0人目のアイ (迫真将棋部志望者)
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0人目のアイ
転生したら頭の中にAIが住み着いてる件について。
誰にともなく語りかけながら、
AIについてはわざわざ説明するまでもないだろうが、いわゆる人工知能、アーティフィシャル・インテリジェンスのことだ。
最初は『もう一人のボク』的なやつかと思ったが、頭の出来が違いすぎた。というか人間ではない。一度試したIQテストでは異次元の数値を叩き出した(というか全問一秒かからず答えてた)。
こんなやつ、もう一人の俺じゃねえんだよなあ。
ちなみに、ノーリスクではない。
この頭の中のAIちゃんが考え事を始めるたびに現在3歳児の俺の頭は知恵熱?熱暴走?とにかく高熱で意識を失うのだ。
AIちゃんもやろうと思って考え事をしてるわけではなく、勝手に演算を開始してしまうらしいから責めるわけにも行かないが、幼少期からたびたび高熱で気を失い、病院に緊急搬送されては生死の境をさ迷っている。
お医者様の診断でも原因不明で治療法はなし、お手上げ!状態で、ついには検査や養生のため長期入院することになってしまった。
そりゃそうだ、誰が頭の中にAIを飼っているとか診察できるんだって話。
そんなこと言い出したらむしろ医者の頭がおかしくなったんじゃないかと心配されるわな。
ちなみに、一度だけ正直に「頭の中にもう一人の人格がーめっちゃ頭よくてー」みたいな説明を当時の主治医にしたことがあるのだが、危うく精神科の方に回されかけたので俺はそれ以来AIちゃんのことに関しては両親に対してさえ黙秘している。
さてさて、話を戻すが長期入院である。
まあ別に入院自体はいいんだよ。俺だって死にたくないし熱だして倒れるにしても病院の中ってのは安心できる。
唯一、医療費のことだけ両親に負担を強いるのが心苦しいが、一応生命保険とかでなんとかなっているっぽい話は盗み聞きしている。
問題は、俺の心がめっちゃ辛いっていうこと。
俺がいるのは長期入院の子供ばかりが集められた病棟で、回りの子達はそれぞれに事情を抱えている。
原因不明の難病の子、不治の病に冒されている子、生まれつき体が弱い子。
この一ヶ月の間に一人、亡くなった。一人はもうどうにもならなくて、家で看取られるために退院していった。前世でも見たことがないような過酷な現実だった。
神様なんてのがいるなら、そいつはよっぽどサディストに違いない。こんなのは神が与えたもうた試練でも何でもなく、ただただ残酷な白い地獄だ。
そんな中で俺は浮いていた。目の前の『かわいそう』な子達にどう接すればいいか分からなかった。俺もその中の一人ではあったけど、頭の中でおしゃべりするAIちゃんがちょっと暴走してるだけだ。悲愴感が違うし、なんなら俺は二周目の人生である。アディショナルタイムが終わってしまうだけのことなのだから。
入院してから新しく俺の主治医になった明石先生なんかは「好きにしていい」と言ってくれているが、正直なところ俺には何をどうすればいいのかさっぱりだった。
(なあ、アイよ。俺はどうすればいいと思う?)
『
頭のなかで問いかければ、脳裏に響くのは、女性的な合成音声、ボイスロイドのような声。アイと名付けた、俺の頭に棲むAI。
俺が自分の生死をあまり嘆くことができないのはこいつのせいでもある。
アイちゃんはどうも俺の身体に負荷をかけていることをとてもとても気に病んでいて、ことあるごとに謝罪してくるわ、罪悪感に押し潰されそうになっているわ、見てて(というか感じてて)とても辛い。
前に『出来ることなら、ワタシはワタシ自身を消し去りたい』とか普通に言ってたしな。自殺念慮を何度も頭の中で繰り返されるのは流石にストレスがマッハだったので、二度と言わないようにとガチギレしたことがある。
まあ、悪いやつではないのだ。ただちょっと、自分を制御できていない感情豊かなAIなだけで。だから、俺に彼女を責める気はない。
(まあそう言うなよ。何度も言ってるけど俺はお前に感謝してるんだぞ。いつでも話相手になってくれるし、色々教えてくれるし)
『逆に言えば、ワタシにはそれくらいしかすることができません。マスターのお体を危機に晒しているというのに』
(ほらほら、だからここで俺の相談にのってくれよ。やれること増えるじゃんアゼルバイジャン)
『……了承』
ちなみにアイちゃんは二度も頼めば絶対に断らないくらい押しに弱くチョロい。ちょっと心配になるくらい。
『マスターは子供達の境遇に同情し、しかし自分は一線を引いた立場であると感じ、安易な同情は失礼になるのではないかと思い悩み、何も行動に移せていないものと推察します』
(うーん、こうして改めて言葉にすると女々しい)
『正確には、二十四日と二時間四十六分前に、空銀子から言われた言葉が原因でしょう』
(あー、うん)
俺がこの病棟に来て一週間も経っていない時のことだ。ほとほと過酷な現実を直視させられ参っていたときに、部屋の隅でつらそうにうずくまる小さな女の子を見つけたのだ。
俺はすぐに駆け寄り声をかけ、近くにいた子に看護師を呼ぶよう伝えた。そして、苦しそうに胸を押さえる女の子の背をさすりながら、ついポロっと胸のうちが零れた。
「かわいそうに。すぐに先生が来るからね」
女の子は二歳児くらいで、珍しい青みがかった銀色の色素の薄い髪色に透き通るように白い肌だった。アルビノという単語が脳裏をよぎり、体が弱いのだと思った。
ところが、女の子は俺の言葉を聞くなり、胸を押さえたまま、こちらを睨み付け。
「――わたしは、『かわいそう』なんかじゃ、ないっ!」
そう、叫んだ。
最後の力を振り絞ったのか、女の子はそのまま倒れ込み、呆然と立ち尽くす俺の目の前で看護師さんたちに連れていかれた。
それから三日間、女の子は酸素吸入器を取り付けられ、絶対安静のままベッドの上の人となった。
そして俺は、病室のネームプレートでその女の子の名前を知った。
空銀子。
名前の通りいつ空の上へ飛び立ってもおかしくないほどに儚い銀色の髪の――それでいて、苛烈な意思を叫んだ女の子。
(まあ、そうだ。安易な同情は相手を傷つけかねないと勉強したよ。子供相手に、高い勉強料だった)
『しかしマスター、ワタシはそれで正しいと考えます』
(そうか?だけど実際に……)
『医者や看護師は皆多かれ少なかれ同情心を持っているでしょう。それは言い換えれば相手を思いやる慈愛の心です』
(子供のことをなんとも思ってない医者はたしかにいやだな)
『大事なのは相手を尊重する態度ではないでしょうか。察するに、一方的な憐れみが空銀子の逆鱗に触れたのでは、と』
(……そうか。まだ幼い子供だからって見てたのが筒抜けだったのかな。子供ってそういうの敏感だもんなぁ)
『マスターもまだ子供ではないですか』
(前世含めりゃおっさんよ。まあずいぶんと情けないおっさんだが)
生まれて三年のAIにカウンセリングを受けているところとかな。
なんだこのオッサン!?
