一般人女性が主人公になったら (血塗ろ/(・x・)\)
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突然父親に呼び出されて向かってみたら

中々にご都合展開やご都合主義かもしれません。よろしくお願いします。


 

 

 『来い』とだけ書かれた手紙と、抜群のプロポーションを持つ女性の写真を持って公衆電話の前に立つ。今度こそ、と一縷の望みをかけて電話をかけた。

 頼む、今度こそ、今度こそ繋がってくれ。

 

『現在、非常事態宣言が発令されており』

「だーっ!」

 

 今世紀最大の祈りを込めた電話は変わらぬ無機質な女性の音声で無情にも同じ言葉を繰り返すのだった。イライラと焦りが最高潮に達しかけ、受話器を荒々しく置こうとして、止める。ダメだダメだ、これは公衆電話なのだから。税金で作られた、誰もが使う電話。己の一時の感情で傷つけたり壊してしまうのは人間としてどうなんだ。

 怒りを抑えるため、息を大きく吐き出して受話器をゆっくりを置く。えらいぞ、自分。自分で自分を褒めながら夏空を仰いだ。白い雲が映える、青海。普段なら写真でも撮ろうか、それとも詩でも読んでみるか、なんて風情なことを考えるだろうが残念ながら今はそんな状況ではない。

 山の隙間から鋼鉄の鳥たちと共に姿を現したのは、巨体。深緑の体に顔のような白い仮面をつけた、まさに怪物が幾つものヘリから攻撃を受けながら進行していた。遠目から仮面は少しマスコットのようで可愛いなー、なんて思っていた自分がバカだった。

 今も、怪物の手によって複数のヘリが撃墜される。その内の一機が怪物に撃墜され、こちらに向かって墜落する。って、こちらに向かって?

 

「うわぁっ⁉︎」

 

 ヘリが部品のようなものを撒き散らしながら私の方へと墜落してくる。悲鳴をあげながら慌てて公衆電話の影に身を隠すと爆音が耳を劈いた。どうやら爆発はしなかったらしい。部品などが転がって足元の方まで飛んでくる。

 

「な、何なんだ、本当にもう………来なきゃよかった…………」

 

 イライラと焦り、そこに不満と緊張も相まってぼやいてしまう。いやでも本当に来なければよかった。どうして父親の手紙を貰って第三東京都まで来てこんな危険な目に遭わなきゃいけないんだ。父さんの手紙なんて無視しておけば今頃、家でのんびりとゲームできてたっていうのに。

 とりあえず危機は去った、と公衆電話の影から顔を出して、視界に映った状況にヒクリと口端が引きつった。

 山の隙間から見えていたあの怪物の巨体が、ほぼノーモーションで浮き上がる。その体は真っ直ぐと私の方へと向かっていて。

 これなんてデジャブ?

 

「うっおあああああああああああああっ‼︎⁉︎」

 

 先程の悲鳴とは比べものにならない叫び声をあげて公衆電話の影に隠れると、荷物で頭を庇った。瞬間、襲いかかる熱風と爆音、そして衝撃。けれど、思っていた以上に衝撃が少なく、恐る恐る顔を上げた。

 

「ごめーん、お待たせ」

 

 響いてきたのはこんな状況でありながらもあっけらかんとした女性の声。女性の乗る青い車が、私を衝撃から守るように車体を横にして目の前に停まっていた。

 サングラスをかけた女性の顔立ちと髪に、既視感を感じて助手席に飛び乗る。扉を閉めてシートベルトを閉めると女性はすぐさま車を発進させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えぇ、心配ご無用。彼は最優先で保護してるわよ。だからカートレインを用意しておいて。直通のやつ。そう! 迎えに行くのはあたしが言い出したことですもの。ちゃーんと責任持つわよ」

 

 車載電話を終えた女性、葛城ミサトさんは微妙な表情をしながらも運転を続ける。

 窓の外に広がるのは海だ。数十分前、私を保護してからN2爆雷なる兵器があの怪物に使用されたらしく、私たちは車ごとぶっ飛んだのだ。幸いにも二人揃って大きな怪我なかったが、明らかに高級車であろう車が見るも無残な姿になってしまった。

 きっと、それが原因なのだろう。そうなってしまった原因はあの怪物と兵器を使用した軍だかどっかの組織のせいだけれど、なんだか申し訳なくなってくる。

 

「あの、葛城さん、葛城さん!」

「うん? なぁに?」

 

 何度か呼びかけると、葛城さんはようやく意識を戻してくれて笑顔でこちらを見てくれる。が、明らかに無理している表情だ。

 

「すみません、僕のことを迎えに来たせいでとんでもないことになってしまって………それに、急ぎだからって部品の火事場泥棒のようなことまでさせてしまって」

「あ、あぁ、大丈夫よ。電話でも言ったけど、貴方を迎えに行くって言い出したのはあたしだし。それに今は非常時で、こう見えても国際公務員なの。万事オッケーよ」

「国際公務員だからこそ立場的に火事場泥棒はヤバいのでは………?」

 

 そう言うと、更に微妙な表情をされてしまった。とはいえ、彼女が何かしら責任に問われても私には何もできないので彼女を信じることしかできない。そう思いながら眉を下げると、葛城さんは安心させるように微笑んだ。

 

「だーいじょうぶよ! おっとなを信じなさい! というか、可愛い顔して落ち着いてるのね貴方。普通、あんな状況になったらもっと怖がったりとかしないの? それどころかあたしの心配までしちゃって」

「確かに、びっくりしましたし来なければよかったっても思ってますけど、それ以上に現実感が湧かなくなって……なんですか、あの怪物。ヘリのミサイルとか攻撃とか、全く効いてなかったように見えたんですけど」

 

 可愛い顔、という少々、いやだいぶ気になるワードはとりあえず無視して一番聞きたいことをぶつける。葛城さんは一瞬、答えようか迷ったのだろう。目が明後日の方向を向き、食えないような笑みを向けた。

 

「ちょーっち、ね」

 

 これ以上深入りするな、という合図なのだろう。とりあえず不満そうな表情を見せ、いつの間にか景色の変わっていた外に視線を動かした。トンネルの中、前方に待ち受けるのはカートレインの入り口だ。

 ふと、届いた手紙を鞄から取り出した。幼稚園児が作った切り絵のような継ぎ接ぎの紙である。そういえば、ここにIDとか色々書かれていた気がする。

 

「あの、葛城さん」

「ミサト、でいーわよ」

「すみません、命の恩人とはいえ初対面の年上の女性を名前で呼ぶのは、ちょっと…………あの、これ。父からの手紙なんですが、IDとか色んなことが書かれてるんです。IDってことは必要なもの、なんですよね?」

「あ、ほんとぉ? IDは中に入るのに必要なのよね、ありがと。あ、これ目通しといて」

 

 手紙を受け取った葛城さんは一瞬、眉根を寄せる。乱雑に来いとだけ書かれた父からの手紙が目に入ったのだろう。そんな葛城さんに苦笑を溢す。そうだよな、十年ぶりに父親が子供に出す手紙とは思えないよな。

 手紙の代わりに、渡された冊子を開く。表紙には、「ようこそ Nerv江」と書かれていた。裏表紙には極秘の文字。特務機関、そして極秘と書かれた冊子。まぁ恐らくマニュアルとか相違ものなのだろうけれど、極秘と書くぐらいならこんな冊子にしなければいいと思うのだけれど……冊子にしたら持ち運びやすいし盗まれやすいんじゃないのか? それをこんな十四歳の少年に渡していいのだろうか。

 まぁ、目を通しておいてと言われたので素直に一頁目から目を滑らせる。

 いずれ、学校で習ったジオフロントだとかそこがネルフの秘密基地だとかそういった軽い説明を葛城さんから聞きつつ、車を降りて彼女の後ろを着いていく。

 何度かエレベーターを乗り降りしたりエスカレーターを上り下りして彼女が迷っていることには気付いていたが、私はまだこの内部の道を知らないので指摘するのは彼女を怒らせてしまうかもしれないし、何よりこの冊子をこの間に読み切りたい欲の方が勝ったので特に何も言わずに後を着いて行っていた。

 いずれ、エレベーターに乗ると金髪にスク水、白衣を着た女性と合流した。

 

「何やってたの、葛城一尉。人手もなければ時間もないのよ」

「ごめんっ!」

 

 可愛こぶる葛城さんに溜め息を吐いた女性は私に目を移した。何やってたの、という言葉が問いかけではないということはきっと葛城さんはいつも迷っているのだろう。おいおい、階級まで持ってるのに自分たちの本部で迷い癖があるって大丈夫なんだろうか………一抹の不安を抱えながらも、白衣の女性に会釈する。それに対して女性はどこか満足げに微笑むだけだった。すぐにその目は葛城さんに戻る。

 

「例の男の子ね」

「そ。マルドゥックの報告書による、サードチルドレン」

「……よろしくね」

「はじめまして。よろしくお願いします」

「これまた父親そっくりなのよ。非常事態なのに落ち着いてるところとかね」

 

 父親そっくり、という言葉に自然と眉根が寄った。きっと年相応ではない落ち着きようなのは自覚しているが、育児放棄にも似たことをして十年間も手紙を寄越さなかったダメな父親と似ているとは誠に遺憾である。

 が、また白衣の女性と話始めてしまった葛城さんにそんな苦言を呈することはできずにまた冊子へと目を落とした。

 しかし、サードチルドレン、か。三人目の子供。これはどういう意味なのだろう。十年間、養育費は払ってくれてはいたものの、連絡も何も寄越さなかった父親。そんな彼が突然、こんなところに呼び出して、それと重なるかのようにあの怪物が現れた。私を迎えに来たのは階級持ちの国際公務員で、しかも特務機関所属。渡されたのは特務機関の極秘であろう冊子。明らかに私に何かさせるつもりで呼び出した。そして、この嫌な予感が的中しているのであればこれから私は何らかの方法であの怪物と戦わされるのであろう。

 サードってことは、既にファーストチルドレンやセカンドチルドレンがいて、私はその予備なのかもしれない。

 自然と寄る眉根を解す。努めて不快、不安な表情は出さないようにした。

 どうやって戦うのかはわからない、もしかすると私の予想は完全に的外れで、父親が和解しようと呼びつけたのかもしれない。でも、第六感と言えよう何かが警鐘をずっと鳴らしているんだ。これから、物凄く嫌なことが起こるんじゃないかって。

 もし、もしも本当にあの怪物と戦うことになったら、死なないようにしないと。この体に、傷がつかないようにしないと。

 

 だって、私は碇シンジ君ではないのだから。

 

 

 

 

 

 私の正体は、令和二年に生きるただの女だ。平成に生まれて、すくすくと育って専門学校を出てフリーターになった、ただの成人女性。二十歳になったばかりだった。

 フリーターとはいえ、毎日働いて正社員並の給料は貰ってたし友人や親友と良い関係も築けて、オタクとして推しやどんどん増えるコンテンツをいつも楽しく公式から供給されていた。別によくある転生ものとかトリップものみたいな前振りとかは一切なかった。

