「我が名はウルトラマンオーブダークノワールブラックシュバルツゥ!」「はいはいオダブツオダブツ」「勝手に省略することは許さん!」 (世嗣)
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怪獣のバラード

 

「光が正義だと誰が決めた!」
      ウルトラマントレギア(ウルトラマンタイガ)




 

 

 

 

 閉ざされていた世界で絶望が吠える。

 

 交わした約束(やくそく)があった。

 

 語り合った未来(ゆめ)があった。

 

 一緒に手を取り合って行けたらいいなと思っていた仲間(ともだち)がいた。

 

 でも、どれも守られることはなかった。

 

 紅蓮の世界の中央で、巨人が吠えたける。

 

 瞳は赤き憎悪に染まり、その身体はこの世の何よりも黒く、暗く、(くら)い。

 

「……そんなになっちゃったのか、にーちゃん」

 

 赤の勇者は、滲む血を拭って傍らの双斧を手に握る。

 

「ずっと、そばにいるって、言ってたのに、なぁ……」

 

 紫の勇者は、燃え尽きていく世界を背にして、静かに目を閉じる。

 

「嘘よ、こんなの、だって、あの人が、こんな……」

 

 そして、青の勇者は、現実を否定するかのように首を振り、涙を流す。

 

 優しい人だった。いつも笑顔を絶やさず、辛い時にはそばにいてくれて、困った時には助言をくれた。

 頭を撫でて褒めてくれる時の手つきから、大切にされているんだと、そう思った。

 

 でも、その彼もいない。

 

 闇に呑まれた彼が、彼女たちと肩を並べて戦うことも、手料理を美味しそうに食べてくれることも、もうない。

 

「泣くなよ、須美。あの人は、アタシがちゃーんと助けてくるからさ」

 

 彼女が笑う。血で濡れて痛々しい姿で、いつも見せてくれていた、笑顔で。

 

「待って、銀! あなたまでいなくなったら私はーーー」

 

 手を伸ばす。

 

 けど届かない。

 

 君のもとまでかけていく足は、捧げてしまったから。

 

「またね」

 

 友は去っていく。

 

 それは変えられない運命。

 

 勇者は世界を救うために命を捨て、世界を滅ぼす魔王に向かっていくという、ありふれた、王道の物語。

 

 世界が滅びる全ての終わりの日、光になれぬ獣が叫ぶ世界でーーー青い勇者(しょうじょ)の慟哭が、虚しく響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつだって、オレに勇気をくれるのは君だった」

 

「だから、君のことを守りたかったんだ」

 

「幸せな未来まで連れて行きたかった」

 

「例え君が君でなくなっても、オレがオレでなくなっても」

 

 

 

 西暦2015年。『神は死んだ』、そう言われてから百年近くが経った頃、人は神が未だ死んでいなかったことを知った。

 

バーテックス(頂点)』、そう名付けられた怪物たちは瞬く間に、四国以外に残る70億人近くの人類を虐殺して見せた。

 彼らは天に(おわ)す神の眷属であり、人間を殺すためだけに生まれた獣たちだった。

 

 天の神たちがなぜ人類を滅ぼそうとするのか、理由はわからない。けれども、その時のことに理屈をつけるならば、神罰、そう言うのだろう。

 

 けれど、人類を滅ぼすのが神ならば、人類を救うのもまた神だ。

 

 残された僅かな人類を守るべく、天の神に相対するは土着の神の集合体、地の神たち。彼らは一つの巨大な樹ーーー『神樹』に身を変えることで四国と一握りの人類を守り、幾人かの少女たちに世界を救うための『勇者』の力を与えた。

 

 天の神とバーテックス。

 地の神と勇者。

 

 そして、その戦いはーーー人類が敗北することで終結した。

 

 人類は天の神に赦しを乞い、天の神たちは神樹の守護する小さな世界のみで人類が生きていくことを許した。

 

 神樹たちは地の神たちの集合体。その結びつきは永遠のものではなく、いずれ力を使い果たすときが来る。

 おそらく神樹が四国を守れるのは、長く見積もっても500年といったところだろう。

 永遠を生きる神たちにとってしてみれば、瞬きのような500年だ。

 

 そんな滅びのロスタイムが人類に与えられ、298年の仮初の平穏が過ぎたころ、『光の巨人』がやってきた。

 

 

 

 

 

 紅翼(クレナイ・タスク)は大赦の窓際部署の職員である。

 一年ほど前の中学卒業と同時にそこそこの成績とそこそこの面接の結果とそこそこの家柄から、滑り込むように大赦に入った。

 それから目立った功績を残しているわけではないが、敬虔な神樹の信者として割と上官の覚えは良い人物。

 それが彼という人間だった。

 

 そんな彼の住むアパートの一室に一人の少女がやってくる。

 

「おはようございます、紅さん」

 

 ぴん、と伸びた背筋。艶やかな黒髪は滑らかで、柔らかな笑みを浮かべた端正な顔立ちを強い光が宿った碧の瞳が彩っている。

 

 

「おはよう、美森ちゃん」

 

「朝ごはん、作ってきました。お味噌汁は持ってきていないのでお台所貸していただけますか?」

 

「それは構わないけど美森ちゃんはさ」

 

「ありがとうございます」

 

「わー、聞いてない」

 

 静止の言葉も聞かず、するりと彼女が翼のアパートに滑り込む。

 そして、持ってきたおかずを温め直す傍ら、手慣れた様子で手狭な台所で味噌汁の出汁を取り始めた。

 

「すっかり押し負けるようになってしまったな……」

 

 ぽりぽりと頬をかきつつ、ひとりごちる。

 

 彼らはいわゆる『幼馴染』というやつである。

 片親で一人になりがちだった翼を、東郷家の人が気にかけてくれたのが始まり。そして、まだ幼かった彼女はほんの少し歳上のご近所さんによく面倒を見てもらっていた。

 

 けれど、いつのまにかその立場も逆転し、大赦で働くついでに一人暮らしを始めた翼の生活力の無さを見かねて、毎朝食事をつくりにきてくれたりする。

 

 最初は遠慮していたのだが、いつのまにか押し切られて、幼なじみが朝やってくるという珍事も、いつもの一幕に成り下がっていた。

 

 自分よりも幾分小さな背中に、翼がやれやれと肩を回した。

 

「紅さん、なぜ台所に来ようとしているんですか?」

 

「いや、手伝おうかと、オレの家だし」

 

「紅さんが、私を?」

 

「出来ることはやるよ。いないよりマシでしょ?」

 

「いえ、いても邪魔にしかならないので大人しく座っていてください。お皿も並べなくて結構です」

 

「ひどいよ美森ちゃん……」

 

「正直危なっかしくて見てられないんです。それとも前みたいに濡れ鼠にしたいなら別ですけど」

 

「あれは突然蛇口から水が噴出してきたからだし、ごめんって謝ったじゃんか!」

 

「ええ、だから怒ってません。ただあなたの運の悪さはなんかこう、筋金入りなので。ここは私に任せてください」

 

「……はいはい、わかったよ」

 

 そんなことを話しているうちに準備が終わり、おとなしく座らされていた翼の前に朝食が置かれた。

 

 手を合わせた翼に、ちょこんと小さな笑みが向けられる。

 

「じゃ、いただきます」

 

「めしあがれ」

 

 朝食は、だし巻き玉子に、南瓜の煮物、焼き魚。そして、湯気を立てる豆腐とわかめのシンプルな味噌汁。

 オーソドックスな、ザ・日本の朝食とでもいうようなメニューだった。

 

 ふーふー、と翼が軽く息を吹きかけてを冷ましながら、味噌汁に口をつける。

 ちくと刺すような熱さが舌を襲ったのも束の間、確かな多幸感が口を満たした。

 

「あったかい。美味い」

 

 具はシンプルながらも、その飾り気のなさがかえって嬉しい。体が芯からじんわり温まるようだ。

 

「はー、美森ちゃんの味噌汁は相変わらず美味しいなぁ」

 

「お味噌汁は我が国の魂とも言えます。大和撫子として美味しく作れるのは当然ですっ」

 

「ん、このだし巻き玉子もおいしい。腕を上げたねぇ」

 

「ふふ、でしょう? そのだし巻き玉子はお母様にも褒められた自信作です」

 

「玉子焼きは冷めてても美味しさそのままだからお得だよなぁ」

 

「本当は出来立てを食べて欲しいんですけど、こっちにくるうちにどうしても冷めてしまって……」

 

「いやいや、デリーシャスだぜ? 毎日オレはこの幸せを噛みしめてる」

 

「紅さん」

 

「あ、やべ」

 

「言い換えてください。『美味しい』、です。憎き米英の言葉を使うなんてそれでも日本男児ですか!」

 

「ええ……四国以外全部滅びてるのに米英も何もないじゃん……」

 

「それは浮沈大和の最後を知っての狼藉ですか!」

 

「なぜ朝ごはんに戦艦大和の話が出てくるんだよ……」

 

「紅さん」

 

「あ、ウッス。美味しいです、たまご焼き」

 

「よろしい、おかわりは?」

 

「お願いします」

 

 やがて三回ほどおかわりした頃にはおかずも炊いていた白米も程よくなくなる。

 

「ご馳走様でした。今日も大変旨かったです」

 

「お粗末様でした。はい、お茶です」

 

 二人でお茶を飲んで、ほう、と一息。

 

「あ、茶柱が立ってる」

 

「あら、じゃあ、今日は何かいいことがあるかもしれませんね」

 

「オレは君のご飯を食べられて、茶柱が立ったことで今日の運を使い果たした気がするぜ……」

 

「まだ今日は始まったばかりじゃないですよ?」

 

「いやだってこんだけ恵まれた環境だからね、日々幸運だと思わなきゃ採算が取れないよ。神樹様に感謝しなきゃな」

 

「もう、ちゃんと明日も来ますから」

 

「めんどくさくなったらいつでもやめていいんだよ。君がオレのお世話なんてする義理はないんだから」

 

「じゃあ貴方が私のことをまだ『美森ちゃん』と呼んで気にかけてくれる義理もありませんよね」

 

「……」

 

「それと同じです。私がしたくてしてるんです」

 

 そう言って、『美森ちゃん』はーーーそう呼ばれた『鷲尾(わしお)須美(すみ)』は、困ったように笑った。

 

 

 

 

 

 鷲尾須美は大赦の名家『鷲尾家』の一人娘に()()()少女だ。

 彼女の本当の名前は『東郷美森』。

 東郷家に生まれた彼女は、十歳になる秋に、『大赦』のお役目の事情から鷲尾家に養子に出され、名前を改めた。それが『須美』。

 故に、『美森』であった頃のことは全て生家に置いてくる必要があった。名前も、親も、友達も、未練が残らないように。

 けれど、紅翼だけはそれに従わずに、大赦の一人として、幼馴染として、今日も彼女と以前のままで付き合っていた。

 

 

 食事を終えると二人は揃って家を出る。

 須美は先日転入した小学校、『神樹館』へ。

 翼は自分の職場である『大赦』へ。

 行き先は違うが、道が分かれるまでは取り止めのないことを話しつつ進む。

 

「そう言えば」

 

「はい?」

 

 自転車を押しつつ進む翼の隣で須美が首を傾げる。

 

「お役目の他の二人ってどんな子なの?」

 

「あれご存じないんですか?」

 

「『三ノ輪銀』様に、『乃木園子』様でしょ。オレも大赦だ、名前くらいは知ってるさ」

 

 残念ながらお役目の内容は知らないけど、それより、と続ける。

 

「オレが聞きたいのは、鷲尾さんから見た二人のこと」

 

「私から見た銀とそのっち、ですか……」

 

 少し、須美が考え込む。

 

「銀は、破天荒ですね」

 

「ほう」

 

「いつもトラブルに巻き込まれていて、そのせいで自分が損をしても決して、他人のせいにしないんです。人当たりも良くて、クラスの人気者って感じです。あ、あと、弟が二人いて、どっちもすごく可愛がってるんです」

 

「うんうん」

 

「そのっちは、なんというか、自由、ですね」

 

「自由」

 

「ええ。朝私が学校に行くと必ず寝てて、でも遅刻はしてなくて。授業中もうつらうつら眠そうにしてるのに、いざ先生に当てられたらしっかり答えている。正直、私には真似できないです」

 

「みも──鷲尾さんは真面目だものなぁ」

 

「二人とも尊敬すべきところがありますが、でも日常生活は不安なことばかりです。私がしっかりしなくちゃって思うことも多くて───なんですか」

 

「ふふ、いや、ごめんごめん」

 

「あなたが聞いたから話したのに、笑うなんてひどいです」

 

 くつくつと楽しそうに笑う隣の翼に須美が頬を少し膨らませてむくれる。それに、翼が笑いを抑えながら、だってさ、と口を開く。

 

「美森ちゃんがすごく楽しそうなのが、なんだか嬉しくてさ」

 

「え……楽し、そう?」

 

「だって口、笑ってるもの」

 

「……!」

 

「美森ちゃんにいい友達ができたようで、オレは嬉しいよ」

 

 慌てたように僅かに上がった口元を隠す須美の頭を優しい笑みの翼が軽く撫でた。

 

「ちょっとお役目とかで心配してたけどその分なら大丈夫そうだ」

 

「も、もう! 子ども扱いしないでください!」

 

「はっはっは、オレから見たら君はずっと夜自分から読んだ怪談話が怖くて眠れなくなって涙目で布団に潜り込んで来た美森ちゃんのままだよ」

 

「その話はやめてって言ってるじゃないですかぁ!」

 

 紅翼(クレナイ・タスク)は今年で16歳。

 鷲尾(わしお)須美(すみ)は今年で12歳。

 幼馴染という関係と、四年という覆せない年の差は翼の方にいくつか、須美の内緒にしたい過去を握らせていた。

 それでも二人の関係が続いているのは、なんだかんだで須美が翼のことを信頼してるからだろう。

 これで翼が四歳も年下の小学生にお世話されてなければ完璧だった。

 生きていて恥ずかしくないのだろうか。

 

 須美たちがじゃれあっていると少し先に二人で何かを話しながら電柱に背中を預けている神樹館の生徒がいた。

 二人はこちらに歩いてきている須美に気がつくと、大きく手を振りながら名前を呼んだ。

 

「ほら、噂をすればだ」

 

 じゃあここで、と翼が自転車に足をかけた。

 

「んじゃ、いってらっしゃい、美森ちゃん」

 

 ぐぬぬと悔しそうな須美を前に、翼はふと思い出したようにポケットから絆創膏を取り出して手に握らせた。

 

「?」

 

「手、怪我していたでしょ?」

 

「……気づいて」

 

「いつもと箸使い違ったからなぁ」

 

「む、むむ、むむむ……!」

 

 須美が手のひらの絆創膏と、見上げた彼のにこにことした笑顔とを見比べて、不満をにじませたまま鞄から取り出した絆創膏を押しつけた。

 

「おかえし?」

 

「敵からの施しは受けません!」

 

「えぇ……オレも日本男児だぜ?」

 

「米英の言葉を使うような人は日本男児とは言いません!」

 

 それと、と須美が翼の胸を指でついた。

 

「外では『鷲尾さん』! です! 大赦の方なんですから気を付けてください!」

 

「オーケー、ソーリーソーリー」

 

「返事は──」

 

「『はい』な、気を付けます、鷲尾さん」

 

 よろしい、と頷いた須美は「行って参ります」と言い残すと、友達のもとへ駆け出していった。

 その背中を見送った翼は、自転車のペダルを漕ぎ出そうとハンドルを切った。

 

「んん?」

 

 その一瞬、背後を向いた瞬間、自分の影が不自然に揺れた気がした。まるで、急に後ろを向いたせいで体についていくのを忘れてしまっていたかのように、歪んだ。

 

 翼が眉根を寄せて自分の影に触れようとして、ふと手首に巻いた腕時計が目に入った。

 

「あ、やべっ! 遅刻するっ」

 

 慌てたように翼は自転車に乗り直すと、仕事場へと向かって風を切るようにペダルを漕ぎ始めた。

 

 

 

 

 

 大赦についた翼は更衣室で大赦の服と仮面に手早く着替えると、彼の職場扱いの蔵書室で仕事を始める。

 

「ええと、今日の仕事は……おおう、こりゃ大変だな……」

 

 ここには、大赦という組織ができた頃から収集されている数多の蔵書が保管されている。

 そこで、集められたデータをまとめたり、過去の蔵書と照会して上に報告するのが翼の仕事である。

 そう言えば大層な仕事のようにも聞こえるが、データをまとめること自体は誰にでもできることであり、本当に大事な蔵書は既にデータ化されており、この蔵書室にある本はデータ化されていないもの──つまり重要性が低いものばかり──なので、言ってしまえば彼がしているのは誰でもできる雑務の一つだった。

 

「えーと、『データは転送済なのでそれを元手に書き起こされたし』と、なるほど、この前のお役目のやつか」

 

 ぱちぱちと翼が備え付けのパソコンをいじり始める。

 

 ──『お役目』についた三人、鷲尾須美、三ノ輪銀、乃木園子。揃って異常は見られない。心身共に健康。監視しているスマホの会話の内容からも非常に関係は良好と見られる。

 ──多角的なサポートをするために大赦から人員をクラス担任として派遣する。

 ──『お役目』の為の合宿の開始。数日の合宿で無事に当初の目的を達成。

 ──『大赦』の総力を上げて、これからも彼女たちの『お役目』をサポートしていく。

 

 

「…………」

 

 翼は無言で作業を続ける。

 彼は大赦の一員だが、その年若さから、内情については詳しく教えられていない。

 故に彼は大赦だが、知っている知識に関しては一般人に毛が生えた程度だった。

 

 けれど、一年も働けば察することもある。

 

 大赦は四国の人々に何か大きなことを隠している。それは、大赦にいてそれなりの立場の人々ならばみんな知っていて、翼にはまだ教えられていない、大きな世界の秘密。

 

 この変に文字が伏せられた『お役目』、というやつもその一つだろう。

 そして、それに彼の幼馴染みである少女も関わっている。

 

 どの程度使えるかわからない新人につかませていい情報、ダメな情報で仕分けられていた。

 

「あーーー、偉くなりてえなー」

 

 せめてお役目がなんなのかくらいは知りたい。

 

 彼は時折怪我をして帰ってくる須美の姿を見ている。

 お役目に釣り合うように、新しい家族に釣り合うように頑張る須美の姿を見ている。

 立場上須美からお役目の話をすることはできないだろう。

 だから、なんらかの形で力になるには彼が自分の力でお役目のことを知るしかないのだ。

 

 仕事とはいえ、東郷美森と鷲尾家を引き合わせたのが彼だっただけに、その想いは非常に強かった。

 

 目の前の仕事を無心で片付けていると、ぐう、と腹の虫が鳴いた。

 

「……もうこんな時間か」

 

 見れば時計は既に昼休憩の時間を5分過ぎていた。

 軽く伸びをして肩のこりをほぐした翼は朝買ってきておいた適当な菓子パンを取り出す。

 そして特に何も考えずに口に放り込んで咀嚼する。

 昼食、終了。

 

「……鷲尾さんは昼ごはんはうどんが理想らしいけど、生憎大赦の食堂は遠いんだよなぁ」

 

 菓子パンのゴミを適当に机に投げ捨てると、彼は手を洗って書庫の整理を始める。

 この部署に配属されてそろそろ半年。あまり使わないものも多いとはいえ、何かの時に必要になるかもしれない。

 せめてこの書庫の本の内容くらいは頭に入れようという理由から昼休憩の時間にちまちまやっていること。

 

「ーーーーに、ーーーー、ーーー、これとかなんに使うんだろうな……」

 

 古臭い文字で書かれたタイトルを口に出して、一つ一つ並べていく。

 そして、そろそろ昼休憩もが終わりになり、デスクに戻ろうとして、目を見張る。

 

「…………なんだ、これ」

 

 デスクのパソコンの前に、一冊の本があった。

 それは、所々虫に喰われていて、半ば朽ちて、紙をつなぎとめている人もほつれて解けそうになっている、もはや『古文書』ともいえそうな古臭いものだったが、それは確かに『本』だった。

 

「さっきまでは、なかった、よな」

 

 整理しているうちにどこからか落ちてしまったのだろうか。

 

 眉根を寄せながら本を手にとった。それは見た目に反して案外丈夫で、手に持ってみると、その意外な厚さに少し驚いた。

 

 ぺらぺら、とページをめくってみる。

 

「あれ、何も書いてない」

 

 最初から最後のページまで一面真っ白。

 絵はおろか、文字すらもどこにも書いていない。

 

「あ、タイトルはあるな。ええと、なになに……」

 

 表紙に書いてある文字を、半年の間に培われた知識を使って解読していく。

 

「……へい……き、たいへい……『太平風土記(たいへいふどき)』?」

 

 太平風土記。

 そう、翼が言葉にした瞬間、()()()()

 

「ーー! なんだこれ、文字が」

 

 なにも書いていなかったはずのページに突然()()()()()()()()()()

 まるで、元々そうであったように、白紙のページが元あるべき姿へと変わっていく。文字が、刻まれていく。

 

 

 

銀河の星 光の如き巨人

三人の勇者 死した後に

かつて青き紅蓮の星の最後のゆりかごに降り立ち

その光をもって 闇の魔人を討ち払わん

 

 

 

 

 

「銀河の星、光の巨人? 勇者?」

 

 使われている文字を見ると、どうやら8世紀あたり、西暦の時代の飛鳥や平安時代の言語とよく似ているようにも見えた。

 が、いかんせん知らない単語が多すぎる。

 

「取り敢えず報告かなぁ」

 

 どちらにしろこのままにはできない。

 まずはこの不可解な本のことと、その内容のことを報告しなければならない。彼は下っ端。自分の一存で何かを決められるほど

 あわよくば出世の足がかりになれば良いのだが。

 

 ぽりぽりと頭をかきつつ、ひとまず太平風土記について報告書をまとめようとパソコンをいじり始める────その背後で、影が揺らめいた。

 

 

 それはいつの間にか、翼の影に滑り込んでいたものだった。

 それは、歩いていく翼の影からずるり、と身体を引き摺り出した。

 それは、黒いような、紫ががったような、赤みがかったような、そんな不思議な色合いをした靄だった。

 不定形。何かガスのようなものに無理矢理なにか形を宿そうとして失敗したような、そんな輪郭。

 

 それには、それを見た十人が十人が『良くないものだ』と断定するような、根本的な異物としてのおぞましさがあった。

 

 そして、『それ』には意思があった。

 誰かに成り代わって、肉の体を得ようという意思が。

 

 そして、『それ』は、紅翼に目をつけた。

 

 

『いいだろう、今回の身体は君にしよう』

 

 

 ガスが、蠢いた。

 

 それは宙を滑るように浮かぶと、取り敢えず今起きたことを事細かに記している最中の紅翼の背後に忍び寄り、体に取り憑いた。

 

「──っ!?」

 

 身体に悪寒が走る。何か薄暗いものが身体の穴から、心を侵すように侵食してくる。じわじわと、『クレナイ・タスク』としての部分が別の誰かに奪われようとしていた。

 

「あ、がっ、ぎぃぃっ!」

 

 じたばたと翼がその何かを引き剥がそうと手足を振り回すが、相手はガス状の不定形ゆえにどうにもできない。

 

「なん、だ、これっ……!」

 

「もう既に親はなく、防衛隊員の一員。それでいて、一人幼なじみがいる、か」

 

「ーーーッ!?」

 

「いいよ、君すごくいいっ! 君なら最高のヒーローになれるぞおっ!」

 

「おま、えは、なん……」

 

「ふむ、聞きたいか、私の名を。よかろぉうっ! 聞くがいい!」

 

 モヤは、不定形のまま、どこが口かわからないけれど、たしかに声を発して、こう言った。

 

 

「我が名は、『チェレーザ』。()()()()()()()。そして───」

 

 黒い影が、全て翼の体に収まった。

 

 

「今日から私がクレナイ・タスクだ」

 

 

 翼がにやり、と笑って、肩を軽く一回し。

 

「ふう、久々の体だ、まずはこの世界のことを「ぐぎぎぎぎ、ぎぎぎ……」……こほん、まだ意識があったか」

 

「ぐ、う、ぎぎ、がああ……」

 

「……」

 

「くそ、身体が動かせない……!」

 

「…………」

 

「オレの体で何をする気だ!」

 

「いやごめんちょっと待って」

 

「え?」

 

「ちょっとながくなぁい?」

 

「?」

 

「普通こういうのってさあ、こう、私がキリッと『私の名はクレナイ・タスクだ』と名乗ったあたりで君の意識って消えるものじゃないかね?」

 

「いや、そんなの知らないよ……」

 

「いやね、少年、お約束ってあるでしょ。尺、尺考えて。このシーンはヒーロー番組で言えば最初の五分。こんなに長々と引っ張ってたら画面の向こうの人の心掴めないぞぉっ!」

 

「何の話だよ!」

 

 黒いモヤ──『チェレーザ』と名乗ったそのナニカが、大仰な仕草で大きなため息をついた。

 

「いいから私にこの身体を明け渡しなさい! ……くそ、このっ! ええい、抵抗するなっ!」

 

「抵抗しないわけねえだろ! オレの身体だぞ!」

 

「ははーん、わかったぞ少年。実はそっちの荒っぽい話し方の方が素だな? さっきは年下の手前演じてたと見た」

 

「んなの、どうでもいいだろ。いいから、お前は、身体をオレに、返せ…………っ!」

 

「くっ、抵抗を……小癪な!」

 

 人気のない書庫の中で翼の体がお好み焼きの上に乗せたカツオブシのように悶えてる踊り狂う。

 よたよた、よたよた、と主導権を奪い返そうとする翼と、それをさせまいと必死に耐えるチェレーザ、ひとつの体に二つの心があるが故の弊害だった。

 

「あいたぁっ! 足の小指が本棚の角にっ!」

 

「チャンス! 頂いた!」

 

「しまった!」

 

「よっし! 身体を取り戻したぞと同時に走る小指の痛みッ……!」

 

「チャンス! 私のものだ!」

 

「あっ、くそ、また主導権を」

 

「わははは! この身体はいただいたぁ!」

 

「お前マジふざけんなよ!」

 

 チェレーザが身体の主導権を再び取り戻した隙に書庫を出て、大赦の中を走り出した。

 大赦は厳格な組織である。

 大赦の人間は皆一様に仮面でその素顔を隠し、感情を隠す。

 大赦の人間は世界を回す歯車であり、神樹様の手足であり、無機質で冷徹な判断も下せる『大人』でなければならない。

 そのために、人の感情は邪魔なのだ。

 

 だが、そんな大赦で素顔で無邪気に走り回る奴がいたらどうなるか。

 もちろんめちゃくちゃに悪目立ちする。

 

 まあそういうわけでチェレーザ入り翼がばったりと、書庫管理前任の安芸と出会ったのは偶然まじりの必然と言えた。それが幸運であるかはさておき。

 安芸は今来たばかりなのかいつもの眼鏡に、動きやすそうなラフな服装だ。

 

「あなた、こんなところでどうしたのかしら? 仮面は? つけるのが大赦の規則だと教えたはずですが」

 

「む、誰だね君は」

 

(安芸さんだよ! オレに仕事を教えてくれた上司!)

 

「なるほどな。ならば見せねばなるまい、この私の、いやこの新しいオレを!」

 

(ヤメロォ! はやくオレに体返せ!)

 

 眼鏡の向こうの目を細くしている安芸の前で、翼がシュババッ! と無駄にキレキレなポーズを決める。

 

「どうも、愛と善意の伝道師、クレナァイ、タスクです!」

 

「は?」

 

(やめてくれぇ! マジで! 安芸さんの目が痛い! おい! チェレーザァ!)

 

「あ、いいの浮かんじゃった」

 

(なぜ川柳を書き出したァ! フリーダムか! 無限に自由かコイツ!)

 

 翼がポケットから手帳を取り出すと(翼が安芸から教えてもらった仕事のメモが書いてある)を取り出すと、さらさらとペンを走らせる。

 

「『袖振り合うと多少の円』。人との出会いはお金が生じるけど、それに見合う価値があるという意味だよ。どうかな!」

 

「え、ええ、ええと、いいんじゃないかしら……」

 

「うむ! 流石私だ! この調子でどんどん──お前いい加減にしろ! 突然出てくるんじゃないよ! すみません安芸さん変なこと言って! 私の素晴らしい句を下らないとはなんだ! お前は黙ってろ! あ、いや今のは安芸さんに言ったんでなくて……ええい出てこようとするな!」

 

「く、紅くん……?」

 

「か、風邪です! タチの悪い風邪をひいたというか──いいやなにも問題はない。私は至って平常だぞう! だからてめこのっ!」

 

「あの、本当に大丈夫?」

 

 安芸の表情の困惑の色が明らかに濃くなっていく。誰が見ても明らかに今の彼は様子がおかしかった。

 その表情にようやく、翼が今まで必死に取り繕おうとしてた建前を全部ぶん投げた。

 

「安芸さんやっぱオレ体調が優れないので早退しますそれと報告書書きかけですけど近くにある本と一緒に見ておいてくださいそれでは失礼します!」

 

「え、ええ」

 

 一気に捲し立てて走り去る翼の姿を呆気にとられたように見つめる安芸の眼鏡が、ずるりとズレた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翼はチェレーザと体の主導権を奪い合いながら人のいない方、いない方へと走り続けて、なんとか大赦近くの裏山の奥まで走ってきた。

 ある程度人の手は入っているものの、それも最低限。森の中に溶け込むようにある古びた祠の近くの雰囲気がなんとなく気に入ってよく訪れている場所だった。

 

「もうお前、いい加減に……しろっ!」

 

『ぬっ!』

 

 翼が叫ぶとばちん、となにかが切り替わる感覚がした。

 

『私の支配を、抜け出しただとぉ?!』

 

「はあ、はあ、はあ、やっと、押し戻せた……」

 

 息荒く肩を上下させる翼が、大きなため息とともに背中を地面に預けた。

 

「お前なんなんだよ……なんでオレの身体に入ってる」

 

『あのね、少年、しょーーもないことを聞くんじゃないよ。ウルトラマンと言えば人間と同化するものだ。故に私が少年と同化するのもなんら問題はない』

 

「……取り敢えずお前が説明する気がないことはわかったよ」

 

『なにおう?! これほど分かりやすい説明もなかっただろう!』

 

 頭の中でやたらとハイテンションな声がガンガンと響く。

 明らかに今の翼の身体には彼の常識では推し量ることのできない、『ナニカ』がいた。

 

「もう一回聞く、オレにもわかるようにシンプルに答えてくれ。お前はなんなんだ?」

 

『名乗ったはずだ、私はチェレーザ。ウルトラマンだ、とな』

 

「いやお前がチェレーザっていうのはわかった。その、さっきから言ってる『ウルトラマン』ってなんだよ」

 

『なんだそんなことも知らないのかね君は……。やれやれ随分辺鄙な星に流れ着いてしまったらしいな』

 

 なんだかチェレーザが肩を竦めたような気がした。

 

『ウルトラマンとは宇宙からやってきて、そして平和をもたらす『光の巨人』のことだ』

 

「光の、巨人」

 

『地球がピンチのピンチのピンチの連続! もうどーにもならない! というその度にやってきて、その度にたーくさんの怪獣と戦ったんだよ』

 

「じゃあ、お前はその、ウルトラマン、なのか?」

 

『ようやくわかったようだな。ほれ、尊敬しても構わんのだぞう?』

 

「いやそれは嫌だけど」

 

『なにぃ?!』

 

「光の巨人、光の巨人か……」

 

 トントン、と翼がこめかみを叩く。

 

「どこかで、聞いたことがあるような……」

 

 ウルトラマン。光の巨人。

 どちらも聞き慣れないもののはずなのに、なぜか頭のどこかで、否、もっと深い心のどこかで引っかかっている感覚があった。

 

「なあチェレーザ、ウルトラマンってさ──」

 

 翼が心のうちの自称『ウルトラマン』に声をかけようとした時────鈴の音が、空気を揺らした。

 

「ーーー?」

 

 どこか遠くで鳴った無数の鈴が起こした空気の揺らめきは、世界を優しく包むように広がり、木々の触れ合いを、空飛ぶ鳥の羽ばたきを止めていく。

 

 それは世界を守護する神樹の権能。時を止め、理を書き換えることで外敵から世界を守るための戦闘空間を作り出す。

 大赦が『樹海化』と呼んでいるもの。

 

 そうして、四国は色とりどりの木々が覆う世界に()()()()()()()()()

 

 それどころか止まったはずの時間すらも動き始めてしまう。

 

 心の奥が、ざわめく。

 なにか、重大なことが、世界の根幹を揺るがすような何かが起きているような、そんな漠然とした不安があった。

 

「……なんだ、これ」

 

『少年?』

 

「なにかが、来る」

 

 弾かれるように空を見上げて、この終わりかけた世界に────()()()()()()()()()()

 

 空よりやって来た巨人は四国の結界の端、瀬戸大橋を飛び越えて街を望む山中に降り立った。

 そのあまりの大きさと重量に四国中が揺れて、付近の土が大量に巻き上げられた。

 

「銀色の、光の、巨人……」

 

 終わりかけた世界に現れた光纏う赤と銀の巨人。

 

 その一種の神々しさすら感じさせる姿が山間からのぞいた時、翼の中のチェレーザが驚きの声を上げた。

 

『う、ウルトラマンだと!? なぜこの世界にっ!』

 

「ウルトラマンって、さっき言ってた……あれが?」

 

『あれはウルトラマンの中でも別格……全ての始まりの初代ウルトラマンだ!』

 

「はじまり……」

 

『この世界はどこか歪だとは思っていたが……まさかウルトラマンが来る程だったとは……はーあ、やる気なくなった。はーい、おめでとおめでと、君たちの世界は救われました〜〜』

 

「ちょ、チェレーザ?」

 

 戸惑ったように翼が50mに迫ろうかという巨人を見上げる。

 銀の巨人はただひたすらに大きく、神秘的で、優しさに満ちた表情を浮かべていたにも関わらず、纏う光がどこか無機質だった。

 

 ざわり、と胸がささめく。

 

「……チェレーザ、一応聞くけど、あの巨人、本当にオレたちの味方なのか?」

 

『あーん? やれやれ、これだから未開人は困るよ。あのね、ウルトラマンが来たら勝つ! 敵は倒されてハッピーエンド! それは決まってるの』

 

「じゃあ聞くけど、あの巨人、『何』と戦いに来たんだ?」

 

『?』

 

「だって、今ここにはあの巨人と戦えそうな敵なんて、何もいないぞ」

 

『え、いやそれはこう、なんか、助けに来たー、みたいな。む! ほら、ウルトラマンが動き出したぞう! きっと今から怪獣がやってくるに違いない!』

 

 ウルトラマンがゆっくりと歩みを進める。その一歩は、大きく大地を揺らし、それだけで翼は立っていられず、たまらず近くにあった祠に掴まった。

 

 ふと、巨人が近くでちっぽけな人間が自分を見上げているのに気がついた。

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「え?」

 

 温度35万度。亜光速の属性を宿した白い光は空気を焼き焦がしながら直進する。

 それを、ただの人間である翼が避けられるはずもない。

 

 だが、それは運良くーーー本当にただの偶然で、僅かに上に逸れて、翼のいる後ろの山を大きくえぐり、吹き飛ばした。

 その余波で翼もまた吹き飛び、掴まっていた祠も粉々に砕け散る。

 

『な、あれは、まさかーーー!』

 

 だがその拍子に、祠から『あるもの』が転がり出て来たのを、チェレーザだけが気づいた。

 

 チェレーザは瞬時に身体の主導権を一瞬だけ奪い取って、空中でそれに手を伸ばそうとして、一瞬で光の粒子になってどこかに消えてしまった。

 すかっと虚空を腕が掴んで、そのままバランスを崩した翼がごろごろとあたりを転がる。

 

「うわああああああっ!」

 

『くそう! なぜ消えた! 私がいる! アレがある! それはもう私にウルトラマンになれという運命だろぉっ?! 何故消えてるんだ』

 

「なにやってんだ、お前!」

 

 喚くチェレーザを尻目に、翼が必死に痛みを堪えて顔を上げて、二発目のスペシウム光線を構えるウルトラマンを見た。

 

「ーーーあ」

 

 白い光線が、発射される。

 

 今度こそ避けれない。目の前に『死』という現実だけがあり、それに彼は抗うことはおろか、走馬灯を見る暇すら与えられない。

 

 その他大勢の一人である翼には、死を受け入れることしかできない。

 

 

 そして、スペシウム光線が炸裂して、翼の視界は真っ白に染め上げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光線を撃ったウルトラマンが十字に組んだ腕を解いて、目線を街の方へと滑らせると、空を飛んで街中に着陸。

 ただ地面に降り立つだけで道路は陥没し、水道管が破裂して、近くに停めてあった乗用車が一つ残らず横転した。

 

 巨人はまだ攻撃もしていない。ただ、降り立っただけ。先ほど山を吹き飛ばしたような凶悪な威力の光線の片鱗すら見せてない。

 けれどそれすらも、神樹に守護されるだけのか弱い人間の世界では脅威だった。

 

 ウルトラマンが光を束ね、一つの輪を作り出し、急な巨人の出現に戸惑う人々の方へと投げようとする。

 八つ裂き光輪。

 ウルトラマンの数多い技の一つであり、万物を切り裂く処刑の刃。

 

 それが無慈悲に振るわれ────けれど、それを許さない『勇者』たちがいた。

 

「さ、せ、る、かぁぁぁぁぁっ!」

 

 鮮やかな紅蓮が走り抜けて、巨人に炎斧を振るった。

 

「わっしー! サポートお願い!」

 

 紫電の槍が盾へと変わり、放たれた光輪を受け止めた。

 

「任せてそのっち!」

 

 紺碧の少女は、弓に矢をつがえて、巨人に次の光輪を撃たせないように矢を放つ。

 

 神樹からの力を授かり世界を守るための力を振るいし、赤、青、紫の、三人の『勇者』。

 

「おー、かったいな。アタシの武器が刺さってる感じが全然しない」

 

「さっきの光の輪っかもすごい威力だったんだよ〜。今でも手がビリビリしてる〜」

 

「どうして、神樹様の樹海化が起こらないのかしら……」

 

「うーん、神樹様もついつい眠たくなっちゃったのかなぁ」

 

「いやそんな、園子じゃないんだぞ……」

 

「春ってぽかぽかしてて、お昼寝も気持ち良くて〜、お布団もおひさまの匂いでふかふかでたくさん寝れて二倍お得〜」

 

「そのっちは本当にブレないわね……」

 

「えへへ〜、そうかな〜」

 

「てか、こんな街中で戦ってるけどアタシたちの姿とか、みられてないよな……?」

 

「そこは神樹様が少し私たちの認識をずらしているらしいわ。他の人たちには私たちの姿は見えてないそうよ」

 

「あれれ〜、そういうことはできるのになんで樹海化はしてくれないのかな〜」

 

「確かになんでだろうな……っ! 危ない!」

 

 一旦銀色の巨人と距離をとっていた勇者たちに向けて、大きな拳が振り下ろされ、三人が素早く散開する。

 

「まー、いつもと違うところは多いけど! しっかり守らないとな!」

 

 赤の勇者、『三ノ輪銀』が双斧を肩に担いで、不敵に笑う。

 

「それが私たちの『お役目』だもんね」

 

 紫の勇者、『乃木園子』は身の丈に迫る槍をくるりと回して、穂先を巨人へと向ける。

 

「ここから先には、通さないッ!」

 

 そして、青の勇者、『鷲尾須美』は弓に力を溜めて、一気に銀色の巨人へと解き放った。

 

 紅蓮の炎斧、紫電の槍、紺碧の弓、巨人の銀の光が混じり合い、街を淡く染め上げる。

 

 勇者たちは強い。力が、心が、今この世界にいる誰よりも強い。

 けれど、銀色の巨人はーーー『ウルトラマン』は、それよりも強かった。

 

 ウルトラマンが全てを切り裂く光輪を放つ。園子は先ほどのように盾に変えた槍で受け止めようとして、がり、と光輪が盾を噛んだのを感じる。

 

「ーーーっ!」

 

 園子は瞬時に角度を修正して空に打ち上げるが、勢いを殺しきれず地面を滑るように吹き飛ばされていく。

 

「園子っ! こん、にゃろぉっ!」

 

 斧に備え付けられた巴紋の加速とともに、銀の双斧が炎に包まれる。

 彼女は前衛型の勇者、つまり現在の勇者の中で最も火力が高い。

 その一撃は当たればそれだけで勝敗を決することすら可能である。

 

 故に、巨人は銀に触れさせない。

 

 ウルトラマンが()()()()()()

 

「な、はや────うわぁっ!」

 

 始まりの巨人、『ウルトラマン』。彼は、飛行速度マッハ5、走行速度でさえ時速400キロメートルを超える。

 人の動体視力で追える速度など、とうにこえている。

 

 巨人の手刀が飛びかかろうとしていた銀に振るわれ、それが咄嗟に十字に重ねられた斧で防がれる。

 

「ぐ、嘘だろ──」

 

 けれど、勢いが殺しきれない。

 銀が巨人の手刀に弾かれて、まるでゴム毬のように飛んでいく。

 

「銀!」

 

 

 須美が牽制のため数本の矢を速写するが、ウルトラマンは前傾姿勢で転がるように避けると、そのまま流れるように手から細い光弾を発射する。

 

「──っ!」

 

 地面が吹き飛び、須美が弓をとりこぼす。

 

(このバーテックス、今までとは比べ物にならないほど強い……!)

 

 銀色の巨人は、その力を存分に振るう。

 その巨体を生かして、逃げ惑う人たちに恐怖を刻み付け、街を破壊する。

 それはその身体の使い方としては至極正しいもののはずなのに、致命的に似合っていなかった。

 

 何故なのか分からないが、見た人が皆「コレが本当の姿なのか?」と疑ってしまうほどに、致命的な違和感がそこにあった。

 

 けれど、『ウルトラマン』が手を緩めることはない。

 

 彼は、まだ立ち上がれていない須美に向けて、銀色の巨人が腕を十字に組んで、照準を向けた。

 

「わっしー!」

 

「須美!」

 

 二人が須美を呼ぶが、それで何かが変わるわけではない。

 

 巨人は慈悲なく、光の光線を撃ち放つ。

 

「ーーーあ」

 

 人を害するにはあまりにも美しすぎる光と、それに相反する濃密な死の気配。

 須美が迫りくる死に思わず目を瞑って顔を逸らす。

 

 一秒後、訪れる死を見据えられるほど、彼女は強くなかった。

 

「ーーー?」

 

 けれど、数秒経っても死が訪れることはなかった。

 

 おそるおそる須美が目をあけて、光線を撃ち続ける銀色の巨人と、それを寸前で受け止める濃密な人型の闇を見た。

 

「…………闇」

 

 ぽつり、と須美が呟く。

 本質的に自分たちとは力の根源が別の、禍々しい何か。

 

 銀色の巨人と相対する、漆黒の巨人ーーー否、漆黒の『怪獣』。

 

 おぼろげな輪郭。纏われた漆黒の闇。まるで影法師をそのまま切り抜いたかのような立ち姿。

 

 光の巨人にはあまりにも遠く、けれども既存の常識ではあり得ない。

 

 故に、それを表現する言葉は『怪獣』以外にあり得ない。

 

 須美がそれを闇だと直感的に感じ取れたのは、彼女が勇者であると同時に、神の声を聴く巫女としての資質を持っていたからか、それともまた別の理由なのか。

 

 

 

 まるで神話の一節のように、『闇の怪獣』と『光の巨人』が相対する。

 

 

 

 揺らめく闇が、巨人の光線を受け止め続けて、途中で無理やりに払った。

 光の粒子が空ではじけて、まるで雨の如く降り注ぐ。

 

 闇が、輪郭が未だはっきりしないままの身体で崩れ落ちそうになる。だがすぐに、まるで息を切らしたように、肩にあたる部分を大きく上下させながら、震える足で立ち上がる。

 

「──ヘェアッ!」

 

 だがその最中、まるで怨敵を見つけたかのように、ウルトラマンが声を上げて、追撃の容赦のない必殺の一撃(スペシウム光線)を叩き込んだ。

 

「ーーーーー」

 

 闇の叫びは、声にはならない。

 けれど、その光線のあまりの威力に体を構築する黒いモヤのようなものが少しずつ、少しずつ吹き飛んでいく。

 

 けれど、逃げない。下がらない。

 後ろに、少しも光線の撃ち漏らしをやらない。

 

 まるで、自分の後ろにいる少女を、『鷲尾須美』を庇護するかのように、ひたすらに必殺の一撃を耐え続けていた。

 

 ウルトラマンの胸の青いタイマーが赤く点滅を始める。

 

「────ヘェアッ!」

 

 巨人が叫び、光線の威力が増していく。

 闇の体が次第に解けて、空中に溶けるように消えていく。

 理由は全くわからない、でも、黒い闇は何故か鷲尾須美をウルトラマンの攻撃から守ってくれていた。

 

 困惑したような須美が、言葉を漏らした。

 

「私を、守ってる、の……?」

 

 その言葉に、ほんの少しだけ、闇のような何かがこちらに顔を向けたような気がした。

 

「ーーーーー」

 

 しばらくして、ついにスペシウム光線の圧力に屈して、闇が膝をついた。

 もうその輪郭はおぼろげで、もはや霞のような濃さの闇しか身体にはなく、触れば溶けてしまいそうだった。

 

 ウルトラマンが光線を止めてゆっくりと歩みを進める。

 胸のタイマーを点滅させながら、大地を大きく揺らして。

 

 生み出される『八つ裂き光輪』。手の中に出現した光輪は、まるで処刑人が罪人にそうするように、首を狙って構えられた。

 

 闇は拳を握ってウルトラマンへと向かっていこうとするが、ダメージが濃いのかぶるぶると震えるだけで、立ち上がることは愚か、動くことすらできない。

 

 そして、怪獣(やみ)巨人(ひかり)との戦いは、運命のように敗北する怪獣によって幕が引かれる。

 

 ウルトラマンの『八つ裂き光輪』が、怪獣の首をはねる。

 

「そんなの、駄目ぇっ!」

 

 闇の体の脇を抜けて、一筋の光線が駆け抜けた。

 

 射ったのは須美。守ってくれた怪獣に戸惑いながらも、何故だか()()()()()()()()()と感じた故の行動だった。

 

 須美の矢がウルトラマンの腕に刺さって爆発する。

 それはほとんどダメージを与えるには至らなかったが、怪獣の首をはねようとしていたウルトラマンの手を狂わせるには充分な威力だった。

 

 光輪が首をずれて怪獣の肩を浅く切り裂いていく。

 

「ーーーーー!」

 

 闇の怪獣が、声ならぬ声で叫ぶ。最後の力を振り絞り、拳を握って、ウルトラマンの胸の赤く光るタイマーを殴りつけた。

 その一撃に、この戦いが始まって初めてウルトラマンが怯んだ。

 

「ーーーーー」

 

 その瞬間、時が止まる。

 

 羽ばたく鳥も、逃げ惑う人も、木々の触れ合いも、完全に静止して、止まった世界に花が散る。

 

 ウルトラマンが花にて鎮められる。

 神樹の発動した権能が、遍くが止まった静謐の中で巨人を包み、彼の体を作り出した者のもと──四国結界の外まで送り返した。

 

 花散る寂寞の中、光の巨人と闇の怪獣が、空気に溶けるように、散る花に混ざるようにして消えていく。

 

 

 そして、世界が目を覚ますと、戦いは全て終わり、大きく傷つきながらも、日常が帰ってきていた。

 

 その中で、一人の少年だけが未だ非日常の中にいた。

 

「なんだ、今の……」

 

 人気のない裏路地で先ほど怪獣がウルトラマンに切り裂かれた場所と全く同じような傷を負っている紅翼が、ふらふらと歩みを進める。

 

『はー、なにをしとるのかね君は』

 

 心の奥から、チェレーザの声が聞こえる。

 

「なに、がだよ……」

 

『さっき()()()()()()()()()()()()()()

 

「…………」

 

『なーんで、あの子を守ったりしたのかね? さっさと避けて反撃した方が百倍良かっただろう?』

 

「そんなの、できるはずない、だろ」

 

『はー、だめだめ! 全然わかってない。いいかね、戦いはねいつでも命がけなんだよ! そこで一人の犠牲を許容できないのは本当のウルトラマンではなーーい!』

 

「おまえ、ちょっと、だまれ、よ…………」

 

『なにぃ! 私の力を借りておいて……んん? 気絶した? こら! 少年が倒れたらどうやって動くんだ! せめて私に体を渡してから倒れてくれなきゃ困るぞ!』

 

 翼が怪我のあまりの痛みと、過度にかかった疲労に限界を超えて路上で気を失うように倒れてしまう。

 

 そんな彼の前に、三人の少女たちが偶然通りがかる。

 

「はー、今日のもなかなかハードだったなぁ」

 

「だって樹海化なしだもんね〜。びっくりしちゃった〜」

 

「……同じようなことがなければいいのだけれど」

 

「須美は心配性だなぁ。だいじょーぶだいじょーぶ! 次は神樹様が上手くやってくれるって!」

 

「もう銀、楽観は禁物よ。今回私たちは、あの巨人にほとんどダメージを与えられなかったんだから」

 

「ふーむ、一理ある。あの黒いやつと戦ってくれたからたすかったけど、次も出てくるかはわかんないしな」

 

「あの黒いもわもわ〜、なんだか柔らかそうだったね〜。お布団にしたら気持ちよさそう〜」

 

「そんなこと考えるのは園子だけだろうな……」

 

「ええ〜そうかなぁ。ぐっすり眠れそうなのに〜、ほら、ちょうどあそこの人みたいに」

 

「え? あ、ほんとだあんなとこで寝てる……んじゃなくてあれ倒れてるんだろ?!」

 

「わわっ、ほんとだよ〜」

 

「……もしかして、紅さん?」

 

「えっ、それって、須美が時々話題に出してた『あの』紅さん?」

 

「あー、わっしーにぞっこんの人〜」

 

「ちょ、ちょっとそのっち! そんなこと一度も」

 

「そんなことより早く起こしに行ってあげようよ、わっしー」

 

「そんなことよりって、あー、もう!」

 

 少女たちが少年の元へと駆け出していく。

 

 

 

 こうして、物語は始まった。

 

 

 これは、地球が神に見捨てられてから数百年、一人の少年と、三人の少女と、一人の宇宙人が出会い、定められた未来へと歩む、世界最新の神話である。

 

 

 

 そして多くの場合、神話の、その結末は────

 

 




 


 敵はウルトラマン。
 守るべきは勇者。
 そして彼は、怪獣。


『███████████████』

クレナイ・タスクが変わった闇の怪獣。
詳細不明。




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2

 

「力とは、他者を圧し、支配するためにある」
     溝呂木眞也(ウルトラマンネクサス)





 

 

 夢を見た。

 一番最後に『美森ちゃん』と会った日のこと。

 

「お久しぶりです、鷲尾さん」

 

「よく来てくれた、ありがとう、翼くん」

 

「いえ、父の名代です。お気になさらず」

 

「それでは、そちらの子が……」

 

「はじめまして、鷲尾須美です」

 

「これは利発そうなお嬢さんだ。じゃあ、中で少し話そうか。翼くんも……」

 

「いえ、私はここで。父にもそう言われているので。……ここで待ってるから、終わったら来てな」

 

「……うん」

 

 親に頼まれて鷲尾家まで美森を連れて行ったのは自分だ。

 鷲尾家とは面識もあったし、当時小学四年生の彼女の付き添いとしては彼は最適とも言えた。

 

 美森は小さい頃から大和撫子であることを心掛けていたし、性格も融通が利かないところはあるものの、基本生真面目で人を思いやれる優しい子だ。

 そんな彼女のことを鷲尾家のご両親は大変気に入って、とてもよくしてくれたそうだ。

 

「すごく、良い方達だったわ」

 

「そっか」

 

「私が養子に来てくれるととても嬉しい、と」

 

「そっか」

 

「私が嫌なら自分たちの方から断りを入れておく、とも」

 

「……そっか」

 

 それ以上は美森は何も言わない。翼も何も聞かなかった。ただ手だけを繋いで、彼女を送り届ける。

 

 きっと美森がこの一件を断ることはないだろうと、そう思った。

 

 神樹に選ばれることはこの上ないほどの幸せなことだ。

 東郷家にも多少の援助が出るだろうし、何よりそれは『東郷美森』にしかできないことなのだ。

 神樹さまを信仰し、敬愛する彼女が断るとは思えなかった。

 

 沈む夕日と黄昏の境界でぼんやりと影が伸びて夜に溶けていく。

 

 繋いだ手の温かさだけが、彼女とのつながりを感じさせてくれていた。

 けれど、それもいつか離す時が来る。

 

 東郷家の家の前で二人の手が離れた。

 

「じゃあ、また」

 

「うん、また」

 

 解いた手を小さく振って、美森に背を向けて、近くの自分の家に帰っていく。

 その道すがら、ふと後ろを振り返ると、まだ手を振って見送ってくれている美森がいた。

 

 それが『東郷美森』と紅翼の最後。

 

 小さな女の子だった。本当に小さな、守ってあげたい、女の子だった。

 

 故にクレナイ・タスクは、あの子を、『美森ちゃん』を一人にしたくないと、強く思った。

 

 

 

 

 

 

 

「……さん……れ……い……」

 

「う、ううん……」

 

「くれ……さん……」

 

「う……」

 

「紅さん!」

 

 ぴしゃりとした声が眠気に微睡む頭に差し込まれる。

 

「やっと見つけましたよ、紅さん」

 

「……美森ちゃん?」

 

 目を擦りつつ半身を起こすと、そこには既に神樹館の制服に身を包む少女がいた。心なしかその表情は険しげだ。

 

「えーと、おはよう?」

 

「……おはようございます」

 

「えーと、ここどこ?」

 

「私の家の客間です」

 

「家っていうと……東郷の?」

 

「鷲尾の家です、当たり前じゃないですか」

 

「え? あーそっか。あれ? じゃあなんでオレはここに?」

 

「翼さん、外で倒れてたんです。しかも、昨日の夜から今朝方まで全く起きなかったんですよ」

 

「外で倒れてた……」

 

 言われて、ようやく昨日の記憶が蘇り始める。

 光の巨人、三人の勇者、そして、自分が闇の怪獣になっていたこと。

 そして、自分の中にいる傍迷惑な奴のことを。

 

「あれ?」

 

 ふと、気づく。

 

(怪我がない……?)