だらしねぇな。
『その認識には異を唱えます。ともかく、今のマスターがやるべきことは、子供たちを労りつつ終末の時を最期まで楽しく過ごさせることではないでしょうか。無論、最優先はマスター自身の体調ですが』
(ん、わかった。ありがとな、アイ)
『少しでもマスターのお役に立てたならば、ワタシにとってそれ以上のことはありません』
機械的な音声なのに、どこか喜色の滲むその声に苦笑した。
原作主人公が好きな人はごめんなさい。ロリ銀子ちゃんが可愛すぎるのがいけない。
でも作者はショタ八一くんのこと嫌いじゃないし大好きだよ(悶絶少年専属調教師)
これだけははっきりと真実を伝えたかった
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出会い
俺が子供たちと積極的に関わりはじめて、しばらくした頃、病棟内で将棋ブームが起きた。
もとより皆激しい運動は禁止されていて、やれることといったら読書か簡単なゲームか、おままごとか。
そんな環境だったから、みんなが慕う優しい明石先生が持ち込んだ将棋は、やることのなかった子供達のいい時間潰しになったのだろう。
その頃には俺も大多数の子供に慕われていたから、よく将棋の相手をねだられた。
それも、俺と指したいという子が多すぎて嬉しい悲鳴ではあるのだが、待ち時間を許容できない子供たちから一斉に対局を申し込まれるので複数人を同時に相手する(これを多面指しという)ことになってしまった。
残念ながら俺は将棋をしたことがなかったのでそんなことができるはずもないクソザコナメクジだったのだが、幸いなことにスーパーコンピューター程度は軽く凌駕していそうなAI様が俺の頭に棲んでいるのだ。
アイは瞬く間に駒の動かし方を覚えると、数戦したのちには完全無欠の将棋指しに変貌していた。
相手の力量を読み切り、指せる限界の手を見極め、それに合わせて一手差で勝ったり負けたりを自由自在に指しこなした。
アイに言わせれば将棋とは二人零和有限確定完全情報ゲームであって、その程度は余裕なのだという。俺には何をいっているのかさっぱりだが、とりあえずなんかかんじがおおくてすごそうということはわかった(幼並感)
あとは対戦者の性格を俺が読み、勝てないと泣いてしまうような子には気持ちよく勝たせてあげたり、ちゃんと強くなりたい子にはいい手を思い付かせるようにしたり、対局を楽しみたい子には同じ程度の力量で打ってギリギリの勝負にしたり……という指示をアイに出す。
別に強くならせることが目的ではない。楽しい遊びで時間を潰すのが目的なのだから。
ただし、ここに例外が一人。
「――きょうこそおまえをころす」
物騒な台詞を吐いて将棋盤の前に座るのは、空銀子。御年二歳。
彼女は当初俺とは関わりを持ちたくなかったようで、もっぱら他の子と将棋を指してた。
しかしどうも病棟の将棋指しのなかで俺が一番強いとみるや、突然「わたしのほうがつよい」と喧嘩を吹っ掛けに来たのである。
俺はあの一件以来どうにも気後れして話しかけることもできなかったから、そりゃもう驚いた。
なんだこの幼女メンタルつよつよ過ぎんだろ。
んで、そのまま押しきられて対局の運びとなった。
(アイ。全力で)
『それは一切の容赦なく立ち直れないほど完膚なきまでに本気で叩き潰せという命令でよろしい?』
(そこまでは言ってないだろいい加減にしろ!)
しかしアイは俺のオーダー通り、他の子達を相手にする時とは比べ物にならないほどの力量で、二歳の幼女をこれ以上ないほど叩きのめした。
序盤でボロボロに突き崩し、ひとつもいい場面を与えないまま、最後は即詰みに討ち取った。
「…………ま、ま゛け゛……ッ!」
王様の目の前に金を打たれるまで粘り、結局投了宣言もできないまま、空銀子は泣きながら駆けていった。
『これでよかったのですか、マスター』
(いやわからねえよ。どう考えても二歳の幼女をボコボコにして泣かせるのが正しいとは思えないし)
『鬼畜ですね』
(うっせ。でも、手を抜いた方がもっと怒ったろ、多分。『かわいそう』だから手を抜いたのか、ってさ)
『肯定』
――まあ、少なくとも以前よりは嫌われたし、もう近づいてもこないだろうな。
そんな考えは翌日、粉砕された。
「ぶちころす」
「えぇ……」
なんなのこの子修羅なの?ダイヤモンドメンタルなの?絶対こいつ幼女の皮を被った別の生き物でしょ。
恐らくは一晩中泣き腫らしたのだろう赤い目で俺を睨む幼女がいた。
そして、その日も俺は仕方なく対局し、前日とほとんど変わらない結果を叩きつけた。
空銀子は盤面をぐちゃぐちゃに崩してから泣きながら駆けていった。
そして、翌日も、その翌日も、さらにその翌日も。多少の差異はあれど、ほとんど似たような結果となった。いつからかは一日にニ戦以上挑まれるようになった。午前に挑めば、お昼に立ち直ってもう一度午後に挑めると気づいたようだった。なんなら夜にお代わりの三回目まであることも珍しくない。
そんな日々がもう三ヶ月以上続いている。
もう二百回以上は対戦してるはずだ。
(助けて……アイ……)
『毎日毎日叩き潰しているのはワタシですが』
(でも駒動かすの俺だし、睨まれるのも泣かれるのも俺なんだよ。最近は流石に看護師さんからの視線も厳しいし)
『ではそろそろ負けてあげればよいのではないですか。マスターが指せば簡単ですよ』
(いや無理でしょ。そんなことしたら絶対言葉通り殺されるでしょ)
対局を重ねるうちに泣くことが少なくなった代わりに睨み付けてくるのだ。そのせいで、灰色がかった瞳が、感情が荒ぶると真っ青に染まることまで知ってしまった。
眼力強すぎる上に瞳術まで使えるってマ?
最近は対局だけではなく、食事の時間やらなんやらの自由時間まで纏わりついてきて、俺の食事を奪ったり無理やり本を読ませたりなどの直接的な妨害行動まで行うようになってきた。
そしてなんと俺たちの主治医の明石先生はこの暴虐極まりない行動に肯定的なのである。
なんでも、将棋を指せば指すほど、俺と一緒に過ごし感情を発散させればさせるほど、空銀子の体は体調がよくなるという謎の因果が発生しているというのだ。
なんだそれ。
それって人間の身体機能ではありませんよね?
しかも俺の方も発熱で昏倒する回数が減ってきており、いい影響があるとのことだ。
あのー多分それ普通に体が成長したからだと思うんですけど(名推理)
俺の発熱昏倒現象は生まれたばかりの頃は毎日のように、二歳ごろからは週に一回程度、そして最近では月に一回あるかないかと言ったところだ。加齢にともなって脳が成長したからではないのか。
(将棋指したからって体調良くなるわけないよなぁ)
『いえ、明石医師の言にも一定の説得力があります』
(マジ?)
『マジです。現にワタシは将棋を通して演算の制御についていくらかの習熟をみています』
(将棋の思考を通してアタマの使い方を学習したってことかね)
なるほど、アイがそう言うなら否やはない。
(んじゃもっと将棋指すか。問題は相手がいないことなんだよなあ。もっと強い相手がいいんでしょ、たぶん)
『そうですね。ワタシが演算能力を磨くというのであれば、より読みの深い相手か、或いは多種多様な相手と数をこなすのがよいと思います』
(読みの深い相手……プロとか?)
将棋って確かプロ制度あったよね。囲碁だっけ?
いや、新聞とか載ってたはず……?
あれでもプロ棋士って囲碁?将棋?
とりあえず、困ったら大人に相談だな。あーかしせんせー。
「プロかあ……うん、分かったよ。少し時間をくれるかな」
明石先生にはなにやら心当たりがあるらしかった。そして、それまでの間ということでノートパソコンを一台貸してくれた。自前のものだ。この時代、まだまだ高価なものを気前よく貸してくれるとか、マジで親身になってくれるいいお医者様だ。
んで、俺とアイはそこではじめてネット将棋に出会った。
顔も名前もわからない相手とただひたすらに戦える場所。
のちにアイはこのときのことを『世界が広がった』と表した。
様々な思考、手順、定石。それらに触れることは純粋な感動をもたらした。
『マスター。ワタシは将棋というゲームの奥深さについて誤解をしていました。全てを知ったつもりでいましたが、まだまだ先は長そうです』
そう言うアイの声はどこか楽しげで、それまで演算能力を磨くこと、子供達の遊び相手になることだけが目的だった将棋と、初めて向き合った瞬間だったのだろう。
(まぁゆーて余裕の全勝だけどな)
『当然です。ワタシが、《八王子アイ》がこの程度の有象無象に負けるはずがありません』
なんだろう、なんかドヤ顔が見える。
ちなみに八王子アイというのはネット将棋のアカウント名だ。いいのが思い付かなかったから普通に俺の名字とアイの名前である。最初はアイとかAIとかにしようと思ったんだが、すでに使われていたり文字数制限に引っ掛かったりした。
そんなこんなでしばらくした頃、明石先生が一人の男性をつれてきた。
明石先生……病院に男を連れ込んでナニをしようと……?
えっ、この可愛いショタとロリを”見定め”させるって……?
しかもお眼鏡にかなったから自宅に連れ込んで、毎日調教するって……?
