神藤久遠の一人語り ~鬼舞辻 無惨の娘である私は、こうして育ちました~ 本当はあったかもしれない鬼滅の刃外伝《休載中》 (みかみ)
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登場人物紹介(第一章読後 推奨)

とりあえず、第一章時点での登場キャラ紹介です。第二章以降も順次更新予定です。
※タイトルにも書きましたが第一章のネタバレを多分に含みますのでご注意ください。


 神藤(鬼舞辻)久遠♀

 

 年齢:4歳(精神年齢8歳) 身長:95cm 体重:14kg 

 本作のメインヒロインにして主人公。父:鬼舞辻 無惨と人間の母の間に生まれた半人半鬼。そのため、本来の鬼にはない特異な体質と能力を持つ。幼児期健忘症に該当せず、お母さんのお腹に居る頃からの記憶を保持しているため、実際の年齢より四年ほど精神年齢は高い。

 性格はワガママほうだいの、徹底的に甘やかされたお嬢様。四歳にして上弦の鬼をも凌駕する強さを持っているため、なお始末に悪い。そんな肉体的に強さの反面、気の弱い面も持ち合わせるガラスハート。特に家族の愛情に飢え、臆病な面を隠し切れずに見せてしまう。

 自分の中にある父の血「原初の血」をまだまだうまく操れず、暴走させてしまう反面、正気に戻ると人の感情が後悔を生ませるという悪循環が彼女を悩ませている。

 

 

 ◇

 

 

 神藤あまね♀

 

 年齢:14歳 身長:155cm 体重:45kg

 久遠の姉にして、将来の産屋敷あまね その人。

 久遠とは十近くも年が離れているが、それは人間である前夫と母の間に生まれた子のため。つまりは生粋の人間で、無惨様の血はかよっていない。

 性格は明るく、お姉さん肌。言いたい事はハッキリと言い、同年代のガキ大将にも怯まない。 寺の仕事が忙しい母の代わりに久遠の面倒を見ていた為、妹の久遠には母同然になつかれている。父と一緒に姿を消した久遠を心配している。

 この頃はまだ濡れ鴉のような漆黒の長髪であり、久遠の髪が長かったのは姉に憧れていたため。ある事件がキッカケで髪が白くなり、鬼に対して容赦しない冷酷な性格となってゆく。

 

 

 ◇

 

 

 神藤華音♀(久遠の母)

 

 あらあらうふふの、おっとり癒し系天然お母さん。

 第三章にて登場予定。

 

 

 ◇

 

 

 神藤喧吾♂(久遠の祖父)

 

 齢七十にして剛槍を振り回す巨漢の頑固爺。だが娘と孫には激甘。

 第三章にて登場予定。

 

 

 ◇

 

 

 デンデン丸♂(鼓鬼:響凱)

 

 年齢:24歳くらい? 身長:170くらい? 体重:70kgくらい?

 久遠、一の家来。猿。

 無惨様から特に命令されたワケでもないのに変なアダ名を付けられ、久遠のワガママに付き合わされる苦労人。本当は作家になりたかったのに大成せず、趣味だった鼓打ちで大成してしまった。それゆえに、鬼化しても鼓鬼となっているのが哀愁を誘う悲しい人。人間であった頃からの願いである「後世にまでのこる大作」を執筆するため、久遠の家来になる。だが親である無惨様に逆らうことはできない。

 血鬼術はこの作品オリジナルとなる「迷宮御殿」。その場にある空間を歪め「あちらとこちら」を繋げる異能を持つ(通りぬけフープ )。本当は鼓を打つことで原作通りの刃を放つことが出来るのだが、久遠が強すぎて出番がない。

 

 

 ◇

 

 

 ドロ助♂(沼鬼)

 

 年齢17歳くらい? 身長160cmくらい? 体重60kgくらい?

 久遠、二の家来。犬。 

 久遠が無限城から家出した際、最初に見つけた伊賀流の里にて出会う。没落した伊賀忍を復興させ、一旗あげようと苦心するが、他でもない父である村長に咎められ、村一番の大樹に縛られたトコロで久遠と出会う。

 性格はわんぱくで、主人となった久遠にも丁寧な言葉で話せない。村では変わり者扱いされていたため、女っけもないし、自分で作った忍具もイマイチの出来。おまいら。

 血鬼術は「沼空間」、キチンとした名前は考えちゅう。響凱と同じく原作通りに分身もできるが、これまた久遠が強すぎて出番がない。

 第一章終盤で響凱との「合体血鬼術」に目覚めた(通り抜けフープが進化してどこでもドアに)。

 

 

 ◇

 

 

 鬼女医:珠世♀

 

 年齢:?? 身長150cくらい 体重:??

 久遠が家出した際に出会った鬼女医さん。麓の村で臨時の医者をしていた際に出会った難病の少年を癒す特効薬を求めて青山高原に向かう。この時すでに人肉を絶っており、検査と称して患者から抜いた血液を頂戴している。

 普段はのんびり温厚な、まったりお姉さん。ドジっ子属性も持っていて完璧(?)

 だが騙されてはいけない、彼女を怒らせはならない。――とは、愈史郎君談。

 

 

 ◇

 

 

 助手:愈史郎♂

 

 年齢:?? 身長155cmくらい。 体重50kgくらい。

 鬼女医である珠世に付き従う犬。ではなく、助手。だが原作ほど心酔してはおらず、どちらかと言えば彼がお兄さん的役目を果たすことも。最近は、ドジっ子な珠世先生の尻拭い役ばかりで溜息が多い。

 

 

 ◇

 

 

 上弦の肆:半天狗♂

 

 年齢:? 身長:?? 体重:???

 父である無惨様に連れられた、久遠のお守り役兼監視役。何気にこの物語では一番、原作から改変されているキャラ。

 無惨様との出会いは古く、平安の世にはすでに鬼になっていたと思われる。かつて藤原千方に付き従った「藤原の四天王」が一匹の鬼となった姿。そのため藤原千方と鬼舞辻 無惨という、二人の主を持つ事が許されている。地元の伊賀では神格化されて信仰の対象にまでなっていたが、あわれ鬼舞辻久遠様に蹂躙されてしまった。

 

 

 ◇

 

 

 上弦の陸:堕姫♀

 

 年齢:ひみつ♪ 身長・体重:ひ、み、つ♪

 半天狗と共に久遠のお守り兼監視役を任ぜられた。鬼ヶ島での久遠のお姉さん。だがあるキッカケで久遠が半人半鬼だと気づいてしまい、久遠が「影武者」でしかないと悟る。

 ないす、せくしいばぁでぃ(古語。

 

 

 ◇

 

 

 鬼舞辻 無惨さま♂♀

 

 詳細不明、愉悦部所属。思わせぶりな行動と言動ばかりする困ったちゃん。ラスボスに最適。 



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第一章:久遠四歳 桃太郎と仲間達
第1話「生まれました!」


 初めましての読者様は初めまして。「本当は~」からの読者様はお久しぶりです。
 
 さてこのお話は外伝となるわけですが、前作とは違いなるべく明るい雰囲気を意識してお話を作っています。まあ、前作がアレなので終盤はアレがアレになりそうではあるのですが(アレトハナンダ
 なるべく未読でも理解できるように書いておりますが、前作の本編「本当はあったかもしれない鬼滅の刃」を読んで頂ければもっと面白いと思いますよ!(宣伝

 まあ、ともかく。
 今作もまったりとお付き合いくだされば幸いです。どうぞ、よしなに。


 いきなりですが、唐突(とうとつ)不躾(ぶしつけ)な質問をさせて頂きます。

 

 貴方は、鬼という存在を信じますか?

 

 …………………………………………。

 

 ああっ、待ってまってっ! そんな危ない奴と関わってしまったなんて顔をして逃げないで!! 常識外れな質問をしているという自覚はありますからぁ!!!

 

 ……こほん。

 いま皆さんが反応してくださったように、鬼なんてあくまで物語上の怪異。現実になんているわきゃありません。それが大正の世における常識で、皆さんはその常識という名の線路に沿った人生を歩んでいるわけです。

 ではその線路から一歩、道を踏み外してみたらどんな世界があると思いますか? そこにはどんな世界があり、どんな常識があり、どんな生き物が住んでいるのでしょうか。

 

 そしてこの私こそがその「踏み外した世界」の住人で、皆さんをお迎えに参上したのだとしたら。

 

 …………おっ? 今度は逃げませんでしたね? ということは、多少なりとも興味を持って頂けたと推察いたします!!

 この私に見つかるくらいです。貴方も線路に敷かれた道をただ歩く人生に違和感を持ったクチでしょう。

 

 実は私。半分は人で、半分は鬼なんです。

 

 ふふっ、今何を馬鹿なと思ったでしょう。ですが真実も虚構(きょこう)も、今の私達にはどちらでも良い事柄です。なぜなら貴方は、私の人生における天上の傍観者に選ばれたのですから。そうそう、そこらの書店にある伝記本を手にとったくらいのつもりで、ねっ?

 

 私の名は神藤 久遠(かみふじ くおん)。またの名を、鬼舞辻 久遠(きぶつじ くおん)

 この国でただ一人、原初の鬼とよばれる鬼舞辻 無惨の血を継いだ者。

 

 私が生きるべきは、鬼の世か。もしくは人の世か。

 愛するべきは人なのか、それとも鬼なのか。

 すべてはこの先の物語にて、お話しいたします。

 

 それでは短くはなりましょうが、少々お時間を拝借したく。

 

 どうかお付き合いのほどを――。

 

 

 ◇

 

 

 時代は大正、世は乱世。

 大日本帝国という名の国は世界へと視線を向け、富国強兵という政策が始まってからはや四十年という月日が経過していました。

 日清戦争や日露戦争といった戦いに勝利し、国全体が活気に満ちていた頃。実は国内にもとある戦乱があったという事実は、歴史書に記載するまでもないような些細(ささい)な出来事でした。それでもそこで刀を取った人がいて、(とうと)い命も失われていた事実は確かに存在したのです。物語はそんな時代に、この世に生を受けた一人の少女の生誕から始めましょう。

 

 この私、鬼舞辻(神藤)久遠は生まれ出た時から異端でした。

 とは言っても、別に川からどん ぶらこと流れてきた大きな桃の中から生まれたわけじゃあ、ありません。半分は鬼なのに桃から生まれるなんてあべこべですもんね。え? そういう意味じゃない?

 

 実は私、母様から命を授かった瞬間から今までの記憶を鮮明におぼえているのです。

 聞き手の皆様からすれば、幼児期健忘症という言葉をご存じの方もいらっしゃるかもしれません。曰く、物心がつく以前の記憶を未熟な脳では書きとめきれなかった事によるごく自然な記憶喪失ではあるのですが、まれに母様の胎内にいた頃からの記憶を持ち続ける者も存在するのです。

 まるで暖かいお風呂の中に居るようなまどろみから、いきなり冷たい外へと飛び出た感触は言葉では表せぬほどの衝撃でした。おぎゃあ、おぎゃあと泣くのは、もしかすると赤ん坊による精一杯の苦情なのかもしれませんね。

 それでも産湯に浸かり、母様の胸の中に包まれる感触は暖かなものです。純粋に体温が伝わるというだけでなく、愛情という名の温もりが伝わってくるのですから。

 対して赤子の私は、母の隣に奇妙な人が居るのにも気付いていました。姿形は他の人と何ら変わりないのに、どこか違う人。それが自分の父親であるらしいことも理解しています。この時点で私は、もしかすると。もうすでに他の子とは違っていたのかもしれません。

 

 私がうまれ出た家はそれなりに裕福で、それでいて他の人から尊敬を受けるような神社でした。周囲にある家より明らかに立派で、そして奥には大きな仏像が沢山あり、毎日のように多くの人が祈りを捧げていきます。

 赤ん坊の私は日のささぬ一室でお留守番、一人ぼっちの時間が多くあったように覚えています。それは私の姉や母もまた、巫女として従事しなければいけないお仕事が沢山あったから。ですが寂しいと思うこともありません。私の生まれ持った鋭敏な感覚が、瞳に写さずとも千客万来な(にぎ)わいを見せてくれていたのです。

 そんな私を母のようにお世話してくれたのは、だいぶ歳の離れたお姉ちゃん。名を、神藤あまねさんといいました。まるでもう一人の母のような存在で、私がぐずれば駆け寄り、優しい声で絵本を読んでくれたのです。

 

「むか~しむかしの、ことじゃった~。おじいさんは山へしば刈りに、おばあさんは川へ洗濯に…………」

 

 子供ならば誰しも「英雄譚」というものに憧れを抱きます。

 私は女の子でありながら「桃太郎」の絵本が大好きでした。正義の名のもとに悪人をこらしめる。そんな勧善懲悪(かんぜんちょうあく)が正しい大人の姿だと信じきっていたのです。

 それと同じくらい、柔らかくも暖かい声色で眠りの世界へと誘ってくれる。そんな、一回りも歳の離れたあまねお姉ちゃんが大好きでした。私は将来、必ず「ももたろう」のように勇敢で、そして「あまねお姉ちゃん」のように優しい人になろうと決めていたのです。

 

「――――幸せに暮らしたとさ。めでたし、めでたし…………ふぅ」

「ねえちゃ、ねえちゃっ!」

 

 まだ言葉がうまく操れないなりに、私は「もう一度読んで!」とせがみます

 

「久遠は本当に桃太郎が大好きね。……喜んでくれるのはいいんだけど、寝てもくれないのよね。はいはい、もうオネムの時間だよ~」

「ううう~…………」

「そのかわり子守唄を歌ってあげるから、ね?」

「っ、うん!」

 

 桃太郎の絵本と同じくらい、私はあまねお姉ちゃんの歌う子守唄で寝るのが大好きでした。

 この時においてだけは確実に、私は祝福された存在だったのです。そんな幸せな時が続き、これまでと変わらない生活がずっと続いていくんだろうなぁと、現実を楽観視していた頃。

 

 私、久遠が三歳の誕生日を迎えた日から物語は動き出します。

 この頃はまだ、人と鬼の区別というものがまったくもってついていなかったのです。

 

 

 

 

「久遠、たまには父さんとお出掛けでもしようか?」

 

 ある日の夜。

 普段は外出しがちな父が私にそう、声をかけてきました。ですがまだまだ幼い私は言葉をうまく口にできません。

 

「おで、かけ?」

「そう、おでかけだ。父さんの家来が沢山いる、とっても楽しいところだよ?」

「いくっ!」

 

「楽しいところ」という父の言葉に、当時の私は即座に反応します。

 今思えば、ここが幸せな暮らしの終わりを告げた瞬間だったのかもしれません。しかして私は、めったに遊んでくれない父からの提案に舞い上がってしまったのです。いつもならさっさとお風呂に入って寝ますよ! と言われる時刻からのお出掛けというのも私の興奮を加速させてくれました。

 そう、それから五年もの間。……母とも姉とも会えない生活が待っているなど夢にも思わなかったのです。

 

 周囲がぐにゃぐにゃした、自分が今どこに足をつけているかも分からない時が終わると。その先は、大きな木の家がからみ合っている不思議な場所でした。

 耳にはジャンジャンと鳴る琵琶(びわ)の音が常に耳へと響き、上下左右、どこを歩けば良いのかさっぱり検討もつきません。

 

「父さん、ここどこ?」

 

 私は隣で手を繋ぐ父を見上げ、そう問いかけました。

 

「ここはね、父さんの家来が作った『鬼ヶ島』だ」

「――っ、おにがしまっ!」

 

 父の言葉を聞いて、三歳児である私の心は沸き立ちます。

 それというのも、あまねお姉ちゃんへ毎日のように読んでとせがんでいた「桃太郎」の世界が、現実のものとして目の前に現れたのですから無理もありません。

 ここは絵本に出てきた島でも、岩山にあいた洞窟でもありません。それでも本当の鬼ヶ島はこんな風景なのだと、私は疑うことを知りませんでした。その証拠に、廊下の両脇で平伏しながら出迎える人達の瞳は赤く、(ひたい)には大小様々な角が生えていたのです。

 不思議に思った私は、そっと父の耳に口を寄せて訊ねました。

 

「……ねぇお父さん、なんでみんなツノが生えてるの?」

「…………、何を言っているんだい? 久遠にも可愛らしい角が生えているじゃないか」

「ふえっ?」

 

 周囲に聞こえないような小声で父にそう返された私は、慌てて自分の額に手をあてます。すると確かに可愛らしい、それでいて黒曜石のごとく黒光りする鉱物のような角が生えていたのです。

 混乱する私から父は目を離すと、二人の鬼へ声をかけていました。

 

「――堕姫、半天狗」

「ハハァッ」

「御身の前に」

「……しばらく、この子の世話を頼む」

「「御意にございます」じゃ」

 

 いつもの父からは想像もできないほどに静かで、冷たい声でした。私にはあんなに優しい声で話しかけてくれるのになんなんだろうって。ですが当時の私は、それが大人の会話なのだとしか思いません。

 

「貴女が噂の『おひいさま』?」

 

 淡々と話が進んで理解が及ばない私に、父から私を託された女性が声をかけてきました。ちょっと、いやかなり服装がだらしないけど、とっても綺麗なお姉さんです。

 

「はじめましてっ、きぶつじ くおんですっ!」

 

 初めて会った人には挨拶をしなさい。あまねお姉ちゃんに教わったとおりに私が挨拶すると、お姉さんは嬉しそうに微笑んでくれました。

 

「どうもぉ、初めまして~。アタシの名は堕姫よ、よろしくね?」

「うんっ!」

 

 綺麗だけど、なんかちょっと怖い目。なんで目に文字が書いてあるんだろう? しかもお顔に花が書いてある、変なの。そう思いつつも良い子の私はそれを口にしたりしません。

 どうやらこのお姉ちゃんが私を案内してくれるようです。お父さんは忙しく常に外出していましたから、一般の子供達が満喫するであろう家族の団欒に父の姿はそもそもありません。それがもう、当たり前になっていたのです。

 

「さあ、新しいお家の探検にでかけましょうか。おひいさま」

「……私、おひいさま? おひいさまってな~に?」

「御姫様って意味なのよ。久遠ちゃんにはぴったりね」

 

 そう言われて悪い気はしません。あまねお姉ちゃんに読んでもらった沢山の絵本には、お姫様という女の子も出てきていたのです。

 今の私はそんなお御姫様にうりふたつ。桜模様の明るい着物に赤いかんざし、腰まで伸びた黒髪はあまねお姉ちゃんが(クシ)を通してくれたお陰でサラサラです。

 

「えへへ……、私がお姫さま?」

「そう、久遠ちゃんはお姫さま。あの御方の大切な………………、そして私にとってはこの上なく憎たらしい子」

 

 堕姫お姉ちゃんの最後の言葉は酷く聞こえにくい、小さな声でした。でも当時の私はそんな人の機微に気付くわけもなく、ウキウキしながら新しい遊び場へと探検に出かけたのです。

 

 ぽつりと残った、一人の老鬼を残して……。

 

「ワシの役目でもあるのじゃがのう……、ヒィ」




 さてさて、始めてしまいましたよ外伝です。
 始めた以上、なんとかして完結させなければいけません。目標は年内! かな(汗
 長々と書いてしまう癖のある私ですので、今後は短くまとめられればいいなあ。

 無理だろうなあ。。。(汗
 週一更新のだるさではありますが、今作もよろしければお付き合いくださいね。
 宜しくお願いします!


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第2話「鬼って、なぁに?」

 まったり進行でお送りしております。
 外伝の第二話です。
 本編では綺麗で頼りがいのある強いお姉さんな久遠さんですが、このお話ではまだまだ三歳児。
 己の欲望と本能に突き動かされる久遠ちゃんの姿をお楽しみください(笑


 この私、鬼舞辻(神藤)久遠が父に連れて来てもらった鬼ヶ島には、いろんな鬼が沢山住んでいました。

 多分、皆さんがこの光景を見たのなら「こんな所の何処が面白いの?」と言うでしょう。別に公園に設置されているような遊具がある訳でもないし、大量のおもちゃを買ってもらったわけでもありません。

 

 じゃあなんだよと問われれば……、そうですね。この鬼ヶ島全体がお化け屋敷だったと言えば理解してもらえると思います。

 見上げれば数え切れないほど数多くの部屋があり、鬼達の暮らしがあり、自己紹介だけで一生が終わってしまいそうなほどです。これが他の人なら化物の巣窟だと恐れたのでしょうが、まだまだ幼い私にとって鬼が何であるかなど知るよしもなかったのです。

 

「半天狗のおじいちゃん、今日も鬼ごっこしよっ!」

 

 私が母様の胎内から生まれでて三年の月日が過ぎ、この頃にはもうだいぶ言葉も覚えたようでした。

 

「ヒイィィ……おひいさま。儂一人でも逃げ切れぬのに、喜怒哀楽の鬼に力をさいてはすぐさま捕まってしまいますぞぉ……」

 

 今の私はお姫様であると同時に、鬼ヶ島にやってきた桃太郎でもありました。

 桃太郎のお仕事はヤァヤァと叫びながら鬼達を追い掛け回すこと。鬼ごっことしては役割があべこべではありますが、当時の私はあまねお姉ちゃんが読み聞かせてくれた絵本の主人公になりきっていたのです。

 

「いつも通り、その大きなたんこぶを叩けたら私の勝ちねっ!」

 

 この半天狗、老けた見た目の割にすばしっこくて中々捕まえられません。それに加えて奇妙な分身の術を会得しているのです。

 

「ヒィィ……早う、早う儂を連れて逃げておくれ可楽!」

「たのしいのう、楽しいのう。今日こそは逃げ切ってみせるからのう!」

 

 身体が半分に割れ、若々しい二本角をもった鬼が現れると不思議な(おうぎ)で私を吹き飛ばそうとしてきます。本体は小人のように小さくなって髪の中。

 ですがその技は昨日、もう見ていますっ!

 

「風だけじゃあ、つまんないよっ! ねぇねぇ、もっと楽しい鬼がいるんでしょ? もっと、もっと出してよぉ!」

「ヒイィィィィ――――……っ!」

「たのしいのう、鬼ごっこは楽しいのうっ!!」

 

 まるで狂気の塊のような鬼ごっこでした。半天狗の繰り出す弾丸のような風を縦横無尽に躱しながら、私は上下左右に揺らぎ続ける鬼ヶ島の中を走り抜けます。

 私は父の、鬼舞辻 無惨の娘。

 この鬼ヶ島(無限城)に居る鬼の誰しもが、その事実を疑いはしませんでした。その証拠とばかりに私は、三歳にして上弦をあしらうまでの力を手にしていたのです。

 今思えば、この鬼ごっここそが私の旅支度でした。鬼は人のように大げさな手荷物も必要ありません。必要なのは一つだけ、例え孤独になろうとも生きぬく力。それだけがあれば良いのだと、かたくなに信じていたのです。

 

 

 

 そんな、まだまだ幸せな生活が続いていた。――ある日のこと。

 毎朝の日課となった屋敷内のお散歩を、私はもう一人のお世話役である堕姫お姉さんと一緒に楽しんでいました。

 そんなおり、私は床材の木板の段差につまづき、ゴッツンころりんこしてしまったのです。

 私とて神ではありません。たとえ三歳にして上弦を追い掛け回そうが、木から落ちたり筆を誤ったりもしてしまいます。

  

「うっ……うぇ…………」

 

 その時の私はまだまだ幼稚で、言葉よりも泣くか笑うかで感情表現をする生き物でした。

 ひざ小僧からジンジンとした感触が伝わり、これが痛みというものだと認識した瞬間。条件反射のごとく瞳から涙があふれてきます。

 

「うえええええ――――――――っ!」

 

 私は大げさなくらい、声を出して泣きました。

 幼児の泣き声って痛みだけではなく、「怪我しちゃったよ、可愛そうなんだから私にかまってよ!」という意味も含まれるんですよね。今思うと汗顔(かんがん)の至りではありますが、まぁ幼児なんてそんな生き物でしょう。

 

「あらあら、どうしましたおひいさま。ちょっとつまづいたくらいで…………」

 

 かまってちゃんな当時の私に対して、堕姫お姉さんの反応はひどく冷めたものでした。

 ですがそれは、決して堕姫お姉さんが薄情だというわけではなく。

 

 鬼に痛覚など存在しないという常識があるためだったのです。

 それに加え、私のひざ小僧から血が流れて止まらない光景を見て。

 

 堕姫お姉さんは、まんまるに両目を見開いたのでした。

 

「……血が止まらない? 傷が、塞がらない……っ!?」

「…………ふぇ?」

 

 一応はかまってもらえたので泣きやんだ私でしたが、今度はなぜ驚いているのかが理解できません。

 私にとって、怪我をしたら血が流れるのはごく当然の摂理。しばらくはこの痛みを我慢しなければならないのも、「人ならば」当たり前すぎて説明するまでもありません。

 

 しかしてここは鬼の城、鬼ばかりが住む鬼ヶ島です。

 

 父、鬼舞辻 無惨の娘である私にも当然、鬼の血は流れているわけで。堕姫お姉さんは、私が怪我をする生き物だと知らなかったのも無理はありません。

 

「お姉ちゃん、いたいのいたいのとんでけ~して?」

「……え、痛い? おひいさま、痛いのっ!?」

「転んだら痛いのはあたりまえだよ…………」

 

 神藤神社に居た頃であればこんな時、義理の姉である あまねお姉さんはよくおまじないをしてくれました。

 柔らかくもあたたかい布で傷口を抑え、私が泣き止むまで「痛いのいたいの、とんでいけ~」と言いいながら頭を撫でてくれたのです。当時の私はそれが当たり前で、いま目の前にいる堕姫お姉さんもしてくれるはずだと思い込んでいました。思い込んで、いたんです。

 

 ですが……、

 

「もしかしてこの子、……半分は人間っ!?」

 

 そう言った時の彼女が見せた反応は、今でも鮮明に覚えています。

 まるで化物を見たかのように驚いて飛び退り、これまで優しかった瞳が急に細くなって私の顔を射抜いてきたのです。私は知りませんでした。そこは鬼ばかりが生活し、父が支配する無限城なのだということを。

 そして此処における人間という生き物は、……皆にとって食料でしかないということも。

 

 

 ◇

 

 

 それからというもの、私の鬼ヶ島(無限城)での生活は急に寂しいものへと変わってゆきました。

 別段、爪弾きにあっているわけではないのですが、どうにも私を避けているような印象を受けたのです。

 

「こんにちわ~」

 

 神藤神社に居た頃、あまねお姉ちゃんに「挨拶はちゃんとしなきゃダメ!」と言われていた私は今日も元気よく声をかけます。

 ですが、ほら。

 

「こっ、これはおひいさま。ご機嫌うるわしゅう……、すみませぬが急いでおりますので…………」

「むう~~…………」

 

 みんながみんな、こんな感じです。

 昨日までは私とのおしゃべりにも優しい笑顔でつきあってくれたのに……。まるでもう此処にいちゃいけないような気がして、私の気分も沈んでいく一方です。

 これは後から知ったことなのですが、私の体に父の血が流れていることも皆は当然のごとく気付いていました。でも皆、私に頭を下げているわけではなく、私の後ろに見える父に頭をさげていたのです。

 千年もの間つづく鬼の歴史の中で、私は初めて生まれた鬼と人の混血です。そんな私にどう接するべきなのか、下手に何かをすれば父の怒りに触れてしまうのではないかと恐れられるのも無理はありません。

 まぁ、本当はもう一つ理由があるのですが……、そのお話はまた今度に致しましょうかね。

 

「なんで、どうして誰も久遠と遊んでくれないの……?」

 

 しかして当時の私にそんな事情が理解できるはずもありません。

 私はただ、鬼の皆に嫌われているのだという誤解を宿したまま。いつしか自室に引きこもり、中身のない毎日を過ごすようになってゆきました。

 

「もう、お家にかえりたいな……」

 

 布団の中で思い出すのは神藤神社での生活。

 祖父がおり、母がおり、そして あまねお姉ちゃんの優しい笑顔が当たり前にようにあったあのお家。けど私がどれだけ泣き喚こうが、父は決して神藤神社へ帰してはくれませんでした。そんな父に不満をもった私は無限城に来てから一年後、ついに暴走することになります。

 

 そう、

 

 家出です――――。

  

 

 

 

 

「おひいさま、小生は。小生は、どこまでお付き合いすればよろしいのでしょうか?」

「いいからっ、さっさと私を肩車して歩きなさいデンデン丸! もちろん楽しい太鼓の音も聞かせてね?」

 

 家出という名の大冒険を決意した私は、一人の家来を連れてゆくことにしました。

 え? 家来なんていたのかって?

 もちろんです、だって私はお姫様なのですから。えっへん。

 

 と同時に、当時の私は桃太郎にもなりきっていました。

 はじめての家来は猿。ではなく、体中に太鼓を付けたオジさんです。名は響凱(きょうがい)といいましたが、幼い私には難しい発音です。なので「デンデン丸」と呼ぶことにしました。理由はいつも太鼓をでんでんと鳴らしているからです。

 天才か、当時の私。ひどすぎる仇名だぞ。

 そんなデンデン丸に肩車をしてもらいながら、太鼓の音と共に行進し、この無限城の出口をひたすら探します。当然の事ながら、そう簡単に見つかるわけもありません。なぜなら、そもそも出口なんて存在しないのですから。

 

 しかしそれとて私は予測済み。

 こんなこともあろうかと、ある秘策を用意していたのです!

 

「……ここまで来れば、お父さんにも見つからないかな。さあ、デンデン丸。約束どおり、ご褒美をあげるね?」

 

 肩から飛び降りた私は、背が高いデンデン丸を見上げるとニコリと微笑みます。

 そのご褒美とは、背中に担いだ大袋の中身にありました。

 

「隠れ蓑・隠れ傘」「打ち出の小槌」そして「延命袋」。

 

 実はコレ、父の部屋からくすねてきた「三種の神器」と呼ばれる鬼ヶ島(無限城)の秘宝なのです。

 世の中は持ちつ持たれつ。ハイカラに言うなら、ぎぶあんどていくです。ただ頭ごなしに命令するだけでは部下の心を得ることなどできません。

 ならばと私は、これから家来にする「猿・犬・キジ」の願いごとを叶えてあげようとしたのです。桃太郎でいうところの「きびだんご」ですね。

 

「……おおっ、おひいさま。まさか、まさかソレを小生…………、に?」

「全部じゃないよ? これから犬とキジも家来にしなきゃいけないんだから。これでデンデン丸の願いは叶うかな?」

「それはもちろん――――。…………いえ、申し訳ありませぬ」

 

 最初は宝物を前にしてヨダレをたらしそうな勢いだったデンデン丸は、一転して顔を曇らせ、謝罪の言葉を口にします。

 

「だめなの?」

「おひいさまのお気持ちは、小生にとって法外なもの。ですがお許しくだされ、小生の願いは己の手のみでしか成しえないものですゆえ……お気持ちだけを、ありがたく」

 

 私の前で膝を折り、謝意を伝えるデンデン丸。

 ですがそれでは物語になりません。桃太郎は「きびだんご」を与えて「家来」を集めるものなのです。

 

「なら、デンデン丸の願いって。……なに? 久遠には叶えられないもの?」

「おそれながら……、小生の願いは『一生に一度の傑作』を書き上げることです。この先、数百年という月日が流れようとも人々の間で読まれ続けるような、そんな物語を」

 

 彼が言うにデンデン丸こと響凱は人であった頃、売れない作家として苦悩する毎日を送っていたそうです。

 どれだけ書こうが芽は出ず、師匠には筆を置けと怒鳴られる毎日。

 そんな生活の中で、唯一の楽しみであったのが鼓打ちでした。本人の想いとは裏腹に自筆の作品は日の目を浴びず、それに反するかのように副業であった演奏家としての評判ばかりがたかまってゆく。

 他人から言わせれば人間時代の響凱とて一角の財を成した人物だと写っていたことでしょう。ですが彼の望みは演奏家としての成功ではなく、莫大なお金でもなく。

 才に恵まれなかったとはいえ、もっとも夢中になれた小説家への夢だったのです。

 

 当時の私は、そんな彼の想いを打ち明けられて考えました。

 

 そして、名案がピカンと閃いたのです!

 

「ねえ、デンデン丸。なら、久遠といっしょに来て『久遠の物語』をかいてよ」

「…………おひいさま?」

「ね? 久遠はこれから冒険をするの。桃太郎の絵本みたいな大冒険で、英雄さんになるの。デンデン丸はそんな久遠の、初めての家来になるの」

 

 突然の言葉に、彼は呆然と私の顔を見上げています。

 

「小生が……。小生がおひいさまの伝記を書かせて、いただけるのですか?」

 

 ニッコリと満面の笑みを浮かべる私と喜びの涙を浮かべるデンデン丸。どうやら満足してもらえたようです。

 

「うん。だからね、久遠の家来になってよ。お父さんの家来じゃない、久遠だけの家来になってよ!」

「もちろん、もちろんでございますともっ。この響凱、おひいさまのお傍で一生を書き留めさせて頂きまする!」

 

 木の床にひたいをゴっつんこさせながら、デンデン丸は私の前にひれふしました。

 

 ふふふ、すべては私の計画どおりなのだ!

 そうなれば、あとはこの鬼ヶ島から脱出するだけです。先ほども申し上げた通り、父の居城である無限城に出口はありません。当時の私は知る由もないことでしたが、琵琶女と呼ばれる鬼が父以外すべての鬼を出入りさせているのです。

 当然のごとく、私が出たいと駄々をこねても出られるわけもなく。だからこそ、鬼の中でも特異な血気術をもった彼を第一の家来にしたのです!

 

 目の前にはどこにでもある、何の変哲もない木板の壁。

 

 出口がない? なら出口を作ればいいではないですか。

 やはり私、天才ね。

 

 デンデン丸こと響凱の空間系血気術「迷宮御殿」の力により周囲の景色が絶え間なく変化し、うつろい。そして、一つの道が開かれます。奥は真っ白で何も見えませんが、その先には確かに鬼ではなく、人の居る気配が感じられました。

 それだけで、当時の私は身震いするほどの冒険心を掻き立てられたのです。

 

「さあ、デンデン丸。冒険の始まりだよっ!」

「ははぁ――――――っ!」

 

 余談ではありますが響凱はこの時、まだ下弦にすらなっていない雑魚鬼でした。ですがこの数日間だけは、私が与えたあるモノによって、上弦に迫るまでの力を持っていたようです。

 ええ、もう。何度でも言いましょう。

 

 さすがだな、私。




 最後までお読みいただきありがとうございます。
 普通に物語を書いてもつまらないので、未来の主人公による一人語りでの、昔話風にしてみました。

 語り部;神藤久遠
 脚本:デンデン丸(鼓鬼:響凱)です。

 というわけで「桃太郎を演じる久遠」による「鬼の家来」集めが家出と言う形で始まります。
 鼓鬼の響凱さんこと「デンデン丸」は猿役ですね。
 もちろん犬とキジも今後のお話で登場しますのでお楽しみに。

 毎週日曜、午前零時に投稿しますので週末の空き時間に覗いてみて下さいね。
 それではまた来週、お会いいたしましょう!


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第3話「初めての青い空だぁ!」

 お待たせ致しました、第三話となります。
 いやぁ、これまで毎日更新を基本としていたせいか、週一更新だと本当にゆっくりですね。
 更新ペースを上げたいところではあるのですが、中々執筆スピードが上がらないのが困りものです。まあ、この外伝はオマケのようなものなので。どうかゆっくりとお付き合いくださいな。


 デンデン丸の作り出した光の先には、初めて見る朝焼けと、光りさす新緑(しんよく)の森が待っていました。興奮のあまり木陰から飛び出した私は、すんだ空気を胸いっぱいに吸い込み、感動で声を張り上げてしまいます。

 

「かえってきた、私は帰ってきたぁ――――!」

 

 新しい朝が来ました。これぞまさに希望の朝。喜びに胸をあけ、さあ、大空をあおごうではないですか!

 そんな清々しい気分と共に両腕を天に伸ばし、私は堅苦しいお屋敷生活で固まった身体をときほぐします。

 

 ん? 何かこの私の行動が、皆様の幼少時代に通じるものでもありましたでしょうかね??

 …………ふむ、気のせいですよきっと♪ 

 

 そんな風に初めての外出を存分に満喫する私でしたが、第一の家来となったデンデン丸(響凱)はなぜか悲鳴をあげています。

 

「おひいさまっ!」

「ふえっ?」

「日の下へ出て行ってはなりませぬっ! はよう、はようお戻りくだされっ!!」

 

 当時の私は最初、彼が何を言っているのか理解できませんでした。

 こんなにも綺麗な朝焼けを、めいいっぱい楽しまないでどうするのかと憤慨(ふんがい)したのです。

 しかしてよくよく思い返してみれば、神藤神社(かみふじじんじゃ)にいた頃の私も、体が弱いからという理由で外出を禁止されていました。それどころか明るいうちは部屋の外へも出ることさえ禁じられていました。

 だからこその興奮ぶりではあったのですが、このあと私は壱の家来が慌てる理由を知ることとなります。

 

「ふえっ? ……ふえええええっ!??」

 

 なんとも意味不明な声を上げながら、私は東の空から昇ってきた日の光に違和感を覚えました。

 暑い、いえ熱いのです。まるで囲炉裏の火に近づきすぎた時のような熱さでした。私が体験した初めての日は、決してこころよくは歓迎してくれなかったのです。

 

「ふあ~、ちゃっちゃっちゃっ!!」

 

 またもや意味不明な悲鳴をあげながら、私は元いた木陰へ逃げ込みました。

 見上げればデンデン丸もまた、決して日の光が当たらぬ森の奥へと後ずさりしています。この時、私は初めて知りました。この身は決して、日の元へとは出て行けないのだと。

 

「おひいさまっ、お怪我はっ?」

「……ちゃ。うん、ちょっと熱かったけど、少しだったしだいじょうぶ……」

 

 私の言葉にデンデン丸は胸を撫で下ろしたようです。

 

「本当にようございました。ですが、鬼である我等が日の下へ出るなど自殺行為ですぞっ!」

 

 それまで私の言うことは何でもハイハイと聞いてくれていたデンデン丸が、初めて怒りをあらわにした瞬間でした。これにはさすがの私も首をすくませざるをえません。そこに理不尽がなく、ただ自分を心配してくれているのだと子供心にも理解できたからです。

 しかして、そんな理屈もくつがえすのが幼児というもので……。

 

「……ごめんなさ~い。でも、デンデン丸おこった」

「いえっ、それはおひいさまを心配したからで……」

「知ってる、でも怒った。おこったぁ!」

 

 両のほっぺをいっぱいに膨らませ、いじける私。今思えば、響凱に申し訳ないくらいの理不尽さでした。

 ですが無限城で蝶よ花よと育てられた私はいつの間にか、恥ずかしながら見事なまでの我がまま娘となっていたのです。……本当は、ちゃんとした理由もあるのですよ?

 

 

 ◇

 

 

「おひいさま、もう戻りませぬか? お姿が見えぬとなれば、お父上様がご心配なされますぞ……」

「やっ! だって家出だもん。私もう帰らないからっ!」

 

 幼児ながらの意地はなかなか終わりを見せません。

 ちなみに四歳児にしては言葉使いがお上手ね? と思われた方もいらっしゃるでしょう。それは最初に説明させて頂いた、幼児期健忘症(ようじきけんぼうしょう)というものに私が該当しなかった事実に起因します。

 他の子は物心がついた三歳頃から急激に精神年齢が発育しますが、私は母様のお腹に居た頃からしっかりとした自我を持っていました。つまり、この私は四歳児とはいえ。精神年齢自体は七・八歳児と同等の発育をみせているのです。どやっ。

 

 さて。

 日が西の空に落ちてゆくのをじっと木陰で待ち、夜の戸張が下りてから。ようやく私は冒険を再開させました。

 とは言っても夜は夜。漆黒の闇にしずんだ世界に人の気配はなく、ただ夜行性の獣が発するガサガサとした音のみが耳に届きます。

 万が一にもお目付け役である半天狗爺ちゃんや堕姫お姉ちゃんに見つからぬよう、父の部屋からくすねてきた隠形の秘宝「隠れ蓑」を身につけました。ちなみにデンデン丸には「隠れ傘」を貸してあげています。優しいなあ、私。

 

「う~ん、風がきもちいー」

 

 もはや日の熱さも感じられず、私は念願の自由を満喫しています。

 

「でも人は全然いないね……」

「それはそうでしょう。今よりは人ではなく獣の、鬼の時間でありまする。好き好んで危ない真似をする者はおりますまい」

 

 そんなデンデン丸の言葉に、私はまたムッとしました。それではまるで、私が馬鹿だと言われている気がしたのです。

 

「じゃあ人の居るところへ行けばいいじゃん! 行くよっ!!」

「ああ、ですから人里は危険だと申しておりまするのに……」

 

 きこえな~い、とばかりに私は早足で歩を進めます。

 なぜならこのデンデン丸(響凱)だけは、私のことだけを見てくれる、絶対の味方だと信じきっていたからです。

 

 

 

 原っぱを小一時間ほど歩いたでしょうか。

 どうやら私とデンデン丸が飛び出た場所は、周囲を山々で囲まれた盆地であったようです。それでも人の営みというものはあるもので、私達はようやく村落の光を発見しました。太陽の光は天敵でも、人の燈す明かりであれば何の問題もありません。夜闇のおかげで詳しい規模は把握できませんが、どうやら三十件ほどの民家が集まる小村のようでした。

 後ろをついてくるデンデン丸は不安そうでしたが、私は人に聞かねばならぬ事があったのです。

 

 神藤のお寺に比べれば、畑小屋のようなみすぼらしい民家でした。

 ですがその中から聞こえてくる声は、今の私がもっとも切望しているものでもあります。そう、それは「家族の団欒」という名の温もりです。

 

 私は遠慮気味に、コンコンと玄関の扉を叩くと口を開きました。

 

「こん……、ばんわ~」

 

 私の声が届いたのか、それまで楽しげであった中の声がピタリと止み。

 

「どっちさまやろか?」

 

 という方言混ざりな言葉が返ってきます。

 多少なりとも胸をドキドキさせながら、私は声を張り上げました。

 

「ごめんなさい。ちょっと、道を聞きたいんです」

「はぁ? こんな夜更けにか? それに……」

 

 そんな声が聞こえてくると同時に、こちらから引くまでもなくガラガラと引き戸が開きます。

 

「けったいやな、まだ乳離れも済んでねぇような子や……ん、か」

「あっ、はい……」

 

 家の中から顔を見せたのは父よりもずっと年を重ねた、あきらかに農民ですといった風体の男性でした。それにくわえて私の顔を見たオジサンは、まるで化物を見たかのように瞳をまん丸にしたのです。

 

「おめえさん、その……ツノ」

「ツノ? …………ああっ!?」

 

 失敗も失敗、大失敗です。

 鬼は人を喰らう存在であり、オジサン(人間)にとっては恐怖の対象でしかないという事実を、私はすっかり忘れてしまっていたのです! 身体を隠れ蓑で隠しているからと油断していました。これぞまさに身体隠して、ツノ隠さずです。

 

「あのね、これね。飾りなのっ! 本物のツノじゃないよ???」

「………………(じと~……)」

 

 慌てた私はなんとか誤魔化そう頑張りますが、オジサンの瞳にはすでに猜疑心という感情が満ち満ちています。

 

「……父様(ととさま)や、母様(ははさま)は一緒やないんか?」

「えっと、その……」

 

 慌てる私へ、オジサンが更なる追撃を試みます。

 今考えてみれば、こんな夜更けにいかにもお嬢様然とした幼児が一人で放浪しているなんてありえません。この時代は決して、子供が一人で夜遊びできる時代ではないのですから。だからと言ってデンデン丸が姿を見せるわけにはいきません。彼の人相や服装とて明らかに、普通の人ではないのです。

 怪しげな目で見られながらも、私は自分の目的をはっきりと伝えました。

 

「かみふじって、しりませんか?」

「かみふじ? ……確か、お伊勢さんところにそんな名の神社があった気がすんなぁ……」

「ほんと!?」

 

 脳天にはもはや産毛しか残っていないおじさんが、首をひねって出した答えに私の心は沸き立ちました。そう、家出した私の目的地は、一年前にお別れしたお母さんやあまねお姉ちゃんがいる神藤神社だったのです。

 しかして家の奥からは奥さんらしき人のダミ声が。

 

「アンタ何しとん!? お人良しもたいがいにせぇ!」

「わかっとるわっ! えらい事なっとるんは分かるが、こんな村に人助けできる余裕なんかあらへん。嬢が何者かは詮索せんから戻り。……ええな」

「…………」

 

 おじさんの問答無用な押しに、私は言葉を詰まらせてしまいます。

 確かにこの家も、周囲の家も。神藤の神社に比べれば作業小屋に等しき(たたず)まいなのは先ほども言った通りです。無情にも引き戸がピシャリと閉められ、周囲には再び静かな風の音のみとなってしまうのでした。

 

「む~…………」

 

 私は再びほっぺを膨らませながら、唸り続けます。

 

「やはり、こうなりましたか。おひいさま、いくらなんでもそのお年で一人旅というのは怪しすぎます」

「……けどぉ!」

「それに極力、人とは関わらないほうが良いかと。騒ぎにならなかっただけ、良しと致しましょうぞ」

 

 闇夜から隠れ傘をかぶったデンデン丸が姿を現し、必死になって私をなだめてくれますが、それでも思い通りにいかないお姫様の機嫌はなおりません。

 

「デンデン丸が助けてくれないからぁ!」

「小生の姿では人の前に出られません。顔を見せた途端に大騒ぎとなってしまいますよぉ。……今度こそ鬼だとばれてしまいます」

「う~………………、そんな恥ずかしい格好してるからでしょ。……この、ハダカ丸!」

「はだかまるっ!?」

 

 私はこの時、初めて世間の冷たい風というものを体感しました。

 この大正の世。更に言えば山間部の田舎に住む人々は、今日という日を生きるだけで精一杯なのです。ですが四歳当時の私はまだまだ、自分を中心に世間が廻っていると信じて疑わないお年頃。ただただ、ご機嫌斜めになってデンデン丸を責めることしか出来ませんでした。

 そんな状況を誤魔化そうと、彼は周囲を見渡した結果を教えてくれます。

 

「それはそうと、おひいさま。この村は少々おかしな気配に包まれておりまする」

「……おかしなけはい?」

 

 今なお周囲の気配に気を配りながら、デンデン丸は何かが気になるようです。

 

「はい、普通の農村はもっと穏やかな雰囲気に包まれているものです。ですがこの村はまるで……」

「まるで? なによもうっ!」

「戦場、とまではいかずとも。ピリピリとした空気が広がっておるのです。おそらくは悪党か、もしくは志能備……」

 

 と言いかけた、その時。

 

「ずいぶん古い言い方をするじゃねえか。今は忍びって呼び方が新しいんだぜ? ……鬼のおっさんよぉ」

 

 闇夜の中から、少年の声が私達の耳へと飛び込んできたのです。

 

「伊賀流の里へようこそってな、鬼のお二人さん。まぁもっとも『元』って一文字が前につくが」




 最後までお読みいただきありがとうございました。
 久遠ちゃんの「はじめてのお使い」ならぬ「はじめての家出」のはじまりはじまりであります。

 このお話を執筆するにあたり、農村のオジサンが話す三重弁というものに苦戦しました。関西系でありつつ、独自の言い回しや単語があるようなのですが。あまりにも解り辛いものはワザと使っておりません。
 ちなみに作者は新潟生まれ新潟育ちではありますが、越後弁を使っているかと言われれば、標準語が主であると言わざるをえませんね。まあ、時折ぽっと出て困惑される時はありますが。
 同じく、忍びという昭和以降に創作された言葉も解り易さを重視して使用しております。明治以前の忍者の呼び方は地方によって様々ですからね。解りやすさ第一ということでっ。


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第4話「きぶつじくおんさまであるっ!」

 昔の自分エピソードって、今思うと赤面するものばかりじゃないですか?
 え? 私だけ??


