【本編完結】サイコロステーキ先輩に転生したので全力で生き残る (延暦寺)
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本編
プロローグ


前からサイコロステーキ先輩を主人公に書きたかったので、映画公開を記念に初投稿です。


 ――近い将来、俺はかませ犬のように呆気なく、無惨に殺されるだろう。

 いきなり何言ってんだと思うかもしれない。だが事実である。

 別に、俺が厨二病を発症してるとか、未来予知に目覚めたとかではない。

 いや……ある意味では未来予知と言っても良いかもしれない。

 

 とにかく、このままだと俺は死んでしまうのが確定していた。

 

 

 俺は前世の記憶を持っている。

 生まれた時、俺は最初随分昔の時代に転生したものだと思っていた。

 5歳か6歳の頃には、何かおかしいぞと思い始める。

 そして、父の口から時折漏れる「柱」や「鬼」という言葉。

 もしやと思いつつも、子供の俺に気遣ってか情報は徹底して隠されていたので確信には至らなかった。

 俺が確信したのは8歳の頃。

 ある日、父から我が家は代々お館様に仕える『鬼殺隊』の家系だと知らされた。

 『鬼殺隊』、それは読んで字のごとく鬼を殺すための集団。

 普通の人間ならば、何言ってるんだこいつと一笑に付したかもしれないが、残念ながら俺は笑うことができなかった。

 むしろ、その単語を聞いたことで全身から汗が噴き出したほどだ。

 

 前世では『鬼滅の刃』という少年漫画が爆発的な人気を誇っていた。

 優しさに満ち溢れた少年が主人公で、鬼と呼ばれる異形の存在を討ち倒すという概要だけ聞けば王道の物語だ。

 だが、実際には王道と片付けていい作品ではない。

 人が死ぬ。そう、とにかく人が死ぬのだ。

 生き残ったとしても、かなりの重傷を負う事も多々あるほどに、人間にとって厳しい世界観である。

 読者として鬼滅の刃を読んでいた時はしょせん他人事であったが、実際に自分がその世界に転生したとなればマジでシャレにならない。

 しかも、我が家は代々鬼殺隊というではないか。

 しょっぱなから死亡フラグ満載である。

 

 そして、更に追い打ちとして俺の死を確定づける要素があった。

 今まで、自分の顔はどこかで見たことのあるような顔だなぁという印象しか持っていなかったが、鬼滅の刃という世界に転生したという前提の下で自分の顔を見たら、俺は納得した。

 

 曰く、サイコロステーキ先輩。

 曰く、肉柱、肉の呼吸。などなど様々な愛称で呼ばれカルトな人気を誇り、公式でも累に刻まれた剣士として名を馳せる人物へと転生していた。

 

 二次創作でも炭治郎や禰豆子に転生したり、鬼に転生したり……なんてのは見かけたことはあるが、まさか自分がよりにもよってサイコロステーキ先輩に転生するなどとは夢にも思わなかった。

 ちなみに、公式でもついぞ明かされなかったサイコロステーキ先輩の名は栖笛 賽(すてき さい)

 

 これは、サイコロステーキ先輩こと栖笛 賽に転生した俺が、迫りくる死亡フラグを回避する為に死に物狂いで頑張る話である。

 



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サイコロステーキ先輩になりまして

サイコロステーキ先輩は出番が少なすぎる故に、かなりの独自設定、解釈が含まれますので予めご了承ください。


 死にたくない。

 それは、普通の人間であるならば誰もが思う事である。

 誰だって長生きしたいし、痛い思いもしたくない。

 勿論、俺だってそうだ。

 普通に生きていれば、大きな事故や病気をしない限りは長生きできるだろう。

 だが、俺はその普通の生活ができないことを理解している。

 サイコロステーキ先輩に転生した俺は、何年後かに下弦の伍“累”にバラバラにされて殺される。

 それはもう呆気なく殺される。

 勿論、そんな事は御免被りたい。

 生き残る為には何でもするつもりで、俺はまず両親に鬼殺隊にならないという旨を伝えたが、あえなく却下されてしまった。

 俺の家……栖笛家は結構な名家らしく、柱こそ輩出はしてないもののかなり昔から鬼殺隊に貢献し、それなりの地位を築いてきたらしい。

 子供も必ず鬼殺隊に入隊させているため、俺のわがままでその伝統を崩すわけにはいかないという事だった。

 何を時代錯誤な事をとも思ったが、そもそもの時代が時代なので当然といえば当然の結果である。

 ならばと俺は家出をした。

 子供の足でどこまで行けるかは分からないが、栖笛家とは完全に縁を切り、完全なるモブに徹しようとした。

 

 しかし、家出した先で鬼と遭遇してしまう。

 一応、護身用に刀は携えていたものの剣術の覚え等ない俺はひたすらに、我武者羅に刀を振り回した。

 気づけば朝を迎え、鬼は日光を浴びそのままサラサラと粒子化し消え去った。

 間の悪い事にそこへ鬼殺隊が到着し、俺が鬼を倒すところを見てしまう。

 子供なのに鬼を倒すなんてすばらしい才能だと持て囃されスカウトされてしまったのだ。

 それを聞いた両親は、俺の家出を不問とし我が子は天才だなんだと持て囃す。

 歴史の修正力と言うのは恐ろしいもので、この世界はどうあっても俺を鬼殺隊へと入隊させたいようだった。

 俺は鬼殺隊から逃げるのは諦め、死なないために鍛えることにしたのだった。

 

 

「ふっ、せいっ、はっ!」

 

 我が家の庭で、空を裂く素振りの音と俺の声が響く。

 

「……ふう、こんなものかな」

 

 それからしばらくして、日課の素振りを終えた俺は額に浮かんだ汗を手で拭う。

 

「坊ちゃま、お疲れ様です。今日も精が出ますね」

 

 日課を終えたタイミングで、使用人の一人が汗を拭くために手ぬぐいと井戸で水を渡してくる。

 俺は礼を言いながら手ぬぐいと水を受け取り一息つく。

 

「それにしても、坊ちゃまは本当に勤勉ですね。天才なのですから、凡人のように汗臭い修行をしなくてもよろしいのではないでしょうか?」

 

 そう、困った事に俺は……というかこのキャラは天才だった。

 原作では呆気なく死んでいたが、年齢に見合わぬ傲慢さ、隊が壊滅状態という現状を理解しているにも拘らず余裕の表情と態度から考察するに、本来のサイコロステーキ先輩は天才ではあったが、それ故に慢心しあっさり敗れ去るという典型的な努力をしない天才タイプだったのだろう。

 努力をしない天才タイプと言うのは古今東西、様々な漫画に登場するが大抵は主人公などにあっさりと負けてしまうのだ。

 怠ける天才、努力する凡才に劣る、と言うしな。まぁ、俺がさっき考えた言葉だが。

 だが、もし天才が慢心せずに努力を続けたら?

 高確率で噛ませ犬から脱することができるのではないだろうか。

 浅はかな考えと思われるかもしれないが、運命の修正力により鬼殺隊から逃れられないのであれば、ただひたすらに愚直に鍛え続け強くなるしか道はない。

 

 幸いにも、先ほど述べた通りこの体は中々のスペックを擁している。

 鍛えれば鍛えるだけ強くなり、教わった技術はスポンジが水を吸収するがごとく面白いくらいに身に着く。

 ちょっと修業が癖になりそうなレベルであった。

 10にも満たない年齢で全集中の呼吸を会得してしまった時は、もはや笑うしかなかった。

 これだけのポテンシャルを持っていてあっさり死んだ先輩は、どれだけ慢心していたのだろうとツッコミたくなるレベルである。

 

「僕は……強くならなくてはいけないんです。過酷な運命(噛ませ犬)を打ち破るためにも、皆が僕を天才と褒めたたえようと慢心せず、ただひたすらに誰よりも強くなりたいんです」

 

 一見、殊勝な事を言っているようだが、結局のところ自分が死にたくないから頑張るというだけの話だ。

 

 

「流石です、坊ちゃま! この私、感動いたしました! 不肖わたくし、微力ながらこれからも坊ちゃまを支えさせていただきます!」

 

 何を勘違いしたか、俺の言葉を聞いた使用人は感動に打ち震え、滂沱の涙を流していた。

 その後も、俺は時には父に修行を付けてもらいながら入隊試験の日までひたすらに鍛え続けるのであった。




サイコロステーキ先輩は、原作でのあの態度などから天才ゆえの慢心キャラだと解釈し、この設定にしました。
そして、天才だから鍛えたらそりゃ強くなるよねというお話です。


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俺の同期がこんなに可愛いはずがある

お気に入りや早速の感想ありがとうございます。
サイコロステーキ先輩は設定が謎だらけの為オリジナル設定ばかりになると思いますが、よろしくお願いします、。


 着々と近づいてくる死亡フラグに備えて修行を始めてから数年が経過した。

 13歳となった俺は、鬼殺隊の最終選別に挑戦し無傷で突破した。

 毎年、突破する者のほとんどは何かしらの怪我をしている中で無傷というのは珍しく、流石は我が息子だと父に褒められた。

 が、俺が無傷な理由は単純で、7日間ずっと鬼から隠れていたからである。

 最終選別の突破条件は、7日間生き残る事。

 別に鬼を倒せとも何とも言っていないので、俺のやり方は反則でも何でもない。

 もちろん俺なりに修行はしていたので、そこら辺の鬼ならば容易く屠れるだろう。

 だが、戦いを避けられるのなら避けるに越したことはない。

 俺はおのれの護身の為に強くなった。

 よく護身術などで戦い方を教えているが、本当の護身というのは危険な場所に近づかないことなのである。

 体を鍛えたり戦い方を学ぶのは、あくまでサブであってメインではない。

 要は、俺は戦いを避けるために強くなったのだ。

 実際、最終選別中は一度も鬼に捕まることなく悠々自適に山の中でサバイバルをしていた。

 たまに、自分の近くを怪我した隊士候補などが通りかかったりしたので助けたりはしたがそれ以外では一切表に出ていない。

 過程や方法など関係ない。どんな手をつかおうが…………最終的に合格すればよかろうなのだ。

 そんなわけで無事に最終選別を突破した俺は日輪刀を授かり、正式な鬼殺隊の隊士となった。

 あとは、最大の死亡フラグに備えひっそりと目立たず隊士として活動すればいい。

 ちなみに、その最大の死亡フラグまでの期間はおよそ5年。

 何故そう言い切れるかと言うと、柱にしのぶさんの姉である胡蝶カナエさんが居たからだ。

 カナエさんは主人公である炭治郎が入隊する4年前に亡くなっており享年17歳だ。

 そして現在は16歳との事なので4年+1で5年と言うわけだ。

 それにしても、漫画を読んでいた時も思ったが美人である。

 しのぶさんも美人だし、この2人が亡くなってしまうのは世界の損失だと思っている。

 

「賽、何ニヤニヤしてるんですか」

 

 俺が目の保養の為にカナエさんを眺めていると、横から声がかかる。

 そちらを見れば、そこには原作よりも幼い……回想で見かけたことのある姿のしのぶさんがジト目でこちらを見ていた。

 驚くことなかれ、なんと俺としのぶさんは同時期の入隊であったのだ。

 しかも年齢を聞けば同い年。

 これは完全に予想していなかったので少々驚いたものだ。

 同い年でお互いに試験を突破したという状況もあり、しのぶさん……いや、同い年だししのぶでいいだろう。

 俺としのぶは話すようになり、今では気の置けない友人だ。

 その流れでカナエさんとも親しくさせてもらっている。

 故に、1年後には死んでしまうというのが非常に悲しい。

 かといって、カナエさんは1年後に上弦の鬼に殺されますとも言えないし、辛いところだ。

 

「いや、別にニヤニヤしてないよ。ただ、カナエさんは相変わらず美人だなって」

「ふん! これだから男って嫌ですね。美人となればすーぐ鼻の下を伸ばすんですから」

 

 俺の言葉を聞いて、しのぶは眉をつりあげながらぶつくさと文句を垂れる。

 炭治郎が入隊した時期は、既にカナエさんは亡くなっており、またカナエさんになりきろうと柔らかい表情を浮かべ優し気(?)な雰囲気をまとっていたしのぶだったが、現在は本来の性格であろう強気な面が表に出ている。

 未来しのぶもいいが、こういう素のしのぶも中々に魅力的だ。

 美人、美少女と言うのはどういう性格でもよっぽどのクソでなければ全てが魅力になるのでずるい。

 

「いや、しのぶも充分に美人だと思うよ。仮にもカナエさんの妹なんだし」

「仮にもってなんですか仮にもって。そんな見え透いたお世辞で好感度を稼ごうとしたって無駄ですからね」

「いやいやお世辞じゃないって! 俺、嘘つかない。しのぶ、美人」

「何でカタコトなんですか……はぁ、良いです。姉さんが美人なのは事実ですし、私の尊敬する人なので羨望の眼差しを向けられるのはむしろ誇らしいです」

 

 俺の言葉にため息を吐きながらもしのぶはそう言う。

 

「あら、賽くんにしのぶ。相変わらず仲がいいんですね」

 

 俺としのぶが話していると、カナエさんがニコニコしながらこちらへとやってくる。

 うーん、花柱だけあってふわりと良い匂いが漂ってくる。

 言葉にすると少々変態チックではあるが、良い匂いなので仕方がない。

 

「こんにちは、カナエさん。ええ、妹のしのぶさんとはいつも仲良くさせてもらっています」

「ちょっと! そんな誤解されるような言い回しをしないでくれますか?」

 

 カナエさんに挨拶を返すと、若干顔を赤くしたしのぶが反論してくる。

 

「え……俺達、友人だと思ってたんだけど……勘違いだったのか?」

「え? あ、いやそうではなくてですね……」

「はは、そっか……そうだよな。俺なんかとは仲良くできないよな。ごめんな、勘違いしちゃって」

「賽くん、うちのしのぶがごめんなさいね? 彼女も悪い子ではないのよ」

「大丈夫ですよ、カナエさん……分かってます。しのぶは誤解されやすいですが彼女自身はとてもやさしいって信じてますから」

「二人とも……もしかして、からかってますね?」

 

 俺とカナエさんが手を取り合い茶番を繰り広げていると、額に血管を浮かべひくひくとひきつった表情をしているしのぶが震えた声で話しかけてくる。

 

「「あ、バレた(ました)?」」

「いい度胸です。2人とも、そこに正座してください」

 

 その後、般若の表情を浮かべたしのぶに、俺とカナエさんが2人そろって小一時間説教されたのは言うまでもなかった。




しのぶさんは入隊時期などは明言されていなかったと思うので、この作品では主人公と同時期となっているしのぶさんもいい……


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突如、脳内に溢れる存在する記憶

お陰様でルーキー日間12位です。ありがとうございます。


 鬼殺隊に入ってから俺は、無理しない程度にそこそこに仕事をこなしていった。

 基本的には姿を隠し、気配を同化させ相手の死角から一気に首を刈り取る。

 生き残る事を第一に戦うため、すっかり隠形が上達してしまった。

 今なら、かくれんぼをしても最後まで見つからず置いてかれる自信がある。

 まぁ、そんなわけで今や俺の階級はちょうど半分、5番目の(つちのえ)となっていた。

 特に強い鬼とも戦った記憶はないが、そこそこに依頼をこなしていったので階級も順調に上がっている。

 ちなみに同期であるしのぶは、俺よりも上で3番目の階級(ひのえ)だ。

 なんでこんなに差が付いたかと言うと、単純にやる気の違いである。

 俺は特に鬼に恨みもなく絶対鬼殺すマンではないので生存が最優先。

 自分の手に負えないとなれば、すぐさま自分よりも実力のある隊士、柱などにさりげなく押し付けている。

 対してしのぶは殺る気、もといやる気に満ち満ちており自分が傷つくこともいとわずに鬼を屠りまくって丙まで上り詰めていた。

 まぁ、原作でカナエさんの死後から炭治郎が入隊する4年の間に柱になるほどなので納得と言えば納得だ。

 おのれの非力さを補うため、すっかり原作通りの毒娘へと成長してしまった。

 階級の差は開いてしまったが、胡蝶姉妹とは相変わらず仲良くさせてもらっている。

 しのぶからは、「貴方ならもっと上を目指せるはずなのに何でやる気を出さないんですか」とよく言われるが適当に受け流して誤魔化している。

 俺の目標は、元のサイコロステーキ先輩のように安全に出世し将来的に楽をすることなので決して無理はしないのだ。

 ここで無理して死んでしまっては意味がない。

 そう、安全に、無理せず鬼殺隊を続けるはずだった。

 

 ――某日某所。

 俺は、家屋の陰に潜み気配を同化させていた。

 ちらりと家の陰から覗くと、そこには満身創痍のカナエさんと十二鬼月の一人である童磨が対峙していた。

 今の童磨の順位がいくつだったかは忘れてしまったが、上弦なのは間違いない。

 原作でもかなりの強さを持っており、しのぶが命と引き換えにようやく倒したのを覚えている。

 そして、あろうことか俺はカナエさんが死んでしまうあのシーンに立ち会ってしまったのだ。

 鬼を倒し、近くの街に寄って休んでから戻ろうとした矢先にこれである。

 まだカナエさんは生きているが満身創痍で、いつ死んでもおかしくはない。

 童磨もカナエさんも、まだ俺の存在に気づいてはいない。

 ここで俺がこっそりとこの場を去れば原作通りの結末が待っている。

 俺の目標は、目立たず安全に生活し累戦を乗り越える事。

 柱でもない俺が今この場に出ていった所であっけなく死んでしまうのがオチだ。

 原作の流れに介入することでどうなるかもわからない。

 カナエさんが死ぬのは運命なのだ。

 

 ――そう自分に言い聞かせる。

 しかし、思い浮かぶのはカナエさんとしのぶと共に過ごした日々。

 原作を読んでいた時は、カナエさんは既に故人であり過去の回想でしか登場しなかったために特に思い入れもなかった。

 だが、この世界で生き、彼女らと共に過ごしたことで縁ができてしまった。

 脳内にカナエさんが死んでしまい、泣き崩れるしのぶの姿が思い浮かぶ。

 

 気づけば、俺は飛び出し童磨に斬りかかっていた。

 

「おや、まだ鬼殺隊が居たんだね。すごいね、今攻撃されるこの瞬間まで君を認識することができなかったよ。危ない危ない」

 

 などと、笑みを浮かべ余裕の表情で俺の刀を掴みながらそう言う童磨。

 イケメンではあるが、本当に人の神経を逆なでする奴である。

 猗窩座から嫌われているのも納得だ。

 

「賽さん⁉ 何でここに!」

 

 血だらけで呼吸を荒くしながら、カナエさんは驚いた表情で叫ぶ。

 俺だって、何でここに居るか聞きたい。

 気づいたら飛び出していたのだから仕方ない。

 勝てるとは思っていないが、せめて夜明けまで耐えればワンチャンある。

 

「おや、知り合いかい? なら、丁度いい。2人とも、俺が食べてあげるよ。これで死んだ後も一緒に居られるから悲しくないだろう?」

 

 これが煽りでもなんでもなく本音なのだから質が悪い。

 

「寝言は死んでからほざけ!」

 

 俺は、童磨から力づくで刀を取り返すと呼吸を整える。

 『影の呼吸・弐の型 写身(うつしみ)

 

 俺は殺気だけを前に飛ばすと、自分自身の影を極力薄くし童磨の後ろへと回り込む。

 影の呼吸というのは、俺が鬼殺隊で生き抜くために編み出した回避、奇襲特化の呼吸だ。

 今使ったのは『写身』と言う技で殺気のみを飛ばすことで相手に攻撃を誤認させる技だ。

 相手が強ければ強い程引っ掛かりやすくなる技だ。

 相手からすれば迎撃したと思ったら唐突に姿が消えたように思うので騙し討ちに最適である。

 もっとも、気配を読まないような相手には全く通用しない技ではあるが。

 しかし、今回の相手は十二鬼月の上弦。強者中の強者なので俺の殺気に咄嗟に反応し背中が隙だらけになる。

 

「おっと、今度は分身かい? さっきの気配の希薄さもそうだけど、君って血気盛んな鬼殺隊の中でも中々に変わった戦い方をするね」

 

 が、いざ相手の頸を取ろうとする寸での所で避けられてしまう。

 くそ、俺なりに修行をしてきたが、やはりまだ上弦には通じないらしい。

 ニタニタとむかつく笑みを浮かべた童磨の手が伸びてくる。

 

「賽さん! 貴方では上弦には勝てません! すぐに逃げてください!」

 

 しかし、今度はカナエさんが童磨に斬りかかり俺を救う。

 もう動くのも辛いだろうに、俺を救うために無理をしているのだろう。

 

「……いいね、すごくいいよ君達。俺は理解できないけど、これが愛って奴なんだね。なんて美しいんだ! ますます君達を食べたくなったよ。さぞ甘美なんだろうね」

 

 カナエさんの攻撃をあっさりと避けた童磨は舌なめずりをしながら俺達を眺める。

 

「カナエさん。残念ながら、俺に逃げるっていう選択肢はないんですよ。ここで逃げたらしのぶに顔向けできません」

 

 俺の目的は生き抜くこと。だが、ここでカナエさんを見捨ててしのぶの悲しむ姿を見てまで生き延びようとは思わない。

 

「……さっきも言ったように今の貴方では勝てませんよ」

「百も承知ですよ。貴女は死なせません」

「なら、私も賽くんを死なせませんよ」

 

 そして、再び始まる童磨戦。

 俺が影の呼吸を使い攪乱し、その隙をついてカナエさんが攻撃をする。

 しかし、童磨も氷の血鬼術を使って応戦する為、一向に決定打を与えられない。

 俺達が消耗する一方で鬼である童磨のスタミナは無尽蔵。

 猗窩座と煉獄さんの戦いでもそうだったが、鬼というのはとことん理不尽な存在である。

 無理ゲーに程があると言いたい。

 

 あれからどれくらいの時間が過ぎただろうか。

 呼吸の使い過ぎで既に俺の体力は尽きかけており、影の呼吸の強みを発揮できなくなっている。

 カナエさんの方も致命傷は今のところ避けられてはいるが、もはや立っているのもやっとだった。

 俺達の命運も尽きたかと諦めかけたその時、天の助けとばかりに光が差し込み始める。

 それは、夜明けだった。

 どんなに強靭な鬼であろうと日光を浴びれば立ちどころに滅びてしまう。

 それは童磨とて例外ではない。

 朝が来たのを察知した童磨は、心底残念だという顔をしながら口を開く。

 

「あぁ、あぁ! なんて残念なんだ! 結局君達を食べてあげることができなかった。俺はとても悲しいよ。君達は絶対に美味しいと確信しているのに食べられないなんて。いつか再び相まみえた時、その時こそはきっと君達を食べてあげるからね」

 

 童磨は芝居がかった口調でそう言うと、すぐさまその場から逃げ出すのだった。

 ……助かった、のか?

 辺りに奴の気配がないのを確認すると緊張の糸が切れたのか一気に力が抜けて、その場にへたり込んでしまう。

 カナエさんの助力があったとはいえ、上弦と戦って生き残るなんて奇跡に近い。

 出来る事なら、もう二度と十二鬼月とは遭遇したくない。

 4年後にまた遭遇することになってしまうのだが、今だけはそれを記憶の外に放り投げる。

 

 遠くからしのぶの叫ぶ声が聞こえる。

 だが、精も根も尽き果てた俺はそちらを見る気力もないまま、意識を手放し闇の中に落ちていくのだった。



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鬼殺の柱となれ

「煉獄さん100億の男」Twitterトレンド入りおめでとうございます
映画を早く見に行きたい


「賽くん、アナタの事が好きです」

 

 熱をはらんだ瞳でそう言うのは花柱こと胡蝶カナエさん。

 ただでさえ綺麗な顔をしているのに、そんな表情で迫られたら断れる男などいないだろう。

 突然のカナエさんの告白に思わず鼻の下を伸ばす俺だったが、突然誰かに腕を引っ張られる。

 

「姉さん! 賽さんは私の恋人になるんです! 誘惑するのはやめてください!」

 

 そう叫んだのは眉を吊り上げ不機嫌そうにしているしのぶだった。

 原作よりも幼いとはいえ、その片鱗は既に現れており腕に押し付けられる感触が何とも言えない。

 特にフラグを立てた覚えもないのだが、いつのまに俺は2人からモテモテになったのだろう。

 

「いいえ、いくらしのぶといえども譲るわけにはいきません。賽くんは私のものです」

「いいえ、私のです!」

 

 ふふふ、美人姉妹に取り合いをされるのも悪くはないな。

 俺がそんな事を考えているとしのぶとカナエさんが顔をグッと近づける。

 おいおい、好きになっちゃうからそんなに顔を近づけるなよ。

 

「「賽さん(くん)! どっちを選ぶんですか!」」

 

 はっはっは、いやーモテる男は辛いね。まるで夢のようだ。

 

 

 

「――――ハッ!」

 

 

 気が付くと、俺はベッドの中で横になっており見知らぬ……いや、見知った天井を眺めていた。

 ここは、俺が何度か泊まりに来たことがある蝶屋敷……胡蝶姉妹が住んでいる屋敷だ。

 何で俺はこんなところに寝ているんだろうか?

 ここに来る前の記憶がいまいちはっきりしない。

 

「それにしても……なんだかすっげぇ良い夢を見た気がするな」

 

 なんてことを考えながら起き上がると体中に激痛が走る。

 何事だと思いながら自分の体を見回せば湿布が体中に貼り付けられていた。

 特に怪我らしい怪我もしていないが異様に体が痛い。おそらくは激しい筋肉痛だろう。

 

「あ、そうだ……確かカナエさんを助けるために童磨の前に出て行ってそれで……」

 

 カナエさんを生かす為に必死こいて戦った記憶はあるのだが、どうにもはっきりしない。

 起きたばかりでまだ記憶が混濁しているのだろうか。

 俺が思い出そうとしていると、ふと横から何かの視線を感じる。

 そこには胡蝶姉妹にも引けを取らない美少女がちょこんと座ってジッとこちらを見ていた。

 彼女は……栗花落カナヲ。カナエさんとしのぶによって人買いから救われた少女である。

 基本的に無口な子で何を考えているかは分からない。嫌われていない……とは思うがいまいち確信が持てないので内心どう接していいか分からないのは秘密だ。

 

「ええと、カナヲちゃん? こんなところで何を?」

「……」

 

 俺が話しかけるが、カナヲちゃんは無表情のまま何も語らない。

 

「……起きた…………」

 

 気まずい沈黙が流れる中、カナヲちゃんがボソリとそう言うとトテトテとどこかへ去って行ってしまう。

 

「何だったんだ……? あ! ていうか、カナエさん! カナエさんは無事なのか⁉」

 

 カナヲちゃんの謎の行動に呆気にとられる俺だったが、ここへ来てようやくカナエさんの事を思い出す。

 早く彼女の安否を確認しなければ。

 俺はギシギシと痛む体に鞭をうち歯を食いしばりながら立ち上がる。

 今までそれなりに修行をしてきて鍛えてはいたが、ここまで激しい筋肉痛になったことはない。

 それだけ童磨との戦いで体を酷使したのだろう。

 むしろ、上弦と戦って無傷なのが奇跡なくらいだ。

 

「賽さん!」

 

 俺がようやく立ち上がると、息を荒くしながらしのぶが走り寄ってきた。

 一瞬、しのぶの体が透けて内臓まで見えたような気がしたがすぐに隊服を着たしのぶの姿になる。

 どうやら、体だけではなく目もおかしくなったらしい。

 

「ようやく起きたんですね。心配してたんですよ! って、どうかしたんですか?」

「いやぁ、何でもない……なんか心配かけちゃったみたいだな。……それよりもカナエさんh「私ならここです」」

 

 カナエさんの安否について聞こうとしたところで更に声が聞こえてくる。

 見れば、松葉杖をついたカナエさんと、それを支えるように寄り添っているカナヲちゃんが居た。

 ……よかった。怪我はしているようだが生きていたようだった。

 思いっきり原作を改変するような事をしてしまったが悔いはない。

 これが原因で俺が死んでしまっても構わな……いや、やっぱ死にたくない。

 プライドをかなぐり捨ててでも生き残りたい。

 

「無事でよかったです。心配してたんですよ」

「それはこっちのセリフですよ! あれだけ私が逃げてと言ったにも拘わらず十二鬼月の、しかも上弦に挑むなんて自殺行為もいいところです!」

 

 普段は温和でめったに怒ることのないカナエさんが珍しく声を荒らげてプンプンと怒る。

 怒っている顔も美しい。きっと明日も美しいぞ。なんて茶化そうと思ったが流石にふざけられる場面ではないので自重する。

 

「それでも……俺は、カナエさんを見捨てることなんてできなかったです。あそこでもし見捨てていたら、一生悔いが残りますし、しのぶ達にも顔向けができませんでした」

 

 その言葉を聞き、怒り顔だったカナエさんは少しだけ嬉しそうな顔をする。

 

「もう、無理はしないでくださいよ。賽くん、3日も寝込んでいて本当に心配していたんですから。しのぶも気が気じゃないといった感じでつきっきりで看病してたんですよ」

「ね、姉さん!」

 

 カナエさんのその言葉に、しのぶは顔を真っ赤にしながら怒鳴る。

 うーん可愛い。

 

「しのぶも看病ありがとうな。ていうか、俺って3日も寝てたんですか。もしかして、この体の痛みに何か関係が?」

「覚えてないんですか? あの上弦の鬼と戦っている時、まるで予知でもしているかのような動きで相手を翻弄していたんですよ。おかげで、日の出まで耐えることができたんです。そのあと、賽くんは昏睡して現在に至るというわけです」

 

 ――マジすか。え、何? 俺って透き通る世界会得したの?

 となると、さっきしのぶの体が透けて見えたのも錯覚じゃなかったのか。

 死の間際に居たことで、どうやら俺は天才のその先に片足突っ込んだらしい。

 ん? 待てよ……もしかしてこの技があれば累の攻撃も避けられるようになるんじゃね?

 おいおいおい、もう何も怖くないじゃねーか。

 童磨との戦いはかなり厳しかったが、その分のリターンも大きかったようだ。

 カナエさんも生存したし言うことなしである。 

 

 というか、それで俺が無傷な理由も分かった。

 回避特化の呼吸に加えて透き通る世界のお陰で怪我をせずに済んだのだろう。

 その分、筋肉痛がえげつないが。

 

「どうかしましたか?」

「あ、いえ何でもないです」

 

 俺は、透き通る世界については黙っておくことにした。

 突然、俺相手の体が透けて見えるようになったんですよ、とか言っても変な人扱いされるだけだろうし、そもそもどうやれば会得できるかとか原作でちょろっと言っていたはずだが忘れてしまったしな。

 確か、炭治郎を除いて柱で会得できたのが無一郎きゅんと悲鳴嶼さんくらいだったレベルで難しかったはずだ。

 

「俺の事よりもカナエさんは大丈夫なんですか?」

 

 ぱっと見、松葉杖をついている以外は元気そうに見えるが相手が相手だっただけに油断はできない。

 カナエさんは一瞬悲しそうな顔をした後、すぐにキリっと表情を引き締めて口を開く。

 

「私は……もう柱としては活動できないでしょう」

 

 そう言って近くにあった椅子に座ると袴をまくり上げる。

 

「っ!」

 

 カナエさんの両足は木製と思われる義足になっていた。

 

「私の両足は、あの鬼との戦いで壊死してしまっていたようで使い物にならなくなっていました。命を優先し、やむなく両足を切断。そして今は義足となっています」

 

 柱引退。命が助かったのはよかったが、カナエさんがもう戦えないと聞いて衝撃を隠せなかった。

 そうなると……やはり原作通り、しのぶが跡を継いで蟲柱になるのだろうか?

 

「賽さん、そんな表情をしないでください。上弦相手に賽さんは頑張りましたよ。貴方が居なかったら、おそらく姉さんは今頃生きていませんでした」

「そうです。賽くんは誇っていいんですよ。何せ、柱でもない隊員が柱を救ったのですから」

 

 カナエさんとしのぶの言葉に呼応するように、カナヲちゃんもコクコクと頷く。

 

「皆……ありがとう」

 

 その言葉を聞けただけで頑張った甲斐があるというものだ。

 

「それで、柱を引退するという事は定員が空いたという事で新しい柱を用意する必要があります」

 

 まぁ、そうなるだろうな。

 煉獄さんや派手柱が欠けてしまった時は特に柱を補充とかはなかったが、可能であれば次の柱を用意するべきだろう。

 鬼殺隊の士気にも関わるだろうし。

 

「新しい柱ですが……栖笛 賽くん。貴方を推薦します」

 

 

「( ᐛ )パァ」




たくさんのお気に入り、感想ありがとうございます。
禿げ、もとい励みになります


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夢であるように

「( ᐛ )パァ」の人気に嫉妬

そういえば、人気投票ではサイコロステーキ先輩は35位でしたね


 あ……ありのまま 今 起こった事を話すぜ!

 

「俺は全力で生き残って楽をする為に安全に出世しようとしたら

 柱に推薦されていた」

 

 な……何を言っているのか、わからねーと思うが 

 おれも何をされたのか、わからなかった……。

 

 頭がどうにかなりそうだった……催眠術だとか超スピードだとか

 そんなチャチなもんじゃあ、断じてねえ

 

 もっと恐ろしいもの(原作改変)の片鱗を 味わったぜ……。

 

「皆、よく集まってくれたね」

 

 俺が現実逃避をしていると、イケボが聞こえてくる。

 俺達、鬼殺隊のボスであるお館様こと産屋敷 耀哉様だ。

 ものすごい長い刀を振り回していそうな声だが、本人は病弱でまともに運動することもままならない。

 こうして直接お館様に会うのは初めてだが、マジでいい声である。

 ちなみに、俺の他にも悲鳴嶼さん、派手柱、カナエさんがお館様に向かって頭を垂れている。

 カナエさんだけは両足が義足になっているので車椅子に座っていて痛ましい。

 

 そして、少し離れた場所に冨岡さん。

 まだ色々こじらせている頃なので色々面倒くさい冨岡さんである。

 ちなみに他の柱は空席となっており、他の面子はこの後にどんどん加入してくるのだろう。

 個人的には、早く蜜璃さんに会いたい。

 あのまろび出そうな素晴らしいものを是非とも肉眼で拝みたいものだ。

 

 

 ちなみに、なぜ俺が柱合会議に参加しているかというと、数日前に両足が義足となってしまったカナエさんから戦えなくなった自分の代わりに柱になってくれと熱く頼まれてしまったからである。

 柱になるかどうかは別としてカナエさんの事などを報告しなければいけないので俺の参加は必須との事だった。

 

「皆に集まってもらったのは他でもない。既に聞き及んでいるとは思うけど、花柱であるカナエが十二鬼月の上弦と遭遇し戦った結果、両足の切断、義足となった。本人からの要望により柱は引退となる」

 

 お館様の言葉を聞いた面々の間に、重苦しい空気が流れる。

 柱は鬼殺隊の中でもトップクラスの戦闘力だ。

 空席も目立つ貴重な柱の一人が欠けるとなれば、重苦しくもなるだろう。

 

「カナエ、両足の事は残念だったけど生きていてくれて本当に良かった」

「勿体なきお言葉にございます」

 

 車椅子に座りながらぺこりと頭を下げるカナエさん。

 その表情はとても悔しそうであった。

 

「さて、ここまでは報告で、ここからは相談となる。カナエ以外は、なぜ柱ではない隊士がこの場に居るのかさぞ不思議だっただろう」

 

 お館様からその言葉を発せられた瞬間、俺に視線が集中するのが分かる。

 やめて! こっちを見ないで! ただでさえストレスで死にそうなのに、柱から注目されるとなると緊張と恥ずかしさで千八百の肉片になってはじけ飛んでしまいそうになる。

 

「カナエから推薦を受けてね。カナエの代わりに彼……栖笛賽を柱にどうかと言われたんだ」

「お、お言葉ですがお館様! 直言よろしいでしょうか!」

 

 瞬間、派手柱から「てめぇ、お館様が喋っているのに何割り込んでんだ」という無言の圧力を感じたが受け流す。

 こればっかりは直接言わせてもらわないと非常にまずいのだ。

 

「いいよ。聞こうじゃないか」

「ありがとうございます。花柱である胡蝶カナエさんから、確かに推薦を受けましたが私にはまだ柱となる資格がありません」

 

 そう、鬼殺隊の柱という地位は誰でもなれるわけではない。

 いくつかの条件があり、まず最高位の「甲」という階級になるのが最低条件だ。

 それに加えて「十二鬼月を倒す」または「鬼を50体以上倒す」というのが第二の条件となる。

 俺の階級は戊であるため、最高位からは程遠い。

 もちろん十二鬼月も倒していないし、鬼も50体も倒していない。

 基本的に自分が確実に倒せると思った鬼だけを相手にしていたので、1年くらいでは倒した数もたかが知れている。

 

「私は柱となるための条件をどれも満たしておりません。そのような者が柱になった所で他の者に示しが付かないかと思われます」

 

 と、いかにもそれっぽい事を並べているが本音は「誰が柱とかいう死亡フラグしかない地位につくかぼけぇ!」である。

 俺の目標は第一に死なないこと。それに加えて俺が憑依する前の元のサイコロステーキ先輩も言っていた安全に出世し金を稼いで楽をすることだ。

 柱になるのはどう考えても安全に出世とは言えない。

 

「ふむ、ならば賽の階級は今から『甲』にしよう。皆も異論はないね?」

「「「「はっ!」」」」

 

 いや、「はっ!」じゃないよ。4階級特進とかどんだけやねん。

 このお方、自分の立場を利用してめちゃくちゃやりよる……。

 柱は柱で、お館様大好きなイエスマンしか居ないので味方が居ない。

 この場に不死川兄が居たら、もしかしたら一緒に俺が柱になるのを否定してくれたかもしれないのに。

 まぁ……この場に居ない人物についてとやかく言っても仕方あるまい……。

 

「もう一つの条件だけど、確かに十二鬼月を倒してはいないし数も足りていないね。だけど、それに匹敵するほどの実力を持っていると確信しているよ。何せ、上弦の鬼相手に無傷で立ち回ったんだからね」

「それは本当か! 俺らでさえ上弦相手に無傷でいられるかどうか微妙だってのに……面は地味なくせに派手にやるじゃねーか!」

 

 お館様の言葉に派手柱が反応する。

 どうやら、俺の功績がお気に召したらしく上機嫌だ。

 離れた場所に立っていたポーカーフェイスの冨岡さんでさえ少し驚いた顔をしている。

 違うんです。あれはマグレなんです。

 うっかり、透き通る世界を発動した結果、たまたま無傷だっただけなんです。

 もう二度と出来る自信はないです許してくださいなんでもしますから。

 

「もしそれが本当ならば、是非とも柱となってほしいものだな」

 

 鬼殺隊最強と名高い悲鳴嶼さんまでもが数珠をじゃらじゃら鳴らしながらそう呟く。

 俺が内心あたふたしていると、ぽんと肩に手を置かれる。 

 そちらを見れば、慈母の如き笑みを浮かべたカナエさんが居た。

 

「大丈夫です。賽くんは強いんですから、きっと立派な柱になれますよ!」

 

 自信がないわけじゃないんです。

 単純にやりたくないんです……なんてことは言えるわけがなかった。

 いやだってさ、こんな自信満々のカナエさんの表情見ちゃったら何にも言えなくなっちゃうよ。

 男ってのは美人に弱いものなんだ。

 

「それじゃ決まりだ。花柱・胡蝶カナエは引退。代わりに、影の呼吸の使い手である栖笛賽を影柱として起用する。皆、よろしく頼むよ」

「「「「御意」」」」

 

 俺は淡々と進んでいく柱合会議の中、うつむいたまま夢であるようにと何度も願い悲しく繰り返す。

 ところがどっこい現実であり、俺が柱となってしまったのは疑いようのない事実であった。

 

 こうして、何の因果かあろうことか俺は柱となってしまった。

 最大級の原作改変をやらかしてしまった俺の明日はどっちだろうか……。




皆が柱になった時期は公にされてなかったと思うので考察などを読んで
悲鳴嶼、宇髄、胡蝶カナエ、冨岡、主人公の順にしてます。
不死川は展開の都合上、もうちょっと遅く加入します。

原作開始前だから多少のズレはセーフセーフ


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そうだ、隠れ里に行こう

サイコロステーキ先輩が無限増殖する動画を見て腹抱えて笑いました。


あと、皆様のおかげでルーキー日間1位になりました。ありがとうございます!


「外しますよ」

 

 その声と同時に、俺につけられていた目隠しが外される。

 長時間目隠しをされていたので差し込む日の光が眩しかったが、すぐに慣れてきた。

 立ち並ぶ家屋に、どこからか漂ってくる硫黄の匂いにより温泉街を彷彿とされる。

 が、当然ながらここは温泉街ではない。

 鬼殺隊が擁する刀鍛冶達の隠れ里である。

 原作開始後、炭治郎がやってくる頃には戦場と化すが、今は平和そのものである。

 俺がここに来た理由はいくつかあるが、メインとしては装備の充実である。

 まことに遺憾ながらお館様のパワハラにより柱となってしまったので、少しでも生存率を上げる必要がある。

 そのために重要なのが装備だ。どっちみち俺の刀に『悪鬼滅殺』の文字を刻むことになるので、どうせなら俺専用に日輪刀をカスタマイズしてもらおうというわけだ。

 構造が構造だけに直接相談しながら作った方がいいという事で、お館様から許可をもらい隠れ里へとやってきた。

 

「ここが隠れ里ですか、なんかいい場所ですね」

「でしょう? ここの人達も少し個性的ではあるけれど、良い人達ばかりなのよ」

 

 俺と一緒にやってきていたカナエさんが松葉杖をつきながら近づいてきてそう言う。

 今回、隠れ里へと向かうにあたってついでだからとカナエさんもついてきたのだ。

 ここの温泉は様々な効能があり湯治にもいいらしい。

 

「あちらを左に曲がった先が長の家です」

「分かりました、ありがとうございます」

 

 隠しの人が指を指す方向を見ながら俺は礼を言う。

 そして、さっそくカナエさんと共に隠れ里の長の場所へと向かうのだった。

 

 

「どうもコンニチハ。ワシ、この里の長の鉄地河原 鉄珍。里で一番小さくって一番偉いのワシ。畳におでこつくくらいに頭下げたってや」

「栖笛賽です。よろしくお願いします」

「胡蝶カナエです。両足が不自由な為、このような姿勢で失礼いたします」

 

 ひょっとこの面を被り、こぢんまりとした老人が随分と上から目線でそう言うが、俺は素直に頭を下げて自己紹介をする。

 相手の態度に言いたいことはあるが、ある意味でこの人達は俺の生命線だ。

 変に怒らせて武器を作ってもらえないとかになったら俺が詰むので、素直に言う事を聞く。

 

「うむうむ。礼儀正しい子らやな。甘いものは好きかい? ほれ、菓子をやろう」

 

 ありがとうございます、と軽く礼を言いながら俺達は鉄珍様から頂いたお菓子……金平糖をぽりぽりと食べる。

 久しぶりに金平糖を食べたが、ほんのり甘くて美味しい。

 現代でも金平糖は売っているが、中々に食べる機会ってないからなぁ。ちょっとだけ懐かしい気分になる。

 

「それで、そこの少年は武器についての相談で、そっちのお嬢さんは湯治だったかいね」

 

 鉄珍様の言葉に俺達はこくりと頷く。

 

「それじゃ、少年は担当鍛冶師の所へ、嬢ちゃんは温泉へ案内しよう。ほれ、案内してさしあげんさい」

「賽くん。また後でね」

「はい、ゆっくり温泉を堪能してってください」

 

 俺とカナエさんはその場で別れると、俺はそのまま担当鍛冶の所へ連れていかれる。

 元々は別の刀鍛冶の人が担当だったのだが、俺が少し特殊な武器を所望したという事で、そういうのが得意な鍛冶師に担当替えとなった。

 確か、名前は(くろがね)さんだ。

 

「到着しました。こちらが鉄さんの家になります」

「ありがとうございます」

 

 俺は案内してくれた里の人に礼を言うと、家の中へと入る。

 そこには――

 

「ふんっ! はぁ! キレてるキレてる! 肩にちっちゃい牛乗せてんのかい!」

 

 ひょっとこの面を被り上半身裸で、筋肉モリモリマッチョマンの変態が筋トレをしていた。

 

「む? 客人か? そうか、君が今日来ることになっていた栖笛賽殿だな!」

 

 筋トレをしていた変態は、俺に気が付くと湯気を出しながらこちらへと近づいてくる。

 

「俺の名は鉄 阿礼(くろがね あれい)。君の担当になった鍛冶師だ。よろしくな!」

 

 筋肉モリモリマッチョマンの変態は非常にさわやかな声でそう自己紹介をするのだった。

 ……非常に不安だ。

 

「す、栖笛賽です。よろしくお願いします……」

 

 異様な光景に圧倒されながらも、俺の武器を作ってくれる人という事で挨拶をする。

 挨拶は大事、古事記にも書いてある。

 

「うむ、それでは早速君の作ってほしい刀の構想を聞こうじゃないか! なんでも、少々特殊なんだって?」

「あ、はい。実は……」

 

 俺は鉄さんに作ってほしい刀を説明する。

 作ってほしいのはずばり蛇腹剣。

 ファンタジーものでは比較的有名ではあるが、現実では実用性に欠けるロマン武器である。

 簡単に説明すると、刃の部分がワイヤーで繋がれつつ等間隔に分裂し、鞭のように変化する機能を持った武器だ。

 

 原作でも蜜璃ちゃんの日輪刀のように普通ならありえないような刀を普通に作ってしまう人達だ。

 きっと蛇腹剣に関しても実用的なものを作ってくれると信じている。

 そもそも、なぜ蛇腹剣にしたいかというと、単純にリーチが長いからだ。

 安全に鬼と戦うには離れて戦うのがベストだ。

 鬼の中には童磨のように範囲攻撃を持っている鬼も少なくはないので、こちらも近~中距離で戦える手段が必要である。

 ならば、槍とかでもいいだろうと思ったがあちらは最初からリーチが長いため、敵側からも俺の攻撃範囲を悟られてしまう。

 それに、懐に入られると対処がしづらくなってしまうという欠点もある。

 

 蛇腹剣なら通常は普通の刀の形態で戦い、俺の射程距離を誤認させた後で距離を伸ばして不意打ちで攻撃という戦法も取れる。

 生き残るためならば、不意打ち上等。勝てばよかろうなのである。

 というか、上弦相手ならどれだけ策を弄しても足りないほどだ。

 

 そんなわけで奇襲としても使えそうなので作れるかどうかの相談をしたというわけだ。

 あと、単純に蛇腹剣が好きだというのもある。

 

「……どうでしょうか?」

「…………」

 

 俺が蛇腹剣の説明を終えると、鉄さんは腕組をしながら沈黙する。

 うーん……やっぱり蛇腹剣は難しかっただろうか。

 俺としても作れるなら作ってほしいという程度だったので、もし無理ならば別のものを考えなければならない。

 

「……面白い! そのような構造の刀は聞いたことがないが、実に面白そうだ! 見ろ、俺の筋肉も未知の存在に対して歓喜に打ち震えておるわ!」

 

 鉄さんはそう叫ぶと、ボディビルのポージングで有名なモスト・マスキュラーのポーズをしてぴくぴくと胸筋を動かす。

 見た目は暑苦しいことこの上ないが、どうやらやる気になってくれたようである。

 

「それじゃあ、詳しく話を聞きたいのだが……時間はあるかな?」

「あ、はい。大丈夫です」

 

 お館様には、確実に十二鬼月を倒すためですとそれっぽい事を言ってそれなりの日数をもらっている。

 無理矢理柱にされたのだ、これくらいのワガママは聞いてもらう。

 

「うむ! では、構造についてだが……」

「そこについては……」

 

 そして、俺と鉄さんによるロマン武器、蛇腹剣……もとい蛇腹刀制作の為の相談は夜まで続くのだった。

 

 

「ふぃーさっぱりした」

 

 鉄さんとの長時間の打ち合わせや試作の後、俺は温泉に入ってさっぱりしていた。

 食事の時間という事で案内されると、その先には既にカナエさんが座っていた。

 俺と同じ旅館によくあるような浴衣と羽織を着ていた。

 いつもは隊服なので新鮮だし、なんだかすごく……その、あれな雰囲気である。

 ぶっちゃけなんかエロい。

 この人の浴衣姿が見れるならば、童磨戦で死に物狂いで戦ってよかったかもしれないと思えるレベルだ。

 

「賽くん、ようやく来ましたね。刀の方はどうでした?」

「俺の担当の……鉄さんって言うんですけど、その人も乗り気なので何とか形になりそうです」

「それならよかったです。……ごめんなさいね」

「急にどうしたんですか?」

「ほら、賽くんを柱に推薦したでしょう? 鬼殺隊の人は、たいていは柱になりたいと頑張ってるんだけれど……賽くんは何だか乗り気じゃないように見えたから……」

 

 まぁ、確かにふざけんなよとも思ったし、可能ならば柱を辞退したいとも思っている。

 だが、なってしまったのなら仕方ないし、カナエさんに悪気がないのも知っている。

 ならば、その運命を受け入れた上で死に物狂いで生き残って見せる。

 唯一の懸念点は出たが最後、25歳までには死ぬことが確定してしまう痣だが、あればっかりは自分でどうにかできるものでもないので発現しない事を祈る。

 

「乗り気じゃない、というか分不相応だなって思ってたんですよ。ほら、柱になる条件をどれも満たしていなかったので」

 

 もっとも、それらの条件もお館様の力業により特例中の特例となってしまったが。

 

「だけど、一度柱になったのでこれからは精一杯(生き残る為に)頑張りますよ」

 

 俺のその言葉に、カナエさんはホッとしたような表情を浮かべる。

 

「そう言ってもらえて嬉しいわ。今回、一緒についてきたのも湯治という目的もあったけど、賽くんとお話したいっていうのもあったの」

 

 なるほど、彼女は彼女なりに思うところがあったんだな。

 まぁ、どういう仕打ちを受けてもカナエさんを嫌いになるなんて事は絶対にないので杞憂だがな!

