最強。(なんか最強じゃなきゃだめなんだって。最強) (凍傷(ぜろくろ))
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愛しい子がさ、ある日突然殺されたんだ。

 我が子が死んだ。
 我が子はまるで操り人形だ。
 あれは誰だ? 我が子のカタチをしたバケモノだ。
 我が子は誰に殺された?
 言うまでもないだろう。
 我が子のカタチをした殺人者が我が下へ来た。復讐だとか言っている。
 どの口が言うのだろうなぁ……。
 なんともまあ羨ましい思考回路で……なんともまあ羨ましい人生だ。


 とある世界のとある国。とある者達はいつだって怯えていた。

 それは“最強”に怯える者達の図。

 転生、というものがありふれたものになってからしばらく。

 誰もがいつしか違和感を抱き、やがてそれは恐怖に変わり、涙に変わった。

 

「頑張れっ……頑張れマーサ!」

「んぐぅうううっ!! あ、あなたっ……あなたぁああっ……!!」

「ああっ、居るぞ! ここに居るっ! 俺がついているぞ! もうちょっとだ……! きっと可愛い子だ!」

「んっ、うんっ……! 頑張りますっ……! あなたと、わたしの子のために……!」

「ああマーサ……! ああ……!!」

 

 子を出産するために、苦悶の表情で汗を流すその者は、息を荒げながら最後の力を振り絞るようにいきんだ。

 やがて、子は産まれた。

 夫婦は長い長い苦労の時間がようやく終わったと安堵し、喜び、すぐに助産婦に産まれた子を見せてくれと言った。

 だが───

 

「ぇ───うそ。うそよ、なんで……!」

「そんな……まさか……!! “最強”だ……!! こんなっ……! なんで! どうしてぇえええええっ!!」

「いっ……いやぁああああああああああっ!!」

 

 世に“最強”が産まれるようになってどれほど経ったのだろう。

 恋をし、恋愛を経験し、叶い、結ばれ、やっと出来た子だった。

 しかし出てきてみれば最初から髪の毛がフッサフサに生えそろったバケモノ(・・・・)

 一目で“転生者である”とわかるそれを、成長すると“最強ばかりを目指す存在”を、いつしか人々は“最強”と呼ぶようになった。

 想像してみてほしい。

 愛し合い、結ばれ、散々と苦しんで産んだそれが、おっさんであったなどと。肉体的には血は繋がっているのだろう。だが、中身は別なのだ。

 夫婦の涙は当然で、産まれたばかりなのにオギャーとも泣かないそれを見て、夫婦はただただ恐怖した。

 

……。

 

 が、そんなものはまだいい方だ。

 

「イザヴェイラ、危ないから走り回ってはいけないよ。倒れて頭でも打ったら大変だ」

「だいじょうぶよおとうさま! わたしはそんなにドジではありませんわ!」

「いや、頼む、お願いだイザヴェイラ。頭を打つような行動は絶対にしないでくれ。ショックを受けるような行為もだよ?」

「? おかしなおとうさま」

「…………」

 

 とある公爵家では、我が子にいつだって注意を促す父が居た。

 そしてそれは、妻もメイドも同じ意見。

 けれどもやんちゃ盛りの娘は燥ぎ、拍子に足を躓かせ、頭から倒れてしまう。

 

「イザヴェイラ!?」

「お嬢様ぁっ!?」

「そんな、頭からっ……イザヴェイラ!? イザヴェイラ返事をして! お願い! お願い!!」

「…………、……、あ、えっと。へ、平気ですわ、えーと、お父様? お母様?」

「…………ぁ、ぁあああああぁぁぁ……!! どうして……どうしてぇええ……! あんなに注意しろと言ったのに……! イザヴェイラ……! イザヴェイラァアア……!!」

「ヘルミーナ! ああぁしっかりしてくれヘルミーナ! ~……誰だ貴様は! イザヴェイラをどうした! 娘を返してくれ! 返せえぇえええええっ!!」

「え? え?」

 

 無事に産まれ、“最強”ではないと安堵し、愛情を以って育ててきた子が、ある日頭部への衝撃で“最強”に化ける。

 その際には愛しい子の記憶は全て滅び、全て上書きされてしまうのだ。

 これが残酷でなくてなんだろう。

 公爵夫婦は泣き叫び、困惑する“最強”に恐怖した。

 

……。

 

