を口走るダクネス。もはや相手にしない方がいい。でもそうすると勝手に興奮する、どうすりゃええねん....このドM。もうキツイの一発入れて達させるか。

 

「ダクネス」

 

ダクネスへと近づき肩に手を置く。目は変わらずに相手を蔑むように。そして腹部へおもいっきり強烈な一撃を放つ。

 

「ふっ!!」

 

「んん!あああああああ!!!あふ!あひぃぃ!....うっ!」

 

口から涎を垂らしてビクビクと痙攣するダクネス。これでしばらくは動けまい。そのまま一人で感じていなさい。これで一番厄介な奴は片付いた。

 

「ウィズ、残りの魂とゾンビを天に還して帰りましょう。カズマ、私はウィズと一緒に帰るから心配しなくてもいいわよ。それとそこの泣き崩れてる青いのとビクビクしてる気持ち悪い「あふんっ!うへへ」.....ダクネスをしっかり回収していってよ」

 

カズマは「お、おう」となんとも頼り無さげな返事をしてめぐみんと一緒にダクネスを担ぎあげるとアクアを引っ張って墓地を後にした。私とウィズは引き続き浄化を続けてすべてが終わったことを確認してウィズの店へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

そして久しぶりのウィズの魔道具店、深夜ということもあって相変わらず人気はゼロ。ぶっちゃけ開店してても閉店しててもどっちでも同じなんだけどそれはあえて言わない。

 

「ユカリさん改めましていらっしゃいませ、そしてお久しぶりです!本当に!!お久しぶりです!!私、もう来てくれないんだと思ってましたよぉ!嫌われてなくて良かったです!」

 

「それはこっちのセリフよ。私も最後に会った時の別れかたがあんな風だったから嫌われたかと思ってたのよ。どうやらその心配はいらなかったみたいだけど。これなかったのは、まあ色々と忙しかったから....」

 

お互いに嫌われたと思っていたみたいだけどどちらもそんなことはなく一安心。でもウィズはどこか落ち着かない様子....ああ、そういうことね。ウィズの店にやって来た時は決まって頼んでいたものがあったわね。

 

「ウィズ、こんな時間だけど紅茶なんて貰えるかしら?」

 

「勿論です!!そういってくださると思ってすぐに用意してたんです!」

 

そう言ってウィズは嬉そうに店の奥へと入っていき紅茶を持って戻ってきた。久しぶりのウィズの紅茶、相変わらずの美味しさ。やっぱり喫茶店にした方が儲かると思う。

 

「ところでウィズ、店の景気はどう?」

 

「え....えっと、その、ここ数ヶ月は売上はゼロです....また雑草生活してました....」

 

........はぁ、なんというか本当に私が来なかったら売上ないのね。今度、女苑に教えてみようかしら。あの子意外とこういうところ好きかもだし。

 

「それでウィズ決心は着いたの?」

 

「えっと、なんのですか?」

 

そんなの決まってるじゃない。

 

「道具屋をやめて喫茶店にするのに決まってるでしょ!」

 

「イヤです!!私は道具屋が好きでやってるんです!ユカリさんもいい加減に諦めてくださいよ!?私のお店を喫茶店にしようとするの!」

 

 

ウィズの必死の叫びが朝日が差し始めた空に木霊したのだった。そして今度からはもっと頻繁に来ようと心に決めた紫だった。

 

 



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20

 今日もいつもと同じくギルドへとやって来ている。冒険者ギルドは朝からでもワイワイと賑やかである。

 

「いらっしゃいませー!」

 

 いつも笑顔で挨拶してくれる赤毛のウェイトレスに軽く手を振りクエストボードへと向かう。どれどれ〜? 何か良さそうなクエストは⋯⋯⋯⋯ん? なんだかいつもよりクエストボードが寂しいように感じるのは気のせいかしら?

 

 

『巨大熊 ブラックファングの討伐!!』

 

 

『マンティコアの討伐』

 

 

『グレートフルジャイアントトードの討伐』

 

 

『ヒュドラ3体の討伐』

 

 

 

 

⋯⋯⋯⋯ねぇ、なんか難易度おかしくない?

 

 

 改めて思うのだけどここって本当に駆け出し冒険者の街なのだろうか。絶対に駆け出し冒険者じゃ倒せないようなものしかクエストボードに貼られていない。

 

 こんなの駆け出し冒険者が駆け出す前に頭からパクパクっとされておしまいでしょ。いつもならジャイアントトードの依頼が大半を占めているのに一枚もない。

 

「ねぇ、ルナ? このクエストボードおかしくないかしら。いつからここは駆け出しお断りの初心者殺しクエストボードになったの」

 

「初心者殺しクエストボードっ!? なんですかそれ!?」

 

 豊かな2つのメロンを携えカウンターから乗り出した受付嬢のルナ。今日も元気に北半球がお目見えしている。そしてそんなに激しく身を乗り出すと⋯⋯ほら、スゴイ。ぶるん⋯⋯いえ、ばるんっ! とでも言うべきか。すごい躍動感これは凶悪ね、早急に討伐すべき案件ですわよ。

 

「ユカリさん! 変なこと言わないでくださいよ、うちのクエストボードはそんな危険なものじゃないんですよ!!」

 

「でも見るからに危険な依頼しかないわよね。高難易度から超高難易度しかないように見えるわよ」

 

「あ~、えっと⋯⋯それは、少しですね、のっぴきならない事情がありまして。その〜、近頃、魔王の幹部らしき者が街の近くに住み着きましてですね。その幹部が原因だと思うんですが近辺の弱いモンスターは身を隠してしまいまして」

 

魔王軍の幹部らしき者が住み着いた? 駆け出しの街の近くに?

 

 それを聞いて私はどうも変だと思ってしまった。仮に魔王軍の幹部らしき者じゃなく本当に魔王軍の幹部だったとして何故ここなのか。駆け出し、未来の強者をいち早く叩き若い芽を早々に摘み取ってしまおうという魂胆なのだろうか。

 

だからといって魔王軍の幹部を派遣するだろうか?

