いつかは終わるヒーローたちのアカデミア (Agateram)
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キャラクタープロフィール(今後のネタバレあり)

原作との相違点、オリ主の個性のまとめになります。

読まなくてもこの後の展開とは関係ありませんので大丈夫です。

技名などの体育祭後に付く予定のモノも入っています。

また作品の根幹にかかわる重大なネタバレを含みます。重要なことは反転していますが、そちらは見たくない方は見ない方がよろしいかと思います。


キャラクタープロフィール

 

 

彼岸 四季の個性について

 

春夏秋冬は四つの複合個性のように見られるが実は一つの個性の別側面である。

基本は『人の命を生命力という形で視認し、干渉できる能力』。

彼にとって命はその人が纏う様々な色彩のついた水のように視えている。体からあふれるようなら健康、ほとんど水がない、もしくは限りなく黒いようなら死が近い、といった具合だが、実際はもっと複雑らしく、本人も言葉で表現できず、あえて言うなら、それが一番近いというだけである。医者からの個性診断において形ないものを形あるものとして認識するために脳が判断した一番わかりやすい表現がそれであり、共感覚に近いものと診断された。

彼が個性を発動させた場合、目に見える全ての命が視認できる。ただ制御が完全ではなく、命を視る過程で相手の過去や未来を垣間見ることもある。また後述する『冬』の個性発動時や暴走時には相手の死を視認してしまうことがある。死を視た相手は現在までその通りに死んできたため、『冬』を発動することを極度に嫌う。

なお、彼が個性を使った戦いを面白半分に見る人々やそれを簡単に使う人が嫌いな理由はその危険性を理解していないというのが一つ。もう一つは彼が個性を使っている人を見る際に個性が、その人についた亡霊のように見えてしまうことが多いためである。これは彼が個性を発動した際に家族を■■■ことに起因する共感覚による見え方ではないかと診断されているが、個性の観測がほとんどできないため憶測の域を出ない。

 

『春』…視認した命に自分の命をわけて、注ぐことで傷を癒す。病は癒せないものが多い。命を注ぐことで病の元にも力を与えてしまうためであると思っている。

ちなみに使うためには本人のイメージが大切なため、自己暗示としての言葉や集中力が最も必要な力である。

基本の自己暗示

「すべての傷ついた者に、春の息吹を持って健やかなる癒しを」

技名 『灯籠花』

 

『夏』…自身の命を活性化させて生物としての能力を底上げする。

単純な力や速度の上昇だけでなく、体自体の強度や五感も鋭敏になるなど、人としての能力の限界を超えた力を発揮できる。活性化できる時間は限りがあり、体調にも左右されるが最高強度の活性化ならおよそ100秒が限界。しかしその間だけは力、速度共に全盛期のオールマイトに近い領域に至れる。しかし使える時間を見誤ると後述する『秋』の休眠に自動的に入ってしまう。人の目に認識できる程度で動けるなら30パーセントで12時間といったところが限界である。自身の活性化のため集中するだけで発動できるが、最高強度の状態を使う時、あるいはそれに準ずる力を使う時だけ言葉にして自己暗示が必要。

最高強度時、自己暗示

『紅く目覚め、夏の太陽のように世界を焼け。灼熱の時は今。全ての命は闘争の中にしかない』

技名 『地獄花』(最高強度発動時)

   『雷花』(負担のかからない範囲の強化状態)

 

紅く目覚め、夏の太陽のように視界の全てに手を伸ばせ。

『秋』…春や夏を使いすぎた際に自分の命を保護するために本能的に発動する強制休眠モードが基本の使い方。消費した生命力を周囲の自然などから分けてもらうことで回復を促す。強制的になってしまった際は回復が済むまで全くの無防備である。自分の意思でも休眠に入れるが、その際は普通の睡眠よりも深い程度で回復も遅い。

また、個性を伸ばした結果神羅万象からの恵みを春の力と融合して黄金の林檎を作り出すことができるようになった。林檎は一つ食べれば体力、傷が完全治癒する(某作品でよくお世話になるあれである)秋による回復は自ら発現させることもできる。

自己暗示 基本形

「大いなる星よ。万象を巡る命よ。秋に熟する実のように、僅かながらの恵みを」

武器系統 基本形

『大いなる星の息吹。秋にもたらされる恵みのようにその力の一端をここに譲り受ける』

 

技名  『曼珠沙華』

 

秋+夏の合わせ技『天蓋花』…地獄花で戦闘特化させた生命力を曼珠沙華で作った武器に纏わせそれを崩壊させた時に現れる純粋な破壊に特化したエネルギーを作り出し、拳に乗せて放つ技。武器という対象を破壊する概念を持つモノを経由することで破壊に特化したエネルギーを作り出すことができ、触れた対象を崩壊させ、霧散させる。エネルギーの力場に触れればアウト。どこかの誰かの個性に似た技である。

 

 

『冬』…生命の終わりの可能性を見る力。多くの人の死に様を見てきたため、一時期精神を病み、個性がある程度コントロールできるまで精神病院にいた。そのため1—Aより2つ年上。

本来の力は相手の命に直接触れ、生命の道筋を強引に絶ち、死に至らしめる。

防御不可、物理的証明不可、ただ対象が死ぬという結果だけが残る。その対象は生物だけに留まらず、植物、鉱物にすら死という結果を与えることすら可能。ただし使うと同時に自分も強制的に死に近い立場に立つため、使いすぎれば自分自身も対象の死に引っ張られ、良くて相打ちとなるほぼ自爆技である。またもし暴走することがあった場合は、数キロ単位のクレーターが出来上がり、数十年単位で草木一本生えない大地となる。

 

「生まれた瞬間に、既にお前の道は閉ざされている。冬より寒い場所に逝くといい。さようなら」

技名『彼岸花』

以上が雄英教師でも担任、オールマイト、校長だけが知る彼の個性である。

 

 

以下は、原作との主なキャラの違い

 

緑谷 出久

 

原作の主人公。今作ではオールマイトへの尊敬はあっても憧れはない。決して親しみや敬意がないわけではない。ファンでないというだけである。憧れていてはそれを追い越すことはできない。憧れることはヒーローがやることではないというのが彼の行動指針。そこには少なからず彼岸四季に言われた言葉と、その後に彼と共にした事件、訓練などが影響を及ぼしている。

そのため原作よりも積極的かつストイック。体つきも戦闘技術も圧倒的に長けている。その代わりに『ヒーロー』としての意識が原作よりも高すぎ、ヒーローならばこのくらいできて当たり前、という意識が一般市民のそれとは隔絶している。それを狂人と呼ぶか聖人とよぶか英雄と呼ぶかは、人の見方によるだろう。

 

個性『フルカウル』(ワンフォーオール)

代々受け継がれてきた人々の力をストックし、超パワーとなった個性であり、それを他人に譲渡する個性でもある。また出久のみが他の先代たちとの会話を可能とし、その個性を使うことができる。これについては出久の才能や努力の成果か、先人たちの想いが積み重なった奇跡か、あるいは『個性特異点』というとあるドクターの理論の結果なのか、未だ明らかではない。

個性を用いた技

『打ち砕く飛翔の槍(スマッシュ オブ スピア)』

飛んだ状態から相手に投げおろす渾身の一投。浮遊の個性と合わせることで足場を空中にも作ることができ、威力は数段上昇する。

 

『貫き穿つ葬送の槍(ディザスタースピア)』

OFA100%状態から放つ、相手を殺す覚悟をした時にのみ使う直突き。

その威力は余波でさえ直線状の敵を薙ぎ払う、出久の必殺の技である。

 

『デトロイト・スマッシュ』『デラウェアスマッシュ・エアフォース』

原作と同じ。ただし破壊力は50%発動時なので、基本原作より上。

100%で打つ場合も出久自身が原作よりも鍛えており、パンチ一つ、蹴りの一つとっても技術が上なので威力も当然上となる。

 

『浮遊』

空を自在に浮き、重力を無視して空中に足場を作り遊びまわるかのように縦横無尽に天空を駆け抜ける個性(原作に詳しい描写がないため、少し原作改変)

『黒鞭』

手のひら辺りから黒い鞭を出して物体などを持ち上げることができる。また拘束したり自分自身の骨が砕けた時に巻き付けて無理やり動かすなども可能(当然発狂するほど痛い)。

 

 

 

轟 焦凍

原作より早く家族が打ち解けていることで、彼自身も父親と(殴り合ったりした末に)和解、とまではいかずとも話をしたり、連絡がきたら返すくらいはできるようになっている。轟家の平穏、これは完全に作者の趣味と希望の反映である。橙矢さんの処遇は検討中。

 

オリジナル技

『氷冷一閃』

赫灼という炎を一点に集中して膨大な熱量とするエンデヴァーの技の基本にして奥義の中心となる技。その氷結バージョン。炎はまだ『赫灼』に至るまで凝縮できないが扱いなれた氷結の冷気を拳に溜めて一気に開放する一撃であり、足元に氷を生成した高速の勢いと平行して拳を振るうことでその通った道の全てを凍結させることができる、凍結の極致の一つ。

 

『零晶』…氷冷一閃より更に極低温を発生させる『赫灼』の正反対の技。まだ片方だけではたどり着けない領域の技であり、無理に使おうとすれば自身の個性で末端から壊死するほどだが、轟は片方の半熱を併用することで壊死することなく使うことができるようになった。同様の方法で『赫灼』も使用可能であるが『零晶』ほど自在には扱えず、また双方の技はともに非常に殺傷性、攻撃範囲に優れていることから、自分と同等以上の相手にしか使えない。相性にもよるがトップヒーロークラス以下なら轟が意識せずとも殺傷してしまうほど強力な技である。

 

 

 

爆轟 勝己

元いじめっ子。投票次第ではラスボスの右腕か相棒、参謀になっていたかもしれない人。

才能はある。それこそ焦凍が(悪く言えば)人工の天才なら彼は天然の天才。全てにおいて苦手という分野がない。こと戦闘面においては才能だけなら作中一番である。

敗北を知り、それを受け入れてもいずれと前置きしても、最後には絶対に勝つ。それが原作との相違点かもしれない。

以下、超ネタバレにつき閲覧注意

 

 

 

 

体育祭後の体験実習後にB組に編入することになる。理由は一つが心操の体育祭での成績と印象が原作より良かったため編入が早まったこと。そしてA組には彼岸という頭一つ抜け出た存在がおり、それを追い越そうとする出久、轟がクラスの中核となっているが、B組にそのような起爆剤となり得る人物がいない点を考慮して、上昇志向が特に強い彼がB組への編入し、心操をA組にすることで両クラスの人数調整とモチベーションの向上を行うよう編入が決まった。またその裏には彼がA組の彼岸との確執が強く(緑谷とはやや改善傾向)、逆に体育祭で彼と積極的に関わり、名前を呼ぶようになった拳藤がいるということも起因している。

拳藤一佳との関係については初対面の印象が今作の爆豪曰く「母親に似ている」。つまり暴言を吐きつつも逆らえない存在に近い印象を持っている。また拳藤の負けたくないという考え、そのために最善を尽くすという彼女の思想に影響を得て、多少なりとも性格改善の一役を担っている。つまり、B組で彼女のツッコミを受けるのは物間だけでなく、爆豪もその一人であり、爆豪が物騒なことを言った時のストッパーとなっていく予定である。ぶっちゃけ爆拳という聞いたことのないカップリングが爆誕する予定である。なおかっちゃんは尻に敷かれる予定。キャラ変とつけているのでこのあたりは許してください

 

 

 

 

 



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第1話 名前は彼岸 四季、将来の夢はもうない

はじめまして、Agateramと申します。

二次創作を書くのは初めてで投稿するのも初めてですが、よろしくお願いします。

クロスオーバーはありませんが、FATEやBLEACHなどが好きなので、似た設定や技が登場する場合があります。そしてオリ設定結構入ります。そして爆豪などの特定キャラのアンチが入ります。
苦手な方はご遠慮したほうがいいかもしれません。
それでも一向に構わん、という方のみご閲覧ください。


全ての始まりはたった一つのニュース。

 

 中国にて発光する赤子の誕生という、当時は誰にも相手にされない失笑物の、後に新しい世界の始まりといわれるニュースが、歴史を、人類史そのものを変えた。

 

 それからは激動の時代だった、らしい。

そう、らしい、だ。学校の教科書、大学の参考書もその詳細は書かれていない。精々が国のお偉方が知っているくらいだろう。

 

世界中の多くでその場で写真や映像を録画できる時代だ。映像メディアも山のように残っていてしかるべきなのに、多くの情報が消えている。

 

なのに、普通の教育で受けるのは激動の時代で、新しい法が必要だったという事実のみ。

しかし、それも仕方ないのかもしれない。とても全ての人に、特に子ども、後継たちに見せられたものではなかったのだろう。

 

そりゃそうだ。そうだろうとも。

 

人の歴史を見るといい。

 

悲しいことに人は肌の色、発する言葉、紡いだ歴史、信じるモノ、何か一つでも相手と違うというだけで、争いを止められなかった歴史をもつ生物だ。

その中で人と明らかに違う人が生まれた。それも一人や二人じゃない。後に第一世代と言われる世代に、大量にこの世界に生まれた。

それはもう、大混乱だっただろうさ。それこそ、大昔の人種差別、それが引きつった笑いを浮かべて逃げ去ってしまうくらいの途方もないものだったはずだ。

 

それほどの激震が世界に走ったのだ。法と国家という体制を崩しかねないほどの。

 

そうなったら、どうなるのか。人は、それを単純に受け入れられるのか。

 

人は臆病だ。人は狡猾だ。人は排斥的だ。人は理性を持ち、文化を持ち、言語にて理解しあえるという奇跡をもってすら、人を信じることが困難な生物だ。

 

ならば、どうなったか、どんなことが世界で起こったのかなんて、想像したくないくらいに想像に容易い。

故に詳細は記されず、第一世代の後の時代はその時代を暗黒期として、後世に残した。

それが限界で、けれどある意味は最適解だったのだろうさ。

 

『人』と『人ならざるとされたヒト』の闘争の歴史なんぞだれが好んで見たがるものか。それでも、その凄惨さ、愚かしさだけは示そうと論争と闘争と混乱が確かにあった。そしてそれ以上は残してはならないと考えたのかもしれない。

 

なぜなら、人ならざるとされたヒトは、その数を増していき、かつて人とされたヒトは数を減らしていくという現象が起きたからだ。

 

原因などわからない。それこそ現代でさえ何故、そうなってしまったのかという結論は出ていない。

だから、まだ多数派だった人は人ならざるとされたヒトを『無個性』と『個性』にわけた。

 

個性だ。その人が持つ性質。ただそれだけのこととして受け入れた。受け入れざるを得なかった。

変わる世界が人に変わらないことを許さなかったのだ。

だがそれはきっと英断だった。

 

だからこそ、今がある。

世界総人口の約八割が何らかの特異体質、通称「個性」を発現するようになった時代が今だ。

少数派であった化け物(個性持ち)が大多数に、大多数であった人間(無個性)が少数になったのが現代だ。

 

誰かが3メートル以上の長身があろうと、体が岩でできていようと誰も振り返りすらしない。

常識は非常識に、架空は現実に。それが当たり前になったのが今だ。

 

 

だからこそ、

 

「すげー!生ヒーローだ!!」

「あれ、誰だっけ!?新人!?」

「敵でけぇ!!」「ムービー取らなきゃ」

 

眼前に広がるのは、一歩踏み出すだけで人を踏みつぶすほど巨大な異形。

対するのは人型でありながら片腕から木を生やし、それを自在に操って自分の何倍も巨大な異形を押しとどめる人間、らしきもの。

 

前者は周囲に迷惑をかけるのでヴィラン、敵と呼称され、後者はそれらを取り締まる役目を果たす職業として新たに誕生したヒーロー、とされている。

個性の発現に伴い圧倒的に増加し、多様化した犯罪、それに対抗するように生まれたのがヒーローという職業だ。

 

笑えるだろう?

どこが笑えるのかって?

決まっている。一歩で人を踏みつぶせる存在が暴れていて、それを止められる自身と同じくらいの大きさの人型が戦っているんだぞ?仮に、後者が負けたり前者がこちらに飛んでこようものなら、周囲に群がっている人々は死ぬだけだ。それを、その危険性を誰もわかっていない。警察が包囲網を設けてはくれているが、その線を飛び越えんばかりにぐるりと取り囲んだ野次馬の群れ。

 

かつては架空の存在であり、子どもたちが熱狂したテレビの中の英雄は、ただの職業となり、しかしそれを見つめる『周囲の人々』は命がけで戦うヴィランを、ヒーローをまるでテレビの中のそれを見るのと同じように、見ている。

 

現実を通して架空を見ているのだ。

 

わからんでもないさ。カッコいいよなヒーローは。まるで漫画やアニメ、あるいはハリウッドの超ド級のアクション物の英雄のように、わかりやすい敵を倒す。それを目の前で見られるんだ。今日はラッキーだ。くらいに思う人だっているだろう。

 

だが、この中であの戦いの危険性に気付いているものが何人いる?

俺は0だと言ってやろう。理由はもう言った。

この馬鹿げた戦いを観戦しているんだ。ヒーローが負けるかもしれないなんて思いもしないで。自分がその次の瞬間に死ぬかもしれないなんて思いもしないで。

 

それだけヒーローは身近になり、絶対に勝つものだ、なんて思っているのだろうか。

 

俺にはわからない。だって俺は現実を、すぐそこにある死を架空のように見られないから。

 

一秒先の死が身近にあるこの世界で、よくもまぁあんなにはしゃいで殺し合いを見ていられるものだ。

 

そんなことを考えている最中、その連中の中に見覚えるのある『色彩』を見つけた。

 

俺はため息一つ吐いて、その連中の中に入っていった。

自分も馬鹿になろうとしたわけでなく、もちろん避難を促すためでもない。

何せ自分は警察でもヒーローでも、英雄でもないのだから。

ただ、少なくとも命が危険な場所で野次馬している奴らの中に、友人がいるのなら、せめて命の危険がない場所までひっぱっていくくらいはするだろう。

 

「何を、ブツブツ書いてんだ馬鹿イズク。観察するならせめてもうちょい離れてやれ」

 

「えっ?うわっ!?ちょ……四季さ、四季!?」

 

最前列まで無理やり割り込んで自分より頭一つ、二つ背の低い昔馴染みの襟をつかんで、来た道を再度歩いていく。ボサボサ頭が何か言っていたが知らん。

すまないが、ちょっと通してほしい。ああ、悪いな見知らぬ少年に少女におっさん、おばさん方。あんたらが死のうが知ったことではないが、知っている誰かが死ぬのは胸糞悪いんだ。

だから、ちょっと通してくれ。ここは、

危ないから。

ああ、ありがとう。通してくれて。すまない。俺の友人は危険から遠ざけられたから、引き続き命を危険にさらしながら観戦でもしてどうぞ。

 

もうわかってもらえたと思うが、俺の正義感なんてその程度だ。

 

隣人には警告くらいしよう。友人なら助けるくらいしよう。

ただ赤の他人のために命をかけるなどまっぴら御免被る。

 

人として、それほどに常識離れした価値観ではないとは思う。

だが、ヒーローとしては適さないだろう。少なくとも今この手に握って引きずられながらも敵とヒーローの分析を止めず、体を鍛えようと血反吐吐きながら自分や道場の連中に向かっていくような、赤の他人だろうと嫌いな奴だろうといざという時は助けようと動いてしまうような優しく強いヒーローの卵とは比較するのもおこがましいだろう。

 

そう、おこがましいのだ。自分がヒーローなんてのは。

 

 

だから、この時の俺は考えてもいなかったんだ。

 

全国の学校等に『ヒーロー科』といった子どもたちをヒーローへと育成するという新しい学科、そのヒーロー科の中でも最難関とされ、また最も人気がある『雄英高校』と呼ばれる高校。

 

そんなところに自分が在籍することになるとは。

 

本当に、思ってもいなかったんだ。

 

 

 

ああそれと、これだけは最初に言っておかねばならないだろう。

これは一つの終わりへと疾走した、馬鹿たちが織り成す悲劇と喜劇の物語だ。

 

 

 

 





チラシ裏から引っ越してきました。よろしくお願いします。

オリ主紹介


彼岸 四季(男性 16歳)

本編のオリジナル主人公。身長180cm、体重82キロ
個性のない時代なら大柄なマッチョというイメージだが、異形あふれる時代ではさほど目立たない。鋭い目つき、表情が基本無表情、一部以外には不愛想な態度。一見で受ける印象はあまり良くない。性格は臆病かつ平和主義者(自己申告)。そして、おそらくここまで読んでくださった皆さんはお気づきでしょうが、ヒーロー、及びそれを取り巻く環境に対して、いろいろとこじらせています。ちなみに年齢に関しては中学3年時点のものですが、間違いではありません。



個性『春夏秋冬』

春は安らぎを

夏は滾りを

秋は実りを

冬はもうすぐそこに。

個性の説明になってませんね。
詳細は本編が進んだら順次公開していきます。


ちなみに、処女作のため右往左往しながら作ってますので、更新は遅いです。そして内容の進みもかなり遅いです。
申し訳ございません。


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第2話 中学とは黒歴史できている(偏見)

いつも友人に前置きが長いといわれているので、今回は一言だけ。
2話書いておいて、オリ主は個性すらまともに出せてません。



さて、皆さん中学三年生とはどんなイメージだろうか。

個人的には将来を考える大事な時期だと思う。進路、受験、将来設計などを考える大切な時期だ。

それは、多くの夢を描くと同時に多くの夢が挫折する期間でもある。

例えばミュージシャンを目指す、プロスポーツ選手を目指す、芸能人などを目指すなど、誰でもとは言わずとも多くの人が一度夢見た職業ではないだろうか。

しかしそれらは競争率が高く、才能、努力、幸運、様々な要素が適さないとなれない狭き門を目指す人は、まず教師から自分と家族の希望を聞いた後に、それがどれほど困難な道か正確に伝える、まあ簡単にいえば、「困難だし、成功する人なんてほんの一握りだからやめとけ」と遠回しに助言することが多いだろう。特別な才能があれば、まあ別だろうが。

 

当然、この公立中学校でも教師が進路希望用紙を提出させ、

 

「えーお前たちも本格的に進路を考えていく時期だ。」

 

生徒に向けて、まずは軽い注意事項なり、真剣に自分の将来を考えてなど話して、

 

「まぁだいたいヒーロー科希望だよね」

 

などということは一切しなかった。

そして同時に騒ぎ出し、個性を発動し始めるクラスメイト。

ちなみに、個性は基本自分の敷地内など限られた環境でしか使用禁止。

もちろん校則違反で学校では使用してはならない。

 

にも関わらず、笑顔で軽く注意で済ます軽さ。

言いはしないがこの人は絶対教師に向いてないのではなかろうか。

 

ヒーローを目指す危険性、つまるところ殉職率やヒーローになるまでにどれだけの試験があり、成功例、つまり皆が夢見るヒーローがどれだけ大変で狭い門なのか、話す気などないようだ。

世界総人口の約八割が何らかの特異体質、「個性」を発現するようになった現代。

個性の発現に伴って爆発的に増加した犯罪件数、それに対抗するように生まれた犯罪者から民衆を助けるために生まれたのが、今でいうところの『ヒーロー』。

まるでアニメや特撮のように派手で、カッコ良く、敵を打ち倒すヒーローは時代を経るごとに人気が出ていき、なんと国から正式に公的職務として定められた。

もはやヒーローはテレビの中の架空の存在ではなく、世界的な職業となったのだ。

 

とはいえ、全員がそれを目指すのはどうなのだろう。

 

「これが中二病、というやつだろうか」

 

騒ぐ教室でボソリとつぶやく。

数世紀前によく流行った思春期特有の病だという。

万能感を感じたり妄想を現実のように思い、思い描いた自分を現実でも振る舞うようになるという、まぁ微笑ましい、大人になったら恥ずかしい病というか人生の地雷。

 

だが、それも目の前の光景を見れば、一概に中二病とも言い切れない。

なんせ手が岩になったり、火を噴いたり、手から針が突き出ていたり、数世紀前は考えはしてもできなかったことが、実際できてしまっているのだから。

だからといって、それだけだ。ヒーローになれる奴なんてほとんどいない。

ヒーローになるためには、条件があるからだ。

 

ではヒーローの条件とは何か?

 

強い個性を持つこと?

重要だ。弱者では凶悪には立ち向かえても正面切っては勝てない。だが、そんなもの道具や状況、連携などの条件を整えれば大抵どうとでもなる。

 

敵を倒すこと?

これも重要だ。敵とは個性を悪用する存在を指す。野放しにすればそれだけ被害が増える。だから間違えてはいない。かといって、それは一番重要なことではない。

 

少なくとも、今目の前で個性をひけらかす連中は持っていないものだ。

持っているとするならば、

 

「そういえば緑谷も雄英志望だったな」

「んだとコラーーー!!無個性のテメェが俺と同じ土俵に立てるわきゃねぇだろうが!!」

 

今吠えたツンツンした頭も手のひらも爆発している爆豪勝己。その勢いで出久の机も爆破する。

そして周囲の何人かは「勉強だけじゃ合格できねぇぞ」「いくら体力テストでいい点とっても無個性じゃ意味ねぇしな」と追随して馬鹿にしている奴らは決して持ってないだろう。

 

「そんなことはない!」

 

周囲の叫びも嘲りも押し返すような強い声が響く。

馬鹿にされていた緑の天然パーマのもじゃもじゃ頭、緑谷出久が忽然と立ち上がって目の前まできた自身の幼馴染、爆豪を見返す。

 

「偉大なヒーローを数多く輩出してきた偏差値79の国立【雄英高校】。日本屈指の難関ヒーロー科!でも、その入学規定に個性限定とは書いていない!無個性でもヒーローになれないとは言っていない!ヒーローに僕がなれるかどうか、決めるのは君たちじゃない!」

 

力強い瞳で、揺ぎ無く言い返す。

 

「ヒーローになれるかどうかは国が決めること!

そして僕がヒーローになりたいかどうかは僕が決めることだ! どこの誰にもそれを否定させない」

 

それを見つめ、俺は今日始めて笑った。

カラカラと心底おかしくて、笑う。

 

ああ、それだ。その目だ出久。その目が、その意思がヒーローに必要なんだ。

 

みんな出久がそんなにきっぱりと否定するとは思ってもいなかったのか、静まり返った教室に俺の笑い声はよく響いたのか、視線のほとんどがこちらを向いた。

 

だが、そんな視線はどうだっていい。

 

「何がおかしいんだクソ留年野郎(・・・・)

出久を睨みつけていた爆豪がこちらを向く。しかし、それもどうでもいい。

大事なのは、俺の視線の先、ブレない瞳でこちらを見る出久だけ。

 

だから視線すらあわせず、俺は笑った理由を述べる。

 

「おかしいからに決まっている。ヒーローが持つべき絶対の資質。それを持っている者に、持っていない奴らがお前には無理だと笑う姿が滑稽だ。だから笑った。それだけだ」

 

「んだとコラァ!! ヒーローの資質なんて無個性のデクが一番持ってねぇだろうが!!」

 

爆豪の反論に周囲のクラスメイトも同じように目線を鋭くしてこちらを見る。

ああ、本当にわかってない。わかろうともしてない。

 

「なら、校則や法律を無視して個性を使用し、無個性を集団で笑い者にするのが、お前らの言うヒーローなのか? 俺には他者を傷つけ、排斥しようとするヴィラン予備軍にしか見えなかったぞ?」

 

言われてバツの悪そうな顔をする者が半数、視線を下げて自分の行動を顧みている者がその更に半数。残りはさらに視線を鋭くこちらを見る。

そういうのだよ。多少煽った自覚はあるが、俺が言ったのはただの事実でしかない。

 

「ヒーローに必要な絶対条件の一つ!それは、他者を思いやり、見知らぬ誰かだろうと助けようとする心!ヴィランを倒すのがヒーローじゃない。ヴィランを倒すことで人を助けるのがヒーローだ。 それで、お前らはそれができるのか?」

 

こちらをにらんで来る者に視線を返しながら話す。今こちらを睨んでいる連中には見覚えがあった。この三年間で俺にケンカや因縁をつけてきた連中だ。俺は平和主義者だ。ケンカを売るなんて真似はしない。ただ無抵抗で殴られるほど馬鹿じゃない。少なくとも、このクラスで今俺を睨んでいる連中で、俺に組み伏せられたことがない者はいない。

 

だから、最後にはほぼ全員顔をそらした。ああ、だからダメなんだお前らは。

最低でも、あくまで最低でもだが、

 

「まぐれで勝ったくらいでいい気になるなよテメェ!

 試験だろうがケンカだろうが、次は俺が勝つ!」

 

そう、最低でも自分よりも強い相手だろうが向かっていく勇気、あるいは反骨精神くらいは持ってないと話にならない。

 

「そうか。精々頑張れ。ところで、いつまでこんな馬鹿らしいホームルームを止めないつもりですか先生」

 

そこで、話を切る。なぜなら爆豪の相手が面倒くさいからだ。

アイツこそ、今言ったことさえ改善できれば良いヒーローになるだろうに。

今のままなら、アイツの結末なんてこの『目』で見るまでもないだろう。

 

 

 

 

「やらかしたなぁ。暫くは静かな生活ができていたのに」

「うん。盛大に敵視されたね。特にガラの悪い連中に」

 

目立ちたくないから、しばらく大人しく生活していたのに、今日の出来事についつい本気で反応してしまった。大人げない。相手はまだ14、15の子どもだというのに。

 

「いや、四季も16だから。1歳か2歳しか変わらないから」

 

隣で出久が笑いながら訂正してくる。

確かに俺は1,2歳しか変わらないが、それでも年上だ。いろいろあって俺は学校に通えていない時期があったため、出久たちより年上なのだ。

相手はまだ世間を知らない中学生。なのに、少々、かなり、説教くさい言いかたをしてしまった。まるで大人ぶった子どもそのものではないか。

穴があったら入りたいとはこのことか。30歳ごろに黒歴史になりそうだ。

 

「でも、言ってることは間違ってないと思う。」

「ありがと。そういう出久も随分と立派なこと言えるようになったなぁ。三年前勉強ばかりしてたお前に見せてやりたいよ」

「『力だけの正義なんてただの暴力。ヴィランと変わりない。けど綺麗ごと言うだけの正義なんてただの無力だ。ヒーローになりたいならせめて体と技術くらい身に着けろ』、だったね。ホント、四季さんに出会ってなかったらそのままだっただろうなぁ」

「さん付けはいらない。たまに出るよな。」

「あっごめん。」

 

俺、彼岸 四季と緑谷 出久があったのは小学校卒業をひかえた時分だった。

それから3年ほどの付き合いになる。出久は俺が引くほどのヒーローマニアでオールマイトオタクで、そして強烈なヒーロー志望者だった。だが彼は個性がなかった。それで毎日のようにイジメを受けていたという。

それを目撃した俺が、まぁ、なんだ。年下相手にこう、くしゃっと軽くやってしまったわけだ。なお相手は手のひらから爆発する個性持ちやら指が伸びる個性やらを使ってきたがもちろん個性なんて使わない。

 

まっすぐ行ってぶっ飛ばす。

 

大抵の荒事はこれだけで済むのだ。昔の偉い人はいいことを言った。

まぁ流石に殴りまくるのはまずいので、大抵は体格差を生かして体当たりか、カウンターの掌底で吹っ飛ばして寝技で組み伏せていたが。

 

それからだ。個性を使わずに相手を倒す俺に、出久が教えを乞うようになったのは。

諸事情から荒事や個性の扱い、対応に長けていたとはいえ俺も14手前になったばかりの弱卒。教えられるものなんて少ない。

 

それにたまたま個性を使ったイジメの現場を見て、危険そうだから止めただけで、当時の俺たちに面識などなかった。だから最初は断った。

だが、何度か同じような場面に出くわし、または負けたお返しにと何度も馬鹿どもが来て相手をする度に、出久は俺にその技術を教えてほしいと頼んできた。

 

 

何故、と問うた。

返ってきたのは、無個性でも、ヒーローになれますかという問いだった。

 

答えでも何でもない。それは出久の叫びだった。心の奥にしまった、誰かに肯定してもらいたいと思う、出久の傷だった。

 

その涙まじりに縋りつく子どもに俺はあらん限りの声を出して答えた。

 

「甘えるなクソガキ!」

 

ああ、本当に中学時代とは黒歴史が多いものだ。

 

 

 

 




とりあえず2話投稿です。

まだ原作でいうと1話の半分も行ってないという進行の遅さ…申し訳ない。

チラシ裏から移動してきました。

週に一回、日曜日に投稿予定です。たぶん。


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第3話 諦めろという俺 諦めなかったアイツ そして今

ようやく、オリ主の個性が出ます。

まあ最後にちょっとだけですが。

拙い作品ですが、見てくださる方がいるのなら、最後まで続けていきますのでよろしくお願いします。


「甘えるなクソガキ!」

 

吠えた俺の声にビクリと華奢な少年、緑谷出久の体が震える。

だがその姿に、その何かに縋りつかないと立てもしないような弱々しさがかつての自分とあまりにそっくりで、立ち去ろうとした足は動かず、感情は口を動かした。

 

「俺がここでお前はヒーローになれないと言えば、お前は諦めるのか!

ヒーローになりたいなら、泣くな! 己がそう決めたのなら揺らぐな!

本当にヒーローになりたいなら、誰かを助けたいなら、そんな暇なんてない。

無個性なら、なおさらだ。身体も、知識も、技術も、鍛えようとすればもっと鍛えられたはずだ。」

 

 

だが、それもない。少年はお世辞にも良い体格とは言いづらいが、それでも両手が両足があり、目も耳も、おそらく身体も健常だ。だが、それだけ。鍛えている形跡はない。それが、余計に心を騒がせた。

 

無個性でも、身体と技術を鍛え上げればそこらのヴィランになど負けない程度にはなれる。

そうなれる可能性がありながら、この少年が抱いているのはその頭で考えたヒーローの観察日記のようなモノだけ。

 

情報は大事さ。敵も味方も、まずは情報ありけりだ。対策も連携もしやすいだろう。

だが情報や分析だけしてても、実行に移せないのではただの紙きれと何の違いがある。

 

「お前がやっているのは机上の空論だ。そんなもので人が動かせると思うな」

 

返答は、ない。

期待もしない。その涙があふれる瞳で、前が霞んだ目で、助けるべき人が見えるか?

否、考える必要もなく否だ。

 

「あげく、今無様に誰かに答えをもらおうとしている。

誰かに肯定してもらいたいと、そう願っている。ふざけるな!誰かに何かを言われた程度で諦める程度の脆弱さで助けられる者なんか何もない!」

 

何を熱くなっているのか。

相手は10を少し超えただけの子どもだ。わかっている。これは理不尽極まりない叫びだ。この子が悪いわけでも、この子の両親が悪いわけでもない。ただ個性という超常が、幻想が、この子には宿らなかったから、夢を見ることさえできなかった。そんな運の悪いだけの子どもだ。運命にそうはならないとつき尽きられただけの子どもだ。

 

何も責はない。けれど、それでも

 

「俺がヒーローにでも見えるか!?そんなわけねぇだろう。こんなもの戦い方も個性の使い方もわかっていない子どもを力で抑えているだけだ。力だけの正義なんてただの暴力。ヴィランと変わりない。けど綺麗ごと言うだけの正義なんてただの無力だ。ヒーローになりたいならせめて体と技術くらい身に着けろ

両手を合わせて、膝を地につけて祈る暇があるなら、一歩でも多く走れ。一回でも多く拳を振れ!

最低限、死ぬ気で努力してから出直してこいクソガキ—— 今のお前は、ヒーローにはなれない。」

 

苛立ちを年下にぶつける、これではどちらがクソガキだというのか。

間違いなく、俺のほうが餓鬼で、くそったれな生物だ。

 

けれど、この目に映った景色が、この目が映した過去が俺に最後まで胸の内をさらけ出させた。何を偉そうに言っているのか。

自身など、その少年のような夢すら諦めた残骸のくせに。

 

そんな風に考えていたから見逃した。

俺が逃げるように去っていく背中を、見る瞳を。

その体が放つ『色彩』が輝く様を見逃したのだ。

 

それから1年後、俺たちは争乱の中で出会い、クソガキ——緑谷出久との長い付き合いが始まっていくのだが、それは思い返すのは、また今度だ。

 

何故なら、そんな暇がもうなさそうだからだ。

 

 

「出久止まれ。そのマンホールの下、嫌な色が見える」

 

 

俺の声に反応して、出久はカバンを左手だけに持ち替え前に突き出し、右手を曲げて拳を握った。即席の盾と、自分が一番信頼する拳を即座に構える出久に頼もしさを覚えながら、俺もカバンを放り投げて拳を作って、顎の前に盾のように構えた。

 

同時に、マンホールのふたから粘液が凄い勢いで噴出し、悪臭を感じる前に俺たち二人合わせても足りないほど大きな影が、二人を襲った。

 

同時に、俺たちは左右に跳ぶ。

相手は流動性のあるものになれる『個性』。あるいはそういう個性をもつ『異形型の個性』。

 

「MとLサイズの……隠れ蓑が二つ…。一つは殺して一つは奪う…」

 

そして、今瞳を確認した。こちらをただの道具としかみていない目だ。同時に個性による『色彩』確認。色は黄土色、しかしこの眼がとらえるのは照らすような光ではなく周りを侵食するような影。気持ち悪い。見るだけで吐きそうな色に、ついでにマンホールの中から出てきたからか、元からなのか悪臭までしている。そしてそれが俺たち二人を視認して体当たりしてきた。おまけにどちらかを殺す発言を公然としてきた。命の危機。ならば個性を使ってもよい非常事態であることは対外的にも証明されたと思っていいだろう。

 

つまり、こっちも全力でぶっ飛ばしてもOKだ。

 

「出久!相手はまともな攻撃は効果ないかもしれん。対処法はわかるな!」

「固まらせる個性持ちを待つか、それに類する道具を使うか、まともじゃない方法で倒す!」「なら答えは一つだな」

 

発言とほぼ同時、俺と出久が左右の壁を蹴り、その勢いのまま互いの拳が相手の頭と思われる目がある場所を一息で振りぬいた。ラリアットのような一撃は互いに交差するぎりぎりで振りぬかれ、その分僅かではあるが、相手の身体が回りに飛び散った。

 

「こ、このガキども」

 

痛みを感じた形跡、なし。つまり痛覚はほぼないと仮定して良いだろう。

 

好都合だ。思う存分にやれる。

 

「四季、できるだけ吹き飛ばそう。原型留められないくらいコマ切れにすれば無力化できそうだ。ただ捕まえようとしたら、その場から身体ごと移動して。さっきの感触からして手で振り払ったくらいじゃ効果なさそうだ。攻撃するならできるだけ当てる面積を大きく!」

「OK。いい判断だ出久。とりあえず俺が前に出るから、その間にヒーローか警察に連絡頼んだ」

 

相手の分析、及び、こちらへの脅威確認。これなら個性を使っても文句はないだろう。故に自身の個性の一端を開放するための、準備を口にする。

 

『紅く目覚め、夏の太陽のように視界の全てに手を伸ばせ。』

 

個性の使用は私有地など特別な場所以外では許可が必要だ。だが、例外もある。それは、例えば自身の命に危機が迫った時のような非常事態だ。相手の詳細事情などわからない。しかし、この瞳にとらえた『色彩』は既に地下の相手が誰かの命を奪っているような外道だと判断した。そして、実際にいきなり襲い掛かられた。故に、迷いはない。

 

彼岸 四季。その個性の名は『春夏秋冬』

 

四つの側面を持つ、一つの個性。

それが俺の個性。

そして、最も単純で、戦闘向きなのが、『夏』を冠された個性。

その能力は簡単に言えば、強化。

何を強化するのか。それも単純明快。

全て、だ。

 

瞬発力、持久力、耐久力、視力、聴力、嗅覚、触覚、反射神経、運動神経、思考能力から第六感といわれる直感に至るまで、全ての力が生物として人間の範疇を、常識を超える。

 

ただし、その強化率は時間と効果が反比例している。

つまり強化率を高くすれば、短時間しか活動できない。

逆に強化率を低くすれば、数時間以上の活動が可能だが全ての強化が最高強化とはくらべものにならないほど弱々しくなってしまう。

 

とはいえ、今はそれは関係ない。

先ほどの攻防から見ても、相手は自身の物理攻撃をほぼ無効化する個性に胡坐をかいて、たかだがちょっと鍛えているだけの中学生の攻撃をまともにくらう程度だ。

油断ならない個性だが、脅威になるだけの存在じゃない。

 

「なめるな!俺にはお前らの攻撃なんてきかねぇんだよ。さっさと身体よこせ!!」

 

身体をよこす。

つまりは身体の中に入って隠れたり、操ったりもできるのだろうか。

なるほど。情報はありがたい。そしてこいつが馬鹿で、ずいぶん慌てているのも今の会話でわかった。

 

急いでいる。何かに責め立てられるかのように急いで俺たちの中に隠れるなどという行為をしようとしている。だから行動が一直線だ。

 

だから俺がとった行動も単純だった。

 

正面からの迎撃。

引くことなどなし。むしろこちらも突撃を開始する。

ただし、先ほどの出久のアドバイスは忘れずに。

 

今そこらにある物体で、相手の攻撃を防ぐ硬度があって、なおかつ面積が広いものは、すぐ見つかった。即座に隙間に指を引っかけて引き抜き、片手をつかみ上げて、大きく振りかぶる。

 

 

俺が手にしたのは武器というにはあまりに異質だった。

それは金属の塊だった。

それは武器になるような刃などはついていなかった。

それは綺麗な円形をしていた。

それはいつもなら道路など、地面についている物だった。

 

もうお分かりだろうか。マンホールの蓋である。

ただし、これは金属製、大きさ90cm、重さは実に100キロ超。

 

盾にも武器にも使える便利な鈍器である。そこらにあるし、硬度、攻撃面積、重さも申し分ない優れものだが珍しくもないだろう。

まあもちろんそんなものを武器にする阿呆など俺は見たことがないが。

 

「は?」

 

強化した五感が相手の流動体の中にある眼球の瞳孔が驚きで開いたのと間抜けな声を確認した。

 

うん、殴るならあそこが良さそうだ。

これがホントの目印ってやつか。

 

そんなどうでもいいことを感じつつ、相手の眼球めがけて最初のマンホールフルスイングが炸裂した。

 

 

 

 




流動体の相手には直接攻撃って効きにくいですよね。たぶん。
ならどうするか。

オールマイトみたいな常識外れの超パワー?いや、無理です。
エンデヴァーみたいな流動体でも効果があるような特殊攻撃?
そんな便利な個性はそうそうない。

だったらどうするか?
そんなことを考えた時に大きな鉄塊が転がっていました。
それは蓋だった。けれど、ただの蓋というにはあまりに重く、分厚く、そして振り回したら楽しそうだった。

つまりはそんな感じで、主人公が初めて使った武器はマンホールの蓋です。

次は10月11日に投稿予定です。


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第4話 №1ヒーローと緑谷出久  ファースト

前の話で次回は10月11日投稿と言いました。

大嘘でした。思いのほか筆が進んだので、投稿します。


彼岸 四季

 

それは僕、緑谷出久がまだ小学生だったころに出会った年上の同級生だった。

 

本人曰く、個性の都合で病院などに入院していたため、まともな教育が受けれず僕たちの同級生になったとのことだった。

 

目つきが鋭く、笑わない。顔の筋肉が死んでいるのかと思うほどの無表情は当時の僕たちをまるで睨んでいるように見えた。

 

だからだろうか。彼はよくガラの悪い連中や他校生、はては高校生や大人にまで因縁をつけられることがあった。もちろん彼には非はない。最初は荒事にならないように丁寧な言葉で受け流していた。本人曰く、平和主義者だからケンカはできるだけ買わないし売らないということらしいと後から聞いた。

 

僕らに接点はなかった。ただ、クラスが同じになっただけ。しかも6年生の途中からだ。中途半端な時期の転校生。あまり対人関係のスキルがない僕は話しかけることもできなかった。

 

関係が変わったのは、僕がいじめられている時だ。

許可された場所や資格がないと使ってはいけないとされる個性。

しかし、子どもにとって個性とはこれ以上ないほどの遊び道具だ。そして自分を強く誇示するための看板みたいなものでもあった。

 

だから、攻撃性が高い個性や使い勝手がいい個性を持つ者は必然的に高圧的に、そうでない個性を持つ者は目をそむけるか、高圧的な個性に迎合するか、無個性の僕のようにイジメの対象となるかだった。

 

これが日本の僕の周りだけなのか、それとも世界規模で同じようなことが起きているのかはわからないし、どうでもよかった。

 

ただ、僕はそんな現実を変えたかった。自分がイジメられるのは耐えられた。けれど、目の前で他人がイジメられるのは耐えられなかった。だから、いつも前に出ていた。

 

「こ、こここここれ以上は許さないぞ」

 

震える足、震える手、揺らぐ心。それでも誰かがイジメられているのを見て何もしないのは、僕が目指すヒーローじゃない。

 

その一心で相手に…主に幼馴染であるかっちゃん、爆豪勝己の前に立った。何度も、何度も。

それこそ4歳のころからずっと、だ。

 

でもあのころの僕はわかっていた。世界は平等じゃなく、理不尽でできていると。

 

 

だから、その日もまた殴られると思った。だけど、その想像を吹き飛ばしたのは、一度も話をしていない、目つきの悪い転校生だった。

 

彼は何もいわずに現れ、爆豪を含めた三人をあっさりと倒してしまった。

最初は増強型の個性かと思った。けれど彼は力が強くなったわけでも、速くなったわけでもなく、ただ淡々と向かってくる相手の攻撃を避け、カウンターを食らわせ、あるいはいつの間にか地に投げつけていた。

 

個性が流行する前に流行っていたという武術。あるいは武道といわれるものであることは知っていた。ただそれをここまで高いレベルで、自分と同じ年ごろの人が使うのを見たのは初めてだった。

 

個性を使わずに個性を使う相手に勝つ。

それはつまり、無個性の自分でもヒーローになれるかもしれないという可能性ではないか。

 

 

だから縋った。

外聞などなく泣きすがり、断られた。

何度も、何度も、何度も教えを請うては断られた。

 

そこにあったのはヒーローになれるかもしれないという希望、じゃない。

根底にあったのは誰かに肯定してもらいたいという願い。

 

そんなだから、否定された。

 

「誰かに何かを言われた程度で諦める程度の脆弱さで助けられる者なんか何もない!」

 

 

そうだ。いつだってそうだった。

誰かを助けようとした。けれどそれが為されたことはない。

 

「両手を合わせて、膝を地につけて祈る暇があるなら、一歩でも多く走れ。一回でも多く拳を振れ!」 

 

 

無個性だから、と言い訳をしていた。この身体を言い訳にしてしまっていた。五体満足で動けるように産み、育ててくれた両親がいるのに、両親からもらった身体を言い訳にヒーローになれないと俯いていた。

 

上を見て、周りを気にしないで頑張ろうなんて思っていた。けれど、本当に頑張っていたのだろうか?

 

もう一度、去り行く彼を見た。

かっちゃんを制した右腕は僕の両腕よりも太かった。鞭のように絡みつく指を一本残らず弾いた速度は目で追えなかった。空、頭上という視覚の外からの全体重を乗せた蹴りを見もしないでかわして気づいたら相手がクルクルと回転しながら地面に倒れたのは何をしたのかもわからなかった。

 

もちろん彼にも個性はある。一度使っているのを見た。けれど彼はそれを使わない。使う必要もないほど努力してきたのだ。

 

なのに自分はどうだ。

毎日走っているか?腕や足、身体を鍛えて、何かしらの武術を磨いたりしてきたか?

答えはノーだ。何もしてこなかった。

 

無個性だから、誰にもそうなれると言われなかったから、半ば折れていた。

 

そこを見抜かれていた。だからダメだと言われた。

 

だから変わろう。今だ。たった今から僕は、変わらなくてはならない。

そう、いくら祈っても自分で動かないと夢なんて叶わない。だから歩きだそう。いや走りだすのだ。今ここから緑谷出久は疾走を開始する。しなければ一生あの背中に、そしてそのずっと先のオールマイトのようなヒーローもなんて慣れっこない。

 

 

緑谷出久は4歳にして、無個性という絶望を知り、11歳にしてようやく、決意を固めることができた。

 

 

それが、僕と彼岸 四季との出会いの物語。

 

 

それからいくつかの事件や衝突があって、僕らは友人になった。

共に武術を切磋琢磨し、勉強を教えあい、たまにケンカもする。

 

おそらく、きっと僕の最初の友人。

 

けれど、その背中はまだ遠い。

 

 

 

目の前で四季はマンホールを振り回していた。

重さ100キロ以上あるはずの鉄の塊を片手で振り回し、流動性のある泥をあたる傍から辺りに吹き飛ばしていた。

 

身体が淡く赤い光を宿していることから彼が使った個性は自身の身体能力を高める増強型だ。彼には個性が四つある、という。

 

いや正確には1つの個性が四つの側面を持っているというべきものらしい。

全てを見たことはないが、今使っているのはその中で最も戦闘的な個性だ。

 

相手も抵抗しようとしているが、泥を伸ばしたところを払われ、全体を覆うとすれば、瞬時に後退するか、マンホールを盾に一点突破する。

 

四季が優勢だけど、相手は物理的なダメージはほとんどなさそうだ。また集まれば厄介。

既に警察に連絡を入れた。ヒーローか警察が来るだろうが、到着までは時間がかかるだろう。それまで、四季の個性が持てばいいけど…何か僕にできることはないか。

 

流動体、飛び散った破片は動いているものも動かないものもある。

動くものは元の身体に戻ろうとしている様子だ。なら、今僕がすべきことは、

 

「飛び散った破片を回収して、本体と合流できないようにする、かな」

 

思い立ったらまずは実行。近くにあった自販機の横のごみ箱、そこから中身の空のペットボトルを道路にぶちまけ(もちろん使わなかったら後で元に戻します)、片っ端から相手の身体をボトルに詰め込み始めた。

 

戦っている四季とは比べ物にならない地味な作業。でもできることは何でもやる。

それが少しでもヒーローになるための、僕の決意なのだから。

 

 

 

「さて、大体終わったか」

「そうだね。まだ破片が多いけどもうペットボトルには詰め込めないし」

 

 

およそ3分、といったところだろう。

先ほどまでこちらの何倍もありそうだった敵はもはやバケツ一杯分くらいになるまで小さくなっている。

 

結局俺がマンホールの蓋でそぎ落とし、出久が思いつきでペットボトルに回収してくれたおかげでヴィランは再度集まることもできず、ここまで小さくなったわけだが……こいつこれ以上やったら〇んだりしないかなと思い、今は俺が本体、出久が周囲に飛び散ったコイツのかけらと詰め込んだペットボトルを見ている。

 

後は警察かヒーローに引き渡すだけ、だと思いたいが、なんだろう。

さっきから妙に自分の個性が反応している。

 

目の前のヴィランにではない。けれど近くに、恐ろしいほど強い何かがいる。

それに、自分の個性が震えている。

まさか、こいつの仲間?それともコイツを追ってきたヒーローか、もしくは敵対するヴィラン。

 

「このガキども!絶対許せねぇ!絶対痛い目みせてやる!!」

 

小さくなってマンホールの蓋の下敷きにされたヴィランはまだやる気のようだ。もっとも小さくなりすぎてもうマンホールの蓋から這い出る力もないようだが。まあ、這い出ようとしたら今マンホールに乗せている俺の足が思い切り四股を踏んで潰すが。絵面的には俺のほうがヴィランな気がするが、気にしない。

どのみち警戒が必要だなと思い、気を入れなおした瞬間、その人はきた。

 

 

「もう大丈夫!!私が来た!!ってアレ!!?もう終わってる!?」

 

そんな間の抜けた声とは裏腹に、震えあがるほどの覇気を滾らせ、その人は俺たちの前に現れた。

 

ヒーロー飽和社会ともいわれるほど数多くいるヒーローたちの中で、ずっとトップヒーローを冠し続けた生きた伝説。

 

№1ヒーロー、オールマイト

 

 

 

「いや、すまない。このヴィランを追っていたんだが、まさか私が来る前に退治してくれているとは。」

 

「いえ、こちらも逃げられなさそうだったので個性を使用しましたから。正当防衛、成立でいいですよね」

 

「ああ、もちろんさ。何せ君たちを危険にさらしたのは私の失態!そしてこのヴィランは狡猾で前科も多い。君たちが咎を受けることはないとも」

 

やっばい。何がやばいかというと目の前のオールマイトがやばい。

 

何がヤバいのかというと、その『色彩』だ。

『色彩』とは俺の個性『春夏秋冬』の基礎ともいえる能力だ。

ややこしい個性であるが、簡潔にいえば『人の生命力を視認し、生命力に直接、ないし間接的に干渉できる個性』だ。

 

俺の目には生命が持つ『生きる力』、またはそれに近い『何か』がその人を纏った水のように視えている。体からあふれるようなら健康、ほとんど水がないなら死が近い、といった具合だ。実際はもっといろいろ特徴があるし、近いから水のようといったが、俺自身も言葉で表現できず、あえて言うなら、それが一番近いというだけである。医者からの個性診断において形ないものを形あるものとして認識するために脳が判断した一番わかりやすい表現がそれであり、共感覚に近いものと診断された。

 

まあ生命力の形や認識はその程度だが、色彩は実に多彩だ。出久なら綺麗なエメラルドグリーンで光輝いている。これは出久が心身ともに健康で活力に満ちていることを表している。

 

ではオールマイトはどうか。

これが、ヤバい。何がヤバいのかって、目の前の凄まじい力を感じるナンバーワンヒーローは、俺の目には瀕死の重体のように水がないように視えるのだ。先にも言ったが、水が見えないということはその人の死が近いということだ。

その癖に僅かに残っている色彩は多彩で白、黒、赤、紫、青、黄色と一体どれが本当なのかわからない。しかも僅かな生命力しかないはずなのに、それが持つ力が膨大すぎることがわかる。

 

それこそ今すぐ此処から逃げろと、本能が叫びだそうとするほどにこの人は次元が違う。なのになぜ、そんなに死にそうに見えるのか。

 

そんな俺の疑問を他所に、オールマイトからサインをもらった出久がオールマイトに話しかけていた。

 

「オールマイト一つ、伺ってもいいですか」

 

震える声、ではなかった。

ただ、確かめるように一言一句はっきりとした問いだった。

 

「僕は、無個性です。それでもヒーローを目指しています。無個性でもヒーローになれますか?」

 

それは、いつか聞いた問いだった。

 

「……ヒーローはいつだって命がけだ。私も、誰もかれもが今日死ぬかもしれない。そんな気持ちで生きている。そんな世界に個性なしでなれるとは、私には口にできない。」

 

「…わかりました。」

 

既に、答えが出ている問いだった。

だから出久がどんな反応をするのかもわかっている。

 

「なら僕は、個性なしのヒーローとして、命がけで生きていきます!!」

 

破顔したのが自分でもわかった。表情筋がほとんど死んでると言われる自分でも今の問答は痛快だった。

オールマイトも思わず、といった感じで口を開けて呆けていた。

 

別にオールマイトの言葉を信じなかったわけじゃない。そも出久はオールマイトオタクといえるほど彼に憧れている。その憧れに真っ向から否定された。

 

それでも、まだ、彼の心は折れてはいない。

その心の決まり方があまりに潔くて、眩しい。

 

これが、緑谷出久。 俺が信頼し、尊敬するヒーローの卵だ。

 

 




追加情報  彼岸 四季の個性について

春夏秋冬は四つの複合個性のように見られるが実は一つの個性の別側面である。
本来は『人の命を視認し、干渉できる』ことができる力。

わかりにくいですよね。つまりハンターハンターの念を想像してもらい、それがもう少し水っぽく見える。そしてそれに干渉できる力です。

増強型は『夏』、自身の命を活性化させて生物としての能力を底上げする。
単純な力や速度の上昇だけでなく、体自体の強度や五感も鋭敏になるなど、人としての能力の限界を超えた力を発揮できる状態です。ただしデメリットあり。詳細はまた今度で。

緑谷出久(14)
覚悟はいいか?僕はできてる!と言ってしまえるくらいにヒーローになる覚悟がガンギマリしている原作主人公。強化されているのは肉体だけでなく精神もタフネスです。


さて、次回こそ話を進めましょうかね。

読んでくださる方々、お気に入りしてくださった6人の皆様ありがとうございます。拙い作品でよろしければ次話もよろしくお願いします



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第5話  ヒーローの資質 それがないのが彼岸四季

休みがとれたんです。

けれど、某感染症で友達に会いにいけず、旅行にもいけず、飲み会すら自粛される始末。

釣りがしたい。ボーリングがしたい。カラオケがしたい。ジムに行きたい。サバゲ―をやりたい。

そんな煩悩の振り払うように仕事に没頭、できずに逃避するように書いたため2時間で終わりました。

10月11日更新とはなんだったのか…




「私の聞き違いかな。それとも伝わらなかったかい、私たちヒーローの覚悟が」

 

呆けた顔をしていたナンバーワンヒーローは、一瞬で顔を取り繕い、言葉を発した。

ただし、その言葉は先ほどまでの友好的な様子や先人としての余裕さはなく、ひどく真剣で、そしてどこまでも真摯な声だった。

 

「覚悟は伝わりました。ヒーローはいつだって命がけ。

わかっているとは言いません。僕は命の危機なんて数回しか経験したことありませんから。でもこれだけは、譲れません。個性があろうがなかろうが、僕はヒーローになる!」

 

臆することなく、言ってのけるのが緑谷出久。

現役ナンバーワンヒーロー相手にそこまで啖呵きれるのは素晴らしい。

 

「何が、君をそこまで駆り立てる。どうしてそうまでしてヒーローを目指すんだい?

人を助けるなら警察や消防士だって立派な職業さ。そちらのほうがよほど普段人を守っているよ」

 

「最初は憧れでした。あなたの人を救う姿に憧れました。4歳で無個性と言われて、ヒーローにはなれないと皆から言われて、そして今、あなたにもそう言われた。

昔の僕なら、ここで折れていました。」

 

出久は自分の手を見る。

年不相応な分厚い手の平。何度も握り、放った拳が傷だらけで肥大化していた。

けれど、それは個性持ちには決して届かない力だ。

増強系や異形型の個性持ちなら今の出久よりも単純な力なら数段上だ。

オールマイトなど天と地、いや天を突き抜け月まで届くほどの差があるだろう。

それでも、この手でできることもあると知っている。

 

「けれど、もう違います。僕はあなたになりたくてヒーローを目指すんじゃない。人を救うためにヒーローになります。目の前で理不尽に奪われる幸せを、日常を守るヒーローになります。あなたのように派手でなくとも、あなたのような個性がなくとも、人は人を守れろうと思えば、誰かを救える。それを証明できるようなヒーローに僕はなります」

 

綺麗ごとだ。

子どもの絵空事だ。

笑うなら笑え。

 

だが、俺は出久のこういうところが好きなのだ。

何も知らない人たちの幸せのために、自分の命の全てを燃やすその光が、何よりも眩しい。

それはおそらく、人としては間違っている。狂っているといってもいい。

だが、だからどうした。

命を救うために、狂わなければならないならそうなればいい!

そうして救われた命が、人が笑えるなら本望だとコイツは本気で思っている。

 

その『色彩』はまさにエメラルドグリーン。

成長する木々のように雄々しく、瑞々しく、燃えるような緑。

 

その光に魅入られたから、今でもこうしてコイツと一緒にいるのだ。

 

「……覚悟は変わらず、か。その年で何が君をそこまでにしたのかわからないが、それならばもう止めはしまい。ただし、君が死んで泣く人がいることを忘れるんじゃないぜ」

 

「はい!」

 

決して肯定されたわけではない。しかし、オールマイトも出久の並々ならない覚悟は感じ取ったのだろう。

俺のような眼がなくとも、この人は間違いなく一流のヒーローなのだから。

 

「ゴホっ、ゴフ」

 

「オールマイト?」

 

気のせい、か?今オールマイトに見える『色彩』が歪んだ。それに口からも少し吐血しているように見える。

いや、そういえば俺たちで何とかできるヴィラン相手程度を、オールマイトが逃がすだろうか。否、ありえない。

「オールマイト、あなたから重傷を負った人のような『色彩』が見えます。まさかどこかにケガをされているのでは?」

 

「し、しきさい?」

 

「あっ彼、彼岸四季の個性なんです。何でも相手の生命力が見えたりそれに干渉したりできる個性で、その用途は自分の強化だけじゃなくて変装した相手を見つけたり、自分以外の人にも作用できたり幅広く使えって、ケガしてるんですか!?す、すぐに病院に。」

 

出久の個性研究講座(対象の個性をブツブツ言いまくってノートに書きまくって研究したものの総称、ぶっちゃけこの時は不気味を通り抜けて目がイッテて怖いまである)が出ようとしたが、やはり憧れた人物が大けがをしているかもしれないと聞いて正気に戻る。

 

「な、なるほど。しかし、問題ないさ。少し古傷が痛んだだけだよ。今日はオフだし少し気を抜きすぎてしまったかなHAHAHA」

 

いや、絶対嘘だ。古傷痛んだくらいで吐血するか。

 

「いかん。それではな少年たち。ヒーローは常に時間と敵との闘い。

またテレビを通じて応援よろしく!」

 

止めようとしたが、さすがにナンバーワン。

ジャンプ一つでビルのはるか向こう側へ消えていった。

 

最後に少し、煙、水蒸気のようなものが出ていたのは気のせいか?

 

まぁそれにしても

 

「これで、3度目のヴィラン遭遇と撃退か。その上今度はナンバーワンヒーローとかち合うなんて、出久、お前もしかしなくてもトラブルに愛されてるのか?」

 

「いや……多分それは絶対四季だと思う。」

 

言うようになったものである。

否定できないのは辛いところだが。なんせ俺の個性『春夏秋冬』は自分を含め多くの人の生命を視る。その中で、まれに眼がズレることがある。

ズレるとは、その生命の今を見るのではない。生命が培われた環境、つまりは過去を見ることもある。それ以外もたまに視えてしまう。

今は個性が制御できるからいいが、個性発動時はよくズレてしまって、いろいろあった。

 

まあそんな特殊な個性だからか、俺はよく面倒ごとに巻き込まれるタイプだ。

もちろんこの目つきや表情が固いことが原因のことも多いが。

 

「さて、帰るか。今日の訓練もしなきゃならないしな」

「そうだね。ところで、四季は進路希望雄英にしたの?」

「………俺はヒーローのガラじゃないだろ。だいたいヒーローなんてのは、お前やオールマイトみたいな輝いている奴がなるものだ。俺は他人のために命かけられるほどお人よしの狂人じゃないんだよ」

「あれ?今褒められた?貶された?」

 

もちろん褒めている。

ただお前の狂っているところを褒めているだけのことだ。

 

そう、他人のために命を懸けるなんて狂っている。

それなら名声や富のためにヒーローしてます、なんてのがよっぽどまともだ。

だって自分のためだからな。自分のために人助けします。大いに結構。よほど人間らしい。

 

けれどまぁ、そんな人間辞めてる連中こそが、きっとトップヒーローの資質なのだろう。

そして、それこそが、俺の眼に焼き付いて離れない眩い光を放つ、何かなのだ。

 

 

それは、俺にはない。

ないのだ。俺には。

 

どうしても、どうしようもなく、その光だけは俺の『眼』には映らない。

俺は平和主義で臆病で、そしてどうしようもなく、人でなしで、人殺しなのだ。

 

 

 

 

 

「SHITだ。全く情けない。子どもたちとの問答に気をとられて、自分の活動限界すら把握できなかったなんてな」

ビルの屋上で柵を背に一息つく。

先ほどここに飛び移る前とは似ても似つかぬ痩身の身体に止まらない痛みと吐血。

 

吐血と痛みはこのビルに飛び移る前に個性の限界が来たためだ。

着地の寸前でトゥルーフォーム、今の痩身な身体に戻ってしまった。

咄嗟に受け身をとったが、それでもダメージがゼロになったわけではない。

 

全く、個性の活動限界時間といい、この痩身といい、己の身体の劣化具合に、己自身のふがいなさに腹が立つ。

だがまだ、私はヒーローでいなければならない。

 

まだヒーロー、オールマイトは死ねんのだ。

せめて、この身が朽ちるその前に、後継たる者をさがさねばならない。

 

そのために、来年から無理を押して雄英高校、かつての我が母校にしてヒーロー育成機関として最高峰の学園への教師としての赴任するのだ。

 

新しい平和の象徴を育てるために。

 

 

「そういえば…あの二人、中学3年と言っていたか…。もしかしたら…」

 

あの二人が雄英に受かり自分が授業を受け持つこともあるかもしれない。そう思うのは彼岸少年のこちらの深淵を覗き込むような視線を見たためか、それとも、あの無個性の少年の揺ぎ無い精神を垣間見たためか。

 

「やれやれ…若い熱に当てられたかな。取らぬ狸のなんとやらだ。まずはこのヴィランを警察に届けて…」

 

そうしてポケットに入れたはずのヴィランが入ったペットボトルに手を伸ばし……

 

「シーーーーーーット!!!!」

 

ここに来て、ようやくこのビルに飛び移る前、おそらく個性が解けた時に捕獲していたペットボトルを、ヴィランを逃がしてしまっていたことに気が付いた。

 

 

爆音が街に響き渡る。

それに、俺と出久は足を止めた。俺は聞きなれた音であったため。出久は、聞きなれすぎた音が、いつもよりずっとひどかったため。

 

「おい、出久、まさか、だが」

「行くよ。今のは、かっちゃ…爆豪の個性の音だ」

「いや爆発音なんてどれも同じようなもんだろ」

 

と言っても聞く気はないな。

既に走り始めた出久を追って俺も疾走を開始した。

 

ああ、本当にトラブルメイカーはどちらなのか。あるいはどちらもなのか。

そんなことを考えている間にも俺たちは走り、そしてビルの隙間の暗がりに俺は今まで一度しか見ていないような信じられないような『色彩』をもう一度、全く別の風貌の人物から見た。

 

 

 

 

 

肺と胃の部分が痛み、おまけにビルに飛び降りた際に足の骨を痛めたらしい。走ることすらままならない。

それでも私は行かねばならない。

 

何故ならこの混乱は私の失態であり、私がヒーローだからだ。

 

だから足を進める。この身体で何ができるか、そんなことは考えず進めた先で、

 

「オール、マイト?」

 

先ほどの少年たちに出くわした。それも、オールマイトの肉体ではなくトゥルーフォーム、今の痩身瀕死の肉体で、だ。

 

 

 

 

 

オールマイトとは似ても似つかぬ人相に背丈。だが、この眼がその『色彩』を見間違えることはない。

 

「オールマイト! どうしたんですかその姿、いやその前にやっぱり傷が」

「いや、私は八木俊則というものでオールマイトでは」

「俺の個性にそんなウソは通じません!」

「えええええ!!!?オールマイト!? しぼんだ!?個性!?? しぼむ個性!?い、いや違う考えろ緑谷出久。しぼむというよりはやせ細っている。ということはオールマイトの個性はやせ細ること?そんなわけないだろ。個性は基本的に身体機能の拡張や超常現実化がメイン。つまりマイナスの退化ではなく何かしらのプラスの進化であるはずだ。それならやせ細ったというよりもさっきまでの姿が個性でこちらが個性なしのオールマイト?でもそんな記事や情報なんてどこにもないし。情報隠蔽?それともやっぱり別人?でも四季が見分けられないわけもないし、ああでも双子ってことも」

 

後方で混乱している出久がいるが今は無視だ。

とりあえず、目の前の怪我人の治癒が最優先。

 

「個性を使用します。動かないでください」

「個性?君の個性は生命力を活性化した増強系では……」

「それを知っているってことは間違いないですね」

「うっ………」

 

思わぬところでオールマイトである証拠が出てきたが関係ない。

今から使う力はかなり繊細で、集中力いるし滅茶苦茶疲れるんだ。

 

「すまん出久!『春』を使う!周りが見えなくなるから周囲の警戒頼んだ。爆発音が近づいてきたら教えてくれ!」

「あっりょ、了解!」

 

ようやくまともに戻った出久に警戒を任せる。

これは集中するあまり周囲に対して全く無警戒になる、仲間がいる場所か安全なところでないと使えない。まあ俺の練度不足なのかもしれんが。

 

「彼岸少年、何を」

「とりあえず、今の傷だけ先に治します。ひどいのは中身ですが、とりあえずは足ですね」

 

手のひらを相手に向けて集中。自分の生命力を手と心臓だけに集中。

心臓をポンプに、手から血を輸血するようなイメージ。

そして癒すことに自分を使うというイメージを形作るための、自己暗示。

 

「春は芽吹き、命が世界に表す四季の一節。すべての傷ついた者に、我が春の息吹を持って健やかなる癒しをここに」

 

詠唱、なんてファンタジーなものじゃない。ただこの自己暗示がないと使えないほど没頭しないといけない。

 

俺の生命力が他人にも可視化され、その色彩は桜のそれ。

それを相手に流し込む。

 

相手の傷に自分の命を流しこむことで治癒を施す。

 

それが俺の個性『春夏秋冬』の一側面、『春』の能力。

 

かの有名なヒーロー『リカバリーガール』は相手の体力を使って傷を癒すのだという。

だが俺は相手に自分の力の源である生命力を流し込む特性上、相手の傷は自分の力を一切使わず傷を癒せる、つまり傷を癒すのは俺の生命力。

 

結果、俺の生命力は戦闘などとは比べ物にならないほどのスピードで枯渇する。多くの人を治癒できるリカバリーガールとは違って救えるのはせいぜい重傷者なら2~3人といったところだろう。それほどにこの能力は燃費が悪い。

 

だが、その見返りは十分だ。

 

「足が、動く。それに傷も身体の痛みもなくなった……驚いたな。

増強だけでなく、治癒まで使える複合系の個性持ちなど滅多にいないのに」

 

「もうすぐ俺の治療は終わります。すみませんが今はこれで精一杯です…。申し訳ありません。あなたの中身まで治せるほどの力はなくて」

「…それもわかるのか。本当にすごい個性だ」

 

「四季!爆発音が大きくなってる!先に行くね」

 

「おい、出久!?待て。俺も行く。もう少しで治療は終わるから」

「ごめん。待てない」

 

ああ、ちくしょう。そりゃそうか。

こっちは俺が話せるくらいには治療が済んで、周りへの警戒もできるくらいになっている。

なら、現場に行こうとするだろう。それが出久だ。

言ってるそばから既に走り出している。

 

 

「っクソ。すみませんオールマイト。動けますか?」

「ああ。もちろん大丈夫さ。ありがとう」

「それなら、俺は行きます」

「ああ、私もゴフっ」

 

やはり、吐血。個性を使った治療をした感じから相手のケガの度合いはわかる。

足の骨にヒビが入っていたので先にそれを治したが、重要なのは内臓だ。

おそらく片方の肺、胃は全摘。それだけじゃなくおそらくほかの臓器もかなりやられている。かなりの生命力を与えてもなかなか傷がふさがなかったのは、それだけオールマイト自身に生きる力が……。

 

いや、そんなことを考えるのはやめよう。

まずは出久だ。あいつは絶対に現場についている。

そして、おそらく、いや間違いなく、やらかす。

爆発音が聞こえ始めてから既に10分以上経っている。

ヒーロは現着しているはず。なのに、音が消えないのは、誰もアイツを救えていないから。

救えない人がそこにいるなら、助けを求める人がそこにいるなら、たとえ毛嫌いするような奴だろうと助けようとするのが緑谷出久だ。

 

 

そして、やはり、現場は予想通りのあり様だった。

 

騒動の中心にいるのは、爆豪。

そしてそれを取り巻くのは、さっきの泥ヴィラン!?

爆豪は操らているのか、いやあれは抵抗、しているのだろうか。

だが、身体全体を覆われ、口から体内にも入ろうとしているように見える。

あれでは、抜けられない。

周りのヒーローも流動性のある身体と爆豪という子どもが中心にいること、そして爆豪の個性である爆破の影響もあって近づけないでいる。

 

「すまない。私が、はっ、はっ、個性を保てなかったばかりに、逃がして」

 

息も絶え絶えで、オールマイトがやってくる。だがその身体は相変わらず痩身で、息切れし、血反吐すら吐いている。

 

そうか。詳しくはわからないが、おそらく彼の個性には時間制限があるのだろう。だが、そんなことは百戦錬磨の彼なら計算できて当然のはず。だが、俺たちが話をして引き留めてしまった。故に個性が解けてしまい、あのヴィランを逃がした。

 

つまり、これは俺たちの責任もあるってことか。でなければナンバーワンヒーローがこんなミスを犯すはずがない。

 

「オール、八木さんはここで。まずは出久を」

 

探さないと、という言葉は出てこなかった。

 

何故なら、既にアイツは飛び出していた。

全速力で、迷うことなく、疾走する。

 

ああ、やっぱりこうなった。

フォローにいかないと。アイツはきっと無意識だ。いつものように、助けたいという一心で身体を動かしている。だから、いつものようにフォローしないと。

 

けれど、どうする?

さっきまでのように力技は使えない。中にいる爆豪が死にかねないからだ。

けれど他の能力を使っている余裕はない。唯一爆豪を傷つけずヴィランだけ始末する方法は、ある。

けれど、できるか?俺に?

 

一瞬、迷った。

また、あの時のように失敗してしまったら。

だから足が止まった。

 

そして、その間に事態は収束した。

爆豪を引っ張り出した出久、そしてそのタイミングで自身の傷も痛みも何もかも無視して命がけで突っ込んでいったオールマイトの一撃によって。

 

 

俺は、何もできなかった。

また、何もできなかったのだ。

 

いつも怖くて、だから強くなろうとした。

強くなったつもりでいた。

 

それでも、やっぱり俺はあの一歩が踏み出せない。

出久のように無意識に体が動く前に恐怖で固まる。

オールマイトのように無理を通して道理を引っ込めるような度胸と覚悟もない。

 

 

だから、俺はヒーローには、なれない。

 

誰かを助けるための一瞬を迷う俺は、ヒーローには決してなれないのだ。

 

 

オールマイトを称える拍手と歓声の中で、俺だけが、その場で立ち尽くすだけでいた。

 

 




更新日を守らないことに定評があるなとリア友に言われました。

早く出す分には問題ないでしょうか。まぁ書き溜めとかないし、仕事も忙しい時期に入るからこれから遅れると思いますが、週に1回の更新はしていきたいです。

こんな私ですが、これからもよろしくお願いします。


追加情報  彼岸 四季の個性『春夏秋冬』の春について

『春』…視認した命に自分の命をわけて、水を相手の器に注ぐように与えることで相手の傷を癒す。病は癒せないものが多い。命を注ぐことで病の元にも力を与えてしまうためであると思われる。
ちなみに使うためには本人のイメージが大切なため、自己暗示としての言葉や集中力が最も必要な力である。中二病設定? いえいえこれはある種のルーティンですよ?

そんな感じですが、とりあえず一応確認しておきます。
当オリ主は基本強個性で、年上の余裕があるような雰囲気を出しておきながら、作中の誰より余裕がありません。面倒な男なのです。

そんな作品しか書けないのですが、これからもどうぞよろしくお願いします。




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第6話 それぞれのスタートライン

本編はまだまだ進みません。

次こそ、進みます。いやホント。

具体的には原作一巻の半分くらいまで。多分。


騒動が収まった後、出久はヒーロー達に囲まれ、いきなり飛び出したことを怒られ、爆豪はヴィランに捕まっても耐えていたタフネスを褒められていた。

 

私見と身内贔屓を承知で言おう。

 

危険を顧みず数瞬とはいえ敵に捕まった人質を助けた出久を非難する何もできず避難誘導すらまともにできなかった自称ヒーローたち。

 

これが、ヒーローか?

 

自分たちは何もせずに、ただ相性の良い個性持ちを待っていただけのヒーロー。

個性もなくても助けようとして実際に顔の泥を払いのけ、一瞬だけとはいえ爆豪を引っ張り出した出久。

もちろん最後はオールマイトが命を懸けた一撃で始末をつけた。

殊勲はオールマイトだ。そこに異議はない。結果が全てが世の中の理だ。

 

だが、そこで出久を非難、失礼、指導しているヒーロー共。

 

「さっきから出久が出たことを非難してますけど、そこにいて避難誘導しかできなかったあなたたちが出久を非難する資格なんてあるんですか?」

「なんだと?この子の友だちか?」

 

ああ、またこれだ。

俺は平和主義で、臆病な癖に、身内と認めた相手には甘くなり、クソ野郎と判断した奴には短気になりがちなんだ。わかっている。でも一度言い出したら止まらない。

 

「増強系の個性持ち、水を操る個性持ち、木を自在に操る個性持ち、巨大化できる個性持ち、ほかにも多彩なヒーローがいて、『有利な個性持ちを待つしかない』、『あの子には悪いがもう少し耐えてもらおう』?でしたっけ」

 

覚えている。自分は動けなかった癖に、相手の発言だけ覚えている自分に吐き気を覚えながら、しかし、それでも出久を囲むヒーローもどきに告げる。

 

「水をかけた木は燃えづらくなる。その状態のシンリンカムイと増強系のデステゴロが協力すれば爆豪、捕らえられていた少年だけを救出するのは不可能じゃなかったはずだ。無理でもせめてマウントレディ、でしたか?彼女の元まで投げつけるくらいできれば爆豪だけ引っこ抜くのはできたでしょう。自分だけでできないからと言って苦しんでいる子をただ傍観していたあんた達に、助けようと動いて、少しでも泥野郎から爆豪を助けた少年を非難するできるほど、あんたたちは自分の責務を果たそうと命かけていたのかと、そう言ってんですよ」

 

一息に、告げる。

反応は様々。こんな小僧に言われたことに苛立ちこちらを睨みつける者、反論しようとしてしかし声が出ない者、そして、こちらに掴みかかろうとする者。

 

良いだろう。こちらもむしゃくしゃして心がざわついてる。出久を非難した挙句、ケンカを売ってくるならたとえプロだろうが、

 

「はい!!そこまでだ!!」

 

そこで、記者とファンに囲まれていたオールマイトが間に入った。

全く見えないほどのスピードで。

あちらの相手をしながらも、こちらの状況すら把握していたらしい。

 

「とりあえず、互いに冷静になったほうがいいな。

確かにヒーローたちの言い分は正当なものだろう。しかし少年の言い分も間違ってはいない。」

 

ナンバーワンヒーローの一声で、場は静まり、視線は全て彼に行く。

それを確認して彼は口を開いた。

 

「確かに今回は厄介な案件だった。流動性のあるヴィランに、その中央に人質の少年、そして爆破系統の個性が絡み合った三重苦。一人での解決はそれこそ相性のいいヒーローくらいしかできまい」

 

しかし、とヒーローは言葉を結ぶ。

周囲にいる当代、あるいは新人のヒーローに向かって

 

「この少年が言うように互いに協力し合っても解決できないほどの脅威だったかと言われれば、私は断じて否と答えよう。」

 

そう、言い放った。

当然、ナンバーワンヒーローが語る言葉とただの子どもである俺のいう言葉では重みが違う。故に、今度はオールマイトに掴みかかる者も睨みつける者もいない。

ただ言葉を待つだけだ。

 

「ヒーローとは、常に命をかけて綺麗事を実践する仕事!そしてそれは個人だけではなく、ヒーローと言われる者全てが等しく持っている覚悟だと私は信じる。だというのに、私が見た限り、個々で最善はつくしていても、皆でできる最善を尽くしていたかといわれるとNOだ!! 理由は、そこの少年に言われたがね。」

 

まさかオールマイトがこちらについてくるとは思わず、目を見開く俺に彼は茶目っ気まじりにウィンクしてきた。いや、似合わないですよ。まあ、毒を抜かれた気分にはなりましたけど……いやコレも計算か?似合わない茶目っ気でこちらの気勢を削いだ、ってところか。すごいなオールマイトは。

 

「私の考えだけを押し付けたいわけではない。ただ、少なくとも、助けを求める人たちの前で棒立ちでいる者を、私はヒーローとは呼びたくない。それが、私の考えと覚悟だ。それは覚えておいてほしい」

 

訂正。こちらを助けてくれたことには礼を言いたいが、こちらの真新しい傷をつくのは止めてほしい。なんせ、俺こそがあの事態を何とかできたにも関わらず動けなかった者だからだ。

そういう意味では、さきほどのヒーローたちへの言葉は自分への言葉当然か。

 

できるかもしれないのに動けなかった俺。

できないだろうけど動いた出久。

 

正にヒーローを分かつ壁は此処にある。

 

ナンバーワンヒーローの言葉は重く、出久も俺もそのまますぐに帰ることができた。

 

ただ、俺は帰り道、何を話したのかなんて覚えていない。

ただひたすらに、後悔と過去だけが俺を塗りつぶしていた。

 

 

だから、途中で爆豪の阿呆が何かいってきたのも傍観した。出久は何か相手に言っていたが、それも聞こえていない。

 

俺を現実に引き戻したのは、ヒーローの頂点、オールマイトだった。

 

俺たち二人を、人気のない路地裏に連れていき、自身のいきさつを語りだしたのだ。

5年前に大物の敵と戦い呼吸器半壊、胃の全摘、その後遺症と度重なる手術に無理を押して行ってきたヒーロー活動で、既に半死半生の肉体。

ヒーローとしての活動時間は3時間程度という、ナンバーワンヒーローとしての輝かしい一面に隠された、血反吐を吐きつくし、身を骨を命を切り刻んで、なお平和の象徴としてあろうとする姿。

 

そのあまりの悲惨な姿に、自分の問答で時間を取らせてしまった出久は謝ろうとして、止められた。

 

英雄は言う。

 

「君がいなければ、私は私の信念を見失うところだった。

ヒーローはいつだって命がけ。自分の限界。そんなくだらない理由を盾に助けを求める瞳を見逃すところだった。」

 

恥ずべきように、そして賞賛するように、その眼は出久を射抜く。

 

「あの場で、誰よりもヒーローであったのは、君だ。

君の言葉が、君の眼が、君の行動が、私を動かした。」

 

ああ、そうか。ように、などという言葉で済まされるようなものではない。

 

「考えるよりも先に体が動いた。まさに君がそうだ!だから私が言おう!」

 

これは、宣言だ。長年多くのヒーローに頂点に立ってきた者から、次の英雄へのメッセージ。

 

「君は、ヒーローになれる!!」

 

その、ナンバーワンヒーローからの証明という、これ以上ない賛辞に対して、隣の親友は、臆するわけでもなく、いつものように答えた。

「もちろんです!僕はヒーローになります!」

 

ああ、本当に眩しい。

眩しすぎて、目が眩みそうだ。

 

ナンバーワンに何を言われようと揺らがぬその心。

それは諦めの言葉だろうと、証明の言葉だろうと変わらない。

 

体を、技術を、そして何よりも心を鍛え上げた英雄が、そこにいた。

弱冠、14歳。

 

そして、その小さな英雄に、偉大な英雄は問いかける。

 

「私の個性を受け取ってほしい。聖火のごとく、受け継がれてきた思いと共に、他人の個性を譲渡する私の個性「ワンフォーオール」を」

 

他人に個性を譲渡する?そんな個性が存在するなんて、考えもしなかった。けれどそれなら、無個性である出久にも、個性が宿るかもしれないということだ。

ああ、なるほど。神というのはいるらしい。せめて、ここには。その祝福があるかもしれないと信じられた。

そしてその祝福を、最初に憧れたヒーローからの贈り物を、個性というかつて幾度も夢に見たであろう才能をもらえると言われた緑谷出久は、当然のごとく、即答した。

 

 

「申し訳ありません! お断りします!!」

 

—————なんて?

 

 

 

 

 

 

嬉しかった。

憧れた人に自分の夢を肯定してもらえたことが。

光栄だった。

憧れた人から、その個性を譲り受けないかと言われたことが。

 

けれど、それでいいのか?

オールマイトは僕たちに見せた。輝かしい経歴と笑顔の裏に隠された壮絶な戦いの傷跡。何代も個性を譲渡し続け、育まれた力。そこに託された思いと願い。

 

誰かのために、とそう願い続けて育てられたその個性を、たかが数年努力しただけの自分程度が受け取る権利が、力が、覚悟が、本当にあるのか?

 

オールマイトは認めてくれた。それは素直に嬉しい。

けれど、僕自身は、認めていない。

 

だって僕は知っている。

緑谷出久は、彼岸四季という少年に逢うことがなければ、体を鍛えることも技術を磨くこともせずに、ただただヒーローの勉強や分析だけしかしない、身もふたもないことを言えば妄想だけの世界にいるだけのヒーローオタクに過ぎなかったということを知っている。

 

四季に背中を蹴とばされるような言葉で気づかされた。

自分の甘さ。自分への諦め。誰かに縋って自分を認めてもらおうとする幼く、浅ましい思い。

 

わかっている。オールマイトのこの提案は自分の夢への近道だ。

いや近道なんて、回りくどいものじゃない。夢へのチケットだ。

 

きっと僕をヒーローに連れて行ってくれる。

 

連れて行ってもらって、それで満足か?

無論、ヒーローになることが目的じゃない。ヒーローになるのはスタートライン。

大事なのはなった先で何を為すのかだ。

 

けれど、ただチケットをもらってヒーローにさせてもらっただけの僕は、果たして何かを為すに足る人物なのか。

 

否、全くもってどうしようもないほど否だ。

 

「オールマイトに認めてもらえたこと、嬉しく思います。けれど、違う。

今、貴方の個性に縋ってしまったら僕は、それに縋りついてしまうでしょう。

誰かに、何かに縋りついて、それを自分の礎にするような甘い覚悟で、あなたを超えられるヒーローになんてなれない!だから、少なくとも今の僕に、その個性をもらう資格はありません!!」

 

そうだ。まだ何も為しちゃいない。

自分だけの力で何かを成し遂げたわけではない。

オールマイトにも、緑谷出久の全てを見てもらっていない。

 

「今の僕には、か。まさかそんな答えがくるとは思ってなかったよ。

では、緑谷少年、君は何をもってすれば私の提案を受け入れてくれるのかな」

 

「………僕なんかがそれを決めるのはおこがましいと思いますが、それなら2つだけ、お願いがあります。」

 

「もちろん聞こう。なんせ、お願いしたのはこちらからだからね。」

 

「ありがとうございます。僕は、ここにいる四季といつもいろんな訓練をしています。オールマイトがもし時間があれば、その訓練で僕たちを見定めてください。そして、」

 

僕は視線を珍しく呆けたままでこちらをみる友人、彼岸四季へ移す。

 

「その個性が僕ではなく、四季やほかの個性持ちで相応しいと思う人がいたら、その人に渡してください。」

 

「ま、待て出久。俺は、ヒーローになんてならないし、なれない。それはいつも言ってきたことだろう」

 

知っている。四季自身が言っていた。自分はヒーローになるには足りてない、と。

それを望む資格もないと。

 

けれど、僕は知っている。

 

「ヒーローになれない?そんなことはないだろう彼岸少年」

 

オールマイトも否定をする。流石に四季のことを調べているわけではないと思うけれど、それでもオールマイトは自分が感じたままを彼に告げた。

「私は考える前に無個性でも助けを求める者を救おうとする緑谷少年の気高い意志を個性継承に足ると考えたから彼を後継に選んだ。

しかし、君がヒーローになれないかというとそれは違うと私は思う。君はあのヘドロの時に足を踏み出しかけて、一瞬止まったね」

 

「……よく、見てますね。そうです。友達の緊急時に足を止めてしまう臆病者。

それが俺です。そんな俺には、ヒーローなんてなれ「なれるさ!!」…え?」

 

四季の声を遮って、オールマイトが声を発する。痩身の口元から血を吐きながら、それでも鋭い眼光と張り上げた声で否定した。

 

「確かに君は足を止めた。しかしそれは、ヴィランが怖いのではない。なぜなら君は一度あのヴィランを退けている。なら何が怖いのか。なんとなく、わかっているよ。君、あの時、自分の個性で人を殺すことを怖がったね?」

 

どこで、どうやってそれを判断できたのか。

それともこれこそがナチュラルボーンヒーローというものか。

 

「あの時、君からは殺意がないのに、死の気配だけがなんとなく感じ取れた。おそらく、君の個性は増強系でも治療系も本質じゃない。その本質を、怖がっている。だから、君は一歩が踏み出せなかった。」

 

一目で、見抜いている。

僕が三年以上隣でいて、ようやく至った答えに、この人は一見で、しかも感覚でそれを感じ取っている。

 

「だが、それでも君は私の治療をしてくれた。」

 

「それは、そのくらいはしますよ。目の前で誰かが危ないなら助けるくらいはします。

でも、俺は、赤の他人のために命なんてかけられない。そんな正義感も度胸もない。だから俺はヒーローにはなれませんし、なる資格もない」

 

「だが、なりたくないというわけではないのだね。なる資格がない、なれないと諦めているだけで。」

 

そして、そこ核心を、一刺しでついた。

そう、いくら普段ヒーローになれないと、相応しくないと言ってはいても、僕が事件や事故に巻き込まれそうになる度に力を貸してくれたり、僕と訓練や稽古を一緒にやってくれる彼が、ヒーローになれないはずはないのだ。

 

ただ、その諦めの理由が根深く、彼を苦しめているだけ。

 

「なら、君が本当にヒーローにふさわしくないのか、そうでないのか。決めるのは君自身の未来さ。今と過去だけを見て未来を見ないのはもったいないぜ少年」

 

四季はいつもの調子が全く出ない様子で、否定も肯定もできずに立ちすくんでいた。

迷っている。諦めていた彼が迷っている。今はそれで充分だ。

 

「さて、緑谷少年、話がズレてしまったが、もう一つのお願いは何だい?」

 

オールマイトが四季の悩みを感じて、こちらに話を向ける。

悩むことも必要と感じたのだろう。

本当に天然の英雄気質な人だ。

 

「もう一つの願いは単純です。

僕がその個性を引き継ぐに値するとしても、雄英高校に入るまでは渡さないでほしいということです。」

 

「少年、それはつまり」

 

「はい。僕は、無個性の僕のままで、日本最難関のヒーロー科に受かって見せます。最低でもそれぐらいできないのであれば、あなたの後継なんて絶対になれません」

 

 

これは、疾走を開始する前、スタートラインにつくまでの物語。

 

 

そしてここからが、彼のそして僕らが一つの終わりへの疾走する物語だ。

 

 

 

 

 




オリ主は拗らせているので、その視界は思ったより狭いです。
そしていろいろまだ表になっていない設定があるとはいえ16の子どもです。

なにが言いたいのかというと、多少説教臭くても嫌いにならないでください。

いつか、たぶん、きっと少しはマトモに……なります。

出会いと経験とそこから感じ取ったことが自我を作る大事な要素らしいです。
つまりは、それがない今は変わりようがないままです。
何が言いたいのかというと、1-Aと交流を深めるまでしばらくネガティブな主人公と原作より精神マッチョな出久君にお付き合いください。

なお当作品の出久君は、基本強請るな、勝ち取れ、さすれば与えられん。的なノリで生きております。



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第7話 彼岸四季 オリジン

さて、今回でウジウジ悩んでいたオリ主がある意味覚悟を決めます。

あと名前をわざと出していないキャラが出てますが、オリキャラではありません。

まぁ文面で大体わかってしまいますが、直接的な絡みは体育祭ぐらいからです。たぶん。




 

 

ひたすらに、走る。

アスファルトの上を、土の上を、海岸の砂浜の上を、階段を、坂を、許されている場所ならば家の屋根や外壁の上まで、ありとあらゆる所を走る。

走ることは重要だ。体力がなくてはヒーローなんて務まらない。速さがなければ助けを求める人のところにたどり着けない。そしてあらゆる状況下で速く動くためにはいかに自分が地面と接し、どんな風に地面からの反動を受け、それを体を前に進む力に変えるかを知らなければならない。

要は走る場所と力の入れ具合、体幹と重心のバランス配分にも要点を入れた『どんな場所でも最速、最短で動けるようなランニング』

 

そんな地味目なトレーニングが出久と俺、彼岸四季の朝の日課だ。

 

その後に組手を行う。場所は今は使われていない道場を借りることもあれば、山の中や海岸など人の目につきにくいところで行うこともある。

 

何故か、それは簡単だ。

俺が個性を使い、そして出久は武器を使うからだ。周囲の人たちの目に触れれば下手したら個性を使ったケンカか何かと勘違いされて通報されかねない。

 

とはいえ、開けた場所でないと意味がない。俺たちがやるのは型稽古などではない。

限りなく実践を想定した訓練。

 

俺が生命力を活性化させて全能力を引き上げる『夏』の個性を用いて、出久と打ち合う。出久が武器を使用しだしたのは、単純な身体能力だけでは個性持ちや異形系には届かないからだ。もちろん最も得意なのは素手の打撃主体格闘だが、それだけでは届かない時もある。故に出久は身体能力の向上、格闘技の訓練に加えて、武器術まで習得することになった。

 

もちろん、まだ未熟と言わざるを得ない。なんせ格闘技術なら俺や、俺の知り合いなどから教えてもらえるが、残念ながら知り合いに武器を持って戦うスタイルのヒーローなんていない。

なので出久は個性優位の世の中になってからすたれてしまった武器を使った実践向けの武術を近隣(といっても駅3つは先)から探し出し、そこで基礎を学ぶ日々を2年ほど続けていた。そこで漸く基礎を詰め込んだが、その先生も高齢であったため、これ以上は俺との実践を通して学ぶように言われた。それに武器を使った武術が廃れたのは、個性が世に出たからともいわれている。なんせそれまでの武術はあくまで対人用のモノでしかなく、異形型に代表されるような特殊な体や個性の前ではほとんど通用しないものになってしまった。もちろん全ての武器がそうではないが、確実に数を減らしている。武器を教わるくらいなら自分の個性をのばすか、それに類するような格闘術や特殊な捕縛術などの方を学ぶほうが手っ取り早いというのもあったのだろう。

とはいえ、出久が学んだ武器術も個性に対応したものではない。

だからこそ、こうして必ず俺という個性に対してどのように対応するか、格闘技術と共に自身の武器の使い方を工夫してきたというわけだ。

 

と、ここまでが俺たちの日常。

その俺たちの日常に新たな日課が加わった。

 

それが、

 

「さて、緑谷少年、彼岸少年今日も張り切って掃除しようか」

 

俺たちの組手が終わるのを見ていた人物の課題、漂流物や不法投棄で埋まった海岸のごみ撤去を行っている。これは今やっているトレーニングにプラスして全身の筋肉をナチュラルに鍛えるため、なおかつヒーローの前提、奉仕する心を忘れないための活動とのことであった。

この活動も中々に重労働だが、理には適っている。なんせヒーローなら自分と同じくらいの人の一人や二人は緊急時には背負って走らなければ救助もままならない。重い物をもって走るのは成長期の体を痛めるから今まで考えていなかったが、確かに救助には欠かせない訓練だ。

 

とはいえ、ここにいるのはひたすらにヒーローを目指して鍛えてきた出久と、それに付き合って、あるいはその前から事情があって鍛えてきた俺。この後の訓練に比べればこの程度、どうということはない。そうこの後の、

 

「ようし、さて今日も体は疲れ切ったかな?ではその状態で、私とどこまでやれるか実践の時間だヒーローの卵たち!!」

 

知っているか? 目の前で筋肉モリモリになって張り切っているこの人、オールマイトっていう日本でナンバーワンのヒーローなんだぜ?

 

そして、そんな人に日夜戦いを挑む俺たちは、今日も滅茶苦茶手加減された上でボッコボコにされるのだ。

 

実践に勝る経験はない。

これはオールマイトの体験談だそうだ。いつかその体験をさせた御仁に一発撃ちこんでも許されるのではないだろうか。

 

そんなことを考えながら、俺は砂浜の上で仰向けに倒れている。

死ぬわ。マジで。あの人手加減とか下手なのか絶秒なのか大けが一歩手前かつ、こちらに痕が残らないくらいで毎日血反吐吐かせてきやがる。

 

ん?出久はどうしているのか?

満面の笑みで毎日血反吐吐きながら吹っ飛ばされているけど何か?

アドレナリンとかドーパミンとかドバドバ出てるんじゃねぇのアレ。

 

ああ、今日も二人に治療が必要だなぁ

 

そんなことを考えながら、俺の意識は一時的に落ちていく。

 

 

だがその前に、一応断っておきたい。

 

オールマイト、俺はまだヒーローになるとは一言も言ってないのですが、何故出久と同じくあなたの修行を受けているんでしょうね?

 

 

 

 

 

「無茶をしすぎですオールマイト。俺たちに対しても、あなたの体に対してもです」

 

体中にシップや包帯を巻いた俺が小言を言いながら、オールマイトを治療する。もちろんただの応急手当などではない。個性ありきの治療。つまりは俺の個性『春夏秋冬』の側面の一つである『春』を使った癒しをオールマイトに施している。

 

ただこれはオールマイトが傷を負ったから、ではない。

悔しいことに、俺が個性を全開にしても、出久がどんな武器を使って奇襲しようとも、俺たちがどれほど高い連携を用いようとも、この化け物はかすり傷さえ負ってはいない。

 

それほどにレベルが違う。

 

まさにナンバーワンヒーロー。卵とは格どころか次元が違う。

ただ残念なことに、この人教えるのはあまり上手くない。何故か?それはこの人が感覚で物を考えてそれがどんなにシミュレーションした結果を上回るような実践に裏打ちされた膨大な経験と、馬鹿らしいくらいの天賦の才を併せ持つ化け物であるからだ。

 

つまりは、自分の感覚や直感に頼るタイプであり、それを極めた脳筋+天性の直感という、まさに天然の英雄だったわけだ。

 

その勘を、言葉にするのは難しく……説明は擬音や抽象的な言葉のみ。

 

つまり、俺たちのような理論派の凡才は、天才とガチでやりあって、そこから経験や理論を形作るしかないという形に落ち着いた。

 

それが、ほとんど毎日に及ぶ、ナンバーワンとのガチバトル(ただし死なない程度の手加減あり)である。

 

ただこれは、意外にも効果的で理論派な出久はオールマイトの動きや考えをノート2,3冊分書き終えてそれに対する対策や自分も使えそうなところを模倣し、自分の動きへと昇華しようとしている。

 

まぁその代償として、組手をした日は俺が生命力を振り絞って出久とオールマイトを治療する羽目になるのだが。

 

さて、ここで何故傷ついてボロボロの出久ではなく、オールマイトも治療しなければならないかというと、彼が負った過去の傷が起因している。

 

彼は過去の様々な戦闘行為により、本来の肉体は既に半死半生の重傷を負った身だ。

それは通常の治癒や多くの治癒に関する個性でも癒せないものであった。

 

ただし、真に遺憾ながら俺の個性は自分の生命力そのものを相手に分け与える特性上、相手の体力や傷の程度に関係なく、ある一定程度の回復が見込める。

もちろん、失われた臓器が生えてくるほど万能ではない。だが、少なくともオールマイトの活動限界時間、つまりは彼が個性を使うために必要な生命力の補充はできるのだ。

 

これが彼がノリノリで俺たちの組手ができる理由でもある。

俺たちの組手に何時間か使おうが、俺の個性の能力が続く限り彼は、ヒーローとして活動できる時間を回復できるのだ。

 

俺はポーション扱いなのかと思ったのは悪くない。

 

そんなわけで俺は傷だらけの出久だけでなく、オールマイトも治癒(正確には回復)する羽目になった。

 

「いやすまないね彼岸少年。君がいることに甘えてしまってついつい訓練に力が入ってしまう。」

「いや、そのおかげであなたのヒーローとしての時間を削らなくて済むなら、いいですけど」

 

その通りだ。まだヒーローの卵でしかないで出久に時間をとって、オールマイトが助けられたかもしれない人を助けられなくなる、なんて未来は俺も出久も望むところではない。

 

だから、治療自体はいいのだ。治療自体は、な。

 

 

だが、この個性には3つ欠点があるのだ。

 

1つ目、いつか述べたように、傷を治すのは俺の生命力。つまりは相手の傷を治すのに本来治るのに何週間、あるいは月単位でかかる傷を治すために、俺の生命力をガンガン使う必要があること。

 

2つ目、相手が重傷であればあるほど俺の生命力を多量に消費するため、それを扱うための集中力がいる。それこそ自己暗示、ルーティンなどを駆使して自身と相手しか見えないくらいの集中力がいる。なので、その際は正に無防備。たとえナイフで刺されても死ぬまで俺はそれを感じることがないくらいには集中が必要な場合もあるのだ。

 

そして、一番重要な3つ目にして、俺がこの個性で医師などを決して目指そうと思わない理由。

 

さて、俺の治療は生命力、と仮定したものを相手の生命力に注ぐことで治癒をする。

それは何度も確認したと思う。だが、そこで乗じる弊害があることはほとんどの人物には言っていない。

 

生命力、と仮に仮定しているが、俺はこの力の本質は詳しくわかっていない。

いや、理解したくないというべきだ。

 

何故か、というなら簡単だ。生命力とは命の在り方。その生命が辿ってきた道筋の結果。だからこそなのか、俺が相手の生命力を視る時、その人を形作った過去が見える(・・・・・・・・・・・・・・)

 

それは相手の思い出を盗み見るという、冒涜だ。だからこそ、この個性の基本である生命力を視る、という力を思い通りにコントロールできるまでに鍛え上げた。そうしないとふとした瞬間に視界が相手の生命力を通して、勝手に相手の過去を垣間見てしまうというズレが生じてしまうからだ。

これを直し、コントロールするまでに一年かかった。これが俺が出久よりも年上である理由の一つである。

しかし、このコントロールはまだ完全でなく、そして、俺としては最悪なことにこの生命力を通して過去を視るという以外にも、この個性にはもう一つ重大な欠陥がある。

 

それこそは俺がこの個性を嫌う理由のトップ3に入る理由の一つ。

 

相手の死の間際を、視てしまうという何とも摩訶不思議な現象が起きることがあるのだ。

 

過去は、わかる。先もいったように今ここにある人は過去が重なり、生命の形を作る。だからその生命に直接干渉できる俺はその人の過去を垣間見ることもあるだろう。理屈にもならない理屈だが、そのように俺の状況を診断した医師はそう言った。

 

だが、ならば何故、未来のそれも死の間際を垣間見ることができるのか。

 

これは医師も首を傾げた。そして俺も、その理由はわからなかった。

 

考えて考えて考えて、苦しいほどの吐き気がするほどの死を視ながら考えた結果、俺は一つの仮説を立てた。立てざるをえなかった。

 

それは、———仮に神様が本当にいたとして、運命というものがあるとするならば、俺たちはただ既に定まった運命というレールに乗せられたモノに過ぎず、だからこそ俺には未来が見えるのではないかという、空想や妄想に入るような部類のものだった。

 

しかし、これは恐ろしいほどに俺の心にストンと落ちた。

何故なら、俺がこれまで死期を見た人は必ずその通りに死んでいくからだ。

 

子どもも大人も高齢者も幼児もヒーローもヴィランも関係なく、容赦なく、確実に終わりを見たものはその通りに終わる。

 

これを見て、それを変えようとあがいて変えられなかった俺は、運命というレールに抗えないと結論づけた。

 

ならば、この人生に、その体に宿っているといわれている魂に、その身を動かす意思に、意味はあるのか。

 

その結論に至った俺は無数の屍の上で狂い、持ち直すまでに季節が巡るほどの時を要した。

 

 

まだ、この個性とも確定された運命とも折り合いはついていない。

ただコントロールがある程度可能になって観なくても個性を使えるようになったから、精神が安定しただけだ。

 

だから、俺は忘れていたんだ。

 

個性『春夏秋冬』

 

その個性の中で、最も相手と同調してしまうのが相手へ自分の生命力を送る『春』の特徴であり、それはつまり、相手の過去や未来を視やすいという、あまりに単純なことを忘れていた。

 

そして、俺は視ることになる。

 

ナンバーワンヒーローが、数多のヴィランに囲まれて死にゆく様を。

 

そして、自分の友人であり、ヒーローを目指す卵である緑谷出久が、命を落とすその瞬間を。

 

 

だからこそ、俺は決めた。

 

俺は、ヒーローになる。たとえその資格などなくとも、赤の他人のために命がかけられない臆病者でも、けれど、だけど、ああ、せめて、

———友と呼べる人くらいは命を懸けて救おうとするくらいのなけなしの小さな矜持だけはまだ残っているのだ。

 

 

 

 

 

 

「よーーーやく決めやがったか。まぁヒーローを目指す理由としては弱いかもしれねぇがな。まぁ結果的に誰かを助けられれば問題ねぇさ」

 

そんな決意を固めた冬も近づいたある日の夜のこと。いつものように何の連絡もなく俺が基本一人住むアパートにやってきた彼女は俺にそういって頭をぺしぺしと叩いてくる。

こちらに若干不満げに文句を言うわりには、既に俺に作らせたご飯はお替り3杯目だ。まさに自由奔放、そして最後には屈託ない笑顔で「ごちそうさん。いやぁ今日も美味かったぜ。」なんて言うものだからこちらは文句もはさむ暇もない。

まぁもとよりこの人には一度たりとも頭が上がらないのだが。なんせ、こう見えて彼女はプロヒーローにして、俺の恩人であるからだ。

それで、と前置きして、彼女はこちらをその赤い瞳で見てきた。

 

「お前はいいんだな?その理由で自分が死んだとしても、後悔しないな?」

 

個性で見える『色彩』は白、真珠のように白く、キラキラと輝く星のような光を放つ。

ヒーローの中でも一級、実力も実績もその精神も全てが一流そのもの。

その瞳が、誰でもなく俺を見ている。

嘘偽りは許さないと、俺の一挙手一投足をしかと捕らえ、こちらの魂まで覗き込むように俺を映している。

 

それが、嫌だった。

俺には、俺自身には彼らのようなプロヒーローのような輝きがない。

 

人の生命力を『色彩』としてとらえる俺だからわかる。

自分には、一流のヒーローが皆持っているような光がない。

 

出久のように助ける人を見た瞬間に全ての投げだす精神性がない。

オールマイトのように血反吐を吐きながら、正義と平和の象徴であり続ける覚悟がない。

彼女のように、奔放で、不敵で、けれど決して悪を逃さないという気高さがない。

 

見知らぬ誰かのために自分の全てをかけられるような人間ではないのだ。

だって、助けられなかったから。救えなかったから。あまつさえ、この手で屠ったのだから。

ヒーローになるべき人ではないのだ。

 

そんな自分を吐き出すように彼女に言う。

 

———俺はあなたのようなヒーローには、なれない。けれど、身近な誰かだけでも救うくらいのヒーローにはなりたいと思う。

 

そんな情けなくて、どうしようもないような言葉が俺の最後の後戻りの道をかき消した。

 

彼女は、俺が尊敬する保護者にして義理の姉たる彼女はそんな情けない俺をそれでも満足そうに、そして少しだけ寂しそうな笑みで抱きしめてくれた。

 

 

 

これが、俺のオリジン。

ヒーローとしてはあまりに希薄な俺の始まりである。

そして、最後にもう一度、確認しておこう。これは悲劇()で始まって喜劇()で終わる俺の物語だ。

 

 

 




更新も進行も遅い、けれど一度書くと決めたからには最後まで書きます。とか処女作のくせに豪語するのが私です。

面倒くさいオリ主は他人のためには命はかけられません。臆病者なので。
けれど、友だち、親友、親しい誰かのためなら命をかけられるくらいの凡人です。

そんな主人公がようやく、進むことを決意したところで、これから物語も徐々に進んでいきますので、まだ見てやろうという寛大な方々はどうかお付き合いくださいませ。

あとさらっと流しましたが、出久君は武器も使います。そりゃ無個性なんだから素の性能で届かない時は道具を使いますよ。武器の使い手、武術家が少なくなっているというのはオリ設定です。本当は武器自体アンケート取ろうと思いましたが……そんな勇気も知識もないので、既に決めてあります。賛否両論あるでしょうが、お許しください。あっもちろん武器は補助的なものになる予定です。作者は男が最後に信じる自分の武器は己の拳と決めておりますので。


閲覧、お気に入り登録、感想、ありがとうございます。今後もよろしくお願いします。


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第8話 VS雄英高校入試試験 前編

ようやく、試験までたどり着いた。

普通、二次創作なら試験から盛り上げてやらない?とか、いや、前編ってまだ試験終わらないのかよとかのツッコミはなしでお願いします。

後編は2,3日中には出す予定です。

それと、出久君とオリ主にカップリングとかないの?と聞かれたのですが、それもまぁ多分ぼちぼちわかると思います。




『雄英高等学校』——通称“雄英”と呼ばれる全国最難関の一つであるヒーロー科を主体とするの学校。偏差値は軽く70を超え、毎回倍率は軽く300を超え、他の高校とは桁そのものが違う始末。

 

ここを受けるのは本当にヒーローを目指すものか、あるいは物見遊山か記念受験のものくらい。

 

受かるかも、などという曖昧な意思など拒絶するかのような狭き門がそこにはある。

 

そこに、一人の無個性が立っていた。

恐れも気負いもなく、覚悟を決めた瞳で淀むことなく歩を進める。

隣を歩く少年は、その覚悟の決まり方に、気負いも緊張も吹き飛ばすような眼光に息を吐く。

 

「お前、緊張とかねぇの?」

「あるよ。でもそれを受け入れても進まなきゃダメだ。そうしないとヒーローなんてなれっこない。」

 

これである。

これが15になったばかりの子どもの覚悟の決め方なのか。まぁ確かに先日行われた筆記試験はお互いに問題ない手ごたえを感じている。

後は今日の実技試験に全力を出すだけだ。

だから緊張しておらず、油断もない。いつも通りが一番で、このいつ、いかなる時でも全力を出せる気の入り方こそ、緑谷出久のいつも通りだ。

 

違うのは一つだけ、背中に背負った長物。

今回の試験は持ち込み自由。自分の個性や試験に生かせそうなものがあれば、事前申請をすることで法の範囲での持ち込みが可能となる。

故に出久は武器を持ち込んでいる。もちろん刃引きされているが、出久の技量と獲物の重量ならば、大抵のものなら問題なく破壊できるだろう。

 

つまりは、ガチもガチ。本気でこいつは無個性で雄英高校に受かり、その先のヒーローになるために来ている。

 

「それじゃ、お互いに」

「ああ、合格を勝ち取ろう。」 

 

コツンと拳を合わせて、同時に雄英高校の門を潜る。

 

妥協はない。油断もない。覚悟は決まっている。準備も済ませた。

後は結果を御覧じろ。

 

 

 

 

「今日は俺のライブへとようこそ!エヴリバディセイヘイ!」

「「yo-koso―!!」」

「おお!いいぜいいぜ。今年のリスナーは怖いもんしらずがいるじゃねぇか!

ここで返事をしたのはお前さんたちくらいだぜクレイジーボーイズ!!」

 

出久と二人で返事をしたことを褒められた。いやまぁ二人で勉強していた時に息抜きでヒーロー『プレゼントマイク』のラジオはよく聞いていたからノリでしてしまった面もある。

 

とはいえ、そのくらいリラックスした状態でなければ全力なんて出せない。だから二人して声を合わせて返事をした。まぁ出久は若干生ヒーローに感動している感はあるが。

 

そうこうしているうちにプレゼントマイクの入試説明は進んでいく。

途中で出久の隣の爆豪から舌打ちが聞こえたが、俺も出久も無視した。そんなことより今は入試の説明が優先だ。

 

受験生はこの後10分間の模擬市街地演習を行う。武器などの持ち込みも自由、ここまでは入試要項の通りだ。だから出久も自分の得物を所持している。

俺は自分の受験票を取り出し演習会場を確認する。演習会場はH、デクはAか。同じ中学校の人間が協力して試験に臨まない様にする為の予防措置ってとこだろう。

演習場を仮想敵が三種類、多数配置してありそれぞれの攻略難易度によってポイントを設けてあり、仮想敵を行動不能にしてポイントを稼ぎ、それが点数になる。ただし他人への攻撃などアンチヒーローな行為はご法度。

 

そこまではいいが、プリントに乗っている仮想敵のシルエットは4種類。ということはまだ何かあるのか?

「質問よろしいでしょうか!」

 

プレゼントマイクの言葉を切るように、説明会場の中央辺りの生徒から声が上がった。プレゼントマイクが許可を出すとビシッと手を挙げていた生徒が立ち上がり講堂に響く声で質問を投じた。

 

「プリントには四種の敵が記載されています!これが誤載であれば、日本最高峰である雄英高校ヒーロー科に於いて恥ずべき痴態!我々受験者は、模範となるヒーローの教示を得るべくこの場に座しているのです!」

 

言いかたと頭は固いが確かにそこは疑問点だった。だが、それってプレゼントマイクが説明終わってからでもよくないか?

 

「ついでにそこの縮れ毛の君と髪を後ろで結わえている君!先ほどからヨーコソーなどと、ライブにでも来ているつもりか!物見遊山のつもりなら即刻、ここから去り給え!」

 

……いいだろう。俺は平和主義だが売られたケンカは買ってやるぜメガネ?

こちらも無言で手を挙げるとプレゼントマイクから少し面白そうな顔でOKが出たので立ち上がって声を張り上げた。

 

「俺が言いたいのは三つだ眼鏡君。

1つ、俺たちがここから出るかどうか決めるのは俺たちの意思と学校が決めること。お前が決めることじゃない。

2つ、お前がさきほど質問したこともプレゼントマイク先生の説明が終わって質問がないか聞いてから聞くべきことで、説明を遮ってまで聞くことじゃない。

3つ、俺たちが返事をしたことだが、プロヒーローが、俺たちに問いかけ反応を期待しているなら応えるのが礼儀だろう!それとも何か?たかが試験ごときでビビッて声も出ないか?俺たちはここに何をしにきた?」

 

「何をって、雄英高校の試験を受けるために決まっているだろう!ふざけているのか!」

 

「ふざけているのはお前だ眼鏡!雄英高校のヒーロー科は狭い門だ。緊張するのもわかる。けれどそれくらいで緊張して縮こまっている奴が、誰かを救うヒーローになんてなれるわけねぇだろうが!だから俺たちはこう言うべきだ。俺たちは雄英高校に受かるためでなく、ヒーローになりに来たと!そしてヒーローになりたいなら、この程度の緊張くらい飲み込んでいかなくてどうする!先人の挨拶にくらい、しっかり応えてみせろ!」

 

「んん……そうか、そうだな。すまない。君たちと他の受験生にも無駄な時間をとらせてしまったことを謝罪しよう。申し訳なかった」

 

ふむ、ただ頭が固いだけじゃなくてしっかり他人の考えにも耳を傾けられるタイプか。

いいな。ああいうのは経験を重ねればその分伸びる。俺がそんな風に眼鏡君への評価を改めているとプレゼントマイクがじゃあ、改めてやらせてもらうぜ、なんて受験生を試すような笑いをしてきた。

来る言葉はわかっている。そして、今度はきっと、この場にいる受験生なら、

 

『受験生のリスナー!今日は俺のライブへとようこそ!エヴリバディセイヘイ!』

『yo-koso―!!』

 

そうだ。ヒーローになりたいというなら、このくらいの『色彩』は見せてもらわないとな。

その後、プレゼントマイクから四体目はお邪魔虫用の0ポイントの仮想敵であることが知らされ、一通りの説明は終わった。

 

「OK。近年稀に見るグッドな時間だったぜお前ら! 最後にそんなグッドリスナーたちへ我が校から校訓をプレゼントするとしよう!

かの英雄ナポレオン・ボナパルトは言った…『真の英雄とは、人生の不幸を乗り越えていく者』だと!更に向こうへ――『Plus Ultra』!!。それではリスナーたち、良い受難を」

 

 

 

 

 

 

受験生を乗せたバスのが止まると、そこには先目の前には大きな壁があった。演習会場はどうやら壁に覆われているらしい。しかもその中には壁を超えるような高さの建築物が見える。

 

「いや…マジか。受験場所がマジで街とか…どんだけだよ」

 

うん。誰が呟いたか知らないがホントそれな。

凄い税金の無駄遣い……いやもしかしてこれは個性とかで作られただけかもしれないから全てが建築業者で作られたものではないかもだが、この規模が複数あるとかホント凄いわ。雄英は防犯対策で詳しい校舎の設備とかは出回らないし、在校生や卒業生も基本的に守秘義務があるから情報はあまり出回らないからなぁ。

 

周囲を見渡すかぎり、民家という大きさの建物はない。

ビルばかりということは市街地の想定。見渡すかぎり人影らしきものはない。もしかしたら仮想敵から取り残された人を助けるとか、そういうのも隠しポイントであるとか思ったが、単純に戦闘できるかどうかを測られているのか。

 

そんな思考をしていると腹を抑えて前のめりになっている人影を見かけた。

体調でも悪くなったのだろうか。

 

「おい、大丈夫か。なんか気分わるそうだが。」

 

「あっ、あんたさっき講堂で反論してた人…」

 

「うん、それは記憶の彼方に置いといてくれ。少しばかり短気なだけで基本臆病な平和主義者だからな俺。それより腹を抑えているようだけど酔ったとか?」

 

「いや、ちょっと緊張しちゃって。お腹いたくなっただけ。ウチ緊張するとどうもお腹痛くなっちゃうみたいでさ」

 

ふむ……。まだテストまでは余裕があるし、このくらいならルール違反にもならないだろう。

 

「少し、待ってろ。………『穏やかなる春の息吹を持って健やかなる癒しをここに』」

 

個性を発動する。俺の個性である『春夏秋冬』の春は基本的に癒しを体現する個性。

それには精神や心身のリラックス効果なども含まれる。彼女に使用したのはそのリラックス効果を高めるだけのものだ。

 

「あ……なんか、あったかい。痛みも引いてきたかも…。これがアンタの個性?」

 

「一応な。けどこれはお前さんを強化したわけでも傷をいやしたわけでもない。ただちょっとだけリラックスさせただけだ。実力が出し切れないで落ちたなんて悔いが残るだろう?」

 

「……ありがと。」

 

「どういたしまして。お互い、頑張ろう」

 

ひらひらと手を振ってその場を去る。まぁこのくらいのケアは違反にはならんだろう。

ヒーローは困っている人がいれば助けるのが仕事だしな。

 

さて、そろそろ始まるころか。

出久はどうしてるかな?

 

 

 

集中する。

オールマイトのことも、試験のことも今は考えない。

 

目の前にあるのは自分の信頼する得物。そして鍛え上げてきた自身の肉体。

 

それだけが、緑谷出久の武器。

「個性」という手札がない。

 

だから、スタートから全力疾走。

己の最速、最短、最強の動きを終始行い続けなければ、この試験の合格はない。

 

周囲の、少なくとも見える範囲の状況確認は済んだ。

後は、スタートを待つだけ。

いつでも動けるように姿勢は前傾、

 

「はいスタート!……どうした!?実戦にカウントなんざ」

 

 

プレゼントマイクからのスタートの合図を聞いた瞬間、反射的に足が動き出す。ほかの受験生たちやプレゼントマイクの声が後方に聞こえるが、一切無用。

 

既に賽は投げられた。ならば、基本能力に劣る自分は疾走するだけ。

少し走ると、異形と会敵する。

腕を覆う装甲部分には2と書かれている四足の機械。

 

「標的発見…ブッコ!!」

 

遅い。ブッコロスとか言おうとしてたのだろうけど、そんなこと言う暇があったら先に攻撃するべきだ。だからそうした。

 

己が持つ長物の先が相手の頭のわずか下、首筋を貫き、少しばかり回転させた後一瞬で引き戻す。

それだけで2と書かれた仮想敵は沈黙した。

 

やはり、仮想敵とはいえ首や頭など人体の急所と弱点はほとんど同じらしい。それなら、やりやすい。自分でも物騒だな、なんて考えたが、そんな考えは既に二体目の頭を貫いているうちに捨ててきた。親友の動きに比べれば遅いし、脆いし、単調だ。屠るのは容易いが油断は禁物。ここは雄英。何か知らされていないギミックなどがあっても不思議じゃない。

 

後ろから大量の足音が聞こえる。

他の受験生がスタートの合図に遅れて気づいて駆けだしてきたのだろう。

 

ならばここは乱戦になる。そうなればポイントの奪い合い。ならもっと奥へ。

 

走り出す。周囲の敵の頭や首を穿ちながら、疾走する。

 

その両手には憧れのオールマイトは決して持ちえない得物が握られていた。

 

槍、人類でも最古の武器の一つで、おそらくは白兵戦武器の中で最も多くの敵を殺したと言われる武器。それが、緑谷出久が使う主な武器。己の四肢と並ぶ最大戦力である。

 

 

緑谷出久は個性がない。だから体を鍛え、技術を突き詰めた。しかし悲しいかな。彼は身長170cmと少し。鍛えていてもまだ15の肉体は未成熟と言わざるをえず、異形型で3m以上の肉体を持つものも決して珍しくない現代において、そのウェイト、間合い、破壊力では肉体のみでは劣ってしまう。

 

だからこそ、武器を持った。

武器の有用性は人類の歴史が証明している。マンモスのような自身より大型の獣も、豹やライオンのような俊敏な獣も、人類は武器や道具を用いることで屠ってきた。

 

だからこそ、出久が武器を取ったのも必然。

その中でも槍は使い勝手が良かった。出久の槍は素槍に近い棒状のもので、突きに特化しているが、他にも格闘戦の補助にも使え、石突も少々改良してある。

その持ち慣れた槍を振るいながら、出久は駆ける。

 

初手こそ出久は先んじたが、個性持ちが身体的、物理的に優位なのは変わらない。

 

気合を入れなおして出久は槍で仮想敵の頭を穿った。

 

 

ここからが正念場だ。

 

 

 





アンケート機能というのを使ってみたいこの頃。
しかしアンケートが0ならちょっと寂しいので使いづらい…。

次回、雄英高校入試 後編、お楽しみに。


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第9話 VS雄英高校入試試験 後編

2,3日中に更新すると言いました。

なので、今日更新しても問題ないでしょう?




唐突だが、目の前に自分の倍くらいのロボットが「ブッコロス」なんて合成音声のくせに妙に実感こもった声を吐きながら向かったきたら、普通はどうする?

 

異形型で大型な体格を持つものであれば、正面から相手をできるかもしれない。

特殊な方法、例えば電気や炎などを攻撃手段として使えるならそれを使うだろう。

だが、そうでないものは畏縮してしまう者もいる。

 

そんな畏縮した者を狙っていた2ポイントの仮想敵の顔面に全力のかかと落としを決めると頭だけ落ちて地面と熱いキスをかわしていた。

胴体は、頭がもげたくらいで爆発はしないらしい。

 

「そこの君、直接戦闘が苦手ならそのあたりの装甲を盾にして防ぐか、1ポイントや2ポイントの装甲の隙間を狙え。試験とはいえ下手すれば大けがするぞ」

 

「お、おう」

 

試験会場は当初入り乱れのポイント奪い合戦になっていたが、中には先ほどの彼のように直接戦闘能力がない個性である者もいる。そういう人には先ほどのように避難誘導ともアドバイスとも言い難い言葉を送りつつ、会場を見渡す。

 

1ポイントは小型で速いが脆い。2ポイントはでかく尻尾が長く、それを使った特殊な攻撃が来るが首も長いというわかりやすい弱点がある。3ポイントは全体的に丸みをおびた外見で方にはミサイル(とはいっても爆発はしない、おそらく押しつぶされても死ぬことはない程度の重量しかない)を出す。

仮想敵のある程度の性能の把握は完了している。

 

今のところは試験ポイントは順調、だいたい40ポイントくらいか。だが合格圏内がどこまでかわからない以上、ポイントは稼げるだけ稼ぐ。

 

とはいえ、さっきみたいにケガをしそうな者がいれば別だ。そちらの救助、あるいは回復を優先する方がいい。そのほうがこちらとしても後顧の憂いがなく戦える。

今話した人以外ではここで大けがをしてそうな、あるいは何らかの間違えで死ぬようなケガをしている『色彩』を持つものは………いない。

 

ならば、仮想敵が少なくなっているこの場所に居続ける意味はない。

 

個性『春夏秋冬』の夏、状況型の個性は単に筋力が上がるだけではない。

生命力を活性化させることで、生物としての能力が全て向上する。つまりは五感もより鋭くなり、会場のどの方面に敵が多いかくらいの選別は可能だ。

 

選別と同時に疾走、否跳躍を開始する。仮想敵やビルの側面を足場に次の仮想敵が多い場所に移動する。

 

索敵力、機動力、近接に限るが戦闘力という面においてはこの課題は俺に合っている。

 

 

故に頭の中にある懸念は一つ。

 

ゼロポイントの仮想敵。

 

それはいつ、どこに現れるのか。

そしてどんな意味を持つのか。

 

そんなことを考えながら次の戦場に躍り出た。

 

 

 

 

槍の基本、まずは腰の位置を低く、足を開き持ち手は力みすぎない。ブレず、ふらつかず、目標に向かって、強く踏み込み、同時に一点目掛けて刺し穿つ!