 ただ、気付いたら西暦2015年に生きる小学生男児になっていた。

 最初はただの夢だ、とか精神病とかを疑ったけれどセカンドインパクトとかこの地球の、この世界の歴史とかが夢とは思えないほどに作り込まれて、毎日があまりに鮮明すぎて何故か私という人間が別の世界に生きる小学生男児になってしまっていた、ということを受け入れざる負えなかった。というか受け入れなかったら頭が本当におかしくなりそうで。それに、この碇シンジという少年の記憶や記録もバッチリ残っていた。

 物心つく前に両親の実験で母が亡くなっていて、母が亡くなってから父が人が変わったようになってしまってシンジ君を置いて行ったことや、叔父と叔母が無意識に放つ疎外感を感じ取って内向的な性格になってしまい、小学校でも中々友人ができなかったことなど、碇シンジという少年の短い人生も、しっかりとわかった。

 碇シンジ君の意識は既になかったから彼がどこに行ってしまったのか、とかそういったことはわからない。ただ、彼の人生の記憶と私が体の所有権を持っていること、これが事実であることしかわからない。

 とはいえ、いきなり少年が大人のようになったら怪しいだろう。だからとりあえず、小学校で友達を作った。気の合う友人を。そして、彼と触れ合うことによって少しずつ彼の周りの友人と会話をし、輪をクラス内全体に広げていく。その内、皆と仲良くなっていって性格も外向的とまでは行かないが、内向的ではなくなって人見知りも減り、明るくなっていく。元々大人しく落ち着きのある子供だったから大人っぽい面があったのだろう、性格が明るくなったことによってその大人っぽい側面が表に出てきて周りの子からも頼られやすい子になった、というストーリーを作り上げた。

 こうすれば元の私が大人っぽいことをしたりしていても怪しまれないし、私という意識を押さえつけて無理にシンジ君のフリをしなくても大丈夫なように仕向けたのだ。私も幼い頃はシンジ君みたいな性格をしていたし、二十歳の大人である。小学生を操る、というと言葉が悪いが友達になったりこんな風に仕向けることは簡単だ。

 そうこうしているうちに、気付けば十四歳の中学生になっていた。シンジ君の意識は今も戻らず、こうしてシンジ君の皮を被ってこうして私が今日も生きている。

 今も疑問などは湧いてやまない。寝る前などに自問自答を繰り返すこともたくさんある。だが、考えたって仕方がないのだ。どうすることもできない。自問自答をしたところでシンジ君が返事をくれるわけではないし、彼の意識が戻ることもない。だからとりあえずは諦めることにした。せめて、いつかシンジ君の意識が戻ってきた時に彼が過ごしやすいような環境にしておこうと思って、友人作りや関係作りなどを頑張っていた。頑張っていた、のだけれど。

 

 

 

 

 

「人の造り出した究極の汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン。その初号機よ。建造は極秘裏に行われた……人類の切り札よ」

 

 コンベアーなどで移動をし、ついにはボートに乗った先。鉄が剥き出しの橋の上で今日一番の驚愕を受けた。

 赤木リツコと名乗った金髪白衣の女性が話す言葉が耳を通り過ぎていく。通り過ぎてはいくが、頭だけはしっかりと回る。成程、これに乗ってあの怪物と戦え、ということなのだろう。先程の葛城さんとの会話でオーナインシステムだとか、起動しなかっただとかというのはこのエヴァンなんとかという兵器が起動しなかった話。先程からずっと疑問に思っていたことが少しずつ消えていく。

 だが、同時に疑問が湧く。本当に疑問に絶えない組織だな、ここは。前の世界で見たロボットアニメとはかけ離れた容姿の兵器だ。だからこそ、人造人間、ということなのだろうか。それに起動実験では起動せず、オーナインシステム。私、もとい碇シンジがサードチルドレンというのはこのエヴァンゲリオンのパイロット、その三人目の子供ということ。そして私がここに呼ばれた理由はこのエヴァンゲリオンのパイロットとしてあの怪物と戦うこと。

 しかし起動確率は0が九個並んでいるのだ。私が乗ったところで起動するのだろうか。起動しなかったら、それつまり我々の敗北、なのでは。

 

『久しぶりだな』

 

 聞き慣れない男の声が響いた。葛城さんたちに見習ってエヴァンゲリオンの頭上を見上げると、鏡ばりの先にサングラスをかけた髭面の男が立っていた。シンジ君の記録にある。あれが、碇ゲンドウ。ネルフの冊子に載っていた、ネルフの最高司令官で、シンジ君の父親だ。

 ぶっちゃけ私は見覚えがないしあれが父親だという感覚もないから、ついしげしげと見つめてしまう。ただ、口だけは動いて「父さん」と呟いた。

 

『ふ……出撃』

「出撃ぃ⁉︎ 零号機は凍結中でしょ⁉︎ っまさか、初号機を使うつもりなの?」

「他に道はないわ」

 

 私の頭上で葛城さんと赤木さんが口論する。そんな中、私は父から視線を外して初号機の巨大な顔を見つめた。紫のカラーリングで、恐らく目であろう部分が静かに光を灯している。額付近から伸びた一つの角はただの装飾なのだろうか。それとも究極の汎用兵器とまで言うのだから、何かしら用途があるのだろうか。

 尽きない疑問を何とか抑えながらも再度、父さんを見上げた。

 しかし、パイロットが届いた、とは。これは人間扱いとか人権とかヤバそうだな。仮にこれに乗ってあの怪物に勝っても、正しい扱いはされそうにない感じがして怖い。葛城さんは少なくとも良い人そうなのに。赤木さんはヤバイ方面での研究者か。

 

「でも!」

「父さん」

『………何だ』

 

 ヒートアップする葛城さんを遮る形で口を開いた。不機嫌そうな父さん。不思議だ。前の世界で女だった時は上司や両親が不機嫌そうな時に話しかけるのは怖かったのに、この碇ゲンドウに対してはそうは思わない。

 

「色々と言いたいことや話したいことはあるけど、今はそんな状況じゃないんだよね。ここまで言われたらわかるよ。僕に、これに乗れってことなんだよね」

『そうだ。エヴァに乗って、あの怪物を倒すんだ』

「っ司令………」

 

 葛城さんが横で歯噛みするのがわかる。大丈夫だよ、葛城さん。

 

「わかった。乗るよ。僕が乗らなかったら、代わりに乗る子がいるんだろう? だったら僕が乗る」

『そうか』

「でも、僕からも言いたいことがたくさんあるんだ。必ず、絶対にあの怪物に勝つよ。終わったら話す時間や機会を頂戴よ」

『…………わかった。調整しよう』

「ありがとう、父さん」

 

 最後に父さんに向かって微笑んでやる。シンジ君の記録と、微かな記憶にあった母さんにそっくりな微笑み。頭上の父さんの肩が一瞬動いたことを見て心の中でほくそ笑んだ。お前が母さんに執着してるのはわかってるんだよ、バーカ。

 そんなことを思っていると、両肩を葛城さんに掴まれた。

 

「葛城さんっ?」

「貴方、自分の言ってることがわかるの? エヴァに乗るのよ? あの怪物と、貴方が戦うのよ?」

 

 焦ったような、物凄い剣幕。肩にかかる女性らしからぬ力に、この人は赤木さんとは違うのだということがわかってほっとしてしまった。

 右肩にかかる手に、私の片手を重ねる。

 

「大丈夫です、葛城さん。僕だって怖いですよ。こんなこと知らされずにここまで来ましたし、あの怪物と戦うなんて。でも、人類の切り札ってことは、僕が戦わなければ人類が滅ぶんじゃないですか?」

「それは……」

「貴女方がエヴァンゲリオンに乗らずに素人の僕に乗れって言うのは、きっと僕やさっきから話に出てる綾波レイって子しか乗れないからなんですよね。だったら、戦います。嫌だし、怖いけど。葛城さんたちが覚悟を決めて戦おうとしてるのに僕が逃げるのはダサいじゃないですか」

「シンジ君………」

 

 悔しそうに、悲しそうに顔を歪める葛城さんにもう一度微笑んだ。父さんに見せたものとは違う、葛城さんを安心させるための顔だ。

 

「それに、綾波って子は今は動けないんですよね。動けない、怪我をしてるような子に戦わせることなんてできません。子供にやらせるなら、僕がやる」

 

 無意識に葛城さんの手を握りしめる。ふっと後ろで赤木さんが笑った感じがした。

 

「レイ、その綾波って子は君と同じ年だけれどね」

「赤木さん、せっかくカッコつけたんですから崩すようなこと言わないでくださいよ」

 

 苦笑しながら答えると葛城さんが脱力した感触がする。ちっくしょう、大人らしくカッコつけたのになぁ。葛城さんの両手が私の肩から離れ、今度は赤木さんを見上げた。

 

「赤木さん、貴女がこのエヴァに詳しいんですよね? 操縦方法や、注意すべき点など教えてください」

「わかったわ。それじゃあ軽く説明するからこっちに来てちょうだい」

 

 赤木さん、葛城さんと共にエヴァの前から離れた。怪物がこの場所に気づいたらしく、地震のように部屋が揺れる。

 頭上を見上げると、父さんはその場に既にいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『エントリープラグ、挿入』

 

『エントリープラグ、注水』

 

 腰を落ち着けたコックピットが動いて、落ち着く。頭に付けられたアクセサリーが気になり、指で弄っているとアナウンスが聞こえた。

 足元から橙色の液体が上ってきてコックピット内を満たしていく。事前説明でこの液体がL.C.Lなるもので必要不可欠なものだということ、肺が満たされれば直接血液に酸素を運んでくれるということを聞いていたので大人しく呼吸を継続した。ただ、めちゃくちゃに気持ち悪い。当然だ。普通なら液体を肺に取り込むことなどはしないのだから。それに、血のような匂いがして中々に不快だ。

 

『第二次コンタクトに入ります』

 

 オペレーターの女性の声が響くと同時に、視界が変化した。複数の世界に切り替わり、最終的に周りがまるでそのまま自分の目で見ているかのような状態になる。すごい、とてもクリアだ。

 

『シンクロ率、32.4%』

『すごいわね』

『ハーモニクス、全て正常値。暴走ありません』

 

 事前説明は時間がなかったために必要最低限のことしか聞いていないから、このシンクロ率が高いのか低いのかはわからない。そもそも最低値と最高値がわからんが、低いはず。それでも赤木さんが驚いた声を出したのはそもそも起動が難しい機体だったからなのだろう。

 

『行けるわ』

『発進、準備! ……碇君、死なないでね』

「はい、葛城さん」

 

 祈るような葛城さんの言葉に返事をし、続々と聞こえてくるオペレーターやアナウンスに耳を傾ける。

 次第に周りが動き始めて、発進準備が進められていく。

 射出装置らしき場所で背中を固定されて、歯を食いしばった。射出装置について説明はなかったが、この形は多分、上に向かってだから相当なGがかかるだろう。

 深く息を吸い、葛城さんの言葉を待った。

 

『発進!』

「んぐっ」

 