 胡蝶姉妹を嫌いになれという方が難しい。美人は正義なのである。

 

 

 その後も、カナエさんと他愛ない話をしながら夜は更けていくのだった。

 




蛇腹剣(刀)使いで最初に見たのは、構造は少し違いますが犬夜叉の蛇骨でした
あとはBLEACHの阿散井恋次ですね
ファンタジー武器だと蛇腹剣が一番好きです

ちなみに、鉄阿礼の体型はダンベルの街雄鳴造(マッスルモード)と同じです。


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史上最強の柱サイ

蛇腹剣の現実での実用的でない部分は目を瞑ってください(開き直り)
創作の中でくらい蛇腹剣を使いたいんです……っ


「う゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛っ!」

 

 澄み渡る青空の下、いい天気に似つかわしくない汚い叫び声が響き渡る。

 俺の声だ。

 同時に、ギィンギィンという何かを弾く音も辺りに響いていた。

 

 それぞれに訓練用に刃を潰した刀を計六本握る絡繰り人形が時間差で息もつかせぬ連撃を繰り出してくるが、俺は紙一重でそれを避け続ける。

 『縁壱零式』。それがこの人形の名前である。

 戦国時代に実在した剣士をもとにしていて、腕が六本なければその動きを再現できないとされたため、この人形には腕が六本ある。

 まぁ、そのモデルになったのは名前からして縁壱なのではあるが、いざ対峙してみてそのとんでもなさが分かる。

 この人形は六本の腕を使う事でようやく再現出来ているという事だが、それを本人は二本の腕でやってのけたので化け物としか言いようがない。

 

 さて、なぜ俺がこの人形相手に訓練しているかというと、それがこの里に来たもう一つの目的だからだ。

 はっきり言って、俺に攻撃力と言えるものは無いに等しい。

 そもそも柱になる気はなく生き残ることにのみ注視していたので、雑魚鬼を狩れればいいやくらいだったのだ。

 回避力に関しては現在の鬼殺隊一と言えるが、攻撃力は頸を斬り落とせる分、しのぶよりもマシ程度という所だ。

 実際、童磨戦でもダメージらしいダメージは与えられなかった。

 俺としてはこのままでも特に不満はなかったのだが、柱になってしまったらそうもいかない。

 死なないためには、俺の全体的なレベルアップが必要なのだ。

 そこで、この人形の存在を思い出し刀のカスタマイズも兼ねてやってきたというわけだ。

 原作時点では既にボロボロであった縁壱零式であったが4年も前となるとさすがにまだまだ現役だ。

 ここから度重なる訓練によって原作のようにボロボロとなるのだろう。

 

「っ! ちええええええい!」

 

 透き通る世界を発動し、相手の隙を見つけ出すと俺はすぐさま刀を振るう。

 柄についているロックを外せば、刀身が分割された。

 そして、そのまま縁壱零式が持っている全ての刀を打ち落とす。そこで訓練終了となったのか、縁壱零式は動きを止めるのだった。

 縁壱零式が活動停止したのを見届けると、伸ばした刀身を戻しそのまま地面にへたり込んだ。

 

「ぶはっ……ぶへぇ! ぶへぇ!」

 

 長時間の戦闘により息は荒く体中がギシギシと悲鳴を上げている。

 それに加えて透き通る世界も発動したので、もはや身体は限界を迎えていた。

 

 これから鬼と対峙する上で必須とされる『透き通る世界』。

 最初は任意で発動できず、切羽詰まった状態になってようやく発動できるという感じだったが訓練を続けて3週間。

 何とか、任意で発動できるようになった。

 もっとも……まだまだ短時間しか発動できないので、ここぞという場面でしか使えないが。

 

「お疲れ様です。いやー、訓練当初もすごい動きでしたが、更に洗練されましたね」

 

 俺が休憩をしていると、ひょっとこの面を被った一人の男性が近づいてくる。

 今回、縁壱零式を使用するにあたり快く貸し出してくれた持ち主の大鉄さんである。

 小鉄くんの父親で原作では既に他界していたが、今はまだご存命だった。

 

「いや、俺なんかまだまだですよ……こんだけ訓練しても十二鬼月に勝てる気がしませんから」

「またそんなご冗談を。聞けば、上弦を相手にして無傷で立ち回ったというじゃありませんか。噂になってますよ、歴代の柱の中でも最強だと」

「……ちなみに、誰が言ってました? それ」

「お館様です。それはもう嬉しそうに鴉を飛ばして」

 

 あんのお館様! なに勝手にハードル上げとんじゃい!

 無自覚なパワハラとか質が悪いにもほどがある。オー人事するぞこら。

 無傷でいられたのは色々運が良かったに過ぎないのだ。

 童磨が舐めプ体質、女性優先、さらには俺がひたすら避けることに集中したからこその結果だ。

 普通に戦おうとすれば速攻で満身創痍になる自信がある。

 とはいえ、そんな事を言うわけにもいかない。

 仮にも柱となった人物がそんな弱気な事を言えば、不安になるだろうしな。

 それくらいの空気を読む能力は俺にもある。

 

「それに、そんな特殊な刀を扱えている時点で充分に凄いですよ」

 

 大鉄さんはそう言うと、俺の横に置いてある刀をちらりと見る。

 この刀こそ、鉄さんと連日打ち合わせをし、度重なる試作品の末に完成した俺専用の蛇腹刀。銘は某死神漫画にあやかって『蛇尾丸』と名付けた。

 刃渡りは通常時で約70㎝ほどで、刃の部分に反りがなく両刃、いわゆる両刃直刀というやつだ。

 通常状態だと引き切りがしにくいが、伸ばした状態で似たようなことができるので問題ない。

 ちなみに、射程距離はだいたい3mくらいまで伸ばすことができる。

 柄の所にあるロックを外し遠心力を利用して伸ばすことができ、巻き戻し用のスイッチでメジャーのように引き戻すことができる。

 正直、完成させるのは無理だろうと思ってはいたのだが蜜璃ちゃんの刀を作った里だけあって、見事に理想通りの刀を完成させてくれた。

 実は他にも機能があるのだが、これはまたの機会に披露することにしよう。

 

 最初は刀のあまりの特異性から慣れるのに時間がかかったが、今では自分の手足のように扱うことができる。

 人間、頑張れば何でもできるものである。

 あとは、手首から肘の少し手前まである2つの手甲。

 こちらにも仕掛けがあり、鉄さんに作ってもらったのだ。

 仕掛けのある武器を作るのが好きだそうで、非常にご満悦だった。

 

 こちらの手甲はいわゆる奥の手。

 ロックを外し思いっきり腕を振ることで手甲の中に仕込んである刃が出てくるという仕掛けだ。

 普段は防具として扱い、時には相手の意表を突く攻撃となるわけだ。

 ここまでしても鬼に勝てる可能性は高くないのだからホントクソゲーもいいところだ。

 とりあえず、累には勝てると信じたい。というか信じなきゃ乗り越えられない。

 

「最後の調整も済みましたし、俺はこれで戻ろうと思います」

 

 ホントは戻りたくないが、柱である以上はそうも言ってられない。

 ちなみに、カナエさんは柱こそ引退したものの仕事は山ほどあるとの事でとっくに帰ってしまっている。

 カナエさんとしっぽりキャッキャウフフな温泉旅を満喫したかったのだが仕方あるまい。

 

「縁壱零式も貸していただきありがとうございました」

「いえいえ! 柱の方の手助けになったのなら何よりです! またいつでも頼りにしてください」

 

 その後、他愛のない雑談を終えた後、里の長である鉄珍様にも挨拶をし、俺は里を後にする。

 

 

 

 そして……俺は、いよいよ柱として初出勤をすることとなる。

 

「やだなぁ、怖いなぁ」

 

 真夜中、鬼が活動し始める時間。俺は、柱として割り当てられた地域を巡回する。

 この程度の鬼なら俺でも殺れるぜ! と自分に言い聞かせながら雑魚鬼を狩っていく。

 鉄さんの作ってくれた蛇腹刀は絶好調で安全圏から面白いように鬼が狩れる。

 

 ――それがいけなかったのだろう。

 あまりに簡単に鬼が狩れ、縁壱零式での訓練が功を奏したと実感しつい調子に乗ってしまっていた。

 いつになく気が大きくなっていた俺は、矢でも鉄砲でもどんとこい超常現象状態であった。

 

 ガサリ、と音がする。

 気配を探れば鬼のようだった。

 今日は大量だなと思い、俺は不用意に音のした茂みの方へと近づいていく。

 そして、茂みにやってきていざ刀を振り下ろそうとしたところで人影がばさりと飛び出した。

 白い髪に白い肌。額からは2本の角が生えており、赤い瞳がぎょろりと動く。

 月明かりに照らされ、微かに見えた瞳の中には『下肆』の文字。

 

「「……」」

 

 しばらく流れる沈黙。

 

「「いやあああああああああああ!」」

 

 そして、汚い高音と綺麗な高音のカオスなハーモニーが夜空に響くのだった。




両刃直刀は、中々に厨二心をくすぐったので採用しました。


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鬼みの名は

零余子はヒロインではありません(血涙)



【お詫びと訂正】
今回の話にてノリと勢いで書いた結果、今後の展開に支障をきたすであろう文章がありました。
感想でも指摘されていましたが、確かにと思いましたので該当部分は削除しております。
大変申し訳ありませんでした。


「くそ、何でこんなところに十二鬼月が居るんだ……!」

 

 柄にもなく大声で叫んでしまった後、俺はすぐさま刀を構えながら距離を取る。

 ただでさえ累や童磨の件で十二鬼月にはトラウマがあるというのに……。

 

「くそ、何でこんなところに鬼殺隊が居るのよ……しかも、まったく気配がなかったし……」

 

 俺が警戒をしている中、相手の鬼は何やらぶつぶつと呟いている。

 ……目の前の鬼には見覚えがあった。

 今の体になってから会ったのではなく、漫画で見たことがあったのだ。

 サイコロステーキ先輩並の出番の少なさではあったが、その見た目の可愛さやその後の無惨によるパワハラ被害者という不遇さから妙な人気があったのを覚えている。

 ちなみに、俺も好みだった。

 名前は……なんと言ったか。ファンブックで名前が載ってたはずだったんだが……あ、思い出した。

 

「お前は確か……下弦の響凱!」

「違うわよ! そんな下位の奴と一緒にしないでくれる⁉」

 

 ぬう、どうやら違ったらしい。

 俺の言葉に対し、警戒していた下弦の肆は距離を取りつつ怒鳴ってくる。

 

 

「冗談だって、ちゃんと分かってるから。えっとね、シカゴ!」

「零余子よすかたん!」

 

 俺の渾身のボケに対し、零余子たんは体中の血管を破裂させそうにしながら殺気マシマシでツッコミを入れてくる。

 うーん、冗談が通じない子だな。

 

 ちなみに、俺は別にマジでぼけたわけでは無い。

 こうやってボケを畳みかけることによってシリアスな空気にはせず、有耶無耶の内に頸を斬ってしまおうというわけだ。

 頸を斬る……頸を……っ。

 

「ふぐ、うううううぅっ」

「ちょ、な、何で急に泣き出してるのよ。むしろ、泣きたいのはこっちの方なんだけど……」

 

 血涙を流す俺に対し、零余子ちゃんはドン引きしながら尋ねてくる。

 

「いや、だって君を今から倒さなきゃいけないと思うと辛くて……めっちゃ可愛いのに……何で鬼なんだよ……っ!」

 

 もし俺が鬼側に転生していたら零余子ちゃんと心置きなくイチャイチャしていたというのに!

 だが俺と零余子ちゃんは鬼殺隊と鬼、ロミオとジュリエット!

 ああ! なんという悲恋!

 彼女が鬼である以上、残念ながら見逃すことはできない。

 しかも十二鬼月であるから、今まで食べてきた人間の数も相当なものだろう。

 これを放置すれば、被害も増えるだろうしな。

 こればっかりは原作が云々で見逃すわけにもいかない。

 どっちみち、原作でも禄に出番がないまま死んでいるし、ここで倒してしまっても構わんのだろう?

 

 とはいえ、位は累よりも上の肆。いくら修行したとはいえ、決して油断できる相手ではない。

 こうして相手の精神に揺さぶりをかけてはいるが、いざ戦ったら死を覚悟する必要がある。

 

「か、かわ……はぁ? 私が可愛いとか何馬鹿な事言ってるの」

 

 そんな事を言いつつも、何やらもじもじしてまんざらではない様子の零余子ちゃん。

 うーん可愛い。つくづく鬼じゃなかったらなと思う。

 ……ちなみに、鬼だと母蜘蛛も好きです(真顔)。

 

「アンタ、人間の癖に中々見る目あるじゃない。どう、鬼にならない? 私が直々に可愛がってあげるわよ」

「魅力的な……ほんっっとうに魅力的な申し出だけど、こう見えて俺は鬼殺隊の柱なんでね。辞退させてもらうよ」

「そう、なら仕方ないわね」

 

 俺の答えに対し、少しだけ残念そうな顔を浮かべる零余子ちゃんだったがすぐさま臨戦態勢へと入る。

 それなりに精神に揺さぶりをかけたと思ったが、腐っても十二鬼月。

 戦いに関してはかなり場慣れしている。

 零余子ちゃんの目を通して、無惨がこちらを見ている可能性もあるしさっさと片を付けよう。

 俺の戦い方は相手に知られると厳しくなるからな。

 俺は覚悟を決めると影の呼吸を使用する。

 

『影の呼吸・壱の型 雲隠れ』

『血鬼術・鬼隠し』

 

 俺と零余子ちゃんはほぼ同時に動く。

 影の呼吸の壱の型は、極限にまで気配を自然と同化させ自分の存在感を希薄にさせる技だ。

 これを使えば、かくれんぼで無敗の帝王になれるだろう。

 対し、零余子ちゃんも血鬼術を使い姿がまるで蜃気楼のように揺らめいてそのまま見えなくなってしまう。

 

 ――そして辺りに誰も居なくなり、夜の静けさだけが残っていた。

 

「「……」」

 

 それからしばらくして、まるで示し合わせるかのように俺と零余子ちゃんは姿を現す。

 まさかの技被りでこのままでは埒が明かないとお互いに察したのだ。

 

「……姿を隠す系の技はお互いにやめよう。流石に不毛だし決着がつかない」

「悔しいけど同意だわ」

 

 と、お互いに了承したことで仕切りなおす。

 俺は刀を構え、零余子ちゃんも両手を構える。

 

 再び辺りに静寂が訪れる。

 静かすぎて、早鐘のように脈打つ自分の心臓がうるさく感じるほどだ。

 大丈夫、俺ならできる。

 ここを乗り越え、累を乗り越え、俺は生き残るんだ!

 そして金をためて自堕落な生活を送るんだ‼

 

『影の呼吸・弐の型 写身』

 

 かつて、童磨戦でも使用した殺気による一人時間差攻撃。

 案の定、零余子ちゃんも俺の殺気に反応し攻撃を仕掛けてくるが、残念ながら空振り。

 その後の隙を逃すまいと、彼女の視線から外れるほどに低く、速く動き相手に接近する。

 

「なっ!」

 

 突然目の前に現れた俺に対し驚く零余子ちゃんだったが、気づくのが遅かった。

 俺はそのまま刀を切りあげ、零余子ちゃんの右腕を肩から斬り落とす。

 

「あがぁ! き、貴様ぁ!」

 

 目が血走り、自身の肩を押さえながらこちらへ噛みつこうとする零余子ちゃんだったが、俺はそれをひらりと避ける。

 

「蝶のように舞い、ゴキブリのように逃げる!」

 

 零余子ちゃんの攻撃をひらりと避けた俺は、そのままくるりと反転し猛ダッシュでその場から立ち去った。

 後ろから零余子ちゃんの怒号が聞こえる。

 が、甘い。俺が普通に逃げるわけがない。

 

「――と見せかけて蜂のように刺す!」

 

 そして零余子ちゃんの背後に回り、そのまま心臓を貫いた。

 鬼は頸を落とすか日光に当てない限り死にはしないが、それでも心臓を貫かれたことで明らかに動きが遅くなる。

 そして、俺はすぐさま刀を引き抜くと再び2、3mほど距離を取る。

 

「こ、このビチグソがぁ! 柱の癖にまともに戦えないのか!」

 

 俺の戦法に対し、可愛かった零余子ちゃんの顔は醜悪に歪みまさに鬼と形容するにふさわしい表情を浮かべていた。

 結構なダメージなのか息は荒かったが、すぐに回復するだろう。

 

「俺は生き残る為ならどんな手でも使う! それが俺だ!」

「ふざけるな! くらえ、血鬼――」

 

 俺の言葉に更に逆上した零余子ちゃんはさらなる血鬼術を使おうとしたが、それは叶わなかった。

 

「あ……ら……?」

 

 気づけば、零余子ちゃんの頸は胴体に別れを告げ宙を舞っていた。

 シャララと金属音が辺りに響き、俺が握っている日輪刀の伸びた刀身(・・・・・)が元の長さに戻る。

 

『影の呼吸・肆の型 這い寄る蛇咬』

 

 蛇腹刀を利用した俺の新しく生み出した技だ。

 俺が距離を取ったことで射程外だと安心したのが運の尽き。少しでも油断した時点で迫りくる蛇の餌食である。

 なんだかイグッティが使いそうな技だが、あくまで俺の編み出した影の呼吸の技である。

 彼もまだ柱になっていないのでセーフ。

 

「わ、たし……がこんなふざけた奴……に……」

 

 首が地面に落ちると、零余子ちゃんは腑に落ちないといった表情でこちらを睨みながらも塵となっていく。

 好きなキャラを自分の手で葬ってしまうことほど心苦しい事はない。

 

「…………」

 

 塵となって完全に消えてしまった零余子ちゃんを見送り、俺は黙祷をする。

 禰豆子ちゃんの様に人を食べていなければ生き残れた道もあっただろう。

 せめて……来世では幸せになってくれることを祈るばかりだ。

 

 こうして、俺の初の十二鬼月戦は危なげなく勝利するのだった。




【注意】今回の話ではシリアスさんがほぼ息をしていません。
    シリアスを期待していた方には申し訳ありませんが、予めご了承の上お読みください。


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そして原作は動き出す

 ――下弦の肆である零余子ちゃんを討伐してから数日後。

 しばらくは無惨からの報復や上弦の来襲に密かに怯えていたのだが、そのどれもが杞憂に終わった。

 零余子ちゃんを倒したことで自信の付いた俺はその後も鍛錬と鬼狩りを続けた。

 その間も、不死川兄が柱になり、100億の男である煉獄さんやイグッティなども加入し段々と原作のメンバーへと近づいていった。

 特に十二鬼月と遭遇することもなく平和(?)に鬼殺隊での日々は過ぎていく。

 

 そんなある日の早朝。

 俺は、少し離れたところから双眼鏡でとある場所を覗いていた。

 そこには数名の子供達が居り、見知った顔がいくつかあった。

 

「あぁ……ついに来てしまったか……」

 

 俺は双眼鏡で覗きながら、溜息を吐く。

 優しさの化身、長男の鑑である我らが主人公、竈門 炭治郎だ。

 彼がこの入隊試験の最終日に居るという事は……原作が本格的に始まった事を意味する。

 それと同時に最大級の死亡フラグが足音を立てて近づいてきているという事になる。

 

「うぅ、やだなぁ……」

 

 これから必ず来るであろう蜘蛛山の決戦に、俺は既にモチベーションが下がりまくっている。

 柱を引退しようかとも思い、お館様にそれとなーく話を振ってみたりもしたが、あのめちゃくちゃいい声でまんまと丸め込まれてしまい、ずるずると柱を続けていた。

 そうそう、柱の現在のメンバーだが、俺が加入したことにより少しだけ原作と差異がある。

 それは、しのぶが柱入りしていないという事。

 元々、しのぶはカナエさんが亡くなった事で彼女の代わりになろうと非力ながらも柱入りしていたのだが、柱を引退したとはいえカナエさんが生存しているので死に物狂いで柱になる理由はしのぶにはなかった。

 しのぶ自身も柱になるつもりはないと言っていて、彼女の希望もあり俺の補助役になっている。

 俺の住居も蝶屋敷だ。

 一応、俺にも自分の家があるっちゃあるのだが、元々カナエさんの場所を引き継いでいるので、そのまま一緒に住んだ方が都合がいいというわけだ。

 まぁ、一緒に住んでいるからと言って別に風呂を覗いたりなどのラッキースケベがあるわけでもない。

 基本的に鬼狩りで忙しいし、人の出入りも激しいので甘酸っぱい雰囲気になりすらしなかった。

 ちくしょうめぃ!

 もし生き残れて平和になったら、美人な嫁さんも捕まえたいものだ。

 

「えーと、あとの合格者は……あぁ、やっぱカナヲちゃんも受かってるか」

 

 双眼鏡で他も見渡せば涼しい顔してぽつねんと立っているカナヲちゃんが居た。

 基本的に意思表示をしないので彼女の考えが分かりにくいが、確か原作ではしのぶの役に立ちたいとかそんな感じだったりする。

 見た感じ汚れらしい汚れもなく無傷なようで、これだから天才はと軽く妬んだりしなくもない。

 

「ん?」

 

 合格者達を眺めていると何やら騒がしくなっている。

 顔に大きな傷のあるモヒカンの少年……あれは不死川弟か。

 何やらギャーギャーわめいているようだった。

 今にも暴れだしそうな雰囲気を醸し出していたが、炭治郎がすぐに割って入り事なきを得たようだった。

 今はまだ炭治郎と面識を持つわけにはいかないので、少しだけホッとする。

 もし彼と会ってしまったら、累と対峙する前に俺が柱だとわかってしまう。

 何があるか分からないので、できれば原作通り蜘蛛山で初対面となりたい。

 

 その後、俺も経験したことのあるやり取りが終わり合格者は解散となったので、俺もその場を後にした。

 

 

「たーだいま」

「おかえりなさい、どこに行ってたのよ?」

 

 蝶屋敷に帰ってくると、しのぶが怪訝そうな顔をしながら出迎えてくれる。

 この4年の間に、しのぶも俺の前で普通に素で話すようになっていた。

 原作ではだいぶ無理をしていたようだが、今は自然体で過ごせているようなので本当に良かった。

 

「いや、今日って入隊試験の最終日だったろ? ちょっと合格者の顔ぶれを見たくてね」

 

 これは別に嘘ではない。

 そろそろ原作開始かなぁ? っと思ったので炭治郎が居るかどうか確認をしたかったのだ。

 まぁ、その結果死が近づいてきてると実感してげんなりしてるけどな。

 

「そうそう、カナヲちゃんも受かってたぞ。見た感じ汚れや怪我もなくて流石は天才児って感じだったね」

「……それ、賽が言うの?」

 

 いや、俺の場合はガン逃げ一択だっただけだし。

 

「はぁ……ま、いいわ。とりあえずカナヲが帰ってきたらお祝いをしましょう。……私としては、カナヲには鬼殺隊に入ってほしくなかったけどね」

 

 その気持ちも分からなくもない。

 カナヲはとにかく自分の気持ちを表に出さないので、しのぶ達も知らなくて当然だが、カナヲなりに役に立ちたいという気持ちの表れなので無下にできない。

 それに、来る童磨戦ではキーマン(ウーマン?)になるから、俺としては彼女には是非とも鬼殺隊に入ってもらいたかったのだ。

 現在のしのぶは、カナエさんの引退するきっかけをつくった童磨は憎い対象ではあるが、自分の身を犠牲にしてでもというほどには切羽詰まっていない。

 俺としても、長いこと暮らしているのでカナエさんもしのぶも……カナヲちゃんも死なせたくない。

 となると、しのぶの毒特攻は使えないため、少しでも童磨を倒すための戦力が欲しいのでカナヲちゃんは外せないというわけだ。

 ……女の子を頼らなければいけないのは男として、柱として恥ずかしいとは思うが、そんな綺麗ごとで上弦を倒せるほど甘くはない。

 

 

 ……まぁ、まずは俺が蜘蛛山の決戦で生き残れるかどうかなんだけどな。

 あー、引退してぇなぁ!




いよいよ原作開始となります。
死亡フラグが近づいてくる(´・ω・`)


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俺、『累』を倒します。必ず倒します。

時間が空いてしまい申し訳ありません。

サイコロステーキ先輩の累戦のムーブにかなり悩み、少々無理があると思われるかもしれませんが私の執筆力の限界の為、何卒ご了承くださいませ。


「よく頑張って戻ってきたね」

 

 息も絶え絶えな鴉を介抱しながらお館様が優しく声をかける。

 その後も何やらぶつぶつと話すお館様を俺と隣に座っている冨岡さんは黙って眺めている。

 どうして俺達がここに居るのか? 

 それは、何やら大事な話があるとかで呼ばれたからだ。

 原作が始まった今、このタイミングで同じ柱である冨岡さんと一緒に呼ばれるなんてのは嫌な予感しかしない。

 

「柱を……行かせなくてはならないようだ。賽、義勇。那田蜘蛛山へ行ってくれるかい?」

 

「……腹痛なので辞退とかできないっすかね」

「無理な話だ。鬼が人を喰らう限りは柱に休みはない」

 

 俺のささやかな訴えは冨岡さんにあっさりと否定される。

 ちくしょう、もしかしたら累の所に行かなくて済むかなとか思ったがそう甘くないらしい。

 まぁ、本来はしのぶが柱の所を代わりに俺がなっているのだから想像できたことではあるが。

 ……あれ? 俺、このまま原作しのぶの死に方までトレースしないよな?

 

「賽、最強の柱として君には期待しているんだよ。行ってくれるね?」

 

 言い方は柔らかいが、お館様の言葉からは無言の圧力を感じる。

 てめぇ、柱の癖に敵前逃亡とかせんよなぁ? という言葉が聞こえてきそうだった。

 

「……御意」

 

 長い沈黙の後、俺は権力に屈し命令を承るのだった。

 

 

 それから少し後、俺と義勇……ついでにしのぶは那田蜘蛛山へと向かっていた。

 何故しのぶを連れていくかというと、これは俺のたっての希望である。

 彼女は毒や薬のエキスパートであるため、兄蜘蛛の毒対策で必須だからだ。

 ついでに姉蜘蛛の相手もしてほしいし、人手は多いに越したことはない。

 

「はぁ……」

「ねぇ、賽。それ、何回目の溜息なのよ。柱なんだからもっとシャキッとしなさいシャキッと」

 

 那田蜘蛛山に近づく度に憂鬱になっている俺に対し、しのぶは並走しながらたしなめてくる。

 そうは言っても不安なものは不安なのだから仕方ない。

 累よりも位の高い零余子たんを倒した俺がなぜこうも不安なのか?

 それは、運命の修正力を恐れているのだ。

 

 とある作品にて、ヒロインの死が確定しており主人公がその運命を回避する為にありとあらゆるルートを通るが結局ヒロインは死んでしまう、というものがある。

 俺も死亡フラグを乗り越えようと様々な努力をし、原作とは違うルートを通りはしたが何らかの要因により結局サイコロステーキになってしまうのではないかと不安で仕方がないのだ。

 柱の癖にオドオドし過ぎだとか、何とか言われるかもしれないが確実に勝てるという保証がない以上は、実際の結果が出るまで安心はできない。

 

 そうこうしているうちに、俺達はついに那田蜘蛛山に辿り着いてしまう。

 その後は、予め打ち合わせしていた通り、散開して山の中へと入っていく。

 できれば累に遭遇しないようにと祈りながら、俺は母蜘蛛に操られているであろう隊士を助けたり、繭にくるまっている隊士を助けたりしつつ進んでいく。

 うーん、分かってはいたが平隊士はほぼ全滅だ。

 原作でも思ったが、柱と平隊士の実力差がえげつなさ過ぎる。

 マジで俺、よく柱になれたな。

 

 山を進んでいくと少しばかり開けた場所が見えてくる。

 ワンチャン母蜘蛛かとも思ったが、やはりというかなんというか累であった。

 そして傍らには炭治郎と禰豆子ちゃ……あれ? 禰豆子ちゃん、累の糸で逆さ釣りにされてない?

 むき出しの足がセクシー……じゃなくて! サイコロステーキ先輩が出るのって、こんな場面だったか?

 もうほとんど細かいところを忘れてしまっているが、少なくともこれよりも前の場面で現れてサイコロステーキになっていた気がする。

 この後、なんやかんやで冨岡さんが現れて累に凪ってケッチャコだったはずだ。

 

 累の糸によってきつく縛られているのか、禰豆子ちゃんの体からは血が滴り落ちていて痛ましい。

 もう少しの辛抱だ。俺がここで待機していれば冨岡さんが現れるはずだ。

 

 ――本当に?

 本当に彼は来てくれるのだろうか。

 あくまで大元の流れは一緒というだけで、冨岡さんが現れる保証はどこにもない。

 世界の修正力云々だって、臆病な俺が勝手に言っているだけだ。

 そもそも、カナエさんが生きていたり、俺が柱になったり原作改変もいいところである。

 もしかしたら、このまま冨岡さんは来ず炭治郎くん達もやられてしまうかもしれない。

 だが、累の前に出ればサイコロステーキになるかもしれない。

 どうする……。

 

「……っ」

 

 禰豆子ちゃんを見ながらそんな風に悩んでいると、不意に彼女と目が合った。

 ――この時ほど、カナエさんの時から何も成長していないなと思った事はない。

 あぁ、俺は大馬鹿野郎だ。

 

 気づけば俺は茂みの中から飛び出しており、刀を射出させると禰豆子ちゃんを縛っていた糸を全て切り払い、落下してきた禰豆子ちゃんをそのまま抱き留める。

 

「誰だ」

 

 禰豆子ちゃんにもう大丈夫だと微笑んでいると、累がいら立ちを隠そうともせずに話しかける。

 落ち着け俺! 俺は柱だ、大丈夫出来る出来る出来る!

 長男じゃないけどいけるはずだ、勇気を出せ!

 今だけ俺に憑依してくれサイコロステーキ先輩!

 

「おぉ、なんだと思ったら丁度いいくらいの鬼がいるじゃねぇか」

 

 禰豆子ちゃんを地面におろすと、俺は振り返りながら口を開く。

 

「こんなガキの鬼なら俺でも殺れるぜ。そこのお前は(死んじゃうと困るから)ひっこんでろ」

 

 炭治郎を安心させるため、俺は精一杯の虚勢をはりながら、刀に手をかける。

 俺の様子に累は少しばかり興味を失ったように見える。

 先ほど、禰豆子ちゃんを助けたシーンは見ていなかったようで、今の言動からただのイキリモブだと判断したようだ。

 ……っていうか、何だな。

 いざ対峙すると何やらムカムカと怒りがこみあげてくる。

 そもそもこいつが居なければ、俺は死の恐怖に怯えることもなかったし、柱なんかになって激務に追われることもなかった。

 今まで必要以上にビビってたのが馬鹿らしくなってくる。

 

「俺はな、安全に出世したかったんだよ。出世すりゃあお館様から支給される金も多くなるからな」

 

 でもな、お前のせいで柱だよ柱。

 死亡フラグ最前線だよ、責任取れよ馬鹿野郎。

 

「(この山に入った平隊士達の)隊はほぼ全滅だし、(どうせ俺達柱が何とかしないといけないだろうから)とりあえず、さっさとお前を倒して(みんなで)下山させてもらう」

 

 俺はそう言うと、そのまま累に向かって走り出す。

 炭治郎くんが何やら叫んだと同時に累の手が動き、俺をサイコロステーキに……することはなかった。

『影の呼吸・伍ノ型 蜃気楼』

 

 それは、まるで蜃気楼のように揺らめき相手の攻撃を紙一重で避ける技である。

 

「な……っ」

 

 まさか避けられると思っていなかったのだろう。

 自分の攻撃をあっさりと避けられた累は驚きの表情を浮かべるが、すぐに気を取り直すと両手を前に突き出し、糸をギュルギュルと集めていく。

 おそらくは彼の血鬼術だろう。 

 あれをまともに喰らったら即死間違いなしだ。

 

『影の呼吸・拾ノ型 刹那』

 

 生き物は、思考してから動き出すまでにラグがある。

 俺のこの技はそのラグを見極め、一瞬で頸を刈り取る技だ。

 透き通る世界を併用して初めて使える技ではあるが、多用は出来ない切り札だ。

 無惨が見ている可能性がある為、手の内を知られないようにこうして一瞬でケリをつける必要がある。

 

「あ……」

 

 そして、頸を斬られたという自覚が無いまま累の体はボロボロと崩れ去っていく。

 その姿を最後まで見届けると、俺は密かに安堵の息を漏らす。

 

 

 ――こうして、ようやく俺を長い間苦しめてきた死亡フラグは折れるのだった。

 

 




こんなのもうサイコロステーキ先輩じゃないわ!


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俺と炭治郎と時々ねずこ

前回の話を投稿後不安でしたが、おおむね好評だったようで何よりです。
サイコロステーキ先輩の名前大喜利は笑いました。


 ボロボロと崩れ去った累に合掌し冥福を祈った後、俺は歓喜に打ち震えていた。

 長年自分を苦しめていた最大級の死亡フラグをぶち折ったのだから当然である。

 この日の為に俺はありとあらゆる努力をし、血反吐を吐くまで自分の体を鍛えぬいてきたのだ。

 もう、何も怖くないと言わんばかりの万能感に満ち溢れている。

 

「あの……」

 

 俺が喜びを噛みしめていると、炭治郎くんが声をかけてくる。

 おっといけない。喜びのあまり、彼らを忘れていた。

 見れば炭治郎くんも禰豆子ちゃんもボロボロである。

 鬼である禰豆子ちゃんはいずれ回復はするだろうが、未だ治る気配はない。

 ふむ……。

 

 俺は少し思案すると、禰豆子ちゃんの下へ近づいていく。

 

「ね、禰豆子は違うんです! いや、鬼なんですけど……その、妹なんです! 俺の妹でその……」

 

 何を勘違いしたのか、炭治郎くんは慌てた様子で禰豆子ちゃんを庇うように立ちふさがり、しどろもどろにそう叫ぶ。

 なら、苦しまないように優しく殺してあげよう、とか洒落にならない冗談をふと思いついてしまったが、これを言ってしまったら流石に人として終わっているので心のうちにしまっておく。

 

「安心しな、悪いようにはしないさ」

 

 先ほどの小者口調がまだ尾を引いているのか、ついぶっきらぼうな口調でそう言いながらボロボロの炭治郎くんを押しのける。

 そんなやり取りをしていても、禰豆子ちゃんはスヤスヤと眠っている。

 確か……禰豆子ちゃんは怪我を治すために睡眠を取るんだったかな?

 そうこうしている内に、禰豆子ちゃんの怪我はどんどん治っていく。

 が、あとどれくらいで完治して目が覚めるかもわからないし、こんな山の中にいつまでも放っておくわけにもいかないので彼女を背負って山を下りることにする。

 炭治郎くんは、悪いが自分の足で下山してもらおう。

 なーに、長男だから行ける行ける。

 

 ……はて? なーんか、忘れているような気がするな。

 何やらこの後、結構重要なイベントがあったような気がするが思い出せない。

 ぶっちゃけてしまうと、俺はこの世に生を受けてから累との戦いを乗り越える事ばかりに注視し過ぎたせいでその後の展開をほとんど覚えていない。

 何せ、生まれ変わってから17、8年経ってるのだ。忘れたとしても不思議ではない。

 むしろ、累と戦うまでの事を覚えてただけでも凄いのではなかろうか。

 そんな事を考えていると、こちらへ近づいてくる2つの気配。

 一瞬、鬼の残党かとも思ったが、すぐにしのぶと冨岡さんだと分かる。

 2人はこちらへまっすぐ近づいてくるので声をかけようとするが……。

 

「っ‼」

 

 ガキュイィン! と激しい金属音が響く。

 しのぶと冨岡さんは、なぜか刀を構え禰豆子ちゃんへ斬りかかろうとしていたので、俺は禰豆子ちゃんを抱きしめて庇いつつ、日輪刀をすかさず蛇腹モードに切り替え、2人の刀を弾き飛ばす。

 

 それと同時に思い出す。

 累戦を終えた後に控えている柱合裁判のことを。

 人を喰わないとはいえ鬼である禰豆子ちゃんをどうするかで一悶着あったはずだ。

 いわば、これはその前振りのイベントだ。

 くそ、割かし重要なイベントなはずなのにすっかり忘れていた……っ。

 っていうか、しのぶはともかく冨岡さんは関係者なんだから斬りかかってくるなよくそが!

 

「賽? 何で邪魔をするのかな? かな? その子は鬼なんだけど?」

 

 しのぶは、一見柔和な笑みを浮かべながらそう問いかけてくる。

 いや、怖い怖い! しのぶの体から放たれるオーラが怒気をはらんでいるので今にもちびりそうである。

 冨岡さんの方は黙して語らずだが、炭治郎くんと禰豆子ちゃんを見て何やら思案しているようだった。

 冨岡さんの方は良いとして、問題はしのぶである。

 禰豆子ちゃんが無害だというのは知っているが、それを証明する術がないし、何でそれを知っているかの説明もできない。

 俺が一方的に知っているだけで実質初対面なので、説得力も何もあったもんじゃない。 

 それに、少しでも対応を間違えれば隊律違反で「死刑!」となるかもしれない。

 鬼殺隊の柱達は鬼絶対殺すマンばかりなので、ありえないとも言い切れないのが怖い。

 

「いや、えーとね、なんと言ったものか……ほら、この子! この子の妹らしいんだよね! ――名前なんだっけ?」

「え? あ、か、竈門 炭治郎って言います」

「そう、炭治郎くん! なんだか彼の様子がただ事じゃない感じだし、鬼ではあるけど暴れる雰囲気でもないから、すぐ殺すんじゃなくて事情を訊いた方がいいと思ってね! ほら、カナエさんも鬼と仲良くしたいって言ってるし、可能性があるならさ! ね?」

 

 とりあえず、炭治郎くんとカナエさんをダシにして説得を試みることにする。 

 俺の秘技、なすりつけである。

 

「……そこで姉さんを出してくるのは反則よ」

 

 どうやらカナエさんの名前が効いたようで、ひとまず話を聞く気になったのか刀を納めるしのぶ。

 ……ふぃー、一時はどうなる事かと思ったがとりあえず修羅場は乗り切ったようだ。

 俺に抱きしめられている禰豆子ちゃんは状況を理解していないのか、無邪気に「むー?」と首を傾げている。

 くそう、可愛いな。

 愛玩動物的な意味で純粋に愛でたくなる可愛らしさだ。

 俺自身が落ち着くためにも禰豆子ちゃんの頭をなで繰り回すと、ムフーと満足げな表情を浮かべている。

 お持ち帰りしていい?

 

「賽ったら、あんな小さい子が好みなの……? どうりで私と姉さんに……」

 

 俺が禰豆子ちゃんを愛でていると、先ほどとはまた違った雰囲気を放つしのぶが何やらブツブツと呟いている。

 ちなみに、コミュ障の冨岡さんは端っこの方でボーっとしていた。

 いや、なんか喋れや。場に混ざってきなさいよ、あんた今回の中心人物でしょうが。

 

「伝令! 伝令! カアァァァ!」

 

 俺が内心、冨岡さんにツッコミを入れていると鎹鴉が叫びながらこちらへと飛んできた。

 

「炭治郎、禰豆子両名ヲ拘束。本部ヘ連レ帰ルベシ‼」

 

 その言葉にしのぶと冨岡さんがこちらを見る。

 いや、正確には俺の腕の中で目を細めている禰豆子ちゃんとその奥に居る炭治郎くんを、だ。

 

「……あー、炭治郎くん」

「は、はい」

「悪いけど、おとなしくついてきてもらうよ」

 

 俺の言葉に炭治郎くんはこくりと頷いた。

 さてさてさーて、累という修羅場を抜けたと思ったら、また修羅場だ。

 

 ――無事に切り抜けられると良いなぁ。

 俺はそんな事を考えながら、しのぶ達と共に炭治郎くんと禰豆子ちゃんを連れて本部へと向かうのだった。

 




大正コソコソ噂話

主人公である賽は事あるごとに柱を引退しようとしてるけどい、その度に産屋敷耀哉が職権乱y……あの手この手で引き留めているよ!
賽を相手にするとSっ気が刺激されて少しだけいじわるになるらしい。


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裁判だよ!全員柱合 前編

大正コソコソ噂話
炭治郎曰く、賽はほぼ無臭で底が知れないって言っていたよ!


