使徒ってそっちの使徒ですか!? (かます)
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第壱話 さよなら、日常


友「お前何見てこれ書いたんだ?」
私「ありふれ、エヴァ、ポケモン、ジパング、ドルフロ」
友「闇鍋かな???」


 南雲ハジメには親友がいる。

 その彼女とは中学一年からの付き合いであり、きっかけは書店でたまたま同じ本を探していたというありふれたモノ。お互いに俗に言う“オタク”であり、方向性も(香ばしい方向に)似通っていた二人が良き友となるのはある意味必然であったと言えよう。そこに性差があったとしても、それぞれの周りからの評価がどんな物であっても、彼らが側から見ていてとても良き友人同士であることは一目瞭然だった。

 

 まず南雲ハジメ。現在高校生の彼の校内での扱いは、劣悪とは言えないが、悪い。ハジメがただのオタクの少年というだけなら、学校で悪いことも起こらなかっただろう。普段から清潔にはしているし、もちろん極端な体型をしている、というわけではない。なら何故、彼の立場はあまりよろしくないのだろうか。その原因は、単に学校のマドンナ、二大女神と称される少女の一人、白崎香織に好かれている、という所にある。

 要するに嫉妬とやっかみだ。一例を挙げるとすれば、香織に想いを寄せるクラスメイト、檜山大介とその取り巻き。彼らを中心にハジメは軽い暴行などを受けている。また、両親がそれぞれゲーム会社社長、少女漫画家という境遇からクリエイター気質で将来の展望もある程度存在しており「趣味の合間に人生」という座右の銘を貫いているその様が不真面目な生徒に見える、というのも、多くの女子生徒から冷ややかな視線を受ける主だった理由となってしまっている。

 

 しかし彼は特別それを気にすることもなく、普通に、ましてや楽しそうに登校できている。それは何故か?もちろん、いつも隣にいてくれる親友の女性……柚希(ゆずき)雪華(せつか)

のおかげである。

 

 柚希雪華。現代日本では少々珍しい(というかかなりレアだが)純白の長髪とスカイブルーの瞳の持ち主で、身長はかなり低め。その辺を気にしたりしている……というわけでもなく、基本にこやかにしながらも時折その姿からは想像がつかない程厨二臭い言動を放つこと以外は無害なクラスのペッt……愛されキャラである。クラスメイトの女子生徒達からことあるごとに頭を撫でつけられたり餌付けされたりしているが断じて仔犬扱いされているのではない。断じて。

 そんな日本人離れした容姿を持つ彼女は、まだ物心つく前に日本に帰化したヨーロッパ出身の両親に早逝され、孤児院で暮らしている。

 

 彼女がハジメに対して何かアクションを取ることもなく普段通りに接してくれる事に、彼は救われているのである。

 

 そんな彼らは、ハジメと雪華は、誰が見てもまごうことなき親友であった。誰かが文句をつける隙もない程に。なんでも相談でき、全幅の信頼を置いている彼ら。どうしてそこまでの関係に至ったのかにはまたエピソードがあるのだが、それはまた後日として今は割愛させてもらう。

 

 今日も二人は揃って帰路に着いている。孤児院とハジメの自宅はさほど遠くない所にあり、帰り道はいつも他愛無い話に花を咲かせているのだ。

 

「ハジメ、やっぱりボクは第十四使徒が一番強いと思う。火力、装甲などどれを取っても一級品!純粋な力押しでエヴァ三体を難なくいなして覚醒初号機でも無いと倒されることはない。正に最強……しゅき……」

「あきらかに理由がセツの趣味というか好みじゃないか……」

 

 目をキラッキラに輝かせながら“新世紀エヴァンゲリオン”シリーズに登場する第十四の使徒、ゼルエルの魅力を語るセツと、『あぁ、またいつもの発作が出た……』といった風に呆れつつもしっかりと話は聞いているハジメ。

 

「いいじゃん!ハジメこそ、どの使徒が一番強いと思う?」

「そうだなぁ、僕はやっぱり第六使徒ラミエルかな?確かに対エヴァとしてゼルエル以上に強い使徒はいないと思うけど、対地、対空等あらゆる方向に対する絶対的な防御とあのロマン火力!ポジトロンライフルなんて一般人には扱えないし、何より新劇のアレが……死ぬ程かっこいい……」

「わかる……あのぎゃーんてなってぐにょーんってなってきゃーって撃つの凄いかっこいいよね……」

「あれ、わかるけどわかんねぇ……」

 

 そんな他愛もない(?)をしながら歩くこと数分。ハジメと雪華は、ハジメの家の方と孤児院の方へと別れる角に差し掛かった。夕暮れが街を朱く染める中、二人は向かい合って手を振る。

 

「じゃあね、ハジメ。今日もなんか眠そうだったけどおじさんとおばさん、また修羅ってるの?」

「うん、今日も眠れそうにないや……」

 

 そう言うとハジメは少し疲れた顔で頭を掻く。

 

「お手伝いもいいけど無理はしないほうがいいよ?まあ、楽しんでやってるハジメに言ってもあんまり意味ないと思うけど……」

「はは、忘れるまで覚えておくよ。じゃ、また明日ね」

「それは忘れるということでは???また明日!」

 

 普段と変わらず軽口を言い合って別れる二人。毎日繰り返されているその行為はとても自然で、景色に溶け込んでいて。

 しかし彼らは知らない。ありふれた日常というのは、唐突に終わる儚い物、ということを。

 

「あぁ、リアルで使徒戦を一回見てみたいなぁ……」

 

 そんな雪華の呟きが現実に、すぐそこまで迫っているということを。

 

 彼らは当然、知る由もなかった。

 

 

※※※

 

 

 翌朝のことである。いつものように飽きることなくオタク談義に花を咲かせながら、チャイムまで間もない頃合いに二人は教室の扉をくぐった。その瞬間、ハジメはいつものように睨みやら舌打ちやらの負の感情のフルコースをいただく羽目になる。

 

「ハジメ、毎度毎度のことだけど大丈夫?」

 

「いや、もう慣れたよ。大丈夫さ、アハハ……」

 

 今年に入ってから雪華と同じクラスになり、彼女と普通に話している姿を見ている女子生徒達からの視線というものは幾分かマシにはなったのだが、逆に男子生徒の一部からのやっかみの感情は今年以降天元突破していた。

 

 じゃ、また昼に話そうね、と二人が別れると、早速ハジメに絡んでくる者が居た。

 

「よぉ、キモオタ!また、徹夜でゲームか?どうせエロゲでもしてたんだろ?」

「うわっ、キモ〜。エロゲで徹夜とかマジキモイじゃん」

 

 件の檜山大介含む小悪党四人衆である。檜山を筆頭に斎藤良樹、近藤礼一、中野信治を擁するこのグループは、暇さえあればハジメに絡んでは馬鹿にする発言を繰り返している。

 

 はは……、と苦笑いしつつそれを流しながら席に着くと、ニコニコと微笑みながらハジメに近づく女子生徒があった。

 

「南雲くん、おはよう!今日もギリギリだね。もっと早く来ようよ」

 

 この事態の原因にして、ハジメにフレンドリーに接してくれる数少ない生徒の一人、白崎香織だ。彼女が一歩近づく度にハジメへの視線は刺々しくなり、ハジメは小悪党達の妬みの感情に縮こまっている

 

「お、おはよう、白崎さん……。またセツと話が盛り上がっちゃってね」

 

 ハジメにはいったい何故香織がここまで自分に構うのか甚だ疑問であった。整った顔立ちと艶やかな黒い長髪、美しいプロモーションを兼ね備えつつ万人に優しく、微笑を絶やさないで接する彼女の自分へ話しかけてくれる量はあきらかに他の人へのそれより多く、彼女の優しい性分以上のことを感じずには居られなかった。いやしかし恋愛感情など向けられるはずもないのにこれは一体……とセツに愚痴りつつ先日も首を傾げていた。

  内心、(いやハジメさん、それ恋愛感情やろ絶対……というかボク香織ちゃんの相談に普段から乗ってる……。)というのを言いたくて仕方がなかった雪華だったのだが、背後に般若を佇ませた香織に『ハジメくんには自分で言うから。告げ口したらどうなるか分かってるよね?よね?』と脅さ……頼まれていたのでその時は黙っていた。

 

「南雲くん、おはよう。毎日大変ね」

「香織、また彼の世話を焼いているのか?全く、本当に香織は優しいな」

「全くだぜ、そんなやる気ないヤツにゃあ何を言っても無駄と思うけどなぁ」

 

 順に八重樫雫、天之河光輝、坂上龍太郎だ。

 三人ともクラス内カーストでは最上位にいて、オタクで自分に自信のないハジメにとっては雲上人そのものだ。

 

 雫は、170cmを超える女子にしては高身長の引き締まった肉体を持つどこか侍を思わせる雰囲気を放っている美少女だ。事実、実家は八重樫道場という剣術道場を経営しておりその強さは小学生の頃から負けなし、という凄まじい物。

 香織と共に二大女神と呼称され、彼女に負けず劣らずの人気の彼女は所謂“お姉さま”タイプの人間で、熱烈なファンも多い。そのせいもあって『テメェ、誰に断って雫お姉様と話していやがる!』という視線がハジメにぶっ刺さりまくっている。

 そして実は可愛い物好きという裏の顔を持っている雫だが、何を隠そう雪華を一番猫可愛がりしているのは彼女だ。

 

 光輝は、ザ・好青年といった稀に見るイケメンである。180cmを超える高身長を含む神が本気出して整えたと言わんばかりの容姿と、つい二物を与えちゃったのかな?というレベルの好成績にお前何個長所持ってたら気が済むんだ!とつい言いたくなる事間違いなしの高い運動能力。この全てを併せ持つ彼は、正義感も強く(思い込みが激しいとも言うが)、惚れているという女子は数えきれない。

 

 最後に龍太郎。若干投げやり気味な発言をしている彼は、190cm越えで筋骨隆々、刈り上げた髪と、力強さに暖かさを兼ね備えた雰囲気を持っている。

 光輝の親友で、普段から彼と共にいるザ・脳筋の人間だ。熱血な性格もあってハジメへの心象はあまり良くない模様。

 

「おはよう、八重樫さん、天之河くん、坂上くん。はは、まぁ、自業自得とも言えるから仕方ないよ」

 

 ハジメはこの針の筵の状況から脱却せんと雪華の方へヘルプサインを送ったが、彼女は香織に向けて綺麗なサムズアップをしていた。解せない。

 

「それが分かっているなら直すべきじゃないか?何時までも香織の優しさに甘えるのはどうかと思うよ。香織だって君に構ってばかりはいられないんだから」

「いや〜、あはは……」

 

 少々思い込みの激しい彼に下手に反論してもさらに面倒な事態に陥ることが分かっているハジメは、この場もなんとか流そうと作り笑いを浮かべた。が、しかし、その努力も虚しく香織によって更なる爆弾が投下されてしまう。

 

「?光輝くん、なに言ってるの?私は、私が南雲くんと話したいから話してるだけだよ?」

 

 途端にざわつきだす男子生徒諸氏。突き刺さる視線の鋭さは増し、檜山たち小悪党四人衆に至ってはハジメの連行先の相談まで始めている。そして何故か雪華は爆笑寸前で口を押さえてなんとか堪えていた。ハジメはまた解せなかった。

 

「え?……ああ、ホント、香織は優しいよな」

 

 どうやら彼の中ではこの発言は香織がハジメに気を遣ったと解釈されたらしい。いつもの厄介なパターンだ、何言っても意味ないなぁ……、とハジメは諦め顔で窓の外を眺め始めた。

 そしてその時雪華は笑いが堪えきれず「ぐ……ぐふっ……ふ…げほっ⁉︎ゲホゴホゲホォッ⁉︎」と完全に決壊して咽せていた。

 

「……ごめんなさいね?二人とも悪気はないのだけれど……」

 

 この場において最も各人の性格や心情を把握している雫に、ハジメはこっそり謝罪される。普段の彼女の苦労が想像できるハジメは、無言で申し訳なさそうに礼を返した。

 

 そうこうしているうちに始業のチャイムが鳴り、教師が教室に入ってきた。騒がしかった教室は朝礼の開始と共に徐々に静まっていき、普段と変わらない1日が始まった。ハジメは時間割を確認すると、いつものように夢の世界へと旅立って行った。

 

 

※※※

 

 

 長い午前の授業も終わり、教室内が慌ただしくなってきた。「クリエイター志すなら知識は多いに越したことはないよ?」との雪華からの進言を受けて社会科は真面目に受けていたハジメ(当然小悪党四人衆にはやらしい目で見ているんだろうと詰られた)は、いつもと同じように鞄から10秒でチャージが可能な例のアレを取り出すと、教室を見渡しながら咽せないようにゆっくりと飲み込んだ。

 

 弁当持参者の多いこのクラスでは、購買組が立ち去っても3分の2程度の生徒達は残留しており、それに加えて四限で社会科を教えていた畑山愛子先生が数人の生徒と教壇で談笑していた。

 ふと右手を見るといつものように雪華が弁当を掲げながら隣の席へとやってきた。さぁ、談笑タイムだ、今日は何の話題で話そうか?と口を開いたハジメだったが、その口から声が発されることはなかった。

 雪華が誰かを手招きしている。その視線の先には……些か彼女には大きすぎる、そんな感想を抱かずにはいられない弁当箱を持った香織がいた。

 

 雪華さん何やっちゃてくれてんですか〜⁉︎という視線を向けるが、雪華は口をすぼめながら惚けて見せた。ハジメは『口笛吹けてないよ⁉︎』というツッコミを香織の手前、なんとか飲み込んだ。

 

「雪華ちゃん、誘ってくれてありがと!ハジメくんも、ちょっとだけここいいかな?」

「ど、どうぞ?僕はもう食べ終わってるし、二人で自由に使ってよ」

 

 完食済みのゼリー飲料の袋をひらひらさせながら席を立とうとする。しかしここから離れようというハジメの目論見は女神の追撃により叩き壊される。

 

「えっ!お昼それだけなの?ダメだよ、ちゃんと食べないと!私のお弁当、分けてあげるね!」

 

 弁当箱と何故か二膳あった箸を押し付けようとしている香織とT◯itterで尊いマンガを発見した時みたいな顔をしている雪華にしどろもどろしていると、救世主が現れた。光輝と龍太郎だ。

 

「香織。こっちで一緒に食べよう。南雲は用事があるみたいだしさ。せっかくの香織の美味しい料理を心を別のどこかに向けたまま食べるなんて俺が許さないよ?雪華も南雲なんかほっといてで一緒に食べよう」

 

 爽やかに気障なセリフを吐いてのける光輝に対して香織はキョトンとし、雪華はP◯xivで百合の間に入る男のイラストを発見した時みたいな無表情になっている。

 

「え?何で、光輝くんの許しがいるの?」

 

 素で聞き返す香織に「ブフッ」と雫と雪華が同時に爆発した。光輝は困ったように笑いながらあれこれ言っているが、学校の人気者が何人もハジメの周りに集まり続けている状況に一部の生徒たちもいい顔はしない。

 

(はぁ、光輝はもう異世界召喚されちまわないかなぁ……。この勇者顔とカリスマ、龍太郎や八重樫さんに白崎さんも一緒なら完全に勇者パーティーじゃん……)

 

 変わらない状況に憂鬱そうに妄想の世界へ旅立ちながら机に突っ伏したハジメは……床の変化を見て、凍りついた。

 

 ハジメの目の前、光輝の足元を中心に白銀に輝く円環と幾何学模様が広がり始めたのだ。周囲の生徒たちも一瞬凍りついていたが、広がる輪が自分の足元へと到達したところで、我に帰って悲鳴をあげたり外へ逃げ出そうと動き始める。

 

「皆、教室から出て!」

 

 そう愛子先生が叫ぶのと、輝きが最高潮に達し彼らの視界が真っ白に染まるのはほぼ同時だった。教室全域を包み込んだ白銀は数瞬の後に静かに消え去り……残ったのは開かれた弁当箱や水筒などばかり。生徒や先生の姿はどこにも残されていなかった。

 人間だけが白昼堂々消失するという異変に、世間は集団神隠しとして大いに盛り上がったが、それはまた、別の話。

 




ハジメに別にべったりついていく訳ではないけどハジメと同じサイドの主人公が読みたくて書いた、後悔はしていない


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第弐話 喚ばれた、世界で

一話投稿段階で45ものお気に入りと1500を超えるアクセスを頂けていることに戦慄しております……
読んでくださった皆様、ありがとうございます!


 眩い光につい目を固く閉じていた雪華は周囲からのざわめきを感じて恐る恐る目を開けた。時を同じくして目を開けたのであろうハジメと顔を見合わせると、警戒を断たずに辺りを見渡す。

 

 全く知らない場所だった。巨大で、尚且つ精緻な彫刻の施された柱に支えられたドーム状の天井に、真っ白な大理石の床。巨大な宗教施設の神殿をも思わせる空間はどうやら広間のようで、壁の一つに飾られた金髪の中性的な人物が両腕を広げた一枚の肖像画が存在感を放っている。

 雪華たちはその最奥に位置する台座の上にいるようで、周囲には呆然とするクラスメイトやへたり込む香織、そしてそれを見てほっとした様子のハジメが見て取れた。雪華は再びT◯itter(以下略)の顔になった。

 

 そしてクラスメイト達のさらにその周囲に、三十人近い法衣に身を包み台座に向かって跪く集団があった。衣は白地に金糸で刺繍がなされており、彼らはもれなく傍に銀色の錫杖(しゃくじょう)のようなもの、それも先端が扇型で円盤が複数ぶら下がった物を携えていた。

 中でも特に装飾のされた法衣を纏い豪奢な錫杖を握った老人……少なくとも70歳にはなっていそうなのにも関わらず芯の通った立ち姿の人物がこちらに歩み寄ってきた。

 頭に載せた烏帽子が目立つ彼は、やはり年格好の割に通った声でこちらに語りかけてきた。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎いたしますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、よろしくお願いいたしますぞ」

 

 イシュタルを名乗る老人はそう宣うと何かを孕んでいそうな微笑を浮かべ、未だ状況が掴めず慌ただしい生徒達を別室へと促した。

 いくつもの長テーブルと椅子が置かれたその部屋はやはり煌びやかで、中世ヨーロッパを思わせる造りをしている。凝らされた意匠から明かに高級品で、並の職人なんぞでは造れないであろうクラスの品が並ぶ部屋であった。恐らく、晩餐会や国賓レベルの重要な客を招くための施設なのだろう。

 上座に近い方に先生や光輝含むスクールカースト上位陣が座り、雪華やハジメは最後方へと向かう。こんな時というのに雪華はわざわざ上座と対になる位置に陣取ってゲンドウポーズ(注釈:両の肘を机に載せ顎の下で手を組んだ姿勢。ググれ。)を取った。ハジメは普段と様子の変わらぬ親友に若干呆れた顔をした。

 

 大変な状況だというのに生徒達がそこまで恐慌にも陥らずに済んでいるのはまだ彼らが状況を上手く飲み込めてないからだろう。イシュタルの事情を説明するとの言や、光輝の溢れんばかりのカリスマ力も理由の一つかもしれない。仕事を奪われたどころか生徒よりも統率力がない事が露見しかけている愛子先生は涙目であった。

 

 全員が着席すると、示し合わせたかのようなタイミングでカートを押す給仕の女性達が入ってきた。要するにメイドである。

 ガチの美少女メイドさん達だ。地球産のエセメイドや史実の夢が壊れそうなものとは違い、全員が整った顔立ちとナイスバディを持っている。雪華はそのプロポーションからなる巨大な胸部装甲を複雑そうな顔で見ていた。

 

 当然男子生徒達の多くもメイドさん達に視線が釘付けなのだが、つい自分のところに飲み物を給仕してくれたメイドさんを凝視しそうになったハジメは突然脊髄まで凍りそうなレベルのとんでもなく冷ややかな殺気を感じた。

 頭の上に「!?」と出現しそうな勢いで振り向くと、背後に般若を浮かべた、瞳からハイライトを消し去った微笑を浮かべる香織と目が合った。ハジメは般若が幻覚であることを祈りつつそれを見なかったことにした。

 

 生徒達に飲み物が行き渡ったことを確認すると、イシュタルが話し始めた。

 

「さて、あなた方におかれましてはさぞ混乱されていることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

 そう前置かれて始まったイシュタルの話は実にファンタジーで、自分たちにとってはどうしようもなく勝手な話だった。

 

 要約するとこうだ。

 まず、この世界はトータスと呼ばれ、大きく分けて3つの種族が暮らしている。それは自分たち人間族と、被差別種族である亜人族、そして個々が強大な力を持つ魔人族だ。

 うち、人間族と魔人族は何百年も戦争を続けており、現在人間族は存亡の危機に瀕しているらしい。今まで人間はその数を、魔人はその個人個人の力をもって拮抗した戦いを繰り広げていたのだが、人間族の持つ数というアドバンテージが崩れようとしているのだ。

 その理由は、魔人族が通常の野生動物が魔力を取り入れて変質した異形生物、魔物を使役、使用できるようになったことにある。

 今までは魔物の使役なぞできても余程の強者でも1匹か2匹程度だった。その常識が覆ってしまった。

 

「あなた方を召喚したのは“エヒト様”です。我々が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。この世界よりも上位の世界の人間であるあなた方は、この世界の人間よりも優れた力を有しているのです」

 

 イシュタルはそこで言葉を切り、「神託で伝えられた受け売りですがな」と表情を緩めながら続ける。

 

「あなた方にはぜひその力を発揮し、“エヒト様”の御意思の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救っていただきたい」

 

 イシュタルは何やら恍惚とした表情を浮かべている。ジジイのアヘ顔ほど需要のない物もない。雪華とハジメは『オエーッ』と顔を見合わせた。

 この世界では人口の大凡9割近くが聖教教会の信徒であり、神託を一度でも受ければもれなく高位神官への道が開かれるそうだ。雪華は一人“面倒な事になったなぁ”、とアヘタルで一度顰めていた顔をさらに顰めた。

 

 そんな状況下。何やら深刻そうな顔で決意を固めているカリスマ(笑)や未だ状況の飲めない一部の者、面倒ごとの匂いをいち早く察知していたハジメに雪華、さらには雫とクラス内でも反応が別れる中で一人、ガタン!と椅子を倒して立ち上がり猛然と抗議する者があった。

 愛子先生だ。

 

「ふざけないで下さい!結局、この子達に戦争させようってことでしょ!そんなの許しません!ええ、先生は絶対に許しませんよ!私たちを早く帰して下さい!きっと、ご家族も心配しているはずです!あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 

 ぷりぷりと擬音が聞こえてきそうな怒り方の愛子先生。それもそのはず、今年二十五歳になる人気の社会科教諭愛子先生は、百四十五センチ程の低身長に童顔、ボブカットといった出立をしているのだ。生徒達のために!と一生懸命な姿への皆が抱いた思いは尊敬ではなく……庇護欲。“愛ちゃん”と呼ばれて親しまれている(本人はそう言われると怒るが)。

 ああ、また愛ちゃんが頑張ってるなぁ、と割と他人事でもないと分かっている雪華以外はほっこりとしていたのだが、直後のイシュタルの発言に皆は凍りついた。

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現場では不可能です」

 

 場が静寂に満たされる。誰も何も発言しない。重苦しい雰囲気で皆嘘だろ?という気持ちを隠さない視線でイシュタルを見やる。

 

「ふ、不可能って……ど、どういうことですか⁉︎喚べたのなら帰せるでしょう⁉︎」

 

 愛子先生が叫ぶ。

 

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々があの場にいたのは、単に勇者様方を出迎えるためと、エヒト様への祈りを捧げるため。人間に異世界へ干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意志次第ということですな」

「そ、そんな……」

 

 愛子先生が脱力したように椅子へと座り込み……そうになったが椅子は吹っ飛ばされていたので床にそのまま尻餅をついた。最後まで締まらない人である。

 生徒達も口々に騒ぎ始めた。

 

「うそだろ?帰れないってなんだよ!」

「いやよ!何でもいいから帰してよ!」

「戦争なんて冗談じゃねぇ!ふざけんなよ!」

「なんで、なんで、なんで……」

 

 パニックになる生徒達。例に漏れず雪華とハジメも落ち着いてこそいられなかったが、趣味においてこの類の創作は数多く履修している二人はやや冷静に『これは一体どうなってしまうんだろう』、と相談程度のことはできていた。

 しかしいくら数人落ち着いている生徒達がいたとしても、全体の母数に対しては相当少ない。彼らのパニックは依然継続していた。

 

 もはや雪華やハジメの中ではアヘ顔狂信者判定のイシュタルは、そんな生徒達をどこか侮蔑の感じられる視線で黙って眺めていた。大凡「神に選ばれておいて何故喜べないのか」とでも思っているのだろう。

 

 その時、突如バンッ!と机を叩く音が響いた。光輝だった。これにはパニックになっている生徒達も静まりかえり、視線が彼に向く。光輝は全員がこちらを見ていることを確認すると、おもむろに話し始めた。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救う為に召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん?どうですか?」

「そうですな。エヒト様も救世主様の願いを無下にはしますまい」

「俺達には大きな力があるんですよね?ここにきてから妙に力が漲っている感じがします」

 

 これには生徒達も『そういえば……』というような顔をしている。そんな反応が大半を占める中、ハジメと雪華だけは『マジで?』といった顔で自分の手を振ってみたりしている。

 

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる‼︎」

 

 ギュッと握り拳を作り、そう宣言する光輝。無駄に光る歯と何故か眼の中に見える闘志に雪華はイラッとした。

 そして同時に、光輝のカリスマは絶大な効果を発揮する。絶望的な表情だった生徒の多くが活気と冷静さを取り戻し出したのだ。元々冷静だった若干名に対しては詭弁すれすれの発言にも聞こえたが、心の拠り所を求めていた彼らにはそれこそイシュタルの宣う神託……そのように感じられたのだろう。皆の光輝に向ける視線はキラキラと輝いており、女子生徒の中には熱っぽいものを向ける者も見受けられた。

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」

「龍太郎……」

「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」

「雫……」

「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

「香織……」

 

 いつものメンバーが光輝に賛同する。残りの生徒達はというと、当然光輝に賛同しクラスは一丸となっていく。愛子先生が「ダメですよ〜」と涙目で訴えているがこの流れの前では無力だった。

 

 雪華は面倒くさそうな面持ちで机に顎を乗せた。両親がいない以上、オタク趣味が断たれる事以外に大して地球に未練もない彼女だったが、こんな誰も知らない土地で戦死するなんてまっぴらごめんだった。そしてなにより……。

 

「はぁ、シン・ヱヴァ完結篇見たかったなぁ……」

 

 そう、静かに呟く。

 未練はひとつもない、というわけではなかった。

 

 

※※※

 

 

Q.元々ただの平和な国の高校生だった人がある日突然戦場に放り出されたらどうなりますか?

A.死にます。

 

 ということで彼ら一行は当然訓練を受けることとなる。

 彼らが召喚された場所、『神山』の存在する人間族の国、『ハイリヒ王国』の城。召喚された翌朝、当然のように『知らない天井だ……』ノルマを達成してホクホクな雪華含む生徒達は城内のとある一室に集められた。

 そして彼らに、手のひらサイズの銀色のプレートが配られる。「あっ察し」顔のオタク勢を除いた多くの生徒は不思議そうな顔でプレートを裏返したり突っついたりしていた。

 そして訓練担当となった騎士団長、メルド・ロギンスが説明を始めた。

 

「よし、全員に配り終わったな?このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

 彼は勇者一行だからと言って態度を変えるような人物ではなく、これから戦友になるんだからと自分たちにとてもフランクに話しかけてくれる気さくな人だった。雪華もハジメも、父親世代ともさして変わらないような歳上の人物に硬い口調で話されても居心地が悪いだけなので、メルドのその態度は有り難かった。

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。“ステータスオープン”と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ?そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

 

 雪華はふぅん、と小さく声を漏らすとまじまじとそのプレートを眺め始めた。何となく、大きな魔法にはそれなりのサイズの魔法陣が必要なのではないか、という先入観があった彼女にはこんなこぢんまりとした板で人間の身体情報が測れる事が意外だったのである。

 

『よくあるファンタジー小説みたいにでっかい水晶でも使うのかと思ったけど、アーティファクトってのはたいしたもんだねぇ……』

 

 謎に上からな雪華はプレートを早速使ってみる……わけではなく、先んじて板に血を垂らしていたのであろうクラスメイト達の反応を伺ってみた。どうやら、持ち主の魔力の性質によって色が変わるらしい。突然発光して様々な色に変わるプレートを見て皆は驚いているようだ。「ひえっ!」といった素っ頓狂な声も聞こえてきた。

 

「さてさて、私のステータスはっと……」

 

 ファンタジー物のお約束、転生者の異常な高ステータス。昨日の召喚時には胡乱な表情が抜けなかった雪華も、これにはつい楽しみで笑顔が漏れ出てしまう。

 指先にぷつ、と針をあてがい、滲み出てきた血をプレートに着ける。反応は顕著な物で、あっという間にプレートは淡い光に包まれてその色を変えてゆく。

 

「……ん?」

 

 さあ、お楽しみの時間だ、と見たプレートは何やら色が薄くなっている……というより、向こう側がガラスのように透過している。書かれた文字は黒色で、これは何やらディスプレイに映し出された物のように見える。そして内容は、こうだ。

 

 

==========================

 

柚希雪華 16歳 女 レベル0

 

天職:使徒

 

筋力:不詳

 

体力:不詳

 

敏捷:不詳

 

魔力:不詳

 

魔耐:不詳

 

技能:学習能力・変幻自在・言語理解

 

==========================

 

 

 ……意味がわからなかった。ステータスは全てが不詳。隣のハジメは1だったレベルも0で、技能もパッとイメージがつかない。

 そして何より分からなくて、気に食わないのは……。

 

「ボクはあの、胡散臭くてよくわからない神の使徒にされたっていうのか?」

 

 普段の雪華からは似合わない低い声が出たことにハジメはギョッとして雪華の方を向き直った。

 

「ど、どうしたの?雪華」

「……ん」

 

 雪華は黙ってハジメにプレートを渡す。渡しつつも雪華は今後の身の振り方をどうしようかと考えていた。勝手に召喚された挙句、神の傀儡になるかもしれないなんてつくづく運がない。

 

「な、何だこれ……使徒って、あの使徒……なのかな」

「あのって、使徒といったらその使徒しかないでしょ」

「ならどうして不機嫌なのさ、雪華なら使徒になれるってんなら両手を挙げて喜ぶと思ったんだけど……」

「こ、これのどこが喜べるっていうの⁉︎やだよボクこんな得体の知れない神の使徒なんて‼︎」

 

 雪華は半泣きでハジメに訴える。しかしハジメはそこで「あっ」と言うと、

 

「使徒ってそっちの使徒を想像してたの?」

 

 と返した。

 

「ふぇ?」

 

 つい間の抜けた声が出てしまう。

 そんな雪華に、ハジメは優しげな口調でこう答えた。

 

「僕はその使徒じゃなくて、君の大好きなあっちの使徒を想像したんだけどな」




最初の方の話はなかなか進ませにくいし原作をある程度踏襲しないとならないので書くのが大変ですねぇ……
もう数話したらがっつりオリジナル展開に持っていけると思いますので暫しお待ちを!