 

 幹部と言わずとも強めのモンスターを数体放てば事足りる気はしなくもない。だって駆け出しだから。

 

 ここから導き出される答えはアレだ、アレ。その魔王軍の幹部らしき者は実は派遣されたのではなく派遣という名目の左遷では?

ただその左遷幹部、実力はあるはず。モンスターが身を隠してしまうほどなら警戒しておいて損はないはず。

 

「来月には国の首都から幹部討伐のために騎士団が派遣されるはずなんですが、それまではこの高難易度のクエストだけになります。で、でも! ユカリさんの実力なら高難易度でも平気ですよ! 数々の冒険者を見てきた私が保証します! ――ひゃあ!?」

 

「その言葉ありがたく受け取っておくわね」

 

ドヤァ〜! っと、胸を張ってきたからついでにつついておいた。

 

「もうっ! ユカリさん!!」

 

「だってルナがつついてほしそうに胸を突き出してくるのが悪いんじゃない」

 

「なっ!? そ⋯⋯そんなんじゃないですよぉ!!」

 

「ふふふ、冗談よ冗談。それでクエストだけど今は特にお金に困っているわけでも無いし遠慮しておくわね。あぁ、そうだ。もしどうしても討伐してくれって言うのがあったら女苑か紫苑、私に教えて。また今度ねルナ」

 

 しばらくはのんびり過ごすことになるかもしれない。この時間でいくつかやらないといけないことが片付けられるやもしれない。まずは『不運貯蓄機』のタンクの置き場所考えないといけないのよねぇ⋯⋯。地下がタンクまみれでやんなっちゃう。なんて思いながらギルドを後にする。

 

「ユ、ユカリさーん! くれぐれも幹部に注意してくださいねぇぇぇ!!!」

 

 

はい、はぁ〜い、わかってますよ〜。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって外見幽霊屋敷の我が家。

 

「ただいま」

 

「ん⋯⋯紫、おかえり。早かったね、いいクエストあった?」

 

 出迎えてくれたのは最凶最悪の姉妹の姉、紫苑。今日は珍しくはやく起きていたらしい。大体は声をかけても、「ん~、もう少しぃ〜」 って言って起きてこないのに。

 

「それがね⋯⋯なんでも魔王軍の幹部なんてものが近くに住み着いたらしくて高難易度のクエストしかないらしくて、そこまでお金に困ってないから何も受けてないわよ」

 

「魔王軍の⋯⋯幹部」

 

 紫苑もそれを聞いてスッと目元が鋭くなる。確かにただ事ではない。実際いつ攻めてくるかわかったものではないのだから。

 

「紫」

 

「ええ、そうね紫苑」

 

しばしの沈黙の末、紫苑が口を開く。

 

 

「⋯⋯⋯⋯お腹減った」

 

「⋯⋯⋯⋯紫苑、それそんな鋭い目で言う必要あった?」

 

「⋯⋯魔王軍より⋯⋯空腹のほうが⋯⋯危険⋯紫お腹減った」

 

 うん、そうだった。紫苑にとっては未来の脅威より目先の空腹のほうがはるかに重要だった。若干張り詰めた空気は完全にフニャッフニャの空気になったわけだしご要望どおり準備しましょう。

 

「それで、女苑はどうしたの?」

 

紫苑は顔を少し伏せ、クワッ! と一気に顔を上げ手を頭の上に上げて――

 

「大・爆・発・!!」

 

ああ⋯⋯なるほど。すべて理解したわ。どうやら今日の女苑は大変らしい。

 

「どっかぁーん⋯⋯ってなってた。あれは時間かかるよ」

 

「なら先に用意しておきましょう。少し待って来なかったら先に済ませてしまっても問題ないでしょうし」

 

「うん」

 

女苑の髪型を見てみたい気もするけど紫苑と一緒に厨房へと向かった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

依神女苑は苦悩していた。

 

 

「はぁ〜、もお〜っ!! この爆発頭なんとかなんないのっ!?」

 

 朝起きてすぐに洗面所に直行。寝癖で爆発した頭を鏡で確認して⋯⋯するまでもなく分かってはいる。自分の頭がソフトクリームのようにネジネジになってそびえ立っているんだから分からないわけ無い。

 

 しかもこのネジネジたちが悪いことに直しても元に戻ろうとするのだ。もぉ⋯⋯今日は一番ひどい。それに今日は姉さんと二人で朝ご飯食べる約束したのになんでよりによって今日なのよ!!

 

 せっかくあの胡散臭いのがはやく出てったのにこれじゃあ戻ってくるじゃないの!

 

「よ、よし⋯⋯ちょっとは治ってきたかな」

 

ビョイン!

 

髪が勢いよくネジネジに戻る(最初よりは僅かにマシ)

 

 

「マジなんなのよ!! 強情すぎでしょ今日の寝癖!」

 

 馴れた手付きで必死に櫛を髪へと入れる女苑。傍からはかなり荒々しくやっている様に見えるがこの髪とは長い付き合い適切な力加減、髪を傷めない梳かし方を熟知している女苑。

 

でも今日のは本気でしつこい。

 

寝癖に悪戦苦闘しているとコンコンと扉がノックされる。

 

「女苑〜、ご飯食べようよ。まだかかるの〜」

 

「あっ! ね、姉さんっ!? ちょ、ちょっと待っててもうすぐなんとかなるはずだから!」

 

「⋯⋯分かった。待ってるからね」

 

 

 はやくしなきゃ、姉さんが待ってる。女苑、気合いを入れなさい。あんたはもう何年もこの寝癖と戦ってきたんじゃない。ちょっと強情なくらいなんてことないわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからしばらく⋯⋯

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ⋯⋯お、お待たせ! 姉さ⋯⋯ん」

 

 勢いよく扉を開いて見えたのは姉の紫苑、胡散臭い紫が神妙な表情で座っていた。

 

「えっと⋯⋯なに、この状況」

 

「女苑、まずは座りなさい」

 

「うん、女苑。座って」

 

 

 紫にあんた帰ってきてたの? と言ってやりたかったがピリッと張り詰めた空気におずおずと席に座る。

 

沈黙、会話はない。

 

 紫と紫苑は何故か同じポーズ、手を顔の前で組み両肘をテーブルへとつけた。所謂、ゲンドウポーズと呼ばれるもの。呼び方を知っているのは紫と極々僅かな者だけだろう。

 