 

 昨日のウルトラマンと戦った時の切り傷が跡形もなくなっている。服の中を見てみても傷跡はおろか、痛みすらもまったくない。

 素人目に見ても全治一ヶ月はかかりそうな怪我だったのだが。

 

 眉根を寄せた翼が須美に怪我のことを聞こうとして、とんでもなく冷たい目が向けられているのに気付いた。

 翼が恐る恐る問いかける。

 

「鷲尾さん、怒ってる……よね?」

 

「別に?」

 

「……ほんと?」

 

「本当に怒ってませんけど? ちょっとお灸を据えたいくらいで」

 

「やっぱ怒ってるじゃん……」

 

「そもそも、怒るなって言う方が無理な話です!」

 

 須美がお灸を据えると言った時はそれが比喩や冗談ではないことを彼は知っていた。

 彼女はやると言ったらやる。やたらと古典的で何から何まで本気なのだ、翼の幼馴染みは。

 

「怪我はしてないのにずっと起きないし、お医者様はただの疲労だって言われたけど、それでも脳に異常があるんじゃないかって、かと思えばいきなり部屋を抜け出してどこかに行ってしまうし、探し回った挙句部屋にまた戻ってみたら何食わぬ顔で寝てるし……」

 

「え? 部屋を抜け出した? オレが?」

 

「とぼけても無駄ですよ。朝来た時寝床にいなくて屋敷中大騒ぎで……そんな怪我でどこに行ってたんですか?」

 

「いやいやいやいや、記憶ないって! ほんとに? オレが?」

 

「誤魔化されませんよ」

 

「鷲尾さんの見間違えとかじゃない? そもそもオレが起きたのついさっきなんだぜ?」

 

「見間違えなんかじゃありません! 夜ずっと側にいたのに、朝起きたらいなくて……すごく驚いたんですから」

 

「え?」

 

「あっ」

 

 ぱっと、須美が失言を抑えるように口元に手を当てたが、覆水は盆に帰らない。発した言葉はばっちりと翼に聞こえてしまっていた。

 

「……もしかして夜通し?」

 

「な、なんことですか」

 

「ほっぺたに突っ伏して寝たあとついてるよ」

 

「えっ、嘘?!」

 

「うん、嘘」

 

「……紅さんは意地悪です」

 

 ふいっと須美が顔を背けると黒髪が揺れて、その間からほのかに染まった耳が除いた。

 どうやら本当に夜通し側にいてくれたらしかった。

 翼が布団の上で居住まいを正して正座になると、須美に向けて深々と頭を下げる。

 

「鷲尾さん」

 

「…………はい」

 

「心配かけてごめん」

 

「じゃあ倒れてた理由も朝無断でいなくなった理由も教えてくれるんですよね」

 

「…………」

 

「そこはすぐに答えて欲しかったです」

 

「えーと、オレも一応大赦だから、色々あるわけなんだよ……今何も聞かずに納得してくれると嬉しい」

 

「……お父様に頼んであなたをここまで連れてきたのは私です」

 

「感謝してる。ありがとう」

 

「私がいなかったらあなたはどうなってたかわからなかったんですよ」

 

「そうだね、鷲尾さんが通りがかってくれて幸運だった」

 

「…………ものすごく、心配、したのよ」

 

「ごめん」

 

 そこで、翼が少しだけ顔を上げて「でも」と言葉を続ける。

 

「オレは、美森ちゃんに嘘をつきたくない」

 

 だから、ごめん、と再び頭を下げる。

 これ以上今は話せることはないと、そう伝える。

 

 翼はそれ以上言い訳を重ねることも、適当な嘘でお茶を濁すこともしない。

 もっと上手いやりようはいくらでもあるだろうに。須美を安心させるようなことを言っておけば丸く治っただろうに、敢えてそれをしなかった。

 必死に誠実であろうとして、結果とんでもなく不器用になってしまっているような、そんな印象があった。

 

「こういう時に限って美森ちゃんって言うんだもの。ほんとにずるい」

 

 誰にも聞こえないような音量で小さくつぶやいて、やがて、須美が深々とため息をついた。

 

「朝食、作ってきます」

 

「鷲尾さん」

 

「……今回限りです。次同じことがあればちゃんと話してもらいますから」

 

「……ありがとう」

 

「はぁ、どうせこのあともいつもみたいに大赦のほうに行くんでしょう? お父様達には私から伝えておくので、朝ごはん、一緒にどうぞ」

 

「いや、それは流石に悪い──」

 

「私に散々心配かけたのに朝ごはんまで食べずにいる気ですか」

 

「む…………」

 

「せっかくですし出来立ての玉子焼き、食べていって下さい」

 

 そう言われてはとても断れない。大人しく頷いて朝食をご馳走になることにする。

 

「着替えは洗ってそこに置いてありますから」

 

 須美が客間から去っていく。須美の姿が見えなくなって、足音まで聞こえなくなってしまうと、翼は目を閉じた。

 そして、途中からやかましく話し続けているのをガン無視決め込んでいた体の同居人に声をかける。

 

『おい! なんとか言いたまえ! ええい無視するな! このロリのヒモめ! 馬鹿正直になんでも態度に出して! ウルトラマンならもっと上手く誤魔化さんか! 誠実が美徳だとでも思ってるのかぁ! ……本気で無視しているな。まったくなんでこいつはこんなに自我が強いんだか。わかってない。あまりにわかってないよ。はー、疲れた。仕方ないオーブさんの名乗りの練習でもするか。あー、オホン、俺の名はオーブ! 闇を照らして、悪を撃つ!  うん、ウルトラマンポインツ120ゥゥ!』

 

「…………」

 

 やっぱやめた。

 

 

 

 

 

 

 鷲尾家で朝食を食べ終わった頃、大赦から翼の携帯に昨日の一件に関するメールが入った。

 翼は鷲尾家の人たちに今回の一件のことを丁寧にお礼を言うと、その足でそのまま大赦へ。上司である安芸の元へと向かう。

 

「簡潔に聞きます」

 

 大赦の服に身を包んだ二人が翼の職場でもある書庫で向かい合う。

 

「あなたは昨日鷲尾須美、三ノ輪銀、乃木園子の三名──勇者たちが光の巨人、闇の異形と戦う現場に居合わせましたね?」

 

「…………」

 

「沈黙は肯定と捉えます」

 

 安芸は言葉を続ける。

 

「あなたは昨日は私と会った時業務を切り上げて帰りましたね」

 

「……すみません」

 

「いえそれを責めるつもりはありません。昨日のあなたは誰がどう見ても様子がおかしかった。それが体調不良による影響と考えれば、納得できるものもあります」

 

 なにおう! と騒ぎ出したチェレーザを押し込めつつ、翼はバレないように内心胸を撫で下ろした。

 一番心配していた昨日のチェレーザとの入れ替わりを落ち着けてくれるならば、まだこの宇宙人との付き合いも考えていける。

 

「ですが」

 

 だが、そんな翼の安堵を打ち消すように安芸が平坦な声音で質問を重ねる。

 

「昨日光の巨人が戦闘を行った場所は、あなたの家からは正反対の位置にあります。加えて言えば、光の巨人が現れた時点で避難勧告が出ていたたはずです」

 

「ーーー」

 

「あなたは大赦の立場にありながら虚偽の報告を行い、更には避難勧告にも応じなかった。何故ですか?」

 

(やばい……!)

 

 背筋を汗が流れた。

 これは答え方次第によっては、今まで築いてきた信頼はおろか、下手すれば大赦という組織からも追い出されかねない。

 

 大赦は厳格な組織である。

 全ては世界のために本人の意思を廃し、隠し、神樹様へと奉仕する。

 そこに、個人の感情で揺れ動くような不確定な駒はいらない。噛み合わない歯車はシステムを回すのに邪魔でしかなく、ただ当たり前のように排斥されるだけだ。

 

『こいつは実は大赦としての仕事を果たせない』

 

 そう判断された時、おそらく翼は大赦を辞めなければならなくなる。

 それはイコールで、『鷲尾須美』の『お役目』について知る機会を失う事になる。

 

(それは、駄目だ)

 

 感情を表に出さないように努めながら、翼が拳を握る。

 

(駄目だ……だけどなんて言えばいい。鷲尾さんと違って頭下げて許してもらえる相手じゃない)

 

 どうする、どうする、と自問する最中、心の中でやかましい声が聞こえてきた。

 

(少年、困っているようだな)

 

(うるさい黙ってろ)

 

(こ、こいつ……! 私がこの窮地に手を貸してやろうというのに!)

 

(お前が? オレを?)

 

(困っているのだろう? この私に任せておけ、ウルトラマンにこのような『そういえばお前いなかったけどなにしてたの?』というような事態はつきものだ。この私の百戦錬磨の手管を用いて乗り切ってやろぉう!)

 

(そんなの、信じられるかよ)

 

(では何かいい案でもあるのかね?)

 

(それは……)

 

(今は私が君で、君は私だ。君の問題は私の問題にも直結するのだ。少しは信じたまえ)

 

(……わかった。じゃあ、任せる。変なこと言うなよ)

 

(お前の声が我を呼ぶ!)

 

 表と裏が、切り替わる。

 チェレーザがかっと目を見開いた。

 

「安芸さん、説明をさせてください」

 

 びし、と翼が指を立てた。

 

「昨日私は体調が優れず家に帰っていました。そう、ちゃんと帰っていた! 虚偽の報告などなかった! 一刻も早く家に帰り体調を整えて明日の業務に励もう! そう、思っていました……」

 

 翼が目を遠くにやって、歌舞伎役者の如くよよ、と体を崩れさせる。

 

「だがその時! 天から降り立つ光の巨人! 

 それを見た時に私の心は震え立ちました! あの巨人が暴れると多くの人が涙を流すだろうと! それは許されないと! 故に私はを助けに行ってしまった! 

 自分の身の安全よりも大切にしなければならないものがあったからです!」

 

 そこまで話すと、ふう、と一息。

 

「ですが、助けようと走り出した時運悪く少女たちの姿を目にして足が止まってしまい、巨人の攻撃の余波で吹き飛んでしまったのです。

 私は無力だ。それに人を助けるためとはいえ結果として規律を破ってしまった。罰せられて当然の男です……」

 

 静かに翼が目元を抑えた。

 別に涙は出ていない。演出だ。

 

「ですが私にも人を守ろうとする意思が」

 

「紅くん」

 

「故に──」

 

「紅くん、説明はもう結構です」

 

「アッハイ」

 

 すごすごとチェレーザが心の中に帰ってくる。

 

(…………完璧だったな!)

 

(脳味噌お花畑か?)

 

 どう見てもグダグダだった。

 

(ああくそ、こんなので誤魔化せたわけ……)

 

「わかりました、昨日の説明については結構です。次はあなたが報告書を書いていた太平風土記の件ですが──」

 

(誤魔化せたァ?!)

 

(嘘だー!? よっしゃー! ほらみろ! 私に感謝しろぉ!)

 

(お前もちょっとびっくりしてるじゃんかよ!)

 

「紅くん?」

 

「あ、はい、すみません」

 

 取り敢えずチェレーザのおかげでなんとか急場を凌げた翼。

 そんな翼に安芸は淡々説明を続けていく。

 

「昨日あなたが見つけたというこの本……『太平風土記』。確か、いつの間にか机の上にあったと言うことでしたね」

 

「はい。本棚の整理をしていたらいつの間にかあって、どこからか落ちたのかな、とも思ったんですがどうもそうではないっぽいんですよね。安芸さんもご存知ない、ですよね」

 

「ええ、私も初めて見るものです」

 

「ううむ、謎は深まるばかり……」

 

「確かにこの本は不可解なところも多いですが、わかったこともあります。

 大赦の中央の古いデータベースを調べた時に、これと同じタイトルの書物についての情報が載っていました」

 

「ーーー!」

 

「けれど…………」

 

 安芸が、言いかけて言葉を濁す。

 

「安芸さん?」

 

 まるで、本当に翼にこれを伝えていいのか迷うように。

 けれど、やがて、覚悟を決めたように強い瞳で翼を見据えた。その瞳に、もう迷いはない。

 

「太平風土記は────」

 

 そして、その本の真実を、翼に伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話が終わると安芸は太平風土記を翼に預けて、今の職場である神樹館へと向かった。

 

 太平風土記はしばらく翼のもとに預けられることとなった。

 もとよりどこにあったかも不明のものであるし、何より使われている文字が古く今の大赦でも解読ができるのは安芸など一部の人間しかいない。

 それならばなるべく手が空いていて、この本を見つけた翼のもとにあった方が都合がいいと判断されたのだそうだ。

 

 それに伴い、今まで秘されていたいくつかの情報も翼に開示された。

 

 四国の外からやってくる未知の敵バーテックス。

 そしてそれと戦うために神樹に選ばれた勇者(しょうじょ)たち。

 翼の知りたかった多くの秘密が明かされた。それは彼の念願であり、最低限の信頼を勝ち取れた証として喜んでいいものだった。

 

 けれど、それよりも、深く心に残ったものはあった。

 

「……安芸さんの言ったこと、でも、ほんとに……けど神樹様の……」

 

『なーにを、ブツブツ一人で言っとるのか』

 

「チェレーザ」

 

『いいかね、ウルトラマンは悩まない! へこたれない! しょーもないことをずーっと引きずってるようでは本物ではなーい! なので失格! 君はウルトラマン失格!』

 

 ぎゃーすかと騒ぎ出すチェレーザに翼がため息をつきつつ、パソコンの電源を入れた。ぶぅんと低い音を立てて起動する少しの待ち時間の間に、ふと翼が一つのことを思い出す。

 

「てか、聞くタイミング逃してたけど、チェレーザ、お前オレの身体勝手に使っただろ」

 

『む?』

 

「朝鷲尾さんが言ってた、オレがいなくなってた云々って、お前が原因しか考えられないんだよ」

 

 

 

 ーーーーー

 

「怪我はしてないのにずっと起きないし、お医者様はただの疲労だって言われたけど、それでも脳に異常があるんじゃないかって、かと思えばいきなり部屋を抜け出してどこかに行ってしまうし、探し回った挙句部屋にまた戻ってみたら何食わぬ顔で寝てるし……」

 

「え? 部屋を抜け出した? オレが?」

 

「とぼけても無駄ですよ。朝来た時寝床にいなくて屋敷中大騒ぎで……そんな怪我でどこに行ってたんですか?」

 

「いやいやいやいや、記憶ないって! ほんとに? オレが?」

 

 

 ーーーーー

 

 

 翼は昨日倒れてから朝目覚めるまでの記憶はない。

 けれど、須美は勝手に翼が出歩いたのだという。

 ならばその答えは一つしかあるまい。

 

「お前がオレの体を勝手に動かして何処かに行った。そして、気付かれないうちに帰ってこようとして失敗した……違うか?」

 

『バレては仕方ないな。朝運良く少年の体を動かせそうだったからな。まあ、あの少女にバレてしまったのは誤算だったな』

 

「……そういうの、気を付けてくれよ」

 

『うん? 身体を勝手に使ったことか? それはそもそもだね、君が私のウルトラマンとしての──』

 

「違う。そっちじゃない」

 

 チェレーザの言葉を遮るように、翼がかぶりを振った。

 

「オレが言いたいのは鷲尾さんを心配させたことだ」

 

 翼が起き上がったパソコンにパスワードを打ち込みながら、静かに続けた。

 

「そういうの、ほんとにやめてくれ」

 

 それだけを言って翼は黙り込んだ。チェレーザに答えは求めていないようだった。

 

 そんな彼に感じ入ったものがあったのか、チェレーザもまたそれ以上何も言わなかった。

 宇宙人といえど男同士通じ合うものがあったのかもしれない。

 

(こいつめっちゃあの少女のこと好きだな。さてはロリコンか?)

 

 気のせいだった。特に通じ合っていなかった。

 

 

 時間は過ぎる。

 

 頭によぎる嫌な考えたちを押し除けるように一心不乱に目の前の仕事を片付ける。

 

 けれど、どうしても集中しきれない。

 

 しばらく無言で両の手をキーボードの上で踊らせていたが、同じミスが七つほど重なったタイミングで、翼が根負けしたようにがチェレーザの名を呼んだ。

 

「チェレーザ」

 

『うん?』

 

「夢じゃないん、だよな」

 

『少年がさっきから勇者鷲尾須美を勇者マジお墨! と打ち間違えてめっちゃ勇者を推している人みたいになっていることなら夢じゃないぞ』

 

「いやそうじゃなくて!』

 

『それとも、私たちが気付いたら巨大な怪獣になっていたこと、か?』

 

「……やっぱ、そっか』

 

 ウルトラマンが『スペシウム光線』を撃った時、確かに翼は爆発に巻き込まれていた。

 それは普通の人間であれば絶対に死んでいたようなものであったが、何故か彼が次気づいた時には街中で『闇の怪獣』として立っていた。

 

 何故そうなったかも、どうやって必殺の光線から逃れられたかもわからない。

 

 あの時は目の前の鷲尾須美を助けることに必死でとてもそんなことを考えている余裕はなかったが、少し落ち着いた今ならばいくつか首を傾げるところも出てくる。

 

「一応聞くけど、お前の能力じゃないんだよな?」

 

『当然だ。私はあのような巨大になる力など持っていない』

 

「やっぱそうか」

 

 どうやらチェレーザ由来の力ではなかったらしい。なんとなく違うだろうとは感じていたものの、否定されてしまうとどことなく当てが外れた気分になる。

 

『では逆に聞くが少年、あの力、君のものだということはないかね?』

 

「は? オレの?」

 

 何を言ってんだ、という感情があからさまに声音に宿る。

 

『あれは私由来の力ではない。それは断言できる。ならば、君の力だと考えるのが妥当な流れだろう』

 

「いやオレ普通の日本人なんだけど……」

 

『はーーーーーーーー、底抜けの阿呆かね、君は』

 

「めっちゃ深いため息つかれた」

 

『あのね、少年。自分の異常さがよくわかってないみたいだから教えてあげるけど、『普通の日本人』が、私の支配に耐えられるはずなんかないだろう』

 

「え?」

 

 チェレーザは『精神寄生体』である。

 その本体は意思持つ黒い霧であり、生まれた時から肉の体など持ってない。

 故に、彼らは肉体を持つ別の生命に寄生し、体を奪って己のものへと変える。

 それは基本、本人の抵抗など無視して、容赦なくその体を奪い取る。

 

 けれど、『クレナイ・タスク』は違った。

 

『私に体を奪わせないで? 挙げ句の果てには私を体の奥に押し込める? はっきり言おう、君は『異常』だぞ』

 

「…………けど」

 

『あーはいはいはい、わかってるわかってる。君が何も知らないのはよーーーくわかってる。だからね、私は一つの推論を立てたわけだ』

 

「推論?」

 

『少年はウルトラマンがスペシウム光線を撃った時、砕けた祠からアイテムが転がり出てきたのを覚えているか?』

 

「ああ、なんかチェレーザがぎゃいぎゃい騒いでたやつ……」

 

『覚えてるなら上等だ。アレはな、使用者をウルトラマンへと変える変身アイテムなのだ』

 

「ーーー?!」

 

『ふっふっふ、驚いてるな。アレは遥か遠い宇宙で私が心血を注いで作り上げたありがたーーーいアイテムなのだが……まあ、ひとまずそれはいいだろう』

 

 「肝心なのはアレがここにあるということだ」とチェレーザは続ける。

 

『アレは私が手を伸ばそうとするとどこかに消えてしまった。なぜか? 答えは一つだ、私より前に選ばれた使用者がいたのだ』

 

 いなかったら私が選ばれてないはずがないからな、とチェレーザが続ける。

 

「えと、つまり、チェレーザはオレがその使用者で……ウルトラマンになれるって、そう思ってるってこと?』

 

『あ、いやそれは違う違う』

 

「違うのかよ!」

 

『いいかね? 君はあくまでも使用者! ウルトラマンになるのは私。わかるかね? 君と言う人間の体で私の力を解放する。オーケー?!』

 

「いやわかんねえけど……」

 

 にわかに信じがたい話だ。

 ただでさえ眉を潜めてしまうような『ウルトラマンに変わる』アイテム。しかもそれを使えるのがクレナイ・タスクであると言う。

 

 翼としては、もう少し信じる根拠が欲しいところだ。

 

『根拠ぉ? そんなもの今あげたのの他に何がいると言うんだ、全く。

 はーやれやれ、ならば、とっておきのを出してやろう』

 

 チェレーザがキリッとと完璧なキメ顔(心の中のことなので本当にしたかはわからないのだが翼はそんな雰囲気を感じ取った)で、言い放つ。

 

『君が、このウルトラマンとなるべき私とーーー融合した少年だからだ』

 

「…………」

 

『シナリオの流れ的に間違いない。うぅん! 新番組! 『ウルトラマンオーブダークノワールブラックシュバルツ』が始まる予感をひしひしと感じるぞう!』

 

「…………」

 

『こらっ! なんとか言えっ!』

 

「何言えってんだよ……」

 

 白けた目をしている翼に、チェレーザが心の中から蹴りを入れる。

 

『ほら、取り敢えず私の言うことを信じなさいっての! ほら、変身ポーズして、アイテム呼び出して! はいはいはい、少年の! ちょっといいとこ見てみたい!』

 

「はぁ? 呼び出すって、何を?」

 

『いいかぁ?! ウルトラマンってのはな、いざって時、遠くにあるアイテムを自分の意思で呼び出すものなんだぞう! だから、君もできて然るべき! はい、じゃあ私の名乗りに続けて〜〜〜!』

 

「いや、待てって! オレはそんなの欲しくなんか……」

 

『本当に? さっきの太平風土記の一件を考えれば、そんなはずないと思うが』

 

「──っ」

 

『ウルトラマンはこれからもきっと来るぞ。その度にあの勇者たちは戦いに行くことだろう。見たところ、君にできることはなさそうだが。

 ……さて、()()()()()()()()()()()()()()()?』

 

 あの巨大な光に、鷲尾須美たちが戦いを挑むのが許せるのか。

 ただでさえ昨日の戦いは壊滅仕掛けだったのに、自分は何もしなくていいのか。

 あの訳もわからずなった『闇の怪獣』ではない、悉くを打ち倒す『力』が欲しくないのか、そう、チェレーザは問いかけていた。

 

 そんなの、答えは決まっていた。

 

「…………わかった。どうすればいいか教えてくれ」

 

 チェレーザが笑った。

 

『ようし! では私の後に続くんだ! 決め台詞と共に! アイテムを自分の手元に呼び寄せろぉう!』

 

「お、おう」

 

俺色に染め上げろ! ウルトラマンオーブダークノワールブラックシュバルツゥ!  はい、セイ!」

 

お、俺色に染め上げろ、ウルトラマンオーブ……オーブ……オダブツー

 

『やる気あるのか君は!』

 

「いや長すぎんだよ! 覚えられるわけねえだろ!」

 

『そんな泣き言を言っていいのか! その顔はなんだ! その涙はなんだ! その涙でこの地球が守れるのか!』

 

「別に一ミリも泣いてねえよッ?!」

 

『ウルトラマンはね、いきなりの初変身でも完璧に決め台詞を言って見せなきゃならんのだよ? 練習させて貰ってるだけありがたいってもんだろう?』

 

「だからなんの話だよ……」

 

 チェレーザと翼が「いいかね、ウルトラマン、オーブ、ダーク、ノワール、ブラック、シュバルツ」「オダブツ?」「シュバルツ!」というしょうもないやりとりをやりつつ、気を取り直して2回目へ。

 

『いくぞ少年! 声を合わせろ!』

 

「ああ! 行こうチェレーザ!」

 

「『 おれ色に染め上げろ! ウルトラマンオーブダークノワールブラックシュバルツ! 』」

 

 二人の声が重なる。

 重なる声は想いを束ねて、彼方へと力を繋げていく──! 

 

 

 そして、特に何も起こらなかった。

 

「…………」

 

『…………』

 

 一分経ち、二分経ち、三分たった。

 

 もちろんその間キレキレのポーズを決めたままの翼のもとにアイテムが来ることはなかった。

 

「来ないんですけど」

 

『そ、そんなはずは……ええい! もう一回だ! 声を合わせろぉ! 行くぞぉ!』

 

「え、いやちょ──」

 

『せーの、さんはい!』

 

「お、オレ色に染め上げろ! オ──」

 

「あの、『太平風土記』のある書庫ってここで──」

 

「ーーーーぶぅ…………」

 

「え、く、紅さん?!」

 

「わ、鷲尾さんなんでここに……」

 

「あ、あの、安芸先生からここに行けば次の敵のことについて教えてもらえるって聞いたんですけど……」

 

 書庫の扉に手をかけて中に入ろうとしていた須美が、キレッキレのポーズを決めている翼を見てそっと目を逸らす。

 

「お邪魔だったみたいですね。すみません、私、何も見てませんから」

 

「待って! その優しさ発揮させるの待って!」

 

「ねえねえ、わっしー何が見えたの〜?」

 

「聞かないでそのっち。私はあの人の尊厳を守ってあげたい」

 

「須美が果てしなく遠い目をしてんな……」

 

「ちょ、説明させてくれぇ!」

 

(はーあ、何をしとるんだね、君は)

 

(この一件だいたいお前のせいだろ!)

 

 

 

 

 

 

 

「紅くん、きちんと上手くやってくれたかしら」

 

 安芸は勇者たち三人の向かった書庫へと思いを馳せる。

 紅翼は安芸直属の部下であり、やや愚直なところはあるものの、勤勉な態度から非常に好感を持っていた。

 問題は鷲尾須美と少々距離が近すぎることだが、弁えるところは弁えているはずだ。

 

「流石に仮面を外したりはしないでしょうしね」

 

 絶賛仮面を外してキレキレのポーズをしているところを見られているなんて知る由もない安芸は、翼が訳した『太平風土記』の写しへと目を向ける。

 

 そして、彼にこの本の真実を伝えたときのことを、思い起こす。

 

 

 

 ーーーーー

 

 

 

「太平風土記はただの古文書などではありません。遡れば『大赦』ができた当時、巫女でもあった上里家の当主様が書かれた由緒正しいものようです」

 

「そんなものがなぜこの書庫なんかに?」

 

「理由はわかりませんが、()()()()()()()()()()については、一つの答えを出すことができます」

 

「どういう……?」

 

 対面で首を傾げる翼に、安芸が太平風土記を開いて差し出した。

 

「あなたなら読めるわね?」

 

「は、はい。でも、これが何か?」

 

「昨日のあなたなら気づかなかったことも、今なら察せるものがあるんじゃないかしら?」

 

「え?」

 

 言われて、もう一度文に目を通して、再びゆっくりと訳していく。

 

 

 

 

 ーーーー

 

 

銀河の星 光の如き巨人

三人の勇者 死した後に

かつて青き紅蓮の星の最後のゆりかごに降り立ち

その光をもって 闇の魔人を討ち払わん

 

 

 

 ーーーー

 

 

 

 

 そして、全てを読み終わったとき、言葉を失った。

 

「これ、まさか……」

 

 銀河の星、光の戦士。

 死した三人の勇者。

 そして、闇の魔人。

 

 翼の胸が早鐘を打つ。

 

 チェレーザは、昨日降り立ったウルトラマンを『輝く銀河の星、光の戦士』と呼んだ。

 ウルトラマンは、鷲尾須美たち三人の勇者と戦った。

 そして、『黒き怪獣』は『光の戦士』と相対した。

 

 わかったようね、と安芸が小さく頷いた。

 

「この古文書は神世紀の初めに、298年後の未来を見通した神樹の巫女によって書かれた()()()よ」

 

 神には神通力によって未来を見通す力がある。

 それは国津神由来の神の集合体である神樹もまた持ち合わせている能力である。

 そして、神樹に選ばれた巫女はその未来を限定的にではあるが聞き取る力を与えられている。

 

 ならば、巫女だったという上里家の先祖ならば、このような予言も書けるのかもしれない。

 

 

 太平風土記。

 それは今、光もたらす巨人によって、勇者が、大赦が、人類が遍く滅ぼされるという絶滅の予言を記していた。

 

 

 

 

 





『太平風土記』
数多の地球に散見される『怪獣について記した』古文書。
ウルトラマンオーブの世界においては過去の預言者が見通した未来の出来事を記した本である。
解読にはそれなりの知識を要するが、ネット上で公開、翻訳されているものも多い。
この地球においては大赦の巫女である上里家の人物によって記されたとされている。



『ウルトラマン』
始まりの光の巨人。
M78星雲光の星の勇士『ウルトラ兄弟』最強のウルトラマン。
彼の撃つ必殺光線『スペシウム光線』は全てのウルトラマンの基本となる技ではあるものの、彼はこれを必殺技と言えるレベルにまで磨き上げている。
その実力は全ての宇宙でもトップクラス。
始まりの名前は、伊達ではない。


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3

「お前が怪獣にしかなれないのは、お前の中の魔性がそうさせるのさ」
   バクバーバ(ウルトラマンR/B 前日譚『青い瞳の少女は灰色を名乗った』)


 

 

 

 翼が担当している書庫の管理はもともと安芸が担当する業務の一つだった。

 安芸は未だ若いながらも大赦で重要な位置についており、その分年々仕事は増えていた。

 そんな仲彼女に『次世代の勇者の監督者として神樹館に教師として赴くこと』という任務が言い渡された。

 これは彼女の年齢から見れば破格の任務であり、イコールで大赦からの彼女への信頼と期待の証だった。

 

 けれど、そうなると少し困ったことが出てくる。

 

 今まで安芸がやっていた仕事だ。

 

 小学校に教師として通うことになればその分業務は加速度的に増える。小学教員の勤務時間は優に10時間を超える。大赦のバックアップが多少なりともあるとはいえ、

 とてもではないが今まで行っていた業務を全てこなすのは不可能だろう。

 

 ならば安芸が小学校に行くまでに誰かにある程度引き継ぎを行わなければならないな、となって。

 たまたま最近入って神樹への熱い想いを語っていて、上層部からの覚えの良かった翼に仕事が割り振られて。

 

 安芸と紅翼は上司と部下という関係になって、彼女の仕事のノウハウをビシバシ叩き込まれたのだった。

 

 そういう訳で、安芸には及ばないまでも、それに近いことができる翼に、別件で手が離せない「勇者たちと次の戦闘の対策を立てなさい」という指示が出されたのは自然とも言えた。

 

 つまり、彼は安芸の穴埋めであると同時に、サポート要員でもあるということ。

 

「では勇者様方、安芸さまに変わり今回は私がサポートさせて戴きます」

 

「わあ、メール見た途端流れるような仕草で仮面つけたよ」

 

「アタシ達おにーさんの顔見ちゃったんすけど」

 

「いえ、それは幻覚ですね」

 

「あー、そっかぁ、幻覚かぁ……って、なるか! なんならニコニコ笑顔でジュースまで出されましたよ!」

 

「それも幻覚ですね」

 

「雑! 誤魔化し方が雑!」

 

「ジュースおいしいね、わっしー」

 

「え、あ、そうね」

 

 勇者達三人を適当に書庫の中にある椅子に座らせると、長机の上にジュースとお菓子を出して、自身も引っ張ってきた椅子に腰掛ける。

 今の翼は大赦の白と緑を基調とした装束に身を包み、顔には神樹を表す絵が描かれたのっぺりとした仮面がつけられている。

 須美も知る大赦の神官たちの服装だ。

 何も初めて見る服ではないが、知った声が無機質な仮面の向こうから声をかけてくるのは、どうにも落ち着かない。

 

「紅さん、あの、仮面、つけたままなんですか?」

 

「ノー、みも……鷲尾様、今のオレは大赦の神官なので。あと、紅さんも無しで」

 

「今更じゃないですか」

 

「規則なので。守らないと安芸さんに怒られてしまう」

 

「そんなイタズラがバレる小学生みたいなこと……」

 

 呆れたような須美の横で、ひょっこりと『三ノ輪銀』が顔を覗かせる。

 

「でもそれって結局アタシ達が告げ口しなかったら済む問題なんじゃないんですか?」

 

「いやでもな……」

 

「別に誤魔化しときゃいいじゃないですか。ばっちり仮面つけて話しましたーって」

 

「もう銀、嘘をつくよう唆さないの」

 

「須美さん、そうお固いこと言いなさんなって、さっきからおにーさんが仮面つけてるのが気に入らないのバレバレだから」

 

「なっ──」

 

「ほらほら、須美だって目ぇ見て話さないと落ち着かないって言ってますよ」

 

「べ、別に言ってないわよ!」

 

 隣で「銀!」「わかってるわかってる」「わかってない!」と言い合っているのを、「二人とも仲良しだねえ」とのんびりした調子でジュースを飲んでいた『乃木園子』が口を開く。

 

「あのー、わっしーにぞっこんのヒモさん〜」

 

「…………え? それオレのこと? あんまりにもなワードに脳内の理解が追いつかなかったんだけど」

 

「うん、そうだよ〜」

 

「いやオレは鷲尾さんにただ朝飯を毎日作って部屋の掃除とかをして貰ってるだけの……いや冷静に考えるとそれだけでもかなりやべー奴だな」

 

 てかなんでこの子たちもそのこと知ってんのよ、と翼が頭を抱えるのを見ながら、園子はほわほわと蝶々が止まりそうな柔らかい声音で言葉を繋いでいく。

 

「仮面つけるのがルールっていうのはわかってるけど、私たちに礼を尽くすって言うなら私たちが話しやすい方に合わせてくれた方が嬉しいな」

 

「む……」

 

「ルールは大事だけど、それはみんなが上手く動くためで、逆に融通が効かなくて、動きにくくなっちゃったら意味ないんじゃないかな〜」

 

「──へぇ」

 

 仮面の向こうで、感心したように翼が声を漏らした。

 

「アリさんは、ルールの中で動いてるよね〜。凄いよね〜、かっこいいよね〜」

 

「うん、そうだね」

 

「だよね〜」

 

「…………え? 話終わり? ルールの話とかに繋がるんじゃないの?」

 

「サンチョのお友だちを買うのはね、ひと月に一個って決めとくと長く楽しめるのと一緒なんだよ〜」

 

「ごめんサンチョって何?」

 

 園子の独特なテンポに押されながら、翼が根負けしたように仮面を外して、軽く息を漏らした。

 おおっ、と銀と園子が湧き立つ。

 

「おおー、外した」

 

「君たちの方が筋が通ったこと言ってますから。

 あ、でも、自己紹介とかは、プライベートで会う機会があればで。これ、あくまでも仕事だし、そこんとこは勘弁ね」

 

「ええ〜」

 

「紅さん呼びくらいは譲歩するから許してくれたまえよ。鷲尾さんも、いい?」

 

「……あまりお仕事の邪魔をするのも本意じゃありませんから。こちらこそ我が儘を言ったようでごめんなさい」

 

「いやいや、こっちこそ悪かった。次からは気をつけるよ」

 

 三人の勇者と一人の少年は改めて顔を合わせて話を再開する。

 

「さて、勇者様方が聞きたいのは次の戦いの参考になりそうなこと、どういう認識で良かったですか?」

 

「はい、安芸先生がもしかしたら次の戦いの参考になるかもしれないから聞きに行っておきなさい、と」

 

「うんうん、そこら辺はメールで頼まれた通りですね」

 

 頷きながら翼は思考を巡らせる。

 

 今、未来の予言書たる太平風土記の管理を任されてるのは翼だ。

 つまり、この安芸の指示は『勇者に太平風土記について教えろ』という意味になるのだろう。

 

(太平風土記に書いてあるのは巨人についての文言だけだ。悪いけどオレにはこれが勇者たちの打開の手立てになるとは思えない。

 けど、わざわざ安芸さんがオレに仕事を振ったってことは、上からの通達と……敵の分析、そして対策を類似のデータベースから探せってこと、かな。たぶん)

 

 もちろん翼の提案がそのまま素通りすることはないだろうが、勇者たちや安芸の思考の叩き台くらいにはなるはずだ。

 

(それに太平風土記の予言は……)

 

 思考を整理し終わると、とんとん、とこめかみを叩く。

 

「んじゃまあ、オレの手元にある情報から」

 

 翼はデスクのノートパソコンを三人が見えるように置くと、昨日の光の巨人と勇者たちとの戦闘の一シーンを再生する。

 

「おっ、アタシ達だ! しかも勇者服の!」

 

「ミノさんの武器はかっこいいよね。ぐおーっと回って、ぶわーっと燃えるやつ」

 

「こんなのいつの間に?」

 

「大赦ですから。少しお願いすれば街中の監視カメラの映像くらいは持ってこれます」

 

「へえ〜、迷子の犬とか探すときに便利そうだねぇ」

 

「もう、そのっち真面目な話をしてるのよ」

 

 とんとん、と翼がこめかみを指で叩きながら巨人への所感を話し始める。

 

「オレが見るにあの巨人の脅威は大きく二つです」

 

「あ、アタシあんま賢い方じゃないから簡単に言ってくれると助かるなー、とか」

 

「じゃあ簡単に。

 一つ、体がデカい。

 二つ、攻撃が強い。

 以上です」

 

「シンプル! わっかりやすい!」

 

 ウルトラマンの身長は40m。

 鷲尾須美の身長は1.51mであるところを考えると、その身長差は約二十五倍。

 もちろんそれだけの身長差があるということは、純粋に力の差にも出てくる。

 須美達は武器を構えそれを満身の力を込めて振るわなければならないが、対してウルトラマンは脚を下ろすだけで人間を殺すことができる。

 勇者達が神の力によって多少は耐久なども上がってるとはいえ、巨人からの圧力にどれだけ耐えられるかは、あまり試したくない。

 

 それに幾度か見せた『スペシウム光線』や『八つ裂き光輪』のみならず、牽制のような光弾ですらまともに受ければただでは済むまい。

 

「聞けば聞くほど勝ち目が薄いように見えますね……」

 

 翼と軽く敵の情報のすり合わせをしていると、次第に須美が表情を曇らせていく。

 そんな須美の背中を、励ますように銀が叩くとにっかりと笑って見せた。

 

「心配すんなって! 勇者は気合と根性! この三ノ輪銀様がばっちり追い返してやるって!」

 

「銀……」

 

「うんうん、今度は黒いモヤモヤさんがいなくてもあのおっきい人、追い返せるように頑張ろう!」

 

「そうそう! 須美の援護、頼りにしてるんだから頼むぜ?」

 

 頼り甲斐のある笑顔の銀。

 ほんわかと安らぐ笑みの園子。

 そんな二人の笑顔に須美の強張っていた表情もいくらか和らいでいく。

 

 そして、今挙げられた問題や映像を見ながら、三人で対策を話し合い始めた。

 

 そこからは彼女たちがいかに心を許し合っているかがふとした態度や話し方で伝わってくる。

 翼も適宜補足やアドバイスを送りながらも、頭は別のことでいっぱいだった。

 

(やっぱり、いい友達ができたんだな)

 

 昔から頭が固くてあまり人と親しくしてなかった彼女に本当にいい友達ができたんだな、と彼はかなりじーんとした。

 

 彼もそんな彼女を勇気付けたくて、ほんの少し大赦の職員の範疇を飛び越えて、励ましの言葉をかけた。

 が、それが良くなかった。

 

「鷲尾様達ならちゃんとウルトラマンにも勝てますよ」

 

 薄い笑みを添えて、励ますようにそう言った時、こてんと園子が首を傾げた。

 

「ウルトラマン?」

 

「ウルトラマンって、なんですか?」

 

「あ、えーと、それは太平風土記に……」

 

「太平風土記って、安芸先生が言ってた?」

 

 じーんとしていたせいか、話すつもりがなかったところまでうっかりこぼしてしまう。

 本来『ウルトラマン』という単語はチェレーザだけが知るものであり、この地球には存在しない言葉だ。

 もちろん誤魔化そうと思えばいくらでもごまかせたのだが、翼はよりにもよって『太平風土記』の名前を出してしまう。

 

「そういえば、『太平風土記』って紅さんがお持ちなんですよね? それって私たちに見せてもらう事ってできないんですか?」

 

「え、それは、見せられる、けど……」

 

 しまった、と思ってももう遅い。

 流れが変わってしまった。

 

(ミス、った……!)

 

 嘘をつきなれてないが故の失態。

『今オレは隠し事をしてます、ごめん』と、須美に頭を下げるような翼だからやらかしたポカ。

 

 翼はこの場で三人に『太平風土記』を見せるつもりはなかった。

 何故なら、それはまだ年端もいかない少女に見せていいものだと思えなかったから。

 

 故に、最初に彼女たちの戦う姿を見せた。

 上手くいけばそのまま太平風土記に触れないまま乗り切れるかもしれないと思っていたから。

 

 だが、彼女達自身が見たいと言って仕舞えばもう止められない。

 

 安芸から『太平風土記』の名前が出ている以上、勇者に予言を教えることは大赦の上層部の意思と言ってもいいだろう。

 それは暗に『勇者に危機感を持たせろ』という達しであることも、見えている。

 

(でも、オレは)

 

 ちらりと、翼は不思議そうにこちらを見ている須美を見る。

 

「ーーー?」

 

 思考を巡らせる。

 そして、先ほど『ウルトラマン』のことで表情を曇らせていた須美の表情を思い起こして、彼は一つの苦し紛れの結論を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なあ、チェレーザ、ほんとにこの辺りなのか?」

 

『なんだ、私を疑うのかね?』

 

「別に嘘ついてるとは思わないけどさ……」

 

『ならばせかせか探せぇい!』

 

「……ったく、鷲尾さん達との話の時もやかましく話し続けてたから来てやったってのに、なんでそんなに偉そうなんだよ」

 

 仕事が終わり日も傾きかけた頃、翼はチェレーザに言われるがまま、昨日ウルトラマンが現れた裏山へと足を運んでいた。

 

「やっぱ無いんだけど」

 

『むう、呼ばれても現れないということはここら辺に転がってるかもとは思っていたんだが……』

 

「てか今朝オレの体で探しにきたんだろ?」

 

『その時は祠の方を調べるのがせいぜいだったのだ』

 

「祠……ああ、あの壊れちゃったやつ」

 

 結局チェレーザの言うアイテムとやらは見つからなかった。

 凝り固まった腰を軽く叩いた翼は、荷物を背負って山を降りて歩き出す。

 

「変な祠だったよな」

 

 扉があったため何かを保管しているかもしれないとは考えていた。けれど、見た限り誰かが定期的に管理している様子もなかったし、一度大赦で調べてみたこともあるが、データベースにも何も載っていなかった。

 チェレーザもそこらからは特に何もわからなかったようだし、とことん謎が多い。

 

「それが蓋を開けてみればウルトラマンになれるアイテム、か」

 

『ふ、言うなれば扉を開けてみれば……とでも言うべきか。

 ! いい句を思いついた! 今から言うから記録しておくんだ少年!』

 

「あー、腰いてー」

 

『こらっ、無視するな!』

 

 歩きにくい半ば獣道のようになった山道を歩く。

 

『そう言えば、だが』

 

「うん?」

 

『結局あの娘たちには予言のことを教えなくてよかったのかね?』

 

「……別に教えなかった訳じゃない。いくつか単語を伏せただけだ」

 

『詭弁だな。少年の上司が一番教えて欲しかったところは伏せた部分だったろうに』

 

「じゃあ正直に言えって? 『君たち三人の勇者はは死にます。巨人が勝ちます。四国も滅びます。それでおしまいです』って」

 

 出来るわけがないだろ、と吐き捨てるように溢した。

 

 結論から言うと、翼は須美達に予言のことを教えた。

 けれどそれはほんの一部だった。

 

 光の巨人がやってくること。

 勇者三人がそれと戦うこと。

 闇の魔人とやらが現れること。

 

 それだけだ。勇者の死も、世界の滅亡にも触れていないし、上のことすらも深く解説しなかった。

 

 ギリギリだ。安芸の指示を聞きつつ、勇者達に絶望を与えすぎない限界を見極めて話した。

 

『勇者の精神状態に悪影響が出かねない情報を与えるべきでない』、そう言えばなんとか説明はつくかもしれないという建前をつけた、私情も大いに混じった判断。

 

『……はー、君のようなのがいると組織の運営は本当に厄介だとしみじみ思うな』

 

「しみじみとか言いながら心に響き渡るようなデカい声で話すな。なんだって言うんだ、まったくさ」

 

『ぶぅぇっつにぃー? ただなんで別に入りたくもなさそうな大赦とかいう組織に入ってるのかはなかなかに疑問ではあるな。金がなかったというわけでもあるまい?』

 

「そんなの大赦の一員となって世界を守る神樹様に奉仕したいからに決まってるだろ」

 

『うすっぺらー』

 

「こいつマジ腹立つな」

 

『だって、少年、大赦なんてどうでもいいだろう?』

 

「そんなこと、ねえよ」

 

『じゃあ、なんで私のことを大赦へと報告しなかった』

 

「──ッ、それは」

 

『まあ私にとっては好都合だからどうでもいいが、それで大赦に忠誠心がありますは嘘だろ〜』

 

「……るせえ」

 

 勝手に体に入ってきて出ていこうとする気配もない。厄介な同居人だった。

 山を降りた翼は、近くに停めてあった自転車に跨ると、真っ直ぐ家に帰ろうとペダルに足を乗せ漕ぎ出す。

 だがその途中、ふと思い立ったように家とは反対方向、瀬戸大橋の方へと漕ぎ出した。

 

 瀬戸大橋。

 それは翼が教えられた本来の勇者とバーテックスの主戦場。今までも幾度か勇者たちが敵と戦ったのだという。

 本来は神樹の力で樹海化しているため一般人である翼たちはその目で見る術はないが、四国の防衛線とも言える砦なのだ。

 

 今では四国の外につながる橋を渡ることはできず、吊るされた無数の鈴鳴子と、大赦に認められた名家の名が刻まれた石碑があるだけの場所である。

 

 刻まれた名前は、『乃木』、『三ノ輪』、そして『鷲尾』。

 

 それを、翼はじっと見つめる。

 

「ずっとオレたちは守られていた」

 

 まだ年端もいかない少女が命を賭して世界を守っている。神樹に奉仕している。

 同級生たちが親に甘えている間も、当たり前のように遊んでいる間も、勇者たちは訓練を重ねて、傷を負って戦い続けていた。

 

 その事実が翼の心を揺らす。

 本当はずっと胸の奥にしまっていて、誰にも言おうなんて思わなかった、本音の部分が意図せず覗いてしまう。

 

 誰かに、今の気持ちを話しておきたくなってしまう。

 

「……なんでオレが大赦に入ったのかって、聞いたよな」

 

 心の内で今も自分の話を聞いているであろう相手に、先ほどはごまかした答えを伝える。

 

「オレはさ、『知る』為に大赦に入ったんだ」

 

 二年前、幼馴染みの少女が自分の目の前から去った。

 理由は『いつかあるお役目のため』としか教えてもらえなかった。

 

 悔しかった。

 

 あの小さな背中が背負った重荷を一緒に背負ってあげられないことが、それを見ているしかない自分が。

 

 だから、大赦に入った。

 

「二年、二年だ。二年もあの子の抱えていたものを知ることすらできなかった。

 そして今は……知っても、何もできない自分がいる」

 

 遠くの、大橋の向こうで沈み行く夕日を睨みながら、拳を握る。

 

「力が欲しいかって言われると、わからない。

 オレはただ、あの子を一人にしたくなかっただけだったから」

 

 確かに昨日翼は光の巨人と戦った。

 その時の記憶はおぼろげで、なぜそうなったのかも、どうやったら再びあの力を使えるのかもわからない。

 

 だから、きっと勘違いだったのだ。

 自分はチェレーザの言うような『選ばれた』存在ではなかった。

 

 何もできない。無意味で、無価値が『クレナイ・タスク』の本質だ。

 

「……チェレーザの言うことは、本当は合ってた」

 

 知ってるだけ。見てるだけ。

 本当にやりたいことなど、できもしない。

 

「……オレは、神樹への感謝からではなくて、あの子の力になるために大赦に入ったんだ」

 

 その言葉は他の誰にも聞かれない。この場にいる翼と、その胸の中のチェレーザ以外には。

 

『ふわーあ、ねむ、あ? 話終わった?』

 

「てめぇぇぇぇ! お前から聞いてきたことだろうが!」

 

『いやだって、もう、スケールがね、小さい! もう小さすぎる!』

 

「くそっ! お前なんかにまともに答えたオレが馬鹿だった!」

 

 ゲシっと翼が苛立つように道端の小石を蹴り飛ばす。

 もう二度とこいつにまともに話すのはやめようと心に決めて自転車に足をかける。

 

『何を怒っとるんだね』

 

「うっせえ」

 

『あー、わかったわかった、そう怒るな。まったく、君の持つスケールが一々小さいせいだろうに』

 

「スケールが、小さい?」

 

 チェレーザの言葉にペダルにかけようとしていた足が止まる。

 

『うむ、だってそうだろう。

 少年はあの胸だけおっきい子……鷲尾ォォ、須美? とかいう少女を守るために大赦に入ってる。それで普通の大赦の人間は、神樹とやらを守るために働いてる。

 そんなのね、私に言わせればスケールが小さい!』

 

 陽気な独特のテンポで、チェレーザは続ける。

 

『どーせ、人間なんてウルトラマンになれんのだ。なら夢くらいもっとでっかく持ちたまえ! 小さい夢ばっか見てるようではいつまで経ってもちーいさいしょーもないやつにしかなれんぞう!』

 

 チェレーザはこの地球に詳しいわけではない。

 この世界の本質が見えたわけでも、そのすべてを知った訳でもない。

 けれど、「なんだこいつらやたらと考えてる規模が小さいな」とは思っていた。

 ついでに「ウルトラマンではなくてなんかよくわからん樹が信じられてるのも気に入らんな」と思っていた。

 

 故に、チェレーザはチェレーザらしく、無責任に言い放つ。

 

『少年よ、大地を抱け! 