 世に“最強”が溢れていく。

 捨てても“当然のように奇跡的に生き延び”、理不尽に復讐しにくるのだ。自分は愛しい子の“存在”を奪ったくせに。

 復讐しに来た“最強”はいつだって笑っている。“どうですかこの能力は。これがあなた方が捨てた子の力ですよ”と自慢げに笑い、いたぶるように殺すのだ。

 なんだそれは。力の善し悪しなんてどうでもよかった。ただ子供が、子供として生まれてくれたならそれだけでよかったのに。

 

「返せ……返せぇええ……! 息子をっ……! ダニエルを返してくれぇええっ……!」

「なんでっ……なんであんたなんかが産まれたのっ……! 私はただっ……我が子を胸に抱くのを……楽しみにしていただけなのに……!」

「…………え?」

「なにが“俺を捨てた復讐だ”だ……! 人の子を殺して居場所を奪っておいて、私達に人殺しを育てろと! 我が子を殺した者を育てろと言うのか!? 貴様の頭は一体どうなっている!」

「なにが“最強”よ! そんなものを目指すために周囲を巻き込むなら、生まれ変わる前に努力しなさいよ! 人の子の命を奪っておいて、笑顔で自分の目標だけ叶える!? 頭がどうかしているんじゃないの!?」

「……な、なにを。違う、俺は───」

「ああ……確かに私達は貴様を捨てた! 我が子を殺し、憑依した貴様をだ! いい歳をして子から生まれ変わりやり直そうなどと考えている貴様をだ! やり直す!? やり直すためにまず他人の子を殺すのか! ならば我が子の! なにも成せずに貴様に殺された我が子の無念はどうなる!! 産まれることすらできなかったんだぞ! なにがっ……なにがやり直すだ腐れ外道がぁあああああっ!!

「ねぇ……ねぇあなた……? あなたは生前、親に孝行できたの……? 立派に生きられたの……? そんなことないわよね……“立派だったならやり直そうなんて思う筈がない”……! あなたは───自分の人生から目を背けて、私達の子を殺してここに立っているだけよ!! ふざけないで! 間違ってもあなたなんかが私達を親だなんて呼ばないで!!」

「……ちがっ……ちがう、俺は……」

「……お願いだ。もう、目の前から消えてくれないか。貴様は私達に“自分を捨てた悪魔のような奴”、だなんて言ってくれたな。では訊くよ……聞かせてくれ。私達が貴様を育てる義理が、いったいどこにあるというんだ」

「───!! ……ぁ、……」

「うらやましいなぁ……。私が“最強”であったならば、今すぐ貴様を殺せたのに。我が息子の仇を討てただろうに……」

「………」

 

 捨てられた“最強”も、頭を打って記憶を取り戻した“最強”も、やがて産みの親から受け入れられなくなった。

 受け入れられる方がそもそもおかしかったのだ。産んだ直後、そいつの前世が堕落したおっさんだと知るや、短剣で喉を刺し自殺する女性も少なくなかった。発狂する者も居た。

 “最強”を殺そうとしなかったのは、“こいつと同じような人殺しに成り下がりたくなかったから”だ。

 親だと思う存在が目の前で死んだのを見届けた“最強”も、“当然のように奇跡的に助かり”、成長していく。

 

「すまないが、この学院は“最強”の入学を許可しない。いい加減帰ってくれないか。迷惑なんだ、魔力判定の度に水晶を破壊する、攻撃魔法の的は建物ごと破壊する、そのくせ悪びれもせずに得意顔で居る。……むしろここまで説明しても入学したいなど、頭がどうかしていると思われて当然ではないかね」

「おいふざけろよジジイ。テンプレってもんを考えろっての。入学して俺様の魔力で無双する。んで女どもは俺にキャーキャー寄ってくる。サイッコーじゃねぇかよおい」

「……“最強”に言い寄られた女性は自害するよ。勇者を名乗るくせに、人を洗脳しなければともに歩むことも、体を重ねることも出来ぬ下種どもの集まりだものなぁ、“最強”様は」

「あぁ!? んだとテメェ!!」

「先ほどから洗脳の魔法を使っているようだが、無駄だ。“最強”どもにしてみれば、儂らはゴミクズのようなもの、引き立て役でしかないのだろうな。だが、ゴミクズにも出来ることがある。考えられることがある。……貴様らが“最強”のくせにちっとも“最強”じゃない時がある阿呆どもでよかった。カウンター・ジャッジメント」

「あ? なにっ───ぐぼはぁっ!?」

「女性以外は……いや、女性もだが、他はもっと見下すクズどもだものなぁ。儂程度、どうとでも出来ると近づいてくれてよかった。さ、頭を破壊してからケシズミになるまで燃やし尽くしてくれよう」

