食生活わるわるVライバーに毎日寮で賄いを作る話 (冬野ロクジ)
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有り合わせペペロンチーノ

 佐々木温、二十五歳。

 仕事は料理、すこやか荘賄い。

 誰にも言えない秘密あり──

 

 

 

 

「ここが新しい職場かぁ」

 

 季節は十月。

 ようやく残っていた夏の暑さが涼しさに変わり始めた秋色の朝。

 私はスーツケースを引いて郊外にある五階建ての建物にやってきていた。

 

 周囲を覆う壁に刻まれた名はすこやか荘。

 今や世界的大事業とも言えるVライバー事業のトップを走る企業、『ファンタズム・ライブ』の社員寮だ。

 

 元々小さなホテルだったのを改造して作ったアパートだとか。中には小さな温泉もあるらしい。

 これをまるまる社員寮にする辺り、工藤幻夜さん──ライブ・イリュージョン社長の懐は計り知れない。

 

 そして、私は今日からここで住み込みの賄いとして働くことになっている。

 要は朝晩のご飯を作る仕事だ。

 

 残業手当あり。

 福利厚生もしっかり。

 寮の一室も貸してくれる。

 

 働いていた食事処が潰れてあわや無職となりかけていた私を拾ってくれた社長さんには、感謝しても仕切れない。

 

 それに、だ。

 このアパートはただの社員寮ではない。

 なんと、Vライバーたちが住む専用社員寮なのだ!!!

 

 ライバー同士の距離が近いことで有名なライブ・イリュージョン。

 その一端を担っているのがここ、すこやか荘だ。

 

 そしてここにはなんと!

 私の推しも住んでいる! らしい!!!

 

「ここにウミナちゃんが……。

 ここでの私はただの賄い。料理人。リスナーとして仕事とプライベートの分別はしっかりしないと」

 

 活動する推しに会える。

 それだけで私の胸は高鳴ってしまう。

 

 何の因果か男だった私が交通事故で命を落とし、TS転生という形で生まれ変わって早二十五年。

 料理以外に何の趣味もなかった私に初めてできた推しがここにいるのだ。

 

 推しには美味しいものをめいっぱい食べてもらいたい。

 それが自分の手で叶えられるかもしれないなんて、一ファンとしてこんなにも嬉しいことはない。

 

 私みたいな表情筋が硬い女が会っていいのかという疑問はあるけれど。

 

「よし、しっかり頑張ろ。

 ……ところで、迎えの人はまだなのかな」

 

 今日案内してくれるのは、社長さん曰く一推しの人材だとか。

 けれど、セキュリティのかかった自動扉の向こうにはポストが並ぶぐらいで、それらしき人は見えない。

 

「もうちょっと待ってみようかな。保冷剤もまだ保つだろうし」

 

 ちらりと左手に提げたビニール袋に目を向ける。

 中に入っているのは、すこやか荘の最寄りスーパーで買った剥きエビ。

 よく使うことになるだろう場所の品揃えチェックのつもりだったけど安売りしていたのでついつい買っちゃった。

 

 後でバター醤油味に炒めて食べよっと。

 あの噛むたびにプリッと弾ける甘辛い味がたまらないんだぁ。

 そんなことを考えながら、空いてる右手でスマホをいじる。

 

「あれ、ウミナちゃんまだ配信やってるんだ。

 朝見た時は今日は早めに終わるって言ってたのに」

 

 人間離れしたエメラルドの長い髪と愛らしくも整った顔つき。

 最近気になっている顔が覗くサムネイルが目に入ってくるのに、そう時間はかからなかった。

 

 海原ウミナ。

 最近活動し始めた企業所属の新人Vライバーだ。

 ずっと海で過ごしていて、人間の社会を勉強するためにやってきたらしい。

 

 実際世間知らずなところも多く見られ、通称『海のポンコツ』として早くも先輩や同期にからかわれている。

 その反応がまた可愛いし『てぇてぇ』んだけど。

 

 ちなみにVライバーとは実際の自分の身体ではなく、二次元に作った仮初の身体を用いて動画配信サイトで活躍する人たちだ。

 だからウミナちゃんも実際は人魚ではなく、現実に存在する人間の女の子──なんだけど、それを口にするのは野暮なことである。

 

『うーみーはーひろいーなー、おおきーいーなー……♪』

 

 配信に入った途端に聞こえてきたのは哀愁漂う歌声だった。

 画面越しでも分かる透明感溢れる声を遺憾なく無駄遣い、彼女は今悲しみを歌っていた。

 

 ゲーム画面には四角いテクスチャの世界が広がっている。

 コメントの流れを見るに、どうやらうっかり海底神殿に侵入して所持アイテム全ロストしたらしい。南無三。

 

『人魚ぞ……我人魚ぞ……?

 わたしが住んでた海にはこんなのいなかったのに……』

 

 普段は恥ずかしがる人魚語という名の方言も自重していない。

 時折出てくる地元トークも彼女の魅力の一つだった。

 

 と、コメントがにわかに盛り上がる。

 同じライブ・イリュージョン所属のVライバー、羽田はぴちゃんがコメ欄に現れたからだ。

 ウミナちゃんとは同時期にデビューした子で、一ヶ月足らずにも関わらず仲良しエピソードがよく聞こえてくる。

 

“うーみん、予定は大丈夫なの?”

『はぴちゃん? ってあれ、今の時間って──』

 

 赤い瞳がちらりと動く。

 その瞬間、彼女の顔が固まった。

 瞬きをしているから機材の不調ではない。

 

 視聴者全員が何かを察したその瞬間。

 

『あぁああああああああああああああああ!』

「──っ!」

 

 音圧のある綺麗な絶叫が耳を貫いた。

 “鼓膜ないなった”、“鼓膜転生した”、“鼓膜無双し始めた”、“なろう系鼓膜やめろ”。

 そんなコメント欄そっちのけで当の本人は大慌ての様子だった。

 

『どうしようどうしよう、すっかり忘れてた……!

 と、とりあえず急ぎ準備しないといけないので配信はここで終わります!

 お魚さんたち、今日も来てくれてありがと!

 おつちゃぽーん!』

 

 慌ただしく挨拶を終えて、ライブストリームがオフラインになる。

 

 ん? え?

 もしかして用事って……。

 それ私大丈夫? 死なない?

 

「……なんて、まさかね」

 

 タイミングが重なっただけだよね、そうだよね。

 そんなことを考えていると、自動ドアが電子音を立てて開いた。

 あ、来たかな?

 

「あの、賄いさんですか!? ってわ、綺麗な人……」

 

 それは、透き通るような清流のような声だった。

 自動ドアに半分身体を隠しながらこちらを見ていたのは、メガネをかけて今風の格好に身を包んだ女の子。

 身長は私より十センチぐらい低いだろうか。

 上目遣いになった目元の泣き黒子が可愛らしい。

 

「そう、ですけど」

「遅れてすみません、ほんっとうにすみません!」

 

 ぺこりと頭を下げるとポニーテールがぴょこりと揺れる。

 私はその姿に目を離せなかった。

 そのすれ違えば誰もが振り返るような美貌のせい、だけではない。

 

 え、いや、え?

 確かに本当に会えたらいいなとは思っていたけどこれって──

 

「あの、どうかしましたか?」

 

 茫然としているこちらに疑問を覚えたのか、彼女の首がこてんと傾く。

 思いがけない出来事に混乱した私は、思わずその名前を口にした。

 

「ウミナちゃん?」

「はい、ウミナです! って、どうしてわたしの名前を知ってるんですか!?」

 

 少女の口から出てくる声。

 それは確かに先ほどまでイヤホンから流れていた人魚姫のものだったのだから。

 

 

 

 

 

 私の頭の中は今までにないレベルで混乱していた。

 だって推しとリアルで出会ったんだぞ!?

 こういう時ってどうしたらいいの!?

 

 配信を見てたときはウミナちゃん可愛い!とか叫べたけど……。

 え? え? 実際の姿もこんなに可愛いとか反則じゃない?

 

「改めまして、ウミナ・マリエルです。よろしくです!」

「佐々木温、です。よろしくお願いします」

 

 元気いっぱいにお辞儀をするウミナちゃん。

 どうやらこちらの内面は悟られていないらしい。

 

 よくやった私の表情筋。

 君がいなければ社会的地位がやばいことになるところだった。

 

「では案内させてもらいますね!

 まず最初に行ってみたい場所とかありますか?」

 

 ウミナちゃんの部屋に行ってもいいんですか!?

 ……落ち着こう。ステイ、ステイだ。

 このままだとすこやか荘に入る前に牢屋に押し込められそうだし。

 

「じゃあ私の仕事場に行きたいです。買ってきた食材を冷蔵庫にも入れたいので」

「分かりました!」

 

 案内されながらも、横目にちらりと見やる。

 リアルとVは違うっていうけど、こっちもこっちで可愛い……。

 大きな瞳にきめの細かい肌、服の上からでも分かる抜群のプロポーションとしなやかな手足。

 

 何というか、整いすぎててこの世の人じゃないみたい。

 さすがに髪の色はエメラルドじゃなくて茶色に近い黒だったけど。

 

「まさかお魚さん……リスナーの人だったなんて。まだ一ヶ月も経ってない新人なのに見てくれてありがとうございます!」

「いっ、いえいえ、いつも楽しく見させてもらってます」

「……えへへ、こっちで面と向かって褒められるとちょっと恥ずかしいですね」

 

 はにかむ彼女も可憐だぁ……。

 他のファンを差し置いて私なんかがこんないい思いをしていいのだろうか。

 

 いや、こういう仕事に就けたからこそ、ファンと仕事の区別はしっかりつけよう。

 今の私はこの寮の賄い。料理人なんだ。

 おそらく意図してサプライズしてくれただろう社長さんに感謝しつつ、私は心の中でそう誓う。

 

「ここが食事スペースで、奥に見えているのが厨房と冷蔵庫です」

 

 案内されたのは、半ばがカウンターで区切られた広めの部屋だった。

 手前側には大きめのテーブルが横たわり、部屋の端にはポットや電子レンジが置かれている。壁に埋めこまれたテレビ画面には筐体ゲーム機が繋がれていた。

 

 カウンターの奥側が厨房になっており、壁に吊るされたフライパンと業務用冷蔵庫が目についた。

 ぱっと見た感じ、どうやら調理器具は一式揃っているらしい。

 

 興味深く周囲を眺めながら横切ろうとした時、テーブルの上にポテチの袋が置かれているのに気がついた。

 ご丁寧に付箋を貼って『ウミナ らんち』とメモ書きしてある。

 

 ……ん? らんち?

 

「これは?」

「あ、それは私の今日のお昼ごはんです」

「お昼ごはんですか……お昼ごはん?」

 

 言っていることが理解できなかった。

 というか、予想の斜め上すぎて脳が言葉の理解を拒否していた。

 

 思わず目の前にいるのが推しであると忘れそうになる。

 え、お昼ごはんってあのお昼ごはん?

 

「これってお菓子だよ?」

「大丈夫ですよ。知ってますか、ポテチの原材料は芋なんです。そして芋は野菜です。ちなみにこれは神戸牛味なので、お肉も取れて一石二鳥です」

 

 いやあの、ドヤ顔で言われても困るんだけど。

 

「……冗談だよね?」

「え、違うんですか!?」

 

 あ、ダメだこれ。

 彼女、本気で言ってる……。

 

「あぁ、そっか」

 

 社長さん、なんで私を雇ってくれたのか分かったような気がします。

 Vライバーって、その関係者って、こんなにも食生活が酷いんですか。

 いや、もちろん全員が全員そうではないと思うけれど。

 

「ちょっと座って待ってて、ウミナちゃん。今から料理作るから」

「え、あの、ちょっと!」

 

 スーツケースから愛用の三角巾とスキレットを取り出して、厨房へ向かう。

 

 えっと、下の引き出しには……パスタ発見。ついでに鷹の爪ゲット。

 各種調味料が揃った冷蔵庫の中には、まだたっぷり残ったニンニクチューブも入っていた。

 よし、作るものは決まったね。

 

「じゅうぶんじゅうぶん」

 

 むしろ有り合わせにしては揃いすぎているぐらいだ。

 ついでに剥きエビも合わせれば完璧と言ってもいい。

 

「まずはっと」

 

 最初にやるのはエビの下ごしらえ。

 背わたを取って流水で洗い、キッチンペーパーの上に乗せて水気を切る。

 次はIHに乗せていたスキレットの上にオリーブオイルを垂らし、ニンニクチューブ絞って火にかける。

 

 パチパチ、パチパチ。

 油が弾けるたびに、香ばしい匂いも広がっていく。

 

「あの……怒ってます?」

「怒ってはないよ。私のやるべき仕事を再確認しただけ。ペペロンチーノは食べられる?」

「食べられますけど……一応これでも私、十九歳ですよ? 華の大学生ですよ? こんなニンニクたっぷりのパスタなんて──」

 

 ぐぅ〜きゅるるる。

 カウンターの向こうでいい音が鳴る。

 

「で、でも、作ってくれたものはいただきます。残すのは勿体無いので」

「そうしてくれると助かるな。私の精神衛生的にも」

 

 覗いてくるウミナちゃんの頬は、恥ずかしいのか朱に染まっていた。

 ニンニクに色目がついてきたら輪切りにした鷹の爪一本を油の海に投入。さらに水とコンソメを入れて混ぜ合わせる。

 沸騰したらパスタをエビと一緒に回し入れて、ぐつぐつぐつと茹でていく。

 

「あれ、パスタって鍋で茹でないんですか?」

「こうするとね、素材の旨味たっぷりの出汁がギュッとパスタの中に染みこんで美味しいんだよ」

「へぇ……なんだか料理人みたいですね!」

「料理人だからね」

 

 これでも前いたところでは厳しく教えられてきたのだ。

 

 中の水分があらかたなくなったら、くるっとスキレットの中一回転して出来上がり。

 お皿の上に盛りつけると、白い湯気がいい匂いを運んでくる。

 うん、いい出来。

 

「はい、お待ちどうさま」

 

 フォークと共にお盆に乗せ、カウンター越しに渡す。

 ごくり、とウミナちゃんが生唾を飲んだ。

 

 そのまま受け取って椅子に腰掛ける彼女だったが、何故かフォークを握ろうとはしない。

 それどころかペペロンチーノを見たまま考えこむように俯いてしまっている。

 

 どうしたんだろう。

 

「食べるところ、見ててもらえますか」

「……もしかしてそういう趣味?」

「ちがっ、そうじゃなくて! 初対面の人に言うことじゃないと思うんですけど」

 

 確かに初対面で食事見られフェチをカミングアウトされると困るな。

 

「真面目に聞いてます?」

「聞いてる聞いてる」

 

 頷くと、彼女は自分の身体を抱きしめるように腕を組んで話し始めた。

 

「一人で食べるのって、あんまり好きじゃないんです。ほら、料理ってみんなと食べたらもっと美味しいじゃないですか」

「うん」

「それと比べてお菓子って手軽だし、美味しいしで一人でいる時はそれでいいかなって思うんですけど」

「ダメだよ。健康に悪い」

「うみゅみゅ……」

 

 訴えを受け入れられなかった彼女の顔がぐぬぬと歪む。

 どう思われようと、何と言われようと、賄いを任された身としてそこを譲るわけにはいかない。

 

「これからはお腹が空いたらいつでもおいで。ここには私がいるから」

「……」

 

 私の言葉に、ウミナちゃんは大きな瞳をぱちくりと動かす。

 が、すぐにからかうような笑みを浮かべた。

 

「お姉さんって臆面もなくそう言っちゃう人なんですね」

「こうやって料理を振る舞うことぐらいしかできないけどね。でも、食べてる間はずっと見ていられると思うよ」

「だ、だからそういう趣味じゃありませんって!」

 

 もう、と呆れたように頬を膨らませる彼女はようやく腕を解く。

 出来上がりから結構時間が経ったのか、目の前のパスタからは湯気が消えていた。

 

「冷えちゃったかな。温めてくるよ」

「大丈夫です」

 

 私が動くよりも早く、彼女はフォークを握ってパスタを口に運ぶ。

 

「……美味しい。美味しいですね、これ!」

 

 今までで一番自然な笑み。

 それはVライバーとして見た彼女の笑いとそっくりで。

 この子は現実世界でもウミナちゃんなんだなと、はっきりそう思えた。

 

「ごちそうさまでした!」

「お粗末さまでした」

 

 再び元気な声が響くのに、そう時間はかからなかった。

 




Vライバーものが書きたくなったので書いてみました。
続くかどうかは未定です。


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雑談という名の食レポ配信

 ウミナの配信時間は大きくわけて二種類存在している。

 夜に行われる配信と、朝の通勤時間帯にやる通称「朝活」。

 どちらも一時間から二時間前後かつおかしな時間でもないことから、ライブ・イリュージョンの中では常識人枠だろうと密かに囁かれている。

 

 今日も今日とて朝の雑談配信が行われようとしていた。

 

 

 

 

【ウミナオンステージ】今日の朝雑談は早いのです【ライブイリュージョン/海原ウミナ】

 

“鯛待”

“鯛待”

“鯛待”

 

「〜♪」

 

“!?”