 

 

あまりにも基本通りの突き。だがそれ故一点の威力は十分。対人なら初撃を避けられた際には更に踏み込みつつ槍を手放し近接戦に持ち込んだりするが、相手は機械。その必要もなく一体に通用すれば同じAIで作られたであろう仮想敵は同じ方法で倒すことができる。

 

既に倒した数は40を超えた。

ポイントまで数える暇はなかったが、まずまずといったところだろう。

 

だが、それで満足などしない。いやできない。

 

 

 

ある日を境に僕の親友、彼岸四季は一変した。

 

なんというか、吹っ切れたように思う。

動きにキレが増し、オールマイトにも簡単に吹っ飛ばされず、しがみ付くように全身全霊で挑む。

 

そして一番変わったのが雄英高校への願書を出したことだ。

あれほどヒーローを神聖視して、自分がそれになれるはずはない。その資格はないといつも言っていた彼がその意見を変えた。

 

これは今まで決してなかったことだ。

 

彼が生命力を視認し、そこに干渉する個性であることは聞いている。

彼の『夏』と呼ばれる強化は自身の生命力の活性、『春』は自分の生命力を相手に同調させ流すことによる他者の治癒、『秋』は確か見たことはないが、自然の力を借りるためまだうまく使えないのだとか。『冬』については切り札であり、使いたくはない本当に最後の手段だと話していた。

 

その四つの側面の共通点は『生命力の可視化と直接、間接的な干渉ができる』ということ。

それこそが四季持ついくつもの側面を持つ個性『春夏秋冬』の個性の正体。

 

ただし、それには少なくない代償が伴うのだと四季は以前言っていた。

生命力とはその者の今の在り方を表し、それを共感覚にて視覚化、干渉するのがその個性の本質。そのためその人の在り方に触れる、あるいは視てしまった時に、個性を制御しきれないとその人の過去や原理は不明だけ未来さえ見えてしまうのだという。

その過去はその人が特別に思っている、または生死が関わった場面が多く、未来の場合はほぼ例外なくその人の死に場所が見えるのだという。

 

 

変わった日に特に変化するような事態はなかった。ただ僕やオールマイトを回復させている時に顔色が一瞬変わった、というだけ。

 

ただし、四季は基本不愛想で表情が変わることは滅多にないほど表情筋が活動していない。

それが明らかに動揺し、逡巡していた。

つまり、彼は僕か、オールマイトかどちらかの死期を視たのではないか、あるいは両方の。

 

それがあまりにしっくり来た。

 

つまりは、彼は僕らの運命を変えようとあがいているわけで、僕らは彼に助けられようとされているわけだ。

 

ふざけるな。

 

僕が死ぬのは僕の力不足。彼のせいでは決してない。

 

僕の死を僕らの死を彼が背負うことなどないのだ。

けれど、それは死が視えない僕らだから言えるセリフであって、実際にそれを見せつけられる彼からすれば無干渉でいること自体無理なのだろう。

 

何故なら口でどう言おうとも、無感情のように表情が固まっていようとも、僕は知っている。

 

彼岸四季は、彼岸四季こそがヒーローになるべき人だと信じている。

 

少なくとも、彼は僕にとってのヒーローだ。

 

だからこそ、助けられてばかりじゃいられない。

その隣へ、そしていつだって苦しむ彼を助けられるようなヒーローに。そしていつの日か必ずこう言ってやる。

 

——もう大丈夫。君の見た絶望を壊すために、僕が来た。と。

 

今はまだ夢物語。スタートラインにすら立ってはいない。

 

だから、まずは目の前の3ポイント仮想敵の装甲の隙間と眼球に相当するであろうレンズに向かって1、2、3と刺し貫いた。

 

そう、だからまずはこの試験に受かる。最低でも四季以外の誰にも負けないくらいでないと彼や目をかけてくれたオールマイトに面目が立たない。

 

試験時間も残りわずか。

 

最後まで全力で駆けさせてもらう。

 

 

そうして次の仮想敵に向かって走り出した時に、それは来た。

 

轟音と共に目の前の光景を独占せんばかりの巨体が現れた。10階建てのビルを押しのけるような巨体であることからおそらく三〇メートルを超え、巨大な手でビルをなぎ倒すさまから見て、その膂力はどう考えても人など一瞬でつぶれてしまう力と質量と大きさをもった巨大仮想敵。

 

これが、おそらく0ポイントのお邪魔虫仮想敵。

 

雄英に集ったおそらくそれぞれの地元では優秀だと言われる受験生たちが思わず口を開けて行動を止めてしまうくらいの圧倒的な脅威がそこにいた。

 

 

 

 

 

圧倒的脅威にさらされた時、人はその本能がむきだしになる。

自分の身を守るための行動に出るのだ。それは主に2種類、闘争か、あるいは逃走だ。

 

だが、中には事態についていけずに思考停止するのもいた。それは生きるための努力をしていないという点で他2つにも劣る愚行だろう。だがそれを責めることはしない。それが恐怖がもたらす人への害なのだから。

 

しかし、だ。

これは、0ポイントとはいえ、試験の点に関係ないといえ敵だろう?

 

それから何逃げてんだこいつ等は。

 

いや逃げるだけならいい。自分の命が大事。大いに結構だ。自分の力が相手に届かないというなら逃げて助けを呼ぶことだってあるだろうさ。しかし今のお前らは違うだろう?それは我先にと言わんばかりの逃亡だ。逃げるだけではない。ヒーローとしての義務すら捨てた逃亡と言ってしかるべき行為だ。

 

だから、叫んだ。

 

「何をやってんだお前ら!ヒーローなら、ヒーローを目指すなら、せめて周りに目を配れ!!怪我人や動けない人たちがいないか確認しろ!いたら二人以上で運んでやれ!目の前の命見捨てて逃げるヒーローがいるか!!」

 

夏の個性発動中のために通常よりもはるかに拡張された俺の大声は逃げいく何人かに届いたようだった。足を止めて周りを見渡して呆けてしまったりケガをして走れない人を担いだりしている数人が見受けられた。

 

ああ、それでいい。それがいい。せめてそれくらいはしないとヒーローなんて言えないだろう?

 

「なにやってんの!あんたも早く逃げなよ!!」

 

ヒーローの卵たちの救命行為に安心した俺は他者から見て棒立ちだったようで、心配したのかこちらに走ってくる人影が一人。アレは確か、試験前におなかが痛いと言っていた少女か。本番に弱いのかと思っていたが、あの巨体が近づいてくる方向に走ってくるとは、度胸が据わっている。

 

だが、

 

「「大丈夫!」」

 

 

 

奇しくも、というよりも必然というべきか、同刻、違う場所にて全く同じ台詞を吐く二人を試験官である雄英教師たちは見ていた。

 

 

「やるじゃねぇかこの二人!目の前に現れた0ポイントにも動じずに、周りを巻き込んで避難誘導までしやがった。」

「ああ、中々にいい判断だ。一人だけで助けるのではなく、他も冷静さを取り戻させているところが特にいい。」

 

評価は上々。だが、それだけで終わるだろうか。

いや違うな。

 

「あっ?なんだこいつ等。自分は避難を促しておいて…」

「自分たちは、避難しない?もじゃもじゃした髪の方もあの眼鏡の受験者に女の子渡したら、逆走し始めたぜ!」

 

そうだ。私がこの10ヶ月見てきたあの二人なら、さらに向こうへ行こうとするだろう。

それこそが、この学校の校訓。

 

 

『『大丈夫!!』』

 

まるで鏡合わせのように同じ台詞を同時に放つ彼らに、私は、ナンバーワンヒーロー、オールマイトは弟子ともいうべき二人の台詞に私は笑って口にした。

 

「さあ見せてくれ卵たち。君たちが将来しっかり羽ばたける有精卵である証を。

Plus Ultra!! 君たちの更に向こう側を!!」

 

 

「じゃあ任せたよ 、エンジンの人」

 

「ああ、任された!!!」

 

 

ショートボブのケガをして瓦礫に挟まっていた少女をメガネをかけた足の形状が特殊で足が速いという彼に渡してから、助けるために放り投げていた槍を手にとる。

 

相手は巨大。

自分の優に20倍以上の巨体で、パワーも質量もこれまでの仮想敵と比較にならないほどの脅威の塊。

だが、それが、逃げる理由にはならない。

 

「ちょ、ちょっと、待って。どこいく気?君もはやく、逃げないと」

 

「大丈夫!」

 

 

言って駆けだす。

周りにもう受験生はいない。

なら、後は脅威を排除するだけ。

 

「何故!?そいつは0ポイントだぞ!!逃げないと!」

 

後方からこちらを心配する声がする。さっきの眼鏡の人だ。

優しい、いい人だな。雄英に受かったら仲良くなりたい。

 

けど、今は

 

「0ポイントでも、ヴィランはヴィラン!!そしてあいつは街を、人の営みを破壊している現行犯だ!!ヒーローがヴィランに背中を見せて逃げられるわけないだろう!!」

 

 

巨体、しかし動きは鈍重。

 

だけどおそらく弱点である動力部があるであろう心臓部や制御系がある頭には届かない。

ならば、まずは狙うは末端。

 

全速力で0ポイントの後ろに回り込むと同時に装甲の継ぎ目を目掛けて左足首に5連突。

相手は……ぐらついた。効果あり。ならばと右足首も同様に角度を変えながらの刺突を行う。

 

末端を崩したら次に膝裏を刺し穿つ。跳躍で一突き。それが限界だけど、効果はあった。

巨体が踏ん張りを無くした左足元から後ろに体勢を崩す。

 

それでも倒れないように姿勢制御しているようだが、斜めに傾いた体じゃその上を走り出した僕を止めることも、目でとらえることも難しいだろう。

 

「こっちは無個性!ただでかいだけのヴィランの倒し方くらい、研究してる!」

 

斜めの体を登り切った頭頂部で、相手の目がわりのレンズが複数こちらを向いたのが分かった。だけどもう遅い。こっちは既に槍を構えて全体重を乗せてそのレンズに向かっている!

 

ガシャンと深々と槍の半分が相手のレンズ越しに頭部に刺さる。手ごたえあり。

深々と刺さった槍を手放して一旦距離を取る。

やった、か?あちこちがバチバチいっているからノーダメージではないが、まだ巨体は倒れていない。なら、もう一押しを。

 

そう、あまりに上手くいっていたからこそ油断していた。忘れていた。あくまでこの体は無個性であり、相手から見れば虫程度の対象でしかないことを。

左側から伸びてきた腕に、気づくのが若干遅れた。

 

それが致命的、咄嗟に引いたが頭をガードしようとした左手が圧倒的な質量との接触だけで完全に折れた。

 

痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!

それだけしか残らないかのような激痛が、頭に響かせる。

けれど、まだ左手だけだ。まだ右手と両足は動かせる。ならばそんなことに構っていられない!!

 

 

「っーーーーまだだ!!」

 

左手の痛みを無視して目の前の腕に飛び乗り、さらにある一点を目指して跳躍した。

 

腕がブラブラしているが、知ったことではない。

このくらいの痛みで引くくらいの覚悟なら、僕はヒーローなんて目指してない!!

 

「なめるなデク人形!!」

 

そう、昔から言われていたデクという蔑称。僕につけられたレッテル。

そこから決別するかのように、そのレッテルを打ち破るように僕は脚を全力で振り上げた。

 

狙うは一点!頭に刺さったままの槍。その石突!

そこは少しだけ改良してある。それは、石突での打撃力を上げるために少しだけ重く幅広くしてあり、もう一つは、こういう使い方をするためだ!!

 

「蹴り穿つ、死翔の槍!!」

 

 

全体重を乗せたかかと落としは、狙い通りに石突に激突し、槍はその勢いを受け相手の頭部を刺し貫いた。

 

同時、0ポイントのヴィランが力を無くしてゆっくりと倒れこむ。

 

今度こそ、倒した。

 

その確信を得て、自身の避難を開始する。

なんせここは機体が傾いたとはいえ、地上から目視でまだ20m以上ある。

流石にここから落ちれば受け身をとっても死にかねない。

 

故に全速力で斜めに崩れ行く機体を降りていくと、機体の中腹、そこに先ほど避難を促した少女と眼鏡の少年が瓦礫の上に立っていた。訂正、浮かんでいる瓦礫の上に、立っていた。

 

「手を!出して槍の人!!」

 

なんて無茶を!こんな瓦礫が飛び交う場所に戻ってくるなんて。

そんな自分がさっきまでやっていた行動を無視してその子を見る。その眼には見覚えがあった。

 

誰かを助けようとする強い意志がこめられた眼。

 

ああ、そうだった。この人は、この人たちはただの人じゃない。

僕と同じ、ヒーローを目指す人たちなんだ。

 

自分だけでなく、この二人や他の人と協力すれば、もっと簡単にこの0ポイントも倒せたかもしれない。自分の自惚れや油断といった課題も見えた。

 

まったくもって僕はまだまだ未熟だ。

 

「ありがとう二人とも。困った時に助けてくれるなんて、ヒーローみたいだ」

 

僕は笑って二人を賞賛し、お礼を言った。僕を助けてくれた二人のヒーローに。

 

そしてまだまだ遠いなぁと感じる。

 

なぜなら、遠くで轟音が聞こえたからだ。おそらく、いや間違いなくそれは彼だろう。

 

本当にまだ、遠い。だけど、直ぐに追いつくから。きっと追い抜くから。それまで……。

 

 

そうして、僕の雄英高校入学試験は終わった。

 

 

 

 

 

「………やれやれ、この音、俺以外にもこのデカ物を倒した奴がいるな。」

 

そして多分、それは出久だろうという確信めいた何かがあった。

アイツはきっと、街を壊すようなヴィランに背中を向けることをしない。

おそらくは『緑谷出久式、ヴィラン対策ノート5冊目、巨大ヴィランへの対抗策、その3』あたりを使ったのだろう。

ちなみに俺も使った方法はそれだ。足をつぶして機動力を奪い、膝を折って背後に倒しながら体勢を崩した相手の心臓、あるいは頭を狙うえげつない戦法。

 

机上の空論もアイツは実践しちゃってんだろうなぁとか考えながら、俺は頭を真っ二つにへこまされて倒れた0ポイントヴィランから飛びのいた。

 

飛びのいた先にいたのは先ほどこちらを心配してくれた耳がイヤホンみたいになっているショートカットの少女。

 

「悪い。心配かけちまったみたいだな」

 

「それは、いいけど……凄いねあんた。回復系の個性だとばっかり思ってた」

 

「ああ、だから心配して来てくれたんだ。優しいねイヤホン少女」

 

そりゃ回復系の個性じゃ武骨でドデカい仮想敵を倒せるとは思わないよな。

まぁおそらく無個性でも倒せている奴が一人いるだろうけど、それは別物だ。

 

「とりあえずこの通り、俺は五体満足だ。そっちこそケガないか?あるなら治すぞイヤホン少女?」

「……耳郎響香」

「ん?」

「ウチの名前!耳郎響香っていうの! なんかイヤホン少女って言われ方年上から言われているみたいでむかつく。名前で呼んで」

 

年上なんだけどなぁ、まぁそれはわざわざ言うことでもないか。

 

「了解。耳郎っていうとなんか男っぽいから響香でいいか?それとも耳郎ちゃん?」

「……ちゃん呼びよりは名前でいいよ」

「ああ、なら響香と呼ぶよ。俺は彼岸四季。彼岸でも四季でも好きに呼んでくれ。それで、ケガ、あるか?」

「~~~~~っない。たく心配して損した。そんな凄い個性持ってるとか思わないし」

 

なるほど。今まで周りにいなかったタイプだが、クールに見えて結構情に厚いタイプなんだろう。

 

とりあえず見た目にケガらしいケガはない。

それに安心したところで、プレゼントマイクから試験終了の知らせが響いた。

 

「これで、試験は終わりか。お互い受かっているといいな響香?」

「……まぁそうだね。そっちは受かってそうだけど、ウチはどうだか」

「大丈夫。受かっているさ。」

「なんでそんなこと言えんの? ここ倍率300オーバーの雄英だよ?」

 

「そりゃ決まってる。見ず知らずのバカを助けるためにここまで来た奴と自分の命だけ優先して逃げた奴ら、どちらがヒーローの素質があるかなんて一目瞭然だろう?この学校がよっぽど馬鹿じゃなければな」

 

まぁ試験は終わった。とりあえず後は結果を待つだけだ。

 

ああ、その前に、

 

「言い忘れていた。心配して来てくれて、ありがとう耳郎響香」

 

目の前にいる心優しいヒーローの卵にお礼はしっかり言わないとな。

 

 

 

 

 

 




今回、視点がコロコロ変わって視にくいかもです。
視点が変わる際は何か間に挟むべきですかね。

それはともかく、試験編はこれで漸くおしまいです。

アンケートはまだ続行してますが、まだ投票してくださる方は喜んで受け付けます。

このような拙い作品にレスポンスいただいてありがとうございます。

これからも最低週一は更新しますので、どうか今後もよろしくお願いします。


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第10話 合否判定!そして継承へ……のはずだったんだ

さて、今回のお話を読む前に、一つだけ忠告があります。
一部のキャラクターが原作のキャラのカッコよさを損なうような言動をしております。

もちろんアンチではありませんが、いやコレはないだろうというキャラ崩壊に近いものがあるかもしれません。

そこのところ踏まえて広大な大自然のような何者をも拒まない気持ちで読んでいただければ幸いです。

以上、言い訳でした。


さて雄英高校受験から、はや数週間、俺たちの手元には既に受験結果が届いていた。

封筒を開けて中から出て来たのは紙ではなく円錐形の機械。

小型の立体プロジェクター。

おそらくは、いや確実に合否判定のデータが入った物だ。

 

そして、それを前にしているのは俺、彼岸四季だけではない。

 

「ほれ、さっさと開けろ。どうせ待ってても中の記録は変わらねぇぞ」

 

俺以上にウキウキしながら、俺の保護者は今か今かとその結果発表を待っていた。

その特徴的な長い白耳は完全にこちらを向き、赤く輝くような瞳はメリーゴーランドを目の前にした童女のように楽しみに彩られている。

その瞳には俺の合格以外の結果は映っていない。むしろ何位で合格したのかだけを見に来たとばかりに喜色だけが映っている。

 

これ、俺が落ちていたら雄英高校に殴り込みに行きそうじゃねぇか?

 

まぁ、一応ポイントは稼げている自信があるし、筆記も問題ない。

 

少しばかり周りのことに気を使いすぎたり、0ポイントが危険すぎたので試験に関係なかろうと排除したりと、もっと取れたであろう点を逃していることは否定できない。

 

だが、それでも全力は尽くした。ならばここで臆するのは男が廃るというものだ。

 

俺はそう意気込んで立体プロジェクターのスイッチを押した。

 

『わーたーしが投影、されたーー!!』

 

「オール、マイト?」

 

 

プロジェクターが映し出したのが珍しくもスーツ姿に身を包んだナンバーワンヒーロー、オールマイトであったことに驚く。確かに俺たちとはこの約1年ほど濃ゆい時間を過ごしてきたが、しかし何故雄英高校の手紙にオールマイトが出て来るのか?

 

『驚いてしまったのなら謝ろう、突然すまないね。まず第一になぜ雄英高校のプロジェクターの映像に私が映っているかと言うと、私がこの雄英高校に勤める事になったからだ。』

 

雄英高校に、オールマイトが?

いやそれも当然か。彼はもともと後継者を探していると言っていた。ならば母校であり、日本最高峰の一つである雄英高校に渡りをつけるのは当然の帰結だろう。

 

なら、ここで彼が出たのも納得できた。あとは結果だ。

 

『さて、あまり焦らしても仕方あるまい。彼岸四季少年!雄英高校、合格だ!!』

 

その台詞に重い溜息をついた。本来ならガッツポーズをとったり涙ぐむところだろうが、俺としてはとりあえず第一関門突破というだけの意味合いが強い。

俺が為すのはその先だ。だからこれはまだスタートライン。そう胸に刻みこもうとしたところで、さらにオールマイトの台詞が続いた。

 

『君が獲得したヴィランポイントは68ポイント!これだけでも今回実技2位に食い込む好成績だ。しかし、実はこの試験にはもう一つ、受験生達には教えられていない評価基準がある。その名も救出ポイント!どんな差し迫った、たとえば自分の人生を左右しかねない試験の現場でも、人助けというヒーローの前提をどれだけできたかという、審査制で得られるコレは、ヒーローの大前提を測る重要な基礎能力!!』

 

大きく手を振り上げ、背後にある点数表が記載された掲示板が光を灯す。

その頂点をオールマイトがゆっくりと指差し、告げる。

 

『彼岸四季少年、畏縮していた少年少女たちへの迅速な救助、及びアドバイスで救出ポイント35ポイント!そして巨大な0ポイントヴィラン出現の際にも皆を落ち着かせ救助を促し、さらにその元凶をも破壊するという実力を示し、皆を安心させた!さらに70の救出ポイントを加算!総合成績、173ポイント!!近年最高のポイントで主席合格だ!!』

 

ありがたいことを言われている。その自覚はあった。

けれど、それよりも重要なことが一つあった。

それは掲示板に映った第2位、つまり次席合格者の名前

 

『緑谷 出久  135ポイント』

 

3位以下に圧倒的な差をつけ、そこに俺の友人が、無個性で傷ついて、それでも何度でも立ち上がってきた不屈の意思を持つ友人の名前が確かに刻まれていた。

 

ああ、本当にお前は凄いよ出久。

だからこそ、あんな未来は許せない。あんな未来だけは来させない。

たとえ、この身がどうなろうとも、あの未来だけは否定してやる。

 

 

そんなことを考えている内に、合格案内は終わっていたらしい。

 

呆けていた俺を確かめるように、息がかかるような近さで、俺の保護者が目の前で俺の眼を見ていた。

 

「おーいどうした?主席だぞ主席!!こんな時くらいその仏頂面を崩して笑え!」

 

 

白い髪に褐色の肌、そして赤い目と白い天に向かって伸びる髪と同じ色の耳。

そこに勝気で不敵な笑みを浮かべて、俺の仏頂面の両頬を両手で押し上げる。

 

「笑っている、つもりなんだけど…」

「どこがだ!せっかくの雄英高校合格!それも主席だってのにその面!そんなことじゃヒーローなんかにはなれねぇぞ」

 

俺の恩人にして身元保証人、そしてサイドキックと呼ばれる一緒に前線で戦ったり、または情報を集めたりして主となるヒーローを支える相棒や同僚を一切持たずに独自の情報網と聴力、日本を縦横無尽に駆ける高機動を持って日本でトップ10に20台の若さでランクインする女傑。

 

ラビットヒーロー『ミルコ』、本名兎山ルミがそこにいた。

 

俺にすれば正に目の上のたんこぶというか、逆らう気すら起きない存在であり、彼女の言葉を借りるなら、俺は彼女にとって弟であり、弟子であり、将来気が向いたらサイドキックにしてやるという存在、らしい。

 

俺にとっては、義理の姉という認識だ。まぁ弟子というのも間違いではない。体術に関しては彼女に教わった部分が多いのも事実だ。だが、気が向いたらサイドキックとかは止めてほしい。

なんせ彼女は全国でも超がつくほどの有名人。なんせ女性ではトップのヒーローランクを誇る人だ。

 

それが唯一サイドキックを雇ったなんて知れた日にはどれだけマスコミが押し寄せるか考えたくもない。そんなことを考えてもいない彼女は能天気に俺の頭の上に顎を乗せて、何が面白いのか俺の頬をぷにぷにとつつく作業に移行していた。

 

ちなみにこれが彼女が俺の家でくつろぐ時の定位置である。最近は身長が俺が高くなったので肩に顎を乗せてくることが少しは増えたが、基本は家にあるソファの下に俺が据わり、彼女はソファに座って俺の頭を枕替わりか机替わりに顎を乗せて、腕を俺の肩に伸ばしてのんびりとテレビを見たりするのが、たまにこの家に来る彼女の習慣であった。

別に今更変えようとも思わないが、傍から見れば、年ごろの女性がそれはどうなんだという体制とだらけようである。あと距離が近い。

 

そんなことを考えているとふと、携帯電話にメッセージが入った。

 

『いつもの海岸で20時に待っている。できればきてほしい』

 

そんなメールが来ており、それを見たルミさん——家やプライベートではそう呼べと言われている——が読み上げた。

 

今更彼女が俺の携帯電話を勝手に見ることは珍しくもないので、それはいい。だが内容は問題だった。なぜならそのメールはオールマイト(一応八木さん、で登録はしてあるが)からのものであり、彼女は今までその人にあったことがない。

 

互いに忙しいヒーロー業。二人が顔を合わせたことはない。

そしてルミさんは俺たちに特訓をつけた人がオールマイトとは知らない。

だからこそ、彼女は個性であるウサギがしそうもないような肉食獣めいた笑みを浮かべて言いきった。

 

「20時、ね。行ってみるか。あたしの義弟に勝手に仕込みやがった奴の面を拝みにな」

 

——あっこれ、ヤバいわ。

 

俺はとりあえず彼女に隠れて一通だけメッセージを送った。

 

———行きますが、義姉が付いてくるので絶対にヒーローモードでいてください。じゃないと多分ヤバいです。死にます。

 

 

 

 

豆知識になるが、一般的にウサギも自分の縄張りや親しい相手、場所にマーキングをする習性があるのをご存じだろうか。そしてウサギのマーキングには人の手をなめるという行動のほかに、下あごの皮膚にある臭腺を擦り付けるという行為が存在する。そして、ヒーローミルコの個性はウサギっぽいことがウサギよりもできるという異形型の個性である。

 

さて、それを踏まえた時に、彼女は誰によく下あごを置いており、その誰かは彼女に詳しい経緯を伝えずに、どこの誰に特訓を受けたのだっただろうか。

 

それを踏まえて、両者が会ったときの反応を想像してみてほしい。

 

 

結果は、既に目の前にある。

 

 

「まっさか、あたしの義弟を掠め取ろうとしたのがアンタだったとはなぁ!!予想してなかったよ!オールマイト!!」

「か、掠め取るとは人聞きの悪い! 少しこちらの弟子と一緒に稽古をつけただけさ」

「それでも!あたしが何を言ってもヒーローにならなかったアイツが、ヒーローを目指したのは、アンタが理由だよなぁ!!?」

「いや、そこは詳しく知らないけどね!!?」

 

 

日本における、おそらくは最強の男女ヒーローの熱い肉弾戦が、割としょうもない理由で繰り広げられていた。

まぁ理由の発端となった俺のいうことではないのだが。

 

ああ、ちなみこの騒ぎのために、オールマイトから出久への個性の継承は後日に引き伸ばされることになった。

 

いや、なんというか、ホント申し訳ない。

俺は心の中でオールマイトと出久に土下座したのだった。

 




さて、今回は短めで申し訳ございません。

そしてヒーローミルコのカッコよさが好きな方、イメージを崩されてしまったかもしれませんね。

そこはホント申し訳ないのですが、割とこの辺りまでは最初から構想してたので今更変えられませんでした。

処女作とはいえ、作品作りはいと難しいものでございます。

いや、ホント申し訳ない。

次回は雄英高校入学、そして個性把握テスト編となります。
出久くんへの個性譲渡?……いやホントはシリアスに書く予定でしたよ?しかしシリアスは作者の力量不足により犠牲になりました。

不評ならいずれ改めて書き直しや閑話をいれます。





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第11話 そして雄英高校へ。いや打ち切りではありません。ただのタイトルです。

サブタイトル、意外と思いつかないものですね。
私の物語の進みが遅いのもありますが。

それはそれとして感想をくださった皆様、お気に入りや評価をくださった皆様、誠にありがとうございます。

これからも亀の進みではありますが、物語を描き切るつもりですのでよろしくおねがいします。


 

雄英から渡されている資料は持った。

もちろんハンカチなどの備品もぬかりない。

 

入学式という晴れの日を、忘れ物や遅刻などで曇らせたくはない。

これから高校に通った3年後、あるいはもっと早くに俺の見た未来は訪れるかもしれない。

 

だから一日、一秒、一瞬でも無駄にはできない。いや、無駄にしない。

 

今日が終わりかもしれないと思って生きろ。

今から死地に向かうと思って進め。

 

そう、それが俺が義姉から得た教訓だ。

 

準備は済んだ。

覚悟はできている。

 

だから行こう。

 

そんなことを考えていたからだろうか。

アパートの玄関を出て、直ぐに頭に衝撃が来た。

 

「だ、か、ら、お前は少しくらいは笑えって言ってんだろう。

どこに高校の入学式にそんな死ににいくような面構えで行くやつがいる?」

 

頭の衝撃の心当たりはすぐにわかった。

我が義姉にして、身元引受人であるヒーローミルコである。

 

「ルミ……ミルコさん、昨日の夜は名古屋で大物ヴィランを捕縛してたってニュースで見たばかりだったんだけど」

「ああ?それは昨日の夜だろうが。今は朝だ。こっちにいてもおかしくねぇだろ」

 

いや、昨日(今日未明)ヴィランを捕縛したのは深夜1時を過ぎていたはずだ。

だから今朝のニュースでしか情報は知らなかったし、その時間からここに来るような交通機関はないはずだ。だから、彼女がここにいるとは思わずに驚いている。

 

けれど、偽物ではない。この眼に映る彼女の『色彩』を見間違えることはあり得ない。

 

「1時すぎにヴィランをぶっ飛ばした。2時過ぎに警察に渡した。手続きで3時には解放された。それから走ればここに来るくらい朝飯前だ。」

「いや、なんで。そんな無茶しなくても…」

 

見れば彼女はオフのラフな恰好ではなく、ヒーローのコスチューム。それも所々破けていたり、血がにじんでいる所を見ると無傷ではない。

そんな体で、ここまで来る理由なんて

 

「何言ってんだ。あたしの義弟の晴れの入学式だぞ?

家族が送り出してやらなくてどうすんだよ。」

 

「——————そ、んな…」

 

そんなことでこんな無茶を、なんて続けようとして言葉に詰まった。

 

泣いてはいない。

 

涙なんて当の昔に捨ててきた。

 

けれど、少しだけ、そう少しだけ言葉がでなかっただけだ。。理由は知らない。

 

「なぁ、四季」

 

そんな俺の精いっぱいの我慢を知らないように、彼女は気安く、そしていつもより眼を細めた笑顔で、声をかけてくれた。

 

「制服、似合ってんな。超かっこいいぜ」

 

————ああ、本当に、この人にはまだまだ敵わない。

 

 

 

 

 

 

「1-A、1-A……さすがにこれだけ敷地が広いと教室探すのも一苦労だな」

 

「普通校舎自体は、そんなに変わらないよ。演習場や技術部門とかが桁違いなだけ。ほら、あのおっきな扉のところだよ」

 

出久と校門で待ち合わせ、同時に校舎に入ったが初めてゆっくり歩きまわる校舎は迷路と変わりない。

いや見た目は普通の校舎っぽいのだが、非常時の備えなのか教室の配置や場所がそれぞれの科と学年で分散させられているのでわかりにくい。

 

まぁそもそも雄英バリアの名前で親しまれている、雄英の学生証などの通行証を持つ者以外を通さないように設定してある鉄壁以上の硬度の壁がこの雄英高校という広大な敷地に張り巡らされていることを考えると、この学校の緊急時の備えはそこかしこにあるのだろう。教室の分散化などその簡単な一例に過ぎない。

 

「ところで体の方はどうだ?」

「あー……それが、さ。どうにも変なんだ」

「変?まさかなんか異状があったのか?」

 

最後に出久にあったのは昨日の朝のトレーニングの時だ。

出久にオールマイトの個性が継承された日以降、出久はその身に有り余るほどの個性の出力を制御するために俺との模擬戦を行い、オールマイト、そしてたまにヒーローミルコがアドバイスを送ったり、ダメなところを肉体言語で理解させられたり(主にミルコ)する日々を送っていた。ミルコが来るのは俺を盗られないため、らしい。そもそもあなたのでもないし、先日の地上最高クラスの格闘戦を地上最高クラスのどうでもいい理由で始めた二人の不毛な争いは最終的に出久はオールマイトの、俺はミルコの弟子ということで完結した。

そこに地形を変えかねないほどの戦闘があったが、それは二人のヒーローが互いの切磋琢磨のための訓練の一言で片付いた。というか片づけた。

 

そうしないと日本のトップヒーロー達が個人的な理由でド派手にケンカをしたなんて記事が全国紙に載りかねなかったのだ。

 

まぁそれはいい。もう忘れよう。とりあえず大事なのは今だ。

ヒーロー達の縄張り争いもひと段落つき、その後出久は無事個性を継承した。そして現在安定して動ける個性の発動能力がオールマイトを100とした時に40~50というところだ。

 

それをしょぼいということなかれ。オールマイトは腕の一振りで上空の雲を吹き飛ばせるという、個性を含めても人類なのか疑わしい膂力の持ち主である。なお雲とは霧雲などの地上付近に見られる雲などを除き、ほとんどが低くとも2㎞~10数㎞ほどは離れている。ちなみに俺が言っているのは後者である。そのパワーは測定すら難しいものであり、その半分近くの力を使える出久の危険度は局地的なハリケーンと大した違いはない。

 

つまり、既にこの170cmほどの少年は、10分もあれば今歩いている校舎を瓦礫に変えられるほどの存在なのである。

まぁそんなことを緑谷出久がするはずもないが。

 

とはいえ、そんな力をもった彼に不調があれば、一大事になりかねない。

大きな力はそれを持つ者次第で凶器にもなりうる。

彼が力を持て余してしまえば、その余波だけで人が死ぬには十分すぎるのだ。

 

だからこそ、俺は内心慌てていたが、出久の感想は変な夢を偶に見るようになった、とそれだけであった。

だが、そこにはオールマイトに似た影や、他に7つの人影が見えたらしい。

 

オールマイトは出久を九代目だと言っていた。

ならば、これは偶然、というわけではないかもしれない。

とはいえ、今のところ本人の体に直接的な被害はないとのことだったので、この話題はオールマイトに後で相談することになった。

 

そんな悠長に会話をしていたからか、既に1-Aの教室のドアは目の前にあった。

そろそろ時間も予鈴前になる。俺たちは互いにうなずきあって話題を打ち切り、互いに三年間を共に過ごすであろう雄英高校の面々に期待と不安が半々になりながら扉を開き、

 

「机に足をかけるな!雄英の偉大な先輩方や机の製作者に申し訳ないと思わないか!?」

 

「思わねーよそんなこと。どこ中だよ端役!」

 

机に足をかけふんぞり返って椅子に座る、爆発ヘアーの見慣れた、見慣れすぎた爆豪勝己(バクハツバカ)と、プレゼント・マイクの説明の最中に俺と口論になりかけた眼鏡君が揉めていた。

 

 

ああ、いろいろあったから忘れていた、あの爆豪もここに受かっていたのだった。

しかし、せめてクラスが別ならよかったのに……。

 

雄英高校にクラス替えはあったかな、なんて考えていると俺の袖をつつく感触があり、そちらに眼を向けると、見知った顔と特徴的な耳があった。

 

「試験振り。やっぱり受かってたねアンタ」

 

「ああ。そっちもやっぱり受かってたな。」

 

実技試験会場が同じであったイヤホン少女、耳郎響香がそこにいた。

 

「やっぱりって、ウチあんたみたいに派手な活躍してなかったけど?」

 

「活躍はよくは知らない。けど言ったろ。この学校がよっぽど馬鹿じゃなければ響香は受かってるって」

 

———見ず知らずのバカを助けるためにここまで来た奴と自分の命だけ優先して逃げた奴ら、どちらがヒーローの素質があるかなんて一目瞭然だろう?

 

そんな言葉を俺は彼女に向かって言った。それだけ彼女はあの巨大仮想敵を前にしても、恐怖に負けることなく近くにいた俺の命を優先して動いていた少女だ。それが、受かっていないはずはない。

 

「…………」

 

「どうかしたか?」

 

俺の台詞にフレンドリーに返してくれるものだと思っていた彼女は何故か顔をそっぽむけて返事をしてくれなかった。何か気に障ったか。やはり呼び捨てはよくなかっただろうか。

 

「えと、気にしないで。四季はいつもこんな感じだから。」

 

出久から謎のフォローをもらって響香は出久に向かって「そう…」とだけ言って大きくため息を吐いてから出久と自己紹介を始めた。俺のことを紹介しながら、親し気な…というより苦労を共有したような雰囲気で話していた。

 

なんだ。何か置いてけぼりにされた感じがするのだが。

 

「とにかく、袖振り合うも他生の縁、だ。今後ともよろしく響香」

「ああ、うん。よろしく。ええっと………四季?」

「ああ、彼岸四季であっている。よろしく」

 

響香は呆れた様に、けれどしっかりと俺と握手を交わしてくれた。

 

 

さて、ここから俺の、俺たちの雄英高校の生活が始まる。

どんな難題や試練があっても乗り越えていこう。『Plus Ultra』の校訓のように。

 

 

 

・・・・・そんな感じで初日の最初は〆たかったのだが。

「デクに留年野郎! まぐれで受かったからってなめてんじゃねーぞ!」

「おお!やはり君も受かっていたか。ぼ…俺は飯田天哉だ。よろしく」

「ああ!槍の人!やっぱり受かってたんやね。私麗日お茶子!よろしくね」

 

怒涛の自己紹介と、ケンカ腰の連続。極めつけは

 

「お友達ごっこがしたいなら他に行け…ここは雄英高校ヒーロー科だぞ」

 

何故か寝袋に入り廊下に寝ている無精ひげ伸びっぱなしでゼリー飲料をすすっている男まで現れた。

 

 

なるほど。これが日本の最高峰、雄英高校。

どいつもこいつも一筋縄では行かないらしい。

 

 

 




そんなわけで次回は個性把握テスト。

そしていよいよ出久君のOFAが解禁となります。たぶん。今書きかけの文章では。

ところで、そろそろ初回アンケート打ち切ります。

多数の方のご意見ありがろうございます。
参考にさせていただきます(作品に反映できるかは手腕がないので保障できかねます。ご了承ください)

それでは次回もよろしくお願いします。


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第12話 雄英高校入学式!はありません!!むしろある作品を見たい!!

ホントは入学式書きたかったんですよね。
でも多分入学式っていっても雄英高校って普通の保護者とか参列してなさそうなイメージだし。
早く作品も進めたかったし。というわけで入学式はなく、原作通り個性把握テスト編、2話ほどお付き合いください。




「お友達ごっこがしたいなら他に行け…ここは雄英高校ヒーロー科だぞ」

 

一言で騒ぎを断ち切る鋭い声をあげる者がいた。それは経験から来るものなのか、もとよりそうなのか、若い生徒たちにはない威厳を持った声であった。ただし、それだけが教室の喧騒を絶ったわけではない。

 

教室の外、廊下に寝転んだミノムシがいた。いや別にそういう異形系なわけではない。

何故か寝袋に入っているだけだ。それが、問題なのだが。

 

好奇の視線を独占しながらその寝袋は立ち上がるとのっそりとその姿を見せる。無精髭に伸び放題に見える肩にかかるくらいの髪の毛、鋭い瞳がその髪の間から覗かせる。

 

「静かになるまで8秒かかりました。時間は有限。君たちは合理性に欠けるね」

 

彼は自分たち1-Aの担任である相澤 消太であると伝えると寝袋の中から服をとりだした。たしかアレは入学の書類に書いてあった体操着だ。

 

「これに着替えてグラウンドに出ろ。」

 

酷く簡単な指示だった、体操服に着替えてグラウンドに出ろ、それだけ。そしてグラウンドで告げられた次の指示は個性ありの体力テスト、個性把握テストを行うということだった。

 

もちろん、非難もあった。今日は本来入学式の日である。保護者や関係者が参列されてもうすぐ式が始まるだろう。しかしそれを無視していきなりテストと来た。そりゃ非難くらいでて当然である。だがそれを、相澤と名乗った教師はやはりすぐに切りかえす。

 

「お前等はヒーローを目指してきたんだろ。それならそんな悠長な行事、出る時間ないよ。雄英高校の校風は『自由』が売り文句。それは俺たち教師陣もまた然り。」

 

これから一年、俺たちの担任となる教師が最初に提示したのは、常軌を逸していた。

だがこの高校のヒーロー科は様々な事故、人災、天災にすら立ち向かうヒーローを育てる場所。ならばこそ、どんな事態にも、どんな時にも対応できる能力が求められるということだろう。まぁそれがいきなり来るとはこちらも思っていなかったが。

 

「個性禁止の体力テスト、お前らも中学の時にやってきただろう。だがそこに個性という諸君らが本来持っている能力は異形型以外は含まれていない非合理的なものだ。全ての個性を取り入れてこそ現代の体力テストというもの。諸君には、まず自分の体力、個性の限界を知ってもらう。」

 

文句を言わせない強い口調。そして鋭い眼光。

なるほど、そういえばここのヒーロー科の教師陣は全てプロヒーロー。

それも日本最難関の学校の教鞭を取るに足りると見なされた精鋭。非難をしていた、あるいは状況に戸惑っていた連中の気を一瞬で引き締めた。

 

「まずは、…そうだな。今年の入試首席、彼岸」

「はい」

 

指名を受け返事をすると、周囲の視線が俺に向けられたのがわかった。入学主席ということはそれだけ好奇の視線にさらされる。だがそんなことに気を割いている暇はなさそうだ。

 

「お前の中学時代のソフトボール投げの最高記録は」

「70mです」

「よし。じゃあ個性を使ってやってみろ。円から出なきゃ何をしてもいい。ただし全力でな」

 

何をしてもいい、と来たか。なるほど、ならばつまりは渡された計測用のボールに、何をしても構わないと取っていいのだろう。だが一つだけ相澤先生からボールを受け取った時に確認をした。確認したのはここから雄英の敷地の外までの距離だ。3キロと少しという返事が返ってきた。なるほど、それがわかれば後は十分。

 

渡された計測用のボールの重さや耐久を握りこみ確認しながら指定された円へと入る。

さて、せっかくの指名だ。それも主席とあっては無様な真似はさらせない。なんせ、出久がこちらを見ている。

 

出久は、オールマイトから個性を継承した。

ヒーローにふさわしい精神をもった彼が、無個性でもヒーローになれると信じられる彼がナンバーワンヒーローの個性を手にしたのだ。これでヒーローになれないなら、むしろヒーローの制度を疑うほどのレベルで俺は彼が将来ヒーローになることを確信している。

 

だが、だからこそ全身全霊で彼を上回り続けねばならない。

彼にとっての高い壁であり続けなければならない。

そうすることで、彼はより成長するだろう。彼は壁を感じた時に足を止める人間ではなく、壁をよじ登ろうとする人間なのだから。

 

そして、俺自身も今までのままじゃダメだ。

ヒーローになると決めた。ルミ義姉さん…ミルコやオールマイトのような他人のために全身全霊をかけるヒーローにはなれない。

けれど、友くらいは、自分の周りの人くらいは何があっても守れるくらいのちっぽけな、けれどヒーローと確かに呼ばれる存在を目指したのだ。

 

なら、その人たちと張り合うくらい、それを超えるくらいの気概がなければ、守れるはずもない。力ない意志など、現実では無力なのだから。

 

「『紅く目覚め、夏の太陽のように視界の全てに手を伸ばし、蹂躙しろ』」

 

故に、自己暗示で強化率を高める。生命力を活性化させる『夏』の個性を更に増強する。

それは、生命力が見えない人でも可視化されるほどに強く、俺の体を包むように、巻き付き流れる流水のように、或いは絡みつく炎のように具現した。

 

「炎の個性?でも熱くない」

「入試で見た時は少し赤い光が出てただけだったのに…」

「いきなり飛ばすなぁ四季」

 

周囲の騒ぎは無視し、まずは目の前に集中する。

要はコレをどれだけ遠くに飛ばせるか、だ。

ならば単純に投げるなんて、俺にとっては愚行。

 

「え?」「は?」「なにしてんだアイツ!?」

 

多数の生徒が俺の行動に疑問を持っただろう。

当然だ俺は手に持ったボールを前に投げるではなく、ただ上に放り投げただけだったのだから。

だが、相澤先生は言った。円から出なきゃ何をしてもいいと。

ならば、これはボールを投げる、という前提だって無視していいってことだ。

 

だから、こうした。その場で1回、2回、3回転。切り替わる視界の中で落下するボールを把握し、回転の度に上げた速度に腰を回した勢いをそのまま足へつたえる。

 

放たれたのは下段回し蹴り。その標的は放り投げた計測用のボール。

 

「蹴ったー!!?」「有りなのかソレ!?」「それより、どこまで…飛んで」

 

確かな手ごたえ、もとい足ごたえを感じた。やり方に困惑するものもいるが、この世は基本結果が全て。そして俺は過程もルールに収めている。だって俺は指定された円を出ていない。

故に、空の彼方へ飛んでいき既に見えなくなったボールを見て唖然とする生徒たちの中で、相澤先生だけは端末に反映された結果をこちらに見せながら言う。

 

「まず自分の最大限を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段。

 彼岸四季、ボール投げ一投目の記録2980m」

 

「マジかよ!!」「ていうか蹴ってたけど有りなんだ」「いやキロ越えとか普通に無理だろ。どんな強化だよ」「これが、入学主席…」「凄い!面白そー!!」

 

様々な感想が飛び交う中、相澤先生は一言に反応する。

 

「面白そう、か。ここはヒーローを育成するための機関だ、それをその程度の志の低さで3年も過ごせるつもりか?」

 

そして、ゆっくりとその言葉は放たれた。

 

「この個性把握テストのトータル成績最下位の者を見込み無しとして、除籍処分とする。

理不尽に思うか?だが、理不尽を覆すのがヒーローの役目だ。俺たち教師陣はこれから三年間、お前たちにあらゆる理不尽を、苦難を与え続ける。既に聞いただろう『Plus Ultra』。それがここのやり方だ。ヒーローになりたいと思うなら、全力を尽くして乗り越えてみせろ」

 

 

「さすがに驚いたね」

「まぁ将来はあらゆる理不尽から人を救うヒーローになる人材を育てる場所だ。それもここはその最高峰。このくらいはやるだろうさ」

 

「いやいや、何普通に会話してんのアンタたち」

「そうだよ。いきなり除籍とか。まだ入学の説明すらちゃんと受けてないのに」

 

響香と出久に話しかけていたショートカットの…確か麗日お茶子という名前の女子が先生の言葉を普通に受け入れている俺たちにツッコミを入れてきた。まぁ確かにいきなりの展開だし普通驚くだろう。こういう説明は出久が適任だが、あまり女子と話したことがないからか、少し緊張した様子なので、とりあえず俺が対応する。

 

「まぁ落ち着け。要は自分の個性をどの種目にどんな風に活かせるかを見られているんだ。まずは種目と個性との適性を見て、それから応用を考えればいい。」

 

種目は八つ。

50m走

握力測定

立ち幅跳び

反復横跳び

ボール投げ

上体起こし

長座体前屈

持久走

 

俺は増強型の『夏』を使うだけで問題ないだろう。出久も個性の出力さえ誤らなければそうだ。だがそれ以外のものはもっと深い自分の個性の理解と応用が求められる。

 

自分の個性が何ができて、何ができないか。それを踏まえて創意工夫をすることが求められている。

 

「響香はイヤホンがある。上体起こしや長座体前屈では単純にプラグの長さで優位をとれるだろう。あとは何ができる?」

 

「えっとウチの個性はイヤホンジャック。音を拾ったり、プラグ部分を相手に刺して大音量を流し込んで内側から砕いたりとかはできるけど」

 

「耳たぶ、イヤホンのコードの長さの調節もできるんだろう?教室の時と試験の時の長さ違うもんな。それを例えばボールに絡ませてハンマー投げみたいにするのも手だし、音を一点に集中させたりできれば物理的な威力で飛ばしたりもできるだろうけど、どうだ?」

 

「ううん…多分音は拡散するから一点に集中させるのはそれ用の戦闘服がいる。ハンマー投げとかならただ腕で投げるよりはマシかも……」

 

「そんな感じで自分にできることを考えてやればいい。まずはできない、向いてないって考えを捨てて何ができるのか、自分の強みを探すんだ。応用はそれを基準にして考えたらいい」

 

「なるほど……うん。考えてみる」

 

そう言うと響香は自分の耳を伸ばしたり振り回しながら、自分の個性と種目も見てできることを考え始めた。次に麗日にアドバイスしようとしていると、こちらに向かって声がかかった。

 

「余裕だな彼岸。それだけ余裕ならお前にはもう少し高い壁を用意してやろう。この個性把握テストで5位以内に入れなければ、お前は除籍処分とする。年齢的にもそのほうが合理的だろう?」

 

「「「そんな!?」」」

 

こちらへのいきなりの問答に俺の話を聞いていた麗日、響香、そして出久がそろって反応する。まぁ、確かに俺はここにいるみんなよりも年上だしな。それに何より

 

「了解しました。けれど先生?」

 

別にトップをとっても構わないでしょう?

 

そう言って、俺は珍しく不敵に笑った。それがただの虚勢であっても、まだ俺はここに立ち続けなければいけないんだから。

 

 




最後あたりで、死亡フラグ!?って思ったのは訓練されたFGO,あるいはFATEファンの方でしょうか?話が合いそうです。

ただ一応フラグではありません。自分を追い込んでいるだけです。
この主人公、出久君や自分の身内のためにはどこまでも本気になる身内贔屓です。

けれど彼の身内認定は出久やミルコなど、自身よりも強い、あるいは強くなるであろう人ばかり。それを守るために自分も死ぬほど鍛えこまないといけないと思ってます。ある意味一番追い込まれているのは主人公かもしれません。



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第13話 ひび割れた鏡に映ったのは誰だったのか

いつも閲覧ありがとうございます。
また感想をくださった皆さま、評価をくださった皆さま、誠にありがとうございます。

先に書きましたがこれは私の処女作となります。そのため私個人の見解が反映され、他者に対しての理解が難しい、あるいはみにくい文章となっているかと思います。

感想、評価、閲覧数、全てが私にとっての勉強になります。

今回はまたややこしいことになっていますが、駄文に付き合ってやるという心の広い方は時間つぶしでもお読みください。

ということで、予防線は張りました。今回は視点がころころ変わり、自己解釈などあふれる文章となってますので、あとは自己責任でどうぞご覧ください。


別にトップをとっても構わないでしょう?

 

それは実質上のこのクラスの皆への宣戦布告であり、勝利宣言だった。

如何に入学主席とはいえ、これは単純な戦闘能力だけでなく、幅広い個性の使い方が必要なテストであり、各々がこの種目なら負けないというものもあるだろう。そしてなによりも僕らはほとんどが今日あったばかりのクラスメイトだ。

 

その中で自分が一番上に立つということは、クラスの皆へ好印象を与えるわけがない。むしろこう思う人が多いだろう。見くびられている。あるいは、ケンカを売られた。

 

そこで、僕は、彼と3年以上毎日付き合いのある緑谷出久は明らかな違和感を持った。

だって彼は売られたケンカを買うことはあっても、基本は自分から誰かにケンカを売ったりしない。身内の誰かが危険にでも陥らないかぎり、彼は平和主義なのだ。

 

ならこの宣言の意味は?皆に発破をかけるため?いやそれは既に相澤先生がかけている。最下位は除籍という勧告は皆のやる気を出させるのに十分だ。ならばこれは、誰に対してどんな意味をもった発言なのか。

 

その答えは、先生の次に向けた視線でわかった。

 

こちらを、自分を見ていた。

彼岸四季が、緑谷出久を見ていた。

ただそれだけだ。それだけで、わかった。先ほどの宣言が誰に対したものなのか。

 

そんなことを考えている間に既に最初の競技が始まっていた。

第一種目は50m走。

 

今のところトップは飯田君の3秒04という個性発現前では考えられない数値。

けれど、きっと四季ならそれを超えてくる。

 

事実、爆豪の隣でスタートラインでクラウチングスタートのポーズをとる彼からは先ほどのように赤い炎のような、血に染まった水のような普段とは強化率が桁違いの個性の使い方。隣で四季を睨む爆豪など眼中にすらない、といった様子は野生の豹のような鋭さがあった。

 

そしてスタートの掛け声と同時に、姿が消えた。否、消えたのではなく、多くの者の動体視力が追えなかったのだ。

 

機械による計測でなかったなら、おそらく計測自体やり直す必要があるであろう速力。

彼岸四季 50m走記録 1秒25。

 

その爆発的な速力をもって、彼は己の宣誓が単なるおふざけでも、誇張でもなく、本気でトップを取るという意思であることを示した。

 

「クソが!!」

 

それを最も身近で見ていた爆豪は4秒46。好成績なのは間違いないが、隣の四季の速度に気を取られたのか両手の個性『爆破』を使った速度上昇がわずかに遅れたようであり、イラつきを抑えられないといった様子だ。

けれど、それはどうでもいい。今は四季だ。

個性、技術、集中力を全力全開にしてトップを取らんと本気になった四季が、そこにいる。それだけが大事だ。

 

今まで僕はいつだって全力で四季と組手や訓練をしてきた。彼自身も自分の師匠であるミルコやオールマイトとの模擬戦では全力を出していただろう。けれど、それはあくまで相手が格上であった時だけで、僕とも模擬戦では本気ではあっても、全力は出さなかった。

それは僕がOFAを手にしてからも変わりない。いつだって彼は僕よりも一歩上にいた。そこから常に僕を指導してくれていた。

 

けれど、今彼は本気で全力を出している。トップを取るという宣言、そしてその後こちらを見据えた意味。それはつまり『お前の全力を、自分の全力をもって超える』という僕への宣戦布告。

 

あの四季が、僕の憧れた彼が僕へ宣戦布告してくれたのだ。

ならば、応えねば無粋。

 

体を滾らせ、個性の発動を行う。緑色をベースとした紫電の光の筋が全身に行きわたる。

 

これが、僕のOFAの常時発動状態、『フルカウル』と名称をつけた僕の個性として登録された力。鍛え上げてきた心技体に個性を上乗せして彼に挑む。

 

そうして全力を出した50m走 緑谷出久 2秒01。まだ、彼に届いていない。

 

けれど、僕はこの個性把握テストで決めた。いや違う。このテストだけじゃない。この高校にいる間に、何度でも挑み何度でも勝ちを拾いにいく。

彼岸四季に、そしてその上にいるオールマイトに追いつくために。彼らのピンチすら救えるヒーローになるために。緑谷出久はこの高校生活を駆け抜けると決めたのだ。ここからが、僕のスタートラインだ。

 

 

こちらの意図を組んだのか50m走を走り終えた出久が歯を見せて笑いながらこちらを見た。それでいい緑谷出久。苦しい時こそ笑え。高い壁に当たった時に、それを打破せんとするものは逆境を、苦難を乗り越えていくものは、笑っていけ。自分は行けると、だから大丈夫だと自分と周りにそう思わせ、自身を信じることから始めるのだ。

 

さて、相手は最強の個性を受け継いだ好敵手。

そして周りは全国から選りすぐられた精鋭。

容易くはないが、それでも出久に、友に発破をかけた以上、自分も全力でやり切るしかない。

 

そうして、俺たちはさっきまでのようにお互い隣りあわせで歩きながら、それでも無言で次の競技へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ふざけるな……ふざけんな!

 

 

「握力測定…爆豪勝己 235キロ」

 

手のひらから爆風を利用して一瞬の爆破で握力計を吹き飛ばし、好成績を出す。

だが、それを、

 

「握力測定…、彼岸四季 握力計の変形により測定不能。記録トップ」

「同じく緑谷出久も握力計の変形により測定不能。同率トップだ」

 

「どうなってやがる!!ふざけんなよクソナード!!」

 

こいつらは軽く超えていきやがる。それもこちらなど眼中にないかのように。

一度目は驚きのあまり、動けなかった。

だが二度目はもはや驚きよりも怒りが上回った!

 

 

「テメェは無個性だっただろうが!!それが、何でそんな記録出してんだ!?

どんなズルしやがった!?今まで俺を、この俺を見下してやがったのか!!」

 

叫びながらデクに掴みかかろうとして、その前に一瞬で体を白い布で動きを止められた。しかも今まであったはずの力が、個性である『爆破』が出せねぇ!?

 

「やめとけ。炭素繊維に特殊合金を織り込んだ捕縛武器だ。抜け出すことなど不可能だ」

 

「あの目……抹消ヒーロー、イレイザーヘッド!」

 

なんだ、そんなヒーロー聞いたこともねぇ。だが、この感じ…俺の個性は出ねぇんじゃない。あの教師、相澤とか言ってたか、あの個性で消されてんだ。

 

「とはいえ、お前の言いたいことも最もではある。緑谷出久、お前は入試の際の書類には無個性と書かれていた。そして確かに今見せたような個性を使うことなく、槍一本で入試を次席合格した。だが、入学前に出された書類には『フルカウル』という個性が3月に発現したとあった。間違いないか」

 

「はい。間違いありません。僕はずっと無個性でした。この個性は入試の後、四季と…とあるプロヒーローと訓練をしていた際に発現したものです。」

 

「とあるプロヒーロー?」

 

「個人情報につき、それ以上は答えられません。ですが、その人がこの個性の使い方を教えてくれたから、僕は今個性を使えています。けれど、個性を発現する前も発現した後も僕の目標は変わっていません。」

 

デクはこちらを、俺をしっかりと視て———また、あの時のような眼だ———声を張り上げた。

 

「僕は誰かに憧れてヒーローを目指すんじゃない。人を救うためにヒーローになります。目の前で理不尽に奪われる幸せを、日常を守るヒーローになります。個性があろうが、なかろうがそれが緑谷出久が決めた信念です。」

 

 

俺を見ている。だが、映されているのは俺じゃねぇ。

不気味な眼だ。気味がわりぃ。こいつはいつから、俺を見なくなった?

 

「なるほど。つまり入試の書類に不備、詐称はなく、間違いなくその個性は3月に発現したばかりだということだな?」

「もちろんです」

「その件に関しては、俺も保障します。何なら昔からコイツを知っていて個性がなかったこと、個性が出た後も知っているプロヒーローを連れてきても構いません。」

 

 

「うそだろ」「一ヶ月で、あんなに個性使えてんのか」「いや、その前に、入試個性なしでってマジで?」「……プロから指導を受けてたということでしょうか。だからあんなに…」

 

ああ、モブ共の声がうるせぇ。頭が割れるみてぇだ。

もうデクはこっちを見てもいねぇ。そしてその眼に映るのは……。

 

ああ、クソッタレ。不気味なのも、気味が悪いのもようやくわかった。

あのクソ留年野郎と似てるからだ。

 

死んだ眼をしているくせに、誰かがイジメられたりしていると真っ先に飛び込んで一瞬でひねり倒していく、………俺を何度も倒した、あの俺を視ていないクソッタレな眼に似ている。

 

だが似ているだけで、同じじゃねぇ。何なんだあれは。

まるで鏡合わせみてぇだ。同じようで、でも真逆な歪さ。

 

だが、同じことが一つある。それは、その眼に俺は、この俺が、自分たちの壁とすら映ってねぇところだ。端から相手にされてねぇ。俺が、ずっとデクをデクと呼び続け、無個性のアイツを道端の石っころみてぇに視界にすら入れてなかったように、今のアイツ等に俺は視界に映ってすらいねぇ。

 

それが、クソ気に入らねぇんだ。

 

 

 

 

 

立ち幅跳び、反復横跳びでも僕はトップを取れていない。いや正確にいえば四季よりも全て下の順位になっている。理由はわかっている。この個性の出力上限は今50%くらいが限界。それ以上は体を壊す。何度も骨を折って何度も四季に治してもらったから自分の上限値は理解している。

 

ただ足りてないのは、その出力の維持と微細なコントロール。大きすぎる力を扱えていない。

 

この個性には、間違いなく彼に劣らない力があるのに。

こんなことでは、オールマイトにも修行に付き合ってくれた四季やミルコにも申し訳が立たない。

 

だから、この5種目 ボール投げで、挽回する。

 

この個性と僕が培ってきた槍術の一つ、槍投げの技術をフルに生かせるとしたら、ここしかない。

 

 

 

 

 

 

「あーホント、今日は何から驚いていいのかわかんないや」

「どうかしたか響香?」

「どうしたもこうしたもないっての。ウチ、今日は入学式でどんな人たちがいるかなとか、同じクラスかなとかいろいろ考えてきたってのに、いきなり入学式なしで個性把握テストはあるし、アンタと緑谷は主席と次席で幼馴染でテストでも目だちっぱなし。凄い個性かと思ったら緑谷は無個性で入試次席って言うし、プロヒーローに指導つけられてたとか、もう情報量多すぎてパンクしそう」

「響香はパンクよりロック派かと思ったが」

「……ギャグのつもり?」

「すまない。場の空気をやわげようとしたんだが、センスはないんだ」

「キャラでもないでしょ。その無表情でギャグ言っても誰も笑わないっての」

 

そんな風に響香と雑談しているとこちらに二人、人が寄ってきた。

 

「よっ!俺は切島 鋭児郎」「あたしは芦戸 三奈。そっちも今準備している緑谷?って人と同じ中学なんだって?あたしたちもなんだ」

 

赤毛で170cmほどの体躯、確か先ほどの50m走では素足になって足の指先をスパイクのようにして走っていたのが切島。そして特徴的なピンク色の肌と角のようなものが生えているのが芦戸、か。

 

「同じ中学から2人か。珍しいな」

「いやいやそっちなんか三人なんでしょ。すごいね」

 

まぁ確かに俺たちの平凡な公立中学から、300倍越えの超難関校のヒーロー科に入学するとか普通はないな。

 

「確かに珍しいがな。だが俺は多分特例、ってのもあるんだろう」

「「「特例?」」」

「ヒーロー科は毎年推薦枠4名、一般枠36名の40人を2クラスに分ける。つまり一クラスは20人が定員だ。だがこの1-Aは21人。多分俺が皆よりも年上ってことで特例で一枠通したというところかな」

 

そう、この1-Aには俺以外に20名の生徒がいる。計21名。これは例年にはないことだ。

 

「そうそう、それ聞きたかったんだ。彼岸ってあたしたちより年上なの?さっきあの爆発する人が留年野郎って言ってたけど」

「馬鹿芦戸。そこはいきなり聞くとこじゃねぇだろ。なんか繊細なとこかもしれねぇし」

「いや構わない」

 

特に嫌味や悪意があるわけではないのだろう。こちらに問いかける芦戸の目は単純に疑問に思ったことを問いかけただけだ。それを防ごうとした切島もこちらを気遣おうとした様子が見て取れる。先ほどの挨拶からしてどちらも裏表ない性格で、親しみやすい。

 

そして、この眼で無意識に見た『色彩』も綺麗なもの。切島は赤い鉱石のような輝き、例えるならスピネルのような固い意志と輝きが混同したモノに見える。対して芦戸はマゼンダピンクのような『色彩』にも、オレンジの太陽のような『色彩』も交じっているような、切島とは真逆な自由奔放な『色彩』が見える。切島のように宝石で例えるなら様々な色を持つというガーネットか。

 

なんにせよ、どちらも疑いようがないくらいに、純真で輝いている。

これは、クラスメイトにも恵まれたようだ。幸先がいい。

 

とはいえ、俺の個性はいわば相手の性格や資質を自身の個性で勝手に盗み見るようなモノ。ほぼ常時発動しているとはいえ、せめてあちらの問いには誠実に答えなければ不実だ。

 

「今言われたように俺はみんなより2つ年上だ。幼いころに個性のコントロールが上手くいかなくてな。それのコントロールとちょっと精神を病んだこともあって学校に通うどころじゃなかったんだ。それでちょっと皆より年上になってしまったが、できれば同年代として扱ってくれると有難い。流石に同じクラスメイトから先輩呼ばわりされるとへこむからな」

 

努めて明るくいったつもりだが、通じただろうか。

 

「オッケー。じゃあよろしく彼岸」「俺もよろしくな彼岸」

 

………本当に、俺はクラスメイトに恵まれている。

 

「ああ、よろしく切島、芦戸」

 

二人と握手を交わすと二人が何かに驚いたようにこちらを見た。なんだ?

 

「へぇ。アンタもその無表情崩すことがあるんだ」

 

少しばかりにやけながら、響香が俺の頬をプラグでツンツンと突いてくる。

笑っていた、のか。なるほど。確かにこのあまり感情に追いついてこない表情筋もたまには仕事をするらしい。それで驚かせたのは、何というか、普段自分がどれだけ表情に乏しいかいわれているようで恥ずかしいのだが。

 

「おっ照れてる?」

 

照れてる。だからそのツンツンをやめてほしい。確かに俺は年上だが、だからと言ってお前達と変わらない十代だぞ。

 

そんな風に、他のことに気をとられていたから見逃していた。

出久の鬼気迫る表情に、そこに、いつもの笑顔がないことに。

 

 

 

 

 

研ぎ澄ませる。

精神を、力を、個性を研ぎ澄ませて一つにまとめる。

 

重要なのは集中力、そして個性の制御力とその最高値をこの一投でたたき出す。

 

紫電が体躯に走る。制御は好調。50%。最高の状態だ。

後は技術。腕だけの投擲などたかが知れている。

モノを投げるときに大切なのは、足、腰、肩、腕の連携。足の踏み込みと少ない距離からの俊足、そしてその力を腰から肩へ、そして腕から得物へ伝える簡単なようで極めるのは途方もない訓練がいる技術。

それを、全身全霊で繰り出す。

 

四季のさっきの記録は2980m。ならばさらにその先に、投げはなって見せる。

 

そう意気込んでボールを握りしめ、初速から全力。腰の回転違いなく、肩から腕へ間違いない、手ごたえを感じ、これまでの経験から確実に3㎞、いやそれ以上を投げる確信を得た。

 

その瞬間、違和感を得た。いや違和感なんてものじゃない。誰もいなかったはずの僕の前に人が立っていた。同時放たれようとしていたボールに途轍もない負荷。

事態についていけず、しかし全力を放つと決めた勢いはとめられず、しかして対抗してきた負荷と僕の全力の投擲のはざまで、測定用のボールは破砕された。衝撃が、腕に走る。

それは僕の投擲を止めた人の腕とボールを挟んだ衝撃であり、僕は一歩後ずさった。

 

そして僕の投擲を防いだ、否、邪魔をした相手は数メートル先、砂煙がはれた先に姿を現せた。それに、僕は驚きを隠せなかった。なぜならそれは僕が最も信頼する人だったから。

 

「どうして……どうして邪魔をしたの四季!?」

 

 

 

こちらを信じられないものを見たような瞳で見る友、緑谷出久。

当然かもしれない。体力測定の間に邪魔に入るなど無粋どころか教育的指導確実案件だ。それが悪意によるものなら、だが。

 

「出久。俺が最初に相澤先生にした質問を聞いていたか?」

「質問?」

 

やはり、覚えていなかった、あるいは聞いていなかったか。

ならばこそ、伝えなければいけないことがある。

 

「相澤先生、もう一度確認します。ここから、雄英高校の敷地はおよそ何キロですか」

「3キロと少し、ってところだ」

 

先ほどの問いと同じ答えが違うことなく返ってくる。

それでもわからないという出久に、俺は目を見開いて声を上げる。

 

「今の出力、投擲の角度、自分がどれだけの飛距離を出すかわからなかったか?」

「……3㎞は確実に超える手ごたえはあったよ。今自分にできる最高の投擲だと思った。それをなんで止めたの」

 

ああ、やはりこれは俺の失敗だ。

個性取得後、俺は出久が個性という可能性を手にしたことが嬉しくて、だからその上限ばかりを上げることを目標に訓練を行ってきた。

だから、見失っている。見失わせてしまった。

 

「このたわけ!!敷地が3㎞ということはそれを超えたら敷地外に出るということだ!それも3㎞を超える速度と力で投げ出されたボールが、誰かいるかもしれない地に落ちるということだ。その危険性を考えなかったのか緑谷出久!!」

「っ!!」

 

このボールは機械が入っているためか、重さはおよそ500グラム程度だろう。子どもでも軽々持てる重さだ。

だが、それが3㎞を超える力で飛ばした先で生じる衝撃はどれほどか。

もしそれが人にでも被弾したならば、骨折、あるいは当たり所によっては即死すらあり得る。

 

普段の冷静で分析に長けた出久なら決して犯さない過ち。

それをさせたのは、上限ばかりを鍛えることに注視した俺の過ちだ。

だが、それでもこれだけは言っておかなければならない。

 

「大きな力を持つということは、それだけで大きな責任を負う。

お前が本気を出せば一挙手一投足で人なんて軽く殺せる。殺せてしまう。

それを、ヒーローを目指すお前が、誰かのためのヒーローになるお前が忘れてどうする!!」

 

ああ、すまない緑谷出久。そんな表情をさせたいわけではないんだ。けれど、コレは必要なこと。お前は既に、その力も持つのだ。だから知らなければならない。

 

人を助けるための力を得るとは同時に、容易く人を殺傷できる力を持つという現実を。

 

「………ごめん。頭に記録しかなかった。僕の前提を忘れるところだった。」

「いや、俺こそすまない。先に言っておかねばならないところだった。相澤先生もすみません。手間を取らせた上に道具まで破損させてしまいました」

 

「かまわん。緑谷の上限に気づけなかった俺の落ち度でもある。それよりも、危険性がわかったなら次に生かせ。それが合理的だ」

 

そうして、2投目。出久は2900mという記録を立てた。

1投目はミスとして処理された。ならば邪魔をした俺の記録も同様の処置をと抗議したが、それは心理的な判断で合理的ではないと却下された。

 

他に特筆すべきことはない。

俺はその個性と技術を全力で用いて、総合成績で宣言通りトップをとった。

出久は2位。ワンツーフィニッシュを飾ったが、互いに今後の課題が浮き彫りになった初授業だった。

 

出久は言わずもがな、個性の細やかな制御とその力の大きさがもたらす危険性の認識を。

そして俺は、一つの確認を。

 

 

ボール投げを防いだあの瞬間、俺は出久よりもスピードに乗った踏み込みと共に彼よりも高い位置からの振り下ろしによって彼の投擲を防いだ。

しかし、防いだ後に後ずさったのは、力負けしたのは俺の方だ。

咄嗟のことであったため俺も全力、赤い光が他人に可視化されるまで生命力の活性化はできていなかった。しかし、それは出久も同じこと。体が壊れる100%ではなく今自分が出せる全力の50%の個性の出力は、俺が瞬時に出せる最大出力を体重と高さと速度を足しても上回ったという事実。

 

彼の壁であり続けるのは、そう長い間ではないのかもしれない。

そして、それは俺の力が及ばなくなった強くなった彼を殺す脅威から、俺が助けられる未来は来ないかもしれないという、俺がみた死の未来を肯定するかのような現実だった。

 

だが、まだだ。

諦めるくらいなら、最初からここに、ヒーロー科になんて来ていない。

赤の他人ならいざ知らず、俺は自分の身内を見殺しにするほどには薄情ではないつもりだ。だから抗ってみせる。超えて見せる。

 

 

そうして、俺と出久はそれぞれが反省と後悔を踏まえて更に前に歩きだす決意を得た。

 

 

だからだろう。俺たちは互いに鏡合わせのように互いばかりを見すぎていたから、見逃していたのだ。

1つの綻びが、この時に既に始まっていたことを。

 

 

 




というわけで、友人にも「わかりにくい、みにくい、」と評された今話でした。

まぁ作者の技量と書きたいことが一致してないとこうなるということらしいです。


さて、既に感覚的にわかっている方もいると思いますが、本作のオリ主と出久君は基本鏡合わせです。

無個性だろうと、他人だろうと、より多くを救うと出久君。
強個性でありながら、目に映る人、身内しか救えないオリ主。

その他似ているようで正反対なのが鏡合わせの二人です。
だから相性がいいのかもしれませんが。

さて、ひび割れた鏡とはだれで、そこに映ったのは誰だったのでしょうか。
答えはいずれ、たぶん、はっきりするはずです。作者の腕次第ですが。

あと、タグにご注意ください。この作品は、特定のキャラのアンチが含まれます。
ここ、テストにでます。



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第14話 自己紹介くらいはしとこうか

今回は筆休め回とうか、幕間みたいなものです。

話が進むのは次回の戦闘訓練からになります。

なお月末につき、すこし更新スピードが落ちます。

申し訳ございません。


「あーーー。ようやく初日が終わったな」

 

入学式、と思い込んでいたら最下位は除籍のテストを受け、更にそれが俺たちのやる気を出すための合理的虚偽だった、なんて濃ゆいにもほどがある初日であった。

 

「そうだね。流石に初日からこんなことになるとは思ってなかった」

 

「見積もりが甘かったってことかな。入学で浮かれてたからちょうどいい引き締めにはなったかもしれないけどさ」

 

放課後になり、出久と二人で話していると相澤先生が去った教壇の上に金髪に黒いメッシュが入った男子と身長が低く、頭に大きなブドウの実が何個もくっついているような特徴的な髪形をした男子二人が立った。

 

その二人曰く、まだ互いの自己紹介もしていないから、最後に自己紹介くらいしていこうとのことらしい。特に後者のブドウの少年……たしか峰田 実とか言われていた彼は個性把握テストで最下位であったがそれを乗り切ったテンションで気分が高揚しているらしい。

 

「確かに、これから3年一緒に過ごすんだ。挨拶くらいしといて損はないかもな」

 

ほとんど反対意見がでなかったので、放課後30分ほど皆時間をとって互いの自己紹介をすることになった。ほとんど、といったのは爆豪だけはさっさと帰ってしまったからだ。

 

まぁこれまで下に見ていた出久が蓋を開けてみれば自分よりも上位で合格し、個性把握テストでも負けたときたからには、そうとう鬱憤がたまっているだろう。今は何を言っても逆効果かと俺も特に止めはせず、他のクラスメイトも空気を読んだのか彼を止められなかった。

とはいえ、自己紹介自体は恙なく進行した。ヒーローを目指していようともまだ15歳の少年少女、馴れ合いとはいかずともクラスメイトとの不和は避けたいし、できれば楽しい学生生活を送りたいと思っても仕方ない。

 

とそんな風に達観していたからか、俺と出久の自己紹介では質問が殺到した。

 

出久は言わずもがな、無個性だったこと、突然発現した個性のことが中心だった。だけどこれにはしっかりとカバーストーリーを作ってある。

 

「入試の時は無個性だったのは本当だよ。でもその後、いつものように四季と訓練していた時にプロヒーローが練習を見てくれることになってさ、その時に発現したんだ。最初は出力が強すぎて腕がバキバキに折れちゃったんだけど」

 

「腕が折れる!?自分の個性で?」

 

「うん。それでそのヒーローが言うには多分増強系の個性だけど、増強に体がついていけなかったから、これまで生存本能が個性を出させなかったんじゃないかって言われたよ。確かに今まで鍛えてきたつもりだったけど、パンチ一発で骨が折れたんだ。もし子どもの頃に発現してたらホントにお終いだったかもしれない。今日もごめんね。僕が個性の加減をできなかったからボール壊したりして皆を驚かせちゃったし」

 

「ええよそんなん。それよりケガとかなかった?」

「それに腕は問題ないのかい?個性で折ってしまったのは先月だろう?今日の動きでは特に問題は見られないようだったが…」

 

麗日お茶子と飯田天哉だったな。彼女たちは確か出久が受験の時に知り合ったと言っていた。飯田も受験前に口論になってしまったが、根が真面目で基本的に善人なのだろう。出久もいい出会いをしたようだ。

 

「ありがとう。ケガは大丈夫。腕も四季の個性で治してもらったから大事にはならなかったよ。」

 

あっ馬鹿。それは簡単に言っちゃダメなやつだ。

 

「四季って、確か」「今日トップとってた、主席の」

 

ああ、しばらく個性は増強型しか使わないつもりだったんだけど、これでは仕方ないか。

 

「じゃあ次は彼岸だな。」

 

ご指名が入った。とりあえず出久の個性の件は誤魔化せたし、俺の個性の特性を話せば少しは皆の印象も薄れる。ナンバーワンヒーローの個性を継承したなんて、どれほど仲が良くてもまして初対面のクラスメイトに漏れていい内容じゃないしな。

 

「彼岸四季、17歳だ。皆よりは2つ年上だが同学年として扱ってほしい。二つ上なのは個性事故を起こして入院やらなにやらあったからだ。そこはまぁ深くつっこまないでくれ。個性は『春夏秋冬』。以上、さて質問、あるか?」

 

「じゃウチから。とりあえず、四季の個性ってなんなわけ?しゅんかしゅうとうって言われても分かりづらいし、増強系なのかと思ったら緑谷のケガ治したって言ってたり、試験でもウチがリラックスできるようにしてくれたりしてたじゃん。」

 

「ああ、まぁそうだな。名前聞いただけじゃわかんないだろうな。簡単に言えば生物が持つ生命力を視認し、それに干渉できる力、なんだが、わかったか響香?」

 

「ごめん。ますますわかんない」

 

「だよな。まぁざっくり言うとまず俺には生物が持つ生きる力が形や色彩として認識できる。体にまとわりつく水のようなときもあれば、固い石や炎のように見えることもある。共感覚っていうらしくてな、それぞれの複雑な生命の形を俺の脳が理解しやすいように、視認化しているらしい。それで、コレが俺自身の生命力」

 

生命力は活性化されるか共有化すると、他者にもそれが見えるようになる。ただこれは命を持つものだけが見える光らしく、カメラなど機械には映らない。生命力と俺は認識しているが、案外魂とか幽霊とかそういうオカルト的なものなのかもしれない。

 

まぁそれはいくら考えてもわからないが、今俺がやっているのは単純に自分の生命力を活性化させて皆に見せているだけだ。

 

「この生命力を活性化させることで、俺は一時的に増強型の個性と同等の身体能力の向上ができる。逆にさっき出久や響香の話にあったように」

 

今度は荒々しい赤い光ではない。集中し、生命力を誰にでもなじませるようなイメージで強めていけば、淡い白をまとったような桜色の球体が手の平の上に完成していた。イメージと集中力、個性の制御によって以前よりもその密度や能力は上がっている。実際に治療をうけていない皆にも可視化できるはずだ。

 

「見えるか?俺の生命力を相手に注ぐことで傷を癒す。それが俺の個性のもう一つの使い方だ。そしてこれが春夏秋冬の名前の由来でもある。生命力の使い方によって色彩が4つに変化する。

春は桜色の癒しを、夏は焼けるように赤く熱い猛りを表す。ほかの二つはまだ使えるレベルまで来ていないけどな。」

 

とりあえずこれで個性の説明は打ち切った。次に来たのは意外な奴からの質問だった。

 

「彼岸、さん?はプロヒーローから指導を受けたって言ってたな。それは誰からだ」

 

鋭い瞳でこちらを見るのは炎のような赤髪と雪のような白い髪が半分で分かれている少年。名前はまだ自己紹介前だけれど知っている。

 

「彼岸か四季でいいよ轟 焦凍。俺も焦凍でいいか?冬美さんとわからなくなってしまうからな」

「……テメェまさか」

「ああ違うぞ。俺や出久が稽古をつけてもらったのはエンデヴァーじゃない。ラビットヒーローミルコだ。」

「じゃぁなんで姉さんの名前を知ってんだ」

 

ああ、確かに冬美さんの言う通りだ。まだあの人に会わせられるような眼じゃない。『色彩』も落ち着かない。赤と青の色彩が混濁して濁っているかのようだ。

 

「俺が、個性事故を起こして入院したってさっき言っただろ。その時からの知り合いなんだよ。冬美さんもあの人も。ああけどエンデヴァーとも会ったことはある。2回ほど全力で殴りかかっただけだけどな。」

「は?」

「情報量多くて、整理できねぇだろ。帰ったら冬美さんにでも聞いてみるといい。」

 

呆けた顔をした焦凍は、それきり質問をしなかった。

まぁ仕方ないか。一朝一夕で何か変わるものじゃない。アイツもあの人も。まぁ俺も人のことは言えないが。

 

「さて、他になければまだ人数もいるしこのくらいにしたいが」

 

「ミルコとはどこで知り合ってどんな関係なんだ!!教えてくれ!」

終わらせようとしたところで、凄い勢いで峰田から質問が来た。ファンなのか?

 

「ミルコは……あーまぁなんだ…。俺の姉だ。」

 

義理の、とは言わなかった。言うと余計面倒になるしな。

しかし、これでも面倒だったようで「「「おお!!」」」という歓声に似た声が聞こえた。あの人結構目立つからなぁ。サイドキックもちゃんとした事務所も持ってない自由人だし。

 

「最初に言っておくが、姉のことに関する話題に関してはこれ以上却下だ。彼女のことを話すつもりは一切ない。ちなみに俺の家に来ても無駄だぞ。あの人日本全国跳びまわっているし、一応実家は広島だからな。ウチに来ることはそんなに多くはないから来ても会えん」

 

「最後に!!ミルコのスリーサイ「ブッコロスぞ?」っあ、はい。すみませんでした」

 

「峰田 実だったな。顔は覚えた。何かの拍子にルミ義姉さん……ミルコにあった時に粗相があるようなら、もぎ取る。覚悟をしておけ」

 

あっこの人シスコンだ。

ほとんどの1-Aメンバーが彼の地雷を悟った瞬間であった。

ちなみにそれを悟れなかったのは轟、八百万といった天然系か世間知らずのお嬢様たちくらいである。

 

 

「はーいはい。」

「っと、まだあったか。どうぞ芦戸」

「それそれ。」

「ん?どれだ?」

「呼び方だよ呼び方!緑谷は昔からの友だちだから名前呼びはわかったし、轟も身内の人と被るから名前呼びもわかった。でも耳郎ちゃんはどうして呼び捨てなの!?」

 

目をキラッキラさせてこちらに聞いてくる。これはアレだ。そういう関係なのか期待してる目だな。

 

「響香とは試験会場が一緒で少し交流があっただけだ。名前呼びなのは単に俺が耳郎だとなんか男っぽく感じたし、響香って名前が響きがいいからそう呼んでいいかって聞いてOKをもらったから呼んでるだけだよ」

「ええーー!つまんない!もっとないの!?些細なことでも恋愛に結び付けたい!」

「ご期待にそえず、申し訳ないな芦戸。」

 

そんな感じで漸く俺の自己紹介は終わり、それから20分ほどしてようやく俺たちの長い一日は終わるのだった。今日は正直、個性を視すぎて疲れた。ゆっくり休んで明日に備えるとしよう。

 

明日は、いきなり午後からヒーロー基礎学が始まるのだから。

 

 

 

 

 

追加情報  彼岸 四季の個性について

 

春夏秋冬は四つの複合個性のように見られるが実は一つの個性の別側面である。

本来は『人の命を視認し、物理的に触れる』ことができる力。

彼にとって命はその人が纏う様々な色彩のついた水のように視えている。体からあふれるようなら健康、ほとんど水がない、もしくは限りなく黒いようなら死が近い、といった具合だが、実際はもっと複雑。本人も言葉で表現できず、あえて言うなら、それが一番近いというだけである。医者からの個性診断において形ないものを形あるものとして認識するために脳が判断した一番わかりやすい表現がそれであり、共感覚に近いものと診断されている。なお形は水だけでなく炎や石のような形状をとることもあり、本人の在り方や自分が感じた印象などに様々な条件によって左右される。また個性を使う際にその人の在り方がより強く出るため、あまりに多くの個性を使っているところを見ると吐き気がするほどに気分が悪くなってしまう。

 

 




というわけで、筆休め編でした。

1-Aの普段の交流ってなかなか書けませんので、たまにこういう日常回を入れていきたいと思っております

次回は11月になってから更新します。今後もよろしくお願いします。


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第16話 百聞は一見に如かず、況や一戦をや。

さて、ざっというなら、タイトルは人から何度も聞くよりも一度自分で見たほうが理解が速い。ならば一戦したほうがなお理解が速いのは言うまでもないだろう。というわけのわからないタイトルで始まるのが、今回のお話です。

主人公とその力が及ばないヒーロー、そして出久君とかっちゃんの戦闘訓練のお話になります。

では、心の広い方のみご覧ください。なおタグに原作改変タグつけました。ご了承ください。


負けた。

 

完敗と言っていいだろう。

 

敵のことは知っていた。百戦錬磨、どの分野においても隙はなく、たとえこちらがどれほど予期せぬ一手を打とうとも盤石の構えで相対し、そしてこちらを上回る。

 

わかっていた。敵わないということを知っていた。

 

しかし、挑んだ。挑まずして勝利は得られないと知っていたから。

たとえ勝利が、那由他の彼方であっても、勝負を自ら降りるような臆病者には成り下がりたくなかったのだ。

だから全身全霊を賭して、自分の持ちうる全てを一つに集め、言い訳のしようもないほど出し尽くした一手で、負けた。故にこれを正しく完敗というのだろう。

 

 

彼岸 四季は雄英高校入学2日目にして、死力を尽くし挑み、そして敗れたのだ。

 

 

「俺は……未熟だ。あまりに無知で無力だった」

 

膝をおり、その結果に歯噛みすることさえできず、ただ敗者としての惨めさだけが俺を埋め尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

「いや、十分すぎるほど美味しいけど、アンタのお弁当」

「それでも、ランチラッシュの料理には及ばなかった。それが全てだ!」

「………今年の主席は馬鹿なの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、俺は今日自身が弁当という箱に自身の持つ最大限の料理を作ってきた。

ランチジャーという保温器具を用い、出来立ての料理とほぼ変わらない美味しさを持つ最高の弁当を作ってきたつもりだ。

しかし、クックヒーローと呼ばれ、被災地域の炊き出しで疲れた人の腹を満たし、荒んだ心を持つ人たちの心を癒してきた偉大なヒーローが多くを作る中のたった一品に、会心の一品が及ばなかったいう現実。これは受け入れなければならないだろう。

 

「いや、ホント美味しいから。このだし巻き卵や炊き込みご飯なんて料亭とかと大してかわらないくらいだよ。ねぇ?轟」

「……ああ。確かに美味い。」

 

「でも、ランチラッシュには負けているだろ?」

「「そりゃ、まぁ」」

「ガッデム!!」

 

磨き上げてきた腕が及ばない境地。これがアマチュアとプロの差ということか。

 

 

 

「で、何あれ」

 

膝をついて敗北を噛みしめている四季を指さして僕に耳郎さんが聞いてくる。轟くんも言葉にはしないが事態の説明を求めてこちらに視線をよこしてきていた。

うん。まぁそうだよね。いきなり平等な立場から審査員をしてくれ、なんて連れてこられた二人からしたら意味わからないよね。

 

「四季は昔から趣味は料理、音楽くらいでね。特に料理は昔からいろんな努力をしてて、時にはお店に臨時手伝いとして入ってでも味の研究するくらいには料理好きなんだ。だから料理に関してはミルコも太鼓判押すくらいには美味しいんだけど、まぁ、今回は流石に相手が悪かったというか……彼我の腕の違いにプライドがズタズタにされたってところだと思うよ」

「アホなの?」

「頭はいいんだよ?一つに突き詰めようとしたらそれにのめりこんじゃうだけで」

「頭のいいアホなんだね」

「………否定はできない」

 

そんな会話が繰り広げられている中で、轟君はゆっくりとお茶を飲み、そして漸く立ち上がった四季に声をかけた。

 

「昼に用事があるっていうから、てっきり昨日の件かと思ったんだがな」

「ああ……そういえば冬美さんとは話できたか?」

「……秘密だそうだ。」

「は?」

 

轟は苦虫を嚙み潰したような顔でもう一度言い直した。

 

「今まで何度もあったんだ。姉さんが一緒にお見舞いに行かないかって言ってきたことが。

兄さんも見舞いに行っているらしい…………ムカつくし、ふざけんなって思うけど親父も、2年前から必ず月に何回かは見舞いに行っているし、半年前から面会もしていたって聞いた」

 

その顔からは怒りとも、諦観とも言い難い感情が見て取れた。

初見ではクールな印象だったけど、意外に感情が表に出やすいらしい。

 

「何が、あった。どうしてだ、とはもう聞かねぇ。

お前は俺の家族を変えた。そして俺だけがそのままでいる。

お前のおかげで、お前のせいでだ。それだけ分かればいい。」

 

「お、おい焦凍?」

 

あ、ヤバいなぁコレ。

四季じゃなくてもわかる。

 

「今日、お前と話し合いをしたい。いや、戦って、出し切って、その上で何をしたか洗いざらい話してもらう。………ただのガキみてぇな八つ当たりだとわかっている。それでもお前と全力で話し合いたい」

 

話し合いたい、がえらく物騒に聞こえたのは僕の幻聴だろうか。

 

そんな声に僕の友人で先ほどまで敗北に打ちひしがれていたはずの親友はえらくあっさりとした口調で応えた。

 

「構わないぞ。休み時間にヒーロー科のB組の奴に聞いたが、個性把握テストの後のヒーロー基礎学は戦闘訓練らしい。事前申請に基づいて作られた戦闘服ありきのな。」

「B組ってそんなことまで教えてもらってんの!?なんかズルくない?」

「同じヒーロー科でも先生によって特色が違うのは雄英の面白いところだろう。相澤先生は俺たちにその場での即座の対応力を求める傾向があり、B組は限られた情報から次にどうするべきかという適応力を最初に見たいという、互いの担任の考えが反映されている。自由さが売りという校風に違いなしだ。」

 

同じヒーロー科でありながら、初日、二日目からそのクラスによって内容が違う。これが多くの有名ヒーローを育てた雄英の特色。

 

「……それで、俺がお前と当たる確率なんてたかが知れてんだろ。それなら放課後にでもどっかで」

「まぁ話は最後まで聞けよ。さらっとオールマイトに聞いたみたら、21人いる俺たちのクラスは一人余った奴は自分で相手を指名できるってことにするらしいぜ?今からクラスメイトにこっそり声掛けすればお前と当たるのは難しくはないだろ?」

 

いつの間にB組の人と仲良くなったの?と聞くと情報収取は全ての基本だからな。B組や2年生にも朝や休み時間にちょっと声をかけてみたと軽く返事をしてくる。

 

これが四季の頼もしい、あるいは怖いところである。年の違いか、育った環境の違いか、あるいは天性のものかわからないが、こちらが考えた一手の常に先を読んでくる。

 

昨日だって初日の予想外でくたくたになって一緒に帰ったはずだ。

それなのに、2日目には既に情報収集を行っているばかりか、この展開すら予測していた節がある。

 

そしてその行動に面くらったのは轟君も同じようだった。

それはそうかもしれない。さっきまでランチラッシュに挑むために公平なジャッジとして新しくできた友人、と四季が思っている二人を連れてきて敗北に打ちひしがれていた姿とはまさに別人。先ほどまでのことがまるで演技にすら思える。

 

はたしてどこからが彼の考え通りなのか、それともただの行き当たりばったりなのか、わからない。

 

底が見えない。

 

おそらくそんな印象を二人に、特に轟君に与えつつ話を自分の思い描いた通りに進める。

まさしく自分を捉えさせない、四つの季節で全く違う顔を見せる自然を体現しているかのように、千変万化を自然としてくるのが、四季なのだ。自分を臆病と評する彼は僕に言わせれば、考えうる多くの事態に対して対策を練って相手を手のひらの上から逃さない策略家にしか映らない。

 

「そういうわけだ。2人とも、ちょいとばかり協力してくれないか?俺と焦凍が互いに本音で話せるように、さ」

 

そうして、雄英高校1-Aの最初のヒーロー基礎学は、たった一人の思い描いた通りにことが進むのだ。

 

 

 

とはいえそれは、あくまで他の対戦が終わってからの話。

 

シルバーエイジと呼ばれる神々しささえまとったオールマイトが教室に入ってきて提示したのは、四季が言っていたように戦闘訓練。

そして順当に誰とも組むことができないかわりに、ここにいる誰か一人を指名して対戦できる権利をこっそりと得た四季の前に、当然他の組が戦闘を行う。

 

それは僕も同じことで、

 

ヒーローチーム緑谷出久&耳郎響香 VS ヴィランチーム 飯田天哉&爆豪勝己

 

さて、相手は破壊力と速力に優れた二人。

このクラスでも即座の対応力や最高速度の制圧力はトップクラスだろう。

 

さて、どう対処するかなこれは。まぁ、それはあくまで爆豪勝己という自尊心の塊がどれだけパートナーと連携をとれているかによって難易度が段違いなのだけれど。

 

 

そう、段違いなのだ。

 

爆豪勝己という人物を一言で表すなら傑物、あるいは天才だ。

それは勉強がとか運動神経がとか絵や音楽などの芸術面がとか、そういう一面だけのものではない。彼は、かっちゃんと僕が幼い頃に呼んでいた幼馴染は、全てにおいて正に天賦の才を持っていた。

勉強ならば、1を聞いて10を知り、運動ならば優れた反射神経と生まれながらのタフネスを兼ね備えた短・長期戦双方に隙もなく、センスが大事とされる芸術面ですら見ればなんとなくできてしまうという才能の塊。

 

もちろん、人が見てないところで努力もしていただろう。親の適切な教育や塾などの利用、そして恵まれた個性という類まれな環境と肉体を保有した彼は正に天才の一言を表すに足る能力を持つ人物である。

 

それが、緑谷出久が幼い頃から感じ、少年期で超えられなかったことから知りえた世界の理不尽。人が平等なのだという綺麗事などありえないという理不尽で、しかし当たり前の現実。

 

 

だから言おう。緑谷出久は才能において決して爆豪勝己に勝てない。

 

そして、だからこそ言おう。だからどうしたと。

 

戦況は単純だった。というのも戦闘開始直後に、相手チームのウチの一人がおそらく核があるであろう二人いた部屋から飛び出していったからである。それを知ることができたのは索敵能力に非常に長けたパートナー、耳郎さんのおかげだ。彼女は開始してすぐに両耳のプラグを壁に突き刺し、相手の位置状況を僕に伝えてくれた。つまりは情報戦という舞台に関しては完全にこちらが優位に立ったといっていい。

そして戦闘訓練の舞台となった廃墟の階段の始まり、そこの2メートル上空に彼は来た。爆破の威力で確保した高さという純粋な手が届かない位置からの奇襲を行う。それを聴いていて把握していた彼女の進言通りに。

 

来るタイミングも場所もわかっているなら対処など簡単だった。閉所で使いづらい槍という長物も、相手が来る場所がわかっているなら関係ない。得物である槍を右手に握りしめ、踏みしめた足は当然その勢いを体全体の駆動へと変え、それに更に強い踏み込みから得た力が臍を支点に回転させることでさらに勢いを増し、片手の直突きとなった、避けられればこれ以上ないほど隙をさらすが、単純な点の動きとしては3指に入る威力を誇る一撃が、耳郎さんが教えてくれたタイミングに合わせて炸裂した。

 

本物であれば、たとえ異形型であろうとも胴体を貫いたであろう会心の刺突は、しかし石突を前にしたことにより、ただの打突へと変わる。だがそれでも十分。狙いは鳩尾。

我慢しようがタフネスだろうが関係なく、胃の中身をぶちまけてもだえ動きを制限するに足る手ごたえを感じ、同時に槍を肘の動きで引き寄せ、手首の動きで90度ひねりながら、左手を右手の前へ持ち替え、左手を上から体躯に引き寄せ、右手の平を空へ持ち上げるような動きを持って、刃(もちろん刃引きしてある)の横っ腹を用いて、腹を撃たれくの字に折れた相手のガラ空きの顎を跳ね上げる。

 

それだけで、タフネスを賞賛された少年の意識は沈んだ。

 

腹部及び胸部の打撃による呼吸の乱れ、痛み、それに加えて顎を打ち抜かれたことによる上下の激しい脳震盪。

 

タフネスがどうのという以前の問題として、まともな人体であるならば意識を刈り取るには十分すぎる連撃。

 

もちろん自分一人で為したわけではない。これはチーム戦。ただ単に僕の相方である耳郎さんの索敵能力が優秀で、そして目の前に意識を失って崩れ落ち、今捕獲テープを巻かれ爆豪が今まで純粋な個性ありきでの戦闘での敗北を知らな過ぎたから起きた瞬殺。

 

かつて憧れすら抱いた少年は、ただ自分の才能のままに成長して、3秒待たずして終わる阿呆になってしまったと、これはそれだけの話である。

 

それに一瞬寂しさを覚えた。きっと僕が四季とあったような出会いがあれば、彼の傲慢な性格を打ち崩すような何かがあれば、こんな簡単に負けるような醜態を犯すような人ではないのだ彼は。

 

けれど、今はこれが現実。過去に憧れさえ覚えた彼は今は既に確保された敵でしかない。

 

だから進まないと。僕は耳郎さんに上にいこうと言ってその場を後にした。

 

戦闘訓練の結果など聞くまでもないだろう。

相手が優秀でも2対1で、確保さえすればこちらの勝ちになるという簡単な条件で、単純なリーチにおいては僕ら4人の中で最長である耳郎さんがいて、その上自分が動きやすいように障害物をどけてくれたヴィランが相手。自分が動きやすいということは相手である僕も動きやすいということで、ならば長槍さえなければ、近距離での戦闘において個性を発動させれば速度と小回りで勝る僕が飯田君を抑えることが難しいはずもない。

結果としてだが、僕と耳郎さんは負ける要素などありえない状況を相手が作ってくれたという、あまりに間抜けな隙をつくことで、初めての戦闘試験は既に終わっていた。あまりにあっさりとこちらの思惑通りに。

 

昔から、彼は粗暴で、いじめっ子で、無個性を馬鹿にするような奴だったけれど、それでも僕の憧れるものを全て持っていた君は、僕の人生で一番身近なヒーローの卵だったんだよ…かっちゃん…。

 

 

気持ちを切り替えてくれるかのように、僕らの勝ちをオールマイトが宣言してくれた。

そう、昔の憧れや感傷に浸っている余裕なんて僕にはないんだ。

なんせ僕はまだヒーロー目指して走っている卵に過ぎない。だから、先に行く。もっと先にいる彼を追い越すために。

 

だから、さようなら、かっちゃん。また競い合える、僕の憧れになるようなヒーローになるように願っているよ爆豪勝己。

 

僕の心に一抹の寂しさを残しながら、僕は最初のヒーロー基礎学のバトルを勝利という形で閉じた。さあ、次は四季の番だ。相手はできない分、しっかりと研究させてもらうよ二人とも。

 




拙い小説を読んでくださる皆さま、誠にありがとうございます。


おい主人公戦ってないじゃねぇかという読者の皆様、確かにその通り戦闘は行っておりません。ただ物理的な争いのみが闘争ではありません。

料理という、人類が為しえた立派な文化の極みの一つの良し悪しを決めるのも立派な戦いでございます。

決して轟と主人公の対決どうしよ、まとまんねぇよ。という作者の逃げでないことはここに明記しておきます。

次はガチ戦闘回でですよ?あと出久君のパートナーはお茶子ちゃんじゃないのかよというツッコミは受け付けます。実は出久君のパートナーは決まっておりません。
故に今までも一緒の描写は少ないです。その辺りは、まぁおいおい考えたり、優柔不断な私が判断できなければ再度アンケートをとって皆さまの意見を聴ければと思います。

それでは、今後こそ11月に更新しますので。また次回。







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第16話 救いの手を差し伸べることはできずとも


最初に言っておきます。

この話、多分かこ最長で長いです。
その上、私の描写不足でわかりにくい箇所も多いですし、さらっと重要なこと言ってたりもします。

そんな駄文ですが、心の広い方は読んでもらえれば幸いです。

ちなみに、この小説はオリ設定、そして原作の改変ありということをタグに着けております。原作との乖離にご注意ください。


 

「さて、これで戦闘訓練はほとんど終了だ。最初にしては上出来だったぜ皆」

 

 

明るい笑顔でそう評された1-Aの皆はホッとして笑顔を浮かべた。

憧れのナンバーワンヒーローからの賛辞をもらえたのだ。

 

嬉しくない生徒などごく少数、それこそ負けてしまって人の言葉を聞く余裕がない者くらいだろう。

けれど、そうして足を止める者を待っている時間はない。

 

徒歩だろうが、走りだろうが、這いずろうが、自ら前へと進めない者は、成長しない。

いつだって、どこでだって、そうなのだ。

自分で体験したことだ。嫌でもわからされた世界の当然の現実だ。

自分の失敗を飲み込めない者はそこで終わる。それでなお進むと決めた者だけしか、成長はないんだ。

 

だから、こうして僕は苛立っているのかもしれない。

まだ、部屋の片隅で座りこんで、こちらを睨むだけの僕の幼馴染に。

 

けれど、一度頭を切り替える。

もう終わったことだし、後はあっちが決めることだ。

それにこの後は大事な一戦が控えている。

 

 

「さて、最後はトリを務める彼岸少年だね。人数の都合とはいえ、特例の一人に君が残ったのは偶然か、それとも裏でこそこそやってた必然かな?」

 

「もちろん、後者ですオールマイト。戦いはいつでもどこでも、まずは情報と下積みが大事ですから。それを疎かにしていればどれだけ強かろうと絡めとることは容易いですから」

 

悪びれることもなく、自分で一人になり、自分の対戦相手を選ぶ権利を得たと、暗に四季はそう言った。しかし、それを非難する者はいない。

 

彼の思惑を知っていた者も知らなかった者も、既に結果は出ている状況では関係ないからだ。

 

「なるほど。それほどまでに戦いたい相手がいたと。それで、誰を指名するつもりだい?」

 

「もちろん貴方を、オールマイト」

 

間髪入れずに答えた瞬間、周囲の時間が止まった。

ヒーローの卵が、雄英とはいえ一年生のしかも入学したばかりの子どもが、ヒーロー飽和社会と呼ばれる中でトップをひた走ってきた英雄に挑む。

それは蛮行というよりは自殺行為に等しい。それに轟君との約束が…。

 

「と、いうつもりでしたが既に先約がありまして、貴方に挑むのはもう少し鍛えてからにしておきますね。オールマイト先生」

 

ハーっとクラスのほとんどがため息に近い息を吐いた。

意識していないだろうけど、殺気に近い怒気が轟くんから出ていた、というか彼の近くの床が凍り、半分焦げかけているのは本気でキレかけて個性が出てしまったからだろう。

 

もしかしなくても、四季は轟くんを煽ってる?何のために?

 

「というわけで、よろしく轟 焦凍。お互い全力でやりあおう」

 

無駄に爽やかな声で、けれど一ミリと表情は変えずに、轟くんに向き合った。

対する轟くんも無表情、じゃない。明らかに眼もとを険しくして怒りを前面に出していた。

 

「ああ、全力で、殺りあおう彼岸」

 

あっコレホントにヤバい。

身体の半分を氷をモチーフにしたコスチューム(あるいは個性による氷の鎧?)で隠している轟くんを見据えながら、白でほぼ統一され、踵とつま先に重りとなる合金でできた特性の靴を履き、拳には青い籠手をつけただけで、後は耐熱対刃性に優れた軍服のような戦闘服に非常用の応急ポーチが付いた彼岸四季は不遜に頷いた。

 

 

推薦入試VS入学試験1位の戦い。

 

 

それは最初から明らかに物騒になる雰囲気を残したままで始まることになった。

 

完全な余談だが、四季のコスチュームのデザインはミルコがほとんど企画したのが分かった。だって彼女と特徴が一緒で色彩も似ているし、彼女との付き合いも1年と少しになる。いい加減彼女がブラコンであることも理解していた。ちなみに四季もシスコン、に近いものがある。本人たちは気づいてないけど。

 

 

 

ヴィラン 彼岸 四季  ヒーロー轟 焦凍

 

そういう役割で始まる一戦。

内容は僕らと変わりない。

ヴィランが保有する核を捕獲(触れるだけでよい)する、あるいはヴィランを行動不能にするか捕獲テープをまけばヒーローの勝ち。

 

時間制限内に上記を達成されなければヴィランの勝ち、あるいはヒーローを行動不能か同じく捕獲テープを巻けばヴィランの勝ちになる。

 

なるのだが、まずもってお互いにテープを手にとる仕草の欠片もない。

そもそもが四季の立ち位置がおかしい。

 

核は廃墟のビルの屋上に設置。

これは別にいい。相手から最も遠ざけるならそこも一つの手だ。

ただ相手が屋上に行ける個性持ちでないことが前提での話だ。

轟くんは先ほどの戦闘でビル1つを丸ごと凍らせてみせた。

 

それほどの規模の個性が発動できるなら屋上まで一気に氷の塔でも作成して確保することも可能だろう。

 

ならば何故屋上などに核、つまり勝利条件を置いたのか。

それは四季の立ち位置を考えればすぐにわかった。

彼は屋上から、正確にいえば屋上に至る壁に垂直に立っていた、

 

もう一度言おう。壁と垂直に立っていた。

 

核を屋上におき、目標はここだと言わんばかりにその全身を轟くんに見せつけている。

わざわざ壁に立つという、物理法則はどこにいったと言わんばかりの姿で。もちろんただ立つのは個性でも使わないと難しいので、実は両足とも壁を踏み抜いているが、あとは彼の身体能力だけで壁と直角に、すなわち地面と平行に立って見下ろしている。

お前は俺の下だといわんばかりの腕組み姿勢で、推薦入学の轟くんを見下ろしているのだ。

 

以上の普段の四季からはあまり考えられない行動を統合すれば、その意味は一つだ。

ただただ轟くんを苛立たせるために行っている挑発だ。

 

しかし、それが相手を馬鹿にしたものでないことを、少なくとも僕は知っている。

あれは、轟くんに他を見るな、という意思表示だ。

自分だけを視て、自らの全てをぶつけてこいというためだけの挑発。

 

 

けれど、それは効果覿面だったのだろう。

 

「それでは、両雄、戦闘訓練開始!!」

 

 

開幕と同時に5階建てのビルを超す規模の大氷壁。厚さは3m以上、長さにして20m以上だ。心なしか、先端が尖っていたのは目の錯覚だと思いたい。それが秒を切るほどの速さで、形成されて壁に垂直に立っていた四季を襲った。

 

全国から集められた優秀な個性を持ったはずの、日本でも指折りの優等生たちが思わず口を開けるほどの規模と速度。

 

勝負は一瞬で決した。ほとんどの者がそう思っただろう。

 

その氷壁が次の瞬間に全て砕け散る様を見るまでは。

 

砕け散った先端にいたのは、当然対戦相手である四季。

 

破った方法は単純。足の一振り。本来は突進の勢いと全体重を乗せたかかと落とし。四季の師匠であり、義姉であるミルコの得意技、踵半月輪(ルナアーク)。それを模倣した一撃は轟くんのおそらくは最大出力であろう氷結の塔を、ただの一撃を持って破壊した。

 

 

そんな初撃から皆の想像を軽く超えるド派手な攻防を持って、推薦入学という確約されたエリートと入試一位という実績を持つ二人の戦いは始まった。

 

 

 

 

強い。それも他のクラスメイトには悪いが段違いに強い。率直にそう思う。

 

右の瞬間最高出力の氷結は、ただの身体能力を増幅させた一撃で粉々に砕け散った。

その後に彼岸は壁から足を離し、重力に任せて自由落下してくる。

 

無防備極まりない姿で、ただ落ちてくる。

 

そこにもう一撃最大限の出力の氷結を放つと、彼岸は不可思議な動きをした。

空中を、跳ねたのだ。まっすぐ落ちてきたはずの体が斜め下へ、飛び跳ねる。

何を言っているのかわからねぇだろうが、事実、あの野郎は自由落下という直線の軌道から俺の氷結に触れることなく唐突に進路方向を変え、氷結の一撃を免れた。

 

増強系の個性で、空気を蹴って無理やり方向転換した、のか?

 

ありえない、とは言わない。オールマイトも腕の一撃、或いは空中の大気を力づくで踏みしめるという規格外の手段で空中での戦闘を可能にしたと聞いたことがある。

 

だがそんな反則めいたイカれた技を、たかが高校一年生がやるなんて、冗談にもほどがあるだろう!?

 

自由落下にプラスされた速度は俺に次の一手を使う暇を与えない。

 

俺の背後、一メートルに轟音と共に着地した化け物の同級生は、片膝、片手、をついた座位状態。

 

チャンスだと思う前に体が動いた。忌々しいが体に覚えさせられた基礎の戦闘技術は敵が傍に来たら無意識に出るくらいまでは鍛錬してある。故に失敗した。

初手は体を反転させながら放った右ローキック。ただし相手が膝をついている状態なら当然受ける場所は顔面。当たればその場で戦闘を終わらせられるコースと速度ののった蹴りは、その側面から触れるように添えられた手の平に誘導されてコースを曲げさせられた。

相手に咄嗟に放った蹴りを完璧にそらされた俺は、当然蹴るはずだったものがなくなり、体勢を崩す。

 

そんな隙を見逃してくれるほど、目の前の相手は弱くない。

瞬きする間もなく半分座り込んだ体勢から片手を支点に半回転した蹴りが俺の軸脚を蹴り上げ、この体が宙に浮く。そして受け身をとり、相手を視界に入れて追撃に備えようと体をねじる寸前で、後ろ襟と腰のベルトをつかまれた。

 

「歯を食いしばれ、飛ばすぞ!!」

 

そんなことを言われた気がした瞬間、その通りにされた。地面と垂直になるかのように、この体を投擲された。クソッタレな馬鹿力だ。氷で覆われた右側から地面に当たることでダメージを最小限にしたが、ざっと50m以上はビルから離された。真下や反対のビルに投げられていたら、それだけで終わっていただろう。

 

「まだだ!!」

 

 

大規模凍結が一撃で粉砕されるなら、やり方を変えるだけ。右足から直接冷気を地面に這わせ凍らせる。同時、右腕に冷気を纏わせ前方につきだして全力で放出する。その場に凍らせて縫い付ければ、どれほどの身体能力だろうがまともに動けはしない。そこに最大出力をぶつければ終わりだ。

 

そんな咄嗟の作戦などわかっているかのように、彼岸の姿がかき消えた。

 

戦闘中に目標を見失うなんて愚策。いったいどこに。

 

そこで、突き出していた右手外側から伸びてきた拳が視えた。そうか、相手に手を突き出しているなら、斜め左に一歩跳ぶだけで、こいつは俺自身が作ってしまった腕という死角に入ることができる。そのくらい、個性把握テストでできると視ていたはずなのに!

そんな思考で対策などできない状態でまともに拳をくらい、一瞬、俺の意識は途切れた。

 

 

とはいえ、途切れたのは一瞬だ。顎にもらった一撃で一瞬意識がとんで無様に倒れこんじまって、しかもまだ視界が定まらないが、彼岸の姿は認識できる。

彼我の距離は2mもない。ならばと地面に置いた右手を空へ仰ぐように一閃。同時に地面から生えてくるのは氷塊でできた剣山。ここ距離なら、無傷じゃいられねぇ。少なくとも距離をとって仕切り直せる。

 

そんな考えは突き出された剣山ごと、彼岸の放った後ろ回し蹴りで砕け散った。

蹴りの余波と砕かれた氷の礫が逆に俺を襲い、更に後方に吹き飛ばされた。

 

 

 

 

クラスの皆が静まり返っている。

 

推薦入試VS入学試験1位の戦い。

 

どちらが強いか、訓練前はクラス内でも評価はわかれていた。

攻撃範囲が広く、拘束にも優れた遠距離攻撃をもつ轟君が有利という意見。

距離さえ縮めてしまえば、身体能力で勝る四季が有利という意見。

 

評価は半々。

訓練が始まるまではそうだった。

 

しかし、始まって1分。

既に形勢は決まったとでもいうように、クラスの誰もが口を閉ざしていた。

 

内容は圧倒的に四季が優勢。

広域直接攻撃は脚の一撃で砕かれ、空中での機動で相手の虚を突いたと思ったらビル…、目標となる核から遠ざけるように投げ(本来ならここで終わっていたと思うが)そこからの遠距離凍結攻撃も相手の視界から外れるように斜めに沈むような跳躍で懐に入って顎に一撃。

倒れこんでもすぐに放たれた氷の剣山の攻撃はさすがは推薦入学者というほかないが、それも予想していたかのように剣山ごと轟君を更に吹き飛ばした。

 

一方的だ。あまりにも一方的な戦局。

誰もがこんな結果になるとは思ってなかっただろう。

 

まだ画面上の轟くんと四季の戦いは続いていた。攻めているのは轟君だ。

一方的に遠距離から多彩な角度からの氷壁で四季の動く場所を減らしたところに、蔓のような氷の鞭、氷のハンマーなど多彩な氷結技で四季を責め立てるが、四季はそれを全て回避している。

 

いまだにダメージがゼロの四季。

一方で、轟君の身体には異変が起き始めていた。

 

「体に、霜が降り始めてる」

「え?」

「どういうことだ緑谷」

 

鮮明な画面がいくつも広がる観戦室で、轟君が一番アップされている画像を指さす。

 

「轟君の体に霜が降りてきているんだ。たぶん、氷の個性を使いすぎた反動、だと思う。

個性だって身体能力の一部。使いすぎれば疲労する筋肉のように、おそらく使いすぎれば自分自身の体温を下げるんじゃないかな。反応や動きが鈍くなっている。それに、氷の勢いも規模も、どんどん弱くなっているみたいだ。」

 

 

僕の言葉を踏まえて、画面を改めてみると徐々に戦場をビルから遠くにしていく二人の戦闘痕は、遠くになればなるほどに氷結の痕が小さくなっている。

 

「でもよ、轟って炎も出せただろ。寒くて動けなくなったら炎だせば解決できるんじゃねぇのか?」

「確かに。彼はまだ『半熱半冷』の個性の半分、すなわち凍結しか使っていない。勝負はこれから、ということかい緑谷君?」

 

「………それは、轟君次第かな。」

 

「どういうことだ?。炎を使って解決するなら使わない手はないだろう」

 

冷静な障子君が僕に問いかけてくる。けれど、僕にも詳しい事情は聞かされてない。

わかるのは、画面から見た推察と、彼岸四季が、必要以上に相手を煽っている現状と彼が轟君を倒そうとする意志がないということだけ。

だから、あえていうのなら、

 

「そうだね。理屈はそうだし、使える場面なんて山ほどあった。それでも使おうとしないなら、それは理屈じゃなくて、轟君が自分の意思で使ってないってことだと思う。

僕とは違うだろうけどね。

僕はまだ個性を十全に使えないから使わない時もある。けれど彼はたぶん十全に使えるけれど、決して使わない。

それが、多分轟君が気にしていることで、四季が変えたいことじゃないかな。」

 

だから、ほら、あんなに叫んでいる。

音声はオールマイト以外には聞こえないけど、四季が叫ぶ時は決まって誰かを助けたい時で、誰かに自分で立ち上がってほしいと願うときだから。

 

 

「で、いつまでこんな無駄なこと続ける気だ?」

「無駄、だと?」

「無駄だろう。今のお前は半冷の能力の使い過ぎで戦闘力がた落ち。ほかの奴らの個性の把握くらいしてないとでも思ったか、たわけ。そんなこと初日からやっている。臆病なんでな」

「…………クソ親父から金でももらったのか。俺に左を、炎を使わせろって」

「エンデヴァーからもらったのは赫灼熱拳とプロミネンスバーンくらいだな。

あの屑野郎、怒り心頭のくせして殺さない程度に抑えやがって。まぁただのガキに必殺技使わせて、その後に一撃当てたから中指おったててやったぜ。ざまぁみろだ」

 

彼岸が嘲笑するように言う。真実だと信じられた。なぜなら戦闘服の上着をめくって見せたアイツの腹には個性でも消せなかったのかひどい火傷痕が残っていたからだ。ほかにもあちこち傷跡だらけ。一体どんな生活をしてきたのだろう。

俺は、話の内容とアイツの境遇を考えて思考がまとまらない。

 

「戦ったのか、あいつと。技を出させるくらいに」

「前に言っただろ。2回ほど全力で殴り掛かったって。

俺は家族全員なくしててな。おかげで頭がおかしくなって入院した。

そん時に偶然世話になったのが同じ病院にいた冷さんだ。そんな冷さんを苦しませて冬美さんを泣かせたんだ。殴り掛かって当たり前だ。

お前こそ、なんでそんな回りくどいことしてんだ?」

 

何なんだこいつ。ホントに何なんだこいつは。

さらっとクソ重たい自分の過去話しやがって。

その上、まわりくどい?俺のやり方が?

 

「母さんの個性だけで、アイツを超える。それのどこが回りくどいんだ」

「回りくどいだろ。気に入らないなら氷も炎も何もかも使って、ムカつくDV馬鹿親父の顔面を一発ぶん殴ってやればいい。そして言うんだ『ざまぁねぇな、そんなんだから万年2位なんだよクソッタレ』ってな。俺はそうしたぞ。」

 

その代わりに死にかけたけどな。

そんな風に簡単に言いながら、アイツは立っていた。

 

万年2位。それは蔑称であると同時に賛辞でもある。

数多ひしめくヒーローの中で常に2位をとるということはそれだけの実力があるということだ。それにおそらく今の俺よりも若かったであろうコイツは正面から挑んだってのか。

 

頭のねじが2,3本とんでやがる。

 

「だけどそれだけだ。俺にできたのはそれだけ。

後はあの屑野郎がそれから、毎月欠かさず冷さんの好きな花を送り続けて、冬美さんが頑張ってくれて、夏雄さんも勇気を出して、漸く面会できるくらいになった。

頑張ったのは冬美さんと冷さんだ。勇気を出したのは夏雄さんだ。変わろうと、自分のまわりを見ようとしたのは轟 炎司だ。

俺は誰も救えてない。誰も変えてない。変わったのはあの人たち自身で、変わろうとしたのもあの人たち自身だ。」

 

「……変わらなかったのは、俺だけってわけか……。」

 

思えば何度もチャンスはあった。姉さんが一緒にお見舞いに行かないかって言ってきたこともあったし、夏雄兄さんからも誘ってくることもあった。

 

……クソ親父だって、そうだった。

 

自分のことは許さなくていいから、アイツにだけは会ってやってくれないかなんて、どの口が言うんだって一蹴したことを覚えている。

 

ああ、そうだ。一蹴した。無視した。視ないことにした。聞こえないことにした。

俺がこんなになったのは誰のせいだ。

姉さんがずっと家族を支えようと頑張って苦しんできたのは誰のせいだ。

母さんが、……あの優しかった人が俺に湯を浴びせたのは誰のせいだ。

俺が、毎日のように悪夢にうなされているのをお前は知っているか?

地獄のようなあの日を毎日夢に見る気持ちがわかるか!?

そんな日々を、地獄のような人生を、

 

 

「それを、忘れろっていうのか。」

 

ああ。滅茶苦茶なことを、他人に言っている。わかっている。わかっているんだ。

でもなぁ。

 

「苦しかったんだ。悲しかったんだ。痛かったんだ。それを、なかったことにしろってのか!!恨みも苦しみも痛みも全部なかったことにして今更家族面しろっていうのかよ!?」

ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!!

今更、今更そんなふうにできるはずがない。できていいはずがない。

そんなことをしたって過去は覆らない。俺の火傷のように、一生消えたりしない!!