「伊賀流の里へようこそってな、鬼のお二人さん。まぁもっとも『元』って一文字が前につくが」

 

 闇夜の先から、自信満々な少年の声が聞こえてきます。

 それと同時に、忍者○○只今参上ってな感じで颯爽(さっそう)と登場! ……できたのなら、さぞ格好良い出会いとなったことでしょう。

 

 しかして残念ながら、その少年はいくら待てども姿形さえ見せなかったのです。

 それは果たして、忍びゆえの矜持(きょうじ)でもなんでもなく……。

 

「ねえ、どうして夜に木登りしてるの?」

「木登りじゃねえっ! 見てわからねえか、縛られてんだよっ!!」

 

 私達の言葉が示す通り、声の先には樹齢数百年は数えようかという大樹にぐるぐる巻きにされた少年の姿がありました。

 こんなひなびた農村では見られないであろう(失礼)、いかにも忍者! と言ったような漆黒の忍装束を身につけて、そのしたには自作であろう粗末な鎖帷子(くさりかたびら)を着込んでいます。しかしてその編み込みはかなり太く、そして荒いようでした。なぜなら少年が拘束を解こうとして暴れるたび、ジャラジャラとした金属音が聞こえてきたからです。……忍んでないじゃん。

 

「……山に囲まれてると、こういう遊びしかないの?」

「いえ、遊びの一種ではないと思われますぞ。おひいさま」

「おうっ、テメエら俺を馬鹿にしたな!? ぶっとばしてやるからまず、この縄を解きやがれ『餓鬼(ガキ)』!」

 

 かちーん。

 という音が私の頭に鳴り響きました。確かに当時の私は四歳児ですが、子供は自分を子供と呼ばれることが最大の侮辱なのです。ですが少年が放った次の一言が、私の興味をそらしてくれます。

 

「なんとなく分かるぜ、テメエらも鬼なんだろ? お仲間さんってわけだ」

「というと……、少年。お前もか」

「ああ、あるお方に力を授けていただいた」

 

 どうやらこの少年、鬼となってからまだ日が浅いようです。

 この調子ではまだ無限城(鬼ヶ島)へも来たことがないのでしょう。ですが残念。多少は驚きましたがこの私、鬼舞辻久遠はそんじょそこらの鬼とはワケが違うのですっっ!

 

「……でんでんまる?」

「はあ」

「よろしくね?」

「……御意、ですが本当にやるハメになるとは……」

 

 このような無作法者と出会うなど、家出した時から想定内。それに加え、当時の私はデンデン丸と共にある対処法を用意していたのです。

 

 ですけど、あの。これ、どうしても語らなきゃダメですか?

 

 ダメ?? ほんとに? ど~~~しても???

 

 私にとっては記憶の中から消し去りたい、顔面が沸騰しそうな思い出なんですけど……。騙されただけなんですけどっ! 上弦の弐である童磨(どうま)のヤツが「こうすれば皆、おひいさまの前にはは~って頭をたれますよ」って炊きつけられただけなんですけどっ!?

 

 …………………………………………。

 

 分かりました、わかりましたよっ!

 語ればいいんでしょ、もう!! 語ればっ!!!

 

 ……このナマイキこの上ない少年の前に進み出た私は、むむむ~っと胸を張り、なるべく偉そうにふんぞり返ります。

 それと同時に傍に控えたデンデン丸が、芝居がかった口上を声高々に叫んだのです。

 

「ひかえおろぉ~! 小僧、目の前に居るご息女を何と心得る。恐れ多くも、偉大なるかの御方の御息女であらせられる、おひいさま。鬼舞辻 久遠様であるぞっ!!」

 

 ああっ、自分で口にしたわけでもないのに恥ずかしいっ! むしろやれと命令した立場だから尚更っ!? 更にはここからがもうっ!

 

 今度は額からちょこんと伸びた角を可愛くひけらかし、赤く染まった鬼眼を爛々とさせながら。

 私は今できる精一杯の威厳のある姿を見せようと苦心してしまいました。えっへん。

 その気配は鬼である者なら誰もが知りえる最初にして最大の記憶。鬼化させられた時に味わったであろう最恐の畏怖。私の体に流れる父の血が、何よりの証拠として全ての鬼を平伏せるのです。ああ、あの時の私に自重という言葉があればっ。

 もしくは身につけていた隠れ(みの)を、この時だけは外していればっ!

 

 私の鬼眼が、何よりも父から受け継いだ絶対的支配者の血が。

 

 先ほどまでナマイキだった鬼少年の顔面を恐怖のどん底へと突き落とす、はずでした。

 巨樹の幹にぐるぐる巻きにされて身動き一つとれない少年が、夜目にわかるほど震え始め。顔面蒼白のお顔からは暴言を後悔する涙が伝い始める、はずでした。

 もはや先ほどまでの勢いはどこにもなく、少年は不自由な体で必死の謝罪を始める、はずだったのです。

 

「………………はぁ?」

 

 うん、どうやら謝罪の言葉さえガチガチの口からは出せないようですねっ。誰かそうだと言ってぇ!?

 そんな未来に生きる私の願いも空しく、鬼の少年は私が鬼舞辻 無惨の娘であることなどまるで信じていないようでした。

 鬼に成り立ての少年では、私の高貴な血脈を感じ取ることが出来なかったのです。そうだと言ったらそうなのですっ!

 

「むぅ、ホントだよ?」

「と、言われてもなぁ。お前みたいな餓鬼(ガキ)を恐れたんじゃ、伊賀忍の恥だぜ」

 

 かちかちーん。

 はい、二度目です。

 餓鬼である私の堪忍袋の緒は短く、もはや暴発寸前です。

 

 でも、

 

「忍びってなに?」

「へっ!?」

 

 これまで鬼ヶ島という世界に隔離されていた当時の私に、常識というものはありません。怒りよりも僅かな差で、好奇心の方が勝ってくれたのです。……無駄な抵抗でしたが。

 

「……忍びなんて人、私きいたことないもん。デンデン丸は知ってる?」

「主の影で隠密……、つまりは色々なお手伝いをする者達の名です」

「ふ~~ん、それって神藤のおうちもわかるの?」

「調べさせれば、たやすいことかと」

 

 そっか、ならナマイキだけど家来にしてあげてもいいかな? (ひたい)をピキピキさせながらも、おひいさまは優しいのです。

 

「……ねえ、縛られてるのも嫌でしょ? 助けてあげよっか?」

「おう、礼くらいならするぜ? 『餓鬼(ガキ)』が好きそうな甘味はないけどな」

「お主、いい加減その減らず口を閉じねば……、大変な……ことに」

 

 デンデン丸の静止は間に合いません。

 

 かちかち、かちーん。……ぶちっ。

 千切れました。はい、三回目です。優しい餓鬼の堪忍袋の緒はぶち切れました。ですが私はお姫様、餓鬼であったとしても、こんな野蛮人と違って約束自体は守るのです。餓鬼であったとしてもっ!

 

「おひいさま、どうか冷静に……」と言うデンデン丸の言葉など聞こえません。

 

 右手を振り上げ、鬼の少年を縛り付けている大樹の根元へ向けて拳骨(げんこつ)を振り下ろします。 

 そして、

 

「えいっ」

 

 どごん! ばきばきばき、どど~~ん!!

 

「うおおおおおお――――――っ!??」

 

 鬼の少年を縛っていた大樹は、私の拳による一撃に耐え切れるはずもありませんでした。

 現実にはもっと凄まじい轟音が周囲に木霊したはずなのですが、私にとっては積み木を崩した程度にしか感じません。

 結果、樹齢数百年を数えるであろうこの地の御神木はあわれ、わずか四歳の女の子によってその命を木っ端みじんに粉砕されたのです。なむ。

 

 

 ◇

 

 

 静まりきった真夜中に突如響いた大樹のへし折れる轟音は、寝静まった村人達を一人残らず布団から叩き起こすほどのものでした。

 しかして意外なことに、数十件もある家の中から飛び出してくる村人の姿はありません。もしかすると、もう私の存在は先ほどのデンデン丸の口上によって広まってしまったのでしょうか。

 そんな私の実力を唯一見抜けなかった村人の鬼少年は、倒木となった大樹から解放された今もなお、仰向けになって夜空を仰いでいます。

 

「ねえ」

「ひぃっ!?」

 

 爛々と赤黒く輝く右の鬼眼で見下ろしながら私が声をかけると、言葉にならない悲鳴が下から漏れてきました。

 

「私の名前を言ってみて?」

「あ、あの……」

「さっきデンデン丸が言ったでしょ? 鬼舞辻 久遠、それが私の名前だよ?? どうしたの、デンデン丸はさっき、ひかえろって言ったよねぇ???」

 

 ニッコリと笑いながらも、私はハッキリと額に青筋を浮かばせます。

 

「ははぁあああああああ――――っ!! 鬼舞辻 久遠様っ、どうかお許しをおおおぉぉぉ……」

 

 まったく、最初からそうすればいいのにと思わずには居られないほど見事な土下座でした。まあ、それだけ私達の身につけた三種の神器の一つ「隠れ蓑・隠れ傘」の気配遮断効果がすごいということに他ならないのですが。

 どうやら今度は恐怖のあまり、歯がガチガチして上手く喋れないみたいです。月明かりが私達を照らす中、白い湯気が少年の股間から……。あらあら、まぁまぁ。どうやら私が父の娘だという事実は信じてもらえたようです。

 ですがこの程度ではまだまだ、私の堪忍袋は元にもどりません。

 

「ねえ、私は自己紹介したよ? 名乗られたなら、名乗り返さないといけないんだよ?」

「でっ、泥穀(でいこく)と申します……」

「じゃあ、ドロ助ね。……どうしよっかなぁ、さっきまで家来にしてあげようかと思ってたんだけど……」

「へっ!?」

「しつけのなってない犬は、いらないかな?」

 

 私の発言の意味、それは泥穀改めドロ助自身が一番よく理解していたことでしょう。つまり使わないオモチャは、ぽいっ。の法則です。

 ――――殺される。

 そう直感的に覚ったドロ助は足元を泥沼に変貌させ、身体を沈め、逃げの一手を打っているようでした。ですがそんな逃亡を、この私が許すはずもありませんよね。

 

「へぇ、それが貴方の血鬼術? でも、逃げちゃダメだよ」

「………………(ガチガチガチガチ)」

 

 これがもし池を作り出す血鬼術であったのなら、もしかすると逃亡に成功していたやもしれません。ですが沼に沈む彼の身体はひどく緩慢で、私はあっさりとドロ助の右腕を掴むことができたのです。

 私に腕を掴まれたドロ助は命の危険を感じ、恐怖のどん底に落ちてしまいました。その結果、ガクリと気絶してしまったのです。

 

 う~~ん、小便臭いよドロ助。

 

 

 

 

 

 結局、ドロ助が意識を取り戻して会話できるようになるまで一刻ほどの時間を要しました。

 本来であれば、失礼極まりない鬼など処分するのが当然です。ですが私は、この村でどうしても聞かなければならない情報がありました。

 

 大樹を殴り倒しておいてなんですが、騒ぎを大きくしたくはありません。

 私は家出中なのです。他の鬼ならばともかく、父に追われてはすぐに捕まってしまいます。ならば処刑寸前だったドロ助から聞きだすのが得策でしょう。

 デンデン丸の介抱で、ようやく落ち着いて会話ができるようになったみたいですしね。

 

「ねえドロ助、お伊勢さんって神社がいっぱいな所はわかる?」

「はいっ! 東の青山高原を抜けた先にあります!」

 

 うんうん、やっぱり家来は素直じゃないとね。

 

「案内できる?」

「もっ、もちろんです!」

「じゃあ、さっきも言ったけど久遠の家来になるの。そうすれば『貴方の願いを何でも一つ叶えてあげる』。なにがいい?」

 

 この状況ですと正直、「きびだんご(願いごと)」を与えなくとも力づくでドロ助を家来できたのかもしれません。ですが当時の私はあくまで「桃太郎の物語」に固執していました。それが将来的に、本当の忠義を得られる結果になるとは思いもせずに。

 ようやく私の言葉を飲み込んだドロ助は、ゆっくりと自身のことについて語り始めたのです。

 

「………………、俺は没落してしまった伊賀の忍びを再興させたい」

 

 ……サイコー? 御家の権威を建て直したいという意味ですぞ、おひいさま。しっ、知ってるもんそれくらい! などという会話をデンデン丸と私はひそひそ話しながら、ドロ助の語るこの村の正体に耳を傾けました。

 

 そもそもこの村は今でこそ農村ではありますが、伊賀流といえば江戸徳川幕府お抱えの諜報部隊であったそうです。ですが時代が明治に移り変わる際、政府の眼が世界へと向けられるにつれ忍びの活躍する場はなくなり、農民と何ら変わらない立場へと没落してゆきました。

 ドロ助こと泥穀(でいこく)は、そんな無気力な大人達に我慢できず伊賀流を再興させようとしていたのです。

 

「結局、忍びなんてものはこの国で争いがあったからこそ続けてこられたんだ。もうこの国に、俺達忍びの場所なんてありはしねぇ……」

 

 ドロ助の表情には絶望の色が見えていました。自らが口にしながら「出来ずはずがない」という結論に達している者の顔です。

 ですが私は、そんな彼の絶望をあっさりと打ち砕いてしまいました。

 

「なら、久遠の忍びになればいいの」

「……いいのですか?」

「うむ、ドロ助。お前達は徳川に捨てられたのだろう? ならばこれより、おひいさまに忠義を尽くせ。なれば伊賀流は以前以上の繁栄振りを見せるであろう」

 

 どうやら無事に話がまとまりそうな雰囲気です。

 私はトドメとばかりに、父の部屋から拝借してきた「三種の神器」のうち、一つを貸し与えることにします。

 

「忍びって隠れ潜むんでしょ? なら私が着ているこの『隠れ蓑』を貸してあげるの。これを着ていれば人にも鬼にも見つからないはず、だから」

 

 ドロ助の眼にも、この「隠れ蓑」がどれだけの財宝か理解したようです。ぷるぷると震える手をゆっくりと伸ばし、私の手から鬼の神器を受け取ろうとしましたが――。

 デンデン丸が横から待ったをかけてきます。

 

僭越(せんえつ)ながらおひいさま、これより先は山越え。隠れ(みの)は防寒具にもなりますゆえ、小生がお借りしている隠れ傘を渡しましょう」

「……いいの?」

「無論でございます。小生よりドロ助の方が使いこなせるでしょう。それがおひいさまの為でもありまする」

 

 うんうん、デンデン丸は良い家来ですね。

 ドロ助は隠れ傘を受け取ると、更に深く頭をさげ、私に忠誠を誓ってくれました。

 

「……久遠様。いえ、おひいさま。俺は貴方様に忠義を尽くさせていただきます!」

「うむっ。くるしゅうない、なの!」

 

 さぁ、これで家来の猿(デンデン丸)と犬のドロ助(泥穀)が埋まりました。

 私のゆく先に、最後の子分であるキジは現れるのでしょうか。

 

 今回は赤面するほどの想いでしたが、まだまだ私の話は続きます。

 よろしければお付き合いくださいね。ではまた、次のお話でお会いしましょう。

 

 もう二度と、こんな若気の至りな場面は語りませんからねっ。




 最後までお読みいただきありがとうございました。
 お姉さんな久遠さんも良いですがガキ大将な久遠ちゃんも書いていて楽しいです。こんな娘が居たら大変ながらも楽しい毎日でしょうねえ。

 ちなみに今回新たに家来となった泥穀くんですが、原作でいうところの炭治郎が初めて戦った異能の鬼:沼鬼さんに名前をつけたキャラクターとなります。よくよく見ればこの鬼さん、忍者みたいな格好しているんですよね。なので伊賀流とさせていただきました。それほど違和感はないと思うのですが、どうでしょうかね?(笑

 さて、これで家来は二匹あつまり、残るはキジだけとなりました。
 久遠ちゃんの大冒険はまだまだ続きます。よろしければゆっくりとお付き合いください。
 ではまた来週!


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第5話「やまのぼりは汗をかくのっ!」

 お待たせしました、第五話です。
 もしアニメであればそろそろサービスシーンの一つもあっておかしくありません。
 前話に引き続き、恥ずかしかる語り部の久遠さん(17)をお楽しみください(笑


 こうして二人目の家来であるドロ助を迎えた私達は一路、村のオジサンから聞いたお伊勢さんにむけて歩き始めました。

 家出開始早々に、目的地である神藤神社の住所が判明したのは幸運としか言えません。しかしてその前には、見上げるほどに高いお山がそびえ立っています。その上にはまん丸のお月様が顔を見せ、歩くのに不自由はありません。

 ありませんが……、決して運命の神様は私を甘やかすつもりもないようです。

 

「……ドロ助、神藤の神社はこのお山の向こうなの?」

「そうだ、です。大変かとは思うが、この青山高原を抜けねば伊勢には着かねえよ、です」

「む~~…………」

 

 はい、そこの貴方。

 大樹をへし折るくらいなんだから、山登りの一つや二つ、へっちゃらでしょ? って今思ったでしょう。久遠先生は寛大なので、しょ~~じきに名乗り出なさい!

 確かに出来るか出来ないかで判断するなら、何の問題もありません。当時の、四歳の私であろうとも全力で走破するなら、朝日が顔を見せるまでには山の向こう側に到着しているでしょう。

 ですが、ですがです。

 鬼だって疲れるんです、無限の体力なわけではないのです。お肉さえ食べればいつでも元気満タンという単純な体じゃあないのですよ私達はっ。

 はい、理解してもらえたのなら良いのです。鬼だからって何でも出来るわけではないのですよ?

 

 それでは話を物語へと戻しましょう。

 ドロ助こと伊賀忍の鬼:泥穀(でいこく)はまだまだ使い慣れない敬語で、ぶっきらぼうに私への試練を告げました。

 元は忍びといえども、徳川幕府が滅んだ運命と共に農民へと身をやつした集団。それがあの村、伊賀流の里です。泥穀はその事実に納得がいかず、この大正の世においても忍びの存在を認めさせるため奔走していたそうで。そんな行為を騒乱の元だと断じた村の長によって、ぐるぐる巻きにされていたのです。

 しかしてそれも仕方のなき事。

 今の日本が相対している敵は世界なのです。さすがに地球の反対側にまで行くのに己の足だけでは無理がありすぎますし、忍びと呼ばれる者達は敵が同じ国内の大名であったからこそ、活躍の場が存在したというわけですね。

 そんなわけで今となっては私の子分となったドロ助ではありますが。国内の地理に詳しい彼にとって、同じ国にある都市へ案内することなど朝飯前だと豪語していたのですが。

 

 さすがに四歳児の我がままには対応していなかったようです。なんという体たらくでしょう、このワンちゃんは。

 

「……デンデン丸、かたぐるま」

「いえ、さすがにこれだけの山を一晩で駆け抜けるには厳しく……」

「じゃあ、ドロ助」

「俺、いえ自分の体格ですと乗り心地がよろしくないかと……」

 

 私の我がままなら何でも聞いてくれると信じていた猿と犬からは、かんばしい返答がありません。

 私はお姫様なのに、お姫様は大きな(かご)でゆらりゆらりと優雅に旅をするものなのにぃ。こうなってくると最後の子分である「キジ」を何としても見つけねばなりません。きっと、キジならその翼で高山高原の向こうにまで運んでくれるに違いないのです。

 

 ないの、ですが――。

 

「でも、お空を飛べる人なんているわけないよね……。ふぅ……」

 

 妄想の世界から帰還した私は、現実の非情さを目の前にして大きなため息を一つつきました。

 かといって、またあの無限城(鬼ヶ島)に戻るのはゴメンです。ならば行くしかありません、行くしかないのです!

 

「よしっ、もうしょうがないから行くよっ! デンデン丸、ドロ助!!」

「……御意」

「しょ、承知したぜ。ましたっ」

 

 私は両手で(ほお)をピシャリと叩き、気合をいれます。

 さきほどの言葉はなんだったのかと言われそうですが、疲れるのを覚悟すれば登れない山ではないのです。ええ、覚悟の問題なのですよ、覚悟の。だからこそ、意気揚々と歩み始める私の後ろで「無限城に戻れば疲れないのですが……」というデンデン丸の言葉も聞こえど、完璧にシカトをかましたのでした。

 

 

 ◇

 

 

 そういえば言い忘れていたのですが、この壮大な家出劇を決行したのは夏まっさかりの季節でした。

 ですがこの地域、皆様の言葉で言えば現在の三重県伊賀市勝地とよばれる青山高原は標高が高く、夜ともなれば肌寒いくらいにまで気温が低下します。だからとはいえ、もくもくと歩けば体温も上昇しようというもので、私の着ている上等な厚手の着物では山登りに最適とは言えません。そのうえ、三種の神器である隠形の隠れ蓑まで防寒具代わりに着込んでいたのです。

 

なので当時の、……私は。………………え? ウソでしょ? 私、こんな痴女みたいな真似してないわよっ!?

 

 誰よ、こんな逸話を盛り込んだの!

 

 もう二度と恥ずかしい語りはしないって宣言したばかりでしょ!?

 ちょっと響凱(きょうがい)! アンタ、まさかデタラメ書いてんじゃないでしょうねっ!!?

 

 ……何よ、なに涙ながしてるのよ。

 

 え? 当時の小生と泥穀が、どんなに大変だったか自覚してくだされですって? たしかに当時の私は、少しだけ我がままだったみたいだけど……。

 

 …………ホントに、ホントなの?

 そして、私が読まなきゃいけないの? 良い子の皆さんだって読むかもしれないのに??

 

 ちょっとぉ、涙目で(にら)まないでよぉ……。

 反省する意味でもキチンと読んでくだされって、もう十三年も前の話じゃない。

 

 ねえ、許してよぉ。ねっ、ねっ?

 

 ――――――――――――――――――。

 

 ああもうっ! 解りましたよ!! 読めばいいんでしょ、読めばっ!!!

 

 ぐすん。

 

 

 

 

 

「もう~~、暑いのやっ!」

 

 まだまだ女性としての恥じらいも生まれぬ四歳児。

 恥ずかしながら、私はデンデン丸とドロ助が目の前に居るのも気にせず。山道のど真ん中で、自分の腰に巻かれた桜模様の帯をぐわしと掴みました。

 

 そして、……そしてぇ!

 帯の端をドロ助に持たせると、私はその場でぐるぐると回りはじめたのです。

 ええ、そうです。古来よりいやらしい男性客が舞妓さんと遊ぶ、アレです。あ~れ~、とかは言ってませんからねっ!? 着物という衣服は帯の支えがなくなってしまえばあっけないもので、……じつにアッサリと着物がはだけ、……長襦袢(ながジバン)が姿を現します。

 

 ねぇコレ、何の罰ゲームなのよぉ! 自分の脱衣を自分で語るってひどくないっ!?

 

 うう。そんな私の奇行を見て、むしろ慌てたのはデンデン丸達の方でした。己が主と決めた御方が月明かり照らす高原でいきなり脱衣を始めたとなれば、慌てるのは彼等の方です。って、アンタ達も手伝ってるでしょ!

 

「お、おひいさまっ? はしたのうございますぞ!!」

 

 デンデン丸(響凱)が顔を真っ赤にして私を諌めます。ですが常に半裸の彼に言われたくはありません。ドロ助に至ってはどう反応したら良いものか分からず、ただ帯びの端を持って背を向け続ける始末。

 

「だって暑いんだもん。デンデン丸、着物もって」

「はっ、……ふえっ!? しかして、おひいさまの温もりの残った着物など……。小生は、小生はあああああっ!???」

 

 当時の私は何にも思いませんでしたが響凱、変態ですね。まさか四歳児の着ていた着物に興奮するか。

 くんかクンカとかしてたら、ぶっ飛ばすわよ? えっ? するはずがないでしょうって? 怪しいなぁ……。

 

 ……桜模様のしっかりとした着物は厚手で、重さだって結構なものです。その下には肌襦袢(はだジバン)長襦袢(ながジバン)を着こんでいたのですから、そりゃあもう暑苦しいったらありゃしません。

 重苦しい帯や着物をすべてデンデン丸へ押しつけると、私の身体へなんとも涼しい風が吹きつけてくれました。

 

「おひいさま! その御姿をお見せするのはどうか、どうか将来の旦那様だけにしてくだされっ! 泥穀、お主も(いさ)めぬかっ!!」

「………………(まっかっか)」

 

 私とて今であれば決してこんな蛮行はしなかったでしょう。今の姿を現代で表現するなら、下着一枚しか纏わぬ艶姿(あですがた)なのですから。……って、当たり前ですっ! こんな姿、炭治郎君にだって見せたことないのにっ。この、ロリコンどもがぁ!!

 

 

 

「あ、岩清水みっけ。……んっ、んっ……ぷはぁ! あーきもちいっ!!」

 

 そんな十七歳となった私の想いも知らず、身軽になった四歳の私はあらゆる意味で自由奔放でした。

 山肌からチョロチョロと流れる清流で喉をうるおすと、さらには草履(ぞうり)も投げ捨て。もうこのまま青山高原をつっきってしまいかねないくらいの()()()()()()です。

 

「おひいさま、お待ちをっ! その格好では危険ですぞ!」

 

 背中から必死になって追いかけてくるデンデン丸とドロ助。

 周囲を蚊やアブが飛びまわるのも気にせず、下着姿の私は月明かりの照らす山道を先頭きって走り始めました。しかしてその元気は、この高地を駆け抜けるまで持たなかったこともまた、当たり前の事だったのです。

 いくら疲れ知らずの四歳児とはいえ、体力自体は成人男性に遠くおよびません。それが全力であったのなら尚更です。

 疲労と共に注意力が散漫になり、道端にはえた鋭利な草が私の太ももにすれ、赤い血が滲んでしまいました。気分が高揚している時にそんな事実には気付けません。身体中の力がスッカラカンになった時に始めて、痛みというものが襲ってくるのです。

 

「…………ふえ?」

 

 散々はしゃぎまわってから、私はその事実に気付きました。

 最初はちょっとした(かゆ)みから始まり、次第にジンジン、そしてズキズキへと変わってゆきます。半人半鬼の私の体は致命傷にかぎり、鬼らしい驚異的な再生能力を発揮します。ですが人でも十分に自然治癒が可能な傷はきちんとした手当をしなければなりません。

 無限城でつまずき、膝小僧をすりむいた時も。そして今、ろくに整備されていない高山高原の山道を夢中で駆けていた時も。こんな時だけは、人らしい身体を実感できたのです。

 

 足を止めると 、出血の痛みと同時に全身から大量の汗がふきだし始めました。

 はしゃぎながら走っている時は吹きつける風と自らが作り出した風により冷されていたのですが、(きぬ)絹で織られた上等な肌襦袢(はだジバン)は肌が透けるような薄さであり、汗を留め置く力などあるはずがありません。たちまち私の姿は、桜模様の刺繍だけを残して白い肌をあらわし始めたのです。

 ……ってだから、こういう恥ずかしい描写はいらないのよっ!

 

「おひいさま~~……、どうかお待ちくだされ~~……」

 

 振りかえると必死になって私を追いかけるデンデン丸とドロ助の姿が。

 一方、血が滲んでいる足からの痛みに私は涙目です。今度こそ肩車してもらおう、してくれなかったら家来失格だもんと固く決意したところに。

 

 闇夜の山道から、またもや一人の少年が姿を現したのが。人の世における第二の出会いでした。

 

「……お前ら、何者だ。こんな場所で何をしている」




 最後までお読みいただきありがとうございました。
 お読みの通りのサービス回です。それが幼児の肌であろうとも、サービスなのです(迫真。
 どっちかと言えばお色気よりも笑いの方を重視しているかもしれませんね^^;

 さあ、次回からはまた新しい人物が登場します。彼等は久遠ちゃんの家来になってくれるのでしょうか?
 まったりとお待ちくださーい!

 ……連載始めたくせに全体のプロットが出来ていないなんて言えないorz


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第6話「山の中のおいしゃさまっ!」

もう少しで更新速度を上げられるようになるかもしれません。それまでもう少々、週一投稿で勘弁してくださいorz


 アンタはっ、何てモノを読ませるのよっ! 今度あんな恥ずかしい文章を読ませたら、この語りやめるからねっ!!

 

 ずし、びし、どごんっ!

 

 …………………………。

 

 あら? もうお客様がご来場されているのですね。

 ほほほ、大変失礼いたしました。少々家来のしつけに時間を取られてしまったようです。

 

 さて、どこまでお話したでしょうか。

 ああ、そうそう。伊賀の里から伊勢に向かう山中、青山高原での出会いからですね。これより先は、あのように無様な姿をお見せすることは決してございませんので、どうぞご安心を。

 

 ……土下座して頼んだって、ほんっと~にダメですからね?

 まぁ、でも。この先は、別の意味で私の無様な姿をお見せするハメにもなりそうなのですが、ねぇ……。

 

 

 

 

 

 さっ、それはともかく今はこの物語を再開させましょう。

 

「……お前ら、何者だ。こんな場所で何をしているっ!」

 

 身体中から吹き出る汗が肌の色を透かして、あられもない姿を披露していた私は、その場で座りこみながら突然現れた少年を呆然と見上げていました。

 

「……だれぇ?」

「聞いているのは俺だ、なぜお前のような幼子がこの高山の夜道を歩いている?」

 

 一見するならどこにでもいるような黒髪で、身体付きも普通な少年でした。ですがその猫のごとき瞳孔は、人あらざる者の証に他ありません。まちがいなく私は、泥穀に続いて二人目となる鬼との出会いを果たしたのです。

 そんな瞳に心を奪われている僅かあいだ、少年は赤く染まった私の太ももへと視線を移していました。

 

「お前、ケガしているのか。……そんな薄着で山道を歩けば当然だな。まったく、親は何をしているんだか。ちょっと待ってろ」

 

 そういうと少年は砂利道をそれ、青々と生い茂る草むらへと入っていき……。

 

「おひいさまっ! 後生で御座いますから汗を拭いて着替えをっ。泥穀、手拭いをよこせっ!」

「…………(今だ顔面沸騰のまま、首を縦にふる)」

 

 私はようやく追いついたデンデン丸とドロ助の手によって、強制的に着物を着せられるのでした。

 

 

 

 時間にして半刻ほどでしょうか。

 乾いた着物へ着替え終わった私は、先ほどの出会いを興奮ぎみに伝えていました。ですが家来の二人はどうにも、幽霊でも見たのではないか言って信じてくれません。

 

「ホントだもん、見たんだもんっ!」

「しかしておひいさま、こんな夜中に山越えをする酔狂な者が我々の他にいるとは……」 

 

 私達がそんな会話を続けていると再び、がさガさと道脇から草をかき分ける音が伝わってきます。

 

「なんだ、いつの間にか人が増えているな。まあ、こんな幼児が一人で山中に居るわけもないが……」

 

 間違いありません。先ほどの少年が、両手いっぱいに草を抱えて戻って来たのです。

 

「それ、なぁに?」

 

 好奇心旺盛な私が、ぴょんぴょんと足りない背をおぎないながら覗き込み、問いかけます。すると意外にも、少年はアッサリと答えてくれました。

 

「……山で採れる珍しい薬草だ。元々コレが目的だったんだ。じゃあ行くぞ」

 

 なんとも結果と行動しか表現しない言葉使いで、少年は歩きだします。

 

「行くってどこぉ?」

「俺の先生が居る所へだ。一応の治療はそっちの変人にしてもらったのだろうが、キチンとしなければ毒が入り込むぞ」

 

 少年は「毒」という表現を使いましたが、皆様に分かりやすく言うなら「雑菌」と言った方がいいでしょう。つまりは私が破傷風(はしょうふう)にかからないかと、心配してくれたのです。中々に好印象な鬼少年でしたね。まあ、炭治郎君のほうがずっと良い男ではありますが。

 私は幼児らしく好奇心を全開にして少年の後を追いかけます。対して変人と呼ばれたデンデン丸はしばらくのあいだ憤慨(ふんがい)していたようでした。そんな半裸姿でいれば、そう言われても仕方がないのですがねぇ……。

 

 えっ、さきほどまでの私の姿?

 

 記憶にございませんね、おホホほほ。

 

 

 ◇

 

 

 少年の言う「先生」のおられる家は、意外にもお山の中にありました。

 しかも道なき道を進んだ先にあるその家は、もう随分と前に放棄された猟師小屋のような粗末さで。それなのになんとも言えない温もりを感じさせてくれる、不思議な家です。

 強いて要因を説明するなら、まるで家主の心がそのまま乗り移ったかのような雰囲気が温もりとなった、と表現するのがもっとも似つかわしいでしょう。ここだけ数度、気温が上がっているかのような錯覚にさえとらわれます。

 

「珠世様、ただいま戻りました。遅くなりまして申し訳ありません」

 

 まずは私達を先導して黒髪の鬼少年が玄関先に立ちます。すると、私の予想した通りの優しい声が返ってきました。

 

「お帰りなさい愈史郎。その声色では、あまりよろしくない成果に終わったようですね……。あら、お客さまですか?」

 

 どうやら少年の名は愈史郎。そして家の中から聞こえてくる優しい女性の声は、珠世という名前のようです。

 

「はい。鬼らしき幼子が怪我をしていたようなので……」

「怪我? 鬼の子が?」

「ええ、不審に思いまして連行した次第です」

 

 加えて私を助けてくれた黒髪鬼少年は、どうやら少々意地悪な性格をしているようでした。おそらくは自分の真心をうまく口にできない性質(たち)なのでしょう。

 そんな二人を会話に割って入るかのように、私は屋内へ顔をひょっこり見せると、あまねお姉ちゃんに教わった通りの挨拶を口にします。

 

「はじめましてっ、鬼舞辻 久遠ですっ!」

 

 しかして、その挨拶が予想外の展開を呼び寄せてしまいました。

 鬼舞辻の性はデンデン丸にとって忠誠の対象であり、ドロ助にとっては恐怖の対象です。これまでは違いこそあれ、四歳の私に害意を向けるものではありませんでした。

 ですがこの二人にとっての「鬼舞辻」という名は、煮えたぎるほどの怨念が籠められていたのです。

 一足飛びで珠世と名乗った女性の元へと飛び、今までの優しさが嘘であったかのように(にら)みつけてくる愈史郎くん。それはこの物語をお読みの皆さんでしたら至極当然であると断ずるでしょう。

 ですが何の事情も知らない当時の私は、二人の突然すぎる豹変がまったくもって理解できなかったのです。

 

 ですがですが、次の会話で二人は更に驚くことに。

 

「無惨のよこした手の者か。こんな幼子まで利用するとは、相変わらずの悪党だなっ!」

「……っ!? 『お父さん』を知ってるの? まさか……」

 

 この時、私はこの二人を父からの追っ手なのだと勘違いしてしまいます。

 

「やっ、久遠はもう戻らないんだからっ!」

「おひいさまっ!」

 

 後ろで待機していたデンデン丸とドロ助にもこの場の異常性に感づいたようでした。私の前に立ちはだかるように進み出ると、両者とも私の盾となってくれたのです。

 

「…………………………」

「…………………………」

 

 かるく数分は、にらめっこが続いたように思います。

 そして意外にも、最初に口を開いたのは。愈史郎くんが庇う珠世先生でした。

 

「今、お父さんって言いましたよね? ……鬼舞辻 久遠とも。まさかあの、鬼舞辻 無惨が子をもうけたのですか?」

 

 優しげな瞳と、花びらのような唇をまんまるに開いて。女性は驚きの声を発します。子どもというものは、大人が思う以上に敏感なもの。当時の私は、それを、父への侮辱であると明確に悟ってしまいました。

 

「そんなことないもん、お父さんは優しいもんっ! くおんのおとうさんだもんっ!!」

「ですが、あの悪鬼が人を愛するなど……」

 

 ここまでの金切り声で珠世先生に抗議するのは、私が心の奥底で一番に気をかけていたからに他なりません。

 神藤の神社に居た時も、そして「鬼ヶ島」に居た時も。父は忙しいからと私にかまってくれませんでした。もしかしたらと、この一年で感じていたのです。もしかしたら私は、父に愛されていないのではないかと。

 その証拠に今も絶対に戻らないと言いはりつつ、どこかで父が連れ戻しに来てくれる事を待ち望んでいる自分がいます。それなのに、一行に父が迎えに来る気配もありません。

 だからこそ私は意固地になって家出を継続し、無理にでも神藤の神社(実家)へ帰ろうとしていたのです。

 

 後の協力者となる珠世先生の言葉は、私がわずかに残していた希望を打ち消すものでもありました。我慢などもう、できるはずもありません。

 

「お父さんは、……久遠のおとうさんはっ。……うえええええええええぇ――――…………」

 

 えもいわれぬ想いは私の瞳に涙を沸かせ、まだまだ拙い感情表現は泣く事でしかこの悲しみを表現できませんでした。

 そんな私を前にして珠世先生も愈史郎くんも、デンデン丸もドロ助も。お互い、矛を収めざるをえなかったのです。

 

 なきじゃくる幼児には、誰も勝てませんね。

 

 

 

 何時の間にやら涙も枯れはて、私の顔は懐かしい温もりと柔らかさに包まれていました。

 愈史郎くんが採取してきた薬草を調合し、化膿止めの薬を塗ってもらった私の足はもう随分と痛みも収まり、

 

「ごめんなさいね、久遠ちゃんにとっては優しいお父上なのですよね……」

「うう…………」

 

 うとうととした眠気に誘われていました。

 夢うつつに懐かしい母のような温もりで誤魔化され、なでなでと優しく私の頭をなでられ。珠世先生の膝の上で、家猫のように丸くなってしまいます。

 

 パチパチと薪が弾ける囲炉裏端。

 一応の休戦となった私達は屋内へと招かれ、お互いの事情を語り合っていました。

 当然のことながら、デンデン丸やドロ助は父の不利益になるような話は口に出せません。一言でも口にした途端、呪いによって頭からぐしゃりと潰され、口からは異形の鬼が飛び出てしまうからです。

 一方の珠世先生も、当然のことながら私達への警戒を解いてはいません。それでも最近は伊勢方面の小村で診療所を営んでいるそうで、今日も村で病に侵された少年の薬を作る手掛かりを得るため、珍しい薬草を求めて訪れたとのことでした。

 実はこの青山高原。なかなかに霊験あらたかな地であり、新種となる薬草の発見も珍しいことではないそうです。

 

「それで、成果はあったのですかな?」

 

 家猫と化した私の代わりに、デンデン丸が問いかけました。

 私達が出会うキッカケとなったあの時も、愈史郎君はく珍しい薬草を求めて奔走していました。ですが本日の成果も残念ながら芳しくなかったようです。

 

「……いいえ。もとからして、新薬というものは出来たからといって直ぐに投与してよいものではないのです。薬と毒は表裏一体、病の気を毒で殺すのが薬とも言える。良かれと思って飲ませた薬が毒となり、患者さんを殺してしまうかもしれません。本来であれば数年単位での検証が必須となります。

 

 それでも今は時間がありません。私は生み出したいのです、医学界で呼ぶところの『万能薬』とも言える存在を――――」

 

 珠世先生の求める夢は、今の私が正直に申し上げるなら「現実味のない」夢物語でした。

 すべての病を癒してしまう特効薬、そんなモノが現実の世に存在するとは到底思えません。それでも鬼という、ある意味不滅の存在が珠世先生の果てしなき目標を追い求めさせていました。

 

 ですが今回のケースでは、そんな悠長なやり方では間に合いません。現実に今、病で苦しむ少年が存在しているのです。珠世先生の医者としての矜持(きょうじ)を捨てようとも、村の子供を救うには危険な賭けが必要でした。事実、さきほど愈史郎君が採取してきた薬草の中には毒草も含まれていたのです。

 

「珠世様、やはり私は反対です。それでは万一の場合、珠世様が人殺しの罪人となってしまう」

 

 なんとしても病に苦しむ子を救いたいと奔走する珠世先生と、少しは自分の身も考えてくれと願う愈史郎くん。そんな二人は「まるで鬼らしくない二人」でした。

 もちろん、私からすれば当然すぎる話ではあるのですけどね。人間が善で鬼が悪なんて誰が決めたのかって話ですよ。

 

 そんな会話を夢うつつに聞いていた私は、あるモノの存在を思い出しました。

 

「――――――あっ!」

「……久遠ちゃん? ひゃあっ!??」

 

 そう、私が持って来た荷物の中にアレがあるではないですか!

 私はガバリと珠世先生の膝から飛び起きると、部屋の隅に置いてあった自分の道具袋に飛びつきます。

 

「せんせー、これっ!」

 

 ガバリと私は袋の中から目的のモノを取り出すと、それをそのまま珠世先生の方へ突き出しました。

 

 それこそが「三種の神器」の一つ。

 

 もしかしたら万能薬たりえるかもしれない、「延命袋」だったのです。

 

 

 ◇

 

 

 延命袋の中に入っていたのは、私にとっては桃太郎の物語に出てくる「桃」そのものでした。

 皆さんの想い描く桃太郎という物語における「桃」とは、主人公が生まれる「卵の殻」でしかないでしょう。ですが私達の生きていた明治時代における「桃太郎の桃」は、もっと重要な役割をもっていました。

 

 桃から生まれた桃太郎。

 

 この言葉は昭和の時代から製作された創作です。

 時の子供達が読みやすいよう、分かりやすく作り変えられているのです。では江戸・明治における桃太郎の桃とはどのような描かれ方をされていたのでしょうか。

 

 正解は、両親である老夫婦が桃太郎を出産するための奇跡。数十年もの時を巻き戻す、「若返りの秘薬」として登場していたのです!

 

 当時の私とて、コレが珠世先生の探し求める「万能薬」だという確信はありません。ただそれでも、なんらかの手助けになればという一心でした。

 

 しかして、私の差し出した「延命袋」の中身を覗き見た珠世先生は。

 ほんの一瞬だけ厳しい目付きになったかと思えば、そっとその封を閉めてしまったのです。

 

「久遠ちゃん、ありがとうね。でもコレは、鬼の皆さんが使うべきお薬だわ。決して、人の子に使ってはならないモノよ」

「……久遠、せんせーの役にたてない? よけいな、お世話だった?」

「まさか。久遠ちゃんが優しい子だってことは、私にも十分に伝わっていますよ。さあ、念のため包帯を変えておきましょうか。化膿止めのお薬も塗り直さないとね?」

 

 言われてみれば擦りむいてしまった傷に巻かれた包帯が乾き、凝固した血液でカサカサしていました。この状態で動き回っては、固くなった包帯が太ももに擦れて逆効果になりかねません。

 私は珠世先生のなすがままになって治療を受け入れます。

 

 延命袋の中身を見た時の厳しい眼差しも。

 私の血がベットリと染み付いた包帯を、懐へ大切にしまい込んだのも。

 あの時、珠世先生が何を考えていたのか。当時の私は後々になって知るまで、何の疑いも持っていませんでした。

 

 そして私もまた、隠れ蓑・隠れ傘、延命袋に続く最後の「三種の神器」である「打ち出の小槌」だけは荷物袋から取り出せませんでした。なぜかと問われれば説明が難しいのですが、「これだけは使ってはいけないモノ」だと私の中にある何かが警告していたのです。




 最後までお読みいただきありがとうございました。
 ようやく最後までのプロットが固まってきたmikamiでございます。その点で少々、原作である「本当はあったかもしれない鬼滅の刃」本編での伏線に関して修正する可能性がでてきました。
 ネタバレになってしまうので、どこを修正したのかは外伝の投稿に平行して発表していこうかと思いますが。前作からの読者様は探してみるのも楽しいかもしれません。
 修正する時期になったら報告いたしますね。

 さあ、響凱・泥穀に加えて珠世先生と愈史郎君も登場してくれました。続々と「久遠と愉快な仲間達」が集いつつあります。今後とも、待ったりとお付き合いくださいね。
 ではでは。


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第7話「ふじわらの四天王はくおんのこぶんなのっ!」

 囲炉裏の火と、珠世先生の温もりに包まれて。私が夢の世界にいる間にも、大人達の会話は続いていました。

 

 夜は鬼の時間です。ですが東のお山から朝日が姿を見せるまで、もう一刻ほどにまで迫っています。朝になれば窓の木板を降ろし、一切の光りを遮断したうえで再び夜が来るのを待たねばなりません。

 それなのにまだまだ、話し合うべき問題は尽きる気配を見せなかったのです。

 

「しかしおかしいですね。私達は昨晩、この周辺で鬼の気配を感じたからこそ、この家で警戒をしていたのです。それなのに皆さんがこの青山を訪れたのは今晩、そうですよね?」

「……我が主の名にかけて」

 

 珠世先生の問いに対して、デンデン丸がしっかりと首を縦に振りました。まだ私が家出を決行してから一晩しか経過していません。この青山高原にだって、ドロ助から神藤神社への道だと言われなければ訪れていなかったでしょう。

 珠世先生や愈史郎君にとっての警戒すべき脅威は、同胞であるはずの鬼達です。私の父、鬼舞辻 無惨の意思に反する異端者。鬼でありながら人の傍で生きる裏切り者。それがこの二人なのですから。

 

 と、いうことは。

 

「……鬼女医殿の言葉が真実ならば。我々以外の鬼が、この山のどこかに潜んでいるということですな」

 

 デンデン丸が日頃の情けなさを払拭(ふっしょく)するかのように、厳しい眼差しで断言します。敵から味方かも解らない第三勢力の存在、それは不安要素以外の何ものでもありません。

 それは私達にとっても同様です。敵対される可能性は低いでしょうが、私の位置を父に知られたら家出そのものが終わってしまいかねない。

 

 そんななか、まだまだ私達への猜疑心を残した愈史郎くんがボソリと呟きます。

 

「お前達が無惨の居城へ案内してくれたのなら、そんな脅威など放置するのだかな」

「それはたとえ我等が死しても不可能ですな。あの御方の不利益な行動や言動をとった瞬間、我等はその場で死ぬ。

 裏切り者はあくまで、貴方達だ。小生達がここで拳を振り上げぬのは、おひいさまの悲しむ涙を見たくないだけだという事実を理解していただきたい」

 

 私という存在がいなければ敵同士。

 愈史郎くんとデンデン丸はお互いに釘を刺し合います。

 

「愈史郎、無理を言うものではありませんよ。それに今は、病に苦しむ少年を救う手立てを探すことこそ急がねば!」

 

 夢の世界へ旅立った私をのけ者にして、会議は喧々囂々(けんけんごうごう)としていました。

 ですがお互いの目的はハッキリしています。珠世先生と愈史郎君は難病に苦しむ人の子を癒す「万能薬」を作り出したい。

 

 そして私達は――。

 

「あの~……。もしかすると、なんだが……」

「ドロ助?」

「せめておひいさまが寝ている時くらい、泥穀と呼んでくれよな……」

「すまぬ、そうであるな。して泥穀、地元民として何か知っておるのか?」

 

 この場で唯一の地元民であり、周囲の地理や事情に詳しい泥穀が手をあげます。

 本当であれば真っ先に聞かなければならない人材であったにも関わらず、あまりにも薄い存在感がドロ助の存在を隠していたのです。忍びとしては有益なのでしょうが、酷い話ですねぇ。

 

「この高原のとある場所に千方窟とよばれる城跡があるんだが、そのなかに俺達伊賀の者が信仰する神が奉納されているんだ。そして、その神様を守るのは……藤原の四天王とよばれる鬼だと伝えられているんだが――」

 

 泥穀の話を要約するなら、以下のとおりです。

 今から千年もの昔。平安の世に藤原鎌足を始祖とする藤原千方という無敵の将軍と、四天王と呼ばれる四人の配下がいました。

 昔の偉人が神様として崇められる事例はよくあるものです。ですが問題なのは将軍ではなくその四天王の方で、風鬼、雷鬼、空鬼、槍鬼と言う四鬼が神変秘練の術を使って戦ったとも伝えられていました。

「太平記」に語られたくだりに「風鬼は大風を吹かせて敵城を吹き破る。雷鬼はその身より雷を放ちあらゆる者を炭へと化す。空鬼は山をも越えて全てを見透かす。槍鬼はその角を無双の槍として俄敵を取りひしぐ。各の如き神変。凡夫の知力を以て防ぐにあらざれば伊賀、伊勢の領国、これが為に妨げられ、王化に従うものなし」と書かれており、主を助ける忍者の起源であるとも言われ、地元の語り草となってきました。

 

 今を生きる人々からすれば、もはや御伽噺(おとぎばなし)にも等しき迷信です。

 しかし我等鬼から見れば、人を喰らい続けるかぎり寿命というものは存在しません。

 つまりは人の間で御伽噺のごとく語られる昔話であろうとも、鬼にとっては現代の話である可能性は否定できないのです。それに加えて数百年の前に鬼となった野良鬼ならば父、鬼舞辻 無惨との関係を断っていても不思議ではありません。

 ですがデンデン丸こと響凱は一つだけ、間違いのない事実を指摘しました。

 

「だがこの御伽噺で語られるような異能を持つ鬼は存在しない。それだけは確実ですな」

「と、言われますと?」

「あまりにも物語で語られる異能が荒唐無稽にすぎる。城を吹き飛ばすほどの風を起こし、天災である雷を操り、大空を自在に舞う、無双の槍使い。最後の槍使いだけは有り得るものではありますが、他の三つは例えこの国に生きる全ての人を喰らったとしても叶いますまい」

「……そうですね。そのような規格外の大鬼が居るのであれば、この地に人が営みを育むことはできないでしょう」

 

 響凱の推測に、珠世先生が深く頷きます。いくら人外の異能を持つ鬼とはいえ、限度というものがあるのです。

 本当にそんな異形の鬼が居るのだとしたら、そもそもが人を恐れて隠れている意味がありません。とうの昔に、この国を滅ぼしているに違いないのです。

 ないの、ですが――。

 

「だが人々にそうも恐れられるほどの誇張された鬼が長年幽閉され、動けずに今も実在している可能性は否定できない」

 

 響凱も泥穀も、そして珠世先生も愈史郎くんの指摘に頷いて同意します。

 そもそも御伽噺というものは現実に起こった事実を誇張して描かれるもの。城を吹き飛ばさずとも、目の前では立っていられないほどの強風であればそれほど難しい異能ではありませんし、嵐の夜に人里に出たのであれば、自らの意志で雷を落としたように見せる事も難しくないでしょう。

 空を飛んだという伝承もまた、鬼並の跳躍力があれば誤解される可能性は十分にあります。槍にいたっては持っているだけでも良いのです。鬼の膂力で十分な脅威に映るでしょうから。

 古来より化け物と称される存在は、朝廷の威厳にかけて討伐されてきました。ですが、もし物語に語られるほどではなくとも強すぎる鬼を討伐できず、幽閉されていたとしたら?