「げぼっ……! て、めっ……なに───」

「種を明かすわけがなかろう。時間稼ぎも無駄だ。死ね」

「ひっ……やめビュビッ!?」

 

 ある“最強”は人を見下し罠に嵌まって殺される。

 “最強”は“最強”ではある。が、“最強”のくせに必ず敵に追い詰められる奴が居る。そんな奴は即座に殺される。

 洗脳魔法を持つ者は優先して殺される。勇者であろうと殺される。魔族の被害よりも勇者からの被害の方が大きいからだ。

 そして、もはや“最強”がこの世界の者から受け入れられることなどない。

 どれだけ生前良い者として生きたとしても、もはや“信じられる存在”ではないのだ。

 興味本意で家屋を破壊し、実験しては爆発させて破壊し、自分は笑って済ませるバケモノども。

 モノを破壊して笑うそいつらは、破壊したものを魔法で直して得意顔をするが、そもそも破壊しなければいいだけの話なのだ。何故得意顔が出来るのか。

 

「なんでだよ! 転生モノっつったら俺の幸せのための世界だろ!? おっ、俺はあんたの息子だぞ! おい……おい!」

「貴様が産まれた所為で、妻は自殺したよ。妻は引っ込み思案でなぁ……私にしか気を許さない、他に触れられるのも嫌という、それは気弱な子だった」

「そっ……それが、なんだってんだよ」

「考えてみるがいい。私以外の男を恐怖する女性の腹の中に、自分より長く生きたであろう男が……私達の子の命を奪い、体を乗っ取った下種男が居て、それに語り掛けながら産まれる瞬間を待ちわびた妻の気持ちを。なぁ……何故妻だったのだ。いや……何故貴様は転生なんぞを望んだのだ。人の命を奪ってまで、何故……っ……ぐっ……ぐふっうぅうう……!! 何故だぁああ……っ!!」

「そ、そんなの俺が知るかよ! 妻が死んだって、勝手に死んだだけじゃねぇか!」

「……カウンタージャッジメント」

「俺の所為じゃギュビュウッ!?」

「……赤子が汚い言葉で話すのが当然……か。異世界とは、いったいどのような地獄なのだ……。こんな……こんな、この世界にとっての害になるクズどもばかりが居る世界があっていいのか……」

 

 ……人は成長する。

 “最強”ばかりが産まれ、自らの子が産まれることが稀になってくると、人々はやがて一つの魔法を完成させる。

 カウンタージャッジメント。

 罪を犯しておいて反省の色もなく、他人を罵るようなクズどもに特攻する魔法。

 罪に対して無関心であればあるほどダメージが高くなり、対象の心臓を魔力吸収の棘まみれにする。

 そもそも“最強”(てんせいしゃ)にしか効かない魔法であり、対象が絞ってあるためか消費魔力も少ない。

 だが……これがこの世界を終わらせることになる。

 産まれてくる子供全てが“最強”になったのだ。

 最後の人であった老人がやがて息を引き取る時、傍に居たのはやはり“最強”で。

 嫌われてもなお彼を慕っていた“最強”の少年に、老人は言い残した。

 

「争いも諍いも、騒がしさも気持ちの悪い競い合いも……なにもいらなかった。……返してくれ……儂らの平穏を……ただ穏やかに笑っていられた平穏を……返してくれ……」

 

 “最強”が産まれ……いや。“生まれ”始めてから、日々はひどく歪になった。

 元々が穏やかだった世界は、“最強”同士の諍いに巻き込まれ、変わっていった。

 頭がおかしいくらいに最強にこだわる“最強”、スローライフがしたいと言っているくせに最強になっている“最強”、口ではやさしいことを言いながら結局は力ばかりを求める“最強”。最弱職がどうとか言っておきながらなんか最強になり、べつに首を突っ込まなくてもいいところに突っ込んでいく“最強”。

 最強どもはやがて最強の中から“最強”を見つけるために争いを始め、この世界の者たちが過去から現在まで懸命に作り上げてきたものを蹂躙していった。

 

 

  ……残ったものは。

 

  “最強”どもが過ごしやすいだけの、名残りもなにもない腐った世界だったという。

 

  やがてそんな腐った世界を見限る“最強”が死に、別の世界へ転生する。

 

  世界はゆっくりと、“最強”に食われていった。

 





 なろうのランキング見てて、ふと頭に浮かんだ短編。
 最強を目指す! とかなら「がんばえー!」ってなりましょう。
 〇○○○たら最強でした! ってお前……。
 転生モノの母親ってほんとすごいよね。僕男だけど、自分の体から中身おっさんが出てきた、なんて状況になったら頭おかしくなると思う。


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