 地球のようにでっかい心を持つことで、せめて気持ちくらいはウルトラマンに近づけろ、という意味だ! 

 ちっさいなりにやる事やりたまえ! 少年たちが夢を持つことくらいこのウルトラマンである私が守ってやろう!』

 

「……オレの身体に居候してる癖によく言うよ」

 

『そ、それは、時がくれば解決する! これでも私は変身アイテムを一から作り上げたこともある男だ! もう一度設備と金さえあれば……』

 

「はいはい、そーだな」

 

『あっ、本気にしてないな! いいかね──』

 

 翼が言ったことは表沙汰にすれば大赦への翻意の一端である。けれど、チェレーザは余所者で、大して大赦側の事情について考えようとしていない。

 だからこそ、無責任に「お前はもっと欲張りになれ」と言ってしまえる。

「そっちの方がウルトラマンらしいから、自分の宿主ならそうしておけ」と。

 

 チェレーザが言うのは余所者の理屈だ。

 

 だけれども、その理屈は意図的に鷲尾須美のことしか見ようとしていなかった翼にとっては、眼から鱗で。

 そして同時に、その幼子のような理屈は、耳に心地よかった。

 

『む、その態度はなんだね! 人がせーっかくありがたい話をしている最中だと言うのに!』

 

「あ、いや、悪い悪い」

 

 思わず翼が頭をかいた。

 

「ただ、お前と話すのが無駄だって言ったのは、ちょっと撤回しようと思った。それだけだよ」

 

 思わず、このやかましい同居人の言葉に、小さな小さな、あきれ混じりの笑みが溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局変身アイテムは見つからなかった。

 

 そのことにチェレーザはかなりがっかりしつつ、翼は一通り感情の整理を終えて足を軽くしつつ家に帰ろうとして、偶然大橋に足を運んでいた『鷲尾須美』とばったりと顔を合わせる。

 

「紅さん?!」

 

「鷲尾さん、なんでとこに……てか、訓練があるんじゃ」

 

「それが、いつまたお役目になるか分からないから今日のところは体を休めておきなさい、と」

 

「なるほど、それはラッキーだったな」

 

「もう、だからと言って遊んでたわけではないんですよ。勇者システムの細かい改修が入ってその説明で大変だったんですから」

 

「改修? へえ、そんなのがあるのか」

 

「紅さんはご存知なかったんですか?」

 

「生憎オレはそういうハイテクなマシーンはわからないんだ」

 

「電子計算機は使ってるじゃないですか」

 

「でんし……計算……ああ、パソコンのことか。まあそれは安芸さんにしごかれたしな。というかそのくらい横文字使ってくれよ、理解するのに時間がかかる」

 

「私は紅さんと違って欧米に魂を売ってませんから」

 

「オレだって売っちゃいねえよ」

 

 須美の愛国の心はしばしば翼には理解不能なところがある。

 

「あったかいお茶でよかったよな?」

 

「いいんですか?」

 

「仮面のせいで拗ねさせちゃったみたいだし」

 

「もう!」

 

「はっはっはっ、ほれ」

 

「わっわっ」

 

 翼が近くの自販機で買ってきたお茶のペットボトルを放ると、須美がわたわたとそれを受け取った。その隣で片手で自転車を押す傍ら、自分の分のペットボトルを器用に開いた方の手で開ける翼が軽く水を口に含んだ。

 

 歩く二人を追い越すように夕日は沈む。

 地平線の向こうの太陽は姿を隠し、束の間の黄昏は、すぐに夜を連れてやってくる。

 細く伸びた影は、溶け込むように広がる黒に溶けていく。

 

「……なんか、昔を思い出すな」

 

「……そうですね」

 

 いつかなどという無粋なことはどちらも聞かない。

 眠気に微睡む翼を引っ張りつつ学校に向かって眺めた朝があった。

 転んで泣いてしまった彼女を背負って帰った麗かな昼下がりがあった。

 迷子になった美森を探し出した翼が手を繋いで帰った夕焼けがあった。

 

 そして、『美森ちゃん』と別れた夜があった。

 

 あの日が、彼と彼女が手を繋いだ最後の日。

 

 それ以来彼は彼女に触れようともしなかったし、彼女もまた彼への敬語を崩そうとしなかった。

 

 引くべきラインだと思っていた。

 

 未練がましく『美森ちゃん』と呼んでいるのに。未練がましく『幼なじみ』として接しているのに。

 どちらもけっして昔の関係そのままに戻ろうとはしていない。

 

 まるでそれは自分を『鷲尾須美』だと言い聞かせる彼女に付き合っているかのようで。

 

 二人は人1人分の間を開けてゆっくりと歩く。

 

 しばらく歩いたところで、不意に須美が足を止めた。

 

「鷲尾さん?」

 

 翼もまた足を止めて後ろを振り返る。

 あたりはすでに暗くなり始め、少し離れた須美の顔はあまりよく見えない。

 

「紅さんは」

 

 言いかけて、止まる。

 踏み込んでいいのか悩むように、須美がきゅっと自分の腕を抱く。

 

 翼は何も言わない。ただ静かに須美が口を開くのを待っている。

 

 暗くなりはじめた夜道を照らすために、じじっと、瞬くように外灯に光が宿る。そして、光の中で自らを抱く須美と、闇の中に佇む翼をくっきりと区分けした。

 

 闇と光の境界の中の静謐で、翼が彼女へ、呼びかける。

 

「美森ちゃん」

 

 優しい笑みだった。

 あの別れた日からずっと変わらない笑みだった。

 その笑みに背中を押されるように、須美が口を開いた。

 

「……紅さんは、なんで『大赦』に入ったんですか」

 

「……」

 

「ずっと、教えてくれませんでしたよね」

 

 答えは、ある。

 大赦としての責任よりも、神樹が世界を守ってくれていることへの感謝よりも、決して重くならなかった一つの想いが胸にある。

 

「オレは……」

 

 言いかけて止まる。そして、誤魔化すように軽く笑って見せる。

 

「知りたいことがあったんだ。だから大赦に入った」

 

 それだけ言うと「さ、帰ろうぜ。そろそろ親御さんも心配する」と声をかけて、前を向いて再び足を進めていく。

 

 一歩ずつ、翼の体が深い暗がりの中に混じっていく。

 

 須美の心がざわりと揺れた。別になんてことのないことのはずなのに、翼が暗がりに歩みを進めるというだけで心が落ち着かない。

 

 ふるふると頭を振って思考を散らすと、顔を上げて翼に駆け寄ろうとして、ほんの一瞬翼の後ろ姿がぶれた。

 まるで影のような黒いものが背中に纏わりついている。

 

 黒くて、暗くて、闇いものが、彼の背中を煤けさせている。

 

「たす──」

 

 思わず決意も何も忘れて須美が声をかけそうになって──それを遮るように、翼が大橋の方を睨み叫んだ。

 

「美森ちゃん逃げるぞ! ここはやばい!」

 

「えっ?」

 

 翼が自転車から手を離すと須美の方へと駆け出す。

 

 そして、世界を止める鈴の音が響いた。

 

「『ウルトラマン』が、来る!」

 

 瞬間、夜の帳をまとめて吹き飛ばすような眩い光が閃いて、海の向こうに光の柱が屹立した。

 

 光の名前は『ウルトラマン』。

 

 夜に映える銀の体を際立たせるような赤に彩られた、光の巨人。

 彼は屹立する光から現れると、軽く飛び上がり当然のように街へと向かって飛翔する。

 

 その間にも、戦闘空間への書き替えである樹海化は起こらない。

 

 程なくして、『ウルトラマン』は沿岸部へと足をつけて、大地を大きく揺らした。

 それは震度5の地震に匹敵するような規模のものに加えて、大きな土埃を巻き起こす災害へと変わり、近くにいた翼を運悪く空へと巻き上げた。

 

「──っ!」

 

 足が浮いた事に目を見開いた翼が、須美に向けて伸ばしていた手を必死に伸ばし、須美もまた無意識で同じにように手を伸ばした。

 

 けれど、二人の間にあった距離はそう簡単に埋まらない。

 

 二人の手は触れ合う事なく、空を切る。

 

 でも、手は届かなくても届くものがある。

 

「──!」

 

 短い言葉だった。けどそれは、翼にとって疑う余地もない一言。

 

 翼が返事をする間もなく、身長170ほどの体がまるで塵芥の如く、数十メートルの空の高く吹き飛んでいく。

 その刹那、空高くでウルトラマンとの視線が交差した。

 

「ーーー」

 

『────』

 

 無機質な乳白色の瞳に自分の姿が映ったのも束の間、万物に働く重力のルールに従って少年の体が落下を始める。

 

 ごうごうと体を通して響く風と空気の重さに、心の中のチェレーザがぎゃーすかと騒ぎ出した。

 

『おわーーーーーー、死ぬーーーーーー!』

 

「うるせえ! こんな時まで騒ぐな!」

 

『馬鹿者! 私達空! 下地面! 落ちる! 死ぬ! なんで少年は平気にしとるんだね!』

 

「そんなの、決まってる!」

 

 手を伸ばした時に、須美が翼に叫んだ。

 

「あの子が、『私のことを信じて』って、そう言った!」

 

 瞬間、粉塵の中から青と白の影が身を躍らせた。

 

 それは勇者。『勇者』鷲尾須美。

 その手にあるは青の弓。纏う装束に施された意匠は白の菊。

 

 彼女は鈴の音が響いた一瞬ーーーかろうじて起きた世界の停止した一瞬で勇者への変身を終わらせると、今まさに落ちかけていた翼をしっかりと抱きとめた。

 

 須美の腕のなかで翼がニッと笑んだ。

 

「さすが美森ちゃん、超ファインプレー」

 

「もう、ふざけないで下さい! 私が間に合わないとか考えなかったんですか?」

 

「美森ちゃんは嘘をつかない子だ。だから信じてた」

 

「っ〜〜〜、もう! 本当にあなたは、もう!」

 

 彼女はたんたん、と細かに跳ねるように駆け、ウルトラマンの視線を切ろうとする。

 

「……だめっ、逃げきれない!」

 

 だが、ウルトラマンは何故か執拗に須美から視線を逸らそうとしない。

 近くに町があるにもかかわらず、須美たち以外には興味も示そうともせず、海に接した海岸線に陣取ったままだ。

 

 勇者となって力も増してる今ならば翼を抱えて走る程度のことは須美にとっては大した重荷にはならない。

 

 けれど、あまりにも相手が悪い。

 

「鷲尾さん!」

 

 視界の端の閃光、そして翼の声に、須美が反射的に横へ跳ぶ。すると数秒前まで自分がいた場所を巨人の光輪が通り過ぎていく。

 

 あとほんの少し判断が遅ければ、翼の声がなければ、今の一撃が彼女たち二人を真っ二つにしていたかもしれない。

 

「鷲尾さん、オレ置いて行け! 君だけならいくらでも戦いようがあるだろ!」

 

「何のために助けたと思ってるんですか! せめて安全なところまで行かないと下ろすつもりありませんから!」

 

「ええいこの頑固者! 君はいつもそうだな!」

 

「あなたこそ年上面しすぎなんです! 何も変わってない!」

 

「年上なんだから仕方ないだろ!」

 

「身長が私より大きいだけでしょうっ!」

 

「それだけありゃ理由としては充分だろう!」

 

「いいから大人しくしててください!」

 

「じゃあなんだ何か他に方法でもあるのかよ!」

 

「ありますっ! だってもうすぐ二人が──」

 

 ウルトラマンが腕を振り上げ、手の中に同時に四つの光輪を作り出した。逃げ回る小さき者たちを四方から囲むためのものだった。

 

 けれど、それを防ぐように紅蓮と紫電の二つの風が吹き抜けた。

 

「ギリッギリっ! セーーーフッ!」

 

 現れたのは三ノ輪銀。前衛の勇者である彼女は弾丸のように飛び出すと、その身の丈に迫る戦斧を巨人に叩きつけた。

 

 不意を突いて、同時に最大限に力を乗せた一撃は銀色の巨人の体表を炎で焦がし、薄いながらも傷を入れる。

 

 ウルトラマンがたたらを踏みくるぶしあたりまで海に足をつける。

 

「こっちは任せて!」

 

 銀の攻撃で制御を失った光輪が街の方へと飛んでいきそうになるのを、盾にもなる槍で受け止め、上手く受け流したのは乃木園子。

 結果、光輪は全てが誰も傷つけることなく叩き落とされる。

 

「銀! そのっち!」

 

「ごめん! 弟の避難とかでちょっと遅れた!」

 

「一人で頑張ってくれてありがとう、わっしー」

 

 二人が駆けつけたのは、光の柱が屹立した僅か二十数秒後。

 これは銀と園子が須美のピンチに急いでくれたのもあったが、樹海化しなかったことを受けて大赦が避難勧告を出し、勇者二人への救援要請をすぐさま入れたことも大きかった。

 

「おっしゃあ! ダメージ通ったぞ!」

 

 空中で宙返りをしながら、銀が須美の横までやってくる。

 

「あの光の輪っかの受け止め方もなんとなくわかって来たよ〜」

 

 園子もまた盾を軽く振って槍へと戻しながら須美の元までバックステップ。

 

 赤と紫、青の勇者が互いを守り合うように肩を並べる。

 

 一人では戦いにならなくても、三人ならば戦える。

 1+1+1を3でなく、10にするこの少女たちならば、勇気を胸に立ち向かえる。

 

 故にこそ、彼女たちは『勇者』である。

 

「鷲尾さん」

 

「──ええ」

 

 銀に海際まで押し込まれた今ならば翼はひとまず逃げることができる。

 須美が翼を下ろすと、彼は短く口を開く。

 

「気をつけて」

 

「はい、紅さんも」

 

 交わした言葉は最低限に、翼は三人を邪魔しないところまで走っていく。

 そんな彼の背中を一瞥して、須美は手の中の弓を握り直した。

 

 そして、園子はそんな二人の間で視線を行ったり来たりさせて、ほんの少し目を輝かせた。

 

「もしかして〜、デート中だった〜?」

 

「そんなわけないでしょう!」

 

「だって、仲良さそうに見えたんだもん」

 

「こらこら園子、こんな時にデートなんかできるほど須美が融通きくわけないだろ?」

 

「そうよ、今はお役目なのよ?」

 

「ああ、そっかわかっちゃった。じゃあお役目が終わってからデートの続きをするんだ〜」

 

「いやそうじゃなくって、というか、そもそもデートなんて」

 

「でも〜、こんな時間に二人でいたんだよ〜、わっしーのおうちからは反対なのに〜」

 

「それは、いろいろ事情があって……」

 

「はいはい、言い訳は後で。今は光の巨人──じゃなかった、『ウルトラマン』、だな。な、園子?」

 

「うん、ミノさんいつも通り前衛よろしくね。私は前で輪っかを受けるからわっしーは援護お願い」

 

「おうさっ! 今度こそアタシたちの力で追い返してやる!」

 

 二人はくすりとした笑みを残すと大きく跳躍し、海の方のウルトラマンへと向かっていく。

 

「ちょっとそのっち! それに銀も! あー、もう!」

 

 須美は一際大きな溜息をつくと、弓を構えて矢を番える。

 

 夜の海岸線で、闇に映える光の巨人との二戦目が、始まった。

 

 先陣を切るのは三ノ輪銀。

 

 彼女は今代唯一の純前衛の勇者。

 故に危険も人一番。昨日ウルトラマンの一撃に吹き飛ばされたのも記憶に新しい。

 けれど、彼女は臆することなく果敢に斬り込んでいく。

 恐怖がないわけではない。ただ、彼女は心の炎を燃やして、勇気を奮い立たせて双斧を握るのだ。

 

 海岸線で大きく沈み込んだ銀が大橋の方へと跳んで、橋の側面を足場と変えて紅蓮に燃える斧を叩きつけた。

 

 ウルトラマンの手刀と銀の炎斧が鍔迫り合い、巨人の力に銀の方が弾かれる。

 

「ミノさん!」

 

 が、その寸前に園子が槍の一部分を空間に固定した即席の足場を作り出し、銀の足に上手く()()()()

 

 乃木園子の武器は傘のような盾にもなる槍。その穂先は分解して空中に固定することで足場とすることも、組み替えることで貫通力を増大させることもできる。

 銀が純前衛型であるならば、彼女は前衛よりのサポーターである。

 

「サンキュー園子っ!」

 

 空中で銀が更に一本踏み込み、最大限に体重を乗せた一撃に、園子のサポートの一歩分の力を込めた。

 

「しゃ、お、らあああっ! らっ! らっ! らあっ!」

 

 一撃、二撃、三撃、そして四撃目。

 右と左の二刀ずつの斬撃に、ウルトラマンが怯み腕に小さな傷がついた。

 

 ならば、とウルトラマンが空中で振り切ったままの姿勢の銀を狙い、鏃のような細かな光線を無数に飛ばした。

 

 だが、銀は焦らずに、ただ、背中を信じて任せる友を信じた。

 

 光の鏃がこれまた光の矢に一つ残らず撃ち落とされる。

 

「ふぅー」

 

「さすがわっしー!」

 

「ナイス須美!」

 

「気を抜かないで、戦いは始まったばかりよ」

 

 鷲尾須美は弓の勇者。

 作り出される矢は当たると時間を置いて炸裂する能力を秘めており、純粋な火力では二人には大きく劣るものの遠距離からの露払いは彼女にしかできない重要な役割。

 

「ヘェアッ!」

 

 撃ち落とされた光を見て須美を先に落とそうと判断したウルトラマンが腕を十字に構える。

 それは昨日闇の怪獣を大きく傷つけた『スペシウム光線』が撃たれる合図。

 

「集合〜〜!」

 

 指揮官も兼ねる園子と銀が素早く須美の側までやってくると、海上に設置してあった穂先を回収して今度は盾へと組み替え、スペシウム光線を真っ正面から受け止めた。

 

 凄まじい圧力に屈しそうになる園子の背中を守ってもらっている銀と須美が支えて、必死に耐える。

 

「勇者はぁ!」

 

「気合と〜!」

 

「根、性……!」

 

 耐えて耐えて耐え続けて、そして、根負けしたようにウルトラマンの光線が止まる。

 

「よし! 作戦通り!」

 

「このまま切り込むよ!」

 

「応よっ!」

 

 前衛、中衛、後衛。全てがバランス良く一人ずつ。それが互いの信頼と理解で高度に結びつき、1+1+1を倍以上に跳ね上げていく。

 

 それが今代の『勇者』たち。

 

 銀が園子の作った足場で海上のウルトラマンを四方から抑え、園子は指示をしながら前線で立ち回り、須美が光の牽制弾を撃ち落とす。

 

 一戦目の手も足も出なかった頃とは違う、考え対策を立てる。それこそが、人類の発展してきた理由。一日を無為に過ごさなかった彼女たちは、もう同じ敗北はしない。

 

 勝てるか、と銀が双斧を握り直しながら思った。

 上手く立ち回れてる、と須美が矢を番えながら思った。

 なんで『ウルトラマン』は海から出ようとしないんだろう、と槍を手にした園子が考えた。

 

 不意に、ウルトラマンが手と手を合わせた。

 

 新手の光線か、と園子が瞬時にカバーに入ろうとして、次の瞬間大きく首を傾げた。

 

 ウルトラマンの手の間から()()()()()()()

 

「噴、水?」

 

「なに、これは雨……?」

 

「うわっ、わっ、服びしょびしょになる!」

 

『ウルトラ水流』。

 光の国においてほとんどのウルトラマンが使うことのできる、手の間から水を生み出すだけの直接的な攻撃力もほとんどないシンプルな技。

 

 なぜ急にそんなことを、と三人が眉根を寄せる中、ウルトラマンが胸の青い発光器官(カラータイマー)に触れる。

 すると、巨人の銀色の身体に何か()()()()()()()()()()宿()()、ばちり、と一瞬ほの青い光が走る。

 

 瞬間、園子が全てを悟った。

 

「ミノさん! わっしー! 急いでここから──」

 

 けれど、遅い。

 

『ウルトラマン』が本来持つはずのない『五十万ボルト』の電撃を放電した。

 

 夜の雨を青白い電弧が貫く。

 

「ーーーあ」

 

 それは誰の声だっただろうか。

 最も早くその脅威に気付いた園子だったかもしれないし、穂先の足場の上で光るウルトラマンを見ていた銀かもしれないし、最も遠かった故にウルトラ水流の雨を伝って走る雷電を勇者の視力で視認した須美かも知れなかったし、もしくは三人ともだったのかもしれない。

 

 そうして、無防備な彼女たちに『雷』が殺到した。

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 

 ウルトラマンとの戦場から離れつつある翼のスマホに上司安芸からの連絡が入る。

 

『あなたが現場にいるのはスマホのGPSから分かっています。現場からの報告をお願いします』

 

「敵は仮称『ウルトラマン』! 間違いなく昨日現れた光の巨人です!」

 

『やはり……勇者様の様子はどうですか?』

 

 夜の中に時折炎が混じり、激しい衝撃音が聞こえてくる。

 

「優勢……とは言えないですが昨日に比べれば随分状況はいいです。なぜか街中に戦場を移そうとはしてこないので勇者様たちも戦いやすくはなっているように見えます」

 

『この時間帯もあって付近に人がほとんどいないのも幸いでした。避難も大部分が終了しつつあります』

 

「……何故樹海化が起こらないのか神樹様のご意向が気になるところではありますが」

 

『それについては調査中です。今は勇者様たちが巨人を倒すことに信じるしかありません。あなたもそこから早く避難するように。……絶対ですよ』

 

「……はい」

 

 念を押すように付け加えて安芸は通話を切った。

 翼がまるで感情を押し殺すように、スマホを強く握る。

 

 そんな中心の中にあくびをしながら随分と聴き慣れてしまった声が聞こえてくる。言わずもがなチェレーザだ。

 

『あの少女たちのところにいかんのか?』

 

「行ってどうなるってんだ」

 

『さあな。だが本物のウルトラマンはこういう時に覚醒するって相場が決まっている』

 

「……『ウルトラマン』って、今オレたちの世界を襲ってるやつのことだろ。んなもんになりたいのかよ」

 

『かー! わかってないな! あんなものが本物であるものか!』

 

「本物じゃ、ない……?」

 

『ウルトラマンっていうのはな、負けないのだよ。常に勝って、人間たちを守り続けて賞賛を浴びる! そして何食わぬ顔で変身者は帰ってくる。そういうものなんだ。ところがアイツはどうだ? すると言えばしょっぼい光線撃ってこれまたしょぼい子ども虐めてるだけ。あんなものが本物のウルトラマンのはずがないーーい!』

 

「まるでヒーローみたいだな、ウルトラマン」

 

『みたい、ではなく、そのものだ! 常勝無敗の光の戦士! それが私の目指す『ウルトラマン』なのだ!』

 

「でも今オレにできることなんて、何もない、だろ」

 

 そのために、とチェレーザが言った途端、ひょいっと勝手に体が動いた。

 

『?!』

 

「身体の主導権はいただくぞ」

 

『な、お前いつの間に』

 

「はっはっはっはっはっ、この私が何も押し込められている間ずっとぼんやりしていると思ったか! さあて、私の覇道を始めるぞう!」

 

『ま、待て! スマホにGPSがついてて……』

 

「ん? これか。とりゃあっ!」

 

『うわあああああ! こいつ躊躇いなく海に捨てやがった!』

 

「スマホは今怪獣の攻撃の余波で壊れました!」

 

『んな言い訳が通るかァ!』

 

「ふん、行きたいのに必死こいて諦める理屈を探しているような奴にはいいお灸だと思うがな」

 

『──ッ』

 

「怯んだチャーーーーンスッ!」

 

『あ、しまった、おいこら!』

 

 駆け出そうとするチェレーザを必死に引き止めようとする翼だが、本当に抵抗の仕方を覚えたらしく昨日のように身体の主導権を奪い返しきれない。

 

 その時頬に、ぴちょん、と何かが当たる。

 

『……水?』

 

 チェレーザ入り翼が訝しげに頬の水に手で触れると、その後すぐに、夜闇をまとめて照らし上げる閃光、そして、世界を揺らすような轟音が炸裂した。

 

「うっ、うっるさあああああああっ!」

 

 それはまるで『雷』。今までの光線とはまるで威力の違うかつて神の権能の一つとされていた『神鳴(かみなり)』そのもの。

 

 そして、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『ーーー美森ちゃん』

 

 今まであった大赦としての立場も安芸の指示もチェレーザのことも戦えないこともウルトラマンの脅威も全てが吹っ飛んだ。

 

『大地を抱け、だったな』

 

「ん?」

 

 ばちん、と再び表と裏が切り替わる。

 

「オレの体だ、返せ」

 

 そして、走る。

 

 無我夢中で。さっき逃げてきた方向を逆走しながら、ウルトラマンと勇者の戦場へと走って戻っていく。

 なにができるかなんて知らない。けれど、『何か動かないといけない』という衝動だけが突き動かしていた。

 

 かくして、時間は合流する。

 

 

「なんだよ、これ」

 

 その状況を一言で表すとすればきっとこう。

 

『死屍累々』、だ。

 

 海の中で佇む巨人。まるで落雷した後のように焦げたような匂いが漂い、地面は大きくえぐれている。

 

 そして、辺りに転がる三つの小さな身体。

 

 誰かなど、言う必要もない。

 

 三人の勇者服が雷で焼け焦げていた。

 それだけではない、髪の先は焼けて、うっすらと覗く肌の奥にも痛々しい火傷の跡が残っている。

 

 けれど、それですら、『幸運だった』と、そう言えるのかもしれない。

 

 きっと勇者服が少しでも攻撃への耐性が低ければ、園子の声かけで防御姿勢に入っていなければ、炎で払っていなければ、彼女は雷に焼き焦がされていたかもしれない。

 

『これは、雷? いや、ウルトラマンにそんな能力があるはずが……』

 

 チェレーザの戸惑う声が聞こえる。

 それもそうだろう。彼の知識に『ウルトラマンの使う雷』なんてものはない。

 

『ウルトラマン』が、少女二人が横たわる海岸線を見下ろす。その姿は光に満ちているはずなのに、やはり無機質な虚が印象に上がった。

 

 優しさの、温かさのない光。

 

 空を輝かせる星でなく、人との間に燃える火ではなく、ただの現象としての光。

 眩しくひたすらに世界を塗りつぶすためにあるような、そんな光。

 

 そんな光の巨人が、見下ろしていた。

 

『少年ここはいかん! そこの子どもらは見捨てて──おいっ! 何をしているっ!』

 

 心の奥が、煮え立つのを感じた。

 

 あの小さな子たちを守らなきゃ、と強く思った。

 

 ウルトラマンに、こつん、と小さな石がぶつかった。

 

 

「ウルトラマンッ! 殺すなら、オレを先に殺せェッ!」

 

 

 少年の叫びに、ウルトラマンの視線が勇者たちから翼の方へと動いた。明確に意識が自分の方へと逸れるのを感じる。

 それを見ると、翼は勇者から遠く、かつ市民が避難している方向とは反対方向に走り出した。

 

 一か八かだ。

 

 ()()()()()()()、勇者たちが立て直す時間を作る。

 もし立て直せなくても、あの場で傷付いた鷲尾須美たちを見殺しにすることなど、彼にはできなかった。

 

 そうして、翼は心の中でやかましく声をかけるチェレーザを無視して走り出した。

 

 一歩踏み出し、二歩踏み出し、三歩踏み出して、まず三秒。それで、勇者たちには見えない距離まで走っていく。

 

 1分でも2分でも少しでも長く、走る自分に標的を引き付けられればそれでいい。

 それが、鷲尾須美のためになるのだと彼は信じた。命の賭け時を、今だと思った。

 

 あの泡沫の夢のような力にすがるのではなく、自分の力だけで少女を救うために動いた。

 

「────」

 

 対してウルトラマンは軽く腕を組むと小さな光弾を射出した。

 先ほど勇者たちに撃っていたものとは比べ物にならないような弱さの光の刃。

 

「──え?」

 

 そして、その手慰みのような光が翼の胴体にいとも簡単に突き刺さり、そのまま貫いた。

 

 翼の動きが止まる。ウルトラマンは一歩も動いてなどいない。翼を追いかけることもなく、まるでやかましい虫を振り払うかのように、一瞬で翼を黙らせた。

 

(オレの命で稼げたのが、たったの三秒……?)

 

 べしゃりと倒れた翼の命が溢れていく。

 

『おい少年! 死ぬなあああああああ! まだウルトラマン伝説は始まったばかりなんだぞう!? ええい、こうなればこの身体から脱出して次の身体を…………む、んん? 出られないだとぉっ?!』

 

 一秒ごとに身体が死んでいく。

 命の炎が、消えていく。

 

 守りたいという思いが形になることはなく、力と変わることはなく、死の未来だけが目の前にあった。

 

「く、そ…………」

 

 かすれる視界、もはや指の一本すら動かせない。

 

 このまま自分はなにもできないまま死んでいくのか。

 

 自分はいつも決断が遅くて、そのせいでいつもあの子を待たせてしまう。本当にやりたいことをやることすら叶わない。

 

(なんで、オレじゃだめなんだ)

 

 雪が溶けるように、記憶が、想いが溢れるように命と共に溢れていき、そして、最後にたった一つの記憶だけが彼の中に残った。

 

(鷲尾、さん……)

 

 薄れ行く意識の中、彼は初めてその言葉を、心の中で口にした。

 

(力が、欲しい)

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこだ、ここ」

 

 真っ白な世界だった。

 清潔感のある白色ではなく、どこまでも広がる空虚な白さ。

 世界から際限なく無駄なものを削ぎ落とし続けたら、こんな世界になるのだろうか。

 

「オレはさっき、あの巨人に攻撃を受けて……」

 

 思い出そうとして、ふと、気づく。

 

「誰か、呼んでる?」

 

 空虚な世界で歩みを進めると、いつの間にか青いしゃぼん玉が無数に浮かんでいる世界に足を踏み入れていた。

 ふわっと浮かんで、ぱっと消えて、また浮かぶ。

 散った飛沫は、どこか花のようで目が奪われた。

 

 その世界に紛れて、映し出される映像があった。

 

「鷲尾さん……?」

 

 弓を携えた青い装束の少女。

 その白菊の花のような凛とした彼女が、今は傷つき倒れ伏している。

 

「ずっと、守られていたんだ」

 

 知りたかった。

 なぜ東郷美森が鷲尾須美にならなければならなかったのか。

 なぜ怪我ばかりして須美が帰ってきているのか。

 なぜ大赦が須美たちを監視しているのか。

 

 なぜ、自分じゃなんの力にもなれないのか。

 

「オレは、ずっと見てるしかないのか」

 

 思い出すのは寂しそうな『東郷美森』のこと。

 生家を離れ、家族と別れ、友達と別れ、大赦の職員に連れられて『お役目』に行った小さな背中。

 明らかに強がるような笑みを浮かべて「我が国のために頑張ってきます」と、そう言っていた。

 

 拳を無意識に握りしめていた。

 

 その時、呼びかけてくる声があった。

 

「これ、は?」

 

 どこから聞こえるのかはわからず、けれども確かに言葉としての意味を宿して、語りかけてくる。

 それは、クレナイ・タスクという存在に一つの問いかけをした。

 

 ──『力が欲しいか』、と。

 

「力が、欲しいか」

 

 翼は命の灯火が消える最後に、「力が欲しい」と願った。

 

 ならば、それはなんのために? 

 

「守りたいんだ。あの子を」

 

 うんと小さい時から知っている、きっと人生で一番一緒の時間を過ごしてきた少女を、守りたい。

 あの小さな少女を──東郷美森と鷲尾須美を、守りたい。

 

「あの子が友達と笑い合える当たり前を、未来を歩んでいける当たり前を、守ってやりたいんだ」

 

 きっと、この世界の誰よりも何よりも、君だけを守りたい。

 

 その想いは淀みなく、ひたすらに固い決意が重ねられていた。それはまごう事なき『光』の資質。

 

「──()()()

 

 けれど、彼は純なる『光』の側の人間ではなかった。

 

「バーテックスも、ウルトラマンも、全部全部邪魔だ」

 

 じわり、と体から黒い何かが漏れた。

 

「『大赦』も『神樹』も『勇者』もいらないッ! 

 オレが、戦う! オレが敵を殺し尽くす! あの子の未来を奪う奴らは、オレが許さない!」

 

 光は、守るために戦うものだ。

 闇は、倒すために戦うものだ。

 

 ならば、きっと、彼の中にあるものは。

 

「だから、さっさとオレに力を寄越せッ!」

 

 その瞬間、翼の胸が暗く、光る。

 

「なんだ、これ、黒い……影?」

 

 想いは形を紡ぎ、形は力を宿す。

 翼の胸の奥に宿る決意が色づいた。

 それは、この空虚な真白の世界に合わぬ黒さで、瞬く間に世界を影で染め上げる。

 

 そして、漆黒はクレナイ・タスクに一つの力を握らせた。

 禍々しく、黒いオーラを纏ったそれは、光というにはあまりにも暗く、昏く、闇かったが────彼の望んだ力を宿していた。

 

「この力は────」

 

 手を伸ばして、その闇に手を触れた瞬間、世界が反転した。

 

 黒い世界が消えていく。

 鷲尾須美の姿も、銀色の巨人も、胸から吹き出す黒いものも、全部、全部、一緒くたになって吹き飛んでいく。

 

 その刹那で、何かが、クレナイ・タスクに問いかけた何かが、少し笑ったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 世界が切り替わり、彼の意識は『内』に飛ばされた。

 そして、聞こえてくるやたらとやかましくい黒いモヤモヤの声。

 

『おい! 死ぬぬぅわあああ! 少年! 諦めるな! 前を見ろ! 限界を超えるんだよお〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!』

 

「うっせえ!」

 

『! 少年! 目覚めたのか!』

 

「目覚めたというか、お前の声で起こされたというか……というか、ここは?」

 

『この世界のことなら……そうだな内的宇宙(インナースペース)とでも呼ぶがいい』

 

 それより、とチェレーザが声だけを響かせる。

 

『少年と身体を一体化している私ならばわかる。何かに、『選ばれた』な?』

 

「選ばれ、た?」

 

 翼が、先ほどのどこかでの暗い輝きを思い出す。

 

 どくん、と身体の奥が胎動した。

 

 あの時、初めてウルトラマンと出会った時、祠から転がり出たアイテムは何処かへと消えてしまった。

 そして、その後光線を受けたはずの翼は『闇の怪獣』となった。

 彼にも、チェレーザにも元からそんな力などあるわけがない。

 

 ならば、きっとそれは、『そういうこと』。

 

「──そうだったのか」

 

 声と共に内的宇宙(インナースペース)から闇が吹き出し、翼の目の前に探し求めていた『力』が現れた。

 

 それは、いつの間にか胸にあったもの。

 それは、あの虚無の世界で掴み取った力。

 

 この世界にはないはずの、二つの力。

 

『やはり、ここにあったか……!』

 

 チェレーザが、歓喜の声を上げた。

 

『いいよいいよいいよいいよいいよぉっ! 『ウルトラマン』らしくなってきたぁっ! やはり私の見立てに間違えはなかったようだ! 手を伸ばせ少年! 力の使い方は私が教えてやろう!』

 

 翼が手を伸ばし、掴み取る。

 

 闇と光。その二つを思わせる黒と銀をメインカラーにしており、まるでレバーのような二つの持ち手がついている。所々走る鮮やかなオレンジが、闇を際立たせるように雷の如きラインを引いている。

 

 その名は『ジャイロ』。

 

 使用者を『ウルトラマン』か『怪獣』へと変える、遥か遠い宇宙で作り出されたもの。

 

『行くぞ少年! 練習通りに声を合わせろ!』

 

「ああ、行こうチェレーザ!」

 

 内的宇宙(インナースペース)に浮かぶ『クリスタル』を手に取る。

 

「ええと、セレクト、クリスタル!」

 

 クリスタルがジャイロに嵌め込まれる。

 

《 ██████! 》

 

 背後に何かのビジョンが現れて、内的宇宙(インナースペース)の中に溶ける。

 

「わっ、音が鳴った!」

 

『当たり前だ! ほら、さっさと三回レバーを動かして!』

 

「え? 三回? なんで?」

 

『いいからやりなさいよ!』

 

 言われるがままに、レバーを引いた。

 

「一、二、三、よし引いたぞ! 次は!」

 

『拳を突き上げて叫べ! そうだな……『纏うは闇! 漆黒の影!』』

 

「ま、纏うは闇! 漆黒の影!」

 

 瞬間。世界の影が闇へと変わり身体を包み込む。

 日が沈み夜が世界を覆い隠すように闇が広がり。

 拳を突き上げた少年を、天を衝く怪獣へと姿を変えた。

 

 

 

 そして、夜の世界に光が現れて30秒が過ぎた時────()()()()()()()()

 

 

 

 その中から黒い獣の影が飛び出すと、勇者を前に悠然と立つウルトラマンに襲いかかる。

 

 それは、『クレナイ・タスク』であると同時に、闇に彩られた怪獣。

 

「██████ッ!」

 

『ーーーシュワァッ!』

 

 がしり、と光の巨人と闇の怪獣が組み合った。

 

 力は互角……否、僅かにウルトラマンの方が強い。ぎしぎしと闇の怪獣が押し負けていき、膝をつきそうになる。

 

『少年! 姿が変わり切っていない!』

 

「クッソ、今度はちゃんとアイテムも使ってんのに!」

 

『いかん! 押し負ける! 根性をみせんか!』

 

「んなこと、言ったって……!」

 

 その時、視界の端に勇者たちを捉えた。

 

 ボロボロの姿を、もう二度と跡が消えないかもしれない火傷の跡を、気を失ってなお苦しげに呻く彼女たちを、見た。

 

 心の闇が震え、未だ輪郭定まらぬ彼の身体が、それに伴うように震えた。

 

『お、らぁっ!』

 

 翼が叫び、組み合っていた巨人腹に蹴りを入れると、2、3歩ウルトラマンを押し戻す。

 

 怪獣に纏わり付く闇が次第に固まっていき、流線型のフォルムを作り出していく。

 

 どこかこの世界の蝉を思わせるような顔立ちと、そのイメージを打ち消すような黒と青を基調とした生物と非生物の間のような鎧。

 そして、何より目を引くのは右腕と一体化した巨大な『(ハサミ)』と『(ツルギ)』。

 それは、人に近いフォルムをしているにも関わらず、存在があまりにも人からはかけ離れていた。

 

 それは名付けるならばきっと、闇纏う『剣の魔人』。

 

 魔人の名前は『バルタン星人』。

 ウルトラマンの宿敵とすら言える、腕にハサミを持つ『宇宙忍者』。

 

『お前は、オレたちの世界に邪魔だ』

 

 ウルトラマンの宿敵(バルタン星人)が、その鋏をウルトラマンへと向ける。

 

『だから、お前はここで死んどけウルトラマンッ!』

 

 ウルトラマンが前傾気味に構え繰り出した手刀を、バルタンが剣鋏を振るって迎え撃つ。

 

 光の巨人と闇の魔人。

 絶滅の予言に示されたその存在が、今、宿命の名の下に向き合った。

 

 

 

 




『バルタン星人 バルタンバトラー・バレル』
どこからか現れたクリスタルに宿る力、その名前。
故郷を失い、残った仲間もまたウルトラマンに尽くを殺された『故郷のない宇宙人』。
そのバトルスタイルは命知らずとも言われるものであり、実力は高いにも関わらず奇異の目で見られている。
クリスタルに宿るのは力のみ。そこに意思はないが、闇は彼の想いに応えた。
 クリスタルに刻まれた文字は『剣』。


『ジャイロ』
他の世界においては『ルーブジャイロ』と呼ばれるもの。
翼の使うものは『美剣サキ』が使うものと酷似している。
ウルトラマンや怪獣の力を宿すアイテム『クリスタル』を嵌め込むことによって、怪獣の召喚、もしくはウルトラマンか怪獣への変身を可能とする。



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4

 


「自分の闇ってのはな、力づくで消そうとしちゃいけねぇんだ。
 逆に抱きしめて……電球みたいに自分自身が光る。
そうすりゃあぐるっと360度、どこから見ても、闇は生まれねぇ」
(ウルトラマンオーブ)




 轟音に、満身創痍の須美が目を覚ました。

 

「う、ぅ……」

 

 身体は雷に焼かれたせいか、痺れたように上手く動かない。

 

「あれは……」

 

 須美が目を上げて光の巨人(ウルトラマン)と戦う闇の魔人(バルタン)を見上げた。

 

「私たちを、守ってくれてる……」

 

 光と闇。

 禍々しい闇を纏うのはバルタンの方なのに、何故だか須美はそれを疑わなかった。

 

 

 

 

 

 

「──ッ!」

 

「シェアッ!」

 

 手刀と鋏が弾け、あたりの空気が吹き飛んだ。

 

 翼はそのまま腕の延長をするように付いている剣をウルトラマンへと振り下ろすが、その大雑把すぎる振りが当たるわけがなく、簡単にいなされて逆にカウンターを当てられてしまう。

 

「ぐぅっ! 当たらねえか……!」

 

『ええい、剣の使い方ヘタクソか!』

 

「こちとら剣なんて生まれてこの方使ったことねえんだよ!」

 

『この失格ウルトラマン!』

 

「ウルトラマンは敵だ馬鹿!」

 

 踝まで海に浸かったまま、翼は吹き飛びそうになる足を必死に踏ん張って、左のハサミではない方の拳で殴りかかる。

 

 だがウルトラマンはそれを僅かにしゃがむことで掻い潜り、バルタンの懐に潜り込む。

 がしりとバルタンの腰が掴まれた。

 

「なんだこいつ、離せ……!」

 

『急いで抜け出せ!』

 

「そう簡単には──」

 

 チェレーザが忠告の声をあげた。

 

 だが、ウルトラマンはそんなもの知ったことかとばかりに担ぎ上げるようにして、バルタンを沖合まで全力で投げ飛ばした。

 

「──ぐぁぁっ!」

 

 海面に叩きつけられたバルタンが痛みに呻き、同時にその巨体に海の水が飛沫をあげた。

 背中を強く打ち付けて一瞬息ができなくなるような錯覚を覚えた翼が、思わず口を押さえるように剣鋏の右腕を持ち上げた。

 

 瞬間、視界に喉に喰らいつかんとする八つ裂き光輪が偶然剣にぶち当たった。

 

「──っ」

 

 光輪は動きを止めず、ガリガリと剣を噛むように回転を続け止まる様子はない。

 

『両手でガードだっ!』

 

 チェレーザの声に翼が思わず従い、剣に左手を添えて、半ば力押しで、かろうじて弾くように押し返した。

 

 吹き飛んだ光輪はそのままバルタンの背後の海に着弾し、一瞬周辺の海を真っ二つに切り裂き、海底までのどでかい亀裂を作り出した。

 

 アレが喉に当たっていたらと思うと背筋が凍る。

 

 翼はひとまず立ち上がり距離を取ろうとする。

 

 だが、『ウルトラマン』はそんな暇など与えてくれない。

 

「な、はや──」

 

「ヘェアッ!」

 

 ウルトラマンが神速の踏み込みとともに、鋭い手刀でバルタンの無防備な脇腹を狙う。

 翼は無我夢中で両手でその攻撃を受け止めると、今度は視界の外から強烈な膝撃ちがバルタンのアーマーに覆われた腿を強かに打ち付けた。

 がくりと僅かに膝が落ち、顔の位置が下がると、そこに正確無比な拳打。

 

 たまらず翼は腕を顔の前に固めて亀のように閉じこもる。

 だが、ウルトラマンはそれすら意に介さず、するりと掌をガードの間に潜り込ませると、亀の甲羅を引き剥がした。

 

(攻撃が、いや防御でさえ通用しない!?)

 

 不定形の黒いモヤであったときの身体スペックの差は、バルタン星人となることでほとんど埋まった。

 けれど、『クレナイ・タスク』と『光の巨人』では培った技術にあまりにも差がありすぎる。

 

『もっと本気でやらなければ死んでしまうぞ少年!』

 

「もうとっくに、こっちは全力で、限界でやってんだよ!」

 

『これだから最近の若モンは!』

 

 剥がされたガードの隙間を縫うようにウルトラマンの手刀が叩き込まれる。

 走る鈍い痛みに必死に耐えながら、バルタンは腕を振り回して、必死に相手に喰らい付いていく。

 

 そんな中、チェレーザはやたら滅多にデカいため息を溢す。

 

『はー、やれやれ仕方ない。少年、私に体の主導権を渡したまえ』

 

「は?」

 

()()()()、そう言っているのだ』

 

 内的宇宙(インナースペース)の中で黒い靄が翼に絡みつく。

 

「……お前戦えんの?」

 

『失礼な。幼馴染みのヒモやってた誰かさんと違って私はウルトラマンになる修練を積んでいたんだ。戦いで引けを取ると思うなよぅ!』

 

「でも、お前に身体を渡すのは」

 

 翼が「って、いまお前オレのことヒモって言った?」と言いかけたが、そんな無駄な思考はウルトラマンの幾度目かの拳打と共に吹き飛んだ。

 

 それを追撃するように、無数の鏃のような光弾ががバルタンを襲う。

 

『早く私に体を……ああ、くそまた! 少年横に転がれ!』

 

 チェレーザがなかなか主導権を渡そうとしない翼に苛立ちつつも、指示を飛ばす。

 だがバルタンは、自分に迫る光弾よりも、背後で庇い続けている少女たちを見た。

 

「ーーー」

 

 逡巡は一瞬。バルタンはそのままの位置で光弾を受け止めることを選択した。

 

 そして次の瞬間、無数の光弾が無慈悲にバルタンへと突き刺さる。

 体を覆う強固な鎧が一部砕けて、その表皮の奥まで光の鏃が突き刺さり、バルタン特有の響くような声を苦悶と共に漏らす。

 

 バルタンが、海の中に膝をついた。

 

「なんだよ、これ、身体が焼けるみたいに……」

 

『ええい、だから避けろと言ったのだ! この身体がバルタンである以上ウルトラマンの『スペシウム』とは相性が最悪だぞ!』

 

「スペ、シウム……?」

 

 ウルトラマンの撃つ必殺光線『スペシウム光線』。

 この地球においては知られていないが、それは火星に存在する莫大なエネルギーを秘めた『光の原子』である。

 だいたいのウルトラマンはこの光の力を巻き込み自身の力へと変えることができる。

 

 だが、バルタン星人は違う。

 

 バルタン星人は種族としてこの『スペシウム』の成分にデフォルトで弱い。

 故に、まるで牽制のような光弾でさえ、身を焦がす毒となり、バルタンの体力を大きく削る。

 

「なるほどな……ほのおタイプのオレにはみずタイプの攻撃はなんでも効果抜群ってことか」

 

『やたらと可愛い例えをするな! 気が抜ける!』

 

 膝をついたバルタンへ駄目押しの八つ裂き光輪。

 背後に勇者を庇うバルタンがそれを避けられるはずもない。

 先ほどのように右腕の剣で受け止めて弾こうとするが、先ほどのスペシウムのダメージが抜け切れておらず身体に力が入らない。

 

『負けて、たまるかっ!』

 

 それでも、翼は背後に流れ弾がいかないよう、光輪の圧力に腕が弾かれそうになりながらも、必死に耐える。耐える。耐え続ける。

 その先に、勇者たちの助かる未来があると信じて。

 

 だが、そんな甘い考えを打ち砕くように、ウルトラマンは『スペシウム光線』のチャージを始めた。

 

 勝てない。

 

 クレナイ・タスクでは、今の状況をもうどうにもできない。

 

 けれど、迷う。あの心の中の、一度は自分を乗っ取ろうとした存在に完全に身体の主導権を預けていいのか。

 今の翼はちっぽけな地球人の体ではない。全長50メートル以上の、人類の脅威ともなりうる『剣の魔人』なのだ。

 

 その身体を、チェレーザに渡してもいいのか。

 

『少年! 早くしろ!』

 

 悩み、悩んだ末に、タスクが叫ぶ。

 

「っ、わかった! チェレーザ、アイツを倒してくれ!」

 

『ふ、そうこなくてはな!』

 

 かちり、と表と裏が切り替わる。

 

 瞬間、今までバルタンらしい黄色の目をしていたバルタンの瞳が真っ赤に染まり、まるで受け流すように八つ裂き光輪を吹き飛ばした。

 八つ裂き光輪はそのまま背後に飛んでいき、公園を大きくえぐりながら消えていく。

 

「ようやく、ようやく、私の出番だな」

 

 バルタンは左の五指を軽く握りしめると、自身へむけてスペシウム光線のチャージを続ける巨人を見据えた。

 

『おいチェレーザ、街が──』

 

 翼が何かを言うよりも早く、ウルトラマンのスペシウム光線が発射され、一瞬でバルタンへと殺到。夜を明るく染め上げながら、バルタンへと突き刺さり爆発を起こした。

 

 白煙の向こうで、ウルトラマンがゆっくりと構えを解いた。

 

 だが、白煙の中のバルタンの姿が突如消失する。

 

フォッフォッフォッフォッ(残像だよ、馬鹿め)

 

 いつの間にかウルトラマンの背後に現れたバルタンが、その彼ら特有の低く響く声で笑うと右腕の剣鋏を振るった。

 

 一閃。

 

 翼のものとは比べ物にはならない鮮やかな剣技が、光の巨人へと明確なダメージを与えた。

 

 僅かに声を漏らしたウルトラマンは僅かに距離を取りながら牽制の光の鏃を連射する。

 

フォッフォッフォッフォッフォッ(この程度大した攻撃でもない!)