“お?”

“初手おうた助かる”

“朝から耳が昇天した”

“よく聞いたらおよげたい焼きくんで草”

“草”

“草”

 

「あれっ、もう声聞こえちゃってます!?」

 

“それはもうばっちり”

“切り抜き班よろしく”

 

「えっとえっと、まずツイートしてっと。

 海の中からこんざばぁーん!

 ライブ・イリュージョン所属の人魚姫、海原ウミナです!

 今日もよろしくお願いします!」

 

“いつもより声がいい”

“人魚が天使になってる”

“何かいいことあった?”

 

「えへへ、分かりますか? 昨日はですね、とっても美味しいものを食べさせてもらったんですよ」

 

“誰に?”

“V寮だと翻弄悪魔様とか炎竜将軍、姉御とか?”

 

「あ、Vの人じゃないんです。えと、はっきりとお名前は言えないんですけれど……寮の方に新しいスタッフさんが来まして」

 

“【Vライバー寮】

 ライブ・イリュージョンが設けた生活施設。所属しているライバーの約半数がここに所属しており、日夜交流が生まれているとか何とか”

“解説ニキネキ助かる”

“ありがとう”

“これで今日も安心して眠れる”

“まだ朝だが”

 

「普段だいたいお昼にはお菓子を食べてたんですけど」

 

“今しれっとこの子すごいこと言わなかった?”

“ライリュライバーの食生活がやばいのは今に始まったことじゃないから”

“ウミナちゃんも『そっち側』だったのか……”

 

「やっぱりこれっておかしいんですか!?」

 

“お菓子だけに?”

“おかしいかおかしくないかで言うと毎日は身体に悪い”

“身体に気をつこてもろて”

 

「スタッフさん──料理を作ってくれる賄いさんなんですけど、同じように心配してくれて。

 来たばかりなのにペペロンチーノを作ってくれたんです。

 それがもうほんっとうに美味しくて! 

 ちょっと語らせてください!」

 

“どうぞどうぞ”

“とうとうライリュ直々に食生活のメスが”

“賄いさんには頑張ってほしい”

“賄いさんにかかる期待が重すぎる件について”

 

「滑らかなパスタやそれに絡まったソースも美味しかったんですけど、何より美味しかったのはぷりっとしたエビさんなんです。

 噛んだら甘さが弾けてぶわわーって広がって。

 ニンニクと唐辛子の風味と合わさって口の中がペペロンチーノの海になっちゃいました!

 あぁもう本当に、ほんっとうに美味しかったなぁ」

 

“さっき朝ごはん食べたのにお腹空いてきた”

“お昼はペペロンチーノにするか……”

“ペペロンチーノって響きえっちだよね”

 

「わたしは故郷の料理が一番好きなんですけど、昨日食べさせてもらったエビさんは同じぐらい大好きになっちゃいました。

 最近ちょっとホームシックになっちゃってたんですけど、一気に元気になりましたね!」

 

“ウミエビてぇてぇ”

“人魚が魚介食べるのって共食いでは”

“公式プロフで好きな食べ物は魚介って言ってる子だし”

“姫様に食べられることはお魚さん界隈じゃ一番の名誉だぞ”

 

「しかも、今日もまたお昼ご飯を作ってくれるんです!

 楽しみだなぁ……じゅるり」

 

“ウミナちゃんが嬉しそうでこっちも嬉しい”

“ご飯が美味しいとやる気も出るよね”

 

「そんなわけで寮に新しい人が増えた話でした!

 次のお話はですね──」

 

 

 

 

 ……用事があってこの配信を後日聞いた温。

 推しに褒められまくっているのを知って無表情で限界化するのはまた別の話。

 




海原ウミナ
配信タグ
#ウミナオンステージ
ファンアート
#マーメイキング
あれなファンアート
#サブマリン
迷ったら
#泳げウミナちゃん
ファンネーム
 お魚さん
ファンマーク
  ‍♀️

日本海生まれの人魚姫。
漁師たちから聞いていた人間界に興味を持って配信を始める。
主食はお魚とコシヒカリ。



続いてみた。
配信回ってこんな感じでいいんでしょうか。


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オカマ悪魔とふんわり卵焼き

 私、佐々木温の仕事はVライバー寮で料理を作ることだ。

 こう言えばすぐに始められそうにも聞こえるが、これが案外難しい。

 

 生活環境を整えるだけの話ではない。

 食材を買うお金の請求周りだったり、食べられないものをヒヤリングしたり。

 

 だから本格的に始まるのはもう少し先になるんだろうなぁと考えていた。

 料理を作らない日はむずむずして眠れなくなるし、自分のお金で色々買っちゃおうかなとも。

 

 そう思ってたんだけど……。

 

「まさか大量の食材が届くなんて」

 

 朝起きて食堂を覗きにきたら、テーブルの上に大きな三つの段ボールが並んでいた。

 中を開けてみればたくさんの野菜や肉、魚が詰まってるじゃありませんか。

 ついでに『佐々木温殿』と銘打たれた一通の封筒も。

 

 おそるおそる手にとって開いてみる。

 中にあったのは二枚の手紙だった。

 

『最初は来たばかりの何もない状態で賄いどころではないだろうと考える。

 そこで、こちらから一週間分の食材を送ることにした。

 自分で食べて英気を養うもよし。振る舞って交流を図るもよし。

 これからの生活において有益なことに用いてほしい。

 ライブ・イリュージョン代表取締役 工藤幻夜』

 

 うわぁ達筆ぅ……いやそうじゃなくて。

 

「社長さん、太っ腹すぎませんか?」

 

 あと私への信頼度どうなってるんです?

 絶対この人、自分で食べることはないって分かって書いてるよね。

 ここに来る前に働いていた食事処の常連さんだし、師匠に色々聞いたりしたんだろうか。

 

 それに私なんかがこんな高待遇もらっちゃって大丈夫なのかな……。

 元々いた社員さんから不満とか出ないのだろうか。

 そう思いながら二枚目の一文目に目を通す。

 

『なお他社員への根回しは既に行っているのでそちらが気に病む必要はない』

 

 アッハイソウデスカ。

 雇い主さんの手が早すぎて怖い。

 これがV界隈のトップたる手腕なのだろう。

 

 期待はメガトンヘビー級に重いけれど、こと料理に関してはばっちこいだ。

 むしろそれ以外私に自信なんてない。

 

「うん、頑張ろう。とはいえ……」

 

 周囲を見回す。

 

 平日午前の食堂はひっそりとしていた。

 少し前まで沸騰するような夏の暑さが残っていたというのに、今ではすっかり秋の涼しさが勝っている。

 

 ウミナちゃんの朝配信でも見ながら、約束したお昼ごはんの仕込みでもしていようかな。

 昨日ペペロンチーノを作ったらえらく気に入ってくれたらしく、今日もお昼ごはんを作ってほしいと言われたのだ。

 

 推しにそう言われたら断るなんて無理だが?

 海鮮が好きだって話だから、鮭のホイル焼きとあさりの味噌汁とか作っちゃおう。

 

 そう思い、頭にバンダナを巻いてキッチンに向かおうとした時。

 食堂の扉が音を立てて開かれた。

 

「え?」

「ふわぁ……アラ?」

 

 思いもしない来訪者に振り返る。

 ……え、何この長身イケメン。

 

 年齢は二十代後半ぐらい?

 先ほどシャワーを浴びたばかりなのか短髪はしっとりと濡れており、薄手のシャツからは細身ながらもがっちりした腕が覗いている。

 

 えっと、ここの人だろうし挨拶した方がいいよね。

 

「はじめまして。昨日から賄いとして新しくお世話になっている佐々木温です」

「あぁ、思い出したワ。新しい子が来るって話だったわネ。アテシは出門イビル。よろしく」

 

 え、この人が翻弄悪魔の出門さん!?

 出門さんと言えば、どっきり企画やイタズラをしかけて視聴者や参加者を楽しませていることで有名なVライバーさんだ。

 その他にも隔週ラジオをしており、堅物な炎竜将軍との小気味よいやりとりが人気でもある。というか私はそこで知った。

 

 いや確かに女性的な口調はまんま出門さんだけど、こんなにがっちりしている人だとは。

 Vとしてのビジュアルが細身だっただけにとても驚いた。

 

「『悪魔と竜の見下ろしラジオ』、面白く見させてもらってます。最近見始めた新参者ですけど」

「アラ、リスナーに貴賤も時間も関係ないワ。アナタの短い人生の時間をアテシにくれたんだかラ」

 

 ばちこんと音が出そうな勢いでウインクしてくる。

 V寮だからってある程度覚悟していたとはいえ、有名人がふらっと現れるこの環境怖すぎる。

 戦々恐々とする私の内面を知ってか知らずか、出門さんは肩をすくめた。

 

「そんなに緊張しないで。ホラ、スマイルスマイル」

「あ、すみません無表情は自前です……」

「アラアラ、そうなノ?」

 

 そうなんです。

 これまでも顔のマッサージをしたり鏡を前に練習したりと色々やってきたけれど、にこりともできなかった。

 親に心配されて病院につれていかれてもそれは変わらない。

 

 それに加えて不機嫌に見られることもあったりして、結構大変だったのだ。

 

「それがアナタなのネ。教えてくれてありがとウ」

「……」

「どうしたノ?」

「悪魔さんって裏だとこんなにいい人なんですね」

 

 いつも誰かをからかって遊んでいるイメージが強かったけど、これって営業妨害とかいうやつになるんだろうか。

 

 そう考えていると、出門さんはにんまりと人の悪い笑みを浮かべたじゃありませんか。

 あれ、藪蛇だった!?

 

「アラ、アナタもいじめられたい? 初めてだから遠慮してたんだケド」

「いえあの、そっちの趣味はないので遠慮しておきます」

 

 SかMかで言うとSだとは思う。

 多分、きっと、おそらく。

 

「言っちゃった言葉はもう呑みこめないのヨ。Vライバーっていう職業は特にネ」

「ライバーじゃありませんし……」

「ダ・メ。ということで、賄いちゃんにはさっそく料理を作ってもらおうかシラ」

 

 問答無用だ!

 い。いったいどういう無茶振りをされるんだろう。

 コロッケを一から全部作れとか、餃子一万個の刑とか……もしかしてコオロギの唐揚げを作れとか?

 

 むりむり、絶対むり!

 私虫だけはほんとダメなんです許してください!

 

「私は何を作らせられるんでしょう」

「そ・れ・は……卵焼き♡」

 

 

 

 

「もっとおかしなものを頼まれるかと思いました」

 

 食材を取り出しながらそう告げる。

 段ボールを端に寄せたテーブルに座る出門さんは、頬に手を当てながら朗らかに笑いを漏らした。

 

「そんなこと言うわけないじゃなーイ!

 料理っていうのはどれだけ雑にも、丁寧にもできるノ。

 食べられたらそれでいいって言う人もいるワ。

 だからこそ、その人の内面を見るにはこういうポピュラーな料理がちょうどいいのヨ」

 

 そうなのだろうか。そうかもしれない。

 私の師匠も、口では荒々しいけど料理を作る手は異様に丁寧だった。

 まるで割れ物を扱うように、愛しい人に触れるように。

 

 人と接するときも同じで、常連さんの誕生日や好物は覚えてよくサービスを振る舞うような人だった。

 私が師匠に師事しようと思ったのも、腕だけじゃなくそう言った人情味溢れるところにある。

 まだその足元にも及ばないけれど、自分にできることを一つ一つやっていこう。

 

「じゃあ味はこっちで整えさせてもらいますね」

 

 段ボールから取り出した卵をボウルに割ってかき混ぜる。

 その後、味付けをしようとしてはたと気づいた。

 

「卵焼きって甘いのとしょっぱいの、どっち派ですか?」

「んー、どっちも好きなのよネ。アナタが一番得意な味付けを見せてちょうだい」

 

 おおう、そう来ましたか。

 ここら辺、地域差がかなり大きい。

 何なら人が違うだけでも無限の味付けがあるといっても過言ではない料理の一つだ。

 

 悪魔さんはあんなことを言っているけれど、食べてもらうならより良い一品を出したいというのが私の心情。

 

 まず最初はほんだしとみりん、薄口醤油をボウルに入れてかき混ぜる。

 そうしたら四角いフライパン、玉子焼き機に油を敷いて、先ほど混ぜた溶き卵を三分の一ほど注ぎこむ。

 満遍なく半熟カーペットがうっすらできあがったら、そのまま箸でくるくると回して芯の完成。

 

「破らないで巻くなんて器用ねぇ……」

「師匠に何度も叩きこまれましたから」

 

 芯ができたら端に寄せ、さらに三分の一をじゅわっと投入。

 

「結構料理はされるんですか」

「昔ちょっとネ。これでもアテシ、有名な料亭の子なのヨ」

「そうだったんですか?」

 

 初耳だ。

 出門リスナーとしての歴は長くないから当然といえば当然なんだけど。

 彼は目を細めながら、懐かしむように頬杖をつく。

 

「さすがに言っちゃうと各所に身バレしちゃうシ、配信でも言ったことないんだけどネ」

「私が聞いてもいいんですかそれ」

「アラ、誰かに話すつもりナノ?」

「いやそんなつもりはないですけど」

「じゃあいいじゃなイ」

 

 そう口にした言葉には、少ししっとりしたものが混じっている気がした。

 何故料亭の子だったこの人がここにいるのか、その理由は分からない。

 でも話さないのなら詳しく聞かないでおこう。

 

「おっとっと」

 

 話していたら危うく焼きすぎるところだった。

 先ほど作った芯にまた卵色の布を巻きつけ、また油を塗って残りの溶き卵を入れる。

 今度はちょっと長めに焼いて、巻いて、さて一品完成っと。

 

 うん、焼き色もいい感じ。

 

「美味しそう。よだれ出てきちゃうワ」

「ありがとうございます。でもこれだけじゃありませんよ」

「アラアラ?」

 

 ふっふっふ、誰が一種類だけと言っただろうか。

 卵を四つに今度はお塩を入れて、同じように焼いていく。

 瞬く間にテーブルの上には二種類の卵焼きが並んだ。

 

 他にも作ろうと思えばほうれん草やにんじん、海苔やチーズといった各種アレンジができるけど、口ぶり的にシンプルなレシピの方が良さそうだったので今日はこれだけで。

 あんまり作りすぎちゃうと食べきれないしね。

 

「まさか両方出してくるなんてネ」

「どっちも自信ありますので」

「言うじゃなイ。じゃあいただこうかしラ」

 

 箸で一切れ摘んで口の中に放りこむ。

 もぐもぐと咀嚼したかと思うと、カッと目が見開かれた。

 

「何コレ!