 凛々しい声が響き、同時に想像していた通りGが全身にかかった。抑えきれなかった悲鳴が唇の隙間から漏れる。

 暫くGに耐えていると、衝撃が走った。鈍色の壁しか見えなかった視界に夜の街が広がる。そして、道路の先に数時間前に見たばかりの怪物が私を、エヴァンゲリオンを待つかのように立っていた。

 数時間前までは圧倒的巨体さに見上げていたが、今では同じ目線になっている。人類の敵を前にしているという事実に、心臓が高鳴って嫌な速度で早鐘を打ち始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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人類の敵と戦ってみたら

9/20 お名前を出して良いのかわからないのでお名前を伏せて失礼します。誤字報告、ありがとうございます。修正致しました。


 

 

 

 

『いい? シンジ君。まずは歩くことだけを考えて』

「はい、」

 

 心臓を落ち着けるよう、深く息を吸ってイメージする。怪物ーーー使徒は私の出方を待っているのか、顔を傾げながら動かない。焦らなくていい、今は操縦することだけを考えろ。

 葛城さんの言葉通りにイメージした。私が、普段歩いているように。曲がり気味の背を伸ばして左足に体重を、重心を脊髄付近にして左腕を前、右腕を後ろに振って右足を前に出した。足の重さから、しっかりと歩くように右膝を曲げて普通に歩くよりしっかり持ち上げて踏み出す。

 右足が道路に密着し、体はバランスを保っている。通信の先で、赤木さんやオペレーターたちの歓声が聞こえた。初号機が動くのって本当にすごいことなんだな。

 続いて、同じようにして左足を前に出した。イメージしてから少し差はあるが、何とかバランスを保って歩けている。ほっとした。

 

『シンジ君っ避けて!』

「えっ、うあ”っ‼︎」

 

 葛城さんの焦った声の直後に、左腕を掴まれた。しまった、いつの間にっ!

 いつの間にか目の前に来ていた使徒に、左腕を掴まれた。左腕だけじゃない。頭も掴まれていて、まるで左腕を引きちぎるかのようにありえない力で引っ張られる。

 実際に掴まれているのはエヴァのはずなのに私にも同じ痛みが襲いかかってきた。抑えきれない悲鳴が漏れ、エヴァが掴まれている部分と同じ部分の血管が盛り上がっている。

 

『シンジ君、落ち着いて! 貴方の腕じゃないのよ!』

「う”あ”あ”あ”あ”あ”あ”………!」

 

 葛城さんの声が耳に入ってくる。煩い、わかってる、わかってるけど痛みのせいで脳が勘違いを起こしているんだ!

 私が痛みで呻いている間にも、使徒の力が増していって痛みが増えていく。痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い!

 

「ガァっ………は、な”せぇっ‼︎!」

 

 痛みと苦しみ、それらとわかっていることを言ってくる葛城さんへの怒りをぶつけるかの如く、自由だった右足で使徒の胸で鈍く輝く赤いコアを思い切り蹴飛ばした。

 突然の攻撃に、使徒の体がそのまま後ろへと倒れ、エヴァも必然的に使徒の上に倒れる。好機だっ!

 

「うあ”あ”あ”っ!!」

 

 何故か二つに増えていた顔に向かって頭突きを繰り返す。ぶっちゃけ私の額も痛いけど、それ以上に掴まれたままの左腕が痛い。ただ、倒れたことによって使徒の片手が私の頭から離れた。

 頭突きを繰り返しながら、膝立ちをして右手でコアを殴りつける。殴りながら、視界の端に使徒の左手が私をもう一度掴もうとしているのが見えた。

 

「ぅおっらぁ!」

 

 右足を前に出し、掴まれたままの左腕を動かして使徒を投げ飛ばすような形で傍のビルに叩きつける。そこでようやく、使徒の右手が左腕から離れた。予め赤木さんから聞かされていたボタンを押すと、左肩から武器であるプログレッシブ・ナイフを取り出した。それを右手で引き抜きながら、左手で既に動き出している使徒の顔を押さえつける。

 

「動くな、っつってんだろうが」

 

 痛み、苦しみ、イライラ、怒りに関するほぼ全ての感情から絞り出すような声が漏れる。シンジ君だったら絶対に言わないだろう言葉だが、生憎と今、碇シンジで初号機を動かしているのは“私”だ。口調が悪くなってしまっても仕方ないだろう?

 

『っ初号機のシンクロ率、50.9%に上昇!』

『ちょうどいいわ、シンジ君! そのままプログ・ナイフでコアを突き通しなさい!』

「言われっなくともぉ!!!」

 

 赤木さんの言葉にキレつつ言葉を返し、思いっきり使徒のコアにナイフを突き立てた。しかし、貫けない。

 

『コアが硬いんだわ!』

「知るかんなこと、押してダメなら押すだけだ!!!!!」

 

 火花を散らすナイフとコア、無理矢理ナイフを刺す。だってエヴァなんだから、兵器なんだから。人間に出せない力だって出せるに決まってる。

 

「うああああああああああああっ!!!」

 

 雄叫びをあげながら、押し込んだ。コアに刺さっているはずなのに、使徒は動き続ける。私を押しのけるような動きをしていた使徒が急に私に抱きついて来た。

 まさかっ!

 

 

 

 全身を衝撃が包んで、視界が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が浮上する。なんとなく、肌がピリついている。軽い火傷をした後のような感覚が全身を包んでいるのだ。眠気は一切なく、目を開くと知らない天井が広がっていた。

 窓からは月明かりが私とベッドを照らしていて、夜であることを告げる。独特の匂いは嗅いだことのあるもので、確認のために左上を見るとナースコールがあった。

 やっぱり。ここは病院だ。病室の独特な匂いと、着替えさせられてはいるが肌に残ったL.C.Lの匂いが混じって中々に気分が悪い。

 体を起こしながら、私が目覚めたことを伝えるためにナースコールを押した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 待合室のような場所で座って、窓の外を眺める。結局、あのナースコールを押したのは使徒を倒した後の深夜だったらしく、時間も時間なので葛城さんやネルフの方には連絡だけ入れてもらって、もう一度寝直した。

 朝になって連絡が来て、葛城さんが迎えに来てくれるということなのでこうして待っているのだ。

 自販機で買ったペットボトルの水を飲みながらぼんやりと昨夜のことを考える。思っていた以上に、フィードバックはキツかった。今も、左腕に使徒に握られた感覚が残っている。予想するに使徒はこれからも現れるのだろう。今回は上手くいったが、私は戦闘に関してはど素人だ。戦い方やパターンを考え、練らないといけない。戦闘訓練も必要になってくるだろう。それに、使徒は最終的に自爆して私を巻き込もうとした。奴らの目的が何なのかはわからないが自爆するという手段が奴らにはあるのだ。私が生きているということはエヴァも損失はしていないだろう。

 怪我も今回はなかった。けれどあそこまでフィードバックが大きいのだ。今後の戦闘によっては内臓といった機能に何かしら障害が起こるかもしれない。

 そも、人間の脳というのは勘違いしやすいのだ。前の世界ではその筋に有名だったある実験。人間を椅子に縛りつけ、ナイフを目の前にチラつかせる。存分に恐怖を見せつけた後にその人間を目隠しして、ナイフを手首に滑らせてその旨を伝えて体温程度に温めたお湯を手首に流すのだ。実際には切ってはいない。切っていない、にも関わらずその拘束された人間は死んだ。ショック死したのだ。痛みもない、血も流れていないのに、人間は死ぬ。エヴァとパイロットはシンクロ、つまりは繋がる。脳でイメージしたことや、エヴァの感覚が全てパイロットの脳に送られる。だからエヴァの受けた攻撃や衝撃がパイロットに反映されるのだろう。だったら、もしもエヴァの首が飛んだら? その痛みや、感覚が私に反映される。痛みの程度などは本当に首を切られるのよりも少ないかもしれないが、それだけで私は死ぬかもしれない。ならばエヴァの体が受けた攻撃や衝撃によって私の脳が勘違いし、死ぬだけではなく内臓やそれぞれの器官に影響を及ぼす可能性も0ではないのだ。

 そして、仮に、そんな影響を受けながらも使徒を倒し終わって、平和な世界に戻ったら。平和な世界で、本物のシンジ君がこの肉体に戻って来たら。絶望するかもしれない、悲しむかもしれないーー私を、恨むかもしれない。

 半分ほど中身の減ったペットボトルを握り締めた。

 そんなの、嫌だ。彼に恨まれるのも、彼が不自由になってしまうのも、全部。だったら私が頑張るしかない。戦闘パターンや訓練を受けて、使徒に備えなければいけない。

 

「シンジ君」

「……葛城さん」

 

 足音が響いて、葛城さんがやって来た。微かに微笑む彼女を見上げる。

 

「あの、エヴァは」

「使徒の自爆の影響で損傷は酷いけれど、なんとか修復可能よ。今も作業中なの。………シンジ君の方こそ、大丈夫?」

「全身の肌がちょっとピリピリしたみたいな感覚が残ってて、左腕も掴まれてた部分が筋肉痛みたいになってますが大丈夫です。目が覚めた後もぐっすり寝られました。ありがとうございます」

 

 心配そうな表情を浮かべる葛城さんを安心させたくて、微笑みを浮かべると葛城さんも笑ってくれた。よかった、安心してくれたみたいだ。

 行かなければいけない場所があるから、と葛城さんに着いてエレベーターホールへと向かった。数十秒も待たずに、チンと甲高い音が響いて扉が開く。その先には、父さんが立っていた。こちらを見下ろすような形の父さんの横をすり抜けて、エレベーターに乗ると開くボタンを押した。

 

「葛城さん、乗らないんですか?」

「え、あ、えぇ………碇司令、失礼します」

「あぁ」

 

 恐る恐るだが葛城さんが乗ったことを確認して閉じるボタンを押して私たちが降りる階のボタンを押した。

 居心地悪そうに隅っこでちっちゃく立つ葛城さんを今は無視して口を開く。

 

「勝ったよ、父さん。いや、エヴァンゲリオンがネルフの所持してる兵器なら僕もネルフ所属の人間になるのかな。碇指令ってお呼びした方がいい?」

「………好きにしろ」

「ありがとうございます、碇司令」

 

 ピクリ、と父さんの肩が動いた。

 

「宣言通り、使徒には勝ちました。お時間はいただけますね?」

「あぁ。後日、機会を設けてある」

「ありがとうございます。では、後程」

 

 チン、と甲高い音が鳴って父さんが降りる階に着いた。扉が開き、背を向けながら父さんが降りていく。

 

「シンジ」

「はい?」

「よくやった」

 

 父さんの言葉が終わると同時に扉が閉まり、また動き出した。フルリ、と体が震える。

 

「シンジ君………」

「クッッッッッソがぁ………………!」

「シンジ君っ⁉︎」

 

 堪えきれずに漏れ出た言葉に、優しそうに声をかけて来た葛城さんが驚きながら声をあげた。

 いや、だって、仕方ないじゃん。

 