 

 この青山高原に数百年の時を生きる大鬼が存在する可能性も、私達は完全に否定できません。

 

「……これは早々におひいさまを連れ、山を降りなければなりますまいな」

「だがもう朝が近い。夜を待った方が安全だぜ?」

「それは話が逆である。昼間であればこそ、未知の鬼は行動できぬからな。なれば山陰深き、日の届かぬ道をもって下山する事こそが最善だ」

 

 今度は家来の二人が今後についての議論を交わしています。

 十七歳である今の私であれば、デンデン丸の意見に賛成したことでしょう。何も興味本位で虎の穴を覗き込む必要はないのです。この話を当時の私が聞けばどうするか、二人は重々に承知していました。

 

 ですが二人の心配はもう、すでに手遅れだったのです。眠れる虎はその実、見事なまでのタヌキ寝入りを披露(ひろう)していたのですから。

 

「…………ふっふ、ふ~~…………♪」

 

 確かにうとうととはしていましたが、私は別に珠世先生の豊満な胸の中で眠りに落ちていたわけではありません。そして普通の四歳児にとっては難しい話ではあっても、私には十分に理解が及んでいたのです。

 読み手の皆様にはお話しましたよね?

 私は幼児期健忘症に該当しなかったお陰で、普通の四歳児ではありえないほどに理解力があることを。

 

「……くおん、……聞いちゃったもんね~~♪」

 

 後にデンデン丸こと響凱は、この時の私の声を父よりも恐ろしかったと供述しています。

 

「お、おひいさま……?」

「どうか、冷静になってくだされ。我らの目的はご実家である伊勢の神藤神社に向かうこと。決して、鬼退治ではありませぬ! そもそも我ら鬼が同族である者を退治するなど……」

 

 デンデン丸とドロ助は二人がかりで私をいさめようと必死です。ですが私の目的は、決して神藤の神社へ行くだけではありません。

 そう、デンデン丸(猿)とドロ助(犬)につづく「桃太郎における最後の子分」、キジを探さねばならないのですっ!

 

「なら、退治せずに家来にしちゃえばいいのっ。ふじわらの四天王こそ、最後の下僕にふさわしいのっ!」

「そんなっ、これ以上素性の知れぬ鬼をおひいさまの家来にさせられませぬっ! それに我らだけでおひいさまをお守りできるかどうかも……」

 

 突然すぎる私の言葉に、デンデン丸は困り果ててしまいます。そんな彼に意外なところから助け船が訪れました。

 

「ならば私達も協力いたしましょう。愈史郎、いいですね?」

「はぁ……」

 

 迷い無くにっこりと微笑みながら助太刀を申し出てくれる珠世先生。 

 ですがデンデン丸と同じく、愈史郎君もあまり気乗りはしないようです。まあ、護衛対象が自ら危険な場所へ行こうというのですから当然の反応ですかね。

 私にとっては、母の温もりを思い出させてくれた珠世先生が一緒というのは大歓迎なのです。

 

 なの、ですが……。 

 

「……いいの?」

 

 胸の中で抱かれながらも不安そうに見上げて、私は思わず問いかけていました。自分の父がなぜ恨まれているのかはわかりませんが、私が父の子であると分かった時の厳しい視線が忘れられなかったのです。

 

「ええ、もちろんよ。それほどの昔から生きる大鬼ともなれば我々の知らぬ叡智を持っているやもしれません。……それにっ!」

「ふえっ!?」

 

 その細い腕に似合わぬ力で、珠世先生にひょいと抱き上げられ。先ほどまでの温もりが今だ残る胸の中は、私だけの特等席です。

 

「私とて、鬼の端くれなのですよ? たとえ宿敵の娘さんであろうとも、こんなにも可愛い久遠ちゃんが怪我なんてしてしまったら大変ですもの」

「……ん、ありがとう」

 

 こうして、これからの指針は定まりました。

 家来二人に加えて珠世先生と愈史郎君を加えた私は、いざ藤原の四天王っとばかりに遺跡へと向かいます。四歳の私は果たして、最後の家来である「キジ」を見つけられるのでしょうか? そして珠世先生は「万能薬」の手掛かりを見つけられるのでしょうか?

 次話に続きますっ!




 最後までお読みいただきありがとうございました。

 いやあ、筆が進みません。物書きを趣味にしてから二年ほどの年月が経過しましたが、今が一番かけないかもしれません。
 はじめの頃は無知なりに面白いものをと思うがままに書いていたのですが、今はキチンとした物語を作ろうと頭を悩ませている感じです。
 一つの物語を完結させるって、とっても難しいのですよね……。それでもなんとか頑張ってみますのでこれからも読んで頂ければ嬉しいです。
 よろしくお願いします!

 


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第8話「ちがう、あなたじゃない?」

「お待ちくだされ、おひいさま! もうすぐ、もうすぐ朝日が昇りまする……!」

 

 駆け続ける私の背中に、慌てた様子のデンデン丸が声を投げかけます。

 

「四天王のおうちは岩穴でしょ? なら、お日様に当たらないよう入っちゃえばいいの!」

 

 しかして私の足は止まりません。

 私の心に渦巻く藤原の四天王と呼ばれる鬼への好奇心が、ひなが一日を小屋の中で過ごさせなかったのです。

 東を見れば漆黒の星空が薄れかけ、もうすぐ朝焼けが始まろうかという時間帯。只人であれば到底たどり着けぬであろう道なき道を、私達は一足飛びで駆け抜けました。鬼ヶ島での鬼ごっこで鍛えた足は伊達ではないのです。えっへん。

 一方の珠世先生は足に自信がないらしく、愈史郎(ゆしろう)くんに抱きかかえられながらの進軍となりました。

 ええ、はい。俗に言う御姫様抱っこというヤツですね。

 

「重くはありませんか? 愈史郎」

「もっ、もちろんですっ!」

 

 申し訳なさそうに心配する珠世先生でしたが、彼女以外の誰がどう見ても、愈史郎君は顔を真っ赤にして喜んでいます。

 まったくもう、見せ付けてくれますよね。

 幸せそうでなによりです。

 

 

 

 こうして私達はドロ助の案内により、青山高原の山中奥深くにある千方窟へとたどり着きました。

 明らかに自然の産物ではないその人工物は、かつて巨人の居城が鎮座していたかのような巨大な石垣によって形作られています。その根元には、まるで私達を飲み込みそうな暗闇の大洞穴が待ち受けていました。

 

 洞穴の奥から吹きつける風と共に感じるこの、ピリピリとした感じ。

 間違いありません。ここに平安の世から生き続ける大鬼が潜んでいるのです。まるでかつての主、藤原千方の城を数百年を経て今だ守り続けているかのような、そんな雰囲気。

 

「こっ、これは……。ドロ助、貴様なんという場所におひいさまをお連れしたのだ!」

「い、いやっ。俺だって人であった頃にお参りしただけなんだ。まさか、こんな大鬼の気配がするなんて……」

「おひいさま、今からでも遅くはありませぬ。戻りましょうぞ……!」

 

 臆病風に吹かれたデンデン丸達が情けない声を上げています。四歳児の背中に隠れて、ブルブルと震えて情けないったらありゃしません。

 まぁ、無理もないですけど。この気配、明らかに上弦に匹敵するほどの迫力です。下弦ですらない二人には未体験のものでしょう。流石に父ほどではありませんけどね。

 ですが当時の私は我がまま娘。この程度では決して止まらないことも、ご存知の通り。

 

「ふっふっふ――……♪ それでこそ、くおんの家来にふさわしいの。これなら、お父さんの家来、上弦にだって……」

 

 更に言えば、私の気分はただいま絶好調。

 デンデン丸やドロ助は確かに特異な力を持っていますが、残念ながら荒事には向いておりません。対して荒事専門で頭をつかう事が苦手だった当時の私にとって、二人は実に都合の良い家来でした。ならば最後の家来「キジ」は、この私と肩を並べて戦える大鬼こそ相応しい。

 

 私は一人、あぎとのごとく開いた大穴へと歩を進めつつ、後ろへ声をかけました。

 

「デンデン丸達も珠世先生も、ここでお留守番ね? ふじわらの四天王がくおんの家来になってくれなきゃ、あぶないの」

「久遠ちゃん……。どうか気をつけてね? 命の尊さは人も鬼も変わらないのよ」

「うんっ!」

 

 ニッコリと微笑んだ私へ、珠世先生も心配そうな声をかけてくれます。

 私は家来がほしい。珠世先生は「万能薬」を作るべく、平安の世より生きる大鬼の叡智(えいち)が欲しい。お互いの目的のため、射るべき的は決まっていました。だからこそ、危険を承知で同行してくれたのです。

 もし藤原の四天王が知恵を持っていたとしても、聞く側にも知識がなければ意味がありません。

 それに、私が五体満足で済む保証もありません。半人半鬼の私にとっても、珠世先生という鬼医者は必要なのです。

 

 すうう――っと、胸いっぱいに空気を吸い込み。私は大洞穴の奥底にまで(とどろ)くよう、おもいっきり声を張り上げました。

 

「やあやあ、われこそは鬼ヶ島のあるじたる鬼舞辻 無惨のそくじょ、名を久遠っ! へいあんの世より生きし大鬼、ふじわらの四天王よ。いさぎよくあらわれ、われのぐんもんへと下るがよい!!」

 

 え? こんな口上、四歳児の私がよく言えたねって? たしかに確かにその通り。実はコレ、ただの丸暗記です。此処に至るまでの最中に予め格好の良い口上をデンデン丸に考えさせておいただけで、私はあまり意味を理解してはいません。

 ですがまあ。主人と成る者にとって、見栄えというものも大切なのですよ。うんうん。

 

 もう羞恥心なんて、遥か彼方へ投げ捨てましたからっ。

 

「こたえぬかっ! ふじわらの四天王とはふぬけの集まりかっ!!」

 

 度重なる口上が大洞窟の中へ、そして反響して奥へと伝わってゆきます。

 もし何の反応もなければ、コレ幸いと突貫する腹積もりでした。お互いの強大な気配がハッキリと感じられる今、居留守などという姑息な真似は通じません。

 私の後ろではデンデン丸とドロ助がコソコソと状況を見守っていました。

 

「……出てこぬな。おひいさまの威厳に(おく)したか?」

「てか逆じゃねえの? おひいさまの声じゃまだまだ、迫力がないぜ。よくて子供の悪戯だ」

 

 はい、ドロ助。あとでお仕置き決定です。まったくもって懲りない家来ですね。この可愛らしい姿でオジサンのような野太い声を出したら逆に怖いですよ。

 ですが二人の指摘通り、中に潜んでいる大鬼は一行に姿を見せません。もしかして本当に侮られているのでしょうか?

 私が痺れを切らし、もうこうなれば無理矢理にでも引きずりだそうかと洞窟内へ足を踏み出そうとした、その時。

 

 なんとも聞き覚えのある声が、洞窟の奥から反響して聞こえてきたのです。

 

「ヒイィ……。なぜここに、おひいさまがぁ…………?」

「――――――――。……ふえっ、ふええええええええええええ???」

 

 その特徴的な、悲鳴から始まる声に思わず戸惑いの悲鳴を上げてしまいます。ですがそれも無理のないこと。この悲鳴、忘れるわけがありません。私は真実を確かめるべく、洞窟の奥へと駆け出しました。

 

「どうして、どうして貴方がここにいるの? ……半天狗のお爺ちゃん!」

 

 

 ◇

 

 

「まさかこんな場所でもおひいさまに出会うとは……、楽しいのうたのしいのう!」

「儂も喜ばしいぞ? こんなところでまで、かの御方の息吹を感じられる。ただただ喜ばしい……!」

「お前ら、儂を守るのじゃ。か弱い儂を守れっ!」

 

 突然の再会に、私も驚きましたが相手はそれ以上に混乱しているようでした。

 

 私がたどり着いた大洞窟の最奥は、幾本もの鍾乳石が天井から垂れ下がる大広間。

 鍾乳石から垂れ堕ちる水滴と岩壁の隙間から流れ出る地下水が川をつくり、更なる地下へと流れ落ちてゆく。これこそ正に自然が作り出した絶景です。周囲は蛍のような虫が燦々(さんさん)と光りを放ち、周囲を見渡すのに不自由はありません。

 

 そんな絶景の中に居たのは三人の鬼。

 いつも困り顔な半天狗のお爺ちゃんと、その分身である楽しげな鬼。もう一人は私もまだ見た事がない、喜びの笑みをうかべる鬼がいます。

 舌には「喜」の文字。背中には猛禽類の羽が生え、四肢にいたっては鱗に覆われて鍵爪が延びた鳥類の足がありました。

 

 そう、私が最後の家来にと願った。念願の「キジ」役にピッタリな人材がそこにいたのです。

 

 しかして願いが叶った時に訪れるはずだった喜びが、私の中で急速にしぼんでゆきました。

 いえ、むしろ失望と共に抑えがたい怒りの感情が沸きあがっていると言ってもよいでしょう。

 なぜなら――。

 

「どうして、お爺ちゃんが藤原の四天王……なの? 最初から……お父さんの家来じゃなかったの?」

 

 この洞窟に居る大鬼は、藤原千方という大昔の将軍に忠義を尽くした鬼のはず。私の父、鬼舞辻 無惨の腹心である上弦の鬼が居るのは、どう考えてもおかしいのです。

 

「ヒイィ……いかにも。ワシ等はかつて、藤原の千方様に忠義を尽くす『天狗の四天王』であった者。じゃが朝廷に主を屠られ、仇を討たんと鬼に成り果て数百年。今となっては墓守しかできぬ半端者と成り果てもうした。

 それが我ら半天狗『半端者の天狗』と成り果てた儂らの姿なのですじゃ」

「……じゃあ、お父さんの家来になったのも?」

「もはや仇の一族も滅び去り、成すべき事を無くしたワシを……あの御方は再び拾ってくださったのですじゃ。我ら鬼と人間共の争いは、何方かが滅ぶまで終わりを見せませぬ。あの御方の血を頂戴して強くならなければ……『鬼殺隊』に殺され、千方様の墓守さえままならぬのです!」

 

 人間であっても妖怪である天狗と称される。それは四天王と呼ばれるだけの実力は伴っていたと言う事なのでしょう。それほどの猛者が鬼となれば、上弦にまで上り詰めたとしても不思議ではありません。

 ですが喜びの文字を持つ若い鬼さんも、鬼ヶ島で鬼ごっこをしていた「楽しい鬼さん」も、この件に関しては決して楽しいとか喜ばしいとは言いませんでした。それだけの無念が、懺悔が今だ心の中に燻っているに違いないのです。

 

 ですがそんな事情でさえ、当時に私にとってはどうでも良いことでしかありませんでした。そう、鬼を殺す組織である「鬼殺隊」という言葉さえ、この時の私にはどうでもよかったのです。

 

 私が求めるはただ一つ。

 まるで視線を隠すようにうつむきながら、私は最後の悪足掻きをしてしまいます。結果は、聞かずとも解っているというのに。

 

「…………半天狗のお爺ちゃんは、久遠の、『久遠だけの家来』になってくれる? なってくれるなら、久遠はなんでもお願いごとを一つ叶えてあげるよ?」

 

 デンデン丸とドロ助にも提示したきびだんご。二人は私の条件を受け入れて久遠だけの家来になってくれました。しかしてそれは、言葉以上に覚悟のいる決断。つまりは「父である無惨を裏切る」ことに他なりません。

 デンデン丸は下弦ですらない下等鬼であり、ドロ助に至っては鬼ヶ島に入ることさえ許されていない野良鬼でありました。 

 対して半天狗は上弦の肆。鬼達の誰もが認める父の腹心、上弦の鬼の一角です。私の家来になるという選択肢などあるわけがなく。

 

「……あの御方が、なぜ貴方様を御産みになったのか。儂程度ではそのお考えを図ることさえできませぬ。おそらくは深い、深いお考えがあってのことでしょう。

 儂にそのお考えを妨げることは、……出来ませぬ」

 

 返答は、まったくの予想通り。

 どこにも居場所がなかった鬼ヶ島の鬼がまた、私の前に立ち塞がります。

 

「……久遠はお父さんの家来じゃないし、おとうさんでもないよ。お父さんは久遠のこと、何にも見てくれない。久遠はいらない子なんだ。だから久遠は……、久遠だけの家族を作るの。それを邪魔するやつはっ、絶対に……ゆるさないっ!!」

 

 ドロ助の時とは違い、私の堪忍袋の緒は三度も耐えられるほどの強度を取り戻していません。

 

 自分の思い通りにならないという現実が。

 自分の命に従わない存在への理不尽な憤りが。

 

 暴虐の限りを尽くせと父から受け継いだ血脈を駆け巡り、脳天から足のつま先にまで満ち満ちてゆきます。

 私が今、何よりも欲していたのは「家族」でした。

 

 それを受け入れない者は、例外なく敵でしかなかったのです。




 最後までお読みいただきありがとうございました。
 今後ともまったり続けていきますので、よろしくお願いします!


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第9話「ほんりょうはっきなの!(前編)」

注意:上弦の肆である半天狗さんの過去が改変されています。原作そのままが好きな方はご注意を。


「おひいさま、どうかお許しを……。儂はすでに過去と今において、二人の主をもっておるのですじゃ。それだけでも特別であるというのに、おひいさまにまで忠誠を誓えばどうなるか……」

 

 平安の世においては藤原千方(ふじわらのちかた)。そして明治の世においては父、鬼舞辻 無惨。半天狗のお爺ちゃんは上弦の中でもある意味、特別な立ち位置を許された鬼でした。

 つまりは元々、半分は裏切っていると言っても過言ではなく。半天狗のお爺ちゃんがよせる忠誠心は最初から、はんぶんこされているのです。

 

 そんな特殊な事情があっては当然、私「鬼舞辻久遠」の入り込める隙間などあるはずもなく。

 桃太郎における最後の家来「キジ」はすでに父のモノに他なりません。

 

「……そう。なら、い~~らないっと」

 

 残念きわまる現実を前にして。

 私の口からは自分でも驚くくらい軽く、不気味で、何とも低い声がこぼれます。そんな感情の変化と同時に、私の身体も変化を開始しました。

 

「ヒィッ!?」

 

 ひそかに自慢のぱっちりとした右眼を、血のように赤く、鋭く。

 鬼ヶ島で堕姫お姉さんにしっかりと磨いてもらった爪もまた、血のように赤く、鋭く。

 原初の鬼(ちち)から受け継いだ狂乱の血を、沸き立つくらいに熱くたぎらせて。

 それまでちょこんと(ひたい)から出ていた可愛らしい角が太く、長く。私は原初の鬼の後継者に相応しき姿へと変貌してゆきます。

 

 当時の私は間違いなく「自分の思い通りにならなければ我慢できない、我がまま娘」でした。

 

 しかもその我がままっぷりは、誰もが一度は通る自我の発芽という意味合いではなく。父から受け継いだ「原初の鬼」からくる鬼の本能(よくぼう)が、私の心を否応なくかきたてるものだったのです。

 それは私だけが覚えた感触ではありません。周囲の温度が低くなったような錯覚を覚えたと、後にデンデン丸は語っています。それも私の傍で感じたのではなく、私の姿が中へと消えた千方窟の入口からでさえ絶望的な威圧感を覚えたそうで。

 

 私と炭治郎君の物語をお読みの皆様なら、ご存知でしょう。

 普段はそれほど人と変わらぬ私の姿が、妖艶なる美鬼へと変貌するその御技を。

 

 半人半鬼である私だけが使える、私だけの秘儀。

 人の心を片隅に押し込め、鬼の狂気を前面に押し出し、父より受け継いだ力を最大限に発揮させる鬼化の術。

 

 それを、私は「鬼人化」と称しています。

 

「おひいさまの姿が変わられた! 美しいのう楽しいのう、何が起こるのかの――――」 

 

 当時の私は、語り部である十七歳の私と何ら変わることのない姿にまで手足を伸ばし。

 その細くも長い、女性らしさが滲み出た白磁のごとき腕を一度、乱雑に振るいます。

 けっして洗練されているわけでもない、手刀ととも呼べぬ一閃でした。それでも可楽と言う名の半天狗の分身体は、最後まで言葉を放つことなく腰から二つにちぎれたのです。

 

「――――っ!? …………ぐうううぅ」

 

 悲痛な呻き声をもらしながらゴロゴロと可楽の上半身が転がり、本体である半天狗の眼前で止まります。鬼なので別にこの程度で死にはしないのですが、体力が削られる事実には違いありません。

 そんな陰惨な光景を前にして、半天狗のお爺ちゃんは腰がぬけてしまったようでした。

 

「ヒイィィィッ、可楽(からく)!? 空喜(うろぎ)、はよう儂を連れて逃げてくれっ!」

「残念じゃがここは洞窟の中、儂の羽根は使い物にならん。同じ理由で積怒(せきど)も使い物にならんじゃろう。哀絶(あいぜつ)を出さねばならんと思うぞ?」

「いやっ、アヤツは――」

「なら、お外で遊ぶ? くおんが連れて行ってあげるの」

 

 楽の分身体である可楽を身代わりにしてコソコソと対策を練る二人の前に、ゴゴゴゴという背景音を引き連れながら迫る私の姿がありました。

 鬼人化し終えたその姿は、まさに父が女装したかのよう。ですがこの時の未熟な私は父から受け継いだ暴虐の血脈を制御できません。くわえて右手には犠牲者(からく)の所持品であった芭蕉扇(ばしょうせん)のごとき団扇(うちわ)が。

 

「半天狗のお爺ちゃん。……鬼ヶ島でやってた鬼ごっこの続き、する? せえのぉっ――――!」

「お待ちくだされ、おひいさま! 外はもうすぐ、朝日が……。ヒイイイイイイイイイィィィ――――…………っ!!」

 

 その瞬間。

 この千方窟に居る者の聴覚は、自らの役目を放棄しました。

 半天狗の悲鳴は、私のおこした大砲のような轟音にかき消されたのです。

 

「みんな、みんな吹き飛んじゃえええええええええええっ!!!」

 

 道具とは使う者によって姿を変えるもの。下等な鬼ならば涼風を、上弦の肆であれば人を吹き飛ばすほどの突風を。そして、この鬼舞辻 久遠であれば全てを薙ぎ払う竜巻を。

 数千年の歴史を紡いだ千方窟の奥地にて作られた、つららのような鍾乳石達は根こそぎへし折られ。命あるもの無いもの区別なく、風が津波となって朝焼けのさし始めた洞窟の外へと吹き飛ばす。

 そんな私の姿は正に昨夜、デンデン丸が絵物語であると一笑にふした風鬼の姿に違いありませんでした。

 

 

 ◇

 

 

「ひゃっほううううう――――――♪ ねえ、お外なら飛べるんでしょ? 飛んでみせてよ、ねえ!」」

 

 自らが発した暴風に乗って洞窟を飛び出した私は、必死になって飛行体勢を整えようとしている空喜の背中へと華麗に着地しました。

 これから先はお勉強の時間。先生は私、教え子は半天狗です。課目はこの私、鬼舞辻久遠に逆らうとどうなるか。それ以外にありません。

 表向きは楽しい嬌声をあげている私ですが、心の中では自分に従わなかった半天狗に怒り心頭なのです。

 

「お父さんとくおん、どっちが怖いかしっかりと教えてあげるの!」

 

 ふかふかした羽毛に包まれた背中の上で人差し指をつき付け、私はキッパリと宣言します。

 

「ヒイイイィ…………っ!? 空喜っ、おひいさまを振り落とせっ。 いや、振り落としなんぞしたら後が恐ろしい……! ああ、儂はどうすればっ!!」

「……喜ばしく、ないっ!」

 

 まるで(ノミ)のように小さくなった半天狗は羽毛の中から震え声を出し、本当なら喜ばなければならないはずの空喜でさえ背中の私を見て怯えています。そんな恐怖にそまった感情の色が更に嗜虐心を刺激させ、私の暴走は悪化の一途を辿っていくのでした。

 

 

 

 

 

 一方、表で待つよう命じられていた猿と犬……。デンデン丸とドロ助もまた、主の変貌ぶりに顔を青ざめていました。

 特にまだまだ私を知らないドロ助、泥穀は恐怖のあまり歯をガチガチと鳴らしています。

 

「なんだよアレ。……本当に、本当にあの子は『あの御方』の娘だったのか?」

 

 伊賀の里で多少なりとも力を見せたとはいえ、彼を家来にしたあの時は鬼人化もしておりません。実は本当に私が父の子か、半信半疑だったようです。

 くらべて私が何者であるか深く知るデンデン丸、響凱は表情を固くしながらもこうなることを予測していたようでした。

 

「久遠様が受け継いだ血脈は、狂気と破滅を謳う原初の血。しかしてまだまだ、うまく制御できておられぬのよ。それゆえに一時の感情の起伏によってアッサリと理性を失う。だからこそ、無限城で蝶よ花よと育てられてきたのだ。

 ……いや。あまりにも恐ろしい存在ゆえに、誰もしつけを行なえなかったと言ったほうが正しいかもしれぬな」

「けど、俺がガキよばわりした時には……ここまで」

「お主の無用な挑発が、導火線を短くしたのは事実だが。……それだけ今回の件が、おひいさまにとって逆鱗に触れるものだったというわけだ」

 

 当時も今も、私にとって「家族の絆」とはかけがえのない宝物です。

 たとえどれだけの金塊をつもうが、どれだけの力を見せ付けようが、これだけは容易に得ることはできません。そんな、人から見れば当たり前の感情を……私はどれだけ渇望してきたでしょうか。

 

 私の前には大きな壁が立ちはだかっているのです。

 父である鬼舞辻 無惨と、生まれもって受け継いだ「原初の血」という大きな壁が。

 

「身体の発育なんぞは時間が解決してくれるもの。見ての通り、おひいさまがその気になれば成長されたお姿を拝観(はいかん)できぬでもない。おひいさまが真に欲するは忠実な僕か、あるいは……」

 

 そこで響凱は口を閉ざしました。無限城での生活から私を知る彼でも、私の真意を図りかねているようです。一方の泥穀は里での悪口を後悔したのか、露骨に話題を変えようと試みます。というよりはこれが今、一番の懸念事項なのでしょう。

 

「……城を吹き飛ばすほどの風なんて、不可能じゃなかったのかよ」

「おお、普通の鬼では不可能であろう。だが我等が主は普通ではない。おひいさまはな、これまで決して生まれることのなかった『あの御方の血』を半分も受け継がれた……かつて無い大鬼なのだっ!!」

 

 通常、父が鬼化した人物に与える血液は数滴。上弦の鬼ならばそれなりの量を頂いているでしょうが、けっして身体を巡る血液の半分を占めている鬼など居はしません。その事実を響凱は、まるで自分のことのように誇っていました。

 ですがまだ家来になったばかりの泥穀は、そこまで私を信じられず身体を小刻みに震わせています。

 それは同行していた二人とて同じこと。私の豹変に驚いた珠世先生は、愈史郎君に守られながらも必死に解決策を探し求めていました。

 

「あの子を、久遠ちゃんを鎮める手段はないのですか?」

「……一つだけ。おひいさまはこの状況を想定されて、我等に奥の手を託されておる」

「ならさっさとしろよっ! 迷ってる場合じゃないだろ!?」

「小生だけではおそらく足りぬ。泥穀、これより先は本当の覚悟が必要だ。お主が真に『おひいさまの従僕となる覚悟』がな」

 

 そう言って、響凱は懐からサラリとした黒い束を取り出しました。

 まるで絹糸のような、それでいて濡鴉の羽のような艶やかさ。それは他でもない私、鬼舞辻久遠が家出をする際に彼へ託した、自らの髪の毛です。鬼ヶ島に居た頃は腰ほどまでに伸びていた自慢の黒髪は、今となっては肩口ほどまでにまで短くなっていました。

 

「迷っている場合ではない。確かに泥穀、お主の言う通りではある。だがこの『これまで存在する筈のなかった第二の原初の血』を自らの体へ受け入れる覚悟があるか?」

「………………」

 

 響凱の問いに対し、泥穀は答えを出せずにいます。

 本来の鬼たる者が食すは人間の肉。それこそが最上の栄養素を含んだ万能食材であり、多くの鬼は人の肉を喰らって成長してゆきます。

 ですがそんな鬼の彼等にも限界がありました。自らの許容量を越えた栄養を体内に貯蔵できないのです。つまりは鬼としての成長もまた、個人の差はあれど止まってしまう。

 ならば己の許容量を拡大させるには何が必要か。それこそが父、鬼舞辻 無惨が与える「原初の血」でありました。全ての鬼がなぜ父に服従するのか。それは親であるからというだけではありません。自らの生を、力の成長を主たる父に管理されているためだったのです。

 

 ところが四年前、千年近くも続いたこの形に異物がまぎれこみました。

 居るはずのない主の子。だがその子から発せられる気配は疑いようもありません。私、鬼舞辻久遠という名の「二つ目の原初の血を持つ者」が誕生したのです。

 鬼ヶ島(むげんじょう)の鬼達は大いに戸惑いました。船頭多くして船山に登ると申します。これまで唯一絶対であった父のほかにもう一人、頭を下げるべき存在が現れたのですから無理もありません。

 父や私の「原初の血」は鬼にとって成長を促す良薬であると同時に、取りすぎれば身の破滅を呼ぶ劇薬でもあります。身の程をわきまえた量で満足しなければ、逆に自らの身体を食い荒らされる。

 

 響凱の言っている「覚悟」とは、そういう意味でありました。

 腹心たる上弦の鬼達であっても、父の血を頂戴した量は微々たるもの。それに比べて、私が響凱に持たせた髪の毛は「身体の一部」です。もしかすれば喰らっても何も起こらないかもしれませんし、身の破滅を招くかもしれません。

 私が家出を決行し、外の世界へ出る際。壱ノ家来である響凱は、即物的な褒美を何も望みませんでした。ですが私はそれで満足できず、母様から生まれて今まで伸ばし続けてきた己の髪の毛を切って、響凱に褒美として渡していたのです。

 

 いつか、デンデン丸が大変な時に使ってね。

 

 と。そして、

 

 デンデン丸なら。本当の意味で久遠の家来になると、何の欲もなく誓ってくれた響凱なら、きっと大丈夫だからと。

 

「おそれ多くもおひいさまは小生の忠誠を信じ、御身の一部を拝領してくださった。小生は一度、口にしておるがそれも少量。今のおひいさまを止めるとなれば、以前よりも多くの髪を頂かなくてはならぬ。

 そして泥穀、お前は小生のように身体へ慣らす暇もない。それでも己の素質と命と忠誠を、おひいさまへ捧げられるか?」

 

 更にいっそう騒がしいガチガチという歯鳴りが、泥穀の迷いを現しています。

 響凱とは違い、つい数時間前に出会ったばかりの私に命や忠誠を捧げろというのも無茶な話でしょう。

 

 それでも、ここが。

 

 沼鬼:泥穀の鬼人生における分かれ道であったのです。

 時間はもう、残り多くありません。いつ夜が白み始め、朝日が登るかも分からないのです。究極の選択を迫られた彼は、それでも手に渡された一房の髪の毛を凝視し続けるのでした。




 最後までお読み頂きありがとうございました。
 最近は青春と共にあった「ダイの大冒険」を横で流しながら執筆するのがマイブームのみかみです。
 前作のアニメ打ち切りは、子供心にも衝撃を与えてくれました。

 父:バランによるダイの記憶消失シーン
「忘れない……っ!(ダイ君)」
「…………へっ!?(TV前で呆然とするみかみ)」

 いやあ、十分くらいは何が起こったのか理解できませんでしたね。これが打ち切りというものかと、大人の不条理を初めてしった一件でもありました。
 今回の第九話にて描写した「鬼人化」も、竜の騎士における「竜魔人化」が影響されています。
 今回はぜひ、完結まで頑張ってもらいたいものですね。
 ではまた来週、日曜日にお会いしましょう。

 あ、鬼滅の刃劇場版おすすめですよっ!
 まだの方はぜひっ!! 特にアニメしか見た事ない勢は行くべきです!!!
 ネタバレが無ければ更に面白いですからっ。ああ記憶を消してから、もう一度見たい!!!!


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第10話「ほんりょうはっきなの!(後編)」

 実を言えば、父に連れられて鬼ヶ島へやってきた当初から「私はみんなと何処か違う」と感じていました。

 

 毎日寝るところや食べるところも、豪華でありましたがどこか寂しく。

 思えば、半人半鬼であると周知される前から腫れ物扱いされていたような気もします。

 

 だからこそ、私は。

 

 自分だけを見てくれる、自分だけの家来が欲しかった。

 

 鬼舞辻 無惨の娘である「鬼舞辻久遠」ではなく。

 

 私は「半人半鬼の久遠」を見てくれる、本当の仲間(かぞく)が欲しかったのです。

 

 我がままであることなど重々に承知のうえ。鬼達はどこまでいっても親である父、鬼舞辻 無惨には逆らえない。

 生殺与奪を握られ、与えられる使命は「ただ、人を喰らって強くなれ」の一点のみ。

 

 それが、いったいどれほどの苦行であるかは鬼である彼等にしか知れません。

 これまで、どれほどの鬼が人を喰えずに滅びていったのでしょうか。

 

 百? 千? いえ、万と言っても過言ではありません。なにせ平安の世から千年もの間、続けられてきた試みです。

 

 そんな血塗られた歴史が続いたのちに生まれた異端の子。

 

 それが私でした。

 もし私に、鬼の皆さんを成長させる「新たな可能性」を提示できるのなら。

 

 もしかしたら、鬼にとって新たな時代の幕開けとなるのかもしれません。

 ですがそれによって到来する時代が平穏か、もしくは不穏かは。

 

 まさに、神のみぞ知るといったところでしょう。

 

 

 

 

 

 狂風雷雨という表現は正しいのか、誤っているのか。

 天候と言う点では朝日の到来が待ち遠しい晴れ渡りようではあるのですが、吹き荒れる風と、落雷のような轟音は事実今、青山高原にて猛威を振るっています。

 

 そんな自然災害のような人災の主犯は間違いなくこの私、鬼舞辻久遠です。

 半天狗の分身である可楽から、風を吹き起こす団扇を強奪した私は正に風神様。只人が見るなら、古来より語られてきた鬼、藤原の四天王が荒ぶっているかのように写っているのやもしれません。

 

 ばきばき、と。

 ある森では暴風によって木々が折れ、吹き飛び。

 

 ざくざく、と。

 ある高地では吹き飛んできた木々が槍の雨となって突き刺さる。

 

「ねえねぇ、半天狗のお爺ちゃん! もっと、もっと速く、高く飛んでよ!! ねえっ!!!」

「ヒイィ、でしたら団扇を返してくだされえええええええっ!!?」

 

 今の私はイジメっ子。

 空喜の背中にまたがって、天邪鬼な小悪魔っぷりを全開で楽しみます。速く高く飛べと言っておきながら、暴風を吹き荒らして邪魔するのは命令している私本人なのですから理不尽なんてものじゃありません。

 ですがこの理不尽さこそ強者の証。腕っ節だけではなく、色々な意味で鬼達の上に立つ者に許された暴虐無人さなのです。

 とは言っても半天狗とて上弦に名を連ねる大鬼であり、父の腹心である事は間違いのない事実です。あまり情けない姿ばかりを見せているわけにもいきません。

 

「ヒグッ!」

 

 前方から妙な(うめ)き声が聞こえてきたのは、そんな時でした。

 ピチャピチャとした赤い血が風に乗って私の顔へ飛び散り、前をみれば鬼の頭部がフラフラと揺れています。

 それは怒の文字を持つ新たな鬼の誕生を意味していました。出所は空喜の首、なんと自分の首を跳ね飛ばして新たな鬼を作り出したのです。

 

「いくらあの御方の息女とはいえ、このような子供に振りまわされるとは情けないっ!」

「ヒイッ、積怒か。儂をっ、ワシを守れっ!」

 

 新たに生み出たのはいかにも協調性のなさそうな、常に不機嫌そうな表情をうかべる若鬼です。

 

「いくら本体の命令とはいえ御免だなっ! 儂は怒りをぶつけるが役目、守りなど可楽と空喜に任せておけ。オイッ、チビ助!」

 

 かちーん。

 単純明快な一言が、私の中にある怒りゲージを一気に振りきらせます。

 子供扱いで怒りを覚えるのはドロ助の時と一緒ですが、今回はあの時とは状況が違いすぎです。今の私に手加減するような理性はありません。

 

「ダ、レ、がっ! チビ助だあああああああああああっ――――!!」

 

 私が乗る空喜の身体はいつの間にか、これまで登った山道を戻っていました。

 つまりは後ろを振り返った先の盆地には伊賀の里があり、私の怒号は十分に麓まで届いたことでしょう。自分達が崇める神山からとてつもない轟音が響いているのです。里の者達がとるべき行動は多くありません。

 里を守るために武器を取り立ち向かうか、それとも里を放棄して逃げ出すか。結論は、すぐ目の前にありました。

 

 積怒の能力による雷が天より降り注ぎ、私の持つ団扇からは嵐のような狂風が吹きつける。それはまるで神の怒りのようにも見えたやもしれません。結果、伊賀の里に住む者達はもつれ合いながら落ちてくる私と半天狗の鬼達を仰ぎ見て――、

 

「おおっ、藤原の鬼神様や。皆の衆、我等の祈りが、一族の再興を祈り続けた儂らの祈りがようやく届きはったで!」

 

 その場に平伏したのです。

 

 

 ◇

 

 

 さて、一度お話の舞台を変えてみましょうか。

 半天狗のお爺ちゃんを追いかけて飛び出した私に対して、千方窟に残った皆さんはどうしていたのか。残ったのは珠世先生と愈史郎君。そして私のきびだんご(かみのけ)を口にする覚悟を決めたデンデン丸とドロ助。

 問題は私の家来である二人ですが、果たして無事に食せたのかは見ての通りです。

 

「おおっ、おおおおおおおっ???」

「こっ、これ泥穀。きちんと己の力を制御せぬかっ!」

「そうは言ってもよぉ? いきなり力があふれて……うおおおおおおおおおおおっ???」

 

 場所は千方窟前の大広場。

 急激な力の成長に戸惑うドロ助は溢れ出る力を持て余し、少しでも動けば体がどこかへ飛んでいきそうな有様です。

 ですが、それも無理のないことでした。これまで野良で生きる鬼でしかなかったのに彼が、いきなり原初の鬼(わたし)の祝福を受けたのですから。

 幸いにもドロ助の身体は私の髪の毛を受け入れるだけの許容を見せたようですが、だからと言って使いこなせるかと言えばそれもまた別の話。

 いわば人が一瞬にして、熊の腕と馬の足を得たようなものなのですから混乱するのも当然でしょう。

 これぞまさに暴走列車。腕を振れば大岩を叩き割り、足を動かせば飛ぶように跳ねる。いかに私の、鬼舞辻 無惨から受け継いだ血による恩恵が凄まじいかを証明していました。

 

「我等は己が主を諌めるため、行かねばなりませぬ。珠世先生と愈史郎殿は一度、山小屋へと戻るがよろしかろう」

 

 ドロ助よりもまだ、私の恩恵になれたデンデン丸が理性的に別れを提案します。

 これより先は、戦う覚悟を持つ者のみが向かう戦場。人の命を救う職業にある珠世先生には、似合わぬ場所であることは間違いありません。

 ですがお医者さまの使命は、戦場にこそあるのもまた事実。

 

「いえ、私と愈史郎も同行致します。あんな泣き叫んだ久遠ちゃんを放ってはおけません!」

「ですが……、命の保証はできませぬぞ?」

 

 デンデン丸は刺すような眼光を突きつけますが、それでも珠世先生は微笑みを崩しません。

 

「あら、私も鬼ですよ? その私に命の心配ですか?」

「いえっ、ですが……」

「……無駄だ。こうなってはもう、珠世様は己の意見を曲げることはない」

 

 本当であれば止めたいであろう愈史郎君もまた、ため息交じりに主人の意向に同意したようです。

 

「もはや久遠ちゃんが鬼舞辻 無惨の血を引いている事実を疑ったりは致しません。いえ、確信したからこそ放ってはおけない。鬼と人の狭間にあるあの子を救わずして、何のための医者ですか!」

「……こういうお人なのだ。普段は猫をかぶっておられるのだがな。まだ一応、俺達の目的は一致してもいる。……そうだな?」

 

 愈史郎君がそう問いかけます。二人の目的は他でもない、「万能薬へ至るための知識」。

 

「今更、半天狗殿から万能薬の情報が聞きだせるとお思いか!? そもそも知っているかどうかさえ……」

「無理かもしれない、知らないかもしれない。それに鬼舞辻 無惨の腹心たる上弦の鬼でも知らぬのなら、存在自体しないのかもしれない。だが半天狗という鬼が、古来より語り継がれてきた藤原の四天王であることも確かだ。ならば虎穴に入らずんば虎児を得ず、とも言える。……無理矢理、こじ付けも良いところの屁理屈だがな」

 

 口にしている愈史郎君とて、それが屁理屈であることは重々すぎるほどに承知の上でしょう。ですが彼の主はもはや止まりません。珠世先生の医者としての矜持が、撤退の二文字を断固として許さなかったのです。

 

「はいっ、もう正直に言っちゃいます。万能薬の情報あるなしに関わらず、私は久遠ちゃんを助けたいのです。本当の理由は私の我がまま、それ以外にありません。……鬼らしくて、分かりやすいでしょう?」

 

 にっこりと開き直った珠世先生の笑顔は、それはもう晴れ晴れとしたものだったそうで。そんな彼女の笑顔をひるがえす術を、もちろんデンデン丸やドロ助が知るはずもなく。

 そして後に、彼女が私の窮地を救ってくれることを未来の私はこの物語で知ったのでした。

 

 本当に、今更ではありますが。

 

 ありがとうございます、珠世せんせい――

 

 

 

 

 

「――それに、我がままな子には大人がしっかりお仕置きしてあげませんと。……ね?」




 最後までお読み頂きありがとうございました。

 いつのまにかラスボスと化した久遠ちゃん。
 どうみてもバ○モスです。ゾ○マです。デスピ○ロです。ゴルベ○ザです。本当にありがとうございました。

 対するは何とも頼りない勇者PTである家来達。
 果たしてこの地に平和をもたらすことができるのでしょうか?

 マホ○ーンやル○ニなんて効きやしませんよ?


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第11話「じゅうよくごうをせいす?」

第一章は全14話を予定しております。
もちろん二章も鋭意執筆中ですので、まったりとお待ちください。


 さてさて、舞台を再び私と半天狗の方へと戻しましょうか。

 どごぉんという、盛大な着地音。いえ、墜落音と共に私は数時間前までいた集落へと帰還していました。

 そこは江戸の時代に徳川幕府の諜報部隊として活躍し、今となっては農民同然にまで没落したドロ助の故郷、伊賀流の里。しかしてその心はすでに腐れ落ち、かつての栄光を思い出話として語り継ぐのみになっているといいます。

 そして今。墜落した衝撃で出来た大穴から顔を出し、土煙の先を見るなら。驚くべきことに、私へ平身低頭している村人達の姿がありました。

 

「ようこそお出でくださいました、藤原の鬼神様(おにがみさま)!」

 

 鬼神さま? そういえばドロ助から、藤原氏ゆかりの地である千方窟は彼等にとっての信仰対象であると聞いた気がします。

 鬼にとって人間は食料でしかありません。ですが人間にとってはどうでしょう?