 卵なのに肉厚でジューシー! お酒が欲しくなっちゃうワネ!

 いくらでもお腹に入っちゃうワ!」

 

 しょっぱい卵焼きはひょいひょいと口の中に消えていく。

 あっという間にお皿が空になったところで、次は甘い卵焼きに箸がつけられる。

 

「こっちは……」

 

 けれど、今度は口に入れたところで動きが止まる。

 どうしたんだろう。口に合わなかった?

 

 ちょっと不安になっていると、目が細められた。

 

「アラアラ、懐かしい味ネ。

 ふんわり甘くて、口の中で溶けちゃいそうで……いくらでも入りそうダワ。

 この味はどこかで教えてもらったノ?」

「師匠のレシピを私が改良したものですけど」

「……いい腕してるワネ、アナタ」

 

 やがてまるまる平らげた出門さんは、満足したように手を合わせた。

 

「降参ヨ。試して悪かったワネ」

「いえいえ、楽しかったです」 

 

 最初はどうなることかと思ったけれど、たまにはこういうのも悪くない。 

 大学生の頃なんかは友人によくおつまみを無茶振りされてたし。

 

 そういえば最近連絡を取ってないけど、元気でやってるかなぁ。

 

「ネェ、賄いちゃん。賄いちゃんはどうして料理人になろうと思ったの? きっかけは何かしラ」

「それは……」

 

 思いがけない質問に、一瞬言葉が詰まる。

 

「あぁ、ごめんなさいネ、言いづらい話ならいいのヨ」

「いえ、大丈夫です。そういうんじゃないんで」

 

 これは私の話ではない。

 正確には今の私の話ではないというべきか。

 今はもうだいぶ薄れている中で、けれど鮮明に思い出せる記憶の一ページ。

 

 思い出そうとすればするほどに懐かしさで胸が締め付けられる、ただそれだけのことなのだ。

 

「あんまり笑わない母に笑ってほしかったんです。母はずっと仕事が忙しそうで、むっつりした人で。でもどうにか笑顔にしたくて、幼い頭で精一杯考えた方法が料理なんです」

「素敵な理由ネ」

「そうですか? 自分では結構不純だなと思ってたんですけど」

「アテシだって同じようなものだもノ。最初はVライバーになりたいとは思ってなかったのヨ。最終的にエンタメの手段としてここに落ち着いたけどネ」

 

 そうだったんだ。

 ライバーの人生って波乱万丈な人が多いイメージだけど、この人も色々苦労してきたんだろうか。

 

「お母様は笑わせられた?」

「一度だけ。最高に嬉しかったです」

「……そう。良かったわね」

 

 それ以来誰かを笑顔にする喜びが忘れられなくて、今もこうして料理を振る舞っている。

 かつての自分に未練はない。

 けれどあの時に胸を震わせた感動が、今日も私を調理場に立たせている。

 

 それに今は──

 

「佐々木さん、こんにちはー……ってあれ、イビルさん!? この時間に起きてるなんて珍しいですね」

「アラ、ウミちゃんおはヨ。もうこんにちはかしラ。今日も元気ネ」

「えへへ、ありがとうございます! 元気いっぱいです!」

 

 ウミナちゃんが元気にやってくる。可愛い。

 今日は髪をお団子にして、動きやすいジャケットとズボンに身を包んでいた。可愛い。

 表で出門さんと絡んだことはなかったけど、寮だとこんな感じなんだなぁ。年の離れた兄妹みたい。可愛い。

 

 ってあぁっ、朝雑談見忘れた!

 せっかく生配信で見るチャンスだったのに!

 後でアーカイブ見よ……。

 

「いらっしゃい、ウミナちゃん。予定の時間より早かったね」

「楽しみで楽しみで、いてもたってもいられなくて来ちゃいました!」

 

 え、嘘。それだけ気にいってくれたとか感動ものじゃない?

 私死ぬの? 料理作って死ぬの?

 まぁそれなら本望かな!

 

「アラ、アラアラアラアラ?」

「な、なんですか」

 

 急に私の顔を見てきたと思ったらニヤニヤして。

 

「表情がなかなか動かない子だからちょっと心配していたけれど、いいカオするじゃなイ」

「イビルさん、温さんの表情が分かるんですか!?」

「ちょっとだけヨ。よぉく見れば分かるかもネ」

「よぉく……」

 

 ずいっと顔を近づけられる。

 

 いや近い近い近い!

 いい匂いするし肌きめ細かいしまつ毛長いし!

 私を昇天させる生物兵器かこの子!?

 

「アッハハ、やぁっぱり!」

「うみゅみゅ……あ、眉がちょこっと下がってます!」

「それだけかしラ?」

「もっと何かあるんですか?」

 

 出門さん分かってやってますよね!?

 視線を交わすも、彼はただただ楽しそうに眺めているだけだった。

 鬼! 悪魔!

 

 ウミナちゃんのこういう無防備というか距離感が近いところは心臓に悪い。

 

 散々私の心を引っ掻き回した出門さんは、大きなあくびをしながら食堂を去っていった。

 また来るワ、と最後に言いながら。

 

 それはいいですが、ウミナちゃんをけしかけてくるのは勘弁してください……。

 瞳を覗きこんでくる推しから顔を遠ざけながら、私は激しく高鳴る心臓とともにそう思うのだった。




感想、評価ありがとうございます。
とても励みになってます。
これからも週一投稿になると思いますが、応援していただけると嬉しいです。

作者は卵焼きといえばしょっぱい派です。





V寮住み分け
一、二階:男性ライバー、スタッフや他ライバーの宿泊所
三、四、五階:女性ライバー

施設
お風呂、シャワールーム、コインランドリー、食堂、簡易スタジオ。
社長の思いつきやスタッフ、ライバーの要望でたまに新規施設が生えます。


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楽しい歌枠とカツオのたたき

 少女は歌が好きだった。

 幼少期は暇さえあれば歌い、中学生の頃になるとお小遣いでカラオケに何度も出入りするほどに。

 

 歌うのは楽しい。

 だから歌う。

 

 それは、少女が海原ウミナになっても変わらなかった。

 ただひとつ、いつも一人ぼっちだったコンサートに聴衆ができたこと以外は。

 

 

 

【歌枠】秋の夜長に一曲、どうですか?【ライブイリュージョン/海原ウミナ】

 

“鯛待”

“いつもより早い時間じゃん”

“歌枠きちゃ!”

 

「いえーい、皆さんこんざばぁーん!

 ライブイリュージョン所属の海原ウミナ、参上でーす!

 今日は提出物が終わったので、自分へのご褒美に思いっきり歌っちゃいます!」

 

“いえーい”

“人魚姫の歌枠助かる”

“今日は一人?”

 

「帰りにふらっと歌いたくなったのでぼっちです。あ、でも今度……あ、これ言っちゃっていいのかな?」

 

“お?”

“なんだなんだ”

 

「えっと、大丈夫かどうか分かんないのでちょっと保留で! 天ぷら的にとりあえずマネージャーさんに聞いてみます!」

 

“天ぷら?

“コンプライアンスでしょ”

“天ぷらとコンプラの間違えは草”

 

「あ、え、えっと、もちろん知ってましたよ!?

 天ぷらとコンプライアンスって似てるなと思ってたのがつい口に出ちゃっただけで。だからしっかり知ってます。知ってるんです。本当ですよ?」

 

“嘘だゾ、絶対”

“ほんとでござるかぁ?”

 

「歌う前にまろ食べます!!!」

 

“草”

“はい”

“はいじゃないが”

 

『ここ数日調子が良さそうだけどなんか始めたりした?』

「パッと思いつくのは賄いさんの料理ですね!

 ここ数日で栄養たっぷりのご飯を作ってもらえて、声の調子もお肌もよくなってきてるような気がします。

 思い込んでるだけかもですけど」

 

“ライバー、食生活より配信を取りがち”

“コンビニ弁当でもまともな気がしてくるの怖い……怖くない?”

 

「後、今まで以上に寮で他ライバーさんたちと話すことが多くなったかもです。

 前もご飯に連れて行ってくれたり、お話してはいたんですけど、皆さん作業や配信で忙しいことも多くて。

 でも賄いさんが来てからは色んな人が食堂に集まってきてくれて、前よりも気軽に話せるようになったんです」

 

“さすまか”

“さすママ?”

“俺も賄いさんに毎食作ってほしい”

 

「猫ちゃん先輩に聞いたんですけど、マシュマロって喉にいいですね」

 

“まろが喉にいいってマ?”

“クソまろ送らなきゃ”

“おいばかやめろ”

 

「違います違います、食べ物の方です! 

 なんでも喉がコーティングされる? とかで。

 あっ、すごい勢いでまろが増えてる……ありがとうございます。

 また今度まとめて読ませてもらいますね!」

 

「それじゃあ最初の一曲いきます。

 まろのリクエストでこれ歌いたいって思ったのでこれから!

 曲名は──深海少女」

 

 

 

 

 ウミナちゃんの歌枠が終わった。

 終わってしまった。

 

 五日目の夕方、食堂で配信を閉じた私は、余韻に浸っていた。

 ライブ一つ見切ったような感覚さえ覚えてしまう。

 歌っているウミナちゃんは私に──いや、私たちに、いろんな顔を見せてくれる。

 

 時にそっと背中を押すように。

 時に心にじんわりと染みこむように。

 時に、一緒に踊り出したくなるように。

 

 それだけ心をかき乱しておいて、当の本人は歌い終わると無邪気に笑っているのだ。

 悪い子だ……でもそこが好き。

 というか序盤でめちゃくちゃ感謝されてたけど、私は料理を作ってるだけだ。

 

 最初はそれこそウミナちゃんや出門さんぐらいしか来なかったけれど、今では時間になると寮に居るライバーの大半がここを訪れるようになった。

 

 話によれば出門さんも結構話題に出してくれたらしい。

 自分のラジオでも話題に出してくれた時はさすがに驚いたけれど。

 

 でも会話が続くのはウミナちゃん自身の影響じゃないかな。

 楽しそうに食べるウミナちゃんがみんなの口を開かせているんだと思う。

 

 そんなことがあってか、食堂には暇を持て余した人がちらほら来るようになっていた。

 

「これが素の歌声ってえらい悔しいわぁ」

 

 一緒に見てたNECCOさんが感想を述べる。

 最初は配信でにゃあにゃあ鳴いている猫又のイメージが強かったから、こんなに関西方面のなまりが強いのには驚いた。服装もパンクだし。かっこいい系のイケメン美女って感じの人だ。

 音楽が好きで、自分で作詞作曲をやることもあるのだとか。

 

「NECCOさんもいい声だと思いますけど」

「うちは真面目にやりだしたんはライリュに入ってからやしなぁ。昔はそんなのクソ食らえでシャウトしてましたわ」

「あれ、今もそう変わりませんよね」

「にゃはは! 賄いさん、よー見てはるわ」

 

 NECCOさんは伸びた前髪をいじりながら八重歯を見せる。

 

 彼女の歌ってみたや歌枠はヘビメタが多い。

 かと思えば作詞した歌はしっとり感動系がメインで、ヘビメタが分からない私はそっちをよく聞いていた。

 

(それにしても……)

 

 我ながら、Vライバーの存在を認識してから確実に配信を見ることが増えてきたなと思う。寮の人を知るための勉強といえば聞こえはいいが、ちゃっかり楽しんで見ちゃってる自分もいた。

 

 まだVライバーの沼に浸かってそんなに時間が経ってないけれど、ちょっと前まで自分がこんなにハマるとは思わなかった。

 世界を広げてくれたウミナちゃんには感謝しかない。

 

「そういう賄いさんはカラオケどうなん?」

「私はいつも聞きに徹してました」

「確かにそれっぽいわ!」

 

 NECCOさんはサバサバとして話しやすい人だ。

 年下だけど、対等な感じ。話し上手な出門さんとはまた違った絡みやすさがある。

 

「それじゃあ今から晩ご飯作りますね」

「よろしくぅ。うちはうちで自分の配信準備してきますわ」

 

 バンダナを巻いて調理場へ向かう。

 いいよね生姜。この時期からさらに美味しくなる。

 ちょうど先日社長からもらった贈り物の中にもあったはずだし、量には困らない。

 

 ということでまずはソースとトッピングから作りましょう。

 

 使うのは生姜とミョウガ、そして長ネギ、大葉。

 ミョウガと長ネギは薄切りにして、大葉は茎の部分を取って千切りに。

 ザクザクザクと音が耳に心地いい。 

 

 生姜は一片の半分を下ろし、残り半分は千切りにして切ったミョウガ、長ネギと一緒に十分間水につけておく。

 と、忘れちゃいけない。

 すり下ろした生姜の方は醤油、ごま油と混ぜ合わせて人数分取り分けておかなきゃ。

 うん、いい匂い。

 

「よし、これで一通り完成っと」

 

 ソースやトッピングにラップをかけて冷蔵庫に詰めれば次はメイン。

 カツオのたたき、作っちゃいますか。

 

「〜♪」

 

 鼻歌まじりに冷蔵庫から赤身を取り出す。

 

 秋魚の王様は個人的にサンマのイメージなんだけど、戻りガツオも有名な食材のひとつ。

 この時期のカツオは脂が乗ってて美味しいんだよね……。

 これは是非味わってもらわないといけない。

 

 まずは色の濃い部分……生臭さの原因になる血合いを取るところから。

 その後全体に塩を振り、ラップに包んで冷蔵庫の中で寝かせておく。

 

 副菜の準備をしながら十分経ったら、フライパンでサラダ油を熱して皮目から強火で片面をさっと焼いていく。

 もう片面も焼き付けたら火が通り過ぎないようにさっと氷水へ。

 

 ペーパータオルで水気をふいて薄く切れば、カツオのたたきの完成だ。

 

「……絶対これ美味しい」

 

 縁取られた艶やかな赤色は、脂が乗って艶やかな輝きを放っている。

 ごくり。自分でも思わず生唾を呑んでしまう。

 

 味見に端っこの方をちょっとひとつまみ。

 

 ──口の中で魚の旨味が爆発した。

 噛めば噛むほど美味しいとか反則じゃない?

 

「うん、最高」

 

 会心の出来だ。

 胸を張ってウミナちゃんたちにお出しできる。

 

 後は野菜と……汁物はいいかな。

 代わりに一つ思いついたことがあるので、そっちの準備を進めてっと。

 

 そんなことをしている間に時は進み、いつの間にか晩ご飯の時間がやってくる。

 最初に食堂の扉を開いたのは、やはりというかウミナちゃんだった。

 

「ただいまです、賄いさん」

「おかえりウミナちゃん。お歌良かったよ」

「聞いてくれたんですか? えへへ、ありがとうございます」

 

 帰ってきたウミナちゃんは、ちょっと元気がない。

 というか声に張りがない気がする。

 

 風邪でも引いちゃった?

