まどマギ見たことねえんだけど、どうやら俺は主人公らしい (東頭鎖国)
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1話

 ──夢を見た。

 嵐が巻き起こり、大地は裂け、見滝原の街は瓦礫と化していた。

 爆音と閃光のする方を見上げてみると、一人の女の子が巨大なバケモノと戦っていた。

 しかし力の差は歴然らしく、女の子は為す術もなく瓦礫の塊に吹き飛ばされてしまう。

 

「ああっ!」

 

「やはり彼女一人では荷が重すぎたようだね」

 

 なんか白い生き物が俺に話しかけてくる。

 犬? 猫? 兎? 四足歩行の動物なのは確かだけど、知っているどの動物とも違う生き物だ。

 不思議とそれを疑問に思うこと無く、俺はそいつに訊く。

 

「おい、このままじゃあの子どうなっちゃうんだよ!」

 

「このままだと、まず間違いなく死ぬだろうね。でも、君なら運命を変えられる。だってキミには──」

 

「よっしゃ助けに行くぞ!」

 

「あっ、ちょっと、最後まで話を」

 

「いくぜいくぜ~~!」

 

 降りかかる瓦礫の雨をかわしながら、急いで女の子のところに駆け寄ろうとする。

 しかし足元の石につまづき、転んでしまって……。

 

「あっ」

 

 倒れた俺の頭上に瓦礫が迫る。そしてそのまま下敷きに──

 

「うわぁぁぁぁっ!?」

 

 ガバっとベッドから起き上がる。

 ぱちぱちと目を瞬かせ、周囲を確認する。俺の部屋だ。

 

「夢か……でもこれって……やっぱりそういうこと?」

 

 夢に出てきた白い生き物は以前見たことがある。

 俺がこの世に生を受ける更に前……そう、前の人生の時だ。

 

 ・・・・・・

 

 俺こと鹿目まどかには、いわゆる前世の記憶ってやつがある。

 ……といっても、もう昔の名前も覚えていないくらい曖昧な記憶だけど。

 前世では『魔法少女まどか☆マギカ』ってアニメが存在していた。

 ピンク髪の「鹿目まどか」って子が主人公の魔法少女アニメだ。

 そう、何を隠そう俺もピンク髪の鹿目まどかなのだ。

 さっき夢で出てきた生き物は……確かそう、キュゥべえってやつだ。黒い女の子も見たことがある……名前、なんだっけ? 確かほむ……なんちゃら。多分聞けば思い出すんだけど……。

 

 そう……俺は魔法少女まどか☆マギカを見たことがないのである。

 有名だから存在は知っていたが、なんか暗い話だと聞いていたのでちょっと視聴する気になれなかったのだ。こんなことになるんだったらちゃんと見ておけばよかった! 

 俺が持っているまどマギの知識を簡潔にまとめると、

 

 ・主人公は鹿目まどか 中学2年生

 ・なんか魔法少女が5人いる

 ・キュゥべえとかいう白いのがいる

 ・マミさんって人が首取れて死ぬ

 ・魔法少女の子がひどい目に遭う

 ・暗い話

 

 せいぜいこれくらい。我ながらカスみたいな知識量である。

 それでも見ていないアニメの内容をこれだけ覚えてるなら上々なのかもしれない。

 人死にが出る暗い話なんだから対策くらい取りたいところだったけど、この知識量じゃどうにもならないので開き直って普通の人生を送っていた。

 もしかしたら偶然の一致で、何も起きずにそのまま暮らせるかも知れないし。

 そんなことを考えながら、ふと時計に目をやる。

 

「……あ」

 

 寝坊だった。

 起きるかも分からない危機よりも、目の前の現実のほうがよっぽど切羽詰まっていた。

 

 ・・・・・・

 

「おはよ~!」

 

「おはようまどか。朝ごはんできてるよ」

 

「いただきまーす!」

 

 大急ぎでガツガツと食らいつく。どんなに時間ギリギリでも朝ご飯はしっかり食べるのが俺のポリシーだった。

 お父ちゃんの作ってくれるご飯はおいしいからひとつも残したくないのだ。

 

「ごちそうさまー! 今日もおいしかった!」

 

「ようまどか、相変わらずギリギリじゃないか」

 

 ちょうど俺が食べ終わったタイミングでお母ちゃんがやってくる。

 

「あ、おはようお母ちゃん! 走れば間に合うからセーフ!」

 

 そう言ってカバンを引っ掴んで家を出ようとするところを、お母ちゃんに止められる。

 

「待ちな。せめて髪くらいはちゃんとしていくんだよ」

 

「ん」

 

 お母ちゃんはそう言って俺の後ろ髪をリボンで結んでくれる。

 俺は自分の髪の毛に無頓着だけどお母ちゃんは「せっかく可愛いのに、もったいないねえ」

 って言っていつもポニーテールにしてくれる。

 もっと動きやすい髪型のほうがいい! という俺自身の希望だ。

 

「よし出来た、っと。やっぱり似合ってるね、まどか」

 

「ありがと、それじゃ行ってきます!」

 

「まろかー」

 

「おう、タッくん。今日もいい子にしてなよ!」

 

 そのまま全力疾走で学校まで駆け抜ける。ガキの頃からずっと寝坊助なため、もはや習慣と化している行為だ。最後に歩いて学校まで通ったのなんていつだったか覚えていない。

 前世ではここまで遅刻してなかった記憶があるけど……お母ちゃんも朝が弱いし、遺伝ってやつなんだろうか? 

 そのまま校門を駆け抜け、教室にダッシュで滑り込む。

 

「セ~フ!」

 

「おはよーまどか。またギリギリじゃん」

 

「間に合うからいいんだよ、さやちゃん」

 

 一人の女の子が声をかけてくる。

 さやちゃんこと、美樹さやか。俺の幼馴染だ。

 彼女とは気が合うんで、よくつるんでいる。裏表なく表情豊かで面倒見もいい、気のいいやつだ。

 ……そういえば、さやちゃんもアニメの『まどマギ』に出てくる魔法少女なんだよな。

 魔法少女ってすごいメルヘンチックな響きだけど、さやちゃんってあからさまに女の子っぽいモノに対して『あ、あたしには似合わないっての!』って言って遠ざけるクセがあるからな……なんか、ちょっと想像つかない。

 

「どしたのまどか、ボーッとしちゃって」

 

「え? あ、なんでもない。考え事してた」

 

「まどかが考え事!? そりゃまた珍しい」

 

「え、俺普段なんにも考えてない人みたいに見られてるの?」

 

 キンコンカンコンとチャイムが鳴り、他愛のない会話は中断される。

 朝のHRは例のごとく担任の早乙女先生が彼氏にフラれた話から始まり、教室内が『ああ、やっぱりな……』という生暖かい雰囲気になる。

 

「あとそれから、今日は転校生を紹介します!」

 

「そっちが後回しかよっ!?」

 

 さやちゃんのツッコミをスルーして、先生は教室の扉に目を向ける。

 

「さ、暁美さん。入ってらっしゃい」

 

 扉が開き、入ってきたのは……流れるような黒髪の、綺麗な女の子。

 男なら、いや女でも、誰もが息を呑むような美少女だった。

 

「すっげぇ美人……」

 

 さやちゃんがぼそりと呟く。他のみんなも同じことを思っていたのか、教室内は静まり返っていた。

 だが俺は、別の理由で静まり返っていた、

 ……き、今日の夢の中に出てきた子~~!! 

 

「はい、それじゃ自己紹介いってみよう!」

 

「……暁美ほむらです。よろしくおねがいします」

 

暁美ほむら

 

 暁美ほむら

 

暁美ほむら

 

 ……なんか、聞き覚えある名前~~!! 

 頭の中で、前世の記憶のピースがガッチリハマる音がした。

『あ、物語が始まっちゃったんだな』というのが直感でわかった。今日の夢は、間違いなくその暗示だ。

 近い内に身の危険が降りかかる可能性がめちゃくちゃに高くなったし、これから気をつけなきゃいけない。でも、気をつけるって何を? 

 これから何が起こるのか、なんにも知らないぞ? 

 

 ……ま、いっか! 

 元々考えるのは苦手だ。なるようにしかなるまい。

 そう思ってふと転校生ちゃんの方を見ると、目が合った。

 

「……!」

 

 俺の方を見て、目を見開いた。

 ……え、なんかめっちゃ見られてる? 

 とりあえずニコッとしながら手を振ると、転校生ちゃんはふいっと目を逸らしてしまった。

 ありゃ、恥ずかしがりの子なのかしら。転校してばっかりで不安も多いだろうし、タイミングが合えば学校の案内とかしてやりてえな。

 なにより、美人とお近づきになれるチャンス! 何が起こるかわからない将来に対する不安よりも、良いことが確実に起きている現在の楽しみのほうが大きく勝っていた。

 ……とりあえず、今のところは。



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2話

 朝のHRが終わり、転校生ちゃんも席につく。

 辺りには速攻で人だかりが出来ていて、とても話しかけられる雰囲気ではなかった。

 

「まどか、あの転校生、もしかしてあんたの知り合い?」

 

「いや、違うと思うけど。手振ったらそっぽ向かれちゃったし。照れたのかな」

 

 本当の事は言えまい。まさか夢で見ただの前世で見ただの言っても信じてもらえないだろうし……。

 

「案外、一目惚れということもあるかも知れませんよ? まどかさんに運命を感じた、とか」

 

「まっさか~、それは流石にメルヘンすぎるよ、とみちゃん」

 

 そう言って俺を茶化すのは、もう一人の幼馴染。

 とみちゃんこと、志筑仁美だ。めちゃくちゃに良い家の生まれだけど、それを鼻にかけたりしないし温厚で気のいいやつだ。

 ちょっと想像力豊かで夢見がちなところがあるが、そこも愛嬌。

 習い事で忙しいせいで一緒につるんで遊ぶことは多くないけど、大事な友だちの一人だ。

 

「まどか、顔だけはいいからね」

 

「『だけは』は余計だろさやちゃん! 顔『も』いいんだよ!」

 

「顔がいいのは否定しませんのね……」

 

「おう、なんてったってお父ちゃんとお母ちゃんの子だからな」

 

「アンタ、ほんとお父さんとお母さんのこと好きだよね。ま、あんだけステキな親御さんだったらそうもなるか。お母さんはカッコよくて美人だし、お父さんは優しくて家事もできるし」

 

「だろォ~ッ?」

 

 俺は今生の両親が大好きだ。

 実は両親にだけは『前世の記憶がある』ということを話している。もちろん、アニメの件は伏せて。

 幼い頃の俺には罪悪感があった。本来の鹿目まどかがいることを知っていたから。俺みたいなのが生まれ変わってしまって、心の底から申し訳ないと思っていた。でも、お父ちゃんもお母ちゃんもそんなこと気にしないで受け入れてくれた。何があってもまどかは私たちの、僕たちの自慢の娘だって言ってくれた。だから俺は、こうして何の後ろめたさもなく友達とクソしょうもない会話で盛り上がっていられるのである。

 

「鹿目さん。ちょっといいかしら」

 

 ……と、そのクソしょうもない会話の最中に、凛とした声が挟まれる。

 ちょうど話題に上っていた転校生ちゃん……暁美ほむらだった。

 

「え、俺?」

 

「あなた、保健委員よね。保健室に連れて行って欲しいのだけれど」

 

 ・・・・・・

 

 そんなこんなで、彼女を保健室に案内することになったのだけれど。

 

「ねえ……なんで俺の前歩いてるの?」

 

「保健室、こっちよね」

 

「場所知ってるのかよ! めっちゃ元気にスタスタしてるし! 俺いらなくない? その……転校生ちゃん」

 

「……ほむらでいいわ」

 

「そう? じゃあ、これからほむちゃんって呼ぶわ」

 

「……」

 

「えっ、無視? 流石にちょっと馴れ馴れしすぎた?」

 

 転校生ちゃんが突然、踵を返し、こちらを見る。

 怒っているような、困惑しているような不思議な顔をしていた。

 

「ねえ、鹿目まどか」

 

「あ、俺もまどかでいいよ。なんならまどちゃんって呼んでも……」

 

「……はぁ……」

 

「ため息つくレベルでイヤなの!?」

 

 ・・・・・・

 

 ──暁美ほむら

 

 どうなってるの、今回は……。

 幾度となく時間遡行をする上で、多少の変化があることは珍しくなかった。

 性格や趣味が多少変化していることもあった。だから、何が起きても動じないと思っていた。

 だけど……今回は、あまりにも違いすぎた。

 

(どうなってるの、一体……)

 

 元々まどかは明るくて人当たりのいい子だったけど、魔法少女になっていない今は内気で引っ込み思案な子だったはず。

 いえ……魔法少女になった後でもここまでグイグイ来る、うるさい子ではなかったはず。

 一人称は俺だし……髪型も違うし……一体、何があったらこうなるのかしら。

 だから、思わず訊かずにはいられなかった。

 

「……ねえ」

 

「ん?」

 

「あなたは、本当に鹿目まどか?」

 

 ・・・・・・

 

「……それで、なんて答えたの?」

 

「本物に決まってるって答えるしかないだろ。だって俺本物だし」

 

「不思議なお方ですのねぇ」

 

 学校も終わり、さやちゃん、とみちゃんと三人でバーガー屋に寄ってさっきの件を話していた。

 前世含めて色んな人と喋ってきたけど、初対面でそんなこと言われるのはちょっと初めてのケースだったからだ。

 確かに俺は本来の鹿目まどかじゃないかもしれないけど、偽物か? と聞かれたら自信を持ってNOと答える。鹿目まどかとしてきっちり14年生きてきたし、これで自分が偽物なんて言ったら俺を娘として愛してくれたお父ちゃんとお母ちゃんにも失礼だからだ。

 

「なんだそりゃ、文武両道でスポーツ万能かと思いきや、今度はサイコな電波さん!? どんだけ属性盛り込めば済むんだよ、あの転校生は~!」

 

 さやちゃんがテーブルにでろーんと突っ伏す。

 あの後『変なことを聞いたわ、ごめんなさい』と一言謝り、結局保健室に行かずに復帰したほむちゃんは授業で指されても迷わずスイスイ答えるわ、体育の授業でも身体能力の高さを見せつけるわで早速みんなの注目を浴びていた。

 

「足は俺の方が早かったけどな!」

 

「変なとこで張り合うんじゃないわよアンタは」

 

 さやちゃんが呆れながらツッコむ。

 

「でも、不思議ですわね。あれだけの身体能力がありながら部活に所属したことがないだなんて」

 

「まあ、たまにはいるんじゃない? まどかみたいに足速いのに陸上部じゃなくて手芸部入ってるヤツもいるし」

 

「運動部より気楽だからな」

 

 部内の雰囲気が死ぬほど緩く、部活も毎日じゃなくて好きな時に出ていいよーって言ってくれたのが決め手だった。

 何かしらの部活はやりたかったけど、束縛されるのは嫌いだったから。

 

「……あら、もうこんな時間。ごめんなさい、お先に失礼しますわ」

 

 とみちゃんが携帯を見ながらそう言った。

 

「習い事?」

 

「ええ、今日はお茶のお稽古です。もうすぐお受験だというのに、いつまでつづけさせられるのか……」

 

「ピアノと日本舞踊も掛け持ちしてたよな、確か」

 

「うへぇ……あたしたち、小市民でよかったぁ」

 

「それではまた明日、学校で」

 

「「ばいばーい」」

 

 とみちゃんの背中を見て思う。ああやってスケジュールに追われつつもそれをこなすことが出来るのは、本当に尊敬できることだ。俺には絶対出来ないし、やりたいとも思わないけど。

 

「俺たちも帰るか」

 

「あ、まどか。帰りにCDショップ、寄ってってもいい?」

 

「ん」

 

 ・・・・・・

 

 さやちゃんは最近、CDショップによく行きたがる。

 彼女が音楽にハマっているとかそういうわけではない。見舞い品のためだ。

 さやちゃんの好きな男……上条恭介。こいつも、俺の幼馴染の一人だ。小さい頃から将来を嘱望されたバイオリニストだったが事故で腕に大怪我を負ってしまい、今は入院している。

 さやちゃんはあいつのことが好きだから、クラシックのCDを携えてちょくちょく見舞いに行っているらしい。

 俺は……行ってない。諸事情により、ちょっと会うのが気まずいからだ。まあどっちにしろ、さやちゃんと一緒に見舞いに行くつもりはない。二人きりの時間を邪魔するのは野暮ってもんだろう。

 

 良さげなCDを見繕うさやちゃんを待つ間、俺は好きなアーティストの新譜を試聴する。

 メジャーデビューしてからしっとりとした曲が多くなってたけど、今回のシングルはアップテンポな曲で俺好みだ。

 

 ──助けて──

 

「んぁ?」

 

 変な声がする。そういうのが入る雰囲気の曲じゃないぞ? 

 怪訝に思いながらヘッドホンを外す。

 

 ──助けて──

 

 また聞こえる。CDの音源じゃない。この声は? 

 

 ──助けて! まどか! 

 

 気のせいじゃない! 俺を呼んでる! 

 

「どこからだ!?」

 

 ──はやく助けて! 

 

「どこだ!?」

 

 ──助け……

 

「だからどこだよ!」

 

 頭の中に響いてくる声だから、声のする方向を目指して進むとかもできない。

 しかし名指しで助けを求めてる声を無碍にすることもできない。

 どうすりゃいいんだ……。

 

「なに騒いでんのさ、まどか」

 

「いやなんか、頭の中に『助けて』って声が響いてるんだけど、助けてほしいヤツがどこにいるのか分からなくて……」

 

「なんだそれ!? 転校生に引き続いてまどかも電波さんになっちゃったワケ!?」

 

「でも冗談じゃないんだって! さやちゃん、なんとか場所わかったりしない?」

 

「なんとかって言われても……そうだな、周りに助けてくれる人がいない、人気のない場所とかなんじゃない? 考えられるのは。この近くで人がいないところっていうと……改装中のフロア、とか?」

 

「それだ! サンキュー!」

 

「あ、待てってまどか!」

 

「いくぜいくぜ~~!!」

 

 大急ぎで改装中のフロアまで階段を駆け上がる。

 たどり着いたフロアは案の定、静まり返っていた。人の気配はない。

 ……でも、息遣いは聞こえる。

 

「こっちか!」

 

 辿り着いた先には、夢で見た白い生き物がいた。どうやら、怪我をしている。

 

「マ、マジで!? こいつ、実在したの!?」

 

 今日の夢は近いうちに何かが起こる暗示だとは思ってたけど、いくらなんでも昨日の今日に出会ってしまうとは思わなかった。

 とにかく、放っておくわけにもいくまい。白いのに駆け寄ろうとすると、

 

「そいつに近づかないで」

 

 そう、声がした。

 聞き違えるはずもない、今日一日で俺に強烈な印象を残した声。

 

「ほむちゃん!?」



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3話

「奇遇だなあ、ほむちゃん。何してんのこんなところで」

 

 ちょっとビックリしたが、努めてフレンドリーに話しかける。

 なんか服も制服じゃなくて私服に着替えてるし、腕にはなんか盾みたいなのがくっついてる。

 夢で見た時の格好とおんなじだ。もしかしてこれが、魔法少女の衣装ってやつ? 

 

「あなたには関係ないわ」

 

「そういうわけにはいかないんだよな。なんたって名指しで『助けて』って言われたもんだから」

 

 そう言って白いのをくいっと顎で指す。

 ほむちゃんは硬い表情のまま、ぐっと拳を握りしめる。

 

「それで……ほむちゃんは、こいつをどうしたいわけ?」

 

「あなたが知る必要はないわ」

 

 は、話が進まねェ~! 

 関係ない、必要ないの一点張りで取り付く島がない。

 

「言ってくれないんなら、俺だってほむちゃんの言うこと聞けないぞ。こいつのこと動物病院に連れてくからな」

 

「無駄よ」

 

「無駄って……息はあるし、犬猫だったらまだ助かる傷だぞ? なんで?」

 

「無駄なものは無駄なの」

 

「だからなんで!?」

 

 不毛な会話が続く。ほむちゃん、全く説明してくれない上に譲らないから埒が明かない。白いのはさっきからずっと荒い呼吸をしていて忍びないし、何か、現状を打破してくれる変化がほしい……と思ってたところに、こちらに走ってくる何者かがいた。

 

「はぁ、はぁ……勝手にどっか行かないでよまどか……って、どんな状況!?」

 

「さやちゃん!」

 

 俺のことを走って追っかけてきてくれたらしい。

 さやちゃんは俺たちの状況を見て仰天していた。なんかケガした謎の生き物と、なんかオシャレな服着ながら変な盾つけてるほむちゃんと、その間に挟まれてる俺。

 

「えーっと、助けを求めてたのはそこの白いやつだった。そんで近寄ろうとしたら、ほむちゃんがあなたには関係ないから近づくなって」

 

「ほんとにどんな状況よ! 意味わからん! なんか転校生は変なコスプレしてるし、この白いのは新種の動物!? 転校生、あんたもここで何してんのよ! 何か、まさか密猟か!?」

 

「貴方には関係ないわ、美樹さやか」

 

「なにー!?」

 

「さっきからこの一点張りで、なんも説明してくれないんだよ……」

 

 さやちゃんが来てくれたものの、結局会話が堂々巡りになってしまう。

 そんな時……急に辺りの景色が霞み、歪み始める。

 

「なんだ、これ……?」

 

 目を擦ってみる。いや、俺の目はおかしくない……現実に、景色がどんどん変わってきている。

 味気なく暗い改装中のフロアから、ビビッドな色遣いの不思議空間に! 

 

「な、なんじゃこりゃあ!?」

 

「まどか、あたしたち夢見てるんじゃないよね!?」

 

「くっ……こんな時に!」

 

 三者三様のリアクションだ。その中でも、やっぱりほむちゃんだけはこれが何かを知ってそうな反応だった。

 

「ほむちゃん、これは一体なんなの! 流石にこれで無関係とは言わせないからな!」

 

「……どのみち、説明は後よ。危険だから私の側から離れないで、まどか」

 

「あ、あたしはどうすればいいのさ!」

 

「ついでにあなたも」

 

「あたしはついでかよッ!?」

 

 ほむちゃんが危険だと言った理由は、すぐに分かった。上空から無数の鋏が降ってきて、ざくざくと地面に突き刺さる。

 その後、鋏から茨が生えてきて……異形の姿を象った。

 まんじゅうの髭男爵みたいな変なやつが俺たちの周囲を囲むように現れる。

 手に持った鋏をしゃきんしゃきんと鳴らして、まるで威嚇してきているようだった。

 ……少なくとも、友好的な存在ではないらしい。

 

「な、何よあれぇ……」

 

 さやちゃんが怯えながら俺の腕にしがみつく。

 反して俺は、不思議と落ち着いていた。なんとなく、予想の範疇内だったから。それに、ほむちゃんがいるから大丈夫……根拠はないけど、不思議とそんな気がしていた。

 ほむちゃんは周囲を見渡し、盾に手を掛ける。

 その時だった。

 

 ズドドドドドォン!! 

 

 突如、爆音が響く。それと同時に無数の銃弾が降り注ぎ、まんじゅう野郎共は瞬く間に全滅していった。驚くことに、俺たちが立っている場所には傷一つついていない。

 ビビッドな不思議空間は歪んで掻き消え、元の景色に戻っていく。

 

「危ないところだったわね」

 

 暗がりから誰かが歩いてくる。女の人だ……それも、かなりの美人さん。金髪縦ロールとかいう珍しい髪型な上に、コスプレ衣装めいた服を着てるけど……この人も、魔法少女か? 

 

「その制服……私と同じ見滝原ね。それに──あら、貴女も魔法少女?」

 

「……」

 

 その人は、ほむちゃんに向かって話しかける。ほむちゃんは沈黙したまま、何も言おうとしない。

 沈黙が気まずくなったのか、さやちゃんが口火を切る。

 

「あのー、魔法少女って? それにこの白い生き物とかさっきのヤツとかって、一体なんなんですか?」

 

「白い生き物? ……あら、キュゥべえ! ひどい怪我……あなた達が助けてくれたのね」

 

 金髪の人が白いのに手を翳すと、淡い光とともに白いのの傷がみるみるうちに塞がっていく。

 

「ふぅ……助かったよマミ。危うくそこの魔法少女に殺されてしまうところだった」

 

「そこの……」

 

「魔法少女?」

 

 みんな一斉にほむちゃんの方を見る。ほむちゃんは依然、黙ったままだった。

 

「それじゃあ……何かしら? 貴女がキュゥべえを傷つけ、あわよくば始末しようとしていたってこと?」

 

「……」

 

「答えなさいッ!」

 

 金髪の人がほむちゃんに向けて銃を向ける。

 只の脅しではなく、本気で撃ちそうな雰囲気だった。

 ほむちゃんは顔色一つ変えず、盾に手を掛けている。

 

「キュゥべえはね、私の大切な友達なの。貴女が何を考えているのか知らないけど、絶対に手出しはさせないわ!」

 

「そう」

 

「ま……待った待った待った!」

 

 ほむちゃんを庇うようにして、二人の間に割って入る。

 剣呑な雰囲気に耐えられず、思わず身体が動いてしまっていた。

 

「ちょ、ちょっと貴女!?」

 

「なんかよくわかんないけど、物騒なのはよくないと思う! ほむちゃんにも何かワケがあったのかもしれないし! 例えばこいつに噛まれたとか、もっとヒドいことされたとか……」

 

「キュゥべえはそんなことをする子じゃないわ」

 

「え!? え~っと……ほむちゃん! 実際のとこはどうだったんだよ……って、いない!?」

 

 ほむちゃんはまるで最初からそこにいなかったかのように、忽然と姿を消していた。

 隠れるような場所も時間もなかったはずなのに……一体どこに、どうやって? 

 

「……逃げたみたいね」

 

「すいません。助けてもらったのにこんな、割って入っちゃって」

 

「いいのよ、あなた達も無事で良かった。ところで、あの子とは一体どんな関係なの?」

 

「それは──」

 

 俺が口を開きかけた瞬間、さやちゃんがそれを遮るように話す。

 

「今日うちのクラスに来たばっかりの転校生ですよ。あたしたちもあいつのことはよく知りません」

 

「そうだったの……まあ、いいわ。キュゥべえもこうして無事だったことだし」

 

 金髪の人は納得したのか、それ以上は聞いて来なかった。

 その代わりに、白いやつが俺達に語りかけてくる。

 

「ふう、傷の方も落ち着いたみたいだ。助かったよ鹿目まどか、それに美樹さやか。君たちの介入がなければ危ないところだった」

 

「あたしたちの名前、知ってるの!?」

 

「そういえば俺も名前で呼ばれてた! でも、一体どうして?」

 

「それは君たちに魔法少女の才能があるからだよ」

 

「ま、魔法少女の才能ぉ?」

 

 思わず顔が引きつる。俺、魔法少女になるの? 

 アニメって魔法少女がひどい目に遭う話だったよな、確か。それって、やばいんじゃないの? 

 今までそういう兆候なんにもなかったのに、この一日で色々起こり過ぎてないか? 

 

「そ、そういえば聞いてなかったけど……あんたって、なんて人?」

 

「ああ、そういえば自己紹介がまだだったわね。私は巴マミ。あなた達と同じ見滝原中の三年生で……キュゥべえと契約した、魔法少女よ」

 

巴マミ

 

 巴マミ

 

巴マミ

 

 ……く、首取れて死ぬ人だ~~!?



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4話

「……さっきから魔法少女だのなんだのって言ってますけど、それってなんなんスか? 一体」

 

 一人でショックを受けている俺をよそに、さやちゃんが至極もっともな質問をぶつける。

 

「そうね……あなた達もキュゥべえに選ばれたみたいだし、そのあたりも説明する必要がありそうかしら」

 

 そう言うと、金髪の人──巴マミさんの身体は一瞬光り……魔法少女の服から、見滝原の制服に戻っていた。

 

「こんなところで話すのもなんだし……もしよかったら、私の家に来ない? お茶くらいはご馳走するわよ」

 

 ・・・・・・

 

 そんなこんなで、巴マミ先輩の家にお呼ばれしたわけである。

 綺麗で片付いていて、上品な女の子! って感じの印象の家だった。

 聞くところによると一人暮らしだから、インテリアも全部自分でやっているらしい。すごい人だ。

 

「お茶めっちゃウマいっすね! ケーキも! おかわり!」

 

「あんたちょっとは遠慮しなさいよ! もうお茶5杯目じゃん!」

 

「うふふ、ありがとう。喜んでくれて嬉しいわ。それで、本題なんだけど……」

 

「本題?」

 

「……あんたまさか、忘れてたわけじゃないでしょうね?」

 

「あっ……いや、覚えてたぞ! 魔法少女の話だよな!」

 

 危ない危ない、お茶とケーキが美味しすぎて忘れるところだった。

 さやちゃんが「ぜったい直前まで忘れてた……」って言いたそうな顔をしているけど、結果的に思い出したからセーフ。

 

「そうよ。キュゥべえに選ばれた以上、あなた達にとっても他人事じゃないから」

 

 マミ先輩はお茶のおかわりを注ぎながら話してくれる。

 この人、めっちゃいい人かもしれん。初対面の俺達を助けてくれただけじゃなくて、お茶とケーキまでご馳走してくれるなんて。

 

「まず魔法少女っていうのはね、キュゥべえと契約をした人たちのことを言うの」

 

「契約って?」

 

「ああ、その辺の話もしていなかったわね」

 

 キュゥべえがマミ先輩の膝の上からぴょこっと顔を出し、先輩の代わりに言葉を続ける。

 

「僕と契約して魔法少女になれば、君たちの願いをなんでも一つ叶えてあげる」

 

「願いをなんでも一つ?」

 

「ああ、なんだって構わない。どんな奇跡だって起こしてあげるよ」

 

「まるで伝説上の生き物だな……でも、それだけじゃないんだろ?」

 

「ああ。僕と契約して魔法少女になったものには、魔女と戦う使命が課せられる」

 

「魔女って、全身黒い服着てイーッヒッヒッヒ! って言いながら大鍋グツグツかき混ぜてるみたいな、あの?」

 

「うーん、そういう典型的な魔女、って感じではないわね。そもそも人型をしていない事も多いし」

 

 マミ先輩は苦笑しながら言う。

 

「こればっかりは、実際に見てもらったほうが早いわね」

 

「実際に」

 

「見てもらう?」

 

「そこで提案なんだけど……魔法少女体験コース、なんてどうかしら?」

 

 ・・・・・・

 

 もう外も暗くなりだしたため、その場はとりあえず一度お開きになった。

『すぐに結論を出さなくてもいいけど、もし決心がついたら教えてちょうだいね』

 とマミさんは言ってくれた。

 

「魔法少女体験コースねえ」

 

「まどか、アンタどうする?」

 

「んー」

 

 正直、魔法少女になる理由もない。魔法少女になって叶えたい願いもない。

 でも──マミ先輩、このままだと首取れて死ぬんだよな……近い未来に。それこそ、明日でもおかしくない。マミ先輩、美人だしいい人だったよな……死んでほしく、ないな。

 

「俺はとりあえず、ついていってみるよ」

 

 多分、一緒にいたほうがいい。近いうちに死ぬ可能性が高いっていう事実を知っているのは俺だけだ。何も出来ないかもしれないけど、何かしらはできるかもしれない。

 ……それに、ワクワクしている気持ちもある。マジでアニメの設定みたいなことが現実で起きている! その渦中に、俺がいる! 心の中の高揚は、今持っている危機感に勝るとも劣らないものがあった。

 

「そっか。そんじゃあたしも行くわ」

 

「さやちゃんも? やっぱ魔法少女とか興味ある系?」

 

「いや、特に今はないんだけど……やっぱり知っておきたいってのはあるかな」

 

「あ、俺も同じ感じ!」

 

「それに、あんた一人で連れてったらマミさんに迷惑かけそうだし。放っとけないっての」

 

「さやちゃん俺のこと何だと思ってんの!?」

 

「ん~……手のかかる妹かなぁ」

 

「なに~!?」

 

 なんだか釈然としない。俺、一応前世も含めたらさやちゃんより年上なんだが? 

 なんにせよ、さやちゃんも一緒に来てくれるのは頼もしかった。それにさやちゃんも魔法少女になる可能性大だから、近くで見ているに越したことはないと思った。

 ……もしさやちゃんが魔法少女になるんだったら、一体どんな願いで魔法少女になるんだろう? 

 

 ・・・・・・

 

 翌日。

 

「ふぃ~、今日も遅刻ギリギリ……い゛ッ!?」

 

 教室に着くと、俺の机にキュゥべえが鎮座していた。

 

「やあ、おはようまどか」

 

「おま、なんでここにッ……!」

 

(落ち着きなよ、まどか)

 

「え!?」

 

 頭の中にさやちゃんの声が響く。思わずさやちゃんの方を見ると、にかっと笑いながら手を振ってきた。

 

(キュゥべえを中継して、こうやって頭の中で考えるだけで会話とかできるみたいだよ。さっきマミさんに教えてもらったんだ)

 

(マジか……あと、クラスのみんながここにいるはずのキュゥべえに無反応なんだけど、これって)

 

(見えてないよ。どうやら、魔法少女の才能がある子にしか姿が見えないみたい)

 

 半信半疑でテレパシーを送ってみると、返事が返ってくる。本格的に魔法感があるムーブになってきたな……あ、そうだ。

 

(なあキュゥべえ。これって、俺とさやちゃん以外とも喋れるの?)

 

(魔法少女か、その才能を持っている人間なら可能だよ。もちろん、マミと話すこともできる)

 

 ほう、なるほど。じゃあ、もしかして……。

 

(イェーイ、ほむちゃん聞こえる~?)

 

 ……反応がない。聞こえていないのか、それともしらばっくれているのか。

 

(暁美ほむらには聞こえないよ。彼女は危険だ、流石に念話を仲介してあげるわけにはいかない。今は人目もあるから仕掛けてこないけれど、いつ何があっても不思議じゃないからね)

 

 うーん、駄目か。イケると思ったんだけど……。

 っていうか、やっぱりテレパシーの内容ってキュゥべえに筒抜けなんだな。

 

 ・・・・・・

 

 その後は特に大きな出来事もなく、お昼休みになった。

 人のいないところで魔法少女の件についてゆっくり話したかったため、さやちゃんと一緒に屋上に向かう。

 いつも一緒に弁当食ってるとみちゃんを仲間外れにするようで心苦しかったけど、

 

「今日はさやちゃんと二人で弁当食いたい気分なんだ。ちょっと秘密の話があってさ」

 

 って言ったら『二人の仲はいつの間にかそこまで進んでいましたのね~!』って意味わからん事言って走り去っていったので、俺とさやちゃんは二人で顔を見合わせた。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 

「結局、願いとかって決まったん? さやちゃん」

 

「んー、あたしは結局、決まってないな。まどかは?」

 

「俺もないな。なんか軽々と決めていいことじゃないと思うんだよ、こういうの。タダで叶えてもらうってわけでもないみたいだしな。魔女、っていうのと戦わさせられるんだっけ?」

 

 屋上までひょこひょこ歩いてついてきたキュゥべえに向かって俺は訊く。

 そのへんの詳しい説明をまだしてもらってない。

 

「ああ。願いの対価として君たちは魔法少女となって、魔女と戦ってもらうことになる」

 

「……それって、やっぱ危なかったりするんだよな?」

 

「えぇ、命懸けよ」

 

 その問いに答えたのは、キュゥべえではなかった。

 たった今屋上に入ってきた、三人目の人間。

 

「ほむちゃん!」

 

 ほむちゃんが屋上にやってくると同時にキュゥべえは俺の後ろに隠れ、さやちゃんが身構える。

 

「アンタ、何しにきたのさ。転校生」

 

「別に、ただ忠告しに来ただけよ。魔法少女として」

 

「キュゥべえを殺そうとしたアンタの言葉を聞けっての? 悪いけど、信用できないね」

 

 ほむちゃんとさやちゃんの間に、バチバチと火花が散る。キュゥべえは何考えてるのかわかんない無表情でじっと二人を見ていた。こいつ、怖がったりしないのな……肝が据わっているのか、それともただ何にも考えていないのか。

 

「ま、まあまあ! 二人共落ち着いて。ほむちゃんもケンカしに来たわけじゃないんだろ?」

 

「……ええ、そうね」

 

「でもまどか、こいつ放っといたらキュゥべえのこと殺すかもしれないんだよ!?」

 

「別に、もうそいつに手を出す気はないわ。意味がないもの。本当はそいつが鹿目まどかと接触する前にケリをつけたかったけど、それももう手遅れだし」

 

「なんで俺とキュゥべえが接触しちゃいけないんだ?」

 

「……答える必要はないわ」

 

「そっか~……それじゃあ、質問変えよう。ほむちゃんの好きな食べ物ってなに?」

 

「……え?」

 

 ほむちゃんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。

 まあ当たり前だろう。いきなり突拍子もないこと聞かれたら誰だってこんな顔すると思う。

 

「まどか、いきなり何言ってんの!?」

 

「いやさ。ほむちゃんが魔法少女関係のことについて話したくないのはわかったから、魔法少女関係じゃないことなら喋ってくれるかと思ってさ」

 

「そんなこと聞いてどうするのさ、こいつはキュゥべえを襲ったんだよ!? 絶対悪いやつに決まってる!」

 

「いや……まだわかんないんだよ。だって俺達、ほむちゃんがどんな人間か知らないから。だからお喋りしたい。どんなしょうもないことでもいいから、ほむちゃんのことを知りたい……それじゃ駄目か?」

 

「……ごめんなさい、今日は、無理よ。それじゃ、さよなら」

 

 ほむちゃんは後ろを向き、俺の顔を見ないまま答える。

 そのまま足早に屋上から立ち去っていった。

 

「駄目かぁ、今度こそちゃんとお喋りしたかったんだけど」

 

「まどか、なんであんなヤツの肩持つのさ。怪しいし愛想もないし、キュゥべえ襲った前科もあるのに」

 

「さっき言った通り、どんな子かちゃんとわかんないからだよ。もし本当に悪いやつだったら会話なんてしないでいきなり襲ってくると思うし」

 

「それは確かに、そうかもしれないけど」

 

「それに……」

 

「それに?」

 

「すっげえ美人さんだしな!」

 

 俺の発言に、さやちゃんが思わずズッコケる。

 

「本音はそれかい!! そういやアンタ、昔から『美人に悪い人はいない!』とか言ってたけど、あれ本気だったの!?」

 

「本気も本気、大マジよ。ほむちゃん以外で俺が知ってる美人っつったらまずお母ちゃんだろ? それにさやちゃんとみちゃん、あとマミ先輩。ほら全員めっちゃいい人」

 

「あ、あたしも入ってるの?」

 

 さやちゃんが困惑気味に言う。何を今更? 