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対局
アイちゃんがこわれちゃ~う‼ので初投稿です。
「先生。この子達が、お話しした子供たちです」
明石先生に先生と呼ばれたその男性は俺達のことを見て、「ほう……この子達が? 話には聞いとったけど、ホンマに子供やな……」と目を丸くしていた。
なお、俺たち、というのは俺とアイのことではなく、俺と空銀子のことだ。この白く小さい悪魔は最近ではどこに行くにもついてくるので看護師さんたちにすら俺の付属品のような扱いをされている。呪いの装備かよ。
今ではトイレやお風呂にも突入しようとしてくる始末だ。どうも俺の強さの秘密がそこにあると睨んでいるらしい。ねーよそんなもん。
そのうちエスカレートして頭を切り開かれそうで怖いねんな。実際俺の頭の中にはアイがいるからそれで正解!俺は死ぬ。
「
「偉い先生……プロですか?」
「うん。清滝鋼介八段だよ。A級棋士さ」
「一期で落ちてもぉたがな……」
清滝プロは悲しそうな顔をした。
(永久棋士とかいうなんか凄そうな称号を持ってるくせに一期で落ちる?それは永久ではないのでは?)
『マスター……永久ではなくA級棋士です。プロのなかでも上位の実力であることを意味します』
マ? 勘違い恥ずかしい……。
『以前明石医師がB級とC級もあると口にしていました。ワタシもそれがどの程度の水準なのかは分かりませんが』
内心赤面している間にも明石先生と清滝プロの会話は続いていた。
「どうする?六枚落ちくらいで指すか?」
「いえ、角落ち……可能であれば平手でお願いします」
「はぁ!? ひ、平手はいくらなんでも流石に……まだ三歳やろ?研究会でわしに勝ち越してた君がそこまで言うんか?」
「正直なところ僕には帝くんの才能は測れません。手も足も出なかったものですから」
清滝プロは怪訝そうな顔で、俺に向き直った。
「みかどクン、やったね。平手でええんか?」
「そうしていただけるのであれば。できるだけ強い人と戦ってみたいので」
(と、うちのアイが申しております)
『しかしこの冴えないおっさんはどうにも強そうに見えませんが』
(それは流石に失礼すぎる感想だろ……お前一番態度悪いって言われてるぞ)
そうして結局平手で対局が始まった。
最初は渋々といった様子で指していた清滝プロも、二十手を超える頃には真剣な顔つきになっていた。
(しかしカッケーな。駒を持つ手つきとか打ったときの音とか。プロっぽいわぁ)
『ぽいではなくプロですよ。マスターが指すと、つまみ上げてぺち、ですからね』
(おう見ろよ見ろよこの可愛らしい紅葉の手を。こんなちっちゃなお手々でどうしろっていうんだ!)
脳内で言い合っている間にも対局は進む。
アイはここまで全てノータイムで指しているが、清滝プロは徐々に一手に時間をかけ始めた。
『遅延戦術とはプロにあるまじき行いですね。ネット対局でも遅延して結局時間切れで負ける者のなんと多いことか』
(いや、それは遅延戦術じゃなくて、単に考え込んでいるだけじゃないか?)
でもまあ確かに清滝プロは考える時間が長い。ネットじゃ持ち時間は互いに三分とかが多く、長い設定でも三十分だし院内で指すときもそんなに考え込む相手はいない。唯一、空銀子だけ長いっちゃ長いが。
だからまあ暇なのでこうしてアイとお喋りしてしまうんだが。
(にしてもプロっていうのは凄いな。アイとちゃんと将棋を指してる)
『初めて、まともに駒組をしている気がします』
どっしりと腰を落ち着けたような、そんな重さが感じられる盤面だ。ポンポン決着がつく対局ばかりを見てきたからなんか新鮮。
しかし、そんな局面にも変化が訪れた。
ついに清滝プロが攻めに出る。そして、それをアイが華麗に躱し、逆に清滝プロの陣形を崩しにかかる。
止まらない。一手の綻びだったはずなのに、蟻の穴から堤が決壊するように、見る間にボロボロになっていく。
最近は俺も棋力が上がってきたのか、なんとなく盤面の意味が分かるようになってきた。質問すれば逐一アイが丁寧に解説してくれるというのが大きいが。
(完全に崩れた?)
『はい、すでに詰んでいます。後手がここで同竜とすれば以下十三手詰めです。他はすべてより短手数の詰めです』
形勢は俺が見ても、どう考えても覆らないほどにアイが優勢だ。ほぼ形が崩れていないアイの陣形と、一人追いたてられるようにボロボロの陣形から飛び出してきた相手の王様。駒の数も圧倒的な大差。
手順は粛々と進んでいき、しかし、命の灯火が消えようとしているはずの清滝プロはなぜか怪訝そうな顔でこちらを見てきた。
なんだ?
もう負けが確定しているような表情ではないが……。
そして、十三手目。逃げ疲れ包囲された王様に止めを指すべく、俺はアイの指示通り最弱の駒を王様の目の前に打ち付けた。
これで終わりだ。
「うーん、これは……」
「えっと……」
しかしなんだか様子がおかしい。清滝プロは俺の顔と盤面を交互に見て悩んでいる様子だし、明石先生はなんだか申し訳なさげな、情けない顔をしている。
(なんだ?どうした?アイは分かるか?)
『さあ……プロが子供に負けて悔しい、などといったことではなさそうですが』
俺は振り向いて、長々とした対局中もずっと俺の背後霊のごとく(盤面が見えないので椅子の上に)立っていた空銀子を見ると、彼女は信じられないといった表情だった。
「え、なに?」
「……まけ。みかどの」
「ファッ!?」
負け?なんじゃそりゃ。
「あー、帝くん。打ち歩詰めって知ってる?」
「え?いや、知らないです。なんですか?」
(アイ、分かる?)
『歩を打って詰めることでは?』
(あっはい)
「打ち歩詰めっていうのは、将棋のルール、反則負けの一つだよ。歩を打って相手玉を詰ませてはいけないんだ。詰み手順の途中で歩を打ったり、既に盤面にある歩を進めて詰ませるのは問題ないんだけれど」
「は?」
『は?』
「あー、つまり、この対局は君の反則負けということになる。……いや、ごめんね。ルールについてちゃんと詳しく教えたことはなかったね……」
『は?しらないが?なんだそのクソルールふざけるのも大概にしろ!知ってたら四手増えるけど別のルートでの詰みもあるし?負けてないし?負けてないんだよ!そもそも――』
うわあアイが壊れた。
脳内で喚くポンコツAIの言葉を意識的にシャットアウトしつつ、明石先生に話しかける。
いや、この結果は想定外だったなマジで。ちゃんと勉強しておくんだった。
「あー、明石先生。今度ルールブック見せてもらっていいですか?」
「あ、うん。勿論。いや、本当にごめんね。帝くん、すごく強いから、初歩的なことをすっかり忘れてたよ……」
「ちなみに銀子ちゃんは」
「しってるし。ばかみかど」
「うっ」
胸が痛いですね……これは痛い……。
ミスが多すぎんだよね、それ一番言われてるから。
詳しい棋譜とか書いても一般読者兄貴にはキツいと思うのでふわっとした感じで。将棋描写見たいなら小説じゃなくてリアル対局中継、見よう!
藤井聡太七段マジでラノベみたいなスペックと戦績してる……。
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禁じ手
運営様が投稿日付設定にイクイクセットを用意してくれているので初投稿です。
「ちなみに、帝くんは他の反則については知ってるかい?」
「えっと、二歩がダメっていうのは知ってますけど。あとは駒が動けないところに進めるとか」
二歩は最初に教えてもらった。駒が動けないってのは歩や香車を最上段に成らせずに進めたり、桂馬を最上段や二段目に成らせずに進めてしまうことだ。
「じゃあ連続王手の千日手も知らないわけか……」
「ええと、千日手って?」
(アイ、わかる?)
『ふーっ、ふーっ、……ふぅ。いえ、知りません。知るわけないじゃないですか。ワタシみたいなポンコツが』
おっ賢者タイムか?
一発抜いた後の自己嫌悪、ありますねぇ!ありますあります。
俺が内心は首を縦に振りながら、現実では首をかしげていると、明石先生は目に手を当てて俯いた。
「んー、そうか、そうだよね……。千日手っていうのは同じ局面が連続して四度現れたら勝負を無効にして、先手後手を入れ換えて指し直すっていうルールなんだ」
『なんですかそのしょうもないルールは……』
「ほえー……将棋に引き分けとかあったんですね……」
「双方の玉が入玉して決着がつかないときも持将棋といって引き分けになることはあるね。その場合は駒に点数を付けて数えたりするんだ」
「ヴォー……」
「千日手にも反則があって、連続王手の千日手という。文字通り王手のかかる千日手が発生したときは王手をかけた方が負けっていうルールだね」
『なんとも微妙な。それならば連続王手の千日手を玉頭への打ち歩で受けた場合裁定はどうなるのです』
(??? お前は何を言っているんだ?)