 それとも歌った後だからだろうか。

 

「海原じゃん。おっすおっすー」

「おっすです猫ちゃん先輩。あーあー、あー」

「自分大丈夫なんか?」

 

 NECCOさんがウミナちゃんを下から覗きこむ。

 ウミナちゃんが平均かちょっと小柄なくらいなら、NECCOさんはそれよりも小さい。

 でもその心配する目線からは、先輩らしい気遣いが見て取れた。

 

「ちょっと喉がイガイガしちゃって。んっ、んんっ」

「こらこら、あんまり咳したらあかんて。喉痛めんで」

「そうなんですか?」

「ここの負担になるんや。歌好きやったら後のケアもしっかりしぃや」

 

 そう言ってポケットから飴を出す。

 帰省したときのおばあちゃんみたいだなとか思っちゃいけない。

 

「はっ、そうです。今日のご飯、何ですか?」

「今日のメインはかつおのたたきだよ。生姜ソースをかけて食べてね」

「うわ絶対美味しいやつやんそれ!」

「じゅるり……」

 

 料理名を告げると、二人の目が輝いた。

 ウミナちゃんがお魚好きだということは知っていたけど、どうやらNECCOさんも魚好きみたいだ。

 ご飯とお汁を注いで、主菜副菜まで並べていく。

 私が調理場に戻るよりも前に、二人は両手を合わせた。

 

「「いただきます」」

「はい、めしあがれ」

 

 目の前でソースがしっとりとカツオを濡らしていく。

 生姜と醤油の水を浴びたカツオはてらてらと艶かしく輝き、二人の女の子を魅了した。

 

「んー! カツオも噛むたびに旨味とあまじょっぱさがじゅわって滲んできて、もう、もう! ネギとかの食感がまたアクセントになって」

 

「上も生姜、タレも生姜。丸ごと生姜食べてるみたいやわぁ」

「NECCOさん、それカツオはどこに行ったんですか?」

「言葉の綾や綾! お魚もしっかり美味しいわ」

 

 そんな談笑を食事の合間にしながらも、二人の箸はどんどん進んでいく。

 っと、忘れてた。

 

「飲み物は緑茶でいい?」

「あ、はい」

「うちもそれでよろしく」

 

 緑茶お茶をコップに注いでいく。

 それを二人にお出ししたところで、ふとウミナちゃんの動きが止まった。

 

 お、もしかしてもう一つの食べ方に気づいたかな?

 そう思っていると、ウミナちゃんは期待に輝く瞳で口を開く。

 

「あの、賄いさん。これ、お茶漬けってできますか?」

「おぉ!? 賄いさん、そこんとこどうなんや?」

「もちろん。今すぐお出ししますね」

「やったぁ!」

「いえーい!」

 

 先輩と後輩の身長差ハイタッチってよくない?

 いいと思う。

 

 そんなことを考えながら、私は仕込みを取り出すべく冷蔵庫を開くのだった。

 




たくさんの感想、評価ありがとうございます。
実はこの小説は私のミスで投稿を始めてしまったものなのですが、
拙い部分に指摘を入れてくれる方もいて、とても嬉しいです。

現在も感想で仰ってくれる方がいるのですが、
この度活動報告にリクエスト場を設けたいと思います。
Vの配信や料理の種類は多岐に渡り、正直私一人の限られた時間と頭では全て網羅できません。

そこで、
こんな食べ物のエピソードが読みたい!
こんな配信模様を書いてほしい!
というのがありましたら、そちらにご意見ください。
参考にさせていただきます。

(活動報告URL)
https://syosetu.org/?mode=kappo_submit_edit&kid=245624


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揚げ出し豆腐

 私にはお隣さんがいるらしい。

 いや、寮である以上隣の部屋に人が住んでいることには何もおかしなことはないんだけど。

 ただ、その人を見たことがないのだ。

 

 実際に住んでいる気配はするんだけど、ここ二週間一度も姿を拝めていない。

 挨拶しに行った時もいなかったし……。

 

「賄いさんのお隣さんですか? はぴちゃんです!」

「あ、そうなんだ。確かにここに住んでるっていう話の割に会えたことなかったかも」

 

 というわけで平日の夜。

 収録があって夜遅くに食堂へご飯を食べに来たウミナちゃんに話を聞いてみることにした。

 

「気になっていたのなら、わたくしにも聞いてくださればいいのに」

「賄いはつれないのぉ」

「わたし、賄いさんとは一番絡みが長いですから」

 

 えっへんと胸を張るウミナちゃんが今日も可愛い。

 茶々を入れてきたのはテーブルの隅っこで晩酌をしていた扇上紗雪さん、白狐しのぶさんだ。

 沙雪さんはよくお悩み相談しているサキュバスのえっちなお姉さん。しのぶさんはホビー配信が人気のほんわかした垂れ目のおねえさん。

 

 最近は朝晩以外にも来てくれる人が増えてきた。

 お二人のように晩酌に来る人たちもそうだし、配信の相談や学生組の勉強会もちらほらと見られるようになった。

 自分のいる場所が賑やかになるのはとても嬉しい。

 

 嬉しいことだけど、いきなり配信を始めるのだけは心臓に悪いのでやめてくれませんか。そのときはしれっと自分の部屋に消えるから。

 私なんかの声が乗っちゃうのは悪いしね。

 

「うみの同期さんじゃのう」

「海原さんと仲いいですわよね、羽田様は」

「はい、わたしもつきちゃんも大好きです。優しいし、いざというときに頼りになるし。お酒が入ってるときはちょっと困りますけど」

「ふふ、賄いの恋敵じゃなあ」

 

 お二人とも、そこでウミナちゃんの名前を強調する理由はありますか?

 

「? 恋敵?」

 

 ほら、ウミナちゃんもこうやって首を傾げてるじゃないですか。

 というか私の推しに抱く感情は『美味しいご飯を食べてほしい』『幸せになってほしい』であって『幸せにしたい』は個人的な解釈が違うといいますか。

 

 極論、彼女が笑顔になるのならここに立っているのは私じゃなくてもいいと思っている。だからこそ今料理を振る舞えているのが余計に嬉しいというか、本来一生会えることのないはずだった推しと話せるのが恐れ多いというか。

 

 なんていえばいいんだろう。よく分からなくなってきた。

 そもそも推しっていう存在ができたのだって初めてなんだ。

 そんな私でもてぇてぇの間に入るのは百合の間に挟まる男ぐらい重罪だということぐらいは分かる。

 

「そういえば最近あやつ、付き合い悪いのぅ」

「今日誘っても来ませんでしたわね。前はよく一緒にお酒飲んでたのに」

「わたしも何度か食堂には誘ってるんですけど、コンビニのお弁当が好きだからって言って来てくれないんです。一緒にご飯食べたいのにぃ」

 

 しょんぼりと肩を落とすウミナちゃん。

 

「あんまり配信を追えてなくて詳しくは知らないんですよね」

「今ちらっと見てみるかいの?」

「いいですわね」

「あ、じゃあオススメの切り抜きがあるんです! 『十分で分かるシリーズ』なんですけど──」

 

 大丈夫、ウミナちゃん? 

 それ『(百と)十分』とかだったりしない?

 ちょっと不安になったけど、どうやら本当に十分で終わる動画だった。

 

『えーっと、なんはっへ』

 

 初手から呂律が回ってない&際どい発言をしているんだけど。

 ほら、コメントでもツッコミが入っている。

 

『みんな今日もはぴはぴはっぴー。羽田はぴだよぉ。今日もみんなはっぴー?』 

 

 配信の内容はとりあえず酒癖が悪いことと、酒が入ってないときはいいお姉さんだということが伝わってくる。

 いや、それはいいんだけど……。

 

 んー?

 んんんー?

 この声、どこかで聞いたことあるような。

 配信とかじゃなくて、もっと身近だったところで。

 

「……つばさ?」

「賄いさん、知ってるんですか?」

「うん、大学の同期なんだけど……まさかライバーになってたなんて」

 

 あぁ、そうだ。

 私の大学の同期、近江つばさだ。 

 かなり声……というかキャラを作っているから一瞬分からなかったけれど、テンションが昔の宅飲みで一発芸してた時にそっくり。

 

 つばさなら私を避けてる理由も分かる。

 だって年下に囲まれてはぴはぴ言ってる自分とか聞かれたくないもんね……。私が同じ状況だったらさすがに表情が変わるかもしれない。

 

「昔の話とかしてませんでしたか?」

「あぁ、そういえば言っておったな。大学の同期にとても料理が上手いのがおって、今でもその味が忘れられないと」

「連絡を取りづらいとも言ってましたわね」

 

 これまたいい情報を手に入れた。

 

「こちら情報料の一品、枝豆のしょうゆ煮です」

「やっちゃあ、やりましたわ」

「仲間を売って得るつまみは旨いのぉ」

 

 紗雪さんの無邪気さがギャップ可愛い。

 しのぶさんはもうちょっと言い方なんとかなりませんでしたか?

 

 ってあれ、いつもなら一緒に喜んでくれるウミナちゃんから反応がない。

 

「ウミナちゃん?」

「ふぇっ? な、なんでしょう」

「枝豆嫌いだった?」

「あ、いえ、大好きです! 賄いさんが作る料理ならなんでも!」

 

 ……?

 調子でも悪いのかな。

 季節の境目は体調を崩しがちだし、しっかり私が食で支えていかなきゃ。

 

 いやでもこうなったつばさは頑固だ。

 どうにか会える方法はないものか。

 

 ……お酒好きなのは変わってないんだよね。

 だったら、アレで釣れるかもしれない。

 

 大学時代につばさが大好きだった揚げ出し豆腐で。

 

 

 

 

 賄いをやる上でメニュー決めは結構大事だ。

 当日だと食材を全部買おうにも何人分必要か分からないし、私自身の用事でその日に買い出しへ行けないこともある。

 

 ということで一週間のうち平日五日はあらかじめメニューを決めさせてもらっていた。

 それを専用のアプリで寮の人たちに知らせ、遅くとも前日までに参加の可否を投票してもらう流れになっている。

 

 これが土日になると勝手が変わって、そもそも日曜日は定休日。

 私としては毎日でも良かったんだけど、さすがにそれは止められました。

 説得にウミナちゃんは卑怯だと思う。

 

 そして土曜日、今日の夜はフリーデイ。

 突発的に思いついた料理やライバーさんたちからのリクエストで作る日となっている。

 

「バンダナ良しっと」

 

 ということで今日も作りましょう晩ご飯。

 調理場の電子レンジではぐるぐると重石を乗せた絹ごし豆腐が回っている。

 こうすることで豆腐の中から水が抜け、食感が良くなる。

 

 チンと軽い音がレンジから聞こえてきたら取り出して三等分に切り、小麦粉と片栗粉を混ぜた中へといざダイブ。

 軽く白い粉にまみれたところで豆腐の準備は完了だ。

 

 白い衣を纏った豆腐を油の中へと浸していく。

 パチパチと弾ける快音に耳を傾けながら程よい焦げ目がついたところですくい上げて小皿にそれぞれ盛り付ける。

 その上からしょうゆとみりん、顆粒和風だしを水に溶かしたものを混ぜて上からかけていく。

 

 じゅわりと琥珀色の出汁に油が溶け出し、綺麗な光沢を見せてくれる。

 同時にふわっとだしの香りが鼻を掠めた。

 

 あとはこれに大根おろしと刻みネギを乗せて完成だ。

 

「うん、いい出来」

 

 これでつばさが来なければ、きっと彼女は悔しがるだろう。

 でもさすがにこれだけじゃ足りないので、追加で焼きなすとかぼちゃサラダを作りましょう。

 揚げ出し焼きなすと油を使ったので、サラダにはマヨネーズを使わず素材の味を活かすようにしてっと。

 

「ふぅ」

 

 一通り作り終えたところで、天井に向かって息を吐く。

 

 私がここに来て二週間近くかぁ。

 気がつけばもう十月も下旬だ。

 そろそろ面倒くさがって秋物で寒さを凌ぐのも辛くなってきた。

 

 服出すの面倒くさいなぁ。

 そんなことを考えていると、タイミングよく食堂の扉が開く音が聞こえた。

 まだ晩ご飯の時間じゃないけど、誰だろう。

 

 待ちきれなくなったウミナちゃんかな?

 

「お、おいっすー……」

「あ、未成年に混じってはぴはぴ言ってる人だ」

「久しぶりに会ってその言い方は酷ない!?」

 

 いやだって事実だし。

 先手必勝しない理由がない。

 

 現れたのは、髪を短く切りそろえたボーイッシュな美女だった。

 目元がキリッとしており、可愛いというよりはかっこいい系。

 私よりもちょっとだけ高い身長を何度羨んだことか。

 

 ただ、手に持ってる日本酒の一升瓶がその格好良さを半減させている気がしなくもない。

 彼女は私と目があうと、観念したようにため息をついた。

 

「あぁもう絶対にバレたくなかったのに……」

「寮なんだし時間の問題だよ」

「でもほら心の準備とかさぁ!」

「そう言ってずっと準備するタイプでしょ、つばさは」

「そんなはずは! そ、そんなはずは……」

 

 だんだん小さくなる声は、答えを言っているようなものだ。

 ということで改めて。

 

「久しぶり、つばさ」

「はぁ……久しぶり、温」

 

 大学時代の同期、近江つばさと再会の言葉を交わす。 

 

「あぁもう恥ずかしい。呑まないとやってられんわ!」

「まだ時間じゃないんだけど」

「いいからいいから! 温、揚げ出しちょうだい!」

「はいはい」

 

 仕方ないなぁ。

 そう思うと同時に、このやりとりに懐かしさを感じてしまう。

 メッセージで話してたとはいえ、会うのは半年ぶりだしね。

 

 お互いにメッセだと話しづらいこともあるし。

 

「ぷはぁ、日本酒とこの味がホント合うわぁ。外はカリッ! 中はふわぁ。これのせいでそこら辺の居酒屋じゃ満足できなくなったんだから、責任取ってよね」

「何も特別なことはしてないんだけど」

「うそぉ、こんなに美味しいのに? いやぁお金取れるレベルだわ」

「じゃあ今度からお金取ろうかな」

「ウソウソウソ、ありがとうございます神様仏様賄い様」

 

 ノリと発言は軽いけど、美味しい美味しいと食べてくれるのは悪い気がしない。

 対面に座り、お酒がだいぶ入ったところで気になっていることを聞いてことにした。

 

「転職したのは知ってたけど、Vライバーになってるなんて思わなかった」

「あー……まぁにぇ。前の会社辞めてすぐはなーんにもやる気起きなくてさ。そん時にライリュの配信を見て、これだって思ったね」

 

 赤ら顔で彼女はちびりとグラスに口をつける。

 

「誰かを笑顔にする、なんてあたしにぴったりじゃん?」

「つばさらしくていいと思う」

 

 前々……二年ぐらい前かな? 