 本人には自覚が足りてないけど、さやちゃんはめっちゃ美人だ。

 過ぎた謙遜は卑屈だということをいいかげん自覚していただきたい。

 

「だってさやちゃん、めっちゃ美人でめっちゃ良いやつじゃん」

 

「あ、あたしは美人なんてガラじゃねーだろ……そういうので茶化すのやめろって」

 

「茶化してないんだけど」

 

「あ~、もうこの話はやめよう! ハイ、やめやめ! とっとと弁当食うよ! お昼休みが終わっちゃうから!」

 

 さやちゃんが顔を赤くしながら強引に話を打ち切り、弁当に手を付ける。

 美人はいい人理論、完璧だと思うんだけどなあ。そもそも俺が美人って言っているのはただ顔立ちが整っているだけじゃなくて、もっと総合的な……いや、やめよう。

 この話めっちゃ長くなるから、どうせ誰にも話すことないだろうしな……。

 

 ・・・・・・

 

 ──暁美ほむら

 

 私は逃げるように立ち去った。屋上のドアを閉めてからは、走った。走って走って、私が辿り着いたのは人目につかない校舎裏だった。心を落ち着けるために、少しでも一人になれる時間が欲しかった。

 

 ……心臓が、まだドキドキしている。

 

 まどかにあんなに優しく歩み寄られたことは、久しくなかった。

 いつも私は怯えられ、困惑されるばかりで、ループを繰り返す度にまどかと私の心の距離はどんどん離れていく。

 いつしか私は、まどかと深く関わることを諦めていた。割り切るように努めていた。例えどれだけまどかに突き放され、嫌われたとしても絶対に守ってみせると。

 それなのに……ちょっと優しくされただけで、きっぱり突き放せないで、そのまま逃げて。

 ……なにより、どうしようもなく嬉しいと感じてしまう自分が情けなくなった。あまりにも、単純すぎて。

 

 今のまどかは異質だ。これまでのどのループとも違う、ともすれば別人と言っても良い人間性……それなのに優しいところだけは、誰にでも手を差し伸べようとするところだけは今までのまどかと同じだった。

 だからこそ心配だった。今までと同じなら、まどかはちょっとしたキッカケさえあれば魔法少女になってしまうだろう。それも自分のためではなく、誰かのために自らを犠牲にして。

 

 ──そして今、私の目の前に現れた女も……そのキッカケになりうる人物だった。

 

「さて。こんなところで何をしているのかしら、転校生さん?」

 

「……巴、マミ」

 

 この見滝原でもっとも強く、もっとも厄介な人物。

 そして……かつて私が尊敬していた人。



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5話

 ──暁美ほむら

 

「巴、マミ」

 

「あら、知っていたの。光栄ね、暁美ほむらさん?」

 

「……何故、私の名前を?」

 

「鹿目さんたちから聞いたの。それに、さっきの会話も遠くから聞かせてもらったわ。コソコソするようで悪いけど、キュゥべえに危害を加えかねないあなたを野放しにはできないでしょう?」

 

「聞いているなら、話は早いわ。私はもうアイツに危害を加えるつもりはないわ」

 

「その話、信用できると思って? と、言いたいところだけど……いいわ、信じてあげる」

 

「……なぜ?」

 

 正直、予想外だった。有無を言わさず敵対すると思っていたからだ。

 巴マミにとってキュゥべえは孤独を癒やす数少ない存在。私はそれを奪おうとしたのだから。

 実際、昨日の時点では怒りを露わにしていた。

 

「キュゥべえを狙う動機なんて、だいたい予想がつくもの。自分より才能のある魔法少女を生み出したくなかった……でしょう? 暁美さん」

 

「……」

 

「沈黙は肯定と受け取るわよ」

 

 実際のところは違うけど、もっともな推理だ。それに反論する材料を私は持っていない。

 違う、と言ったところで彼女は信じないだろうし、本当のことを言うなんて論外。

 彼女が出した結論は覆すことは出来ない。巴マミの中での私のイメージは狭量で卑劣な女、というもので固定されるだろう。心の中で舌打ちをする。

 彼女は一見穏やかで優しい人物に見えて、根本の価値観はかなりシビアだ。

 早いうちに両親を亡くし、友人とも疎遠になりながらも心折れることなく魔法少女として戦い抜いてきた彼女は、戦闘歴という点では群を抜いている。

 私のように、キュゥべえを狙う魔法少女とも戦ったことがあるのだろう。そうでなければ、このような結論は出せない。

 味方でいるうちは心強いが、敵に回すとこれ以上ないほど厄介な存在だった。

 

「でも、鹿目さんは貴女のことを信じたいみたいね。今回は鹿目さんの顔に免じて見逃してあげる。でも……次はないわよ?」

 

 巴マミが立ち去り、私は大きく息を吐く。

 一度敵対してしまった以上、今回も彼女が味方についてくれることはないだろう。

 それは元から期待していないし、悲観もしていない。本当に頼れるのは自分だけだから。

 即座に戦闘にならないだけ御の字といったところだろう。

 冷静で強かな女。おそらく単体での戦闘力なら、魔法少女最強の存在。

 

 ──そんな彼女でも、死ぬ時はあっさりと死ぬ。

 

 彼女の死も、まどかが魔法少女になるトリガーとしては十分すぎる出来事になってしまう。

 巴マミが死ぬ危険性が高い魔女が出てくるまで、もう猶予がない。巴マミに先んじてその魔女を仕留めることがベストだけれど、そう上手くいくとも思えない。

 

「……はぁ」

 

 もう一度、大きくため息をつく。焦燥感だけが募る。今回も、分が悪い。

 でも諦めるわけには、立ち止まるわけにはいかない。

 巴マミが死んだら、その時はその時だ。まどかが魔法少女にならないよう、全力で止めるだけ。

 目的を見誤ってはいけない。私の目的はまどかを守ること。

 それだけが今の私の存在理由だから。

 

 ・・・・・・

 

 ──鹿目まどか

 

 あっという間に時は過ぎ、放課後。

 俺とさやちゃんはマミ先輩の家にやって来ていた。

 

「魔法少女体験コース、ついてきてくれる気になったみたいね」

 

「はい、俺もさやちゃんも魔法少女になるかどうかとかまだなーんにも考えてないけど。どんな感じで活動してるのかとか、結局魔女ってなんなのかとか色々知りたくて」

 

「ふふ、それでいいのよ。願いを叶えるチャンスは一度きりしかないし、叶えた後も魔法少女として活動するのって結構大変なものだから。そのあたりもちゃんと知っておくと良いわ。それじゃあ早速、行きましょうか」

 

 マミ先輩がそう言うと、彼女の着けている指輪が光りだし、卵みたいな形の宝石へと姿を変える。

 

「すげぇ! なんだそれ!?」

 

「これはソウルジェムっていって、魔法少女であることの証よ。魔法少女が魔法を使うには、これが必要不可欠なの。魔女を探すときなんかもこれを使うのよ」

 

「きれい……」

 

 さやちゃんが見惚れている。確かに綺麗だ。

 ソウルジェム……魂の宝石かぁ。なんかちょっとカッコイイな。魔法少女はみんな魔法少女魂を燃やして戦うってわけだ。

 なんかそう言うと熱血アニメみたいだな。暗い話って聞いてたはずなんだけど。

 もしかして、ダークヒーロー系とかそういうやつ? ほむちゃんとかそんな感じの雰囲気あるし。

 

「さぁ、魔女を探しに出かけるわよ」

 

 ・・・・・・

 

 マミ先輩はソウルジェムを掌に乗せながら探索を始める。

 俺達はそれにカルガモのようにひょこひょこついていく感じだ。

 

「結局魔女ってなんなんですか? 魔法少女とは違うんですか?」

 

「願いから産まれるのが魔法少女ならば、魔女は呪いから産まれた存在なんだ」

 

「おわっ! アンタいたの!?」

 

 さやちゃんの疑問に答えたのは、マミ先輩ではなくキュゥべえだった。

 いつの間にか付いてきていたらしい。こいつ、ホントどこからともなく出てくるんだよな……。

 

「魔法少女が希望を振りまく存在なら、魔女は絶望を撒き散らす。それも、普通の人間には姿が見えないからタチが悪い。それでいて獲物と決めた人間に不安や猜疑心、それに過剰な怒りや憎しみをもたらすんだ」

 

「理由のハッキリしない自殺や殺人事件の大半は魔女の仕業なのよ。神隠しって言われるような行方不明事件なんかも、大抵はそう。直接的に魔女の犠牲になった人は死体すら残らないから」

 

「それ、もしかしなくても放っておいたらヤバいやつなんじゃ?」

 

「そういった被害を抑えるために私達魔法少女がいるのよ……と、どうやらビンゴみたいね」

 

 マミ先輩が足を止める。どうやら魔女の居場所を突き止めたらしいけど、俺には何もない空間にしか見えない。さやちゃんも俺と同じ認識のようで、目を見合わせる。

 しかしその認識は一瞬で覆される。景色が霞み、歪んでいったからだ。

 

「マ、マミさん、これってあの時の!?」

 

「ええ、これが魔女の結界。ここに人間を取り込み、獲物にするのが魔女の習性なの。決して自分から人前には出ないからこちらから探す必要があるわけ」

 

 驚くさやちゃんとは対照的に、マミ先輩は努めて落ち着き払っている。

 こんなものは日常風景だと言わんばかりの様子だった。

 

「じゃあ、昨日の俺達はこの結界ってのに取り込まれてた状況だったんだな」

 

「そういうこと。二人共、結構危なかったのよ? 普通は生きて帰れないから。一緒にいた暁美さんもあなた達を守るとは限らないし、仮にそうしたとしても対価を求めないとも限らないから」

 

「対価って……お金ってこと?」

 

「ええ。魔法少女の力っていうのは使おうと思えばいくらでも私欲を満たすために使えるから、そういうことをする人も少なくないわ。さて……お喋りはここまで、いくわよ、魔女退治!」

 

 そう言ってマミ先輩は欠片の恐れも見せずにずんずんと進んでいく。

 昨日見たまんじゅうの化け物やヒゲ生えた蝶みたいな化け物とかが邪魔してくるが、そんなものは意にも介さず次々と魔法の銃で仕留めていく。

 

「すげえ! 魔女がいっぱいいるのに相手になんねぇ!」

 

「これは魔女じゃないわ、ただの使い魔。本命はもっと手強いわよ……と。噂をすればなんとやら、かしら」

 

 マミ先輩がドアを開けると、開けた場所に出る。そこには無数の薔薇と……クソでかい化け物がいた。

 

「うへぇ、グロっ」

 

 さやちゃんがドン引きしている。無理もない。

 目の前の化け物は今まで見たどんな生き物にも該当しない、珍妙不可思議な姿をしていた。

 なんか頭は薔薇がいっぱい入ったドロドロのゼリーみたいになってるし、胴体はチューリップの球根みたいな形してるし、足もひげ根みたいな形してるし。

 それに背中には蝶の羽が生えてるし……全てがチグハグで、不気味な姿だった。

 

「マミ先輩、あれが魔女!? なんかイメージしてたやつと全然違うんだけど!」

 

「だから、実際見たほうが早いって言ったでしょう? これが魔法少女が倒すべき相手。人間に仇なす怪物よ!」

 

 マミ先輩は勢いよく跳び、両手を広げる。すると不思議なことに空中に大量の魔法銃が生成され、それら全ての銃口が魔女に向く。

 

無限の魔弾(パロットラ マギカ エドゥ インフィニータ)!」

 

 魔女の頭上に銃弾の雨が降り注ぐ。これが、マミ先輩の魔法! 

 銃撃で巻き上がった煙で魔女の姿は見えないが、これだけくらえば無事では済むまい。

 しかし、その予想は完全に外れる事となる。煙の中から素早く触手が伸び、先輩の身体に絡みついたのだ! 

 

「きゃあっ!?」

 

「マミさん!」

 

「先輩!」

 

 魔女はそのまま先輩を振り回し、遠心力を利用して思い切り壁に叩きつける。

 

「かはっ……!」

 

 背中をしたたかに打ち付け、先輩が肺の中の空気を吐き出す。

 常人ならしばらくは動けないダメージだ。触手で拘束され、身動きも制限されている絶望的な状況。まさか、ここか? ここが先輩の死に場所なのか!? 

 

「大丈夫よ! 危ないから下がってて!」

 

 思わず駆け寄ろうとするが、他でもないマミ先輩に止められる。

 

「そんな顔しなくても大丈夫……未来の後輩に、あんまりカッコ悪いところ見せられないもんね!」

 

 そう言うとマミ先輩は首元のリボンを外し、一振りすることで触手の拘束を断ち切る。

 そのままリボンは大きく膨らみ、先輩の身の丈よりも大きい銃へと姿を変える。

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

 掛け声と同時に放たれた巨大な銃弾は魔女の頭を吹き飛ばし、そのまま全身を爆散させた。

 魔女の姿は、もはやチリ一つ残っていない。先輩の完全勝利だ! 

 

「か、勝ったの? マミさん!」

 

「か、かっけええ~~~~!! すげー! マミ先輩!」

 

「うふふ、ありがとう。あなた達が見てるから、ちょっとだけ普段よりも頑張っちゃった」

 

 魔女をやっつけたからか、風景が元の町並みに戻っていく。

 激闘を制したにも関わらず、マミ先輩は普段と変わらずニコニコ笑顔だった。

 どこからともなく紅茶を取り出し、優雅に口にする余裕すらある。

 

「さて、と」

 

 先輩は地面に落ちている、何か黒いものを拾う。

 それは……例えるなら、300円くらいのガシャポンから出てくるキーホルダーみたいなデザインをしていた。

 

「先輩、これは?」

 

「これはグリーフシード。魔女の卵よ」

 

「げっ、卵!? じゃあ、それもヤバいんじゃないの?」

 

「大丈夫、その状態では安全だよ。むしろ役に立つ貴重なものだ」

 

 キュゥべえが代わりに説明する。こいつ、マミ先輩が戦っている間もずっとノーリアクションだったな。仲良さそうだし、ちょっとくらい心配してもよさそうなもんだけど。それとも負けるとは微塵も思ってない信頼の表れだったりするんだろうか? 

 

「役に立つって、孵化させたら仲間にできるとかそういうやつ?」

 

「それはないでしょまどか、ゲームじゃないんだから……」

 

「うふふ、ユニークな発想ね鹿目さん。でも外れ。それより、私のソウルジェムを見てみてちょうだい?」

 

「……ちょっと、汚れてる?」

 

「汚れてるっていうか……黒くくすんでるよ、これ。宝石の外じゃなくて、中が」

 

「よく見ているわね、美樹さん。そう、ソウルジェムは消耗するとこうやって内側に穢れが溜まっていくの。でもグリーフシードがあれば、ほらこの通り」

 

 そう言って先輩が自らのソウルジェムにグリーフシードを押し当てると、穢れはグリーフシードに移り、ソウルジェムは再び綺麗な輝きを取り戻す。

 

「こうすれば、消耗した魔力も元通り。魔法を使うだけじゃなくて、普通に暮らしているだけでもソウルジェムは少しずつ濁っていくの。でも魔女を倒してグリーフシードを手に入れればソウルジェムが綺麗になって、今まで通り魔法を使える。これが魔女退治の見返りってわけ」

 

「濁ると、どうなるんスか?」

 

「そうね……体の動きが重くなるし、魔法の力も衰えるわね。だから常に綺麗な状態を保っておきたいところではあるわ」

 

「じゃあもし、濁りきって真っ黒になった場合は?」

 

「そうなった状態を見たことがないから分からないわね。もしかしてキュゥべえなら知──」

 

「マミ、話は後だ!」

 

 マミさんの言葉を遮り、キュゥべえが叫ぶ。

 なんだよ、せっかく気になるのに。

 

「ええ、分かってるわ。悪いけど、先を越させてもらったわよ──暁美さん?」

 

「あ、ほむちゃん!!」

 

 ほむちゃんが俺たちの後ろに立っていた。

 そういや、この子も魔法少女だった。マミさんと同じく、魔女の居場所を特定してここに来たのだろうか? それとも、目的は俺だったり……いや、それは自意識過剰か。

 まあ、目的自体はどうでもいい。今重要なのは、この場の雰囲気が最悪なことだ。

 マミ先輩がすごく強いのはさっき見たし、ほむちゃんも魔法少女ってことは多分同じくらい強い。この二人がケンカしたら、ただのケンカじゃなくて命のやり取りになっちゃいそうで怖い。

 マミ先輩とほむちゃん、どうか穏便に済んでくれ~~!!



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6話

 一体どうなるのかハラハラしながら見ていたら、マミ先輩が突然、グリーフシードをほむちゃんに投げ渡した。

 

「あなたにあげるわ。後一回くらいなら使えるはずよ」

 

 それは、マミ先輩の好意だったのだろう。しかしほむちゃんは、グリーフシードをそのまま先輩に投げ返す。

 

「あなたの獲物よ。あなただけの物にすればいい」

 

 ほむちゃんはそれだけ言うと、背を向けてそのまま立ち去っていった。

 

「……そう。それがあなたの答えなのね」

 

「結局何しに来たんだ、転校生のヤツ……?」

 

 さやちゃんが怪訝そうな顔でその背中を見送る。

 マミ先輩はため息をつきながら、自分の推論を説明してくれた。

 

「おおかた獲物を先取りされた、ってところでしょうね。グリーフシードは魔女一体につき一つ。友好関係にない魔法少女同士だと、取り合いになることも少なくないの」

 

「でもさっき、マミさんは転校生にグリーフシードをあげようとしてましたよね?」

 

「ええ。だって余計なトラブルとは無縁でいたいと思わない? 確かにあの子は危険だし、思うところもあるけど……私だって進んで魔法少女同士で戦いたいと思わないもの。お互いに何の得もないし、痛くて、虚しくて……悲しいだけだから」

 

 マミ先輩は神妙な顔でそう語る。

 俺はふと気になって、先輩に問いかける。

 

「先輩は、魔法少女同士で戦ったことあるんですか?」

 

「ええ、何度か。見滝原を縄張りにするために私を排除しようとした子を追い払った時もあるし、魔女を倒した直後にグリーフシードを奪われそうになって、返り討ちにしたこともあるわ。もちろん、トドメは刺さなかったけど。あとは……」

 

「あとは?」

 

「……いえ、何でもないわ。とにかく魔法少女同士で戦うなんて、本当は避けたいことなの」

 

 そう言って誤魔化すマミ先輩の表情は困ったような笑顔で、何故かやけに寂しそうに見えた。

 

「俺はほむちゃんとマミ先輩で仲良くしてほしいけどな」

 

「お互いにそう思えれば、ね。鹿目さんには悪いけど私は暁美さんの事を信用できないし、あちらも私と仲良くする気はないみたいだから」

 

「そっか……」

 

 なんだか、寂しいな。結局みんなまともにほむちゃんと話が出来てないから、信用に足る材料がないってことか。俺がほむちゃんの肩を持つのも、美人のエコヒイキってだけじゃねーかって言われたら反論しづらいし。

 ……でも、なんだか放っておけないんだよな~、あの子……。

 

「……あ、良いこと思いついた!」

 

「え?」

 

 マミ先輩がきょとんとした顔をしている。

 さやちゃんだけは俺が何をしようとしているか気付いたようで、ぎょっとした表情をしていた。

 

「まどか!? まさかアンタ……」

 

「俺、ほむちゃん追っかけるわ。マミ先輩、今日はありがとうございました! 次行くときはまた呼んでね!」

 

 やっぱり、ちゃんと話しなきゃダメだ! 学校でもなんとなく距離を置かれてるし、放課後になるといつの間にか姿を消してるから、ほむちゃんと喋るチャンスがとにかく少ない。

 今なら、走れば間に合う。このチャンスを逃すわけにはいかない! 

 思い立ったら即行動、俺は走ってほむちゃんを追いかけるのであった。

 

 ・・・・・・

 

 ──巴マミ

 

「……行っちゃったわね」

 

 鹿目さんは全速力で走り出し、あっという間に去っていってしまった。

 

「すいませんマミさん、あいつ、ああいう奴なんで……」

 

 苦笑いしながら美樹さんが言う。

 身内の代わりに謝罪するその様は、まるで保護者のようだった。

 

「いえ、別に気にしてないわ。それにしても、鹿目さんが心配だわ……私、今からでも追いかけたほうがいいかしら」

 

「いや、あいつ足速いから今からじゃ追いつかないですよ。それに、心配はいらないと思います」

 

「それはどうして?」

 

「うーん、それは……まどかだから、かな? あいつバカで向こう見ずで図々しいけど……不思議と人には慕われるんです。だから、あの何考えてるのか分からない転校生相手でもワンチャンあるかな、みたいな?」

 

 心配いらない、と言い切った美樹さんの顔には一点の憂いもなく、本当に鹿目さんのことを信頼しているんだというのが見て取れた。

 信頼……か。私の元を離れて風見野に行ったあの子は、今も元気に暮らしているだろうか。

 本当の意味で信頼できると思った仲間は、彼女が最初で最後だった。

 今は……もう、会えない。どんな顔をして会っていいか、わからない。

 

 だから、惜しみない信頼を送る美樹さんの横顔がやけに眩しく思えた。

 大切にしていたはずなのに、私が久しく失ってしまったものだったから。

 

 ・・・・・・

 

 ──鹿目まどか

 

「ほむちゃ~~ん!!」

 

 全力疾走で追いつく。いやー、ほむちゃんが歩きでよかった。この間みたいにいきなり消えられたりしたら到底追いつけなかっただろう。

 大声で名前を呼ぶと、ほむちゃんの背中がびくっと跳ねる。どうやら聞こえたらしい。

 

「……どうして追ってきたの? まどか」

 

「どうしても何も、話したいから。この間はほむちゃん結局どっか行っちゃったし」

 

「何を、話すというの? あなたと私が話すことなんて、何もないはず」

 

 ほむちゃんは後ずさり、俺との距離を保とうとする。

 理由は分からないけど、俺はやっぱり避けられてるっぽい。

 ……だからどうした。俺はそういう時に遠慮して引き下がらず、逆にグイグイいく。

 ほむちゃんみたいなタイプ相手に引け腰で縮こまってちゃあ、永遠に仲良くなんてなれないと思うからだ。いや嘘、別に誰にでもこんな感じだったわ俺。人によって態度を使い分けられるほど器用じゃない。

 

「俺はあるぞ。まだ好きな食べ物も聞いてないし、ほむちゃんの趣味がなんなのかも知らない。それに話すことなんて、話してるうちに増えてくもんさ」

 

「……」

 

「な? ま、歩きながらで良いから話そうぜ」

 

「……わかったわ」

 

 ほむちゃんは控えめに頷いた。やった! やっとちゃんとお話できる! 

 

「そうこなくっちゃ! それじゃ、好きな食べ物とか教えてくれる?」

 

「好きな食べ物……」

 

 ほむちゃんは少し考えた後、申し訳なさそうにこう言った。

 

「……ごめんなさい、思い当たらないわ。ここのところの食事はカロリーブロックや栄養ゼリーばっかりで、何かを美味しく感じたことなんて久しくないから」

 

 俺は目をぱちくりさせる。なんだその食生活!? 飯を食べることに至上の喜びを感じる俺としては信じられない食生活だ。

 

「へぇ~……だからそんなにスレンダーなのか。でも食べないダイエットは身体に毒だぜ?」

 

「別にダイエットしているわけではないのだけれど……食事の嗜好に凝るよりも、効率的に短時間でエネルギーの摂取を行えるからそうしているだけよ」

 

「すげーな、めっちゃストイックだ。それはそれでちょっとかっこいいな……でもやっぱ、どうせなら美味いもんも食ってほしいな。今度の昼休みに俺の弁当分けるから食ってみてくれよ。ダイエットしてるわけじゃないなら大丈夫だろ? 俺のお父ちゃんの料理、うますぎてひっくり返るぞ」

 

「……大丈夫だけど。本当にいいの?」

 

 ほむちゃんはさっきまでのキリッとした様子からは信じられないくらい控えめに、小さな声で聞き返す。

 

「もちろん。だって美味しいって幸せなことだからな。うまい飯を食うとパワーがついて気合も入って、次の飯まで全力でがんばろー! って気になるんだよ。こういう気持ち、ほむちゃんにも分けてやりたいからな」

 

 よく動きよく学びよく遊びよく食べてよく休む。人生を面白おかしく張り切って過ごす! これが俺のモットーだ。まあ、昔大好きだった漫画の受け売りだけど。

 ……あとまあ、『よく学び』の部分は微妙だけど。好きなことの勉強は楽しいけど、好きじゃないことの勉強って身が入らないからな! 

 前の人生でも全力で実践して、そして全力で死んでいった。だから未練はそんなに無い。

 あれがしたかった、これがしたかったっていう未練はだいたいこっちでも出来ることだし。強いて言えば、突然のことだったからみんなに挨拶出来なかったことくらいかな? まあ死ぬ前に挨拶出来る人のほうが少ないし、それは求めすぎってもんだろう。

 

「幸せ、か……」

 

 ほむちゃんは難しい顔をしている。何やら考え事をしているようだった。

 俺と比べると、普段色んな事を考えながら生きてるんだろうな。ほむちゃん、賢そうだし。

 飯を効率的に済ませてるのも、浮いた時間で色々やってるんだろうな~……。

 

「あ、そういやほむちゃんの趣味ってなに? それも気になってたんだよな」

 

「趣、味……」

 

 そう聞くと、ほむちゃんはさらに難しい顔になってしまった。

 そして数秒の沈黙ののち、愕然とした顔をしながら口を開く。

 

「私……趣味が、ないわ。いえ、昔はあったのかもしれないけど……思い出せない。私が何をして、何を楽しいと思っていたのか、思い出せない……!」

 

「マジか……」

 

 食事の件といい、ほむちゃんはどうやら俺が想像しているよりも重い事情を抱えているようだった。家庭の事情なのか、それとも別の何かなのか俺には分からない。でも、そういうことなら俺に出来ることは一つだ。

 

「それじゃあ今度一緒に遊びに行こうぜ、ほむちゃん」

 

「まどかと、遊びに?」

 

「ああ、色んなところにな。そうすりゃ、何かしら好きなことが見つかるかもしれないだろ?」

 

 ゲーセンでも飯屋でも映画でもウィンドウショッピングでも、とりあえず片っ端から。

 行くべきところはいっぱいあるから、遊び場には困らないのがここ見滝原だ。

 

「でも、そんなことにまどかを付き合わせるわけには……」

 

「いやまあ、ただ俺がほむちゃんと遊びたいだけなんだけどな……ダメかな?」

 

「……」

 

 ほむちゃんは黙り込んでいた。でもイヤとかそういう感じじゃなくて困惑しているような、迷っているような感じだった。どうやら、まんざらダメな感触ってわけでもないらしい。

 

「まあ今すぐに決めなくてもいいよ、そっちも色々忙しいだろうしな……と、もう家に着いちまった」

 

 歩きながら話しているうちに、気づけば家の前まで着いてしまっていた。すっかり日も沈んだし、帰るには丁度いい時間になっちゃったな。

 

「それじゃ、またなほむちゃん! 楽しかった!」

 

「……まどか!」

 

 手を振って玄関まで走ろうとすると、突然ほむちゃんに呼び止められる。

 今まで聞いたほむちゃんの声の中で、一番の大声だった。

 

「どしたん?」

 

「……気をつけて。次の魔女との戦いで、巴マミが死ぬ可能性が高い」

 

「な、なんだって!?」

 

 いきなり、突拍子も無く、衝撃的な事を言われる。

 でもほむちゃんの顔は冗談を言うような感じではなく、至って真剣だった。

 

「それは、どういう……っていうか何でそんな事がわかるんだ?」

 

「うまく説明は出来ないわ……でも、信じて。そして、気をつけて」

 

「信じるよ」

 

 マミ先輩の首が取れて死ぬっていうのは、事前に知っている。

 だから……ほむちゃんの言葉もすっと信じることができた。

 

「俺もマミ先輩が危なくなったら助けられるように頑張るけど、ヤバくなったらほむちゃんが助けに来てくれな! それじゃ、また明日!」

 

「そういうことじゃなくて、巴マミが死んでしまうほど危険だからあなたはこれ以上首を突っ込まないようにしなさいって言おうと……ちょっと、まどか!」

 

 俺は聞こえないふりをして、家の中に入った。

 悪いなほむちゃん、マミ先輩めっちゃいい人だから、俺がちょっと危なくなっても死んじゃいそうになるのを見過ごすわけにはいかないんだわ、やっぱ。

 死んでから後悔したって遅い。勇気一瞬、後悔一生って言うしな! 俺は一生楽しく過ごしたい! だからやりたいようにする! 

 この世界に生を受けてから、俺はそうやって生きると決めたのだ。元のアニメが暗い話だろうが関係ない。俺はハッピーに暮らしてみせるぜ!



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7話

 翌日の昼飯。俺はさやちゃんとマミさんと3人で弁当をつついていた。

 ほむちゃんは呼べてない。今の段階だと気まずい空気になるのは目に見えていた。

 とみちゃんには前回と同じように断りを入れると、『もはや言葉はいりませんわ。二人でお幸せに~!』と言いながら走り去っていた。どう考えても言葉が足りない気もしたけど、まあ大丈夫だろう。俺とさやちゃんが仲良くするとああいうリアクションをするのはとみちゃんの持ちネタみたいなもんだし。たぶん本気で言ってるわけじゃない。

 とみちゃんも本当はさやちゃんの好きな人が誰なのか知ってるだろうしな。というか、クラスで知らない人は当人同士くらいしかいないんじゃないかってレベルだ。さやちゃん、嘘や隠し事するのが致命的に苦手だし相手は相手で死ぬほど鈍いから……。

 

「そういえば二人とも、願いについて考えてみた?」

 

「俺はぜーんぜん。さやちゃんは?」

 

「んー……あたしも悩み中」

 

 結局ほむちゃんと喋ってあー楽しかったなーって思いながらそのまま飯食って風呂入って寝たので、願いのこととかすっかり失念していた。

 まあ、どのみち差し迫ったものは今のところ無い。マミ先輩が死にそうになった時に俺が魔法少女だったら都合がいいんだけど、流石にそのためだけに魔法少女になるのは気が引けた。

 ほむちゃんは俺が魔法少女になってほしくないみたいな空気出してたし、もし俺が魔法少女になるとしたら本当にギリギリの、どうしようもなくなった時だけにしたい。

 

「まあ、簡単に思いつくものではないわよね。文字通り一生ものの願いだから。慎重であることに越したことはないわ」

 

「素朴な疑問なんですけど、マミさんはどんな願い事したんですか? やっぱあたし達みたいに悩んだりしましたか?」

 

「いえ、即答よ。あの時は選択の余地なんてなかったから」

 

「あの時?」

 

「ええ……あの時は車に乗ってお出かけしてたの。パパとママと、私の三人。パパとママはとっても仲が良かったし、私のことを可愛がってくれていた。幸せだったわ。でもあの時、暴走したトラックが正面から突っ込んできて……」

 

「事故、ですか」

 

「パパとママは即死だった。私は後部座席にいたから即死は免れたけど、多分あのままだったら死んでたわ。そんな時キュゥべえが現れて……私は願ったの。『生きたい』って」

 

 俺もさやちゃんも、言葉を失っていた。華やかで上品で強くて、普段はそんな事をおくびにも出さないマミ先輩がそんなに壮絶な状況で魔法少女になったとは思っていなかった。

 

「魔法少女になった事自体は後悔してないわ。でもあの時、私だけが生きたいって願うんじゃなくて、パパもママも救える願い方があったんじゃないかって後悔することは……たまにあるかしら。そうすれば今ごろ、一人ぼっちじゃなかったのかも……なんて。ごめんなさい、暗い話になっちゃったかしら。大丈夫よ、私の中ではもう割り切ってることだから」

 

 俺たちの様子を見て、マミ先輩は取り繕うように笑う。

 先輩の弱い部分を初めて見た気がした。多分本人も言う気はなかったんだろうけど。

 なんかめっちゃお姉さんみたいな雰囲気を醸し出していたからめっちゃ年上だと思って接してたけど、冷静に考えたら俺らと一歳しか年変わらないんだよな。

 なんなら前世含めたら俺より年下じゃん。めっちゃしっかりしてるな、マミ先輩……。

 感心すると同時に、無理してそうで心配になる。だから──

 

「先輩、今度お泊り会とかしようぜ!」

 

 突然の提案に、マミ先輩は目をぱちくりさせていた。

 

「ど、どうしたの? 藪から棒に」

 

「いや、一人ぼっちってのがちょっと引っかかって。俺たちもいるじゃんって。なあ、さやちゃん!」

 

「え、あたしに振る!? でもまあ、そうですよね。あたしたちまだ出会ってそんな経ってないけど、あたしはマミさんのこと好きですよ。すっごく頼れるし、尊敬してます!」

 

「なー!」

 

「二人とも……ふふっ、ありがとう。後輩に慰められちゃうなんて。私もまだまだね」

 

「なに、気にすんなよ。こういうのに先輩も後輩もないんだぜ!」

 

「なんで偉そうなのよアンタは!」

 

 まあそんな感じで、和やかな空気で昼休みを過ごしていたわけだ。

 元のアニメでは『魔法少女の子がひどい目に遭う』らしいんだけど、マミさんの場合ひどい目に遭った末に魔法少女になってるんだけど。これ以上ひどい目に遭うの? 首取れるの? こんな美人でいい人が? 

 

 ……そりゃ暗い話だよ! シャレにならんわ!! 

 こうなったら何が何でもマミ先輩に幸せになってもらなきゃ割に合わねえ! 最低限、これ以上不幸な目には遭ってほしくねえ! 

 ほむちゃんの話だと、マミ先輩の首取れる可能性が高いのは今日。今日の放課後が今後マミ先輩がどうなるか、ひいては俺がハッピーに暮らせるかどうかの分水嶺だ。

 やるぞ!! 

 

 ・・・・・・

 

 そして、放課後。

 

「あー、言いそびれてたんだけど、今日はちょっと合流遅くなります。ごめんなさい!」

 

 さやちゃんは申し訳無さそうにそう言った。

 別にいつものことだからいいじゃんって思ったけど、そういやマミさんにはまだ説明してなかったっけ。

 

「いいよ。見舞いだろ? 終わったら電話で教えてな」

 

「お見舞い?」

 

「はい。さやちゃんの好きな男が事故で入院しちゃってて、定期的に通ってるんですよ」

 

「き、恭介はそんなんじゃねーって何度も言ってるでしょ! それじゃ、また後で!」

 

 さやちゃんは恥ずかしがりながらそう言うと、慌てて走り去っていった。

 

「恋、か。ふふっ、いいわね美樹さん……青春してるって感じで」

 

 本当に、俺もそう思う。さやちゃんの恋、報われてほしいんだけどな。あんなに健気でいいやつの好意に気づかないって割と絶望的なんだよな……。

 まあ、俺は何があってもさやちゃんのこと応援するけど。ジョーのやつもそんなに悪いやつではないしな……女の趣味以外は。

 上条恭介。通称ジョー。(そう呼んでるの俺だけだけど)

 さやちゃんの想い人で……俺の幼馴染、最後の一人である。

 

「さ、私達も行きましょうか」

 

「おっす!」

 

 ・・・・・・

 

 マミさんと二人で魔女探索をするも、今日はなかなか見つからなかった。

 

「いないッスね」

 

「まあ、毎日見つかるわけではないから。それでもいつ誰がどこで魔女に襲われるかわからないから、パトロールは欠かせないけどね」

 

「なんか魔法少女ってめちゃくちゃ大変そうに思えてきた……」

 

「ふふっ、毎日こうしているのは私がやりたいからそうしているだけであって、義務ではないのよ? みんな自分の生活があるし、魔法少女だけやっているわけにはいかないもの」

 

 そんな会話をしていると、さやちゃんから着信があった。

 見舞い、終わったのかな。そう思いながら通話を繋げると……。

 

「まどか、今マミさんと一緒にいる!?」

 

 切羽詰まった声だった。どうやら、何かがあったらしい。俺は通話をスピーカーモードにして、マミさんにも聞こえるようにする。

 

「いるけど、なんかあったのか?」

 

「病院の駐輪場に、グリーフシードがあったの! 一緒にいるキュゥべえは孵化するまでにはまだもう少し時間があるって言ってるけど……」

 

「危険だわ美樹さん、今すぐそこから離れないと結界に巻き込まれるわよ」

 

「でも、放っておけないよ。ここで魔女が出たら、病院の人が……恭介も危ない! 私がいればマミさんがテレパシーで探って最短距離で魔女のところにたどり着けるから大丈夫ってキュゥべえも言ってる。だから!」

 

「……わかったわ、今すぐ行くから待ってて!」

 

 マミ先輩がそう言った直後に通話が切れる。さやちゃんが切ったのか、それとも結界が開いて電波の届かない状況に陥ったのか。どちらにせよ、急がなければいけない状況に違いはない。

 マミ先輩だけでなく、下手すりゃさやちゃんもひどい目に遭っちまう! 

 

「行くわよ、鹿目さん!」

 

 先輩が走りだし、俺もそれに続く。

 

「マミさん、さやちゃんのこと止めなくてよかったんスか!?」

 

「そうしたいところだったけど、下手に言い合いになるよりもその時間で病院に向かったほうが早いと判断したわ!」

 

「なるほどね!」

 

 マミ先輩と俺は大急ぎで病院までダッシュする。

 幸いそこまで遠くない。俺なら3分もかからない距離だ。マミ先輩を置いてけぼりにしてしまう不安もあったが、先輩も相当足が速いおかげで杞憂だった。

 

「足速いっすね、マミさん」

 

「魔法少女になると、身体能力の強化もできるからね。むしろ何もなしに私より速いあなたのほうが凄いわよ……と。見つけたわ。ここが魔女の結界」

 

 先輩が手をかざすと、俺たちは結界の中に入り込む。

 そこは前回とはまた違う雰囲気の不気味な空間で……なんだろ、病院? 

 なんか看護婦みたいな服の使い魔もいるし。あとなんか、でっかいお菓子が地面に突き刺さってる。チョコレートとかマカロンとかクッキーとか。その他もろもろ。

 統一性があるんだか無秩序なんだかよくわからんな、魔女の結界って。

 あれ食えるのかな……とか一瞬思ったけど、それどころではない。事は一分一秒を争うのだ。

 

「急ごう、マミ先輩!」

 

「ええ! 美樹さんの反応は……あっちよ!」

 

 走る、走る、走る。

 途中何度か使い魔の妨害があったが、マミ先輩はそのことごとくを薙ぎ散らして突き進んでいった。どうしよう、めちゃくちゃ強いぞマミ先輩。この人が死ぬ光景想像できん。

 ……だからこそ、死んだのが衝撃的だったのだろう。元の世界のアニメ視聴者にとっては。

 

「着いたわ、この扉の先よ」

 

 マミ先輩が扉に手をかける前に、俺が扉に手をかける。

 

「なんか罠とかあるかもしれないんで、俺が開けます。なんかあったら先輩が対応しといて!」

 

「え? ええ、わかったわ」

 

「よっしゃ!」

 

 勢いよく扉を開け放つ……何も起きない。俺はふう、と息を吐く。

 どうやら、今じゃないみたいだ。クソ強いマミ先輩が死にかねない一番の理由といえば、不意打ちと推理した。細心の注意を払わねばなるまい。

 

「今日はいやに慎重ね、鹿目さん」

 

「いや、なんか嫌な予感がするんで……あ、いた! さやちゃんだ!」

 

 キュゥべえを抱いたまま不安げな表情をしているさやちゃんが見えた。俺とマミ先輩の姿を確認すると、安堵の表情を見せる。

 

「二人とも! 間に合ってよかったぁ……グリーフシードはまだ孵化してないよ」

 

「いや、もう時間の問題だ……来るよ!」

 

 そうキュゥべえが言うが早いか、魔女が姿を表す。どんな恐ろしいやつがくるんだと戦々恐々としていたが……姿を表したのはぬいぐるみのような、小さな魔女だった。

 ちょっと可愛いかも、と思ってしまうそのデザイン。

 しかしマミ先輩は容赦なく攻撃を加える。まず連続射撃で先制し、浮いた魔女の身体を思い切り銃で殴りつけてホームラン。さらにリボンで胴体をがんじがらめにして……。

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

 ズドン! と大砲の一撃が魔女の胴体を撃ち貫く。決まった? 

 ……そのはずなのに、嫌な予感が消えない。

 魔女の胴体が萎み、顔が膨らむ。なにかヤバい。何か来る! 

 

「先輩ッ!」

 

 俺は走り出す。先輩は決まったと思って油断してしまっている。なんなら紅茶でも取り出しそうな勢いだ。魔女が口から何かを吐き出すのが見えた。巨大なヘビ花火みたいな、海苔巻きみたいな……とにかく、黒くて長くて、でかいやつ。

 そいつが牙を剥き出しにし、猛然とマミ先輩に襲いかかる。先輩の反応は遅れ、回避の動作に入っていない。見えるのは、え? といった表情。なぜ魔女が目と鼻の先にいるのか、命の危機を実感する段階に入っていない状況。

 間に合え、間に合え、間に合え、間に合え! 

 

「間に合えぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」

 

 俺は全速力でマミ先輩に飛び込み、突き飛ばす。

 その結果、魔女の牙はガチンと空を切った。

 

「ま、間に合った!」

 

 あ、足速くて良かった~~! 警戒もしててよかった~~! 

 足と反応、どちらかが遅かったら間違いなく間に合わなかった。

 とりあえず、マミ先輩の最大の危機を救うことは出来たけど……問題が一つある。

 それは状況がまったく好転していないことだ。

 

「……あ、あぁ……!」

 

 マミ先輩は遅れて恐怖がやって来たらしく、立ち直れていない。今襲われたら間違いなくお陀仏だろう。それじゃ意味がない。

 ……こうなったら、やるしかない! 

 

「おら! こっちだ魔女! 素手で勝負しやがれ!」

 

 俺は大声で叫び、魔女を挑発する。先輩が立ち直るまで、なんとか時間を稼ぐ構えだ。

 魔女がこちらを睨みつける。食事の邪魔をされて、お冠のようだった。少なくとも俺が生きている限り、マミ先輩にヘイトが向くことはなさそうだ。

 逃げられるか? 俺の足で? いや、出来るできないじゃない。やるしかない! 

 魔女は高速でこちらに突っ込み、捕食しようとしてくる。くっそ、やっぱり速い!! 

 

「うおおおおおっ!?」

 

 反対方向に全速力で逃げるが、あいつのほうが速い。このままじゃ追いつかれる! 

 

「くっそ!」

 

 思い切り飛び込み、体勢を低くすることでギリギリ回避する。しかし……まずい。

 ここからじゃ、後が続かない。魔女は振り向き、すでにこちらに飛びかかる準備を整えている。対する俺は、うつ伏せになった姿勢から立ち上がり、走り出さなければいけない。あいつのスピードを考えると、とてもそんなことをしている暇はない。

 それでも立ち上がろうとするが、もう遅い。魔女の顔は既に俺の鼻先まで近づいていた。魔女と目が合う。牙が剥かれる。魔女の口の中がはっきり見える。

 その光景が、やけにスローモーションに見えた。

 逃げようとしても、俺の動きもスローモーションだから間に合わない。

 

 あ……俺、死んだかも。

 流石にここからじゃ、どうすることもできない。

 ゆっくりゆっくりと魔女の口が閉じられる。俺の死が迫ってくる。

 そして──

 

 

 

 時が、止まった。



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8話

 最初に感じたのは、圧迫感と浮遊感。

 俺の身体はふわっと浮き上がり、死の(あぎと)から逃れていた。

 といっても、俺が突然空を飛べる不思議超パワーに目覚めたわけじゃないし、ましてや魔法少女になったわけでもない。

 

「ほ、ほむちゃん!!」

 

 ほむちゃんが俺を小脇に抱えて跳び上がり、魔女から救い出してくれたのだ。

 どう考えても間に合わなさそうなタイミングだったけど……不思議なことに、魔女の動きは止まっている。

 いや……マミ先輩の動きも、さやちゃんとキュゥべえの動きも止まっている。

 比喩とかじゃなくて、マジで時が止まっていた。

 

「ありがとう、助けに来てくれたんだな。これって、ほむちゃんの魔法?」

 

「ええ、そうよ……ねえ、まどか」

 

「ん?」

 

「私、言ったわよね。危険なことに首を突っ込まないでって」

 

「え、あー……うん」

 

 どうやら、聞こえないふりをして無視をしたのはバレていたようだ。気まずい空気の中、俺は頬をかきながら答える。

 

「ごめん。でもこれだけは譲れないことだから。仲良い人が命の危機だってわかったら放っとけないよ、俺。何にもしないで俺だけ助かるよりも、危険を冒して誰も死なないですむ可能性があるなら、俺はそっちを選ぶって決めてるから」

 

「……それであなたのことを心配する人の気持ちを考えたことがある!? 私がどれだけあなたのことを……!」

 

 ほむちゃんはそこまで言って、ハッとした様子で我に返る。

 

「……あとでゆっくり、話をしましょう。今はこの魔女をなんとかするのが先決だから」

 

「う、わかった……頑張ってな、ほむちゃん」

 

 ほむちゃんが俺のことを離した瞬間、彼女の姿が掻き消える。

 次の瞬間、魔女がいた場所で立て続けに爆発が起こる。何が起こっているか全くわからないが、とにかくほむちゃんが攻撃したんだという事だけはわかった。

 魔女が苦しそうに鎌首をもたげると、その顔面を狙い澄ましてほむちゃんがロケットランチャーを撃ち込む。

 

 ズドォォォォン!! 

 

 一際大きな爆発が起こり、思わず耳を塞ぐ。

 爆炎が晴れると、そこに魔女の姿はなく……グリーフシードがほむちゃんの掌にぽとりと落ちてくる。

 それと同時に魔女結界も解け、現実の景色に帰ってくる。どうやら、やっつけたみたいだ。

 

「やったなほむちゃん!」

 

 俺はほむちゃんに駆け寄ろうとする……と、なんだか周りの様子がおかしい。

 

「あ、暁美さん」

 

「転校生、なんでここに……」

 

 呆然としているマミ先輩と、状況が呑み込めていないさやちゃん。意外と何のリアクションも見せないキュゥべえ。そして、何も言わないほむちゃん。

 

「……用は済んだし、私は帰るわ。まどか、話は次の機会にしましょう」

 

 数秒の沈黙を破ってほむちゃんはそう言うと、本当に帰ろうとしてしまう。

 ほむちゃんにとってものすごく居づらい雰囲気だ。無理もない。

 

「待って、暁美さん!」

 

 その背中を呼び止めたのは、マミ先輩だった。

 今まですごくほむちゃんのことを警戒していた人だっただけに意外だった。

 

「ごめんなさい……私、あなたのこと誤解してた。ひどい態度も取ったわ。それなのに、命を助けてもらって……なんて言ってお詫びしたらいいか、私……!」

 

 マミ先輩は震えた声で言う。先輩は……泣いていた。

 ほむちゃんは振り向くと、冷淡な声で答える。

 

「別に、まどかを危険から救うついでにあなたを助けた。ただそれだけよ。次からはせいぜい気をつけることね。あなたが死ねば、まどかが悲しむから。

 ……それと、次からは魔法少女でもない普通の人間を連れて行くことはやめなさい。次に同じようなことがあれば、犠牲になるのはあなただけでは済まなくなるから」

 

 それだけ告げると、ほむちゃんは今度こそ本当に帰っていってしまった。

 ……と、ほむちゃんも大事だけど、マミ先輩大丈夫か!? 

 慌てて駆け寄る。さやちゃんは泣き崩れるマミ先輩に寄り添い、心配そうに背中を撫でていた。

 

「情けない先輩で、ごめんなさい……私、わたしぃ!」

 

 号泣、というのがふさわしかった。

 そこには強くて優雅なお姉さんの姿はどこにもなく、弱くて頼りない女の子の姿だけがそこにあった。

 やっぱり、今までずっと無理していたのかもしれないな……なんて、なんとなく思った。

 

「大丈夫ですよマミさん、落ち着いて? 誰もマミさんのこと情けないなんて思ってないから」

 

「そうだよ、尊敬はしても見損なうなんてことするわけないでしょ」

 

「でも、でもぉ……!」

 

 先輩はえぐえぐとしゃくり上げながら、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

 

「私、ダメな子なの。魔法少女は辛くて苦しくて、何より危険なのにっ、二人を巻き込んで。今回だって暁美さんがいなかったら、あなた達を私と同じ目に遭わせるところだった!」

 

 同じ目──要するに『選択の余地なんて無い』状態のことだろう。

 ほむちゃんが助けてくれないままマミさんがやられた場合、俺かさやちゃんが魔法少女になる以外に生き残る道はなかった。

 

「マミさん……」

 

「本当は、寂しかったっ! だから今日、あなた達が言ってくれたことが嬉しかった。一人ぼっちじゃないんだって。だから、思っちゃったの。『このまま二人が魔法少女になってくれたら、ずっと一緒にいられるのに』って!」

 

「別に魔法少女じゃなくても一緒にいるじゃないスか」

 

「わかってる、わかってるの。でも……魔法少女の仲間が欲しかった! 秘密を共有してくれて、一緒に戦ってくれる仲間が! 鹿目さんと美樹さんがそうだったら、どれだけ良かったかって。私のワガママでっ……二人のこと、連れ回しちゃった……ごめん、なさい」

 

「別に、謝ることないですよ! 強制されたならまだしも、あたし達は進んでついていってたんですから! それにあたし、魔法少女にならないなんてまだ一言も──」

 

「え!?」

 

「さやちゃん!?」

 

 さやちゃんはハッとした様子で口を押さえる。どうやら、言うつもりのない言葉だったらしい。

 一瞬ぱっと明るくなったマミ先輩の顔は、また暗く沈んでしまった。

 

「すいません、今のは弾みで……ごめんなさい、ヘンに期待を持たせるようなこと言って」

 

「……ううん、いいの。ごめんなさいね、美樹さん」

 

 まずいな……マミ先輩、泣き止まない。小康状態にはなったけど、未だにひっく、ひっくとすすり泣いている。

 その様子を見ていると、俺まで心が痛くなってくる。誰かが、それも仲のいい人が悲しんでる姿を見るのが死ぬほど苦手だった。なんとか元気づけてあげたいけど、適当なことは言いたくないし……。

 

 あっ、そうだ! 閃いた! 