 

そんな俺の叫びに、応えたのは至極単純で身勝手な言葉だった。

 

 

「そんなことは俺が知るか馬鹿野郎!!」

 

お前は正しい。轟 焦凍。

お前の怒りも憎しみも、今自分が置いて行かれているような喪失感も孤独感も全部正しい感情だ。

それを無くせとは言わないし、言えない。そんなことを言うほどに俺は傲慢でも聖人君子でもない。

 

彼岸 四季に人を救うなんて高尚な真似ができるわけがないのだ。

 

「答えなど聞くなよ。救いなど求めるなよ。

答えは自分で出せ。救いがなければ自分で見つけろ。

それでダメなら助けを求めろ。ただし、助けを求めるなら正しく求めろ。

今、お前の前に立っている奴が、ヒーローにでも見えるのか? 見えるなら眼科か脳外科にでも行け。

今目の前にいるのはただのヴィランだ。お前が、お前たちが思い描く全てを救う英雄なんてものとはかけ離れたクソ野郎だ。ヴィランに答えも救いも助けも求めるな。」

 

そう、たとえ雄英に通おうと、ヒーローも目指そうと、たとえ、どこかの誰かからヒーローのように思われようとも、ここにいるのは歪んだ考えをもった偽物だ。そこから得た答えはどれだけ正しく見えても、きっとどこかで誰かを歪ませる。

 

彼岸 四季とはそういうものなのだ。

 

でも、そうだ。そんな俺ができるとすれば、決まっている。

 

「ぶつけてこい。お前の全部を。

怒りも、悲しみも、憤りも、どこの誰に言えばいいかもわからない混ぜこぜの感情でいい。今だけは、ヒーローじゃなく、ただの轟 焦凍として、力をもってしまっただけのただの子どもとして、全てぶちまけて来い。俺にお前は救えないが、ガキの癇癪にくらいは付き合ってやる。」

 

 

手招きをして上から目線で、煽る。そうしてさらけ出せ。その感情を、個性を、心をぶちまけろ。

そうしないと如何にかなりそうな時だってある。

ならばそうしろ。ただし受け皿は俺にしておけ。それで誰かを傷つけたなら、お前はそれを悔やむことになる。ヴィランにさえなってしまうかもしれない。

だから俺にぶつければいい。それなら誰も傷つかない。誰も傷つかないなら、お前が悔やむことも何もない。

 

だって今、彼岸 四季はヴィランだ。

 

俺の煽りに煌々と左の炎が燃え盛り、右の氷が世界を凍てつかせるように周囲を囲む。

この訓練、最高の出力だろう。右もそして、初めて使った左も。

 

「………ホント、俺はお前が嫌いだよ」

「これで好きとか言われたら驚きを通り越して呆れるぜ?」

「……でも、ありがとな。今だけは、お前だけを視ていられる」

 

煽られて、怒って、放たれた激情が生じさせた二つの相反する個性。

それに反するように、轟 焦凍は笑って、その眼に俺を映した。

 

そして俺の個性も彼の『色彩』を目に映す。

 

ああ、こいつはいい。視界を埋め尽くす赤の炎や青さを感じる氷とは全く逆の、ただ光るだけの透明な雫。透けて視えるのに輝くそれはまるでこれから何にでもなれると言っているかのような純水に溢れている。

 

なんだ。自分で立ち上がるだけの力は持っているじゃないか。

 

「さぁ、クライマックスは派手にいこう!!」

 

あっちが冷気と熱気の二つで来るなら、こっちも二つで答えなきゃ無粋。

故に、こっちも1つの個性を別々の属性で同時発動という荒業を決行する。

 

「『紅く目覚めろ。夏の太陽のように、蹂躙せよ』『大いなる星の息吹。秋にもたらされる恵みの一部をここに譲り受ける、汝の名は剣也』」

 

言の葉が紡いだ先にあるのは、俺の生命力をありったけもっていった紅い大剣。

自然からもたらされる恩恵を形へと変えて、夏の暴力的に高めた生命力を流し込んだ一振りで砕け散る欠陥品。だが、この刃こそが今の俺が出せる最高の一撃。

 

それを大きく大上段に振り上げる。後はただ振り下ろすだけ。

 

「そんなことまでできんのか。それで、準備はいいのか?」

「なんだ。待っててくれたのか?こっちはいつ来てくれても良かったんだぞ?」

 

焦凍は笑っていた。十分だ。十分な戦果だ。

だから後は、その気持ちのまま、眠らせてやる。

 

『二人とも!!これは訓練だぞ!! その規模じゃ二人とも吹き飛ぶぞ!!』

 

インカムからオールマイトの声が聞こえる。

きっとこちらを信用して今まで声を出さずにいてくれたんだろうが、さすがに規模がでかすぎたか。

だけど、この一撃は撃たせる。撃たせないとアイツは立ち上がっただけで、走り出せない。

 

「大丈夫ですオールマイト。誰も死なないし、傷つきませんよ。なんせ、ここには『俺がいます』」

 

彼の決め台詞『私が来た』というその場全ての者に安心を与える魔法の言葉。傷つき、血を垂れ流し、枯れ果てながらも笑って立つ大英雄の言葉。その言葉の重みの兆分の一に満たない俺の言葉だが、それでもオールマイトだけは信じてくれたらしい。ありがたい。

 

 

「そういうわけで、遠慮はいらない。心配もいらない。もう一度だけ言おう。」

 

「俺にお前は救えない。だけどガキの癇癪にくらいには全力で付き合ってやる。」

「上等だ!!」

 

極限まで冷やされた空気が左にため込まれた爆炎によって、空気が膨張。

結果として引き起こされるのは、圧倒的な爆風だ。間違いなく今の焦凍の最大威力の大技。

 

立ち向かうのはただ一振りの大剣。

 

振るえるのは感覚的に一振りのみ。そんな欠陥品で暴力の極致ともいえる広域攻撃に何ができるのか。

答えは、一瞬の閃光が示した。

 

 

 

 

斬られた。

確認したわけじゃない。痛みを感じたわけでもない。身体のどこかが切り飛ばされたわけでもない。

 

だけど、俺が放った最高出力の爆風が原理もわからねぇ光によって左上から一直線に断ち切られ、俺の左肩から右わき腹にかけて振りぬかれた感覚があった。

 

あとは、よくわからない。

ただ、感じたのは全てを出し切ったという爽快感と、そしてそれをもってしても負けたという口惜しさ。

 

何故か無性に眠くなって瞼がおちてくる。個性の使いすぎた疲労感からか。それともやはりアイツに斬られたから死ぬのか?その割にはやはり痛みも血も出ておらず、逆に、まるで暖かい何かに包まれて微睡むような心地よさがあった。

 

何をされたのか、わからないまま、けれど瞼はおちてくる。意識は遠くなり視界は前のめりに倒れて、

 

「寝るなら布団で寝ろよ。こんなところで寝たら風邪ひくぞ」

 

地面に付く前にいつの間にか俺の前に立っていた男に支えられた。

 

うるせぇ。誰のせいだ。

 

そんな軽口を言いたかったが、どうやら今日はここまでらしい。

 

そうして俺は結局コイツに何を教わることも救われることもないままに、けれどどこか満足して戦いを終えた。だって、きっと答えだけは得たのだ。

 

そもそも救われたいなんて傲慢をいうのはヒーローじゃねぇ。救うことがヒーローだ。

だったら、俺がヒーローを目指すなら、まずはやることがある。それだけで十分。

 

そして俺はゆっくりと意識を落とした。きっと悪夢はもう見ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





というわけで、次回は解説回とまぁその他いろいろ。

それから一話くらい日常回を挟んで皆さんが多分大好きな脳無戦です。



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第17話 最後に家族と一緒に食事をとったのはいつだっただろう

今回は説明回です。
戦闘の考察と傍から見た二人の戦闘の感想

それとその結果が少し書かれただけの短い話となります。

次回は日常回。少し休んでUSJ編にいきます。


「終わった、のか?」

 

戦況を画面越しに見ていた生徒たちの誰かがそう言った。

桁違いの規模の戦闘。純度が違う技術の攻防。そして彼らの関係を知らなければわからない叫びという本音の言い合い。最後は何をしたのかよくわからないままの決着(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

総じていえば、コレは見本になるような戦いではない。

とても入試一位と推薦入学者の戦闘訓練ではないだろう。

 

だが、意味はあった。

轟少年は確かに前に進めたのだと、これから前に進んでいくのだと確信を持てた。

何故なら彼は笑っていた。忌み嫌った炎を出す時も、最後の一撃を繰り出す時も、そして今も、安心したように眠っている。

 

切り裂かれたのは彼が起こした爆風と彼の衣類のみ。何かに斬られた衣類の中から見える轟少年の肌には傷一つない。ただ眠っているだけに見える。

間違いなく致命に届く傷はないだろう。

 

(「大丈夫ですオールマイト。誰も死なないし、傷つきませんよ。なんせ、ここには、俺がいます。」、か。確かにその通りになったな彼岸少年。君がいるならば周りは傷つかない。ただ、傷つくのが君自身というのはいただけないが)

 

 

「ヒーロー側轟焦凍、意識消失。よってヴィラン側、彼岸四季の勝利とする。あと大きなケガはないようだから皆は安心していいよ」

 

私がそういうと皆緊張した面持ちからホッと息をついた。

「私は二人を迎えに行ってこよう。その間に……そうだね。緑谷少年、先ほどの試合の解説を頼めるかな?」

「わかりました。四季をお願いします。たぶん、使い切ってますから」

「なるほど。では二人とも保健室行きだな。10分で戻るよ」

 

さて、問題児二人を回収して、授業に戻ってくるとしよう。

体の調子は過去5年間で最高に良い。これならば授業内にこの姿の継続時間の心配もないななどと、その問題児の片方のおかげで保たれている体の健康にわずかに苦笑しながら二人の元へ向かった。

 

 

「それで、どういうことなの緑谷」

 

口火を切ったのは耳郎さんだ。模擬戦の様子から四季を心配していたから早くとこちらをせかすように説明を催促してくる。

とはいってもどこまで言ったものかなぁ。

 

「とりあえずさっきオールマイトが言ったみたいに轟くんに大きな外傷はないよ。」

 

「ですが、最後彼岸さんがした何かは、轟さんの爆風を切り裂いて、轟さんも服が切れたように視えましたが」

 

「僕も全部はわからないけど…。四季は『春夏秋冬』の言葉の通り、生命力という力をおよそ四つに分類して使うことができる。『春』は自分の力を与える施しによる癒し、『夏』は生命力を活性化させて消費量を増やすことによる一時的な増強。そして今回使ったのは多分、『秋』の特性……だと思うけど。」

 

「思うけど?なんかあるの?」

 

「うん……。これって四季のまだ明かしていない個性を勝手に言っちゃうからなぁ……、まぁ見せたからにはいいってことかな。」

 

僕は少し悩んだ後、四季の個性と特性の一つについて説明をする。

 

「『秋』は基本的に休眠。自分の傷を癒したり、命を保護するために本能的に発動する強制休眠モードのことなんだ。」

 

「傷を癒すって、あいつは『春』っての特性で傷を癒せるんだろ?」

 

先ほどの模擬戦で外傷を治してもらった尾白君から意見があったように、彼は傷は癒せる。けれど、違うんだよ。

 

「四季が癒せるのは、自分以外の人の傷だけだよ。自分の生命力を分け与えることで相手の生命力を活性させて癒すんだ。だから、自分で自分の傷は治せない。そして戦闘にせよ治療にせよ、四季は生命力っていうなくなれば命がなくなることに直結した個性だから、そこでなくなる前に自動的に働くのが強制睡眠状態。周囲の自然から少しずつ力を分けてもらうみたいな感覚で、治癒力や体力を回復させるのが本来の使い方だって。」

 

そうでもしない干乾びるって四季は言っていた。

多分、文字通りの意味だろう。

 

 

「あとは応用でその分けてもらった自然の恵みを形にすることができるって言っていたから、たぶんあの場所で、カメラには映らない何かを出してたんじゃないかな。」

 

そう、四季の個性である『春夏秋冬』はその生命力を高めれば視認できる。

ただし、それは生物のみの話だ。

科学が進歩し、多くのことがボタン一つでできるようになった時代。それこそこのクラスでも携帯電話などの電子機器を使ったことがない人はいないだろう。

そうしたものには大抵、録画あるいはカメラ機能がついている。しかし、四季の個性の源である生命力が映ったことはない。

 

命あるものの目にしか映らない謎の光、あるいは水や炎といった命をとりまく何か。

それに干渉することが四季の個性なのだ。

 

ゆえに生命力と言っている四季の個性は人の目には見えるが機械の目には映らないし、感じ取れない。けれど確かにそこに力がある。

 

だからこそ、画面越しでは四季の戦いは肉弾戦以外は何をしたのかわからないのだ。

 

「その何かが……多分四季の構え的には剣かな。それで爆風を切ったんだと思う。」

 

「けどそれでは何故轟さんは服だけ斬られたのですか?爆風や服だけ斬れたのに、その体には傷一つありませんでした。それなのにそのまま眠って……眠り……『秋』の特性は休眠、爆風や服、つまりは無機物には干渉しても、人の体には傷をつけない…能力の複合ですか?」

 

流石は推薦入学者の八百万さん、頭の回転は速い。

 

「多分そうだと思う。爆風を切り裂いたのは『秋』でかたどったモノに乗せた『夏』のエネルギー、けれどそれは誰かを癒したり眠らせたりする『生命力』と根源は同じ。

つまり、あの時四季が使ったのは無機物は破壊し、生命ある者だけを眠らせる。そんな無茶をしたんじゃないかな」

 

使った技巧こそ凄いが、見本になるようなものではないだろう。なんせ四季にしか使えないしカメラで認識できない、機械で確認できない力の使い方だ。

 

「滅茶苦茶ばかりだね今年の主席は」

 

どこか呆れたように、それでもケガをさせずに相手を倒したことに安堵した様子の耳郎さんが言って、皆もそれにうなづいた。確かにその一言に尽きると思う。

そういう意味でもこの試合は皆の手本になるようなものではなかったかもしれない。

そもそもが、互いに私情まみれだし。

 

「そうだね。まぁそもそも四季は勝とうが負けようがどっちでもよかったみたいだし、目的だけは達成したみたいだからいいんじゃないかな」

「目的? それは一体なんなのですか?」

 

八百万さんの問いに破顔する。彼の目的なんて徹頭徹尾決まっていた。

 

「もちろん、轟君が前に進もうっていう答えをだしたことだよ。

左を使わなかった轟君が左を使った。嫌っていた左を、自分の個性を認めた。

それをさせるために四季はわざと挑発して、怒らせて、試合も引き伸ばしてた。わざと相手が何も考えずに個性を使えるように屋内での戦いっていう前提を最初に破ってまで。

四季がしたのは余計なお世話だよ。でも四季っていつもそうなんだ。そうやって、誰も救えないなんて言いながら、誰かが救われるように走る。殴りながら、蹴りながら、それ以上に殴られながら、蹴られながら、自分がズタボロになりながら走っていく。余計なお世話をまき散らして疾走する大馬鹿。」

 

自分でも、ちょっとキモイくらい饒舌になってるなぁなんて、今更なことを考える。そりゃまぁ、僕ってヒーローオタクだし、押しの説明の時くらいは饒舌にもなる。

 

 

 

「それが彼岸四季。弱かった僕を殴ってくれた、僕に走らせる意思を教えてくれたヒーローだ。」

 

 

 

 

 

その日の夜、とある家族の母親が入院していた病室から3時間だけ外出許可をもらって、7年ぶりに家に帰った。

 

そこには母親と姉が作った料理を、旨いと言って豪快に食べる父親と、食いすぎだとおかずを取り合う兄を見ながら、嬉しそうに料理を口に運び、時折照れ臭そうに家族に話しかける、どこにでもいるような高校生が、家族と一緒に笑っていた。

 

どこにでもある、けれどどこにもなかった幸せな時間を確かに過ごす姿があった。

 

 

 

 

 

これはそんな光景のためだけに無茶をした、救えない男が望んだ救われた人たちの話だ。

 

 




いつも読んでくださる皆さま、誠にありがとうございます。

今作は原作改変で少しだけ轟家に優しい世界になっております。

もちろん私は初期のエンデヴァーが嫌いですし、父親としての彼も好きとは言いづらいす。でもこんな可能性ももしかしたら、あってもいいのではないかとも思うのです。

これからもこんなんヒロアカじゃなくない?という改変もあるかもしれませんが、お付き合い頂ければ幸いです。

では今後もよろしくお願いします。


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第18話 偶にこんな日常を。…日常かなこれ?

日常回、前編です。

長くなりそうなので先に出しておきます。後編は日曜日に。

……原作と時系列ちょっと違わない?というツッコミはなしでお願いします。



雄英に入ってからというもの、一日一日があまりに濃かった。

 

まず初日にいきなり篩にかけられ(合理的虚偽、らしい)、二日目でプロとアマチュアの差を知り膝をつき(俺がクックヒーローに勝手に挑み勝手にやられただけだが)、そして初めてのヒーロー基礎学で何も教わらないまま行われた、それぞれの個性を使ったほとんどの生徒が初めてとなるであろう、コンビを組んだ対人戦闘訓練(俺だけコンビ組んでいない)。

 

たった二日でこれである。

 

故に三日目もなにかあるのではないかと、思っていたら、まずは校門の前にオールマイトが赴任したことにより、コメントを求めるマスコミの山。

それをかき分けるのは大変だった。正直コメントなんて三日目で求められても困る。まだ一回しか授業を受けてないんだぞ?

朝からそんなことがあったものだから、今日もまた何かあるのではないかと朝のホームルームから皆に妙な緊張感があった。

故に担任の言葉を前に皆緊張を高めていた。

そして、少しのための後、相澤先生のゆっくりと口が開く。

 

「今日は、学級委員長を決めてもらう」

 

『ようやくまともな学校っぽいの来たぁぁぁぁ!!!』

 

初めてこのクラスの総意が一致した瞬間だったかもしれない。そのくらいこの高校の一日は濃ゆかったから仕方ないかもしれないが。

 

さて、言われた言葉は確かに学校らしい課題だ。今まで寝袋での初登場、入学式突然不参加、最下位は除籍などの度肝を抜いてきた寝袋合理主義者、もとい相澤先生の発言としては普通すぎて逆に何かあるのではと疑うレベルだ。

 

しかし、学級委員か。

通常のクラスならほとんどがやりたがらないクラスのリーダー。なぜならその実態はあらゆるところでこき使われ、クラスをまとめなければいけない苦労人と小学校からの経験で大体みんな知っているからだ。

だがここはヒーロー科。集団を導くというのもヒーローの大事な要素。特にトップヒーローたちは多くのサイドキックたちをまとめ上げなければ成り立たない。その手腕を磨くというなら悪くない立ち位置だ。

 

故に、ほとんどの者が自己推薦として手をあげていた。

ほとんどということは、例外もいるということだ。

 

つまりは俺のようにこのあらゆる意味で個性豊かなクラスをまとめるのが面倒だと思う奴とかな。というか、クラス委員はこのクラスまとめる自身あるんだろうな?

言っておくが問題児だらけだぞ。たぶん俺を含めて。

 

「静粛にしたまえ!雄英のクラス委員はいわば、多くのヒーローの卵たちを導く聖職!簡単に決めて良い筈がない。より多くの者の信頼を勝ち取ったものが行えるよう投票を行うべきだ!!」

 

結局その飯田の提案が採用されて全員の投票によって決めることになった。

しかしそんな彼も、誰よりも綺麗に真っ直ぐに手があげていたのでクラスのツッコミ役たちからそうツッコミを受けていたのはご愛敬か。

 

さて、てきぱきと用意された投票用紙に誰を書くか。

 

まず俺自身は却下。出久は…さっき手をあげていなかった。今は自分を磨くことに集中したいのだろう。では、信頼に値するのは誰か…。

 

我先にとあげられた手で決まりそうもない中、この投票に至るまでの道筋を作ったのは飯田。ならばその意気込みを酌もう。

 

そして結果は、俺に…2票、だと?

「僕が2票?」

「ぼ、俺にも2票だって?いったい誰が…」

「私も2票…とうことは」

 

「四人の決戦投票、とするべきか」

 

やはり、案を最初に出したのは飯田だ。だが俺に投票してくれた人には悪いが多を牽引するのに俺は向かないし、そのつもりもない。

そしてそれは出久も同じだったようで、「投票してくれた人はごめんなさい、僕は自分の個性を使い切れてない未熟者。みんなを引率できるほどに余裕がありません。できるなら、僕の票をもって飯田君を推薦します。」と言って断った。

ならば俺も…

「同じく、辞退する。投票してもらっておいて悪いが俺は器じゃない。それよりも先ほどのように混沌とした事態を静めた飯田、戦闘訓練で最も適格な知見を披露した八百万にそれぞれ一票を投じたい。もし、俺に投じてくれた人が納得してくれるなら、だがな」

 

それぞれの辞退に反対意見は出ず、委員長は飯田、副委員長を八百万が務めることになった。

 

それだけで終われば、平穏な日々だったといえるのだが、残念ながら現実はいつだって理想を裏切り、想像の斜め下を行くものである。

 

無事委員長も決まり、その日はヒーロー基礎学もないこともあって、俺たちは午前の授業を終え、ゆっくりと昼食をとっていた。俺はクックヒーローの技術や味を盗むことに必死だったが。

 

まぁそれはさておき、そんなようやくおとずれた平穏な日常を破ったのは一つの警報だ。

結論から言えば、雄英高校の誇る部外者を物理的にシャットアウトする外壁、通称雄英バリアが何者かによって破壊され、マスコミが大量に押し寄せたことにより避難誘導案内が流れ、多くの者が集まる食堂が大騒ぎになる事件があったというだけの話である。無論それも大事件ではあるが。ちなみにそこで飯田が委員長として相応しい行動をせねば、と麗日の個性を借りて浮遊し、自身のエンジンで加速して扉の上に走るポーズのままに真横に張り付き、生徒たちに落ち着いて行動するように促したという、おもしろ……失礼、立派な一面を見る機会があったが、それも重要ではない。

 

「ようやく騒動が収まりそうだな。大丈夫か響香」

「う、うん…」

「そっちは大丈夫か焦凍、八百万も」

「ああ。とりあえずケガはねぇ。お前も大丈夫か八百万」

「は、はい、大丈夫、です」

 

食堂で同じ机で食事をとっていた俺と出久に同席してきたのは、互いの友人、といっていいだろう4人。俺の友人として轟、響香。出久の友人として麗日、飯田。そして響香が既に「ヤオモモ」といって意外にも相性が良かったのか仲良くなっていた八百万の7人。

 

今は迅速に避難しようとしたあまり廊下で満員電車よりもすし詰め状態になった状態でケガをしないようにそれぞれ近くにいた女性を守るよう壁に両手をついている俺と焦凍。そしてその両手の間に挟まれているのがそれぞれ響香と八百万だ。

 

ここに仮に峰田がいたら「リアル壁ドン×2とかお前等の人生どうなってんだよーー!!」などと言って血涙を流す姿が見られたかもしれない。などと想像できるくらいには、俺や轟には余裕があった。俺たちに互いに姉という身近な異性がいるため、異性との距離感が近いからといって特に動転することはない。だが響香や八百万は一人娘と聞いている。その上雄英高校に受かるために努力をしてきた二人だ。男女の付き合いに現を抜かしている暇はなかっただろうし、家庭環境的にも同年代の男子と密着する機会は少なかったのだろう。さらに面識も少ない男子とこの距離間だ。嫌悪や緊張、混乱の最中だろう。とはいえまだ少しだけ我慢してもらう他ない。ケガさせないようにするためとはいえ、この状態は後で謝罪はするべきだろう。

 

しかし、やはりというかなんというか、この学園は毎日何かしらの驚きを生徒に与えねば気が済まないのか。いや今回は明らかに外部からの干渉だが。

 

 

………外部から?雄英の敷地に無断に入ることは禁止してあり、ここは国立の高校だ。つまりはこの敷地は、国の許可なく入ることが法的に禁じられた場所であり、故に雄英バリアなどとあだ名がつくほどに物理的にも並の個性では崩せないほどの屈強な壁がある。

 

国立高、それも雄英ほどの管理を敷いている特殊な場所への無断侵入に関しては法的にマスコミ本社、または当事者に厳重注意かあるいは多少の罰則があるだろう。

だが、雄英バリアに関しては最低でも器物破損という罪になる。ただでさえ法的にNGな場所に勝手に入っておいて、その上明らかな罪を重ねるほどマスコミは愚かではないだろう。……たぶん。

 

 

しかし、雄英バリアはその辺の個性なんぞ弾きかえすほど堅牢な壁だ。それを壊すには相当な労力がいるため通常の手段ではこえられない。それこそあの数のマスコミを通すほどにバリアに大穴をあけるほど破壊的な個性の使用が必要だ。

 

そしてそれは更に個性の無断使用という罪を重ねることになる。

 

 

………ああ、くそ、嫌な予感がしてきた。

 

そういえば出久とあってからというもの一年に一回以上はヴィランに会敵したり、面倒な事態に巻き込まれたりしていた。最後に巻き込まれた事件は約11ヶ月前。つまりはもうすぐ一年経ってしまうわけで。

 

今年も何かしらのヴィランがらみの騒動に巻き込まれた、と感じるのは被害妄想だろうか。

 

そんなことを考えていたからだろう。

騒ぎが収まったことに気づかずに、近くにいた轟たちが普通に距離をとった後もそのままの体勢でいてしまったのは。

 

さて、ここは衆人環視のど真ん中。騒ぎも収まり、緊張から解放された民衆が周りを見渡した時に、騒ぎの時と変わらぬ姿勢(壁ドン)で見つめあっている男女を見たときの反応を考えてほしい。

 

大人ならさらっと流すだろう。子どもならからかいの一つでも投げるだろう。

では思春期の高校生の反応は?

 

答えは、息を殺して様子を見守る野次馬と化す、だった。

つまりは傍から見て、俺は響香に無理に迫っているような体勢を変えずにいたわけで、響香は思考していた俺よりも周囲の視線に先に気づいて羞恥で顔を真っ赤にさせていた。ふむ、可愛いな。端的にそんなことを考えていたから、更に対応が遅れた。そしてその後は………結論から言えば響香の体内に爆音を流す個性というのはかなり強力なものであると体でわからされたのだった。

 

 

そんなことがあり、漸くの休日である。

雄英高校に入っての初めての休日。ぶっちゃけかなり疲れている。

 

今日くらいは早朝トレーニングを休み、午前中に趣味である料理の材料をゆっくり選んで、じっくり調理し、いつもよりちょっと拘ったランチを食べ、昼間に軽食とちょっとした情報収集とかねて他のクラスの奴との親睦を深めながらさらっと情報収集に努め、夕方に訓練して一日の最後にゆっくり湯舟につかり、好みの音楽を聴いて眠りにつく。

 

そのくらいのゆったりとした……ゆったりしているのかなこれ。まぁそのくらいゆったりした休日を送ることくらいは許されてもいいかな、などと思っていた自分の浅い考えが恨めしい。

 

俺が休日ということは、同じ高校に通う奴らも同じく休みということ。同じ高校に通う圏内にいる者が同じ日に休みをとり、自由に闊歩する。

ならば確率が低かろうと当然このような事態も想定して然るべきだったのだ。

 

「へぇ、B組の人とも仲いいんだね彼岸」

「あら?B組の委員長の拳藤さんと、もう一人の方はよく存じませんが、たしか同じB組の方でしょうか?」

 

 

1つだけ言わせてほしい。これは情報収集であって、決して邪な思いからではないのだ。

なので、その酔っぱらって婦女子に手を出して牢屋に入ったヴィランを見るような冷ややかな目で見るのは止めてほしい。

 

さて、この状況、どうしたものか。

 

 

 

 




いつも作品を見てくださる皆さま、今回初めて目を通してくださった皆様、誠にありがとうございます。

相変わらず話は進めども内容は進んでおりません。日常回も二回にわける始末です。

なかなか戦闘シーンが書けないとかではありません。ええ。ありませんとも。

それはともかくまたアンケート機能を使わせていただきます。

よろしければご意見をお願いします。

また誤字が多い件につきましては脳無戦後に直していきたいと思っておりますので、ご容赦ください。


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第19話 勝つために必要なのは鍛錬という努力と、遊びというリラックス(偽)である

特に本編に関係はありませんが、作者はハッピーエンドが好きです。けれどそれは、誰かにとっての幸せであって、誰かにとっては不幸かもしれない。

全ての人に対してのハッピーエンドがあるのなら、それはどんなものでしょうか?

特に本編には関係ありません。本編には。ただもしかしたら、そういうIFを本編を書き上げたあとに書くかもしれません。

まぁその前にこの作品、結構ブレッブレですから、まずはしっかりと作品を完結させますね。ちなみにこの作品のラストは、超常解放戦線辺りを予定しております。


「へぇ、B組の人とも仲いいんだね()()

「あら?B組の委員長の拳藤さんと、もう一人の方はよく存じませんが、たしか同じB組の方でしょうか?」

 

さて、現在の状況を整理しよう。今俺は他のクラスの女子二人と話題になっているアイス店で購入したアイスを食べながら、次はどこに行こうかなどと話してたところに、偶然にも同じクラスメイトの耳郎響香と八百万百に遭遇し、牢屋に入ったヴィランを見るような冷ややかな目で見られている。

多少過剰な反応だと思うが、入学してから一週間と経たない最初の休日に同じクラスでもない女子2人(年下)を連れてアイスを食べながら談笑している男子クラスメイト。

 

控えめに言っても軟派野郎、くらいは思われるだろうか。とはいえ、クラスメイトに見られたからと言って解散とはいかない。

『お互いのクラスの困った奴をどうにかしよう&この辺りを不慣れなクラスメイトに案内しよう』などという題目を掲げて集まった3人なのだ。それまだ始まって20分ほどでいきなり解散とはいかない。今小休憩という形でアイスなんぞ食べているがこれは大事なことなのだ。

 

そう、これは上記のような建前を使った情報収集の一環なのだから。

 

情報収集は何事においても基本の基本。俺にはルミさんやオールマイトのような直感で当たりを引き当てるような天性の才などないのだ。

 

ならばこその情報戦。

 

そして選ぶなら常日頃観察できるA組よりも、普段交流があまりないB組の情報収集に使ったほうが有意義な休日の使い方と言えるだろう。

 

ちなみにこちらが出すのは峰田というルミさん…ミルコのスリーサイズを聞こうとした性欲魔人がいるからそちらも気を付けたほうがいいという情報のみ。後は入試主席ということで多少目立つ俺の情報を小出しするくらいだ。それなら誰も何も困らない。むしろ峰田が起こすかもしれないセクハラまがいの行為からB組を守ることになるかもしれないという意味では良心的といえるだろう。

そしてすこし打ち解けた相手から、今後は聞き役に徹して相手のクラスの困った奴の性格や談話の中でさらっと個性把握テストや入学試験、初めての戦闘訓練の話などを織り交ぜて話している。そうすることで断片的ではあるがBクラスの情報が手に入るのだ。

そしてこれで二人と仲良くなれば、普段の学校でも何気なく話しかけたりして情報収集がしやすくなる。そんな打算まみれの真っ黒な腹を隠して隣のヒーロー科の情報収集をしていますという本音は隠さねばなるまい。

 

ではここで、何と答えるのが正解だろうか…。

まず嘘はダメだ。相手はクラスメイト、それに片方は既に俺の中で友人というカテゴリーに入っている。他人ならいくら騙そうが心は痛まないが友人や近しい者を騙すことはできない。

ならば、巻き込みうやむやにするか、建前の方を前面に押しだすのが上策か。

 

「ちょうどよかった。響香、それに八百万も。こちらは男子一人だけだから意見が偏ってたところだし、暇なら少し付き合ってくれないか?」

 

「はい?」

 

「実は今日はお互いのクラスの情報交換をしていたところでな。といっても峰田のこととか、互いのクラスメイトで少し危なそうだったり、ちょっと変な奴のこととか、どうにかならないかとかお互い注意しようとかそんな話をしようってのと、日本に疎いクラスメイトに案内ついでにこの辺りの人気スポットを巡ろうってのが、今日の集まりの趣旨でな」

 

ほら、いきなりミルコのスリーサイズを聞こうとしたり、死ねとか普通に言っているやつとかウチのクラスに問題児っぽいのが多いだろ?などとそれらしい、しかし嘘ではない言葉を並び立てる。

 

頭脳明晰だが世間知らずっぽい八百万はこれで大体納得してくれるか。響香は……とりあえず様子見といったところで俺たちと一緒に行動することになった。

 

だが、女子の比率が増えてしまってばかりではやはり唯一の男子である俺に他の視線が集中してしまってうまく情報を引き出しづらい。発言もそうだが、グループ内の唯一のものがあるのは目立つのだ。

故に素早く情報を打診。一人で目立つなら他を用意すればいい。

そして、こういう時に来てくれる奴で頼りになる、あるいは俺よりも目立つのは…二人。

 

というわけで、こっそりと居心地が悪いので合流してほしい旨連絡の文章を端末に送った二人は、急な呼びかけにも関わらずその15分後には合流してくれた。

 

 

 

 

 

なんか、こうして見ると不思議な面子がそろったなぁと、有名なファーストフード店のコーヒーを飲みながら思う。

 

「というわけで、僕はまだ個性に慣れてないんだ。だから上限解放はできるけど、加減が難しくて、拳藤さんも増強系だよね?どんなイメージとか、コツとかある?」

「んーー私は増強系だけど手が大きくなる異形もあるから、やっぱり少しずつ普通の打撃と個性を使った打撃で威力の質を測ったりして…」

「そういえば、ハンバーガー屋に来て同い年の奴らとしゃべったりするのは初めてだ」

「まぁ轟さんもですか?実はわたくしもなんです。今日は初めてのことが多くて新鮮ですわ。ところでこのポテトを食べるためのお箸かフォークはないのでしょうか?」

「そういやそうだな。箸もらってくるか」

「いや焦凍、八百万、すまないがコレは手で直接持って食べるものなんだ。油が手につくのが嫌ならフォークもらってくるが」

「おお…この二人はナチュラルに育ちの違いを見せてくる」

 

という会話の流れでわかるかもしれないが、私とヤオモモが合流してしばらく経ってからきたのが緑谷と轟だった。まぁここにいるもう一人の男子、彼岸四季の友好関係を考えれば当然かもしれない。四季はだいたい誰とでもある程度仲がいいけれど友人といえば大体一緒に行動している緑谷が筆頭だろうし、先週のヒーロー基礎学の後から轟とも仲がよくなった様子が見られていて、よく三人か、それに飯田を混ぜた四人でいることが多い。

流石に女性四人に男一人では話題も偏るだろうと呼んだのは四季だ。だから二人が来ることに不思議はない。

だが、私たちA組はともかくとして、B組の拳藤さん、それにもう一人、

 

「角取さんは、日本語少し苦手みたいだが、雄英の筆記は大丈夫か?日本語って外国の人からしたらややこしいだろ?」

「イエース。日本語は難しいデス。でもノープロブレム。話すのは難しいですが、書いたりするのはできます」

「ああ、確かに俺たちも英語話せなくても問題なら解ける奴も多い。日本語での会話ができるなら筆記にも対応できるのか。しかしポニーなんてかわいらしい名前の割に個性の角はずいぶんと鋭利で強そうだな。もしかして見た目と違ってインファイターなのか?」

「NOです。できなくはないかもですが、私の個性は『角砲(ホーンホウ)』イイマス。角を飛ばしてコントロールできるのです。」

「おお……ロケットパンチならぬロケットホーンか。しかも遠隔操作できるとか少しうらやましいな。俺は基本的に近づかないといまいち決定打に欠けるから遠距離の技もほしいところだ。でも角飛ばすってことは頭から取れるってことだろ。痛くないのか?それに2本とも飛ばしたら自分は無防備になるだろう」

「Oh。やさいしいデスね彼岸サンは。でもそちらもノープロブレムデス。飛ばすときに痛みもないですし、実は私の個性はあと2本角を生やして飛ばすことができるデース」

 

角取ポニー。ヒーローの本場アメリカからやって来た日系アメリカ人。ブロンドのロングヘアーとその間から出る角、大きな瞳が特徴的なB組女子生徒。

日本に不慣れなところがあるらしく、B組の委員長の拳藤さんが気を使ったのか遊びに誘ったところに、拳藤さんと以前面識を作っていた彼岸が声をかけてこの集まりとなった、らしい。

 

最初の趣旨は互いのクラスの問題児の話と角取さんにこの辺りを案内することだったらしいが、今は盛大に話題がずれて、普通の学生っぽいおしゃべり会になっている気がする。

いや、別に休日に四季が誰とあってようが私には関係なかったし、今回は前回の食堂での一件で同じような境遇(壁ドン被害者)になってなんとなく話すようになったヤオモモと初めての外出をしてただけだから、特にこれといった目的はないからいいんだけど。

いいんだけど、なんかモヤっとするなぁ。

 

「どうした響香?顔、しわがよっているぞ?腹減っているなら追加で何か注文してもらってこようか?」

「足りてないのは、アンタのデリカシーだよ」

 

こいつは何でこういう時には察しが悪いのか。そして何故私にはヤオモモや角取さんみたいな気遣いはないのか。

 

どうにも拳藤さんや角取さんとの会話を優先しているようなコイツにムカムカとする。お気に入りの曲を弾いて歌っている時にギターの弦が切れてしまったときのようなイラつきと、コードが少しずれているような違和感がある。

上手く言葉にできないが私は今、そのような感じで余計に気分が良くない。

 

身勝手だな、と自責の念にかられる。そもそも私はまだ会って一ヶ月。四季とはクラスメイトの一人、友人と呼ぶために必要なほどに私たちは互いのことを大して知りえないし、その程度の時間しか過ごしていない。下の名前で呼んでいるのだって大した理由はない。ただ相手が私の姓ではなく、名前を呼んでいるからだ。

 

彼が何をしていようと自由であり、別に問題ないのだ。

友人なら、止めてもいいかもしれない。

ただのクラスメイトならそのまま無視して過ごせばいい。

 

けれどどっちもできないくせに、どちらにもなれてない。そんな自分が嫌いで、

 

「よし!これからカラオケにでも行くか!」

「はっ?」

「悪いな皆。どうにも無性に歌いたい気分になっちまった。雄英来てから、あるいは来る前も学生っぽいことなんてあんまりやってこなかっただろう?だから今日はいかにも学生っぽいことたくさんしてみないか? ウチの響香より歌が上手い奴がいたらカラオケ代くらいは俺が奢るぞ」

 

そんな言葉一つで、少し気分があがる自分の単純さが、今日ちょっとだけ好きになった。

 

 

 

 

「それで、今日の収穫はあった?」

 

帰り道が同じである出久と二人になった後、出久の方からそう切り出してきた。

 

「……まぁまぁだ。」

 

さすがに付き合いが長いだけはあり、今日の俺の目的、つまりは友情ごっこをしたかったわけでもなく、ただ単に敵情視察の一環、すぐに来るイベントのための情報収集の手始めをしていたくらいはお見通しだったらしい。

俺の腹黒さも許容して、なお俺を親友と呼ぶコイツの神経は相変わらず極まっている。

 

「で、それを途中で止めたのはどうして?」

 

「……なんとなくだよ。たまには歌いたかった。それだけだ」

 

「そっか。良かった」

 

「何がだ」

 

「四季が久しぶりに、自分の感情を、ただ普通の学生の日常を優先したから。」

 

コイツは本当に偶に俺以上の眼をもっているのではないかと思うことがある。

 

まぁいい。そんなことは、日常は今日に置いていく。

明日からはまた、コイツをヒーローを助けるための日々が始まるのだから。

いや、少しちがうか。

俺が視たその日は明日かもしれないし、今日かもしれない。

だからまた今から、疾走しよう。

 

「走るか出久。今日訓練ほとんどできてないからな」

「あっ、ちょっと四季」

 

日常なんてものは必要ない。だから置いていく。

そうしないと守れないモノが多いから。

 

ヒーローには日常は必要ないんだ。たとえ偽りのヒーローでも、偽りのヒーローだからこそ、それ以外には置いていかないと、走ることなんてできなくなってしまうのだから。

 

 




さて、特に読み飛ばしても問題ない日常回?でしたが、次回からはまた本編に戻ります。具体的には決死の脳無戦です。

アンケートはまだ行っておりますので、よろしくお願いします。



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第20話 ヴィラン強襲

さて、脳無戦、にはまだいきませんが、これから数話かけて1-A VS ヴィラン連合戦になります。

ところで、初期の黒脳無って弱点知ってないとホントクソゲーですよね。




雄英に来てから最初の休日を挟んだ次の日、ヒーロー基礎学の時間を受け持つ相澤先生は俺たちに告げる。

 

「今日のヒーロー基礎学だが、俺とオールマイトにもう1人加えての3人体制で行うことになった」

 

「はーい、今回は何をするんですか?」

 

「災害水難なんでもござれ人命救助訓練だ」

 

人命救助、それはヒーローの本懐だ。敵を倒すのは手段の一つ。

ヒーローとは人災だけでなく事故を防ぎ、時に天災すら相手どって人の命を助ける。

それがヒーローだ。故に皆のテンションが上がるのも無理はない。

 

「今回コスチュームの着用は自由。コスチュームによっては救助に不向きな物をつけている者もいるだろうからな。それと訓練場所はここから少し離れた場所だ、よって移動はバスでする。集合は今から15分後に本校舎の裏口に来い。連絡は以上だ。遅れるなよ」

 

 

 

 

 

「くっ、こういうタイプだったか!!」

 

訓練場行きのバス。その車の内装で頭を抱える飯田。

バスに乗り込む際、委員長としてスムースに乗れるように誘導したのは良いが、バスの座席が2人がけの前向きシートだけではなく、横向きのロングシートもある仕様だったからだ。別に無駄ではないが、まぁあえてそのまま乗る必要もないため、俺達はそれぞれ適当に座席に座った。まぁドンマイ飯田。お前の判断は正しいからそのまま頑張ってほしい。

 

 

 

訓練場までの移動時間は特に禁止されなかったので、俺たちは席が近くの者同士で会話を楽しんでいた。俺の隣は二人掛けの椅子の窓側に轟、椅子を通路を挟んで響香、爆豪と続いている。会話に参加しているのは爆豪以外の三人だが。

爆豪は先週の訓練以降、ずいぶんと大人しくなった。というよりは何かを考えているようにこちらや出久を凝視、あるいは睨んでいるのだが何も言ってこないのだ。いつもなら口を開いて罵詈雑言を言ってくるだろうが、さて、あの訓練が吉とでたか凶と出たか、あるいは狂と出てないか、アイツのこれからはその心一つで変わるだろう。良くも悪くもアレは天才の部類。うまくいけばそれこそトップヒーローになれる素質だけはあるのだから。

とはいえ出久と違って友でも何でもない、助けを求めるわけでもない奴にこれ以上何もいうことも俺からはない。あとはアイツ次第だろうから。

 

そんなことを考えながらふと俺たちの会話が途切れた時に、蛙吹と出久の会話が耳に入ってきた。

 

「私思った事を何でも言っちゃうの。緑谷ちゃん」

「え!? あ、うん。どうかしたの蛙吹さん」

「梅雨ちゃんと呼んで。あなたの“個性”オールマイトに似てる」

「たしかに同じ増強系だからね。オールマイトに似てるのは嬉しいけど、僕はオールマイトの足元にも及ばないよ。今はまだね」

「今は、まだと来たか。それはいずれは超えるでいいんだろうな出久?」

 

たまたま耳に入った面白い話題にバスの後方から俺が少し声をあげて出久に問う。すると出久は薄く笑って、たぶん知っているくせになんて考えながら声を上げた。

 

「もちろん、そのつもり。無個性で過ごした14年で培った全てをまだ使えきれてないけど、いずれは個性も技術も全て練り上げて超えてみせるよ」

「おお!すげぇな緑谷。なかなか口にできねぇぞそんなこと」

 

だろうな。けれどそうしないならば出久はオールマイトの個性を継いだ価値がない。

少なくとも出久はそう考えている。何故ならオールマイトの個性を継ぐなら誰か別の個性持ちの方が理屈では単純に強力になったはずだからだ。

それでも、オールマイトは個性の譲渡先を緑谷出久に選んだ。そして緑谷出久はそれにさらに試験を設けて、それを乗り越え、勝ち取った。

ならば、出久は行かなくてはならない。オールマイトでも届かなかったその先に。

それがどんなものかはわからない。けれど必ずそんなヒーローになると既に出久の覚悟は決まっている。

 

だから、俺も覚悟を決めている。

そんなことを考えている間にも会話は進む。

 

「そういえば個性把握テストの時に個性が発現してまだ一ヶ月って言ってたけど、本当なの?」

「うん。この個性は他の増強型よりもちょっと特殊で自分の体の耐久値以上の力が出てしまうみたいなんだ。だから体がある程度出来上がるまで発現しないように、脳がリミッターをかけていたみたいなんだ。実際発現してすぐはコントロールが効かなくて随分骨を折ったし、もしも体が出来上がっていない子どもの時に発現していたら……最悪今頃は両手足が動かなくなるくらいのひどい状態になってたかもしれないね」

 

うわぁなんてちょっと引いた声がバスから上がった。まぁ確かに個性の暴走で自分や誰かを害する所謂『個性事故』ってのは実は毎日のようにどこかで起きている。その上個性とは十人十色。基本個性は遺伝によって似たものが発現するが、複合したり、特殊変化したり、あるいは無個性から新たに発現したりと、その全貌は全ては解明されていない。

 

「でも、発現して一ヶ月であれだけ使いこなすなんて凄い才能ですわね」

「確かになぁ。才能マンが多いぜここは」

「出久に関しては、個性を制御できるようになったのも発動できるようになったのも一重に努力の成果だ。出久は俺とあってから片時も休むことなく鍛錬を続けてきた。

その努力を人生を、才能の一言で片づけてくれるなよ上鳴?」

 

そう、その発言だけはいただけない。

 

「お前にできるか?無個性と言われて、それでも諦めずに人生懸けられたか?

無個性だから無理と誰から言われても、皆から馬鹿にされても、それこそミルコやオールマイトのようなトップクラスのヒーロー達から言われても、その大馬鹿野郎はそれでも諦めなかったぞ。俺が出久を信頼しているのは、その意志だ。もはや何者でも揺るがせない頑固さ、折れようが何度でも立ち上がる不屈さ、その馬鹿さ加減が、コイツの全ての原点だ。たとえ無個性のままでも緑谷出久は、ヒーローになれるだけの人間だった。個性はそれに応えただけだ。」

 

一息に言いきって、皆ゴクリとつばを飲み込んだのがわかった。

ここにいるのは個性に恵まれた。全員とは言わないが少なくとも大半はそうだ。

だから、わからないだろう。自身にある当たり前の個性がない人間の狂気など。

そしてだからこそ伝わったのだろう。それを為した出久の在り方が。

とはいえ、他の皆がヒーローにふさわしくないわけではない。

 

「まぁ。こいつの話はこのくらいでいいだろう。それに、お前たちだってヒーローを目指したんだ。それこそ血のにじむような努力くらいは大なり小なり詰んできただろ? 俺は生命力に干渉する個性の関係上、お前たちが放つ『色彩』がいろんな形で見えるがほとんど皆良い光が見えるぞ?もちろんお前もな上鳴」

「おお……それはそれでちょいはずいな。でもサンキュ」

 

そう、このクラスはほとんど皆がヒーローになれるような光を持っている。

良いクラスに当たったものだ。雄英の300倍の倍率の試験を突破しようと心根が腐っていたら何の意味もないのだから。

 

「でもさ、増強型のシンプルだけど派手で出来る事が多いのがいいよな。俺の『硬化』は対人じゃ強ぇけど、いかんせん地味なんだよなー」

「僕は凄くカッコいいと思うよ。プロにも十分通用すると思う。」

「おう、ありがとな緑谷。でもよぉやっぱヒーローも人気商売みてぇなとこあるだろ?」

「そういうなら人気でそうな個性、目立つ個性といえば、緑谷や彼岸、轟、爆豪あたりが派手かな?」

「残念だが、俺の個性はカメラには映らない。ただの増強率だけなら出久が上だし、あまり目立つとは言い難いかな。それに目立つ気もない。それよりは他の三人の方が対外的には目立ちやすいだろう」

「でも爆豪ちゃんはキレてばっかだから、人気はあまり出なさそうね」

「んだとコラ! 出すわ!!」

「ホラ」

 

蛙吹梅雨、なかなかに鋭い指摘してくるな。というかなんだ。どうにもこの少女、妙に達観しているというか冷静で肝がすわっている。正直他の連中より年上じゃないかと思うくらいだ。

 

「この付き合いの浅さで既に、クソを下水で煮込んだような性格と認識されるって、すげぇよ」

「テメェのそのボキャブラリーは何だコラ!ぶっ殺すぞ!」

 

……やっぱり、一夕一朝では人は変わらないか。何かこいつに直接変化をもたらす存在があれば違うだろうが。

 

「そろそろ着くぞ。はしゃぐのはいいが、その調子で訓練も受けるようなら覚悟しとけよ」

 

流石は相澤先生。初日に除籍とか言ってくるだけはある。その威圧を含めた一言は喧騒を止めるには十分だった。

 

そして、訓練が始まる。

 

生涯俺たちが忘れることがない、初めての人命救助訓練にして、初の実践が。

 

 

 

 

 

「ようこそ1-Aの皆さん、待ってましたよ」

 

訓練場らしきドーム型の建物の前でバスから降りた俺たちを迎えてくれたのは、宇宙服のようなコスチュームを着込んだスペースヒーロー、13号。

ブラックホールという何でも吸い込み壊すという強力な個性を持ちながら、戦闘行為ではなく、災害救助などで人のみを吸い上げるという器用な使い方を用いている有名なヒーローだ。優しい個性の使い方だと思う。そこは本当に尊敬できるヒーローだ。

そんなヒーロー13号の案内で建物の中へと入ると、炎が燃え盛っているビル群、崖、でかい池や、小さなドームがいくつかあったりと、エリアごとに分割されたテーマパークのような作りの様々な状況を人工的に作り出した場所だった。

 

ここまでの規模の施設がポンと用意されているとは、ホントここはスケールが違う。

 

「水難事故、土砂災害、火災、暴風、そのほかにもありとあらゆる事故や災害を想定し、僕が作ってもらった演習場です。その名もウソの災害や事故ルーム!略してUSJ!!」

 

大丈夫だろうかその名称。何がとは言わないが、その、世界規模で有名なテーマパークと略称が同じなのだが。いや、ここは国立。ならば合法、なのだろう。まぁ気にしないほうがいい。大事なのは中身だ。

 

…おや、オールマイトがいないが、もしかしてあの人活動時間使い切ったりしてないだろうな。言ってくれれば回復したのだが。

 

何か、あの人が自動的に回復するような手段でも模索すべきか。前の『夏』と『秋』の個性の複合した大剣のように、『春』の癒しを『秋』の個性で形づくるとかできれば、最前線のヒーローの傷をすぐに治せるような携帯治療薬のようなものができる……かもしれん。かなり難易度は高そうだが。

 

「さて、私語は慎め、オールマイトは遅れてくるそうだから進めるぞ、13号からの説明を聞け」 

『はい』

 

USJの規模に騒いでいた生徒たちが注意を受け、視線を13号へと戻す。

 

「えーそれでは訓練を始める前にお小言を一つ、二つ……三つ……四つ…くらいかな。

ご存知でしょうが僕の個性は『ブラックホール』。全てを塵にする事ができ、災害現場ではそれで瓦礫を砕き救助活動をしています。……ですがそれと同時に『簡単に人を殺せる』個性です。」

 

いきなり踏み込んできたな13号先生。いや遅かれ早かれその事実には皆気づく。というよりも本当は既に気づいているはずだ。自分たちの個性が簡単に人を殺せることを。だから法で許可された人しか個性の使用は許されていない。当然すぎて忘れがちだが、俺たちはみんな目に見えない凶器をもって向き合っているのだ。

 

「皆さんの中にもそんな力を持つ人もいることでしょう。今の世の中は個性の使用を法律で規制し、しっかりと成り立っているように見えてはいますが、皆さんが将来個性を使う際、あるいはこれからの訓練の際にも一歩間違えれば、その力が簡単に命を奪えることを忘れないで下さい。」

 

流石は雄英高校の教師。押さえるべきところはしっかりしている。

 

「この授業では、そんな個性を、人の命を救うためにどのように活用するかを学んでいきましょう。君達の力は人を傷つける為ではなく救う為にあるのだと、心得てください。以上です! ご清聴ありがとうございました」

 

話し終えて一礼する13号先生に拍手する俺達。最初の手ごたえとしては十分だろう。

皆、話を聞く前とは顔つきが違う。話に感動するもの、気を引き締めるものなど様々だが、これならいい訓練ができるだろう。

 

とはいえ、救う為にあるか。

13号先生、尊敬すべきヒーローである貴方の言葉ですが、それは、俺にも当てはまるのでしょうか?

 

そんな感傷を抱いていたときに、吐き気がするような感覚に襲われた。

何かが、いる。

 

視線を先生たちのはるか先、噴水がある広場へと向ける。そこに、黒いモヤがあった。いや霧、のようなものだろうか。そこから、目にしたくもない『色彩』が既に見えている。

 

なんだ、アレは。なんだアレは!『ごちゃまぜ』じゃないか。

 

 

「焦凍!あの黒いモヤに氷結をぶっ放せ!」

「は?いきなり何を」

「ヴィランだ!!それも、人を笑いながら殺せるようなとびっきりの屑だ」

 

個性が認識し、直感が叫ぶ。

アレは、そしてあの先にいるのは間違いなく、今のこいつ等に見せてはダメなモノだ。

 

だが、その判断も既に遅かった。

黒い靄は大きさを増し、靄の中からぞろぞろと様々な異形、凶器をもった連中が現れたのだ。あの数を、こんな簡単に雄英敷地内に転送できる『個性』なんて希少も希少。それこそ国家が指定管理するほどのものだろう。

 

そんな凄い個性を使って出てくる連中がただの人命救助のためのエキストラなはずがない。当然、それを見た瞬間相澤先生の表情と雰囲気が一瞬で変わった。間違いなく臨戦態勢。

 

「1-A総員、一塊になってうごくな!!13号、生徒を守れ!」

 

「せ、先生、一体何が!?」

 

飯田が混乱する皆の意見を代表するように問うが、既に戦闘態勢に入った相澤先生はそちらを見ることなく言い切った。

 

「今、彼岸が言っただろう。ヴィランだ。それも雄英に潜入できる程度の力と、馬鹿な考えをもった、明確な敵だ」

 

 

 

 

慌てるこちらをゆっくり見やるように、ヴィランたちの中心にいる全身に手首から先の『手』をつけた姿かたちからイカれているとわかる奴と目があった、気がした。

 

ああ、嫌な眼をしている。まるで ———— のような、そんな眼だ。

 

これが、最初の戦い。

 

これから幾度となく戦うことになる、ヴィラン連合、その中心『死柄木 弔』との最初の邂逅だった。

 

 




というわけで、漸くヴィラン戦までこぎつけました。
まさか20話書いてまだこことは。

この調子だと終わらせるのに150話くらいはかかりますね。
…ペースはこれ以上あげられないので、テンポあげていきますね。多分!!

またありがたいことにお気に入りにしてくれた方がいつの間にか145件となっていました。
いつも読んでくださる方、初めて読まれた方、誠にありがとうございます。

今後もよろしくお願いします。


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第21話 ヴィラン強襲②

先手をとるのは大事です。
相手に次の行動を制限させることができます。

でもそれって、相手がこちらよりも大きな手を持って余裕こいていた場合に限っては、かえって自分たちの首を絞めることにもなりますよね?




雄英高校が誇る災害救助の訓練施設、通称USJの中央広場。

本来ならそこで行われるのは最初の人命救助という、今までの訓練からすれば地味な、しかし重要な訓練が行われるはずであった。

だがそれが今日行われることはもうないだろう。

何故なら、ここに現れたのはこちらを殺そうとする、明確な敵。

それを目にした生徒はほとんどが動揺した。

それはそうだ。ただの授業のはずが、いつの間にか目に映るだけでもこちらの人数を上回るほどのヴィランが出てきて、命を奪われるかもしれない戦場になり果てた。

その上雄英の誇るバリアを乗り越えてきた希少個性、雄英のセンサーなどが反応してない、そして教師の無線や上鳴のコスチュームなどの連絡手段が通じないことから、外部との連絡は絶たれた状況。正に陸の孤島といったところか。

 

そしてそんな即座の救援が望めない状況では、実践を初めて経験する新兵のように、初めて命の危険にさらされた一般人のように、普通は覚悟を決めるのに時間がかかり、その前に殺される。

 

だから、覚悟を決めるためにも、そして逃走するためにも、とにかく時間が必要だ。

 

 

そのために有効な手段は、既に覚悟が決まっている者が相手の出鼻を挫くこと。

 

 

「相澤先生、相手は大抵屑ですが数が多い。一番奥にいる三人…特にあの黒い脳丸出しのヴィランはオールマイトクラスじゃないとどうにもできない化け物です。初手で焦凍の広域殲滅、その後に俺が脳ヴィランを相手に時間を稼ぎます。先生が相手の首領らしい手だらけヴィランと転移できるモヤヴィランを殲滅、なおかつその間に他の皆の逃走を13号先生に誘導してもらうことを提案します」

 

「ダメだ。情報はありがたいが、ここは逃走を優先する。」

 

合理主義者、かと思ったが、やはりヒーロー。そう簡単に生徒の命はさらさない、か。

見事な覚悟だが、それでも無謀だ。少なくともあの脳ミソ野郎だけはなんとかしないと。

「と、言いたいところだが、お前の情報の確度は無視できん。

だが轟の氷結を使うと足場が安定しない。だから他の広範囲攻撃で一気に雑魚を殲滅する。できるな轟、緑谷、彼岸」

 

前言撤回、流石は経験豊富なヒーローだ。

 

「「「もちろんいけます」」」

「よし!ヒーローイレイザーヘッドの名において、対人の個性使用を許可する!行け!」

 

担任の気合の入った声に、体が滾る。

まだあちらは違法行為はしていても、こちらに明確な敵対行為、あるいは殺傷を行っていない。それに個性を使うということは、たとえ個性の使用が許される施設内であっても簡単に許されはしない。だがヒーロー名に置いての許可があれば、それはイレイザーヘッドがそうなるという危険を認め、そしてその責任を自身が負うと宣言したということだ。

それはつまり、それだけの信用を出会って一週間と少しの俺たち若輩者に預けてくれたということ。ならばそれに応えなければヒーローの卵ですらない。

 

「初手、出久!まずは相手の足を一瞬でいいから止めてくれ!」

「了解!」

 

発言と同時、出久が装備しているベルトホルダーの内の一つから20cmほどの筒を空に投げ、同時に本人も飛ぶ。

ならば次に来る技は理解している。だから出久への指示は必要ない。

 

「轟、俺たちは下に飛び降りるぞ。俺が先に降りるから着地と相手の迎撃は任せろ。お前は着地と同時にぶっ放せ!殺さない程度にな」

「難しいこと言いやがって!やってやるよ!」

 

俺に続いて広場に飛び降りる轟。迷いがない。そして、今は以前にあった拘りもないのが、その左で調整しているであろう炎でわかる。

 

同時に出久の声が上空から響く。

それは俺たちへの合図にして、本人がコスチュームに依頼した装備を使う際の声紋認証。その名を

 

「蹴り穿つ微睡の槍!!」

 

天上から降り注ぐの釘サイズの極小の槍の雨。

1つ1つに即効性の催眠作用がある薬を塗ってあり、底を蹴る威力によって飛び出る勢いが変わる、多数の敵を一気に戦闘不能、あるいはその出足を挫くための出久のヒーローアイテムの一つ。

 

実践は初使用だが、その威力と範囲は知っている。訓練では何度も使ってきたからだ。

オールマイトの管理と投資の元、既にコスチュームでの戦闘も経験済みだからだ。

 

故に既に眼下のヴィランたちの多くが降り注ぐ小さな凶弾を前に立ち尽くすしかないのを確認している。

 

大抵の相手は上空からの明らかな脅威に動きを止めて腕で頭を覆うようなあまり意味のない防御姿勢をとり、動きを止める。慣れた敵はかわそうとするか、迎撃を試みる。どちらにせよ、俺たちへの遠距離攻撃をするような敵は皆無。

 

敵の練度はこの初撃で知れた。奥の三人以外は大した脅威ではない。

殺した経験はあるかもしれんが、戦闘の経験は薄い。

 

それを確認すると同時に俺の真上に落ちてきた焦凍を左手でキャッチ、&再度斜め上にリリース。

 

「ぶっ放せ焦凍!」

「わかっている!加減しづらいから死なないようにしろよお前等!!」

 

台詞と同時に放たれるのは広範囲の炎撃! その温度は焦凍の中では低温だろうが常人には十分な脅威。炎にまみれた相手は火を消すように転げまわり、その間に出久が放った槍からの催眠作用の薬が効いてくるか、表面の火傷の痛みで戦意を挫かれ、そのほとんどが戦闘行為不能に追い込まれている。

 

そして、ダメ押しの一手。

 

「『大いなる星の息吹。秋の恵みをここに譲り受ける。眠りにいざないし汝の名は竪琴也』」

 

秋の休眠の力を集め、形を成すのは弓に近い形状をしたハープ、あるいはライアーなどと呼ばれる原初に近い竪琴。そこから奏で、流れるのはただの音だけではない。周囲に響く優しい音にのせた『色』は薄い赤褐色。聞こえる者を眠りへと誘う生命力の波動。音色ならぬ寝色、といったところか。

 

「えぐいなそれ。強制的な催眠作用か?」

「何言っている。これはあくまで、恵み。安らぎを与えただけだ。起きたころには今よりは多少痛みがなくなったりしているだろうからむしろ感謝してほしいくらいだ。」

 

無論、その変わりに手には手錠なり個性使用を不能にするメイデンなりで体がまともに動かせないだろうけど。

もっともこの技の威力は弱々しいため俺以外にはただの音にしか感じられない。眠りへと誘うという伝承をもつセイレーンの歌のように、ただ聞くだけで心身に作用し、心が動転している者や休みが必要と体と脳が判断した者をより強く眠りへと誘う。

つまりは正常な状態な者には大した効果はない。

だが催眠効果のある毒をくらっている者、火傷を負うなどのケガで休養が必要だと本能が判断した者にはよく効く。

 

つまるところ、目の前のヴィラン、というのもおこがましいようなヴィランもどきが眠るのは出久と焦凍のせいであって、俺はただの最後に指でちょっと押しただけに過ぎない。

まあ大事なのは、今目の前のヴィランの大半はこれで戦闘不能という事実だ。

 

初手はこれでいい。あとは、奥の三人に集中できる。

出久の小槍の雨も、焦凍の炎も簡単に防いだ脳ミソむき出しの敵。そしてその後ろで何のダメージもない黒い霧と手だらけの男。

 

やはり、あいつらだけが、確実に別格だ。

さて、どうするか。まともには当たりたくはないが。

 

「よくやった、お前等。後は避難に専念しろ。」

 

状況を分析している間に相澤先生が俺たち二人の前に躍り出た。

 

「先生!いやイレイザーヘッド!こんな雑魚はどうでもいいんです。重要なのは奥の三人。特にあの真っ黒な脳ミソ野郎です。まともにやりあえる相手じゃありません。」

 

「それはさっき聞いた。だからお前たちが注意をひいてくれている間に今飯田を校舎に助けを求めるように指示を出した。あいつの速度なら10分もせずにオールマイトが救援に来る。それから他の雄英教師陣もな。それくらいの時間なら」

続く台詞は、紡がれなかった。

 

気づいた時には、既に脳ミソヴィランが俺たちの前方に出現していたからだ。転移じゃない。ただの一蹴り。ただの一歩で100m以上の距離を無にした。次の一歩で間違いなく、俺たちの誰かが死ぬ。

 

それほどの圧を感じ、同時にありったけの生命力を脚に乗せて瞬間の最大出力で遮二無二に相澤先生の目の前に蹴りを放つ。

一瞬、を超えるような感覚で感じたことのない手ごたえ、否足ごたえを得た。全力で蹴りこんだのは得意技の一つであるかかと落とし。義姉のルミさん仕込みの踵半月輪(ルナアーク)。それは間違いなく、幸運にもヴィランの右鎖骨、もっとも脆い骨の一つにヒットしていた。しかし、そこに感じるのはマシュマロを手で押したような柔らかい感触しかない。

 

そして、最悪なことに相手はこちらのカウンター気味で入った蹴りなどなかったかのように腕を大きく後方へと振りかぶった態勢を崩していない。

右拳をそのまま後ろに引いただけの態勢、次に来るのはただのアッパー、否、ただ下から上へと薙ぎ払うだけの一振りだ。アッパーなどとも言えないただの腕だけの一振り。

そのただのテレフォンパンチ一つでこちらが死ぬとわかった。

 

『色彩』を見る暇もない、瞬間的とはいえ最高状態の身体強化でさえ目に負えない速度で次の一打が来る。

 

まともに受ければ死あるのみ。かといってこちらは相手に脚を乗せている状態、避ける余裕はない。それに避ければ後ろの二人に危害が及ぶのはこいつの踏み込みの速度を考えれば当然思い至る。

それ故に踵落としを放った脚を体ごと前に倒すことにより、鎖骨より外れ、再び勢いをつけ、体重とありったけの生命力を瞬間的に開放した一撃で相手のパンチを迎え撃った。

 

刹那で、一度俺の意識は途切れた。

 

次に気づいたのは、噴水のある広場ではなく、崖が特徴の山岳エリア。

そして倒れこんでいる俺を守るようにしている三つの人影。

 

「四季!気がついた!?大丈夫!?」

「大丈夫ですか彼岸さん。すみませんが、ヴィランに囲まれているので応急処置しかできていませんの。動けますか?」

「彼岸!?よかった。今すっげぇヤバいんだ。クラスの皆がどっかに飛ばされた。ここは俺達だけだ。起きられるか?」

 

こちらを心配する三人、響香、八百万、上鳴の三人。

周囲を囲んでいるのは見覚えのない大人たちだが、一様にこちらに獲物を見るような、いやただの餌を見るような瞳で見ている。

 

それで現状を把握した。俺はあの一撃に押し負け、意識を失ったばかりか、他のクラスメイトもおそらくあの黒いモヤのヴィランによって散り散りにされているという、最悪の一歩手前の状況だということを。

 

 




NEW

緑谷 出久
技「蹴り穿つ微睡の槍(けりうがつ、まどろみのやり)」
戦闘服に備え付けの対多数用のアイテムを蹴った衝撃で無数の小型の槍を散弾銃のように放つ技。小型の槍は貫通性はほとんどない。その代わりに中央に仕込まれた薬剤がヒットと共に相手に瞬時に流し込まれ、意識を奪う。どちらかというと注射器に近いが見た目は出久の使っている槍とほぼ同じ形状。
つまり、ただFGOの水着スカサハ師匠の技をリスペクトしただけの一品です!

知らない人は申し訳ないですが想像力がYO〇 TU〇Eで補ってほしいです。
描写不足で申し訳ございません。

後、現在原作より雑魚キャラを一気にやってしまったから難易度がハード(主に相澤先生)になった状態です。うん。まぁ脳無のハイスペックが悪い。






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第22話 ヴィラン強襲③

サブタイトルのネタが尽きたわけではありません。
無尽蔵です。嘘です。有限です。

そんな感じで前置きは置いといて本編をどうぞ。


正直に言おう。

まだウチはこの状況についていけていない。

 

だって今日はただの登校日で、ただ救助訓練という名のヒーローになるための基礎学があるはずだけ、だったのだ。

それが蓋をあけてみればどうだ。クラシックコンサートにとびっきりの仮装とノリのデスメタルを投げ込まれたような怒涛の展開。正直わけがわからない。

 

いや、理由はわかっている。

あの黒霧とか名乗った転移の個性を持つヴィランが丁寧に教えてくれた。

 

オールマイトを殺す、そのために来たと。

 

そのために邪魔な生徒たちは適当に散らして嬲り殺す、本命が来るまでは時間をつぶすと相手の主犯格の手だらけのヴィランが言った、らしい。

 

正直、混乱の極みでそこまで詳細に思い出せない。

何故なら、先ほどの戦闘の結果が頭にこびりついて離れないからだ。

 

四季は、控えめに言ってこの1-A、いやヒーロー科の中でもおそらくトップクラスの能力を持つ生徒だ。それに加えて近接戦闘能力に至ってはその辺りのプロヒーローにだって負けないと思っている。ウチだけじゃなくて、おそらく皆がそうだ。

 

それが、ただの一撃でこの演習場の屋根まで吹き飛ばされた。

何が起こったのか、階下にいた彼らの行動を完全に把握してはいない。

ただ緑谷が遠距離攻撃をして、下に降りた彼岸と轟が大半のヴィランを戦闘不能にした。それまではわかっている。それから相澤先生が、避難指示と委員長へ外部との連絡を取るように言って下に降りた。

 

その後すぐに入試首席、クラスでもおそらく最強の部類にいれていいであろう四季が天井まで飛ばされた。いや、殴り飛ばされたのだ。

 

純粋な増強系の個性ではないとは本人は言っていたが、増強系、たとえば砂藤よりも瞬間的には明らかに強い出力を出し、委員長よりも速く動けるほどに近接に優れた四季が、一瞬で階下から20mは軽く超えるであろう天井まで吹き飛ばされた。

 

それは、私たち1-Aの皆の動きを止めるには十分すぎた。

一瞬で現れた黒霧と名乗ったヴィラン。オールマイトを殺すと言い放った自分たちの目的。

そして、私たちは邪魔だから、散らして嬲り殺すという冷酷な知らせ。

 

13号を含めて幾人かが抵抗していたが、正直ウチは落ちてきた四季をどうにか救助したヤオモモや梅雨ちゃん、緑谷たちと彼の息があることを確認するので精一杯だった。

 

そんな油断の間に氷の棟を作って黒霧と名乗った敵を後ろから奇襲した轟やヴィランに向かっていった爆豪が霧の中に吸い込まれ、気づけば1-Aのほとんど……相澤先生の指示を受けて救援を呼びに行く途中であった飯田も含めて黒い霧に飲まれてしまっていた。

 

 

気づいた場所は、山岳ゾーン。迎えたのは多数のヴィラン。

ああ、なるほど。ヴィランと言われて一般人と区別されるわけが漸くわかった気がする。

この人たちは、ウチ等をただの金づるか何かとしか思ってない。

人を自分と同じ人として見られなくなった人でなしの瞳。たしかにこんな眼では一般人とは呼ばないだろう。敵という身分がちょうどいい奴らばかりだ。

 

『散らして嬲り殺す』

 

ふとあの黒い霧のヴィランの言葉が蘇った。そして、先ほど見てしまった、友人の、四季の血だらけになった姿が脳裏から離れない。あの言葉に偽りはない。こいつらはただただ私たちを嬲り殺して楽しむためだけにいる。

 

背筋に冷たいものが通った気がした。

 

しくじれば、死ぬ。相手は敵。こちらよりも年上で人数も多い大人たち。

負ければ文字通り嬲り殺される。

 

殺意なんて、感じたことはない。けれど、その実体がここにいる。

 

———怖い。

 

初めての恐怖にひゅっと息を飲んだ。体縮こまったことがわかる。動けなくて、動こうとして、無意識に後ずさった。そして気づいた。

 

足元にいる存在に。

血だらけで転がっている、彼岸 四季に。

 

四季がここにいる。治療は途中までだったはずだ。

詳しい状態は素人目ではわからないけれど、天井まで吹き飛ばされたのだ。

浅い傷のはずはない。一刻も早い治療が必要だ。

 

そうだ。

ならば、縮こまっている場合じゃない!

そんなのはウチらしくない。ロックにいこう。クールに笑え。

 

ウチが目指したのはヒーローだ。たかがヴィランにビビッて友人を見殺しにする真似なんてしてたまるか。

 

拳を握ることで、覚悟を固める。個性『イヤホンジャック』をコスチュームに接続。臨戦態勢。ううん違う。もう戦闘は開始しているんだ。

プレゼントマイクも言っていた。実践で開始の合図なんてない。

なら、先手必勝!

 

「音量MAX! 爆音サウンドウェーブ!!」

 

自身の最大出力の大音波攻撃を相手に放つ!

 

「「「「「ぎゃあああああ」」」」」

 

倒せたのは、4,5人ってところだ。音は波形だから開けている場所だと周囲に拡散してしまう。それに指向性をあたえるのと音波をあげるためのスピーカー使用のコスチュームを使った一撃だったけど、まだ音波をうまく調整できてない。

 

当然だ。イヤホンを直接相手にあてて自分の心音を何倍にも上げて体内に響かせることは何度も練習してきた。けれど戦闘服、コスチュームを使った広域攻撃で人を昏倒させるには最低でも120デジベル以上の大音量が必要なはずだ。いくらコスチュームを使って底上げしてもさっき以上の音を心音のみで出すのは今のウチではそう簡単にできない。

 

でも4,5人倒せた。今のウチでも。

つまりこいつらは、全員がそうとはかぎらないけれど、そんなに強い敵ではない。

なら、やれる。違う。やれなくたって、やるんだ。

そうしないと、後ろのコイツを守れないから。

 

「来るなら来てみなよ!全員にハードなロックを体に教えてやる!」

 

精一杯の啖呵を切る。自分を奮い立たせるために。

 

そうして相手が動き出そうとする瞬間、投網がヴィランが固まっていた箇所に投げられた。

 

「今です!上鳴さん」

「了解!ちっとばかり痺れてろ!!」

 

投網、おそらくは金属製なのだろうそれに、黄色に光る雷が走り、捕らえられたヴィランの数名に降り注いだ。

 

そっか、二人ってわけじゃなかったんだ。

 

「ヤオモモ!ついでに上鳴も」

 

「すみません、網の作成に少し時間がかかりました。武器も用意しますね耳郎さん」

「ちょ、おい、俺はついでかよ」

 

初めての実戦。初めての命の危機。それで気が動転して周りが視えてなかったのだろう。

敵から倒れている四季を守ることばかり考えて、自分以外の味方を考えてなかった。

 

けれど、これはいい兆候だ。一人より三人の方が戦いやすいし、守りやすい。

 

「敵は、あと20人といったところですね。早く彼岸さんの治療をしたいですけれど」

「ああ。まずはこいつらをどうにかしねぇとな」

 

二人も傷ついて倒れている四季を守るように自然とヴィランとの間に自分の身を置く。普段天然なお嬢様も、おちゃらけているような奴でも、やっぱりヒーロー志望なんだなって安心する。

 

「ありがと二人とも。」

「は?どうかしたか耳郎?」「何かありまして?耳郎さん」

 

二人が近くにいることにも気づけないほど気が動転していて、二人の登場と四季という怪我人を最優先で守ってくれる姿に安心した、なんて恥ずかしくて言えるわけないじゃん。

 

「なんでもない。さあ、いくよ二人とも」

「勇ましいなオイ」「ええ。まずは目の前の相手に集中ですわね」

 

そうして、ウチ等が三人戦闘態勢をとったところで、相手も散開しながら、こちらの出方をうかがい始めた。ううん、違うか。逃がさないように、四季を囲むようにして包囲攻撃する気だ。

もう一度爆音を流すか。それともヤオモモに武器とか作ってもらって守りを少しでも固めるか。相手も無手じゃない。鈍器や刃物で武装している。素手では接近されたときに不利だ。

 

そう考えてウチがヤオモモに声をかけようとしたとき、聞きなれた声が聞こえた。

 

「響香?」

 

まだ、会って1ヶ月、同じ学校に通い始めて1週間でウチのことを名前を呼ぶ者など一人しかいない。そしてウチの個性がコイツの声を逃すはずがない。

 

「四季!気がついた!?」

 

 

 

 

 

状況の理解は済んだ。

最悪の一歩手前。だが、まだ誰も死んでいない。

誰も失っていない。ならばまだだ。まだここで倒れている場合ではない。

 

「ああ、すまない。少し寝ていたようだ。」

 

「彼岸さん!?まだ動いてはいけません。傷もろくに確かめていませんし、できたのは外傷の血止めくらいです」

 

「十分だ。ただでさえ寝坊して遅刻しているんだ。これ以上待たせるわけにはいかない。特に女性は待たせてしまうと後が怖いからな」

 

軽口を言って何でもないように立ち上がる。

苦しむ仕草はするな。痛みなど考えるな。弱っている姿などこれ以上見せるな。

 

そんな状態で誰が安心するものか。偽物だろうが小物だろうが、ヒーローを目指しているというなら逆境でこそ笑ってみせろ。

 

脚は動く。腕は…左手がまともには動かない。肩あたりをやられている。だが動かないわけではない。

あの脳ミソヴィランの一撃を迎え撃った時に放った全力の蹴りは俺の真芯を捉えることを少しばかりそらせるくらいはできたらしい。

なら、いくらでも、ともいわずともいくつか殺りようはある。最も危険なのは中央広場。今回は個性である生命力を視る『色彩』に死は映らなかった。けれどあの脳ミソヴィランを放っておけば、こちらの全滅すらあり得る。すぐにあそこに戻らないといけない。

 

だが、その前に、此処の掃除が必要だ。

 

「八百万、悪いがナイフを…二本くらい用意してもらえるか。刃渡りは20cmくらいでいい。材質は任せるが考えうる限り強靭なものを。切れ味は求めない。固く、砕けないことが第一だ。頼めるか?」

「は、はい。できますが…しかし今は創造している余裕が…」

 

「大丈夫だ。何故なら、もう俺が起きた」

 

両足と利き腕の右は無事。ならば問題ない。

元より俺の体術は蹴りが主体。腕は防御か獲物を持つためのものだ。

脚が無事ならば、どれほど体に痛みがあろうが、無視して踏み込めばいい!

 

「四季!まっ」

 

止める声、聴き間違えるはずもない響香の声を置いて跳ぶ。

すまない、と謝罪をすることさえない。心配する友の声を置き去りにして前に出る。

それでいい。友にウソはつけないが、相手を誤魔化すことくらいなら許されるだろう。すなわち、この身は大したダメージなどなく、目の前のヴィランなど脅威でないと、現実を為して誤魔化す。

 

一歩目から全力。二歩目は名も知らないヴィランの頭を正面から蹴りぬいた。三歩目でそのヴィランを他のヴィランのもとに蹴り飛ばす横薙ぎの一閃。

 

それだけで、混乱が生じる。指揮をするような者はなし。

つまり指揮系統もない、互いの連携もない、見た目や持っている武器や、これまで積み重ねてきた罪だけ凶悪なヴィラン。光の欠片もないくすんだ灰色。黒々しくもなれず、かといって燃えるような激しさも、確固たる意志もない、歪んだ『色彩』。

 

すこしだけ生き方を変えようとすれば、違う道もあっただろうに。

 

そんな感傷がわずかに沸いたが、蹴って捨てた。自ら救いを求めない者に手を貸すほどの余裕もやさしさも俺にはない。

 

だから、容赦なく、加減して、しかし戦闘不能になる程度に視界の全てを蹂躙した。

 

胃液が、いや、熱を持つ感触からしておそらく血が喉元まで来たが無視して飲み込んだ。

内臓も無事というわけではないらしい。当たり前だ。いくら身体を強化しようがあの脳ミソは単純な腕力はオールマイト級だった。それに被弾したのだ。いくらこの身が生物として強化されていようとも、全力の蹴りで減衰させようとも、一撃もらって生きているのが奇跡に等しい。

 

あれを倒すには、一撃ももらわずに、アレに通じる攻撃を通し続けなければならない。

 

目の前の敵を排除し終えたあと、再び響香たちの前に降り立つ。

さあ彼岸四季、不敵に笑え。皆を安心させるヒーローは笑うものだろう。

その鉄面皮に少しは仕事をさせて、痛みも不安も焦りも気づかせるな。

 

「これで、ここはいいだろう。悪いな寝坊して。とりあえず、こんなところで勘弁願いたい。それで、すまないがナイフはできるか?」

「えっ、あ、はい。その程度でしたらあと10秒ほどでできますわ」

「ありがとう。じゃあその間に」「ありがとうじゃなくて、その前にやることあるでしょ!!」

 

再度跳ぼうとしたところを、響香に抑えられた。有無を言わさない強い瞳でこちらの全体、頭からつま先までがっつり見られている。

 

「ホントに、大丈夫なの?アンタ血だらけで天井から落ちてきたんだよ?」

 

これはまいったな。不安はヴィランを蹴散らしてぬぐえても心配は拭えなかったみたいだ。

 

響香の言葉に八百万も上鳴も俺の姿を見る。顔だけ笑顔を作ってみたが、血だらけでは説得力にかけるのかなんてことを思っていたから

 

「そんなバレバレの作り笑顔でウチを騙せると思ってんの!?

ケガ、ひどいんでしょ!!早く横になって、痛いとこみせろこの大馬鹿!」

 

さっきの行動も笑顔でも全く誤魔化せていなかったことに気づけなかった。

そういえば、響香と最初にあった時も巨大な0ポイントヴィランに向かおうとした俺を心配してきていたな。ホント、クールそうに見えて情に厚い。その上俺の誤魔化しも通じないときたか。

 

なら、押しとおるしかない。友達にウソはつけない。だから事実で押しのける。

 

「現状、一番ヤバいのは中央広場のあの馬鹿力の脳ミソヴィランだ。

誰かがアイツの相手をする必要がある。そして、あの化け物相手に時間を稼げるのは俺か出久、あとは相性的に轟か、経験豊富な先生方くらいだろう。だが、俺が吹き飛ばされたとき、個性のわからないヴィランを前にして相澤先生が個性を発動させてなかったとは思えない。つまり相手は俺の瞬間最高出力の一撃を受けてダメージがなく、かつ一撃で強化された俺を倒すことを発動する個性なくできる化け物だ。」

 

「超やべぇじゃねぇか!」

 

今ようやく実感が湧いてきたのか、上鳴がそう叫ぶ。だがそれを笑うことはない。こんな異常事態にまともに分析できるほうがどうかしている。

 

「なら、なおのこと今の傷だらけのアンタが行ってもどうにもできないでしょ。いいから治療を」「できるよ」

 

こちらを心配してくれる響香には悪いが、行かなくてはならない。

アレは確かに、俺の最高出力の威力の蹴りを受けて無傷だった。

 

だが、それはあくまで瞬間的に出せる最高出力の場合の話だ。

 

『春』の個性を最大限に出すのに自己暗示と言の葉が必要なように、扱いが難しい『秋』の個性を使う時のように、『夏』の個性にも自己暗示と言の葉を使って出す全力を超えた極限の状態がある。

 

その状態なら、相手をするくらいならばできる。

勝てるとは言わない。そんな断言ができるほどに俺は強くない。

 

だがあの一撃、あの一瞬の攻防がアイツの全てなら、負けることはない。

 

「信じてくれ、とは言わない。だが任せてほしい。それとも」

 

言いながら、大地を蹴り、空中に躍り出る。狙うは一点、大地の中。

そこから滲んでいる殺意と悪意の混ざった血の塊のようなマゼンダの『色彩』。

 

その色彩を蹴りぬくと同時、大地を穿つ音に交じって小汚い悲鳴が聞こえた。地中に潜んでいたヴィランの取りこぼしだ。

先ほど周囲のヴィランを全滅させた辺りからこちらへの警戒と敵意が強くなったのでわかった。こちらの隙を伺っていたのだろうが、それはつまり、こちらへ自身の意識を集中させていたということ。だからこそ、見えていた。

 

意識を誰かに集中させているということは、そこに自分という生命の向きを合わせるという行為だ。ならばこちらに向けられた意識に、生命の動きに俺の個性が気づけない道理はない。

 

とはいえ、このヴィランは重要ではない。いや響香たちへの攻撃を未然に防いだという点では重要だが、そこは今の論点ではない。

ここで笑え、彼岸四季。余裕ぶれ。行けば死ぬかもしれないではなく、死ぬけど行くという気概を見せろ。

 

「俺があの力だけの敵に負けるほど、弱いと思っているのか?」

 

痛みは傷と思え。今だけは表情筋を動かせ。余裕だと、相手に伝わるように。笑え。

友の手を振り切っていくなら、せめて強がってみせろ。死ぬ気で自身の健在を見せつけろ。

 

「……わかりました。ご注文のナイフの二振りもできましたわ。」

「ヤオモモ!」

「ごめんなさい耳郎さん。でも確かに、私では、いえ私たちでは直接的な戦闘力で彼岸さんに及びません。今の私にできるのは………このくらいしか、ないのです」

 

悔しそうに、口惜しそうに唇を噛んでこちらに創造したナイフを渡してくれる。それは俺への悔しさや卑屈ではない、自身の力の無さへの悔しさ。そしてクラスメイトが危険な場所へ行くのを見送るしかないことの歯がゆさだ。

 

全く、本当にこのクラスはほとんど良い奴しかいない。人に恵まれるとはこういうことだろう。

 

「このくらいじゃない。これがあるから、俺は負けない。あなたのおかげだ八百万 百」

 

頭を下げてナイフを頂く。敬意を彼女へ。おかげでアレに対抗する手段ができた。それはここに彼女がいたからで、このナイフができたのは彼女が今まで努力して知識をため込んだからだ。だからもう少し、肩の力をぬいてほしいが、俺の言葉ではそれは無理らしい。

まだ悔しそうに、無念そうにこちらを見ている。フォローは響香に頼むしかないか。

 

「これで俺は大丈夫だ。皆は他の場所を回ってクラスの皆を助けてほしい。三人ならどこに行っても戦力になる。広場は任せてくれ」

「待って、し」

そうして広場に行こうとする俺に声をかける瞬間に、この広い施設に轟音が木霊した。

音の中心は、間違いなく中央広場。

轟音の主はおそらくはあの脳ミソヴィラン。だが、これほどの音は今まで、響かなかった。

 

誰かが、アレと戦っている。戦えている。

それが誰かなんて、考えずともわかった。こんなときに、あの状態の先生や皆がいた場所にいる凶暴な敵を放っておくなんて、ヒーローがするはずがない。

 

だから、行かなくてはならない。アイツは既にそこにいるのだから。

 

「また、後でな響香」

 

 

それだけ言って、後は最高速で広場に向かう。後ろから聞こえる声は聞こえないように疾走した。死地かもしれない場所に向かうには、覚悟がいるのだ。彼女の声はそれを揺るがすような力がある。

だから、置き去りにする。

そうしないと走れないのが、強くみせているだけの、弱い俺なのだから。

 

 

 




原作よりも耳郎響香の余裕がないのは、四季というクラスの最強クラスが一撃で血だらけで敗退したのを見てしまっているからです。

目に見える傷、血は言葉よりも深い恐怖を与えます。それが友だちという身近な存在にされたのなら猶更です。

というわけで、決して当作品の響香さんは覚悟が足りないわけではありません。むしろその状態で啖呵きるくらいには原作よりも成長しているかもしれません。

いつも誤字だらけの駄文を見ていただいている方、初めてみてくださった方、誠にありがとうございます。
続きは日曜までには投稿できる気がしますので、また見ていただければ幸いです。


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第23話 ヴィラン強襲④


今回は出久君視点です。

初の出久君と弔との会合になります。




自惚れていた。

 

たかが数年の鍛錬、たかが一年のオールマイトからの特訓、そして勝ち得たと言ってもらえた身に余る個性。

 

増長していた。何とかできると思っていた。何とかしないといけないと思っていた。

 

だが、今僕は何とかできていない。

それが結果で、結果が全てが世間の常識だ。

 

 

黒霧と名乗った転移の個性で飛ばされた先にあったのは水。

 

近くに船も見えたことから直ぐにUSJ(ウソの災害や事故ルーム)の湖の中央部分辺りに転移させられたことが分かった。

 

水中に落とされた先に待っていたのは、どれも水中に適していると思われる個性を持った異形型のヴィラン。

状況を確認した瞬間、個性を滾らせ、水中を蹴った。

 

オールマイトの個性による筋力の増強率は常軌を逸している。それこそ空気でさえ、足場にできるほどの速度で脚を踏み込める。訳が分からないだろうが、事実としてできるのだ。パンチやキックで空中での移動が可能。そのような常人には発想できないことを実践する姿が超人染みたオールマイトを更に大きく見せる。

 

だが、まだ僕は未熟。空気を踏みしめるような高速移動は無理だ。

だがここは水中。つまり周りは全て水。その抵抗は空気とは段違いだ。だからこそ、できる。

僕のフルカウルの出力でも水中でなら高速移動が可能なのだ。

 

だから、そうした。こちらを嫌な眼で視て襲おうとしていたヴィランたちを2,3人、槍と、蹴り、そして最後に拳で水上にたたき出した。

 

その後、梅雨ちゃん、峰田君と合流し、僕が拳圧のラッシュで湖に一時的にそこまで届く穴をあけ、そこに戻る水圧で吸い寄せられたヴィランの中に峰田君の『もぎもぎ』の個性、自分以外の物体には異常な接着力をほこるボール状の球を頭からもぎ取り、何個でも生えてくる拘束に向く個性を使い、一気にヴィランを制圧。梅雨ちゃんの個性『蛙』で峰田君と一緒に暴風・大雨ゾーンの援軍に行ってもらい、僕は学校に連絡するために出口を目指すと嘘をついて、セントラル広場に戻ってきた。

 

理由は簡単だ。四季が、あの四季ですら吹き飛ばしたヴィランがじっとしているわけがないから。あのヴィランが暴れだしたらみんながどうなるかわからない。

だから、そこに行った。なんとかするために。みんなを守るために。

 

 

だが、甘かった。見通しも、分析も、状況把握も、何もかもができていなかった。

初めての実戦、なわけではない。今までも巻き込まれる、あるいは騒動に飛び込むような形でヴィランと対峙してきた。

 

けれど、個性をもってヴィランと対峙したのはこれが初めてだ。

だから、目が曇っていた。力があると、思い込んでいた。

 

 

だから、こんな無様をさらしている。

 

脳無という、脳が丸見えの筋骨隆々の化け物は、まずその接近するスピードが目で追うことすら困難な超加速を持っていた。その上四季の蹴撃をもってしても、ダメージらしいものはなく、またパワーも彼を上回っていた。つまりは身体的スペックは僕の上限よりもはるか上。

 

それがこちらに飛ばされる前に得た脳無の情報。

そこから、まずもって分析したのは、相手の速度についていけるか、あるいは反応できるかということ。それができなければ戦いの土俵にすら立てない。

 

結論として、辛うじてではあるが反応は可能。だが相手の力を考えた時にこちらは一撃でやられる可能性がある。四季の『夏』の状態はただ力や速度が増すだけではない。その皮膚、内臓、骨の一片に至るまでより強固に、よりしなやかに、より死ににくい体へと変貌する。その状態の四季が一撃で、それも自分の蹴りで迎えうった上で打ち負け、一撃で意識を奪われた。

 

なら、どうする。

四季はそもそも僕の体術の先生の一人。OFAを継承した今でもその蹴りの練度と威力は彼が上だ。ならば僕の体術もほとんど通じないだろう。組み技、寝技もあの体格差では意味はない。

 

相手は敵。それもオールマイトや僕たちを殺すことに躊躇いもなく、大勢で殺しに来たと公言するほどの敵だ。

 

ならば、この槍を使うしか道はない。

 

打撃がおそらく通じない。ならば刺突。

槍の間合いならばあのヴィランの間合いの外から貫ける。

 

刃引きされていても、僕のOFAの筋力と鍛えた槍術なら大して関係なく、相手に刺さるだろう。相手の四肢、無理であれば……やりたくはないが内臓を貫きダメージで動けなくする。

 

 

そう分析して、セントラル広場の傍まで、水中を蹴って潜行してきた。

 

そうして水辺から広場の状況を見ようとした僕は、自分の目論見と相手の悪意の違いに愕然とした。

 

そこにいたのは手足の骨が全てあってはならない方向に折られ、倒れ伏す相澤先生とその頭をつかんで地面に叩きつける脳無。

 

完全に戦闘不能な相手を、わざと殺さずに痛めつけているモノとそれを傍観しているクソ霧野郎に、「もっとがんばれよヒーロー」と言いながら笑っている悪魔。

 

甘かった。人の悪意を、敵の殺意を、その度し難さを見誤っていた。

こいつらは、僕が思っていた、見てきたものたちより更に醜悪なモノだ。

 

敵とはいえ、相手は生命。生者のその命を奪うという蛮行。その行為をするのには覚悟がいる。元よりヒーローは綺麗事を実践する仕事。

だからこそ、基本は敵であっても殺さずに倒し、戦闘不能にする。そしてその後は法の下で罪を償う。

 

だから、殺さず、しかし相手の動きを確実に今後の一切を奪うために首の骨を穿つ!

それは殺すよりもあるいは残酷な行為かもしれない。けれど、そうでもしないと相澤先生が死ぬ。

アイツラはまだ僕に気づいていない。だが気づけば今度は僕が標的になるだろう。それはいい。だが、その時に相澤先生はどうなるか。考えるまでもないし考えたくもない。

 

だから行った。

狙うのは脳無。穿つのは頸椎。

迷うことなく全力で槍を振るい、狙いどおりに頸椎を穿ち、脳無と言われていたヴィランはその手を止めた。

 

下手をしたら、いや下手をしなくとも死ぬかもしれないが、それでもこのまま先生を見殺しにするよりはいい。

そして先生を相手から奪い取るようにして抱えて、後退する。

 

「み、どりや……にげ、ろ」

 

声が、聞こえた。良かった。意識はある。重傷だけどまだ大丈夫だ。

四季だってもうすぐここに来るだろう。まずは彼に応急処置をしてもらい、リカバリーガールや医療施設へ届ければ命は助かる。

 

「すみません先生。その命令は聞けません。

脳無…脳ミソが出ているヴィランは今首の骨を穿ちました。後は二人です。

すぐに救援も来ます。それまでは時間くらい稼ぎますから、意識をしっかり保ってください。」

 

先生をそっと地面に下して、すぐに槍を構える。相手は転移の個性とまだ不明だが、命令を出していたことから主犯格の敵。油断していい相手じゃない。

 

だから、OFAも自分が使える上限いっぱい。約50%を維持している。

 

さっきの不意打ちと違って今度はあちらがこっちを認識している。転移がある以上、先生から離れすぎると先生を人質にとられるか、あるいは殺されるかもしれない。

 

うかつには、動けない。どうするか。幸い『蹴り穿つ微睡の槍』はもう一組ある。それを使うか。しかし一度見せたものが簡単に通じるかどうか。

 

そんなことを悠長に考えていたから、相手の、手を体中につけた敵が寒気のする笑みを浮かべたのに気付くのが遅れた。

 

「おいおい、最近の学生は怖いなぁ。いきなり首を刺すとかそれでもヒーロー志望か?」

 

「……殺してはいない。けど頸椎を砕いた。首から下はまともに動かせないよ。君たちもそろそろ投降したら? 他の場所に飛ばした生徒たちも、もう敵を倒しているだろうし、僕と一緒だった二人には応援を呼びに行ってもらった。もうすぐ増援も来る。投降するなら、これ以上罪は重くならない」

 

僕の返答の何が面白かったのか、手のヴィランは大声をあげて笑う。黒霧といっていたヴィランは沈黙を保ったまま。それだけ自分の力に自身がある、ということだろうか。それとも応援を呼びに行ってもらったという嘘がばれているのか。

 

「おいおい、笑わせてくれるなよ雄英。教えてやるよ。その脳無はな、対オールマイト用に改造された特別製だ。首の骨を折ったくらいで、やれると思ったのか?」

 

「…は?」

 

視線だけ、先ほど槍で穿って行動不能にしたはずの脳無に向けると何事もなかったかのように立ち上がっていた。立ち上がって、ただそれだけ。人形のように経っているだけだ。視線すらこちらに投げてはこない。

 

だけど、だからこそその異常性がわかった。『改造』『特別製』『対オールマイト用』、つまりはオールマイトを殺すために作られたモノで、あのオールマイトを殺せると判断できるだけの存在ということ。

そしてそれを裏付けるかのように、確実に折り砕いたはずの首の骨など関係ないとばかりに平然とした姿。正に化け物だ。

 

「驚いたか?そいつはあらゆる打撃を無効にする『ショック吸収』とあらゆる傷を即座に再生する『超再生』っていう二つの個性を持っているんだよ。それに、オールマイト級の力と速度。わかるかガキ? お前が倒したつもりのそいつはなぁ、平和の象徴を殺すための化け物なんだよ!お前みたいな雑魚キャラで、何秒持つかやってみろ! 殺せ脳無。標的は槍を持っているガキだ!」

 

次の瞬間、死ぬと体が理解した。

殺意とか悪意とか関係なく、あの脳無はただの暴力装置で言われたとおりこちらを殺しに一歩踏み出そうとしている。

 

ショック吸収…打撃は効果がない。超再生…半端な攻撃では止まらない。

 

僕が殺されれば、次は誰だ。相澤先生か。それとも、またここに来た生徒を殺すのか。

 

それを、許せるのか緑谷出久!!

 

もう呼吸一つしている暇はない。

答えは決まった。覚悟は昔に済ませている。

 

だからこそ

 

「刺し穿つ葬送の槍!!」

 

フルカウルの、否、『ワンフォーオール』の個性を右腕だけ最大出力にして繰り出す右の直突き。その切っ先は音速など遥かに超過し、捻りながら加えられた回転の余波でさえ、槍の周辺に鋼鉄をも粉砕する衝撃波を発生させる、今の僕に出せる最大の攻撃の一つ。

 

その切っ先の先にあったのは、穴。

 

それもただの穴じゃない。相手の心臓を狙った突きはその胴体を丸ごとなかったことにした。こちらに振りかぶっていた腕はどこかに飛んで行った。頭もこちらへ殴り掛かった勢いのまま後ろの湖へと落ちていった。

その場所に落ちた左腕と力のあまり地面に刺さった両足と、吹き飛ばされ、ミンチ以下になった赤い、赤黒い地面のシミが僕が為した結果の全てだった。

 

———命を絶った。

 

この手で殺した。

 

重い。

 

100%の個性を発現させた反動で折れた腕の痛みなど、この重さに比べれば気にすらならない。

 

体が、心が、重いのだ。

 

誰かの命を絶つというのは、これほどまでに重いのか。

たとえそれが、こちらを殺そうとしていた敵でも、こんなに吐き気がするものなのか。

 

「おいおい、どうしたヒーロー。震えているぞ?」

 

何故、こいつ等は仲間が倒された、いや殺されたのにへらへら笑っているのか。

何故、こいつ等はこんな吐き気しかでないような行動をあっさり行おうとするのか。

 

理解ができない。何だ。この男は。

 

「なんなんだお前は!仲間が、死んだんだぞ!それなのに、何をへらへら笑っているんだ!どうしてこんな気持ち悪いことを平然と『やれ』なんて言えるんだ!!」

 

「おいおい、自分で殺しておいてこっちに説教かよ。まぁいいさ。簡単だ。」

 

立ち上がって、大げさに手を天に広げるようにして、そいつは僕に言い放つ。

 

「価値観の相違ってやつだよヒーロー。お前は地面にいる虫が死んだときにもそんな風に怒るのか?この世界に60億以上いるモノを何体か減らそうが特に何も感じない。それだけのことだ。」

 

—————わけが、わからない。

 

そんな僕にところで逆に聞くぜヒーロー、なんて言葉が続いたが、コイツの言葉を聞いていると頭が痛くなる。

 

「お前等は何で命かけて、自分の知らない奴とか助けるんだ?そこにいる教師だってそうだ。まだお前入学して1週間そこらだろ?そんな奴らのために、どうしてお前は命を懸ける?」

「それが、僕の信念だからだ! 自分の心に決めた僕の確固たる『原点』!僕は『人』を救えるヒーローになる。目の前で理不尽に奪われる幸せを、日常を守るヒーローになると

そう決めた!そう決めて生きてきた!!だからそう生きるだけだ!」

 

「『信念』に『原点』かぁ。はっいいねぇ。いかにもヒーローらしい。ところでヒーロー?」

 

もう勝ったつもりか?

 

その一言と同時に、僕折れていた右腕ごと胴体を打ちぬかれた。

目まぐるしく変わる視界とまき散らす血反吐、そして何が起こったか打たれるまでわからなったという醜態をさらして、轟音と共に岩壁に激突した。

 

 

脳無。さきほど確かに胴体を貫き、四肢も頭も吹き飛んだはずの相手が何事もなかったかのように右腕を振りぬいた姿勢でそこに立っていた。

 

絶望はまだ死んではいなかったのだ。

 

 




さて、USJ編もそろそろ佳境です。

あと……2,3話はかかるんですよねコレ。

次は大体書いているので明日には投稿できるかもしれません。

今後もよろしくお願いします。


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第24話 ヴィラン強襲⑤

長かったUSJ編もあと1話、と後日談でおしまいです。

それからようやく体育祭編に進めます。

亀のような進行の遅さ、表現の拙さにも関わらず、読んでくださる皆さま、いつもありがとうございます。

それでは本編をどうぞ。


「俺を送るなら暴風、大雨ゾーンか火災ゾーンあたりが最適なはず。こんなところに飛ばされたところを見ると、生徒の個性の把握まではできてねぇってところか。」

 

黒い霧のワープで強制移動させられたのはそのどちらでもない土砂災害を再現したUSJの施設の一つ。おそらくは単純な力が強い異形型やここの環境を利用できる個性もちなどだろうが、正直言って問題なかった。

右の氷結でほとんどを氷漬けにして、氷に対して抵抗できるかもしれないと思った相手には左の炎を使って瞬時に対応した。左の炎はまだ使い慣れていない低温のコケ脅し程度のものだったが、それでも十分だったようだ。結果として殲滅までに30秒もかかっていない。

 

「オールマイトを殺す、なんてこと言うわりにはアンタたちは弱すぎる。本命はやっぱりさっきの広場にいた三人か?」

 

上半身まで凍らせて身動きが取れない敵から情報収集を試みる。

最もこんな程度の相手がどれほどの情報を与えられているかなどしれたものだろうが。

 

「あのオールマイトを殺せる、そんな幻想をアンタらに見せた根拠、殺害の策を教えてくれ。これは、交渉だ。できることなら俺もヴィランとはいえ、殺生は避けたい。だから、知っていることを話してくれ。」

 

 

 

 

 

そんな話をしながら、同じくそこに飛ばされたクラスメイト3名のウチ2名は何もすることなく、戦闘が終わったことに肩透かしと、そしてそれを行った轟にある種の畏敬を抱いた。

 

「いやマジで強ぇな轟」「戦闘訓練で見ていたとはいえ、実戦で見るとやはり違うな。正直頭一つは抜けている。」

 

砂藤力動、障子目蔵はヴィランの一人から情報収集を行っている轟を見てそう評す。

 

だが、もう一人ここに飛ばされたクラスメイト、爆豪は別だ。

 

———クソが!クソが!クソが!!何もする間もなく、終わっちまった。まただ。戦闘訓練に続いて、ここでも、またほとんど何もできてねぇ。

 

爆豪 勝己の個性は『爆破』。手からニトログリセリンに似た液体を出して爆発を起こす能力。だがそれは手汗のように手のひらから分泌されるものであり、特に彼は体があったまってくれば来るほど手汗も増え、持ち前のタフネスで体力も豊富なため、後半に伸びるスロースターターだ。

 

だが、今回は一緒にいたクラスメイトの方が敵との相性が良かった。

 

片方は自分の個性を十全に出せる場所で広範囲にも攻撃可能な万能タイプ。片方は腕を向けた方向に爆撃を放つため、敵味方が入り乱れた場合は使いにくい。だから、目の前の2、3人しかぶちのめせなかった。

 

その間に、轟はクラスメイトを識別し、その上で広範囲攻撃を放って瞬時に他の10数名を戦闘不能にして、情報収取する余裕まである。

 

それが、目の前のヴィランにしか意識が向かなかった自身と比較されているようで、爆豪勝己は既にキレかけていた。

 

———自分はいつも一番だった。ずっとそうだと思っていた。けれど中学ではあの留年野郎に負けた。それでも個性を使えば勝てると思っていた。けれど、高校で個性を使った戦闘を見て、勝てねぇなんて、思ってしまった。あまつさえ、無個性だったクソナードにすら負ける始末。これが、俺か?俺はこんなもんか?違う!違う! 俺は、こんなもんじゃねぇ!!

 

 

心中で渦巻くのは怒り。高校に入ってからの自身の戦果。その結果を否定したくとも否定できる材料がない。それに対する自分自身への怒り。そして、その相手への……

 

「どうやら、やっぱりあの広場の脳ミソ…脳無ってやつが一番やべぇみたいだ。俺はこれから広場に戻る。お前らはどうする? できれば他の所に散った奴らを助けてやってほしいんだが」

 

「ああ!?俺も広場に戻るに決まってんだろうが半々野郎!!」

 

「そうか。それなら砂藤たちは他の皆の救出を頼めるか?障子がいれば見つけやすいだろう?」

 

「あ、ああ、そうだな。俺たちは他の奴らと合流しとくぜ」

「ここからだと、倒壊ゾーンが近いな。そちらに行ってみよう。戦闘音がしているから誰かが戦っているはずだ」

 

障子の個性、『複製腕』は体の部位をその六本腕の4つの先で複製する能力がある。

その先を耳型にすることでこの範囲でも音が拾える。近接だけでなく索敵もこなす大柄な見かけによらず繊細さも兼ね備えた個性なのだ。

 

「なら、そっちは任せる。俺は…あのバケモンを何とかする。」

 

「俺がいれば何の問題もねぇわクソが!」

 

 

 

 

 

そうして、役者はセントラル広場に出揃う。

 

 

 

 

 

 

脳無に殴られ、岩壁に激突した僕は、それでも意識は失っていなかった。

ワンフォーオールの力はただ筋力を上げるだけじゃない。正しく使えば使用者の肉体に出力にあった頑強さが宿る。そうでないと音速超過の動きや自身の力に耐えきれないからだ。

 

ではなぜ、僕が100%を使うと体が壊れるのか。決まっている。その個性を100%使える器が出来上がっていないからだ。力のみ100%にできてもこの体には本来なかった個性。ならば使えば体が順応できずに壊れてしまうのは必定だ。

 

それでも50%ならば、体もそれに順応して頑強になっている。

なっている、はずなのに、一撃でこのダメージ。肋骨が何本かは確実に折れた。内臓もかなりダメージを負っているのだろう。頭の中が痛みのあまり、痛くなくなってきている。アドレナリンとかドーパミンとかだっけか。多分そういう痛みを感じさせないような働きが脳内で起こるくらいにはヤバいのだろう。

 

元より折れていた右腕はいい。ボディに直接拳がぶつけられていたらそれこそ肋骨と内臓まで持っていかれていたが、幸い折れて使い物にならなかった右腕がクッションになってくれた。ラッキーと、思うべきだ。

まだ、継戦可能という点においては、間違いなく幸運。

だが、どうする。

 

相手は胴体丸ごとなくしても再生してくるヴィラン。

その上、まだ二人、転移とリーダー格のヴィランがいる。

 

どうする?

 

「へぇ。凄いなぁお前。まだ生きてんのか。で、まださっきみたいに言えるのか?『信念』ってやつがさ」

 

———どうする、じゃない。そんなこと考える前に動け。動いて走りながら考えろ。

 

「オラぁ!!」

 

気合一閃、岩壁に埋もれた状態から脱出する。

ああ、こっち見て笑ってるなヴィラン。ならこっちも笑って答えてやるさ。

 

「僕は『人』を救えるヒーローになる。目の前で理不尽に奪われる幸せを、日常を守るヒーローになる。それが僕の、緑谷出久の信念だ!

——それで、僕は言ったが、君にはあるのか?信念とか原点とかそういう、限界超えても動けるようなモノがあるのか?」

 

ヴィラン、死柄木 弔と呼ばれたあの男はさっきまでこちらを楽しそうに見てゆがめていた顔を一変して無表情にして首をガリガリかきむしりだした。

 

よく見れば、顔や首に同じようにひっかいたような傷痕がある。あれは、癖?それとも強いストレスによる自傷行為、か?

 

「ああ、よくわかった。お前を見てムカつく理由。強いからとか邪魔とかじゃない。

お前、オールマイトに似てるんだな。戦い方も体格も違うのに、その笑み!その言いかた!その在り方!!全部が、お前の全部が!嫌いだ!!」

 

いきなり、ヒステリックに叫んできた。意趣返しのつもりだったのだけれど、効果が予想外すぎた。相手の精神が不安定すぎる。とても百人以上を率いるようなリーダーには見えない。癇癪を起す子どもみたいだ。

 

けど、なんだろう、深い、深い苦しい声が聞こえた気がした。

 

まるで、彼が内面を初めてさらけ出したときみたいな、そんな声が聞こえた気がした。

 

「死柄木 弔。あなたは、」

「そいつを、殺せ!脳ぉぉぉぉ無ぅぅぅぅ!!」

続けようとした言葉は紡げなかった。

 

そして死柄木に気を払っていた僕は、反応に遅れてしまって、

 

「何を、棒立ちになってるんだ出久!」

 

脳無の一撃を正面から受け止めた、僕のヒーローと

 

「今だ!」「わかってる!まかせろ!!」

 

動きが止まった一瞬を見逃さすに、ヴィランを首まで氷漬けにした轟君に救われた。

 

ついで、

 

「死ねやオラァ!!」

「っこの、子どもが!?」

 

黒霧と呼ばれた転移をもつ厄介な相手を組み伏せた爆豪が見えた。

それは、待っていた援軍の到着と形勢が逆転したことを意味していた。

 

 

 

 

オールマイトは弱っている。そこに全盛期のオールマイトでも殺せるクラスの人形を与えられ、黒霧とオマケ共を連れて嬉々として来てみれば、なんだよこの有様は。

 

オマケどもはいい。どうせ、ただの足止めか一人二人でも生徒を殺してくれれば上出来くらいに思っていた。だが問題は他だ。出入り口である黒霧は組み伏せられ、物理攻撃を無効化できない胴体を抑えられている。そして要の脳無は氷漬けにされて身動きが取れていない。

 

たった四人のヒーロー未満のガキに、追い詰めれている。

 

ああ———イラつくなぁ、さすが、ヒーローの卵だ。親鳥ども(ヒーローども)にそっくりだな!!

 

「何を遊んでいる脳無!!さっさとそこから抜け出して全員ぶち殺せ!!」

 

 

俺の叫びに応じて、脳無はやっと動き出した。

一瞬で氷を破壊し、対峙していた最初に吹き飛ばした白黒野郎を殴りつけ、ついで自分を凍らせた赤白野郎を防御に出した分厚い氷の上からもろともに吹っ飛ばした。

 

ああ、少しは気分が良くなったな。

 

「次は出入り口の確保だ。脳無」

 

言われて、すぐに黒霧の、正確にはその上にいる小僧へ突進した。小僧も手を爆発させて抵抗していたが、そんなものは脳無にはなんの意味もない。

 

そして目の前に現れた脳無の一撃で、とりあえずは一人は確実に殺せたか。

そんなことを思っていたときに限って、現れるのがこいつ等だ。

 

まるで害虫みたいに、しぶとい。

 

「いい加減、死んでろ緑谷出久!!」

 

 

 

 

 

 

「離せ!デク!俺はテメェに助けを求めた覚えはねぇ!!俺だけで十分だったんだ!」

「ああ、離すよ。僕が勝手に動いただけだ。そんなことより、アレを、脳無っていうヴィランを倒すことを考えよう」

「んだとコラ!!デクてめぇ!」

「いい加減にしろ、爆豪。今の状況がわからないほど馬鹿じゃねぇだろ。」

 

轟君の仲裁で、口論はとりあえずは収まった。

というか収まってもらわないと困る。邪魔でしかないなら四季に言ってでも眠らせてもらったほうがマシだ。

 

「出久、アイツには打撃が通用しないことと、オールマイト並みの力と速度があることしか知らない。ほかにも情報があるか?」

 

「『超再生』っていう個性を持ってる。さっき………切り札で胴体をまるごと槍で吹き飛ばしても何事もなかったみたいに再生してこられた。あとは四季が言ったとおり、『ショック吸収』の個性と馬鹿げた力と速度を持っていること。あの手だらけのヴィラン死柄木 弔のいうことしか聞かない、自分で考えて行動してないことくらい」

 

そう、切り札であるワンフォーオールの100%の自身の最大火力の一撃が、通用しなかった。

まともな方法で殺せるとは思えない。その上アレは身体能力ではここにいる誰よりも高い。情報が、時間がほしい。アレを倒すための時間が…。

 

そんなことを考えていた時に、こちらの考えを読んだように四季は軽い感じで声をかけてきた。

 

「了解した。ならまずは俺が100秒、あの化け物を抑えよう。その時間内でアレを倒す手段を考えて実行してくれ。頼めるか焦凍、爆豪、出久」

 

そういう無茶を軽く言ってくるものだから、少しだけこちらの焦りがなくなった。

ホントにまだまだ適わないな、四季には。

 

「わかった。じゃあ100秒、頼んだよ!!」

「任せろ」

 

そうだ。一人で何とかしようとしなくていい。ここにはさっきまではいなかった2人がいる。ならば、考えろ。あの脳無を倒す方法を。

100秒は僕たちは安全だ。少なくともあの脳無が来ることは絶対にないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

100秒、それは俺が生命力を活性化させる『夏』の個性の最高状態を維持できる限界時間。それを超過することはない。俺が使っている能力の基本は生命力。それは使えば使うほど枯渇していく。そして言わずもがな、その使う量が多ければ多いほど短時間しか使えない。

 

現在の彼岸 四季の生命力を全て使って全力戦闘行為を行える時間はたったの100秒。それが俺の個性の弱点でもある。

すなわち戦闘継続能力。

『春』という回復方法があるとはいえその間は無防備。また秋を使った武器作成などはまだ不安定。なおかつ回復能力があり、痛みも眠りもあるかどうかもわからない化け物相手に使えるはずもない。

 

だからこの脳無と正面切って戦うなら100秒間だけしかもたない全力戦闘しかない。

 

「『紅く目覚め、夏の太陽のように世界を焼け。灼熱の時は今。全ての命は闘争の中にしかない』」

 

生命力が外に溢れることはなく、しかし俺の体は焼けたように赤く、黒く、色がついていく。それは生命力の全てを体の中に内包した限界の肉体超活性。俺の個性『春夏秋冬』の増強型特性『夏』の最高出力。

 

ただしこちらはその状態をもってしても所詮は人の肉体。相手は衝撃吸収にダメージも回復する化け物。そしておそらく、いや間違いなく俺の最大出力ではオールマイト用に調整されたとかいう化け物には及ばない。

 

ならば刹那たりとも気を抜けば、一撃、一瞬でこの身は砕け散るのは必然。

 

ミスなど許されない。この命が終わるのはいい。だがこの命が終わった後に終わる人がいるのは許せない。あってはならない。

死んでもこの身を100秒持たせる。そうすれば出久たちが何とかするだろう。

 

もし、あの三人でまだ無理なら、俺がヤルだけだ

 

とはいえ、まずは100秒。オールマイト級相手の力と速度を持つ再生能力持ち相手に100秒、正面切って戦って時間を稼ぐ。

 

簡単だ。何故ならこの身はいつだってどこでだって生きているつもりで死んでいる。死ぬために息をしている。義姉とは似て非なる覚悟。それでいい。

 

何度も、何度でも言おう。

彼岸 四季はヒーローにふさわしい人間ではない。だからこれでいい。

 

「来いよ化け物、ここからは本物の化け物が相手をしてやる!」

 

 

 

 

 

 

 

それは、人の立ち入っていい領域じゃなかった。

 

台風のエネルギーを人型に集めたようなナニカが二つ、殴り合っている。

否、殴り合ってはいない。ただただ一方的に殴られている。裂かれている。えぐられている。切り裂かれ、蹂躙されている。

 

その余波だけで、この大型施設が震えている。一撃一撃の足の一振りが、俺の全力の爆撃をはるかにしのぐ圧を空気に与えている。腕の一振りが空気を切り裂いているのが立ち上る砂煙が切り開かれることで視認さえできる。

 

それを、ただの人ができるものか。できてたまるものか。

 

だが、現実はどうだ。ただ2個年上だけの人間が、はるか先にいるはずの英雄を、オールマイトを殺すために作られた化け物を圧倒している。たった二つの刃物とヘンテコな靴を履いただけのただの学生がだ。

 

それでも抉られた側から再生し、斬られた瞬間から生えてくる化け物は止まらない。

 

いや、真に化け物はどっちだ?少なくとも俺が視ている視界に映っている化け物は人型だ。

脳ミソをむきだしにした異形なんかじゃない。それを容易く屠っている人型の方がはるかに化け物だろうが。

 

ああ、クソが。なんでだ。なんで……届かねぇなんて、思ってんだオレは。

 

 

 

 

 

出力では劣る。圧倒的な身体的スペックの差。

だから何だというのか。

 

ただオールマイトに互角に殴り合えるだけの膂力があり、オールマイトの打撃に耐えられるショック吸収という個性があり、ダメージを負わせても回復するだけの、人形。

そんなちんけな代物で、英雄が殺せるとでも本当に思っているとしたならば、コイツを作ったのは大馬鹿だ。

 

人形に英雄は殺せない。

 

見ろ。お前など俺程度でも何とかなっている。

たかが100秒だけでも、お前は俺に抵抗できずにただ100秒間抉られ、蹴り散らかされる。

 

 

「なんでだ!?なんでだよ!?脳無はオールマイト用の怪物なんだぞ!!」

 

ヒステリック以外の感情を持ち合わせてないかのような手だらけの男、死柄木 弔は叫ぶ。

 

簡単なことだ。

力があっても技術がない。速さがあっても思考がない。殺す動作をしていてもそこに至る戦術がない。

 

だから、こうなる。

動く前の動作を消していない全弾大振りのバカを制するなんて、動いていない的に剣をつきたてるようなものだ。

 

あまりに容易い。あまりに稚拙。

 

素手なら確かに容易ではなかろう。正直俺だって防戦一方か、直ぐにやられていただろう。だがオールマイトが素手だからといって、他の奴らが獲物をもっていないとでも思ったのかこの馬鹿どもは。

 

この手に握られているのはナイフ二振り。刀身20cmの刃。八百万に作ってもらった刃。

この足につけられたのはミルコと同じ会社に頼んだ、しかしミルコとは違う形状、つまりはつま先などから刃を出すことができる俺仕様のギミックが仕込まれている。

 

殴るよりも斬るほうが息の根を止めやすいのが人間だ。

ならばそういう装備をもっている奴がいると考えなかったのか?

殺さずに倒すのがヒーローの原則だが、そんなことを律儀に守る奴ばかりではない。俺のような奴もいる。

 

だが、そもそもこの脳無とやらに少しでも技術や戦術を考える思考があれば、また結果は違っただろう。

戦闘技術、思考回路、相手を捉える捕縛武器、それら何か一つでもあれば、これほどの相手なら俺なんぞ一瞬でひき肉にできただろうに。

 

 

とはいえ、この一方的な攻防も残り50秒、それが俺の『夏』の個性の限界値。

そればかりはどうしたって超えられない。

 

さて、ヒーローの卵たちの答えあわせはどうなるか。

そして、この化け物の後ろで控えている奴らはどう動くか。

 

さぁ、残り30秒、気合を見せてくれよ将来のヒーロー達。

 

 

 




あと2話で現在のアンケートを締め切ります。

爆豪君は今のところキャラ変が有力ですが……そうなるとあれがこうなって…原作だいぶ改変して……出番事態は減りますが、でも変化はあるから許してくださいませ!!

それでは次回もよろしくお願いします。


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第25話 ヴィラン強襲⑥



あと、1話でUSJ編も終わるといったかもしれない。
けれど、実は1話では収まらなかったのです!

というわけで、まだ場面は全く進まず、けれど、この回をもって爆豪勝己の命運は皆さまの投票を参考に全く変わる運命をたどります。

というわけで思わせぶりなことを書いといて、ほぼほぼプロットができてしまっていて今からアンケート覆ったらどうしようとか慄いている私が、投降した。のでとりあえずどうぞ。


 

 

腕を振る前に起点となる肩を切る。

 

脚を動かす前に膝をくり貫く。

 

体を前に倒す前に首を裂く。

 

 

やっていることは単純だ。

この三つで大抵は足りる。

 

 

だというのに、この敵ときたら、

 

切られながらも腕を振りぬき、

脚を貫かれながらも前へ進み、

首がもぎながらも前進しようとしてくる。

 

全くなんて化け物だ。さすがは『対 平和の象徴』として作られたモノ。

 

流れは完全にこちらが掌握している。こちらの思い通りに動く人形になり果てている。

それにも関わらず、この化け物はそれを力技でねじ伏せようとしてくる。

 

全く、本当に厄介なものを作ってくれたものだ。

もっとも、前進を僅かなりとも許す理由は俺の方にもある。

 

視界に映る生命の生きる力を様々な形の『色彩』として見るという俺の基本能力。

それが、この脳無という相手とは最悪に相性が悪い。

 

俺は今、正直に言って吐きそうなほど気持ちが悪い。頭蓋と目じりの奥からトンカチでガンガン殴られているくらいには頭痛がする。

本来なら、こんなことはよほどのことがないと起きない。

 

これは目を覆わんばかりの、それこそ何千という個性の発動や何万の人込みの中か、救いようがないほどの死刑囚確定の極悪人を何度も見た時などに感じる痛み。あまりの『色彩』の多さに脳の処理が追い付かない、あるいはあまりの醜悪さに脳が処理したくないという拒絶が施す、これ以上見るなという本能的な廃絶の結果。

 

つまりは、酔うのだ。人混みに酔うように、悪酒に惑うように、妙な薬を使われた時のように、脳が十全に動こうとしてくれない。

 

つまりそれだけこの脳無という生命体が、命という形を人為的にぐちゃぐちゃにゆがめて作られた人の紛い物だと、俺の個性はそう訴えているわけだ。それこそ見るのもおぞましいような実験と研究という名の下の、非人道的行為によってのみ作られた壊れた命。

 

本当に、この脳無が名前どおり脳無しでいてくれて、助かった。

 

もし半端に意識があったならば、この命に助けてとでも願われていたら、俺はどうしていたかわからない。

おそらくは、その言葉通りに助けていただろう。その方法は、救いとは言い難いだろうが。

 

そんなことをしている間にあと20秒。

そろそろ、作戦を実行してくれないと不味いんだが、後ろではまだ言い争いが…あっ、出久が爆豪を殴ったな。個性抜きだけど、かなり本気で。

 

ホント、こっちが命がけて時間稼いでいるのに何してんだあの若造ども。

 

 

 

 

 

「つまり、あの状態は後一分も持たねぇ、てことだな緑谷」

「うん。あの状態は100秒限定の無敵状態みたいなもの。その後は常人以下かひどければ強制的に休眠状態になって回復するまで起きない。だから僕たちは一分後に四季が作る隙に、あの脳無を倒す……あるいは殺さないといけない」

 

情報のすり合わせをできるだけ短時間で終え、結論を出す。

殺さなければ、あるいはそれと同等の状態にしなければ脳無は止まらない。

それは、こちらの敗北を、ひいてはこのゾーンにいるクラスメイトや先生たちの命が危ういことを意味している。

 

だからこそ、僕たちでやらないといけない。

 

「策はあるか?俺の氷結もあっさり破られた。拘束は多分無理だぞ」

 

轟君の言葉どおり、ただの拘束では意味がない。単純な力で破られる。

 

周りを見れば相澤先生の捕縛布も散らばっている。おそらくは先生も応戦し、捕縛布を使って雁字搦めにしたのだろう。それでもそれが散らばっているということは、つまり特殊合金を含んだプロの捕縛武器をもってしても、そして轟君の氷結でも拘束はできないということ。

 

ならば、どうする。相手は衝撃を吸収し、ダメージが通っても即座に回復する化け物。

………いや、答えなど決まっている。

捕縛は、僕たちでは不可能だ。でも止めるならば、誰かの命を取りこぼさないためならば、やるしかないのだ。そう決めたはずだろう緑谷出久。

 

「拘束、捕縛はほぼ不可能。なら、僕たちができるのは倒す。……ううん、違うね。言葉遊びで逃げるのは止めよう。僕たちは全力で、あのヴィランを殺す。それしか、道はない」

 

そう、先ほど僕がした覚悟。

人を救うために、人を殺す覚悟。

 

それを前提に、三人で行動するしか、あの敵たちを止める術はない。

そうただでさえ、後二人主犯格のヴィランが残っているんだ。あの二人がいつまでもこの状況を静観しているとは限らない。

 

だから、四季が抑えていてくれているこの100秒の間で、相手が次の行動を起こすこの間にしか、僕たちに勝機はない。

 

「……ああ、そうだな。それしかねぇ。俺の左も、右も、全力で使う。」

「ありがとう、轟君。作戦は簡単だ。僕が初撃でアレを地面に縫い付ける。

轟君にはその瞬間に最高速であの化け物を凍らせてほしい。そこで、爆豪に全力爆撃で氷ごと相手を粉々にした後に、更に轟君に破片を焼いてもらうか、凍らせてもらえば再生もできないと思う。」

「オーバーキル、とは言えねぇな。あの様子を見れば」

 

轟君が向けた視線の先は、四季が目に追えないほどの高速で脳無の体中を切り裂いて、いや、正確には肩や膝、首とか、だろうけれど、一方的に切りつけている光景がある。

 

一件スプラッタホラーの一幕だ。目にするのも気持ち悪い、吐き気を催す光景だ。

どれほど常識外れた速度で、どれほど桁外れた力で、どれほど埒外の技術で行われていようとそれは一言でいえば、殺し合いの真っただ中。

親友が自分の命を削りながら、誰かの命を取ろうとしている光景を見たいと思うほど、僕の心は壊れていない。けれどこの光景で見るのは別にある。

当然それは目下の最大の敵、脳無だ。

 

四季の攻撃はナイフなどによる斬撃。ショック吸収の個性はその真価を発現できずに切り裂かれる。しかしそれはダメージにはならない。ただの時間稼ぎだ。逆再生もかくやというほどのスピードで再生する体はそれだけで生理的に受け付けづらい。それが一撃受ければ即死につながる膂力をもつ敵だというだけで、既に悪夢だ。

 

相性にもよるが、ヒーロービルボードチャートJPに乗るようなヒーローや武闘派のヒーロー達でも太刀打ちできるのは何人いるか、というそんなレベルの敵。

 

たかがヒーロー科に入ったばかりの一年生が相手をできるレベルではない。

けれど、やらなければならない。

 

命は重いのだ。先ほど痛感した。

命を重さを、殺すことに悍ましさを。

 

それでも、

敵は倒す、仲間は守る、両方をこなさなければならない。

それが、ヒーローだと、胸を張っていえるように。

 

たとえ、その裏でヴィランという『人』を殺すことになろうとも。

 

「轟君、僕らがやろうとしていることは人助け、ヒーロー活動。その名の中に隠れた人殺しだ。あれが改造人間でも、元は人だったはず。それを殺すんだ。きっと、この選択をずっと後悔するかもしれない。それでも、付き合ってくれる?」

 

こちらの意図を、あのヴィランは僕らの力では殺さないと止められないということを理解してくれたのだろう。

顔が一瞬強張ったが、それも、次の瞬間両端に現れた冷気と熱気と、強い瞳で返された。

 

「ヒーローってのは綺麗なだけなもんじゃねぇ。わかっているよ緑谷。

それでも、俺はなるって決めたんだ。自分が目指したヒーローに。ここで逃げたら俺達も、相澤先生も、皆も死ぬ。なら逃げる選択肢はねぇ。付き合うぞお前の策に」

 

心強い。入学してからまだ一週間だというのに、命がけの策に乗ってくれる、その意気、さすがはヒーロー科。ううん、さすが、轟 焦凍、というべきだよね。

 

「ありがとう。それで爆豪、不満はあるだろうけど、今は協力して……爆豪?」

 

そして、そこで漸く僕は見た。

いつも勝気だった幼馴染。ヒーローを目指すと言いながら、やっていることはヴィラン予備軍と大差ない、その癖やけにみみっちいところがある、緑谷出久の最初の壁。

天に愛された者。あらゆる才能において僕を、他の皆を上回った天才が四季と脳無の戦いを見て、その矮小な、しかし彼を支え続けた確かな誇りが崩れかける様だった。

 

 

 

 

初めてケンカで負けたのは、小学校6年の頃だった。

個性『爆破』が発現し、自分の知能も、身体能力も、個性もが周りの誰よりも凄いと褒められた。凄いと言われて、みんなが俺の後ろをついてきた。皆が俺を認めた。

 

けれど、そんな小さなお山の大将は、たかが二つ上のガキに正面から潰された。

勉強はほとんど互角だが、相手が上の順位が多かった。

身体能力は個性抜きなら、アイツの方が上回った。

ケンカでは、何度挑もうが一度たりとも勝ったことがない。

 

それでも、それは個性抜きの話だ。

個性が、この爆破の個性と俺の天才と呼ばれた才能があれば、あの野郎なんて敵じゃねぇ。

オールマイトにも、いずれあの憧れたヒーローでさえも追い越してみせる。

 

そう言ったのは、いつが最後だったか。

 

 

雄英高校の入試では、あの野郎はおろか、デクにさえ負けていた。

個性把握テストでは、デクにも半分野郎にも、作る奴にさえ負けた。

戦闘訓練では、何が何だかわからないうちに、瞬殺された。

 

いつからだ。

俺が、『勝つ』と言えなくなったのは。

 

いつからだ。

俺が、俺自身を信じられなくなったのは。

 

ああ、少なくとも今だ。今、俺は認めちまった。

あの脳無には勝てねぇ。

そして、なにより、その相手を正面切って戦って勝ち続けているあの野郎に、彼岸 四季に勝てねぇと諦めちまった。

 

一度認めてしまえば、崩れ落ちるのは簡単だった。

 

わかっていたからだ。本当は自分がどれだけ薄っぺらなのか。

どれだけ虚勢を張り続けるだけのガキだったのか。

 

負けたからじゃねぇ。勝てなかったからじゃねぇ。

 

あいつ等が、彼岸が、デクが、俺を見なくなった時から、見る必要もなくなった時から……違う。

俺は、路傍の石コロとしか見られなかったアイツ等が、俺の小さな世界に入れるような奴じゃねぇと、認めてしまったときから、負けていたんだ。

 

力で、技で、心で、器で、ケンカで、速度で、個性で、人間性で、生き方で、俺はあいつ等に及ばねぇと認めてしまった。

 

なんて、惨め。なんて無様。

 

爆豪勝己は、それくらいの奴だったんだと、俺はこの時初めて、本当の負けを認めた。

 

そして、俺の届かない領域でやりあっている留年野郎、彼岸四季の前で、俺はとうとう膝さえ折ろうとして、

 

 

「戦闘中に、何を呆けているんだ馬鹿野郎!!」

 

 

世界で最も聞きなれたクソナードの言葉と、拳が頭に響いた。

 

 

 

 

 

むしゃくしゃして殴った。

理由はそれだけだ。特に弁明もない。

 

ただ邪魔だった。イラついた。馬鹿かと思った。馬鹿だと断じた。

だから殴った。何故ならかっちゃんは馬鹿は馬鹿でも頭のいい馬鹿だ。

 

この状況の整理ができていないとは言わせない。この状況の危うさがわかっていないとはいわせない。なのに、この馬鹿幼馴染もどきのいじめっ子野郎ときたら、この後に及んでまで自分のプライドなんかで動きを止めている!