 それぐらいから辞めたいという話はちょくちょく聴いていた。

 理由は職場の人間関係だそうな。

 

 その頃の私は師匠の店をなんとか残せないかと躍起になってたっけ。

 忙しかったとはいえ、こんな面白いことになっていることを見逃すなんて。

 

「それはこっちのセリフだっつの。名前聞いたときはびっくりしたわ。温には一番知られたくなかったのに」

「私ってそんなに嫌われてたんだ……」

「友だちだからってこと。分かりきったこと言わせんじゃないわよ」

 

 伸びてきた手にむぎゅっと頬を掴まれる。

 ちょっと痛いけどこれぐらい粗暴な方がつばさらしい。

 

「はひふんほ」

「あいっかわらず表情筋硬いわねぇ。もちもちなんだからもっと動きなさいよ」

「人はそう簡単には変わらないよ。キャラは作るかもしれないけど」

「何度もそのネタ擦ってくるんじゃないわよ!」

「ひはひひはひ」

 

 一度離してくれたのに、またすぐに掴まれた。

 

「なんか温、あたしに対してアタリ強ない? そりゃライバーやってることを黙ってたのは悪かったけどさぁ」

「心配しないで。私怨だから」

「そっかそっかなら良かった。……え、私怨?」

 

 はぴちゃんなら許せた。でもつばさは許せない。

 

「どっちもあたしじゃんそれ。ひどない?」

 

 画面上の向こうにいるライバーと自分が知っている友人は別物だから。

 

 まぁ半分ぐらい冗談。

 残りの半分は明言を控えさせてもらいます。

 

 そんな話をすること数十分。

 

「すぅ……すぅ……」

「寝ちゃった」

 

 お酒が好きなのにすぐ寝ちゃうところは相変わらずだ。

 

 って、まだまだここに人来るんだけど。

 一応端っこの方で座っていたので、あんまり邪魔にはならなさそうなのは不幸中の幸いか。

 でも邪魔にならないのと弄りはまた別問題で。

 

「おーおー、すやすや寝ておるわ」

「やっぱり来てましたわね」

「むにゃむにゃ、ボルドーのワインうめぇ……」

 

 ほら、悪い大人たちがやってきた。

 

「夢の中でも呑んでるのはさすがですわ。今度の酒クズ配信のネタが一個できましたわね」

「ふふ、そうじゃのう」

 

 しのぶさんがツンツンとつばさの頬をつつく。

 その後ろでは呆れ顔の沙雪さんが大きなお胸を押し上げるように腕を組んでいる。

 

「おんぅ、おつまみ持ってきて〜。よにんぶん!」

「賄いちゃん、呼ばれていますわよ」

「やめてください。彼女、一度それで寝ながら食べたことあるんですから。その後喉に詰まらせて跳ね起きてましたけど」

「それはさすがに『草』というやつじゃな」

 

 いや笑い事じゃないんですよしのぶさん。

 

 あの時はさすがに焦った。

 それが救急車を呼ぶ一大事になってから、寝ている時にはつばさの近くに食べ物を置かないという暗黙の了解ができたくらいだ。

 

 ……でも、良かった。

 

 色んな人に囲まれて、毎日が楽しそうで。

 過去の人間関係に悩んでいた彼女を知っている分、余計にそのことが嬉しい。

 

「良かったね、つばさ」

 

 

 




いつも感想、評価ありがとうございます。
時折見返しては励みにさせてもらっています。
某キルリレーをリアルタイムで楽しんでいたら、危うく週一投稿を逃しかけた作者です。

こんな配信が見たい、こんな食べ物を使ってほしいなどありましたら、
こちらの活動報告へお願いします。
話を考える際の参考にさせていただきます。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=245624&uid=51890


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二人きりカニクリームコロッケ

たまにはこんな物語も。


 

 最近、賄いさんとはぴちゃんがよく話している。

 

 とても楽しそうで。

 わたしが見たことのない口調で。

 

 理性が言う。

 まだ一ヶ月だから仕方ない。

 それだけで賄いさんの全部を見た気になるのもおこがましいと。

 

 でも、どうしてこの心はもやもやするんだろう。

 

 二人のことは大好きなはずなのに。

 大好きな二人が仲良くしているのは嬉しいはずなのに。

 わたしの心の奥に夜の海のような冷たさが溜まっているのは何故だろう。 

 

 ……もっと、賄いさんと仲良くなりたいなぁ。 

 

 

「そしたら敬語やめてみたらどうはぴ?

 ほら、何事も形からっていうはぴよ」

「で、でも、恥ずかしくないですか?」

「その感覚はちょっとはぴには分からないはぴね……」

 

 

 

 

 すこやか荘の周りは郊外とはいえ、かなり都会寄りの場所にある。

 商店街も私がお世話になっていたところと違ってまだ活気があり、平日の昼下がりでもほどほどの往来で賑わっていた。

 

「うちの周りもこれぐらい賑わってたらなぁ」

 

 冬の足音とともに冷たい風が頬を撫でる。

 潰れてしまった事実は変わらないから、今更なんだけど。

 

 それに何も悪いことだけじゃない。

 新しい職場でウミナちゃんとも会えたし。

 って、表ではウミナちゃんって言っちゃダメなんだよね。

 

 私が下手にライバー名で呼んで身バレするとか、笑えなさすぎて首を吊りたくなる。

 まぁでも今は気にしないでいいだろう。

 大学で授業受けてる時間だから。

 

 そう思っていたんだけど。

 

「温さん?」

「──朝海ちゃん」

 

 まさか即フラグ回収してしまうとは。 

 向こうも驚いたのか、大きな瞳を意外そうに瞬かせていた。

 

 ふわりとした紺のキャミワンピースに白のブラウスが秋の空気によく似合っている。

 

 手にはプラスチックのドリンク容器。 

 多分中はミルクティーかな。

 彼女はコーヒーが苦手だと、先日の配信で耳にしていた。

 

 こなれ始めた大学生っぽい。

 いや実際に大学生なんだけど。

 私の推しおしゃれしてて可愛いねぇ。

 

 これが後二年すると色々雑になってくるのだろうか。

 だらしないウミナちゃん……見てみたい気もする。

 

 先週はNECCOさんと一緒に歌ってみた出してたし、ちょっと前は夜遅くまでボイスの収録もやってたし。

 それで自分の配信やコラボもやってるんでしょ?

 

 もうちょっと身体に気を使ってほしい。

 まぁそのために私がいるとも言えるんだけど。

 でもさすがに寝る時間まではどうしようもないからなぁ。

 

「晩ご飯のお買い物、です、か?」

「どっちかというとお散歩かな。朝海ちゃんはちょっと早い大学帰り?」

「えっと、それが……ですね。ゼミの日程が変わってるのを忘れちゃってて」

 

 てへ、と舌を出すウミナちゃん。

 

「それとこの近くに──あ、時間! 温さん、これからちょっとだけ時間、ありますか?」

「後一時間ぐらいなら大丈夫だよ」

 

 どうしたんだろう。

 話し方がぎこちないというか、肩肘張ってるというか。

 妙にそわそわしてるしもしかして会っちゃダメなタイミングだった?

 

 大学のお友だちと一緒にいる、にしては一人だし。

 

「紹介したいお気に入りがあるんです! こっち!」

「え、ちょ」

 

 ぎゅっと柔らかくて温かいものに右手が包まれ、ぐいぐいと引っ張られる。

 ま、ちょ待って。状況が思考に追いつかないから。

 

 推しというものができたことも初めてなわけですよ。

 いわゆる初恋なんです。

 

 普段はほら、他の人の目もあるから抑えられてるけど、二人きりだと割とやばい。

 理性とか襲うとかそういうんじゃなくて緊張がやばい。

 

 スキンシップとかそういう女の子コミュニケーションへの耐性が限りなくゼロに近いんです許してください。

 

「こんにちはー!」

「あらあら、いらっしゃいお嬢ちゃん。これまた美人さん連れてきたねぇ」

 

 半ばパニックになりながらも手を引かれてやってきたのは、商店街の端っこにある小さなお店だった。

 白い湯気とともに香ばしい匂いが鼻をくすぐってくる。

 お店の端々にこびりついたくすみが、この店の長さを物語っていた。

 

 裏路地のさらに奥、自分で歩いていたら目に留まらなかっただろう。

 

 お店の中ではおばあさんが柔和な笑顔で出迎えてくれる。

 

「いつものかい?」

「はい!」

 

 ホクホクと湯気の立つコロッケが二つ、紙に包まれて手渡される。

 私は財布を出そうとしたウミナちゃんを手で制した。

 ついでにしれっと繋がれてた手を解いた。

 

「ここは私が払わせて」

「え、でも……」

「いいからいいから。ね」

 

 さすがに年下に払ってもらうのはちょっと立つ瀬がないというか。

 こういう時ぐらい見栄を張らせてほしい。

 

「えっと、その、ありが、ありがとうございませ」

 

 また変な話し方になってる。

 もしかして話しづらいとか?

 私何かしたっけ……。

 

 疑問に感じながらも、されど口に出すことはできず。

 とりあえず表のベンチに座って頬張ることにした──

 

 サクッとした衣を破れば、とろりとしたクリームが舌に絡まってくる。

 ミルクや玉ねぎの甘さとカニの塩っけのある風味が溶け合い、口の中に海を作り出していた。

 そこへさらにちょっとふやけた衣も参戦していい刺激になっている。

 

 ウミナちゃんがお気に入りにするだけあって、濃厚な味わいがクセになりそうだ。

 

「美味しいね」

「おいひいれふほへ!」

 

 美味しそうに食べるウミナちゃんは見ていて気持ちがいい。

 けど、話すなら食べ終わってからにしようね。

 

「美味しいですよね。やってる時間が結構シビアなんですけど、時間が合う時はいつも寄らせてもらってるんです!」

「寄りたくなる気持ち、分かるな」

 

 楽しく話している間に、手元のコロッケは姿を消していた。

 二人きりでこういう風に話せるのも嬉しいけど、そろそろ帰らないと。

 

 結局、ウミナちゃんがぎこちなかった理由は分からなかった。

 まぁコロッケ食べてたらそれもなくなったし、気にしなくて大丈夫かな。

 

 そう思ってたんだけど。

 

「あ、あのっ!」

「朝海ちゃん?」

「えっと、その……あぅ」

 

 え、何。そんなに言いづらいこと?

 もしかして私、何かおかしいところでもあった?

 シャツが前後ろ反対とか靴下が左右で違うとか……。

 

「ゆっくりでいいよ。私は逃げたりしないから」

 

 嘘ですとても逃げたいです。

 でも、自分で分からない以上、とにかくウミナちゃんの言葉を待つほかない。

 それにほら、推しの前では頼れる大人でいたい。カッコいいところを見せたいと思うのはおかしなことだろうか。

 

 ぎゅっと胸の前で手を握りしめて彼女は言う。

 

「今日はありがと、温さん」

「どういたしまして」

 

 なんだ、お礼が言いたかっただけか。

 そんなの全然いいのに。

 

「……うみゅみゅ」

 

 ってあれ、なんだか反応が悪い。

 むすっと唇を尖らせて、なんだか拗ねているみたい。

 やっぱり私何か悪いことした?

 

「温さん、帰ろ?」

「うん、そうだね──」

 

 あれ、今……。

 ふと違和感に言葉を止める。

 持ち上げかけてた腰も止まる。

 

「朝海ちゃん?」

「ど、どうしょば、温さん」

「普段が敬語だからちょっと驚いちゃって」

「あう……やっぱりおかしいですか?」

「ううん、どこも。でもなんでそうしようと思ったのかは気になるかな」

「それが……」

 

 ふむふむなるほど?

 私とつばさがよく話しているのが気になって。

 それで、つばさの時と同じぐらい私と仲良くなりたいと。

 

 え、え?

 私どういう反応すればいいの?

 

 えっと、私と仲良くなりたいと思ってくれたわけで。

 そのために言葉使いを変えてくれたわけで???

 

 ダメだ自分の中のコミュニケーション経験値が少なすぎる。

 つばさー! 助けてつばさー!!!

 

 なんてコミュ強の友人を呼んでも来てくれるわけがなく。

 でも顔を真っ赤にしているウミナちゃんをこれ以上待たせることなんて出来なくて。

 

 色々と限界が迫った私は、ギリギリの理性だけを掴んで全てを投げ捨てた。

 そっと、耳元に顔を近づける。

 

「ありがとう、ウミナちゃん。私ももっと仲良くなりたいな」

「……えへへ、嬉しいです」

 

 どきり。

 いつもの無邪気さと少し違うその表情は、いつもより大人っぽく見えた。

 




感想、評価などなどありがとうございます。

リクエストなどあればこちらの活動報告へどうぞ。

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猫とカレーと料理配信 1

 十一月になりました。

 私、佐々木温が来てから初めての月替り。

 けれどやることは変わらない。

 

「行ってきます!」

「行ってらっしゃいウミナちゃん」

 

 学生や会社員組とそんな挨拶を交わす時間帯も終え、落ち着きを取り戻した食堂で私は食洗機にお皿を突っ込んでいた。

 

 朝なのに晩ご飯を食べに来たつばさに料理を振る舞いながらも質問に答える。

 

 人類が発明した偉大なものの一つだと思う。

 だってかかる時間が段違いだもの。

 それにこれからの時期は長時間冷水に手を晒さないのも嬉しい。

 

 あかぎれがね……つらいんです。

 この楽さを知ってしまった以上、元のお皿洗いには戻れそうにない。

 

「おっすー」

 

 文明の利器に感動していると、また食堂に客人が現れた。

 友人でありこの寮に住むライバー、羽田つばさだ。

 

 朝弱いつばさとは思えないほど身嗜みがしっかりしているが、その理由を私は知っていた。

 

「つばさ、また徹夜でゲームしてたでしょ」

「朝来て一番にそれとか、あんたはあたしのオカンか」

 

 起きぬけに暖かい布団に篭りながらつけた動画サイトで、FPS配信していたのを見たのだから仕方ない。

 元々大学のテストとかも徹夜しがちだったけど、ライバーになってからさらにひどくなっている気がする。

 

「眠くないの?」

「あたしはもうこの生活リズムに慣れちゃってっからねぇ」

「大丈夫なの? コラボの話とかもあるって聞いたけど」

 

 夜はともかく、お昼だと厳しくないだろうか。

 

「そのときは……徹夜かなぁ」

「ふふ、なにそれ。今と変わらないじゃん」

「や、普段は昼寝てるから。なんならこれから寝るから。温の料理食べに来ただけだし」

 

 そう言ってくれるのは嬉しいんだけど……大丈夫なんだろうか、この友人は。

 そこまで話したところで空腹の訴えを受けたので、作っておいた洋風プレートを冷蔵庫から取り出した。

 

 本日のおかずはソーセージと玉ねぎのチリケチャップ和えに野菜たっぷりキッシュ。

 メインには近所で人気のパン屋さんで買ってきた食パンをフライパンでカリっとトーストに仕上げました。

 

「今日もいい仕事しますなぁ」

「どうも」

 

 そんな話していると、ふらっとNECCOさんが現れた。

 

「ふわぁ……おはようさん」

 

 昨日は遅くまで作業していたのだろうか、八重歯を覗かせながら大きなあくびをしている。

 肩にかかったヘッドホンも身体の動きに合わせて眠気を表すように揺れていた。

 

「うわ、なーこ先輩どしたん」

「目の下の隈がひどいですよ」

「あかんねん……何も思いつかへんねん……

 次の歌ってみたに向けて作詞しとったんやけど、何も思い浮かばへん……。締め切りもう近いのに……」

 

 にゃはははと暗い笑みを浮かべながら椅子に座る。

 かと思えば、がばっと天井を向いて叫び出した。

 

「にゃーっはっはっは、もうどうにでもなーれぇええええいぇああ!!!」

 

 椅子にもたれかかって声を上げるNECCOさん。若干戸棚が揺れてるのは彼女の声量ゆえだろう。うるさい。

 

「まぁまぁ落ち着いて。ほら、温印のハニトーどうぞ」

「んぐ」

 