 恐れ敬うべき天敵には違いありませんが、逆に超常の力を持つ存在(おに)を人間が神と崇め始めたのなら。宗教学に詳しいわけではありませんが、鬼が神格化したとしてもありえない話ではありません。

 ならば今、目の前で起きている現実を受け止める他ないでしょう。そしてそれは、私にとっても実に好都合だったのです。

 

「おじさんは……お伊勢さんの場所を、神藤のお家を教えてくれたひと?」

 

 落下の衝撃で多少は落ち着いた私は、先頭で跪いている中年の男性に見覚えがある事に気づきます。そしてそれは、相手方も同じだったようで……。

 

「貴方様はもしかして、昨晩のお嬢……」

「うん」

「ほんなら広場の大樹を倒し、泥穀を連れ去りはったのも……」

「うん」

 

 どうやら私がドロ助を助けるために大樹を粉砕した時の轟音は、キチンと届いていたようです。まあ、当たり前ではあるんですけど。ではなぜ騒ぎにならなかったかと言えば……、答えはこれまた目の前に存在します。

 

「くおんの名は鬼舞辻久遠。鬼達ぜんぶのおひめさま……、邪魔するやつはゆるさない」

 

 まんまるの瞳をせいいっぱい細くして。

 私はこの場の全てを、赤く輝く右の鬼眼で睨みつけます。鬼人化で成長した姿を見せつけて、もうこれ以上自分を子供だと侮ることは許しません。

 村人達は私が大木を粉砕する轟音に気づいていました。動かなかったのではありません、動けなかったのです。この村に規格外の化物が襲来しているという事実を、生来の忍びとしての勘で察知してしまったがゆえに。

 その事実を証明するように、私は空喜(うろぎ)積怒(せきど)の首根っこを両手で掴み上げ、ギロリとした視線を投げかけます。

 

「コイツらはくおんの家来じゃない。……だから、ぽいするの。文句ある?」

「っ、あろうはずもございません!」

 

 ただでさえ真っ青だった顔色を今度は真っ赤にして、里長は額を地面に押し付けました。

 里長も気づいていたのでしょう。

 私がネズミをつまみあげるようにもった二人の鬼が、他でもない藤原の鬼神様なのだと。自分達の信仰対象が、更に強大な鬼神様によって蹂躙される現実をつきつけられているのだと。

 

 この世は所詮、喰うか喰われるかの。

 

 二つしかないのだと――。

 

 それでは、いらないオモチャをポイするお時間です。ですがただ投げ捨てるだけでは無作法というもの。ゴミはゴミらしく、きちんと処分しなければなりません。

 楽の鬼も喜の鬼も、そして怒りの鬼も放置して私は「怯」の文字を持つ本体だけを地面に抑え付けます。もはや逃げ場など何処にもありはしませんでした。

 

「半天狗のお爺ちゃん、さよならのお時間だよ? 馬鹿だよねえ、くおんの家来になっておけばいいのに」

「ヒイイイイイイイイイイイイイっ!! おひいさま、どうか、どうかお助けをおおおおっ!!!」

 

「ばい、ばいっ♪」

 

 拳を作る前の右手を振り、私はニッコリと別れの挨拶をすませました。

 半天狗の額には叩き甲斐のある巨大なコブが鎮座しており、鬼ヶ島でのお遊びを思い出すかのように拳を振り下ろします。今度は鬼ごっこのように軽く叩いて終わりではありません。私の拳はコブを潰し、頭蓋をわり、半天狗の頭部を潰れたトマトのような有様にすることでしょう。

 一般的に不死身のように謳われている鬼達ですが、その弱点は決して日の光だけではありません。身体の致命的な損傷を再生させるたびに「何か」を消費し、その「何か」が尽きた時には。

 

 たとえ夜であったとしても。

 まるで日の光に当たったかのように、灰燼に帰すのです。

 

 ですが――。

 

 ばしゃん。

 

「………………ほえっ?」

 

 ぱきり、といった頭蓋の割れる乾いた破砕音は聞こえませんでした。代わりに聞こえたのは、私の拳が泥の中に埋まる水音だけ。

 それも当然、私がしっかり首根っこを押さえていた半天狗の小さな身体が突然、いずこかに消え去ったのです。

 

 いえ、消え去ったという表現は語弊(ごへい)があるようですね。

 正確には突然できた泥沼に沈み込んだと言った方が正しいでしょう。半天狗の逃げ場は上にも、左右にもありませんでしが、下である地面にあったのです。

 

 あきらかに半天狗の仕業ではない、第三者の反抗でした。

 このような血気術に心あたりがないわけではありません。私は確信をもって、犯人を特定します。

 

 いきなり地面に現れた泥の沼……、そして人間一人を何処かへと飛ばす特異な術。

 そんな芸当をこなす者など、私の家来達以外にいないじゃあ、ありませんか!

 

「泥穀、おひいさまに追いつかれたとしても回避を優先せよっ! たとえ今の状態でも、まともに一撃を喰ろうては再生できぬほどの微塵となるぞ!!」

「せっかく成長したのに足止めさえも無理なのかよおぉ!?」

「何はともかく、おひいさまのお怒りが静まるまで避けて、逃げ続けるのだっ!」

 

 沼の奥から聞こえてくる聞きなれた二人の声。

 幸いにも私の家来二人は無事、私のきびだんごを食べられたようです。血液そのものではなく、髪の毛であったことが幸いしたようですね。

 

 ですが制御できているかと言われれば、何とも頼りなく……。

 

「……なに? デンデン丸とドロ助も、くおんに逆らうのっ!?」

 

 そんな私の声は、土中にいるであろう二人には聞こえません。

 ですがそれでも構いませんでした。なぜなら、これは私自身に対する事実確認なのです。

 

 あの二人も、私の家来も。

 やはり裏切ってしまったのだという事実を、確認するための。

 

「……やっぱり、悪い子のくおんには、誰も優しくしてくれない。鬼ヶ島でも、此処でも。くおんが信じられる人なんて、誰もいないんだっ!」

 

 半ば、自暴自棄になりながらも。

 

 真っ赤な右眼に狂気を宿らせながらも。

 

 そして、両の瞳からあふれる涙を止められず。

 

 私は家来の二人を追いかけるべく、泥沼の中へ飛び込みました。水中なら涙をさとられることもありません。私は二人を捕まえられたとして、どんな言葉を告げるのかなど考えもせずに。

 残酷にも告げられた孤独から、必死に目を背けて――。

 

(もう、信じない。誰も……、信じられないっ! だいっきらい、みんなみんな。――だいっきらい!!!)

 

 ただ未練がましく追い続けていたのです。

 

 

 ◇

 

 

 ドロ助の生み出した泥沼の中は意外にも澄んでおり、視界の不便はありませんでした。

 だからこそ私は、必死になって半天狗のお爺ちゃんを引きずりながら逃げる、二人の家来をも簡単に視界へおさめます。

 対するデンデン丸とドロ助も、当然のごとく追いかけてくる私を察知しておりました。

 

「ぶくううううううう!(まてえええええええ!)」

 

 真っ赤な右の鬼眼をギンギラギンに輝かせ、がむしゃらに両手で水をかきながら私は二人を追いかけます。

 

「ぶくっ!? ぶーくぶく!?(うえっ!? どーすんだよ!?)」

「ぶくぶくっ! ぶくぶくぶくぶく!!(逃げろっ! 時間をかせぐのだ!!)」

 

 はたから聞けばふざけているとしか思えない会話の応酬ですが、当の本人達は大真面目です。

 私の家来である二人の血鬼術は、決して戦闘向きというわけではありません。いくら私の髪の毛(きびだんご)で力を増したとはいえ、正面から私の相手をするには無理がありますし、鬼人化で大人へと成長した私を傷つけられるわけもありません。

 当時の私は文字通りの暴走列車。通り過ぎた後にはぺんぺん草一つ生えぬくらいの力を誇りますが、(から)め手に対しては致命的な弱さをほこります。そしてその搦め手こそ、デンデン丸とドロ助が持ちえる数少ない勝機でもありました。

 

 地上の生き物はすべからく、酸素を必要とします。術者である二人はともかく、感情の赴くままに暴れるだけの私では酸素が持つわけもありません。

 

「ぶくぶく、ぶくぶくぶくぶくぶくぶく……(このまま、おひいさまが酸欠で気を失ってくださればよいのだが…………)」

「ぶく……(ああ……)」

 

 希望的観測を胸に、事態の収拾を願う二人。しかして私の左手には、二人が知らない新たな得物が握られています。

 ここは沼の中、つまりは水中。

 

 ぱちぱち、と。

 左手に持つ杖から雷のほとばしりが発生しました。そう、私は可楽の団扇だけでなく、積怒の杖までも奪い取っていたのです。

 

「…………(にっこり)」

「ぶく……ぶくぶく?(あの……おひいさま?)」

「ぶくぶく……ぶくぶく?(冗談……だよなぁ?)」

 

 無言ながらも、にまぁと笑みを浮かべる私。対して家来の二人はこの先の未来が見えたようで、顔を青くしています。

 

「ぶ――――くっ!(そ――――れっ!)」

「「ぶくううううううううううううっ!??(うそおおおおおおおおおっ!??)」」

 

 瞬間、沼の底は眩いばかりの光に包まれました。

 デンデン丸も、ドロ助も。そしてもちろん私も、その水中に飽和した雷の中にいます。同じ沼の中に居る同士、自分だけ雷を避けるなどという真似はできません。これは自分が父の子であるという己の頑丈さを利用した、自爆攻撃です。

 しかしてこの一撃が偶然にも頭が沸騰した私自身への沈静剤にもなるとは、まったくもって想像もしておりませんでした。

 

 この戦いはここまで。

 残りはトドメを刺すだけの、ぼおなすすてえじ です。私の勝利はどう足掻いてもゆるぎない、はずでした。はずだったのです。

 あの、怒れるお姉さんが襲来するまでは――。

 

 

 といったところで、このお話の続きはまた次回。

 これより先の私は新たに乱入した調停者の手によって、文字通りの手篭めにされてしまいます。

 自分で語るのはこれまた恥ずかしい内容ではあるのですが、この第一章ももう少しですのでよろしければお付き合い下さいね。

 

 神藤久遠からの、お願いなのですよ? 



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第12話「わがまま娘へのシツケなの?」

 暴走する私の一撃は天へと昇る龍のごとく。それは借り物の得物(積怒の杖)であったとしても違いはありませんでした。

 本来であれば天から舞い落ちるはずの雷が、地上の、しかも沼の中から間欠泉のように噴出したのですから異常以外のなにものでもないでしょう。

 

 常人がそれを見たのであれば、神の怒りだと錯覚(さっかく)し、とるべき行動など平伏の二文字しかありえません。しかして我等は鬼、神の意思にも抗う者達です。

 沼の中から雷の龍と共に地上に舞い戻った私は、帯電した黒髪がふわりと浮かび、自然と怒髪天の様相を表現していました。

 対する家来の二人は這う這うの体で地面を転がり、私を傷つけないよう回避を優先し続けた疲労が如実に見て取れます。それでも致命傷を負っていないのは、デンデン丸の血鬼術「迷宮御殿」と呼ばれる転移術によってドロ助の作り出した沼から沼へと、逃げの一手で雷をやり過ごしたからに違いありません。

 

「泥穀……無事であるか?」

「……なんとかな、黒コゲにはなってねえよ」

 

 だからと言って、無傷かと問われれば否。雷の速度は光のごとく、誰もがその脅威に抗えません。もし彼等が鬼ではなく普通の人間であったのなら、間違いなく消し炭となっています。

 

「けどもう限界だ。俺もアンタも、もう戦う力なんてこれっぽっちも残っちゃいねえ。……そうだろ?」

「……うむ。いざとなれば、小生が身をていしてでも止めてみせようぞ。泥穀、貴様はそのスキに逃げるが良い。これ以上、おひいさまの我がままに付き合う義理もあるまい」

 

 もともと、ドロ助は自分から望んで私の家来になったわけではありません。

 彼の暴言に腹をたてた私が、力をもって屈服させ、服従させたのです。デンデン丸もその事実を重々に承知していたのでしょう。これ以上の無茶を、ドロ助に強要したりはしませんでした。

 しかしドロ助にも意地というものがあるのです。

 

「……ふざけんなよ。ここまでやられて、逃げの一手なんて情けないにもほどがあるぜ。こうなったら俺らのおひいさまに、意地でもぎゃふんと言わせてやる」

「死ぬかも、……しれぬぞ?」

「忍びとして再興できないまま、農民として生きるなら死んでいるのと変わらねえよ!」

 

 歯をガチガチと鳴らし、充血した瞳には涙を浮かべて。それでもドロ助は逃げ出そうとはしません。そんな二人がぐぐぐっと両の拳を握り締め、雷光ほとばしるその先へ視線をむけると。

 

 雷を身に纏った彼等の王がそこにはいました。

 

「くおんはもう、誰も信じない。……信じられない。皆、みんな消えちゃえばいいんだ。最初から無ければ、……ほしくもならないんだから」

 

 全てを失ったと誤解している私はもう、現在と未来を絶望の闇でおおいつくしています。ガタガタと震えながらも意地を貫き通すドロ助、泥穀の顔さえも瞳に写さず。あれほど自分の身体を案じてくれるデンデン丸、響凱の顔さえも光の失った瞳に写さず。

 

 二人の頭上に、雷槌と化した右腕を振り上げ――――。

 

「……もはや、これまでか」

「……畜生め」

 

 振り絞るかのように漏れる、二人の最後となる声さえも聞こえずに。

 

 

 ――――振り下ろします。

 

 

 

 

 

 

 

「――――ダメよ、久遠ちゃん。この二人は、貴方の大切な家族なのでしょう?」

 

 冷や水のような、それでいて温もりを感じる。

 

 そんな声が、不思議と私の意識にもぐり込んできます。

 

 それはまるで弟子を叱る師のような。

 

 もしくは我が子を慈しむ母のような、そんな声でした。

 

「自分の意思をきちんと伝える、それはとても大切なことよ。でもそこに暴力があってはいけないわ。暴力は相手の意思を押さえ込み、恐怖を生む。……そこに愛情が生まれることは決してない」

 

 デンデン丸とドロ助、二人の首しか写らないでいた視界が広まり、顔をあげれば観音様のごとき微笑みをうかべる珠世先生がいます。

 

 ふわりと、私の視界は再び閉ざされました。今度は寂しげな真っ暗闇ではなく、母の温もりに包まれた椿柄の着物を視界いっぱいに写し。共に感じる柔らかな胸のやわらかさは、私に人間の理性と感情を取り戻してくれます。

 きっと、帯電した稲妻は珠世先生にも伝わっていることでしょう。しかして彼女は、私の背中に廻した両腕を離そうとはしません。

 

 それはきっと、母が子へとそそぐ無限の愛情。

 

「…………おかあさん」

 

 もう一年以上、顔も見ていない神藤家に居る母の顔が思い浮かぶようでした。

 そう、こんな感じで。いつも母は私が悪戯すると抱きしめ、膝の上にのせて……横抱きにし、腰巻をまくりあげてお尻を――――。

 

 うえっ、これも語りたくないなあ……。

 

「……………………ふえ?」

「だから――。悪い子には、お・し・お・き、ですっ!!」 

 

 珠世先生がそう言った瞬間。

 伊賀の里を中心とした盆地の全域に、ぱっし~~~ん!! っと、お尻をひっぱたく盛大な音が轟きました。

 

「いったあああああああああああっい!!」

 

 私はまるで、条件反射のように悲鳴をあげてしまいます。

 常識的に考えれば、鬼舞辻 無惨の娘である私にこの程度の張り手が効くはずもありません。更に言えば叩かれている箇所は脂肪の厚いお尻でもあります。更に更に言えば、別に拳打(げんこつ)より掌底(はりて)の方が痛いという理屈でもありません。何故だか解らないけど、珠世先生の手は私に明確な痛みをもたらしていました。

 

 私がどれだけ泣き叫ぼうとも、

 ぱしーん、ぱっし――ん! ぱっしーん!! と珠世先生の百叩きは止まる気配を見せません。たちまち私のお尻は赤い紅葉(もみじ)のような手形ができ、ジンジンとした痛みが襲い掛かってきます。

 

「ごめんなさい、は?」

「いたいの、やあなのぉ……」

「私の声が聞こえなかったのかな? デンデン丸さんとドロ助君に、ご・め・ん・な・さ・い・は??」

「……むぅ、でもぉ……」

 

 それでも私の中に残る意地が、言葉を濁らせます。

 ぱしーん!

 

「ごめんなさいっ、ごめんなさいいいいいいいいいい!!」

「私に言ってもしょうがないでしょ? ほら、きちんと二人に、ね?」

「うぅ……ごめんね、ドロ助ぇ、デンデン丸ぅ」

 

 だらだらと顔中を涙と鼻水とよだれで汚し、私は家来の二人へ謝罪の言葉をひねり出しました。一方のあやまられた当の本人達は、この光景を見ても良いものやら分からず、ひたすら顔を背けています。

 まあ、これまで私の我がままにつき合わされっぱなしだったので無理もありません。鬼の本能として、いえ野生の本能として弱者は強者に従うものです。自らの意志を貫き通したければ、己が力を示す他ありません。

 それは鬼にとっても常識。しかして鬼でありながら人の世に生きる珠世先生は、人の理で生きる者でもありました。人は鬼とは違い、力の他に愛情という心で動くこともあるのです。

 

「お二人も親御さんから娘さんを預かったのでしたら、最低限のしつけぐらいは行なうべきです。特に久遠ちゃんのような自我が芽生える時期ともなれば、今後の人格形成に多大な影響をも及ぼしかねません!」

「いえ、あの御方の娘であるおひいさまに我等がしつけなど恐れ多い……」

「主の娘さんという大切な存在を預かっているからこそ! その責任を果たしなさいと言っているのです!! ただ甘やかすだけが可愛がり方ではないのですよっ!?」

「そりゃあもう……珠世殿のおっしゃるとおりなんだろうけどよぉ……」

 

 これまでおっとりとしていた珠世先生の変貌に、デンデン丸もドロ助も慌てふためくばかりです。

 こうして始まった先生のお説教は朝日が昇っても終わることなく、焼け焦げるまえに近くの民家に避難してなお、お説教は続きました。もちろん、我がまま娘へのお尻ぺんぺんもです。ええ、それはもう一度日が沈む頃まで。

 その凄惨さたるや、こうして読んでいる今の私ですら身震いをおこしてしまうほどです。

 

 この出来事をきっかけに、私の心には珠世先生という存在が、恐怖の代名詞として刻み込まれることになります。

 ……普段はおっとりドジっ子属性の可愛らしい人なんですけどね。怒らせるとあぶないので、取り扱いには十分に気をつけましょう!




 最後までお読み頂きありがとうございました。
 あとはエピローグを2話ほど投稿して第一章の終了となります。

 子供の頃で一番優しくて、怖い存在といえばお母さん以外にいませんよね。実のお母さんではありませんが、強さ的にみても珠世先生は適任かと思います。
 まだまだ久遠さんの成長物語は続くので、引き続きまったりとお待ちください。


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第13話「鬼は人とちがうもの」

 バタンと勢い良く障子戸(しょうじど)を開けて、脱兎のごとく。

 

「……う~~~……」

 

 もううんざりですと言わんばかりに唸りながら、私は玄関口へと逃げの一手を打ちました。

 

「久遠ちゃん、私のお話はまだ終わっていませんよ!」

 

 背中からは珠世先生の呆れ声。ですがもう、何を言われようとも関係ありません。

 

 私は限界でした。

 お説教も、正座も。

 もうおなかいっぱい、ぱんぱんなのですっ!

 

 

 

 激動の一夜がようやく明けた私達は今、伊賀の里にある村長宅でお厄介になっていました。

 この日本という国で生きる大多数の人が「清々しい朝」と表現する一日の始まりは、当然のごとく日の出どきでありましょう。

 しかして昼夜が逆転している鬼にとっては夕暮れが朝であり、「朝どき」とは正にこれから寝ようかという時間帯です。そう、鬼にとっての朝とは、人にとっては夕日が沈んだ頃となりますね。この場合、「清々しい夜」とでも表すのでしょうか。

 そう、新しい夜が来た。希望の夜だ! と謳いながら体操をし、一日の始まりとなる夕食をいただくわけです。ふふふっ、人である皆さんからすればちょっと可笑しな表現ですよね。

 

 そういう意味で言えば、今の私達は徹夜明けという表現がぴったりです。なにせ人でいうところの朝から晩まで、永遠と珠世先生によるお説教を受けていたのですから。

 私はもう、ヘろへろの、くたくたでした。

 

「珠世殿、おひいさまも十二分に懲りたでしょうから。……そろそろこの辺りで」

響凱(きょうがい)殿がそうやって甘やかすから、今のワガママ久遠ちゃんが出来上がっているのですよ!? 足の怪我だってまだ血が止まっただけなのです。また出血するとも限りませんから、新しい包帯を巻かねばなりません。そもそも、私とて怒りたくて叱っているわけではないのですよ!? 本来、この役目は本来あなたの……」

 

 今だお説教部屋に残るデンデン丸が、決死の覚悟で避雷針となり私をかばってくれています。ならば今、私にできることなど戦術的撤退以外にありません。

 私の血を吸ってカサカサになった包帯は動きづらく、感情のままに引きちぎって放り投げると慌てて珠世先生が受け止めてくれました。

 

「久遠ちゃん、まだ包帯をつけていないと傷が開きますよ!」

「デンデン丸が殿を務めている今が好機なの。てったい撤退、退却にあらず!」

「それ、……主人としてどうなんだ?」

 

 脱兎のごとく逃げ去る私の隣には、同情と呆れの感情を混ぜたような表情のドロ助が追従しています。

 

「デンデン丸は良いシモベだったの。()()()()()の気持ちを無駄にしちゃあ、いけないの……っ!」

「いや、死んでねえからな? お前も主人だっていうなら、ちっとは家来を大切にしろよ!?」

 

 そうは言いながら、私と一緒に逃げているドロ助とて同じ穴のムジナに違いありません。

 主犯である私や、保護者枠としてお説教攻撃を受けていたデンデン丸に比べて、ある意味被害者ともいえるドロ助は軽傷で済んでいたのです。

 

「わかってるもん。でももう、おせっきょうはこりごりぃ!」

 

 不満を溜め込みながらも、今は戦略的撤退を選択せざるをえません。決して逃亡ではありません、私は反抗を期すために撤退するだけなのです!

 それに今はこの憂鬱な気持ちを切り替え、新しい未来への活力を得なければなりません。

 

 そのためには、何かしらの気分転換が必要でした。傷を癒すための栄養も必要ですしね。

 

「お腹すいた~……」

 

 まず最初に思い浮かんだ方法は、腹ごしらえです。

 思えば、家出を決行した昨晩から何も食べておりません。私の可愛らしい小さなお腹は、きゅ~きゅ~と苦情を漏らしています。隣に控えるドロ助は平気そうですが、私は育ち盛りです。毎日三食、お腹いっぱい食べるのも四歳児の義務と言っていいでしょう。

 

「ドロすけぇ、オヤツな~~い?」

「……干し肉の類なら、あるけどよ」

「え~~、生がいぃ」

「生って、……まさか『現地調達』するワケにもいかねえだろ?」

 

 ドロ助からはかんばしい答えが返ってきません。

 しかして過剰なワガママを言えば、また珠世先生にお説教されるかもしれません。今の私は、自由の権利が阻害されているのです。

 

「むぅ~~。さっきのお説教といい、くおんが何か悪いことでもしたの!?」

「えっ、悪いことしたかってお前………………」

 

 ただ私は自分の家来が欲しかっただけなのです。そのために青山高原に居る藤原の四天王へ会いにいって、……会いに行って……。

 

 あれ? それから私、どうしたんだっけ??

 

 どうにも昨夜の記憶が曖昧です。たしか藤原の四天王が半天狗のお爺ちゃんで、自分のモノにならないことに腹をたてて……。

 

 あれれれれ???

 

 それからそれから、どうしたんだっけ? なんで、伊賀忍の里(さいしょのむら)にまで戻ってきてるんだろう??

 

 混乱する私は、昨晩から今まで何が起きたのか理解できません。よくよく見れば、こも村長宅もどことなく、昨夜よりみすぼらしい印象を受けます。具体的に言えば、天井からパラパラと木屑が落ちてくるなどですね。

 

「……昨夜のこと、覚えてないのか?」

 

 あからさまに信じられないといった表情で、ドロ助が問いかけてきて。

 

「覚えてないから聞いているんでしょ! もういいのっ、お散歩してくるから!」

 

 業を煮やした私は、ドロ助の手から僅かばかりの干し肉を奪い取って玄関へ向かいます。

 ようやく日も落ち、気温も涼しくなってくる頃合となりました。伊賀の里の村中をお散歩するには丁度良い頃合でしょう。こんな家の中にいたのでは現状を確認などできません。自分の眼で直に確認するのがもっとも確実でもあります。

 

「って、おい! 外はまだ片付けが済んでな……っ」

 

 慌てるドロ助を無視して、私は干し肉をムシャムシャしながら玄関の扉へ開け放ちます。するとその先には、私の思いもよらない光景が待ち構えていました。

 

 それは、

 

「……何、これ?」

 

 まごうことなき、焦土地獄。

 

 昨晩まではこじんまりとしていた伊賀の里。それが一昼夜過ぎた今では、まるで荒廃した戦場のような光景へと変貌していました。

 里の中に聳えていた木々は雷の直撃を受けたのか、先端を炭にして真っ二つに裂け。五十件ばかりはあったはずの民家もまた、今にも崩れ去りそうなほどに黒焦げのボロボロです。

 

 まるでこの伊賀の里に、天罰が下ったかのようでした。

 

「……ねえ、何があったの?」

 

 そう問うも、私の言葉に答えてくれる人は誰もいません。なぜかと言えば、答えなど分かりきっているからです。

 昨晩から今までの一日の間に、この伊賀の里で、これほどの超常現象を起こせる者は――。

 この私、鬼舞辻久遠以外にいません。

 

 呆然と村長宅の玄関前で立ち尽くす私を、一番近くの焚き火に集まる集団が見つけたようでした。

 

「……鬼神様や。『ああ、そうや。鬼神様が出てこられた』『鬼神さま、鬼がみさまおにがみさま、おに……』」

 

 私を見つけた村人達は、まるで亡者のごとき足取りで近づいてきます。

 彼等に敵意などありません。それどころか……。

 

「天罰をくだすった鬼神様じゃ……。我ら伊賀流の不甲斐なさを知り、叱咤しにきてくだすった鬼神様じゃ……。皆の衆、平伏(ひれふ)せい」

 

 その場に居る誰もが、なぜか私に感謝しているようでした。

 ただ感情のままに暴れ、自分達の里を焦土にされたというのに。彼等は怒るどころか喜びをみせています。

 ただただ、不気味の一言でした。当時の私には、この村人達がとった弱者の処世術を理解できません。

 

「これだからコイツらはよぉ…………」

「ドロ助ぇ?」

 

 思わず瞳に涙を浮かべてしまった私を、後ろに居た彼だけは察してくれたようです。

 

「おひいさまが不気味に思うのも無理はねえよ、これが今の伊賀流だ。強者に、主君に寄生することでしか生きられなかった奴等の哀れな末路ってやつよ」

 

 よくよく見れば、先頭で村人達を仕切る初老の男性に私は見覚えがありました。そう、私が昨晩に神藤寺の場所を聞いたおじいさんです。偶然にも彼が里長であり、そしてドロ助の父でもあるらしく。

 

「おお、泥穀。この鬼神様へ、すでにお前は忠誠を誓っておったのか。さすがやなぁ……」

「半ば強引な形ではあったけどな。それでも、今の親父達のように魂までは売り渡してねえつもりだぜ」

 

 ドロ助はそう言うと私の隣を通り過ぎ、伊賀衆の先頭に陣取ります。そしてドロ助もまた、私の前で膝を折ったのです。

 まだまだ昼の暑さが残る夜風に吹き付けられながら、平伏するドロ助と村人達が、一斉に私へと向けられました。

 

「おひいさま。いえ、鬼舞辻久遠様! 我ら伊賀の里一同、どうか貴方様の配下に加わりとうぞんじます! 我等の忠義、どうぞお受け取り下さい!!」

「ふぇええええええええ???」

 

 意外すぎる展開に頭が真っ白になった私は、先頭で平伏(へいふく)するドロ助に問いを投げかけます。

 

「なにこれ?」

「まあ、分かりやすく言えば無条件降伏だな。昨晩の騒動で、自分達の生きる道がコレしかないって確信したわけだ」

 

 つまりは、これ以上私の怒りを買いたくない一心だったってことですね。まあ、鬼人化した私を一目でも見れば、勝ち目がないことくらい理解もしたことでしょう。

 ちなみにこの里での鬼はドロ助のみで、他の皆さんは人間です。鬼のような超常的な身体能力はないにせよ、長年忍びとして(つちか)ってきた技術は有用です。

 まあ、本音を言えば自分達の里を焦土にした私への恨み言もあるのでしょうが……、命があっただけでも儲け物だったと割り切ったらしく。むしろ強者の配下に加わることこそが、忍びとしての繁栄の道なのだそうで。

 これもまた現実主義と言うのでしょうか。

 

「アンタの望む『キジ』ほどではないかもしれねえが、まあいっちょよろしく頼むわ。おひいさま」

「………………うん」

 

 総勢50名、これが私にとって初めての子飼いとなる兵でした。これ以降、この伊賀衆は私の右腕として東京に行った後も活躍してもらうことになります。

 しかして今の私には、なんの感動も達成感もありませんでした。

 

 なぜなら私の瞳に映っている光景は、目の前の伊賀衆ではなく。怒りに任せて「鬼人化」した、自分の爪痕に注力されていたのです。

 

 これまでの私は神藤家での閉鎖された三年間と、鬼ヶ島での一年間における鬼達との生活が「普通」でした。つまりはこの家出劇で、初めて「外の世界」を知ったのです。

 神藤家では当然のように愛されて、鬼ヶ島では自分の地位と強さをもって当然のように支配してきました。

 

 ですがその二つは、天と地ほどの落差がある世界なのだと。

 

 今ここで、この焦土にしてしまった伊賀の里を見て。私はうまれて初めて自覚したのです。

 そして、どうしようもない不安にかられるようにもなりました。

 

 例え、無事に神藤の神社へ戻っても。

 

 果たして鬼である私を神藤の祖父や母、そしてあまねお姉ちゃんは、一年前と同じように受け入れてくれるのだろうか――と。 




 最後までお読み頂きありがとうございました。
 残り一話で第一章も終わりとなります。続けて第二章も始めていきますのでよろしくお願いします。


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第14話「さいかい」

※一章の最終回なので他の話よりも長いです。どうぞ、時間がゆっくりとれる時にご覧下さい。


「ヒィ、ひぃ………………」

 

 さてさて、また少しだけ半天狗お爺ちゃんの話でもはさみましょうかね。

 間一髪で私の理不尽から逃げ出すことに成功した半天狗お爺ちゃんは、荒い呼吸を繰り返しながらも無限城(おにがしま)の廊下を()いつくばっていました。一応は身体に傷は残っていないようですが、まさに精根尽き果てた様子です。

 

「情けないねえ、半天狗。幼児のお守りもできないのかい?」

 

 そんな彼の頭上から、挑発するような女性の声が発せられました。私にとっても聞きなれた高い声の主は、

 

「むぅ、堕姫か」

 

 そう、この無限城で女性の鬼と言えば限られていますよね。上弦の陸:堕姫お姉さんです。

 

「しかも這う這うの体で逃げ帰ったかと思えば、芭蕉扇(ばしょうせん)雷鳴杖(らいめいじょう)も持っていやしないじゃないか。全部おひいさまのオモチャにされちまったのか」

「黙れっ! お前は鬼人化したおひい様の姿を見ていないから、そんなことが言えるのじゃ」

 

 二人の態度はあけすけで、私を前にしている時とはまったく違います。こういうのを気の置けぬ間柄とでも言うのでしょうか。意外にもこの二人、仲は良さそうです。

 堕姫お姉さんとてからかいはしたものの、判天狗お爺ちゃんの苦労も理解しているようで溜息まじりに指摘します。

 

「まあ、アンタだって切り札である憎珀天は呼ばなかったみたいだし?」

「…………うむ」

「たかが影武者だって分かった今、そこまでの待遇は必要ないと思うけどねえ……」

「影武者であるからこそ、我等上弦の鬼の上に立つほどの気概を持ってもらわねばならぬ」

「気概っていうより、我がままなだけじゃないのかい?」

 

 ――――影武者。

 

 半天狗お爺ちゃんと堕姫お姉さんの話に出たこの言葉は、決して私の前では口にしません。語り部の私とて、この事実を知ったのはごくごく最近のことです。

 父である鬼舞辻無惨は、この日本という国だけではなく世界を見ていました。そもそも鬼という存在が日本だけの固有種である保障などどこにもありません。

 西洋でいうところの、女性の生き血をすする吸血鬼。

 中米でいうところの、アステカ文明にて生贄を求めた太陽神。

 世界各地にも人喰いの怪物や神様が当然のごとく存在し、名を変え姿を変え語り継がれています。

 

 しかして彼等が日本の鬼にとって、敵か味方かは分かりません。人間とてお互いに争いあう関係を二千年以上繰り返してきたのです。その例で考えれば、全世界の怪異がすぐさま一致団結できるなどとは父とて考えていないでしょう。

 まずはこの日本と言う国で、地盤を固める必要がありました。しかして父自らが先頭に立って鬼達を率いるのは、あまりにも危険すぎます。そんな理由から生み出されたのが私、鬼舞辻久遠だったのです。

 

 もちろん私の反逆という可能性も、十分に考慮された上で。

 

「どちらにしろ、お迎えには行かなきゃならない。アンタがその体たらくじゃあ、もう一人の監視役である私がいくしかないねぇ」

「グゥ……」

 

 半天狗お爺ちゃんにとっては苦労だけして、良い所だけ堕姫お姉さんに取られた形になるのですから納得せざる状況です。それでも私に得物を奪われた現状では、彼女に任せるしかありません。

 

 ドロ助を加えて三人集となった私達の場所は、すでに堕姫お姉さんへ筒抜けとなっていました。

 

「安心しなよ。おひいさまを連れ帰れば、アンタの芭蕉扇も雷鳴杖も戻ってくるんだ。それまでせいぜい、入れ替わりの血戦を申し込まれないよう逃げ回るんだねぇ。アハはハハは――――――っ!!」

 

 そんな挑発同然の甲高い笑い声が、無限城に木霊します。

 そしてその間に挟まれるように、ジャンと一旋律だけ鳴る琵琶の音。その瞬間、無限城から堕姫お姉さんの姿は消え去っていました。

 苦虫を噛み潰したかのような、半天狗お爺ちゃんだけを残して――。

 

 

 ◇

 

 

 ドロ助を始めとする伊賀流の里を配下に加えた私ですが今、とても迷っています。

 というより、怖気づいていると言った方が正しいかもしれません。

 

 もし私がお伊勢さんまで行き、神藤の神社に突然現れたら。

 

 祖父は、母は、そしてあまねお姉ちゃんは。

 

 本当に私と再会して、喜んでくれるのでしょうか。

 

 鬼の私を慈しんで、愛してくれるのでしょうか。

 

 こんな、村一つを焦土に変えるような鬼の私は。人間の世界に居て良いのでしょうか。

 だからこそ、父は私を無限城(おにがしま)へと連れて来たのかもしれません。

 

 人間、こんな風に考えれば考えるほど、悪いほうへ思いつめてゆくものです。

 

 怖い、確かめたくない。でも、確かめたい。――会いたい。

 

 相反する二つの感情が私の心でせめぎ合い、決断させてくれません。

 

 そんな私を後押ししてくれたのは意外や意外、珠世先生です。

 

「これほどまでに我がままを突き通してきたのですから、家族へ会いに行くことなどついででしょう。お帰りなさいな、人の家庭へ――」

「……いいの?」

 

 私の力は見てのとおり。今の伊賀の里が、私の脅威をはっきりと物語っています。もし私が一時の感情で人を傷つけてしまったら。

 それでも珠世先生は、私の背中をそっと押してくれます。そしてその隣では、私の家来二人が今後の道程を相談していました。

 

「今から全力で走れば、明日の朝には到着できるか?」

「鬼の俺達なら可能は可能だけどな。しっかし、正直キツイぜ?」

「うむ。我等はともかく、おひいさまの体力が心配だな。さすがにおぶってゆくには険しい山道よ」

 

 昨晩デンデン丸とドロ助が私に告げた言葉は嘘ではありません。鬼は確かに人ならざる体力を持ちますが、決して無限ではないのです。

 しかしてこの問題に関しての解決法は、他ならぬこの二人が持っていました。

 

「いえいえ、お二人の血鬼術があれば今すぐにでも、目的地であるお伊勢さんに着くことだって可能ですよ?」

「「へっ?」」

 

 珠世先生による、突如の爆弾発言でした。

 

「まさか、気づいていないのですか? 貴方達は久遠ちゃんの髪の毛を喰らったことで、血鬼術が進化しているじゃあないですか。泥穀さんの沼地で異空間を作り出し、響凱さんの「迷宮御殿」で伊勢(あちら)伊賀の里(こちら)を繋げれば良いのです」

「「ほへっ!?」」

 

 喉の奥の空気をそのまま出したかのような声で、二人は突然の指摘にビックリしていました。彼等にとっては衝撃の事実なのでしょうが、なんて声で返答しているのか。

 まあ、それは私とて同様です。彼等が戦闘向きの鬼ではない事実は承知の上でしたが、まさかこれほどまでに便利な技を習得するとは。

 

「ほへって、何を今更。昨晩、久遠ちゃんの雷にお二人が耐えられたのは、ソレのおかげに他なりませんよ。つまり……」

「「「……つ、つまり?」」」

 

 今度は私も混ざりこみ、主従三人そろっての大合唱です。

 さあ、皆さんも衝撃の事実にびっくりしてくださいね?

 

「お二人にかかればもはや、どんな遠出でも散歩程度でしかないということです。まったくもって立派なキジじゃあ、ありませんか。ねえ?」

 

 はいっ、せ~~~のっ。

 

「「「えええぇええええええええええええ――――――――――――――っっっ!!!???」」」

 

 はい、たいへんよくできました♪

 久遠先生が満開の花丸をあげちゃいましょう!

 

 

 ◇

 

 

 まだまだ猛暑が続き、一刻も早い秋の息吹を熱望する八月の終わりごろ。

 私の姉、神藤あまねは洗濯籠をもって近く川へ向かう最中でした。遠方の山々を見れば青々と生い茂った緑が、まだまだ夏を終わらせてなるものかと威勢を放っているようにも感じます。

 

「あっつぅ……、いくら拭っても汗が止まらないわね。川水の冷たさだけが唯一の救いってもんよ」

 

 川岸に腰を下ろし、タライに水を入れて洗濯板で服をゴシゴシ。石鹸などという貴重品があるわけもなく、時間もそれなりにかかります。

 当時、姉は十四歳。子供も貴重な労働力として扱われていたこの時代は、遊んでいる暇などありません。細く白い指がふにゃふにゃなろうとも、これが姉の仕事です。

 誰に言うでもないそんな姉の独り言は、川のせせらぎに混ざって消えてゆきました。

 

「まぁ、秋になったらなったで川水の冷たさに文句を言うんでしょうけど。人間なんて我がままな生き物よね。……もうすぐ一年か。誕生日だって過ぎちゃったわよ、もう……」

 

 一年前、私は父に連れられ行方知れずになりました。

 夜盗に攫われたというなら警察へ駆け込みもしましょうが、父に連れられて行ったともなれば神藤一家の問題です。母と結婚する前から、父の放浪癖は周知されていました。じゃあどうしてそんな男との再婚を両親は許したのかといえば、どうやら母の一目惚れであったようです。

 

 もう「この人と結婚できないなら駆け落ちするっ!」ってな勢いだったそうで、祖父は母を止められなかったのです。「ならば勝手にせい、勘当だっ!」なんてことを言う頑固親父も平気でいる時代ではありましたが、あまねお姉ちゃんを生んだ母は「ある理由」でこの伊勢から離れられなかったのです。

 お伊勢の人間だけで婚姻を繰り返しては血が濃くなりすぎます。その観点から言うなら父の存在はある意味、神藤家にとっても有りがたいものでもありました。

 

「無惨さんも、ちゃんとお世話できているのかな。ただでさえ私よりも肌が白くて弱いのに……。っと、今は仕事しごと。洗濯以外にもやることは山積みだもんねっ!」

 

 そんな軽口を言いいつつも動かし続けていた手は、すでに洗濯を終わらせていました。後は神藤神社(おうち)に持って帰り、軒先に干すだけです。

 

 何の変哲も無い、姉にとっては毎日のように繰り返している作業の一幕でした。そこに昨日とは違う点などあるわけもなく、

 

 それでも強いてあげるなら、

 

 近くの木陰に、一人の少女が隠れていることぐらいでしょうか。

 

「あまね……お姉ちゃんっ」

 

 つい先日までの私ならとっくに姉の背後へ突貫し、勢いあまって自分もろとも川へ突き落としていたことでしょう。あの優しい姉は洗濯物がまた汚れたと悪態をつきつつも、一年ぶりとなる私との再会を喜んでくれたはずです。

 しかし今の私は足が鉄塊のように重く、動きません。

 私の額には、一年前には生えていなかった鬼の角があるのです。もしそんな私を見て、あの優しかった姉の態度が豹変したらと思うと――。

 

「おひいさま、姉君が行ってしまわれますぞ?」

「わかってる」

 

 ――デンデン丸に言われなくても分かってる。

 

「せっかく此処まで来たのに、会わねえのかよ!?」

「……わかってるってば!」

 

 ――ドロ助に言われなくても分かってる!!

 

 それでも、どうしても。私の心が身体を動きを拒みます。

 生まれて初めて直面した困難でした。これならば、上弦の鬼である半天狗のお爺ちゃんと戦っている方が全然ましです。

 本当は会いたい。抱きしめてもらいたい。大きくなったね久遠と、川に向かって語りかけるのではなく、私に向かって話しかけてもらいたい。

 

 でも、――――――ダメ。やっぱり、怖い――――――。

 

 

 

 

 

「……くおん?」

 

 諦めかけた、その時。

 

 懐かしい声が、私の名を呼びました。

 

 空耳かもしれません。聞き間違いかもしれません。

 それでも私の耳は、姉の口から「くおん」という言葉が発せられた声音をとらえたのです。

 

「あまね、お姉ちゃん……」

 

 今、この一歩を踏み出さなくては一生後悔する。

 今、この時を逃したら。私はもう、あまねお姉ちゃんと話をすることさえできない。

 

 私は精一杯の勇気を振り絞り、隠れていた木から飛び出そうとします。

 もう少し、あともう少しであの暖かい毎日に戻れる。鬼ヶ島じゃない、本当の久遠が住む神藤神社に帰れる。 

 本当のお祖父ちゃんやお母さん、そして本当のお姉ちゃんがいる、

 

 あの場所へ。

 

 

 

 

「あ――――」

 

 あともう一歩、前へ歩めば。あまねお姉ちゃんに気づかれていたことでしょう。私の姿を見つけてくれていたでしょう。

 しかし私の足は、ついにその一歩を踏み出すことが出来ませんでした。

 

 なぜなら。

 

 あまねお姉ちゃんが歩く道の向こう側。決して奥深くはないであろう林から、鬼ヶ島のお姉ちゃんが姿を見せたのです。

 妖艶に微笑みながら、私の爪と同じくらい綺麗で鋭い爪を見せつけながら。

 

 堕姫お姉ちゃんの瞳に光る意思は、私と、あまねお姉ちゃんにも向けられています。

 

 今、飛び出したら。――――この少女(あね)の命はない。

 

 大声で叫ぶよりも雄弁なその意思を、私は正確に受け止めていました。

 

 私は鬼、お父さんの娘。あまねお姉ちゃんは私のお姉ちゃんだけど、お父さんの娘さんではありません。お母さんの前のお父さんの娘さんなのです。

 そんな あまねお姉ちゃんに、純粋な人間であるお姉ちゃんに、あの爪が避けられるはずもありません。

 

「………………」

 

 私は無言で一歩、後ずさりました。もうデンデン丸やドロ助の声さえも聞こえません。

 今出来る事といえば、ただ瞳から零れ落ちる涙を隠しながら帰宅の途につくのみ。

 

 それも神藤家ではなく、無限城(おにがしま)へと。

 

 私の名は鬼舞辻久遠、鬼舞辻 無惨の子です。

 と同時に母の子でありあまねお姉ちゃんの妹の、神藤久遠でもあるはずでした。しかして今の私は、どうしようもなく「鬼舞辻久遠」です。

 

 私はもう鬼、鬼は人間と一緒には生きられない。

 

 そんな被害妄想により、私は結局。

 幸運の女神様の前髪というものを、とうとう掴み取ることができなかったのです。

 本当は、あの暖かくも柔らかい。

 あまね姉さんの胸へ、おもいっきり飛び込みたかったのに――――。

 

 

 ◇

 

 

 …………ふぅ。

 これにて鬼舞辻久遠という名の桃太郎が織り成す物語は、いったん区切りをつけさせて頂きます。

 始まりからして鬼ヶ島から実家への帰還という原作とは正反対の物語でありましたが、いかがでしたでしょうか。

 実家の神藤神社へ戻るという目的は達成できませんでした。ですが生涯の付き合いとなる部下や恩人に出会えた事が不幸中の幸い、何よりの収穫と言えるでしょう。

 

 デンデン丸(響凱)やドロ助(泥穀)、そして珠世先生と愈史郎君。

 この絆は私が十七歳となり、東京にて新たな門出を飾る際に重要な戦力となってくれる事になります。

 

 そして今回だけでは解決しきればかった謎や、私自身がどうしようもなく「鬼という怪物」なのだと思い知った件につきましては――、

 

 ――この私、神藤久遠が六歳となった次の物語で語らせていただきます。

 

 よろしければこれからも、私の一人語りにお付き合いくださいね?