「今まで何の連絡も寄越さなかったくせに、必要になったからって呼び出して、それでよくやった? 僕はお前の駒になりに来たんじゃないぞ、クソ親父がっ」

「え、えぇー………使徒との戦闘の時も思ったけど、貴方結構口悪いのね…………」

「普段は落ち着いてる方です、ただ腹が立ったりすると悪くなっちゃうだけです………クッソ、あのヒゲオヤジめ………今に見てろよ」

「ヒゲオヤジって、ぷっ」

 

 噴き出しましたね、葛城さん。貴女も道連れですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日、ボロボロになってしまった葛城さんの愛車に乗って移動をする。あの後、男性から一人暮らしであることを伝えられたが葛城さんが何故か父さんたちに猛抗議して、共に住むこととなった。赤木さんに報告した時の「手は出さないわよ」という言葉にはほとほと呆れてしまった。きっと学生時代はプレイボーイならぬプレイガールだったのだろう。綺麗で若くは見えるが会話内容だったりからして恐らく二十代後半、対してシンジ君は十四歳である。普通に犯罪。だがしかしまぁ、不安は残るので葛城さんの行動には気をつけよう。シンジ君は十四歳だが私は二十歳、大人としてシンジ君の純潔は守らなければ。

 

「さーて、今日はパーッとやらなきゃね!」

「え、何をですか?」

「もちろん、新たなる同居人の歓迎会よ」

 

 ウィンクをしながら言う葛城さんに苦笑を返した。祝勝会ではなく、同居人の歓迎会か。人類の敵を相手に勝ったというのにそれよりもそっちか。

 しかし歓迎会をしてくれる分には嬉しいのでありがとうございます、と伝える。暫く景色を眺めていると、街中のコンビニに停まった。………だいぶ荒々しい停め方だ。何となく理解し始めているがさては葛城さん、ズボラだったり荒々しい人だな?

 さっさとコンビニに入った葛城さんを追う。買い物カゴを取った葛城さんは惣菜やカップラーメンなどを次々と買い物カゴに放り投げていく。嫌な予感がヒシヒシとする。エヴァンゲリオンと対面する前と同じレベルの嫌な感じだ。

 

「シンジ君、貴方も選びなさいよ。好きなものなーんでも」

「え、あ、はい」

 

 葛城さんの言い方からして、奢ってくれるのだろうか。とりあえず目についた缶コーヒーとカップラーメンを手に取ると葛城さんが持っているカゴを向けてきた。どうやら奢ってくれるらしい。

 ありがとうございます、と伝えながら取った商品をカゴの中に入れた。せっかく奢ってくれるのだ。甘えるのが筋だろう。先程カゴに入れたものとはメーカーの違う缶コーヒーを三本と、煮卵をカゴの中に入れた。これ以上は特に必要ないのでてきとうに商品を見ながら葛城さんの後を着いて歩く。

 

「なぁに? これだけでいーの?」

「はい。あまりお腹空いてなくって……」

「貴方の歓迎会のご馳走なのよぉ?」

 

 やっぱりか。これ以上は必要ない、と丁重に断ると葛城さんは拗ねたような表情をしながらレジへと向かった。その後を着いていくと先に会計を済ませた主婦らしき二人の女性の会話が聞こえた。

 どうやら疎開をされるらしい。まぁそりゃそうだよな。こんないつ非常事態宣言が発令されるか、死ぬかもわからない場所にいるぐらいだったら別の土地に移り住んでそこで生活をした方がマシである。私のせい、とは言わないが昨夜の戦闘で地下の避難シェルターも揺れただろう。申し訳ない気になったがよく考えれば別に私は悪くないだろう。だってそもそも素人なのだ、私は。突然父親に呼び出されて向かったらよくわからない人造人間とか呼ばれるロボットに乗って人類の敵と戦えと言われた、夕方アニメの主人公も顔真っ青な展開に巻き込まれただけのただの少年。中身は成人女性だけど。それで何の被害もなしに初戦を終えろと言われても無理極まりないだろう。

 だから、まぁ。私は悪くない。

 

「葛城さん、会計ありがとうございます」

「いいのよー」

 

 結構な額のした商品が入った袋を店員さんから受け取り、車に乗り込む。そのまままっすぐ葛城さん宅に向かうのかと思ったら、車は街から離れた山を登り出した。

 何故、と問いかけるも笑顔ではぐらかされてしまう。え、まさかやっぱり貴方は使えないパイロットだった、でもネルフの極秘情報を知ってしまったからここで始末させてもらうわ的な展開だったりするのか………? えっ絶対嫌なんだけど嘘嘘、私殺されるの?

 人気のない林の中で葛城さんに銃を向けられる想像をしながら微かに震えていると、小さな展望台らしき場所で車は停まった。逢魔が時の前、空が燃えるような色に染まっている。そのあまりの美しさに車を降りて、柵に駆け寄った。

 

「うわぁ…………! すごい、すごいです葛城さんっ!」

「これだけじゃないわよ」

「え?」

「もうそろそろね……」

 

 腕時計を確認する葛城さん。何が始まるのか、と見ていると殺風景だと思っていた街が動き出した。

 サイレンが鳴り響き、まるで植物が発芽して土の中から顔を出すかのように地面から次々とビルが出て来て、あっという間にビル群が出来ていく。予想を遥かに超える光景に、絶句した。

 

「これが、使徒迎撃専用要塞都市。第三新東京市。私たちの街よ。…………そして、貴方が守った街」

「これが…………」

 

 かつての世界の東京を彷彿とさせる高層ビル群に目を向ける。何だろう、実感が湧かない。この街を私が守ったのか。あの怪物、使徒から。そして、私がエヴァに乗って戦った街。

 実感は湧かないが、きっとたくさんの人々がこの街に住んでいることはわかる。これだけのビル群なのだ。もちろん、最盛期と比べれば数は圧倒的に少ないかもしれない。だが、この街には何百人、何千人、何万人もの人間が住んでいる。

 私の手でどこまで使徒を倒せるのかはわからない。今回はまぐれで勝てたのかもしれないし、物凄く痛かったから本当は戦いたくない。でも、この街を守らなければいけないと思うと、何故だか頑張れる気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「シンジ君の荷物はもう届いてると思うわ。実は、あたしも先日この街に引っ越して来たばかりでね。さ、入って」

 

 スイッチを押すことによってスライドする半自動ドア的な玄関。微笑みながら葛城さんに促され、会釈しながら足を踏み入れた。

 

「お邪魔します」

「………シンジ君? ここは、あ な た の、家なのよ?」

「え」

 

 咎めるような口調に足が止まる。一考して、葛城さんの言わんとすることを察した。何だろう、少し恥ずかしいな。

 微かに赤くなる頬を隠そうにも、両手は買い物袋で塞がってしまっているので気恥ずかしさに苛まれながらも葛城さんが望んでいるであろう言葉を口にした。

 

「あの…………た、ただいま、です」

「おかえりなさい」

 

 満足そうな、どこか優しい笑みで葛城さんは言葉を返してくれた。そのまま靴を脱ごうとする葛城さんに、今度は私から声をかける。

 

「葛城さん」

「んー?」

「おかえりなさい」

 

 先程、彼女が私に言った言葉だ。私の言葉に目を見開いた葛城さんは子供っぽい無邪気な笑みを見せた。

 

「ただいま、シンジ君」

「はい、葛城さん」

 

 何だろう、気恥ずかしさを感じる反面、嬉しさもある。以前、成人女性だって頃。実家に帰省したのはいつだったろう。家に帰って来てただいま、と最後に言ったのはいつだったろう。こうしておかえり、ただいまと言ってくれる相手がいる場所に帰ったのは、いつだっただろうか。

 専門学校を出てからだったから一人暮らしの期間は一年もないぐらいだったがそれまではずっと実家暮らしで一人暮らしなんてしたことがなかった。お盆などに帰省したくとも、全世界で流行っていた感染症のせいで地方にある実家に帰ることなんてできなかった。

 存外、私は寂しがり屋だったのかもしれない。

 感傷的な気分になりながらも中へと入っていった葛城さんを追おうと靴を脱いだ。廊下に上がって、そこでやっと気付いた。

 あれ………? 何か廊下、汚くない?

 

 

 

「ちょーっち、散らかってるけど気にしないでねー」

 

 

 

 自室へと向かったらしい葛城さんの声が聞こえた。引っ越して来たばかり、という言葉通り段ボールや荷物が置かれっぱなしの廊下を進んでリビングを覗いてーーー絶句した。

 

「………これが、ちょっち?」

 

 

 一時間ほど前に街が地面から出て来たのを見た時とは別の絶句だ。部屋に置かれた大量のゴミ袋と、転がるビールの缶。食べたら食べっぱなしで洗ってない皿やプラスチックなどもテーブルの上に積まれている。こんな有様なのに、腐った臭いやカビのような臭いがしていないのは奇跡とでも言うべきなのだろうか………私も割とズボラでプラスチックのゴミなどは二週間ぐらい平気で溜めたりしてしまっていたけど流石に燃えるゴミは溜めても一週間までで洗い物だってしっかりやってたんだけどな………やはり葛城さんは見た目は美人だけど私生活に関してはダメ人間なのでは……………?

 唯一、歩けるスペースに荷物を置いて一旦、私の荷物が置かれた廊下へと戻った。『掃除用』と書かれたダンボールを開けて、中から使い捨てビニール手袋百枚入りの箱を取り出す。何かに使えると思って叔父と叔母の元にいた時に買っておいたのだ。年末年始の大掃除で埃やカビが酷い場所の掃除に活用していたのだけれど、まさか引っ越して早々に使うことになるなんて。

 

「買ったもの、冷蔵庫に入れておいてくれるー?」

「はーい。すみませーん、ゴミ袋使いますねー?」

「いいわよー」

 

 自室から飛んでくる葛城さんの了承の声を聞きながら、キッチンの方に置いてあったゴミ袋を何枚か取り出す。ここの地域のゴミの分別は知らないけれど、とりあえずまとめることが最優先だ。後で分別すればいい。

 同じく向こうから持って来ていた真新しい雑巾を洗い場で濡らしてから手袋を嵌めた両手で、まず割り箸などの燃えるゴミを袋に入れていく。書類や請求書などの文字が書かれた紙は、ゴミを捨てて辛うじてできたスペースを雑巾で拭いてからそこに避難させる。明らかに汚れてたりチラシらしきものもあるけれど勝手に捨てるのは流石にできない。

 テーブルを拭いた雑巾を見てみると、案の定焦げ茶色のような色になっていた。まぁ仕方がない。食事の際に飛んだ油や汚れ、塵などが溜まればこんな色になってしまう。

 ある程度、燃えるゴミだけはまとめて嵌めていたビニール手袋も中に入れて口を結んだ。よし、多少はスペースができたな。

 燃えるゴミが入っているらしきゴミ袋たちを一箇所に集めて、買い物袋を冷蔵庫前まで運んだ。冷蔵庫の扉を開けると、中には氷、つまみ、ビールばかり。と言うかそれ以外の食材や飲み物はほとんど入っていない。

 リビングの有様からして当然の中身だ。きっと仕事が忙しいということもあるんだろうけど葛城さん、もしかして料理できない人間か………?