 女苑はいつもなら紫に対して小言の1つや2つ言っているところだが今日は不思議と何も言わない、いや言えなかった。

 

 

 日が差しているのに何故か薄暗い室内、そして何故か光っているテーブル、そしてなによりも謎なのが紫、そして紫苑が謎のバイザーのようなものをつけている。さらに何故か光っているテーブルからの光があるのに逆光のようになって表情が見えない。

 

そしてそして、正体の分からない謎の威圧感が二人にはあった。

 

 

「女苑、何故私達がこうしているか⋯⋯わかるかね」

 

「な、なによ⋯⋯その喋り方」

 

紫は答えない。紫苑も全く動かない。

 

「女苑、あなたはあれからどれ程時間が経ったかわかるかね」

 

「うっ⋯⋯それは、30分⋯⋯くらい」

 

 そぉーっと視線を反らしそう答える女苑。必死にやったがやはり時間はかかってしまうもの。寝癖を解いても次は髪をセットしなくてはならない。これでもかなりはやくセットできたのだが。

 

 

「そう、30分。それが何を招いたのかわかるかしら」

 

 紫は立ち上がり紫苑の元へと近づく。そしてバイザーを優しく取った。するとそこには――

 

「姉さんっ!?」

 

 どこか悟ったような目をした紫苑が現れた。むしろバイザーを取った瞬間真っ白に燃え尽きたように変わった。謎である。

 

「うぅっ⋯⋯紫苑、なぜこんな事に。これもすべて妹思い過ぎて女苑が来るまで待つって言った弊害。空腹なのに朝ご飯を前に耐え続けてしまった末路。女苑、なんて酷いことをっ!!」

 

「えっ!? 私のせいなの!? それだったら先に食べればよかったじゃないの!」

 

「⋯⋯⋯⋯女苑」

 

「ね、姉さんっ!」

 

真っ白になりながらもか女苑へと語りかける紫苑。

 

「女苑⋯⋯なのね。一人だけ仲間はずれは⋯⋯ダメ、だ⋯⋯よ⋯⋯うっ!」

 

「ね、ね、姉さぁぁんっ!?」

 

「女苑、エヴァに⋯⋯じゃない。紫苑に何か言うことは?」

 

「姉さん、ごめん⋯⋯でも、ありがとう待ってくれて。つ、次からはもっとはやくセットして完璧にするからぁー!!」

 

 紫苑をぎゅっと抱きしめる女苑。なんかいい話風になっているようななっていないような謎の状況である。紫はそっとスキマに仕舞っておいた料理(温かい)を並べておく。

 

「それじゃあ――「いただきます! もぐもぐ、ん? 女苑も食べよう? もぐもぐ」

 

「ね、姉さん⋯⋯」

 

 燃え尽きていた紫苑は一瞬で再起動し口いっぱいに料理を頬張っている。その変わりように女苑は嬉しいやら悲しいやら複雑な感情が湧いていた。

 

「姉さん、燃え尽きてたんじゃ⋯⋯」

 

「んぐんぐ⋯⋯あれは省エネモード」

 

「えぇ⋯⋯姉さん⋯⋯」

 

 

程なくして朝ご飯はみんなで美味しく頂いた。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「それじゃあ私は良さげな場所、探してくるわね」

 

「うん⋯⋯分かった。気をつけて」

 

「ふんっ、別に戻ってこなくてもいいんだけど」

 

 紫苑曰く女苑はちょっと素直じゃないだけだよ〜、とのこと。まあ一緒の家で生活してれば分かってくるものです。軽く手を振ってその場を後にする。

 

 そのままぶらぶら歩きアクセルを出てさらにぶらぶら歩く。森に岩場、平原、この辺じゃあ流石にまずい。私が何をしているのかといえば答えは簡単。うちの地下がもうヤバいの。不運貯蓄器こと不運タンクがもう溢れそう。

 

 早急に何処かに不法投棄⋯⋯じゃない、移動させなければ。もしもアクセルの街でタンクが破裂でもしたら⋯⋯滅びかねない。それは阻止せねば。

 

「とはいえそんな丁度いい場所⋯⋯ある、わけぇぇぇ――――」

 

 あー、何だろう凄く今いいものを見つけたような気がする。少し遠出をしてみたがモンスターはいない。圧倒的平和。そして目の前にそびえ立つのはボロい城。廃城と言うやつだろう。

 

 うん、これは良いかもしれない。これだけ街から離れていれば漏れてもなんの害もない。となればまずは敵情視察、スキマに入り城内を覗く。城内は薄暗く蜘蛛の巣や埃が多い。モンスターも結構いるわね。

 

 骨のモンスターやミイラみたいなモンスター、俗に言うアンデッドと呼ばれるもの。ただその数が多い気がする、場所はいいがモンスターが多すぎるのは問題。(不幸の)プレゼントを贈ったそばからモンスターに壊されたんじゃ意味がない。それ以前にこの城が崩れないかが心配。まず先に耐久をチェックしたほうがいいかもしれない。

 

ということで――

 

 

「控えめ、『エクスプロージョン』」

 

 ドォーン!!! と廃城の上部が吹き飛ぶ。ただ城は崩れたりしない。耐久はバッチリ、なら次はモンスターの排除。スキマでサクッと城の地下に侵入。私に気がついたアンデッドがこちらを見つめてくる。

 

「アア⋯⋯ア⋯⋯アァァ⋯⋯」 「グアア⋯⋯アァァ⋯⋯」

 

腕を伸ばしゆっくりと歩いてくる。動きは遅い、これなら楽勝ね。

 

「グヘヘヘ⋯⋯」 「ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯」 「ゲヘヘへ⋯⋯」

 

 ⋯⋯⋯⋯何故だろう凄く嫌感じがする。このアンデッドたち私を見ているのだけど私を見ていない。そんな感じがする。そう、なんだか少し下⋯⋯こう、胸の辺りを⋯⋯。まさかこいつ等⋯⋯。ジトォっとした目で見ていると急にガバっと背後から組みつかれてしまった。

 