「竈門炭治郎、同行感謝する。ここは鬼殺隊の本部で、君は今から裁判を受ける事になる」

 

 薬によって眠らされていた炭治郎君が目を覚ますと、俺はそう告げる。

 本部の場所を知られたくないために彼を眠らせていたのだ。

 

 んで、なんで俺が説明しているかというと――。

 

「裁判の必要などないだろう! 鬼を庇うなど明らかな隊律違反! 我らのみで対処可能! 鬼もろとも斬首する!」

「ならば俺が派手に頸を斬ってやろう。誰よりも派手な血飛沫を見せてやるぜ。もう派手派手だ」

「あぁ……なんというみすぼらしい子供だ。可哀想に……生まれて来たこと自体が可哀想だ」

 

 と、上から煉獄さん、派手柱、行冥さんである。

 蜜璃ちゃんは顔を赤らめながらポーっと炭治郎くんを眺めており、関係者であるはずの冨岡さんは沈黙。

 無っくんはお空を眺めてる。

 しのぶは、この世界では柱ではないので出席はしていない。

 

 ――とまぁ、こんな感じなので消去法で俺が説明しなければならないのだ。

 うーん、何だか胃が痛くなってきたぞぉ。出来る事なら今すぐに帰りたい。

 

 ちなみに、なんで彼に対してタメ口かというと柱っぽく威厳あるように見せかけたかったからだ。

 俺が素を出すのは基本的に蝶屋敷だけで、外では一応柱としての体裁もあるので柱モードを維持していてこういう口調になっている。

 他の柱に舐められたらやってけないからね。

 

「その小僧の事もそうだが、栖笛はどうするのかね」

 

 俺が痛くなってきた胃を押さえているとネチっとしたいやらしい声が頭上から聞こえてくる。

 蛇柱のイグッティだ。

 

「拘束をしないどころか、普通に中心になって話を進めようとしている様に俺は頭痛がしてくるんだが。聞いた話によると隊律違反は栖笛も同じだろう。俺は前から気に入らなかったんだ。柱の癖にやる気が感じられずお館様への忠義も薄い。さぁ、どう処分する。どう責任を取らせる」

 

 相変わらずのネチネチした言い方で長々と責めたててくるイグッティ。

 もはやおぼろげな原作では確か冨岡さんが責められていたはずだが、矛先が俺になっている。

 おそらく、俺が炭治郎くんと禰豆子ちゃんを庇ったせいで変化が生じているのだろう。

 おかげで冨岡さんが益々蚊帳の外だ。

 

「俺のことは後回しでいいだろ。まずは彼から話を聞いてからでも遅くない。なにせ、お館様が直々に生け捕りにしろと命令してきたんだからな。それともイグッティ。君はそんなお館様の意向を無視する気か?」

「……イグッティと呼ぶなと言っているだろう。本当に腹の立つ奴だ」

 

 ぐちぐちと不満げではあるが、お館様の名を出されると反論できないらしく恨みがましい目でこちらを見ながらも押し黙る。

 何故か知らないが、俺ってイグッティに嫌われてる気がするんだよね。

 イグッティが柱になった直後はそんなでもなかったんだけど、ある時期から殺意というか怨念というかそういうネチっとしたものを向けられるようになった。

 もっとも、俺の方が古株という事もありこういう機会でもないと普段は表立ってつっかかってきたりはしないが。

 

「ほら、少年。とりあえず話してみてくれ。事情を説明しないと周りの怖いおじさんたちが君と妹を殺してしまうぞ」

 

 俺は、しのぶから預かっていた鎮痛薬入りの水を飲ませながら炭治郎くんに話すよう促す。

 炭治郎くんは1、2回ほど咳き込んだ後、こちらを見上げながら口を開く。

 

「……俺の妹は鬼になりました。だけど、人を喰ったことはないんです。今までも、これからも、人を傷つけることは絶対にしません」

「くだらない妄言を吐き散らすな。そもそも身内なら庇って当たり前。言うこと全て信用できない。俺は信用しない」

「あああ……鬼に取り憑かれているのだ。早くこの哀れな子供を解き放ってあげよう」

 

 炭治郎くんの言葉に対し、イグッティと行冥さんはそんな事を言う。

 ほんと、この鬼絶対殺すマン共は……融通が利かないというかなんというか。

 

「聞いてください‼ 俺は禰豆子を治すために剣士になったんです! 禰豆子が鬼になったのは2年以上前のことで、その間禰豆子は人を喰ったりしてない!」

「話が地味にぐるぐる回ってるぞアホが。人を喰っていないこと、これからも喰わないことを口先だけでなくド派手に証明して見せろ」

 

 喰ってないことはともかく、これからも喰わないことを証明ってのは中々に難しいよな。

 悪魔の証明というやつだ。

 炭治郎くんと派手柱達がそんなやり取りをしていると、蜜璃ちゃんがおずおずと口を開く。

 

「あのぉ、でも疑問があるんですけど……さっき栖笛さんが言っていた通り、彼をここへ連れて来たのはお館様の命令です。という事は、何か考えがあると思うので勝手に処分とかしちゃいけないような気がするんですけど……」

 

 その言葉に、先ほどまでぴーちくぱーちく騒いでいた鬼絶対殺すマン達は一斉に押し黙る。

 うーん、流石は俺の女神。一発で静かにさせた。

 

「妹は俺と一緒に戦えます! 鬼殺隊として人を守るために戦えるんです!」

「オイオイ、何だか面白い事になってるなァ」

 

 炭治郎くんが必死に訴えていると、新たな声が聞こえてくる。

 

「困ります、不死川様。どうか箱を手放してくださいませ!」

 

 隠の人が必死に訴えている通り、そこには禰豆子ちゃんが入った箱を持っている傷だらけの柱……不死川 実弥、通称(さね)ちゃまが立っていた。

 

「鬼を連れてた馬鹿隊員はそいつかいィ。一体全体どういうつもりだァ?」

「……どういうつもりかはこっちが聞きたい。何を勝手な事をしてるんだ実ちゃま」

 

 俺は珍しくイラっとしながら実ちゃまに話しかける。

 禰豆子ちゃんに関しては隠の隊士達に預けていたはずだ。それを何でこいつがもっているのだ。

 実ちゃまは、鬼絶対殺すマンの中でも筆頭の殺意持ち。彼が関わってくるとろくな事にならない。

 後ろの隠達も申し訳なさそうな顔でこちらを見ていたが、まぁ柱相手には強く出れないだろうから仕方あるまい。

 

「いくらアンタでもこればっかりは譲れないんでねェ。んで、鬼が何だって? 坊主ゥ。鬼殺隊として人を守るために戦えるゥ? そんな事はなァ……ありえねぇんだよ馬鹿がァ!」

 

 実ちゃまはそう叫ぶと禰豆子ちゃんが入っている木箱に刀を突き刺そうとするも、既にその手に木箱はなかった。

 

「何してんだ、賽さんよォ?」

 

 奪い取った木箱を地面に置いている俺を見て、実ちゃまが怒気を孕んだ瞳でこちらを睨んでくる。

 

「そっちこそどういうつもりだと何度言わせるつもりだ。今、この中に入っている子を刺そうとしたな?」

 

 いくら日和見主義で事なかれマンの俺とはいえ、目の前で禰豆子ちゃんが傷つけられるのは流石に看過できない。

 女の子が可哀想な目に遭うのは無理なんだわ、俺。

 そんな訳で、実ちゃまの強面に漏らしそうになりながらも俺は彼を睨み返す。

 

「それがどうしたァ? 中に入っているのは鬼なんだぜ? それをわかってて庇うって事は、つまりはアンタも敵って訳だよなァ?」

「やめておけ」

 

 刀を構えながら殺気立つ実ちゃまに俺はそう言う。

 

「あぁ? どうせアンタに勝てねぇから無駄だってかァ⁉」

「このままやりあうと、俺の返り血を浴びる事になるぞ」

「上等だァ、アンタの返り……は?」

 

 俺の言葉の意味を理解できなかったのか、一瞬毒気が抜かれた表情を浮かべる実ちゃま。

 

「俺の前で気を緩めたな?」

「しま……っ」

 

 実ちゃまの気のゆるみを見逃さず一瞬で距離を詰めると彼の刀を蹴り飛ばす。

 

「相変わらず、卑怯な手を使いやがって……っ」

「武士道で生きてけるんなら正々堂々生きてやるさ。とりあえず、いったん終わりだ。そろそろお館様が来るはずだ」

 

 俺がそう言ったすぐ後に続くように白髪の子供(お館様の子供だが名前は忘れた!)の後ろから声が聞こえる。

 

「よく来たね。私の可愛い剣士(こども)たち」

 

 そこには、子供たちによって手を引かれた我らがボス、お館様が立っていたのだった。

 




何で実ちゃまかというと中の人が関智一さんだからです(分からない人はドラえもんの声優で検索検索ぅ!)




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裁判だよ!全員柱合 後編

感想でいくつか言われてますが、確かにこの世界線の読者視点だと主人公めちゃくちゃうさんくさいし、裏切らないとしても炭治郎の師匠枠になってどこかで派手に散りそうですね

本人はそんな気が全くないですが!


 ――産屋敷 耀哉(うぶやしき かがや)

 我ら鬼殺隊のトップであり、柱がお館様と呼び敬愛する人物。

 何を考えているか分からずすべて見通しているかのような言動が目立ち謎に包まれてる。 

 一見、後ろに隠れて安全圏から他の隊士にだけ命を賭けさせている臆病者と見られがちだが、その実一番覚悟が決まっている人だ。

 もし出来る事ならこの手で無惨を倒したい、そのためなら身内全ての命を賭ける、とドン引きするような事を俺に語ったこともある。

 確か、原作でもそんなシーンがあった気がする、いつだったかは忘れたがそう遠くない未来だ。

 死なない事に全力を尽くしている俺からすれば信じられないことである。

 まぁ、そんなお館様だからこそ柱になってしまった今でも、一応の忠義は尽くしている。

 可能なら今すぐ引退したいけどな!

 

「お早う皆、今日はいい天気だね。空は青いのかな?」

 

 産屋敷――お館様が口を開く。

 

「顔ぶれが変わらずに半年に一度の柱合会議を迎えられたことを嬉しく思うよ」

 

 俺だけ他の柱と変わっててほしかった。

 そんな事を考えていると、実ちゃまもとい実弥が炭治郎くんの頭を無理やり地面におしつけていた。

 お館様の前だから頭を下げさせようとしたんだろうがやり方ぁ!

 ほんと血の気が多すぎて困るから献血して、少しは血を抜いてほしい。

 

「お館様におかれましても御壮健で何よりです。益々の御多幸を切にお祈り申し上げます」

 

 ほらもうお館様を前にするとすげぇ理性的にしゃべるもん。

 いつもその態度でいれば、俺も毎回ちびりそうにならなくてすむのに。

 俺がそんな事を考えていると実弥は話を続ける。

 

「畏れながら、柱合会議の前にこの竈門炭治郎なる鬼を連れた隊士について、ご説明いただきたく存じますがよろしいでしょうか」

 

 そんな理性的に喋る実弥の様子に、炭治郎くんも驚いている。

 うんうん、初見ではビビるよなこれ。

 どう見てもさっきまでは蛮族だったもん。

 

「……そうだね、驚かせてしまってすまなかった。炭治郎と禰豆子の事は私が容認していた」

 

 その言葉に、他の柱の奴らは嘘だろ、といった風に驚いている。

 まぁ、そうだよな。鬼を殺すための集団のトップが容認しているのだから、驚くなという方が無理である。

 

「それと、おそらく話を聞いていると思うけど賽についてだ。彼が炭治郎と禰豆子を庇っていた理由も知りたいことだろう」

 

 ……お?

 お館様、何を言う気だ?

 俺は単に原作を知っていて、炭治郎くん達の事をよく知っているからかばっているだけなんだが……。

 お館様どころか他の誰にも俺が原作を知っていることを伝えていないし、よそに漏れるはずもないんだが。

 

「彼だけには伝えていたんだよ。顔に痣のある少年の隊士が鬼を連れているが、害はないから見つけたら保護してほしい、と」

 

 もちろん、そんな命令は一度も受けていない。

 どういう事だ……?

 俺が不思議に思っていると、目が見えないはずのお館様はこちらを見るとフッと優しく微笑んだように見えた。

 ――なるほど、そうやって恩を売ったつもりか。

 俺側の事情は知らないが、何か考えがあると察して俺に責が及ばないようにとお館様なりに気を遣ってくれたのだろう。

 くそ、おかげでまた柱引退が言い出しにくくなったじゃねぇか。

 

「お館様、何故に栖笛だけにお伝えしていたのでしょうか?」

 

 実弥の言う事ももっともで、他の面々もうんうんと頷いている。

 冨岡さんだけは押し黙っていて何考えているか分からなかったが。

 

「それは、君達が鬼と見ると問答無用で倒してしまうからだ。賽は鬼に対しても公平に物事を見る冷静さを持ち合わせているから最適だと思ったんだ」

 

 鬼に対して、というか美少女に対して甘いだけなのだが俺は何も言わない。

 それに、原作を知らなければ俺も他の柱同様に禰豆子ちゃんを斬ろうとしていたし、全ては偶然である。

 

「……なるほど、話は承知致しました。お館様の命であるならば、確かに栖笛に責はないでしょう」

 

 自分が、鬼絶対殺すマンという事は自覚しているのか、お館様の言葉を聞いて渋々納得する実ちゃま。

 悔しそうな顔をする実ちゃまに対し、俺はどや顔を披露してやる。

 

「納得してくれたようで何よりだ。さて、それで皆にお願いなのだが炭治郎と禰豆子のことを認めてはくれないだろうか」

 

 そのお館様の言葉に対し柱の反応は、

 

「嗚呼……たとえお館様の願いであっても私は承知しかねる……」

「俺も派手に反対する。鬼を連れた鬼殺隊員など認められない」

「私は全てお館様の望むままに従います」

「僕はどちらでも……すぐに忘れるので……」

「信用しない、信用しない。そもそも鬼は大嫌いだ」

「心より尊敬するお館様であるが理解できないお考えだ‼ 全力で反対する‼」

「鬼を滅殺してこその鬼殺隊。竈門の処罰を願います」

 

 と、一部を除いて否寄りだ。

 まぁ、組織の信念というか行動理念がアレだけに当然の結果と言える。

 今のところ、肯定組は俺と蜜璃ちゃん、あとは……冨岡さん? くらいで中立が無一郎くん。

 うーん、中々に劣勢だ。

 ……こうなれば、俺の引退と引き換えに炭治郎くん達の安全を確保できないだろうか。

 俺もあとくされなく引退出来て、炭治郎くん達も無事。まさにWin-Win。

 そんな事を考えていると、お館様の子供が手紙を取り出し読み上げ始める。

 元柱であり、炭治郎くんの師匠でもある鱗滝さんからの手紙だ。

 内容は要約すると禰豆子は大丈夫、人は喰わないよ! っていう擁護の手紙だ。

 

「――もしも禰豆子が人に襲い掛かった場合は、竈門炭治郎及び鱗滝左近次、冨岡義勇が腹を切ってお詫びいたします」

 

 と、締めくくる。

 冨岡さん、これまで何も言わなかったがしっかり認識はしてたんだな。

 他の面子も、「え、アンタも関係者だったの?」という顔をしている。

 そりゃ、ここまで何もしゃべらなかったから当然だ。

 

「……切腹するから何だと言うのだ。死にたいなら勝手に死に腐れよ。何の保証にもなりはしません」

「不死川の言う通りです! 人を喰い殺せば取り返しがつかない‼ 殺された人は戻らない!」

 

 と、鱗滝と冨岡さんの決死の手紙の内容を聞いてもブレない実弥と煉獄さん。

 

「確かにそうだね。人を襲わないという保証ができない、証明ができない。ただ、人を襲うということもまた証明ができない」

 

 と、涼しい顔で反論するお館様に対し何も言い返せない実ちゃまざまぁ。

 

「禰豆子が二年以上もの間、人を喰わずにいるという事実があり、禰豆子のために4人の者の命が懸けられている」

 

 ん? 今、4人っつった?

 キノセイカナ?

 

「これを否定するためには、否定する側もそれ以上のものを差し出さなければならない。それに……炭治郎は鬼舞辻と遭遇している」

 

 その衝撃的な言葉に、他の柱は一斉に色めき立ちぴーちくぱーちくと騒ぎだす。

 炭治郎くんは、その様子に圧倒されていて何も話せない。

 

 その様子を見ながらお館様は柱を静かにさせ、口を開く。

 

「鬼舞辻はね、炭治郎に向けて追手を放っているんだよ。その理由は単なる口封じかもしれないが、私は初めて鬼舞辻が見せた尻尾を掴んで離したくない。おそらくは、禰豆子にも……鬼舞辻にとって予想外の何かが起きていると思うんだ。わかってくれるかな?」

 

 お館様の言葉に、ようやく納得しかける柱達。

 だが……。

 

「分かりません、お館様。人間ならば生かしておいていいが鬼はだめです。承知できない」

 

 と、実弥だけが歯を食いしばりながら頑なに否定する。

 

 ……いい加減、腹が立ってきた。

 ただでさえ柱合会議は胃が痛くなり、今も現在進行形でキリキリしていて早く帰りたいというのに、実弥の頑固さのせいで帰りが遅くなる。

 お館様が見逃せと言っているんだからいい加減無理にでも納得しろよ。滅私奉公しろよ。

 お前が粘った所で誰も得しないんだよ。

 

(さね)、いい加減にしろ」

 

 気づけば、俺は実弥に話しかけていた。

 

「いい加減にしろ、だと? 何をいい加減にすればいい。相手は鬼だぞ、いつどこで人を襲うかわからねぇだろうがァ!」

「だから今まで喰ったことないと言っているだろ。お前はお館様の意見に逆らうのか?」

「うるせぇ! 俺は認めねぇ。鬼が人を喰わないなんてありえねぇんだ」

「だったら喰わないように監視してればいいじゃねーか」

「誰がやるんだ、そんなのよォ! 鬼と一緒に行動なんて反吐が出るぜェ!」

「だったら俺が見るわ! それなら文句ねーだろうが!」

 

 瞬間、シンと静まり返る。

 ……あれ、俺、今なんか言っちゃいました?

 

「というわけで、炭治郎と禰豆子は賽が監視する事になった。異論はあるかな?」

「うむ! 鬼を生かすことは承知しかねるが、賽が見張るというのならば問題なかろう!」

「嗚呼……鬼にも分け隔てなく接するその心、理解できん……」

「誰にでも優しい栖笛さんほんと素敵さん……」

 

 いやまってまって、ごめん前言撤回させてください。

 早く帰りたくて心にもない事言っちゃったんです本当なんです。売り言葉に買い言葉なんです。

 炭治郎くんに同行するとか死亡フラグ最前線再びじゃないですか勘弁してください。

 

「ほら、4人で間違いなかっただろう?」

 

 そんなお館様の声がボソリと聞こえた気がした。

 あぁ、タイムマシンがあれば数秒前の自分を殴って止めてやりたい。




今後、炭治郎と無理なく絡んでもらうために主人公にはやらかしてもらいました。



主人公に対する他の柱の(ほぼ)一言評

悲鳴嶼「強いのに本人にやる気が感じられず悲しい」
宇髄「派手に地味。俺の方が絶対忍者らしい」
冨岡「あいつを見ると、やはり俺は柱ではないと実感する」
煉獄「強いな!」
不死川「強いけどむかつく。実ちゃま呼びはもうあきらめた」
伊黒「強いけどむかつく。イグッティと呼ぶな」
甘露寺「私の体質に何も言わないし、強くて素敵」
時透「どうでもいいかな……」

おまけ
産屋敷「面白くて気に入っている。彼は素晴らしいおも……私の子供だ」
カナエ「命の恩人で私の同志です。色んな意味で面白い方です」
しのぶ「鈍感柱で少女嗜好疑惑。屋敷に居る時もしっかりしてくれれば……」


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蝶サイコーな蝶屋敷

 最大の難関であったはずの十二鬼月、累を乗り越えた俺は幸せの絶頂であった。

 もう死の恐怖に怯えずに済むと思っていた。

 なのに、何故俺は炭治郎くんの監視という核弾頭級の死亡フラグに自ら突っ込んでしまったのだろうか。

 何度思い返してみても、あの時の俺はどうかしてたとしか思えない。

 それもこれも、無駄に頑固な実ちゃまが悪い。

 あとで1個だけトウガラシの入ったロシアンおはぎを喰わせて鬱憤を晴らしてやろうそうしよう。

 

「……まぁ、なっちゃったものは仕方ないか」

 

 基本的にお館様の命令は絶対だ。

 あの人が監視をやれというなら部下である俺はやるしかない。

 どうせ、累戦で生き残った以上は原作準拠なんてさらさらする気はない。

 ならば、開き直ってどんどん原作に介入していこう。

 さしあたって、俺の残り少ない原作知識で重要なのは煉獄さんの死と祭りの神の引退だ。

 この2人は柱の中でもトップクラスに位置する強さを持っている。

 彼らが戦力として残るか否かで今後の難易度も変わってくるだろう。

 一番良いのは、さっさと柱を引退して我関せずになる事なのだが……お館様に「炭治郎くんの監視をするなら柱の仕事ができなくなるので引退するから監視に専念させて♪」って言ったら却下された。くそが。

 あとは可能性としてはこの世界でのカナエさんや原作での祭りの神のように今後の戦いに参加できないような怪我を負う事なのだが……死ぬのは嫌だし痛いのも嫌なので回避力に極振りしますって感じでやってきたので無しだ。

 そもそも死にはしないが戦うのは無理になる程度の怪我を自発的に負うってのは普通に難しい。

 上弦相手にそんな舐めプかましたら次の瞬間にサイコロステーキである。

 

 なので、結局のところ煉獄さんと祭りの神を救えるか否かにかかっているというわけだ。

 問題は、いつごろの時期だったかが全く分からない点だが……まぁ、炭治郎くんの監視という大義名分があるので、彼らについていけばおのずと原作イベントに遭遇することになるだろう。

 あとは、安全圏からいかにも頑張ってますアピールをしながら彼らをサポートしていけばいい。

 

「5回⁉ 5回飲むの? 1日に⁉」

 

 俺が今後の予定について練っていると、唐揚げが好きそうな声が聞こえてくる。

 あの声は……確か善逸か。

 彼も養生の為に蝶屋敷に来ていたのだが、来た当初からあんな感じで騒がしい。

 普通にうるせーし注意しようと病室に向かったら、既にアオイちゃんが善逸に怒鳴っていた。

 

「善逸、今度は何で騒いでるんだ?」

「うぉぉぉ⁉ びっくりしたぁ! また急に現れたよこの人ぉ! もう嫌だぁ! なんにも音聞こえないし怖いんだよぉ!」

「い、いつの間に……」

 

 にぎやかな空間に割って入れば、善逸は俺を見て泣き叫び、炭治郎くんも驚きの表情を浮かべていた。

 うーん、ここまでビビられるとお兄さん悲しくなっちゃう。

 というか、俺は他の柱に比べても割と親しみやすいと思うんだけどそんな怖いのかしら。

 

「ちょっと賽さん! 気配を消して移動しないでくださいって再三注意してるでしょう!」

「賽さんに再三注意……」

「はぁ⁉」

「ごめんいまのなし」

 

 俺の小粋なジョークに対し、アオイちゃんは額に血管を浮かばせながら見たことない表情でぶち切れている。

 流石にまずいと思ったので俺は素直に謝ることにした。

 

「賽さんの移動は心臓に悪いんですから、もっと自分の存在感を出して移動してください! 特に病人の方には刺激が強いんです!」

「はい、反省してます」

 

 癖になってんだ、気配消して歩くの……とボケようと思ったが、今度こそ本気で怒られそうだったのでグッと堪え反省の意を示す。

 いやまぁ、実際のところ普段からこうやって気配やらなにやらを消してないといつどこで鬼に襲われるか分からないんだよ。

 俺が不意打ちをすることはあっても、不意打ちをされるなんてのはあってはならない。

 なので、表面上は謝りはしたが決して改める気はない。決してだ!

 その後は他愛のない会話を交わし、アオイちゃんは用事があるという事でその場から立ち去ることにする。

 俺も事務仕事をしなけりゃならんので、アオイちゃんに続きその場を後にしようとしたところで声をかけられる。

 

「あの! えーと栖笛、さん!」

 

 振り向けば、そこには真剣な顔をしている炭治郎くん。

 

「蜘蛛山でもそうでしたが裁判の時も庇ってくれてありがとうございました」

「いやいや気にするな。俺が勝手にやった事だ」

 

 君と禰豆子ちゃんはこの世界の最重要人物なのだ。原作改変をしてしまっている以上はどう転ぶか予想がつかないので、必然的に俺ができる限り原作通りに持っていく必要があるしな。

 もっとも、それを説明するわけにはいかないので適当にはぐらかすが。

 

「それなんですけど……なんで、そんな俺達に良くしてくれるんですか……? 初対面ですよね?」

 

 君達が主人公だからだよ! と言えれば楽なんだがどう誤魔化したものか……。

 俺は原作知識をフル動員させてナイスな言い訳を考える。

 

「えーと、あ、そうだ。俺はね、君の妹……禰豆子ちゃんと言ったかな? 彼女のように人を喰わず、人間の味方である鬼を知っているんだよ。あの子からは敵意を感じなかったから、俺の知っている鬼と同じく敵対しないと思ったんだ」

 

 その鬼というのはもちろん珠世さんの事だ。

 が、当然ながら俺と珠世は面識がない。俺が一方的に原作を読んで知っているだけだ。

 ここでミソなのが知っていると言っただけで会ったとは言っていない事。

 その鬼が珠世さんだと一言も言っていないという事だ。

 が、今俺が言った条件で炭治郎くんが思い当たる鬼といえば……。

 

「まさか、珠世さんを知っているんですか⁉」

 

 と、勝手に勘違いしてくれるわけだ。

 おそらく、炭治郎くんの中では俺が過去に珠世さんに会ったことがあり、その影響で鬼に対しても公平的な判断を下せるようになったから自分達に味方してくれたのではと自分に都合のいいように勘違いしただろう。

 俺は嘘は何も言っていない。ただ、真実全てを言ったわけではないのだ。

 それを勝手に炭治郎くんが勘違いしただけなので俺は悪くぬぇ。

 人を騙すのに嘘を吐く必要はないのである。

 

「ま、ご想像にお任せするよ」

 

 俺は意味深な笑みを浮かべると、これ以上ボロを出す前にその場を後にするのだった。

 

 

「きゃー! かーわいいー!」

 

 病室を後にして部屋に戻ってくると、そんな黄色い声が聞こえてくる。

 何事だと部屋を覗けばカナエさんが禰豆子ちゃんとワチャワチャと楽しそうにしていた。

 

「はぁ、姉さん。もう少し落ち着いたら?」

「だって見てよこの子、(チョー)可愛くない?」

 

 禰豆子ちゃんを見て大はしゃぎするカナエさんに対し、呆れたようにツッコミを入れるしのぶ。

 そして、そんな2人を見て不思議そうに「むー?」と首を傾げる禰豆子ちゃん。

 更にそれを見て再び嬉しそうに叫ぶカナエさん。

 ……なんだこのカオス。

 

「あ、賽くんおかえりなさい」

「カナエさん、これは一体何事ですか?」

「アナタが連れてきたこの鬼を見て姉さんがもうそれは大はしゃぎなのよ」

 

 カナエさんに問いかけるが、代わりにしのぶがげんなりした表情で答える。

 まぁ……カナエさんの喜びようも分からなくもない。

 何せ、彼女は昔から鬼と仲良くしたいとずっと言っていたのだ。

 それが突然、本当に仲良くできる鬼(しかもかわいい!)が現れたのである。

 喜ぶなという方が無理な話だ。

 

「ねーずこちゃん♪」

「むー」

「きゃあああああ♪」

 

 それにしても、こんなにテンションの高いカナエさんは初めて見るな。

 ……ま、こんな嬉しそうなカナエさんが見れただけでも今回、頑張った甲斐があるってもんだな。

 そんな事を感じながら、3人の美少女たちを眺めつつ仕事をする俺であった。

 



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やったね賽くん、フラグが増えるよ!

武装錬金は結構前の漫画ですが、知っている人が多くて嬉しいです
自分はパピヨンがダントツで好きです


「ぐおおおおお! なんでだ! 何で当たらねぇ!」

 

 晴れ渡る青空の下、男の声が蝶屋敷に響き渡る。

 声の正体は伊之助なのだが、何故こんな叫んでいるかというと……。

 

「はっはっは、そんな攻撃ではまだ当たってやれんなぁ」

「くそがぁ!」

 

 彼の攻撃を、俺が悉く紙一重で避けているからだった。

 炭治郎くん達がやってきてしばらく経ち、怪我も治ってきたので機能回復訓練へと入っていたのだ。

 カナヲちゃんやアオイちゃん達による初級の訓練で既に躓いており炭治郎くん達以外はやる気がなかったのだが、しのぶによる個々に合わせた応援という名の煽りにより見事に突破した。

 んで、最後は軽く体を動かして戦闘の勘を取り戻させようと思い俺が相手を務める事になったのだが、攻撃を避けている内に伊之助がどんどんムキになってこの様子である。

 

「くそ……結局、かすりもしやがらねぇ……!」

 

 それから数十分が経過し、結局一度も攻撃が当たらないまま体力を使い果たす伊之助。

 

「俺は……やっぱり弱いのか……」

 

 いやー、良い線行ってると思うんだけどね。

 山育ちということもあって型にハマらない動きは中々に奇抜でそこら辺の鬼なら難なく狩れるだろう。

 が、俺相手では意味がない。

 奇抜な動きとはいえ、それはあくまで人間の範疇から外れてはいない。

 流石に関節を外して射程距離を伸ばしたのにはビビったが、鬼はもっと理不尽な攻撃をしてくるのだ。

 生き残る為に全てを回避力と奇襲に極振りした俺の敵ではない。

 もっとも、おかげで火力に関しては柱の中でも下の方になるが。

 ……まったく、それなのに何で俺が最強という不名誉(・・・)な称号をもらっているのか不思議でならない。

 原因の大半はお館様な気がするが、おそらくこの事について言及してもはぐらかされるだろう。

 

「やっぱあの人人間じゃないよ……あれだけ動いたのに、音がほとんど聞こえないんだもん。息も切れてないし、きっと本当は死体が動いているんだよ……」

 

 俺が伊之助をフォローしていると、見学していた善逸が失礼な事をのたまう。

 

「失敬な、俺はちゃんとした人間だ。ただ、人より臆病なだけだ」

 

 生き残る事だけを考えて努力してきた俺をなめんなよ。

 

「でも……本当に不思議な動きですよね。なんかこう舞を踊っているような……。確かに目の前に居るのに存在が希薄というかふとした瞬間に目の前から幻のように消えたり……」

「まぁ、それは今までの経験からより生き残る為に研鑽してきた俺独特の動きって奴だな。鬼相手に常識は通じないから、こちらもそれに対応せざるを得なかったんだ」

 

 特に、むかーし童磨と接敵してからはより一層死に物狂いで頑張ってきた。

 あの血鬼術はほんとチートやでぇ。

 多少なりとも対策は考えてるから、今度会ったときはもっと余裕をもって逃げれるはずだ。

 

「それって……俺達も頑張ればできるんでしょうか?」

「そうだ! あのへんな動きを教えやがれ! そうすれば、すぐにでもてめぇを倒してやるぜ!」

「あーもぅ、何でこんなに皆やる気なんだよ。頭おかしいんじゃないの。はぁ、平穏に暮らしたい……」

 

 妙にやる気のある炭治郎くんや伊之助に対し、善逸は表情を曇らせながら陰鬱な溜息を吐く。

 うむ! その気持ちよーくわかるぞ!

 鬼を倒すために強くなりたいという気持ちは俺もさっぱり分からない。

 あいつら、ホント頭おかしいわ。

 

「で、何の話だったか……あ、そうそう。俺の動きだったな。申し訳ないんだが、教えることはできないんだ」

「あ゛あ゛⁉ けちくせーこと言ってんじゃねぇぞ!」

 

 俺の言葉に対し、伊之助はぷんすかぽんと怒る。

 

「いや、別に意地悪して言ってるわけじゃない。いわば、俺の呼吸は静の究極形なんだ」

「静の究極形、ですか?」

 

 オウム返しに言葉を発する炭治郎くんに対し、俺は頷きながら説明をする。

 

 静タイプは、常に心を静め、冷静に戦局を見極めながら戦闘を制する。

 動タイプは心のリミッターを外す事で、爆発的な気とパワーにより戦闘を行う。

 俺の見立てでは3人とも動タイプ寄りだ

 

 基本的に正反対のタイプの技というのは習得が難しいのである。

 稀に、その両方を使いこなせるチートみたいな存在も居るが、あれらはいわゆる公式チートと呼ばれるようなキャラなので普通は無理だ。

 ――というようなことを嚙み砕いて説明してやる。

 特に伊之助は動タイプ中の動タイプなので、俺の動きは絶対に覚えられない。

 炭治郎くんは、性根は静だが戦い方は思いっきり動タイプだから、やはり難しいだろう。

 善逸も、リミッターを外すという意味では動タイプである。

 

 

 柱の中だと冨岡さんと無一郎くんが静タイプだろうか。

 

「ま、そんな訳だから君達は君たちなりの戦い方を身に着けて強くなるといい。(俺のうっかりで)君達に同行するし、道中もできる限り助言はしてあげるから」

 

 炭治郎くん達が強くなってくれれば、必然的に俺の生存率も上がるしな。

 俺が生き残る為の糧になってもらうでぇ……くっくっく。

 

「栖笛さんの技を覚えれないのは残念ですが、ありがとうございます。……あ、そうだ。さっきの舞で一つ聞きたいことを思い出したんですが、ヒノカミ神楽って聞いたことないですか?」

「(単語は知ってるけど詳しい事は分からないから)知らないな」

 

 その後のやり取りで、実は自分が助ける直前にその事を思い出したということが分かった。もっとも、使う前に俺が助けたので使わずじまいだったらしいが、気にはなっていたということだ。

炎の呼吸は火の呼吸と呼んではならない事や、火に関係するなら炎柱の煉獄さんが何かわかるかもしれないと、至極さりげなく巻き込んでおいた。

 どっちにしろ、煉獄さんは煉獄さんで彼の死亡フラグを乗り越えさせないといけないのでちょうどいい機会だ。

 蜘蛛山の件で分かったが、俺がどういう風に原作に介入しても、おそらくはそのキャラにとって重要となりえるイベント自体は回避できない。

 胡蝶姉妹に関しては、カナエさんというキーパーソンを助けたことで既に回避済みなので心配は要らない。

 しのぶの全身毒化計画だけは全力で阻止したのでこちらも大丈夫だ。

 あとは童磨関連のイベントだが……こちらもかなりの終盤なのでしばらくは安心だろう。

 

 煉獄さんはほぼ間違いなく猗窩座に遭遇する。

 ならば、原作と違う場所で遭遇させるよりも原作の流れにこちらから乗せることで知っている展開に持っていこうというわけだ。

 正直、猗窩座を相手にするのはおっかないが煉獄さんが居るなら大丈夫だろう!

 

 ……もっとも、これらはあくまで俺の予想なので全て間違ってたら台無しだが。

 まぁ、そういう意味でも煉獄さん関連のイベントは重要だ。

 細かい部分は覚えていないが、重要そうなイベントは朧げに覚えているので、思い出せる限りはこの路線で行くことにする。

 

 その後、鴉に伝言を頼みお館様経由で煉獄さんと落ち合う約束を取り、いよいよ運命の無限列車へと向かうことにするのだった。

 くくく、覚悟しろよ煉獄さん。救ってやるからなぁ?




今回の静と動の説明はまんまケンイチから持ってきています。

静動轟一はロマン


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無限列車でGO!その壱

総合評価がついに1万を超えました。本当にありがとうございます。
これからも面白いと思っていただけるよう頑張ります。


「賽くん、本当に行っちゃうの……?」

 

 カナエさんが潤んだ瞳でこちらを見つめながら懇願するように問いかけてくる。

 好みドストライクな美人がこちらを見つめているというだけで興奮ものだが、俺はそれを振り切らなければならない。

 

「はい、お館様の命令ですし……炭治郎くんの為に煉獄さんにも会わないと……」

 

 あと、最終決戦に向けての戦力強化のためにも。

 

「そんな……それじゃ、それじゃ……」

 

 俺の言葉に対し、カナエさんは何やら言いにくそうにしながらもじもじしている。

 うーん可愛い。

 

「禰豆子ちゃんだけでも置いていって! あの子をもっと愛でたいの!」

「ダメです」

 

 が、俺は首を横に振りながらきっぱりとカナエさんの申し出を却下する。

 この数ヵ月、炭治郎くん達が回復するまでの間暇さえあれば禰豆子ちゃんと遊んでいたカナエさんはすっかり禰豆子ちゃん中毒になっていた。

 禰豆子ちゃんは可愛いので気持ちは分からなくはないが、ここは心を鬼にしなければならない。

 炭治郎くんと禰豆子ちゃんはセットであるべきだし、彼女はこれからのイベントでも確か重要な役割があったはずなので置いていくという選択肢はない。

 

「ここに置いていけば安全かもしれませんが仲のいい兄妹を引き離すのは酷だと思いませんか? 炭治郎くんからしても、一緒に居た方が安心できるでしょうし。妹が居るカナエさんなら分かるでしょう?」

「……うん、そうね。ごめんなさい。禰豆子ちゃんがあまりにも(チョー)可愛いから我を失っていたわ」

 

 説得の甲斐もあってか、カナエさんは納得したようである。

 

「しのぶ、後は頼んだぞ」

「しっかり貴方の代わりをしておいてあげるから安心しなさい」

 

 カナエさんの方は片付いたので、俺は隣に立っているしのぶに話しかける。

 俺が炭治郎くんについていっている間、柱としての巡回ができなくなるのでしのぶに頼んでおいたのだ。

 しのぶは柱では無いにしても原作で柱になっていただけはあり実力は代行をするだけのものはある。

 俺達に同行できないのは残念だが柱としての仕事もこなさないと実弥とかイグッティに何言われるかわかんないからな。

 

 その後、炭治郎くんがカナヲちゃんとフラグを立てたりアオイちゃん達と別れを惜しんだりするほのぼのイベントをこなし、俺達は煉獄さんが待っているであろう無限列車のある駅へと向かうのだった。

 

 

「なんだあの生き物はー‼」

 

 駅に到着した後、列車を見つけるなり伊之助が大声を上げる。

 ……あー、山育ちだから汽車を見るのは初めてか。

 

「こいつはアレだぜ、この土地の主……この土地を統べる者。この長さ、威圧感間違いねぇ。今は眠ってるようだが油断するな!」

「いや汽車だよ知らねぇのかよ」

 

 完全に未知の生物を見るような態度の伊之助に対し、善逸が冷静にツッコミを入れる。

 

「待て伊之助。この土地の守り神かもしれないだろう?」

「「いや汽車だって言ってるだろ」」

 

 炭治郎くんまでもが真面目な顔してボケをかましてくるので俺と善逸のツッコミが思わず被る。

 このおのぼりーずさん共め。

 俺が炭治郎くんに汽車について説明していると、唐突に伊之助が「猪突猛進‼」と叫びながら列車に突撃をしていた。

 当然そんな事をしていると笛を鳴らしながら駅員さんが数名こちらへと走ってくる。

 

「何してる貴様ら‼ ……あ!刀を持ってるぞ! 警察だ、警察を呼べ!」

「やばっ、やばいやばいやばい。栖笛さん逃げ……はえぇ⁉」

 

 俺に話しかけようと振り向く善逸だったが、すでに俺の姿がない事に驚きの声を上げていた。

 そして俺はというと、駅員さんが炭治郎くん達の刀を見た時点でまずいと判断し、炭治郎くんと伊之助を抱えてすたこらさっさと逃げていた。

 え? 善逸? いやだって、あの子速いから大丈夫かなって。

 案の定、俺達にすぐ追い付いてきたし。

 

 

「いいかい炭治郎くんと愉快な仲間たち。鬼殺隊は政府公認じゃない、いわば非公式の組織なんだ。だから、本当は堂々と刀を持って歩けないんだよ。鬼がどうのと言った所で普通は信じてもらえないしな。とりあえず、刀は背中とかに隠しておくといい」

 

 無事に逃げ切った後、俺は炭治郎くん達にそう説明し刀を隠させる。

 

「一生懸命頑張ってるのに……」

 

 炭治郎くんは俺の説明に納得いかないようでしょんぼりしながら刀を隠す。

 そして、伊之助は刀を背中にさしてどや顔(?)を披露していた。

 

「伊之助くん、丸見えだ。俺の刀袋を貸してあげるからそれで隠すといい」

「栖笛さん、煉獄さんって方とはどこで待ち合わせなんですか?」

 

 俺が伊之助の刀を隠してあげていると、気持ちを持ち直した炭治郎くんが話しかけてくる。

 

「無限列車っていうのに乗っているんだ。ほれ、君達の切符だ」

 

 炭治郎くんの問いにそう答えると、俺は彼らに切符を渡してやる。

 さぁ、いよいよだ。

 落ち着け俺。大丈夫、最初の下弦戦は問題ない。

 えんむだかいんむだか忘れたが、アイツは眠らせるだけだったはずだから脅威ではない。

 問題はそのあとの上弦だ。上弦と戦うのは童磨以来だが今回は柱の最強格の一人である煉獄さんが居る。俺が全力でサポートすればいけるはずだ。

 

「さぁ行くぞ」

 

 俺は覚悟を決めると、煉獄さんの待つ無限列車へと乗り込むのだった。

 

「うぉぉぉぉ‼ 腹の中だ‼ 主の腹の中だ! 戦いの始まりだ‼」

「うるせーよ!」

 

 列車に乗り込むとテンション爆上げで騒ぐ伊之助に対し善逸がツッコミを入れる。

 腹の中、ってのはあながち間違いじゃないのが笑えない。

 

「えーと、煉獄さんは……っと」

「うまい!」

 

 俺がキョロキョロと辺りを見回して派手な神、もとい派手な髪を探しているとそんな声が聞こえてくる。

 声のした方へと近づけば、いくつもの弁当箱を空にしながらもなお新しい弁当を次から次へと平らげている煉獄さんが居た。

 

「えーと、あの人が煉獄さんですか?」

「え、ただの食いしん坊じゃないの?」

 

 言いたいことは分かるが、この食いしん坊は間違いなく頼れる兄貴分である煉獄さんである。

 

「煉獄さん」

 

 俺が声をかけると煉獄さんは弁当を食べながらこちらへ振り向く。

 

「うまい!」

 

 いやうん。それは分かったから。

 

 

 

 その後なんやかんやありお互いに自己紹介を済ませ、炭治郎くんは煉獄さんにヒノカミ神楽について尋ねる。

 が、当然のことながら煉獄さんも知らないのでバッサリと斬り捨て強制的に話題を終わらせる。

 

「俺の継子になるといい。面倒を見てやろう!」

 

 と、何の脈絡もなくそんな事を言いだす。

 うーん、相変わらずペースが独特な人だ。

 鬼殺隊の柱はどいつもこいつも個性が強いというか灰汁が強くてどうにもとっつきにくくて困る。

 炭治郎くんも突然の話題転換に困惑しているようで、ちらりと助けを求めるようにこちらを見るが俺は静かに首を横に振る。

 諦めろ、この人はこういう人だ。

 

「炎の呼吸は歴史が古い! 炎と水の剣士はどの時代でも必ず柱に入っていた。炎・水・風・岩・雷が基本の呼吸だ。他の呼吸はそれらから枝分かれして出来たものだ。溝口少年、君の刀は何色だ!」

「⁉ 俺は竈門ですよ。色は黒です」

「黒刀か! 賽と一緒だな!」

「え、そうなんですか?」

 

 煉獄さんの言葉を聞き、炭治郎くんは俺の方を見る。

 

「あぁほら。俺のは黒だよ。お揃いだな」

 

 俺はそう言うと、他の乗客に見えないように刀身の色を見せてやる。

 

「普通は黒刀の剣士は柱にならないし、どの系統を極めればいいのかも分からないんだが賽は色々おかしいからな!」

 

 いやそれ煉獄さんに言われたくないんですけど。

 

「そういえば、賽さんのは影の呼吸、でしたっけ。それはどっから派生したものなんですか?」

「えー……どれだろ?」

「えぇ……」

 

 俺の答えに対し、炭治郎くんはマジかよという表情を浮かべる。

 いやまじで分からないんだって。

 元々は生き残る為にステルス性能に特化した結果生まれた呼吸だし、強いて言うなら日の呼吸の派生?

 月の呼吸と被るがどちらも日ありきだし似たようなもんだろう。

 

「な? おかしいだろう?」

 

 と、何故か得意げな煉獄さん。

 くそう、何も言い返せねぇ。

 

 と、そんな話をしていると列車がついに動き出す。

 

「うおおおおお‼ すげぇすげぇ速いぇええ‼」

 

 当然、初めての列車でテンションが上がる伊之助はあろうことか窓から顔を出してはしゃいでいる。

 

「おーい、伊之助。顔を出すのは危ないからやめとけ」

「そうだな! それにいつ鬼が出てくるかもわからんしな!」

「え?」

 

 俺と煉獄さんが伊之助に注意していると、善逸が嘘だろ? といった表情でこちらを見てくる。

 

「嘘でしょ。鬼出るんですかこの汽車」

「あれ、言ってなかったっけ」

「聞いてないわぁ! 鬼の所に移動してるんじゃなくてここに出るの嫌ァーーッ俺降りる!」

 

 この列車に鬼が出ると聞いた途端に善逸は愉快な表情をしながら叫び始める。

 いやー見事なヘタレっぷりで親近感がわくなぁ。

 

「なんでも短期間のうちに、この汽車で40人以上の人が行方不明になっているみたいでね。数名の剣士も送り込んだんだけど全員消息不明。炭治郎くんが煉獄さんに聞きたいことがあるっていうから、いい機会だし一緒にやろうってね」

「はァーーーーなるほどね! 降ります‼」

 

 そんな感じで俺達がやいのやいの騒いでいると、いやに顔色の悪い車掌さんがやってきた。

 

「切符……拝見……致します……」

「?? 何ですか?」

「車掌さんが切符を確認して切り込みを入れてくれるんだ」

 

 不思議そうにする炭治郎くんに説明しながら、煉獄さんは切符を車掌に渡す。

 その後、炭治郎くん達かまぼこ隊の切符もパチンと切り込みを入れていく車掌。

 瞬間、まるで糸の切れた人形のように乗客を含めた全員が眠りにつき俺も瞼を閉じる。

 

 ガタンゴトンと列車が動く音のみが辺りに響き、車掌はそのままその場を去っていってしまう。

 ――そして、それを見届けた(・・・・)俺はカッと目を見開き立ちあがる。

 

「さて、と。やりますかね」




いつかの感想欄で賽の刀の色についての質問がありましたので今回の話で回答しています。
虹とか透明とか考えたんですが影の呼吸だし無難に黒かなとなって黒にしました。


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無限列車でGO!その弐

「さて、こんなもんでいいかな」

 

 俺はパンパンと手をはたきながら、縄でしばられた数名の男女を見下ろす。

 魘夢の罠を逃れた俺は、さぁ出発しようとしたところで彼らがやってきたので身を隠していたら炭治郎くん達を縄で何かしようとしていたので隙をついて縛り上げたのだ。

 鬼ならいざ知らず戦いの訓練もしていないような素人相手なら流石に後れを取ることはない。

 

「……んで、なんでアンタ眠ってないのよ! 確かにあの車掌が眠らせたはずなのに!」

 

 俺が縛ったうちの1人であるみつあみの女の子がそう叫ぶ。

 

「いやほら、俺って不眠症だから最近眠れなくてさ」

「ふざけんじゃないわよ! くそ、アンタらの核を壊せばいい夢を見せてもらえたのに……っ」

 

 俺の言葉に対し、みつあみの子だけでなく他の奴らも睨みつけてくる。

 まぁ、実際はどうやって魘夢の罠をかわしたかというと、単に切符のすり替えをしたのである。

 俺の朧げな記憶では、魘夢は眠らせる血鬼術を使ってくる鬼だった。

 トリガーが何かまでは思い出せなかったが、こちらに対してアクションを起こすことで眠らせることができるのだろうと予想を付けその中でも切符、もしくは車掌が怪しいと踏んでいたのだ。

 んで、対策の一つとしてよく似た偽物の切符を用意しそちらを切らせたというわけである。

 ……ふぃー、俺の勘が当たっててよかったぜ。

 それなら、何故全員分用意しなかったと思われるかもしれないが、敵を騙すにはなんとやらというやつと、全員が罠を回避してしまうと警戒される恐れがあったから。

 それに、原作でも全員が引っ掛かっており、それでも何とかなっていたので大丈夫だろうという確信もあったからである。

 

「馬鹿! アホ! 童貞野郎!」

 

 俺が自分の勘の良さに酔いしれている間も、みつあみの子は罵詈雑言を浴びせてくる。

 うーん、これは少しお仕置きが必要なようだ。

 あと俺はどどどど童貞ちゃうわ!