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第参話 使徒、覚醒

お久しぶりでーす!!!!!(2ヶ月ぶりの更新)
遅くなってすまんです
これも全部コロナウイルスってやつが悪いんだ……(責任転嫁)
うそです
僕の怠惰が全部悪いです
今後の話はある程度構想があるので今度こそ週一くらいで更新します(フラグ)


 天職が判明したものの、一体何ができる職業なのかメルド団長やその他の城の住人達にもさっぱり分からず、雪華はクラスメイト達の訓練になんとなく参加してみたりハジメと魔物図鑑やこの国の地図などを読み耽っては時間を潰す日々を過ごしていた。

 

 今のところ、イシュタル達の言うエヒト様とやらに繋がる能力も、エヴァンゲリオン作中の使徒っぽい能力も何一つ発現していない。よく言えば平穏、悪く言えば八方塞がりだった。

 文献なんてものはとうに調べ尽くされており、過去に誰か『使徒』の天職を持って生まれた者の記録もなく、それにまつわる神託ももちろんなかった。

 

「はぁ……暇だなぁ……」

 

 そんな調子なので、雪華はフリーな時間が他の人より増え、辺りを度々うろつくあまり他のクラスメイトよりも城内に詳しくなってしまった。サボっているのではない。ただただ暇なのである。

 訓練は、もし専用の特殊な武器があってその時に変な癖がついていたら良くない、と体力づくりの基礎トレーニング以外は免除、座学の時間も魔法の時間はできることがなくて暇、よって自習という有様だった。

 

 こうして今も雪華は城内の廊下を適当にプラプラと歩いていた。間もなく皆は訓練が始まる、といった時間。時折訓練場へと向かっていく生徒とすれ違ったりしながら未探索である上階の方を見てみよう、と彼女は柔らかいカーペットの敷き詰められた廊下をのんびりと進んでいた。

 すると、他の生徒達よろしく訓練場に向かうのだろう。私室から武器を持って出てくるメルド団長と出くわした。

 

「おう、雪華!訓練させてやれなくって毎日暇だろうですまないな。なんか変わったことはあったか?」

 

「メルドさん、おはようございます。う〜ん、特にないですねぇ。どんどん城の中には詳しくなっちゃってますけど、それ以外は相変わらずで……」

 

 そう返すとメルドはふと思い出したようにこんなことを言ってくる。

 

「そういやぁ前に地下牢の方へと続く扉の前まで行ったはいいが嫌な予感がして引き返したって言ってた時あったろ?」

 

「そう言えばそんなことありましたね。それがどうかしましたか?」

 

 事実雪華はつい先日、中庭の探索中に何か物々しい雰囲気を放った頑丈そうな扉を発見したものの、何か変な感じがして探索はやめておいたのだった。

 

「実はな、そこに留置していた謀反の疑いがあった大臣補佐の男なんだが……自殺したようでな。それだけならただの事故ってんだがなんとそいつ、アンデッド化していたらしい」

 

「えっ……」

 

 自分たちの暮らしている場所の真下でそんなことが?と、存外ショッキングだった彼の発言に雪華は一瞬言葉に詰まってしまう。

 

「あっ、わ、悪い。お前らはこういう話に慣れてないだろうって配慮が抜けていた。すまない」

 

「い、いえ。びっくりしたけど大丈夫です」

 

 ここは異世界。法律も違えば、暮らす人々も治安も違う。当然血生臭い話も地球にいた頃よりは多くなる。少しずつ慣れていかないとなぁ、と雪華は一人話を飲み込む。

 

「それでここからが本題なんだが。普通扉の先からさらに10階層近く降りたところで発生していた現象に嫌な予感を感じるなんておかしい……お前、もしかして勘が鋭くなってないか?」

 

 確かに、実際の距離にして数十メートル、さらには多くの壁、そして厚い鉄扉を挟んだ先から嫌な予感を感じるとは普通の人ではなかなか考えられない事である。

 

「なるほど……実例がその一件しかないので断言するには早いですけど、ありえるかもしれませんね。注意してみます」

 

「おう!じゃ、俺は訓練を見に行かないといけねぇから」

 

 メルドはそう応えると訓練場の方へ去っていった。

 

 その時だった。地下牢行きの鉄扉の前で感じたような何かの『予感』を雪華は再度感じた。方角は……メルドの向かった訓練所の方。ただその予感は、以前に感じた「近寄りたくない」と言ったものではなく。「何か危険が迫っている」という物。

 

 何かが、訓練所の方で起こっている。

 雪華はその予感に突き動かされるように駆け出した。

 

 

※※※

 

 

 訓練場の片隅、人が少ない暗がり。クラスメイト達も寄り付かないそこでハジメは一人訓練開始を待っていた。自主訓練でもしていよう、と彼は細身の西洋剣を抜き、ゆっくりとメルドに教えられた構えの体勢を維持していた。

 と、その時。背中に突然衝撃が走る。誰かに蹴られたようで、咄嗟に構えを解きその場で踏ん張ったために転ぶことは無かったものの、目前に迫った白く光る抜き身の剣にハジメは冷や汗をかいた。

 

「よぉ、南雲。何してんの?お前が剣持っても意味ないだろが。マジ無能なんだしよ〜」

 

 他のクラスメイト達が高いステータスと戦闘職を引き当てる中、ただ一人だけ一般人と何も変わらないステータスと生産職の天職を引き当てた彼。周囲から馬鹿にされ距離を取られる中、錬成の勉強や魔物図鑑の読み込みなど誰でもできることに逃げていた……と周囲からは思われていたようだが、その実彼は訓練には真面目に参加した上で空いた時間にそれらの書物の読み込みを行うなどして何とか周りから引き離されないように動いてはいた。

 

 自分のペースで努力を続けてはいたがやはり生産職であるという事実は覆ることはなく、こうしていつもの小悪党組に突然襲われることもしばしば。ため息をつきながら振り返ると、そこにいたのは予想と違わず普段からハジメをいびっては嗤っている彼らだった。

 

「ちょっ、檜山言い過ぎ!いくら本当だからってさ〜、ギャハハハ!」

「何で毎回訓練に出てくるわけ?俺なら恥ずかしくて無理だわ!」

「なぁ、大介。こいつさぁ、何かもう哀れだから、俺らで稽古つけてやんね?」

 

 ニヤニヤと醜い考えが透けて見える笑みを浮かべ、ゲラゲラと五月蝿く笑う檜山達。

 

「あぁ?おいおい、信治お前マジ優しすぎじゃね?まぁ、俺も優しいし?稽古つけてやってもいいけどさぁ〜」

「おお、いいじゃん。俺ら超優しいじゃん。無能のために時間使ってやるとかさ〜。南雲〜感謝しろよ?」

 

 檜山達はそんな事を宣うと、ハジメを人気のさらに少ない方へとぐいぐいと押して連れて行こうとする。何人かのクラスメイト達はちらちらとこっちを見ているので気がついてはいるのだろうが、ハジメを助けようと動く者はなかった。

 

「いや、一人でするから大丈夫だって。僕のことは放っておいてくれていいからさ」

 

 黙って殴られているわけにもいかないので、ハジメはやんわりと断ってみるが、彼らが止まる気配はない。

 

「はぁ?俺らがわざわざ無能のお前を鍛えてやろうってのに何言ってんの?マジ有り得ないんだけど。お前はただ、ありがとうございますって言ってればいいんだよ!」

 

 檜山の拳がハジメの脇腹に突き刺さる。ハジメはその痛みに「ぐっ」と声を漏らしてしまう。

 彼らの暴力は明らかに地球にいた頃と比べても容赦のないものになっている。それもそうだ。明確な大きい力を思春期真っ盛りの男子が手にしたのだ。嫉妬に駆られて暴力に手を出す少年に自制心など備わっているはずなどない。

 

 訓練施設からは完全に死角の物陰にたどり着くと、檜山はハジメを壁へと思い切り突き飛ばした。

 

「ほら、さっさと立てよ。楽しい訓練の時間だぞ?」

 

 檜山、中野、斎藤、近藤はハジメを取り囲むと、各々の武器を構えそれぞれ攻撃を加え始める。

 剣の鞘で撃たれる。火の玉をぶっつけられる。風の玉で鳩尾を射抜かれる。体のあちこちを蹴られる。

 リンチと呼ぶにふさわしい暴力の応酬は続く。そんな中ハジメは一人己の弱さを噛み締め、悔しさを堪えながら何とか蹲って彼らの攻撃に耐えていた。元来の性格のせいで暴力を嫌い、争いを避けてきた彼はここで何か反撃したり、ということができない。

 

 そんな時だった。誰かの駆け寄ってくる足音がする。誰が来たのだろうと恐る恐る目を開けば、そこには彼の最も近くにいつもいてくれて、それでいて自分といる事をとても楽しんでくれている彼女がいた。

 

「やめろ!」

 

 ハジメは自分の親友が彼らと自分の間に割り込んできたのに気がついた。後ろ姿からわかるほどの怒気を滲ませながら檜山達に立ちはだかる彼女はとても美しく、そして頼もしくて……。しかしハジメの視線は彼女ではなくその先、自分を狙って詠唱中だったが呪文をキャンセルする方法が分からずあたふたする彼らを見ていた。

 

「雪華、危ない!」

 

 ハジメはありったけの声を振り絞って叫ぶ。しかし無情にも火の玉、風の玉は放たれてしまう。痛む体を鞭打って立ち上がろうとするも、度重なる暴力で鈍った身体の動きは遅く、コレでは明らかに間に合わない。万事休すか、と思った。その矢先だった。

 

「A.T.フィールド、全開」

 

 普段の柔らかい声からは想像の付かない程、低く、そして冷たい声が響き渡った。彼女の目前まで迫っていた火と風の玉は、その声を合図とするように拡がった八角形の波紋の流れる半透明の壁に阻まれ、小さなポン、という爆発を残し霧散する。

 咄嗟に覗き込んだ彼女の瞳は、抑えきれない怒りの感情を溢しながら妖しげに光っていた。

 

 

※※※

 

 

 時は数分ほど前へ遡る。何やら嫌な予感を感じ取った雪華は城内を全力疾走していた。外へと通づる扉をほぼほぼ体当たりと言った勢いで開け放ち、一路訓練場へと向かう。しかしたどり着いたそこは訓練の開始を待つ生徒こそ多数いたが、感じ取ったソレの発生源となりそうな物はどこにもなかった。

 訓練場の中心に立ち、ぐるりと一周、辺りを見渡してみる。周囲の生徒達は珍しく訓練場に来ている雪華にどうしたのだろうか、といった視線を向けていたが、彼女の放つただ事ではなさそうな雰囲気に誰も声をかけないでいた。

 

 そして雪華は訓練場のある一方向、人気のなさそうで城の影になっている側を見遣ると、またそちらの方へと全力疾走し始めた。その方向が先程ハジメが檜山達に連れ去られた方向と同じことに気づいた生徒も何人かいたが、例によって例の如く面倒ごとに関わりたくはないと大半の生徒はそれを無視した。

 

 進むに連れ、大きくなっていく檜山達四人組と思われる気色の悪い嗤い声とヒトが殴られているかのような鈍い音。音のする方へと曲がると目に飛び込んできたのは、彼女の親友が無様に殴られている様子だった。

 

 ふつふつと身体の底から怒りが湧いてくる。ボクの親友に、何をしているんだ?そんな思いに身を任せ、雪華はハジメと檜山達との間に躍り出た。

 

「やめろ!」

 

 突然現れた自分にあたふたしている彼らを睨めつけながら雪華は叫んだ。「あ、いや……」と咄嗟に弁解をしようとする檜山と近藤。発動中の魔法を見て慌てて何とかしようとバタバタする中野と斎藤。

 

「雪華、危ない!」

 

 背後からハジメの声がかかる。そう、中野と斎藤は結局詠唱を止められず、その魔法をこちらへと放ってきたのだ。

 

 このままでは自分も傷ついてしまう。そんな危機的状況だったが、雪華は至って冷静であった。そして彼女は、まるで今まで何度もやってきた行為を繰り返すくらい自然に、明瞭に、そしてかつてなく底冷えした声でこう一言、頭に浮かんだフレーズをそのまま、言った。

 

「A.T.フィールド、全開」

 

 かくして目の前まで迫っていた脅威は消え去り、辺りには沈黙が訪れた。

 そんな中。雪華の頭の中に、中性的な誰かの声が響き渡る。

 

 

 

”対象のA.T.フィールドの使用及びアダム因子適格者としての覚醒を確認”

 

”第三使徒サキエル、第四の使徒の能力がアンロックされました”

 

 

 

「………へ?」

 

 自分に起こったことではあったが、突然の事態に雪華は変な声を漏らしてしまう。ボクがA.T.フィールドを使った?使徒の能力がアンロック?疑問に思うことはいくつもあったが、雪華は何とか思考の海を脱して今はハジメの介抱が急務である事を思い出した。

 

「っと、ハジメ!大丈夫?」

「セツ……うん、大丈夫だよ。ね、ねぇ今のってさ」

「うん、多分アレだけどそれは後!あぁ、こんなに怪我しちゃって……」

 

 改めて向き直って確認すると、ハジメは酷い有様だった。あちこちに生傷ができ、服も少し破れかけている。応急的にハンカチで止血したりしていると、そこに「ハジメくん!」と言いながら香織が駆け寄ってきた。

 

「香織ちゃん!ちょっと、ハジメの傷診てあげて!」

「分かった」

 

 雪華はそう言うと、小悪党四人組の方へと向き直った。丁度そのタイミングで雫、光輝、龍太郎も駆け寄ってくる。

 

「いや、誤解しないで欲しいんだけど、俺達、南雲の特訓に付き合っていただけで……」

 

 白々しくも自分を正当化し難を逃れようとする檜山達に雪華は顔をしかめる。そこに雫も追撃するかのようにこう指摘した。

 

「特訓ね。それにしては随分と一方的みたいだけど?」

「いや、それは……」

 

 ごにょごにょと何かを言おうとするが二の句が継げない檜山に、さらに光輝、龍太郎の口撃も加わる。

 

「言い訳はいい。いくら南雲が戦闘に向かないからって、同じクラスの仲間だ。二度とこういうことはするべきじゃない」

「くっだらねぇことする暇があるなら、自分を鍛えろっての」

 

 怒りの視線に加えて三人ものクラスメイトから正論をぶつけられてしまっては彼らも立つ瀬がないようで、そそくさとその場を離れていった。

 そしてハジメは香織の治癒魔法によって少しずつ回復していた。

 

「ありがとうセツ、白崎さん。助かったよ」

「ごめん、ボクの到着が遅かったばっかりに……」

「いつもあんなことされてたの?それなら、私が……」

 

 怒りの形相で今なお檜山達が去った方向を睨む雪華と香織をハジメは慌てて止める。

 

「いやいや!セツが駆けつけてくれたおかげで十分助かったしそんないつもやられてるってわけじゃないから!白崎さんも大丈夫!」

 

 それでも二人は納得していなかったが、ハジメが穏やかそうな顔で一言「大丈夫」ともう一度言うと渋々、と言った風に引き下がった。

 

「南雲くん、何かあれば遠慮なく言ってちょうだい。そのほうが香織も納得するわ」

 

 今にも再び怒気を放ちながら駆け出しそうな猛獣二人を宥めながら雫が言う。

 

「ありがとう。でも本当に大丈夫だよ」

 

 ハジメは雫にもそう礼を言った。

 ハジメは治療を終えよろよろとしながらも立ち上がる。その様子を見て一同はホッと胸を撫で下ろした。

 

 しかし折角訪れたこの一件落着、訓練場に戻ろうかと言う雰囲気に水を差す輩がいた。もちろん我らが勇者、天之河である。

 

「だが、南雲自身ももっと努力すべきだ。弱さを言い訳にしていては強くなれないだろう?聞けば、訓練のないときは図書館で読書に耽っているそうじゃないか。俺なら少しでも強くなるために空いている時間も鍛錬に充てるよ。南雲も、もう少し真面目になった方がいい。檜山達も、南雲の不真面目さをどうにかしようとしたのかもしれないだろ?」

 

 唐突に飛び出してきた勇者的超理論にハジメと雪華以下女性陣は唖然とする。

 

「雪華、君もだ」

「えっ?」

「能力を隠していただろう。あんなことができるのに訓練に参加しないだなんて今の状況をまるで分かっていない」

「いや、あれはさっき覚醒したところで……」

「言い訳は見苦しいぞ。とにかく、できる事をやらないで義務から逃れようとするのは良くない。次からはちゃんと訓練に参加してくれ」

 

 流石に雪華もこれには驚きすぎて言葉も出ないようでポカンとした顔で華麗にその場を辞そうとする勇者(?)を見送ることしかできなかった。

 

「雪華、私にはアレは南雲くんの前に立ち塞がった時に目覚めたように見えたんだけど……」

「う、うん。そうなんだけど……」

 

 雫の質問にそう返すと、彼女は額に手を当ててため息をつきながらこう続けた。

 

「ごめんなさいね、二人とも。ああ見えて光輝も悪気があるわけじゃないのよ」

 

 天之河があんな様子なのは前からだったが、ここまで酷い勘違いも中々なかった。折角能力が覚醒しただろうに、場の雰囲気でその話は流れてしまい、はたまた意図的に能力を隠していた、とまで言われてしまった雪華。明らかにリンチの現場であったにも関わらず、若干責任を自分に転嫁され、今後もまたイジメは続きそうなハジメ。

 前途多難だね、と二人は顔を見合わせて苦笑を浮かべた。

 

 

※※※

 

 

 この日は雪華もメルド団長に能力が覚醒したことを伝え、戦闘訓練に参加していた。先の覚醒の際に雪華のステータスプレートは更新されていたようで、現在はこのような内容になっている。

 

 

==========================

 

柚希雪華 16歳 女 適合率:8.62%

 

天職:使徒

 

状態:サキエル

 

強度:6.42%

 

因子:覚醒

 

技能:学習能力・変幻自在[+]・言語理解

 

==========================

 

 

 明らかに他の人とはステータスの表示のされ方が違う。状態はそのまま今能力を使用している使徒の名前が表示されるようで、強度というのはおそらくA.T.フィールドの強度。だが因子と言うのはよく分からかった。技能欄の『変幻自在』の横の+を押すと『サキエル』との表示が出てきたのでここはアンロック済の使徒が一覧になるのだろう。

 

 という訳で、雪華は今日の訓練の間ずっとA.T.フィールドでクラスメイトの攻撃を受けてみたり、過去にアニメ、映画で観たサキエルよろしく紫の槍みたいなのを腕からうにょんうにょん伸ばしてみたりしていた。

 A.T.フィールドの強度は、光輝の全力の一撃をも耐える程で、そして槍の一撃は支給品の鉄の盾を容易く貫いた。ただフィールドも雫に試しに一点に集中してダメージを与えるつもりで攻撃してもらったら少しばかりヒビが入ったので万能、というわけではないし、槍もある程度の距離まで近づかないと当てられないので、火力も攻撃範囲も上回る敵に会ったら討伐は難しそうである。

 ただ、物は試し、と不可視の光線を掌から撃ってみたら、死ぬほど疲れる代わりに弓術練習用の的は紫十字架の汚ねぇ花火になった。

 

 そして今はもう訓練も終わり、これから自由時間になろう、という時。普段ならそのまま解散なのだが、今日はメルドに全員が一度引き止められた。何事か、と彼の周りに集まる生徒達にメルドは大声でこう告げた。

 

「明日から、実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く。必要な物はこちらで用意してあるが、今までの王都外の魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ!まぁ、要するに気合入れてくれってことだ!今日はゆっくり休めよ!では、解散!」

 

 彼はそう告げるとスタスタとどこかへ去ってしまった。

 

 オルクス大迷宮とは、7大迷宮の一つに数えられる全百層からなる大迷宮だ。当然、攻略難度は高い。ハジメは、まさに前途多難だなぁ、と天を仰いだ。さて、錬成師の自分にどんな戦いができるか考えておこう、と城へ戻ろうとすると、雪華が何やら思案顔で動かない。自由時間だしまた図書館に誘おうとハジメは声をかけた。

 

「セツ、どうしたの?何か悩み?」

「ん……?あぁ、何でもないよ」

「そう?ならいいんだけど。そうだ、今日も図書館に行って迷宮の魔物の下調べをしない?」

「OK。汗かいちゃったからちょっとお湯をもらってから行くよ。先に行ってて?」

「分かったよ、じゃあまた後でね」

 

 そう返した雪華は、相変わらず何か難しいことを考えていそうな顔で浴場の方へと向かって行った。

 

 この時彼女は、遅かれ早かれこのままでいると聖教教会の信者に適当な役職に祭り上げられるに違いない。そんなことを考えていた。この世界の胡散臭い神の好き勝手にされるくらいなら、いっそ……。この国を出て行ってしまおうか?

 明日からは王都の外に出る。実行するには絶好の機会だ。

 

『ボクは、この国の駒にはならない』

 

 彼女の決意は、固い。

 

「とりあえず、ハジメにはこの事伝えておこうかな……」

 

 

 

 世界は分岐点を迎えた。少女の決意と少年の運命は、この歪な世界のカタチを変えてゆく。これは反逆者の力を得し錬成師と、神の()()()としての力を与えられた少女の紡ぐ物語である。




やっと話が動かせる所まで漕ぎ着けました!
次回以降、オリジナル展開の要素が色濃くなっていきます
原作の作中時間までの部分を読了していることを前提に次回以降は執筆しますのでご了承くださいませ

ああ、全てはこれからだ

感想、評価等励みになります
お時間のある方は是非に……


2020/05/15追記
アンケートの結果を鑑みまして、反映は不明としていましたがその一部を反映することとしました
その影響でタグ「ハジメハーレム変更なし」を削除し、それと同時に「原作死亡キャラ救済」を追加します
尚、必須タグ「ガールズラブ」に関しましては消去しておりません
作者である私の書きたいことを優先させました結果ですのでご了承くださいませ


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第四話 身勝手さと、不甲斐なさと

毎週更新と言ったな。
あれは嘘だ。
ごめんなさい

あとUA7000、お気に入り140件到達してました
ありがとうございました!
この調子で頑張りますのでよろしくお願いします
そこ、更新ペースの調子はもう少しどうにかしろとか言わない!


 【オルクス大迷宮】は、大迷宮の名を冠することからも分かる通りそれなりに攻略難度の高い迷宮だ。しかしこの迷宮は、初心者冒険者や新兵などの初心者からベテラン冒険者などの上級者まで、幅広く、そして根強い人気がある。その理由は、【オルクス大迷宮】の階層ごとの魔物やトラップの強さがはっきりしていることにある。浅い所ほど簡単で、そして深く潜るほど難しい。その分かりやすさがある意味攻略をしやすくしている、というのが理由の一つだ。

 

 そして、魔物はその特徴の一つに、体内に魔石を有している、というものがある。魔石とは、魔物のいわば核だ。魔力を通しやすいという魔石の性質は、魔法を使う際の触媒から一般市民の生活のための道具まで幅広い範囲で役立っている。さらに言うと、迷宮の魔物から取れる魔石は地上のそれより品質が良いのだ。そのため、迷宮の外には宿場が作られ、日々多くの冒険者たちによって盛んに攻略が行われている。

 

 そんな【オルクス大迷宮】を訓練の一環として攻略するために、雪華、ハジメ含む勇者パーティー一行は迷宮のすぐ外に併設されている宿場町、【ホルアド】を訪れていた。【ホルアド】には、王国の建設した兵卒の訓練目的の宿が存在する。一行は今日はここに宿泊し、明日の朝より攻略を開始する予定だ。

 

 そして今現在、雪華は宿泊することになっている部屋のベランダから外の景色を眺めていた。もう深夜と言っても差し支えないような時間だ。澄んだ空気と灯りの少なさもあって、星々がよく見える。しかしその中に見知った星座や天の川は見られない。雪華はひとりここが異世界であることを実感していた。

 

 雪華は香織、雫と同室である。本来二人ずつのところを部屋数などの関係で、少し広めの部屋を三人で使うこととなった。しかし今、ベランダにいる雪華含め部屋の中には誰一人いない。香織はハジメの部屋へと夜這い(雪華が勝手にそう呼称している)中、そして……

 

「雫ちゃん、ちょっと緩めて、苦しい」

「ごめん……ちょっとむり……」

「無理⁉︎」

 

 雫はと言うと、一緒にベランダに出て雪華に張り付いていた。文字通り張り付いているのである。日頃から勇者による多大なストレスと激しい戦いを繰り広げている彼女は、トータスに来てからというもの時折こうして雪華をぬいぐるみ扱いすることによりその鬱憤を晴らしているのである。ベランダの柵と雫の身体に挟まれて潰されかけている雪華からしたらたまったものではないが、勇者の謎言動と四六時中付き合うことの大変さは理解しているので基本は黙ってされるがままにしている。

 

「はぁ……明日から迷宮探索か……」

 

 背中に雫を貼り付けた雪華が呟く。

 

「うぇぇまた勇者のお守りは嫌よぅ……」

「し、雫ちゃん元気出して?」

 

 普段の凛々しい姿からは考えられないほどの緩みっぷりである。最初こそ、二人は高校一年生の時のただのクラスメイトだった。それから月日が経ち今現在、お互いに素を晒しあったり、なんでも愚痴を言い合えるほどの仲になっている。もちろんゆるゆるモードは誰も見ていない時のみという制約はつくが。(香織は気づいているが気づいていないふりをしている)

 

 雪華はされるがままで彼女の愚痴に相槌を打ってはいたが、頭の中では全く別のことを考えていた。

 

 ……自分の計画している脱走、そして勇者パーティーからの離反の事である。

 

 雪華はイシュタル含む聖教教会の連中の、自分の天職を聞いた瞬間の顔というのをはっきりと覚えていた。最初こそ、教会の連中もどうせ利権等を気にしている汚い連中だろうと欲望にその顔が染まることを予想していた。しかし結果は全くと言ってもいいほどに違っていた。

 

 彼らが雪華に向けるようになった表情は『崇拝』が読み取れる恍惚としたモノだったのである。彼らは心の底からエヒト神を崇めている。そんな様子が実感できた。

 狂信者、そう表現しても差し支えない連中だ。彼女が下手に反抗などしてみようものならば、何をされるかわからない。目の前に現れた神に近しいと思しき存在が自分たちに全く従わなかったとしたら。もしかしたら、洗脳されて信じもしていない神に対する祝詞を言わされるかもしれない。もしかしたら、今後の一生を城の地下牢で暮らすことになるかもしれない。

 

 更には、雪華の天職である『使徒』がエヒト神とは何も関わりがないことが判明した場合でも彼らは彼女に対し何かしらのアクションに出ることが予測できた。

 

 エヒト以外の神の存在を示唆する人物だ。彼らにとっては邪魔だろう。

 

 どう転んでも地獄である。だからこその、離反と脱走であった。幸いな事に、先の覚醒である程度の戦闘はこなせることが分かった。それに金銭面でも、勇者パーティーのメンバーにはある程度が支給されている。しばらくの間は持ち堪えられそうだ。

 

(当面の目標は、容姿と身分の偽装と生活基盤の確立かなぁ……)

 

 考えなしに脱走しても良くて飢え死に、最悪で捕まってGAME OVERである。ただまあ、動き出さないと何も始まらないというのも事実だし、あんまり遅くなると逆に外に出るのが難しくなりそうだ。

 

「雪華、難しい顔で何か考えてるけどどうしたの?」

 

「ん?……あぁ、なんでもないよ。大丈夫」

 

 先ほどまでは考えていなかったが、黙って出て行ったら確実に心配する人が今張り付いている雫含め何人かいた事に雪華は思い至った。

 

(置き手紙でも置いておくか……)

 

 決行は明日の日中。理由をつけて訓練を休み、身支度を整えた後に外へ向かう。そして夜まで時間を潰し、クラスメイトが完全に迷宮から出てきていることを確認したのちに迷宮へと潜る。戦闘力はあるに越したことはない。雪華は早い段階でできるだけ他の使徒の能力を獲得するつもりでいた。

 やることは決まった。あとは実行あるのみ。万全を期すために寝たい、のだが……。

 

「雫ちゃ「むりぃぃ…」まだ何も聞いてないんだけど⁉︎」

 

 結局この日雪華が布団に入れたのはこの1時間後だった。

 

 

※※※

 

 

 翌朝。雫と香織の2人に「生理が重くて動けない」と伝え今日の訓練を免除してもらった雪華は、部屋に籠もったフリをして窓から外出していた。宿の従業員には「今日は休んでいるので部屋に入らないで欲しい」と伝えているので、少なくともクラスメイト達が帰ってくるまでは彼女の外出はバレないであろう。尚、当然のように某勇者(?)に「またサボるのか!」と詰め寄られたがさすがにこの状況においては彼のカリスマでもそのデリカシーの無い発言の残念さは覆せなかったらしい、一部生徒たちの彼を見る目が冷ややかになっていた。

 

 外に出て雪華が最初に向かったのは、冒険者向けの衣類店だった。お目当てはフード付きで顔を隠せるローブ。とりあえずはこの特徴的な長い白髪と顔を隠せれば、大半の人はごまかせるだろう、という考えの上での選択だ。

 しばらく店内を見て周り、一般的な形だが少々一般的ではない紫と緑のカラーリングが綺麗なローブを購入した。……当然だがエヴァ初号機を意識したものである。彼女は目立つリスクと己の欲望を天秤にかけて、わずかな逡巡も挟まずに欲望を優先させた。

 

「置き手紙はまとめてメルド団長の机に置いた、服も買ったし、水筒と一週間分くらいの保存食もリュックに入ってる……」

 

 準備は整った。雪華はオルクス大迷宮入り口の検問へと向かう。だが、このままバカ正直にここを抜けても入った人の履歴で足がついてしまう。オルクス大迷宮では、死者数の正確な把握や事故の防止のために出入りした人数を記録しているのだ。そのため、雪華はどうにかして記録を残さずに検問を抜けなくてはならない。

 しかしここまで用意周到に事を進めてきた彼女のことだ。当然その難題を切り抜ける策を用意して……は、いなかった。

 

「やっべ、どうやって中に入るか全く考えてなかった」

 

 こうしている間も順番は近づいてくる。途中で抜けるのも不自然だし、強行突破も目立つので推奨されない。どうしたものか……、と彼女が唸っていると。

 

「この、ドロボー!!」

 

 突然、背後の商店から怒号が鳴り響く。どうやら店の商品を万引きした輩がいるらしい。悪人面のオッサンと商店の少し小太りのオッサンの鬼ごっこが開催されている。別に見ていて楽しいわけでもないし、周囲の冒険者たちも取り押さえる体制に入っている。この分だと自分が介入する事もないだろう。そう思って前を向き直すと。

 衛兵さんたちが消えていた。泥棒の連行に向かったらしい。そして並んでいた冒険者たちはというと、彼らがいないのを良いことに好き勝手に中に入っている。

 

「うーん、なんかよく分かんない間に事態が好転してたけど……まあラッキーだったかな?」

 

 本当はあまりよろしくないのだろうが、背に腹は変えられない。雪華は、オルクス大迷宮第一層へと足を踏み入れた。

 

 

 

 こうして本当に、彼女の旅は始まった。その先に待つものは光明か、それとも暗黒か。それはまだわからないが、動かなければ事態は進む事も、動く事もない。この世界が、その新たな門出を祝っているかのように、ホルアドの空は真っ青に晴れ上がっていた。

 

 

 

※※※

 

 

 メルドは一人、ホルアドの宿で頭を抱えていた。オルクス大迷宮の探索は決して満足の言える結果とは言えなかったからだ。

 

 簡単に何があったのかを説明すると、まず迷宮第20層で勇者天之河光輝が場所にそぐわない大技を放ってしまった。

 

 まあこれだけなら何ということはない。彼を注意すればすべて丸く収まる。だが運命は彼らに味方してはくれなかった。大技によってトラップが露出、そしてそれをわざわざ触りにいく生徒がいたのだ。

 

 下手人の名前は檜山大介。ハジメへの暴力行為も見られた問題のある生徒としてメルドもマークはしていたが、何がそこまで彼を駆り立てたのかは分からない、その蛮行を止めることは叶わなかった。

 

 トラップは部屋の中にいた人物を丸ごと転移させるものだった。彼らが連れて行かれたのは……おそらく、65層。かつて最強と言わしめた冒険者が最後に到達した階層だ。当然新米も新米な勇者パーティーが行くような場所ではない。

 

 彼らを襲った不運はこれだけにとどまらなかった。当然迷宮、ダンジョンなのだから魔物達が無防備な一行に牙を剝く。出現したのは、魔法陣から無限にポップし続ける夥しい数の骸骨兵士、トラウムソルジャー。そして、鋭い牙と爪を持ち、トリケラトプスのような巨大なツノに煌々と輝く炎を纏う、10メートルにも達しそうな巨体の怪物、ベヒモス。

 挟撃の形を取られた彼らは当然パニックになり、少なくない死傷者が出るかと思われた。

 

 が、しかし。ある生徒の機転と行動力のおかげで最小限の犠牲でその場は切り抜けられることとなった。

 そう、最小限である。ゼロではない。なら犠牲になってしまったのは誰だろう?