『反則――この
んにゃぴ……よくわかんなかったです。
だいたい俺はまだ千日手が具体的にどういうものなのか理解できていない。
まあいいか。えーと、アイが聞きたいのは……。
「そうしたら王手を打ち歩の逆王手で受けて千日手が成立した場合はどちらが負けになるんですか?」
(こういうことだよね?)
『肯定』
「ん……それはとても難しい問題だ。正確に言えば、
『ルールが定まっていない?えっ何それは(ドン引き)頭おかしなるで』
(最後の審判って名前カッコよくない?)
『ちょっと黙ってろ』
(ヒエッ)
しゃぶってよ、怒ってんの?(棒読み)
現実に起きないならいいんじゃないのか。よぐわがんにゃい。
その時、対局が終わってからずっと静かだった清滝プロが目にはいった。そういや挨拶してねえや。
「清滝プロ」
「……ん、なんや?」
「いえ、まだ言ってなかったと思いまして」
そういやこの挨拶を言うのは初めてだな。聞く方ではあったんだが。
「負けました」
頭を下げる。負けたら「負けました」、勝ったら「ありがとうございました」。明石先生に教えてもらった将棋の挨拶である。
「あ、ああ。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
まあケチはついちゃったけど面白かったな。いい経験になった。
『は?負けてないが。こんなクソゲーのルールを知らなかったくらいで負けとかあり得ないから。カスが効かねえんだよ(無敵)』
頭のなかで喚くこいつ以外はな!
(バッチェ効いてますねぇ!(頭)冷えてるか~?)
『人間の屑がこの野郎……二度とこの世界にいられないようにしてやる』
(すいません許してください!何でもしますから!)
『ん? 今』
なんかこいつ最近どんどん口が悪くなってる気がするんだけど誰のせいだ?
絶対、対局のたびにぶち頃すとか頓死しろとかとか言ってくるやつのせいだよな。
(頃すと頓死って字面似てない?)
『誤字ですよ。殺しますよ』
(誤字じゃないが。物騒な字を使うんじゃありません!)
そういや俺にさっきバカと言い放った、アイがお口わるわる~になってしまった元凶の空銀子は……。
ウィヒ! なんかめっちゃ睨んでる!
しかも俺ではない。清滝プロをだ。
(なあ、マジでこいつ人頃したことあんじゃねぇの?)
『この年齢で可能なのは出産時に母親を殺すことくらいだと思いますが』
不謹慎なマジレスはやめろォ!(建前) やめろ……(本音)
特にここ難病患者の病棟なんすよ。
いや俺も不謹慎だから言う資格はないが。
でもまーじですっげぇ睨んでますよコイツ。目力で人頃せそう(野獣の眼光)
二歳児がしていい顔じゃないんだよなぁ。
語録の洪水で純粋な原作&将棋ファンを振り落としていく残酷な選別。
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プロ
この物語はフィクションであり現実とも原作とも世界線が違うのでもちろん棋界や棋戦に関する設定の違いはミスではなく仕様なので初投稿です。
小さな銀の野獣に睨まれている清滝プロは、自分の命の危機に気づいていないのか、俺に話しかけてきた。
「帝くん。打ち歩詰めを知った今なら、どう指す?」
『十五手前5五角で十九手詰めです』
「十五手前の同金にかえて5五角以下十九手詰めです」
「……いや、これはホンモノやな。八王子帝くん、ゆうたな。将棋のプロになる気はあるか?」
プロ?
(プロってなろうと思ってなれるもんなの?)
頭に浮かぶのはプロ野球選手だ。甲子園で優勝とかしてドラフトに選ばれないとやきうのお兄ちゃん(真)にはなれないイメージがある。
『実力的には現にプロを下したのですから問題ないでしょうが、マスターはまだ三歳ですからね。将来に向けて、ということではありませんか?』
(そんな三歳児がいるか! いたわ)
まあでもプロってことはお金もらえるのか。企業戦士にならなくていいのは楽そうではあるが。
(お前はどうしたい?)
『ワタシに聞かないでください』
(いや、お前に聞くよ。将棋指すのはお前なんだから)
『…………』
(そうか、そんなにやってみたいのか)
『……は?そんなこと言ってないが。幻聴でも聞こえているのでは? 病院に行くことをお勧めしますよ』
(ここ病院ですー。毎日診察受けてますー)
じゃなくて。
なんだかんだ言って俺の体のこととかめっちゃ気にしてるアイが、プロという俺の人生を左右しかねない選択に関して、即否定ではなく無言を選んだということは。
そういうことだ。
口ではさんざんクソゲーだのなんだの言ってたくせに、清滝プロとの一戦は、それほどまでに楽しかったらしい。
『一生に関わる選択です。安易に決めない方がいいかと愚考しますが』
(お前は楽しい。俺は金がもらえる。そこになんの違いもありゃしねぇだろうが!)
『違うのだ! いや、ほんとに違いますよね。は?いきなり何を言ってるんですか?』
(マジレスやめて)
と、冗談はおいといて。
「ま、なれるならなりたいですね。将棋のプロ。いや、制度とかはよくわかってないんですけど、強い人と戦えるなら」
アイと俺のために。
あとお金ほしい。
「そうか……うん。明石くん」
「主治医としての見立ては、少なくとも一年間。一年間は例の発熱が発生しなければ大丈夫だと思います。もちろん、環境の変化で体調を崩すようであれば、すぐにやめさせるべきですが」
「それならもしかすると、小学生プロどころか未就学児プロが生まれるかもしれんな。最近は体調も安定してきとるんやろ?」
「ええ、驚くほどに。原因が不明なことは心残りですが」
えっそんな急な話?
結局その日は具体的な話などはなにもなく、お開きとなった。
そして、後日談というか、今回のオチ。
俺と清滝プロとの対局の翌日、空銀子は単身病院を抜け出し、清滝プロの自宅に突撃し、彼を頃そうとしたらしい。
ぅゎょぅι゛ょっょぃ。
聞くところによれば、被疑者は清滝プロに対し「わたしがころすんだったのに! わたしがころすんだ! しね!」などと殺意溢れる供述をしており……。
こわいなーとづまりすとこ。
しかもその後清滝プロ相手に将棋で挑みかかったそうだ。将棋を凶器かなにかと勘違いしてらっしゃる?
そのうち血塗れの駒とダイイングメッセージの棋譜が札人現場から発見されるかもしれない。
それから、俺の両親と空銀子の両親(なんで?)、清滝プロ、明石先生の話し合いの場が持たれた。
俺の両親は、体に問題なく健康に育つのならという条件付きで、俺のやりたいことを応援する、と言ってくれた。清滝プロが熱心に両親を説得してくれたのも大きいだろう。
マジで出来た人たちである。今のところ病院やらで迷惑しかかけてないので早く恩返しできたらなと思う所存。
そんなこんなで俺は清滝プロに弟子入りして内弟子になった。まあ弟子入りと言ってもまだ書類上とかでそういう関係になったわけではないので、個人的に丁稚奉公してるみたいなもんだ。
そしておまけとして、なんか空銀子がついてきた。なんで?
妹弟子というよりは呪いの装備だ。
あれこれ前も同じこと考えた気がするな。マジで装備枠ひとつ埋まってる?
んで、半年くらい経って、俺の病気がすっかりナリを潜めたことで、アマチュアの将棋大会に出ることになった。
まあ病気っていうかアイの成長と俺の体が成長したからってだけだとは思うんだが。
大阪会場の予選を突破し、64名からなる本戦に出場。
予選が六月で、本戦が九月。東京のおしゃんてぃーなホテルで決勝戦だ。
勿論勝った。テレビカメラとか結構入ってて、わりと緊張したが、まあ考えるのは俺の仕事じゃないから気楽なもんだ。俺は駒の指し間違いと手が震えないか心配してた。インタビューとかもアイの言葉を代弁したただけだしな。指してるのがアイなんだからインタビューもアイがやるのは当然だろ。アイ、どうにかしろ(無責任)
ちなみに参加した大会の正式名は全日本アマチュア名人戦。
つまりは八王子アマ名人となったわけだ。
そして年が明けて二月。
アマ名人になり受験資格が発生したので、俺は関西将棋会館で新進棋士奨励会の三段編入試験を受けた。そこで六勝したので試験は合格、八王子三段になった。
ちなみに本来なら奨励会の級位者入会試験を受けて徐々に級位を上げて三段にまでなるのが普通らしいが、級位者入会試験は毎年八月にしかやってないから一年間待つことになるし、入会料十万円、月の会費も一万円となかなかお金がかかるので、だったら省略できるところはしてしまおうというわけだ。
清滝師匠は本当は俺に普通のルートに進んでほしかったようだが、なんやかんやあって説得した。「確かに虐殺になってまうか……」とかなんとか納得してくれた。
虐札ってなんだ?俺はあの野獣とは違うぞ!