 どうぞ、今後ともよしなに。

 

 十七才の神藤久遠より、本作をお読みの皆様へ。愛を籠めて――。




 最後までお読み頂きありがとうございました。
 引き続き、来週から第2章を開始させていただきます。よろしければお付き合いください。


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第二章:久遠六歳 半人半鬼
第1話「弱き者」


 その命はびっくりするくらい、かよわいものでした。

 母にさえ見はなされたそれは、誰かの温情がなければ早々に消え去る運命でしかありません。

 ですが、

 

 みぃ、みぃ、と。

 

 それでも最後の一瞬まで、か弱い命は必死に足掻きます。

 まだ生きたいと。まだ自分は生まれた意味を、価値を見出してもいないと。

 

 そんなか弱い命が、まるで鏡で見る自分でもあるような気がして。もしくは私とは違い、眩い閃光のような煌めきを放っているようにも見えて。

 

 どうしても、見捨てられなかったのです。

 

 私は手を伸ばし、立ち上がらせます。

 

 どこからか鬼ヶ島に迷い込んだ一匹の母猫と、

 

 敵であるはずの、鬼殺の青年を――――。

 

 

 

 

 あの家出劇から二年。

 鬼ヶ島に戻った私は特に叱られることもなく、六歳の誕生日を迎えていました。

 あれだけの大騒動を起こしたというのに、父は一度も姿を見せず。結局、ワガママ娘な私を叱ってくれたのは珠世先生のみでした。

 

 自室に引きこもり、昼から夜まで布団を頭からかぶり続ける生活。

 

「…………あまね、お姉ちゃん」

 

 真っ暗な視界で思い出すのは二年前に見た姉の顔。少しだけ大人びた姉の姿が、今はとてつもなく遠く感じてしまいます。

 

 もし、あの時。あまねお姉ちゃんの胸へ飛び込めたなら。

 もし、お目付け役の一人である堕姫お姉ちゃんが監視していなかったら。ですがそれは、私の自分勝手な言い訳にすぎません。

 この身は父、鬼舞辻 無惨の子。

 上弦の肆:半天狗お爺ちゃんを翻弄したように、あの時の私がその気なら強引な手段もとれていました。あまねお姉ちゃんを守りつつ、堕姫お姉ちゃんを撃退することも十分可能だったのです。

 

 それでも私は安全策をとりました。

 いえ、逃げたのです。

 

 何よりも、大好きなはずだった あまねお姉ちゃんを信じられず。

 

 もし鬼と化した私を見て、恐怖の悲鳴や侮蔑の言葉をぶつけられるかと思うと。

 化物と罵られ、石を投げつけられるかもしれないと思うと。

 上弦の鬼と対峙しても恐怖を感じない私ですが、こればかりはとうてい耐えられる気がしません。

 

 結局のところ私は、愛する家族のことさえ理解できずに。

 

 信頼できずに。

 

 ただただ、鬼ヶ島へ逃げ帰ってきてしまいました。

 

「誰か、助けて。久遠を、――たすけて」

 

 眠りながら、涙を零しながら呟く独り言。それは真実、布団の中で自分自身へと聞かせるための呟きでした。

 この鬼ヶ島は鬼の世界、他人に弱い箇所を見せれば排他されて当然の世界です。だからこそ家出前の私は鬼ごっこによって己の力を見せ付け、他の鬼達に甘く見られないようにしていました。

 本当は誰よりも愛情を欲しているくせに、誰よりも愛情というモノを恐れている。そんな私にまっことふさわしい、似合いの末路と言えるでしょう。

 

 一時も油断してはなりません。

 鬼の世界は自然の世界での理にそって出来ています。

 

 つまりは、弱肉強食。

 

 強い鬼は数百年と生き、弱い鬼は数日と持たずに灰燼と化す。

 

 そんな世界で私はずっと、自分の力のみを頼りに生きてゆくしかないのですから。

 

 

 ◇

 

 

 ある日の朝。

 自室にて、変わらず布団の温もりに身を委ねていた私の耳に。

 にゃぁ、という何ともか弱い鳴き声と。ジャン、という弦楽器の音が私の意識を目覚めさせました。

 

「ふえっ?」

 

 続けてぺろぺろと、私の頬を舐める暖かくもザラザラとした感触。

 その何かは私の反応がかんばしくないことに飽きたのか、布団の中へと潜り込んでしまいます。

 

(……なんだろうコレ。でも、すっごくあたたかい)

 

 まるで神藤の家で冬の間に愛用していた、真っ赤に燃える豆炭が入っている懐炉(カイロ)のような温もりでした。このまま瞳を閉じていっそ、二度と目覚めなければいいのにとまで考えたところで。

 

「…………ぐっ」

 

 もう一つ、今度は自分よりも明らかに大きな人の気配を感じます。しかしその声色は実に弱々しく、苦悶の色が滲み出ていました。

 

「…………だれ?」

「いきなり転がり込んでもうしわけないけど、少々休ませてくれないかな。……お嬢さん」

 

 半分は夢の中を漂っていた私の意識が、いっきに現実へともどされます。

 その声は、三年もの間この鬼ヶ島にいながら初めて聞く声でした。とっさに危機感を覚え、布団の中から飛び出ると。

 

 目の前には学生さんか、もしくは軍人さんらしき服装の青年がいたのです。

 

「おじさん、だれ?」

 

 現状をうまく把握できずにいる私は、先ほどと同じ質問をもう一度投げかけます。

 

「おじさんとは酷いなあ、こう見えてまだギリギリ十代なのだけど」

「…………」

「あらら、警戒させちゃったかな。まあ、無理もない」

 

 そう、この青年が言うとおり無理もありません。いきなり自分の部屋で、見知らぬ男が侵入してきただけでも十二分に怪しいです。しかもそれに輪をかけて、青年の腰にささっている刀の気持ち悪いことといったらもう。

 上弦の鬼すらてんてこ舞いにさせる私を恐怖させるとは、絶対にそんじょそこらの剣士じゃありません。

 

「これで聞くの三回目だよ。あなた、だれ!?」

 

 私は部屋の隅っこで最大限の警戒を維持しつつ、再三問いかけます。すると青年は、ようやく重い口を開きました。

 

「じゃあ、自己紹介させてもらおうかな。私の名は、炭十郎。ある鬼を求めてここまで迷い込んでしまった、うだつの上がらない落ちぶれ剣士だよ。お嬢さんは知らないかな? …………という名の鬼を――」

 

 最後の言葉は小さすぎてうまく聞こえません。ですがこの出会いが、停滞し続けた私の二年間を終わらせてくれました。

 

 読者の皆様なら、良くご存知ですよね。

 そう。この青年は他でもない、私の未来の旦那様となる竈門炭治郎君のお父君。

 

 竈門炭十郎さん、その人だったのです。

 

 

 ◇

 

 

「びっくりすることを言うだけ言って、ばったり倒れちゃった……」

 

 一組しかない、私の寝床を明け渡して寝かせてあげて。

 更には水場から汲んできた水で手拭いを濡らして、私は突然現れた侵入者の額にそっとのせてあげます。

 

 やせ細った外見どおり、青年はひどく衰弱しているようでした。

 それなのに鬼ヶ島(むげんじょう)の最奥にある父の屋敷に潜り込むとは、元気があるんだか無いんだかサッパリです。

 

 しかも私の鋭敏な感覚は、この青年の正体を見破っていました。

 

「……この人、にんげんだ」

 

 どう考えても異常事態です。なぜならこの鬼ヶ島は文字通り、鬼の島。決して人間が居てはならぬ場所なのです。

 

「どうしよう、誰かに知らせる? でもそんなことをしたらこの人は……」

 

 私とてもう六歳、精神年齢でいえば十歳ほど。さすがに鬼と人間の関係はきちんと理解していますし、もし私以外の鬼に見つかったら彼の命はないことも承知しております。

 

「でも、ぎゃくに……」

 

 このお兄さんは誰かを探しに来たと言っていました。その目的は分かりませんが、もし私がかくまったりしたことがバレたら、

 

鬼ヶ島(ここ)にも久遠の居場所がなくなっちゃう……」

 

 究極の選択でした。

 自分の立場を安泰にするために、この人間のお兄さんを見殺しにするか。

 私の心に残る人の心を消し去らぬためにお兄さんをかくまい、鬼を裏切るのか。

 

「どうしよう、わかんない。…………くおん、わかんないよぉ」

 

 心の弱りきった当時の私には、どちらも選ぶ勇気がありません。

 ならば、他の誰かに助けを求めるほかなかったのです。

 

 

 

 

 

「……でんでんまる、でんでんまるぅ!」

「はっ、お呼びでございますか。おひいさ、ま!?」

 

 私は小鳥の鳴き声のように弱々しく、この鬼ヶ島での数少ない理解者に助けを求めます。しかし彼とてこの異常事態には驚かざるをえません。

 何しろ、己が主君一人しかいないはずの部屋に見知らぬ男が寝ているのです。勝手に私の父代わりを自任するデンデン丸にとっては許しがたい暴挙でした。

 

「おのれっ、どこから忍び込んだか。この、にんげ――――」

「まって。まって、でんでんまる!」

 

 デンデン丸の反応は鬼ヶ島に住む鬼として、ごく当然のものです。この物語をお読みの皆様で例えるならば、帰宅した家の中に野生の熊がいたとでも考えていただければ良いでしょう。

 つまりは、生まれながらの敵対関係。檻の中にでも閉じ込めておかねば、到底安心できぬほどの恐怖感。

 しかして想定外の侵入者は、決して彼だけではありません。

 

「この人間だけじゃないの……、これ」

 

 私の着物の合わせ目から、ぴょこんと頭と出したのは一匹の猫。どうやら最近膨らみ始めた私の胸が大のお気に入りみたいです。

 

 みゃー。

 

「猫、ですか。これまたどこから迷い込んだのやら」

「うん、事情を聞こうにも、元気ないみたいだし。ねえ、でんでんまる」

「ええ、おひいさまが何をおっしゃりたいかは、言わずとも理解しておりますぞ小生は。ですが……」

 

 もう二年も私の家来兼世話役を続けている彼です。こんな時の私が何を言うかなど、聞くまでも無いといったところでしょうか。

 

「おひいさまのお優しさが尊いものだと、当然のごとく小生とて理解しておりますが……。ですがそれでも言わせて頂きたい、処分すべきです」

 

 デンデン丸の口から予想どおりの言葉がでてきます。

 鬼と人間は決して理解しあうことなどない。支配し、支配されることはあれど、対等の立場で親愛を育むことはありえない。

 

 そもそも孤高に生きる鬼にとって、親愛などというものは惰弱の象徴なのです。人間は弱いからこそ、情というもので徒党を組むのですから。

 理屈は理解しています。二年前、自分がどうしようもなく鬼なのだと痛感した私なら尚更です。

 

 ……でも、私は――――。

 

「ごめん、でんでんまる。これは私達だけの秘密、いい?」

 

 半分は人間であることを、あきらめたくない。

 

「……御意。おひいさまのお部屋ならば小生や泥穀以外の鬼は近寄らないでしょう。この人間も衰弱しているようですしな。しかし――」

 

 しかし、なんて言わなくてもいい。

 

 わかってる、分かってるから。

 

「……分かってる。私が鬼だってこの人が気づいて、敵意を向けられたなら。

 私は容赦しないよ。この爪で、あの細い首を――真っ二つに切り裂く」

 

 これは偽りの宣誓でした。

 心底私を想ってくれるデンデン丸を心配させないための、偽りの言葉。

 

 本音で言うなら、まだまだ私の心は殺生を受け入れられずにいます。そんな優柔不断さが、私の心に人の温もりを思い出させてくれるなど。

 

 この時はまさか、考えもしなかったのです。




 最後までお読み頂き有難う御座いました。
 第二章の開幕です。そしてなんと、竈門兄妹の父である炭十郎パパが登場してくださいました。
 彼と久遠の物語はどうなってゆくのか、今後の更新をお待ちください。

 


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第2話「新しい命」

突然のゲリラ投稿。
※6000文字ありますので時間のある時にどうぞ。


「おひいさまにもお教えしたはずですぞ。この者は鬼殺隊士、我ら鬼の宿敵でありまする。その腰にある、おぞましい日輪刀が何よりの証拠。ソイツでひとたび首を斬られれば、例えおひいさまとてただでは済みませぬ!」

 

 とは半天狗お爺ちゃんや堕姫お姉ちゃんに代わって、私のお目付け役となった鼓鬼:響凱(きょうがい)ことデンデン丸。

 

「俺もオススメしねえ。鬼殺隊ってのは鬼に対する憎悪で飯を食っているような連中だ。……ほぼ間違いなく罠。もしそうじゃなかったとしても、よほどの変人に違いねえ」

 

 と同意するのは、この無限城に来て二年間の間に色々と経験したらしい沼鬼:泥穀(でいこく)ことドロ助。

 二人の心配はごもっとも、至極当然すぎる意見です。でも、私はこの一匹と一人をどうしても見捨てたくはありませんでした。

 もし今、ここで見捨ててしまえば。私は今度こそ、間違いなく鬼の心に支配されてしまうでしょう。そうなってしまえばもう、人の世に帰る希望さえ消えうせてしまいます。

 

 私の必死な説得の甲斐もあり、なんとか一人と一匹との奇妙な同居生活がはじまりました。

 確かにこの無限城(おにがしま)で人間を、しかも鬼殺隊士をかくまうなど前代未聞の珍事にほかなりません。ですが今の私の状況は、そういう意味では好都合でした。

 なぜなら、これまでワガママの限りをつくした私は今。これまでの報いとばかりに、ほとんどの鬼に恐れられ……孤立していたのです。

 

 

 

 

 

「猫の手も借りたいほど忙しい、なんていうけど。ぷにぷにの肉球を楽しむぐらいしか役に立たないの」

 

 覚えたばかりの言葉をこれ見よがしに口にして、つんつん。

 

「みぃ?」

「お前は食べて寝るだけなんだから、せめてお母さんに肉球をつんつんさせろなの」

 

 これまでの自分を棚にあげて、ぶつくさと文句を言いつつも。胸の中で惰眠をむさぼる猫をかまいながら、ぷにぷに。

 

 炭十郎と名乗った青年への看護は続いていました。なんとまあ、私は六歳にして猫と青年のお世話をする「お母さん」なのです。

 とは言っても出来る事は限られていました。とりあえずは寝床を貸し、安静にさせるぐらいのことしかできません。二年前の家出劇で出会った鬼女医の珠世先生ならばともかく、この私に医療の知識などあろうはずもなく。

 

「ミィッ!」

「めっ、これはこの人の食べる果物なの! お前のご飯はこっちだよ」

 

 くわえて、食べなければ生きていけないのは万物に共通した(ことわり)です。

 私のために用意された食事をより分け、一人と一匹へ分け与える。もともと私はご飯を沢山たべる方だったので、一人分と言っても量は多めです。それでも一食分を三等分するのですから、量的に満足できるはずもありません。

 

 更に言えば、一人と一匹はたいそうな偏食家でもあったのです。 

 

「……ごちそうさま。いつもすまないね、久遠ちゃん」

 

 体調がまだまだなのか、元からなのか。男のくせに小食すぎる青年は、消化の良い果物をゆっくりと何度も咀嚼(そしゃく)して飲み込み、いつも申し訳なさそうに食事を終えます。対して私は「それは言わない約束だよ、おとっつぁん」とはかえしてあげません。

 私の朝昼晩の食事には、肉の他にも果物や菓子といった甘味もならびます。これらは私にとっても楽しみなオヤツだったのですが、今や「お肉」が食べられない一人と一匹にとっての貴重な栄養源となっていました。

 

「私の部屋で死なれても迷惑なの。ただ、それだけなんだからっ!」

 

 そんな青年の感謝を、私は嬉しさ半分、照れ隠し半分で跳ねつけます。

 実を言えば、私だってなぜこんなにも甲斐甲斐しくお世話をしているのか良く分かりません。人間なんて助けちゃって、下手をすればこの鬼ヶ島からも居場所を無くしかねないのに。

 父の子として、他の誰よりも力を持って生まれた私は、何よりも孤独を恐れていました。

 

 鬼の世界は単純明快。強ければ正義で、弱いこと自体が悪。

 なら鬼舞辻 無惨の娘であり、上弦の鬼さえも手玉にとる私は、間違いなく正義の人なのでしょう。

 しかして、私の半身たる人の部分はそんな鬼の法則を頑なに拒絶しています。

 

 他の何よりも、今の私は。

「温もり」というものを切望していたのです。

 冷たい鬼の肌ではない、青年や猫が持つ暖かさを求めて彷徨い。今思えば、私はこの青年を救うことで「暖かく人間らしい自分」でいたかったのかもしれません。

 

 たとえそれが、一時的な。

 

 錯覚でしかなかったとしても。

 

 

 ◇

 

 

 そんな生活がまたしばらく続き。何時しか青年は、何時までもタダ飯を頂くわけにはいかぬと、私にいろんな知識を教えてくれる先生となっていました。

 二年前の家出を除けば、私は神藤の神社と鬼ヶ島での生活しか知りません。日本と言う国、そして世の中の広さをこの時、初めて青年から教わったのです。

 

 それに加え、人間として当たり前に持っているはずの一般常識をも含めて。

 ようやく布団から上半身を起こせるようになった青年は、足元の掛け布団に寝転んだ私へ優しく語り掛けてくれます。

 

「……しきぃ?」

「そう、四季。春には桜が舞い吹き、夏には太陽がジリジリと照りつけ、秋には色とりどりの紅葉と果実がなり、冬には真っ白な雪が銀世界を作り出す。

 人はね、その四季それぞれに感謝と畏怖の念を抱きながら生きるんだ。決して自然の理に逆らっちゃあ、いけない。一人の人間に与えられた力なんて、本当にちっぽけな、限りあるものなんだから」

 

 青年の話はとても新鮮で、私は食いつくように聞き入っていました。

 この鬼ヶ島(むげんじょう)に四季はありません。そもそも屋外という概念も、昼と夜という変化すらありません。

 それゆえに私は二年前の家出劇にて暴れまわった時、季節は夏真っ盛りであるという事実さえも認識していなかったのです。

 

「たんじゅうろうには、お嫁さんがいるの?」

 

 話は盛り上がり、青年の身の上話にまで発展しておりました。

 

「うん、他にも炭治郎っていう長男と禰豆子という長女がいてね。ひとつ季節が移り変わればもう一人、弟か妹が生まれる予定なんだ」

 

 家族の話をする青年はとっても楽しそうで、それでいて幸せそうでした。そしてこのお話を聞いて、私は初めて炭治郎君と禰豆子ちゃんの存在を知ったのです。この時は炭治郎君が四歳で、禰豆子ちゃんが三歳の頃でしょうか。これから生まれ出るのは次男の竹雄君ですね。

 

 

 ここまで語れば、もう皆さんお分かりでしょう。これより十一年もの先の未来に、浅草へ来た兄妹へ私が声をかけたのは、偶然なんかじゃあありません。この時点でもう私と炭治郎君は、運命の赤い糸で繋がっていたということです♪

 

 うむ、そうに違いありません。こうなれば青年という一人称もやめて、炭十郎パパ(おとうさん)とでも呼びましょうかっ!

 やがて炭治郎君と私はこの先の未来においては互いの愛を誓い合って夫婦となり、鬼と人間の垣根を越えた最初の偉人として後世の歴史書に名をきざむのです。鬼舞辻久遠でも、神藤久遠でもない。そう、竈門久遠としてっ!! 竈門夫人でもいいですねぇ、キュリー夫人みたいで偉人感が半端ないです。

 そこ、竈門久遠は語呂が悪いとか言わない! この程度の困難に私達の愛は負けませんよ!! そしていずれ、二人の間に愛の結晶が育まれるのです。それが男の子と女の子の双子で鬼の血と人間の血をひく第二世代ということでそれはそれは特異な能力を――――(以降十分ほど、暴走した久遠さんによる家族計画が続く)。

 

 ――――――――――――――――。。。。。

 

 ――えっ、満足したかって? まだまだ序盤ですし、それこそ一昼夜は語れそうですけど。ちゃんと書きとめてますか、響凱。異種族恋愛物語として本にまとめて売り出せば、大評判間違いなしですよ?

 ……むう、仕方ありませんね。なぜか進行管理役の響凱が泣きそうなので、そろそろ物語を進めましょうか。

 

 

 青年の話は現実ではありますが、まるで御伽噺(おとぎばなし)のようでもありました。

 それも私が想い描いた桃太郎のような英雄譚ではなく、平凡な家族が普通に幸せな生活を送る日常譚です。他の子が聞くなら日常と変わり映えのない、つまらない物語と切り捨てたでしょう。ですが私にとって人の世のお話は、荒んだ心に温もりを与えてくれました。

 

 会話のできる相手が居るというのは有りがたいものです。

 それまでふさぎ気味だった私の心も、次第に開いてゆき――。

 

 ――本当に、楽しいひと時でした。まるで、まるで神藤のお寺に居た時のように。あまねお姉ちゃんに絵本を読んでもらっているかのように。

 

 ――人間の温もりというものを、思い出したような気がして――。

 

 私は久しぶりに半人半鬼なこの身体にも、確かに人間の血が流れているのだと実感できたのです。

 

 

 

 そんな平穏きわまる生活が続いた、ある日。

 事件は発端は、意外なところから始まりました。

 

 ……みぃ、みぃ、みぃ。

 

「ねこ、起き上がらないのなんで? それに、ぷっくりとお腹が膨らんでるよ!」

 

 朝から猫の悲しそうな鳴き声で起こされたかと思えば、どうやら寝床から動けなくなったようでした。いえ、動けないというよりも動きたくないといった感じです。

 原因が分からない私は、こめかみからじっとりとした汗が垂れ落ちるのを実感しました。そういえばここ最近、私の胸の中に潜り込もうともしてきませんでしたし。

 私の脳内に、一つの悲観的な考えが駆け巡ります。

 

 もしかして、これが人間がかかるという「病気」というものなのかと。

 

 私は生まれてこのかた、病気というものにかかったことがありません。

 神藤の実家に居た頃も身体が弱いというふれこみでしたが、それは日の光に当たれないという一点のみでのこと。風邪にすらかかったことはありません。

 それはもちろん、私の身体に流れる原初の血のおかげ。というかそもそも、鬼はたかが病原菌程度には負けません。

 ずるすぎる? ええ、まったくもってその通り。これだけでも人間からすれば垂涎(すいぜん)(まと)でしょう。

 

 なにしろ人間の死因における殆どは病によるものです。

 特にこの明治の世において、老衰による大往生などほとんどありえません。第一位の死因は消化器諸病で全体の二割を占め、次いで全身病や神経系諸病、呼吸器諸病や小児病と続きます。

 

 ですが、本当に幸せなのはどちらでしょうか。

 確かに病にかからないという鬼の特性は何物にも変えがたい天啓です。ですがその代わり、鬼は生きるために殺し合いをしなければならない生き物でもあります。

 生きる為に争う、喰らうために戦うように宿命づけられた鬼達は、布団の中で死ぬことなど許されません。野生の掟に従い、生きるなら喰らい、死ぬなら喰われる。倫理的に言えば、おおよそ人間らしい生き様とは言えません。

 

 そんな弱肉強食の戦いを宿命づけられた私達にとって、目の前にあるか弱い命は取るに足らないものであるはずでした。

 ですがそれは逆に、私の感情へ恐怖を刻み込むものだったのです。

 

「どうしよう、どうしようどうしよう……っ! 助けないと、どうにかして、猫を助けないとっ!!」

 

 顔面に冷や汗を浮かべながら、私はその場を歩き待ってうろたえます。

 思わず伸ばした手は、猫の毛に触れる直前でビクリと止まりました。

 

 助けたい、でも触れない。

 

 もとより片手でひねり殺せそうな猫が今は、指でこづいただけでどうにかなりそうな弱々しさです。鬼の血を引く私が触れようものなら、簡単に潰れてしまうような気がしてなりません。

 私は救いの手を求めました。

 そしてそれは、もう一人の病人と言っても過言ではない人物から差し伸べられたのです。

 

「……たんじゅうろう?」

「安静にしていれば大丈夫だよ。……おめでた、だ」

 

 やさしく猫のお腹を撫でる青年は、私とは正反対で仏のような笑顔を浮かべていました。

 逆に私はその言葉が理解できず、ポカンとしてしまいます。

 

「おめでた?」

「そうだよ、この子はもうすぐお母さんになるんだ。赤ちゃんが、生まれるんだよ」

「ふぇ? ってことは久遠、お祖母ちゃんになるの!?」

 

 狼狽するのも無理はありません。

 一匹と一人のお母さんを自任していた私は、悲しくも嬉しくも。若干六歳にして突如、孫が出来てしまったのです!

 

 

 ◇

 

 

「あわわ、あわわ……。赤ちゃんが生まれる準備って何するの? どうするの!??」

 

 事実を知ったお祖母ちゃん(わたし)の狼狽ぶりは、先ほどに輪をかけてそれはそれは酷いものでした。

 若干六歳である当時の私に、出産の難しさなど理解できるはずがありません。ですがこの母猫にとっての一大事だということだけは理解できます。

 自分のお部屋であっちに行ってはウロウロ、こっちに行ってはうろうろ。私の無意味な行動は止まりません。

 

「そこまで慌てなくても大丈夫。久遠ちゃんはただ、出産に最適な柔らかい寝床を用意してあげるだけで良い」

 

 さすがに挙動不審が過ぎたのか、苦笑しながらも青年が声をかけてくれます。二児の父だけあって、出産の対応には手慣れているようです。

 

「ほんと?」

「本当だよ。野生動物は自らの力だけで子孫を残せるんだ、人間とは違って産婆さんも不要だしね」

 

 お母さん猫の陣痛はすでに始まっていました。

 私が慌てて用意した寝床にうずくまったまま身体を振るわせ、あらたな命を誕生させるべく奮闘しています。

 時間にするなら、半日も過ぎていないでしょう。ですが猫のそばで見守るしかない私にとっては、永遠にも思えるほどの長さでした。ただ心の中で「がんばれ、がんばれっ」とお母さん猫を励ますくらいしかできません。

 

 それゆえに赤ちゃん猫の産声を五匹分すべて聞き届けた時には歓喜よりも、安心感と脱力感のほうが強かったように思います。

 ミィミィと、お母さん猫のお乳を探す赤ちゃん猫達はどうしようもなく弱々しく、同時に力強い生命力がみなぎっていました。青年はそのうちの一匹を宝物のように優しく持ち上げると、私の顔の前へもってきます。

 

「これが、生命の誕生というものだよ。触ってごらん?」

 

 しかして親猫の時以上のか弱い存在に触れる決心が、なかなかつきません。もし鬼の力を持つ自分が力加減を間違えたらと思うと、振るえが止まらないのです。

 

「……でも」

「だいじょうぶ。命というものは、久遠ちゃんが考えているほどか弱くも、はかなくもない。むしろその生きる意志には敬服するほかないものだよ」

 

 おそるおそる、毛のみを触れるかのように。私は細心の注意を自分に課しながら、指先で、まだ瞳も開かない赤ちゃん猫をなでてみました。その温もりは、お母さん猫に触れた時以上の温もりと、柔らかさをもっています。

 

「あったかい……」

 

 いつのまにか、振るえは止まっていました。

 続いて手の平にちょこんと乗せた命はまだまだ弱々しく、誰かの助けがなければ消し飛んでしまうかのようです。だからこそ守らねばならぬと思い、人は赤子に庇護欲を感じるのかもしれません。

 

 瞳をキラキラと輝かせながら、生まれたばかりの赤ちゃんを見つめる私を見守りながら。お父さん、竈門炭十郎は複雑そうな笑顔を浮かべてしました。

 

「そう、それこそが。……どの生き物でも持っている、愛情という名の温もりなんだ。久遠ちゃん、それはやはり、君にだって――」

 

 赤ちゃん猫に夢中だった私は、彼の心が揺らぐ機微に気づきません。

 

 私が鬼と人の狭間で思い悩んでいるように、鬼狩りの青年もまた。

 鬼を斬り刻まなければならぬ運命に、これ以上なく疲れ果てていたのです。




 最後までお読み頂きありがとうございました。
 殺伐としたこの物語の中で、少しでもほんわりして頂ければ私の勝利(?)です。


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第3話「その命は誰のせいでもなく」

二日連続ゲリラ投稿、今回も長いです。
活動報告も書いてるので覗いてみてねっ!


 鬼ヶ島に迷い込んだ猫が、無事に出産を終えてからしばらく。

 ――みぃ、みぃ、みぃ、みぃ。

 ようやく目が開いたばかりの子猫達も、どうやら私を二人目のお母さんだと思いこんでくれたようです。

 

「あはは、私の指からお乳は出ないよぉ」

 

 指を出せば、小さな舌がお乳を求めてペロペロしてきて。

 五匹の子猫達は元気にお母さん猫から母乳をもらい、元気にすくすくと育ってゆく。

 

 かに、思われました。

 

 無限城でこのような幸せに満ちた光景など、決して長続きはしません。

 ここは所詮、鬼の住む鬼ヶ島。鬼が生きる世界です。此処での生活に慣れきってしまった私は、知らず知らずのうちに一人と一匹にかけている負担に気づけずにいた――

 

 

 

 ――そんなある日の、ある朝。

 何時もとは違う調子での鳴き声で、猫は私を目覚めさせました。

 

「む~~、どうしたのぉ?」

 

 枕のすぐ隣には竹で編まれた簡素な作りの寝床があり、私は眠い眼を擦りながら中を覗き込みます。するとそこには、必死にお母さんの胸に吸い付く五匹の子猫と、それにピクリとも反応しない母猫の姿があったのです。

 

「えっ、……うそ」

 

 このお母さん猫に何があったのか、私にはまったくもって理解できません。そして五匹の子猫は、私が見ぬ間にすっかりやせ細っていました。

 

 当時の私には分かりませんでしたが、もし珠世先生が診たのなら、隔たった食事による栄養失調が原因だと断言するでしょう。

 この鬼ヶ島で私が分け与えられる食事はお菓子や、果物のみ。身体の成長に必要な、動物性たんぱく質が圧倒的に不足しています。

 皆様の時代であれば、栄養配分を十分に考えられたキャットフードなる完全栄養食があるのですよね。しかして明治の時代において、ペットに与える食事などは食べ残しの残飯が普通です。ですが私の食事では、その残飯さえも分けてあげることができません。

 同じ理由で、青年にも分けてあげることができません。

 

 それがどうしてなのか、私は知りません。青年が、自分にも猫にも与えぬよう拒否していたのです。

 ですが皆様なら、薄々気づかれているでしょう。

 

 私の食事に使われているお肉には――。

 

 

 

 ――鬼にとっての完全栄養食である、人肉が用いられていることに。

 

 

 

 昔の人々は、人肉喰らいを当然の禁忌として戒めてきました。

 それは倫理的な意味も当然あります。ですがそれ以上に、幾度もの飢餓をへて人肉が人体へ重度の病をもたらすと知っていたからです。

 しかしてその要因は不明のまま。ただ料理の中に含まれた肉だけを取り除けばよいという話ではありません。染み出した肉汁が毒の可能性だって十分にありえます。

 その事実を察していたらしい青年は、自分や猫に肉を含んだ料理を望みませんでした。

 

 でも、青年ではなく、猫なら。この栄養が足りなくて死の淵をさ迷っているお母さん猫なら、神様も、許してくれるのでしょうか?

 

「久遠ちゃんは、響凱さんから朝ごはんをもらってきてくれるかい?」

「……たんじゅうろう。なに、するの?」

 

 まだまだ体力が回復しきれていないはずの青年が立ち上がり、お母さん猫へと近づいてゆきます。

 

「気づいているだろうけど、お母さん猫はご飯が足りないんだ。普段であれば耐えられる栄養状態であっても、出産を経て母乳を出さなきゃならないとなれば、今の量ではとても足りない」

「……お肉が、ひつようなんだよね? どうして、たんじゅうろうもネコも、これまで全然食べてくれなかったの?」

「…………」

 

 これまで美味しく頂いていた料理に、青年の体と同じ肉が使われているなど私は夢にも思いません。だからこそ、青年は確とした答えを返せずにいました。それは当然と言えば当然すぎる反応でしょう。

 たとえ猫でも大切な家族に変わりなく、自分の体とおなじ肉を与えたくはありません。しかし今は母猫と五匹の子猫の命がかかっています。

 

 迷っている暇は、ありませんでした。

 

 青年は無言で私が持ってきたお皿を手に取り、指先程度の肉片を一つ、箸でつまみあげました。

 それをそっと、お母さん猫の口元にまで運んでゆきます。

 

 ですが――。

 

「食べてくれない、なんで!?」

 

 お母さん猫は鼻でくんくんと臭いを嗅ぐも、口を開いてくれません。その原因が分からず混乱する私でしたが、青年は見当が着いているようです。

 

「肉を食べる力さえない、……予想以上に衰弱している。しかも、私では警戒させてしまうのか?」

 

 独り言のようにブツブツと現状の把握に努める表情は、これまで私が見た事もないほどに厳しく。

 残る手段は一つだけと、結論づけたようです。

 

 そして実行できるのも、一人だけ。

 

「――久遠ちゃん」

「ふえっ!?」

 

 青年の声に、私の肩はビクリと跳ねました。

 

「今、この子達を救えるのは久遠ちゃんしかいない。この子猫達とお母さん猫、どちらのお母さんでもある君だけがお肉をあげられる」

「くおん、だけ」

 

 私は青年から箸を受け取ると、お皿からお肉を一つ、お母さん猫の口元へと運びます。

 

「お願い……たべて、ねこ!」

 

 私の言葉を理解したのか、再び鼻でくんくんしたお母さん猫はゆっくりと口を開けました。しかして噛むまでに至らず、ポロリとお肉を零してしまいます。

 

 ……ならばっ!

 

「――ん。んぐ、……むぐ」

「久遠ちゃん?」

 

 私の突然の行動に、青年は驚いているようでした。

 お母さん猫にあげるはずのお肉を、私は自分の口へと放り込み。飲み込まないように注意しながら、何十回と噛みしめます。

 お母さん猫はもうお肉を噛み砕く力も残っていません。なら、飲み込むだけで良いようにしてあげなくてはっ。

 

「――――ん、れろ……」

 

 どろり、と私の口からお母さん猫の口へ。

 固形物か流動物となったお肉を少しだけ垂れ落とします。

 これが最後の希望でした。明治の世に点滴などという便利な医療道具はありません。生きたければ、自力で食べて栄養を取らねばなりません。

 

(おねがいっ、食べて……!)

 

 生まれて初めて、私は神様という存在へ祈りを捧げました。

 

 心から。

 

 私の大切な家族を、どうか天上へ連れていかないで――と。

 

 

 

 

 

 …………チロリ。

 私の願いを、神様は聞き遂げてくれました。

 チロリと小さな舌が伸び。少しずつ、本当に少しずつではありますがお母さん猫は肉を口に含み、コクリと喉を動かしてくれます。

 私の判断は間違っていませんでした。鬼の血を引く私が、命を断つのではなく。逆にか弱い命を救ったのです。

 私はその事実に喝采の声を張り上げます。

 

「食べた、食べてくれた。ねえ、たんじゅうろうも見たっ!?」

「ああ、私も見たよ。たしかに、食べてくれた。久遠お母さんのおかげだね」

 

 すると青年の大きな手が、なでなでと私の頭を撫でて祝福してくれます。

 この瞬間、間違いなく私達は親子でした。ちょっと乱暴で、でも優しいその感触に。私はどうしようもなく父性を感じてしまって。

 

「……お父さん」

 

 くたびれた着物の(すそ)をぎゅっと握って。

 私はそう、呟いていました。

 

「……もしかして、そのお父さんって。……私のことかい?」

「………………いや?」

 

 突然のお父さん宣言に、青年は少しだけ困った顔を浮かべました。

 もし嫌などと言われていたら、私はこの場で盛大に泣き叫んでいたかもしれません。ですが炭十郎パパは優しいのです。

 私の身体をぎゅっと抱きしめ、耳元で優しく囁いてくれました。

 

「イヤじゃないよ。こんな可愛い長女が出来るとは、さすがの私も想像できなかったなあ」

 

 というわけでこれより先は正式に、炭十郎さんのことを「青年」ではなく「炭十郎パパ」とよびますね。

 これで私は正式に竈門家の義娘(ぎじょう)となり、禰豆子ちゃんのお姉さんにもなったです。まあ、私は炭治郎お兄さんのお嫁さんですから、どちらにせよお姉さんにはなるんですけどね、禰豆子ちゃん。

 

 

 ◇

 

 

 お肉を食べてくれたといっても、まだまだ予断を許さない日々は続き。私は寝る間も惜しんで、必死にお母さん猫の看病にあたりました。

 その甲斐もあってか数日後、お母さん猫は自分でお肉を食べられるほどにまで回復し、無事にお乳も出るようになってくれたのです。

 今ではお母さん猫の胸の中で、五匹の子猫達がお腹一杯で満足そうに眠っています。そしてそんな猫達の横で見守るのは、お母さん猫のお母さんであるこの鬼舞辻久遠です。

 私は確かにこの猫達の命を救ったのだと、とても誇らしい気分でいっぱいでした。……じゃあお婆ちゃんじゃんとか言ったら、ぬっころしますよ?

 

 そして猫達と同調するように、炭十郎パパの顔色も少しづつよくなってきて。

 

 私は同じ過ちを繰り返してしまいます。いえ、今になって考えても避けようのない事態でした。

 

 ここは無限城(おにがしま)

 鬼の楽園であると同時に、人間にとっては地獄でもある、その理不尽さとは関係なく。

 

 私達は、

 決して全ての命が祝福されるわけでもない、自然界の厳しすぎる(おきて)の中で生きているのだと思い知らされるのです。

 

 

 

 

 

 そんな事はつゆ知らず、それからの一月は、全てが順風満帆。もはや我が前に立ち塞がる障害もなし! な勢いでした。

 優しいお父さんが傍にいて、五匹の可愛い子猫達(こどもたち)も幸せそうです。

 

 お母さん猫のお乳をゴクゴクと飲んで、

 

 すくすくと育って……、

 

 え――――?

 

 

 

 

 異常、

 

 いえ、これは異常と言えるのでしょうか。それともコレが、自然そのものの姿だとでも言うのでしょうか。

 

 それは、当然と言えば当然すぎる結果と言えました。

 お母さん猫が持つおっぱいの数は個体差があります。普通で八個、もしくは六個~十二個が相場だそうで、なぜそこまで大きな数の差があるのかは、読み手の皆様の時代に至っても解明されていません。

 それでもハッキリしているのは「心臓に近いおっぱいほど母乳の出が良い」という一点のみです。

 お母さん猫のお腹から出てきた時には、もうすでに厳しい生存競争は始まっています。それは同じ母から生まれた兄妹の間でも変わりません。

 

 兄妹の中で誰が一番多くの母乳を飲み、大きく頑丈な身体を手に入れられるか。

 そこに勝者と敗者はいれども、善と悪は存在しません。生まれでたからには全ての命が、長く生きたいと思うのは当たり前すぎることです。

 

「強い者が生き、弱い者が死ぬ」

 

 それを罪悪だと断ずる傲慢は、人間にしか持ち得ないものなのですから。

 

 

 これはおそらく、父方の血なのか。

 三毛猫のお母さんから生まれた五匹の子猫は、そのまま三毛柄な子が三匹に真っ黒な子が一匹、そして最後の子猫は真っ白な体毛に包まれています。

 もはや序列は形成されてしまったようでした。黒い子猫が一番心臓に近いおっぱいを確保し、間に三毛の三匹。そして白い子猫はもはや、お母さん猫の後ろ足に密着するような位置にいます。

 当然、お乳の出が良いわけもなく。その大きさは、黒子猫の半分ほどしかありません。

 

「ほらっ、クロが飲み終わったよ。こっちにきなよシロぉ!」

 

 お腹一杯、もう入りませんとばかりに満足した黒子猫が離れると、私は白子猫を出の良い場所に移動させてあげます。ですがシロは、けっしてクロのくわえたおっぱいを口にしようとはしません。それどころか、元の出の悪いおっぱいへと戻ってしまいます。

 

「なんで!?」

 

 私は困惑の声をあげました。ですが後ろで見守る炭十郎パパは、やはりそうかとばかりに頷きます。

 

「これが野生の本能なんだよ久遠。弱者が強者の位置を奪おうとするなら、戦いに勝たなくてはならない。それは本当に命掛けで、弱者が一番最初に学ぶべきは…… 理不尽に耐えることなんだ」

 

 弱者ならば弱者らしく、身の程をわきまえて生きろ。つまりはそう言うことなのでしょう。私が納得するしないに関わらず、種の保存とは強者の保存でもあるのです。

 

 それを非道だと非難する生き物など、この地上で人間だけ――。

 

「お父さん、このままじゃシロは……」

「……うん、自然界に出て行った時に淘汰されるだろうね」

 

 炭十郎パパはワザと難しい言葉を使い、誤魔化そうとしてきます。ですが私は自分の予想が肯定されたと判断しました。

 

 このままじゃ、シロが死んでしまう。

 

 急がねばなりません。

 幸い、すでにお母さんの母乳から離乳食に移る時期でもありました。これまで食べられなかったのなら、これから食べれば良いのです。

 

 他の猫達に負けないくらい、たくさん!

 

「待っててね。今、久遠お母さんが食べ物をもってくるから」

 

 決めたからには即行動、これもまた実に当時の私らしい判断です。

 

「ドロ助、デンデン丸っ!」

 

 迷いなく、私は腹心の家来の名を叫びます。

 

「小生らは御身のそばに」

「まったく、アンタに仕えてると退屈しないよな」

 

 二年前の家出劇以降、この二人は私の専属。それは他の誰でもない、私の決定です。

 

「無駄話は後でゆっくりね。……デンデン丸、私が毎日たべている食事は『どこで作られているの?』」

 

 お母さん猫のように私が咀嚼して食べさせることはできません。あれは大人の猫だからできたやり方です。このシロには、キチンと調理した離乳食が必要でした。

 

「…………」

 

 主人である私の問いに対して、二人は無言でした。つまりはそこに、見せたくない「何か」があるということです。

 

「答えて」

「おそれながら、おひいさまの行かれる場所には相応しくないかと小生は愚考いたしまする」

 

 驚きました。あのデンデン丸が、私の命令を拒否したのです。

 

「毎日のように私の口に入る食べ物を作っているにも関わらず、不浄な場所だというの?」

「……御意」

「教えなさいっ!」

「…………お許しをっ」

「でんでんまるっ!!」

 

 時は一刻を争います。前回のお母さん猫と同じように、シロはもう栄養失調の兆候が出始めていました。緊急ではありませんが、このままでは手遅れになりかねません。

 

「響凱殿、私からもお願い致します。今、この子猫を見殺しにしては久遠の心に傷がつきましょう」

 

 後ろから、炭十郎パパの援護射撃です。ですがそれは、デンデン丸の怒りを買うものでした。

 

「これまで好き勝手させていたからと、自惚れるな人間。貴様が今生きているのは、おひいさまの寵愛あってこそだという事実を忘れるでない」

「勿論の事です。しかしこと久遠に関しての愛情は、私と響凱殿に違いはないと確信しております」

「……貴様っ!」

 

 目の前で繰り広げられる大人の喧嘩に付き合っている暇はありません。私はもう一人の情報源に頼ります。

 

「ドロ助は、知ってる?」

 

 真っ黒のお手製忍び装束を身に纏い、下手をすれば存在さえも気づかないほどに気配をけした泥穀に、私は問いました。この二年の間にもっとも成長したのは、このドロ助でしょう。もっとも、ナマイキな口調は直っていませんが。

 

「知ってるか知らねぇかで問われれば、……知ってる。だが響凱の旦那もよ、意地悪で教えないって言ってるわけじゃねえぜ? おひいさま」

「分かってる、私が食べているのはお肉だもんね」

「それだけの認識だから、連れて行きたくないんだが……。まいったねこりゃ」

 

 ドロ助もまた、ボサボサの頭をガリガリとかきながら教えてくれません。

 こうなれば強硬手段です。

 

 私は一度、聞き分けの良い振りをしたのちに。その日の深夜、二度目の家出を決行します。

 

 目指すは無限城の上層にあるという食料庫。

 私とてこの二年、ただ怠惰に時間を消費していたわけじゃありません。この無限城に関してはすくなくとも、ドコに何があるかぐらいは把握していたのです。




 最後までお読み頂きありがとうございました。
 半人半鬼の久遠をデザインした時に、まっさきに障害として脳裏に浮かんだのは「食料問題」でした。
 鬼の血を引くがゆえに、人肉を食べねばならず。人の血を引くがゆえに、人食は禁忌となる。この矛盾した問題を書かないわけにはいきません。
 この問題を解決しないかぎり、久遠さんは人間の世では生きてゆけないのです。

 さあ、久遠ちゃんはこの問題をどう乗り越えるのでしょうか? まて次号!

 ……頑張って明日も17時に更新、できるかなぁ?(不安げ


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第4話「現実という名の真実」

ゲリラ投稿三日目。活動報告も更新してますよ!


 ぴょんぴょん、ピョンピョン。

 手すりを掴んで身体を持ち上げ足をかけ、手すりを蹴って跳んだら、また次の手すりに手をかける。

 

 私は上へ上へと跳びながら、階段なき建造物を登り続けます。頑丈な鬼の身体なら下へ向かうには落ちれば良いだけの話ですが、登るとなれば各階にある手すりから手すりへと跳んでゆくしかありません。

 私とてこの二年間、ただ惰眠を貪っていたわけじゃありません。もはや我が家とも言える無限城(おにがしま)の構造くらい確認しています。

 

 が、それも表面上はと言ったところ。全ての施設に入り込んで隅々まで見渡せるほど、当時の私は鬼達と親しくなっておりませんでした。

 

 この鬼ヶ島は基本的に、上へ下へと移動する階段は存在しません。

 それは鬼の身体能力では跳んだ方が早いという、至極単純な理屈でもあります。ですが、むしろ蟻地獄のように人間が落ちたら戻れなくなるという意味合いの方が大きいでしょう。ここは決して快適に設計された屋敷ではなく、あくまで人間(てき)の侵入までを考慮されたお城なのです。

 私が鬼ヶ島と呼ぶ父の城「無限城」は三つの層と最奥の殿に分かれて構成されています。下へ向かえば向かうほど脱出は困難で、それゆえに私の住む父の屋敷「奥殿」も底にあり、

 

 つまりは上から――。

 

 上層:下級鬼達が暮らし、働く層。もっとも広大な面積を誇る。

 中層:下弦の鬼が住まう屋敷のある層。上層の下級鬼達を監視する。

 下層:上弦の鬼が住まう屋敷のある層。無限城全体の管理と主の守護を担う。

 奥殿:鬼舞辻 無惨と私、鬼舞辻久遠が住まう清廉とした御殿。

 

 ――が最下層となっているのです。

 

 この理屈で言えば、奥殿にある父の屋敷に住む私が上層へ向かわなければならないのも理解して頂けるでしょう。

 食料調達や調理などの雑務が、中層や下層に住む十二鬼月の仕事なわけがありません。間違いなく、上層で働く下級鬼達の仕事です。ならば私が目指すべきは上層以外になく。

 

 そこに、デンデン丸やドロ助が必死に隠した「何か」が存在するはずでした。

 

 

 ◇

 

 

「ふあぁ~……」

 

 上層へとたどり着いた私は、思わず感嘆の声を漏らしていました。

 当然の話ではありますが、見上げても青空はもちろん太陽の姿もなく、二年前に青山高原で感じた心地よい風も吹きません。

 それでも此処には、本当に屋内なのかと疑うような広大すぎる光景が広がっています。これまで木板を貼られて作られていた床から牧草が生え、床の下には土でもあるかのように柵杭がしっかりと固定されていました。

 それは当時の私でも跨げるような高さの柵でしかなく、「逃げるだけ無駄だ」と比喩されているようにも感じます。監視役の鬼達とて、まばらにしか居ません。

 

 牧草が萌える敷地内にて放牧されている動物は、両の足で立っている者もいれば四つんばいになっている者もいます。

 雄も雌も衣服は身につけておらず、それでも十分に快適な気温で管理されているようです。

 基本的には大人は女性ばかりで、必ずと言っていいほどの子供連れです。

 

 ここは牧場。

 人が食料とする豚や牛を飼うように、鬼が食料とするために飼う「人間牧場」。

 

 鬼の、台所です。

 

「ひっひっひ……。これはこれは、珍しいお客さまが来なすったのぅ」

 

 ある種の異様な雰囲気に圧倒されていた私の背後から、突然声がかかりました。

 

「ふえっ!?」

 

 鬼にしては珍しいほどの枯れた声に、私はビクリと反応してしまいます。慌てて振り向けば、一人の老婆が立っていました。

 

(うそ、久遠が気づかないなんて)

 

 これでも当時の私は、すでに上弦の鬼をも手玉にとったことがある実力の持ち主です。それが古い鬼だとはいえ、老婆に背後を取られるなんて考えられません。それこそ上弦の鬼以上の力を持っている事になってしまいます。

 

「あのっ、くお――」

「かの御方のご息女がぁ、このような不浄の場に何か御入用ですかなぁ?」

「私のことも、知ってる――――」

「ふぉっふぉ、この無限城で鬼舞辻久遠様を知らぬ者など、今やもぐり同然。さてさて、つまみ食いにでも来なすったんかの?」 

 

 次から次へと先手を取られ、私はまともに喋らせてもらえません。

 それに、つまみ食いって…….