 

「なあ先輩。俺さ、魔法少女になるのは本当にどうしようもない時って決めたから、先輩の仲間にはなれないかもしれない。でもさ。『友達』にはなれると思うんだ」

 

「とも……だち?」

 

「そう、友達! 仲間は同じ目的のために一緒に頑張る人たちだけどさ、友達は同じことしてなくてもお互い心の支えになれる人! だと思うんだけど……どう?」

 

「どう? って……」

 

 マミ先輩が困ったようにさやちゃんに視線をやる。さやちゃんは苦笑いしながら、先輩にハンカチを差し出す。

 

「まあ、まどかの言うことも一理あるんじゃないですか? あたしはまどかのバカと違って、いきなり友達だとか言ってこんなに気安く出来ないけど……マミさんのことは人として好きですよ。なーんて、へへ」

 

 そう言って、さやちゃんも気恥ずかしそうに笑う。

 

「鹿目さん、美樹さん……ふふふっ」

 

 先輩もハンカチで目尻の涙を拭いながら、思わず笑い出す。

 いつのまにか、涙は止まっていたみたいだった。

 

「ありがとう。私……ほんとうに幸せ者だ」

 

 その笑顔は、俺が今まで見たマミ先輩の表情の中でいちばん素敵だった。

 

 ・・・・・・

 

 というわけで一件落着めでたしめでたし。

 そんな風に行かないのが世の中である。

 いや昨日の件はそれで落ち着いたんだけど、今度は俺の問題が残っていた。

 

「まどか」

 

「うん」

 

「私言ったわよね、危ないことに首を突っ込むなって」

 

「……うん」

 

 そう、ほむちゃんのお説教だ。昼休みに校舎裏に呼び出され、もう5分くらいこうしている。

 忠告完全無視で突っ込んだ上に、ほむちゃんいなかったら普通に死んでた案件なのでそりゃ怒られるに決まってる。俺が悪いのも分かっていたため、甘んじて受け入れる。

 

「今回みたいに絶対に間に合うわけじゃないのよ。もし貴女になにかあったら私はどうすれば──」

 

「あっ、良いこと思いついた! ほむちゃん、俺と一緒に行動しようぜ!」

 

「へっ!?」

 

 ほむちゃんが面食らったような顔をする。

 我ながら名案だと思うんだけどな。

 

「いや、俺が危ないことした時に助けに間に合わなかったらやばいから、一緒にいれば絶対助けが間に合うんじゃないかなって」

 

「それは、理屈の上ではそうだけど……危ないことを避けるっていう選択肢はないの!?」

 

「ごめん、それは無理なんだ。そういう生き方をするって決めてるから。でもほむちゃんが助けてくれるなら安心かなーって」

 

「あなたねぇ……!」

 

 ほむちゃんが頭を抱える。最初は無表情だったのに、ここのところ表情の変化を色々と見れて嬉しい。どんな顔してても美人だな、この子。でも、笑った顔は一回も見たことないんだよなぁ……。

 俺が危ないことをやめても、安堵はするかもしれないけど笑顔にはなってくれなさそうなんだよな~……あっ、そうだ。

 

 俺はふと思い立って、ほむちゃんの脇腹をすっと指先で撫でてみる。

 

「ひゃいっ!?」

 

 ほむちゃんが聞いたことのない声を上げる。意外とこういうの弱いんだな、新発見。

 

「い、いきなり何するのよまどか!?」

 

「いやー、ほむちゃんの笑ってるところ見たいなーってふと思って。それより飯だよ飯、はやく食べないと昼休みが終わっちまう! ほら、俺のお父ちゃん自慢のからあげだぞー」

 

「はぐらかさないでちょうだ……んぐっ!?」

 

 俺はほむちゃんの口を塞ぐようにして、からあげを詰め込む。ほむちゃんはなにか言いたげな顔をしながらもぐもぐと咀嚼して……ごくり、と飲み込んだ。

 

「……おいしい」

 

「だろォ~~っ!?」

 

 ほむちゃんの顔が思わず綻ぶ。流石は俺のお父ちゃん特製の料理だ。本人がその気だったならばプロの料理人も余裕でなれてたとはお母ちゃんの弁。とにかく、めっちゃ美味いのだ。

 それでも、笑顔とまではいかないみたいだったけど……おいしそうに食べてもらえて、嬉しい限りだ。

 

「ほら、もいっこ唐揚げ食べな! ミートボールに生姜焼きも有るぞ!」

 

 ほむちゃんが飲み込んだのを見計らって、俺はおかずを口に放る。たまに何か言おうとするけど、食べ物を口に含んでいる時に喋るのはよくないという意識が働いてしまうのか、大人しくもぐもぐ咀嚼していた。こういう細かいところに出てくる育ちの良さに好感が持てる。

 結局、昼休みが終わるまでその作業は続いた。

 

「やべっ、チャイムだ!? 教室急ぐぞ、ほむちゃん!」

 

「まどか、お腹いっぱいで走れないわ……!」

 

「しょうがない、俺にも責任があるし、遅刻する時は一緒だ!」

 

「なんなのよその無駄な責任感は……あなた、自分のペースで煙に巻いて話を有耶無耶にする気満点だったくせに」

 

「ありゃ、バレた?」

 

「……本当に、あなたは~……!」

 

 ・・・・・・

 

 わーわーぎゃーぎゃーと言いながら、つかの間の平和は過ぎていく。

 次の問題はすぐそこまで迫っていることを、この時の俺はまだ知らなかった。



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9話

 ──美樹さやか

 

「……ねぇ。さやかは、僕をいじめているのかい?」

 

「……え?」

 

 予想もしていない言葉に、思わず、間の抜けた声が出てしまう。

 いつものように病室に向かい、いつものようにお見舞いにクラシックのCDを持ってきて、それでいつものように喋って。この日も、そうするつもりだった。

 でも……いつもとは違って、恭介の声色からは怒りが滲み出ていた。

 

「何で今でもまだ、僕に音楽なんて聴かせるんだ……嫌がらせのつもりなのか?」

 

 恭介の言っていることが理解できなかった。

 今まで嬉しそうにしてたのに。なんで今日に限って、突然? 

 

「嫌がらせって……だって恭介、音楽好きだから」

 

「もう聴きたくなんかないんだよ! 自分で弾けもしない曲、ただ聴いているだけなんて!!」

 

 恭介は怪我している方の左手でCDプレイヤーを叩き割る。

 CDの破片が突き刺さり、鮮血が白いベッドシーツを汚す。

 

「恭介ッ!?」

 

「動かないんだ。もう、痛みさえ感じないんだ。こんな手なんてッ……!」

 

「だ、大丈夫だよ! きっとなんとかなるよ。諦めなければきっと!」

 

「もう、諦めろって言われたのさ」

 

 その一言に、頭が真っ白になる。恭介は、泣いていた。

 ……あたしは、何も言えなかった。

 

「先生から直々に言われたよ。今の医学じゃ無理だって。僕の手は二度と動かない。奇跡や魔法でもない限り」

 

 ……魔法。その言葉を聞いた時に思った。

 あたしの一生に一度の使い所は、ここなのかもしれないって。

 窓の外にはお誂え向きにキュゥべえの姿が見える。私は決心しようとして──

 

「……まどかに、逢いたいな」

 

「……え」

 

 なんで? 

 なんでまどかの名前が、今ここで出てくるの? 

 

「まど、か? まどかって、あのまどか? なんで?」

 

「それは……言えない」

 

 秘密? なんで? まどかと恭介の間に、いったい何があったの? 

 心の中が色々なものでかき混ぜられてぐちゃぐちゃになって、わけがわからなくなる。

 キュゥべえの姿は、いつのまにか消えていた。

 結局その日に理由を教えてもらうことはできなかったし……あたしは、一度も恭介と目を合わせることができなかった。

 なぜだか、目を合わせることが怖くてたまらなかった。何が怖いのかは……自分でも、よくわからなかった。

 

 ・・・・・・

 

 ──鹿目まどか

 

 放課後、俺はマミ先輩のおうちにお邪魔していた。

 マミ先輩は昨日の出来事がショックだったのか学校をお休みしていたためお見舞いに来たのだが、思っていた以上に元気で安心した。俺が来るなり、

 

「あっ……来てくれたのね! 嬉しいわ!」

 

 って言いながらウキウキでお茶の準備してくれたし。

 お茶おいしい。ケーキもおいしい。

 ……俺一応お見舞いに来た立場なのに、ご馳走になっていいのかな? 

 と思いつつ、飲み食いする手は止めない。出してもらった以上、遠慮するほうが逆に失礼! 残さずおいしく食べるのが俺のポリシーだ。

 先輩は俺がパクつく姿を見てニコニコと笑っている。

 

「……どしたんスか? さっきからじっと見て」

 

「いえ、おいしそうに食べるなあって。鹿目さんのそういうところを見ていると、心が癒やされるわ」

 

「あはは、俺ハムスターみたいな扱いすね」

 

 マミ先輩はしばらく何も喋らずに笑顔で俺のことを見ていたが、やがてぽつりと零し始めた。

 

「……怖いの。戦うのが」

 

「え?」

 

「私、今までずっと魔法少女として戦ってきたの。その中で負けそうになったことも何度かあったし、実際に勝てなくて逃げた時もあったわ。だから、命のやり取りをしているっていう覚悟は出来ていたはずだった。でもあの時……私は緊張感を失ってた。あなた達にいいトコ見せようって事ばっかり考えてて、魔女との戦いが命を賭けたものだっていう認識が欠けてた。あの時、私は……死んでた。あんなにも死の実感が近づいたのは生まれて初めてだった」

 

「もしかして、今日学校に来なかったのって」

 

「……ええ、立ち直れなかったの。怖くて外に出れなかった。もし魔女を見つけてしまったら、戦わなくちゃいけない。でも、戦うのが怖い……そう思ったらどうしたらいいか、わからなくなって」

 

「魔女を見過ごすっていうのはダメなんスか?」

 

「ええ、魔女を見過ごしたら、その魔女に殺される人が出るかもしれない。誰かが死んでから『もっと早く戦えばよかった』って思っても手遅れだから」

 

 やっぱ真面目な人だな、って思った。正義感が強くて、知らない他人のために身を張れる人。俺も身体張るのにあんまり躊躇はないけど、さすがに知らん人のために頑張るのは無理だからな……。

 どっちにしろ、無理は身体に毒だ。一人っきりで頑張ってきたのは凄いと思うけど、今は事情が違う。

 

「先輩、たまには戦わなくても大丈夫なんじゃないですか?」

 

「でも、私が戦わなくちゃ魔女は……」

 

「ちっちっち、なんか忘れてませんか? 魔法少女は先輩一人じゃないんだぜ!」

 

 俺はそう言ってスマホを取り出す。

 

「鹿目さん、あなたまさか」

 

「あ、もしもしほむちゃん? 今マミ先輩の家にいるんだけど来れる? あ、来てくれる! ナイスゥ! えっと、家の場所は……ああ、もう知ってるの? オッケー! じゃ、また後で」

 

 ふふん、俺は得意気な顔でマミ先輩を見る。

 

「そう、この町にはほむちゃんもいるんスよ~! 自分が出来ないことは人にやってもらう、これが楽しく生きるための秘訣っスよ。ついでにこれを機に、二人に仲良くなってもらおうと思って! マミ先輩も昨日助けられたし、ほむちゃんが悪いやつじゃないってわかったでしょう?」

 

「そ、そうね……」

 

「?」

 

 マミ先輩は、すごく微妙な顔をしていた。

 気まずいのはわかるけど、頑張ってくれ。今後のためだし、友達同士が微妙な関係なの俺は見たくないし。

 そんなことを考えているうちに、ピンポーンとチャイムが鳴る。

 インターホンのカメラを見る。ほむちゃんだ! 

 

「来たわよ」

 

「早っ、一分も経ってないぞ!? ほら、先輩ドア開けてあげて」

 

「……ほ、本当に開けなきゃだめ?」

 

「なんで今になってビビってんの! できないなら代わりに開けますよー」

 

「あ、ちょっ!」

 

 がちゃりとドアを開ける。ほむちゃんはいつもの無表情で玄関先に立っていた。

 

「よっ、ほむちゃん! 来てくれてありがと。それで、呼んだ理由なんだけどさ」

 

「大体なんの用かは察しがつくわ。巴マミの件でしょう?」

 

「そうそう、そうなんだよ。後はマミ先輩のほうからほむちゃんに説明してくれよ」

 

「えっ、私!?」

 

「うん。ほむちゃんも邪険にはしないだろうから、試しに話してみなって!」

 

「……じ、じゃあ……」

 

 ・・・・・・

 

 ──巴マミ

 

「まずは、改めてごめんなさい。それと、ありがとう。あの時助けてくれて」

 

「別にいいわ。気にしてないから」

 

 勇気を持って第一声を切り出したけど、暁美さんは顔色一つ変えずに切り捨ててしまう。

 

「……あ、あの。紅茶いるかしら?」

 

「別にいいわ」

 

「……」

 

「……」

 

 うぅ、会話が続かない。

 やっぱり暁美さんのこと、苦手かも……。

 

「……そういえば、キュゥべえの姿が見えないわね」

 

「ああ、キュゥべえならあの時以来姿を見せてないわ。私が情けないところを見せたから、愛想を尽かしちゃったのかしら……」

 

 そう、私が凹んでいたのはキュゥべえの不在もあった。しーんとして静かな家の中に一人ぼっちでいると、今度こそ本当に孤独になってしまった気がしていた。

 だから鹿目さんがお見舞いに来てくれたのは、すごく嬉しかった。私は本当に一人じゃないんだって思えた。

 ……本当は、暁美さんとも仲良くなりたい。でも、暁美さんの方はどう思っているのかしら。今も鹿目さんが言ってくれたから仕方なく付き合っているだけで、本当は煙たがっているのかも──

 

「キュゥべえのことは気にしなくていいわ。あいつには愛想なんて可愛げのある感情は存在しないから。あなたのそばにいることにメリットが感じられなくなったら姿を消す。それだけよ」

 

「え……?」

 

「先輩、今のはほむちゃんなりの慰めですよたぶん。ほむちゃん不器用なんで伝わりづらいけど」

 

「……茶化さないでちょうだい、まどか。とにかく、あなたが気に病む必要はないわ」

 

 鹿目さんと暁美さんのやりとりで、思わずクスッとしてしまう。

 暁美さんって怖い人だと思っていたけど、誤解されやすいだけで本当は愛嬌のある人なのかも。

 そう思うと、今まで緊張で縮こまっていた身体もリラックスして、いつも通りに話すことができる気がした。

 

「ありがとう、暁美さん。それじゃあ、本題に入りたいのだけれど」

 

 ・・・・・・

 

 ──鹿目まどか

 

 話し合いが終わった~~。

 俺は途中から半分くらい寝てたけど、なんかうまいこと話がまとまってくれたみたいでよかった。

 ほむちゃんとマミ先輩も仲良しとはいかなくても、普通に会話できるくらいには打ち解けたみたいだし。

 それにしても……。

 

「どうしたの鹿目さん? さっきからスマホを気にしているみたいだけど」

 

「いや、さやちゃんから連絡がねえなって。実は今日さやちゃんも誘ってたんだけど、あたしは病院行くから後でねって言われたんスよ。もうとっくに見舞いなんて終わってる頃だろうから連絡あるかなって思ったけど、なんにも来てなくて」

 

「あら……何かあったのかしら」

 

「好きな男のトコに行ってますからね。時間を忘れるほど話が弾んでたりして」

 

「いい方に考えるわね、まどか……何かしらの事件に巻き込まれた可能性も十分に考えられるわ。それこそ、魔女に遭遇してしまったり」

 

「仮にそうだったとしても、なんも出来ることないしなあ……あっ、そうだ!」

 

 俺は名案を思い付く。我ながらここ最近名案閃く頻度多いな。閃きの神か? 

 

「遊びに行こうぜ、三人で! 親睦を深めつつ、運が良ければさやちゃんと遭遇できる一石二鳥の提案! それにほむちゃんとそのうち遊ぶ約束もしてたしな!」

 

「まどか、それあなたが遊びたいだけでしょう?」

 

「あはは、流石ほむちゃん察しがいいな。で、どうする?」

 

「ふふ、私は良いと思うわ。気分転換には丁度いいし、暁美さんと親睦を深めたい気持ちもあるしね」

 

「……私も別にいいわ。反対する理由もないし」

 

「決まりだな! さっそくしゅっぱ~つ!!」

 

 ・・・・・・

 

 そうして、やって来た先は。

 

「ゲームセンター?」

 

「そ、ここなら気軽に遊ぶにはもってこいだし、二人でできるゲームもいっぱいあるし。先輩とほむちゃんが一緒に遊ぶには丁度いいかなって」

 

「まどかはどうするの?」

 

「俺は入りたくなったら入るよ。それじゃ、早速これなんかどうよ」

 

 そう言って、俺は一つの筐体を指差す。

 エアホッケー。二人対戦でルールは非常にシンプル。ゲーセンの定番だ。

 

「いいんじゃないかしら。暁美さんは?」

 

「……遊び方がわからないから、ルールを教えてもらえればできるわ」

 

 あら、ほむちゃんってもしかしてゲーセンで遊んだこととか無いタイプの人か。確か、こっちに来る前は病気でずっと入院してたんだっけ? 今じゃそんな様子おくびにも出さないから忘れてたけど。

 ルールを簡単に説明したのち、ほむちゃんとマミ先輩がお互い向かい合う。

 

「さあ、最初はお手並み拝見よ」

 

 マミ先輩が加減してパックを打つ。ほむちゃんは冷静に捌き、打ち返す。さすが魔法少女、センスがいい。

 そのままラリー合戦は続き、マミ先輩も徐々に加減がなくなっていく。ほむちゃんも激しくなっていくラリーに食らいつき、必死で打ち返す。

 気づけば周囲にギャラリーが集まるほどの激戦になっていた。

 

「ふッ!」

 

 正面に来たパックを押さえ、ほむちゃんが渾身の1打を放つ。それは真っ直ぐにマミ先輩のゴールに向かっていき、勝負が決まった……かと思った瞬間に、パックが急激に勢いを失った。

 

「えっ!?」

 

「残念だったわね。終わりよっ!」

 

 マミ先輩の放ったショットに反応が追いつかず、無情にもゴールを許してしまうほむちゃん。

 1-0で勝負は決したのであった。

 

「どうやら私の勝ちみたいね、暁美さん!」

 

 マミ先輩はふんすとドヤ顔をしている。年相応のはしゃぎ方って感じで可愛らしい。

 対してほむちゃんは納得がいっていないようで、憮然とした表情をしていた。

 

「なぜ最後、急に弾の勢いがなくなったの? アレさえなければ勝てていたのに……」

 

「あれは時間切れだよ、ほむちゃん。エアホッケーは時間切れになるとエアの放出が終わって、パックが飛ばなくなっちゃうんだ」

 

 どうやら、仕様を知っているか知らないかの差が勝負の決め手だったようだ。

 ほむちゃんは悔しそうにしている。

 

「……もう一回よ、巴マミ!」

 

「いいでしょう、受けて立つわ暁美さん!」

 

 ・・・・・・

 

「結局、エアホッケーだけで夜になっちゃったよ」

 

 あの後ヒートアップした二人はエアホッケーに連コしまくっていた。他の客もみんな二人の勝負に見入っていたため、文句を言う人は誰もいなかった。

 勝敗のほうは完全に五分五分といったところだった。

 

「ごめんなさいまどか、私達だけ楽しんでしまって」

 

「いやいや、二人の試合見てるだけでめちゃくちゃ楽しかったから気にすんなよ。ゲームは他にもいっぱいあるし、また今度みんなで行こうな?」

 

「ふふ、楽しみだわ。今日もとっても楽しかった」

 

「いい気分転換になりましたか? マミさん」

 

「ええ、それはもう。こんなに楽しかったのは久しぶり。暁美さんもありがとうね」

 

「……別に、感謝されるようなことはしていないわ」

 

 ほむちゃんがそっぽを向きながら言う。多分照れてる時のやつだな、これ。

 そんなこんなで三人で夜道を歩いていると、遠くに見慣れた人影を発見した。

 

「さやちゃんだ! こんなところでなにやってんだろ……お~い!」

 

 大声で呼ぶ。返答がない。あれ、おかしいな? 

 もう一度呼ぼうとしたところ、ほむちゃんに腕を掴まれる。

 何やら、真剣な表情をしていた。マミ先輩も血相を変えている。

 

「巴マミ、見た?」

 

「ええ、美樹さんの首筋に確かに刻まれていたわ。あれは……魔女の口づけ!」

 

 

 ……魔女の、口づけ?



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10話

「魔女の口づけ……って、なんスか?」

 

「早い話が、マーキングよ。魔女の標的にされた証。あれを付けられた人間は負の感情を増幅させられて、やがて魔女の餌にされてしまう」

 

 マミ先輩の表情は強張っていた。俺もやばいと思う。よりによって、さやちゃんが! 

 さやちゃんは小さい頃からの友人だ。俺にとって無二の親友といっても過言ではない。それが魔女に狙われてるなんて聞いたなら、とても黙ってはいられない! 

 

「こうしちゃいらんねえ! 助けないと!」

 

 今すぐにでも走ってそばまで近づきたい所だけど、ほむちゃんに腕をグッと掴まれて動けない。

 

「あなたの出る幕ではないわ、まどか」

 

「でも!」

 

「そうよ、これは魔女の仕業。ということは、私達魔法少女の出番ってわけ。それに……『自分が出来ないことは人にやってもらう、これが楽しく生きるための秘訣』でしょう?」

 

「あ……!」

 

 それは、他でもない俺がマミ先輩に言った言葉だった。マミさんは微笑みながらウィンクしてくれる。ありがたい。やっぱりマミ先輩、めっちゃいい人だ……。

 しかしほむちゃんは真剣な表情で、マミさんに問いかける。

 

「巴マミ……あなた、やれるの?」

 

「……正直、まだ怖いわ。でも、大切な後輩が……友達が、困っているんだもの。ここで頑張らなきゃ、カッコ悪くて仕方ないじゃない?」

 

 そう言って微笑むマミ先輩の手は、震えていた。

 ほむちゃんがそれを見咎めて、眉をひそめる。

 

「あなたが無茶する必要はないわ、巴マミ。魔女は私が倒すから、あなたはまどかから目を離さないでちょうだい」

 

「……わかったわ。不甲斐なくてごめんなさい」

 

「謝る必要はないわ。それよりも、今は美樹さやかを追うことが先決。あの覚束ない足取りを見る辺り、魔女のもとに誘導されているはずよ。美樹さやかの後についていけば、必ず魔女の居場所までたどり着けるはず」

 

 ほむちゃんの言葉に従って、俺たち三人はこっそり後をつける。しばらく歩いていると、他にも同じような様子の人たちがさやちゃんに合流してきて、一路同じ方向を目指していた。

 目指す先は、ある一軒の建物。

 

「これって……町工場? よく知らんけど」

 

「ええ。でも経営破綻で近いうちに潰れるはずの場所よ」

 

「へぇー、詳しいなほむちゃん。転校してきたばっかりじゃなかったっけ」

 

 ほむちゃんは返事の代わりにファサッと髪をかき上げる。

 なんか適当に誤魔化された気がする、これ。まあ、大したことじゃないからいいけど。

 

「とりあえず、中に入りましょう」

 

 三人でこっそりと工場内に入る。ざっと二十、いや三十人はいるのか? 魔女の被害規模って、俺の想像している以上にでかいのかもしれない。

 

「……そうだよ、駄目なんだ。こんな小さな工場一つ、満足に切り盛りできなかった。今みたいな時代にさ、俺の居場所なんてあるわけねぇんだよな」

 

 くたびれたおっさんが、ぼそぼそと独り言を言っている。その横でくたびれたおばさんがポリバケツを持ってくる。一体なんだ? と思って様子を見ていると、何やら洗剤を二本持ってきて、バケツの中にどぼどぼと入れ始めた。

 

「ほむちゃん、あれって」

 

「ええ、まずいわね」

 

 どっちも見たことあるパッケージの洗剤だ。そして、混ぜてはいけない組み合わせ。

 お母ちゃんに教えてもらったことがある。ああいうのを混ぜてしまうとやばい毒ガスが出て、死の危険もあるって。

 

「二人とも、魔法少女に変身するのってどんくらいかかる?」

 

「数秒ってところね。暁美さんは?」

 

「私も変わらないわ」

 

「今は一刻一秒を争うから……先輩、変身したら後ろから足止めお願い! ほむちゃんは後から俺に追いついて!」

 

 俺は全速力で走り出す。

 掴みかかろうとする人たちの間をかい潜り、バケツまでの距離を詰めていく。

 だけど……他でもないさやちゃんに立ちはだかられ、足を止められてしまう。

 

「ダメだよまどか? あんた昔っからチョロチョロとすばしっこかったね……まったく、ほんと、抜け目ないんだから。そうやって、恭介のことも私の見えないところであんたが……だから、邪魔されないように捕まえとかないとねえ!」

 

「何わけわかんないこと言ってんだよさやちゃん! 離してくれって!」

 

 抜け出そうともがいていると、黄色いリボンが後ろから飛んでくる。マミ先輩の魔法だ。

 さやちゃんを俺から引き剥がし、拘束してくれた。

 

「サンキュー先輩!」

 

 同時にほむちゃんも俺に追いつき、俺の手を握る。

 それと同時に、周囲の時が止まった。

 

「ほむちゃん!」

 

「今のうちに行くわよ、まどか」

 

 ぴたりと止まった人々の間をすり抜けるのは容易なことだった。あっという間にバケツの目の前までたどり着く。こんなもん、とっとと風通しのいい場所に退けてしまうに限る! 

 

「ほむちゃん、俺バケツ持つよ!」

 

「ええ!」

 

 ほむちゃんが俺の手を離す。かちりと時が動き出す。工場内の人が俺に殺到してくるが……俺に追いつくには、もう遅い! 

 

「せいやぁぁー!」

 

 俺は気合を込めて、窓めがけて思い切りバケツを投げつける。窓は勢いよくブチ割れ、晴れてバケツは外に出すことが出来た。これでガスの心配はあるまい。

 ふー、これで一安心……と思いたかったが、どうもそういうわけにはいかないらしい。

 虚ろな目付きの人たちがみんなこちらのほうを見つつ、ゆっくりと近づいてくる。

 

「も、問題解決してないんだけど~!」

 

「それはそうよ、自殺の原因は止めたかもしれないけど魔女に対してはなんの処置も出来ていないもの」

 

「こういう場合、どうすんのよ」

 

「手加減しながらこの数を捌くのは少し骨ね……逃げつつ魔女の結界を探すわよ」

 

「鹿目さん! 暁美さん!」

 

 マミ先輩が悲痛な声を上げる。どうやら、心配してくれているようだった。

 俺は先輩の不安を払拭するように、努めて明るい声で返す。

 

「こっちは大丈夫、ほむちゃんがついてくれてるし! 万が一のためにマミ先輩はさやちゃんのこと見といてくれ、頼む!」

 

「……わかったわ、二人とも無事でね!」

 

 ・・・・・・

 

 その後しばらく走ってドアのある場所までたどり着き、鍵をかける。ドンドンと複数人からドアを叩かれているが、さすがに金属扉を破られることはそうそうあるまい。俺はふう、と一息つく。

 

「そういや、こういう時には時間止めるやつ使わないの? あれ使ってる間に全員倒せそうだけど」

 

 俺はふと浮かんできた素朴な疑問を口にすると、ほむちゃんは無表情のまま答える。

 

「理由は三つあるわ。一つは、一般人全員を戦闘不能にするための加減がわからないこと。もう一つはまどかも体感しているように、相手の身体に触れている間は時間停止が通用しないこと。そして、最後に……この能力は無限ではないの。だから使わなくてもなんとかなる状況なら極力使わないことが望ましいわ」

 

「あー、なるほどね……しかし、これからどうする? あれから逃げながら魔女探すの、思った以上にキツくない?」

 

「いえ、その心配は無いみたいよ」

 

 ほむちゃんの言葉の意味は、すぐにわかった。周囲の景色が歪み始めたからだ。これって、魔女が出てくる時のやつ! 

 

「なるほどね……うおぉっ!?」

 

「まどか!」

 

 なんかパペット人形みたいなちっちゃい奴らが俺にまとわりついてきて、俺は引きずり込まれる。ほむちゃんは驚くとともに、何かを考えるような様子を見せて……結局助けに入ることなく、俺の身体は完全に結界の中に引きずり込まれてしまった。

 

 ふわふわと、水に揺蕩うような感覚。息苦しくはない。身体がふよふよしてて、なんだか変な感じ。

 目の前にテレビが出てくる。今日び懐かしい、ブラウン管のやつだ。

 その画面には、なんと……前世の俺が映っていた。

 えっ、マジで! うわぁ、懐かしいなあ。まさか今世になってから見れると思ってなかった。場面は……ああ、あの時。そうだ、友達と遊ぶ約束してたんだ。友達と公園で待ち合わせしてて。友達が横断歩道を渡ってこっちに来ようとした時に……赤信号のはずなのに、トラックが突っ込んできて。

 ……気付いたら、身体が勝手に動いてたんだった。

 

 友達はギリギリ無傷だったけど、俺はボロ雑巾みたいになっていた。あの時は無我夢中になってたし痛みも麻痺してたから全然気にしてなかったけど、客観的にその光景見るとやばいな俺の怪我。そりゃ友達も泣くよ。

 

『気に病むなって……俺がやりたいようにやっただけなんだから。ほら、泣くよりも、笑ってくれよ。な?』

 

 いやー、今思うとだいぶ無茶言ってるな、この時の俺。結局友達は泣いたままだし。そのまま画面は霞んで……砂嵐になってしまった。俺がやりたいように行動した結果だから後悔はないんだけど、やっぱり友達が泣いたままだったのは見てて心苦しかった。これが未練ってやつなんだろうか。

 そんなことを思っていると、魔女が次の映像を見せようとしてくる、次は何かなーと呑気に思いながら待っていると、銃弾が画面を穿ち、再び映像は砂嵐に変わる。続けざまに飛んできた銃弾でテレビは蜂の巣になり、魔女は爆散する。前の魔女が信じられないくらいにあっさり終わったな、こいつ。

 後ろを見ると、拳銃を構えたほむちゃんが立っていた。

 

「いやー、助かったよほむちゃん」

 

 そう言って駆け寄ろうとするが──

 

「近づかないで」

 

 ほむちゃんが銃口をこちらに向ける。俺は思わずピタッと足を止めてしまう。

 なんで、ほむちゃんが? もしかして、まだ魔女の影響が残ってる? でもさっき魔女はやっつけられてたし、風景も元に戻っている。

 

「ど……どしたの、ほむちゃん?」

 

「申し訳ないけど、試させてもらったの。さっきの魔女は……捕らえたものの心を覗き、過去のトラウマを想起させる映像でじっくりと獲物を苦しめる魔女よ。だから、もしあの交通事故があなたの見たトラウマだったとしたら……アイツの画面には、その場面に居合わせていたあなた自身が映っていないとおかしいの。でもあの画面に映っていたのは見滝原ではない、知らない町並みに、知らない人間だけ。そこにあなたはいなかった」

 

 ああ、そういうことか。あれは俺だけど、今の俺じゃないもんな。

 ほむちゃんが警戒するのも無理ない、のか。ほむちゃんは警戒と困惑が混じった、複雑な……ともすれば泣きそうな顔をしていた。

 ほむちゃんは感情を乗せない、冷たい声で俺にこう言った。

 

 

「教えて。()()()()()?」



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11話

「何、って言われても」

 

「答えて」

 

 有無を言わせない表情だった。なんでこんなに怖い様子なのか分からないけど、隠し事をしていたのは事実。それに実際に見られているんだから、与太話だと片付けられることもあるまい。この話をする上で一番イヤなことってそれだから。

 

「仕方ないな。これはお父ちゃんとお母ちゃんにしか話してない事なんだけど……俺さ、前世の記憶があるんだ。さっきあの魔女が見せてたのは、それ。俺が男っぽい喋り方なのも、前の人生は男だったからなんだよね」

 

「前世の、記憶?」

 

 ほむちゃんの瞳が揺れる。まあ混乱するよな、こんなこといきなり言われても。突然言っても受け入れてくれたお母ちゃんとお父ちゃんは例外中の例外だ。

 

「それじゃあ、あなたの精神は……本来のまどかではない、ということ?」

 

「本来の、まどか?」

 

 それって、アニメに出てきた『鹿目まどか』のことか? ほむちゃんってもしかして、元の鹿目まどかのことを知ってるのか? 

 もしかして……俺と同じ、前世持ちだったりするのかな? まあ、それはどうでもいい。本人が話したいのだったらちゃんと聞くし、話したくないんだったら聞かない。

 それに──こう聞かれたら、答えは一つに決まっている。

 

「俺は鹿目まどか、見滝原中の2年生! お父ちゃんは鹿目知久、お母ちゃんは鹿目詢子、好きな言葉は快食快眠! 部活は手芸部、そんでもって委員会は保健委員! 小学生の頃は特設陸上部と特設水泳部と特設合奏部の掛け持ちしてたし、運動会で応援団とかもやってた! 中学に入ってからはその反動でなんもやってない! たまーに気が向いたら手芸部に顔出してパッチワークとかやってるくらい! 最近はなんもやってないと自由に遊び行ったり飯食いにいったりできて幸せだなーって思いながら毎日生きてる!」

 

「……一体、何を言っているの……?」

 

「ほむちゃんの言ってる『本来のまどか』ってのがどんなのか、よくわからない。なんでほむちゃんがそんなこと気にするのかもわからない。たしかに俺は前世の記憶があって、ちょっとヘンなのかもしれないけど……でも俺はこの世界に産まれてからずっと、鹿目まどかとして生きてきた。お父ちゃんとお母ちゃんも前世があるってことを知った上で、その上で俺を娘として愛してくれた。だから! 俺は『鹿目まどか』だ! 本来とか、本来じゃないとか関係ない! 俺は俺の人生を生きてるから!」

 

 俺は鹿目まどかとして生きていることに、一切の後ろめたさはない。

 むしろ誇らしいとすら思っている。だって──

『鹿目』って名字はお父ちゃんとお母ちゃんから受け継いだものだから。

『まどか』って名前はお父ちゃんとお母ちゃんから貰った大切なものだから。

 それに恥じない生き方をしたいのだ、俺は。

 

()()()()、って聞かれたら、それが答えだ。俺は鹿目まどか。それ以外の何者でもないよ。前世があるったって、元の名前も忘れちまってる程度のもんだしな」

 

 そう言って俺は笑う。前世の記憶が薄れていることは別に悲観していない。俺は今を生きている。前世が薄まるってことは、今の人生での大切な想い出が増えているのと一緒だと思っているからだ。まあ……少しだけ、寂しくはあるけど。

 

「俺に言えるのは、これくらい。ほむちゃんが納得できるかどうかは分からないけど」

 

 ほむちゃんの表情は、形容しがたいものだった。驚いているような、悲しんでいるような、落ち込んでいるような。その内心を想像するのは、俺にはちょっと難しかった。

 長い沈黙がその場を支配する。十秒くらいは経っただろうか。ほむちゃんがおもむろに俺に向けていた銃を下ろし、背を向ける。

 

「……ごめんなさい。考えを整理する時間を、ちょうだい……」

 

 そのまま、ほむちゃんはとぼとぼ去っていく。その背中は、やたら寂しそうに見えた。

 さっきまで魔女と大立ち回りを繰り広げていた人物ととても同じには思えないくらい、小さな背中。

 それを見送っていると、後ろから声が聞こえた。マミ先輩の声だ。

 

「鹿目さん、大丈夫!?」

 

「マミ先輩! 俺は大丈夫、ほむちゃんが魔女をやっつけてくれたからな」

 

「その暁美さんは?」

 

「……先に帰っちゃった」

 

「そう……お礼を言おうと思っていたんだけど。それよりも、美樹さんが目を覚ましたわよ。でも、ちょっと様子が……」

 

「マジで! 今行きます!」

 

「あ、ちょっと!」

 

 さやちゃんが目を覚ました! 無事で良かった! 急いでさやちゃんのもとに駆け寄る。意識を取り戻したって聞いたけど、さやちゃんは俯きながらその場に座り込んでいてちっとも動かなかった。

 

「さやちゃん、大丈夫か!?」

 

 さやちゃんは虚ろな目をしたままだった。これは只事じゃない。後から追いついたマミ先輩が深刻そうな表情で呟く。

 

「目を覚ましてから、ずっとこうなの。魔女の影響は消えたはずなんだけど……。私がなにか言っても『私はダメな人間なんです、汚い人間なんです……!』って言うだけで」

 

「そんな……さやちゃん、大丈夫か! さやちゃん! 俺が分かるか!?」

 

 さやちゃんの肩を揺する。なんとか正気に戻ってくれ! 

 俺の願いが通じたのか、さやちゃんの目に光が戻る。

 

「まど……か? まどか……まどかぁ」

 

 さやちゃんの目から涙がこぼれる。止まらない。なんで、どうして? さやちゃんは滅多なことでは泣かない女だ。魔女に操られたのが、よほど恐怖だったのか。

 そんな俺の想像は、とんだ思い違いだった。

 

「ごめん、まどかぁ……! あたし、あたし! あんたのこと、憎いと思っちゃったの!」

 

 ……え? 

 

「美樹さん、気に病む必要はないのよ? 魔女は負の感情を増幅してしまうから、普段思わないような感情に支配されてしまうのも無理はないわ。悪いのは魔女なの。あなたは悪くない」

 

 マミ先輩がさやちゃんを気遣って言った言葉も虚しく、さやちゃんの表情は晴れない。

 

「増幅するってことは、元々あったってことですよね。あたし、まどかにそんなこと思うなんて、思わなくって。私、最低だ……!」

 

 さやちゃんは完全にパニックになってしまっている。憎いと思った、かあ。

 確かにケンカは何回かしたことあるけど、そんな事言われるとは思いもしなかった。憎まれるいわれは……そこそこ心当たりあるな。結構俺の都合で振り回しちゃってる時あるし、何かにつけてさやちゃんに面倒かけてるし、ハンバーガー食いに行った時は毎回さやちゃんのポテト勝手に食べてるし……俺の普段の行動、さやちゃんの優しさに甘えている節が大いにある。

 

「憎いと思ったって言うけど、一体どのへん……?」

 

「……恭介」

 

「恭介って……ジョー? ジョーがなんか関係あんのか?」

 

 意外な名前が出てきたことで、ちょっと困惑する。俺最近あいつと全然喋ってないし、特になんにもないはずなんだけど。あの事はお互いに秘密って決めたし。あいつ、さては決め事破ったのか? 

 

「恭介ね、お医者さんに腕がもう二度と治らないって言われたの。それで荒れて、持ってきたCDプレイヤーも叩き割っちゃって……すごい血が出たのに、痛みも感じないって……!」

 

「そんなことになってたのか……それで、俺がどこで関係してるんだ?」

 

「恭介がポロッと言ったの。『まどかに逢いたい』って。なんで? って聞いたんだけど、理由は答えてくれなくて……結局気まずいまま病院出て。まどかと合流する気にもなれなくて。アテのないままふらふら歩いてたら、いつの間にか……」

 

「魔女に操られていた、ってわけね」

 

「そういうことに、なります。恭介……あたしのこと、一度も見てなかった。そこにいないまどかのこと、見てた。それがすごくモヤモヤして、嫉妬して……憎くなって。逆恨みもいいトコですよね、こんなの、それで、自分がすごくイヤになって。あたし、こんなに自分勝手で、最低で、汚い人間だったんだって」

 

「そんな事ない! さやちゃんは自分勝手なんかじゃない!」

 

「まどか……?」

 

 感情から先に口が動いていた。俺が原因でさやちゃんが自分を責めて、泣いているのがすごくイヤで。なんとか泣き止んでほしくて、でも言うこと、なんにも考えてなくて。

 

「さやちゃんはめっちゃ思いやりあるし、良いやつだよ! 俺がいくら面倒かけても呆れはするけど一回も見捨てたことないし、俺が短距離走で一位取った時とかジョーがコンクールで最優秀賞取った時とかには自分のことみたいに一緒に喜んでくれたし、うちで飼ってた猫が死んじゃった時だって自分のことみたいに悲しんでくれただろ! ジョーの腕の件だってそうだよ! さやちゃん、めっちゃ良いやつなんだよ! 良いやつなんだから……」

 

 気付いたら、俺の目からも涙が流れてきた。

 感情が溢れて、止まらなくなって。

 

「だから自分のこと、最低とか汚いとか言うなよぉ……!」

 

 泣き止んでほしいと思ってたのに、気づけば俺のほうが泣いていた。

 

「まどか……なんで、なんであんたまで泣くのよ。あんたが泣くことないのに……!」

 

 そのままお互い涙が止まらず、二人でおいおい泣いていた。

 滲んだ視界の端で、マミ先輩がわたわたと慌てていた。

 

 ・・・・・・

 

「二人とも、落ち着いたかしら?」

 

「……はい」

 

「……落ち着きました」

 

 ひとしきり泣き果てて落ち着くと、ちょっと自分が恥ずかしくなる。

 こんなに泣いたのいつぶりだろう。まだ鼻がズビズビ言ってる。

 さやちゃんも泣き止んでいたけど、まだしゃっくりが止まらないみたいだった。

 

「とりあえず、ここから出ましょう。ほら、立てる?」

 

 俺とさやちゃんはマミ先輩の手を取り、立ち上がる。

 マミ先輩は困ったような笑顔で俺たちに言う。

 

「二人とも、よかったら私の家に来ない? もう夜も遅いから、外にいたら補導されちゃうかもしれないし……多分、今日のうちにちゃんと落ち着いて二人で話をしたほうがいいと思うから」

 

 俺はさやちゃんとアイコンタクトを取り、お互いに首肯する。

 

「それじゃあお言葉に甘えます、マミ先輩」

 

「すいません、なんか……迷惑かけちゃって」

 

「いいのよ。あなた達の力になれれば私も嬉しいから。友達、でしょ?」

 

 やっぱりマミ先輩、すっごく優しくていい人だ。俺の周り、優しくていい人ばっかりだ。

 泣きまくって心細くなっているところに、その優しさがよく沁みた。

 

 ・・・・・・

 

 ──暁美ほむら

 

 家に帰ると同時に、ベッドに倒れ込む。疲れ果てていた。

 理由は考えるまでもない。まどかのことだった。

 

「前世の記憶、なんてね……」

 

 今までにないケースだった。魔女の映像が見せたのは、私やまどかとはなんの縁もゆかりもなさそうな青年。一体何が原因で、彼の記憶がまどかに入ってしまったのだろう。

 記憶……いや、魂と言ったほうがいいのだろうか。それが入り込んだまどかは、果たして私の知っているまどかなのか? 