 

「よし分かった。そこまで言うならいい夢とやらを見させてやろうじゃないか」

「は? え、ちょっと待って。何その指の動き……やめ、やめてよ。触らないで! あ、あ……あぁぁぁぁぁぁぁぁっ⁉」

 

 

 ―しばらくお待ちください―

 

 

「も、もうやめひぇ……わ、わらひがわるかったから……」

 

 先ほどまで暴れていたみつあみの子は、顔を真っ赤にし汗だくになりながら息も絶え絶えにおとなしくなる。

 くくく、俺の手にかかればどんな生意気な奴であろうと『分からせ』られるのである。

 

 カナエさんやしのぶなど蝶屋敷で働いている子達にも凄いと評判なのだ……俺の按摩は。

 一度俺の按摩を味わえば、もうその快感からは抜け出せないと評判である。

 以前、他の柱に按摩を施している時に、蜜璃ちゃんにもやってあげようとしたのだがイグッティにすげー顔で見られたので断念したこともある。

 ちなみに、俺の按摩の腕はお館様のお墨付きである。

 

「さて……君達もこの子みたいに良い夢を見るか?」

「……っ!」

 

 俺が、10本の指を自由自在にグネグネと動かしながら尋ねると残りの奴らは顔面蒼白になりながら無言で首を横に振る。

 ちっ、チキン共め。他人を犠牲にしてまで自分の幸せを手に入れるくらいの強欲さがあるならもう少し粘ればいいものを。

 やっていいのはやられる覚悟があるやつだけだって教わらなかったのか。

 

「……まぁいい。ここで大人しく捕まっているならこれ以上は俺も何もしない。……が、もし、少しでも逃げたり彼らに危害を加えようとすれば……」

「す、すれば……?」

「あの子より凄い事をします」

「「「絶対に大人しくしています‼」」」

 

 もし自由に腕が使えたらビシッと敬礼をしているであろうレベルで声をそろえて誓う彼らだった。

 俺はもう大丈夫だと確信すると、箱の中から禰豆子ちゃんを出してあげる。

 

「禰豆子ちゃん。お願いがあるんだけど、もう少ししたら君のお兄さんを起こしてやってくれるかい? 大事なお仕事があるんだ。できる?」

「む!」

 

 俺がそう問いかけると、禰豆子ちゃんはキリっとした表情で頷く。

 俺が起こしてやってもいいのだが、ぶっちゃけどう起こせばいいのかも忘れてしまったのでここは原作キャラに任せることにする。

 本当はこのまま俺が対処しても良いのだが、今後の為にも炭治郎くん達には場数を踏んでもらい強くなってもらわないといけない。

 

「よし、良い子だ。いいか、おまえら。絶対に大人しくしてろよ」

「「「了解です!」」」

 

 禰豆子ちゃんの頭を撫でながら魘夢の手先共に念を押すと、俺は魘夢の下へと向かうことにする。

 

「んひー……おっかねぇ……」

 

 俺は無限列車の屋根の上に登ると足を震わせる。

 ちょっとでもバランスを崩すと今にも落ちてしまいそうだ。

 ……この状態で蛇腹モードは使えそうにないので通常モードで戦うしかないだろう。

 まったく、鬼は唯でさえ理不尽なんだからせめてまともな地面で戦わせてほしいものだ。

 

「あれぇ、何で寝てないのかな? それとも自力で起きたの?」

 

 俺がおっかなびっくりで先頭車両の方へと向かっていると、悠々と立っている魘夢がこちらを振り向いて不思議そうな顔をする。

 

「悪いな、俺は不眠症で眠れなかったんだよ」

「ふーん、あっそう」

 

 俺の答えに対し魘夢は興味なさげに返事をする。

 おかしい、俺の自信のあるボケがさっきと合わせて2回も流されてしまったぞ。

 

「それで、これからどうするつもりなんだい?」

「今からお前を斬らせてもらう」

「ふふ、そんなことができると思っているの?」

「あぁ、思ってるさ。だって……もう斬り終わったからな」

 

 チン、という鍔鳴りと共に魘夢の首がぐらりと落ちる。

 列車の上という不安定な場所だったが、何とかいつも通りに動けて良かった。

 対して魘夢は何が起こったか分からないという表情を浮かべるが、すぐに己の首から気味の悪い肉塊を生やすと列車の屋根に根を張り口を開いた。

 

「はー、凄い速いね……あ、分かった。君でしょ、あの方が言っていた得体のしれない柱ってのは。なるほどなるほど。確かにあの方が警戒するだけはある。直に見ても意味が分からないや」

「……」

 

 え? まじ? 俺って無惨に警戒されてんの?

 もしかして全力で引きこもった方がいい?

 あ、いやダメだ。絶対に十二鬼月送り込んでくるわ。

 万が一にもお労しいお兄様が来たら絶対詰むわ。

 マジかよー戦果的には他の柱と変わらないはずなのに何で俺だけ警戒するんだよーおかしいだろうがよー。

 頼むからお兄様だけは派遣しないでほしい。なんでもしますから勘弁してください。

 

 そんな風に考えていると、魘夢は何を勘違いしたのかニヤニヤしながら口を開く。

 

「ふふふ、驚いているようだね。何で頸を斬ったのにどうして死なないのか教えてほしいかい?」

「いや、それは別にいいや……」

「え?」

 

 この無限列車と融合してるってのは分かりきってるしな。

 流石にそれくらいは覚えている。

 俺は別に魘夢を倒せると思ってここに来たわけでは無い。

 あくまでメインは炭治郎くんであり、俺はサポート、裏方である。

 ならば何故ここに来たかというと、炭治郎くん達が目覚めるまでの間、魘夢の目をこちらに引き付けようと思ったからだ。

 

「い、いやほら知りたいよね? だって頸を斬ったのに死なないんだよ?」

 

 流石の魘夢も予想外の反応だったのか少しだけ狼狽えている様だ。

 

「だってお前って本体じゃないんだろ? お前からは特に殺気も感じなかったしあまりに弱すぎるからな」

「じゃ、じゃあなんで……」

「さてここで問題です。俺は他の仲間を起こして来たでしょうか、眠らせたままでしょうか?」

「っ! まさか……まさかまさか!」

「いいねその顔。分かったかな? つまり俺は……囮だよ」

 

 瞬間、ドン! という雷のような轟音が聞こえ列車が揺れる。

 おそらくは善逸だろう。いいタイミングで目覚めてくれたようだ。

 ……というかちゃんと目覚めてくれてマジでよかった。

 これで実は起きてませんでしたとかになったら恥ずかしいにもほどがある。

 先ほどの言葉も別に確信があって言ったわけではなくただのハッタリだ。

 言葉の駆け引きというのはハッタリが重要なのだ()。

 

「まさか柱が囮をやるなんて思わなかっただろう? さて、今列車の中には柱の中でも最強格の男が一人、そして将来有望な平隊士が3人。そしてもう1人の柱がここに居ます。さて、お前は無事に自分の頸を守り切れるかな?」

「……っ!」

 

 俺の言葉を聞くと、魘夢は先ほどまでは余裕たっぷりだった表情を歪ませつつ列車の中へと潜り込んでいく。

 それを見届けた俺は、すぐさま声を張り上げる。

 

「炭治郎くん! 鬼は列車と融合してる! 奴の頸がどこかにあるはずだ! それを探せ!」

 

 俺がそう叫べば、どこかで小さく「分かりました!」と聞こえてきた。

 あとは炭治郎くんに全てを任せればいい。

 

 俺は煉獄さんを手伝うことにする。

 煉獄さんの性格からすると乗客を守る方に専念しているだろうし、少しでも彼の負担を減らす必要がある。

 猗窩座と真正面からやりあえるのは彼くらいだろうしな。

 

 今後の予定を決めるとここからは、乗客を救うために列車の中へと向かうのだった。




もしも主人公が夢を見ていたら、柱を引退して胡蝶姉妹とイチャイチャしている夢を見てました。


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無限列車でGO!その参

前回の按摩描写はギャグだったのですが、感想で「透き通る世界の修行だったとすれば筋肉や健とか骨とかの触診もできるから割と理にかなってる」という内容の書き込みを見てなるほどと思ったので俺が考えたことにしますね。
このアイディアはワシのじゃ……


今回は炭治郎視点から始まります。


 ――ヒノカミ神楽・碧羅の天

 

 賽さんに言われ、列車と融合したという鬼の首を探しついに見つけた俺は、夢の中で見た舞を再現して巨大な頸に斬りつける。

 本来は、蜘蛛山で思い出したんだけどその前に賽さんが助けてくれたので使わずじまいだったが上手く頸を斬れたようだ。

 

「ギャアアアアアア!!!」

 

 瞬間、凄まじい断末魔と揺れが俺達を襲う。

 このままでは乗客の人達が危ないと思い守ろうと動き始めるが、先ほど刺されてしまった腹が酷く痛み出した。

 そして、その痛みのせいで初動が遅れ、暴れる列車の衝撃に身をゆだねる形になってしまう。

 俺は……死ねない。俺が死んだら、俺の腹を刺したあの人が人殺しになってしまう。

 死ねない……誰も死なせたくない。

 

 その後、何とか生き残った俺は近くに居た伊之助に、俺の腹を刺した人を助けるようにお願いをする。

 伊之助は何やら納得いかないようだったけれど、何とか説得して動いてもらった。

 

(俺も……早く怪我人を助けないと……)

 

 俺は、自身の痛みを抑えるため呼吸を整える。

 

(禰豆子……善逸……煉獄さん……それに、賽さん……きっと全員無事だ、信じろ……)

 

 遠のきそうになる意識を何とか繋ぎ止めながら、俺はふと賽さんの顔を思い浮かべる。

 初めて出会ったのは蜘蛛山で十二鬼月と遭遇した時だった。

 禰豆子も捕まって俺もやられそうになった時、あの人はどこからともなく現れ、禰豆子が鬼と分かっていたにも拘わらず助けてくれた。

 あの人と一緒に過ごすようになってしばらく経つが、あの人の考えている事は未だに分からない。

 鬼殺隊の柱であり、お館様と呼ばれる人から最強の評価を受けている人。

 他の柱は皆聞く耳持たなかったけど、あの人は最初から俺達兄妹を受け入れてくれていた。

 俺は、鼻の良さには自信があったけど、あの人からはほとんど匂いがせず無臭に近い。

 善逸も、音がほとんど聞こえなくて気味が悪いと言っていた。

 でも、これだけは確信できる。あの人は優しい人だ。そして、絶対に死なせてはいけない。

 あの人は……。

 

「全集中の常中ができるようだな! 感心感心!」

 

 と、突然煉獄さんが俺の顔を覗き込んで話しかけてきたことで思考が中断される。

 

「煉獄さん……」

「常中は柱への第一歩だからな! 柱までは一万歩あるかもしれないがな!」

 

 気の遠くなるような煉獄さんの言葉に、俺はちょっとだけ……ほんのちょっとだけくじけそうになりながらも「頑張ります」とだけ答える。

 その後、煉獄さんの助言の下に呼吸を行い、何とか止血を行う。

 

「あの……賽さんは無事でしょうか? それに乗客の皆さんは……」

「賽は知らん! どこで何をしているのか見当もつかんがあいつが死ぬなど毛ほども思わないからきっと無事だろう! それと、怪我人こそ多いものの命に別状はない!」

 

 死者が居ないと聞き安心したけれど、賽さんが行方不明というのは心配だ。

 煉獄さん曰く、死ぬはずがないらしいけれど。

 

 ドオン!

 

 突如、轟音が響く。

 俺と煉獄さんは会話を中断し、音のした方を見る。

 段々と土煙が晴れてくると上半身に不思議な文様を刻んだ男が立っていた。

 そして、瞳を見ればそこには『上弦』と『参』の文字。

 

(上弦の……参? どうして今ここに……)

 

 心臓の鼓動が早まるのを感じる。

 圧倒的強者だというのが離れていても分かった。

 ドン、という音が聞こえたと思ったら上弦の参が目の前に迫っていた。

 

(死……っ)

 

 脳裏によぎる死の気配。

 体を動かして避けようとしても動かない。

 こうしている間にも拳がどんどんと迫ってきたけれど……そこへ煉獄さんが割って入り、相手の腕を真っ二つに切り裂いた。

 

「いい刀だ」

 

 上弦の参は斬られた腕を即座に回復させるとそんな事を言う。

 

「なぜ手負いの者から狙うのか理解できない」

「話の邪魔になるかと思った。俺とお前の……」

「君と俺が何の話をする? 初対面だが、俺はすでに君のことが嫌いだ」

 

 背中越しから煉獄さんの怒りと嫌悪の匂いが漂ってくる。

 先ほど俺に攻撃したことがよっぽど腹に据えかねているようだった。

 その後も煉獄さんと上弦の参は会話を続けていったかと思うと、上弦の参はとんでもない提案をするのだった。

 

「素晴らしい提案をしてやろう。お前も鬼にならないか?」

「ならない」

 

 当たり前のことだけれど、煉獄さんは即座に拒否をする。

 だけど、そのあとすぐに俺は信じられない言葉を耳にした。

 

「俺は興味あるな、詳しい話を聞かせてくれよ」

 

 そこには、いつの間に現れたのか上弦の参の背後から賽さんが現れそんな事を口にしていたのだった。

 

 

 列車に乗っている乗客全員を助け終わったので炭治郎くん達を探していたら、ちょうど猗窩座が煉獄さんを勧誘していたので割り込ませてもらった。

 わざわざ声をかけたのは単純に時間稼ぎだ。

 もう少しで夜明けなので、出来る限り時間を引き延ばして生存率を上げようという魂胆である。

 猗窩座を倒す、という選択肢もあるにはあるのだが今回は優先度的には煉獄さんの生存>猗窩座の討伐なので、今回は猗窩座を逃してしまっても構わない。

 下手に猗窩座を倒そうとしてしくじった場合のリスクを考えると、生存することに注視した方が確率も高くなる。

 それに、うっかり猗窩座を倒したことで原作とは違う上弦が追加されても困るしな。

 一応、上弦の血鬼術くらいは覚えているので対策ができるが、新しい上弦が来ると詰んでしまう。

 そんなわけで時間稼ぎだ。

 

「お前は……」

「どーも、影柱の栖笛賽です」

「賽! 興味があるとはどういうことだ」

 

 煉獄さんが大声で叫ぶが、今はスルーさせてもらう。

 

「賽……そうか、お前が……お前が?」

 

 俺が名乗った事で一瞬納得しそうになった猗窩座だったがすぐに首を傾げる。

 

「お前が本当にあの方が言っていた賽か? これほどまでに弱そうなのが柱だと? 覇気も、闘気も……殺気すらも感じない!」

「俺もそう思う。俺はふさわしくないから柱を辞めたいって言っているのに、お館様が辞めさせてくれなくてねー。嫌になっちゃうよね」

 

 俺はへらへらと笑いながら腰を低くして話し続ける。

 怪訝そうな表情を浮かべる猗窩座であったが、思う所があるのか少し思考した後に口を開く。

 

「だから、鬼になりたいというのか?」

「うーん、考え中かな? 鬼って老いないし死なないんだろう?」

 

 そこだけ見れば意地汚く生き残りたい俺にとってはすごい魅力的に聞こえる。

 が、鬼になるととんでもない爆弾を抱えることとなる。

 

「あぁ、100年でも200年でも鍛錬し続けられて強くなれるぞ。お前からも杏寿郎を説得するといい。同じ人間ならば効果があるかもしれない。そうすれば、お前のような弱者でも鬼になれるように取り計らってやろう。弱者は嫌いだがあの方が気にかけているから特別だ」

「うーん、そうしたいのは山々なんだけど気にかかることがあるんだよね」

「何だ?」

「ほら君達のボス……あー、首魁の鬼舞辻無惨。あの人、中々に恐ろしいよね。鬼になってもあの人の機嫌損ねただけですぐ殺されそうじゃん?」

 

 俺がそう尋ねると、先ほどまで饒舌だった猗窩座は急に押し黙ってしまう。

 ま、肯定もできなければ否定もできないよな。

 つい最近もあの有名なパワハラ会議によって下弦も解体されたばかりのはずだし、猗窩座自身も重度のパワハラを受けているはずだ。

 

「沈黙は肯定と取るよ。俺って基本的に楽して暮らしたいからそんなストレス溜まりそうな生活はごめんかな。というわけで、やっぱ鬼になるのは無しって事で」

 

 時間稼ぎも充分なので俺はそう締めくくると、刀の切っ先を猗窩座に向け、柄にあるスイッチを押す。

 

「っ!」

 

 俺の日輪刀が、スペツナズナイフのように刀身が射出され猗窩座に向かう。

 これが俺の刀の第二の仕掛けである。

 結構な不意打ちだったのだが、猗窩座にそれを紙一重で避けられてしまったので素早く刀身を巻き戻し柄に戻す。

 刀身と柄はワイヤーでつながっているので、ワイヤーさえ無事なら何度でも使える優れものである。

 もっとも、不意打ち専用なので避けられたら同じ相手には使いにくくなってしまうが。

 

 

「不意打ちとは舐めた真似をしてくれるな……杏寿郎は鬼になってほしいが、貴様は殺す」

 

 ビキビキと血管を浮かばせながら殺意に満ち満ちている猗窩座。

 正直盛大に漏らしてしまいそうになるが、炭治郎くん達の手前そうもいかない。

 

「鬼になるのは断ると言っただろう!」

 

 そして、猗窩座のヘイトが俺に向いたのを見逃さず煉獄さんが炎の呼吸で猗窩座に斬りつける。

 が、それすらも猗窩座は避けてしまう。

 猗窩座は血鬼術の効果だかで殺気、闘気をまとった攻撃は避けてしまう。

 それ以外の攻撃も鬼特有のスペックにより、生半可な攻撃は避けてしまうだろう。

 攻撃が当たらない相手ってのは本当に厄介である。

 

「賽! もしや本当に鬼になるかと思って肝を冷やしたぞ!」

「悪い悪い。相手を油断させようと思ってね」

 

 煉獄さんと軽口をたたきあった後、いよいよ本格的に猗窩座戦が開幕となる。

 基本的にメインアタッカーは煉獄さんで、彼が致命傷を負いそうになった時は俺が的確に邪魔をする。

 流石は上弦という事もあり、中々に攻撃を避けるのに苦労する。

 童磨のような飛び道具はないものの肉弾戦がかなり強く、刀で斬りつけてもダメージがほぼ通らない。

 俺はステルス性能に極振りしているせいで火力に関しては柱でも下位の部類に入る。

 ……が、それはそれでやりようがあるというものだ。

 

「がっ……⁉」

 

 先ほどまで楽しそうに笑っていたバトルジャンキーの猗窩座は急に血を吐き苦しそうに表情を歪める。

 そして、体中の切り傷付近から徐々に肌がどす黒く変色していった。

 

「ようやく効いてきたか……」

 

 いやー、流石は上弦。

 中々効き目が遅いから焦った焦った。

 

「貴様……何をした……!」

「俺さ、うっかり説明するの忘れてたんだけどさ。俺のこの刀の刀身と刀身の間にね、藤の毒が入ってるんだよ」

 

 これが第三の仕掛けだ。

 通常の刀モードで戦うときは機能しないが、蛇腹モードになった際は中に仕込まれていたしのぶ特製の藤の毒が漏れ出し、相手を斬りつけるたびにじわじわと侵食していくのだ。

 流石に、しのぶのように鬼によって毒の調合を変えたりと器用な事は出来ないが……それでもそれなりの効果はある。

 実際、猗窩座は苦しそうにうめいていた。

 

「この……卑怯者、がぁ!」

「悪いね、俺の辞書に正々堂々なんて文字はないんだよ」

 

 俺の辞書にあるのは、卑怯の二文字。

 生き残る為には、それこそなんだってやってみせる。

 

「俺も賽のやり方には疑問を覚えるが、勝つためならやむなしだ! このままその頸、落とさせてもらおう!」

 

 毒で動きが鈍った猗窩座の隙を逃すまいと煉獄さんが一瞬で距離を詰め、頸を斬り落とそうとした瞬間――。

 

 ベンッ

 

 という、三味線のような音が聞こえ、猗窩座の姿が掻き消える。

 今のは……確か、鳴女? だったかの血鬼術だろう。

 あわよくばとも思ったが、やはりそう簡単にはいかないらしい。

 気づけば日も昇り始めている。

 

 煉獄さんは傷だらけではあるが、どれも致命傷というわけでは無い。

 彼を……煉獄さんを生存させることに成功したのだ。

 

 こうして長かった夜は終わりを告げる。

 次のフラグの事は今は忘れ、とにかく全員が生き残った事を喜ぼう。

 そして蝶屋敷でしのぶ達に癒されよう。




卑怯卑劣は褒め言葉。



童磨が乱入する展開を感想で見かけてめちゃくちゃ笑ったので採用したかったんですが、童磨やお労しいお兄様が追加で来ると現段階では普通に詰むので原作通り猗窩座殿だけにしました(血涙)


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幕間・淡き雪、恋の記憶

前回の話を書いている途中で、あれ主人公の戦い方って猗窩座の地雷じゃね?と思いましたが気にしないことにしました。
『僕は悪くない』
今回は幕間なので短めです。


それはそうと稲作楽しいですね()


「ぁぁあああああああああ!」

 

 人里離れた遠い山の中、男の怒りのこもった叫び声と同時に轟音が響く。

 地面がひび割れ、木々はへし折れ異様な光景を生み出している。

 そして、その中心に居る男こそが十二鬼月の一人、上弦の参の猗窩座であった。

 柱2人との戦闘中、賽の攻撃により毒に冒され、煉獄に頸を斬り落とされそうになった瞬間、鳴女の血鬼術により無惨の下へ召喚される。

 命こそ助かった猗窩座であったが、待ち受けていたのは無惨によるパワハラ。

 

「猗窩座、私の望みは鬼殺隊の殲滅だ。それを何故たかが2人の柱に手こずっている? しかも、そのうちの1人は私が注意するように言っていた男ではないか。私の忠告が聞けないか? それとも私の言葉が戯言だと思っていたのか? なぁ猗窩座、答えろ猗窩座! 猗窩座‼」

 

 理不尽なまでの責め苦が猗窩座を襲い、無惨の支配の力により体を締め付けられ、穴という穴からどろりと血が垂れる。

 

「貴様なら容易く柱2人程度屠れると思いあそこへと遣わせたのだが、大いに期待外れだ。だから新参である童磨などに取って代わられ参などに落ちるのだ」

 

 その後も無惨のパワハラが続くが……それからしばらくしてようやく気が済んだのか「もういい、早く行け」と解放される。

 その後、遠く離れた山の中で溜まりに溜まった鬱憤を晴らすのだった。

 

「栖笛賽! 貴様の顔、覚えたぞ……! 次に会った時は真っ先に殺してやる……っ」

 

 コケにされたというのもあるが、賽の戦いを見て猗窩座は妙に苛立っていた。

 単純に毒の攻撃ならば、十二鬼月の中にも得意なものが居る。

 同時に2人の頸を落とさなければならないような特殊な鬼も居るし、理不尽な能力を持つ者ばかりなので猗窩座自身も他人の戦い方にケチをつけるような性格ではない。

 なのに……。

 

(あいつの戦い方だけは見ていて腹が立つ……っ! 何故だ、何故こうまで俺はイラついている)

 

 賽自身にも腹が立っていたが、自分の内に湧き上がる理解の出来ない感情に対しても猗窩座は困惑しイラついていた。

 

「っ!」

 

 そして、突如脳裏に浮かぶ記憶にない(・・・・・)女の顔。

 

(誰だ……?)

 

 自問するが、当然答えは返ってこない。

 だが、自分の脳裏に浮かぶその女の顔は酷く悲し気な表情を浮かべ、何かを訴えかけたがっているように見えた。

 自身が昔食べたことのある女の顔かとも思ったが、そもそも猗窩座自身は決して女を食べなかったのでそれはあり得ないとすぐに自分の中で否定する。

 

 その女の顔を見ていると、猗窩座は鬼になってから久しく感じていなかった感情が胸の中に湧き出るのを感じる。

 

「これは……懐かしい……? 何故だ、何故懐かしいと感じる……」

 

 それに、どういうわけかひどく切ない気持ちにもなる。

 

「……クソ、鬱陶しい! 俺の頭から離れろ!」

 

 自分の知らない感情に対し煩わしく感じた猗窩座は、頭を振り自身の脳内に浮かぶ謎の女の顔を振り払う。

 そうすると、女の顔は幻のように消え失せ、先ほどまで浮かんでいた謎の感情も同時に消えるのを感じる。

 

「あの女が何なのかは気になるが今はどうでもいい。今はただ、強く……ひたすら強くなる……! そして賽を必ず捻りつぶす!」

 

 握りこぶしを作り、怨敵である賽の顔を思い浮かべながら猗窩座は決意する。

 

 

 

 ――鬼殺隊の人間の運命を変えようと奮闘しているはずの賽が、とある鬼の運命にも影響を与えたことは誰も知る由がなかった。

 

 




無惨の各鬼に対する評価を見つけたんですが

鬼舞辻無惨の各評価
黒死牟:ビジネスパートナー
童磨:あんまり好きじゃない
猗窩座:お気に入り 忠実で真面目
半天狗:普通 たまにうざく感じるが許容範囲内
玉壺:割とお気に入り 壺が中々綺麗 高く売れる
妓夫太郎:お気に入り 境遇と貪欲な性格を高く評価
堕姫:頭悪い子供
鳴女:便利でお気に入り

童磨が嫌いで玉壺が割とお気に入りっていうのがなんかもうダメでした


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筋肉痛は翌日にこないと危機感を覚える

大正コソコソ噂話

無惨は賽がどう厄介かは伝えず、ただ注意しろとしか言ってないらしいよ!


無惨「賽っていう地味目な柱が居るけど注意しておいてね。下弦も2人、やられてるからさ」
十二鬼月「了解っす」


「ぐお……おぉぉ……っ」

 

 ――男の低い唸り声が蝶屋敷に響く。

 屋敷内にある一室で柱の癖に全身が重度の筋肉痛で動けず、蝶屋敷で働く少女達に甲斐甲斐しく世話をしてもらっている恥知らずな男の姿がそこにあった。

 というか俺だった。

 

「賽さん、大丈夫ですか?」

 

 三つ編みが特徴的な女の子、なほちゃんが心配そうに尋ねてくる。

 

「心配してくれてありがとう。安静にしていれば治るから、それまで苦労かけると思うけどよろしくね」

 

 俺は体中がバッキバキなのを耐えながら笑みを浮かべそう答える。

 猗窩座との戦いの後、全員が生存できたのは良いが戦う際に発動した『透き通る世界』の反動で尋常じゃないくらいの筋肉痛に襲われていた。

 例えるなら、両腕両脚がポキッと折れてそこに肋骨にヒビが入り、ちょっと痛くてうずくまった所に小錦がドスンと乗っかったくらいだろうか。

 正確には、透き通る世界を発動して、猗窩座の攻撃を避けまくった事による反動だが……まぁ似たようなものだろう。

 そんなわけで、体が微塵も動かせないので、きよ、すみ、なほちゃんの3人娘にお世話をしてもらっているというわけだ。

 炭治郎君たちも、魘夢戦で大怪我をしているので休養するにはちょうど良かった。

 報告は煉獄さんが取りまとめてやってくれているので、安心して休めるというわけだ。

 

「おい、そこの三つ編みぃ! 掃除をサボるんじゃないぞ! あ、ちがうよなほちゃんの事じゃないからね」

 

 三つ編み、と呼んだことでなほちゃんがびくっと震えるがすぐにフォローする。

 俺が言っている三つ編みというのは、無限列車にて俺に分からせ(・・・・)られた女である。

 

「分かってるわよ! そんな怒鳴らなくてもいいでしょう! くそ、なんで私がこんなことを……」

 

 三つ編みは、ぶつくさと文句を言いながらも俺の部屋の掃除を続ける。

 なんでこの女がこの屋敷に居るのかというと、早い話が懲役というか罰である。

 他にもあの列車で魘夢に協力した人間達はこの蝶屋敷で労働をしている。

 鬼に協力したというのは実際の法で裁くことはできないが、許されることではない。

 間接的に殺人を犯そうとしたわけだしな。

 無罪放免というわけにもいかないので、こうやって労働をしてもらっているというわけだ。

 蝶屋敷だけでなく他の柱の屋敷などにも派遣し雑用をこなしてもらっている。

 本来の名前は名乗ってもらったのだが、「贅沢な名だねぇ」とどこぞの魔女のようなことを言いながら本来の名で名乗ることを禁じた。

 まぁ、罪を償っているという自覚を持ってもらうというのもある。

 ちなみに、名前は今目の前にいる女は『三つ編み』。結核にかかっていた青年は『病弱』、お嬢様っぽい女は『お嬢』、あとはモブっぽい少年の『モブ』である。

 安直だとも思われるかもしれないが、罰の意味もあるのでこれでいいのだ。

 

 病弱に関しては事情が事情なので労働の代わりに、人体じ……じゃなかった、治験もとい病気を治すための治療を受けてもらっている。

 流石にこの時代で結核を治すのは難しいが、とりあえず進行は止めることができている。

 

「ほら、掃除終わったわよ!」

「ご苦労様、次は厠の掃除を頼むよ」

「な……⁉ 厠ですって!」

「あれあれ文句あるの? やるぞ? あれを」

 

 俺がそう言うと、三つ編みはあの事(・・・)を思い出したのか、ヒッと短く悲鳴をあげるとそそくさとトイレ掃除へと向かうのだった。

 

 

「たのもう!」

 

 それから数日後、俺の筋肉痛も全快したので禰豆子ちゃんと遊んでいると明朗快活な声が聞こえてくる。

 玄関の方へと向かえば、そこには煉獄さんが立っていた。

 頭に包帯を巻いてはいるものの元気そうである。

 ……カナエさんの時も思ったが、本来は死ぬはずだった人を救えて本当に良かったと思う。

 俺の生存の為という打算はあったものの生きていてくれて素直に嬉しい。

 カナエさんの時は残念ながら重大な怪我を負わせてしまったが、煉獄さんはそういうのはなく、軽い怪我はしているものの柱としての活動に支障はなさそうである。

 

「煉獄さん、何か用事でしたか?」

「うむ、賽か! 元気そうで何よりだ! 竈門少年に用事があってな、彼は居るかな?」

「いますよ、今呼びますね」

 

 煉獄さんの用事というのは、どうやらヒノカミ神楽についてのようだった。

 猗窩座戦の後、歴代の炎柱が残した手記があるのを思い出し、そこに何か書いていないかと煉獄さんなりに調べたらしい。

 もっとも、その肝心の手記は煉獄父によってボロボロになっており、ほとんど読めずじまい。

 仕方がないので、煉獄父から丁寧(・・)に聞き出したとの事だ。

 

 丁寧の部分で少しだけ雰囲気がヒヤッとした煉獄さんを見てチビりそうになったのは内緒だ。

 んで、分かったのは日の呼吸と呼ばれる原点にして頂点の呼吸がある事、今の呼吸は全て日の呼吸を猿真似し劣化したものということだった。

 

「――と、俺の話は以上だ! もったいぶった割にたいした情報を持ってこれず申し訳ない!」

「ありがとうございます。煉獄さんのその気持ちだけでも嬉しいです。とりあえず……今は鍛錬して強くなろうと思います。舞の手順を知っているヒノカミ神楽ですら使った後は体が動かなくなりますので、まずは使いこなせるようになってから謎について探ろうかと」

「うむ、良い心がけだ! とりあえず、俺の方でも手記は修復を試みてみるが……まぁ、期待せず待っているといい」

 

 そう言うと、煉獄さんは話は終わりだとばかりに立ち上がると部屋から出ていこうとし、立ち止まって振り返る。

 

「竈門少年! 裁判の時は君達を認めないようなことを言ったが、あれは撤回させてもらう。俺は君の妹を信じる。そして、君を鬼殺隊の一員として認める。精進するんだ!」

「はい、ありがとうございます!」

 

 炭治郎くんがお礼を言うと、今度こそ煉獄さんは部屋から出ていき帰っていく。

 

「……賽さん! 俺、強くなりたいです! なので、俺に稽古をつけてください!」

 

 煉獄さんを見送った後、炭治郎くんはグリンとこちらに顔を向けると鼻息を荒くしながらそんなお願いをしてくる。

 正直、俺は人に何かを教えられるほど器用ではないが、先ほどの会話を見て無下に出来るほど空気の読めない男ではない。

 それに、主人公である炭治郎くんが強くなってくれれば、それだけ俺の生存率も上がるので損はない。

 

「……よし、分かった。あまり教えるのは得意じゃないが、それでも良ければ稽古をしてあげよう。善逸や伊之助もこの際だから面倒を見てあげるよ」

「ありがとうございます! 頑張ります! むん!」

 

 俺の返事に炭治郎くんは嬉しそうに笑いながら、両方の手を拳にして気合を入れる。

 うーん、原作を読んでる時から思ってたけど、本当に話していて気持ちのいい少年だ。

 流石、優しい主人公は伊達じゃない。長男なだけある。

 こうして、俺はかまぼこ隊に訓練をすることとなるのだった。

 

 

 ――あれから4ヶ月。

 特にイベントらしいイベントも起きず、平穏な日々が過ぎていった。

 かまぼこ隊に鍛錬をしたり、簡単な任務をこなしたり、蝶屋敷の住人達に按摩を施したりと実に平々凡々とした毎日だった。

 無惨に警戒されているというので、もしかしたらお労しいお兄様とか派遣されるかもと不安だったが、そういう事もなかった。

 正直、無惨は小者過ぎてどういう風に行動してくるかがまるで予想つかない。

 まぁ、もしもお兄様とかに会ったら全力で逃げることにしよう。

 

 そんな事を考えながら毎日を送っていたある日、任務を終えて帰る途中、炭治郎くんと合流したので一緒に帰っていると何やら蝶屋敷の方が騒がしかった。

 嫌な予感がしつつも炭治郎くんと顔を見合わせお互いに頷くと、急いで蝶屋敷の方へと向かう。

 そして、そこには蝶屋敷の皆に群がられている祭りの神が居た。

 ……あー、それかぁ……そのイベントかぁ……。

 彼を見た瞬間、俺は次のイベントを思い出し鬱になる。

 この4ヶ月が割と平和だったので忘れていたが、宇髄が関わるイベントも中々にハードである。

 本当ならばこのまま見なかったことにしたいところだが、このままだと宇髄もリタイアしてしまうので残念ながらスルーは出来ず参加決定である。

 前回の猗窩座は、まだストレートな戦い方なので十二鬼月の方でもマシだが、次はお労しくない方の鬼いちゃんと堕姫である。

 2人同時に頸を落とさないといけないし、毒を使ったり飛び道具使ったりと非常に面倒な戦い方をしてくるのだ。

 

 という事を考えながら、とりあえず今の状況を何とかする為に何も知らない体で宇髄に話しかける。

 

「宇髄、一応聞くけどなにやってるの?」

「賽さーん、人さらいです~っ。助けてくださぁい!」

 

 俺が宇髄に尋ねると、きよちゃんが泣きながら助けを求めてきた。

 

「宇髄お前……嫁さんが3人も居るのにそれじゃ飽き足らず小さい子まで……まきをさん達に言わないと……」

 

 まきをさんというのは宇髄の嫁で、他にも須磨さんと雛鶴さんという美人な嫁が2人居る。

 もげればいいのに。もしくは爆発すればいいのに。

 俺は宇髄の嫁トリオとも顔見知りでたまーに按摩をしてあげたりしている。

 ……ちなみに3人の中だとまきをさんがドストライクなのは内緒である。

 

「え、奥さんが3人も居るんですか……その上、小さい女の子にまで……」

 

 と、炭治郎くんも俺の言葉を信じたのか、宇髄を毛虫のごとく見つめる。

 

「ちっっげーよクソが! 何でそんな発想になるんだ、脳味噌爆発してんのか⁉」

 

 と怒鳴る宇髄。

 

「いいか? 俺は任務で女の隊員が要るからコイツら連れて行くんだよ! 継子じゃねぇ奴は許可を取る必要もない‼」 

「いやー、任務なのは分かるけど彼女達は勘弁してくれない? 彼女ら、戦いには向いてないんだよね」

 

 そもそも次の任務の難易度的に、彼女らは絶対に連れていけない。

 

「いくら貴様の頼みでも聞くわけにはいかん」

「嫁さんズはどうしたのさ、ついに呆れられて出てった?」

「派手にぶっ殺すぞ。……俺の嫁達はこれから行く場所で潜入任務を行ってる。詳しい話は部外者には教えてやれんが、そういう訳で人が足らんから連れて行かないという選択肢はないんだ」

「なら、アオイさん達の代わりに俺達がいく!」

 

 俺と宇髄が話していると炭治郎君がそう叫ぶ。

 気づけば、任務帰りなのか善逸と伊之助もすぐ傍にいた。

 

「今帰った所だが俺は力が有り余っている。行ってやってもいいぜ!」

「アアアアアアアオイちゃんを放してもらおうか。たとえアンタが筋肉の化け物でも俺は一歩もひひひ引かないぜ」

 

 うーん、セリフはかっこいいんだが肝心の本人が震えているから台無しだ。

 

「……あっそォ。じゃあ一緒に来ていただこうかね……日本一、色と欲に塗れたド派手な場所、鬼の棲む遊郭によ」

 

 




今回、炭治郎は猗窩座に刀を投げていないのであの人は襲来せず万死に値しませんでした、やったね。


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奥さんは退鬼忍

タイトルに深い意味はないです()


 ――色と欲に塗れた眠らない街、遊郭。

 いくつもある店の中でも、京極屋と呼ばれる店に俺は居た。

 その中の一室で、華美な服装に身を包んだ俺はおっさんの上に跨り、太くて逞しいものに優しく触れる。

 

「あぁ……いいよ、安楽ちゃん……」

「ふふ、こんなに硬くしちゃって……どんだけ溜めてたんですか?」

 

 俺が触れる度、おっさんの口からは嬌声が漏れる。

 

「んん……安楽ちゃんに会うために頑張ったんだよ。俺、安楽ちゃんに会う為なら何でもできるよ!」

「お気持ちは嬉しいんですが、無理はなさらないでくださいね? 貴方が健康でいてくれることが私の幸せなんですから」

「ありが……んいーっ⁉」

 

 俺がそう言いながら強く触れれば、おっさんは仰け反りながら大声を出すと、そのままハァハァと息を荒くして満足そうな笑みを浮かべていた。

 

「はい、これで終わりです。どうでしたか?」

「……あぁ、体が軽いよ! こんなにすっきりできて満足だ。これで、明日からも仕事を頑張れるよ!」

「それはよかったです。拙い技術ではありますが、満足してくれて何よりです」

「いやいや! 安楽ちゃんの技術はそりゃもう天下一品だよ! 一度味わったらもう抜け出せないね……安楽ちゃんの按摩(・・)!」

 

 おっさんは満面の笑みでそう言うと、一言二言会話をした後満足げに部屋から出ていくのだった。

 

「……ぶはぁっ! いやー、今日も働いた働いた」

 

 周りに人が居ないのを確認すると、俺は姿勢と表情を崩し仕事モードから解放される。

 俺は今、宇髄からの要請によりかまぼこ隊と共に遊郭に潜入していた。

 その中で、俺は按摩の腕を買われ、この京極屋にて『安楽太夫』と名乗り世の男性達から高評価を受けていた。

 透き通る世界を併用し、的確に相手の患部をほぐしていくので、そりゃもう極上、天にも昇る気分と賛美の数々を受けている。

 俺としては少しでも違和感なく溶け込もうと思った結果なのだが、今ではすっかり売れっ子である。

 金も貰えるし血生臭い場面にも遭遇しないし、もう鬼殺隊を辞めて一生これでやっていきたいレベルだ。

 

「安楽、居るかい?」

 

 仕事の合間に俺がくつろいでいると、そんな女性の声と共に美人だが気の強そうというか性格がきつそうな人物が入ってくる。

 

「蕨姫花魁、何か御用でしょうか」

 

 そう、彼女のここでの名は蕨姫花魁。

 またの名を堕姫。鬼いちゃんとペアを組む上弦の陸である。

 

「何か御用だって? とぼけんじゃないよ、あんたのことだ。用件は分かってるんだろう?」

 

 まるで養豚場の豚でも見るかのような目でこちらを見下しながら冷たく言い放つ堕姫。

 

「……はぁ、分かりました。いつものあれですね」

 

 しばらく見つめあった後、俺はわざとらしくならないように溜息を吐き、堕姫に俯せになるように促す。

 

「ふん、分かってるんならとぼけんじゃないよまったく」

 

 そんな事を言いながらも堕姫はどことなく嬉しそうにしながら自身の着ていたものを脱ぎ薄着になる。

 こうして見ると、ほんと良い体してるよなぁ堕姫。

 見た目はまさに一級なのだがいかんせん中身が残念過ぎる。しかもおっかない鬼いちゃんもセットである。

 

 俺がそんな下賤な事を考えている間も堕姫は服を脱ぎ、そのまま布団の上でうつぶせになる。

 

「それじゃ、失礼しますね」

 

 俺はそう言うと、いつものあれ……つまりは按摩を行っていく。

 

「あぁ~……人間の癖に、ほんと按摩が上手いわね安楽は」

「ありがとうございます」

 

 お前は自分が鬼だという事を隠す気あんのかこらとツッコみたいのをこらえつつ礼を言う。

 何故こんなことになったのかというと……俺が売れ始めた頃に、一度堕姫がここへ乗り込んできたことがあるのだ。

 曰く、「醜女(しこめ)の癖に調子に乗ってんじゃないわよ」という事だった。

 その瞬間、彼女が堕姫だという事を思い出したし、この京極屋こそが堕姫と鬼いちゃんの拠点だという事も一緒に思い出してゲロ吐きそうになったしで、内心穏やかではなかったが、俺の長年鍛えてきた対人スキルで何とか事なきを得たのだ。

 そもそも堕姫は花魁で俺は太夫なので客に求められることが違う事や、美しい蕨姫花魁には足元にも及ばないとごまをすっておだてたりとそれはもう死なないようにすることで必死だった。

 

 とりあえず溜飲は下がったものの、どうやって人気になったのか気になったらしく、按摩の事を教えたら試しにやってみろと言われ、恐る恐るやってみたら毎晩のように按摩を受けに来るようになったというわけだ。

 ……なんだこの状況。

 上弦すらも虜にしてしまう俺の按摩技術が怖い。

 これはもう、『サイコロステーキ先輩に転生したので俺の按摩で鬼を虜にする』とかそんなタイトルに改題した方がいいのではなかろうか。

 

「ん……ふぅ……ねぇ、安楽。もし何かあってもアンタだけは殺さないでおいてあげるわね」

 

 俺はその言葉に対しどう返していいか分からなかったので、とりあえず愛想笑いだけしておいた。

 それにしても、こうやって俺の下で素直にうつぶせになってる姿は隙だらけだった。

 これなら簡単に頸を斬れるかもと考えるが、2人同時に頸を斬らなければいけないというクソみたいな条件があるのでそうもいかない。

 俺単体だと堕姫は何とかなるかもしれないが鬼いちゃんが無理ゲーである。

 

 一応、蕨姫花魁が鬼だというのは宇髄に伝えてはあるが、彼からは時機が来るまで動くなと言われている。

 せめて嫁ズの安否が分かってからという事だろう。

 流石の俺も、嫁ズがどこに居るかとかまでは覚えてないしな。

 3人のうちの誰かが宇髄の手によって救出されるくらいまでは覚えてるんだが……まぁ、素直に宇髄の指示を待っていた方がいいだろう。

 

 ちなみに、堕姫が鬼という事は伝えたが、上弦だという事や鬼いちゃんが居ることは伝えていない。

 それを伝えたら、何でそこまで分かるんだと逆に俺が疑われかねないからである。

 ただでさえ柱を引退させてもらえなくて困っているのに、諜報活動が得意な元忍者? である宇髄よりも情報収集能力に長けていると思われたら、もう絶対に引退させてもらえない。

 それだけは絶対に避けたい。

 俺はな、楽にお金を稼いで楽に女の子とイチャイチャして楽に暮らしたいんだよ。

 

 勿論、実際に戦うようになったら全力で戦うつもりだ。

 宇髄とかまぼこ隊の陰に隠れながらな!

 俺の火力の低さは伊達じゃないので、サポートメインで戦うのが一番なのである。

 

「……はい、終わりましたよ。蕨姫花魁の肌は相変わらず美しくて羨ましいです」

「当然じゃないの。私を誰だと思ってるのよ」

 

 俺が施術を終えると、堕姫は胸をはりながら自慢げにそう言う。

 

「さて、アンタのお陰で体が軽くなったわ。またお願いするわね」

 

 もう二度と来るなと言いたいが、今はまだ堕姫を怒らせるわけにはいかないので「お待ちしてます」とだけ答えておいた。

 

 

 堕姫が立ち去った後、情報収集をしていた善子ちゃんと落合い、情報のすり合わせを行う。

 ……なぜか、善子ちゃんが俺と顔を合わせる度に顔を赤くしてもじもじしているのは深く追及しない方がいいんだろうな。




遊郭について検索した際、花魁と太夫が違う役職と知ってはえーっってなりました。
「花魁」は高級遊女に対する呼称で、「太夫」は主に芸事をサービスする芸妓の最高位の称号だそうです。
つまり蕨姫花魁と呼ばれる堕姫はそういう事ですよね、興奮してきた。

余談ですが、主人公の女装は「サイコロステーキ先輩 女体化」でググるとツインテのメスガキ先輩が出てきますがあんな感じです


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吉原戦場篇

「お前らはもう"花街"から出ろ」

 

 定期連絡の為に集合した際、宇髄がぽつりと言う。

 

「きゅ、急にどうしたんですか宇髄さん」

 

 突然の宇髄のセリフに炭治郎君が戸惑いながら尋ねる。

 

「……賽からの情報により嫁の一人である雛鶴の居場所は分かったが、それ以外はいまだ不明だ。3人の無事が確認できるまではと先延ばしにしていたが、これ以上引き延ばすと被害が増え続けかねない。誰が鬼かも分かってはいるが、上弦かどうかまでは分かっていない。もし、上弦だった場合、お前らの階級では対処できない。あとは俺と賽で何とかするからお前達は去れ」

 

 うーん、ワンチャン俺も一緒に帰っていいよって言われるかとも思ったがそう上手くいかないらしい。

 まぁ、どっちみち宇髄の引退を阻止しなければならないので帰るつもりはないけどな。

 すっっっっっっごく帰りたいけども。

 

「いいえ宇髄さん! 俺達は……‼」

「恥じるな。生きてる奴が勝ちなんだ。機会を見誤るんじゃない。……行くぞ、賽」

「アッハイ」

 

 宇髄に呼ばれたので俺は急いで立ち上がる。

 

「そんなわけで、宇髄の言う通り帰れ。上弦だったらお前達じゃ本当に危険だ」

 

 ま、上弦なんですけどね! 陸なんですけどね! 帰っていいですか!

 この後、素直に炭治郎くん達が帰らないことを祈るばかりだ。

 

「何やってんだ、賽!」

「今行くからそう急かすな」

 

 宇髄に呼ばれたので、伊之助の制止を無視して宇髄の後についていく俺だった。

 

「決行の時間だが、昼間は人目が付きすぎるから夜にするぞ」

「まぁ、仕方ないわな」

 

 俺達は国非公認の組織なので表立って動いていると色々と面倒な事になる。

 それ故に人目が少なくなる夜に行動をするのだが、鬼からすると夜が最も活発となる時間帯なのでホントクソゲーもいいところだ。

 

「俺は夜までの間に雛鶴を助けてからお前の助太刀に向かう」

「あ、それなんだけどさ。炭治郎くんらが自分が助けに行くって言いださないように黙ってたんだけど、まきをさん達の居場所に心当たりがある」

「何だと?」

 

 屋根の上を走りながら、驚いたようにこちらを見る宇髄。

 

「正確な場所までは分からんが、おそらくどこかに不自然な空間があるはずだ。鬼は蕨姫花魁と名乗って人間のふりをして遊郭で働いている。鬼が店で働いていたり巧妙に人間のふりをしているほど人を殺すのには慎重になるはずだ」

「なるほど、殺した後始末があるからどこかに隠された拠点があるって訳か」

「そういう事だ。俺には炭治郎くん達や宇髄のような索敵、探知能力がないから見つけられないが……」

「なるほど、俺なら見つけられるな」

 

 俺の言葉に、宇髄は合点がいったようだった。

 宇髄は、音柱と呼ばれるだけあり音に関連することが得意だ。

 小さい音も聞き逃さず、蝙蝠のように音を反響させてソナーのようなこともできる。

 見た目は忍とは程遠いが能力は、間違いなく本物だ。

 

「短期間で鬼が誰かを見破った事と言い、元忍である俺より情報収集能力に長けてるってどうなってるんだかな」

「ふ、長年の経験って奴さ」

「ハッ! 俺より年下が何言ってやがる」

 

 まぁ、ただの原作知識なんですけどね!