 

 

「クソ馬鹿野郎かお前は!! 人の命が掛かった場所で! 命がけで戦わなければいけない場所で! 自分のくっだらないプライドなんて気にして死ぬのをただ待っているだけのヒーローがいるか!!」

 

 

ああ、そうだ。たとえ性根が屑に近かろうが、いじめっ子だろうが、この馬鹿は才能に恵まれ、何よりヒーローを目指したはずのバカだったはずだ。

 

それが、なんだその無様さは。それがヒーローの姿か。オールマイトの勝つ姿に憧れ、勝つということに固執した、僕の憧れだった男の姿か!!

 

「ふざけんなバカ野郎! ここは、戦いの場だ。テレビの先のヒーローが活躍する場所じゃない!僕たちが、ヒーローにならなきゃ皆が死ぬ戦場だ!そんなところで、無様に負けを認めて這いつくばるのが、君の目指したヒーローなのか!?

答えろ!!答えろよ!かっちゃん!!」

 

 

 

 

 

嗚呼、クソが。本当にこのクソナードの声は、拳は、眼は、俺の頭に響きやがる。

 

 

 






はい。というわけで、言い訳タイムを少しください。

実はこの場面はさくっと終わって次の体育祭編が爆豪をはじめ、何人かの分岐点になる予定でした。

けれどまぁ話がまとめきれず、この有様です。

次回、USJ編完結。その後日常回と、ちょっとした?原作改変、とかなにやら入ります。

ナマケモノの木登りのような進行で申し訳ありません。
今後も付き合ってやるよという心の広い方は、最後まで書ききりますのでどうかお付き合いいただければ幸いです。


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第26話 ヴィラン強襲 幕引き あるいは幕開け

これにてUSJ編、ようやく決着。


次回は幕間、あるいはその後の日常編です。

長かった……。


いつからか、俺達の、爆豪 勝己と緑谷 出久の関係性は変わった。

いや変わったのはデクだけだ。変わった性格、変わっていく体つき、俺の呼ぶ言葉、俺を見る目。アイツの視界に映る対象も変わっていた。

 

だがアイツの視界にもう俺はいねぇ。その事実に、安心したのはどうしてだ。

決まっている。俺が、デクを嫌う理由だった、二つを見なくてよくなったからだ。

今でこそわかる、俺がアイツをどうしても受け入れられなかった理由。

それは『強さの質の違い』と『気持ち悪さ』だ。

 

俺が目指したヒーローは………オールマイトだ。オールマイトが勝つところだ。

何が何でも勝つ、それに憧れた。

 

勝たなきゃ何の意味もねぇ。

勝たないってことは負けることだ。敗者に何も言えることはねぇんだ。

勝者だけがこの世で発言できる。この世を制するのはいつだって、どこでだって勝者だけだ。

 

だからこそ、ヒーローの勝者の象徴に憧れた。

あの人のように誰にでも勝てるようなヒーローを目指していた。

 

だが、現実はどうだ。

 

留年野郎……彼岸四季は一度だってまともに勝てたことはない。

緑谷出久、あのクソナードにも先日負けた。負けて、しまった。

 

そればかりか、昨年も、そして今も、一瞬とはいえ、敵から助けられた。

助けられたんだ。俺が! 勝つために鍛えてきた。勉強も運動も個性も伸ばしてきたはずの俺が、あの道端の石コロに助けられた。

 

これ以上の屈辱はねぇ。

 

そう、思っていた。そう思うことで俺は、自分の弱さを認めることをしなかった。

 

 

だが知っていたんだ。

彼岸 四季が、俺よりも強いことを。

緑谷 出久が、俺よりも強い彼岸を目標にしたことを。

 

そして、あの二人が個性抜きならいつの間にか自分よりも一歩先にいることを知った。それでも個性ありならと思った雄英試験でも、戦闘訓練でも、負けた。

それで、俺の中の『強さ』で固めた誇りは塵になった。

 

 

もう一つのデクを嫌う理由。どうしても受け入れられない『気持ち悪さ』

 

ガキだった俺はそれがわからなかった。

でも、今ははっきりわかる。

デクも、あの半分野郎も、そしてあの留年野郎も、自分の命よりも誰かを優先している。そしてそれが当たり前だと、こんな生きるか死ぬかの場面であっても、日常のほんの小さな場所であっても『自分』より『他人』を優先しやがる。

 

あり得ねぇ。

自分の命よりも大切なものがあるなんてのは、ただの幻想だ。人は自分よりも大切なものを作らねぇ。作ったとしてもいざって時はそれを見捨てる。それが当たり前だ。生物として、それが当たり前の行動だ。

 

それをアイツらは、あのデクは、緑谷出久はしない。

助けると決めたときには、既に体が動いてやがる。その時に自分が死ぬ可能性も助けられるかどうかも関係ない。ただただ助ける。それだけに自分の全部をつぎ込む。

 

おかしい。頭のネジが外れているとかそういう次元じゃねぇ。

生物としての在り方が、気持ち悪いほどに俺と乖離している。

 

そしてそれは、デクが俺よりも………強くなる前も、後も、誰かを助けるために何でもするっていうスタンスを、考えを、原点を変えていない。

 

それが、気持ち悪かった。自分とはまるで違う生物に見えた。

ただ、それは、認めなくなかったからだ。

 

わかってんだ。俺は頭がわりぃクソ阿呆じゃねぇ。

 

その考えこそが、俺が憧れたナンバーワンヒーローのそれに一番近い、ヒーローの根源だって、理解してんだ。

自分の命よりも、赤の他人の命のために自分の全てをかけられる。狂気の沙汰だ。常人の考えじゃねぇ。

けど、それが俺が憧れたヒーローの本質で、それを昔から持っていたのが、他の全てを持っていた俺が唯一気持ち悪いと切り捨てたものを持っていたのが、クソデク、緑谷出久だったってだけの話なんだ。

 

なら、ヒーローとして、本当に大事な何かをもっていたのは、俺とデク、どちらだったのか。

 

『強さ』で、留年野郎に負け、『気持ち悪さ』……ヒーローの『資質』でデクに負けた。

 

そんなことを考えてしまったから、俺はもう立てなくなろうとした。

立とうとしなくなった。だって俺は、アイツ等どころか、その他の端役といった奴らにすら負けるようなちっぽけな人間だったんだから。

 

 

そんな俺を、あのクソナードは容赦なく、殴りつけた

 

「ふざけんなバカ野郎! ここは、戦いの場だ。テレビの先のヒーローが活躍する場所じゃない!僕たちが、ヒーローにならなきゃ皆が死ぬ戦場だ!そんなところで、無様に負けを認めて這いつくばるのが、君の目指したヒーローなのか!?

答えろ!!答えろよ!かっちゃん!!

 

 

そんな言葉と一緒に来たのは拳だった。

 

いつの間にか俺よりも一回りデカくなった手。

傷つき、分厚く、ごつごつとしたソレ。俺と大して変わらない身長なのに、俺よりも重い、筋肉を引き締めて作ったような体。そして、昔と変わらない、いや昔よりもなお強くなった、誰かだけを助けるためにだけ生きているような、理解できない瞳。

 

殴られた頬がイテェ。個性は出してなくてもあの分厚い拳で、あのクソ力で殴られれば、当然のように体が一瞬宙に浮いて俺は倒れた。あのクソナードが……。

 

なんだよその眼は。その眼を俺に向けんじゃねぇ。

 

俺が、俺が目指したのは、勝つヒーローだ。

何事においても勝つヒーロー。

 

だから、今の俺はヒーローのとしては、ただの、ただのモブで………いられるはずが、ねぇだろうが!!

 

 

「ふざけんな!クソナードが!!誰が無様に負けを認めた!?

こっちはテメェ等がこそこそしている間にあの脳ミソをブッコロス手段を考えていただけだ!!テメェ等こそ、こそこそしてあの留年野郎に稼いでもらった時間に見合う策は思い浮かでんだろうな!!」

 

叫べ。虚勢を張れ!それでも今はいい!

折れるような軟な考えは捨てろ。負けるかもしれねぇ、なんて考えるな。いつだって勝てると思って進め!それが、俺だ。爆豪 勝己だろうが、クソが!!

爆豪 勝己は負けない、勝つヒーローになる!!

いかなる状況においても勝つヒーローになるって、今、俺が決めたんだよ!!

 

 

 

それでいい。それがいい。

かっちゃんは、爆豪 勝己はいつだって勝つ気でいなければならない。

それが、爆豪というヒーローが幼いころから抱いたヒーロー像で、今もこれからも抱いていくヒーローの在り方なんだから。

 

 

ヒーローの定義なんて、本当は決まっていないんだ。

当たり前のことだ。正義と悪が時代と立場と信じるものによって変わるように、ヒーローも、英雄も全て認識一つで変わるものだ。

 

幼い頃にオールマイトだけがヒーローであったように。

個性がないとわかった時に、自分に持ってないものを全てもつ彼がヒーローであったように。

個性ではなく、その在り方、その意志、生き様、死にざま、人生にこそヒーローの在り方がわかると教えてくれた彼のように。

 

今の僕が思い描くヒーロー像のように、君は君が描くヒーローになればいい。

 

 

「当たり前だよ!作戦はできてる。あとは君がついてこられるかどうかだ」

「ナメンなクソナード!お前らが俺についてこいや!」

「……お前等、ホントに頼むぞ。あと10秒で時間だからな」

 

 

そうして、人生初めての、そして遠い未来に何度も即席チームを組むことになる、三人の初めてのヴィラン戦闘が開始した。

 

 

 

現在の戦闘能力を維持できる限界活動時間まで残り10秒を切る、そんな時に出久から合図が来た。合図は簡単。俺を「四季」ではなく「彼岸」と呼ぶこと。

彼岸という俺の姓の語源は一説では煩悩を脱して悟りの境地に達した者だけ至れる場所のことを『彼岸』と言われているそうだが、この状況、俺達二人にとっては戦場においては互いに視認やアイコンタクトがとれる余裕がない時の単なる『作戦準備完了』の合図でしかない。

 

つまり、この状況を脱する算段がついたということだ。ナイフを持つ右手で切りつけながら、相手に見えないように一瞬だけ左手のナイフを親指と人差し指だけでもち、他の指を伸ばす。ナイフがなければただのOKサイン、わかりやすい意思伝達手段だ。

これで場は整った。ならば、俺がやるのは最後の嫌がらせと、後方支援を途絶えさせること。

 

だから、それまでの単調で、しかしだからこそ誰も付け入る隙がなかった超高速単純戦闘を切り替えて、拳を避けると同時に脚をできるだけ深く、数瞬で何度も切り裂き、脳無を宙に一瞬浮かす。

 

直ぐに再生を始めるだろうが、それでも十分な隙になるだろう。

 

そして俺はそのままこれまで一歩も引くことができなかった脳無を無視して、残る主犯格、死柄木 弔と黒霧へと走る。速度はもはや夏の特性が切れたように幾分緩やかに、肌の色も普段と同じに変わっているだろう。

 

それを見れば、俺が脳無の相手が限界になり一発逆転を狙って主犯格の二人を制しようとしていると相手に誤認させることができるかもしれない、という姑息な時間稼ぎと意識をこちらに向けるだけの行動だ。

 

しかし、それだけで十分だ。

 

約90秒、1分半もの時間をあの大きなヒーローの卵たちに与えれば、その間にアイデアを、覚悟を、連携をもってして、一瞬でもヒーローのような大きな翼を見せてくれるだろうから。

 

俺はなんの心配もなく、この戦いの最後の仕上げを邪魔させないために走り出した。

 

背後に響く轟音に、振り返ることなく笑いながら。

 

 

 

姿勢をわざわざ崩してくれた四季に内心お礼を言いながら、僕は上空で槍を構えた。

持つのは当然左手。利き腕である右手は先の戦闘で100%の一刺しで使い物にならないからだ。

それでも、この一撃は必中の自身がある。

片手が動かなくとも、利き腕でなくとも、それくらいはできるように鍛錬してきた。

だからこそ、この一投は外さない。

 

相手を貫き、地面に縫い留める高所からの投擲。

 

コツは三つ。

1つ目は超単距離で最高速度に乗る踏み込み。走る勢いを槍に乗せるのは投擲の基本だ。

2つ目は従来の陸上競技や古代兵の投擲にもあり得なかった跳躍の際の体幹。跳躍しながらモノを投げるのは脚が地面から離れる時点でせっかくの踏み込んだ勢いを殺しかねない愚行だ。だから誰もやらないし、意味がない。だけど、それを無駄にしないための体幹バランス、腰の捻りから肩へ全部の力を乗せる力の完全制御が必要不可欠。なければ手の力だけで投げるような投擲とすらよべないものになる。

3つ目、これは単純だ。オールマイトが教えてくれた。ここぞというときに、力を出し切るために、心を決めて叫ぶのだ。

 

打ち砕く飛翔の槍(スマッシュ オブ スピア)!!」

 

50%、体が許す限界ギリギリで放つ飛翔する槍は、空気の壁を突破する速度で相手の心臓を貫き、そして深々と地面に刺さる。

 

それとほぼ、同時、既に先行していた氷結の波が、縫い留めれた脳無が槍に触れようとするよりも早く、地面から津波のようにその全身を襲う。いや覆うだけに留まらず、天に昇らんとするほどの大氷結をもって脳無の動きを完全に止めていた。

 

「緑谷風に名付けるなら、穿天氷壁、ってところか。あとは任せたぞ爆豪!!」

 

「わかっとるわ!クソが!!」

 

 

僕よりも更に上空、ほとんど真上から急降下してくるのは爆発のエネルギーを推進力に変えて、更に回転しながら標的に飛び込んでいく爆豪。

その遠心力と爆速でつけた落下のスピードでつけた速度のままに、右手を開き、更に手についている手榴弾型のサポートアイテムの安全ピンに左手をかけていた。最大速度に最大威力の爆発、それに加えてサポートアイテムを使用することで爆発の指向性と威力を高めてゼロ距離で放つ大技。

 

榴弾砲着弾・砲撃(ハウザーインパクト・カノン)!!」

 

本日最大の爆破が対象の脳無を粉々に破壊した。

 

1人では成しえなかった脳無の撃破。

3人のチームアップと1人の時間稼ぎで漸く、それは為されたのだった。

 

 

 

 

後ろからの爆風を受けて、更に加速する。

もうあと数歩でたどり着く位置まできた死柄木 弔の表情で、後ろで何が起こったか、よくわかる。脳無を倒したのだろう。あの3人が。

 

後は、この二人を倒して終いだ。

もはや肉体活性も限界が近い。一瞬、一撃で意識を刈り取る!

 

 

「脳無が!なんだなんだよお前等!?」

「死柄木 弔、早くこちらへ。逃げますよ」

 

黒霧はいち早く俺への対処をしようとしてワープゲートとなる黒い霧の塊を出しているが、もう遅い。俺の蹴りの方が早く届く!

 

そう、確信した瞬間に霧の向こうから腕が見えた。

 

同時に、先ほどの脳無が可愛く見えるほどの、全ての色を混ぜて溶かして煮詰めたような、形容しがたい『色彩』も。

 

「『空気を押しだす』+『膂力増強』×3、吹き飛ぶがいい。枯葉のように」

 

脚を死柄木に振り下ろす直前に、ナニカが、いや空気の塊が腹を直撃する。

感じられたのはそこまでだ。

そこから先はよくわからないほどの速度で、出久たちがいた場所を通り過ぎ、岩壁まで一直線にこの身を弾き飛ばされた。

 

————不味い。アレは、ダメだ。本当にどうにもならない。出久を、皆を逃がさなければ。

 

「せ、先生……」

「やぁ、弔。今回の作戦は失敗みたいだね。でも大丈夫さ。次に活かせばいい。

今回の敗北を糧にすれば、君はもっと伸びる。」

 

嫌な声だった。本当に声なのかも疑わしい。聞くだけで耳が脳がイカレそうな、感情が籠っているようで何もないような音だった。

 

そして、それは来た。

黒い霧の向こうから。

ヘルメットにたくさんの管をつけた、スーツを着た男。

 

死ぬ。間違いなく、アレを相手にすれば全員死ぬ。

 

直感だ。今受けた個性のダメージだけではない。俺の個性で見た『色彩』の醜さでもない。

一人の生物として、アレに関わらせれば、この場所に、この学校にいる全員が死ぬと感じている。

 

「四季!!しっかり、しっかりして!僕がわかる!?意識を保って!すぐに止血するから」

 

出久の声が聞こえる。あの化物の重圧の中で、それでも俺の身を心配して俺の前に立っている。

逃げろ、とは言っても無駄だろう。出久は、緑谷 出久はそういう男だ。

 

だから、俺がやらないといけない。

アレはこの場の誰よりも強い。誰よりも醜い。誰よりも、冒涜的な何かだ。

 

死ぬのは、怖くない。死は隣人だから。

だから、あの化物と呼んでいいかもわからない生物の相手もできる。

緑谷出久を、轟焦凍を、ついでに爆豪のバカも、アレに殺させるなんて真っ平だ。

 

「『生まれた、瞬間に、既に……』」

 

個性を、発動させる。

『春夏秋冬』最後にして、最低の能力。

始まりにして、終わった能力。

使いたくはない、使われたくはない。

けれど、そうしないと友一人守れないというならば!

 

 

そこまで、考えた時に、大音響を伴って、USJの扉が打ち開かれた。

 

それは、歩くだけで、そこにいるだけで、その場にいるヒーローの卵たちに安心を与える。

 

「もう、大丈夫!!何故なら、私が来た!!!」

 

『平和の象徴』、オールマイト。

 

「これは、これは、久しぶりに聞いた声だねオールマイト」

 

「っ!!?きさ、まは!」

 

「悪いが、今日はここまでだ。またいずれ、君を」

 

瞬間、刹那もなかった間に台詞は遮られた。

 

途方もない衝撃が、広場を、このUSJそのものを震わせた。

 

それは、俺達の動体視力を超えた速度でオールマイトがあの管だらけの化け物に、拳を打ち込もうとして、あの化物はおそらくは先ほど俺を吹き飛ばしたものの何倍もの威力の衝撃波をもって迎え撃った、その余波だった。

 

余波だけで、この広い施設の全てを震わせた。

ここにいる互い以外の全てを震わせた。

 

 

(次元が、ちがう)

(これが、プロの、ナンバーワンの本気)

(オールマイトの一撃を、相殺した!?なんなんだあのヴィランは!?)

 

一瞬の状況変化に生徒たちは反応できない。

最前線に立つ、その背中があまりに遠い。

そしてその先にいる敵も。

 

どちらも今の自分たちでは立ち入れない領域にいると、ただの一撃。たった一つの攻防。

それだけで、そこにいた俺を含めた全てのヒーローの卵たちが悟らせられたのだ。

 

 

「危ない、危ない。しかし良いのかいオールマイト?

ここでやりあえば、周りの生徒は死ぬよ?

 

「っ」

 

一瞬の躊躇。

それを作るための虚言。

ここでやりあう気などさらさらなかったのだろう。

 

その一瞬で、黒霧と死柄木を回収して、黒い霧の中に入っていく。

 

「次は、殺すよ、平和の象徴」

「オールマイト、お前も、お前の生徒たちも、大嫌いだ!殺してやる」

 

 

そうして、最後の捨て台詞と共に、脅威は去った。

 

 

緑谷 出久と、死柄木 弔、そして彼岸 四季が初めて一堂に会した、最初の戦い。

 

 

後にUSJ事件と言われ、後の大事件の始まりと言われる、これが長い闘いの始まりだった。

 

 

 

 

 

 




今回も読んでくださった皆様に深い感謝を申し上げます。
いつもありがとうございます。


爆豪君のアンケートもこの回までとします。
たくさんの投票ありがとうございました。

ご期待に添えるものかはわかりませんが、少しキャラが違う、あるいは立場が違ってkる、かもしれません。

それでは、よろしければまた次回。


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第27話 日常に戻る、その前に

今回は幕間みたいなものです。

原作とはわずかに変わっていることもあります。

この段階で既にオールマイトがAFO生存を知ったこと。
オールマイトの活動時間は脳無の相手をしてないので縮んでおらず、主人公の力で活動時間も長くできることなど些細な違いも含めて、今後も少しずつ原作と乖離していくところはあると思います。

そしていつの間にかお気に入り登録200件超えてました!!
皆さま、本当にありがとうございます。


日本最高峰のヒーロー養成科を持つ雄英高校に対しての集団ヴィラン、彼らの言い分をそのまま使うならヴィラン連合による襲撃事件は、重傷者4名、そのほか多少差はあれども生徒はほとんどが軽傷程度で済んでいる。

 

生徒で重傷と呼べるのは右腕が完全骨折している緑谷出久と、左肩、および肋骨の数か所骨折、及び内臓にダメージを受け、なおかつその状態で相手の対平和の象徴とされたヴィランと直接戦闘を行った後に、イレイザーヘッド、および13号に個性を使用した応急処置を行って意識を失った彼岸四季の2名だ。幼馴染の緑谷出久の情報提供では自分の生命力を他に分け与えることにより、どんな重傷者でも治癒を期待できるが、その代わりに己への負担が大きく、使いすぎれば命の危機を生存本能が感じ取り、今回のように自動的に休眠状態に入るらしい。つまりはある意味一番の重傷者は彼だと言えるだろう。

 

彼の次に重傷者であったイレイザーヘッドは上記した彼岸四季の個性の特性の一つ『春』の治療によって、幸い後遺症もなく、数日の医療系の個性もちの治療で回復する予定である。13号に関してももう少し時間はかかるが体に傷跡が残るようなことはないそうだ。

 

そして、連中の中枢であった脳無と呼ばれる敵は緑谷出久、爆豪勝己、轟 焦凍の三名が倒し、首謀者と思われた死柄木 弔と言われた青年と転移の個性をもつ厄介な黒霧というヴィランは、逃がした。

いや、逃がされた。それも最悪の相手がバックにいることがわかった。

 

オールフォーワン。

 

かつて、平和の象徴と言われた全盛期のオールマイトをして死力を賭して、それこそその戦闘の後遺症で内臓の多くがまともに機能しなくなり、今では個性なしではガリガリの骨と皮だけにしか見えないほどに憔悴するほどの死闘の末に討ち取った、ものと思われていた超大物のヴィラン。それこそ世紀単位で生きていた化け物だ。多くの犠牲を払って倒されたはずの、忌まわしい過去の象徴。

 

それが、生きていた。

たとえ相手も相応の手傷を負っていたとしても、それでも裏社会では伝説として語られるほどの、教科書には間違っても乗せてはいけないと判断されるほどのヴィランの頂点が、生き残っていた。

 

 

これを最悪の情報ととるか、本格的に奴が動く前にわかったことを喜ぶべきか、いや、あるいは、自分ではなく自分の手ごまにオールマイトを殺させようとした時点で、奴自身も弱っている可能性もある。それを含めれば……今回の事件は良くも悪くもトントン、というところか。

 

そのあたりをぼかしながら、報告書を書き終えた警官塚内 直正は一息ついた。

友人であり、平和の象徴と言われた彼が務めることになった国立雄英高校。

 

第一報を聞いたときは彼がいるから、などと楽観していたが、蓋を開ければここ数年で一番の厄介事だった。

 

「この先、どうなるか…」

 

一抹の不安がよぎる。友人、オールマイトも依然と違い万全とは言い難い。

そこに来て、あの魔王ともいえる化け物ヴィランの復活。

 

まだ、これから先の未来は誰も知らないし、わからない。

 

 

そう、例えば未来視の類のような個性持ち以外には、誰もこの時はこの後の参事など想像もしていなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入院生活とは基本、暇である。

 

むしろ暇でなくてはならない、まである。何故なら入院しているということは検査などを除外すれば、安静を強要されなければないほどのケガや病気を患っているということに他ならないからだ。

 

つまり暇、というよりは体をゆっくり休めるために休養するべき時間だということだ。

 

俺が言いたいことはわかってもらえただろうか。

つまりは、そう、つまりはだ。

 

「よし!次はそこの柵に脚をのせて、そのまま片足スクワット100回だ。ああ、眼もつむれよ。バランス感覚も視覚だけに頼らない体の動かし方も一緒に鍛えられるからな」

 

「……了解」

 

俺、一応まだ左肩にギブスつけて内臓治ってなくて点滴と流動食くらいした食えない体なんだが。

そんなことはおかまいなしに、こちらに鬼のような病室でもできる筋トレメニューを言い渡してくるのは日本が誇るヒーローボルトチャートトップ10に20代の若さで名を連ねる女傑、ぶっちゃけ我が義姉、ヒーローミルコである。^

 

動かせる場所があるならそこを鍛えねぇとな。入院してっと体がすぐになまるからな

 

そんなことを言って部屋を訪れては、鬼のような筋トレメニューを言ってくる。まぁ、心配をかけてしまったからこのくらいのメニューはこなすが。

 

そんなことをしているとコンコンと控えめな、しかしはっきりとしたノックの音が響いた。

 

 

「どう「おー入っていいぞ」…ルミさん、ここ俺の病室…」

 

入室の許可を得て入ってきたのはまず、フルーツの詰め合わせをもった出久、次に焦凍、飯田、最後に二人、八百万で響香だった。

 

「やっぱりミルコでしたか。お久しぶり、でもないですね」

「おお、出久か。義弟の見舞いに来てくれたんだろ。こんなところじゃもてなしもできないがゆっくりしていってくれ。そっちの四人ははじめましてだな。私服じゃわかりづらいかもしれねぇが、ラビットヒーローミルコ、本名兎山ルミだ。」

 

「は、はじめまして飯田天哉と申します。1-Aの委員長をさせてもらっています。今日はクラスを代表して5名で参りました」

「轟 焦凍です」「や、八百万 百と申します。」「う、ウチは耳郎 響香です。」

 

順番に自己紹介するが、出久以外の4人はルミさんへ、俺へと視線の移動がせわしない。

そりゃそうだろう。入院しているクラスメイトをお見舞いに来たら、プロヒーローが私服でいて、その正面のベッドでは柵に乗って片足スクワットをしている俺がいるのだから。

 

端的にいって、わけがわからないのではなかろうか。

だが、そんなことはスルーしてルミさんは初対面の四人に近づいていき、フレンドリーにそれぞれに握手していた。

 

「大変なことがあったあとに、義弟のためにすまないな」

「いえ、彼岸は友だち、ですから当然です」

 

クラスメイトの保護者と聞いていたが、プロヒーローの相手ということもあってか、やや緊張した様子で握手に応じる4人。その間に出久はフルーツ籠を備え付けの棚の開いているスペースに置いている。この状況をスルーするのはさすがに付き合いが長くなってきたせいだろう。

 

「あの、入院して静養中と聞いていたんですけど……何で四季……くんはそんなところで筋トレを?」

 

一通り挨拶を終えてから、恐る恐るといったように響香が切り出した。それに当然のようにルミさんは返す。

 

「ああ、入院中は暇だろう?それに走ったりできねぇからせめて筋肉が落ちねぇように筋トレさせてんだ。」

 

((((それは入院患者にさせることではないのでは?))))

 

「今、お前たちの考えていることが何となくわかったが、基本ルミさんに常識は通用しない。ここ、いずれプロになって一緒に現場に出たときに大事だぞ。」

 

「よっし、元気そうだな。次は右手で逆立ち腕立てを、と思ったが、まぁせっかくダチが見舞いに来てくれたんだ。今日はこのくらいでいいだろ。あっ花も持ってきてくれたのか。花瓶ねぇからな。ちょっと買ってくる。悪いが少し待っててくれ」

 

そう言い残してルミさんはクラスメイトと俺を置き去りにして花瓶を買いに病室から出て行ってしまった。5人の入室からおよそ一分。どこまでもマイペースな我が義姉に唖然としていた。

 

「まぁなにはともあれ、座ってくれ。出久、すまないがそっちに折り畳みの椅子があるから」

「了解。みんなコレに座ってね。あっ窓際のソファでもいいけど。」

「いや、折り畳み椅子でいいが……」

 

病室の隅に置いてある椅子をてきぱきと準備して、花はいったん食事をするための移動テーブルにおく。そこでようやく落ち着いて全員が座って話ができるようになった。

 

「すまないな皆。せっかくの休日に見舞いに来てくれて」

「それはいいですけど…あの、何故あのようなハードな筋力トレーニングを?」

「当然の疑問だな八百万。簡単に言うと、姉さんのわかりにくい気遣いだ」

 

((((どこら辺が気遣い!?))))

 

「ああ、お前たちの言いたいことはわかっている。気遣いではなくキ〇ガイだろうと言いたいのだろう?」

「そこまで思ってないけど!?」

「いいツッコミをありがとう響香。しかしまぁどう説明したものか…」

 

俺が説明に困っているとくすくすと笑いをこらえるような出久が買ってきてあったお茶を出して紙コップで皆の分を準備していた。

 

「ただお互い心配しあってただけだろうから、気にしないでいいと思うよ」

「心配?筋トレがか?」

 

焦凍、疑問に思うのはわかるが突っ込まないでほしい。

そんな皆にお茶の入った紙コップを渡しながら出久はこちらを見る。話していいか、という確認だろう。俺は顔を背けることで肯定も否定もしなかった。それにまたくすくすと笑う。お茶を配り終えたお盆で口元を隠しながら。

いや、お前は俺の母親か?仕草も気遣い方もまるで母親…ああ、そういえばこいつ旦那さんが長期出張とかでほとんど家にいないから、家事やらマナーやら癖やらはほとんど母親譲りか。

 

「簡単に言えばミルコは四季の体が本当に大丈夫か心配でいろんな動く部位を動かさせて異常がないか様子を見ていた。まぁ怪我人にやらせることじゃないけど、自分の眼で視ないと不安なくらい心配してたんだろうね。そして四季はそんなミルコに心配かけまいとなんてことないように淡々と筋トレして見せていた、とそんなところじゃないかな。」

 

二人とも変なところで不器用だから、なんて笑ってこっちを見る。

釣られて他の四人もこっちを見た。おい、なんだ八百万。その微笑ましいものを見たような生暖かい目は。やめてほしい。こっちはもうすぐ18にもなるというのに2つも年下から何故にそのような視線を受けなければならないのか。出久の説明に、否定はしないが。

 

「とにかく、俺は明後日には退院できる予定だ。明日までは検査で休むがケガもほとんど問題ない」

「ホントに問題ないの?」

 

食い気味でこちらに質問してきたのは響香だ。身を乗り出してこちらのベッドに手をかけて嘘は許さないというような目で、泣きそうな眼でこっちを見ていた。

 

確かにあの時に心配する声を振り切って行った先でこの大けがだ。信用は、ないよな。でも、俺は

 

「ヴィランには平気で嘘をつく。他人にも嘘をついても心は痛まない。ただの同級生にも少し誤魔化すくらいなら簡単に嘘をつくさ。俺は正直者でもお人よしでもないからな」

 

ああ、響香、そんな眼をしないでほしい。苦手なんだ。友達が、近しい人が悲しむ顔は何より苦手なんだよ俺は。だから、

 

「それでも、俺は友だちには、大切な人には嘘はつかない」

 

そんな、ちっぽけな誰にでもあるような正義感しかもたない俺だからこそ、それくらいの誠意だけは最低でも持ち続けたいと思うんだ。

 

「だから、俺は響香には嘘はつかない。信じてもらえるか?」

 

ベッドに乗せた響香の両手にマトモに動く右手を乗せる。

信用はないだろう。一度失った信用は元に戻るのは簡単じゃないだろう。

それでもこの思いの欠片だけでも、伝わってほしい。

 

そう願って手をにぎり、相手を見返すことしか俺にはできないけれど。

 

「……うん。ウチ信じるよ。」

 

そうして、漸く俺は響香からの信用をもらえたらしい。

 

「心配かけてすまなかった。それとありがとう」

 

精一杯の感謝を、笑顔できっと言えたと思う。

どれだけ時が経ったのかわからないけれど、しばらくそうしていると、響香がどんどん赤くなっているような……

 

 

「あ、あの、わたくしたち、外に出たほうがよろしいでしょうか?」

「は?えっ、ちょ、ちがっ……えと」

 

「どういうことだ緑谷?」

「うん、まぁ……四季ってこういうところあるから。」

 

(いや、今までより少し違うかも。ミルコに言うのは……いやまだ様子見かな)

 

そんなお見舞いの一幕を経て、俺達の非日常は終わり、日常が返ってくる。

 

雄英体育祭という、年に一度の大きな行事を伴った、日常が。

 

 

 

 




漸く次回から体育祭編へといけます。
序盤の山場、なのですが……轟君、家の問題解決しているんですよね。炎の使い方も若干上がってますし、躊躇もなく放ちます。

そして出久君も原作よりもはるかに強い、と。

会場、壊れませんかね。

まぁそこは会場にも̟プラス ウルトラしてもらうということで。

今回も読んでくださった皆様ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。


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第28話 悪魔より恐ろしい者たち。それよりも悍ましいナニカ

さあ、雄英体育祭だ!!としょっぱなから、大ウソつきました。すみません。

まだヴィランサイドのその後書いてないよねと言われ、そうだねと答え、そしてこの有様です。

次回から、ちょっとだけ体育祭に入るので、ご勘弁ください。




薄暗いあかり、レンガがむきだしの外壁、飾り気のないバーテーブルに壁いっぱいの種類の酒瓶とほのかに香るアルコールとたばこの香り。

ひと昔前の飾り気のないことが飾りと言いたげの酒場。

 

そこに、悪はいた。

黒霧の個性であるワープゲートから出てきてしりもちを付くのは頭、両手足に手をつけた、明らかに常人とは言い難い外見をした死柄木 弔。己の個性を閉じて一息つく体以外が黒い霧状の異形、黒霧。

そして、彼らを引き連れるように出てきたのは顔をフルフェイスマスクで多い、そこから多くのパイプがつながった顔が見えないスーツ姿の男……その本名を知るものは既にこの世にいまい。ただあるのは彼の個性であり、通り名であり、恐怖の象徴たる『オールフォーワン』。一合のみとはいえ、ナンバーワンヒーロー、オールマイトの一撃をいともたやすく相殺し、部下の二人をその場から逃がすことに成功した、悪。

 

「ああ、ちくしょう。けっきょく脳無はガキどもに倒されて、オールマイトには一言文句つけるだけ。クソッタレが……今回は完敗だ。そうだろ、先生」

「そうだね弔。 今回は、結果だけ言えばこちらの負けだ。

雄英のカリキュラムをついた進行、生徒の分散まではまだ良かった。けれど、肝心の脳無が倒された。それもオールマイトならまだしも生徒たちの手で、だ。ねぇドクター」

 

失敗を責めるではなく、笑うように、歌うように軽い口調で認めながら、悪はバーカウンターの先にあるモニターに顔を向けた。

 

『うむ。ワシと先生の共同作品があんなガキどもに殺されるとはのぉ、正直予想しておらんかったわ。最低でもオールマイトを苦しめることくらいはできる算段じゃったのだが。黒霧、脳無は回収できておらんのじゃろう?』

「申し訳ありません。あの爆炎では死骸となったのか、頭が無事で再生できたのかもわからず、避難を優先させてしまいました。」

「もったいない…が、まぁあの状況では仕方ない。むしろ最適解だったよ。弔も黒霧もケガはないし、それに、あのオールマイト血相変えて、笑う余裕もなくして、私にとびかかってくる姿が見れたのだからね」

 

よほどその様子がおかしかったのか、部屋に不気味な嘲笑が響く。オールマイトに殴り掛かられた、そのことに恐怖の一つも感じずに、ただその慌てた余裕の欠片もなかった様が、ただただ可笑しかったとでもいうように、悪は笑う。

 

「笑っている場合かよ先生。結局オールマイトが弱体化しているかもわからなかった。その上あそこのガキどもはまとまれば脳無も殺せる、その上一人は単独で脳無を抑えることができるようなバケモンがいたんだぞ。あのクソチートが!あいつさえいなければ!!」

 

悔しやと憎悪をにじませて、死柄木 弔は言い放つ。だだを捏ねる子どもそのもののように。今だ立つこともないままに、首、頭をかきむしっていく。奴らさえいなければ、いやせめてあの脳無を抑えた奴さえいなければ、あの三人も、もしかしたらオールマイトも今頃殺せていたかもしれないのに、と。その憎悪を募らせる。

 

それを、悪は一笑した。

 

「気にする必要はないよ弔。アレは特殊なバケモノ、いやギミックみたいなものさ。相手にするだけ無駄だ。今回は運が悪かった、それだけのこと。あれの相手は考える必要もない。いずれ自滅するまで関わらないか、雑魚でもあてがっておけばいいさ」

 

「ギミック、ですか?正直私はあの少年が最も危険なヒーローに思えましたが…」

 

黒霧は冷静で客観的な見解から話題の少年、彼岸 四季をそう評した。

彼岸 四季が一分強抑え込んだ脳無は、対オールマイト用の特別使用。その力はその辺りのヒーローはおろか、相性次第ではこの世に溢れるヒーローのほとんどを殺しつくせると言っていいほどのモノだった。

緒戦こそ一撃で気絶、重傷を負わせたはずが、次に来た時には逆に脳無の方が何もさせてもらえなかった。対オールマイト用の特別使用が、である。

 

あれこそ、まさに化け物を超えた化け物と言っていいのではないかと、黒霧は判断したが、それを悪は再度一笑した。

 

「アレはヒーローなどではないよ。行っただろう?ただのギミック。近寄れば殺すだけのからくりだ。近寄らなければ何もない。何もしない。あれはヒーローではなくただそれだけの存在なのだから」

 

 

 

 

 

5人が見舞ってくれた後、夜の帳が降りてくる頃に相澤先生が見舞いに来てくれた。といっても単純な見舞いではなく、13号も伴って神妙な様子で花を持っての登場だった。

 

「すまなかった。お前に庇われ、そして傷まで治してもらったおかげで俺は生きている。プロとしては失格だが、ただの相澤消汰として、命を助けてもらったことに感謝する。」

「同じく、ヒーローとしては情けないですが、あなたのおかげで命を散らさず、生徒たちも命を落とさずに済んだ。本当にありがとうございます」

 

二人して、大仰に俺に頭を下げるヒーローが二人。

そんなにかしこまらないでほしい。俺の命で二人が、多くの命が救われるのなら、これに勝る死に方はない。まして俺が死なずに救われてくれたのなら、僥倖というほかない。だから、礼を言うならこちらのほうなのだ。

 

「こちらこそ、助かってくれてありがとうございます。そして、一人の生徒として、無茶をしてしまい申し訳ありません。」

「……教師として注意をする前に生徒として謝罪されたか。ますますこちらの立場がないな」

そう言って相澤先生は俺の肩をつかみ、無事に癒えたその両目で俺を映す。

その眼に、俺という人間はどう映っているのだろう、とそんな関係のないことを考える。

「俺が言えた立場じゃないのは承知で、しかし教師として言わせてもらう。無茶だけはするな。お前はどこか、自分の命を軽視しているように見える。」

 

流石、幾多のヴィラン、幾多のヒーローをその眼に映してきた歴戦のヒーロー。

俺の本質、俺の目的に既に目星をつけられている、というのも妄想ではないだろう。

 

「大丈夫です。俺はヒーローになる。だから全力でヴィランに抗ったし、先生たちを治した。それだけです。流石にこれ以上の無茶はしませんよ。まだ卵ですから、殻の中で精一杯に暴れて、このざまになっただけの未熟者です。」

 

だから、嘘をつく。

正直なところ、この二人の命が危ないと知ったときに、自分の命は考えなかった。何故ならこの二人はプロヒーロー、俺よりも確実に教えることに適している。つまり、二人が生きている方が、出久は死ににくくなる。その経験に基づいた教えを受けたほうがヒーローとして大成できる。だから、助けた。

 

それだけなのだ。

この二人は、少なくとも今はただの教師という名の他人だ。

命をかけてまで救う存在ではない。だが、その教えの優秀さが出久のためになると思ったから助けただけにすぎない。

 

彼岸 四季は赤の他人のために、命をかけられるようなヒーローではない。

命をかけられる出久のために助けただけなのだ。

だから、そんなにかしこまられても困るのだ。

 

「………これ以上は水掛け論か。教室に戻ってきたらまた俺にできるだけの教えと苦難を与える。お前もそれを糧に乗り越えてこい」

「それが、雄英高校の校訓、ですからね。またご指導ご鞭撻のほど、お願いいたします。」

 

そして、その夜の会合はその礼をもって終わった。

互いの深層を知らぬままで。

 

 

 

「先輩、アレで良かったんですか?確かに僕たちは彼のおかげで助かった。けれど、リカバリーガールから聞いた彼の状態は決して認めていい範疇じゃない」

 

病院への出口に向かう中、背後から13号の声を聴く。確かにその通りだ。

リカバリーガールは言った。俺達よりもはるかに彼岸の方が重傷だと。もはや治療に使えるほどの体力は皆無。傷の具合から見ても、本来ならそのまま死ぬはずだった。数多の負傷者を治療してきた、癒しと死のはざまの戦場で歴戦の猛者たるヒーローがそう言ったのだ。

その死は確実に訪れると言ってよかっただろう。それでも彼の個性『春夏秋冬』の特性、緑谷から聞いたところの『秋』の休眠にてその死は免れた。

それは、彼岸がそこまで計算していたのようにも見えるだろう。しかし、それは違う。そんなレベルを超越したところまで彼岸の状態は深刻だった。つまり、自分の命など考えて行動していなかった、ということになる。

 

それはまるで自身の身を顧みないヒーローの鏡、のように見えなくもない。

 

だが、アレは、違う。そのような綺麗なものでも、自己犠牲などでもない。

 

違うナニカだ。違うナニカが、彼岸に俺達を救わせた。俺達が五体無事に生き残ってこうして何もなく動けているのはそのナニカのおかげで、そのナニカのせいだ。

 

「彼岸 四季……か。その言動、注意しておいた方がいいな」

 

彼岸は、あの場で誰よりもヒーロー的な行動をとった。だが、その根幹にあったのは、本当にヒーローとしての心故なのか? わからない。まだ一月にもならない付き合いの俺では、何もわからない。

 

だからこそ、知らねばならない。彼岸 四季という少年を。導かねばならない。教師として。

———ただでさえ問題児ばかりのクラス、俺の手だけでは余る、かもしれないな。

俺は13号の問いに返さぬままに、電話に手をかけた。

 

 

 

 

 

 

『しかし、先生よ。アレが脳無を互角以上に相手したのは事実じゃろ。あの個性、奪おうとは思わんのか?ただの増強系ではないようじゃし、研究しがいがありそうなのじゃがの。なんせ画面越しではろくに状態がわからん。できれば生け捕りか個性だけでもほしいものなんじゃが』

 

ドクターと呼ばれる画面先からの声で、初めて悪の雰囲気が変わった。楽しみにしていた料理の皿が配膳前に割れてしまった時のように笑顔が止まり、期待していた映画が途中で終わってしまった時のように笑い声が瞬時に消えた。その空気の変わり具合がその機嫌の悪さをそのまま伝える。

「バカを言ってはいけないよドクター。あれはね、ただのギミックだ。装置だ。世界が作ったバグだ。この世にあってはいけないナニカだ。『決して関わりあわない。』それが私の昔から変わらない結論だ。それでももし、あちらから関わってこようとするならば…」

 

———〇〇される前に、○〇しか、ない。

 

嫌悪と殺意以外の感情を吐き出した言葉が、その場の響き、そこで彼岸 四季の話題は終わった。

悪の首領、世紀をまたぐ超大物のヴィラン。世界の悪という悪の頂点の一つ。

それが、関わりあいたくもないという少年の形をしたモノ。

 

悪魔よりもなお悪なヴィランとその悪からも嫌悪されるナニカ。

 

果たして、世界にとって危険なものは、どちらだったのか。

 

 

 

全ての思惑を無視して、舞台は次へと進む。

 

雄英高校の一大行事。オリンピックと変わらぬ熱狂を与える祭典。

雄英体育祭へと。

 




さて、いきなり少しだけネタバレしますが、雄英体育祭を皮切りに原作乖離が多くなってきます。それでもいいよという心の広い方は引き続き、どうか駄作を時間つぶしに使ってください。

どうか今後もよろしくお願いいたします。


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第29話 戦とは、戦の前にどれだけの準備をしたかによって9割決まる

前からちょこちょこと出ていたオリ主の暗躍が少しだけ皆にばらします。

そして次回、雄英高校体育祭本番です。

明日には投稿できると思いますのでよろしくお願いいたします。


「さて、漸くA組全員そろったな。」

 

厳格と厳しさと理不尽と無精が服を着ているような我らが相澤先生…ほとんど褒めてないな、いや褒めるつもりだったのだが外見といつもの行動が、な。ヒーロー時は素晴らしい人物なのに…それはさておき、漸く、と前置きしたのは俺の入院のため、クラスの皆がそろうのが3日ほど遅れてしまったからだろう。それについては申し訳ない。俺の力不足だ。

 

そんな俺の思いとは裏腹に、相澤先生は普段ならまずしない行動に出た。

 

「改めて、すまなかった。俺達プロヒーローがついていながら、お前たちを守ることができなかった。その上、一番の重傷者は俺達教師ではなく、生徒だった。これは、雄英高校始まって以来の失態、そして俺の怠慢だ。皆の安全も守れず、ヒーローとして、教師として本当に、申し訳ない」

 

そう、あの厳しさと理不尽さが際立つ相澤先生が頭を下げて謝罪したのだ。しかし、それも無理からぬことかもしれない。先生は教師であり、プロヒーロー。それが多数のヴィラン、転移という反則級の個性による強襲、脳無という特大のイレギュラー、そんな理不尽があったとしても、それを乗り越えるのがヒーローだと日ごろから言うのがこの学校の教師だ。

それが己の至らなさでできなかった。見た目とは裏腹に熱く、しかし合理的に物事を判断するプロの相澤先生にとってはそれだけの痛恨と悔恨が残る出来事だったのだろう。

 

これもまた、プロヒーローの一面だ。プロはいつだって完璧を求められ、そしてそれが為されなかった場合、犯行を行ったヴィランではなくヒーローを責めるという者は一定数いる。そしてその理不尽を受け止めてもなお立ち上がって活動を止めないのがヒーローなのだ。

 

だからこそ、その一礼をもって、相澤先生はいつものようにこちらを見て、教師として言葉を放つ。

 

「あんなことがあったばかりだが、次の戦いは既にそこまできている。―――雄英体育祭の今年の開催が正式に決まった!」

相澤先生のその一言にクラスの中が驚喜に包まれる。確かに今回は未曽有の事態、雄英高校への代替数のヴィラン侵入と生死の境をさまよった生徒(俺のことだ、情けないが)や教師生徒を含め重軽傷者多数出ることになった事件だった。

 

だからこそ、今回どうなるのか皆気になっていたのだろう。先の歓喜にも納得がいく。雄英体育祭は個性ありの体育祭。昔のオリンピックと同等に扱われるほどに国民の認知度が高い、そしてプロヒーローたちからも注目され、卒業後のスカウトを受けやすくなるという年に一度、高校生活で三度しかない一大イベントだ。

 

相澤先生曰く、例年の5倍以上の警備を雇って開催することが決まったとのことであった。

正直言ってよかった。俺が一時期生死の境をさまよったために、若干開催が危ぶまれていたのか、いつもならとうに開催の告知があるはずの行事の開催が教師の口から聞いていないと出久や響香から連絡をもらっていたからだ。

さすがに死人が出ていたなら、悠長に例年通りの行事ができないかもしれないからな。先生方には心労をかけてしまっただろう。そこは本当に申し訳ないことをしてしまった。

 

だが開催決定したのなら、後は全力で取り組むだけだ。

それに、これまでコツコツと集めていた情報や関係性を有用に活用する機会でもある。

 

その後相澤先生は雄英体育祭の詳しい説明をしていき、2週間後の体育祭に向けて皆の興奮は否が応でも高まっていった。だがそれが高まったのは何も俺達1-Aのヒーロー科だけではないかったらしい。

 

その日の放課後、早速出久と訓練、B組も誘えるなら誘おうと以前から予約していた体育館Ωの使用許可書(20名まで利用可能)をもって教室の扉に向かおうとした途端、視界に映ったのは大勢の同学年の生徒たちだった。最も扉に近かった青山が扉を開いたらしいが、こちらを食い入るように覗き込む視線と人の波で出られなかったようだった。廊下側の窓をみれば、そちらにも長蛇の列。まるで珍獣でも見るかのようにA組の教室の外は生徒たちが群がっていた。

 

静寂はない。それぞれが統一されていない2,3人のグループの寄せ集めという感じの言葉の波。A組の誰かに用事があるというわけでもないらしい。ただの喧騒と好奇心に満ちた視線だ。観察ならわかる。敵情視察ならば尚良い。だがここにいるのは闘争心など欠片もないただの野次馬根性であるというのが、個性で『視る』ことをせずともわかってしまう。

状況は理解した。つまりはヴィラン相手にケガを押しても立ち回って全員生き残ったという話題性抜群の1-Aを見ようと、そういうことだろう。無視してB組に行きたいが見たところ隙間なく、廊下中を生徒達が埋め尽くしている。はっきり言って

 

「邪魔だ。どけモブ共」

 

威圧する声と共に現れたのは、A組の爆弾問題児、爆豪だ。教室の前に群がった生徒達を睨ながら、堂々とせいろ……暴言を吐いた。他のA組の生徒達から制止の声が掛かるが時すでに遅し。爆豪の暴言を聞いた生徒たちから、不満や怒りの声が飛ぶが本人は更に反論しようとしている。

まぁ、頃合いか。珍しく同意見だし、大ごとになる前に収集をつけよう。

そう考えてドアはふさがれていたので、失礼ながら窓から廊下に出る。半分は視線をこちらに集めるために。そして視線が集まったのを確認して大きく言い放つ。

 

「A組、彼岸 四季だ! 非常に癪だが、モブ発言以外はそこの爆豪と同意見だ。」

 

「ちょっと四季!?」

クラスから響香のこちらを止める声が聞こえるが、構わず続ける。とりあえず、言いたいことは言わないとな。邪魔は確かだし。

 

「見たところ同じ一年と見受けるが、俺達を放課後見に来たところであなたたちが知れる情報などたかが知れている。ここで俺達の誰かが個性を大っぴらに語るとでも思ったか?いまから情報収集でもするつもりか? ならばそもそも行動が遅い。もし雄英体育祭のためにそんなことをしているなら、帰って勉強なり、訓練なりした方がよほど有意義だ。そして俺達も時間を無駄にしたくない。してる暇など一切ない。

———つまり、訓練の邪魔だ。興味本位ならさっさと失せろ。それ以外の要件なら話してくれ。」

 

さぁ来いと右手をあげて手招きしながら周囲を見渡す。若干の威圧を込めて見ると黙るのが大多数、しかし、いるな。まだ粗削りでもいい『色彩』を持った奴が。

 

「1-Cの心操、だったか。受験会場で同じだったな。あんたは何か言いたいことがあるみたいだが?」

 

俺に言われて驚いたように一歩下がり、眼を見開く。紫がかった髪、180近い身長、やや寝不足そうに見える瞳。

 

「どうして、俺の名前を!?」

 

「雄英に入学してから既に2週間だぞ?名前くらい調べていて当然だ。さっき言っただろう、行動が遅い、と。

雄英体育祭は国民誰もが知るような一大イベント。そして競い合うことは既にわかっていることだ。なら、入学が決まった時から情報くらい集めていて当然だ。」

 

そう、情報ってのは大事だ。初対面の得体のしれない相手とこちらだけが相手のことを知っている状況、どちらが容易く勝てるかなど小学生でもわかる。

 

「だから当然、あんたのことも覚えているし調べていた。受験会場で助けた人の一人だが、その後に仮想ヴィランの装甲を盾にしたり投げたりしながら応戦していた。ただ逃げるだけではなくがむしゃらに向かって行った。だからマークしていた。理不尽な状況でも、どんな不利でも最後まで諦めない奴が一番油断ならないからな。それで、改めて聞こうか。何か俺達に言いたいことがあるのか?」

 

「……すげぇなアンタ。アンタみたいなのがヒーローになるんだろうな。でも、俺はここに野次馬できたわけじゃない!体育祭の結果によってはヒーロー科に編入できる制度がある。だから俺は今日、ヒーロー科に宣戦布告に来た。アンタたちに、勝つ。勝ってヒーロー科に行く。それが俺の要件だ」

 

臆しながら、震えながら、それでもそう言い放つ。周りの生徒も唖然としている。

そこまでの覚悟がないからだ。あるいは彼を愚かと思っているのかもしれない。普通科がヒーロー科に何を言っているのか、と。

だが、それでいい。それでもお前はこの状況で俺達に、意思を示した。その心の強さを示した。だからこそ

 

「言い分、確かに聞いた。だが、返事をする前に一つ、おせっかいをさせてもらう。その志は少し変えておいたほうがいい」

「なんだと?」

 

だからこそ、もったいないのだ。ヒーローを目指すなら、付け加えることがあるはずだ。

 

「俺達に勝ってヒーロー科に来る、だけが目標じゃないだろう?ヒーロー科に来たらお前は満足か?」

 

さあ、もう一度と再度手招きをする。心操はその様に、驚いた顔をした後に、不敵に笑った。

 

「ああ、言い間違えた。俺はアンタたちに勝つ。勝ってヒーロー科に行って、そしてヒーローになってやる!!」

「よく言った!なりたいビジョンがあるなら、なりふり構わずぶつかってこい。拙い身だがこの全身全霊で相手をしよう。」

 

互いに笑みが出た。悪くない。この邪魔な時間が、なかなかに有意義になった。

 

「ほかに名乗り出るものがいなければ通してくれ。俺達は訓練をしたい。ヴィランも体育祭も待ってはくれない。立ち止まっている者の相手はしたくない。」

 

そう言うと他の生徒たちはそれぞれが左右に分かれ、道を譲ってくれた。

だが、その先にいるのが3人。

 

「おうおう、ヴィランのこと聞こうと思ったがなかなか根性ある奴らじゃねぇかよ」

「それはどうも1-Bの鉄哲徹鐵。個性『スティール』のバリバリの近接戦闘スタイル、であっていたかな?」

「……マジで情報収集済みってか。そこは男らしくねぇな」

「その男らしさは無知であることか? なら捨てろそんなもの。知らなかったから勝てませんでした、なんて将来ヒーローになった時に被害者に、その家族にそれで納得してもらえると思っているのか?」

「ぐっ………」

 

「まぁいいさ。今日体育館Ωの使用権がとれている。パワーローダー先生が作った失敗作やら瓦礫やらがある場所で個性使用OKの場所だ。定員は20名。申込責任者は俺だ。訓練するやつがいればB組も誘ってみようかと思っていたところだ。どうせならお前もどうだ。もちろん拳藤さんや角取さんもよければどう?個性が使える場所はこれから争奪戦になるからできるだけ使える時に使っておいたほうがいいんじゃないか?」

 

俺は鉄哲からその後ろに立っていた、以前一度一緒に外で遊んだ二人に声をかける。

できるだけフレンドリーにしたが、

 

「そうやって、B組の個性を調べようってこと?」

「え?そうなのデスか彼岸サン?」

 

まぁ、さきほどの会話を聞いていたならこっちの思惑もわかっているだろうな。角取さんの方は単純にこちらを心配してくれたらしい。うん、それは本当に申し訳ない。なんせ俺だけだからな、ヴィラン襲撃のケガで登校できなかった生徒って。

 

「半分はそうだな。けど半分は研鑽だ。正直俺も雄英に入れて少しばかり増長していた。その結果、ヴィランに大けが負わされた。授業受けて満足しているようじゃだめだ。そんな牛歩より、どこぞのウサギヒーローのように常に疾走しないとトップは取れない」

 

トップ、という言葉を入れたのはわざとだ。

普通科やサポート課への焚き付けはさっきので、まぁ今はいいだろう。

あとは、A組とB組、双方にできるだけ燃えてもらわないと困る。

 

「ああ!!?トップは俺だクソ留年野郎!!」

 

そこで横から暴言が入った。まぁ今まで無言でいたのが奇跡みたいなやつだからな。そういえばモブ発言の謝罪をしていないが……、それはコイツ自身がやらなきゃならないことか。

 

「なら、行動で示せ。あと、他人をモブ呼ばわりするのはいい加減止めろ。それはヒーローが言う言葉じゃない」

「うるせぇ!」

 

「あー、そいつがA組の2大問題児の一人の爆豪君かぁ。うん、確かに聞いたとおりの問題児だね」「ああ!?誰が問題児だこの馬髪野郎!」

「ああ、まぁ…こんな奴でな。すまない拳藤さん、こいつ基本人を名前で呼ばないんだ。」

「うん……。苦労するねお互い。」

「ああ…。まぁこっちはクラス委員長たちがいるからまだ俺は楽だがな。」

「無視してんじゃねぇぞテメェ等」

 

以前話していたA組の問題児、爆豪と峰田のことはB組には伝わっている。だから互いに話した情報に嘘はない、くらいには彼女も警戒を解いてくれたか。爆豪が戦闘以外に役に立つことがあるとはな。

 

「私は拳藤一佳。B組のクラス委員だよ。とりあえずよろしく爆豪君」

「ああ!?テメェなんて知るか!!」

 

笑顔で握手を求めた拳藤をスルーして爆豪は人混みの中でできた道とその先のB組の三人も通りすぎて帰っていった。帰り際に俺に親指で首を切る仕草を残して。

 

「重ね重ねすまんね。ウチの爆豪が」

「いや、構わないよ。聞いてたとおりの奴だったし。それに実力はあるんでしょ?」

「ああ、まぁ戦闘面の実力は保障する。性根も腐ってはいない。性格と言動がクズみたいに聞こえるだけだ」

 

それで、と前置きを終えて

 

「訓練、どうする? ちなみにこれから体育祭まで2週間、日曜日以外は入学初日に訓練するためにどこかの体育館、ないし運動場のどこかしらの使用権は一応押さえている。マイナス面は個性を見られること、プラス面は他の奴らの個性を見られること、だけじゃない。希望すれば俺が相手をする。つまりは、俺の個性、そしてもっているスキルは体感できるぞ。」

「……OK。私は参加する。B組にも声かけてみるよ。体育館や運動場の使用権は大きい。今から申請しても2,3年の人がほとんど取っているだろうし、先生たちの監督もあるんでしょ。なら自分の手をさらしたくない奴以外は使わない手はない。」

「英断だな。さすがクラス委員長。そういうわけで、A組も個性を見られたくない奴は無理にとは言わない。だが情報がほしい、あるいは付け焼刃だろうがなんだろうが体育祭までに仕上げたい奴は、来てくれていい」

 

そんな風に俺がB組と話している傍らで、出久は心操と会話をしていた。

出久は個性がなく、それでも進んできた。おそらくは個性があるが戦闘系ではない心操に共感を感じて訓練に誘っているのだろう。

……自分も大変なときにおせっかいを焼くのはホント変わらない。

最もそれが緑谷 出久か。困っている人は他人だろうとも構わず全力で助ける。そのヒーローとしての覚悟と思いの在り方に俺は惹かれたのだから。

 

とはいえ、これで体育祭までの舞台は整った。これだけ周りを煽れば、自分の個性を限界まで磨きたい奴は訓練に参加し、そうでないものは家やどこか別のあてをつけて研鑽をするだろう。普通科、サポート課も俺の発言やヒーロー科の自主的な合同訓練に多少なりとも思うところがある者は体育館の使用せずとも情報だけは集めて一泡吹かせようとするような輩なども出てくるかもしれない。

 

玉石混交だが、多くの石はまいた。これでいい。

切磋琢磨しないと原石は磨かれない。

 

緑谷 出久という原石は。

 

 

 

 

「しかし、彼岸ってあれだな。普段はただ無表情で、言動はいいやつなんだけど…」

「ああ。わかる。実際は腹黒かもな。」

「計算高い、或いは先見の明があるといったほうが適切じゃないか?」

「むしろ年の功、かもしれないな」

 

「よーし、そこで人の陰口たたいている上鳴、峰田、障子、佐藤の四人は今日は強制参加な!全員足腰立てなくしてやろう。安心しろ。その後はちゃんと治療する!」

「できるか!おいらは個性を隠したほうが勝率が上がる」

「おいおい、そんなことじゃプロになった後、やっていけないぞ。あと、知らなかったのか?古今を問わず、『魔王からは逃げられない』」

「自分で魔王発言してるじゃねぇか!間違いなく腹黒だよお前!!」

 

 

そんなことがあったりしながら、2週間はあっという間に過ぎ去り、雄英高校の一大イベント、雄英体育祭がやってくる。

 

 

 




まぁ、つまるところ、主人公にとって他の友人枠でないクラスメイト、知り合いどまりは『緑谷 出久』を鍛えるための石なのです、という主人公の人間性が垣間見えた回でした。

この主人公はいつか書いたように身内に入れば激アマかつスパルタ。惜しみない愛情と友情とその人のためなら何でもできる男ですが、それ以外の人には塩対応基本です。特にヒーロー志望には顕著です。

ヒーローへの意識の高さはステインと方向性は違っても似通っているところもあります。

ちなみに雄英体育祭の開催発表が遅れたのは生死を彷徨った生徒がいたことが批判をあび、警備強化などの対策が本編より遅れたのが原因です。
決して、主人公の退院日じゃ体育祭前のイベントに間に合わない。ヤバい。なんてことはありませんでした。ありませんでした。

それでは次回もどうかよろしくお願いします。




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第30話 雄英体育祭 開幕

ようやく雄英高校体育祭開幕です。

あと以前言っていたように誤字を直そうと思っていたら友人から誤字報告なる機能のことを教えてもらいまして、遅まきながらたくさんの皆さまが誤字報告してくださっていたことに気づきました。わたくしの不徳、無精により、皆さまのご厚意に気づきもしなかったこと、誠に申し訳ございませんでした。

誤字報告をしてくださった、紫紺彩愛様、。。。様、メルラン様、黄金拍車様、jnis様、ウムル・アト=タウィル様、
作品について貴重な意見をくださったみみお様、
誠にありがとうございました。

処女作の駄作ではありますが、まだ見てくださるのであれば、どうかお付き合いくださいませ。

前書きでの長文、失礼いたしました。




雄英体育祭の当日、天気予報では今日は雲一つない、とまではいかないが雨の心配はない程度には晴れるらしい。

個性の中には雨が降った方が有利なもの、不利な者もいるから天気一つとして馬鹿にはできない。だから情報の一つとして頭に入れておく。

 

8畳程度の1,2人暮らしにちょうどいいリビングの木製テーブルで、朝食の味噌汁を啜りながらテレビを流し見る。その後は本日行われるイベント…雄英体育祭の情報が様々に飛び交っていた。映されるのは去年の映像。そして2,3年生の昨年の表彰を受けた生徒たちの情報、見所、体育祭が行われる場所へのバス運行の時間まで、出てくるのは雄英体育祭の情報ばかりだ。

 

たかが体育祭に何をそんなに、と思うことなかれ。

かつて、オリンピックという個性無き時代に己の心身を鍛え上げたアスリートたちが国を、世界を熱狂させて様々な競技で競い合う、長い歴史を持つスポーツの祭典があった。

 

そう、あった。なのだ。

超常黎明期と言われ、世界に『個性』が突如出現したことにより、世界に巻き起こった大混乱。それによりオリンピックも長い歴史が途絶える事態にまでなってしまった。個性の混乱が落ち着いたあとも、それまでの競技のルール内ではそれぞれの全力、つまりは個性ありきの大会は公平性に欠けるとして、様々な競技が衰退して、あるいはルールの一新などが為されたが、世界中で確たるものができず、長年オリンピックは開かれず、個性無しの国ごとの競技会などが以前より規模を縮小して行われている。

 

それに代わるように有名になったのが、日本最難関のヒーロー科国立雄英高校にて行われる、『個性あり』の体育祭。

今ではテレビで全国放送され、国民なら誰しも一度は見るとまで言われるようになった、日本のビッグイベントとなったのである。だからこそ、これほどまでに騒がれている。

最も、本来は2,3年生のように実績と経験を積んだ学年を優先して放送されるため、視聴率や観客もそちらの方が多いのが通年だ。だから1年生は気にしなくていい、わけがない。テレビ放送は完全生中継されるし、そもそも会場は雄英の敷地内にある専用施設が使われ、その大きさは収容可能人数12万人という目が眩みそうな超級サイズである。

つまりは、生徒たちはその10万人以上の人たちの中で、そしてテレビ中継される中で、競技を行わなければならない。1年生が注目されないからといっても数万人規模の一年生の会場の中でテレビに映りながら、その中でベストパフォーマンスをしなければならない15,16歳といえば、その緊張も分かってもらえるだろうか。

 

「で、珍しく緊張してんのか? 飯あんまり食ってねぇみたいだけど?」

 

対面に座っているのは、ルミさん。ラビットヒーローミルコだ。今日はオフにして大会を見に来てくれるらしい。もちろん非常時が会った際には動けるように私服の中に戦闘服を着ていくそうだが。

ルミさんが言ったように、食の進みはあまりよくない。折角ルミさんも昨日から来ていたのでと、すこし奮発した鯛めし、あさりの味噌汁、だし巻き卵にニンジンのきんぴらと昨日のあまりの筑前煮とまぁ個人的に好きなメニューだ。味はまぁ自分なりに上手くできていると思う。現にルミさんは既に3杯目のお替りをしてくれた。耳もピコピコを左右に揺れていたので機嫌も良さそうだ。それはいい。

ただ俺の方はまだ1杯目を半分食べておかずも中途半端。確かに食べきれていない。

というのも、まぁ簡単な話で。

 

「10万人以上の人たちの『色彩』見るとか、本気で嫌だなぁと。後ルミさんが優勝以外認めないって言ってくるのが悪いと思う。」

 

確かに2週間前にトップをとるとは言った。規模もわかっていたことだ。ただルミさんが応援しに来る時点で、まぁこちらとしては少し緊張してしまっているわけだ。主に注目を悪い意味でも集めてしまうというところで。なんせこの人サイドキックも固定した本拠地も持たない自由人なヒーローだ。それが一人の1年生を応援しているとかかなり目立つだろう。

 

無論、嬉しい。義姉がわざわざ休日を作って応援に来てくれるのだ。俺は一応18になる男の子なわけで、実はちょっと恥ずかしいという気持ちもあるが、それ以上に自分を応援してくれる人がいるのは嬉しいことだ。

だがまぁ、この体育祭が終わった後の学校やマスコミなどの対応を考えると、頭が痛い。たぶんルミさんは大声で応援してくれるだろう。だからこそマスコミもヒーローミルコに気づき、その応援先の俺へ対象を当ててくる未来が見える。

 

「優勝は、するよ。そのつもりでいく。その後が面倒なことになりそうで憂鬱なだけ」

「おう!ならしっかり飯は食っとけ。いざって時に力でねぇからな」

 

口角をあげて白い歯を見せながら笑うルミさんは、俺の優勝を疑っていない様子だ。むしろ早くその時を見たいと思っているわくわくしている節まである。………うん、この際、開き直ろう。この笑顔を曇らせるような真似はできない。それに体育祭の準備は万全に整えてきた。今更縮こまっていては、それこそ笑いものだ。

俺はそう心を決め直して、今日のスケジュールを頭に思い描きながら朝食をかきこんだ。

 

既に食事を終えて、茶碗を流しにおいてから、テレビとは反対に置かれた灰色のソファに寝転び、ふわふわの毛並みの白いクッションに顔をうずめながら、こちらを見て何かをたくらむように笑みを浮かべていたルミさんに、気づくことなく。

 

 

 

 

 

いよいよ体育祭の入場が差し迫った、1-Aに割り当てられた控え室は、緊張と期待と不安で包まれていた。もちろん、これが先に言ったような全国へのテレビ中継あり、数万の観客ありの大会だから、ということもあるが、それに加えて、

 

「お、おい、そ、外みたか!?今年の1年生のステージの観客はんぱねぇぞ!!満員どころか立ち見とか、入れない客もいるってネットでも上がってる!なんかやべぇ、俺緊張してきた!」

「落ち着いてくれ峰田。まぁ世間ではヴィランの襲撃を耐え抜いた超新星ルーキーなんて呼ばれてるみてぇだからな。期待度と注目も例年よりも跳ね上がってるんだろ。燃えてきたぜ。」

「いや、燃えねぇよ。ひたすらに不安になってきた。ここでミスったら赤っ恥だぜ」

 

峰田は持っていた携帯端末に『1年の見所!不屈のルーキーA組!』などというポップな文字が躍っているのを見て、先んじて会場まで行ってきた。その結果が興奮半分、緊張半分のような甲高い声色で騒ぐほどに慌て、緊張しながら帰ってきた始末だ。それを聴いて切島のように燃えるように闘志を高める者もいれば、瀬呂のように不安になる者も当然いる。

 

各々がこれからの体育祭について話していたり、あるいは緊張をときほぐそうと違う話題をふってみたりと様々なことをしている中、一人、控室の隅でうんざりした様子でおなかをさすっている姿を見かけた

 

「うー、緊張する。なんか、おなか痛くなってきた。」

「そこのお嬢さま」

「ひゃい!?」

「っと!危ない危ない」

 

そんな彼女に背後から声をかけてしまったので驚かせてしまったのだろう。響香の『個性』イヤホンジャックの先端が正確に心臓と頭に向かってきたのを辛うじてキャッチに成功する。

失敗していたら、開幕前に昏倒していたかもしれん。そう思うとさすがに冷や汗が出た。

 

「悪かった。緊張していたみたいだったから」

「い、いやウチこそごめん。びっくりしちゃってつい…」

 

まぁ今回は特に緊張もするだろう。ただでさえ1年に一回の大イベント。それも前評判で注目を集めている。俺とてそうなのだ。それに加えて音に敏感な響香は会場からの無数の音をもうこの控室からでも聞こえているだろう。

 

そんな彼女の目の前に手のひらを掲げて、『個性』を発動させる。

 

「それでお嬢さん、癒しはいりますか?」

 

発動させる個性の特性は『春』の癒し。

ケガを治すことも可能だが、若干の精神のリラックス効果もある俺の『個性』の特性の一つ。

 

「……なんか、入試の時みたいだね」

「ああ、あの時も響香は緊張してお腹が痛くなってたな。」

「思い出させないでよ。恥ずかしい」

 

2ヶ月前の、初対面の時のことを思い出したのか、少しだけ頬を赤くさせて横に座った俺に拳をあててくる。トン、という軽い音と共に置かれた手はまだかすかに震えているようだった。

 

「俺はあの時、実はちょっと驚いたんだ」

「驚いた? 何を?」

 

小柄な体を椅子の上で体育座りすることでさらに小さく見える響香が、膝に乗せた顔をこちらに向けてくる。

 

「人って死に近くなった時にその人が持つ本当の姿が色濃く見える。だからこそ、あの巨大ヴィランは用意されていたんだろう。典型的な巨体という脅威、死の象徴として。そして多くの人がそこから逃げた。当たり前の行動だ。人として、生物としてはな。

でもそんな中、巨大なヴィランの前で棒立ちになっている初対面の男を心配して、危険を承知で駆け寄ってくる子がいた」

 

思い出す。2か月前のあの日に、最初は緊張していたにも関わらず、あの巨大ヴィランの前にいた俺を心配して必死に走ってくる姿。

 

「最初の印象はナイーブな女の子。次はいざ本番になったらいきなり度胸が据わるクールな子。そして、それとは裏腹に中身はホットな優しいヒーローの卵。そんな奴に入学前に知り合えた。たくさんの人を見てきた。この個性のせいで、人の内面を、嫌なところも余計に見てきた。 だから驚いたんだ。 なかなか、いないぜ。響香みたいな心が綺麗な奴は」

「っ~~~だから、なんでアンタはいつもそういう恥ずかしいことを平然と言うの!」

 

今度の拳はさっきよりも勢いがあってボスボスと俺の肩を叩いてくる。正当な評価を言っているだけなんだけどなぁ。

 

「まぁ、そんな響香だから名前で呼んでいるし友だちと思っている。困っているなら力になりたいとも思う。それで、もう一度聞くが、癒しはご所望ですか?」

 

もう一度、同じことを聞く。こちらを叩いてきていた彼女の左手を右手で受け止め、そこに『春』の特性を発動できるように意識を集中させる。

 

「……ううん。いらない。もうウチは雄英の生徒。ヒーローの卵なんだ。ウチだけ助けをもらうのは、平等じゃないし、ヒーローでも、ロックでもない。」

 

答えは、否定。それは彼女の成長の証だろう。

たった2ヶ月でも、彼女は確かに成長しているのだ。でも少しだけ、頼ってほしかったという考えが頭をよぎって、そんなことを考えた自分に驚いた。

はて、今の俺の考えは少し矛盾していないだろうか、と。

そんな俺の内心を知らずに、響香はもうこちらを見ずに、けれど俺が受け止めていた左手がグーから開かれていて、そのままこちらの手に重ねてきた。

 

「けどさ、個性はいらないから、もうちょっとだけ、このままでいて、いい?」

「ど、どうぞ」

 

不意打ち、だった。つい何も考えずにそのまま手を繋いでしまった。

いや、18にもなって手を繋いだくらいで何を焦っているんだ俺は。これはあれか。響香はイヤホンを刺さずともこちらの心臓を飛び上がらせることができるのか。

そんなトンチキなことを考えるくらいには、今の状況に混乱していた。そのくせ、結局委員長の号令がかかるまで、手は繋いだままだった。

 

 

 

 

 

まぁ俺がそんな調子でいたものだから、

 

 

「宣戦布告、くらいはしとこうかと思ったんだがな」

「アレじゃ、ちょっと声かけづらいよね。」

 

そんな友人たちの声も、

 

「ぐぬぬぬ…憎い。憎いぜぇあの野郎!一大イベントの前に恋愛イベントを挟むなんざ、どこのラブコメの主人公だよ」

「あのクソ留年野郎!俺達は眼中にねぇってか。ふざけやがって…」

 

そんなベクトルは違えども怨嗟と怒気に満ちた、別ベクトルの問題児たちの声も、

 

 

「これって、やっぱりそういうことだよね!?」

「え、ええ。男女で、その手を繋いでいらっしゃるのですから、その、そういうことかと」

「ほえぇー、あの彼岸君が顔赤くしてんの初めて見た」

「そういえばそうね。彼岸ちゃんも耳郎ちゃんも普段はあんまり表情変わらないもの」

「コイバナ……イベントの後に聞き出してやろう」

 

そんな1-A女子たちの声を聞き逃してしまっていたのも、後々になってみると不覚だった。

 

 

 

 

雄英高校体育祭の1年ステージ、そのステージは楕円形の大型観客席が3段に分かれるほどに大規模なもの。その収容人数12万席は全て埋まり、老若男女問わずこれから始まる祭りに興奮と期待を抱いた熱気で埋め尽くされていた。

そしてその中にはスカウト目当てのプロヒーローたち、日本全国の主だったテレビの取材陣が既に放送を始めている。

 

そして、いよいよその会場に1年の部の実況担当を務めるプレゼント・マイクの声が高らかに響き渡った。

 

『今日は年に一度の祭典、雄英高校体育祭にようこそ!!せっかくの祭りだ。アゲていこうぜエヴリバディセイヘイ!』

『yo-koso―!!』

『ノリノリなレスポンスをありがとうよ!さあいよいよ出場選手、ヒーローの卵たちの入場だ!どうせてめーらあれだろ、目当ての多くはこいつらだろ!!?

ヴィランの襲撃を受けたにも拘わらず不屈の精神で乗り越えた期待の新星!!

ヒーロー科!!1年A組だろう!!?』

 

プレゼント・マイクの言葉で更に会場がヒートアップする中、選手の入場口から続々と生徒たちが入場してくる。トップを飾るのは、今言われたように1-Aの生徒21名。彼らが入場したその瞬間、会場に落雷にでもあったように爆発的な歓声が響き渡った。

 

前例のない雄英高校の三桁にも及ぶヴィラン集団の襲撃。それを1年生で乗り越えた21人。そんな風にあの事件は世間に認知され、今に至っている。そのために注目度は他の科はもとより同じヒーロー科のB組よりも高い。それ故の大歓声。

 

多くの生徒が初めての大舞台に緊張と不安で周囲を見渡したりしていたが、やがて気を引き締めて前を見て歩き出す。ヴィランの襲撃を乗り越えた、それはすなわち命のやり取りを体験したということ。最初こそ観客の多さとその歓声に衝撃を受けても、いざとなれば意識を切り替えることができた。たった一度の実戦がA組の一人一人の意思を強くした結果である。

そして更にその中でも何名かは最初から観客も歓声も全く気にもとめないかのように前だけが見て、引き締めた表情と覚悟を決めた目をしていたのを、会場にいるプロヒーローの更に極一部、トップクラスの実力者たちだけはそれを見抜き、口角をあげる。

 

期待の新星、そんなメディアの歌い文句かと思われた一文に、今のところは偽りなしと及第点をつけたのだ。

 

だが、それはあくまで今のところは、だ。

 

これから始まる競技でその力を見せることが出来なければ、注目されている分だけその価値は下がりやすい。

 

それを乗り越えていけるか、多くの者がその真価を目にすべく出場生徒たちに視線を投げた。

 

普通科、サポート科、経営科と他の全ての科も集い、整列する中で、一人の生徒が審判を行う女性教師にしてヒーロー、ミッドナイトに呼ばれ壇上に上がる。

例年どおりならば、その生徒は入学試験の主席。否が応でも視線が集中する。そこに立つのは身長180cmは超え、男性にしてはやや長い肩まで伸びる髪を後ろで紐で結び、鋭い目つきをした少年というよりはすでに青年といった落ち着いた雰囲気を持つ生徒だった。宣誓のために伸ばされた右腕は引き締まった筋肉で固められ、所々に傷跡が薄く見えているのが拡大されたモニターに映し出されていた。それだけでその生徒の鍛え具合がわかる。異形系統の個性ではないにせよ、明らかに近接戦闘を主とするであろうことも。そして、その眼は、鋭く、一点を見つめている。それがどこかはわからないが、周りをうかがうことのない真っすぐな視線を向けて、高らかに宣誓を誓う。

 

『宣誓、我々雄英高校1年一同はこれまで培った全てを発揮し、生徒一人一人が全霊を賭して頂点を取りにいくために邁進すること誓います』

 

一見すると、どこにでもあるような言葉。しかしこれは明らかに焚き付けだ。

生徒一人一人が全霊で頂点を取りにいく。それはヒーロー科だろうと普通科だろうと関係なく、全力を出せという全体への発破に他ならない。

そしてそれはそこで終わらず、更に続けられる。

 

『そして、此処で宣言します。優勝するのは1年A組、彼岸 四季。この俺だと。

文句がある者は全力で、かかって来い。まさかここまで言われて縮こまって全力出せない腑抜けはこの学校には一人たりともいないだろう!?10万人以上の観客、全国へのテレビ中継、それがどうした。

Plus Ultra!! わが校の校訓、胸に刻んで1年全員、力と技と心を出し尽くしてトップを取りにいけ!! そしてもう一度言う。その上で、勝つのは俺だ!!』

 

告げられた言葉に、全国中継で日本各地に飛ばされた言葉に、会場だけでなく日本が湧いた。そしてそれは当然、突き付けられた生徒たちも同様に、怒り、憤り、猛り、迸るように先ほどまでの整然とした姿を崩して己の意思を声に出す。

 

「上等だ!やってやるぞコラ!!」

「見てやがれよヒーロー科」

「いいですね彼。実験台に使えそうです」

 

それは他の学科にもそして当然のごとく。

 

「やりやがったなあの野郎!!」

「ああ、けどこれで後には引けねぇ。やるしかねぇ」

「殺ってやるぞクソ留年野郎。トップは俺だ!!」

 

「轟くん、先を越されたね」

「ああ、こっちから宣戦布告するつもりだったが、手間が省けた」

 

同じヒーロー科にもその熱は伝わり、もはや緊張している生徒など、1年の今この時に至っては一人たりともいない。

 

 

かくして、舞台は整い、雄英高校の一大イベントの幕は上がる。

 

 

 

 

 




まだまだ小説を書くということになれない作者ですが、作品自体は拙いながらも最後まで書ききるつもりですので、今後とも読んでくださる皆さま、どうかよろしくお願いします。

また不明瞭な点や礼を失する点などございましたら、感想やメッセージなどで連絡いただければ幸いです。

それではまた次回に。


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第31話 雄英体育祭 第一競技

今回、また長くそしていつも以上に光景がわかりにくいものになっております。

集団を書くのは難しい。そんな初心者の作品ですが、よろしければご覧ください。


雄英高校体育祭、1年の部の審判を預かった18禁ヒーローミッドナイトは、眼下に広がる光景に満足していた。例年であればヒーロー科以外の生徒たちに目には諦めを含んだ影のある目と覇気を感じられない緊張だけに支配された様でこの開会式を迎えるのが常だ。本当にヒーロー科に行こうとする、あるいはトップを本気で目指そうとするなどという生徒はほんの一握りだった。

しかし今はどうだ。

先の宣誓は、完全にわずかに残った雄英高校の生徒という小さな火に藁を、否、石油をばらまいたように爆発的に広がり、1年のほとんどが『やってやる』と燃えている。その眼にいつか忘れてしまった野心を、闘志を漲らせている。

 

良い!それが良いのだ!!

 

己の全てをかけて苦難に挑む、若き情熱が迸っている。ゾクゾクと背筋を走る興奮を抑えられない。ここ数年、ここまで1年が盛り上がることなどなかった。

 

それを誘導したのは、今年の主席入学者、彼岸 四季。

常に冷静な印象だった。その顔に無表情をはりつけ、考えなど読ませない。イレイザーヘッドに似た合理的主義。だが、それがこの光景を為した。何のことはない。教師と同じだ。相澤消汰と同じなのだ。合理的に見せて、何だかんだで結局情を捨てきれない、そして内に秘めたヒーローとしての熱意はそこらのヒーローなどと比べ物にならない。そんな教師とそして、彼のプロフィールを知る立場故にその口調にどこかのウサギヒーローの姿も見える。ああ、この子は間違いなくあのトップクラスのヒーローの弟で、自分の後輩の生徒だと感じた。その生徒がこの大舞台で放った挑発を含めた選手宣誓。これほど心躍るものはない。

 

そしてそれは自分だけでなく、他の皆の心をも躍らせている。昂らせている。これでこそ祭りだ。

 

「最高よ彼岸君! 最高の祭りのスタートだわ。

さあ、1年諸君!今の気持ちを忘れないで!己がトップに行く気概がなければ何も為せない!第一競技『障害物競走』!!全員参加のスタジアムの外周約4kmの競争!そして忘れてないでしょうね!雄英高校の売り文句は『自由』、コースを守りさえすれば何をしたってかまわないわ!そしてそれは私たちにも言えるわ。私たちが自由に理不尽な障害物を置いてきた道、その勢いで乗り越えてきなさい!」

 

 

 

障害物走と聞いて、思い浮かべるのは前時代であれば校庭のトラック内に設置された平均台や投網くぐり、麻袋の中に入って両足で跳びながら進むなどが一般的だったらしい。純粋な足の速さもそうだが、どんな競技にでも対応できる運動神経が重要であるが、ここ雄英高校に至ってはそれだけではない。

 

まず、スタートからして違う。各自同じ列に並んでスタートなどという生易しいものではない。総勢200人超の人々がスタート地点とされた鋼鉄製の長さ30m、高さ10m弱の門を潜らねばならない。

 

言葉通り狭き門をいち早く潜らなければ競争にすらならない。

スタートですらこれである。その後の障害の脅威度も推して知るべし。

 

だが、それに臆するものは、今この時、一年の部に至ってはいなかった。

 

 

「しゃあ!やっっぁぁぁてやるぜ!!」「ヒーロー科がなんぼももんじゃコラ!」

「あの面に一発ぶち込んでやる!」「やるだけやってやるわよ。見てなさい」

 

全ての選手が鼻息を荒くし、今か今かとスタートを待ちわびる様は長い雄英高校体育祭でもそう見られる様子ではないだろう。

 

(少し、焚けつけすぎたか。怒りや意識を高くもつことで緊張しているよりは動きは良くなっても思考は冷静でいないとケガしやすくなるのだが……これはリカバリーガールから後で説教されるかもしれん)

 

現在の状況を作り出した元凶、ヒーロー科彼岸四季が最後方から更に数メートル後ろに位置しながら、目の前の光景に感想をもらす。

前線に行こうとしないのは、明らかに先ほどの選手宣誓で周囲のヘイトを集めすぎているのと密集しすぎているからだ。ほかの出場者からどんな妨害があるかわからない上に、あの密集ではうかつに個性も使えない。だから、この位置が最善。

 

『さぁ、エブリバディ!用意はいいか!?準備は万端か!?トップを目指す決意はできたか!?できてないなら、今すぐ用意しな。スタートまで残り3秒!』

 

司会進行を務めるヒーロー、プレゼントマイクの声が高らかに響きわたり、その場にいた全員、それこそ会場までが一瞬で騒ぎを止め、スタートの瞬間まで息すら止めるように静まり返った。

 

『2ぃぃぃぃぃぃ!!』

 

全員がいつでもスタートダッシュを決めれるように体重を前に移す。

 

『1ぃぃぃぃぃぃ!!』

 

さあ、祭りの開幕だ。

 

 

「スターーーーーーート!!」『っておい、ミッドナイト、それ俺の役目!?』

 

 

そんな締まらないスタートの合図と共に、しかし、全身全霊で200名超のスタートダッシュは始まった。大歓声と共に、走り始めたその耳には既にプレゼントマイクの言葉すら耳に入っていまい。

 

それほどの集中力、熱意、活気に満ちたスタート。

彼岸 四季がわざと挑発した効果は十分にあったと最高峰、いまだスタートを切っていない身で薄く笑い、ゆっくりと、しかし静かにできる限り無駄なく己の体に身体能力、生物といての強度を上げる『個性』の応用の一つを染み込ませていく。

 

そんな間にすでにスタート地点にいた生徒たちは競い合って一斉にスタート地点のゲートに詰めかける。速度特化の個性、あるいはそれに結いする個性持ち主が先に抜けるが、大半はスタート地点た狭い門に阻まれ、その走りを止めてしまっている。

 

「ちくしょう!ゲート狭すぎだ!」

「どいて!先にいけない」

「どける隙間なんてあるかよ!ちくしょう。」

 

『HAHAHA、スタートゲートで早くも疾走が止まっているぜ!!一目見ればどんだけ狭き門かわかるだろう!?さぁどうする? すでに最初の振るいが始まっているぞルーキー!?』

 

スタート地点である以上、ゲートを通らなければならないのは必定。しかし、その広さでは三桁の人数が走りながらスムーズに通れるはずもない。

 

『気合いが入るのはいいが、そのせいで視野が狭くなりすぎだな。速度に自信がないのであればどのようにしてあの門を潜るか冷静に考えるべきだったな』

 

『コイツはシヴィーーー!!さすがイレイザーヘッド!解説は合理主義者に任せるぜ。そして、最初の苦難を乗り越えられるのは何人いる!?見せてくれよ卵たち!』

 

そんな先達の言葉に反応するように、早くもスタートゲートで最初の動きが起こる。

 

まず一気にトップに立ったのは轟 焦凍。『半熱判冷』の個性で足元に氷を生成する出力で自分の体を前へと押しだし、独走トップに立った。先頭集団を走っていち早く門を抜け出すと同時に、後方の生徒たちの脚元を凍らせて動けなくする。ただ抜け出すのでは飯田天哉をはじめとした速度を得意分野とする個性に追いつかれる。

だからこその密集地帯への氷結攻撃。有効だろう。彼の個性をあらかじめ把握してないものならば。

『おお!!いきなり来たぜ!先頭にたったのは1-A轟 焦凍!自分を加速と同時に後方へ早速妨害だ!! 見づらいリスナーも多いだろうが既に後方の選手たちの足元を氷漬けにしやがったぜ!攻防を同時に行った!これこそ雄英推薦入学者の実力だ!さぁ、他はどうでるよ!?』

『よく見てろよ。すぐに答えは出る』

 

生徒の多くが凍って動けなくなってしまう中、彼ら、彼女らは当然のように集団から躍り出る。ある者は爆炎を手のひらから迸らせて飛翔し、ある者は体から棒高跳びに使うような、しなる棒で氷結を飛び越え、ある者は氷自体を破壊して、氷結の足止めを突破する。

「甘いですわ轟さん!」

「こんな小細工で足止めできると思ったか半々野郎!!」

「体の芯が冷え切る前にぶっ壊せば、ただの薄氷だ!俺の方が固いぜ!」

 

爆豪や八百万をはじめとした実力者はもとより、1-Aのクラス陣はほぼ全員が何らかの方法で轟の氷結を突破していく。

「さすがにクラスの連中には避けられるか。……緑谷と四季が、いない?」

 

轟は軽く後ろを振り向きその様子を確認し、わずかに眉をひそめた。

速度では群を抜く二人、戦闘訓練や実践でも成果を残す好敵手が二人していない。

 

一体、どこにいる。まさかあの二人に限ってまだ他のクラスメイトの後塵を拝しているなどということはない。

 

それだけの確信が轟にはあった。

 

後ろにいないなら、まさかと思い、前をそして上を確認したが、いない。

どこにいった?

まさかと思うが最初の門でなんかあったのか?

 

そう思って速度を緩めることなく、しかしもう一度振り返った瞬間、視界に門が降ってくるのが映った。

 

 

「は?」

 

 

理解が追い付かない。追いつかないが、事態は進む。ついさきほど自分が潜ったはずの門が、高さ10m超、長さ30mのコンクリートや鉄筋でできているであろう超重量物が今自分の上空を飛び越えていた。

轟は驚きながらも本能に従って、疾走していた体躯を左手からの炎の噴射による反作用で無理やり止める。何故ならあの門は自分の行く先に落ちてこようとしているからだ。このまま進めば直撃してしまう。

 

轟音というのもバカバカしいほどの音を響かせ、その重量で大地が揺れた。轟を始めとして先頭グループも、氷結によって脚が止まっていたグループも、そしてスタートの門で詰め込まれていた集団も、目の前の馬鹿げた光景に目を瞬かせた。

 

その上を通り過ぎる影が二つ。

 

空を駆け抜け、脚を止めたグループを一切合切抜き去った。それはおそらくはこの事態を引き起こした張本人たち。

 

緑谷 出久と彼岸 四季が、狙ったように、いや間違いなく狙って地面に叩きつけられてボロボロに崩れた門の上に降り立った。

 

「さぁ祭りの始まりだ!!なのにいつまで固まってるつもりだ!?あまりにも見苦しいから門ごと取っ払ったぞ!先頭はここだ!!さっきのやる気がまだあるなら、追い越して見せろ!!」

「…四季、ホント今日は滅茶苦茶やるね。」

 

両手をあげて大げさに手招きする彼岸とその横で呆れたようにつぶやいている緑谷。

後方の門、1年生のほとんどが詰まっていたスタートゲートは、切り裂かれていた。

 

そこにあるのはゲートがあった先にある通路と同じだけ幅の空白、そしていきなり壁がなくなって、あるいは空中からスタートゲートが降ってくるという珍事にぽかんと思考がとまったまま、彼岸の言葉を聞く生徒たち。

 

『おおおお!?こいつは失礼したぜリスナー!

あまりにも予想外の光景に思わず目を疑っちまって声もでなかったぜ!!

雄英史上初じゃねぇか?スタートゲートをぶった切って、蹴り飛ばすなんて真似をした奴らは!?1-A緑谷 出久と彼岸 四季。まさにクレイジー!!ていうかどんな教育してんだよイレイザーヘッド!?』

 

『俺に聞くなよ。まぁゲートが狭くて通りにくいから広げて通りやすくした、というだけの話だろ。』 

 

『やり方がクレイジーだってんだよ!!しかもまた生徒たちを焚きつけやがったな彼岸!絶対それが狙いだろう!?ったく、ホラどうした1年!!ぼさっと脚止めている暇があったら走れ!瓦礫の上でドヤ顔かましている奴を抜かして度肝を抜いてやれよ!!』

 

会場から発せられたプレゼントマイクの声に、漸く動きを再開する生徒たち。

その様相は煽りに怒りがあふれた者、チャンスだと笑う者、馬鹿げた行動に呆れた者など様々な様相を見せながら、しかし、先頭グループとなっていた1-Aの皆に襲い掛からんばかりの勢いで疾走を開始していた。

 

「いい!?めっちゃ走ってきとる!!」

「焚きつけすぎだあのバカ野郎!」

「こりゃ、こっちもマジで行かねぇと不味いな」

 

慌てるのは1-Aをはじめとした先頭グループ。

とりあえず頭ひとつ抜け出したと思ったところで迫ってくるのは人の波。そしてその表情はどれも必死だ。

 

ヒーロー科といえど全員が全員身体能力に優れているわけではない。

もちろん鍛えてないわけではないが、それでも常人の範疇を超えていない者も多い。

 

だからこそ、気を抜けば第一競技で終わるかもしれないと可能性と危機感を募らせ、それぞれが全力の疾走を開始した。もちろん、己にできる手立て、『個性』を十全に使って。

 

ある者は自分の脚にローラースケートを作り出し、ある者は自分の背後にある尻尾と両足で跳ねるような跳躍で距離を稼ぎ、腰に巻かれたベルトから質量を持った光線を進路方向の反対の地面に斜めに放出することで空を飛んだ。

 

誰もかれも先ほどまでの余裕は一切なし。

 

これでいい。と彼岸四季は思う。

 

せっかく開会式で焚きつけても、最初の関門でそれが消えたのでは意味がない。

せめて、トップを焦らせるくらいには燃え上がって、いや燃え尽きるくらいの気勢を見せてほしい。そうして初めて、切磋琢磨される場所ができあがる。

 

欲しいのは一部の者だけがトップを目指すような茶地な場所じゃない。

全員が頂点を目指して駆けあがってくる熱意と創意工夫に溢れた全霊を賭けた大舞台。

 

その熱意溢れる場所で勝ち上がってこそ、未熟な卵は温められ孵化していく。厳しい切磋琢磨の中でこそ、眩い原石は磨かれるのだ。

 

とはいえ、焚き付けもここまでだ。

 

もう一人、二人とこの元スタートゲートの瓦礫を突破して自分を追い越そうとする者たちも来ている。加えて既に先頭は自分ではない。発破がかかった3人がかけ抜けている。

 

 

轟音と爆音が振り返った先から響き渡る。

彼岸はニヤリと口元を緩めて、その視界の先に、映るロボットの残骸が降り注ぐ場所へと移動を再開した。

そう、歩くようにゆっくりと。

 

 

 

 

『おおっと後方の怒涛の追い上げばかりに目を向けるなよリスナー。既にトップは第一の障害物『ロボインフェルノ』にたどり着いたぞ!!先ほどの前代未聞の珍事を引き起こした片割れ。そして今、緑の紫電をその身に纏い、大型のロボットヴィランをすれ違いざまに殴りとばした!!

比較的小柄にも関わらず、その実態は1-Aのきっての武闘派!現在の先頭は緑谷 出久ぅぅぅぅぅぅ!!』

 

四季から合ったスタート前の打ち合わせ。

どうせなら、問答無用で全員が全力を出せるようにしたいので最初だけ手を貸してほしいという簡潔な願い。

全員が全力を出せるのならそれに越したことはない。だから特に考えもせずに頷いた。

 

結果、四季はいきなり『秋』の特性で生命あるものにしかみえない超が付くほどの大剣を作り出したかと思うと、目の前の命あるものには一切の傷をつけずにしかし無機物は確実に切り裂く剣戟を三線した。地面を縫うかのような一撃の後にスタートゲートの端を左右双方とも両断したのだ。

結果、だれも気付かないうちにスタートゲートは切り裂かれ、そして散歩にでも行くように僕に「アレ、みんなの邪魔だから蹴り飛ばそう」なんて言いながら一瞬だけ全力の強化を行った蹴りでゲートを蹴り飛ばした。もちろん僕も手伝ったが。というか手伝わないと大事故になりかねなかったし。

 

結果として、1年生の皆の道が確保され、四季がさらにあおったことによって、全員がほぼ強制的に全力を出すことにはなった。手段の是非はこの際気にしないことにした。気にしたら胃がいたくなりそうだ。担任の相澤先生の胃はたぶん大丈夫ではないだろう。

 

しかし、協力するのは最初だけだ。

 

みんなが全力を出せる場を作り上げたのなら後はお互いに敵同士。

だから、皆を焚きつけている四季を置いて先に走り出した。

 

もちろん、前を行くのは僕だけじゃない

氷の足場と炎の推進力の同時発動でこちらの加速にもついてくる轟君。煽られまくったことで顔が既にテレビ放送できないほどに目が吊り上がって凶悪面構えになり、おそらくはその興奮状態でいつもよりも威力が上がった爆発の反動をうまくつかって遮るものがない空を駆ける爆豪。

 

僕がかつて入試で3ポイントだった見かけだけのミサイルを放つ3mほどの高さのロボットヴィラン、つまりは第一の障害物となるロボットの群れの一角を殴り飛ばした時には二人は既に僕の20m後方にまで距離を詰めていた。

視界の先には1ポイントだった人と同じくらいのサイズの小型ロボットから0ポイントと同等クラスの巨大ロボットまで数体見え、全体数は数えるもの面倒なくらいにヴィランだらけといった有様だ。

 

これはいちいちロボットに構っている暇はないかな。

などと考えている間に、右側、轟君が滑るように走ってきた側から氷が伸びてきた。

それも僕にではない。その周辺全体が彼の個性によって氷結され、極低温状態となっている。この光景は一度見た。画面越しだったけれど、四季が全開の一撃を持ってしか防げなかったあの大技。

 

「どうせ、ならもっとすげぇモノを用意してほしいもんだ。こっちは、生まれて初めて家族そろって応援に来てくれてんだからな!」

 

発言と同時、左側の炎が燃え盛り、彼の前に溢れるヴィランを小型、大型、超大型関係なく、超級の爆発で根こそぎ吹き飛ばした。

 

 

 

『……なに、なんなのお前のクラス。全員スケールでかいことやるノルマでもあるの?ロボの3分の1が吹き飛んだぞ』

『極低温に冷やされた空気を瞬間的に熱して膨張させる爆発技だな。戦闘訓練で一回やっていたが、その時よりも指向性を持たせているようだ。たった一ヶ月でも成長してるな。あとそんなノルマはない』

 

 

「凄い。流石だね轟君!」

「…嬉しそうに笑うなよ。今敵だぞ俺ら。まぁ、お前たちにばかり良い恰好させられねぇ!トップは俺がもらうぞ緑谷!」

「いいや、トップは僕だ!!」

 

二人して、何もなくなった道を駆けだす。少しズルい気もするが、せっかく道が開けたのだ。わざわざロボが群がっている地帯を行く必要はない。

 

「待てやコラー!!」

 

後ろで爆破音が聞こえるが、あの調子で待てと言われて待つ馬鹿はいない。

元よりこれは障害物競争。争い競うことが目的だ。だから振り向くことなく、脚を前へと走らせた。

 

第一障害突破 先頭は緑谷出久と轟 焦凍、次いで爆豪 勝己。

 

 

 

なんだアレは……。

力に差があるのは知っていた。『個性』が戦闘系のものが多いのがヒーロー科だってのはわかりきったことだ。けど、違う。あの4人はモノが違う。

初めてあった時に練習に誘ってくれた緑谷も、トップ宣言した彼岸も、今ロボを一掃した轟も、それに手のひらから爆破を起こして飛翔するなんて無茶な飛行を軽々と行ってついて行っている爆豪も、他のヒーロー科の奴らと比べても桁が違いすぎる。

 

まともに戦いにでもなったら、俺なんて一発でやられる。

けど、それでも。

 

迫りくるのは見覚えのある顔。入試でみたロボットヴィランの1ポイント。

こんな奴一体にすら、俺は苦戦する。戦闘系の個性とは言い難いから。

 

けれど、アイツは緑谷は言った。

 

自分は昔、無個性だったと。だから必死に体を技術を鍛えて、槍という武器を使って入試に受かったのだと。実際に、この2週間でほかのヒーロー科の飯田とかいう男子生徒にも聞いてみた。確かに緑谷は入試では槍を使っていて、そして今のような超パワーの個性など使っていなかったと。

そんなはずがない。戦闘系の『個性』もなしで受かるはずがないと、俺は2週間、緑谷の手が空いた時に訓練と称して個性なしでの戦闘を挑んだ。

けれど、結果は全敗だった。緑谷は個性を使うと体の表面に緑色が主な紫電が走る。だから『個性』は使っていなかった。あまりにも勝てないものだからイレイザーヘッドに監督として見てもらい、個性事故が起こらないようにと『個性』を消してもらって挑んだことだってあった。

だけどあいつは、俺よりも10cmも低い身長でも俺よりも力も速度も上で、何よりも技術が桁違いだった。俺の拳も蹴りも一つも当たらない。当てられない。全て避けられるか、止められてそのまま関節技やカウンターを決められた。槍を使ってもらった時など動くことすらできなかったほどだ。

 

『個性』を言い訳にした俺と、『無個性』を言い訳にしなかったアイツとのどうしようもない差がそこにあった。

 

なんで俺は、体を鍛えてこなかった。

なんで俺は、戦う術を磨いてこなかった。

なんで俺は……

 

「なんて、言い訳や後悔ばっかしていられるかよ!!」

 

他の奴が壊したロボットヴィランの装甲。それを拾って、目の前のヴィランの顔面に横っ面にぶち当てた。左に流れた相手の身体、隙だらけになった首元に再度装甲板を叩きつけると相手は首元が半分へこみ、その機能を停止した。

 

そうだ。言い訳を言っているときじゃない。後悔をしている時じゃない。

宣戦布告をしたじゃないか。それは自ら退路を断つためだったはずだろうが。

 

ヒーローになる。

 

そう決めたなら、走るだけだ。無様でもいい。恰好なんてかまうな。なりふり構っている間は必死とも本気とも呼ばない。

 

俺は、この体育祭で、結果を残してヒーローになるんだ。

 

 

「1-C心操人使、か。やっぱり悪くない。そう思わないか響香?」

 

「いや、知らないし!?ていうか、何でこんなとこにいんの?さっき追い越して見せろとか言っといて、めっちゃ追い抜かれてるよ!?」

「ああ。ぶっちゃけ最初に『個性』使いすぎてな。ほら、俺の『個性』って基本生命力が命だからな。流石に人を傷つけずに門だけ切り裂いて蹴り飛ばすのは生命力を使い過ぎた。今のままだと正直最後まで持たないかもしれない。つまり、お前たちの後ろで休ませてもらっている。」

「バッカなの!?やっぱり馬鹿なのアンタ!?」

 

『イヤホンジャック』を巧みに操り同時に二体のヴィランロボットを倒しながら、響香はこちらの胸倉をつかんで揺さぶってくる。

正直、10万人以上もの人並みの前で選手宣誓をしたりしたせいで様々な『色彩』を見すぎて車酔いに似た症状が出ているのでやめてほしいが、今現在俺は響香や八百万、障子といった面々の後ろを走ることでできるだけ個性を使わないようにしているので、文句も言えない。

 

「まぁまぁ、落ち着け響香。それにここはなかなかいい環境だぞ。なんせ焚きつけたおかげでみんな俺を追い越そうとして『個性』を使いまくっている。情報集め放題だ。故に後悔はしていない。」

 

「た、確かにB組やほかの科の皆さんの個性などの情報収集ならしやすい環境でしょうが、トップをとるのではなかったのですか?」

「トップ集団、轟や緑谷、爆豪は既に第2関門まで到達しているぞ。そろそろまともに個性を使わないと追いつけないだろう。」

 

障子と八百万からの助言も間違いはない。ただ、まぁトップ集団は三者が互いに妨害しあっているのでそれほど離れてはいない。俺達も回りのヴィランロボを仕留めて走り出しているしおよそあと2分ほどは余裕があるだろう。

 

「余裕があるウチに見ておきたかったんだよ。なんせ情報も聞くだけと見るとでは段違いだしな。それに過去の体育祭の傾向を見る限り、次は何らかの要素で即席のチームアップを求められるかもしれない。その時に最適な布陣をそろえたかったし」

 

「まだ第一種目の第一関門なのに、2種目の心配をしている場合!?」

「心配している場合なんだよ響香。なんせコンビならともかく、集団での戦いでは俺や出久はまわりと合わせづらい。増強系の力をセーブしないと味方にも被害が行く可能性があるしな。だから基本ヒーローやサイドキックは同じ系統の個性やあるいは互いの弱点をカバーしあえる個性で組んでいるだろう?」

「そうだな。それで、いや、まさかお前」

「ああ、俺はお前たちとチームアップしたい。もちろん集団戦の内容によるが、索敵や一撃で相手を昏倒できる個性がある響香、俺のパワーでもそうそう揺らがない身体能力と背後にも目を持つ障子、そして万能性と策略、知略に長けた八百万なら大抵の競技で勝てる。人数次第ではあの心操も加ってほしいところだが、どうだ?」

 

俺の台詞に3人は三者三様に悩んでいる様子だった。

先ほどの言葉、休んでいることも生命力を温存していることも嘘ではない。だが本命はこちらだ。雄英高校は学生のうちからプロになって学ぶことを多く学ばせる、実践教育型の学校だ。そして突発的な現場で即席のチームアップをすることはプロでは少なくない。だからこそ、個人の力を第1種目で測ったのなら第2種目は連携力や対応力を見る集団戦の可能性が高いが、今回ばかりは轟や出久はチームを組んではくれないだろう。

 

「もちろん、そうでない場合もある。だが、例年の傾向や第一種目をみるかぎり、可能性はなくはない。もしそうなった時に俺と組むっていう選択肢を残してくれていると嬉しい、とまぁそんなところだ」

 

実際、この三人の個性は優秀だ。どんな場面でも無駄にはならない応用が利く個性と信用できる人格をしている。だからこそ、誰かに誘われる前に誘っておきたかった。これで、こちらが思ったような集団戦の場合は多少なりとも俺の言葉に乗ってくれる可能性をあげられただろう。

 

「それならそうと早く言えばいいのに…」

「まぁ、あくまで可能性の話だったからな。それに、休みたかったというのも本音だ。とはいえ、そろそろ時間だ。」

「時間?」

 

響香たちが後ろを走っていた俺を振り向くが、それに返答する時間はそろそろ残されていないようだ。2種目目を出久が渡り切った。ならここらが限界点だろう。

 

「俺の言葉、考えておいてくれ。俺はこれから、トップをもぎ取ってくる。漸く、他からもトップの三人も俺のことを意識するような余裕はなくなったみたいだしな」

 

三人とも止まった俺にぎょっと目を剥いたが、それでも走ることは止めない。それでいい。仮にも競技中だ。むしろ妨害もせずに俺の話を最後まで聞いてくれただけでありがたい。

 

さて、収穫はあった。

渡りも一応はつけた。

ならばやることは一つだ。

 

『紅く目覚め、夏の太陽のように世界を焼け。灼熱の時は今。全ての命は闘争の中にしかない』

 

最大出力による、全力疾走。

否。それはただの溜め、助走に過ぎない。その助走のための一歩ですら、先ほどまで話していた響香たちを置き去りにした。そこから始まるのは跳躍。文字通り一つ跳びで2つ目の断崖絶壁エリアに到達すると、そこから右足を大きく踏み込んで再度跳躍した。

 

それは既に人が出してよい速度でも高さでもない。

 

だが、それは多くの人がテレビの中では見たことがある移動方法だった。ナンバーワンヒーローと言われるオールマイトが現場を去る際に利用する砲弾が打ち出されるような異常な速度と筋力にモノを言わせた移動方法。その光景を見ていた生徒たちはそれを連想した者が多かったことだろう。

だが、これはそれとは似て非なるもの。脚に翼でもついているのか、重力が彼女の周りにないのかとでも言わんばかりに、文字通り飛び跳ねて高層ビルの間を、その上を移動する、とあるヒーローにそっくりな移動方法。

 

 

 

会場にいる、彼の義姉はその光景に口角をあげた。

 

 

 

体重と落下エネルギー、そしてさらに空中で回転しながら遠心力も足した3歩目で断崖絶壁エリア『ザ・フォール』を踏破し、障害物競争の大詰め、最後の難関である地雷を敷き詰めた地雷原を突破するという『怒りのアフガン』を視野に入れる。そこにたどり着いているのは三人。当然緑谷出久、轟 焦凍、爆豪 勝己の三名が、それぞれ妨害しあいながらも中腹まで進んでいた。だが、そのスピードは遅い。当然だ。身体能力だけの直線なら出久が最も速い、ならば氷壁で進路をふさごうとする焦凍、そしてその隙に進もうとすると爆豪が爆風で焦凍の周りの地雷を誘爆させ、脚を止めさせる、その間に空中を飛翔しようとする爆豪を出久が拳圧でできた暴風で阻害する。

 

見事なまでの三竦み。

 

だからこそ、隙ができる。ゴール手前で互いが焦り、互いの処理と自分の歩を進めることで頭も手もいっぱいだ。この状態を待っていた。自分という存在を頭の中から消してくれる状態を。

そこに最大速度で飛来する、はるか上空から地雷原を抜ける影に気づくのは、流石の三人もできなかった。

 

「まだまだ青いな小僧ども。先に行くぞ」

 

最後に煽ってから一歩体を押しだし、跳ぶ。それだけで地雷原を抜けた先からゴール地点であるスタジアムまでの距離をゼロにするのに十分だった。

 

全力の増強を行って、わずかに10秒。その歩数はたったの5歩。

 

彼岸四季が最大出力を出すにはタメと自己暗示をする時間が必要である。それ以外の強化では出久の方が速度と力で勝る。それでは多彩な体術や他の特性を使おうとも勝つ確率は下がってしまう。また出久ともみ合いになれば焦凍や爆豪からの妨害をかわすのは難しい。故に避けたかったのは3人と直接あたること。

故に、あえて一度トップ争いから自分を遠ざけて、他のことに手がつかないような状態になったその瞬間に合わせて最大出力で一気に抜き去る。その電光石火の早業こそが、最も消耗が少なく、そして確実にトップを取れる方法であると俺は結論づけていた。

 

そして、今この状態がある。

 

 

『おいおいマジかよ!今年の雄英体育祭! 1年生の部、第1種目! トップを取るという有言実行したのは徹頭徹尾観客の度肝を抜いたこの男! 彼岸 四季!! 堂々の1位でゴールだーーーー!!』

 

 

司会のプレゼントマイクの声をさかいに、スタジアム中から歓声が雨のように降ってきた。そして、その中で既に強化を解いている彼の耳でも聞き取れる声に、遠くでも見えるその姿に目を耳を体を向ける。

 

「よくやったぞ四季―――!!さすがアタシの義弟だ!!」

 

その最大の賛辞を聞いて、その日初めて無表情な男は心から笑って右手を高々と掲げた。

 

 

第一種目障害物競争 1位 彼岸 四季。

 

 




相変わらず誤字が多くてまだ他の話まで直せてませんが、とりあえずいったん物語を進めるのを優先します。

騎馬戦は………正直行き詰ってますので次回は少々時間があきます。

申し訳ございません。


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第32話 雄英体育祭 第2種目 前編

投降が遅くなってきていて申し訳ございません。

年末までは忙しくて流石に時間がとれないので、年明けまでは週に1回程度の更新になるかと思います。

そして、騎馬戦は前後編に分かれます。

次回はできるだけ来週、あるいは今週中に上げますので、見てくださる方々、申し訳ございませんが、もう少々お待ちください。


雄英体育祭第一種目、そのトップを飾った四季に沸いた観客たちの歓声は鳴りやむことをしらないかのように更にその音量を上げた。

 

当然注目していた学年の第一競技であるということもある。トップ争いをしていた三人ではなく、一瞬でその三人を抜き去った第三者、それも開会式でトップを獲ると発言した者が有言をまずは第一種目で実行して見せた、という驚愕とエンターテインメント性もあるだろう。

そしてそれに拍車をかけたのが、大きな歓声に負けないように放たれた大声の主。

私服であろうとかくすことなき天を向く白く毛並みに覆われた長い耳、褐色の肌に腰辺りまでに延ばされた耳の白さに負けない純白の髪に鍛え上げられた筋肉と女性らしい艶やかかさが同居するという矛盾をはらんだ褐色の肌。

20代半ばでヒーロービルボードランキングのナンバーテン入りを果たしている、サイドキックを持たないことでも有名な、ラビットヒーロー ミルコ。

彼女が向けた惜しみない賞賛と自慢げに話す様子が、見事に周囲の目を彼女とトップを獲った彼岸四季に向けられた。それは会場全体に普及し、テレビカメラも新聞社の記者たちも話を耳にするや否や一斉に二人を映し出す。

 

かくして、彼岸四季は朝の時点で予想していた通り、現在のところ日本で最も有名な高校一年生として日本中の注目をさらった。

 

もちろん、今後のことを考えて目が眩みそうな頭痛と、しかし義姉の心からの賛辞にそれでもいいかという喜びと共に、四季はその衆目環視の環境を受け入れた。

 

次の種目のために、既に第一種目で得た情報を頭の中で整理しながら。まだ大会は最初の競技が終わっただけ。戦いとなるのは、これからだとわかっていたから。

 

 

そんな中、第一種目も続々とゴールする者が入ってくる。しかし、今回は例年とは違うことが一つあった。ほぼ毎年ほとんど全てのヒーロー科生徒が第一種目は余裕をもって勝ち上がるが、今回はそうではないということだ。

 

『第一種目障害物競争 1位 彼岸 四季。

第2位は緑谷 出久、3位は轟 焦凍、4位は爆豪 勝己、いずれも1-Aの武闘派トップクラスの連中だぜ!! また目立ってくれたもんだなイレイザー!』

『それより後続集団に目を向けろ。他のヒーロー科ももうすぐゴールするが、そのすぐ背後にサポート課、普通科、経営科、それぞれが全力で迫ってきている。このままいけばA組、B組の幾人かのヒーロー科は第二種目に出られずに落ちるぞ』

 

そう、上位10人程度はやはりヒーロー科は独走状態ではあった。しかし20番台、30番台となると他の科が必死にヒーロー科を超えんと、鼻息を荒くして、全力で勝ちに来ている光景が広がっていたのだ。

正に全員が全力で上を目指している光景。これも彼岸四季が用意した舞台。

ヒーローを目指す者たちに苦難を。ヒーローを諦めかけた者たちに熱意を。

そんなお題目を掲げて言い放った選手宣誓のために、皆が必死に駆けている。

だからこそ、たとえヒーロー科300倍の倍率を超えたヒーロー科の面々であっても多数の障害がある4キロの競争において、追い抜かれる者たちもいる。

 

『HAHAHA! そりゃ仕方ねえさ!それも苦難!ヒーローを目指すなら、泣き言なんざ言えねぇし聞きたくもねぇ!苦難に泣き言言うのは、ヒーローにはなれない!それを乗り越えることこそ我が高校の校訓だぜ!! 1年全員、自分がヒーローになりたいというならあらゆる理不尽はねのけて、死に物狂いで駆けあがれ!』

 

会場だけでなく、スピーカー搭載のドローンを通すまでもなく会場外を走る生徒たちにまで響くプレゼントマイクの声で、更に競争は激化し、その順位は変動していく。

 

 

そんな中、既にゴールしながらも、立ち尽くす人物は二人。

 

 

 

『君の存在を、世間に知らしめてほしい。君が来たと。』

 

そう言われていた。平和の象徴であり、長年世間にそうあれかしと示し続けてきた偉大なる師から弟子へ言われた課題にして願い。託した個性を、思いを結果にして見せてほしいと。

 

無論即座に了承した。1年にも満たない期間ではあるが、僕らに訓練をつけてくれた、無個性でまだまだ弱い僕の意思を認めて、長く長く紡ぎ続けられてきた個性を譲渡してくれた。

 

オールマイトに信頼された、信じて、頼られたのだ。

無個性たる身に与えられたこの『個性』は、期待と信頼の証。ならばその結果をもってしてそれに応えなければ、緑谷 出久に価値はない。ワンフォーオールを受け継いだ9代目としての意味はない。

 

だが、僕はまだ、『ヒーロー』に手が届かない。

 

それどころか、この最強といえる個性をもらった上に、未だ扱いきれていない未熟。50%、それが自分に出せる最大出力。だが、それすら使えきれていない。それが種目でわかってしまった。いつもの戦闘訓練などでは数分ほどしか使わないから気づけないでいた。自分の体は50%の常時維持はまだできていないのだ。考えれば当然のこと。50%が緑谷 出久の最大出力。つまりは全力疾走しているような状態だ。それを、何故当然長時間維持したままでいられるというのか。常に全力ではなく、20~30%による長時間の個性維持とここぞという時の50%の最大出力。それすら意識してできていなかったことで、轟君たちと最後のゾーンで苦戦してしまった。何たる未熟か。まだ彼の隣に立てるだけの、彼が胸に抱えている悩みすら話してもらえない己の不甲斐なさに唇をかみしめる。

 

せめてまずは、自分が師にも届くというところを見せないと、師にも恩人にも顔を向けられない。特に、あの勝手に命を懸けているような恩人に、自分は守られているだけの存在ではないと、示さなければならない。

そのためにも、まずは一勝がほしい。少なくとも彼の底が知れるような戦いをしなければ、おそらく次の決勝ではどのような競技にせよ勝てない。

 

————ならば、なりふり構っていられない。

 

 

 

 

 

負けた。一種目目を終えて思ったのはまずそれだ。

思えば雄英に来てから負けっぱなしだ。

個性把握テストで、戦闘訓練で、この2週間の親父や緑谷たちとの訓練で、俺は負けてばかりだ。

 

ただ強くはなった。親父をぶん殴ったりもした。お互いに殴り合ったりもした。

自分を認められた。炎を使うことをためらわなくなった。氷も炎も自分だと思えるようになった。

家族を得た。いや、逃げ続けた家族を見た。見ることができた。謝ることも謝られることも少しずつだけどできるようになった。

 

けど、それは俺の力だけで為したものじゃない。

いつか四季が言っていた。頑張ったのは姉さんと母さん。勇気をもったのは夏兄、変わろうと、自分のまわりを見ようとしたのは親父だと。

 

なら、俺は、家族に安心を与えてあげたい。

そもそも家族がおかしくなったのは俺の弱さのせいだ。俺が泣き言など言わずにヒーローの道を進んでいればまだ良かった。緑谷を見ろ。無個性でも入試に受かるほどに鍛え上げあげられた技術と体を作った信念がある。俺にもせめてそのくらいの気概があればよかったのだ。母にこのくらい大丈夫だと言えばよかった。父に次の訓練は何だと強がればよかった。せめて、兄がなくなった時に二人を支えることはできずとも、鎹となれるくらいに強ければよかったのだ。だが、それは既に遅い願いだ。今は、今やれることをやるしかない。

 

いずれの夢は今この時は置いておく。今日は家族が見に来ているのだ。揃うことすらほとんどなかった俺の家族が、家族として行動してくれている。だから、せめて今日、俺は家族が安心してみていられるくらいのヒーローになりたい。家族に、俺はもう大丈夫だと。俺の目指すヒーローになるのだと示して安心させてやりたいのだ。

 

そんな『ヒーロー』になるために、これ以上、不甲斐ないところは見せられない。

何より、他人のことばかりにかまけていて自分を餌にしているような、生き急いでいるとしか思えないような友人に、ナンバー2のヒーローに死ぬ気で二度も戦いを挑むような無茶ばかりする恩人に、まずは一発、ぶち込んでやろう。お前の隣には俺がいると教え込まないといけない。

 

 

————だからこそ、必ず次の種目で勝つためには

 

 

「緑谷」「轟君」

「「次の種目——————」」

 

 

 

「第一種目、終了! さぁ次の種目に進めるのは、この面々よ。掲示板を見なさい!!」

 

 

全ての生徒が第一種目を終えた後に、審判役のミッドナイトがその腕を高々と掲げ、その先にある電光掲示板に記された名前を映し出す。

 

そこに書かれた人数は、42名。つまりはやくも160余名が一時予選で敗退ということになる。

だが確かにこの第一種目の狙いはつまるところ振るい。より良い人材を、より熱い人財を、より人を助ける可能性のある仁を持つ財を選りすぐるための振るいだ。

 

それに突破できぬならそれまで。次に世間に自分を示すとしたのなら次の年、あるいは最後の三年生だけとなる。だが現実はただの一度きりなのだ。それを鑑みるならまだ機会が残されているだけ温情があるというべきだろう。

 

だが、それでも今回の結果は結果として受け入れるしかない。

 

つまりはヒーロー科A組からは 青山 優雅、葉隠 透がB組 噴出 漫我、庄田 二連撃、鱗 飛竜、鎌切 尖、小大 唯の6名が1種目目で落ち、心操人使といった普通科、発目明といったサポート課たちが予選を突破したという事実。

 

別にただ単に身体能力だけが劣っていたというわけではない。それも確かに結果に影響するだろうが、それを言うなら高校生という年齢で男女には基本的に多少なりとも身体機能の差が出る。

だが個性全盛と言われるこの社会でたかが男女の差など些細なモノだ。大事なのは自分の個性をどれだけ理解しているか、自分の短所、長所をどれだけ理解しそれを理解した上でどう鍛えてきたのかという事前の努力と研鑽の差が表れただけだ。

それに加えて、今回はどこかの誰かがここぞとばかりに煽った結果、緊張して自分の力を出し切れなかった者と奮起してベストの力以上を出せた者がいたというだけ。

 

要因はある。しかし、大事なのはいつでも結果だ。過程だけを重視して結果をおなざりにするようでは本末転倒だ。いつだって、世界は結果をこそ重視して回る。

そして結果を勝ち取った42名が電光掲示板に映し出されていた。

 

その横に、両隣に数字がかき出された状態で。

左はわかる。1から42まで順番に並んでいることから単純に順位を表しているのだろう。

だが右側には42位の発目 明の横に5の文字がその上の41位の小森希之子の横には10と5ずつ数字が加算されている。

 

その意味は何か。会場も2種目通過者も困惑する中、ビシャッとよく響く鞭の音で司会のミッドナイトに視線が集まる。そして集まった視線の中で彼女は笑みと呼ぶには煽情的な、そして好戦的な眼をして1種目目をクリアした42二名に言い放つ。

 

「予選を通過したのは上位の42名のみ!なかなか良いスタートだったわよ!けれどまだ第一種目が終わっただけ。次の種目は、騎馬戦よ!!」

 

ミッドナイトが指示した掲示板にはデカデカと数百メートル先にも見えるほどの大きさのモニターに次の競技『騎馬戦』の文字が表示されていた。

 

「2種目目の説明をします。1種目通過者42名は最低2人から最高4人のチームになり自由に騎馬を作ってもらいます。基本は普通の騎馬戦と同じルールだけどもう気づいているわよね。それぞれの通過者には順位によってポイントが割り当てられています!振り当てられるポイントは下から5ずつ増えていくシステム。しかし、当然私たちが、雄英高校が、ただ単純にポイントを割り当てるわけがないわよね!?」

 

彼女の手に持つ鞭の先が指し示すのは、1位に表示された彼岸 四季の表示の横。そこにはこの高校でなかったら間違いなく表示ミスを疑う数字が光り輝いて鎮座していた。

 

その数字、実に10,000,000。2位の緑谷 出久の隣に205と表示されていることから、その異常さは言わずともわかるというものだ。文字通り桁が違う。それも目が眩むほどに。

「トップを獲るなら、実質1000万ポイントの奪い合いになるわね。さぁそれを踏まえてどう戦うのか、誰と組むのか、どう戦うのか決めなさい。」

 

そう高らかに、実に嬉しそうに(絶対に私情が、好みが入っている)語り、それに加えて電光掲示板の表示と共に細かいルールを説明していく。

 

まとめると

・基本騎馬は2名~4名チームとする。

・1種目の順位によってそれぞれの選手に持ちポイントがあり、騎手は騎馬を含めた合計のポイントのハチマキを首から上に巻く。そして、通常の騎馬戦同様にそのハチマキを奪いあうことが基本。ただし、当然それぞれの個性は使用可。

 

ここまでは個性を考えなければ一般の騎馬戦とそう違わない。ただルールは更に続く。

 

・ハチマキを奪われる、あるいは騎馬を崩されても失格にはならない。

 

つまりは退場にはならず、起死回生の機会は最後まである。言い換えれば最後の一瞬までトップであっても気を抜けないということ。

そしてもう一つは

 

・悪質な崩しは一発退場。

 

これは随分と曖昧なルールと言える。ある種審判と観客の印象にゆだねられると言っていい。だが、それの意味するところはあくまでヒーローはヴィランを殺すのではなく倒して罪は司法の下で裁かせるという意味を踏襲したものだろう。そうでなくてはヒーローはただの法の下に何でもありの暴力装置、或いはそれ以上の凄惨となってしまう。

そのような考えに向かわせないための保険。それがこのルールなのだろう。故にあえての曖昧さ、客観的にどう見えるのか、どの程度が最善かを考えて行動しろという言外のメッセージだ。

 

 

以上を含めて、現在トップたる1000万ポイントをもつ彼岸 四季は冷や汗が止まらなかった。

 

——やばい。想像の上を軽く飛び越えてきやがった。1000万ポイントのリスクを飲んでチームアップしてくれて、かつ、勝てるだけの人物を確保できるかのか?