 

 南雲ハジメ、その人であった。この場を切り抜けるには勇者天之河光輝のカリスマが必須であるという事を見抜く洞察力に、慌ただしい状況でも保たれていた冷静さ。そして脱出における一番の懸案材料であるベヒモスを足止めする方法を思いつく機転に、それを実行する事を躊躇わない勇気。常日頃から、周りに劣った自分の天職でいかに立ち回れるかの研鑽を惜しまない努力家な様子を見ていたメルドは、彼のことを召喚された勇者一行の中でも特に今後に期待が持てると思っていた。

 しかし神は無慈悲であった。多くの人々から「無能」と罵られている彼をピンチを乗り切るための贄としてしまった。ベヒモスの足止めを終え、生徒達の方へと走って戻ろうとした彼に誰かの撃った魔法攻撃が()()()()ヒットしてしまったのである。

 

 一行は、彼の死を悼みながらもその後なんとか地上へと脱出する。しかし、とりあえずはこれで一旦休める生徒達と違い、メルドの仕事はこれで終わりではない。ショッキングな光景を目の当たりにしてしまった生徒達へのケアに、今後の方針の決定。さらには宿場に残っていたハジメの親友、雪華への説明。

 なんとか気持ちを切り替え、仕事に取り掛かろうと宿で自分に割り当てられた部屋に入った彼の目に飛び込んできたのは、見慣れない言語で書かれた何通かの書き置きであった。

 

 宛名と差出人だけは辿々しい自分たちの言葉で書かれたその手紙は、まさに彼が今どうハジメの事を説明してやるべきかと悩んでいた相手、雪華からの物だった。

 廊下をたまたま通りがかり、かつ複数の書き置きの宛先の一人であった雫に読み上げてもらった内容は、こうだ。

 

『メルド団長へ

 

これからご心配、ご迷惑をおかけする事を先に謝っておきます。本当にごめんなさい。

 

この手紙が書かれている頃、私はもうこの町ホルアドを離れた後でしょう。何故なら私は勇者パーティーを離れ、単独で行動する事を決めたからです。私の天職が「使徒」であることはご存知でしょう。そして先日、その力の一部が顕現した事も。実はこの能力は私たちがこの世界、トータスへとやってくる前に暮らしていた世界の物語の中に存在する力なのです。詳しい能力の内容については、ハジメに聞いてくれれば彼が答えてくれると思います。

何故、私の天職「使徒」が離反の理由になるのか疑問に思ったことでしょう。それは恐らく、私の天職の「使徒」はこの世界の神の使徒の事を指していない、ということにあります。

私たちの住んでいた世界でも、この力を持つ生物の呼称は「使徒」だったのがそう考える一番大きな理由です。

きっと教会はいい顔をしないでしょうね。このまま勇者パーティーと行動を共にしていたら、神の使徒を騙る反逆者として秘密裏に処理されてもおかしくない、そう思いました。

きっと今後、生徒達や国王、イシュタル氏などに事情を説明しなくてはならなくなると思います。その時はどうか、本意でなくても私を落とし、メルドさんの地位や立場を守れるように説明してください。

私の能力は実はまだほんの一部しか覚醒していないと考えられます。いつかまた、国を丸ごと相手取っても問題ないほどに強くなれたら。その時、また会いにきます。ではいつかまた。

 

柚木雪華』

 

 メルドは、突然自分たちの勝手な都合で戦いの場に身を投じることになった生徒達を最低限、その拠り所になれるように。そして彼らを一人も欠かす事なく導き、最後には元の世界に戻るその勇姿を笑顔で見送れるように努力しようと考えていた。

 だが蓋を開いてみたらこの有様だ。

 

 一人の少年は奈落の底へと消え。

 

 一人の少女は自ら自分たちの元を離れ。

 

 彼らを一人前まで育て上げるのではなかったのか?

 彼らを最大限助けるのではなかったのか?

 

 そして。

 

 自分の仕事は、『彼らを守護る(まもる)』事ではなかったのか?

 

 それなのに、それなのに。

 

 

 

「…………………………ちくしょう」

 

 夕陽に照らされた部屋の中で小さく声が響いた。情けなさからか、彼の頬には一筋の涙が伝っている。過去は変えられない。既に取り返しのつかないところまで来てしまった。

 

 ……ならば、未来を出来る限り最良に近づけるしかない。彼の瞳は新たな決意と執念の炎で燃え盛っていた。

 

「不甲斐ない俺を、変えて見せる……!」

 

 

※※※

 

 

 ホルアドの宿場に帰ってきた生徒達。目の前でクラスメイトの一人が奈落の底へ消えてゆく様子はやはりショッキングだったようで、多くの生徒の顔はまだ青ざめている。這いつくばるように彼らは一人、また一人とベッドルームへと引っ込んで行った。そんな中でも光輝はいつものカリスマスマイルを携えて皆を励まそうと色々言っているが流石にこの日はあまり効果がなかったようだ。

 

 雫は、ベッドで横たわる幼なじみを見ながら一人俯いていた。眠り続ける彼女、香織の想い人である南雲ハジメの目の前での死。そして更に追い討ちをかけるように告げられた親友、柚木雪華の離反。

 今まで勇者のテンションと現実離れした世界のせいで気にしないでいた、考えずに逃げていたキツイ現実が、一気にどっと降りかかったようだった。

 

 雫と雪華の仲が良くなったのは高校に入ってからの事だった。今まで親の意向や周囲の期待を受け、剣道一筋だった雫は、憧れていたかわいいものにほとんど触れる事なく高校生になってしまった。もちろん香織はその手の話題に詳しかったし、素直に彼女に自分から「かわいい物に触れたい」と伝えていればもっと早くからそう言った物にも関われただろう。

 

 しかしまだ小、中学生だった雫には周りの目というのは恐ろしく、かつ腐れ縁とはいえ幼なじみである光輝と比べられ、彼からも「剣道が強い武士然とした幼なじみ」として見られていたので自分の思いを素直に出すというのは少々難しかった。

 

 そんな彼女の雪華への第一印象は、「羨ましいなぁ」という物だった。小動物的なオーラと話しかけやすそうな雰囲気を併せ持った彼女は、自分の少々オタク寄りな趣味を隠さずとも周囲に受け入れられていた。そんな自分を隠さないで前面に出せることが羨ましかったのである。

 

 話しかけてきたのは雪華の方からだった。少しずつ気温が上がって汗ばむ日も増えてきた初夏の頃合いだっただろうか。昼休み、香織と弁当を食べていた彼女に、デフォルメされたスミレをモチーフにしたブローチを手にして雪華が訪ねてきたのだ。

 

「八重樫さん、これきっとあなたに似合うなぁと思ったんだけど、良かったら付けて見てくれないかな」

 

 これがきっかけだった。周りの目を怖がって今までお洒落や女の子らしい趣味を諦めていた雫に、雪華は偏見なしに関わってくれ、さらにはその諦めていた物を手にするきっかけまで与えてくれた。まだ大っぴらにかわいい物を、という域には達してこそいないが、彼女の部屋のぬいぐるみが増える原因の一助に雪華がなっている、というのは間違い無いだろう。

 

 そんな雪華のことを雫は当然気に入ったし、雪華もまた雫を気に入った。それからである。彼女達が親友と呼べる程の関係になったのは。

 

 それだけの関係であったがために、彼女には雪華が自分に相談もせずにいなくなってしまったことが相当ショックだった。

 

「あの子はいつも……こういう大事なことだけは絶対に話してくれない……!」

 

 雫は激しく歯軋りする。そうだ、あの子は私をいつも頼りにしていると言うが、その実少しでも迷惑をかけそうだとか、心配させそうだと思ったことは全く話してくれないんだ。雫は昨日、雪華と星を眺めたベランダへ赴き、茜色に染まった夕暮れの下で一人呟いた。

 

「……ちゃんと帰ってきてね、雪華……」

 

 当然、返事など帰ってくるはずもなかったが、ちょうどその時、ふんわりと柔らかい風が、雫の頬を撫でて行った。おそらく、偶然だろう。だがその優しい暖かさを孕んだ風は、雫の悲しみや怒りでささくれ立った気持ちをゆっくりと落ち着かせる。

 

 大丈夫だよ、と。そう言われているような気がした。

 




お膳立てがやっと済んだのでここからはもう少しオリジナル展開を挟み込みつつ原作をチョロチョロと回収していく感じになりますね
雪華ちゃんには奈落には落ちないけどセルフで迷宮深層に行ってもらいますよ

前話の後書きにもアンケートの結果を見て書きましたが、タグを変更しました
何がどう変わったか知りたい人は前話の方にしっかりと書きましたのでそちらをご確認くださいませ

ちなみに今話のBGMはエヴァ破のサントラです
エヴァ劇中曲は軒並みかっこいいので大好きです


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第伍話 潜航、ただ其れだけに非ず

拙作も三周年を迎えました!
ウ゛ッ゛ッ゛ッ゛ッ゛ッ゛ッ゛ッ゛ッ゛ッ゛!゛!゛!゛(自爆)

えー、3年弱も投稿が空いてしまい非常に申し訳ありませんでした……。


 【オルクス大迷宮】は地底にある洞窟型の迷宮だ。階層を追うごとにどんどん下へと潜る形になっており、徐々に魔物は強くなる。

 雪華が現在下を目指して歩いているのは、まだ相当浅いところ。出てくる魔物も弱い。初めての魔物との戦いだ!と意気込んで臨んだ初戦も、紫の槍でひと突きしてやれば簡単に敵は力尽きた。

 

 ちなみにお相手はラットマンというネズミの魔物で、灰色の毛皮に2メートルに届きそうな体躯、更に見せ付けるように大胸筋と腹筋の部分だけ毛が生えていないなんとも気持ちの悪い奴らだった。もちろん全員シックスパックである。雪華はこのネズミの魔物が揃ってフンフン言いながら上体起こしに興じる様子を想像して、一人顔を顰めた。

 彼らは攻撃を仕掛ける前に何故かご丁寧にポージングを挟んでくれるので簡単に倒すことができた。腹筋を強調する奴には「キレてるよ!」と言いながら槍をぶっ刺した。雪華はどうしてもラットマンに近づきたくなかったので、槍のほぼ最大射程で闘う羽目になった。

 胸筋のデカさに自信があるらしい奴は「ナイスバルク!」と言いながらぶった切ってやった。存外この槍は切れ味が良い。胸筋ネズ公はきれいに真っ二つになった。

 

 本当は金銭のためにも魔石くらいは取るべきなんだろうが、雪華はラットマンと同じ空間に長く滞在していたくなかったので「低層の魔物だしきっと魔石も安いだろう」と自分に言い聞かせて先を急いだ。

 

 その後も特に苦労せずに攻略は進む。ステータスプレートをチラチラと確認してみると、徐々に『適合率』と『強度』が上がっており、使徒の力を使えば使う程この二つは上がってくれるようだ。ただ10階層攻略して0.1%変化があるかないかという程度なので、正直強くなっているのかはよく分からない。そもそも適合率に至っては何の適合率なのかサッパリだ。

 

 20層攻略の際は、光り輝く宝石のような石が壁に埋まっているのも発見した。この場所は、何故か同階層の今までの道に比べ広く部屋のようになっており、さてはボス部屋か⁉︎と警戒しながら進んだのだが、中に入っても特に強そうなモンスターがポップする事もなく拍子抜けだった。更によく見ると、地面はたった今崩れましたと言わんばかりにゴツゴツと荒れており、露出した鉱石(後になってハジメが『綺麗だよ!』と言って見せてきた図鑑にも載っているグランツ鉱石だと気が付いた)からも悪意のようなものが感じられ、『なんだトラップ部屋か……』とその考えを改めることとなった。

 

 そこから何層潜っても大して攻略が難しい階層というのはなかった。敵の気配を感知したらまずA.T.フィールドで一度攻撃を受け、近距離なら槍で貫き、遠距離ならフィールドを構えながら無視する。そのループで詰まるような魔物は今のところ出現していない。徒党を組んで攻めてこようとする群れた魔物は、その防御力でゴリ押し。

 不意打ちを狙う魔物も、城にいた際に発現したカンがまだ健在であるため危なげなく看破できる。可能なら避け、間に合わなかったらA.T.フィールド全開。そして不意打ちを外して隙のできた所で槍でぷすり。なんとも簡単な作業である。雪華は改めて、恐らくエヒトではない誰かが寄越したと思しきこのチートボディに感謝した。

 そして雪華は、この身体が有する更なるチートを思い知らされることとなる。

 

 40層を歩いている時の事だ。雪華はふとある事に思い至った。

 

「あれ、ボクご飯途中で食べたっけ?」

 

 彼女が気がついたのは、迷宮攻略開始からここ40層に降りてくるまで一回も休憩を挟んでいない事であった。一層攻略するのにかかる時間は、短い所でも最低10分、かかるところでは1時間は必要だった(もちろん一般的な冒険者でこれをやってのけていたら即刻英雄扱いされること間違いなしである、雪華は気がついていない)。

 となると、今現在の所要時間は最低でも400分、おおよそ6時間半だ。もちろん全ての階を10分で走り抜けた訳ではないので実際はもっと経っている。

 

 だというのに、足腰はまだピンピンしているし、お腹も空いていない。水も欲しいと思わなかった上に、眠気の類も一切来ていない。

 

「うん、ボク、S2機関搭載されてるわ」

 

 S2機関。使徒のエネルギー源にして、その巨大な身体を支える()()()()である。

 そう、永久機関だ。雪華は歩いてても寝てても怠けていても勝手にエネルギーが回復する超生命体になっていた。

 

「人間辞めてんなぁ……」

 

 天井から降ってくるちょっと上の層の敵より硬いだけのコウモリを叩き落としながら雪華は一人呟いた。紅い眼を怪しく光らせ「キシャー!!!」と叫びながら降ってくるコウモリの波は、何やら執念のような物まで感じさせちょっと怖いが、奇襲としてはその叫び声がうるさすぎて零点である。結果として、考え事をしながら片手間に攻撃するという舐めプが実現していた。

 

 どんどんチート度が増して行く自分の身体に、次会った時みんな今まで通り接してくれるかな……と若干場違いな心配をしつつ雪華はサクサクと40層の攻略を終える。後に残されたのは血走った眼のコウモリ達の死体の山だけであった。

 この数時間後、後から訪れたプロの冒険者達が普通ならある程度数を減らしつつも死体は無視して走り抜けるのが基本の吸血コウモリの鏖殺体の山に歓喜しつつも首を傾げたそうな。普通の冒険者はその数が多すぎてコウモリの全討伐なぞしない。やはりどう足掻いても雪華はチートであった。

 しかしそれは、現状の話である。誰しも万能ではないし、さらに彼女の力はまだまだ発展途上。使徒の力にも限界、と言うものは存在する。

 

 50層を越えた頃だろうか。雪華は敵に対して少しずつ戦いにくさと言うのを感じていた。今までの敵は素人の技でこそあったが、そのボディの動体視力とパワーのおかげで難なくいなせていた。しかし徐々にではあるが、受け流しに失敗しただただA.T.フィールドで受けることしかできない、A.T.フィールドで受けた後に攻撃を加えるまでに距離を取られる、と言った事が起こり始めている。

 

 もちろん、一発当てれば勝ち確なのは変わらない。しかし、どんなに良い刀であっても素人が振るえばナマクラと何も変わらない事と同じように、今まで日本という平和な世界で暮らしていた雪華はその身体から溢れ出る力を持て余していた。

 

 悪戦苦闘しながらも辿り着いたのは65層。敵の硬度に関してはそこまで問題になってはいないが、60層を越えた頃にはとうとうA.T.フィールドにヒビを刻む敵も現れてしまっている。現状の戦い方が成り立たなくなるのももはや時間の問題である。

 

「……ここまで潜れば追いつかれることもないだろうし、ちょっと戻って訓練も挟もうかな」

 

 層同士の間の緑光石(洞窟内の至る所にある光り輝く石、これがあるので迷宮探索には明かりが必要なく非常に楽である)にぼんやりと照らされた階段を降りつつ、雪華は呟く。ここまで流れで無理やり進んで来たが、弱さを自覚したこともあり一人薄暗い洞窟を進むのは少々心細い。その歩みには少し慎重さが見られた。

 階段を下り切る前に少し部屋の中を観察してみる。……巨大な部屋に奈落、大きな橋、そして3つの魔法陣。

 

『ボス部屋か……』

 

 とうとう訪れた強敵の予感に雪華はごくり、と唾を飲み込んだ。何がトリガーで魔法陣が起動するか分からないので、彼女は頭の中で得られた情報を反芻する。

 

『橋の手前の広いスペースに小ぶりな魔法陣二つ、そして橋の上に巨大な魔法陣が一つ。魔法陣の規模と設置場所から、広場からは歩兵タイプの敵が複数出現し橋の上には大型のクリーチャータイプの魔物が出現すると予測される……』

 

 恐らく、敵自体にはそこまでてこずる事もないだろう。しかし立地が問題だ。下手に動くと奈落の底へ真っ逆さまである。原作サキエルは若干跳んだりしてたので大丈夫かもしれないが、試してもいない事を保険に闘うと言うのも心許ない。

 

 どうしたものか、と思案していた雪華だったが、ある事に気づく。この部屋、上にも相当広いのである。

 

 実は雪華は、原作から思いつく限りの能力を試してはいたが、一部の能力に関しては試せていなかった。サキエルが跳んでいた方法も試したかったのだが、明らかに足の筋肉を使用していない跳躍は側から見れば恐ろしく目立つ。教会の思惑も良く分からなかったし、あまり手の内を晒し回るようなことはしたくなかったのだ。

 

 雪華が今この広い空間を見て試したくなった事もまた、騒ぎを避けて試していなかった事だ。当然、初めて使う手段での戦闘というものに恐れはある。しかし、もし敵が雪華の予想通りに出現するならば殲滅力も高いその手段は最良と言えた。

 

 雪華が取ろうとしている手段は、「使徒化」。彼女の能力の源である使徒の姿に直接変化する、と言うものだ。

 一応、変化ができなかった時も不可視の光線で同等の殲滅は望める。迷宮に潜る前からスタミナは明らかに増加しているので前のように使った瞬間ヘトヘトに、と言う事もないだろう。

 

 今までは余裕がありすぎた。ギリギリの状態というのは人を成長させ、進化させる。リスクの多い方法、そして荒療治ではあるが、今の戦闘経験不足を補うにはもってこいだ。

 

 薄暗い部屋に一歩、足を踏み入れる。その直後、3つの魔法陣が光り輝き始めた。手前の魔法陣からは、大量の骸骨兵士が吐き出される。図鑑でも確認した、トラウムソルジャーだ。攻略済みの階層で一度戦ったが、ここまで多くはなかった。

 そして少し間を置いて奥の魔法陣が一際強く光を放ちながら、巨大なトリケラトプス似の魔物を出現させる。トリケラトプスと言っても、その大きさは明らかに史実のそれと比べても巨大で、さらには角に全てを燃やし尽くしそうな程の炎を纏っている。

 

 ベヒモス。65層の主だ。

 

「ふぅ……」

 

 雪華は戦いを前にして深呼吸でその昂る気を落ち着かせる。絶え間なく湧き出る骸骨兵士。こちらを見据え攻撃の機を見計らうベヒモス。

 

 今までの敵なぞ比較にもならない圧倒的な壁だ。数、質の双方が過去最高。そして彼らは統率された集団で、目的は目の前の人間の殺害、ただ一つ。魔物の軍勢が放つ強いプレッシャーに雪華は一瞬身震いしてしまう。今までになかった死の危険が迫っており、彼女の本能が命を守るべく警鐘を鳴らす。ここは、引くべき……。そう誰かが囁いた、そんな錯覚すら覚えた。

 

 

 

 でも、だから、どうした?

 

 

 ボクはそもそも何のためにここに来た?

 

 

 逃げ出すため?

 

 

 生き延びるため?

 

 

 違うな……

 

 

 自由を手にするためだ

 

 

 そのためならこれしきの壁……

 

 

 軽く超えてみせないとなぁ!

 

 

 刹那、彼女の瞳が紅く染まる。口角は上がり、笑みが隠しきれない。

 

「蹂躙開始、だね」

 

 豹変。そう表してもいい程の変わり様だ。

 

 彼女の身体を、目を開けていられない程の光が包む。洞窟内は一時的に照らされ、魔物達はその場に一瞬立ちすくんでしまった。

 そして光は徐々に収まっていく。大きさ、体格、さらには顔といった大きな部分は変わっていない。しかし明確に変わった点がいくつかあった。

 

 その出立を一言で表すならば、この言葉が適切だろう。いや、これ以外に形容できるような言葉がない。

 

  ()()はどこからどうみても、プラグスーツそのものだった。

 

 紫を基調とし、ところどころライムグリーンやオレンジがあしらわれたカラーリング。ナンバリングがなされる位置には『EX』の文字。

 普通のプラグスーツと違うところを挙げるとするならば、胸の中心に据えられたサキエルの仮面に、彼の使徒の手足を思い起こさせるような黒く細い外骨格が展開されているところだろう。

 

「わ、わわ!」

 

 戦場に似つかわしくない声が上がる。自らの愛する作品の、愛するキャラクター達が身に纏っていたようなプラグスーツに、他でもない彼女自身が袖を通している。

 使徒も大好きだった彼女には、武骨な外骨格も喜びを一層与えたのだろう。先ほどまでの獰猛な笑みはどこへやら、顔からは喜びの色が隠しきれていない。

 

 さて、皆さんもご存じだろうが、彼女が今いるのはオルクス大迷宮65層。要するに、人間と魔物の戦場、そのど真ん中だ。

 ニチアサの敵なんかだったら、変身シーン中のヒーロー、ヒロイン達のことを律儀なことに待ってくれただろうが、ここは現実。魔物達にそんなデリカシーがあるだろうか?いや、そんなものはない。

 彼女から迸っていた眩い光に押し返されるように、トラウムソルジャーもベヒモスも一瞬、立ちすくんでいた。いたのだが、その光自体には何の効果もないと分かるや、彼らは雪華に向けて殺到し始める。

 ニコニコ笑って自分の身体をぺたぺた触る、そんな油断している敵を逃す道理も全くない。

 

 トラウムソルジャーの一人、いや一体は、彼に与えられた僅かな思考回路でこう判断した。

 

『あれからは魔力が一切感じられず、単体である。武器も携行していない。よって、その脅威は低い』

 

 他のトラウムソルジャーも同じだ。単純な思考回路が下した結論を頼りに、最初の一体が、携えていたボロボロの剣を彼女に振り下ろし……瞬間、剣ごと彼は砕け散った。

 

「うるさいよ?」

 

 そこにいたのはただの人間ではない。脅威は低いなど以ての外だ。

 力の扱い方を『理解』した彼女は、自らに殺到していた一団を()()()()()()()()壊滅してみせた。

 

 唐突に洞窟内で爆発音が鳴り響く。

 

 ()()()()()()

 

 予備動作も前兆もない極大火力という理不尽により、そこら一体にのさばっていたトラウムソルジャー達は魔法陣ごと()()した。

 

「えへへ……悪くないじゃん?」

 

 余裕綽々と言った様子の雪華。それもそうだ。先ほどまで脅威と思っていたはずの敵達は自分の一撃で消し飛び、ただでさえ手こずらせそうな大ボスに大量の雑魚という不利が一瞬で覆ったのだ。

 

「じゃあ、よろしくね?ちょっとでも耐えて、ボクの糧になってくれたら嬉しいな!」

 

 ベヒモスは、そこらの魔物より少しばかり知性を与えられていた彼は。

 自分に向かって突っ込んできた理不尽の塊に、自らの終わりを悟った。

 

 

※※※※※

 

 

「まさか常時展開可能とは思わなんだ」

 

 そう呟いているのは、先ほど同様黒い強化外骨格に覆われた初号機カラーのプラグスーツに身を包んだ柚希雪華だ。いつの間にか脱げ落ちていたローブを羽織り直した彼女は、片手間に【オルクス大迷宮】78層、即ち人類未到達層の魔物を斬り捨てながら先を急いでいた。

 

 あんなにも強力なのだ、展開時間に制限があってもおかしくないとも思えるその能力……『変幻自在』の真の力。

 どうやらいつぞやの覚醒はまだ()()()()()()、それどころか()()()()()()()()()ですらなかったようだ。

 

「ふふ……この調子なら、みんなとの約束も思ったより早く果たせるかも……」

 

 残してきた手紙に記した『いつかまた、国を丸ごと相手取っても問題ないほどに強くなれたら。その時、また会いにきます』という文言。

 強大な力を得たとはいえ、争いごとに関してはズブの素人だった雪華がその約束を果たせるのはかなり先のことになるだろうと、彼女自身、そう思っていたのだが……。

 

 存外、この力が強い。いや、強すぎる。

 今だってそうだ。文明の栄え方からして、この世界、トータスの歴史はどんなに少なく見ても数百年はあるだろう。それなのにも関わらず、【オルクス大迷宮】の65層以下は未だ前人未到とされていた。

 そんな領域を、思索に耽る片手間に腕を振るってやるだけで突破できている。

 

 何かがおかしいのかもしれない。

 

 ここまでの過剰な力が必要な状況って、一体?

 

 そもそも、ボクのこの力は誰が、どうして与えてきたんだ?

 

 様々な疑問が浮かんでは沈んでいく。しかし、この場にいるのは彼女ただひとり。どんなに疑問があっても、それに応えてくれる存在はいない。いつも応えてくれていた彼も。

 

 

※※※※※

 

 

 100層までの道のりには……何もなかった。

 

 もちろん、しっかり正面からぶつかり、立ち回らないと倒せないような強大な敵もいるにはいた。しかしながら、全てを一撃で沈められたとは言わずとも、彼女の攻撃が有効打とならなかったことはなく、撤退を考えさせるような壁も一切存在しない。

 ただただ、平坦な道だった。

 

「拍子抜け……ってほどじゃないけど。ここまでスムーズに来れちゃうと、なんか気持ち悪いな……。もちろん得るものはあったし、強くはなってるんだろうけどさ?」

 

 リュックサックをごそごそと漁り、埋もれていたステータスプレートを取り出す。相変わらずガラス板や水晶のように透明なそこに記された情報に、劇的な変化はない。

 

 

 

==========================

 

柚希雪華 16歳 女 適合率:10.03%

 

天職:使徒

 

状態:サキエル

 

強度:7.31%

 

因子:覚醒

 

技能:学習能力・変幻自在[+]・言語理解

 

==========================

 

 

「やっぱり数字がちょっと変わってるだけか……。とにかく、この力については情報不足だなぁ……」

 

 倒した魔物の死骸を背に、雪華は小さくため息をついた。よく分からない技能に、よく分からないステータス。強くこそなったが、何もかもがわからずじまいな状況に嫌気が差してくる。

 

「ま、なんか先に進む道も出てきたし……。とりあえず、行ってみますかね」

 

 自分とドラゴンの死体(三回くらい腕振ったら死んだ)しかないこのサッカーコート大の広い空間では、ただの呟きすら嫌に反響する。

 

 本当に、この状況は大丈夫なのか?

 

 一度気になってしまうと、何もかもが恐ろしく感じられてしまう。

 

「あーもー!!動いてから考えよう!」

 

 弱気な想像を頬を叩くことで振り払い、雪華はリュックサックを背負い直した。目指すは100層ボス部屋の更に奥。薄暗い回廊の向こうだ。

 

 

※※※※※

 

 

「これは……カードキーリーダー?」

 

 回廊はそう長いものではなかった。ダンジョン然とした蝋燭灯りのみに照らされたそれは1分も歩けば終わりを迎え、赤い扉が彼女を出迎える。

 

 ただその扉の横には異物があった。

 

 無理やり貼り付けたかのような現代風の……すなわち、地球で見られそうな鍵付きの白い引き戸に、備え付けられたカードキーリーダー。

 異世界の地底ダンジョンに存在するものとしては明らかにおかしいそれから、彼女は目が離せなかった。

 

「えーと、何?ステータスカードでも当てれば……って、ほんとに開くの……?」

 

 ガチャ、という音とともに扉がスライドし、中の様子を見ることができた。

 窓はなく、医療機器があるわけでもないが、近しいものを挙げるとするならばそこは清潔な病室だった。真っ白なベッドにはシワなくシーツが貼られ、その脇の棚には水の入ったペットボトルが置いてある。

 異世界にて突如出現したその空間は、彼女が違和感を抱くには十分だった。

 

 ……だが雪華は、その抱いた違和感を放置し、鍵を閉めたかすら確認せずにベッドに倒れ込み、寝息を立て始めた。

 

 S2機関は彼女が動くためのエネルギーの問題を解決した。これは紛れもない事実である。

 おかげさまで彼女は()()()()()疲れ知らずだ。

 

 だがそれ以前に雪華は人間。やっていることこそ人外のそれだが、根っこの部分は変わらない。

 今の彼女の()()()()()は想像できないレベルに達しているだろう。

 

 当然だ。【オルクス大迷宮】を入り口から100層まで一度も休まずに走破しただけでなく、道中数え切れないくらいの戦闘をこなし、更には『変幻自在』を新たなステージにまで進めたのだから。

 

 真っ白な空間には彼女のくぅ、くぅという寝息だけが響いている。

 疲れたココロを癒すために、彼女は眠り続ける。

 

 部屋に響き始めた駆動音に、気がつかないままで。




一応、オルクス編の構想はもう終わってるしその先も考えてるんですが見ての通りとんでもない遅筆なんで、夏前くらいまでに終わってたらいいなくらいの期待をよろしくお願いいたします……。

6話は一週間か二週間もすればって感じの予定です。


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第六話 戦い、新たな想いと共に

色々言ってたけど頑張ったら書けちゃった
次はこんなに早くは出ないです、もうちょっとかかります


「───────を確認。覚醒者のログインを確認」

「………んぇ?」

 

 鳴り響く無機質な誰かの声。徐々に意識が覚醒しつつある雪華は、のろのろと頭を上げる。目を擦り辺りを見渡すが……ここは、どこだろうか。

 

「あれ……最後って、病院みたいな部屋に入って、それで……」

 

 そこは何もない、誰もいない空間だった。真っ白な地面と真っ白な空がどこまでも続いていて、光源もないのに暗さは感じられない。

 

 頭を振って眠気を無理やり振り払う。自分の状態は……先ほどまでと同じく、プラグスーツにサキエルの外骨格が展開されていた。

 身包み剥がされてここに放置された、という最悪の状態ではないことに、ひとまず雪華は胸を撫で下ろした。

 

「覚醒者のバイタル、正常。適合率向上プログラムを開始します」

「はっ???」

 

 しかし安堵するのも束の間、ブーッとブザーが鳴り響くのと同時に地面から大量のビルが生えてくる。

 そう。第3新東京市、兵装ビル群だ。見間違えるはずがない。地球にいた時、テレビの中に何度も見たあの光景が、目の前で再現されていく。

 

「戦闘フィールド構築完了。続いて、エネミーの構築を開始します」

「ちょ、ちょま、えっ!?」

 

 どこからともなく現れた光り輝く粒子の奔流。それが一箇所に集まったかと思うと、そこに現れたのは……()()()()使()()

 

 サキエルが、雪華の目の前に顕現した。

 

「えと、何、こ、これと戦えってこと……?ボクが……!?」

「プログラム専用エネミーNo.04の構築完了。続いて、プログラム専用エネミーNo.05の構築を開始します」

「はぇ、増え、るの?」

 

 彼女の前に立ちはだかる壁は、無情なことにもその強さを更に増していく。サキエルの隣にもまた同じように、眩しく輝く粒子が集まっていき……。

 真っ赤な古代水棲生物を思わせる身体に剥き出しの胸骨、二本の光る鞭が特徴的な使徒、シャムシエルが出現した。

 

"プログラム開始を確認"

"第四使徒シャムシエル、第五の使徒の能力がアンロックされました"

 

「5秒後に第一回のプログラムを開始します。被験者は戦闘準備をしてください」

「って言われてもこんな唐突な……!!」

「4、3、2、1……プログラム開始」

 

 突然放り込まれた異常な空間。ビル、使徒の出現という現実とは思えない出来事。唐突な新たな能力に、問答無用と言わんばかりに始まる戦闘。

 情報の濁流が彼女の思考を鈍らせ、邪魔し、冷静な判断力を奪い去っていく。

 

 さて。突然の状況により冷静さを保てていない脳では、人間に出来ることは限られる。ぐるぐると脳みそを回すも、雪華は足がすくみ、その場から動くことができない。

 しかしプログラムが開始したとあって、雪華の目の前の巨体は被験者である彼女をまっすぐと見据え、それぞれの持つ能力での攻撃を開始する。生まれた隙を使徒である彼らが逃すはずもない。

 

 不可視の光線。放たれる鞭。

 理不尽が彼女へと飛来する。

 

 雪華がそれに対して為せたことと言えば……なけなしのA.T.フィールドを展開することのみ。稼げた時間はせいぜい0.2秒。

 

 痛みを感じる間も無く、雪華の身体は吹き飛んだ。

 

「第1回のプログラムを終了。被験者訓練用素体死亡。蘇生措置後、15秒のインターバルを挟み、第2回のプログラムを開始します」

 

 

※※※※※

 

 

「はぁっ……勝てない、全く……!!」

 

 息を荒げながら、雪華は膝に手をたて呼吸を整えている。ちょうど誰かの声が49回目のプログラムの終了と、インターバル後に50回目のプログラムが開始されることを告げたところだ。

 僅かに与えられた休憩時間に無理やり息を整えては、即座に次の戦闘に入るその繰り返しに、やっと彼女の頭が追いついてきた。

 間も無く、次の戦闘が開始する。

 

「4、3、2、1……プログラム開始」

 

 無尽蔵の体力(S2機関)を前提にした、無理やりの訓練が終わりを告げる気配はない。しかし腐ることなく、雪華は己をなんとか奮い立たせた。

 

 ギュオン、という音のみを立てながらノーモーションで迫り来る不可視の光線に、甲高い風切り音を立てて叩きつけられる鞭を左手へのステップで無理やりかわす。11回目に覚えたコト。

 

 たとえ初撃をかわしても、それが地面に叩き込まれた衝撃波は消えることはない。隙を生まないよう、受け身を取ってからその動きをバネに立ち上がる。23回目に覚えたコト。

 

 右前にはサキエル。左前にはシャムシエル。彼らも同士討ちは避けたいのだろう、お互いに命中するような攻撃はしてこない。

 鞭という自由度の高い攻撃を持っているシャムシエルがやはり脅威なので、今一番良くないのは彼を放置すること。逆にサキエルは細やかな攻撃手段を持っていないので、まずはシャムシエルの懐に飛び込む。今の身体なら、ジャンプするだけで使徒の懐くらいの高さなら容易に到達できる。41回目に覚えたコト。

 

「あああああ!!!!!」

 

 絶叫と共にコアへとパイルバンカー(サキエルの能力)を叩き込む。ごく、ごく僅かなヒビ。攻撃の反動を利用して、その場を離脱。49回目に、覚えたコト……。

 

 違うのはそこから先だ。離脱時に大きく上に飛び上がる。真後ろに飛んだら、さっきはサキエルによって的確に狙撃された。

 

「このまま、もういっかあああああい!!!!!」

 

 しかし彼女の全力の一撃は、A.T.フィールドによって弾かれた。

 シャムシエルのしなやかな鞭が、雪華の腹に突き刺さる。

 

「が、っは……」

 

 激痛により意識を失った雪華は、そのままシャムシエルの頭に墜落した。

 

「第50回のプログラムを終了。被験者訓練用素体死亡。蘇生措置後、300秒のインターバルを挟み、第51回のプログラムを開始します」

 

スタート地点に戻された雪華は、その場で仰向けに地面へと倒れ込む。全身に力が入らない。

 

「…………勝てない。ちょっとでも隙ができたら負けるし、こっちの攻撃も有効打とは呼べないほどに、弱い……」

 

 彼女はこれまでの50回に渡る戦いを回想した。彼我の戦闘能力の差は大きく、このまま闇雲に戦い続けても勝ちの目がないのは分かりきっている。

 

「サキエルの能力じゃ勝てない?でも変化するのもノータイムじゃないし、何よりシャムシエルの能力はまだ試してない……」

 

 避け方、当て方、逃げ方。一つひとつ試すだけでも時間がかかるのに、不確定要素までそこに持ち込めば、この戦いが終わるのはいつになるのだろう?