 

 だが、チェレーザはその尽くを剣で払い、時にはひらりとかわして、無傷で乗り切って見せる。

 それどころか残像を作りながら一歩踏み出し、剣鋏で海を巻き込むように切り上げながら、ウルトラマンへと更なる斬撃を叩き込まんとする。

 

 翼には引き出せなかったバルタン由来の分身能力。経験が見える迷いのない太刀筋。ウルトラマンと渡り合えるだけの身のこなし。

 

 その全てを駆使して、チェレーザはウルトラマンと互角に渡り合っていた。

 

 間違いなくチェレーザが操るバルタンは翼よりも遥かに強い。

 

 けれど。

 

「──ヘェアッ!」

 

 ウルトラマンの光弾が再び飛ぶ。

 

フォッフォッフォッフォッ(はー、もうそれ見たー)

 

 けれどバルタンはまるでため息をつくかのように肩を落とすと、無駄に大仰な振りで剣を振るうと飛来していた光の一つを打ち砕いた。

 

 そして、砕けた光の流れ弾は当然のように背後にある街の方へと飛んでいき、その中の一つがまだ傷つき動けない勇者を襲う。

 

「──っ、危ない!」

 

「きゃあっ!」

 

 銀が斧を振るってかろうじて光を弾いた。巨大な双斧はそれだけで盾のようにも扱える。けれど、その代償に戦斧を持つ銀の腕が軋み傷が開き血が吹き出した。

 地面が弾け、勇者たちが地面を転がっていく。

 運良く命中はしなかったものの、既に怪我をしているのを考えれば今の彼女たちには、ほんの少しの衝撃ですら大きな痛みを与えるだろう。

 

 だが、チェレーザはそんな事知ったことかとばかりに光の巨人へと組みつき、鋏と手刀とを切り結ぶ。

 

『チェレーザ! 鷲尾さんが! それに街の方も……』

 

「ああん?」

 

『剣でちゃんと斬って落としてくれ! じゃないと被害が広がる一方だ!』

 

「えー、ウルトラマンが戦うときは、このくらいの被害はつきものだぞう?」

 

『だからウルトラマンはオレたちの敵だろッ!』

 

 チェレーザは強い。翼とは比べるまでもない。

 

 だが、『守る』気が全くない。

 

 自分だけが傷つかなければそれでいい。街も、背中にいる人間がどうなろうと、チェレーザはどうでもいい。

 今彼にとって大事なのは、『ウルトラマン』に勝ち、己の力を証明することだけだ。

 

 それは、倒すといった癖にやたらと人や街を庇おうとするあまり中途半端に攻勢に移れない翼とはどこか対照的だった。

 

(オレは、こいつに、この身体を任せていいのか……?)

 

 今まで敵を倒す、という一点で僅かな協調を見せていた二人の心が揺らいだ。

 揺らぎはそのままバルタンへと伝わり、今まで互角に渡り合っていたウルトラマンへと、僅かな隙を晒した。

 そこを狙いすましたようにウルトラマンの前蹴りがバルタンとの距離を大きく引き離した。

 

 チェレーザの操るバルタンは強い。

 

 ウルトラマンにこのままでは押し切れないかもしれない、とそう思わせるほどに、その実力は拮抗していた。

 

 故に、光の巨人は一つの選択をした。

 

 ばちり、とウルトラマンの身体に()()()()()

 

 チェレーザが戸惑うように「電気……?」と心の中で首を傾げ、翼もまた同じように戸惑いの感情を抱いた。

 

 けれど、その感情は視界を同じくしているはずなのに、同じものを見たからではなかった。

 

 ()()()()、まるで手足の生えた蛞蝓のような斑模様の怪獣が、ウルトラマンの背後に現れたのが見えた。

 

『なんだ、今の』

 

 チェレーザに訊ねようとしたのも束の間、現れたビジョンが渦巻く螺旋とともに溶けるようにウルトラマンの姿と重なる。

 

《 ウルトランス! エレキングテール! 》

 

 ウルトラマンの右腕がまるでビジョンの怪獣の尻尾のように変わる。

 

「海から逃げてっ!」

 

 園子からの声が飛ぶ。

 

 そして、チェレーザが全てを理解して急いで海から離れようとするが、もう遅い。

 

 右腕が勢いよく海面に振り下ろされ、海面を通して一瞬で怪獣『エレキング』由来の50万Vの電撃が走る。

 勇者たちを一撃で昏倒させた、古き日本では神の権能とされていた破滅の雷。

 

 そしてそれは──同じく海をフィールドにして戦っていたバルタンへと殺到した。

 

『──あ、がああああああああっ!』

 

 それは一瞬のことだった。

 

 まるで光が閃くように、エレキングの雷は海を走りバルタンを襲い、そのあまりの威力にチェレーザと翼、二人の意識を同時に刈り取った。

 

 焼け焦げたバルタンの身体が膝をつき、倒れ伏す。

 

「ーーーーー」

 

 だが、その直前に右腕の剣が地面に刺さりその身体が完全に倒れるのを支え、留めた。

 それは、こんなやつに負けてたまるかというチェレーザの意地か、まだ倒れてはいけないという翼の決意か、はたまた偶然か。

 

 それと同時に、ウルトラマンの胸の発光器官(カラータイマー)が赤く点滅を始める。

 

 まるで何かの警告を示すかのような赤い光をよそに、ウルトラマンが十字を組んだ。

 

 スペシウム光線。

 バルタンが忌み嫌い、その生命を脅かす必殺の一撃となるもの。

 

 意識を失ったバルタンに防ぐ術はない。

 

 クレナイ・タスクの想いも、チェレーザの奮闘も何も意味を成さないまま、終わることになる。

 

 ウルトラマンの腕の中に光のエネルギーが集まっていく。

 彼は幾たびか自分の必殺の光線が防がれたことを見て、絶殺の意思を込めて、抜き打ちではなくこれで全てを終わらせるためのスペシウムのチャージを始めた。

 

 発射されるまで、あと五秒。

 

「あの、怪獣……」

 

 その姿を傷つきながらも見上げる少女が一人。

 

「このままじゃ、死んじゃう」

 

 鷲尾須美。神に選ばれた巫女であり勇者。

 白菊の衣装を纏う青の弓を使う少女。

 

 彼女は、他の二人とともに先ほどのウルトラマンとバルタンとの攻撃の余波で少し離れた砂浜の方まで吹き飛んでいた。

 ウルトラマンは彼女たちに興味を失ってしまったようで、その視線が彼女たちへ向くことは先ほどから一度もない。

 

 けれど、彼女の何かが、あの怪獣を放っておいては駄目だと訴えかけていた。

 

 須美が無意識に駆け出す。

 

「須美!?」

 

 銀が須美を呼び止める。だが、須美は止まらない。

 

「わっしーどこ行くの!」

 

 園子が重ねて言葉を投げかけ、須美の後ろへ続いた。

 

「あの怪獣を……あの人の所よ!」

 

「あの人……あのハサミのやつか?!」

 

「……ええ!」

 

「さっきアタシたちが吹っ飛ばされたのはあいつのせいなんだぞ! 忘れたのか?!」

 

 銀が遠回しに「あいつに助ける価値なんてない」と言う。

 それはバルタンが彼女たちを気にせず戦ったために、あと少しで更なる傷を負っていたことを忘れていないから。

 同じようなことが再びあって、須美や園子が傷つくと考えているから。

 

 光線が撃たれるまで、あと三秒。

 

 園子の深い色の瞳が須美をじっと見つめる。

 いつも掴みどころがなくて、何を考えているかわからない彼女だが、今瞳に宿るものは真剣そのもの。

 

 須美が言葉に詰まった。

 

「私、は」

 

 朧げな意識の中で見た背中。

 あの闇纏う剣の魔人は、当然のように須美を守ってくれた。

 その後にはまるで彼女たちのことを忘れてしまったかのように庇うのをやめてしまった。

 

 でも、それでもあの魔人に悪感情を抱けなかった。

 

 だって、鷲尾須美は。

 

「それでも、あの人を信じたい! 

 だって……あの怪獣が私たちを守ってくれたことだけは、嘘じゃないから!」

 

 剣の魔人の終焉まで、あと一秒。

 

 走っていた須美の体ががくりと崩れる。積み重なった疲労と負傷では、もうこれ以上動くことはできなかった。

 それでも須美は足掻くように矢を番え、光の巨人へと撃ち放つ。

 夜を切り裂く青の残光は巨人の肩へとあたり炸裂。けれども、依然としてウルトラマンに大きな傷はなく、光線の収束を揺らがせてほんの僅かな時間を作ることしかできない。

 

 その時間、約一秒。

 

 瞬き一回分。息を吐いて吸う刹那。無限の中に消えていくその狭間。

 

 でも、その一秒を乃木園子は無駄にしなかった。

 

「園子!?」

 

 彼女は膝のバネだけを使い跳ねるようにして加速、バルタンにスペシウム光線が突き刺さる寸前、その身を二つの巨体の間に躍らせた。

 

 そして、彼女は盾を構えると盾の表面に沿って()()()()()()()

 受け止め切れるはずのない熱量に盾が融解し、光のかけらが園子の装束を撫でて赤い花にて彩った。

 

 まさに絶技。今まで見ていたスペシウム光線の特性と射角を調整して、足場のない空中で、受け止めるのではなくて逸らして流す。おそらく過去にも未来にもこれだけの技術がこなせる勇者は彼女以外にはいないだろう。

 

 破壊の光線がバルタンをかすめながら空の月へと飛んでいき、神樹の作る四国結界に巨大な孔を穿つが、あっという間に塞がれ元に戻って行った。

 

 銀が助ける必要がないと言った『あの怪獣』。

 須美が信じたいと言った『あの人』。

 

 園子はどちらの言い分もなんとなくわかった。

 

 銀はあの怪獣は園子や須美に危険があると思ったからそう言って、須美は助けてくれたことを信じたかったからそう言った。

 

 ただ、なんとなくバルタンの方に悪い感情は抱けなかった。なんとなく優しそうな雰囲気がした。だから、乃木園子は動いた。

 

 結果、須美の生み出した消えていくはずだった一秒を、乃木園子は値千金の一秒へと変える。

 

 残されたのは膝をつき気を失ったままのバルタン、空中で半壊の槍を片手にした園子。

 

「えへへ〜、上手くいってよかった……いててっ」

 

 高さ約20mほどまで飛び上がっていた園子は無防備に海の方へと落ちていく。

 

「銀、そのっちを!」

 

「ああ! 園子今そっちに行くぞ!」

 

 銀が腕を庇いながら園子の元へ向かおうとしたとき、目の前で青白い電光が弾けて散って、銀のゆく手を阻んだ。

 それだけではない、一部の雷が動けない須美の方へと向かった。

 

 迷ったのは、一瞬。

 

「っ、くそ、須美危ねえ!」

 

 銀が燃える斧で雷を防いで園子の方に目をやった。

 

「銀、身体が!」

 

「いーって、気にすんな! それより園子の方を──」

 

 その時、ウルトラマンの身体がぼこり、と不気味に蠢いた。

 

《 ウルトランス! HYPEREREKING TALE! 》

 

 力の質が、変わる。

 

 ウルトラマンの身体に眩いだけの光が集まり、先ほどまで怪獣の鞭となっていた腕を起点に禍々しいまでの破壊の稲妻を身体に宿した。

 

「ーーー」

 

 園子は瞬時に自由に動く槍の穂先を使って自分の身体を雷の射程範囲外まで弾こうとする。

 

「◼️◼️◼️◼️ッ!」

 

 だが、それをさせぬとばかりに雷を纏うウルトラマンが吠えるように光弾を飛ばして園子の槍を撃った。普段ならば離すはずもない園子も、スペシウム光線という紛れもない必殺の光線を受け止めた時の負荷から思わず取り落としてしまう。

 

「これは、ちょっとまずいかも〜」

 

 この場を凌ぐためのいくつかの方法を園子は思索する。

 けれど、出てくる答えは何もなく、彼女は羽をもがれた鳥のように無様に落ちていくしかない。

 

 ウルトラマンの身体の雷電が弾ける。

 

「ーーーっ」

 

 園子は思わず目を瞑り身を屈めた。雷が当たる可能性を低くする、あまりにも虚しいせめてもの抵抗。

 

「園子!」

 

 銀が斧の片方を投げた。斧は弾丸のように飛んでいくがウルトラマンの攻撃を邪魔するにはあまりにも遅い。

 

 そして、須美はただ動けぬ身体のままで、叫んだ。

 ただ無意識に、いつものように、まるでよく親しんだ誰かに頼むように。

 

「お願いっ! そのっちを助けてぇぇぇぇっ!」

 

 バルタンの目が、光を宿した。

 

『──みもり、ちゃん』

 

 気絶していたはずの翼の意識が、まるで声に応えるようにこちら側に帰って来る。

 

 彼はおぼろげな意識のままで、頼まれた通りに、彼のそうするべきだと思う通り身体を動かした。

 

 膝をついていたバルタンが、空中の無防備に目を瞑る園子を鋏ではない左手で包むこむように胸にかき抱いた。

 

 意識は半ばまだ飛んでいる。けれども彼の身体は守ることを選んだ。

 

 海を伝い雷がバルタンを打ち、その身体を焼き焦がす。けれど、彼は園子を離すことなく、ただ守る。胸に抱いて、破壊の際に用いる光線のエネルギーで包み込むようにして手の中に雷を通さなかった。

 

『が、ああああああああ、ああっ!』

 

 バルタンの装甲が砕けていく。その青黒い身体は煤をかぶったように見窄らしく変わっていき、関節の節々からは血のような闇が滲んでいた。

 

 バルタンを構成するものは闇だ。

 

 それは人を照らすものではなく、深みに誘う恐ろしきものだ。

 光か闇で言えば、人が安心するものは光のはずだ。

 

(なんか…………あったかい)

 

 触れる手は冷たい金属で刺々しい。

 バルタンの体温など感じられるはずがないのに、園子には彼の温かさが伝わってきていた。

 

「◼️◼️◼️◼️ーーー」

 

 そのタイミングでウルトラマンに銀の斧が刺さり、バルタンへの雷の放出が止まる。

 だが、腕を覆う雷は留まることがなくまるで侵食するように刻一刻と強くなっている。

 

「あいつ、園子を……」

 

「やっぱり私たちのことを助けてくれた」

 

 バルタンが手を開いて園子を少し離れたところに下ろす。

 

「守ってくれたの?」

 

 バルタンは何も言わない。

 彼は怪獣、人に伝える言葉は持たない故に。

 

 ただ、代わりに彼らの声帯にしか表せない言葉で吠えてウルトラマンへと突っ込んでいく。

 

 巨人と魔人がぶつかり合う。

 

 巨人は依然として圧倒的なまでの光を纏い、赤いタイマーが光っている以外は二分前にやってきた時とほとんど変わらない。

 けれど対する魔人は、満身創痍でもう傷ついていないところを探す方が難しい。

 

 翼がバルタンの身体を動かしなんとか致命傷を避けて立ち回るが、チェレーザほどのセンスがない彼では限界は見えている。

 

《 ウルトランス! HYPEREREKING TALE! 》

 

 三度、ウルトラマンの身体に電撃が走る。

 

 もう今度は耐えられない。今まで身体を守っていた装甲は半ば砕け、度重なるスペシウムのダメージに限界寸前で避ける余裕もない。

 

 きっと、誰も何もしなければ彼はこのまま死ぬ。

 

 でも、それを見過ごせない勇者たちがいた。

 人を守るように、その怪獣を助けようとするような少女たちが。

 

 一人はその手の温かさから。

 一人は友を助けてくれたその姿から。

 一人は胸から出づる信じたいという気持ちから。

 

 バルタンのために、走り出した。

 

「ミノさん! わっしー! ()()、やるよ!」

 

「わかった!」

 

「……ええ!」

 

 園子の声に、銀は迷いなく、須美は一瞬考えて言葉を返す。

 

 エレキング由来の雷の細かなスパークが辺りへと走る中、動けない須美を除く二人がウルトラマンとバルタンを囲むように広がる。

 

『何を……?』

 

 鷲尾須美が弓を地面に突き刺し、祈るように言葉を紡ぐ。

 

「あめつちに きゆらかすは さゆらかす」

 

 其は、祝詞(のりと)

 人が神へと希う、唯一の言葉。

 

 弾ける光のかけらを掻い潜るように槍の穂先を足場にして海を走る園子が、ウルトラマンの背後で海面に槍を突き刺した。

 

「かみわがも かみこそは きねきこゆ きゆらかす」

 

 須美の言葉に重ねるように、園子が祝詞を引き継いだ。

 すると、須美の弓が突き立てられた場所から園子の槍まで青い光が走る。

 すると、須美の青に園子の力が混ざるように紫の色が混じり、光が走る。

 

 銀が細かいスパークを交わしながら大橋の近くまで駆けて、海辺に燃える戦斧を突き立てた。

 

「みたまがり たまがりししかみは いまぞきませる」

 

 銀の祝詞が形になると、園子の槍から銀の斧まで青と紫の光が走り、その中に銀の赤色を溶かしながら元の須美の元まで帰っていく。

 

 そして、描かれるのは『三点結界』。

 バルタンとウルトラマンを囲む、勇者三人を頂点とする光の三角形。

 

 世界が、揺れる。

 

『なんだ、これ……なんか、力が不安定に』

 

 何かを感じ取ったウルトラマンが腕を半ば怪獣に侵食されながら、その鞭を大きく振りかぶり海へと叩きつけようとする。

 

 バルタンはそれを食らうわけにいかないとばかりに、必死に離れようとするがウルトラマンは巧みに距離を取らせようとしない。

 

「──シェアッ!」

 

 振り下ろされる電撃の鞭に翼が身を固くする。

 

 けれど、それよりも一拍、須美たちの祝詞を唱え終わるのが早い。

 

 

「「「みたまみに きまししかみは いまぞきませるーーー!」」」

 

 

 三人が心と声を一つに重ね、個々の祈りでしかなかったものを、一つの祝詞として完成させる。

 

 無垢なる少女たちの祈りが神樹へと届き────世界の理が書き換わる。

 

 海でしかなかったものが、色とりどりの木の根に代わり、彼らを三点結界ごと本来のフィールドの()()()()()()()()()()()

 

『な、なんだここ!』

 

 これは、何故か樹海化の反応を素通りするウルトラマンへの大赦への対抗策。

 勇者三人が結界の要となり、祝詞を起点に神樹へと嘆願、その中の存在を対象ごと樹海への転移を行う────言うなれば『人為的な樹海化警報』。

 

 そして、このフィールドが海でなくなった以上、ウルトラマンは海を使った逃げ場のない()()()()()()()()()()

 

 それは、つまりバルタンがウルトラマンの懐に近づけるということ。そして、対人戦であるならば、バルタン(チェレーザ)はウルトラマンと互角の戦いを行える。

 

 けれど、そんな彼女たちにも計算外が一つだけ。

 

 大赦の急ごしらえと、バルタンとウルトラマンという二つの巨大な質量に演算が狂い、二つの巨体が大橋の上空にぽーんと投げ出されてしまう。

 

 その拍子に、バルタンに向けて振るわれようとしていた変質したエレキングの鞭も外れたものの、空を飛べないバルタンではこれ以上どうすることもできない。

 

「わっわっ、わっしー、怪獣さんも巨人も空に行っちゃったよ〜!」

 

「そ、そんな、あんな高くなんて、どうしたら」

 

「ええい、やっぱりぶっつけ本番は無理があったか!」

 

 胸を赤く点滅させるウルトラマンがまるで翼を持つ鳥のように風を切って飛ぶと、ただ落ちることしかできないバルタンと地面の間に滑り込む。

 

 そして、腕を十字に組み『スペシウム光線』のチャージを始める。

 

(オレじゃ空を飛ぶことはできないでもこのまま落ちたら間違いなくあの光線にやられて死ぬじゃあ何かを飛ばしていやでもオレはチェレーザじゃないからそんなことできない分身は分身ならなんとかでもチェレーザがどうやっていたかなんてオレには分からないでもでもでもでも)

 

 必死に思考を巡らせる。けれど、答えは何も出ることはなく空中で身動きを取れない『紅翼』には何もできない。

 

 けど、彼の中にはもう一人の『彼』がいる。

 

『むにゃ、ううん、ウルトラマンさん、ティガさん光の力お借りします……』

 

『ーー! チェレーザ! 起きたのか!』

 

『ふわーあ。なんだね少年こんなタマヒュンゾーンで。戦闘は終わりジェットコースターでも満喫してるのかね』

 

『ちげーよ! 今空落ちてんだよ!』

 

『ええ〜、だってこのバルタンに空飛ぶ力なんて──ゲェェッ?! ここどこ?! 橋?! なんか木の根あるし……おわー! というかウルトラマンが待ち構えてるーーー!』

 

『御託は後だ! なんか今の状況をなんとかできないか!』

 

『ハァッ?! いきなり何を』

 

『できないならいい! オレがなんとかする!』

 

『ハァ〜〜〜〜〜〜! 出来ますけど〜〜〜ッ?!』

 

 バルタンの目が赤く染まり、主導権がチェレーザに渡される。

 

『食らえいウルトラマン(初代)! これこそがお前と過去戦ったバルタン星人の想い! その怨念は破壊の嵐となりてお前を襲い』

 

『いいから早く使えよ!』

 

『ええい、やかましい奴め! こういうのは前口上が大切なんだよ! 行くぞ必殺!』

 

 翼が体の中のエネルギーが根こそぎ引きずられていくのを感じる。

 すると、バルタンの鋏の中に青白い光が収束していく。それはウルトラマンの光のエネルギー(スペシウム)とどこか似ているように見えた。

 それは限界を超えるまで鋏の中に凝縮され、硬い一つの『弾丸』と変わる。

 

『───白色破壊光弾ッ!』

 

 樹海の中に青光が炸裂し、十字を組むウルトラマンの胸にぶち当たった。

 コンクリートの建造物なら粉々に砕け、人間など粉微塵になりきっと死体すらも残らない一撃。怪獣であっても無事で済むかわからない、バルタン星人にとっては最強の技だ。

 

「──ヘェ、アアアァッ!」

 

 けれど、()()()()()()()()()()()

 

 効いていないわけではない。

 しっかりダメージを食らっているし、スペシウム光線の発動を止める事もできている。

 

 でも、それは光と闇の勝敗の運命を覆せるほどの一撃ではない。

 

 予言は変わらない。

 

 闇の魔人は、光の巨人に負けるしかない。

 

 光は正義で、闇は悪。

 

 負けるべきは闇だと決まっているのは、宇宙の真理だ。

 

《 ウルトランス! HYPEREREKING TALE! 》

 

 四度目のウルトランス。ダメージを受けながらも生み出された、神の権能たる雷を宿した鞭が堕ちるバルタンを迎え撃つ。

 

 ウルトラマンの鞭がバルタンへと向かう。

 

(オレじゃあ、勝てないのか)

 

 翼の心に弱気が走りそうになり──それを叱咤するような青い光線が、ウルトラマンの腕に突き刺さり、鞭の軌道を僅かに逸らした。

 

「ーーーーー」

 

 それはバルタンを援護する鷲尾須美の弓。

 

『美森、ちゃん』

 

 視線が交わり、彼女が何かを言った気がした。

 遥か上空の翼には何を言ったかはわからなかったけど、その口の形はきっと。

 

 ──がんばって、とそう言ってくれた気がした。

 

 翼の心が震えた。

 

 あの子を、自分の大切な少女を守りたいと、そのために目の前の敵を倒したいと、強く思った。

 

 その想いに、彼に力を与えたモノは応える。

 

 

 

 

 

 その瞬間、時が止まったはずの大赦の蔵書室の中で自然と『太平風土記』のページがめくれる。

 

 神樹の理に反するように、本は自分で意思を持つかのように、絶滅の予言が描かれたページを開いた。

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

銀河の星 光の如き巨人

三人の勇者 死した後に

かつて青き紅蓮の星の最後のゆりかごに降り立ち

その光をもって 闇の魔人を討ち払わん

 

 

銀河の星 光の如き巨人

三人の勇者の守りし

かつて青き紅蓮の星の最後のゆりかごに降り立ち

その光 剣の魔人によりて打ち払われん

 

 

 予言が書き変わる。

 

 変わらない未来は、今変わる。

 

 

 

 

 

『──こんなところで負けられない』

 

 バルタンの剣鋏が()()()

 

 今までバルタンの鋏の一部でしかなかった刃が、明確に腕と一体化した『剣』と変わる。

 

 それは闇を払う聖剣などではない。言うなれば光を超えて敵を斬る──バルタンの『魔剣』。

 

『う、お、おおおおおおおおおッ!』

 

 バルタン()が魔剣を構え、そしてウルトラマンに向かっていく。

 

 光の巨人は瞬時に鞭ではない左手の中に八つ裂き光輪を生み出そうとして────この世界に現れてから()()()()()()()

 

 鷲尾須美の信念。三ノ輪銀の奮闘。乃木園子の献身。そして、紅翼の覚悟。

 全ての積み重ねた一秒が、今この『三分』に繋がった。

 

「ーーー」

 

 カラータイマーの赤い光が消える。

 ウルトラマンの中で光の力が霧散し、ウルトランスで制御されていた雷が散って、バルタンの前に嵐のように吹き荒れた。

 

 けれど、バルタンは止まらない。

 

 チェレーザはウルトラマンを『光の巨人』だと言った。常に人を守るために戦ってきたのだと。

 相手は光の巨人。そして、自分は闇の魔人。

 

 ならば、正義はあちらにあるのか。

 

 ()()()()()と、彼が吠えた。

 

『光が正義なんて───誰が決めたッ!』

 

 翼が無意識にチェレーザの白色の破壊の弾丸の感覚を模倣して、魔剣に眩い青白い破壊の力を収束して行く。

 

『例えオレが怪獣だとしても! オレはあの子を守っていいはずだッ!』

 

 50万Vの雷の嵐を抜けて『バルタン星人』が『ウルトラマン』の前に現れる。

 

 

『───白色破壊光斬ッ!』

 

 

 『光の巨人』のカラータイマーを、『魔剣の魔人』が斬り裂いた。

 

 それは、予言に記された未来には無かった一撃で、故にこそこの戦いの決着となる一撃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コンコン、と病室のドアがノックされる。

 

「どうぞ」

 

 病院着の須美がベッドの上から声をかけると、開いた扉から見知った顔が覗いた。

 

「紅さん、どうしてここに……」

 

「どうしても何も、毎日会ってる幼馴染みの女の子の見舞いに来るのがそんなに変?」

 

「あ、いえ、そうじゃなくて……」

 

「それとも、来ない方が良かった?」

 

「べ、別にわざわざ来て頂かなくても大丈夫でした。……来てくださったことは、嬉しいですけど」

 

「ん、じゃあ良かった」

 

 翼が近くにあった椅子をベッドの側まで持ってきて腰掛ける。

 

「で、怪我の具合はどう?」

 

「ほとんど治りました。雷での火傷なんかも殆どあとは残らないだろう、とお医者様が」

 

「そっか、よかった。オレが君たちを見つけた時は結構酷かったからさ。女の子の身体に傷とかが残らなくて何よりだよ、うん」

 

「なんでも神樹様に選ばれた勇者は治癒力も多少の向上が見られるらしくて。本当に、神樹様にはお礼を言っても言い足りないです」

 

「……そうだね。まあ、須美ちゃんもしばらくは学校を休めるこの素晴らしき病院生活を楽しむといいさ」

 

「そういう訳にはいきませんっ! 私たちは勇者ですがそれと同時に小学生なんですから。一日も早く退院して、お国のために勉学に励まなくては」

 

「早く学校に行きたいなんて、美森ちゃんは真面目だなぁ」

 

「いえというか、早く畳に敷いた布団で眠りたいんです……! いくら病院とはいえ、この西洋の寝床は、耐えられない……!」

 

 わなわなと震える須美に「あー、そういう」と翼が納得するように頷いた。

 今の病院はどこもかしこもベッドだらけだ。清潔を維持するためにはこのスタイルが一番なため仕方ないが、どうにも須美には居心地が悪いに違いなかった。

 

「じゃあそんな日本の空気に飢えている美森ちゃんにはこれあげよう」

 

 翼がほい、と持ってきた手提げの袋からタッパーを取り出して須美に差し出した。

 須美が蓋を開けてみれば、ふうわりとあんこの匂いが病院に広がった。

 

「これって、牡丹餅?」

 

「前おやつは牡丹餅が理想って言ってたろ? だからちょちょいっと作ってきた」

 

「紅さんが、ですか?」

 

「お、信じてない顔だな。これでもオレはやる男だぞ?」

 

 一緒に渡された箸を使って牡丹餅をとる。

 翼が手ずから作ったというそれは、どこか形が歪で、レシピを見ながら四苦八苦する姿が透けて見えるようだった。

 

「あんまりしげしげ見ないでくれると助かる。あー、もちろん食べたくないとかなら、全然返してもらって構わないから。やっぱ男の手で触ったもんは気持ち悪いかもだしな」

 

「もう、そんなこと言いませんって」

 

 頬をかきながら誤魔化すようにいう彼に、くすり、と須美が頬を緩めた。

 

「じゃあいただきます」

 

 須美が一口ぱくりと牡丹餅を頬張る。

 すると、今度は先ほどとは比べ物にならないような柔らかさの微笑みを浮かべる。

 ただそれだけで、蕾が花開く瞬間に立ち会ったような温かい感情が翼の胸を満たした。

 

 須美の笑顔と、挫けそうになった時に応援してくれたときの真剣な表情とが重なる。

 

 翼は『美森ちゃん』を守りたいと思った。

 だから、闇の力を受け入れて、剣を握り光の巨人と戦った。

 

(でも、本当に助けられたのは、オレだった気がする)

 

 きっと紅翼が最後に立ち上がれたのは、彼女が信じてくれたから。

 

 須美が嬉しそうに牡丹餅を食べ終えて、翼に向き直る。

 そして、お礼を言うために口を開こうとして。

 

「ありがとう、鷲尾さん」

 

 それよりも早く、翼の方からお礼の言葉が伝えられた。

 

「え、紅さん? あの、牡丹餅を頂いたのは私の方なんですが……」

 

「あ、え、あー! そ、そうだな、ごめん。なんか今伝えときたくなっちゃってさ」

 

「もう、私の言いたいことを取らないでください」

 

「ごめんごめん」

 

 困ったように笑う須美に、今度は頭を下げながら、紅翼は、この子がこうしてずっと笑っていられればいいなと、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それと時を同じくして、一人の巫女が翼とチェレーザが『ジャイロ』を見出した裏山へと訪れていた。

 彼女はざり、と砕けた祠の欠片を踏み締める。

 

「やはり『彼』は『怪獣』となり、『光の巨人(ウルトラマン)』を模したバーテックスと戦った。私の予見した通りに」

 

 彼女は知っている。彼が戦ったものが天の神と呼ばれる存在に作られた『光を模倣した』バーテックスであるということを。

 

「あれほどあった怪我も、怪獣化を解けばほとんど消えていた。そして、エレキングの力は彼のもとへ渡る」

 

 まるで水に濡れたような美しい黒髪と、白い巫女服はどこか作り物めいた美しさを宿している。

 

「例え未来は変わったとしても、結末は変わらない。貴方が貴方である限り」

 

 彼女は空を見上げて、神樹の作り出した仮初の太陽を睨める。

 

「紅翼、貴方は希望の光か、それとも……」

 

 まるで、その太陽の向こうに何がいるかを知っているかのように。

 

「底知れぬ闇……でしょうか」

 

 そして、その手には、『太平風土記』と刻印された本が握られていた。

 

 

 

 




 

『バーテックス』
基本的にバーテックスの種類は二つ。
『星屑』と呼ばれる量産型の弱個体。
『十二星座型』と呼ばれる星屑の肉を捏ねてつくる強個体。
けれど、天の神はそれでは満足しなかった。
彼らは、その星屑と十二星座をも超えるものを求め、時に神とすら呼ばれる『光の巨人』を作り出した。
彼はバーテックスであり、ウルトラマン。人を守る意思を持つ彼らを再現し、人を滅ぼすために戦う滅亡の巨人へとした。
言うなれば『ウルトラマン型バーテックス』。

『ウルトランス』
怪獣の力を利用して戦う技術。
本来は『初代ウルトラマン』に使える力ではないが、天の神が『エレキング』のクリスタルを埋め込むことで疑似的な使用を可能としている。
エレキングのクリスタルは現在クレナイ・タスクの手に渡った。



気を失った勇者三人を抱き上げて病院に連れて行く翼
チェレーザ「あー、ダメダメ! ウルトラマンは笑顔で『おーい!』って手を振りなきゃ帰って来なきゃ! というか、なんで電話せんのかね。はー、スマホの一つも持っとらんのか君は」
翼「うるせえ! お前が海に投げ捨てたんだよ!」



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ドリーマーエンジェル

 

「お前は持っているのか? 守るべきものを……。
 何故奪うだけで、守るものを持たないんだ!?
 お前だって…ウルトラマンだろうが!」




 

 

 

 

 

 ある日の昼下がり、大赦の蔵書室の自分のデスクで書類仕事をする傍ら、もそもそと翼は菓子パンをかじりながら遅めの昼食を取っていた。安さとボリュームが売りのものである。税込み258円の信頼。

 

『まあた、君は菓子パンか』

 

「これが一番コスパがいいんだよ。腹にもたまるし、味だってそれなりだ」

 

『せっかく朝ごはんを幼馴染み少女に作ってもらっているんだ。ついでに弁当も作って貰えばいいだろう』

 

「ばーか、そこまで迷惑かけれるかよ」

 

『毎朝飯を作らせてるのはなかなかの負担だと思うがな』

 

「仕方ねえだろ、鷲尾さんがどうしてもやるって聞かないんだから。オレとしてはいつでもやめてくれて構わないんだけどさ」

 

 翼の脳裏に今朝の須美との会話が思い起こされる。

 

『美森ちゃん、病み上がりなんだし、しばらくはいいって言ったろ?』

 

『だって私が放って置いたらあなた、体に悪いものばかり食べるじゃないですか。

 部屋の中見せてください! ほら、案の定いんすたんらーめんばかり! 

 本当にもう、私がいないと全然だめなんですから』

 

『カップ麺だって美味いんだけどなぁ』

 

『紅さん』

 

『OK OK、朝ごはんお願いします、美森ちゃん』

 

『返事は──』

 

『OKじゃなくて「はい」な、オールライト、美森ちゃん』

 

『もう紅さん!』

 

 クレナイ・タスクは小学生にお世話されている日々生き恥を生み出し続ける少年ではあるが、何も全く料理ができないというわけではない。

 先日、須美に牡丹餅を差し入れたようにやろうと思えばできるのだが、まあ少しばかりの事情から彼の朝食は全面的に須美に任されていた。

 

『む、それは先日の私たちの活躍か』

 

「活躍というか被害報告だよ。……無茶苦茶やっちゃったからな」

 

『ウルトラマン……いやウルトラマンバーテックスめ! 許せん!』

 

「違うよ、オレのせいだ。ちゃんと守りきれなかった」

 

『む?』

 

「きっとオレがもっと……いや、まずは反省よりも、今のこと、だな。街の修繕とか、市民への説明とかやることは山積みだ」

 

『ふうむ、神樹とやらに任せては駄目なのかね。無数の神様が融合(ユナイト)していると言ってただろう』

 

「ゆないと……? まあ、神樹様は神様だけど万能というわけじゃないから。大抵のことはできるけど、手が届かないところもある」

 

 そういう届かないところをお助けするための大赦(オレ)たちだから、と続けて、食べ終わった菓子パンの袋をくしゃくしゃと丸めてゴミ箱へと投げる。

 

『入らなかったぞ』

 

「……うるさいな、後で捨てるよ」

 

 翼が居心地悪そうに席に座り直す。

 その拍子にポケットの中で二つのクリスタルが擦れ合い、軽やかな音を立てた。

 

「……夢じゃないんだよな」

 

 席に戻りポケットの中のものを取り出すと、翼が目を閉じて何かを念じるように目を閉じた。

 すると、虚空から二つのハンドルのついたアイテムが現れる。

 

 彼を怪獣に変えた『クリスタル』と『ジャイロ』。

 

「なんなんだろうな、これ」

 

『む? 知りたいか。知りたいよな。知りたいだろうねえ! いいだろう、私なら教えてあげよう、ほらほら、私に存分に聞くといい』

 

「いつの間にか胸の中にあった……というかあのよくわからない空間で渡された? 祠の中から出てきたのは間違い無いから神樹様由来か。でもあんな祠記録にはなかったからな……」

 

『あれ少年? しょうねーん?』

 

「この力、強いことは確かだけど今のオレに使いこなすのは難しい。どこかで剣なりを練習できればそれがベストなんだけど」

 

『おい! 無視するなー!』

 

 ぎゃーすかと心の中で騒ぐチェレーザに小さくため息。

 

「はいはい、じゃあこれはなんなんですか、チェレーザさん」

 

『よくぞ聞いてくれた! それは前も話した通り神秘の変身アイテムなのだが、それを語る前には私の活躍であるウルトラマンオーブダークノワールブラックシュバルツ(全25話)から語らねばなるまい……あー冗談冗談! だから無視して仕事を始めようとするな!』

 

 ゴッホンとチェレーザが無駄に大きな咳払いをする。心の中のチェレーザに喉はないので本当にゴッホンと言っただけである。

 

『まずその二つの円いやつは『クリスタル』。

 この宇宙に存在する無数のエレメント、それに適したウルトラマンや怪獣の力を閉じ込めてあるものだ。

 少年が今持っているのは『剣』のバルタン星人と……』

 

「『雷』のエレキング……だっけ?」

 

『その通り! かのウルトラセブンと戦った有名怪獣だぞ! ……まあ別に強豪怪獣じゃないのが痛いところだが。だいたいさっくり負けてしまうしな』

 

「ええ……ウルトラマンが使ってる時はかなり強かったのに」

 

『アレは使ってるのがウルトラマンだったからなぁ。フィールドも水辺で完全にエレキングの能力を活用できる独壇場だったのも悪かった。おかげでバルタンの身体でも大ダメージだ』

 

「お前ほとんど気絶してて起きなかったもんな」

 

『…………それで次はジャイロの話だが』

 

「露骨に話逸らしたな」

 

『そのジャイロは有り体に言えば“人にクリスタルの力を宿す“アイテムだと言える』

 

「オレたちがバルタンに変身したみたいに?」

 

『うむ。ジャイロ特有の能力として、『形のないものに形を与える』、『怪獣の召喚』といったような能力もある。

 だが、どうやらこれはそこら辺の能力をオミットする代わりに、『所有者の元に転移する』能力をつけた偽物……言うなれば『コピージャイロ』とでもいったところだな』

 

「コピーってことは、もちろんオリジナルのジャイロがあるんだろうけど、それは……」

 

『そこまではさしもの私といえどもわからん。

 まあ、私がもといた世界でジャイロをコピーして模造品を作ったからなぁ、もしかしてその設計図が何かのルートで流れてしまったのかもしれんな』

 

「作ったって……チェレーザが?」

 

 マジで? とでも言いたげな様子で翼が目を丸くさせた。

 このジャイロは翼からしてみれば未知の塊だ。触ってみれば硬いのに、持ち上げても重くない。いらない時は勝手に心の中におさまってるのに、念じれば手の中に現れる。その仕組みどころか、構成物質すらもわからない。

 

 そんなものを、チェレーザは解析してコピーしたという。

 

「チェレーザってさ、もしかしてかなり凄い人?」

 

『ふふん、ようやく少年も私の偉大さがわかってきたかね。存分に私を尊敬していいんだぞう! 

 む! そのジャイロ私の設計図から作られたかも知れんというのならばもっとふさわしい名が必要だな!』

 

「……参考までに聞くけどどんな?」

 

 よくぞ聞いてくれたとばかりにシュババッとチェレーザがキレキレのポーズをとった。心の中で勝手にやったことなのでもちろん翼にも見えていない。

 

『至高の変身アイテムーーー『AZジャイロ』だ』

 

「AZ?」

 

『始まりと終わりを示す文字。私こそがオーブさんに並び立てる唯一無二のヒーローである証、故にこそ愛染(AZ)だ!』

 

「おっけー、ジャイロな。今度からこれはそう呼ぶことにするよ」

 

『私の話聞いてたかね?!』

 

「や、だってなんか腹立ったし……」

 

 仕事を片付けていく傍ら、チェレーザと翼は知識のすり合わせをしていく。

 チェレーザはウルトラマンや怪獣のことに非常に詳しい代わりに、この世界の現状について知らなさすぎたし、翼はその逆だった。

 

『四国以外の人類がウイルスで滅びて298年?! それを神様である神樹が守ってくれている?!』

 

「うん、そして敵はバーテックス。壁の外のウイルスの中で誕生した超生物。安芸さんなんかの大赦の上の方の見立てじゃ、あの『ウルトラマン』もバーテックスの一体なんじゃないかって話」

 

『ううむ、ただのウイルスがウルトラマンを模倣する……? よしんばウイルスがバーテックスの元だとしても、あそこまでウルトラマンの姿が似通うのは些か不可解だな』

 

「……チェレーザ()、信じられない?」

 

『信じられんな。ウルトラマンというのはそう簡単に真似できるものではない。無数の偶然と奇跡が重なって生まれた存在であるし、それにクリスタルの件もある。こんな物体が勝手に生まれたとは考えにくい』

 

 そして、とチェレーザは前置くと、翼に寄り添うようにささやいた。

 

『そう考えているのは私だけではないようだな』

 

 チェレーザは翼が本質的に『大赦』という組織を信じてないというのを敏感に感じ取っていた。

 

「……チェレーザは、三点結界を使うときの鷲尾さんたちの祝詞聞いてたか?」

 

『?』

 

「ああ、お前そういや気絶してたな……」

 

『もちろん覚えてますけど????????』

 

「なんで一秒でバレる嘘をつくんだよ」

 

 目を閉じて、翼があの時聞いた祝詞をそらんじる。

 

「あめつちに きゆらかすは さゆらかす

 かみわがも かみこそは きねきこゆ きゆらかす

 みたまがり たまがりししかみは いまぞきませる

 みたまみに きまししかみは いまぞきませる」

 

 この前半は「阿知女作法」と呼ばれる神楽歌の一つだ。

 その解釈は多様にわたりその未知の専門家ですら一つの答えを出せていないのが現状ではあるが、無数の蔵書を管理しており知識もそれなりにある翼ならば、大赦がどういう意図でこの祝詞を言わせているのかくらいは推し量ることができる。

 

「後半の部分、御霊狩(みたまがり)ってところ、これは人に仇為す存在への()()()()()だ」

 

 おそらく指しているのはバーテックス。

 勇者が打ち倒さなければそのまま世界を滅ぼす異形の化物。

 それを狩るための言葉を、勇者への変身と、三点結界への要の祝詞としている。

 

「きっと鷲尾さんたちは知らないだろう。

 安芸さんもあえて説明はしなかっただろうし、仮に調べてもそうそうは意味を掴めないだろう」

 

 翼が無意識に爪が食い込むほど強く拳を握る。

 

「オレは、何も知らない少女たちに、こんな怨念と殺害の意思を持つ祝詞を唱えさせる人たちを……信じきれない」

 

 その瞳には、どこか全てを知ることのできない自分への無力感と、全てを隠そうとする組織への苛立ちが覗いていた。

 

「……まあ、今はなんの力もない以上、早く偉くなるなりなんなりして、大赦の中枢までいかなきゃな」

 

『ふむ、勝手に見たりしてはいかんのかね。そのパソコン、一応組織の中枢までアクセスできるんじゃないか?』

 

「パスワードわかんないから無理。てかそもそも、そういうのは誠実じゃないだろ」

 

『少年も難儀な性格をしているな』

 

「お前だけには言われたくねーよ」

 

『何?!』

 

「だってお前絶対友達いなかったタイプだろ」

 

 喧嘩になった。

 

 

 

 

 

 太平風土記。

 それは翼に管理を任されている"未来の出来事を記した"書記。

 それに新たな文言が刻まれていることに気づいたのはウルトラマンを打倒してから二日後のことだった。

 

『あなたにはしばらく勇者たちのデータ面からのサポートをお願いしたいと思っています』

 

「データ面、ですか」

 

 安芸からの電話にて告げられて言葉を繰り返す。

 

『技能の面では私の方でも指導できますが、太平風土記の読み解きや、戦闘データの解析については時間が必要なものも多い。

 その点、あなたはどちらも優秀だと上からも認められており、能力も申し分ない』

 

「ええと、光栄です」

 

『公としての立場を心得、勇者様との距離を適度に保ってさえいれば私から言うことは何もありません。

 ……できればあの子たちの助けになってあげて』

 

「え、安芸さん」

 

『こほん、以上です。

 彼女たちは帰りのホームルームの後、少し所用を済ませてから貴方の蔵書室に向かう予定です。きちんと対応するように』

 

「……切れちゃった」

 

 ポリポリと頭をかきながら「鷲尾さんたちが来る前に軽く座る場所くらい整えとくか」と溢して、デスクの棚からお菓子を出しておく。

 言わずもがな勇者三人のためのものである。洋菓子を好んで食べない須美のためにせんべいなどを用意するのも忘れない。

 

 一通り準備し終わり、勇者たちの到着を待つ翼だが、彼女たちはなかなか現れない。

 

「ふあーあ、なんか眠くなってきたな」

 

『この一週間仕事だなんだと夜遅くまで起きていたのが悪いだろう。そのくせ朝は幼馴染みに合わせて早起きときた』

 

「やること詰まってるんだから仕方ないだろ……ふわ」

 

『しばらく寝ているといい。今日の仕事は終わっているのだろう?』

 

「いやでも、そんな訳には、まだ仕事中なんだし……」

 

『なあにその時が来たら起こしてやろう。よし、子守唄でも歌ってやろう。こういう時はオーブニカのメロディが一番だ。たたたた〜たたらららんらんらん〜』

 

「はあ、チェレーザそんなんで眠れる訳ないだ──ぐう……」

 

『わあ本当に寝た。ちょっと引くな』

 

 お前のせいだろ! という翼の幻影が大空の向こうで叫んだ気がしたが、チェレーザは特に気にしなかった。

 

 ウルトラマンを倒したのが一週間前。

 太平風土記の変化に気づいたのは五日前。

 勇者たちの退院が三日前。

 その間安芸の仕事の手伝いや細々とした報告書を仕上げ、勇者たちの入院中には見舞いにも通っていた。仕事は増えているのにやることを増やしているのは真面目というか不器用というか。

 

『だがおかげでずっと試せていなかったアレが試せるな』

 

 シュババッとチェレーザが心の中で気合を入れた。

 

『タスクの体……お借りします! とうっ!』

 

 途端、翼がぱちりと目を覚まして、体をぐいんぐいんと動かし、シュババッとキレキレのポーズを決めた。

 

「愛と善意の伝道師、クレナぁぁイ、タスクです!」

 

 翼の意識を眠らせたまま()()()()()()()()()()()

 

「うん、上手くいったな。前眠ってる時には上手く動かせたからもしかしてと思っていたんだ。ふっふっふ、流石私だ」

 

 憑依してすぐの頃こそ勝手に主導権を奪うと言ったこともこなしていたが、翼はどうにもチェレーザとの相性が悪い。というか、非常に我が強い。

 本来は半分休眠状態になるはずの意識をそのまま保ちチェレーザの方を押し付けている。

 

 この状態は"翼となり変わって完全無欠のウルトラマンになりたい"チェレーザからすると少し避けたい状態だった。

 

「ええと、パソコンパソコン。少年が上司から渡されたデータは……よし、あった」

 

 チェレーザはこの地球に来る前にはとある大企業の社長を務めていた男……ガス状生命体であり、彼ほどにもなればこの程度お茶の子さいさいである。

 

「ふうむ、見たところ疑わしいところはないが、それがかえって怪しいな。特にこの神世紀とかいう元号……これができた298年前の情報がなさすぎる。何があったんだ」

 

 チェレーザが翼の身体で出してあったお菓子の一つを口に放り込むと思考を巡らせる。

 

(そもそも『大赦』って名前はなんだ。何かに許しを媚びているようだ。少年はそういうものだって受け入れていたが、些か不自然が過ぎるな)

 

 大きいに赦すで大赦。彼から見ればこれを組織の名前に据えるのは大変センスがないように見えた。ついでにどうせなら地球防衛隊とかにすればいいのにとか思った。

 

「むむむ、やはりパスワードか……時間をかければいつかは解けるかも知れんが、こういうのは私の本職じゃないのだぞう」

 

 チェレーザがため息混じりにパソコンをいじろうとした時、蔵書室の扉が控えめにノックされた。

 

「こんにちはー! 紅さんいますかー!」

 

 聞こえた声は銀、園子、須美の三人分。

 

(む、もう来たのか……。じゃあ少年に交代……)

 

 そこでチェレーザが手を口元に当て考え込む。

 別に起こすタイミングについては指定しなかったな、と。

 

「あら、いないのかしら」

 

「ううん、勝手に入っちゃ駄目なのか?」

 

「それはこの前やめてってお願いされたじゃない。ほら、紅さんが……」

 

「あー、オケオケ、そうだったな」

 

「こんにちは〜、お菓子食べに来ました〜」

 

「ちょっと、違うわそのっち、太平風土記のことを聞きに来たのよ」

 

「でも今度お菓子食べにおいで〜ってお見舞いに来てくれた時言ってたよ〜?」

 

「ああもうあの人は……!」

 

「すみませーん、誰かいますかー」

 

 今度は少し扉が強めにノックされた。

 

(少年の一人称は『オレ』。話し方は基本敬語で、少女たちは基本名字呼びだったな。それで確か三人といる時は基本敬語で……おっとと、幼馴染みには少しフラットに、と。ヨシ!)