 

如何に過去の雄英体育祭の情報収集をしようが、四季の個性は未来視とは異なる。故にこそ、このベッタベタなクイズ番組でもやらないような一人だけの特別扱いを当然とやることを予測していなかった。

 

流石は自由が校風の雄英高校。ほかの1年生よりも年上とはいえ18そこらの小僧ではその考えを全て見通すことは敵わず、その表情は先までの笑みとは別の意味で頬が引きつっていた。

 

無論、その意味はあるのだろう。1位というポジションの重圧は、誰かの命をかけて活動するヒーローが日常で味わう重圧に比べれば極めて軽い。それをあえて重くすることで重圧に慣れさせる、または全員にチャンスを、頑張ればトップを獲れるという意欲を出させる材料にしているのだろう。

だが、何事もやりすぎはいけない。過ぎたるは猶及ばざるが如しという諺を知らないのかと四季は内心呟くが、今更変えられるものではない。

 

「チームアップの時間は今から15分!さあ、交渉の時間スタートよ!!」

 

15分でチームを決めて、個性を話し合って作戦を決めろってことか!?と1位の四季はもちろん、その場にいた最難関の国立高校入学を果たした頭脳明晰な42名はその時間の短さを理解した瞬間に一斉に動き出した。

 

 

 

 

「マジでヤバいな。流石にこのポイントは予想外だ。八百万、障子にも断れるとはな。響香が残ってくれてホントに良かった。ありがとう。いやありがとうございます」

「ま、まぁ流石にここで一人は可哀そうだしね。それに1千万ポイント、つまり実質現状1位なんだし。守り通せば勝ちなんだから、分が悪いってわけでもないでしょ」

 

長い耳たぶを人差し指でクルクルと弄びながら、そっぽを向いて返事をする女子生徒の前で、最敬礼する異性のクラスメイト。時と場所さえ変えれば告白の場面に見えなくもないが、状況は全く別で早く残りのメンバーを決めて作戦を考えなくてはならない。時間はない。そして、その焦りがあったからこそその二人に颯爽と近づく影に二人は気づけなかった。

 

「正直それでも後二人はほしい。まずは「一位の人!!私と組みましょう!!」っは!?」

 

だからこそ、他人に対して距離をとる彼岸四季が女子生徒に腕を抱え込まれるように抱き着かれたのも無理からぬことであった。強引だが三人目のチームメイト獲得である。

なお、その生徒はもちろんその気はなかったが、耳郎響香にはあまりないモノが同年代と比べても大きなモノであり、それが四季の腕を挟むようにして抱きしめていたため、彼女が原因不明の不機嫌に陥って、チームアップするまでにより時間を費やしてしまったことは余談である。

 

 

 

『おおっとこいつはなかなか、いやかなり面白い組み合わせが揃ったんだじゃねぇか?』

『どれどれ……ほぉ、轟を騎手にして機動力の緑谷、万能性の八百万、遠近両方の防御にB組の塩崎か。合理的に面子をそろえてガチでトップを獲りに来たな。ほかに珍しいのはA組の爆豪と飯田がB組の拳藤、角取と同じ組か。ここは意外な組み合わせだな。互いのコンビネーションにはやや不安が残るが、此処の能力で見れば面白い組だ。他はほぼA組、B組だけで組んだだけのようだが…いや…違うな。』

『ん?違うってのはどういうことだよイレイザー?』

 

合理性を重んじる相澤だからこそ、気づいた。

あまりにも、それぞれの組の相性が良すぎる。

これは15分で考えられたわけではない。そしてそう考えた時にそれができた理由にも思い至った。

 

『ここ2週間、彼岸が体育館や演習場の許可をどこかしらとっていて、A組を中心に時にはB組も参加して訓練を行っていた。この体育祭に向けた訓練をな。俺も監督役として同行したことがあるが、アイツ等はただ自分の個性や戦い方をそれぞれでやっていたわけじゃない。お互いに手合わせしたり、あるいは集団戦のようなこともやっていた。

過去の体育祭の資料を集めてその傾向をまとめたものを緑谷、八百万あたりが皆に配ったりもしていたな。だからこの展開、つまりは緊急のチームアップを要する競技もある可能性に気づいていたものもいただろうし、互いの個性を使って切磋琢磨していれば、自分の力量だけでなく互いの個性や性格への理解度も上がる。自ずと自分と相性が良い相手、悪い相手、集団戦が得意な相手、不得手な相手がわかっているんだ。だから迅速にチームを組めたってところだろう』

 

———だが、それなら爆豪と飯田が組んでいるのは何故だ?あの二人は戦闘訓練の初回でこそチームを組んだが基本的に性格が合わないはず。それにB組の拳藤たちが組んでいるのもわからん。余った、わけではないな。爆豪は性格に難があるから個性の汎用性があっても、他に2週間訓練を共にした奴らの方が連携がとれると判断して組むのを避けた可能性がないではないが、飯田は機動力が豊富で体格もいい。騎馬にうってつけだ。拳藤はB組のクラス委員長で人望も厚いと聞いている。………何かあったのかあの組。

 

『なるほどなるほど。今年の1年は勤勉だなオイ。つまり各チーム油断ならないってわけだ。そして肝心のトップ、一千万ポイントオーバーの彼岸は…んん?ヒーロー科の耳郎、普通科の心操にサポート課の発目、ってより集めみたいなもんじゃねぇか?さすがに1千万ポイントには皆恐れを為したかぁ?』 

 

 

「言われているな」

「目立っていますねぇ。」

「アンタらのその余裕なんなわけ?」

「おいおい、大丈夫かよ」

 

上からA組彼岸 四季、H組(サポート科)発目 明、A組耳郎 響香、そしてC組(普通科)心操人使が騎馬を組む。バラバラに見えるのは仕方あるまい。一見何の繋がりもないように見える組だ。実際連携も他の組より劣っているだろう。

 

それでも、

 

「ヒーローに、諦めるなんて選択肢はない。そうだろう心操?」

「……ああ、やってやるよ。」

 

負けないという一点においては、繋がっている。

 

「ええ!私の可愛い作品、ベイビーたちを世間に、企業に、ドンと見せつけてやりましょう!!」

「いい感じで引き締めたかっただけどブレないな発目ぇぇぇ!」

 

繋がっている、はずである。

 

 

各組、それぞれの思惑が交錯する中、第2種目が始まる!

 

 

 




騎馬戦の組合わせとポイントとその後の構想を練っていたら、時間が全く足りませんでした。

そして集団戦って書くの難しいですね。皆さんの作品はスマートにまとめているのに、私は文章のみが長くなってしまって、読みにくいです。

こんな作品ですが、まだ書きたいことが1割もかけてませんので、これからも頑張っていきます。
読んでくださった方々、誠にありがとうございます。今後もよろしくお願いします。


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第33話 雄英体育祭 第2種目 中編

やっぱり2種目終わりそうにないので中編挟みました。

後編はしばらくお待ちください。

あと、爆豪君、キャラ変……といえるかわかりませんが少しずつ原作と乖離していきます。苦手な方はご注意ください。


轟チーム

 

「まずは僕らの誘いに乗ってくれてありがとう八百万さん、塩崎さん」

「いいえ。勝つために必要とされたのであれば応えますわ。それに私も勝ち残りたいですから」

「わたくしも同じです。それにたとえ他の組であろうと緑谷さんや八百万さんは体育祭前の訓練にB組も誘ってくださいましたし、自分たちが作った過去体育祭の資料なども見返りもなく提供してくださいました。受けた恩はしっかりと返さねばなりません。」

 

祈るように両手を合わせる塩崎さんと闘志を燃やして両手を握りしめる八百万さん。

A,B組でも汎用性という点ではこの二人はかなり高い。二人が味方になってくれたことは大きな収穫だ。

 

「それで、基本の戦術だが……いいんだな緑谷。お前が騎手じゃなくても」

「構わない。この中で最もフィジカルに長けるのは僕だ。それに足技も槍を使う時用に鍛えてきた。騎馬が僕の強みを最大限に生かせる。そして、肝心の攻撃を、三人にやってもらいたい。これが、この組のベストだと思う。」

 

「わかった。なら俺たちがまずしなきゃならないことは、」

「もちろん、八百万さんを守ること。ただし、それに気づかれないように最初に奇襲がいる。」

「本命を悟らせないために、か。それなら俺が初撃は担当しよう。八百万、わりぃが最初に金属製の棒を出してくれるか?」

「了解しました」

「塩崎さんは命綱を、僕が手綱を握って……」

「それでしたら緑谷さんもいっそのこと…」

 

四人とも頭脳派タイプであるため、作戦会議は15分をほぼフルに使って細部にまで行われた。結論としては15分の間では十分に及第点をとれるだけの策ができた。

 

「細工は流流、仕上げを御覧じろってところだな」

「ええ。仮に作戦がうまくいけば、」

「あの首位をとっていた彼岸さんにも」

「十分に勝てる。いや、勝とうみんなで。」

このチームならどこにも負けない。

まずは一勝。取らせてもらう。

 

 

 

 

 

爆豪チーム

 

「正直、最悪ぼく…俺一人と爆豪君だけでも組めればいいと思っていたが、声をかけてくれてありがたいよ拳藤くん、角取くん」

「最悪ってなんだクソ眼鏡!俺ならだれとでも組めるわ!」

 

礼をいう飯田とは違って目の前の爆豪は名前すら言わずに手の平から小さな爆発と共に叫びをあげる。そういうところが能力が高いのにほとんど誰も寄ってこなかった理由なんだけどね。

そう思って、私は『個性』を発動して軽くその爆発したような頭にチョップを入れた。ズドンといい音がして、爆豪が地面に倒れこむ。…軽くしたつもりだったけど、個性を使ったのはやりすぎだったかな。

 

「なに、すんだ!馬髪女!!」

「まずは、自己紹介をし直そうか。私は拳藤一佳、個性は今見せた『大拳』。大きさに備わったパワーも持ってる。ここの三人を一人でもって走ることも楽勝。こっちは角取ポニー。」

「ポニーデス。個性は『角砲(ホーンホウ)』いいマス。角を飛ばして攻撃や移動ができます。」

「ああ!?テメェ等のことなんざ知るか」

「爆豪君!そういうところが」「てい!」

 

再度、個性を発動してチョップを入れた。今度は爆豪もガードしたけど、関係ない。再度地面にはたき倒す。

 

「テメェ、ケンカ売りにきたのか。そうなんだなオイ!」

 

かなりキレたようでただでさえつり目な目つきが既に鬼の角のようにとがって視えるのは気のせいではないだろう。でもここで引くわけにはいかない。知っているから。2週間の訓練で、私だけでは緑谷にも彼岸にも勝てないってことを、何度も組手をしてわかりきっているから。それでも負けっぱなしでいたくない。

 

「爆豪、私は勝ちに来た。この体育祭でB組とかA組とか関係なく、勝ちに来た。アンタは違うの?」

「ああ!?勝負で勝ちにいくのは当然だろうが!!」

「だったら、せめて集団戦くらい自分以外を見なさい!アンタ一人で勝てるほど、他の組は、緑谷、轟、彼岸は甘くないってわかってんでしょうが!」

 

そう、こいつはわかっているはずだ。何故なら幼馴染である緑谷が言っていた。爆豪 勝己は天才だと。間違いなくプロヒーローのトップクラスになる才能を持っていると。

第一種目を見て、その確信は深くなった。あの緑谷と、とんでもない破壊力で一瞬でロボを一掃した轟に対しても一歩も引かない気力、体力、そして個性。

緑谷の凄さは同じく武術を個性と合わせて使う者として、そして何度も組手をしてわかっている。その技術、身体能力、分析力は悔しいけれど全部あっちが上。その緑谷をして爆豪は天才と言われた。彼岸は宝の持ち腐れと言っていたけれど。

 

「これは集団戦なんだよ爆豪。あんた一人じゃ騎馬も組めない。それじゃ勝てないでしょうが。勝つために何だってやる!その気がないなら舞台に上がるべきじゃない」

 

こんな正論で大人しくなるタマじゃないのはわかっている。でも、私たちが勝つには爆豪が必要なんだ。

 

「負けっぱなしで、アンタは満足!?私はごめんだ!!」

 

拳が大きくなる、それだけの個性と揶揄されたこともある。けれど、頑張って腕を磨いてきた。武術を学び、個性を伸ばしてパワーを上げた。自分の何倍もある入試のロボットヴィランだってぶっ飛ばして、雄英高校に受かって自信もついた。けれど、そんなのはこの2週間で粉砕された。緑谷の手は分厚く、何度も何度も拳を振るってきた痕があった。彼岸の足技は多彩な軌跡を残して、まともに防御すらさせてもらえなかった。

もちろん、恨みはない。純粋にその技量に、そこまで至った努力に賞賛を送ろう。自分にはまだ努力が足りなかった。それだけだ。

けれど、勝ちたい。勝ちたいんだよ。負けたままじゃいたくない。

 

それは、きっとコイツも爆豪も一緒だと、そう思ったから声をかけたんだ。これで、ダメなら私の見込みが甘かったってことに…

 

「おい、拳藤」

「あっう、うん。何?あれ?名前」

「テメェが俺達三人乗せても大丈夫なパワーがあるのはわかった。角取は人一人くらい運べるってのは何度もできんのか?例えば、俺が騎馬から飛んだとして、回収することはどんくらい可能だ?」

「は、はい。私の角を二つ使えば何度でも可能デス。最高4本あつかえますから、四人とも空に浮かせるくらいならOKデス。」

「なら、俺が敵をヤル。テメェに回収を任せる。飯田は俺の指示に合わせて動け。拳藤、テメェはそのデケェ手で守りを任せる」

 

コイツ、ノッテきた。即座に私たちの個性で作戦を組み立ててる。さっきの形相もなくなって、でも目がさっきよりも鋭さを増している。

 

「勝つ。そのためにテメェ等を使う。それで作戦はこれでいいかよ」

「っ~~上出来!!やればできんじゃん爆豪!」

 

思っていたよりも十分すぎる結果に嬉しくなって、思いっきり爆豪の背中を叩いた。もちろん賞賛と私たちを認めてくれた感謝を込めて。ただちょっと、思い切りが良すぎたのか、三度、爆豪は地面に沈んだ。

 

「………おい、やっぱりケンカ売ってんじゃねぇだろうなぁ!!?」

「ごめん。今のはわざとじゃなくってさ。嬉しかっただけだよ」

 

そういって、地面からこっちを見上げて指の関節をポキポキならしながら立とうとする爆豪の手を握って引っ張って立たせた。その上でがっしりと相手の手を握る。まるで腕相撲をするような握り方になってしまったけれど、まぁこれでも握手は握手だろう。

 

「よろしく爆豪。」

「………おう」

 

2週間前に繋ぎ損ねた握手をして、小さくだけど、確かに爆豪は返事を返してくれた。こうして私たちのチームは完成した。

 

 

「………コイツ、なんかクソババぁに似てやがる」

 

 

そんな呟きは本人以外の誰にも聞かれることなく体育祭の歓声の中に消えていった。

 

 

 

そして、騎馬は出揃い、広いコンクリートのリング上に気合いが満ちる。

 

『さあ作戦は決まったか?覚悟はOK!? どちらがなくとも既に時間はいっぱいだ。

さあエブリバディ、レディ!!スタァァァァァト!!!』

 

プレゼントマイクの轟くような叫びと共に始まった騎馬戦。

始まって早々に直進してくるのは2組。当然狙われるのは1000万ポイントを持つ彼岸チームだ。

 

「実質1000万の奪い合いだ!行くぜ彼岸!!」

「最初っから全力だ!常闇、瀬呂、攻めは頼んだぜ。下は俺たちに任せろ。」

 

 

A組、B組の切り込み隊長は鬨の声を上げる二人、一組はB組の鉄哲、もう一人はA組の切島だ。互いに体を硬化させることができる系統の個性、熱血漢とキャラがかぶっている二人だが、その勢いは正に怒涛。

 

そしてその他の騎馬たちも一癖も二癖もある生徒たちだ。

 

鉄哲を先頭に推薦入学者の一人である骨抜、大きな体躯と体を液体状から瞬時に固まらせる『セメダイン』の個性を持つ凡戸が騎馬を組み、その上には重量級であり騎手としては向かないかと思われる宍田をしっかりと支えている。その巨躯と騎手の宍田がもつ個性『ビースト』でライオンと人を合わせたようなその見た目と化した彼等の迫力は随一だろう。

 

切島の方は逆にスマートが印象を受けるが、全員が曲者と言っていいだろう。防御が固い切島を先頭に右には、腕から伸びる『テープ』の個性で遠距離からでもポイントであるハチマキを狙える瀬呂、左には『酸』を操り迂闊に近づけない芦戸、そして騎手である常闇は『ダークシャドウ』という自律した性格をもち、明確な物体でないため物理攻撃がほとんど通用しない中距離、遠距離では無敵に近い。守りも攻めも考えられた侮れない騎馬だ。

 

その二組に狙われる彼岸は大きく息を吸い込んで、叫ぶ。

 

「真正面から迎え撃つ!前進を頼む」

「「「了解」」」

 

その号令と共に、突進してくる二組を真正面から迎え撃ちに行った。

 

『おおっと!いきなり突っ込んだ2組に対して、彼岸チームも突っ込んでいったぞ!?だがいいのかよ?体格差と個性、両騎馬侮れねぇぞ!?』

『明らかな悪手だ。だが、そんな単純な手を打つほどアイツは甘くない』

 

「男らしいじゃねぇか!だがなめんなよ。」

「……まずいな。一度止まってくれ!彼岸のことだ。何か考えがある」

 

ここで、彼岸チームの行動で、両騎馬の動きに差が出た。

彼岸をよく知るからこそ警戒して止まったA組のチームとポイントを狙うべく動きを止めないB組のチーム。

 

これで、両チームを同時に相手取ることはなくなった。

彼岸の口角がわずかに上がる。そして次の指示は

 

「発目、サポート器具全開B組の方に前進。心操が触れればこっちの勝ちだ。響香は騎手を狙ってくれ」

 

B組との激突コースだった。しかし騎馬は全員疑いもなく進む。

 

「触れたら?鉄哲氏、あの普通科の生徒の個性はわかりませんか?」

「わからねぇ。だが俺達なら当たり負けはしねぇ。このまま…」

 

行くぜ、と言おうとして、ふと2週間前の彼岸の台詞を思い出す。

 

『1-Bの鉄哲徹鐵。個性『スティール』のバリバリの近接戦闘スタイル、であっていたかな?』

 

——相手は、こちらの個性を知っている。それなのに、突っ込んでくる?

流石におかしくねぇか?いくら彼岸の野郎がフィジカルに優れていても、騎馬の身体能力はこちらが上。マトモにぶつかれば結果は見えてる。ならあんなに自信を持つ理由は…

 

「何か仕掛けてやがるのか?」

「どうする?俺か凡戸の個性で相手の脚を止めるか?」

「だが、相手に触れればと言っていましたぞ。どちらにせよ我々は近づかなければポイントは取れない編成。このまま行ったほうが」

 

集団戦、それも騎馬という他人と組んで移動するという特殊な環境故の混乱。それゆえに足が止まり、注意がそれぞればらける。

その間に彼岸チームの騎馬は一気呵成にこちらの手が届く寸前まで飛び込んで

 

「今!」

 

一斉に、三者が騎馬を解き、鉄哲チームの脇をすり抜けるように走り出した。

 

「「「「はあ!?」」」」

 

驚きはチーム全体、あるいはその成り行きを見ていた会場中から発せられたものであった。

 

騎馬戦は基本全員で同じ方向に移動しなければならない。

そしてその騎馬を崩してはならない。騎馬が崩れれば騎手が落下する。

この競技ではそれでも失格にはならないが、それでも騎手が落下してしまえば再度騎馬の形を作るまでどうしたって時間を取るし、無防備になる。

自ら騎馬を解くなど普通は考えない。考える必要すらない愚行だ。

 

だから、いきなりその型を一瞬で破ったチームの動きに全員が驚愕した。

 

否、驚愕したのはそれだけが理由ではない。騎馬が崩れた瞬間、そちらに目を取られて、騎馬を支えている鉄哲たちは、騎手である彼岸四季を見失った。

 

それらが重なって生まれる隙に、宍田の頭につけていたハチマキは掠め取られた。

彼らの騎馬の上空を跳びこえながら、彼がその手にいつの間にか握りしめていた槍に巻き付かせるようにして奪っていったのだ。

 

そして、それに気づく前に凡戸は誰かの手が自分に触れているのに気付いた

 

それは、彼岸チームの騎馬だった心操。触れば勝ちと言われていた男の手が自分に振れている。

そのことに気づいた凡戸はその手を払おうとして、その前に言葉を聞いた。

 

 

「俺より、上に気をつけろよ」「なに?」

 

 

そこで、凡戸の意識は一瞬途切れた。次に気が付いたのは自分の騎馬が全員自分の上に倒れていた時だった。

 

 

『おおっと何が起こった!? 彼岸の騎馬がぶつかる直前で分散して、彼岸自身は空を駆けながら、いつの間にか出した槍でハチマキをゲット! しかし、それに動揺したのか!?B組宍田チーム騎馬が総崩れだーー!!』

 

『最初の前進はおそらくだが彼岸の能力をよく知るA組で編成された常闇チームを警戒させて止めるためのブラフだろう。次にぶつかる前に彼岸が何か言っていたな。おそらく宍田チームが直前に一瞬動きを止めてしまったのもそれのせいだろう。騎馬は一人でも迷いがあると機能しなくなる。その隙をついて、自身は己の身体能力と背中に背負ったサポート科のアイテムで飛び越えながら、個性で生成した槍で騎馬の上空を駆け抜けながらハチマキを取った、というところか。恐るべきは空中機動の最中でもハチマキをとれる技量と、そこに行きつくまでの噓八百……機転だな』

『アンビリーバボー!! 寄せ集めかと思ったが、抜群のコンビネーションみせるじゃねぇか。しかし、あの槍はどっから出したんだ?』

『アレは彼岸の個性『春夏秋冬』の派生技の一つだな。ただアレは一つこの種目向けじゃない弱点があるんだが』

『弱点?言っちまっていいのかよイレイザー?』

『ああ、既にテレビの前の人にはわかっている弱点だ。あの槍はカメラなどの機械には映らない。あいつが形作る物は物質ではなく、生命力という力を基にして作っているから、命ある者にしか認識できないそうだ。』

『それってテレビの前のリスナーたちには俺達の会話もアイツが何したのかもよくわかってねぇってことじゃねぇか!!?メディアに優しくない個性だなオイ!』

 

——だが、B組の騎馬の崩れ方はただの動揺じゃない。おそらくは、心操の個性か。それにサポート科のアイテムを自分にも、他の奴らにも効率よく使わせている。

 

「本当に、油断ならない奴だ」

 

放送のコードを一時的に切って、相澤は珍しく笑みを浮かべて眼下のトップチームを見下ろした。

 

 

 

「テレビに映らないのはプレゼントマイクと相澤先生の解説で補完してくださいよっと」

 

会場にも響くプレゼントマイクたちの実況を聞きながら、背負ったバックパックを左手に握ったスイッチを押すことで起動させる。空気を圧縮排出することで、一時的な飛翔や着地の減速を行ってくれるアイテムだ。エアジェットというヒーローの個性の補助に使うものを参考に発目が作り上げた物だ。

無論これがなくとも飛び上がれるし着地も槍を突き立ててそこに静止すればいいが、騎馬を再度組むときに時間がかからないし、減速している分騎馬の皆に負担がかからない。

 

それ以外にもアンカーを打ち出す装置や高所からの着地を補助したり、響香や心操の走行を補助するレッグパーツに発目自身が背中に装備している油圧式アタッチメントバーなど、本当に多数のアイテムを作っている。

驚くべきはこれらが全て発目自身の作品だということ。

この大会で使えるサポート科のアイテムは自作に限るという制限がつく。

つまりまだ入学して一ヶ月そこらでこれだけのアイテムを作り出したということだ。

サポート科、発目 明。そんじょそこらにいる天才じゃない。Try&errorを繰り返し、それでもめげることなく次を、また次をと進み続ける傑物、ある種の化け物だ。そして今は頼りになる味方。この縁は今後に大いに生かせるだろう。今日は実に運がいいらしい。

 

「とりあえず、ポイントゲット。ついでに今ので心操の個性の不気味さに気づいた奴らもいるだろう。初手は上手くいった。発目のアイテムのお披露目もしといたから文句ないだろ」

「いいですね!1位の人!あなた中々話せる人で使えそうです」

「彼岸だ。あと欲望丸出しにするにはまだ早い。第三競技がおそらく本選。そこで活躍したほうがより目立てるだろう。なら、この2種目目を何としても突破する。いいな?」

「いいですね!!あなた、本当に使えそうです!」

「お前が俺を物として見ているのがよーーくわかった。だがそれもまた良し。次に備えるぞ」

 

とりあえず一騎くずしたが、そう長く混乱はしている場合ではない。すぐに立て直してくるだろう。それにこちらを狙うのは先の2騎だけではない。

 

「四季、7時の方向。障子と…中に峰田、梅雨ちゃんがいる」

「了解!」

 

ほとんど背後から来る飛来物を槍で切り落とし、こちらに伸びてきた鞭のごとき蛙吹の舌を傷つけないように払う。

 

「一人で二人を背負ってしかもほぼ完ぺきに姿を隠すかよ。厄介な作戦思いつくな障子」

 

「俺のアイデアではないがな」

 

方向転換して相手を視認すると目の前にいるのは障子一人だけ。

だが先ほどの攻撃から察するに障子の背中、『複製腕』の個性で殻の様に覆われた中に、二つの顔がうっすらと見て取れた。 

 

「ちくしょう!おいらの初見殺しのアイデアを防ぎやがって。」

「流石ね彼岸ちゃん。 それに気づいた耳郎ちゃんも凄いわ」

 

騎馬を単騎で行えれば、確かにそれが一番機動に迷いは出ない。だが、それを為すには障子のように大きな体格が必要だ。それぞれの個性を生かした上手い作戦だ。

 

そして、それと同時にいくつかの騎馬がこちらを狙ってじりじりと距離をつめようとしている。

だが、俺の身体能力と槍という長物、耳郎のイヤホンジャック、発目の何が出るかわからない発明品、そしてさきほどB組の騎馬を触れたとたんに不自然に崩した個性不明の心操。

 

それらを警戒してどの騎馬も膠着した状態を作っているところで、

 

「っ!9時、緑谷たち、空!」

 

最小限の注意で、つまりはそれだけ余裕がない速度で、飛来するのは二人。

 

この騎馬戦で最も注意していた騎馬の二人。

 

その内の一人、あまりに見慣れたシルエットが太陽をバックに既に金属製の槍を大きく振りかぶっていた。

 

打ち砕く飛翔の槍(スマッシュ オブ スピア アナザー)!!」

 

音速を一瞬で超えた一撃は俺に、ではなくこちらの足場を崩す一撃。

いや、こちらの騎馬の足元だけではない。破壊の余波は10mはあった他の騎馬の連中の脚まで止めざるを得ないほどの振動と破壊痕を残す。

 

槍の穂先が丸く、重くつくってあったのだ。槍というよりは重り付きの棍棒か。

そこに更に突き刺さるもう一つの棍棒。それをもつのは…焦凍!

 

不味い。

 

そう思ったときには棍棒を中心として脚を止めた騎馬たちの足元を氷結が覆っていた。

 

出久が力で足止めして、焦凍の氷結を確実に行わせた。完全に考えられた作戦だ。

だが、二人とも空中。そのまま落ちればルール上騎馬を組みなおさないといけないはずだが。

 

そんな疑問を持つと同時に、答えは出た。B組の塩崎 茨。彼女の個性『ツル』は髪が茨状になっており、伸縮自在でその範囲も広い。それを二人に巻き付けることで一瞬で元の位置に戻して騎馬を組みなおした。

棍棒は八百万の作だろう。そして出久のパワーで焦凍と共にジャンプし、攻撃。塩崎が二人を即座に回収する。見事なまでのヒットアンドウェイだ。

 

槍に氷を砕くためのエネルギーを纏わせ自分たちの周りだけ砕く。しかしそれでも周囲は氷漬け。

足元がおぼつかない中では俺達の騎馬は囲まれている状態。

この状態から早く抜け出さないと、また緑谷たちが来たら不味い、とそちらばかりに意識を向けていたから、背後の気配に気づくのが遅れた。

 

「真後ろ。爆豪!」

「オラぁ!!」

「いつの間に!?」

 

こちらからまだ離れた位置で他の騎馬と爆炎を上げてやりあっていたはずだったが、チャンスと踏んだのか一瞬で飛翔し、こちらに飛んでくる。その首には既にほかの騎馬からとったハチマキが2,3枚握られている。

——おかしい。アイツの性格ならまず一番に俺か出久を狙いそうなものなのに、周りの騎馬との乱戦の中でポイントを取りながら、こちらが隙を見せた瞬間を狙ってきやがった。しかも、爆発なしでこっちに飛んで来た!?

 

爆豪が来るなら爆発音ですぐにわかる。だから離れていたのもあり警戒が薄かった。

咄嗟に槍でガードするが、爆発で壊される。舌打ちする間もなく、頭のハチマキをガードするように両手を上げると、今度も爆発もないままで元いた位置まで戻っていく。だが、その際に脚でこちらの顎を蹴り上げ、避けたと思ったときには首元にあったハチマキ、首にかけていた先ほどのB組から取ったものを奪取されていた。

 

爆豪の組は、拳藤さん、角取さん、飯田。そういうことか。こちらに飛翔するのに爆音がなかったのは拳藤さんが投げて飛ばしたから。そして回収したのは爆豪の腰を挟むようにつけられた角取さんの『角砲』の遠隔操作。それなら爆豪は攻撃だけに専念できるし、こちらが予想したような爆音もない。

そして視線の先では拳藤さんが大きくした手の平で帰ってきた爆豪を受け止めていた。

こいつは思ったよりもずっとヤバい。爆豪がなぜか冷静な上にチームとして機能している。あの才能を無駄にしている、天上天下唯我独尊を悪い意味で実践する爆豪が周りにしっかり合わせて行動している。何があったのかは知らないが、今の爆豪チームはかなりの難敵だ。

 

それに加えて出久と轟のタッグに八百万たちの万全のサポート。出久や八百万がいることからさっきのものとは違う策も練っているだろう。なんせこちらや周囲を崩してきたが、ポイントまでは獲りに来なかったのだから。

 

更に常闇たちを筆頭として、まだこちらを狙うに十分な力と気力を持った面々。

 

「……余裕はなさそうだな。皆、少し早いが、ここから2番目の策で行く。キツイかもしれないが、ついてきてくれるか?」

「当然!」

「勝つためならなんだってやるさ」

「私のベイビーたちを目立たせてくれるならなんでもやりますよ」

「…まぁよし。頼んだぞ皆」

 

3つのチームを主軸にして、騎馬たちは猛り、ステージの中を縦横無尽に駆けまわる。

その戦いも、場が煮詰まり、それぞれの手札を切ろうとしていた。

 

決着は近い。

 




次回で騎馬戦決着!

ですが、次の更新まではお時間をください。


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第34話 雄英体育祭 第2種目 後編

難産でした。
舞台に参加者多いと書くのが凄く難易度あがるのですね。

正直うまく皆さんに伝わるか心配です。

少しだけ長くなっておりますが、どうかお暇な時にご覧ください。


彼岸チーム

 

 

「すまないが、この即席のチームで考えられる策は3つしかない」

 

「いや、3つあれば十分だけど」

「そもそも連携がとれるほど互いのこと知らないし、ぶっつけ本番でどうにかできる相手じゃないだろう。明らかに他の組はアンタのポイントを狙ってチーム組んでるぜ。」

「関係ない。どの道全員蹴散らさないとトップは取れないからな」

 

とか言いつつ、ホントは胃が痛いがな!恩人兼保護者兼見栄を張りたい人が、ヒーロー活動休んでまで見に来てくれているし、義弟と全国放送で言われた手前、最低でも表彰台に上がらないと面目が立たん。

そしてそれ以上に、まだ緑谷 出久には壁が必要なのだ。強くなるための打ち壊す壁が、高く飛ぶための乗り越える壁がいる。

 

だから胃が痛くとも、ガラでなくとも、ヒーローになどなれないとしても、俺がここにいるのだから。

 

「1つ目は奇襲の類、2つ目はルールの穴を付く裏技の類だ。この騎馬戦は、騎手が落ちても失格にならない。つまり落ちなければ、騎手は騎馬から離れて行動できると解釈してもかまわないだろう。そして、それは騎馬も然り。騎馬が組んでいる時に騎手が乗ってさえいればいい。つまり、騎馬が崩れても騎手さえ地面に付かなければ、失格にはならない。かなり強引な解釈だが、それでもルールをわざと曖昧にさせているんだ。おそらくミッドナイトが止めないかぎり、この策は有効になる。」

 

 

 

 

「だからって、1つ目でいきなり騎馬を崩して本人は跳躍して着地地点で合流とか、頭おかしいと思うが」

 

近くにいる、既に手を取って騎馬の形を成す必要もなくなった心操が上空を見上げながらそう切り出した。

「諦めたほうがいいよ。四季の頭の中は少しネジが飛んでる。なんせ2つ目の策は、自分が宙に浮き続ける隙に、私たちが自由に動いてポイントを獲りにいく、だからね!」

 

言い切って走り出すのは彼岸チーム、耳郎 響香。氷の地面をイヤホンジャックの先端を地面にさして自身の心音を増幅し破壊する。人体に使うと防御を無視して内側からダメージを与えたりできる当たりさえすれば一撃必殺になりえる個性。そして、その射程は片耳だけでも半径6メートルほど。およそ人が直接触れられる距離ではない。

 

そして相手は騎馬。そしてその馬は単一の存在ではなく複数人が手を繋いでいるだけの、きわめて不安定かつ、小回りも効かない。その上こちらはポイントたるハチマキを持っていないので狙う意味もない。

 

だからこそ、響香の個性をもってすれば、たとえ同じヒーロー科でもハチマチを取ることは容易だった。

 

そしてもう一人の騎馬、サポート科の発目はその自慢のサポート品を全開に使うことができる。もとよりこの大会のために用意した発明は5つや6つではない。2,3品をチームメイトに貸し出しているが、それでも十全に使えるサポートアイテム(彼女曰く、自分のベイビーたち)をフル活用すれば、明らかに実力者ぞろいの相手を選べなければポイントをとれる。

 

そして最後の騎馬である心操人使には2つ武器が渡されていた。発目が開発した、相手を一時行動不能にするための砲身から放たれた鋼線が相手に吸着し、スタンガンのように電撃を放つ銃が一つ。だがその電力も一度や二度程度なら相手を昏倒させ得る電力があるが、それ以上は電力が続かないという欠点がある。だが、それでも鋼線事態は手元のスイッチで吸着を離して巻き取りが可能。つまりはその機能だけなら何度も使える。

そしてもう一つは、彼岸四季が渡した自分の個性で作ったという先端が輪になっているロープ。もちろん心操は初めて使うものであるため、ロデオのように牛を捕らえるような見事なロービングテクニックなどない。精々が振り回して相手がいる方向に投げつけるくらいだ。腕なり、動きにくい騎馬の足なりが少しでも掛かってくれたら御の字程度である。だがこれには一つだけ仕掛けが施されている。四季の個性の特性『秋』の眠りに誘う効果が込められた品であるということだ。無論、その効果は弱い。四季が作る個性で作る物は基本的に自分が使うものであり、他人が使うためのものではない。そのためロープ全てに眠らせる効果を付与して作るなら眠らせるという効果が心操本人にも及んでしまう。だからこのロープは輪になっている部分にのみ、眠らせる作用を強くさせた品となっている。だがそれでも、あくまで彼岸が使う場合に限って十全な能力を発揮する。他人が使うということは四季の手から離れるということ。つまりは大本の木からとれた枝のようなものだ。本体からの生命力の供給がなければ、数分で消えてしまう程度。使えるのは10回にも満たないだろう。そしてその能力も受けた相手の力と意識が少し抜ける程度の能力しかない。

だがそれで十分なのだ。銃にせよ、ロープにせよ、それは心操の個性があくまで『相手に触れないと発動しない個性』であるとチーム以外に知らしめるための彼岸の作戦。

銃での気絶を狙っているわけではない。ロープでの睡眠を狙っているわけではない。

あくまで間接的、あるいは直接心操が相手に触れるという条件を満たしている上で、相手との会話を成立させるための囮だ。

 

狙うはヒーロー科、B組のチーム。確か拳藤の話では騎手が策略家らしいが、関係ない。こっちには十分に勝機があると心操は判断した。当てるだけが目的のロープと銃を二人の騎馬に放つ。そしてが二つが相手に触れた瞬間に本命の言い放つ。

 

「チョロいなアンタら。終わりだぜ」

「それ、スタンガンなんでしょ。それくらい私の個性……で」

「こんな縄をひっかけたてい…ど…」

「寝てろ」

「は?おい、取蔭!黒色!どうした!?」

 

どちらかのアイテムが当たった瞬間に挑発、命令を矢継ぎ早に繰り出すことで、間接的に触れることで、『直接、ないし関節的に相手に触れることで意識を奪う個性』だと相手に錯覚させる。

そして騎馬が崩れたところで組みなおす前にハチマチをヒーロー科B組、物間チームから取る。サポートアイテムありきとはいえ、ヒーロー科にも戦術次第で勝てる。それはこの体育祭で自分のいいアピールになる。

初見殺しである本当の個性、自分の声に返事をした相手を『洗脳』する個性を隠しつつ、確実に相手の動きを奪える。しかもこのブラフをチームメイトが黙っていてくれれば、次の本選でも使える。そう唆してくたのは彼を組に誘ってきた第1種目1位の人物だ。

 

「ホント、イイ性格してやがるあの野郎」

 

そして無論、三人が別々に動く必要もない。互いが協力すれば、三方向から相手の騎馬を責めることも可能。作戦の立案した者の性格の悪さがにじみ出るような悪辣な作戦だ。

 

そしてその作戦を考えた本人は、戦場のような有様となった会場のはるか上、およそ30m、発目のジェットパックで飛び上がり、ほとんどの者が手の届かない空中で、足元に小さな木の葉の上に立っていた。その上それぞれの騎馬がとったハチマチを『秋』の個性で作ったであろう糸を蜘蛛のように伸ばして即座に回収し、後は高みの見物を決め込んでいる。どうやってそこに立っているのか、何故木の葉なのかなど、考える暇は他の騎馬にはない。なんせ彼の手足たる騎馬たちが縦横無尽に駆けまわっているのだから。本人はその眼下で行われる戦場を笑うこともなく、無表情でただただ見下ろしている。

この男、ぶっちゃけ傍目から見ればヒーローというよりも魔王である。

最も、本当は個性を使い続け、眼下の騎馬たちからの反撃がないかなどに意識をさいているため、見物と言えるだけの余裕は全くないが、そこは天然のポーカーフェイス、つまりはいつもの無表情が有効に働いているおかげでカバーされているだけだ。

だが、その作戦自体は合理的。ポイントも稼げて発目は自分の発明品が随所で目立ち、心操は個性を誤認させ、響香は自分の個性を十全に扱える。故に、彼岸チームは騎手ではなくその騎馬が猛威を振るった。

 

 

対して、騎馬戦の騎馬として十全に動けているのは意外にも爆豪チームだ。

 

「爆豪、次はどこ?」

「もう一回、あの影野郎のところだ!!次でブン獲って来てやる!投げろや拳藤!!」

「よっし!行って、来い!!」

 

豪快な叫びと共に、個性『大拳』で人を包めるほどに巨大化した拳が騎手である爆豪を高速で飛来させる。細かい進路の変更は腰に付けた角取の『角砲』。それで若干の進路の変更が可能。だがもちろん、こんなやり方でまともな人間が相手のハチマチを取ることなどできない。だが、それを為せるのが爆豪 勝己だ。

本来備わっていた反射神経と運動神経、そして手の平から爆破するという攻撃特化に思われる個性を持ってして飛翔を可能とする三次元運動を可能とする頭脳と体幹、そして体の動きを十全に把握する天賦の才。

 

「来たぞ!芦戸、瀬呂、常闇、俺じゃ届かねえ。防御と攻撃、頼んだ!」

「オッケー、迂闊に近づくと危ないよ!『強酸の雨(アシッドレイン)』」

 

飛来するのは芦戸 三奈が腕を振るって飛ばす強い酸性の雨。当たっても重傷にはならないが水泡ができるほどの酸性はある。だが彼女の気質はやはり人命を優先するヒーロー。酸という自分の個性が対人相手では危険なことを理解している。だから雨と名前をつけていても広域に発射せず、目に入れば危険なのを考慮して狙いは下半身に集中している。ならばと爆風を一つ放って酸を蹴散らした。

そして、爆破直後を狙ったであろう瀬呂のテープももう片方の手で焼きちぎる。

 

爆豪は気づいている。既に気づかされている。

この攻防は自分一人なら防ぐだけで精いっぱいで、今眼前に来る影の塊、常闇影踏の『黒影』の猛威を防ぐことまではできなかっただろう。

だが、飛翔を拳藤と角取に任せているため、攻めに専念できる。

 

自分一人で勝つ。

それが理想だ。だが、それで勝てなかったら?

勝てなかった時を既に爆豪勝己は経験した。それも2度も。

惨めだった、屈辱だった、己の無力に、憤死する手前だった。

 

爆豪勝己が定めたヒーロー像はオールマイトの『勝つ姿』だ。

勝てなければ、ヒーローとしての自分に意味はない。

 

ならばこそ、負けたくないと、勝ちたいと初対面でも叫ぶ拳藤一佳に賛同した。

その叫びに、負けている悔しさを呑んで、別の組である自分に声をかけてまで勝利を欲する姿に、協力してもいいと思った。

 

本人は決して認めない。気づいていても認めるにはまだ彼は若すぎるし、考え方に柔軟性がない。

けれど、気づいている。この状況が作れるのはチームを組んだ奴らのおかげだと。

だから、趣旨を曲げてでも、なんとしてもこの場は勝つ!

 

その思いが、爆豪勝己の能力を、頭脳を活性化させる。

 

迫りくる、物理攻撃を無効化する触れられる影という理不尽。

だが、それの対抗策はもうできている。

 

「『閃光弾』」

 

両手を合わせるようにして行った爆破は、今までの火力や爆風重視とは違う爆破。

光に重きを置いた、閃光弾。

それは目の前の影を一瞬でかき消し、眼前に騎手である常闇が驚愕した目でこちらを見ていた。

 

「気づいていたのか!?」

「当たり前だ影野郎!!」

 

近接してしまえば、フィジカルも運動神経も近接格闘技術も上な爆豪が負ける道理はない。フックのような頭を刈り取るような一撃で、ハチマキのみを奪取し、直後に先頭の壁である切島の頭を蹴ると同時に角取のコントロールされた角が爆豪の体を飛翔させ、離脱する。追撃も間に合わない。爆豪が近接できれば必ずハチマキを取れると考えた故のハチマキを取ったかどうか確認もせずに角取が角をコントロールしているための電光石火の早業。

 

そして帰ってくる騎馬を迎えるのは再度拳を大きくさせた拳藤だ。帰還の方法上、背後へと飛翔する爆豪は、当然背後への対処ができないが、それを拳の大きさで本人を丸ごと覆い隠すようにキャッチすれば、隙など生じない。そしてその後に先頭である飯田が『エンジン』の個性を持って即座に場を離脱し、次の獲物に狙いを定める。一定の場所に身を置かずに互いが、互いの能力をフルに使って舞台を駆け巡る。

 

舞台は既に、爆豪チームと彼岸チームが暴れまわる、二組の独壇場と化していた。

 

 

だが、それでも、もう一組警戒しなければならない騎馬があることを、二組は知っていた。

その騎馬が、満を持して動く。既に、騎馬と呼んでいいかもわからない巨体となって。

 

 

「申し訳ありません。コレを作るのに、思ったよりも時間がかかってしまいました」

「かまわねぇ。注文したのはこっちだ。それより行けるか緑谷」

「問題ないよ。上のみんなが振り落とされないように、お願いします塩崎さん」

「了解しました。わたくしのツルで自分自身を固定した上で轟さんと八百万さんの腰に命綱をつけます。決して落とさせませんし、行動の阻害にもならないようにしましょう。」

 

「それじゃぁ、行くか。緑谷、まずは残っている騎馬のポイント取って、試運転。それから、上だ!!」

「了解!それじゃ、機関最大船速で行くよ!」

 

 

『なんだこりゃ!!一体全体この騎馬戦は何回驚きゃいいんだよ!?見てるかリスナー!

会場に、船が出現したぞ!!』

『八百万の個性『創造』で作り出したものだな。上に3人乗っても余裕がある、縦4m、横3mほどの小型ボート……いや、アレは小型戦艦だな。木製の船体の所々に銃身…いや小型の砲門が見える。おそらく…』

『おおっと、イレイザーが言っていた砲門から射出されるのはネット!つまりあれは動きを阻害するネットランチャーかよ!そして足を止めてしまえば、待っているのは轟の氷結と塩崎のツルのコンボ!!こりゃキツイ』

『だが、この非常識な作戦ができるのはそれぞれの個性もあるが、足となって船を高速移動させているアイツの存在だな』

『ああ、そこだな。テレビ!ちゃんと映っているか?会場の皆からは見えにくいだろうから、説明しとくぜ!あの船を、三人分の体重と船事態の重量を軽く持って何事もないように縦横無人に駆けるのは、おそらく1年最大のパワーを持つ、緑谷出久だ!!』

 

 

船が陸を高速で走って迫りくる。

意味がわかるか?その光景を想像できるか?

少なくとも、俺は、俺達は無理だった。

 

雄英高校という有名校に進学できても入学したのは普通科。ヒーローが世界の注目の的として取り沙汰されるこの時代にあって俺達普通科は、ヒーロー科への劣等感を持っていた。

 

だから、この体育祭で、あの彼岸ってやつの啖呵で何が何でもヒーロー科の連中に一矢報いてやるって考えて、我武者羅で走った。その結果、俺を含めて何人かの普通科、サポート科はヒーロー科を押しのけて第2種目に辿りつけた。その勢いで、何とか今まで生き残った。

 

けど、これはなんだよ。

俺より小柄な奴が、船と他三人担ぎ上げてこっちより何倍も速い速度で回りを蹂躙しながら走ってくる。

 

しかもその船、上のポニーテールの女が作ったが10本くらいの棒を三人で一斉に空に放り投げたと思ったら、次の瞬間にはその空を駆けるようにジャンプして、一端船から手を離したかと思うと目にもとまらない手さばきで全部の棒を騎馬の足元にぶん投げやがった。棒が刺さった瞬間なんか、見えなかった。気づいたらデカい音がして目の前に棒があったんだ。

俺たちの足元にも2本、いや後ろからもデカい音がしたから檻みたいに深く差し込まれた棒で俺達を含めて回りの3組ほどが動きを止められていた。

信じられねぇパワー。そしてわけがわからねぇほどの精密さ。どんな個性もってたらこんなことできんだよ。

 

そして次に轟音と共に船が空から落ちてくる。それを小僧……たしか2位通過した緑谷とかいう奴は、何事もなかったかのようにそれを受け止めて立っていた。

 

動きが止まった俺達に氷や網が降ってきて、更に動きが止まり、そこにツルが滑り込んできてあれだけ必死に守っていたハチマチは一瞬で回収された。

 

「ちくしょう!いいよな、そんな個性があってよ!」

 

俺だって、そんな便利な個性があったら、ヒーロー科を目指していたさ。きっと今騎馬を組んでいる奴らだってそう思っている。

個性さえあれば、俺達だってできるんだ。個性に恵まれただけのこいつらに、

 

そんなことを考えた瞬間に、世界が震えた。

 

違う。俺達が経っている会場の半分が、壊れされたんだ。

 

その原因は、目の前にいる、緑谷 出久。その足元、ただの一踏み。

高く、それこそ垂直にまで上げられた脚が、空気を切り裂いて地面を叩いた。

 

震脚って言葉が昔どっかの格闘技だか武術だかであったそうだが、まるでそれを表したような地面を震わせる脚の一撃。

そして、その振動で回りがまともに動けない中で、地面が氷結した。凍傷にならないようにしてあるのか、それほどの厚みはない氷だが、地面とくっついた脚は簡単には動かせない。そんな、動きが止まった、静寂に思える中で、轟音を繰り出した規格外の脚力の持ち主は静かに言った。

 

「世界が平等だったことなんて歴史の中で一度たりともない。

万人が公平な世界だったことも、一度もない。才能も、家柄も、個性も平等にはない。

それでもヒーローを目指すなら、どんな理不尽にも、どんな責め苦にも、弱音なんて吐くな。それはヒーローがやることじゃない。無駄と知っていても認めず鍛えろ。負けるとわかっていても勝つ気で挑め。死ぬとわかっていても迷わず進め。

それができるなら、君だって、誰かのヒーローになれるよ」

 

 

怒っているわけじゃない。自慢しているわけでも、安易な励ましでも同情でもない。

本気で言っている。笑顔で、何の疑問もなく、本気でそう思って言っている。

 

 

ヒーロー科ってのは、こんな奴ばっかりなのか?

 

だったら、ヒーロー科ってのは、天才か狂人の集まりじゃねぇか。

 

既に4組以外はポイントを持っていない電光掲示板の途中経過を見ながら、俺はそこであがくのを止めた。

その結論がもはや俺に一歩を踏ませる気力もわかせなかった。それは俺以外の騎馬を組んでいた連中も同じだったようで、特に何も言われなかった。そして、そのまま一歩も動くことなく第2種目を、最初の雄英体育祭を終えた。

 

狂人か、天才しかヒーローにはなれない。そんな結論を得て、頭が痛くなるような現実を目のあたりにして、俺は昔描いたヒーローという幻想をそっとそこに置いてくることを決めた。

ヒーローはテレビの中だけでいいさ。現実のそれは、俺には重すぎる。

 

 

 

それはおかしな考えではない。むしろ当然の考えだ。狂人ほどの努力をして命の危険と隣り合わせの職業になるよりは普通の幸せをつかむために努力したほうがマシだ。そう考えるのがきっと普通なのだから。

 

 

 

それでも、ヒーローという光に目を奪われた狂人か、才能と普通の努力だけでその位階にまで登れるだけの天才たちだけが、そこに至るのだ。

 

 

そして、その卵たち、一年生たちの、第2種目もあと1分。

 

 

そこで、最有力の上位3組のウチ、2組が一斉に動いた。

 

既に予選通過はほぼ確実。

だから、無理に行くことはない。そのままポイントを維持してればいい。守りに徹すればいい。

だけど、それでも行く。

狙うのは、頂点であるが故に。

 

2組が動くのは同時だった。

きっかけは彼岸の個性によって高められたであろう応援席にも聞こえるような大きな一言。

 

「3つ目の作戦を始めるぞ!!皆集まってくれ!!」

 

その一言で、会場に散っていた彼岸チームの騎馬3名が一か所に集まっていく。

そこに降りるつもりなのか、それともブラフか。

 

しかし、何かをやろうとしているのは間違いない。

彼岸四季は策略家だ。行動にはそのほとんどに何らかの意図がある。だから、その何かをさせる前に叩く!

 

時間も残り1分、攻め時を考えるならここしかない。

 

それが轟チームと爆豪チームの共通した認識だった。

だから飛んだ。一人はチームの助力を得て攻撃に集中するように両手を構えて、もう一組はその船ごと飛び上がり、船上の二人、八百万はネットランチャーを構え、塩崎は個性の『ツル』をあらゆる方向から彼岸へと襲わせるためにツルを伸ばす。

 

その瞬間、四季が身構え、そして呟いた。

 

「俺だけが敵だと思ったか?」

 

 

 

 

『飛んだーーー!!残り一分、遂に空中にいる彼岸四季を狙って上位2チームが襲い掛かる!!二組同時、しかも一組は足場が船って形でしっかりと固定され、一人はチームの個性を使って空中移動が自在!流石に分が悪いだろコレ!』

『違う!よく見ろマイク!!空中にいるのは、2組だけじゃない!!』

『ああ!?ほとんどの組は爆豪チームと彼岸チームにやられて…っコイツは!』

『遮蔽物なし、そして、全員がそう簡単に回避できる余裕もない。こいつ等、狙っていたのかこの状況を』

『ダークホース出現だ!魅せてやれ!!』

 

 

あるチームの数分前の作成会議

 

「奇襲?」

「ああ、俺たち二人は正直持久戦には向いてない。なら一発勝負がいいと思うんだ」

「確かに、俺の『個性』だと他のメンツにもダメージ行くから正直まともにつけねぇ」

「僕の個性も多分歓声にかき消されてほとんど動物に声が届かないと思う」

「ああ。だけど俺達二人は体格がある。そしてお前には器用な尻尾と体術がある。多分轟たちも爆豪たちも最後は間違いなく彼岸を狙う。一ヶ月程度の付き合いだけど、アイツ等がそうやるってことはわかるだろ?」

「ぜってぇヤルわあいつ等。お互いビシバシ張り合ってんもんな」

「そこで、お前だ。せっかく彼岸が何もない空中にいるんだ。俺達は防御と回避に専念。最後の最後で漁夫の利を勝ち取ってやろうぜ」

「オッケー。異議なし!」

「……勝ち進むにはいつか挑まないとな。俺が上鳴を空に投げるよ」

「僕もできるだけフォローするよ。頑張ろう」

 

 

 

ここだ。

ここだけが、俺達が勝てる唯一のチャンス!

ダチから託された思いは、裏切らねぇ!

 

 

「いくぜ!全力無差別放電!!ありったけをくらいやがれ!!」

 

 

 

瞬間、空中に雷光が走り抜けた。

雷の速度は音速のおよそ100万倍。音速でさえ1秒で進む速度はおよそ340mにもなる。その100万倍の速度で攻撃が来るのだ

つまり、雷の発生を見てから避けることは、人間を含む数多の生物には不可能。

加えて空気中を走り抜けるだけの電圧をもつ、上鳴が放つその雷はおよそ150万ボルト。

スタンガンの数倍の威力の放電が空気中に無差別に舞う。

回避は不可能。防御も空中では術が限られる。加えて奇襲という好条件。

 

どれだけの戦闘技術に差があろうと、その速度と威力が十全に機能すればジャイアントキリングも可能なだけの可能性を秘めた個性が今、解き放たれた。

これこそが、彼岸四季の3つ目の策、自分たちではなく、他人の個性を利用することである。『個性』とは十人十色であり、その相性によっては如何に精強な者でも蟻の一刺しが致命ということもあり得る。相性の差。あるいは特定条件における必殺。それは闘争の中では必ずあり得る、そして考慮すべき未知の可能性。

 

故に、そのような想定外を想定した時に防御に徹して空から落ちてくる時にのみ騎馬を為して自分を受け止めるように合図を送るのが、彼岸四季の3つ目の策の全容。自身が万能でも最強でもないと知るからこそ、負ける可能性を踏まえた次善の策である。

 

 

雷光をまともに受けたのは、爆豪だった。攻撃に集中していた、そして相手は彼岸と轟、緑谷と視界が狭まっていた。その隙をつかれた。いかにタフネスだろうとも電気が体に流れれば力を失い、動きを止めて落下する。

 

上鳴も同様だ。上鳴チームは砂籐、口田という騎馬に体格の良い者を配置させている。そして障子が蛙吹と峰田の二人を抱えて騎手としていたと同様に。騎手は二人。

武闘派で近接に優れる尾白と一撃必殺が狙える上鳴だ。ハチマキは近接に優れる武術家の尾白がつけて、体躯とパワー、あるいは近づいてきた者を上鳴の帯電の個性で騎手を守り、いざという時に砂籐のシュガードープによる筋力増大によるごり押しと、尾白が上鳴を個性である尻尾で投げて放電させるという奥の手を持つ騎馬。それが上鳴チーム、いや実際にポイントであるハチマチをつけているのは尾白なので尾白チームの作戦であった。

 

今回はその一つの目論見が叶った形と言えるだろう。実際爆豪を落とすことに成功している。

そして轟チームも無傷とはいかない。あくまで想定していたのは上空の彼岸チーム。次いで爆豪チームだ。いくら頭脳派の4人といえども、乱戦必至の状況、加えてその終盤でいざ狙いの獲物を取るという段階での奇襲には万全に対応できなかった。

 

だが、ほぼ直撃を受けた爆豪と違い、彼岸対策の一つである、塩崎茨の個性『ツル』と木造をした船という足場が偶然にも状況を好転させた。その放電が足場となる創造された船がアース替わりとなり多少なりとも電流は下へと流れ、彼岸を四方八方から責め立てる予定だった個性『ツル』が、無差別放電の電流を各所に逃がした。そして船を担いで飛んでいた緑谷出久は、それらの影響と船事態によって、直撃は免れていた。だからこそ、チームとしてまだ動ける余地が彼等にはあった。

 

「轟くん、僕が行く!切り札使わせてもらうよ!」

 

物理法則などどこかに吹き飛ばしたように、船が彼岸の上に飛ぶ。否、投げられる。

まるで、そこに地面があるかのように、緑谷出久は空中に完全に静止したまま、三人が乗った船を更に宙へと投げた。

 

普通なら、ありえない。

どれだけ力があろうが、オールマイト級の規格の外にいるような力でない限りは、足場という力を支える起点が無くしてそのような芸当はなしえない。

だが、それはつまり足場さえあれば、未だオールマイトには及ばない力しか出せない緑谷出久でもできるということ。

 

 

 

緑谷 出久がここに来て見せた切り札。

それは師であるオールマイトですら、眼を疑った光景だった。そう、ナンバーワンヒーローになる遥か以前、いつも明るく笑顔を絶やさないことで皆に安心を与えるということを教えてくれた、そして受け継がれてきた個性を自分という無個性に渡してくれた、恩師の姿をそこに幻視した。

 

その師匠の個性、『浮遊』

空を自在に浮き、重力を無視して空中に足場を作り遊びまわるかのように縦横無尽に天空を駆け抜ける個性である。

 

だが、相手は彼岸 四季。

緑谷 出久の可能性を誰よりも、師であるオールマイトよりも信じる者である。

 

だから、わかっていた。

この程度の試練は潜り抜けると知っていた。

 

そして、空中にいたが故にこそ、各騎馬の動きも下でせめぎ合っていた者たちよりも把握できていた。だから先ほどの上鳴チームの必殺の奇襲も『秋』の特性で作った大盾で防ぎきっていた。読めていたからだ。機を狙う彼等の希望を捨てていない目を見ていたから、準備が済んでいた。

 

そして、今、自分のあずかり知らない個性を行使した緑谷に対しても、驚くことなく、上鳴の全力放電を防ぎ切った盾に更に力を込めて防御の構えをとった。

 

既に宙に浮くことは考えず、守備に徹する構え。

 

その鉄壁に。緑谷出久は全速の一撃を持って応えた。

まだ使い慣れぬ、そして師にも友にも秘密にしていた浮遊の個性と己の上限である50%の『ワンフォーオール』を全開にして突貫する。

 

決着は刹那についた。

勝負に勝ったのは緑谷出久だ。守備に専念した盾は一撃だけで砕け散った。

しかし、衝突の反動で緑谷は先に地面に落ちていく。まだ『浮遊』の個性を完全に使いこなせていないのか、今の激突でそれを使う余裕がないか判断はつかないが、盾を割ることはできてもハチマチ、ポイントには手が届かなかった。

故に勝負には勝ったが、試合には負けた。つまり、完全に勝ててはいない。また負けた。それが緑谷出久の所感だ。ただし、それは、あくまでも個人の話だ。

緑谷出久を信頼していたからこそ、その底力に警戒して防御を固めた。だからこそ、生まれる隙。それは、上空から彼岸を過ぎ去り、地面へと伸びる氷の疾走。

 

それは父であり、ナンバー2ヒーローであるエンデヴァーの奥義の一つ。いまだ炎では成し得ない凝縮された炎を一点に集中して放つ極限の一撃。その名を『赫灼熱拳』

それを使い慣れた氷結にてアレンジし、船体を土台として地面へと駆け落ちる疾走と化した青く蒼く、光り輝く氷結の拳、名付けられた名を『氷冷一閃』。

 

「獲ったぞ四季ぃぃ!!」

 

その速度と余波でさえ体を凍結させる極低温の旋風は緑谷出久に気を取られすぎた彼岸四季の頭のハチマチ、1000ポイントを確実に獲った。追撃に映ろうにも氷結で制限された体ではそう簡単に追撃はできない。

 

緑谷出久の『浮遊』、そして轟 焦凍の『氷冷一閃』。二人が決勝ラウンドに取っておくつもりだった奥の手二つを開示した末に、彼岸四季のその想定を、策を打破した瞬間であった。

 

そして、高速でハチマチをとったまま落ちてくる轟を、先に落ちていた緑谷が受け止める。

更に船が落ちてくるが、緑谷出久は受け止める。例え、現在慣れない氷結の極致ともいえる技を使って落ちてきたせいで動けない轟をわきに抱えていようとも、片腕のみであっても誰もケガさせることなく、絶対に受け止めるだろう。つまりあとは終了を待つだけとなった現在トップとなった轟チーム。

 

そして、1000万ポイントを失って氷結の余波によりほとんど動けない彼岸四季をサポートアイテムなどを駆使してどうにか受け止めることで精いっぱいの彼岸チーム。

 

 

故に、此処に勝敗は決した。

彼岸四季は緑谷出久の全力を見定めていたがために、轟 焦凍の全力を見落とした。2人と1人の勝負は決したのだ。すなわち、緑谷出久と轟 焦凍の勝利である。

それを、彼岸も緑谷も轟も、そしてそれぞれのチームメイトも確信した。

 

 

だからこそ、勝敗は決した。

タイムアップ直前、緑谷出久が落ちてきた船を受け止め、彼岸四季がどうにか残ったポイントを守るべく動いているのを見て追撃がないことに安堵し、轟 焦凍はチームメイトが無事に降り立ち、握りしめたそのハチマチ、勝利の証に歓喜が沸き上がってきた、その一瞬の油断。

 

そこを一陣の烈風が切り裂いた。

 

手ごわい獲物を倒す方法は代表的な二つ。徐々に追い込んで手負いにして弱らせていくか、あるいは油断したところを、一気に喰い破るかである。

 

そして、今、この時、全員が地面に降り立ったこの時にこそ使える至高の牙を隠し持っている人物と、たとえ全身がしびれていようとも、その誰にも負けたくないという意地を極限まで高めた二人が、勝敗を決した。

 

 

「君なら、獲ってくれると信じていたよ爆豪君」

「ハッ!そんな裏技あるんなら最初にいっとけや、飯田天哉(・・・・)

 

最後の最後、タイムアップ終了直前に、会場を過ぎ去った超高速の集団。

それこそは『レシプロバースト』という使った後にしばらく動けなくなるデメリットを抱えてなお、奥の手として使えるほどの瞬間的に自身の最高速をはるかに超える超スピードで走ることができる飯田天哉と、たとえ体がまともに動かなくとも勝利への執念だけは最後まで手放さなかった爆豪勝己が為した、最後の大どんでん返し。

 

雄英体育祭1年生の部 第2種目 一位 爆豪チーム!




というわけで、2種目目は彼岸でも緑谷くんたちでもなく、爆豪チームの勝利でした。
爆轟君の勝利ではありません。爆豪チームの勝利です。

ここが、実は爆豪くんの分岐点の大きな一つになる予定でした。

違うルートでは爆豪君は拳藤さんたちと組めずに敗退して……というルートを辿っていました。いつかそっちのルートも書きたいですが、まずは正規ルートを頑張ります。

投降が遅くなってすみません。次回は…年末前に投稿できればいいなと思います。


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第35話 雄英体育祭 それぞれの昼休み

読者の皆さま、拙作をいつも見てくださり、ありがとうございます。

実はお気に入り300件突破記念に番外編を書くつもりでしたが、途中で書けなくなってしまい、本編の方を先に書くことにしました。

番外編は体育祭が終わってから書こうかと思います。

年末年始で更新が遅くなっていますが、できるだけ更新はしていきますので、お暇があればまたご覧いただければ幸いです。

また誤字報告をくださったウムル・アト=タウィル様、mizu1212様、ありがとうございます。


『さあ、会場まで足を運んでくれた皆も、テレビの前で見ている皆も、声だけ聴いてくれているリスナーも、ようく見聞きしてくれ!

雄英体育祭1年生の部 第2種目に残ったのはこの四組、

一位 爆豪チーム!

二位 彼岸チーム!

三位 轟チーム!

四位 尾白チーム!

それ以外のチームは悉くが0ポイント!特に上位三チームは他の組のポイントを根こそぎ奪ったな!』

『だが、そこに至るまでの過程も見るべき点がある。途中まで奇策とルールの穴をついて一位を保ち続けた彼岸チームはおそらく作戦は彼岸の発想だが、実際にポイントのほとんどを取ったのは耳郎、発目、心操の三人。それぞれ自分の持ち味を十分に生かした見事な立ち回りだった。

そして立ち回りを言うなら、彼岸たちのように派手な動きをする騎馬に引き付けられた戦場をよく観察し、一発逆転を狙いながらも堅実に自分たちのポイントを守り通した尾白チームも評価に値する。最後の一発逆転狙いの大規模放電も悪くなかったが、彼岸は上空からそれを予想していたようだったな。あの一撃を放つならほかの三チームが激突した後の方が効果的だったかもしれん。しかし、騎馬としての総合力ならおそらく常闇チームや宍田チームの方が現状、上だった。それを補ってあまりある冷静で合理的な判断で守りに徹して乾坤一擲にかけたチームプレイ、納得の四位入賞といっていいだろう。』

『正直確かにあのチームは意外だったな。砂糖もパワータイプでごり押しタイプだし、上鳴も熟考するタイプにはみえねぇ。作戦を組み立てたのは尾白か口田か?』

『さてな、そこはわからんが……この体育祭前にA組、B組は彼岸が体育館やら演習場やらの許可を入学初日に既に取っていて、そこで希望者が集まって互いの訓練や自身の個性の応用などを確かめていた。そこで、あの四人も他の騎馬の個性などを多少なりとも把握できていたんだろう。だからこそ冷静な判断をしてできるだけ目立たない立ち回りをすることで、最後まで生き残ることができた。』

『事前に情報を得ていたからこそ、安易な行動をせずにいたってことか。』

『そうだな。対して轟チームはその逆ともいえるな。最初の奇襲で自分たちの脅威度を回りに示すことで回りの騎馬が迂闊に近づけないよう印象付け、八百万の小型戦艦を作るまでの時間を作り、彼岸の作戦を全員で打ち破った。チームの作戦も1000万以外は狙わない、つまりは彼岸チームの打倒をコンセプトにしたものだろう。それは見事に達成されたといっていい。八百万の『創造』、塩崎の攻防自在の『ツル』、そして土壇場で彼岸の想定以上の力を発揮した緑谷と轟。それぞれの準備を整えて彼岸の能力と策を乗り越えたのは見事だった。だが、惜しむらくは最後の油断だな。

一位の爆豪チーム。正直俺はここが一番驚いた。A組の担任として、爆豪の性格は理解しているつもりだった。非凡な才能と上昇志向の塊であるが故に、誰かとの協力すら拒む姿勢。どれだけ才があろうとも、その未熟な精神性を直さなければヒーローには決してなれないと評価していた。だが、変わった。明らかに飯田、拳藤、角取との確かなチームプレイができていた。そして、その上で最後の最後、切り札を隠し持っていた飯田と体がろくに動かなかったであろう状態でも勝利を諦めなかった精神力。全チーム最多のハチマキの数と1000万ポイントという頂点の証。個々として優れていたのは別にいたかもしれん。だがチームとして優れていたのは間違いなくこのチームだった。胸を張っていい結果だ』

『確かにな!チーム分けの時に拳藤が2,3回爆豪を張り倒していた時はあのチームダメじゃねぇかって思ったけど、終わってみれば一番チームとして機能していたかもしれねぇ。ある意味拳藤のファインプレーだったのかもしれねぇな。』

 

———爆豪は滅多なことでその意志を変える奴じゃない。その変わりようは勝利への貪欲さか、あるいは山田が言ったようにB組の拳藤たちと何かあったか、またはその両方がうまくかみ合ったのか、いずれにせよ、これで爆豪は確実にヒーローとして一つ前に進んだ。

 

『次の決勝ラウンド、楽しみになってきたな。ほかの連中もここで終わるような軟な精神はしていない。決勝に進んだ連中は、どいつもこいつも油断ならないぞ』

『OK!!これでひとまず午前の部を終わるぜ!昼休憩とレクリエーション競技の後で、いよいよ雄英体育祭、最後の種目!聞いて驚け、見て騒げ!今年の最終種目は一対一のガチバトル!決勝種目『個性あり』の『ガチバトルトーナメント』だ!! ただし大怪我・致死になりかねない攻撃は禁止だ!目指すのはあくまでヒーロー!倒して捕らえるのが本分であることを忘れずに、実践と同じ気持ちで全力で競え卵ども!それじゃあまた午後の部で!よし、飯に行こうぜイレイザー!!』

 

 

 

 

 

 

「すまなかった響香、発目、心操。みんなは確かに俺の期待どおり、それ以上の活躍をしてくれた。しかし俺は1000万ポイントを守れなかった。お前たちの頑張りに水を差してしまった。本当に、申し訳ない」

 

頭を下げる。途中までは策の通りに事は進んだ。轟・出久チーム、爆豪の動き、そして第三者、上鳴の動きまではほぼ予想の範疇を超えなかった。だが、出久は俺の知らない動きをした。焦凍は俺の予想以上の完成度の技を放ってきた。そして、爆豪は俺が予想していなかったチームプレイをもって2種目目の一位を攫っていった。

 

情報を集め、策を敷き詰めても、それを超えてくる者たちがいる。

 

俺などの予想を、見地を、その熟慮の果てをあっさりと突破していく者たちが出てきたのは嬉しいことだ。だが、それでも俺を信じてチームを組んでくれた皆の期待を裏切ってしまったことは謝らねばならないことだ。

だから頭を下げたままで、皆の批難を待っていた。だがそんな俺の頭を三つの拳が上から落ちてきて、少し小突いた程度の衝撃が来て、それだけで終わった。

 

「なに謝ってんの。作戦十分に通用したでしょ」

「ええ!私の発明品もこれでもかというほど目立たせることができましたよ」

「結果として、1000万を失っても、俺達がとった点数で決勝種目まで進むことができた。これは俺の目的も、俺達の目標も叶っている。お前が謝ることは何もねぇだろ。むしろよくあの猛攻から1000万ポイントだけで済ませてくれたってお礼を言いたいくらいだ」

「……だが、1位ではない。心操も発目も1位の方が目的により近づけたはずだ。それを許したのは俺の未熟で」

「バー――カ」

 

そんな声と共に俺の額に伸びてきた小さな手がデコピンをぶつけてきた。痛くもない一撃は、しかし確かに俺を瞠目させた。顔を上げた3人に映る『色彩』には微塵の陰りもなく、むしろ2種目目前より、より輝いて見えたのだ。

 

「ウチと心操はヒーロー志望、発目はトッププロさえ舌をまくサポートアイテムを作る職人を目指してる。そのために私たちは四季とチームを組んで、決勝種目に上がれた。次は個人種目。存分に自分を示せる場所に皆でたどり着いた。ならいいじゃん。アンタ一人の力と策で勝つよりも皆で生き残ったこの結果の方がウチは嬉しいよ。」

 

歯を見せて、童女のようにあまりに明け透けに笑う響香。そこには一切の嘘も見られず、むしろどこか優し気な印象すら受けた。童女の純粋さと母性がまざりあったような不思議な印象だった。

そしてその両脇から残る二人のチームメイトが声をかけてくる。

「私のベイビーたちは先ほど言ったように大活躍しました。あなたの浮遊を助け、他のチームからポイントをベイビーたちの力を見せつけながら獲ったときは会場のサポートアイテム会社の皆さんも大注目されてましたよ。実にいい作戦でした。私は大満足ですとも」

「俺はアンタのおかげで個性の全容を知られることなく決勝種目までこれた。それにヒーロー科の騎馬だって、やり方一つで倒せるって自信もついたよ。だから、あんたに謝られることなんて一つもないぜ」

 

両脇を見て、最後に笑顔で響香が声をかけてくる。乾いた地面に降る雨のように染み込む声色だった。

 

「そういうことだよ。だから、アンタが謝ることなんてない。むしろありがとう。私たちは、まだ先に行ける。私たちみんなの力で、先にいけるんだよ。だったらここは『ごめん』とか『申し訳ない』とかそんなロックじゃない言葉じゃないでしょ」

 

「……ああ、そうだな。言う言葉を間違えていた。響香、心操、発目、短い間だったが、俺の無茶な策に付き合ってくれて、勝ち残らせてくれたことに感謝する。本当にありがとう」

 

俺の言葉を聞いて、3人はそろって破顔した。

なるほど、絆というものは、友情というものは意外と時間をかけずとも築けるものらしい。

俺も、きっと3人のように破顔して笑うことができていたかもしれない。

 

 

 

 

 

 

〈幕間、昼食 轟家〉

 

 

 

「さて、じゃあみんな手を合わせてね。いただきます」

 

「「「「「「いただきます」」」」」」

 

『氷結』という周囲を冷やし固める個性とは真逆の、聞くだけで心が温かくなるような優しい声の後に全員が合唱して唱和する。小学校のような光景を大の大人たちがやっているが、その光景を滑稽と取るほどに世間の心は腐ってはいないだろう。

むしろ大人になっても家族仲良くそうやって食卓を囲んでいる姿は理想的な家庭に見えるかもしれない。ただしそこに、

 

「何故、お前までいるのだミルコ?」

「ああん?細かいこと気にすんなよエンデヴァー。アタシだってアンタの仏頂面眺めるよりは義弟の顔見ながら弁当つつきたかったよ。」

 

にらみ合う日本トップクラスの2大ヒーロー達がいなければの話だ。

片方は我が義姉ラビットヒーロー、ミルコ

片方は日本で2位、そして事件解決数でいえば日本でトップを誇るフレイムヒーロー、エンデヴァーだ。

 

「けど冷さんと友だちに誘われたってんなら仕方ねぇだろ。だいたいウチの義弟が出久以外の奴から飯に誘われるなんざ初めてなんだぞ。」

「それは……いや、すまん。そうだな。そういえば焦凍が友だちを呼んできたもの初めてだったな。つまらないことを言ってすまなかったミルコ、彼岸……くんも。」

「…アンタ、ホント丸くなったな。まぁ検挙数は前より上がってるみてぇだし、いいんだろうけどさ」

 

以上が俺と焦凍の頬を軽く引きつらせて保護者二人の会話である。

現在俺たちはランチラッシュが切り盛りする食堂には行かず、それぞれの家族が作ってきた弁当をつつきあい、食卓を共にしている。

というのも先ほどあったように冷さん、つまり焦凍の母親が久しぶりにあった俺を食事に誘い、焦凍もそれに乗って一緒にどうだと言ってきたためだ。出久はオールマイトに用事があるらしく断っていたが。ちなみにせっかくだからと俺に『秋』の特性を使ってテーブルを出せと言ってきたルミさんの一言でスタジアムの一角に弁当を乗せる円形のテーブルを作ってそこで俺と冷さん、冬美さんが作った弁当を広げていた。個性の無断使用かと思ったが、トップクラスのヒーローが言ってきたのだからセーフだろう多分。

 

「あれ、この卵焼きの味付け、母さんと同じだ」

「冷さんに料理の基本を教わったりもしましたから、味が似てる物も多いんです。ところでこのエビチリ作ったのは冬美さんですか?辛目ですけど美味しいですね」

「ありがとう。少し中華系の料理にも挑戦しているんだ。四季くんはまた料理の腕あげたね。味もそうだけど、彩りも綺麗で他の食材に味が移ったりしないようにしてるし、女子力でまけちゃいそうだよ」

「いえ、まだまだです。いまだランチラッシュ先生の足元にも及ばず…恥ずかしながらまだ味も技術も盗めてません。」

「いや四季は雄英で何してんの?」

「そうか?お前の作ってきてくれる弁当、いつも十分美味いぞ」

「いつもって言った?焦凍そんなに四季の弁当食ってんの?」

「二人が仲良くて、母さん嬉しいわ」

「ああ、そうだね母さん。それは嬉しいけど、普通の高校生男子は友だちに弁当作ってこねぇから。」

「けど、ランチラッシュ先生には及ばないだろう?」

「ああ。だけどお前ならいつか超えられると信じている」

「ありがとう焦凍。俺、これからも頑張っていくよ」

「お前ヒーロー科だよな?頑張るところソコじゃなくね?」

「歴戦のヒーローに挑むとはな。身の程を知れ小僧」

「言ってろ火事オヤジが。これは俺の矜持の問題だ。卒業までに、俺はあの人の技術を盗んで見せる」

「何、雄英に調理師科って新設されてた?」

「おお、お前の飯が旨くなるとアタシも嬉しい。頑張れよ四季!」

「ツッコミ役足んねぇよ!なにこの空間。天然とバカしかいねぇよ!」

 

「「「「「夏雄(夏雄さん、夏兄、夏くん)うるさい(から静かにしないとだめよ)」」」」」

「俺がおかしかった?いや、もう少しまともな感性の奴いねぇの!?」

 

そんな感じで、昼食は楽しく美味しく過ごすことができた。炎司さんの方もどうやら家庭もうまくいっているらしい。少し前に2度ほど殺し合ったがその時よりもずっと目が落ち着いている。そして、冷さんも冬美さんも、夏雄さんでさえ笑顔でその中に焦凍がいる。それが何よりうれしかった。何故か夏雄さんは疲れていたが、きっと大学が忙しいのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「少しだけ変わったかと思っていたが表面だけ、か…」

「親父?どうかしたか?」

騒がしい昼食を終え、ミルコと彼岸は去っていった。その片割れを見てどうしても過去のことを思い出してしまう。

ナンバー2ヒーローを相手取り、隔絶とした実力がある自分にボロボロに負け、しかし関係なく次も挑んできたあの時の少年は、自分に死のイメージをさせて必殺の技すら使わせた上で、腹を焼かれながらもこちらを殴りぬいたあの狂人は、やはり狂人のままだった。

だが、あれもヒーローの一つの形。あるいは……敵と判断したモノにとってのヴィラン。

全てを■■ための装置。狂人たちが望んだままの救世主。

この家にとっては、間違いなく恩人だが……

 

「焦凍、彼岸とは友人なのか?」

「ああ、大切な友だちだ。」

「そうか……なら、覚えておいてくれ。もしその時が来たら躊躇うな。」

「は?」

「今はまだ知らなくていい。だが、頭の片隅に入れておいてほしい。お前もあの緑谷君もいつか、対峙する可能性がある。悪ではない。しかし善でもない。人々が求めた一つの形と。その時、彼岸四季を本当に大切な友人と思うなら、どうか躊躇ってやるな。」

「どういうことだ?」

「今は知らなくていい。お前がヒーローになった時に話そう。もしお前にまだヒーローになる気があるのならの話だ。俺は、正直もうお前に、お前たちにこんな地獄のような世界に来て欲しくない」

「あなた……」

「ホントに変わったな親父。」

 

昔ならこんなことは言わなかった。ヒーローにナンバーワンになると、そのために努力して努力して、それでも足りなくて、届かなくて、子どもたちに頼った、願った。いやそんな柔い言葉ではない。縋りつき、ナンバーワンになれと、呪ったといっていい。自分の子にだ。父として、一人の大人として守らなければならない幼子にそのような行為をして、平気でいた。度し難い。その有様があの狂人の一族たちと何が違うというのか。

 

「お前が望めば、それを止めはしない。だが、まだ引き返せる。お前は頭もいい。まだどこへでもいけるし、何にでもなれる。ヒーローでなくとも大成できる。人並みのそれ以上の幸せを手に入れられる。だから、引き返すなら」

「もう決めたんだ」

 

振り返った先に、俺がいた。いやかつての俺が、まだナンバーワンなどに固執しておらず、ただヒーローになると叫んでいたころの幼い俺がいた。

 

「俺はヒーローになる。俺は俺が思い描いたヒーローになるって決めたんだ」

 

ああ、橙矢見ているか。こいつもお前と同じ目をするようになった。キラキラとヒーローを目指す目をしたころのお前と、ずっとずっと昔の俺と同じ目をするようになった。

ならば、もう止まらないだろう。ならばせめて父親として、ヒーローとして育てなければ。どうかその道を正しく行けるように、俺のように間違えないように。そして、どうか。

 

「ならば死ぬな。せめて俺や母さんよりは後に死ね。それだけ守ってくれればいい」

 

そう、それだけ守ってくれれば、多くは望まない。

それが、どれだけ親の心を壊すのか、もう身に染みてわかっているから。

 

アレがどれほどに恐ろしいモノか、理解させられているから。

 

 

 

〈幕間 OFA①〉

 

 

「つまり、夢の中や個性の訓練をする中で個性に付随した先代たちの声を聴き、そしてお師匠様の『浮遊』を使えるようになった、と。そういうことかい緑谷少年」

「はい、師匠、あっいえオール…でもない。八木さん」

「ああ、大丈夫。ここは盗聴器も監視カメラもないから安心していいよ」

 

しかし、と一息ついて師匠、オールマイトは天井を見上げた。

確かにこの『浮遊』は発言したのが2日前でまだ師匠にも言っていなかった。オールマイトも雄英教師とヒーローの二足のわらじで体育祭の準備も重なって忙しかったためだ。

 

「私にも先代たちを個性の中に感じることはあった。だが、声を聴いたりましてやその『個性』を使うことなどできなかった……。君は本当に私の想像を超えてくるね」

「いえ……それでも一位はとれませんでした。油断した僕の責任です。爆豪と飯田君を、いえ、四季以外のみんなに意識を割いていなかった。みんなヒーローを目指して必死にやってきたのに……個性をもらって、先代たちに託されて、師匠に鍛えられて、なお、僕はまだこんなところにいる」

 

悔しさに握りしめた拳が震える。ただただ己の不甲斐なさばかりが頭に浮かぶ。だがそれでも最高のヒーローの個性を受け継ぎ、先代たちに『次』を託された。ならばここで俯いているだけでいいはずがない。

 

「それでも、まだ僕は折れてません。折れません。必ず、世間に見せてみせます。次は僕が来たと。すぐに僕が行くぞと。あなたの弟子として、そして僕が僕自身に定めた信念を貫くために、僕が決勝種目を優勝します」

 

そう、まだだ。俯いている暇などない。そんな暇があっていいはずがない。

ヒーローはいつだって前を向いてないと、救うべきものすら見えないのだから。

 

(………強い。身体もそうだが、それ以上に精神が強靭。そして私には届かなかった先代たちの個性の発露という新たな境地にこの齢で、この短期間でたどり着いた。しかし、いいのかこれで。この子はいつか、その信念が故に、燃えて光り、そして消え去りそうだ。まるで流星のように。)

 

「緑谷少年、君はまだ若い。前だけ見ていては、足元や背後にあるものを見失うよ。強く在ろうとするのはいい。そうでなくてはヒーローには成れない。人々に安心は与えられない。だが、君自身のことを、君を大切に思ってくれる人たちのことを忘れないようにな」

 

「はい!頑張ります」

 

(ああ、私は未熟ですグラントリノ、お師匠様。この子はきっと、止まらないし止められない。そしてそれを言えるほどに、私自身が周りを顧みて来なかった。それを棚にあげた私の言葉では、この子は止まらないだろう。私も、また成長しなければ。教師としても、ヒーローとしても、そしてこの子の師匠として、正しく導かねば)

 

師の思いなど知らず、僕はこの時、この後の決勝種目で勝つことしか頭になかったのだ。

 

 

 

 

 

 

食堂での昼食を終え、僕たちは会場への通路を四人で歩いていた。会場からはレクリエーション競技前のチアリーディングが行われている時間だからか、歓声が暗い通路の先、光にしか見えない先の会場から聞こえてくる。

 

「さってと、昼食も食べたし、本選までは少しゆっくり休めるね角取、飯田、爆豪」

「……なんで俺がお前たちと一緒に飯食わなきゃなんなかったんだ」

「それ、今更でしょ。それにとりあえず2種目目を制した祝勝会ってやつだよ。もちろん、次の決勝種目では、お互い全力でぶつかるけど、今くらいは喜んでいいでしょ。メリハリって大事だよ。特に爆豪は気が張ってばかりだから、偶には緩んでそっから一気に爆発したほうがきっといい結果出るよ」

「……でっけぇお世話だ」

 

悪態をつきつつ、それでも昼食の誘いを断らなかったのは事実。

これまでの彼になかったことだ。それを為したのは2種目目前の拳藤君の言動が、爆豪君に届いたからだろうか。それとも団体戦とはいえ勝利をつかんだからだろうか。

どちらにせよ、良い変化だと思う。そして、それが今まで同じクラス委員という立場で、彼の近くにありながらそれをできなかった自分を不甲斐ないとも。

 

しかし、今はそれを悔いている時ではない。むしろこの変化を喜び、そして次の種目に備えるべきだろう。

何せ、自分は先ほどの勝利の代償として奥の手だったレシプロバーストを使ってしまった。

一度見たからには、雄英の生徒ならば必ず対策をしてくるだろう。

 

「さて、この通路を潜れば、また敵同士だ。改めて拳藤君、角取君、爆豪君。第2種目組んでくれてありがとう。そして決勝種目ではお互い、全力で戦おう」

「はっ!当たり前だ。次も俺が、ぜってぇに勝って、トップを獲ってやる!」

「そうだね。ここまで来たんだ。全力で、優勝狙いに行くよ」

「YES!わたしもやってみせますよ」

 

A組とB組で分かれた自分たちはもう四人で組むことはないかもしれないが、それでもこのチームはいいチームだった。

けれど、この通路が終わって会場にでれば敵として相まみえることになるかもしれない。勝ち残るなら、なおさらだ。だから、ここからは馴れ合いもなしの真剣勝負だ。それぞれにその覚悟を持って不敵に笑い合い、通路を潜った。

 

さて、トーナメント表は表示されているかと上を向いたところで、我が目を疑った。

 

「……すまない、爆豪君。俺は少し目がわるくなってしまったようだ。何かあり得ないものを見えてしまったのだが、君は何が見えるだろうか」

「……俺に聞くな」

「えっ!?なに?何やってるの?アレA組の女子だよね?」

「俺に聞くな!!」

 

何故、チアリーディングの恰好をしているんだウチのクラスの女子たちは!?

 

 

 

 




微妙なところで今回は終了です。
既にお気づきでしょうが、人間関係は原作と多少異なっています。轟家はもちろんですが、出久も1年近くオールマイトと戦闘訓練し続けたこととミルコとオールマイトの闘争の果てに(第10話)正式に師弟となり「師匠」と呼んでいます。もちろん誰の目にもつかない場合のみです。正式に知れ渡ると大変なことになるので。
また爆豪君、改変始まってます。これから原作と大分立ち位置が変わってきますが、出番は減ります。ファンの方は申し訳ございません。

次回からはトーナメントですが……全員分書くのは時間も技量も足りませんので、大半は巻きでいきます。

さて、勝つのは自分宣言、結構みんな言ってますが、勝者は誰でしょうか。

あと、もう一つアンケートを実施しています。今まで迷っていたのですが、原作主人公、緑谷出久にヒロインが必要か、あるいは誰かのアンケートです。あまり女性陣とからませている描写がなかったのは実は彼にはヒーロー一直線で行ってもらおうかと思っていたからでしたが、やはり要素の一つとしてありかなと。あとこのままでは多分、まぁ、皆さんが予想するようなヒーローの化身みたいな存在になってしまいそうなので、よろしければ、そちらにご意見いただければ幸いです。

年末年始、寒くなりそうなので皆さまもどうかお体にお気を付けください。

それではまた次回で。読了いただきありがとうございました。


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第36話 祭りは盛り上がっていけ。決勝種目!!①

前回巻きでいきます。といいました。
そこにできるだけ、と付け加えさせてください。

アンケートはまだまだ募集中です。ただあくまで参考程度にさせていただく旨を付け加えさせていただきます。

作者は恋愛物とかそれっぽいシーン書くのは苦手なので。





罪には然るべき罰を。

 

被害者には出来得る限りの救済を。

加害者には知り得る限りの罰則を。

 

加害者の背景?被害者との関係?どちらが本当の被害者で、加害者だったのか?

 

難しい問題は知らない。だが、一つ決めていることがある。

他者に理不尽を強き、そこに快楽と救いを見出した『罪有りし者』に、然るべき報いを。

苦しんで、穢されて、貶められ、しかし他者を傷つけなかった『罪なき者』にせめてもの慈悲を。

 

故にこそ、

 

「己の欲望でA組女性陣に精神的負荷をかけた罪には罰がなくてはならない。死をもってして、その罪は禊がれる。さぁ最後の言の葉を残すといい。クラスメイトとして、隣人としてあなた方の凶行を止められなかった責は負おう。故に遺言は聞き届け親類縁者へ伝えると、彼岸四季の名においてここに誓おう」

 

テレビの前の子どもには見せられない、否見ることが出来ない直視でのみ認識可能な鎖で縛られた罪人二人は、頭を垂れるように拘束され、その隣には切っ先がない古き世代にて処刑人が持つ剣を携えた彼岸四季の前にいた。

 

「いや!おかしくね!?これはさすがにやばくね!?」

「オイラたちは少しだけ場を盛り上げようとしただけだ!!」

 

「反省はなし。遺言もなし。ならばこれ以上生きている価値もなし。せめてこの手で罪を禊ぎ祓い奉る。」

 

処刑人、彼岸四季は無表情にその手に持つ剣を高々と掲げ、今渾身の一刀を

 

『落ち着けー!!いや、マジでな!彼岸!それ公開処刑だから!放送コード引っ掛かるとかそんな問題じゃなくなるからな!!』

『彼岸、女子生徒を騙してコスプレ紛いのことをさせた罰は教師側が出すものだ。お前による刑罰は私刑と変わりなく、合理性に欠く。俺達に任せろ』

 

振り下ろす前に、二人の教師に止められた。ならば仕方なし。

罪を裁くものが、正当にいるのならばそちらに任せるべきである。

 

そう結論づけて、彼岸四季はその剣と鎖を消した。

 

発端は、正座させられた二人、上鳴 電気と峰田 実が嘘の報告を八百万にしたことだ。

曰く、午後の部の最初に、ヒーロー科女子によるクラス対抗の応援合戦があるので、準備しておくように、と相澤教諭より伝言を預かったとのことであった。

 

純朴であり、実直なお嬢様の八百万はその言葉を鵜呑みにして、自身の個性『創造』を使って即席のチアガールのコスチュームを作り、そして1-Aの女性陣は否応なくその犠牲になったというだけの話である。

 

しかし、忘れてはならないのがこの雄英体育祭は10万人超の観客がいる超級のスタジアムであり、なおかつ全国放送されているという事実。つまり、彼女たちの映像は既に全国に拡散している。

その映像、画像はおそらく全て消すことは不可能だ。いずれ彼女たちがプロヒーローとして有名になったとしたのならば、おそらくは何かのバラエティ、週刊誌などのメディアでその姿は披露される可能性があるだろう。

 

そして、その嘘に騙され、上記の結論に明晰な頭脳をもって至った八百万が崩れ去った瞬間に拘束したのが彼岸四季である。

 

今、この時点では決して上鳴と峰田は知りえないが、彼が行動を止めたことに息をついたのは鎖につながれていた本人たちではない。本気でやるかもしれないと危惧していた彼の事情を知る一部のトッププロヒーロ―と教師陣の一部だ。

 

努力し結果を成した者に祝福を。困難に立ち向かい、折れても何度でも立ち上がる気高き精神に敬服を。そして理不尽を他者に引き、愉悦に浸る罪有りき者には罰と救いを。

彼の根源に位置する行動指針の一つである。

 

 

さりとて、それがさらに明るみに出てくるのは未だ先の話である。

 

 

コントにも見える一幕を置いて、場面はレクリエーション競技に移り、最終種目にむけて徐々に盛り上がっていく。

 

雄英体育祭のレクリエーション競技は、ただのレクリエーションではない。そこは各種目で落ちてしまった、しかし少しでも自分を目立たせようとする者たちの最後のアピールの場所でもある。

 

例えば大玉転がしで玉を転がさずに、複製腕をフル活用して一人で他の皆もまとめて担いでいった障子であったり、組対抗リレーで弱酸性水たまりを作って自分以外の走者を軒並み滑らせた芦戸であったり、その後を走ることになっていた常闇と切島が個性『ダークシャドウ』で飛び越えたり、素足をスパイク状に『硬化』させて走り抜けて一着をとったりと、1-Aの予選敗退者たちも自分の個性をできるだけ披露しつつ、楽しんでいた。

 

だが、そんな見て楽しいイベントもその後の大イベントにとっては前座だ。

雄英体育祭の大本命、1年最終種目、ガチバトルトーナメントの開始である。

 

そしてミッドナイトが主審として指さした電光掲示板に発表示されたのは左右に枝分かれした16名によるトーナメント表。

 

左ブロック一回戦組み合わせ

『緑谷VS砂糖』

『角取VS心操』

 

『尾白VS爆豪』

『飯田VS拳籐』

 

右ブロック一回戦組み合わせ

『耳郎VS口田』

『轟VS八百万』

 

『発目VS塩崎』

『彼岸VS上鳴』

 

トーナメント表を見て、参加者の反応は悲喜こもごもだが、一つだけ共通していることは、どのようにして相手に勝つか。それだけである。かくして舞台は整い、その戦いは始まる。

 

『Hey!Are you all ready!?』

『yeah!!!!』

 

セメントスが試合会場をセメントを操るという、街中であれば間違いなく強い『個性』で作り上げたという報告を聞いたプレゼントマイクがいよいよという雰囲気で決勝種目、ガチバトルトーナメントの開催を告げ、観衆も大いに盛り上がる。ここからが、おそらく個人としては最大の見せ場となるだろう。

 

『障害物競争、騎馬戦といろいろやってきたが、最後はコレだ!!頼れるのは己のみ!1対1のガチバトル!!周りの助けは一切なし!己が鍛え上げてきた心・技・体に加えて個性、戦術、虚実、運、何もかも総動員して、頂点を目指せ!!

1年生、最終種目、ここに開催だ!!トップバッターはこの二人!』

 

溜めに溜めた空気が、会場を、そしてテレビのラジオの前の日本、あるいは海外のメディアの前の観客の耳を震わせる。熱気は最高潮。そしてその先陣を切るのは、

 

「初っ端でスタートゲートを蹴り飛ばす常識外れのパワーを披露!第一種目2位、第2種目3位。堂々の成績を残した、見た目に惑わされれば吹き飛ばされるぜ!個性ありきの純粋なパワー、スピードは1年生では随一との呼び声高い、近接戦闘の雄!緑谷出久!!」

 

「対して、パワーならば負けられない!!力こそパワー、パワーこそが自身の生きる道!!優しい心に大きな体躯!!一回戦から派手なパワーファイトを見せられるか、佐藤力道!!」

 

 

 

「さて、この試合どう見る?」

 

そんな切り出しを行ったのは一回戦の組み合わせで最後になった彼岸であり、応えるのは決勝種目に届かなかった1-Aに割り当てられた観客席に座る切島たちである。そこには最終種目に残れなかった悔しさと、そこに残ったクラスメイト二人への羨望が見て取れた。だからこそ彼岸は言った。少しでも試合を見てくれるように。

 

「そりゃ……佐藤には悪ぃが、勝つのは緑谷だろ。佐藤もスゲェ力してるけど緑谷はそれ以上のパワーに加えてスピードまである。お互いに近接戦闘だし、その差はデケェよ」

 

切島の意見にほとんどの者が頷く。緑谷 出久はそれほどまでに身体能力に特化した個性の持ち主として皆の脳裏に深く刻まれているということだ。

だからこそ、彼岸四季は言う。違うと。

 

「ケロ?彼岸ちゃんは緑谷ちゃんが勝つと思ってないの?」

 

不思議な面持ちにこちらを見上げてくる蛙吹に同調するようにその場にいる1-A全員の視線が彼岸に集中する。その上で再度彼岸は口を開けた。視線を会場から、緑谷出久から一切離すことなく。

 

「勝つのは出久だ。それは確信している。けれど、見るべきところは別にあるってことだ。おそらく、出久はこの試合、本気で来る。久しぶりに緑谷出久の本領が見られるぞ」

 

「本領?パワー以外にも何かあるというのか?」

 

1-Aの中でも冷静さには定評がある障子をして、この対戦の見所は緑谷と佐藤のパワー対決だと思っている。互いの個性を見た場合はその認識に間違いはない。

 

「ただし、それは個性だけを考えた場合だ。緑谷の本領はもっと別のところにある。

———はじまるぞ。一瞬たりとも目を離すなよ」

 

 

 

 

『READY!START!!』

 

 

プレゼントマイクの掛け声に、砂糖力道は全身に『個性』による筋力増加を施して真正面から突っ込んだ。

スピード勝負では間違いなく負ける。勝つにはどうしたらいいか。

砂糖力道は頭が悪い方ではない。雄英高校に入るだけの学力があり、戦力を冷静に分析できるだけの判断力もある。

だが、だからこそ理解しているのだ。彼我の戦力差。

自分の長所は体格とパワーだ。それが取り柄で、それだけを鍛えぬいてきた。

だから、それが通じない相手にどうするか。決まっている。

全霊の力を更に滾らせ、前進するのみ。つまりは最初のラッシュに全ての力を籠めるというこれ以上ない脳筋のやり方だ。

力を鍛えてきた。あらゆる筋肉を鍛え上げてきた。『シュガードープ』という身体能力を五倍にまで引き上げる個性。地力を上げれば上げるほどに強くなれる個性だ。だから鍛え上げてきた筋力を信じずしてどうする!

 

だから、行った。前進の速度と体重と力を乗せてこれ以上ないほどの力を込めた右ストレートを挨拶替わりに振り下ろし、その力が全て吸い込まれるような感覚を得た。

 

「は?」

 

そのまま天地が逆転し、彼の頭蓋と背中に猛烈な衝撃が襲う。

肺の中の空気が痛みと共に押しだされる。なにがあった、そんなことを考える間もなく、視界に拳が映り、その意味を理解する前に即座に右に転がる。

ズン、とコンクリートをめり込ませるような一撃が聞こえたが、それを気にする暇はない。まずは立たないと。

そう思って体を立たせようとした刹那に、視界が揺れた、気がした。

 

「なん…」

 

言葉は最後まで続かなかった。どんなに力を入れようとしても動かない。立とうとした足がまるで自分のものではないようだ。そして、どうしようもなく、抗えない何かで、自分の意識が溶けるような感覚。

砂糖が最後に見た光景は揺れる視界の中で、脚を振りぬいた緑谷の姿だった。

 

『け、決着ぅぅ!!振り下ろしの一撃を一本背負いで叩きつけ、距離を取って立ち上がった瞬間に顎に左フックと止めの右回し蹴り!!正に電光石火!!瞬きすら許さない一瞬の決着!!勝者は緑谷出久!!』

 

あまりにも一瞬の決着。10秒に満たない瞬殺劇。

それが一回戦第一試合の結末だった。

 

 

 

「これが、緑谷出久の本領だ。」

盛り上がる会場の中で、ひたすらに冷めた視線で緑谷の一挙手一投足を見定めていた彼岸四季は、同じように会場を見つめていたクラスメイトたちに声をかけた。

 

「いや、その、凄いってことしかわからなかったんやけど……つまりどういうこと?」

 

代表したように麗日が彼岸に聞き、試合が終わっても未だ緑谷から目を離さない彼岸はそのままで応える。

 

「まず、前提として言っておく。緑谷出久は今の試合。一瞬たりとも『個性』を使用していない」

「はい?」

「緑谷出久の本当に怖いところは3つ。

その一つが今見せた技術だ。たかが数年鍛え上げただけの体と武術。しかしその数年の一日一日の重みが違う。無個性で個性ありきの世界でヴィラン相手に挑むということは素手で重火器を持った相手や戦車に挑むようなもんだ。それを前提にアイツは鍛えてきた。だから訓練の、技術の密度が違う。俺は毎日殺すつもりでアイツに拳を、武器を振るってきた。そしてその中であのバカは生き残ってきた。だから、たかが自分の数倍の筋力、眼で追える程度の速度なら、力任せの特攻なんて無駄だ。その程度で倒れるなら、とっくの昔にヴィランか俺が殺している」

 

今、何と言ったのか。その情報を整理する前に更に彼岸は口を開く。

 

「砂糖の敗因はそれを忘れていたことだな。『個性』は強力だ。だがアイツの一番の武器かと言われるとそうではない。個性なんてアイツの持っている怖さの中では精々2、3番目だ。それをわかっていれば……、いやどの道技術も個性も磨いている途中。どの道出久に勝つには少しばかり早かったか。」

 

「……どうして、出久くんは個性使わなかったん?」

「はっ!舐めプだろ元クソナードの分際でよ」

 

諸所の疑問や気になるところは置いておくとしても、そのデメリット、個性を使わなかったことが解せない。その答えは彼岸ではなく、轟が口に出した。

 

「個性の制御。指一本でも相手を殺しかねない『個性』を制御しきれていないから、か?」

「さすがだな焦凍。8割正解だ。あいつは個性を使えるようになって2ヶ月。全開で戦うことはできてもその状態で技術との併用にはまだ齟齬がある。相手が傷つけてもいい凶悪なヴィランならともかく、無用な傷をつけないようにできるほどに熟達していない。これが力量が近い相手や格上なら使うだろうが、それ以外では『個性』に頼る真似は極力控えるだろう。」

 

だが、それでは駄目なのだ。

アイツに必要なのは正にその齟齬を埋めること。個性を全力にしつつ、使える技術を十全に使えるようにしないといけない。

 

故に必要なのは個性を使わざるを得ない強敵、難敵。

 

そんな実践の中でしか磨けないものがある。今回の武術と『個性』がかみ合っていないところなど正にそれだ。

瞬間的な一撃なら、武術と個性をうまく合わせたものはある。必殺の一撃である『刺し穿つ葬送の槍』、または投擲と合わせた『打ち砕く飛翔の槍』。どちらも技の一つとしてなら良い。だかそれはあくまで一つの動き、一つの型でしかない。そんな必殺技のようなものではなく、動きの全てに『個性』を乗せる、緑谷出久にしか使えない動きが、技術が必要なのだ。

アイツにはこのトーナメントでその糸口だけでもつかんでもらう。

 

その上で、これは他の誰にもいえず、彼岸の中でだけ思っていることであるが、『最終種目で出久だけは優勝させてはならない。』

 

何故なら、彼岸四季は、何年も緑谷出久を見てきた彼は、その必ず訪れる死の未来を変えるためには、挫折こそが必要だと確信しているからだ。

 

普通なら成功体験、この場合ならしのぎを削りあって、その上で優勝することこそがアイツの自信となり、最も糧となるだろう。緑谷 出久が普通なら。

だが、生憎と彼岸四季から見た緑谷出久は普通ではない。あの英雄の卵にとって必要なのは全て出し切った末の敗北。そして、その上で折れずに立ち上がってくる強さだと確信している。今までがそうであったように、これからもそうであると信じている。

 

緑谷 出久はこの雄英体育際の切磋琢磨の中で磨き上げられる。その中で成長するだろう。だが、その程度で未来は変えられない。彼がヴィランに殺される未来は変えられないのだ。

 

ならば必要なのはただの成長ではない。筋肉が負荷に耐え切れずその繊維を切れてから超再生することでより強靭になるように、あのヒーローという名の狂人は敗北をこそ糧にして更なる飛躍をするだろう。これまでのように、きっと何度砕け散るような痛みに、敗北に、絶望に、膝を負っても地面を這いつくばっても、その度に立ち上がり、強靭に狂人になっていく。

 

そのためだけに、彼岸四季はこの体育祭をできるだけ煽り続け、それぞれの全力を出せるような舞台を用意した。

 

緑谷 出久という玉を鍛えるための石は、自分だけでない方がいい。様々な石が玉となるだろう原石が、それぞれの最大を出し尽くし、熱く燃え盛り、互いにぶつかりあってこそ、本当の玉になると思うが故にこそ。

 

それが、未来を変える最低限。己を限界の更に先まで鍛え上げぬいてこそ、わずかなりとも可能性がある。血反吐を吐きつくすまで己を鍛え、頭が沸騰するまで策を張り巡らせて、善も悪も毒も皿も全て飲みつくしてやれることは、全てやる。それが人事を尽くすということだ。その上で、天命とやらを己と己が築き上げた総力を持ってねじ伏せる。

 

未来とは、世界とは、人の世とはそういうものであってほしいと、そう願うからこそ、今日は、今は、この体育祭では、出久には優勝などさせない。

 

彼岸四季はその個性が見せる未来が、生命の終着点が、その生き方までもが誰かによって決められたものではないと、そう信じたいがために、緑谷出久を救う。

 

結局のところ、彼岸四季とはそういうものでしかない。

 

今は誰もそこに気づかないままに、舞台は進む。

 

 

 

『さあさあ第2試合、こちらも注目だぜ!!普通科からの快進撃!いまだその個性の全容を見せないダークホース、1-C 心操人使!!

そして相手はヒーローの本場から来たブロンドガール!ハーフで可愛い外見とは裏腹に、その尖った角の一突きで相手を鎮めることさえできるオールレンジ対応のパワフルな個性が火をふくか!1-B 角取ポニー!!」

 

相手は遠距離攻撃。そして俺の個性は相手に触れないと発動しないと思っている、と前提して動く。

そうしないとこの試合以降が勝ち進めない。いや最悪でも一回戦は勝たないといけないなら惜しまずに……違うな、目指すなら頂点、だったか。

 

ヒーロー目指すなら、せめて頭を使えよ心操人使。

俺の個性『洗脳』は言ってしまえば一発芸だ。それをうまく使って勝ち残っていくにはこの試合でぼろを出していてはダメだ。それなら、

 

『READY!START!!』

 

プレゼントマイク先生の掛け声と同時に突っ込む。一回戦の佐藤、とかいう生徒と同じ動きだ。手のひらを開けて姿勢は前傾、相手からの的を小さく絞るように正面からではなく少し迂回しながら走る。

 

「甘いデス!私の『角砲』はその程度では避けられません!」

 

接近を嫌ったのだろう。すぐさま『個性』である飛んでくる角。

当然だ。俺は先ほどの2種目目でB組の騎馬を行動不能にしている。彼岸が作ってくれたロープと発目のアイテムで間接的に相手に触れるという行為の後に、意識を失ったことをよほどのバカでないかぎりはクラスメイトに聞いているはずだ。

 

こいつが、バカでなくて良かった。

 

飛んでくる角はこちらを警戒しているのか、一本だけ。もう一本は自分とこちらの中間点の空中で静止している。避けられた時を警戒したのか、油断せずに戦術を組み立てている。

 

だから、助かった。そのままいけばこちらに飛んで来た角を肩から思い切り体当たりするようにしてぶつかる。そしておそらく当然のように当たり負けるだろう。あの俺の体よりも何倍も小さい角一つに、俺の全力の体当たりでも当たり負ける確信があった。相手はヒーロー科で、先ほどの2種目目でも爆豪ってやつを縦横無尽に跳びまわらせたり、高速で回収していた個性だ。

 

一本でも人一人くらいの重量なら押し返せるくらいはやるだろう。だが、これでいい。当たり負けするのは前提。むしろそのために直前にバックステップを入れた。受け止めるように両手を広げて、腹に直撃。

 

分かっていても胃の中の物が逆流する不快感を感じるが、両手でがっしり掴んで、離さない。逃がさない。無論、相手はこのまま俺を場外まで運べるだろう。現に俺は今脚が宙に浮いている。一本でこれだ。二本同時なら、受け止めることはできなかったし、一本でも下手したら失神していた。けどこれで布石は打てた。

さあ、笑え心操人使!狙いどおりうまくいったと。何のダメージもないかのように、全ては手のひらの上だと他の奴が勘違いしてくれるように、笑え。

 

「捕まえたぞ。コイツ、お前の一部には違いないんだろう?なら、俺の、勝ちだ!」

「無駄です!すぐに場外……に………」

 

掛かった。俺の勝ちだ。

そのまま角取の角を離さずに場外に行くように命令する。そして試合は終了。

 

この光景を見れば、きっと相手はこう思う。間接的にでも、たとえ本体から離れていてもその個人の一部に触れさえすれば操れる『個性』だと、勘違いしてくれるだろう。

 

勝利を告げるアナウンスに高々と拳を上げながら、俺は腹の痛みを無視して、できるかぎり不敵に、相手にとって脅威に映るように笑った。

 

まだ、上にいくために。俺も、やれるだけやってやる。

 

 

 




今年、おそらく最後の更新になります。
いつも読んでくださる方々、今回読んでくださった方々、いつもありがとうございます。

前半部分の主人公がチアを見たときの反応を見たかったという方がいらっしゃれば申し訳ありません。当方のオリ主は他人が騙されようとも特に何も感じないように見える男ですが、友人が絡めばガチになる阿呆ですので、響香が騙されて恥ずかしがっている=汝罪有りきとなったわけです。実は細かい設定とも絡んできますがそれはまたいずれ。


なかなか遊びも帰省もままならず、あるいはお仕事の方もいらっしゃるとはおもいますが、皆さまの来年が良い年となりますように。

また来年もよろしくお願いします。


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第37話 決勝種目②

皆さま、謹んで新年のお慶び申し上げます。
どうぞ今年もよろしくお願いいたします。

早速ですが、前回のトーナメント表、若干修正いたしました。プロットもどきと違うことに後から気づいた次第です。正しくは

左ブロック一回戦組み合わせ    右ブロック一回戦組み合わせ

『緑谷VS佐藤』           『耳郎VS口田』
『角取VS心操』           『轟VS八百万』

『尾白VS爆豪』           『発目VS塩崎』
『飯田VS拳籐』           『彼岸VS上鳴』

以上になります。申し訳ございません。



『おいおい!どうなってんだ!?一回戦緑谷、心操、そして、爆豪までが、全員1分以内の瞬殺劇だぜ!!』

 

プレゼントマイクのよく通る声が会場を震わせ、会場全体も選び抜かれたはずの精鋭16名がこうも簡単に勝敗が決まることに驚いているのかざわざわとして動揺が広がっている。

内容は当然、現在行われた一回戦の三試合共に10数秒以内で決着がついているという事実からである。しかし、プロヒーローたち、特にその練度の高い者たちしっかりと見ている。たとえ10数秒の中でも決して派手とはいかずとも濃密な駆け引きがあったことを見抜いていた。

それが解説するのが解説と司会の役目である。だから司会であるプレゼントマイクは古くからの旧友であるイレイザーヘッドを小突く。解説をしてくれという合図だ。イレイザーヘッドこと相澤はほぼ独学であっても個性に対抗する武術、特に捕縛術を中心とした近接戦闘にも造詣が深く、遠距離のヴィランとの戦闘経験豊富な雄英時代からの友人である。相澤はこのような目立つ場所が嫌いであるが、役目とあれば仕方なく、各戦闘の補足を行う。

 

『確かに戦っている時間は短かった。だが、その中でも紙一重だったところ、眼を見張るべきところだった場面はある。それに気づけていないのは仕方ないことだろう。誰もが武術や戦闘技術を知っているわけじゃない。それにそもそも出場者の内情を詳しく知らないから仕方ないだろう。

戦闘技術でわかりやすい例は、1戦目の緑谷だな。

増強系の個性同士、力と力のぶつかり合いになると多くの者が予想しただろう。だが、緑谷はそこをついた。緑谷は個性『フルカウル』は増強系でも上位に入る個性だが、制御を失敗すると自分の個性で自分の体を傷つけ、骨を折ったりするらしい。それほどの個性だからこそ、失敗した時のリスクを恐れて対人戦ではあえて個性無しの技術のみで1戦目を制した。この試合の見るべき点は個性無しでも相手を制することができる技量の高さだ。身長差で振り下ろすような右ストレートに合わせて相手の胸元に入り込む歩法と相手の勢いを利用した投げ技。そして相手が立とうとした瞬間に顎をかすめるだけの左フックと対角線上の頭をかすめるだけの右回し蹴りで砂糖の意識を完全に刈り取った。その技術は一年では1人を除けば頭一つ抜けている。まだ個性制御が未熟ということが玉に瑕だがな。

 

2戦目、これは詳細を省かせてもらうが、心操の作戦勝ちというところだろう。皆も見ただろうがアレは的を小さくするように走ってきて避けるような動作を見せた後にあえて角を受けた。確実に受けとめるために角取を誘導したと見るべきだろう。勝つために何でもやるという姿勢は合理的でいいな。

 

3戦目は他の二つとは別で相性差だな。近接戦闘が主な尾白と中距離から遠距離まで広域攻撃できる爆豪、その相性差を尾白が埋められなかった。まぁ仮に近接に持ち込めても爆豪は近接でも爆破をコントロールして独自の格闘戦を行うし、ゼロ距離爆破もできる。どの道勝つにはかなりの工夫が必要だっただろうな」

『OK!!解説サンキュー!!おかげで番組の尺もだいたい合わせられそうだぜイレイザー!』

『尺稼ぎのための解説じゃないぞ山田』

『本名はノーサンキュー!!さあて、次はA組とB組のクラス委員同士の激突だ!期待してなリスナー!!』

『今回は互いの臨機応変さが試されるな。チームを組んだからお互いにそれぞれの『個性』を知っている。だからこそどう相手に対処するか、見物だな』

 

会場の歓声を聞きながら、拳籐 一佳は深呼吸を繰り返し、入場口の少し手前、まだ姿を見えない位置で戦略を整えていた。

飯田の強さを理解している。自分よりも大きく重い相手が次元の違う速さで絶えず重い蹴りを入れてくる。2種目目に見せたレシプロバーストならば、最悪大拳の守りを抜けてこちらの意識を奪われるか、場外まで吹き飛ばされかねない。なら如何にして勝つか。如何なる力も届かなければ無力だ。そして、相手のスピードはこちらのはるか上。どうするか、答えは出ない。心の動揺を、緊張を示すように手がわずかに震える。その僅かが止まらない。

 

「何変なツラしてんだテメェ」

「爆豪…」

 

そんな中、今しがた尾白を瞬殺した爆豪が目の前に立っていた。

戦闘を行ったと思えないほどに怪我はなく、しかし肌には汗が浮かんでいる。

そして、勝者である風格が滲んでいた。

 

「テメェ、まさかここで負けるなんて思ってねぇだろうな?」

「は?」

「テメェはここで負けるようなタマじゃねぇだろ。テメェは俺が2回戦でぶっ殺す。覚えとけよ拳藤」

 

それだけ言って、爆豪は去っていった。

ただ自分の勝利宣言だけして去っていったのだ。自分が2回戦に上がってくることを前提で話していた。もしかして、あれは激励のつもりなのだろうか。だとしたら、

 

「すっごいムカつく…」

 

自分が勝ちたいからお前も勝てってことだろうか。どれだけ自信家で自己中なのか。

あんな輩はもう一発叩き倒されねばなるまい。

 

そう思ったらなんだか笑えてきた。そういえば自分はもう三回も叩き倒してきたのだったか。あの時の爆豪はおかしかった。彼には悪いがあの爆発頭は地面に這いつくばる姿なんてちっとも似合わないのだ。自信満々にイキっている姿の方がよほど似合う。

ああ、けれどそれを下から見上げるのは嫌だ。そのくらいならもう一度叩き倒してやろう。うん、あの傍若無人の化身にはそのくらいがちょうどいい。

 

「さぁて、行こうかね!!」

 

バシンと合わせた手のひらと拳が良い音を立てた。いつの間にか、震えは止まっていた。

 

『さあまずはA組だ。平面のスピードならばこの男!2種目目の最後の最後で勝利を持って行った立役者の一人、飯田天哉!!

そして続くはB組、パワーならばこちらが上だ!!見かけによらず個性はパワー派、使う武術を合わせた近接戦闘術は一撃でも致命傷だぜ、拳藤一佳!!

2種目目では同じ班、しかし今回は敵同士だ。だがそれは百も承知だろう。スピードVSパワー対決!勝つのはどっちだ!』

 

 

まだ春先とは思えない熱さを会場の中央に立った飯田は感じていた。それはきっと周囲から感じる視線、発せられる声が会場の熱気となって降り注ぐからだ。それだけの注目を集める中で、立った二人が戦う。それもお互いの『個性』を全開にして。身体が思ったよりも固く感じるのはその重圧を感じるからか。しかし、そんなことを気にしている場合ではもはやない。試合の時間はすでにすぐそこ。そして相手も既に覚悟を決めた瞳でこちらを見ていた。

 

拳藤一佳。第2種目でチームを組んでくれた信用おける人物。しかしその個性である『大拳』に捕まれば、それで終わりといってもいい力強さをもつ油断ならないものであることも理解している。一度体を捕まえられれば闘技場の外に投げ飛ばされる。あるいはその一撃をまともに受けても、無事には済むまい。あの拳には、それだけの力とリーチがある。なら勝つためには、どうするか。決まっている。

 

『READY!START!!』

 

スタートと同時に、全力疾走を開始する。ただし相手への突撃ではなく、その周囲を大きく円を描くように走り抜ける。

『エンジン』の個性はその性質上、最大ギアまでいくのに助走を必要とする。だからその起こりを抑えられることが一番嫌な方法だったが、もはやその心配はない。なぜなら、既にギアは最大まで上げた。後は蹴りぬくのみ!

 

ズドン、と重い音が響く。帰ってくる反動からして、拳藤君を軽く吹き飛ばせるくらいの威力の蹴りが彼女に当たったが、彼女はその場所から微動だにしない。

個性『大拳』で大きくした手で自分自身をすっぽりと覆い隠すようにガードを固めていたからだ。流石のパワーだが、それは悪手だろう。確かにこちらのスピードで蹴りぬいても致命打にはならないが、そもそもその状態では縦横無尽に動き回るこちらを視認すらできないはず。だが、それでも迂闊に近づくのは危険。ならばとる方法は決まっている。

 

最高ギアでの、ヒット&アウェイ。

 

レシプロは使えない。あれは一時的に限界以上の速度を出せるがその後にエンストして機動力を失う。そこを捕まればアウト……もしやそれが狙いの防御か?そうだとしたらますますレシプロは使えない。このまま、攻め続けさせてもらう!