 

「火力も、機動力も、耐久力も、戦闘経験も、何もかもが足りない……」

 

 ぽろりと、一筋の涙が雪華の頬を伝った。一度流れ始めてしまったそれを即座に止める手段を、今の彼女は持ち合わせていない。

 

「ぐっ、うっ、ぐすっ、うぅ…………」

 

 ただの女子高生として過ごしていた日々から、突然戦いの日々へと放り込まれた。大人に守られる生活から、自分で自分の命を繋いでいかないといけない生活へと切り替わった。

 そのために、心から大切に思っていた友とさえ、別れることを決めた……。

 

 空元気でなんとか保たれていた雪華の精神。

 眠るだけでは癒せない。どこかで、誰かに吐き出さないと耐えられない。そんな深いところにあった心の澱みを吐き出そうと、雪華は涙を流し続ける。

 

 しかしそれは彼女の都合だ。何者かによって構築されたシステムによって動かされているこの空間に、涙を流す少女をわざわざ待ってやる道理もない。

 

「4、3、2、1……プログラム開始」

 

 51回目の理不尽が、()()()()()()()()()、動き始める。

 

 

※※※※※

 

 

「第2000回のプログラムを終了。被験者訓練用素体死亡。蘇生措置後、900秒のインターバルを挟み、第2001回のプログラムを開始します」

 

 1000度に1度の大休止。与えられた15分の中で、雪華は思索に耽っていた。床に倒れ込むことで、この空間の空がよく見える。空と言っても何もない。白一色の無機質な世界は、ひどく不気味に感じる。

 

「ボクは、何のために戦っていたんだっけ……」

 

 それは疑問。果てしない回数の争いを経て、最初は荒れていた彼女の心はとうに凪いでいる。

 

「そうだ、生き残るため。良いように使われないため。そして……得た強さで、自分の大事な人たちを守るため」

 

 思い起こされるのは友への手紙。『強くなったら帰る』と豪語したは良いものの、今の彼女はこの体たらく。命の懸かっていない強化プログラムに幾度となく敗北し続けている。

 何が『思ったより早く帰れるかも』だ。雪華の強さは、目の前の乗り越えるべき壁に全く通用していない。

 

「……ボクは」

 

 思い起こされるのは親友との約束。【オルクス大迷宮】入口の町ホルアドに赴く前の晩。王城のバルコニーで彼と交わした会話。

 

『ハジメ。ボク、どこかのタイミングでクラスメイトから離れようと思ってるんだ』

『えっ、どうしたの突然……いや、なんとなくわかるかも』

『やっぱり?』

 

 普通に考えたら突拍子もないような提案を、ハジメは一瞬で理解してみせた。親友の考え、ましてや彼女に迫る危険にすら関わるような内容だ。一番長く隣にいた彼がその思いを汲み取るなど造作も無いことだ。

 

『ボクの力は確実にこの世界じゃあ異端でしょう?司教たちの目を見て、思ったんだ……。ボクにはあいつらを助ける気も、利用される気も、さらさら無いんだって』

『僕も同意だ。セツが教会の傀儡にされるだなんて……到底受け入れられないよ』

 

 風向きが変わったのは、この直後。

 

『だからボクは、一人で旅に出るよ。誰にも負けないくらい、誰にも使われないくらいになれたらみんなのところに帰ってくる。だからハジメ……()()()()()()()()()

『…………うん、わかった』

『…………ありがと。絶対、強くなって帰ってくるから』

 

 雪華は間違えていた。彼の言葉が出るまでの間を、都合の良いように解釈していた。

 

「ハジメを、見下してた」

 

 雪華は彼を頼らなかった。親友の気持ちをを考えずに、それが最善だと思い込んで、彼を()()()()として見ていた。

 

「ああ……ボクって甘ちゃんで、考えなしで、自信過剰で……最低、だな。光輝のこと、笑えないじゃん」

 

 彼女の頬をまた、一筋の涙が伝う。死亡判定が下るたびに再構築される身体には、傷跡や涙の跡は残らない。しかし同じところを幾度となく流れる彼女の涙は、先ほどのそれと同じようにも見えた。

 

 だが、その涙に込められた意味は全くもって違う。さっきの涙は、苦しみの涙。今流しているのは……後悔と、決意の涙。

 

「強くなろう。ここを抜け出すのには何回かかってもいい。強くなろう。戦いを蓄積して、糧として、そして自分を最適化しよう」

 

 今後立ちはだかる敵が全員サキエルとシャムシエルな訳が無い。パターン暗記の最短ルートで勝っても、その勝利に意義は存在しない。

 

「強くならないと……変わらないと。このままじゃあ、ハジメに向けられる顔がない」

 

 熱く、赤く輝いていた彼女の瞳に、暖かく、蒼い炎が宿った。

 

 

※※※※※

 

 

「第86417回のプログラムを終了。被験者訓練用素体死亡。蘇生措置後、15秒のインターバルを挟み、第86418回のプログラムを開始します」

 

 15秒の休憩は、精神統一の時間。

 戦闘により激しく回転していた脳みそを冷やし、次なる戦いに備える時間。

 

 雪華は両の手を開いては閉じる。イメージするのは、先ほどの自分。余裕を持って()()()()()下したのは良いものの、それまでの消耗のせいかシャムシエルの鞭に捉えられ、握りつぶされた戦いの一部始終。

 

「……………」

 

 『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そう考え、実行し始めたのは何回目の試行だっただろうか。最初こそ苦戦を強いられたが、身体の扱い方に習熟し、出力も上がった今では時折サキエルを沈めるにまで至っている。

 

「……………勝てる」

 

 インターバルで口を開いたのは……本当に、いつぶりだろうか?

 途中までは、決断こそしたとて彼女もまだ年若い少女。泣き言や諦めの文句も飛び出すことがあった。だがいつしかそれらも鳴りを潜め、そこにあるのは彼女の鼓動の音のみであった。

 今から始まるのは最後の一戦か、はたまた長い道のりの道中なのか。未だ誰にも結末は見えていないが、無機質な音声はやはり同じように鳴り響く。

 

「4、3、2、1……プログラム開始」

「A.T.フィールド、展開」

 

 86418回目の戦いの火蓋が切って落とされる。どう動いても初撃は結局不可視の光線、それに鞭。避けねば大ダメージを受けるであろうその二つを……雪華は一枚のみのA.T.フィールドで受け流した。

 

 今度は、割れなかった。

 

 衝撃波が走り、兵装ビルがぐらぐらと揺れる。しかし衝撃の中心にいた彼女はそれを意に介することもなく、次の行動を開始した。

 

「シッ!!!!!」

 

 サキエルの上空に、雪華は瞬間的に移動した。厳密に言えばそれは瞬間の出来事ではない。あまりの速度に、それが一瞬のことに見えただけだ。

 彼女の移動に、2体の使徒が対応する前に。雪華は紫色に輝く腕(サキエルの能力)を、サキエルの頭部に叩き込んだ。

 

 血が噴き出す。傷口のすぐそばにいた雪華はその返り血を直接受けることとなった。が、そんなことはどうでもいい。次の行動に移るだけだ。

 背後まで迫っていたシャムシエルの鞭を最低限の動作でかわし、そのままサキエルのコアへと突撃する。が、その攻撃は命中しない。弱点を守るA.T.フィールドが致命の一撃を許さない。

 

「中和ァ!!!」

 

 堅牢なはずのその壁は、瞬く間に浸食された。シャムシエルの次の一撃が来る前に雪華はそれを破り切り、コアへと重たい一撃を叩き込んだ。

 パキ、と石やガラスが割れるかのような音が響く。自らの中心に甚大なダメージを受けたサキエルは、活動停止までは至らずともその動きを一度止めた。

 

「コード05、シャムシエル!!!」

 

 サキエルが動きを止め、シャムシエルが次の一撃の準備をしているその時間。

 一瞬生まれた隙に繰り出す彼女の次の一手。それはシャムシエルに最適化された形態への変化。

 閃光に包まれ、彼女の様相が変化していく。

 

 プラグスーツの上、腕や足に展開されていた黒い外骨格はどこかへと消える。代わりに彼女が身につけていたのは、赤いパーカー。フードに付いた目玉を思わせる模様は、かわいらしさすら覚える。

 しかしコアを取り囲むように胸の周りに展開された白い骨と、手から伸びて上下に揺れる光の鞭はこの形態もまた戦闘に最適化された姿なのだということを教えてくれた。

 

 形態変化。その隙を使徒が見逃してくれるはずはない。落ち着く暇すら与えずに、雪華に鞭が殺到した。

 彼女はさっと上に上昇することで攻撃を避け、そして伸び切った鞭、その付け根に自らもまた光の鞭を叩き込んだ。

 

「ギャアアアアアア!!!!!」

 

 人のものとは思えない悲鳴が上がった。シャムシエルのものだ。攻撃に使ったはずの鞭を叩き切られ、その痛みに彼は大きな隙を晒すこととなる。

 

「吹っ飛べぇ!!!!!」

 

 その隙を逃す雪華ではない。シャムシエルの身体に振り下ろした勢いのまま鞭を絡みつけると、その巨体を遥か遠くへと投げ飛ばした。

 激しい崩壊音を立てながら道中の兵装ビル群が壊されていくが、それを意に介するものはこの空間にはいない。どうせ次の回には生え直している。次の回があるのならば、だが。

 

「仕上げだよ」

 

 一時的にでも厄介な敵を追い払ったならば、今は彼女を邪魔する者は誰一人いない。すぐさま地面に倒れるサキエルの元へと向かうと、その壊れ掛けのコアに輝く鞭を刺突した。

 なけなしのA.T.フィールドがなんとか攻撃を阻もうとし、激突時に大きな音を立てるもそれも長くは持たない。1秒ほどの鍔迫り合いののちに壁は破壊され、コアを完全に潰されたサキエルはその場で沈黙した。

 

「…………」

 

 さて、残るは遠くへと飛ばしたシャムシエルのみだ。なんとか起き上がり、のそのそと戻ってこようとしているがそれを待ってやる道理もない。彼女は倒れ伏す巨体へとすぐさま近寄った。

 2本の鞭が、シャムシエルの身体へと襲いかかる。だが彼はすんでのところでそれを受け止めることに成功した。

 

 だが、それが何になる?

 一本一本の出力こそ、純粋な使徒ではない雪華ではなく本物の使徒として構築されたシャムシエルに軍配が上がる。

 ただ彼は、すでにその一本を失っていて、雪華は全力の鞭を2本同時に繰り出している。

 

 受け止め切れるはずがない。一瞬の拮抗ののち、彼の残っていたもう一本の鞭は中央から切断された。

 そうなってしまえば、コアへと迫る脅威を止めるものはない。2本の鞭が、的確に彼の中心を抉り取る。

 

 シャムシエルはこの瞬間、完全に停止した。

 

 

※※※※※

 

 

「ピーッ───────プログラムにおける討伐対象2体の行動停止を確認。被験者の適合率、98.73%まで上昇。以上で適合率上昇プログラムを終了します」

「…………はっ…………はっ……」

 

 死体とビルが何かの音とともにその場から消失し、代わりに無機質な音声が響き渡る。

 

「はっ…………はぁ〜………」

 

 奥底から吐き出すかのような深い呼吸と共に雪華はその場に尻餅をついた。

 勝ったのだ、あれらに。幾度かの挫折と決意を経て、この戦いを終わらせたのだ。

 

「120秒後に被験者をログアウトします。お疲れ様でした。繰り返します───────」

 

 いまいち実感が湧かないが……自分は、強くなれたのだろうか?

 雪華はその場で自問自答する。

 

 戦闘時の有効なA.T.フィールドの使い方。各攻撃手段の適切な扱いとその火力。

 得られた知識はたくさんある。そして。

 

"適合率上昇プログラムの完了を確認"

"A.T.フィールド強度の40%到達を確認"

"第五使徒ラミエル、第六の使徒の能力がアンロックされました"

 

 新たな、力……。

 雪華は何故か手元にあったステータスプレートを改めて見直す。

 

 

 

==========================

 

柚希雪華 16歳 女 適合率:98.73%

 

天職:使徒

 

状態:シャムシエル

 

強度:43.26%

 

因子:覚醒

 

技能:学習能力・変幻自在[+]・言語理解

 

==========================

 

 

 これが実戦でどう役立つのかは、この真っ白な空間での戦いしか経験していない雪華には分からない。ただ一つだけ言えるのは。

 

 彼女の目指すところが、少しだけ明確になったということ。

 

 120秒が経過し、彼女はほんのちょっぴりだけ満足感を抱きながらその場から掻き消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───────頑張ってたなぁ」

 

 彼女が消え、代わりにそこに立つは神の一柱。彼女とよく似た顔立ちと、髪から服まで真っ白なその装いは()()()()()()()()()()()よく目立っている。

 

「そうか、まだ気づいてないのか、あれには」

 

 くすくすと笑うそれからは、うまく感情が読み取れない。

 

「でも気づかなくてよかったかもね?」

 

 それは、その神は。

 彼女に力を、与えるモノ。

 

「今気づいてもきっと、メンタルプログラム(こころ)が壊れちゃってただろうし」

 

 やはりそれは、その場で笑い続けていた。誰もその言葉なぞ聞く者がいない、その空間で、いつまでも。




雪華の瞳の色について
①元々はスカイブルー
②使徒の能力に覚醒後、各使徒の形態に変化していた際はまだ適合率が低く、使徒の能力に振り回されていたためコアに近い赤色に
③適合率が徐々に上がり、制御する術を得たので元の色になった
って感じです



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第七話 予期せぬ再会

投稿遅くなる詐欺
次こそはちゃんと遅くなるんじゃないだろうか


 迷宮探索と聞いて何をイメージするだろうか。

 

 昏く深い、謎に満ちた洞窟の探索。

 強大な魔物との戦闘。

 珍しい宝物に武器、それによってもたらされる新たな力。

 

 トータスの民、それも冒険者ならばおおよそこのような答えが返ってきただろう。

 食い扶持を稼ぐために。戦いを愉しむために。強くなるために。【オルクス大迷宮】を探索する多くの者たちは、こう言った気持ちを胸に日々探索に身を投じているのだろう。名誉欲だとか自己顕示欲だとか現実的な話は置いておいて。

 

 雪華もまた、【オルクス大迷宮】の深奥に挑む者の一人だ。それも、今まで最奥とされていた100層よりもさらに深いところ。

 

 あの2体の使徒との戦いののち、目が覚めた雪華は100層の廊下の先、未だ向こうを見ていない赤い扉に寄りかかっていた。

 自分が入ったはずの白い扉はまるで最初からなかったかのように忽然と消えていて。でも上昇した適合率や、プログラムの過程で手に入れたシャムシエル、ラミエルの能力はそのまま。

 記憶だって残っている。

 

 一体何だったんだろうと疑問は残るが、それで揺らぐ彼女の決意ではない。新たなる強さを求めて先に進む判断を下すのに時間はかからなかった。

 

 慎重に赤い扉を開く。両開きのその鉄扉の先にあったのは……石壁だった。

 加工も整備もされていない、洞窟の岩肌。行き止まりだったかと残念に思うのも束の間、まるで生きているかのように岩が左右に開き始める。

 

 ……危険は感じられない。そうなれば彼女の選択は『先に進む』、ただ一つだ。

 

 斯くして、雪華の迷宮探索は始まったのだ。

 

 ……いや、正直に言おう。これは迷宮探索なんかではない。今の彼女にとっては、これはただの舗装工事だった。

 チートが自分の弱さを学習し、油断を可能な限り排除したらどうなるだろうか?まあ言うまでもない。

 大抵の深層の魔物たちは、的確に急所を抉り取られその命を落とすことになったのだった。

 

 

 

 さて、ある所に一匹の兎がいた。兎とは呼んだが、ただの兎ではなく魔物の兎。大きさも中型犬並みにあり、発達した後ろ足による蹴りで敵を仕留めることを得意とする、そんな兎だ。

 彼は特別強くはなかった。同種の中では平均的な能力値であり、まあ生きるには困らないという程度だった。

 

 しかし、ある日を境に事情が大きく変わる。近頃狩場付近を荒らしていた白髪のニンゲンがこの付近における最強、熊型の魔物を殺害し何処かへ去っていったからだ。

 たまたま白髪のニンゲンの脅威を目の当たりにしており、たまたま回った頭でしばらく狩場を離れる判断をし、たまたまニンゲンが去ったタイミング、その直後に狩場へ帰還した。

 これらの幸運が重なったことにより、彼は強くなる筋道を得たのだ。

 

 兎の魔物は、熊さえいなければここいらでのヒエラルキーはそれなりに高い方である。天敵に怯えずに狩りができると言う素晴らしい環境で、彼は積極的に自らを鍛えた。

 倒して、殺して、食う。倒して、殺して、食う。この繰り返しにより、以前と比べ物にならない強さを彼は得ることができたのだ。

 

 そんな暮らしを続けていたある日のこと。彼は一人のニンゲンを目撃した。白い髪をしており、以前熊を殺したあのニンゲンが頭を過ぎるも、明らかに見た目が違ったので別人だと判断を下す。

 ……さて、自分が狩場にて頂点に近い位置まで上り詰めたと考える彼が、ノコノコ現れた新顔にやることと言ったら何だろうか?

 

 もちろん、攻撃あるのみ。脅威になる可能性があるのだったら、その芽は摘んでおくに越したことはない。

 背後に忍び寄り、近づいて、近づいて、近づいて……。

 

 最高のタイミングで飛び出した、彼お得意の蹴りが人間の頭蓋を吹き飛ばす……ことはなかった。

 

「キュエ?」

「わ、なんか見られてると思ったら……」

 

 八角系の波紋を形成する謎の輝く壁に攻撃は完全に無効化される。常識外の出来事に呆けている間に、彼を赤紫色のナニカが巻き取った。

 

「かわ……いくない!なにこの脚……血走っててこわ……」

 

 それが死の間際、彼が最後に聞いた言葉だった。自らを巻き取ったその触腕によってそのまま腹のところを真っ二つに裁断されてしまったのだ。

 

「でもやっぱり上の魔物より強いなぁ。スニーキングアタックなんてしてきたの初めてだよ」

 

 この後、階層におけるヒエラルキーにまた新たな変化が生まれたのは言うまでもない。強者は、全ての環境さえも塗り替える……。

 

 

※※※※※

 

 

 雪華の迷宮踏破は至って順調に進んだ。油断せずに敵の攻撃を受け、いなし、叩けばおおよその魔物はすぐさま沈んだ。

 唯一彼女の行手を阻んだのは、その広さだ。上部に比べてかなり階層一つ一つが広く、一層降りるのにもそれなりに時間がかかった。

 だが魔物が脅威とならない以上、彼女の歩みは遅くこそあれど、さらに鈍化するようなことはない。S2機関により時折の睡眠を除いて休息を要さない雪華は、着実に、それでいて素早く迷宮の奥へと進んで行った。

 

 さて、使徒の能力が更に出現した彼女だが、当然探索の途中でそれを試し、習熟せんとしている。

 

 ラミエルに形態変化した際は、外骨格やパーカーの代わりに、雪華の外周を帯のように菱形のクリスタルが回転するようになった。メインウェポンである荷電粒子砲は……正直言って過剰火力すぎた。

 加減しても浅めの階層の魔物は最低で消し炭、ひどい時は壁に大穴。こんなのを連発していては、ラミエルが保有していた攻撃検知の力もあってなんの訓練にもならない。どこかで使うときは来るだろうと、一旦この能力は封印された。

 

 そしてなれるようになったのはこれだけではない。それが、『ニュートラル』モードである。

 特定の使徒に特化しない、要するに火力やリーチが落ちる代わりに、技能を有する全ての使徒の能力が満遍なく使えると言う状態である。

 

 もちろん、敵との相性の良い状態に変化しての戦闘の方が段違いに強いので、あくまでこれは最低限の即応力を残した非戦闘形態なのだろう。戦う際の姿ではない。

 服装に関しても頭部にインターフェイス・ヘッドセット*1が出現するのみとシンプルだったので、このモードは休息時の彼女のよく取る姿となった。

 

 そんな風にして、パイルバンカー(サキエル)で敵の頭を打ち砕いたり、しなやかな鞭(シャムシエル)の滑らかな動きで敵を叩き伏せたり、荷電粒子砲(ラミエル)で地形ごと薙ぎ払ったりすることしばらく。

 

 石化、毒、麻痺などの厄介な状態異常を付与する敵をS2機関フル稼働による爆速新陳代謝で誤魔化すだとか、燃える液体を不可視の光線で着火してしまって死を覚悟するも思ったより熱くなかったりとか、せっかく見つけた美味しい果実を落とす魔物がなぜか知らないが(先行者による乱獲で)ほぼ死に絶えてたとか。

 一筋縄でこそ行かなかったが、今の雪華の多彩な攻撃、技術によってどんどんと探索は進んだ。

 

 順調な中で特別不思議だったのは、50層ほど降りたところにあった空間だろう。

 聳え立つ巨大な扉、その門番と思しき巨体の魔物は既に微妙に腐っておりひどい匂いがした。扉の先も広い空間で、戦闘痕こそあったが何も襲ってこない。

 

 こういうの、復活しないもんなのか?と一旦は軽く流して先を急いだ彼女であったが、程なくして既にここに誰かが到達している可能性に思い至る。

 公にされている最高到達点とのズレもあって、やはり少々薄気味悪く感じたのだった。

 

 さて、違和感があったとて迷宮探索は終わらない。違和感の正体も必要なら倒し自分の糧とすべしと雪華は更に突き進んだ。

 道中、森+大量の雑魚というだいぶ面倒くさい空間に立ち会った際は一瞬デ○デ大王が乗り移ったり*2はしたが、彼女の動きを止める敵は全く存在しなかった。

 

 彼女の足が、休息以外で一瞬でも止まったのは……100層。節目となる、おそらく一番底に該当する階層だ。

 地下に似合わない豪奢な内装の広大な空間は、まるで訪れたものを歓迎し、そして更に誘い込んでいるかのようだった。

 

 長大な廊下を、奥の扉を目指して進んでいく。油断は禁物だ。敵の気配を拾うべく神経を集中させながら一歩一歩奥へと進んで行った。

 そして扉の直前、最後の柱を通り過ぎた、その瞬間……。天井まで届きそうな巨大な魔法陣が出現した。

 

 放たれる赤黒い光はどんどん増していき、その紋様はこの世界で見たどんな魔法陣よりも複雑。

 

「コード06!ラミエル!」

 

 油断はしない。自らの全力を持って叩き潰す。その決意と共に、魔法陣から徐々に現れる影に最大出力をブチ込んだ。

 

 

※※※※※

 

 

「あー………えー………えー………?」

 

 爬虫類の黒焼きってこんな感じだったっけ?と雪華は思った。ある程度の抵抗はあった。

 出現した六つ首の化け物は、断ち切られた頭を修復したり、こちらの精神に干渉しようとしたり、最終的には防御に全力を裂いたりはしたのだったが、出力の暴力の前では流石に為すすべもなかったようだ。

 何とまあかわいそうなことに、継続的な極大火力とその本質の一つが「心の壁」であるA.T.フィールドを扱うラミエルに対してこのヒュドラは相性が悪すぎた。

 もし防御形態を取らずにヒュドラが攻めっ気を出していたら、黒焦げでは済まずに粉末になっていただろう。運が良いのだか悪いのだか。

 

 雪華の最終戦闘はこんな形でまあ、不完全燃焼で終わってしまった。ただ死闘は既に上の100層で経験しているし、深層を降っていく過程で魔物相手の戦闘も十分に習熟した。きちんと彼女は強くなることができたのである。

 

「まあでも、強くなったのと今のこの微妙な気持ちは関係ないしなぁ……」

 

 そう言って焼きヒュドラをつんつんする。まあそんなのでくよくよしていてもしょうがない、切り替えていこう!とその場で背伸びしたその瞬間。

 

 その場で聞こえるはずのない、声が聞こえてきた。

 

「やっばい戦闘音聞こえてきたけど一体なんだ……ってうわ、ヒュドラが丸焦げになってる!?一体どんな出力の何をぶつけたらこんなことに……」

「へ?」

 

 それぞれが聞こえてきた声の方を向き、二人は目を合わせる。

 片や地球のそれとも、この世界のそれとも違った服装であるプラグスーツ姿。片や元々黒かった髪が真っ白に染まっており、眼帯、義手など元々の特徴を上書きするような特徴の数々を身に纏っている。

 それぞれ成長し、姿や立ち振る舞いこそ多分に変化していたが……二人は、親友。

 

 声まで聞いて、間違えるはずがない。

 

「セツ……?」

「ハジメ……?」

 

 驚き。疑問。喜び。どんな顔をすればいいのかわからない。雪華とハジメはそのままたっぷり10秒ほどその場で立ちすくみ……そして、どちらからともなく近づき、その場で強く抱きしめ合った。

 

「ハジ、メ……!ボク、ボク……!!!」

「セツ………」

 

 雪華の双眸からは止めどなく涙が流れ落ち、ハジメはそれが自らの肩に滴ることを全く気にする様子もなく優しく彼女の背を撫で続ける。

 

 彼女が最も強く望んでいた再会は、戻ってこないハジメを心配したもう一人の少女が様子を見に来るまで続いた。

 

 

※※※※※

 

 

「誰かに奈落に落とされたぁ!?」

「ああ、でももう気にしちゃいねぇよ。どうでもいいし」

 

 雪華の大声がベッドルームに響く。

 

 【オルクス大迷宮】深層100層、踏破した者のみが踏み込める反逆者の住処。その一室で使徒、錬成師は語らっていた。

 

「………ハジメ、本当にごめんn「ああいいっていいって、さっきも言ってもらったし、状況も状況だったからしょうがない」……うん」

 

 双方が落ち着いて雪華がまず最初にしたのは、親友へ己の気持ちを伝え謝ること。そして、心の底から後悔している彼女は、クラスメイトの誰かの凶行にすら責任を感じ謝罪を繰り返そうとしたが、ハジメはそれを止めた。

 

「まあ落ち着いて聞いてくれ。異世界に突然放り込まれるなんて俺たちが大好きなファンタジー小説みたいな状況に遭遇して、常に冷静になんていられない。おまけにこうして奈落に落ちるまでの俺は実際にめちゃくちゃ弱かった。相手がセツだからってのもありはするが……俺は怒っちゃいねえよ」

「…………ありがとう」

「それでいいんだ」

 

 ハジメはゆっくりと頷き、雪華もまたそれに答えるように少し微笑む。

 

「……いやあ、誰かと思ったらハジメでびっくりしちゃった。ボクより先に迷宮を進んでる人がいたなんて」

「俺も後ろからセツが来てるとは思わなかった。武者修行に出るのは分かっちゃいたが、ここだったとはな」

 

 和やかな談笑は進む。しかし、この状況がおもしろくない者が一人いる。

 

「ねえハジメ。こいつ誰」

 

 吸血姫様だ。流れる金糸のような髪に小柄な体躯、美しい赤い瞳を持つこの可憐な少女は、自らの最愛が他の女とおしゃべりに興じているのが不満なのだ。

 

「あ、自己紹介がまだだったね!」

「俺もそういえばセツの話はあんまりしてなかったな」

 

 彼女の不満を知ってか知らずか、雪華は少女に自らの素性を告げる。

 

「ボクは柚希雪華!ハジメと同じく異世界からの転移者で、『使徒』の天職を利用されないために勇者パーティーを抜けて武者修行中!ハジメとはお互いの一番恥ずかしいところまで知ってる仲です!よろしくね、ユエちゃん!」

「雪華ァァァ!?」

「…………ライバル出現!?」

 

 探索を終え気が緩んだのか、言葉足らずと天然ボケが発動している雪華。あんまりな説明にハジメはあだ名も忘れて彼女の名を叫び、ユエは焦った顔でハジメの腕にしがみつく。

 

「な、なんか変なこと言ったかな?ボクたち各々の厨二病ノートまで見せ合った仲でしょ!?」

「そう言う意味にしてももっと言い方あるだろ!!!」

「よく分からないけど、恋のライバルではない……?」

 

 今の状況を一言で言い表すなら『しっちゃかめっちゃか』である。相変わらず雪華は自分の言ったことのヤバさに気づいておらず、ユエはハジメの腕を更に力を入れて抱き締める。

 

「いやあ、ハジメにも春が来たんだねぇ……迷宮探索でこんなにかわいい彼女ができるなんて!」

「……ま、まあな」

「それに白髪オッドアイ眼帯義手、更には銃で魔物を攻撃だなんて!一人称だって"俺"になってるし!!」

「やめろぉ!!!俺が厨二病みたいじゃないかって悩んでる原因全部挙げるんじゃねぇ!!!!!」

「えー!めっちゃカッコいいじゃん!!!」

「…………そうだ、セツはこういう奴だった」

 

 一瞬ハジメの心の傷が抉られることこそあったが、あの頃、地球で平穏な日々を過ごしていた頃のような会話ができたのだ。戦いの日々に荒んでいた彼らの心は何か温かいものに包まれた。

 

「それで……ユエちゃん。ボクが浅はかだったその時に、一番隣にいなきゃいけなかったその時に……ハジメの隣にいてくれて……ありがとね」

「………………うん」

 

 困っている友を助ける。その当然のことができない間、ハジメを助けてくれたユエに、雪華は心から感謝していた。

 