 どうやら死角に隠れていたらしい。振り払い弾幕で頭を撃ち抜こうと思ったがこのアンデッド何故か背後をとったのにも関わらず組みつくだけで何も攻撃をしてこない。だが何かされるのを待つなんて趣味もない。私は何処かの変態騎士とは違うのよ。

 

 

(はっ! 今どこかで貶された気がする!! ゾクゾクッ)

 

 

 振り払おうとしたときアンデッドがある一部に触れている、いや揉んでいることに気がついた。アンデッドの手の先を追ってみるとその手はまっすぐ私の胸へと続きしっかりと揉んでいた。

 

アンデッドからは「アア⋯⋯ア⋯ハァハァ⋯ハァハァ」となにか違う息遣いが聞こえる。

 

「ねぇ、アンデッドさん?」

 

 背後のアンデッドの頬にそっと手を触れる。アンデッドは揉むのを辞める気配はない。見つめ合う私とアンデッド。不思議とアンデッドの頬が昂揚しているように見える。

 

「ふふふ⋯⋯」

 

「ハァハァ⋯ハァハァ⋯」

 

「⋯⋯フフフ、フフフフッ⋯⋯この、変態がぁ!!」

 

 ベキバキと思いっきり首を引っぱりもぎ取る。頭部を失ったアンデッドは力なく倒れ⋯⋯⋯⋯コイツ意地でも胸から手を離さないんだけど。

 

「フンッ!」

 

腕をもぎ取って体をぶん投げる。

 

「あんたら⋯⋯覚悟はできてるんでしょうね」

 

アンデッド殺戮ショーの開幕よ。無惨に残酷にバラバラにしてやる!!

 

 

 

 

 

 城中のアンデッドにこんにちは死ねを繰り返し安全は確保できたし地下にはプレゼントも置いた。これでしばらくはあの地下を使うことができる。それとこの廃城、思った以上に耐久度がある。これなら魔法の試し撃ちにつかえそうだし覚えておいて損はないでしょう。

 

 

 

 

それからしばらくして事件は起こった。

 

 

 

『緊急! 緊急! 全冒険者の皆さんは直ちに武装し戦闘態勢で街の正門に集まってください!!』

 

 突如として街に響き渡る緊急のアナウンス。すぐに冒険者達は武装し正門へと集合する。依神紫苑、依神女苑も例に漏れることなく現れた。

 

 正門へと集まった冒険者達が見たものはモンスター。だが普通のモンスターではない。並のモンスターではあり得ない威圧感を放ち首無しの黒馬に乗り自分の首を小脇に抱える漆黒の騎士。

 

 

【デュラハン】

 

人に死の宣告を行い絶望を与える首無しの騎士。

 

 

デュラハンは抱えた首を片手で持ち上げくぐもった声で話しだした。

 

「俺はつい先日この近くの城に越してきた魔王軍の幹部の者だが⋯⋯」

 

「女苑⋯⋯魔王軍の幹部って」

 

「そうね、姉さん。そんな事紫が言ってたけど⋯⋯本当だったのね。って、肝心なときにアイツはどこ行ってんのよ!」

 

そう、この場に八雲紫の姿はなかった。

 

デュラハンは何故かぷるぷる震えだす。

 

「まっままままま、毎日毎日毎日毎日っ! お、おっ俺の城に毎日欠かさず爆裂魔法を撃ち込んでいく頭のおかしい大馬鹿は誰だぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「ねぇ女苑、すごい怒ってるよ」

 

「爆裂魔法っていったら⋯⋯」

 

 女苑がめぐみんを見る。それにつられ紫苑もめぐみんを見る。カズマは爆裂魔法を撃てる者はめぐみんしか知らない。故にめぐみんを見る。他の冒険者も爆裂魔法狂い頭のおかしい奴を見る。

 

 

 そして当のめぐみんは⋯⋯⋯⋯何故か隣の女性を見た。全員がつられ彼女を見る。

 

「えぇ!? なんで私を見るのっ!? 私、爆裂魔法なんて使えないよぉー! 待って、私まだ死にたくないの! お願い助けてぇ!!」

 

 完全なとばっちりであった。程なくしてめぐみんが一歩前へと踏み出した。

 

 

「お前が⋯⋯お前が毎日毎日毎日俺の城に爆裂魔法をぶち込んでいく大馬鹿者か!! 俺が魔王軍の幹部だと知って喧嘩を売っているのなら堂々と攻めてくるがいい! その気がないなら街で震えていろ! なんでこんな嫌がらせするの!? しかもそれだけじゃない。数回に一回とてつもない威力の爆裂魔法撃ち込みやがって!! 城をなんだと思ってるんだ! 修理も大変なんだぞ!」

 

デュラハンはすぅっと大きく息を整えまだまだ怒りを口にする。

 

「修理し終わったらと思ったら特大威力の爆裂魔法撃ち込みやがって!! しかもなんで雷や炎、水、光魔法まで撃ち込みやがって!! 変えればいいとでも思ってんのか!! ふざけんなよ!?」

 

 めぐみんは途中から頭の上にハテナマークを浮かべていたが爆裂魔法は自分。とりあえずいつものように口上を述べる。

 

「我が名はめぐみん!! アークウィザードにして爆裂魔法を操る者!!」

 

「⋯⋯めぐみんってなんだ、馬鹿にしてんのか?」

 

「ち、違わいっ⋯⋯!?」

 

 めぐみんは何かを見て驚きの表情を浮かべる。周りの冒険者もある一点を見つめ驚きを顕にする。そしてめぐみんは気を取り直し超自信満々に名乗り始めた。

 

「我は紅魔族にしてこの街随一の魔法使い⋯⋯になる予定。我が爆裂魔法を放ち続けていたのは魔王軍幹部のあなたを誘い出すための作戦! こうしてまんまとこの街に一人で出てきたのが運の尽きです。あと爆裂魔法は私ですが他は知りません」

 

カズマ、ダクネス、アクアはヒソヒソと囁きあっている。

 

「ねぇねぇ、女苑。あれ何してるのかな?」

 

「さぁね、本当にアイツなにやってんのよ」

 

女苑と紫苑はデュラハンの横を見つめ不思議そうにしている。

 