 

 

 

「うわぁ……滅多打ちじゃねぇかよ」

「う…これ、止めたほうがいいんじゃ…」

 

峰田君や麗日さんから、そんな声が聞こえるくらいに戦況は一方的だった。

拳藤さんが守りを固めて、その上から飯田君が蹴っては離れ、蹴っては離れを繰り返し、もはやサンドバッグ状態に見えなくもない。会場からもチラホラとそんな意見が聞こえてくる。でもたぶん違う。

「このままいけば、不味いよ飯田君」

しかしぼそりとつぶやいた声は、彼には届かない。

 

 

しぶとい。いや、流石というべきか。これだけ打ち込んでも防御はなかなか揺るがない。

だが、それももう少しだ。徐々にだが確実に聞いている。当然だ。今の僕の速度は60キロは超えている。その勢いで蹴りぬくのだ。いかにパワーがある個性だろうと速度と体重を乗せた蹴りでダメージは蓄積している。その証拠に防御に使っている手、その指の間が少しずつ広がっている。蹴った場所、特に指先は既に限界が近いはず。ならばそこから崩す。

 

そう判断して、彼女の左半身、巨大化した薬指が守る場所を蹴りこもうとした瞬間、対象が一気に縮んだ。いや、『大拳』の個性を解いたのか!ならば此処こそが勝機。一気に蹴りぬく。

そうして、試合を終わらせるつもりで振り抜こうとした足は、確かな衝撃こそあったが、降り抜けなかった。彼女が、こちらの足をつかんでいたからだ。身体ごと脚を抱きとめるように、体であえて蹴りを受けてこちらの脚を止めてきた。何という無茶を!だが、これは不味い!

互いにほぼ密着状態。この距離からでは相手に決定打を打つことは難しい。パンチを放とうとしても手打ちになってしまい、どうしても威力が足りないからだ。だが、それを覆す手段が彼女にはある。そう考え、何とか逃げようとした脚は絶対に離さないとばかりにいつの間に再度肥大化し左手に抱え上げられ、右拳は小さいままに、しかし触れる瞬間にその大きさを一瞬で変えて、僕が記憶しているのはそこまでだった。

 

「大・寸・勁ぃぃぃ!!」

 

裂帛の気合の声と共に放たれたのは、正に乾坤一転。

ほぼゼロ距離からの速さだけで威力がない手打ちを個性によってインパクトの瞬間に『大拳』を発動させることでスピードに重さを乗せた『寸勁』もどき。その威力は男性一人など悠々と闘技場の外へ吹き飛ばし、その意識も刈り取った。

 

一方拳藤も意識が若干朦朧としていた。小型バイクを正面から受けたようなものだ。この程度のダメージは予測済み。彼女はバイクが好きだ。だからあの速度と体躯がどの程度の衝撃を自分に与えるかも、おおよそわかっていたし、その威力とタイミングをつかむために何度も防御の上から受けた。だがそれを個性で強化された手と生身で受けるのでは条件が違う。事実、拳は傷だらけ。その上からとはいえ何度もくらった蹴りのダメージは体中に重りをつけたかのような倦怠感と痛みを拳藤に与える。

 

『大、逆、てぇぇぇん!!劣勢だった状況を気合と根性の一撃で覆し、試合を制したのは1-Bのクラス委員!拳藤一佳だ!!』

 

プレゼントマイクの声に反応して、勝利の実感をようやく得た。会場からの歓声は勢いよく彼女に降り注ぐ。ならここは黙って引っ込む場面でも、その場に崩れ落ちるところでもない。ヒーローなら、自分が目指すヒーローならこうするだろうと思い、傷だらけでも、勝ったのは自分だと誇り高く拳を掲げることで歓声に応えた。

 

一回戦第4試合 勝者 拳藤一佳。

 

 

そうして、彼女が膝をついたのは、会場から見えなくなった通路に入ってからだ。脚が、体が思うように言うことをきいてくれない。それだけのダメージが防御の上から、そして大拳のままでは捕えきれないと判断したが故に体全身で止めた一撃によって体に爪痕を残していた。

このまま寝てしまおうか、そんなことを思った瞬間に、担ぎ上げられた。

 

「……なに、してんの?爆豪?」

「うるせぇ。なに一人でぶっ倒れようとしとんだテメェは。次の試合で俺がぶっ殺すっつっただろうが。………救護室のババぁの所に行く。テメェは次に俺にぶっ飛ばされるまで寝てろ」

 

先ほどの2種目目で組んだ傍若無人の爆発頭は、あろうことか女子を許可なく俵担ぎして歩き出した。そこはこう、もう少し優しく抱き上げるとかあるだろうと思うがどうにも意識が遠い。だから文句は今度言おうと心に決めて、意識が途切れる前に二言だけ言った。

 

「ありがと。けっこう優しいじゃん爆豪」

 

それを最後に拳籐一佳は完全に意識を手放した。

その様子を見て、爆豪勝己は苦々しそうな顔をして、しかし手は離さずに一言うるせぇと負け惜しみのようにつぶやくのだった。

 

 

 

 

『さあさあ一回戦もいよいよ後半戦だぜ。右ブロックの組み合わせはどう思うよ解説のイレイザー?』

『いくつか相性が悪いものがあるな。何か対策を立ててないと覆すのは難しいだろう。』

 

その宣言通りに右ブロックは進む。

相性といってもその性質は様々だ。例えば場所の相性差が明確に表れたのは右ブロック1戦目、口田と耳郎の試合だった。

口田の個性は『生き物ボイス』。これは周囲に自分以外の生物(人間以外)がいる場合、かなりの強個性となる。人間以外の生物へ命令を下すことができる個性であるため、場所によっては大量の鳥や猫、犬などを操れる。まだ本人が苦手として無理であるがなんならムカデやハチ、サソリといった毒を持つ虫なども操ることができるのだ。森や大量に動物たちがいる環境ならば、この体育祭でももっと上位に行けただろう。

だが惜しむらくは場所が悪い。人に埋め尽くされ、歓声が入り乱れるこの場所に限っては操るための声を動物に届かせることができない。せめて拡声器などのサポートアイテムが使えれば違っただろうが、結果として口田は肉弾戦のみで決勝種目を戦うことになり、そうなれば異形型のパワーと体躯があろうともリーチが長く、内部に音を響かせれば一撃必倒すら狙える耳郎の敵にはなりえなかった。

 

発目と塩崎の試合は逆に個性の独壇場だった。発目が公平にとアイテムを相手に渡そうと提案するが(もちろん自分のアイテムを目立たせて売り込むため、そして自分のアイテムであるためその性能、弱点を知っているので試合も長引かせることができるという下心のみであるが)潔癖かつ清廉を旨とする塩崎は自分の力だけで挑むことこそ、発目という2ヶ月に満たない期間で数えきれないほどのアイテムを作った鬼才への礼儀であると解釈し、結果として1分と持たずに大量のツルに捕まって発目は場外へ運ばれた。最も発目 明という少女は敗北してただで起きるような発明家ではない。すぐさま物量で押された際の対処可能なサポートアイテムの制作に取り掛かるために、一回戦が終わると同時に会場すら後にして研究室に走っていった。

 

 

秒殺で終わったこの2試合と比べて、観客の目を惹いたのは、他の2試合。

推薦入学という入学者の中でも特にエリートである轟vs八百万。

そして彼岸vs上鳴。遮蔽物無し、奇襲なしの一対一ならば、つまりはこの試合の場ならば圧勝すら可能な広域殲滅能力をもつ轟と上鳴に対して、彼岸と八百万がとった戦法は、観客の度肝を抜くものだった。

 

 

 




轟戦と彼岸戦は一回戦もちゃんと書こうと思って右ブロックの他の試合はダイジェストでお送りしました。
まぁ正直そうしないとまた長々とした文章になってしまうので。

あと違和感を持たれた方も多いかもしれませんが、爆豪君がマイルドになってらしくないことをしています。そして『負け惜しみ』のように呟いていますね。つまり、まぁキャラ変というか、なんというか、人を変えるのは友情、敗北、勝利、あとはまぁ、わかりますよね?珍しいでしょうが、一応理由というか言い訳はあるので、その辺りはまた次の次辺りで。

アンケート、まだ募集しております。またできたら感想をいただけたら幸いです。正直処女作なので、何がいいのかよくわかっておりません。皆さまのご意見をいただけたら嬉しいです。そして何よりモチベーションが上がります。厚かましい物言い、失礼いたしました。

それでは皆様、良いお年を。


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第38話 決勝種目 ③


まきでいくといいながら、この進行の遅さ、不味いとは思ってます。
改善できるかはこれから次第ですが。

また先日1話の前にプロフィールをあげましたが、超ネタバレを含みますので、そういうのが嫌な方は反転されないほうがいいかと思います。

誤字報告をくださった M@C様、りゅう。様、誠にありがとうございます。

書きあがったらとりあえず上げていくスタイルなので誤字が多いので、本当に助かります。
もちろん後で書き直すつもりはあるのですが……自分の書いた文章、自分で読むのって結構ハズイですね。投稿しといて今更ですが。

それでは、今回、轟VS八百万 をどうぞ。


 

八百万 百

個性は『創造』。物質の構成と構造さえ理解していれば、生物以外を創り出せる個性。

まるで万能のように聞こえるが致命的な欠点が二つ。

一つは知っていなければ、何も作ることができないこと。これは先人の知識と自信の努力で何とかなる。何とかしなければならない。

だがもう一つは時間だ。大きな物はそれだけ複雑な構造と多くの物質と多量のエネルギーがいる。そして何より、それを理解し、組み立て、生成するための時間こそが必要なのだ。

 

だから自分はあらゆる場面に対応できる能力があっても、対応できる場面にいない。その場にいるのは対応できるまでの準備をしようとしている自分だ。つまり迅速な行動が必要な現場では、自分にヒーローとしている意味などないということだ。

あらゆる場面に対応できる自分にとって一番の敵はヴィランでも今から相手をする轟さんでもない。

時間こそが、八百万 百にとっての天敵なのだ。

 

神羅万象に等しく流れる時間に抗うことだけが、八百万 百の最大の課題であり続ける。

 

それは、今もそうだ。

 

戦う相手は強敵だ。同じクラス、隣の席、授業で、放課後の訓練で、何度も見てきたその雄姿を。強さを。自分との差を見せつけられてきた。

一対一の直接戦闘。それも同時にスタートをするトーナメントという状況下、冷静に考えれば自分に勝ち目はほとんどない。

 

けれど、時間さえあれば、時間という最大の課題さえ乗り越えれば、勝機はある。

 

だからこそ、時間を作る。それが、唯一無二の勝機。

 

『Ready、Start!!』

開始の合図、それと同時に両腕を振るった。

 

そこから出て行ったのは、木製の細長いだるまのような形をした人形、マトリョーシカ。自分が一番最初に創造した、最も簡単に生成できる人形。

 

そんなものが3つ、宙を舞った。

 

だが、果たしてこの場所で、この戦う場所で、自信満々の笑みで放った人形が、ただの人形だと誰が思うだろうか。それに自分は見てきた。轟 焦凍という人間を。だから、戦場で、それもあらゆるものを創造できる個性をもつ敵が放った物を無視できるような悠長な性格をしていないことを知っている。即断即決。それが彼の長所の一つ。それを逆手にとる。

 

放った人形は数秒もしないうちに氷漬けにされた。彼の個性で右脚から放たれた冷気が床を伝って氷柱を作り、宙に浮いたままで凍結された。

 

チャンスは、ここだ。ここだけが勝機だ。違う。()()()()()()()()

放ったのはただの人形で、張り付けた笑みはただの強がりだ。

だけれどその虚構が稼いだ数秒が次の創造のための時間になり、そしてその想像が、さらに次の創造のための時間となる。

時間との勝負には、とりあえず有利をとった。

 

さぁ、ここからが轟 焦凍と八百万 百の勝負です。

 

 

 

矢が飛んでくる。矢継ぎ早とはこういうことかと頭の片隅と思うほどに、1秒の間もおかずに次々と飛来する矢は一つ一つは小さいものだ。矢じりも大きくない。当たってもよほど当たり所が悪くなければ致命には至らない、かすり傷程度でおさまるだろう。

もっとも、その先端に何かが塗られていなければの話だ。

 

油断して一撃もらった。最初の氷結で相手のよくわからない人形を凍らせて防御した際に、氷で作ってしまった死角から回り込んで狙い打たれた。正確には油断というよりも、相手が1枚上手だったということだろう。だが矢の勢いは弱く、矢も小さい。左足の太ももに食い込んだのもほんの1,2cmほど刺さった程度だ。

一般人ならまだしも、ヒーロー科でその程度の傷で臆する奴はいないだろう。だが、矢を受けた右足は今感覚が鈍く、しびれて動きが阻害されている。間違いなく、あの矢には毒の類、しびれ薬のようなものが塗ってあったのだろう。

緑谷のアイテム、『蹴り穿つ微睡の槍』を参考にでもしたのだろうか。おそらくそう強い毒ではない。しびれているのは右足の傷を負った部分の周辺だけだ。だが即効性はあるようだ。まさか毒の成分まで知っているとは思ってなかった。それを体内で作れるのだから、『創造』の個性と八百万の知性の恐ろしさを感じずにはいられない。

 

その矢が、次々と飛来する。『創造』は万能だが時間がかかる個性だと聞いていた。実際に訓練でもチームを組んだ時もそうだった。創造するには時間がかかる。それをアイツは今克服している、わけではない。

創造されているのは簡単なボーガンだ。しなる弓と張りつめたツル、そしてつがえている矢を準備して後はそれを発射するだけの作り。だがそれだけ作るにしても数秒程度はかかるはずだ。弓もツルも矢も材料はそれぞれ違うし、生成する位置も少しでも異なれば矢を射出できず、その意味をなさなくなる。加えて矢もただの矢じりがついているものだけではない。

だが、本来はそんな繊細な作業はどうしたって何秒かは時間がかかるはずだ。それが八百万が言っていた自分の弱点だったはず。まぁたかが数秒でそれを作り出せるだけの能力があるのが十分すぎるほどに凄いが。だがこちらはその数秒の前に決着をつける一撃を撃てる、はずだった。最初の奇襲、あの凍結したままの謎の人形に時間を割いた時はともかく、それ以降なら一撃で相手を倒せる時間があったはずだった。

だが相手はそれを、片手ずつ交互に『創造』していくことで、俺が攻撃できるはずの数秒を稼ぐことに成功していた。そして、その数秒が更に一秒を、もう一秒をと加算されていく。その間に時折、矢じりの近くに棒状の物が一体化してついてあり、それが小さな爆発をする、あるいは煙を吹き出しこちらの視界を奪う発煙筒付き、と思えば今度は散弾銃のように更に小さい矢が一斉に雨のように降り注ぐといった具合に、多彩なバリエーションまで交じり始め、こちらは防ぐことに専念することになり、あちらはより複雑な物を創造する時間を稼ぐことができる。気づけばこちらにとっては良くない循環、戦況を展開させることを許してしまっていた。

 

 

『こりゃ、スゲェ!!こういっちゃなんだが、左ブロック同様に瞬殺劇すら予想していたぜ!しかし蓋を開けてみれば、優勢なのは絶えず創造して多彩な弓矢を放ち続ける八百万の方だ!!』

『万能性、という観点から見た際にアイツの『創造』の個性は理論上では人が対応できる範囲でならあらゆる場面に対応可能だ。だが、それはその場面に対応できる物の構造を、分子、下手したら原子レベルで知っていなければならんはずだ。その知識量には脱帽するが、選択肢が多すぎること、そして創造するために時間が必要なこと。この2点が八百万の課題だった。だが、それをまさか片手で創造しつつ、もう片手では狙い打ち、脚は常に走らせ、脳では絶えずその並列処理を行う。そんな無茶を通すことで解決するとはな。まさにPlus Ultraというところか。この試合で確かに八百万は今までの限界を超えてみせている。それは素直に賞賛にしよう。だが、このままでは今度は別の時間が足りなくなるかもしれん』

『別の時間?どういう意味だよイレイザーヘッド?』

『マイク、お前は走りながら両手で別々の精密作業をやり続けることができるか?できたとして、その集中力は何秒持つ?』

『ああー、そういうことか。つまりは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そこでゲームセット、ってことか?』

『ああ。いくら八百万が卓越した知識と頭脳を持っていても、あれだけの並列処理を続けられる時間は限られているはずだ。それまでに決着の道筋を立てられているか。それが勝負のカギの一つ、だが………その前に、決着はつくだろう。よく見ていろ。もう一人も、今までの限界を超えようとしているぞ。』

 

 

片手ずつ、別々の作業を並列処理。

単純にすげぇと思った。そんなこと、俺には思いつきもしなかった。だからこそ、参考にさせてもらう。練習は、やってきた。この1ヶ月にも満たない期間だが、少しずつ手ごたえはつかんできていた。だが、違うことを別々にやるってことがいまいちピンとこなかった。

だからタイムラグがあった。身体の動きを止めて集中しないと調整できずにいた。

 

だが、今ならできる。いや、やらないといけない。

だって相手はそれ以上に難しいことを、全力で行っている。全力で息を切らせながら、眼を充血させながら、鼻血を流しても、なお止めることなくこちらへの攻撃の手を緩めない。

その姿に、その覚悟に、その無茶に、敬意と感謝を。

 

俺も今から、一歩先に進もう。お前のように。

 

そう考えた次の瞬間、両足の裏から氷と炎、その両方が吹き出し、爆発的な勢いでこの身を前へと押しだした。『半熱半冷』その双方を同時併用したが故の、今までよりの氷の生成だけに頼った加速よりも初速が早く、そして速くなった移動手段。

 

それをもってして、矢の雨を潜り抜け、八百万に肉薄する。

あと一手で勝負は決する。そう判断した。

だが、それはあちらも同じだった。

 

 

 

八百万 百はこの瞬間を待っていた。彼女は奇策をもってして様々な矢を放つだけで勝てると思うほど、轟焦凍のことを過小評価していない。むしろ、それを乗り越えてくることを信じていた。信じて、そしてそのための準備を、時間を稼ぐためにこそ、今までの弓矢はあったといってもいい。そして漸く、準備を終えられた。轟がこちらに加速する前兆、その両足に氷と炎が見えた、その瞬間に構造、設計、作成までの準備が為されていた、この試合に置いての切り札。両肩の服が破れた後出てきたのは、肘先程度の長さ、黒光りする四つの砲門を備えた銃。その速射性と威力は数百年前に戦争の在り方を変えたとすら言われる機関銃。通称、ガトリングガン。

 

「これで、決めますわ!!」

 

もはや後はない。全身全霊の覚悟をもって、計8門の砲身が唸りを上げた。

 

 

 

八百万 百の切り札。創造によって作り出されたガトリングガン。そこから放たれるのは毎秒30発、両肩合わせて計60発放たれるゴム弾。だが、その速度、その数、その威力は、1秒でも受けたとしたら、たとえゴム弾としても即意識を奪い、救護室か病院で目を覚ますことになるだろう。

ここに勝負はついた。ただし、それは八百万の勝利を意味しない。今の轟は両足を同時発動させることで、今までよりも速い加速をしている。そしてそれは同時に今まで加速する際に用いていた片手の炎の噴射を、今度は攻撃だけに回せることを意味していた。

 

爆炎。

 

そう言って差し支えない猛火の渦をまく。それは炎の盾。近づく物を根こそぎ焼き払う、『個性』なき時代には考えられない質量無き、熱量のみの盾だった。そしてその盾は八百万 百が放った必殺の一撃を一瞬で燃えし尽くし、更にその中心からを半身を凍結させ、氷の鎧と化した轟が突破してきた。轟と八百万、彼我の距離は既にない。そして八百万が次の1手を打つより先に、轟が伸ばした右手から生成された氷の刃が、そっと八百万の首元に当てられた。

 

「そこまで!!勝者 轟 焦凍!!」

 

 

決着はついた。作戦は十全、とはいえずとも納得のいくものではあったはずだ。きっと轟さんが前のように氷だけを使っていれば勝てたと思う。けれど、自分も相当に無茶をして、限界を超えたつもりだったが、相手もまた限界を、こちらの予測と対策を超えてきた。完敗だ。

 

そう思った瞬間、体の力が抜けた。膝から崩れ落ちる。

当然、かもしれない。自分でも今までの人生で一番集中した時間だった自負はある。その反動で、おそらくは脳がもはや動くことも億劫であるかのように思考も、体の制御も放棄しているように感じられた。そのまま地面に倒れてしまおうとして、そっと体を支えられた。

 

「大丈夫か八百万?」

 

それはさっきまで真剣に勝負をしていた相手であり自分を打ち破った轟さんだった。ただ先ほどまでの真剣で敵対するような圧は微塵もない。ただただこちらを心配してくれる15歳の同い年の少年の顔をしていた。推薦入試であった時、入学したての頃はこんな顔をしていなかったのに、ただの1,2ヶ月で変わったなぁと思う。そう思えるくらいには、この人を見ていたから。

 

「大丈夫、です。少し、疲れただけですわ」

 

宣言とは裏腹に、まだ体に力は入らない。もしかしたら精神面だけでなく、単純に体を動かすためのエネルギーが足りないのかもしれない。基本自分の『創造』は脂肪を燃料として使うが、体や脳を動かすためのグリコーゲン、糖分も相応に必要である。少しのめまい、脱力感は低糖質症状の一つだったと自分の知識の一部を拾って判断する。つまり無理をしすぎた。その一言につきる。

 

未だに動けない情けなさと、それだけやりきったのだという妙な達成感が混ぜこぜな中で、体に浮遊感を感じ、気が付くと自分は轟さんに抱えあげられていた。それも膝裏と肩に腕をまわされて、抱き上げられている。つまりは、これは、その、なんというのだったか。

 

「すぐに救護室まで運ぶ。どっか痛いところがあったら言ってくれ」

 

ああ、この人はここがどこで、どれだけの人が見ていて、この状態が俗になんという態勢なのか何もわかっていない。かと言って、それを拒否することはできるはずもなくて、私は顔を何とか動かした腕隠しながら、短く「はい」とだけ返事をした。

 

たとえ赤くなった顔を隠したところで、先ほどとは別の歓声を聞くことから逃れることはできず、視界に映ったミッドナイト先生がニヤニヤしながら轟さんに親指を立てている姿を見ていても、もはや力も気力も、抵抗する気もない私にはどうすることもできなかった。

 

 

 





またお仕事が始まりますので、更新が遅くなりますが今後もどうかよろしくお願いします。

ちなみに轟くんは下心は一切なく、善意で行動しております。天然で無自覚なのです。



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第39話 決勝種目 ④

久方ぶりに投稿します。

雷の個性ってぶっちゃけ現実にいたら強すぎるんですよ。どこぞのゴッドしかり、ハンターなキルアさんしかり、ネギまな主人公しかり、FG〇な頼光さんしかり。

複雑なメカニズムですが、シンプルに高火力、高スピードで素手のみで相手するとかマジ無理っす。という言い訳をさせてください。今回、かなり駄作になってますので。

次回からはもっと精進します。

また1話の前においたプロフィール、ネタバレしすぎ!との意見をいただいたので、若干修正してあります。

誤字報告を頂いたアキラ514様、ありがとうございます。
またアンケートに答えてくださった皆様、参考にさせていただきます。まだ募集はしますが、自和あたりで一度切りたいと思います。


『さあ一回戦も大詰め、第8試合、まず登場してくるのは1-A、2種目目では一瞬会場の度肝を抜く大放電を見せたスパークボーイ!!トーナメントをかき回し、優勝をつかみ取れるか、上鳴 電気!!』

 

歓声が、われんばかりに上鳴に降り注ぐ。それは期待だ。

会場の誰もが期待している。相手は強者だ。それは入試主席という看板と、そして一種目、二種目で見せた姿で会場の皆もわかっている。

だがしかし、それを凌ぐかもしれないジョーカーが彼には、上鳴電気にはある。それが2種目目で見せた大放電である。

何らかの対策ができなければ、この試合は一瞬で終わる。それも優勝候補を破って。そんな期待が歓声となって彼に当てられていた。

 

『対するは同じく1-A、選手宣誓で堂々と優勝宣言をした男、その個性の応用力、実力は未だ底知れず! ヒーロー科入試トップの優勝候補の一角。彼岸 四季!!!』

 

こちらも登場と共に歓声が降ってくる。これも期待だ。黒い短髪の髪、筋肉以外を削ぎ落したかのような無駄のない体に、美形とはいわないまでも整った、しかし滅多に表情を変えない顔に赤い目。歓声にも全く動じる様子が欠片も見られない、一年生らしからぬ生徒。優勝宣言に始まり、1種目目で様々な意味で目立った上で一位を取り、2種目目でもトリッキーな戦術で途中までは独走状態であった文武双方に秀でた姿を見せ、今もなお見る者に他を圧倒するような圧さえ感じさせる正にこの大会の優勝候補筆頭といっていい威風堂々たる姿。彼が学生の中で強者であることに、もはや異論を唱えるものはこの会場にはいない。

だが、それでもこの試合どちらが優勢かと問うならば、上鳴だ。

 

気が遠くなるほど昔、人がまだ火を御せず、雨を希い、石器を武器と道具に使い、神を奉じ始めた時代に、雷は『神鳴り』と呼ばれていた。神が天より鳴らし、大地に落とすモノ。つまり人の手が届かざる御手の一つとされ、神の御業として昇華された。

 

日本では雷の象徴として、火雷大神や須佐之男命、建御雷神などが有名であったし、海を超えた地でもトール、セト、インドラ、ゼウス等々、どれか一度は聞いたことがある名のある神がいるのではないだろうか。

 

それほどに、雷とは古代の人々にとって脅威と恩恵をもたらす、正に畏敬の対象として神化されてきた。

 

人は長き歴史と研究の末にその構造の多くを解明し、文明の一つとして御してきたが、俄然としてその全てを解することはできず、またその力の全てを十全に使うことはできていない。

落雷は電圧にして少なくとも200万ボルト以上、時には2億ボルト以上にも及び電流は50万アンペアに達することさえあるという。それが全て蓄積できるような技術があれば、エネルギー問題に一石を投じることになるだろうが、未だそのような発明はない。なにせ電気はその速度から人の手に余る代物だ。秒速にして約10万㎞。音速ですら超えるのが難しい人類では、もはや目視すら許される領域ではない。

 

無論、電気系統の『個性』を持つ者でそれほどの電圧、電流を持つものなどいない。だがそれでも電気系統の個性持ちは、それだけで『勝ち組』と言われるほどに強力かつ有効性の高い個性持ちである場合が多い。

つまるところ、長々と語ったところで結論は一つ。

『帯電』の個性をもち、対象を絞り込めずともその周囲十数mにわたって放電が可能な上鳴電気は、遮蔽物なし、奇襲無し、アイテムもなしで合図と共に開始される1対1の戦闘に置いて絶対的な優位があるということである。

 

 

 

「流石にこの試合はどうかなぁ」

「雷の子の方が勝つだろ。普通に考えて」

「雷撃たれる前に突っ込めば何とかなるんじゃないか?相手の子の個性、すげぇ速かっただろ?」

「速いっていったって、それくらい上鳴もわかっているだろ。それならなおさら開幕と同時にズドン、と一発で終わりだろ」

「相性差ってのはあるからな。雷系の個性持ちで放電できるなら勝ち確定でしょ」

「せめてシンリンカムイとか相性よさそうな相手とか、あっ!それかあのエンデヴァーの息子みたいに同じ広範囲遠距離攻撃できる個性なら勝てんじゃね?」

「まぁ、こればっかりは組み合わせ次第だよな」

 

 

耳郎響香は耳が良い。それは自身の個性上、音に敏感であると共に音楽関係に携わる両親の教えと自分の趣味も相まって多くの楽器に精通し、音楽を学んできたから、自然と音に声に敏感になっていた。だから会場から聞こえる一般の、ヒーローの、世間の評価をその聴覚を通じて聞き取っていた。会場の評価は彼岸の実力は認めても相性には、上鳴には勝てないというのがほとんどだ。

 

「てな感じで、四季が負けるってのが大方の会場の皆さんの予想みたいだけど、緑谷はどう見る?」

「勝つのは四季だよ。」

 

隣に座っていた緑谷出久は耳郎の方を見ることもなく、ただ試合会場に上がった彼岸四季を見ながら即座に回答した。何の疑問もなく、その勝利を疑いもしない。ただただ興味は彼がどのようにしてこの困難に打ち勝つか、自分ならどうするか、その二つに限られている。

彼が勝つのを妄信しているわけではない。実際に彼が負ける姿など数えきれないほど見てきた。ミルコに、オールマイトに何度も地に叩きつけられ、あの脳無にも一度は敗北した。絶対無敵のヒーローなど、この世にいないと緑谷出久は知っている。

 

それでも、この試合勝つのは彼岸四季であることも、緑谷出久は知っている。

 

そしてそれを聞いた耳郎響香は苦笑いをした。それは緑谷の確信めいた言葉を困惑したのではなく、世間一般の万の言葉よりも、彼を間近で見続けた一人の言葉の方がずっと重く聞こえた、そう思った自分自身に対して苦笑したのだ。だって、自分もまた彼岸四季の勝ちを信じていたから。

 

 

 

「訓練とか、授業とかでもそうだけど、面と向かってやりあうのは初めてだよな、彼岸」

 

よく言えばムードメーカー。少し言いかたを変えるならお調子者。可愛い女子、綺麗な女性がいたらとりあえず声をかけてみるような軽い言動。そんな印象が強い上鳴電気は、今それらの印象を覆すほどに固く、低い声色で彼岸を見据えていた。

 

「どうした。ずいぶんと鋭い目をしているな上鳴」

 

確かに、上鳴電気の人となりを見ている1-Aならば例外なく驚くだろう。それほどに今の彼は集中していた。

 

「確かに、俺らしくねぇ。緊張してるからかもな。でもそれだけじゃねぇ」

一度、天を仰いで息をつく。自分を落ち着かせるように。開始の合図を待てずに仕掛けようとする己を律するように深く、一つ息を吐いて、再度相手を見据えた。

 

「お前は強い。そんなことはわかってる。個性テストも戦闘訓練も、USJの時だって、お前はきっとこのクラスの誰より強かった。」

 

でもよぉと前置きして、体を、その内にある個性の準備を整えながら発する声は、それが上鳴と親しいものでも聞いたことない真剣みを帯びたものだった。

 

「尾白、砂糖、口田。わかんだろ?俺が2種目目で組んだ連中。2種目目で柄にもあわずにいろいろ考えてさ、4位でギリギリ通過して、決勝種目まで来て、喜んだよ俺達。でもな、皆一回戦で負けてんだわ。」

 

上鳴の拳が赤く変色する。それほどに力を込めて握りしめられている。力を、己の全てをかき集めるように目の前の敵、彼岸にのみ集中をしていく。

 

「お前たちは思ってもいないだろうけどさ、俺は思っちまうんだよ。必死で2種目目まで突破してもさ、やっぱり俺らって引き立て役ってーの?最後の種目で、まるでそんな役回りばっかなんだ。ああ、別に他の奴らが悪いってんじゃねぇ。負けたアイツ等が情けないってんじゃ、もちろんねぇよ。なんていうかさ、そうだな……一時とはいえチーム組んだ連中が全員一回戦で負けてんだ。だから、せめて」

 

———俺が勝ち進んで、()()()()()()()()()()()()()()()って、言ってやりてぇんだよ

 

それは同情から来る言葉なのかもしれない。あるいはつり橋効果のように、苦楽を共にしたために生じた一時の感情の高ぶりかもしれない。それでも、彼岸はその上鳴に、その眼に映る彼の色彩に目を奪われた。

 

たとえ普段どれほど軽い言動をしようとも、昼休みに虚言でクラスメイトをチアガールにするような真似をしようとも、上鳴電気の本質は、友を思い、そのために全力を尽くせる情が深い男だ。彼岸四季はその瞳に宿る『個性』にまるでファイアオパールのように情熱的に、百日草のように優しく友を思う、黄色く灯る美しい色彩を映した。

 

勝ちたいから全力を出すのではない。勝たなければいけないから全力を出せる男。

その在り方もまた、ヒーローに相応しいと、彼岸四季は初めて上鳴電気を認めた。

 

同時に、試合開始のゴングが鳴り、次の瞬間には既にパチッと弾けるような音が上鳴の周囲から鳴り響き、

 

「全力、全開だ!!喰らいやがれ!!」

 

光り輝く大放電が視界の全てを支配し、雷速を持って彼岸四季の身に放たれた。

 

雷が放たれた際に、まず周囲の人に届くのはその光、すなわち雷光だ。雷が宙を駆け抜ける時に発する光。その極光で大多数の観客は一瞬会場二人が見えなくなるほどの光に目を焼いた。そして光が走った一瞬後に会場を雷撃が支配する。防御も回避も不可能な広域大規模放電。それが彼岸四季を襲い、会場のほとんどが彼の敗北を予想し、

 

「ああ、ホントに綺麗だ。思わず一度くらいはその色彩に飲まれてもいいと思えてしまえるほどに。だが、悪いな。もう、()()使()()()()()()()()()んだ。」

 

全くの無傷で、その場から動くことすらなく雷速の攻撃を防ぎ切った彼岸を信じられないものを見たように一様に見開かれた。

 

それは、解説席にいたヒーローたちも例にもれない。

 

『嘘、だろ。オイ。あり得るのかよこんなことが!!

彼岸、津波と見まがうほどの電流の最中を、まさかまさかの無傷の生還!!

マジでどうやったんだよ!イレイザー!?』

『………わからん。』

『はぁ!?』

『すまない。教師として、ヒーローの先駆者として失格だろうが、俺には電流が全て彼岸の手に弾かれたようにしか見えなかった。いや、彼岸が電流を腕で叩き落としたようにしか見えなかった。だから、わからん。人は雷の速度に対応できるようになっていない。そもそも人の構造からして不可能だ。だが、今の光景はそう捉えるしかないように見えた。それがどんな絡繰りだったのか、まるでわからなかったんだ…』

「……はっマジか。お前でもわからねぇテクを見せるアレが一年だと?悪い冗談だぜ」

『…おい、音声流れてるぞ』

『わかっててやってんだよイレイザー。あれが説明できる奴、もしこの場にいるならここに来て解説してほしいくら『わーたーしーが、解説に、来た!!』………い、だったんだけど……よ。どっからきたんすかオールマイト』

『…解説、お願いできますかオールマイト? そのほうが合理的です。』

『もちろんだとも!!そのために来たからね。まぁその前にまずは、試合会場に目を向けなおすといい。まだ試合は終わっていないぞ。そしておそらく、次に責めるのも上鳴少年だ。彼岸少年のフィジカル相手に接近戦は不利だから、そこら辺は彼も考えているだろう。』

『…いえ、オールマイト。上鳴はおそらく今の一撃で許容範囲ギリギリまでの電撃を放っているはずです。次を撃てるほどの力ももうアイツには…』

『HAHAHA。忘れているぞイレイザーヘッド。私たちの母校の校訓を。だからこそ、上鳴少年の次の一撃、見逃すなよ諸君!!』

 

 

「おい、マジかよ。今の、俺の全力放電だったんだけどな」

ただ一度の放電。その一撃にその身に許された総エネルギーのほとんどをつぎ込んだ上鳴は息を切らしながら、視線の先に両手を前にして悠然と佇む敵に対して悔しげに言い放った。

 

「ああ、かなり危なかった。最初は上鳴が電撃を放つ前に速攻で仕留めるつもりだったが、お前の目に本気の色を見ていなければ、俺の拳よりも先にお前の雷撃で仕留められていたかもしれない。そのくらいに、今のお前は危なかったし、それほどに美しい想いがあった。だが、俺にも譲れない想いはある。」

 

彼岸はただただ泰然として、構えを変えずに、視線をそらさず、嘘偽りなく言い放つ。

 

「勝ちたければ、命を賭すくらいの覚悟を決めて挑んで来い。俺はもうできている。」

 

構えを変えず、微動だにしない相手は、上鳴には試合前よりも、先ほどの雷撃の後よりもずっと大きく見えた。

 

————ビビるなオレ。こいつが強いことなんてわかってただろ。やるしかねぇんだ。勝つためには

 

「俺には、これしか、ねぇぇぇぇぇんだよぉぉぉぉぉおおおおお!」

 

先ほどの一撃は正に上鳴が思考のできる限界ぎりぎりのエネルギーを全て使った、つまり自身がすることができる限界を見極めた最大放電。

———それをこの一撃で超える。電気がない?エネルギーが足りない?知るか!そんなことは考えるな!!ないなら作れ!ここで何もできなきゃ、ヒーローじゃねぇ!!

振り絞る。その気力、その体力、その個性の一片たりとも残さず、そして、それを全て前へ。

 

雷に指向性を持たせるなんてことは上鳴にはできない。彼の個性はあくまで『帯電』。電気を帯びることが本質で、そのための蓄電ならば得手だが、逆の送電は不得手だ。指向性を持たせることは今まで碌にできなかった。

それでも、この一撃だけは少しだけ、僅かだけでもその放電は指向性を持った。

 

つまりはその視線の先、この試合の敵である彼岸四季へと。

たった一度きりの限界突破か、あるいは偶然か、それはあずかり知らぬことではあるが、事実として先ほどよりも多くの電流が彼岸へと雪崩れ込むように殺到し、

 

「言ったはずだ。俺はもう、できていると。だが、お前の覚悟は確かに見事だった」

 

それでも、先ほどと変わらず無傷の彼岸四季が、腕の位置だけを変えて、しかし変わらずその場所に立っていた。

 

そして、決着はついた。彼岸は一歩も動かずに、しかし上鳴電気は持てる力の全てを発したことにより、その場に崩れ落ちた。

 

一回戦 最終戦 勝者 彼岸 四季。

 

 

その判定を下したミッドナイトに是非はない。勝者は立ち、敗者は伏せた。ならば勝ち負けは明白だからだ。だがそこに至る道筋がわからない。だからミッドナイトも、観客もテレビの前の多くの民衆も、彼岸が勝った道筋を聞かんとして放送席の声に耳を傾けた。

 

『うん。限界を更に突破して雷撃を放った上鳴少年の意志は本当に見事だった。

それでも今回ばかりは相手が悪かったね。対処法を知られている相手ではいくら電流を上げようとも効果は薄い』

 

その光景を知っていたように、解説のために乱入してきたナンバーワンヒーローは事もなげにそう言った。

 

『対処法?アイテムも遮蔽物もなく、なにより上鳴の放電は狙いがつけられない無差別広域放電ですよ?だからこそ、雷撃が来る場所はわからず防ぐ手段もそれ専用の個性でもないとないはずだ。それをどう対処したんですか?』

 

『うん、そうだね。前提として上鳴少年が電気を放ってから避けたり、防いだりするのは私にも不可能だ。私も電気系のヴィランにはなかなか手こずった経験があるからわかるよ。だからこそ電気系の個性を持つ相手の基本戦術は放つ前に打ち倒すか、アイテムや個性の相性での無力化が正しい対処だ。だがアイテムなどなく、かつ電気を放つ方が早い場合でもいくつかの対処法はあるのだよ。例えば拳を振るって真空状態を作ってそっちに雷を誘導するとかね。』

 

『いや……待ってください。あなたのトンでも対処ができるかはともかく、彼岸はその場から動いてないし、拳を振るったわけでもアイテムなどを持っているわけでもない。なら彼岸には雷が来る場所が事前にわかっていて、何らかの方法で防御したことになる。けれどそれはそもそもが』

『雷が来る場所が不特定だからわかりようがない、かい?それがわかるんだよ。上鳴少年の放電は落雷に近い性質を持っているね。超高速カメラで見るといい。先に放電路である先駆放電が流れてから、そこに主たる放電が来ているのが見えないかい?これが先ほど二度上鳴少年の放電を防いだ絡繰りの一つさ』

『………先駆放電。つまり落雷の際に雷の通り道になるステップトリーダーですか。それでも確か秒速200㎞。人の目には………そうか。彼岸が使う『個性』の強化は、ただ力を強くする筋力増加ではなく、正確には『生物としての能力を強化』する個性。だから先駆放電を見る、あるいは感じ取れた、と?』

『そのとおり。まぁ私はばっちり見えるわけではないし、感覚的なものにもよるが、何度もくらえばその感覚がつかめるものさ。そして、まぁこれはテレビの前の皆には見えないだろうけれどね。彼岸少年はその落ちる場所に合わせて、両腕に絡みつく生命力の渦、超高速回転する竜巻のようなモノを作り出し、雷が落ちる瞬間に腕を添えて、そのエネルギーによって落ちる場所を逸らしたのさ。まぁなんとも力技だ。狙ってやるとか普通はしないね。失敗したら直撃だしね。』

『……オールマイト、あなたさっき防御するとか真空作って誘導するとかそれ以上に力技なことを対処法として言ってましたけど』

『HAHAHA。イレイザーヘッド、そのくらいじゃないと長年ヒーローなんてできないさ。もっとも、私も10代であそこまで雷撃への対処が可能な技量があったかと言われれば自信はないがね。ぶっちゃけ、ちょっと鍛えすぎだろうミルコ』

『……最後の台詞だけは同感です』

 

オールマイトの解説にまだざわついたままの会場をそのままに、黒髪の少年は会場を後にした。

掲示板に示された次の組み合わせを一瞬だけ目に映しながら。

 

2回戦

左ブロック           右ブロック

緑谷VS心操          耳郎VS轟

 

爆豪VS拳藤          塩崎VS彼岸

 

 

 




投稿が遅くなってきていますね。申し訳ございません。

まだしばらくは投稿が遅くなると思いますが、まだ読んでくださるという寛容な皆さま、どうか今しばらくお待ちください。




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第40話 決勝種目 準々決勝①

まだ雄英体育祭終わらない。
ここまで話数をかけて進んでない話はウチくらいじゃないのだろうか…

文章を書くのはホントに難しいですね。

そんなわけで、まだ雄英体育祭は続きます。

緑谷出久VS心操人使

勝者は?


会場はおよそ10万人以上の人員がひしめき合っているとは思えないほどに静かだった。

それは次の試合の予想があまりにも容易かったからだ。

 

片や第一種目で超重量の鉄とコンクリートでできた門を蹴り飛ばした片割れであり、第2種目においては3人とそれを乗せた船を担いでなお高速で動き回り、空中にすら躍り出た超パワーとスピードというフィジカルの化け物。そしてそれに加えてトーナメントの一回戦で見せた近接格闘の技術まであることを世に知らしめた、近接戦闘の雄、緑谷出久。

 

対して第一種目では目立った活躍はなかったもののヒーロー科が落ちる中でも勝ち残り、第2種目においては騎馬対一人という状況を利用して騎馬を崩してポイントを稼ぎ、トーナメント一回戦においてもヒーロー科を一対一で破った普通科の期待の星にして、『直接、間接的に触れた者の意識を奪うと目されている個性』を持つ心操人使。

 

相手が緑谷でなければ、この試合は盛り上がったことだろう。何せ心操の個性は触れれば大会のルール上一撃必殺になり得る個性だ。つまりは相手にふれさえできればジャイアントキリングが可能な個性と会場にも、テレビの前の皆も認識している。だが、だからこそ一撃で試合を決する力を持つ相手や触れずに相手を倒せる敵には相性が悪い。

つまりは、緑谷のパワーの前に為すすべなく心操は負けるという予想が既にその試合を見る大半の衆目の頭の中に予想されていた。

 

だから、彼等が気にしているのは次の試合やあるいは心操のくじ運の悪さを嘆くような声がそよ風にかき消されるほどに小さく聞こえるのみ。

 

つまりは大半の者がこの試合の結果は既に分かっているからに興味などないということである。

 

 

固く結ばれた口で、感情を極力抑えた表情で、心操人使はその状況に歓喜していた。

理由は明白。勝てる可能性があるからだ。

 

真っ向からではまず勝てない。一回戦で見せた技術もそうだが、フィジカルにおいて目の前の自分よりも小さな男は、まず間違いなくこの学年で…いやおそらくは学校全体でみてもトップ3に入るであろう化け物である。それこそ自分の細腕などストローのように指先でつままれるだけで簡単に折り砕かれるだろう。

 

それほどの圧倒的強者相手に、勝つ手段が今の自分には、ある。

 

もちろん今回一度きりだ。

この大会が終われば、次は個性のことが研究されて、おそらくあっけなく負けるだろう。それでもこの難敵に勝てればヒーロー科への道は、ヒーローへの道は大きく開かれる。

無論同じヒーロー科、特に1-Aで同じ騎馬を組んだ二人が個性を教えているという可能性もないではない。だが、あの時お互いの個性は決勝種目でも相手に教えないという約束を彼岸は皆にしていた。もちろん口約束だ。なんの効力もないし結果が全ての体育祭。それも彼岸はもとより耳郎も緑谷とは親しく、よく一緒に行動していたのを放課後の演習場で見ている。

それでも、あの二人なら約束は違えないという信用があった。

自分に声をかけてくれた彼岸、個性を聞いたうえでそれを隠すという戦略で脚を引っ張る可能性もあったのにチームとして認めてくれた耳郎、共に今まで会ってこなかったタイプだ。特に彼岸は俺のことをなぜか評価してくれていた。彼の個性によれば、俺はヒーローに向いていると、そう視えるらしい。

 

嬉しかった。認められた気がした。自分がヒーローになりたいという想いは間違っていないと言われたように感じられた。

 

負けられない。あの二人のように、前を向いて俺はヒーローになると顔をあげて言えるように、自分の価値をここで示さなくてはならない。布石は打った。賽はもうすぐ投げられる。

此処こそが自分のヒーロー科の試験で、今度こそ勝つ以外に自分がヒーローになる資格を手に入れる手段はないのだと、心操は外見には一切出さずに断固たる決意を内心で固めた。

 

 

 

 

 

 

邂逅した際は戦闘向きでない個性なのにヒーロー科を諦めない、その意志に共感を覚えた。親友たる彼岸が数多の受験生からその輝きを見つけた人。

 

ならば、慢心や油断は命取り。

二種目目の立ち回りでは、触れた相手、間接的でも繋がっている状態の相手の意識を瞬間的に途切れさせる、眠らせる、といった影響を与えていた。生物限定だが触れれば即意識を奪えるタイプの個性なら味方なら頼もしいが、敵なら厄介な相手だ。

 

だが、本当にそれだけだろうか。

 

()()()()()()()()()()

 

2種目目、彼岸が言った言葉を聞き逃すほど緑谷は馬鹿ではない。

だがそれは、相手の一部にでも間接的に触れれば発動するという条件を隠すための虚実を入り混ぜた言葉だと多くの者はもう気づいている。

 

多くの者が気づいている。それが逆に怪しいとは思わないか。一撃で決着させることは可能だ。今の自分の力なら、個性なら難なくできる。触れずとも拳や蹴りを風圧のみで彼を吹き飛ばす。何の問題もない。自分の確実な勝利の道筋。

 

けれど、それでも相手の目は死んでない。諦めなど微塵もない。

余裕があるわけではない……呼吸がわずかに早い。汗も額に浮かんでいる。

人の緊張のサインだ。

彼とは体育祭前に何度も手合わせをしている。実戦形式の試合だって行った。もちろんケガをさせない範囲で個性も使った。

それらが全て演技でなければ、近接戦闘でこちらに負けはない。

それでも彼のこちらを射抜くように鋭く細められた瞳の奥に覚悟にゆれる炎を幻視した。

 

油断はしない。彼に諦めの感情はないから。

手加減もない。彼はこちらを打倒しうる牙を持っている。

 

 

『Ready、Start!!』

 

 

掛け声と動いたのは二人同時。

ただし動きの種類は真逆だ。一人は両手をクロスさせて頭を守りながら前傾姿勢となって被弾場所を減らしながら相手に向かってまっすぐに走り出した。一目でわかる被弾覚悟の特攻。

対してもう一人はその場に根を下ろしたように重心を落としてからの腰をいれてまるで対象がそこにいるかのように右ストレートを放った。

ただし拳の間合いにははるかに遠い、開始したばかりで彼我の距離はまだ10mは離れた位置からの拳による突き。そんなものは何の意味も持たない。ただし、それが音速を遥かに超えて放たれた時にのみ、周囲の空気を押しだす圧となって局地的な暴風を作り出す。

ただの腕の動き一つでそんなことができる生物はいなかった。個性誕生前は。しかし今はいる。日本で一番有名なヒーローが同じような動きでその攻撃を叫ぶ姿を見たことがある。その名を

 

「TEXAS SMASH(テキサススマッシュ)!!」

 

それと同じ掛け声と同時に放たれた暴風は、被弾を覚悟し疾走する心操をあまりにもあっさりと吹き飛ばす。その姿に、会場の者たちは正にオールマイトを幻視した。彼に比べれば、まだあまりに小さい。それは背丈も力も速度も、今の暴風を生み出した拳もオールマイトには劣るだろう。けれど、その姿に声にナンバーワンヒーローの何かを確かに会場の人々は見たのだ。だからこそ、さっきまですぐに終わるだろうと予想されていて、歓声もまばらだった会場が一気に沸いた。

 

歓声と驚愕。

 

確かに超パワーをもった生徒ではあった。1,2種目目、そしてこのトーナメントでもその片鱗は見せていたが、こうまでその個性だけを際立たせてこなかった。それと今の掛け声とフォームがあまりにもナンバーワンのソレと同じだったからだろう。

 

それは当然だ。なにせ緑谷出久は既に1年ほどオールマイトに師事し、特訓、それも実戦形式の組手などもしている。そしてその中でオールマイトの擬音交じりの指導を必死に読み解き、動きを見て、解析して、その動きを今まで積み上げてきた武術と練り合わせて自分の動きを模索している最中だ。だからこそ、師であるオールマイトの技を使うのも自然なことだ。

 

 

 

「おいおい、ホントにオールマイトみたいじゃねぇか緑谷の奴」

「ホンマに……パンチ一つで遠距離攻撃もできるんや…」

 

会場とおなじように驚くクラスメイトに試合を注視したまま、他の生徒たちに聞かせるように彼岸が言葉を発した。

 

「そういえば、さっき出久の怖いところは3つといったな。

2つ目はあの『個性』だ。自主トレで何度か体験したが、アレは自壊覚悟ならばオールマイトの全力を一瞬なら上回ることができる。それだけの超パワー。いや単純な力ではなく正確には超パワーを出すエネルギーを全身に纏わせる個性。だから『フルカウル』と名付けられたわけだが、いかんせんまだ使いだして日が浅い。個性を相手が死なないように制御するための迷いと長所の一つである戦闘技術とうまく練り合わせていないという欠点がある。故に、まだやりようはある。だから、心操にもまだ勝機はあるぞ。」

 

 

 

 

 

観客を湧かせ、クラスメイトたちも驚愕した今の一撃は、人一人吹き飛ばすには十分な威力をもった一撃だった。それを受けても、相手は、心操人使は体を飛ばされて会場に叩きつけられた後に文字通り石にかじりつくように身を低くして耐え、そして倒れた姿勢から既に身を起こして再度特攻を開始した。

 

オールマイトを彷彿される一撃を受けてなお、その闘志は折れてない。寧ろその程度は既に覚悟していたのだろう。受け身を取り損ねたのか、手のひらから肘まで血が滴り落ちるのも構わずに相手は再度防御を固めて緑谷へと疾走を開始していた。

先ほどの一撃で開いた彼我の距離を埋めようと、一歩でもこちらに近づかんとするその姿勢は我武者羅であるが故に、それしか手がないようにも見える。

 

緑谷は冷静に再度相手を迎撃するために再度拳を振るった。

 

結果は同じだ。再度相手が吹き飛び、しかし、それで相手が闘技場の外に出ることはなく、相手もその闘志を折ることなく再度突っ込んでくる。今の時点でもう一撃打てば、場外まで吹き飛ばせる。けれど、それをしない。理由は2つ、期待と警戒だ。

 

緑谷出久は分析が得意であり、癖といってもいい。常に自分ができること、相手ができること、どうすれば勝つか手段を探っている。だからまだ個性が不確かな相手であり、ヒーローになるとヒーロー科の前で宣言した心操のことを警戒している。だからこそ、期待と何か自分が知らない武器があるのではないかとけん制を放った。そのために2発、単純な同じ状況を作ったが、心操の動きは変わらなかった。緑谷出久は考える。

今のやり取りで自分に近づく困難さはわかったはず。でも試合を諦める様子もない。何か手があるか?遠距離攻撃の手段……サポートアイテムがあるなら選択肢は無数だけど今の彼ではリーチを伸ばせるといったせいぜいが上着を破ってこちらに振るう程度しか思い至らない。

引き際を見極められない者はヒーローにはなれない。もちろん誰かを背にした戦いで引き際などないが、直接の戦闘で敵わないなら別の方法、仲間と連携する、助けを呼ぶ、道具を使う、場所を変えるなど何にしてもやり方を変える必要がある。

 

————ここが今の君の限界、なのかな。なら次で終わらせる。

 

確実に相手を外に吹き飛ばす。だからこそ三度目、今度は拳圧の狙いを定めて、

そこで頬に、小さな水滴が落ちたのに気付いた。

 

「ようやく、届いたぞ緑谷。触れたな、俺の血に」

 

視界の先には、ケガをした手を野球ボールでも投げるようにフルスイングした態勢でニヤリと笑う心操がいた。そう、ケガをしていた。手のひらから肘に滴るような血を流していた。それが、受け身の失敗やただのケガではなく、わざとしたものなら、この頬に血を彼自身のモノを触れさせたという事実とその成果に笑みを浮かべたということは、

 

「血を触れさせても、個性をはつ…ど………」

 

そこで、一度緑谷出久の意識は完全に途切れた。

 

『おおおおっとぉぉぉ!!ここでまさかまさかの緑谷が動きを停止させた!これは、1回戦で角取相手に見せたように、相手の意識を奪う『洗脳』の個性を発動させたってことか心操!!けど今回は相手に直接的にも間接的にも触れてねぇ!どうやった?』

『緑谷が構えた瞬間に、心操が腕をフルスイングしていたのを見ただろう。おそらくは自分の血を相手に着けたんだ。心操の突進は相手の油断を誘うこと、不自然ではなくケガをすること、そしてその血を相手に当てること、それが狙いだったということだろう。』

 

マイクが情熱的に、イレイザーが冷静に解説するが、もちろん、心操の個性について雄英教師陣は既に知っている。その()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だが、今それを言うのは公平性に欠ける。そしてわかってしまえば対策ができてしまう個性である心操の努力を踏みにじることになってしまう。

だから言わない。苦難を乗り越えられなければそれまで。それは雄英では当然である。だから担任といえどイレイザーヘッドもブラドも互いの生徒に他の生徒の個性は話していない。

放送でもそれは同じだ。わかっているのだ。この結果を、いや()()()()()()()()()()()()()心操はこの圧倒的不利な状況でも初手で個性を使わず、わざと傷ついてまでして個性の発動条件を誤魔化している。全てはこの試合だけではなく、更にその先に行くために。

 

『緑谷の個性は強力だ。だが、油断したな。そして心操は策をよく練った。その結果だ』

 

心操の言葉で一歩、また一歩と場外へ歩いていく己の生徒にイレイザーヘッドはヒーローとして、担任として冷静にそう解説した。

 

 

 

「緑谷くん!起きてー!!そのままやと負けちゃう!!」

麗日の必死の叫びも

「チッ!!何やってんだあのクソデクが!」

借りが返せねぇだろうがと苛立つ爆豪の声も

「出久!!しっかりしろ!!」「緑谷さん!お気を確かに!!」「ああ、まるで操り人形のように…緑谷さん!」

2種目目で組んだ轟、八百万、塩崎のクラスの垣根を超えた声援も、届かない。

 

だが、そんな中でまだだと緑谷を最もよく知る彼岸の声が通った。

 

「四季…でも緑谷、もう意識がないっぽいよ。ウチ等の声も聞こえてないみたいだし」

 

耳郎の声に、クラスの否、B組やそこらにいる雄英生徒たちもその言葉に肯定し、しかし彼岸の次の言葉を待った。彼岸は疑うこともなく、淡々と話す。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

「緑谷出久の最も怖いところは、アイツが無個性であってもヒーロー足りえたと精神だ。

あいつは3月まで無個性だったことはA組なら知っているだろう。

出久は自分が無力であったという事実を知っている。だから死に物狂い努力しても届かない悔しさを知っている。

アイツは脚の骨を折っても走ってくる。肩の骨を外しても殴ってくる。必要であれば、自分の生死など関係なく向かって行く。痛みは気付け、血は目くらまし、露出した骨は凶器になり得ると体験で知っている。

救うなら、その程度の代償を払わなくては決して届かないと知っている。個性という人の枠を超えた能力を、殺傷に向けるヴィランを、化け物を凌駕するために叩き上げた人の精神。

ただ諦めない。命が続いているなら、まだ行けると信じる、その壊れ方こそがあいつの一番怖いところだ。見てろ。あのバカ、()()()()()

 

言葉が終わるのを待ったかのように、ズゴンという空気を震わす音がそこにいる全員の鼓膜を震わせた。

 

視線の先では、緑谷出久が全身に個性が発動していることを示す光のスパークを迸らせて、右拳で己の額を打ちぬいていた。

 

 

ああ、なるほど。

これが彼の、心操くんの個性か。『洗脳』ってところかな。

凄い個性だ。身体が動かない。いや、自分の意思で動かない。相手の言う通りにしか動けていない。

強い。おそらくはロボットには通じないのだろうが、対人では一撃必殺になりえる個性だ。

やられた。実践なら、負けているのは自分だ。意識を取られて既に10秒程度。彼が本当のヴィランなら意識を取られた時点で殺されている。

 

まったく、こんな無様な姿を、皆さんの前に曝すことになるとは、不甲斐ない。

申し訳ありません、先代の皆さま。

今、この縛りを解きます!

 

緑谷出久は意識を奪われた先で、己の精神世界にいる8つの人影に、この個性の継承者たちへ頭を下げて、拳に意識を集中させた。

 

次は、ない。

 

常にそこが死線と思って進め、緑谷出久。非才のこの身にできるのは、常にその考えを持つことだけなのだから。

 

集中した拳が己の額を打ちぬき、世界は再び色を取り戻した。

 

さあ反撃だ。

 

 

「凄い、個性だったよ。心操君。」

 

俺の洗脳を拳で頭を打ちぬくことで解き放つなんてありえないことを成した目の前の化け物はそんなことを言って、笑っていた。

信じられない。今まで、一度たりとも洗脳を自力でとけたものはいない。何らかの外的衝撃でのみ、洗脳はとける。

それが自分の個性のはず。なのに、

 

「どうやって、解いた。解けるはずがないのに、どうやって俺の個性を解いた」

 

「それはっ………なるほど、血がまだついているから、洗脳の範囲内にいるってことかな。でも、それはもう効かない。僕の意志までは君の個性でももう動かさせない。」

 

半分は本気で問いただすために、もう半分はもう一度洗脳を施すために叫んだ言葉は、今度は衝撃すら与えることなく解かれた。いや洗脳すら、できなかった。

 

相手は未だにこちらの洗脳が言葉に返事をすることを鍵としていることに気づいていない。だから、今の洗脳目的の声にもあっさり返事をした。

なのに、通じていない。こちらの唯一の武器が、通じない。

あらゆる布石も、ブラフも、この唯一の武器を武器として成立させるためのものであったのに。その唯一が効かない。

 

「どういう、ことだよ。なんで!?」

「僕のっ進む道は、僕が決めることだ。誰の意志でも動かせたりさせない。」

 

効いている。無効化されているわけじゃない。確かに洗脳にかかっている。ただ、一瞬で洗脳が、何の衝撃もなく解かれているだけだ。ただその意志だけで個性をはねのける。馬鹿げた力技。

信じられないことを、この眼の前の同い年の、自分よりも幾分小さな相手は事もなげに行っていた。

 

 

「ばけ、ものかよ…」

「よく言われる。でも少し違う。僕はただの人間だ。ただ進む道を決めているだけのただの人だ。それだけで、人は強くなれる。心さえ決めてしまえば、覚悟さえ決めてしまえば、人は強く在れるんだ。僕はそうして生きてきた。これからも、そうして生きていく」

 

君だってそうだろう?と軽く言って、相手は一歩を踏み出した。

 

ああ、怖い。今、俺は人生で一番怖い生物と相対している。

『個性』が効かない。それも怖い。でも一番怖いのは、コイツが一番イカレてやがるところだ。本当に、ただそれだけが恐ろしい。

 

相手は化け物。勝てないことはもうわかった。

でも、まだ、負けてない。相手を後2,3歩だけ押しだせば、こちらの勝ちなのだ。

 

もう何が何だかわからないが、負けたくなかった。化け物相手でも立ち向かう。そんなヒーローになりたいと思ったのだから、俺も進むしかないのだ。勝てないとしても負けたくはないから。

 

 

そうして、必死に殴り掛かった拳はあっさりと緑谷の左腕で外側にいなされ、個性を混ぜた言葉はやはりもう意味をなさず、最後は右のアッパーと、あとは…もう何もわからなかった。

 

「実践なら、勝っていたのは君だ。続きは、ヒーロー科でやろう。きっと君はヒーローになれるから。」

 

そんな言葉に、俺は答えることもできず、内心で当たり前だ化け物野郎と叫んで意識を失った。

 

 

2回戦、 第1試合 勝者 緑谷出久

 

 

 




というわけで、ある意味原作通りですが、こちらの緑谷出久君は覚悟ガンギマリ系主人公なので洗脳を解くために暴走なしで頭に拳一発で済ませ、以降は秒とかけずに洗脳を弾くというトンでも行動をしております。

こんな出久君ですが、ヒロイン、できる姿が想像できないんですよね。なのでアンケート参考にさせていただきます。

ありがとうございました。


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第41話 決勝種目 準々決勝②


久方ぶりの更新になります。

更新頻度はしばらく下がります。
なので書けたところまでとりあえず投稿していきます。


3月いっぱいまでは週1更新は難しいと思います。読んでくださっている皆さま、誠に申し訳ございません。

未完で終わることだけはしませんので、どうか気が向いたときに読んでいただければ幸いです。
Evern様、誤字報告ありがとうございます。誤字がまだまだありますが、とりあえず先を書こうと思います。


 

 

「ずいぶんな負けようだったな出久」

 

試合からA組に割り当てられた観戦席に戻った僕に放たれたのは鋭い指摘の声だった。

声の主はやはりというか、硬い表情でこちらを見ていた。

 

「何言ってんだよ彼岸。緑谷は漢らしく勝ったじゃねぇか」

「試合にはな。だけど、実戦なら死んでいたのは出久だ。これを負けといわず何と言う」

 

切島君の反論にしっかりとした口調で視線を僕から外さずにそういう四季の目は厳しい。

それは死線を超えるような間違いを犯した時に彼を正そうとする時の彼の師匠と同じ目。

厳しさと怒りと、その奥にある心配と優しさが見える彼らの瞳。

その指摘の正しさと、そして彼の優しさに応えるために僕もできるだけ真摯に彼と向き合った。

 

「確かに負けた。一つの試合の勝ちを拾うために一回死んでた。試合でなく、戦いなら今頃死体になって無様に転んでいるのは僕の方だった」

 

「わかっているならいい、なんてことは言わないぞ。負けたら自分の命を、守るべき誰かを失う。それがヒーローだ。この敗北をお前が忘れた時、お前はヒーローじゃなくなる。覚えておけ緑谷出久」

 

四季は冷たく鋭く指摘する。それは正しい。どこまでも正しい言葉だ。ヒーローなら、負けて次がある戦いなんて一つたりともありはしない。負けは死だ。そしてそれは自身の死では終わらない。そんなものは大したことではない。

大切なのは、大事なのは、自分が守ろうとした誰かの命が失われる。そんな最悪を含んだ死だ。ヒーローにも敗走はあり得るだろう。負けても守るべきものを守っての撤退なら、許容範囲だ。しかしただ負ける、一矢も報いず、後にもつなげず、守るべきものを守れない、そんな完全敗北などあり得ていいはずがない。

 

それが、緑谷出久と彼岸四季が唯一共有するヒーローの在り方だ。だからこそ

 

「当然、忘れないよ。この敗北も。生きているなら全て次の糧にしてみせる」

 

その言葉を聞いてから、ようやく四季は視線をこちらから外した。観戦席から腰を上げて未だ座らずに立っていた僕だけに聞こえるようにすれ違い様に声を発した。

 

「お前の中のソレ、何か掴めたか?」

 

何故わかったのか、なんて声を発する真似はしない。

元よりこの個性『ワンフォーオール』に、様々な色彩が見えると四季は言っていた。

僕が先代たちに合う前から、彼は『ワンフォーオール』の中に先代たちの生命力が、魂が、あるいは心と言われるものが残っていることを知っていたのだ。

先ほどの洗脳をくらった際に、僕がまた現実ではないどこかで先代たちと会ったことを、その『春夏秋冬』の個性でわかったのだろう。

 

「転んだなら、ただで起きるなんて真似はしないよ。岩でも砂粒でも掴んで次の武器にする。基本でしょ?」

 

僕の返答に満足したのか、彼はその仏頂面のままにしかし足取りは軽く観客席を後にした。

 

「緑谷くん、大丈夫なん?」

「大丈夫。負けそうになったけどダメージはないよ。それに、この試合もその後も是が非でも見ておかないとね」

 

心配してくれる麗日さんに笑顔で返してから、一転して自分でも目を鋭くして試合会場を見つめる。

そこでは僕の次の試合が既に始まっていた。即ち次の僕の相手を決める試合であり、昔からの知り合いである爆豪勝己とB組のクラス委員である拳藤一佳さんの試合。

 

そこでは苛烈と言えるだけの遠距離戦が展開されていた。

 

 

 

 

「もう、一つ、行くぞーー!!」

「クソうっぜぇ!!」

 

個性『大拳』の拳藤と『爆破』の爆豪。当然試合は距離を詰めたい拳藤を爆豪がどうさばくか、そういう勝負になると会場のほとんどが思っていた。

 

だが蓋を開けてみれば、試合は全く違う様相を見せた。

拳藤が試合開始と同時に闘技場の床を思い切り殴りつけ、床を割ったかと思えばもう片手で割れた手ごろな石を爆豪に向かって投擲したのだ。ただの石投げと侮るなかれ。投擲された手ごろな石は、彼女にとっての手ごろな石だ。そして個性『大拳』にとって手ごろな石とはつまるところ世間一般では岩であり、その重量は成人男性の平均を凌駕する。それを投擲できてしまうのが彼女の『大拳』。拳という一部のみ肥大化するだけの個性と思われがちだが、自分の体よりも大きくなった手の平に合わせるように身体能力自体が大幅に強化されるのだ。それによって繰り出されるパワーは一年生でも上位に入る。

 

そのパワーで繰り出される岩つぶて。一撃でもマトモにくらえば最低でも骨折は必至。試合を決めるだけの威力をもったものを拳藤は連続して投擲する。

 

対して爆豪は手のひらからの爆破で石を破壊する。

だが今のところ、非常に珍しいことにそれだけ。つまりは防戦一方だ。

理由は二つ。相手の岩つぶては一つではなく、手のひらに握れた複数の岩と石が混じった言わば散弾のようなものであったこと。これによって抜群の反射神経を持つ爆豪でも被弾なしで避けるのは難しい。

もう一つは相手にタメがほとんどないことと爆豪の爆破にはわずかにタメが必要なことだ。これは爆豪自身が爆破の源が自身の手のひらから出るニトロによく似た性質を持つ爆発物質であることが原因だ。飛来する岩ごと相手を爆発するには多少なりとも爆破の元になる液体を出すタメがいる。その時間を稼がせないように相手は左右でフックを打つように横投げで岩を投げ続けることでラッシュをかけてきている。

無論この硬直を打破する術はある。自身の最大火力を無理やりにでも使えば、手に反動は来るだろうが、岩ごと相手を爆破で吹き飛ばせる。しかし、その程度のことを考えないほどに相手は容易い雑魚か?

 

爆轟の答えは否だ。

 

拳藤一佳は頭もキレる。そして負けず嫌いな女だ。この試合も勝つために戦っている。

ならば、この岩を投げるだけの単調な攻めが手ではない。なんせ試合が始まってそれほど時間が経っていないが、それでも爆破の威力は高くなってきている。それは爆豪勝己の個性である『爆破』は体があったまってくるほどに手のひらの爆発物質も出てきやすくなる性質を持つ、本人の気質とは真逆のスロースターターな個性だからだ。

このままだならあと数分もしない間に腕に負担がなく、強化されていった爆破だけで決着がつく。それだけの単調な試合になる。

第2種目で組んだ相手同士、個性はある程度把握している。なら時間が経過するほど不利な状況になるのがわからないはずがない。

 

——なんか企んでんだろ。だが、関係ねぇ。全部正面から叩いて潰す!だから、

 

「来いよ()()()()!!」

 

 

 

獰猛な笑みを浮かべて、両手を広げて立つ相手に思わず笑みが漏れる。

名前を呼んでくれている。こちらを相手として認めてくれている。

 

爆豪勝己は天才。格上。自分よりも実力は上。

 

そんなことはわかっている。だけど、戦いは格上が必ず勝つなんて簡単なものじゃない。岩つぶて……砕大拳と名付けた技の連続はあくまで眼くらまし。

そんなもので勝てるなら、決勝種目まで残っているわけがない。こんなに勝つために戦略を練るはずがない。

勝つための条件は、個性の関係上どうしたって私の射程に入ること。つまりは近接戦闘に持ち込み一撃で決着をつけることが理想。

 

爆豪は近接戦闘も優れている。生半可な技でも近接戦闘でも遅れをとるかもしれない。だからこその一撃決着狙い。

 

だから、少しずつ投げる踏み込みをする度に、少しだけ、気取られないように距離を詰めた。全ては乾坤一擲の一撃を当てるために。

 

初動は砕大拳と同じ。眼下の岩を左手で砕き、右手で掴み投げる。

当然、相手はそれを無視できずに迎撃するだろう。

 

そこが、狙い目。私の勝機!

 

投擲して即座に片手を通常サイズに戻す。そしてもう一つの肥大化した手のひらを使って、全力で自分の体を斜め前へと押しだした。

 

同時に『大拳』を解除し、押しだしたその身に頭を前へと押しだすことで縦回転を加える。

爆発が岩を粉砕した音と煙が見えたが、気にしない。寧ろその起点に爆豪がいるという証拠になってわかりやすい。

砕大拳を囮にして、大拳にて自分を最大速度で押しだし、最大威力の一撃を撃ちこむ。

爆豪がいくら頑丈でも、この一撃が決まれば、この手が届きさえすれば勝てる!

 

 

そうして私が全力を込めた一撃を放とうとした瞬間に、

 

「ようやく、近づいたな拳藤。」

 

目の前に、宙に飛んだ爆豪がいた。

読まれていたんだ!目くらましも、自分が距離を徐々につめていて一気に勝負をつけにいくつもりであることも。

 

でもここは私の距離!最大威力の掌底を当てるために手の平を肥大化し、その手を回転の勢いすら利用して相手を叩きつけようとして、

 

「俺相手に空中戦とはいい度胸だ!だがそれがテメェの敗因だ!」

 

空中を踊るように手のひらの爆発だけで駆け抜ける。それはどれほどの体幹とバランス、個性の制御が必要な技巧だろうか。宙を駆けることが叶わないこの身では創造もできない。届けと願い、振り下ろした拳はその複雑な軌道と体さばきで避けられ、空中でスピンをするように爆豪が体を躍らせて、気づけば背後を取られた。

感じるのは背後の襟ががっちりと掴まれた感触。身体を浮かされるように背中を押し体制を崩す爆破。背後から個性の爆破を利用した変形の背負い投げだと悟ったときには既に体は場外に向けて放り出されていた。

悔しい。悔しいけど空中で、この勢いで投げられて、受け身は取れても闘技場内で戻れるような技術や個性は私にはない。

 

「ああ、ちくしょう!頑張れよ爆豪!」

 

そんな負け惜しみと激励を交えた言葉を最後に、その体を場外へと投げつけられた。それで、おしまいだ。

 

——たりめぇだクソが。

 

そんな言葉を聞いたような気がして、クスリと笑いながら準々決勝第2試合目は決着がついた。

 

 

準々決勝 2回戦 勝者 爆豪 勝己

 

 

 

 

 





あと一話投稿したら、また少し時間が空きます。ちょこちょこと書いていますので、少々おまちください。

あとこの小説、もうお分かりの方も多いと思いますがちょいちょい原作にはないカップリング要素もあります。そのあたりは寛大なお心でお許しください。


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第42話 決勝種目 準々決勝③



準々決勝③ 轟 焦凍VS 耳郎響香戦です。
どうぞご覧ください。




 

 

避ける。避ける。避ける。

それしか今はできることがない。

だからそれに全力をかける。

 

耳郎響香VS轟焦凍との試合は一方的な試合になっていた。

耳郎響香の強みとは、音だ。

地球という気体に充満した星の上にいるかぎり、物体が動く時必ず空気の動きが乗じる。

その時に生じるのが音、大気の波だ。それを敏感に感じ取れる聴覚、相手の個性の初動を先んじて感知し動くことができることが耳郎が対戦相手よりの唯一勝っている点だった。

対戦相手、轟焦凍は同じ1年のヒーロー科に属しながら、控えめに言ってヒーローとしてのレベルが違う。圧倒的格上といっていい。

 

ナンバー2ヒーローの息子。その天性の才能とおそらくは幼少から受けてきたであろうヒーローのとしての英才教育。繰り出される個性を使った技はもしヴィランであったなら、一瞬でほとんどの1年生が為すすべなく氷漬けか、火傷まみれか、或いは両方か。そんな結果しか予想できない。それが大半の一年生が思う轟と自分の比較の結果であり、耳郎もその例にもれない。

気を一瞬たりとも抜いた瞬間にその予想は現実のものになるだろう。

互いの能力を考えた時にまず遠距離は個性の規模で論外。中距離ならばこちらのプラグが刺されば打倒できるチャンスはある。接近戦は男女の体の違いを別にしても相手にならないが、中距離よりはプラグをさせるチャンスが増えるという点では有利に……いや近づけば相手の初動を音として聞きとり対処するよりも相手の方が先に自分に攻撃が届く。

つまり、自分の勝ち筋はいかにして中距離から相手にプラグを差し込むか。その一点に限る。

 

これが四季や緑谷のように分析が得意なら別の手もあったかもしれないが、生憎と今の自分にはそれはない。ならあるもので勝負するしかない。

 

だからこそ、自分の聴覚に集中する。目で視るよりも早く初動に気づくことができる唯一の自分の武器。

空気が、凍る音。それはパキパキとした高い音ではない。逆なのだ。轟が放つ氷結は空気、大気中の水分などを主に凝固させて大きな氷を生み出す。それはむしろ冷気の質が低い時の現象だ。

自分は物理がそれほど詳しくない。化学にも年相応程度の知識しかない。しかし事実として、この耳が感じられる音として知っていることがある。物が凍る時、それは凍結ための冷気が低ければ低いほどに無音に近くなるということだ。氷が目に見えて生成される時の音はその後発生される凍結されたものが放つ音でしかない。

物質の熱を奪い一切の動きを止める、いや物質を構成する分子の動きを停止させることが轟 焦凍の個性によって作られる氷の、その源の冷気の正体。大規模な氷を瞬時に生み出すほどの極低温を瞬間的に発揮できる恐ろしい個性だ。正直言って物理法則に中指たてるくらいにクレイジーな現象を事もなげに行っていると言っていい。個性因子がない時代には絶対なかったであろう現象だ。

その上彼が持つ個性はそれだけではない。その半身が放つのは極低温とは真逆の超高温。そしてそこから発する炎だ。

大気が燃える。身体から炎が迸る。それを自由自在にとはいえずとも、思う方向へ、思う形で操ることができる。

それだけでも強個性だというのに、そちらは本人曰く『練度が全然足りていない』そうだ。

そしてその双方を操ることで、凍結を使えば下がる体温低下を、炎熱を使えば上がる体温上昇を、その双方のデメリットを打ち消せる。

 

笑えてくる。

ぐうの音もでないほどの彼我の戦闘力の差に。

 

けれど、まだ避けられる。まだ戦える。まだ勝つ手段が残っている。

氷を出す時は音が静まる。炎を出すときは周囲の音が揺らぐ。

 

前兆を見る前に聞き分けることができる。そこだけが耳郎響香が確実に相手よりも勝る点だ。そしてその前兆からその後の氷と炎の規模も掴んできた。

 

だからこそ左右に動かしていた脚を一歩前へ。さらに前へ。

それは氷と炎という生物的に忌避する力を操る相手との接近を意味する。炎に飛び込む虫のように、死地に自ら進んでいく。けれど、あと、3歩。およそ6メートル、そこまで進めることができれば、勝機はある。

 

————そうだよね、緑谷、ヤオモモ、四季!

 

この2週間、A組、B組の有志で行っていた放課後訓練の際に緑谷の分析、八百万の知識、彼岸との戦闘経験からわかったことがある。

 

『つまり、サポートアイテムなしでは耳郎さんは遠距離攻撃で必倒を狙える技は今のところない。中距離が一番持ち味を活かせると思う』

 

鋭い緑谷の見地は流石の一言だ。遠距離で相手に確実なダメージを与える技は今のところアイテムなしにはない。だが、長所もわかっているし解説してもらっている。まずは今やっている音による行動の先読み。そして耳たぶの先のプラグを相手に触れさえすれば、1秒かからず相手を昏倒できるということだ。

 

『音とは空気中よりも液体や固体のほうが流れる速度が段違いに早く、そして人間はおよそ体重の60%程度が体液、水分でできています。つまりは内部から音を体に直接伝えるなんて、通常の武器では起こせない現象を起こすこと可能な耳郎さんなら多くの生物を瞬時に昏倒させてしまえる。まさに一撃必倒ですわね。』

 

スタングレネードと呼ばれる武器が先行と爆音で人間の感覚を麻痺させて昏倒させるが、自分は触れてしまえば音のみでそれを成し得る。それは自分の個性の利点であることをヤオモモ、女子で仲が特にいい八百万 百から教わっている。だが、これは危険な行為であることも四季から示唆された。

 

『相手の内部から攻撃する技は気を付けた方がいいだろうな。13号先生も言っていたように個性は使い方によって殺傷の可能性を含む。体内に爆音を流すということは、その伝わり方や墓所によっては、特に心臓や脳といったデリケート極まる場所には必殺にもなりえてしまう。使い方を誤らないように俺で特訓だな』

 

普段の戦闘訓練では相手を爆音で気絶させる、くらいの認識だった。けれど緑谷と八百万という分析、知識量に長けた二人と四季が自分の体でくらいながら導き出したイヤホンジャックの『戦闘』に対して有効な『攻撃』方法。

 

皮肉な話だと思った。音楽を嗜む者なら多くの者はそう思うのではなかろうか。

 

音楽とは人が古来より嗜んできた最も古い文化の一つだ。耳に、体に伝わる空気の振動を楽しむ文化。音という空気の振動が心を震わせる素敵な文化だと思う。それを戦闘に使うのだ。世界の何者より音楽が好きな人間に対して、この個性の使い方はあまりに背徳的で、冒涜的だ。

 

だが自分が目指すのがミュージシャンではなく、ヒーローであるならば、この個性に、音の持つ可能性に誰よりも通じなければならない。

 

そして四季は危険性をもつことを自覚させた後に、最後にこう言ってくれた。

 

『音で魅せるミュージシャン。音で戦うヒーロー。響香はそのどちらにもなれる。それはただ目の前の敵を倒すしかできない自分よりも多くの人を救える、素敵なヒーローじゃないか』

 

その、珍しく笑って答えてくれた顔と言葉が心に焼き付いた。友だちの協力が心に響いた。だから、耳郎響香は音を武器にする。勝つために、ヒーローになるために。誰かを助けるヒーローになるために。

ゆえに、走った。己の身を全力で前へと押しだした。

眼前には火球。人を包んであまりある大きさ。その中へと頭を守るように抱えて突っ切る。

 

「なんだと!?」

 

轟が驚いた声が聞こえてくる。もちろん、会場の歓声や悲鳴も。

当然だ。さっきまで必死に避けていた相手がいきなり炎の中に飛び込んだのだ。

やけっぱちになったと思っても不思議じゃない。

 

ただし、それは間違いだ。ここが、勝てるポイントなのだ。

この火球は、見た目は激しい炎だが一瞬で人を焼き尽くせるような高温ではない。知っている。聞こえているのだ。けん制のための一撃だと、音で理解している。

 

だから突っ込んだ。ここしかないと、待ち望んだ好機に迷うことなく飛び込んだ。

 

低温でも炎は炎。服、肌が焼ける痛み、髪が焦げる音も聞こえる。最悪だ。これでも一応髪も肌もそれなりには気を使っているのに。自分から突っ込んでおいて理不尽だと思うが乙女の苦労を知らないのかこの天然イケメンは。

でも、そんなことはヒーローを目指すなら、もしヴィランと会ったなら、もし誰かを守るためなら気にしている暇などない。

 

———四季たちに追いつけるようなヒーローに、ウチもなるんだ!

 

その思いを一身にして、炎を突破する。

同時にプラグを左右から相手へと宙を走らせる。プラグと彼の距離はあと、2mもない!

あと、1秒、もう少しで勝てる!

 

勝利をほぼ確信した、その瞬間変化は訪れた。

察知したのは、眼ではなく、やはり耳。個性によって底上げされた聴覚が、異常を拾った。

 

いや、違う。異常ばかりを気にしていたから、通常の動きを疎かになっていた。異常を拾ったときにはもう遅い。

 

轟の右手が、プラグの先が自分に刺さるよりも先にレールとなる耳たぶを捕らえていた。

瞬間掴まれた先からプラグまでが凍らされる。

 

冷たい、痛い、という感覚の前にマズイという意識が先に立った。

 

自分の個性は耳だが、その真価は耳たぶの先にあるプラグによって起こされる音波だ。それを氷結で一度塞がれた。これを壊すために一度氷を破砕するために音を増幅して流す必要があるが、当然相手はその隙を与えてはくれない。

 

こちらが踏み込んだ分、近くなった間合いを相手から踏み込むことでゼロにされた。氷を砕く。背後からプラグが轟を狙う。けれど、それは一手遅く、手刀の先を氷で覆った刃がウチの喉元に突き付けられたのは、プラグが届く30cm手前の出来事だった。

 

「大技ばかり見せてきたからな。部分的に最速で凍らせる小技は意外だっただろ。

俺も炎を突破されたのは意外だったし、本気でヤバかった。だが、わりぃがカッコ悪い姿は今日だけは見せられねぇんだ」

 

「何それ。もうちょっとカッコイイ勝ち名乗り考えた方がいいよ轟」

 

そうか?そうだな…などとこちらの言うことを真に受けて真面目に考え始める天然にため息一つ吐いて、ミッドナイト先生が下す判定を潔く受け止めた。

 

頭を下げたままで、しばらく顔を上げられなかったのは、それを見せるのがロックじゃないからだ。ロックは自分の想いを貫き、人の心に元気を与えるものだ。少なくとも耳郎響香の中のロックはそうである。

 

だから、湿っぽいのはロックとは言わないのだ。

 

 

 

準々決勝3回戦 勝者 轟 焦凍

 

 






次回更新は、未定です。
しかし3月には体育祭編は終わり、緑谷とオリ主こと彼岸の過去編か職場実習編に行ける予定です。


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第43話 決勝種目 準々決勝④



書けた側から投稿していくスタイル。
しばらく休みがないので次回からホントに間が空きます。


 

 

『さあ準々決勝もいよいよラストだ!長い雄英体育祭の歴史の中でも、選手宣誓で優勝宣言をしたのはコイツくらいじゃねぇか?1年でもトップクラスの実力は既に周知のとおり!あと3つ、勝って有言実行なるか!? 1-A 彼岸 四季!!』

 

『綺麗な花には棘がつきもの!!2種目目ではA組とB組の枠を超えたチームでの見事な立ち回りで彼岸チームからポイントを奪った実力者の一角!B組最後の選手として意地を見せてくれよ!1-B 塩崎 茨!!』

 

 

「試合前にカッコ悪いところを思い出させてくれる。とはいえ、確かに騎馬戦では貴女の立ち回り、茨を操る個性も、清廉な意志も、見事なものだった。」

 

騎馬戦での事を思い出し、その瞳で見える色彩の澄んだ色に賞賛を贈る。

闘技場で相対する髪が茨の個性を持つB組、塩崎茨。聖女の様な見た目と敬虔な信徒のような振る舞いとは裏腹に、その実力は緑谷、八百万、轟という1-Aでも実力、知能が長けた三人からも認められたほどの応用力を持つ実力者。

 

「ありがとうございます。そして、こちらからも言わせていただきます。

選手宣誓に始まり、1種目、2種目と生徒たちの先導し、諦めを打破させて、その実力を発揮させようとするその気骨と手腕、お見事でした。」

 

「ありがとう。ならお互い全力で、と言いたいところだが、一つだけ確認したい」

 

「確認?なんでしょうか?」

 

「君の髪、その茨だが痛覚はあるのか?切られて痛むとかそういうことがないか。それだけ確認したい。」

 

相手は一瞬ポカンと呆けたような表情をした後に、塩崎さんは鋭く目を細めてこちらを見てきた。

 

「……ある、と言ったらどうなさいますか?」

 

「拳と蹴りで応戦する。違うなら斬る。」

 

「……紳士的ですね。しかし、それは私がヴィランでも同じ対処をなさいますか?」

 

問いに対して、問いを重ねられた。そして彼女の双眸が語るのは、どちらにしても遠慮は無用という覚悟と舐めるなという意地。

 

ああ、見た目など本当に当てにならない。

 

「謝罪しよう。まだ貴女を低く見積もっていた。申し訳ない。

代わりに、全身全霊を賭して、いや、それすら超えて貴女を倒す。」

 

「ええ。それでこそ、です!ここに至って気遣いは無粋。わたくしも、優勝するつもりでここに立っています。全力で、真っ向から貴方を倒します!」

 

お互いが、互いの覚悟を完了させたところで、ミッドナイト先生が手を上げる。あの手が下がった瞬間に試合開始だ。

しかし、審判であるミッドナイト先生は、本来ならアナウンスがあった時点で試合開始をしていいはずだが、俺達のやり取りを面白そうに見ていた。今も頬を紅潮させて満面の笑みを浮かべている。話し始めた俺が言うことじゃないが、あの人、ホントにこの大会楽しんでるな。

 

「さあ!思う存分ぶつかり合いなさい!試合、開始!!」

 

開始と同時、彼女が神にでも祈る構えを取った瞬間、その頭上の髪、茨であるそれが一瞬で膨れ上がり、津波のように襲ってくる。

 

開始早々からの全力の面制圧攻撃!

 

この物量、2種目目で船体と轟たちを微動だにさせなかった一本一本の強度から考えるに、単純な力押しでは攻略は至難。

 

『大いなる星の息吹。秋にもたらされる恵みのようにその力の一端をここに譲り受ける』

 

迫りくる茨の波から全力で後退しつつ、言葉を紡ぐ。求めるのは刃。通常の剣では足りない。手にするのは大剣。強化した身体能力で

 

「真正面から、切り捨てる!!」

 

言葉と同時に振るわれる太刀筋は一閃に留まらない。

目の前の全てを蹂躙せんとする茨を、目の前の全てを切り裂く剣で対抗する。

 

正に真っ向勝負。ただし、先に根を上げるのはこちらだ。

 

それは体力でも、物量に圧されるわけでもない。

 

こちらの大剣が実体として保っていられる時間が短いからだ。これは出久も知らない俺の『秋』の力で作る物質なきものが、この世界に留められる時間には限界時間があるのだ。そりゃ実体がないのに実体あるものに干渉させている荒業だからか、俺の生命力を形作る技量の問題か。

とにかく、このままじゃジリ貧。打開する術はあるが、使えば決勝までは持たない。

俺の生命力は無尽蔵ではないのだ。簡単にいればRPGであるMP。強化などで常にその力は失われていく。

『秋』の力で自然などから生命力を分けてもらって回復はできるがそれは微々たるもの。本格的に回復しようとすれば、深い眠りにつく休眠状態になる必要がある。そうなれば起きるころには夜になっているだろう。

 

————どう切り抜けるか。

 

考える。身体は半ば自動的に防御として対処してくれる。それくらいには鍛えあげてきた。だから考える。俺の中の引き出し、技、技術、個性、その中で最善の選択肢は………。

 

そんな思考の渦の中で、ふと茨の隙間から敵が、塩崎さんが見えた。

聖女じみたその両手を合わせる構えこそ変わらないが、膝をつき、肩で息をしながら、鼻血すら出して、それでも茨の増殖を止めない。

必ず勝つという気概が、負けたくないという意思が、確かにそこにあった。

 

———ああ、本当に、雄英の生徒たちは見事なまでの輝きを見せてくれる。

 

なのに、俺はなんだ?何故俺は今できることの中で最善を選ぼうとしている?

 

先ほど言ったはずだ。全身全霊を超えて彼女を倒すと。

 

ならば俺がやることは今の手札だけで勝負することか?それだけで、ただ小賢しく持っているものをやりくりするだけでいいのか?目の前の彼女へ放った言葉に、全力をもって俺を打倒しようとする彼女に対してそれでいいのか?

 

否、断じて否。

目の前の本気にも応えられない男が、未来を変えることなどできるはずもない。

 

「まだだ。まだ足りない。足りないものだらけだ」

 

もうすぐ今持っている大剣が壊れるのがわかる。だから、強化された生命力を乗せて、まずは目の前の茨を吹き飛ばした。

 

その暴風は茨を切り刻み、面となっていたが故に圧をまともに受けて一時的に塩崎さんの姿が見える位置まで後退する。

 

ここで飛び込んで一撃、は無駄だろう。あの津波のような茨の波状攻撃の中で、彼女は自分を会場に固定するように背後にも茨を展開させていた。

すでに闘技場のほとんどの面積を彼女の茨が覆っている。飛び込んでも対処されるだろう。

 

無論、彼女とて簡単にそれを成したわけではないのだろう。

立つことさえままならないほどに消耗しながらも、それでも俺を倒すために茨の増殖を止めない。その覚悟があるからこそ、ここまで押し込まれている。

 

だから俺も応じよう。超えてやろう。今までの俺を。

 

イメージするのは生命以外の何物をも作り出すことができるクラスメイト。

地を踏みしめる。空気を吸って、空を見る。その先の虚空へ右手を伸ばした。

 

できる。今ならできる。生命力で作ったものに時間制限があるのは、それを受け止める器がないからだ。だから、器ごと、作ってやればいい。

 

できるはずだ。何故ならば、俺が目にしてきた全てはこの地、この星、この宇宙の中から全て生まれたもの。ならば、そこにある生命力に、すべての力の根源に干渉できる俺が、作れないはずはない。

 

「大いなる星の息吹。秋にもたらされる恵みのようにその力の一端をここに譲り受ける。その形、その意味を、ここに現出せしめよう」

 

イメージするのは大剣。それも先ほどまでの実体無き剣ではない。

鋼を鍛え上げ、物を切るという意味を持って生み出される剣の一振り。

 

「出久たちに倣って、俺も限界を一つ越えた証にこの技に名をつけよう。」

 

虚空に突き出した手には、今までのものにはなかった確かな重みと固い質感があった。

 

鋼には似合わない白い、柄も刃も真っ白な大剣。

材質などは知らぬ。これは鋼のようにあれかしと望んで作ったこの世ならざる剣。

だが、確かにここに存在する。おそらくは今までのように機械越しでは見えない物ではない、

 

「この剣、この実体を作り出す技は『曼珠沙華』。先ほどまでの紛い物とはわけが違うぞ」

 

わかる。この剣は求めた俺の意志に応えている。それはただ実体を持ち、壊れないというだけではない。

実体をもち、そして俺や自然の生命力を今までよりもはるかに通す剣だ。

 

故に、俺が生命力を活性化させて剣に纏わせると、先ほどまで純白だった刀身が赤く染まる。夏の特性で現れる強化と闘争を示す赤色を刀身に纏わせることができる。

以前、轟と戦った時に一振りで壊れてしまい、俺自身も力のほとんどが持っていかれたことが、今息をするように容易くできる。

 

「限界の先へ、俺は行けたらしい。行くぞ塩崎 茨。

この一撃を持って、限界を超えさせてくれた貴女への手向けとする」

 

「いい、でしょう。……私も、この一撃をもってしてあなたの最強を打ち負かします」

 

俺の剣に、生物として脅威を感じ取ったのか、彼女も全ての茨が一つの形に収束する。

織り成すのは一つの塊。茨で編み上げられた山と見まがうほど巨大な茨の槌。

その大きさ、その物量は焦凍の大氷塊に匹敵し、おそらくそれを壊しうるほどの力を持つだろう。

 

会場が静まり返る。わかっているのだ。

この一撃で、この試合が決すると。

 

「行きます!! これが私の全力全開、『セフィロト』!!」

 

動いたのは、塩崎さんが先。繰り出された技はその巨体であっても速度も十分。回避はこの狭い闘技場では不可能だろう。

 

だから、正面からそれに相対する。

目前に迫る振り上げられた茨の槌。

渦を巻きながら、空を切り裂いて迫りくる巨大な一撃に対して、一足踏み込み、大上段から全力全霊をもって手にした大剣を振った。

 

その数、計八回。

 

赤色の光を纏った斬撃は、視界の全てを薙ぎ払った。

山のごとき茨はもはやない。

開けた視界に、膝をつきながらもまだ諦めていない瞳の彼女が映る。

だから、さらに一足踏み込み、彼我の距離をゼロにした。

その首元には突き出された剣。

後は曲げられた肘を伸ばすだけで、その命を奪える体制。それを理解し、漸く彼女は全身の力を抜いた。

いや力尽きたというべきか、重力に従って前に倒れる彼女に剣を打ち捨てて、床に落ちるまえに慌てて抱え上げる。

 

本当に全てを出し切ったということだろう。見事な技と覚悟だった。

だからこそ、俺も今までできなかったことへ手を伸ばすことができた。

 

「ありがとう、塩崎さん。貴女のおかげで俺もまた一歩強くなれた」

 

既に聞こえないであろう彼女に感謝を贈る。

 

そしてミッドナイト先生の勝者を告げる声と共に、歓声思い出したように俺達二人に降り注いできた。

 

 

 

準々決勝 最終戦 勝者 彼岸 四季

 

 

 

 






彼岸四季はレベルが上がった。
特技『武器創成』を手に入れた。

つまりは今回はそういうお話です。

八百万さんほど万能ではなく、武器も単純な形のモノだけですが、実体があり、生命力を通す理外の武器を顕在化する技。

技の名前は『曼珠沙華(まんんじゅしゃげ)』



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第44話 決勝種目 準決勝 デクとかっちゃん 前編


……終わらない。この二人、めんどくせぇのですよ。主に私の作品では。




『出久ってのはでくっても読めるんだ。役立たずって意味なんだぜ』

 

『大丈夫?かっちゃん』

 

二人の関係が変わったのは、凡才と天才という能力の壁、そして個性の有無というあまりにもわかりやすい差異が原因としては大きいだろう。出久を治療する際に何度か見えた過去、爆豪のバカを仕方なく癒した時に見えた本人も意識していない、けれど10年近く経っても忘れられていなかった。

これらの出来事は俺が治療の際の副作用の一つとして、相手を形づくった過去の記憶が見える光景が見せた過去の一コマ。そしてこれらとそれに近い出来事の積み重ねによって、一人は優越感を、一人は劣等感を抱く。それでも人を人として見て変わらぬ心配をする心を持つ者と自分が特別で他は世界における端役だと奢る者。

それが一つ目の二人の分かれ道。

 

 

『無個性のテメェが俺と同じ土俵に立てるわきゃねぇだろうが!!』

 

『「ヒーローになれるかどうかは国が決めること!

そして僕がヒーローになりたいかどうかは僕が決めることだ! どこの誰にもそれを否定させない!』

 

誰かを救うことがヒーローの条件だと思い、敵を倒す者に認めさせた者、敵を倒すことがヒーローの在り方だと信じ、敵を倒す者に負け続けながらも勝とうとする者。

 

二つ目の分かれ道は、死んだ眼をした不愛想な男との出会いから始まった。

 

 

緑谷出久、無個性でありながら足りぬ才能を努力で埋めた心に特化した化け物。あるいは泥から生まれた宝石。

 

爆轟勝己、恵まれた個性と才能を持ち、努力も怠らずしかし心だけが足りない獣。己のみの世界に輝く宝石。

 

どちらも英雄と呼ぶには足りないものが多すぎる。しかしその資格は僅かに残る、いずれ英雄になる可能性がある者たち。それが、彼岸四季が理性や人情を省いた二人の評価だった。

 

爆豪勝己を侮ったことはない。アレは天の恵みを受けた天才だ。己のように天から疎まれた天災とは違う人種。何かのきっかけがあれば、彼を正しく導ける指導者やパートナーがいれば、きっと彼は俺が焦がれる英雄足りえただろう。だが、その期待を裏切ってしまう程度には性格も態度も行動も、ヴィランのそれと変わらぬものだった。それでもその才能と最深の性根だけは、まだ辛うじてヒーローのそれだと思える、複雑な男だった。

 

対して緑谷出久は、端的に第一印象を述べるなら阿呆だった。身の程もわきまえず、理想だけは高い。そのなのに、できるはずの足掻きもせずに誰かに救いを求める弱者。一度目は拒絶を、二度目は罵声を、三度目は驚嘆を、そして四度目にして、その理想だけは決して折れぬと知りえた阿呆の極み。しかして、理想に血肉が追い付けば、もしや俺が焦がれた英雄になれるのではないかと望みをもってしまうほどにはそいつは単純に狂っていた。

 

 

 

その二人が、今ぶつかり合う。雄英体育祭の準決勝という大舞台で。

 

 

何か因縁めいたものさえ感じるこの組み合わせ。しかし実力だけは両者は確かなもの。

必然どこかで争うことにはなっただろう。それがこの大舞台で、個人戦で、個性も解禁しての大一番となっただけで。

 

「どちらが勝つと思う?」

「そりゃお前……遠距離なら爆豪が有利じゃねぇか?」

「でも緑谷だってさっきの試合で拳圧だけで相手吹っ飛ばすくらいの暴風出してたぜ。」

「やっぱ単純な増強系だからこそ、一撃で終わらせられる緑谷が有利じゃねぇか?」

「確かに戦闘訓練では緑谷ちゃんが勝っていたけど、あれは耳郎ちゃんの索敵ありの強襲だったし、今回は面と向かっての戦いだからわからないと思うわ」

 

どちらが強いか議論はA組でも盛んにおこなわれていた。

まだ選手入場していないが、今までの試合でも二人の実力が伝わっているため、試合会場自体も同じような議論が展開されている。それでけ注目度は高い試合になるのだろう。

 

「あっ!ねぇ彼岸さんはどう思う?二人とも同じ中学やったし?」

 

焦凍と二人、静かに試合開始を待っていた俺に話を振ってきたのは麗日だった。現在のところやはり最初の戦闘訓練の印象が強く、6割方出久が優勢といった感じのようだが、議論の決着はついていないのか、最終的に二人を中学、あるいはそれ以前から知る俺へとお鉢が回ってきたようだ。

さて、聞かれたことには応えねばならないだろうが………勝敗の予想、ね。

 

「今の出久が爆豪に負けることはない。爆豪にいくら才能があろうが、出久なら近接格闘技術も、真剣勝負の駆け引きも、個性の純粋な破壊力も爆豪を上回っている。爆豪も成長しているがそれは精神的に少しマシになっただけの話だ。それくらいで覆るほど出久は生易しい鍛錬を積んでない。だがそれは、あの馬鹿が個性を使う気ならの話だ。」

 

「「「「「個性を使う気なら?」」」」」

 

そろって反応を示すA組に視線を向けることなく、俺は長い溜息を吐いた。

 

あの二人は複雑だ。あえて深く介入しなかったが、あの二人が根っこに持つのは、互いが互いにないモノを持つことへの情景、嫉妬、憤怒、そして、かすかに残った互いへの想い。

 

友情というには弱すぎる。ただの幼馴染と片づけるには複雑すぎる。ライバルというには遠すぎる。

 

アレを何と言えばいいのか、俺にはわからない。それでも、出久の考えだけはわかる。

 

「緑谷出久は、次の試合個性を使わない。その代わり、それ以外の全部を使って爆豪を倒そうとするだろう。」

「な、なんで?緑谷くん、何かあったん?」

「……個性は出久にとって、ギフトだ。天からの突然の贈り物。青天の霹靂。本来なかったはずのモノ。元来、緑谷出久は無個性で、それでもヒーローを目指した。諦めることをしなかった。オールマイトにはなれずとも、己の手で救えるものがあると、死んでも諦めることだけはしないと、そう決めて生きてきた。それが、緑谷出久の原点だ」

 

脳裏をよぎるのは、俺にすがる誰か。俺に否定され絶望した誰か。

無個性でも誰かを助けようとする誰か。

傷を負っても、血反吐を吐いても守ろうとして立つ、誰か。

諦めろと叫び死の刃を振りかざす誰か。それでも自分の描いたヒーローは諦めないと叫んだ誰か。

 

狂っている。それでも美しいと感じた、誰か。

 

過ぎ去る過去の歴史に郷愁を覚えた。馬鹿馬鹿しい。それほど昔のことでもない。そういうのは歳をとり、必死に生きてきたものたちだけのものだろう。

 

思考と視界を今に戻すとこちらに集中する若い視線。ヒーローの卵。その名に相応しい彩りたち。

 

「出久にも譲れないものがある。爆豪だからこそ、余計にな。」

 

「でもよ、そんなことして負けたらどうすんだよ!」

「そうだよ。これは訓練じゃなくて、年に1回しかない大舞台なんだよ?」

 

切島と芦戸が焦ったように声をかけてくる。二人の言うことが正しい。それは間違いない。

 

「それで負けるなら、アイツはそれまでの男だったというだけの話だ。自分の行いの始末くらい自分で受け入れるだろ。だが、アイツは勝つ。守るものがある時のヒーローは負けないさ。」

「守るもの?」

「いや、一対一の闘いで守るものなんてねぇだろ?」

「あるさ。緑谷出久にとってはな」

 

これ以上話すもの無粋だ。それにそろそろ俺も試合の準備がある。

 

「焦凍、俺たちもそろそろ待機しとこう。」

「……いいのか?」

 

かつて父親との確執で個性の半分しか使わなかった焦凍には、当然思うところもあるだろう。個人的な想いからできるはずのことをしない。それはヒーローとして考えるまでもなく失格だ。むしろなるだけで害悪とすら言っていいと思う。

 

それでも、ここはあくまで通過点で、あの馬鹿が馬鹿の目を覚ますために儀式みたいなものだ。そろそろあの馬鹿は目を覚ませばいい。大体にして自身のことさえ自分でどうにかできない者がヒーローなどとおこがましい。さっさとケリをつけるべきだったのだ、爆豪も、出久も。たとえ、それがどのような形になるにせよ。

 

「いいんだ。ヒーローが危険を冒してまで誰かを救おうとしているんだ。その手段にとやかく言うのは無粋さね。それにな」

 

 

————お前に今、俺以外を気にする余裕があるのか?

 

 

自分でも言葉と視線が刃物のごとく鋭さをもったのがわかる。そんな俺にクラスの連中はヒッと短い声と俺から遠ざかる反応を示して黙ってくれた。

 

「俺たちは俺たちの闘いをしよう。ヒーロー候補としても個人としても、今日だけは負けられない。お互いにそうだろ?」

「……ああ。そうだな。お前にはでかい借りがある。だからこそ、全力でお前を超えてやる」

「いいだろう。こっちも全力だ。死ぬ気でこいよ。」

 

互いに拳を軽く打ち合って逆方向に歩きだした。

もはや次の試合への意識は向けない。まずは目の前の強敵、轟 焦凍にのみ集中する。

 

きっと次の試合の二人が今、そうであるように。

 

 

 

『さあさあ長かった雄英体育祭も残すところあと3試合。準決勝を戦うのは何と同じ中学出身、のみならず幼稚園から小中高と同じ学校にいた幼馴染のこの二人だ!

圧倒的なフィジカル、確かな技術を併せ持った小柄なパワーファイター!緑谷出久!!

爆破を用いて近距離、中距離、遠距離のみならず空中戦さえ可能な万能さ!爆豪勝己!!」

 

 

プレゼントマイクの声に呼応するように観客席からの声援も一層熱が入る。

しかし、それは闘技場にいる二人には聞こえてさえいない。

 

互いの姿しか見ていない。互いの一挙手一投足の音、気配すら逃さない。表情に喜怒哀楽はない。今は、今だけはそれもいらない。ただ、目の前の相手に完膚なきまでに勝つ。

そんな二人の共通の思いと視線が中間で交わり、空気すら軋むような錯覚を審判のミッドナイトは覚えた。

 

———幼馴染、ね。お互いにそんな枠に収まりきれてない、憎悪?敵意?情景?…わからない。たぶんこの二人にしかわからない何かがあるのでしょう。けどまぁ——

 

「試合を始める前に、ヒーローの先人として、一つだけ言わせてちょうだい。ここはヒーローを目指す者たちが登る壁の一つ。あなたたちの間に何があろうとも、未来のヒーローとして恥じない戦いをなさい。いいわね?」

 

あまりにも剣呑な二人にヒーローとして、大人として声をかける。そのためにわざわざ闘技場に降りて二人に近づいてまで。それだけ今の二人は危うく見えたのだ。

 

「……はい。ありがとうございますミッドナイト先生」

「……わかりました」

 

声は二人に届いたようだけど、中身に少しでも変化があったのは緑谷君だけ、か。それでも片方が笑顔を見せた分だけ先ほどよりはマシでしょう。

 

審判席として用意された台座に戻り、改めて闘技場の二人を見る。

もはや、待ったなし。一つ大きく深呼吸して、腕を高く掲げる。

 

「それでは、準決勝第一試合、はじめ!!」

 

高く掲げた腕を振り下ろし、会場の歓声に負けないほどに声を張り上げて試合開始を合図を下す。

 

直後、会場にドンと体に叩きつけるような音が鳴り響き、視界を爆風が吹き荒れた。

どちらが勝つにせよ、とりあえずはいつでも止められる準備をしておこう。

 

副審のセメントスに目配せ、頷きを見て互いの認識にズレがないことを確信して再度闘技場に目を戻した。

未だ爆煙が晴れない中で、再度起こった爆音を聞きながら確信する。

この試合、間違いなく大荒れになると。

 

 

 

都合、三度目の爆発音が会場に響き渡った時に、相澤は担任として彼らを入学から最も見てきたプロヒーローとして異変に気付いた。

 

『再三の大爆発!! というか緑谷の姿が一切視えねぇ!!やはりいくら拳や蹴りで暴風を作れる緑谷でも遠距離なら爆豪有利か!!もしかしたら、こいつは一方的な試合展開になっちまうのか?』

『いや、違う。』

『イレイザー?どうかしたのか?』

『………おそらく、だが、これはなるべくしてこうなっている。爆豪も気づいただろう。攻撃の手が止まった。会場を見てろ。緑谷と爆豪が何か話すぞ』

「……なんか嫌な予感がしねぇでもないが、音響係、会場の音拾えるか!?確かにあの緑谷と爆豪の試合にしてはどうにもおかしい」

 

マイクが実況の音を切り、会場の撮影スタッフへ連絡をとる。一般のテレビ局とは違い、雄英側が試合の進行状況を詳しくするために用意した人員だ。当然中にはプロヒーローも含まれており、個性を使用してより詳しく現場の状況を拾える。

セメントスという物理的防御に特化した副審とミッドナイトという自分から発する香りから相手を眠らせるという試合を中断にもっていけることに長け、体術や戦況分析に長けた主審を要して、更にそれを補助するスタッフも今回は増員されている。当然、個性を使ったタイマン勝負などという、今までの雄英体育祭の競技でも一年生ではやってこなかった実践を想定された大会で万が一がないように配置された人員たちだ。それによって爆煙から現れた少し服が破れた緑谷とそれに吠えるように声を放つ爆豪の言動が解説席まではっきり伝わった。

 

『なんのつもりだ!!なんで、なんで『個性』を使ってねぇ!!舐めてんのかデクぅぅぅ!!』

『舐めてない。ただ僕は今から個性なしで君を、かっちゃんを打ち倒す。それだけだ』

 

 

 

 

 

言われた言葉に、理解が追い付かなかった。

個性なしで君を打ち倒すと、そう言ったのか。

それはつまり、つまりはだ

 

「俺が!個性なしで倒せるような!雑魚に見えるってのかぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

叫ぶと同時に跳んだ。爆風が体を更に押しだす。

跳ぶ、というよりは疑似的な飛行だ。速度は走るよりも断然速い。そして爆速と飛行のために後ろを向けた腕を前へ突き出した。怒りに呼応するようにその手には既に爆発のための汗が溜まっている。

 

「死ね!!」

 

迷うことなく対象に、デク目掛けて爆破を行う。遠距離からではなく近距離からの大火力。その辺のモブなら一発で吹き飛ばせて試合が終わるような爆発。

 

それを、爆破の瞬間、体を捻じりながら飛びのき、転がりながらダメージを最小限で防いだデクの姿が見えた。そしてその体が個性であるあの忌々しい光を宿してないことも確認できた。できて、しまった。

それが余計に自分の怒気を高める。本気で個性を使っていない。

そして今の爆発で4回、すでに自分の爆発受けて無傷でいる。イラつく材料が姿を見る度に増えていく。

 

「本気でぶっ殺されてぇみてぇだなデク!!」

「それだよ、爆豪勝己。」

「ああ!?」

「君はあの日からそうだった。元から頭もよくて、反射神経も体力も、何もかも君は同世代で頭一つ抜け出ていた。個性が発現して、みんなとの差が更に顕著に出始めてから、君は僕をデクと呼び、みんなをモブって呼び出した。」

「だから何だってんだ!!俺が周りより上だったのは確かだろうが!!」

 

態勢を立て直して構える。腰を落として、膝を曲げ、拳を握って前と後ろに顔近くに持ってきて半身で構える。その姿は、まったく違う構えなのに、涙を溜めながらも俺の前からどこうとしなかったガキの頃を思い出させた。

 

「能力が上なら、クラスメイトも周りの人も端役扱いする。そんな君が誰かを助けるヒーローになれるとは、僕は思わない!」

「俺が目指してんのは『勝つヒーロー』だ!誰を何人助けても負けてたら終いだろうが!!」

「勝つことを否定はしない。けれど敵に勝っても、誰かを、君のいうモブを守れなければヒーローじゃない!!」

 

本当に、変わらねぇ。

あれだけ多くのモノが変わってんのに、俺を苛立たせることだけが、変わらねぇ!

 

「だから、今日、僕は証明しよう!君の言うデクが、個性がなかった僕が君を倒して、君の狭い世界をぶっ壊す!そして、君をただ勝つだけのヒーローなんかにしない! 」

 

 

 




後編は、今週中には、何とかあげます。
いつも読んでくださる方々、更新遅くなって申し訳ございません。


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第45話 決勝種目 準決勝 デクとかっちゃん 後編


お待たせしました。デクVSかっちゃん。決着です。


 

 

ヒーローとは、何か。

 

この世界で、ヒーローが現実になり、身近になり、職業にさえなった世界で、その問いの答えは無数にある。

 

ただ、緑谷出久の答えは決まっている。生涯もう変わることはない。

ヒーローとは、誰かや何かを守る者だ。尊い何かのために、より良い世界のために、大切に思える誰かのために、自分の過去、現在、未来、全てを賭して守るために動く者だ。

 

そうなるようにと生きてきた。

そうなるようにしか生き方を知らない。

 

だから、そうなれかしと叫んで拳を振るうことでしか、彼の生き方を変えることはできない。

 

だからこそ、この五体の全てを賭して、彼の生き方に干渉しよう。

これはただのおせっかいだ。余計なお世話だ。図々しい、厚かましい、傲慢な僕のエゴだ。

 

それでも、そのままの君はきっといつか行き詰り、息詰まる。

そんなものは、見たくなんてないから。だからこそ。

 

「だから、今日、僕は証明しよう!君の言うデクが、個性がなかった僕が君を倒して、君の狭い世界をぶっ壊す!そして、君をただ勝つだけのヒーローなんかにしない! 」

 

そうして、僕は僕自身のエゴのままに、爆豪勝己へ全速力で突っ込んだ。

爆発は、ない。いや、こちらの声に反応が遅れた。両手を前方に向けるが、あちらが間合いをつぶしてくれたおかげで、こちらの踏み込みが一歩速い。

 

拳が、爆破しようとした腕を通り過ぎ、そのまま彼の頬へと吸い込まれるように叩きつけられる。衝撃、手ごたえは確かにあった。だが、わずかに軽い。完全に反応が遅れて対応が間に合わないと思ったが、わずかに身を引いて着弾点を後ろにずらすことで威力を幾分か逃がしていた。

つくづく、天才。

それでも、もう、拳が届くところに、僕はいる!!

 

「クソ、デクが!調子に」「乗らせてもらうに決まっているだろ!!」

 

もらった打撃に、あるいは打撃の直撃を避けるために無意識とはいえ下がった自分に、または先ほど呆然となるほどの僕の言い分に、ようやく理解と感情が追い付いたように前に出てくる相手に、カウンター気味のミドルキックを鳩尾目掛けて打ちぬく。

 

「っそが!!舐めんな」

 

流石に二発目の直撃をもらうことはなく、防御するが脚の一撃を止めるために両腕を交差してとめている。なら、攻めるチャンスだ。

止められた反動を利用して戻ってくる右足をそのまま地面に叩きつけ、腰を捻って左の正拳。頭を下げて避けられたが相手は性格上避ける時に前に出ることが多い。そのままカウンターを打ち込めるから、彼の攻撃的な性格と合理的な理性がその動作をすることを、こっちはずっと昔から分析してわかっている。だから滑り込むようにこちらの懐に入ってきたところに左ひざ蹴りで跳ね上げた。再度両手で防御され、クリーンヒットにはならないが上半身を上げることに成功した。ガードがわずかに空いた、上半身も泳いでいる。そこに隙を感じた瞬間には左フックが爆豪の右頬を打ちぬいて容赦なく相手を地面に叩き倒した。

 

一連の攻防、実に3秒弱。

__計算しつくされたような、電光石火の瞬殺劇だった。

 

 

 

 

 

USJで、俺は彼岸四季に負けを認めた。その強さに、オールマイトを殺すための脳無とかいうデカブツを、一方的に屠るその有様に。それまで一度たりとも勝てたことがない戦績に、俺の有頂天だった鼻は折られた。

 

———わかっている。

 

俺は俺が優れていると思っていた。そしてその認識通りに優れていた。けれど、そんな認識なんて広い世界に出てしまえば、あっさりと崩壊する。

俺の世界に入ってきた2つ年上の同学年、彼岸四季に俺は負けた。負けを思い知らされた。

 

———わかっている。

 

そんなアイツにデクが魅かれたのもわかる。

USJでも、ホントは思い知っていた。俺は彼岸四季に負けた。そして自身が路傍の石コロとしか見られなかったデクが、俺の小さな世界に入れるような奴じゃないことを認めた。

 

——わかっているんだ。

 

だから、あれから遮二無二に努力した。

アイツ等に置いていかれないため、なんかじゃない。アイツ等を置いていくために。

 

——俺は、アイツ等に負けている。強さも、そしてヒーローとしての器も!

 

 

だがそれが、どうした!!

USJで誓った。俺は、爆豪 勝己は負けない、勝つヒーローになる!

いかなる状況においても勝つヒーローになる!!

 

 

それさえも、そのたった一つの俺の生き方でさえも、

 

 

「テメェは否定するってのか……そんだけテメェは格上とでも言いてぇのか!?

何様だ!!デク!!」

 

 

カウントを取られる間もなく、爆発と共に飛び上がり、一気に距離を詰めた。

接近戦が不得手なわけじゃねぇ!むしろ爆破によって不規則な軌道と反射神経、ゼロ距離でも必殺の威力を出せる分、こちらの方が得意なくらいだ。

 

テメェがその格闘技術を身に着けるのにどれだけ努力したか知らねぇ。だが、そんなものは結果の前じゃ意味ねぇってことを、骨の髄まで叩き込んで、意地でも個性を出させてやる。

 

その上で、俺はデクに勝つ。決勝であの彼岸四季に勝つ。

 

それが俺の歩くヒーローの道だ!!

 

 

そんな思いを滾らせて振り上げた拳は、相手に届く前に俺の腹を貫く左前蹴りが決まっていた。

強制的にくの字に曲がる態勢と吐き出される呼吸。遅れてやってくる吐き気と痛み。

それでも倒れねぇと歯を食いしばって顔を上げた瞬間、見えたのは踵と右半身になったデク、そしてこちらの動きを読み切った鋭い眼。

 

右後ろ回し蹴り。それを認識した瞬間に、俺は自分の顔が体からトンだような感覚と共に意識を強制的に刈り取られた。

 

 

 

『圧倒的!!圧倒的な格闘技術!!爆豪がとろいわけじゃねぇ!むしろ増強系の能力と見まがうばかりの速度と反射神経、爆破の不規則機動は学生じゃ間違いなく一級品だ。だが、その全てを完封して緑谷、大技で二度目のダウンを奪った!!コイツはもう、決まりじゃねぇか!?』

『いや、蹴りが決まる瞬間に爆豪も腕を差し込んで直撃はしてない。それでもあの前蹴りで動きを止めさせられたところにあれだけの速度で蹴りを叩きこまれたんだ。意識も朦朧としているはずだ。』 

『マジか。おお、確かにスローで見るとギリギリで腕上げて防御してんな爆豪。しかし、緑谷の格闘技術はなんだよ!?プロ顔負けだろ!!?』

『……個人情報をここで話していいものか迷ったが、まぁ緑谷も隠していないしクラスの他にも公言しているので構わないだろう。緑谷は個性発現は今年の3月、雄英高校を受験した後だ。つまりアイツは入試の実技試験を無個性で突破している。もちろんその時は槍術を主に使っていたが、アイツは素手でも十分すぎるほどに強い。俺も個性無し、武器有りの組手で一本取られている。』

『ああ!?お前が、捕縛武器込みで負けたってのか!?うっそだろ?』

『事実だ。緑谷は彼岸と共にラビットヒーローミルコの指導を受けていたと聞いている。その上で槍も個性社会では珍しい実戦形式に極めて近い武術を習い、双方の技術を自分なりに練り上げた。アレに近接戦で勝てるのは雄英でも何人いるか、そういうレベルだ。それに、爆豪は緑谷が個性を使わないことに激高して動きが単調になってしまっていた。あれでは爆豪でも近接は分が悪い。なるべくしてなった結果だ。だが、この程度で終わるほど爆豪は生半可じゃない。見ろ。立つぞあの負けず嫌いは』

 

 

君は君が思い描くヒーローになればいい。その気持ちに偽りはない。

『必ず勝つヒーロー』

凄いことだ。素晴らしいことだと思う。負けるヒーローに価値はない。ただし、負けの定義だけはそのままにしておけない。

 

僕らが守るものは、正に君がモブと呼んでいる一般市民なのだと。いくら敵を屠ったところで、守るものなくしてヒーローは成り立たない。

 

彼が周りをモブにしたのは、僕だ。

僕が、誰よりも彼に近かった僕がデクだった。彼が最初に増長する原因を、周り見ない原因を作ってしまった。そして、10年近く、その認識に対して何もしてこなかった。

 

だから、今日、僕は何もできなかったデクを卒業する。

今日、君を自分以外をモブとしか見ないかっちゃんを助ける。そして『みんなを見て、守れて、そして勝つヒーロー』にしてみせる。

 

エゴというなら好きにすればいい。

自分勝手、その通りだ。

 

ただ僕たちはこうやって、拳を交えてでしか、本音を話し合えない。何も伝えられなくなった。こじれて、ねじれて、お互いを真っすぐ見られなくなった。

 

だから、僕は全て打ちぬいていく。デクとしての過去を打ち壊し、これから緑谷出久として生きるために。

だから、君は。

 

 

 

 

 

 

ああ、ホントにどこまでもコイツとは馬が合わねぇ。

 

俺がお前を見なくなっても、見たくないと思って目を逸らした後も、お前は俺を見ていたのか。

お前の目に、俺はどう映っていたんだろうな。滑稽なお山の大将にでも見えたか。そう見えても、仕方ねぇのかもしれねぇ。

 

わかっている。この世界には、俺より強い奴が腐るほどいて、お前も彼岸も、その先にいる奴らだ。

 

ああ、わかっている。わかっていた。俺が目指していたのはヒーローの上澄みだけだ。

勝つ姿が何よりも格好良かった。だからそれに成りたくて、それ以外には成りたくなかった。

 

だから、曲がったのかもしれない。勝つ奴だけが正しいなんてそんな風に思ったんだ。

 

どれだけ綺麗事言おうとも、崇高な意志を持とうとも、敗者に、死者に口はない。手出しもできない。助けようとする手も脚もねぇし声も届かねぇ。負けたら何にもなりゃしねぇ。

 

だから勝つのがヒーローの正しい姿で、それだけがヒーローの条件だ。

 

勝とうとしない奴らは端役だ。いらないのだ。俺の世界では、勝つ気がないのに何となく生きて何となく過ごして、そのくせ幸せばかりは欲しがるような奴は端役だ。

そんな奴らでも、ヒーローになると一度は口にする。

勝つ気力も覇気も努力も才能もない端役が、いっぱしにヒーローを口にする。

 

違うだろうが。勝とうともしねぇお前等がなれるもんじゃねぇ。勝ちたいと勝つと常に思っているものがヒーローなんだよ。

 

けど、デクは違った。

弱いくせに守ろうとする。負けるのに戦おうとする。自分が傷だらけになろうが、助けようとする。相手が自分よりも強かろうが弱かろうが、助けを求めていると感じたなら、助けたいと思ったのなら、誰にでも手を伸ばす。

 

わかっている。それがヒーローの理想の姿なんだろう。けど、それで?手を伸ばしたところでお前に何ができる?力も『個性』もねぇお前がどれだけ助けようとしても、負けたら意味がねぇ。それを、何度も分からせてきた。

 

なのに、お前は変わらなかった。いや変わったのか。お前は、強くなった。強くなって守れるようになった。守って勝てるようになった。

 

わかっている。認めてやる。テメェの方がヒーローに、俺たちの理想だったものに近い。

それでも、俺が求めたのはやはり一つだけだから。

 

 

——声が聞こえる。意識、トンでる間にカウント取られてんのか。なら、立たねぇとな。

 

「7,8,ないっ……爆豪君、意識ある?まだやれる?」

 

主審のミッドナイトが闘技場まで降りてきてこちらの意志を確認してくる。

だが、もう大丈夫だ。頭はくらくらするが、視界は定まらないが、四肢に力は入らないが、それでも、わかる。今の俺はきっと今までの俺の中で一番つえぇ。

 

「問題ねぇ。むしろ絶好調だ。」

 

「……受け答えはしっかりしている。わかったわ。けど次に大きなのもらったらストップをかけるわよ。いいわね」

 

「ああ、構わねぇ。次は俺が勝つ」

 

「……OK.それでは、戦闘続行!!」

 

高らかに響き渡った声に、先に反応したのは俺だ。いや、俺の腕だ。

半ば反射的に俺の腕は爆破を選択した。デクに、ではない。地面に向かっての爆発。考えるよりも先に脚も動いていたようで俺は今まで棒立ちだったその場から爆破を利用して飛び上がり、距離を取った。

 

デクは、俺が突っ込んでくるとでも思っていたのか、距離をとった俺を呆然と見ていた。ああ、いや、デクから、退いた俺に驚いたのか。

 

「はっなんて顔してやがる。間抜け面が更に間抜けになってんぞ」

「……口が悪い、ってことはかっちゃんに間違いないね。一瞬誰かと入れ替わったとか精神だけのっとられたとか洗脳を受けたとか、いろいろ考えたよ。君が敵から退くとは思わなかったから」

「イノシシじゃねぇんだ。俺も()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

とった距離は30mといったところだ。

いくらあの馬鹿が鍛えていても個性なしでは数秒かかる。

 

ゆっくりと息をするくらいの暇はある。それだけで十分だった。

頭が冴えてる。いつも感じていたイライラした気分が、今はない。

 

だからなのか、目の前の敵以外にもいろいろと見えるし、聞こえる。

例えば周りの歓声。俺の反撃を期待する声半分、このまま決着を望む声がその半分、残りはやはり個性を使えという野次めいた声ってところだ。

 

その中で、俺を単純に応援する声も聞こえた。

 

「バクゴー!!頑張れー!!!」

 

ああ、これは拳藤一佳の声か。この歓声でも聞き取れるってのはよほど大声なのか。

違う組で、ちっとばかり同じ組を組んだってだけで随分と真面目に応援しやがる。

いや、それだけじゃねぇか。A組からも切島や飯田の声、B組の角取の声も聞こえた。

 

頭を二度撃たれたので首の具合を確かめるついでに周囲を見渡せば、いろんな奴が声を出して、この試合に声援を上げていた。

 

視線を戻してみれば、そこに立っているのは昔から見知った顔。変わったようで変わらないアホ面だが、前よりずっと引き締まって見えた。

 

ああ、こうやって見れば結構世間ってのはうるさくて、眩しくて、せわしない。けれど意外と退屈もしないもんだ。

 

「モブ、か。そうだな。確かに全員をそう呼ぶのは、違うかもしれねぇな。」

 

「かっちゃん?」

 

「だがな、この世界に生きている大半の奴はモブと変わりねぇ。地に足つけて必死に逆境や困難に抗って、毎日を懸命に生きているなんて気合入った奴はそうはいねぇ。だから、俺にとっては俺が認めた奴以外はモブでしかねぇ。それでも、そのモブがいつか変わるかもしれねぇ、価値があるかもしれねぇ、ってのは認めてやる。テメェが()()から、()()()()になったように。」

 

どうしようもない、ただのデクが、俺よりもヒーローに近づいた。それは事実だ。こいつはもうデクじゃない。

だから、俺も変わらねぇと追いつけねぇ。ただのお山の大将で終わりたくねぇなら、自分が変わらないと何もできねぇ。

 

「お前はイズクだ。だからそう呼ぶ。テメェもその気持ち悪い呼び方さっさと直せ。俺は、爆豪勝己。()()()()()()()()()()()()()()()()()()、いずれナンバーワンヒーローになる、男の名前だ。」

 

 

 

 

 

 

 

かっちゃんらしい。それでいてかっちゃんらしくない言いかた。

思わず笑みが出る。ああ、目の前にやっと昔憧れたかっちゃんが、爆豪勝己が戻ってきた。

 

 

「………ああ。それじゃあ、ここからはお互い遠慮も加減もいらないね」

 

「当たり前だ。次舐めたことした瞬間、テメェを消し炭にしたるわ」

 

 

互いに笑って、そしてもはや迷うことなく、個性を発動した。

 

 

 

「TEXAS SMASH!」

 

「最大火力だ。とっておけ!!