 先ほどの俺の推理も確か炭治郎くんあたりが言っていた気がする。

 知る人が見れば主人公の手柄を横取りするクズだが、そんな事をツッコめる人物はこの世界には居ないのでセーフである。

 

 それよりも、他の嫁さんが生きているかもと知っただけで嬉しそうだな。

 常日頃から嫁ズの命が最優先と豪語しているだけはある。

 

 その後の話し合いの結果、宇髄は嫁ズと攫われた人たちの救出後、俺と合流。

 俺の方はそれまで、堕姫と鬼いちゃんの相手をしなければならない。

 ……まぁ、単純に2対1と聞けば無理ゲーと思いがちだが、鬼いちゃんが居るのも知っているしどうすれば倒せるかも分かるのでいけなくもないか……?

 最悪の場合、炭治郎くん達を壁にすればいけるだろう。

 ――なんてクズ丸だしな事を考えながら、俺は夜まで待つことにするのだった。

 

 

「んひいいいいい! やべぇやべぇやべぇ! 忘れてたあああああ!」

 

 夜、隊服に着替え太夫を引退(?)した俺は遊郭の街を爆走していた。

 いやね、不意打ちで行けるかな? って思って堕姫が居るはずの部屋に行ったのに居ないのよ。

 誰に聞いてもどこに行ったか分からないって言うから、おかしいなぁ怖いなぁって思ってたわけよ。

 そこへ俺のどどめ色の脳細胞が唐突に活性化して思い出したのだ。

 炭治郎くんが居た店で働いていた鯉夏花魁が明日には街を出ていくこと。そして原作ではその前日……つまりは今日の夜に鯉夏さんを襲いに行くのだ。

 

 これを思い出すまでに時間がかかってしまったので、今どうなっているかがまるで予想がつかない。

 頼むから無事でいてくれよ……っ。

 

 そんな風に祈りながら街中を走っていると、とある通りで人影が見える。

 

「居た……っ」

 

 見れば、そこには正体を現し帯をまとっている堕姫と、倒れている炭治郎くんと善逸の姿があった。

 俺より先に店を出ていた善逸は、どうやら炭治郎くんと共に戦っていたらしい。

 が、やはり上弦相手には歯が立たないようだった。

 ちなみに、原作では確か善逸は捕まっていたような気がするがこの世界では特に捕まってはいなかった。

 いったい、どこで助かるフラグが立ったんだろうか?

 

「って、呑気にそんな事を考えている場合じゃないな」

 

 堕姫は、帯を操作し今にも炭治郎くんと善逸に斬りかかろうとしていた。

 俺はすぐに加速すると、炭治郎くん達の前に躍り出て帯をすべて弾く。

 

「ち、また新手なの! ……安楽?」

 

 自分の攻撃が弾かれたことで忌々しそうに叫ぶ堕姫だったが、俺の姿を見れば信じられないといった表情を浮かべる。

 

「ちょ、ちょっと安楽こんな所でなにやってるのよ……そんな鬼殺隊みたいな格好して……」

「……」

 

 堕姫の悲しそうな言葉に、俺は何も言い返すことができない。

 非情な鬼相手とはいえ騙していたのは事実だ。

 

「ていうか、何? もしかしてアンタ男なの? 何で女装して……しかも人気の太夫なんかにのぼりつめてたのよ」

 

 正直、それは俺も不思議で仕方ない。なんでやろなぁ?

 こちらを見てる炭治郎くんがマジっすか? 売れっ子だったんですか? みたいな顔でこちらを見ている気がするが、気のせいだという事にしておこう!

 

「……てたのに。信じてたのに! 人間にしては見所があると思ってたのに! なんなら鬼にしてあげようと思ってたのに! 許せない!」

 

 ――血鬼術・八重帯斬り。

 

 堕姫の叫びと共に四方から幾重もの帯が交差するように攻撃をしてくる。

 が、俺はそれを全て避け堕姫の頸を切り裂いた。

 俺は何度も、透き通る世界を使い施術をしてきた。おかげで、彼女の動きはもはや透き通る世界を使うまでもなく手に取るように分かるのだ。

 これくらいの攻撃を避けるくらい造作もない。

 

「は?」

 

 何故、何時、頸を斬られたのか分からない。

 そんな表情が堕姫からは読み取れた。

 

「う、うわああああん! お兄ちゃん! 頸斬られたぁ! 信じてた安楽に騙されて頸斬られちゃったああああああああぁ!」

 

 直後、自分の頸が斬られたことを理解したのかまるで子供のようにギャン泣きをし始める。

 いや……本来は子供だったはずだから、これが素だろう。

 堕姫はひたすらに自身の中に居る兄を泣きながら呼び続ける。

 そして、堕姫の体に変化が訪れた。

 彼女の腹部分からズズズと鬼いちゃんが現れ始める。

 

「すまん」

「え?」

「あ?」

 

 が、端から鬼いちゃんが出てくると分かっていたのなら、それを待つ道理はどこにもない。

 チン、と短く金属音が鳴った瞬間、鬼いちゃんこと妓夫太郎の頸は堕姫と向かい合うように地面に転がり落ちる。

 

「お、前……なん、で頸を……」

 

 妓夫太郎はこちらをぎろりと睨み、信じられないという風にそう言う。

 悪いな、アンタの戦法上、長引かせるわけにはいかないんだよ。

 流石の俺も広範囲毒攻撃はどうにもならないので、先の先を打たせてもらった。

 

「お前、ふざけんなよぉぉぉ! 普通、変形中は待つのが決まりだろうがぁぁぁ」

「そうよ! アタシを騙してただけじゃなくお兄ちゃんが出てくる途中で斬るなんて卑怯よ!」

 

 俺の行動に対し、2人の怨嗟の声が夜空にこだまする。

 

「……すまない」

 

 短い間ではあったが、一緒に過ごしただけに少しばかりの情が湧き、それが罪悪感となり俺の胸を締め付ける。

 堕姫のしてきたことは到底許されることではない。ないが、俺が罪悪感を覚えるくらいは許されるだろう。

 

「謝らないでよぉ! アンタの事絶対、絶対に許さないんだからぁ! うわぁぁぁん! 悔しいよう悔しいよう! 何とかしてよお兄ちゃあん! 死にたくないよォ お兄……っ」

「梅……!」

 

 そして、2人の頸は砂のようにはらはらと崩れ去っていく。

 

「あの世では……2人仲良くな」

 

 この結果は俺が招いたものではあるが、気持ちのいいものではない。

 上弦を放置するとろくな結果にはならないし、宇髄も救えたのでベストなはずなのだが……それでも、俺の心の中には後味の悪さだけが残っていた。




大正コソコソ言い訳話

堕姫、妓夫太郎戦に関しては賛否両論あるかと思いますが、鬼いちゃんが居るのも分かってて倒し方も分かってるから、悠長に戦う必要はないかなと思いかなりあっさり目にしました。
原作でも宇髄さんが出現中に攻撃をしようとして避けられてましたが、それよりも早く攻撃に移行してたので倒せました。
気配もないですし(免罪符)


禰豆子の暴走イベント? 知らない子ですね。


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働いたら負けだと思うんだ

感想で、主人公の戦績を纏めてくれている方が何名かいらっしゃいましたが、上弦3階級と対峙して1勝2分で全て無傷って頭おかしいなって思いました
下弦合わせれば3勝2分で人間やめてますね()


「俺はもう……働かない!」

 

 遊郭での堕姫、妓夫太郎戦を終え、宇髄の引退フラグを無事にへし折った俺は蝶屋敷の自室にてうつぶせになりながらそう叫ぶ。

 

 いや、だって考えても見てよ。

 数年前の童磨戦ではカナエさんを救い、猗窩座戦では煉獄さんを救い、先日の堕姫、妓夫太郎戦では宇髄を救った。

 それに加えて、下弦である零余子ちゃんと累も倒している。 

 俺めっちゃ頑張ったよね⁉ それはもう文字通り身を粉にして頑張ったよ! 粉骨砕身だよ!

 カナエさんはともかくとして、煉獄さんと宇髄が居るならもう余裕だろ! 俺居なくても行けるって!

 できないってのは嘘つきの言葉なんですよ、できる出来るやればできる! 

 

「あらあらまぁまぁ、どうしたの? そんなに不貞腐れて」

 

 不意に花の匂いが鼻腔をくすぐり、心地よい声が聞こえてくる。

 そして、ふわりと俺の頭を撫でる。

 誰あろう女神カナエさんだ。

 

「いや……なんというか、ちょっとこの間の戦いはしんどくて……少しばかり心が折れました」

 

 今思い出しても堕姫のあの表情は胸が締め付けられる。

 倒さないという選択肢はなかったのだが、もう少し穏便に出来なかったのだろうかとかそんな事ばかり考えている。

 今までは過去を知っているだけに同情こそはしたものの、こんな気持ちになった事はなかった。

 それが今回に限ってこんなに沈むなんてのは完全に予想外であった。

 やはり、少しの期間とはいえ馴れ合いをしてしまったのがダメだったんだろうなぁ。

 この後は、同情できそうな鬼といえば猗窩座くらいだから気が楽と言えば楽だが、その分難易度も段違いに跳ね上がるので別の意味で気が重くなる。

 

「よしよし、大変だったね。賽くんは頑張ったよ。大丈夫、このカナエお姉さんがちゃーんと褒めてあげるから」

 

 カナエさんがそう言うと、ふわりと俺の頭に手を乗せ優しく頭を撫でてくる。

 あ~……バブみ柱に癒されるぅ。

 

「……」

「……」

 

 俺がカナエさんに極限まで癒されていると不意に部屋の入口に立っている2人の人物と目が合った。

 ていうかしのぶと宇髄だった。

 

「お邪魔でしたか?」

 

 俺とカナエさんの方を見降ろしながら、しのぶは慈母のような笑みを浮かべながら敬語で尋ねてくる。

 アカン……アカンでこれはぁ。しのぶが原作モードになる時はめちゃくちゃ怒ってる時やでぇ……。

 つい先日も遊郭から帰ってきたら原作モードになってて大変だったんやでぇ……っ。

 

「……いや、大丈夫、です。はい、なんかすいません」

 

 俺は少しでもしのぶ大魔神の怒りを鎮めようと、姿勢を正し丁寧に受け答えをする。

 

「どうして謝るんですか? 大丈夫です、私は何も怒っていませんよ? ただ、お邪魔でしたか? と聞いただけです。何も怖い事はありません。姉さんと随分仲がよさそうだなぁって思っただけです。そのくせ私には構ってくれないとかそんな嫉妬みたいな感情は一切持ち合わせておりませんよ」

 

 嘘だ!

 

「ほら、賽さんにお客様ですよ? 柱である宇髄さんが賽さんに用事があるみたいですよ」

「何か……派手に邪魔しちまったみてーだな」

「うん……あ、いや大丈夫」

 

 お互いに何だか気まずい空気が流れる。

 後ろでは、カナエさんが困り眉で「あらあらうふふ」と誤魔化し笑いをしていた。

 

「あー、なんだ。少し話したいことがあるからついてこい」

「了解……」

 

 俺は、背後に突き刺さる視線を感じながらも宇髄についていくために部屋を出ていく。

 その際に「後でお話(・・)がありますので」とぽつりと呟いたしのぶの言葉に死を覚悟したのだった。

 

 

 ――蝶屋敷の一角にある浴場。

 俺と宇髄は2人きりで湯につかる。

 

「いい湯だな」

「だろう? 蝶屋敷自慢の薬湯だ」

 

 しのぶプロデュースの薬湯で筋肉痛や切り傷、擦り傷、筋肉痛、肉離れ、あとは筋肉痛などの効能があるおすすめの風呂である。

 

「遊郭ではすまなかったな」

「っ! 宇髄が謝った……だと。これは明日槍が降るか……?」

「よーし、ケンカ売ってんなら派手に買ってやる」

「すんません、冗談です」

 

 殺気を漲らせながら立ち上がろうとする宇髄に対し謝ると、チッと舌打ちをしながら元の位置へと戻っていった。

 

「こっちは真面目に話してんだから茶化してんじゃねーよ。正直、お前が居なけりゃ俺の嫁達は救えなかったし、被害も広がっていただろう。改めて礼を言う。俺の嫁達も感謝してたって伝えてくれって言ってたぞ」

「いや、だから良いって! 俺だって曲がりなりにも柱なんだしさ。市民を守るのは当然のことだ」

 

 嘘である。

 この男、端から自分の保身しか考えていない。

 その結果、周りを守ることに繋がっているので都合のいいように勘違いさせているだけのクズである。

 

「ま、そういう事にしといてやるか。手紙で言うのも柄じゃねーし、直接言いたくてな」

 

 なんとも義理堅い男だ。とても、非戦闘員を遊郭に連れて行こうとしていた派手柱には見えない。

 まぁ、擁護するならばあの時は嫁ズが音信不通になったから宇髄なりにかなり焦っていたんだろう。

 

「あ、あと聞きたいことがあったんだがいいか?」

「聞きたいこと?」

 

 宇髄が俺に聞きたいことってなんだろうか。

 

「お前さ、ぶっちゃけ胡蝶姉妹のどっちが本命なんだ?」

「んぶっふ⁉ げっほげっほ! い、いきなり何言ってんだ!」

 

 唐突な宇髄の問いに俺は思わずむせてしまう。

 

「いやー、前から派手に気になっててよ。カナエとは因縁浅からぬ関係だし、しのぶはお前の補佐だろ? しかもどっちも年頃とくれば、気にもなるもんだ。おら、誰にも言わねーから俺にだけ言ってみろ」

 

 くそ、さっきまでのシリアスムードはどこに行ったのかすっかり下世話モードに入っている。

 カナエさんとしのぶ……正直、どちらも美人で俺の好みである。ぶっちゃけどっちも好きだ。

 かといってどちらかとそういう関係に……というのは今は考えられない。

 今は死なないように必死に頑張っているので、そんな気になれないのだ。

 だけど、もし……無惨を倒して全員生き残れたら俺は……。

 

「ちーっすご主じーん。伝令っスー」

 

 俺がどう答えようか悩んでいると、天の助けとばかりに窓から一匹の鴉が入り込んできたかと思うとくっそチャラい口調で話し始める。

 こいつは俺の鎹鴉で名は颯丸(はやてまる)。御覧の通り、何故か口調はくっそチャラいのだが実は飛行速度は鎹鴉一という有能っぷりだ。

 

「なんかー、お館様がお呼びですぐ来てほしいってことっすー。あ、ご主人一人で来てほしいって言ってたっすよー」

 

 お館様が? 何の用だろうか?

 いやまぁ、おおかた上弦の陸を倒したことに関係しているのだろう。

 一応は討伐の報告は鎹鴉を通じてしているが、直接話したいってところだろうか。

 何にせよ、宇髄の下世話な質問から逃れられるし、この後に控えるしのぶのお話(・・)からも逃れられるので実に都合がいい。

 今ばかりはお館様に心から感謝できる。

 

「いやー残念。このまま宇髄と話をしたかったがお館様が呼んでるんじゃ仕方ないなー……それじゃ、そういう事で!」

 

 言うが早いか俺はその場を離脱すると、すぐさま着替えてお館様の居る屋敷へと向かうことにするのだった。



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我等友情永久不滅

 鎹鴉からの呼び出しの後、俺は隠に背負われお館様の屋敷に連れてこられた。

 

「待っていたよ、賽」

 

 お館様の居る場所まで案内されると、そこにはあまねさんに支えられているお館様の姿があった。

 

「御壮健で何よりです、お館様。益々のご多幸をお祈り申し上げます」

 

 俺は片膝をつくと頭を垂れ恭しく口上を述べる。

 

「……つれないな、賽。今この場に居るのは私とあまね、そして賽だけだ。いつものように接してくれないか?」

「ご冗談をお館様。私は常にお館様に最上の敬意を払っており、忠誠を誓っております。故に、いつも通りと申されましても、これが私のいつも通りであり……」

「賽」

「……わかった、わかったよ。いつまでも引退させてくれないからちょっと意地悪しただけだ」

 

 お館様……耀哉が見るからに悲しそうな表情で名前を呼ぶので、俺は観念したとばかりに姿勢を崩すと砕けた口調で話す。

 

「はは、賽はうちの鬼殺隊最強の柱だからね。そう簡単に引退させるわけないだろう? おもしろ……いやもったいない」

「おい、今面白いって言わなかったか?」

 

 俺がぎろりと睨みながら尋ねれば、耀哉はそっぽを向いてすっとぼける。

 ――俺が何故こんな砕けた態度を取っているのか? それは、単に俺と耀哉がいわゆる友人という奴だからだ。

 きっかけは……花柱であるカナエさんが引退時に俺を推薦した時の事だったか。

 誰もが目指し、羨んで仕方のない役職である柱。

 そんな柱に特例でなれるにもかかわらずに気の進まなそうな表情に興味を持ったとの事。

 そして、鬼殺隊の連中は基本的にお館様至上主義者でイエスマンしか居なかったから俺が新鮮に映ったのだそうだ。

 耀哉はその立場、生まれから同年代どころか年の近い友人さえ居なかったので是非とも友人になってくれと頼まれたのである。

 それ以降はたびたびこうして会ってお互いに素をさらけ出して他愛のない会話をしている。 

 普段はポーカーフェイスである耀哉も俺の前では本当の表情を出してくれるのだ。

 

 勿論、公私混同はするべきでないし柱の一人を贔屓していると思われれば外聞も悪いという事で、こうやって秘密裏に会う事しかできず、普段は他の柱と同じように俺も耀哉も接している。

 俺もボロが出ないように、普段からお館様と呼んでるしな。

 

「それで耀哉。わざわざ鎹鴉を使ってまで呼んだ理由は何だ? まさか、ただ単に話したいだけってわけでもないだろう?」

「そんな身構えなくてもいい。私は単に賽をねぎらいたかっただけなんだ。何せ……上弦を倒し、ここ100年ほど変わらなかった状況を打破してくれたんだからね。その知らせを聞いたときは、年甲斐もなく気分が高揚したよ」

 

 耀哉の言葉に俺は何とも言えない気分になる。

 あれは単に原作知識を知ってるからこその反則技なので、こうもストレートに感謝されると居心地が悪い。

 

「……君も知っての通り、私の一族は鬼舞辻との因縁により代々短命だ。私も20を超えはしたが、余命幾許かもないだろう。皆の前では言えないが……正直、私の代でも奴は倒せないだろうと半ばあきらめかけていた」

 

 耀哉はそこまで言うと俺の方を見えないはずの目で見つめてくる。

 

「だが! そこへ賽、君が現れた。元柱であるカナエと共に上弦の弐と対峙し生存。そして、下弦の肆、伍の単独撃破、さらには炎柱の杏寿郎と共闘し上弦の参を撃破目前まで追い詰める。さらには上弦の陸の単独撃破」

 

 どこのバケモンですかね、それ。

 

「私はね、君の活躍を聞く度に誇らしくなり、君さえいれば鬼舞辻無惨も倒せると確信している」

 

 いやー、流石にそれは買いかぶりすぎですなぁ。

 俺なんか常に死の恐怖に怯えてるチキンよチキン。今までも原作知識チートと運が良かっただけである。

 この後の鬼どもはやべー奴しか残ってないので、正直勝てる気が全くしない。

 特にお労しいお兄様と無惨は無理ゲー中の無理ゲーだ。

 原作と違い、煉獄さんと宇髄が居るが正直それでも不安しかない。

 

「君が他の者たちを率いてくれれば、もし私が途中で死んでも「てい」何をするんだ」

 

 耀哉のセリフを遮り、奴の頭に軽くチョップをすると耀哉は軽く驚きながらこちらを見上げてくる。

 

「うっせうっせ! 俺の前で二度と死ぬとか弱気な事言うんじゃねー。いいか耀哉。お前は生きるんだ。そしておじいちゃんになって孫に看取られて天寿を全うして死ぬんだよ。なぜなら、無惨は確実に死ぬからな」

 

 炭治郎くん達を中心にした鬼殺隊の面々によってな!

 俺? 隅っこの方で皆が死なないように応援してるよ! 

 

「……ふふ、はははは。そうだな、賽が言うならきっとそういう未来が待っているんだろう。不思議だ、君が言えばきっと実現すると思えてしまう」

 

 まぁ、確定した未来だからね。そりゃ信憑性もバツグンよ。

 

「そうだね、少し弱気になっていたようだ。賽を信じて、もう少し生きあがいてみせるよ」

「おう、そうしろそうしろ」

 

 この後、耀哉はメガンテを唱えて無惨もろとも死のうとする。

 結局それは無駄死にに終わってしまい、耀哉の子供たちに要らぬ苦労を掛けてしまう事になる。

 が、そんな事は決してさせない。

 こんな俺を友人だと慕ってくれている耀哉を無駄死にさせるわけがない。

 そりゃ、柱を引退させてくれないし、俺をからかって楽しんでいる節があるので気に喰わないところもあるが大事な友人だ。

 耀哉は今までの苦労の分、これから幸せに生きる権利がある。

 

 先ほどの俺の言葉で、少しでもメガンテを躊躇してくれればいいんだけどな。

 

「あ、そうだ。もう一つ用件があったのを思い出した。今回、君は上弦の陸撃破という功績をたてた。よって君の望む褒美を与えようと思うんだがどうだろうか?」

「あ? なんでもいいの?」

「もちろん」

「それじゃ、柱のい「引退以外でね」クソが!」

 

 なんでもじゃねーのかよ! 詐欺だ詐欺! 消費者センターに訴えるぞこら!

 

「そうだな……もし思いつかないなら、カナエ、しのぶとの婚儀でも取り図ろうか?」

「はぁ⁉ いや、何で急に2人の名前が出てくるんだよ!」

「いやほら、君達は長い事一緒に住んでいてお互いに想い合っているのにいまいち踏み切れていないだろう? だから、お礼に私が取り持ってあげようかと思ってね。結婚は良いよ、賽。子供達も可愛いしね」

「だ、だからって2人はいかんでしょ2人は! そんな不誠実な……」

「天元なんか3人の嫁が居るけれど?」

 

 そうでしたぁ! 

 いやでもほら、今は結婚とかしてる場合じゃないしね?

 ていうか、さらっと想い合ってるとか言ったこの人。

 まさか本人よりも先に別の人から聞くと思わなかったわ!

 

「もしも他に望みがなければ強制的に婚儀になるよ」

「最悪な職権乱用だ! いや待って、今考えるから……っ」

 

 えーとえーと、望みだろ?

 金……柱になってからたんまりもらってるから今更要らないし、出世……はもう実質一番上だし、むしろ降格したいくらいだが却下されたばかり……女、いやこれも結局強制婚儀エンドだ!

 俺としては2人と結婚できるなら嬉しいんだが、そんな場合ではない。

 俺がこうして悩んでいる間も、耀哉は謎のカウントダウンを行っている。

 えーい、病人じゃなければしこたまどついているものを……っ。

 

「思いついた! 思いついたから数を数えるのをやめてください! えっとね、とある人物に会いたいから行方を探してほしいんだけども……」

 

 と、俺は脳裏に浮かんだある人物について耀哉に語るのだった。




賽と耀哉は地元じゃ負け知らず


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Welcome to the Kisatsutai

鬼滅二次創作の感想欄でたまに見かけるズンビッパって何だろう
→なるほど、Twitterの公式アカウントでワニ先生が発した謎の擬音か
→それが転じて仲良しな2人を指すのか
→この世界では歯を出して満面の笑みを浮かべているお館様と賽のイラストが描かれるんだろうなと妄想したところで腹筋が死にました


 耀哉……おっと、今は奴と2人きりじゃないからボロが出ないようにしないと。

 お館様との会合から1週間後、ガヤガヤと騒がしいとある街の中、女学生風の装いに身を包んだカナエさんとしのぶに挟まれるようにして俺は歩いていた。

 ちなみに俺の格好は洋装である。

 本当は別の格好をしようとしたのだが、胡蝶姉妹から流石にセンスがなさ過ぎると言われたので2人によるコーディネートだ。

 なんで俺達が私服で街を歩いているかというと、勿論お館様のご褒美でデート……というわけではなくある人物……まぁ、さっさとネタ晴らしをしてしまうと珠世様に会いに来たのだ。

 いやー、珠世様の住処を探すのはめちゃくちゃ苦労した。

 お館様の協力の下、浅草から足取りを追っていきミステリアスな美人女医と目付きの悪い青年が最近家を買ってないかと調べまくってようやく見つけたのだ。

 原作ではもう少し後だったような気がするが、今後の為にも珠世様達の協力は不可欠なので早めに協力してもらおうというわけだ。

 俺一人で来てもよかったのだが警戒されても困るので、癒し担当として美女2人にご同行してもらっている。

 

「わー、しのぶ見て見て! この蝶の髪飾り可愛くない? ほら、丁度大きいのと小さいので私達みたい」

「もう、姉さんったら! 遊びに来たんじゃないのよ」

 

 と、肝心の美女達は少し目を離した隙に装飾品屋に並べられている髪飾りを眺めていた。

 うーん、美人姉妹がきゃいきゃいと楽しく騒いでいる姿は目の保養になるな。

 そんな2人と一緒に歩いていると思うと優越感が天元突破する。

 カナエさんを救えていなかったらこんな尊い光景も見れていなかったんだと思うと感慨深いものを感じる。

 

「もー、しのぶったら真面目なんだから。もう少し心に余裕を持たないとモテないわよ?」

「別にモテなくていいわよ」

「あ、そうね。1人の男性に好かれればそれでいいものね」

「ちょ、姉さん⁉」

 

 などと、何とも姦しい。

 うーん、お館様から2人の気持ちのネタバレを喰らっているだけに何とも気恥ずかしい。

 

「ほらほら、2人ともそんな騒いでいると他の人に迷惑だから」

 

 俺は、何にも知りませんよという体で騒がしくしている2人に割って入る。

 このままだと俺が恥ずか死してしまうしな。

 

「だって姉さんが……」

「あら、私は事実を……」

「はいはい! キリがないからやめんしゃい。ほれ、しのぶもこれやるから引っ込みなさい」

 

 俺は、先ほど2人が見ていた2つの蝶の髪飾りを買うと大きい方をカナエさん、小さい方をしのぶに渡す。

 

「あら、私にもくれるの? ありがとう♪」

「仕方ないから貰ってあげるわ」

 

 と、カナエさんは素直に喜び、しのぶは満点のツンデレっぷりを見せつけてくれる。

 あぁ、削れていたSAN値が回復していくようだ……。

 そんな感じで紆余曲折がありつつも適当に時間を潰しながら、日も暮れてきたのでいよいよ珠世様の住んでいる家へと向かった。

 

「いいか、しのぶ。相手は鬼とはいえ、害意はない。絶対に手を出すなよ」

「そうよ。絶対にいきなり斬りかかっちゃだめよ?」

「……まるで私が鬼と見ればすぐ斬りかかる血の気の多い人間みたいに聞こえるんだけど」

「「違うの?」」

「違うわよ! 私だってそれくらいの分別はあるわよ!」

 

 と、しのぶがちょっと本気で怒りそうだったので俺とカナエさんはからかうのをやめて真面目モードに入る。

 

「まぁ、しのぶをからかうのはこれくらいにして、こっからは基本的に俺が話を進める。やばそうになったら2人にも協力してもらうから」

 

 俺の言葉にカナエさんとしのぶが頷くのを確認すると、俺達はスッと家の中へと入っていく。

 本当なら、呼びかけるのが礼儀なのだろうが相手が相手だけに素直にそんな事をしたら警戒されてどこかへ雲隠れしてしまう可能性がある。

 特に愈史郎に血鬼術を使われると見つけられる自信がない。

 珠世様には悪いが超法規的措置という事で不法侵入させてもらう。

 

 そこそこに豪華な一軒家の中を探し回っていると、とある部屋から気配を感じる。

 カナエさんとしのぶには静かにするように目配せをし、俺は扉をノックしてから部屋へと入った。

 

「夜分に失礼します。私の名前は栖笛賽。不法侵入をして申し訳ありませんが、貴方に会いに馳せ参じました。いやー、ここを見つけるの苦労しました。隠れるのが大変お上手なんですね」

 

 と、俺はなるべく警戒させないように少し砕けた敬語を使いながら話しかけるも、珠世様は眉をひそめながら様子をうかがっている。

 愈史郎の姿は今のところ見えない。

 

「貴方がたは何者ですか? それに、どうしてこの場所が……?」

「浅草から足取りをたどったんですよ。人脈もかなり使いましたね。そうそう、私達が何者かですが……私達は鬼殺隊です。産屋敷の命により貴女と愈史郎くんを迎えに来ました」

「私達を……?」

「はい、炭治郎くんから貴女達の話を聞いて是非とも協力していただけないかと思いまして。どうでしょうか? 一緒に鬼舞辻無惨を倒しませんか? 勿論、貴女と愈史郎くんの安全は保障します」

「改めて初めまして。私は胡蝶しのぶと申します。貴女は薬学に長けていると聞いています。私も薬学をたしなんでいますが、鬼に関する情報が足りないため、協力いただけると非常に助かります」

「私は、しのぶの姉の胡蝶カナエと言います。私は鬼と仲良くしたいと常日頃から願っています。どうでしょう、ついてきていただけると助かるのですが……」

 

 俺に続き、しのぶとカナエさんも説得をする。

 珠世様は俺達の真意を探ろうと悩んでいるようだった。

 

 その後、掃除中だった愈史郎も乱入してきて一悶着あるのだが、説得の末なんとか2人とも来てもらう事になった。

 くくく、これで俺のやりたかったことができるぜ……。

 

 

 

 そして、困惑する珠世様と殺意剥き出しの愈史郎を産屋敷邸に届けた俺達は蝶屋敷へと帰ってくる。

 

「お、ようやく帰ってきやがったな」

 

 そこにはつい先日共闘したばかりの派手柱、宇髄の姿があった。

 

「お前さんご要望の奴を連れてきたぜ。さっきまで派手に暴れてたんだがようやく大人しくなってきたところだ」

「手間をかけさせて悪いな」

「別に構わねーよ。それよりも、何であんな奴に会いたかったんだ? 俺から見ても、あいつ派手にクズだぞ?」

「だからこそだよ」

 

 宇髄に対してそう答えながら、俺は簀巻きにされて転がっている人物を見下ろす。

 

「ようこそ、蝶屋敷へ。気分はどうだ?」

「ふっざけんな! いくら柱だからっていきなり捕まえるなんて横暴だろうが! 俺が何したって言うんだ!」

 

 俺が主犯だという事を聞いているのか、俺に向かってソイツは吠え出す。

 確かに、今はまだ何もしてないだろう。

 だが、俺は知っている。この後、確実にやってはいけない最悪な事をやらかすと。

 

「まぁ、そう怒るな。何もお前を取って食おうって訳じゃないんだ。ただ、少しばかりお話(・・)をしたくてね」

 

 俺は、後に鬼になり穴埋めとして上弦の陸になる獪岳(・・)へそう優しく話しかけるのだった。








正直、獪岳は眼中になかったんですが感想で見かけて面白そうだったので救ってやることにしました
千葉しg……桑島慈悟郎さんも救えるしね!


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貴方の落としたのは汚い獪岳ですか?綺麗な獪岳ですか?





 ――獪岳。

 善逸の兄弟子であり、岩柱である悲鳴嶼さんの関係者である。

 基本的に自分本位であり、何事も自分が優先でなければ気が済まないという自己中っぷりで、子供の頃に鬼と遭遇するも自分だけが生き残る為に一緒に住んでいた子供を売り、この後も助かる為に自ら鬼になることを選んで、最後は善逸に倒されるという運命が待っている。

 人間側では珍しいクズであり、俺としてもこいつは助けなくていいんじゃないかと思ったのだが……それだと善逸の師匠である桑島慈悟郎がひっそりと切腹し苦しみながら死んでしまう。

 面識こそないが、そんな最期はあまりにも不憫だし善逸が可哀想だ。

 故に獪岳が鬼になる道を選ぶ前に腐った性根を叩き直し、悲劇を回避させようというわけだ。

 もうここまで来たら救える奴は皆救おうと開き直っている。

 なお、そのせいで善逸のモチベが上がらずオリジナルで編み出した技が生まれなくなる可能性があるが、そこら辺はきっちり修行させて辻褄を合わせることにする。

 強化フラグと人命、どっちが優先かという話である。

 

 んで、獪岳を預かって1ヶ月が経過した。

 え? 端折りすぎ? こまけぇこたぁいいんだよ! 獪岳を詳しく描写しても仕方がない。結果さえわかれば、過程などどうでもよいのだ!

 で、俺の献身的な説得と教育(・・)の結果……。

 

「兄貴! おはようございます! 本日もいい天気ですね!」

 

 なんということでしょう。クソを下水で煮込んだような性格だった獪岳は匠達の手により、すっかり綺麗な獪岳となっていました。

 人間、変われば変わるものである。

 まぁ、簡単に言ってしまえば奴の心の中にある幸せを入れる小さな箱の穴を埋めてやったのだ。

 方法については……まぁ、あれだ。

 人道的な理由から秘匿させてもらおう。

 

「……いやー、何回見ても慣れないわぁ。綺麗な獪岳が普通に気持ち悪い」

 

 爽やかに挨拶をする獪岳を後ろの方で見ていた善逸がぽつりと呟く。

 それが聞こえていたのか、爽やかな表情を浮かべていた獪岳は途端にビキビキと表情を変え、頭上に「!?」の文字が浮かんでいるかのように幻視するほど凶悪な顔つきになると善逸の方に向かって口を開く。

 

「あぁ、なんだ善逸、文句あるのか? チビで雑魚の分際でよぉ?」

「獪岳?」

「アッハイ、すんません。なんでもないです、兄貴!」

 

 俺が名前を呼ぶと、獪岳は姿勢を正しピシッと敬礼をする。

 ……まぁ、あれだ。基本的には綺麗な獪岳に変身こそしたが、根っこの部分というのはどうしても残ってしまうものである。

 とはいえ、悪態をつくだけで特に何か暴力を振るったりとかそういうのはない。

 まぁ、善逸と獪岳は仲が悪かったらしいし、これくらいなら許容範囲だ。

 綺麗な獪岳は演技か? とも疑ったことがあるが、炭治郎くんと善逸の高性能探知機により本気で改心したというのは確定済みである。

 もっとも、炭治郎くんと善逸の高性能探知機をすり抜けるような化け物みたいな演技力、ステルス性の持ち主だったらどうしようもないが……そこは獪岳の善性を信じようではないか。

 

 その後、綺麗な獪岳を悲鳴嶼さんに引き会わせる。

 俺は会わせるかどうか迷ったのだが、獪岳の方から悲鳴嶼さんに会って懺悔したいとの事なので予定を調整して会わせるのだった。

 

「顔を上げよ、獪岳」

「だけど、俺は……っ!」

 

 2人きりにした方がいいと思い、少し離れた場所に居るため会話こそよく聞こえないが獪岳が涙ながらに土下座をし、それを悲鳴嶼さんが許している様子だった。

 あの惨劇を起こした張本人をあっさり許せる悲鳴嶼さん心広すぎない?

 獪岳曰く、3/4殺しくらいは覚悟しているとの事だったのだが何事もなく和解しているようだった。

 しばらく2人で何やら話しているようだったが、やがて2人がこちらへとやってくる。

 

「栖笛、礼を言うぞ」

「いや、礼を言われるようなことなんかしてないさ。こういう結果になったのは獪岳の努力のお陰だ」

 

 正直、原作を見る限りでは心底のクズに見えたし、改心は無理だと思っていたので最良の結果だった。

 もし改心が無理だった場合の最終手段もあったのだが……まぁ使わずに済んでよかった。

 

「そんなことないです。兄貴の指導があったからこそ、大事な事に気付けました。もし、兄貴に出会ってなかったら……多分、俺は碌な最期を迎えてなかったんじゃないかと思います」

 

 うん、それ正解。

 正直、獪岳を救うのはどうかなって思っていたのだが、こうやって綺麗な獪岳を見るとこいつも救えてよかったなと思える。

 その後、獪岳の事は悲鳴嶼さんが引き取ることとなった。

 と言っても継子にするとかそういうわけではなく、単に共に行動するという意味だ。

 お労しい兄上の件はどうしようかと悩んでいたが、柱最強(・・)の悲鳴嶼さんと一緒に行動するなら安心だろう。

 そう、最強(・・)の悲鳴嶼さんなら安心だとも!

 

 そんなわけで獪岳は蝶屋敷を出ていくことになったので、悲鳴嶼さんを交えて送迎会をし送り出した。

 

 

「賽さん……相談があるんですがいいでしょうか」

 

 獪岳が悲鳴嶼さんの所へ行ってからそれなりの時が経ったある日、自室で雑務をしていると手紙らしきものを持った炭治郎くんがおずおずと訪ねてくる。

 

「どうした?」

「ええとですね……遊郭で上弦の陸と戦った時に刀を折ってしまったので新しい刀をお願いしてたんですが……その、これが……」

 

 そう言って手渡された手紙を見ると、そこには怨嗟に満ちた荒々しい文字で「お前にやる刀はない」と書かれていた。

 他にも、「呪う」や「憎い」など書かれていて大人げなさMAXだった。

 ……猗窩座戦で刀を失くしていなかったのでセーフかとも思ったのだが、どうやらこちらの予想を遥かに上回るレベルで子供だったらしい。

 あの37歳児よぉ……。

 ていうかあれか。堕姫、妓夫太郎戦が終わってこの手紙が来るって事は隠れ里編か……。

 やだなぁ、上弦が2体来るんでしょぉ?

 今回に限っていえば、鬼殺隊は誰も脱落しないので気楽なイベントと言ってしまえばそれまでだが、それでも死の危険はあるし実質最終決戦前の最後の戦いになるので気が重い。

 とはいえ、炭治郎くんが行かない訳にもいかないし、お目付け役を仰せつかっている以上、俺もついていかざるを得ない。

 

「あの、どうしましょう?」

「そうだね……里の方に行って直接話してみようか」

 




原作知識フル活用で無惨を追い詰めていくスタイル


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幕間 超親友(ブラザー)

今回は超親友であるお館様目線による話になります。
幕間なので読んでも読まなくても本編に差支えはありません。


前回の獪岳については、私の技術不足により上手くまとめられなかったので省略しています。
按摩なりなんなりで「分からせ」たと思っていてください。


 ――私には、友と呼べる人物が1人だけ居る。

 私の一族は、とある者の存在により呪われており代々短命であった。

 その者を討ち取る為だけに心血を注ぎ、この呪いを打ち砕かんとしてきた。

 故に、その生れ、生き様から友など作る余裕などなかった。

 だが、どういう訳か私には友ができた。

 最初は、他の子供達と変わらないように見えた。

 失礼な言い方をしてしまえば、才も強さも感じなかった。

 最終試験を無傷で突破したという報告は聞いていたが、毎年1人や2人はそういった子供らが居るし、不思議でもなかった。

 きっかけは……そう、何年か前の上弦と柱、平隊士の2名が戦い生き残ったというものだった。

 十二鬼月の中でも、下弦は柱と呼ばれる鬼殺隊でも上位の者であれば無傷で討ち取る事も可能で、実際何度も勝利を収めてきた。

 しかし、上弦に関しては違う。

 ここ100年以上、上弦に勝つ者は現れず幾多もの子供達の命が失われてきた。

 そんな上弦に対し、生き残ったとすれば興味も出るというものだった。

 

 上弦との戦いで生き残った者の名前は、花柱の胡蝶カナエ、平隊士の栖笛賽であった。

 カナエの方は常日頃から鬼と仲良くしたいと心底信じており、また自身もそう喧伝していて、鬼に対し並々ならぬ憤怒と憎悪を抱えている鬼殺隊の中では一風変わった人物だった。

 とはいえ、柱となるからには相応の実力があり、決して弱くなかった。

 そして、もう1人の人物である栖笛賽。彼は、我が鬼殺隊に代々務める栖笛家の子供であった。

 その2人の報告を聞けば、思わず驚いてしまったのも無理はないだろう。

 カナエの方は上弦との戦いにより両足を失ってしまったが、生きているだけでも幸運だ。大抵の者は高確率で命を落としてしまうから。

 が、驚くべきなのはもう1人の方であった。

 柱でないにもかかわらず、なんと無傷で生還したというではないか。

 今、こうして目の前で対峙しても無傷で生き残れるほどの風格は感じられなかった。

 

 その後、怪我により戦う事が不可能となったカナエから柱を引退すると聞き、快く了承する。

 とはいえ、戦力の要である柱が欠けてしまったのは正直痛い。

 当時、ただでさえ柱の人数が足りていなかったのだ。

 どうしたものかと悩んでいると、カナエから提案があった。

 

「お館様。恐れながら進言がございます。私と共に戦った栖笛賽。彼を柱に推薦したく思います」

 

 聞けば、彼はまるで予知でもしているかのように上弦の鬼の攻撃を全て避けていたという。

 彼が全力で囮になった事で、重傷を負ってしまったものの生還ができたというではないか。

 いざ対峙しても強さを感じられないのに、実際は上弦と戦っても無傷で生還できる男。

 そんな一風変わった人物を柱にすれば、もしかしたら何かが変わるかもしれないと直感が働いたので、多少の力業を使い彼を柱へと就任させた。

 

 賽が柱になってからは、事あるごとに柱を辞めたいと言ってきたが、その度に私はその案を却下してきた。

 彼を辞めさせてはならないと私の勘が告げていたからだ。

 その度に私は真摯に説得し、会話を続けた。

 そして幾度も会話を繰り返していくと……気づけば友と呼べる間柄になっていた。

 彼は、鬼殺隊の中でも珍しく忠誠心が薄い。もちろん、私を軽んじているというわけではないが他に比べてへりくだったりしないので話しやすかった。

 外に出れない私の為に外の面白おかしい話をしてくれたり、鬼との戦いでの愚痴を聞いたりと、賽との会話は楽しかった。

 1人を贔屓するわけにはいかないと、私と賽の関係は公にせず、公衆の面前はあくまで上司と部下という事にしておいた。

 そんな私と賽の関係を知らない柱達からはやれ「忠誠心が薄い」だの「何故あんなのが柱なんだ」と苦言を呈してきたが、その度に流してきた。

 一度、演技でもいいからやる気を見せてはどうかと賽に聞いてみたのだけれど、

 

「あ? そんなの言いたい奴には言わせておけばいいじゃん? ていうか、俺も自分は柱にふさわしくないと思ってるから引退したいんだけど? え? だめ? クソが!」

 

 と、自分を崩さずいつも通りだった。

 そんな彼を見て、半ば呆れつつもそれこそが賽の魅力なんだと微笑ましく思った。

 

 それからしばらく後、下弦の肆を撃破、義勇と共に那田蜘蛛山に赴き下弦の伍を討伐。

 煉獄と共に上弦の参と遭遇するも生還、そしてついには上弦の陸を単独撃破と今までの皆の評価を覆すような怒涛の功績を打ち立てる。

 

 100年変わる事のなかった状況を、たった1人で打ち破ってしまった彼を見て私は生まれてから一度も震える事の無かった心が歓喜に打ち震えるのを感じた。

 あぁ、私の勘は間違っていなかったのだと。

 そして、許されるならば彼は私の自慢の友だと騒いで広めたかった。

 彼が何か功績を立てるたびに「流石は柱最強の男だ」と私が褒めると、賽は必ず嫌な顔をするのが何だかおかしかったので、これからも時々いじってやろうと柄にもない事を思ってしまう。

 まぁ、彼を最強だと思うのは私の本心だが。

 

 普段は鬼殺隊の為に自分を律しているが、おそらくはこれが自分でも気づかなかった私の素なのだろうと実感する。

 賽と話す度に新しい自分が見つかる気分だ。

 

 そうそう、話は変わるけど賽は元柱のカナエの後を引き継いだので、今後の仕事を滞りなく行うために蝶屋敷に住んでいる。

 カナエの妹のしのぶは、柱にこそなれていないものの医学、薬学に長けており、鬼殺隊に欠かせない人物だ。

 そんな胡蝶姉妹だが、どうやら賽のことが好きらしい。

 しかし、肝心の賽が自分への好意に気付かずやきもきしているという情報を手に入れた。

 え? 情報の入手手段? ふふ、それは秘密だよ。

 

 賽には世話になっているし、彼には幸せになってもらいたいので上弦を倒した褒美という名目で彼女達との婚儀を取り図ろうと提案したのだが断られてしまった。

 だけどね、賽。私は諦めていないよ。

 いつか必ず君達には幸せになってもらう。

 それが友人としての私の願いだ。

 

 もし、叶うのならば……彼らが幸せになるのをぜひ見届けたいものだ。



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ドキッ鬼だらけの隠れ里~  ポロリもあるよ~ その壱

本日2話目となります。
本編としては1話目です。


 刀鍛冶の里は隠れ里である。

 鬼の襲撃を防ぐため、基本的に里の場所は知らない。

 隠の皆さんによりリレーのように運ばれて里へ行くのが基本の移動法である。

 もっとも、それだけ入念に隠している里が鬼達にバレてしまうので大惨事となってしまう事になる。

 だが、今回のイベントに関して言えば鬼殺隊の脱落者は居ないので気が楽といえば楽だ。

 鍛冶師の皆さんも犠牲になってしまうので出来る限り救いたいが、奴らが登場するまでの動きが分からないので、少し非情ではあるが多少の犠牲は目を瞑らなければならない。

 ひとまず、鉄珍様に形がいびつな変なツボが地面に置いてあったら絶対に近づかないように忠告するのが今のところの最善手だろう。

 あとは、パトロールくらいか。

 

「わーーーー‼ すごい建物ですね! しかもこの匂い、近くに温泉もあるんですかね賽さん!」

 

 隠れ里に到着すると目隠し、耳栓鼻栓を外された炭治郎くんが笑顔で年相応にテンションを上げていた。

 その様子が可愛かったので頭を撫でておいた。

 ここまで連れてきてくれた隠の人にお礼を言うと、俺達はまず挨拶の為に鉄珍様の所へと向かう。

 あ、ちなみに善逸と伊之助は他に任務があるので残念ながらお留守番である。

 俺としては彼らも連れてきたかったのだが、あんまり人を増やして移動をさせたくないと許可をもらえなかった。

 まぁ、今回ここで起こる未来は知らないだろうし、里の特性を考えたら当然のことではある。

 

 鉄珍様の屋敷につくと、俺達は案内係の人に連れられ鉄珍様のいる部屋へと通される。

 

「どうもコンニチハ。ワシ、この里の長の鉄地河原 鉄珍。里で一番小さくって一番偉いのワシ。畳におでこつくくらいに頭下げたってや」

 

 と、以前にも聞いたことがあるセリフを一言一句違わずにしゃべる鉄珍様。

 どうやら、これが鉄珍様の持ちネタらしい。

 

「竈門炭治郎です。よろしくお願いします!」

 

 そんな鉄珍様を前にし、炭治郎くんは元気よく名乗りながら素直に頭を床に打ち付ける。

 うーん、ええ子やなー。

 

「鉄珍様、お久しぶりです。変わらず元気そうで何よりです」

「うんうん、アンタも元気そうでなによりや。ほいで、蛍なんやけどな。今行方不明になっててな。ワシらも捜してるから堪忍してな」

「蛍?」

 

 貰ったお菓子をボリッと頬張りながら炭治郎君が尋ねる。

 

「そうや、鋼鐵塚蛍。ワシが名付け親」

「可愛い名前ですね!」

 

 本人はとても蛍って感じじゃないけどな。

 儚さとは無縁にもほどがある。

 

「可愛すぎ言うて本人から罵倒されましたわ。あの子は小さい時からあんなふうでな、すーぐ癇癪起こしてどっか行きよる。すまんの」

「いえいえそんな! 俺が刀を折ったりすぐ刃毀れさせたりするからで……」

 

 と、炭治郎くんなりに37歳児をフォローするが、鉄珍様はそれをすぐに否定する。

 

「いや違う。折れるような(なまくら)を作ったあの子が悪いのや」

 

 プロとしての矜持か、鉄珍様からビリビリと何とも言えない気迫が伝わってくる。

 その後、ただ待っているのもあれだという事で炭治郎くんは里自慢の温泉へ入りに行くことにする。

 鬼いちゃんが暴れる前に決着がついたとはいえ、堕姫戦でそれなりに怪我はしていたので湯治も兼ねているのだ。

 炭治郎くんが居なくなったのを確認すると、俺は鉄珍様に耳打ちをする。

 

「鉄珍様。お耳に入れておきたいことがあります。……詳しい事は省きますが、もし、地面に突然謎のツボが置いてあったら決して近づかぬ、触らぬようにと里の者にも忠告しておいてください」

 

 素直に鬼が来るから、と言えればいいのだが……それを言った所で何で知ってるんだと問い詰められるだろうし、ここからすぐに里を捨てて逃げ出したとしても途中で背後から不意打ちを喰らう可能性もある。

 なので、変に立ち回らず素直に奴らはここで倒しておいた方がいいのだ。

 

「……よくわからんが、柱であるアンタがそう言うなら肝に銘じておこうかね。里の奴らに伝えておくよ」

 

 鉄珍様は俺の忠告を受け取り頷いて了承してくれる。

 こういう時は、お館様の職権乱用により柱になってよかったと実感する。

 もし俺が一介の平隊士ならば何の権限があってと一笑に付されていたことだろう。

 まぁ、だからって柱を続けたいとは思わんがな!