 

 チェレーザがノックされた扉を開き、三人に輝かんばかりの笑みを見せた。

 

「お、開いた」

 

「ふ、お待たせしてしまった。いや何、わたーーー『オレ』にも手を離せない仕事があってね」

 

「なーんだ、そうだったんすか。それならそうと早く答えてくれればよかったのに」

 

「はっはっは、確かにそうだねぇ。君が正しい! 勇者ポイント100ぅ」

 

「おお、なんかよくわからないポイント貰った」

 

「ええと、お邪魔じゃなかったですか……?」

 

「いやいや、そんなことないよ、鷲尾さん。さ、お菓子もある。中に入りたまえ!」

 

「わーい、お菓子だ〜、サンチョのクッキーとかもありますか〜」

 

「さ、サンチョはぁ〜……ないかなぁ? だが! ジュースは置いてあるぞぉ〜!」

 

「わーい、やったー」

 

「紅さん、随分高揚しているようですけど……何かいいことでもあったんですか?」

 

「君たちが来るのを今か今かと待っていたのだよ! さあ、先日の戦いのことを語り合おうじゃないか!」

 

 (チェレーザ)に通された三人はいつぞやの時のように、お菓子の乗った机を囲んで座る。

 

「すみません、来るのが遅れてしまって。少し神樹様の方に行っていて……」

 

「あー良い良い。気にしない気にしない。オレはその程度気にしない。

 はい二人にはジュース……鷲尾さんはお茶で良かったかな」

 

「え、あ、ありがとうございます」

 

「おお、わっしーの好み覚えてるんだ〜」

 

「はっはっは、これでも長い付き合いだからね。ね、鷲尾さん」

 

「紅さんウインクできてないっすよ」

 

「はっはっは、幻覚ですよ」

 

「いや相変わらず誤魔化し方が雑……」

 

「というより誤魔化す気がないのよ。いつもそうなんだから」

 

「はっはっは、鷲尾さんには勝てないな」

 

 バチョーンと下手くそなウインクを決めたチェレーザが心の中で密かにほくそ笑む。

 

(ふ、先日の少年の文言を真似しているだけでもかなり上手くいくな)

 

 チェレーザは高度に彼の身体と一体化しており、視覚や聴覚と言った語幹に関しては常に共有状態にある。

 翼のチェレーザへの警戒から、記憶を辿ったり心を読んだりといったことこそできないものの、合体してから経験したことならばチェレーザは翼と同じ視点から記憶しておくことができる。

 

 彼はもともと他人の身体を乗っとる『精神寄生体』。宿主に言動を似せるくらいはできて当然なのだ。

 

(それにしても演技力が高い……流石私だ……たぶんハリウッドにも通用するセンス……ウルトラマンとして有名になったあとはハリウッド俳優として売り出そうかな……)

 

 今のハリウッドに人はいないけどね。

 

「そういえば、なんすけど、紅先生!」

 

 一口チョコを口に放り込もうとしていた銀がハッと思い出したように手をあげた。

 

「この前の戦いでちょっとわかんないことあったんで、質問いいっすか!」

 

「ほう、元気があってよろしい! このオレになんでも聞きたまえ!」

 

「あざっす!」

 

「あ、ミノさんそのチョコ食べないなら私にちょうだい〜」

 

「うわわっ、園子のは自分のがあるだろ!」

 

「ミノさんのけちんぼ〜」

 

「もう、私の麩菓子をあげるからそのっち我慢して」

 

「なんかわっしーの好きなお菓子っておばあちゃんが食べてそうだよね〜」

 

「おばっ」

 

 ぴしりと固まった須美の横でチョコを頬張った銀が翼に向き直る。

 

「アタシたちって結構周りを気にせずズガーンと敵と戦ってたじゃないっすか」

 

「うむ、中々派手だったな」

 

「でしょでしょ? 

 だから『流石にこりゃバレたな! アタシも有名人か!』って覚悟して学校行ったんですけど、なーんも言われなくて。

 それどころか、そもそもクラスの友達とかは避難警報とかもなんで出たのかイマイチ分かってないらしくて」

 

「せっかくサインの練習して来たって言ってたのにね〜」

 

「コラ園子! それ内緒って約束したろ!」

 

「えへへ〜そうだった〜。うっかりしてたんよ〜」

 

「はあ、園子はさぁ……。

 や、アタシたちを遠目に見てわかんないのはまだわかりますよ? 

 でもあのあのハサミのやつとか……あとウルトラマン? が見えてないのってなんか変だなーって。あれだけでかけりゃ嫌でも目につきそうだと思うんすけど……これってなんでなんすかね?」

 

「ううむ、なんでだろうね」

 

「…………や、紅さんに聞いてるんですけど」

 

「え?! 私……じゃなくてオレ?!」

 

「ええ……なんでも聞けって言ってたじゃないっすか……」

 

「はっはっは、言ったなぁ!」

 

 チェレーザが高笑いをしながら天井を見上げた。

 

(ヤッベ、なんでだっけ。

 なんか少年が報告書にまとめてたような気はするが私はその時『ウルトラマンオーブ傑作名台詞ベスト10』選んでたからな〜〜〜! 

 もう少年起こして任せるか……いやでもこのままこの身体乗っ取りたいからなぁ。なんかいい感じに知識だけ出てこないものだろうか。カム! 少年の記憶! ハーッ!)

 

 という、思考を0.01秒の間に巡らせるチェレーザ。彼は知能の面で言えば常人の翼と比べれば比べるまでもない高さである。

 まあ、だからと言って何か解決策が出るわけではないのだが。

 

 けれど、天運はチェレーザを味方したらしかった。

 

 首を傾げる銀と天を仰ぐ少年の横で、マイペースな園子が、先ほどおばあちゃんと言われたショックで固まっている須美を揺り起こした。

 

「わっしーわっしー、わっしーはわかる〜?」

 

「……はっ! 今私はなんかおばあちゃんみたいって……」

 

「そんなことより〜、かくかくしかじかだよ〜」

 

「私たちの姿が見えてなかった理由?」

 

「そうそう、わっしーならわかるかな〜って」

 

「もう、それはちゃんと安芸先生が説明してくれていたでしょう?」

 

 こほん、と須美が軽い咳払い。

 

「本来ならバーテックスが来た時点でこの世界の時間は止まって、神樹様が世界を樹海へと変える。これが『樹海化』と呼ばれる現象ね。

 でも、あの光の巨人の時は上手くそれが機能しなかったわよね」

 

「うん、アタシたちの初陣の時とかは普通に樹海になってたよな?」

 

「だから、大赦の人たちもびっくりした〜って言ってたよね」

 

「でも、結果として樹海化は起こらなかった

 だから神樹様が次善の措置として、戦闘が起こった場所の認識だけをずらしたそうよ」

 

「んんん?」

 

「大赦でない人たちはお役目のことはもちろん、バーテックスのことも知ることはできない。

 神聖なお役目だし、何よりそんな者がいるって知ると悪戯に混乱を招いてしまう。だから、原則私たちのお母様たちでも詳しいお役目のことは知らないの。

 きっと、どうしてもという時は安芸先生が私たちのお父様やお母様にだけはお話しするんじゃないかしら。

 銀、これでわかった?」

 

「ああ! つまり園子つまりどういう事だ!」

 

「ちょっと銀!」

 

「みんながびっくりして大赦に怒ったりしないように、神樹様が戦いの場所は隠してくれてるんだよ〜」

 

「なーるほど、さっすが神樹様ぁ!」

 

「まあ、それでも完璧には隠せなかったから大赦の人たちが電線の事故だ〜とか、いろいろ言い訳に苦労してるんよ〜」

 

「……そういうことね」

 

 呆れたように軽くこめかみを抑える須美が、それまでボケーっと話を聞いていたチェレーザに目を向けた。

 

「私たちの理解、どこか間違ってるとことかありませんでしたか、紅さん」

 

「……あ、オレか! OK! パーフェクトな理解だったぞう! 鷲尾さん!」

 

「紅さん」

 

 ジトっと須美が恨めしげに(チェレーザ)を見つめ、適当な相槌をうった彼は不思議そうに首を傾げた。

 

「なにかな、鷲尾さん!」

 

「えっ、いえ……その、英語が……」

 

「うん、英語?」

 

「……いいえ、なんでも、ないです……」

 

「? どーしたんだよ、須美」

 

「別に、どうもしないわ、銀」

 

 何故か急に口ごもる須美に、眉根を寄せるチェレーザ。

 少し考えてみたが特に何かをミスしたとは思えない。

 

 だが、何やら須美が拗ねているらしいのは事実。

 

(まったく、子どものことはわからんな。

 困ったとあればすぐにすねて不満を表す。

 それに加えて大抵の子どもは、往々にして自分が間違っとるなんぞつゆ程も考えないんだから、本当に厄介だ)

 

 自分を完全無欠のヒーローと疑わない宇宙人が呆れたように独りごちる。

 まあこのまま拗ねられても良くないし、ちゃーんと褒めて機嫌を戻してやろう、と加えて思う。

 

 空気を読まないだけで気遣いができないわけではないのが彼だった。

 

「ウルトラマンとの話をしていて思い出したが……この前の戦い、鷲尾さんはナイスな活躍だったぞう」

 

「え?」

 

「特に最後バルターーー怪獣が落ちてる時にウルトラマンの鞭を逸らした一撃! アレには救われた……と思うぞう! 

 まさに『窮地に一矢を得る』! 

 ピンチのピンチのピンチの連続、そんな時に仲間からの助けが入るという意味だよ! どうかな?!」

 

 チェレーザが「決まった……」と心の中で自身を褒め称えた。

 

(スタンディングオベーションものだ。

 さあ、あとは

 『わー紅さんありがとう〜。いつもの紅さんよりも100倍素敵だわ! (裏声)』

 『ふっ、オレと君の中だろう鷲尾さん……いや須美』

 『ヒューヒュー! 熱いぜ!』

 『私紅さんのこと好きだったのに……(ホロリ)』

 と私を褒め称える声が聞こえ……聞こえないな????)

 

 あれ? とチェレーザが机を囲む三人に目を向ける。

 

 そこにはぽかんとした顔の銀と、不思議そうに小首を傾げる須美がいた。

 

「あの紅さん」

 

「うむ?」

 

「なんで、紅さんが樹海での戦いのことを知ってるんですか? 映像とか残ってませんでしたよね?」

 

「……………………」

 

「何か大赦の方は私たちの知らない方法で樹海の中を確認できるんですか?」

 

 須美の言葉にうんうん、と銀も首肯で肯定し、園子はその横でむにゃーっと寝始めた。

 

「ーーーーーー」

 

 チェレーザが再び天を仰ぎ、そしてふっと、気障に笑った。

 そして立ち上がると徐にデスクの方へと歩き出す。

 

「紅さん?」

 

「その話をするには少し手順が必要でね」

 

 デスクに行ってなにか言い訳できるようなものを探そうとする微妙にみみっちい手段に出たチェレーザ。

 だが、彼は眼を瞑って腕を組み歩いていた──本当に意味もなくカッコつけて──せいで、足元にある翼がゴミ箱に入れ損ねたゴミに足を取られてしまう。

 

「あ」

 

「え」

 

「あちゃー」

 

「すぴー」

 

 滑った足は天へ向けての反抗を示すように雄々しく突き上がり、頭は世界を守る大地へと感謝の平伏をするように下がり、まるで美しき黄金長方形を描いた螺旋の回転を体現した少年の身体は、0.1秒後に床に後頭部を強打した。

 

 ゴン、とわりとシャレにならない音が蔵書室に響く。

 

 その拍子に、心の中で声ならぬ悲鳴が上がる。

 

(あいっだああああああああああッ!)

 

(あっ、少年起きちゃった)

 

 どうやら頭を打った時の痛みが翼の意識を叩き起こすトリガーになったらしかった。

 

(いったぁ!? え? なに?! 取引に夢中になってて黒ずくめの男から後頭部ぶん殴られたりした?!)

 

(おはよう少年)

 

(ああ、おはようチェレーザ……って、なんで天井が見えてんの。それになんか視界の端に美森ちゃん達も見えるんだけど)

 

(……あとは任せた!)

 

(おまっ、勝手に体動かしたな! おいこらチェレーザァ! なんとか言えー!)

 

 

 

 

 

 

「お見苦しいところをお見せしました」

 

 その後、体の主導権を返してもらった翼が頭を下げる。

 

「いやいや、いーんすよ、アタシ達は。むしろ、紅さんの方が心配というか」

 

「ははは、心配痛み入ります。でもオレは大丈夫ですよ」

 

「すごいたんこぶになりそう〜。痛い時はね〜、何か別のことに夢中になるといいんだよ。はい、これチョコレート。おいしくて夢中になることうけあい〜」

 

「ありがとうございます乃木様……まあ、これオレが出したお菓子なんすけどね。あと、あーんは勘弁でお願いします」

 

「ちょっと紅さん動かないでください。手拭いがずれちゃうじゃないですか」

 

「いやそれくらい自分で抑えるって」

 

「駄目です! あんなにすごい音だったんですから……あとで酷く腫れても知りませんよ」

 

「いや、心配ないって鷲尾さ──」

 

「はいそうですか」

 

「あいたたたっ!」

 

 頭を強かにぶつけた翼をテキパキと治療する須美が、軽くタオルの上から頭を小突くと、情けない声が上がる。

 

「ほらやっぱり、全然大丈夫じゃないじゃないですか」

 

「……はぁ、ソーリーソーリー、オレが全面的に悪かったです」

 

「……わかれば、いいです」

 

 ぼそぼそと呟くような須美の返答に、あれ? と翼が首を傾げた。

 

「いつもの言わないの、『紅さん、英語じゃなくて日本語で』とか言うアレ」

 

 途端、須美の表情がほんの一瞬明るくなったが、すぐにむすっとしたような拗ねた表情に上書きされた。

 

「ーーーも、もう! わかってるなら最初から我が国の言葉だけで話してください! さっきなんか、わざと気づかないフリなんかして

 

 あっという間に須美の機嫌が良くなると、くどくどと須美の小言が矢継ぎ早に投げかけられる。それを頭を濡れタオルで冷やされている翼がげんなりとした表情で聞き続ける。

 

「だいたい紅さんはいつもだらしがないです! ゴミだってちゃんと拾っておけばこんな事にはならなかったのに」

 

「面目次第もない……」

 

「まったく、本当に私がいないと駄目なんですから」

 

 やれやれ、とでも言いたげだが、どこか得意げな須美が小言を締めると、ようやく話の内容が本来のテーマに帰ってくる。

 

「それで、太平風土記の記述のことだったよね」

 

 翼がぺらりと太平風土記のページをめくる。

 

「君たちもある程度は安芸さんに聞いていると思うけど、太平風土記っていうのは未来について書かれた本なわけですよ」

 

「それも適宜内容が書き変わっていくものなんでしたっけ?」

 

「そうそう。それで新しい記述が出たんだけど……本題に入る前にいつの間にか寝てた乃木さんを起こそうか」

 

「さっきまで起きてたのにもう寝てる……」

 

「すぴぴぴ……」

 

「こら園子寝てないで起きろって」

 

「むにゃむにゃミノサンチョ……」

 

「アタシは抱き枕じゃないぞー」

 

 銀にしがみつくようにして目を覚ました園子に、「この分だと話は聞いてなかったろうなぁ」と翼が苦く笑う。

 

「乃木さん、聞いてなかったかもしれないけど今はですね……」

 

「それで太平風土記には新しくなんて書いてあったんですか〜?」

 

「えっ? さっき寝てたよね君。もしかして狸寝入りだったりした?」

 

「ちゃんと寝てたよ〜、あなたの声すごい柔らかい感じでいつの間にかぐっすりで、楽しい夢も見れました。ありがとうございます」

 

「わー、紅さんすげー顔してる」

 

「そのっちのそれ初見だとやっぱりびっくりするわよね」

 

「あ、これが新しく出てきた文字ですか〜? なんかにょろにょろしててヘビさんみたい〜。へいへい、げんき〜? あれれ〜、ヘビさん動かないね」

 

「まあそりゃ文字だからね」

 

「いつも本の中で並べられてて窮屈そう。踊ったりしてたらいいのにね」

 

「踊ってたら……? うーん、それは確かに楽しそうな提案だけど、踊られたら読めなくなっちゃうからなぁ……」

 

「それでここにはなんで書いてあるんですか〜?」

 

「お、おお、今度はそっちに戻るのか。君との会話のペースを掴むのはなかなかコツがいりそうだ。少し解説するからちょっと待ってな」

 

 思考の整理も兼ねて翼が軽くとんとんとこめかみあたりを叩く。

 そして、蔵書室の倉庫の中から引っ張ってきたホワイトボードにさらさらと太平風土記の内容を書き写していく。

 

「園子、なんて書いてあるかわかるか?」

 

「えへへ〜、さっきヘビさんみたいって言ったよ〜」

 

「だよなー。漢字はわかんね」

 

「これは、万葉仮名……ですか?」

 

「お、流石、みも……鷲尾さん。

 でもコレかなり独自色が強いから後世の人が形だけなぞって使ったんだと思うんだよね。それは多分神樹様のお力を正しい形で再現するために……とか解説しても特に意味ないし、端折ってわかりやすく現代語訳したのだけ書くとしますか」

 

「お、やたっ」

 

「わーい」

 

「そんなぁ」

 

「小難しい日本の昔の話がしたいなら後でいくらでも付き合うから今は我慢してな……っと」

 

 せっかく日本の話をできそうな話題を早々に切り上げられた須美が残念そうに眉をハの字に肩を落とすのを尻目に、翼があらかじめ訳してあった内容を先ほどと同じようにホワイトボードに記していく。

 

「大地の理書き変わりし時吹き荒るるは

 地を燃やし闇を無に帰す光の巨人

 其は原初にして終焉の名を冠し

 焔の剣にて勇者を討つ

 業火は魔剣にて切り裂けず

 纏う嵐のみが道を開く」

 

 書いた文字を読み上げて、翼がペンを置いた。

 

「……これは」

 

 須美が、少し考え込む。

 

「ううーん」

 

 銀が必死に理解しようと頭を巡らせる。

 

(あの雲なんかこの前の怪獣さんと似てる〜)

 

 園子が怪獣の手で守ってもらったことを思い出しながらほわほわと雲を見る。

 

「一応オレの方でも訳はしてみたんだけどこれをどう見るのかについてはイマイチ考えが纏まってなくてさ。実際に戦う君たちに予言について知恵を貸して欲しくてさ」

 

「紅さんが自分でされないんですか?」

 

「オレは……なんというか、こういうの噛み砕くの苦手でさ。覚えた通りに訳していくとかは得意なんだけど」

 

 ぽりぽりと頭をかいた翼がひとまず自分の考えを話していく。

 

「たぶん焔の剣や業火といった単語があることからたぶん炎を使う敵なのかな、とは思う。文中にある光の巨人というワードからも、前回のウルトラマンみたいな敵なのは間違い無いだろうと見てるんだけど……」

 

 君たちはどう思う? と翼が聞く。

 

 一番早く手が上がったのはやはり、と言うべきか意外に、というべきか、須美だった。

 

「おー須美、もうわかったのか?」

 

「ふふふ、少々難解だけど、これも我が国の誇るべき文化の一つよ! 似たような形態の文は読んだことがあるもの」

 

 ふふん、と須美が得意げに歳の割に大きい胸を張る。

 彼女の将来の夢は日本について調べる歴史学者。その分日本への思い入れは深く、自他ともに認める国防オタクである。

 

「『大地の理書き変わりし時』って言うのはおそらく日没のことね。日が落ちて昼から夜に変わるのはいかにも世界の変転を表しているように見えるもの」

 

「おおっ、それっぽいじゃん!」

 

「そして次の『地を燃やし闇を無に帰す』は夜に変わった世界を炎で燃やすことの示唆だわ! 前の『ウルトラマン』も夜に現れたし、今度のバーテックスも夜に現れるとみて間違い無いと思うわ」

 

「おお! すげー……じゃん……?」

 

「銀?」

 

「いやなんというか、イマイチしっくり来なくて」

 

 銀が腕を組んで唸る。

 

「須美の解釈だと、変わった世界は夜ってことなんだよな? でもさ、その後に地を燃やすってあるけど、別に昼に燃やしてもよくね? なんでわざわざ夜に来んの?」

 

「そ、それもそうね……」

 

 銀の質問に須美がちょっとしゅんっとなる。もし尻尾でも生えていたならば先ほどまでぶんぶんと振られていたのがぱたりと動かなくなってしまったのが見えた事だろう。

 

「ねえねえ」

 

 不意にくいくいっと袖が引かれた。

 

「ん、どうかした乃木さん?」

 

「ちょこっとわからない単語があるんだけど教えてほしいな〜って」

 

「うん、別に構わないよ」

 

 ノリノリで太平風土記を読み解いていく須美と銀の横で、園子が指さした単語を一つずつ丁寧に翼が解説していく。それを聞いて園子は真面目にふんふんと頷き、じっと文言をみつめる。

 

「──ぴっかーんとひらめいた!」

 

 きらーんと園子の目が光った。

 

「ミノさんも言ってたけど、最初の文*1を夜との境目って言ったけど、そうすると次の地を燃やしってのがしっくり来ないんだよ〜」

 

「そ、そうね……まあ、ちょっと間違えちゃったかもしれないみたいな……」

 

「でもわっしーの考え方自体はすごくいいと思うんだ〜。だから、視点を少し変えてね、なんで敵は"変わった世界"を"燃やそう"としてるのかって考えてみるんだよ〜」

 

「なんで、燃やす?」

 

 銀が首を傾げた時、翼がぽんと手を打った。

 

「なるほど! ()()()か! 乃木さんマジで冴えてるな……すごいよ、君」

 

「えへへ〜、褒められた〜」

 

「? どーいうことだ、須美?」

 

「ええと、ど、どういうことかしら……」

 

「ほら、君たちはオレなんかよりもよく知ってるんじゃないの、"変わった世界"で、"燃えやすく"なるような場所」

 

「燃えやすく……って、あー! それって、あそこか?!」

 

「えっちょ、銀? わかったの?」

 

「なんだ須美まだわかんねーの? しょうがないな、この銀様が教えてやるとしよう」

 

 得意げな表情の銀がパチンと指を鳴らす。

 

「樹海だよ。あそこ、木の根っこだらけで超燃えやすそうじゃん!」

 

「じゅ、樹海っ?! で、でもあれって神樹様のお体の一部でしょう?」

 

「いや樹海って名前から分かる通り、アレは基本として『木』なんだよ。たぶん火がつけば、最悪伝播するように一気にが燃える……かもしれない」

 

「……じゃあ今回は樹海に敵を呼ばないように戦った方が良いってことに」

 

「いや、もし仮に敵がまたウルトラマンみたいなサイズの敵で……街の方に行って火事を起こされたら、避難とかでもカバーできない気がする」

 

 樹海化。

 それは四国を守る神樹の力で世界の時を止め、生物非生物を問わずその身体と一体化したバトルフィールド『樹海』に変えることで被害を抑えようとする神の御技。

 ただし、世界と一体化するということは、樹海が破壊されれば現実に被害が起きるということでもある。

 軽微な破壊であれば軽い事故や土砂崩れなどで済むかもしれないが、大きくなれば人の怪我や、最悪命にまで繋がるかもしれない。

 

 今は樹海化の不調から、勇者を起点とした三点結界を使わなければならないが、それでも一度発動すればバーテックスのような巨体が縦横無尽に動き回れない瀬戸大橋に押し込めるのは大きな強みだと言える。

 

「うーん、じゃああのハサミの怪獣さんに手伝ってもらうっていうのは〜?」

 

「手伝ってもらうって、どうするの?」

 

「すごく大きいバケツに水を入れて燃えたところに水をかけてもらうとか〜、えいやって」

 

「おいおい園子、そんなでかいバケツどこから持ってくるんだよ。それにあの怪獣だってまた来てくれるかもわかんないんだぞ?」

 

「……私は、来てくれるような気がするけれど」

 

「いやいや、悪い奴ではないとは思うけど、その保証はないだろ。な、紅さん」

 

「えっ、あー、おー、そ、そだね」

 

(相変わらず隠し事ヘタクソか)

 

(る、るせっ! オレをいびれそうなタイミングだけ出てくるなよチェレーザ)

 

 むむむ、と腕を組んでいた、何かを思いついたように園子がぴんっと指を立てる。

 

「じゃあじゃあ、うーんと壁の近くで戦うっていうのはどうかな〜?」

 

「壁の、遠くで?」

 

「ほら、瀬戸大橋の樹海って、すごーく広いよね〜。だから、壁際の方まで行けば、もし燃えちゃっても、被害が軽めで収まったりしない?」

 

「……神樹様の融合している場所のことか? 確かに神樹様の本体に近づくにつれて樹海の密度は濃くなるけど……まさか、人の方がそっちに重点的に集められて……」

 

「前樹海を見たときになんか先の方は色とか根も薄くて、分け御霊も少なかったからもしかしてと思って」

 

「……断言はできないけど、もし樹海と四国の融合箇所を決められているなら、たぶん瀬戸大橋の先の方は海や人がいない浮島が中心だから、なんとかなる、かも」

 

「おおっ! いいじゃん! お手柄だよ園子!」

 

「えへへ〜、わっしーやミノさんが先に色々話しててくれたからたくさんアイデアが出たんだよ〜」

 

「いやそれでもすごいよ。よくこれだけの情報から推察できたな……」

 

「謙遜しやがって、このこのっ」

 

「わー、ミノさんに髪がぐちゃぐちゃにされる〜」

 

 きゃっきゃっとじゃれ合う二人。けれど、須美はそんな二人を少し複雑そうに見ながら、机の上の太平風土記に目を落とした。

 

「スカート、シワになっちゃうぜ」

 

 ハッとしたように須美がいつの間にか強く握っていたスカートの裾を手放した。

 

「そのっちはやっぱり凄いです」

 

「そうだね、何も考えてないみたいに見えたけど、とんでもないな。頭が柔らかくて、回転も早い」

 

「それに比べて私は、見当違いの事を言うし、樹海のことだって最後まで気づかなかったし……きっとこの中で一番頭が固いのは私です……」

 

「でもその分一つのことに夢中になれるじゃないか。自分の意見はしっかり伝えられるし、そういうのは君の強みだろう?」

 

「でも……」

 

「はいはい、自虐は終わり。オレは君のそういうところ、好きなんだから自信持ってくれよ」

 

「すっっっ」

 

「はっはっはっ、相変わらず耐性ないなぁ、みも──鷲尾さんは」

 

「か、からかいましたねっ!」

 

 キリッと睨む須美に、にこりといつもの笑みを見せる翼。

 叱ったり叱られたり。からかわれたりからかったり。

 

 割といつも通りの二人の距離感なのだが、そんな二人を銀と園子が面白そうにじっと見ていると、きろりと須美の視線が銀に向いた。

 

「銀、そのっち、何でそんなにやにやしているの」

 

「ほこうやってみると二人って本当に幼なじみなんだなーって〜。私にはいないから不思議な感じだなーって」

 

「なんというか、仲良いって言うか、気安いって言うか、通じ合ってるって言うか、なんていうんだろうな、こーいうの、めんどり夫婦?」

 

「それをいうならおしどり夫婦だよ……というか、そもそも夫婦じゃありませんっ!」

 

「おお、いいよいいよ! 鉄板の返しだよわっしー! わかってるね!」

 

「なんの話よ!」

 

「ちょっとメモ取ってもい〜い?」

 

「駄目!」

 

「紅さんの方はあんまり焦ったりとかしないんすね、須美とかこうなのに」

 

「まあ()()()()()とは長い付き合いになるからなぁ、ボチボチこういうこともあるわけですよ」

 

「みもりちゃん?」

 

 銀が聞きなれない単語をおうむ返しし、露骨に翼が「やべっ」という顔になる。

 

 慌てて翼が須美の方を振り返ろうとして────目の前から勇者の三人が消え失せた。

 

『おいおい! 少年みんな消えてしまったぞう!』

 

「いや、違う。消えたんじゃない。時間が止まって、その間に大橋の近くに"転移"したんだ」

 

『む?』

 

「今ならわかる……『ウルトラマン』が、来る」

 

 翼が蔵書室の窓を開けて向こうの空を見て、直感的にその空の向こうから迫ってくる圧倒的な『光』を感じた。

 

 自身が何かから与えられた全てを飲み込む『闇』とは正反対の、全てを照らす『光』の力。

 

『なるほどな、つまりは私たちの出番というわけだ。ほれ、私に体を私に渡したまえ』

 

「断る」

 

『にゃにおぉっ?!』

 

「チェレーザは勝手に戦いすぎだ。最初はオレだけで戦う。今度こそ、みんな傷つけさせない」

 

『はー、ま、やれるだけやってみたらいい。すぐに私の力がなければならんという事を思い知るだろう』

 

「そんなの、やってみなきゃわからないだろ」

 

 翼が、走って蔵書室から出ると光がやってくる方へと────勇者たちの転移した瀬戸大橋の方へと向かって走り出す。

 

『ほら行くぞ! 少年!』

 

「ああ、行こうチェレーザ!」

 

 念じると内的宇宙(インナースペース)より『ジャイロ』が現れる。

 

「コネクト、バルタン星人!」

 

 クリスタルを手に取り、ジャイロに嵌め込む。

 

《 バルタン星人! 》

 

 音ともに剣持つバルタン星人のビジョンが現れ、内的宇宙(インナースペース)の中に溶ける。

 

『少年、わかってるな? レバーを引くのは』

 

「三回!」

 

 一、二、三、引いた力が闇へと変わり、チェレーザの掛け声に翼が声を合わせる。

 

 

『「 纏うは剣! 闇纏う魔剣! 」』

 

 

 瞬間。日が沈み夜が世界を覆い隠すように闇が広がり。

 拳を突き上げた少年を、天を衝く怪獣へと姿を変えた。

 

 

 

 

 

 闇の柱が屹立し、魔剣のバルタン星人が勇者たちの目の前に降り立った。

 

「あの時の、怪獣」

 

「須美の言う通りだった、本当にきた」

 

「ということは……やっぱり、来るみたいだね、バーテックス」

 

「予言の内容をまだ全部読み解けてないのに……」

 

 バルタンが背後に三人を庇い、今の世界を見渡す。

 

「樹海化は……起こってない。敵が来るまでは大橋で戦うしかなさそうだ」

 

『今度はポカをするんじゃないぞう? 良いかね、ウルトラマンは街を壊さないようにすべきだが、ある程度は壊さないと緊張感も出ないし、それに仲間にバカヤローと言ってくれる人間がいれば──』

 

 チェレーザがやたらと長い蘊蓄を語り出す。

 その刹那、銀閃が瞬いた。

 

『──剣を横に振れっ!』

 

 チェレーザに珍しい真剣な声につられるように翼が言われるがままに剣鋏を振るうと、何か硬質的なものがその剣先にぶち当たった。

 

「っ、攻撃っ?! どこからっ」

 

「それは後に考えよう! 敵が来たら打ち合わせどおりすぐに三点結界で大橋の一番向こうに飛ばすよ!」

 

「応よ! 気合入れてこーぜ!」

 

 がいん、と飛んできた銀色のものが空中で大きく弧を描きながら回転しつつ、それを放った主人の元へと帰っていく。

 

『まさか、今のはアイス──いや、そんなまさかっ!』

 

 銀閃が大橋の向こうの『彼』の手に戻り、そして、主人と共に再びその姿を表す。

 光を宿した瞳。銀と赤、そして青の体。そして、手には二つの『スラッガー』。

 

 そう、君の名は──。

 

 

『──ウルトラマンゼロッ!』

 

 

 ゼロの手の中の二対のゼロスラッガーが閃いた。

 

 バルタンはそれに食らいつくように遮二無二に剣を構え受け止めたが、二つあるうちの一つは弾くことができず肩口を浅く切り裂かれる。

 

「ぐ、ぐううっ!」

 

 バルタンは半ばカウンター気味に蹴りを叩き込み距離を離そうとするが、ゼロはそれを軽々とガードしてさらにバルタンとの距離を詰める。

 

「うっそ、だろっ!」

 

『少年! ゼロはウルトラ兄弟のレオ兄弟から宇宙拳法を教わっている! 近距離戦は自殺行為だぞ!』

 

「そう、言われても! このウルトラマン、バルタンの鎧を豆腐みたいに……っ!」

 

『ええい、ほら、もっとこう、上手くやらんか!』

 

 だん、とゼロがバルタンとの距離をさらに一歩詰めると、ゼロスラッガーが瞬きの間にバルタンを切り刻んで行った。

 

「があああああっ!」

 

 傷口から滲むように闇が漏れ出す。それはまるで人間が怪我をした時に流れる血のようだった。

 

 バルタンがダメージに足が止まり、剣が下がる。

 

 その隙をゼロは見逃すことなく、手に持つ二つの万物切り裂く刃(ゼロスラッガー)を、ブーメランとして投擲しバルタンの首を狙う。

 

「そ、りゃあっ!」

 

 が、投げたゼロスラッガーが空中で炎の斧に迎撃され、弾かれる。残る一つも槍を器用に扱う園子によって逸らされ、あらぬ方向へと飛んでいってしまう。

 

「──今っ!」

 

 そしてその僅かな間に差し込むように須美の矢が飛び、ゼロの肩に突き刺さり、一秒の時間をもって爆発する。

 爆煙が立ち上り、ゼロの視界を僅かに覆い隠す。

 

 今だ、と翼が呟く。

 

 右手の魔剣を構え、そして勢いを乗せた横薙ぎの斬撃を繰り出した。

 ゼロのスラッガーが全てを斬り裂く刃なら、バルタンの剣鋏は全てを斬り裂く魔剣である。

 どちらも生半な武器では刃こぼれさせる事すらできない金属で作られており、きっと武器の面では互角と言える。

 

 ならば、二人の差を分けるのは使い手の技量に他ならない。

 

「──いないっ?!」

 

 剣が敵の体を捉えることはなく虚しく空だけを斬り、バルタンの目の前からゼロの姿が消えた。

 困惑したように翼が辺りを見回して、頭上に一筋の影が差す。

 

『違う少年、上だっ!』

 

 弾かれるように翼が頭上を見上げると、そこにはまるで小馬鹿にするように腕を組むウルトラマンゼロの姿があった。

 そして彼は、愚かな人間を、怪獣を見下すように鼻を鳴らして()()()()()()

 

『こ、こいつ〜〜〜コピーのくせに偉そうに〜〜〜!』

 

 翼が上に向けて剣を振るうが、ゼロはまたもや姿が掻き消えたようにさえ見える高速移動を行い、バルタンの背後に現れるとバルタンの背中にヤクザキック。

 

「こいつ、一々攻撃が荒っぽいな!」

 

 転がるようにバルタンが大橋の方へと吹き飛んで行き、ゼロが追撃のスラッガーを飛ばそうとして、気付く。

 

 自分の周囲に三色の三角形が描かれている。

 

「三点結界! 行くよ!」

 

 無垢なる少女たちの祈りが届き神樹が世界から隔離すべき対象を捕捉し、花を吹雪かせ樹海を展開しようとする。

 

 だが、その直前、ウルトラマンゼロの体に焔が走る。

 

《 ウルトランス! ファイヤーモンスフレイム! 》

 

 翼の目に、一瞬、ゼロの背後に鳥のような燃える怪獣の姿が見え、それが溶けるようにゼロと重なる。

 

《 ストロングコロナゼロ! 》

 

 ゼロの姿が()()()()

 

 スラッガーは金に、体は赤と銀に、宿す力は一層熱く、紅く。

『ストロングコロナゼロ』。

 ゼロを模したバーテックスのオリジナルがかつての戦いで得た、灼熱と格闘能力に特化した『前に進む力』。

 

 そして、ゼロは拳に火炎を集めると地面を殴りつけ──三点結界の構築を粉々に破壊した。

 

「きゃあああっ!」

 

「お、う、うおわっ!」

 

「ーーーっ」

 

 武器を地面に突き刺していた三人が爆炎の勢いに吹き飛ばされて、そのうちの最も近くにいた園子に向けて額のランプから緑色の光線──『エメリウムスラッシュ』を放った。

 

『危ないっ!』

 

 翼が叫び、光線から身を呈して園子を庇うと、その背中にエメリウムスラッシュがぶち当たる。ウルトラマンのエネルギーであるスペシウムも多大に含む光線故に、その威力は絶大。

 ただでさえスペシウムに弱いバルタンへの効果は抜群である。

 

「ぐ、ううううっ」

 

 翼が苦悶の声を上げ、光線に傷つけられた鎧の間から血のような闇が滲んで空気の中に溶けていく。

 

「怪獣くん……」

 

 翼がバルタンの瞳で園子を見下ろして、怪我がなくて良かった、と心の中で呟いた。

 

 そして、また立ち上がると剣を振るい紅蓮のゼロに向かっていくが、赤子扱いでまるで勝負にすらならない。

 

「攻撃が当たらない……!」

 

『む、無理なんだよ少年! ウルトラマンゼロだぞ?! 一度は光の国を滅ぼした大罪人を一人で圧倒したバケモノだ! そのコピーと言えど私たちに勝てる存在じゃない!』

 

 チェレーザが情けなく叫び、翼の心の中に、弱気の陰が差した。

 

(わかってるよ、そんなの)

 

 ウルトラマンゼロ。

 おそらく彼が予言にあった"地を燃やし闇を無に帰す光の巨人"。

 闇から出でし翼のバルタン星人では勝てないと、その予言に示されてしまっている。

 

(オレじゃあ、こいつに勝てない)

 

 ならばチェレーザに任せるかと一瞬考えそうになって、そんな自分に都合のいい事だけを任せられるか、と首を振った。

 

 敵わないことを知りながらも向かってくるバルタンをゼロがその燃える拳と、無双の刃で斬り刻んでいく。

 勇者たちも斧を振るい、矢を放ち、盾で守るが、バルタンの身体は刻一刻と死に近づいていくことを緩やかにすることしかできない。

 

 その様子に、チェレーザ根負けしたように叫ぶ。

 

『ええいわかった! 少年ここはいいから引け! 勇者たちが三分耐え、相手が弱ったタイミングでもう一度攻撃を仕掛けよう! それしか私が生き残る術はない!』

 

「そんなの、できるわけがないだろ……守らなきゃ、いけないんだ」

 

『あーもう! この頑固者! わかった! じゃあクリスタルだ! この前エレキングのを手に入れていただろう!』

 

「はあ、はあ、それで、勝てるのか……?」

 

『知らん! だが当たらん攻撃を続けるよりは100倍マシだ! ほら、ジャイロのバルタン星人をエレキングに変えろ!』

 

 心の中の世界でモヤモヤのチェレーザが翼にクリスタルを投げ渡す。

 受け取った翼はバルタンのクリスタルを外し、エレキングのクリスタルを嵌め込む。

 

『よし行くぞう! 纏うは雷──』

 

「ま、待ってチェレーザ」

 

『あん?』

 

()()()()()()()()っ! それどころか、全然反応してる様子もない!」

 

『なにぃっ?! ほらもっと、こう、勢いでビュッとならんもんかね!』

 

「わ、わかんないよそんなの!」

 

『あーもう私たちいっつもこんなのぉ……』

 

 ゼロの鋭いかかと落としが叩き込まれ、バルタンが足をついた。

 この時点で、戦闘開始から僅か30秒。

 

『こう、なったら……せめて、一矢だけでも!』

 

 翼がハサミ閉じて、身体の中からエネルギーを集めハサミの中に充填し、破壊の光線へと変える。

 

『白色ーーー破壊光線ッ!』

 

 膝をついた姿勢から放つ破壊の光線。このバルタンにとって最大威力の遠距離攻撃であり、ウルトラマンを撃破には至らなかったものの、大きなダメージを与え最後の一撃へと繋げたもの。

 

「──セェイヤァッ!」

 

 だが、それをゼロは頭のゼロスラッガーを射出し、真っ二つに切り裂いて見せる。

 

 そしてバルタンの腹を掴むとジャイアントスイングのように豪快に回転させる。

 まるでプロレスのワンシーンのような技だが、ウルトラマンの規模とゼロの怪力が合わさればそれだけで()()()()()()()

 

 まるで火災旋風。ゼロの業火が混じった竜巻は、勇者たちを近づける余地すら与えずに、そのままバルタンを遙か空の彼方へと投げ飛ばした。

 

 バルタンは結界ギリギリの空まで浮かび上がると、数秒後に地球の重力による自由落下が始まる。

 翼とチェレーザの操るバルタンに飛行能力はないため、ただ落ちることしかできない。

 

「セェヤッ!」

 

 そして、ゼロが空を飛ぶ。

 バルタンが落ちてくる軌道上に立ち塞がると、ぐぐっと右手に引き絞るように力を溜めていく。一秒毎にゼロの拳に集まる熱量は勢いを増し、その身体が真っ赤に輝き始めた。

 

 須美にはその姿が、どこかウルトラマンが『スペシウム光線』を撃つ時の構えに似通っているように見えた。

 

「まさか、空のあの人を狙っているの?!」

 

 させない、と須美が弓を引き絞り貫通力を底上げする『溜め撃ち』を行う。けれど。

 

「竜巻が邪魔して、矢が、相手まで届かない……!」

 

 火炎の竜巻が、須美の援護を許さない。

 初戦では、ウルトラマンの時には何度もバルタンを助けた鷲尾須美の射撃が、今度は役に立っていない。

 まるで、露骨な『鷲尾須美の対策』をされているような、そんな感覚。

 

「あいつ空とか飛ぶのずるいだろ! 降りてきやがれぇっ!」

 

 銀が悔しそうに唇を噛み、ぐるぐると肩を回した。

 

「こうなりゃ一か八かアタシのオノを投げてあの怪獣を助け──」

 

「ミノさん! 私を竜巻に向けて投げて! 思いっきり!」

 

「あ、そ、園子? 突然なんだよ?」

 

「いいからお願い! 今いかなきゃ間に合わなくなっちゃう!」

 

 唐突な園子の頼みに銀は戸惑うが、彼女は園子が意味もなく何かを頼んだりしないことを知っていたし、何よりその瞳に宿る真剣な光に、戸惑いの気持ちなど一瞬で消え失せた。

 

 銀が園子の手を掴み、ぐるりと回転しながら、全力で投げ飛ばした。

 

「いっけえええええっ!」

 

 勇者唯一の前衛で一番力の強い銀故にその勢いは絶大。まるで弾丸のように飛んでいった園子は全く減速することなく竜巻に突っ込んでいく。

 

「──ここっ!」

 

 竜巻に巻き込まれる寸前、園子が槍を変形させ、盾へと変える。

 彼女の武器は槍であり、盾。そしてその盾の形態は、まるで"傘のような形"をしている。

 ならば、彼女の武器ほどわかりやすく、風に乗れる武器はない。

 

 けれど、だからと言って迷いなく炎に突っ込めると言えばそうではない。

 

 園子が迷いなくそれを行えたのは、『勇気』があったから。きっと彼女は三人の中では一番『勇気』がある、一人でも頑張れる『勇気の勇者』。

 

 園子は竜巻の勢いに乗りながら回転しつつ上空へと飛び、足りない高さは空中に固定した槍の穂先を足場にしつつ、ゼロの元までたどり着く。

 

「その熱いの〜〜、怪獣くんに当てないで〜!」

 

 園子の穂先が紫の光を宿し、エネルギーの臨界点を迎えようとしていたゼロの右腕に打ち当たり、高度に制御されていたバランスを崩した。

 

 ゼロの炎が、右腕を巻き込みながら、暴発する。

 

(ーーー乃木さんが、助けてくれた。オレに、チャンスを作ってくれた)

 

 それを上空に投げ飛ばされ落ちていたバルタンが見て、一つの覚悟を決めた。

 

(光斬も光線も駄目だ。なら、せめて、こいつを追い返す。オレのありったけのエネルギーを込めて、あいつを二、三日はこっちに来られないレベルの大ダメージを!)

 

 翼が光線を撃った時の感覚を思い出して、身体中からエネルギーを集めて、集めて、集めて、自分の生命力も、精神力も、変身に使った闇の力すらも集めて、全部全部全部身体に満たしていく。

 

(オレの身体はどうなってもいいから、今、あいつをぶっ飛ばす力をオレに寄越せ! バルタン!)

 

 翼の想いを、闇は形にする。

 

『待て少年! 今何をしようとしているっ!』

 

『あいつを、ぶっ飛ばすんだよッ! 全部纏めてッ!』

 

 バルタンが右腕を園子の一撃で負傷したゼロに近づいた瞬間、全ての攻撃の手段を投げ捨てて、溜めた力を一気に放出する。

 

 

『シャドウーーーエクスプロージョンッ!』

 

 

 バルタンの身体から闇と光が解き放たれる。

 それは純然とした破壊の力へと変わり、ゼロと、ゼロの起こした竜巻と、バルタン自身すらも巻き込み、大爆発を起こす。

 

 『シャドウエクスプロージョン』。

 それは剣のバルタン星人に宿っていた「自分の身体なんてどうなってもいい」という気持ちを形にしたような、『自爆技』。

 威力は高いが、それ故に自身の命を守ることもできない。

 

 その姿はまさに『命知らずのバルタン星人』そのもの。

 

『ーーざまあ…………みや、がれ』

 

 焼け焦げたバルタンが大橋の近くの海に向けて落ちていき、ゼロが予想外の一撃のダメージから、残り二分以上の戦闘可能時間を残してカラータイマーの点滅が始まる。

 

 その瞬間を狙いすましたように、時が止まり、止まった世界の中で花が散る。

 

「……鎮花の儀」

 

 散る花は神樹の化身。

 力の弱ったバーテックスを無理矢理結界の外に弾き出して、世界を助ける神樹の権能。

 

 その力が、カラータイマーが点滅するほど弱り切ったゼロにならば、作用する。

 

 花降る寂寞の中、花弁がゼロを包み、バルタンを包み、散る花に混ざるようにして消えていった。

 

「……勝った、のか?」

 

 銀が、戸惑うようにその言葉を溢す。

 

「いいえ、違う。なんとか、追い返せたの」

 

 須美があたりを見る。前のように街中でなかったため大きな被害はないが、橋を主戦場としたせいか、一部の鈴鳴子が焼け焦げている。

 

「きっと、あの巨人は何度も来るわ。きっと、私たちを殺すまで」

 

 何度も続くバーテックスと人間との争い。

 これは、そのほんの一戦でしかない。

 

 敵の名は『ウルトラマンゼロ』。

 黒き悪魔を撃ち破り、神に認められた『光の勇者』。

 

 

 

 

 

 

 

「が、がはぁっ、はあはあ、死ぬかと、思った……」

 

 大橋から少し離れた入り江で、びしょ濡れの翼が海から上がってくる。

 神樹が鎮花の儀である程度は沖合いから運んでくれたようだが、それでも地上まで飛ばすのは無理だったらしい。

 

 荒い息の翼が息を整えながら、濡れてしまった上着を小脇に抱えて大赦に向けて歩き出そうとする。

 

「チェレーザ、起きてる、か……」

 

『当たり前だ! 自爆とか何を考えているんだこの馬鹿者め! いやまあ大変ウルトラマンオーブポイントがある行動ではあったが……』

 

「はは、なら、悪く、ないかもな……()ぅっ」

 

 抑えた腕から血が滲む。

 ゼロから斬られた傷と、自爆の傷は変身を解除しても、まだまだ色濃く残っていた。

 翼は大赦の服のインナーを破いて強引に傷口をしばると簡単な止血の処理をする。

 

「前、ウルトラマンを倒した時は、怪我治ってたのに、な……あれ」

 

 ぽつり、翼の頬を水滴が打った。

 最初はぽつりぽつり、と数滴落ちてくるだけだったが、あっという間に水滴は勢いを増して、絶え間なく続く雨に変わった。

 

『げげっ、雨だぞ少年!』

 

「踏んだり蹴ったりな、全く」

 

『君はゼロに踏まれたり蹴られたりした側だろう』

 

「まあ違いないな」

 

 これ以上濡れないように翼が走って雨宿りできそうな場所を探す。

 すると、近くに人気のない神社があることに気づく。

 確か大赦の人間がたまに整備に来るだけの、半ば打ち捨てられたようなところである。

 雨が落ち着くまでにはここで雨宿りしようと、翼が神社の軒下に入ろうとして、それと全く同じタイミングで一人の少女が神社にやってくる。

 

「ふー」

 

「はー」

 

「偶然近くに神社があって良かった〜」

「偶然近くに神社があって助かったな」

 

「「 ん? 」」

 

 僅かに雨に濡れた金糸のような髪。黒い瞳に、白い肌は典型的な「お嬢様」と言った容姿であるにも関わらず、その内面から壊れ物のような印象を与えない少女。

 

 勇者の一人で鷲尾須美の友人、『乃木園子』がそこにいた。

 

 

 

 

「そうか、戦いの後はひとまず解散ってことになったんだ」

 

「うん、安芸先生が対策は明日やるから〜って」

 

「それなのに君は帰っている途中で雨に打たれてしまって……ん? ここって乃木家から反対の方向じゃ……」

 

「それがね、聞いてよ、たすくん。帰ってたらね、なんかすごーく綺麗な目の猫さんがいたんよ〜。それを追いかけてたらいつの間にか変なところにいて〜」

 

「ああ、そのタイミングで雨が降って来て……ん?」

 

「そうそう、だから雨宿りできる場所を探してたらね〜、この神社があって〜、しかも、たすくんまでいたから2倍びっくりなんだよ〜。お得だね〜」

 

「ちょ、ちょっと待った、乃木さん。その『たすくん』って何?」

 

「えへへ〜、あだ名だよ〜。わっしーはわっしーで〜、ミノさんはミノさん〜。だから、たすくんはたすくん」

 

「いやあだ名なのはわかってるんだけど……まあいいか」

 

 にこにこと「たすくん」と呼ぶ園子に毒気を抜かれたように、翼が頭をかいた。

 

(たすくん……(タスク)くん、でたすくん、かな?)