 

 

 

互いの遠距離最大火力はお互いの中心で激突し、会場中にその振動を響かせた。

轟音と爆風、そして爆煙が吹きあれた後に残ったのは二人の中間点に残された深さ3m、幅10mほど抉られたように半壊した闘技場。

 

そこに、迷うことなく突っ込んできた影が二つ。

 

一人は拳を握りしめ一直線に、一人は回転し螺旋を描きながら変則的な軌道を描き、半壊した闘技場の中央でぶつかり合った。

 

 

「DETROIT SMASH!!」

出久が繰り出すのは渾身の右ストレート。それもただのストレートではない。『浮遊』の個性で宙に浮きながらにして、確かな足場を持って放たれた拳は体ごと跳躍した一撃に更に加速を加え、拳が音速の壁を軽く突破する。

 

一撃の破壊力は向こうが上。榴弾砲着弾でも押し切れない。

そう判断した爆豪は両手を合わせ、爆発の衝撃を前方のみに集中させること面ではなく点での貫通力と破壊力を増幅させることで対応する。

やったことなどない。だが、今ならできると信じた。

 

榴弾砲・貫通爆撃(ハウザー・バンカーバスター)

 

二人の個性を出し切っての真っ向勝負。

この試合、最も大きな振動を響かせて、爆炎が空を舞った。

 

 

そして一人が闘技場に立ち、一人が会場の外に吹き飛ばされ、壁ではなくセメントスが出した硬化しきっていない柔らかいコンクリートにぶつかった。

 

万が一を考えてセメントスが構築していた競技者を受け止めるための壁。その後ろには会場へ衝撃をとおさないようにぐるりと闘技場を覆うように構築されたセメントの障壁があった。

 

そこで受け止められた者は、闘技場で左手を上げる相手を見ながら、唸る。

 

「次は、勝つぞ()()()

 

左手を掲げ、虚空を掴み、勝利の祝福を受けるものは焼き焦げたようにボロボロになった自分の右拳を見て、その後で今まで戦っていた相手を見ながら叫んだ。

 

「次も、僕が勝つよ。何度でも競い合おう()()

 

 

 

準決勝 第一試合 勝者 緑谷出久。

 






かっちゃんをかっちゃんと書くのはこれで最後になります。

次回まで少し間が空きます。ちょっと試合展開を悩み気味でして。

あとアンケートを設置します。こちらは二つプロットもどきが出来てますが、それ以外にも皆さんの意見を参考にしたいと思いまして。よろしければアンケートへのご協力をお願いします。


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第46話 決勝種目 準決勝  リターンマッチ


シゴト、タイヘン、オワラナイ。

3月中には、体育祭編、終了予定です。


『解説じゃないが、あの馬鹿二人に一言だけ言わせてもらっていいかマイク。』

『ああ、いいぜ。多分俺も同じ感想だ』

 

 

『『加減しろ馬鹿野郎ども。セメントスが死ぬぞ』』

 

 

解説席から死んだ視線で見た先には、もはや闘技場など欠片も無くなった試合会場跡地がクレーターとなって広がり、そこに大小様々なコンクリートの破片が散らばり、先ほどまで戦っていた二人が苦笑いしながら、それでもお互いの獲物を持ったままで相対していた。

 

そしてその端には雄英高校でも有数の広域戦闘、そして広域防御能力を持つヒーロー、セメントスが力を使い果たしたように地面に横たわっていた。

 

 

事の発端は、わずか5分前。

準決勝 彼岸四季VS轟 焦凍の試合開始前に遡る。

 

 

 

 

 

「珍しく外れたな、お前の予想」

 

試合開始前、入場を済ませ後はスタートの号令がかかるのを待つばかり。本来緊張してしかるべき二人、轟焦凍と彼岸四季の間はいっそ穏やかというような会話が為されていた。

それはひとえに、無表情が多い彼岸四季が珍しく笑みを浮かべながら闘技場に立っていたからに他ならない。その理由に気づいている轟は直球でその話題を振った。

言い当てられた彼岸は苦笑しながらも、その言葉を肯定する。

 

「ああ、俺が思っていたよりも成長していた。出久も……爆豪勝己も。」

 

彼が仏頂面を崩したのはそれが理由だ。

彼が一番ヒーローとしての理想に近しいと思うのは緑谷出久である。しかし、それと同時に惜しいと思う人材がいた。それが爆豪勝己だ。ともすればヴィランに落ちると可能性さえ考えていた。むしろその可能性の方が高いとすら思っていた。

その予想を緑谷出久と爆豪勝己の二人は覆した。

その結果を嬉しく思う。人の持つ可能性は、自分の思う矮小な世界では収まらないと、そう思えた一戦だった。きっと爆豪勝己が彼の理想とするヒーローになることはない。けれど、世間一般のヒーローの、そのトップクラスに位置する可能性を示したのは間違いないのだ。

 

彼岸四季にとって予想とは予知と紙一重である。個性の影響で確定された死を見続ける副作用を持つ彼にとって、自分の予想する未来を良い方向へ覆す行為は歓迎すべきことであった。

 

だからこそ、上機嫌のままで、この試合の相手を見て言い放つ。

 

「もちろんお前も俺の予想くらい覆してくれるよな焦凍?」

 

「当然だ。ここで、お前の優勝宣言を覆してやるよ四季」

 

即答された声に更に笑みが深まる。気分がいい。今日は本当にいい日だなどと思いながら、自分の対戦相手を見定めた。

 

「4月とは別人だな。いい眼、いい色彩が見える。加減はいらないな。お前も俺も。」

 

「当たり前だ。手加減も試しも必要ない。最初から最後まで全力でいかせてもらうぞ」

 

 

互いに浮かべるのは笑み。

それは爆豪の野性味あふれる好戦的なものとも、緑谷の逆境を乗り越えようと鼓舞するものとも違う。

 

そんな笑みを浮かべた二人にスタートの号令がかかればどうなるか。

 

応えは開始直後に現れた。

 

 

観客が感じたのは、春も過ぎ去ろうとしている季節にあるまじき冬の涼風。

10万以上の人波の熱気にあふれた会場を一瞬とはいえ吹き荒れた風は、その中心たる闘技場から放たれた。会場の観客席からでも見上げるばかりの巨大な氷山が地面から生えていき、それを真正面から2m近い大剣が同じく下から上への切り上げの一振りが両断した余波だった。

 

次いで感じたのは真夏の風を圧縮したような熱風。先ほどの氷山を割った主へと、太陽が落ちてきたと錯覚させるほどの膨大な炎の塊が今度は空から落ちてくる。

思わず身構える観客もいる中で、大剣の主は先ほどとは真逆の唐竹の一閃で炎を両断した。

 

双方で生じた衝撃はセメントスが出した壁によってほとんど防がれているため観客に直接的な被害はない。そこまで計算された攻防だった。そしてそれをもってしても会場はその眼に映った光で、聞こえた音で、体を震わせた振動で、溶けた地面の匂いで、そして己の本能で感じた。視線の先にいるのは自分とは桁違いの怪物であると。

 

天に迫るような氷山で真冬に戻ったかと思うほどの冷気を、太陽と見まがうような火球で真夏のビーチにでも来たような熱気を会場の全てに感じさせた個性を披露した方も規格外なら、それを一歩も動かず、大剣の二振りしただけで両断した方も規格外。

 

開始10秒ほどで繰り出された攻防は、正に観客の度肝を抜き、一瞬の静寂の後にあらん限りの声を振り絞ったような歓声へと繋がった。

 

それは、この種目のみならずこの試合こそ今年の最大の目玉だと期待してしまう故の期待の声の宴。

 

その中心で二人の強者は笑い合って向き合っていた。

敵に向ける威嚇でもなく、仲間に向ける激励でもない、もっと純粋で、子どもじみた笑みを浮かべた年相応の二人がただお互いの感情をむき出しにして笑い合っていた。

 

 

「全力で行くぞ四季!」

「ああ、せっかくの祭りだ。今回くらいはお互い羽目を外そう!」

 

そうして、爆炎と氷結が、赤い命が彩る斬撃と正面からぶつかり合った。

 

 

その結果として、セメントスからSOSが入るまで実に1分。

コンクリートが豊富な市街や十分にその準備があるこの会場のような場所なら無敵に近いと言われたヒーローが二人の激突の余波に限界を感じた時間である。

 

当然、その大怪獣の激突並の衝撃のぶつかり合いに、いくら個性を想定した作りであっても個人規模として作られた闘技場は、二人の本気の前にはもはや跡形もなく、既にあるのはお互いが立っている場所とコンクリートの破片が大小散らばったクレーター。それがほんの3分前まで立派な闘技場のあった場所の名残だった。そしてその惨状を見たセメントスは闘技場の修復は諦めて、せめて外部へ衝撃が行かないようにできるだけ密度と硬度を上げた見上げるほど高い城壁のようなコンクリートの壁を三重に張り直すことにした。これで何分もつだろうかと、不安になりながらも、己にできる最大の仕事をやり続けた。

 

そんな教師の思いは知らず、お互いしか見えていない二人は相変わらず笑みすら浮かべて消耗した様子もなく、しかし気分だけは更に高揚し、それに合わせて個性すらも上限を開放するように強力なものにしながら立ち合っていた。

 

「さて……準備運動にはなったか?」

 

「そっちはもう限界か?それとも火遊びと氷遊びに飽きてきたか?」

 

「ああ、遊びには飽きてきた。そろそろ、本気で獲りにいくぞ」

 

言い終わった直後に、炎が舞った。

ただ今までと違うのはそれが対戦相手に向かって放たれたものではなく、自分の右手に巻き付くように放たれたものだった。

 

「赫灼……見たことあるんだろ。親父と殴り合ったお前は」

 

「ああ、炎を、いや元となる熱を凝縮することでその温度と威力を跳ね上げる、エンデヴァーが炎熱系最強のヒーローと言われる所以の一つだろう。」

 

「そうだ。炎と熱の操作技術の粋、そして親父の多くの必殺技の基礎になるもの、それが赫灼だ。俺はまだそれを()()()使()()()ほどに炎の扱いに慣れてねぇ。だけど、鍛え続けた右なら、別だ」

 

そうして右腕の包むように展開された炎の中から伸びるのは氷。氷の刃。

腕から直接、伸ばされた指先から真っすぐに透き通るような氷が鋭い刃となってその刀身をさらしていた。

 

「氷の刃…いや正確には『氷』じゃないな。氷は水を個体にしたもの。それはただ水分が凝固しただけの氷じゃない。」

 

一見しただけではただの氷に見えるだろう。しかしよく見ればわかる。その刀身から出る冷気が周りの窒素、酸素までもが凍り付き始めている。

 

「個性で生み出した、極低温の冷気を刃状に固めた半冷の個性の最小にして最大開放。それがその刃の正体か?」

 

「そうだ。これが赫灼と対を為す俺の右の切り札、全ての動きを止める凍結の極致、名付けるなら……そうだな、『零晶(れいしょう)』ってところか」

 

「所以は全ての動きを零にする冷気の結晶、ってところか?それだけの冷気、使っていたら自分の腕が凍死するんじゃないのか?」

 

「ああ、以前の俺ならできなかった。お前の言うとおり、自分の冷気で自分自身が凍り付いてしまう。騎馬戦でお前のポイントを取るために使った時は、その後すぐに自分がまともに動けなくなっちまった。けれど今なら、左の炎で右の冷気をサポートできるようになった今なら、自分自身へのダメージを最小にしながら最高の冷気を、意のままに繰り出せる!」

 

一閃。

 

『零晶』と言った剣を一振り真横に薙いだ。

 

それだけで、その直線状にあった全てが凍結した。

地面を通して凍らせているのではない。宙に、その剣の先から出させる冷気が、剣線の先の全ての大気を凍らせた。刃に触れたものだけでなく、その余波でさえ相手を凍らせるほどの冷気を纏った剣。

 

今までの氷とは一線を画す冷気の塊。まともに受ければ良くて全身氷像、悪ければ当然死ぬ。

それほどの攻撃を前に、彼岸も迎撃するリスクを避けて咄嗟に真横に転がって避けた。

態勢を立て直した時には轟が剣を振り切った先から先ほどまで自分がいた場所を通り過ぎて、後方で観客席に余波が行かないように三重に作られたコンクリートの壁が二つ切り裂かれたままで凍結しており、三つ目の壁がようやく斬られず、しかし20m近い氷の壁を出現させていた。

 

「おいおいマジか。騎馬戦の時の最後の一撃より圧倒的にヤバいな」

 

「まだ、終わりじゃねぇぞ!!」

 

聞こえた声と同時に、全てを凍結させる剣戟が宙を舞う。それも1度や2度ではない。その右腕を振り抜いた数だけ、氷が舞い、闘技場があった場所が凍らされていく。

 

これほどの冷気を操れる人間が、果たしてこの日本に、否この世界にどれだけいるだろうか。もちろんヒーローだけでなく、ヴィランも含めてもおそらく片手で足りるだろう。

 

これほどの冷気ならこの巨大な会場全てを凍らせることすら可能であろうが、観客席にはギリギリ被害が出ない範囲でしか凍らせていないことからその精度は初めて使ったものとは思えないほどだ。

 

長年培った右の半冷の個性。歪んだ信念があったとはいえ、努力した事実は裏切らない。その努力と自分の身すら凍結するデメリットを防ぐための炎の同時使用という成長が若干15歳の少年に世界有数の冷気を十全に操る術を教えていた。

 

先ほどまでの拮抗状態ではなく、完全に轟のペース。

そして周囲を凍らされて逃げ場所が無くなった彼岸に、今度こそ凍結の剣戟が彼岸に直撃する。

 

この時点でこの試合の結果をほとんどの観客が確信した。すなわち轟焦凍の勝利。

 

そう観客のほとんどが確信する中で、確信しなかったのは避け続けていた彼岸の変化を見極めていたトップヒーローや彼に近しい者たちは感じ取った。今しがた剣戟が直撃した場所に現れた、自分たちを凌駕する生命の奔流。禍々しくさえ感じる赤く染まる刀身と同じ色に染まった、彼岸四季の全身に人々は恐怖すら覚えた。

 

「……ついに出したな、お前の全力。」

 

一方で、轟はひたすらに高揚を覚えていた。

全力を出し続けている、出していても大丈夫な相手が目の前にいて、そして相手もまた自分を全力を出すに値すると評価してくれた。その証左こそが今の彼岸の姿。

 

緑谷が語ったことを踏まえれば100秒前後しかその状態を保てないが、その間だけはオールマイトを倒すために作られた脳無を一方的に叩きのめせるほどの圧倒的戦力を誇る彼岸四季の切り札。

 

「……武器を現実に創成する『曼珠沙華』に加えて、生命力を戦闘用に全振りするコイツまで使わせられるとは思ってなかった。けど、次の一撃で終わりだ、焦凍」

 

『曼珠沙華』で作った大剣。その白い刀身が、再び彼岸の生命力を注ぎ込まれ、赤く紅く染まる。そこから発せられるのは今までの非ではない暴力的な赤い奔流のごとき光。

 

それが解き放たれれば、たとえ轟の『零晶』で作り出した凍結の剣といえども砕かれるだろう。故に、轟はとっておきの奥の手を出そうと左手に熱を高めはじめ、それに応えるように半身から炎が吹き荒れていく。

 

次の一撃で決着がつく。

 

観客もそれがわかったのか、会場の全てが息を止めたかのように静寂が訪れ、二人が動く、その刹那に、会場中に大声の電子音が響き渡った。

 

『ストップ!!ストップだ!!二人とも!!少し待ちやがれ!!その激突の前に、周りを視ろ!』

そのアナウンスで二人とも一時、戦闘態勢を解いて声の主、プレゼントマイクがいるであろう解説席を見上げる。

 

傍から見れば、既に二人のいる場所は爆撃でもされたような有様だった。既に意味をなさなくなった吹き飛ばされた闘技場。場外のライン、もとの闘技場があった場所の外には二人とも出てはいないが闘技場そのものはすでに立つ場所がないほどに瓦礫しかない。

 

 

 

ここで、場面は冒頭に戻る。

 

試合会場の破損については互いの力に会場が耐えられなかったが故の出来事であるが、流石にセメントスが過労となって倒れるまで力を使ったのを見た二人はバツが悪そうにしている。ただしお互いまで戦闘可能であり、試合のルールとしては何ひとつ破ってはいない。そして二人が戦った場所こそ破損はひどいが観客席に怪我人を出すような真似はしていない。

だから試合を続行したいが、肝心の守りの要のセメントスが既にグロッキー状態。壁は最後の力を振り絞って最高強度で3重に張り巡らせたが、今からの衝撃の余波には耐えきれないことは傍目に見ても明らかだった。

 

『あー、この場合は仕方ねぇが、試合を続けるわけにもいかねぇ。』

『そうだな。彼岸、轟、お前等もわかるだろう。これ以上は観客を巻き込みかねない。お互い不本意だろうが、この試合は引き分けで』「ちょーーーーーーっと、待った――――!!」

 

そうして試合が引き分けに終わらせられようとした最中、空から二人の人影が降ってきた。

それは誰もが知っている。会場で知らぬ者など存在しない二人。

 

日本におけるヒーローの格付けといえるプロヒーローのビルボードランキング、不動の1位と2位、オールマイトとエンデヴァーがヒーローのコスチュームを着た状態で二人を挟むように対極に上空から着地したのだった。

 

「イレイザー、マイク、二人の判断は正しい!!しかし、ここはヒーローの卵たちが全身全霊を用いて己の力を競い合い高め合い、ヒーローへと巣立つための経験を積む場所だ!!それを我々の都合でなかったことにはしたくはない!!」

 

『……確かに彼らの力のぶつかり合いを御しきれないのは大人の都合です。だが自分の力で周囲の民間人を巻き込まないのはヒーローの基礎。それができなかったなら、二人は決勝に行く資格はないと私は思います』

 

「理屈ではそうだ。民間人を巻き込むヒーローなどヴィランと変わりない!!しかし、それを踏まえて彼らも力を振るっていた!よく見たまえ!!その証拠に轟少年の氷の跡、彼岸少年の剣戟が切り裂いた跡を視ればわかるだろう。観客まで届きかねない攻撃は闘技場内に着弾するように調節されている。またその前の遠距離の打ち合いでもお互いに攻撃を真っ向から受けて絶対に後ろには通さなかった!」

 

「俺が言うと身内贔屓に聞こえるかもしれんが、今オールマイトが言ったことは確かだ。それは上から見ていたお前たちや、最前列の観客に怪我人がいないことからもわかるだろう」

 

オールマイトに続き、先ほどまで観戦席での私服とは違ってヒーローコスチュームで固めたエンデヴァーも補足を行う。

 

『……それでも、これ以上の戦いをその二人は行おうとしていました。もし、それが欠片でも観客を傷つける可能性があるのなら、俺はこの試合を止めるべきだと思います』

 

「そうだね!だからこそ、私たちが来た!!」

 

「仮にその二人が全力でぶつかり、どこかに余波が飛ぶとしても俺たちが観客には欠片たりとも衝撃を通さん。ヒーローとして、観客の安全は保障しよう」

 

「仮にも私たちはプロのヒーロー。彼らの先人だ。その全力くらいは軽く押さえてみせるさ。そして、さらに万全を期して、守りのスペシャリストたる彼にも来てもらった!!」

 

その台詞が放たれるなり、六角形の光の壁が闘技場の二人を包み込むように展開されていく。それを為した男の名はシールドヒーロー・クラスト。こと防御に関しては日本でも最上位に入る、守りのスペシャリストであり、ヒーローチャートでもトップ10に何年も入り続ける実力派ヒーローである。

 

「№1,№2ヒーローたっての頼みで警備から、会場の守護を引き受けた!全力で守ると誓おう!!」

 

「彼のシールド、セメントスの障壁、そして不測の事態には私とエンデヴァーが動く!!観客には、傷一つつけさせないさ。」

 

オールマイトがビシっと親指を突き立てスマイルを浮かべる。それだけでそこにいる全ての人々が安心した。それが、平和の象徴の影響力。

 

ただし、それだけでも納得しかねるのを防ぐのが理論派でエンデヴァーである。

 

「安心してほしいイレイザーヘッド。次にしょ………轟選手が放つ一撃は広範囲を殲滅するものではない。それは彼に修行をつけた身として保障する。そして」

 

『当然、アタシが修行をつけた四季も観客に怪我をさせるような一撃は放たねぇよ!!そんなことしたら、師匠としてアタシが蹴り飛ばす!!』

 

いつの間にか放送席まで来ていたラビットヒーローミルコが最後の一言を言ってしまえば、それで反論はない。

 

なんせ仮にもここには日本が誇る10人のトップヒーロ―が4人もそろい、観客の無事を保障している。その発言を待っていたように、試合会場の様子を近くで移すための大型モニターに雄英高校の最高責任者、根津校長が登場する。

 

『そういうことさイレイザー、マイク。もちろん君たちの判断はヒーローとして正しい。けれどここは教育の場であり、若いヒーローの卵たちがその全てをぶつけ合う場所だ。もちろん選手二人の師匠が言ったように、二人とも最後の一撃で会場にまで被害が及ぶようなことはなかっただろうけれど、それでも不安が残った。故に、セメントスからのSOSを受けて私が会場にいる最適な人員を選別して、万が一すらないようにした。責任は私が持つよ。ヒーローとして、全力で最後まで戦いなさいな二人とも』

 

「それじゃあ試合は続行でいいですね!」

 

最後の確認を会場まで上がって審判していた主審のミッドナイトが行い、全ての教師、ヒーローたちから許可を得た。

 

———盛り上がってきたわね。多分、ここまでの厳重警備は雄英高校の歴史でも前例がない。

 

「さて、それでは改めて、彼岸君、轟君、準備はいいわね!?」

 

「もちろん」「いつでも」

 

「……この戦いはきっと雄英高校の体育祭の歴史に残る戦いになるでしょう。最後、とびっきりのクライマックスを期待しているわよ!試合、再開!!」

 

 

再開と同時に、轟は再度『零晶』の刃を展開する。先ほどの焼き増しとなるかと思った瞬間、今度はその半身から炎を吹き出し、己の左上半身の体操着を焼ききった。それで炎の勢いは止まらず、大きくなったかと思いきや、そこに『零晶』の刃が近づき、その炎が徐々に小さくなっていく。傍目にはコントロールできない炎を右の半冷の能力で抑えただけに見える。ただ、正面から見据えていた彼岸とその近くにいるトップヒーローたちは気づいた。身体から腕へ、そしてその先の固く握りしめられた拳へと小さくなっていく炎が徐々にその熱を高めていっていることに。最後には炎すらほぼ消えて、残ったのは発光しているように見える中心部が黄白色、そしてその周りにオレンジ色、赤と周囲を取り巻くようにうっすらと炎が纏わるのみとなった左拳。

 

これが、ただの炎を扱うだけの個性であれば、ただ個性の扱いに失敗したように見えたかもしれない。だが轟焦凍の個性は『半熱半冷』。正確には炎を扱う個性ではなく、炎を扱えるほどの高温を放つことこそ真髄なのだ。本質はあくまで熱を上げ続けることにある。そして、その熱を一点に凝縮した結果、現れるのが発光してみえるほどに高温となった拳であり№2ヒーローを張り続け、炎熱に関しては世界最高クラスと言われるエンデヴァーの必殺技の基本にして奥義『赫灼』の状態である。

 

今の轟では炎や熱を操るだけでは出せない熱エネルギーの極致。それを『零晶』を繰り出した時と同じく左半身の個性をフルで活用しながら右腕の冷気で暴走しないように制御し、熱の逃げ場を失わせて固まり、高め切った末に漸く至った。

 

左に『赫灼』、右に『零晶』。正に『半熱半冷』の極致に至った姿である。

 

そして、その光景は彼岸を挟んで対面にいるエンデヴァーからもそして観客席にいる轟冷からもよく見えていた。

 

かつて、エンデヴァー、轟炎司は自分に限界を感じ、力を求めて狂った思想で己が望んだのは『赫灼』を使うことで体に熱がたまり、身体機能が落ちるという自分の弱点を冷気をもって冷やすことで自由自在に使い続けることができる、そんな子どもだった。だがその子どもは、自分の想像など遥かに超えたところに立っていた。

 

自分の奥義である『赫灼』と、それとは真逆の『零晶』なる境地に達した我が子。

 

そんな場合ではないと思いながらも、エンデヴァーは涙腺が緩むのを感じた。

同じく轟冷も涙が溢れようとするのを止めることができなかった。

それは焦凍が自分たちの予想以上の力を手にしたから、()()()()()()()

 

 

御しきれない炎を冷気で補佐することで使えるようにし、自分の体をも傷つける冷気を炎熱で保護することで到達した我が子の姿。

それが、熱で家族すら傷つけることしかできなかった自分とは違う道を歩んでくれたと感じたから。

心が冷え切り、熱持つ我が子を傷つけてしまった自分を温めてくれた手の温もりを思い出したから。

後悔はある。

熱を冷気で沈め、冷気を熱で温める。自分たちにも、そうできていたならと。

 

熱に狂った頭を冷やせていたならば、氷固まった精神を溶かせることができていたなら、お互いがお互いを支え合おうとしていれば、きっとこんなに子どもたちに辛い思いをさせることなんてなかったのに。

そんな後悔を二人は同時に感じ、それでも、そんな中で育った末の子が透き通ったような笑みで炎と氷を御している姿に、救いを感じた。

 

自分たちは、間違った。けれどその中でも今、自分たちの子はたくましく笑ってそこに立ってくれている。きっと()()()は、自分たちを許さない。けれど、焦凍はそんな自分たちの間にいても、優しく育ってくれた。父と母と呼んでくれた。

 

そしてそのきっかけをくれた少年と今、笑って向き合っている。逞しくまっすぐな眼をして。

 

きっと、今轟家のみんなが幸せを感じられるのは、一番不幸な生い立ちで育ったあの子が優しくいてくれたから。優しいヒーローになってくれたから。

 

だから見届けよう。例え涙で視界が滲んでも、この試合の結末を。

 

 

そうして、試合は最後の邂逅を迎える。

 

 

最初に動き出したのは、轟焦凍。

 

『零晶』の剣を相手の喉元へと構え、『赫灼』の拳をそのすぐ後に来るように構えたまま少しずつ、距離を詰めだした。

 

それを見て、彼岸四季も大きく息をした後に、言の葉を口ずさんだ。

 

「紅く目覚め、夏の太陽のように世界を焼け。灼熱の時は今。全ての命は闘争の中にしかない、……最高戦闘特化状態、技の名を『地獄花』」

 

再度、彼岸の体が赤く染まり、見る者に畏怖を抱かせる様相となる。

「大いなる星の息吹、その実りを創成する『曼珠沙華』」

 

その上で構えるのは白い大剣。それが徐々に赤く染まっていく。あたかも剣が血を吸い上げるように、白が消え、赤が広がる。

大剣が赤く染まりきった時、変化が訪れた。

刀身150cm、幅20cmあった刃が、少しずつ崩れ始めたのだ。

 

それは紅葉のように少しずつ落ちていく。

 

「曼珠沙華でやるのは初めてになるが、先に言っておく。これが、今の俺ができる攻撃手段で最高威力の技だ」

 

落ちていくだけの赤が舞う。紅葉よりも更に小さく、赤く染まった花びらが舞う。それは弓を引き絞るように構えた右拳に集約されていく。

 

「決着をつけよう。行くぞ」

 

言葉通りに突っ込んだ。既に体を脈動するような赤く染まった肌はない。全てを先ほどの剣に吸われつくしたように消え失せていた。それでも、まだその強化が残っていたのか、距離を詰めるその速度は弾丸のごとく一歩で20mの間合いを潰す。

 

だが、その間合いがゼロになる前に、轟が反応した。

 

それは『零晶』の刃に、『赫灼』と化した拳を触れさせた瞬間に顕現した。

超低温に冷やされた固まった水や大気が数千度を超える『赫灼』で熱された結果、生じるのは熱膨張を利用した、超爆発。

そして、それを『赫灼』で溜めた熱を一気に上方に解き放つことによって、全ての気流、爆発の奔流に上空への指向性を与える。

 

膨冷熱波・極(ぼうれいねっぱ・きわみ)

 

本来なら球状に広がっていく爆発の奔流を全て上へと操作することで、爆風の範囲は最小限に、そしてその範囲にいる者には必殺となる轟焦凍の必殺技。

その威力は日本屈指の防御力を持つシールドヒーロー・クラストの張ったシールドの上部を一瞬で消し去るほど。

それに対して、突っ込んだ彼岸の選択はいたってシンプル。

目の前の爆炎の柱へと地面を這うような軌道を描きながら赤い力場を纏わせた拳を全力で叩き込んだ。

 

その結果生じたのは虚空。極限まで範囲を狭めた爆風が撃ち込まれた拳を中心に穴が開いたように消された空間が出来上がっていた。

 

それを為した彼岸の先には片手を凍傷し、片手を火傷しながら驚きに目を見張る轟焦凍の姿。それに笑みを返しながら、彼岸は笑う。

 

「技の名を『天蓋花(てんがいばな)』。俺の奥の手だ。」

 

まるで自慢のおもちゃを相手に見せた時のような無邪気な子どもの笑み。

そんな笑みが伝播したのか、轟も笑った。笑うしかない。自分の奥の手は相手の奥の手で無に帰した。個性の力は使いつくした。ならばお互いに残っているのは、もうこの体一つだ。

だからこそ次の行動も二人は全く同じだった。

 

「焦凍ぉぉぉぉ!!」

 

「四季ぃぃぃぃ!!」

 

互いの奥の手は見せあった。お互い限界に近い。だからこれで終わりだと互いにわかった。正面からお互いに拳を振りかぶり、鏡合わせのようにお互いの頬を打ちぬいた。

 

互いに全力の一撃。

 

先に膝が折れたのは、轟だった。

 

「強かったよ焦凍。お互いの年齢が逆なら、お前が勝っていただろう」

 

気を失った轟を抱えて、勝者は惜しみない賞賛を腕の中の誇り高い敗者に送った。

 

 

準決勝 第二試合 勝者 彼岸四季

 

 






轟の個性が物理法則と違うことには、ツッコまないでいただけると助かります。
まぁほら、そもそもここは超能力を個性なんて言っちゃう世界観なんで、物理法則なんてあってないようなものですから(言い訳)



次回、決勝戦。


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第47話 雄英体育祭 最後の勝利者 前編

体育祭決勝、前編です。今月中に後編は書きあがる、はずです。

誤字報告をくださったuzu様、ありがとうございます。





 

「すっごい熱気やなぁ」

 

「確かにここまで来ると耳が痛くなるくらいね」

 

「ですが、確かにこの戦いの行方は気になりますわね。皆さんもそうでしょう?」

 

麗日、蛙吹、八百万の会話に周囲に座っていた一年A組の全員が頷く。正確には一人だけそっぽ向いている爆発頭がいたが内心は同じだろう。

 

自分たちの手が届かなかった舞台にこれから上る二人。

どちらもこの1ヶ月と少しの間だけだが、よく見知った顔だ。

 

緑谷出久はオールマイトのような超パワーの個性を持つが、それが発現したのは3月であり、無個性でヒーロー科の最難関、雄英高校を合格したという実歴の持ち主。その体術はもとより、槍を使った戦闘技術、相手のことを知り尽くしたような頭脳派な戦い方にも秀でており、それでいて時には目をむくような無茶を、笑みすら携えて行う、傑物。それがA組の皆が抱く戦闘面から見た緑谷出久という人物像。一歩戦いやヒーローから離れればどこにでもいそうな優しく、人当たりの良い人物という印象が強いだけに、戦闘面とのギャップが凄まじい。

 

対して彼岸四季の印象はどうか。一言でいえば『捉えどころのない』だ。実質今年で18歳になる彼はA組の皆よりも2つ年上であるが、それ以上に大人に感じることがある。かと思えばクックヒーローに料理で挑んだりする馬鹿みたいな姿があったり、皆から一歩引いて話の聞き手に回る気のいいお兄さんのような姿、宣戦布告をするような好戦的な姿、無表情で何を考えているのかわからない姿もあり、入学数日で隣のクラスの連中と街を歩いていた話もある。またヒーローミルコの義弟であったり、彼女のプライベートを探ろうとしたりしたものには明確な怒りを見せたりといったように、人によって彼が見せる姿は千変万化とは言わないまでも一定しない。まるで彼が相対する相手によって性格や仕草すら変えているようにすら思えるほどにそれぞれの彼岸四季への認識は違っていた。

しかし、それでも皆が共通して知っていることがある。彼がヒーローという存在に望む理想は限りなく高いことだ。入試で0ポイントヴィランを見て逃げ惑う人々を一喝したという話に始まり、個性把握テスト、戦闘訓練、ヴィランの襲撃、そしてこの体育祭。ヒーローに関することに対しては彼のスタンスはストイックかつ、高尚なものだ。潔癖といってもいいかもしれない。それほどに彼のヒーロー像は高いものであり、それに伴うように非常に高い力をもっている、間違いなくクラスの最上位に位置する実力者だといえるだろう。

 

緑谷出久と彼岸四季、どちらが上かと言えば、A組の皆の意見としては彼岸に軍配が上がる。

そもそも緑谷は彼岸やミルコから教えを受けたと公言しているように二人は友人であると同時に師弟にも近い関係にあるのだ。ならば力関係は決まったようなものである。通常ならば。

 

「普通に考えたら彼岸さんだけど、緑谷ちゃんは個性が発現したばかり。でも今はそれに慣れてきた感じがするわ。可能性はあるんじゃないかしら」

 

「確かに。それに純粋な力だけなら、おそらくだが緑谷が上だ」

 

「技術も高いぜ。俺なんか一瞬で負けちまったし」

 

「けど技術だけなら彼岸が一歩、いや個性の応用を考えれば二歩は先を言っているだろう。生命力を意のままに操り、増強、回復、武器の創造に眠りの付与効果までつけられる。」

 

「うーん、こうやって見るとホント彼岸くんってチートだね。弱点なんてないんじゃないかな?」

 

「いえ、ないわけではない、と思いますわ」「そうとも言い切れねぇぞ」

 

クラスの論争が彼岸に傾きかけていたのを止めたのは轟と八百万だった。推薦組の意見の一致にクラスはそろって二人に視線を送る。

 

「二人は緑谷が有利だとおもうのか?」

 

「少なくとも状況の有利不利を言うなら、不利なのは彼岸だ。」

 

「どういうことだ?オイラには二人ともケガはしてるけどそんなに大差ないように見えるんだけど」

 

「確かにダメージで言えば二人は大きな差はないでしょう。戦闘には支障はないはずです。ですが、それ以外の面ではどうでしょうか。そう、例えば個性の使用による体力の有無についてです」

 

「俺も同意見だ。四季は以前自分の個性の源は生命力だと言った。そして個性の源である生命力が枯渇すれば半ば強制的に休眠状態に入るって話を出久からUSJの時に聞いたことがある。今、四季にどんくらいの力が残ってるか、それが勝敗の分かれ目じゃねぇかと思う。」

 

「緑谷さんの個性『フルカウル』も体を走る紫電のようなエネルギーを纏うことによって超パワーを発揮する増強型ですがスタミナは残っている。

けれど彼岸さんの個性『春夏秋冬』は一つ一つの技に生命力を使うので、長期戦は不利。そして彼岸さんはこれまでの種目の要所で大きな力をつかっていらっしゃいます。いかに彼岸さんが二つ年上でプロヒーローに鍛え上げられてきたとはいえ、限界は近いはずです。」

 

日ごろから彼岸とよく一緒に訓練し、直接準決勝で戦った轟と自らも脂質を基本として物質を生成するという、彼岸の個性と近いものがあり、クラスでも指折りの頭脳、知識量ならトップの才媛である八百万の発言はクラスメイトをして信憑性が高く感じられた。

 

その発言を聞いて麗日がぽそりとつぶやく。

 

「確かに……さっきの準決勝とかすっごい力使っとったもんなぁ」

 

「……おお。そうだな……」

 

ワンヒット。轟は少しだけ心的ダメージを負った。なお悪気はない。

 

「闘技場、すぐになくなったもんね!3分くらい?」

 

「ああ…そのくらいだった、な」

 

ツーヒット。轟は屈託ない芦戸の感想に心的ダメージを負った。なお悪気はない。

 

「トップ10のヒーロー3人の厳戒態勢も凄いレアだよー。ホラもう話題になってるよ」

 

スリーヒット。轟は見えない手で持たれた携帯端末から世間の反応を見せられた。タイトルは『波乱の雄英体育祭! 1年の試合でオールマイト等トップヒーローが3人揃い踏みの厳戒態勢!?』だ。轟は崩れ落ちた。

 

「……すまねぇ。調子に乗って、やりすぎた。俺の中ではアレが決勝のつもりで……いや、出久を軽視してたわけじゃない。けどやっぱり意地になって周りを…」

 

「いや、落ち込むとこじゃねぇぞ轟。それだけ本気の熱い勝負だったってことだろ!」

「そ、そうですわね。彼岸さんもそれを承知で個性を使われていたはずです」

「うんうん。そのとおり!というかごめん。私のいい方が悪かった!ごめんよ轟」

「ごめん。そういう意味やなかったんやけど、ホントごめん」

 

「ああ…ありがとう切島、八百万。芦戸たちも気にしないでくれ」

 

(((……意外とセンチメンタル……)))

 

 

 

 

 

 

そんな喧騒にまぎれた1-Aの中で、冷静に闘技場を見つめるのは数人だ。爆豪と耳郎はその例外で何の因果か隣に座ってしまっていた。

 

ただ、憑き物が落ちたように眉間の皺もなくして、動かずに闘技場へ目を向けたままの爆豪と違って、耳郎の方は先ほどから落ち着かない様子を見せていた。

 

先ほどから彼女の優れた聴覚に入っていた生徒たちの決勝戦の予想。

 

先ほどまでなら、否定していただろう。しかし、今回ばかりは否定できない。

耳郎自身も初めて知るような彼岸の個性の詳細もあったし、先ほどの準決勝では彼岸らしくもなく表情も言葉も崩して出し惜しみなく全力を使っているように見えた。

 

———四季が負ける?あの彼岸四季が?

 

わかっている。四季だって無敵じゃないし最強でもない。実際USJでは一度脳無に気絶させられて血だらけで横たわった姿を見た。わかっている。アイツは絶対無敵のヒーローじゃない。

 

「ねぇ、爆豪」

 

「なんだみみなが……耳郎」

 

「この試合、大丈夫だよね?」

 

その問いに、爆豪勝己は目を見開いてこちらを見た。

それほどに先ほどの質問はおかしかっただろうか。

……いやおかしいだろう。

何故、自分はあんな質問をしたのか。

これは一大イベントであり、真剣勝負であるが、戦いではない。

負けるのは、いい。

いや良くはない。けれど、どうしてだろう。

 

視線の先、緑谷と相対している四季は、どこか消えてなくなりそうに見える。

 

「…彼岸四季は、強えぇ。」

 

「知ってる。」

 

「けど、アイツはどっか————。だから、いつか、必ずそうなる。」

 

「………そうなるってどうなるの?」

 

「—-——————————ガキでも知ってるだろうが。」

 

 

——爆豪がウチに向かって言った言葉は会場の歓声に被せられて、いくつかが聞こえなかった。普通なら、聞こえなかった。でもウチは、耳はいいから。聞こえてしまっていた。

 

 

 

 

試合が、始まる。

これで一つの舞台が終わる。

 

 

 

 

 

 

「なんだか、不思議な気分だよ。テレビの中でやっていたあの雄英高校の体育祭に、その決勝戦に僕と四季が並んで立ってるなんてさ」

 

「不思議でもなんでもないだろう。お互い以外に負けないなら、当然どこかでぶつかる。この体育祭にせよ、何にせよな。それで、まさか今更怖気づいたとは言わないだろう?」

 

「それこそまさかだ。だって今日は記念すべき、僕が真剣勝負に四季に初勝利する日だから」

 

「言うようになったなあの甘ったれたガキが。なら、やってみろよ出久」

 

「本気の本気で、獲りにいくよ四季」

 

セメントスが何とか再度作り上げた闘技場の中心で、1年生のトップを決める戦いが始まろうとしていた。互いに見知った顔である。なんならこの数年間はどこの誰よりも見慣れた顔だった。

だが、その体が纏う熱気が違う。その眼光の鋭さが違う。何より、覚悟が違う。

 

一人は先ほどの宣誓の通りに初めて真剣勝負で勝利するために。それが師匠、オールマイトの期待に応え、そして目の前の彼から信頼を得る一つの方法だと信じているから。

一人は自分の想像以上に成長した友人の高い壁であるために。それが自分の見た最悪の未来を覆すために、そして出久がより高く強く成長するために必要だと思うが故に。

 

目的は違えども、試合にかける熱量は同等。

 

既に構えあった二人には、もはやお互い以外に見えていない。

 

その様子を最も近くで見ているミッドナイトは、本来は彼女の気質として興奮するであろうこの場面で、何故か背中に冷たいものを感じていた。

 

———静か。でも抑えきれていない闘争心がある。けど……なんだろう。彼岸君は轟君の試合のように純粋に楽しむ様子が見えない。まるで———

 

『さぁミッドナイト、気合入れて最後の号令頼むぜー!!』

 

「…………二人とも、これが最後よ。全霊で臨みなさい。」

「「はい」」

 

返ってくる返事は肯定。どちらも素直……なわけではないか。緑谷君はともかく、彼岸君はなかなかに曲者なことは既にヒーロー科では周知の事実。

そして雄英の教師陣には他にも彼の生い立ち、半生についてある程度の情報が伝えられている。無論それは彼の半生が特殊すぎたものであるが故に。

言葉一つで変えられるほど、彼岸四季という少年は浅くはない。

 

けれども、ミッドナイトというヒーローはそれでも告げた。ヒーローとして教師といて先人として告げなくてはならない。

 

「けれど、決して忘れないで。あなたたちが目指しているのは、あくまでヒーローなのだと。」

 

「はい!!「………肝に銘じておきます。」

 

準決勝でも同じようなことを言った。しかし状況は似ているようで違う。二人の生徒に言葉をかけ、返された言葉は、どこまでも真摯。けれど、きっとその根底には言葉では届かない壁がある。

その壁を乗り越えた者にしか彼は変えられない。そしてそれは、私ではない。

 

「それでは、雄英高校の体育祭、一年生の部、決勝戦開始!!」

 

きっとそれは、彼にとってのヒーローの役目だろう。

 

「さぁ行くよ四季!!」「来い!出久!!」

 

 

 

 

初撃が、会場を揺らした。

 

比喩ではない。お互いが放った右の正拳。互いの心臓目掛けて放たれた一撃が激突した瞬間に、空気が、地面が震えた。

 

ただの一撃。ただのパンチ一発が激突しただけで、それまであった歓声はその衝撃の前に吹き飛び、地震にも似た振動すら受けたように会場の誰もが錯覚した。

そして、それだけで衝撃は終わらない。

 

続けざまに繰り出されたのはお互い蹴り技。緑谷の蹴りが彼岸の右脇腹を抉らんばかりに繰り出されれば、それを受けながらも彼岸の蹴りも緑谷の右のこめかみを狙いすませたように繰り出され、右拳で受け止められる。

 

互いの打撃は終わらない。それはお互いが単一の一撃で仕留めるのではなく、連打を前提にして重心、足の運び、体の動きを意識し、相手の次の一手を読み合っているからだ。

 

互いに常人を遥かに凌駕した体、そして互いの体術のほとんどを知る相手を一撃で倒すのは至難。それゆえの連打。

ただし、一発一発が常人には決して放てない領域にあるだけ。その速度、その膂力、その技、そしてそれら全てが織り成す両者の近接戦闘における完成度、いずれも高校一年生が放っていい領域のものではない。

一撃もらうだけでもそこらのヴィランなど蹴散らせるだろう。

それが連続して会場の中央で、眼にも止まらない速度をもって応酬されている光景。

その光景は準決勝における轟と彼岸の見た目が派手な個性を使った大規模な戦いとは質が違う。二人の戦いが大砲やミサイルの打ち合いならば、この戦いはまるで嵐が人間の姿をして争っているようなものだ。

見た目ならば、準決勝の方が派手で一般人受けするだろう。しかしプロヒーローならば、そのトップクラスならばわかる。この一戦は正に、この体育祭の決勝に相応しいと。

 

その光景が、どれだけ続いただろうか。

 

会場の人々はいつしか息をするのを忘れたかのように静まり返ったころ、ようやく緑谷と彼岸は互いの手足の届く距離から離れた。

二人は息を切らすこともなく、互いにクリーンヒットすらもない状態で再度距離をとって向き合った。緑谷の顔には笑顔が浮かんでいた。

 

最高の学び舎で、最高の舞台で、最高の相手と、競い合っている。これはあくまで通過点。ヒーローになるための訓練の一環だ。

それでも、この状況があまりに嬉しくて、緑谷は自分の笑みを止められなかった。

しかし、そんなことを考える余裕はこの先ないだろう。それは相手が鋭く細めた目の奥の光から察せられた。

静まり返った会場に、二人の声が響く。

 

「上機嫌だな出久。準備運動はもういいのか?」

 

「うん。身体も温まってきた。それじゃあ」

 

「ああ。ここからだ」

 

彼岸の体から赤色の光が放たれ、体に纏われる。未だ脈打つような赤色の体になっていないところから最高出力を出していないが、今まで緑谷が見てきた最高出力に次ぐ圧力を肌で感じた。

 

———これが、訓練じゃない。本気で戦う彼岸四季。

 

それに、対して高める闘志と出力を上げる個性とは裏腹に、緑谷の顔の笑みは深まっていく。

困難を前にした時に、助けを求める者を前にした時に、自分の不安も相手の不幸も振り払うために笑うことができる。それはヒーローに必要な一つの要素。そう思うが故に緑谷出久は笑った。

 

「フルカウル……50%!!」

 

緑を基調とした光が線を引いたように体を駆け巡っていく。

出力は安定。身体中を駆け巡る力は、物をつかむときに意識せず指先を動かすことができるように、十全に操れる。

 

「今日は、僕が、勝つぞ!四季!!」

 

「それでこそ、緑谷出久だ。だがどうせなら、お前の全部を見せてもらうぞ。……『大いなる星の息吹。秋にもたらされる恵みのようにその力の一端をここに譲り受ける。その形、その意味を、ここに現出せしめよう…』」

 

彼岸の腕に具現化されたのは真っすぐで飾り気のない、しかし鋭い刀身を持つ白色の槍、そして幅広く片刃で、同じく白い色の短剣だった。その片方、槍を緑谷に当然のように投げ渡して自身は短剣を左の順手に持ち替え前に僅かに突き出し、右拳を顎のすぐ側に置いて半身に構えた。それは緑谷出久のよく知る、互いが武器有りの状態で訓練をするときの彼岸四季の戦闘スタイル。そしてその構えは彼岸四季が近接に置いて最も得意とする型である。

投げ渡された槍と強化も構えも武装も、全てが本気の相手。それらが意味するのは一つ。

 

お互い、加減無しの、本気の戦闘を行うという意思表示。

 

 

「本番だ。———ついてこれるか?」

 

 

言葉は少なく、されど鋭い。

それに緑谷出久は、やはり、笑って応えた。考えて笑ったのではなく、考える前に笑みが漏れたような笑いだった。

 

「冗談。今日は、四季を超えていく日だ。だから、君の方こそついてこい!!」

 

 

雄叫びを一つ残して、緑の閃光は赤く高い壁に向かっていった。

今日こそはその高い壁を乗り越えんと誓って。

 

 

 

 




ひがん しき は ヒーローではない。ヒーローを目指しても、本当に望むヒーローには決してなれない。
確認しよう。

これは死から始まって、死で終わる彼の物語だ。




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第48話 雄英体育祭 最後の勝利者 後編



4月中に更新、できませんでした。

また次話更新後は2,3ヶ月ほど仕事の事情で更新できなくなるかもしれません。

いつも読んでくださっている方々、大変申し訳ございません。
時間はかかりますが必ず完結させますので、しばらくお待ちください。

感想、アンケートありがとうございます。
ではまた次回で。


 

 

闘技場の地面を弾けさせて、弾丸のように一直線に跳びこむ小柄な体。しかしそれは一般人の動体視力では負いきれないほどの高速。だがそれに驚く暇などなく、飛び込んだ体躯の速度を遥かに超える速さで振るわれる槍。

 

突く。

 

突く。

 

突く。

 

ひたすらに、槍を扱き、真っすぐに突きこんでいく。

額、喉、心臓、みぞおち、丹田、膝、足先、ありとあらゆる部位、急所に超速の突きがとぶ。もともと槍とは連続で突くことなど想定していない武器である。一つの突きを避けられれば、容易くその間合いを詰められる。故に槍の基本とは突く、ではなく払い、あるいは叩くことで相手を近づけないことが基本であると言われることも多い。しかし、緑谷出久が使う槍は左前半身構えから、脚、体幹、腕を駆使して連続した突きを可能にしていた。

 

刃引きはしてある。だが、その速度で、人知を超えるパワーを持って繰り出される一撃が人体にあたれば、その部位はあっさりと吹き飛ぶ。それが雨嵐のように自分に向かって突きこんでこまれる光景はどのようなものだろう。

 

その雨嵐のごとき連撃の中を、たった一つの刃と赤い光をもつ体躯が割っていく。

刀身を使って穂先を弾く、だけではない。僅かに膝を曲げる、体幹だけで体をそらす、頭をミリ単位で下げる。それだけで、全ての刃が彼には届かない。必要最低限の回避行動。0.1秒遅れれば、1cmでも違えれば、一瞬で試合を終わらせるその刃を、まるで意に返さず、刃の中へと体を躍らせ、距離を詰めていく。

 

 

その様子を見て、刺突の雨が止む。次に来るのは薙ぎ払いの一撃。槍には必殺の距離がある。その距離は彼が持つ50cm程度の短刀よりもはるかに遠い間合いだ。だが今その距離は潰されつつある。槍は近ければ近いほどに取り扱いが難しくなり、威力を弱らせ、その長所が潰される武器だ。だからこそ距離を離すための一撃。直撃しなくとも相手を下がらせる、或いはその場に一歩とどまらせればいい、その意図をもって放たれた膝を狙った横薙ぎの一閃。

 

それは、容易く防がれた。刃で受け止められたわけでも避けられたわけでもない。

槍の穂先、その刃のわずかに手前に相手の右足が乗せられていた。

驚愕に槍の主の目が見開かれる。同時に危機を察した。槍に乗せられた足をそのまま体重をかけて、反対側の脚による蹴りが自身の頭に狙いをつけて振り上げられたのが見えたからだ。槍を持っている両手を離せば防御はできる。しかしそれでは槍という獲物を失うことになる。元より技量で劣る相手に武器の有る無しでは勝ち筋が更に減る。ならば、どうするか

など考える間も惜しく、歯を食いしばり、腰を捻って両手に再度力を込めた。

結果、相手の全体重がかけられていたはずの槍はいとも簡単に振り抜かれた。当然、槍に乗っていた相手も吹き飛ばされる。

 

結果互いに距離ができて、構え直した。武器をもって突っ込む前と同じ構え。仕切り直しだ。

 

お互いの動きが止まった瞬間、歓声が雷鳴のように二人に向けて降り注がれた。

 

 

 

 

 

『おっと失礼したぜリスナー諸君!!あまりの近接戦に思わず見とれちまったぜ!!

しかし、お互いに武器をもった途端、動きが更に早くなったな。それも緑谷の突きなんて正直オレにはほとんど見えなかったぜ!!』

 

『…それは仕方ないだろう。アイツ等は現時点で一年で……いや、雄英高校全体で見ても最高クラスの近接戦闘能力と個性を持ち合わせた二人だ。さっきまでの打撃戦はただの準備運動みたいなもの。今の攻防でもお互いにトップギアというわけじゃない。』

 

『マジか。彼岸はあの体が赤くなる、『地獄花』ってやつがあるが、緑谷もかよ?』

 

『緑谷の個性『フルカウル』はまだ使いこなせていない。力が強すぎて自滅してしまう。だが、それは彼岸の『地獄花』も同じことだ。彼岸のあの状態は長くは持たない。まして今日だけで相当な生命力を使っている。お互いが全力を出す時、それがおそらくは決着になるか。あるいは、さらに奥の手があるか…。どちらにせよ、眼を逸らすなよ。』

 

『お互い一撃必殺のパワー、勝機を逃さない技術がある。決着は一瞬ってことだな。見逃すなよリスナー!!』

 

 

 

 

 

 

「外野は盛り上がっているが、わかっているな出久。今のままなら、俺にはまだ勝てないぞ」

 

「そうだね…。地力ではまだ勝てない。でも、言ったはずだよ」

 

そう言って、一歩踏み出した緑谷の脚は空中で止まる。そして、そのままそこに足場でもあるかのように、空へと昇っていく。個性『浮遊』。空へと浮かび上がり、自在に宙を駆けるワンフォーオールに託された力の一端。オールマイトの師が本来持っていた『個性(浮遊)

 

「今日は、僕が勝つ」

 

先ほどとは違う。

これまでの誰とも違う三次元の動き。

爆轟の空中移動は必ず爆破という起点があるからどこに向かうか、よく見ればわかる。

しかし、緑谷は空中を全てを足場にでき、宙に浮かび続け、縦横無尽に空を舞うことが出来る。足を起点に方向を読もうとも、どこで踏み込むのか、こちらからは見えない。あるいは彼の師のように拳を振ってそこから移動することも可能。そしてそれらの動きに虚実を混ぜればもはや先を読もうと思うことすら思考を狭める罠となる。

 

だから先読みはできない。

常に相手に後手を迫る三次元戦闘。

 

「騎馬戦で見せた力だな…。確かに、有効な手段だ。俺も浮くくらいなら可能だがお前のように三次元を自在には動けない。だから地上で迎撃するしかないが、空からの攻撃ってのは普通はそうそう経験できない。」

 

なるほど、確かに厄介だと彼岸四季は認めた。

その上で、真上から来た刺突を左手の刃を逸らし、そのまま突っ込んで真上から追い打ちの膝蹴りで顔面を狙ってきた緑谷に対して、いとも容易くカウンターの掌底を彼の鳩尾に打ち込んだ。

 

信じられないような表情で目を見開き、同時に吐き出される空気と体がくの字に曲げられた痛みで一瞬動きを止めた相手にダメ押しの右のハイキックが頭から相手を地面に叩きつけた。

 

三次元の動き、飛翔に限りなく近いそれは、おそらくは№3のヒーローであるホークスクラスの移動速度だ。それが№1ヒーローの半分の力を以って空中から襲ってくるなど普通なら、いやトップクラスのヒーローでも一撃くらいは受けるかもしれない。

 

だがしかし、彼岸四季には通じない。

 

「判断が甘いな出久。忘れたのか。俺の師はラビットヒーローミルコ。空中からのコンボ攻撃など日常的にくらっている。そしてお前はまだその『浮遊』を使いはじめてから日が浅く、熟達には程遠い。ならば、その攻撃を捌くことなど地上で相手取るより容易いことだ」

 

彼岸の最も長い師であるミルコは『兎』の個性であり、ウサギらしいことがウサギよりできるという異形型の個性だ。

そこから繰り出される打撃は早く、その跳躍力と蹴り技はヒーローの中でもトップクラス、名実共に、日本の女性ヒーローでトップの近接戦闘力を誇り、その跳躍からの蹴りは得意中の得意だ。

それ故に、その女傑と訓練を重ねてきた彼岸が空中からの攻撃に対応できないはずがない。

 

 

確かに緑谷出久は年齢にそぐわない技術を持っている。そしてそこに恐るべきパワーとスピードを持つ『個性』を授かった。それに加えて、今度は空まで自在に駆けられる。

 

だが、まだ使えるだけだ。熟達には程遠い練度でしかない。

 

それでは、まだ彼岸四季には届かなかった。

 

ならばどうするか。

緑谷出久が出した答えは構えと同時に知れた。

 

「付け焼き刃の空中戦より、使い慣れた地上戦。悪くない選択だが、それで負けてやることはできないな」

 

「……負けてもらわなくていい。今日は勝ちにいくと言ったはずだよ!!」

 

雄叫びと共に、再度槍を構えて緑谷が突貫する。

 

槍は穂先を下から斜め上に突き上げられ、捻りを加えられながら心臓を狙う。

速度は速くとも、技巧は先ほどの連続した突き技に比べれば平凡。一撃に特化したような上半身を前倒しにした片手突き。一瞬の速度、間合いでは通常の突きには勝るが、容易に弾かれやすい不安定な突きである。彼岸の強化された動体視力でも容易にはとらえきれないほどの速度はあるが、それでも緑谷の100%の『個性』を一瞬だけ発揮させて放つ『刺し穿つ葬送の槍』には遠く及ばない。ならば緑谷の槍の間合いを完全に把握している彼岸にその突きは届かない、はずであった。

 

この試合、初めての緑谷の槍が彼岸へと通り、彼岸の体が中央から一気に場外近くまで吹き飛ばされる。あわや一撃で試合終了になるかと思われたが、闘技場の3歩ほど手前で彼岸が脚に力を込めて耐えた。

 

しかし、その顔には驚愕が浮かんでいた。

先ほどの突きこまれた際、彼岸は半歩引き、突きの間合いを外して打ち終わりを短剣で叩き落として一気に剣の間合いに入るつもりであった。

 

だが、()()()()()()()

 

届かないはずの半歩が届いたのだ。寸前で短剣を体と槍の間に割り込ませたが、今の突きで完全に折れてしまい、その上で体が吹き飛び、槍の穂先もわずかに彼岸の体を抉った。

 

刃引きしていなければ、あるいは短剣の防御がわずかでも遅れていれば、今の一撃で彼岸は負けていたかもしれない。

そう思わせられるだけの威力。

 

だが、そのくらいの力があることくらい彼岸はわかっている。わからないのは、届かないはずの突きが何故届いたのかということだ。

 

勝機と見たのか緑谷は一気に踏み込み、再度突きこんでくる。

 

手元の折れた武器ではまともな攻撃はできない。だがまだ柄先には20cmほど刃が残っている。最低限の防御では使えると判断してそのまま迎え撃った。

 

追撃の槍を、後ろではなく今度は横に避ける。しかし、紙一重で避けられるほどに知りえているはずの緑谷の突きがまたしても彼岸に当たる。今度は確実に剣で防御したが避けられるはずのモノが防御することになった。つまり防御しなければ当たるということ。避けられていないということだ。

鉄と鉄を打ち合わせる音が激化する。全ての攻撃を避けて反撃していた彼岸は一転して防御のみしかさせてもらえない状況となった。

 

 

———どんな絡繰りだ?

速度の上昇?——否、速さは変わっていない。つまり個性の増強もあり得ない。

 

間合いを測り損ねた?———否、一度ならいざ知らず、こうも全ての攻撃で予測を外すことなどない。

 

新しい『個性』?————可能性はある。『浮遊』という彼岸が知らない手札があった以上、他の個性があってもおかしくはない。だが間合いを伸ばす『個性』とは?拳藤のように一部が肥大化したわけではない、もちろんマウントレディのような巨大化のように大きくなってもいない。そんなものは一見でわかる。ならば、何が……

 

 

 

そこまで考えて、漸く彼岸は自身に攻撃を当てられるようになった仕掛けに気づいた。大きく槍を弾き、同時に緑谷に一歩近づけば蹴りの間合い。迷うことなく蹴り抜き、防御されたものの相手を引かせることに成功した。

 

彼我の距離は5mほど。それでも漸くリングアウトギリギリの状態からの攻防から一息つけた。そして彼岸は確信をもって緑谷へと口を開く。

 

「やられたよ出久。お前、()()()()()()()()()?それも右足や左足を()()()()()()()

 

「……凄いね。もう気づいたんだ四季」

 

その発言に緑谷はあっさりと事実を認めた。

間合いが突然伸びる、避けられるはずの攻撃が避けられない。それは緑谷をよく知る彼岸だからこそ起こる現象。よく緑谷の攻撃範囲を知っているから紙一重の最小の動きで避けられる彼岸だからこそ、緑谷が攻撃する時にだけ()()()()()()()()()()()()()で槍の軌道は変わり、間合いはわずかに伸び、結果として紙一重で避けられた相手に槍が届いた。ほんの少し、相手に気づかれない程度の『個性』の使い方。

 

使い慣れていない空中機動を行う最大の個性発動ではなく、いつも使っている場面でこそ生きる最小の個性の発動。それが緑谷の槍が届いた絡繰り。

 

「小技、とは言えないな。あの速度で戦っている最中に自分の足場を変える。そんなことは一歩間違えれば自滅する。それをこの大舞台でやってくるあたり、お前、ホントイカレてるよ。ヒーロー向きだ」

 

「相変わらず褒められているのか貶されているのかわからない言い方だね。けど、いいの?もう戦闘に回せる生命力ほとんどないんじゃない?」

 

「そうだな。お前の『浮遊』を使った変則的な技と通常の状態、そしてここぞという時の自壊覚悟の100%状態を加味すれば、俺も今の状態なら攻めきれない。だから、ここからは…………短期決戦だ。」

 

 

 

 

 

 

~~出久side~~

 

 

熱く火照った体が、一瞬で氷水の中にぶち込まれたように冷え切った。

さきほどまで、四季が纏っていた赤い生命力の光が消える。それは戦闘形態を解いたわけではない。逆だ。

 

響き渡る歓声の中でもはっきり聞こえる聞きなれた声が絶望を奏でるのが聞こえた。

 

————紅く目覚め、夏の太陽のように世界を焼け。灼熱の時は今。全ての命は闘争の中にしかない。『地獄花』

 

外に纏わせるように発せられていた活性化され戦闘に特化した生命力の光。それが外に溢れることはなく、体の内に全て凝縮されていく。結果、彼の体は焼けたように赤く、黒く、色がついていく。

生命力の全てを体の中に内包した限界の肉体超活性。彼岸四季の個性『春夏秋冬』の増強型特性『夏』の最強の戦闘形態。

 

スペックだけならオールマイトと同等の化け物すら真正面から退けた、四季の切り札。

 

それはつまり、僕のフルカウル50%の倍する出力を、僕よりも技術が上の相手が持つという圧倒的劣勢に立たされたと同義だった。

 

あれに対抗するには、現在の最大出力である50%を上回る必要がある。だが、一度50%の上限を超えれば、細かい調整は不可能。手綱を切られた状態の暴れ馬にまたがって鞭を入れるかのように暴走した力に振り回された挙句に無様に振り落とされ、骨が、肉が軋みを上げて潰れる未来しかない。

 

これから先は瞬きすらできない。比喩ではなく、瞬き一つの隙に相手はこの体を闘技場の外に吹き飛ばすだろう。

 

だからこそ、油断なく槍の穂先を相手に向けて構え、相手の出方をうかがった瞬間に、自身が選択を誤ったことに気づかされた。

格上相手に、出方を伺った。そんなの、相手に主導権を与えているのと同じだ。

 

「がはっ!?」

 

 

その結果として、気づいた時には鳩尾に一撃、赤い拳がめり込んでいた。

強制的に空気が吐き出され、

 

 

「行くぞヒーロー。死ぬ気で抵抗してみせろ」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、火が付いた。

続けさまに繰り出された鉄槌打ちを槍掲げて防ぐ。

だがその槍も、今の四季の前には紙切れ同然とでもいうようにへし折れた。

 

だが、数瞬の足止めは成功した。それだけあれば反撃できる!

 

「オラァ!!」

 

左の外回し蹴りが相手の側頭部を狙い、しかし当然のように防がれる。

そのままの態勢で折れた槍の石突を相手に投擲。だがそれは相手に当たることなく蹴り上げられ、即座にそれがかかと落としに切り替わりこちらの頭蓋を割らんとするかのような勢いで振るわれる。

片足で跳んで避ける、のは不可能。ならば逆に間合いを詰めて相手に組み付くようにして踵の直撃を避けた、つもりが体ごと脚一本で地面に叩きつけられる。

 

———根本的なスペックが違う。まともには打ち合えない。

 

「だからどうした!!」

 

追撃の蹴りを横に転がって避けながら、起き上がる。否、拳を地面に打ち付けて己の体を無理やり宙に飛ばし、回転しながら左手に残った槍の矛先を相手に向け、

 

打ち砕く飛翔の槍(スマッシュ オブ スピア)!!」

 

 

相手の眼前に先ほどの投擲とは比べ物にならないほどの力を込めて、相手の顔面に放った必殺の槍投げ。

 

不完全な体勢から放たれても『個性』と回転の力を全て載せた一撃は容易に空気の壁を突破し、

 

「——はっ!?」

 

その切先を、握りつぶされていた。圧倒的な暴力の前では今まで培ってきた技など、無意味とでもいうかのように、ただの力で握りつぶされていた。驚く間もなく拳が、蹴りが、僕に打ち込まれ、口から血が混ざった吐瀉物をまき散らしながら闘技場の隅に叩きつけられる。

 

————痛い。痛い。痛い。痛い。苦しい。キツイ。辛い。骨、内臓、傷、折れて、

 

「———だから、どうした!!」

 

そんなことはとっくの昔に経験しきっていたことだ。緑谷出久は『無個性』だったのだ。自分がスペックで、能力で劣ることなど慣れている。叩き伏せられることなど何度経験したかわからない。

技術が劣っていることも届かないことも知っている。鍛えてきた近接格闘や槍術であっても、自分を上回る者なら山のようにいる。たかが15歳の小僧が数年血反吐吐いたくらいの訓練で登れるほどに武というものの頂きは低くない。実際個性なしなら相澤先生の捕縛布を突破して一本とるまでに何度も負けた。

 

そして、今まで本気の四季からは訓練でさえ一度も勝ったことがない。

その圧倒的格上が、倒れたこちらを見下ろしながら口を開く。

 

「もう、終わりか?」

 

無機質に、無感動に、無表情で告げられる言葉に体の力が沸き上がってくる。

 

産まれながらの『個性(才能)』がないことも、生まれた末で身に着けた『技術(努力の結果)』が届かないことも、既に経験済だ。乗り越えた後だ。だから、そんな些事で躓くほどに、緑谷出久の心は弱くはない。

 

だから、その心に体は付随して立ち上がる。

 

「終わる、わけないだろ!!」

 

ましてや、今の自分には『個性(オールマイトの力)』が、受け継がれてきた意志がある。

だからこそ、いやたとえそうでなくとも、

 

「緑谷出久は、諦めることだけは、ない!!たとえ、死の間際でも、諦めることだけはしない!!」

 

その言葉に、彼岸四季はいつかのように笑った。

 

 

 

 

~~彼岸side~~

 

 

「緑谷出久は、諦めることだけは、ない!!たとえ、死の間際でも、諦めることだけはしない!!」

 

 

圧倒的な力で押しつぶしても、培ってきた技術を叩き落されても、潰えることない強い意志。

 

—————ああ、本当に強くなった。

 

どれだけ罵り、心を折ろうとも、また立ち上がる。

どれほど叩きのめし、砂利の味を覚えさせても、また立ち上がる

どれほどの不幸を目の当たりにしても、その手が届かず、守れずとも、また立ち上がる。

絶望へと叩き落されても、たとえ涙の海で溺れても、まだ立ち上がる。

 

 

何度も何度も、地獄を見ても、その在り方を変えようとせず、更に輝きを増す、ヒーロー。

 

————俺が見た、色彩

 

それを絶やさないために、ここで、お前の勝利の芽を摘もう。

いつかそれが、さらに大きく美しい色彩を放つために。

 

緩んでいた頬に力を入れて、脚に力を籠める。

 

相手はもう虫の息。だが、まだ『個性』の100%を使っていない。

一撃で一切合切全てに決着をつけられる切り札が相手にはある。だがそれを出す隙は与えない。

正面からなら、100%の攻撃でも対処できる。100%の出久はまだ先ほどの攻防のような繊細な技術は使えない。つまりUSJの脳無と同じだ。力と速度がこちらを上回ろうとも、技術が追い付かない、体がもたない。それならば対処は容易。

 

 

残り、5秒で、決着をつける。

 

そう考えて、この試合を終わらせるために、地面を踏みしめた直後に出久は来た。

その身一つで、いつかのように、雄叫びを上げて、迷うことなく俺に向かって飛び込んだ。

 

 

 

~~出久side~~

 

相手以外の全てを忘れる。拳を振るうのはあと2回。だから体があげる悲鳴は一切無視して突っ込んだ。

距離を詰めて左拳を振りかぶる。それだけで体は軋みを上げるが構わなかった。そうして痛みを無視してまで振るった拳は、簡単に片手で外へさばかれてしまう。

 

こちらの思う通りに。だからこそ、

 

「捕まえた!!」

 

触れられる瞬間に左手から飛び出した、黒い5本の影が、相手の腕に纏いつき、即座に腕ごと、体と両足を縛りつける。

 

「これ、は!?」

 

ここで、初めて四季が驚きで目を見開いた。

 

今の今まで四季に言ってこなかった、体育祭でもこの瞬間までただの一度も見せなかった切り札。先代の一人、ワンフォーオールを受け継いだ者が持っていた個性、『黒鞭』。

 

クラスメイトの常闇の個性『黒影(ダークシャドウ)』のような真っ黒なエネルギー体が、発動者の意志によって自在に動かせる『個性』。

 

その個性が作り出したこの瞬間こそ、この試合、待ちに待った最大にして最後の好機!!

 

相手の動きを制し、引き寄せるために黒鞭を持つ左腕の『個性』を100%に、そして引き寄せた相手に打つのは、ただの右ストレート。ただし右手の『個性』を100%解放し、大きく振りかぶり腰をしっかり入れて放つ、ただの、しかし緑谷出久最強の一撃。

 

 

「DETORIT SMASH!!」

 

 

試合を決定づける一撃を振るった、その瞬間に僕は四季が笑みを浮かべた姿を見た、気がした。

 

そして、放たれた拳の先で、全てが終わる音を聞いた。

 

そこから試合が終わるまで、緑谷出久には記憶がない。

 

ただ、

 

 

「試合終了!! 勝者—————」

 

 

落ちる意識の中で、ミッドナイト先生が高らかに最後の勝利者の名前を呼ぶ声だけ聞こえていた。

 

 

 

 

 





春に癒しを。
夏に猛りを。
秋に実りを。
そして冬に――を。

ひがんとは、悟りであり、祈りであり、呪いである。



次回『雄英体育祭 終幕』


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第49話 雄英体育祭 終幕


昨日、48話を投稿しています。見ていない方はそちらからどうぞ。
また48話前書きにも書きましたが、しばらく更新できなくなるかもしれません。

職場体験編はしばしお待ちください。




 

 

「これより表彰式を始めます!」

 

祭りの終わりを告げるようにまだ夕暮れだというのに盛大に花火が打ちあがり、観客の歓声があがる。その中でミッドナイト先生は表彰式の開始を告げ、表彰台には雄英体育祭の一年生の部の1位から3位まで、3位は準決勝まで残った2名が同位となるため計4名がそこに並び立っていた。

 

「さぁ早速メダル授与!今年贈呈するのは勿論、この人!」

 

 

私が!メダルを持―「我らがヒーロー!!――オールマイト!!」—ってき、た」

 

遥か上空から回転して、格好良く着地を決めながら登場したナンバーワンヒーローだったが、ミッドナイト先生と台詞が被う。打ち合わせはしっかりしましょうよ。そんな若干ぐだぐだしてしまった空気を感じながらもメダル授与は始まった。

まずは三位、あまりスペースのない席で隣にメンチきっている爆豪とそれに気づいていない焦凍からだ。

 

「まずは轟少年!3位入賞おめでとう。予選、決勝トーナメント戦、特に準決勝は素晴らしい戦いだった。4月に入学したばかりの君とは見違えたよ。いい顔になったね轟少年」

 

その首にかけられるのは銅のメダルだ。彼の狙っていたものではないだろう。けれどどこかすっきりした表情で、焦凍は笑った。

 

「原点を思い出させてくれるバカ野郎がいましたから。でもそいつには借りができる一方なので、いつかまとめて返せるように、努力します」

「いいね!君のプルスウルトラを期待しているぜ」

「ありがとうございますオールマイト」

 

オールマイトは焦凍を大きな体でハグした。あなたの体じゃ焦凍が見えなくなっちゃうでしょう。カメラ構えているエンデヴァーと冬美さんからブーイングがされてますよ。

 

「同じく三位、爆豪少年!おめでとう。……こういうのもなんだが、君はこの表彰台に来ないかと思っていたよ」

「……ああ。俺だってこんな形で表彰されるなんて真っ平だ。けど……まぁここに来られなかった奴らだっている。俺が負けたってのも事実だ。だから、そこから逃げる真似は俺の目指す、アンタより強いヒーローじゃねぇ。そう思っただけだ。」

 

これは、本気で驚いた。何があったのか、あのバカ豪、もとい爆豪があんな台詞をはくとは…。思わず天を見上げ、槍が降ってこないことを確認し、ベタだが自分の頬をつねってみた。

 

痛い。これは、まさか痛みまで再現する幻覚を見せる個性にでもかかったか?

 

そう思って隣、といっても高低差はあるのだが、隣にいる出久に顔を向けると、そちらも鏡合わせのように自分の頬をつねっていた。

お互いの眼が合い、頷く。意思疎通はそれだけで十分だった。

「「誰だお前!!爆豪は絶対そんな殊勝な言葉は言わないぞ!!ヴィランか!!?」」

「ああん!!?いい度胸だクソコンビが!!テメェ等をぶっ飛ばして今から一位とったるわクソが!!」

俺と出久が同時に構えを取ると同時に手のひらから爆音を響かせ、俺たちのよく知るバカ…もとい爆豪に戻る。

「「え?……本物?」」

「よっし。コロす。マジでブッコロス!!」

 

今度は打ち合わせなしでハモる俺たちに割と本気の爆破を行おうとしてあわててオールマイトが止めに入り、爆風を裏拳一発で上空に打ち上げた。凄い技術と化け物染みたパワー。さすがナンバーワンヒーロー。あと爆豪は今までの自分の言動を思い出せ。俺たちの反応も大概アレだが。

 

「全く、君たちは最後まで賑やかだね。まぁこれも青春かHAHAHA!!」

 

そんな俺たちの、割と本気だった偽物疑惑も笑って一蹴する。こういうところも彼のナチュラルボーンヒーローなどと言われる所以なのだろう。

 

そして、未だこちらを威嚇する爆豪もハグと笑顔でおさめてから、こちらに向き合い、俺の前をその大きな体躯が過ぎ去った。

 

「2位入賞、おめでとう、緑谷少年!」

「……ありがとうございますオールマイト」

 

そして2位の出久を祝福し、出久は笑おうとして失敗してしまったような笑みを彼に見せていた。

 

俺はそれを、彼よりも一段高い位置から見ていた。本当の勝利者が2位の銀メダルをかけられている様は似合わないな、などと口が裂けても言えないことを思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「捕まえた!!」

 

その出久の声を聴いた時には既に全身の動きを封じられていた。手足を体ごと黒い触手のようなもので巻かれて固定されたのだ。全力で振りほどこうにも今、この触手、黒いエネルギー体のようなモノを出した出久は今その『個性』を自損覚悟で使って100%を使って締め上げている。

単純な腕力ならば、今の自分はおろか、あのオールマイトさえも超える。

 

そしてその力で拘束され、宙に浮かされたところで待ち構えているのは、大きく振りかぶった個性100%の右ストレート。

 

詰みだ。これは避けられない。

 

強くなった。自分を本気の試合で下すほどに、緑谷出久は強くなった。

 

認めよう。雄英高校1年の『彼岸四季』は緑谷出久に負けた。

 

——ああ、本当にこのままこの拳を受けられたら、どれほど——

 

そんな誘惑に乗ってしまいそうになるくらいには、緑谷出久は強く、この眼に映る彼という生命が放つ色彩は美しかった。

 

——————けれど、まだそれは先の話だ。

 

ヒーローを目指す()()()()()()()()()()()()()()は緑谷出久に負けた。

けれど、『()() ()()』は負けることはない。

 

 

「『彼岸花』」

 

 

呟く。誰にも聞こえないほどに小さく。

 

それだけで、自分の体の動きを一切許さなかった堅牢な黒い触手は崩れ去った。

 

自由になった手足と体。しかしそれはまだ宙に浮いたまま。

 

このままでは出久の100%の拳をまともに受けてしまう。

それも今の自分の体は『夏』の特性である生命力の活性が全くない状態。つまり常人となんら変わらない耐久力しかない。

 

そこにあの拳を受ければ、まぁ間接的に言うとすれば四肢のどれかが原型を留めれば運がいい、とかそういう結果になるだろう。

けれど、その拳はこちらに届く前に急に速度を失い、パン、と軽い音と共に、こちらの手のひらの中に納まった。

それだけで、出久の至高の一撃は終わりをみた。

 

出久の信じられないものを見たように開かれた瞳に映りこむ、自分。

 

———無様だ。本当に。

 

けれど、そんな自分と出久との試合は終わっていない。だから、終わらせた。

 

そっと右の指を出久の額に添えて、それだけで何度打とうと、蹴ろうと立ち上がってきたヒーロー科一年最強の男の意識は閉じた。

 

 

前のめりに倒れてくる出久の体を受け止める、ことはしない。

それは今の俺にはできない。

 

だから、思わず支えてしまいそうになった手を必死にこらえて、その体が地面に倒れ伏すのを見送った。

 

ああ、吐き気がする。

 

本当に、気分が悪い。

 

視界の端には、10万人の観客。10万人の色彩が俺に余計に吐き気を覚えさせた。

 

『個性』を抑えようとしても、簡単に抑えられない。

どうしようもないくらいに頭痛と吐き気がひどくなったところで、いつの間にか側に来ていた主審、ミッドナイト先生の声を聴いた。

 

「試合終了!! 勝者 彼岸 四季!!」

 

 

ミッドナイト先生は出久の脈や状態を確認した後に、こちらに手を向けて勝者の名を告げた。

 

勝者、か。皮肉なものだ。名乗り上げられた名前は偽りの勝者だ。

『彼岸 式』は負けることはない。けれど勝つこともまた、ないというのに。

 

 

 

 

 

 

 

———だからこそ、俺がここで彼に一位のメダルをもらうことは正しくはない。

けれど、出久にはまだ強くなってもらわなくてはならない。だからまだ俺が彼の高い壁としてあり続ける。俺を踏み台にして彼が高く飛べるように。俺が見た死の運命からも逃れるほどに高く飛べるように。

 

 

だから、このメダルは余計なのだ。俺には荷が重すぎる。

このメダルは本来、出久たちのようなヒーローを目指す者がもらっていいものだ。

 

俺のような者が、それも最後の決勝戦であんな個性を使ってしまった俺がもらうべきではない。

しかし、それを声に出すことはできない。俺の個性は一部のものを除いて秘匿されなければならないから。

そんな思考を繰り返しているとオールマイトが俺の前に立つとより歓声は高まった。

 

——俺を称えるようなこの歓声が、私には全て怨嗟の声に聞こえてしまう。

 

——俺を見る羨望の眼差しが、私には全てを射抜く光に見えてしまう。

 

止めてほしい。俺はそんな声をかけてもらえるような、そんな眼で視てもらえるような、ヒーローの卵ではないのだ。

 

この歓声も、オールマイトからメダルを受け取ることも、どれも俺には余計で、俺はヒーローになろうとしただけの——

 

 

「よーーし、そこまでだオールマイト!!」

 

 

そんな俺の視界を、思考を、全てをかっさらうように、白い人影が俺とオールマイトの前に跳びこんできた。

ああ、その姿は良く知っている。

「ミルコ!?どうしたんだい?」

 

ヒーローランキングトップ10に名を連ね、そして()()()()()()()()()()の姿だった。

 

「おう、オールマイト。悪いがここから先、アンタはお役御免だ。こんだけ体育祭を盛り上げて、宣言通りに一位を獲ったんだ。少しぐらいのワガママは通してくれ。——この子にはアタシがメダルを渡す。」

 

そんな荒唐無稽を当然のように言ってのけるあたり、さすがの豪胆さだ。

そして、その義姉の様子と俺を交互に見て、オールマイトも何か感じることがあったのか、すぐにいつも笑顔に戻って彼女が差し出した手にメダルを渡した。

 

「仕方ないな。だがその方が彼岸少年にはいいだろう。任せたよミルコ」

 

「おう、話が早くて助かる。さってと」

 

「ルミ、さん…」

「ほかの誰かに見えんのか?」

「いや、そうじゃないけど……どうして?」

「どうして? そんなこと、決まってんだろうが。」

 

そうしてルミさんは笑った。透き通った、綺麗な笑顔だった。

 

「私は彼岸四季の義姉だ。家族だ。だから、お前を一番褒める権利があるんだよ」

 

そうやって、ルミさんは笑った。

そうやってこの人は、いつだって俺に涙を流させるのだ(私の涙を止めてくれる)

 

「よく頑張ったな四季。これは、ヒーローミルコからじゃねぇ。ただのお前の義姉から可愛い弟への、ご褒美だ」

 

そう言って体を屈めた俺にメダルの紐をかけてそのまま俺の頭を抱きしめた。きっと俺の涙が誰にも見えないように。

 

 

 

 

こうして、俺の最初で最後になる雄英体育祭は終わった。

 

 

 

「いいなぁ彼岸君。ミルコから直接メダル渡してもらって」

「でも、オールマイトの方が嬉しいんじゃない?」

「でも彼岸さんもミルコの時の方がリラックスしているように見えたわ。ねぇ耳郎ちゃん?」

「…………」

「耳郎ちゃん?」

「あっ!?う、うん。ごめん梅雨ちゃん。ちょっとぼーっとしちゃってた」

「大丈夫かしら?さすがに今日は疲れたものね」

「大丈夫。うん…大丈夫」

 

 

————けど、アイツはどっか壊れてる。だから、いつか、必ずそうなる。 

 

……そうなるってどうなるの?

 

————壊れたモンがどうなるかなんて、ガキでも知ってるだろうが。

 

……壊れた物がどうなるかなんて、わかっている。でも壊れた者はどうなるの?

 

 

 

幾人かの心に、懸念を抱えさせたままで、体育祭の幕は降り、

 

 

「インゲニウム、飯田君のお兄さんが、ヴィランに負けた?」

「はい、それで飯田さんは、先ほど早退なさいました。大事なければいいのですが…」

「…心配やね」

「……今は連絡を待つしかねぇ。」

「はい…」

 

 

それでもヴィランは待ってはくれず、

 

 

 

「ああ、幸せそうだなぁ、なぁ……轟 焦凍?」

「何か言ったか?」

「何でもねぇよ。それよりアンタの言う組織のこと、少し考えさせてもらっていいか。義爛さん」

「ああ、まぁお前さんなら、実力的には問題ねぇだろ。気が向いたら連絡くれや()()

 

 

 

次の脅威は、すぐそこまで迫っていた。

 

 

 

「彼岸 四季か。ハッ、アイツ、なんだってアッチにいるんだろうな。」

「死柄木 弔?彼がどうかしましたか?」

「いや。ああ、でも……先生はギミックだから気にするなって言ってたけど、ちょっと興味が湧いてきた。あのバケモンに。」

 

 

 

 

一つの舞台が終わり、また別の舞台の幕があがる。

ただし、今度行われるのは、命のやり取り、プロヒーローの舞台で。

 

 

 

 







彼岸 四季は常に偽りと共に在る。

彼岸 式は常に終わりと共に在る。


どちらも彼であり、どちらも彼ではない。

ヒガン シキ は、善でも悪でもない。


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第50話 たとえ黄金の林檎を持とうとも

少しだけ時間が出来たので投稿します。

不定期になりますが、また更新再開できるかと思いますので、よろしくお願いします。

なお原作と少しずつ乖離していきます。


~~side どこかの誰か~~

 

暗い。

 

眼を閉じて感じるような暗さではない。

 

光など一切存在しない、闇だけが開かれている眼に映る。

耳は何も聞こえず、鼻は仕事を忘れたように機能せず、口は言葉を忘れ、皮膚は無いかのように何も感じない。

 

ただただ圧倒的な無。

 

そうか……俺、死んじまったのか

 

 

そう、負けたのだ。ヒーロー殺しに。

 

情けない。代々続くヒーロー一家の次代として、ヒーローインゲニウムとして、そして自分よりも才能あふれる弟が憧れてくれている兄として、これほどに情けないことがあろうか。

 

 

しかし、それも死んでからは届くこともない。

 

 

すまない天哉。すまない母さん。すまない仲間たち……俺は、ここまでだ。

 

 

———死にたいのか?

 

 

っ!?誰だ?

 

———死にたくないなら、手を伸ばせ。口を開いて声を上げろ。生きようとしない者を助けるほどに俺は傲慢じゃない。

 

 

………俺は、生きたい。

 

 

————良かった。

 

 

~~side 緑谷~~

 

「兄のことなら心配無用だ。要らぬ心労をかけてしまったな。すまないみんな」

 

体育祭から2日後、飯田の兄であるプロヒーロー、インゲニウムがヴィランに敗北し、未だ意識不明の重体となっているというなっているというニュースは雄英体育祭の輝かしい結果の裏で世間に浸透し、彼のクラスメイトも彼の兄の身に降りかかった現状を知ることになった。

 

インゲニウムは20代の若さにも関わらず、数多くのサイドキックと共に彼の事務所がある保栖市の治安の要であったほどに有名なヒーローだった。

 

そんな若手の実力派の一人を破ったのは、ヒーロー飽和社会とすら言われるこの平穏な時代において、ヒーローのみを殺傷してきたという一際目立つ所業を繰り返してきた、ヴィランネーム『ステイン』。通称は『ヒーロー殺し』。

これまで17人を殺害・23人を再起不能に追い込んできた凶悪犯である。

 

そんなヴィランに倒された兄を持つ飯田君を心配する声があがるのは必然だった。クラスメイトのみでなく、隣のクラスからは体育祭の騎馬戦で騎馬を組んだ拳藤さんたちも様子を見にクラスに来ていたほどだ。

 

しかし彼らに対して飯田君がとったのは先の言葉のみ。

それに対して、皆が口をふさいだ。できることは何もない。慰めの言葉も、無意識にもってしまう同情も、彼の重りになってしまう。

今は飯田君の心の整理がつくまでそっとしておくか、彼が弱音を吐いた時に聞くくらいしかできることはない。

だから僕らに踏み込めるのはそこまでだ。

 

「おはよう」

 

そんな沈んだ空気を散らすようにいつもと同じ声と共に入室してきた相澤先生がクラスの皆を見渡しながら出欠簿を開く。

 

「ふむ、彼岸以外は全員出席だな。彼岸については連絡を受けているから問題ない。ああ、それと本日の情報学はちょっと特別だから心するように。」

 

『ちょっと特別』。相澤先生が、平然と除籍と初日に言い放った担任教師がわざわざ特別とつけたことに、クラスは全員が身構える。それを見て相澤先生はゆっくり口を開き、

 

「本日は『コードネーム』。つまり自分のヒーロー名を決める授業だ」

「「「「「「「胸ふくらむヤツきたぁぁ!!」」」」」」」

 

教室の皆のボルテージが一気に高まる言葉を放った。仮にもヒーロー科。自分たちがヒーローとして働くための本名とは別の『ヒーローとしての呼び名』を決めるのだ。それに胸が熱くなるのは仕方ないだろう。

 

「諸君らは先日行われた雄英体育祭で人それぞれであるが、世間に自身の能力を示した。その結果から、今回雄英高校の実戦的カリキュラムの一つ、『職場体験』を経験してもらう。本日はその時に本名ではなく、プロとして行動してもらうために仮のヒーロー名を決めるためのものだ。職場体験については以前授業で話したな」

 

プロヒーローといっても、ヒーロー科を卒業してそのまま自分の事務所を開くようなヒーローは少ない。大抵はどこかのプロヒーローの元でサイドキックとなって現場で経験を積み、そこから実力、適性、資本力、知名度など様々な要件を満たしたものがようやく自分のヒーロー事務所を持つのが通例だ。

そのため、基本ヒーローになるためには3年生になってからヒーロー事務所に直接試験を受けて事務所に入るか、あるいはその前にプロヒーローからの指名を受ける必要がある。

 

「プロからの指名を受けた者は当然卒業後の進路先として優遇される。プロとしても即席の試験だけで見定めるより、職場体験や…お前たちにはまだ早いがインターンという制度を使って現場を共にした学生の方が信頼を置けるからな。とはいえ、今回はどちらかといえば、君たちが体育祭で見せた『将来性に対する興味』に近い。卒業までにその興味がそがれるような無様をさらせば、当然指名など無意味に終わる。相手方の事情で一方的にキャンセルや次以降に指名が来ないなんて事はよくある話だ」

 

「大人は勝手だ!」

 

相澤先生の説明に、峰田君が愚痴りながら机を叩く。世知辛いようだが、ヒーローとしての将来性なしとされるか、あるいは自分の個性や方針と合わない者を迎えても現場に支障が出る。それは自分の命やサイドキック、そして民間人をも危険にさらす可能性がある以上、こちらを見定める目が厳しくなるのは当然のことだ。

 

「そして、お前たちへの指名を集計した結果がこちら」

 

 直後、黒板に表示された集計結果に全員の視線が集中する。

 1-Aで指名者がそこに列挙されており、その横に指名数が掛かれていた。

 

  

緑谷:3861

 轟:2109

爆轟:1632

彼岸:1201

八百万:880

上鳴:410

耳郎:364

常闇:351 

飯田:332

切島:70

砂藤:31

瀬呂:22

麗日:15

蛙吸:8

障子:4

葉隠:4

 

 

「ぼ、僕に3800も……」

「おお!俺に400も…ウェーイ!!」

「約900…ありがたいですわ。」

「おお…決勝トーナメント残ってなかったのに指名が…やったな常闇!!」

「ああ」

「お前等レクとかで目立ってたし、個性がシンプルに強いもんなぁ…」

 

悲喜こもごもなクラスの反応を一切無視して相澤先生は説明を続ける。

 

「例年は最終種目に残った者がほとんどだが、今回はベスト4に残った者に票が集中している。とはいえ、それだけなく第2種目やレクリエーションで個性を上手く活用していた者も指名が来ているな。指名がなかった者も学校側が指定したヒーロー事務所がある。それらからお前達にはヒーロー事務所を1つ選び、そこで職場体験をしてもらう。」

 

なるほど。プロの現場では基本的に個人名ではなくヒーロー名で呼ぶ。それはヒーローとしての認知をあげるため、だけではなくヒーローの個人情報を開示させないためでもある。ヒーローは多くが自宅を事務所としない。それは自宅を知られることでヴィランからその身を、そしてその家族を守るためである。

 

基本ヒーローはそのヒーロー名と事務所の場所以外の個人情報を表出させない。それはヒーローという『個人』が直接ヴィランと対峙するため、ヴィランから私生活にまで狙われることを防ぐためだ。そしてもちろん、その家族もヴィランからの復讐の対象として、危害が及ぶ場合もある。だからこそ、本名をさらしてはならないし、マスコミでさえ基本的にヒーローの実家や家庭環境までは公表しない。もっとも、よほどのことがあれば別だが。

 

そんなことを考えていると耳郎さんから驚いたように呟く声が聞こえた。

 

「彼岸が4番目?一番目立ってたはずなのに…」

「お?そういえばおかしいな。優勝者がベスト4で一番低い」

 

みんな自分の名前に集中していたためか、少し遅れてその状況に気づいていた。だけどそれに対しての答えは予想がついた。

 

「四季はあんなに目立つ形でミルコとの師弟関係がばれちゃっているからね。指名してもミルコの所に行くからってことで指名が少なくなったんだと思う。」

「逆にいえばそれでも指名してきたってことはミルコに渡りをつけたいか、あるいはそれを差し置いても彼岸の実力を優先した一部ってところか」

 

「確かにお前たちの予想通り、彼岸は数こそ少ないが様々なトップクラスのヒーローから指名が来ている。まぁ本人はいないが」

 

「先生、彼岸さんなにかあったんですか?」

「ケロ。お休みなんて珍しいわ。体育祭の疲れかしら」

 

「いや、彼岸は既に職場体験を行っている」

 

相澤先生のその言葉で、教室の喧騒はピタリと止み、視線でどういうことか相澤先生に問うていた。それはそうだ。なんせ通常であれば職場体験までまだ日が空くはずで、そのためにヒーロー名を考えると先ほど先生自身が言ったのだから。

それを覆すほどの何かがあったのか。

 

「彼岸は現在とある理由で一足早く職場体験中だ。その理由は現状ではこたえ「わーたーしーが、電話を持ってきた!!」……急ぎ、でしょうねオールマイト」

 

相澤先生が麗日さんたちの質問に答えようとしたところで、オールマイトが教室の扉をあけて入ってきた。その手にはヒーローが使っても大丈夫、という丈夫さがウリの携帯電話が握られている。心なしかいつもの笑顔より喜色が多いような?

 

「すまないねイレイザーヘッド。それにA組の皆も。実は急ぎの連絡があったのでね。飯田少年、君宛に電話だ」

 

「ぼ、僕にですか!?急ぎとは……まさか兄に何か!?」

 

驚きのあまり一人称が一度だけ聞いた『僕』という高校入学まで使っていたものに戻ってしまっていることにも気づいてない。

 

「もしもし、天哉です。まさか兄に何か!!」

 

飯田君は勢いよく立ち上がり、その勢いで倒れる椅子にも気をとめずにオールマイトが差し出した通信端末を受け取って話す。流石にフルカウルもなしに電話の声は聞こえない。けど、このクラスで通常時では最も聴覚に優れた耳郎さんだけが電話からの音を拾ったのか、体を揺らしていた。ということは…まさか

 

「……彼岸君、か?何故君が電話を?それに急ぎの連絡とは」

 

やっぱり四季……このタイミングで、飯田君に、しかも授業中に連絡ってことは……まさか。

 

「本当、なのか。兄が、目覚めて……また歩ける?」

 

ガタっとクラス中がその通話内容に釘付けになった。その中で、放心したように飯田君が電話口に語り掛ける。

 

「わかった。すぐに病院に行く。……ありがとう。ありがとう…彼岸君」

 

電話からの声は聞こえない。けれど、飯田君の声とその眼からあふれる涙が四季が為したことを物語っていた。

 

「どうやら上手くいったようだな。飯田、今日は早退していい。早く行ってやれ」

「っはい!!失礼します!!」

 

そう言って飯田君は荷物も持たず、廊下は走らないという規則すら気にとめることなく走りだした。オールマイトはもとより、規律に厳しい相澤先生も今ばかりはそれを見過ごしていた。僕は今思い至った推察を確かめるために二人に声をかけることにした。

 

「先生、あの様子だとまさか四季が?」

「ああ、そうだ。もう知っていると思うが、ヒーローインゲニウムは先日ヴィランから受けた傷で意識不明の重体だった。リカバリーガールですら、本人の体力とケガの状態から考えて命を繋ぐ以上の治療は不可能との診断が出るくらいにな。だが、彼岸の治療ならば治癒の可能性があった。とはいえ、アイツはまだ学生。ヒーロー免許も医師免許も持ってない。だから」

 

「彼岸少年が根津校長、リカバリーガールに頼み込み、二人の連名で国に嘆願書を出し、職場体験中での活動の一環として限定的に個性使用許可をもらった。彼岸少年の癒しもいくつか制約があるらしくてね。その一つがケガをしてからの時間だった。」

 

「時間?彼岸さんの個性って時間が関係あるんですか?」

 

「ふむ、良い質問だ麗日少女。だがそれは私よりも緑谷少年の方が詳しいんじゃないかい?」

 

「はい。四季の個性『春夏秋冬』による治療は生命力を相手に分け与えて傷を癒します。けれど、全ての傷を癒せるわけではないです。生命力をいくら与えても傷を治そうとする体が既に別の形で治ってしまっていたり、傷やダメージが体に馴染んでしまうと元の形に戻そうとする力が弱まってしまって回復がしにくくなるってことでした。つまり四季の回復は傷を負ってからの時間が早ければ早いほど治癒効果が高く、時間に比例して効果が低くなる性質があります。これは四季曰く体の欠損を魂まで刻まれてしまうからで」

 

「うんOK。そこまでだ緑谷少年。君相変わらず分析や解説になるとすっごい早口になるね!」

「す、すみませんオールマイト」

 

「いや話をふったのはこちらだからいいさ。まぁそういうわけで少々強引だが彼岸少年はヒーローミルコの元で職場実習という形をとり、その活動の一環として個性の使用による治療を行った。その結果インゲニウム、つまり飯田少年の兄は無事再起不能のケガを癒すことができたってわけさ。」

 

おおっ!!という歓声がクラスで唱和される。喜び合って隣とハイタッチする人たちもいるほどだ。本当に良かった。けれど疑問は残る。

 

「……オールマイト、四季の治療ではそこまでの治癒力はなかったはずでは?」

「HAHAHA!さすがに一緒に特訓してないね緑谷少年。そうとも。一昨日までの彼では今回の治療は不可能だった!!できて意識を取り戻すまでが限界と彼も状態を伺った時に判断していた。しかーし!彼は!その限界を超えてきた!!

まぁ最も限界を超えた治療を行った反動で、現在は自力で立つのも難しい状態らしい。だが、条件次第では医療系ヒーローのトップクラスであるリカバリーガールを上回る回復術を彼は身に着けた。わかるかい受精卵諸君」

 

オールマイトが彼岸四季と書かれた場所を指し示し、

 

「彼岸四季は先日の体育祭で一年のトップをもぎ取った、のみならずこの2日で更にそれまでの自分を乗り越えた。正にプルスウルトラ!!君たちも指名に浮かれていると更に置いていかれるよ!!」

 

吉報に沸いた教室で誰もが口を引き締め、喉を鳴らした。自分たちの頂点に立った彼は更に先へと歩を進めている。だから、僕らも進まないと。

 

「いい面構えになったじゃないか皆。とはいえ、まずは自分の名前、ヒーロー名を決めなさい。自分がヒーローだと自覚するためにね」

 

「おっし、さくっとヒーロー名つけて、職場体験気合入れてこうぜ!」

「おお彼岸に負けてらんねぇしな!」

「遥か先にいる頂き…追い抜くのみ」

 

クラスメイトたちの気が引き締まったところで、相澤先生からミッドナイト先生へ担当が変わり、ヒーロー名を考えるという普通のクラスにはあり得ない授業が始まった。

 

まぁヒーロー名とは実名を隠す役割であると共に、ヒーローとして在る自分に名付けするということである。だからこれも立派な授業なのだ。

 

とはいえ、できれば事前に言ってもらえれば多少考えることもできただろうに…正直僕はその辺りのセンスはない。けれど適当なものを考えようとすればミッドナイト先生曰く地獄を見るとのことだったし。

 

「この時に付けた名前がそのまま認知されちゃって、そのままヒーロー名になっているというものプロヒーローに有りがちなのよ! 変な名にすればそれだけで自身のイメージが変わることもあるのよ。それに名は体を表すともいうわ。自分が目指す将来のイメージ、それを踏まえて真剣に考えて答えを出しなさい。」

 

「まぁそこらのセンスはミッドナイト先生に査定してもらう。俺はそういうのは向いていない。適材適所だ」

 

そう言い残して、手早く寝袋の中に入り寝てしまった。コレがなければもっとカッコいい先生なのだけど……。

まぁそれはともかく、四季が先に職場実習に行っているってことは

 

「相澤先生、四季はもうヒーロー名を決めたんですか?」

 

「ああ……アイツのヒーロー名は『シキ』。自身の名をそのままってのは珍しいがなくはない。」

 

そう、珍しくはない。

ただ、しかし、それは彼岸四季の場合にあっては違うものだ

 

彼岸四季は、ヒーローを望みながら、ヒーローの卵たちの最先端にいながらにして、未だに彼岸にいるのだとこの教室で僕だけが知っていた。

 

 

 

 

~~side彼岸~~

 

 

俺の個性『春夏秋冬』。その中で春は癒しを司る俺の唯一誇れる個性の使い方だ。

 

だから、それを伸ばした。誰かを癒すために。助けるために。

 

その結果が、俺の手の中に納まる小さな林檎。

それに質量はほとんどない。それに味などあるはずもない。

しかし実体があり、かじりつき、己の身の内に取り込むこともできる。

そのための形。それだけのための形だ。

 

黄金の林檎。

 

それこそは癒しの具現。生命力と呼ぶ力を形にした、『曼珠沙華』と名付けた技の応用。

違うのは形作った器に込めたのが、全てを焼く暴虐ではなく、安らぎを生む癒しだったというだけだ。

形とて林檎である必要はない。ただ食す、己の中に取り込み、一部と為すために食物という形が最も認識しやすかっただけであり、林檎になったのはただのイメージだ。

 

黄金の林檎はいくつかの神話では不老不死の源と呼ばれる。

 

そんな薄っぺらいイメージがあったためこんな色と形を象ったのだ。意味などあってないようなものだ。

ただし効力は現在の自分にできる癒しの力でも最も高い。これは外から生命力を流し込むだけでは癒せない傷も癒すことができる能力がある。それと併用して外部から癒しの力を流し込めば、たとえ致命傷でも負った瀕死の重体であっても、その傷を負った直後ならば完全に癒すことができるだけの手ごたえを感じた。

 

その代わりにこの林檎を作り出すために使う生命力は膨大で、これを作り、かつ癒しの能力を併用した後では丸一日以上は戦闘不能になるだろう。現在自力で立つことさえままならず、飯田に連絡をした後はベッドに運んでもらい、死体のようにぴくりとも動けずにいる。

 

つまりは燃費が悪く、多用はできない。一日に救うことができるのは最も近くにいる一人だけだ。

 

それでもクラスメイトの兄を癒すことくらいはできた。一人の命を救いあげるくらいはできたのだ。

 

良いこと、だろう。

以前はできなかったことができるようになった。それも人の命を、その未来を守れた。

間違いなく善行で、己が理想とするヒーローの行いとしてなんら恥じ入ることもない。

 

だから今はこの脱力感に任せて眠りに落ちよう。()は間違いなく、誰かを救えたのだから。

 

 

———本当に?

 

だが疑念が眠ろうとする己の肩をつかんで引きずりだす。

 

———本当に、私は彼を救えたのか?

 

私が、俺に問うている。

 

———また彼はヒーローへと戻るだろう。君のおかげで。君のせいで。

 

いいことじゃないか。

 

———ただの癒しだけでよかったはずだ。それだけでも目を覚ますことができた。

 

彼は彼が思い描く明日を生きていける。それのどこがいけない。

 

———そうして、また死ぬ。わかっているだろう。世間のいうヒーローとはそういうものだ。

 

自身を危険にさらしても人を助ける。それの何が悪い。

 

———つまりは、お前はまだ死ぬな。生きて他人の贄になれとそう彼に言ったのだ。

 

違う。

 

———違わない。哀れなものだ。自己犠牲しかできない英雄も、他者犠牲しかできない敵も、傍観と諦観しかない民衆も、全て哀れなものでしかない。

 

それでも美しいものはある。

 

———それに、何の意味がある。変わりはしない。この世は変わらない。『個性』という劇薬ですら、人の本性は変えることなどできなかったのだから。

 

…それでも

 

———何度繰り返しても人は元始から何も変わらない。『それでも』『いつかは』などと、重いものを次代に託すなよ。それは詭弁だ。そんないつかは、永遠に来ない。唯一の救いがあるのならば、それは————

 

己の内から湧き上がる声を遮るように、携帯電話が鳴る。不意の連絡に跳ね上がる鼓動とは裏腹にひどい倦怠感で枕元の電話を取るのも億劫だ。

辛うじて腕を動かして携帯を取ると電話ではなく短い文章だけが画面に映っていた。差出人は緑谷出久。

 

そこに書かれた文字は彼のヒーロー名が決まったという報告とその名前だけの簡潔な内容。

しかし、そこに書かれた文字だけで彼の真意はくみ取れた。

 

ヒーロー名『ロンゴミニアド』

 

彼が得意とする槍。遥か遠い昔、それこそ神話や伝説に謳われる有名な槍の一つ。

英雄譚や神話に置いて神々や精霊の祝福を受けたとされる聖なる槍。

———或いは神や救世主に向けられる槍と同一視されるモノでもある。

 

「くっはは、ははははは!」

 

いつか、終わりは来る。

偉大な英雄も、地獄で笑う巨悪にも、見知った誰かも、見知らぬ誰かも、全てにいつか終わりは来る。

 

例えこの身がいかに生命力を巧みに操ろうとも、例え黄金の林檎を食んだ(不老不死を得た)としても、本物の永遠はこの世界にはないのだ。いつかの時は当然のようにいつか来る。

 

その『いつか』はそんなに遠くはない。

 

俺は安堵の息を吐き出すと共に今度こそ睡魔にその身を任せて眠りに落ちた。

 

 

 




ロンゴミニアド
アーサー王伝説の所説で登場する槍。
なお救世主や神を殺す槍というのは俗説である。

俗説とは、世間に広まるデマであるが、しかし世間から認識されたモノである。



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第51話 次代の希望


原作が終章に突入していますね。

原作デク君は精神的に疲弊しておりますが、こちらの出久君はそんなことはありません。たぶん!




 

 

~~side緑谷~~

 

 

「ここは……」

 

自分が今立っているのは草木が一本もない荒野。

正に枯れ果てたという表現が適切な大地が視界の全てに広がっている。

空は黒い雲に覆われ陽の光はなく、僕が見えている範囲は100mほど先まででそこから先はまるで何もないかのように黒く塗りつぶされている。

 

いや、これはおかしい。

段々と暗くなっているのではなく、黒い壁がそこにある、あるいは世界がこの半径100m程度の円の中しかないような、そんな世界は現実にはまず存在しない。

 

そもそも僕は明日からの職場実習に備えて眠りについていたはずだ。

 

ならばこれは、夢の中か。

それにしては鮮明すぎる。大地の感触も脚にかかる自身の重みも……いや、なんだこの体。両足と利き腕はある。だが左腕と胴体が半分以上黒い霧のようなモノで覆われている。感覚はあるのに、動かせないしそこだけ何も感じない。この状態は明らかに異常だ。

 

「これは……まさか」

 

知っている。似ている。

この感覚、この景色は、そうだ。黒鞭や浮遊を使えるようになる前と同じ。

 

『凄いな。まだ継承して僅か3ヶ月足らず。それなのに既に体が個性に順応し始めている』

 

不意に聞こえた声に振り返ると、そこに彼らがいた。

 

間違えようもない。例え半分がまだ黒いモヤに隠れていようとも、間違えるはずもない。

 

OFA(ワンフォーオール)の先代方、ですね」

 

僕の問いに、8人の先頭に立っていた白髪で目元が見えない青年は嬉しそうに口元を綻ばせた。

 

『そうだよ。全員揃って話すのは初めてかな。僕が初代OFA(ワンフォーオール)所有者。改めてはじめましてだ。9代目……いやロンゴミニアド、の方がいいかな』

 

「ヒーロー名でも緑谷でも出久でも構いません。全て僕ですから。はじめまして初代……お名前を伺ってもよろしいですか?」

 

『それではロンゴミニアドと。それと名前だけれど…ごめんね。僕は話すことはできない。僕は……巨悪の弟だからね』

 

「巨悪……USJ襲撃の時に最後にオールマイトと相対した男ですね」

 

まだ耳に残っている。あの日、USJで脳無を倒し、四季が死柄木弔を蹴り倒そうとした時に黒い霧の向こうから聞こえた、命を何とも思っていないような軽さにタールを煮詰めたような黒く粘りつくような響きを持つ声。

 

人の悪意が黒い霧の向こうに確かにいた。

 

『そうだ。もう僕らが、OFA(ワンフォーオール)が何と戦ってきたのかは聞いたね。その始まりの話、どうやってこの個性が出来たのかも、何のためにあるのかも。そして、僕があの男の弟であることも。』

 

「はい。先日オールマイトから知っていることは全て聞きました」

 

体育祭が終わった次の日、オールマイトは夜の浜辺で全てを話してくれた。

この個性の原点、対峙する巨悪、自身の師匠の死、がむしゃらに駆け抜けてきた日々と戦いの記憶、そして平和の象徴として立ち、巨悪を打ち砕いた6年前の決戦のことも。

 

同時に知ることになった。その巨悪が滅びておらず、ヴィラン連合という組織の裏にいるということも。それを自分が討ち果たすあの人の覚悟も。

 

「オールマイトは、師匠は自分で奴と…オールフォーワンと決着をつけるようです。けれど、それは、きっと違う。」

 

だってそうだろう。オールマイトは既に戦った。戦ってきた。オールフォーワンだけではない。彼は数多のヴィランと、人知が及ばぬ天災と、そして敵とすらいえない世論とすら戦い続け、平和の時代を築き上げた、平和の象徴。

 

それが、どれほどの偉業か、彼が作ってくれた時代に生きた自分には想像もできない。

 

彼がいたからこそ、多くの命が救われた。直接的にも、間接的にも、彼が救った命がどれほどなのか測ることもできないだろう。

 

「あの人は十分に戦った。もう十分過ぎるほどに戦った。」

 

そう、だから

 

「だから、次は僕が、行く!」

 

握りしめた拳に力を込めて言い放った。

 

『……一応言っておくけれど、君がもらったこの個性は祝福じゃない。呪いだ。既に特異点は過ぎ去った。君がこの個性を持ち、あの男がこの世界に存在するかぎり、君の人生は地獄のようなものになる。』

 

初代が、5代目が、7代目が、未だ影に隠れて人型としてしかわからない他の全ての先人たちが、オールマイトのような影すらも僕に視線を向けているのが分かった。

 

『この先は悪鬼羅刹すらも恐れる地獄だ。それでも行くか?』

 

まだ名も知らない、逆立った金髪に鋭い視線の先代が問うてくる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『この先に後戻りはない。そして希望すらもないかもしれないよ』

 

七代目、志村奈々さんが心配そうに言ってくる。

 

「未来はそれまでの過去の積み重ねの結果だ。今を必死に積み重ねれば変えられる。」

 

 

 

『————君は、英雄にはなれない。それでも、行くか』

 

 

 

初代が確認するように声をかけてくる。

わかっている。これは最後通告だ。

超常黎明期、混乱と混沌が支配した時代に生きた全ての先人たちがそう言うのだ。

ここから先は地獄であり、後戻りの道はなく、僕は英雄にはなれないのだろう。

 

ああ、少しだけ懐かしい。昔も似たようなこと言われた。

 

それでも、もう決めているんだ。

 

 

 

「行きます。そう生きると僕が決めた時から、道は一つだ。」

 

 

 

 

そう、道は一つだ。例え個性がなくとも、誰に何も言われようとも、例えそれが他の誰にもヒーローと呼ばれなくとも、僕は僕が思い描いたヒーローになる。それは、それだけはもう変わらない。

 

『ああ……君で良かった。僕は、僕たちは君と行こう。』

 

その言葉と同時に意識が薄れていく感覚がある。

わかる。この夢から、この世界から離れるのだ。

しかし、これは夢であってもただの夢ではない。薄れゆく意識の中で、初代が、他の先代継承者たちが掌をこちらに向け、笑みを浮かべた姿を最後にしかとこの眼に焼き付けた。

 

そう、次は僕だ。

 

僕が、今の時代を、そして次の世代を守るヒーローになる。

 

 

そうして僕は夢から目覚めた。

 

思わず布団を吹き飛ばすように上半身を起き上がらせて開けた視界に映るのは見慣れた自分の部屋だ。

筋トレをするためのベンチや用具類、幼い日に壁に貼り付けたオールマイトのポスター、パソコンデスクに横に添えつけられた書棚。それだけしかない自分の部屋だ。

 

「夢……いやあれは『個性』が見せた現実」

 

口に出して確認する。間違いなくこの個性の中に先代継承者たちはいる。『黒鞭』と『浮遊』の個性がそれを証明している。だからこそ、先ほどの夢もまた現実と変わりない事実だ。

 

決意を新たにして、僕は出発の準備を行い手早く朝食をとって家を出た。時間にはまだ余裕はあるが、今日から職場体験だ。つまりは雄英高校に行くわけではないのだ。長旅になるので不慮の事態に備えて早めに現地に到着しておかなければ。

 

「っと、しまった。母さん。行ってきます」

 

玄関からそれだけ言って改めて駆け足気味に家を出た。

もちろん、行ってらっしゃいの言葉は聞こえなかった。

 

聴いている暇もないのだ。

 

この道を行くと決めたのだから。

 

 

 

 

~~side 轟 焦凍~~

 

「それで、話ってのはなんだ親父。それに母さんまで」

 

明日から職場体験のため1週間ほどは事務所での寝泊まりとなる。その準備を行い早めに就寝しようとしていた時に親父は家に帰ってきた。それも母さんを伴ってだ。

二人だけじゃない。姉さんも夏兄も一緒に全員そろって居間で話を聞くことになった。

 

何の話かはわからないが、ただの世間話ではないだろう。少しだけ重い空気の中、まずは親父が口を開く。

 

「話というのは、焦凍、お前の友人であり、この家族の恩人であり……そしてかつて罪人でもあったあの男…彼岸シキについてだ。」

 

そんな爆弾発言を、俺の眼を見て言い切った。

 

「罪人…だと?四季が?」

 

「そうだ。彼の名誉のために言っておくが、これは彼の罪とは言えん。時代が、彼を求めたとでも言うべきなのだろう。」

 

そうして聞かされたのは、身の毛がよだつような、人という種の成れの果ての物語。

人の善性、人の望み、人の救い、その全ての思いの欠片を束ねた末。

かつて彼岸四季が経験した、アイツの半生だった。

 

「…何故、こんな話をした」

 

話し終えた後に俺が口にできたのはそれくらいだった。

兄や姉も詳しいアイツの経緯までは知らなかったようで絶句したままだ。

 

ただ母さんだけは知っていたようで、涙をあふれさせながらも粛々と話を聞いていた。

 

「お前が、彼を友と言ったからだ。」

 

そして全てを話した親父は見たことがないほどに真っすぐな眼をしてこちらに言葉を放ってきた。

 

「彼にも友人はいる。緑谷君のような友人がな。だが、体育祭を見た限り、そして俺が知っている限りではあるが、彼はあまりにもヒーロー的だ。正義の味方、といってもいいかもしれん。」

 

無論、それが悪いわけじゃない。と前置きをおいて、

 

「だが、正義だけでは救えない者もいる。正義では救えない、救うというその前提からして違う者すらいる。そして彼はそういう類の人間だ。そんな彼の傍にいるのであれば、友人でありたいと思うのであれば、知っておく必要があった。」

 

親父のそれはヒーローとしての眼じゃない。わかっていた。わかってしまった。その眼はただただこちらを心配する、父親の眼だった。

 

「ありがとう親父。でも大丈夫だ。」

 

衝撃的だったのは事実だ。予想よりもこの世界が醜いということもわかってしまった。

たかが15の小僧が背負うにはあまりに重い事実だ。それでも、

 

『俺にお前は救えない。だけどガキの癇癪にくらいには全力で付き合ってやる。』

 

そう言いながら、ヒーローでないと言いながら、それでも俺を、家族を助けてくれたあの男の顛末を黙って見ていられるほどに俺は達観してもいなければ、傍観できるほどに人を捨てちゃいない。

 

「俺にアイツは救えないかもしれない。けど、ガキの癇癪にくらい付き合うさ。」

 

そう言った俺に家族みんなが驚いたように視線を向ける。俺は少しだけそれが可笑しくて、そして俺の脳裏に頼もしい奴が、信頼できる連中が笑顔を向けていた。

 

「それにな親父。俺に救えなくても、俺たちなら救えるかもしれねぇ。」

 

運命なんて、鼻で笑って蹴とばしてやる。俺が、俺たちがそうさせる。

 

きっとまだ、未来は白紙だ。

 

 

 

 

 

~~side どこかの二人~~

 

 

「一度、アンタと話してみたかったんだ」

 

「生憎と俺はお前と話したいことなんてないな」

 

「つれないな。けど、そりゃそうだ。なんせまだ会うのは二回目だしな」

 

ケラケラと心底楽しそうに笑う男がいた。

苛立ちを隠しきれない様子の男がいた。

 

そんな二人が一つのベンチに腰掛けて、互いを視ずに、しかし確かに話をしている光景は奇妙ではあるが、周囲の人々はそんな些細なことに気を留めることもなく通り過ぎていく。

 

「まぁぐだぐだ言うのは苦手だからさっさと話すか。アンタさ、こっちに来ないか?」

「寝言を寝ないで言っている奴を見るのは初めてだな」

「即答だなオイ。予想通りで何よりだ」

 

だけど、と前置きして

 

「アンタ、この光景がどう見えてる?」

「……一言でいうなら平和、だろう。面白い回答を期待するなよ。俺にそんなセンスを求められても困るし、お前を楽しませるつもりもない。」

「いや、十分楽しいぜ。なんせ、アンタこの平和ってのが好きじゃないだろう?」

 

少しだけ、苛立っていた男の肩が震えた。それは怒りか、それとも他の何かか。

 

「俺にもこの光景は平和に見えるぜ?平和、平和、平和、結構なことだ。どいつもこいつも自分の人生に疑問なんてないように何事もなく生きている。今日の飯の心配をしなくていい。雨風を凌ぐ場所を探さなくていい。」

 

一息ついて、初めて笑っていた男は隣の男を見て言った。

 

「今にも終わりそうな命の心配をしないでいい。平和ってすげぇよな。自分が死ぬことすら死ぬ前になるまで忘れられるんだぜ?」

 

「……大概の人間はそうだ。死ぬことを考えて生きる奴なんていない」

 

「じゃあアンタはその大概から外れているってことだ。」

 

「何が言いたい」

 

「ああ、そうだな。俺らしくもなく回りくどくなっちまった。結局聞きたいことは一つなんだ。」

 

——アンタさ、こっち側の方が楽なんじゃないか?

 

「……お前が何を言っているのか一つもわからない」

 

「おいおい嘘をつくなよ。ヴィランってのは奪う者だ。金を、尊厳を、時間を、権利を、命を、相手の幸せな何かを奪って自分が幸せになりたいって奴らだ。アンタ、誰かにいつも何かを与えているみたいだけど、奪っている時の方がずっと生き生きとしてたぜ?」

 

「黙れ」

 

初めて笑っていない男が見せる表情は、怒りではない。敵意でもない。

 

「殺すぞ死柄木 弔」

 

ただただ純粋な、殺意。

 

「ああ、そうなったら敵わない。ここらでお暇するぜ。」

 

言葉と同時に二人の間に黒い霞が現れ、死柄木の体を包んでいく。

 

「約束通り、捕らえていた民間人は返すよ。約束は守る方なんでな」

 

消えていく死柄木と反対から出てくるのは二人の男女。それをもう一人の男が両手を受け止める。息はある。外傷もないことを確認する。

別に受けとめた男からすれば何の関係もない二人であるが、いつでも殺せるように目の前で攫われた。それだけで男は相手の言うことを聴かねばならなかった。

 

何故なら、それがヒーローだから。

 

「窮屈だろ、ソレ」

 

そしてヴィランは、死柄木 弔は相手の男を心底楽しそうに笑って言い残す。

 

「捨てたら来いよ、彼岸 シキ?」

 

 

それをただ聴きながら、そこに立つことしかできない男は、どこまでも感情のない瞳で既に誰もいなくなった場所を見ていた。

 

彼岸四季の職場体験、激動の最終日の始まりにして他の雄英一年生たちの職場体験初日の一幕である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





補足として、オリ主である彼岸は飯田君の兄を治すために一足早く職場体験に入っているため他の一年生よりも早く職場体験を終わります。原作と日程が違う、など矛盾はありますが、オリ設定ということでお願いします。

なお次回からオリ展開がまた徐々に増えていきます。ご了承ください。


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第52話 炎点火


今回はオリ主とミルコの職場体験の全国行脚の予定でしたが、まとまりが悪くなったため、みんなの職場体験出発編となりました。

オリ主の職場体験はダイジェスト形式でお送りする予定です。

なお、タイトルは誤字ではありません。

row様、誤字報告ありがとうございます。




 

 

職場体験初日、僕たちヒーロー科1年A組はほぼ全員がそれぞれの職場体験に赴くために雄英高校の近隣にある駅に集合していた。

 

その手には各々の荷物、そしてヒーローコスチュームが入ったバックが握られていた。コレを着て職場体験に臨むということは外部の人々からはヒーローとして見られるということ。先日のヒーロー名を決めたことも含めて皆の顔立ちもいつもより引き締まって見えた。

 

 

「それではこれより職場体験を実施する。体験とはいえ、ヒーローを志す者として恥ずかしくない行動を取ること。そしてくれぐれも先方に失礼のないように。わかっているな?」

 

「「「「「はい」」」」」」

 

「ふむ…気合が入っているのはいいが、軽々に個性を使用するなよ。個性の使用は原則として禁止している。彼岸の場合はあくまで特別措置であることを忘れるな。お前たちはまだ卵だ。いいか、今回の目的はあくまで体験だ。それを忘れるな」

 

些か気合が入りすぎていたのを見通したのか、相澤先生から言われて幾人かは知らず張っていた肩ひじを下した。四季が意識不明であったインゲニウムを個性で治療したという話からまだ1週間、知らず知らずのうちに気負っていた者も多かったのだろう。

 

もちろん人のことは言えないのだけれど。

 

そうしてみんながそれぞれの職場に出発する。

 

焦凍くん(ヒーロー名 ショート)はヒーローとしての姿を学ぶために№2ヒーローであり、自身の親でもあるエンデヴァーのところへ。また八百万さん(ヒーロー名 クリエティ)もエンデヴァーから指名が来ていたため、そちらに行くらしい。正直後者は意外ではあったが、彼女が体育祭で焦凍くん相手に善戦していた。その結果と彼女の個性の万能性を鑑みれば指名が来てもおかしくはないかもしれない。

 

その他にも常闇君(ヒーロー名 ツクヨミ)は10代でヒーローランキングトップ10入りを果たした速すぎる男と呼ばれる№3ヒーロー、ホークスの事務所に指名が来ていた。彼は体育祭で決勝トーナメントにこそ出場できなかったがその『個性』の有用性、発展性はA組でも指折りだ。しかし体育祭で結果を出せなかったのは事実。今回の職場体験で上位陣との差を埋める何かを得るために目を鋭くして気合いが入っているようだった。

 

他にも有名なヒーローに指名された人達もいる。

 

勝己(ヒーロー名 不明…爆殺王などしか言わなかったため決まっていない)は№4ヒーロー、ベストジーニストの事務所に行くらしい。

ベストジーニストはファッションが有名になりがちだが、その実はヒーローとしての在り方に対して紳士かつ厳格な、正に折り目正しいヒーローだ。正直なところ、勝己に合うとは思えないが…何かしら思うところがあるのかもしれない。

そういえばB組の拳藤さん(ヒーロー名 バトルフィスト)もベストジーニストの事務所だ。体育祭からやや周囲への態度が軟化したとはいえ、勝己の粗暴な言動が矯正されたわけではない。迷惑をかけるかもしれないので一応勝己の昔馴染みとして先日彼女には挨拶に行った際には彼女は笑って『あいつなら大丈夫。私に任せておいて』と男前な発言をしていた。まぁベストジーニストほどの実力者なら何かあっても大丈夫だろうし、体育祭で勝己とチームプレイをした彼女がいれば何とかなるだろう。あるいはそういうところまで見て二人を指名したのかな?