 

「他の鬼には見せもしませぬが、他ならぬおひいさまにならばお出しせぬわけには参りますまい。どうぞ、こちらへ。ちょうど食べごろなのが一匹おりますゆえ」

 

 何も事情を知らない人が見たのなら、八十を越えた外見の子供好きなお婆ちゃんに見えたことでしょう。ですが私から見れば「肝心なところでの食い違い」があるように感じてなりません。

 私の中の常識と、この鬼のお婆ちゃんの常識は似ているようでいて、どこか決定的に違う。

 

 私は沈黙を保ちながら、大人しく後に続きました。この二年間で無限城の間取りは確認したつもりでしたが、各種建物の中にまでは入り込めていません。ここも一見すれば、只の横に長い小屋にしか見えませんでしたが……、

 

「なんと言っても、元服が食べごろですからのぅ」

 

 この一言が、妙に頭の中へこびり付いたのです。

 

 

 

 意外にも、厩舎の中は快適な空間に整えられていました。

 別に(わら)のベッドなわけもなく、一人ひとりに狭いながらも個室が与えられ、畳の座敷に布団が敷かれています。

 裸であっても熱くも寒くもなく。鬼婆さんの話では食事も日に二度与えられていて、やせ細っている人などいません。

 

 それどころか……。

 

「ねえ、なんでみんなブヨブヨ太ってるの?」

 

 そう私は口に出してしまうほど、ここで飼われている人間達は異様でした。

 

「ふぉっ、ふぉ。愛情たっぷりのエサをたぁくさんあげておりますからの。元気にぶくぶく肥えて、美味しそうでしょう?」

「美味しそうって……」

 

 とても同意するわけにはいきません。

 ですが当の鬼婆さんはまるで、自分の孫達を自慢するかのように得意げです。

 

「この子なんて、いかがですかいのう~」

 

 ギィという音がなり、部屋の中から一人の少年が引っ張り出されました。

 少年とはいっても、六歳の私にとってはかなりの年上で大人にも見えてしまいます。ですが先ほどの言葉を踏まえれば、この少年は元服(十五歳)間近なのでしょう。

 

「いかがって、……言われても」

 

 お相撲さんのようにぶよぶよのお兄さんを前にして、私はどんな反応をすればよいのか分かりません。

 

「ふむ、なるほど。まあ、見た目だけではわからぬのも確かですな。どれ、味見でもいかがですかな?」

「ふえっ? 味見??」

 

 それから先は、止める間もありませんでした。

 鬼婆さんは腰から鉈包丁を素早く取り出すと、手馴れた調子で足払いを一閃。そして情け容赦なく、倒れこんだ少年の首を叩き斬ったのです。

 

「――――――――っ!???」

 

 少年は悲鳴をあげる間もなく、絶命しました。これが動物なら命がつきる瞬間まで暴れまわるのでしょうが、人間の最後なんてあっけないものです。

 ですが私にとってはこれが、初めて見る。

 

 人間の、絶命する瞬間でした。

 

 「本当はじっくりと血抜きをして、数日熟成させてからの方が美味いんじゃが。まぁ捌きたてには捌きたての良さというものがありますゆえなぁ」

 

 そんな理屈、聞きたくない。

 目の前にいた人間の命が今、消えて。昨日、私が食べたお肉と同じになった。

 そんな現実を自覚した瞬間。私は嘔吐し、意識が暗転してしまったのです。

 

 

 ◇

 

 

 気づけば朝、なんて表現は無限城にはありません。

 太陽の満ち欠けなんてないんですから当然ではあるのですが、そもそも夜行性の鬼に明かりという存在すら不要なのは、今更言うまでもないでしょう。

 

 これまで気づかなかった、衝撃の事実でした。

 いえ、気づかないようにしていただけなのかもしれません。

 

 私がこれまで食べていたお肉はすべて。あの人間牧場で育てられ、精肉された人間のもの。

 つまりは毎日の食卓に並んでいたお肉も人間のもの。

 

 鬼は人を喰らう者。

 すでに調理されていたから現実みがありませんでしたが、少し考えてみれば当たり前すぎる事実です。それなのになぜ、当時の私がこれほどまでに衝撃を受けたかといえば。間違いなく、炭十郎パパの存在が出来たからです。

 

 二年前、あの家出劇でも自分がどうしようもなく鬼なのだと痛感させられました。

 そして今回。私はどこまで、鬼である自分を否定しなければならないのでしょうか。

 

「はぁ…………」

 

 出るのは溜息だけで、言葉もありません。

 いっそ、猫達や炭十郎パパと出会わなければ。人の心なんて思い出さずに鬼として思いのままに生きれば、どんなに楽か。

 

「どうしよう。シロに人肉なんて、絶対に食べさせられない」

 

 私は迷い続けます。

 人の肉がダメなら、獣の肉が必要です。ですが鬼の城である無限城に獣肉なんてあるわけがありません。

 そもそも肉を食べるという行為自体が、命を刈り取る行為です。では鬼ではなく、人でもない獣なら刈り取っても良いのでしょうか。

 頭の中で、そんな結論のでない論理がぐるぐると回転します。革新的な結論なんて、出るわけも無いのに。

 

 そんな私の脳裏に、炭十郎パパの言葉が思い起こされました。

 

 弱肉強食、強い者が生き残るからこそ種が繁栄する。

 仮に弱き者が生き残ってしまえば、種は衰退の一途を辿ってしまうでしょう。

 

 右を行ってもダメ、左を行ってもダメ。

 

 なら、

 

「ならまっすぐ行って、壁を壊すしか……ないんじゃないのかい? おひいさまぁ??」

 

 そんな不気味で、確信をついた「誰か」の言葉が。

 その時の私には、地獄の天井に照らされた一筋の光明にも思えたのです。




 最後までお読み頂きありがとうございました。
 さあ、八方塞がりとなった久遠ちゃんに近づく怪しい影。それは本編でも大暴れしてくれやがったあの方です。
 原作だとこの方も真正面から戦って破れましたが、立場的にこういう風に暗躍して映えるキャラだと思うんですよねえ。
 それが誰なのか、第二章はあと三話ですのでもう少しお付き合いくださいね。宜しくお願います。

 ※作中にある無限城の構造はオリジナルです。無惨様のお城だから、蟻地獄みたいなのをイメージしてみました。
 ※活動報告も更新してますので「今何やっとんじゃい」と思われる方は」覗いてみてください。日記代わりです。


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第5話「鬼の子」

ゲリラ投稿4日目。ここまでくるとただの毎日更新ですね。
活動報告も更新してます!


 気づけば私は、自分の部屋がある奥殿へと戻ってきていました。

 意識が暗転する前後の記憶が曖昧で、誰かに話しかけられたような気もするのですが思い出せません。

 

 そんな曖昧な記憶とは真逆に私は、これから自分が()()()()()()()をハッキリと理解していました。

 

 もうシロのために、私ができることなど一つしかありません。

 

 私はゆっくりと、猫達の眠る箱へと近づいてゆき、

 

「……シロぉ。いま、お母さんが助けてあげるからね」

 

 ゆったりとした言葉をかけてあげます。今思い返しても慈愛に満ちていたかは分かりません。もしかしたら、悪魔の囁きに似ていたのかもしれません。

 この行為の結果、私は感謝されるのか恨まれるのかさえ分かりません。

 

 それでも、私はシロという子猫に生きていてほしい。その想いだけは本当だったと、今でも胸をはって言えます。

 

 近くにあった食器棚からナイフを取り出して、自分の指へそっと当て。

 

 ゆっくりと引き斬り。

 

 真っ赤な液体が、傷口から玉となって浮かび上がりました。

 

 見た目だけを言うなら、人間であるあまねお姉ちゃんと何ら変わらない真紅の血液。ですがこの中には私だけがもつ異分子が含まれています。

 

 私は鬼舞辻久遠。

 この世でたった一人の、人間と原初の鬼との間に生まれた混血児。

 

 一人ぼっちな私のワガママ、なのかもしれません。もしかしたら、炭十郎パパに嫌われるほど怒られてしまうかもしれません。

 

 でも、それでもシロが助かる可能性があるならと。

 私は己の血に染まった指先を、シロの口内へ刺し込んでゆきました。

 

 

 

 変化は劇的でした。

 ここまであからさまに変わるとは夢にも思いませんでした。

 

 それまで兄弟達と共にお母さんの胸の中で眠っていたシロが、真っ赤に充血した瞳を見開きます。それはまるで、私の血で染め上げたかのような色合いでした。

 

「Gaアアあ、あアアアぁあ……」

 

 これまでは何とも愛くるしかった鳴き声も、息を潜め。シロはもはや獣でさえない奇声をあげています。

 

「ほら、シロ。ご飯だよぉ……」

 

 今にも胸の中から飛び出そうなほどバクバクしている心臓を、必死になだめながら。私は他でもない、自分自身に「落ち着け」と言いきかせて。

 

(……だいじょうぶ。最初は暴れるかもしれないけど、これを食べれば大人しくなるって『あの人』が言ってたもん! だいじょうぶ、だいじょうぶったら大丈夫)

 

 念仏のように大丈夫を唱えながら、私は懐から一欠けらの肉塊を取り出します。すると、シロは私の指ごと喰らい尽くす勢いで食べ始めました。

 ですがシロは、「誰か」の助言どおり大人しくなることありません。

 

「GyAaぎゃあアアああ……!!」

「どうしたの? 苦しいの?? シロぉ!」

 

 ……やっぱり、この方法は間違っていた? 私の心は掻き乱れます。私はまた失敗してしまったのかと。大切な家族をまた、守れなかったのだろうかと。

 とっさに抱き上げ、自分の胸の中へと導こうとした私でしたが……シロの暴走は止まりませんでした。

 

 腹が減った、肉を……もっと肉を。

 そんな魂の叫びが聞こえるかのようです。だらだらとヨダレをたらし、怪しく光る真紅の爪と牙の向く先は。主犯である私ではなく、何の罪もない、シロと共に生まれた兄弟達へと向けられていました。

 

 

 ◇

 

 

 目の前の光景を、信じたくありませんでした。

 生後一ヶ月にして無理矢理鬼化させられたシロが最初にとった行動は、実に狂気的で、対する四匹の兄弟達はまだ生後一ヶ月程度。鬼化したシロから逃げられるものではありません。

 

 それからの音はもう、文字にして表現するのも憚れるほどの異音でした。

 語りたくはありません。思い出したくもありません。どこの世界に我が子が、実の兄弟を喰らうさまを言葉にできる人がいるでしょうか。

 しかしてこれは、私の罪。アイツの助言を真に受け、万が一の可能性にかけて実行してしまった私の罪です。

 

「……こんなつもりじゃない。くおんはただ、シロに元気になってもらいたかっただけなの……、に」

 

 言い訳。

 そう、こんな言葉はただの言い訳です。それでも私は口に出さずにはいられません。

 それでも口にしなければ、六歳児の心には到底受け止められぬ現実が目の前にありました。

 

 にちゃ、にちゃと。

 

 ぼき、ゴキと。

 

 閑静な私の自室に、行儀の悪い咀嚼音だけが響き渡り。私はすべての力を放棄して、呆然と見守ることしかできません。

 

 そして、ついに。

 

 兄妹達を喰らいつくしたシロの毒牙が、私の助けたお母さん猫にまで伸びようとした時。

 

 私の身体は、ようやく動いてくれたのです――。

 

「だめ、シロ。それだけは……、だめえええええええええええっ!!!」

 

 すべてはもう、手遅れにもほどがあるというのに。

 

 

 

 

 

 炭十郎パパの寝床は、当時の私の部屋から少々離れた場所に用意されていました。

 十以上年が離れているとはいえ、義理とはいえ親子の契りを交わしているとはいえ。男女同衾など、私の親代わりを自任するデンデン丸が決して許してはくれません。

 

 それが、今回だけは仇となってしまいました。

 鬼殺隊士:竈門炭十郎。これまでの歴史上決して存在することはなかった、「火柱」。

 そんな彼が、「鬼の発する血の臭い」に反応しないわけがありません。ただ致命的に、距離が離れているせいで気づくのが遅れてしまいました。

 

「――――これは、久遠の部屋からっ!??」

 

 気づいてからは光陰矢のごとし。

 素早く日輪刀を掴んで自室を飛び出すと、炭十郎パパは自分を父と慕う娘の窮地へ駆けつけます。そこがもはや、地獄と化していると覚悟をきめながら。

 

「久遠!」

 

 愛しき娘の名を叫びながら、バシンっと音をたてて開いた障子戸の先は、

 

「……お父さん、どうしよう。シロが暴れて、みんな、みんなぁ!!」

 

 鼻が曲がりそうなほどの、血の臭いが充満していました。

 そしてその臭いを作り出した犯人は今、娘の胸の中で暴れ続けています。

 

「Nyヤヤがガあガ――――っ!!」

「……………………」

 

 なんとか抜け出そうと爪を立て、牙をむいて。それでも娘は大切な我が子を離そうとはしません。もう肘から手首にかけての腕は爪に引き裂かれて血だらけになり、炭十郎パパは絶句するほかありません。

 血の流れた腕の痛みよりも、この子の身体の中で痛み続ける心が、悲鳴をあげている。

 

 それでも炭十郎パパは大人でした。今、この場でやらねばならぬ決断を、覚悟をもって行動に移せる人物です。

 

「……久遠。その子を、シロを渡すんだ」

 

 これまで聞いた事もないほど厳しい、そんな声。その声には鬼狩りの、鬼殺の隊士としての覚悟がこもっています。たとえ私が泣こうとも、未来を見据えた決断。

 

 明確な、――殺意。

 

 自分自身に向けられているわけでもないのに、私は振るえが止まりませんでした。ハッキリと分かるのです。今、シロを炭十郎パパに渡せば。この子は、死ぬ。

 

「ダメ、それだけはダメ! お父さん、シロは悪くないの。悪いのはくおん、アイツに騙されて血を飲ませちゃった久遠が悪いのっ!!」

 

 炭十郎パパは私の言葉にあった「アイツ」にピクリと反応しますが、それでも行動を曲げようとはしません。

 

「くおん」

「……いや」

「久遠っ!!」

「いやあああああああああっ!!」

 

 どこへ逃げれば良いのかも分からず、シロを抱き締めたまま駆け出します。此処じゃない何処かへ、炭十郎パパの手の届かない場所まで逃げないと。

 

 シロが、死んじゃう!

 

 私のせいで、シロが殺されちゃう!!

 

 私のせいで、炭十郎パパに家族を殺させちゃう!!!

 

 もう何も考えられない。ただ、これ以上。誰にも。

 

 死んでほしくない、 だけなのに――――。

 

 

 ◇

 

 

 少女と青年の鬼ごっこは、意外にもそれほど長くは続きませんでした。

 なぜならこの無限城は蟻地獄のように奥へいくほど狭くなり、私の住んでいた奥殿は文字通り最奥に位置する主の館です。逃げる先も隠れる先も、その選択肢は多くなく。

 そして何よりも、私が抱いているシロから漂う血の臭いが目印となっていました。

 

「やあ、竈門炭十郎。まさか無限城の奥殿にまで入り込むとは、鬼殺隊初の火柱様だね、無惨様(えもの)の首はとれたかい?」

 

 そんな私達を追う道すがら、聞きたくもない声が耳に届きました。元はといえば、炭十郎パパはこの鬼を追って無限城にまで辿り付いたのです。

 

「今回も、また貴様のしわざかっ! 上弦の弐:童磨っ!!」

 

 ゆえに、この邂逅がまったくの偶然などとは考えられません。この傾奇者(かぶきもの)は何も考えていないようで、実に計算高いことを炭十郎パパは知っていたからです。

 

「しわざって、酷いなあ。俺はただ、おひいさまに教えて差し上げただけさ。あの真っ白な子猫の命を救う方法を、ね?」

 

 ニヤニヤと笑いながらの弁明は、確信犯であることを何よりも雄弁に物語っています。

 

「鬼化させることが救いの道かっ!?」

「間違ってる? むしろ皆、なぜ鬼にならないのか俺には理解できないよ。歳を取らずに、怪我も再生し、病気にかからず、加えて超常の能力が手に入る。明らかに人間を超えた新人類じゃあないか!」

 

 童磨の言いぶりはまるで、文明開化を成し遂げた革命家のような口ぶりでした。そう、確かに鬼にはあって人間にはないものは多いです。しかし鬼となることで失ってしまうモノもまた、確かに存在するのです。

 

 それは私が猫達によせた想い、人としての温もり――。

 

 炭十郎パパは信じていました。

 人の持つ愛情こそが、鬼となって不死を得るよりも大切な宝物なのだと。

 

「久遠は人の世へ連れて行く。久遠は、私の娘は人間だ!」

「何を言う、おひいさまは我ら鬼の世の姫様だ。今回の件で、ご自分がどのような存在であるか、しっかりと理解してもらえただろうからねぇ」

 

 自分は正しいと信じて疑わない童磨の態度に、炭十郎パパは更に激高します。

 上弦の弐と、仮初の火柱との生死をかけた一騎打ち。勝敗のゆくえは誰にも分かりません。

 

 ならば、決断するのは。

 

 決断しなければならないのは。言うまでもなく、私自身の方だったのです。




 最後までお読み頂きありがとうございました。
 この章が終わるまでは毎日投稿できそうですので、もうちょっとだけお付き合いくださいね? 宜しくおねがいします。


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第6話「少女の覚悟」

第二章は明日更新の7話で終わりです。


「よろしいですかな、おひいさま。あの白毛の子猫はもう、いつ死んでしまってもおかしくないほど衰弱しております」

 

 ……いや、死んじゃいや。

 

「ならば、新たに頑強な身体を用意してやらなくてはなりませんなぁ」

 

 がんきょうな、からだ?

 

「おひいさまは他でもない、鬼舞辻 無惨様のご息女。ならば貴方様の血には、鬼を創造する奇跡が宿っているのもまた当ぉ然」

 

 おにを、つくる。

 

「そうです。人間などよりはるかに優れた、世を支配し、治めるに相応しき種族:鬼ぃ。貴女様はこの先、多くの鬼を生み出す新世界の母となられる御方なのですぅ!」

 

 

 

 

 

 ――――氷と火。

 二人の呼吸と血鬼術はまったくの正反対であるがゆえに、もしかすると惹かれあうのかもしれません。

 属性も、性格も正反対。だからこそ、二人の戦いはまるで演舞のように美しい。炭十郎パパはともかく、童磨の奴を褒めるのは業腹ではありますが、そう表現するほかありません。

 

「楽しい、たのしいねえっ竈門炭十郎! 君もそう思わないかい? 殺し合いの中にこそ、真の悦楽があると!!」

「こんな涙と血飛沫のあふれる戦場など、できるなら二度とゴメンこうむりたいねっ!」

 

 童磨の扇と炭十郎の黒き日輪刀がぶつかり合い、火花を散らし。

 

 周囲は氷と火が縦横無尽に舞い、真夏と真冬がひっきりなしに移り変わってるようで、ただその場にいるだけでも体がまいってしまいます。

 それは身体が決して丈夫ではない炭十郎パパなら尚更でした。

 額から汗がたらりと垂れ、凍り、溶け、そしてまた垂れる。そんな氷炎地獄は炭十郎パパの体力を確実にけずってゆきます。

 

「最近の寝たきり生活が祟っているみたいだぁねえ。……鬼殺隊の柱ともあろう御方がなんてザマだい」

 

 心底殺し合いが楽しくはあるが、少々相手が物足りないとばかりに童磨は溜息をもらし。それを証明するかのように炭十郎パパは地に膝をつき、息が荒く苦しそうです。

 

「そう思うなら……はぁ、見逃してくれないかい。君の言うとおり、鬼が至高の種族であるのなら、はぁ、弱い者イジメなんてかっこ悪いだろう?」

 

 そんな軽口を受けても、童磨は楽しそうです。

 

「俺を他の馬鹿鬼と一緒にしてもらっちゃ困るね。君は最高の鬼狩りだ、どんな状況でも、どんな状態でも、どこからか勝ちの目を探し出してくる。

 

 俺は決して、そんな君を諦めない。

 

 ねえねぇ、……鬼になろうよ炭十郎。そしてずっと、未来永劫、俺と楽しく遊ぼう(殺しあおう)!」

「……断る。俺と久遠は鬼になどなったりはしない、――――これから先の限りある人生を、人間として生きるのだっ!!」

 

 灼熱の黒刀と極寒の鉄扇はぶつかり合い、金切り声を上げながら、いつまでもどこまでも舞い続けます。それは、これこそが上弦と柱の一騎打ちに相応しき一幕なのだと証明しているかのようでした。

 

 

 ◇

 

 

 そんな二人の演舞を中断に追い込んだのは、他でもない御姫様(わたし)嗚咽(おえつ)でした。

 先ほどまであれほど叫び、あばれていた子猫のシロは、私の胸の中でもはや鳴き声一つ発しません。

 

「どうまぁ……、お父さん…………」

 

 代わりにシロのシッポを伝って垂れ落ちるは、大量の血液。

 誰がどう見ても、生きているとは思えませんでした。

 

 しかしてシロは鬼です。ならばこの程度の傷、すぐさま再生して――。

 

「――再生、しない?」

「ごめん……、ごめんね。シロ、助けてあげられなくて……ごめんねぇ」

 

 呆然と呟く炭十郎パパに、謝罪の言葉をひたすら並べる私。そして、どうやら童磨は「私が何をしたか」を理解していたようです。

 もはや私の腕にはシロの重さも、温もりも感じられません。

 鬼の最後なんてものは、実にあっけないものです。故人を惜しむ余韻さえも感じさせず、ただ自然へと還る。あったはずのものが、ないはずのものになる。それが鬼という異端になってまで生きようとした者の末路でした。

 

「なんとまあ、おひいさまも残酷なことをしなさるねぇ。まさかまさか、鬼を死ぬまで殺し続けるなんて……っ!」

 

 パラパラと、砂のように。

 あるいはサラサラと、灰のように。

 

 シロの身体は少しづつ塵となり、私の胸の中から飛び立つと。

 

 空の彼方へキラキラと輝きながら、霧散してゆきます。

 

 私はその光景を、ただ呆然と見守ることしかできなかったのです。

 

 

 

「ああ……、ああああああああ………………っ」

 

 言葉にならない嗚咽の息。短い間ながらも母としての愛情を注いだ子を、私自身が殺してしまった。

 

 鬼のように情け容赦なく、鬼のようにあっさりと、鬼のように…………。

 

「ごめん、ごめんね」

 

 私は謝罪の言葉を繰り返します。

 それは自分のしでかした事への謝罪か、子猫を救えなかったことへの謝罪か。

 母猫を助けるには、殺すほかありませんでした。

 力いっぱい子猫を抱き締め、頭を、胴体を潰し、再生しようとする効力さえも阻害させる力で力いっぱい抱き締める。

 私は知っていました。鬼が鬼を殺すには「喰らうか、死ぬまで殺すしかない」のだと。自分が犯した罪は、自分で拭い去る他ないのだと。

 

「やっぱり久遠は、鬼なんだ。人間になんか、なれっこない」 

 

 母猫の命を救った喜び以上の絶望が、私の心を支配します。

 

「久遠はもう、この無限城でしか生きられないっ。もう心まで鬼になっちゃえば、こんな悲しい想いをせずに済むんだ。もう、人間になることなんて。諦めちゃえば。こんなに苦しむことも――――」

 

 私の心はまっさかさま、奈落へと落ち続けます。

 二年前と同じく、この父から受け継いだ力をふるって。鬼達を力でねじ伏せて。恐怖をもって従わせれば、こんなにも楽なことはありません。

 この世は弱肉強食。愛情や情けなんて、もう。いらな――

 

「この子はもう、この無限城に居てはいけない。このままでは、この子の心が壊れてしまう」

 

 ――あ、これ。

 炭十郎パパの声。あたたかくて、とってもやさしい、だいすきなこえ。

 

「もう、良いから。もう何も考えず、今は眠りなさい」

「…………うん。なんだかもう、……つかれ、た」

 

 視界いっぱいに映る炭十郎パパのやさしい顔が、私の心に安心をもたらしてくれます。そして涙ながらに私が意識を手放すと。

 

 これまで見た事のない、鬼殺の剣士がそこにはいました。

 

「しのぶちゃんから持っていけって渡された眠り薬、すごい効き目だねえ。……さてさて、さすがの私も怒髪天だよ? ……よくも私の娘を、これほど苛めてくれたもんだ」

 

 阿修羅のような憤怒の表情で、炭十郎パパは童磨を睨みつけていました。しかしその程度で弱腰になる童磨でもありません。殊更心外だとでも言いたそうな表情で対抗してきます。

 

「……勝手に竈門家(そっち)の娘にしないでもらえるかい? おひいさまは俺達、鬼の御姫様だ。君が追っている仇敵、鬼舞辻 無惨様の娘なんだよぉ??」

「知っている、それがどうした」

「どうしたって……」

「久遠は私の娘だ。この子がそれを望み、私は喜んで受け入れた。その事実があれば他に何がいる!」

 

 私の前ではほんわかとした笑みを絶やさない炭十郎パパですが、ひとたび怒ると閻魔大王のような形相へと変貌します。

 私が気持ち悪いほどに不気味と称した腰の黒刀を抜き放ち、灼熱の焔を呼び起こし。その勢いは、まるで刀身に油でも塗りこんでいるのかのようです。

 

「ははっ、その独善的な理屈は嫌いじゃないねぇ。鬼殺隊の柱様でもしょせんは人間、欲しいものは力づくってワケかい!?」

 

 童磨の挑発はしっかりと炭十郎パパの耳にも届いていました。それでも、彼の信念は揺るぎません。

 

「ああ、そうだ。分かりやすいだろう? 私は、私の欲望を叶えるために……娘を救い出すのだっ!」 

「ああ、分かりやすい。実にわかりやすい。鬼も人間も、やはり自分の欲望には忠実じゃなきゃ……楽しくないものねぇ!!」

 

――火の呼吸『ヒノカミ神楽』壱ノ型 円舞――。

 

「やはり君は鬼になるべきだ、竈門炭十郎! 鬼になりさえすれば、その欲望は無限に叶う。迷うことなどないだろう!?」

 

 身体中を火の呼吸で斬り焼かれながら、それでも童磨の高笑いは終わりをみせません。それは、最高の逸材が目の前に居るからです。

 

 が――。

 

「……悪いね。私は、君が思っている以上に、強欲なんだ。人間のままで、すべての、欲望を叶える。……それこそが、ゴホ。最高のワガママというものだろう?」

 

 対する炭十郎パパの身体も凍りついていました。指先が凍傷によって黒ずみ、血が通っていない悲劇を明確に表しています。咳混じりの乱れた息遣いが、冷気によって肺を痛めた事実を物語っています。

 

 それでも、炭十郎パパは。己の願いを叶えようとしました。

 

 私を、鬼舞辻久遠ではなく、神藤久遠を。新たな長女を竈門家に連れ帰るという願いを叶える為に 残り少ない命をけずったのです。

 

「おお、コワイ怖い。鬼殺隊史上、初めての火柱様は伊達じゃあない。じゃあお言葉に甘えて、ここらで退散といきましょうかね」

 

 童磨も、やぶ蛇をつついたと感づいたのでしょう。この辺りが手の引き時だと判断します。炭十郎パパの執念は鬼の童磨から見ても異常でした。

 そう上弦の弐に思わせるほど、炭十郎パパの持つ日輪刀の火は勢いを増し続けます。それはまるで、彼の命そのものを燃やしているかのようでした。

 

 

 ◇

 

 

「……火柱とは言っても、正式に認められた柱ではないのだけどね。火の呼吸も壱ノ型しか扱えないし、ポンコツというヤツだよ私は」

 

 童磨が逃げ去り、事態は一応の決着をみたところで。炭十郎パパは、溜息のような自虐の言葉を口にしました。

 胸の中には、未来の柱と噂される天才薬師に持たされた眠り薬を吸い込んで、ぐっすりと眠りこむ私の姿があります。

 

「響凱殿、泥穀殿。顛末(てんまつ)は見てのとおりです。……まことに申し訳ないが、この子はもう、無限城で生きてゆけません」

 

 誰も居ない背中へ向けて言葉を送ると、沼と化した床板から二人の鬼が姿を見せました。

 

「あの童磨様に目を付けられたとなれば、確かにそうでしょうな。だが人間、いえ炭十郎殿。そなたは、おひいさまと共に生きるという意味を理解しておられるか?」

 

 泥穀が厳しい表情で沈黙し、その代わりに響凱がその覚悟を問います。

 私をかくまうという事は、鬼と生きるということ。それは人間社会への裏切りに他なりません。

 それに何より、炭十郎パパは鬼殺隊士。鬼狩りの剣士なのです。

 

「……鬼殺隊士は引退するほかないだろうね。そもそも身体的にも、この任務が最後だと覚悟していたんだ。退職金として、最後のワガママくらいは聞いてもらうとするよ」

「そのように簡単なものではないでしょうに。貴方は、お味方からも裏切り者として断罪されるに違いない」

 

 そんな響凱の忠告に、炭十郎パパは部屋の隅にいた母猫を抱き上げて、それからゆったりと微笑み。

 

「その時はその時さ。まあ、多分なんとかなるよ。きっとね」

 

 と、のたまったのです。

 

 そして、またもや「あの音」が聞こえてきたのは、そんな時でした。

 炭十郎パパと母猫がとつぜん私の部屋に現れた時にも聞こえた、「ジャン」という琵琶の音。それはなぜか空気を伝わらずに各々方の鼓膜に直接響くような、不思議な音色です。

 しかしそれとて不思議がる間もなく、私達の身体は無限城から姿を消してしまいました。

 

 ……ふぅ。長い間の御清聴、感謝の言葉もありません。

 ではどこへ行ってしまったのかと言うお話は、また次回に致しましょうか。そろそろこの第二章も終盤です。自身が鬼であることを再び自覚させられた幼き私が、どうなるのか。よろしければ最後まで見守っていただければ、私共も至上の喜びでございます。

 

 さあ、舞台を人の世へとうつしますよっ!




 最後までお読みいただきありがとうございました。
 この第二章もあと1話、ここまできたら炭十郎パパとその娘である久遠ちゃんの結末を見届けてあげてくださいな。
 第三章もあるよっ!


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第7話「夢にまでみた温もり」

 こうして炭治郎パパは、私のために一大決心をしてくれたわけですが。

 私のために未来を投げ打ったのは、彼だけではありません。デンデン丸とドロ助。響凱と泥穀の二人もまた、真の主をどちらにするかの決断に迫られていたのです。

 

「久遠は私が責任をもって人の世へと連れてゆきます。彼女はもう、鬼の世界では生きてゆけません。――貴方方はどうなされますか? 響凱殿、泥穀殿」

 

 それは簡単であるように見えて、彼等の命をも左右する重大な決断でした。

 デンデン丸とドロ助は私の忠実な家来です。それを私は疑ったことはありませんし、全幅の信頼を与えております。ですがそんな絆とは裏腹に、二人を生み出した本当の主人は血を分け与えた父、鬼舞辻 無惨に違いありません。

 もし私を人の世に送り出すという決断が、父の逆鱗に触れたのなら。響凱と泥穀はその場で「呪い」により処刑されても不思議ではないのです。

 

 それでも、私の忠実な家来は迷いなく首を縦にふってくれました。

 

「愚問だな。まず小生と泥穀の転移系合体血鬼術がなければ、人の世への入口は開かれんのだ。それに……」

「そもそも今の関係があの御方の逆鱗に触れているのなら、俺らなんて当の昔に臓腑をひっくり返されているだろうぜ。それに……」

 

 最後の言葉は二人同時でした。

 

「「小生達(俺ら)は桃太郎の家来である「猿(犬)」ゆえな(だからな)っ!」」

 

 後に聞けば、響凱にとって私は娘同然、そして泥穀にとっても妹同然の存在だと認知していたそうですよ? ナマイキにも。

 そんな二人の言葉を受けて、炭十郎パパは左手に私を抱き、右拳を二人へと突き出します。すると響凱も、泥穀も同調して拳を突き合わせました。

 女である私にはうまく理解できませんが、これが男の友情というものなのでしょうね。暑苦しいったらありゃしませんよ。

 

 …………まったく、……もう。

 

 

 ◇

 

 

 二人の決死の転移系合体血鬼術と、飛ぶ瞬間に聞こえた摩訶不思議な琵琶の音に導かれ、私達は人の世への帰還を果たしました。ようやく眠りから覚めて、ぱっちりと目蓋を開いて見上げてみれば、夜空に浮かぶまん丸のお月様が「こんばんわ」とお出迎えをしてくれています。

 

「――ぷぅ、やっぱり外の空気は格別だよね」

「「「………………???」」」

 

 久しぶりに吸う新鮮な空気に、感嘆の声をあげる炭十郎パパ。対して無事脱出できたにも関わらず、私や響凱と泥穀の二人は怪訝な表情を浮かべています。

 

「久遠? 響凱殿?? 泥穀殿???」

 

 それを不思議に思った炭十郎パパが、疑問の声を投げかけました。

 

「……いやっ。なんでもない、はずだ」

「ああ、結果として皆無事だ。なら詮索はしねえほうが幸せなんだろうな、うん!」

 

 対する家来二人の答えは、なんとも歯切れの悪いものではありました。ですが今は結果を喜ぶことにしたようです。

 

「それより、ここはどこだよ? 響凱の旦那が座標係だろ?」

「うむ。あまり下手な場所へ行かぬよう、前回と同じ伊賀流の里を目指したのだが……、おひいさま?」」

 

 目の前には、広い平野と穏やかな小川。東の方角からは僅かに潮の臭い。これはどう考えても山の盆地にある伊賀流の里ではありません。ではどこかと言えば、此処は――。

 

 

 ――まさか。

 

 

「――――く、おん?」

 

 まるで、二年前に時を巻き戻したかのようでした。

 

「あま、ね……おねえちゃん?」

 

 逃げ出してしまった過去をやり直せと、神様に言われているかのようでした。

 ですが、それを簡単にできるなら、あの時私は逃げ出したりなんてしていません。

 

『鬼っ、どっかに行ってよバケモノ!!』

 

 私の中に潜む被害妄想が、そんな言葉を未来視してくれやがります。そんな古傷が、二年前と同じく、私の足を、後ろへと運びはじめ。

 

 

 ですがそんな私を、姉は。

 

 

「逃がさないっ、今度こそは絶対に逃がさないんだからねっ、バカ久遠っ!」

 

 取り逃がしてなるものかと、問答無用とばかりに。私の背中へ追いつき、抱きついてきたのです。

 

「…………ふぇっ?」

 

 そうとしか言えないほどに、嬉しくも懐かしい声でした。

 この二年もの間、夢の中でしか出会えず。どれだけ現実の耳で受け止めたいと切望したか分かりません。

 

「何よ、こんなに目を真っ赤にして! 泣き虫さんになっちゃったの? それとも――」

 

 そう言って、姉は怪しげな視線を炭十郎パパと家来の二人に移します。

 姉にとってはこの三人が、恩人なのか誘拐犯なのかもまだ判別できていません。自然と厳しい眼差しになってしまったとしても無理のない話でしょう。

 

「姉君殿、それは完全なる誤解というもので――」「そうだぜ、俺達はおひいさまの――」

 

 響凱と泥穀が必死の弁明を始めようとしています。ですが、もう一人の同行者である炭十郎パパはもっと直接的な行動にでました。

 なんと、感動的に抱きあう姉妹の再会に乱入し、大人らしい大きな腕で姉ごと私を包み込んでくれたのです。

 

「良かった、本当に良かった。やはり人の世に連れて行くという私の判断は間違いではなかった。こんなにもこの子を愛してくれる家族が、ここに居るじゃあないか!」

 

 きっと、突然の抱擁に姉は意味が分からず混乱していることでしょう。私にとっては父でも、姉にとっては見ず知らずの他人です。

 それでも私を、そして姉を抱き締め、男泣きする姿を見れば。誰も炭十郎パパを悪人だとはいえません。

 

「何がどうなっているのよ。まったく、もう……」

 

 実の妹を抱き締め、見知らぬ青年に抱き締められながら。姉は溜息まじりに、説明を求めるのでした――。

 

 

 ◇

 

 

 私が父の手によって神藤家を出て三年。一回りほど歳の離れた あまねお姉ちゃんはもう十三歳になっていました。その姿はまだまだ幼さを色濃く残してはいるものの、段々と女性らしさを滲み出してくるお年頃です。

 一方の私はといえば、姉の着物を涙で濡らす作業が止められません。

 

「いい加減に泣き止みなさいよもう、久遠! この私達を抱き締めている人はだれ!?」

「…………お父さん」

「えっ!?」

 

 ボソリと育ち始めの胸に顔を埋めながら口にした私の言葉に、姉は驚きの声をもって答えます。

 当然といえば当然でしょう。ドコからどう見ても、三年前に姉が見た父とは別人です。まあ、本当に別人なのですから当たり前といえば当たり前ですね。

 

「混乱させてしまい申し訳ない。私の名は竈門炭十郎、久遠さんの父代わりを勤めている者です」

「……代わりじゃないもん、お父さんだもん」

「そう言ってくれるのはありがたいし、嬉しいのだけどね。区別はハッキリとしなければいけないよ? 私は久遠の父ではあるけれど、あまねさんの父ではないのだからね」

 

 炭十郎パパの言うことは一々正論です。あまねお姉ちゃんにとってのお父さんは、鬼舞辻 無惨でも炭十郎パパでもありません。

 続けて姉の前に立ったのは、私の信頼する二人の家来です。

 

「貴女様が姉君のあまね殿でいらっしゃられますか。小生の名は響凱、デンデン丸の仇名を頂戴している『おひいさまの忠実なる猿』でございます」

「おなじく、『犬』の泥穀、ドロ助だ。よろしくな、姉さん」

「……猿? ……犬?」

「姉君殿がおひいさまによく、『桃太郎』を読み聞かせてくださったのでしょう? 我々二人はきびだんごにて忠誠を誓った桃太郎(おひいさま)の僕でありましてな」

 

 衝撃の連続に、あまねお姉ちゃんは理解を放棄する寸前です。

 

「へっ? えっ?? 確かに久遠は三歳の頃、桃太郎の絵本が大好きでしたけど……」

 

 しかしてまさか、絵本の物語を現実でやろうという発想などあるわけもなく。

 最初は驚きで口がしまらない様子でしたが、事情を理解するにつれ、姉のこめかみに青筋が。

 

「おひいさまは御姫様なれば、その命は絶対でして……」

「それほどまでに、久遠はワガママっぷりを発揮し続けていたのですね?」

 

 お次は背中です。姉の背後に獄炎の炎が登り、私は今怒っていますという事実を教えてくれています。

 

「いえその、姉君どの?」

 

 あ、なんかコレ、既視感を覚えますね? 具体的にいうと、お尻百叩きと朝までお説教の刑でしたね? それが珠世先生から、あまね姉さんに代わって歴史は繰り返すのですか??

 

「…………く~お~ん~~~???」

 

 三年ぶりの姉から発せられる怒りの声は、それでも私の心に緊急信号を激しく鳴らしたてます。もう眠いなんて言ってられません。私は今、危機に直面しているのです。

 

「撤退、脱兎の如きてったいなのっ!!」

 

 炭十郎パパの胸から、あまねお姉ちゃんの胸から反射的に飛び出た私は、その勢いのまま脱兎のごとき逃走を試みます。

 ですがそれは二年前と似ているようで。悲しみではなく、喜びに満ちた鬼ごっこでした。

 

 後方からは「待ちなさ~~い! くお~~ん!!」という姉の叫びが聞こえてきます。

 私とて、本気で逃げているわけではありません。この後のお説教は長くなることも覚悟ずみです。

 しかしてそれさえも、私にとっては起死回生のどんでん返しでした。

 

 私の罪は消えません。

 

 この年齢まで、美味しく人肉を食べていた罪。

 

 母猫に人肉をたべさせた罪。

 

 子猫を鬼にして、自らの手でその命を刈り取った罪。

 

 そして――――、

 

 それらの罪を直視せず、逃げ出した罪。

 

 断罪の劫火はいつの日か、必ずやこの身を焼き尽くすことでしょう。ですが、せめて審判が下されるその日までは。

 

 この家来と父と、家族の温もりを私は守りたい。

 

 それくらいは、どうか許しを、

 

 神よ。

 

 鬼という罪深い存在を作り出してしまった貴方にも、責任の一端はあるのですからね?




 最後までお読み頂きありがとうございました。
 これにて第二章終了とあいなります。一章とくらべて、話数としては半分ですが文字数としてはそこまで変わりません。今回は一話の文字数が多かったですからね。

 さて、続いての第三章「久遠十歳編」ですが。
 活動報告にもあるとおり、三話程度まで書いてからプロットの見直しをしている最中です。このあたりの進捗具合は活動報告に更新していきますので、よろしければ覗いてみてくださいね。
 それではまた。書き上げましたら投稿させていただきます。

 みかみでしたー。


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第三章:久遠十歳 鬼狩りへの輿入れ
第一話「かみふじけ」


※本作品はフィクションです。物語に登場する伊勢神宮は架空のもので、もちろん現実に神藤神社なんて外宮は存在しません。資料でしらべただけなので、伊勢に関して今後至らぬ間違いがあるかもしれませんが、ご指摘を頂ければ嬉しいです。


「こらぁ、久遠! アンタまた神楽舞いの稽古から逃げ出したわねっ!? 待ちなさ~~~いっ!!」

 

 人の世にあっては私、鬼舞辻久遠あらため神藤久遠は、まことに天真爛漫(てんしんらんまん)でありました。

 毎日のように姉である神藤あまねに追いかけられ、山野を駆け巡り、大自然の息吹を存分に満喫します。

 無限城(鬼ヶ島)も広いといえば広かったのですが、それはあくまでもやはり家屋での話。無限の星々が見守る大平原と比べるなら、四畳半にも等しい狭さです。

 

「お稽古より、あまねお姉ちゃんと遊ぶほうが楽しいもんっ! 今日はお姉ちゃんが鬼ねっ」

「私は鬼ごっこで遊んでるつもりはないのっ!」

 

 私はこれまで着ていた上等な着物に代わって、普段着としている巫女服が大のお気に入りになっていました。ちなみに今は神楽舞用の千早姿で、これはこれで悪くもありません。ですが本番でも着るような衣装なので、野山の雑草に擦れて汚れようものなら一大事。先の未来に洗濯地獄が待ちうけているかもしれない姉は、すさまじい形相で私を追いかけてきます。

 

「いい加減にしなさいっ、く~おぉ――んっ!!」

 

 鬼舞辻久遠あらため、神藤久遠、十歳。神藤あまね、二十歳の春。思えば、この時が家族の愛情というものを一番多く感じられた四年間でした。

 

「あははははっ!」

 

 そして私の一生において何の打算もなく、心の底から笑顔でいれた最後の時期でもあったのです。

 

 

 ◇

 

 

「まぁ、あまねも久遠もドロだらけねぇ。とりあえずお風呂に入っていらっしゃい?」

 

 ほんわかニコニコと、汗まみれドロだらけになった神藤姉妹(わたしたち)を迎え入れてくれたのは、とっても優しくて大好きなお母さん。

 そういえば紹介するのは初めてでしたね。名を、神藤華音(かのん)さんといいます。

 

 そして、

 

「子供は風の子、元気が一番っ! がっはっは!」

 

 と豪快に笑うのは私達のお祖父ちゃん。名を、神藤喧吾(けんご)さん。お爺さんと言うには失礼なほどの巨躯は、齢七十にして自分の背丈以上の剛槍を自在に振り回す豪傑宮司さんです。

 台所からは美味しそうな臭いが漂い、お風呂場からは暖かいお湯が私を待っている。

 ここが私の故郷、本当のおうち。伊勢神宮に立ち並ぶ外宮(げくう)の一角、神藤宮(かみふじのみや)です。

 

 

 自宅兼社務所に集まっての夕飯時。

 

「お母さんもお祖父ちゃんも、少しは久遠をしかってよ! この子、ぜんぜん神楽舞いを覚えようとしないんだから。もうお祭りまで日もないのにっ!!」

「もぐもぐもぐ……サンマおいしー」

 

 ぷんすか怒りながらも、オカズの秋刀魚の骨を丁寧にとってゆくお姉ちゃん。一方の私は、頭からかぶりついて骨ごと噛み砕くので関係ありません。

 四年前に帰ってきた当初も驚きましたが、人間の食べ物とはなぜこんなに種類が豊富で、かつ魅惑的なまでに美味しいのでしょうか。これでは人肉が完全栄養食だなんて豪語している鬼が馬鹿みたいです。

 今の私には、もはや人肉など必要ありません。そう言いきれるのは、ある革新的な発見と再会を成し遂げたからでもありました。

 

 

 

 帰ってきた当初。私は無限城にて心に大きな傷を負い、人間の食事をとるのに抵抗感を示しました。

 なぜなら、人間の食卓にならぶ料理だって「何かの命」を刈り取ったものだからです。人肉ではないにしろ、こんな罪深い行為が許されるのだろうか。うつむきながらも私がそれを指摘すると、喧吾お祖父ちゃんは急に真面目そうな顔をして、こう言ってくれました。

 

「……久遠や。確かに儂らは毎食、他の命を奪うという罪深い行為を繰り返して生きておる。だがそれはの、ずるい言い方かもしれんが神さんが儂らをそう作ったからじゃ。久遠が責任を感じることではない」

「…………」

 

 確かにずるい言い方でした。神社の宮司さんの言葉とも思えません。それではすべてを神様に責任転嫁すれば良いじゃないか、という風にも聞こえます。

 ですが私が無言の不満を見せる間にも、喧吾お祖父ちゃんの攻勢は止まる気配を見せません。

 

「ほれ」

「むぐっ!?」

 

 私の口に、焼き魚のお肉がつっ込まれました。香ばしくも程よい塩加減のソレは、私の脳天に響くほどの幸福を与えてくれます。

 

「うまいじゃろ?」

 

 目の前には、ニカッと笑うお祖父ちゃんの顔。私は敗北感を味わいながらも、この美味さに屈するほかありません。

 

「これを美味いと思うのはな。神さんが儂らの舌をそう作ったからじゃ。儂らの誰も、責任などとれん。とれるわけがない。それこそ神の決定に逆らう冒涜じゃて」

 

 まるで破戒僧のような理屈でした。でも、確かにと納得できるの理屈でもあります。

 

「儂ら人間は何をどうしたって、最後には閻魔様の審判を受けるが運命(さだめ)。じゃが世に言う善行が、真に正しい善行だと誰が保証できようか。

 ……それでも、この食の楽しみだけは罪ではない。これが罪なのであれば、生まれること事態が罪となってしまうからの」

 

 当時六歳の私には、到底ついていけない禅問答です。首を縦に振るほかありません。

 でも、それでも今までの悲劇が身に染みた私は、問いかけてしまいます。

 

「もし、食べるということ自体が罪だったら?」と。

 

 すると、瞳をまん丸にした喧吾お祖父ちゃんはガッハッハと大笑いし。

 

「その時は家族全員で地獄に落ちようかの。なに、皆で住めば都になるかもしれんぞ!? が――っはっはぁ!!」

 

 と、私の不安を消し飛ばしてくれたのです。

 

 

 

「ご飯は最後まで美味しく、たのしく、感謝して。ごちそうさまでした~」

「「「ごちそうさまでした!」」」

 

 これまでの長ったらしい理屈を一行でまとめたかのような、華音お母さんの簡潔な号令で夕食も終わり。他の家庭ならあとは寝るだけなのでしょうが、ことこの神藤家に限っては違います。

 

「ああもう、アンタはまたそんなに口を汚してっ。こっち向きなさい、ほらっ」

「ん~~っ」

 

 隣に居るあまねお姉ちゃんが、私の口を布巾でふきふき。

 

「はい、お薬もキチンと飲まないとダメよ?」

「あいっ」

 

 華音お母さんが差し出してくれた、赤くてまん丸なお薬をあ~~ん、ごっくん。

 

 これが私の毎朝(夜)(まいよ)の儀式です。

 なにせ私は全力でお昼寝した後なのですから、夕食とは朝食に他なりません。って以前にも言いましたね、このくだり。

 

「ほら、久遠は夕方サボった神楽舞いの稽古。……もしそんなにイヤなんだったら、代わろうか?」

 

 普段は強気なのに、私がある程度まで意志を曲げずにいると。あまねお姉ちゃんは、途端に口調が尻すぼみになってしまいます。

 それはまた、ふとしたキッカケで私が居なくなってしまうのではないかという恐怖。私があれだけ神藤の神社への帰ることを切望したように、あまねお姉ちゃんもまた私の帰還を切望してくれていました。

 

 ほら、今だって背中から私を抱きしめて。どこへも行かないようにと離してはくれません。

 あまねお姉ちゃんだって実は、私と同じくらいの寂しがり屋なのです。

 

「大丈夫、マジメに練習するよ。……お姉ちゃんとの鬼ごっこはもう、十分に楽しんだから。続きはまた、明日ね?」

 

 続き。また明日。私はその言葉をハッキリと伝えます。

 私はもう、どこにも行かないよと。お姉ちゃんの傍に、キチンと居るよと。そう言えば、お姉ちゃんの瞳から不安の色が消えさるって知ってるから。

 

「…………うん」

 

 安心してくれたのでしょう。少しだけ、私を抱きしめる姉の腕が緩んだ気がします。 

 私はもう、二度とこの絆を手放しません。

 

 ――絶対に、ぜったいにです。

 

 

 ◇

 

 

 稽古場である本堂裏に向かった私は、自分だけの「お父さん」の気配を感じ取り、思わず駆け足になってしまいました。

 

「――お父さん!」

「おはよう、久遠。今日も神楽舞いの稽古かい?」

 

 とは言っても実の父、鬼舞辻 無惨ではありません。私のいうお父さんとは勿論、炭治郎君と禰豆子ちゃんのお父君、竈門炭十郎パパのことです。

 周囲には篝火(かがりび)が焚かれ、神聖な雰囲気が漂っており。あとは主役である私の登壇を待つのみとなっています。

 

 この神藤の神社に戻ってから、炭十郎パパとはずっと一緒の生活とはいきませんでした。

 なにしろ彼には彼のお仕事があります。

 元々、人間と鬼は相容れぬ存在。私やデンデン丸、ドロ助のようにに会話がなりたち、友好の輪を作れる鬼の方が希少極まりない存在です。大抵の鬼は己の本能に忠実で、見境なく人を襲う山賊のような連中だと言ってよいでしょう。

 炭十郎パパ曰く、心の善悪どちらかを前に出すかで善人か悪人かは決まる。それは鬼も人間も変わらない、だそうで。そう考えれば私も、自然と納得できました。

 もちろん私と炭十郎パパの絆は、たとえ平穏な生活に戻れたとしても途切れることはなく。今はお嫁さんや子供さん達が居る実家と、鬼狩りの出先、そしてこの神藤神社をぐるぐると回るような生活を送っているようです。

 

「ねえねえ、今度はどれくらい此処にいられるの? 鬼退治するのはこの近く??」

 

 私は疑問をぶつけながらも、餌付けされた飼い犬のように擦り寄ります。もしシッポが生えていたなら、ブンブンと振り回していることでしょう。

 

「ああ、いや。今回は鬼退治じゃなくて、護衛の仕事だよ。なんでも、此方から関東の方へ御輿入れがあるらしくてねぇ。鎹鴉(かすがいがらす)曰く、ここから近くて。ともすれば、この神藤神社かってくらい――」

「そう、目的地はここに相違ないよ、炭十郎。この神社の娘さんが私の愛するお嫁さんなんだ」

 

 とは、とっても落ち着いた口調の誰かさん。少なくとも私の知らない声でした。

 対する炭十郎パパは、珍しくも表情豊かに口をあんぐりと開けて硬直しています。

 

「なっ、なっ――――」

 

 な? 「な」から始まる名前なのかな?? え、違う???