 つばさがその開いた口に容赦なくトーストを突っこんだ。

 

「もごもご……。…………」

 

 最初は何かを話そうと抵抗していたNECCOさんだったが、やがて口に入りきらない部分を押さえながら無言で食べ始めた。

 背丈がちっこい子がもぐもぐ食べてるのって癒されるよね。

 目の下にある隈のオプションが若干物々しいけど。

 

「やっぱ賄いさんの料理はうまいわぁ……体にじゅわぁっと染みるみたいやわ。こういうトーストって冷めてるとぱさぱさしてまうイメージなんやけど」

「一工夫で結構変わりますよ」

「なるほどにゃあ……」

 

 と、そこで何かを考えこむNECCOさん。

 かと思えばがばっとこちらを見てきた。

 

「せや! 気分転換に料理作らしてもらいたいんやけど、厨房借りてええ?」

 

 どういうこっちゃ。

 

「締め切り近いんじゃないんすか、なーこ先輩」

「近いのは分かっとる。せやけどこれあれやわ、考えすぎて頭がぱーんしとるやつや」

「なるほど」

 

 勉強の気分転換に掃除するようなものかな。

 ちなみにそういう時の私は無駄に隅々までやってしまうタイプ、つばさは出てきたマンガに捕まってしまうタイプだったりする。

 

「にしれもなーこ先輩が……料理?」

「なんやはぴ公、言いたいことあるんか?」

「なーんにも、はぴ」

 

 なんて取ってつけたような語尾か。

 

「賄いさん、この人ナマイキちゃいます?」

「分かりますか? 昔からこんな感じなんですよ」

「そっちに話振るのはズルくない!? ねぇズルくない!?」

 

 私は話振られただけだし。

 NECCOさんが料理しなさそうな印象なのは分かるけど。

 

「アカンか?」

「うーん」

 

 アカンわけじゃないんだけど。

 自分の仕事場にお客さんとも言える寮の人たちを入れるのは若干抵抗がある。

 

 まぁでも今は私が仕事場として使わせてもらってるだけで、元々ここは共有スペースだ。

 ここで張るべき意地でもないか。

 NECCOさんを助けるためでもあるし。

 

「ううん、大丈夫ですよ」

「ほんまか!? 助かるわぁ。ならついでに料理配信でもしよか! 制作過程見たいっちゅうリクエストもよう来とるしちょうどええやん?」

「制作のジャンルが違くない?」

 

 つばさの言う通り、多分みんなが言ってるのは本職(音楽)の方だと思うけど。

 でもNECCOさんのリスナーならそれでも草を生やしながら喜ぶかもしれない。

 彼女に振り回されるのを楽しむ人の集まりだし。

 

「ところでNECCOさん、お料理したことあるんすか」

「あんまない!」

 

 おぉっと、不穏な空気が。

 

「えっと、ちなみに何年ぶりですか?」

「高校の調理実習以来やから……三年ぶりぐらい? まぁなんとかなるやろ。賄いさんの手はいらへんで!」

 

 にゃはは、と高々に笑うNECCOさん。

 視線を交わした私とつばさの心境は、その時完全に一致していたと言えるだろう。

 

(本当に大丈夫なのかな……)

 

 とりあえず作りたいものを聞いてレシピだけは用意しておこうと、心の奥で誓ったのだった。




遅くなって申し訳ないです。
ちょっと現実がキャパオーバー気味なので分割して出すのをお試ししてみることに。
エタらないを目標にはしていますが、クオリティと定期更新の兼ね合いはやはり大変ですね。
皆さんの応援を糧に頑張ります。

TSタグの問題については皆さんのご指摘の通り、
現状私自身の実力不足のせいで扱いきれていない部分も多いため、
消すか、後ろに保険とつけて残しておいた方がいいのか
検討中です。次回更新までには何かしらの対処を行います。

リクエストがあればこちらにどうぞ。
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猫とカレーと料理配信 2

 そうして来たるお昼時。

 食堂には私とNECCOさん、そして彼女のマネージャーである男性の姿があった。

 急な発案で色々と根回しに走り回っていたのか、眼鏡をかけた壮年のマネージャーさんの顔にはすでに疲れが見える。

 

「NECCOさん、本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫やって!」

「すみません、突然こんなことになってしまって……」

 

 自信満々なのはいいことだけど、不安要素しかない。

 マネージャーの男の人も深いため息ついてるし。

 普段から苦労しているんだろうか。

 

「もしもの時は私がお手伝いに入っていいんですよね」

「お願いします。タイミングはこちらで出しますので……こうなった彼女は、するようにさせておくのが一番安全なんです」

「心配性やなぁ。賄いさんの手を借りんでもなんとかなるわ」

 

 安全ってなんですか、安全って。

 とりあえず私のヘルプがいらないことを祈るばかりだ。

 できるだけ配信に映りたくない気持ちは変わってないけど、もしそうなったら背に腹は変えられない。

 

 

 

 ……結果だけいうと、配信開始十分でヘルプが入りました。

 

 

 

 

 

【作業配信】カレー作るでー【NECCO/ライブイリュージョン】

 

「よっしゃ、じゃあ材料切ってくでー!」

 

“いやその持ち方はダメだって”

“いつかケガしそう”

“怖い怖い”

 

 コメントが阿鼻叫喚だ。

 うん、焦るよね。私も焦った。

 

 お米を研いでる間はよかったんだけどなぁ。

 鉛筆を持つように包丁を持ってニンジンを剥き始めたところで、マネージャーさんから泣きが入った。 

 

 そういう持ち方もあるけれど、ことカレーにおいては適さない。

 NECCOさんは普段ペンを使って作業することも多いから、そっちが身に染みついちゃっているのだろう。

 というか傍にピーラーを出してるんだから使ってください。

 

 さて、お仕事をしましょうか。

 

「ちょっと待ってください、NECCOさん」

 

“お?”

“誰?”

“聞いたことない声だ”

 

「賄いさん、大丈夫やってゆーてるのに」

「その持ち方だと指を怪我しちゃうかもしれません。気をつけてもやっちゃう時は一瞬なんですから」

「むぅ、それは嫌やな」

 

“賄いさんきちゃ!”

“勝ったな、風呂食ってくる”

“マジで誰? 知らないんだけど”

 

「皆さんはじめまして。V寮で賄いを作っている賄いです。普段は名前の通り皆さんにご飯を作っているんですけど、今日はスタッフとしてNECCOさんのお手伝いにやってきました。短い間ですが、よろしくお願いします」

 

 カウンターに乗っているパソコンの画面に向けてぺこりと頭を下げる。

 立ち絵も何もないからあっちに様子が伝わるわけじゃないけれど、挨拶は大事だと偉い人も言っていた。

 

「どうすればええんや」

「まず前提として、包丁を使うよりもピーラーを使ったほうが早く剥けます。包丁はあとで使いますから、今は置いてください」

「でも包丁使うた方がカッコええんちゃうの?」

 

 今はそれどころじゃないです。

 なんとかピーラーを使ってもらい、そっちにかかっている間に私はじゃがいもに手を加えることにする。

 といっても彼女の仕事を取るわけじゃない。軽く電子レンジで温めるだけだ。

 

 こうすると皮が剥きやすくなるので、カレーだけじゃなくて肉じゃがやポテトサラダを作る時もよくやっている。

 

「よっしゃ、できたで!」

「おつかれさまです。綺麗にできましたね」

「いやぁ、気持ちええわ。次は何すればええんや?」

「ではじゃがいもの皮むきをしましょう。温めておきましたから、手で簡単に剥けるはずです」

「よっしゃ任せとき!」

 

 そんな感じでNECCOさんに皮を剥いてもらっている間に次の食材の下ごしらえをして、たまに例を見せながら。

 一通り皮が剥けたところで、先ほど棚に上げた包丁フェイズへとやってきた。

 

 とりあえず握り方を教えて……っと、そうだ。

 

「猫の手って知ってますか? 包丁を持つ反対の手で野菜を押さえる時の形なんですけど」

「あーそんなんもあったなぁ」

「こんな手です。にゃんにゃん」

 

 にゃおんと招き猫のポーズ。

 NECCOさんも真似してくれた。

 

“かわいい”

“にゃんにゃん”

“俺もにゃんにゃんしたい”

 

「にゃん?」

「そうそう、それをそのまま人参にあてて、指の第二関節を超えないぐらい。包丁を軽く押す感じでにゃんにゃんにゃんと」

「にゃんにゃんにゃん」

「上手いですね。ここまで綺麗に切れる人はなかなかいませんよ」

「にゃんと!」

 

 とんとんとん。

 声に合わせてニンジンがスムーズに切れていく。

 すごい、慣れないと力が入りすぎちゃってぎこちなくなるのに。

 

「うし、じゃあこれを鍋に入れればええんやな!」

「あ、先にお肉を入れましょう。順番が大事です」

「なんでや?」

「後からお肉を入れると、生臭さがついちゃうこともあるので」

「うへぇ、それはいややな」

 

 炒める時は中火ぐらいでいいですよと言うのも忘れない。

 予想通り火は大きい方が通りがええんちゃうんか!? って驚いてたので事故を未然に防げてよかった。

 

 じゅうじゅう、じゅうじゅう。

 最初は動きがぎこちなかったNECCOさんだが、飲み込みが早いのか料理自体はサクサク進む。

 私の内心は常に何かをしでかさないかとハラハラだけど。

 

“お腹空いてきた……”

“レトルトあったっけな”

“今日の晩ご飯はカレーにするか”

 

 肉と野菜が焼ける音が配信越しにも伝わっているようで、着弾者が多数見られている。

 

「そういえば飴色ってよう言うけど、あれってわざわざする必要あるんか?」

「するとしないでは結構変わりますよ。カサが減るのもそうですし、何より料理の香ばしさが増すんです」

 

 そんな会話をしながらも工程は進んでいく。

 水を入れて、沸騰させて、弱火にかけて……。

 ふぅ、後はこのまま灰汁を取って、ルーを入れて煮込むだけ。

 

 私の出番ももう終わりかな。

 よかった……やっと気を緩められる。

 そう思った矢先だった。

 

「あ、そうや」

 

 冷蔵庫がNECCOの手によって開かれたのは。

 そちらを見ると、飲み物らしき紙パック。

 ずっと慣れないことをしていただろうし、喉でも乾いたのかな?

 

 そう思ったのも束の間、彼女はカレーの鍋に向けて紙パックを傾け──

 

「って、NECCOさん!? 何を入れようとしてるんですか!?」

「うおっ、自分すごい声出たな。何ってりんごジュースやで。なんか調べたらりんご入れるのが旨いっちゅうの思い出してな」

「い、いい考えだと思います。けど今水分を入れると過剰になっちゃいますから。入れるなら擦りりんごにしましょう。冷蔵庫の中に朝ご飯の時に使った余りがありますから……」

 

“なんかもううちの猫がすみません…”

“賄いさん頑張って”

“今日一で悲痛な声を聞いた気がする”

 

 私も今日一で声を出した気がする。

 いや、まさか急に紙パックを取り出した時はどういうことかと思った。

 しかもあれ、ちょっとどころじゃなくて思いっきり傾けそうな勢いだったし。

 

「こんなにちょっとでええんか?」

「あまり入れすぎるとりんごの主張が強くなりすぎちゃいますから。あくまでもメインはカレーですので……」

「なるほどなぁ」

 

 なるほどなぁじゃありません。

 最後の最後まで目が離せない配信になりそうだ……。

 あんまり目立ちたくないのにぃ。

 

 まぁでも。

 

「お、ええ匂いしてきたわ!」

 

 楽しそうにはしゃぐ小さな姿にこっちまで楽しくなる。

 それだけで今日ここにいた甲斐があったなと思うのだった。

 

 




まさかカレーネタを投稿する日に箱のカレー配信があるなんて誰が思うだろうか。

次回、実食編。


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猫とカレーと料理配信 3

 実食、とは言ったものの。

 おかしなことをしないように見張っていたのでとても美味しそうなカレーが出来上がりました。

 というかこれで散々な味だったら正直立つ瀬がないと言いますか。

 

「美味しいですよ、NECCOさん。普段料理しないのにここまで作れるのはすごいです」

「せやろ? いやぁ、うちにあった才能が花開いたんやな!」

 

 一息ついて、うにゃーんと大きく伸びをするNECCOさん。

 本当に最後まで飽きずによく頑張ってくれたと思う。

 

 ということでテーブルに座って実食タイム、の前に画面にお皿を映すらしい。

 

「つーわけで完成や! めっちゃ美味しそうなカレーが出来たで!

 猫友の今日のお昼ご飯は何なんや?」

 

“ねこさんの配信見てカレーにしました!”

“天ぷら蕎麦”

“仕事あるからお昼食べれるか分からない……”

 

「マジかぁ、お仕事大変やな。じゃあうちが食べてる姿をお裾分けやで!」

 

 それでいいのだろうか。

 ……ありがとうございます!って言われてるからいいんだろう。

 

 いやでも配信者って大変だなぁ。

 私は料理を作って、振る舞って終わりだけどそこにもう一手間もふた手間も加わる感じで。

 手間、っていうのは言い方が悪いかな。

 ストリーミングである以上、楽しめるものとして作り上げなきゃっていう意識が伝わってくる。

 

 それと同じぐらい本人も楽しんでいるんだろうっていうのが分かるんだけどね。

 

「おっすおっすー。なーこ、カレー食べに来たはぴよー」

「おー、食べてってやー!」

 

 と、タイミングを見計らったようにつばさが食堂に入ってくる。

 多分本当に見計らってたんだろう。

 つばさが画面の向こうに自己紹介している隙をついて、マネージャーさんのところにもカレーの入った皿をごとり。

 

(ありがとうございます。あと、うちの担当がご迷惑をおかけしました)

(いえいえ、楽しかったですよ。頑張って作ってましたから、しっかり味わってあげてください)

(もちろんです)

 

 そういうとマネージャーさんは眼鏡をくいっと上げて、軽く会釈してくれた。

 

 さてさて、私のやることはこれでおしまい。

 後はつばさに任せてこっそり消えていようかな。

 

「賄い、今日は自前じゃないはぴね」

「自前?」

 

 そうは問屋がおろしてくれないらしい。

 はーい賄いさんですよー。

 

「自分で作るときはスパイスから作ることもあるんです」

「昔、賄いがカレー作りにハマった時期があったはぴ。ターミナル? とかのスパイスをどれくらい入れたら一番美味しいのかっていうのを延々とやってた時期があったんはぴよ。あのときは一ヶ月ぐらいカレー食べてたはぴなぁ。だから、賄いのカレーっていうとそっちのイメージが強いはぴ」

「ほーん。なーんも教えてもらってへんなぁ」

「ターミナルじゃなくてターメリックです。まぁそんな感じで色々試したんですけど、最終的に市販品に落ち着きまして」

 

 あのときは市販品に負けたくなくて、半ば意地になってたところもあるし。

 でもやはり長年研究してきた企業の壁は高かった。

 色々実験した末に私好みのものはできたけれど、他人に振る舞う以上それで他の人に合わなかったら意味がないのだ。

 

 あと、微量な違いで味が変わることもあるスパイスを料理初心者に勧めるのはやりたくない。

 いったいいくつ心臓と胃が必要になるんだろうか。

 考えただけで恐ろしい……。

 

「ほないただきます、やで!」

 

 慣れ親しんだ香りを吸い込みながら、すくい上げたスプーンを頬張る。

 崩れるように柔らかい野菜たちの甘さがスパイスと混じり合い、ちょっと物足りない食感を大きめに切った豚肉が補強する。

 隠し味にと一悶着あったりんごも引き立て役としてしっかりと役目を果たしてくれていた。

 

「うま! なーこ天才はぴ!」

「せやろせやろ! 自分の才能が恐ろしいわ!