 今後の生活の食事面が気になりつつも、買って来たもの。特に飲み物などを冷蔵庫に入れていく。

 中にものを入れ終わって、ふともう一つの冷蔵庫が目に入った。あれ、何で冷蔵庫が二つも?

 

「葛城さーん、もう一つの冷蔵庫って何ですかー?」

「あー、そっちはいいのー。まだ寝てると思うからー」

「…………寝てる?」

 

 寝てる、ってどういう意味だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チーン、という甲高い音が響く。テーブルの上には所狭しとコンビニで買って来たディナーが並べられている。悲しきかな、そのどれもが既製品だ。

 電子レンジから温められたものを取り出してテーブルに置き、席に着くと葛城さんは早速缶ビールを開けた。

 ゴクッゴクッゴクッという気持ちの良い音が響く。豪快だなぁ……そのペースで飲んで酔わないんだろうか、なんて思いながら私も買って来た缶コーヒーのプルタブを開けた。

 

「っぷはあああああ! くぁぁぁぁぁぁぁっ! やっぱ人生、これのために生きてるわぁー!」

 

 まるでオッサンである、という感想は口に出さないし声にも出さない。リアクションした方が良い場合もあるが女性に対してはそう思っても言わない方がいいのだ。社会を渡っていくために大事なスキルである。特に男性がそう言うと周りの女性からの評価が下がる。わかってる人はいいけれどわかってない読者は気をつけようね。読者って誰だ。

 缶コーヒーを持ち上げると、香りが鼻腔を通り抜けた。あ、この匂い好きだな。

 

「コーヒーなんて大人っぽいのねぇ。十四歳なんて、普通ジュースとか選ばない?」

「ジュースも好きですよ。ただそれ以上にコーヒーが好きなだけで」

 

 これはシンジ君ではなく私の好きなもの。元々、母が好きで実家にコーヒーメーカーがあって淹れたてのコーヒーをいつも飲んでいたのだ。一人暮らしをするようになってからはコーヒーメーカーを置く場所なんてなかったからコーヒーポットを買って自分で淹れていた。朝、キッチンの窓を開けて冷えた空気を吸いながらポットをガスにかけて温める。保存容器の蓋を開けると、それだけで粉の香りがキッチンに広がる。沸騰したお湯を平らにした粉の中心に注ぐと湯気と共に粉の時とは少し違う香ばしい匂いが充満するのだ。それを肺いっぱいに吸うのが、毎朝の楽しみだった。

 シンジ君の体になってからもあれが忘れられなくてお小遣いでコーヒーポットとサーバー、ペーパーフィルターなどの一式を買って自分で淹れたものを飲むようにしていた。一人で飲んでいたものをいずれ、叔父と叔母にも提供していたのだが。まぁ飲み分は少なくなるがまた作ればいいだけの話である。

 本格的な粉も好きなのだが、コンビニによってそれぞれ種類が違うからそれを飲み比べるのも好きだったりする。この第三新東京市に来る前に持っていた粉は全部淹れて、叔父と叔母が飲めるよう冷蔵庫に入れておいた。こちらのコンビニにある粉を飲んでみたいからだ。また明日辺りに買いに行こうと思っている。しっかし、この缶コーヒー美味いな………酸味が結構効いてて、苦い中にどこか甘味もある。

 含んだ一口を口の中で転がして味わっていると、ビールの缶を持ちながら半目で葛城さんが私を見ていた。

 

「何ですか、その顔」

「いぃんやぁ? 何か、本当に子供っぽくないなぁって思って」

「よく言われます………あの、その子供っぽいとか、大人っぽいってなんですか?」

「何って言われると…………」

 

 言い淀む葛城さんに構わず言葉を続けた。

 

「小さい頃に、父に置いていかれたことだけ物凄く記憶に残ってました。何で置いていかれたのかわからなくて、ずっと泣いてた記憶です」

 

 缶コーヒーを握りながら、記憶に残る幼い頃のシンジ君を思い浮かべる。

 

「それで、僕がいい子だったら置いていかれなかったのかなって思って。でもいい子になろうと思ってもいい子っていう定義、と言うか、どうすればいい子になれるのかわからなくて、そうやって考えてたらだんだん僕が悪い子に思えてきてしまったんです」

「それは、」

「今思うと全然違うんです。父にも父なりの理由があって僕を置いて行ったんでしょうけど、幼い僕にはわからなかったんです。理由も教えてくれなかったし………それで、自分のことを悪い子だと思ってしまっていらない子なんじゃないかって思い込んで。どんどん塞ぎがちになって行ったんです」

 

 握った缶の飲み口部分を見つめる。見なくとも、葛城さんが悲しいようなそんな表情をしていることは手に取るようにわかった。だって、この人は優しい人だから。

 

「でも、それは違うってタツヤが教えてくれました」

「タツヤって?」

「小学生の時の友達です。いや、親友、かな。初めて僕から友達になりたいって思った奴なんです。あっという間に友達になって、塞ぎがちな僕を連れ出してくれた、太陽みたいな人。悪い子な僕は表に出ちゃいけない、周りと同じように、周りに溶け込めるようにしないといけないって思い込んでた僕に、そんなことしなくていいって教えてくれたんです。それから僕は僕を隠さなくなりました。皮肉を言って他人を傷つけて間接的に自分も傷つけるんじゃなくて、誰かを守れるような、タツヤみたいに他人を元気にできるような人間になろうって」

「そうなの………」

 

 今も元気に向こうで学校に行っているであろう、彼の顔を思い浮かべる。私は前の世界の時から誰かに恋心を抱いたことがなかった。誰かを恋愛的に好きになる、性的な好意を抱くことができなかった。それはシンジ君の肉体に入ってからもそうだけれど、もしもそういった感情を抱くことができたのならば私は彼のことがそういう意味で好きになっていただろう。それぐらい、幼いのに魅力的な人間だ。事実、学校でもモテていたし。そういえば、先輩とか後輩、同級生に果てには男子にまで告白されていたのにタツヤは全部断ってたな。何でだろう?

 ふと湧いた疑問に内心で首を傾げながらも儚げな哀れな少年の皮は被ったまま言葉を続ける。ラストスパートだ。

 

「そのくらいからです。周りの人が僕のことを大人っぽいって言うようになったのは。でも、大人の中には大人っぽすぎて気持ち悪いって陰口を言う人もいました。叔父さんの親戚の人とか。僕は、僕なのに。子供っぽいって、大人っぽいって、何なんですかね。大人だって子供みたいにはしゃいだりするのに。子供だって状況によっては大人よりも冷静な判断をする時だってあります。何を持ってして、子供なのか、大人なんでしょうか。………………ミサトさんも、僕のことを大人っぽすぎて気持ち悪いって、思いますか?」

 

 問いかけながら、とどめに少し上目遣いで伺うように葛城さんを見上げると、葛城さんはクシャクシャに顔を歪めていた。今にも泣きそうな目だ。

 

「思わない、思わないわ………ごめんなさい、簡単に大人っぽいだなんて言って………シンジ君は、立派よ」

「ありがとうございます、葛城さん。あの、さっきミサトさんって呼んじゃったんですが、これからも名前で呼んでもいいですか…………?」

「もちろんよ! これから一緒に住む、家族なんですもの!」

 

 そう言われ、笑顔を見せる。よし、落ちたな。

 ミサトさんを利用しているようで申し訳ないけれど、正直ネルフはきな臭いのだ。ただの杞憂ならそれでいいのだが、エヴァを建造していたということは使徒との戦闘は早い段階から想定されていたはず。あんな秘密基地まで作っているのだから。にも関わらず、あんなギリギリでシンクロできる可能性のある子供を呼びつけるなんて準備が遅すぎる。まるで私、もといシンジ君を強制的にエヴァに乗せるためにあんな切迫した状況に呼び出したように思えてしまう。もちろん、これはただの私の予想だ。使徒の来襲は予想できないもので、シンクロテストのために僕を呼び寄せたらその当日に運悪く使徒が来てしまったのかもしれない。ただ、もしもこれが事実だったらあまりに不運過ぎないか、ネルフと私。この場合、ネルフだって私みたいなど素人に人類の命運を預けるとは思っていなかっただろうし。

 ただ、もしも前者だったら? 何か私にしかできない理由などがあって、逃げ道を無くしてまでシンジ君にやらせたい理由があるのだとしたら、私の生活などは管理されるんじゃないだろうか。失踪しないように見張りとか何かをつけられたり。もしかするとミサトさんとの同居についてもただの演出で、シンジ君にミサトさんを信用させて心を開くためのものの可能性もある。ミサトさんがお目付役的な存在で、っていう。

 ただ、まぁこの様子を見る限りミサトさんは私には悪いようにはしないだろう。そのために同情を誘ったのだけれど。

 

「すみません、せっかくの歓迎会なのにこんな話をしてしまって………ご飯、温め直しますね」

「大丈夫よ。寧ろ、話してくれてありがとう」

 

 微笑むミサトさんに、私も笑みを返して冷えてしまった料理を電子レンジに入れ直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既製品ばかりな夕食を終え、あまりに理不尽なジャンケンを経て私はミサトさんの「風呂は命の洗濯よ」というお言葉に甘えて一番風呂をいただくことにした。まぁ、ジャンケンに関しては私がわざと負けたというのもあるのだけれど。

 正直、引っ越してすぐなのにあんなに部屋を汚くする才能に溢れたミサトさんに掃除や料理当番を任せたくないというのが本音である。一応、私は一人暮らしである程度自炊はしてたから味は保証しないが作れるには作れるから。ミサトさんに一任してゲテモノを出されるくらいなら自分で作った方がマシだ。

 それに、彼女は国際公務員。使徒やエヴァのこともあって激務だろう。対して私はパイロットだが学生だ。少しでも彼女の手伝いや楽にできるのなら私が頑張りたい。

 病院で洗濯してもらった制服を脱いでカゴに投げ入れ、何故か既に電気が点いている風呂の扉に手をかける。洗濯機の上に干された下着が目に入るが、前の私もそんな感じだったから特に気にはしない。………いや、嘘だ。めっちゃ気にした。めちゃくちゃ下着のセンスいい。カップの大きさからしてフックが三本なのも納得だ。先程のタンクトップの上からでも見てわかったが、サイズだけじゃなくて形も良い。体型もそうだけどあれどうやって維持してんだろ。二十歳超えた辺りとかナイトブラとか気にしてないと垂れてき始めたり形が崩れやすいのに………

 非常に気にはなるが、今の私はシンジ君。十四歳の少年だ。聞いたところでミサトさんからしたら何に利用するのかわからないだろうし普通にセクハラだ。いやでも女として尊敬するプロポーションだなぁ……………

 溜め息を吐きながら、扉を開く。

 

 ブルブルブルブルブルブルッ

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼︎‼︎?」

 

 

 

「クァッ!」

 

 

 