 あの人は自分のことを鹿目まどかだと言ってのけた。一点の曇りもなく、堂々と。

 事実、それは間違いではないのだろう。彼が鹿目まどかとして14年間生きてきたというのならば、家族や友人にとって鹿目まどかはあの人物しかいないのだ。そういう意味だと、あのまどかは紛れもなく本物なのだ。それに異を唱えられるのは、本来のまどかを知っている私だけ。

 私が知っているまどかとは……違う。違う、はずなのに。

 

『今度一緒に遊びにいこうぜ、ほむちゃん!』

 

『仲良い人が命の危機だってわかったら放っとけないよ、俺。何にもしないで俺だけ助かるよりも、危険を冒して誰も死なないですむ可能性があるなら、俺はそっちを選ぶって決めてるから』

 

『俺はこの世界に産まれてからずっと、鹿目まどかとして生きてきた。お父ちゃんとお母ちゃんも前世があるってことを知った上で、その上で俺を娘として愛してくれた。だから! 俺は『鹿目まどか』だ! 本来とか、本来じゃないとか関係ない! 俺は俺の人生を生きてるから!』

 

 在り方が、あまりにも私の知っているまどかを思わせて。

 まどかじゃない筈なのに、ある意味まどか以上にまどかに近くて。

 その矛盾が私の心をひどく掻き乱す。

 

 今のまどかは……そう『最初』のまどかに似ていた。

 私を暗闇から救い出してくれた人。最初の友達。そして……助けられなかった、私の後悔。

 今回ほどではないにせよ、まどかには時間遡行を繰り返す度に多少の差異があった。それは魔法少女になるための願いであったり、性格であったり。

 最初のまどかは活発でみんなを引っ張っていくタイプの子だったけど、魔法少女として一緒に戦うようになったループでは穏やかで仲間思いの優しいまどかで。そして私が魔法少女になるのを阻止するようになってからは、引っ込み思案で自信なさげで、でも芯の強さだけは変わらないまどかへと傾向が変遷していった。

 

 繰り返す度にまどかと私の距離が離れていくように、まどかの方も私の知っている姿から少しずつ離れていっていたのだ。私は今まで、そのことに気づかなかった……いや、気づかないようにしていた。

 私が救いたいのは……救いたかったのは、一体、何? 

 

「……どうしたらいいの、まどか?」

 

 その『まどか』は誰に向けた言葉だったのか、私自身でもわからなかった。



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12話

 俺たちはマミ先輩の家で、テーブルを挟んで向かい合わせに座っていた。

 マミ先輩は『少しでも落ち着けるように』と言ってハーブティーを淹れてくれて、いい匂いのアロマまで焚いてくれていた。おまけに、邪魔にならないように少し離れたところの椅子で話を聞いてくれていた。もう本当に、先輩の気遣いには頭が上がらない。

 そんなマミ先輩の尽力もあって、俺とさやちゃんはなんとか話が出来る状態まで持ち直していた。

 

「単刀直入に聞くんだけどさ、さやちゃんはジョーのことどう思ってるの?」

 

「あたしが、恭介のこと……」

 

 さやちゃんは黙りこくってしまう。やはり、まだハッキリ言葉にして言うのは恥ずかしいらしい。でも大事な質問だ。恋心を自覚しているのかしていないのかで変わってくるから。

 

「まあ大体わかってるから、素直に答えてくれ。さやちゃん自身の口から聞きたいから」

 

「あたしは……あたしは、恭介のことが好き。一つのことにひたむきに頑張る姿が眩しいと思ったし、だから恭介の奏でるバイオリンの音も好き。繊細なところも好きだし、それでいて実は根性あるところも好き。あとは──」

 

「オッケー、よくわかった。要するにジョーの事は好きなんだな、恋愛対象として」

 

「……うん」

 

 このままだと結構長いこと続きそうなので、俺はさやちゃんの言葉を遮るようにして話を進める。でもこれなあ……やっぱ言いづれえんだよな~……でも仕方ない、ここまで来たなら言っちゃわないとダメだ。

 

「実は俺さ……小学校の頃告白されたことがあるんだ。ジョーに」

 

「え、えぇっ!?」

 

「鹿目さんが、男の人に!?」

 

 さやちゃんが目を白黒させる。マミ先輩もガタッと立ち上がる。驚きすぎな気もするけど……確かに恋愛関係の話とか全然しないしそういうイメージないっぽいからな、俺。

 

「まあ、そういう反応になるよな。あれは6年生の頃だっけ。俺特設合奏部やってたじゃん? んでジョーもバイオリンで特設合奏部に入ってたんだよ。ちなみに俺は大太鼓。練習が夕方まで続くことも結構あったんで特設の活動期間中は二人で帰る時も多くてさ。その時に告白された」

 

「こ、告白された、って……そんな、サラッと……でも、恭介はなんでアンタに告白を?」

 

「俺も告白された時に同じこと聞いた。俺らちっちゃい頃はよく四人で遊んでたじゃん。さやちゃん、とみちゃん、ジョー、あと俺で」

 

「うん」

 

 ・・・・・・

 

 ──上条恭介

 

 まどかは、僕にとって眩しい存在だった。

 小さな頃、公園で遊びの輪に入れなかった僕のことを、

 

『なあ、お前も見てないで一緒に遊ぼうぜ!』

 

 といって半ば無理矢理に鬼ごっこに混ぜてくれた。

 全力で走って転んで、泥まみれになって遊んだのはあの時が初めてだった。

 膝を擦りむいて泣きそうになっていた僕にすっと手を差し伸べて、

 

『お前、やるじゃん! さっきの全力疾走、ガッツあったぜ、ジョー!』

 

『……ジョー?』

 

『ああ、上条だからジョー。いいだろ?』

 

 まどかはニカっと笑いながらそう言った。あだ名で呼ばれるなんて初めてのことだった、嬉しかった。あの時のことをキッカケに、僕にも何人か友達ができた。さやかなんて、その代表だ。すごくいい友達だと思っている。まどかがいなければ、さやかと出会うこともなかった。

 

 まどかがいなければ、ぼくの世界はもっと狭いものになっていたと思う。家とバイオリン教室と、コンサート会場。それを行き来するだけの生活になっていたかもしれない。学校を楽しいと思えるようになったのも、合奏部に入って、一人じゃなくてみんなで音楽をしようと思えたのも全部、まどかがいたからだ。

 僕にとって、彼女は太陽みたいな存在だった。だから──

 

「キミのことが好きだ、まどか」

 

 ・・・・・・

 

「……とまあ、そんな感じのことを言われた」

 

「何よ、それ……あたし、勝ち目ないじゃん……」

 

「でもちゃんとキッパリ断ったぞ。お前のことは好ましく思ってるけど、だけど恋愛対象として見ることは出来ないって。さやちゃんがジョーのこと好きっぽいって知ってたのが理由の一つ。あともう一つあって、それが今まで秘密にしてたことなんだけどさ。俺……男のことを恋愛対象として見れないんだ。普通に喋ったりする分には別にいいんだけど、キスしたりとか、更に上のことをすることを想像すると……やっぱ生理的嫌悪感がある。サブイボ立っちゃう」

 

 それが俺の秘密の一つだった。これは今まで、両親を除けばジョーにしか言っていないことだった。俺に直接告白してきた気概に応えるために、これはハッキリと言っておくべきだと思ったからだ。

 やはり俺の中には男として生きていた時の価値観が残っているのもあって、とてもじゃないけど男と恋愛する気にはなれなかった。

 

「それって、同性愛者……ってこと? あんたが美人好きだったのって、そういうこと?」

 

「んー、そういう単純な問題でもないんだよな。別に女の人に欲情するわけでもないし……」

 

「よ、欲情って……」

 

 マミ先輩がなぜか顔を赤くしている。先輩、こういう話弱いのかな。

 俺にとっちゃ男として生きてきた価値観も残ってるけど、女として14年生きてきたっていう事実も心のなかに脈々と流れているのだ。

 いちいち意識してたら体育の着替えもろくに出来ないし、銭湯なんて一生行けない。

 俺はどっちでもあるし、どっちでもないって感じだ。強いて言えば、男と触れ合うのは抵抗あるけど女の子だったらそんな抵抗ない、ってくらいか。あとイケメンよりも美女の方が見てて目の保養になるくらい。

 

「まあそういうわけで、告白には応えらんないからこれからも友達でなって感じでお開きになった。その後すぐコンクールがあって、特設の活動期間も終わったから二人で帰る機会もなくなってさ。結局そのまま気まずくって疎遠なまんま」

 

「そうだったんだ……そりゃ、恭介もまどかに会いたがるわけだよ。あたし何にもわかってなかった……あはは、ははっ……」

 

 さやちゃんが乾いた笑いを浮かべる。一度は収まったはずのさやちゃんの涙が、また溢れそうになっていた。

 でも、さやちゃんは何にも悪くない。こんなこと、言わなきゃ通じない。言わない俺たちが悪かったのは明白なのだ。

 

「ごめん、今まで黙ってて。さやちゃんに辛い思いさせちゃって」

 

「……ううん、いいの。なんとなく納得いったから。バカなのはあたしだった。恭介の気持ちなんてなんにも知らないで、あたし……」

 

「言ってないことなんてわかんなくて当たり前だよ、伝えたいことって言葉にしないと伝わんないもの。だから俺も言いたいことは言っておきたいし、今回みたいな隠し事もあんまりしたくないんだ」

 

 ただでさえ、俺には前世の件があるしな。といっても、隠すつもりもそんなに無い。話すタイミングもないし、言う必要性もそんなに感じてないから言わないだけで。前世が何でも俺は俺だし。

 それに、仮に前世のことを言っても案外みんな受け入れてくれるって思ってるからだ。元々俺は女っぽい仕草全然しないし、俺の周りみんないい人だし。わりとみんな納得してくれると思ってる。

 

「言葉にしないと伝わらない、か……ほんと、その通りだよね。ありがと、まどか。なんかスッキリしたわ。マミさんも、ありがとうございます。色々気遣ってもらっちゃって」

 

「いいえ、二人が仲直りできたみたいで良かったわ。それより……いい時間になっちゃったわね」

 

 時計を見ると、既に10時を回っていた。

 

「げっ……お母ちゃん、心配してるかも。急いで帰んなきゃ! マミ先輩、今日はありがと! さやちゃん、一緒に帰ろう!」

 

「うん。それじゃあマミさん、また明日!」

 

 ・・・・・・

 

 ──巴マミ

 

「……言葉にしないと伝わらない、か。私も……」

 

 仲良く家に帰る二人の背中を見送り、家の鍵を閉めた後……静かになった家の中で、独りごちる。

 本当はあの時『二人とも、よかったら泊まっていかない?』って言いたかった。でも、言えなかった。勇気が出なくて。断られたらどうしようって、一歩踏み出すのが怖くて。

 鹿目さんも美樹さんも私の情けないところを見て、その上で私のことを受け入れてくれているのに、まだ『いい先輩』を演じたい自分が邪魔をして、ワガママを言えなくて。

 

「……あの時もワガママを言ってたら、少し違ったのかしら」

 

 忘れもしない、大切な後輩……佐倉杏子さん。

 彼女と別れてしまった時。あの時『寂しいから行かないで』って、恥も外聞も、自分のポリシーも全て捨ててそう言ってたら、あなたはなんて言うのかしら。側にいてくれたのかな。それとも……やっぱり、幻滅されちゃったのかな。

 

「……寂しいな」

 

 枕を抱きしめながら、呟いた。

 キュゥべえもあの日以来、結局一度も姿を見せてくれていない。友達だって思っていたのは、私だけだったのかな。魔女を倒せない私には、もう用はないのかな。

 

「パパ、ママ……」

 

 ──この家は、独りで暮らすには広すぎるよ。

 

 

 ・・・・・・

 

「──それで、マミがダメになったってのは本当なのかい?」

 

「ああ、確かだ。かろうじて死は免れたけど、恐怖に囚われた巴マミはそれ以降、一度も魔法少女として戦っていない」

 

「それじゃ、見滝原はフリーになったってわけだ」

 

「いや、残念だけど既に暁美ほむらという魔法少女がいる。今、マミを除いて見滝原にいる魔法少女は彼女だけだ。実質的に見滝原を縄張りにしていると言っても過言ではないだろう」

 

「へぇ……気に食わないね。知らないやつがあの土地を縄張りにしてるってのは」

 

「行くのかい?」

 

「当然。マミが魔法少女として戦えなくなったんなら、アタシが遠慮する理由もないだろ? その暁美ほむらとかってやつをブッ潰して……あたしが見滝原をもらうよ」

 

「彼女は僕が契約した覚えのないイレギュラーだ、くれぐれも気をつけてくれ。()()()()

 



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13話

 翌日の放課後、俺は一人で町に出ていた。

 さやちゃんはなんか用事があるからといって放課後即離脱、とみちゃんも習い事があるから今日は空いてない。マミ先輩は食材を買い込むため、セール中のスーパーに出かけるから暇じゃない。一人暮らしって大変そう。

 そしてほむちゃんは学校を休んでいた。お見舞いに行こうともしたけど、

 

『私は大丈夫だから、今日は一人にしてちょうだい。お願いだから』

 

 と連絡が来ていたため泣く泣く断念した。無理やり押しかけようとも考えたけど、本人が来てほしくないって言ってるんだからしょうがあるまい。片付けしてないから家見られるの恥ずかしいって可能性もあるしな。ほむちゃん、色々無頓着だから掃除もあんまりしてなさそうだし。

 

 そんなわけで、ゲーセンに遊びに来たわけである。一人でいるということは、誰にも気兼ねなく存分に一人用のゲームを楽しめるということである。最近ずっと誰かと遊んでてソロでゲーセンに行ってなかった気がするしな。

 今日やるのは……ダンスの音ゲー! めっちゃやり込んでるゲームだけど、ここ最近やってなかったからな。そのためにわざわざ家に戻って動きやすい格好に着替えてきた。タオルとスポーツドリンクの準備もバッチリだ。

 そう思って筐体がある方に向かうが……何か様子がおかしい。筐体の前に人だかりが出来ている。

 そのうちの一人に知った顔のゲーセン仲間がいたため、ちょいちょいと肩を叩いて声をかける。

 

「なあ、何かあったの?」

 

「あ、マドカさん! 大変すよ、メチャクチャ上手いやつがやってるんす! もう10連勝してます!」

 

「10連勝ぉ!?」

 

 大抵の人が3曲、よくて5曲か6曲で体力切れを起こすこのゲームで10連勝!? 

 ただプレイして完走するだけでも凄いというのに、勝ち続けるなんて。相当の精度と体力を持ったやつだ。

 

「見てください、これでもう11連勝っすよ!」

 

「無理だって! 身長150ちょいしかないんだぞ俺は!」

 

 大の大人がいっぱい立ち塞がっているせいでプレイヤーの姿なんざ見えやしない。

 必死でぴょんぴょんジャンプして、ようやく赤髪長髪のポニーテールが見える程度だ。

 

「どーしたよ。あたしに敵うやつはいねーのか!」

 

 可愛らしい声質に似合わない、荒っぽい口調。どうやら連勝中のプレイヤーのものらしい。そう言われたら、いちダンスバトラーとして黙ってられないよなあ! 

 

「お前らどきな、次は俺だ! いくぜいくぜー!!」

 

 俺が大声で叫ぶと、ギャラリーがざわつく。自慢じゃないが、俺はここじゃちょっとした有名人なのだ。前回来た時は三人で来てたし俺がゲームやってたわけじゃなかったから声をかけられなかったが、今は別だ。俺の一声で人がモーセの十戒のようにばっと左右に分かれ、道を開けてくれる。

 

「マ、マドカだ! ステップ・マドカ! このゲーセンで11連勝の記録を立ち上げた見滝原最強のダンスバトラー!」

 

 ギャラリーの一人が叫ぶ。そう、俺にもちょっとしたプライドがある。確かに11連勝だなんて、常識では考えられない強さだ。そんなのを達成しているやつなんて見たことがない……俺以外はな! 

 

「よう、随分強いみたいじゃねえか」

 

 筐体に上がる。相手は俺と同じくらいの年頃の女の子だった。

 

「そういうアンタも、有名人みたいじゃん? まあ、アタシには勝てないだろうけどね」

 

「ま、やってみれば分かることさ!」

 

 お互いに一枚ずつコインを投入する。開戦の合図だ。俺たちはお互いに顔を合わせてにやりと笑うと、ダンスバトルの世界に身を投じた。

 

 ・・・・・・

 

 俺たちの腕前は、全くの互角だった。

 引き分け、引き分け、引き分け。俺たちの戦いは13曲にも及んだ。勝敗に関わらず規定の曲数が終わるとゲームが終了する仕様のためお互いに連コインしまくっていたが、文句を言うやつはいなかった。誰もが固唾を呑んで勝負の行方を見守っていた。

 勝負の分かれ目は、13曲目のラッシュ地帯。それまではお互いにノーミスだったのだが、相手が足を滑らせ、体勢を崩した。それはほんの一瞬であったが、ミス判定を誘発するには十分すぎる時間だった。そのまま俺はノーミスで逃げ切り、勝ちに至ったのだ。

 リザルト画面に移行して、一瞬の沈黙。そして──

 

「俺のぉぉぉ……勝ちだぁー!」

 

 ワァッと歓声が巻き起こる。ここまでの激戦、このゲームで見られることはまず無いだろう。

 気力の糸が切れ、その場に尻もちをついてしまう。

 

「あはは……足が動かねえ」

 

 体力の限界だった。疲労で立てなくなった俺に、手が差し伸べられる。

 さっきまで対戦していた子だ。俺と同じ曲数……いや、俺とやる前にすでに11戦やったっていうのにしっかりと自分の足で立っていた。体力おばけか? 

 

「ほら、立ちなよ」

 

「へへ、サンキュー……いい勝負だった」

 

 俺は彼女の手を取り、立ち上がらせてもらう。俺が自分で動けないのを察してか、肩を貸してベンチまで運んでくれた。俺を座らせると、彼女も隣に座る。

 

「随分ヘバッてるじゃん。ちくしょー、あそこで足滑らせなきゃアタシの勝ちだったのにな」

 

「ああ、危なかった。お前がブーツじゃなくてちゃんとしたシューズを履いてきてたら分からなかったぜ。それにしてもすげえスタミナしてるな、えっと……なんて呼べばいい?」

 

「アタシは佐倉杏子。好きに呼びな」

 

「じゃあ、杏子だから杏ちゃんだな!」

 

「ばっ、ガラじゃねーよそういうのは! せめて名字か名前で呼びやがれ!」

 

「え~、分かったよ。俺は鹿目まどか。この辺じゃステップ・マドカで通ってる。よろしくな、杏子!」

 

 俺たちの間には友情が芽生えていた。お互い全力でぶつかり合えば、その後はもう友達。立場や年齢などのしがらみを越えてそういった関係を築けるところが、俺がゲーセンという場を気に入っている理由の一つだった。

 

 ・・・・・・

 

「食うかい?」

 

「えっ、いいの!? サンキュー! それじゃ、俺はこれあげる」

 

「いいのかい? 悪いね」

 

 少し休んで回復したところで杏子がチョコ菓子を差し出してくれたので、お礼にスポーツドリンクを渡す。家でキンキンに冷やしてきたやつだ。2本持ってきたので丁度いい。

 二人で一息にペットボトルをあおる。火照った身体に冷たいドリンクが沁み渡る~! 

 

「「あぁ~うめぇ~!」」

 

 二人揃って500mlを一気に飲み干してしまう。どれだけ身体が水分を欲していたか実感する。

 もう汗もダバダバで体中びちゃびちゃだからだ。それを見越してタオルもしっかり持ってきている。杏子のくれたチョコ菓子を齧りながら身体を拭く。

 

「杏子は拭かなくていいの? 汗かいてそのままにしてるとカゼひくぞ?」

 

「あー、あたしは平気。風邪とかひかないんだよ」

 

「そうやって油断するのよくないぞ? 確かに俺より平気な顔してるけど、汗かいてないわけじゃないんだからさ」

 

 俺も一回それで大風邪を引いたことがある。それ以降はしっかりタオルを持ち歩くことにしているのだ。風邪は万病の元っていうし、健康じゃないと遊びに行けないしな。

 

「オカンかてめーは! この後すぐホテル帰ってシャワー浴びるっての!」

 

「ホテル? 家じゃないのか?」

 

「ん? ああ。普段は風見野にいるんだけど、ちょっと見滝原に用事があってさ」

 

「用事って、今はド平日だぞ? 学校とかいいのか? 親御さんとかは何も言わなかったのか?」

 

「……学校は通ってねえ。親は……もう死んだよ。どっちもな」

 

「えっ……!?」

 

 予想してない答えが返ってきた。杏子の表情はあまり良いものではない。さっきまでお互いに楽しくゲームをやっていたのに。この子は俺の想像できないくらい重い事情を抱えていたらしい。俺は思わず黙り込んでしまう。

 

「……そんな辛気くせー面すんなって。あたしは別に気にしてないからさ」

 

「だって……」

 

「もう足は動くだろ? 続きは歩きながら話そうじゃないの。早く帰ってシャワー浴びたいしね」

 

 ・・・・・・

 

「それで、定住する家がないからホテルで暮らしてるんだ」

 

「ああ。意外と悪くないよ? 快適だし、一人だから気ままだしね」

 

 杏子は努めて明るく言う。本人が良いって言うなら良いんだろうけど……それでもやっぱり、心配してしまう。俺は両親がいるし学校にも通ってて、それが幸せだと思ってるから。

 価値観の違いといえば、それまでなんだろうけど。

 

「ん……そういえば、お金はどうしてるんだ? ホテル暮らしならお金もかかるだろうに、そのへんで困ってる様子なさそうだったし」

 

「ん、あー、それはまあ……色々あってさ。大丈夫なんだよ」

 

 さっきもゲーセンで連コしていたし、今だってお菓子を食べて歩きながら喋っている。でも見たところ年の頃は同じくらいだし、稼げるアテなんてないはず……まさか。

 

「ダメだぞ! 身体を売ったりしちゃあ! 自分を大切にしなきゃ!」

 

「ち、ちげーよバカ! 何勘違いしてんだ! 仮に死んだってそんなことするもんか!」

 

「じゃあ、違うっていうんなら教えてくれよ。流石にこれは教えるまで納得しないからな!」

 

 俺は肩を掴み、じっと目を見つめる。杏子はしばらくじっと見返していたが、やがて観念したかのように大きくため息を吐いた。

 

「……ったく、しょうがねえな。そんなに言うなら、教えてやる。だが絶対に秘密だし、文句言うんじゃねーぞ。約束だからな」

 

「わかった! 約束は守るぜ!」

 

「それじゃあ、夜まで待つよ。一番都合がいいのは夜だからね」

 

「?」

 

 ・・・・・・

 

 その後、俺たちは夜まで杏子の泊まっている部屋で時間を潰していた。今回はちゃんとお母ちゃんに遅くなるって連絡を入れておいたので安心だ。

 

「……あんた、図々しいってよく言われない?」

 

「んぁ?」

 

 待っている間ヒマなので、杏子の部屋でお菓子をボリボリ食い漁っていた。

 だって『好きに食っていいよ』って言うから……。

 あ、ついでにシャワーも借りた。

 

「まあ、良いけどさ。あんた美味そうに食うし」

 

「なんかそれよく言われるんだよな。美味しいもの食べてる時に美味しいーってなるの、当たり前じゃない?」

 

「……あぁ、そうだな。それより、そろそろ時間だよ。行こうか」

 

 そう言って部屋を出る杏子に続いて、俺もついていく。

 そのまま外に出て、辿り着いたのは無人ATMの前だった。

 

「誰もいないみたいだね。それじゃいっちょ……貰おうか!」

 

 杏子がそう言うと、着けていた指輪が赤い宝石に姿を変える。その姿は、俺が見慣れたものだった。あれは……ソウルジェム! ゲーセンで体力切れを起こす様子がなかったのは、魔法少女だったからか! 

 

「そらよっと!」

 

 杏子は槍でATMを一突き、破壊したATMから札束を取り出していく。

 俺はその光景を呆然としながら見ていた。

 

「ま、こんなもんだな」

 

 杏子が変身を解き、私服に戻る。俺の様子がおかしいことには、すぐに気がついたようだった。

 

「まあ、そういう反応になるよな。あたしの資金源はこれ。詳しくは聞いてくれるなよ」

 

「お前、魔法少女だったのか……」

 

「なんだ、魔法少女のこと知ってたんだ。それで、どうする? あたしを止めるかい? 魔法少女同士だってんなら、あたしの敵だよ。誰かと群れるつもりもねーし、グリーフシードを誰かと分け合うつもりもないからね」

 

 杏子がそう言ってソウルジェムから槍を突き出し、俺に向ける。恐怖はない。それよりも、杏子に敵意を向けられたことが悲しかった。

 さっきまで友達だったと思ってたのに。いや、今でも友達だと思っている。だからこそ、犯罪行為に走るのを見るのが堪えられない。魔法を私欲のために使う魔法少女がいるってマミ先輩に聞いたことあるけど、こういうことなのか。

 

「俺は魔法少女じゃない。勧誘されてるだけ。それに……仮にそうだったとしても、友達とは戦いたくない!」

 

「とも、だち……チッ、そうかよ。まあいい。あんたが魔法少女じゃないんだったら、争う理由はないね」

 

 杏子が舌打ちしながら槍を収める。ひどく不機嫌だった。でもそれは俺にムカついていると言うより、むしろ──

 

「なあ、もっと他にお金を稼ぐ方法ってないのか? こんなの続けてたらダメだよ。もっと合法的な、なんかさ──」

 

「ないからこうしてんだよ。アンタもわかってるだろ? この年じゃ、ロクな働き口なんてない。児童養護施設に入って行動の制限されるのなんて真っ平ゴメンだし、大人は信用できねえ。それともなにか、昼間言ってたように身体でも売れっての? それこそ、死んでもゴメンだね」

 

 淡々とした杏子の言葉で、俺は現実を突きつけられる。そうだ。私欲云々以前に、こうしなきゃ暮らしていけないんだ、おまけに、魔法少女としての戦いも並行しなきゃいけなくて。

 俺はそれ以上、何も言えなかった。

 

「最後に一つ忠告しとくよ。魔法少女なんてロクなもんじゃねーから、出来るだけなるんじゃないよ。それでも、どうしてもなりたいってんなら……願いは自分のためだけに使いな。人のための願いなんて、後悔するだけだからさ」

 

 杏子はそう言ってすれ違い、去っていった。

 その背中を見送ることもできず、俺はしばらく呆然としていた。杏子は、生きるために犯罪行為に手を染めなきゃいけない。それは分かっている。分かっているけど……! 

 

「やっぱり、なんとかしてやりてえ!」

 

 やっぱり、友達がそんなことしているのは見過ごせない。今日限りの短い付き合いだが、あいつは良いやつってわかる。人に何かを分けてやることの出来るやつが人から何かを奪うことに対して罪の意識が全くないなんて事、ないに決まってる。だから……なんとかしてやりてえ! 

 

「でも現実問題、どうすりゃいいんだろうな。大人だったらともかく、俺に出来ることなんて殆どないし。それこそ、魔法でもなけりゃあ……」

 

「──それが、キミの望みかい?」

 

 俺の何気ない独り言をどこで聞いていたのか、白いアイツが俺の前に現れてきた。

 それは魔法少女契約請負人、神出鬼没で正体不明のあの獣──キュゥべえだった。

 

 ・・・・・・

 

 ──佐倉杏子

 

 虫の居所が悪い。無性にムカつく。

 ムカつく、ムカつく、ムカつく! 

 

「クソッたれ!」

 

 感情に任せてゴミ箱を蹴り飛ばす。そんなことで気持ちが発散されるはずもなく、苛立ちだけがあたしの中に募っていく。それもこれも、今日出会ったアイツが原因だ。

 鹿目まどか。あんなに誰かと話をしたのは、久しぶりだった。明るくて人懐っこい、良いやつだった。だからこそ、苛ついていた。自分の事情を話しすぎたことにも、アイツにあんな表情をさせたことにも。心のどこかで期待していたのかもしれない。アイツなら受け入れてくれるかもって。でも違った。あたしの行いにショックを受けていたアイツの顔が忘れられない。

 

「くだらない。誰かと友達付き合いなんて……今更できるかよ」

 

 あたしの手は、もう真っ黒に汚れている。アイツみたいに真っ白で素直な、堅気の人間と付き合うべきじゃない。アイツが不幸になるだけだ。それに価値観だって全然違う。だから……いずれ険悪になって、仲違いするに決まってる。

 そうやって親しくなった人間と縁を切るなんてこと……もう二度とゴメンなんだ。

 

「マミ……」

 

 ふと、あの人のことを思い出す。戦えなくなったって聞いたけど、元気してるだろうか。顔を見たい気持ちはある。でも無理だ。今更……どの面下げて会いに行けばいいってんだ。

 

 ……いけない、さっきから何考えてんだ。パンパンと両手で頬を叩き、思考のノイズを断ち切る。

 あたしは一人で生きていく。自分のためだけに生きる。ずいぶん前にそう決めたじゃないか。

 だから、誰ともつるむ必要はない。誰のことも考える必要はない。

 ……と。魔女の結界はここ、か。金策の次は、魔女狩りだ。

 

「悪いけど、今のあたしは気が立ってんだ……八つ当たり、させてもらうよ!」

 

 あたしは変身し、結界の中へと身を投じる。

 魔女との戦いは嫌いではない。戦っている間は、嫌なことを考えなくていいから。

 ……後ろめたい思いをしなくて済むから。



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14話

「おいキュゥべえ、お前今までどこ行ってたんだよ。マミ先輩寂しがってたぞ」

 

「僕も色々忙しいのさ。それに、今のマミのそばにいる必要性を感じないからね」

 

「必要性って……友達付き合いって、必要とか不要とかじゃなくないか?」

 

「僕はマミと友達になった覚えはないよ。あくまでも魔法少女と契約者という関係だ」

 

「えぇ……」

 

 なんの感情も乗せずにそう言ってのけることにドン引きする。マミ先輩、あんなにキュゥべえのこと可愛がってたのに。

 こいつ、意外と腹黒いのか? でも本当に腹黒かったら、マミ先輩と親しい俺にわざわざこんなこと言わなさそうだし……分からん。俺はキュゥべえがどんな奴か、未だに測りかねていた。

 

「そんなことより、キミは杏子の現状をなんとかしたいんじゃないかな?」

 

「まあ、そうだけど……うまい案がなくて困ってるところ」

 

「そんなことはないよ。キミには一つ手段が残ってるじゃないか。どんな奇跡だって起こせる。そんな力が」

 

 そういえばそうだった。俺は魔法少女になる権利が残っている。キュゥべえもそれが分かっているから俺に接触してきたんだ。そういう意味での行動原理はわかりやすい。

 

「……まさか、俺に魔法少女になれっていってるのか?」

 

「そのまさかさ。君が願いさえすれば佐倉杏子の生活環境は改善され、もう犯罪に手を染めることもなくなるだろう」

 

 一瞬、心が動く。だが、俺の中によぎるのは……他でもない、杏子の言葉。

 

『魔法少女なんてロクなもんじゃねーから、出来るだけなるんじゃないよ。それでも、どうしてもなりたいってんなら……願いは自分のためだけに使いな。人のための願いなんて、後悔するだけだからさ』

 

「いや、やめとく。もし俺が杏子のために願ったってアイツは絶対に喜ばないし、多分怒るから。ちゃんと本人が納得する形で良くならないと解決しない問題だと思うんだよ、これ」

 

「それなら問題ない。その佐倉杏子の思考まで変えてしまうよう願えばいい話だ」

 

「……え?」

 

 今こいつ、なんて言った? 思考まで変えてしまうよう、願えばいい話? 

 ぞわっと肌が粟立つ。目の前のキュゥべえが、何かとてつもなく恐ろしいものに見えてきた。

 

「そ、それじゃ……洗脳じゃん。そんなことしちゃダメだろ」

 

 俺の声は震えていた。こいつは冗談じゃなく、本気で言っている。それもなんの感情もなく、それが当然だと言わんばかりに。俺はそれが怖くてたまらなかった。大半の人間に備わってる倫理観が、こいつには存在しない……もしくは、俺たちとはあまりにも価値観が違いすぎる。

 

「なぜ駄目なんだい? そうしてしまえば彼女の納得も簡単に得られて、キミの懸念は全て解決するじゃないか。他の子じゃ難しいけど、キミならその願いを叶えるだけの才能がある。さあ、契約を」

 

「い……いやだっ!」

 

 俺は走って逃げる。魔女も大概意味分からん存在だし怖かったけど、こっちに敵対してくるってことだけは分かりやすくハッキリしていたから勇気を出して立ち向かえる存在だった。でも、こいつは違う。こいつは敵じゃない。敵じゃないけど、わからない。理解できない。

 こいつの事が、なにかすごく恐ろしい……人の心を乱す、物の怪のように見えた。

 走る。走る。走る。走る。走る! 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 30秒くらいは走っただろうか。後ろを見ても、アイツの姿は見えない。さすがに撒いたか? 

 

「なぜ逃げるんだい?」

 

「うわぁぁぁぁっ!?」

 

 驚いて飛び上がる。後ろじゃなくて、前の方から声がしやがった! こいつ、何をどうしていたか分からないけど先回りしていた! 

 

「くっそぉぉっ!!」

 

 再び逃げ出す。これは、俺だけじゃどうしようもない。あそこに駆け込むしかない!! 

 

「まだ話は終わっていないというのに、なぜ逃げるんだい? ぼくはキミに危害を加える存在ではないというのに。わけがわからないよ」

 

 そんな声が後ろから聞こえてくる。そんなこと、知ったこっちゃねえ。怖いものは怖いんだよ! なんとか逃れようとして、裏路地や近道を駆使してショートカットするも、常に後ろから着いてくるし、時には先回りしたりして着実に俺の心を削っていく。なんで先回りすんだよこいつ! 理不尽! 

 しかし本人が言うように特別危害を加えてくるわけではなく、だからこそ俺は無事に目的地に辿り着く事ができた。

 

「ほむちゃん! 助けて!!」

 

 インターホンを押し、ドンドンとドアを叩く。

 実際来たことないけど場所はスマホで教えてもらってたし、表札もあったからほむちゃんの家で間違いないはず! 

 ほむちゃんが健康な生活習慣で早くのうちに寝てたらアウト! 頼む、起きててくれ! 

 

「まどか! 一体何があったの!?」

 

 パジャマ姿のほむちゃんが大慌てで出てきた。よかった、まだ起きてた! 

 

「キュゥべえが、キュゥべえが追ってくる!!」

 

「なんですって!?」

 

 ほむちゃんはたちまち変身して魔法少女の姿になる。キュゥべえは俺のすぐ後ろにいた。

 

「なるほど、考えたねまどか。暁美ほむらとは」

 

 キュゥべえが喋り終わる前に、穴だらけの蜂の巣になる。ほむちゃんがいつの間にか拳銃を取り出し、撃ち抜いていたのだ。その行為には一片の躊躇もなかった。

 

「な、なにも殺すことは……」

 

「ひどいじゃないか、いきなり殺すなんて。代わりはいくらでもいるけど、無意味に潰されると勿体ないじゃないか」

 

「ひえっ!?」

 

 死んだはずのキュゥべえがどこからともなく出てきて、自らの死体を食い漁る。

 俺はそのショッキングな光景を、ひたすら黙って見ていることしかできなかった。

 

「きゅっぷい」

 

 ものすごいスピードで食い終わり、ゲップなんだか一息なんだかよくわかんない声を出す。

 

「相変わらず無駄なことをするね、暁美ほむら。こうなることは君もわかっていただろう?」

 

「消えなさい、今すぐ」

 

「やれやれ。でもこれで、キミの攻撃の特性も見えた。時間操作の魔術だろう? さっきのは。僕が契約した覚えがない理由も、それで納得がいく。キミはこの時間軸の人間じゃないね。別の時間軸の僕と契約して、願いを使ってこの時間軸に移動してきた。違うかい?」

 

 ほむちゃんはギリッと歯噛みする。

 別の時間軸から来た、か。それが本当なら、ほむちゃんが『本来の俺』かどうかを気にする理由……なんとなく分かった気がする。知ってるんだ。別の俺を。俺じゃない『鹿目まどか』を。

 

「その様子だと、僕の本来の目的も知っているということかな」

 

「ええ。あなたの正体も企みもすべて知っているわ。キュゥべえ……いえ、インキュベーター!」

 

「なるほど、だから僕の邪魔をするわけだ。でも……そんなことをしていていいのかい? 別の時間軸を知っているキミなら、もう時間があまり残されていないことは知っているはずだろう?」

 

 ほむちゃんは銃を構えたまま動かない。時間があまり残されていない? どういうことだ? 

 なんか分からないけど、ものすごく重要な話をしているという事だけはわかる。

 

「まあ、好きにすればいい。キミがいくら足掻こうと最終的に訪れる結果は同じだろうしね」

 

 そう言うと、キュゥべえはどこかに行ってしまった。

 なんかよく分かんないけど、とりあえず今のところは俺を追っかけるのはやめてくれたみたいだ。

 

「ありがと、ほむちゃん。助かった」

 

 緊張の糸が切れ、一気に疲労がのしかかってくる。今日はゲーセンでゴリゴリに足を酷使したあげくに全力疾走したもんだからもうボロボロだ。

 ああ、安心したら、だんだん、眠く、なって……。

 

「……まどか? しっかりして、まどか!」

 

 ほむちゃんがなんか言ってる。ごめん、もう眠気が限界。

 ほむちゃんの声を子守唄代わりにしながら、俺の意識は眠りの海に沈んでいった。

 

 ・・・・・・

 

「……ん」

 

 意識を取り戻す。どうやら、ガチで眠ってしまっていたらしい。後頭部にふにふにと柔らかい感触がある、これ、枕かな。ほむちゃんが寝床まで連れてってくれたのかな……? 

 そう思って目を開ける。

 

「よかった、気がついたのね……まどか」

 

 ……ほむちゃんと目が合った。えっ、なんで!? 顔近っ! そんでもって顔、良っ!? 

 えっと、この体勢って……そして、この後頭部に当たる心地よい感触って……。

 

「ひ、膝枕?」

 

「あ……ごめんなさい。嫌だったらすぐ止めるわ」

 

「いや、嫌じゃないんだけど……流石に恥ずかしいわ」

 

 顔が熱くなってく感覚を覚えながら、ごろんと態勢を変える。

 今度はちゃんと布団の感触だ。やっぱ、ちゃんと寝床まで運んでくれたらしい。

 

「ありがと、ほむちゃん。俺、何分くらい寝ちゃってた?」

 

「10分か15分くらいのはずよ。大丈夫なの、まどか?」

 

「大丈夫、疲れてただけだから。それより……足がめっちゃ痛い。疲れすぎてもう歩けん」

 

 これ、明日筋肉痛確定だな……おまけに、このままだと家に帰れん。

 ……あっ、そうだ! 

 

「ねえほむちゃん、よかったらうちに泊めてくんない?」

 

「えっ!?」

 

 ほむちゃんはビックリしていた。そりゃまあ、そうだわな。

 でも割と切実な問題だった。まさかほむちゃんに抱えてもらって家に帰るわけにもいくまい。

 

「ごめん、図々しくて。でも疲れすぎて足が動かんのよ。ホントはほむちゃんの家に押しかけるつもりもなかったんだけど、切羽詰まってて……」

 

「いえ、あなたが無事でよかった……こんなところで良ければ、ぜひ泊まっていって」

 

「マジで! 助かる!」

 

 お母ちゃんに友達の家に泊まることになったとメッセージを送り、布団に身体を投げ出して大の字になる。

 

「は~~あ、めっちゃ疲れた……ねえ、ほむちゃん」

 

「なに?」

 

「色々、話したいことがあるんだ」

 

「……奇遇ね、私もよ。今日、無性にあなたと話がしたかった」

 

 ・・・・・・

 

 ──暁美ほむら

 

「さっき聞かせてもらったけどさ。別の時間軸から来たんだって?」

 

 ついに、この話をする時が来てしまった。

 私は大の字になっているまどかの側に座り、話を始める。

 

「……ええ、そうよ。私は別の時間からやってきた。まどかを救うために」

 

「俺を? あぁいや、もしかして……俺じゃない鹿目まどかのこと?」

 

「……どっちなんだか、私にもわからなくなっちゃったの」

 

「わからない?」

 

「ええ。私はまどかを救うために、何度も同じ時間を繰り返してきた。でも……何度やっても、まどかを助けられなかった。その度にやり直した。でも……結果は同じ。そうやって何回繰り返したかも忘れたところで……あなたと出会った。私は正直言って、あなたが怖い」

 

「俺が、怖い?」

 

「ええ、あなたは今までのまどかと余りにも違いすぎる。でもあなたは鹿目まどか以外の何者でもない。それが怖かった。それで、色々考えるようになって……気付いたの。今までのまどか達も、最初に救いたかったまどかと少しずつ違っていた。それは私が干渉した結果だと思っていたけど……でも違うんじゃないかって今は思ってる。ほんとはみんな別人だったのに、わたしが気付かなかっただけなんじゃないかって。誰よりもまどかのことを救いたかったのに、誰よりもまどかのことを見てなかったんじゃないかって……!」

 

 それは、懺悔だった。自分勝手な物言いだと思う。

 今のまどかに言ったところで仕方のない話だと思う。でも、吐き出さずにはいられなかった。

 まどかは黙って聞いていた。そしてしばらく目を閉じて考えた様子を見せたのちに、ゆっくりと話し始める。

 

「ほむちゃんの悩みは俺にはあんまり分かってあげられない……多分、俺が思ってるよりいっぱい悩んだんだと思う。頑張ったんだと思う。だから……ありがとう、かな? 他のまどかがどう思ってたかはわかんないけど、俺だったらそう言うと思う。頑張って助けようとしてくれてありがとう、ってさ。結果がどうだったとしても、多分」

 

「……っ!!」

 

 それは赦しだった。私は、私はっ……! 

 私は、一度もまどかを救うことが出来なかったのに。

 まどかのために親友や先輩を手に掛けることだってあったのに。

 まどかが魔法少女になった時点で諦めて逃げ出したことだってあったのに! 

 

「あ、でも俺って他のまどかとけっこう違うんだっけ? それでも多分、同じこと言うと思う。ほむちゃんが必死に助けてくれようとしてたってことは、他の『まどか』もきっといいヤツだったんだろうなって思うから。だから、ありがとう」

 

 まどかは笑いながら、何てことのないように言う。それこそ、日常の延長線上のように。

 ……どうしてだろう。『まどか』の笑顔がまどかにダブる。忘れるはずのない、あの笑顔。

 ああ、私は──大切なことを忘れていた。私の願いの原点。まどかを守る私になりたいのは、何故だったか。

 答えはとってもシンプルで。私は『友達』を救いたかった。それだけだった! 

 まどかはかけがえのない友達だった! だから! 死んでほしくなかった! まどかに笑っていてほしかった! 

 

 それがいつの間にか、凝り固まって。救おうと躍起になっているうちに、まどかと『友達』になることができなくなっていって。まどかの笑顔をみることがなくなっていて。私の願いはいつの間にか自己満足で歪んでいた。インキュベーターに望んだ願いは往々にして歪んだ形で悲劇を呼び、本当の願いは叶わない。そんな現実を何度も目の当たりにしてきたはずなのに。

『生きたい』と願った巴マミは残酷な形で死を迎え。

『想い人の腕を治したい』と願った美樹さやかは『想い人に愛されたい』という本当の願望に気づくのが遅すぎて、叶わず非業の最期を迎え。

『父親の話を聞いてほしい』と願った佐倉杏子はその願いが切っ掛けになって、父親はおろか家族ごと失った。

 ……そして、まどかも幾度となく……。

 もっとも印象に残っているのは……人を救うために魔法少女になったのに、大量の人を殺しかねない最悪の魔女になりかけた為に私に介錯を頼んだ時のこと。

 

『私、魔女にはなりたくない。嫌なことも、悲しいこともあったけど、守りたいものだって、たくさん、この世界にはあったから……』

 

 掠れた声で泣き笑いのように呟いたまどかの、あの表情は忘れられない。私が引き金を引いた瞬間、安心したような表情を見せたあのまどかのことは。

 ……あの『まどか』も、かけがえのない友達だった。そう、かけがえのない、大切な存在。

 死んだ人間は戻ってこない。ましてや、その人間の代わりなんて存在しない。どの『まどか』も一人しかいない。

 

 結局の所、私の願いも他のみんなと同じで本当の願望は叶えられないものだった。

『彼女に守られる私じゃなくて、彼女を守る私になりたい』という願いでは『彼女を救いたい』という本当の願いは果たせなかった。

 ……でも、まだ間に合う。今目の前にいるまどかは……私の友達はまだ、生きている! 