 外で食べるカレーも旨いけど、やっぱりこの味が舌に合うなぁ」

「ですね」

 

 分かります。

 子ども舌、というわけではないと思うんだけど。

 でも昔食べて好きになった味は忘れられないというか。

 

 こだわってスパイスを調整しても結構不評だったり、なんだか違うと言われたりすることも割とあるしね。

 そういうのもあって寮で作るときはもっぱらハウス○品さんのお世話になっています。

 

「まだまだ食べれるわぁ」

「あたしは半分だけ貰うはぴ。賄いはもういい?」

「そうですね、私はもうお腹いっぱいです」

 

「んー、まだまだ多いなぁ。他のメンツにも来てもらった方がええんかな」

「あんまり無理しなくていいですよ。余ったら私が引き取ってアレンジしますから」

「アレンジ?」

「カレーって結構便利で、色んな料理に転用できるんですよ」

 

 カレーうどん、ドリア、ちょっと手間を加えて野菜に混ぜることも。

 カレーパンやマフィンにしておやつにするのもいい。

 

「にゃー、曲出来てたらうちに作らせてって言うんやけどなぁ」

「お、なーこ。もしかして料理にハマったはぴ?」

「めっちゃ楽しかったからな!」

「また今度一緒に作りましょうか」

「よっしゃ、約束やで! 作りたいもん決めとくからな!」

 

 楽しんでくれたなら私もサポートした甲斐があったものだ。

 

「そーいやはぴ公は料理作れるんか?」

「あたしはほら食べ専はぴよ! そ、そうだなーこ、イビルさんが今度企画をするから出る人いないかって言ってたはぴ! どうするはぴ!?」

「うちはちょっと提出物溜まっとるから無理やわ。うちから伝えとくわ」

「そ、そっか! なら仕方ないはぴなぁ!」

「ところで賄いさん、そこら辺どうなん?」

「うぐっ」

 

 お願い許してとでも言いたいのだろうか。

 けれど残念なことに、ことつばさに関しては容赦するつもりは毛頭ないのだった。

 

「はぴさんは昔パスタを作ろうとして私の家の鍋を破壊した実績がありますね」

「あれは謝った、謝ったし弁償したはぴ!」

 

 何をすればいいのか分からずテンパった挙句とんでもないことをしだすのがつばさなので。

 なんでパスタを茹でていただけの鍋が壊れたかって?

 私にも分からない。

 

「にゃははははは! やっぱ昔から知っとると出てくる情報が違うなぁ!

 そんなんじゃ賄いも嫁にこーへんで!」

「そんなことないはぴ! 賄いはいつでもあたしに美味しい料理作ってくれるはぴよ!」

「はい、寮の皆さんに料理を作るのが私のお仕事ですので」

「あれそれなんか違くないはぴ!?」

 

 違くないですよ、多分。きっと。おそらく。

 

「はぴ公が賄いさんに振られたところで今日はお開き!

 ほなまたにゃー。あでゅー」

「おつはーぴー! ちょっと、賄い?」

「あ、えっと、皆さんご視聴ありがとうございました。

 これからもライブイリュージョンのお二人をよろしくお願いします」

「賄い? 賄いさん!?」




仲のいい人と食べるカレーはいつでも美味しい気がする。
余ったカレーは大学から帰ってきたウミナちゃんが全部平らげました。


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賄いさんの日曜日 1

AM5:00

 

 私、佐々木温の一日はカーテンの向こうに見える白んだ空を眺めながら始まります。

 布団をちょっと開けたところで、入ってきた空気の冷たさに身震いする。

 鳴る前の目覚ましを切ろうとスマホをつけたところで、ウミナちゃんからメッセージが届いていることに気づいた。

 

『今日のお出かけ、楽しみです!』

 

 お出かけ、お出かけ……お出かけ!?

 新しい料理本を買いたいなって話をしてたら、ウミナちゃんが買い物に付き合ってくれることになったのは覚えてるんだけど……。

 

 え、推しとお買い物デートってマジですか。

 そのことにもびっくりだし、その状況でいつも通りすやすやと寝てしまった私にもびっくり。

 

 私何の服着ていけばいいの?

 というか着れる服あったっけ?

 

 そういえばウミナちゃんとつばさは地宙海で三人のグループだ。

 ウミナちゃんは言わずもがな海、ハーピーのつばさは宙、でも地担当の人にはまだ会ったことがない。

 曰く実家住みらしいとのこと。いつか会えるんだろうか。

 

 いや、そういうことじゃなくて。

 あーダメ、頭が全く回らない。

 

 今見ている現実が受け入れられなくて、私はもう一度布団の暖かさに逃げこんだ。

 

 

AM9:00

 

 とまぁ二度寝を決め込んだ結果、この時間の起床になりました。

 

 着替え……着替え……どうしましょ。

 のそのそと着替えて軽くお化粧をし、食堂へ向かう。

 別に食堂に行く必要はないんだけどやっぱりいつもの癖で足が向いてしまう。

 

「あれ、こんなに静かだったっけ」

 

 食堂への道中、

 だいたいこの時間は朝配信してるか寝てるかの人が多いけど、妙に人気がないような。

 みんなスタジオの方に出ているのだろうか。 

 

 そんなことを考えながら食堂までたどり着く。

 中から話し声が聞こえたことに一安心しつつ食堂へ入る。

 

 中で朝のコーヒーを味わっていたのは扇嬢さんともう一人、社畜大魔王テツヤ・シュキーンさんだ。

 朝が早く帰りも遅いので、私にとってレアキャラ的存在だったりする。

 

 配信ではゴツゴツした鎧を身にまとい、傲岸不遜な物言いが目立つ人だけど、リアルでは気の良いお兄さんのような人だ。

 だが、今日の様子は少し違った。

 

「お、おぉ、賄いさん。おはよーさん」

「ま、賄いさん、おはようございますわ。ご機嫌うるわしゅう」

 

 二人して何か歯切れの悪い反応をしてくる。

 少々疑問に思ったけれど、何はともあれまずは挨拶をするとしよう。

 

「おはようございます、テツヤさん。扇嬢さん。ちょっと寝過ぎちゃいました」

「この寮じゃこれぐらい遅いに入らないぜ。なぁ」

「そうですわね。15時超えてもらわないと遅いに入らないですけれど」

「それはもう遅いの次元を超えてると思いますよ」

 

 でも実際、休日はそれぐらいの時間に起きている人が結構いる。

 食堂に朝ごはんだけ食べに来てその時間まで寝るとかザラだしね。

 

「お二人は何の話をされてたんですか?」

「CoG……ついこの前発売された新作のFPSの話ですわね」

「結構評判クソらしくてなぁ。やってみようか興味が湧いてるんだ」

「評判良くないのにやるんですか」

「こういうFPSって文句言うのが花みたいなとこあんだよ」

「絶対配信では言えないですわよ、それ」

「ハハ、そりゃそうだ」

 

 ちなみに扇嬢さんもおっとりした見た目に反してそういうゲームを楽しむ人だ。普段ほんわかした人がゲーム中におくちわるわるになるのは、一定の層に需要があるらしい。

 私はちょっと怖かった。

 

「そういえば賄いさん」

「はい?」

「賄いさんは今日なんか予定がございますの?」

「そうですね。お昼からウミナちゃんとちょっとお出かけに」

 

 そう言った途端、目の前の二人が視線を合わせた。

 その間約一秒。

 かと思えば、二人とも含みのある笑顔をこちらに向けてくる。

 

「いいですわねぇ」

「あの、何か?」

「いやなんでも?」

「せっかくの休日、存分に楽しんできてくるといいですわ」

「あ、ありがとうございます」

 

 あれ、もしかして私何か邪魔しちゃったのだろうか。

 いや二人の仲を邪推するつもりはないんですけど、目と目で通じ合っているのってほら、こう、あれだし。

 ただでさえ配信で絡む機会が多くて結構噂されてる二人だし。

 

 ま、まさか慌てて何かを隠していたのって……。

 

「で、出かける準備があるので、私はこれで!」

「? 何をしにいらしたのかしら」

「あー……まぁいっか」

「何ですの、そうやってはぐらかすのは悪いところですわよ」

「勘違いされたかもってこと。まぁ準備しようぜ」

 

 そんな会話を遠くに聞きながら、私は足早に自室へと戻るのだった。

 

AM11:00

 

 と、とりあえず平常心を保とう。

 精神を落ち着けなければ。

 

 今日のおやつどきに作ろうと思ってたアップルパイを作ろう。

 料理を作れば冷静になれるはず、なんだけど──まさかキッチンに先客がいるとは思わなかった。

 

「あの、出門さん?」

「アラ賄いちゃん。どうしたの?」

「使いたいんですけど、すぐ終わりますかね」

 

 フライパンでは大きい肉の塊がじゅわじゅわと美味しそうな音を立てている。

 この匂いと弱火で表面を炙るような焼き方はローストビーフだろうか。

 出門さんのことだから、きっと美味しい仕上がりになるのだろう。

 

「そうネェ、まだまだかかるカシラ。このお肉の下味をつけ終わったらまた別の料理も作るカラ」

「珍しいですね、出門さんが料理なんて」

「ちょっと気が向いたノヨ。それに、久しぶりだから存分に腕を奮いたくなっちゃっテ」

 

 普段全く作ろうとしないのに。

 何か心境の変化とかでもあったのだろうか。

 

「いいことだと思います」

「デショ? ウミナちゃんとデート、行くんデショ。きちんとおめかしして行ってあげなサイ」

「なんで知ってるんですか」

「あの子、楽しそうに話してくれたワヨ」

 

 おおう……余計に何を着ていけばいいのか分かんなくなった。

 下手な格好をしていけないなというのは分かった。

 

 頭の中がパニックになっていると、背にした食堂の扉から客人がやってくる。

 

「出門ー、食べ物買ってき……っとっと。賄いさん、おはようさん」

「あ、NECCOさん。もうお昼ですけど──って、すごい量の食材ですね」

「え? あー、にゃはは、ま、まぁな。出門にうちのお昼も作ってもらう約束しとるんや」

「言ってくれたら私が作りましたのに」

 

 賄い食堂はいつでも休日営業歓迎です。

 心配されて止められたから普段はがっつりとはやってないけど。

 自分の好きなようにできるからって懐石料理とかイタリアンフルコースとかを作って遊んでたのがダメだったらしく、心配されてしまった。

 

「たまの日曜日なんやからな。こんな日ぐらい休んでや!」

「……何か企んでます?」

「まっさか、そんなワケないじゃなーい! アテシがそんな悪巧みなんてすると思う?」

「むしろ思わんやつなんておらんやろ!」

 

 NECCOさんの言う通り、出門さんの胡散臭さはいつも通りだ。

 でもだからこそ何も考えてなさそうというか、ただ思いつきで行動しているのもありそうで……。

 

 こ、こうなったら最後の手段。

 

『つばさ、助けて!』

『どしたん?』

『実は──』

 

 すぐ返ってきた返信に安心しつつ、私は今服装について悩んでいる旨を相談するのであった。

 




更新が遅れた理由は寝坊です。


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賄いさんの日曜日 2

PM12:30

 

「うちの温もこんなに大きくなって……よよよ」

「小さい時の私を知らないでしょ、つばさは」

 

 だいたい初めて会ったの大学だし。

 

 ウミナちゃんとのお出かけで着ていく服に悩んだ私。

 つばさに頼んでみたところ、部屋に呼ばれて見事にコーディネートしてくれました。

 いや、それは大変ありがたいんだけど、一つ問題がありまして。

 

「まさかスカートを押し付けてくるなんて……」

「まぁたまにはこういうのもいいっしょ。足元まで隠れるロングだし」

「いやでも……」

「ずっと狙ってたんだよねー、温にスカート履かせるの。大学時代にどれだけみんなで考えたことか」

 

 正直言って、スカートは履き慣れていない。

 小中と苦痛だったので高校はズボンでもいけるところを探したレベルにはスカートが得意じゃない。

 大学時代もひらひらするのが料理の邪魔だからって理由をつけてつばさたちの勧めも断ってきたのに……。

 

「てかなんでそんなにスカート嫌いなわけ? 今も似合ってるのに」

「昔色々あったの」

 

 それこそ佐々木温として生まれるもっと昔に。

 女装は自分の意思でやるものであって、無理やりされるとトラウマになるのでやめてください。賄いさんとの約束ですよ。

 

「ほーん。まぁ話したくなさそうだからいいや」

「そうしてくれると嬉しいな」

 

 つばさだけじゃなく、寮のみんなもあんまり突っ込んで聞いてこない。

 Vライバーにも様々な事情があるから、そういった距離感が出来上がっているのだろう。

 

 そんな会話を交えながらも、背中を押されて玄関ロビーへ出る。

 自動ドアの前では、パンツスタイルのウミナちゃんがスマホ片手に前髪をいじっていた。

 私の姿を視認すると、その顔がぱぁっと輝く。

 

「わぁ、綺麗……素敵です、温さん」

「そ、そうかな」

「はい! とってもとっても、とーっても綺麗です! お姫様みたいです!」

 

 お、お姫様って。私には似合わない言葉だ。

 ただでさえ慣れない格好をして落ち着かないのに、ふわふわする。

 

「ん、んんっ」

 

 薄くネイルをかけている指を開いて差し出してくる。

 

「お手をどうぞ、お姫様」

「──」

「……えへへ、はぴちゃんの真似をしてみたんですけど、恥ずかしいですね」

 

 スカートを押し付けてきたつばさをまだちょっと恨んでいたけど、今だけは許そう。

 真っ赤になっているウミナちゃんに免じて。

 

 そんなことをしながら、ウミナちゃんと一緒に寮の外へ出る。

 その間際、こちらを見る視線があったことについぞ私が気づくことはなかった。

 

「こちらウイング、マーメイドが対象の連れ出しに成功。他メンバーはただちに部屋から出て飾り付けを行ってください」

 

 

PM14:30

 

 

 ありがとうございましたー。そんな気怠げな声を背に二人で本屋を出る。

 私の手には料理本の入った紙袋が握られていた。

 

「ありがとう、朝美ちゃん。私の買い物に付き合ってくれて」

「ううん、わたしもお料理の話ができて楽しかった!」

 

 この料理が好き、あの味は誰それが好き、そんな話をしながら本を選ぶ時間は至福の一言だった。

 

 その途中で年の離れた姉妹に間違われたりもしたなぁ。

 私とウミナちゃんってそんなに似てるのかな。顔立ちとか全く違うと思うんだけど。

 

「あ!」

「どうしたの?」

「買おうと思ってた漫画を忘れてた! ちょっと行ってくるね!」

 

 いってらっしゃい、と言うまでもなくウミナちゃんが本屋へと駆け込んでいく。

 どうしよう。追いかけてはぐれちゃうのも怖い。

 

 悩んだ私は入り口付近で待つことにした。

 今頃寮の皆さんは頑張っているかなと動画サイトを覗いたところで、不意に気になる文字が飛びこんできた。

 

「……ん? なにこれ。V寮マル秘歓迎会?」

 

 何この待機所。

 私一言も聞いてないんだけど。

 それに、歓迎するような誰かが来るという話も知らない。

 

 ということはもしかして……。

 いや、まだ確定したわけじゃないよね。

 こういうときは、協力者であろう人物にカマをかけるに限る。

 

「ただいま戻りました!」

「朝美ちゃん」

「はい!」

「歓迎会って何?」

「ふぇっ!? ど、どどどどこでそれを!? ……あ」

 

 焦って視線を逸らすウミナちゃん。

 可愛い! じゃなくてダウト!