 

「ほう⋯⋯紅魔の者か。「あっ、デュラハンさん? 頭、お持ちしますよ」 おお、済まないな」

 

スッと自分の頭部を渡し持ってもらうデュラハン。

 

 

「そのいかれた名前は俺を馬鹿にしているわけでは⋯⋯⋯⋯ん? 俺は今誰に頭を渡したんだ?」

 

 スッと頭の無い体が横を向く。そして抱えられた頭は女性が回転させて方向を変える。デュラハンの目に写ったのは金髪の美人女性。頭部は彼女に抱えられていた。

 

「うおおおおおおおぁぁぁ!? い、いつからそこにっ!? というか頭を返せ!」

 

ポイッとデュラハンに頭を投げ渡す金髪美人の女性こと八雲紫。

 

「そうねぇ、違わい! ってとこからかしら?」

 

「なんだと!? 気配がまるでなかった。ま、まあいい俺は魔王軍幹部だが元は騎士。弱者を刈り取る趣味はない、貴様もまあ、その、かなり美人だし⋯⋯できることなら殺したくはない。だがっ! これ以上俺の城に頭のおかしい紅魔族が爆裂魔法、その他の様々な魔法を撃つ迷惑行為を続けると言うならこちらにも考えがある」

 

「ちょっと待ってください。だから私は爆裂魔法しか撃っていないと言っているではないですか!」

 

 めぐみんは爆裂魔法しか撃っていないと弁解している。ただ爆裂魔法を撃ってる時点で弁解の余地はないのだがそんなことはお構いなし。

 

「嘘をつくな! 紅魔族ならば魔法は大得意のはず。お前以外に俺の城に魔法を撃ち込める奴はいない!」

 

「なっ!? 分からない人ですね!! こっちもあなたのせいで迷惑してるんですよ! 余裕ぶっているのも今のうちだけです。対アンデッドのスペシャリスト並びに最強の魔法使いがいるんです!! 先生方お願いします」

 

 

 勇ましく啖呵を切ったですめぐみん。そこまでは良かった、だがその後対アンデッドのスペシャリストことアクア、最強の魔法使い紫に丸投げした。

 

アクアはふっふん♪ っと上機嫌になっている。紫は我関せずを貫いている。

 

「ふん! 知ったことか!! 誰が出てこようと所詮は駆け出しの街程度がしれている。それよりも紅魔族のお前を苦しめてやるほうがいいかもしれんな、フッフッフッ、汝に死の宣告を! お前は一週間後に死ぬだろう!!」

 

 まるで黒い雷が意思を持つかのようにうごめきめぐみんへと向っていく。だが異変は起こった。まっすぐめぐみんへと向かっていた死の宣告は急に方向を変えデュラハンへと戻っていく。いやデュラハンではない、その横にいる紫へと向かっていっている。

 

「ね、ねえデュラハンさん? あれなんだか私の方に向って来てない?」

 

「な、何故だ!? 俺は確かにあの紅魔族に!」

 

「ね、ねえちょっと!? 止めて、止めなさいっ!? ま、待って! ねぇ、ちょっと!? こ、こないでぇー!!!」

 

 紫は全力ダッシュで呪いから逃げる。追う死の宣告。やがて一人と一つの姿は見えなくなり遥か遠くで黒い閃光が瞬いた。あ、あとついでに感覚でめぐみんを庇ったダクネスも死の宣告をくらった。

 

「⋯⋯⋯⋯な、なにかおかしかったがまあいい。よく聞け、今から一週間後にそのクルセイダーは死ぬ。そしてあの女もな」

 

「そんな! 紫が! 女苑どうしよう!?」

 

「そんなのあいつをここでぶっ殺すしかないでしょ」

 

紫苑は焦り女苑はいつでも動けるように構えをとる。

 

 

「フフフ、ハアッハハハ!! 俺の言うことを素直に聞いていればこんな事にはならなかったのだ。そこのクルセイダーとあの女は死の恐怖に怯え続けるのだ! お前のせいでなぁ」

 

 高笑いをし颯爽と去っていこうとしたデュラハンだったがダクネスがそれに待ったをかけた。

 

「な、何ということだ! つ、つまり⋯⋯ごくり⋯⋯貴様は私と紫にかかった呪いを解いてほしくば俺の言うことを聞けと、そういうのだな!!」

 

「⋯⋯⋯⋯は?」

 

デュラハンは完全に素でそんな声が出た。

 

 

「クゥ~! 呪いくらいで私は屈しないが⋯⋯っ! 屈しはしないが⋯⋯っ! どうしようカズマ! 見ろあのデュラハンの兜のいやらしい目を! あれはどう考えても私と紫を手籠めにして超スーパー変態ハードコアプレイを要求する変質者の目だ!!」

 

 

「うわぁ⋯⋯」

 

「ゲッス⋯⋯」

 

「最低⋯⋯」

 

デュラハンは大層困惑されておいでです。

 

 

「この私の体は好きにできても心までは好きに出来ると思うなよ! 城に囚われ仲間にために魔王軍の手先に理不尽な要求をされるの女騎士とか予想外に燃えるシチュエーションだ、カズマ!!」

 

俺に言うな、俺に。

 

「わ、わかったぞ⋯⋯うぇへへ」

 

なにがわかったぞ?