 風呂場にいたペンギンを見送り、体を洗って風呂に浸かる。

 物凄い悲鳴をあげてしまったが、普通一般家庭にペンギンなんているとは思わないだろう。それでなくともこの世界、ああいった生物をほとんど見ないのだから。風呂場からミサトさんに声をかけたところ、彼はペンペンという名前らしい。何故か鼻で笑われながら脱衣所を出て行かれた。恐らく、知能が高いんだろう。本当に何で笑われたんだ。

 風呂の縁に頭を預けながら、右腕を持ち上げて匂いを嗅ぐ。ミサトさんの家のボディソープの香りの中に、L.C.Lの匂いが混じっていた。血のような、心地の良いものではない匂い。まるで羊水だった。エヴァって、どんな存在なのだろうか。見た目はロボットなのに名前は汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン。人造人間、と言うことはあの装甲の中は人間と同じような造りなのだろうか。そういえばやけに手の形など、人間によく似ている。そう思うと、何だか怖いな。だってよくわからないものに乗っているのだから。

 考えたって答えは出ない。出るのは、予想や予感など曖昧なものばかり。そういったことを考えるのは楽しいけれど、今日は疲れてしまった。昨日の件もあるし。

 持ち上げた右腕や、体が目に入った。日焼けを知らない白くなめらかな肌。無駄毛はなく、産毛が微かに生えている。化粧水や乳液などを塗らなくてもハリがあってきめ細かい。………何か、下手な女性よりも綺麗な体してるよなぁ。そりゃそうか、中学生だもんな。いやでも記憶にある中学生はもうちょっと男の子してた気がする。中学校に上がったぐらいの時のタツヤは、既にすね毛とか生えてたし。きっとシンジ君は体質的なものなのだろう。顔立ちだって幼く、中性的だ。

 私とは違う、傷のない体。なのにこれから、使徒と戦っていく。傷がつくかどうかはわからないけれど戦闘によってはできてしまうかもしれない。

 私が、守らないと。

 ……………知らずに詰めていた息を大きく吐き出した。ミサトさんが言ってただろう。風呂は命の洗濯と。今はそういうモヤモヤとか考えず、ただ水に体を預けよう。洗われる衣服のように。

 

 

 

 

 




一口メモ
・タツヤのタイプは大人の人。本人は気付いていないが容姿も含めてシンジin主人公が好きだった。二人とも気付いていないのが重要ポイント。無意識片思いっていいよね

・コーヒーの件とミサトさんのプロポーションの件は書いてる人の私情が入りまくってる。本当にあの体型どうやって維持してるのミサトさん


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第二回、人類の敵と戦ってみたら

第四使徒、シャムシエルとの戦闘です。二話と同様、戦闘シーンはくそ短いのにそれ以外のシーンが長いです。
皆様、誤字報告ありがとうございます。


 

 

 

 

 録画された初号機と使徒との初戦闘を見ながらリツコは湯気の立つコーヒーを啜った。彼女のデスクにはバインダーに留められたサードチルドレン、碇シンジのパーソナルデータや経歴などが置かれている。

 リツコにとってシンジは不可思議な存在だった。

 彼の成長環境や過程を考えれば自分のことが嫌いな子供に育ってもおかしくはないはず。しかし、小学校にて親友とも言える存在ができたことによって彼は本来の性格らしき、大人びた子へと成長した。

 実際に会った印象は、報告以上に大人びており抜け目ない子供。

 ミサトとリツコの会話内容からレイが代わりにエヴァに乗ることを察していた。当然と言えば当然なのだけれど、あの状況でそれを察するには十四歳は幼すぎる、とリツコは思っている。

 だがリアクションや反応は子供らしい。チグハグのようで、ピタリと嵌るパズルのようだ。

 エヴァのパイロットになることが正式に決まってからも、契約内容についてや給与形態についての説明などはミサトから言われることなく自らリツコに聞きに来た。大人びている、と言えばそれで終わりだ。誰も疑わないだろう。

 けれど、それだけでは終わらないような何かを感じているのだ。ただ子供が大人びているとは、思えないような。

 

 コンコンッ

 

「はい、どうぞ」

「碇シンジです。失礼します」

 

 ノック音が響き、挨拶の後に扉が開いて件のサードチルドレンが入ってきた。

 噂をすればなんとやら、という言葉をリツコは脳内に浮かべながらも微笑みをシンジに向ける。

 

「どうしたのかしら」

「あの、今流れてるその使徒との戦闘の録画データって、いただけませんか?」

「………なぜ?」

「使徒の戦い方とか、そういうのを研究と言うかしてみたくって。やっぱり持ち出しとかできませんよね…………?」

 

 おずおずと聞いてくる姿が子供らしく子供っぽくないあざとさを感じてリツコは小さく噴き出した。

 シンジは何を笑われたのかわからない様子で困惑している。寧ろ、今の反応の方が子供らしく見えて更にリツコは肩を震わせた。

 

「え、何でそんなに笑うんですか?」

「ふふふ、ごめんなさいね。何だか、貴方の態度が大人が無理して子供っぽく振る舞っているように見えてしまって………」

「…………そんな風に見えてたんですね。確かに、ちょっと気張ってたかもしれません」

 

 苦笑したシンジの肩から目に見えて力が抜けた。とはいえ、元々姿勢の良い子供だ。綺麗に立っている。

 

「急に父に呼ばれて、特務機関なんてところに所属して巨大ロボットに乗って人類のために戦えって言われたから……だって、赤木さんやミサトさんたち、皆カッコいい大人の人たちばかりなんですもん」

 

 憧れちゃったり、気張ったりしちゃいます。

 肩を竦めて言われた言葉に、リツコは悪い気はしなかった。薄幸の美少年と言っても過言ではないだろう顔立ちの子供だ。そんな子に、カッコいい大人なんて言われたら誰だって多少は浮かれるだろう。きっと今の言葉をミサトやマヤたちオペレーターが聞いていたらリツコ以上に浮かれていたかもしれない。

 肩の力と共に、口調も和らぎリツコはホッとした。もしかすると、先程まで思っていたのは自分の考えすぎなのだろう、と。

 

「ふふ、そう言ってもらえるのは嬉しいわね。録画データに関しては外部流出は厳禁だからここの室内であれば見ても問題ないわ」

「本当ですか?」

「えぇ。この後時間が良ければ今でもいいわよ」

「やった! じゃあ書くもの持ってきますね!」

 

 喜色満面の表情になったシンジは早足気味に部屋を出て行った。その背を見送りながら、やはり杞憂であったかとリツコは胸を撫で下ろした。

 程なくして学生鞄を持ったシンジが戻ってきた。

 リツコが用意した椅子に座り、デスクに真新しい小さめのノートとシャーペンを用意する。

 

「じゃあ最初から再生するわね」

「お願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「碇シンジです。父の仕事の事情でこちらに引っ越してきました。第三新東京市には初めて来たので、色々と教えてくれると嬉しいです。よろしく」

 

 

 よろしく、という締めの言葉は微笑みながらフレンドリーに。

 そうするだけで、十四、五歳の子供たちは一気に友好的な雰囲気を醸し出した。

 教師に言われるがまま、空いている席に座る。周りからの様々な思惑を含んだ視線を一心に感じながら。

 

 今日は私、もといシンジ君の転入日だ。シンジ君は十四歳。いくら特務機関所属の人類を守るパイロットでも学校がある限り通わないといけない。

 シンジ君は顔がいい。マジでアニメキャラかと思うぐらいには薄幸の美少年みたいな中性的で整った顔立ちをしている。だからこそ大人っぽい性格でも突き通せているのだけれど。

 そんな美少年が友好的に接してきたら。言い方は悪いかもしれないが、普通の子供ならば喜んで友達になろうと群がってくるだろう。

 案の定、ホームルームが終わって担任の先生が教室から出ていくと私の周りはクラスメイトで埋め尽くされた。

 

「碇君って前はどこに住んでたの?」

「お父さんの仕事って何?」

「碇ってなんの部活入るつもりなんだ? よかったらサッカー部とか見てみない?」

「好きなものは?」

「恋人とかは?」

 

 

「ストップストップストップ、そんな一気に言われても答えられないよ」

 

 

 聖徳太子でもあるまいに。

 

 

 

 結局、休み時間はクラスメイトたちの質問攻めや自己紹介攻めで終わってしまった。

 一時間目のチャイムが鳴り、授業が始まる。私も周りに倣ってラップトップを開いた。

 大体、以前の中学校と同じような内容のことを先生が話す。どれもこれも聞いた話ばかりだ。多少、こちらの方が授業の進みが遅いのかもしれない。おじいちゃん先生だもんなぁ……私が私だった時の高校の先生にもいた。まぁその辺りは個人差なのだろうが。異様に早い先生もいたし。ただわりかしおじいちゃん先生は進みが遅い気がする。

 ふと、ラップトップの画面の端に通知が出た。メールだ。

 恐らくこの教室内の誰かが送信したものなのだろう。まさか変なウィルスは入っていまい、と思って開く。

 

『碇くんが あのロボットのパイロットというのは 本当?  Y/N』

 

 なぜ、このことが。

 内心は驚愕でいっぱいだがそれを表情には出さず、眉根を寄せながら至極不思議そうに小首を傾げた。

 そのまま、『No』を返す。

 辺りを小さく見渡すと、後ろの方の席にいる女子二人が嬉しそうに私に手を振ってきた。一人がまたラップトップに何かを打ち込む。

 

『ウソ。本当なんでしょ。 Y/N』

 

 女子二人に首を横に振り返しながら、もう一度『No』を打ち返す。続けて、『ロボットってなんのこと? 僕がこっちに来たのは非常事態宣言が出た日で、駅に着いてからすぐに避難誘導されたから何も知らないんだ』と打ち込み、送信する。

 すると、クラスメイトたちが目に見えて落胆したような、落ち込んだような反応をした。おいおい、このメールみたいなのってオープンチャットなのかよ。

 すぐに『そうなんだ、ごめんね』という返信が来たがバレないように辺りを見渡すと、女子とは反対の廊下側に座っているメガネの少年が明らかに「おかしい」とでも言いたげな表情でラップトップと睨めっこしている。偏見だが見た目からして恐らく真面目に問題を解いているわけではないだろう。

 つまり、私の返答に対してのリアクションがあれなのだ。

 読めたぞ。あいつが私がエヴァのパイロットである噂を流した奴だな。しかもその情報源はどこか信頼のあるところ。だから私の返信が気に食わないと言うか、信じられないのだろう。

 おいおい、ネルフって特務機関なんじゃないのか。しかもその中でもエヴァは極秘中の極秘。だからこそあれだけ広報部などが情報統制をしてるんだろ。なのに何で私がエヴァパイロットであることがこんな中学生に漏れてるんだ。

 

 ネルフの杜撰さに溜め息が漏れそうだがなんとか堪え、ラップトップの画面に映る問題を見た。考えるのは使徒のことだけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業が終わり、昼休み。作ってきたお弁当を広げようとした私の前に、ジャージ姿の生徒が立ちはだかった。

 浅黒い肌に短く刈られた髪。きちんと制服を着ている生徒が多い中でのジャージ姿から教室に入った時から目には止まっていた。彼の目には怒りと疑惑が渦巻いている。その横に、先程のメガネの少年が立つ。

 

「ちょっと転校生、面貸せや」

「いいけど」

 

 広げかけていた包みを戻し、机に置いたまま立ち上がって少年に着いて行った。

 不穏そうだな。しかし、私って彼に何かしたっけ?