 どうせなら被服担当とかに回されて前田まさお氏と女性隊士の服について存分に語りあっていたい。

 ……なんて、叶わない夢を望みながらも俺は鉄珍様の屋敷を後にすると先に温泉に入っているだろう炭治郎くんの後を追う。

 その道中で見覚えのあるモヒカン強面の人物がこちらに歩いてくるのが見えた。

 彼の名は不死川玄弥。実ちゃまこと不死川実弥の弟である。

 目つきの悪さがよく似ている。

 

「あ、ちす……」

 

 向こうも俺に気づいたのか、なんとなく気まずそうに頭を下げて挨拶をしてくる。

 流石に俺が柱だからか、玄弥もどことなく大人しい。

 

「よぉ、不死川弟くん。元気か?」

「あ、はい。元気っす」

「そうかそうか、それはよかった。「あの……」ん?」

 

 玄弥は俺の言葉を遮り何か言いたそうにするが、何やらもじもじとしている。

 そのまま何とも言えないような空気が流れるも、意を決したのか玄弥はこちらを見ながら口を開く。

 

「兄ちゃ……いや、兄貴は元気そうでしたか? あと、俺のこと………何か言ってなかったっすか?」

 

 ふむ……ここは何て答えるのが正解だろうか。

 元気か否かで言えば、こちらがうんざりするくらいに元気いっぱいだ。

 だが、玄弥くんの事は何も言っていない。しかし、ここでそのまんまストレートに「あいつは弟なんか居ないって言ってたよ、眼中にないみたい☆」とか言おうものなら空気の読めないクソ野郎である。

 まぁ、実の本心は分かっているし、少しフォローをしてやろう。

 柱の中には何となく2人の関係を察している人も居るし、少しくらいは平気だろう。

 

(さね)は元気すぎるくらいに元気だよ。君のことは……まぁ、口にこそ出さないものの気にはかけているようだから安心すると良い。君も知っての通り、実はすっっごく素直じゃない。今は会っても悪態しかつかないかもしれないけど、いつかは仲直りできる。信じて頑張るといい」

「……頑張るっす。ありがとうございます」

「うん、応援してるよ。ただ、命あっての物種だ。絶対に無理をして実を悲しませないようにね」

「はい……っす」

 

 玄弥は小さくお礼を言うと、ぺこりと頭を下げて立ち去っていく。

 彼にも幸せになってもらいたいんだがなぁ……というか、鬼殺隊の人達は基本的に皆幸せになってほしい。

 ただ、彼の場合は相手がお労しい人だけあって助けるのがどちゃくそ難易度高い。

 しかも、鳴女の血鬼術でどこに飛ばされるかも分からないので、運よく会えるとも限らない。

 煉獄さんと宇髄、あとおまけで獪岳が無事な事でどう作用するかにかかっているな。

 

 そんな事を考えながら俺は温泉へと向かい、炭治郎くんと一緒に一時の平和を享受するのだった。

 っていうか、炭治郎くんが思ったよりもムキムキでちょっとビビったのは内緒だ。

 可愛い顔してやるじゃない……。

 

 

「あ、賽さん! 賽さんも炭治郎君と一緒に来てたのね!」

 

 温泉を満喫した後、炭治郎くんと共に隊士用の宿へとやってくると、温泉浴衣を着た蜜璃ちゃんが出迎えてくれる。

 うーん、相変わらず素晴らしいものをお持ちだ。

 

「っ⁉」

 

 俺が蜜璃ちゃんの体に感心していると、急に背筋が冷たくなったので周りを見渡す。

 

「? どうしたの、賽さん?」

 

 突然の俺の行動に不思議そうにする蜜璃ちゃん。

 なんでもないと適当に誤魔化すと、そのまま3人(+箱に入っている禰豆子ちゃん)で食事が用意されている客間へと向かう。

 

「そういえば、甘露寺さんは、なぜ鬼殺隊に入ったんですか?」

 

 食事中、気になったのか炭治郎くんがそんな事を聞いてくる。

 

「ん? 私? 恥ずかしいな~。えーどうしよう聞いちゃう?」

 

 と、炭治郎くんの質問に対しもじもじする蜜璃ちゃん。

 俺は理由を知っているが、あれを聞いた人は皆同じような気持ちになるだろう。

 なぜなら……、

 

「添い遂げる殿方を見つける為なの‼ やっぱり自分よりも強い人がいいでしょ? 女の子なら守ってほしいもの! わかる? この気持ち。男の子には難しいかな」

 

 ……だからである。

 

 実際、炭治郎くんは冷や汗をだらだらと流しマジでか、という表情をしていた。

 俺は原作で知っていたが、現実で実際に聞くととんでもない理由である。

 鬼殺隊の中でもトップクラスの異質な理由だろう。

 カナエさんは鬼と仲良くしたいと言っているし、鬼殺隊の女性陣は変わり者が多い。

 

「そういう意味では賽さんは私の理想の殿方よね。何せ、柱最強だし、私の体質に何も言わないで受け入れてくれたもの!」

 

 くそ、お館様が俺のことを最強だと囃し立てるものだから、皆が真に受けている。

 まぁあれだ。蜜璃ちゃんから理想だと言ってもらえるのは正直嬉しい。

 

「でも賽さんはだめよね。だって、カナエちゃんとしのぶちゃんが居るもの」

「え、待って。ちょっと待って!プレイバック! 何? その話って、もしかして結構広まってるの?」

 

 蜜璃ちゃんの聞き捨てならない言葉に俺は思わず聞き返す。

 

「有名よ? 同じ女の子ってのもあるけれど、あの姉妹は賽さんの事すごい好きって傍から見てても丸わかりよ。多分、他の柱の人達も普通に察してると思うわ」

 

 まじか……。

 うわー、マジで?

 恥ずかしすぎてサイコロステーキになりたくなる。

 ここで炭治郎くんが空気の読めない言葉で場の空気を換えてくれないかとも思ったが、顔を赤くしながら尊敬の眼差しでこちらを見ていた。

 

「大人ですね……っ」

 

 と、純真過ぎる感想でトドメをさしてくれやがった。

 いっそ誰か俺を殺してくれ。

 その後、あまりの事実に思考回路がショート寸前になりどういう会話をしていたか全く覚えておらず、気づけば朝になっていたのだった。




隠れ里編となりますが、原作はもう折り返しなんですよね……

ちなみに隠れ里編では揺らめく恋情・乱れ爪を使ってる蜜璃ちゃんが一番好きです。


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ドキッ鬼だらけの隠れ里~  ポロリもあるよ~ その弐

「わああああああああ‼」

 

 刀鍛冶の里の某所にて、何かを殴るような音と共に炭治郎くんの悲鳴がとどろく。

 

「死んでしまう! 腕5本はきつい‼」

「炭治郎さん遅い‼ 全然ダメ‼ 人形が持ってるのが素振り棒じゃなきゃ死んでますよ! しっかりして!」

 

 大昔の職人が作った戦闘用絡繰人形・縁壱零式。

 かの人形と戦い見事に吹っ飛ばされてしまった炭治郎くんは、その人形の持ち主である小鉄少年から毒舌アドバイスを受けている。

 この人形は、かつて俺もお世話になったことがあり、公式チートこと継国縁壱を模した人形である。

 彼を再現する為に6本の腕が必要だったと言われており、本人よりは劣るだろうがオーパーツに程があるだろうとツッコみたくなるほど様々な動きを行うことができる。

 何故、炭治郎くんがその人形と戦っているかというと、5日程前に俺と同じ柱である無一郎くんが……なんというかまぁ、小鉄少年に対して空気の読めないというか非情というか配慮の欠けた行いをしたことで小鉄少年に火が付き、目に物を見せてやろうという事で縁壱零式を使って炭治郎くんを鍛えていたのだ。

 昔お世話になった小鉄少年の父である大鉄さんが亡くなった事で小鉄少年は、しょんぼりしていたらしいが、今ではすっかり元気になっている。

 もしその場に居合わせていたら無一郎くんを窘めていたのだが、生憎と巡回中だったために立ち会うことができなかった。

 以上のことは炭治郎くんからあらましを聞いていたのだ。

 

「小鉄少年、程々にしといてあげなよ。ただでさえ、ここ数日で疲労がたまってるんだから無理させて体を壊したら意味ないだろ?」

「それはそうですが……このままではあの糞ガキを見返してやれませんよ!」

 

 ヒートアップしかけていた小鉄少年をクールダウンさせるために俺は彼の毒舌を止める。

 小鉄少年は分析力に長けてはいるのだが、如何せん戦闘面に関してはド素人だ。

 実は、初日もヒートアップし過ぎて目標をクリアできるまで絶食絶眠、おまけに水もダメというえげつない事をやろうとしていたので無理矢理止めた。

 小鉄少年に悪気がないだけに非常に質が悪かった。

 

「うちの無一郎のせいですまんな、炭治郎くん」

 

 一応同じ柱であるため、無一郎くんの行動について炭治郎くんに謝る。

 

「いえ……俺の方こそ小鉄君の期待に添えられなくて……申し訳ないです……」

 

 地面に寝そべり、息も絶え絶えになりながら炭治郎くんはそう答える。

 炭治郎くんに責はないはずなのに、どこまでも人が良い。流石は主人公というべきか。

 さて……確かこのイベントは、炭治郎くんの覚醒イベントだったはずだがどうやって覚醒したんだったか?

 鬼達の襲撃の細かい日数まで覚えていないので、できる限り早めに覚醒させてあげたい。

 縁壱零式の中にある刀イベントも控えていることだしな。

 

「うーん……やっぱりもっと追い詰めないとダメじゃないですかね。一撃与えるまでは食べ物と飲み物は抜きにした方が……」

 

 俺が今後について考えている間も、小鉄少年が鬼畜な提案をし炭治郎くんが「ヒェッ」となっていた。

 

「そうだ! せっかく柱である賽さんが居るんですから、お手本を見せてもらっていいですか? 賽さんなら余裕ですよね! 父が存命だった時も、余裕で避けてましたし!」

 

 おっと小鉄少年が曇りなきまなこでハードルがん上げしてきたぞ。

 確かに、以前修行した時は縁壱零式の攻撃を避けれはしたが、できればあんまりやりたくない。

 単純に疲れるし、万が一良い所を見せれなかったらせっかくここまで評価を上げてきたのに炭治郎くんの好感度が下がってしまう恐れがある。

 

「俺も賽さんのお手本を見たいです」

 

 うーん、炭治郎くんにまで言われてしまったら流石に断るわけにもいかんなぁ。

 折角だしあの技を見せておくか。

 

「そうだなぁ……あくまで避けるだけでいいなら。ほら、攻撃して壊れてしまったら炭治郎くんが鍛錬できなくなるしね」

 

 と、炭治郎くんをダシにして何とか自分の得意な方向へと話を持っていく。

 ひとまず2人ともそれで納得してくれたので、小鉄少年が調整し縁壱零式の前に立つ。

 久しぶりに対峙したが、すっげぇ緊張してきた。

 現在、縁壱零式の腕は5本(1本は無一郎くんに破壊された)なので以前よりは避けるのも楽だとは思うが。

 

「それじゃ行きますよ!」

 

 小鉄少年が合図をすると、縁壱零式がギギギと動き出す。

 瞬間、俺は体の表面薄皮1枚分に強く濃く気を張り、相手の動きを流れで読み取り攻撃の軌道を予測する。

 四方からタイミングをずらすように連撃がこちらへと向かってくるが、俺は最小限の動きでそれを躱す。

 その後も、縁壱零式は人間では到底ありえないような動きをし攻撃の手を休めない。

 人形であるため呼吸による動きの機微は読み辛いが、それでも避けられないものではない。

 相手の流れに身を任せ、動きを読み相手と同化し、最後には相手の動きをこちらの思うように誘導する。

 それはまるで流水のように、実体がないかと錯覚するように攻撃を全て紙一重で避け続ける。

 これは静の極みの一つであり、俺がかつて読んだ漫画にて生き残るのに使えると判断して再現した技――『流水制空圏』である。

 要約すると、この技は動きの予測によって初動を早め、回避の動作を最小限に抑えることで、本来は受ける事も目で追う事もできない強力で速い攻撃を回避するというものである。

 これに加えて、透き通る世界を発動することによりほとんどの者が俺に攻撃を与えることができないのだ。

 もっとも、かなり集中してようやく再現できるものなので長時間の使用はできない。

 ぶっちゃけ、重度の筋肉痛の原因が実はこれだったりする。

 いや、マジでしんどいのよこれ。

 

 そして、しばらく攻撃を避け続けた後、限界が来る前に戦いを終了する。

 

「――とまぁ、こんな感じだけど参考になったかな?」

「「……」」

 

 俺は額の汗を拭いながら炭治郎くん達に話しかける。

 しかし、2人は呆気に取られていたようで無言でこちらを見つめるばかりであった。

 あれ? 俺、何かやっちゃいました?

 

 しばらくして、何とか再起動した炭治郎くん達から先ほどの動きは何だと質問攻めにあったので、俺が編み出した(ということにする)技で流水制空圏だと伝える。

 

「それって、俺にもできますか?」

「いやー、これは俺が長年研鑽してようやく編み出した技だから難しいと思う。ただ、おそらく炭治郎くんなら似たようなことができると思うよ。素質もあるしね」

「素質、ですか?」

 

 オウム返しに尋ねる炭治郎くんに対し、俺は頷きながらこう答える。

 

「他人を思いやれる優しい人が扱うことができるんだよ」

 

 あと、技の名前的に水の呼吸っぽいしね。

 

 その後、俺は流水制空圏のコツを教えながら炭治郎くんの鍛錬を続ける俺と小鉄少年。

 炭治郎くんの飲み込み自体は悪くないが、やはり流水制空圏は難しいようだったが、それでも段々と相手の攻撃を避けれるようになり制空圏を身に着けるまでにはなっていった。

 制空圏は、流水制空圏の前段階でこちらは自分の間合いに気を張ることで頭上や背後など自身の死角からの攻撃も正確に察知し受け止めることができる。

 元々、炭治郎くんは鼻がよく、隙の糸とやらも察知できたので元々相性が良かったのだろう。

 

 ――そして2日後、制空圏をほぼマスターした炭治郎くんは何とか縁壱零式の攻撃を受け止め、まともに戦えるようになっていた。

 やがて、炭治郎くんは渾身の一撃を与えられるチャンスを迎えるが人形を壊してしまったらどうしようと躊躇ってしまう。

 

「斬ってー‼ 壊れてもいい! 絶対俺が直すから!」

 

 小鉄少年の方も炭治郎くんが躊躇ったのを察知したのか慌ててそう叫ぶ。

 そして、ついに……炭治郎くんの刀が縁壱零式の頸に当たるのだった。

 

「アイダッ」

 

 そのまま勢い余ってけつを地面に思いっきりぶつけてしまう炭治郎くん。

 めっちゃ痛そう。

 

「大丈夫ですか⁉」

 

 尻餅をついて痛がっている炭治郎くんの所へと慌てて向かう小鉄少年。

 

「ご、ごめん。借りた刀折っちゃった……」

 

 こんな時まで他の人の心配とか、本当に底抜けに優しいなぁ炭治郎くん。

 

「あっ⁉」

 

 炭治郎くんの所へと心配そうに駆け寄った小鉄少年だったが、縁壱零式の方を見ると思わず叫ぶ。

 先ほどの攻撃により頭にひびが入っていた縁壱零式は、やがて音を立てて崩れ去る。

 そうして出てきたのは……一本の古い刀であった。

 

「なんか出た! こここ小鉄君何か出た! 何コレ!」

「いやいやいや分からないです俺も。何でしょうかこれ‼」

 

 と、突然現れた刀にテンション爆上がりの少年ズ。

 分かる、分かるぞぉ。急に古い刀が出てきたらそりゃテンションも上がるだろう。

 正直、俺も原作知識がなかったら一緒にテンションを上げていた。

 

「賽さん! これ、何なんでしょうか! 父から何か聞いてましたか⁉」

「いや、特には何も聞いてないな。ただ……少なくとも300年以上前の刀だとは思う」

 

 息を荒くしてテンションマックスの小鉄少年が尋ねてきたので、俺はそう答える。

 確か縁壱の刀だったはず? ではあるが、それをわざわざ言う必要もない。

 というか、俺は鬼に関することはだいたい覚えているが細かい設定やらなにやらはほとんど覚えていないのだ。

 命の危機の回避に全振りした結果である。

 

 その後もテンションが高いまま会話をする少年ズだったが、折角だから刀を抜いてみようという事でドキドキしながら抜いてみる。

 が、当然のことながら古い刀で且つ一切の手入れをしていなかったのでそりゃもう錆びっ錆びである。

 そんな刀を見てあからさまに落ち込む少年ズ。

 

「いや当然ですよね。300年前とか……誰も手入れしてないし知らなかったし……すみません、ぬか喜びさせて……」

「大丈夫‼ 気にしてないよ!」

 

 そう言いながら炭治郎くんは笑顔で涙を流していた。

 俺と小鉄少年でフォローしていると、何やら重低音響く足音が聞こえてくる。

 俺達3人が足音のする方を注視していると、現れたのは上半身裸でムッキムキ、顔にはひょっとこの面を付けた変態……もとい37歳児こと蛍ちゃんであった。

 

「うわああああ⁉ 誰⁉ 鋼鐵塚さん⁉」

 

 突然の変態の登場に、テンションのジェットコースターを味わう2人。

 正直、俺も彼が来ることは分かっていたが予想以上に変態テイストなその姿にちょっとだけ引いていた。

 ちょっとだけ、というのは俺の刀の担当である鉄 阿礼(くろがね あれい)さんが似たような姿なので耐性ができていたからである。

 

「話は聞かせてもらった……あとは……任せろ……」

「何を任せるの⁉」

 

 その後、冨岡さんばりの言葉足らずを発揮し無理矢理刀を奪い取ろうとする蛍ちゃんと、必死に抵抗する炭治郎くん達でわちゃわちゃと騒ぎだすのだが……関わると面倒くさそうだったので、俺は少し離れて傍観するのだった。

 

 

 ――夜。

 蛍ちゃんとのイベントを経て、そろそろ鬼襲撃のイベントが来るなと予想した俺は炭治郎くん達に「今日は風が騒がしい、風がよくないものを運んできたようだ」と意味深な事を言って警戒するように忠告し、巡回へと出ていた。

 とりあえず、変なツボがあったら近づかずに俺の刀で遠くから叩き割ればいい。

 少しでも職人さん達の被害も減らしてやりたいしな。

 

「……居ないな」

 

 その後、しばらく巡回するも鬼のおの字も見当たらなかった。

 もしかして今日じゃなかったか? と思いながらも、残りの巡回を済ませようとした時、何かが空から落ちてきて地面へとぶつかった。

 もうもうと立ち込める砂煙が晴れると、そこには1人の男が立っていた。

 桃色の髪、上半身には罪人に掘るような刺青が施され、瞳には上弦の参の文字。

 

「逢いたかったぞ、栖笛賽ぃ……。まさかここに居るとは思わなかったが、貴様を縊り殺すのをどれだけ待ちわびたか……っ」

 

 そう、そこにはかつて煉獄さんと共に死闘を繰り広げた猗窩座の姿があった。

 

「いぃぃぃぃやぁぁぁぁぁああああああああああ!」

 

 夜空に、俺の悲鳴が盛大に響き渡るのであった。

 




――いつから鬼が2体だけだと錯覚していた?
最後のイベントをどうしてもやりたかったので、鋼鐵塚さんとのやり取りは割愛させていただきました。



流水制空圏及び、制空圏は史上最強の弟子ケンイチから引用しています。
活人拳の技と主人公の相性がよすぎる。


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ドキッ鬼だらけの隠れ里~  ポロリもあるよ~ その参

猗窩座殿と心刃合錬斬の人気に嫉妬

史上最強の弟子ケンイチは名作ですので余裕がある方は「戦え!梁山泊史上最強の弟子」からぜひ読んでみてください(さりげないステマ)

主人公である賽もバイブルにしており、特訓に梁山泊式を採用するほどです。(後付け)



「ここで会ったが100年目だな。貴様を縊り殺す日が来るのを今か今かと待ちわびていたぞ……」

 

 突然の来訪者にガチビビリしていると、猗窩座はそれはもう嬉しそうに血管をビキビキさせながら話しかけてくる。

 鬼が100年目、とかいうと比喩に聞こえないな。

 

 ……じゃなくて、少し待ってくれ、俺の記憶の中じゃこの里に来るのは玉壺と半天狗だけだったはずだ。

 いくら俺の記憶があやふやとはいえ、流石にそれは間違いない。

 原作介入している自覚はありまくりだったが、まさか今このタイミングでしわ寄せが来なくてもいいのにと神を恨んだ。

 

「……なんでアンタがここに居るのか聞いてもいいかい?」

 

 俺は、先ほどのガチ悲鳴をなかったことにしながら少しでも時間を稼ごうと話しかける。

 

「おっと、それ以上近づくな。貴様の戦い方は分かっているからな。何かやらかされてはたまらん。俺が来た理由だが……貴様らの命綱であるこの里を潰せとあの方から命令されてな。本来は玉壺と半天狗だけで良かったのだが……それほど大事な場所なら貴様が居るのではないかと思ったので同行することにしたのだ。案の定、貴様は此処に居た。俺の勘も捨てたものじゃないというわけだ」

 

 なんて嫌な信頼のされ方なんだ。これが美少女ならうっひょひょいと喜んでいたのに。

 

「玉壺と半天狗がどんな奴かは知らないが(という事にしておく)、3人で攻めてくるなんて随分と舐められたもんだな」

 

 嘘です。1人でもお腹いっぱいなのに上弦が3体とか今すぐ全面降伏して鬼になりますと懇願したい。

 

「そちらこそ舐めるなよ。3人とは言えこちらは全て上弦。その全員がお前ら人間より遥か高みに居る。貴様らが束になった所で勝てる道理はない。それだけ、人間と鬼には差があるのだ」

 

 ぃよっし! 襲来してきたのは鬼3人というのが確定した。

 ここで、さらにおかわりで童磨やお労しいお兄様まで来ていたら完全に詰みだった。

 

「でも、そんだけ差があるはずなのに撤退しましたよね?」

「俺の意志ではない! それに、貴様相手には微塵も油断はしない。全力をもってすりつぶしてやろう!」

 

 猗窩座はそう叫ぶと、構えを取り始める。

 

 今回は囮もとい盾……でもない。頼れる仲間達が居らず、俺1人で戦わなければならない。

 炭治郎くん達も今頃は玉壺や半天狗とバトっているはずだ。

 本来ならここでは誰も脱落しないはずだが、もしここで俺が猗窩座を仕留められなければ、どういう結末になるかは分からない。

 ならば、死ぬ気でこいつを止めるしかない。

 

 『影の呼吸・弐の型 写身(うつしみ)

 

 殺気や闘気に反応する猗窩座の血鬼術を逆手に取り、俺は猗窩座に向かいながら殺気のみを飛ばし相手に攻撃を誘発させる。

 

「ちっ、相変わらず掴みどころのない奴だ」

 

 猗窩座は、まんまとデコイに引っ掛かり攻撃を空振りさせると舌打ちをする。

 俺はその隙を逃さず、懐から赤い液体の詰まったガラス瓶を取り出すと猗窩座に向かって放り投げる。

 が、すぐさま体勢を立て直した猗窩座はそれをそのまま地面へと叩きつける。

 

「もしかして、攻撃のつもりか? どういう訳か知らんが、こんなもので俺……に……?」

 

 俺の投擲をあっさり弾いたことでどや顔を披露する猗窩座だったが、急に呂律が回らなくなりフラリとよろける。

 所謂、酩酊状態という奴だ。

 

「これは……なんだ……! 何をしたぁ……!」

「クックック……フハハハハ……ハァーッハッハッハ! 何をしたかだって? それを素直に言うわけないだろうがぁ! 前回の反省を生かして直接液体に触れないようにしたみたいだけど、無駄だったなぁ!」

 

 鬼同士の情報の共有を防ぐため、俺はそう叫ぶ。

 情報は共有できるが、基本的にどういう性質のものかまでは分からないはずなので、わざわざ教える道理はない。

 

 まぁ、ネタバレをしてしまえば柱である実ちゃまの血である。

 鬼にとっては至上の餌である稀血の中でもさらに特別製のものを珠世様の協力で少しばかり拝借させてもらったのだ。

 最初は嫌そうにする実弥であったが、特製おはぎを交換条件に血を頂いた。

 まぁ、普段から血が有り余ってそうだし少しくらいいいだろう。

 

 さらに、そこへ珠世様の特殊ブレンドのダメ押しである。

 実ちゃまの血が上弦に効くというのは原作でも実証済み。

 案の定、猗窩座は完全にふらついていて足取りが覚束ない。

 

 昔の偉い人は言いました。

 「相手が勝てないほど強いなら弱くすればいいじゃない」と。

 突然のエンカウントで柄にもなくクソビビってしまったが、何とかハマったようである。

 ちなみに、原作よりも早く珠世様をお迎えしたのも、対上弦用の特殊武器が欲しかったからだ。

 薬や毒の効能テストも兼ねているのでWinWinである。

 いつの時代も、知識、情報は最強の武器なのだ。

 

「貴様は……どこまで……どこまで卑怯なんだ!」

「それを鬼が言うのもどうなんだろうって思うんだ俺は。そもそもスペックに差がありすぎるんだから人間側にももう少しハンデがあってもいいと思わない?」

「訳の分からん事を……!」

 

 猗窩座は激怒しながら攻撃を繰り出しているが、酩酊状態であり精細を欠いた攻撃が当たるはずもない。

 俺は透き通る世界と流水制空圏を使い、あざ笑うかのように攻撃を紙一重で避けていく。

 

「く、そ、があああああああああ‼」

 

 そんな俺を見て益々怒り狂う猗窩座。

 いいぞ、その調子でもっと怒れ。

 怒り、というのは肉体の枷を外し、強くなる手っ取り早い手段だ。

 しかし、デメリットとして怒れば怒る程に冷静さを失い、周りを見る余裕がなくなる。

 つまり、扱いやすくなる。

 別に俺は好き好んで相手を挑発しているわけでは無い。

 俺は平和主義者なのでこうやって相手を馬鹿にするのは不本意なのだ。

 

「何故だ! 何故、貴様のその戦い方を見ているとこうも腹が立つ!」

「いや、それは知らんよ……っと!」

 

 猗窩座の攻撃を避けながら、俺は再び実ちゃま爆弾(仮)を猗窩座に向かって投擲する。

 が、流石に猗窩座も学習したのか今度はそれに触れず首だけをわずかに動かしそれを避ける。

 だけど、まだ俺というものを理解していない。

 

「えい」

 

 俺は、隠し持っていた苦無を投げると、猗窩座が避けたガラス瓶にあてる。

 バリンとガラス瓶が割れれば、先ほどの特製稀血が猗窩座に降りかかった。

 匂いだけでも酩酊状態になるのに、直にそれを浴びるとどうなるか?

 

「あ……が……?」

 

 はい、答えはデロッデロになる、でした。

 すまんな猗窩座。卑怯だというのは重々承知してるんだ。

 だけど、上弦はクソゲー難易度なのでこれだけしないと勝てる気がしない。

 俺の未来の為にここで死んでくれ。

 フラフラの状態になっている今がチャンスとばかりに俺は刀を構え、影の呼吸を発動し頸を斬ろうと――。

 

 ガサリ。

 

 ――した所で茂みから人が出てくるのを見て一瞬止まってしまう。

 ひょっとこの面を被っているので、おそらくはこの里の職人さんで里の方から逃げてきたのだろう肩で息をしていた。

 しかし、それがいけなかった。

 

「ガァァァ!」

「ひいいええええええ⁉」

 

 酩酊状態にもかかわらず、猗窩座は新たに現れた人物に目を向けるとそのまま雄たけびをあげながら襲い掛かる。

 そして、職人さんの方は戦いに関してはズブの素人なので避けれるはずもない。

 気づけば俺は駆け出し、猗窩座の前に飛び出していた。

 

「貴様なら必ず助けに向かうと信じていたぞ! 攻撃が当たらぬなら当たるようにすればいい! ――破壊殺・乱式」

 

 邪悪な笑みを浮かべながら、広範囲にわたる攻撃を繰り出してくる。

 最初はその全てを刀で弾く俺だったが、無理な体勢で間に入ったため刀に亀裂が入り、砕け散ってしまう。

 

「ははは! ついにその忌まわしい刀が壊れたな! 死ねぇ!」

「――いつから、武器がもう無いと錯覚していた?」

 

 とどめの一撃と言わんばかりに拳を放つ猗窩座だったが、おそらく誰もが「あ、そんなのもありましたね」と言うであろう両手に装着した籠手から刃を飛び出させ、猗窩座の胸を貫く。

 が、それでも勢いを殺しきれなかったのかビキリと胸に痛みが走る。

 おそらく猗窩座の攻撃により肋骨が露骨に折れている。

 

「次から次へと……貴様は吃驚箱(びっくりばこ)かぁ!」

 

 自身の胸に突き刺さった2本の刃をへし折ると、俺を職人さんごと蹴り飛ばす。

 

「ガハッ⁉」

 

 職人さんを庇うのを優先したため、俺はもろに木にぶち当たってしまい吐血する。

 あーくそ、めちゃくちゃ痛ぇ……なんで俺がこんな目に遭わんといけないんだ。

 それもこれも、全部無惨って奴の仕業なんだ……おのれ、ゆるせん……。

 などと、痛みのあまり思考がまとまらない。

 このままでは殺される。

 死を覚悟し始めた時、ついに(・・・)猗窩座に変化が訪れた。

 

 病的なまでに白かった肌には血の気が戻り肌色に……桃色だった髪の毛は黒へと変化していく。

 これぞ、特製稀血爆弾の真骨頂である。

 珠世様の特製ブレンドとは、つまりは人間化薬だ。

 効果が出るまで時間がかかったが効いてくれたようで何より。

 

 もちろん、まだ試作の段階なので効果も長続きせず一時的なものだ。

 それでも、相手を弱体化させるという点においては間違いなく最強の効果だろう。

 

 ここで、先ほどの言葉をあえてもう一度言わせてもらう。

 「相手が勝てないほど強いなら弱くすればいいじゃない」と。

 人間化する時間はさほど長くない、すぐに効果が切れるだろう。

 ならば今のうちに頸を斬らねばと、俺は痛みに耐えながら立ち上がる。

 妙に体が熱くなってきているような気がするが、たぶん怪我の影響かなんかだろう。

 

「ぐ、あ、が……あ、頭が割れそうだ……。くそ、誰だ……俺の頭の中に居るのは……」

 

 俺が立ち上がり態勢を整えていると、何やら俺の予想していなかったリアクションを取る猗窩座。

 

「やめろ……! そんな目で俺を見るな……俺は……俺は……恋……っ」

 

 その後、空に向かって吠えたかと思うと猗窩座は、里から離れるように逃げ去っていった。

 先ほどから聞こえてくる戦いの音とは別の方向に逃げたので、おそらくは戦場から離脱したのだろう。

 

「なんかよくわかんないけど……助かったのか……?」

 

 痛みで思考が纏まらないが、ひとまず助かったとみて間違いないだろう。

 どうして猗窩座が急に逃げ出したのかは分からない。

 もしかしたら無惨からクソリプでも飛んできたのかもしれない。

 

「あ、そうだ……職人さんも安全な場所に、連れ……連れれ……?」

 

 倒れている職人さんの所へ向かおうとしたところで、目の前の視点が暗転しそのまま意識を手放してしまうのだった。




この展開をどうしてもやりたかったので、薬関係はご都合主義という事で一つ……(丸投げ)


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マモリキレタヨ

前回、薬についての感想がいくつか見られましたので、今回の話で補足を入れています。
一応、前から考えてはいましたが自分なりの解釈マシマシですので、解釈違いあった場合は何卒ご容赦お願い致します。



 目が覚めると、目の前では美少女が俺の顔を覗き込んでいた。

 あぁ……ここが天国か……。

 どうやら、猗窩座との戦いで俺はついに命を落としたらしい。

 悔いが無いと言えば嘘になるが、それなりに充実した人生を送ったのではなかろうか。

 ――と、ボケるのはここまでにしておこう。

 ここは天国ではないし、死んでもいないというのは俺の胸の痛み(恋じゃないよ)が現実だと告げていた。

 よくよく相手の顔を見てみれば、どうやら禰豆子ちゃんのようだった。

 この世界に転生してからは口枷を付けた状態の禰豆子ちゃんしか見たことなかったので、気づくのが遅れてしまった。

 そして、禰豆子ちゃんはというと俺が目が覚めたのを確認すると花が開くようにパッと笑う。

 うーん可愛い。妹にしちゃいたいくらいだ。もちろん、炭治郎くんの事も好きなので一緒に弟にしたい。

 

「賽、起きた。良かったねぇ」

 

 と、禰豆子ちゃんは笑みを浮かべたまま俺の頭を撫でてそんな事を言う。

 

「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!」

 

 突然喋りだした禰豆子ちゃんを見て、俺が思わずハッキョーセットになってしまったのは仕方のない事だと思う。

 

「っ⁉ ぐぉぉぉぉ⁉」

 

 しかし、叫んだのがいけなかったのか俺の胸にズキンと尋常じゃない痛みが襲い悶絶する。

 

 そうか、隠れ里編を終えたから禰豆子ちゃんが次の段階に移行したのか。

 禰豆子ちゃんがこの状態という事は、炭治郎くん達も原作通り無事に上弦2体を倒すことができたのだろう。

 あとは、他の皆も無事だと良いのだが……。

 

「何、今のきったない高音の悲鳴は!」

 

 俺の悲鳴を聞きつけたのか、ドタドタと慌ただしい足音が聞こえたかと思えば、しのぶが部屋へと乱入してくる。

 

「あ、しのぶじゃん。しのぶが此処に居るって事は、もしかして蝶屋sぐえぇ」

 

 見知った顔を見たことで俺は安心しつつもそう話しかけようとすると、突然しのぶに抱きしめられる。

 

「し、しのぶ? ちょっと、お兄さん胸が痛いなぁ……なーんて」

 

 ズキズキと痛む体に耐えながら、俺はしのぶにそう話しかける。

 しかし……、

 

「馬鹿……心配したんだから……っ」

 

 と、大粒の涙を流しながら熱烈なハグをしてくるしのぶに何も言えなくなってしまう。

 

「……心配かけて悪いな」

「まったくよ……賽が重傷で運ばれたって聞いたときは、気が気じゃなかったんだから……。姉さんなんかお百度参りをするって言って聞かなかったのよ。もちろん止めたけど」

 

 おっとそいつは止めて正解だったな。

 それにしても、少し大袈裟過ぎやしないだろうか。

 確かに大怪我ではあるが、命に別状はないというのは医学に詳しいしのぶならすぐに分かるだろうし、珠世様もうちの屋敷に常駐している。

 なので、ここまで心配するようなことではない。

 むしろ、上弦に遭遇したにしては奇跡レベルの怪我だ。

 

 ちなみに、俺は2日ほど眠っておりあばらの骨が折れていたらしい。

 

「だってあなた……今まで鬼と戦って怪我したことなかったじゃない……」

 

 と言われてしまえばぐうの音も出なかった。

 

「しのぶ、だい、だいじょうぶ? よしよし」

 

 泣いているしのぶを慰めようと、禰豆子ちゃんはたどたどしくも童子をあやすような優しい口調でしのぶに話しかけながら頭を撫でる。

 うーん、天使かな? 天使だったわ。

 

「ふふ、ありがとう。禰豆子ちゃん」

 

 禰豆子ちゃんの行動が功を奏したのか、しのぶは自身の涙を拭うと禰豆子ちゃんに笑いかける。

 禰豆子ちゃんもしのぶが泣き止んだと分かると満足そうに笑っていた。

 うふふ、あははと微笑ましい時間に癒されるが、ふと部屋の入口で気まずそうに佇んでいる珠世様と目が合った。

 

「すみません、仲睦まじい所をお邪魔してしまいまして。賽さんが目覚めた様子でしたので話を聞こうと……お邪魔でしたら、また後で伺いますが……」

「いえ! 話しましょう! 大丈夫です! な、しのぶ!」

「え、えぇえぇ! 大丈夫ですよ珠世さん! はい、話しましょう!」

 

 珠世様の気遣いに対し、俺達はお互いに顔を赤くしながら必死に話を進めようとするのだった。

 

 

「そうですか……上弦の参を逃がしてしまいましたか」

「すみません、あと一歩のところだったんですが……やはり、無惨は抗体を作って対策してきますかね?」

「いえ、それならば然程問題ではないと思います」

 

 不安そうに尋ねる俺に対し、珠世様は首を横に振る。

 

「毒や薬の成分に対してそれを分解、打ち消す抗体を作ることはできるでしょうが、どういう効能かまでは無惨は知ることができません。なので、そもそも人間に戻す薬とさえ認識できておらず、情報を共有したとしても、弱体化する薬程度にしか考えていないはずです。無惨は、人間に戻す薬があるとすら思いもしないでしょう」

 

 もっとも、自分と別れた後に知識を高めていたら分からないが可能性はかなり低い、と締めくくる。

 頭無惨ェ……。

 

「今回、賽さんにお渡ししたものは試作品ですし、抗体を作られたとしても完成品はまた別の成分となるので悲観することはないです」

 

 それを聞いて俺はホッとする。

 勿論、楽観視し過ぎるのもよくはないが、確か原作でも老化の効果までは分からず珠世様の細胞の記憶を読んでようやく理解していたので案外大丈夫かもしれない。

 というか、そう自分に言い聞かせないと俺の精神が保たない。

 

 その後、猗窩座に稀血爆弾を使用した際の効果や、量産は可能かや改善についてなどしのぶを交えて話していると、俺に会いたいという客人が居るというのでここまで来てもらうことにする。

 

「申し訳ございませんでしたぁ!」

 

 ひょっとこの面を被ったその客は、部屋に入るなり思わず感心してしまうほどの綺麗な土下座を披露する。

 なんでも、俺と猗窩座が戦っている時に助けてもらったのが彼……藻武鉄(もぶてつ)さんだという。

 里が襲われ、大根……もとい大混乱でしっちゃかめっちゃかに逃げていたらあの場に出てきてしまったのだという。

 

「鬼を逃がしてしまっただけではなく、我らの希望である柱様に大怪我を負わせてしまい、なんとお詫び申し上げれば……こうなれば、腹を切ってお詫びを……」

「では、私が介錯いたしましょう」

 

 藻武鉄さんの言葉に、しのぶが敬語でそんな事を言いだし始めたので「しのぶ、ステイ」と大人しくさせる。

 

「藻武鉄さん……でしたっけ? そんなに謝らなくていいですよ。俺は気にしてませんから」

 

 猗窩座を取り逃がしてしまった事は確かに痛いが、それよりも人命優先である。

 皆を死なせないと誓った以上は、救える命は救いたい。

 

「それよりも、藻武鉄さんは怪我とか大丈夫でした? あとは、里の人達も」

「はい、お陰様で無事でございます! 里の者も、怪我人は大勢居りますが、奇跡的に死者は出なかったです。それも、柱を始め、鬼殺隊の皆さまのお陰です!」

 

 藻武鉄さんの言葉を聞き、俺は安堵する。

 頑張った甲斐があるというものだ。

 ついでに、しのぶから鬼殺隊の状況も聞くと、やはり皆怪我はしているものの死者はいないというので最良……とまではいかないものの、それなりにいい結果だろう。

 

「今回、賽様には到底返しきれぬ程のものを頂きましたので、少しでも恩を返したいと思いますので、私にできる事でしたら何なりとお申し付けくださいませ!」

「ふむ……」

 

 なんでも、というのは魅力的な言葉ではあるが実は一番困る言葉でもある。

 選択肢が多すぎると、逆に思いつかなかったりするのだ。

 とはいえ、何も要らないと言っても藻武鉄さんは納得しないだろうし、彼の精神的負担を軽減するためにも要望は出した方がいいだろう。

 

「あ、じゃあちょっと作ってもらいたいものがあるんだけど」

 

 俺は、前から「これって作れないかなぁ?」と思っていたとあるアイテムの構想を伝える。

 

「ふむふむ……分かりました! この藻武鉄、全身全霊をかけて賽様のご恩に報いるためにも頑張らせていただきます!」

 

 藻武鉄さんはそう言って自身の胸をドンと叩くと、最後に深々と頭を下げて、早速頼まれた仕事をしようとその場を後にするのだった。

 

「まったく……賽は甘いんだから」

「あれでいいんだよ。ここで許さないと、俺が文字通り命を賭けて助けた意味がなくなっちゃうしね」

 

 俺自身がそれほど怒っていないというのもあるが。

 まぁ……お館様はともかくとしてイグッティと実ちゃまからは鬼を逃がしたことで色々言われるんだろうなぁ……あ、胃が痛くなってきた。

 

 

 ――それから3日後の夜。

 絶対安静という事で俺は暇を持て余していた。

 怪我で動けない俺の代わりにしのぶが担当地域の警邏に出かけており、カナエさんは俺の代わりに事務仕事をしている。

 炭治郎くんは未だ昏睡状態で、善逸と伊之助も任務で居ない。

 つまり、皆忙しくて俺の相手をしている余裕がないのだ。

 

 最初は、怪我にかこつけてサボれるぜヒャッハー! って感じだったのだが娯楽も何もないので飽きるのは早かった。

 

「あー、何かあっと驚くようなことでも起きないかなぁ……」

 

 俺が禰豆子ちゃんを撫でながらそんな事を呟いていると、俺に客人が来ていると使用人に言われる。

 藻武鉄さんかなとも思ったが、どうやら違うらしい。

 顔や全身に包帯を巻き和装に身を包んだ怪しさ満点の男だという。

 門前払いをしようかとも思ったが、俺に会うまでは帰らないと頑なで、不気味でもあったので申し訳ないが俺に対処してほしいとの事だった。

 俺は痛む体に鞭をうちながら玄関へと向かう。

 部屋に招き入れても良かったのだが、万が一皆を巻き込んだりしたら大変だからな。

 外に出てみれば、なるほどこれは確かに怪しい。

 立ち居振る舞いに隙は無く、不審者丸出しで警戒度MAXなのだが、不思議と敵意や害意は感じられなかった。

 

「アンタかい? 俺に用事があるっていうのは」

 

 俺が声をかけると全身包帯男はこちらへと振り向き口を開く。

 

「貴様を探すのにえらい時間がかかったぞ。まぁ……元気そうで何よりだ」

 

 聞き覚えのある声に俺はドキリとする。

 まさか……そんなのありえない。

 そう自分の中で否定するも、男はシュルシュルと顔の包帯を取って自分の素顔を露にする。

 

「栖笛賽、貴様に話がある」

 

 目の前には、数日前に死闘を繰り広げた猗窩座の姿があった。

 思わず悲鳴を上げようとしたところで胸の激痛により悶絶したのは言うまでもなかった。




猗窩座殿おかわり


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おれはしょうきにもどった!

前回の話は、解釈に無理があるだろと突っ込まれるかと戦々恐々でしたが、皆さんが無惨に絶大の信頼を寄せていて納得していたので笑いました。

鬼になると知性デバフ説は、実際に記憶を失ったり明らかに知性が下がっている下級鬼も居たので割とアリなんじゃないかと思います。
俺が考えたことにしますね。


「さて、それじゃあ諸々と話を聞かせてもらおうか。まず、なんで蝶屋敷を見つけられた」

 

 蝶屋敷から離れた場所で、俺は猗窩座に尋ねる。

 隠れ里ほどではないとはいえ、それなりに隠蔽工作をしており鬼からは分からないようにしていたはずだ。

 少なくとも、俺が蝶屋敷に来てからは一度も鬼による襲撃はない。

 

 流石に敵意はないとはいえ流石に蝶屋敷に招き入れる訳にもいかなかったため、人気のない場所まで移動したのだ。

 万が一のことを考え、もし俺がこのまま戻らなかったら全てを投げうってでも逃げろと蝶屋敷の皆には伝えてある。

 正直、今の俺では抵抗する間もなく猗窩座に殺されるだろう。

 俺にできることは、こいつの機嫌を損ねないように話をすることだけだ。

 

「……鬼舞辻無惨が貴様を警戒していた。貴様を脅威だと認識していた奴に、居所を突き止めよと命令されたので探っていた。俺も、丁度貴様を殺してやりたかったし……、まぁ、丁度良かったんだ。もっとも、奴は情報が確定しないうちから嬉々として報告しようとするなと言っていたから、まだこの場所は奴には知られていないがな」

 

 ……まーじでー? 俺って、そんなに無惨に警戒されてたの?