 自分の願いの歪みに気付いた以上、ここが終着点。泣いても笑っても、この時間軸が最後。

 

「ありがとう、まどか。あなたのおかげで私、大切なことに気がついた」

 

「ん、そりゃよかった。よく分かんないけど、いい顔してる。ほむちゃんの笑う顔、初めて見たよ」

 

「……私、今笑ってた?」

 

「うん、ちょっとだけど。やっぱ笑ってる顔が一番いいな、ほむちゃんは」

 

 そう言うとまどかはふわぁと一つ、大きな欠伸をする。

 

「んー、本格的に眠くなってきた……なあほむちゃん、寝るまでお話しようぜ。眠いから難しい話はなしで」

 

「ええ、いいわよ。何を話そうかしら」

 

「そうだな、ネタがないなら俺からいくか。あれは俺が見滝原ちびっこフルマラソン大会に参加した時のことなんだけどさ……」

 

 私は覚悟を決めた。何があってもまどかを守る。穏やかで優しい時間をくれる、この子を守る。『まどか』である以前に大切な『友達』だから。何があっても、絶対に守る!



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15話

「ん、あ……」

 

 目が覚める。寝ぼけ眼のまま上体を起こして周囲をきょろきょろと見渡す。

 見慣れぬ風景に夢か? と一瞬思ったが、昨日ほむちゃんの家に泊まったことを思い出す。

 

「起きたのね、まどか。ずいぶんぐっすり眠っていたようだけど」

 

「あ、ほむちゃんおはよう。疲れてたからかな……いぎっ!?」

 

 足が痛む。案の定筋肉痛だ。そりゃあんだけ足酷使すればそうもなるか。

 まあ幸い今日は学校休みだから足しんどくても問題はない。

 

「まどか、大丈夫?」

 

「ああ、ただの筋肉痛。それよりほむちゃん、朝ごはんは?」

 

「なんの躊躇もなく人の家で朝食を要求するの、なかなかに図太いわね……生憎だけど、こんなものしかないわ」

 

 そう言ってほむちゃんはカロリーブロックを俺に渡す。そういや、普段こういうのしか食ってないって言ってたっけ。

 

「ありがと、おいしかった!」

 

「もう食べたの!?」

 

 正直物足りないけど、流石に出してもらって贅沢は言えない。

 ただでさえ昨日の晩御飯はおやつで済ませた上に、その後体力を使い果たしたのだ。食べられるだけでありがたい。俺は立ち上がり、ほむちゃんが用意してくれたコップ一杯の水で喉を潤す。

 

「さて、と……目も覚めたし、色々と聞きたいことがあるんだけど……まず、時間がそんなに無いってどういうこと?」

 

「一ヶ月後に……ワルプルギスの夜が来る」

 

「プルプル……なんだって?」

 

「ワルプルギスの夜、よ。一言で言えば、最強最悪の魔女。通った先全てを破壊して回る、いわば天災のようなものだと思っていいわ」

 

「そいつが見滝原に来る……ってなると、どうなるんだ?」

 

「巨大台風のようなものよ。そいつが通った後はこんな街なんてひとたまりもなく破壊され、瓦礫しか残らない。死者も大勢出るわ」

 

 見滝原が瓦礫の山と化すほどヤバい魔女。正直言って、突然言われても実感のない話だ。

 でも俺は魔女のヤバさを肌で感じている。要するに、あれの超スケールアップ版。

 ……それは、やばい。普通の人間には見えないしどうすることも出来ない。

 

「やっぱ強いの? そいつって」

 

「ええ、強いわ。あなたや巴マミの命を奪いかけたあいつなど比べ物にならないくらい。私も何度も戦ったけど、私だけでは一度も倒すことは出来なかった」

 

「だけではってことは、誰かと一緒に戦ってたってこと?」

 

「ええ。最初の私は魔法少女ではなかったから、まどかと巴マミが戦っているのをただ見ているだけだった。まどかが命を賭けてワルプルギスを倒してくれたけど、二人とも死んでしまった。その時に私は魔法少女になって、はじめて時間を巻き戻したの」

 

「俺……いや『まどか』を助けるために、か」

 

「ええ。二度目はまどかと二人で戦った。なんとか倒すことは出来たけど、まどかは魔力の限界を迎え、ソウルジェムが濁りきってしまった。そして……」

 

「死んだ、のか」

 

 ほむちゃんは首を横に振る。俺が首をかしげると、神妙な表情のまま淡々と説明してくれた。

 

「……これも話していなかったわね。濁りきったソウルジェムはグリーフシードに変化し、魔女になって消滅するの」

 

「それって、早い話が……魔法少女が魔女になっちゃう、ってことか?」

 

 ほむちゃんが頷く。なんだよ、なんだよ、それ。

 あんなに辛い目に遭わせられといて、最後に訪れる結末がそれ? 

 じゃあ、今まで倒してきた魔女たちも元は同じ魔法少女ってこと? みんな、それを承知の上で戦ってたってこと? 

 

「だから、魔法少女の寿命は短いわ。何らかの事情で戦えなくなったり、精神的に限界を迎えたりしてソウルジェムが濁りきってしまえば人間としての生は終わってしまうから。先に言っておくけど、この事実を知っている魔法少女は少ないわ。ベテランの巴マミですら知らないことよ。もっとも、知らないほうが幸せなことだけれど」

 

「キュゥべえのやつ、そんなリスク一言も説明しなかったぞ……」

 

「あいつはそういう奴よ。自分にとって不都合になるような事は聞かれない限り話さないわ」

 

 なんて野郎だ。昨日俺があいつに感じた『恐ろしいもの』って感覚はあながち間違いじゃなかったってことか。根本的に価値観が違う。人の命や尊厳を踏みにじることになんの躊躇いもないんだ、あいつは。

 

「話を戻すわ。私はその後、幾度もワルプルギスの夜と戦った。まどかと二人で戦っていた時は、必ずワルプルギスの夜を倒すのと引き換えにまどかが死ぬか魔女になるかのどちらかだった。だから私は、まどかを契約させずに一人で戦う道を選んだ。でも、結果は同じ。一人で挑んでも勝てなくて、決まってまどかが魔法少女として契約するのを止められなくて……っ!」

 

「話してくれてありがと、ほむちゃん。辛かったよな……でも、今回は大丈夫だぜ。なんたって俺がいるからな!」

 

「俺がって……まさかあなた、契約する気じゃないでしょうね!?」

 

 ほむちゃんに肩を掴まれ、がくがくと前後に揺らされる。

 ほむちゃんって一見クールなようでいて実はそんなに冷静じゃないよな。

 

「しないしない、しないって! 言い方悪かったな。今までずっと一人で戦ってたんだろ? 一人でダメなら二人、二人でダメなら三人で戦えばいいんだよ! 今までのチャレンジだとマミ先輩と折り合い悪かったり、他に仲間がいなかったりしたんだろうけど……今回は大丈夫! マミ先輩はきっと一緒に戦ってくれるし、紹介できる魔法少女の友達もいるからな! まあ、応じてくれるかはわかんないけど……」

 

 杏子は誰ともつるまないみたいなこと言ってたけど、根はいいヤツだからちゃんと事情を話して根気よくお願いすれば協力してくれるかもしれない。仮にしてくれなかったとしても、めちゃつよの魔女が来るという情報を手に入れた杏子の生存率は上がるだろう。

 試してみる価値はある。連絡先教えてもらってないけど、そこはまあ行きそうな場所を総当りでなんとかする。

 

「魔法少女の友達って、あなたいつの間に……まあいいわ。確かに別の魔法少女と共同でワルプルギスの夜と戦ったことは無かった。途中まで協力関係になることはあっても、ワルプルギスと戦うまでに必ずどこかで破綻していたから」

 

「あー……」

 

 なんとなく想像できてしまう。ほむちゃん言葉足らずだし、自分から話すの苦手なイメージあるしな。最初のマミ先輩との雰囲気もなんか険悪だったし、なんか誤解があったままそれが解けずに喧嘩別れ、みたいなパターンがあったのかもしれない。

 

「その点だと、今回は大丈夫だと思う。みんなに相談しよう。ほむちゃんが話すの苦手なら、俺が代わりにやるからさ! 戦いは出来ないけど、おしゃべりだったら得意だからな! それに俺がいなくても、ほむちゃんとマミ先輩はもう友達だから大丈夫?」

 

「友達? 巴マミと、私が……?」

 

 ほむちゃんはきょとんとしている、心底自覚がないと言った様子だ。

 あんなにゲーセンで一緒に遊んで、魔女退治まで一緒に行った仲じゃん……。

 

「ほむちゃん、それマミ先輩の前でやったら傷つくからね? 少なくとも俺から見てマミ先輩とほむちゃんの関係は悪くないと思ったよ。この間もマミ先輩は改めてほむちゃんにお礼が言いたいって言ってたし、ほむちゃんもマミ先輩のことは嫌いじゃないでしょう?」

 

「……ええ。厄介なところもあるけど、彼女の高潔で面倒見のいいところは好ましいと思っているわ」

 

「なら立派な友達だよ。マミ先輩もきっとそう思ってるはずさ」

 

「そういうものなのかしら……?」

 

「そういうもんだよ。あとはさやちゃんにもワルプルギスの件、教えないとな」

 

 俺がそう言うと、ほむちゃんは怪訝そうな顔をする。そういや、たしかにほむちゃんとさやちゃんってほとんど絡みがないままだったな……。

 

「……美樹さやかにも教えるの? 彼女は魔法少女ではないのだから、教える必要はないと思うのだけれど」

 

「魔法少女じゃなくても、事情は知ってる以上部外者じゃないからね。それにこういうの黙ってて後で誤解を生んだりするのがすごくヤダ。なんか仲間はずれにされてコソコソ動かれるのっていい気分しないだろうから」

 

 ……そういえば、そのさやちゃんは今どうしてるんだろう。

 なんか昨日用事があるとか行ってたけど、ジョーの件は解決したのかな……。

 

 ・・・・・・

 

 時は、一日前に遡る。

 

 ──美樹さやか

 

 あたしは、恭介の病室の前に立っていた。前回あんなことがあったから、ドアを開けるのに躊躇してしまう。でも、ここで逃げたらダメだ。ここで逃げたら、今までと同じ。

 あたしは今までと違う。覚悟を決めてきたんだ! 

 

「……よし」

 

 病室のドアを開ける。恭介はベッドの中で窓の外を見つめていたが、こちらに気がついて振り向くと、申し訳無さそうな顔をした。

 

「あ……さやか。あの時は、ごめん。僕、君に八つ当たりしちゃって……」

 

「ううん、大丈夫。あたしの方こそごめん。それよりも今日は、話したいことがあって来たんだ」

 

「話したいこと?」

 

「うん。まどかの話。ある程度は聞いたんだけど、どう思ってるのか恭介の口から聞きたくって」

 

 表向きは平静を保っていたけど、心臓の鼓動が半端じゃないくらい激しい。

 ついに踏み入れてしまった。絶対に辛い話になるって、わかってるのに。

 でも……ハッキリさせたかった。

 

「まどかの……か。さやかは、どれくらい知ってるんだい?」

 

「恭介が、まどかのこと好きで……告白したけど、ダメだったことくらいは」

 

「そうだね……本人からはなるべくこの話はするなよって言われてたんだけど、まどか本人から聞いたんならいいか。そうだね……僕は真正面から告白して、真正面からフラれた。当然、落ち込んだよ。あんなに誰かを好きになるっていうことも、失恋するっていうことも生まれてはじめてだったから」

 

「……それで、今は?」

 

「さやかは女々しい話だと思うかも知れないけど……やっぱり今でも、まどかのことが好きなんだ。フラれた理由が理由だし、諦めはとっくについてるんだけど……それでも好きだっていう気持ちだけは未だに消せてなくて。だからあの時、ポロッと名前が出てきてしまった」

 

 ああ。分かるよ。恭介の気持ち。だってあたしも、同じだから。

 このまま告白したらフラれるって分かってるのに、自分の気持ちを止められないから。

 

「あのねっ、恭介! こんな時に言うことじゃないってわかってるんだけど、聞いてほしいの。あたし、恭介のことが──」

 

 ・・・・・・

 

「っ……はー」

 

 病院を出る。言いたいことは言った。大丈夫。大丈夫。

 だって今日は()()()()()()をしてここに来たんだから。

 だから、大丈夫……そう思いながら歩いていると、入り口で偶然仁美と鉢合わせた。

 

「……あら、さやかさん?」

 

「仁美? なんであんたここに」

 

「いえ、今日は習い事もないので、私も上条くんのお見舞いをしようと。さやかさんはお見舞いの帰りですか?」

 

「まあ、そんなトコ。ねえ……こんなタイミングで悪いんだけどさ、あたしのワガママに付き合ってもらっていい?」

 

 大丈夫だと思ったのに、知った顔を見てしまうと急に緩んでしまって。

 不意に涙が零れそうになったから、とっさに上を向く。

 でも仁美はそれを察したみたいで、気を遣ってくれた。

 

「いいですよ、さやかさん。上条くんのお見舞いをする機会はまだいくらでもありますけど、今のさやかさんにお付き合いできる機会は今しかありませんから」

 

「……ありがと」

 

 病院の外にあるベンチに向かい、二人で座る。

 既に夕暮れ時だからか、人の往来もほとんど無い。

 

「あたしね、さっき恭介に告白してきたんだ。そんで、フラれてきた」

 

「えっ……!」

 

「恭介にはもう好きな人がいて……恭介はフラれたみたいなんだけど、その人のことまだ好きで。だから『さやかが僕のことそんな風に想ってくれてるなんて、思いもしなかった。気持ちはうれしいけど、応えられない。ごめん……不毛だってわかってても、僕は自分の気持ちに嘘はつけない』って。そう言われるのは分かってたけど……でも、言わずにはいられなかった」

 

「さやかさん……」

 

「馬鹿だよね、あたし」

 

「そんなことありません、さやかさんは勇敢です! さやかさんのことを褒めはしても、誰も馬鹿にする人はいませんわ」

 

 あ、やばい。泣くの我慢してたのに。ダメだ……。

 溢れてくるのを止められない。失恋したんだ、っていう実感が今更になってやってくる。

 

「ああ、あぁぁぁぁぁっ……!」

 

 言葉にならない嗚咽がこみ上げてくる。後悔はしてない、むしろ晴れやかさすらあるのに、悲しい気持ちも止まらない。全ての感情を吐き出すかのように、ひたすら泣いた。

 

「頑張りましたね、さやかさん……」

 

 仁美はまるで子供をあやすかのようにあたしの頭を抱き寄せ、ひたすら頭を撫でてくれていた。あたしが落ち着くまで、ずうっと。

 

 ・・・・・・

 

「ごめん仁美。ようやく落ち着いたみたい」

 

「いいえ、さやかさんの力になれたのなら何よりですわ。気持ちの整理はできましたか?」

 

「んー、吹っ切ったつもりなんだけど……まだ微妙。上手くいかないもんだね」

 

 仁美はしばらくの逡巡の後、迷いながら訊いてくる。

 

「今になっていうのもなんですけど……上条くんが好きな人を忘れるまで待ってから告白……というわけにはいきませんでしたの?」

 

「無理、かな。だって恭介が失恋してからもう二年経ってるんだよ? これ以上待っても望みは薄いし、あたしの決心だっていつまで続くか分かんなかったから。だからビビんないうちに、どうしても言っておきたかったの。言わないまま終わったら多分もっと後悔すると思うから」

 

 あたしの答えを聞いた仁美は、目を閉じながら沈黙していた。まるで、噛みしめるかのように。

 そしてゆっくりと目を開けると、決意に満ちた表情であたしに言った。

 

「私は、待ちますわ」

 

「仁美?」

 

「実はずっと秘密にしていたんですけど……私、上条恭介くんのことをお慕いしていましたの」

 

「い゛っ、マジで!? 冗談でしょ!?」

 

「いーえ、マジですわ♪」

 

 寝耳に水の報告に、思わずひっくり返りそうになる。

 こ、このタイミングでカミングアウトする~!? 

 

「今まではさやかさんに気を遣って秘密にしていましたが、もうその必要もなくなりましたので。私は根気強い女ですから、5年でも10年でも待ちますわ」

 

「ひ、仁美アンタ~!!」

 

「うふふ、沈んでいるよりそうやって元気にしている方がさやかさんらしくていいですわ」

 

「……仁美、あんたもしかしてあたしを元気づけるためにそんなこと言ったわけ?」

 

「うふふ、どうでしょうね」

 

 ……敵わないな。天然だし何考えてるかわからない時もあるけど、賢いんだよな仁美のやつ。

 親友の気遣いが温かかくて、思わず笑顔になってしまう。全く、もう。

 

「ありがと、仁美。あんたでもそんな冗談言う時あるんだね」

 

「あ、上条くんの件は冗談ではないのでそこのところよろしくお願いしますね」

 

「そこはマジなのかよっ!?」

 

 ……さっそく、何考えてるかわからないタイミングが来たみたいだ。

 あたしの初恋は終わった。仁美の恋は実るかどうか分からない。

 でも……結果がどうなるにせよ、あたし達の友情はたぶん終わらないんだろうなって思う。

 だって──仁美は恋を理由に友情を投げ捨てようとしない女だったから。

 あたしに気を遣って自分の気持ちを封じ込めて……待ってくれていたから。

 

「やめてくださいさやかさん、癖が残ってしまいますわ~~!」

 

「うるへー! あたしがフラれた直後にそんなこと言うやつは髪ぐしゃぐしゃの刑だ~!」

 

 まあそれはそれとして、アンタもフラれろってちょっと思ってるけどね! 

 友達としては仁美のこと尊敬してるけど、それとこれとは話が別なのであった。

 



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16話

「んー」

 

 結局あの後、ほむちゃんと一緒にお昼ごはんを食べに行った後で俺は家に帰っていた。

 流石に家に帰らなさすぎたので一度帰宅したかったのと、お母ちゃんに相談したいことがあったからだ。

 

「ねえ、お母ちゃん。聞いてほしい話があるんだよ。悩んでることがあるんだけど、一人じゃ解決できそうにないから」

 

「あんたが悩みなんて、珍しいね。何があったんだい?」

 

「あのさ、昨日ゲーセンで友達になったヤツがいるんだけどさ。そいつ年は俺と同じくらいなんだけど……そいつ、常習的にお金を盗んでたんだよ。それって、良くないことじゃん。でもそいつ身寄りもなくて、家もなくて……そうしなきゃ生きていけないやつだったんだよ。だから俺、何も言えなくって……でも、そいついいヤツだからそんなことしてほしくなくて……」

 

 杏子のことだ。こればっかりは、俺一人の頭じゃどうすることも出来ない。

 だから、ハッキリと自分の意見を持っている大人であるお母ちゃんの意見を参考にしたかった。

 

「その友達、養護施設とかには駆け込まなかったのか?」

 

「うん。大人は信用できないし、自由を奪われるのがイヤだって言ってた」

 

「なんで大人を信用できないかとかって聞いてるか?」

 

「いや、そこまでは聞いてないや」

 

「そうか……そいつは、難しいな」

 

 お母ちゃんは考え込む様子を見せる。いたって真剣な表情だった。

 俺が突然こんな相談をしても笑ったり困ったりせずに、一緒に本気で考えてくれる。

 だからこそ、いつも頼りにしている。

 

「苦しい環境だってのに誰にも頼らず一人で生活してるってことは、よっぽど他人を信用してないってことだからね……そんなやつを施設に押し込めたって、かえって逆効果かもしれねーな。なんたって集団生活するトコだ、警戒心丸出しで過ごしてちゃいい人間関係も築けねえし、居づらくなるのは目に見えてる。だからまずは、本人の意識からちょっとずつ変えてくしかねーだろうな」

 

「意識かぁ……でも、どうすりゃいいんだろ」

 

「友達ってことは、アンタには多少心を開いてるんだろ? だったら説得を続けるのが唯一の手段だけど……難しいだろうね。何かしらのキッカケがあればいいんだけど」

 

 うーん、と二人で思い悩んでいるところに、と湯気の出たマグカップが2つ置かれる。

 お父ちゃんが気を利かせてコーヒーを淹れてくれたのだ。

 

「お、ありがとうお父ちゃん!」

 

「煮詰まっているみたいだね。こういう時は一旦休憩してリセットしてみたらどうかな? リラックスしている時のほうが良い答えが出るはずだよ」

 

「おいし~」

 

 お父ちゃんの淹れてくれるコーヒーはとても美味い。

 ドリップコーヒーとかコンビニのコーヒーとかとはわけが違う。

 なんたって豆から淹れてるのだ、香りが違う。詳しい名前は忘れたけど、なんかガチもんのコーヒーマシーン使ってるし。お母ちゃんも大概スゴい人だけど、お父ちゃんも凄いと思う。QOLの向上に余念がない。

 

「ぱぱー、ぱぱ~」

 

「いけない、タツヤが呼んでる。それじゃあ、僕はこれで」

 

 そう言ってお父ちゃんはタッくんのところに行く。

 俺はコーヒーをすすりながら一息つく。ああ~、うめえ。

 やはり、美味しいものを味わっている時は幸せだ。生きてるって実感を得られるし、笑顔になれる。

 そういや杏子もオヤツ食べるの好きだったっけな。でもあの様子だと食生活荒れてそうだな、あいつ。人の手料理とか、随分食べてないんじゃあ……あっ! 

 

「ひらめいたぁっ!! お母ちゃん、相談乗ってくれてありがとう!」

 

「おぉう、突然だね。どこ行くんだい?」

 

「マミ先輩んとこ!」

 

「まったく、忙しない子だね……行ってらっしゃい」

 

「行ってきま~す!」

 

 ・・・・・・

 

「……というわけで、先輩の家に遊びに来たわけですよ」

 

「突然連絡が来た時はビックリしたわよ、鹿目さん。『マミ先輩の力を借りたいんですけど、今日空いてますよね?』って。そのあとすぐ家に来るし」

 

「いやー、昨日買い物行ってたみたいだし、魔女退治もお休みしてるんだったら今日フリーかなって思って。もしかして迷惑でした?」

 

「いえ、鹿目さんの言う通り退屈していたところだから丁度よかったわ。それで、力を借りたいって言うのは?」

 

「それはですね……」

 

 かくかくしかじか、と俺は事情を話した。

 昨日ゲーセンで知り合った魔法少女の友達がいること、そいつが生きるために犯罪に手を染めていること、だから俺がしてやりたいこと。それは──

 

「お弁当を作ってあげてほしい? それはまた、変わったお願いね……」

 

「最初はお父ちゃんに頼もうと思ったんだけど、あいつ大人のこと信用してないから、もしかしたら食べてくれないかもしれないし、俺は食べるのは得意だけど作るのはできないし……っていうと、マミ先輩がいちばん頼れるかなって。一人暮らしで料理上手そうだし」

 

「お弁当、ねえ……何を作ろうかしら。その子の好物なんかが分かれば作りやすいのだけれど」

 

「料理じゃないけど、オヤツ好きでしたねあいつ。ずっとオヤツ食ってました」

 

 マミ先輩はそれを聞いて、なぜかハッとしたような表情を浮かべる。

 なにか引っかかる部分でもあったのかな? 

 

「鹿目さん、あなたは……その子とゲームセンターで知り合ったって言っていたわね」

 

「え、うん。そうですけど……」

 

「その子ってもしかして、赤髪の子……?」

 

「え!? よくわかりましたね先輩。もしかして杏子の知り合いだった?」

 

 マミ先輩は驚愕の表情を浮かべる。

 やっぱり、杏子とはなんらかの関係があるらしい。

 

「やっぱり、佐倉さんなのね……あの子、見滝原に来ていたんだ」

 

「ちなみに参考までに聞きたいんスけど……どんな関係だったの?」

 

「師匠と弟子、だったわ。最初は仲が良かったんだけど、ケンカしちゃって……それ以来、会ってないの」

 

 マミ先輩は寂しそうに笑う。先輩がたまに見せる寂しそうな表情の理由が、わかった気がした。杏子と仲が良かったけど、会えなくなっちゃったから寂しいのかもしれない。周りに友達が増えても、仲が良かった友達と会えなくなる寂しさを感じないかと言われたら嘘だ。俺にも経験があるからわかる。

 心にぽっかり空いた穴は、埋めて浅くすることは出来るけど消すことはなかなか難しいのだ。

 

「マミ先輩、せっかくの機会だから一緒に行きましょうよ、杏子に会いに行こう」

 

「でも……私、どんな顔して会ったらいいか……」

 

「よっ、久しぶり! くらいでいいでしょ。どんな内容でケンカしたかは知らないけど、見たとこマミ先輩は杏子のこと嫌いじゃないんでしょ? だったら多分大丈夫だよ。杏子もマミ先輩のこと嫌ってないって!」

 

「り、理屈が滅茶苦茶なんだけど!?」

 

「だってマミ先輩いい人だから、誰かに憎まれるとこなんて想像できないし。それに!」

 

 俺はずいっと距離を近づける。ここからが大事なところだ。

 

「大事なのはマミ先輩が仲直りしたいかしたくないかでしょ。先輩、どっち?」

 

 俺は仲直りしてほしい。友達と友達が仲悪くしてるのイヤだ。仲良くしてるほうがいい。

 でも、最終的には先輩の意志だ。仲直りしたくないっていうんなら、無理強いはできない。

 

「私は……難しいわ。理由が理由だったから。鹿目さん、私のお話……聞いてくれる?」

 

「もちろん」

 

 マミ先輩はぽつりぽつりと自分の話をしてくれた。

 かつて杏子とコンビを組んで一緒に戦っていたこと。はじめはマミ先輩と一緒に人のために戦う正義の魔法少女を名乗っていたけど、杏子自身の願いが原因で杏子の家族が無理心中してしまったことを。それをキッカケに、杏子がやさぐれてしまったこと。

 

 他人のための願いなんて、一つもいい結果を生み出さない。自分の魔法は、徹頭徹尾自分のためだけに使う。そのためなら、他の誰かが犠牲になっても構わない。そういった思想を掲げるようになったこと。

 

 それはマミ先輩にとって看過できない思想だった。マミ先輩は自分がどうなろうと、頑張って人のことを救おうとして戦っていた人だから。そのうち二人の関係はどんどん険悪になっていって……最後には喧嘩別れをしたらしい。杏子は見滝原から出て風見野に行き、それ以降マミ先輩の元に姿を表すことはなかった。

 

「見滝原に戻ってきたのは、おそらく私が今戦えないことをどこかで聞きつけたんでしょうね。それをチャンスと見て、見滝原を縄張りにしに来たんだと思うわ。見滝原には、私以外の魔法少女はいなかったから」

 

「でも、今はほむちゃんがいるじゃないスか」

 

「そうね、それが問題だわ。暁美さんと佐倉さんが遭遇してしまったら、おそらく戦闘になる。佐倉さんは強いわ。おそらくお互いに怪我じゃ済まない」

 

 ほむちゃんと杏子が、喧嘩する。お互いに傷つけ合う。その光景を想像するだけで、胸がキュッとなった。

 

「……イヤだな、そういうの。みんな仲良くできればいいのに」

 

「そうね……でも、佐倉さんは変わってしまった。今は私欲でのみ動く人になっているはずよ。だから仲直りできるかどうか分からない」

 

 それは俺にとって聞き捨てならない言葉だった。杏子はそんな利己的で冷血なやつではなかった。実際、俺はあいつに何かと世話を焼いてもらった。

 

「……杏子は変わってないよ。だって俺が疲れて倒れたら肩貸してくれたし、オヤツも分けてくれた。人のために何かをしてやれる人間なんだよ、あいつ。根っこはきっとマミ先輩が好きだった頃の杏子のままだよ!」

 

 マミ先輩はハッとした表情で、目を丸くしていた。俺がそんなことを言うとは思ってなかったんだと思う。

 でも、すぐに笑顔になってこう言ってくれた。

 

「ありがとう、鹿目さん。私……怖かったんだと思う。佐倉さんにもう一度拒絶されるのが。幻滅されるのが。でも……勇気を出さなきゃダメよね」

 

「それって、もしかして……!」

 

「お弁当のメニューで迷う必要はなくなったわ。とびっきり美味しいの、腕によりをかけて作ってあげないとね!」

 

「さっすがマミ先輩、そうこなくっちゃ! 俺に手伝える事があれば言ってくださいね! 料理はできないけど、料理以外のことはなんでもやりますよ!」

 

「ふふっ、ありがとう。それじゃあ早速、お買い物に行ってほしいの。私は普段食べないから昨日買ってきてないんだけど、佐倉さんの好物があって──」

 

 やっぱり……マミ先輩に頼んで正解だった。料理が上手い人は数いれど、杏子に対する愛情を込めた料理が作れるのは、俺の知る限りマミ先輩しかいないだろうから。

 待ってろよ杏子。心があったまるような、マミ先輩謹製の美味いもん食わせてやるからな!



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17話

「う~ん、とは言ったものの……」

 

 ゲーセンにホテルに、スーパーの食料品売り場。俺たちは杏子のいそうなところを巡ってみたが、影も形も見当たらない。

 そもそも会って一日しか経っていないのもあって、俺は杏子のことを知らなさすぎた。

 

「他になんか心当たりある場所ありますか、先輩?」

 

「うーん……一つだけ、あるわ」

 

「ほんとッスか!? 今すぐ行きましょ!」

 

 そう言ったが、マミ先輩は動かない。何かを躊躇しているようにも見えた。

 

「……これから行く場所は、あまり愉快な場所ではないわよ。佐倉さんが必ずいるとも限らないわ……それでも行く?」

 

「どんな場所か分かんないけど、杏子がいる可能性があるなら行かない理由はないでしょ! 今日中に会わなきゃお弁当悪くなっちゃいますよ!」

 

「……ええ、そうね。鹿目さん、ついてきて!」

 

 マミ先輩の後ろにぴったりついていく。町から離れ、どんどん人気のない場所へと歩いていく。そうやって辿り着いた場所は……廃墟だった。

 

「ほんとにここに杏子がいるんスか?」

 

「わからないわ、可能性があるっていうだけ。だってここは……佐倉さんのお家だったから」

 

「お家……ってことは、昔住んでた場所ってことスか。とりあえず入ってみましょ」

 

 足踏みしてても始まらないので、入りづらそうにしているマミ先輩をよそに躊躇なく突入していく。

 

「でっか~……」

 

 教会の中はとても広く、声がよく響く。その内装はずいぶんと朽ちていた。ステンドグラスはバリバリに割れて見る影もなく、木の床が歩くたびにギシギシと音を立てる。もう人の手が入らなくなってずいぶんと経つようだった。

 礼拝堂(っていうのかな? 教会よく知らないからわかんないけど)に向かう階段を上っていくと、祭壇の上に目当ての人物が座っていた。

 

「杏子!」

 

「お前、まどか? なんだってこんなトコにいるんだよ」

 

「杏子のこと探してたんだよ! はい、これ」

 

 俺は杏子に駆け寄り、お弁当を手渡す。

 杏子はとりあえず受け取りはしたものの、困惑していた。

 

「弁当ぉ?」

 

「うん、オヤツと外食しか食べてないだろうから、たまには手料理食べてもらいたくて。ま、俺が作ったんじゃないんだけどね。1個上の先輩に頼んで作ってもらった」

 

「自分で作ったわけじゃないのかよ……ま、くれるもんは貰うけどさ」

 

 そう言って杏子はお弁当箱をぱかりと開ける。

 杏子は僅かに驚いた様子を見せると同時に、言葉を失う。

 そして無言で蓋を閉じ、低い声でこちらに問いかけてきた。

 

「……おい。この弁当、誰が作ったって?」

 

「1個上の先輩だよ、今日一緒に来てる。せんぱーい、はやく入ってきなよ―!」

 

 俺の声を受けて、マミ先輩が入ってくる。ゆっくりと、小さな歩幅で。

 その姿を見た杏子は驚きと共に俺に詰め寄る。

 

「マ……ミ……おいまどか、これはどーいうこったよ!」

 

「どうもこうも、マミ先輩は友達なんだよ。でも、まさか杏子と知り合いとは思わんかった。世の中狭いね」

 

「ッ、そっちも初耳だけどそーいうことを聞いてんじゃねえ! なんでマミをここに連れてきた! あたしとマミはもう会わねえって決めたんだ!」

 

「私は!」

 

 杏子の叫びをかき消すように、マミ先輩が叫び返す。

 

「私は……佐倉さんに会いたかった。もう仲直りなんて出来ないって諦めてたけど……やっぱりイヤよ。私は佐倉さんと喧嘩したまま終わりにしたくない」

 

「今更、どういう風の吹き回しだよ。もうあたしとアンタの考え方は合わないってわかりきってるだろ。あたしは誰になんて言われたって自分のためだけに魔法を使う。そう決めたんだ。あんたの甘っちょろい考えにはもう合わせられねーんだよ」

 

 杏子は突っぱねるようにそう言う。

 マミ先輩はそれを意に介さずに階段を上り、杏子のもとに近づいていく。

 

「私はね、あなたの規範でいようとした。あなたのことを正しい道に導いてあげようって。だからあなたが変わっていってしまうのが悲しかった。それをなんとか止めようとした」

 

「でもあたしはアンタから離れた。もうあんたはあたしの規範にならないし、今更理想を押し付けに来たって言うなら無駄だよ」

 

「違うの! 本当は『行かないで』って言いたかった! でも私は変わってしまったあなたのことを受け入れきれなくて……その一言が言えなかった。ごめんなさい」

 

「なんで……なんで謝るんだよ! あんたが謝る必要なんてどこにもねーだろ! 悪いのは勝手な理由で出てったあたしだ! 謝るなよ!」

 

 杏子が声を荒げる。傍から聞いている分には滅茶苦茶な言い分だった。自分がやっていることは間違いじゃないと、謝るもんかと開き直って怒るパターンはよく見るけど、自分が悪いから謝ってほしくないと言って怒るパターンは初めて見た。

 

「……やっぱり変わっていないのね、佐倉さんは」

 

「どっ、どこがだよ!?」

 

「鹿目さんが言っていたわ。あなたが肩を貸してくれたり、お菓子を分けてあげたりしてくれたって。自分のためだけに生きてる奴だとはとても思えないって……今だってそう、私のせいではなくて必死に自分のせいにしようとしている」

 

「それは……それはッ、そうだろっ! あたしの手はもう真っ黒に汚れちまってるんだ! あんたみたいに綺麗じゃないんだよ! まどかに親切にしたのだって、ただの気まぐれだ! あたしのこと買い被らないでくれよ!」

 

 やっぱり……杏子は自分のしていることに強い罪悪感を持っているみたいだった。いくらなんでも自罰的すぎる。今までの露悪的な発言も、自分に言い聞かせるためのものだったのかもしれない。

 それを聞いたマミさんは、ゆっくりと首を横に振った。

 

「佐倉さん。良いとか悪いとか、あなたが罪を犯したとかそういうのは関係ないの。私は……私はもう一度あなたと一緒にいたい。もう自分の本当の気持ちに嘘はつきたくないの」

 

 杏子は下を向いて、ただ黙っている。俺の視点からはその表情を伺うことは出来なかった。

 

「佐倉さん」

 

「……帰れよ。これ以上話してたらおかしくなっちまう。まどか、アンタもだ。余計なお世話なんだよ、こういうの!」

 

 もう話すことはない、と言わんばかりの様子だった。これ以上粘ると、下手すれば一触即発の状況になりかねない。ここは一旦帰るしかなさそうだ。

 

「しょうがない、今日のとこはここでバイバイだけど……また明日弁当箱取りに来るからなー!」

 

「佐倉さん……よかったら、味の感想も聞かせてね?」

 

 俺たちは大人しく教会を立ち去る。

 帰り道で俺はマミ先輩に訪ねた。

 

「杏子のやつ、弁当食ってくれますかね?」

 

 そう言うと、マミ先輩はにこりと笑ってこう答えた。

 

「佐倉さんがあの頃と変わっていなければ必ず食べてくれるわ。そして……佐倉さんは変わっていなかった。だから、大丈夫よ」

 

「うーん、それもそうッスね! あ~、お弁当の話したらお腹空いてきた」

 

「ふふ、それならお弁当作った分の残りがあるから、家に戻って一緒に食べましょうか?」

 

「マジで! やった~!」

 

 マミ先輩は杏子がお弁当を食べてくれるのを信じて疑っていない。

 だから俺も信じる。お弁当、喜んでくれるといいな。

 

 ・・・・・・

 

 ──佐倉杏子

 

 あたしは、マミの作った弁当を持ったまま立ち尽くしていた。

 

「こんなものッ……!」

 

 一瞬、地面に叩きつけてしまおうとも思ってしまったが、その考えはすぐに掻き消えた。

 どんな理由があろうとも食い物を粗末にするのはいけないことだし、弁当に罪はない。

 せっかくだから、食べてやろう。あたしは弁当の蓋を開ける。

 そこに入っていたのは、あたしの好きな物ばかり。マミのやつ……ちゃんと覚えててくれたんだ。実際に一緒にいた期間なんて、言うほど長くないのに。あたしのこと、気にかけてくれてたんだ。

 

「……美味い」

 

 マミの料理の腕は確かだ。どの献立も美味しくて、夢中になってガッついてしまう。

 弁当は冷めていたのに、独りになってから食べたどんな食事よりも温かかった。

 

「ごちそうさま」

 

 量はさして多くなかったのに、久々にモノを食べて充足感を得た気がした。

 今までは何を食っても満足できなかった。腹は満ちても、何かが足りなくて。足りないからまた食べて。気持ち悪くて吐きそうになることも一度や二度じゃなかった。食い物を粗末にしたくないから、実際に吐くことは一度もなかったけど。

 いつしか、あたしにとって食事は幸せな行為ではなくなっていた。

 昔は食べるのが好きだったのに。ものが食べられるだけで幸せだったのに……いつからこうなっちまったんだろう。

 魔法少女になってから? 家族のみんなが死んでから? それとも……マミと、別れてから? 

 

「贅沢な悩みだよな」

 

 ここは広い。何気なくこぼした独り言が、いやによく響く。

 昔のあたしはどうしようもない馬鹿だった。馬鹿だったけど……幸せ者だったんだと思う。

 でも、その幸せをぶち壊しにしちまった。今のあたしは同じ馬鹿はもうやらかさない。そう心に決めたんだ。でも……その先に何があるんだ? 

 あたしはこの先、幸せになれるのか? 

 

「……けっ、馬鹿馬鹿しい」

 

 そんなことを気にするなんて、あたしもヤキが回ったもんだ。

 幸せになれるのか、だって? そんなのは望みすぎってもんだ。

 あたしのせいで家族は死んだ。あたしが魔女を見逃したせいで犠牲になった人だって大勢いるだろう。あたしが金を盗んだせいで困った人も大勢いただろう。

 そんな人間が現状以上を望むなんて、おこがましい。

 あたしは誰にも束縛されず、なんの重荷も背負わず。腹を空かせることもなく、独りで自分勝手に気ままに毎日生きていられればそれでいい。

 それでいい、はずなんだ。

 

「本当に、馬鹿馬鹿しいったらありゃしない……!」

 

 ひとりぼっちが寂しいだなんて弱音を吐けるほど上等な人間じゃないだろ、あたしは。

 だから……明日も来てほしいだなんて思うのは、お門違いだろ。

 

「いいのかい? 杏子。二人をそのまま見送って。せっかくのチャンスだったじゃないか」

 

 いつから見ていたのか、どこからともなくキュゥべえが現れる。

 

「何がチャンスだ、知ったふうな口聞いてんじゃねえ。あたしが今更、マミとヨリを戻したいようにでも見えたのか?」

 

「いや、逆さ。君がマミと完全に決別する気ならば今が最大のチャンスだった。今のマミは戦える状態ではない。人気のないこの辺りなら逃げて助けを呼ぶことも難しいだろう。君は一方的に巴マミを倒し、彼女の貯蓄しているグリーフシードをすべて奪うことが出来る。おまけに一緒にいるまどかは、魔法少女として非常に高い素質を持っている。これからの行動次第では君の行動の障害になりうる存在だ」

 

「ふっ……ざけんなテメェ! マミとまどかはなあ、あたしの……!」

 

 待て。今あたしは、何を言おうとした? 友達? 仲間? それとも──

 

「……あたしにとってなんでもねえよ、あの二人はっ!」

 

 あたしはキュゥべえの首根っこを掴み、壁に投げつける。

 なんのことはない、ただの八つ当たりだ。

 キュゥべえは壁に叩きつけられても、まるで意に介さないように再び立ち上がる。

 

「君が何を怒っているのか知らないけど、僕に当たられても困るよ。一体、何を躊躇する必要があるんだい? 君にとって二人が取るに足らない、なんでもない存在であるというのならば処理するのが君にとってもっとも効率のいい行動ではないのかい?」

 

「……うるせーんだよ、マジで。今のあたしに話しかけるんじゃねえ」

 

「やれやれ……人間の感情というのはなんとも度し難いね。まあ、僕に出来るのは助言くらいだ。あとは君の好きにすると良い」

 

 キュゥべえはそう言って壁の向こうに消えていった。

 ……あたしにとって、あいつらはなんでもない。なんでもない存在なんだよ。

 なんでもない、存在なんだ……。

 

 ──これ以上は、やめよう。あたしは考えることを止め、静かに目を閉じた。

 眠りの世界に逃避しよう。そうしなければ、自分の本心に気付いてしまいそうだったから。



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18話

 ──美樹さやか

 

 今日は休日だ。ここ最近密度の濃い生活を送っていたからか、やけに久しぶりに感じられる。

 よほど疲れが溜まっていたのか、起きたのはお昼過ぎだった。

 

「やべっ、寝過ごした……」

 

 とはいえ、別に用事もない。今日は両親もいないので、咎める人もいない。

 手早く顔洗って歯磨いて着替えると、親がテーブルに置いていってくれた食事代を財布に入れて家を出た。

 

「さーて、どこ行きますかね」

 

 街に繰り出し、とりあえずショッピングモールに足を向ける。

 ここならお店もいっぱいあるし、選択肢には困らない。

 うーん、外食もいいけど、ここはパンで安く済ませてお昼代をお小遣いとして着服するってのもアリかな。よしっ、そうしよう! 

 そんなことを考えながら食料品売り場に行くと、意外な顔を見かけた。転校生……暁美ほむらだ。

 どのコーナーに行くでもなく、食料品売り場のド真ん中でキョロキョロしていた。

 

「おーい、転校生!」

 

 あたしが声をかけると、転校生は嫌そうな顔で振り向いた。確かに特別親しくないけど、何もそんな顔しなくても……。

 

「なんであなたがここにいるの、美樹さやか……」

 

「あたしはお昼ごはんを買いに。アンタは?」

 

「……食べ物を買いに来たの」

 

「いやそりゃ分かるよ、食料品売り場にいるんだもの。何を買いに来たの?」

 

「わからないわ……」

 

「え、それって……自分が何を買いにココに来たかわからないってこと!?」

 

 転校生は苦々しい顔で首を縦に振る。

 えぇ、そんなことある……? 