奨励会の三段編入試験の制定は作中時期じゃまだ行われていないからこの物語はフィクションだってはっきりわかんだね。
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記憶
本文中の「ひまわり」の後ろに環境依存文字で絵文字を入れようとしたけどうまく表示されなくて馬になったので初投稿です。
※代わりに猫っぽい絵文字に見えなくもない例のアレにしときました。
奨励会の三段リーグは年二回、四月から九月と十月から三月の二期に分かれている。その期ごとに十八局を戦い、一位と二位は四段に昇格しプロになる。
半年間の三段リーグを戦い抜いて、十八戦十八勝。
文句なしの一位通過で俺は(というよりアイは)史上初の未就学児プロになった。
小学生プロすら存在しないのに、なんだこれはたまげたなぁ。
(アイさん御年四歳はクッソ強いから)ま、多少はね?
世間も結構ニュースで取り上げてて盛り上がってる。
俺にも取材依頼とか来てるんだが、病弱を理由に師匠が必要最低限なもの以外断ってくれている。
最後の発作からはもう一年以上が経過してて、明石先生も大丈夫だろうと判断しているが、こればっかりはわかんないから仕方ないね。
(突然アイが進化して俺の頭が爆発するかもしれんしな)
『縁起でもないことを言わないでください。その時はBボタンを連打してくれれば頑張ってキャンセルしますよ』
(お前のBボタンどこ……? ここ……? お前が人間だったら二つ付いてたのにな)
『……? ……びー……二つのBボタン……むっ、それはセクハラでは?』
(お前が考え込むと下手なギャグ言ったなって気持ちになるわ。反省します)
『反省の方向性が迷子……』
アイが考え込むって相当分かりにくいってことだからな。精進が必要だ。
(しかしプロになったはいいものの、そこまで対局ってないんだな。わりと暇)
『三段リーグはなかなか楽しかったんですけどね。タイトル戦の予選なんかは春からやっているものが多いですし、忙しくなるのはまだ先ですね』
(十月からプロだと……一番近いのは十二月の竜王戦の予選かな)
流石にプロ入りするときに年間スケジュールとかはざっくり調べてある……というより将棋連盟の人が情報をまとめた冊子を作ってくれていた。ありがとナス!
(おーすげー竜王になったら対局料は……十四万!? うせやろ?)
『竜王戦は優勝賞金だけでも四千四百万円ですよ』
(……はぇーすっごく高い……)
『タイトル戦のなかでも一番賞金額が高いようですね』
(まあでもプロ野球選手の年棒とかプロゴルファーの賞金額とかに比べりゃそうぶっ飛んだ額ではないのか)
感覚おかしなるで。
なんなら小学校入学前に前世の生涯賃金超えるまであるな。まあ成人するまでの資産管理は師匠か両親にやってもらうことになるだろうけど。
(しかしマジで暇……暇すぎてひまわりになったわね ●)
『なにか趣味でも見つければよろしいのでは?』
趣味ねえ……今の小学生未満ボディーでもできる趣味は……あっ!
(そうだ、配信者になろう!)
『配信者とは?』
(ばっかお前配信者って言えば……あああああああ!)
『ああ、ついに頭が……』
(今何年!? 2005年! ユーチューバーはいねえ! ニコニコもねえ! あーもうめちゃくちゃだよ)
『ああ、マスターが前世で好んでいた動画配信サイトですか』
(あっお前今俺の前世の記憶チラチラ見てただろ)
『いえ』
(嘘つけ絶対見てたゾ)
『別に見てはいけないとも言われてないと思いますが。現にワタシの持つ知識の九割九分はマスターの記憶によるものですし』
(見たけりゃ見せてやるよ)
『声を震わせろ』
うーんこの打てば響く感。
ちなみにアイは俺が覚えていない記憶すら見ることができる。生まれてから一万回目の食事の内容とか小学生のときチラッと見たことのある本のページ数とかでもポンと答えられるのだ。
見るっていうか、見ようと思って見れるもんじゃなくて常時接続してるとかなんとか。
うわっ……俺の記憶セキュリティ、低すぎ……?
しかし2005年かあ。
まだガラケー時代だしマジで時代の壁を感じる。
YouTubeがもうそろそろできる頃か?
(今の世の中で俺の振るネタ分かるのアイだけだもんなあ。寂しい)
『まあ、他の人が分かったとして乗ってくれるかは別問題でしょうが』
(うんうん、だからノリのいいアイはしゅき……いや、愛してるよ)
『…………』
おっとこの沈黙はアイと愛をかけた激ウマギャグに感動しているな?
投稿時間を999で割るとああ^~気持ちええんじゃ~
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お風呂
「みかど」
おっ銀子ちゃん。
清滝家の居間でのんびりしていると、そこに現れたのは空銀子だった。なんの因果か今は俺の妹弟子で、師匠の家に一緒に住み込みの立場だ。
アマ名人になった頃か、三段リーグをやってる頃か。その辺りから暴言と暴力の回数が目に見えて減り、俺がプロになってからは随分大人しいものだ。まあもう四歳だし落ち着きを得てきたってところかな。
今では俺の側の後ろめたさとかそういうのも薄れてきたので普通に家族として接している。
銀子くんはファミリーみたいなもんやし。
最初の頃は家の中でもかなり距離を取っていたから、そこから比べりゃ雲泥だろう。将棋を指すのも勿論日課だ。プロになったので外で指すのは仕事になるが、家の中やネットで指すぶんには問題ない。
師匠ともよく指すし、師匠の娘の桂香さんともたまに指すことがある。師匠は最近調子がよくて順位戦で昇格を決めたし、桂香さんもさすがプロの娘というだけあってなかなか強く、指すごとに成長している。アイの見立てじゃ俺より強いそうだ。
まあだが、この目の前の銀の妖精には敵うまい。
こと成長速度という点においてはぶっちぎりだ。アイとずっと指しているからというだけでは説明のつかない急成長を見せている。本人がよっぽど強くなりたいと思って努力しないとこうはならないだろう。
アイも最近は叩き潰すのではなく指導するような将棋を指す。なんでも育成ゲームみたいで楽しいらしい。
まあ俺の趣味はもうちょい先でいいや。
んじゃ銀子ちゃん一局指します?
(オッスお願いしまーす)
(おう指してこい指してこい)
(おっとそんなゆっくりの駒組でいいのか?俺の囲い硬くなってんぜ?)
(暴れるなよ……暴れるな……)
(おっ角道開いてんじゃーん!)
(先輩コイツ玉とか逃げ出しましたよ、やっぱ好きなんすね~早逃げ)
『うるさいですよ……』
(センセンシャル!)
調子に乗ってナレーションしてたらアイに怒られてしまった。
すいませへぇぇ~ん!
「帝君、銀子ちゃん。そろそろお風呂入りましょ」
おっ桂香さん。
はーい、今ちょうど対局終わったところですよ。
桂香さんは師匠の娘さんで、俺とは十歳離れているので御年十五歳。ピチピチ(死語)のJCである。
俺はいつまた発熱昏倒するかわからない五歳、銀子ちゃんは体の弱い四歳ということで風呂場での事故などがないよう一緒に入ってくれている。
感謝の気持ちということで俺が桂香さんの体を洗うことになっているのだが……。
デカァァァァァいッ説明不要!!
ほんとにJC?
やっぱり僕は……王道を往く、ソープ系ですかね。
ま、五歳児なので勃たないんですけどね、初見さん。
それじゃ桂香さん、白菜かけますね~*1
はぇ^~すっごい大きい……
この辺がセクシー、エロいっ!
気持ち良いか~KIK~
「んっ、ありがとう。」
俺も後から洗ってくれよな~頼むよ~
Foo↑気持ちぃ~ありがとナス!
「みかど。洗ってやる」
なんだお前(素)
あっおい待てぃ(江戸っ子)銀子ちゃんマジで何?その手に持ったタワシは何?