「にしても、セツの天職は本当に『エヴァンゲリオン』の『使徒』だったんだな」

「そうだね。今もちょっとずつ新しい使徒の能力が増えてってるよ」

「エヒト神の使徒とかじゃなくてマジで良かったな」

「ほんとほんと!さっきの話聞いてびっくりしたよ!」

 

 雪華より少し早くこの場に辿り着き、もうそれなりの期間この反逆者の住処に滞在しているハジメとユエは、人々が神の遊戯の駒にされていること、そしてここが神に逆らおうとしている反逆者の一人によって作られたものだということ、同様の迷宮が世界に【オルクス大迷宮】含め7つあることを、かつてのここの主人、オスカー・オルクスが残した魔術により知っていた。

 

 だからこうして語らう少し前。最低限この事情は共有しておいた方が良いとして、ハジメたち同様、雪華もオスカー・オルクスの話を聞ける魔法陣へと赴いていたのだ。先行二人と違ったのは、解放者により授けられるはずの踏破報酬、生成魔法が受け取れなかったこと。雪華の成り立ちは根本からしてこの世界のシステムと違うのかもしれない。

 

「で、セツ。お前これからどうする?」

「ん。一緒に行くの?それともまた別れる?」

 

 目下の課題はそれを決めることだった。雪華は強くなろうとはしているが【オルクス大迷宮】を踏破した現在目標がない。七大迷宮の存在を知らされた今、この世界で最も難しい7つのダンジョンとして鍛錬目的にそれらを目指すことはほぼ確定こそしたのだが、「どう」目指すのかは決まっていないのだ。

 

「…………たくさん戦ったし、見ればわかるんだ。ハジメはすっっっっっごく強くなった。ユエちゃんもとっても強いから、技術面じゃあまだ拙いボクじゃあ多分二人に勝てない」

 

 そうは言っているが、黒焦げのヒュドラを思い出したハジメの表情は若干引き攣っている。

 

「それに、できることならしたいねってくらいで、帰還に対する意志も特別強くないボクがハジメたちに同行したら、もしかしたら足を引っ張っちゃうかもしれない」

「俺は別に気にしないが……」

「ボクが気にするの!……だから、ここはそれぞれで迷宮踏破を目指そうよ。目的地が同じなんだからさ、きっと道の途中でまた会えるよ!」

「………………」

 

 かつての浅かった考えとはまた違う、今の自分達をしっかり理解しての雪華の提案。出会ってまたすぐ解散という慌ただしさに、さらに言うなら彼らは親友。

 お互い思うところは多分にあった。

 

「…………そうだな。だけど忘れんなよ?俺たちは一番の親友で、一番の理解者───────辛いこととか、迷ってることがあるなら、今度はちゃんと俺にも聞いてくれよ?」

「………うん、うん……うぅ……」

「だぁ、泣くなって、ほら……」

 

 再び涙をこぼし始めた雪華の顔をハジメがゆっくりと拭う。

 

 恋人同士とはまた違った関係性の二人のやりとりを、愛する人のまた違った一面を、その愛する人をとても大切に思っている少女を。

 自分以外にも、彼を大事に思ってくれてる人はいるんだな。そう思いながら、吸血姫は穏やかな笑みと共に見つめていた。

 

 

※※※※※

 

 

「んじゃあ、俺たちは……どっちがいいかな、まあこっちでいいか」

「ならボクは……わざわざ同じ方向ってこともないかな、こっちを見てくるよ」

 

 巨大な渓谷の底。とはいえ、しばらくぶりの太陽光が注ぐその大地を一通り楽しんだ彼らは、別れの時を迎えていた。

 

「共有できそうな迷宮の話は、会ったらするって感じでいいかな?」

「ああ、いいと思うぜ」

 

 此度の別れは決別でも、今生の別れでもない。辿ろうとしている道が違うだけ、二人の信念がちょっぴり違うだけ。二人がぶつからないための、大切な別れだ。

 

「ってか、羨ましいなぁそのバイク!ボクも移動手段欲しいのに〜」

「…………お前、浮いたまま高速水平移動できんだからいらないだろ」

「でもロマンじゃん」

「それは同意」

 

 雪華は多くの使徒が獲得している謎の空中移動方法、それを既に会得し使いこなせるようになっていた。

 

「……じゃあ、また会う日まで」

「……おう、また会う日まで」

「……ん。私もまた雪華に会うのを楽しみにしてる」

 

 交わされる固い握手。一瞬離れてしまいかけた二人の絆はもう壊れることはないだろうし、迷宮の底で生まれた新たな絆もまた、彼らの今後を彩ることになるだろう。

 

「雪華に聞いたハジメの弱点、有効に活用する」

「おい待て」

「ふふ、ユエちゃんに教えてもらった地下でのハジメのあれこれも有効に活用させてもらうよ!からかえるネタが倍くらいになったなぁ……」

「ちょいちょいちょい雪華さんユエさん!?!?!?」

「よーし、行くぞー!!!」

「待てやゴラァ!!!」

 

 そう言うと雪華は50cmほど宙に浮き、滑り出すように峡谷を進み始めた。

 ハジメはそれを一瞬追おうとしたが……優しいため息をひとつついて、一言。

 

「行くぞ、ユエ」

「うん」

 

 そう声をかけ、彼もまたバイクに跨った。

 

 雪華の旅は。ハジメの旅は。

 異世界に召喚された時でもなく、ホルアドの宿を出た時でもなく。この瞬間に始まったと言えるだろう。

 

 まだ見ぬ力を得るために。自分の持つ信念のために。二人は新たな一歩を共に踏み出した。

*1
エヴァパイロットが頭に付けてるちょっと猫耳みたいなアレ

*2
環境破壊は気持ちがいいZOY!




今の雪華の強さはハジメ&ユエコンビに5回中4回勝てるってところでしょうか?
雪華は新たな使徒能力獲得で手札は増えるけど最大出力は適合率の限界を超えないと上がらない
そしてハジメとユエはまだステータス上昇の恩恵に与れる
この辺の差でバランス取ってます
なんとなくの強さの参考にドウゾ


いつも感想、高評価、お気に入りありがとうございますb


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第八話 谷底に在るモノは


そもそも難産だったりオリジナルもやりたいなって触ってたら予想通りちょっと時間かかってもうた


 少し、いやかなり遡って。ハジメが奈落に落ち、雪華が勇者パーティーを離れて数日経った頃。

 

 勇者達一行は迷宮で起こった死闘、及び喪失、離反などを鑑みて一度王宮へと戻ることになっていた。

 今彼らは、訓練、休息などといったそれぞれの時間を過ごしている。

 

 あれだけショッキングな出来事を目の当たりにしたのだ。おまけにクラスメイト一人もいなくなったときた。

 奮い立たされる者だけが全てではない。動けなくなってしまう者がいることも当然である。

 

「これで、良かったんだろうか……」

 

 与えられている兵舎の一室にて、メルドは思索に耽る。

 場違いな大技、檜山たちの浅はかな行動、その結果の転移、命を賭して我々を守り奈落に消えたハジメ。一連の出来事を脚色なく彼は王宮と教会に報告した。

 

 そして、雪華の離反についても。

 どう説明したものかギリギリまで迷った彼ではあったが、結局手紙で言われたように、彼女を下げるような言い振りに少なからずなってしまった。

 

 柚希雪華は勇者パーティーから自らの意思で離れて行った。強大な力を理由に慢心もあったのだろう、一人で旅に出て問題ないと判断したようだ。現在の行き先は分かっていない。

 

 ……これが限界だった。下げたと言っても、彼女の慢心を示唆したのみ。悪事なぞ一切働いていない彼女を本当の悪人のように語るなぞ、短い期間とはいえ彼女の師を務めた者として己を許せなかったのだ。

 

 一連の出来事に対し、教会は大いに焦った。エヒト神との繋がりを示唆するような天職の者が離反したなど市井に知られてみては、どうあっても教会の権威に傷が付く。

 地下での出来事も馬鹿正直に公開すれば勇者パーティーの権威に罅が入ることは間違いない。

 そこで彼らが取ったのは、悪意の第三者によって彼女が攫われたかもしれないという宣言だった。

 

 手紙を残されたごく一部を除き、雪華が自らの意思でパーティーを離れたと知る者はいない。

 いいとこ『いつの間にかいなくなっていた』くらいの認識だ。

 クラスメイトも、その他のトータスに住まう人々も、教会の発表を疑うことはしなかった。

 

 勇者天之河光輝のそれを受けての発言も、教会にとって良い方向に働いた。

 

「俺が不甲斐ないばっかりに……。決めました。死んだ南雲のためにも、連れ去られた雪華のためにも!俺はもっと強くなって、彼の死に報いて、そして彼女を連れ戻します!」

 

 教会は市民に美談のようにこの発言を喧伝する。これにより、ハジメは未熟故に死んだ不幸な少年、雪華は誰かに連れ去られた不幸のヒロインとなってしまった。

 事実を知る者は複雑そうな顔をどうしてもすることにはなったが、最低限これで皆が納得し本当のことが表沙汰にならないのなら、とこれを飲み込むことになった。

 

 これ以外のハジメの扱いもまた、散々なものだった。

 

 彼が恐らくは死んだだろうというのは当然メルドにとっても許容し難い出来事ではあったが、一部貴族連中が死体に鞭打つかのように彼を「無能」と罵ったのだ。

 光輝がその態度に強く怒ったことでそういった風潮こそ落ち着きはしたが、結局それも「心優しい勇者」として光輝の評価が上がっただけだった。あの場で一番活躍した彼が報われるようなことは一切ない。

 

 メルドはあそこで起こった事実をはっきりさせたかった。

 ミスでもしないことには、あの場面でハジメに魔法が直撃することなぞあり得ない。ここで誰がそれを為したかをはっきりさせておかないと、疑心暗鬼から不和が生まれる心配だってある。

 

 あるいは、彼を良く思わない者の私怨による反抗だったら……。考えたくもないが、もしそうだった場合あまりに危険すぎる。同様の事故がまた起きたらたまったものではない。

 

 しかしこれについての詮索も教会から禁じられてしまった。八方塞がりだ。

 生徒の不安を拭ってやることも、危険を減らしてやることもできない。

 

「……だぁ、わからん!」

 

 戦闘に長け、生徒たちの武術に関して教鞭を取るくらいなら問題なくできるメルドだが、彼も頭を使うのが専門というわけではない。

 もやもやを振り払うべく、そして同じような事故を起こさないべく、今の自分にできることは強くなるための訓練。それ以外は、思いつかなかった。

 時間こそ遅かったが、愛用の剣を腰に下げると、彼は訓練場へと繰り出して行った。

 

 

 訓練場には先客がいた。

 真剣な顔付きで剣を振る少女の名は八重樫雫。ハジメ、雪華にまつわる一連の出来事を最も重く受け止めていた一人で、それでいて今自分にできることを考え、訓練に打ち込むことを選択できる……そんな強い少女であった。

 

「雫、精が出るな……と言ってもこんな時間だ、無理はしてないか?」

「……メルドさん。ええ、大丈夫です。あの子のことを考えていたら、目が冴えちゃって」

 

 あの子。おそらく雪華のことだろう。

 ハジメと雪華の仲の良さはメルドも知るところだったが、彼女が次に長時間接していたのは間違いなく雫だった。

 

「まあ、何というか……。雪華は強い。騎士団長の俺が保証する。こんなこと気軽に言うべきじゃないとは思うんだが……あいつなら本当にもっと強くなって、無事な顔をまた見せてくれると思うぜ」

 

 それはメルドができる精一杯の励ましだった。彼も軍に所属して剣を振るう一端の兵士。友を失うなぞ戦場で幾度も経験しており、今回はまだ失踪止まりとはいえ、雫が辛い気持ちだろうということは容易に想像できた。

 しかし、雫の返事に彼は少々ばかり驚くことになる。

 

「ええ、そこは私もあまり心配してないです」

「……ほう。いや、俺もお前らの友情を疑ってるとかそういう訳じゃないんだがな。そうやって断言できるほど……二人はお互いを信頼し合ってるんだな」

 

 メルドの言葉に、雫は少し恥ずかしそうにはにかむ。

 

「はい。あの子は本当に、いつも優しくて、とっても強いですから。……でも、優しすぎる。だからたまに、全部を自分で抱え込もうとしちゃうんですよ」

「確かにな。行き過ぎた責任感……じゃないが。離れる理由に納得は行くが、それにしてももっと俺たちを頼ったっていいよなぁ」

「ですよね」

 

 感情表現豊かで、小柄が故によく動き、ちょっぴり隠し事がへたくそ。そんないつもの雪華を想像して、二人は苦笑いを浮かべた。

 

「俺たちがもっと強くなっておかないとな。戻ってきたあいつに、『ちったぁ俺らを頼れ!』って説教してやるためにもよ」

「そうですね……そのためにも、ちょっと今から動きを見てもらってもいいですか?」

「もちろんだ」

 

 星空の元、深夜の特訓が繰り広げられる。

 彼らの剣と剣のぶつかり合いには、目の良いものがよくよく見ても分からないほどではあるが、ある物が展開されていた。

 

 ───────A.T.フィールド。

 

 雪華を最も信頼し、最も心配する二人は。

 まだその事実に気がついていない。

 

 

※※※※※

 

 

 ライセン大峡谷にも七大迷宮は存在する。

 オスカー・オルクスの隠れ家で仕入れた情報だ。

 言い換えるならば、ハジメたちから伝え聞いた情報、とも言えるだろう。

 

 深い渓谷の底、恐竜を思わせる魔物が闊歩するそこを、雪華はふわふわと浮かびながら進んでいた。

 速度は大して出ていない。普通の歩みよりは多少速いか、と言う程度だ。

 熟練の冒険者もまず降りたがらない魔境とは思えないのんびりとした空気がそこには漂っていた。

 

「迷宮、迷宮、どこにあるんですか〜?」

 

 キョロキョロとあたりを見回して、思いっきり声を出しながら、呑気にふわふわ浮いている。

 舐めプとしか言いようがないが、しょうがない。彼女にはそれが許される実力があるのだから。

 

 事実、彼女の進んだ背後には魔物の死体が散乱している。

 外見から彼女の強さを認識し、警戒しろと言うのはちょっと無理がある。雪華はちょっと浮いてる弱そうな獲物にしか見えない。

 かわいそうな数多くの恐竜たちの突撃は、A.T.フィールドによってしっかりと受け止められた後、シャムシエルの鞭によって絡み取られ、そのまま綺麗に解体された。

 雪華のリュックサックは、止まらない突撃によってかなり膨らんでいた。魔石だけしか回収していなくてこれである。

 

「にしても……いやまあ当然ではあるけど、深層の魔物に比べて弱いなぁ、ここの魔物は」

 

 そりゃそうだ、と普通だったら言われるだろうし、実際にそうだ。ライセン大峡谷の魔物は深層のそれと比べても弱い。

 だがライセン大峡谷を魔境たらしめているのは魔物の強さではない。

 

 魔力分解作用。魔法が戦いと密接なところにあるトータスにおいて、戦闘時に致命的となりうるデバフだ。

 

 だが、それが雪華に何か関係あるのだろうか。

 そもそも彼女の動力源は文字通り『永久機関』だし、魔法なんてものは一切使っていない。

 

 要するに、現在の彼女の強さは「オルクス深層の魔物を簡単に葬り去った柚希雪華」から全く弱体化されていないのだ。

 

「見つからん……」

 

 だが、彼女の力と隠された迷宮が見つかるかどうかは特に関係ない。観察眼に、その時の運。必要なのはそれだけだ。

 見つからない迷宮を求め難しい顔をする雪華は、むむむ、と唸りながら進み続けるのであった。

 

 

※※※※※

 

 

 所変わってこちらはハジメとユエの二人組。バイクを軽快に駆り、迫る魔物の脳天をブチ抜きながら彼らは順調に進んでいた。

 

 進んでいた、のだが。

 残念なことに全てが順調に進んでくれる事はなく。無慈悲にも新たなトラブルが彼らの前に舞い込むのだった。

 

 二人の前に現れたのは、大量にモンスターを引き連れた一人の少女。助けを求めて叫びながら走る彼女だったが、ハジメもユエも特に興味なしといった様子で一旦はそれをスルーした。

 だが可哀想なモンスターたちはハジメらにも漏れなく殺意を向けてしまう。売られた喧嘩は買うと言わんばかりに、彼は丁寧に弾丸でお返事。哀れ恐竜たちは地面の染みへと姿を変えることとなった。

 

 ウサギの耳をぴょこんと生やした、青みがかった銀髪の美しい彼女の名はシア。

 理由はよく分からないが一族皆でこのライセン大峡谷に降り立ち、今現在魔物によって窮地に立たされているらしい。

 それを助けて欲しいと彼女に懇願するシア。

 

 当然、ハジメたちには受ける理由もないので断ろうとするのだが……このウサギ、とんでもなくしつこかった。いや、自らの命が懸かっていればその粘着も当然かもしれないが。

 

 あの手この手でハジメたちを引き止めようとするシア。断るハジメとユエ。無理やりしがみついてなんとかついて来ようとするシア。ガン無視するハジメとユエ。

 幾度となくやり取り(と言うにはだいぶ一方的だったが)が繰り返されたが、状況は変わらない。

 埒が明かない上、自らの美貌にもハジメは全く靡かないときた。そんな状況を変えるべく更に口を開くシアだったが、彼女はこの場における『禁句』を知らず知らずのうちに口にしてしまう。

 

「で、でも!胸なら私が勝ってます!そっちの女の子はペッタンコじゃないですか!」

 

 "ペッタンコじゃないですか"

 

 それは、多くの状況下において最も口にしてはならないワードである。

 少なくともハジメは、これを直接言ったらまずこちらを許さないであろう人物を二人知っていた。

 今、その一人は隣に。もう一人は少しばかり遠くにいる。

 

 殺気を振り撒きながらバイクから降車するユエを見て、ハジメはため息をついた。

 ユエが魔法を撃つべく腕を振り上げ……るが、それが発動することは叶わない。

 

 まさにそのタイミングで、何処かから一筋の光線が飛来しシアの頭上の岩を直撃。バラバラと周囲に岩の破片が落下し始める。

 そのうちちょうどいいサイズの一つがシアの頭頂を直撃し、彼女は痛みに悶え苦しむことになった。

 

「………………」

「………………」

「頭ぁ!頭がぁ〜!!!」

 

 こさえた立派なたんこぶを抑えながらひょうきんな姿で跳ね回るシア。

 おおよそ何が起こったかを察して呆れた顔のハジメ。

 シアの無遠慮な発言に制裁を加えようとしたものの、なんか別な誰かから彼女が勝手に罰を受けたが故に不完全燃焼なユエ。

 

 ギャグなど存在しない超危険地帯なはずのライセン大峡谷に、カオスが顕現した。

 

「ハジメ。これって、雪華だよね?」

「……ああ。セツはよく胸のこと気にしt『キィィィィン!!!』……ひぇっ」

 

 ハジメの頭の真横をレーザー光線が通過し、熱風が彼を襲う。

 もちろんこんなので倒れるような彼ではないが、もう遠くにいるはずの彼女の正確な一撃に背筋を冷やした。

 

「ハジメ。雪華の犯行かは聞いたけど、そこまで言うのはデリカシーがない」

「……ああ。身をもって実感したよ」

「ぐぐぐぅ〜!!!!!」

 

 ウサギは未だ頭を押さえ唸っている。

 ハジメとユエはため息をつき、目の前のカオスをどう処理すべくか思案し始めた。

 

 

※※※※※

 

 

「コード06、ラミエル」

 

 底冷えするような恐ろしい声が谷底に響き、雪華の翳した手から荷電粒子砲が発射される。

 不快感を感じた方角へ正確に放たれたそれは、どこかにぶつかり岩が崩れる音が遅れて彼女に届いた。

 

「今、誰かにすっごい馬鹿にされた気がする……」

 

 正解だ。同時刻、峡谷のどこかでウサミミ少女が禁忌に触れた。

 本人こそ『気にしてないよ!』といつもハジメやら雫やらに豪語しているが、実のところそうでないことは雪華のクラスメイトなら誰でも知っていた。

 なんの話かって?そりゃ胸の大きさの話である。

 

「………もう一発。また誰かに馬鹿にされた気がする」

 

 ダメ押しの二発目。雪華自身は知る由もないが、今度の砲撃はハジメの左手50cmを正確に通過した。

 

「………こんなことしてる場合じゃないんだった!迷宮探さないと!」

 

 もやもやするが切り替えねば目的を達する事はできない。頬を叩くと、雪華は改めて迷宮捜索を再開した。

 

「っと、今さっき一瞬構造物が見えたんだよね」

 

 突然沸いた殺意に対応した際、雪華は大きく後ろを振り返った。

 その時に一瞬だったが何か……洞窟のようなものが見えたのだ。

 

「あっちの方に……おっ、本当にあった」

 

 谷の壁面に、もたれかかるように存在する岩。そこに人が通れるくらいの隙間があったのだ。

 恐る恐る踏み込んでみると、そこには……壁を削って作られた一枚の看板があった。

 

 "おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪"

 

「………………」

 

 誰かのおふざけだろうか。そう思ってしまう雪華だったが悲しいかな、これは本物。

 一般人は知る由もない解放者ライセンのファーストネームである『ミレディ』。これが記されていた時点で、少なくとも迷宮と関わりがあるものだと言うのは確定してしまったのである。

 

「【オルクス大迷宮】とはまた随分と違う雰囲気なんだね、これは……」

 

 そう言いたくなるのもしょうがない。あんないかにも迷宮然としていた【オルクス大迷宮】に対するこの落差。雪華じゃなくても、これを見ればため息をついていただろう。

 

 目の前の看板から見てわかる通り、おそらく迷宮の内容はそれぞれの製作者のセンスに委ねられている。一つ一つに差があるのも当然だ。

 ……そう言えばまあ片付きはするのだが。迷宮そのものとは違った、また別なシステムによる戦いではあるものの、86418回もの死闘を潜り抜け、一回りも二回りも成長することができたかの【オルクス大迷宮】とこの女の子らしい丸字がかわいらしく出迎えてくれる()()が同じ七大迷宮に数えられているとは到底信じ難かったのである。

 

 さて、迷宮っぽい何かを示唆する場所にこそたどり着きはしたが、目の前にあるのは看板を除けば岩壁のみである。

 お約束通りならば、ここいらの壁なんかに仕掛けがあるはず……。そう思って、雪華は慎重に剥き出しの岩壁に触れた。

 

 ガコンッ!

 

「わっ!?」

 

 峡谷に似つかわしくない音が響き、雪華は壁と共に強制的に回転させられる。

 

「っ、A.T.フィールドっ!」

 

 風切り音に咄嗟に反応して、なんとか展開されるフィールド。

 フィールドと物質が激突した際の特徴的な音が響き、辺りに黒い金属の矢が散らばった。

 

「はぁ、びっくりしたぁ……。今度の迷宮はからくり屋敷……?」

 

そんな雪華の問いかけに呼応するかのように、近くの壁がにわかに輝き出す。光はどうやら文字の形をしているようで、看板と同じ筆跡が彼女にメッセージを表示した。

 

 "ビビった? ねぇ、ビビっちゃった? チビってたりして、ニヤニヤ"

 

 "それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ……ぶふっ"

 

「………………」

 

 こちらを煽る部分だけが何故かやたら強調された文章に、小馬鹿にするような内容。

 可愛らしい筆跡も相まって、不快指数はとてつもなく高い。

 

「ふぅん……ほぉん……そういう方向性で来るんだぁ……」

 

 入口、入ってすぐの攻撃から予想するに、恐らくこの迷宮は大量のトラップが設置され、攻略者の対応力を問うような内容をしているのだろう。

 現に、奥へと廊下が続いているのに魔物の気配は感じられない。トラップがメインと断じても良さそうだ。

 

 さて、雪華は若干キレていた。

 先刻の馬鹿にされた感も相まって、沸点が下がっていた。

 力を問われるはずの七大迷宮で、何故か製作者にプギャーと煽られたのだ。

 

「ならこっちも、やることは一つ……」

 

 哀れミレディ・ライセン。雪華は常時浮遊できる。要するに物理トラップは一切通用しない。

 

「メスガキは……」

 

 哀れミレディ・ライセン。ラミエルモードの雪華は自らへの攻撃を察知する能力に長けている。A.T.フィールドも合わせればおおよその攻撃は無効化されるだろう。

 

()()()()ないと、いけないねぇ……」

 

 哀れミレディ・ライセン。デバフどころか迷宮のコンセプトすら能力で上から全て否定されてしまった。

 

 久々の来訪者を感じ取るも呑気に構えた舐めプ迷宮主の前に、間も無く理不尽が顕現する。

 満面の笑みを浮かべた(目が笑ってない)雪華は、勇ましく迷宮の奥へと進み始めた。




次回
メスガキ、わからせられる……!

ちなみにいつも18時投稿なのは原作Web版リスペクトです


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第九話 新たなる覚醒者

雪華の浮遊はエスパーポケモンとか原神のパイモンをイメージすればなんとなく分かるかと思います
マジの浮遊
羽ばたきとか一切なし


 ライセン大迷宮は文字通り迷路だった。

 矢のトラップとウザいメッセージが存在する空間から繋がる廊下を進むと、上下左右、さまざまな方向に無茶苦茶に道が続いていたのである。

 

 攻略開始時にシャムシエルのモードへと切り替えていた雪華は、おおよそしらみ潰しに探索させられるだろうことを見越して壁を鞭で削ってみる。

 どうやらそこまで耐久力は備わっていないようで、鞭だけでも問題なく印をつけることができた。曲がり角の度にこれをやっていれば、案外なんとかなるかもしれない。

 

 どこまでも続くように見える、ぼんやりと発光した幅2m程の通路。浮遊状態の自分なら物理トラップは悉く無効化できるが、魔法に関しては全く分からないし対策のしようもない。

 油断大敵。そう考え、雪華は警戒しながら奥へと進んでいった。

 

 最初に選んだ道は登りの階段だった。もちろん、階段と言ってもそれを足で触れることはしない。こう言う場所でトラップを踏み、上から何か降ってくるのはお約束だからだ。

 ふんわり浮きながら登って行き、辿り着いたのは……行き止まりだった。

 

「え、早くない?」

 

 探索開始後一番最初に選んだ道が即終了。そんな感想が出るのも当然である。

 

「あー、流石に常時浮遊状態の人間がここに来る想定はしてなかったか……」

 

 そりゃそうだ。

 羽の生えたびっくり人間なんざ雪華はトータスで見たこともないし、人間を運べるレベルの巨鳥をテイムしている人間にももちろん心当たりはない。

 仮にいたとしても、この狭い通路じゃ羽ばたけないだろう。

 

「ま、少なくとも曲がり角一つ潰せたからよしとしようかな……」

 

 そう言うと、雪華は来た道を浮遊しながら戻る。

 

「あ、そうか。この階段、トラップがあるの確定じゃん?」

 

 哀れミレディ・ライセン。厳重に秘匿されたトラップの存在を常識外の理由から看破されてしまった。

 

「いつかはハジメもここに来るだろうけど……力を試す場だからね。ヒントを残すのも無粋でしょ」

 

 よかったなミレディ・ライセン。次なる来訪者にすらヌルゲーされてしまう事態だけは避けることができた。

 だが今ここを攻略しているのはまさにここ、ライセン大迷宮特攻持ちとも言える人間だ。彼女の命運も、もう残り僅かであった……。

 

 

※※※※※

 

 

「うーん、これでいいのかなぁ」

 

 そう呟きながら長い廊下を進むのは、攻略開始から1時間ほど経った雪華、その人だ。

 

 ここまでいくつかの道を進んできたが、歩いていたら絶対に引っかかる物理トラップをいくつか無効化してしまったので、めちゃくちゃ簡単に、何本も『100%行き止まりのルート』を発見してしまったのだ。

 そんな状況で、本来だったらトラップをなんとか潜り抜け、少しずつ行ける道を増やし、時間をかけて攻略するだろうものをガン無視し続けることにちょっぴり罪悪感を覚えたのだった。

 

「まあ、与えられた能力とはいえこれもボクの力だし。全力を持って攻略に当たらなきゃ、製作者にも失礼だよね!」

 

 壁の両側から飛んでくる大量の矢を全部A.T.フィールドで跳ね返しながら雪華は気合を入れ直す。

 トラップに怯える必要がほぼない以上、かつてなく落ち着いて雪華は攻略に集中することができた。

 哀れミレディ・ライセン。(ry

 

「〜〜〜♪〜〜〜〜〜♪」

 

 鼻歌を交えながらも雪華ののんびり攻略は続く。

 飛来物系のトラップは、固体液体関係なくA.T.フィールドが完全相殺。

 落とし穴は浮いてるし関係ない。そもそもトリガーとなる部分を踏むこともない。

 移動速度も、慎重に徒歩で進む攻略者に比べればとんでもなく早いので、どんどんと未探索エリアが減っていく。

 所々にこちらをバカにする文章こそ浮かんでいるが、そもそもトラップにかかっていない雪華からすれば痛くも痒くもない。

 彼女の「わからせ」欲がいたずらに刺激されただけである。

 

 そう、今現在、未探索領域はどんどんと減っているのだ。実はこれが彼女の迷宮攻略を難しくしてしまっている。

 本来なら、どこかしらはこの迷宮の一番奥へと続いているはずだ。新しい道が続いているはずだ。起点があるなら、終点はどこかに作られている。

 このスピードで攻略しているのならば、近いうちに迷宮の深奥にたどり着けるはず。

 

 しかし雪華はその続きを見つけられない。どんなに探索してもゴールは発見できない。

 何故かって?

 

 だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 さまざまな仕掛けへの対応力を試すこの迷宮は、()()()()()()()()()()()()()()()がいくつか作られている。

 罠にかからないようにするだけが対応力ではない。かかった罠から抜け出すことだって、対応力の一種だ。

 

 だから、この迷宮の正解ルートは。そこにたどり着くためには。

 

 特定の罠に引っかかること。これが前提となっているのだ。

 だから、6時間ほどの探索の後、雪華はこう言う状況に遭遇することとなる。

 

「…………え、全部の道見終わってスタートに戻ってきちゃった」

 

 

※※※※※

 

 

 ミレディ・ライセンは反逆者の一人である。神への復讐を誓い、自らの力を後の世代に託すべく迷宮を築き上げたその実力は高く、天才と言って差し支えない。

 そして彼女は肉体こそ残っていないが、仕掛けのためにその魂魄自体は無機物への定着によって残り続けている。これはこの迷宮、そして彼女の大きな特徴だと言えるだろう。

 

 そして、彼女には一つ悪癖があった。それは、他人を小馬鹿にし、煽るような態度を取ること。俗に言うメスガキだ。

 そんな彼女の性格は迷宮にもしっかり反映されていた。随所に存在するプギャーな文章たちだ。

 

 ミレディは、攻略者を試すような悪辣な仕掛けに留まらず、わざわざ煽るような一文まで用意している。

 ついでに言うなら、彼女はまだある意味において生命活動を停止していない。要するに、まだ動いたり会話したり。そう言ったことができると言うことだ。

 ……そんな彼女が、探索中の攻略者の様子を確認できるものを用意しないなんてことがあるだろうか?

 

 当然、用意されている。安全地帯から愉悦を覚える。なんと甘美な響きであろう。

 カメラなんて便利なものは存在しない以上、攻略中を映像として好き放題確認できるわけではないが、どこのトラップが作動したか、どこに攻略者がいるのかくらいであればミレディに筒抜けだったのだ。

 

 迷宮最奥にて。久方ぶりの来訪者に驚き興奮するのも束の間。黄色いローブを羽織ってニコちゃんマークのお面を付けた、小さなゴーレム姿のミレディ・ライセンは、肉体がない以上本来流れないはずの冷や汗が額を流れる様子を幻視した。

 何故かって?観測される来訪者の攻略スピードが、控えめに言って狂っているからである。

 

 数々のトラップが作動しているのにも関わらず、攻略者の移動スピードが全く変わらない。大量に襲い掛かっているはずの矢も、撒き散らかされる毒液も一切攻略者に対する足止めになっていない。

 更に言うならば、100%引っかかると思っていた物理トラップはピクリとも反応しないと来た。

 

 一体、何がこの迷宮を訪れたんだ?