 

「おやおや、鎹鴉から聞いていないのかい? 今回は私のお嫁さんの護衛をお願いしたんだけどねぇ」

「耀哉っ、お前!?」

「うん、久しぶりだね炭十郎。君ったら全然本部に顔を見せないんだもの。こうなれば御館様権限を使っちゃおうって、ね?」

 

 なんだか、随分と親しげな会話です。

 

「鬼殺隊の当主が、なぜこんなトコロにまで遠出して来ている!? どこから狙われるとも知らないのだぞ!」

 

 そもそも炭十郎パパがこんなに声を荒げるところなんて、始めてみました。

 って、え、ええ? 鬼殺隊の当主様?? それってつまり……、

 

「ああ、ずっと会ってみたかったんだ。君が炭十郎を助けてくれた久遠ちゃんだね? 親友がいつもお世話になってます」

 

 お世話? ああ、そうか。はたから見れば、私が炭十郎を無限城から救い出したって形になるのか……って、ええっ!? 私は混乱するばかりです。

 

「改めまして自己紹介を。私の名は産屋敷耀哉。君のお姉さん、神藤あまねさんを迎えにきた、未来のお義兄さんなんだ。よろしくね? 『神藤』久遠ちゃん」

 




 最後までお読みいただきありがとございました。
 この三章は前半と後半に分けたところの間章となります。平和な日常回ですね。なのでのんびりと読んで頂ければと思います。
 全五話を予定しており、執筆は終わっていますのでそれまでは毎日更新を継続します。よろしければ17時になったら確認してみてくださいね。

 お願い致します!


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第2話「必死の抵抗となつかしき人達」

「ぜったい、絶対。ケッコンなんて、ぜええええええええええったい反対ぃいいいいいぃ!!!」

 

 神楽舞いの練習どころじゃなくなった私は、もうぜんと自宅兼社務所へ駆け戻りました。その勢いのまま、お茶の間にいた祖父と母へ猛然と詰め寄ります。

 せっかく、ようやく暖かくて幸せな、この空間を手に入れたのです。もはや私の中で、姉のいない神藤神社など考えられるはずがありません。

 

 対する母や祖父は、こんな私の態度を半ば予想していたようでした。

 何しろ当時の私は姉にべったりとした生活をしており、例外なんて神楽舞いの稽古がイヤで逃げ出す時くらいのものです。

 

「気持ちは分かるけどね、久遠。これは三年も前に決まっていた事なの。あまねお姉ちゃんだってもう二十歳なんだから、幸せにならなきゃね?」

 

 困っているような、困っていないような笑顔で私の説得にかかる華音母さん。

 なんと私が戻ってきて一年後、姉が十七歳の時に、私に内緒でお見合いをしていたそうなのです。ですがこの時の私にとって姉は、無くてはならない存在でした。簡単にはいどうぞと、譲るわけにいきません。

 

「別に、二度と会えねえってわけじゃねえんじゃぞ?」

 

 そう言ったのは喧吾お祖父ちゃん。とは言ったって、嫁ぎ先は関東。かなりの距離です。行きたい時にいけない、会えない時に会えないっていうのは、生き別れと何が違うのか。

 私が脳裏でそこまで考えた時、問題なのは離れ離れになったお互いの距離だけなのだと。私は結論づけます。

 あれ? それなら……?? と。すごく、すご~く身近に解決策がある事に気づいたのです。

 

『……響凱、泥穀。私の声が聞こえてる!?』

 

 祖父と母への抗議を突如ピタリと止め、不思議に思われながらも自室に駆け込んだ私は。ボソリと頭の中で、この場にいない家来へ語りかけます。

 すると、

 

『はっ、おひいさま。この響凱、いついかなる時にも御身の傍に』

『久しぶりのお呼び出しだな。いつ呼び出しがあるかも分からずに待つのも疲れるんだぜ?』

 

 私の耳が聞き慣れた、信頼する部下二人の声を受け取ります。

 今現在、デンデン丸こと響凱と、ドロ助こと泥穀はこの神藤神社にはいません。なぜかといえば、二人にとって人の世は危険だからです。この伊勢神宮という土地が放つ神気も鬼の健康に良くないし、いつどこで鬼殺隊士に眼に付けられるか分かったもんじゃありません。

 四歳の時に家出した際、身につけていた三種の神器は今だ私の手元にあり。外出時は隠れ傘と隠れ蓑を身につけることで、私は平穏な四年間を送ってきました。

 身を隠す術がない二人は無限城でお留守番です。それでも不自由がないのです。

 なにせこの二人は、六年前の家出劇で会得した合体血鬼術で一度訪れた場所なら何処にでも行けるのですから。ならば鬼にとって一番安全な場所である、無限城に居るのが理想的です。

 

『泥穀は、西の方って何処まで行ったことがあるの?』

 

 はたから見れば何もない空へ語りかけるようにして、私は人の世から鬼の世へ意志を伝えます。すると、無限城の泥穀から意外な言葉が返ってきました。

 

『俺自身はそこまで遠出したことはねえな。なんと言っても西、関東は鬼殺隊の本部があると噂される方角だ。好き好んで向かう鬼なんていやしねえ』

『そっか、そうだよね。誰も危ないところへなんて行きたくないよね……。でもそれだと、関東へは飛べないよね?』

『ああ』

 

 昔の私なら、ワガママの限りをつくして無理矢理命令したのでしょうが。今の私は分別というものを知った大人の女(十歳)です。家来である泥穀の身体が第一、危ないまねは主人としてさせられません。

 

 でも、

 

『ただ、今じゃ俺の代わりにアイツが各地を回って情報を集めてくれているんだぜ? おひいさまから預かったアイツがな』

 

 にゃおん、と。

 無限城からとは、また別の場所から聞こえるような、

 

『ふえっ?』

 

 そんな風に届いた鳴き声は、忘れるわけもない我が娘の声色です。

 

『この四年間で、俺の持つ忍術を叩き込んでやったんだ。今では立派な忍猫だぜ? なあ、茶々丸』

 

 にゃあ。

 泥穀の呼びかけに元気に答えるねこ、あらため茶々丸。ってこの子、すでに出産さえも経験した大人の女性なんだけど!? なんで名前が茶々丸!?? 泥穀、なんで勝手に新しい名前をつけてるのおぉおぉ!??? 

 

 なぜこんなにも私が狼狽しているか理解できない泥穀は、首を斜めに傾げています。

 

『そりゃあ誤解だ、おひいさま。いくら俺だって名付けの時に性別くらい確認するぜ。茶々丸って名前をつけたのは、俺じゃない』

『じゃあ、だれなの!?』

 

 憤慨しつつも意識の中で問い返す私。ですが次の瞬間、私はそんな浅はかな自分自身をひっぱたきたくなるほど後悔してしまうのでした。

 

『あー、伊勢神宮からそこまで遠いってわけじゃねえから、行こうと思えば会えるぜ。覚えてるか? 六年前に青山高原で出会った鬼女医さん、珠世先生のこと。茶々丸は今、そっちでご厄介になっているんだ。』

 

 ――――――……、へっ? えええええぇっ!??

 

 そのようなわけで、私は六年ぶりにあの鬼女医様への再会は果たすべく、行動を開始しなければならないのでした。

 

 

 ◇

 

 

「そんなにコワイ人かな? 珠世先生って」

 

 夕暮れという鬼にとっての朝時。私は今日という一日を、外出にあてることを決心しました。

 だからと言って、一人での外出を許されるほど私の信用度は高くありません。私が夜に外出する時は、必ず誰かの同行を求めなくてはなりませんでした。

 それは武術の鍛錬という名目で私と遊びたがった喧吾お祖父ちゃんだったり、近場でのお散歩であれば あまねお姉ちゃんだったり様々です。

 しかして今回の同行者はこの人、炭十郎パパでした。

 

「むかし、オシオキだって酷い目にあわされた苦い記憶が、ね」

「どうせ、久遠がひどい悪戯しちゃったから怒られたのだろう?」

「むぅ、まぁそうだけど。どうせってなに、どうせって!」

 

 最近の炭十郎パパは、娘である私に対して容赦がありません。それに私がいくらお願いしても長男や次女(長女は私)、そして新しく生まれたという次男に会わせてくれません。

 

「それにお父さんは、自称お姉ちゃんの婚約者についてなくていいの? 昔からの友達なんでしょ?」

 

 反撃とばかりに私は口を尖らせます。

 炭十郎パパの友達を悪く言うのは気がひけますが、なんでしょう。あの産屋敷耀哉という男性からは、得体の知れない何かを感じてしまいます。それが私の中にある鬼の血が感じるのか、それとも人の血が感じるのかまでは不明です。が、あまり気分の良いものとは思えません。

 炭十郎パパは「自称じゃないんだけどな」と呟きながら答えを返してきます。

 

「耀哉には東京から連れて来た護衛役がすでに居るしね。上弦級の大鬼が出張ってこない限りは心配ないよ」

「……ふ~~ん」

 

 嘘じゃないよ? とばかりにのんびりまったり、炭十郎パパは旅路を満喫しています。親友の心配なんて欠片もしていません。ならば私も、この旅路を楽しまねばもったいないというものです。

 季節は初春。もうすぐ満開の桜が境内を覆いつくす風景を想えば、この先の不安ごとなんて吹き飛んでなくなってしまいそうです。

 ええ、この時の私は間違いなく幸せでした。

 

 少なくとも、次の炭十郎パパが口にした発言を聞くまでは。

 

「それに私は、道案内役も兼ねているんだ。久遠は知らないでしょ? 珠世先生の診療所が何処にあるか」

「………………ふえっ?」

 

 

 

 

 

 痛し懐かしな風景というのは、こういう時に使う表現なのでしょうか。

 え、痛し痒しの間違い? ……ま、まあそうとも言いますね。ほら、昔の苦い思い出がありつつも懐かしい、みたいな状況で使う私独自の造語ですよ。え、それだったら苦し懷かしだろうって? ………………。。。。

 

 まぁ、そんなどうでもいい言葉遊びは置いておいて。

 夕日が沈み、三日月のお月様が爛々と輝くようになってニ刻ほど。私は頭の中で響く泥穀の案内にしたがって、山麓の村にたどり着いていました。

 遠方には懐かしい、青山高原の山々。あのてっぺんには六年前に大暴れした千方窟があり、そのまま向こうに下りるなら泥穀の故郷である伊賀流の里があります。

 とどのつまり私と炭十郎パパが辿り付いた農村は、六年前から珠世先生が医師として滞在している村なのです。あのとき珠世先生は、この村の少年が患った難病をどうにかしようと青山高原へ訪れていました。

 

 泥穀の言葉が確かなら、今もこの村に、目的の鬼女医さんが住んでいるはずでして――。ですがしかし、医者だからといって特別門構えが違うわけでもありません。はっきり言えば、どの家が珠世の住処なのかが、じぇんじぇん分からないということです。

 しかして何の心配もいりません。

 

「珠世先生の診療所は村はずれにあるんだ。もう少しだよ」

 

 私の頭上から、道案内さんが進むべき道を示してくれています。どうやら炭十郎パパはこれが初めての来訪ではないようです。ですが私としては正直、気が進みません。六年前のお尻百叩きは、私の心に大きな傷を残しているのです。

 

「なんで? もうツノだって隠せるようになったし、力も抑えられているから大丈夫。今の久遠は、誰が見てもただの美少女巫女さんだ」

「むぅ、褒めたって何にもでないよ? ……、えへへ」

 

 今にして思えば、ちょろいですね私。炭十郎パパの手から伸びるヒモが、私の首に巻きついているかのようです。

 そんな家族団欒に横槍をいれてきたのは、懐かしいほどにぶっきらぼうな少年の声でした。

 

「だからと言って、夜にしか姿を見せないのであれば十分に怪しいが。ひさしいな、鬼舞辻久遠」

 

 そこには六年前となんら変わらない、鬼少年の顔があります。

 

「今は神藤久遠だよ。あ、珠世先生の犬の……えっと、パシ郎くんだっけ?」

「……愈史郎だ。それに珠世様の助手ではあるが、畜生にまで落ちたつもりはない!」 

 

 私のうろ覚えな言葉に憤慨する愈史郎くん。相変わらず影の薄さでは天下一だと感心(?)してしまいます。ですが、そんな私の暴言を炭十郎パパは許しません。

 

「こら久遠。いくら知り合いでも人を貶してはいけないぞ?」

「はぁーい」

 

 これでも本人は精一杯怒っているつもりのようですが、残念ながらちっとも怖くないのも炭十郎パパらしいです。

 

「相変わらずの奔放っぷりだな。まぁ、だからこそ珠世様と意気投合できるのかもしれんが。今回は百叩きなどされんよう、気をつけることだ」

「うっ、イヤなこと思い出させないでよー」

 

 本当は珠世先生の名前がでた時から思い出しちゃってたけど。

 

「なに、俺を犬呼ばわりしてくれた礼だ。気にするな」

「むぅ……」

 

 私をやりこめて満足したのか、愈史郎君の視線は炭十郎パパへと移ります。

 

「前々から思ってはいたが、改めて問わせてもらおう。鬼殺の剣士がなぜ鬼の娘を連れている? なぜ鬼を見つけたのに斬らない? 俺達鬼は、貴様等からすれば憎悪の対象だろう」

 

 鬼特有の鋭い視線が、炭十郎パパの顔面へ突き刺さります。しかしてこの程度で怯む人でもありません。四年前には上弦の弐:童磨の威圧さえ受け流したのです。

 

「なに、私は鬼殺隊の中でも変わり者でね。ただ鬼だからという理由で刃を向けるのはやめたんだ。そのおかげか、こんなに可愛い娘もできたしね」

 

 モフモフさらさらと、私の黒髪をすいてくれる炭十郎パパ。気分の良い私は目を細め、家猫のようにされるがままとなっています。

 

「……奇妙な男だ。まあ、良いだろう。()()()()()()()()()()()

 

 一応ではありましょうが、私達は信頼を勝ち得たようです。私と炭十郎パパは、早足で村の郊外へと向かう愈史郎君を追いかけ始めました。その歩みの先には珠世先生と、私の子:茶々丸が居るはずです。

 

 果たして六年ぶりとなる珠世先生との再会は、どのような展開となるのでしょうか?

 待て、次号!




 最後までお読み頂きありがとうございました。
 次号にて、懐かしい御方が再登場します。そう、鬼滅界のチートである珠世先生です。彼女に比べれば、竈門兄妹のチート振りも可愛いもんですよね。なにせ原作では、彼女としのぶさんが居なければ確実に無惨を討伐出来ていないのですから。
 無限老化薬ってなんやねん。どっかに伏線あったかな?


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第3話「鬼女医、再び」

 折りよく愈史郎君のお出迎えを受けた私達は、村はずれにあるらしい珠世先生の診療所へと向かっていました。他の民家とは離れているらしく、私と炭十郎パパは今しばらくの徒歩をよぎなくされます。

 他の民家と離れているからといって、別にさけられているというわけでは決してなく。色々な薬品を扱う職務上、この方が望ましいと珠世先生自身が要望したんだそう。

 

「ふ~~ん。てっきり人間嫌いなのかと思った」

「珠世様にその傾向はない。お前だって知っているだろう。本当に、底抜けに、お人よしだからな。あの人は……、はあぁ~~~」

 

 おおっ、なんとも深い溜息です。相変わらずの苦労人ですね、愈史郎君は。

 

「それでも、久しぶりに会えて久遠は嬉しいよ? 愈史郎さん」

「俺は嬉しくない、今度はどんな厄介ごとを持ち込まれるのか。今から胃が痛いぞ」

「やだなあ、ちょっと私の愛娘を迎えにきただけだよー」

「……、愛娘??」

「うん。知ってるでしょ? 女の子なのに茶々丸なんて名付けられた三毛猫。私、その子のお母さんなんだ」

 

 そう言って、ニッコリと。途中から私達の案内をしてくれた珠世先生の犬、じゃなかった助手の愈史郎君へ、私は満面の微笑みを見せたのです。

 

 

 

 

 

「あらあらまぁまぁ、これまた懐かしいお客さんをお出迎えしたわね、愈史郎。さっそく上がってもらっ――――きゃああああああああ!??」

 

 どんがらがしゃ~~ん。

 静かなる村はずれの夜闇に、医療器具が散乱する騒音が木霊します。

 本職の大工さんが建てたとも思えない粗末な一軒家。それが六年前から続く村医者の、珠世診療所でした。

 六年ぶりに見る珠世先生は、これもまた見事なまでに変わりなく。これこそが鬼である証とばかりに、若々しい美貌を披露してくれています。

 それどころか、ドジっ娘属性さえ新たに身につけたようですね?

 

「ひ、久しぶりね、久遠ちゃん」

「う、うん。おひさし、ぶり……デス」

 

 転倒した拍子に銀皿を頭にのせ、それでもニッコリと笑う珠世先生。対する私は片言での挨拶になってしまいました。

 やはり六年前の苦手意識は拭いきれておりません。反射的に私の身体は冷や汗をかき、脳は用がすみしだい即撤退しろと指令を送ってきます。

 しかして私は愛娘である茶々丸に、仕事をお願いするために来たのです。このままシッポを巻いて帰るわけにはいきません。

 床に散乱した医療器具を拾い集めながら、私は問いかけました。

 

「あのっ、泥穀が連れて来た猫は元気ですか?」

 

 すると、お客さんである私にだけ拾わせるわけにはいかないとばかりに、珠世先生も器具を拾い始めます。

 

「ああ、茶々丸ちゃん? あの子ならもうそろそろ帰ってくるはずよ。ちょっとした用事をお願いしただけだから……。ああ、噂をすれば、ね」

 

 カコン。

 障子戸の下部に丸く開けられた猫専用の通用口。そこを頭から潜り抜け、ねこ改め茶々丸が家の中へと入ってきました。久しぶりに見た我が娘は、私の姿を見つけると喜び勇んで足元へ擦り寄ってきてくれます。

 

「ひさしぶり……、元気だった?」

 

 私はそう問いかけると、ひょいを持ち上げ胸の中へと迎え入れます。すると勝手知ったる家だとばかりに、娘は四年前と変わらない定位置へとおさまりました。

 返答など必要ありません。この満足そうな寝顔が何よりの答えです。

 

「猫は孤独を好む生き物と言いますが、それでも自分の親ばかりはしかと覚えているようですね。泥穀殿の指導によって忍びの技を会得できたのも大きいでしょうが」

 

 第二の親とも言えるだろう珠世先生が、私の胸の中におさまった茶々丸を見て満足そうに微笑みます。

 しかして私には親として、娘の実力を知る義務があるのです! わくわくっ。

 

『ねえねぇ、泥穀!』

 

 私は踊る心を抑えつけながら、心の中で無限城に居る部下へ語りかけます。

 

『はいよ、無事に茶々丸と再会できたようで何よりだぜ』

『それよりそれよりっ、この子は忍びの猫になったんだよね? 何の術を覚えたの?? 雷を落としたり、水ですべてを押し流したり、口から火を吐けるの???』

『…………へっ?』

 

 瞳をキラキラ輝かせながら問う私に、向こうの泥穀はしばし絶句したようです。

 子供の考える忍術なんて、そんなものでしょう。曰く、火遁・水遁・雷神といった、絵物語にでてくる忍びの技。江戸の世なら市民に隠されていた隠形も、今の大正の世ともなれば創作絵巻の一幕です。この私、神藤久遠もそんな物語に夢中となった一人でした。

 

 ですが現実は夢想よりも寂しく、地味そのものです。

 私の期待を裏切るかのように、泥穀は忍びの現実というものを教えてくれました。

 

『あのなぁ、おひいさま。期待してもらっているところ悪いが、忍びってのは言わば間諜だ。決して戦の表舞台には立たず、裏で支える縁の下の力持ちだ。そんな俺らに派手な技は無いし、いらねえよ』

『ええ~……』

『俺ら忍びは誰にも気づかれることなく、誰よりも情報を集めて、まるで忍術を使ったかのような状況を作り出す。戦において情報は何よりも強大な武器だ。火を吐くより、洪水を起こすより、それこそ雷を起こすよりもな』

 

 泥穀の言っていることは理解できなくもありません。ですが地味です、面白くありません。

 

『むぅ……』

『そういう意味では、茶々丸はもう免許皆伝の実力だぜ? もともと猫って生き物は気配を消すのが得意だからな。何処へなりとも忍び入り、聞いた情報を主の下へ届ける。この一芸に関して言えば、俺なんぞよりよっぽど優秀だ』

 

 抜き足、差し足、忍び足。

 そんな風に描写される歩みが、人より猫の方が優秀なのは皆さんも想像に固くないでしょう。他でもない、猫が生きるために覚える狩りのやり方そのものなのですから。

 

「泥穀さんの説明は終わったかしら?」

「うん。でも…………」

 

 突然黙り込んだ私を見守りながら、珠世先生はすべてを察しているようでした。今の私の望みを叶える存在はこの子、茶々丸以外にいません。それでも、私の心から心配の二文字は消えません。

 この子に、遠く危ない場所へ行けなんて命令を下したくない。そう思ってしまったのです。私はこの子の赤ちゃんを救えませんでした。それどころか、この手で殺めてしまいました。

 そんな私が死地へ行けなんて、どの口が言えるものでしょう。そんな自分の罪と向き合う私に決断を促したのは、他ならぬ茶々丸でした。

 

 ぽこ。

 

「…………ふえっ?」

 

 この疑問符のついた声ばかりは、歳を重ねても変わりません。

 

 不思議な表情を浮かべた私に、またもや、ぽこ。

 

 茶々丸の前足から繰り出される猫拳が、私の頬にくり出されます。その様子を面白そうに見ていたのは珠世先生と炭十郎パパです。

 

「遠慮するな」

「え?」

「私にはそう、茶々丸ちゃんが言っているように聞こえるけど?」

「そうだね、私も同意見だよ」

「お父さんまで!?」

 

 周囲を包囲された私に、逃げ場はありません。おそるおそる、茶々丸に語りかけてみます。

 

「……茶々丸。東京にあまねお姉ちゃんがお嫁にいっちゃうの。久遠の傍から、離れちゃう。だからね、東京が危なくない場所か調べて泥穀に知らせて。そうすれば私も跳べるようになるから、……できる?」

「にゃっ!」

 

 不安げな私をよそに、茶々丸の鳴き声は頼もしいものでした。まるで自分に全て任せておけと言わんばかりの勢いです。

 茶々丸は私の胸の中から飛び出すと、再び障子戸へと足を向けました。どうやら即座に出発する意気込みのようです。

 

「茶々丸ったら張り切りすぎですよ。せめて兵糧丸くらい持っていきなさい!」

 

 慌てて珠世先生が首に巻きつけた、弁当箱代わりの竹筒。後から聞けば忍者の保存食として有名な兵糧丸を猫用に改良したものだそうです。材料としては薬用人参、そば粉、小麦粉、山芋、甘草、ハト麦、もち米、酒など多岐に渡る食材が練りこまれ、たいそう栄養豊富なのだとか。

 

「いいですか? 身に危険が迫ったと判断したらすぐに逃げるのですよ?」

 

 手のかかる子を言い含めるかのような口調で、珠世先生は茶々丸に語りかけていました。その横では私が、ウンウンと首を縦に振って同意しています。

 そんな、親達の心配を理解しているのかいないのか。茶々丸は勢いよく珠世家を飛び出したのでした。

 

 

 ◇

 

 

「そういえば、六年前に言っていた病気の少年は元気になったの?」

 

 我が娘:茶々丸を送り出したのち、愈史郎君が淹れてくれたお茶で落ち着くと。私は六年前に聞いた珠世先生の言葉を思い出していました。

 あの時、たしか珠世先生と愈史郎君は難病の少年を助ける特効薬を作り出すために青山高原へ赴いていたはず。私達は、その結末を知ることなく別れてしまいました。

 だからこその問いだったわけですが、珠世先生は逆に驚き、問い返してきたのです。

 

「あらま、聞いていないの?」

「誰に?」

「誰にって……、貴方のお姉さんよ。神藤あまねさん」

「あまねお姉ちゃん!?」

 

 以外な人物の名前が珠世先生の口から飛び出し、私は眼をめいいっぱいまん丸にします。今の会話の、どこに姉の名前が出てくる余地があったのでしょうか。

 私が何がなんだか分からないという風な表情をしていると、珠世先生は意外そうにしながらも教えてくれました。

 

「あれから結局、私と愈史郎は特効薬を見つけることも、作り出すこともできなかった。医師として『もう手立てがありません』と、少年の親御さんに宣告しなければならなかったの。

 そんな時、奇跡がおきたわ。何をかくそう、その奇跡を起こしてくれたのが……神藤あまねさんよ」

 

 それ以降のお話は、すべてが驚きの連続でした。

 何でも、お伊勢さんの神社から生まれる巫女は時折、不思議な力を持って生まれるのだそうです。全部で百二十五社もある神宮のうち、何時、何処に生まれるかは誰にも分かりません。ただ一つ確かなのは、今代においてその力を持って生まれたのが他ならぬ、神藤あまね姉さんだという点です。

 その不思議な力というのは「癒しの御力」。ある代償をもって、先端医療でも不治となる病を癒す、神の御力。それこそが、伊勢神宮の威勢を今日まで保ち続けた秘術でもありました。

 

 そしてそれこそが、あまねお姉ちゃんが嫁ぐ「産屋敷家」が欲する御力でもあったのです。




 最後までお読みいただきありがとうございました。
 珠世先生も、動かしていて楽しいキャラの一つですね。原作通りではなく、ドジっこ属性を付与してしまったせいか元気が良すぎるくらいです。

 そして、あまねお姉ちゃんの力もなんとなくではありますが開示されましたね。というか、本編の方を見ていただければ描写しているので、気になるかたは確認してみてください。
 今後とも、よろしくお願いいたします。


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第4話「迷探偵と、ゆらぎの声」

「む~……」

 

 草葉の陰から、チラチラ。

 

「むむ~~…………」

 

 こそこそと近くにまで寄って、障子に唾で濡らした指をもって穴を開け(後で喧吾お祖父ちゃんにしこたま怒られました)、ジロジロ。

 大好きな姉を連れて行く誘拐犯の正体をつきとめるため、探偵となった私は産屋敷耀哉の動向を常にうかがいます。とはいっても所詮は子供のやること、相手には完全に筒抜けとなっていました。

 

「炭十郎の娘さんは面白いことをするね?」

 

 自分にあてがわれた部屋で、親友と共にお茶を楽しむのは。

 面白い見世物とばかりに笑顔の、私の標的である産屋敷耀哉さん。その隣で苦笑いを浮かべているのは私のお父さんである炭十郎パパです。

 

「……久遠はお前のことを、姉を誘拐する極悪人だと思い込んでいるからな」

「あながち間違いじゃないトコロが、困ったもんだねえ」

 

 口でそんなことを言いながらニコニコ、まったく気にした風ではありません。

 

「いっそ久遠ちゃんも東京に呼んじゃおうかな。そうすれば炭十郎も本部に来るだろうし」

「ふざけたことをぬかすな。それにお前、久遠に何をした?」

 

 炭十郎パパが怪訝な視線を向けています。それを産屋敷耀哉は心外そうに苦笑しました。

 

「苛められているのは、私の方なんだけどねぇ」

「お前が黙って苛められるタマか」

 

 そう言いながらも、炭十郎パパは内心で冷や汗をかいていたそうです。父の部屋から持ち出した三種の神器である「隠れ傘・隠れ(みの)」は人の眼に映りません。だからこそ耀哉や護衛の隊士も、私を人間であると疑いもしません。

 そう、普通の隊士なら。しかして自分を親友と呼ぶ、この御館様だけは何を考えているか分からないらしく。私の正体が見破られたのかと、肝が冷えたそうです。

 

「むむむ~~、何だか楽しそう。あまねお姉ちゃんを連れて行く誘拐犯のくせにぃ、怪しすぎるっ!」

 

 どう見ても怪しいのは私の方ですが、当の本人はまるで気づいていません。それどころか二人のぼそぼそとした会話が聞こえず、障子の穴にかぶり付いてしまいます。

 

「お父さんも何よぉ、親友だか何だか知らないけど。誘拐犯なんかと話してぇ!」

 

 今の私は名探偵。

 あまねお姉ちゃんがお嫁入りするのは防げません。ですが、この誘拐犯がもし悪人ならそれもご破算になるはずです。そうなれば華音お母さんも喧吾お祖父ちゃんも、私の正しさに気づいてくれるはずっ!

 

「……産屋敷耀哉。久遠は貴方を、ぜったいに認めないんだからっ!」

 

 

 ◇

 

 

 私はこの産屋敷耀哉という男が、神藤神社に到着してからの動きを観察し続けてきました。大切な姉を奪おうという張本人なわけですから、何か弱みを見つけて追い払ってしまおうと考えたわけです。

 

 しかしてそんな私の企みは、そうそうに揺らぎ始めてしまいます。

 観察すればするほど、産屋敷耀哉という人物は、私にとって意味不明な存在でした。

 神藤神社で働く誰に対しても平等で、誰に対しても優しく。私がいくら挑発したところで絶対に笑顔を崩したりはしません。

 護衛の女性剣士とも仲良く話しますが、そこに色恋の()の字もありはしません。なんだったら炭十郎パパとの会話の方が親しげです。もしかして男娼を好むのでしょうか?

 そう思ってしまうほどの仏っぷりに、私は逆に恐怖を覚えてしまいます。

 

「いつの間にか、すっかり神藤神社へ溶け込んじゃった……」

 

 ここまでくれば、もう天性の才としか言いようがありません。この神藤神社で彼を嫌っているのはもはや、私くらいのもの。

 

 名探偵:久遠、一世一代の大窮地ですっ!

 

 それでもなんとか奴の弱みを探そうと必死になった私でしたが、敵も守りだけに徹するつもりもないようです。

 なんと、あの、産屋敷耀哉という男は。

 未来の妹と仲良くなる、というお題目を掲げて私という大将を標的に定めたのです。

 

「ほらほら~。久遠ちゃん、私とも遊ぼうよ~~」

「ふしゃああ――――っ!!」

 

 なんなの、なんなのこの人!?

 私は全力で威嚇しながら、心の中で泣き叫びます。

 名探偵とは論理をもって犯人を追い詰めるもの。しかして私は、犯人からの直接的な攻撃に晒されていました。

 

「ねえねぇ、お姉さんと一緒に東京へ来ないかい? 久遠ちゃんなら大歓迎だよ」

「ふざけるなっ、誘拐犯のくせにいい!」

 

 あまねお姉ちゃんが巫女の仕事で忙しい時を狙って、炭十郎パパに用事をわざわざ言いつけて、私のところへ忍び寄る魔の手。

 

「ふむ、では誘拐犯らしく久遠ちゃんも攫っちゃおうかな?」

「ぎゃああああああっ!? 触んな、なのおおおおおおお!!?」

 

 なぜか姉の婚約者:産屋敷耀哉が私を求めて追いすがる異常事態。私は何がどうなっているのか理解できません。全力で逃げ、全力で嫌がる。その前には腕力に訴えてしまったことだってあります。

 ですが、それでもこの男は。私への笑顔を決して崩さなかったのです。

 

 

 

 

 

 相手はもやしのような優男、この神藤久遠が本気で逃げれば追いつけるはずもありません。それなのに、それなのにです。不思議も不思議、摩訶不思議という他ない怪現象が私の体を襲っていました。

 もしかするとあの男、生粋の女たらしなのでしょうか? あの男の顔を見ているだけで奇妙な動悸がおさまらず、逃げる気がうせてしまうのです。

 

「なんなのっ、なんなのこのひとおおおををををっ!?」

 

 動きたくないと駄々をこねる両の足を叱咤し、私は叫びながら逃げ惑います。

 私は助けを求めました。ですが誰の手も、今この場で登場する理屈はありません。それこそ当たり前、あの産屋敷耀哉という名の悪魔がそういう舞台を築き上げているのですから。

 

 それでも自宅兼社務所の廊下を右へ左へ、私は折れかけの心に鞭をうって逃走を続けます。伊勢神宮の一角とはいえ、神藤は百二十五もある神社の一つにしか過ぎません。鬼ごっこをするには逃げる側が不利な狭さです。

 私は自室に逃げ込むため、最後の力を振り絞って廊下の角を曲がろうとした

 

 その時、

 

「――――あら?」

「ふえっ?」

 

 意外な人物と鉢合わせてしまいました。

 私の視界を埋め尽くすは雄大な双峰。その頂きは姉や母よりも一回り高く、これほどの高嶺(こうれい)さは、無限の月日を積み重ねた珠世先生にも匹敵します。

 なんにせよ、衝撃を和らげるには十分すぎるほどのたわみでした。私はそれ以上の声を出すことなく、頂きの谷間へ吸い込まれてしまいます。

 

 暖かくも柔らかい、まっくらな視界のまま。私は自室への避難に成功したようでした。

 しかして、そんな不確かな表現を用いるのは、決して私の意思で最後の数歩を踏破したわけではなかったからです。

 

「ウチの御館様が迷惑をかけたみたいで、ごめんなさいね」

「ン――――っ、ン――――っ!!」

 

 謝罪よりも早く離せと必死に抗議する私を、華麗に無視して。誰かさんは、私の身体をぬいぐるみのように楽しんでいるようでした。

 

「うーん、小さな子の身体は温かくていいわねぇ。このところ、しのぶちゃんにもかまってもらえないし。カナエさん、欲求不満かも?」

 

 んなこと知るかっ、という抗議さえも豊かな膨らみに邪魔されて口にできません。もしかして、私はとんでもない危険人物に捕獲されたのではないでしょうか。別の意味で産屋敷耀哉よりも厄介です。

 

「――――っ、ぷはっ。誰なの!?」

「ああん、もう。もうちょっと抱きしめていたかったのにぃ」

 

 そう残念がるこの女剣士は、腰に炭十郎パパと同じく身の毛がよだつ刀をぶらさげています。つまりは彼女こそが産屋敷耀哉の護衛として随行した鬼殺隊士。

 その名も、

 

「ああ、そうね。妹君には名乗っていませんでした。私は御館様の護衛として東京から来た鬼殺隊士、花柱の胡蝶カナエお姉さんですっ。今後とも宜しくね? 『神藤』久遠ちゃん?」

 

 今、神藤の苗字だけが強調されていたのは気のせいでしょうか。もしかして私のもう一つの苗字である「鬼舞辻」を知っているのでしょうか。

 そんな私のドキドキを無視して、胡蝶カナエと名乗ったお姉さんはまたもや私はぬいぐるみ代わりにしようと企んできます。しかしそうは問屋がおろしません。

 

「でたな、産屋敷の囲い女っ!」

 

 そう、この女性と私は初対面ではありませんでした。いつも産屋敷耀哉の隣にはべり、周囲に気を配るその姿は、まごうことなき姉の好敵手に違いないと目星をつけていたのです。

 しかして私が望むのは姉の敗北です。そもそも、このカナエという妾があの男をしっかり囲っておかないから――――、

 

 ごちんっ!!

 

「こら馬鹿久遠っ! なんて失礼なこと言うのっ!?」

 

 天空から舞い落ちた白磁の拳が、私の脳天に衝撃をもたらし、

 

「うきゃっ!? あ、あ、あ。あまねお姉ちゃん!?? お仕事のはずじゃ……」

「もう終わったわよ。あとは久遠の神楽舞いを見てあげるだけ。なのにアンタは遊びまわってばかりだし、カナエさんに失礼なこと言うしいいいいいっ!!」

 

 そのままぐりぐりと、私のつむじをえぐり回します。

 

「あうあうあうあうあう…………」

「ふふふっ、お二人は相変わらずの仲良しさんですね」

 

 ってアレ? 姉はともかくとして、私は初対面な筈なのですが……。そんな私の思考と同調したあまねお姉ちゃんが代弁してくれます。

 

「あうう、久遠を知ってるの?」

「ええ、もちろん。護衛役としては御館様の奥方となられる、あまね様の家族構成は把握して当然ですわ」

 

 その会話は、間違っても恋敵同士の会話とは思えない温厚さでした。どうやらこの二人、昨日今日で知り合った仲ではなさそうです。

 

「それより久遠! ごめんなさい。が、まだでしょ!?」

「あう~~~………………」

 

 ぐりぐりぐり。姉の拳ドリルが私の脳天をえぐり続けます。

 そんな私達姉妹を目の当たりにして、カナエお姉さんは行儀の良い笑みを浮かべ続けるのでした。




 最後までお読み頂きありがとうございます。
 だんだんと、役者がそろってきました。今回のお話は、文脈以上に久遠ちゃんがピンチに陥っていましたね。ギャグテイストに収めましたが、下手をしたら久遠ちゃんまでもが御館様の「ゆらぎの声」に支配されるところだったのです。
 では、姉のあまねさんは「声」に支配されているのでしょうか? 護衛のカナエさんは? 
 本編でネタバラシは済ませているだけに、謎は深まるばかりですね。
 この第三章は四章・五章に向けての準備回。次の五話でおしまいです。

 よろしければ、今後ともお付き合い下されば幸いです。
 ではまた、明日の更新か活動報告にて。


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第5話「神藤宮の後継者」

 どうやら産屋敷耀哉という名の追っ手は、この胡蝶カナエお姉さんが追い払ってくれたようです。

 しかして、私は気づいていませんでした。ミイラ取りがミイラになるように、助けてくれたお姉さんもまた、私を愛でるのに躊躇(ためら)いがない人物なのだということを。

 

「え、何? 久遠ちゃんは御館様の弱みが知りたいの??」

 

 どうしてこうなった。

 

「そういえば、固いお肉はお嫌いでしたわね? 久遠は大好きだけど」

 

 どうしてこうなったぁぁ……。

 

「生まれつき、身体がお強いわけではいらっしゃらないから。だからこそ、あまね様にはぜひ東京に嫁入りして頂きたいわけなのですが」

「というより久遠、なぜ耀哉さんの弱みが知りたいの?」

 

 そんなの、言えるわけがないでしょ~。

 

 私は今、法廷の場へ連行される罪人の気分を存分に味わっていました。問答無用とばかりに二人のお姉さんに連れられて、神楽舞の練習舞台場へと向かっています。

 右腕をカナエお姉さん、左腕をあまねお姉ちゃんにしっかりと掴まれて、両の足は地を離れてプランぷらん状態です。

 

「奴は変人に違いないもん。アイツと話していると、私の中を見透かしてこようとする。変態だもん」

 

 私は無駄と知りつつ、僅かばかりの抵抗を試みます。

 

「久遠!」

 

 もちろん、姉の叱責も合わせて頂戴するハメになるわけですが。

 

「ああ、そういう意味では久遠ちゃんの言も的を得ていますね。御館様の言葉は、万人の心を魅了しますから」

「カナエさんまでっ!?」

 

 当時の私は心の中で、カナエさんの評価を改めました。思ったより話が分かりそうなお姉さんです。少なくとも実姉のような堅物ではありません。

 

「けど御館様も、意識してそうしているわけではないのよ? ……ここだけの話ですが、産屋敷家は代々、摩訶不思議な力を受け継いできたの。だからこそ千年もの間、鬼殺隊という組織を維持できてきた。

 ……でも、代々の当主様はみな三十まで生きられない、下手をすれば二十までも。だからこそ、一刻もはやく あまね様の輿入りが望まれているのです。伊勢の御力が、御館様の身体には必要不可欠なのですから」

 

 その言いぶりはまるで、姉自身よりも「伊勢の巫女が持つ癒しの御力」と結婚したいかのようでした。ですが姉自身、それは納得の上だったようです。

 

「……承知しております。耀哉様は今の時代に無くてはならない御方。私の力でどこまで叶うかは分かりませんが、全力を尽くしましょう」

 

 私の脳裏に、珠世先生が教えてくれた姉の|能力《ちからが思い浮かびます。治療が不可能と診断された難病をもたちどころに癒すその御力は、今の私からすれば世の権力者が放っておかないほどの奇跡です。

 それを千年もの間占有しつづけた家が、他ならぬ鬼殺隊当主:産屋敷家なのですから。

 

「…………なんか、ずるい」

「……久遠っ」

「でも~~」

 

 それが私の率直な感想でした。姉もそれは自覚しているのか、今度ばかりは注意する言葉に力がありません。

 不老長寿は万民の宿願です。それを我が物にしたいと願うのは当然の理でしょう。それくらいは十歳の私にだって理解できます。

 

「それもまた、御家同士のしがらみの一つと言ったところでしょうか。ですがお互いの情まではそこに含まれませんよ、あまね殿。御館様はその御力に関係なく、貴女をお望みなのです」

 

 確かに妹の私が言うに及ばず、姉の美貌は伊勢神宮一であると評判でした。次点で言えば他ならぬこの私なのですが、二十歳のあまね姉さんの美しさはもはや精もかくやといった勢いです。あの産屋敷耀哉が女としての姉を欲するのも、男して当然のことでしょう。

 

「……承知しております」

 

 あまねお姉さんは、頬を赤らめながら頷きます。すでに両家の契りは三年前のお見合いで決まっているのです。あの男は姉を愛し、姉もまたあの男に好意をもっている。それだけはもはや、私がどう手出ししても変わりません。

 

「愛する人と添い遂げたい。それもまた人が持つ原始的な欲求の一つです。あまねさんは御心のままに、輿入れしてくだされば良いのですよ。それがお互いの為にもなるのですから。それに……」

 

 もう練習舞台場は目の前です。到着すれば神楽舞いの練習に忙殺され、私は息つく暇もないでしょう。その前にこれだけは伝えんと、カナエお姉さんは話の終わりを一言だけ引き伸ばしました。

 

「だからこそ、久遠ちゃんも自分の意思を大切にしないとね。ここに残って神藤神社を守るも、東京に出て姉の行く末を見守るも。自分の人生を選ぶ権利があるのは、鬼にはない、人間だけの特権なんだから」

 

 

 ◇

 

 

(あのお姉さん、案外良い人かも……?)