 いやまぁ、よくよく考えると上弦3体相手にして生き残っている時点で警戒対象になるっちゃなるか。

 居場所が割れたことに関しては、つい先日も安全だと思われていた隠れ里が発見されたことを考えると納得である。

 無惨の頭が無惨だったお陰で命拾いしたので内心ほっとする。

 もし、無惨がもう少し狡猾であれば、今頃蝶屋敷は地獄絵図になっていただろう。

 

 ちなみに、先ほど猗窩座がサラッと無惨の名前を言っていたが、実は俺との戦いの後にどういうわけか呪いが外れたという。

 鬼舞辻無惨という男は酷く臆病で、配下の鬼から自分の名が漏れることを極端に恐れる。

 故に、自身の名を外で発することを禁じ、もし言ってしまえば体に刻まれた呪いが発動し、その鬼はたちどころに死んでしまう。

 だが、目の前の猗窩座は死ぬ気配がまるでない。

 呪いが外れているというのは確定と見ていいだろう。

 

「ちなみに、この後報告でもするつもりか?」

「ふん……奴にわざわざ報告する義理などない。むしろ、俺は奴をぶち殺してやりたい気分だ……」

 

 猗窩座はそう答えると、無惨の事を思い浮かべているのか殺気を漲らせる。

 

「――ずっと、頭の中には霧がかかっていた。何故強さを求めているのかもわからず、俺はひたすらに強さを極めようとしていた」

 

 そして、自分を落ち着かせた猗窩座はポツリポツリと語り始める。

 

「賽、貴様の戦い方を見ても、何故こんなに腹が立つのかと思っていた。その理由も分からない自分にもイラついていた。だが、貴様と戦った時、どういうわけか人間の時の記憶を唐突に思い出し、得心が行った。貴様の卑怯な戦い方は、忌まわしいあいつらを彷彿とさせたんだ」

 

 そして、猗窩座の口から原作でもあった悲しい過去が語られる。

 自分の生い立ちや父親の事、そして恋雪との出会い……悲しい事件、無惨との出会い。

 こうして、本人から聞くとほんとに悲しくなってくる。

 

 ……ていうか、猗窩座の昔話を聞くと俺って思いっきり地雷踏みまくってんな。

 そりゃ猗窩座も切れるわ。

 恋雪が死んでしまったというのは覚えていたが、流石に細かい部分は覚えていなかったので申し訳なくなってくる。

 

「えっと……なんかすまん……」

「後で思いっきり殴らせろ。そうしたら許してやる」

 

 やめてください、死んでしまいます。

 いや、比喩とかじゃなく上弦パワーで殴られたらマジで死ぬ。

 

「冗談だ。全てを思い出したと同時に、よくも思い出させてくれたなと貴様に殺意も沸いた。だが……それよりも無惨にまんまと踊らされた弱い自分に腹が立った。潔く死を選ぼうとも思ったが、それよりもまずは、俺を鬼にしあの人達との約束を長い間破らせた無惨を殺したい!」

 

 語気を強めながらそう語る猗窩座……いや、狛治はこちらへと顔を向ける。

 

「だが、俺だけでは奴を殺すことは無理だ。こんな事を頼めるのは貴様しかいない。頼む、俺に協力してくれ」

 

 狛治はそう言って頭を下げる。

 もしかしたら、これは演技かもしれない。人間の記憶を取り戻しただけで、本性は猗窩座のままかもしれない。

 油断させて俺を隙あらば殺そうとしているのかもしれない。

 

 疑いだせばキリがないが……俺は、狛治が嘘を言っているようには見えなかった。

 

「勿論、人間の時にも幾人もの命を奪い、記憶を失くしていたとはいえ、鬼になってから何人もの人間を殺してきたから許されようとは思っていない。目的を果たした後は、俺も殺せ」

 

 その言葉を、俺は信じたかった。

 勿論、狛治の過去にも同情するし可哀想だとは思うのも事実ではあるが、人間の感性を持ちながらほぼ不死身のチートスペックという現状での最高戦力を手放すのは惜しいという打算もあった。

 まぁ、そういった考えから俺は狛治に協力してあげたい。

 

「ちなみに……なんで俺なんだ?」

「俺と2度も戦い生き残った貴様を認めたからだ。俺の知る限りではお前は間違いなく強い。そして……俺のような悪鬼羅刹相手でも公平に判断してくれるだろうと思ったからだ」

 

 そう言われると、否とは言えなくなるなぁ。

 

「話は聞きました!」

「どわっ⁉」

 

 俺と狛治が話していると、どこに潜んでいたのかカナエさんとしのぶが唐突に現れる。

 俺と狛治の気配察知能力をすり抜けるとは、中々やるな……。

 

「猗窩座……いえ、狛治さん! 苦労されたんですね! 大丈夫です、私はアナタの味方です!」

 

 カナエさんは先ほどの狛治の過去話を聞いていたのか、ダバダバと涙を流しながら狛治の両手を握る。

 狛治はカナエさんの行動に困惑しながら、俺の方を見て助けを求めてくる。

 カナエさんはそういう人なんだ、諦めろ。

 

「ていうか2人とも何でここに……?」

「何でここにじゃないわよ。警邏から帰ってみれば屋敷が何やら慌ただしいし、理由を聞いてみれば賽が逃げろって指示したっていうし、心配だから追ってきたんじゃない」

 

 俺の問いに対し、しのぶが憤然としながら答える。

 

「それで、足手まといになるかもしれないけれど、私でも力になれるかもってついてきたのよ。そしたら狛治さんの悲しい過去! これはもう協力するしかないって思ってね」

「……私は納得してないけれど、姉さんと賽がやるっていうなら、仕方ないけど協力してあげるわ」

「……ねぇねぇ、賽くん。これって賽くんが前に言ってた……」

「ええ、ツンデレですなカナエさん」

「誰がツンデレよ! 姉さんも、賽の変な言葉に毒されないでよ!」

 

 俺とカナエさんがしのぶの反応を茶化しているとしのぶが怒鳴る。

 

「とても鬼殺隊には見えないほどに賑やかな奴らだな」

 

 そんな俺達の様子を見て狛治が話しかけてきたので、俺は「だろ?」と自慢気に答える。

 

「賽……貴様は、大事な人を守り抜け」

「あたぼうよ」

 

 かくして、偶然に偶然が重なり狛治という最高戦力が仲間になる事になった。

 だが、彼を完全に仲間に迎え入れるためにはとある高すぎるハードルを越えなくてはならない。

 

 俺は、これから参加しなければならない柱合会議のことを考えるだけで胃が痛くなってくるのだった。




狛治さん味方ルートはどうしてもやりたかった展開です
こればかりは誰にも譲れません(`・ω・´)
好きなんです、狛治さん……


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チュウゴウロンパ

狛治さんが安定の人気すぎる
正直、鬼の中であの人だけ過去が別格な気がします。
別な意味で別格なのは唯一過去が明かされていない玉壺


「ぐるあああぁぁぁ! 放しやがれぇぇぇぇ! 頸を斬らせろぉぉぉぉ!」

 

 産屋敷邸にて、とても人間とは思えないような獣の咆哮が響き渡る。

 その声の正体を探るまでもなく、実弥だというのは誰もが理解できた。

 

 俺達は今、緊急の柱合会議の為に産屋敷邸に集合していた。

 本日の議題は2つ。

 日光を克服した鬼……つまりは禰豆子ちゃんの存在により近づいてくる大規模な総力戦への準備、そして猗窩座こと狛治の処遇についてであった。

 そのため、俺達柱のほかに狛治とサポート役として珠世様も参加していた。

 

 最初は狛治の存在は隠そうと思ったのだが、いざ戦う時にいざこざが起きても仕方がないのであらかじめ柱の賛同は得ておこうと思ったのだ。

 

 んで、狛治を紹介した途端に実弥が狂った獣のように吠えまくり狛治に襲い掛かろうとしたところで、悲鳴嶼さんに取り押さえられている。

 流石は柱一の怪力だけあり、実弥が暴れるも悲鳴嶼さんは微動だにしない。

 実弥は正直予想通りの反応だが、他の柱については3度目の鬼という事もあり表面上は平静を保っている。

 

「実ちゃま、まず話をしたいから……「うるせぇ! 何が話だ! 聞けばそいつは上弦」……(さね)

 

 いつまでも聞く耳を持たない実弥に対し、俺は業を煮やして怒気を放ちながら名前を呼ぶ。

 俺のただならぬ雰囲気を感じたのか、実弥はようやく大人しくなった。

 禰豆子ちゃんや珠世様の時も同じように会議を開いたが、2人は原作でも許されていたので俺も特に真剣にはならなかった。

 だが、今回は違う。

 元上弦の参である狛治の加入は、完全に原作と乖離している展開の為、どういう結果になるか予想がつかない。

 狛治が加入するというだけで大幅なメリットが得られる以上、俺も今までになく本気で取り組む必要があるのだ。

 流石に今回はふざけている余裕はない。

 

「……どうやら、みな話を聞く準備ができたようだね。賽、話を」

 

 ようやく静かになったのを確認すると、お館様が先を促す。

 ちなみに、本来ならもっと病気が進行しており会議に参加すらできなくなっていたはずの彼は、珠世様を早めに加入させたお陰で病気の進行を原作よりも大幅に遅らせている。

 故に、こうして会議にも参加できているのだ。

 

 俺は周りを見渡すと、今回の経緯を話すことにする。

 事の発端は、俺が狛治に対して試作の人間化薬を使った事に起因する。

 試作であるため効果時間は短いものの、一時的に人間に戻った狛治は人間の頃の記憶を取り戻した。

 また、鬼ではなくなったことにより無惨の呪いも外れ、完全に自由になったので自分をこんな風にした奴に復讐をしたいという事を伝えた。

 ちなみに、狛治の呪いが外れて無惨の監視がない事は珠世様に確認済みである。

 でなければ、鬼殺隊の本拠地である産屋敷邸にも連れてこれなかったしな。

 

「それを信用しろっていうのか? 派手にうさんくせーな」

 

 耳をほじりながら宇髄がそう言う。

 まぁ、彼の言い分も分からなくはない。

 俺は、原作知識という最大のアドバンテージがあるので狛治の言う事を信じることができるが、他の人から見れば鬼が狡猾にこちらを騙そうとしているようにしか見えないだろう。

 しかも、上弦の参とくれば猶更だ。

 禰豆子ちゃんや珠世様はともかくとして、狛治は猗窩座時代に今の地位に昇り詰めるために数えきれないほどの人間を殺してきた。

 鬼殺隊である以上、それは看過できない。

 

 故に、俺は狛治の過去とこれからの条件に付いて説明する。

 まず、これが期間限定の協定で目的を果たせば遠慮なく頸を斬っていいということ。

 俺らが(正しくは俺と鬼以外が)知りえない鬼の情報を全て開示すること。

 鬼殺隊の戦力強化に全面的に協力すること。

 

 これらは、全て狛治本人に許可も得ている。

 その前報酬、というわけではないが無惨を殺せばすべての鬼が死ぬ、という情報が伝えられた。

 

 もちろん、それは俺も知っていたが迂闊にそれを言う訳にはいかない。

 他の鬼の情報についてもそうだが、俺は知りすぎてしまっている(・・・・・・・・・・・)

 大半の者は俺の情報収集能力が凄いだけと思ってくれるかもしれないが、中にはそれを不自然と感じる者も居るだろう。

 そして最悪の場合、俺が鬼と通じていて嘘の情報を流しているのではないかと考え「いよいよもって死ぬがよい」と問答無用で殺しにかかってくる奴もいるかもしれない。

 流石にそれは考え過ぎと思われるかもしれないが、実際に実行しそうな奴を俺は知っている。

 本人の名誉の為にも本名は伏せるが、最初が「さ」で最後が「み」の名前が3文字の柱である。

 

 それ故に、狛治経由で鬼情報を共有できるというのは非常にありがたいのだ。

 

「ちょっと待て! 鬼舞辻無惨を倒せば全ての鬼が死ぬという事は、最初の条件と矛盾するのではないだろうか!」

 

 とは煉獄さんの言葉。

 

「それは、私から説明しましょう。全ての鬼、とは言いましたがあくまで鬼舞辻無惨の呪い、つまりは繋がりのある者だけになります。故に呪いの外れた私と愈史郎やそこの狛治さん。それと禰豆子さんは対象外となります」

「なるほど、了解した珠世女史!」

 

 珠世様の言葉に納得したように頷く煉獄さん。

 もっとも、先ほどの説明はあくまで俺と珠世様の推測である。

 うろ覚えではあるが、珠世様由来の愈史郎が現代まで生きていたはずなので無惨の繋がりがなければ生き残るのだろうという結論になった。

 もっとも、実際は違うかもしれないがそれをわざわざ言う必要はない。

 

「情報の真偽についてはどうすんだ? そこの鬼から情報を得たとして、どうやってそれが正しいかどうかを判断する? 間違っていた場合、俺達の方が追い込まれることになるぞ」

「それは、信じてもらうというほかない。勿論、鬼である俺のことを信じられないというのは重々承知している。だが、生憎と俺には証明する手立てがない」

 

 宇髄の言葉に狛治はそう答える。

 ま、そうだよな。正しいっていう証拠がなければ、信じようがない。

 俺だけが、狛治の言葉が真実だと分かっているのだ。

 

「そこはほれ……狛治を信じる俺を信じろ」

 

 と、言うしかないだろう。

 俺の言葉を聞いた宇髄は、それ以降考えこんでいるのか黙ってしまう。

 

「わ、私は信じるわ! だって、狛治さんがあまりにも可哀想だもの! このままじゃ、恋雪さんにも顔向けできないだろうし……」

 

 と、最初に名乗りをあげたのは蜜璃ちゃんだった。

 恋柱の名を冠するだけあり、狛治の悲恋に心動かされたのか涙目であった。

 ……まぁ、蜜璃ちゃんならそうなるだろうと思いわざわざ過去の話をしたんだけどな。

 ずるいと思われるかもしれないが、今回ばかりはあらゆる手を使わせてもらう。

 

「僕も……別にいいよ」

 

 さぁ次は誰を陥落させようかと考えていたところで無一郎くんが名乗りだす。

 正直、彼は一番行動が読めなかったので完全に想定外だ。

 

「炭治郎がね、賽を褒めてたんだ。尊敬できる人で、一番信頼できる人だって。彼がそう言うなら僕も信じてみるよ」

 

 た、炭治郎----!

 この場には居ない少年のナイス過ぎるアシストに俺は心の中で感謝する。

 もう、これは「お前、弟決定な」と禰豆子ちゃんと共に俺の身内にするしかあるまい。

 目が覚めたら盛大に撫でまわしてやろう。

 そして、無一郎くんを皮切りに他の柱も次々と名乗りを上げる。

 

「……仕方ねぇ。俺も賛成してやるから派手に感謝しろ。情報っていうのはいつの時代も最大の武器だ。そこの鬼は信用できないが、賽、てめぇの言葉なら信頼してやる」

「うむ! 俺も正直、彼のことは信用しかねるが、無限列車で出会った時の邪気は確かに感じられん! 真に改心したという賽の言葉は信じるとしよう! もっとも、裏切ったと分かれば即頸を斬らせてもらうがな!」

「それで構わん。疑わしいと思えばいつでも俺の頸を斬れ」

 

 宇髄と煉獄さんという頼りになる柱ツートップも賛同してくれて非常に心強い。

 もっとも、狛治というよりも俺を信用してとの事だったが、狙ったわけでは無いが2人の信頼度を上げていて良かったと思う。

 残るは、何を考えているか分からない冨岡さん、イグッティに悲鳴嶼さん、絶賛否定中の実ちゃまとなる。

 

「俺は反対だ。そもそも鬼というのは信用できん。正直に言ってしまえば、そこの女鬼も俺は信じていない。賽、お前に関しても何故これほどまでに鬼に肩入れするのかが理解できない」

 

 とグチグチと否定するイグッティ。

 

「俺も当然反対だ! 百歩譲ってあの平隊士が連れていた鬼は人を喰った事がねェというからまだ分かる。そこの女鬼もお館様から招致したというから納得する。だが、そいつだけはダメだ。今までどれほどの人間を喰ったか分からねぇ。そんな鬼と共闘なんて反吐が出る!」

 

 当然ながら、実ちゃまも忌々しそうにしながらそう否定する。

 悲鳴嶼さんに関しては迷っているようで無言を保っていた。

 イグッティは面倒くさいので、口説き落とすなら実ちゃまだろうな。

 

「なぁ、(さね)。お前が殺したいのは目の前の鬼か? それとも倒せば全ての鬼も死亡する無惨か?」

「あぁ? そりゃ無惨をぶっころしてェに決まってんだろうが!」

「なら、目の前の鬼には目を瞑ることはできないか? 俺達は、鬼の情報を何も持っていない。今まで、そのせいで何人の隊士が無駄死にしてきた? 何人の柱が上弦に敗れてきた? 宇髄も言っていたが、情報ってのは最大の武器なんだよ。お前は、その武器無しで勝てるっていうのか?」

「当たり前だろうが! 鬼は全て殺す! 目の前の鬼も見逃さねぇ! 無惨も殺す! そのために俺は柱になったんだ!」

 

 なおも頑なに認めようとしない実弥。

 

「煉獄さん」

「なんだ!」

「狛治と対峙した時、もし俺が居なかったら1人で勝てましたか?」

「勝てる! ……と言いたいが、本音を言えば無理だな。朝まで耐えることはできただろうがおそらく死んでいただろう! なので、賽が居て助かったと言える!」

 

 俺の問いに対し、異様なまでに堂々と答える煉獄さん。

 

「蜜璃ちゃん、無一郎くん。上弦の肆と伍は楽勝だった?」

「楽勝じゃなかったわ。炭治郎君に言われるまでどんどん増える鬼なんて知らなかったもの。皆で協力しなきゃ多分死んでたわ」

「僕も、正直記憶を取り戻さなかったらあのまま死んでた可能性があるかな……。たまたま相性が良かっただけ。賽みたいにほぼ無傷で生き残るのは流石に無理だと思う」

 

 蜜璃ちゃんと無一郎くんの答えに俺は満足しながら頷く。

 

「そんなわけで、上弦の肆と伍ですらこの結果だ。参ともなれば、うちの柱の中でも上位の煉獄さんですら敵わない。そして、残りは上弦の壱と弐、そして首魁の無惨。はい、これを踏まえて改めて聞くけど情報なしで勝てると思うか?」

 

 実弥は、上弦と出会ったことがないため、どこか鬼を舐めている節がある。

 実際に上弦と戦った者の話を聞き、彼は黙ってしまう。

 さらに細かく言えば鳴女も上弦になっているし、誰か補充している可能性もあるが確定情報ではないので言わない。

 

「ちなみに、冨岡さんと悲鳴嶼さんはどうです?」

「俺には……関係ない」

 

 俺の問いに対し、冨岡さんは言葉少なにそう答える。

 一見、非常に投げやりな答えに聞こえるが、確かこのころの冨岡さんは自分は柱に相応しくないと拗らせているはずなので実際は「(自分は柱じゃないし、このような重要な会議に参加する資格はないので)俺には関係ない」と言ったあたりだろう。

 ……めんどくせぇ!

 

「正直に言うと、私も基本は認めたくない。だが……賽には獪岳について世話になったし、先ほどの話を聞く限り、勝率を少しでも上げるにはこちらが折れねばならぬというのも理解した。故に、私は……賛成だ」

 

 あくまで、賽の言葉を信じる、と付け加えて悲鳴嶼さんも賛成する。

 これで過半数の賛成を得られたことになる。

 めんどくさいので冨岡さんも勝手に賛成側に入れておく。はっきり言わないのが悪い。

 そのことを言ったら「え」って顔をしていたが肯定も否定もしなかったので無視である。

 

 さて、残りはイグッティと実ちゃまだが……。

 俺は、ふと名案を思い付いたので蜜璃ちゃんに耳打ちをする。

 蜜璃ちゃんは分かったわ、と小さく頷くとイグッティの方を向いて口を開く。

 

「伊黒さん……貴方が協力してくれたら、嬉しいわ」

「分かった、協力しよう」

 

 はい、チョロ黒さん釣れましたー。

 卑怯というなかれ、これも戦略である。

 実ちゃまには悪いが、これでほぼ全員の賛同を得られたので狛治は正式に鬼殺隊の仲間となる。

 実ちゃまは納得できないだろうが、これも全員が生き残る為だ。

 彼にはいずれ納得してもらおう。

 

「どうやら、結論は出たようだね。さて、次の議題だが……」

 

 それまで静観していたお館様は、狛治についての議論が終わったと見ると次の議題へと進むのだった。

 

 ――最終決戦は、もう目前と迫っている。




実ちゃまが無駄に粘るので長くなりました()
イグッティも粘らせると終わらなさそうだったので展開の為にチョロくなりました


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無茶しやがって……

 その後、会議の結果、狛治は俺預かりとなることになった。

 俺が発端なんだから俺が管理しろとの事だ。

 共闘するのは認めたが、極力一緒に行動したくないと言われ半ば強制的に押し付けられた形になる。

 というか、禰豆子ちゃんから始まり珠世様も蝶屋敷預り、さらには狛治と実に3人の鬼を抱えている。

 ぶっちゃけ、蝶屋敷組が今日本で一番最強なのではないかと思う。

 珠世様は戦闘向きではないとはいえ、鬼という時点でスペックが人間を遥かに超越しているしな。

 

 んで、狛治についての議題が片付いたら次は痣についての話し合いだった。

 ここは基本的に原作と変わらなかったので割愛させてもらう。

 結果だけ言わせてもらうと、炭治郎くんは原作通り痣を発現、蜜璃ちゃん、無一郎くんもそれに続いて発現した。

 ちなみに、俺は狛治に確認してみたが戦った時に痣は出てなかったという。

 他の柱には悪いが、正直俺は痣を出す気がない。

 何故かって? 死ぬからだよ!

 唯一の例外は居るには居るが、あの人は作中でも屈指のバグキャラだしそもそも長生きできる条件も分からない。

 俺としては、なんとか痣を出さずに無惨を倒したいものだ。

 

 現在の戦力は柱が全員揃っており、さらには狛治も居るという状況なので余裕だろう。

 勝ったながはは、風呂入ってくる。

 

 そして途中、言葉の足りない冨岡さんと実弥で一悶着あるが、悲鳴嶼さんの提案により合同強化訓練を行う事になったのだった。

 

 

「……というわけで、今日から鬼殺隊の仲間になる狛治です」

 

 蝶屋敷にて、昏睡状態からようやく目が覚めたという炭治郎くんの見舞いに行ったついでに、俺は炭治郎くんに狛治を紹介する。

 他の平隊士はどうでもいいのだが、炭治郎くんにだけは伝えておかないといけないだろうと思い紹介することにしたのだ。

 最終決戦の時に敵対されても困るしね。

 あとで折りを見て善逸と伊之助にも紹介するつもりだ。

 

「……え?」

 

 流石の炭治郎くんも状況がよく読めないのか、頭に疑問符を浮かべている。

 

「えーと、俺の記憶が間違ってなければ上弦の参の猗窩座、ですよね? なんで、それが仲間になってるんですか?」

「改心したからだ! そして、猗窩座の名を捨て狛治として無惨を倒したいそうなので共闘することにしたんだ!」

「なるほど、分かりました!」

 

 俺が勢いでそう答えると炭治郎くんもあっさりと返事をする。

 

「あ、いや……自分で言っておいてなんだけど、良いの? 元上弦だよ?」

「賽さんが信用して仲間にしたって言うなら、俺は信じるだけですから」

 

 俺の問いに対し、炭治郎くんは曇りなきまなこでそう答える。

 うーん、このメンタルは間違いなく主人公。

 

「それに、猗窩座……あ、狛治さんの匂いが無限列車で会った時と変わっているので大丈夫だと思いましたし。なんていうか、優しい匂いになりました」

 

 狛治の匂いを嗅ぎながら、炭治郎くんはそう言う。

 あー、匂いか。確かに、そもそもの精神構造がガラッと変わってるから鬼特有の匂いや人を喰った匂いはするだろうけど、根本が違うだろうな。

 炭治郎くんのお墨付きが貰えたのなら、ますます安心だ。

 

「炭治郎、あの時は悪かった。命のやり取りをした間柄ではあるが、今は共に無惨を倒す仲間だ。今だけは協力してくれると助かる。あと、俺には敬語は使わなくていいからな」

「分かった、狛治」

 

 ……ふぅ、どうやら上手くいったようである。

 炭治郎くんなら難色を示したりしないとは思ってはいたのだが、少しだけ不安だったのでこれで安心だ。

 

 それにしても原作では死闘を演じた2人が、この世界線では共闘するっていうんだから世の中分からないもんである。

 こうして目の前で会話をする炭治郎くんと狛治を見ても違和感しかない。

 

「玄弥もそれでいいかな?」

 

 炭治郎くんが解決したので、俺は隣のベッドで横になっていた玄弥にも尋ねる。

 

「柱である賽さんが決めたなら俺は文句ないです。……ちなみに、兄貴は何て言ってましたか?」

「俺は認めねぇ! って最後まで叫んでたね。もっとも、他の柱は賛同したから多数決という事でごり押したけど」

「あー……なるほどっす」

 

 その時の光景が容易に目に浮かぶのか、玄弥は微妙そうな表情を浮かべる。

 この戦いが終わったら、玄弥と実ちゃまの仲も何とかしてやらんとなぁ。

 流石に無惨倒したら、実ちゃまも少しは柔らかくなるべ。

 

「よし、狛治に関してはこれでいいとして、実はまだ話があるんだ」

「何ですか?」

 

 狛治との顔合わせは終わったので、俺は次に柱稽古について話そうとしたところで、それは中断される。

 

 何故なら、ガラスを盛大に突き破って伊之助が現れたからだ。

 

「ああーーーー‼ 伊之助、何してるんだ! 窓なんか割って! 賽さんに怒られるよ!」

「ウリィィィィ‼」

 

 突如窓をぶち破って現れた伊之助に怒る炭治郎くんだったが、そんなのお構いなしとばかりに伊之助はテンション爆上がりで動き回る。

 いや、俺は別に弁償さえしてくれるなら怒りはしないが……カナエさんとしのぶは怒らせると怖いぞぉ。

 

「強化強化強化! 合同強化訓練が始まるぞ! 強い奴らが集まって稽古をつけて……なんたらかんたら言ってたぜ!」

「何なんだそれ?」

「わっかんねぇ!」

 

 尋ねる炭治郎くんに対し、伊之助は自信満々にそう答える。

 ちょうど俺が話そうとしていたことなので、伊之助に代わり俺が話すことにした。

 

「君の妹の禰豆子ちゃんが太陽を克服しただろ? それ以来、鬼の出没がピタリとやんだんだ。嵐の前の静けさともいえる状況だけど、好機でもある。柱の時間が空いたから、柱より下の階級の隊士達を鍛えて戦力を今のうちに底上げしようって訳だ」

 

 そして、痣を出せる素質のある者が痣を出せたら儲けものって感じだ。

 

「そう、それだ! へっへっへ、賽! 必ずてめーより強くなってやるからな! 顔洗って出直してろ!」

 

 俺の説明を聞いた伊之助は、ズビシと俺を指さしながらそう叫ぶ。

 ……なんか使う言葉違くない?

 

「首を洗って待っていろ、じゃないのか?」

 

 俺が脳内でツッコんでいると、狛治が声に出してツッコむ。

 

「おう、そうとも言うな……って、てめぇはあの時の鬼じゃねーか! ここで会ったが100年目だ、覚悟しやがれ!」

 

 合同強化訓練にばかり気が向いていた伊之助は、ようやく狛治の存在に気付いたのかウガーと叫びながら刀を構えて斬りかかろうとする。

 怪我人が居る中で暴れるのはまずいと思い、俺はすぐに伊之助を止めようとするのだが、意外な人物が伊之助の行動を止める。

 

「これは、どういう状況ですか?」

 

 突如聞こえてくる底冷えのする声に俺達は全員ピタリと動きを止める。

 ギギギと油の切れた人形のようにゆっくりと首を動かせば、そこには満面の笑みを浮かべたしのぶが立っていた。

 だが、よく見ればあちこちに血管が浮き出ていたので俺は心の中で「ヒェッ」と叫んでいた。

 

「何かが壊れる音がしたので来てみれば……何で窓が割れているんですか? 誰が割ったんですか?」

 

 あー、ダメです。いけません。

 敬語モードなので既に怒りが有頂天です。

 

 しのぶの、そんなただならぬ雰囲気を感じたのか、あの狛治でさえ若干引いていた。

 上弦の参をビビらせるとは……しのぶ、恐ろしい子っ。

 

「それで? どなたがやったんでしょうか?」

 

 しのぶの問いかけに対し、伊之助以外のその場にいた全員が伊之助の方を向く。

 ちなみに、伊之助は青ざめ(?)ていて既にガクガクと震えていた。

 

「なるほど、伊之助君でしたか。……ちょっとお話がありますので、来ていただけますか?」

「断る!」

「まぁまぁそう言わずにほら早く」

「おい、引っ張るな! 断るっつってんだろ! おい、力強くねーか⁉ ちょ、あ……」

 

 抵抗むなしくしのぶに連行される伊之助を、俺達はただただ見守ることしかできなかった。

 伊之助、君のことは忘れないよ。

 

 

 その後、めちゃくちゃ衰弱した伊之助が発見されたとかされないとか……。

 何があったのかを聞いても、彼は決してその時のことを頑なに言わなかったという。




投稿してからまだ1ヶ月ほどなんですが、もうクライマックス間近という事実。
RTAかな?


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柱稽古

とある食堂で「鬼のサイコロステーキ先輩定食」を提供してると知ってクソほどに笑った


 ――最終決戦に向けて合同強化訓練が始まり、しばらくの時が経過した。

 その間、鬼の襲撃もなく一言で言えば平和であった。

 こんな時間がいつまでも続けばいいのにとも思うが、無惨が居る限りはそれも叶わないだろう。

 原作よりも上弦が減った状態の為、このまま無惨が雲隠れしないかと不安であったが珠世様と狛治から「太陽を克服した鬼が出た以上それは無い」とお墨付きをもらったので、このまま準備を進めさせてもらうことにする。

 鬼を倒す、というのは正攻法では無理なのでこの時間を利用して色々と小細工させてもらう。

 

 ちなみに、狛治に無限城の場所について聞いてみようとも思ったが、こちらから攻めると確実に逃げるとも言われたので、無惨からの出方を待つことにした。

 こっちから下手に動いたら即逃げるとかホントにラスボスとは思えないほどの小心者っぷりだ。

 そのくせ、スペックだけはラスボスなので質が悪い。

 奴が来るまでは、おとなしく訓練と下準備を進めるしかないだろう。

 

 そうそう、合同強化訓練は柱稽古とも呼んでいる通り、柱主体で訓練が行われる。

 スタンプラリーのように柱を順繰りとまわっていき、次に行ってもいいと許可をもらったら次の柱の訓練へと向かうのだ。

 水柱である冨岡さんが最初はボイコットしていたが、炭治郎くんとお館様の説得により長年の拗らせをようやく解消し、柱稽古に参加し始めた。

 あんだけの実力があって、俺は柱じゃないとかどの口がほざいてんだって感じよな。

 

 ちなみに、影柱の訓練だが……当初はとある漫画を参考にし、俺も実践していた凡人を達人級まで押し上げる地獄の特訓法をやろうとしたのだが、最終決戦の前に隊士達が使い物にならなくなるとしのぶやカナエさんからNGを喰らったので残念ながら断念した。

 あの特訓法をこなせば、間違いなく強くなるんだけどねぇ……。

 んで、仕方ないので別の案。

 折角、上弦である狛治が居るのだから利用しない手はないという事で、血鬼術なしのハンデ有狛治さんとの実戦形式の戦闘訓練を行っている。

 『実践に勝る経験なし』という言葉もある通り、仮想敵として狛治と戦った方がよっぽど強くなれるだろう。

 何せ、血鬼術なしというハンデがあるとはいえそのスペックは間違いなく上弦なのだ。

 これで強くなるなという方が無理な話である。

 かといって、そう簡単に勝てるものでもないので、クリア条件としては一定時間耐えるか、一撃でも有効打を与えられるというものにしている。

 無限の体力を持つ狛治だからこそできる特訓法だ。

 狛治本人もそれで助けになるならと快く引き受けてくれた。

 これによって他の柱から信頼されるとも思わないが、それでも少しは心証も変わってくるだろう。

 

 俺の特訓は戦力の強化もあるが、生存率を高めることを主軸にしているのでこういう条件にしていた。

 狛治相手に耐えきれるのなら、大抵の鬼相手が楽勝になるだろう。

 もちろん、上弦に当たったら柱よりも下の奴らには無駄死にするだけだから即逃げろと伝えてはいる。

 ちなみに、狛治の現在の格好は全身包帯に和装という出で立ちで、事情を知らない隊士達には皮膚の病を患っている武術の達人とだけ伝えている。

 下手に鬼ですが仲間ですと言っても混乱を招くだけだしな。

 

 そして、今日も今日とて道場からは「イヤー!」とか「グアー!」などなど愉快な悲鳴が響いてくる。

 

「賽さん! よろしくお願いします!」

 

 他の柱の訓練を終えて、ついに俺の所へとやってきた炭治郎くんは元気いっぱいに挨拶をする。

 心なしか一回り強くなったようにも感じられる。

 

「ついに俺の所へ来たな。俺のところの稽古は狛治との戦闘だ。一定時間、耐えきるか一撃でも有効打を与えれば合格だ」

「が、頑張ります!」

 

 元上弦の参との戦いと聞いて無限列車の時を思い出したのか、ブルリと震える炭治郎くんだったが、両の手をグッと握りしめ気合を入れてそう叫ぶ。

 

 ――その日、愉快な悲鳴の中に炭治郎くんの悲鳴も混じっていたのは言うまでもなかった。

 

「あたたたた……」

 

 狛治との訓練を終え、満身創痍になった炭治郎くんは痛そうにしていた。

 残念ながら今日は合格できなかったので、また明日から頑張ってほしいものだ。

 

「大丈夫か?」

「はい、なんとか……血鬼術なしとはいえ、やっぱり上弦は強いですね。一撃与えるどころか、耐える事すらできませんでした」

 

 今日の訓練を思い出したのか、炭治郎くんは悔しそうな表情を浮かべながらそう語る。

 現在、俺と炭治郎くんは蝶屋敷の屋根の上で月を見上げながら会話をしていた。

 特に意味はなく、なんとなく邪魔されずに話をしたかったのだ。

 

「賽さん、俺……賽さんには感謝してもしきれないです」

「どうした急に?」

「いえ、なんとなく感謝を伝えるなら今が良い機会かなと思いまして。那田蜘蛛山で最初に助けてもらって、その後の裁判でも庇ってもらって……思えば会った時からずっと助けてもらってました。賽さんは……どうして、俺達にここまで良くしてくれるんですか?」

 

 最初は確かに主人公だから、彼らに死なれると詰む事になるから助けていたというのはあった。

 だが……。

 

「最初はね、お館様の命令で君達を助けたんだ。裁判でも売り言葉に買い言葉で正直に言うと成り行きだったんだ。でも、一緒に行動するうちに、心の底から守りたいと思うようになっていた」

 

 これは、俺の正直な気持ちだ。

 彼らを、そして俺のまわりに居る奴らを守りたい。

 そのためなら、俺は何だってできるだろう。

 

「だからね、俺は意地でも君や禰豆子ちゃんを守るよ。こう見えて、俺は最強の柱らしいからね」

「俺も、賽さんを守れるくらいに強くなります。だから、一緒に無惨を倒しましょう」

 

 炭治郎の言葉に俺は頷き、お互いに無言で握手をする。

 

「……この戦いが終わったらさ」

「はい?」

 

 しばらく静寂な空気が流れた後、俺は前から考えていたことを炭治郎くんに伝えることにする。

 

「炭治郎くんと禰豆子ちゃんさえよければ……俺の義弟と義妹にならないか? こう見えて、俺の家は裕福でね。君達2人を養うくらい朝飯前だしさ」

 

 実家の連中は、長年の悲願であった柱の誕生に盛大に喜んでおり、俺の言う事なら何でも聞く状態なので問題ない。

 俺自身も柱になってから稼いだ金があるので2人くらい扶養家族が増えても余裕である。

 

「君達の境遇は知っているし、良ければ……だけどね。もちろん、炭治郎くん達の意志も尊重したいから嫌なら断ってもいいよ」

「……賽さんの気持ちは嬉しいです。俺も、賽さんが兄だったらいいなって思う事もあります。だけど、禰豆子の気持ちも聞かないと何とも言えません。なので……禰豆子が完全に人間に戻ってから相談して決めてもいいですか?」

 

 炭治郎くんが申し訳なさそうにそう言う。

 まぁ、その気持ちも分からなくもない。

 簡単に、じゃあ義兄弟になりますとも言えないだろうし、身内とも相談してじっくり考えて決めたいだろう。

 俺としては急かす気もないので、じっくり考えるように伝えておいた。

 

「炭治郎くん、最終決戦……頑張ろうな」

「はい!」

 

 そして、俺と炭治郎くんは夜更けまで様々な事を語り合う。

 その後、しのぶやカナエさんもいつの間にか混じり、嫉妬に狂った善逸の乱入、伊之助まで会話に入ってきたことで何とも騒がしい夜となった。

 

 あまりにうるさ過ぎたため、アオイちゃんに怒られたのは言うまでもなかった。




おかしい、炭治郎がヒロインみたいになってるぞ 


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風雲!無限城ー突入篇ー

賽「最後かもしれないだろ? だから、話しておきたいんだ」


今回は一気に時間が飛んでおり、無惨視点となっています。


「君が死ねば、全ての鬼が滅ぶのだろう?」

 

 長年、私の邪魔をし続けてきた産屋敷家の長である産屋敷耀哉のその言葉に、私は凍り付く。

 何故だ? 何故、こいつがそんな事を知っている?

 私は……自身のことを誰かに話したことはない。

 これも、こいつの言う血筋のせいだというのか?

 

「空気が揺らいだね……当たりかな?」

「黙れ」

 

 半死半生の身でありながらなおも軽口を叩くその姿に、私は殺意が湧く。

 

 禰豆子という鬼が太陽を克服するという千載一遇の好機を逃すまいと、まずは長年に渡り私の邪魔をしてきた鬼殺隊とかいう異常者の集まりの長をこの手で殺そうと思ってやってきたのだが、まさかこのような不愉快な話を聞くことになろうとは思わなかった。

 やはり、直接手を下しに来て正解だった。

 

 ――唯一、懸念すべき存在が居るが……そもそも至高の存在たる私が何故吹けば飛ぶような脆弱な存在に怯えなくてはならない。

 今まで、奴が鬼共を葬ってこれたのは鬼共が油断していたからだ。

 この私が直々に警告してやったというのに、どいつもこいつも油断し破れた。

 だが、私は油断しない。

 もし、愚かにも私の目の前に現れようものなら打ち砕いてくれる。

 だが、まずは憎たらしいこの男からだ。

 所詮は人間の集まり、頭を潰せば烏合の衆と化すだろう。

 

「もう貴様の言葉は聞きたくない。今すぐにでも楽にしてやろう。」

 

 私は産屋敷の目の前まで近づくと、力を込めた手で奴の頭を砕こうとする。

 だが、産屋敷はそんな光景を目の前にし、怯えるどころか不敵な笑みを浮かべながら口を開く。

 

「――あぁ、やっぱり来ちゃったんだね。賽」

「何っ⁉」

 

 瞬間、背中に寒気が走り私は仰け反るように振り返る。

 そこには、いつの間に来ていたのか隊服に身を包み、賽子模様をあしらった羽織を着た男が刀を振りぬいていた。

 バカな……こいつはいつ(・・)私の後ろに回り込んだ!

 

 私は一瞬たりとも気を抜いていない。

 こいつの戦い方も今までの鬼共から情報を共有し熟知している!

 当然、気配を消すことに長けている事も知っている!

 だが、それでも気づけなかった。

 今こうして対峙していても、存在が非常に希薄で少しでも気を抜けば見失ってしまいそうな程であった。

 こいつは……こいつは本当に人間なのか?

 

「来ちゃったんだね……じゃねーよバ耀哉(ばかがや)! お前、あれほど言ったのに無惨ごと自爆する気だったな! 爆薬回収するのに手間取ったじゃねーか!」

 

 そう怒鳴る賽という人間は、大量の爆薬を地面に放り投げる。

 自爆だと? 妻と子供も傍にいるのにか!

 

 どうやら、私は思い違いをしていたらしい。

 産屋敷という男を見誤っていた。

 この男は、完全に常軌を逸している。

 ……だが、その目論見もどうやら目の前の男に潰されたらしい。

 

「初めまして、だな。アンタが無惨か。……くそ、顔だけはいいなこいつ……」

 

 賽は、何とも不敵な笑みを浮かべながらまるで親しい友にでも会ったかのように軽く話しかけてくる。

 今すぐ奴の心の臓を貫いてやりたいが、何を考えているのかまるで読めない。

 闘気も殺気も感じず、一見すると弱い人間……そう、まるで……。

 

「ありえんな……」

 

 そこまで考え、とある人間の姿が思い出されるが奴とは似ても似つかない。

 我ながら愚かな結び付けだと自嘲気味に笑う。

 

「なぁ、無惨様。タコ……って知ってるか?」

「何?」

 

 私は、賽の一挙一動を注意深く観察し、どんなことも見逃すまいとしながら答える。

 タコだと? 何故、急に海産生物の話をするのだこいつは。

 

「聞いたところによるとさ、タコって心臓が3つに脳が9つあるんだって」

 

 だから何だというのだ。

 あんな生物がそんな生態だというのは驚きではあるが、到底今するような話ではない。

 こいつは、頭がおかしいのか?

 

「で、これを聞いてどう思います? タwwwコwwwとwww同www種wwwのwww無www惨www様www」

「殺す」

 

 瞬間、私は賽の目の前に肉薄していた。

 策だの何だのはもう関係ない。今すぐにでもこの愚か者をこの世から消し去りたかったのだ。

 だが、その行動はまたしても邪魔される。

 目の前に肉の種子のようなものが現れたかと思えば、ビシリと辺りに棘のようなものが細かく広がり、私の体を固定する。

 

 なるほど、奴の腹の立つ話し方は、これから目をそらさせるためか。

 誰の血鬼術かは知らんが、これで私を捕獲した気でいるのなら片腹痛い。

 これくらいの量であれば、吸収すればいいのだ。

 そう思い立ち、血鬼術を吸収しようとしたところで誰かの腕が私の腹へと突き刺さる。

 次は誰だ!

 何故、次々と私の邪魔をする!

 苛立ちを隠しきれずに下を見れば、そこにはかつて私から逃げ出した珠世の姿があった。

 

「珠世‼ なぜおまえがここに……」

「この棘の血鬼術は貴方が浅草で鬼にした人のものですよ。そして、吸収しましたね? 無惨。私の拳を! 拳の中に何が入っていたと思いますか? 鬼を人間に戻す薬ですよ!」

 

 バカな、そんなものできるはずが……。

 だが、自信満々に語る珠世のセリフからすると真実だと思った方がいい。

 私は吸収してしまったその薬を分解すべく、邪魔になるだろう珠世を引き離そうとする。

 だが、珠世も必死なのか中々に離れようとしない。

 

「悲鳴嶼さんお願いします!」

 

 そして、好機とばかりに珠世が叫ぶ。

 すると、どこに隠れていたのか鉄球を持った男が念仏を唱えながら私の頭を砕く。

 ――普通の鬼ならば、それで終わるだろう。

 だが、私はそれくらいでは死なない。すぐに頭を回復させると先ほど私の頭を砕いてくれた人間を殺すべく血鬼術を放つ。

 しかし、それ等の攻撃は全て賽によって防がれた。

 そうこうしているうちに、周りに人間どもの気配が集まってくるのを感じた。

 

「くくく、これで私を追い詰めたつもりか?」

 

 まんまと私に釣られ集まってきた人間どもを見渡し、私は意趣返しとばかりにほくそえみながら叫ぶ。

 私が何の備えもせずにここへやってきたと思ったのか!

 むしろ、貴様らは私の罠にかかったのだ!

 

「貴様らがこれから行くのは地獄だ! 目障りな鬼狩り共。今宵、皆殺しにしてやろう!」

 

 私に向かって攻撃してきた人間共は、鳴女の血鬼術により無限城へと落とされていく。

 あの賽すらもこれは予測できなかっただろう。

 どんな顔をしているのか嘲笑いながら確認してやろうと視線を動かせば――奴は笑っていた。

 そして声にこそ出さなかったが、奴は間違いなくこう言っていた。

 

「無惨、アンタの頸は必ず狩る。俺は有言実行の男だぜ」と。

 

 

 




タコの仕組みを聞いたとき、マジで無惨様が思い浮かびました


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風雲!無限城ー童磨篇ー

感想で指摘されましたが、確かにタコと無惨様を同列に語るのは失礼でしたね
タコに
誠にごめんなさい

無惨様はどういうムーブかましても無惨様だからで済むのが書き手にとって非常に楽です(無慈悲)


 俺は走っていた。

 鳴女に落とされた後、すぐさま目的の為に走り出す。

 

 先ほどの事を思い出すと、未だに心臓がバクバクする。

 

「……っぁああああああ! くっそビビったわ! あんなんチートやろ! 速過ぎて見えなかったわ!」

 

 悲鳴嶼さんを守る為に前に飛び出したが、無惨の攻撃が全く見えなかった。

 偶然にも刀で弾くことができたので事なきを得たが、少しでも防げなければミンチになってたと思うと笑えない。

 だが、現実は生きている。

 今のところは予定通りに進んでいるし、問題ない。

 

 ここまでの流れを俺は思い返す。

 以前、耀哉には絶対に死ぬなよと釘を刺しておいた俺だったが、それを無視して死にそうな予感がしたので、珠世様に何かあれば伝えるようにと言い含めておいた。

 そして、訓練も終わりに近づいたあたりで、やはりというか耀哉は爆死の道を選んでいた。

 そして、その隙に無惨へ薬を打ち込むようにと珠世様に打診していたのだ。

 耀哉は俺に止められると思って隠していたようだったが、すでに珠世様を抱き込んでいたとは知らずに情報が筒抜けだったのだ。

 それすらも見越して罠を張っている可能性もあったが、俺はその情報を信じることにした。

 実際、マジで爆薬なんか仕掛けてやがったからな。

 回収するのにかなり手間取ってしまった。

 その後、愈史郎の血鬼術で姿を隠し、無惨を奇襲。

 あわよくばとも思ったが失敗したので、当初の予定通り俺が煽って注意を惹きつけ、珠世様に薬を打ち込んでもらったのだ。

 

「珠世様、大丈夫だろうか」

 

 そこまで思い返したところで、無惨と共に落ちていった珠世様の身を案じる。

 俺としては彼女をあの場で取り返したかったのだが、そうすると無惨がすぐにでも薬を分解して逃げてしまう可能性があった。

 故に、断腸の思いで原作通り珠世様は無惨にくっついててもらったのだ。

 本人もそれを望んでいたしな。

 だが、このまま死なせる気はない。

 さっさと、残りの上弦を倒して珠世様も救うのだ。

 

 狛治からの情報提供(という体)で、柱と他の隊士達にも無限城の事は伝えておいた。

 必ず複数の人間で組んで行動するようにし、柱以外は無惨を見つけたら場所だけ伝えてすぐに撤退するように命令してある。

 もちろん、耀哉には内緒である。俺に隠し事してたんだから、俺にだって隠し事をする権利があるのだ。

 

 完全に死者を0にする、というのは難しいが少しでも犠牲者を減らすことはできるだろう。

 俺と狛治が情報を伝えたことである程度の心構えは出来ているだろうしな。

 

 んで、俺達が素直に無限城に落ちた理由としては残りの上弦だ。

 無惨をその場にとどめることに集中しなければいけないのに、他の上弦に奇襲でもされたら目も当てられない。

 故に、あえて無惨の策にハマった振りをし、先に上弦をぶっ飛ばして後顧の憂いを失くした後に、皆で無惨をボコろうというわけだ。

 確定している上弦は、お労しい兄上、童磨、鳴女。

 ここに本来なら獪岳が加わっているはずだったが、俺の洗nもとい説得のお陰で綺麗な獪岳になったのでそれは無い。

 原作にはない他の鬼が上弦になっている可能性もあるが、狛治曰く上弦になったばかりの鬼は大した脅威ではない(鬼基準)との事なのでそう警戒することもないだろう。

 大丈夫だよな?