 

「もしかして私の歓迎会なのかな」

「な、何にも知りません。つーん」

 

 はははこやつめ、この後に及んでまだしらばっくれようと言いますか。

 であればこちらも手札を切りましょう。

 

「今度のリクエストデイ、そういえばまだ決まってなかったよね」

「ま、まさか!」

「鯛の炊き込みごはんでも作っちゃおう。脂がご飯に溶け出して、口の中でまろやかに溶け合うのが美味しいんだよね」

「えっと、その」

「薄味の炊き込みご飯に合うように、エビのレモン醤油焼きも一緒に作──」

「今日賄いさんの歓迎会をするので、準備の間連れ出す手筈でした!」

「よろしい」

 

 囮り(魚介)をちらつかせて、食いついたところを本命(エビ)で殴る。

 駆け引きの基本だ。多分。

 

 出門さんが珍しく料理を作っていた理由が分かった。

 妙に寮が静かだったのも、バレないように各々の部屋でなにかしらの準備をしていたと見ていいだろう。

 私にわざわざ動きづらい格好をさせたつばさも、私を連れ出したウミナちゃんもグルというわけだ。

 

「ごめんね、いじわるして。よしよし」

「こ、子ども扱いしないでください。わたしだって来年には成人なんですよ!」

「でも今は違うよね」

「うぅ……ずるいです、温さん!」

 

 愛い愛い。

 さて、諸々が判明したところで。

 

「逆サプライズをしかけたいんだけど、協力してくれる?

 もちろん寮のみんなには内緒で」

「だ、ダブルスパイ……?」

「そういうこと。こっちの報酬はさっき言ったメニューだけど、どうかな」

「やります!」

 

 元気いっぱいでよろしい。

 そうと決まればやることは一つ。私にできることもだいたい一つ。

 え、料理する場所がないって? 

 

 ないなら借りればいいのです。

 ちょうど近くまで来たことだしね。 

 

 スマホを取り出して電話をかける。

 

 三コールもしないうちに向こうと通話が繋がった。

 

「こんにちは、師匠」

「なんだぁ、テメェ。急に電話かけてきやがって。まさかそっちの仕事辞めたとかいうわけじゃあるめぇな」

「まさか」

 

 トゲのある聴き慣れた声に応える。

 

「師匠、今自宅にいらっしゃいますか?」

「ア? いるわけねぇだろ」

「いるんですね、厨房貸してください」

「テメェ人の話聞いてたか?」

「師匠こそ最初にとりあえず突っぱねる癖は治ってませんよね」

 

 師匠は無理な時は無理、いない時はいないとはっきり言う人だ。

 だからこそ〜わけがない、なんて言うのはだいたい嘘の枕詞だと知っている。

 

「今から行きますね」

「ア!? ちょ、おい──」

 

 ぷつんと通話を切る。

 よし、アポ取り完了っと。

 

 満足した私の顔を、ウミナちゃんが不安そうに覗き込んでくる。

 

「あの、お師匠さん? ものすごく怒ってなかった?」

「大丈夫大丈夫、いつものことだから。それじゃあスーパーに行こっか」

「この流れでお師匠さんのところじゃないの!?」

 

 師匠のところにも食材は完備してないからね。

 

 

PM15:15

 

 

 師匠の家は古びた商店街の裏、路地裏のひっそりとしたところにある。

 家と家の間に無理やり作ったと言われても何の疑問も抱かない、小さな家屋だ。

 

 年季の入った扉をガラガラと開けると、両腕を組んで目を怒らせた老年の男性が立っていた。

 あれ、普通に服着てる。珍しいこともあったものだ。

 

「帰れ」

「お邪魔しまーす。さ、入って入って」

「お、お邪魔します!」

「帰れっつってんだろ! いっちょまえにめかしこみやがって!」

「大きな声出さないでくださいよ、朝美ちゃんが怖がってるじゃありませんか」

「うるせぇ、久しぶりに電話が来たと思ったらこれかよ。というかそのお嬢さんも怖がってる姿なんざちっとも見せてねぇじゃねぇか!」

「そうなんだ。朝海ちゃん、度胸あるね。えらい」

 

 こうなっている師匠を目の前にして萎縮しないとは。

 どんな酔っ払いも怯ませる一喝も、私の推しには意味をなさないようだ。

 

「えへへ、実家のじいさまのことを思い出しちゃって」

「朝美ちゃんのおじいさん?」

「はい、わたしが海から戻るのが遅くなってると、いつもこんな風に玄関前に立って──」

「こっちを見ろよ!!! テメェら客人だろうが!!!」

「客人じゃなくて身内の間違いですよね」

 

 久しぶりに弟子と会ったのに、その言い方はないでしょ。

 あんまりです。さすがの私も表情を歪めて泣きますよ、よよよ。

 

「テメェを身内と認めた覚えはねぇ!!!!!」

「あなた、玄関先で怒鳴るものじゃありませんよ」

「ちっ」

 

 青筋を立てている師匠のもとに家の奥の居間でいるだろう奥様の声が届く。

 やんわりとたしなめられた師匠は、舌打ちを一つして腕を組み直した。

 

「ごめんなさいね。この人ったら、温ちゃんが来るって聞いてからずっとそわそわしてたのよ。わざわざ服も着替えてねぇ」

「それをバラすんじゃねぇよ!」

 

 あぁ、どうりで身なりが整ってると思った。

 厨房にいるとき以外は昭和の親父スタイルですもんね。

 

 奥様に全てをバラされた師匠は観念したように息をつく。

 そうして踵を返したかと思うと、肩越しにこちらを見た。

 

「──っ!」

 

 思わす、息を呑む。

 先ほどまでの吊り上げた目とは違う鋭い視線。

 こちらを見定めるようなプレッシャーが私の肌をひりつかせる。

 

「入ってこい、なんか作るんだろ。久しぶりに見てやるよ」

 

 そう言って師匠は私たちに背を向け、居間の方へと向かっていく。

 ウミナちゃんも師匠の発する圧に気づいたのか、ごくりと生唾を飲んでいた。

 

「あれが、温さんのお師匠さんなんだ……なんだかすごい人ですね」

「そうだよ」

 

 口が悪くて、身内想いで、ずぼらで。

 でも料理になると狂気を感じるほどに繊細さと鋭さを発揮する化け物。

 その背中は未だに遠かった。

 

 あぁ、そうだ。

 どうせならこれだけは言っておこう。

 

「ようこそ、私の第二の実家──保科家へ」

 

 そう言って私はウミナちゃんへ手を差し出した。




作者は賄いさんに休日を謳歌させようとしました。
本当です。嘘はついてません。


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番外編
番外1:ジャック・オ・グラタンを召し上がれ


賄いさんの日曜日の途中ですが、こちら番外編となります。
話を書く上で、逃してしまう季節イベントなんかもあると思うので、
逃してしまいそうなイベントや、他に記念で書けるようなものがあれば、
これから番外編としてまとめようと思いました。



 ぐりぐり、しゃっしゃっ。

 秋の日差し陰り始めた食堂には、いつもとは少し違う雰囲気に包まれていた。

 ウミナちゃんやつばさがパソコンを前にしてかぼちゃに顔を描く。

 

 髪がかからないように後ろで結んだウミナちゃんのうなじが眩しい。

 それはともかくとして。

 

 ことの発端は「ハロウィンだし何かそれっぽいものを作りたいな」という私の思いつきから始まった。

 

『募集:かぼちゃくり抜き係』

 

 じゃあASMRにしてしまおうとつばさが言い出して。

 そうして始まったのが、かぼちゃくり抜きASMR配信である。

 

 いやかぼちゃくり抜きASMRって何……?

 脇に置いた携帯で配信を見ても、困惑するコメントが半分ぐらい流れてる気がするんだけど。

 

「彫刻刀握るのってもう何年前はぴか……?」

「わたしも深海の学校に通ってた時以来です。久しぶりにやると楽しいですね!」

「辛い……年の差を感じさせられて辛いはぴ……」

「は、はぴちゃん!?」

 

 なんか勝手に自傷してるんだけど、つばさ。

 

「賄い、助けて賄い〜!」

「わざわざ配信ミュートにしてまで泣きついてこないでよ」

 

 二人で顔の形を刻んだかぼちゃを持ってきてくれたのは嬉しいんだけど。

 

「賄いさん、次は何をすればいいですか!」

「じゃあ次は……」

 

 ウミナちゃんに言われたところで、ちょうど電子レンジがチンと音を立てた。

 包んでいたラップを外して頭のてっぺんを切り落とす。

 ほくほくと黄色い中身が白い湯気と共に現れる。 

 

「この中をくり抜いて、こっちのお皿に入れてほしいな」

「はい!」

「ほら、そっちも行った行った」

「はいはい、働きますよっと」

 

 私はその間に具材の調理と他メニューの調理をしておきましょう。

 サラダ油を熱したお鍋に一口サイズに切ったベーコンと薄切りの玉ねぎを入れ、しゃこしゃこと炒めていく。

 もうここに塩こしょうやブラックペッパーをかけるだけで一品が完成しそうだけど、それじゃあくり抜きかぼちゃを彩るには足りません。

 

 炒め終わったらいったん火を止め、ソースミックスと水、牛乳を順番に入れてよく混ぜる。

 さらにマカロニを加えれば、もう何を作っているのか一目瞭然。

 今日の晩ご飯はグラタンです。

 

 お鍋の中が沸騰したら火を弱めてもう一味。

 

 じゃん、茹でておいたほうれんそう。

 これひとつで栄養・彩り・味の三拍子が揃っちゃうんですよね。

 ありがたやありがたや。

 

 とそこまでしたところで、私の調理はいったん終わり。

 ちょっとだけ手持ち無沙汰になった私は顔を上げる。

 

「ん? うん、賄いもいるよー。今日はかぼちゃで器作るらしくて、その手伝い中」

「さっきからミルクのいい匂いがしてきてますよね! もうお腹ぐぅぐぅです!」

「そそ」

 

 二人とも談笑しながら、大きいスプーンでかぼちゃの中身を抉り出してくれている。

 

 あら、ウミナちゃんの様子が。 

 スプーンでくり抜いたかぼちゃの身をじっと眺めている。

 ……何となく考えていることが読めた気がした。

 

 ウミナちゃんはそのままスプーンを口へ持って行こうとして──

 

「あ」

 

 じっと見つめる私と目があった。

 ダメですよ、と口の前でばってんを作る。

 つまみ食いが見つかったウミナちゃんは、恥ずかしそうにスプーンを引っ込めてちょっと舌を出した。

 

「でもでも、かぼちゃさんをこのままにしておくのも勿体ないと思いませんか?」

「捨てずになんか作るんでしょ」

 

 さすがつばさ、私がやることを分かってる。

 せっかくかぼちゃを使うんだから、余すことなく使い切らないとね。

 

 さて私は私でかぼちゃをくり抜きましょうか。

 

 

 

 

 

 そうして今日予定していた人数分のかぼちゃをくり抜き終わった頃。

 もう外も暗く、だいぶいい時間になっていた。

 

「それじゃあ今日はここまで! おつはぴー!」

「おつちゃぽーん! 

 また夜の九時からハロウィン人狼に参加させてもらうので、そっちもよろしくお願いします!」

 

 カウンターの向こうで二人が終わりの挨拶をして、配信を終える。

 べちょっと机に雪崩れ込むつばさとは裏腹に、ウミナちゃんはぴんぴんしていた。

 

「つっかれたぁ……かぼちゃのくり抜きって体力使うのな」

「楽しかったですね!」

「結構疲れたのに、うーみんバイタリティあるねぇ……」

「いつも泳いでますから! はぴちゃんも泳いで体力つけましょ!」

「うぇー……あー、カンガエテオキマス」

 

 あ、絶対行かないやつだこれ。

 そんなんだからお腹周りが気になってくるんだぞー。

 まぁそれはそれとして。

 

「二人とも、ちょっと早いけど晩ご飯食べる?」

「食べます!」

「もらうわー」

「じゃあ今から作っちゃうね」

 

 作るといっても、もう一通り中身を詰めておいたからオーブンで焼くだけだけど。

 カウンターの上にずらっと並べたかぼちゃに手を伸ばす。

 

 ウミナちゃんのは大きな丸い目ににっこりとした顔。

 つばさのは細めのつり目にちょっとキザっぽい顔。

 二人がひとつひとつ、寮の人たちをイメージして掘ってくれていたのだ。

 

 かぼちゃにバターを溶かして塗りこみ、グラタンの具材を注ぐ。その上から溶けるチーズをかけてオーブンにつっこめば、後は待つだけ。

 

「二人ともすごいよね、目と口しかないのにしっかり特徴が分かって」

「でしょ。実は温の分も掘ってあんのよ、それ」

「じゃん!」

 

 えっ、と思ったところでウミナちゃんがひょっこりとかぼちゃの顔をカウンターに乗せる。

 そこには垂れ目と少し上がった口角の顔があった。

 

「私にしては結構笑ってない?」

「ここ最近の温はそんな感じよ?」

「みんなのお母さんみたいです!」

 

 ちょっと意外だ。

 私の表情なんてほぼほぼ変わらないものだと思っていたから。

 数人の観察力高めな人たちが気付くぐらいで。

 

 それだけ、私はここでの日々を楽しんでるんだろうな。

 なんて他人事みたいに思ってみたり。

 

「って、お母さん? 私、まだここに来てから一ヶ月も経ってないんだけど」

「それだけ慕われてるってことっしょ」

「賄いさんはいろんな人の悩みを聞いてくれますからね!」

 

 いや、でもこれ結構嬉しいかも。

 一緒に並んでたら、私も本当にここの一員になれたような気がする。

 多分V寮の人たちは優しいから来たばかりの私も認めてくれるんだろうけれど。

 

 こうして形になるとやっぱり違うものだね。

 

「そういえば余ったかぼちゃは何に使うんですか?」

「ん。後で薄力粉と混ぜてお団子にするつもり」

「……世はトリック・オア・トリートとか言ってるけどさ、トリートが完璧すぎてトリックする気も起きないわ」

「これが一流のトリーターなんですね……」

 

 私がトリーターなら多分二人はトリッカーだね。

 そんなことを思いながら、私は自分の顔が彫られたかぼちゃをそっと撫でた。

 グラタンの器に使わないで、乾かして部屋に飾っておこうかな。

 

 ──チン!

 

「っと、できたみたい。オーブン開けるね」

 

 オーブンを引いて開けると、白い湯気と匂いがぶわりと広がってくる。

 溶けたチーズもじゅわじゅわと香ばしい音を立てていた。

 

「おー、いい匂い!」

「早く食べたいです!」

「持っていくから座ってていいよ」

 

 手につけたグローブ越しに伝わる熱を感じながら、お皿に乗せて二人の元へ運ぶ。

 

「はい、ジャック・オ・グラタン。召し上がれ」

 

 美味しい悲鳴が聞こえてくるのに、そう時間はかからなかった。




かぼちゃの煮物ってなんであんなに美味しいんでしょうね。
素朴な甘味があって、口の中で崩れるような柔らかさで。、
作者の好きな野菜の一つです。


リクエストがあればこちらの活動報告へどうぞ。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=245624&uid=51890


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