 

しかしこうして考えると凄いことだ。なんせ半年前の自分たちでは手が届かない、テレビの中にいたトップヒーローの元で学べる機会を得たのだから。雄英体育祭はお祭り、悪い言い方をすれば見世物のような意味合いもあるが、こうしてトップクラスのヒーロー達から指名をもらえているという点では確かに意味あるものだったのだろう。

 

ただそんな機会に恵まれておきながら、別の事務所を選んだ人もいる。

 

その際たる人は、飯田君(ヒーロー名 インゲニウム・セカンド)だ。

 

他のクラスメイトやB組の人達も自分の個性にあった事務所か、或いは麗日さん(ヒーロー名 ウラビティ)のように自分に足りない近接戦闘の技術を学ぶといった明確な目的があって事務所を選んでいる。

 

けれど彼が選んだのはノーマルヒーロー マニュアルの事務所だ。

 

マニュアル事務所がヒーローとして悪いというわけではない。むしろヒーロービルボードチャートでも300位前後に名前を連ねる優秀なヒーローだ。その名も『多くのヒーローの規範となる』という立派なものだと聞く。しかし飯田君には300以上の指名が来ていた。その中には更に上位の事務所やそれこそ彼の兄であるインゲニウムが率いる事務所『チーム韋駄天』からの誘いもあった。確かにインゲニウムこそまだ入院中だけれど、彼のスピードについていける優秀なサイドキックたちがいる事務所だ。確実に自分の実力を伸ばすノウハウもあるため自分を育てるための環境としてはそちらが良かったはずだ。けれどそれをそこからマニュアルを指名した理由は、おそらくは一つ。

 

だから僕は飯田君に声をかけようとして

 

「「飯田(くん)!」」

 

同時に彼に声をかけた焦凍くんと声が重なった。お互いに目を見合わせ、言いたいことは同じかと目線で確かめ合ってから再度飯田君に声をかけた。

 

「飯田君、僕たちはまだヒーローの卵だ。無理はしちゃダメだよ」

「なんかあれば連絡をくれ。実習先が離れているから駆けつけることは出来ねぇがヒーローたちのネットワークを通じて何かできるかもしれねぇ」

 

「………そうか、そうだな。すまない二人とも。大丈夫だ。俺は兄が不在の保須市を守るためにマニュアルさんのところに行く。それだけだから。」

 

「それだけなら、韋駄天で良かったはずだろ」

 

「っ………兄を欠いて大変な事務所にヒーロー科の職場体験で負担などかけたくはないだけだ。」

 

「……もう一度言うよ飯田君。無理はしないでほしい。」

 

「…ああ。ありがとう二人とも。」

 

そう言って歩いていく後ろ姿を僕と焦凍君は言い知れぬ不安を抱えたまま見送った。

 

そうする間に常闇君も勝己も、他の皆もそれぞれ出発し、残されたのは出発時間が一番遅い僕、麗日さん、焦凍君、八百万さん、それに出発時間がない耳郎さんだった。

 

「耳郎、先方から何か連絡はあったか?」

 

「…連絡はないです。場所と時間はここで問題ないって話だったんですけど…」

 

 

先ほどからしきりに視線を周囲に向けていた耳郎さん(ヒーロー名 イヤホンジャック)は手元の携帯端末を見てため息を吐くように先生に返した。

 

彼女は今日からラビットヒーロー、ミルコのところで職場体験の予定なのだが、ヒーローミルコは固定した事務所を持たない。連絡先はあるが、基本的にこの国を東奔西走しながらヴィランを倒していくという何とも自由奔放なヒーローなのだ。だからこそ彼女は待ち合わせ場所がこの駅ということだけしか知らない。

 

肝心の待ち合わせ時間はすでに30分以上過ぎている。

 

「緑谷、お前からミルコに連絡取れないのか?」

 

「連絡はしたけど返信がない。メッセージに既読もつかない。けれどルミさん…ラビットヒーローミルコがヒーロー専用回線で繋いである携帯端末の音や振動を察知しないなんてことはないよ」

 

そう、ミルコは耳郎さん同様、あるいはそれ以上に耳が良い。彼女が自身の身に着けているものの音すら拾えないなんてことはありえない。

 

ならば考えられるのは……彼女の性格を考えれば2つ。1つは、

 

「何らかの事件に遭遇した、あるいは対処中ということでしょうか。それもトップクラスのヒーローが連絡も返せないくらいに火急な案件、かもしれませんわね」

 

僕の考えを代弁するかのように八百万さんが呟く。おそらくは皆はその選択肢しか思いつかなかったのか、一様に顔を曇らせた。

 

「……場合によっては職場体験は延期か、あるいは中止もある。その時は雄英から別の課題を出す。」

 

相澤先生の言葉に耳郎さんの表情は更に曇る。それはきっと職場体験とは別のことを考えているのだろう。ミルコが事件に遭遇しているということは、四季もまた事件の渦中にいるということだから。

 

「心配しないで耳郎さん。四季は強い。もちろんミルコはそれ以上に。だから大丈夫」

 

「ホントに?」

 

「え?」

 

「ホントに、大丈夫だって言えんの?だってアイツいつも無茶ばかりしてるじゃん」

 

「……よく見てるね耳郎さん。」

 

「見てるのは緑谷と変わらないよ。ウチは、聴いてるの。」

 

「きいている?」

 

「呼吸、心音、内臓や骨の軋む声、血流、人が出す音は嘘をつけないものもあるの。四季って表情を隠すのは上手いけど、感情には結構波がある。それを音で拾ってる。そうしないとアイツ無茶ばかりやらかして………壊れてしまいそうだから。」

 

「まぁ、それが四季だからね。でもそっか。ちょっと安心した」

 

本当によく視てくれてる。そこは安心、だけど……耳郎さんて、結構愛が重いタイプ?まぁ四季にはそれでも足りないくらいだけど、重石にはなるのかな。

 

「安心したって、何が?」

 

「何でもないよ。それより耳郎さん、周りに注意」

 

「え?なに…か」

 

彼女が振り返った先にあったのきっと白。そしてそこから伸びる日焼けしたような肌と勝気な心情を隠す気もない表情と、ピンと天を突くように立った白い耳。間違えようもない。

 

「やっぱりお前耳が良いな。慣れない指名をしてみて正解だったか」

 

耳郎さんの職場体験先にして、四季の義姉、ラビットヒーローミルコが音もなくその場所に立っていた。

 

「遅れて悪かったな耳郎響香。ちょっと今朝いろいろあってその処理に手間取ってた。だから遅れることはわかってたんだが…ついでにアンタをテストさせてもらった。」

 

「え?」

 

まぁ、こういう突拍子もないことを平然とやるのも、ヒーローミルコの特徴で、先ほど僕が考えた可能性の一つである。

 

「おはようございますルミさん。いえ、ヒーローミルコ。それでテストはいかがですか?」

 

「おう出久。相変わらず礼儀正しい奴だな。テスト結果はもちろん決まってるだろ」

 

ビシっと擬音が付きそうなほどに高々と親指を天に向けて満面の笑みを浮かべて、

 

「せっかくいい耳持ってんのにアタシが近づくことに気づけなかった。つまり不合格だ。」

 

悪びれることなくそういい放つ様子はテレビで見たままのヒーローミルコ。天真爛漫にして、天衣無縫。己の心のままに進み、そしてヒーローへと至ったのが彼女だと僕は思っている。

 

「え!?ちょ、ということはウチ、職場体験中止、ですか?」

 

「ああ?何言ってんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。んで足りてねぇってことは困ってるってことだ。困ってるやつを見過ごすヒーローがいるわけねぇだろ。」

 

そして、その心が常にたくさんの人を笑顔にするために向けられているのが、彼女のヒーロー足る所以だ。

 

「だいたい最初っから合格してんなら、アタシのところで職場体験する意味なんてねぇ。ようこそ、ヒーローミルコの職場体験へ!死ぬほど鍛えてやるから全力でついてこいイヤホンジャック」

 

「は、はい!」

 

勝気な笑みを浮かべてヒーローは卵を出迎えた。

 

 

 

「嵐のような人やったね…」

「……まぁ何もなかったのならそれが一番ですわ」

 

「いや、何かはあったんだろう?」

「そうだね。テストも本気だっただろうけど、その前にトラブルはあったはずだよ。だって四季が来てなかった。」

 

何かしらのトラブルがあったとみるべきだろう。つまりはさっき僕が考えた可能性は二つとも正解が正しい答えなのだろう。一緒に来なかったということは四季はまだその案件にかかっているか先に現地に行かせている、というところだろうか。

 

「とりあえず、みんな職場体験できそうで良かった、でいいのかな」

「いいと思うよ。まぁどこも一筋縄ではいかないものになりそうだけどね。麗日さんも頑張ってきて。近接戦闘は一朝一夕ですぐに上がるものじゃないけど、プロの指導は実になるよ。ほら、僕や四季がそうだしね」

 

「うん!ありがと緑谷君」

 

「焦凍くん、八百万さんも気を付けて。」

 

「お前もな出久。」「お気をつけて緑谷さん」

 

 

残る三人に声をかけた後、僕も自分が実習する場所に行くために新幹線に乗り込んだ。

僕の実習先のヒーローはグラントリノ。

他にも多くの指名をもらっていたが、ここに決めた大きな理由はグラントリノというヒーローが実はオールマイトが学生時代に指導を受け、オールマイトの師匠の相棒を担っていたという理由からだった。

残念ながら最近は目立ったヒーロー活動をしていないのか、僕が調べられる範囲では彼の情報が見つからなかった。

オールマイトからは大変厳しい指導を受けたがおかげで実践に近い訓練ができたこと、そしてオールマイトの師匠、つまり七代目の『浮遊』の個性とバディを組めるほどに空中戦に長けた個性を持っていることを聴いている。

今の僕に必要なのはOFAの超パワーを使いこなすことだけではない。自分の戦闘技術を他の個性と結び付け、新たな戦闘スタイルを確立することが最優先事項だ。パワーは一朝一夕で見に付くものではない。技術もまた然り。しかし技術を磨くためには一つ効率的なやり方がある。それは、先人の教唆を受けて訓練することだ。

 

その点、グラントリノは七代目の戦い方を知っている元相棒。浮遊と超パワーの組み合わせの戦闘方法を理解しており、それに対応した動きができていたということだ。断らない理由はなかった。

 

そうして意気揚々とグラントリノの自宅兼事務所、というにはあまりに古ぼけた、廃墟やスラムの様相を見せる建物の前に到着したはいいが、ノックをしようが誰も出てこず、連絡先として教えられた電話を掛けるがつながらない。仕方なくドアノブを試しに回してみるとドアが開き、

 

「っ!大丈夫ですか!?」

 

その先には床に赤い液体をまき散らして横たわる老人がいた。

反射的に踏み込み、しかし床に水たまりのように溢れたはずの血から匂いがないことに気づき、足を止めて同時に両手を持ち上げた瞬間、衝撃が頭蓋に響いた。

 

「ほぉ!この奇襲を防ぐか。やるじゃないの」

 

確かに頭に衝撃はあったが、とっさに上げた腕は目の前の老人が跳ね上がると同時に繰り出してきた蹴り足の直撃を防ぎ、体に染み込まれた条件反射で老人の眼前まで拳を突き出していた。

その拳を止められたのは先ほどの襲撃に敵意や殺意といったものを感じることがなかったからだ。

 

そして一連の行動の鋭さとオールマイトに聞いていた容姿、『個性』から目の前の相手が誰かもわかった。

 

「はじめましてグラントリノ、でよろしかったでしょうか?」

 

「ああ。俺がグラントリノだ。それで、君は誰だ?」

 

「僕はOFA(ワンフォーオール)の九代目、ヒーロー ロンゴミニアドです。」

 

「即答!なかなか肝が据わった後継者だ。こりゃすぐに実戦に入っても問題なさそうだな」

 

愉快そうに笑う古豪のヒーロー グラントリノ。彼の下での職場体験という名の訓練はこうして始まった。

 

しかし、その時はまだ知らなかった。この時、別の場所で彼等に起きていた事件のことを。

 

 

 

 

~~同刻、保栖市~~

 

分厚い雨雲で太陽光が遮られた暗い路地裏で、青い太陽が大地を燃やし、空を焼いていた。

 

「テメェを焼き殺してやれば、アイツ等の愉快な面が拝めるだろうなぁ」

「アイツ等ってのがどこの誰のことかわからないが……アンタじゃ無理だ」

 

相対するのは赤い鬼。迫りくる青い炎を腕に一振りで引き裂き、蹴り一つで空を割く暴君。

 

「ぶっ殺してやるよ彼岸四季」

「そういうことは、殺した後に言うんだよ三下」

 

炎、点火。

 





本作は轟家には優しい仕様に………たぶんなっています。

ちなみに本編が何となくどんな終わりになるのか、考察されている方の中で「あっ自分の小説の結末そのままやん」と思った内容があったので先に書いておきますが、

・原作の雄英1年では爆豪、轟、緑谷については実は既に結末が決まっています。
・原作でいるかもしれないという内通者については、生徒の中にいるという前提で書いております。

この件につきましては、全容が明らかになる前にはタグに注意書きを書く予定ですので、ご了承ください。

ちなみに、麗日さんが緑谷くん呼びなのは仕様です。原作と違い、『デク』呼びはなくなってますので、あだ名で呼んでません。下の名前で呼ぶほどにはまだ親密でもありません。



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第53話 炎に薪をくべるがごとく

寒さに打ちひしがれる時、あなたは炎に薪をくべるでしょう。

その灯はあなたの姿を照らすでしょう。

その熱はあなたの体を温めるでしょう。

それが例えどんな醜い姿だとしても。

それが例えあなた自身を焼くとしても。

炎に罪はありません。

薪をくべるその手に罪が宿るのです。



彼岸四季の職場体験は順調だった。

 

 

体験初日に雄英体育祭で会得した『曼珠沙華』を応用した回復術、『黄泉(ヨミ)の果実』の生成。ヒーローインゲニウムの神経切断及び部位欠損の再生治療をもって、その性能は確証された。

 

もちろんどんな傷でも全治できるほどの万能性はないが、おそらくは傷を負う現場、つまりは最前線にいれば即死でないかぎりは命を繋ぐことはできる。

 

それは彼岸四季にとっては間違いなく朗報であった。

 

たとえ『黄泉(ヨミ)の果実』を作り出す際にあまりの生命力が枯渇し、行動不能になるほどに消耗するとしても、傷つくアイツを救えるかもしれない、という希望が見えたのは確かだ。

 

他人で治験を行ってしまったのは申し訳ないと思ってはいたが結果で勘弁してもらおう。

 

彼の感想としてはそんなものだ。そんなものに落ち着いた。

 

インゲニウムの治療から彼の状態を診るためと四季自身の体調を戻すためにしばしの休暇を挟んで職場体験を再開し、新しく作り出したその個性を遺憾なく発揮することになった。彼の義姉、ヒーローミルコが治療のためにと許可された職場体験中の限定の『個性使用許可』を使って、彼に随伴を許可したためだ。

 

ミルコは最前線で生きるヒーローである。つまりはヴィランと拳を交え、刀剣をかき分け、弾丸を飛び越え、災害に身をさらして駆け抜ける生き方を日常のように繰り返すということだ。

彼女はその『個性』による優秀な聴覚、嗅覚、触覚、そして第六感というべき直感をもって死線を跳ね回りながらも、その死を回避する。しかし当然怪我をすることも多いのは確かだ。

 

だが彼岸四季が傍にいれば多少の怪我は許容範囲になる。つまりはより多くのヴィランを叩きのめし、多くの人を助けることができる。

 

だからこそ、職場体験の一週間、彼女は普段は行わないであろう他のヒーローとの連携や連絡網を使いつくし、ありとあらゆる現場に向かった。

 

例を挙げるなら、午前中に九州で事件を解決したかと思えば夕方には関西でヴィランを蹴り飛ばすといったように無茶苦茶なスケジュールであった。

東奔西走。脱兎のごとく駆け抜けるのが普段の彼女だが、流石にこの一週間のペースは尋常ではなかった。この1週間だけでもヒーローの平均的な半年の検挙数を上回るほどのハイペースならぬオーバーペース。

 

それを可能にしたのは彼岸四季の存在だ。

 

無論彼女もヒーロー志望とはいえ弟を傷薬のように使うことに躊躇いはあったが、その在り方を許容したほうが彼岸四季という少年の心には良いということを彼女は知っていた。

 

だから彼の個性に頼る。そうして彼が必要であると、彼自身がそう思えるように。

個性を使用し、それが確かに誰かを助けられているという事実を見せる。それは『ヒーロー』としての自覚の一歩だ。

義姉として、義弟として寝食を共にする。それが『人』としての人格形成の補填になる。

 

そうした日常を過ごすことが、彼岸四季の自己肯定感には確実にプラスに傾いている。

そうしなければ、彼岸四季はろくな事にならないと知っていたからだ。

 

元々彼岸シキはヒーローではない。ヒーローの皮を被っただけの、偽物だ。

その偽物が、雄英体育祭という大舞台で本物の卵に勝ってしまった。

勝たなければいけなかったし、少なくとも彼の心中では勝つ必要があった。しかし、そのために使った手段は彼がこの世界で最も忌避するモノであった。

 

そうしてやはり、彼は自己嫌悪する。

所詮自分はそういうことしかできないモノだと理解してしまう。

 

そして、現実として彼はそうあることでしか彼自身を保てない。

 

兎山ルミは義弟である彼を愛しく思う。ヒーローの卵としての彼を家族として誇りに思う。しかして、ヒーローミルコはモノとしてある彼が大嫌いだ。

だからこそ、それでもできることはある。助けられる人がいる。共に生きる人がいる。それをわからせるための一週間だった。

 

ヒーローとしての功績など、はっきり言ってミルコには大して興味もない。蹴り飛ばしたヴィランにも、なんなら救った人たちすらもこの一週間だけは忘れていた。

 

徹頭徹尾、この一週間は彼岸四季のために。

 

そうして全国を津々浦々と回って、互いに苦労と笑顔を分け合って、ようやく四季は体育祭前までの自意識というものを取り戻した。

 

それだというのに、現実というものはどこまでも優しくない。

 

 

実習最終日に日付が変わったばかり、深夜に彼岸四季は、雄英高校襲撃の主犯格、死柄木 弔に遭遇した。

 

遭遇という言い方は正しくはない。相手は人質を取り、連絡も抵抗も許さない状況を作って待ち構えていた。

後の事情聴取でわかったのは、死柄木は彼岸四季に強い興味を持ったこと。

それこそミルコや四季本人に倒されるリスクを冒しても、ミルコの現在いる場所を特定し、彼とだけ話せるように場を整えた。彼とただ対話するだけにそれほどの準備をしたのだ。ただの愉快犯、あるいは『子ども大人』と言われるような無鉄砲だと考えられていた死柄木 弔がである。

 

事情聴取は朝方まで続き、ミルコはもう一人の実習予定であるイヤホンジャック、耳郎響香を迎えに行き、四季には次の目的地に行きそこで少しでも休憩をとるように指示をした。

 

けれど、それは死柄木に会ってしまった四季には無理な指示であった。

 

 

 

——アンタさ、こっち側の方が楽なんじゃないか?

——捨てたら来いよ、彼岸 シキ?

 

 

その言葉が頭から離れない。

別にヴィランになりたいわけではない。わけではないけれど、死柄木の言うことを否定できなかった自分がいたのは確かだ。

 

そんな思いを抱えてのうのうと休んでいられるほどに、彼岸四季の抱える病巣は軽くはない。

 

だから、次の現場である保栖市についた時に彼がヒーローの戦闘服(コスチューム)を着て単身パトロールに出るのも当然であった。

 

なんせそうやって彼は1週間かけて自己の安定を取り戻したのだから。

 

そうして、人気がない場所へ。ヴィランがいるような場所へ。土地勘もないままで始めたパトロール擬きの先で、炎を視た。

 

今にも人を焼きつくすような憎悪に染まった、くすんでひび割れた、燃えながらも朽ちかけたサファイア。そんなありえない色彩を放つ憎悪の塊を視た。

 

判断はそれだけだった。別にその相手が誰かを傷つけていたわけではない。『個性』を違法に使っていたわけでもない。ただ自分の『個性』が、本能ともいうべきそれが、コレは放っておくことはできないと断じただけ。

 

それだけで四季は見知らぬ/見知った彼に声をかけた。

 

一瞬、違和感を感じたがそれでも四季は行動を止めなかった。声をかけられた相手も少しだけ驚いたような顔をした後に笑って四季に応じた。

 

そして、その五分後に誰も人が来ないような路地裏。人気がない場所で二人は真っ向から対峙した。何も言わず、互いにそうであることが当たり前のように『個性』を全開にして。

 

 

「あー……なんでこんなことになったんだっけな?」

 

「気分、直感、雰囲気、何となく、何なら正当防衛でも構わない。そっちの理由は何だって構わない。」

 

「自分は違う、とでも言いたげだな?」

 

「ああ。俺の『個性』は少し特殊でな。まぁ相手の心根とか、性質とか…稀にだが視界に映る相手の過去とか未来とかも見えるんだ。まぁ最後のは、ほとんどの連中には言ってないしコントロールも効かないんだがな」

 

困ったもんだとわざとらしく続ける。無論言葉とは裏腹に姿勢は前傾、拳は固く握られ、瞳は鋭いままで一瞬たりとも緩まず、揺るがずに。

 

「……で?」

 

「ああ。いきなりこんなこと言われても困るよな。だから結論から言うよ。」

 

 

——俺はお前が気に入らない。だから死ね。

 

 

言い終わる前には、既に四季の蹴り足を相手の鳩尾に叩きこんでいた。

既にその体は赤い光に覆われており、戦闘態勢は済んでいる。結果として、人の身であるが、振り抜かれる脚は既に大型車を数十メートルは跳ね飛ばせる凶器と呼ぶのも憚られる、兵器そのものだった。

当然それを受ければ2mも満たない旧来の人型でしかない相手は吹き飛び、絶命する。

しかし、その結果は訪れなかった。

 

「っクソが!それでもヒーローかよテメェ!!」

 

音速に迫る勢いの蹴りで男の体は後方へと吹き飛ばされ、両腕は鈍器を受け止めたように鈍いしびれが残る。それでも結果として、相手は生き延びていた。

要因はいくつもあるだろう。

ギリギリで相手が反応して背後に跳んだこと。両腕で防御をしていたこと。

しかし何よりも四季の蹴りが直撃しなかったことが、相手のとっての最悪の結果を招くことを防いでいた。

 

そして直撃しなかった理由は一つ。

 

相手が避けたのではない。反応できていても当たるのは確実な間合いと速度だった。故に避けたのではなく、当てなかった。いや、四季が咄嗟に当てるのを止め、軌道をわずかに逸らしたのだ。

 

「青い炎。どうやらその個性、コケ脅しじゃないな。」

 

対峙した相手はその身に蒼い炎を纏っていた。それが蹴り足の当たる瞬間に四季の生存本能に警鐘を鳴らした。故に反射的に蹴り足は僅かに逸れて掠るだけに留まったのだ。少なくとも四季はそう解釈していた。

 

一般的に炎は余計な燃焼物質を含まない場合は赤よりも青に近い色の方が温度は高い。個性由来の炎にどれほどそんな旧来の一般科学が通用するのか四季には理解できないが、少なくとも大気を焼いて伝わる熱量は10m以上離れてなお彼の頬にわずかに滲んだ汗を蒸発させた。

 

熱、炎という原始の時代から続く生物としての本能が、己を焼く圧倒的な熱量を忌避する。

 

だが、わかってしまえば四季には関係ない。武器を作って攻撃すれば全身を焼かれることもない。

 

「大した火力だ。だが、お前はここで終わりだ」

 

「はっスゲェな。殺意しかねぇ。お前ホントヒーローかよ。これが雄英の、ヒーローの卵たちのトップか。世も末だなぁオイ」

 

「ああ、いつだってこの世は末だ。だが一つ間違えている。()()()()()()()()()()

 

くだらない会話をしながら相手の出方を、姿勢を、意識を、『個性』を、その身に流れる『生命力』を視る。

 

超高温の蒼い炎を操る『個性』。サファイアのように四季が感じたのも眼にその眩いばかりに強力な個性のため。しかし、その色彩がひび割れ、朽ちかけていた。しかしただ朽ちかけるモノならば宝石に見えるはずもない。四季のその『個性』が知覚する、煌々と燃える姿はまるで自身を薪に燃える地獄の業火のようですらある。

 

———自身を薪に?

 

自身の『個性』による感覚が得た感想に疑問を感じ、四季はもう一度、対峙している相手を見た。いつものように()()()()()()()のではなく、出来得るかぎり視覚だけに絞り込んでその姿だけを視界に入れた。

 

「おいお前、()()()()()

 

そこで、初めて四季は対峙したモノの形を知った。対峙した相手が、異形系の炎使いなどではなく、自分の個性で自分自身が焼けてただれ落ちそうな皮膚をどうにか繋ぎとめているだけの、旧人類史における人型の炎使いであることを悟った。

 

ヒーローとしてのパトロール中だからと自分の『個性』を無意識に強めていたため、ただの瞳に映る映像よりも『個性』で視える中身の醜悪さばかりに意識がいっていたことに内心舌打ちする。

 

「ああ。それが俺の『個性』だからな。発する熱量に、自分の体が耐えられないんだ。」

 

笑えるだろ?

 

そんな言葉は炎に乗って来た。

何のことはない。四季が先ほど行ったように言葉と同時に攻撃しただけだ。

ただその一瞬、一言話すだけの間だけで四季の周囲の地面が溶けた。

 

コンクリートで固められた強固なアスファルトが融解したのだ。巻き込むように周囲のゴミや剥き出しになった鉄筋さえも数秒でその形を保てなくなった。しかし、その莫大な熱の塊をただの前蹴りの一振りで眼前の蒼い炎を赤い蹴り足の軌跡が切り裂く。炎の塊は二つに裂け、両端を焦がしながらも四季の横を通り過ぎた。故に四季の周囲の地面は溶けたが四季とその背後だけはその惨状を免れていた。

 

 

「笑えるな。こんな火力を『個性』を持っているのにやっていることがヒーロー擬きを相手のヴィランごっこか。まぁ誘ったのは俺だが、な!」

 

返す言葉でコスチュームに着けられた投げナイフを投じた。一本目を左のサイドスローで投じて、拳を巻き戻すようにして更に一本、死角になりやすい斜め下からの軌道で投げ放った二つの投擲。一本目こそ避けようと動いていたが二本目は訓練を受けていない『個性』頼みのヴィランに避けられるはずもなく、しかし、避ける必要すらなく、相手を傷つける前にその体が瞬間的に発した炎の熱でアイスのように溶けて、燃えて、消えた。

 

「あぶねぇあぶねぇ。だが、本気を出してる時の俺の『個性』は、小細工が通じるような火力じゃないぜ?」

 

そんなことは最初の一合でもうわかっている。そして今の投擲と最初の蹴りで相手の体術がほとんど素人、身体能力も高く見積もっても中の上程度であることはわかった。

 

なら対処は簡単だ。相手の間合いの外から『個性』を使った遠隔斬撃、或いは最低でも四肢の一つ犠牲にすれば容易にとれる。

 

そう判断しながら、期を伺った。それが失敗とも知らずに。

 

「テメェを焼き殺してやれば、アイツ等の愉快な面が拝めるだろうなぁ」

「アイツ等ってのがどこの誰のことかわからないが……アンタじゃ無理だ」

 

失敗と呼ぶには酷かもしれない。何故ならこの時点までは、四季の判断は正しかった。

相手は使えば使うほどに自分を焼く個性。

速度、身体能力、近接戦の技量は自分が上。遠距離でも悪くても拮抗できる。

そうした事実の結果、戦闘の遅延、会話の成立による時間の経過を良しとした四季の失態。

 

「ぶっ殺してやるよ彼岸四季」

「そういうことは、殺した後に言うんだよ三下」

 

逃げに徹されれば周囲への被害が甚大となる。そうした四季の考えも、間違ってはいない。

だが、ここで彼岸四季はいつものようにあるべきだった。

 

彼岸四季はヴィランの言葉を聞かない。何故なら相手は敵だ。敵とは容赦も遠慮も躊躇もしなくていいものだ。少なくとも相対している相手はどうしようもないほどにタガが外れた憎悪の塊。だから話を聞く必要はない。なのに悠長に話してしまった。意識的に、あるいは無意識的に、相手を探ってしまっていた。だから、これは失態となる。

 

「なぁ、お前()()()()()()()?」

 

そんな声を聞いて、思いがけない/思い描いた、人物の名を聞いて、四季は動きを止めた。

 

「なぁ、オイ、教えてくれよヒーロー。お前雄英体育祭でずいぶん轟焦凍と親しそうだったよなぁ? 」

 

体にまとわりつくだけだった蒼い炎が、体を中心に火球の様相を呈し、その色を変えていく。皮膚に感じる温度は明らかに上昇し、地面は融解どころか泡立って気化していく。

 

「エンデヴァーがいたな。あの場所に。…夏も冬美もあの女もいた……。おかしいなぁ…おかしいだろ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

今までの表情が、声が、全部嘘だったかのように声を荒げる相手に応じるかのように炎もその猛りを増していく。

地面も大気も、空すらも焦がすような蒼い、青い地獄がそこに体現していた。

 

そして、末端の炎の色こそ違えども、同じ光景を以前四季は視た覚えがあった。

直近では雄英体育祭の準決勝で、そして数年前に、この身でくらった劫火の極致。

 

()()、だと?」

 

四季が言葉にしたのは№2ヒーローが必殺技を使う時の代名詞。己の炎を極限まで高め、凝縮し、更に意のままに操る炎の技巧の極限の一つ。

 

決してそこらのヴィランが見様見真似でできる範囲の技術ではない。

 

教えてくれよ、彼岸四季。なんでアイツ等は、アイツはあんなに必死に、呑気に、家族ごっこなんかしてんのかをよぉ!!

 

その技術が、その『個性』が、そしてその叫びが、相手が何者であるのかを四季に瞬時に悟らせた。悟らせてしまった。自分がどうして何もしていなかった、ただの憎悪の塊風情に、こんなにも時間を割いてしまった理由を。

 

ヒーロー擬きとしての『シキ』は今すぐにでも攻撃すべきだと断じて飛び掛かるように前傾を作る。

●●●としての『シキ』は疾くいけ、と体の末端まで指令を出していた。

しかし、人としての彼岸四季は事実を確かめなければならないと動きを止めた。

脳裏に過るのはいつかの光景。病院で、自分も過ごした場所で聞いた、大きな大人の小さな悲鳴。

 

———私には、もう一人子どもがいたの——

 

——きっと、アイツが許さない。俺たちがただの家族になるなんて、そんな願いなど——

 

それは自分が世界で初めて本当の意味で誰かを救おうとした時に聞いた声だった。初めて誰かに感謝される前に聞いた声だった。

 

そんな声が聞こえたから、彼岸四季は前のめりで相手に飛び掛かる前動作の姿勢のままで動けなかった。そこで止まってしまっていた。だからこそ真正面から来た、あまりにも単純で直球で強化した彼からすれば遅い炎の渦に、抗うこともなく直撃した。

 

「———はっ、はは。ははははははははは!!はーーーっぁ!」

 

その光景を見た、その光景を作り出した、ヴィランにあったのは笑いだった。

 

楽しかったわけではない。

 

嬉しかったわけではない。

 

痛快だったわけでもない。

 

ただ笑いでもしないと心がオカシくなりそうだから、笑ったのだ。

 

なんせ、男は、今、初めて人を殺した。初めてヴィランとなった。

これまでも軽犯罪はしてきた。生きていくために、人を傷つけることも少なくなかった。

それでも、どこかでブレーキをかけていた。人の命を奪うということは、少なくとも直接的にはやってこなかった。

 

それは男の中での最後の良心だったのかもしれない。

 

それを全力で、壊した。

 

後は堕ちるだけ。次に行う時には何の感慨もなく、この行為をできると断言できた。

 

人とは、そういう風にできている。

そういう風にしか、できていない。

 

男はヴィランとなった。その性根までヴィランと化した。

 

赤子が泣きながら生れ落ちる時のように、大笑と大火の中で産まれ堕ちた。

 

 

ここに、ヴィラン『荼毘』は誕生した。

 

 

 

 




荼毘はヴィラン連合に紹介された時に目立った犯罪は犯していない的なことを言われていたのでこの時はまだ殺人まではしていないのではないかという設定で書いております。


ちなみにコロコロしてテンションアゲアゲの荼毘さんですが、主人公は死んでません。死んでない方がおかしい火力の直撃を受けただけです。


次回は9月に更新予定です。


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第54話 職場体験 最後の仕事

荼毘にはまだいくつかの疑問点が残ります。
本当に轟 橙矢本人なのか、どうやって生き残ったのか、現場で見つかった骨は?などという話もあります。ですが、この二次創作では荼毘=本物の橙矢です。

ちなみにヴィラン連合合流の際の紹介で、まだ目立った罪を犯していないと言われていたので、彼が本格的にヴィランになったのは『ステインの思想を見て今のヒーローこそがねじ曲がっている』と悟ってからだと解釈しております。

では本編をごらんください。


————きっと、誰かが何かを間違えたのだ。だって自分は華を咲かせるために頑張っていたはずなのに、華はいつまでも咲くことはない

 

 

青い炎の中で、皮膚を焼かれながら、肺を焦がされながら、彼岸四季は思考する。

 

痛みは無視すればいい。

 

息ができないことなど些事だ。

 

しかし、思考を止めることだけはダメだ。それだけは戦闘という命の危機においては絶対の禁忌であると四季は知っている。

 

常に生きるために最善の行動を、最高のタイミングで、最速で行う。

 

そのために思考とは存在する。本能ではない。本能だけでは絶対の『死』からは逃れえない。故に思考せよ。始動せよ。

 

生きなければならない。いつかそうなるとしても今はその時ではない。

 

だから、痛みの中で、青い炎に焼かれる苦しみの中で、四季は炭化しそうな四肢に力を入れて脚を踏み出し

 

 

「うざったい!!」

 

 

一言と共に繰り出した前蹴り一つで自身を燃やす莫大な熱量を四散させた。

 

 

「…マジかよ。何で死んでねぇんだ」

 

その光景が信じられなかったのは炎の操り手であった荼毘だ。

戦闘中であったにも関わらず数秒、目の前の光景を理解するために思考が空白となる。

唖然としたのは己の炎への絶対の自信があったからだ。

普段使っているようなコケ脅しとは桁が違う。

 

自分の体を確実に焦がし、死の一歩手前まで体温を上昇させながらも膨大な熱を圧縮させて放つその一撃はコンクリートだろうが鉄筋だろうが蒸発させるほどの熱量を誇る。

 

事実、その男の周りは既にマグマのただなかに取り残されたような、ドロドロと溶かされたものや高熱を得て結晶化した一部の地面に囲まれた熱の地獄だ。

 

死んでなければおかしい。

 

そんな高温の中で、その男は立っていた。

 

耐熱性も高いはずの戦闘服も既になく、夜風に曝された上半身の皮膚が焼けただれながらも、当然のように立っていた。

 

あり得ない。

 

痛くないはずがない。苦しくないはずだない。死んでないはずがない。

 

生きていていいはずがない。

 

だって漸く、漸く自分は人を手にかけ、ヴィランへと堕ちたはずなのだから。

 

なのに、どうしてその男が立っているのか。荼毘には理解できなかった。

 

 

———いつからか何も見えなくなった。今も未来も。過去ばかり顧みていたから前を向く目など無くしてしまった——

 

 

「青い炎に、赫灼。そして今のはプロミネンスバーン、か。本家に比べて技の派手さと熱量はアンタが上だが技術が甘い。熱を完全に収束できないからムラができる。ムラがあるなら後は容易い。そこからご自慢の炎を一蹴で切り裂けば、後は勝手に炎は空気の断層にそって流れる。」

 

違う。そんな理屈を聞きたいのではない。炎の流れを変えた方法なんてどうでもいい。

そもそもがあの高熱に晒された時点で死んでないとおかしいのだから。

 

「テメェは、一体、何なんだよ!!」

 

悠然と、爛れた皮膚も焦げた筋繊維も無視して構えるその姿は人というよりも幽鬼のようだ。

 

「ヒーローの卵だ。一応な」

 

 

その様を見て狂っていると感じる自分がヴィランならば、その様で当然のように動く相手は異常者で、そしてそれがヒーローなのだろうか。

 

 

だとしたら、

 

 

「気持ちワリィ…」

 

「正直な感想をどうも。—————轟 橙矢さん?」

 

「っ…………俺は荼毘だ。ヴィラン、荼毘だ!!」

 

 

言葉と共に放たれる火炎はマグマが横に走ったように、周囲の物体と空気、その全てを焼いていく。

 

しかし、それを今度は受けることはなかった。元より速度だけならば四季に分がある。なによりも次に受ければその身が文字通り炭化して終わることを先の一撃で悟っていた。

 

だから避けながら、それでも言葉を止めることはない。

 

「どうした轟 橙矢さん。ああ呼び方が気に喰わなかったか。轟、じゃ炎司さんや冷さんと区別がつかないから橙矢さん?それともフレンドリーに橙矢でいいか?」

 

回避に専念しながらも口は廻る。今日はよほど油のノリがいいらしい、などと関係もないことを考えが頭の隅に浮かぶくらいには四季の思考は澄んでいた。

 

 

———疲れた。それになんだか熱い。きっと燃えるように歩いてきたから。

 

 

対して荼毘はもはや余裕はない。それは安い挑発に踊らされているから、だけではない。

体質的な問題だ。

その『個性』による炎熱は確かに強力だ。火力だけならば日本の屈指のヒーローさえも凌ぎえるポテンシャルがある。それこそかつては憧れたヒーローの背を追い抜いて、その頂きに立つことを期待されたほどの強個性。

 

しかしそれは全く代償がないなんて虫の良い話ではなかった。

むしろ、デメリットが大きすぎる。そのあまりの熱量に体がついていかない。

 

己が発する熱で自分が焼ける。

 

そんな生命体としての不完全さがあるからこその火力で、その多大なデメリットのために、ヒーローになりたかった轟 橙矢は死に、だからこそ荼毘になったというのに。

 

 

それがたった一人の学生に通じていない現状を、どうして信じられるというのか。

 

 

「肌、焼けているぞ。そろそろ限界だろアンタ」

 

 

 

 

——皮膚が焼ける匂いはもう慣れた。同時に記憶で紡がれた絵画の絵具が溶けて消えることを躊躇わなくなった。

 

——焼けた空気で肺が焼けた時の呼吸に慣れた。その代わりに昔の自分を忘れた。まるで昔の自分が吐き出された呼吸の中にいるようだ。

 

——帰る場所がないことが普通になった。それでもどうとでも生きてこられた。ただどうして生きているのかがわからなくなっていった。

 

 

 

 

 

 

轟 橙矢はもう何故自分がそうしているのかわからなくなっていた。

 

何がいけなかったのか、それがわからない。

努力はしたはずだ。

目指した理想は正しかったはずだ。

なのに、結果がついてこなかった。

 

それだけのことだけれど、およそ誰にでもあることだけれど、ただそれだけのことに人生をかけた男にはその当たり前が享受できなかった。

 

そうして生きてきた自分の手には結局何も残らなかった。

 

誰かに希望を、怒りを、羨望を、絶望を、愛情を、嫉妬を抱いていたような気がする。

 

それも熱で朦朧とした今ではもうわからない。熱に浮かされて朦朧として生きてきた今ではもうわかりたくない。

 

だから、正しい何かが欲しかった。

 

 

————正しいと、誰かに褒めてほしかった。認めてほしかった。その眼に自分を映してほしかった。

 

 

ステインというヒーロー殺しを見て、コレはと感じた。

 

ヴィラン連合という居場所を紹介する男の話を聞いてもしやと考えた。

 

 

——そもそも、目指し、望んだ理想が、ヒーローこそが間違いなのだとしたら。

 

 

そうであれば、自分の人生は、価値があるのではないか。ヒーローという偶像を壊すために生きてきたという価値が。

 

あの炎の中で焼け死んだ轟 橙矢の生に意味を求めるとしたら、そうであったなら、きっとこの息苦しさも痛みも熱さも必要なものであったと受け止めることができる。だから、

 

 

「早く焼け死ねヒーロー!!」

 

全身の熱を目の前の過去に向かって一切合切全てを全力で投射した。

 

自身が出した炎による灯りで視界が白に染まる中、もはや先ほどまであった息苦しさも痛みも熱も、全てが体内から吐き出されたようで、思考まで白く染まった。

 

 

——ああ、なんだろう。ずっとずっと炎天下で這いずっていた芋虫のように、体が重い。それにひどく喉が渇いた気がする。

 

水だ。

 

そうだ。

 

水が、欲しい。

 

一杯とは言わない。一滴でいい。水が、欲しい。

 

 

 

誰か、俺に水をくれ。誰か、俺を見てくれ。

 

 

ずっと、きっと、いつかも、あの日も、今でも、誰か俺を———

 

 

 

「ああそうか、アンタ()()()()()だったんだな。」

 

 

 

消える世界の中で、そんな声だけが頭の奥に響いて、消えた。

 

 

 

 

Side 耳郎

 

 

そこは端的に言って焼け野原だった。

建物も、街灯も、床ですらも全てが焼け落ちて、原型を留めていない。

 

燃える音がまだ周りから聞こえている。炎の音だ。焼ける音だ。多くの物が燃え落ちる音だ。

 

ただの炎ならことはない。もっと単純で、不均一で、しかし自然に踊るような潔さがある。

 

けれどこれはちがう。こんなにいろいろな物が燃える音は複雑で、同時にそこにある生活を躊躇なく区別なくただ焼く単純さを含んだ音はただただ不快でしかなかった。

 

そんな不快な音の中心で、黒く煤けた地獄の熱の掃きだめのような場所で、赤と白を混ぜたような緋色の華が咲いていた。その腕に黄金の果実を掲げて。

 

 

「四季、これ何?それにその人…」

「ああ……熱に浮かされて個性が暴走したみたいだ。重傷だが、治せないわけじゃない。」

 

 

嘘だ。

私たちが、味方が来たのに今、彼の心音が跳ね上がった。それは一瞬のことでそれからゆっくりと下がっていったけれど、平静を装うための擬態。呼吸も平時よりも深い。

 

嘘に罪悪感を覚える人間は、嘘をつかなければいけない時にストレスを感じる。それがストレスが体への兆候として表出するのは動きが止まる、視線を固定する、饒舌になるなど様々だけれど、私たちのように音に敏感な『個性』持ちならば注意すべきは心拍数やその音、また無意識に自分を落ち着け、ストレスを抑えるために呼吸の深さ。

 

他でもない、自分の隣で現場を見ているミルコがここに来るまでのリニアの中で教えてくれた聴覚の使い方の一つだ。

 

ただ音を漫然と聞くだけでは決して届かない技術、常人に許された音域を超えた聴覚とそれを聞き分けることができる技量と『個性』の両方を併せ持つ人にしかできない『音』による認識方法だ。

 

だから彼女もそれを知っている。元より自分よりずっと四季に近いミルコが彼の嘘をわかっていないとは思えない。それでも、

 

「わかった。その要救助者はお前に任せる。私たちは周辺の住民の安全確保、被害者がいないかの確認にあたる。個性の使用は引き続き許可する。いいな?」

 

彼の嘘を飲み干したうえで、あっさりとそう言い切った。

 

「………はい。ありがとうございます、義姉さん」

「馬鹿野郎。現場ではミルコと呼べ」

 

 

行くぞ、なんて声をかけられて私もそこを離れた。

きっと私たちに言った言葉は嘘だけれど、今彼があの人を救うために必死であることだけは確かだから。

 

 

 

 

side out 

 

そうして、彼岸四季の職場体験は終わりを迎えた。

嵐のように国を駆け巡り、人命救助、ヴィラン退治、災害対応、避難誘導に事務処理、警察や関係者との顔つなぎ、ヴィランとの強制会談、そして『個性』暴走事故への単独対応。

およそ一年生の1週間で行うことではないことまでやったし、やらされたし、やろうとした。

 

そんな職場体験が終わった次の日、地元で最も大きくヒーローもよくお世話になる病院の一室で、二人の男たちが叫んでいた。

 

一人は男性の特徴としてはやや長い髪を前髪から後ろ頭で結んだ総髪だろう。結びきれていない前髪部分から覗く相貌は鋭い目つきと感情が感じられない鉄面皮が印象的であった。

相対し、総髪の男の襟元を掴んで喰らわんばかりに激高している男。彼は短い短髪であるが特徴的な真っ白な髪が特徴的であった。

 

しかし、それはほんの2日前ならばなかった特徴でもあった。何故なら2日前の彼は黒い髪の短髪であり、何よりも顔や腕の皮膚が焼け落ちて、それを多数のピアスのようなものでどうにか剥がれ落ちそうな皮膚をつなげているといった特徴があったからだ。

 

怒り狂う青年、荼毘と名乗った轟 橙矢は言い募る。

 

「なんで、なんで助けた! 俺がお前に助けてとでも言ったか?

ふざけるな!ふざけるな!俺は、俺はもう、選んだんだ!!」

 

「お前こそ勘違いするな。俺はヒーローじゃない。そしてお前もまだヴィランじゃない。」

 

相対し、責め立てられている少年はその表情を崩すこともなく自分の襟元を絞めるような相手の手を掴み、『個性』を使用する。

 

桜色に近い緋色の光が相手を包み込み、腕に残っていた火傷痕すらも癒していく。

 

止めろ!と白髪のヴィランが叫ぶ。

どこ吹く風と流して光はその輝きを強めた。

 

「やめろ!!違うんだ!あの時、俺はお前を殺した!殺そうとして個性を使った。死ななかったのはお前が俺よりも強かっただけの話だ!

重要なのは、俺が選んだことだ!ヴィランになると決めたことだ!

一度ヴィランになったなら、もう戻れない!戻ってはいけない!

人を外れたから、犯罪者ではなくヴィランなんだ!!俺はあの瞬間、ヴィランになった!ようやくヴィランになれたんだ!!」

 

その人生を賭けた選択さえも、お前は否定するというのか。

 

「当然だ。何故ならお前はあの時、自分の熱で自滅しようとした時に願った。

助けてほしいと。認められたいと。生きたいと、そう願ったんだよ」

 

「っお前に、俺の何がわかる!?」

 

「アンタのことはわからない。俺がわかるのは()()だ。それだけしかわからない。

だから、そこにあった願いの結果、お前が生きている。

これは、それだけだ。それだけのものだ。」

 

ヴィランになどさせない。

死ぬことも許さない。

 

何故なら、そう望んだから。そう望まれたから。

 

だから彼岸四季は自分の意思も怪我も法律も一切合切を無視して、ただヴィラン荼毘を轟 橙矢へと戻す(癒す)

 

「アンタは散った花に意味はないと思うのか?割れた鏡に価値はないと断じるか?俺は違うと思う。」

 

「……何を、言っている?」

 

「皮膚は治せた。あなたの中の個性の調律も、ある程度はできたと思う。

あとはアンタ次第だ」

 

「……調律?個性の調律、だと?」

 

既に相手の胸元を絞めつけていた手は開かれ、代わりにその腕に林檎…の形によく似た、しかし銀色に光り輝く物体が置かれた。少しだけ温もりを感じるソレはそこに何もないかのような軽さであるが、何故かとても重いナニカが渦巻いているようにも思えて思わず両手で握り直した。

 

「この実は俺の個性で作り出した『黄泉の林檎』、その劣化版だ。本来は黄金に輝くが一日一つ作るのが限界でな。けれど劣化した銀色のソレならいくつかは作り出せる。効力は『体の内部から相手の生きる力を補充させる』こと。何度かに分ける必要があるが無くした臓器の再生も可能だ。アンタの皮膚みたいにな」

 

 

なんだ、それは。コイツは本気の、死ぬ気の自分とやりあって勝てるほどの戦闘能力の他にもこんな個性すら持っていたのか。

 

信じられない。それが橙矢の所感だったがそんなことはお構いなしに四季は続ける。

 

「俺の個性は生命力という目に見えないモノに直接干渉する能力だ。アナタは『個性』と体の生命力のバランスが崩れていた。個性の方にばかり強く力を使いすぎていたんだ。だから『個性』の力を少しばかり減らし、代わりに体自体の生命力を底上げした。これで一応バランスはとれたはずだ。今後寸暇を惜しまず努力すれば、まぁアナタが昔に見た夢をもう一度くらいは見られるかもしれない。」

 

 

コイツは悪魔だ。

 

今聞いているのは悪魔の囁きだ。

 

一度土の中に埋めたはずの夢を掘り返して、ぴかぴかにその夢の道筋を舗装し磨き上げておいて、後はお前が決めろなんて、そんな虫の良い話を冗談なしで本気で言っている。

 

それでも、その話が甘美であることに変わりはない。

 

「過去は……消えない…」

 

「俺が聞いているのは今で、これからの先の未来の話だ」

 

「……地獄だった。地獄だったんだぞ。俺が俺が歩いてきたこの人生は、地獄だった!!

 

「そうだろうな。だからアンタは一度壊れた。

そして散り落ちた花は元の枝に戻らず、壊れた鏡は元のように物を映しはしない。昔の人は人もそういうものだと言ったらしい。

けれど散り落ちた花にも使い道はあるし、壊れた鏡でも直そうとすれば直せるんだ。

アンタやほかの誰かは、確かに何かをどこかで間違えたのかもしれない。

()()()()()()()

まだやり直しはきくんだよ。アンタがどこかでまだ昔の思い出を持っている限り、誰かがまだアナタのことを想っているかぎり、願いは続いていく。夢は紡がれていく。可能性は広がっていく。

たかが20そこそこで何を悲観する必要がある。死の一歩手前まで人の可能性は死なないよ。」

 

「何を、偉そうに………20にもなっていないクソガキが……」

 

 

「俺も個性婚の末に産まれた。一家単位じゃない。一族郎党、先祖代々、およそ記録が残る全てがそうだった。そうなった先で、俺はもう取返しの効かないところまで来てしまった。

けど、アナタはまだだ。まだ引き返せる。まだやり直せる。」

 

「……俺は、俺は、……俺は!」

 

「………貴方の願いは何ですか?」

 

「……ヒーローになりたい。親父のような、それ以上の、トップヒーローになって、誰かに、家族に、親父に、……見て、欲しかった」

 

視界が滲んだ。

久しくなかった感触だった。

 

だって涙腺はもう焼けてしまっていたから。

涙なんてもう流すこともできなくなっていたはずだから。

 

けれど、涙が出た。

 

視界が闇以外でも見えなくなるなんて、忘れていた。

 

だから、差し出された手が誰のものだったかなんて、わからなかった。

 

 

「橙矢」

 

 

差し出された手の方を見ても、滲んだ視界ではよく見えなかった。

でも、わかっていた。

 

温かい手だったから。普通の人よりもずっと。

大きな腕だったから。他の誰よりも。

 

 

そこに、俺がかつて誰よりも欲した掌が、何よりも目指した大きな男が、そしてその家族が立っていた。

 

「許されないことはわかっている。都合がいいヤツだと殴って罵ってくれていい。

でも、言わせてくれ。」

 

 

————おかえり。

 

 

 

 

 

彼岸四季が職場体験最終日にやったことは、ヴィラン退治でも、人命救助でもない。

 

 

ただ迷子を家に案内しただけ。

 

 

これはただ、そういう話だ。

 

 

 

 




本作は轟家には優しい仕様になっております。

轟家には。大事なことなので二回言いました。

ご都合主義と感じるでしょうが、まぁオリ主は存在自体がご都合主義なので。

それではまた次回。


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第55話 出久 職場体験① あるいは緑谷出久 オリジン①


今回はやや鬱々しい場面があります。苦手な方はご注意ください。

轟家には優しい設定ですが、その他も幸福であるとは限らないのです。





Side  近く 遠い しかし 確かに来る未来

 

 

ああ、またこの夢だ。

 

視たくもない光景を、何度も見せられている。

 

彼岸四季が個性と呼ぶ能力の一つ、あるいは全ての能力の源泉に近い 

ナニカ が

俺に、

僕に、

()に、

 

幾度も幾度もこの光景を見せてくる。

 

彼岸四季は自身の『個性』で多くのことを為し得る。

他人は四季の『個性』にいつも驚き、問うてくる。

 

何故、人を性質を『色彩』として認識するのか。

何故、身体能力を強化できるのか。

何故、物体を創造可能なのか。

何故、他人の傷を塞ぎ、死の間際から救い上げられるのか。

何故、余人の遠い未来の()()を認識することが可能なのか。

 

全てが、本当は彼岸四季こそが教えてほしい問いだ。

 

 

 

そして、何故それだけの多様性を持つ個性をもってしても、その()()だけは変えられないのか。

 

 

 

彼岸四季は己の『個性』を本当は理解なんてできていない。

ただ、結果を得て、過程を考察し、原因を突き詰めて、己の個性は『生命力に干渉をすることができる能力を持つ』という結論に至っただけに過ぎない。

 

生命力とは、命を生かすための力。

命を繋ぐための存在エネルギー。

だからこそ現在を生きるために其処に在る力を認識することで、数多の結果を成し得る能力。

 

その副作用として、その生命を形作った軌跡を知ってしまうために過去を視る。

 

そして、過去が成形した現在が織り成す紋様を視ることで、いつか辿る未来を知ってしまう。

 

 

ここまでは、理解できる。

過去は変えられない。今は過去の積み重ねで出来ている。未来とは今を積み重ねた先にできる。

当然のことだ。それを少しだけ視点を変えて視ることができるだけ、ならば悩みはしなかった。

 

 

彼岸四季は、一度折れてしまった男だ。全てを投げ出した男だ。逃げ出した男なのだ。

 

そうなってしまったのは、懊悩し、慟哭し、自暴自棄になり果ててしまったのは、彼が視えた未来が今をどのように変えようとしても、どんなに努力しても、どうしようもなく訪れてしまうものであったからだ。

 

 

人間の意志に関わらず、人の行動によって揺らがず、必ずその身にめぐって来る事象。

 

 

———運命。

 

 

それは、決して誰かに定められたものではないはず。あるはずがない。そう信じていた。そう信じて行動してきたはずだった。

 

けれど違った。運命は確かに在り、それは人が抗えるモノでは決してない。

 

それが、彼岸四季が自身の『個性』によって得た結論だ。

 

そしてその結論が、覆ることはなかった。

 

たった一つ、たった一人の例外を除いて。

 

そして、だからこそ、己が知りえる絶対の運命をたった一度だけ打ち消した、()()に価値を見出した。

 

だからこそ、もう一度だけ、今度は自分の手でその結末を変えたいと願い、足掻いている。

 

 

だが、それでも視える未来が変えることはなく、何度でも、その結末を、夢にさえ見せてくる。

 

夢の中で、限りなく遠い、しかし必ず来る未来の中で、それは必ず姿を現す。

 

 

 

彼岸四季の見た希望。必ず訪れるはずだった運命を違えた世界でただ一つの奇跡、緑谷出久が想い半ばで息絶えるその瞬間を。

 

 

 

 

 

少年は構える。

 

右足を一歩前へ。身体を開き、腰を落とし、膝を曲げ、右手を前へ突き出し、左腕を引き絞った。

 

今からその左拳を前に打ち出すためだけの技巧もない、必然だけが伝える体の備え。

 

そんな原初の、武とも呼べない、けれど闘争のための拙い構えをした少年は、おそらくはそれくらいしか出来ないくらいに満身創痍だった。そこに、少年の終わりがやってくる。

 

 

焔が、彼方からそこへうねりを上げた。

雷が、天から下に降るのではなく横へと奔った。

巨石が、その質量と速度を全て破壊のエネルギーに変えて飛びこんできていた。

 

波頭が逃げ場を無くし、重りが動きを止めさせ、風の渦が息を許さず、形容しがたき何かの顎が、貫くためにあるような鋭い爪が、人の悪意の先端にあるような刃が、全てが一切合切を滅ぼす爆発的な勢いを持って、視界を埋め尽くし、少年を襲った。

 

これほどに明確な死はそうそうあるまい。

どれか一つでも必死だ。それが数えるのも億劫なほどに殺到する状況で、相対する少年はいつも持つはずの槍もなく、その身一つだけ。

 

「■■■■■■■■■■■■■■っ!! ALL FOR ONE!!」

 

その聞き取りづらい雄叫びがあがり、左拳を繰り出しながら体を前へと進ませる姿が、その数瞬後に眼前の殺意の群れに呑まれて消える瞳が、彼岸四季が視た未だ変えることができない緑谷出久の最後だった。

 

 

繰り返される悪夢が教えた一つの響きと、一瞬であれだけ複数の事象をなす『個性』。

 

おそらくは、最後に聴こえた響きが相手のヴィランとしての名前だろう。

そしてその複数の事象を為した『色彩』が、酷く醜くて形容しがたいモノであったが、それはどの現象でも同じものであった。

つまりは同一人物が為した事象、『色彩』として認識しているのであれば機械的な手段ではなく『個性』を使った現象であるはずである。

 

だがしかし、あれほどに大量の、それも即死すら生温いような現象を一斉に起こせる存在は今まで目にしたことがない。

可能とするならば、おそらくは脳無といわれた複数の個性持ち。それに近い何者かだ。

 

その可能性が高いのは、USJにヴィランが強襲してきた際に幕を引いた、黒霧の向こうから手だけを出したあの圧倒的な悪意。

オールマイトが放った本気の一撃を受けてなお、気色悪い声を平然と垂れ流していた、アレの名前が

 

「オール、フォー、ワン」

 

 

それが、出久を殺す敵。

()の世界を変えた、奇跡を殺すヴィラン。

 

夢を視る度想いだす、必ず倒すべき、怨敵の名を。

 

 

 

 

 

side グラントリノ

 

 

 

「しかしまぁ、よくその年齢でここまでやれるもんだ」

 

 

張れ上がった己の頬を左手でさすりながら、どこか感慨深そうに老人は呟いた。

 

「す、すみませんグラントリノ!僕が上手く『個性』をコントロールできないばかりにケガまでさせてしまって」

 

ひたすらに頭を下げたままでいる、縮れた髪の毛をした170cmそこそこの、齢15の少年。

 

ヒーローを目指すために、日本トップクラスのヒーロー科に入り、その中でもトップクラスの成績を出し続け、今までもいくつかの実戦を経てきた少年。

 

たかが15年、されど15年。その人生の密度はどれほどに濃ゆく、どれほどに鍛錬に満ち満ちたものであったか、かつての教え子に話としては聞いていた。

 

例えば無個性のままであっても日本のトップクラスの学校の実戦形式の試験に合格するほどに熟達した武術を使えるほどに鍛え上げていた。

例えば今は代々秘密裏に受け継がれて鍛え上げられた世界最高峰の増強系の『個性』を自身の上限を冷静に見極めて使い、驚くべきことにどの先代も成し得なかった、かつての継承者たちの個性すらも使えるようになった。

 

 

必ず自分もその師匠をも超えるヒーローになると、現役のトップヒーローが太鼓判を押すほどの、心技体の完成度をもつ少年。

 

「鳶が鷹を生む、じゃねぇな。荒鷹が鳳凰を生んだか。全く俊典め。とんでもねぇ後継者を育てやがったもんだ」

 

思い出すのはかつて一年だけとはいえ自分がつきっきりで毎日血反吐を吐かせてきた相棒の弟子の姿。

 

体は身に余るはずの『個性』に早々に適応させ、現場に置いては勘だけで危険を察知し、最悪の状況であっても最善の行動を自然にとれる、そんな天性の才能を感じさせる男が相棒が自分に、そして時代を託した弟子だった。

 

後に長く№1ヒーローの代名詞、『平和の象徴』とすら呼ばれ、日本はおろか世界中にその名を轟かせた者。

 

そのヒーローを指導していた身として、老いたといえども教えることは山ほどある。

そう思ったからこそ、職場体験にわざわざ相棒の弟子に電話までして来てもらった。

しかし、結果はどうだ。

 

映像で見たその姿は『OFA(ワン・フォー・オール)』の力は半分ほどしか全力で使えず、100%を使えば自損する。

 

流石に相棒の『個性』、『浮遊』を使ったことは驚いたが熟練には程遠く、使い方を苦心していることはその『個性』の本来の持ち主の相棒であった自分には初見であっても見てとれた。

 

確かに『黒鞭』『浮遊』という先代の個性を行使できたことは賞賛しよう。何が起こったのかはわからんが、そんな継承者は今まで存在しなかった。しかし平和の象徴と呼ばれた男の後継者足るにはまだ足りない。

 

それが全国放送された雄英体育祭を見た老人の所見であった。

 

だが蓋を開けてみればどうだ。

 

半月もしない間に少年は更に大きく成長していた。

 

『浮遊』の個性は『無重力』や空を飛ぶことが出来る『個性』持ちたちに協力を願い、『黒鞭』を繊細な力のコントロールを得るために、『ツル』や『複製腕』といった個性無くしては動くことができないような部分を自在に動かすことができる個性持ち達に声をかけ、協力してもらったという。

 

飽くことなき向上心、必要ならば誰の手でも借りることができる合理性、感覚を理論にして反復練習して会得する頭脳と根気。

 

先代(天才)とは違う、当代(凡才)であるが故の学習方法を確立している。

 

ならば天才を伸ばした時と同じやり方ではその個性も能力も伸びはしない。

 

もとよりパワーはともかく、既に純粋な技術の練度であれば、同じ年齢の頃の先代(オールマイト)を上回る。

 

ならば何が必要か。

 

理論、否。それだけなら学校で十分に教えられる。雄英ほどの学校なら尚更だ。それこそ天才の動きを型に落とし込み、理論化して、それを凡人の才能でも使うことができるようにしたコイツならば自力で最適解にたどり着く。

 

技術、これも否。既に少年は自分なりの個性との向き合い方、使い方を見出しつつある。それも先々代のそれとはまた別の方向、新たな可能性へとその眼を向けつつある。ならば余計な口出しはかえって視野を狭める。

 

実践、……否、近いが違う。天才を学生時代に鍛えるのには一番だろうが、天才を我が身

へと落とし込み、理解するこの子に必要なのものは、実戦。

つまりは血反吐を練習で吐かせるのではなく、もう一歩、いや二歩先へ。命のやり取りすらある戦場こそが、コイツを成長させるために必要だ。

 

しかし、と考えて老人は再度腫れあがった頬を撫でた。

昔はなかった顔の皺。小さくなった自分の上背、細くなった腕、実戦から離れて鈍った勘。どれもが彼を本当に鍛え上げるには不足だ。本気で戦ったとしても、おそらくは敵うまい。それほどにこの少年は強く、自分は老いた。

 

ならば、自分が彼にしてあげられるとしたら、ヴィランと対峙する状況、助けるべき者が多き世の中での立ち回り、極限の状況下で鍛え上げられるヒーローとしての対応力を鍛えるために、その現場を用意してやることだろう。

 

「ロンゴミニアド」

 

「は、はい!」

 

「明日より現場実習だ。そして現場においては個性の使用をグラントリノの名の下に許可する。」

 

有象無象のチンピラ程度では肩慣らしにもなるまい。それ程度の器の出来栄えであれば自分がこうまで育て方に悩む必要もない。

 

ならばどこがいいか……ナイトアイ…いや候補としてはいいが彼はオールマイトと確執が出来てしまってから疎遠だ。それにいきなりでは先方も困るだろう。渡りはつけておくとしてもこの職場実習中では難しい。

 

ならば——

 

「明日から保栖市に向かう。話題のヒーロー殺しがいる場所だ。お前さんに与える課題は、もうわかるな?」

 

「——はい。ヒーロー殺しを捕縛します。」

 

迷うことも、驕った様子もなく、表情を引き締めてただ相対した自分を見るその眼の輝き。

未成熟な体、まだ子どもと呼んでいい齢。けれどその姿はその眼は、かつてのオールマイトを想起するような力強さを感じさせた。

 

「今日はこれまでだ。明日朝一で保栖に行く。準備しておけ」

 

「わかりました!本日のご指導、ありがとうございます!」

 

ああ、まったくもって、ホントにいい育て方をしたもんだ。こりゃぁ俊典の奴に謝らなきゃならんなぁ。

お前さんは、いい後継者を育てていると。

 

 

 

———だが、ちっとばかり出来すぎじゃねぇか?

 

 

 

優秀、その一言では片づけられない戦闘技術の熟練度。俊典のような感性で物事の本質を見極め、実践できる天才肌かと思ったが、違う。こちらの行動パターンや思考を分析し、少しずつ適応させる様子から分析が得意な凡人、良くいっても秀才タイプの人間だ。

 

だが、それにしては完成されすぎている。伸びしろがないかと言われればそれも否。

 

何かがおかしい。長く生きたきた勘というべきか、様々な人を視た年長者の眼が何か異常を捉えていると感じている。

 

こういう者はおおよそが大成するまでに時間がかかる。努力する時間が、成果を出すための時間が必要だ。

そしてその時間を一つの目標のためにあらゆる努力を惜しまず、そしてそれに人生を捧げるほどに続けられる者は本当に少ない。

それが天才と凡人を分かつ壁であり、幼い頃はその差は顕著だ。十で神童十五で才子二十過ぎれば只の人、とは昔の諺か何かだっただろうか。

少なくとも、コイツは神童ではなかろう。才子……とも違う。だが能力は、その技術と精神はおそらくは10代半ばにしてはあり得ない完成度だ。

 

それもヒーロー一家に生まれたわけでもない。つまりは英才教育を受けたわけでもない。

 

体格も優れているわけではない。

 

才能に愛されているわけでもない。

 

頭脳は優れているし、研鑽した後は見えるがそれも常軌を逸するモノではない。

 

戦闘や精神性といったヒーローに付随するだけが異常に伸びている。

いくらOFAという劇薬があったとはいえ、それだけでこの様を説明していいものか

 

———コイツ、ここに至るまでに何があった?

 

そんな疑問とわずかな好奇心で、俺は多分、聞いちゃいけないことを聞いちまった。

 

「ロンゴミニアド、お前さん、どうしてヒーローになったんだ?」

 

そう、これは聞くべきじゃなかった。コイツがあまりに出来がいいから、俺は頭の片隅にあった事実を忘れちまっていたんだ。

 

 

「最初は憧れでした。悲劇を覆し、誰かを助けるヒーローに憧れた。けれど僕は無個性で、4歳で、一度挫折しました」

 

無個性。

人類の8割が個性持ちとなった世の中。

だがその2割は個性がない。ただしこの数値はあくまで全人類の2割だ。

つまり、個性持ちが今ほど多くなかった、今の高齢の者たちの世代を含めても2割しかいないということ。

今の子どもたちの世代ならば一つの街に1,2人いるかどうかいったところだろう。

 

「みんながあるはずのものが、僕にはない。人生は理不尽で、人は平等じゃない。

僕は、誰かを助けようとしてけれど助けることはできず、そのまま誰かに助けを求める側になってました。」

 

それは無邪気で素直な、悪く言えば理性や道徳を持ち合わせない排他的な幼子たちにとって、『無個性』であるということは『個性』を持つ自分たちの中にある異物としてのレッテルを張るに十分な現象だったのだろう。

 

「そんな時、とある人に会いました。その人は個性なんて一つも使わずに、個性を振りかざす人達を叩き伏せていました。……僕が憧れた二人目のヒーローでした。

そんな、僕にとってのヒーローに出会った時に言われたんです。

———お前はヒーローになれない、と。そして、多分きっとそうだったんです。」

 

 

ここで、止めておけばよかった。

まだコイツが小さな子どもだったことを、何度も頭の片隅にあった事実を俺は正しく認識できていなかった。

そうであれば、きっとここで止めてしまえば、そんな表情をさせずに済んだかもしれないのに。

 

 

「それでも、憧れは消えなくて、諦めることはできなくて。」

 

 

この表情を、この顔を、俺は墓場まで忘れないだろう。

 

 

 

 

()()()()()()()()()

 

 

 

 

それは、何の抑揚もなく、

 

 

 

()()()()()()()()()

 

 

 

 

先ほどまでと変わらぬ笑顔のままで告げられる、

 

 

 

 

「それでも僕はまだヒーローに成りたいと焦がれていたから、」

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「だからまだここでこうして生きています。」

 

 

泣きながらも、苦しみながらも、それでも、それでもと笑い続け、走り続ける、

 

 

「ヒーローになると誓った日から、ヒーローとして生きていくと決めた時から、」

 

 

一歩でも前へと進み続ける、

 

 

「道は一つです」

 

 

 

夢へと突き進むことだけを己の道としたこの少年は、ただ微笑む。這いつくばりながらも、泣きながらも、痛みも悲しみも全て飲み干して、ただ進む。

 

 

 

緑谷出久には、もはや英雄の道しかその行く末はないのだと、気づいた時には既に遅かったのだ。

 

 

結末は、きっと、ずっと前から決まっていた。

 

 

 

 




蛇足ですが、入学式の日にも、カッコいいと見送りをもらったのはオリ主だけであり出久君の方は書きませんでした。
少し前の話で出久君が「いってきます」と言って家を出ていたシーン、返事は聞こえなかったのではなく、ありませんでした。
もう誰もその家には彼以外にはいませんから返事などあるはずもありません。
彼は玄関の写真たてに飾られた写真の中にいる母に挨拶しただけです。


作者はヒロアカではもちろん出久君が一番好きです。



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第56話 緑谷 出久 オリジン②

注意!

今回今までの話でトップクラスに鬱展開があります。

苦手な方はご注意ください。

次回こそは早めに投稿します。



「嘘だろ……」

 

目の前の光景が信じられずに、口が勝手に言の葉を紡いだ。

 

信じられない。信じたくもない。

 

お前は地獄を味わったはずだ。

 

救おうとした気高い意志を否定され、優しい手は屍となり、優しかった手はお前を傷つけた末に自ら色彩を失った。

 

地獄だっただろう。壊れたはずだ。お前はもう、ここにいることができないくらいに壊れ切ったはずだ。

自分の善行が為した地獄で、苦しみながらもがいて終わったはずだ。

 

何故、生きている。

何故、また立ち上がっている。

何故、まだ拳を振るっている。

 

お前の運命は既に尽きた。

自らの手でその命を終わらせる。

それが『個性』が見せたお前の終わりだ。

 

なのに、何故、お前はまだ生きているのか。

どうしてそうも輝いているのか。

 

 

わからない。わからない。

きっと他のどんなヒーローですら、わからないだろう。

 

けれど、たった一つだけわかったことがある。

 

 

目の前にあるこれは、世界を変える奇跡だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

始まりは、無個性の少年が目の前で『個性』を覆す少年を見た時だった。

 

まだ緑谷出久がただの『デク』だったころの話である。

 

デクはヒーローに憧れた。オールマイトを初まりとして、数多くのヒーローに憧れた。

 

しかし、その身にヒーローたちのような才能は宿ることはなく、それでもいつか、誰かがそう言ってくれないかと、何もせずにただ祈っていたデクの棒がいた。

 

そのデクが見つめたのは『個性』を操ることなく『個性』を振るう強者を前にして怯むことなく一歩前に出て、あらゆる理不尽を体一つで叩き壊すという、当時の彼の理想の姿そのままだった。

 

それはあまりにも鮮烈な光だったから、縋った。

 

「無個性でも、ヒーローに、なれますか」

 

それはデクの叫びだった。心の奥にしまった、誰かに肯定してもらいたいと思う、緑谷出久が誰かに癒してもらいたい傷だった。

 

そうしないと、そう言ってもらえないと、デクには先ほどのように強者を、ヴィランを前にした時に一歩踏み込む勇気が、そのために今日を走り出す勇気が持てない。きっかけが、肯定が、理解が欲しかった。

 

その涙まじりに縋りつく子どもであった自分に、ヒーローのように見えた理想の少年はあらん限りの声を出して答えた。

 

「甘えるなクソガキ!」

 

震えた。

 

「俺がここで無理だと言えば、それでお前は諦めるのか!?」

 

怯え、次いで呼吸が動きを止める。

 

「俺がここでなれると言えば、それを能天気に信じられるのか!?」

 

それは、デクが持っていたあまりにも都合がいい願望を言い当てられたからだ。誰かに肯定してほしい、誰かに認められたい、そうすればきっとヒーローになれるという、あまりにも他力本願がすぎる甘い考えを。

 

「あげく、今無様に誰かに答えをもらおうとしている。

誰かに肯定してもらいたいと、そう願っている」

 

少年であった自分、デクが縋った光は、誰もが目を背け、やがてどうしようもなくなって納得するしかない現実をひたすらに突きつけてきた。

 

「ふざけるな!誰かに何かを言われた程度で諦める程度の脆弱さで助けられる者なんか何もない!」

 

吐き出される言葉はどこまでも現実的に、片腕だけで少年の体を持ち上げる膂力はどこまでも暴力的に、そしてその視線はただただ率直に出久に現実を教えていた。

 

「自分で踏み出そうとする気持ちもないヤツが、誰かに認められないと自分を認められない男が、誰かを救うなど片腹痛い!!」

 

無個性だから、と言い訳をしていた。

五体満足で動けるように産み、育ててくれた両親がいるのに、両親からもらった身体を言い訳にヒーローになれないと俯いていた。

 

それは健康に産み、不自由なく育ててくれた両親に対して、なんと愚かしい侮辱だろう。

 

 

「両手を合わせて、膝を地につけて祈る暇があるなら、一歩でも多く走れ。一回でも多く拳を振れ!死ぬ気で努力してから出直してこいクソガキ」

 

 

————お前は、ヒーローにはなれない。

 

 

そうして、デクはこの日に死んだ。デクの棒でしかなかった緑谷出久はその甘すぎた願望を殺された。

4歳にして無個性という絶望を知り、そして11歳にして彼の言葉によって死に、そしてようやくヒーローとしての決意を固めることができた。

 

 

 

それからは必死だった。

 

幼い体は10回の腕立て伏せもできなくて、蹴りの一つもまともに打てなければ、1キロ走っただけで息が上がった。

 

それでも少しずつ腕立ての回数が増え、振るうだけで体制を崩していた蹴りに勢いがつきはじめ、10キロ走っても疲労を感じなくなった。

 

それだけで少しはヒーローに近づけた気がした。

 

 

けれど、まだその手はあまりにも小さかった。

 

 

 

 

 

事の始まりは、あるいは終わりはあまりにも唐突だった。

 

とある冬の始まりを告げるような雪の日だった。

 

昨年より始め、もはや日課となっていたランニングは朝と夜に分けて行われていた。冬季にも変わらず暗い夜道や朝日が昇らない早朝に息を切らせながら走り続ける緑谷出久がその現場を見てしまったのは必然だったのかもしれない。

 

 

 

世界でも屈指の治安の良さを誇り、ありとあらゆるところに防犯用のカメラが存在するこの国であっても、行方不明となる人は存在する。『個性』による超常黎明期以前にも約1億人の人口に対して年間約数千人。もちろんそれは警察に届けられる人達だけであったし、後に見つかる人達を除けば本当に行方が分からなくなってしまったという人は少数だ。

しかし『個性』の登場により、世界情勢が不安定であった超常黎明期には何十倍、何百倍にも膨れ上がったという。

 

そして、それは勢いこそ右肩下がりに数を落としているものの今でも年に実に万を超える人が何らかの形で『行方不明』となっていた。

 

 

そして、その行方不明者で最も多い割合は10代やそれ未満の子どもたちが多かったため、都市伝説のように『個性』目当ての大規模な誘拐犯罪を行う組織があるという話すら囁かれていた。

 

だがそれでも他の諸国よりはずっと少ない数値であり、かの平和の象徴の膝元の国でそのような大規模な犯罪が行われていることなど、少なくとも一般市民は信じてはいなかった。

 

人生で一度も大きな事件に巻き込まれない人が大半といった、平和が保障された国に住む者だからこその安心感、あるいは危機感の無さである。

 

 

 

 

 

だが、悪意というものはどこにあっても確かに存在する。

 

その日、緑谷出久が河川敷をランニングで通った際に目にしたソレのように。

 

 

 

 

 

3人の大柄な男たちとバンボディのトラック。その車体へ荷物のようにひきずられながら運び込まれていたのは、グッタリと横倒しにされた状態で地面に転がされた少年たち。

 

 

緑谷出久が人生初めて出会う事件の現場。そして初めて目の当たりにする明確なヴィランであった。

 

 

一瞬、躊躇した。男たちはまだこちらに気が付いていない。

本来ならば、すぐにでも身を隠し、警察やヒーローに通報する必要があった。だがランニング中で携帯端末は持っていない。

すぐに連絡することは不可能だった。

 

1秒に満たない時間の間に出久は懊悩した。

 

間に合うかどうかの助けを呼ぶか、助けられるかもわからずしかし確かに間に合う自分が行くか。

 

本来は、前者が正しかった。

出久はまだ中学にもなっていない齢。出来上がってもいない年相応程度の体躯しかない。

 

それをどんな個性を持つかもわからない、大柄な男性が3人を相手に勝てるだろうか。

無理だ。どう考えても勝てるわけがない。

 

 

けれど、そこまで考えた時に、目が、合ってしまった。

 

怯えた瞳が緑谷出久を覗いていた。

背に蝙蝠と鳥の中間のような、大人の背丈よりも大きそうな異形の翼を持つ少年が、偶然にも視界に入る出久に気づいていた。

 

それは見覚えのある顔と個性だった。昔よくかっちゃんと一緒に出久をイジメていた少年だった。親しくはない。むしろ嫌悪すらあっただろう。

 

それでも、それは縋るような瞳だった。助けを求める瞳をしていた。

 

そこで、緑谷出久の命運は決まった。

 

目の前の助けを求める目を、声を、見逃すのか。

それとも今からどこにいるかもわからないヒーローを探しに走るのか。警察に連絡をして助けを求めるのか。

それで間に合うはずもないというのに、どこかの誰かに期待して、自分はただ泣き叫んで祈って、頼って、縋りついて、それだけしかできなくて、それでいいのか。

 

それが自分がなると決めたヒーローなのか?違うだろう!?

 

ならば、覚悟を決めろ。今だ、今なんだ。今この瞬間から、子どもが描くヒーロー像など捨て去れ。緑谷出久が思い描くヒーローに今成れ!

 

叫んだって助けが来るとは限らない。

 

祈っても救いが降ってくる奇跡は起きない。

 

だから、自分がなるのだ。彼等の助けに。彼等の救いに。

 

決めたときには、既に走り出していた。

叫びはいらない。相手に気づかれる無意味な行為だ。叫ぶくらいなら息を止めて走り抜けたほうが速い。

 

速攻する。

敵足り得る相手に最も有効な手段は、何もさせないが一番だと知っているから。

 

相手は三人。まだ気が付かれていない。そして近づいた分だけ相手の容姿をよく見ることができたおかげで一人の個性がわかった。なぜなら肘から先が紫色に膨れ上がり、手首があるはずの場所からホースのような突起が出ていた。そこからわずかに漏れ出ている紫色のガス。おそらくは少年たちを昏倒させたであろうそれは闇夜にあっても怪しく光り、少年たちが倒れている地面へと延びていた。たぶん吸ったものを昏倒させる煙を生成する個性持ち。

正面からでは勝てるはずもない。そして、だからこそ一番最初に狙う。成功すればその後でこの身がどうなろうとも、彼等だけは逃がすことができる可能性があるかもしれない。

 

もちろんこちらがそれらを視認できるほどに近づけば、たとえ叫ぼうが叫ぶまいが走ってくる足音に気づかないほどに相手も間抜けじゃない。だけど、相手の迎撃態勢が整うよりも前にこちらが既に振りかぶっていた。

もちろん素手なんて馬鹿な真似はしない。そんなことでは届かない。たかが12歳の子どもの拳なんて大人からしたらケガにすらできはしない。だから、打つのではなく、打ち付けた。

手に持ったのは拳大の石。それを全力で、全速力で、全体重を乗せて相手に叩きつける。

 

倫理?それでこの状況が変わるか?

常識?それは非常時にどれほどの意味がある?

正義?無策で悪に負けることが正義なら、そんなものはただの自己満足だ。

 

結果が残せなければ、人を救えなければ、正義に意味はない。

 

 

いつだって負け続けたデクに意味などなかったように。

強者に認めてもらいたかった1年前の自身のように。

 

負けたら意味を為さないのが、世界の常識であった。

 

 

だから、行った。

 

そこから先は、緑谷出久はよく覚えていない。

 

必死に打ち付け、何度も打ち払われ、片目の瞼が腫れあがり視界を奪い、鼻血で呼吸が苦しくなり、左手が半ばから折れて使い物にならなくなった頃、唐突に相手の抵抗が止んだ。

 

眼前に横たわるのは3人の大男。そして翼を持つ少年とそれより小柄な少年……いやもう一人は男子かと思ったが自分より少し小さい程度の短髪の女子であったが、二人はその先でぐったりしながらも意識があるのか、大きく目を開かせて視線を投げていた。

 

痛みはあった。

惨状といっていい有様だった。

けれど、それでもここはこう言わなければいけないと、そう思ったから。

 

「もう、大丈夫。僕が、来た」

 

 

そうして誘拐しようとしていた3人は、その後すぐに連絡した警察によって捕まった。

誘拐されそうだった二人の親たちからは感謝され、警察からは長いお説教を受け、自分の母からは涙交じりの声を聞いた。

それでも、助けられた人達がいた。なくなるかもしれなかった笑顔を見ることができた。それは間違いなく出久が勝ち取った戦果だった。

 

緑谷出久が人生初めてのヴィランとの相対し、そして人生初めてのヒーローとして勝利した事件だった。

 

 

 

だけど、この時はまだ知らなかったのだ。

 

人の悪意とは、人の憎悪とは、どれほどに恐ろしいモノであるのか、理解するには緑谷出久はあまりにも小さかった。

 

 

 

他人を救った。

傷を負い、命を危険に晒して、その命運尽きることも厭わずに、人を救った。

 

それは賞賛すべき行為なのかもしれない。

 

それは尊い行動かもれしない。

 

だが、それが為した未来に待っていたのは、形容しがたい地獄の窯だった。

 

 

全ては緑谷出久がその場面に遭遇し、助けるために行動してしまった瞬間に決まっていた運命。

 

その後の出来事において、余人は語る術を持たない。

 

 

その数日で起こった事実のみを列挙するならば、

 

緑谷出久は目の前の偶然目にした悲劇を変えようと手を伸ばし、悲劇を覆した。

母から心配され、しかし己の手で救えた命に安堵し小さく確かな満足を得た。

 

だが、緑谷出久が起こしたおよそ善行といえるだろう行為の代償として、代わりに流された血があった。

 

緑谷出久は初めてヴィランに勝利したその3日後に、自宅で□がバラバラにされた姿を見た。仲間を捕まえられたヴィランの報復の結果だった。

 

その2日後に、単身赴任していた■から「お前のせいだ」と人生で初めて殴り倒された。

■は間違いなく伴侶を愛していた。だからおかしくなってしまったのだろう。だからその行動に対して出久が出来たことはただその拳を受けることだけであった。

 

その翌日の朝に、首から上だけになった□を自身に縛り付けたまま首をつって絶命している■の亡骸を見た。

 

それが、緑谷出久が初めて関わった事件の顛末。

小さな子どもにはあまりにも重い、世界の悪意に関わった結果だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一連の事件の凄惨な話は瞬く間にその区内、市内へと広がり、かつてデクと呼ばれた少年にヒーローになれないと断じた彼岸四季の耳にも入った。

 

噂を聞いた日の夕暮れに四季は、デクと呼ばれた子どもの家に来ていた。

場所はわかっていた。彼の身元を引き取ったヒーローがかの事件の担当となったため比較的簡単にその場所がわかったからだ。

 

当時、彼岸四季は高校生になった時よりも遥かに人の終わりが視えていた。

 

家族、親類縁者、全てを亡くした結果として、彼は多くの者の終わりを見ていた。

 

 

だからこの終わりも視えていた。

 

優しい□は息子の身を案じて流された涙を赤に染めて終えた。

優しかった■は息子の無事に安堵した笑顔を朱に染めて終えた。

そしてきっとあのデクと呼ばれた少年は善意を悲しみによって蹂躙されて、黒い狂気と憎悪と絶望の果てに自ら終わりを選ぶことになったのだろう。

 

推論だ。

いつ、どこで、どんな背景があったのかなんてわからない。

それほどに万能な能力ではない。ただ彼の『個性』は淡々と隣人の終わりを教えるだけだ。

けれど事件の噂を聞き、少年の名前を聞いた時点で今がそうなのだと確信を得た。

 

だから、こうしてわざわざ何回かしか見たことがないような少年の家に来た。

 

事件が起こった日から数日学校に通えていない。ならば既に、少年の命はないだろう。

別に親しいわけでもない。組も年齢も違う、何度か言葉を交わしただけの同級生の家に来たのはせめて通報と供養くらいはしてやろうと、ただそれだけの理由だった。

 

凄惨な事件があったはずの2階建ての一軒家の呼び鈴を鳴らしても誰も出てこない。それに不思議はなかった。ただ鍵すらかけられていなかったのが少しだけ意外ではあった。

誰の返事もない家の中に入る。本来であればテーブルなど鎮座しているであろうリビングは不思議なほどに物がなかった。おそらくはそこでどちらかが亡くなったため、物を処分したのだろう。人が死んだ跡にその場にあった物など、目を覆いたくなるような惨状になってしまうのは想像に難くないからだ。

 

そんな、あるはずの物がほとんど存在しないリビングの片隅に予想通りに、未来視通りに、彼はいる、はずだった。

緑谷出久は自ら死を選ぶ———選ぶ、はずだった。

少なくとも、あらゆる生命の終焉を視た彼岸四季の瞳には、父母の跡を追うように懺悔しながら死に果てる小さな体躯がずっと前から映っていた。

 

 

だが、その日の夕刻に見つけた緑谷出久は、リビングにはおらず、リビングの先、ベランダから出た庭先でひたすらに拳を振るっていた。

 

 

涙は枯れることなく、

心は絶えず悲鳴を上げていたとしても、

体は一刻も早くその苦しみから逃げ出したいともがいているはずであるのに、

 

それでもその絶望の果てに、緑谷出久は英雄として生きていこうと足掻いて、絶えることなくそこに在った。

 

 

信じられないモノの眼に映した彼岸四季は、思わず膝を折った。

 

死んでいるはずの少年が、死なずに立っている。

折れるはずであった魂が、震えながらも傷つきながらもまだだと叫んでいる。

絶対であるはずの運命が、軋みを上げてたった一人の意思に敗北を喫していた。

 

 

絶対に覆すことは能わないと信じていた『運命の終わり』を覆した奇跡が、其処にあった。

 

 

気づいた時には朝を迎えていた。

 

膝をつき、涙を流す己に、今にも崩れ落ちそうでけれど崩れることだけは決してない、少年はあろうことか声をかけてきた。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 

こちらの台詞だと、常の己なら言っていたであろう言葉は口から出ることはなかった。

膝をついた少年は、泣きながらでも膝をついても這いつくばってでも前へ進もうとした少年の手をとり、また泣いた。

 

 

余人は知ることがない。

この日、全てを救えと願われた少年は、全てを救うしか未来がなかった少年は、生まれて初めて、救われる側になったのだ。

 

 

手を差し伸べた今にも崩れ落ちそうな少年が、当の昔に崩れ落ちてしまっていた少年を救い上げた。

 

 

これが、世界を変える奇跡の初まりの一歩。

 

 

緑谷出久の原点(オリジン)

 

 

二つの運命の歯車が噛み合い、ありえないはずの音色を奏でる始まりの音。

 

 

運命の輪はこの日、初めて崩壊の兆しを見せた。そして、舞台は現在へ。

死柄木弔と緑谷出久の二人が再び出会う、後に保栖市強襲事件と呼ばれる事件へと移り行く。

 

 

いくつもの運命は互いの意志によってぶつかり合い、干渉し合い、そして小さな綻びが大きな歪みになっていく。

 

 

中心にいるのは無個性の少年たち。

OFAとAFO

そして人型をした何者か。

 

 

死を視る神ごときモノも、人の悪意の塊であるかのような異形の魔王も、平和と正義の象徴も、何も知らない世界全てを巻き込む事件へと発展するまで、あと1年。

 

 




次回よりステイン編です。


作者は別に曇らせ要素が好きなわけではありません。
気づいたら好きなキャラが曇っているだけです。

好きなキャラがもがき苦しみ、それでもまだだと虚勢をはってもなお前に出る姿が美しいのです。

つまり、
王道少年漫画展開大好き隻腕
それが作者です。

だからこの物語も最後だけはハッピーエンド。
最後だけは。


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第57話 保栖市激動

早く更新できるとはなんだったのか…

年末年始は想像以上に忙しかったのです。本当に申しわけございません。

次回は2月には投稿できると思います。




「おかしい。この状況はかなりおかしい」

 

「何だい。私の授業に何か不満でもあるのかい」

 

「少なくともヒーロー科でやる範囲の授業ではないですよねコレ」

 

片手も持ち上げたのは今時珍しい紙媒体のテキスト。それだけでも珍しいのに辞書ほどの分厚さを持つとなれば普通の高校生は滅多に使うことはないだろう。

 

しかもその内容が恐ろしいほどに濃く、そして難解だった。雄英に入れるだけの優秀な頭脳をもってしても、だ。

 

「コレ、医学書じゃないですか。それも異形の個性を持つ『新人類』まで網羅した最新版」

 

ただでさえ医学書関連は複雑なのに、異形系の『個性』持ちは更に生体工学などの知識すら必要な場合もあり、これらを学ぶとしたらそれこそ数年単位の時間が必要だ。

 

それを何故こうしてほぼ缶詰状態で詰め込んで学ばされているのか。

 

「アンタは治療系の個性として見ても世界でトップクラスになれる人材だ。これを伸ばさない手はないさ」

 

それに、と前置きして

 

「私ももう長くない。いい加減後継を育てておかないとねぇ」

 

雄英高校に最も長く勤め、その屋台骨と言われ続けた歴戦のヒーロー、リカバリーガールこと修善寺治与先生は確かにご高齢。未だに健康であるとはいえ自身の後継者を育てるのには遅いくらいだろう。

 

だが、それでも

 

「俺、『個性』の都合上複数人の治療には不向きですよ。」

 

そうなのだ。確かに俺はただでさえ少ない治療に使える『個性』の中でも更に頭一つ抜けているだけの治癒力がある。これは客観的に見ても明らかだ。例えば失われた臓器の再生、自身に負荷が掛かりすぎる個性の調整、この二つを達成できた時点で既に治療系の『個性』の中でもトップクラス。他の誰が見ても医師、あるいはそれに類した職に就くように勧めることだろう。

 

だがそれでも欠点というものは誰にでもある。

 

リカバリーガールの治療が本人の体力が必須であるように、俺の治療には自身の生命力が必要だ。そして俺個人が保有できる生命力にはこの先どれほどに鍛えようとも人の形で留めることができる生命力の総量にはおそらく上限がある。一人に対しての治療ならばどのような名医にもおいそれと後塵を拝すことはないが、複数人の治療ではどれほどに熟達してもリカバリーガールを上回ることはない。

 

「そんなことはわかってるよ。だがアンタは私の治療の限界も、自身の治療の壁であった『時間が立てば効力が薄まる』という壁も新たな個性の派生を得ることで超えてきた。」

 

小型のスクリーンに映し出されたのはとある患者たちの経過報告書の一部。

一つは皮膚が再生した轟 橙矢。もう一つはとあるヒーローの内臓の状態を示した断面図。

いずれも雄英高校に入学する前であれば治癒はできなかっただろう。それがこの数か月だけで可能になっていた。

 

「アンタの個性はおそらく今が限界値じゃない。これからまだまだ伸びる余地がある。

それにどんな道を目指すにしても、人を生かすための知識はきっと知っておいて損にはならないよ」

 

死と生の境界線で誰よりも長い間戦ってきた彼女のその言葉に、俺は観念して分厚い教科書に再度目を落とすのだった。

 

さて、こうして俺が缶詰にされて勉強している間に、他の連中はどうしているのやら。

 

 

 

 

 

 

職場体験5日目。

 

保栖市に訪れた緑谷出久はグラントリノと共にパトロールに出ていた。

保栖市に入って既に3日。時折個性を無断使用した小さな諍いを治める程度で肝心のヒーロー殺しの情報はまだ得られていない。人口は多いし、街の規模も地方有数の都市であるため事件が全くないわけではないが、ヒーローが出張るほどの大事件は不思議なほど少なかった。

 

その理由は大きくわけて二つ

 

一つは他の担当地域から多くのヒーローたちが保栖市に来ているため。とりわけ二人の著名なヒーローが来ている。ミルコとベストジーニストが来ていることが大きいだろう。

 

ヒーロー殺しの名前通り、今まで数多くのヒーローを殺し、或いは再起不能にしてきたヴィランは一貫してその地方で数人を殺傷してから別の場所へ移る。この都市で被害にあったのはまだインゲニウム—飯田天哉の兄であり有名なヒーローである—だけだ。だからこそ、まだこの都市のどこかに潜伏し機会をうかがっているものと考えられており、都市に厳戒態勢が敷かれている。

さらにはトップ10にランキングされているヒーローであるラビットヒーローミルコ、№4ヒーローベストジーニストの二人が来ていることは既にネットを通じて全国に情報を拡散されていた。

 

若くしてトップ10入りを果たした実力派のヒーローたちがこの街に出入りしている状況で大きな犯罪を起こそうとする者は自然と少なくなる。これが大きな犯罪が少ない理由の一つだろう。

 

加えて緑谷出久にとっても意外な事態がある。

 

「それにしても皆までここに来ているとは思わなかったよ」

 

「こっちの台詞だ。グラントリノなんて聞いたことねぇヒーローの所に行ったと思ったらこんな所にいるとはな」

 

エンデヴァー本人は所要で不在だが、事務所の総力を挙げてヒーロー殺しを拿捕すべく保栖市に来ることが事前に決まっていたためエンデヴァー事務所の精鋭サイドキックたちと共に焦凍と八百万も保栖市に集っていた。もちろんミルコの所で職場体験をしている耳郎、ベストジーニストの事務所の所に行った爆豪、拳藤も保栖市にいる。現在はお互いのパトロール箇所の打ち合わせを行っている最中だ。

 

「流石にこんだけの厳戒態勢を敷かれたら暴れにくいとは思うが……」

 

「はっ!どうだかな。テメェみたいに単純な思考回路をしているような野郎なら、そもそもこんな大ごとになってべぇはぁっ!?」

 

いつも通りに悪態をつく爆豪の頭に振り下ろされるのは肥大化した拳を使ったチョップ。

勢いはないが体躯を覆い隠せるほどに肥大化した掌はそれに見合うパワーがあり、結果として爆豪の語尾が愉快なことになった。

 

「悪いね轟。コイツは悪気なないんだけど口が悪くって…ってのは同じA組だから知ってるか」

 

「ああ、爆豪が口が悪いのは1-Aなら全員知ってる。」

「爆豪だからね」

「爆豪さんですものね」

「勝己だからしょうがないよ。ベストジーニストにもため口だったんじゃない?」

 

「なんだテメェ等のその認識は!!敬語くらいできるわクソが!!」

 

またまた~とか、無理しなくてもよろしいのですよなどという善意100%の相槌を挟み更に爆豪がヒートアップしていたが拳藤も爆豪が1-Aの中でどんな立ち位置にいるのか把握できたようで苦笑して

 

「大丈夫。私も心配してたんだけど一応敬語使えてたよ」

「DETROIT SMASH!!」

「あっっぶねぇ! テメェ何すんだデ……出久ぅ!!」

 

ノータイムで拳を振るってきた出久に対して仰け反るように躱して倒れる前に身を起こす爆豪。二人とも本気の剣幕で相対する。

 

「敬語を使う勝己なんてこの世界に存在するはずないだろ! 誰だお前!!」

「マジでブッコロス!!」

 

そんな喧騒と共に流れるように喧嘩を始めた二人に拳藤は目を丸くした。

 

「びっくりした…緑谷って温厚そうなのに、結構手が早いの?」

 

「まさか。ただのじゃれあいみたいなもんだろう。気にしなくていい」

 

「じゃれあい……」

 

拳藤の視線の先では素手で殴り合う二人がいる、がそれだけだった。

緑谷の拳に体育祭で見せたような力はなく、爆豪も爆炎をあげることもない、ただの喧嘩。

 

「お互いの距離を測りかねてるんだろう。だがお互い遠慮だけはしない。だからとりあえず本音でぶつかってるんだろ。」

 

「本音で……ね。それは、ちょっと羨ましいかな」

 

「あとは飯田さんがここにいればヒーロー科で保栖市にいらっしゃっているのは全員ですわね」

 

「アイツ……無理してねぇといいんだがな」

 

「そうですわね…」

 

 

 

 

 

 

「ずいぶんと騒がしいな……」

 

「ベストジーニストの所に体験に来ている雄英生か。たしか体育祭で3位だったバクゴーと2位だった……なんだったかな」

 

「爆豪勝己と緑谷出久。体育祭でも際立っていた二人だな」

 

「ベストジーニストさんが実習生を迎えるなんて珍しいですね」

 

「少し気になる生徒がいたのでね。」

 

「へぇ珍しい。有望株ですかあの雄英生」

 

「なんだ雄英体育祭見てないのか?あそこにいるのはみんな予選勝ちぬいて決勝トーナメントまで出ていた生徒だぞ。たしかあっちの髪色が左右で違う子はエンデヴァーさんの息子とか」

 

「へぇ、じゃ彼が今年の一年の優勝者?」

 

「お前雄英体育祭見てないのか?」

 

「いや俺仕事で3年ばっかり見てるから。仕事柄即戦力の確保って大事でしょ?」

 

「そりゃそうだがな。もうちょっと広くて長い視野を持てよ。一年から情報集めて声掛けとくのも大事だろうが。それに今年は多分10年に1度の当たり年だぜ。なんせあのエンデヴァ―の息子の轟君だって同率3位だ。爆豪、緑谷は轟君と同じくらいにヤバいよ。」

 

「あっ俺も見ましたよ。ありゃぁ雄英の中でもマジで頭一つ、二つくらいは飛びぬけてますよね。しかもそいつらをかき分けてトップを獲った彼岸ってのはちょっとおかしいくらいっスよ。」

「確かにな。それにあそこの連中だってみんなベスト8に入ってる。単純な能力だけならその辺のプロにだって負けない面子だぞアイツ等」

 

「マジっスか。そりゃあ1年でトップ10入りする3人の職場に来れるわけだ。」

 

そんな会話に引き寄せられたのか、打ち合わせをしていたヒーローたちの視線が小競り合いをしている二人と周りで情報交換をしている他の少年少女たちに向けられる。

 

だがそんな打ち合わせの停滞を許さぬようにゴホンと咳払いが場を引き締めるように響き、ヒーロー達の視線を集めた。

 

「私よりもミルコの方が珍しいだろう。サイドキックすら拒む孤高のウサギが何を思ったか二人も職場体験に招いた。こんな珍事はそう見れまいよ」

 

「私だって少しくらいは若い者の育成に貢献するさ。」

 

「ふん、アンダーグラウンドの格闘大会に飛び入りしていた暴れ者が、変われば変わるものだな。」

 

「別に変わったつもりはねぇよ。ただカッコつけなきゃいけない奴ができただけさ」

 

「………フッ、それを変わったというんだよミルコ。」

 

「馬鹿にしてんのか」

 

「頼もしくなったということだ。エンデヴァーから自分が行けないからバーニンたちサイドキックと一時的に組んで事に当たってくれないかと言われてきたが、必要なかったかもしれんな」

 

「ふん、そんなことよりさっさと割り当て地域を決めちまってくれ」

 

 

そんな笑みを残してヒーロー達の会議は進行する。

 

 

 

そんな会話を生徒の中で唯一聞くことが出来た生徒、耳郎響香は顔をしかめたままで自身のプラグを弄ぶ。

 

「どうかしたのですか耳郎さん?」

 

「なんか…ね。職場体験でずっとミルコに耳の使い方…音を聞き分けるコツってのを教えてもらってたんだけどさ。」

 

先端がプラグ状になっている長い耳たぶが揺れる。音を拾っているのかあらゆる方向へとプラグの先端を向けてから一言だけ呟いた

 

 

———嫌な、音がする

 

 

異音を聞き分けたわけではない。けれど街のざわめきに紛れ込んでいるかのような悪意の音が聴こえた気がした。

 

 

 

 

 

side ヴィラン

 

保栖市で大きな事件が起きない、言い換えればヴィランが活発に活動していない理由のもう一つの要因。それはヒーロー殺し『ステイン』だ。

 

普通ならヒーロー殺しのようなヴィランが出没すれば、模倣犯や彼に犯罪を擦り付けようとする輩が湧いて出てくるものだ。

 

しかし、彼の場合は違う。

 

彼のヒーロー殺しとは違うもう一つの側面。それはヴィランに相対した時には必ず殺傷しているということだ。誰彼構わず殺すのではなく、ヒーローとヴィラン、或いは明確な犯罪者のみを殺す。故にこそ、ヴィランであっても彼の前では姿を現さない。

 

同じヴィランたちからも毛嫌いされた突き抜けた精神性と正体不明の『個性』を持ってどのような界隈にも消えないシミを刻み付ける者。だからこそ『ステイン』

 

 

ヒーローとヴィランによってできた緊張状態で保たれた平和の均衡。

それはこの日に終わりを告げる。

そんな一見静かな保栖市に、歴史に残ってしまう事件の幕を上げる役者が二人、既に出会っていた。

 

保栖市から遠く離れた某都市の薄暗い酒場の中で黒い霧が人型を模っているような人物、黒霧は二人の邂逅を静かに見守っていた。

 

「はぁ、なるほど。貴様らが雄英高校に襲撃した連中か」

 

「ああ、今はそんな認識でいいよ悪党の大先輩。 今日はご足労いただいて悪いな」

 

雄英高校襲撃前には癇癪をおこした子どものように感情のままに怒鳴ることが多かった死柄木弔。それが今は数十人を殺傷した大物ヴィランを前にしてあまりに静かに、自然体で振る舞っていた。

 

———成長している。精神的にも、『個性』も……あの襲撃事件以降に、急激に。

 

「アンタを仲間に誘おうと思ってた。だが、その前に一つだけ大事なことを聞きたかった」

 

「ハァ……、何だそれは。」

 

「アンタの信念。アンタの理想。それってどんなヤツなのかってことさ。

ヒーローもヴィランも皆殺しにする凶悪犯。そんな経歴のわりに、アンタは結構理性的だ。

だから、その行動の奥底ってやつを知りたい。

アンタをそんなに必死にさせる理由ってのはどんなだ?」

 

空気が重量を持ってしまったかのように、場が重みを増した。

少なくとも黒霧にはそう感じられた。重みの原因はステイン、ではない。

 

ただ質問をした死柄木弔から感じれた、重み。

 

「教えてくれよヴィランの先輩。

 

アンタの行動の意味を。

 

アンタの生き方の指針を。

 

アンタの魂に刻んだ信念ってヤツをさ。

 

アンタが俺を、そして俺がアンタを秤にかけるのはそれが済んだ後だ。」

 

そう言って笑う彼は、本当にあの幼子のようですらあった死柄木弔なのかと、誰よりも間近で見ていた自分でさえも目を疑った。

 

それはまるで、そうまるでAFOのようで、そしてどこかあの日私たちに立ちふさがったあの男でもあったようだった。

 

知らずその重みに息を飲む。場を支配する彼の存在感はかのヒーロー殺しですら目を見張るほどのものだった。

 

「……なるほど。その辺りのゴミとは違うなお前。お前の価値を秤にかけるのはその行く末を見届けなければいけないようだ」

 

フゥーと長い溜息をしてここに来て初めてステインが両手に携えていた刃を鞘に納めた。

少なくともこの場ではお互いに不戦という認識は共有できたらしいと黒霧は心中で安堵の息を吐く。

 

だが、それを表に出すことはまだできなかった。何故ならここからがこの話し合いの正念場だとわかっていたからだ。

 

「この世は、あまりにも偽物が溢れている。」

 

長い溜息の跡に吐き出された言葉はコールタールのように黒く、粘りつくように皮膚を撫でる

 

「贋作は正さなければならない。」

 

それは信念と呼ぶにはあまりにも黒く、重く、

 

「誰かが、その手を血に染めたとしても、【英雄】を取り戻さなくてはならない!」

 

そして万人が目をそらしたくなるほどに、あまりにも愚直な意志が滲みだしていた。

 

狂ってる。

 

そう判断するのにはその言葉だけでも十分すぎた。

 

それほどに圧倒的な狂奔した思想、それこそがヒーロー殺し。

 

「贋作は全て粛清の対象だ。この世界に必要なのは、本物だけだ!!」

 

英雄信者。

 

そんな言葉が脳裏をかすめる。

されど、

 

「ヒーローへの独善的な執着と依存。ソイツがアンタの信念か?」

 

そんな他者を圧倒するような狂信を持ち、事実として多くの者をその狂信のままに屠ってきた大物ヴィランの心情を、死柄木弔はただ冷めたような瞳で射抜いた。その言葉もまたその瞳と同じように冷め、

 

「小さいな。世界を覆す度胸もねぇのか」

 

言外に見込み違いだったと、何よりも雄弁に語るのだった。

 

「っ貴様!「アンタの根源にあるのはヒーローだ。違うか?」………そうだ」

 

「それがそもそも間違いだ。この世界は、ヒーローを起点に回っているわけじゃない。」

 

アレは、本当に死柄木弔なのだろうか?

誰よりも彼の近くにいた黒霧をして、それがわからなくなる。

 

「アンタは人に高望みしすぎてんじゃねぇのか?」

 

「高望みして何が悪い。確かにそれを為した者がいる。だからこそ、余人も志が腐っていなければそこに至れない道理はないはずだ。」

 

「なるほどね。人を見下げ果てた俺と、人に高望みするアンタ。つまり、俺とアンタは思想の根底から相容れないってわけだ。」

 

だが、と言いながら死柄木は視線を切って私に「上等な酒頼む。2杯だ」と話してきた。

一度ステインに視線を向けるが刃を持って未だに死柄木を睨んではいるものの、襲い掛かるような仕草は見られない。

警戒しつつも死柄木に言われたとおりにグラスに氷とダークラムを注ぎ入れて彼に渡すとステインに片方を差し出して対峙する。

 

「少なくとも、現在の社会を否定しているという一点のみにおいて、アンタと俺は同類だ。

だから仲間にはならずとも、同盟程度は組めるさ」

 

どうする?と問うた死柄木に若干の逡巡を見せながらも、ステインの手は刃に伸びることはなくグラスを選択した。

 

「…先ほども言ったとおりだ。貴様はまだ判断できない。ならば、この場はそれで納めよう」

 

カツンとグラスをぶつけて中身を呷る二人に、とりあえず同盟は上手くいったことを悟り、肩の力が抜けた。

 

ただこの時は誰も気にも留めなかった。黒霧はおろか、通信回線を通じて状況を見ていた『博士』も、『AFO』でさえも。五本の指でグラスを持っていた死柄木弔に、誰も気づけなかったのだ。

 

死柄木弔の個性『崩壊』は五本指で触れた物を自動的に分解させる能力。

 

それがこの時には既に完全に制御されていたという些細な、しかし大きな変化にこの場の誰もが気づけなかった。

 

 

 

 

 




原作との相違

死柄木弔  カリスマ性++

爆轟勝己  精神的成長+

????  精神摩耗-

 


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第58話 緑谷出久と死柄木弔 ①

この世では、きっとあなたが正しくて、私こそ間違っているのだろうとも思いますが、私には、どこが、どんなに間違っているのか、どうしてもわかりません。

太宰治 『きりぎりす』




 

頭が冴えている。

 

体のキレもいい。

 

不思議なほどに、視界が広く、隅々までよく視える。

 

まるで今まで深い霧の中にいたかのようだ。見える景色が違っている。

 

間違いなくこれまでの人生で最も調子がいい。

 

だが、その原因がわからない。いや、本当はわかっている。

 

アイツだ。

 

アイツに会ってから、アイツと話してから、俺は何かがおかしい。

 

何が、何があった。今のこの状態はあいつの『個性』なのか?

 

だが、アイツに何かをされたというわけではない。

 

では、何故?

 

「死柄木弔? どうかしましたか?」

 

「………何でもない。脳無は何体借りられた?」

 

「下位7体、中位で廃棄が近いモノを3体借りられました。」

 

「ずいぶん太っ腹だな。せいぜい2,3体くらいかと思った」

 

「詳しくは聴いていないのですが『先生からのご褒美』とのことでした。」

 

「ご褒美?何かした覚えはないぞ」

 

「おそらくはヒーロー殺しを引き入れたことに対して、でしょうか。それでどうしますか?」

 

「まずは下位のヤツを街に送り込んで暴れさせる。」

 

「それでヒーロー殺しの援護になるのですか?」

 

「直接アイツに手助けするのは得策じゃない。アレは狂人だが自分の信念に従う狂人だ。誰かの手を借りて事を起こすことを良しとしないだろう。やるなら直接的よりも間接的な支援だ」

 

「というと?」

 

「難しいことじゃない。別のことにヒーロー達の注意を引き付け、アレの信念ってヤツを実践できる舞台を用意してやるだけだ。だから脳無は街の四方に分散して配置させ、同時に暴れさせる。」

 

「なるほど。他に指示はありますか?」

 

「そうだな……最初に下位で能力が低いヤツを暴れさせて、釣れたヒーローに対応できそうな脳無をぶつけるか。

最初の陽動でも人を殺さず、傷つけるだけに留めるようにしてくれ。そのほうが救助でヒーロー共の足を引っ張ることが出来るだろ。()()()()黒霧」

 

「え?」

 

「どうかしたか?」

 

「い、いえ、何でもありません。それでは私はドクターに協力を依頼してきます」

 

「ああ」

 

さて、この一手でどう動くか。奴がいない盤面で、誰がどう動くか。見物だな。

 

 

 

 

 

頼んだ、と彼は確かにそう言った。

以前の死柄木から、そのような言葉が出ただろうか。

その前の考察もそうだ。

以前なら短絡的に脳無を戦わせるだけだったはずなのに、戦局を予想し、的確な配置になるように考えて戦っている。

 

見ようによっては成長ととれるだろうが、あまりにも、急に変わりすぎてはいないだろうか。

 

「…これが致命的な歪みでなければいいのですが」

 

 

黒い霧が呟いた言葉はその姿と共に虚空へと消える。

次に姿が現れるのは、1時間後。

 

おびただしいほどの悪意をつれて、保栖市の最も血塗られた長い一日を始めるためにヴィランがやってくる。

 

 

 

 

 

 

異変に最初に気づいたヒーローはミルコだった。数多のヒーローの中でもとびぬけた聴覚を持ち、野生の直感力をも併せ持つ彼女は例えその場からキロ単位で離れていても異常を聞き分けた。

 

「イヤホンジャック!」

 

次いで彼女の下に職場体験に来ていた耳郎響香もまた、その優れた聴覚で視覚よりも先に街の異常を悟った。アスファルトに伝わる振動音、いくつものガラスが砕け散る高音、人の悲鳴を響きを聞き取り、音の発信源を特定する。

 

「はい! 北西に1キロに2! 南に2.5キロに1、南東に5キロに2,東に…すみません。そっちはわかりません」

 

「上出来だ。東北東5キロ、確かデカいスーパーがある辺り、そこに3体だ。 エンデヴァーの所のフレイムかベストジーニストに連絡をとれ。その後は北西の現場に行って避難誘導。戦闘はできる限り避けろ!だが本当にやべー時は個性の使用した戦闘を許可する!」

 

「はい!」

 

それだけの指示を残してラビットヒーローはいち早く現場に向かう。

おそらくそれが本命から狙いを外すための陽動であると、本能で悟っていたとしても助けを呼ぶ声が誰よりも聞こえるが故に、陽動に乗るしかないのだ。

 

「気をつけろよイヤホンジャック。たぶん、他にもなんかあるぞ」

「わかりました!ミルコも気を付けて!」

 

 

 

 

 

 

 

ビル群の一角。周りのビルよりも頭一つ高い場所で、引き抜けていく風に炎の熱気とかすかな悲鳴が混じったことを感じ取って、死柄木弔はゆっくりと閉じていた目を開ける。

 

ついで眼下に広がった都市の片隅。点のようにしか見えない建物に広がる炎を見つめ、そこで暴れまわっているであろうと当りをつけた。

 

それに愉悦を感じる心と、どうでもいいと諦観する心、そして漣のようにわずかにざわめいた心、三つの感情が混在しているのを感じ、不快感に眉をひそめた。

 

今のところ、自分が思い描いたとおりの展開であるにも関わらず、何故か感情がまとまらない。

 

その答えを探っている最中に、()()は来た。

 

 

そこを飛びのいたのは勘だ。

 

脳が囁いた生存本能が背筋を一気に駆け抜け、足を稼働させて回避行動を取らせた。

 

足が地面を離れた瞬間に今まで立っていた場所に赤い何かがさっきまで頭があった空間を薙ぎ払った。

 

 

次いで降り立ったのは、一度だけ会った子ども。

テレビの中で何度も見た顔。

あの男と決勝を争った、化け物の一人。

 

「緑谷…出久!」

 

「街の騒ぎはアンタの差し金か死柄木弔!」

 

気に入らない子どもが、

 

「もう好きにはさせない。何故なら!僕が来た!!」」

 

気に入らない奴の台詞と共に真っすぐにこちらに赤い槍を持って突貫し、

 

「言ったはずだぞ。」

 

こちらも体を傾け、

 

「今度は絶対に殺すってなぁ!!」

 

一目散に相手を砕こうと地を蹴った。

 

 

 

 

side 黒霧

 

死柄木の指示通りに脳無を転送し、事の成り行きを見てから再度死柄木の下に戻った時に見たのは脳無と短い時間ながら打ち合った少年、緑谷出久が槍を構えて死柄木に突っ込んでいるところだった。

 

何故あの少年がここにいるのか、そんなことを考えている暇はない。

既に相対している死柄木だが、正直あの少年に一対一では勝負にならない。

 

もちろん死柄木の個性『崩壊』は強力だが、相手が悪い。

 

緑谷という少年は最高位の脳無と打ち合える身体能力のほかに、体育祭で見せたような空を駆ける能力と黒い鞭のようなモノを操る能力、少なくともこの二つを併せ持つ。

 

つまり脳無と同じ複数個性を持つ存在だ。

 

身体能力だけで絶望的な差があるのにそれ以外すら扱う相手など、死柄木には危険すぎる。

 

もちろん私の個性『ワープゲート』とて相手にはならないかもしれないが、それでも彼を逃がすだけならばできるはずだ。

 

『待ちなさい黒霧』

 

「っ……この声は、『先生』ですか。」

 

自分が愛用しているタキシードの首元に設けられた金属製のガード、その中に仕込まれている通信機からの音声だったが、その声が持つ存在感を間違うはずもない。

 

『そうだよ。いやいや、どうして…面白いことになっているじゃないか。』

 

「申し訳ございません。私の失態です。すぐに助けます」

 

『まぁ待ちなさい。言っただろう。面白いことになっていると。しばらく様子見だ』

 

「は?い、いえしかし、今の死柄木ではあの少年には…」

 

「敵わない? そうだね。 しかし、そういう経験も必要なのさ。それに案外そうでもないかもしれないよ?」

 

 

 

side 出久

 

それを視界に捉えられたのは偶然だった。

エンデヴァー事務所、ベストジーニスト、ヒーローミルコ等の連名でのヴィランへの緊急対応要請。

プロヒーローへのヴィランの位置情報が素早く流され、グラントリノと近い場所に行くために大地を蹴ってビルの上を移動していた際に、彼はいた。

 

姿を見た瞬間にグラントリノに何か言うまでもなく『浮遊』を使用して駆けだした。

 

一撃で意識を刈り取る。

 

彼がここにいることがただの偶然か、なんて脳内がお花畑な甘い考えはない。

 

十中八九この騒ぎに関わりがある。あるいは彼が騒ぎの元凶の一人である可能性は高い。

 

もしかしたら騒ぎを行っているのはこの前雄英高校に現れた脳無と呼ばれていた怪人なのかもしれない。

 

だとしたら、彼を叩くのが一番早い。そうでなくとも、あの日に雄英高校に連れてきた戦力を考えればそのままには出来はしない。最悪のタイミングで彼まで暴れ出したら手が回らなくなる。

 

一刻も早く彼を拿捕して、ヒーローたちの下に送り届けて、周囲に展開しているヴィランの下に向かう。そのつもりだった。

 

視界の端に一瞬の閃光が走り、遅れて一際大きな爆発音が耳に届く。

一分一秒すら惜しい。早く助けを求める人たちの下に行く必要があるというのに。

 

「どうした! よそ見かよヒーロー!!」

 

未だに打倒できない敵に、死柄木弔に歯噛みする。

槍がどこに当たろうとも関係なくその両手を振り回してくる。狂気じみた様相は深まるばかりでつけられた傷をものともしない。厄介なのは拘束した黒鞭でさえも『崩壊』の個性で崩されてしまったことだ。

 

「厄介な」

 

「ハァッ!」

 

それでもこちらの優位は変わらない。

身体能力は言うにおよばず、槍という間合いでも有利、屋上であったため浮遊も使って三次元を飛び回ることでより優位に立ちまわることができる。

それでも、死柄木は飢えた獣のように荒々しい形相を携えてこちらに攻撃することを止めない。自らが傷つくことも厭わずにただこちらを殺傷するためだけの行動をとる姿は正しく修羅。

『崩壊』だけに頼ることもなく、意表をついてこちらに右上段蹴りを放ってくる。僕も蹴り足を左腕で受け止めつつを負けじと蹴りを放ち迎撃する。図らずも蹴りによるカウンターとなり、死柄木は空中を滑るように回転しながら——いや、蹴り足に対して腕を差し入れて直撃を防ぐだけでなく、蹴りの方向に身を捻って衝撃を逃がしたんだ。

勢いで転がりこそしたが威力は殺されている。意識を奪うには至らない。まるでネコ科動物のような柔軟性と判断力だ。

態勢を立て直した死柄木は今度は急に静止し自分の足をじっと見つめている。急な静止を隙と見ることができなかったのは、うつむいたその顔の端に笑みが残っていたからだ。少し距離をとって槍の穂先を向けて警戒する。

 

「こう、じゃない。もっと…こう、こうか?」

 

蹴りの型を確かめるように何度も足を振り上げる。仮にも敵が目の前にいるのにやるべき行動ではないが、その姿が異質に過ぎる。

それだけではない。

戦いが始まった時は無茶苦茶に突進してくるだけで、素人丸出しのテレフォンパンチしか打てず、蹴りなんてするだけで自分の態勢を崩す程度でしかなかった死柄木の一撃は明らかに鋭さも重さも増している。今独り言を言いながら振り回している蹴りですら、一つ放つ事に勢いを増している。

何よりも、あの蹴りの型、踏み込みのタイミング、当てるのではなく撃ち抜くような勢い、重心の移動、それらはあまりにも僕の、というよりも四季の放つ蹴りに似ている。

何故、とは思うが今は答えは出ない問いに意味はない。ただ四季の模倣をするその姿が、どうしても昔の■■の姿と重なった。

 

「っ! 」

 

その考えを振り払うように黒鞭を振り回し、死柄木の腹部をしたたかに打ち払った。

バイクに横っ面から打ち当てられたように4,5m吹き飛んで屋上のフェンスにぶつかる。

 

「…もう、諦めろ死柄木弔。これ以上は余計に傷を増やすだけだ。」

 

慢心、ではないと思う。僕はこのまま戦えば確実に勝てるという確信がある。

確かに未だに相手は立っているけれどあちこちに裂傷や打撲があり、こちらはほぼ無傷だ。

想定以上の身体能力、想像していなかった学習能力、考えていた以上の出力の『個性』があってもこちらは一瞬一撃で決着をつける『OFA(ワン・フォー・オール)』がある。

あちらも現状のままでは勝てるはずもないとわかっているはずなのに。

 

「くっはっははは。正気かよ緑谷出久。」

 

笑い声が響く。あざけるように、心底愉快なように、作り物染みた声がこの狭い戦場に響き渡る。

 

「何がおかしい」

「知らないのかよ。結構有名な話だと思ってたぜ。

諦めるってことは、なんか希望を持っている奴の権利だ。

お前、俺が何かを諦めるような希望とか持っていると思ってんのか?」

 

そんな彼は、ああ、なんということか。

 

「手遅れだ。何かに希望するなんてことは、とっくの昔に捨ててる。」

 

両親を亡くしたあの日の朝に、鏡で見た自分と同じ顔をしていた。

 

嘲笑は続く。

 

「お前はきっと正しいんだろう。

俺はきっと間違えているんだろう。」

 

コイツの詳しい背景なんて知らない。どんな人生だったか、どんな思想があるのかわからない。

ただ、一つだけ確かなのは、

 

「この世ではきっとお前が正しくて、俺が正しくないというんだろう。

けどなぁ、俺には俺のどこがどんなふうに間違っているのか、さっぱりわからない。

なぁおい、

 

間違っているのは、

 

正しくないのは、

 

壊れてしまっているのは、

 

お前か、俺か、それともこの世界か?」

 

コイツは、あの日の僕の可能性だ。

 

「—————『貫き穿つ葬送の槍』」

 

だから最速、最短で彼を■■しようとして、しかし必中必殺のはずの槍は空を切った。

穂先の直線状にあった屋上の入り口が建物もろともに巨大なハンマーで叩き壊されたように吹き飛び、正面の景観を更地に変えたが、そこに赤い染みを作るはずだったモノはいない。

槍を放つ直前、彼が黒い影のようなものに呑まれていくのが見えた。USJで見た転移系の個性持ち、黒霧の仕業だろう。

 

「クソっ……」

 

苛立つ心を抑えることができず、叩きつけるように槍が地面を穿つ。無論そこに目的の敵はなく、役目を失った槍は建物だった残骸を壊すのみだった。

 

この時、すでに僕の下に1-Aの一括送信で届けられたメールがあった。

だが僕は逃がしてしまった心中をすぐに整理できなかった未熟さのためにすぐにそれに気づけず、結果として更に別の無様をさらすことになる。

 

 

 

 

—————メールを受信しました。

 

件名 なし

内容

保栖市 江向通り4-2-10 

 

送信者 

耳郎 響香

 

 





保栖市 江向通り4-2-10

原作においてステインが出久君、焦凍君、飯田君と戦った場所です。

つまりそういうことです。



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