 予想されるのは、少なくとも空中浮遊していて、峡谷の魔法に関するデバフが打ち消せて、更にとんでもない物理的な防御を持っている存在。

 

 まず人間とは思えない。だがそれはそれとしてそんな芸当をやってのける魔物にも心当たりはない。彼女はその正体が全く持って想像が付かず、久しく感じることはなかった恐怖を感じたのだ。

 

 だが相手も生命体ならどこかで必ず休憩は取る。なんならこの移動速度だし、絶対動ける時間は短い。

 そう思うことによって、一時はミレディは心を落ち着かせることはできた。

 

 しかし悲しいかな。3時間経っても、4時間経っても攻略者を表す輝点は停止することはなかった。そのまま6時間が経過し。

 トラップを介さずとも行ける範囲が全て攻略されてしまったのである。

 

「…………い、一体何が、何が私の迷宮に来たって言うの!?」

 

 哀れミレディ・ライセン。数百年ぶりの発声は情けない悲鳴混じりの台詞になってしまった。

 更にその直後。なんの前触れもなく迷宮中の壁という壁が破壊され始めた。

 

「嘘!ま、魔力が霧散するのにこんなことって!」

 

 壊され方から見るに、迷宮の起点まで戻った攻略者が闇雲に砲撃を開始したようだ。

 まるで何かを探すかのように、未知の攻撃が迷宮を無数の穴だらけにしていく。

 

 ドォォォン!!!

 

「ひっ!!!」

 

 轟音と共に、ミレディが居た空間に砲撃が炸裂する。

 特別頑丈ではないにせよ、デバフ空間だ、普通には貫かれないはずの壁が。見たことも、聞いたこともない魔法と思しき何かに貫かれ、その熱が彼女に襲いかかった。

 

 さて、この瞬間。迷宮の入り口と迷宮の最奥が一本の道で繋がった。

 攻略者は全てを無視してゴールを見つけ出したということだ。

 

 本当は良くないことだと分かっているのだが……興味を抑えることができない。

 彼女は半ば確信していた。理不尽の擬人化は、穴の向こうからこちらを覗き込んでいる。

 

 こちらの姿を晒せば、どうなってしまうか分からない。

 

 またあの光線が、今度は私を貫くかもしれない。光線ではない、また別な理不尽に襲われるかもしれない。

 だが、知りたい。一体誰が、こんな自分の知らない力によってライセン大迷宮を踏破しようとしているのか。

 

 恐る恐る、ミレディは壁にできた穴を覗き込んでみた。

 

 穴のはるか先にいたのは……一人の少女だった。距離は遠いが、なぜかはっきりとそれを認識できた。

 服装こそ見慣れぬものだが、長い白髪とその整った顔立ちは美少女と断言でき、今までの理不尽を為してきた相手と彼女が結びつくのに一瞬時間がかかった。

 

 あんな子がこれをやった?そもそもあれは人間なの?ゴーレムである私みたいに、誰かが作った人形だったりするのでは?

 さまざまな疑問が浮かんでは消えていく。

 

 そのスカイブルーの双眸と、ミレディの目があった瞬間。

 向こうの彼女の口が、少し動いた。

 

 この距離だ、声が届くはずもない。……そんなはずは、ないのだが。

 ミレディには、彼女がなんと言ったのかがはっきり伝わった。伝わってしまったのだ。

 

『 み つ け た 』

 

 ないはずの心臓を鷲掴みにされたかのような心地に、ミレディはその場でただただ硬直することしかできなかった。

 

 

※※※※※

 

 

「お邪魔しま〜す」

 

 さっきまでの緊張感はどこへやら。ミレディが座する迷宮の最奥へと、呑気な挨拶を響かせながら雪華がやってきた。

 開けた穴を再びの理不尽(荷電粒子砲)によって拡張し、スタートとゴールの直結通路を開通させた雪華。あんまりな仕打ちにミレディにできたことはただただその場で縮こまることのみであった。

 

「難しい迷宮だったな……。頭を使わせるように見せかけて、直接的な手段こそが最適解である。盲点だった……」

 

 違う。違うんだ!

 そう声を上げたくてたまらないミレディだったが、実際にその言葉が紡がれることはなかった。

 

「えーっと、ここがゴールなのかな?オルクスと違って魔法陣もそれらしいメッセージもないや」

 

 雪華の発言に、ミレディはハッと気が付く。

 形はどうあれ、目の前の少女はこの迷宮を踏破したのだ。ならばその主人として、呆けていないで応対してやらねばならぬ。

 

「おっつかれさま〜☆まさかこんな方法でクリアされちゃうとは思ってなかったよ〜!」

「わ、しゃべった!」

 

 反逆者達はもう死んでいるとばかり思っていた雪華に、意思疎通の取れる迷宮の主人というイレギュラーは少なからず驚きを与えていた。目は見開かれ、ポカンと口が開いている。

 そして先ほどから驚かされっぱなしだった相手が、驚きの顔を浮かべている。そんな状況に満たされた自尊心に、ミレディは徐々に調子を取り戻してきた。

 

「私がこの迷宮の製作者にして主人、反逆者の一人のミレディ・ライセンだよ☆」

「えっ、えっ、このちっこいのが迷宮の主!?」

「ちっこい言うな!あんたもそういう手合いでしょうが!!……いくら私が超絶天才美少女と言えども、肉体の磨耗には勝てないからね〜。ここの仕掛けを維持するためにも、魂だけこうやってゴーレムに定着させたのさ☆」

 

 そう言ってミレディ・ゴーレムは胸を張った。しかし揺れるものは何もない。当然である。

 ある意味の同族に、雪華は若干の親近感を抱いた。

 

「私の迷宮、初の攻略者にはきちんとご褒美をあげないとね☆ただぁ……ちょーっと質問があるんだ」

 

 先ほどまでの、ゆるい雰囲気を醸し出していたミレディは何処へやら。真剣そうな面持ちで、彼女は雪華にこう問うた。

 

「キミは、何がためにこの迷宮に挑んだ?ここで得たものをどう使う?そして……君は、神へと挑む気はあるのかな?」

 

 問いかけるミレディには、その姿形に似合わぬ気迫があった。

 当然だ。どんな形であれ、人々のために神へと逆らう選択をし、とてつもなく長い時間をこの迷宮の底で、たった一人で過ごしてきた者がこちらを見定めているのだ。

 

 先ほどまでの接しやすそうな彼女はどこへやら。雪華はごくりと生唾を飲み込むと、ゆっくりと答え始める。

 

「ボクは……強くなるためにここに挑んだ。ボクには守りたいものがたくさんある。そう、守りたい友がいる」

 

 小さなゴーレムと、少女が見つめ合う。先を促すようにゴーレムが頷き、少女は再び口を開く。

 

「みんなだってちゃんと力があって、強いんだ。それは分かってる。ただ、ボクたちは外から連れてこられた人間で、この世界の常識すら知らない状態だったんだ。何が敵になるか分からない。だから少しでも、少しでも強くなければならない」

 

 二人の間に沈黙が流れる。中に人の魂が宿っているとはいえ、無機質なゴーレムからは感情が読み取れない。一体この後どんな言葉が返ってくるのだろうか?自分は目の前の解放者に認められることができたのか?

 しばらくの後、ミレディ・ゴーレムから次なる言葉が紡がれた。

 

「うん、いいね。とてもいい。よく分かってるじゃない。今まで言ってたことからして、もうどこかしらの迷宮は踏破していて私たちの事情も分かってるんでしょ?はぁ〜、エヒトの野郎はロクなことしないわね……」

 

 ミレディの言葉に、雪華はほっと息を吐き出すと、その胸を撫で下ろした。

 

「話し振りからして、自分と仲間に危害が加わりそうなら神へと歯向かうことも辞さない感じだね。いいじゃない。キミは神代魔法を受け取る資格がありそうだね☆」

「よかった……「でも!」……えっ?」

 

 攻略を認めるような発言の直後に差し込まれた打ち消しの言葉。外された梯子に雪華は驚きの声を上げる。

 

「ここを踏破したとはいえ、私にはキミがどのくらい強いのか全然分からない!いやまぁあの理不尽光線からして出力はやばいんだろうけども!」

「なるほど、ということは……」

「物分かりが良い子は嫌いじゃないよ☆」

 

 ミレディはそう言うと姿勢を正し、呼応するように雪華も好戦的な笑みを浮かべる。

 

「キミの力、私に見せてみて☆バトルフィールドはあっちだよ!」

 

 岩壁が左右に開き、巨大な空間への道が示される。

 奥に見えた巨大なゴーレム。おおよそミレディはあれを操作して戦うのだろう。そう判断した雪華は、最終試練へ突撃した。

 

 

※※※※※

 

 

「あ゛ん゛ま゛り゛だ゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!゛!゛!゛」

「ごめん、ごめんって!」

 

 汚い声で咽び泣くのは、小さなミレディ・ゴーレム。全力を出して戦った(わからせた)だけで特に非はないはずの雪華がそれをオロオロとあやしている。

 しばらくの後に雪華はなんとかミレディを泣き止ませ、戦いの直後以上に疲れ切った表情を浮かべた。

 

「はぁ……キミが強いのはよーく分かったよ……」

 

 半ば諦めたようなようにため息をつく雰囲気のミレディからも分かるように、此度の戦いはだいぶ酷いものであった。

 

 前半は、ミレディがそれなりに優位に立っていた。

 雪華の荷電粒子砲。その攻撃は性質上()()()()()()()()()()()()()()

 

 ミレディ操る巨大ゴーレムは、見た目通り非常に硬い装甲を持っていた。サキエルやシャムシエルの状態では有効打は与えられない。しかし残りの選択肢であるラミエルの能力の強みである、長距離レンジでの極大火力という強みもまた、ミレディの操る神代魔法、"重力魔法"によって潰されてしまっていたのだ。

 

 護衛のように辺りを飛び回る小さいゴーレムに、あちこちから縦横無尽に降り注ぐ大量の隕石。避けたり、A.T.フィールドで弾いたりとなんとか攻撃をいなし、なんとか攻撃を繰り返すも巨大なゴーレムは全くの無傷。

 宙に浮くことで足場問題こそ存在していなかったが、その時の雪華は決定打に欠けていた。

 

 しかし戦いの最中、雪華の脳裏に名案が浮かぶ。

 

『あっそうだ。中長距離から砲撃したら重力で曲げられちゃうし……0距離でぶっ放せば良いじゃん!』

 

 彼女の思いつきは的確に実行され、その装甲を貫き……ついでにコアとなる魔石まで完全にぶち抜いた。

 当然だ。彼女の攻撃は魔法由来ではないのだから、魔力が霧散するこんな空間でも全く弱体化されない。

 思いつくのがそこそこ早かったのも相まって、雪華はミレディの奥の手のおの字すら出させずに巨大ゴーレムをぶっ壊したのだった。

 

「っと。見苦しいところ見せちゃったね」

「あはは……」

 

 だがミレディはこの迷宮の主。神代魔法を授け、新たな反逆者を導く者。くよくよしちゃあ居られない!とばかりに雪華へと向き直った。

 

「自己紹介は……別にいっか。もう知ってるだろうし、あなたの名前を教えて欲しい」

「ボクは……柚希雪華。強くならなきゃいけないから、ここに来た」

「……じゃあ今から、雪華に私の神代魔法を」

「あー、それなんだけど……」

 

 ばつが悪そうに頬を掻く雪華にミレディ・ゴーレムは首をかしげる。

 

「ボク、【オルクス大迷宮】も完全に攻略して認められはしたんだけど、生成魔法覚えられなかったんだ。だから多分、神代魔法は覚えられない」

「………………嘘でしょぉ〜!?!?!?!?」

 

 悲鳴、泣き声、絶叫。ミレディは今日だけで都合3回自らの居城に大きな声を響かせることとなった。

 

「うん。迷宮を踏破した後にボクに与えられたのは、ステータスプレートへの特殊な印と、よくわかんない赤い球だけ」

 

 そう言って雪華はミレディに自分のステータスプレートを見せた。

 

==========================

 

柚希雪華 16歳 女 適合率:99.13%

 

天職:使徒

 

状態:ラミエル

 

強度:44.10%

 

因子:覚醒

 

技能:学習能力・変幻自在[+]・言語理解

 

☆☆

 

==========================

 

「あっ、ここの迷宮も踏破したからかな、印が二つになってる」

 

 彼女がそう言って指したのは、ステータス一覧の一番下にある二つの星。反逆者の住処に辿り着いた直後こそ気が付かなかったが、ある程度落ち着いた後にステータスを見直してみたらそこには何かの印が付けられていたのだ。今増えたことから、おおよそこれは七大迷宮の攻略数であろう。

 赤い球というのも反逆者の住処にてその時同時に気がついたもので、いつの間にやら彼女のカバンの中に入っていた。こちらは今回は増えておらず、全くもって何なのか分からない。

 

「ふむ。私も全くみたことない表記だね。まあでも、試したって私の方から何か減るわけでもないし、受け取るだけ受け取ってみない?重力魔法」

「いいの?ならお言葉に甘えようかな」

 

 そう言うとミレディ・ゴーレムは魔法陣を起動し、雪華はそれを受け入れた。

 しかし前回と変わらず特に何かが得られたような感覚等は存在しない。

 

 だが、その代わりなのだろうか、彼女の脳内にいつもの無機質な声が響く。

 

"重力魔法の受領を確認"

"覚醒者のフォーマットと不適合"

"書き換えを完了しました"

"第五使徒ラミエル、第六の使徒の能力を強化します"

 

「…………あー」

「…………どうしたのよ」

「えっと……ミレディちゃんのゴーレムにとどめを刺したあの光線。あれが強化された。重力魔法の代わりに」

「………………」

 

 ミレディは完全に黙ってしまった。そんな機会はないだろうが、もしまた雪華と自分が戦ったとしたら、到底勝ち目はないだろうと言うことに気づいたからだ。

 

「っと。重力魔法はもらえなかったけど、ちゃんと私は強くなることができた。ありがとう、ミレディちゃん」

「良いのよ。雪華が神に挑むかもしれない以上、私にとっても良い話だし☆」

 

 しかし彼女らがもう戦いの相手同士でなく、戦友となるのならそんなことは関係ない。少女とゴーレムはぎゅっとお互いの手を握り締めた。

 

「うーん、今後のためにも色々質問しても良いかな?七大迷宮は全部回ることにしたんだ」

「良いよ〜☆」

 

 そう言うと、ミレディは滔々と説明を始める。

 七大迷宮の位置に、簡単なその概要。雪華が認識している反逆者についての情報を補足したり、この世界自体の話をしたりと内容は多岐に渡った。

 久しぶりの人との会話にミレディ・ゴーレムは心なしか嬉しそうにしており、それに釣られてか、一度ハジメと合流したとはいえ一人の時間が長く、これまた少々寂しく思っていた雪華もニコニコとその話を聞いている。

 

「あっ、さっき言ってた赤い球なんだけどさ。一応、見覚えがあるか確認してくれない?」

「お安い御用!どれどれ〜?」

 

 背負っていたリュックサックを開き、中から赤い球を取り出す。花などと言うよりかは、どちらかと言えば鮮血を思い起こさせるような深い赤色のそれは、鼓動こそしていないが何か力のようなものを感じさせた。

 

「うーん、わかんないや☆よく見たいからちょっと触ってもいーい?」

「うん、大丈夫だよ!」

 

 人好きのする笑顔と共に雪華はその物体をミレディ・ゴーレムに手渡す。

 そのかわいらしさにミレディは一瞬どきりとするも、長く人と会っていなかったせいだと自分に言い訳をして差し出されたそれを受け取った。

 

 球がミレディの手に渡ったその瞬間。

 

 唐突にそれは光りはじめ、ミレディ・ゴーレムはカシャリと音を立てて崩れ落ちた。

 

「わっ!?い、一体何?」

 

 雪華の手がその球から離れた。離れたはずなのにそれは地面に落ちることなく、その場で光を増しながら浮き続けている。

 目が潰れそうなほどに眩しい輝きは徐々に人の形を取ると、徐々に光が収まっていく。

 

「眩しいじゃない、突然何〜?……って、えぇぇぇ!?!?!?」

 

 雪華がここに辿り着いてから何度も聞いた、ミレディの声が響き渡る。声の主は、目の前に突然顕現した一人の少女。

 美しい金糸をふんわりと頭の後ろで束ねたポニーテールがよく似合う彼女は、雪華のニュートラルモードと同様プラグスーツを纏っており、頭にはインターフェイス・ヘッドセットが鎮座していた。

 違いを挙げるとするならば彼女のプラグスーツが白地に黒、赤のラインが通る見慣れぬ色であることだろうか。胸元の番号は相変わらずEXである。

 

「なんで私元の身体になってんの!?さっきの赤い球のせい!?嘘でしょ!?!?!?」

 

 発言から察されるに、おそらく目の前の少女はミレディ・ライセン本人なのだろう。声や慌て方が先ほどまでのミレディ・ゴーレムそのままだし、何より外見的特徴が反逆者の住処で仕入れた情報と合致している。

 

「なるほど、そう言うことか……」

「ど、どういうこと?」

 

 何か分かったような顔をする雪華に、恐る恐る尋ねるミレディ。

 心配そうな彼女を安心させるかのように、雪華は力強く頷き言い放った。

 

「あの赤い球は、生命の実だったんだよ!」

「??????????」

 

 自信満々な雪華だったが、ここは異世界。

 純トータス人のミレディに対して、その説明が通用するはずもなかった。




お ま た せ

やっと本作のヒロインが出せました
なんでハジメとオルクス大迷宮を離れて秒でさよならさせたかと言うと、これをやりたかったからです
あとこれ以上攻略中とかに雪華の会話相手いない状態で進行するの辛かった()

ミレディちゃん、すきなんや……


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第拾話 仲間、志を同じくする者

平和回
苦手なのでもっと物騒にしたい


「じゃ、さっきの赤い球は雪華が召喚される前に暮らしてた世界の創作物に出てきたアイテムってこと?」

「うん、そういう認識で問題ないよ」

 

 ライセン大迷宮最奥部。ミレディ・ライセンの居室にて二人の少女が語らっていた。

 一人は使徒の力を操り戦う少女、雪華。もう一人は、謎の赤い球に触れることで生前の身体を取り戻したミレディ。

 先ほどまでのトータスについてをミレディが語っていた時とは真逆で、今度は雪華が己の世界と彼女の力の根源について語る番だった。

 

「ボクは鑑定ができる訳じゃないし、そもそもハジメ……あっ、ボクの友達のことね?彼の鑑定も弾かれちゃったから確定はできないんだけど。状況的にあの赤い球は生命の実で間違いないと思うんだ」

「ふむふむ……で、その生命の実が強大な力を有していたから、私のゴーレムに憑けてた魂が引っ張られてしまった、と……」

「うん。その解釈が一番しっくり来るんだ」

 

 ミレディはまじまじと再構築された自分の体を眺める。手足の動きは問題なく、自分の技術……すなわち、重力魔法などの以前まで使えていた力がなくなっている感じもない。

 前の身体との違いがあるとすれば、胸の中心にコアと思しき生命の実(仮)と同じ色の何かが露出していることくらいだ。

 

「まだいくつか気になることはあるんだけど……一番気になるのは寿命かな?断言できなくてもいいんだけど、心当たりとか予想とか、そういうのはある?」

 

 ミレディは自らが最後の戦いの相手をする方式にてこの迷宮を守ってきた。そもそも最後の戦いまで辿り着けた者こそ雪華が初めてであったが、今後誰も来ないとは限らない。

 定命なら定命で。ずっと続くならそれはそれで、この迷宮の在り方を考え直さねばならなかったのだ。

 

「多分……無限ではない、とは思うんだけど。相当長くはなるんじゃないかな。多分、ミレディちゃんにもボクと同じくS2機関が備わってるから」

「S2機関?」

 

 難しい顔をして答える雪華に、首を傾げるミレディ。

 

「平たく言って仕舞えば、第一種永久機関。もしくはボクが撃ってた荷電粒子砲を何回撃っても残量に響かないくらいの、異常なエネルギー量を保有しているコア」

「…………」

 

 今度はミレディが難しい顔をする番だった。私はそんなのを持ってる奴とやり合っていたのか、と先ほどの戦闘を思い出し一瞬身を震わせた。

 

「とまあ、こんな感じかな……重ね重ねごめんなさい!ボクの事情に巻き込んでしまって……」

「も〜、さっきから言ってるけど気にしなくていいんだよ?むしろ動きやすい身体が手に入ってラッキー☆ってくらいに思ってるんだから!」

 

 俯く雪華にミレディが優しく返す。

 事実そうなのだ。どんなに優れた技術を有していても、数百、数千年単位での動かしやすさと頑丈さを両立したボディなんてものはかつての天才にも作れなかった。

 それを外的要因とはいえ、雪華の持ち込んだ生命の実(仮)は簡単に解決してみせた。

 

 これはミレディからしてみたら革命的だ。託すこと、繋ぐことしかできなかった今までと違い、自分で動いて神へと挑むことができるようになったからだ。

 

「そう言うことだから、ウジウジしないの!で、私も雪華と同じような身体になったってことはさ、雪華みたいなことができるかもしれないってことでしょ?」

「……確かに。ボクとは天職が違うからまた別かもしれないけど、少なくともこの浮遊とA.T.フィールドは練習すればモノにできるかもしれない!」

 

 芽生えた新たな選択肢に、新たな力。来訪手段こそ突飛で、一時は恐怖した相手だったが、その彼女が持ち込んだものは途轍もない可能性に満ちていた。

 

 雪華と関わり、ミレディはこう思った。

 まず会話からも優しい性格が滲み出ており、接しやすい。

 目的も全く同じでないにせよ似通っている。

 そもそもこの生命の実(仮)を自分にもたらした張本人であり、少なくともこの新たな力にまつわる知識、技術は自分以上。

 そして何より……あたたかい。

 

 変化が起こった時も、逃げ出さずにまずは自分を心配してくれた。

 事故のようなものだったのに、誠実に謝ってくれた。

 どんな姿でも、変わらぬ態度で接してくれた。

 

 人との関わりに飢えていたミレディに、雪華の優しさは劇物も同然だったのだ。

 

「よし決めた!私、あなたの旅についていく!」

「…………へっ!?」

「色々と動けるようになったしそろそろ迷宮も自動化して出てこっかなって思ったタイミングで、自分よりこの新しい身体の扱いが上手い人間がいて、しかも目的もおおよそ同じときたら、一緒に行きたいに決まってるじゃない!」

 

 初めての対面からさほど経っていないのにも関わらず、ミレディは雪華を信頼し切っていた。シチュエーションが大きく影響してしまっていたのは事実だが、それを抜きにしても雪華の態度はとても誠実で、根の優しさが窺い知れたのだ。

 向けられた全幅の信頼。ミレディが雪華の誠実さに惹かれたのと同時に、雪華もまた、そのミレディの真っ直ぐさには心を動かされた。

 

「……いいの?ボクで。考えなしに一人旅に飛び出しちゃったような甘ちゃんだし、戦闘技術もまだ未熟だよ?」

「問題なし!一人で甘ちゃんなら、二人で考えればいいし!というかあの戦闘見せられて未熟とか何言っちゃってんのさ!」

「この力だって、少なくともエヒト神じゃなさそうなだけで何が根源か分からないよ?特大の厄介ネタが待ってるかもしれない」

「関係なし!一緒に強くなって、その厄介ネタまで叩き潰しちゃおうよ!」

 

 お互いに足りないところがあれば補い合えばいい。単独じゃあ乗り越えられない強大な敵も、二人でなんとかすればいい。

 今ここに雪華のミレディの想いは重なり、通じ合った。

 

「……わかったよ。一緒に旅して、もっと強くなって、世界の不条理に立ち向かえるようになろう、ミレディちゃん!」

「ええ!私のことはミレディでいい。その代わり、私にも貴方のことをセツって呼ばせて!」

「わかった、ミレディ!」

 

 そう言って二人は、固く両手を握り合う。一人きりだった旅路に、雪華の弱さを補える新たな仲間が加わった。

 

「……っと、まさに旅の始まりみたいなことを言ってしまったけど」

「?」

「先ずは迷宮の修復からやんないとね〜、セツの友達のハジメ?くんもいつかここには来そうだし」

「えっと……その節は大変ご迷惑を……」

「全く、迷宮がこんなアリの巣みたいな穴だらけになるとは思ってなかったよ……」

「ひぃ!ごめんなさぁい!」

「早く旅に出たいし、セツも手伝ってね?」

「はぁい……」

 

 

※※※※※

 

 

「ところで、プラグスーツのカラーリングに心当たりある?実はそこだけ私も全く知らない要素なんだ」

 

 ライセン大峡谷、その底にて。迷宮の改装を終えた雪華とミレディは、連れ立ってハルツィナ樹海側の峡谷の端を目指していた。

 なお、二人ともふわふわと浮きながら移動している。最高スピードこそミレディの浮遊は雪華に追いつかないが、元々頭の良い人物だ。短い期間の練習のみでその技術をものにした。

 

「うーん……昔のことすぎてうろ覚えだけど、多分当時好んで着てた服の色じゃないかな」

「……なるほど。ボクのプラグスーツも初号機推しのおかげでこの色してるのか……」

 

 深い意味があるかと思っていたカラーリングの理由が存外俗っぽい感じだと分かり、雪華は微妙な顔をした。

 

「まあ、何も裏にないならそれはそれでいいんじゃない?懸案事項は少ないに限るよ」

「そうだね」

 

 緩やかな会話と共に二人の行軍は続く。

 再三になるが、ライセン大峡谷の魔物程度なら今の雪華には全く問題にならない。ついでに言うなら、A.T.フィールドもある程度ものにできているミレディのおかげで、雪華は防御に割いていたリソースすら攻撃に回せている。

 おかげさまでそこまで時間は経っていないのにも関わらず、二人は峡谷の端が目と鼻の先というところまで辿り着けていた。

 

「ところで、なんでハジメくんらと同じ樹海側に来たの?彼らと七大迷宮は別々に攻略することにしてたんでしょ?」

 

 峡谷端に整備されていた階段を登りながら、ミレディが雪華に尋ねる。迷宮改修で共に過ごしていた間、雪華は彼女に能力の話だけではなく、オルクス大迷宮探索での出来事やハジメ、ユエとの出会い、今後の方針についても細かく説明していた。

 

「うん、確かにそうだけどハジメ目的じゃないんだ。結構時間経ってるし一回クラスメイトの動向も確認しときたくて。最寄りの街はこっちが近いでしょ?」

「確かに」

 

 既に勇者パーティーを離反してから月単位の時間が経過している。強くなってから戻ると宣言したとはいえ、向こうのことを何も知らないとあっては戻るも何もない。

 雪華はどこかの街を訪ねてクラスメイトが今何をしているのか知りたかったのだ。

 

「まあ、あとは久しぶりに口に物を入れたいというのもあるかな。動力源はあるとはいえ毎日していた食事ができないとなんかこう、辛い」

「ソレに関しては全面的に同意かな……」

 

 雪華が携帯糧食以外を口にしたのは文字通り離反したその日の朝以来一度もなかった。ミレディに至っては到底数えることなどできない程の年月が経過している。食事に対する欲求の高まりは当然のものと言えよう。

 

 さて、つつがなく峡谷踏破を終え、二人は最寄りであるブルックの町を目指していた。

 最寄りと言うだけあって、事実大した距離がある訳でもない。移動速度も幸いして、日が暮れる直前には二人はブルックの町、その入り口へと辿り着くことができていた。

 町の門には幾人かの衛兵が立っており、ブルックへ辿り着いた者、帰ってきた者達を捌いているようだ。

 

「……セツ、軽い検問があるみたいだけど平気なの?」

「……何も考えてなかった」

「あほ……」

「うう、否定したいけど何も言い返せない……」

 

 雪華は外の状況を知らなかったが、ほとんど何も言わず失踪した以上王国側から探されている可能性には思い至っていた。

 思いついてはいたのだが、日本じゃあ町の出入りごときでは誰も何も言わないし止められることもない。ここは異世界だと言うことを完全に失念していた。

 

 悩んでいたって状況が変わることはない。おまけに町の前まで辿り着いているのにも関わらず、入ろうとしない二人組のことを衛兵が若干不審そうに見ているときた。このままだと、ここを離れることしかできなくなる。

 

 うんうんと唸っている雪華だったが、その間ミレディが何をしていたかと言うと……彼女の顔をじっと見つめていた。心配事を前に頭を捻っている最中ではあるが、そこまで見られていたら流石の雪華だって不審に思う。

 

「……ボクの顔に何かついてる?」

「……いや。行けるかなって」

「行けるって、どうやって……っちょ、ミレディ!?」

 

 突然、ミレディが雪華の手を引いて門の方へと向かい始めた。驚く雪華だったが、ミレディが彼女の手を引く力は強く、間も無く衛兵達の前へ辿り着いてしまう。

 

「止まってくれ。ステータスプレートを……うおっ!?」

「衛兵さぁん、私たち外で魔物に襲われてぇ、ステータスプレートを入れてた荷物を奪われちゃったんですよぉ……」

 

 上目遣いで衛兵を見るミレディ。雪華も彼女の意図を察して、合わせるように悲しげな顔を披露する。

 

「はい、二人でなら大丈夫だと思って外に出たのに……こんなことになるだなんて……なので、このまま中に入れてくれませんか……?」

「う、うむ。ならしょうがないな!ギルドに行って、再発行してもらうといい。だが一応来訪の目的を聞かせてくれ」

「はい、道中の宿泊です」

「わかった、通ってくれ」

 

 そんなやり取りの後、二人は特に止められることもなく町へと入ることができた。

 

「チョロかったね〜☆」

「さすが異世界、この辺もガバかったか……」

 

 雪華の感想は間違ってはいない。確かにここは異世界で、日本とは違ってどこにでも検問があり、日本とは違って筋の通った事情を説明すれば、身分が怪しくても検問を通過できてしまう。賄賂だって選択肢に入っただろう。

 だが流石に、見るからに怪しい者をを通すほど衛兵も馬鹿ではない。しかし、小さいのに旅をしている二人組の少女という怪しいペアはこれを通過できた。一体何故か?