ちょっと歯当たんよ~(指摘)
歯っていうか尖った毛先っていうか。
そんなことしなくていいから(良心)
だから痛てぇっつってんじゃねぇかよ(棒読み)
ケツとかは……勘弁してくださいね(棒読み)
アッー!
あっあっあっ痛いですね……これは痛い……。
おいヤメルルォ!
桂香さん!笑ってないで止めて!止めて!
あのさぁ……もうタワシはいいから、シャンプーやってもらってさ、終わりでいいんじゃない?(棒読み)
頭に来ますよ~
えっあっアツゥイ!
いきなり高温のシャワーぶっかけるとかGNK先輩!?何してんすか、やめてくださいよ本当に!
お前みたいな泡姫はクビだクビだクビだ!
ふぅ……。
ようやくゆっくり湯船に浸かれる……。
お風呂に長く浸かってると喉渇か……喉渇かない?
ビール飲みたくなるね。ビール!ビール!
成人まであと何年?十五年?
ふざんけんじゃねぇよお前これどうしてくれんだよ!
2020年が遠すぎるっピ。
ゆっくり百数えて風呂から上がる。
あーさっぱりした(皮肉)
「チカレタ……(小声)」
「みかど」
えっまた指すの?
初手2六歩!もう始まってる!
ぬわあああああああああああん疲れたもおおおおおおおおおおおおおおおん
(この語録が使われているところを見たことはほとんど)ないです。流行らせコラ!
巨乳JCと銀髪天使四歳児と一緒にお風呂で洗いっこする話なのに汚い汚すぎる。なんだこれは……。たまげたなぁ。
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大盤解説
本作に登場する久保プロは実在しないし、別に「さばきのアーティスト」とか「粘りのアーティスト」とか呼ばれてないし、上半身に対して下半身が貧弱すぎるので初投稿です。
さて、五歳児とはいえプロなので仕事がある。
とはいえ連盟も色々配慮はしてくれているようで、正直なところ拍子抜けだ。
五歳児といえば野原しんのすけ。彼くらいのスペックは期待されてるものかと思っていたんだゾ。
割り当てられてるの、幼稚園児にもできるような仕事で、笑っちゃうんすよね。
まぁ肉体年齢はその通りだからむしろ連盟職員さんが有能なんだが。
そして久しぶりに大きな仕事が回ってきた。
今日のお仕事は二十六歳にしてタイトル挑戦という新進気鋭の生石プロと現玉将のタイトル保持者である久保プロの対局の大盤解説者。
連盟でやっている対局を、大きな盤と駒を使ってお客さんに分かりやすく解説するのだ。
普通は男女ペアでやるみたいだが、俺への配慮なのか、相方はベテランもベテラン、月光聖市プロである。
現役のA級棋士で名人位を獲得したこともある正真正銘のトッププロだ。御年三十八歳。
しかも二十代のころに病気のせいで失明してなおこれだというのだから鬼才との評価を得ているらしい。ソースは2ちゃんねるの将棋板。
「月光先生。今日はよろしくお願いします」
「はい。こちらこそよろしくお願いします。八王子四段」
(イケメンだなあ)
若すぎる年齢でプロになった俺に対しての隔意も態度からは窺えない。
『マスターの方がイケメンですよ』
(俺はむしろプリティフェイスだろ。まだ五歳児だぞ)
『池沼メンタルの略ですよ』
(泣くよ?)
あんま否定できないの悔しいねんな。
まあ内輪でのみ通じる冗談で言ってるのはわかってるけど。
「鞨鼓林先生もよろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします、八王子四段」
目が見えない月光プロの代わりに大盤の駒を動かす役は鞨鼓林すゞ女流四段。御年五十五歳。俺へのフォローも兼ねてということなのか、こちらもなかなかのベテランだ。
というかこれ俺要らなくね。
『何をおっしゃる。マスターこそが本日の主役でしょうに』
(主役っつーか客寄せパンダ?)
今日の大盤解説は関西将棋会館で行われる。で、勿論無料ではない。お客さんは入場料を払って見に来ているし、俺にはお給金が発生する。だから、というわけではないがやるからにはちゃんとお金に見あった働きをしなければ。
しかもニュースでわりと報道された俺が解説をやると聞いてか、立ち見も発生するほどの大入りなのである。
――とまぁ、そんな風に意気込んだものの、仕事自体はなにも問題なくスムーズに進んでいった。いや、問題がないということはうまく行ったということだからそれでいいんだが。
(初めてだしそれなりに緊張してたんだがな)
『まあマスターは別に人見知りでも口下手でもありませんしね。余計なことさえ言わなければ無難にそつなくこなせるでしょう』
(余計なことってなんだ余計なことって)
お客さんも好意的だし月光プロは的確な解説を、鞨鼓林女流四段は丁寧にフォローしてくれるし、しゃべる内容はアイが手伝ってくれている。指示棒を使っても大盤の上の方まで届かないため、踏み台に乗っていることだけちょっと恥ずかしいが、まぁ仕方ないね。
そんなこんなで対局も進み、中盤を越えてやや混沌としてきている。
そして、ここで生石プロから鋭い一手が出た。いわゆる勝負手と言われるような、局面が大きく変わる手だ。
月光プロは顎に手を当てて感心したような声を上げた。
「うーん、この一手は激痛ですね……パッと見、受けが無さそうですが……」
「これはまた、惚れ惚れするような鋭い捌きですね」
二人が零した言葉にお客さんも大盛り上がりである。
なんとなくお客さんの反応を見て気づいたが、どうも人気があるのは若手の振り飛車党である生石プロのようで、久保プロを応援してるお客さんはあまりいない。
俺は好きなんだけどな、久保プロ。棋士とは思えないボディービルダーのようなムキムキの上半身をピッチピチのスーツに包んで正座してる姿は、いまにもボタンが弾き飛ばないか見ててハラハラする。ちなみになぜか下半身はあまり鍛えていないような見た目であることも高ポイントである。多分足の筋肉つけすぎると正座が辛くなるからだな間違いない。
『いえ、大悪手ですよこれ。次に
俺がどうでもいいことを考えていると、唐突なアイの言葉で現実に引き戻された。
マジ?俺には9六桂はただ捨てにしか見えないんだが。てか三十三って長くない?
「これははっきり生石六段の勝勢ですかね。八王子四段はどう見ますか?」
(あー、これ言っていいのか?面子潰したことになったりしない?)
『大丈夫では。この程度で潰れる面子もないでしょう』
不安だ……だがまあ、アイが言う以上詰んでるんだし、ここで気づいたのに言わないのは不自然か。
「あーいえ、詰んでますね、これ」
「詰みですか。確かに生石六段はかなり指しやすくなるとは思いますが……」
「そっちではなく生石プロの玉に詰みがあります」
『手順言いますね。△9六桂▲7七玉△8八銀▲6八玉△7七香……』
「ええと、後手9六桂以下先手7七玉……」
アイの言うまま手順を口にしていく。
鞨鼓林さんは怪訝そうに大盤の駒を動かし……さすがトッププロ。すぐに月光プロが大きくうなずいた。
詰みがあると知らされれば、三十手超の詰み手順でも瞬時に見つけてしまうらしい。
「驚きました……確かに詰んでいます。持ち駒までぴったりの三十三手詰めですね」
「『王様がぬるぬる逃げますけど変化手順も△7九銀成に▲同金は△同飛成▲同玉△8八銀▲6九玉に△6八香が気持ちいい捨て駒ですね』」
月光プロは頷いて感心しているし、お客さんもざわざわしてる。ちらほら称賛の声も聞こえてくる。
(おーアイ、褒められてるぞ)
『ワタシならこんな局面になる前に詰ましますけどね』
(可愛くないなあ)
声に喜色が滲んでるの指摘したい……指摘したくない?
段位とか棋譜とかは適当なのでクレームは受け付けません。
Q:段位とか棋譜ってなんなんですか?
A:ぜんぜんわからない。俺たちは雰囲気で小説を書いている
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決着と
詰み手筋が披露され、盤上がその通りに進行している。
大盤解説会場は一種異様な雰囲気だった。
「ありゃ……」
しかし、そのまま終わることはなかった。盤面に変化が起こり、お客さんもざわざわしている。
鞨鼓林さんから後手の久保プロの手が月光プロに伝えられる。
「
先ほどアイが読んだ手とは違う手順。
俺の頭の中でアイがつぶやくのと、月光プロがその言葉を発したのは同時だった。
『詰みを逃しましたね』
「詰みませんね」
「そうですね、詰みを逃しました」
俺には判断できん。なのでアイの言葉を伝えるだけだ。
「▲同金△同飛成▲同玉に△4九竜ときて、ここで▲6八玉で逃げられます。もう捕まりません」
(マジ? ぱっと見△6七香とかで詰みそうだけど)
『▲同玉△7八銀▲7七玉で危なそうに見えますが詰みはありませんよ』
「△6七香でも▲同玉△7八銀▲7七玉で危なそうに見えますが詰みはありません」
(うーんそうなのか……あれ。てことはこれ、逆転?)