 

 私はシャリン、シャリンと神楽を舞いながら、胡蝶カナエお姉さんが発した言葉を思い出していました。自身の意志を貫き通せというお姉さんの言葉は実に鬼らしく、それ以上に人間らしい言葉です。

 少なくとも、何を考えているか分からない上に、人の心へ摩訶不思議な術で忍び込んでくる。あの産屋敷耀哉よりは信頼できそうです。

 珠世先生の診療所から出発した茶々丸が戻るまで、あと数日は必要でしょう。ならば私は、それまでに決断しなければなりません。他の誰でもない、私自身の人生の、歩むべき道というものを。

 

 とか言いながら。

 

(まあ、茶々丸が帰ってくれば響凱と泥穀の血鬼術で東京に行けるんだし? そこまで思いつめる事でもないかな?)

 

 なんて、すさまじく事態を楽観視していた。

 

 そんなある日。

 

 ついに花嫁修業を終えた、あまね姉さんの輿入れする日が来てしまいました。

 

 迷探偵は、ついに名探偵となることはありませんでした。私の暴走を危惧した祖父と母は、姉が輿入れする日取りを隠していたのです。

 そもそも寺子屋にさえ通ったことのない私が、無限城で少々炭十郎パパから一般常識を習った程度の私が。

 あの鬼殺隊当主:産屋敷耀哉から一本とるなど、出来るわけがありません。

 

「ほら久遠、いつまでもふてくされてないで。あまねお姉ちゃん、とっても綺麗よ?」

 

 そう華音お母さんに言われて、私は一切の光を通さぬ大手の布の中で、不満げに顔をあげると。

 風に吹かれ、散る桜吹雪のなか。

 

 産屋敷耀哉の手に引かれて、純白の着物に包まれた白樺の精が歩いてきました。

 

 行く道の先には、これまで見た事もない黒塗りの馬車。いえ、馬を繋ぐ場所がないという点からして、これが自動車という乗り物なのでしょうか。よほどの大商人か華族でもない限り、個人が所有することなど叶わないシロモノです。

 

「ふえええ…………」

 

 見るものすべてが、新しく、そして美しく。姉が、私の姉じゃなくなるような気がして。

 これまでの楽観的な気持ちが一気に吹き飛び、自然と両目から涙が零れ落ちてきます。

 

「「久遠(ちゃん)?」」

 

 そんな私を心配してくれたのか、母と祖父の声が重なって聞こえてきました。

 別に会おうと思えば会えるよう、移動手段は確保済みです。更にいえば、東京で住む選択肢だって私にはあります。

 

 なのに、なぜ。姉の苗字が「神藤」から「産屋敷」に変わるというだけで。

 私はこんなにも寂しく、そして悲しいのか。それは自分にさえ分からないモヤモヤした気持ちでした。

 

「くおん」

 

 そんな私の前に、毎日見ていた顔のようでいて、別人のように化粧を施した姉の顔があります。

 その口紅をひいた幻想的な桃色の唇から、本当に私の名が出たのか怪しんで。でもやはり姉は、神藤あまねから、産屋敷あまねに変わってしまったのだと思い知り。私の涙はとめどなく、あふれかえってしまいます。

 

「……くおん、わらって?」

「おねぇぢやあん……、いっぢゃやあなのぉ…………」

 

 今更になって駄々をこねてしまう私。

 そんな妹を、姉はふわりと抱きしめてくれます。

 

「お願いだから、なきやんでよぉ。そんなんじゃ、私もお嫁にいけないでしょ?」

 

 そういう姉の瞳からも透明な水滴が浮かび上がっていました。

 あれだけ今生の別れではないと確認し、言い聞かせたのに。いつかこんな日がくるのだと、覚悟していたというのに。

 滝のように流れ落ちる涙が、私の瞳を真っ赤に充血させ。頬をふにゃふにゃにしてしまいます。それを察したのか、あまねお姉ちゃんはそっと、右手をかざして。

 

 あの御力を、私に使ってくれたのです。

 

 まるでお風呂にでも浸かっているかのような温もりでした。ずっとまどろんでいたくなるような絵物語の世界に居るようでした。

 そして姉は、そっと私に一冊の絵本を手渡したのです。

 

「ぐす。これ、……桃太郎の、絵本?」

「ええ。三歳の貴女に、毎日のように読み聞かせていた絵本よ」

 

 ですが私は、こんな時にこんな本が出てくるとは想像もできませんでした。そしてまた、あまねお姉ちゃんの真意も。

 

「いい、久遠。私はこれから神藤ではなく、産屋敷の人間となる。つまりはこれからの神藤を支えねばならないのは、私ではなく貴女よ」

「くおんには、無理だよぉ。おねえちゃんがやってよ……」

「無理言わないの。そのために、この絵本を渡すのよ?」

「???」

 

 姉が何を言っているのか、感情の波があふれる今の私では理解できません。

 

「今度は貴女が、新しい子供達にこの絵本を読んであげるの。近所の子でもいいし、何時か旦那様を迎え入れ、子宝に恵まれた時でもいい。

 

 今度は久遠が、私に代わって。お姉ちゃんと、お母さんになるのよ」

 

 それは何千、何万と人間が繰り返してきた、命の受け渡し。子が親となり、子を生み、そしてまた子が親となる。当たり前の、種としての連鎖。

 そして私もまた、その長すぎる連鎖の一部分にしか過ぎません。

 私は一度、母として大きな失敗をしました。自らの娘を守るため、五匹の孫達を犠牲にしてしまいました。

 

 だからこそ、あまねお姉ちゃんの言葉の重みも分かろうというもので。

 

「貴女に、この神藤の家を託します。……お母さんと御祖父ちゃんを、お願いね」

「うん。………………うんっ!」

 

 私は姉の言葉に夢中で頷き続けます。

 

 舞台はすでに整っていました。

 これが私の、神藤宮の巫女としての初仕事。私が千早姿で神楽を舞い、それをもって厄を払い、姉のこれからを祈願する。

 場所は神藤神社内の外宮神楽殿、横戸をすべて取り外し、紅白の幕を貼り。正面に仰ぐは伊勢の外宮(げくう)が祭りし豊受大御神(とようけのおおみかみ)

 

「……神藤久遠。本日をもって、伊勢外宮(げくう)神藤宮(かみふじのみや)の正当な後継者としての指名を受け入れ。これより、厄払いの神楽舞いを舞わせていただきます」

 

 私の手に握られた神楽鈴が、清廉な音を奏でて万民の、そして姉の未来を祝福し。そして私もまた人たらんと祝福を仰ぐ。

 半身の鬼たる自分が、中で暴れています。己の半身を否定するのかと、欲望のままに生きることになんの罪があるのかと。

 

 しかして私は、今なら真っ向から反論できます。

 ならば私という名の鬼よ、満足なさい。

 

 私は、私の思うがままに生きている。

 

 鬼舞辻久遠ではなく、神藤久遠として。人間として。

 

 私は姉の意思を継ぎ、この暖かな神藤家を守護する事こそ。私の望み、欲望、信念、決意、ああもうどれでもよろしい。

 とにもかくにも、私は守るべきモノを見つけたのです。

 

 この決定は私の意志、誰にも文句は言わせません。

 

 それこそ、父である鬼舞辻無惨にも。……それこそ、私自身にだって――――。

 

 

 

 ところ変わって無限城。

 そこには本来、私に平伏すべき家来が額を床にこすり付けていました。その相手もまた、当然この私ではありません。

 

 響凱、泥穀。

 この二人の前で仁王立つのは私の、本当の父:鬼舞辻無惨。

 

「私の娘は、人の世で随分と楽しくやっているようだな」

「「ははっ」」

 

 そう答える二人の身体は、小刻みに震えていました。私の部下となって、すでに六年という月日が経過しています。それまでに何の音沙汰もなかったという事は、許されているのだという認識でいたのです。

 それなのに今更、何故――?

 

「せっかく芽吹いた新芽を刈り取る馬鹿はいないが、よい具合に強風には吹かれたようだな。下につくお前達も見知っておるだろう?」

「「……御意」」

 

 これまでの全てを見透かしているかのような主を前にして、響凱と泥穀は口を挟めません。お目付け役という立場がある、私の時とは違うのです。下手に口を開こうものなら、己が身に巣くう呪いが牙を向くに違いないのです。

 

 何か、自分達に主を怒らせる不手際があったであろうか。二人の脳裏にはその想いだけが荒れ狂います。

 

 しかして展開は、意外な方向へと傾いていきました。

 

「しかしてそれは、お前達二人の献身があってこそだろう。あの我がまま娘に、よくぞ付き合ってくれたものだ」

「「…………ははっ。………………は?」」

 

 一度は肯定したものの、あまりに意外すぎるお褒めの言葉に二人は驚きを隠せません。

 

「どれ、褒美をやらねばな。何が良いか――」

 

 あの、閻魔様もかくやと地獄を作り出す主が。自分達の働きを労おうとしている――? 後日、二人の思い出として聞くなら、あの時は空から日輪刀の雨が降ってきても不思議とは思わなかったそうです。

 

 そんな主を前にして、ただ二人は黙って頭を下げている他ありません。

 やがて、父は名案が浮かんだかのように声を張り上げました。

 

「そうだな。久遠の髪の毛を喰らえたお前達は、十分に十二鬼月の一角を支えられる素質があろう。これから私の与える任務を遂行するため、貴様達二人には『アレ』をやろう」

「「――――っ!?? ぐあああああああああああああっ!!!」」

 

 突然、二人の両目に衝撃が走ります。

 鬼が、更なる鬼へ至るための試練でした。人では決して耐えられない、不死に限りなく近い鬼だけが許容できる激痛は三日三晩続き……、

 

「さあ、誓え。平伏せ。この日ノ本に生きる鬼は全て、俺の子であり、俺の僕よ。

 下弦の陸:泥穀。下弦の肆:響凱。改めて問う、貴様等の主は……誰だ?」

 

 答えなど、言うまでもありません。

 

 二人の、主人は――――。

 

 

 ◇

 

 

 ………………ふぅ。

 

 本日は第二章と第三章をお届けました。いかがでしたでしょうか?

 本当なら第二章でも一区切りをつければ良かったのでしょうが、無限城での思い出はあまりに辛いものです。なので幸せな神藤神社との思い出と合わせれば、良い塩梅になるかと愚考した次第です。

 

 今の私は十七歳。

 この思い出話はまだまだ続きます。そうですね、次は私が十三歳の時におきた出来事でも語りましょうかね。

 神藤神社に残り、後継者としての道を歩み始めた私。東京へと嫁入りした姉。

 そして、父の手により十二鬼月となってしまった響凱と泥穀。

 私達の運命を、どうかこれからも見守って頂ければ幸いに存じます。

 

 それではまた、次の物語にて。

 

 語り部はこの私、神藤久遠でございました。

 またのお越しをお待ち申し上げております。ではでは……。




 最後までお読み頂きありがとうございました。
 これにて第三章が終了し、後半戦となる第四章へと入ってゆきます。

 三章の始めにも書きましたが、この物語での伊勢神宮はフィクションであり、もちろん神藤神社なんて外宮の神社も存在しません。世襲制なのかも知りません。この物語の進行上、必要だったから改変している箇所も沢山あります。
 そしてそれは四章に行くと更に声を大にせねばなりません。調査不足と言われればそれまでですが、今のご時勢長旅も躊躇われますからねぇ。伊勢にも一度行ってみたいのですが。
 もはや原作の鬼滅要素はどこやねんな外伝ではありますが、よろしければ今後とも宜しくお願いします。
 
 第四章再開は活動報告にて告知します。進行状況等も日記形式で書いていますので、時間があれば覗いてみてくだしあ。
 ではでは、良いお年をっ。


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第四章:久遠十三歳 人の世に鬼の居場所など
第一話「神嘗祭(かんなめさい)」


 随分とお久しぶりになってしまいました。大雪のせいで今だ年が明けたという実感がわかない作者です。
 除雪の仕事が忙しく、連日投稿は難しいので生存報告がてら一話だけ更新しておきます。後に変更を加えるかもしれませんので、暫定版としてお楽しみ下さいな。


 姉が産屋敷家へ嫁入りして、季節は三週ほど巡りました。

 この私、神藤久遠も十三歳となり、男でいえば元服間近といった年頃で。今では日の光の当たらぬところ、という条件付きではありますが巫女の仕事も始めており、神藤宮秘蔵の奉り巫女などと吹聴される始末です。

 自分でいうのもなんですが、この時の私は神がかった美しさが伊勢神宮中の評判になっており、世の男共が私の顔目当てに神藤神社へと訪れていました。

 

「まったく、私を拝むんじゃなくて神様を拝んでよね。あまね姉さんもこんな感じだったのかしら?」

 

 今日も今日とて、私はぶつくさと文句を言いながら朝の身支度を整えます。

 自室で純白の布地に朱色の糸で編まれた千早に腕を通し、腰にまで届く清流のごとき黒髪は丹念に櫛ですき、準備を整え。ふと、鏡棚の奥に懐かしい一品を発見しました。

 

「ああ、こんなところに仕舞い込んでいたのね。なつかしい」

 

 手に取ったそれは、懐かしくも苦い思い出が染み付いた、一つの子袋。けれども今の私にとっては無用の長物です。それをそっと元に戻し、棚を閉めると、ピシャリと両手で自分の頬に気合を注入しました。

 

「さて、それじゃあ今日も一日頑張りましょうか!」

 

 ズンズンと己の戦場へ足を踏み込み、ガラリと戸を開ければ、目の前にはすし詰めの参拝客がいます。男の比率が圧倒的に多いのは、気のせいなんかじゃありません。

 更に言えば、この男共の目的がお札やお守りではない事も明白でした。

 

「あらあら。私達の久遠が可愛いのは当然なのだけど、お婿さん候補が沢山で迷ってしまうわね♪」

 

 と、脇から顔を見せながらも、ふわふわな空気をかもし出すのは母の神藤華音さん。母親としては嬉しい状況なのでしょうが、当の本人にとっては鬱陶しいの一言です。

 

「やめてよね、ママ。行き遅れになるつもりもないけど、一切の妥協をするつもりもないわよ? 私」

 

 これでも私、男の評価は厳しいのです。

 すくなくとも、炭十郎パパと同じくらいの優しさと、喧吾お祖父ちゃんと同じくらいの強さを持っている男じゃなきゃ問題外。出直してきなさいと、見合い相手を玄関先で蹴り飛ばしてやりましょう。

 と、以前夕飯時にそんな愚痴をもらしたら。

 

『ガッハッハっ、なら儂が第一の壁じゃのう! 腕を訛らせるわけにいかぬわ!!』

 

 と、もう七十も半ばの喧吾お祖父ちゃんが更に元気になりました。この調子では当分、私の手で見送る日は来ないでしょうね。私が生まれる前に亡くなってしまったお婆ちゃんに、あの世から憎まれ口を言われそうです。

 

 そして、そんな冗談のような会話は。

 何時の間にか神藤神社の名物として、私の前に実現してくれやがったのです。

 

 

 

「はいはい、お守りもお札も沢山あるから。押すんじゃないわよー」

 

 男共は私からお守りやお札を買うと、脇の広場で待つ試練へ真っ向から挑んでゆきます。表向きは、宮司である喧吾お祖父ちゃんが信者の皆さんと相撲で交流する。という名目ですが、

 

「最近の若いもんは、まったくもって鍛え方が足らんの。その程度では可愛い孫娘はやれんぞっ!? 次ぃ!!」

 

 その実、過激なほど危険なお見合いでもありました。

 結果は火を見るよりも明らか。歴戦の僧兵である喧吾お祖父ちゃんにかなう男性など、そうはいません。

 私はそんな屍の山を横目で眺めながら、心の中でため息をつきました。

 

(まったくもって情けない、もう少しまともな男はいないのかしら?)

 

 まぁ、仮に祖父の眼鏡に叶う男が現れたって、今度は私がボコボコにしてあげますけどね。

 私の容姿しか見ないような男共では、決して私の心は動かせない。彼等はその事実に何時気づくのでしょうかねぇ。

 

 しかして最近は喧吾お祖父ちゃんの活躍もあり、挑戦者の数も減ってきています。ですが巫女姿の私からお守りを買う男共の数は減っていません。

その代わりと言ってはなんですが、男達の私を見る目が何故か妙な感じに変わりつつあるのはどういう事態なのでしょうか。

 

「ん~~、なんていうか観音様? 菩薩様?? というか、女神様???」

 

 そんな私の悪い予感を、ひょいと売店に顔を覗かせた華音ママが的確に言い当てます。

 

「やめて、鳥肌がたつから本当にやめて…………」

「お伊勢さんの女神様♪ その名も神藤久遠ちゃん! 良い呼び名じゃない?」

「内宮から本気で怒られるわよ!」

 

 ウチは外宮なのです。内宮より目立ってどうすんのって話なのです。

 何より、語り部の私からすれば運命の相手など分かりきっているのですから。こんなところで運命の出会いがあるわけもなく。

 

 時は神無月。

 私にとっても、一年の総決算とも言える大舞台がせまっていました。

 

 そう、神嘗祭(かんなめさい)ですっ!

 

 

 ◇

 

 

 神嘗祭という言葉に馴染みのない各々方もいらっしゃるでしょうし、少しだけ説明させていただきます。

 神嘗祭とは伊勢神宮が毎年十月に行なう一番のお祭りで、まぁ簡単にいえば収穫祭です。その年に収穫された新穀を最初に天照大御神へささげて、御恵みに感謝し。内宮、外宮一緒になっての神事が、二日から三日に分けて行なわれます。

 

 御ト(みうら)をもって神意を伺い奉り。

 由貴大御饌(ゆきのおおみけ)にて新穀を奉り。

 

 奉幣(ほうへい)にて天皇の奉られる幣帛(へいはく)を奉納し。

 

 御神楽(おかぐら)にて神楽を奏で奉る。

 

 私の出番は以前と変わらぬ、四つ目の御神楽です。一概に御神楽と言っても演目は様々あり、巫女である私が舞うのは「修祓(しゅはつ)」「献饌(けんせん)」「祝詞奏上(のりとそうじょう)」に続く、舞楽奉奏(ぶがくほうそう)における最初の舞「倭舞(やまとまい)」となります。

 内宮(ないくう)外宮(げくう)から選ばれた四人の巫女が舞いを奉じ、今年の収穫を感謝し、来年の豊作を願う。厳粛で神聖なる、はるか昔より続く伊勢の儀式。

 

 一年の総決算ともいえる舞、いやがおうにも気合が入るというもので。

 だからこそ、境内に充満する男共の欲望の視線が鬱陶しくもあるわけで。

 舞いの鍛錬をすべく、壇上へと上がる前にすべき事があるようにも思えてしまいます。

 

「……冗談じゃなく、あそこに居る男共全員。蹴り出してやろうかしら」

 

 祖父の活躍(?)もあり、今では私に求婚しようなどという挑戦者はなりを潜めていました。ですがその代わりとばかりに女神様と崇められては、ウザさ倍増です。

 

「久遠ちゃん、それこそ内宮に怒られるで~?」

 

 物騒な私の呟きにも律儀に反応するのは、一緒に倭舞を披露する仲間の一人。同じ外宮の長女である多賀美奈子(たがのみなこ)ちゃんです。

 

「分かってるわよ。こんなつまらない事で、神藤家が御宮取り潰しになったら大変だもの」

 

 私の力が常人の範疇を超えている事実は、皆様もご承知のとおりです。ですがこの友人達にその説明はしておりません。信用していないというワケでは決してないのですが、言わざることで安寧があるなら暴露する理由もありません。

 

「大丈夫やって。久遠ちゃんが路頭に迷ったら、ウチが神藤一家まとめて面倒みたる。多賀商会の宣伝塔として文句なしやさかいなぁ」

 

 本気か冗談か分からない笑顔で、美奈子ちゃんは勧誘話をふってきます。実はこの大正という時代、もはや伊勢の神事だけでご飯を頂けるほど楽ではなくなっておりました。多賀家は美奈子ちゃんの父が大阪の商家よりお嫁さんを頂戴し、兼業宮司として商売を始めていたのです。

 

「そもそも、アイツ等の目当ては久遠だけだしね。アタシらは所詮、『お伊勢さんの女神様』の引き立て役。添え物扱いよ」

 

 そんな私達の冗談話に口を挟んできたのは、正真正銘のお嬢様。

 百二十五ある伊勢の宮すべてを統括する内宮:荒祭家の直系さん。その名も、荒祭祈花(あらまつりきっか)さまです。

 

「あの、祈花さま? そういう発言は冗談でも拙い噂を作りかねませんので……」

 

 あくまで、やわやわと。発言を取り消していただけるよう、私は言葉を紡ぎます。しかし御上の方というものは、下々の言葉など気にせぬものです。

 

「まったく男ってのは、女を見た目でしか評価しない生き物なのかしら? ウチの親父殿もどこで見つけてきたのか、若い隠れ妻なんて囲い始めて……」

「……やめてください。お偉方の内情なんて知りたくもありません!」

 

 あ、これは聞いちゃいけない。と言うより聞きたくない話題だ。私は瞬時にそう判断し、自分の耳を塞ぎます。

 話が変な方向へとずれてきました。元の道に戻さないといけません。そんな時は、この子の出番ですっっ!

 

「いいなあ、アタシもモてた~~い。楽した~~い。三人の誰でもいいから、私を養って、ぐ~たらさせてぇ~~」

「「「おいっ!」」」

 

 あんまりな発言で全員のツッコミを受けたのは、内宮のぐ~たら巫女とも呼ばれる月読輝夜(つくよみのかぐや)さん。危ない流れになった話題を、すぐさまゆるゆるな空気に変えてしまう癒し系です。

 

 この御三人方に私を含めた四人娘が、伊勢における若手のまとめ役でした。私達より上の先輩方は、そのほとんどがお嫁に行かれてしまいましたしね。

 十三歳の巫女という立場は、伊勢巫女としての総決算とするべき、最後の年です。こうやって気兼ねなく集まり、笑いあえる最後の年なのです。

 三人とも三年前にあまね姉さんが輿入れし、神藤宮の後継となった私と共に舞い続けてきてくれた戦友とも呼べる皆さんで。

 

 そう、この私。神藤久遠はこの時期に、生まれて初めて。

 

 人間の、友達ができていたのです。

 

 

 

 

 

「えっ? 今年は人長舞(じんじょうまい)を担当する男性の舞い手がいない?」

 

 それからまた、しばらくの日が過ぎて。

 舞いの稽古中、噂好きの美奈子ちゃんから伝わってきたのは、そんな情報でした。

 人長舞とは、神嘗祭における御神楽の一つです。私達四人娘が舞う倭舞の後に行なう男性一人用の舞で、女人禁制の舞いなのは言うまでもありません。その後に続く蘭稜王も男性一人の舞で、これまた私達には縁のない話です。

 

「せや。なんでも神職になるべき男らまでも軍に志願しとるんで、人が不足してるっつー話やなぁ」

 

 そういえば、あれほどウザかった男共も最近は少なくなってきたように思います。

 時代は明治から大正へと移り代わり、日本という国は日清・日露という大きな戦に勝利を収めて勢いづいている時代です。そんな背景もあるものですから血気盛んな若者ほど徴兵され、御国のために戦う事こそ正しき行いなのだと信じて疑いません。

 後から聞くなら、あの男共は皆、戦地からの帰還を祈念して私の元へ押しかけていたそうです。そうだと知っていれば、もう少しだけ優しくしてあげても良かったやもしれませんね。

 

「そんなこと言われても、他に人長舞の修練を積んでいる人はいないの?」

 

 とはいえ、いま直面している問題も難関です。思えば去年の人長舞も、随分年配の男性が舞っておりました。もしやあの方さえも、徴兵されてしまったのでしょうか。

 

「みたいやな。そんでな? 蘭稜王の方はなんとかなるらしいんやけど……」

「ちょっと待って。なんだか、もの凄く嫌な予感がする」

 

 話しの流れ的に、これは間違いなく自分に面倒事が降りかかってくるな。と私は確信してしまいます。

 

「なんや、豊受大御神様からの天啓かいな? そう、今年の人長舞は久遠ちゃんに任せようって話になってるみたいでな。かといって倭舞も欠員をだせへんから、連続の舞になるみたいやね」

「じょ、冗談じゃないわよっ! そんなの間に合うわけないでしょ!?」

 

 倭舞だって、一年を通じての稽古で培った成果を見せる場なのです。それを、本番直前で急に踊れといわれて気軽に了承できるわけがありません。粗末な舞で恥をかけと言っているに等しい提案です。

 

「第一、私は女よっ! 男の舞いを舞えというの!?」

「んでも、舞わないという結論はもっとない。なら『お伊勢さんの女神様』に、いっちょ賭けてみようやないかと。そんな具合らしいで?」

「…………頭いたくなってきた」

 

 確かに私は父の、鬼の血をひくだけあって他の娘達よりも身体能力は高いです。舞を覚えるだけならば、一晩のあれば十分に可能でしょう。

 ですが、ですがです。だからと言って、すぐ熟練した舞手になれるかと言えば、んなわきゃなかろうと言わざるを得ません。達人の技術は、一朝一夕で得られないからこそ、達人と呼ばれるのですから。

 

「外宮の私より、やはりここは歴史ある内宮のお嬢様である、荒祭祈花さまに……」

「内宮の祈花様がやったら、ぶったおれんで? ただでさえ、身体がつよーあらへんのに」

 

 ぐ、確かに。

 近年まで内宮の家系は近親とはいかずとも、近しい血脈で系譜を作り上げています。その弊害が、確実に祈花さまの身体にも出ているのは私としても承知のところ。友人として、無理を言うわけにはいきません。

 

「がんばって~や、女神さま♪ 久遠ちゃんなら、男装してもカッコイイの間違いなしや」

 

 そんな友情厚き私の隣には、薄情すぎる友人が一人。

 

「あんたね~……」

「そんかわり、倭舞の頭はアタシがやったるわ。久遠はそれに続くだけでええ。それなら人長舞に集中できるやろ?」

 

 まあ、倭舞の女神様を待ち望んでいた男共は、泣き叫ぶかもしれんけどな。などという不可思議な台詞は聞こえません。

 

 私はもう覚悟を決めなければならないトコロにまで、完全に追い詰められていました。




 最後までお読み頂きありがとうございました。
 前章から言っている通り、本来の伊勢神宮とは違うトコロが多々ございます。なので寛大なお心でお付き合いくださいな。

 では、また明日から寒波がきそうで嫌気のさしている作者でした。


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第2話「女の子の友情」

投稿が不定期で申し訳ありません。それでもなんとか完結まで書ききろうとは思っていますので、気長にお付き合いいただければ幸いです。


「――――せいっ!」

 

 ――ギィンッ!

 

 丑三つ時の神藤神社に、私の気合と金属音が響きわたります。

 

「なんのなんのっ!」

 

 対する喧吾お祖父ちゃんの口調や槍捌きにはまだまだ余裕がみえ、私の薙刀術もまだまだだと言わざるをえません。

 これは毎日の日課。そして私と喧吾お祖父ちゃんの絆を深める、鍛錬という名の儀式でもあります。

 思えば私は、これまで自分の力に振り回されてきました。

 自身の身体に巣くう鬼の血を忌避し、恐れ、認めずにただ、視線をそらしてきました。ですが、老いてますます堅剛な喧吾お祖父ちゃんを見て思ったのです。

 素質はあくまで原石のようなもの。ならばそれをどう研磨し、輝かせるかは「これからの私次第なのだ」と。

 

 私は自分の身の丈よりも長い薙刀をいかに動かすか、それだけに神経を集中させていました。今は力よりも、技を磨く時なのです。

 

「ほっほっほ、久遠も中々の動きを見せるようになったのう」

「そんな好々爺じみて見せても、もう騙されないんだからっ!」

 

 薙刀の利点は、槍さえも凌ぐ長大な間合いです。ならば問題は相手に懐へ潜り込まれること――、

 

 しかし。

 

「ほいっ。――中、外、中っ!」

「ふえっ、ひえ!?」

「上、中、下、下っ!」

 

 喧吾お祖父ちゃんの変幻自在な槍捌き。間合いの遠近に加え、上・中・下段をもって私を翻弄させてきます。まるで二本の槍で突かれているかのようでした。

 

「ひゃあああ!??」

 

 避けきれずに姿勢を崩し、尻餅をついた私の喉元に突きつけられる、槍の切っ先。

 

「ふむ、前言撤回じゃ。まだまだよの……」

「むう~……」

 

 本日の修練でも、私はあの世行き。これで丸々三年の月日分、私は死んだことになります。

 

「久遠や。儂の槍やお前の薙刀は、得物の先にしか刃は付いておらん。じゃがそれは、先端でしか相手を打倒できぬという意味ではないぞ? コレは刺突武器であると同時に、こん棒のごとき打撃武器にもなるのじゃ」

 

 そういうと喧吾お祖父ちゃんは、槍の真ん中を支点にしてクルクルと回して見せてくれました。その捌きようは、まるで大道芸人のようです。現代ではテコの原理というらしいですね。この時代にそのような言葉はありませんが、経験をもって知る達人は確かに存在しています。

 

「己の可能性を常に探れ。使えるモノは何でも使え。その結果で、自分と誰かの命を救えるなら躊躇(ためら)うな」

「む~……、何それ。じゃあ騙まし討ちをしたり、人質を取ったりしてでも勝てってことなの? それじゃあ『勝てば官軍』じゃない」

「然り。世の善悪など、人が勝手に決めた価値観じゃ。神は人を慈しむが、虐げもする。その自由さこそ、人が神の子たらん証じゃて」

「………………」

 

 人が、神の子。

 

 じゃあ、鬼は?

 

 私はそう問い返せませんでした。

 とっくに癒したと思っていた、心の傷。それはまだ、瘡蓋に覆われているだけなのかもしれません。

 私はその傷痕を必死になって隠し、忘れようとしていたのです。

 

 

 ◇

 

 

 諦めに近い境地で頷いたとはいえ、任されたからには最低限の努力はしねばなりません。

 人長舞はゆったりとした、落ち着きのある舞。だからこそ、僅かなる間違いも許されません。どちらかといえば、最近の流行である西洋風の激しい「だんす」の方が正直私の性にはあっていました。

 

 しかして神藤の娘として、それは許されません。

 二千年近くの伝統を誇る伊勢神宮に、私の代で汚点を作るわけにはいかないのです。

 今日の私は白衣に紫色の袴をはき、腰まで届く黒髪を後頭部で結って烏帽子で隠し、男装の宮司を演じます。

 すると、外野から黄色い野次が。

 

男子(おのこ)な久遠ちゃんも、カッコええの~」

 

 美奈子ちゃん、うるさい。

 

「思わず久遠さまーって、世の女の子達が黄色い声援をあげそうね。御国に奉仕する方々も注目してくださるそうよ?」

 

 祈花(きっか)さま、疲れるから勘弁してください。なんですか国って。ああそうか、伊勢の荒祭家ともなれば、お嬢様である祈花さんも政府官僚との付き合いがあるって言ってたっけ。

 

「この勢いで、私の担当する倭舞も代わってくれないかな~」

 

 月読輝夜(つくよみのかぐや)、アンタは仕事しろっ。私はその倭舞も兼ねてんのよ!

 

 騒がしい外野のおかげで、私は修練に集中できません。確かにもう倭舞の修練は終わり、帰宅するまでは彼女達の自由時間です。つまりは男装した私を愛でるのも自由……ってそんなわけあるかいっ!

 

「そういえば、私の人長舞に続く蘭稜王の舞い手は誰なの? 修練の場にも、さっぱり姿を見せないけど……。まさかぶっつけ本番なんて言わないでしょうね?」

「さてなあ。内宮のお偉いさんが選抜するってお話やったけど。祈花っちが知らんならお手上げやな」

 

 祈花さまと美奈子ちゃんの会話は、私の耳にも入っていました。

 私達は演者側、自らに託された舞いを舞うだけで運営側ではありません。そもそも、私達は伊勢神宮の最高権威者が誰なのかさえよくしりません。

 

「伊勢神宮なんだから~、天子様が頂点じゃな~い?」とは輝夜さん。

 

 天子様とはつまり、天皇陛下のことです。

 

「いや、それはそうやろうけどもなぁ。天子様は東京の皇宮におられるわけやし、実質的なって意味で言えば誰やろか? 内宮の筆頭である荒祭の宮司様かいな?」

「お父様? う~~ん。それなりの役職にはいるだろうけど、全てを取り仕切っているってわけではないと思う。何か、女性の視点から全てを見ているかのような……」

 

 美奈子ちゃんの推測を、祈花さまが否定します。内宮のお嬢様でさえご存知ないのであれば、この疑問は迷宮入りに間違いありません。

 

「まあ、人を心配する前にまず自分よね」

「「「そう(せや)ね」」」「え~……、今日はもう終わりにしようよ~」

 

 いきなり正論ごもっとも。祈花さまの〆に、私と美奈子ちゃんは同意します。……若干一名は、空気を読んでいないようですが。

 幸いと言っていいのか分かりませんが、人長舞と蘭稜王の舞いには繋がりがありません。それぞれが独立している以上、私は急遽押し付けられた人長舞を極めなければならないのです。

 

 だ~か~ら~……。

 

「さっさと解散しなさい! 気が散るでしょ、この暇人どもっ!!」

「キャアアアアアアアアッ、久遠さまああああああああっ――!!!」

 

 以前の男共に代わり、私の男装に惹かれて集まった女の子達。まるで本番であるかのように群がる人垣に向けて、私は苛立った感情を爆発させてしまうのでした。

 その男らしさが、かえって女の子達の興奮を掻き立てるものだとは知りもせずに……。

 

「久遠は人長舞じゃなくて、蘭稜王を舞った方が似合うんじゃない? もちろん、仮面なんて無粋なものは付けないで」

 

 ――祈花さんの言に興味のある方は、古代中国の偉人「蘭稜王」を調べてみてくださいねっ。

 

 

 

 そしてあっという間に月日はすぎ、神嘗祭の夜がやってきました。

 

「結局、蘭稜王の舞い手は修練場に姿を見せなかったわね。よほどの自信を持つ達人か、それとも只の馬鹿か」

「馬鹿の方じゃないことを折るわ……。私達の評価にまでとばっちりがきかねないもの」

 

 ひそひそと会話する私達が居るのは、衣裳部屋と化した小神社です。もちろん男女で分かれているので、修練は勿論、本番である今この時まで蘭稜王役の舞い手を見ていません。

 この先は純白の足袋が汚れぬよう、誰かにおぶってもらい本殿の壇上脇まで向かうのです。

 

「久遠ちゃん、きっかっち、かぐやん。準備はええか?」

 

 倭舞の頭を努める美奈子ちゃんが、皆に号令をかけます。

 今の私達は四人で一人。巫女の正装である千早に赤袴を身につけ。頭には金の冠に、桜の花を飾り。右手に若木をもって、壇上へと乗り込みます。

 もう、ここまでくればあとは度胸。やってやるぜとばかりに身を任せる他ありません。これまでの三年間で、私達の身体はとっくに舞いの動きを染み込ませているのですから。

 

「これが私達四人で踊る最後の舞いでもあるのよね」

 

 と、感傷的になっているのは祈花さま。

 

「せやね。来年は下の子に任せて、アタシらはそれぞれの宮にそった道を歩まねばならん。長いようで、短い三年間やったわ」

「う~~~…………」

 

 美奈子ちゃんがこれからの未来図を語り、輝夜さんが唸っています。皆の想いは違えど、言いたいことは一つ。寂しいのです。

 もちろん、それは私とて同じ。鬼ヶ島にいた頃には、こんな親友が出来るとは思ってもみませんでした。だからこそ、どうでもいい点が気になったりもします。

 

「ところで美奈子ちゃん? 前から気になっていたんだけど……」

「ん? なんや、久遠ちゃん」

「祈花さまは『きっかっち』で、輝夜さんは『かぐやん』なのに。なんで私は久遠のままなの?」

 

 呼び方なんて、他人から見れば本当にどうでもいい事かもしれません。ですが私からしてみれば、多少の疎外感を覚えてしまうのも無理はないかと思います。美奈子ちゃんの関西風な人懐っこさがあるなら尚更です。

 

「なんや、久遠ちゃんも仇名ほしかったんかいな?」

 

 びっくりしたように瞳を見開いて、美奈子ちゃんが問い返してきます。どうやら私は拗ねているようです。

 

「別に、欲しいわけじゃないけど? ……なんか、ずるい」

 

 久しぶりに子供らしい感情を表に出せたような気がしました。そしてそんな私は、三人の友人にとって珍しいものであったようです。

 その証拠に、三人娘の持つ六つの胸が。突然、むぎゅっと私の視界を覆い隠します。

 

「――――っ、むぐっ!?」

 

 顔面はお饅頭のような感触に支配され、口も満足に開けられません。

 

「なんやねん、この可愛い生き物はっ! お持ち帰りしてええんか!? ええんやなっ!!?」

「あらダメよ。ここは荒祭宮の権限において、私が保護しますっ! 美奈子さんでは商売道具として見世物にしかねませんからねっ!!」

「むう。くるしい~……」

 

 今の私は、ぬいぐるみ同然でした。只々、二人のオモチャにされて尽くし、飽きてしまうのを待つほかありません。輝夜さんは自ら行動したのではなく、ただ巻き込まれただけのようです。

 

「せやな。久遠ちゃんの仇名かあ、せっかっちは名案あるか?」

「んー、しょうじき久遠に仇名って思いつかないのよね。なんか女神様を略称で呼ぶようで、罰当たりな気分になると言うか……」

「ふがっ! ふがふがふがぁ!!」

 

 私は暖かい膨らみの中で、必死に抗議しています。確か、「勝手に人を神様扱いするなぁ!」と言っていたかと。

 

「あー、それでウチも『久遠ちゃん』どまりにしとったんかも」

「でもまあ、ご本人のご希望だしねぇ。ありきたりかもしれないけど、『くーちゃん』辺りが無難かも?」

「うむ、時間もないことやし、それでええか。ほな『くーちゃん』で決定や」

「むぅ――――っ、むいぅ――――っ!!」

 

 まさかの一案のみでの採決に、私は必死に抗議の声をあげます。しかし被告には何の弁論の機会も与えられません。

 なぜなら、そうこうするうちに祝詞奏上が終わり、舞楽奉奏の音が鳴り始めたからです。私達の倭舞はその後すぐ、もはや問答の余地などありません。

 

「よっしゃ、じゃあ改めて。用意と覚悟はええな? きっかっち、かぐやん。んでもって『くーちゃん?』」

 

 美奈子ちゃんの悪乗りは、今この時になっても終わりがないようです。それでもようやく柔らかな連峰より開放された私は、こう言うしかありませんでした。

 

「もう、今は『くーちゃん』で妥協するけど。神嘗祭が終わったら、再考してもらうからねっ! ぜったいよ!?」

「はいはい、私達の女神様はぜいたく者よね」

「……はやく終わらせて、甘酒のも~」

 

 纏まっていないようで、それでもこれが私達「お伊勢さん四人娘」の絆です。

 

 この倭舞をこなして、私は続けて人長舞もつつがなく努めて。

 輝夜さんのご要望どおりに甘酒で一息つきながら、私達のこれからを語る。

 

 そうです。別にそれぞれの道を歩み始めたからといって、会えないわけじゃありません。この友情は五年、十年、三十年と続き。それこそ黄泉の国でさえ途切れないでしょう。それほどまでに私達の絆は固く、解けぬように結ばれておりました。

 

 ならば、この絆を鋭利な刃で断ち切ろうとする者が現れるのも、また。

 

 私達の、

 

 いえ、この私「鬼舞辻久遠」の宿命だったのです――。




 


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第3話「神懸かり」

 あーでもない、こーでもないと文章をいじっていると、気づけば数日が経過しています。なんでだ。
 不定期更新ですみませんorz



 雅楽の奏でる音圧がビリビリと、伊勢中の木々に生えた葉、一枚一枚を微細に揺らしています。

 明治の世における文明開化によって、西洋文化が浸透する事はや四十年。ぴあの、とらんぺっとなど南蛮な楽器が海の彼方よりどれだけ伝来しようが、この音をだせる楽器だけは日の本より出ずる国にしかありません。

 私達の奉じる舞いは、神へ奉じると同時に子々孫々へと伝統を繋ぐ舞いでもあります。目新しいものばかりに目を取られず、これまで当たり前に存在する物を大切に。二代、三代、四代へと伝え継ぐ。それこそが、私達の使命です。

 

 よく人から、舞っている時は何を考えているの? と聞かれます。

 それは舞う私達の表情が、何か人のようではないほどに……。その、綺麗であるとか、神がかっているなどと、過分な評価を頂戴しているようでした。

 

 しかしてそれはある意味、的を射てもいます。

 倭舞(やまとまい)。いいえ、神楽舞いを始めとするすべての奉納すべき舞に、大げさだと言われるかもしれませんが、私達は確実に、神の感触を覚えているのです。

 わが身に神を降ろしている。などと言えば恐れ多い表現ですが、実際にそのような不思議極まる「神がかり」体験が実在している。それは決して、私が特別なのだと言う意味ではありません。

 後になって相棒たる友人二人に聞けば、同様の体験をしていたと語ってくれました。神職、そして巫女という務めはもしかすると。神の代弁者となる事にこそ、本意があるのかもしれませんね。

 

 儀式は厳かに続いていました。

 私も、美奈子ちゃんも、祈花さまも、輝夜さんも。前述の通り、何かに取り付かれたように舞い踊ります。もちろん決まった踊りの型もありますし、阿吽の呼吸で互いにあわせなければならぬ箇所も存在します。

 

 しかして失敗するような不安は微塵も沸きません。

 

 私達は巫女。その意思はただ、天照大御神(あまてらすおおみかみ)豊受大御神(とようけのおおみかみ)の御心のままに。ただ身体を受け渡し、使っていただくだけなのですから。

 

 

 ◇

 

 

 そんな神事に、一つの違和感を覚えたのはどの辺りだったでしょうか。

 もしかしたら。

 舞いを始める前に私を壇上まで背負ってくれた、華音ママの言葉だったかもしれません。そう、今想い返すならこんな感じでした。

 

「……きちんとした体に、産んで上げられなくてごめんね」

「――――えっ?」

 

 先ほどと同じように驚く私。ですが喜びの震えはありません。

 この私、神藤久遠は鬼の血を引いて生まれたことで、普通の人とは違った道を歩んできました。

 僅か三歳で神藤の家族から引き離されて鬼ヶ島で生き、鬼の世と人の世、そのどちらも経験してきて思うのです。

 やはり鬼とは、人から生まれた生き物であるのだと。

 人が当然のごとく持つ感情。いえ、欲の形と言い変えた方が分かりやすいでしょうか。それをハッキリと表に出し、叶えるだけの力を持たせた存在こそが「鬼」なのではないかと。

 ですが、出る杭は打たれるとも申します。人の世において、誰かと違うという点は決して幸福な事でもありません。

 母はそれを重々に承知しているからこそ。ここまでも、そしてこれからも。波乱に満ちた人生を歩むであろう私に、謝罪の言葉をかけてきたのです。

 

 ……話を、母との会話に戻しましょうか。

 突然の母からの謝罪に、今度こそ私は無表情になりました。

 

「これから舞うって時に、突然な~に~?」

 

 重苦しい雰囲気を拭い去ろうと、私はなんとかおどけてみせます。それでも、母の背中から発せられる空気は重苦しいものでした。

 

「ママはね、大恋愛をしたの。久遠を生んだのだって、後悔するわけもない。あの人だってきっと、天国で許してくれているわ」

 

 華音ママの言う「あの人」とは私の父ではなく、人間である「あまねお姉ちゃんのお父様」の事でしょう。

 姉の父がどんな人物であったのか、何が原因で亡くなってしまったのかは聞かされていません。ですが華音ママの言葉の節々に、大変な労苦と悲しみがあった事実だけは察せられます。

 

「……ママは、なぜ私の父と結婚したの?」

 

 これまで聞こうとして、どうしても聞けなかった話題でした。それは神藤家の中でも暗黙のうちに秘するべし、といった雰囲気があったからです。

 華音ママは、どうして私という半人半鬼を生んだのか。ですがその問いに答えるには、あまりにも時間が足りません。

 

「……………………そうねぇ。一言でいうなら、恋愛という名の狂気が、ママを狂わせちゃったのかな。それはどちらの旦那様であっても、違いはないわ」

「???」

 

 華音ママの答えはあまりにも抽象的で、説明がなければ理解さえできません。

 

「いずれ、久遠にも素敵な旦那様が見つかったら理解できます。このお祭りが終わったら、ゆっくり話しましょうか。さっ、思う存分舞ってきなさい。私の愛する娘、久遠」

「…………うん」

 

 ですがそうまで言われては、目の前の舞いに集中せざるを得ません。

 すでに他の三人は壇上にて私を待ってくれています。すぐにでも伴奏の音が鳴り始め、私達四人娘最後の晴れ舞台が幕をあけるでしょう。

 ならば前述の通り、私達は巫女たる自分を奉るだけ――。

 

 そんな私達の舞いを見守りながら、舞台袖では華音ママの瞳に、一筋の雫がたれていました。

 

「……本当に立派になって。今のあの娘なら、もう手を離して大丈夫ですよね? ねぇ、あなた」

 

 

 

 私達四人娘の倭舞は、厳かに、そして神々しく進んでゆきます。

 普段からいつも一緒の私達は、お互いの呼吸や動きを完璧に把握していました。

 万一誰かが失敗したとしても、他の三人がいつでも助けられる。逆にその失敗が緩急となり、私達の倭舞は天上へと昇華されてゆくのです。

 

(本当に、この時だけは不思議。――まるで、自分の身体が自分の物じゃないみたい)

 

 私がそう思えば、

 

(――せやねえ。今年も神さんは、ウチらの身体を気に入って下さったみたいや)

 

 とは、美奈子ちゃん。

 

(――――――――。ぐ~~、すやすや……)

 

 って、輝夜ちゃん寝てる!?

 

(コラ輝夜っ! いくら神懸かりの最中だからって寝るなっ!)

(……おおっ!?)

 

 すかさず祈花(きっか)様が叩き起こして下さり、私と美奈子ちゃんは安堵します。舞いながら、それも神様を降ろしながら寝るなんて神業、彼女にしかできません。

 そんな漫才をこなしながらも、私達は妙な違和感に気づいていました。

 

(ねえ、気づいてる?)

(当然でしょ。これだけあからさまなら、輝夜だって気づくわよ)

(そうやなぁ、この神嘗祭に『厄』が混ざりこんどるなぁ)

 

 私の問いかけに、祈花様と美奈子ちゃんが答えてくれます。当然、口に音をのせての会話ではありません。一緒に舞っている者だけが感じられる、説明も出来ない意思伝達術です。

 

(どこから、かしら?)

((どこって……))

 

 再びの問いに、戸惑う二人。そしていち早く結論を導き出したのは、輝夜さんでした。祈花さまはああ言いますが、実は神懸かりの才で一番なのは輝夜さんなのです。

 

(――――――ここ。今、私達の居る、此処。でもまだ、出てこない)

 

 そう、神様を降ろした巫女だけが気づく災厄は、今、正に。二千年もの長きに渡り続いた神嘗祭に、終わりを告げようとしていました。

 

 それを何とかする役もまた、神は私達に任ぜようとされていたのです。




 最後までお読み頂きありがとうございました。
 なんとかマイペースで続けていきますので、時たま覗いてみてください。宜しくお願い致します。

 2021/03/23追記:長期間更新が停滞して申し訳ありません。モチベーション低下と新作の方に意識が向いてしまったため、この外伝はいったん投稿を休止させていただきます。次回作は一次創作となる予定です。もちろんこのハーメルンにも投稿しますので気長にお待ち頂ければ幸いです。


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