 

「昨日、まどかがうちに泊まったの」

 

「そうなんだ。そういやアンタ、まどかと親しかったね」

 

「それで今朝、まどかがお腹空いたっていうからカロリーブロックを渡したの。私の家、それくらいしかないから。そうしたらまどかは一瞬で食べちゃって。美味しいって言って笑顔を見せてはくれたけど、明らかに足りなさそうな顔をしていたわ……眉が下がっていたもの……」

 

「まあまどかのやつ、めちゃくちゃ食うからね……それで次まどかが泊まってもいいように食べ物を買い込んでいくっていうわけ?」

 

「それもあるわ……でも……」

 

 なんだか妙に歯切れが悪い。転校生ってもっと、ビシッ! バサッ! とハッキリ物を言うイメージがあったんだけど。

 

「……よければ、相談に乗ってくれるかしら。あまり親しくないのは承知だけれど、今頼れるのはあなたしかいないわ。必ず礼はする」

 

「まあ別にいいけどさ、丁度ヒマだし……それで、一体なにを困ってるわけ?」

 

「……まどかに、お料理を作ってあげたいの」

 

「料理って、あんたが?」

 

「ええ。やっぱり変かしら……?」

 

 さっきから、今日の転校生はやたら弱気というか、おどおどしているように見えた。

 もしかしてマミさんみたいに魔法少女の時にすごく気を張っていて、素のキャラはこんな感じだったりするんだろうか。

 なんだ、結構可愛いところあるじゃん。

 

「いや、変じゃないよ! よーし、この美樹さやかちゃんがバッチリ面倒見てやりますからね!」

 

「少し不安だけれど……頼んだわ、美樹さやか」

 

「せっかくだから、その『美樹さやか』ってのやめない? なんかすごい他人行儀だし。あたしもこれからアンタのこと転校生じゃなくてほむらって呼ぶからさ」

 

「……構わないわ、美樹さん。それじゃあ早速、まどかの好きな食べ物から教えてもらおうかしら」

 

「あいつマジでなんでも美味しく食べるからアンタの好きなのでいいと思うよ。とりあえず、色々見て回ろっか」

 

 ・・・・・・

 

 

 それからしばらくほむらに付いて買い物をしていたが、ほむらは予想以上に料理について知らなかった。魔法少女の時はあんなにキリッとしていたのに、あまりのギャップに困惑しきりだった。

 

『ほむら……米をカゴに入れるのはまだわかるよ。でも、なんで洗剤まで一緒に入れたの?』

 

『米は炊く前に洗う必要があるのでしょう? それくらい知っているわ』

 

『水で洗うんだよ! 洗剤なんてかけたら食べられなくなっちゃうでしょ!!』

 

『い、言われてみればその通りね……』

 

 ・・・・・・

 

 

『そういやアンタの家、調理器具ってあるの?』

 

『電子レンジがあるわ』

 

『……他には?』

 

『……電気ケトルがあるわ』

 

『……』

 

『……ごめんなさい、調理器具のことを失念していたわ』

 

『そりゃ普段料理しないんだったら家にないわな……そっちも買いに行かなきゃだね。ここがショッピングモールでホントに良かったわ……』

 

 ・・・・・・

 

 そんな調子で、買い物を終えた頃には既に夕方になっていた。

 ほむらはすっかり疲労というか意気消沈というか、とにかく魂が抜けたような表情になってしまっていた。

 あたしは結局お昼ご飯食いそびれた……お腹空いた。

 

「本当に何から何まで世話をかけて……ごめんなさい、美樹さん」

 

「別に謝らなくていいよ、こうなったら最後までとことん付き合ってやるから……料理作ったことないんでしょ? 上手く出来るようになるまでちゃんと見といてあげるよ」

 

「そんな……悪いわ。ここからは私一人の力でやるから、あなたは帰ってもらって構わない」

 

「いーから頼りなって。あんた、どうにも危なっかしくて放っておけないんだよね。そういうところはまどかと似た者同士かも。まぁ、まどかは自分で出来ないことは必ず他人にやってもらおうとするからそういうところは真逆だけどね!」

 

 あたしがそう言ってやるとほむらはため息を吐き、観念した様子で

 

「好きにしてちょうだい……」

 

 と言った。お言葉に甘えてほむらを徹底的にコーチしてやることにしよう。

 ここまで来たら、中途半端で投げ出したくない。

 

 ・・・・・・

 

 ──暁美ほむら

 

 美樹さんの指導の元、わたしはキッチンに立っていた。包丁のなんと手に馴染まないことか。

 でも、これもまどかのため。なんとしても料理を習得してみせる! 

 

「ほむら、まずはこの人参を切ってみようか」

 

「わ、わかったわ……えいっ!」

 

 私は気合を入れて両手で包丁を握り、思い切り振り下ろす。

 一太刀で人参を一刀両断……したのはいいが、切った時の勢いで両断された人参は吹き飛び、転がりながら床へ落ちてしまった。

 

「あー、包丁で切る時はちゃんと食材を押さえながら切らなきゃいけないんだよ。ほら、こういう風に左手で支えて包丁で切れば吹っ飛んだりしないでしょ? あ、その時は自分の指切っちゃわないように左手は猫の手にしてね。こんなふうに」

 

「なるほど……」

 

 意外にも美樹さんの指導は分かりやすく、私は少しずつ料理のやり方を覚えていった。

 ……当然、失敗も沢山したけど。そのたびに美樹さんが同じ失敗をしないように懇切丁寧にアドバイスしてくれた。

 そうして、ついに……ついに! 

 

「……か、完成したのね?」

 

「そのはずだよ。あとは味見して、問題さえなければ……」

 

 鍋の中のものを皿によそって……一口。

 ……おいしい。ぴりっとした辛味に加え、確かな旨味がある。

 成功だ! 苦節三時間、ついにまともなカレーを作ることに成功した! 

 

「やった! やったわ、美樹さん!」

 

「すごいよほむら! 今日一日でちゃんとした料理作れるようになったじゃん!!」

 

「いえ……ほとんど美樹さんに手伝って貰ったから、まだまだよ」

 

「ううん、立派だよ。これならまどかにも美味しいもん作って上げられるね!」

 

 美樹さんはまるで自分のことのように喜んでくれている。

 ……私は正直、彼女のことが苦手だった。元々、今までのループでも反りが合わない時間軸のほうが多かったし、彼女を見殺しにしたり私自身が引導を渡したりしたケースも少なくなかったので後ろめたさもあった。感情的で浅慮な人。今までずっとそんなイメージを引きずっていた。

 でも……この間の件で考えを改めた。まどかと同じで、この時間軸の美樹さやかは替えのきかない、世界で唯一の存在だ。他の美樹さやかを重ねて見るのは失礼にあたる、と感じた。

 だから彼女が話しかけてきた時、意を決して頼ってみた。

 それは結論から言うと正解で、彼女はすごく面倒見が良くて優しい人だった。

 幼い頃からあのまどかとずっと友達付き合いしているのも、面倒見がいい一因かもしれない。

 今までの私は、そういったパーソナルの違いに目を向けてこなかった。

『美樹さやか』という先入観だけで、私は目の前にいる人間を見誤っていたのだ。

 

「美樹さん。今日は本当にありがとう」

 

「いーよ、あたしがやりたくてやっただけなんだからさ」

 

「それにしても美樹さん、料理に詳しいのね。意外だったわ」

 

「ん? ああ。実は好きだった男子がいてさ……そいつのことビックリさせてやろーって思ってこっそり練習してたんだよ。まあ、昨日フられちゃったんだけどね」

 

「それは……ごめんなさい、なんて言ったらいいか」

 

 フラれた? 美樹さんが、上条恭介に? パッと見はずっと普通だったし、全然そんな風に思えなかった。

 今までの美樹さやかは恋愛事情が上手くいかない時は必ず精神不安定になって、そのまま破滅の道を辿っていたのに、この美樹さんにはそういった様子は見られない。今日だってずっと明るかったし、無理しているような様子もなかった。

 

「あ、ごめんごめん、そんな事言われても反応に困るよね。あたし的にはもう終わったことだから、あんまり深く考えないでくれると助かるかな。それより、もうすっかり夜じゃん。あたしお腹ペコペコだよ。はやく二人でカレー食べよ!」

 

「……ええ、そうね……その、美樹さん。大事な話があるのだけれど」

 

「ん?」

 

「一ヶ月後に、ワルプルギスの夜……最強最悪の魔女が来るわ。今までの魔女とは違って、見滝原をまるごと滅ぼしかねない魔女よ。私も全力で戦うけど、もしもの時があるわ。その時はまどかを連れて逃げて」

 

「……なに、それ」

 

 美樹さんの表情が変わる。楽しそうな笑顔から、一転して真剣な表情に。どこか怒っているようにも見えた。

 

「ごめんなさい、今まで黙っていて。あなたは魔法少女ではないし、知ったところで何かが出来るわけではないから言うつもりはなかったのだけれど……わかった? 逃げるのよ」

 

「……いやだ」

 

「何故? あなたに出来ることは何もないのよ!」

 

「それでも! 友達一人戦わせて自分だけ逃げるなんて出来ないっての!」

 

「戦うのは私一人よ、巴さんは戦える状態じゃない」

 

「だからっ、アンタを置いてくわけにはいかないって言ってんのよ、ほむら!」

 

「なんで!」

 

「もう友達でしょッ、あたし達!」

 

 え……私と美樹さんが、ともだち? 

 

「……そうなの?」

 

「えっ、友達だと思ってたのあたしだけ!? それは傷つくんだけど……今日一日で絆深まったから、そんな気したんだけどなー」

 

「いえ……私も今日で美樹さんのことを好ましいと思うようになったわ。でもそれって、友達って言っていいの? 友達ってそんなに簡単に出来るものなの?」

 

「ん、まあお互いがお互いのこと友達って思ってれば友達なんじゃない? あたしはほむらのこと、もう友達だと思ってるけど」

 

 今まで……今までまどかしか友達と呼べる人がいなかったから分からなかったけど。

 友達ってそんなに気軽でよかったのね。それと同時に、今までの私にどうして友達がいなかったのかもわかった。友達になるためには、心を開かなきゃダメなんだ。私が心を開ける存在は、今までまどかだけだった。でも、今は違う。今のまどかが心の壁を叩き壊してくれたから。

 もう一度、人を信じようっていう気持ちにさせてくれたから。

 

「なら……私達は、友達、ということになるのね。美樹さん」

 

「そういうこと! とにかく、あたしは逃げないからね。いい?」

 

「駄目、と言っても聞かないんでしょうね……わかったわ、美樹さん」

 

 これで、負けられない理由が一つ増えた。

 新しく出来た友達を……絶対に死なせるわけにはいかない。

 



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19話

 そして翌日。俺とマミ先輩は再び、廃教会の前まで来ていた。

 

「おーい杏子ー! お弁当持ってきたぞー! ついでに昨日の弁当箱の回収も!」

 

 大声で呼びかけて見たが、返事がない。今日はいないのかな。それとも居留守かな? 

 とりあえず昨日と同じように入ってみればわかるか。

 

「待って、鹿目さん……今は入れないわ」

 

 マミ先輩はいつの間にかソウルジェムを取り出していた。ソウルジェムは不規則なリズムで点滅している。いつしか見た光景だ。

 

「もしかして、魔女がいるってことスか?」

 

「ええ。おそらく佐倉さんもこの中で戦っているはずよ」

 

「マジか! 助太刀に入りましょ、マミ先輩!」

 

「……い、いえ。佐倉さんは強いわ。ここは佐倉さんが魔女を倒すまで待ちましょう」

 

 言葉とは裏腹に、マミ先輩は前のめりになっている。でも、そこから動かない。

 ホントは行きたくてたまらないけど、行けない。そんなふうに見えた。

 

「先輩。それは本心ですか? 本当は助けに行きたい、とかじゃなくて?」

 

「それは……それは行きたいわよ! でも、身体が動いてくれないの……動いてくれないのよ!」

 

 先輩は小刻みに震えていた。こんな状態の先輩に無茶させるのは酷な気もするけど、自分の思う通りに行動できないのってすごく辛いことだから……なんとか克服してほしい。だから! 

 

「逆療法じゃ~~!!」

 

「かっ、鹿目さん!?」

 

 俺は自ら魔女の結界に突っ走り、身を投げる。

 杏子の場合は本当に助太刀なしでも勝つ可能性が高いから、自分がいなくても大丈夫だっていう気持ちがどこかにあるから身体が動かなかったんだと思う。でも、俺は違う。魔法少女じゃないから十割死ぬ。こういうの自分を人質にするみたいでずるくてヤなんだけど、他にいい方法が思い浮かばなかった。ほむちゃんだったらもっとスマートな方法思いついたりするんだろうけど、俺はそこまで頭の出来がよろしくない。

 早速、真っ黒な触手が俺に躍りかかる。さすが魔女の結界、わかっちゃいたけど危険が過ぎる。なんかトゲトゲしてるし、捕まったら怪我ではすまないだろう。

 まあ、大丈夫だろうという確信はあった。だってマミ先輩、めっちゃいい人だから。

 

「大丈夫、鹿目さん!? あなた、なんてことを!」

 

 思ったとおり、マミ先輩は来てくれた。大量の銃を取り出しての連続射撃で触手を撃ち落としつつ、俺を抱えて飛び退く。その動きには恐怖心による躊躇いは感じなかった。

 

「へへへ、マミ先輩が助けてくれるって信じてたから。ごめんなさい、ズルいことして」

 

「まったく、後でお説教だからね? でも、あなたのおかげで覚悟は決まったわ。自分可愛さに後輩見捨てて逃げて……それで死んじゃったら、助けられる命が助けられなかったら……私は一生後悔すると思う、パパとママの時みたいに。私はもう、二度とあんな思いはしたくない! 鹿目さん、私に離れないようしっかりついてきてね!」

 

「そうこなくっちゃ!」

 

 俺たちは影絵のような結界を走り抜け、魔女本体を目指す。杏子がいれば助太刀に入り、いないならいないで魔女を倒せば結界は消えるので全て解決するとはマミ先輩の言だ。

 襲い来る触手のことごとくを銃で薙ぎ散らしながら、一度も足を止めることなく駆け抜ける。先輩も俺の足の速さを信頼してくれているのか、かなりのハイペースだ。

 その甲斐あってか、魔女の元にはすぐに辿り着くことができた。

 

「いたっ、あれだ!」

 

 槍を振り回し、触手を切り裂く赤い影。おそらくあれが杏子だろう。

 それに対峙する黒い影がおそらく魔女の本体。なんか触手めっちゃ伸びてるし。

 しかもこいつらの触手はただの触手ではなく、それぞれに別々の頭部がついている。犬、鼠、蛇、竜、その他諸々。その一つ一つが杏子を取り囲み、一斉に牙を向ける。

 魔女の攻撃の勢いは凄まじく、杏子もなんとか防いでいるが防戦一方だ。やがて触手の一つが杏子の腕に食らいつく。

 

「ぐうっ!? ちっ……くしょう! 離れやがれ!」

 

 杏子はすぐさま食らいついた触手を斬り飛ばすが、新しいのが二つ三つと次々食らいつく。

 

「ぐああああぁぁぁぁっ!!」

 

 杏子の悲鳴が響き渡る。これは、まずいんじゃないのか!? 俺はマミ先輩のほうを見る。

 

「わかってる! 今助けるわよ、佐倉さんッ!!」

 

 マミ先輩は裂帛の気合を込めて、トリガーを引いた。

 

 ・・・・・・

 

 ──佐倉杏子

 

『今助けるわよ、佐倉さんッ!』

 

 聞き慣れた声に、聞き慣れた銃声が3発。あたしに食らいついた触手の頭部が弾け飛び、解放されたあたしは宙に投げ出される。

 それを受け止めてくれたのは……やっぱり、マミのやつだった。

 

「苦戦しているようね、佐倉さん。やっぱり、ここに来て正解だったわ」

 

「マミ、あんた……戦えないんじゃないのかよ……」

 

「さっきまではそうだった。今だって戦うのは怖いわ、とってもね。でもそれ以上に、大事な人が死んじゃうのはもっと怖い! そう思ったら、身体の方が最初に動いちゃった」

 

 マミはそう言って笑う。あたしを抱くその手は未だに震えていた。この人はまだ怖いんだ。だってのに……だってのに、それでもまだ人のために戦うってのかよ、アンタは! 

 

「あとは私に任せて。佐倉さんはゆっくり休んで傷を癒やしてちょうだい」

 

 そう言ってマミはあたしを地面に下ろし、魔女と対峙する。

 その背中はやけに大きく見えた。ああ……やっぱり、眩しいや。まるでヒーローじゃないか。自分も辛いってのに、一度は心も折れたのに、それでも立ち上がってまた戦って。

 ……それに比べて、あたしはなんだ。何も背負っていないってのに、一人で戦って無様晒しちゃってさ。だから、せめて……! 

 

「あたしも一緒に戦うよ。あんた一人に背負わせてらんねーからな。いくよ、()()()()

 

「……っ! ええっ! 一緒に戦いましょう!」

 

「あたしが突っ込む! 援護任せたよ!」

 

 ──真っ直ぐに突っ込み、本体を目指す。防御のことは考えない。

 あたしに迫る触手達は全てマミさんが撃ち落としてくれるからだ。

 事実、ひとつの撃ち漏らしもなく触手を片付けてくれるおかげでなんの憂いもなく接近できた。

 槍の届く距離まで近づくと、身体を樹木のように伸ばしてこちらの接近を邪魔する。

 

「それが……どーしたよッ!」

 

 そんな悪あがきは時間稼ぎにもならない。ぶった斬って突き進む。

 今のあたしは、負ける気がしなかった。

 

 ──どれくらいぶりだろう、誰かに背中を預けて戦うのは。

 どれくらいぶりだろう、こんなにがむしゃらになって戦うのは。

 どれくらいだろう、戦っててなんにも怖くないって思えるのは! 

 

「いい加減に、くたばりやがれぇぇぇっっ!」

 

 魔女の本体に、深々と槍を突き刺してやる。

 スピードの乗った一撃は魔女の身体を容易に貫き、それが決定打となった。

 影の魔女はカタチを保てなくなり、泥のように溶けていく。

 それと同時に魔女の結界もぱりんと割れ、元の景色に戻っていく。

 ……戦いは、終わった。

 

「……はぁ」

 

 なんだか気が抜けちゃって、その場にへたり込む。

 いつもならそんなことないのに。本当に、らしくない。

 

「佐倉さんっ!」

 

「杏子!」

 

 マミさんとまどかが心配げな表情で駆け寄ってくる。

 まどかも一緒についてきてたんだな。

 

「大袈裟なんだよ、二人とも。ちょっと疲れただけだっての」

 

「嘘よ、ソウルジェムを見せなさい」

 

 半ば強引にソウルジェムを奪われる。あたしは抵抗しなかった。

 ソウルジェムを手にとったマミさんは険しい表情になっていた。

 

「以前と比べて明らかに動きが悪いと思ったら、やっぱり……ソウルジェムの浄化を行っていなかったわね、佐倉さん。一体なぜ? グリーフシード、持っていないわけではないんでしょう?」

 

「……なんでだろうな。なんか、わかんなくなっちゃってさ。自分がなんのために戦ってんのか、なんのために生きてるのか。最初はこうじゃなかったハズなのに……なあ、マミ。あたしはどこで間違えたのかな?」

 

 マミさんは答えづらい表情をしながらあたしのソウルジェムを浄化する。そりゃそうだ。あたしだってきちんとした答えが帰ってくるなんて思っていない。でも、どうしても言わずにはいられなかった。

 

「そうね……佐倉さんはもっと早く誰かに頼るべきだったと思う。私がもう少しちゃんとしていれば……いえ、違うわね。私がもう少し早く『ちゃんとしていないこと』を許容できる人間になっていたら、もう少しあなたの力になれたのに……ごめんなさい」

 

「まるで今は許容できるみたいな物言いだね」

 

「ええ、そこのヤンチャな後輩のせいでね。今回だって私に発破をかけるために自分から魔女の結界に飛び込んでいったのよ? 身を守る手段もないっていうのに」

 

「はぁ!?」

 

「ごめんなさい、俺バカだから他の手が思いつかなくって……」

 

 まどかは申し訳無さそうに頭を下げる。そんなことのために命を懸けたっていうのか、こいつは? ブッ飛んでやがる。この間から思っていたけど、頭で考えるより先に行動の典型的なタイプなんだな、こいつ。

 

「でも、あの行動がなければ私は佐倉さんを助けに行けなかった。鹿目さん一人でも佐倉さんを助けに行くことはできなかった」

 

「そういうこと! 自分ができないことは出来る誰かにやってもらうし、誰かが出来なくて困ってることを自分が出来るなら、代わりにやってあげる。それが人生楽しく生きるための秘訣! って俺がマミ先輩に教えたんよ」

 

「それはそれとして、手段としてはとても褒められたものではないからね? と、まあそういう訳で……私は思ったの。私と佐倉さんも、お互いに足りないものを補い合っていけばもう一度一緒にやっていけるんじゃないかって。佐倉さんが自分のためにしか戦わないのならそれでもいい。私が佐倉さんの撃ち漏らした魔女や使い魔を倒せばなんの問題もないでしょう? 幸か不幸か、この見滝原は魔女の多い土地よ。使い魔を倒したところでグリーフシードが枯渇することはないわ」

 

 ……今まで、ずっと一人で生き抜こうと決めていた。だから、ずっと強くあろうとしていた。

 でも、だめだ。あたしはすっかり弱くなっちまったみたいだ。いや、それとも……ずっと弱いままだったのか。あたしは。あたしのほんとの気持ちは──

 

「……なあ、マミ」

 

「何かしら?」

 

「……もう一度、()()()()って呼んでもいいかな?」

 

「え……うんっ、もちろん! もちろんよ!」

 

 マミさんはあたしの両手を包み込むように握って大喜びする。ほんと大袈裟なんだよ、全く。

 まどかは後ろで微笑ましいものを見る目で見ている。くっそ、ちょっと恥ずかしい。

 でも……恥ずかしさよりも嬉しさの方が上回っていた。

 

 あたしは、独りじゃない。独りじゃなくてもいい。

 そんな思いに浸っていると、ぐぅぅ~……と気の抜けた音がした。

 音の先を見ると、まどかが恥ずかしそうな表情をしていた。

 

「あ、あはは……一件落着って思ったら、お腹空いてきちゃった」

 

「……ふふ」

 

「ぷっ……!」

 

「「「あはははははははっっ!!」」」

 

 三人揃って笑い出す。こんなに腹の底から笑ったのは、いつ以来だろう。

 

「持ってきたお弁当……だけでは、流石に少ないわね。私の家で食べましょう。一緒に来てくれるわよね、佐倉さん?」

 

「さんせーい! ほら、行こうぜ杏子!」

 

「……ああ!」

 

 二人がこちらに向かって手を伸ばす。あたしはそれをしっかり握り、一緒に歩き始めた。

 簡単に離したりしないように、しっかりと。

 ……それにしても、なんで教会内でグリーフシードが孵化したんだ? 

 あたしが持ってたグリーフシードはまだ余裕のあるものばかりだったし、昨日までは魔女の兆候なんてまるでなかったのに。

 ……ま、考えても仕方ないことか。

 

 ・・・・・・

 

「佐倉杏子は持ち直してしまったか。僕の目算ではあのまま魔女になるハズだったんだけど、まさかあそこで巴マミが戦線復帰してしまうとはね。本当に人間の感情というものは度し難いものだ。まあ、それはいいさ。どちらにせよ、僕らには誤差のようなものだ。本来の目的を達成する障害にはなり得ないからね」

 

 その呟きを聞くものは、誰もいなかった。



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20話

 そして翌日。休日も終わり、2日ぶりの登校だ。

 休み明けの月曜日ってなんでいつもより起きるのが億劫なんだろう。

 そんなこんなで、今日も今日とて寝坊である。

 

「遅刻遅刻~ッ、と、セーフ! 遅刻じゃなーい!」

 

 いつものように全力疾走で教室に滑り込み、チャイムが鳴ると同時に席につく。

 無遅刻無欠席記録にまた一つ、数字が追加された瞬間だ。

 朝のHRは例によって早乙女先生の元カレの愚痴だったので適当に聞き流す。

 

「まーたギリギリだったねまどか。ほんといつも変わんないんだから」

 

 HRが終わると同時に、さやちゃんが俺の席にやってくる。

 

「おはよ、さやちゃん。あのさ……ジョーの件どうなったか聞きたいんだけど」

 

「ん、あー……あんまり周りに聞かれたくない話だから、お昼にまとめて話すわ」

 

「わかった」

 

 そんな会話を交わしたのち、他の友達と喋ったりなんだりして。

 授業時間を利用してぐっすり英気を養ったりもして。

 日常の時間はいつもと同じように過ぎていった。

 一月後に町ごと壊滅する危機が迫っているとは思えないくらい、それはもう平穏に。

 

 ・・・・・・

 

 そして、昼休み。俺はさやちゃんと二人きりで屋上で話をする。

 ……つもり、だったのだが。

 

「なんでほむちゃんもとみちゃんもいるの?」

 

「私は最近仲間はずれにされがちで寂しいので。それに、あながち無関係というわけでもありませんのよ?」

 

「へぇ。ほむちゃんは?」

 

「美樹さんに誘われたの。『あんたも事情知ってるんだし、一人でお弁当食べるのもなんでしょ? せっかくだから来なよ!』って言われて」

 

 二人ともいつの間にか仲良しになっていたらしい。良いことだ。俺も嬉しい。

 友達同士が仲良くしているとこっちもほっこりするからだ。

 

「私もこの機会に暁美さんとお近づきになりたいですわ。よろしくお願いしますね?」

 

 とみちゃんはほむちゃんに握手を求めて手を差し出す。ほむちゃんは少し戸惑った様子を見せつつも、おっかなびっくり握手に応じる。

 

「……よろしく」

 

 微笑ましい光景だ。とみちゃんはああ見えて気さくで話しやすいやつだから案外すぐ仲良くなれると思う。ほむちゃんもちょっと前までの人を寄せ付けない雰囲気はだいぶ緩和されてるし、さやちゃんとも仲良くなれたみたいだし。

 

「それで、本題なんだけど」

 

「そうだね、それじゃあまずは──」

 

 ・・・・・・

 

「……つまり、さやちゃんは告白して玉砕したけど、とみちゃんもジョーのこと好きで……ワンチャン狙って諦めてないってことね」

 

「ええ。今はまどかさんの事が忘れられなくて恋愛どころではない様子でしたけど、一年後、二年後はどうなっているかわかりませんわ。ですから私はチャンスを待つことにしましたの。それこそ、何年でも」

 

 すげえな、とみちゃんは。根気強くてめちゃくちゃタフだ……俺だったら絶対に真似できん。いや俺じゃなくても真似できる人そんなにいないと思う。

 

「まどかのことが忘れられなくて!?」

 

「あ、ほむらには言ってなかったっけ? あたしが恭介にフラれた原因、まどかのことが好きだったからなんだよね。まあ、それだけじゃないだろうけど……」

 

「俺は二年前に『男は恋愛対象にならないから』ってキッパリ断ったんだけど、まさか未だに引きずってるとは思わんかった」

 

「一途なのはいいんですけど……皮肉なものですわね。私かさやかさんがその対象だったらこんなに困らなくても済みますのに」

 

「なんかいい手ないかなあ……」

 

 うーん、とみんなで頭をひねる。三人寄れば文殊の知恵って言葉があるが、四人いてもなかなか考えがまとまらない。俺は色恋沙汰に関してはさっぱりだし、他の三人も別に恋愛経験があるわけじゃないしなあ……。

 とみちゃんと俺がラブレター貰ったことあるくらいで、別に特定の誰かと付き合ったことあるわけじゃないし。直接告白する根性のない奴はバサッと断ったらそれ以降諦めるんだけど、ジョーに関しては例外だったからな……。

 

「その……まどかは、男性を恋愛対象にすることが出来ないのよね?」

 

「うん、人間として嫌いじゃなくても生理的に無理なんだ」

 

「……それってつまり、女性ならいいのよね?」

 

「そ、そういう単純な問題じゃないんだけど、男よりは大丈夫かな……って、なんかほむちゃん、顔近くない?」

 

 ほむちゃんが話しながらどんどん俺に向かって身を乗り出してくる。

 なんか熱が入ってて、ついついたじろいでしまう。

 ほむちゃんが俺の手をぎゅっと握り、こう言った。

 

「私にいい考えがあるわ、まどか」

 

「……は、はい」

 

 ほむちゃんの妙な熱気に押されて、俺は首を縦に振るしかなかった。

 その後ろでとみちゃんが『キマシ……』といった謎の声と一緒に鼻血を出しながら倒れ、さやちゃんがなんとも言えない顔で苦笑いしていた。

 

 ・・・・・・

 

 ……というわけで、俺はジョーのいる病室まで来ていた。

 ほむちゃんも同伴している。今回の作戦のためだ。

 ホントにいいのかなぁ……? と思いつつも、俺は病室のドアを開ける。

 

「よっ、久しぶりだなジョー!」

 

 俺は努めて明るく声をかけると、ジョーは嬉しそうな顔で出迎える。

 その直後に、横にいるほむちゃんを見て不思議そうな顔をする。

 

「……まどか! 来てくれたのかい!? 久しぶりだね。ところで……横の人は?」

 

「最近転校してきた、暁美ほむらよ。私が来たときにはあなたは既に入院していたから、面識がなかったわね。よろしく」

 

「はぁ、どうもよろしく……それで、その暁美さんがなんでここに?」

 

「単刀直入に言うわ。まどかのことはすっぱり忘れてちょうだい。まどかは私の恋人だから」

 

「こ、恋人ぉ!?」

 

「うん、つまりそういうやつなんだ……いやーははは」

 

 そう、これが今回の作戦である。もしかしたら男は恋愛対象外だということに懐疑的かもしれないので、実際に女であるほむちゃんと恋人のフリをしてきっちり諦めをつけてもらおうという作戦である。

 

「ほら、こうやって手だって握れる。男の人の身体には触れないけど、ほむちゃんなら大丈夫」

 

「ぐ、うう……!」

 

 ジョーが辛そうな顔をしている。事前に想像していたより心苦しいぞ、これ。

 ほむちゃんも慣れてないせいで手汗めっちゃかいてる。俺も心臓バクバクいってる。

 ……ああーもう! やっぱりこういうの、性に合わん! 

 

「ごめーん! やっぱり恋人っていうの嘘! ジョーのこと完全に諦めさせるためについた嘘ー! ごめんほむちゃん、やっぱこういうのダメだわ俺!」

 

「ま、まどか!?」

 

 罪悪感に耐えきれなくなってほむちゃんの手をパッと離す。せっかく協力してくれたのに申し訳ない。

 俺、心理戦とか一生出来ない気がする。

 

「こんな小細工するよりも、やっぱ言いたいことはストレートに言ったほうがいいよな。ジョー、さやちゃんから色々話は聞いてるぞ。今の医療技術じゃ腕が治らないって言われてヤケ起こしたってな」

 

「……そうさ、僕の腕はもう治らない。さやかには申し訳ないことをした」

 

「ジョーはさ……さやちゃんの事フッたんだよな? ああいや、責めてるわけじゃないぞ? さやちゃんも大丈夫って言ってたし」

 

「ああ、フッたよ。さやかはいい友達だけど恋愛対象として見ることは出来なかったし、何よりまどかのことが頭から離れなかったから」

 

「そういう理由でフッたんなら、今の俺の気持ちもよく分かるはずだぞ」

 

「……わかってる、わかってるさ。でも……でも、僕は」

 

「いつまでも女々しいんじゃい!」

 

「あだっ!?」

 

 俺はジョーの頭に拳骨をくれてやる。病人相手だから手加減してるけど、喝の気持ちは思い切り込めた。

 

「何するんだよ、まどか!」

 

「俺のことといい、腕のことといい。それで腐ってたってなんもなんないだろ! なあジョー、お前は腕がちょっと動かないだけでバイオリン諦めちまうような男じゃないだろ! 俺にフラれたくらいで折れるやつじゃないだろ!」

 

「ちょっとじゃない! 今の医療技術じゃ治らないって言われてる怪我だよ! どうしようもないんだよ!」

 

「『今の』だろ! 一年後、二年後になってどうなってるかわかんないじゃないかよ! 今よりも医療技術が発展して治るようになってるかもしれないだろ! 諦めんなよ!」

 

「そんな……そんな無責任なこと言わないでくれよっ! 僕の気持ちも知らないで!」

 

「わかんねえよ! わかんないけど、このままいても何も良くならないってのはわかる! なあ、なんかしようぜ! 今バイオリン弾けなくても出来ることはあるはずだ! それこそ曲聞いて勉強するとか、思い切って作曲してみるとかさ! いつかもう一回弾けるようになった時のために!」

 

 そう叫ぶと、ジョーはハッとしたような顔をした。

 俺の言いたいこと、なんとか伝わったか!? 

 

「もう一回、弾けるようになったときのために……」

 

「そう、諦めなきゃいつか良いことある、かどうかは分かんないけど……でも、何もしないよりよっぽど良いと思う! だから──」

 

「あの、病室では静かにしてくださいね~?」

 

 熱が入ってきたところを、ニコニコ笑顔で乱入してきた看護婦さんにクールダウンさせられる。

 声色は穏やかだが目が笑っていない。これは逆らわないほうがいいと本能が理解した。

 

「す、すいません……」

 

「いえいえ、次からは気をつけてくださいね~」

 

 看護婦さんが出ていく。なんだか空気が冷めてしまった。ここが潮時だろう。

 

「ごめんな、色々勝手言って。それじゃ、俺は帰るけどさ。折れんなよ、ジョー! あと、付き合えない俺に未練残すよりもちゃんとお前のこと見てる人のことを見ろよな。言いたいことはそれだけ。じゃ!」

 

 ジョーの返事を待たずに、俺はほむちゃんの手を引きながら病室を出た。

 言いたいことは全部言った。これからジョーがどうするかは、アイツ次第だ。

 でも……あいつの目は死んでいなかった。だから、腕が今後どうなるにせよ悪いことにはならないと思っている。

 

「あ~、これでスッキリした。ごめんな、ほむちゃん。俺の個人的な事情に付き合わせちゃって」

 

「いえ、私こそごめんなさい、変な作戦を考えちゃって……やっぱり、嫌だったわよね」

 

「全然! ほむちゃんのことは好きだし、別にイヤじゃなかったよ」

 

「す、好きって!?」

 

「あ、ええっと、親愛的な意味でな! 恋愛とかよくわかんないし」

 

「そ、そう……」

 

 沈黙が訪れる。ああもう、なんだこの変な空気は。

 なんか今日は変だ、俺。なんなんだ一体。こういうの、ホントらしくない。

 そもそも、どこからが友達で、どこからが恋愛なんだろう? 

 その辺のボーダーが曖昧すぎてわかんない、今生に関しては性別のボーダーも曖昧だし。

 ほむちゃんは俺のことどう思ってるんだろ。

 

「ほむちゃんは、その辺どうなの?」

 

 思っていたら、うっかり口に出してしまった。

 ほむちゃんは「あ、う……」って呻きながら顔を背けると、そのまま話し始めた。

 

「私、私も……わからない。まどかのことは大切だと思ってる。でも恋愛みたいな意味で言ったら……自分の気持ちがホントのものなのかわからない。あなたに対して持ってる想いに今までの『まどか』の影響がないかと言われたら嘘になるから」

 

 なんだ、お互いその辺わかんないってのに変な空気になってたのか。変なの。

 まあ俺とほむちゃん、実は知り合ってそんなに時間が経ってないしな。そういうのは時が経つにつれて分かってくるのかもしれない。

 

「おーい、まどか、ほむらー!」

 

 遠くから俺たちを呼ぶ声で、思考は中断される。

 さやちゃんだ。横にはとみちゃんもいる。

 

「あれ、二人も来てたんだ?」

 

「今着いたところですわ。それで……どうでした?」

 

「まあ、言いたいことは言った。あとはジョー次第だけど、多分大丈夫だと思う。それよりさ、カラオケ行こうぜカラオケ! 今思いっきり叫びたい気分なんだよ」

 

「あたしはいいけど……ほむらと仁美は?」

 

「行きますわ。私も思いっきり叫びたい気分なんですの」

 

「私も行くわ……初めてだから、よくわかっていないけど」

 

「それじゃ、決まりだな! よーし、喉枯れるまで歌うぞ~!!」

 

 ・・・・・・

 

「あ~、楽しかった」

 

 俺は心地よい疲労とともにベッドに飛び込む。三時間も歌ったせいで喉もお腹も痛い。声なんてちょっとハスキーになってしまった。

 ジョーにも言いたいことは言ったし、お父ちゃんの作る晩ごはんは今日もおいしかった。

 今日もいい一日だった……俺の部屋に、不気味な白いナマモノさえいなければ。

 

「……どっから入ってきたんだよ、お前。勧誘ならお断りだぞ」

 

「なぜだい? 君ならどんな願いでも叶えることが出来るというのに」

 

「その結果が、死ぬか魔女になることだろ? なんで事前に説明しねえんだよ、そういうの」

 

「聞かれなかったからね」

 

 こいつ、ぬけぬけと……! 

 ほむちゃんもマミ先輩も杏子もこいつに陥れられたと思うと、怒りが募ってくる。

 

「……おまえ、罪悪感とかないわけ?」

 

「逆に聞くけど、君は家畜に対して引け目を感じたりするかい? 彼らがどのようにして食卓に並ぶのか、そのプロセスを知らないわけではないだろう?」

 

「知ってるよ。んで、それが一体なんなんだよ」

 

「彼らは人間の糧になることを前提に、生存競争から保護され、淘汰されることなく繁殖している。君たちは皆、理想的な共栄関係にあるじゃないか」

 

「おめーは人間騙して破滅させてるだけだろ! な~にが理想的じゃい!」

 

「どうやら納得してもらえないようだね。それじゃあ、見せてあげよう。インキュベーターと人類が共に歩んでいた歴史を」

 

 きぃん、と高い音が頭の中に響き、それと同時に映像が頭の中に直接叩き込まれてくる。

 なんだこれ……女の人? 周りの風景からして、随分昔の人のように見える。

 十年百年単位じゃなくて、もっと昔の……それこそ紀元前とかそんなレベルの。

 その女の人の手には、ソウルジェムが握られていた。

 

「僕たちはね、有史以前から君たちの歴史に干渉してきた。そんな中で数え切れないほどの少女が僕らと契約し、希望を叶え、そして絶望へとその身を委ねていった」

 

 さっきの女の人のソウルジェムがグリーフシードに変化し、魔女へと変貌していく映像が頭の中に流れ込んでくる。この人もまた、キュゥべえの犠牲者。その後も次々と同じようなビジョンが映っては、消えていく。何千年もの間こんなことを何度も繰り返してきたのか、こいつは。

 

「中には歴史に転機をもたらし、社会を新しいステージに導いた娘たちもいた」

 

 映像が切り替わる。旗を持ち、鎧を着た一人の少女。彼女は軍を率いて並み居る敵を打ち倒していく。彼女自身も率いる軍たちも、常軌を逸した身体能力を発揮していた。おそらく、魔法少女の力だろう。それが普通の人に向けられた場合、どうなるかは明白だった。

 彼女の軍は圧倒的な勝利をもたらし、民衆からの喝采が彼女に向けられた。

 

「しかしその願いが条理にそぐわないものであるかぎり、必ず何らかの歪みを生み出す。やがてそこから災厄が生じるのは当然の節理だ」

 

 再び映像が切り替わる。彼女は磔にされていた。彼女は火をかけられ、生きたまま火炙りに……思い出した。彼女はジャンヌ・ダルク。フランスを救ったっていう歴史上の偉人だ。

 たぶん彼女はキュゥべえに願ったんだ。『フランスを救いたい』って。その結果がこれなのか? 救おうと思っていた人々に裏切られ、処刑される……それが願いの結果だっていうのか? 

 

「ふざけんな……こんなの、なんにもならないじゃないかよ。全部無駄じゃないかよ!」

 

「無駄? 君には本質が見えていないみたいだね。彼女たちの犠牲によって君たちの歴史は紡がれてきたんだよ?」

 

「……それじゃあ何か。あんな悲しいことがいっぱい起きてなきゃ今の俺たちはいなかったって言いたいのか?」

 

「そうだね。僕たちはずっと君たちの文明に寄り添い、見届けてきた。もしも僕たちがいなければ君たちは今でも裸で洞穴に住んでいたんじゃないかな」

 

 ……ふざけてる。そして、こいつらは人間をナメすぎている。

 

「それは違う。お前たちがいなくても、人類は自分の力でここまで発展できる」

 

「認めたくないのかい? 事実として技術的なブレイクスルーのきっかけは殆どが魔法少女の願いによるものだった。僕たちがいなければ今の君たちもないんだよ」

 

「違うっ! 魔法少女じゃなくったって、頑張ってる人はたくさんいた! 偉業を成し遂げた人だってたくさんいた! いや……偉業なんてしてなくたって、必ず誰かが誰かに影響を与えてきた。今まで生きてきた全ての人たち、一人ひとりがみんなで歴史を作ってきたんだよ!」

 

 キュゥべえがいなくたって、魔法少女がいなくたって……願いを踏みにじられて悲しむ人たちがいなくたって発展していった世界を俺は知ってる。俺が前に生きていた世界には、奇跡も魔法もなかった。なかったけど、人間の歴史は止まることなく前に進んでいた。

 魔法少女がいなけりゃ人類は発展していなかったなんていうのは、こいつの傲慢だって知っている! 

 

「まあ、信じたくないならそれでもいいだろう。ただ、僕たちがやっていることが人類にとって利になっていることは純然たる事実だ。僕の本来の目的も、長い目で見れば人類にとっても得のあるものだしね」

 

「本来の目的?」

 

「ああ。僕たちは魔法少女が希望を抱き、そこから絶望する際に生まれるエネルギーを回収してこの宇宙の寿命を伸ばす為に充てているんだ。君の頭では理解できないと思うから、詳細は省くけどね」

 

「なんかイラッとくる言い方だな……それじゃ何かい、宇宙のためなら魔法少女が何人残酷な死に方したって問題ないって言いたいのか?」

 

「そういうことになるね。約70億もあるとされる人間のうち、ごく少数の人間が犠牲になったところでなんの問題もないだろう?」

 

 俺は黙った。こいつの事ぶん殴ってやろうとも考えたが、いくらでも代わりがいるこいつにそんなことをしても何にもならないし、怒るだけ無駄だ。

 

「まどか。いつか君は最高の魔法少女になり、そして最悪の魔女になることだろう」

 

「らしいな。知ってる」

 

「暁美ほむらから聞いたのかい? それなら話は早い。この宇宙のために死んでくれる気になったらいつでも声をかけてくれ。待ってるから」

 

 そう言ってキュゥべえはいなくなった。何しに来たんだ、あいつ。嫌がらせか? 

 あんなこと言って俺が契約する気になるとでも思ったのか? やっぱり何考えてるか意味分からん。

 でも……ああ……弱ったな。今のやり取りのせいで、

 俺が魔法少女になるとしたら()()()()()()()()()()()()

 もっとも、俺が魔法少女になるのは本当の本当にヤバい時だけだってのは変わらない。出来ることならそんな時は来てほしくない。魔女にならない自信はあるけど、実際どうなるかは賭けだし。

 ただ、ワルプルギスの夜とかいうめっちゃヤバいやつが来るのが決まってるんだよなあ……でも、みんななら大丈夫。ほむちゃんたちなら、絶対に勝てる。

 ……もし、そうならなかったら。どうしてもダメだったなら、その時は──



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21話

 それから、キュゥべえは不気味なくらい俺に接触してこなくなった。

 他のみんなに聞いても、ここ最近は姿を見ていないという。この間はあんなにしつこかったのに、一体何だって言うんだ? 