 

『少年、年下の少女に見惚れるのは良いがくれぐれも正体は隠すんだぞ』

 

(別に見惚れてねーよ)

 

『ウルトラマンに置いて正体を明かすのは一大イベント! それまでは隠しておくのが鉄則だ!』

 

(はあ、はいはいわかりましたよ)

 

 チェレーザの妄言を頭の端に寄せながら翼がため息混じりに園子に視線を滑らせた。

 

「……怪我、してないみたいだね」

 

「?」

 

「ほら、君たち戦ってた……んだろう? 前のウルトラマンの時はかなり怪我が酷かったみたいだから、今回はあんまり怪我してなくて良かったなって」

 

「心配してくれたんだ〜」

 

「当たり前だよ。君たちはまだ小学生だし、その前に女の子だ。君たちにもしものことがあれば、大赦がお見合いまでセッティングしなければならなくなってしまうぜ」

 

「私たちが自分で結婚できるって思ってないんだ。大赦ってひどいよ〜」

 

「いやいや、君たちは素晴らしい子たちだけど、もしもがあればそれくらい大赦は責任を取るつもりだぜってことだよ」

 

 冗談めかして言いながら、社の中に入ると、整備のために置いてあり、ちょくちょく交換してある清潔なタオルをビニールを破り中から取り出す。

 

「君たちに怪我がないことが、きっと親御さんも一番喜ぶ」

 

「それは、たすくんも?」

 

「まーね」

 

「わぷわぷ」

 

 翼が取り出したタオルでわしわしと濡れている園子の顔と頭を拭いて、頭に載せるとタオルの上からぽんぽんと軽く撫でた。

 

「君たちは凄いよなぁ、本当に」

 

 ぼんやりと雨の滴が落ちていくのを目で追いながら、翼は柔らかい調子で言葉を続ける。

 

「世界のために戦うって、なかなかできないことだ。ましてや君たちは小学生で……本当はまだ友達と遊んでいていい歳で」

 

 翼がまぶたを閉じて、一人の少女のことを思い出す。

 必要以上に重いものを背負ってしまって、頑なになってしまった彼女のことを。

 

「お役目ってのが名誉なことでも、それを断る権利も君たちにもあったはずなのに」

 

 自分から受け入れた彼女とは違って、園子と銀は家柄から勇者に選ばれた面がある。家格が勇者を作ったのだ。

 

「……なんてな。ちょっと変なこと言っちゃったな」

 

 ごまかすように軽く笑う。

 何か新しい話題を振ろうと翼が隣を見ると、じっと自分を見つめている園子と目があった。

 

「たすくんは、真面目な人だねえ」

 

「……乃木さん?」

 

「私たちが怪我したときにはお見舞いに来て、安芸先生の言ったことを守って、わっしーのことをすごーく気にかけてる」

 

 園子が真剣な面持ちから表情を崩して、ほにゃっと頬を緩めた。

 

「だから、たすくんは、すごーく真面目な人〜」

 

「……オレ、結構隠し事する方なんだぜ」

 

「うーん、良いんじゃないかな〜。大赦のお仕事もあるだろうし〜、それにみんなが頑張るぞ〜って気持ちなら、きっと良い結果になると思うんよ〜」

 

 ほにゃほにゃと笑う園子に、翼もまた柔らかく笑む。

 

「君は、なんというか、黒瑪瑙みたいだな」

 

「めのう?」

 

「うん、宝石の一つだよ、瑪瑙」

 

 瑪瑙。別名はアゲート。

 黒瑪瑙のことならばオニキスということが多い。

 

「神世紀になる前にあった法華経で言う七宝の一つで、キリスト教とかだったらロザリオに使うところもあったのかな。黒くて、とても綺麗な石でさ」

 

 そこまで言って、翼が園子の瞳を覗き込む。

 澄んだように美しい黒色で、白い肌によく映える瞳だった。

 

「あとは、身につけてると人の悪感情や悩みや、まあそういうネガティブなモヤモヤを吹き飛ばしてくれるらしい。

 君の話し方や雰囲気には、そういう優しくて柔らかいものがある」

 

 そう言って、また翼がタオル越しに園子の頭をぽんぽんと撫でた。今度は少し、照れ隠しの意味もあったかもしれない。

 園子は不思議そうにその様子を見ていたが、すぐに翼へとすり寄っていく。そんなことよりも気になることができたのだ。

 

「ねえねえ、たすくん、瑪瑙ってどう書くの? 私知りたいな〜」

 

「ん、おお、勉強熱心だな、乃木さんは」

 

 翼がそこら辺にあった木の枝を拾い、雨に濡れないように気をつけながら、ガリガリと地面に瑪瑙の字を書いた。

 

「うーん、難しい漢字なんだねえ」

 

 むむむ、と眉を寄せる園子。

 

「まあ小学生どころか高校生になっても習わない感じだもんなぁ」

 

 そう言って、ふと翼が「そう言えばまだ自己紹介してなかったな」と思いだす。

 

「そういえば乃木さん、よくオレの名前読めたね、あれ結構難しいと思うけど」

 

「名前?」

 

「ほらオレ、紅翼(クレナイ・タスク)だろ? 結構珍しい読みだからさ。鷲尾さんにでも教えてもらったの?」

 

 普通なら「ツバサ」と読まれる字だ。彼も物心ついてからツバサと呼ばれた回数は数知れずだ。

 だから、園子もおそらく須美から教えられたのではないかと思ったのだが。

 

 だが、帰ってきた答えに翼の眉間に皺が寄る。

 

「へえ〜、そういう名前だったんだね〜。初めて知った〜」

 

「え、いやだって、君オレのこと「たすくん」って……」

 

「あ〜、それか〜」

 

 それで知らないのはおかしくないか? と言外に伝える翼に、園子は変わらずほにゃっとした調子で、彼女らしい一本調子で、言った。

 

 

「それはね〜『怪獣くん』の略〜」

 

 

 翼の頭が完全にフリーズした。

 

「は、は、は……?」

 

「あ、わかりにくかった〜? 

 怪獣くん、モンスターくん、スタくん、たすくんってわけなんだよ〜」

 

「な、なんで、オレ、怪獣って、え、言って、ちょ、え……」

 

「えへへ〜、歩き方が一緒だったし、よくわっしーのこと見てたからすぐ分かったよ〜」

 

 その日、乃木園子は「ヒーローは正体を隠すもの」という定石をにこにこ笑顔でぶち破っていった。

 

 

 

 

 

*1
大地の理書き変わりし時




そのっち〜


『ウルトラマンゼロ』
かつてウルトラマンの故郷ウルトラの星を滅ぼした悪のウルトラマン『ベリアル』を倒し、ウルトラマンの神に認められた『光の勇者』。
まだ若いながらもその強さは歴代でもトップクラスであり、初代マン、セブン、メビウス、ダイナ、ゴモラ、怪獣使いのレイオニクスが協力しても苦戦していた復活怪獣100体を初陣にも関わらず一人で叩きのめし、その力を知らしめた。
天の神がコピーしてきたのはその初陣の時のゼロであり、その後にある多彩なフォームはないものの、《ストロングコロナ》の力だけはウルトランスの力で後付けで与えることに成功している。
現場のバルタンでは技量の問題から白色破壊光斬を当てることはできず、威力の面から白色破壊光線で押し切ることができない。




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2

 

「私の名前はウルトラマントレギア。君の願いを叶えにやって来た」

「──君の夢はなんだ?」

  ウルトラマントレギア(ウルトラマンR/B)




「では紅様、お嬢様のお着替えが終わるまでお待ちを」

 

「ごめんね〜」

 

「あ、いや、気にしないで……ください。乃木様」

 

「園子でいいのに〜。あ、ありがとう〜」

 

 のほほんとお礼を言う園子に、使用人がぺこりと頭を下げて部屋を出ていく。

 園子から「待っててね」と言い渡された翼はふう、と軽く息を吐く。

 

『私、使用人なんて初めて見たぞ。さっきのせてもらった車もリムジンだったし……もしや勇者はこれが普通なのか?』

 

(まさか。九名家の本家といえど、ここまでなのは上里家と、乃木さんのところくらいだろうさ)

 

『九名家?』

 

(あー、なんというか、勇者を輩出し続けてるすごいとこ、かな)

 

『少年の家もそこそこの家格なんだったか?』

 

(いやオレは……まあそれは今はいいだろ)

 

 鷲尾。三ノ輪。赤嶺。白鳥。伊予島。土居。高嶋。上里。そして、乃木。

 過去に勇者を輩出、もしくはそれに近い功績を挙げたことにより大赦の中枢で働いている家系。

 その中でも初代勇者のリーダーの子孫である『乃木』。そして、今の大赦のシステムの大元を組織した『上里』の両家は大きな権力を持っており、その本家は代々大赦の要職についている。

 

 園子はその乃木本家の一人娘。言ってみればこの四国のお姫様なのだ。

 

(まあ、当の乃木さんはそれっぽい人じゃないけどさ)

 

 雨の中で怪獣であることを言い当てられた翼。

 彼の中でチェレーザが喚き、翼が言葉を失っている時、まるで狙いすましたように乃木家のリムジンが迎えにきた。

 おそらく園子がいつの間にか呼んでいたのであろうそれに、あれよあれよという間に連れ込まれ、気づけば乃木家にお邪魔してしまっていた。

 

『……これって少年の職務からしたらかなりの異常事態ではないのかね』

 

(言うな、言うなチェレーザ。オレも明日このことバレてたらどうしようって考えてんだよ)

 

『やれやれ、あらかじめ片付けておくタスクは終えていたのがせめてもの救い……ん? タスクのタスク……』

 

(はいはい素晴らしい一句だ)

 

『まだ何も言ってないのだが?!』

 

「あ、たすくん〜、もういいよ〜」

 

 しばらくして扉が開き、そこからひょっこりと頭だけを出した園子がニコニコと笑った。

 

『まずは怪獣の件、口止めを忘れるなよ』

 

(わかってるよ)

 

「たすくん〜?」

 

「あー、えーと、乃木様」

 

「お話は後でするからはやくはやく〜」

 

「いや、まず大切な話をさ」

 

「んー?」

 

「……いや、お邪魔させてもらうな」

 

『ロリの笑顔に弱すぎやせんかね?』

 

(るせいやい)

 

「中に入った方が話しやすいからそうするだけだ」と、心の中で言い返して園子の部屋に入る。

 

 そして、その部屋の豪奢さに思わず目が奪われる。

 

 自分の住む狭いアパートの数倍はあろうかと言う広々とした部屋。壁にはぎっしりと本が詰め込まれ、随分大きいはずの学習机でさえ相対的に小さく見えてしまう。中央にはまるで王座のように天蓋のついたベッドが鎮座していた。

 

 漫画で見るような深窓の令嬢の部屋をそのまま持ってきても、ここまで豪奢であるまいだろうーーーが、けれどもしかし、その中で極めて異彩を放つものがいくつか。

 

「……えーと、乃木さん、あの天井のは?」

 

「サンチョだよ〜」

 

「なんか首吊り死体みたいになってるけど……」

 

「あれは空を飛んでいるシリーズでね〜、お空にいた方が楽しいかな〜って」

 

「こ、個性的だな……じゃ、じゃあそのパジャマは?」

 

「とりさん〜〜〜! 私とりさんすきなんよ〜!」

 

「一体になるほど好きって中々尋常じゃない好意だな……」

 

「私はとりさんがすきなんだ〜。間違いなくご先祖様の影響だね〜」

 

「へー、じゃあ初代勇者様も鳥が好きだったのかい?」

 

「え? しらないよ〜。そうだったらいいな〜って話だよ〜」

 

「何をもってさっき断言したんだ君?!」

 

「はっ、まだ挨拶してなかったよ〜。いらっしゃいませご主人様〜」

 

「いいねフリーダム! でもちょっと今に適した挨拶じゃない気がするぜ!」

 

「じゃあおかえりなさいませご主人様〜」

 

「いやこの部屋の主人は君だよね?!」

 

「ちょっと言ってみたくて〜」

 

「いや……!」

 

 思わずまた突っ込みそうになって、げんなりと肩を落とす。

 

「なんだこのテンポ……やっぱついていけねえ……」

 

『言っとる場合か! 早く怪獣のことの話をつけんか!』

 

「おっとと、そうだった」

 

『ついでに何でわかったかまで教えてもらえればベストだが……まあ、この分なら何となくだろうな。時々ウルトラマンの正体を言い当てられる奴はいるものだ、うん』

 

「……オレは、そうは思わないけどな」

 

『おん?』

 

 鳥のパジャマで羽を羽ばたかせる園子を前に、翼が軽く咳払い。

 

「乃木さん」

 

「な〜に〜?」

 

「その……オレが怪獣ってこと、なんでわかったの?」

 

「? 歩き方とわっしーのことを見てたからって言わなかったっけ〜?」

 

「……百歩譲ってオレが鷲尾さんのことをよく見ていたとしてもだ、歩き方なんて普段と違うかもしれないじゃないか。それこそ、怪獣なんだし」

 

 翼の言葉に園子がうーんと唸る。

 

「なんでって言われても困っちゃうなぁ。えーと、えーと…………」

 

 しばらく園子は考え込んでいたが、突然パッとやめて、かわりに誤魔化すようにえへへ、と頬を緩めた。

 

「ごめん、私こういうのあんまり得意じゃなくて〜」

 

 それを見て、翼はやはり、と確信した。

 

「乃木さん、急がなくていいよ。ゆっくり君の思ったことを教えてほしいな」

 

「で、でも、私……」

 

「いいんだよ。上手くなくていい」

 

「……ほんとに〜?」

 

「うん。君の考えたことを頑張って形にして、オレに教えてほしい。それまでオレ待ってるからさ」

 

「ーーー」

 

「どうかした?」

 

「う、ううん。か、考えてみるんよ〜」

 

 園子が、むむむ、と唸る。必死に自分の中の思考を纏めているのか、眉根は寄り、いつもの風のような雰囲気から、風に吹かれて縮れる雲のような表情へと変わる。

 

 その間、翼は何を言うでもなく、じっと園子を見守っていた。

 

 静かに、急がなくてもいいよ、と目で語りかけるようだった。

 

 やがて、束の間の静謐を破り、園子が訥々と語り始める。

 

「たすくんっていつもわっしーを送る時自転車に乗ってるよね」

 

「え、ああ」

 

「自転車に乗る人って結構、普段から回すみたいに歩くの〜。中でもたすくんはいつもは左側にわっしーがいるからかな、少し姿勢が右に寄ってる〜」

 

「回す……足をか」

 

「これだけ当てはまるのにたすくんじゃないって思わない方が無理だよ〜」

 

「……驚いたな」

 

「えっと……上手く言えたかな〜?」

 

「ああ、教えてくれてありがとう」

 

「……えへへ〜」

 

 園子がはにかんだように笑う。

 

 須美は「園子が感覚派」だと翼に言った。だが、とんでもない。

 彼女は考えたことの過程を口に出してないだけだ。

 聞けば、これだけしっかりした答えが返ってくる以上、それは疑う余地もない。

 

 人よりも視界が広い。

 

 それが翼が彼女に下した正直な感想。

 

(うん、やっぱりこの子は色々考えてる子だ)

 

『……正直予想外だな。よくいる不思議ちゃんではなかったか』

 

 翼がポリポリと頭をかく。

 

「あ、たすくんたすくん、ここ、ここ座って〜」

 

 一瞬チェレーザと会話した翼の思考に、するりと声が滑り込む。見れば、いつの間にかベッドに腰掛けた園子がぽんぽんと自分の隣を叩いていた。

 

 翼が苦く笑いつつ、髪に触れないように気をつけながら、鳥の被り物をした園子の頭を軽く小突いた。

 

「こらこら、女の子が気安く男をベッドに誘わない」

 

「私気にしないよ〜?」

 

「はあ、あのな、君が気にしなくてもオレは気にする。これは最低限の嗜みだぜ?」

 

 女の子なんだし自分を大切にな、と翼が今度は恐る恐るといった様子で頭を撫で、学習机から椅子を引っ張ってきて園子の対面に座る。

 

「さて」

 

 すっと今まで薄い笑みを貼り付けていた翼の表情がフラットなものへと変わる。

 

「単刀直入に聞かせてほしい。乃木さんはまだオレの正体のこと誰かに話した?」

 

「ううん?」

 

「これから他の人に話したりは?」

 

「……たすくんは、私に黙っててほしいの?」

 

「端的に言うとそうなる」

 

「なんで?」

 

 じっと園子が翼を見つめる。今までのふんわり柔らかな雰囲気はそのままに、瞳に宿る色は明らかに。

 

『なんで、と来たか』

 

(誤魔化せる雰囲気でもなさそうだな)

 

『よぉし! ならば私と変われ少年!』

 

(ええ……)

 

『なんだそのいやそうな声は! 数多のウルトラ戦士の知識があるこの私は誤魔化すことに関しても超一流だ! さ、ドーンとまかせなさいドーンと!』

 

(いやオレはもうお前とは……)

 

『毒くわば口に苦し! 時には思い切ってやってみることも大事だと意味だ! 身体の主導権もーらい!』

 

(あ、ちょてめっ)

 

 不意を突くように翼とチェレーザの表と裏が切り替わる。

 ファサァッとチェレーザが前髪をかき上げる。

 

「いいかね、乃木さん。理由はいくつかある」

 

「うん」

 

「一つ、わた……オレの正体がバレると大赦に追われることとなる。そうなればおそらくオレは戦うことができない。それはつまりウルトラマンと戦う人がいなくなると言うことだ。オレはそれが許せない!」

 

「……ふうん」

 

「二つ、このアイテムは選ばれし者が使えるもので……」

 

「うーん、もういいや〜」

 

「にゃ、にゃにいっ?! 君から聞いてきたんだろぉっ?!」

 

「だって〜、それたすくんじゃなくて()()()()()()()()()()()()()()〜?」

 

「な」

 

「私はたすくんとお話ししてるんだよ」

 

「そこまで、お見通しだったか」

 

 少し怒ったように頬を膨らませる園子に、驚いた隙をついて表に出てきた翼が頭をかいた。

 

『しょ、少年はわかってたのか?』

 

(いや、まあ確信があった訳じゃないけど、もしかしてそうかもくらいは)

 

 園子の前で戦うバルタンは二種類あったはずなのだ。

 戦闘は下手だが、光線を使い『守る』ために戦う翼。

 そして戦闘技巧者だが、守るためでなく『倒す』ためだけに戦うチェレーザ。

 歩き方と視線で翼の正体まで見破った園子が、その程度のことをわかってないことはないだろう。

 

 さて、何といったものかと息を吐く。

 

「たすくん」

 

 ぺちん、と鳥のパジャマの両手に翼の頬が挟み込まれ、無理やり視線を固定された。

 顔が近づく。互いの息が溶け合うような気すらする。

 

「私は君に聞いてるんだよ」

 

 真っ直ぐな深みのある黒い瞳。まるで心の底の自分の本心へと手を伸ばされるようで。

 

「……鷲尾さんに知られたくない」

 

「わっしーに?」

 

「うん、そうだ」

 

 やんわりと園子の手を解くと、少し言いづらそうに園子から目を逸らす。しかし言葉は止まることなく、語り始める。

 

「同居人曰く、オレのこの力は敵を『倒す』力なんだってさ。本当はもっと正しい在り方があったらしいんだけど、オレは獣の力しか与えられなかった。それはたぶん」

 

 きゅっと、翼が拳を握る。

 

「オレが鷲尾さんの敵を『倒したい』と思ってしまったから。きっと、そこで間違えた」

 

 だから。

 

「せめて、オレはあの子の苦難を退けたい。認められることはないのも、誇れることでもないのはわかってるんだ」

 

「それだけ?」

 

「……それだけって」

 

「本当に、たすくんはそれだけしか考えてない?」

 

「はーーー、お手上げだ。君は本当に色々よく見えてるな」

 

 根負けしたように、彼が天井を見上げた。

 

「ほんとは鷲尾さんに心配かけたくない。そんだけ」

 

「びゅおおおおおおおおっ!」

 

「うおわっ! いきなり叫ぶなよ!」

 

「いいよいいよ! 私のセンサーにビンビンきてるよ!」

 

「君は煙を感知したら速攻がなりたてる火災報知器が何かか?」

 

「えへへ、褒められちゃった〜」

 

「ははは、ナイスポジティブ」

 

 堪えきれなくなったように翼が笑い、それにつられるように園子も笑った。

 二人の笑い声が豪奢でだだっ広い部屋に響いて、絡まるように踊って消えていく。

 

 そして、ひとしきり笑った後に、園子はうん、と大きく頷く。

 

「わかった。たすくんが怪獣だってことは誰にも言わないよ〜」

 

「……いいのか?」

 

「うん。たすくんが、ほんとの気持ちいってるのわかったもん〜」

 

「ほんとの、気持ち、か」

 

 繰り返された言葉に、そうだよ、と答えて翼の頬に触れていた手を滑らせて、きゅっと翼の左手を包んだ。

 

 ウルトラマンとの戦いの時に、包むように守ってくれた左手。

 

「こうやって触れたらね、みんなを守ってあげたい〜って言ってるのがわかるんだ」

 

 そう言って、園子が目を閉じる。まるで、触れ合う手の暖かさに身を委ねるように。

 

「私には、たすくんを信じる理由はそれだけでじゅうぶん」

 

「……大切なものは目に見えない、か」

 

「え?」

 

「オレの……父親に読まされた本にあってさ。星の王子様、読んだことある?」

 

「えーと、ない、かも」

 

「そっか。正直、オレにはよくわからない本だったんだけど、その中で一個だけ心に残ってるワードがあってさ」

 

 父親、という言葉だけ少しだけ言いにくそうに、彼は続ける。

 

「『いちばんたいせつなものは目に見えない』」

 

「たいせつなものは、目に見えない?」

 

「ああ。大切なものは目に見えない。じゃあ、その物語では、どうすればいいって言ったと思う?」

 

「え、えーと……」

 

 目の前の少女のきょとんとした様子に、翼がにやりと笑い、どん、と胸を叩いた。

 

「ここで、見るんだってさ」

 

「むね?」

 

「まだまだ」

 

「えっと、心臓〜?」

 

「もう一超え」

 

「もしかして……こころ?」

 

 満足そうに翼が笑んだ。

 

「『とても簡単なことだ。

 ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。

 いちばんたいせつなことは、目に見えない』」

 

「心で……」

 

「簡単なことって言うけどさ、オレはこれができてる人がそうそういるとは思わない。やっぱ、どうしてもオレたちは目で見えるものを気にしすぎちゃうからね」

 

 でも、と翼が園子を見る。

 

「乃木さんは自分が信じたいことを迷わない。きっと、君はちゃんと心の目で大切なものが見えてる人なんだ」

 

 クレナイ・タスクは、それができる人を、何よりも素晴らしい人だと思う。

 きっと、自分にはできないことだから。

 

「そう、なのかな」

 

「おう。君よりちょっとばかし長生きのオレが保証する」

 

「だと、嬉しいな〜」

 

 園子が少し照れたように笑い、翼はわしわしとその頭を撫でる。

 

『……ロリを口説くのはいいが時間を気にしろよ』

 

(ちぇ、チェレーザ?!)

 

『いいかね、ウルトラマンはな、自分から口説かないんだよ。背中を見せて追わせるんだよ! 背中を!』

 

(べ、別に口説いてねえから!)

 

 ちらと腕時計を確認し、咳払い。

 

「じゃ、じゃあ、そろそろいい時間だしオレは帰るよ」

 

「……もっといてもいいんだよ〜?」

 

「ははは、そりゃありがとう」

 

 最後にもう一度、今度はポンポンと軽く鳥のパジャマ越しに頭を撫でて、よっこらと翼が立ち上がった。

 

「じゃあ、また今度……っても、今日は金曜だし次会うのは月曜になるのかな」

 

「あれれ〜? 明日の話し合いはたすくん来ないの〜?」

 

「うーん、安芸さんが忙しくないならオレがやるより頼りになるからなぁ」

 

「そっかぁ、みんなに紹介できると思ってたのにしょぼーんだよ」

 

「紹介?」

 

 思わず首を傾げる。すると、にぱーっと園子が頬を緩めて、とんとんと翼の胸を叩いた。

 

「オレ?」

 

「ううん。たすくんの中にいる人をだよ〜」

 

『「 はあ?! 」』

 

 初めて翼とチェレーザの心が一つになった。

 

「いや乃木さん乃木さん、さっき君黙っててくれるって言ったよな?」

 

「いったよ〜?」

 

「な、ならその、オレのこと……」

 

「だから怪獣のことじゃなくてたすくんの中のもう一人の人のことはみんな紹介しよう〜ってことだよ?」

 

 のほほんと「たすくんは変な人だねぇ」とでも言いそうな調子で言ってのける園子。

 

(怪獣の件とチェレーザは別件扱いかよ……!)

 

 少し園子がわかってきたつもりだったが、やっぱりよくわからなくなってきた。

 

「乃木さん、頼むオレの中のもう一人のことも黙っててくれないか?」

 

「えー」

 

「いや頼むよ乃木さん! この通り!」

 

「あんまり隠し事しすぎちゃうとバレちゃった時が大変だよ〜?」

 

「ぐ、ぐう、正論なだけに言い返せねえ……!」

 

 両手を合わせ頼み込む翼と、不満そうに口を尖らせる園子。

 

「頼む! オレの中に()()()()()()なんてバレたら鷲尾さんぶっ倒れちまうよ!」

 

「──宇宙人?」

 

 ぴくり、と園子の耳が動いた。

 

「たすくんの中にいる人って宇宙人さんなの?」

 

「えっ? あ、そこまではわかってなかったんだな……」

 

「ふうん、ねえねえ、たすくんたすくん」

 

「ん?」

 

「私のお願い、聞いてくれたら宇宙人さんのこと黙っておくよ〜」

 

「ほんとか?!」

 

「ほんとだよ〜」

 

 とん、と鳥のパジャマを羽ばたかせながら園子が翼に一歩近づく。そして、その黒い宝石のような両眼をくりりと向けて、にっこり笑った。

 

「ねえ、宇宙人さん。宇宙にサンチョはいるか教えて〜」

 

「『 は? 』」

 

 その日彼らは、どんな怪獣への恐怖も、使命感よりも、自分より遥かに小さな少女への困惑で、初めて想いを一つにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イネス! 

 

 それは神世紀四国が誇る一大施設! 

 ジェラート! ショッピングモール! フードコート! レストラン! 託児所! 屋上には小型レジャーランド! ついでに公民館まで併設! 

 

 まさにこの辺りの人々の心の拠り所と言えよう! 

 

「……って、三ノ輪さんが言ってたって鷲尾さんが言ってた」

 

『いやそれはわかったのだが、なぜこんな休日の昼下がりにそんなとこに来なけれならんのだ』

 

「しゃーねえだろ、乃木さんが今日ここで待ち合わせね、って言ったんだから」

 

『まったく、最近のウルトラマンと子どもが考えることはわからん』

 

 近くに座ったおじさんが傍に置いたラジオからの「流星群が降る」というか細い声を聞きながら、ちら、と翼が腕時計を見る。

 時刻はもうすぐ午後二時。園子との約束まではあと少し。

 

『さっきから少年は何を見とるんだね?』

 

「解析指示があったこの前のウルトラマンゼロとの戦闘映像」

 

『ほほう……ほう…………ボロカスだな』

 

「るせっ! んなこと、オレが一番わかってるんだよ! だからせめてこうしてゼロの行動パターンを叩き込もうとしてるんだろうが!」

 

『パターン?』

 

「アイツはオレたちと戦う時一度、バカにするみたいに笑った。それはつまりアイツにも最低限の意思があるってことで、それなら『この時にこうしやすい』っていうパターンがあるんじゃないかと思ってさ」

 

『ふむ……まあ模造品、偽物といえどたしかにあいつには意思はありそうだったな』

 

「だろ? 例えばあいつはオレが飛ばないから飛行を多用する傾向がある。だからあえてこの『飛んでる』っていうあいつにとっての有利につけ込むことができたら……」

 

「おーい、たすくん〜」

 

「と、来たみたいだな」

 

 端末を操作してまとめたデータを送信。

 呼ばれた声に振り返ると、そこには手を振りながらとことこ走ってくる園子。

 クリーム色のダッフルコートに、膝丈ほどの鮮やかな赤のスカート。走ってきたのか頬は健康的に上気し、流れる髪は風を孕み、彼女を彩るようだった。

 

 お嬢様らしい見た目と、それを裏切るようなほんわかとした雰囲気。それが乃木園子。

 

 自由で、囚われず、気持ちのままに流される。

 まるで雲みたいだな、と思う。

 

「じゃじゃーん、乃木さんちの園子さんでーす。待った〜?」

 

「ん、いいや? オレの中には同居人がいるからな。君を待つのも楽しかったさ、お嬢様(レディ)

 

「あー、そんなこと言ったらわっしーに怒られちゃうよ〜?」

 

「あっはっは、鷲尾さんが? ナイナイ。あの子がこのくらいで起こるもんか」

 

「どんかんさんだねぇ。……あのさ、たすくん」

 

「ん?」

 

「えーと、私汗臭かったり……しないかな〜?」

 

「汗……いや? そんなことないよ」

 

「そっか、じゃあよかった〜」

 

 ほんにゃり、と笑う園子。

 

「さて、オレとしてはここで話すのも良いけど……」

 

 何かしたいことがあるのか? と翼が問うた。

 

「あ、わかっちゃった〜? 実はね〜、私お友達があんまり多くないんだ〜。特に男の子とかはあんまり仲良くなくて〜」

 

「うんうん」

 

「だからたすくんとか宇宙人さんとお出かけしようかな〜って思ったんだ〜」

 

「んん? なぜそうなった?」

 

「?」

 

「いやちょっと待って少しこっちでも考えるから」

 

 友達が多くないことが自分と出かけたいことにつながる? 

 

『……大方市場調査か取材と言ったところだろうな』

 

(ああ、なるほど。チェレーザよくわかったな)

 

『まあ、宇宙にはIQ1億の奴らもいるからな。そういう奴に少し話し方が似ていた』

 

(1億?! なんか一周回ってバカみてえだな……)

 

 宇宙は広い。

 

「ね、ね、たすくん、今もしかして宇宙人さんと話してる〜?」

 

「お、よくわかったな」

 

「目が動かないのに表情が変わったもん〜。あと口もなんか話すみたいにもにょもにょしてた〜」

 

「うーん、これオレがわかりやすいんじゃない……よな?」

 

「私も宇宙人さんと話せる〜?」

 

「ま、約束だ。取り敢えず中でうろつきつつ話そうか」

 

「わ、いいね〜。じゃあたすくん、いこ〜」

 

「はいはい、オーケー、お嬢様」

 

 まるで小鹿のように歩き出した園子の背中を茶化したように答えて、ゆっくり追いかけた。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、やっぱり宇宙にもサンチョはいないんだね〜」

 

「少なくとも私のいる宇宙では聞いたことないな」

 

「そっか、宇宙人さんはここじゃない宇宙から来た人だったね〜」

 

「いいかね、宇宙人さんではなくウルトラマンオーブダークノワール……」

 

「オダブツさん〜?」

 

「なんで少年といい君といいそのワードをセレクトするのかね?!」

 

「名前長いんだもん〜」

 

 二人……もとい三人は園子の質問に答えながら、イネスをぶらぶらと歩く。

 

(おい、あんま大きい声でウルトラマンとかいうなよ)

 

「ええい、わかっとるわい!」

 

「? 今たすくんと話してるの?」

 

「む、ああ、そうだな。あんま大声で話すなとさ」

 

「たすくんと宇宙人さんが一緒に話したりはできないの?」

 

「ムリムリ。今の私は完全に少年の身体に同化してるからな。ウルトラマンならテレパシーやらでなんとかしたのかも知れんがなぁ」

 

「やっぱり宇宙人はテレパシーができるんだね〜! ねえ、ほかにどんなことができる人がいるの〜!」

 

「ま、待て待て、話すから落ち着きたまえ」

 

 融合しても個別に声を外に届かせられるウルトラマンもいる。

 彼らの多くは、テレパシーもしくは変身アイテムを媒体として声を相手に伝えることによって、宿主の口を借りなくても話す。

 

 けれど、『自称』ウルトラマン、チェレーザにはそんな芸当はできない。彼はどこまで行っても精神寄生体であり、それ以上でも以下でもない。

 

 翼はチェレーザの宇宙人たちの話をぼんやりと聞く傍ら、表のチェレーザと共有した視界できらきらした目の園子の横顔をぼんやり見る。

 

「という訳で、ウルトラマンオーブさんの激闘の日々が幕を開けたのだ……」

 

「へえ〜! じゃあじゃあ、あのハサミの人は怪獣さんって言うよりも宇宙人に近いの〜?」

 

「近い……というか宇宙人だな。宇宙忍者バルタン。ウルトラマンの宿敵でもある」

 

「ふむふむ、じゃあ〜じゃあ〜」

 

「しょうねーん! この子の質問が終わらないんだがー! だがー!」

 

(あー、悪い、頑張ってくれ。乃木さんいい子だし平気だろ?)

 

 心の中で苦く笑う翼。表で頭を抱えるチェレーザ。その横で、ふと園子が立ち並ぶ店の店頭に並ぶものに目を奪われる。

 

(乃木さん?)

 

「む?」

 

「ね、宇宙人さんたちちょっとこっち来て〜」

 

 見ればそこは家電量販店の一角。そして、どうやら園子が夢中になってるのは少し大きめの家庭用のプラネタリウムのようだった。

 

「ねえねえ、宇宙人さんは、これ見てどう思う?」

 

「どう、とは?」

 

「普通に思ったことをそのまま教えて欲しいんよ〜」

 

「ふむ」

 

 チェレーザが腕を組み、少し考える素振りを見せ、そして口を開いた。

 

「つまらんおもちゃだな」

 

(チェレーザさぁ……)

 

「いや正直に言えと言ったのは乃木くんだろう!」

 

(にしても、こう、言い方とかさ)

 

「なんでか、教えてくれる?」

 

「む? えーと、本当に正直にいいのか?」

 

 うんうん、と園子が頷く。

 ならば、とチェレーザが軽く咳払いし、しげしげと機械仕掛けの星空を矯めつ眇めつ。

 

「私に言わせてみればこーんな、もので星空を見ようとするなんてつまらんと思う。こんなチャチなもので満足せずに、本当に宇宙に行けばいいじゃないか」

 

「宇宙に……?」

 

「あん? 君たち地球人とて宇宙くらい……とと、この地球はそういう施設はないんだったな」

 

「その言い方じゃ他の地球じゃ宇宙に行く人もいるんだね〜。すごいなぁ〜、宇宙か〜。ビックだね〜スペースだね〜、どこかにサンチョもいるのかなぁ〜」

 

 きらきらと目を輝かせプラネタリウムを見る園子を尻目に、こそこそと心の中でチェレーザが囁きかけてくる。

 

『少年パス。私はもう疲れた』

 

「え、ちょ待てよ……こいつ、ひっこみやがった」

 

 一応呼びかけてみるがチェレーザはうんともすんとも言わない。この分では、もう今日は出てきてくれないかもしれない。

 

 仕方ないなぁとばかりに頭を掻く。

 

 そして、園子の輝かんばかりの目を見て、その姿が一瞬誰かに重なった気がした。

 

 ──見てください、星ですよ! 

 

 やんわりと彼が頭を振って思考を散らすと、柔らかい笑みを貼り付けた。

 

「乃木さん」

 

「あれれ、たすくん?」

 

「呼んだだけでオレってわかっちゃうか」

 

「えへへ〜、なんとなくたすくんの方が柔らかい感じがするんだ〜」

 

 この感覚も、きっと聞けばきっちりとした答えが返ってくるのかもな、と思いつつ腕時計に目を落とす。

 

「好きなの、プラネタリウム」

 

「うん、好きだよ〜。私のおうちにもね、小さいのがあるんだ〜」

 

「ああ、そういえば枕元にあったね」

 

「そうそう〜。それでね〜、寝るときにつけて寝るとね〜、なんだか星空に抱きしめられたみたいで、朝までぐっすりなんだよ〜」

 

「それは、素敵だね」

 

 日は傾き始めた。彼女が小学生であることも考えると、そろそろ解散するべき頃合いだろう。

 

 翼は今回の彼女の『お願い』の仕上げとして、最後に行きたいところがないかを尋ねた。

 

「どこか連れて行ってくれるの〜?」

 

「ま、遠すぎないとこならね」

 

「うーん、じゃあ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「山だ〜」

 

「……本当にこんなとこで良かったのか?」

 

 最後に連れてきたのは翼が時折気分転換に訪れる裏山。

 翼とチェレーザが初めて『闇の怪獣』になった場所。

 

『たすくんが初めて怪獣になったところに連れて行って』、それが園子の最後のお願いだった。

 

 ばふ、と園子が草原に飛び込み、ごろりと転がる。

 

「あったかいねぇ〜」

 

「今だけさ。日が陰れば寒くなってくるし、夏になれば遮るものがないからクソ暑い」

 

「ふふふ、そっかあ」

 

 よっこら、と翼が寝転がる園子の横に座る。

 

「ここの空は、きれいだねぇ〜。透き通ってて、なんだかラムネ瓶みたい」

 

「……そうか?」

 

「そうだよ〜。手を伸ばせば届いちゃいそう〜」

 

 園子が日が傾きかけ、昼の名残にしがみつくような青空に、そっと手を伸ばして掴み止めようとする。

 もちろん、そんなことで時間が止まることも、日の動きも止まることもなく、翼の腕時計の秒針は世界の一秒を切り取った。

 

 もったいないなぁ、と園子は思ってしまう。

 

「あーあ、私が流れ星になれたらな〜」

 

「?!」

 

「あはは、びっくりしてる〜」

 

 面食らった翼の様子に、園子が春の雲のように笑った。

 

「明後日の夜流星が降るらしいんだよ〜」

 

「ああ、そう言えばそんなことニュースで言ってたな……」

 

「私のおうちからじゃ見えないし、そもそもそんな時間に起きてたらママに怒られちゃうんよ〜」

 

「だから、いっそ流れ星になれたら、ってこと?」

 

「うん。だって自分が流れ星なら周りの流れ星を見放題だし、お願い事だってたくさんできちゃうんだよ〜」

 

「ははは、そりゃいいな。お願いごとし放題か」

 

 くつくつと笑う。

 

「たすくんは、流れ星に願いを叶えてもらえるなら、何を願うの?」

 

「オレ? そーだなぁ」

 

 なんとなしに空を見上げて考えてみる。

 今までのこと、これからのこと、そして、今のこと。

 やりたいことも、やりたかったことも、してみたかったこともたくさんある。

 

 でも、何を考えてもすぐに浮かんできてしまう女の子の顔に、思わず苦笑した。

 

 どうやら、どこまで行っても自分は『そういう奴』らしい。

 

「オレの願いは、みんなの夢が叶いますように、かな」

 

「……それたすくんのお願いとは言わないんじゃない?」

 

「あー、でも今パッと思いつくのはそんくらいでさ」

 

 彼は苦く──けれどもどこか誇らしげに──笑いながら、先ほどの園子のように、自分も空へと向けて手を伸ばした。

 

「鷲尾さんはさ、将来は歴史学者になりたいんだと」

 

 翼は覚えてる。いろんなものを背負ってギチギチになる前の彼女が楽しそうに語った未来を。

 

「そういうのってさ、なんかいいなって思うんだ。夢を持つって、すごく、前へ進むって感じだろ?」

 

 言ってて納得する。

 そうだ、きっと自分の夢に形を与えるならば。

 

「夢を見る権利を守りたいんだ、オレは」

 

 人が前に進み、希望を持つための原動力。

 一度膝をついても、また立ち上がるための道標。

 きっと夢見ることは、誰でも使える素敵な魔法。

 

「だから、みんなの夢が叶いますように?」

 

「それはもちろん君もだぜ、乃木さん」

 

「私も?」

 

「オレは君の夢も、もちろん応援してるんだぜ」

 

「もう、私が何になりたいかも知らないくせに〜」

 

 口を尖らせる園子。

 けれど、翼は何を今更とばかりに眉根を寄せた。

 

「いや、君がなりたいの小説家だろ?」

 

「ええっ?! な、なんでぇっ?!」

 

「おっ、君をびっくりさせたのはこれが初めてかもな」

 

 呆気にとられたように大口を開ける園子を見るのは、今まで驚かされっぱなしだった身としては、思ったよりも気分がいい。

 

「わ、私まだ誰にも言ったことどころか、見せたこともないのに、なんで〜?」

 

「なあに、初歩的なことだよ、ワトソノ君」

 

「わ、ホームズ」

 

 冗談めかしたような口調の翼が、ぱちん、と指を鳴らした。

 

「昨日部屋に行った時、学習机にノートパソコンがあった。基本神樹館にパソコン使うような授業はない。ならアレは君が日常的にパソコンを使ってるって言うことだ」

 

「でもそれだけじゃわからないよね?」

 

「あとは本棚だ。ファンタジー系や恋愛小説に混じって、その手の指南書が置いてあった。アレは、やる気がある人じゃないと買わない」

 

「む、むむ」

 

「トドメは今日だな。君は『男の子と出かけるのが目的』って言ったからな。つまり、君は実体験をいくつか仕入れたかった……まあ、これはチェレーザがぽろっとこぼした事だけどね」

 

「すごいなぁ、たすくんは」

 

「はっはっは、これでも君よりちょっとばかし長生きしてるからね」

 

 笑いつつ、寝転がる園子に目を向ける。

 

「良いじゃないか、小説家。人に夢をあげる素敵なお仕事だ」

 

「……そうだね〜、なれたらいいよね〜」

 

 園子の言葉が濁る。雲のような柔らかい声音に、ほんの少し雨雲が混ざるような、そんなざらつき。

 

()()()()、じゃないんだな」

 

「……たすくんは、私のことを褒めてくれるけど、たすくんも結構目がいいよね〜」

 

 横の少女は困ったように空にまた手を伸ばす。

 届かないものに手を伸ばすように。

 

「うん、なりたいよ、小説家。でもね、私は『乃木』だから」

 

 ほにゃり、と彼女が笑う。まるでその貼り付けられたような笑顔に、翼はなぜ園子が言葉を濁すのかが腑に落ちる。

 

(そうか、乃木さんは乃木本家の一人娘、か)

 

 気づかれないように密かに拳を握る。

 

「親御さんがそう言ったのかい?」

 

「ううん。パパもママも私には好きなことをしていいよ〜って言ってくれるよ〜」

 

「……いい人達だね。素敵だ」

 

「自慢のパパとママだよ。

 ……でもね、私わかっちゃうんだ〜、私はわがままばっかり言うわけにはいかないって」

 

 今の四国を動かすのは大赦だ。

 

 そして園子はその大赦の中核をなす『乃木』の一人娘。

 なら、きっと将来は彼女がなるべきなのは、人に夢を与える小説家などではなく、四国の現実と日々を形にする大赦の一員。

 

 でも、翼はなんだかそれをそのまま受け入れられなかった。

 

 いや、なんだかどころじゃない。

 

 「今度こそ禁煙するから」と言うおっさんの約束くらい、とにかくめちゃくちゃに受け入れられなかった。

 

 そして、それは彼の胸の奥で燻っていた一つの想いに火をつけた。

 

 翼がいきなり身体を跳ね起こして、夕暮れの気配が見え始めた空を見上げた。

 

「たすくん?」

 

「乃木さん、突然だが、オレは今の大赦が好きじゃない」

 

「えっ?」

 

「やたらと秘密主義だし、鷲尾さん達を戦わせるし、つーか、そもそも血筋での権力集中体制が好きじゃねー。仕事は多いし、何かあったら残業上等だし、給料も安い」

 

「と、突然どうしたの〜?」

 

「だから!」

 

 園子が困惑したように半身を起こす。

 翼の視線が園子へ向いた。

 

「オレは君が大人になるまでに、大赦でめちゃくちゃ偉くなって、君が働かなくてもいいくらい完璧な組織に仕上げてやるよ」

 

「え──」

 

「ふふふ、オレは君よりも大人だからな。そのうちガンガン昇進して、大赦の中核に入り、バリバリ改革を行う。そしたら、ほら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ーーー」

 

「そうしたら、お役御免になった乃木家の当主は……自分の好きなことでもしたらいい」

 

 悪戯っ子のように、翼が薄い三日月を顔に刻んだ。

 園子が俯き、長い髪がカーテンのように彼女の表情を隠す。

 

「……たすくんは、結構無茶苦茶だねえ」

 

「でも悪くないだろ?」

 

「でも、乃木の誰かは大赦にいなきゃいけないんじゃないかな〜」

 

「真面目だなぁ、君は。流石鷲尾さんの友達って感じだ」

 

 嘆息。そしてまた、にひひ、と悪戯っ子の顔。

 

「じゃ、どうしても入らなきゃいけなくなればオレの部下としてコキ使ってやるとするか」

 

「あなたの?」

 

「そ。その頃そこそこの地位になってるオレからの命令で、君は大赦の蔵書管理の部署に飛ばされるんだ。

 んでもって……そうだな、新人の君は、上司のオレによって毎日小説を書きまくる激務の日々を過ごすのさ。辛くて泣いても、やめてあげないかもしれないが、そこのところは覚悟しておいてくれたまえよ」

 

「ーーー」

 

 そして、翼が俯いたままの園子を見て、一番伝えたかったことを──言ってあげたかったことを、口に出した。

 

「君は、君のやりたいことのために生きていいんだよ、乃木さ──」

 

 言い終わるよりも早く、園子に抱きつかれた。

 柔らかい淡い色の髪が風になびき、踊り、翼の胸元に小さな頭があたった。

 

「ちょ、の、乃木さん?!」

 

「……ほんとに、たすくんはすごーく真面目で、すごーくすごーく、優しい人なんだね」

 

 顔を翼の胸元に埋めたまま、園子が何かを言った。

 抱きしめる力が強くなってしまったせいか、その言葉はくぐもって彼まで届かなかったけど、聴き間違えじゃなければ。

 

 自分の両手を見る。

 

 バルタンの時に倒すための剣と、守るための拳に変わる、自分の両手。

 

 翼は、その両手を軽く握って、壊れ物に触れるように恐る恐る、園子に触れた。

 左手を背中に軽く。そして、右手はよく頑張ったねと、褒めるように頭を撫でる。

 

「……どういたしまして」

 

 しばらくどちらも何も言わなかった。

 

 その間、翼は園子の頭に手を置いたまま優しく彼女を撫でていた。

 

 そして彼は、手に伝わる絹のように柔らかで、さらりとした園子の髪を感じながら、思う。

 

(やっべ、手汗かいてきた)

 

 あーあ、台無しだよ。

 

(てか、なんとなくオレ結構危ないこと口走ってなかった? 大丈夫かこれ? というか、そろそろ乃木さんなんとか言ってくれないかな。なんか良い匂いするし、柔らかいしでもう正直……アウト!)

 

 大赦が好きじゃないとか上司に聞かれたら間違いなく首が飛ぶ。

 

 翼が意を決したように、園子を引き剥がした。

 

「乃木さん、あの──」

 

「すぴ〜」

 

「って、寝てんのかよッ! いつからだッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 その後、安心しきった顔ですっかり寝こけた園子は、しばらく待ってみたが起きる気配はなく。

 時間も時間だったため、翼は仕方なしに園子をおんぶして下山する。

 

 スカートがめくれないようにかなり気を使ったのは……詳しく書く必要はないだろう。

 

『はあ、ようやく寝たかね』

 

「お、チェレーザ」

 

『やれやれ、これでようやく質問責めからは解放だ』

 

 園子を起こさないように気をつけて歩く。

 

「乃木さんは苦手か?」

 

『む、あー、そうだな。何を考えとるかわからんし、何よりあの兄弟の妹を思い出して……少し落ち着かん』

 

「あの兄弟?」

 

『ふん、むかーし、私と戦ったエセウルトラマンがいたのだよ。ヒーローのなんたるかもわかってないくせに一丁前の口だけ叩く奴らがな』

 

「ふうん、兄弟ウルトラマンってやつか」

 

『あー、思い出すだけで忌々しい! あの兄弟のせいで私はウルトラマンとしての力を失うわ、こんなよくわからない星に来て入った少年の身体から出られなくなるわ……あー、ほんと、不運だよ、不運。最悪だ』

 

「はいはい、そーかよ」

 

 心の中でチェレーザがぶちぶちと文句を言うのを聞きつつ、ふと考える。

 

「なあチェレーザ」

 

『何かね』

 

「お前ってなんで『ウルトラマン』にこだわんの?」

 

『は?』

 

「別に戦うだけなら、倒すだけなら今のバルタンみたいな……『怪獣』でも良いわけじゃんか。

 でも、お前はウルトラマンに拘ってるよな。それってなんでかなって」

 

『……何故いきなりそんなことを聞く?』

 

「うーん、逆に聞かれちゃったな……」

 

 目の前に転がっていた石を蹴りどかす。

 

「乃木さんは一見何考えてるかよくわかんなかった。でもさ、詳しく聞けば、あの子なりに考えていることがたくさんあった」

 

「だからさ」と翼が己の内に目を向ける。

 

「チェレーザがなんで、頑なに敵を倒すためだけに戦おうとするか、それにももっと理由があるんじゃないかって思った」

 

『私に……?』

 

「オレはな、チェレーザ」

 

 内的宇宙(インナースペース)の中で、黒いモヤと翼が向き合う。

 

「もっとお前のことが知りたいんだ」

 

 分かり合えないと勝手に思ってた。

 チェレーザの話を聞いても無駄だと思ってた。

 頼りになんか、できないと思ってた。

 

 でも、本当は違うんじゃないだろうか? 

 

「チェレーザ、お前が戦う理由って、なんなんだ?」

 

 内的宇宙(インナースペース)の中。漆黒の世界で、蠢くモヤは、目だけを赤く光らせる。

 

『……昔、私はオーブさんに助けられた。あの時、私は誓ったのだ()()()()()()()()()()()()()()()、とな』

 

「真の、ウルトラマンに」

 

『そのためには私は誰よりも強くあらねばならない。負けてはならないんだよ、ヒーローは。

 守れないヒーローよりも……勝てないヒーローの方が論外だ』

 

「……」

 

『人は求める! 完全無欠のヒーローを! 助けてくれと! 救ってくれと! 勝ってくれと! 