 

 

 

 大人しく着いて行った先は校舎の裏だった。

 到着するなり拳を握ったので彼から大幅に距離を取った。案の定、殴りかかってくるので左掌でそれを受け止める。

 

「っ受け止めんなや!」

「いきなり殴られる理由がわからないから」

「離せっ!」

「離したら君、殴ってくるだろう。だったら離さない」

「くっそ、このっ!」

 

 受け止めたまま手に力を入れて彼の拳を離さないようにするが、暴れてきたので仕方なく腕を掴んで地面に押し倒した。

 

「いでぇっ! 何すんねん!」

「それは僕のセリフだけど? これは正当防衛だよ。……そこのメガネ君、何か知ってるんだろ」

 

 ジャージ少年を抑えながら、メガネ君を睨み付けると少し怯えた表情をされた。そしておずおずと話し始める。

 

「そいつ………トウジって言うんだけど、この間の騒ぎで妹が怪我しちゃってさ」

「それで?」

「か、怪物と戦ったパイロットが下手だったから、それで、パイロットを殴らないと気が済まないって」

「それで、僕にいきなり殴りかかろうってことか」

「せや! お前が下手だったばっかりにサクラは、サクラは………!」

「馬鹿じゃないの?」

「何やと⁉︎」

 

 あまりの理不尽さに本音が出てしまった。

 

「僕はパイロットであることを否定したよね。なのに何で僕がそのパイロットだって決めつけるの? もしも僕が本当に無関係の人間だったら、君は勘違いでいきなり転入生を殴る危険な生徒だよ。君を止めなかったメガネ君だって同罪さ」

「せやけど、ケンスケの父ちゃんが!」

「あのさ、」

 

 暴れる少年を抑えるためにも、腹筋と丹田に力を入れて声に圧をかけた。

 黙り込む二人に、静かに続ける。

 

「仮に、僕がそのロボットとやらのパイロットだったとしたらの話をしよう。君の妹さんの怪我の原因が、そのパイロットになかったとした場合。連日のテレビを見ただろう? ロボットと怪物の正体は恐らく極秘中の極秘だ。中学生が知っていい秘密じゃない。そんな極秘にされてるってことはパイロットも大事に扱われてるはずなんだよ。政府やテレビにそうやって圧をかけられるような組織か何かに所属してるパイロットを中学生が傷つけたとしたら? どこからか情報が漏れていると知られたら? その情報源や、中学生はただじゃ済まないと思うよ」

「んなこたわかっとるわ! それでもワシはパイロットを殴らな気が済まん!」

「君一人だったらね。でも普通、誰かが喧嘩したり何かあったら連絡が行くのは君たちの家族、つまりは親や保護者だ。親や保護者に組織から連絡が行ったら? 大事なパイロットを傷つけられた、情報を漏らされた、多額の賠償金を払え、責任を取って死ね、なんてことになったら君たちはどうするんだ」

「っ」

 

 ジャージ少年とメガネ君が息を吸い込んだ。特にメガネ少年は顔から血の気が引いている。

 

「アニメとかでも見るだろ。組織の情報を漏らした人間を裏切り者として殺すみたいなの。ケンスケ君、だっけ? 君のお父さん、きっとどこかの組織に所属してるんじゃない?」

「で、でも、あのネルフだぞ、父さんを殺すわけ、だって、特務機関が、」

「殺さない保証はない。ほら、事故を装って殺すとかさ」

 

 後退き始めたケンスケ君。トウジ君はもう動く気配がないので、取り押さえるのをやめて腕を引っ張って地面に座らせた。

 

「ごめんね、手荒なことして。どこか痛いところとかない?」

「…………あ、あらへん」

「ケンスケ君も。脅すようなこと言ってごめん。でもそんな可能性があることはちょっと考えればわかるだろう」

「て、転校生、」

「家族や周りの人に迷惑かけたくなかったら、余計なことは詮索しない方が良い子だよ。ほら、好奇心は猫をも殺すってよく言うだろ?」

「で、でもワシは許せへん! サクラが、まだあんな小さいのに入院までしたんや‼︎」

 

 とりあえず私への攻撃はやめたようなので、トウジ君を立ち上がらせる。

 うーん………本当に、私の操縦のせいで妹さんが怪我をしたのだろうか。もしも本当だったらすごく申し訳がない。まぁエヴァについては極秘中の極秘なので守秘義務もあるし彼らに私がパイロットであることは話せないのだけれど。

 

「辛いよね、怒る気持ちもわかる。でも、詳しい事情もわからないのに激情に身を任せて取り返しもつかないことになったらどうするんだ。どうもできないだろう。だったら、今は押さえろ。事情がわかるまで」

「っ……………」

 

 トウジと目を合わせながら語気を強めに言うと、トウジは悔しげに顔を歪めながら私の手を振り払って校舎へと戻って行った。その後ろを、ケンスケが着いていく。

 その後ろ姿を眺めていると、青みがかった白のような不思議な髪色をした包帯を巻いた少女がこちらへと向かってきていた。

 青い髪に、赤い目。赤木さんから聞いていた綾波レイの特徴だ。

 

「非常召集」

「わかった」

 

 走り出した綾波に続いて私も走り出す。また、使徒か。この間戦った奴の分析もまだ満足に済んでないのに。

 

 少し、トウジとその妹さんのことが気がかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『シンジ君、出撃。いいわね?』

「了解」

 

 プラグスーツに身を包み、L.C.Lで満たされたエントリープラグ内で先程見せてもらった今回の使徒の姿を思い浮かべる。

 プラナリアのような、浮遊する生物だった。中心には肋骨のようなものとコア。短い足のようなものがついていた。

 あの姿でどんな攻撃をしてくるのかわからないが、何かしらの攻撃手段を持っているはずだ。頭部の上部には目のようなものがついていて、初めて戦った使徒の仮面の時も思ったがちょっと可愛らしく見えた。

 まぁ可愛らしい見た目とは裏腹に、あれらは私たち人類を滅ぼす存在なのだけれど。

 やがて発進の号令と共に体を強いGを感じる。

 強い衝撃を感じ、目を開くと迎撃用意が成された第三東京市と使徒の姿が入った。

 

『作戦通り、いいわね。シンジ君』

「はい」

 

 作戦通り、格納庫からマシンガンのような遠距離武器を受け取ってセンターに使徒を入れてスイッチを押す。

 五秒ほどスイッチを押し続け、トリガーから指を離した。

 軽い爆煙に包まれた使徒。その煙の影に細長い何かが見え、即座に格納庫の影に隠れて座り込んだ。瞬間、格納庫が半分に切り裂かれて崩れる。

 立ち上がって後ろに飛ぶと、煙が晴れて使徒の武器が目に入った。赤紫色の鞭が使徒の左右から伸ばされている。長さ的には中距離に見えるがどうせ使徒のことだ、長さは自在に変えられるのだろう。

 

「ミサトさん、どうしますか! 作戦通りではさっき以上の爆煙が上がるから却って使徒の攻撃が読めなくなります‼︎」

『距離を取りつつ射撃するしかないわ! 近距離じゃ分が悪すぎるし、今はそれしか有効な手立てが……!』

 

 使徒の鞭を避けていくが、あまりにクネクネと動くから中々その先が読めない。

 コアを狙って狙撃はするが動いているせいでほとんど当たってないし!

 

「どうすれば、ぅわっ⁉︎」

『シンジ君っ⁉︎』

 

 視界が反転した。右足首に感じるのは、何か線を引っ掛けたような感覚。

 

「っヤッベッ」

『アンビリカルケーブルにつまづいたぁ!⁉︎』

 

 通信先でオペレーターやミサトさんたちが声を揃えて叫ぶのが聞こえるが、私はそれどころじゃない。

 全身に走る衝撃、続けて左足首を灼熱の何かに掴まれた。

 

 気づいた時には、視界に映っていたのは真っ青な空。

 暫くの浮遊感後に、背中を中心に後頭部を襲う転んだ時とは比べ物にならない衝撃と痛み。

 

「うぐぁっ………!」

『シンジ君、聞こえる⁉︎ 一旦撤退よ! 飛ばされた際にアンビリカルケーブルが外れたわ!』

 

 ミサトさんの声に目を見開く。サイドモニターでカウントを刻むの内部電源のリミットだ。

 ヤバイ、ミサトさんの指示に従って撤退しないと!

 

「了解しまし、」

『ひ、ぃ…………』

 

 

 多分、今の私の反射速度は使徒よりも速かっただろう。

 微かに耳に入った音に倒れた状態で後ろ手をついている左手を見る。開かれた手の指の隙間に、数時間も経ってない前に見たばかりのクラスメイトがいた。

 ヒュッ、と喉が鳴った。

 

 

『シンジ君のクラスメイト⁉︎』

『なぜこんなところに!』

 

 

 通信先の二人の声がやけに遠くに聞こえた。

 クラスメイト、私の、さっき話したばかりの、トウジとケンスケ君が、私が使徒に飛ばされた、先にいた。

 ちょっと、私の手がついた先が悪ければ、二人が、潰されて。

 

 彼らごと、私を覆うように使徒がゆっくりと飛んできた。気持ち悪く揺れ動く鞭が素早くしなる。

 伸ばされた鞭を半ば瞬発的に両手で掴んだ。まるで熱された鉄棒を掴んでいるかのような痛みと感覚。けれど、今ここで離したら傍にいる二人諸共どうなるかわからない!

 

 

『シンジ君、そこの二人を操縦席へ。二人を保護した後、即座に退却を!』

 

 

 耳に入ってきたミサトさんの声に、脳内では鞭を掴んだまま右手を動かして声を外に飛ばした。

 

「そこの二人! 今から出る白いコックピットに乗って!」

『え、こ、この声』

 

 エヴァを固定モードに移行してエントリープラグを排出する。赤木さんのエヴァ講座、しっかり聞いててよかった。聞いてなかったら固定モードに移行することもできなかっただろうから。

 エントリープラグが開いてミサトさんが彼らを急かす声が聞こえた。深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。落ち着け、落ち着け。大丈夫だ。やるんだ。二人がいても、大丈夫。

 トウジとケンスケ君の騒がしい声と共にエントリープラグが再挿入された。

 両手に鞭の感覚が戻るが、どこか鈍い感じがする。くそ、異物が二つも入ったから思考ノイズになってるんだ!