 まあ、考えたってなんにもなるまい。俺はあんまり気にしないようにして毎日を過ごしていた。

 ここ最近あった変わったことといえば……。

 

「よう、はじめましてだな」

 

「あんたは、もしかして……佐倉杏子、って子? まどかとマミさんが言ってた」

 

 そう、ほむちゃんさやちゃんと杏子の初顔合わせである。

 俺たち五人はマミ先輩の家に集結していた。

 ワルプルギスの夜に関する話をするためにほむちゃんが提案したのだ。

 杏子除く四人が集まったところに、少し遅れて杏子がやってきた形だ。

 

「ああ、こっちも二人から話は聞いてるよ、美樹さやかってのはまどかの保護者みたいなヤツなんだって?」

 

「なっ!? 二人ともなんつー紹介の仕方してんのさ!」

 

 さやちゃんが顔を赤くしながら俺とマミ先輩の方を見る。

 俺とマミ先輩は平和にお菓子をつまんでいた。

 

「だって事実、俺さやちゃんにお世話になりっぱなしだし」

 

「美樹さん、鹿目さんのお姉さんみたいだしねえ」

 

「だってさ、愛されてるねえ」

 

「うぐぐ……!」

 

 恥ずかしそうにしているさやちゃんを、杏子はニヤニヤしながら見ている。

 さやちゃんはキッと杏子を睨むと、負けじと言い返す。

 

「そ、そういうことならあんたの話だって二人から聞いてるよ! とっても優しくて面倒見がいいけど意地っ張りなところもあって可愛らしい子だって!」

 

「なっ!? おめーら、そんな紹介の仕方してたのかよ!」

 

 今度は杏子が顔を赤くする番だった。

 俺とマミ先輩は平和にお茶を味わっていた。

 

「だって事実だし」

 

「佐倉さん、お姉さんみたいなところもあるけど妹みたいなところもあるしねえ」

 

「だってさ、愛されてるね~」

 

「このやろっ……!」

 

 今度はさやちゃんがニヤニヤする番だった。

 この二人、結構相性いいのかもしれない。打ち解けるのも早そうだ。

 

「二人とも、じゃれあいはその辺にしておいて頂戴」

 

 ほむちゃんが髪をファサッとかきあげながら二人を制する。

 あの仕草、かっこいいよなあ~。

 

「暁美ほむらよ。よろしく、佐倉杏子」

 

「あんたがほむらか……マミさんのこと、助けてくれたんだって?」

 

「たまたまよ。褒められたことではないわ」

 

「またまた、マミさんもまどかもあんたのことベタ褒めだったよ? 特にまどか。長くなるから内容は伏せるけど、聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらい褒めてたよ」

 

「あなた何言ったの、まどか!?」

 

「変なことは言ってないよ」

 

「私も聞いていたけど暁美さんのいいところを手当たり次第に挙げていただけよ? 80個くらいはあったかしら」

 

「いくらなんでも多すぎるわよ……!」

 

 ほむちゃんは頭を抱える。ほむちゃん口下手で誤解される可能性もあったから、できるだけ好印象を残したかった。まあ杏子相手にそんな心配は無用だったかもしれないけど。

 

「ははっ、一見スカしててやりづらそうだと思ったけどその心配はなさそうだね。よろしく頼むよ、ほむら。それで……あたし達を呼び出した用はいったい何なんだい? まさかただ親睦を深めようってわけじゃあないんでしょ?」

 

「そうね、本題に入りましょうか……これから二週間後、見滝原にワルプルギスの夜が来る」

 

「ワルプルギスの夜だって!?」

 

「ええ、伝説上の魔女。私も暁美さんから話を聞いた時は驚いたわ。よりによって、この見滝原に来るなんて……」

 

 マミさんには既に話してある。どうやらワルプルギスの夜というのは、魔法少女の中でも知名度の高い魔女らしい。もっとも、その姿を見た人は誰もいないらしいけど。姿を見た人は誰一人として生きて帰ることができないから、なんてうわさ話も有るらしい。

 ここにいる唯一の例外……ほむちゃんを除いて。

 

「あいつが来たら最後、見滝原は壊滅するわ。だからお願い……ワルプルギスの夜を倒すために、力を貸してちょうだい。私は、まどかを……大切な人を守りたい」

 

 ほむちゃんはそう言って頭を下げる。

 

「逃げるって選択肢はねーのか?」

 

「ないわ。逃げた先にワルプルギスの夜が来ない保証はないし……なにより、逃げる場所なんてどこにも無いから」

 

「私も逃げるのには反対よ。もし逃げたらこの町の人たちがどうなってしまうか……考えたくもないわ。ううん、人だけじゃない。私はこの見滝原が好き。辛くて悲しいことも沢山あったけど……嬉しいことも楽しいことも沢山あったから。それに、この町には……パパとママのお墓もあるわ。絶対に壊させるわけにはいかない」

 

 マミ先輩の目は決意に満ちていた。先輩はずっと一人でこの町を守り続けていた人だ。頼りになる。ほむちゃんも心なしか安堵の表情を見せている。

 

「……まあ、マミさんならそう言うと思ったよ。そういうことならあたしも戦う。どんだけ強い魔女だって、ここにベテランが三人もいるんだ。勝てない相手じゃないだろ? 見滝原がぶっ壊れちゃ困るのはあたしも同じだからね。それにあたしにだって守りたいものがある」

 

「守りたいものって……もしかして、あの教会?」

 

 俺がそう聞くと、杏子はため息をつき、苦笑しながら答える。

 

「……まーな。あたしにとっちゃ忌々しいクソッタレな想い出のある場所だけど、それでも……できるだけ無くなってほしくないんだよ。そりゃいつかは取り壊されるってわかってる。でもさ……よそから来た魔女にブッ壊されるってのだけは我慢できないんだよね。というわけで……よろしくな、二人とも」

 

「……ええ。一人では無理でも三人なら、もしかしたら勝てるかもしれない」

 

「しれない、じゃなくて勝つのよ暁美さん。そして……鹿目さん、美樹さん。事情を聞かせておいて、こんな事を言うのもなんだけど……早まって魔法少女になる、なんて思わないでね。ワルプルギスの夜は今までの魔女と格が違う存在よ。私達三人ならなんとか渡り合えるかもしれないというだけで、新人の魔法少女がなんとか出来るほど甘くはないわ。だから……命を大切にしてね。私の守りたいものには、あなたたち二人の命も入っているんだから」

 

「マミさん……じゃあ、あたしたち二人には何も出来ることはないってことですか?」

 

 心配げに言うさやちゃんに、マミ先輩はウインクしながら笑顔で答える。

 

「いいえ。あなたたち二人が私達の戦いを知っているだけで励みになるわ。応援してもらえると、もっと嬉しい。魔法少女の戦いって誰にも称賛されることのない、孤独な戦いだけど……一緒に戦う仲間がいて、一緒に勝利を喜んでくれる友達がいればこんなに嬉しいことはないわ」

 

「私も同意見よ。二人は自分の命を大切にしてちょうだい。あなた達を守るために戦う。それを忘れないで」

 

「ま、あたしはどっちでもいいけどさ。目の前で知り合いが死なれると流石に寝覚めが悪いからね。それに……仮にワルプルギスの夜を無事やっつけたとしても、魔法少女としての人生は続くんだ。それを忘れるんじゃねーぞ」

 

 三者三様の忠告に、俺とさやちゃんは頷くしかなかった。

 

 ・・・・・・

 

 それから、三人と遊ぶ機会は減った。どうやら、ワルプルギスの夜を倒すための作戦会議とグリーフシードを稼ぐための魔女退治を繰り返しているらしい。俺に出来ることは……何もない。

 俺だって何か役に立ちたいけど何も思いつかないし、それこそ今、魔法少女になったりしたら元も子もない。そのため悶々とした日々を送っていた。

 

「さやちゃん」

 

「ん?」

 

「何も出来ないのって、怖いな」

 

「……そうだね。あたしも恭介の時、そうだったもん。だから必死で、なにか出来ないかって探してた。その結論が、CD持ってお見舞いに行くことだった」

 

 結果として裏目に出ちゃったけどね、とさやちゃんは自嘲気味に笑う。

 あれはさやちゃんが悪いっていうか、間が悪かったよな……。

 それにしても……何か出来ないかって探す、かあ。

 

 ・・・・・・

 

 俺はふと思い立って、手芸部に足を向けていた。

 俺が変に考え込みすぎるとロクなことにならない気がするので、集中して無心になれるここに来るのが一番いい気がしたからだ。

 

「まどかちゃん、久しぶりだねぇ」

 

「そッスね。ここんとこ顔出してなかったし……作りたいものもあったんで」

 

「作りたいもの?」

 

「はい。よかったらコツとか教えてもらえると嬉しいッス」

 

 俺は作ろうとしたものの下描きを、手芸部の部長に見せる。

 今まで作ったことのないものだったので、是非アドバイスを仰ぎたかった。

 

「いいよ~……へぇ~、かわいいねぇ。プレゼント?」

 

「はい、そんなところッス。ここの刺繍のとこ、どうしたらいいかわかんなくて」

 

「なるほどね~、まどかちゃん、刺繍あんまりやったことないもんねぇ。でも意外と簡単だよ~? まどかちゃんならすぐに出来るようになるから、頑張ってね~」

 

「はい!」

 

 部長に教えてもらいながら、俺は作業に没頭する。

 少しでも完成度を上げるために。少しでも、余計なことを考える時間を減らすために。

 

 ・・・・・・

 

 そうして、二週間はあっという間に過ぎていって。

 決戦前日、俺たちは5人でマミ先輩の家に集まっていた。

 

「ついに……明日ね」

 

「ええ、明日が正念場。ここでワルプルギスの夜を倒さなければ……未来はない」

 

 マミ先輩とほむちゃんは緊張感に満ちた顔をしている。

 二人の様子だけで、今までの戦いと今回とはまるで違うのだとわかった。

 

「大袈裟だな、もっと気楽に行こうぜ? ちょっとでかい魔女、くらいに思っとけばいいのさ」

 

 杏子も言葉ではそう言っているが、表情が固い。

 やっぱり、緊張しているんだ。

 

「あの、みんな! 今日はみんなに渡したいものがあって、持ってきたんだ。はい、これ」

 

 俺は手芸部でコツコツ作ってきたものをみんなに手渡す。

 少しでもみんなの心が楽になればいいなと思って作ってきたものだ。

 

「これって……お守り?」

 

「うん。みんなが無事で帰って来れますようにって思って」

 

「これ、もしかしてあたし達の顔か? 意外な特技持ってたんだなお前、すげえ」

 

「本当、とっても可愛らしいわね。ありがとう鹿目さん、嬉しいわ」

 

 お守りにはデフォルメしたみんなの顔を刺繍してある。

 それを見てマミ先輩と杏子は喜んで受け取ってくれた。

 ほむちゃんは渡したお守りをぎゅっと握りしめて、こう言ってくれる。

 

「ありがとう、まどか……勇気をもらったわ。これで百人力よ」

 

「そう言ってもらえるなら作った甲斐があったよ……みんな、絶対無事でな!」

 

「あたしは、まどかみたいに形に残る物は渡せないけど……応援してる! 三人とも絶対に勝ってね! そんで祝勝パーティやろうよ、みんなでさ!」

 

「いいわね、楽しみだわ。ふふっ……勝たなきゃいけない理由がひとつ増えたわね」

 

「そうだな。言ったからにはうまいもん奢れよ、さやか!」

 

「ちょっ、なんであたしが出すことになってんの!? しょーがないなあ……お小遣いの範囲内でね!」

 

「よっしゃ!」

 

 重い空気と緊張感は晴れ、楽しげなムードが流れ始める。

 その中で一人だけほむちゃんが暗い表情をしていたのが気になったため、俺は両手を握って声をかける。

 

「大丈夫だよ、ほむちゃん。みんながいるし、ほむちゃんだってずっと頑張ってきたんだ。絶対に勝てる!」

 

「まどか……そうね。私、弱気になってた。絶対に勝つわ。勝って、あなたと一緒に新しい未来を作っていきたい」

 

「俺もだよ、ほむちゃん。何度でも言うけど、絶対に無事で帰ってきてくれよな!」

 

 ・・・・・・

 

 そして、翌日の朝。

 見滝原に未曾有の巨大台風が来ているとのことで、俺は家族と一緒に避難所に逃げ込んでいた。

 おそらくこれがワルプルギスの夜なんだろう。

 

「今日はおとまり~? きゃんぷなの?」

 

「ああ、そうだよ。今日はみんなでキャンプだぁ~」

 

「わ~い!」

 

 お父ちゃんがタッくんをあやしている。タッくんはご機嫌だ。

 台風の時ってなんか無性にワクワクする時あるよな。避難所っていうのも非日常な空間だし。

 俺も事情を知らなかったら、もう少し明るく過ごせたかもしれないけど。

 ……やっぱり、胸騒ぎがする。三人なら勝てるって信じたい。

 信じたいけど、この不安感はなんだ? 

 

「まどか、ずいぶん静かだね。大丈夫かい?」

 

「うん、大丈夫だよお母ちゃん」

 

 そう言った瞬間、ずずぅん、という大きな音が聞こえ、避難所が揺れる。

 おそらく三人が戦っている余波だ。

 

「外はずいぶんすごいことになってるね。それなりに人生長くやってるつもりだけど、こんなのは生まれて初めてだよ」

 

 それから何度か音と振動が断続的に伝わってきたが、暫くすると突然大人しくなった。

 聞こえるのは激しい風の雨の音だけだ。戦いが、終わった? 

 でも、台風が収まらないってことは……三人は、もしかして!? 

 俺は立ち上がる。

 

「ん、どうしたまどか?」

 

「あ、ちょっとトイレ」

 

 そう言って俺は誤魔化し、避難所エリアから出る。

 避難所指定エリア以外の建物内は当然のように人っ子一人いない。

 だからこそ、白い獣の姿がひときわ目立って見えた。

 

「やあ、まどか」

 

「やっぱり、いると思った……今、外はどうなってる?」

 

「壊滅状態さ。巴マミも佐倉杏子も暁美ほむらも、なんとか立ってはいるがもはや限界ギリギリだ。それに三人の総攻撃でもワルプルギスの夜は全くダメージを受けていない。勝敗は明らかだね」

 

「もしかして、最初からこうなるって知ってたのか?」

 

「ああ。当然だろう? ワルプルギスの夜は最強だ。たった三人ぽっちがチームを組んだところで戦力差が埋まるはずもないからね。蟻が三匹集まったところで、巨象を仕留められるハズがないだろう?」

 

 ああ……やっぱり。こいつが今までなんの干渉もしてこなかったのは、結果的にこうなると知っていたからかもしれない。

 そしてこうなった場合……俺に選択肢がないってこいつはわかっているから。

 

「今ならまだ間に合うかもしれないよ。契約してくれる気になったかい?」

 

「……ちょっと、待っててくれな」

 

 俺はキュゥべえに背を向け、再び避難所エリアまで戻る。

 そしてお父ちゃんとお母ちゃんにこう言った。

 

「ねえ……お父ちゃん、お母ちゃん。俺さ、行かなくちゃいけない。突飛なこと言うけどさ。外で暴れてる台風の正体は魔女っていうでっかい化け物でさ……俺の友達が、そいつらと戦ってるんだ。だから、助けに行かなくちゃいけない」

 

「いきなり何言ってんだまどか、外は危険なんだぞ!?」

 

 お母ちゃんが俺の腕を掴んで止める。当たり前だ。こうなるのはわかってる。

 でも……どうしても二人に言わないわけにはいかなかった。

 

「嘘みたいな話だけれど……本当なんだね、まどか?」

 

「うん。ごめんね、いきなり変なこと言って。正直、信じてくれるとは思ってなかった」

 

「信じるさ、まどかは僕たちの娘だもの。こんな時に嘘をつくような子じゃないからね」

 

 お父ちゃんの言葉が心に沁みる。ああ、この人はやっぱり優しい。突飛な事を言っても一笑に付すことなく、ちゃんと聞いた上で娘のことを信じてくれる。

 俺にとって、自慢のお父ちゃんだ。

 

「なら、あたしも連れてけ。娘一人、危ないとこに連れていけるかよ」

 

 お母ちゃんの気持ちが心に沁みる。ああ、この人はこんなにも心強い。

 俺のことを真剣に心配してくれている。力になろうとしてくれている。

 俺にとって自慢のお母ちゃんだ。

 

「ありがと、お母ちゃん。でも、タッくんについててあげてほしいんだ。今からやることって……俺にしか出来ないことだから。心配しないで、やること終わったらすぐに帰ってくるから」

 

「……決意は固いみたいだね。絶対に下手打ったりしないな? 誰かの嘘に踊らされてねえな?」

 

「うん、大丈夫。愛してるよ、お母ちゃん、お父ちゃん」

 

 俺は二人をぎゅっと抱きしめたのち、タッくんの頭を撫でる。

 

「まろか?」

 

「タッくん、いい子でな。愛してる」

 

 タッくんは不思議そうな顔をしていた。それでいい。

 泣かれたりしたらかなわないから。

 

「それじゃ、行ってきます」

 

 ・・・・・・

 

「家族とのお別れは済んだかい?」

 

「お別れっていうんじゃねーよ! 俺はまた帰ってくるの!」

 

「まあ、僕としては契約さえしてくれれば君がどういう意気込みであろうと関係ないけどね。さて……外の様子はひどいものだね」

 

 キュゥべえの言う通り、外は瓦礫の山と化していた。かつて夢で見た光景と似ている。

 辺りを見渡すと、三人がそれぞれ離れた場所で倒れていた。満身創痍だが、かろうじて生きているらしい。だが、とても戦う力が残っているとは思えない。

 俺は近くにいるほむちゃんに駆け寄る。

 

「ほむちゃん!」

 

「まどか、あなたどうして……まさか!」

 

 ほむちゃんは俺の横のキュゥべえを見て絶望の表情を浮かべる。

 それはダメ! 俺は安心させるためにほむちゃんを抱きしめ、頭を撫でる。

 

「大丈夫だから。俺はね、いつだって俺がハッピーになるために生きてきたんだ。俺の願いで俺が不幸になるのはイヤだし、ましてやほむちゃんを不幸にさせるなんて絶対にしない。だから、信じて? 安心しながら俺のこと、見守っててくれよ」

 

「できるわけ、ないでしょう……!」

 

 ほむちゃんは泣いていた。俺はそれをあやすように頭を撫でる。

 ワルプルギスの夜は今は落ち着いているみたいだが、いつ動き出すかわからない。

 俺はほむちゃんから手を離し、キュゥべえに向き直る。

 

「待っていたよまどか。さあ、君の願いを言うといい。どんな願いだって叶えてあげるよ」

 

「本当に、どんな願いでもいいんだな?」

 

「ああ。君の抱える因果の大きさならば、どんな願いだって叶えられるだろうさ」

 

「本当に、本当だな?」

 

「いやに念を押すね。本当だとも」

 

 俺は胸に手を当て、深呼吸する。

 俺の願い。マミ先輩が死にかけたあの日から、ずっとうっすら考えていた。

『魔法少女って、幸せなのか?』って。マミ先輩もほむちゃんも杏子もみんな魔法少女になったことでいっぱい苦しんだし、いっぱい悲しんだ。でも……みんなが魔法少女だったおかげで、俺たちには絆が生まれた。魔法少女であることがキッカケにならなければ俺はマミ先輩ともほむちゃんとも友達になることはなかったかもしれないし、杏子とマミ先輩も出会うことなく終わっていたかもしれない。

 そして……キュゥべえに見せられた映像群。本人に悲しみの結末が訪れたとしても……魔法少女になった誰かのおかげで、幸せになれた誰かがいた。救われた誰かがいた。そういった事実は確かにあるのだ。

 過去に起こったことをなかったことには出来ない、しちゃいけないと思う。でも……未来は変えていける。

 魔法少女である限り、ずっと未来を縛られる。だから、俺の願いは。

 

「魔法少女システムも、それを生み出す者も……もう必要ない! 今存在する、そのルールを破壊する! それが俺の願いだ!」

 

「なっ……!?」

 

 これから先、みんなが人として生きていけるように。これから先、キュゥべえのせいで悲しむ人が二度と出てこないように。

 俺の身体が激しく光り、ソウルジェムが生成される。おそらく、契約が履行された証。

 

「君は……君はなんてことを願ってしまったんだ! そんなことをしたら!」

 

 キュゥべえが柄にもなく慌てている。ほむちゃんは泣いている。

 もっといい願い方があるのかもしれないけど、俺の頭じゃこれが限界だった。

 俺の掌には、透明なソウルジェムが乗せられていた。これが、俺の魂。意外とでっかいな。

 みんなのより一回りくらいでかい気がする。強そうで縁起がいい。

 

「泣くなよ、ほむちゃん。全部上手く行けば、みんなハッピーに終われるから、多分」

 

「でも、でもッ……みんなハッピーに終わったとして、()()()()()()()()()()()()

 

「当然、そのつもり! だからそこで安心して見ててくれよ。俺のデビュー戦をさ!」

 

 気合を入れるための掛け声と共に、俺はソウルジェムを掲げる。

 あとは賭け。文字通り、魂をチップにした命がけだ。

 上手く行けば、大勝利。上手くいかなかったら、そのときは……考えてない! 

 なぜなら、ベットの直後に負けること考えるアホはいないから! 

 

「いくぜ~……俺の、変身!!」



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22話

 変身の掛け声と共に俺の服装は純白の衣装に変化し、ソウルジェムはチョーカーに変化して首元に収まる。これが魔法少女の服装ってやつか。

 それにしても……他のみんなのやつに比べて味気ないっていうか、何かが足りないっていうか。本当に白い布を被せただけ、みたいな非常に簡素な服装だった。他の人が持ってるみたいな武器もないし。これで本当に戦えるんだろうか? 

 

「おいキュゥべえ、なんかショボくないか? 俺のこと、すごい才能あるって言ってなかったっけ」

 

「僕だってわけがわからないよ。前代未聞だ、こんな事! 君の願いは魔法少女のルールに正面から喧嘩を売ったようなものだ。どんな魔法少女になるかなんて、僕にも想像がつかない!」

 

 キュゥべえがいつになく焦っている。なんだよ、いつもは聞いてなくても勝手に喋りだすくせに。もっとも、俺の疑問はすぐに氷解することになった。

 ……自分の身を以て。

 

「辺りが、光って……なんだこれ!?」

 

 赤、青、黄、緑、白、紫……様々な色の光が人魂のように俺の周囲に漂っている。

 そしてそれらが一斉に、俺のソウルジェムめがけて殺到してきた! 

 そのまま、すべての光が俺のソウルジェムに吸い込まれていく。

 

「なっ、なんだぁぁぁぁ!?」

 

「そうか、ルールを破壊するということは、既存のルールの上にあった願いの行き場がなくなるということ。それら全てのエネルギーが、まどかの身一つに集まっているというのかい!? でもその理屈ならまどかに集まるのは願いだけではなく、行き場のなくなった呪いもまた同じだ!」

 

 キュゥべえがなんか騒いでるけど、耳に入らない。それどころじゃない。

 世界中の魔法少女たちの祈りが、その想いが、俺の中に入ってくる!! 

 

『私、隣のクラスに好きな男の子がいるの。その子に告白したい……その勇気がほしい!』

 

 俺と同じくらいの女の子がキュゥべえに願っているのが見える。

 ……そして、その末路も。

 

『私……ふられちゃった。嫌いって、言われちゃった。こんなことになるなら、勇気なんて出さなければよかった。こんなことなら私、私っ……!』

 

 そう言って女の子は絶望し、ソウルジェムが砕けて魔女に成り果てた。

 その力が、その苦痛が、そのまま俺に流れ込んでくる。

 

「ぐ、あ……がぁぁぁっ!!」

 

 苦しい。身体が裂けそうだ……! 

 これが呪い。これが、魔女になったみんなが味わった苦痛。

 一人でも耐え難い苦痛が同時に数百人、数千人……いや、もっと多い。

 それだけの数の祈りと呪いが、俺の中に同時に入り込んでくる。

 

『あたしの願い? そりゃあ無論、金よ! 金は天下の周りもの、金さえあれば幸せになれる! こんな貧乏生活とはおさらばさ!』

 

 こう願って、お金持ちになった少女がいた。そうして彼女は暫しの幸福を得たが……金を持ったがゆえに増長していった。

 かつての友人たちは離れていき、やがて彼女は一人になった。あらゆるものは金で買えるが、人の心は買えない。それに気付いた頃にはもう手遅れだった。

 

『なんでだろうな……金さえあれば、幸せになれると思ってたのに。なんで、なんで……こんなに心がからっぽになっちゃうんだろうなぁ!? 畜生、なんで、こんなっ……あたしは!』

 

 そうやって嘆きながら、彼女は絶望して魔女になっていった。

 最期まで孤独を抱えたまま。

 

『私は人気アイドルになって、キラキラしたい! みーんなに私のことを好きになってもらいたいんだっ!』

 

 そう願って、売れっ子アイドルになった少女もいた。

 彼女が歌を出せば大ヒット、ドラマに出ればたちまち視聴率トップに。彼女が何をしても、みんなから絶賛されるようになった。そう……何をしても。

 

『なんでみんな同じリアクションしかしないの! 私がいくら頑張っても、いくらサボって適当にやっても! こんなの……こんなの、違うよ! 私がなりたかったのは、こんなアイドルじゃない!』

 

『なぜ泣くんだい? 君の願いどおりになったじゃないか。君は何をしても好かれる人間になったんだ。仮に君が気まぐれで殺人を犯したとしても、世間は君に同情するだろう。そして、罪には問われない。それだけ好かれて、君も幸せだろう?』

 

『キュゥべえ……幸せなわけ、無いでしょ! これじゃ、タダのずるっ子だよぉ……こんなことになるなら、真面目に努力するのをやめないで、自力でアイドルになればよかったのに。こんな……こんなんじゃ、なりたいアイドルになれないのなら、こんな人生、生きてたって……!』

 

 そう言って、彼女もまた絶望と共に人間としての生命を終えていった。

 張り裂けそうな心の痛みが、身体的苦痛と共に内側から俺を蝕んでいく。

 

「ぐぉ、お、おぉぉあ……!」

 

「まどかぁっ!!」

 

 ほむちゃんが悲痛な声を上げる。それと共に、ほむちゃんから紫色の光がぽう、と浮かび上がり、俺の中に入り込んできた。

 

『私は……私は、鹿目さんとの出会いをやり直したい。彼女に守られる私じゃなくて、彼女を守る私になりたい!!』

 

 眼鏡を掛けた三つ編みのほむちゃんの姿が映る。それを皮切りに、今までのほむちゃんの歩みが余すことなく俺の中に入り込んでくる。ほむちゃん……俺の想像の何百倍も頑張ってきたんだな。やっぱ、すごいや。俺もほむちゃんに負けないように頑張らないと。

 ほむちゃんの努力に比べたら、こんな苦しみなんて、屁でも無いッ! 

 そのまま、今度は生きた魔法少女の記憶が、思念が入ってくる。みんなの望んだ願いが、歩んだ人生が。マミ先輩の想いが。杏子の後悔と悲しみが。

 

 魔法少女って言っても色んな人がいた。良いやつだっていたし、悪いやつだっていた。

 でも……みんな純粋な想いを抱いていた。どうしても叶えたい願いがあった! 

 でっかい願いも、素朴な願いも! 立派な志の願いも、他人からしたらバカみたいなんじゃないのって言うような願いも! みんな、みんな真剣に叶えようとしていた! 

 そんな願いが踏みにじられることは……もう二度とあっちゃならないんだっ!! 

 だから、今までの分俺が全部肩代わりする! これからの未来、同じ苦しみを味わう人がいなくなるように! 

 

「こん、にゃろおぉぉぉぉぉぉっ……!」

 

 脳が焼き切れそうになる。呪いを吸収しすぎたのか、透き通っていたソウルジェムは既に真っ黒だ。その余波なのか、服まで真っ黒になっていく。身体が呪いに染まっていく。

 ……ヤバい、ちょっと……キャパオーバーかもしれない。

 

「無茶だ、人の身で全ての魔法少女の生み出したエネルギーを抱え込もうだなんて! 魔法少女のルールから解き放たれた今、魔女が生まれるどころじゃない。このままでは集約された呪いが爆発して、地球ごと破滅するぞ!」

 

「しないっ! なんとかなる! 気合でなんとかする! 俺が受け止めきる!!」

 

「そんな根性論が通じる問題じゃない! 君がとんでもない願いをしたせいで、僕のエネルギー収集能力も消えて無くなってしまった! このままでは、宇宙の寿命を維持することも出来なくなる! 君は宇宙ごと滅ぼすつもりなのかい!?」

 

「うるせえ! 宇宙の寿命だって未来の人類がなんとかする! 人間様の叡智ナメんなよ!」

 

「滅茶苦茶だ、根拠がない! 君は取り返しのつかないことをしようとしているんだよ!」

 

「うるせ~! 知らね~~~~!!」

 

 叫ぶことでなんとか意識を保ってはいるが、正直もう限界が近い。だってのに……本命がまだ残っている。ワルプルギスの夜が。

 あのでっかい呪いの塊というべき存在を、俺はまるごと取り込んで受け入れなければいけないわけだ。

 これは……ちょっと、詰んだかもしれん。

 

 意識が、遠のいていく。身体のコントロールが、俺の支配から離れていく。

 ほむちゃんの叫びがやけに遠く聞こえる。おかしいな、目の前にいるはずなのに。

 ごめん、ほむちゃん。約束、守れないかも。

 ……もう、駄目か……。

 

 

 

『大丈夫』

 

 

 ・・・・・・

 

 目を覚ますと、宇宙だった。

 自分でも何言ってるかわかんないけど、マジで周囲の景色がキラッキラの銀河で、俺はその中にふよふよと浮かんでいた。

 

「えっ、何ここ!? ワルプルギスは!?」

 

『落ち着いて、大丈夫だから』

 

 目の前には桃色の髪をした長髪の女性がいた。

 その顔立ちは、とても見慣れたもので。

 

「もしかして、俺!? いや……もしかして、俺以外の鹿目まどか、なのか?」

 

『うん、以前はそうだった。でも今は違う。私がそう願ったから』

 

「願ったって、一体なんて?」

 

『全ての魔女を、生まれる前に消し去りたい。全ての宇宙、過去と未来の全ての魔女を、この手で……って。そのために私は新しいルールそのものに……概念になったの』

 

「すごいな!? 俺、ルールぶっ壊すところまでしか考えてなかった。俺には自分を捨ててまで……って覚悟はできなかった。それが、このザマだよ。ここってあの世なんだろ、多分?」

 

 俺は自嘲気味に言う。大見得切っといて、約束守れないなんて、不甲斐ないったらありゃしない。みんなのことも助けられなかったし……ほんと、情けない。

 そう思っていたが、もう一人の俺は首を横に振る。

 

『ううん、私が呼んだの。今までは繋がりが薄くて出来なかったけど、あなたが魔法少女になって私と似た願いをしてくれたから、私はあなたとこうして会うことができた』

 

「そうなのか……それで、どんな用件なんだ? 俺まだ死んでないんだったら、戻らなきゃいけないんだけど」

 

『ほむらちゃんのこと、お願いしたかったの』

 

「ほむちゃんの?」

 

『うん。私がこの願いを叶える直前に時を遡って、私のいる世界からいなくなっちゃったから……それがずっと心残りだったの。あの時宇宙に新しい理が生まれた。でも、ほむらちゃんは理の外に出ちゃってたの。『私』がいないから『私』が捕捉できなくて、理の影響下にない世界……それがあなたのいる場所なの』

 

「うーん、ややこしいけど俺がまどかであってまどかじゃない……前世持ちだから、ってこと?」

 

『そう、だから私はほむらちゃんがどこにいるか見失っちゃった。私が生み出した理は魔法少女の願いを絶望で終わらせないこと。誰も恨まなくて、呪わなくて良いように……最期に呪いを抱くことなく、魔女になることがない世界。でも、ほむらちゃんは理の外に出ちゃったから……』

 

「救われない、ってこと?」

 

『うん。でも、あなたなら大丈夫。私と似てるようで違う答えを出したあなただったら。私は『悲しみをなかったことにする』ことでみんなを救おうとした。でもあなたは『なかったことには絶対にしない』って願った。私は自分自身が概念になることによってみんなを救おうとした。あなたは自分は人間のまま絶対に生きて帰りたいって願った』

 

「そうやって並べられると俺、お前と比べて……いや、お前って呼ぶのやりづらいな。なんかあだ名とか無いの?」

 

『魔法少女の間では、円環の理って呼ばれることもあるかな』

 

「円環の理か。じゃ、かんちゃんって呼ぶわ。俺、かんちゃんと比べて欲張りすぎない? 二兎を追う者は一兎をも得ずの典型的な感じになっちゃったんだけど。俺、間違ってたのかな?」

 

『ううん、願いに間違いなんてないよ。全ての魔法少女の願いは、絶対に無駄じゃない。無駄になんてさせない。それはあなただって例外じゃないよ』

 

 かんちゃんはそう言って、俺の首元に手をかざす。

 すると真っ黒になっていた俺のソウルジェムはみるみるうちに浄化され、元の光を取り戻した。

 

『あなたの中のものは私に任せて。願いも呪いも、私が引き受ける。あなたにとっては重荷だけど、私にとってはどっちも大事なものだから』

 

「マジ? 正直すごい助かる。俺、受け止めた後のこと何にも考えてなかったから」

 

『無計画すぎて私が見つけてなかったらって思うと、ちょっとゾッとするね……でも、これだけじゃないよ』

 

 そう言ってかんちゃんが俺の服を掌でなぞるとたちまち服がほどけ、裸になってしまう。

 

「おおおっ!? ちょっ、どういうこと!?」

 

 突然の出来事すぎて、さすがに困惑する。

 かんちゃんは笑顔で俺の両手を握る。すると……白い手袋が光とともに俺に装着された。

 

「おおっ!?」

 

 かんちゃんが俺に抱擁すると、触れたところから次々と服が装着されていく。さっきまでの味気ない服じゃない。桃色でフリルの付いた、いかにも魔法少女って感じの服装だ。

 

「な、何これ!?」

 

『私の力をちょっとだけ貸してあげる。だから、ほむらちゃんのこと……よろしくね』

 

 かんちゃんがそう言って俺の額に口づけをする。すると桃色の光とともに、かんちゃんがいなくなっていた。

 いや……そうじゃない。かんちゃんは俺の中にいる。これなら、なんとかなる! 

 

 見てろよ、ほむちゃん、マミさん、杏子。

 それに、世界中全ての魔法少女達。今から俺……みんなの力、全部持ってくわ。ごめん、俺のワガママに付き合わせちゃって。

 いきなり魔法少女としての自分を奪われたら、怒る人もいるだろうし、悲しむ人もいるだろう。

 でも俺は……抱えなくていい重荷を下ろしてやりたい。

 今は良くても、20、30歳になってもなお魔女退治を続けるのは至難の業だろう。

 なんで魔法『少女』って呼ばれるのかって、つまりそういうことなんだろう。

 魔法少女である限り……自分の魂を人質に魔女と戦う運命を背負う限り、ほぼ間違いなく長生きはできない。人として終われるかどうかもわからない。

 そんなの、悲しすぎるから!! 俺が、俺たちが! 全部ぶっ壊す!! 

 

「いくぜいくぜぇぇぇぇ~!!」



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最終話

 ぱちり、と目が覚める。寝覚めバッチリだ。

 身体中に力が満ちている。

 

「まどか、大丈夫なの!? それに、その姿は……!」

 

「ああ。ほむちゃんの友達に会ってきた。そんで、ちょっと助けてもらった」

 

「友達って、まさか……『まどか』!?」

 

『うん。久しぶりだね、ほむらちゃん』

 

 かんちゃんが俺の口を借りて言葉を紡ぐ。ほむちゃんは信じられないといった様子で目を見開いている。

 それと同時に、ぽろぽろと涙を流していた。

 

「まどか……ごめんなさい、ごめんなさい! あの時、あなたのことを信じきれなくて。魔法少女になるのを目の前で見ただけで、諦めて逃げてしまって!」

 

『謝る必要なんてないよ、こうやって会えたから。今の私は全ての私が一つになった存在だから、ほむらちゃんが辿ってきた全ての時間を知ってる。だから言わせて。ありがとう、ほむらちゃん。ほむらちゃんは私にとって最高の友達だったんだね』

 

「まどかっ……まどかぁ!!」

 

 ほむちゃんはまるで子供のように泣きじゃくっている。

 なんか、良かった……って思う。しかし、喜ぶのはまだ早い。

 最大の障害はまだ健在だ。

 

「キャハハハハハハハハハハッ!!」

 

 ワルプルギスの哄笑が響き渡る。うるせえ! 

 でもこいつもよくよく考えてみれば、キュゥべえの犠牲者だ。

 下手に強かったせいで、誰にも退治されず……呪いから解放されないまま、ずっと長いことこの世界を彷徨っていた。

 いい加減、終わりにしてやらなきゃなるまい。

 

「いくぜ、かんちゃん!」

 

『えっ!?』

 

 俺は吹き荒ぶ豪雨に逆らって走り出し……思い切り跳躍した。

 すげえ、めっちゃ高く飛べる! 飛んでくる瓦礫を次々と足場にして飛び移り、ワルプルギスの夜と同じ高さまで飛び上がる。

 

「うおりゃあああああああっっっ!!!」

 

 ワルプルギスの頭に思いっきり拳骨をくれてやる。

 ガギィィィィン! と硬質な金属音が響き渡り、ワルプルギスが悲鳴を上げる。

 

「ギャアアアアアアアッ!?」

 

「うっわ、硬ってえ~!?」

 

 俺はスタッと着地しつつ、ヒリヒリする拳を撫でる。

 こんなの何回も繰り返したら、拳のほうが砕けそうだ。

 

「いてて……どうしよう。このまま素手で倒すつもりだったんだけど、ちょっと硬すぎる」

 

『とつぜん突っ込んだからビックリしたよ……身体能力が上がるのはあくまでもオマケだからね? 私の本当の力はこれ』

 

 かんちゃんがそう言うと、俺の手の中に木の棒が現れる。先っぽには桃色の蕾がついている。

 

「すげえ! これでぶん殴ればいいの?」

 

『ち、違うよ! あの子は呪いが強すぎて、ただ力でやっつけるだけじゃ駄目。それだと、助けてあげられないの。あなたは、あの子も助けてあげたいんでしょう?』

 

「うん、できるなら解放してあげたい。長いことずっと呪ったり呪われたりするだけの存在って、きっと凄く悲しくて寂しかっただろうから」

 

『だったら、少しじっとしててね』

 

 言われたとおりじっとしていると、蕾が開き、大輪の花を咲かせる。

 それと同時に木の棒の形も湾曲していき……光の弦がぴいんと張られた。

 これって……もしかして、弓? これでアイツのことを撃ち抜けって事? 

 

『そのまま、右手を掲げてみて』

 

「こ、こう?」

 

 言われるままに右手を掲げてみると、俺のソウルジェムから色とりどりの光が迸り……俺の手の中に収束していく。これは……みんなの祈りが、希望の力が集まって光の矢になっている! 

 

『これが、この世界の魔法少女全てが抱いた希望そのもの。倒すための力じゃなくて、救うための力。これをあの子にぶつけてあげて』

 

「でも俺、弓なんて射ったことないし……当てる自信ないぞ?」

 

『大丈夫。絶対に当てられるよ』

 

「え……?」

 

 弓を握る俺の手に、誰かの手が重ねられる。

 ほむちゃんだ。ほむちゃんが俺の狙いを支え、一緒に弓を構えてくれていた。

 

「狙いは私がつけるわ。まどかは私が合図したら、迷わず矢を放って!」

 

「りょーかい! 心強いぜ、ほむちゃん!」

 

 俺自身の腕前は不安でも、ほむちゃんなら信じられる。

 ほむちゃんが照準をつけてくれるなら、絶対に当たる。

 だって『鹿目まどか』が矢を放つ光景を世界で一番多く見ていたのは、間違いなくほむちゃんだから。だから……ほむちゃんのナビに間違いはない! 