 

 簡単である。顔だ。

 一方は流れる銀糸のような髪にスカイブルーの美しい瞳が映える愛らしい美少女。もう一方はふんわりした金糸のような髪にマリンブルーの瞳の、快活そうな笑顔が似合う美少女。

 人間、綺麗なものには弱いのである。それがつい触れたくなってしまうような美少女なら特に。

 なお、美しい顔でもどうにもならない怪しさ満点装備であるプラグスーツに関しては、着込んだローブの下に隠れていたので特に見つからなかった。

 

「美人って罪だね☆」

「それ自分で言っちゃうんだ……」

「まあ事実だし」

 

 そんなこんなで町に入ることができた二人。まずは今晩の宿を探そうと、比較的建物が小綺麗なエリアを目指して歩き出した。ある程度高い宿に泊まらないと、治安の観点で不安だからである。

 

「セツ、お金なんて持ってるの?」

「うん。王国から召喚者向けに配られてた分をごっそり持ってきてるから」

 

 そういうと雪華はリュックサックから袋を取り出しジャラジャラと鳴らす。確かに、音からしてそれなりの金額が入ってるようだ。

 

「雪華、それ今後は禁止。お金持ってるアピールとかしてるとならず者に狙われるよ?……こんな風に」

「あちゃ〜、失態」

 

 少女二人。金持ち。無警戒。

 そんな二人が歩いていて、悪意を持った人物がそれを見逃す道理もない。雪華とミレディはいつの間にか複数人のガラの悪い男達に囲まれていた。周囲に他の人がいなかったわけではないが、関わり合いになりたくないとそのほとんどがその場を離れていく。

 そして、男の集団の中でも特に筋肉質で肩のタトゥーが目立つ大柄な男が話しかけてくる。

 

「なぁ嬢ちゃんら、俺たち金と遊び相手にちょ〜っと困っててよ?付き合ってもらってもいいか?」

「う〜ん、こっちも忙しいしぃ……私たちじゃお兄さんに釣り合わないと思うんだ!」

 

 ニコニコと笑うミレディに、底意地悪そうな笑みを浮かべる男。値踏みするような目をしながらこう続ける。

 

「そんなことねぇよ、俺たちは君らと遊びたいんだ」

「何か勘違いしてない?私達じゃかわいすぎて、お兄さんらには荷が重いよって意味で言ったんだよ☆」

「なんだとゴラァ!?」

 

 満面の笑みでそう宣ったミレディに男はキレた。青筋が頭に浮いており、今にもこちらに殴りかかってきそうだ。

 

「……ぐふっ……ごめんミレディ、あまりにも向こうで読んだ小説そのまんまで……笑いが……ふふっ、あははは!」

「これはしょうがない。だって、向こうのお猿さん達も馬鹿丸出しだしぃ?」

「て、テメェら……言わせておけば……!」

 

 我慢ならんと言わんばかりに男達が突撃してくる。通りがかった町民は、傷だらけになった少女らを幻視し目を瞑った……が、いつまで立っても肉に拳を打ち付けるような音は聞こえてこない。代わりに響いたのはロープか何かを強く打ち付けたような"パァン!"という音と、ドサドサと何かが崩れ落ちるような音。

 予想と違い、恐る恐る目を開いた町人が目撃したのは、真ん中に立っている二人の少女と倒れ伏す男達だった。

 

「ミレディ、いくら全部倒せるからってそんなに煽ってわざわざ対立することないじゃん!」

「え〜?だってからかいがいがありそうだったし〜?」

「もぉ〜!目立たず行きたいのに〜!」

「容姿的に無理」

「なん……だと……?」

 

 男達を放置して歩き出す二人。町人達はその様子をただ遠くから見守ることしかできなかった。

 なお、男達の全身には()()()()()()()()()()()()()()()()()があったと言う。

 美しい少女のとんでもない実力が噂になるのに、そう時間はかからなかった。

 

 

※※※※※

 

 

 翌朝。ゆっくり宿で疲れを取り、美味しい食事を摂った雪華とミレディは、町に来た本来の目的を果たそうと外へ繰り出していた。

 割と早い時間なのにも関わらず町は活気に満ちており、店の前で呼び込みをする声や、冒険者の会話の声が響き渡っている。

 久々に見た人の営みに、二人はどこか懐かしさを覚えた。ついその頬が緩む。

 

 さて、意気揚々と飛び出したのはいいものの、今の二人には特に情報のアテがあるわけではない。一番それっぽい場所としてギルドの場所こそ聞いてはいたが、身分を明かしにくい以上そこを頼るのは最後の手段にしたかった。

 

「……どこ行こっか」

「離反の話とか多少誇張入ってるかなと思ってたけど、セツってマジでノープランで飛び出しちゃうタイプだったか……」

 

 そんな話をしながらぶらぶらしていると、道の先に人混みが見えてきた。見たところ、誰かを何十人もの男達が囲んでいるようだ。

 

「見てミレディ。また昨晩みたいなおもしろ……すごいことになってるよ」

「ほんとだ、おもし……すごいことになってる」

「道塞いでて邪魔だね」

「どかす?」

「どかそっか」

 

 後ろで物騒な会話が執り行われているとは露知らず、男達は一生懸命に輪の中央の誰かに向かって話しかけている。

 雪華とミレディが人混みまであと数歩というところまで辿り着いたところで、男達の叫びの大合唱が始まった。

 

「「「「「「ユエちゃん、俺と付き合ってください!!」」」」」」

「「「「「「シアちゃん!俺の奴隷になれ!!」」」」」」

 

 そのあんまりな内容に雪華とミレディは顔を顰めた。

 おおよそ取り囲まれているのは女性だろう。なんなら名前のうち片方には非常に聞き覚えがある。

 

「……シア、道具屋はこっち」

「あ、はい。一軒で全部揃うといいですね」

 

 雪華に至っては声まで聞き覚えがあった。

 そして男達の発言は完全スルー。ハジメへの惚れ込み具合からして、ユエが他に靡かないだろうことは予想していたが、まさかもう一人誑し込んでいたとは。

 予想外にプレイボーイだったハジメに雪華は勝手に感心していた。

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!返事は!?返事を聞かせてく『『断る(ります)』』……ぐぅ……」

 

 崩れ落ちる男達。途端に雪華たちとユエたちの間にあった壁が低くなり、お互いの顔を認識できるようになった。

 

「ユエちゃ〜ん、また会ったね!」

「…………!雪華!」

 

 地面に落ちた男達を、光る鞭で無理やり押し退けて雪華はユエに駆け寄った。

 ユエの背後では、長きに渡り地下暮らしだったはずのユエに知り合いがいたのが疑問だったのだろう。ウサミミ少女が不思議そうな顔をしている。

 

「ハジメたちもこっちに来てたんだね!」

「樹海の探索に資格が足りなくて……ライセンに行く前にここに寄った」

 

 和気藹々と話す二人の少女。それぞれの背後で少し不思議そうにしている少女達。

 これで、都合4人の美少女がここに集ったわけだ。

 

 さて、そんな状況を先ほどまで幼気な女の子二人を取り囲んで交際を迫っていた男達が放置するだろうか?

 否、そんなはずはない。

 血走った目で我先にと倒れていたはずの男が4人に突撃してくる!……ことはなかった。

 

「いやぁ、こういうのトラブル誘因体質って言うの?すごいねぇ」

「ん、面倒……私はハジメ以外見てないのに」

 

 突撃して来ていたはずの男は、そのうち幾人かは光る鞭に絡め取られ、幾人かは氷漬けにされていた。

 汚いオブジェである。

 

「今なんか用事の途中?ハジメも交えてボクの仲間を紹介したいんだけど……」

「今は買い物中。終わったら一回宿に戻るから、その時に私たちもシアを紹介する」

「OK!」

 

 宙ぶらりんの男に、カチンコチンの男。それを見て震える男達に、真ん中で普通におしゃべりに興じている少女達。

 どんな空間にも似合わないカオスがそこに顕現していた。

 

「これを処理したら買い物してくるから、先に宿に行ってて。私たちは"マサカの宿"に泊まってる」

「りょーかい!」

 

 そんな会話を経て、少女達は解散した。

 鞭から解放された男は、ほっと胸を撫で下ろす……が、そんな間も無く氷漬けにされた。

 

「君たち二人は、みせしめ」

 

 その瞬間、今まで天使だと思っていたはずの少女の顔が、氷漬けの二人には悪魔に見えた。

 股間を執拗に責められ、この町に新たな二人の漢女が生まれるのは、およそ15分後のこと……。




使いやすすぎてシャムシエルの能力が頻出しちゃうのどうにかしたいですね
鞭、便利


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第拾壱話 感触、其れは残るモノ

うおおおお温度差アターック!!!!!


「いらっしゃいませ!ようこそ"マサカの宿"へ!お食事ですか?宿泊ですか?」

 

 雪華とミレディがユエに言われた宿屋に入ると、元気そうな少女が二人に応対してくれた。

 どうやらこの宿屋は食事だけの客も受け入れているらしい。朝食と昼食の間の微妙な時間だったが、ちらほらと客が入っている。

 

「食事で。あと、今宿泊してる中に"ハジメ"って人がいると思うんですけど……」

 

 雪華が返した瞬間、受付の女の子や食事をしていた冒険者達の間にざわめきが走った。

 

「い、一緒にいた二人以外に更に二人も可愛い女の子を囲んでたって言うの!?」

「あの野郎……うらやまけしからん!女たらしめ!」

「くそっ!勝てるビジョンが見えねぇが一発殴らなきゃ気が済まねぇ!」

 

 顔を赤くして妄想爆発している受付ちゃんに、恐らくハジメへの恨みが炸裂している冒険者達。

 まあ、あれだけかわいい子二人も連れてたらこうなるよなぁ……でもミレディはともかくボク?と思う雪華であった。

 

「ここの町の皆さんは妄想力がたくましいねぇ……まあハジメが側から見たらハーレム野郎なのは事実だけど……」

「で、セツと私までそれに数えられちゃってる、と」

 

 今巻き起こっている話題の当事者でありながら、雪華とミレディは冷静だった。

 

「あー、もうそう言うことでいいんでハジメを呼んでもらえませんか?」

「ほ、ほんとにそう言う関係だったの……!?今すぐお声かけしてきますぅ〜!!」

 

 受付ちゃんはそのまま客室行きの階段を駆け上がって行った。

 なお、面倒くさくて雪華が適当にしてしまった返事が、後日噂となって更に面倒なこと(香織の勘違い)を産むことになる。たった一人の宿屋の看板娘から伝播した噂から発展する騒動を雪華はまだ知らない。

 

 

※※※※※

 

 

 程よく昼食の時間も近づいてきたので、雪華とミレディ、降りてきたハジメ、買い物から帰還したユエ、ウサミミ少女の5人で情報共有をすることになった。

 ミレディは雪華の親友とやらは如何程か!とハジメを値踏みするような目で見ており、それをハジメが睨み返すことによって食堂は微妙な雰囲気に包まれていた。

 そのままだと情報共有も何もないので、ミレディの頬を雪華が、ハジメの頬をユエが引っ張ることで無理やり空気をリセットする。

 

「はぁ……ミレディ、確かにハジメはからかいがいのある面白い奴だけど後にして?ハジメも丁寧に睨み返さなくていいから!この子の性格的に思う壺だよ!」

「ひゃ〜い」

「ほいあて、セツは俺のことそんな認しk」

「じゃあこっち側の近況報告から始めるね!」

「………………」

 

 頬をつねられなんとも締まらない口調になっていた二人を放置し、雪華が話し始める。

 

「まずハジメと別れた後にそこまでかからずにライセン大迷宮を発見して、攻略を開始しました!」

「ふむ、峡谷にちゃんと迷宮は存在していたんだな?俺たちはこれから攻略に向かうつもりだったんだがそれなら安心だな」

 

 おおよその立地以外の前情報がほとんどなかったせいで、発見に時間がかかることを危惧していたハジメ達だったが、ひとまずとんでもない隠され方はしていなさそうだと胸を撫でおろす。

 

「攻略自体は6時間強くらいで終わってぇ……」

「ちょっと待て6時間!?」

 

 迷宮踏破までのとんでもないスピードに、いつもそれなりに冷静なハジメが目を見開く。オルクスの難易度を知っているユエも大体同じような反応で、迷宮攻略の経験がなさそうに見えるウサミミ少女だけはあまりその凄さがわかっていなさそうだ。

 

「うん。浮遊とA.T.フィールドでマッピング爆速で終わっちゃって!ゴールわかんなかったからあとはどかーんした!」

「マッピングさせない仕掛けだったはずなんだけどねぇ……」

 

 元気な返事をする雪華に、どこか哀愁を感じさせる雰囲気のミレディ。

 明かされるとんでもない攻略法と先ほどからミレディと呼ばれている少女の反応から、ハジメは一つの可能性に思い至る。

 

「……なあ。勘違いだったら申し訳ねぇんだが……お前って解放者の一人のミレディ・ライセンか?」

「ご名答!さっすがセツのご友人、観察眼も優れているようで!」

 

 今度はハジメがため息をつく番だった。自分がそれなりにチートしてる自覚こそあったが、その上をいくチートな迷宮攻略に、その主人まで懐柔しているときた。

 喉元まで出掛かっていた『テンプレチーレム野郎とか言ってたけどお前も大概じゃねーか!』と言う言葉を本人の手前なんとか飲み込んだ。

 

「元々ミレディはゴーレムに魂を定着させてたんだけど、オルクス攻略中のどこかで手に入れてた生命の実を渡したらこうなっちゃった☆」

「ちゃった☆」

 

 息までぴったりである。ただ、一緒に決めて別れたとはいえたった一人で旅に出る雪華をハジメは少なからず心配に思っていた。

 相性の良い仲間を見つけられたことに安堵の息が漏れる。

 

「ひとまずセツが楽しそうで良かったよ」

「ありがと!」

 

 その後も、ちょくちょくミレディによる注釈が入りながら雪華の説明は続く。

 一緒に迷宮を改装したこと。浮遊、A.T.フィールドを練習し、ミレディも見事それをものにしたこと。今は一回クラスメイトの誰かか先生に顔を見せたくて町に出てきたこと。

 なお、迷宮改装のくだりを聞いたハジメは若干苦い顔をしていた。

 

「なあ、俺の耳がおかしくなければなんだが……セツお前、"改装"って言ったか……?」

「ん?うん!ボクのアイデアも混ぜて迷宮の難易度上げといたよ!」

「そんなこったろうと思ったよ!」

 

 "修復"ではなく"改装"。単語一つの違いだが、意味は全く異なる。

 ただでさえ話しぶりからして性格が悪そうな迷宮に現代知識トラップが加わったことに、ハジメは減ったはずの不安がぶり返してきた気がした。

 

「そ・れ・で〜?ハジメくんも隅に置けませんね〜!迷宮出たら早速新しい女の子連れちゃって!このモテモテ朴念仁さんめ!」

「え?セツの中の俺ってそんなイメージだったの?」

「え、うん」

 

 バッサリである。事実雪華は、香織の知名度がもう少し低ければやっかみもなく、ハジメはモテる側の人間だったろうなと思っていた。

 

 さて、雪華の説明も終わったので今度はハジメのターンである。

 待機時間がほとんどであまり動いた訳ではなかったので、彼の説明はすぐに終わった。

 

「なるほど、被差別階級の中で更に追放された兎人族、亜人の案内がないと行けない迷宮、そしてそこの攻略に必要な資格……うーんテンプレファンタジー!めっちゃ楽しそう!」

「うん、まあそう言う感想になるとは思ってた」

 

 Web小説等も大好きだった雪華はハジメの辿った冒険の道筋をとても楽しそうに聞いていた。中でもケモミミ種族である亜人族に関するところでは身を乗り出しそうな勢いであり、それを見て若干不機嫌そうなミレディに頭を引っ叩かれるなどしている。

 

「それで……シアちゃんだっけ!改めて自己紹介させてもらうと、私は柚希雪華!ハジメの親友だよ!よろしくね!」

「は、はいぃ!シア・ハウリアと申しますっ!は、ハジメさんとはいつも仲良くさせていただいておりぃ……!」

 

 雪華がにこやかに差し出した手を、恐る恐るといった様子でシアは握り返した。

 情報のすり合わせに、新たな仲間たちのファーストコンタクト。これらのイベントは、円満なまま終了した……と、思われていた。

 

「あ、そういえば雪華。一個質問がある」

「ん?どうしたの?」

 

 突然のユエからの問いかけに、雪華は手を握ったまま聞き返す。

 

「私たちが別れたあと、荷電粒子砲を撃った?」

「んー?………あぁ〜!撃ったね!なんか唐突に腹が立って!」

「やっぱり雪華だったんだ。すごい的確な狙いだったよ。そこのウサギがぺったんこって言ったと思ったら、その直後に完璧に頭上の岩が撃ち抜かれてびっくりした」

「………ほーう?」

 

 雪華の手に突然力が入り始める。今にも相手の手を握りつぶさんという勢いにシアは慌て始める。

 

「ちょ、ちょっと雪華さん、あの、別にあの時あの場にはいらっしゃらなかったでしょう!?ちょいた、やめ!」

「ん〜?そうですよ?実際いらっしゃいませんでしたし、私はそういうの特に気にするタイプじゃないですから?」

「いやそれ絶対気にしてる人の反応じゃないですか〜!!!」

 

顔は笑っているけど目が笑っていない雪華に、全員が首にナイフを当てられているかのような恐怖を感じた。

 ハジメ、ユエ、ミレディ、そして受付や周囲の人々は実感する。『この子に胸の話をしてはいけない』と。

 

「これ以上は手が、やめてくだ、ぎゃ〜!!!!!」

 

 "マサカの宿"に、情けないシアの悲鳴が響き渡った。

 

 

※※※※※

 

 

 同じ日の夕暮れ時には雪華とミレディは既にブルックを離れ、次の場所を目指していた。

 会ってすぐと言うのもあり、慌ただしい再会と別れになってしまったがお互い目的のために旅をしている身。急ぎでこそないが動ける時に動くべき、という判断からの行動だった。

 

 次なる目的地は、湖畔の町ウル。ハジメを介してギルドで聞いたところによると、現在農地改革のために各地を回っている愛子先生と一部の護衛生徒たちが次に目指しているのがウルなんだそうだ。

 今から行けば、先回りする形になるのですれ違うこともなく会えるだろう、とハジメは言っていた。

 

 雫やメルド団長の様子も気になってはいたが、彼らはまだ【オルクス大迷宮】攻略中で王都と迷宮入り口の町ホルアドを行ったり来たりしているらしい。

 ならば居場所が分かる人よりも、各地を行き来していて捕まえにくそうな方から会いに行こうと雪華は考えたのだ。

 

 と言った経緯で、今二人はブルックから中立商業都市フューレンへと続く道を歩いている。

 フューレンは商業都市と冠するだけあって、この大陸の商業の中心を担う大都市だ。

 ウルの町へ向かう際の直接的なルート、と言うわけではないが、フューレンを介するルートの方が比較的道が整備されていること、そして何より旅に出ているんだから観光っぽいこともしたいと言う雪華の意見にミレディも頷いたが故に、この道を選択した。

 

 今回は整備されたルートを選んだので、すれ違う旅団や行商人、冒険者が時々いる。彼女らの最速移動手段は大変目立つので、徒歩での移動となった。

 しかし休息の頻度も時間も一般より少なく済む彼女らの歩みはその歩幅を加味しても速い。本来6日かかる距離だったが、4日程でフューレンの手前まで辿り着くことができた。

 

 さて、今は夜。町は目と鼻の先……と言えるほどは近くないので、一旦休憩。焚き火を起こし、二人は星を見ながらゆっくりと過ごしていた。

 日本の、それなりの都会に暮らしていた雪華から見れば、こういった満天の星空は珍しいもの。転移後何度か見てはいたが、その美しさに対する感動はまだ薄れておらず、未だ新鮮に感じられた。

 隣にいるミレディは、目を星のように輝かせる雪華を和やかな目で見つめている。

 

「セツも飽きないね〜、毎日やってるじゃん」

「えへへ……でも、ボクらの住んでたところだと明るすぎて星なんて見えなかったから……」

「星空が見えなくなるくらいの明るい世界か……ちょーっと私にゃ想像つかないなぁ」

 

 生まれも育ちも違う二人がの間に流れる緩やかな時間。出会ってまだ二週間も経っていないだろうか。そうとは到底思えないほど雪華も、ミレディも、お互いの背中を預けて安心しあっている。

 

「……こんな風に、ずっと平和だったらいいんだけどなぁ」

「……そうだねぇ」

 

 叶うはずもないことを知っていたからだろうか。二人の言葉からは、どこか諦めのようなものが感じられた。

 

 さて、朝になれば再び歩き始めるのだからしっかりと休む必要がある。全部S2機関頼りでは精神的によろしくないのは雪華が身をもって実証済み。順番に監視をと言うことで、今日はミレディが先にテント(ハジメ謹製)に入ることになった。

 パチパチと目の前の木々が燃え、ひんやりとした風が頬を撫でる。夜行生物の鳴き声や森のざわめきにより、辺りは薄暗くもどこか賑やかだった。

 

「…………お兄さんら、ツレが寝てるしちょ〜っと静かにして欲しいかなぁ?」

 

 雪華が、何もないはずの背後の木立に向けて声をかけた。……いや、厳密に言えばそこには何かがいた。動揺したのだろうか、雪華の声に呼応するように息を呑むような音がする。

 諦めたのだろうか、5人の男が隠れるのをやめて出てくる。威圧するように腕を組みながら、リーダー格と思しき一人が近づいてきた。

 

「お前、隠密スキルを貫通するとは。斥候職でも持ってんのか?」

「ん?違うけど?ふふ、武器すら構えないで近づくなんて、舐められてるなぁ」

「あぁ?女一人に何ができるってんだよ。そこの寝所?もせいぜい入るのは二人くらいだろ?」

「うんうん、まあ別にこっちをどう思おうとどうでもいいんだけどさ。うるさいし静かにしてくれない?」

 

 男達……いや、もう言い換えてしまっていいだろう。盗賊達にざわめきが走る。大方のんきに街道沿いで野宿している二人をカモだと思ったのだろう。人数も圧倒しているし、奪って、楽しんで、あとは殺すだけ。楽な仕事だ。

 だと言うのに……男5人相手にも強気なこの少女は、一体なんなんだ?

 

「で?モノ目的?身体目的?」

「両方だ。お前こそこちらを舐めているだろう。つべこべ言わずに投降すれば命だけは……」

「ふむ。こちらに危害を加える意思あり」

「何ゴチャゴチャ言って……」

「だからー、静かにしてってボク言ったよね?」

 

 刹那、男達全員の首にシャムシエルの触腕が絡みつく。予備動作もない、音すら聞こえない意識外からの攻撃に全員が驚愕の表情をした。

 

「ほら、こっちは休んでるとこなの。ね?」

「て、テメェ!こんなヒモちぎって……」

「うーんダメか」

 

 彼らの首がその場で飛んだ。文字通り、唐突に、飛んでいった。

 寸断された断面からはどくどくと赤い池が形作られ、拠り所を失った大きいばかりの胴体がばたり、ばたりとその場で倒れ伏す。

 

 それを成した雪華はと言うと……予想以上に凪いでいた自分の心に驚いていた。

 

 平和な国の法律が通じない世界にやって来た以上、いつかは自分も手を血で染めることになるとは思っていた。

 覚悟ができていたかは……わからない。でも、実際に誰かを殺したはずなのに揺れない自分の心をちょっと気持ち悪いと感じた。

 

 ただ、何をするでもなく、自分の手を開いて、閉じて、その様子を見続ける。こうしていたら何かを感じ取れるような、そんな気がしたから。

 

「セツ」

 

 振り返ると、いつの間にテントをでたのだろう、ミレディが立っていた。

 心配そうな顔、心配そうな瞳を、雪華に向けている。

 

「……ああ、ごめんミレディ!起こしちゃった?いや〜、盗賊とはいえ殺しちゃったのは短絡的だったかなぁ、でもどうにかしておかないとこっちが犯されそうで……」

「セツ」

 

 雪華の言葉を遮るように発せられたミレディの声からは、先ほどの視線以上の心配さと、少しの怒りが読み取れる。

 

「大丈夫?」

「……?うん、攻撃される前に全部終わったし、どこも傷ついちゃ……」

「違う」

「えっ、と、」

「だってセツ、泣いてるから」

「へ?」

 

 頬に手を当てると、一筋の涙がこぼれ落ちていた。それは止まることを知らないかのように流れ続け、勢いすらどこか増しているように感じた。

 

「セツがこっちに来てから殺人を経験してないことは予想してた。そして、いつかはすることだと無理やり飲み込もうとしてたことも」

「あっ……えっ……」

「たくさんセツの住んでたとこの話を聞いた。どんな生活してたかを教えてもらった。普通に暮らしてたら人殺しなんてしないでいいはずだって言うのも、簡単に分かった」

「………………」

「抱え込まなくていいんだよ。吐き出していいんだよ。ほら、こんなナリだけど一応何千年かは生きてる訳だし?反逆者なんだから、最初の()()の辛さも経験済みだからさ」

「ぐっ、うぅっ……」

 

 いつもの飄々とした態度はそこにはなく、ただただ優しくて、それでいて苦しそうな笑顔だけがあった。

 

「ほら、あなたの旅の同行者はそんなに頼りなかったかな?」

「違う、違うぅ……!」

「私も……こんなことさせちゃってごめんね?」

「違うぅ……!」

「ねぇセツ。いいえ、雪華。私、あなたの事が好き。まだ会ってから全然時間は経ってないけど、その真っ直ぐなところと、人のために頑張れるところ、すごいと思う」

「うぅっ、うぁぁ………!!!」

「だからさ……あなたの隣で、あなたのことを支えさせて欲しい」

 

 動物の声と、森のさざめきだけが響いていた森に、少女の泣き声がこだまする。

 

「私ね、まだちょっと猫被ってた。あなたと旅に出たいとは言ったけど、もしかしたらあなたが私の思ってたのとは違う人で、道が分かれるかもしれないと思ってた。でも、あなたは思ってた通り本当に真っ直ぐで、普通の女の子で。そういうとこに、惹かれた」

「うん………うぁぁ………!」

「雪華が好き。雪華の前なら、私は取り繕わずに自分が出せるし、だから雪華にも……頼って、欲しい」

 

 数千年もの間、自分の目的のために孤独に耐えていた少女は。自分の力で、反逆を成そうとしていた少女は。やっと、拠り所としたいところを見つけた。

 自分の力で大切な人を守るということに、どこか固執していた少女は。抱え込むことが全てだと思っていた少女は。やっと、誰かと協力するということを理解した。

 

 ヒトが生きていくために大切な"頼ること"を。この時、二人の少女は、識った。

 

 

※※※※※

 

 

 翌朝雪華が起きると、テントの布団に彼女は寝かされていた。ミレディは何か外でしているようで、ゴソゴソと音が聞こえてくる。ぼんやりとした頭が覚醒するにつれて、昨晩何があったかが徐々に明瞭になってくる。

 昨日の夜。雪華は初めての殺人で感情が決壊、同行者の少女の胸を借りて泣き明かすなどした。

 

 経緯が経緯だったがために、涙を流した恥ずかしさ、というのは特に感じない。そして右手を握れば、鞭越しだったとはいえ、未だあの時の感触が思い返される。今度は、涙はこぼれなかった。

 

「おはよ、セツ。起きた?」

 

 テントの入り口を捲って、ミレディが顔を出してきた。焚き火の方から美味しそうな香りが流れてくる。どうやらスープを作ってくれたようだ。

 

「どう、もう大丈夫?朝ごはんにしていいかな」

 

 変わらずに……いや、前よりもかなり柔らかい態度で接してくるミレディ。違和感はない。態度の変わった彼女に雪華が感じたのは、言いようのない安心感だった。

 

「ありがとう、大丈夫。えっと、昨晩は……」

 

 そう言ったところで、ミレディの指が雪華の口を塞ぐ。

 

「ごめん、って言おうとしてるならいらないよ」

「んぐ……分かった……」

 

 その後、朝食を取る二人の間に会話はなかった。だが寄り添って匙を口に運ぶ二人はどこか満足げで、そして、通じ合っているかのようだった。

 

 朝食が終われば、あとは野営地を離れて次なる町を目指すことになる。盗賊の死体は土に埋められ、二人は一瞬そこに手を合わせた。

 

 彼女らが野宿していた地点は街道そばの少し開けた空間だった。10秒も歩けばもうそこは道で、言葉もなく二人はフューレンに向けて歩き出す。

 

 雪華はあの感触が忘れられないでいた。人の首に鞭を絡み付ける、その瞬間の肌の温度。鞭を締め、生き物を寸断するその感覚。頬に飛んできた、血の匂い。

 右手が開いて、閉じる。開いては、閉じる。呼吸が浅くなり、心臓の鼓動が加速していき……それらが、落ち着いた。

 

 今右手に感じられているのは、こちらを優しげな顔で見る、ミレディ。その左手の柔らかい感触。

 自分の隣に誰かがいること。その安心感に助けられ、雪華はまた、次の一歩を踏み出せた。




本当は後半みたいな重ための文体が得意
それはそれとしてありふれ原作作品はもう少し明るい文体が合うのは承知しているので、大事なシーン以外ではやらない(決意)
ハジメくんは割と簡単に通り抜けちゃった最初の殺人だけど、実際あんな軽くは済まないよね〜ってお話でした
盗賊達は百合のダシです

なおミレディの性格云々に関しては零を一周だけ読んだ作者の独自解釈が多分に含まれています
ご了承ください
手元にあれば参照するんですけど、実家に置いてきちゃってね……


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第拾弐話 心の壁

抱けっ!!抱け〜!!抱け〜!!


 A.T.フィールドとはなんぞや。

 新世紀エヴァンゲリオンシリーズ内に置いても防御、攻撃と多様な目的のために用いられ、途轍もない効果を発揮していたそれだが、その本質は"拒絶"にある。

 

 強い拒絶の感情を発露させることにより、外部からの攻撃を十全に防ぐことができる。

 強い拒絶の感情を振るうことにより、外敵に対する有効打となる。

 その拒絶を拒むことにより、「侵食」という形で敵の心理的防壁、物理的防壁を破ることができる。

 

 作中でおおよそ行われていたのはこういった使用法だ。

 

 要するに、A.T.フィールドとは"拒絶"で理由付けてやれば大体何にでも応用できるトンデモ技術であり、それを生身で用いることこそが使徒を使徒、要するに準完全生物たらしめていると言えるだろう。

 ……というのが、雪華の今までの作品知識を元に二人で考察したA.T.フィールドの正体である。

 そして外見的に嫌悪感が強かった昆虫タイプの魔物に対する防御が普段より堅かったことから、おおよそこの"拒絶"をベースとした考察は間違っていないだろうと二人は結論付けた。

 

 拒絶すれば大体なんでもどうにかなるとなればこれほど便利な事はない。そんな発想からミレディが言及したのは、拒絶してしまえば、検問やこちらに対する認識を起因とする厄介ごとが解決できてしまう可能性だった。

 ミレディの提案は雪華にとって目から鱗であった。召喚前の作品知識に引っ張られ、防御、もしかすれば攻撃に、くらいしか考えていなかったのだ。これが実現できるとしたら革命的である。

 

 そして試行錯誤の末……実際にそれは果たされてしまっていた。

 

 やっていることは簡単だ。周囲の相手からの関心を"拒絶"してやった。

 フューレンの門衛はこちらを認識し話しかけてくる仕事上のルーティーンこそこなしたが、こちらに関心がないので勝手に通行しても何も言ってこなかった。

 冒険者協会に言って適当に道中倒した魔物の魔石を売ったりしてみたが、冒険者登録する気がないのはおろか、ステータスプレートを見せたくないことにすら応対した職員は「ふぅん」で済ませてしまった。

 顔を隠さず外を歩いていても、ギルドのカフェコーナーで周囲に聞き耳を立てていても誰も気にしない。今までに人混みで感じて来たような、こちらを品定めするような男たちの視線も一切ない。

 

 あまりにも凶悪である。こちらに興味関心を抱かせなければ、厄介ごとも何もない。

 研鑽の足りない今でこそ範囲を指定できないし、雪華とミレディのように関係が深ければ流石に突破されてしまうし、元々あった関心を消せるわけじゃないから自分達を探そうとしてる人にはおそらく突破されてしまう。

 

 だがそれがどうした?

 ここは異世界。写真もなければSNSもない。雪華を探している人物が彼女の顔を正確に知っている可能性は低いし、そもそもフードで顔もあらかた隠してしまっている。

 目立てない、目立ちたくないという懸念点を文字通り無くしてしまったこの技術は、二人に安穏な旅路をもたらすこととなった。

 

 さて、このようにして"外の目"をどうにかすることができた二人だったが……もちろん、A.T.フィールドを以ってしても防げないことがある。

 

 フィールドを貫通するような火力の攻撃?それとも既に彼女らを知る者の視線?