 

『シンクロ率、低下!』

『当然よ!』

「て、てんこうせい……………?」

「ミサトさんっ! このままこいつをやります!」

『何ですって⁉︎』

「こいつの攻撃速度と今のエヴァの状態じゃ多分逃げきれない! だったら今殺せば!!!」

『ダメよ! 危険すぎるわ!』

「このまま逃げてもさっきみたいにまた足を掴まれて投げ飛ばされるだけだ!」

『シンジ君っ!』

 

 叫ぶと同時に、掴んでいた鞭を頭の方へ引き、前へと投げ飛ばした。浮遊しているからか、そのまま使徒の体も流れていく。

 本当は、この隙に撤退したい。ミサトさんや赤木さんの指示通りに逃げたい。でももしもさっきみたいに掴まれて投げ飛ばされて、それを繰り返して終わりだ。それぐらいなら、ここで賭けた方が余っ程マシだ!

 

「ウアアアアアアアアッ!!!」

 

 皮膚が溶けたような手で肩のプログ・ナイフを引き抜いて山の側面を蹴って飛び降りる。体勢を立て直して飛んできた鞭を二本まとめて左手で掴んで、今度はこちらに引き寄せた。

 

『シンジ君!』

「こ、なくそおおおおおおおおおお!! 」

 

 引き寄せられるがままに飛んできた使徒のコア目掛けて、プログ・ナイフを突き刺した。未だに左手は焼かれたままで果てしない激痛が襲ってくる。内部電源のリミットをマヤさんの通信で聞かされて焦りが募る。

 でも、それでも。この左手と右手は、離しちゃいけない。

 

 

 だって、今、このエヴァには、私の傍には子供がいるんだ。彼らを、私が守らないと!

 

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああああっ!!‼︎‼︎‼︎」

 

 

 

 

 

『五、四、三』

 

 

 ビキリ、と音が聞こえた。

 目を見開いて左足を前に踏み出して、思い切りナイフを押し出す。

 

 

『二、一』

 

 

 エヴァ内部の電源が落ちた。マヤさんの声も聞こえなくなり、エントリープラグ内には私の荒々しい呼吸音だけが響く。

 左手の痛みに、右手で左手首を掴んで腹に抱え込むようにして背を丸めた。下を向いて目を強く瞑ったことによって堪えきれない生理的な涙が出る。

 

 でも、守れた。エヴァの電源が落ちる寸前に使徒の活動が停止したような、そんな感じがしたんだ。

 私は、子供を、守ることができた。

 それだけで泣きそうになってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 帰投した後、エントリープラグを排出してすぐに諜報部であろう黒服たちがトウジとケンスケ君を引き摺っていった。まぁ当然だろう。彼らは恐らく何かしらの方法を用いて避難シェルターから抜け出したのだから。

 私は一度、ネルフの病院にて検査をしてからミサトさんに呼び出された。

 いつになく厳しい顔つきの彼女を前にして、ミサトさんが口を開く前に腰を九十度に折る。

 

「この度は上官の命令を無視し、無謀な行動に出たこと申し訳ございません」

「貴方が今回したこと、本当に理解しているの? 運良く勝てたからよかったわ。でも負ける確率の方が高かった。貴方の負けはつまり私たち人類の滅亡なのよ⁉︎ そこんところ、本当にわかってるの⁉︎」

「わかってます!」

 

 ミサトさんに怒鳴られ、反射的に私も声を荒げて返してしまった。

 

「わかってます、わかってるんです……僕が負けたら、ミサトさんたちも、皆死ぬんだって」

「だったら、」

「逃げることに必死でケーブルに蹴つまずくなんて無様な姿を晒したのは僕ですし、命令違反をして使徒との戦闘で賭けに出たのは僕です。わかってます」

 

 罰だってなんだって甘んじて受けます。もし碇司令にミサトさんが責任を問われたら僕が頭を下げます。

 そう続けて、もう一度頭を下げるとミサトさんが頭上で小さく溜め息を吐いた。

 

「………貴方には三日間の謹慎が罰として命じられているわ。本部の留置所で頭を冷やしなさい」

「はい」

 

 私が頭を上げると、既にミサトさんは背を向けて廊下を歩いて行っていた。

 後ろには黒服のサングラスをかけた人がいた。その手には私の私物が入っているのか、いつも使っている学生鞄が持たれている。

 

「こちらです」

「わかりました。………あの、荷物、僕のですよね。持ちます」

「いえ。仕事ですので」

「持たせてください。逃げませんから」

「…………どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 黒服さんから鞄を受け取る。

 昔っからそうなのだ。仕事とはいえ、自分の物を頼んでもいないのに持たせたくなくていつも相手から受け取ってしまう。

 大人しく黒服さんの後に着いていくと、映画やドラマで見るような留置所に着いた。

 出入口は檻のようだが中にはベッドや小さな机と椅子があって、想像よりは過ごしやすそうである。

 

「これってお手洗いとかお風呂はどうすればいいんですか?」

「見張りがいるのでその者に伝えていただければご案内します」

「そうなんですね……学校はどうなるんですか」

「既にネルフより事情で三日間、欠席することを連絡済みです。その間、配布されたプリントや課題については葛城一尉の自宅に届けられ、ネルフへと運ばれます」

「成る程………あの、そのプリントとかってミサトさんが持ってきてくれるんですか・」

 

 おずおず、という風を装って聞くと黒服さんは察してくれたのか「別の者に運ばせた方がよろしいでしょうか」と言ってくれたので頷く。

 

「お願いします。ミサトさんも、暫く僕とは顔を合わせず頭を冷やした方がいいと思うので」

「……………葛城一尉よりも大人ですね」

 

 公私混同はしないであろう黒服の人の言葉に目を見開く。え、いいのそんなこと言っちゃって。ここ監視カメラとか盗聴器とかありそうだけど。

 

「そう、ですかね? でも貴方がそう言うのならやっぱりミサトさん、焦ってますよね」

「私にはそう見えました」

「……ですよね」

「他に何か必要なものがありましたら私が用意しますので、申し付けてください」

「あ、じゃあ…………」

 

 

 黒服さんの言葉に甘えて、恥ずかしさに顔を赤らめながら持ってき欲しいものを伝えると黒服さんの肩が揺れたように見えた。笑ってんじゃないぞ諜報部コラ。

 

 

 

 

 

 

 

「あら、意外と快適そうね」

「快適ですよ、意外と」

 

 

 謹慎三日目。昼前に訪問してきたのはリツコさんだった。

 ベットから起きて、縁に腰掛ける。

 その拍子にずり落ちそうになったブランケットをくちゃくちゃだがベッドの上に直した。

 

「暑くないのかしら、そのブランケット」

「意外と制服って薄着で動いてない状態で空調効いてると寒いんですよ……この部屋、暗いので尚のこと寒くって。軽い運動をしようにも狭すぎてラジオ体操すら出来ませんし」

「成る程ね」

 

 この年になって、幼い頃から使っているブランケットを持ってきて欲しいと黒服さんに言うのは子供っぽすぎて恥ずかしかったがあれが傍にあるとホッとするのだ。案の定、子供っぽく見えたのか黒服さんには笑われてしまったが。

 肩を軽く回しながらリツコさんを見上げる。

 

「それで、どうしたんですか? こんな時間から」

「ミサトの様子とか色々と伝えようと思ってね」

「…………どんな様子ですか?」

「貴方がいなくて参ってるわよ。今更謹慎を三日間にしたことを後悔してるわ」

「あはは………帰ったら掃除三昧だなぁ」

「そうね。あと、貴方のクラスメイト……第四使徒との戦闘の時に保護した子。鈴原君、だったかしら。彼から貴方宛に電話が何度かかかってきているの」

「トウジから?」

 

 心底から首を傾げる。何故、彼から? パイロットじゃないと嘘をついたことにキレているのだろうか。それについては謝罪するつもりだけど………

 

「レイから聞いたわ。第三使途が侵攻してきた日に彼の妹さんが怪我をして入院したそうね。そしてその原因が、エヴァパイロットのせいだと怒って貴方と喧嘩したことも」

「喧嘩って言うか………クラスメイトからパイロットかどうか聞かれた時にシラを切って否定したんですが彼ともう一人、情報源の相田ケンスケは信じなかったみたいで殴りかかってきたので、特務機関について詮索するのは危険だと諭しただけです」

「相田君についてはその父親と彼自身に黒服からよく言い聞かせておいたわ。それで鈴原君の妹、鈴原サクラちゃんだけどあの子が負傷して発見された場所からエヴァと使徒との戦闘の前に怪我をしたことがわかったわ」

「え、」

 

 目を見開いてリツコさんを見上げると、苦虫を噛んだような顔をして私を見下ろしていた。逆光でもその表情だけはよくわかる。

 

「彼女が発見されたのはエヴァと使徒が戦闘を行なった場所から遠く離れた避難シェルターへ向かう途中の廊下。そこはN2爆雷が投下された爆心地に近い場所だったわ。それに避難している最中にその廊下付近を通った民間人が、昼頃。それが投下された時間帯に物凄い揺れと何かが崩れる音がした、という証言をしていることからサクラちゃんが瓦礫に巻き込まれて負傷したのはN2

爆雷によるものだと私たちは断定したわ」

「そ、うなんですか………その、サクラちゃんの容体は?」

「まだ意識は戻ってないそうよ。全治三ヶ月、と言ったところかしら」

「三ヶ月」

 

 開いた口が塞がらない。そりゃあトウジもあれだけキレるわけだ。勝手に怪我、と聞いていたので全治一ヶ月ほどなのかと思っていたら、三ヶ月しかも小学生の女の子が、だ。

 サキエルが来てから三週間経っているのに未だに意識が戻っていないなんて。今更ながらトウジを諭したことが恥ずかしくなってきた。

 事情も知らないのに、は私の方だ。子供の話を聞かずに無闇に怒るなんて大人として一番やっちゃいけないことだろう。恥ずかしすぎて土に潜りたい。

 

「貴方が気にすることではないわ。第三使徒との戦闘で彼女が怪我をしたわけではないのだし、今回だってエントリープラグ内に異物を二つも入れた状態で使徒を倒したのだから。しかも、状態の良い使徒の死体まで」

「……いえ。サクラちゃんの容体も、状態も知らないでトウジを諭したことが恥ずかしくて」

「恥ずかしくなんてないわ。貴方の言ったことは間違いではないんだもの。守秘義務のことも考えたら当然よ」

 

 私を慰めようとしてくれているのだろうか。リツコさんのその言葉に僅かながらホッとしつつ、少し引っかかることがあった。

 

「………綾波、さんが僕が言ったことまで伝えたんですか? 非常召集について教えてくれるまで綾波さんは傍にいなかったと思うんですが」

「そ、それは、そうよ。私がレイに聞いたの」

「そうなんですね。そっか、トウジが僕に連絡を」

「えぇ。貴方が謹慎処分になって一日目かしら。ネルフから妹さんの怪我については国連軍の兵器の影響であることと、改めてその件について国連軍から謝罪させるということについて連絡したの。そうしたら貴方と話したいって何度もかけてきてね」

「そっか……………あの、もしまたかかってきたら明日、学校で話したいって伝えてくれませんか?」

「勿論よ」

「ありがとうございます」

 

 ホッとしてつい頬が緩んだ。そんな私の表情に、リツコさんはまるで母親が我が子に浮かべるような微笑みを見せた。

 

 

 

 

 



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