 

「……今よ!」

 

 ほむちゃんの合図とともに、俺は矢を放つ。

 光の矢はワルプルギスめがけて真っ直ぐに駆け抜けていき……空を覆う暗雲ごとその身体を貫いた。ワルプルギスの身体は真っ二つになったのち、粉々に爆散する。

 その影響で、ワルプルギスの夜に内包されていた膨大な量の穢れが弾け出てくる。

 でもそれは拡散する前に、俺の放った希望の光に相殺されてどんどん小さくなっていく、

 

『もう……いいんだよ。もう誰も恨まなくていいの。誰も呪わなくていいんだよ』

 

 かんちゃんが俺の身体から出ていき、ワルプルギスから出た呪いの残滓を抱きしめる。

 その姿はまるで聖母のようだった。同じ顔なのに、俺とえらい違いだ。

 呪いの塊は完全に浄化され、霧散する。一瞬、その中に安心したような顔で微笑む女の子の影が見えた気がした。

 そっか……ワルプルギスの夜も、解放されたんだな。よかった。

 これで……全部、終わったんだな。

 

「ありがとう、かんちゃん……かんちゃんが来なかったら俺、なんにも出来なかった」

 

『ううん、いいんだよ。それより、お礼はほむらちゃんに言ってあげて。ほむらちゃんがずっと頑張ってきてくれなかったら、私はこの願いに辿り着くことはなかった。私は、あなた達のことを見つけることが出来なかった。だから……ありがとう、ほむらちゃん。今までよく頑張ったね』

 

「あぁ……あぁぁっ……私は、私はっ……そんな、褒められる資格なんて、ないっ……!」

 

 ほむちゃんは大泣きしながらその場に崩れ落ちる。

 ほむちゃん、さっきからずっと泣いてばっかりだな……無理もないけど。

 さっき俺のサポートをしていた時も、必死に涙を堪えていたんだろう。

 

『泣かないで、ほむらちゃん。私は……ほむらちゃんが笑っていたほうが嬉しいな』

 

「……!」

 

 かんちゃんがほむちゃんの涙を指で拭う。

 今は余計な口を挟まずに、二人にしてやろうと思った。

 ……それはそれとして。

 

「おいキュゥべえ、どこ行くつもりだよ」

 

 視界の端に映った白いナマモノの背中を掴み、問い質す。

 ルールをぶっ壊した今、こいつも役割を失ったみたいだけど……一体、どうなるんだよ。

 

「行く宛なんてないよ、誰かさんのせいでね。全く、とんでもないことをしてくれたものだよ! 宇宙の寿命はもう数億年もないというのに!」

 

「数億年って滅茶苦茶長くない……? 俺たちに全然関係ないじゃん」

 

「数十年程度しか生きられない人間の一個体にとってはそうなのかもしれないね。それでも時間は有限なんだ。君の選択はその大切な時間を縮めてしまったんだぞ!」

 

「そんなこと言われたってなあ」

 

 キュゥべえは俺の手の中でもがいて暴れる。いくらなんでも遠い未来の話すぎて実感できない。それに……人間は成長して、進化する生き物だ。それこそ数億年が経過した頃には、宇宙の寿命問題なんて屁でもなくなる新技術が誕生しているかもしれないし、なんなら今の宇宙を離れてさらにその先の世界(そんなのがあるのかどうかは分からないけど)に足を進めているかもしれない。

 そもそも、人類は今の時点でもう月に行くことに成功しているのだ。何億年もあったなら銀河の果てまでひとっ飛びだろう。俺はそう信じている。

 

「女の子のお尻ばっかり追っかけ回してないでさ、もっと人間の色んなところを見てこいよ、キュゥべえ。そうしたら感情ってやつもちょっとは理解できるかもしれないぜ?」

 

「今理解できたって遅いんだよ! 馬鹿なのかい君は! 怒りすら覚える!!」

 

「おいおい、早速感情的になってるじゃん。そんなにショックだった?」

 

「あ、え……今、僕は……何て言った?」

 

「怒りすら覚えるって」

 

「う、嘘だろ……? 僕にとっては感情なんて極めて稀な精神疾患のはずだ。実際、今まで僕の中には存在しなかったじゃないか。なぜそんなものがいきなり芽生えた? なんで? 一体? どうして?」

 

 キュゥべえは今までにない様子で混乱している。というか、冷血野郎だと思ってたけどマジで感情持ってなかったんだなコイツ。よっぽどショックだったらしい。

 もしくは……魔法少女のルールが存在しなくなったことが関係しているのかも。人並みの感情が存在するなら、何も知らない女の子をだまくらかして地獄に叩き落とすようなマネをライフワークにできないだろうから、意図的に感情を消した……もしくは消された可能性も考えられる。まあ、真実を知る術はないし全部ただの想像だけど。ぶっちゃけどうでもいいし。

 そういや、あの二人はどんな話をしているんだろう。

 

 ・・・・・・

 

 ──暁美ほむら

 

「まどか……」

 

 ずっとずっと、ずっと逢いたかった。私の知っているまどか。正確にはまどか個人ではないかもしれないけど、その全てが内包されているまどか。

 

『久しぶりだね、ほむらちゃん』

 

「ええ、本当に……久しぶり」

 

 おかしいな。話したいことが山程あったハズなのに、胸が詰まってしまってなんにも出てこない。でも、これだけは言っておきたい。絶対に言っておきたいことがあった。

 

「まどか……私は、あなたに出会えてよかった。あなたのおかげで私は変われた。あなたが生き抜く力をくれた。あなたがいたから……頑張れた……だから、今までありがとう、まどか」

 

『うん……ありがとう、ほむらちゃん。これでやっと……』

 

『「ちゃんと、お別れを言うことができるね」』

 

 まどかと私の声が重なる。そう、大原則として死んでしまった人間は生き返らない。

 今目の前にいるまどかも、厳密には鹿目まどかその人ではない。この出逢い自体が奇跡そのもの。その奇跡の時間は、後悔のないものにしたかった。

 そしてまどかも、それは承知しているようだった。

 

『私も、ほむらちゃんに会えてよかった。私のことをすごく想ってくれて、私のためにすごく頑張ってくれる友達に出会えて……私は幸せだった。今度は、ほむらちゃんが自分のために幸せになる番だよ』

 

「私が?」

 

『うん。好きなんでしょ? あの子のこと』

 

「あの子って……もしかして、ここのまどか!?」

 

『えへへ、見てればわかるよ。ほむらちゃんがあの子に向ける感情は、私に向けるものとはちょっと違ってたから。ほむらちゃんは私のこと、最高の友達って思ってくれたけど……あの子とは友達のその先になりたいって思ったこと、あるでしょ?』

 

「な、ないわけじゃ、ないけど……よく、わからないの。あなたに対する想いも入り混じっていると思ったから」

 

「おーい、ほむちゃーん、かんちゃーん! そっち一段落ついた? ちょっとかんちゃんに相談あるんだけどさー!」

 

 遠くからまどかの呼ぶ声が聞こえる。声のする方を見ると、まどかが何故かキュゥべえを掴んでぶら下げながらこちらに歩いてきていた。

 

『噂をすれば、だね。大丈夫だよ、どうしたの?』

 

「いや、キュゥべえのやつが感情をゲットした上に無職になっちゃったみたいだから今後の扱いを相談しようと思って」

 

「人聞きが悪いな君は!」

 

「詐欺師よりマシだろ。これを機会に次からはもっと人のためになる仕事でもしな!」

 

「なぜ僕が人類なんかのために働かなければならないんだ! もう利用価値のなくなった家畜のために!」

 

「なんだとー! まだそんなこと言ってんのかオメー!」

 

「うわァーッ! 僕の身体を振り回すのはやめるんだ! 暴力反対!」

 

 ぎゃあぎゃあとキュゥべえ相手に口喧嘩するまどかを見て、『まどか』は笑う。

 

『ふふっ、やっぱり凄い子だね。感情が芽生えたばかりのキュゥべえと、もう仲良くなってる』

 

「仲良いの、あれ……?」

 

『少なくともキュゥべえを憎んだりしないでちゃんと喋れるのは、あの子くらいだと思うよ。全ての元魔法少女が真実を知った今、キュゥべえ相手にちゃんと喋ろうとする子は誰もいないだろうから』

 

「確かにそうね……」

 

 ソウルジェムは、私の身体から既に消えていた。巴マミも、佐倉杏子もまた同じだ。

 まどかの影響で世界中の魔法少女は、もはや魔法少女ではなくなった。

 そして、ソウルジェムが消えると同時に……魔法少女の成り立ちからその真実、そして魔女化の末路までの情報が流れ込んできたのだ。私にとっては既知のものだったが、何も知らず魔法少女になっていた者たちにとっては衝撃的な真実だっただろう。

 キュゥべえの所業を知った今、ヤツの味方をするものはもはや誰もいない。

 

『わかった、キュゥべえはこっちでなんとかするよ』

 

「ちょっと、なんでまどかが二人いるんだい!? 僕に一体なにをするつもりだ!?」

 

『せっかくだから私の宇宙でいっぱい働いてもらおうかな。それじゃ、先に行っててね』

 

「ちょっ、せめて説明を……!!」

 

 全て言い切る前に『まどか』の手によってキュゥべえは消えていった。

 

「今までことごとく説明責任を果たしてこなかったやつの最期の言葉が『せめて説明を』っていうのは皮肉なものね……」

 

『いや、死んでないからね? ただ私の宇宙に送っただけ。これからは、ちゃんと魔法少女のために働いてもらうから安心して』

 

「とりあえず、これで一件落着かな……って、かんちゃん。身体が透けてる!?」

 

『あはは……もうそろそろ、時間切れみたいだね。出会えて嬉しかったよ、ほむらちゃん。それと……まどかちゃん。ほむらちゃんのこと、よろしくね』

 

「おう、任された!」

 

『それから、これを二人に』

 

 そう言ってまどかは自らの着けている二つのリボンを解き、ひとつずつ、私とまどかに手渡す。

 

『私はもうここに来ることはないけれど……これを見て、たまには思い出してくれると嬉しいかな。私の宇宙の人は、私のことを認識できないから。これは私のちっちゃなワガママだけど……受け取って、くれるかな?』

 

「うん……うんっ! 絶対に忘れないっ!!」

 

 駄目だ、どうしても涙が溢れてくる。お別れの時は泣かないって決めていたのに。

 やっぱり、我慢できない。まどかは私とは対照的に、快活な笑顔でリボンを受け取っていた。

 そして自らの髪を結んでいる赤いリボンを解き、『まどか』に手渡していた。

 

「かんちゃんも俺のこと、たまには思い出してくれな! なんたって、もう友達だからさ!」

 

「私も……受け取って、まどか」

 

 私もそれに倣って、自らのカチューシャを外して手渡す。

 魔法少女になる前からずっと着けていたから、自分のトレードマークのつもりだ。

 私のことを一番思い出してくれそうなものといったら、これくらいしか思いつかない。

 

『二人とも……ありがとう。もう時間だから、行くね。さよなら……元気でね』

 

「うん……さよなら、まどか」

 

「また会おうぜ、かんちゃん! 今度はこういう切羽詰まったときじゃなくてさ、余裕がある時一緒に遊ぼう!」

 

『あははっ……それは楽しみだね。それじゃあ、さよならじゃなくて……『またね』って言わなきゃね。ばいばい、二人とも』

 

『まどか』はそう言って消えていった。それと同時にまどかの変身も解け、私達の手元には白いリボンだけが残っていた。

 まどかは能天気だからまた会えるって信じて疑ってないけど……おそらく、二度と逢えない。

 でも……それでも大丈夫だと思えた。私の中には『まどか』がいて……『まどか』の中には私がいるから。

 それ以上に望むことはなんにも無かった。

 

「まろか~!」

 

 舌っ足らずな声がする方を向くと、まどかの家族が駆け寄って来ていた。

 声の正体はまどかのお父さんに抱かれている弟のものだった。

 

「お父ちゃん、お母ちゃん、タッく~ん!! 俺やったよ! 無事に終わった~~!!」

 

「びっくりしたよ、空が急に晴れたから。あれはまどかがやったのかい?」

 

「うん、もうできないけど!」

 

「心配かけやがって、馬鹿娘がっ……!」

 

 熱い抱擁を交わす母娘を見ていると、私にも声がかけられる。

 

「全く、かなわないよ。美味しいところ全部持っていかれちゃったじゃないか」

 

「結果的に、また鹿目さんに助けられることになってしまったわね。不甲斐ないと言うか、なんというか」

 

「佐倉さん、巴さん。目が覚めたのね。怪我は大丈夫?」

 

「ああ、さっきまでボロボロだったのが信じられないくらいピンピンしてるよ。その代わり、ソウルジェムもきれいさっぱり無くなっちまったけど」

 

「まさか、キュゥべえに騙されていたとは思わなかったわ……まさかソウルジェムが魔女を産むなんて。今までずっと人を助けるために戦ってきたのに、最期は人殺しの怪物になってしまうなんてもっと早く知っていたら、私……どうなっていたか」

 

 巴さんが身震いする。実際にそれを知ったせいで仲間と心中を図った世界線を知っているだけに、非常に複雑な気分になる。そうならなくてよかったと心底思う。

 

「まあ、そうならなくてよかったよ。しかし、これからどうすっかなあ……」

 

 今まで魔法少女の力を使って生計を立てていた佐倉さんは、これからどうするのだろう。

 おそらく、平坦な道のりの人生ではないだろう。これからは魔法少女として魔女と戦うのではなく、人間として自分の人生と戦わなければいけないのだ。

 無論、私も。もう時間は止められない。遡ることも出来ない。

 

「みんな~~!! 無事で良かった! すっごく心配したんだからね!」

 

「美樹さん……ええ、みんな無事よ。全て終わったの。ワルプルギスの夜も、魔法少女としての戦いも、全て」

 

「え、それってどういう?」

 

「続きは……祝勝会のときにでも話そうかしらね」

 

「もちろん、さやかのオゴリでな!」

 

 佐倉さんがご機嫌な様子で美樹さんの肩に手を回しながら、口を挟んでくる。

 美樹さんも満更でもない様子を見せながら抗議していた。

 

「ちょっ、冗談じゃないわよ! そんな金あるかー!」

 

「心配しないで美樹さん。私がとびっきりの料理を作ってみんなにご馳走するわ」

 

 巴さんがニコニコしながらそう言うと、佐倉さんと美樹さんも喜んで飛び上がる。

 

「マジかよ!」

 

「やっぱマミさん、最高~!」

 

「あの、巴さん……そのお料理、私も参加していいかしら。まどかに……いえ、みんなにも食べてもらいたいの」

 

 私が控えめに呟くと、巴さんは凄く喜んでくれた。

 練習に付き合ってくれた美樹さんも喜んでくれた。佐倉さんもご機嫌だ。

 

「ええ、もちろん! うれしいわ、暁美さん! 二人で頑張って美味しいもの、たくさん作りましょうね!」

 

「ほむら、ついに本番だね! 頑張りなよ!」

 

「あたしはうまいもんが食えればなんでもいーけどさ、期待してるよ?」

 

「なに、ご飯の話!? 俺も混ぜて~!」

 

 耳聡く聞きつけたまどかが駆け寄ってくる。まどかの無垢にはしゃぐ笑顔を見て、私もまた笑顔になる。

 もう、時間は止められない。遡ることもできない。

 その代わり、未来に時を刻んでいくことは出来る。

 なくした未来を、もう一度見ることが出来る。

 ここにいるみんなと、大切な友達と……大好きな人と一緒に、同じ時を歩んでいきたい。

 

 私はまどかの手を握る。まどかは一瞬驚いたような表情を見せたけど、すぐに笑いながら私の手を握り返してくれた。もう、この手を離さない。離れたって、何度でも繋ぎ直す。

 

「ほむちゃん、手汗すごいよ?」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「大丈夫、イヤじゃないから」

 

 ……とりあえず、手を繋いでも緊張しないように頑張ろう。

 それが私の……当面の戦いだ。




キャパオーバーしたので感想返しは無しです、ご了承ください
でも全て目は通してます
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


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後日談その1

 あれから、数日が経った。

 俺たちはワルプルギスの夜を知っているわけだが、一般の人からすると観測史上トップクラスの台風が突然消滅するなんてのは異常現象もいいところで、ちょっとしたニュースになっていた。

 被害規模は大きかったものの、奇跡的に死傷者は出なかったのが不幸中の幸いだ。

 まあ、それはそれとして……俺は今、すごく困っていた。

 

「暇だ~……」

 

 そう、台風の影響で遊び場がなくなってしまったのだ。

 通い詰めていたゲーセンもカラオケもすべて臨時休業。学校も休校。

 ちょっと遠出をしようにも交通機関は止まっているし、瓦礫が片付いていないから自転車も使えない。

 幸い家自体はノーダメージで電気、ガス、水道などのライフラインは生きているからその辺の心配はないが、うちもお父ちゃんの家庭菜園が大打撃を受けてしまった。

 お父ちゃんには気の毒だが、それくらいの被害規模で済んでよかった。

 

 そういうわけでここ数日は庭の掃除を手伝ったり、タッくんと遊んだりして過ごしていたわけだが、それだけで済ますには一日という時間は長すぎる。

 家にあるゲームもちょうど全部クリアしてしまったせいでやるものがない。

 

「そういや、祝勝会は楽しかったなあ……」

 

 ワルプルギスの夜を倒したその日の昼は、予定通りマミ先輩の家で飲めや歌えやの大騒ぎだった。(飲んでたのは当然紅茶とジュースだけど)

 特にマミ先輩はなんだかんだ言って魔法少女としての活動が相当の重圧になっていたらしく、柄にもなくはしゃいでいた。

 

 ・・・・・・

 

「みんな~! 今日は私の奢りよ~!! おいしいもの、いっぱい用意してきたからね~!!」

 

「わ~い!!」

 

「マミさん、最高~!!」

 

 マミ先輩が音頭を取り、俺とさやちゃんがそれに乗っかる。

 みんな無事にこの日を迎えられたことに対して喜びの感情でいっぱいだった。

 特にさやちゃんは俺以上に気を揉んでいたみたいだから、喜びもひとしおだろう。

 

「おいマミさん、ちょっとテンション高すぎじゃねーか?」

 

 杏子が苦笑しながらそう言うと、マミ先輩はうきうきした様子を隠さずに言う。

 

「高くもなるわよ、やっと普通の女の子らしく出来るんだもの。心置きなく遊んだり、勉強したり、将来のこと考えたり……魔法少女だった時は、大人になった時の夢を考える余裕なんてなかったから」

 

「将来、か……あたし、どうしたらいいのかな」

 

 杏子は暗い表情をしていた。マミ先輩とは違い、魔法少女の能力に依存して生活を送っていた杏子にとっては今後の展望が見えなくて不安なのだろう。

 これが、俺の願いの弊害でもある。杏子のように魔法少女として生きる道しかなかった子達は、みんな悩むと思う。辛い思いもすると思う。

 ……でも、魂を縛られて、絶望とともに怪物になってしまう最期を辿るよりは絶対に良いと思っている。

 今でも、あの時入り込んできた呪いと絶望の記憶が鮮明に残っている。魔女になる最期を辿った人々の悲しみの記憶が。もう二度と、絶対に誰にもあんな思いはしてほしくなかった。

 

「そうね……佐倉さん、よかったら私の家にいっしょに住まない?」

 

「マミさんの、家に?」

 

「ええ。それなら住むところにも食べるところにも困らないでしょう?」

 

「そりゃまあ、そうだろうけど……本当にいいのか? あたし、もう金も稼げないし……重荷になっちまわないか?」

 

 遠慮がちに言う杏子に対して、マミ先輩は笑顔で返す。

 

「大丈夫、一人くらい増えたところで生活に困らないくらいのお金はあるから。お父さんとお母さんの遺してくれたものの他に、遠い親戚の人が金銭的な援助もしてくれているから」

 

「マミさん、親戚いたんだな……てっきりあたしと同じで天涯孤独だと思ってた」

 

「もっとも、本当に書類上の保護者といった感じだけどね。嫌われているわけではないしむしろ気の毒に思ってくれているみたいだけど、現実問題として私みたいな子供の面倒を見るのは重荷みたい。それに私も見滝原に残りたいって言っていたから、お互いに納得はしているわ。それに……」

 

「それに?」

 

「私が佐倉さんともっと一緒にいたいのよ、今まで一緒にいられなかった分……嫌だった、かしら?」

 

 マミ先輩が後半不安げに萎んだ声でそう言うと、杏子は少し当惑した後に……恥ずかしげに頬を掻きながら頷いた。

 

「……ああ、よろしく。今日からここにお世話になるよ」

 

「本当!? 改めてよろしくね、佐倉さん!!」

 

 マミ先輩が杏子の手を取り、ぶんぶんと振り回す。よっぽど嬉しかったのだろう。

 杏子も恥ずかしそうにしながらも、満更でもない表情で笑っている。

 ともあれ、これで杏子の抱えている問題は解決、なのかな? 

 

「おー、意外な展開。でもマミさんも杏子も、これでいいのかもね」

 

「そうね、本当に……本当に、よかった」

 

 軽い調子のさやちゃんと、噛みしめるように二度呟くほむちゃん。

 普通の暮らしをしてきた子と、魔法少女として長いこと戦ってきた子。

 その対比がリアクションに出てるのかもしれない。

 そういえば……もう遠く掠れたアニメの記憶だと、元々さやちゃんも魔法少女になるハズだったんだっけ。真実を知った後だと、さやちゃん魔法少女にならなくてよかった~~……って心底思う。

 とはいえ、魔法少女の世界に片足突っ込んだおかげでここのみんなと出会えて仲良くなれたんだから世の中分からない。まあ、終わったことの話は後にして……。

 

「マミ先輩! そろそろお腹空いた~!!」

 

 今は目の前のテーブルに並べられた沢山の料理だ。いい加減生殺しだった。早くいただきますの合図がほしい! 

 

「あらいけない。それじゃあみんな、コップを持って」

 

 俺たちは、思い思いの飲み物を入れたコップを掲げる。そして……。

 

「「「「「「乾杯!!」」」」」

 

 かちゃん、と始まりの音色を奏でた。

 コップの中のジュースを思い切り飲み干し、さっそく目の前のご馳走に飛びつく。

 

「すげ~、鳥の丸焼きとか初めて見た! うまそ~!」

 

「でっかいエビもある! なにこれ、ロブスターってやつ!? すご~……小市民のあたしには縁がないもんだと思ってたけど、まさか実物をこの目で見れるなんて」

 

「うふふっ、今日のために思い切り奮発しちゃった」

 

「ふふん、マミさんの料理はすげーだろ? あたしも最初は驚いたもんさ」

 

 見たことのない食材に色めき立つ俺とさやちゃんと、なぜか得意気にしている杏子。そんな中、端っこにちょこんと置かれている鍋があった。

 

「マミさん、これなんスか?」

 

 俺がそう訊くと、隣りにいるほむちゃんが手を挙げた。

 

「あっ、それは! 私が、作ったの……まどかに……食べて欲しくって」

 

「えっ、ほむちゃん料理できたの!?」

 

 正直、めちゃくちゃ意外だ。あまりにも食に頓着していなかったから、てっきり料理なんてしないもんかと思っていた。

 

「実は、まどかに内緒で美樹さんに教えてもらっていたの。それに、今日は巴さんにも手伝ってもらって……凝った食材はないから他の料理と比べて地味だけど……よかったら食べて」

 

「楽しみ~~!!」

 

 ぱかっと鍋の蓋を開けると、独特の美味しそうな香りが広がる。中に入っていたのは、カレーだった。野菜がゴロゴロ入っている、家庭的なやつだ。

 俺は米といっしょに皿によそい、試しに一口、パクっと食べてみる。

 

「うま~い! すごい! 美味しいよほむちゃん! とても料理始めたばっかりだと思えない! 美味しい!」

 

 めっちゃ美味しかった。一口と言わずパクパクと入る。ご飯によく合う中辛だ。具材も大きく切られていて食べごたえがある。俺好みのカレーだった。

 

「そう、よかった……!」

 

 ほむちゃんは安堵の表情を浮かべていた。そんな俺たちの様子を見て、さやちゃんがドヤ顔を浮かべる。

 

「ふふん、あたしがまどかの喜ぶカレーの作り方を教えてあげたんだよ! ほむらは私が育てたといっても過言ではないのだ」

 

「マジか、どうりで俺の好みドンピシャのカレーだったわけだ。ありがとうほむちゃん!」

 

「喜んでもらえて嬉しいわ、ずっと食べてもらいたいと思っていたから……よかったらみんなも食べてみて頂戴、まどかのお墨付きよ」

 

「私も作る時に味見したけど、とても美味しかったわよ」

 

 マミ先輩もドヤ顔を浮かべる。そういやマミ先輩も手伝ったって言ってたな。というかそこそこ大きめのテーブルを埋め尽くすほどの料理を作ったうえで、ほむちゃんの手伝いもする余裕あるのか。マミ先輩、魔法少女以外の分野でも地味に凄い人だ。

 

「なんだよ、じゃあ味知らないのあたしだけじゃん。あたしにもくれよ」

 

 杏子もカレーを皿によそい、ガツガツと勢いよく食べる。

 一気に頬張ったカレーライスをごくっと飲み込むと、ご機嫌な様子で笑った。

 

「ん~、ウマいじゃん! 料理の才能あるよ、アンタ」

 

「そ、そうかしら?」

 

「あたしもー……うん、前作った時より美味しくなってるよ、ほむら!」

 

 さやちゃんもカレーを食べてサムズアップする。ほむちゃんはみんなに褒められ、はにかみながら顔を真っ赤にしていた。ほむちゃん、変わったな。それも、すごくいい方向に。

 ちょっと前までは感情表現が苦手……というか押し殺している感じがあったけど、今はこういう可愛らしい一面も見せてくれる。それだけ俺達に心を許してくれている証拠だろう。

 

「さあ、他の料理も忘れてもらっちゃ困るわよ。みーんな気合い入れて作ったのばっかりだから!」

 

「もっちろん!」

 

 満漢全席と表現するにふさわしい料理の山をみんなで囲んで盛り上がる。

 味の感想、将来のこと、もっと他愛ない話題。俺達の会話が途切れることはなかった。

 ご飯もペロリと食べてしまった。(半分くらい食べたところで他のみんなはお腹いっぱいになってしまったため、俺と杏子しか箸を動かしてなかったけど)

 

 ご飯を済ませた後は、みんなでゲームで盛り上がった。

 マミ先輩の家にはゲーム機とか無いと思っていたけど、実は二世代ほど前のゲーム機がホコリを被ったまま家の中に放置されていたのだ。コントローラも四人分ある。

 

「うわー、なっつかし~! これ、俺が小学生の頃のやつだ! マミ先輩、こんなの持ってたんスね!」

 

「ええ、まだ魔法少女になる前はパパとママや家に来た友達なんかとよく遊んでたわ。魔法少女になってからは忙しくなって一緒に遊ぶ友達もいなくなっちゃったし、一人でする気にもならなかったから……」

 

 その話を聞き、四人とも静かになってしまう。マミ先輩、ホントに長いことしんどい思いしてきたんだな……今までの苦労が偲ばれる。

 

「心配すんなよマミさん、今はあたしたちがいるからさ。一人じゃないよ」

 

「そうそう! 今まで遊べなかった分いっぱい遊んじゃいましょーよ、マミさん!」

 

 杏子とさやちゃんが各々の言葉で励ましつつ、コントローラを握る。

 ちなみにさやちゃんのゲームの腕は人並み、って感じだ。

 杏子はゲーセンに通い詰めていたみたいだし、たぶん家庭用も上手いだろう。

 ほむちゃんはドがつく初心者で、マミ先輩は未知数だ。

 結構ゲームの腕にバラつきがあるメンバーっぽいな。

 

「私、ゲームなんて殆どやったことないのだけれど、大丈夫かしら……」

 

「大丈夫だよ、ほむちゃん。同時に遊べるのは四人までだから、俺がついて色々教えるよ」

 

 そう言って俺はほむちゃんの後ろについて、アドバイス役になることにした。

 それと同時に運要素と逆転要素の強いゲームを適当に見繕い、みんなに見せる。

 

「みんな、やるゲームこれでいいかな? これなら腕前に差があってもいい勝負になると思うんだけど」

 

「いいと思うわ。私、このゲーム好きだったのよね」

 

「異論ねえ」

 

「あたしも何でもいいよ」

 

「わからないから任せるわ」

 

 四者四様の賛同意見が出たので、さっそくゲームソフトを差し込み電源を入れる。

 結構前のゲームなので、俺にとっても非常に懐かしい。

 俺はほむちゃんの手を取りながら操作を教える。

 

「これは敵を場外に吹っ飛ばすと勝ちのゲームなんだ、まず、このボタンでキャラクターを決めて……」

 

「ちょ、ちょっと、近すぎるわまどか……」

 

「あ、ごめんごめん、やりづらいよな」

 

「いえ、大丈夫よ、気にしないで……」

 

 ほむちゃんは初めてとは思えないくらい覚えが早く、いい戦いも結構していたんだけど、たまに『うぅ……』って言ってうつむきながら動きが止まってしまう時があった。やっぱり初めてだから緊張とかがあったのかな。そんなほむちゃんの姿をみんな微笑ましい様子で見ていた。

 途中からは俺も一位を取った人と交代で入ったりして、みんな交代で回しながらゲームを楽しんでいた。気付いた頃には、すっかり外は暗くなっていた。

 

「わ、もうこんな時間か。そろそろ帰らなきゃ」

 

「楽しい時間って、とても過ぎるのが早いわね……今回みたいに豪華な食事はご馳走できないけど、今度またみんなで集まって遊びましょ?」

 

「いいっスね! まだやってないゲームもいっぱいあるし!」

 

「それじゃあ、私達は帰るわ。またね、巴さん」

 

 そう言って俺とさやちゃんとほむちゃんは帰り支度をする。

 杏子も俺達と一緒に立ち上がるが、すぐにもう一度座り直した。

 

「あっ、あたしは出ていく必要ないのか。今日からここに住むんだから」

 

「あはははっ、も~、しっかりしなよ杏子!」

 

 さやちゃんの笑い声を皮切りに、笑いが伝染していき……みんなで一緒に笑い合う。

 ああ、本当に……楽しい時間だった。

 

 ・・・・・・

 

 そんな想い出を反芻していると、突然スマホに着信が入った。ほむちゃんからだ。

 

「もしもし、ほむちゃん。どうしたの?」

 

「まどか……今、暇かしら?」

 

「暇も暇、大ヒマだよ。やること何にもなくて困ってるところ」

 

「それなら……あのっ、よかったら今日、私の家に来ない?」

 

 それは願ってもいない遊びのお誘いだった。友達の家は台風の影響で各々大変そうだし、マミ先輩と杏子も色々な手続きを控えてて忙しいって言ってたから遊びに誘えなかったところだ。

 

「マジで! 行く行くー! 今すぐ行くわ!!」

 

 そういって通話を切り、さっそく出掛ける支度を始める。

 久しぶりにほむちゃんの顔が見れる。嬉しい! 

 ほむちゃんの家なんにもないっぽかったし、とりあえず家にある遊び道具いくつか持っていこう。今日はほむちゃんの家で二人っきりで遊ぶのか。なんかドキドキするな。

 ……なんでドキドキしてるんだろう。俺。なんか最近ほむちゃんの事考えると、こうなっちゃう気がする。一応、思い当たる節はあるんだけど……どうなんだろうな。

 俺は自分の中のモヤモヤした気持ちに、未だに確信を持つことが出来ないでいた。

 

 ・・・・・・

 

 暁美ほむら

 

 ついに、ついに呼んでしまった。

 通話が切れても、ずっと心臓がバクバクしている。

 以前は半ば事故のようにしてまどかを家に迎え入れたわけだけど、今回は違う。

 自発的に呼んだのだ。呼んでから何をしようとかは、考えていない。ただ、無性に会いたかった。顔が見たかった。

 なんとなく、頭に着けている白いリボンに触れる。あの時、『まどか』と逢えたことで、自分の気持ちに整理がついた。ついてしまった。

 私は……まどかの事が好きだ。それは『まどか』に抱いていた親愛の気持ちとはまた、種類が違うものだ。もっと熱くて、止まらない気持ち。熱すぎて、制御できない気持ち……いわゆる『恋』と呼ばれるものなんだろう。

 

 まどかが愛おしいって思う。愛されたいって思う。近くにいたいって思う。もっと触れ合いたいって思う。気持ちを通わせたいって思う。

 でも、こんな気持ちになった経験は初めてで……その気持ちとどう向き合っていいか分からないまま、ここ数日は悶々とした日々を送っていた。

 でも……それじゃ駄目だ。行動を起こさなきゃ何も変わらない。そう思って、思い切ってまどかに電話をかけた。まどかは即決で快く誘いを受けてくれた。

 

 ──まどかは私のこと、どう思っているんだろう。

 仲のいい友達? それとも……。

 いや、考えるのはやめよう。どちらにしても、私の気持ちは変わらないから。

 私は、自分の気持ちに整理をつけた。だから──勇気を出そう。

 歩みたい未来に一歩踏み出すために。



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後日談その2

「お邪魔しま~す」

 

約束通り、俺はほむちゃんの家に遊びに来ていた。

来るの自体は二度目だけど、こうやってちゃんと遊びに来るのは初めてだな。

 

「あ……来てくれたのね、まどか。久しぶりに顔を見れて嬉しいわ」

 

「祝勝会の時以来だからな。そっちは何して過ごしてた?」

 

「特に何もしていないわね……お店は大体閉まっているし、趣味もまだ見つけていないし。強いて言えば授業の予習をしていたくらいかしら」

 

「お勉強してたの!?偉~っ!!」

 

休みを利用して勉強するという発想はなかった。普段全く自宅学習をしないからだ。

宿題がある時はやるんだけど、今回は突然の休校ってことで特に宿題も出されてないからな……。

勉強意欲ってものがまるでない。ちょっとはほむちゃんの事見習ったほうがいいのかな。

 

「ま、今日は暇だった分遊ぼうぜ!色々持ってきたんだ」

 

俺は担いできたリュックを下ろし、遊び道具を次々と出していく。

ほむちゃんはそんな俺を見て、何故か思いつめた表情をしていた。

 

「ほむちゃん、どしたの?」

 

「え!?な、なんでもないわ」

 

「そう?それならいいけど、なんか悩んでそうだったからさ」

 

そう言ったけど、ほむちゃんの表情は晴れない。なんだか様子が変だ。

このままじゃ、遊ぶどころじゃないな。

 

「なあほむちゃん、本当に大丈夫か?」

 

「……大丈夫じゃ、ないかもしれないわ」

 

「え、もしかして体調悪いとかか?大丈夫?」

 

俺がほむちゃんに近づくと、ガシッと両肩を掴まれる。

そして、真っ直ぐに俺の目を見据えられる。

 

「あ、え?えぇっと……どしたの?ほむちゃん……」

 

ほむちゃんは何も答えない。至って真剣な表情をしている。

俺はほむちゃんと目を合わせ続けているのが無性に恥ずかしくなってしまって、つい目を逸らしてしまう。ほむちゃんに気圧されて、動くことが出来ない。

 

「……」

 

「……」

 

そのまま、しばらく沈黙が続く。

やがてほむちゃんが意を決したように沈黙を破り、こう言った。

 

「まどか。あなたの言うところの『かんちゃん』と最後に出会った時から……ずっと言おうって決めていたの。ハッキリ言うわ、まどか。私は、あなたのことが好き。他の誰でもない、あなたが。わたしはあなたのことを……愛しているわ」

 

どくんと心臓が跳ねる。こんなにどストレートに好意を伝えられるとは思っていなかった。

告白されたことがないわけじゃない。その時は比較的平静を保っていた。でも、今回は違った。顔は耳まで熱くなっちゃってるし、心臓が早鐘を打っている。

なんでこんなにもドキドキしてるんだ、俺は。

 

「え、あ……」

 

「ごめんなさい、こんなこと今言うつもりはなかったんだけど、実際にまどかに会って顔を見たら、決心が鈍らないうちに言わなくちゃって思ってしまって……」

 

「そう、なんだ」

 

そう答えるのが精一杯だった。

心の整理がつけられない。でも、ほむちゃんは俺に真剣に好意を伝えてくれた。

だから、俺も真剣に応えたい。応えなきゃいけない。

 

「ほむちゃん。俺……俺、わかんない。ドキドキして、緊張しちゃって……こんなの、なったことないのに。おかしいんだ、俺。でも……ああ、もう!」

 

俺はほむちゃんの背中に手を回し、ぐっと抱き寄せる。

なんでこんなことをしたのか自分でもわからない。

ただ、身体が勝手に動いた。無性にそうしたかった。

 

「ま、まどか……!?」

 

お互いの身体が密着する。お互いの心音が伝わる。

ほむちゃんの心臓の鼓動も俺と同じで、とても早かった。

ああ……ほむちゃんもすごく緊張しているんだ。

それが伝わってきて、なぜだかどうしようもなく愛おしく感じた。

 

「ほむちゃん」

 

俺はほむちゃんの頭を優しく撫でる。ほむちゃんは手が触れた時に一瞬ぴくっと身体を硬直させたが、そのまま俺に身を任せてくれた。

 

「ほむちゃん。すっごく勇気を出して言ってくれたんだよな」

 

「……うん」

 

「俺、すごく嬉しいんだ。ほむちゃんが好きっていってくれたの。そうしたら頭がカーっと燃え上がっちゃって、すごくドキドキして……こんな気持ちになったの、初めてなんだ。ほむちゃんのこと、抱きしめたくなったんだ……俺、変になっちゃったのかな」

 

「ううん、嬉しい……そのまま、離さないで」

 

ほむちゃんも俺の背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめ返してくれる。

俺はその間、ほむちゃんの頭をずっと撫で続けていた。

やがてほむちゃんは不安げな声で、ぽつりと零した。

 

「ねえ、まどか」

 

「ん?」

 

「これ、夢じゃないのよね」

 

「うん、夢じゃないよ」

 

「あなたは間違いなく、ここにいるのよね」

 

「うん、ここにいるよ」

 

「……もう、私を置いてどこかに行っちゃったりしないよね」

 

「絶対にしない。ほむちゃんとずっと一緒にいたい」

 

「まどか……私、怖いの。今が幸せすぎて、夢なんじゃないかって。目が覚めたらまた病院のベッドで、ひとりきりになってるんじゃないかって……!」

 

「夢なんかじゃないよ、俺はここにいる。もしこれが夢だったとしても、現実の世界まで殴り込んでほむちゃんの病室まで駆けつけてやるよ」

 

「ふふっ、なにそれ……でも、まどからしいわね」

 

不思議と、緊張は和らいでいた。二人でいる時間が心地よかった。

それと同時に、自覚してしまった。

ああ、俺――この子のことが、好きなんだ。

 

「ほむちゃん」

 

「なに?」

 

「俺、ほむちゃんのこと……好きみたい。愛してる、っていうやつみたい……」

 

そう言うとほむちゃんは身体を離し、至近距離で俺の顔をしっかり見据える。

今度はもう、恥ずかしいからって目を逸らしたりしない。俺も自分の気持ちが分かったから。

 

「……本当、に?嘘じゃないよね?私に気を遣って言ってるとかじゃないよね?」

 

「こんな時に嘘つくわけないでしょ。それでも疑うんだったら……」

 

俺はほむちゃんに顔を近づける。そして……。

 

 

ちゅっ、と。

意を決して、唇を重ねた。

 

「……これで、嘘ついてないって、わかったろ?」

 

うわあああああああっっ、やっちゃった!うわあああ~~~~っ!!!!

死ぬほど恥ずかしい。自分からこんな台詞が出るなんて、こんなことしちゃうなんて!!

ほむちゃんはどんな反応してる!?引いちゃったりしてないよな?

 

「……ほ、ほむちゃん?」

 

返事がない。

その代わり、俺の身体に体重を預けてもたれかかってくる。

ちょっと心配になって、顔を見てみる。

 

「……き、気絶してる……」

 

ほむちゃんは茹でダコのように顔を赤くして、気を失ってしまっていた。

もしかして……刺激が、強すぎた?

 

・・・・・・

 

――暁美ほむら

 

「ん、う……」

 

「あ、起きた。大丈夫?ほむちゃん」

 

目が覚めると、視界いっぱいにまどかの顔が映っていた。

後頭部には柔らかい感触がする。これは、まさか……膝枕?

 

「あ、これ?前ほむちゃんがやってくれてたの思い出してさ。意外と足痺れるね、これ」

 

「気持ちは嬉しいけど無理しなくていいわよ、まどか」

 

「ごめん、それじゃお言葉に甘えて」

 

まどかは私の頭をゆっくり下ろし、ごろんと隣に寝転がる。

そして、私の手をぎゅっと握ってくれた。

 

「恋人っぽいことって、こんなのしか思いつかなくってさ」

 

そう言ってまどかは恥ずかしげに笑う。

恋人。他ならぬまどかの口からその言葉が出てきたことによって、急速に実感が湧いてくる。

 

「……恋人同士になったのよね、私達」

 

「うん。好きだよ、ほむちゃん」

 

返事の代わりに、私はぎゅっと手を握り返す。

二人揃って仰向けに寝転がり、天井を見上げてぼうっとする。

静かで、優しい時間。私はその中で、まどかと結ばれた事実を噛み締めていた。

……こうしていると、あの時のことを思い出す。

『まどか』と共に力尽きた、あの日のことを。

あの時は、彼女が自分と引き換えにグリーフシードで私の生命を繋いでくれた。

あの時は魔女になるのを食い止めるため、彼女に引導を渡すことしかできなかった。

 

……でも、今は違う。魔女も魔法少女も、もうこの世に存在しなくなった。

その代わり、魔法少女の願いがもたらした奇跡も、災いも、何一つ消えてはいない。一度起こったことは、無かったことにはならなかった。願いによって一命をとりとめた巴さんの身体は傷一つついていないままだし、佐倉さんの家族は生き返らない。

魔法少女が文字通り魂を込めた想いとその結果は、消えることなくこの世界に息づいていた。

それが良いことであろうと、悪いことであろうと関係なく。

 

私の身体も……ソウルジェムが消えたことを除けば、魔法少女だった時のままだ。視力は眼鏡を必要としないほど良好だし、長いこと苦しめられた心臓病がぶり返す気配も全く感じられない。

それは私にとって幸運だった。もし病状がそのままだったら、比喩抜きでドキドキしすぎて心臓が止まるかもしれなかった。そんなことになったらシャレにならない。

この身体のままでいることについては、まどかと『まどか』に感謝しなきゃいけない。

インキュベーターに感謝?そんなのは死んでも御免だ。

 

「ねえ、まどか」

 

「んー?」

 

「大好きよ」

 

「あははっ、知ってる。すっごく嬉しい」

 

お互いにお互いの顔を見て、微笑み合う。

さっきまではあんなにもドキドキして緊張していたのに、今は心の中がすごく穏やかだった。

だって、まどかと心が通ったって分かるから。一緒にいると、安心できるから。私はこの人と、ずっと一緒にいたい。

例え死がふたりを分かったとしても、ずっと、どこまでも……永遠に。

 

・・・・・・

 

そうやって俺とほむちゃんが恋人になってから、6年が経った。

あれから俺たちの周りでは、色々なことがあった。

俺を含むみんなが、それぞれの未来を歩きだしていた。

 

まず、マミ先輩。

なんと高校に入ってから調理師免許を取得し、本格的に料理の道を進み始めた。

将来は自分の店を持つのが夢らしい。マミ先輩らしい、すごくいい夢だと思った。

もしマミ先輩のお店ができたら、絶対に通い詰めようと思う。

 

杏子は今でもマミ先輩と一緒に暮らしている。

あの後マミ先輩の親戚さんと養子縁組をして『巴杏子』となったおかげで、学校にも再び通えるようになった。マミ先輩が親戚さんに必死に頼み込んだ結果らしい。

その甲斐あって、今は地元の大学に通う普通の学生として暮らしている。やりたいことはまだ見つけていないらしい。

本人曰く『なんでもいいから、あたしはマミさんの力になることがしたい』とのこと。

今は勉学よりバイトに打ち込み、収入の殆どをマミ先輩に渡しているらしい。

マミ先輩はそんなことしなくてもいいのに……と言っていたが、それではあたしの気が収まらないと言って半ば押し付けるように渡していた。マミ先輩もそこまで言われたら杏子の意を汲み取るしかなく、その代わりにご飯のグレードを上げてひっそり杏子に還元しているらしい。

 

さやちゃんは、杏子と同じ大学に通っている。杏子とは今も友達付き合いが続いていて、結構頻繁に遊ぶらしい。本人曰く『腐れ縁』だと言っていたが、とても仲が良さそうだった。

そうそう、ここだけの話だが……さやちゃんには彼氏がいる。

高校の頃に知り合った男子と馬が合い、そのまま交際に至ったらしい。

それは、さやちゃんがジョーのことを完全に吹っ切ったことの証でもあった。

俺も会ったことがあるが、明るくて優しい、気のいいやつだった。少なくとも、さやちゃんのことを任せてもいいと思える程度には。

『将来の夢?そうだなー……立派なお嫁さんかな?なーんて!』と冗談交じりで言っていたが、さやちゃんなら間違いなくなることが出来るだろう。俺が保証する。結婚式の時はぜったい俺が友人代表スピーチをするって約束をした。早くその日が来ることを祈っている。

 

そして、とみちゃんは今……なんと、ジョーと付き合っているらしい。正式に付き合い始めたのは最近のことらしいが、中学の頃からずっとアタックを続けていたのだ。ジョーにとっても、とみちゃんの存在がいつの間にか非常に大きな心の支えになっていたらしい。

とみちゃんの並々ならぬ根気が、ついに実を結んだのだ。

これには俺もさやちゃんも、素直に称賛して祝福せざるを得なかった。

 

お相手のジョーはというと……実は去年からバイオリン奏者に復帰し、期待の新人としてめきめきと頭角を現しているらしい。

中学の頃は現代医学では治らないと言われていた腕だが、二年前に革新的な治療法が確立し、その手術を受けることで無事完治に至ったらしい。

その後一年にわたる過酷なリハビリをこなし、ついには再びバイオリンで表舞台に立つことができるようになったわけだ。随分とブランクがあったにも関わらず完治からすぐに復帰できたのは……入院中もずっと諦めていなかったから、だそうだ。

もどかしい気持ちをこらえてバイオリンのCDや動画などを聞き込んで常にイメージトレーニングに打ち込み、時には作曲も行い、時にはバイオリンを教えてほしいと頼んできたとみちゃんに指導を行なったりして。

いつか弾けるようになる日を信じて、ずっと頑張ってきたらしい。

やっぱり、尋常でないガッツのある男だ。

 

そして、俺とほむちゃんはと言うと……。

 

「いやー、ついに来たぞ名古屋!味噌カツ、きしめん、ひつまぶし!楽しみだな~」

 

「まどか、本来の目的を忘れないでちょうだいね?ただ観光に来たわけではないのだから」

 

「わかってるよ。取材と調査、だろ?今回は織田信長公ゆかりの魔法少女について」

 

俺の頭の中には、未だに志半ばで斃れた魔法少女たちの記憶が残っている。

その中には歴史に名を残し、語り継がれている人物もいた。

また、魔法少女の願いで歴史に大きな変革を与えたにも関わらず、その名が語り継がれぬ人物も数多くいた。

実際は魔法少女だったにもかかわらず、男性として歴史に語り継がれている人物もいた。

その子達の頑張りを、正しい姿を知っているのが現代ではおそらく俺だけだというのは、あまりに寂しかった。悲しかった。

もっと多くの人に、みんなの本当の想いを、頑張りを知ってほしかった。

絶対に、なかったことにはしたくなかった。

 

それで、思いついたのが……文章にして世に出すことだ。

当然、フィクションとして。魔法少女だのなんだの言われても、誰も事実と信じまい。

だからせめて、知る限りのことを全てありのまま書こうと決めた。

そのための取材として、俺とほむちゃんは日本各地を旅していた。

魔法少女の記憶はあくまでも一部なので、リアリティを高めるには色々な勉強をする必要があった。今回の取材旅行もその一環だ。

それだけではなく、魔法少女たちの生活の名残を肌で味わいたいという気持ちもあった。

時代が過ぎ、景色が変わったとはいえ、その子たちが育った家や、子供の頃の遊び場。生命賭した戦場や最期を迎えた土地……そういった場所を巡ることにより、記憶の解像度が増していく。あとはそれを文章に起こすだけだ。

変に脚色を加えることはあまりしない。その子達のありのままを知ってもらいたいから。

自分でも意外なことに俺はそっち方面の才能があったらしく、今では一端のプロ作家だ。

一緒についてきたほむちゃんはというと、普段はシェアハウスに二人で一緒に住んでいて、ズボラな俺の面倒を全部見てくれている。旅の計画も資産管理も全部ほむちゃん任せだ。本当に、頭が上がらない。俺、ほむちゃんがいないと何もできん。ナチュラルに財布の紐握られてるし。

昔は世間知らずで抜けている部分もあったが、本当にしっかりものになったと思う。

でも人見知りなところは未だに治ってはおらず、知らない人と話す時は常に俺の後ろに隠れてしまうレベルだ。可愛らしい。

 

そんな愛しい人と手を繋ぎ、しっかりと指を絡めて握る。離れないよう、しっかりと。

もはや数え切れないくらい繰り返した動作だ。

 

「ほむちゃん。しっかりついてきてね」

 

「勿論。あなたが行く場所なら、宇宙の果てまでついていくわ」

 

俺達は並び立ち、二人一緒に歩き出す。お揃いの白いリボンを身に着けて。

過去に生きた人々の歴史を現在に書き残し、未来に伝えるために。

 

「さあ、行くぜ行くぜ~~!!」

 

白い女神が、俺たちの後ろで微笑んだ気がした。




本当の本当に終わり


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