 ならば……私が応えるべきなのはその叫びだ。

 絶対に勝てなければ、戦う力を持っていても意味がないんだよ』

 

 チェレーザは知っている。

 修行をしても結局仲間を、師匠を殺されたウルトラマンを。

 チェレーザは知っている。

 教師という立場にありながらも、結局生徒を最後まで担任できなかったウルトラマンを。

 チェレーザは知っている。

 力が足りずに大きく傷つき、光の国へと帰れと言われたウルトラマンを。

 

 だからこそ、必要なものは『力』だと思う。

 

 ……まあ、チェレーザは同時に力があるならば、人々は称賛すべきだと思っており、そして自分はなによりも崇められるべきと思っているのだが。

 

 それはそれ。

 

 きっと、チェレーザの考えも一側面ではきっと間違っていない。

 

「いや、チェレーザ、そうじゃないだろ」

 

 でも、()()()()()()()という少年がいた。

 

「お前がさっき乃木さんに話してた『ウルトラマン』はさ、絶対勝てる人じゃなくて、()()()()()()()()()()()()って感じがしたけど、違うか?」

 

「ーーー!」

 

 チェレーザが言葉を失う。

 

「勘違いかと思ったけど、その感じならそう的外れなこと言ったわけでもなさそうだな」

 

 翼が、ほんの少し笑って見せる。

 

「オレたちは『怪獣』だ。『ウルトラマン』にはなれない。でもさ」

 

 内的宇宙(インナースペース)の中で、黒々としたもやの胸の高さに、拳を打ち付けた。

 

 きっと、大切なものを見る目がある場所へと。

 

「せめて、オレたちの在り方くらいはヒーローを目指しても良いと思わないか?」

 

 倒すだけじゃなくて守ることを。

 絶対に負けないのではなくて、何度も立ち上がることを。

 

 目指しても良いんじゃないだろうか? 

 

『なーーーーにを甘っちょろいことを言っとるんだね君は!』

 

「う、うるさっ」

 

『ハンッ! 長々と何をいうかと思えば! 毒にも薬にもならんことを言いおって! あーやだやだこれだから百年も生きられない種族は!』

 

「はいはい、くだんねーこと言って悪かったな」

 

 またぎゃいぎゃいと騒ぎ出すチェレーザ。

 

 空を見る。もう夕暮れだ。

 

 その赤さが、翼の脳裏にかの紅蓮の巨人を連想させた。

 

「ウルトラマン、ゼロか」

 

 太平風土記にあった予言をそらんじる。

 

「大地の理書き変わりし時吹き荒るるは

 地を燃やし闇を無に帰す光の巨人

 其は原初にして終焉の名を冠し

 焔の剣にて勇者を討つ

 業火は魔剣にて切り裂けず

 纏う嵐のみが道を開く」

 

 その予言の多くの意味はわかった。

 

 だがずっと意味が掴めないフレーズがある。

 

「業火は魔剣にて切り裂けず……纏う嵐のみが道を開く」

 

 前の予言は勇者たちの死の予言であり、書いてある内容自体は明確であった。

 闇が怪獣。光がウルトラマンだ。

 

 けれど、今回のキーワードは嵐。

 

(もしかして、クリスタルのことか?)

 

 翼がポケットの中に入っている『剣』のクリスタルともう一つを思い出す。

 

「でも、エレキングは『雷』だ。『嵐』じゃない」

 

 はあ、と今日何度目か分からない大きな嘆息を溢す。

 

「空を飛んで、しかもオレを遥かに上回る格闘技術とか……あーくそ、せめてどっちかでも対等に持ち込めりゃな」

 

 翼とて怪獣となって何もしていない訳ではない。せめてゼロの弱点を見つけようと舐めるように映像を見て、樹海のどこで抑えれば被害が抑えられるかの分析もした。

 

 けれど、出てくる結論は、いつも一つ。

 

「空に投げ飛ばされた時、あの乃木さんの援護があれば……」

 

 言いかけて、ぶんぶんと首を振る。

 

「違うだろ。オレが、オレだけでも勝つんだ。そのために今日あの子に夢の話をしたんだろ」

 

 自分に言い聞かせるような言葉を繰り返す。

 

 それを、いつの間にか目を覚ましていた園子は、背中越しに聞いているとも知らず。

 

 しばらくして、翼と園子が長い山道を抜け、裏山を出る。

 さて、乃木本家は、と目を向けた翼の前で対面の横断歩道の信号が緑に点滅し始めた。

 

「あ、やべっ」

 

 慌てたように走り出そうとして──じり、と肌がひりつき、目の前で横断歩道の点滅が青のままピタリと止まる。

 

 状況を理解するのに、一呼吸も必要としなかった。

 

「乃木さん起きろ!」

 

「ふぇっ!?」

 

 背中へ怒鳴った瞬間、夕焼けが一層紅く輝き、()()()()()()()()()()()()、光の巨人が結界を蹴破り、落ちてくる。

 

『な、う、ウルトラマンゼロッ?!』

 

 翼の困惑を代弁するかのようなチェレーザの声。

 しかし、ゼロはそれすらも許さぬとばかりに、全長40メートルを超える巨人の燃える右足を加速そのままに叩きつける。

 

「──っ」

 

 敵は大橋の方からしか来なかったんじゃないのか。そういえばウルトラマンも初めての時は。でも何故今。アレほど手傷を負っていたはずなのに。まだ一日だぞ。いやここは街の中で。そもそもまだ対策なんて取れてない────。

 

 無数の思考が入り乱れ、けれど逡巡は束の間。

 

 翼が、世界が止まったこの一瞬の隙に背中の園子を山の、なるべく草が集まっていて痛くなさそうなところへ、思いっきり放り投げた。

 

「たすく──」

 

 園子が遠ざかっていき、翼は頭上を睨み、現れたジャイロを掴み取る。

 

「チェレーザ!」

 

『御託はなし! 行くぞ少年!』

 

「ああ!」

 

 翼がポケットのクリスタルを掴み、嵌め込む。

 

「コネクト! バルタン星人!」

 

《 バルタン星人! 》

 

 音ともに剣持つバルタン星人のビジョンが現れ、内的宇宙(インナースペース)の中に溶ける。 

 

『レバーは!』

 

「三回だろ!」

 

 慌てたように、二人の声が重なった。

 

 

 

「纏うは剣! 闇纏う魔剣!」

『纏うは剣! 闇纏う魔剣!』

 

 

 

 瞬間。日が沈み夜が世界を覆い隠すように闇が広がり。

 拳を突き上げた少年を、天を衝く怪獣へと姿を変えた。

 

 

「ぐ、ぐううううっ!」

 

 灼熱の蹴りがバルタンに突き刺さる。

 巨大化する瞬間に十字を組みながらバルタンへと変身したため、かろうじてガードは間に合ったものの、それで防ぎ切れるほどゼロの蹴りは甘くない。

 

「──セェアっ!」

 

『まだ身体が青い! てことは、クリスタルの力はまだかよ!』

 

 振るわれるゼロスラッガー。受け止めるバルタンの魔剣。

 ぎいん、と金属同士の甲高い音が響き、ゼロが空へと逃れ、バルタンが無意識に後ろへ下が──れない。

 

 今バルタンは街の中にいる。

 

 歩けば、それだけで街が壊れてしまう。

 

 対策が終わってない? 

 戦いからまた一日しか経ってない? 

 瀬戸大橋の結界の穴から侵入してこなかった? 

 

 誰が、そんなことを気にするというのか。

 バーテックスは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『ウルトラマン……ゼロッ!』

 

 怪獣退治の専門家とも呼ばれる巨人の一人は、ただ無慈悲に、その役目をこなすだけだ。

 

 

「──エメリウムスラッシュ」

 

 

『白色! 破壊光弾!』

 

 

 街と、人と、そして勇者。

 

 あまりにも守るものが多すぎる怪獣と、何も持たずただ殺すために戦うウルトラマンの、リベンジマッチの火蓋が、白と緑の光によって彩られた。

 

 

 




 ゼロとバルタン。
 その実力差、およそ100:30。


チェレーザは基本『』で話しますが、これは外に声が聞こえているというわけではなく、演出上の理由でそうなっています。
外に自分の気持ちを伝えたければ絶対に翼の口を通さなきゃいけないんですね。
なので、たぶん翼が気を抜いている時とかは、チェレーザが勝手に喋り出すせいで、一つの口でマシンガンのように話し続けてて、側からは二重人格みたいに見えてるやつ。


ああ、あとゆゆゆ杯っていう企画が合ってますね。チラッと覗いてみると面白いかもしれません。
まああと3時間で終わるんですけどねヌハハ。



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3

 
なんかこの話が投稿されるまでにZが始まって終わったりしちゃいましたね。
お久しぶりです。



 (タスク)の手にあるクリスタル、『バルタン星人』。

 それはとある宇宙にいたバルタン星人『バルタンバトラーバレル』の姿と力を模してある。

 彼は数少ないバルタン星人の生き残りの一人であり、右腕の剣と鍛え上げた宇宙忍法を用いて戦うバルタンでも指折りの戦士だった。

 

 宇宙忍法と言ってもその技は幅広い。

 

 分身、白色の破壊光線、赤色の凍結光線、そして、『飛行』。

 

 バルタン星人はそのすべてが飛ぶことができる──にも関わらず、なぜか翼はその力を今も引き出すことができないでいた。

 

 

 

 戦場に刃鳴り響く。

 

 片や、魔剣の怪獣バルタン。

 片や、光の巨人ウルトラマンゼロ。

 

 片や、未だ拙い長刀一つ。

 片や、確かな鍛錬を感じる短刃二つ。

 

 片や、背中に天を仰ぎ見る大地を背負いて。

 片や、背中に地を照らす夕陽を背負いて。

 

 どこまでも対照的すぎるほど対照的な二者が、今互いの命をかけて戦っていた。

 

『──捕まえ、たッ!』

 

 ゼロとバルタンとが刃を合わせる。

 右手の剣鋏に左手を添えてバルタンは力で押し切ろうとするが、相手はそれを滑らせるように流して、カウンター気味の蹴り。

 

 そして、バルタンがよろめいた隙に飛翔する。

 

「セェヤッ!」

 

 空を斬り裂くように二刀のスラッガーが飛ぶ。

 弧を描き、バルタンを挟み込むような軌道のスラッガーを転がるようにして避け、上空へのゼロに剣鋏を向ける。

 

「──白色破壊光弾!」

 

 翼によって収束された白色の弾丸は本来ならかわせない速さで放たれた。

 けれどゼロは悠々とかわし、それどころか額のビームランプから緑の光線を放ち、ついでとばかりに撃ち落とす。

 

 ゼロは空を自由に飛ぶ。

 地に這うことしかできないタスクを見下すように。

 

 近接格闘技術、エネルギーを扱う遠距離戦、そして飛行の力。

 

 文字通り、二人には『天と地ほど』の差がある。

 

(オレは、こいつに勝てるのか)

 

 一瞬、翼の中に弱気の影がさした。

 

 そのゆらぎをゼロが見逃すはずはない。

 ゼロが空から降下しバルタンに接近戦を挑みながら、同時にまだ回収していなかったスラッガーを操り、僅かに軌道を変える。

 二つの刃が大きく弧を描きながら必死にゼロと拳を交えるバルタンの死角に潜り込んだ。

 

 ひょう、と二つの高い音が重なる。

 

『この音は……しゃがめ少年!』

 

「え?」

 

 感覚を共有するチェレーザはいち早く気づき、警告したが、翼は声に気を取られて動きが一瞬止まってしまう。

 

 ゼロはその隙にねじ込むように拳を叩き込むと、高みの見物を決め込むように空へと飛ぶ。

 翼は吹き飛ぶ巨体を必死に足でブレーキをかけて止めようとするがそれでも勢いを殺すには至らない。

 

「しま────」

 

 そして、振り向くバルタンの複眼がスラッガーを捉えたときにはもう、二つの刃は避けられないところまで来ていた。

 

 チェレーザがやかましく叫び、翼が息を止め、その寸前に紫の光が花開く。

 

「うーんとこ、しょーっ!」

 

 花はまるで盾のようにバルタンの背中を守り、迫るスラッガーのうち一つを弾いてもう一方とぶつけて、あらぬ方向へと吹き飛ばした。

 

乃木さん(フォッフォッ)?!』

 

「やっほ〜」

 

 光の正体は乃木園子。

 彼女は傘のような盾でふわふわと滑空しつつすたっとバルタンの肩に着地する。

 

なんでここに来たんだ(フォッフォッフォッフォッ)!』

 

「? フォッフォッフォッだけじゃわかんないよ〜」

 

ああ、そっか今オレ怪獣なのかめんどくせえ(フォッフォッフォッフォッフォッフォッ)!』

 

「怪獣だと話せないのは不便だねえ」

 

乃木さんここは危ないから早く別のところに(フォッフォッフォッフォッフォッフォッ)

 

「ハサミをチョキチョキしてどうしたの〜? あ、じゃんけん? じゃんけんだね〜? いくよー、じゃーんけーん、ぐー。私の勝ち〜」

 

違う(フォッ)!!!!』

 

「あ、今のはわかったかも〜」

 

 暁に重なる青き巨人がバルタンとその肩の小癪にも自分の攻撃を防いで見せた人間を見下ろす。

 

 まだゼロの身体は赤混じりの青。

 先日の戦いで見せた灼熱の格闘の力はまだ見せていない。

 

「ーーー」

 

 息を飲むバルタン。

 ゼロが、ぴくと指先を動かした。

 

 バルタンが緊張を高め剣を構えようとした時、突如背後でずるりと、ビルが()()

 

『まさかさっきのスラッガーか?! 回収せずに今ビルを切ったというのか!』

 

 ゼロの動きはブラフ。バルタンの注意を引きつけるためのものだった。

 

「たすくん! まだビルに人が!」

 

 園子の声にバルタンの超視力がビルの中に未だ避難し切れていなかった女の子の姿をとらえた。

 何故そんなところにいるかはわからないが、このままでは彼女はビルの崩落に巻き込まれて死ぬだろう。

 

掴まれよ乃木さん(フォッフォッフォッ)!』

 

 バルタンが左手で軽く肩の園子を包む。

 

『──ッ、間に合えッ(フォッフォッフォッ)!』

 

 翼が叫び、バルタンが風となる。

 道路のアスファルトを踏み砕き、一気に加速したバルタンが滑り落ちそうになっていたビルを紙一重でなんとか受け止めた。

 

ぐ、ぎ、ぎぎ(フォッフォッフォッフォッ)……』

 

 しかし、受け止めて終わりではない。このビルの中にはまだ人がいる。もしここにいる子どもを逃したいなら、別に人手がいる。

 

 ミシミシと腕に食い込むビルを必死に支えながら、翼は肩の園子に向けて指を刺して、次にビルの中を指差した。

 

 言葉はなかった。

 翼のバルタンに言葉を話す力はない。

 彼は怪獣。

 日常に現れ、ただ破壊するだけの存在だ。

 

 けれど、園子には言葉ではなくて、もっと深いところが見えている。

 

「──助けに行けってことだね」

 

 バルタンが頷いた。

 

「任せて」

 

 園子がバルタンの腕を伝ってビルの中に飛び込んだ。

 

 翼が内的宇宙(インナースペース)でほっと一息つこうとした時、視界の端でチカッと緑の光が走る。

 

『エメリウムスラッシュが来るぞ!』

 

「は? エメリウム……ぐあっ!」

 

 ズドン、とバルタンの脇腹に緑の光線が突き刺さる。

 あまりの衝撃にバルタンはうっかりビルを支える手を離してしまう。

 

「きゃああああっ!」

 

 ビルから聞こえてくる悲鳴に、翼が奥歯を噛み締めて地面を踏み締めるともう一度ビルを支えた。

 

『少年手を離せ! このままじゃゼロのいい的だ!』

 

「そんなこと、できる、わけが、ない……」

 

『たかが子ども一人だろう! そのくらいこの先何人出てくるかわからん! そんなもの一々救っていたらキリがない!』

 

「そんなもの、なんかじゃ、ない……!」

 

 痛みで吹き飛びそうになる意識を必死に手繰り寄せるバルタン。

 対しゼロは、ヒーローがそうするようにどこか余裕すら感じさせるようにゆっくりと、エメリウムスラッシュの二射目を構えた。

 

「あの子たちに、俺が、戦わせてる俺が、子どもを見捨てていい訳ない……!」

 

 その中で、園子はちょうどビルの中に取り残されていた女の子のもとにたどり着いていた。

 まだ小さい子だ。きっとまだ小学校の低学年ほどだろうことは、園子からみてもわかった。

 

「だいじょうぶ? 助けに来たよ〜」

 

「は、ああ、あの」

 

「うんうん。怖かったね、もう大丈夫だよ〜。ね、あなた私にぎゅーって掴まれる?」

 

「こ、こう、ですか?」

 

「うん、パーフェクトだよ〜。じゃあ、いっくよ〜!」

 

「へ? いくって、どこに、なんでやりをかまえて……」

 

「ごー!」

 

「あ、きゃあああああっ!」

 

 園子の槍が、園子と園子に抱きついた女の子ごと、一気に加速する。

 直撃すればゼロすら怯むその槍は壁をまるでクッキーのようにぶち抜いて一瞬で外へと飛び出した。

 

「たすくーーーーん! やっちゃってーーー!」

 

う、おおおお(フォッフォッフォッ)!』

 

 園子がグッと拳を突き上げ、それに応えるようにバルタンが吠える。そして、今まで支えていたビルを全力でゼロに向けてぶん投げる。

 ゼロはノータイムで対応し、エメリウムスラッシュでビルを粉々にし、その影から魔剣の怪獣が踏み込んでくる。

 

 これにはゼロも虚をつかれたようにほんの一瞬身を固くした。

 

「勇者が来る前にーーー決めるッ!」

 

 エネルギーを剣鋏の中に収束し、そこから刃に沿わせるように力を操る。

 

 燐光が刃を満たす。

 

「白色──ッ!」

 

 そして翼が勢いそのままに剣を振り抜こうとして、フッというゼロの嘲笑を聞いた。

 ぞわり、と肌が粟立つ。身を捩ってなんとか軌道をずらそうと試みるが、彼にそんな技量などない。

 

(まさか、誘って──!)

 

 剣鋏に蛇のようにしゅるりとゼロの腕が組みつく。

 極められた腕はウルトラマンの誇る圧倒的膂力により固定され、ぐるりと半回転。空へと投げ飛ばされる。

 そして、ゼロは跳躍するように飛行、加速。バルタンのくるであろう位置に回り込み、強烈な火炎を纏う蹴りをたたき込んだ。

 

「ぐ、がああああああああっ!」

 

 一万トンを超える質量が四国の大地に叩き伏せられ、市街地のど真ん中にクレーターを作る。

 

 おそらく、巨人と魔人の戦闘をみていない人たちからすればまるで流星が落ちたかと錯覚したことだろう。

 

「く、た、て……立たなきゃ、いけないんだ……」

 

 無数の建物が乱立する中で道路の瓦礫と土に半ば埋まったバルタンが震える足で立ち上がる。後ろにはまだ、女の子を連れた園子がいるはずなのだ。

 その前に青と赤、銀の身体の光の巨人がゆっくりと地に降り立った。

 

「まだ、終わってねえぞ!」

 

 バルタンが不格好に剣を構えた。

 ゼロは腕を組み仁王立ちで相対する。

 

 先ほどのスピードなど見る影もないバルタンが剣を振るうが、容易くクロスカウンターを叩き込まれる。

 

 ふらついたバルタンが追撃の蹴りでまたもやクレーターの中に叩き込まれる。

 

 そのタイミングでゼロが腕をL字に組み、光を収束した。

 ウルトラマン全ての基本技である『スペシウム光線』の発展『ワイドゼロショット』。父セブンですら一度撃てば活動時間の残りが一分となる技のアレンジであるためその威力は絶大。

 

 戦闘開始から僅か32秒。無数の戦いにエンドマークを打って来た必殺技の一つがバルタンに向けられた。

 

「やっぱり、オレじゃあ、ダメなのか……」

 

 ウルトラマンゼロの表情は全く変わらない。

 見ようによっては慈愛すら感じられるその表情が今は、変えようのない終わりを携える処刑人のそれにさえ見える。

 

「たすくん!!」

 

 どこかから声が聞こえた。動かなきゃ、そう思っても体はもう鉛のようで。

 

 なんとか上げた顔が、L字の向こうのゼロの視線とぶつかった。

 

 ──「お前の限界はそこだ」、そう言われた気がした。

 

 ここが剣の魔人である紅翼(かいじゅう)の限界。

 

 クレーターの中で、陽が沈み星空へと変わり始めた空の下で、バルタンが膝を落とした。

 

 ──ワイドゼロショット。

 

 声なき声で告げられた破壊の光。

 

 速度は光と同質のエネルギーであるゆえに高速。

 そして、光は『クレナイ・タスク』にかわす暇すら与えず、バルタンに命中し、爆音をたてた。

 

「たすくん!!」

 

 園子が叫び、ゼロがもうもうと立ち込める爆煙の向こうを見据える。

 

 それは人間らしい感傷でも、戦士らしい敵への経緯による行為ではなく、そこにある粉々になったバルタンの死体を確認するためだけの作業だ。

 

 一秒、二秒、三秒経ち、煙が晴れる。

 

「──え?」

 

 目を疑った。

 

 そこには無傷のバルタンがぼうっと呆けたように突っ立っていた。

 光線の跡すらなく、まるで無傷であり続けるように作られているとしか思えない姿。

 

「違う、あれは、いつものあの人じゃ……」

 

 その時、地平線に沈む太陽が最後の影を作り出した。

 

 園子がハッとしたように影の根本を追っていく。

 すると高いビルの最上階、その上に乗って荒い息で肩を揺らす魔人の姿がある。

 

 青黒い鎧はそれ自体が夜空のようで、それに反するような『赤い』瞳が、逢魔時を体現するかのようだった。

 

「ーーー『ディフェンスブランチ』」

 

 途端、ゼロの目前からバルタンの姿がかき消えた。

 

「今の、ウルトラマンと戦った時に使ってた……」

 

 園子の記憶に、初めてのバルタンの戦いが思い起こされる。

 

 ──ディフェンスブランチ。

 バルタン星人特有の無限に等しい分身を盾へと変えて相手の攻撃を防ぐ大技。

 

 翼の使ったものではない。彼に使えるのはエネルギーを操る光斬と光弾だけだ。

 

 ならば、誰がやったかなど答えは一つしかない。

 

「チェ、レーザ?」

 

 そう、チェレーザがやった。それ以外に説明がつかない。

 

「おまえ、なんで」

 

『ぬぁぁぁにを諦めようとしている!』

 

 やかましく、声が響いた。

 

『あーんだけ偉そうに私に色々言っといてゼロを前にしたらあっさり諦めそうになってるんじゃないよ! 

 いいかね、夢を叶えるためにはね、変化を恐れてはいけない! 自分から逃げてはいけない! 

 それが今の少年はどうだぁ? 

 心折れそう。勝てないって諦めそう。目の前の現実から目を逸らしそう。

 スリーアウトチェンジバッターアウッ! 

 失格! ウルトラマン失格!』

 

「オレは別にウルトラマンなんかじゃ」

 

『はいはい言い訳しなあい! うじうじしてる暇あったら自分の言葉でもかえりみろいっ!』

 

「オレの、言葉?」

 

『少年は私に『ヒーローを目指してもいいんじゃないか?』と言っただろうっ! そしてそれは、何度でも立ち上がる存在だとっ! 忘れたのかねっ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

『そのために私は誰よりも強くあらねばならない。負けてはならないんだよ、ヒーローは。

 守れないヒーローよりも……勝てないヒーローの方が論外だ』

 

『人は求める! 完全無欠のヒーローを! 助けてくれと! 救ってくれと! 勝ってくれと! 

 ならば……私が応えるべきなのはその叫びだ。

 絶対に勝てなければ、戦う力を持っていても意味がないんだよ』

 

「いや、チェレーザ、そうじゃないだろ」

 

「お前がさっき乃木さんに話してた『ウルトラマン』はさ、絶対勝てる人じゃなくて、何度負けても立ち上がる人って感じがしたけど、違うか?」

 

「オレたちは『怪獣』だ。『ウルトラマン』にはなれない。でもさ」

 

「せめて、オレたちの在り方くらいはヒーローを目指しても良いと思わないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほんの少し前の自分の話を思い出す。

 

『何故こんなところで諦めそうになっている! いいかね君は私の素晴らしきウルトラマン譚のその序章を任せてやっているのだぞ! ならばこんなところで心を折っとる場合じゃないだろう! というか少年が死ぬと私も死ぬ!』

 

 チェレーザが、あらん限りの声を張り上げる。

 

『こんなところで諦めるな! 敵のいる前を見ろ! そして、今ここで()()()()()()ッ!』

 

「無茶苦茶、言ってくれやがる……」

 

 本当にやかましくて、腹立つくらいにバカにした言い方なのに、その言葉を聞くと、なぜだか背筋がしゃんとした。

 

 内的宇宙(インナースペース)の中で翼が体の痛みを噛み砕きながら唇の端を吊り上げる。

 

「お前の言う通りだよ」

 

 クレナイ・タスクの限界ではゼロには勝てない。

 

 ああ、そうだろうさ。

 自分は弱いただの人間だ。

 なら、限界を越えるために、何でもしなきゃいけない。

 

 内的宇宙(インナースペース)の中の、一秒を百万に区切る一瞬で、少年は彼に向き直った。

 

「チェレーザ」

 

『あん? なんだね弱音なら私は……』

 

()()()()()()()()()()()()

 

 名を呼び、深々と頭を下げた。

 突然のことに、流石のチェレーザも困惑する。

 

『は? 戦い方? 急にどうした?』

 

「お前が何度も言ってただろ。死ぬほど悔しいけど、今のオレじゃあゼロには勝てない。足下にも及ばない」

 

 翼が顔を上げた。

 

 対面を見据えるその目の奥に、悔しさ、怒り、無力感、そんなネガティヴな感情が濁っているのが見える。

 

「でもお前は違う。だってお前はオレよりはるかに、この体(バルタン星人)の動かし方がわかってる」

 

『む──それは、当然だ』

 

 チェレーザにはいつかのために積み上げられた確かな剣術がある。

 チェレーザには憧れに近づくために頭に入れた戦術がある。

 チェレーザには夢のために流離った宇宙で聞いた知識がある。

 

 剣術も戦術も知識もない翼とは違う。

 

 すう、と翼が息を吸った。

 

「チェレーザ、お前はクソ野郎だ。街は守らないし自己中だし空気読めないし勝手にオレの体使うし仕事中には横から口出ししてくるしその指摘はなんだかんだ妥当だしそのおかげで安芸さんからの評価は上がったしつーかそれがかえってムカつく」

 

『なぜ私は突然罵倒されているのかね?! 私今頼み事されてるんだよな?!』

 

「でも、信頼したいとは、思ってる」

 

『──』

 

 なんだかんだ園子の質問に答えてやっていた彼を。

 自分の身を守るためとはいえ手を貸してくれた彼を。

 諦めそうな自分を一喝して前を向かせてくれた彼を。

 

 クレナイ・タスクは、信じたいと思った。

 

「今はオレがお前で、お前がオレなんだから」

 

 そして、頭を深々と下げる。

 

「頼む。お前の力で、オレの限界を超えさせてくれ」

 

『……少年さぁ、めっちゃわがままで虫のいい話してるのわかってるかね?』

 

「わかってる!」

 

『いやそんな元気に言われても』

 

「相手はあのゼロだぞ?」とチェレーザが目で訴えかけた。

 だが翼は頭を下げていたのでその意思は特に伝わらなかった。

 

 一秒が六十分の一の刹那の世界で、チェレーザは考え込む。

 果たして本当にこの少年に手を貸してゼロに勝てる可能性があるのかどうか。

 

 ないだろう、すぐにそう結論づけた。

 

『いいかね、ゼロに勝ちたいなら大人しく身体を私に明け渡したまえ。なあに私なら見事勝って見せる。ほれ、ほれ?』

 

 黒いもやのくせに肩をポンポンと叩こうとしてくるチェレーザに、翼が口を開いた。

 

「なんだよ、もしかして自信ないのか?」

 

『しょうがねえなああああああああああああああっ! やってやるよおおおおおおおお!』

 

 少し考えればわかりそうなあからさまな煽り。けれど千年単位生きても常にネット始めたての中学生のようなメンタルのチェレーザがそんなことに気づくはずもない。

 

 バルタンの()()()()が赤に染まる。

 

「ーーーッ」

 

 ビルを飛び降りた勢いを載せて振り下ろされたバルタンの剣をゼロが十字に組んだスラッガーで受け止める。

 

『行くぞおおおおおおお! ちゃーんと言うこと聞けよ! 少年!』

 

『──ああッ!』

 

 チェレーザが声を張り上げ、翼は短く頷き返した。

 

 魔剣と刃が斬り結んだのも束の間、ゼロは先ほどと同じように刃を滑らせて流そうとする。

 

『左でアッパー!』

 

「らぁっ!」

 

 だがそれよりも早くバルタンの左アッパーがゼロの顎を狙う。

 それを紙一重で交わしたゼロがトン、とバックステップ。構え直して距離を取る。

 

『前へ踏み込め!』

 

 バルタンが食らいつくように一歩前へと踏み出す。

 

『左へステップ!』

 

 たん、と軽やかに左の側面に跳ぶと、僅か数瞬後にゼロの拳が振るわれる。もちろん、もうそこにバルタンがいるはずもない。

 

『唐竹!』

 

 魔剣が垂直に振り下ろされるが、ゼロはそれはもう見たとばかりにスラッガーを重ねてガードする。

 

『……と見せかけて左で蹴れ!』

 

 ゼロの腿にバルタンの蹴りが突き刺さる。

 

 その一撃に、ゼロが()()()()()

 

 生まれたのは針の穴のような小さい隙。翼とチェレーザはその穴を無理やりこじ開けるように、吠える。

 

『少年!』

 

「わかってる!」

 

 バルタンが剣鋏をゼロの腹に向ける。

 

「白色──破壊光弾ッ!」

 

 抜き打ち気味の白い弾丸がバルタンの腕から放たれ、ゼロにぶち当たる。

 

「──ッ」

 

 無敵にすら思えた光の巨人が、大きく後ろに吹き飛ばされる。

 

 ──それは、バルタンがゼロとの戦いで与えた、初めての明確なダメージだった。

 

 ゼロは空中でブレーキをかけると、腹から僅かに漏れ出す光の粒子に手を触れる。粒子はちらちらとその指の隙間から漏れ出し、夕闇に溶けて消えていく。

 

『ハーッハッハッハーッ! どうしたゼロのモノマネくん。少年相手で勘が鈍ったかな?』

 

「変に煽るなよ。オレたちは劣勢なんだ」

 

『大丈夫大丈夫。私たちの声どうせフォッフォッてしか聞こえてないから』

 

 翼が確かにと頷きかける。

 すると、ゼロが自分の手首あたりを叩く。

 

《 ウルトランス! ファイヤーモンスフレイム! 》

 

 一瞬、ゼロの背後に現れた炎の怪獣の姿が、溶けるように炎へと変わりゼロの身体を真紅に染める。

 

《 ストロングコロナゼロ! 》

 

 ゴウ、とゼロの炎が空気を焼いた。

 そして量の拳をガンガンと何度もぶつけ合わせながら、どう考えても過剰に感じるほどの熱量を拳に纏わせる。

 

「……聞こえてたんじゃない?」

 

『……かもしれない』

 

「何やってんだよ! ただでさえアイツつええのに!」

 

『ええい、どっちしろいつかは使ってくるんだ! いつ使われるか分からずにドキドキするよりかはマシだろがい!』

 

「それは慰めでオレが言うことで、お前の方が言うことじゃねえから!」

 

 バルタンが右手の剣を構える。

 

『ストロングコロナ……前回はいいようにやられたが、もう同じと思ってくれるなよ』

 

「オレだけじゃお前に勝てない。それはよくわかった。だから」

 

『私と』

 

「オレで」

 

『お前を倒す!』

「ここを守る!」

 

『……』

 

「……」

 

『合わせろや!』

「合わせろよ!」

 

 微妙に締まらない声が重なり、闇の魔人と真紅の巨人の第二ラウンドの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 激しい爆音を背に受けながら、園子は先ほど助けた女の子を抱えて走る。

 普段の園子ならいかに年下の女の子といえど抱えて走るのは難しかっただろうが、神樹の勇者としての加護を受けている今はこの程度たやすいことだった。

 

「このらへん、かな」

 

 それまで跳ねるように走っていた園子がスピードを緩め、抱えていた女の子をゆっくりと地面に下ろした。

 

 園子は怯えたように体を固まらせる女の子の頭を撫でるとほにゃりと笑う。

 

「ここから先まっすぐ行けば避難所だから。一人で行けるかな?」

 

「は、はい……」

 

「ならよかった〜。転んじゃわないように気をつけるんだよ〜、あなた髪長いし〜」

 

 ばいばい、と手を振り今来た道を戻ろうとする園子を、女の子が呼び止める。

 

「あ、あのっ」

 

「ん〜?」

 

「その、あの大きい、鋏の人って、ニュースでやってた『怪獣』、なんですか?」

 

「……そうだよ〜」

 

「あの巨人と戦ってて、どっちが味方かは、まだ断定できないって」

 

「……そうだね〜」

 

「お姉さんは、あの怪獣さんを助けに行くんですか?」

 

「うん。あの人だけだと色々危なっかしいから〜」

 

「……私は、あの怪獣さんをどう見ればいいんでしょうか。助けてくれた人なのか、それともニュースが言うみたいに」

 

「それは」

 

 園子がいつもの調子で、言葉を遮った。

 

「あなたが決めることだよ。あの人を信じるか、信じないか」

 

 手の中でくるりと槍を回して「まあ」と前置いた園子が、ぐぐっと体を沈み込ませた。

 

「私は、信じることにしたんだけどね〜」

 

 そして、跳ねる。

 

 勇者の強化された身体能力にかかれば、その単純な動作でさえ軽く路面にヒビを入れ、一気に加速。

 バルタンとゼロの戦場の中に舞い戻っていく。

 

「たすくん」

 

 あのゆったりと笑う男の人が、今は気がかりだった。

 

 一歩進むごとに空気が熱くなる。

 季節は未だ春。しかも夜にもかかわらずその熱気は真夏の昼間のよう。

 じり、と異常な熱気が園子の肌を殴りつけるようにも感じる。

 

 それはまさしく太陽(コロナ)

 陽が沈み、夜へと変わる四国の街に現れた三分限りの滅びの夕陽。

 勇者たちは、その三分間を死ぬ気で耐え切らなければならない。

 

 不意に、園子をすっぽりと影が包んだ。

「あれれ?」と園子が首を傾げて空を見上げると、ゼロに吹き飛ばされたバルタンが落ちてきている最中で。

 

「あ」

 

が、があああっ(フォッフォッフォッ)

 

「だ、だーーーいぶっ!」

 

 ずしゃあと園子が道路の脇に滑り込んだ直後、バルタンの巨体が凄まじい音を立てて地面に倒れ込む。

 

ぐ、いつつつつ(フォ、フォフォフォ)……」

 

『ほら早く立ち上がれ! 諦めるな! 前を見るんだよ! ……む、少年、あそこにいるのは乃木園子じゃないか? 随分早く戻ってきたな』

 

ほ、ほんとだ。乃木さん(フォッフォッフォッフォッフォッ)! ここは危ないから下がって(フォッフォッフォッフォッフォッ)!」

 

「うん、一緒に戦うよ~!」

 

駄目だやっぱ伝わってねえ(フォッフォッフォッフォッ)!」

 

『なーんか君たちをみてるとあの三兄妹を思い出す―――っ、少年剣を上段に!』

 

 反射的にタスクが頭上に掲げた剣と、彼方より飛来した紅蓮のスラッガーとが甲高い音を立てたのはほとんど同時のことだった。

 

『転がって避けろ!』

 

 追撃の火球を園子とバルタンがかわす。

 園子は後ろにとんで、バルタンはチェレーザの声の通り前へと転がる。

 

『……ゼロ』

 

 バルタンが空を見る。

 そこには深紅の巨人となったゼロ。

 

 バルタンが背後を見る。

 そこにはゼロの放った火球が燃え移り園子とバルタンの間に大きな火の壁を作っていた。

 

「たすくん〜! 手を貸して〜! 炎でそっちに行けないの〜!」

 

 炎の向こうで赤と黄の二色の瞳で園子を見た。

 

「たすくん?」

 

『ここは俺が戦う。君はさっきみたいに逃げ遅れた人がいないか探してくれ』

 

「たす、くん……?」

 

『……と言っても君には俺の声が伝わってないんだろうけど』

 

 一瞬翼は苦く笑い、けれどすぐに再びゼロへと向き直り、駆け出した。

 

 一人で、絶望的な戦力差の相手へと。

 

「おらこっちだウルトラマン! 来やがれ!」

 

 ドン、と軽めの光弾でゼロの視線を引きつけ、避難所と反対方向へと進む。

 ゼロも今はバルタン以外を相手にするつもりはないようでそのままバルタンを追って炎混じりの光を撃ちながら追いかける。

 

「チェレーザ、今のお前とオレなら空飛んでゼロのところまで行けないか?」

 

『無理だな。少年の求めるものに答えからなのかは知らないが、このバルタンはやたらと力が限定的だ。私が表に出ても空を飛ぶ力は使えんだろうな』

 

 空からの火炎を滑るようにしてかわしながら、バルタンは腕から光弾を飛ばして牽制する。だが、ゼロはそれをたやすくかわしながら倍以上の火炎を浴びせてくる。

 

 一瞬、ポケットの中に入っている『エレキング』のクリスタルに目を向けて、ぶんぶんも首を振る。

 

 このクリスタルはずっと反応しない。今はやはりバルタンだけで戦うしかないのだ。

 

 翼が小さく舌打ちをもらす。

 

「……厳しいな」

 

『……空を飛ぶのは無理だ。が、あのゼロを地面に引き摺り下ろす手がないわけではないぞ』

 

「──!」

 

『しかし少年に主導権がある以上あまり信用はできんな。この作戦の成功の確率は高く見積もっても』

 

「やる。教えてくれ」

 

『フン、決断が早いのは評価してやろう! よーし、では今までとは比にならないシビアなことを求めるぞ! 気合入れろよ少年!』

 

「ああ!」

 

『いいか、まずは──』

 

 チェレーザは指示を出し、翼はそれを黙って聞いた。

 少し前でならあり得なかった、二人なりに関係を進めた形で実現したこと。

 

『──以上だ。できるな?』

 

「うん、やってみせる」

 

『よし……あ、それと今後は私の言うことをよく聞き、不必要に喋らず、過度に悩まず、それでいてスタイリッシュに、たった一人でも決して絆をあきらめず、心を強く持ち、私の名言はちゃんと聞いてメモに取り、ウルトラマンオーブのその活躍の全てをあたまに叩きk』

 

「付け加えがなっげえ! 頭パンクするわ!」

 

『なんだとう! 私のありがたーい言葉がまるで猫に小判! 馬の耳に……馬……鹿……』

 

「このタイミングでうまいこと言おうと考え込んで黙んな──っと」

 

 目の前をスラッガーが通り過ぎた。

 ダラダラと話している暇はない。

 

 すう、と翼が息を吸う。

 

「できることを全力でやる。今のオレにできるのはそれだけだ」

 

 そして二色の瞳の魔人が街の外れでぴたりと足を止めた。

 まるで自分を的にしろと言わんばかりの行為。

 

 バーテックスたる巨人がその隙を見逃すはずはなく、右腕を水平に伸ばす。それは先ほど見た必殺の光線(ワイドゼロショット)の構え。

 

 それに対し一拍遅れ、バルタンが腕を構えて白色の破壊の力を収束する。

 

「ーーー」

 

「──」

 

 二体の間に、一迅の風が吹き抜ける。

 

「ワイドゼロショットッ!」

 

 光の奔流が放たれる。

 当たれば即死のその光線を前にバルタンは腰だめに構えた腕をそのまましっかりと見据えた。

 

『まだだぞ少年』

 

 内的宇宙(インナースペース)のチェレーザの声に頷く。

 

『まだだ』

 

 みしり、と限界まで収束された力に鋏が耐えきれないように軋む。

 

『まだだ』

 

 光線が空気を焼き、その熱がじりとバルタンの表皮に伝わった。

 

『──今!』

 

 限界まで引きつけたワイドゼロショットが肌を撫で、肩のアーマーを吹き飛ばしていく。

 

「ここだぁああああ!」

 

 そして、その瞬間こそを翼は狙っていた。

 アーマーに拮抗したコンマ数秒で、バルタンが身を捩り光線を受け流しつつ、その射線状に光弾を()()()

 

 光弾と光線。

 

 似て非なる二つのエネルギーは混ざり合い、巨大な爆発を引き起こす。

 

()()()()()()()()()()

 

「オレはお前と違って飛べない。お前の当たり前ができない。でも」

 

 ウルトラマンが鳥ならば、翼は地を這う虫に過ぎないだろう。

 でも、地を這う虫だって意地がある。

 

 叛逆のために突き上げる想いがある。

 

 なら、できることはあるはずだ。

 

 バルタンが一瞬爆炎に呑まれて姿を消してそして。

 

「飛べないなら、跳べばいいッ!」

 

 巨人の生み出した光と、自分の中にある闇から生まれた力との爆風に乗ってバルタンは空高くへと跳んだ。

 

「う、おおおおおおッ!」

 

 燐光が刃を満たし──ひゅうんと風切音がした。

 

『右!』

 

 チェレーザの指示を『信じた』翼がそのまま剣を横薙ぎに振るうと、ゼロが飛ばしたスラッガーを──翼は感じ取れなくてもチェレーザには感じ取れていた攻撃を、弾き飛ばした。

 

「そう何度も同じ手を!」

 

『食らうものかよこの野郎!』

 

 半ば捨て身の突撃。バルタンが剣を叩き込むまでの僅かな時間を迎撃に使ったゼロは、もう回避をする余裕はない。

 

「白色──破壊光斬ッ!」

 

 その時、突如ゼロが拳を引いて炎を収束すると、何故か自分の真横に撃った。

 

「迎撃?! いや、でもなんで横に」

 

『いやこっちの方が早い! このまま振り抜け!』

 

 バルタンの剣鋏が白く輝き、ゼロへと迫る。

 

 だが、次の瞬間バルタンの()()()()一筋の熱線が降ってくる。

 

 まるでレーザーのように鋭い光線は今まさにゼロへと食らいつこうとする剣鋏に直撃し、僅かなヒビを入れた。

 

「──剣、が」

 

 バルタンの体勢が崩れ、小さなヒビから剣鋏のエネルギーが霧散していく。

 

 ゼロは勢いの無くなった斬撃を焦らず丁寧に弾いて、空に無防備に浮いたバルタンの体に手をかけた。

 

 轟、と旋風が巻き起こる。

 

 火炎が巻いて、業火の竜巻と代わり生まれた勢いそのままにバルタンを地面へと吹き飛ばした。

 

「い、ま、のは……」

 

 人気のない街の中にできた大きなクレーターから這い出すバルタンがふらふらと空を見上げる。

 

 空には、真紅の巨人と、その周囲を旋回する一対の『ゼロスラッガー』。

 

『ま、まさか、最初のゼロスラッガーの攻撃は私たちを安心させるためのおとりで、本当の狙いは()()()()()()()、私たちの死角から迎撃することだったとでも言うのか』

 

 意識には限界がある。

 万年を生き、そのほとんどが正義の道から外れることのないウルトラマンならいざ知らず、翼もチェレーザも至って普通の精神構造をしている。

 

 だから、()()()()

 

 ゼロスラッガーの攻撃を完璧に防ぎ、あと少し剣を振れば勝てるという状況に、警戒を緩めてしまった。

 

 そして、ゼロはその警戒心の緩みが出ることを理解していた。

 

 攻撃が当たるまでの僅かな隙間に差し込まれた、一見無駄に見えた光線は、弾かれそのまま周囲を旋回していたスラッガーにぶつかり、反射。

 さらにあらかじめ飛ばしておいたもう一つのスラッガーへと光線を送り、バルタンの剣を狙ったのだった。

 

『あの土壇場で私たちがスラッガーを弾くのまで読み切って、しかも寸分違わず剣だけを狙ったというのか……』

 

 ゼロが地面に降り立つと、旋回していたゼロスラッガーがあるべき場所へと戻る。

 

『こんなの、差が、ありすぎる……』

 

 内的宇宙(インナースペース)の中で、翼がふらふらとファイティングポーズを取る。

 

「ま、だ、だ……」 

 

 バルタンが剣を構え、我武者羅に駆けた。

 

 せめて、ゼロに一太刀浴びせようと、最後の逆転の望みをかけて突っ込んでいく。

 

「あああああぁぁぁぁぁああああッ!」

 

 巨人の拳と、魔人の剣とが交錯した。

 

 そして、魔人だけが倒れ、その側に半ばからへし折れた剣鋏が空中に舞い、突き刺さる。

 

『少年! 立て! 諦めるな!』

 

「わかっ、てる……でも」

 

 もはやバルタンは満身創痍。

 翼がどれほど動こうとしても、これ以上は身体の方がついてこない。

 

「オレ、が、倒さな、きゃ……」

 

 バルタンか折れた剣を杖にして立ち上がり、そこで力尽きたように体の端から闇が解けて消えていく。

 

 そして、先ほどまでバルタンがいたところには生身の翼だけが残された。

 

 それは明らかな剣の魔人の敗北という結果だった。

 

 予言*1通り、『魔剣』のバルタン星人では業火の巨人には勝てない。

 

「く、そ……」

 

 未だゼロのカラータイマーは青いまま。

 

 まだゼロはたっぷり一分は活動時間を残している。

 

『少年! 早く立って逃げろ! このままじゃ殺されてしまうぞ!』

 

「わかって、る……」

 

 翼がずるずると這いながらゼロから逃げようとするが、そんなものは時間稼ぎにもならない。

 

 

「そこまでよ」

 

 

 その時、ゼロの肩に小さな青い矢が突き刺さった。

 眩しい、目が眩みそうで、でもどこか目を離せない光の弓矢。

 

「こっちも忘れんなよっと!」

 

 更に間髪入れず叩き込まれるのは紅蓮の炎斧。

 

「こういう守るのは私の役目、だね〜」

 

 ゼロが鬱陶しそうに斧を払い、軽い火炎を飛ばして反撃するが、それが紫紺の盾にて防がれる。

 

「……勇者」

 

 青。赤。紫。

 三つの色からなる、勇気ある少女たち。

 彼女たちは、翼のピンチに颯爽と現れた。

 

 まるで、御伽噺のように。

 

 不意に、翼の体がふっと持ち上げられ、ふわふわと癖のない金色の髪が頬をくすぐった。

 

「ごめんね〜、ちょっとみんなでお勉強してたら来るの遅れちゃった〜」

 

「乃木、さん」

 

「あ、あんま話さないで〜。わっしーとミノさんは遠いから気付いてないけど流石に声とか聞こえちゃうとバレちゃうと思うから〜」

 

「ーーー」

 

「バレたくないんでしょ〜?」

 

 園子は翼を抱えたまま瓦礫の間を縫うように走り、ゼロからも、他の勇者二人からも見えない場所で翼を座らせた。

 

「……ごめん、オレ、勝てなく、て……」

 

「んーん、いいんだよ。がんばってくれたんだね、一人だけで」

 

「乃木さん」

 

「……じゃ、私行くから〜。たすくんは大人しくしててね〜」

 

「まって、くれ。オレも、行く。もう一度、戦う」

 

 園子が足を止める。

 

「……たすくんもう一度変身できるの?」

 

「でき──いや無理だな。原則変身は一日一回だ。おそらく力がたまらんだろう──チェレーザお前勝手に!」

 

「チェレーザが言うならそうなんだろうね〜」

 

『あれ今私呼び捨てにされた?』

 

 翼が壁に手をついて立ち上がろうとするが、途中で膝が砕ける。

 園子はそれを予め見越していたように抱きとめた。

 

「オレが、戦う。そのために、オレは、この力を」

 

「あはは、胸の中でもぞもぞ喋るとくすぐったいよ〜」

 

「今は真面目な話を!」

 

「わかってるよ」

 

 ぽんぽんと園子が翼の頭を撫でた。

 

「わかってる。たすくんがすごーく真面目で、すごーくすごーく、優しい人ってこと」

 

 でもね、と園子が少し寂しそうに目を細めて、翼を再び座らせた。

 

「私はね、たすくんに知って欲しいんだ」

 

 ひゅん、と園子が槍を手の中で回した。

 

「私たちだって、強いってこと!」

 

 紫の影が飛び出し翔ける。その横に赤と青の二つの色が並び立つ。

 

「お、園子! 待ってたぞ!」

 

「逃げ遅れた人、大丈夫だった?」

 

「うん、腰が抜けて歩けなくなってたけど無事だったよ〜」

 

「腰が……この先トラウマとかになってなければいいのだけれど」

 

「そ、それは確かに困るんだよ! とりさんのトサカをみてウルトラマンを思い出すようになるかもしれないんよ〜!」

 

「じゃあこれ以上その人のトリウマ増やさねーように気合入れないとな!」

 

「銀、混ざってるわ。トラウマよ、トラウマ」

 

「とりさんは美味しいよねえ……夕飯はとりさんだといいなあ」

 

「そのっち! 集中して!」

 

「はっ、えへへ、ごめんごめん」

 

 ゼロが狙いをバルタンから目の前で飛び回る取るにたらない小さな生命へと変えた。

 

「ミノさん!」

 

「おうさ!」

 

 園子が左を見ると、銀が頷く。

 

「わっしー!」

 

「ええ!」

 

 園子が右を見ると、須美が頷く。

 

「おうおう、まさか怪獣倒したくらいでいい気になってんのか?」

 

「ここからは、私たちが相手よ」

 

 園子が思い出す、ボロボロになっても尚も立ち上がろうとしていた年上の彼を。

 

「私、私のお友だちいじめられてちょっと怒ってるんだから」

 

 紅蓮の双斧が、紺碧の弓が、紫電の神槍が、並び立つ。

 

「いっくよ〜!」

 

 

*1
「大地の理書き変わりし時吹き荒るるは

 地を燃やし闇を無に帰す光の巨人

 其は原初にして終焉の名を冠し

 焔の剣にて勇者を討つ

 業火は魔剣にて切り裂けず

 纏う嵐のみが道を開く」




 支援絵をいただきました。
 Twitter等投稿時の表紙絵に設定させていただいてます。
 めちゃくちゃやかましくていいイラストなので是非是非確認してもらえると嬉しいです。


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4

 
「目に見えるものだけ信じるな」
   ジャグラス・ジャグラー


 

 

 

 

「はあ、はあ……」

 

『まだ立つのか』

 

「当たり前、だ」

 

 園子に物陰に座らされた(タスク)がふらつく体のまま立ち上がる。

 2分にも満たない短い戦闘だったにも関わらず翼の体は満身創痍。

 内的宇宙(インナースペース)の奥から冷静にダメージを見れるチェレーザからすれば意識がある方が不思議なくらいだった。

 

『行って何になる! 少年の体はボロボロ! 変身はできない! 戦いなら勇者がやってるじゃないかね!』

 

「それでも行かなきゃ、いけないんだ。何もできなくても」

 

『馬鹿もーん!! それが何になるというんだね! 少年は負けたんだよ! 完膚なきまでに! 負け負け負け負け! 大敗北! もうしょうがないんだよ! 勇者が3分稼いでウルトラマンが帰るのを待つのが賢い選択だぞう!』