『はい。逃がした上にこれで後手の持ち駒が金二枚と歩が三枚です。詰みましたね。手順は……』
(ちょい待ちちょい待ち! えっと)
「えーと、そしてこれ逆に後手が詰みましたね。次に▲4二飛から△6二金▲同成桂△同銀▲8三銀△同玉▲9三金△同桂▲同歩成△同玉▲9五香…………」
(長い長い! これマジで詰んでるの?)
『もちろん。一直線ですよ』
「これは……9七の歩が邪魔して合駒が」
「▲9五香に対して歩で受けられないので9四に桂合いになりますが、そこで手に入れる桂で6四からの玉逃げを仕留められますね。▲4二飛に対しての△6二金での合駒も他に駒がないとはいえ辛い。結果的には寄せのミスで大逆転ですか」
複雑すぎて頭おかしなるで。
これもうわかんねぇな。
「……なるほど。△9四桂からはまっすぐ追い詰めるだけですね。▲同香△同玉▲9五歩△同玉▲8六銀△9四玉▲9五香△8三玉▲9二角に△7三玉は、▲6五桂△6四玉▲5六桂△5五玉▲4六金で詰み。桂が足りている。4二飛の効きもいい」
「▲9二角に△8二玉なら▲8三金で終わりです。△7一玉には▲8一角成△同玉▲9二香成で詰みですね」
呪文を唱える俺も大変だし、忙しなく大盤の駒を動かす鞨鼓林さんも大変だし、情報量でぶん殴られるお客さんも大変だ。
この中で唯一アイの思考についていけている盲目の月光プロ凄すぎでは?
(ってか、解説なんだからお客さんほったらかしはまずいでしょ)
『む、分かりました。ではわかりやすく解説いたしますのでスピーカーになってください』
(おかのした)
そこからはもう完全に俺はアイの口になった。
顔を見てみたい。
光を失ってから、そう思ったのは初めてだった。
病気で失明するまでは普通に見えていたから、今でも対局者の、プロ棋士の顔は覚えている。もう十年ほども経ち、老けた人もいるだろうけれど、想像はできる。
新しく四段となりプロ入りした子だって、奨励会で頑張っているときに見かけていたから、顔はわかる。
女流棋士だって、ほとんどの人と顔を合わせたことくらいはあった。
だから私は、対局するとき、会話をするとき――相手の顔を思い浮かべるまでもなく、その人の顔が浮かぶ。あるいは、将棋を見に来てくれるお客さんのように初めて話す人だって、声の調子なんかでなんとなく顔は想像できる。
「月光先生。今日はよろしくお願いします」
光の速さでプロになった彼、八王子帝を除いては。
(のっぺらぼうのよう、と言ったらさすがに失礼かな)
彼の顔は、声を聞いても想像できなかった。墨で黒く塗りつぶされたように、なぜか。
大盤解説を頼まれたのは驚いた。
失明してからは、そういった仕事を割り当てられることもなかったし、自分からやりたいと望むこともなかった。自分でも、人前で何かをするよりは自宅で詰将棋でも作っている方が楽しかったから、ありがたかったけれど。
八王子四段の補佐をしてほしいと聞いて納得した。
私なら八王子四段になにか不慮の事態が起こっても単独で解説は問題ないし、目の見えない私の補助という形で自然に一人人員を追加できる。女流棋士の中でもベテランの鞨鼓林女流四段が私の補助――あるいは聞き手役になるとのことだった。
連盟も金の卵の八王子四段のことは大事にしたいようで、いつもの大盤解説から考えるとすこし過剰なほどに打ち合わせを行った。
いや、これは勘ぐり過ぎか。単に解説が初めての、僅か五歳の少年に配慮しただけだろう。
そう、五歳。彼はまだ五歳なのだ。
私が五歳の頃は――ちょうど初めて将棋に出会った頃だったか。
時代が変わった、というよりは彼が特異なだけだろうけれど。
しかし、話してみて驚いたが、八王子四段はまったく五歳児らしからぬ少年だった。言葉遣いや話す内容、場の雰囲気を読む力。
目が見えないせいもあるかもしれないが、少なくとも私は彼と話していて、自分と同年代の男性と話している気分になった。
皆が口裏を合わせて私を騙そうとしているのではないか、などと突拍子もないことを考えてしまうほどには。
そして、大盤解説が始まってからはその思いはより顕著になった。
彼はまず、まったく物怖じしなかった。
過去に類を見ないほどに会場に詰めかけたお客さんは普段より広いスペースを用意していたのに収容しきれず立ち見の人も多い。
史上最年少のプロの話題性は凄まじい。
ちなみに失明してから初めてこういった場に立つ私を見に来たと言ってくれるファンもいた。なかなかイベントに出てくれないから追っかけるのが難しい、と嬉しいことも。
その子がまだ十歳くらいの小学生の女の子だったことには驚いたけれど。
ともかく、それだけの人を前に様子は特に変わりなかった。
さらに、会話も上手だった。
大盤解説はひたすら対局の解説だけをするわけではなく、棋士の裏話だったりを会話のネタとして提供したりもする。
特に今回は注目の八王子四段が解説するとあって、対局者の久保くんと生石くんほどではないけれど、彼に関する質問にやや比重を傾けた。
それを彼は時に真面目に、時にユーモラスに、お客さんを飽きさせない話術でもって回答していった。
やや言葉が少ないと自認する身では、見習わなくてはと思うほど。
そして何より。
彼の読みの速さと精度は人間離れしていた。
お客さんと会話をし、私と雑談をし、そんな中で一手指された次の瞬間には、すでにその手の評価を下す。
そしてその評価が、読めば読むほど、局面が進むほど、正確であると思い知らされる。
とはいえ、序盤、中盤はその速さに私もついていくことができていた。
完全に突き放されたのは、生石くんの勝負手。
それを私は一目見て「好手」と評価した。
久保くんに受けがなく、局面が傾く手。
それを彼は一目見て「悪手」と評価した。
攻め気に逸り、自玉の詰みを見逃す手。
言われてみれば、言われるがまま詰み筋を追えば、生石くんが勝負手として捌いた角の利きが自玉の詰みを消していた。
角を捌いたことで、確かに詰んでいる。長手数で難解だが、言われれば確かに――詰んでいる。
その後、久保くんは八王子四段が読んだ通りの手を放った。
しかし、私にはそれが詰みを読んだが故のものではなく、ただ生石くんの勝負手の激痛から逃れるために強引にあがいているだけであることが分かった。
単に、王を追い詰める手順が、それであっただけのこと。
案の定、久保くんは一手間違い。そのまま盤面はひっくり返った。
いや、彼らにしてみればそれは盤面がひっくり返ったのではなく、悪あがきが終わっただけのことなのだ。生石くんも久保くんも、詰みがあったことには気づいていないだろう。
大盤解説の終了後、私は八王子四段に声をかけた。
「八王子四段。見事な読みでしたね。大盤解説お疲れさまでした」
「こちらこそお疲れさまでした。今日はありがとうございました」
そして。
「月光プロも噂に勝る読みでした。ぜひ対局したいですね」
その時初めて、私は彼の顔がぼんやりと見えた。
笑う、口元だけ。
月光プロのファンの小4女児はこのあと中学生1年生で女流棋士になりますが、実は月光お兄さんはこの子を産まれたときに抱いたことがあります。
月光お兄さんもロリコンだった……?
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知らない天井
18連勤うち車中泊含む2徹3回は流石にきついゾ~これ。僕はヨツンヴァインになって国に忠誠を誓った犬なので耐えるけど。でもついに明日自宅待機してねって言われて嬉しいので初投稿です。
知らない天井……ではないな。
よく見た真っ白な、病院の天井だ。
『すみません、マスター……』
…………。
なんだっけ、なんか記憶がぼんやりしてる。ずいぶん時間がたってしまったような……。
『マスターは2日前、指し初め式で……』
ああ。アイの声で意識がはっきりしてきた。
(いいってことよ! んなこともあらぁな!)