 

「紫の分まで頑張って抵抗してみるから邪魔しないでくれ!! じゃあ、いってくりゅうぅぅぅぅ!!!」

 

「おい!! バカバカバカバカ! 行くな馬鹿!! デュラハンの人困ってんだろ!!」

 

「カズマ離せぇ!!」

 

 デュラハンの人は完全にヤバいクルセイダーに怯えてしまっている。カズマが羽交い締めで押さえるととてつもなく安心したように息をついた。

 

「と、とにかくこれに懲りたら――――」

 

「うおおおおおおおお!!」

 

どこからともなくドドドドッという地響きが聞こえてくる。

 

「今度はなん――「どっせぇい!!」――ぐぉあああ!?」

 

 帰ろうとしていたデュラハンは超全力疾走で帰ってきた紫にドロップキックを食らわされ落馬。紫は無理やりデュラハンの首を体に固定して襟を掴み吠えた。

 

「こんの!! 腐れデュラハンがぁ!! 私になんの恨みがあるってのよ!! なんで死の宣告とかいう訳のわからんものが私をしつこく追いかけ回してくんのよ! ブチ転がすわよっ!! この死にぞこないが!!」

 

八雲紫ブチギレ。あまりの剣幕にデュラハンの人はガタガタ震えている。

 

「ちょっと紫!! デュラハンの人もわざとじゃないよ!」

 

「ちょっとあんた一回落ち着きなさいよ! キレすぎでしょ!!」

 

「そうだぞ紫、いくら待ち遠しいからって抜け駆けは――んんっ⋯⋯あっ、あへぇぇああぁあっ♡ うっ⋯⋯ビクンビクンッ♡」

 

 止めに入ったのは女苑と紫苑。必死に抑えなんとか耐えている。サラッとやってきたダクネスは紫の弾幕を受け逝った。女苑はさっさと行けとデュラハンに目で合図する。

 

デュラハンは一目散に逃げだしすぐに姿が見えなくなった。

 

 

「あああああああっ!! 待てぇぇぇデュラハンンンン!! お前の城に魔法撃ちまくってやるぅぅぅ!! 覚悟しろぉぉぉ!!」

 

 

「「ってお前の仕業かよっ!!」」

 

 

 カズマと女苑の鋭いツッコミが入った。ただし女苑はメリケン付きの拳で紫を殴るという鋭すぎるツッコミだった。もれなく紫は気絶した。

 

 

 

 

 その後めぐみんとカズマ、紫苑と女苑がいい感じに決意を固めたところでアクアが二人の死の宣告を解除。死の宣告騒動は呆気なく幕を閉じた。

 

 

 

 

 




デュラハンの人可哀想


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21話

デュラハン襲来の日から数日、アクセルの街は平和そのものであった。冒険者は近辺にデュラハンという強大なモンスターが現れたことによってクエストが激減してはいるもののある程度の蓄えがある冒険者が大半である故に変わらず平和を謳歌していた。

 

紫曰く初心者を殺すボードとなったクエストボードの前には冒険者などいない。そんな中でもクエストを受ける者がいた。それは勿論なんで駆け出しの街にいるのか謎の強さを持つ賢者である。

 

「んー、なんとも言えないクエストばっかりね⋯⋯」

 

あのデュラハンが現れてから高難易度クエストばっかりしか貼られてない。ただ私や女苑、紫苑にかかれば大したことではない。ただ⋯⋯ただ私がクエストをクリアして帰ってくると。待っていましたとばかりに冒険者ギルドにいる連中がたかってくるのよ!! 特に水色したアイツ! 

 

デュラハンの死の宣告を取っ払ってくれたのは感謝しているけどあの図太さというか私の預かり知らぬ所で謎のツケが増えていくのなんでなのかしらね。

 

 

だからクエストを受けなかったんだけど⋯⋯⋯⋯流石に体がなまってしまう。だから来たけどろくな依頼がない。『魔法薬の実験がしたいです。魔法耐性の高い人に限ります。出来れば賢者の職業の方を募集してますよ? よ?』、なに? モルモットになれと? 嫌よ。賢者なんて私しかいないでしょう? 嫌よ。

 

もうこのクエストでいいや。『湖のブルータルアリゲーター20匹の討伐』楽でもないけど難しくもない。

 

女苑と紫苑に手伝ってもらってもいいのだけど今日は女苑、紫苑、そしてゆんゆんでクエストに行くらしい。私もそっちに参加しても良かったのだけどこういうのは私のような大人が入るより友達同士で行ったほうが絆も深まるというもの⋯⋯べ、別に寂しくなんかない⋯⋯ないもん⋯⋯。

 

私だってその気になれば背ぐらい縮めて少女っぽくなれる⋯⋯⋯やめよう、すごく⋯⋯虚しく思えてきた。

 

 

さっさとクエスト行ってこよ。隙間を開いて中に飛び込む。移動はストレスフリー、周りに人がいなければ湖の中心あたりの上空から弾幕を撃って、適度に魔法で倒せば鈍った体も良くなるでしょう。目的の湖よりも少しだけ前の道に繋げる。

 

「よっと⋯⋯あっ」

 

「「「「あっ⋯⋯」」」」

 

あー、なんだろうこの⋯⋯出掛けた先でばったり知り合いに会ってしまったようななんとも気まずい。元の隙間じゃなくて魔法陣に偽装しといてよかった。今の私は魔法陣から上半身と右脚だけ出してる。

 

向こうは4人して中途半端に飛び出した私を驚愕の表情で見ている。私も私でバッチリ眼が合ってるからすごく気まずい。ここはあえてスルーしたほうがお互いのためになるのではないだろうか。というわけで隙間から完全に出て湖へと向かう。

 

「いやいやいや!! 今どう考えても目あってただろ!!」

 

あ~、駄目だったか〜。まあそうよね。カズマとめぐみん、ダクネス、アクアのおなじみメンバー。普通の状態で会ったら普通に挨拶して終わりなんだけど⋯⋯見るからに普通の状況じゃない。

 

なんでアクアが檻の中に入れられているのだろうか。出来れば関わりたくないのだけど。

 

「カズマ達は今日はどうしてこんな所にいるのかしら?」

 

「クエストで湖を浄化するんですよ」

 

と、めぐみんが答えた。

 

「そう、私もクエストであの湖まで行くのだけど一緒に行ってもいいかしら?」

 

「うーん、まあ問題ないだろう。なあ?」

 

「ああ、そうだな。私達だけでも問題ないがユカリがいれば万が一の事が起こっても対処できるだろう。だが! もしものときは私が率先して犠牲になるからそこだけは譲らん!!」

 

「そう⋯⋯」

 

やっぱ帰っていい? ダクネスってなんであんな風になったのだろう。見た目はいいのに本当に残念な騎士ね。

 

「ちょっと! あんたが一緒に来たって報酬はあげないんだからね!!」

 

ガシャガシャと檻の中で騒ぐアクア。本当になにしてんのこの水色。

 

「カズマ、あまり関わりたくないんだけどなんでアクアは檻に入ってるの」

 