 もちろん、それらはフィールドでは防げないし、対策が必要になるかもしれない。

 だが今問題となっているのはそれらではない。

 

 ───────お互いの感情である。

 

 雪華はこの世界に来て覚醒した時からA.T.フィールドを用いており、扱いに習熟している。

 ミレディも、触っていた期間こそ短いが、持ち前の頭脳と永い経験からとんでもないスピードで技術を伸ばしている。

 

 二人はフィールドを用いて、周囲の意識を制御する術を得た。これは裏を返せば、研鑽次第で相手の心理へと入り込むことができる可能性すらある、ということだ。

 そして、A.T.フィールドは拒絶の力である。相手への隔意があればあるほど強く働き、相手を拒絶できないとその力は弱くなる。

 

 雪華とミレディはお互いのフィールドを知っている。

 雪華とミレディはお互いを良く思っている。

 雪華とミレディは……お互いを、受け容れ合っている。

 

 ここにきて、道中にあった告白紛いの出来事だ。

 今現在、中央付近の高級宿の一室にて寝所を共にしている二人の顔は誰がどう見ても真っ赤だと言えた。

 

 なんとなく、わかってしまうのだ。雪華のことをミレディが本当に好いているということを。

 なんとなく、わかってしまうのだ。ミレディの真っ直ぐな好意で、雪華もまた彼女へ好意を抱き始めたことを。

 

「………………」

「………………」

 

 大きなベッドの上、背中合わせの二人は目を瞑ってなんとか眠りに就こうとしていた。

 

 外で活動していた間は良かった。他にやることがあって、思考もそちらに向かっていたからだ。お互いへの好意が表層まで上がってくるとはなく、それを見られることもない。

 しかし今はどうだ。行程は終わり、本来頭の奥に潜んでいた感情を表へ出す余裕がある。そして、それは相手に見えてしまい、自分も相手のそれが見える。

 

 どちらともなく雪華とミレディは寝返りを打ち、向かい合うような姿勢になった。

 言葉は必要ない。目と目を合わせるだけでお互いの気持ちが、やりたいことが伝わってくる。

 読み取れるなら逆もまた然り。ここまできて二人は自分の気持ちを相手に曝け出すことにしたのだ。

 

 二人の、ほんの少しばかりあった距離が短くなっていき……そして、零になる。

 身体と身体が密着し、お互いの目しか見えないほどだ。

 

 沸騰しそうなほど熱の篭った頭のまま、二人はお互いの唇を啄み始めた。しばらくの交差ののち、合わせるだけでは足りなかったのだろう、繋がるような深いキスが始まった。

 一番簡単で、一番濃い接触は二人の心をしっかりと繋いだ。

 

 気持ちを伝え、思いを通じ合わせる大切さを二人が識った次の日の夜。

 旅する二人の少女は、一等深いところで溶け合った。

 

 

※※※※※

 

 

 フューレンの街を二人の少女が手を繋いで歩いている。しなやかな白髪とふんわりとした金髪の対比が美しい彼女たち。何もしなくても目立つ容姿だ。

 俗に言う恋人繋ぎで繋がれた手と、あまりにも近い二人の距離が、その関係性が姉妹、友人同士ではないことを示している。

 

 相手の認識を防ぐ術を持つ彼女たちだったが、イチャつくのに集中して気が抜けているのだろう。うまく発動されない時間が生まれていた。

 かわいらしさもあって周囲の目を大いに集めてしまっている。

 

 だが"百合の間に挟まろうとする男"はこの世界でも極刑に値するようで、自浄作用により彼女らに声をかけることが叶った軟派男はいなかった。

 

 あんなに熱い夜を過ごした上に、その直前まで若干ギクシャクしていた雪華とミレディだったが、今は特段恥ずかしがる様子もない。

 想いが完全に通じ合って恥ずかしさを克服した……と言えば聞こえはいいが、実際のところはただ開き直っただけである。一度スイッチが切れれば二人の顔はまた茹で蛸のように真っ赤に染まることだろう。

 

 これが標準だ、元々こうだったと言わんばかりの自然体でイチャイチャしている二人。その日の喫茶店では苦いお茶の注文が相次いだと言う。砂糖を扱う商人も売れ行きが落ちたことを嘆いたらしい。とんだとばっちりだ。

 

 そんな風に仲睦まじく歩く二人の目的地は街の外へと通じる門だ。都合一週間ほど滞在しゆっくりと羽を伸ばした雪華とミレディ。時間はあるとはいえそろそろウルの町に向かっておきたい。

 多少名残惜しくはあるが、観光に食事、ショッピングと街でできる楽しいことは一通り試した。時間的にも、状況的にもちょうどいい頃合いだった。

 

 検問を通り抜け、北側にあるウルの町へのんびり街道を進む雪華とミレディ。

 どうやら目的地はそこまで大きい町ではないらしく、人の行き来も少ないらしい。街道とは名ばかりの人と馬の足で均された道がずっと続いていた。

 

「セツはその、愛子先生と会ってどうするの?」

 

 手持ち無沙汰になったミレディが雪華に問いかける。ミレディは雪華が教会を警戒していることをよく知っていた。そんな状況下でクラスメイトらと関わりを持つことは少々リスキーに思えたのだ。

 

「安否を知らせるのが主目的かな。教会とかのことを考えるとどうなのって言いたかったんでしょ?」

「そうだよ〜」

「まあ、リスクはあるけどね。飛び出してっちゃった時にさ、ボクは書き置き以外なーんにも残さなかったのよ。今よりうんと考えなしだったとはいえ、ちょっと不誠実だったじゃない?」

 

 困り事があるがまだ子供なので、先ずは信頼できる大人に頼ってみる。問題にぶつかったら最初にやるべきことで、かつての雪華にはできなかったことだ。

 自分の身を守らねばという焦燥感と、力が芽生えた全能感に流されて愛子先生とメルド団長に不誠実な対応をしてしまったことを雪華は悔いていた。

 

「ケジメつけようってアレね」

「そゆこと」

「てことは愛子先生とやらと話したら、次はメルド団長?のところに行くのかな?」

「せいか〜い。ついでに神山の攻略もしたい」

 

 神山とは王都近郊に存在する七大迷宮の一つ。どうせ王都に向かうならしばらく再訪せずとも良いようにしたいと考えたのだった。

 

 少々リスキーと言える行動の理由と今後の旅の予定。それらがはっきりしたことで、ミレディも納得の表情を浮かべていた。

 

 さて、緩やかに会話をしつつも、浮遊状態で高速移動する二人とウルの町の距離はぐんぐん縮んでいる。そもそもこちらを意識させないことができるので、誰かに見られることを警戒する必要すら無い。

 その甲斐もあって、2日もすれば彼女らは目的地へと辿り着くことができていた。

 準備は整った。あとはやってくる先生一行を待ち受けるのみである……。

 

 

※※※※※

 

 

 湖畔の町ウル。その名の通り近くに大陸最大の湖"ウルディア湖"を擁し、水資源が豊富なこの町には稲作が盛んという特色がある。

 恵まれた環境の町だが、やはり王都からの距離というデメリットは無視できない。できることの多さの割には人口や人の行き来が少ない、といった評判の町だった。

 

 突然異世界に召喚されたクラスの担任、畑山愛子はそんな場所へ農地改革という使命を帯び一路馬車に揺られていた。

 護衛の騎士や生徒たちは同乗していたが、ここまでの長い旅路で話題が尽きたのだろう、会話はそこには存在しない。各々ぼんやりと外の景色を眺めたり、その場で眠りこけている者が大半だった。

 

 そんな誰にも邪魔されない時間に愛子がいつも考えているのは、安否の分からない二人の生徒のこと。

 一人は、南雲ハジメ。事故により奈落へ落ち、恐らく死んでしまった生徒。彼女は生徒を守る立場ながら、自分の立ち会っていない所で悲惨な事故が起きてしまった事実をひどく悔やんでいた。

 もう一人は、柚希雪華。大人たちが頼りないばかりに、一人でどこかへ行方をくらませてしまった生徒。一番近しい大人なのに、彼女の心配事に気づいてやれなかったことが愛子にとって心残りだった。

 

 油断していたのかもしれない。浮かれていたのかもしれない。こんなことになった原因として思い当たることは数多かれど、それを挙げて大事な生徒が戻ってくるはずもなく。

 近頃の彼女は後悔によって心をすり減らしてしまっていた。

 

「愛子様、ウルの町に到着しましたぞ」

 

 護衛の神殿騎士が声をかけてきて、彼女は思考の海から帰還する。近頃はこうして思い悩み、誰かに声をかけられるまで気づかないことが多かった。だがそんな状態でもやるべきことは容赦無くやってくる。

 

 ……到底仕方ないで済ませて良いことではないが、今は自分の職務をこなさなければならないというのも事実だ。

 相変わらず晴れない心を無理やり奮い立たせ馬車を降りた愛子。その目に入ってきたのは……一瞬信じられない、そして願ってやまなかった光景だった。

 

「……先生、お久しぶりです」

 

 一瞬、幻覚を疑った。王宮内、神殿内において、一部の危機感のない生徒(勇者くん)を除き雪華の生存については諦めている者が多かったからだろう、愛子自身も彼女が未だ元気だとは到底思えなかった。そんな彼女が、目の前に、いる。

 

「雪華さん……?柚希雪華さんですよね……?」

「…………はい。黙って抜け出しちゃって、本当にごめんなさい」

 

 足の力が抜け、ふらふらとその場に崩れ落ちてしまう。

 何をしていたの?どうしてここにいるの?なんで相談してくれなかったの?

 さまざまな言葉が脳裏に浮かんでは過ぎ去って行く中、やっと口から出てきたのは。

 

「良かった……生きててくれて、本当に良かった……!」

 

 心の底からの、安堵だった。

 

 

※※※※※

 

 

 "水妖精の宿"はウルきっての高級宿だ。今回愛子先生一行が滞在中に宿泊する宿であり、雪華達がたまたま取った宿でもある。

 久方ぶりの米料理に舌鼓を打ちながら、雪華は愛子に今までの旅路を説明していた。周囲ではクラスメイト達が興味深げに聞き耳を立てている。

 

「では……ハジメくんは生きているのですね!?」

「はい!」

 

 雪華より更に生存が絶望的だったハジメが生きている。この情報に先生並びにその場にいたクラスメイト達は一斉に安堵の息を漏らした。

 

「ハジメもボクと同じく武者修行だ〜って今頃あちこちをフラフラしてると思います。ボクから見てもまあ死ぬことはないだろうなってくらい強くなってたし、無責任ですけど、いつか元気な顔を見れると思いますよ」

 

 現在のハジメに関しても、ところどころぼかしながら説明する雪華。まあ無理もない。何も考えず迷宮深部での出来事や解放者について説明しても、雪華が錯乱を疑われるのが関の山だろう。

 そしてハジメの生存という情報にホッとしていた一同だったが、雪華のこの彼の現在についての説明には懐疑的だった。まあ無理もない。彼はクラスで唯一の非戦闘系転職だったからだ。

 

「まあ、信じてもらえないか……。ただ一応言っておくと、ボクは親友を裏切るようなくだらない嘘をつく人間ではないつもりですよ」

「あっ……!い、いえそういうつもりではないんです!ずっと最悪を想像していたことが一瞬でひっくり返ってしまって、なんだか現実味がなくてですね……」

「あ、別に怒ってるわけではなくて……!」

 

 少しムッとした雪華に対し、慌てて返す愛子先生。更に慌てる雪華。

 召喚前の教室を思い起こさせるような慌てっぷりのいつもの愛子ちゃんと雪華に、クラスメイト達はどこか懐かしい気持ちになった。

 

「それで……さっきからずっと気になってたんですけれども。雪華さんの腕にしがみついている女の子は一体……」

「あー……聞いちゃいます?」

 

 本来なら生徒と先生のみで交わされたはずの会話に、何故か参加している者があった。

 そう、こうやって話している最中もずっとふんわりとした金髪を後ろで結んだ可愛らしい少女が雪華にくっついていたのだ。

 愛子も生徒達も、おおよそ旅の中でできた仲間かな?と思って途中までは突っ込まずにいたが、一番大事な話が終わったらそこに興味が向くのは当然のことだ。

 

「ボクの恋人です……」

「セツの彼女のミレディで〜す☆」

「「「「「えぇぇぇぇぇぇ〜!?!?!?」」」」」

 

 阿鼻叫喚。今の状態を一言で表すとしたらその4文字が適切だろう。愛子と生徒達は混乱の渦に叩き込まれた。

 

 あの雪華ちゃんに恋人が!?旅の仲間じゃなかったの!?しかも相手は女の子!?えっもしかして雪華ちゃんって男の娘だった!?

 乱痴気騒ぎとも言えるほどに騒がしくなったその場を手を叩くことによって雪華はなんとか治める。

 

「えーと、まずボクはちゃんと女です!それとあの雪華ちゃんにってなんですか失礼な!」

 

 ごもっともである。転移後ご無沙汰だったところに降って沸いた恋バナに盛り上がるのはしょうがないが、盛り上がり方が失礼だったせいで雪華はその場で拗ねてしまった。

 

「いいもん、ボクのことはミレディだけがわかってくれてたらいいし。あとハジメ」

「そこは恋人の手前嘘でも私だけって言おうよ」

「………ごめん」

 

 ミレディと名乗った少女の腕に潜り込んで頭を擦り付ける雪華に、それを優しく撫でるミレディ。唐突に発生したお砂糖空間に彼女らはウゲーとしつつも納得する。ああ、彼女らは本当にお互いを好き合っているのだと。

 

「まあ、先生が生徒の恋路につべこべ言うのも無粋というものです、ええ。ちゃんと避妊……はいらないんでしたね……。えっと、何を注意するべきか……」

「……何もないならないでいいんじゃないですかね」

 

 相変わらずの愛ちゃん先生(ポンコツ)っぷりである。

 だが近頃塞ぎ込んでいた彼女が気の抜けた様子を見せてくれたことは本当に久しぶりで、彼女に付いていたクラスメイト達はこぞって胸を撫で下ろした。

 

 騒がしくも、優しい夜はこうして更けていく。

 この日愛子は、異世界に来てから初めて心の底から安心して眠ることができた、らしい。




日間二次創作ランキングに一瞬いたらしいです
嬉しい

おかげさまでUA30000、お気に入り475と投稿再開時に比べてかなり伸びてくれました
ひとえに皆様のご愛顧のおかげです
ありがとうございます


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第拾参話 教え導く者、その葛藤

ないと不自然になるから書くべきだけど私が一番苦手なタイプ、それが説明回
難産!


 清水幸利はごく普通の男子高校生である。オタク趣味があったりするが、現代ではそれもさほど珍しいものではないし、成績も高くも低くもないし、運動が特別不得意というわけでもない。

 

 異世界転移なんてものを経験したこともあり、かつて抱いていた英雄願望(厨二病)がチラリと顔を出したりはしたが、それも勇者天之河光輝の残念な様子を目の当たりにしてからは引っ込んでしまった。

 

 要するに普通なのである。転移者の中でも特殊な闇魔術の才は持っているし、それを使いこなして魔物の使役なんてものに手を出してからは、その特別感で十分満足してしまっていた。

 これ以上の面倒ごとは望んでいないし、比較的平穏に過ごして誰かが開いた帰還への道に便乗したい。それくらいの考えをしていた。

 

 だからこそ、清水幸利は今困り果てていた。

 

「はぁ……勧誘に見せかけたただの一択押し付けじゃねぇかよ……」

 

 湖畔の町ウル、その近くにある森の一角にて、幸利はここら一帯固有の魔物を使役する練習に励んでいた。

 強力な天職を与えられた転移者なだけあって、彼の才能は凄まじい。強いとされる魔物も、弱めの魔物をぶつけて隙を作ってやればしっかりと使役できるレベルまで闇魔法が研鑽されていた。

 

 そんな風に暗闇の中、使役の練習を繰り返す幸利の背後に突然現れた者があった。一体何だと振り返ってみると、そこにいたのは……魔人族。

 突然の遭遇に慌てていると、なんとその魔人族は優しげに彼へと話しかけてきたのだ。

 

「君の闇魔法は素晴らしい。こんなにも簡単に魔物を使役するだなんて……どうだ君、魔人族側につかないかね?」

 

 なんのこっちゃと話を聞くと、彼曰く、今ウルを訪れ人間族の食糧事情を続々と解決している愛子先生を殺したいのだそうだ。

 他の生徒や騎士にしっかりと守られている以上、自分だけでは戦力不足。そこで、魔物というリソースはこちらで出すから大編隊をもってして町ごと先生を叩き潰そう!という計画らしい。

 さもそれが素晴らしいことだと言うように、成功報酬は魔人族幹部の席だと吹き込んでくるそいつはどうにも胡散臭かった。

 

 なんで自分に声をかけたのかを聞いてみると、孤立しているように見えたからだそうだ。要するにボッチ判定。

 幸利は喉元まで出掛かっていた『余計なお世話だ』という言葉をなんとか飲み込んだ。

 

 さて、この提案だが、実質幸利には拒否権がないのにお気づきだろうか?

 まず前提として、幸利は魔物を使役することを得意としている……すなわち、魔物がいないと最高のパフォーマンスを発揮できない。

 そして目の前の魔人族は明らかに個として今の彼より優れている。

 

 断ったら当然、数匹の魔物を使役している程度の幸利では殺されてしまうだろう。

 受け入れたら当然、幸利はクラスメイトに反逆した大戦犯だ。

 

「どーすりゃいいんだよぉ……」

 

 口からこぼれたため息混じりの悲観の言葉が、夜の森に響き渡った。

 

 

※※※※※

 

 

「そういえば、雪華さんはこのまま私たちと合流するのですか?」

 

 雪華の生存発覚とそれに伴う大騒ぎの翌朝。眠そうな顔をしながらおにぎりを齧っている雪華に愛子が問うた。

 

「へ?いや、このままミレディとまた旅に出ますよ。一回王都には戻るけど」

 

 この解答には、愛子はどうしても難しい顔をすることになった。

 

「どうかもう一度考えてはもらえませんか?異世界で子供二人で旅をするなんて危険ですよ!この世界の人たちは根本から私たちと倫理観も違うのですから、どんなことに巻き込まれてしまうか分かりません」

 

 愛子の言っていることはもっともだ。事実雪華もミレディとの旅の中で日本の常識では考えられない行動に出る者たちを多く見てきた。危険があることなど、重々承知している。

 だが、それと同時に受け入れられない理由もあった。

 

「先生。どんなに外が危険で、一緒にいるクラスメイトが強かったとしても、ボクには旅して回る理由があるんだ。手紙にも書いてあったでしょう?」

 

 言外に"今近くにいるクラスメイトには伝えられない理由がある"ことを知らせる雪華。そう、雪華は一部のクラスメイトすら疑っている。

 それを目線で伝えてきた雪華。愛子は彼女の言いたいことを的確に読み取ることができてしまい……そうなると、もはや止めてもどうにもならないことを理解した。

 

「はぁ、分かりました……。でもまだ私は雪華さんがどのくらい腕が立つのか分かりません。素人なので見てわかるかも微妙ですが……一度あなたの戦いを見せてもらえませんか?」

「それくらいでしたら。少しの期間、護衛として一緒に行動すればいいですか?」

「ええ。皆さんもそれでいいですよね?」

 

 愛子の提案に護衛のクラスメイト達も問題ないと頷く。彼らにも、自分達とは違い訓練も受けていないはずの彼女が言うほど強くなれているのかには興味があった。

 

「では……話もまとまりましたし、食事が終わったら早速今日の仕事に取り掛かりますよ!」

 

 愛子が号令をかけると、ざわついていたクラスメイト達「はい!」と一斉に返事をする。

 ちっちゃいだとか、かわいいだとか色々言われている先生だが、こういう時はしっかり決めてくれる頼もしさがある。

 

 ここにいる彼らは、先生が付いてる彼らは。きっと、大丈夫かな。

 護衛につく同級生を見てそう思う雪華であった。

 

 

※※※※※

 

 

 失踪事件。平和な町に似合わぬ単語である。しかし治安や未発達な捜査網もあってトータスではさほど珍しい案件でもない。捜索されることこそあれど、一般人は怖いわねぇで流してしまうことだって多い。

 しかし、ハイリヒ王国で最大の力を持つ教会が"神の使い"とも称するような人物の失踪だったらどうだろうか?

 とんでもない重大案件である。ウルでは一時蜂の巣をつついたような騒ぎが起こった。

 

 失踪したのは、今や"豊穣の女神"として名高い転移者、愛子の護衛として町を訪れていた彼女の生徒の一人、清水幸利だ。

 事が起こってから既に時間が経っており、町に来てから普段以上に元気だったはずの愛子は、また日を追うごとに消沈してしまっていた。

 生徒たちやお付きの騎士たちがなんとか宥めようとする様子が散見されたが、流石にショックが大きかったようだ。あまり効いている様子はない。

 

 しかし今彼女に求められているのは農地改革。外から勝手に呼び出しておいて中々に不誠実だが、ハイリヒ王国的には国内農業の安定が一番の重要事項。

 捜索隊を出すから、ひとまず仕事に集中してほしい。それが国からの通達だった。

 彼女の心情を外部が配慮してくれるはずもなく、ましてや捜索に自ら赴くことも許されず。愛子はやきもきしながら仕事に注力することとなってしまった。

 

 そんな状況に陥っても、時間は容赦無く流れて行く。既に失踪日から二週間が経過していた。

 

 彼の失踪は自発的なものだろうというのが現在の見解だった。

 理由としては、まず部屋が荒らされていなかったこと。次に闇魔術に優れた転移者だったため、そこらのゴロツキ程度に負けるとは到底思えない事が挙げられる。

 ならば何故自らどこかへ行ってしまったのか、など疑問は残るが、状況からして大半の者たちはこれに納得していた。

 

 今日の仕事を終え、宿へと向かう愛子とその生徒たち一行。先頭を歩く愛子はいかにも意気消沈と言った様子だったが、こんな姿を生徒たちに見せていられないとばかりに自分の頬を叩く。

 

「皆さん、心配かけてごめんなさい。そうですよね。悩んでばかりいても解決しません。清水君は優秀な魔法使いです。きっと大丈夫。今は、無事を信じて出来ることをしましょう。取り敢えずは、本日の晩御飯です!お腹いっぱい食べて、明日に備えましょう!」

 

 誰から見ても、それが空元気だということが丸わかりだった。雪華と再開したあの時の、本当に嬉しそうな姿と比べても明白だ。

 だが自分達を不安にさせまいという彼女の気持ちは痛いほどに分かる。それを指摘するような無粋な者はそこにはいない。

 生徒たちは「は〜い」と素直に返事をした。騎士たちもそれを微笑ましげに眺めている。

 

 彼女が言った通り、今は夕食どきだ。愛子の宣言の勢いのまま宿の食堂に雪崩れ込んだ彼らは1日の疲れを癒すべく、思い思いの料理を注文してはそれを口に運ぶ。

 稲作が盛んで自然も豊かなウルの食文化は、現代日本に近いところもある。動き続けて腹ペコなところに運ばれてくる思い出の味は、まるで身体に染み渡るかのようだった。

 

 食事の時間ともなれば、会話だってよく弾む。食事中の彼らの元にやって来た宿のオーナー、フォス・セルオと愛子は近頃の情勢について語らっていた。

 

「えっ!? それって、もうこのニルシッシル(異世界版カレー)食べれないってことですか?」

 

 そう驚くのは、元来のカレー好きもあり特にこのニルシッシルを気に入っていた生徒の一人、園部優花だ。

 オーナーと愛子の会話の中でもたらされた、北山脈の不穏な様子と魔物の活発化の情報。危険な状態に、スパイス採取に赴く者がいなくなってしまい、その影響がとうとう宿の調味料棚にまで波及してしまったのだ。

 

「しかし、その異変ももしかするともう直ぐ収まるかもしれませんよ」

 

 状況とは裏腹に、嬉しそうな顔で続けるオーナーに愛子は首を傾げた。何か解決の糸口でも見つかったのだろうか?

 

「どういうことですか?」

「実は、今日のちょうど日の入り位に新規のお客様が宿泊にいらしたのですが、何でも先の冒険者方の捜索のため北山脈へ行かれるらしいのです。フューレンのギルド支部長様の指名依頼らしく、相当な実力者のようですね。もしかしたら、異変の原因も突き止めてくれるやもしれません」

 

 それには護衛の騎士たちが感心するような声を上げた。フューレンの支部長といえばギルド職員の中でも相当な高位である。なんなら最上級の幹部と言っても差し支えないだろう。

 そんな人物から指名で依頼を受ける者ということは、相当な強者……。武芸で身を立てている者たちとして、興味が沸いたのだ。

 だが愛子たち一行はこの世界のそんな事情なぞ知らないので、どうもピンときていない様子。ただ騎士たちの態度で"なんかすごいんだな"というのは理解した。

 

 そんな風に会話をしていると、宿の二階へと向かう階段部分からガヤガヤと人の声が聞こえてきた。男と少女二人のグループのようで、何やら少女の一人が男に文句を垂れているらしい。

 

「おや、噂をすれば。彼等ですよ。騎士様、彼等は明朝にはここを出るそうなので、もしお話になるのでしたら、今のうちがよろしいかと」

 

 フォスに促される騎士たちだったが、どうも疑問がありそうな顔をしている。何故なら、彼らの予想していた腕利きの冒険者に、こんな若い声の男女がいなかったからである。

 

 そして、そんな騎士たちの顔に輪をかけてすごい顔をしているのが愛子である。

 男の声に、聞き覚えがあったからだ。

 

「もうっ、何度言えばわかるんですか。私を放置してユエさんと二人の世界を作るのは止めて下さいよぉ。ホント凄く虚しいんですよ、あれ。聞いてます?"ハジメ"さん」

「聞いてる、聞いてる。見るのが嫌なら別室にしたらいいじゃねぇか」

「んまっ! 聞きました?ユエさん。"ハジメ"さんが冷たいこと言いますぅ」

「……"ハジメ"……メッ!」

「へいへい」

 

 どこかで聞き覚えのある声に、聞き覚えがある、どころか最近聞いた気すらする名前。

 愛子は視線だけで人払い用のカーテンに穴を空けられそうな眼力で声のする方を見つめていた。

 生徒たちも同じだ。彼らの脳裏に浮かんでいるのは、あの日奈落に落ちていき、つい先日生存だけが知らされたクラスメイトの少年の姿。

 

「……南雲くん?」

 

 硬直していた体が、自分の声をトリガーに動き出す。椅子を倒し、そのまま声の方へと駆け寄った愛子は、その勢いでカーテンを思いっきり開いた。

 カーテンの向こうにいた少年少女は、突然響き渡った『シャーッ!』という音と、明らかにこちらをガン見している女性にギョッとしている。

 

「南雲君!」

「あぁ?……………………………………………先生?」

 

 白色に染まった髪に、片目を隠す眼帯。以前の穏やかな雰囲気からは想像できないほどの鋭い視線に、堂々たる立ち姿。外見的特徴はそのほとんどが異なっている。

 だが声音や面影までは変わっていない。故に愛子は確信する。目の前の少年は生きて帰ってきた自分の教え子、南雲ハジメなのだと。

 

「南雲君……やっぱり南雲君なんですね? 生きて……本当に生きて…」

「いえ、人違いです。では」

 

 感動の再会シーンと思いきや、帰って来た返事はガッツリ否定の言葉であった。台無しである。愛子や生徒たちは揃って「へ?」と間抜けな声を出してしまっている。

 

「せ、雪華さん!この人は南雲くんで合ってますよね!?私の見間違いじゃないですよね!?」

 

 目の前の少年は自分のことを"先生"と呼んだ。これはどう誤魔化しても変わらない事実。聞きたいことはたくさんあるのに、うまく煙に巻いて逃げようとしている彼を引き止めるべく、愛子は確実に彼を彼と断定できるはずの少女を呼んだ……のだが。

 

「あー、雪華ちゃんは仲良くなった町の子と遊んであげてくるって、おにぎりだけ受け取ってさっさと行っちゃいました……」

「えぇ!?こんな大事な時に!?」

 

 不在。どんなに能力があってもその場に居なければなんの意味もない。

 項垂れる愛子だったが……思わぬ方向から、助け舟が入った。

 

「あー、そうか。セツがもう色々言ってんだな、ならしょうがねぇか……」

「へ?」

「誤魔化そうとして悪かった。確かに俺は南雲ハジメだ。心配かけて悪かったな、先生」

 

 

※※※※※

 

 

 ハジメの二股疑惑に、亜人族であるシアを見下す騎士とのいざこざ。円滑に、とは到底言えなかったが、ハジメと愛子以下クラスメイト達との情報共有は概ね順調に進んだ。

 大雑把な今までの経緯と、こうやって旅をしている理由。雪華同様、本当に大事なところは隠していそうだったが、大凡の知りたいことが聞けたこと、そしてハジメが無事に元気な顔を見せてくれたことに愛子はいたく安心していた。

 

 しかし元の明るい性格のまま現れた雪華と違い今のハジメは……なんというか、刺々しい。こうして戻ってくるまでに途轍もない苦労があったことは容易く想像できるが、一体何が彼をここまで変えてしまったのだろう。彼らの疑問は尽きることはない。

 更に言うなら銃器を持っていることも驚きだし、その技術提供の希望をバッサリ切ってしまったのにも彼らは驚かされた。以前の彼では考えられない態度だ。

 

「まあ、色々あったんだ」

 

 そうハジメは言っていたが、それで納得できるはずもなく。

 自室に戻ってベッドに腰掛けた愛子は一人悩み続けていた。

 

 あのあと、戻ってきた雪華が会話に合流したりもしたが、彼女もまたハジメ同様口を割る気配はなかった。明らかに何かは知っていそうだったのに。

 二人は、自分達には言えないような事情を何か抱えているのでは……?愛子の心配は尽きない。

 

「せーんせっ」

 

 自分以外は誰もいないはずの部屋に、少女の声が響く。

 驚いて声の方を見ると、そこにいたのは今一番心配していた二人の生徒。柚希雪華と南雲ハジメがいた。

 雪華はニコニコとこちらにやって来て愛子の隣に腰掛け、ハジメはドアの近くの壁にもたれかかりながら軽く手を振っている。

 

「えっと、雪華さんにハジメくん?どど、どうやってここに、というか鍵……」

 

 えへへ、と苦笑いしながら雪華がハジメの方を指差す。目線を向けてみると、彼は手のひらの上に鍵を出したり消したりして見せた。

 

「流石に地球の鍵ほど複雑でもねーし、簡単だったな」

 

 明らかな不法侵入である。愛子は二人の所業にため息をついた。

 

「ごめんね、愛子先生?でもボク達、ちょっと話したいことがあったんです」

 

 そうして雪華から語られ始めたことは、非常に身勝手で、許され難い話だった。

 

 自分達は、この世界の神が楽しむために召喚された。神は世界を遊戯盤として見ており、人族と魔人族の戦争も、確執も、その何もかもが神の差金である。異世界からやってきた救世主といえば聞こえは良いが、自分達は神の遊戯を彩る駒の一つにすぎない……。

 教え子達から語られた、この世界の真実に愛子は文字通り絶句していた。

 

「クラスメイトでも教会でもなく、先生だったら、ボクらが見たものを聞いてもちゃんと受け止めてくれると思って」

「ああ。馬鹿正直にあいつらに話しても全員が納得するとは思わねぇ。勇者に決闘を挑まれるのがオチだろうな」

 

 確かに、と愛子は納得する。神を心酔する教会の人々がこんなこと信じるはずもないし、生徒達も全員が事実を受け入れられるほど大人ではない。

 

「……ありがとうございます、わざわざ話に来てくれて。お二人はその、狂った神を倒すために旅をしているんですか?」

「俺はただ帰りたいからその方法を探してるだけだ」

「ボクは……うーん、後々邪魔になりそうだし成り行きで神に立ち向かうことはあるかもしれない。でもそれが理由ではないかな」

 

 相変わらず全部を教えてくれる気がない二人に、愛子は苦笑する。が、これも二人の在り方なのだろう。とりあえずはそう言うこととして受け入れることにした。

 

「じゃ、ボク達もそろそろ寝よっかな」

「そうだな」

 

 そう言って部屋を後にしようとする二人、特にハジメに、愛子はあることを思い出して声をかけた。

 

「白崎さんは諦めていませんでしたよ」

「……」

 

 ハジメの足が止まる。予想外の一言に硬直したようで、その少し先で雪華が大丈夫?とでも言いたげな顔でハジメを見ていた。

 

「皆が君は死んだと言っても、彼女だけは諦めていませんでした。自分の目で確認するまで、君の生存を信じると。今も、オルクス大迷宮で戦っています。天之河君達は純粋に実戦訓練として潜っているようですが、彼女だけは君を探すことが目的のようです」

「…………白崎は無事か?」

 

 愛子からもたらされた、未だに彼を信じ、もがき続けている少女の話。それに対してハジメの口からやっと出て来たのは、彼女の安否を心配する言葉。

 

「は、はい。オルクス大迷宮は危険な場所ではありますが、順調に実力を伸ばして、攻略を進めているようです。時々届く手紙にはそうありますよ。やっぱり気になりますか?南雲君と白崎さんは仲がよかったですもんね」

 

 変わってしまった彼でも、まだ仲の良かった人物を想いやる心が残っていた。その事実に喜びを感じながら、嬉しそうに愛子は返答した。

 

「あー、ハジメが言いたかったのは多分そう言うことじゃないんだよね」

 

 突然割り込んできた雪華に、一体何だと愛子は問いかけるように彼女を見つめる。

 これ言っていいの?とハジメに訊く彼女に代わって愛子の疑問に答えたのはハジメ本人だった。

 

「今日会ったクラスメイトの態度から大凡察した。俺が奈落に落ちた原因は、ベヒモスと戦闘した時に起こった事故、とでもなっているんだろう?」

「ええ、その通りですが……まさか!」

「そのまさかだ。実際に魔法を受けた俺だから分かるが、あれは故意に俺を狙って放たれた物だ。だからあれは事故じゃない、俺はクラスメイトの誰かに殺されかけたんだ」

 

 ハジメの言葉に、愛子は目を白黒させる。

 うちの生徒にそんな子が?一体誰?そもそも何で南雲くんを?

 

「動機はおそらく白崎とよく話す俺への嫉妬だろう。誰かは知らんが、そのくらいで行動に出ちまう奴なんだ。やり取りがあるなら『敵は味方にもいる』、と警告してやっといてくれ」

 

 卑劣な手法によってクラスメイトを殺そうとした人物がいた。これは生徒達が何より大切な愛子にとって信じたくない事実だった。だがこれを否定するのは、同じく生徒の一人であるハジメを否定することにもなる。

 目の前に立ちはだかる事実と心の内の矛盾に、彼女は悶々としながら夜を過ごすことになったのだった。




主人公が割と空気
反省

拙作、日間総合のだいぶ上の方にいてビビりました……
おかげさまでアクセスとお気に入りがかつてないスピードで伸びています
ありがとうございます


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