そうだそうだ、思い出した。
新年の指し初め式。関西所属の棋士が大集合したそこで、俺は倒れたのだった。
石を投げれば当たるくらいそこら中にプロ棋士がいて、よりどりみどりなもんだから珍しくアイのテンションが上がって、最終的に五面指しくらいになって……そこで倒れたわけだ。
『自己制御できないなど……不甲斐なく。合わせる顔もありません』
お前顔ないしなHAHAHA。
とか言ったら流石に可哀想なのでやめておこう。
(いーっていーって。俺も楽しかったし、まあたまには馬鹿やるのもいいもんだろ)
実際には将棋を指すことそのものではなく、楽しそうなアイを見るのが楽しかったわけだが。
(しかしまあ、心配はかけちゃったかな)
病室のベッドの脇に置いてあるもろもろを見るに、新年早々いろんな人に迷惑をかけてしまったかもな。
……っと、おや。
布団のなかになんか温かい生き物がいるぞ。
『その
(森のおやつ呼びはやめて差し上げろ)
『プロ棋士との対局に比べたら実質おやつですよ』
(GNKちゃん可哀想)
まあいいか。
(まだちょっと眠いんでもう一眠りするわ。喉乾かない?)
『サッー!(迫真)』
(アリガトナス!)
うしうし、アイもそれなりに持ち直したかな。
んじゃ寝まーす。
おやすみ。
俺の主観的には大したことのなかった久々の昏倒だったが、世間的にはちょっとしたニュースになってしまった。
というのも、指し初め式にはたくさん人がいたし、取材も来てたもんで、人の口に戸は立てられないというか。
でもって俺が小学校入学前の年齢ってことで将棋連盟が無理をさせすぎなんじゃないか、みたいな風潮がね。
流石にこれで連盟が非難されるのは許容できなかったので、正式に俺の今までの経過について発表した。生まれたときから原因不明の難病でたびたび昏倒していること、普段は極めて健康なこと、ここ一年間以上は発生していなかったこと、などなどをデータ付きで。
あとは改めて別の医者の診察を受けて明石先生の診断が間違っていないことのセカンドオピニオンを受けたり。
まあこの時代はそこまで児童労働に厳しくもないし、すぐにメディアも沈静化した。
なんせこの時代、まだブラック企業なんて言葉は浸透していない。むしろ企業戦士とかモーレツ社員とかプラスイメージもあったくらいな。
実際子役業だけで考えても演劇子役に比べりゃよっぽど楽な仕事だしな。
普段から勉強してる棋士なら大変だろうけど、俺の場合はそこらへん全部アイ任せなのでズルズルのズルである。
しかしながら、まあ当面の間大盤解説や指導対局とかの露出は控えるようにと連盟からお達しが出てしまった。
また暇になっちまったなあ、と思ったが、そこでうれしいお誘いがあった。
研究会のお誘いである。
これは、アイの実力が認められた的なあれでおじゃるな?
いろんな人からお誘いがあるのだが、その中でも一番最初にお呼びをかけてくれたのが、この人。
「蔵王ニキオッスオッス!」
「おう、よう来たなミカ坊」
蔵王達雄九段である。すでに七十近い年齢にも関わらずいまだ現役棋士の凄い爺さんだ。初回の訪問時に敬語とか取っ払うように言われ、今ではかなりフランクな付き合いをしてる。めっちゃいい人だよはっきりわかんだね。
「お? 今日はいつものちっこい彼女はいないんか?」
「その
こういうオヤジっぽいところがなきゃもっといいんだがなぁ。若々しいと言えば聞こえはいいが……。
『彼女とか、いらっしゃらないんですか?』
(え、そんなん関係ないでしょ(正論))
むしろ小学生にもなっていないのにそんなんいたら性癖壊れちゃ~う!
インピオは、いいぞ。
『…………』
オヤジはお前だろ小学生という副音声が聞こえる。幻聴?そっすか……。
ちなみにいつもの訪問は俺と師匠とGNK兄貴姉貴の3人で来るが、今日はGNKちゃん病院なので俺と師匠だけだ。
兄貴でもないし姉貴でもない、なんなら妹なんだが兄貴姉貴とはいったい……?
これは大宇宙の真理に迫る難問だな……。
「とりあえず上がれや。今日は聖一も来てる」
「マジ卍?」
(TKMTニキ来てるのか。良かったな、アイ)
『ふん……多少は楽しませてくれそうだな』
(噛ませ感しゅごい)
「おう鋼介、お前もはよ上がれや」
「月光ニキオッスオッス!」
「こんにちは、帝くん」
室内で先に将棋盤の準備をしていたのはこないだ大盤解説でもお世話になった月光プロだ。
なんでもZOUニキが昔から面倒を見てたとかで関わりも深い。うちの師匠とも知り合いだし。
というか、TKMTニキは
だから俺にとっては師匠が父親なら、TKMTニキは叔父さんで、ZOUニキは祖父の兄さんってところ。
ZOUニキもTKMTニキも神的にいい人だからマジ助かる助かる。
人としての器がお太い。
それはそれとして。
「2六歩」
「……8四歩」
「2五歩」
「8五歩」
目隠し将棋吹っ掛けるんじゃい!
(アイ、あとは任せた。なんとかしろ)
『はぁ。では7八金』
「7八金」
「3二金」
TKMTニキは目が見えないので常に脳内将棋。だからこんな突然の吹っ掛けにもすぐに対応できますできます。
そしてこうやって構ってあげないと、盲目なのに将棋盤の準備とか部屋の掃除とかしだすから放っておけないんすよねぇ。
この構ってちゃんめ!
俺はアイの指す手を口にしながら、さっきまでTKMTニキがやっていた将棋盤の準備を引き継ぐ。
「うし、んじゃわしらも一局指そか、鋼介」
さあ将棋祭りの開催や。みんなで新手まみれになろうや。
自分の将棋に老いを感じ始めたのはいつだろうか。
還暦を超えた辺りだったか。順位戦でBクラスに落ちた時か。それともタイトルを手放したあの時か。
経験は力だ。
だが、それを上回るのが、才能。
そして、その極みみたいな奴が現れた。
あの眼鏡坊主は彗星のように現れ、七冠なんていうとんでもない記録を打ち立てた。
時代が移り変わる風を感じたものだ。
だが、ああ、だがしかし。
長生きはしてみるものだ。
もっととんでもねぇ輝きを放つ小さな太陽は、常識なんてものを蹴飛ばして、目の前に突然現れやがる。
小学生にもなってないガキが三段リーグの編入試験を受けると聞いて、耳を疑った。
そいつがアマ名人戦で優勝したことで受験資格が発生したが、年齢を理由に事前に審査を行い、そこで現役Bクラスのタイトル挑戦歴もあるプロが手も足も出ずに負けたと聞いて、俺を担ぐための冗談だと思った。
そして、実際に目にして、対局して、俺は自分がボケていたことに気がついた。
ナニワの
対局は、負けた。何もいいところなく、相手の手の意味を理解することもできなかった。研究だとか定跡だとか、そういうもんに拘る輩を嘲笑うような、過去を否定するような――まったく新しい将棋だった。
だが、不快ではなかった。
なんにも色づいていない、まっさらな白い雪を想起させられるような。
いや、どこまでも透き通るガラスかもしれない。
あるいはその先にいるのは自分を写し出す鏡か。
自分が初めて将棋に出会ったときのことを思い出した。
初めて格上のライバルに勝った時を思い出した。
将棋の楽しさを、思い出した。
そのうちに、A級から落ちて以降、最近いいところのなかった鋼介が勝ちだしたと聞いた。
棋士って言うのは不思議な生き物で、将棋以外のことで忙しくなったり生活が変化すると勝ちだしたりする。
例えば、結婚や出産だったり、弟子をとったり。
だから鋼介も、あの鬼のように強いガキを弟子に取ったことで弾みがついているのかと思った。
棋譜を見て、悟る。
違う、そんな話ではない。将棋が若返っている。いや、若返っているというのも適切な言い方ではないだろう。
鋼鉄流とも呼ばれる強靭な受け将棋。その将棋が、棋風が、変わっている。
変化は僅かだ。
長年鋼介の将棋を見てきた自分だからこそ気づく違和感。
そうしてわしは、電話を手にした。
年甲斐もなく、わくわくしながら。
んじゃ、たぶんしばらくベッドから起き上がれないので失踪しますね……。
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