「それは――」

 

カズマが言うにはアクアは水に触れていれば水を浄化できるらしい。ただ湖を浄化すると必然的にモンスターが現れてしまう。だから安全かつ効率のいい方法を考えた結果、檻に入っているアクアをそのまま湖に入れるという荒業を思いついたらしい。

 

 

らしいのだけど⋯⋯

 

 

「ねえ、本当に浄化するための作戦なのよね。私には使えないパーティメンバーを湖に不法投棄しに来たようにしか見えないんだけど」

 

「それは⋯⋯ないな。もし捨てるなら重りをつけて湖の底に捨てる。あいつ一応元なんたらだから水の中でも呼吸できるらしいからな。きっと湖の底でも楽しく生活していけんだろ」

 

あら、なかなかの仕打ちねカズマ。そしてダクネスはそれを想像してか頬を赤らめている。いや、ダクネスはそれやったら死ぬでしょ。やめときなさいよ。

 

「ところでユカリはなんのクエストを受けたんですか?」

 

「私が受けたのはブルータルアリゲーター20匹の討伐。ただ湖が浄化されるとブルータルアリゲーターが散り散りになって逃げてしまうから一度アクアには出てもらいたいのだけど⋯⋯まあなんとかするわ」

 

さて、本来なら数日の猶予があるクエストだけどこれは今日中に終わらせなければならないらしい。ブルータルアリゲーターを手っ取り早く集める方法、アクアを餌にしてもいいけどちょっと時間がかかるかしら。

 

 

というわけでこれ。隙間からカエル肉の塊を取り出す。アクアを囮にすればいずれはやってくる筈、ただそれだと確実性に欠ける。最低でも20匹やらないといけないのだから足りなかったからおまけして? と言ってもギルド的にNGなはず。鰐肉だけ手に入っても⋯⋯家計的には助かるけどお金が入らないのは困るからクエストはクリアしたい。

 

「よっと、うっ⋯⋯意外と重い⋯⋯」

 

カエル肉を担ぎ上げ湖まで向かう。近くまで来たけど本当に濁って何も見えない。

 

「はぁ⋯⋯私、ダシを取られてる紅茶のティーバッグの気分なんですけど⋯⋯」

 

アクアがぶつぶつ呟いてるのを知り目にカエル肉を沈める。ドポンッという音でアクアがこっちを見た。その顔はどこか引きつっている。

 

「ユ、ユカリさん⋯⋯? い、いま何入れたの。私の見間違いじゃなかったらデッカイお肉だったような気がするんですけど⋯⋯?」

 

「⋯⋯⋯⋯ふふ」

 

とりあえず笑っとこう。反対にも同じようにカエル肉を投入。周りに散らす用の細切れ肉もばら撒く。

 

「ちょちょちょ、ちょっと!? ユカリさん!? 何してるの!? やめてやめて、やめてよー!! そんなことしたら寄ってきちゃうじゃない!!」

 

「安心してアクア、寄ってきちゃうんじゃないの。寄せてるのよ」

 

そう言い残しスキマ(魔法陣偽装)でカズマ達の所へ戻る。

 

「ちょっとぉぉぉっ!? ふざけんじゃないわよ!! 何が、『寄せてるのよ』よ!! 女神にこんな事してただで済むと思わないでよー!!」

 

その元気があればなんとかなるでしょ。

 

「あ~、ユカリ? アクアが凄く喧しいんだが、何してきたんだ?」

 

「何って、餌を撒いてきただけよ。カエルの生肉」

 

「「「!?」」」

 

カズマ達全員が目を見開き驚いて入る。

 

「カ、カズマ流石にまずいんじゃないですか? いくらオリの中でも餌を周りに撒いたりしたらアクアが危険なんじゃ⋯⋯」

 

「そ、そうだ。オリに入れるだけではなく餌まで周りに撒くだなんて⋯⋯なんて鬼畜な! ちょっと行ってきていいか!! いや、行ってくる!!」

 

「行くな、変態」

 

カズマはサラッと言い放つ。

 

「ひぅっ! 変⋯⋯態⋯⋯っ!!」

 

感じるダクネス。慣れてきている自分が何より怖い。ひとまずは寄ってくるまで待機ね。丁度いい木陰だし休むにはぴったり。

 

喧しいアクアを無視して木陰に腰を下ろしゆっくりと時が来るのを待つ事にした。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

今日は朝からアクアの受けたクエストをこなそうと湖に向かっていたが突然ユカリが出てきた。あの魔法陣みたいなのからにゅっと出てくるの何度見ても慣れないな。

 

でもあれ覚えられたらめちゃくちゃ便利だろうな⋯⋯なんとか覚えられないもんか。今は4人でアクアを見守ってる。まさかユカリもこの場所に用があるとはなぁ⋯⋯。

 

アクアは()()()()()無事だし餌を撒いてもブルータルアリゲーターは来ないな。

 

その時、ユカリが突然立ち上がった。

 

「来たようね⋯⋯」

 

ん? 来た? 何が? そう思っているとただでさえ喧しい奴がさらに喧しくなった。

 

「いやあああああああああ!? なんか来た! すっごいいっぱい来たぁ!!」

 

あー、来たね。うん、そりゃ来るよな。餌撒いたし。だがちょっと多くないか? いくら何でもユカリ一人じゃ――

 

「ライト・(オブ)・セイバー」

 

ユカリがそう言うと掌に一本の紫色をした光剣が現れた。

 

えっ!? それってあれだよな⋯⋯ライト○イバー。いや流石にそれはないか。いくら何でもないよな、だってライ○セイバーだぜ? そんなの――――

 

「じゃあ、私ちょっと向こうに――ブォン!――わね。これうるさいのが欠点――ブォン!――よね⋯⋯」

 

 

⋯⋯⋯⋯⋯ライトセイバーだぁぁ!? これ絶対にライトセイバーだ!! だってブォンっていったし、まさかユカリはジェダイの騎士だったのか? 後で教えてもらお。

 

「カズマ、カズマカズマ!! なんですかあれ! カッコイイです!! カッコイイですよ! あんなの見たことないです! 私の知ってるライト・オブ・セイバーと違います! 買ってください! 私もブォンってやりたいです!!」

 

「俺だってやりてぇよ!! じゃなくて売ってるわけねえだろ!」

 

「ユカリはいつも見たことのない魔法をつかうな⋯⋯」

 

ダクネスの言う通り、ユカリは色々な魔法を使う。見たことないのは当たり前なんだが⋯⋯。なんてったってうちの魔法職はアークウィザードという上級職でもありながら爆裂魔法しか使えないしなっ!!