 

「黙って、ろ」

 

 戦闘の余波で壊れたビルの壁で体を支えて、三人の勇者の戦場まで戻る。

 

「鷲尾さんたちは──」

 

『期待なんてするだけ無駄だ。考えても見たまえ、私たちがいなければ所詮ウルトラマンにとってはハエみたいなもんだ。もうとっくに負けて……負けて……』

 

 チェレーザのやかましい声が途切れた。そしてただ目の前の光景を見上げて絶句する。

 もしチェレーザに顔があったならびあんぐりと口を開けていたことだろう。

 

『負けてない……というか押してる?! どういうことだね!? 偽物とはいえあのウルトラマンゼロだぞ?!』

 

「戦ってるんだ、勇者が。戦えない、全ての人の代わりに」

 

 翼とチェレーザが共有した視界で50mに迫る巨人と、その周囲を飛び回る三色の光を見上げた。

 

 ウルトラマンゼロが四国結界内に侵入して、もうすぐ二分。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一手のミスが致命傷になる、園子はこの戦いをそう結論づけていた。

 

「──シェアッ!」

 

「ミノさん右!」

 

「応よっ!」

 

 周囲を駆け回る虫を蹴散らすようにゼロが足を蹴り上げる。

 狙いは最前線にいる紅蓮の勇者、三ノ輪銀。

 

 だがその攻撃もゼロのリーチから少し離れた絶妙な位置で俯瞰していた園子の指示によって見事にかわされる。

 

「散会!」

 

 蹴りがからぶるや否や、遥か後方から矢継ぎ早に光の矢が飛ぶ。

 目、膝、腹にそれぞれ三本ずつ。

 

 ゼロは一瞬面食らったように動きを固くしたものの、すぐに腕から火炎の盾を生み出してガードついでに射手に反撃の火炎弾を飛ばした。

 

 だが、もうそこには須美はおらず無為に攻撃だけが通り過ぎていく。

 

「安芸先生曰く、撃った後には走る……は思考能力がある敵と戦う時の基本なんだそうよ」

 

 ゼロが苛立たしげに口元を擦り、気づく。

 先ほどまで目の前をちょろちょろと跳び回っていた赤い影がいないことに。

 

「いただき──って、ウッソこれ反応するのか!」

 

 ゼロが生み出した爆炎に紛れて背後に回り込んだ銀が思い切り力を込めて斧を叩きつける。

 だがゼロはほとんどノータイムでそれに反応し腕を重ねてしっかりガード。

 勇者の中で最も火力のある銀ですらゼロの表皮をがり、とほんのり削ることしかできない。

 

 それなのに、銀はにんまりと笑った。

 

 だって勇者は三人だから。彼女たちは押し込める、あと一手がある。

 

「今だ園子!」

 

「おっけー! と、つ、げ、き〜〜っ!」

 

 紫電の風が吹き抜け、紅蓮に染まった巨人の足に斬撃を刻んでいく。

 一、二、三、四。跳ねるように、弾むように園子の手の中で槍が踊る。

 一つ一つは浅い傷だがそれも重なれば巨人も怯む。

 

 まるで巨木のごとく動じることのなかった光の巨人がふらつく。

 

「よっしゃあ、いまだな! もぉぉおおおいっぱーーーつ!」

 

 銀がゼロと空中で競り合う斧へ、×印をつくるようにさらにもう一つの斧を重ねて叩きつける。

 

 ついにゼロが押し負けてバランスを崩して尻餅をついた。

 

「────」

 

 信じられない、とでも言いたげにゼロが手のひらよりも小さな少女たちを見る。

 

「上手くいったな、先生の考えた作戦も大成功だ」

 

 悪戯っぽい笑みを漏らしつつ銀が素早くゼロから距離を取り、中衛の園子の隣まで戻ってくる。

 少し離れた場所にはゼロの攻撃から逃げてきた須美が息を整え、矢を番えていた。

 

「一言だけの指示、そして動き続けて的を絞らせない戦い方。やっぱり安芸先生はすごい方だわ」

 

「その分訓練はギチギチだったけどな!」

 

「そのおかげで今戦えてるんだから感謝しかないでしょう?」

 

「そりゃそうなんだけどさー。でも苦労したかいはあったよな。このままアタシたちだけで勝てちゃうだろこれ!」

 

「もう、銀はすぐそうやって調子に乗るんだから。まだ気を抜いちゃダメよ」

 

「へへっ、ごめんごめん……園子?」

 

 ふと、須美に叱られていた銀が隣にいる園子の雰囲気が張り詰めていることに気づく。

 その表情は普段の「起きてても眠ってるみたいなことを言う」園子とは程遠い。

 

「わっしー、ミノさん、気をつけて」

 

「そりゃ気をつけるけど……」

 

「ええ。言われなくても気なんか抜いてないわよ?」

 

「うん、わかってるよ〜。でもね〜」

 

 じっと園子の目が今ゆっくりと立ち上がりつつある紅蓮の巨人に向いた。

 

「なんか、いやな予感がするんだ」

 

 その言葉を以て、ゼロがこの地上に降り立って二分が経過した。

 常に輝く青色のカラータイマーが赤へと変わり、ゆっくりと点滅を始める。

 

 ゼロが首を回してゴキ、と鳴らしながら歩いてくるのを勇者たちは逃げずに受け止める。

 それぞれ構えた武器は反撃の準備を整え、ゼロへ。

 

 ごくりと勇者の誰かが緊張からか喉を鳴らした。

 

《 ウルトランス! 》

 

 刹那、ゼロの体がびくりと震える。

 

《 FIRE MONS FLAME! 》

 

 ゼロの背後に鳥のような燃える怪獣の姿が見え、それが溶けるようにゼロと重なる。

 

《 Tングコ█ナRO! 》

 

 ぼこぼことゼロの体の銀色のラインに溶岩のような炎が走る。まるでそれは今まで身体の中に抑え込まれていた灼熱が溢れ出してきているようだった。

 

「あちっ」

 

「ウソだろここまで熱が届いてるぞ?!」

 

 ゼロの体の熱はその表面に留まらない。

 溢れ出る火炎により周囲を焼く様はまるで、小さな太陽。

 

「──ア」

 

 ぐぐっとゼロ腕に力を入れて拳を握る。

 

「二人とも急いで私の盾の後ろに!」

 

「──っ、わかった!」

 

 銀が頷き、須美は「この距離なら回避できるんじゃ」と一瞬思ったものの、園子の指示が間違わないことを今までの戦いで知っている。

 素早く園子の槍が変形した盾の後ろに隠れる。

 

「ガルネイトバスター」

 

 光の炎が吹き荒れた。

 

 轟、とバルタンとの戦いも含めて今までで一番の熱量の光線が解き放たれた。

 その桁違いの熱は少し上を通り過ぎただけの道路のアスファルトを火にかけたフライパンのように熱す。

 

「直撃来るよ、二人とも構えて!」

 

 そして、破壊の炎は紫電の盾に直撃する。

 

 いや、直撃という言葉は正しくない。

 その熱線は盾を構える勇者たちをすっぽり呑み込んだのだから。

 

「く、うううう、熱い、けど……まだまだ〜!」

 

「くうっ、あっつ──アタシたちも一緒に盾を抑えるぞ須美!」

 

「ええ! そのっち支えるわ!」

 

「え、へへ、あり、がとう〜」

 

 だが、その中でも勇者たちは燃え尽きてはいなかった。

 それはひとえに園子の盾の展開が間に合ったことと、()()()()()()()()()()()()()()()()おかげだと言えるだろう。

 宇宙最強クラスの光の巨人、その炎の熱量に耐えられるのなら、彼女たちは溶岩の上でも、きっと燃え盛る星の上だって活動できる。

 

 それが必要になる場面が、四国の中であるとは思えないのに。

 

(耐えられてる……私たちはあのトサカの人の攻撃にも負けない)

 

 でも、と炎の中で園子は唇をかむ。

 

「この攻撃、終わる気配がない……!」

 

 そう、終わらない。

 

 これほどの熱量、これほどの威力でありつつも全く衰える様子が見られない。

 もしこれがいつものように一瞬で終わると判断し回避を選択していたならば、その攻撃範囲と持続力にいつか追い詰められていただろう。

 

 故に園子が半ば反射的に選択した盾を構えて防ぐという選択肢は最適解だと言える。

 

 けどそれはイコールで事態の好転を意味しない。

 

 ゼロがこの攻撃を止めない限り園子たちはここから逃げることも反撃に転じることもできない。

 盾の解除はそのまま三人の死を意味する。

 勇者システムにどれだけ強い耐火性能があっても攻撃が直撃すればひとたまりもない。

 

(はやく、おわって……)

 

 どろり、と盾の端が溶け始める。

 

(おねがい……)

 

 しだいに槍の柄を握る手が汗で滑る。

 

(はやく、はやく……!)

 

 炎に包まれて薄くなった空気に三人の意識が朦朧とし始める。

 

 ゼロが光線を維持できなくなるのが先か、それとも園子たちが盾を構えられなくなるのが先か。

 

 揺らぐ意識の中で銀が叫んだ。

 

「諦めんな、よ! 二人ともぉ! いっつも言ってるだろ! 勇者はぁ!」

 

 須美が弱々しくも、いつものように気丈に続ける。

 

「勇者は根性、でしょ?」

 

 二人の声に、園子はほんの少し肩から力が抜ける。張っていた気持ちがゆるんで、いつもの園子のテンションにぐっと近くなる。

 

「そうだね〜。根性だ。私たちは勇者だもんね」

 

 一人なら耐えられなかった。だけど、一人じゃないから。

 1+1+1を3じゃなくて10にする。そんな二人と一緒だから彼女たちはいつだってもう少しがんばれる。

 

 根比べに次ぐ根比べ。

 それに先に根を上げたのはゼロの方だったらしい。

 

 次第に炎の勢いは弱まり、勇者たちを閉じ込めていた熱線が消えていく。

 

「はあ、はあ、息ができる……」

 

「ふはーっ、とんでもねえサウナだった」

 

「でもあれだけの攻撃だったしウルトラマンの疲労も──」

 

 炎の壁から抜けて息も絶え絶えに三人が紅蓮の巨人を見上げる。

 そしてそこにガルネイトバスターを撃っていたのとは()()()()()業火を収束している姿を見た。

 

 ガルネイトバスターは片腕で撃つものだ。

 なら反対の腕で何をしようが自由だろう? 

 

「二人とももう一度盾の後ろに──」

 

 言い終わるよりも早く、ゼロは拳を地面に叩きつけた。

 

 ゼロの意思により保たれていた業火は解き放たれ、地を()きながら火焔の竜巻を生み出し勇者たちを襲う。

 

「わっしー! ミノさん──!」

 

 園子の体は誰よりも早く動いて、二人の前に盾を展開した。

 神がかり的なタイミング。安芸にリーダーの素質があると言われた、タスクに大切なものが見えていると言われた視野の広い彼女だから間に合った。

 

 けれど、もう武器は限界を超えていた。

 

「え」

 

 炎の竜巻を受け止めた時、無敵とすら思えた紫電の盾の三分の一ほどが吹き飛んだ。

 けどそれでも自分と、後ろの二人を炎から守ることには成功したのはさすがというべきか。

 

 けれど幸運もそこまで。壊れた盾は中途半端に風を孕み、そのまま園子を吹き飛ばした。

 竜巻に乗って、空高くに。

 

「そのっち!」

 

 須美が悲痛に叫び、銀が手を伸ばしたが届かない。

 

「──あ」

 

 園子の体がどんどん浮かび上がりあっという間にビルの高さを超えていく。

 こんなところから落ちればいくら勇者といえどもひとたまりもない。

 

 どうにか盾に変形した槍で滑空しようにも穂先の三分の一がなくなった今ではそれも難しい。

 

 絶望的な状況。いままでの人生の中で最も近くに死神の足音が聞こえた。

 

 なのに、その状況で園子は空を見上げていた。

 

「空が近い。まるで、夕陽に沈むみたい」

 

 ふっ、と頬を緩めた園子が届かぬ虚空(ソラ)に手を伸ばす。

 

 

「そっちじゃない! こっちに手を伸ばせッ!」

 

 

 その中で、夕闇を切り裂く一筋の光を手に取った。

 導かれるように、その声に従って。

 

「た、たすくん……?」

 

 誰もついてこられないはずの空に、いつの間にか『彼』がいた。

 

「ど、どーやって」

 

「ビルから飛び降りた!」

 

「ええっ?!」

 

「もともとは君たちがウルトラマンに攻撃を食らってたからあいつの顔に向けて何か……いや今はいい!」

 

 巨人の生み出した業火の竜巻の中で、紅翼が乃木園子の手を強く握る。

 

「今からオレが怪獣に変身して着地する。とりあえずオレの手をちゃんと掴んでろよ!」

 

「変身、できるの?」

 

「やるんだ。君をこれ以上戦わせたりはしない。オレが君を日常に帰すから。だから、オレが」

 

 翼が息を吐き内的宇宙(インナースペース)からジャイロをよびだそうとする。

 心の中でチェレーザがやかましく無理だ無理だと叫んでいたがそれを無視して力を振り絞る。

 だが、園子がその手を掴んで止めた。

 

「乃木さん?」

 

「ねえ、たすくんの大切なものって、なに?」

 

「突然なにを……」

 

「たすくんはすごーくやさしい人。だからかな、たすくんはなんでも一人でやって、ぜーんぶのことをなんとかしたいんだね」

 

 ごう、と火の粉が降りかかり勇者服の一端を焦がす。

 それでも、園子はじっと翼を見つめたまま手を離さない。

 

「たすくん言ったよね。わっしーの苦難を退けたいって。ずっとそうだったのかな。

 倒すだけじゃない、たすくんは誰かのために頑張れる人なんだ。

 頑張りすぎちゃう人のために戦うことを決めたたすくんなら、わかるよね。頑張っちゃう人を心配する気持ち」

 

 園子が微笑んだ。

 

「実はね私も、そうなんだ」

 

 ほにゃり、といつものように。

 

「私だってたすくんを助けたい。がんばってるあなたを、みんなのためにがんばれちゃうあなたを」

 

 私の夢を応援してくれた、あなたを。

 

「違う! オレは怪獣で、戦いたいと思って! でも君たちはまだ戦わなくていいはずの女の子で……!」

 

「違わない。おんなじだよ。

 だって、さっき名前も知らない女の子を助けた時、私もあなたも同じことを思って、同じ目的のために動けたもん」

 

 なら例え言葉が通じなくても。勇者じゃなくても。最初の目的を間違っていても。

 きっと、一緒に戦える。

 

 だって、守りたいものが同じだから。

 

「だから、たすくんが眠っちゃった私をおんぶしてくれたみたいに、私の誰にも言えなかった夢を応援したくれたみたいに、私にもたすくんの夢を背負わせて」

 

 園子が翼の手を握る。

 何度も何度も、自分たちを守るために戦ってくれたやさしい手を。

 

「それに見たでしょ〜? 私たちすっごく強いんだよ〜? どーん、と頼っていいんだよ〜?」

 

「──ああ」

 

 夕闇。昼と夜の境の黄昏。

 翼はただ、目の前の少女の瞳を見つめ、小さくつぶやいた。

 

 業火の嵐、予言に記された闇を斬り裂く光の力。

 その中で初めて園子と正面から向き合う。

 

「オレの方がずっと子どもだった。この力でなんでもできると思ってたから」

 

 翼の力だけでは勝てなかった。翼とチェレーザの力でも勝てなかった。

 なら今度は。

 

「オレたちで、勝とう! みんなの夢を、日常を守るために! 

 そのために君の力を貸してくれ、乃木さん!」

 

「うんっ! うん!」

 

 小さい女の子だと思った。

 いつもふわふわほわほわしてて、須美に叱られて、銀に世話を焼かれて。

 

 でもいつだって『ほんとうに大切なこと』が見えていて、踏み込みそれを教えてくれることを躊躇わない。

 

 きっと彼女は、『勇気』の勇者。

 輝ける青い薔薇、翼を導く紫電の光。

 

 その光は、彼に新たな『力』を与える。

 

『うおおおおおお落ちてる! 落ちてるぞおおお! 空ー! 待てヒーローとはいつでも冷静でなくちゃあならん。まずここで一句……思いつくかーー! というか少年いつまで私のことを無視しとるんだね! いつまでもロリと話してないでこの私の──ん、少年、なんかポケット光ってないかね?』

 

「やかまし──ポケット?」

 

 チェレーザの言葉に園子と繋ぐ手とは反対の手をポケットに突っ込み、そこにあるものを取り出した。

 

「エレキングのクリスタルが、紫色に光ってる?」

 

 いや、それだけではない。

 紫色──乃木園子の勇者としての色と同じ光を宿したクリスタルが()()()()()()

 

 エレキングから、彼が求める形に変わっていく。

 

「たすくん、それ」

 

「ああ。乃木さんがくれた力だ」

 

 最初の力、バルタン星人。

 それは翼が「鷲尾須美の敵を殺し尽くす」という決意とともに、魔剣の怪獣へと変わった。

 

 ならこの『雷』のエレキングの力だって変わるはず。

 乃木園子と共に戦うことを決めた翼の気持ちに従って。

 

「わかる。いまなら、こいつは力を貸してくれる!」

 

 翼が叫ぶ。いままでで使えなかったクリスタル、その新たなる名を。

 

 

「コネクト! ()()()()()()()()()!」

 

《 ハイパーエレキング! 》

 

 音ともに蛞蝓のような二足の怪獣が変化したビジョンが現れ、内的宇宙(インナースペース)の中に溶けていく。

 

「行くぞチェレーザ! 三回だ!」

 

『ええい、力は溜まらんと言っておるだろうが! ウルトラマンでそう決まってるの! 一日一回! 基本はね! ほどよぉ〜く不便じゃないとシナリオの構築に不便なの!』

 

「知るかそんなこと! オレはウルトラマンじゃない! 怪獣だ! なら怪獣らしく──」

 

 内的宇宙(インナースペース)で、タスクがジャイロを構える。

 

「一日一回なんてルール、ぶち壊す!」

 

 一、二、三、引いた回数力が溜まり、翼の声に合わせるようにチェレーザの声が重なる。

 

 

「『 纏うは『嵐』! 紫電の神槍!! 』」

 

 

 瞬間。日が沈み夜が世界を覆い隠すように闇が広がり。

 拳を突き上げた少年を、()()()()()()()()へと姿を変えた。

 

 それは、一日一回なんてヒーローの原則をぶち破る、『怪獣』だからこそ得られた力だった。

 

 

 

 

 

 

 

 須美はただ空を見上げるしかなかった。

 友がウルトラマンゼロの焔の旋風に巻き込まれても手は届かず、かといってできることもない。

 

「まだやれるわよね、銀」

 

「あったり前だ」

 

 ふらつく体を叱咤し、銀と須美が立ち上がる。

 

「ソッコーでウルトラマンのやつに一撃入れて竜巻を解いたら園子が落ちる前に拾いに行く」

 

「ええ! そのっちが守ってくれたんだもの、私たちだって!」

 

 武器を構え、二人が未だ暴走したように炎を放出し続けるゼロに向かおうとした時、変化は訪れた。

 

「……風?」

 

 風が、吹いた。

 

 最初は弱かったその風は次第に強さを増し、逆巻くようにゼロの炎の竜巻に紫電の光で切り裂いていく。

 

 そこにいる勇者が、ウルトラマンゼロですら空を見上げ、そして業火の旋風が、切り裂かれた。

 

「──███ッ!」

 

 咆哮と共に嵐が晴れ、その中から怪獣が現れる。

 

 オリジナルの斑の模様の体表はそのままにやや銀色を増した身体。

 腕と脚にあるのは爬虫類のような爪。口に並ぶのはどんな敵でも噛み砕く牙。

 その中でも一際目を引くのはまるで翼竜のような巨大な翼。

 オリジナルとは戦うステージがあまりに違う。けれどそれは確かに『翼持つエレキング』。

 

 その名を、ハイパーエレキング。

 

 エレキングのクリスタルを鋳型にし、園子の紫電の神槍の力と、クレナイ・タスクの想いによって顕現した、炎を斬り裂く『嵐』の怪獣。

 

『はぁぁああい! ここで一句! ウェッホン、『嵐の前にも三年』。どんなにつよぉぉい相手でも真のヒーローは三年待つような根気強さで常に可能性を切り開くと言う意味だ! 少年、メモしておいて』

 

「んなもん今は持ってねーよ!」

 

『はーー、もうそれじゃあ失格! 私のダーリン失格!』

 

「何でお前のダンナにオレが何なきゃ何ねーんだ! 死んでも嫌だぞオレは!」

 

『は? 何言ってんの、ダーリンは私の秘書のことなんだが。えっ、もしかして少年私のことをそう言う目で……少年、ロリに甘いことと言い少年の価値観に口を出す気はないが、すまんな……』

 

「ガチで謝ってんじゃねえよ!! 10:0で紛らわしいお前が悪いだろ今の!」

 

「──シェアッ!」

 

『ほらゼロが来たぞう! はい、構えてウルトラマン! セクハラは後後! 翼を持つ怪獣を操るイメージは、肩甲骨を意識しておくといいぞう!』

 

「したことねえよ……! ったく、アドバイスはサンキュー!」

 

『フン、少年に限界を超えさせると約束したからな。ゼロに勝つまでは手伝ってやろう!』

 

「は、そーかよ!」

 

 ゼロが口元を擦り飛翔する。狙いは空のハイパーエレキング。

 紅蓮の巨人の飛行速度はこの短い距離ですら容易くマッハに迫る。

 ゼロがいままで何度もバルタンを切り刻んだスラッガーを片手に肉薄していく。

 

「散々それにも苦しめられたけど、いまなら、かわせる!」

 

 人間では目で追うのすら難しいスピードのその攻撃。

 だが、ハイパーエレキングはそれを視認してから、翼をはためかせてゼロの背後に回り込んだ。

 

「──」

 

「ーーー」

 

 刹那、ゼロとエレキングの視線が交わる。

 だがその超スピードの空戦においてはそれはただの揺らぎでしかなく、エレキングが拳で一撃、足で二発の攻撃を入れて叩き落とすことで、その刹那は終わりを告げる。

 

「っとと、少しパワーは落ちてるな。手数は多かったけど手応えがほとんどなかった」

 

『ふん、空を飛べるようになってスピードに特化してる分身体が軽くなっとるのだ。ふっ、オーブ風に言うとハリケーンスラッシュといったところだな』

 

「いやオーブ風に言われてもわからんけども……」

 

 ゼロが踏ん張りの効かない空中で蹴落とされ、土埃をあげて地面に落下する。

 

「な、なんだ、あいつ」

 

「いつもの怪獣じゃないけど……え、なんかこっちに来てない?」

 

「え。嘘だろアタシたちなんかしたっけ?! てか園子どーした?!」

 

「私ならここだよ〜」

 

「声……ってまさか、あの怪獣の手の上にいるのって」

 

「園子ぉ?! なんであんなとこにいるんだよぉ?!」

 

「やっほ〜、ミノさーん、わっしー」

 

 ほんわかと手を振る園子を掌の上に乗せたハイパーエレキングが、須美と銀の背後に着地する。

 

「そのっち無事でよかった!」

 

「わ、わぷぷ、わ、わっしー抱きついたら苦しいよ〜」

 

「もう、心配かけて! だいたいそのっちはいつも──」

 

「はいはい須美お説教はその辺でな〜。で、園子、なんでそのプテラノドンみたいなのと一緒にいるの?」

 

「あ、この人? この人はほらいつもの怪獣くんだよ〜。あのじゃんけんに不便そうな手の〜」

 

「えっ、おんなじやつなの?! こいつが?! マジで?!」

 

 信じられない、とでも言いたげに怪獣を銀が見上げる。

 園子が言うので何かしらの確証はあるのだろうが、銀にはそれが何なのかはわからない。

 

「あの、怪獣さん……でいいんですか」

 

 須美がエレキングを見上げて、おずおずと話しかける。

 

「あなたはこの美しい国を守る価値があると思っていますか?」

 

 美森ちゃん、と翼がエレキングの口で答えようとしたところで言葉が伝わらないことを思い出し、とりあえず人差し指と親指で丸を作っておいた。

 

「あ、なんかフレンドリー! 案外この怪獣お茶目な感じ?」

 

「よし、銀、この方は信頼するに値するわ。この四国の素晴らしさをわかってるもの。愛国よ」

 

「ええ……須美の愛国判定わかんないんだけど……」

 

 満足げに頷く須美と、その横で呆れたように肩をすくめる銀。

 そんな二人とエレキング(タスク)を見ながら園子は「やっぱりわっしーとたすくんは仲良いんだね〜」などと思っていた。

 

「──シェアッ!」

 

 少し離れたところで蹴落とされていたゼロが炎を揺らめかせながら立ち上がる。

 ゼロのカラータイマーの点滅の速度も、今までと比べられないほど早くなり、次がきっと最後の攻防になることを伺わせた。

 

「と、無駄話できるのもここまでか」

 

「そのっち、銀。いきましょう」

 

「うん! 怪獣くんも一緒に、みんなで!」

 

 紅蓮の双斧が、紺碧の弓が、紫電の神槍が、並び立ち、その背後で嵐の怪獣が吠えた。

 

 相手は最強の光の巨人。

 いくつもの怪獣を、闇をその力で打ち破ってきた『光の勇者』。

 光が勝ち、闇が負けるそんな運命。

 

 だけど、怪獣はその運命(おやくそく)に逆らった。

 

『光が正義なんて、誰が決めたッ! オレたちはまだ戦える!』

 

 叫びと共に三人の勇者と一体の怪獣、一人の巨人がぶつかった。

 

「みんな、時間ないから作戦は『アレ』で行こう。二人とも送られてきてたやつ、見たよね?」

 

「『アレ』か。ちゃーんと見てるぞ!」

 

「ええ、『アレ』ね」

 

 アレ? とエレキングの中の翼とチェレーザが首を傾げたが、園子が少し得意げにとんとん、とスマホを叩いて、彼らも理解した。

 

「まったく、本当に真面目な子たちだよ」

 

 まず真っ先に突っ込んだのは赤の勇者三ノ輪銀。誰よりも強く負けん気が強い彼女は火の玉のようにゼロに向かっていく。

 

 ゼロはそんな彼女に額のビームランプから炎を帯びた光線を放つ。

 

させるかよ(ギャアギャア)

 

「おお、サンキュー怪獣!」

 

いつつ(ギャァ)気にするな三ノ輪さん(ギャアギャアギャアギャア)

 

「何言ってるかはわかんないけどアタシは大丈夫だぞ!」

 

ならいいさ。先に行ってくれ(ギャアギャアギャアギャアギャア)

 

 だがそれを誰よりも速く飛んだハイパーエレキングの翼が受け止めた。

 

「耐久力も少しは上がってる……か?」

 

『いやどちらかというと体皮を走る電流のおかげだろう。どうやらこの怪獣は有り余る電気のエネルギーが光線系への耐性を強めてるらしいな』

 

「へえ、それはスペシウムがこうかばつぐんだったバルタンを補う力としては願ってもないな」

 

 エレキングが羽ばたき、ゼロが同じく飛翔した。

 両者ともにあっという間に音の壁を踏み越えて爪と拳、牙と刃とをぶつけ合う。

 

 紅に燃える『光の巨人』と光を超えんとす『嵐の怪獣』。

 彼らはそれぞれ夕闇を赤と紫に染め上げていく。

 

 空を飛べるというアドバンテージは埋まった。

 けれど、両者の間にある技量だけは埋まらない。

 

 空を飛んでいてもなお、戦えば戦うほど翼はゼロの灼熱にその身を焼かれていく。

 

 数度目の交錯の末、エレキングの電撃を纏ったパンチはかわされクロスカウンターでのゼロの右ストレートがエレキングの額を打つ。

 

「あっちちちち!」

 

『少年頭に火が……火が……紅に火がついて……そうかこれはまさしく紅が燃えるぜ!!!』

 

「やかましいわ」

 

 空中でふらつくエレキングにゼロが炎を纏った蹴り(レオゼロキック)を叩き込む。

 

『腕を重ねてガード!』

 

「──ッ、く、ぐうっ」

 

 寸前、チェレーザの指示が間に合い炎の蹴りをエレキングの青白い腕が受け止める。

 だが勢いは殺しきれずそのまま空からを滑るように一番近くのビルにエレキングの身体が張り付けられる。

 

「ぐ、ぐう……やっぱ力じゃ……勝てない……!」

 

 エレキングは必死に腕に力を込めて自分をビルに押し付ける足を除けようとするが、パワーが足りない。

 

 ヘッ、と模倣として作られた光の巨人が笑う。

 

 今度こそ終わりだと言わんばかりに、暴れ狂う熱を腕に収束、赤熱させていく。

 ガルネイトバスター、ストロングコロナゼロ最大最強の一撃。

 

 灼熱は赤々と世界を照らし、全てを無に帰す熱戦が放たれる。

 

「いまだよ! 三点結界発動!」

 

 ──よりも前に、輝ける勇者たちの三色の結界が()()()()()()()()

 

「行けたぞ! ビルを地面に見立てた『三点結界』!」

 

「あはは〜、バッチリハマったね〜」

 

「ええ。安芸先生と……それを使える精度に精査してくれた紅さんのおかげだわ」

 

 

 

 

 

 

『さっきから少年は何を見とるんだね?』

 

「解析指示があったこの前のウルトラマンゼロとの戦闘映像」

 

『ほほう……ほう…………ボロカスだな』

 

「るせっ! んなこと、オレが一番わかってるんだよ! だからせめてこうしてゼロの行動パターンを叩き込もうとしてるんだろうが!」

 

『パターン?』

 

「アイツはオレたちと戦う時一度、バカにするみたいに笑った。それはつまりアイツにも最低限の意思があるってことで、それなら『この時にこうしやすい』っていうパターンがあるんじゃないかと思ってさ」

 

『ふむ……まあ模造品、偽物といえどたしかにあいつには意思はありそうだったな』

 

「だろ? 例えばあいつはオレが飛ばないから飛行を多用する傾向がある。だからあえてこの『飛んでる』っていうあいつにとっての有利につけ込むことができたら……」

 

「おーい、たすくん〜」

 

「と、来たみたいだな」

 

 端末を操作してまとめたデータを送信。

 呼ばれた声に振り返ると、そこには手を振りながらとことこ走ってくる園子。

 

 

 

 

 

「ごめんね〜、ちょっとみんなで()()()してたら来るの遅れちゃった〜」

 

「乃木、さん」

 

「あ、あんま話さないで〜。わっしーとミノさんは遠いから気付いてないけど流石に声とか聞こえちゃうとバレちゃうと思うから〜」

 

 

 

 

 

 

 紅翼は安芸の指示で()()()()()()()()を担当する職員である。

 なら、彼がまとめたデータは指示を出した安芸のもとに送られたはず。

 

 園子は翼に置いて行かれた後、最も戦場に近かったはずなのに来るのは銀と須美と一緒だった。

 じゃあそれがもし前回絶望的な大敗を喫した相手に対する安芸の指示を聞いている時間だったとしたら。

 

 そこには、翼の解析から導き出された()()()()()()()()()()()()()()()が示されていたのだとしたら。

 

 チェレーザにバカにされていた分析にも、バルタンとして粘った二分足らずも、全てに意味がある。

 

 勇者がビルを登る時間を稼ぎ、翼がゼロを空に抑えておけたからこそ、この作戦は成り立った。

 

 勇者と怪獣が同じ方向を見ていられるからこそ、いまこの瞬間は実を結ぶ。

 

 

「「「 三点結界、発動! 」」」

 

 

 神樹が無垢なる少女たちの願いを受けて、結界内の勇者と怪獣、ウルトラマンを本来のフィールドの瀬戸大橋に転移させる。

 

 そこは海に浮かぶ外界と四国をつなぐ唯一の道。

 聳える鉄の柱によって、四国へと敵が逃げないように区切られた限りある空。

 

 もう、ゼロはいままでのような自在な飛行を行えない。

 

「──シェアッ!」

 

 だが模倣品といえど敵はウルトラマンゼロ。

『木』の属性を持つ神樹を燃やし尽くそうと、腕に火災旋風を生み出し、エレキングごと樹海を飲み込もうとする。

 

 これには翼も怯む。この炎をかわすことはできるかもしれないが、その場合この炎の渦は大橋の樹海を燃やすだろう。

 そうなれば現実にどれほどの被害が出るかわからない。

 

 だが、その攻撃に飽き飽きしてる奴がいた。

 

『はー、もうその攻撃何度も見たー』

 

(チェレーザ?)

 

『この解決方法はあの青二才どものパクリのようでパクリなど生涯一度もしないウルトラマンの中のウルトラマンである私が使うのはひっじょーに遺憾なのだが! だが! ええい仕方ない! いいか少年! 竜巻の向きとは逆向きに飛べい!』

 

「逆向きに……?」

 

『フン、乃木くんに散々レスバ負けて心変わりした少年ならわかるだろう、時には『力に逆らった方がいい』ってことくらい』

 

(──そういう、ことか!)

 

 轟、とエレキングが羽ばたき、加速した。

 

 そして音に迫ったスピードそのままに身体を電流で守りながら、ゼロの生み出した竜巻とは逆方向に渦巻く。

 

『いいかこのエセウルトラマンゼロ! ヒーローってのは決め技は何度も何度も使うものじゃないんだよ! ここぞと言う時まで取っといてビシッと一発で決める。そうじゃないと──』

 

 そしてついに紫電の光が、立ち塞がる業火を切り裂いた。

 

『こうして、対策を取られてしまう』

 

 視界が、晴れる。

 

『いくぞ少年! ひよるなよ!』

 

(お前こそここぞという時にビビってやめんなよ!)

 

『だーれにものを言っとるんだね!』

 

 バチリ、とエレキングが雷を纏い空中のゼロへと激突する。

 

(ここ、から──出ていけぇぇぇえええッ!)

 

 その姿はまるで巨大な鳥。

 神に選ばれし勇者の後押しを受けて雷を纏う巨大な鳥がゼロを無理やり引きずっていく。

 

 瀬戸大橋の入り口から、その奥『燃えても現実への被害が少ない場所』へ。

 

「ジェア──」

 

 エレキングは翼の力によってスピードに特化した怪獣へと変質を遂げている。

 その最高速、竜巻を切り裂いた嵐の力を宿す彼のトップスピードはゼロですら振り解けない。

 

 だがゼロがなされるがままなどあり得ない。頭の二つのゼロスラッガーを手に取り、無防備な背中に突き立てようとする。

 

 けれど、ゼロの敵は一人じゃない。

 

 エレキングが加速していく様を見守る一人の人影。彼女は『作戦通り』大橋の入り口に転移させられていた鷲尾須美。

 

「ようやく、届く。嵐が消えたいまなら」

 

 須美が弓に矢を番え、構えた。

 ずっと炎の竜巻に攻撃を阻まれていたその弓と矢を。

 

「南無八幡大菩薩!」

 

 乾坤一擲。

 光の矢がゼロスラッガーに手をかけようとしていたゼロの指に命中、爆発。

 ダメージこそは少ないもののゼロにスラッガーを取り落とさせる。

 

 エレキングが加速する。

 

「シェ──ア──」

 

 だがまだ終わらない。

 ゼロは取り落としたスラッガーに額からのビーム(エメリウムスラッシュ)を命中させることで、エレキングの翼を死角から撃ち抜こうとする。

 

「おっとと、そいつはなしの方向で!」

 

 空中でゼロスラッガーがあらぬ方向へと吹き飛ばされる。

 やったのは三ノ輪銀。

 前衛として誰よりも力が強い彼女だからこそ、巨人の扱う武器ですら弾くことができる。

 

 ゼロのエメリウムスラッシュが大橋を通り抜けて神樹の作る虚空の海に沈んでいく。

 

 そして、ついにゼロの体が大橋の一番奥、神樹の守る樹木の結界の壁にぶち当たる。

 

(はあ、はあ、これで終わりだ──!)

 

 エレキングが爪を構え、肩で息をするゼロのカラータイマーを狙う。

 

「シェ、アアアアッ!」

 

 それでも、まだ終わらない。

 

 ここに来てゼロは左手を水平に、右手を腰だめに構えて光を収束していく。

 その姿を見て翼の心の中のチェレーザが露骨に焦り始める。

 

 彼我の距離はほとんどゼロ。かわすことは、できない。

 

『いかん! アレはワイドゼロショット! さっきはバルタンの分身で防げたが今回は無理だぞ! なんかストロングコロナの炎も巻き込んでるし! アレを食らえば私たちが死ぬのは炊き立てご飯にわかめと味噌汁の朝食! 土曜朝九時からウルトラマンをリアタイした後九時半からのYouTubeで見逃し配信を見るくらい間違いないことだぞう!』

 

(わかりやすいのか分かりにくいのかよくわからん例えだな……)

 

『これ以上なく分かりやすいだろう! カラオケでウルトラマンオーブの祈りを一曲目に入れるくらいと言い直した方がいいのかね?』

 

(それは人によると思うが──でも大丈夫だ。だってオレたちにはもう一人、仲間がいるから)

 

『もう一人……いや少年なんでそもそもさっきから声を出して話さんのだ?』

 

 チェレーザの疑問に答えが出るのを待つことなく、ゼロのL字に組んだ腕から光が放たれた。

 スペシウムが弱点のバルタンはおろか、エレキングですら当たれば即死の必殺技。

 

 それを前に、エレキングはかわすでも向き合うでもなく、ただ口を開けた。

 

「頼んだ────乃木さん!」

 

「こんにちは〜、乃木さんちの園子さんでーす」

 

 エレキングの閉じていた()()()()()槍を手にした乃木園子が現れる。

 

 これには光線をうったゼロも、翼と同じ体を共有しているはずのチェレーザですらギョッとする。

 

『は、はああああ?! い、いつだ?! いつ入ってた?!』

 

「さっき結界に入った直後だよ。三ノ輪さんに投げてもらってエレキングの体に捕まってきて、それでオレの口に入れろとか言ってきてさ。ほんと、むちゃくちゃなこと思いつく子だ」

 

「ふっふっふっ、何を言ってるかわからないけどびっくりしてるのはわかるんよ。たすくんを守るには一番近くにいなきゃだめだもんね、そのためなら何だってするよ〜」

 

『だからって普通怪獣の口に入るかね?!』

 

 園子がいつものように笑いつつ、盾になった槍を構える。

 

乃木さん、頼むよ(ギャアギャアギャアギャア)

 

「うん、任せて」

 

 乃木園子。紫電の神槍の勇者。

 彼女の槍は敵を打ち倒す『武器』でありながら、仲間を守るための『盾』である。

 

 戦うことが基本の弓と斧とは違い、彼女の武器だけは仲間を守るためにも使える。

 

 そして園子はいま、『仲間』を守るために盾を構えた。

 

「う、うう、う──」

 

 光の奔流が青薔薇の盾と競り合い、ほんの少しの時間を生み出した。

 

「たすくん最後、おねがい!」

 

「ああ、任された」

 

 

 

 

 

 その時、大赦の蔵書室、その机の上に置かれた『太平風土記』が一人で書き代わり、一つの未来を指し示した。

 

大地の理書き変わりし時吹き荒るるは

地を燃やし闇を無に帰す光の巨人

其は原初にして終焉の名を冠し

の剣にて勇者を討つ

業火は魔剣にて切り裂けず

纏う嵐のみが道を開く

 

 

 大地の理は書き換えられた。

 

 始まりと終わり(ゼロ)の名を示すウルトラマンは現れた。

 

 そして嵐の怪獣が生まれ、いまこそ怪獣のその剣は『光の勇者』を討ち倒す。

 

 

 

 

 

 

 世界に花が吹き荒れる。

 

「これ……鎮花の儀」

 

 神の意思にて生まれた花吹雪がゼロにまとわりつき、園子へと向かう光線の威力を弱めていく。

 

「そっか、三分だったんだ。だから神樹様が力を貸してくれてるんだ」

 

 勝てない敵を外に追い出すためじゃない、人の力で争った敵を倒すために、最後の一押しをしてくれている。

 

「う、おおおおおッ!」

 

 エレキングが空へと飛翔し、旋回。

 業火を纏う光の巨人に向けて急降下していく。

 

 それはまるで空から降りたる紫電の槍。

 

 乃木園子の力を宿した、決着の一振り。

 

「光が正義なんて、誰が決めたッ!」

 

 その姿を模倣品たるゼロはただ見上げ、腕を下ろすと口元を擦った。

 

俺に勝つとは、やるじゃねえか

 

 

「──紫色雷電光斬ッ!」

 

 

 雷雲纏う暴風竜の一撃は紅蓮の巨人のカラータイマーを切り裂いた。

 

 倒された巨人の体が光の粒子になって消えていく。

 

 それを見ながら着地したエレキングが、ふといつの間にか隣に園子がやってきているのに気がついた。

 

 お疲れ様、と声をかけようとした翼だったが突然園子がすっと腕を上げたので、口も開けず訝しげに眉根を寄せる。

 

「いえーい」

 

 ああ、そういうことかと翼が笑った。

 

いえーい(ギューア)

 

 神樹の花と、勇者と怪獣の紫、その二つが混じる世界。

 翼と園子は人差し指と右手で、互いを労うハイタッチをしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つ、か、れ、た〜〜」

 

 くたくたになった園子が自室のベッドに倒れ込む。

 

「いますぐでも寝られちゃいそう〜」

 

 ゼロとの戦いが終わり、二日。

 一日は戦いの疲れも加味して安芸に休みを言い渡された勇者たちだったが、しっかり休んだ今日となればもう違う。

 

 いつ来るかわからない次の戦いに備えての訓練が容赦なく始まり、きっちり絞られてしまったのである。

 

「もうすぐ22時だね〜、サンチョ〜」

 

 抱き枕を抱きしめつつ、ベッドでごろごろ。

 小学生の園子にとってはすっかりおねむの時間。

 ただでさえ眠るのが好きな園子にとってはこの時間に起きておく時間はないのだが、なんとなく、今日はすぐ眠ろうという気になれなかった。

 

「寝ちゃおうかな〜」

 

 けどやっぱり起きててもすることはない。やはりいつも通り眠りにつこうとまぶたを閉じようとした時、ぴりりとサンチョの横に置いてあるスマホが音を立てた。

 

「メール? 誰だろう……」

 

 こしこしと目を擦りながらスマホを手に取って、その内容を見ると、園子は弾かれるように自室の窓へと走り、ばん、と勢いよく開けた。

 

「まだ起きてたか、こんばんは、乃木さん」

 

「たすくん……?」

 

 窓の向こう、乃木家の柵の向こうに片手をあげる翼がいた。

 隣にはいつも須美と登校してくるときに押している自転車があるあたり、それに乗ってここまで来たのだろうか。

 

「本当はお嬢様の君にこういうことをいうのはだめなんだが……」

 

 園子が目をぱちくりさせてると翼は何か言いづらそうに頭をかいた。

 

「ちょっと夜の散歩に行かない?」

 

 

 

 

 追い抜いた夜の風が頬を撫でていく。

 

「すごいね、ほんとに走ってる」

 

「走ってるって、そりゃ自転車なんだから当たり前だろ? 乃木さんは乗れないの?」

 

「実はそうなんだよ〜。ママとパパは自転車買ってあげるよ〜って言ってくれたことがあったんだけど、その時は断っちゃったんだ〜」

 

「断った。なんでまた」

 

「だって私ありさん見るの好きだもん〜」

 

「なんで自転車で蟻が……?」

 

 夜の街を自転車が滑り抜けていく。

 

「すごいね、この前ウルトラマンを倒したばっかりなのにもう復興しかけてるよ〜」

 

「神樹様のお力のおかげだな。復旧物資なんかも手早く供給してくださってる」

 

「へえ〜、神樹様はすごいんだねえ」

 

「ああ、本当にすごい方だ。でももちろん、こうしてその神樹様のお力を形にするために頑張ってる人たちもいるおかげだよ。

 少しでも早く日常を取り戻そうと頑張る人たちがいるからこそ、こうして神樹様のお力も実感できる」

 

「たすくんは、神樹様より神樹様のために頑張る人たちのことを話す時の方がなんだか嬉しそうなんだね」

 

「……ははは、そうかな。

 乃木さん寒くない? もうすぐ夏とはいえ夜はまだ冷えるから」

 

「だいじょうぶだよ〜。たすくんのくれた上着もこもこであったかいもん」

 

「それならよかった……と、そろそろ時間が危ないな。乃木さんもう少し強く掴まれる? ここからちょっと飛ばすよ」

 

「強く……こう?」

 

 園子が少し裾が余って服がダボついてる腕を翼の腰に回した。

 最近は勇者の訓練で鍛えられたね、なんて銀や須美と話したものだが、翼の身体と比べればかわいいものだ。

 

 服越しでもわかる、かたくて、ゴツゴツして、何だか骨も太い。

 

「男の人なんだね〜」

 

「ん、乃木さんなんか言ったー?」

 

「なんでもないよー」

 

 自転車は走る。翼の意思に従って。

 

 走って、走って、走って、そして、園子も知ってるとある場所で止まった。

 

「ついたよ、乃木さん」

 

「ここってこの前たすくんに連れてきてもらったとこ?」

 

 そこは『初めて翼が怪獣になった場所』。

 ゼロと戦った日にも園子と翼が訪れた場所だった。

 

「ねえ、たすくんなんでいまこんなところに連れてきたの?」

 

「ん、あー、覚えてないのか。まあいいや、あと一分……いやいいか」

 

 腕時計を見ていた翼が、少しいたずらっぽく笑って、一本指を立てる。

 

「空、見上げてみ?」

 

 言われるがまま翼の指先から上へと視線を移した。

 

「──あ」

 

 目の前にあったのは、泡沫の星雨だった。

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ、私が流れ星になれたらな〜」

 

「?!」

 

「あはは、びっくりしてる〜」

 

 面食らった翼の様子に、園子が春の雲のように笑った。

 

「明後日の夜流星が降るらしいんだよ〜」

 

「ああ、そう言えばそんなことニュースで言ってたな……」

 

「私のおうちからじゃ見えないし、そもそもそんな時間に起きてたらママに怒られちゃうんよ〜」

 

「だから、いっそ流れ星になれたら、ってこと?」

 

「うん。だって自分が流れ星なら周りの流れ星を見放題だし、お願い事だってたくさんできちゃうんだよ〜」

 

「ははは、そりゃいいな。お願いごとし放題か」

 

 

 

 

 

 

「たすくん、覚えててくれたの……?」

 

「覚えてたってほどじゃないよ。ただまあ、うん、なんとなーくさっき思い出しただけ」

 

 そう言って翼はごろんと芝生の上に寝っ転がった。

 

「ほら、乃木さんも寝てみなよ。いまならお願い事し放題だぜ?」

 

「う、うん!」

 

 翼から少し距離を空けて園子が寝転がった。

 

 星が、流れていく。

 

 園子がラムネ瓶の底のようだと言った空。

 周りが木々に囲まれ、ぽっかり空いた丸い空。

 

 はじめてみる、ほんものの流星。

 

「どうだ乃木さん、お願いごと一つくらいできたか?」

 

「え、あ、そっか私お願いごとしたかったんだった」

 

「あはは、なんだそれ。まあでも、それでいいのかな」

 

 隣から聞こえる笑い声に園子が少し顔を傾け、隣の彼を見る。

 大人びてるけどどこか子どもっぽいところもある彼を。

 

「きみの『流れ星をみたい』って夢はかなったろ? ならきみの『小説家になりたい』って夢だって叶うさ。だって、おんなじ夢なんだから」

 

 翼が絶え間ない星雨に手を伸ばす。

 

「今日はこうしてオレがきみに手を貸したけど、きみを想う人はたくさんいる。なら、きっと夢にも手が届くさ。諦めるには、早すぎる」

 

「……そう、なのかな」

 

「ああ、そうさ」

 

「パパとママも、ほんとうに応援してくれるからな」

 

「当たり前だ。だって、今日だって乃木さんのご両親はきみが出かけるの許してくれたんだから」

 

「え」

 

「さすがに夜に女の子を連れていくのにご両親が認知してないのはだめだからな。あらかじめ『今日星を見に連れて行っていいですか?』って聞いといた。そしたらほとんど二つ返事で了承してくれたよ」

 

 まあ一応安全のために乃木家の人を途中まで護衛につけるとは言われちゃったけどさ、と翼が苦く笑う。

 

「だから、乃木さんは自分の夢を持っていいだよ」

 

 ぽんぽん、と寝転がったまま頭を撫でられた。

 妹にするような、優しい手つきだった。

 まるで、たまにはわがまま言っていいんだよ、と言ってくれてるようだった。

 

(あれ、なんだろこれ、なんかどきどきする……?)

 

 胸が弾む。頬に熱が集まる。なにか熱くて、でもやわらかい気持ちが胸の奥に芽吹いたのを感じる。

 

 その中で園子がふと気づく。

 

「あれ、たすくん最初『さっき思い出した』ってたのに、パパとママにはあらかじめ星を見にいく話をしてたの〜?」

 

「あ」

 

「さっき思い立っての行動なら、パパとママにお話する暇ないよね?」

 

 乃木園子、彼女はいつだって大切なものが見えている。

 主に翼のカッコつけた年上ぶった態度まで。

 

 翼がすっと園子から目線を逸らした。

 

「…………なんのことかな」

 

「え〜、今から誤魔化しても意味ないと思うよ〜?」

 

「誤魔化してない。誤魔化してないから。でもとりあえずこう、色々と忘れてくれないか?」

 

「どうしようかな〜、あ、じゃあたすくんが私のこと『園子』って呼んでくれるなら考えようかな〜」

 

「え、ど、よ、呼び捨てですか……? の、のこちゃんとかあだ名とかは……」

 

「かわいくないからだめ〜」

 

「そ、そこをなんとか……」

 

 星降る夜。

 

 ほんとうに大切なものが見える彼女は、この「はじめて」の日を決して褪せない大切のもにするために目の前の景色を焼き付ける。

 

 そして、自分に「夢は叶う」という園子の好きな物語のようなことを教えてくれた彼との距離をそっと詰めた。

 

 

 

 

 




チェレーザ「ちょっといい話なんていらないんだよ!!!」


『ハイパーエレキング』
ウルトラマンベリアルによって作られたエレキングの改造個体。
二つ名は奇しくも同じくハイパーの名を冠するハイパーゼットンと同じ『滅亡の邪神』。原典においてもゼロと戦った怪獣である。
その特徴は本来のエレキングにはない翼を持つことであり、今回は翼の『ゼロに追いつきたい』『園子を助けたい』という思いから選ばれた。
『雷』のエレキングが変質し、『嵐』のクリスタルに変わった。

光の勇者を乗り越え、斬った、『嵐の怪獣』。


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