 

ワニが現れてからアクアは必死に浄化している。自分の身体に備わった浄化能力だけじゃなくて浄化魔法も使ってそれはもう必死に。

 

「ピュリフィケーション! ピュリフィケーション! ピュリフィケーションッ!」

 

「⋯⋯なんだか行きたくなくなってきたわ」

 

必死のアクアに若干引いてるユカリ。

 

「ピュリフィケーションッ!! ピュリフィケーションピュリフィケーションピュリフィケ――――わあああああ!? 今、メキって!! 絶対オリからなっちゃいけない音が鳴った!!」

 

ワニはオリに齧りついてデスロールしてる。あの重かったオリがグルングルン回ってる⋯⋯。アクアよ、すまない。俺たちにはどうすることも出来ない。耐えてくれ。

 

「ピュリフィケーション!! ピュリフィケーション!! ピュリフィケーション!! ひゃあああああ!? 助けてぇぇ!! オリが壊れちゃうぅぅぅ!! きゃあああ―――っ!?」

 

齧られ崩壊寸前のオリだったが突如周囲のブルータルアリゲーターの首がずり落ち水面が赤く染まる。

 

「な、なに⋯⋯どうなったの⋯⋯?」

 

きょろきょろと辺りを見回すアクア。するとオリの上からユカリが飛び降りてきた。

 

「アクア、餌を撒いておいてなんだけど⋯⋯ちょっと多く来すぎたみたいだしブルータルアリゲーターは任せなさい。もとはといえばアレは私の獲物だし。アクアは浄化に専念し――なさいっ!」

 

ガバッと大口を開けるワニを避け光剣で首を切り落とす。そこからのユカリは見てることしか出来ない俺たちにとっては凄いと言うことしかできなかった。

 

某ゲーム的な奴の牛若みたくワニの背中を飛び跳ねライトセイバー的な、いやライトセイバーで突き刺してブルータルアリゲーターを次々と倒していった。

 

「ふっ!」

 

ブルータルアリゲーターの大顎が縦に切り裂かれる。仲間が次々と殺され標的をユカリへと変えたワニが一気に襲いかかる。

 

「ドレインタッチ」

 

大口を開けて迫るワニを半身で躱しその体に触れる。ワニは尻尾を振り上げ叩きつけようとしたが動きを止め震えだした。そしてみるみるうちに痩せこけていき最後には完全に干からびた。

 

さらにワニは増えるがその分ユカリが狩っていく。

 

 

「ひゃあああああああ!! ユカリさん! 来てる! 一匹こっちに突進してきてる!! わああああああ――――ッ!!」

 

湖を浄化しようとするアクアもブルータルアリゲーターからすれば噛み殺すべき敵。大口を開けオリに迫る。

 

「そっちじゃないわよ。『エナジーイグニッション』」

 

ユカリは一瞬だけそのブルータルアリゲーターへと手をかざしすぐに別のワニを切り裂く。アクアは突進してきているブルータルアリゲーターに変わらず悲鳴を上げている。

 

大口を開け迫るブルータルアリゲーターだったが突然開いた口から紫色の炎が噴出する。さらに眼、鼻、鱗の隙間からも同じ紫色の炎が噴き出す。全身を包み込んだ炎でブルータルアリゲーターは一瞬で炭化しボロボロと崩れ落ちた。

 

 

 

それから時間は過ぎ、アクアが浄化を始めて7時間――――

 

 

 

湖は完全に浄化された。傍らにはブルータルアリゲーターの亡骸が積み重なっている。

 

 

 

「おーい、アクア。無事か? 湖の浄化も終わったみたいだしそろそろオリから―――何してんだお前」

 

「ひっぐ⋯⋯えっぐ⋯⋯」

 

アクアは泣いていた。でもあの状況じゃ無理もないか⋯⋯。ただ一つ気になるんだが――――

 

「なんでお前、ユカリに抱きついてんだよ⋯⋯(羨ましいな、おい)」

 

ユカリは流石に疲れたのか濡れるのも構わずオリに背を預け座っていた。その背後からアクアはガッチリと抱きつきながら泣いていたのだ。

 

「ねえ、アクアいい加減離してくれない?」

 

「⋯⋯嫌」

 

アクアはさらにぎゅっと抱きつく。その手を剥がそうと軽く引っ張るユカリだったがアクアの手と一緒に服が引っ張られるだけ。

 

「ふんっ!」

 

「やだぁー! やだ、やだやだやだぁー!!」

 

強引に立ち上がり離れようとするユカリ。それを駄々をこねる子供のように離さずにオリの隙間から手を伸ばしぎゅっと服を握りしめるアクア。

 

握られた服が引っ張られ濡れていることもあり身体のラインが余計に強調される。なかでも一番目立っているのは胸だろう。ぴっちりと肌に張りつきくっきりと浮かび上がっている大きな果実。

 

カズマは無言で凝視していた。

 

(⋯⋯⋯⋯⋯⋯アクア、良いッ!! 良くやった。)

 

心の中でサムズアップするカズマ。それを察してかジトォっとした目を向けるめぐみんとダクネス。

 

「離れなさいっ!! 子供じゃあるまいし!! アクアッ!!」

 

 

「いやぁあ!! 離れたくなのぉ〜!! わああああん!!」

 

意地というか謎の執念で抱きつき続けるアクアに流石のユカリも折れたらしく抵抗をやめた。アクアはユカリをさらに抱き寄せモゾモゾと手を動かしている。

 

「はぁ⋯⋯カズマ、悪いけどこのまま運んでくれない? 揉むんじゃないのっ!!」

 

「お、おう⋯⋯分かった」

 

アクアはユカリに抱きついたままアクセルの街へと運ばれていった。

 

 



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