 ふと脳裏に不安がよぎり心配になっていると、角の方から鬼の気配を感じる。

 

「っ! って、狛治か」

「賽……驚かすな」

 

 刀を振り被ろうとした瞬間、向こうからも拳が眼前に迫り、そこで寸止めされる。

 よくよく見れば狛治であった。

 望み通り無限城にやってきたとはいえ、1人で寂しかったので非常に心強い。

 

「他の皆は?」

「知らん。俺は血鬼術の対象外だったから適当な入口に入ったのでな。今のところ、誰とも合流はしていない」

 

 そりゃ対象外だろう。

 無惨としても、呪いが外れたのは把握しているがまさか鬼殺隊の仲間になってるとは思っていないだろうし、こちらも全力で秘匿したから当然である。

 

「よっし、それじゃ俺についてきてくれ」

「分かった。……何かアテでもあるのか?」

 

 狛治のその問いに対し、俺は意味ありげに笑みを浮かべる。

 アテ? そんなもんねーよ!

 原作でも内部の詳しい描写はなかったはずだし、あったとしてももう完全に覚えていない。

 俺が覚えているのは、あくまで鬼に関連する事だけである。

 とりあえずは……しのぶと合流したい。

 割と原作ブレイクをしてきたが、俺が累と出会ったり、煉獄さんが狛治、派手柱が堕姫と鬼いちゃんというように大元は変わらないというのは確認済みだ。

 結果こそ変えられるが、介入をしなければ変わらないだろう。

 

 原作ではしのぶは、童磨に殺され吸収されてしまう。

 それが結果的に童磨の敗北に繋がるのだが……もちろん、俺がそんな事をさせるはずがない。

 この戦いが終わったら俺……カナエさんとしのぶに求婚するんだ……。

 一夫多妻制だとかそんなのは関係ない。俺は2人が好きなんだ。

 宇髄に嫁が3人居るんだから2人くらい許されるだろう。

 そして、炭治郎くんと禰豆子ちゃんも迎えて蝶屋敷のみんなと仲良く暮らすんだよ。

 

 だから、意地でも死なせねーんだよ!

 

 

「ねぇ、そろそろ諦めなよぉ。苦しいでしょ? 痛いでしょ? 俺が救ってやるって」

「ほざけ……!」

 

 見た目は心配しているように見せかけながら、殺気を感じにくい言動で上弦の弐である童磨が話しかけてくるので、私はそれを冷たくあしらう。

 

 体が軋む。腕から先の感覚が寒さで無くなりつつある。

 こいつの情報はあらかじめ姉さんと賽から聞いていたので、ある程度の心構えはできているつもりだったが、奴の実力は私の予想以上だった。

 賽の開発したガスマスク? のお陰で奴の血鬼術を吸わずに済んでいるけれど、周りの気温が低くなっているのだけはどうしようもできない。

 だが、ここで折れるわけにはいかない。

 奴は……私の姉さんの足を奪った存在なのだから!

 

「もー、なんでそんな怒ってるのさ。俺だって残念なんだよ? 君の姉さん、だっけ? 彼女を救えなくて中途半端に苦しめる事になっちゃったんだから。あの、えーと賽だっけ? 彼が居なければ確実に救えたと思うんだけどね。むしろ、恨むなら彼女が苦しむ原因を作った彼を恨むべきなんじゃないかな?」

 

 ふざけるな。私が賽を恨む?

 感謝をすればこそ、恨むなんて言うのは私にはない。

 ――基本的に、鬼というのは私達人間よりもはるかに肉体の性能が優れている。

 それが上弦ともなれば、災害といっていい程の理不尽さだ。

 出会えば確実に死んでしまうだろう。

 姉さんは、確かに両足を失ってしまい柱を引退することになってしまった。

 だけど生きている。そして、それは賽のお陰だ。

 彼は、臆病で何を考えている分からず、馬鹿で、間抜けで、鈍くて、あんぽんたんで……でも、私の好きな人だ。

 そして、姉さんの好きな人でもある。

 最初は、恩人という贔屓目もあったかもしれない。

 でも、彼と共に過ごしている内に惹かれている自分に気づいた。

 

 だからこそ、私は彼を侮辱する童磨が許せない。

 一緒に戦っていた伊之助君は自身の母のことを聞かされ放心状態、カナヲは健闘したが満身創痍。

 まともに戦えるのは私だけ。

 だけど、肝心の毒が悉く効かない。理不尽にもほどがあるわよ!

 伊之助君とカナヲの回復を待っている余裕もないし……どうしたものかしらね?

 

 私は鬼の頸を狩れるほどの力がない。だから、鬼を殺せる毒を作り出した。

 その毒すら効かないとなると万事休すだ。

 

「他の2人も辛そうだし、見てるこっちも辛いよ。大丈夫、俺はこれまで何人もの人を救ってきたんだ。怖くないよ」

「はっ! 感情なんかないくせに感情がある振りをして同情して……おかしいったらないわね」

 

 その言葉に、先ほどまでいやらしい笑みを浮かべていた童磨は途端に真顔になる。

 

「……俺はせっかく君達を救ってあげようとしているのに、なんでそんな意地悪を言うのかな?」

 

 ビリビリと伝わってくる奴の殺気に、体が震える。

 先ほどまでのふざけた様子とは違い。おそらく、これが奴の本性なのだろう。

 

「もう遊ぶのも飽きちゃったし……一思いに救ってあげるよ」

 

 血鬼術・冬ざれ氷柱

 

 奴が扇子を振るうと、頭上に広範囲にわたる巨大な氷柱が現れる。

 まずい! 私はまだ避けられるが、このままだと伊之助君とカナヲが巻き込まれてしまう。

 

「賽……!」

 

 絶望に呑まれようとした瞬間、脳裏に浮かぶのは好きな人の顔。

 普段は頼りないくせにいざとなると馬鹿みたいに頼れるあの人の名を、私は無意識のうちに呼んでいた。

 

「おーれーのー……大事な人を傷つける馬鹿はどこのどいつじゃああああああ!」

 

 その声と共に粉々に砕け散る頭上の氷柱群。

 

「へぁ⁉」

 

 それは童磨にとっても予想外だったのか、先ほどまでの奴からは考えられないほどの間抜けな声。

 そして、目の前に降り立ったのは……。

 

「大丈夫だったか?」

 

 狛治だった。

 助かったには助かったけれど、先ほどまで賽の事を考えており、賽の幻聴まで聞こえていたので何だか気まずくなる。

 

「あ、ありがとう狛治」

 

 だが、助けてくれたのは事実なのでとりあえず礼を言う。

 鬼……それも上弦を仲間にするなんて、とは思っていたけれどこの結果を見ると間違っていなかったんだなと思う。

 

「礼なら奴に言うんだな。あいつが、「しのぶの気配がする!」と言ってここまで俺を連れてきたんだ」

 

 そうして狛治が指し示した先には、童磨に斬りかかっている賽の姿があった。

 

「しのぶ! 大丈夫か! 死んでないか⁉」

「……遅いわよ、馬鹿」

 

 彼の姿を見た瞬間……とてもそういう雰囲気ではないのに安心できる私が居るのだった。




こういうベタな展開……好きなんです
ヒロインムーブが足りなかったしのぶさんに思いっきりヒロインムーブさせてみました

ガスマスクは、賽が童磨対策に鍛冶師の人達に作ってもらいました
賽の記憶の元に作ったなんちゃってガスマスクなので現代程のクオリティはありません。


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風雲!無限城ー童磨篇 弐ー

最終巻良かったです
ただ、この作品ではそこに主人公が混じるかと思うと笑いしか出ないです、訴訟


「あれぇ? 猗窩座殿、生きてたの?」

 

 俺の攻撃をあっさりと避けた童磨は、狛治の方を見ながら驚いた表情で尋ねる。

 くそ、流石に上弦の弐ともなると真正面の攻撃はあっさり避けるか。

 

「俺が生きていては不都合でもあるのか?」

 

 俺を庇うようにして前に進み出て童磨と対峙した狛治は心底嫌そうな顔をしながら答える。

 

「まさか! 生きていてくれて嬉しいよ! ほら、半天狗たちと鬼狩りの隠れ里に行ってから行方不明だっただろ? あの方も猗窩座殿は死んだって言ってたし、悲しかったんだよ! でも一番の友人である君が生きていてくれて、俺はとても嬉しいよ!」

 

 そう言うと、童磨は両眼から涙を流して嬉し泣きするフリ(・・)をする。

 以前に会った時もそうだが、こいつの言葉は全てがわざとらしい。

 薄っぺらく、そういう演技をしているとしか思えない。

 

「何が友人だ。俺は貴様を友人などと思った事はない」

「んもー、猗窩座殿は相変わらずつれないなぁ。……ま、いいや。何でそっちに居るか分からないけど俺と一緒に鬼狩りと戦おうよ」

 

 狛治の言葉を意に介さず、童磨は手を差し伸べそう言う。

 

「断る。今の俺は猗窩座ではない。貴様らクソ鬼共を屠る鬼殺隊の狛治だ!」

 

 狛治はそう言うと、血鬼術を発動するための構えを取る。

 

「その意気や良し! 見直したぞ、狛治!」

 

 狛治の啖呵が聞こえていたのか、伊之助が空けたであろう天井の穴から煉獄さんが降り立つと元気よくそう叫ぶ。

 

「先ほどのお前の魂の叫び、しかと聞き届けた! なれば、俺もその言葉に応え一緒に戦おうではないか!」

 

 これは予想外の援軍である。

 実質最強の悲鳴嶼さんに次いで実力を持つ煉獄さんまでもが参加してくれるなら、これほどまでに心強い事はない。

 勝ったなガハハ、風呂入ってくる。

 

「もー、次から次へと騒がしいなぁ。俺、あんまり男は食べたくないんだけどなぁ。やっぱり、女が良いよね。女は腹の中で赤ん坊を育てられるぐらい栄養分を持ってるんだからさ! 柔らかくて美味しいしね!」

「おぞましいわね」

 

 童磨のセリフに嫌悪感を隠そうとせず、しのぶとカナヲちゃんが嫌そうな表情を浮かべている。

 ちなみに、2人は俺が童磨対策に作ったガスマスクを付けている。

 童磨が厄介なのは血鬼術によって発生する氷である。

 そのまま呼吸してしまえばすぐに肺が凍り付き、戦闘不能になってしまうので鍛冶師達に頼んで、俺の記憶を元に作ってもらったのだ。

 勿論、現代の様なクオリティはないが童磨の血鬼術対策くらいにはなる。

 ちなみに、最初は顔全体を覆うものを作ろうと思ったのだが、それだと視界が悪くなり戦えなくなるというので鼻から下を覆うタイプのものだ。

 実際に防げるかどうか不安であったが、2人が無事なのを見ると大丈夫そうであった。

 

「しのぶ、カナヲちゃん、伊之助、準備は良いか?」

「ええ」

「はい!」

「おう! あいつの話を聞いてちょっとほうけちまったが、問題ねぇ! ぶった切ってやるぜ!」

 

 俺が声をかけると、3人は気合十分といった感じに答える。

 あ、ちなみに伊之助はガスマスクを着けていない。

 ガスマスクをつけると息苦しいという事で拒否られたのだ。

 まぁ、伊之助は猪のマスクがあるからね……。

 

「ふ、杏寿郎。お前と共に戦う時が来るとはな」

「それはこちらの台詞だ! 俺とて予想だにしていなかったぞ! だが、先ほどの台詞は胸に響いた! 今のお前なら全力で力を貸そう!」

 

 そして、俺達は互いに頷くと童磨へと向かうのだった。

 狛治が前に出て童磨の血鬼術を受け、その横から煉獄さん達が斬りかかる。

 さらに、その隙をついて俺が童磨の行動を邪魔していく。

 

「もー、1人相手に寄ってたかってイジメるなんてひどいなぁ! そっちがその気ならこっちにも考えがあるよ」

 

 童磨は俺達の攻撃を避けながら、小さな氷の分身を作り出す。

 

「ハハハ! 何だそのショボいちび……」

「気を付けろ! そいつは、童磨と同様の血鬼術を使うぞ!」

 

 氷の分身の見た目を馬鹿にする伊之助だったが、狛治がすぐに怒鳴って警告する。

 その瞬間、童磨の分身から花弁を象った無数の氷の刃が放たれる。

 

「ヌアアアアア⁉」

 

 すっかり油断していた伊之助だが、狛治の言葉を聞いてすぐに気を引き締めると、両手の刀を振り回して防ぐ。

 

「あ、猗窩座殿! ずるいよ友人の能力をバラすなんて!」

「だから、貴様は友人ではないと言っているだろうが!」

 

 そう叫びながら童磨のどてっ腹を貫く狛治だったが、鬼同士の攻撃ゆえに童磨はけろっとしていた。

 だが、そうして余裕こいてられるのも今のうちだ。

 姿を消し、気配を消し、霧のように、影のように忍び寄り、俺は童磨の背後から頸を狙う。

 

「おっと、その手はもう喰わないよ!」

 

 だが、それでも童磨に避けられてしまう。

 

「何年か前に君と戦って、君の動きは理解したからね。気配は読めなくても予想は出来る。情報は有益だ。実際、君の厄介な攻撃も避けることができたしね」

 

 そう言いながら扇子を振り被り俺を吹き飛ばそうとし……その腕が焼き斬られる(・・・・・・)

 

「……おいおい、何なんだいその刀。燃えてるじゃないか。流石にそれは予想外だなぁ」

 

 童磨は、自身の斬られた腕と俺の刀を交互に見ながらそう呟く。

 そんな俺の刀はと言うと、まるで禰豆子ちゃんの血鬼術を受けた炭治郎くんの刀のように燃え盛っていた。

 日輪刀は、とある条件を満たすことで刀身が赤くなり鬼に致命的ダメージを与えることができる『赫刀』となる。

 その条件とは、一定以上の温度にすること。

 痣持ちであれば発現しやすいとの事であったが、当然俺は痣を出す気がない。

 だが、赫刀を発現できなければ鬼には勝てない。

 ならばどうするかと考えたのが、赤燐や硫黄を使用……つまり、マッチのような仕組みで燃え上がる刀である。

 俺の蛇腹刀のワイヤー部分を燃えにくい素材に変え、特定の方法で刀を鞘から抜くことで燃え上がるようにしたのだ。

 あくまで仕組みはマッチに近いというだけで、マッチと同じではないので注意してほしい。

 ちなみに、贖罪をしたいという藻武鉄さんにお願いしたのがこのインスタント赫刀の製作だ。

 日夜問わず、文字通り魂を削る勢いで最終決戦に間に合わせてくれたのだ。

 ……本当は無惨戦で使いたかったのだがそうも言っていられないので仕方あるまい。

 

「でも、そんな刀で斬られた所で……あれ?」

 

 余裕の笑みを浮かべながら腕を再生しようとする童磨だったが、何故か非常に再生しにくい事に首を傾げる。

 

「ちょ、ちょっと待ってちょっと待って! なんで、俺の腕が再生しないのさ! 何したんだい⁉」

「言う訳ないだろ、ばぁぁぁぁか。カナエさんの足の仇だ。何が起きたか分からないまま地獄に落ちろ」

 

 予想外の事態に焦る童磨だったが、それが間違いであった。

 俺の攻撃によりできた隙を煉獄さんが見逃すはずもなく……。

 

「よくやった、賽!」

 

 ――炎の呼吸 玖ノ型 煉獄。

 

 ドンという、轟音が聞こえたかと思うと童磨の頸がポロリと落ち切断面が燃えたように焦げていた。

 煉獄さんの、しのぶの、カナヲちゃんの伊之助の……その全ての刃が童磨の体を切り裂いた。

 

「ええぇ、うっそー。俺、こんなあっさりやられちゃ……」

 

 童磨は最後まで薄っぺらい表情を浮かべたまま、薄っぺらい言葉を吐き塵となって消滅した。

 それは、感情の無い童磨らしい最期であった。

 原作では、確かようやく愛を知った気がしたが、それすらなく何も残さず地獄に落ちていくだろう。

 だが、それこそが奴に相応しい。

 

 こうして、俺と胡蝶姉妹、童磨の長い因縁がようやく終わるのだった。

 




こっからさらにお兄様篇は(主人公の負担が)正直きついのでカットするかもです
原作よりも戦力多いからいけるいける(フラグ)

戦闘描写が……戦闘描写が難しいんです……っ


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風雲!無限城ー黒死牟篇ー

お労しいお兄様はカットすると言ったな、あれは嘘だ
玄弥くん達も救わないといけないので主人公はサービス残業です

なお、十二鬼月最難関の為、今まで以上に手段を選んでいないので注意してください。
全力で生き残るためだからね、仕方ないね


「賽、黒死牟相手に勝算はあるのか?」

 

 童磨を無事に倒せた俺達は、何組かに別れ無限城の中を進んでいた。

 しのぶ、カナヲちゃん、伊之助は煉獄さんと共に無惨捜索へ。そして可能であれば珠世様の救出だ。

 確か、珠世様は無惨復活時はまだ生きていたはず。

 到着に間に合いさえすれば助けられるかもしれない。

 

 そして、俺と狛治は黒死牟の所へ向かっている。

 超高耐久でタンクとして最大級の活躍をしてくれる狛治は必須であり、俺の戦いをサポートしてもらう必要があるのだ。

 そして、俺も黒死牟用に色々用意しているので、先行組をフォローする為に向かう必要があった。

 人数こそ原作より多いものの、何かしらの手を打たなければ玄弥くんと無一郎くんが死んでしまう可能性が高い。

 まだまだ未来のある若者たちをここで死なせるわけにはいかないのだ。

 

 鳴女は戦闘力自体は無いに等しいし心配はしていない。それに、そっちは愈史郎に任せている。

 彼に任せれば、鳴女の方は問題ない。

 

「勝算? あるわけないだろ。上弦の壱だぞ? 正直、このまま知らんぷりして帰りたいくらいだ」

 

 童磨の時は、正直まだ何とかなると楽観視はしていた。

 確かに強いには強いが、本人の性格というか性質というか基本的に舐めプ体質で、相手の情報を少しでも引き出そうと手加減する癖がある(と、狛治から聞いた)。

 なので、本気を出す前に一気に攻めてしまえば勝てるという確信はあった。

 だが、黒死牟は違う。

 鬼でありながら呼吸を使う非常に厄介な存在だ。

 柱が複数人居たにもかかわらず死亡者を2名も出してしまう程に強力だ。

 ぶっちゃけ、死ぬかもしれないという予感さえある。

 でも、逃げない。逃げたくない。

 

 ここまで来たら、どんな手を使ってでも勝利し全員ハッピーエンドを目指すのだ。

 

「だけど、勝たないといけないんだ。狛治、黒死牟の居場所を血鬼術で探れないか?」

 

 童磨の時は、俺の愛の力でしのぶの気配を察知して偶然見つけることができたが、黒死牟は童磨のようにはいかない。

 なので、闘気を感知することに長けた狛治に任せるのだ。

 

「俺の効果範囲内であれば何かしら引っ掛かるかもしれないが……いやまて、すぐ近くで大量の闘気を感じる。……居たぞ。あっちだ」

 

 どうやら俺達は近くまで来ていたらしく、狛治が先頭に立つとそのまま走り出す。

 そして段々と激しい戦闘の音が聞こえてきたかと思うと、目の前に空間が広がる。

 そこでは悲鳴嶼さんと(さね)が黒死牟と戦っていた。

 無一郎くんは刀で串刺しにされてはいたが、まだ生きている。

 玄弥くんも片手が斬り飛ばされていたが、玄/弥にはなっていなかった。

 さらに……。

 

「雷の呼吸・参ノ型 聚蚊成雷!」

 

 なんと、獪岳も共に戦っていた。

 原作では黒死牟と相対し心が折れ、鬼と成り果てたあの獪岳が奮闘していたのだ。

 

「光るものは感じるが……それだけだ。それでは、まだ私には届かない」

 

 しかし、獪岳の攻撃は黒死牟によって防がれそのまま肩を切り裂かれる。

 

「くそが……俺は最強になるんだ! てめぇなんぞに負けるわけには……」

 

 怪我をしても心が折れず、獪岳は呼吸を荒くしながらも黒死牟を睨む。

 俺は、その光景を見て少しばかり嬉しくなる。

 元々救うつもりもなかった人間が、今みんなと共に戦っている姿は心打たれるものがある。

 あの獪岳でさえ決死の覚悟で戦っているのだ。

 ここで俺がビビるわけにもいかない。

 俺は、懐から秘密兵器を取り出すと黒死牟に向かってぶん投げる。

 

「下がれ! 光るぞ!」

 

 俺は鬼殺隊の中であらかじめ決めていた合言葉を叫ぶ。

 瞬間、先ほどまで戦っていた面々はその言葉の意味を理解し目を閉じる。

 当然、その意味の分からない黒死牟だけが目を開けたままであった。

 そして、それが黒死牟にとって悪い選択となる。

 

 あたりに眩い光が満ちる。

 目も眩むような強烈な光を、間近で……しかも五感が発達し、よりにもよって目が6つもある黒死牟が見てしまったらどうなるか?

 答えは簡単。

 一時的に視力を失くすのだ。

 

「何……っ?」

 

 勿論、黒死牟であれば目が見えなくなっていても問題なく動けるだろう。

 だが、見えていたものが突然見えなくなるというのは存外精神的ダメージがでかいのだ。

 さらにそれが、自分の知らない攻撃によるものとなれば一瞬と言えども動揺するだろう。

 

 先ほど投げたのはいわゆる閃光弾という奴だ。

 といっても強烈な光を放つだけの粗末なものではあるが、鬼からすれば完全に未知のもの。

 喰らえば、とりあえず一瞬でも怯むだろうと珠世様と狛治からお墨付き貰っている。

 これが転生者の戦い方だ。

 普通に戦えばまず鬼には勝てない。向こうが反則を使ってくるならこっちも反則を使えばいい。

 俺は、黒死牟が回復する前に少しでもダメージを与えるべく、再び燃やしたインスタント赫刀を振り回し刀を持っている腕を斬り落とす。

 インスタント赫刀でも再生が遅くなるのは童磨で確認済だ。

 

「いよっしゃ、ざまぁ! 腕をぶった切ってやったぜ!」

「でかした、賽ィ! つうか、来るのおせぇんだよ!」

 

 俺が黒死牟の腕を斬り飛ばした事で実弥が嬉しそうに叫ぶ。

 褒めるか怒るかどっちかにしてほしい。

 

「腕が再生しない……? なるほど、他の鬼達がやられるわけだ。私の知識を以てしても貴様が何をやったか不明だ……」

 

 当たり前だ。こちとら現代知識、オタ知識をフル活用して鬼側が絶対知らないであろう戦い方をしているのだ。

 これであっさり理解されたらこちらの立つ瀬がない。

 

「貴様の奇策は確かに脅威だが……それだけで私を倒せるほど甘くないぞ」

「はっ、何が私を倒せるほど甘くないだ。弟に勝てなかったくせに(・・・・・・・・・・・)偉そうにすんなって」

 

 俺のその言葉に、黒死牟は目を見開き「何故それを知っている」という顔でこちらを見る。

 もうこれが最後なのだ。俺は後先考えず、煽る為にどんどん普通ならば到底知りえない情報を開示することにする。そもそも、そんな事を気にしている問題ではない。

 あとで皆からツッコまれるだろうが、その時はその時だ。

 

 精神攻撃は基本。

 

「ねぇどんな気持ち? タコの猿真似をしている無惨の甘言にまんまと乗って、そんな醜い姿になって、強くなるために大量に人を喰ってきたのに弟に負けて。それでもなお何百年も生き恥を晒してる気分は?」

「黙れ」

「痣を発現しても日の呼吸を使えず、弟を意識してるのか月の呼吸なんて使って恥ずかしくないんですか?」

「黙れと言っている。下賤な人間の分際で、それ以上私を侮辱することは許さん」

「あ、ちなみに俺は影の呼吸っていうのを使ってるんですよ。どっちもある意味日の呼吸の派生とも言えるんで俺達同類ですね。仲良くしましょうよ、下賤な人間と同じ発想を持っているんですから」

「き……さ、ま……っ」

 

 俺の言葉を聞いていた黒死牟はビキビキと顔に血管を浮かび上がらせる。

 だが、俺の奇策、奇襲に警戒しているのか迂闊にこちらに斬りかかっては来ない。

 そこら辺は、流石に無惨のように己の怒りに任せて飛び込んでくるような馬鹿な真似はしないか。

 飛び込んできたところを……って考えていたんだけどな。

 まぁ、腕を再生中だからってのもあるのだろう。

 

 ……前から言っているが、俺はただ趣味で煽っているわけではない。

 怒りというのは、冷静な判断力を失わせる。つまり罠にかけやすくなるのだ。

 俺は正攻法で戦った場合、クソ雑魚なめくじなので徹底的に奇策で勝負するしかない。

 決して、煽るのが楽しいとかそういう気持ちはない。ホントダヨ?

 

「あ、お近づきの印にこれ差し上げますね」

 

 俺は一向に近づいてこない黒死牟に対し、先ほど投げたなんちゃって閃光弾と同じ形をしたものを投げる。

 

「貴様は私を舐めているのか? そんな光るだけのもの、予め目を閉じ対処すれ……っ⁉」

 

 腕を再生させ、目を閉じながら伸ばした刀で俺の投げたものを斬り落とそうとしたが、その瞬間それは爆ぜ、破片が黒死牟に突き刺さる。

 はい、残念。

 今投げたのは、閃光弾じゃなくて手榴弾でした。

 しかも爆発すると、中から日輪刀と同じ材質の破片が飛び出すおまけつきである。

 案の定、日輪刀と同じダメージを受けた黒死牟は苦悶の表情を浮かべながら膝をつく。

 先ほどのインスタント赫刀によるダメージも完全に回復していなかったのもあるだろう。

 さぁ、肉体、精神共に弱ってきている黒死牟フルボッコタイムである。

 やっておしまい、悲鳴嶼さん、実さん!




赫刀の条件は原作でも明確になってなかったはずなので、この作品では刀身を熱くすれば発動するって事にしてます。


ちなみに賽の煽りを聞いてる面々は、そのえげつなさにドン引きしていて情報源がどこだよとかはまったく気にしてません。
ちょっとお兄様に同情しているレベルです。

これが卑柱の実力


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どんな手をつかおうが……最終的に……勝てばよかろうなのだァァァァッ!!

感想にあった卑ノカミ神楽が上手くて感心したし笑いました


 黒死牟と戦闘を開始してからどれほどの時が経っただろうか。

 俺の天才的な戦略と悲鳴嶼さん、実ちゃまの活躍により、黒死牟は満身創痍となっていた。

 対して、俺達の方は怪我こそしているものの致命傷まで至っている者はいなかった。

 それどころか痣すら出していない。

 それもこれも、俺のインスタント赫刀や赫刀グレネードにより再生が追い付かず、攻撃もままならなかったからだ。

 

「もう……楽にしてくれ……これ以上、生き恥を晒したくない……」

 

 そして、ついには心の折れた黒死牟が膝をつき、自身の頸を差し出してくる。

 

「私は、これまで何をやっていたのだろうか。人間を辞めてまで最強の座を求めたというのに、このような訳の分からない人間に良いように弄ばれるなど」

 

 訳の分からないとは失敬な。

 俺は単に、生き残ることに全力なだけだ。

 生きる、という目的に限っては俺も無惨と同類かもしれない。

 

「子孫を斬り捨て、侍であることも辞めたというのに何故私は弟に追いつけなかった? 何故何も残せなかった? 何故私は何者にも……」

「あ、そんなの知るかよ。自分の弱さを認めず、弟から逃げた時点で、お前は既に成長することをあきらめたんだよ。俺は自分が弱い事を知っている。認めている。だから、努力した。そして誰かに頼ることを厭わなかった。その結果がこれだ」

「……」

 

 俺の言葉に、黒死牟は押し黙る。

 

「他に言い残すことはあるか?」

「ない」

 

 黒死牟の答えに、俺は「そうか」と答えそのまま頸を斬り落とす。

 原作のように第二形態になるかもと心配していたが、それは杞憂だったようでそのままボロボロと崩れ去りあとには壊れた笛だけが残っていた。

 

「さぁ、先を急ごう。もたもたしてると無惨が復活しちゃうからな」

 

 俺は後で弔ってやろうと笛を拾い上げ懐にしまいながら振り向くと、全員が何とも微妙な表情を浮かべていた。

 あの実ちゃまでさえ苦虫を嚙み潰したような顔をしている。

 

「どったの? ほれ、さっさと行こうぜ」

「お、おう……」

「うむ、そうだな……」

 

 俺が急かすと、何とも歯切れの悪い返事をする。

 皆の反応が気になるが、ここで問答をしている余裕もないので、さっさと無惨のもとへと向かうことにする。

 ちなみに、無惨の場所は平隊士により既に把握済みで、発見した隊士達はとっくに下がらせ、冨岡さん達を待機させている。

 イグッティと蜜璃ちゃんは、まだ鳴女と戦闘中らしい。

 鳴女は戦闘力はないが、血鬼術が厄介だからな。

 2人は後で合流してくれると信じておこう。

 

 

 俺達はひたすら全力で無限城を駆ける。

 少しでも遅れれば被害が増えるからだ。

 幸いにも俺の知らない上弦は誕生していなかったらしく、無事に冨岡さん達と合流することができた。

 

「賽さん!」

 

 無惨の繭へと辿り着くと、俺の姿を見つけた炭治郎くんが叫びながら寄ってくる。

 

「無事だったんですね」

「あたぼうよ、俺を誰だと思ってる。生き残る事最優先の俺だぞ? それよりも、無惨の様子はどうだ?」

「鎹鴉を通しての連絡では、そろそろ復活しそうとの事です」

 

 どうやら結構ギリギリだったらしい。

 やはりイグッティと蜜璃ちゃんの姿は見当たらないので、間に合わなかったようだ。

 柱2人の欠員は痛いが、原作と違いこの場には煉獄さんと宇髄、そして獪岳が居る。

 戦力としては充分お釣りがくるレベル……と言いたいが、それでも最大限に警戒しないといけないのが無惨の厄介なところだな。

 あいつ、頭無惨の癖にスペックだけはマジでラスボスだからなぁ。

 

「皆、そろそろ無惨が復活する。準備(・・)をしておいてくれ」

 

 俺の言葉に、その場にいる全員が頷く。

 ある者は抜刀し強く握りしめ、ある者は鞘に刀を納めいつでも抜刀できるようにしている。

 そして、それを見計らったかのように繭から黒い影が飛び出し、抜け殻となった繭の上に降り立つ。

 

「……忌々しい顔ぶれが並んでいるな」

 それは髪が白くなり、四肢が異形へと変じていた無惨であった。

 

「それに猗窩座……死んだと思っていたが、まさか裏切ってそちら側に居るとは、失望したぞ」

「何が裏切りだ。一方的に俺を鬼にしたのはそちらだろう。それに、今の俺は猗窩座ではない。狛治だ」

 

 そんな狛治の言葉も興味がないという風にため息を吐くと奴は周りを一瞥し、手に持っていた何かを俺達の方へと投げ捨てる。

 それは、頭だけとなった珠世様であった。

 

「見ろ、そいつの哀れな姿を。私に薬を分解されまいともがいていたようだが、結果そのような哀れな姿となり、私は薬を分解し終えた。貴様らのやってきたことは全てが無駄だったのだ」

 

 無惨は、自身の全能さに酔いしれているのか両手を広げてそんな事をのたまっていた。

 人間に戻す薬と聞いて、素直にそれだけしか効果がないと信じている無惨が本当に滑稽だったが、流石にそれをここで言ってしまえばバレてしまうので心の中で盛大に馬鹿にする。

 

 そして、無惨が勝ち誇っている間に俺は珠世様の頭を回収し、愈史郎の血鬼術で姿を消していた回収&救護班に珠世様の頭を渡す。

 血を与えれば、今ならまだ間に合うはずだ。

 

「賽さん……すみません……人間に戻す薬に関しては失敗してしまいました」

「珠世様、今は無理せず喋らないで回復に専念してください。薬に関しては分解されるのは想定済みです」

 

 むしろ、本命はそのあとの効果である。

 原作通り効いているのは無惨の髪の毛を見れば一目瞭然だ。

 

「分かりました……賽さん、お願いします。私の夫と……子供の仇を必ず……」

 

 その言葉に俺が頷くと、珠世様は安心したのかそのまま目を閉じる。

 一瞬死んでしまったかと焦るが、どうやら回復に専念する為に瞑想状態に入ったらしい。

 俺は、珠世様にふんだんに人間の血を与えるようにと救護班に伝えるとそのまま危険領域から離脱させる。

 そして振り向くと、無惨の演説はまだ続いていた。

 うーんこの頭無惨様。

 

「私は復活したばかりで、まだ体力が回復していない。故に回復に専念するため、お前達は見逃してやろう。こちらとしてもこれ以上お前達、異常者の集団に付き合ってられないからな。お前達は生き残ったのだからそれで充分だろう?」

 

 そのあまりの言葉に、その場にいた全員の殺気が膨れ上がるのを感じた。

 

「死んだ人間が生き返ることはないのだ。いつまでもそんなことに拘っていないで、日銭を稼いで静かに暮らせばいい。鬼に殺された者は大災にあったと思え。そうすれば復讐心もわかないだろう。天変地異に何かをしようとは普通思わないからな」

 

 いやいや、そういう災害に遭わないために人間達は色々対策するんだよ。

 自分を災害だというなら、ますます放っておくわけにはいかないじゃん。

 

「夜明けまで時間稼ぎをしようと目論んでいたようだが、ここは光届かぬ城の中。私の提案を素直に受け入れた方が利口だと思うが?」

「寝言は寝てから言ってくれます? 鬼舞辻蛸さま。じゃなかった、無惨様」

 

 徹底的な上から目線の無惨の鼻っ柱を砕いてやろうと俺は話しかける。

 そんな俺の言葉が聞こえたのか、無惨はこちらを殺意のこもった目で見降ろす。

 

「そうだな。貴様の存在を忘れていた。他の者は見逃してやらなくもないが、貴様だけは殺す。私を侮辱した罪は貴様の命をもって償え」

「アンタたちの部下は揃いも揃ってアンタみたいな上から目線だったけど、どいつもこいつも俺の策にまんまとハマって全員死んだぞ? そんな情けない十二鬼月(笑)の上司がいくら凄んだところで怖くないって頭無惨様」

 

 嘘です、めっちゃ怖いです。

 周りに皆が居なかったら鬼になるのを志願してたレベルで怖いです。

 あと、狛治。俺の言葉を聞いてさりげなくへこむな。

 

「残念だが、貴様のその煽りは強がりだという事は理解している。貴様自身は強くない。あくまで周りに助けられているに過ぎない。そもそも、だ。私は頸を斬ったくらいでは死なず、肝心の太陽もこの室内では意味がない。どうやって勝つつもりなのだ?」

 

 どうやって勝つつもりかって?

 こうやって勝つんだよ!

 

 俺が合図をすると、その場にいた狛治以外の全員が『赫刀』を発動する。

 すでに痣が発動してしまっている者は自力で発動し、握力の足りない者などは俺考案のインスタント赫刀を発動する。

 いつから、インスタント赫刀が俺だけだと思っていた?

 俺が無惨への対策をしていないわけないだろうが、ヴァカめ!

 

 イグッティ、蜜璃ちゃんを除いた柱7名、かまぼこ隊、玄弥、カナヲちゃん、獪岳の計13名の赫刀所持者で無惨を囲み、俺は笑みを浮かべながら口を開く。

 

「さぁ、いつまで強気でいられるかな?」

 




この後の展開としては、主人公がドイツと協力し紫外線照射装置を開発して、無惨にそれを四方から浴びせながら「鬼殺隊の技術力は世界一ィィィィ!」と叫びながら決着を考えていましたが、無惨への精神攻撃が足りなかったので没になりました。

次回、全員赫刀のフルボッコタイムが始まります。
知識こそパワー


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鬼の屍を越えてゆけ

定期的に、ここすき一覧を確認するのですが「( ᐛ )パァ」がダントツ過ぎる

今回、物語の都合上、三人称視点から始まります。


(なんだ……何がどうなっている!)

 

 目の前の光景を見て、最初に無惨が抱いた感想はそれであった。

 かつて、自分を最も追い詰めた忌まわしき人間――縁壱が使用していた赫刀そのもの、もしくは非常にそれに近い武器。

 それが13本も自分を取り囲んでいる。

 何の冗談だと叫びたかった。

 先ほどまでは、明らかにこちらが優位であったはずなのに一瞬でそれは覆される。

 理外の存在である無惨ですら、目の前の光景は理解できなかった。

 

(私は、これを知っている。そして、斬られればどうなるかを理解している)

 

 そんな事を考えている無惨の取った選択は――逃げる事であった。

 わき目もふらず、プライドもかなぐり捨て、無惨は全力でその場を逃げ出した。

 無惨の目的は鬼殺隊に勝つことではない。生き抜くことだ。

 そのためなら何を犠牲にしても厭わない。生き恥を晒しても構わない。

 それこそが無惨であった。

 

 自身の後ろで賽達の追いかける気配を感じるが、そんなものを気にしている余裕はなかった。

 無惨は自身の逃走路を確保しつつ、追手の追撃をかわすため、蜜璃と伊黒を殺した(・・・)鳴女に無限城の構造を変えるように指示を出す。

 そして、音を立てて床から壁がせり出してくる。

 ……ただし、無惨の背後ではなくよりにもよって自分の逃走経路を潰すように目の前に、だ。

 

「っ! 何をしている鳴女!」

 

 自身の意にそぐわない行動を取る鳴女に対し怒鳴る。

 無惨は、離れた鬼とは視覚の共有しかできない。

 故に、鳴女の視線の先にあるものを信じるしかなかった。

 鳴女の視線の先では、確かに蜜璃と伊黒は死んでいた。それ故に、無惨は何の疑いもなく鳴女を頼った。

 だが、事実は違う。

 賽の指示により既に鳴女は愈史郎の支配下にあった。

 当然、無惨へと見せていた光景も偽物である。

 

 今回、無限城へ突入するへあたり、愈史郎はいくつもの任務を課せられていた。

 司令塔との視覚の共有、救護班、平隊士への透明化札の貸与。そして、最重要の鳴女の支配権の奪取である。

 当然、働かせすぎだと愈史郎は怒り、提案を却下するが賽を経由し敬愛する珠世が頼んだことであっさりと了承するのだった。

 今回、MVPは誰かと問われたら間違いなく愈史郎だっただろう。

 

 そんな事情など知りもしないし、推測しようともしない無惨はただただ鳴女の無能さに苛立ちを覚えるばかりであった。

 だが、すぐに気を取り直すと壁の横から回り込もうとしたところで、急に飛び出してきた2つの影に自身の両腕を斬り飛ばされる。

 その影とは、蜜璃と伊黒。

 鳴女の問題が解決したことで、2人は鎹鴉の案内のもと、すぐさま無惨の所へと向かい誘導されたところをまんまと奇襲を成功させたというわけだ。

 当然ながら、蜜璃と伊黒も赫刀を発動させている。

 

(腕が再生しない⁉)

 

 そして、斬られた腕が再生しないことに驚愕する無惨は、ますます縁壱の存在を思いだし、震える。

 縁壱に斬られた傷は未だ治らずジクジクと痛みだす。

 

(なぜ……こんなことになった? 何処から狂いだした?)

 

 

 逃亡するには鬼殺隊が邪魔だと判断した無惨は、応戦しながらも自問自答する。

 

(気まぐれに鬼にした者が太陽を克服した時か? 違う。あの耳飾りを付けた鬼狩りに出会った時か? 違う。ならば、あの鬼狩りの家族を皆殺しにした時か? 違う! 全ては……そう、全ては栖笛賽! あいつだ! あいつが全ての元凶だ! あいつさえ居なければ、全てが上手く行っていた。鬼狩り共をすべて始末し、あの太陽を克服した鬼を吸収し、私は完全なる存在へと昇華することができたのだ!)

 

 無惨は、これまでの失敗の全てに賽が関わっていることを再確認すると、憎悪に満ちた目でにらみつける。

 肝心の賽はというと、柱達の影に隠れ、時折姿を現したかと思えばダメージにならないちまちまとした攻撃を与えてくる。

 そんな賽の行動に、無惨は益々怒り狂う。

 

(見れば、賽はこの鬼狩り共の中心になって行動している。産屋敷さえ潰せば何とかなると思っていたが……奴を潰さねば意味がないだろう。だが、どうする? 普通に攻撃したところで、奴は未来予知しているとしか思えないほど的確に避ける。どうすれば、奴を無力化できる?)

 

 無惨は賽の攻略の為に思考する。

 そのため、攻撃の手は緩め回避することに専念する。

 ある意味では賽と同じく生き抜くことが目的の無惨は、回避することにさえ集中すれば攻撃を避ける事など造作もなかった。

 

(っ! そうだ、最初からこうすればよかったのだ)

 

 無惨は、まるで天啓が降りてきたとばかりの案を思いつき密かにほくそ笑むのだった。

 

 

 

 

 鎹鴉の伝令によると夜明けまで残り2時間以上。

 まるでタイムアタックのように最高効率で無限城を攻略してしまった事によるデメリットがここへ来て俺達にのしかかる。

 現在、赫刀によるフルボッコと愈史郎による遠隔サポートにより何とか無惨を押しとどめているが夜明けまで体力がもつかどうか怪しい。

 先ほどまで苛烈な攻撃を仕掛けてきていた無惨だったが、今はどういう訳か回避に専念している事も不安だ。

 奴は基本的に敵わないと知ればすぐに逃走を図る程のチキンだ。

 ここで逃がしてしまえば、もう奴を生きている間に倒すことは不可能になるだろう。

 無惨という負の遺産はここで始末しなくてはならない。

 

「ん?」

 

 皆の影に隠れながらチマチマ攻撃していると、不意に無惨が笑ったように感じる。

 瞬間、無惨の背中から生えた8本の触手(やっぱりタコ辻無惨じゃないか)の内の1本がこちらへと向かってくる。

 防げない速度ではないので、少しでも奴の戦力を削る為に俺は赫刀を構え触手を斬り落とそうとする。

 

「ぶわっ⁉」

 

 触手を斬り落とそうとした瞬間、あろうことかそれは急に俺の前で弾け飛ぶ。

 何かが俺の全身へとビシャリと降りかかり赤く染め上げる。

 流石に俺の目の前で弾けるというのは予想できず避けそこなってしまった。

 

 おそらくは無惨の血液だろう。

 無惨の血液? しまった!

 

「あ、ぐっ……!」

 

 理解した時にはもう遅く、俺の心臓は早鐘のようにドクドクと脈打ち、全身の血液が急速に全身を駆け巡り、とてつもない痛みが俺を襲う。

 

「フハハハハ! 見たか、賽! 貴様のような人間の浅知恵如きではしょせん、私を出し抜くことなど不可能なのだ!」

 

 遠くなる意識の中、無惨の勝ち誇ったような声が聞こえてくる。

 おいおい、お前は何度同じようなフラグを立てれば気が済むんだ。

 そんなツッコミを入れたかったが最早声も出ない。

 

「貴様には私の血液をふんだんに与えた! だが、鬼にはしない。猛毒と同じで細胞を破壊して死に至らしめる。貴様さえ……貴様さえ死ねばもはや怖いものなど何もないのだ!」

 

 くそ、これは完全に俺の落ち度だ。

 まさか無惨がこんな小手先の技を使ってくるとは思わなかった。

 小物の癖にプライドだけはいっちょ前なのでこういう事はやってこないだろうという慢心があった。

 それが、このざまである。

 

 ……やがて、耳も聞こえなくなってきた。

 周りで誰かが叫んでいる気がするが、それすらも分からない。

 深い……深い闇が俺の意識を塗りつぶし、そのまま俺は地面へと倒れこむのだった。




【悲報】主人公、ついに無惨の手によって倒れる。


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再誕

今回、視点が何度か切り替わりますのでご注意ください。


 ――暗い。昏い。

 闇に塗りつぶされ、上か下かも分からない空間に俺は居た。

 俺は、何でここに居るんだっけ? 何をしてたんだっけ?

 

 ――あぁ、そうだ。俺の理想のハッピーエンドの為に無惨を倒そうとしてたんだっけ。

 そして、油断から無惨の毒を真正面から浴びて倒れちゃったんだ。

 意識を失う間際、しのぶの泣いている顔が見えた。

 まいったなぁ……しのぶを泣かすのはもう最後にしようと思ってたのになぁ。

 

「驚いたな、まだ意識を保っているのか」

 

 俺が自身の迂闊さに反省していると、不意に無惨の声が聞こえてくる。

 声の方を振り向けば、最終形態ではなく人間の姿の無惨が立っていた。

 

「私の血を大量に浴びて、なお未だに事切れないというのは素直に称賛する。――おっと、私をどうにかしようなどと思わぬことだ。私は本体ではない。貴様の体内に侵入した残滓だ。直に、貴様の中に溶け込み消えるだろう」

 

 俺の殺気を感じたのか、無惨はそう言う。

 心なしか、本体よりも頭がよさそうに見えるのは気のせいだろうか。

 

「――貴様を侵食する際に記憶を読ませてもらったが、正直言って驚いたぞ。まさか、未来を予知していたとはな。どうして未来を知りえたのかは謎だが、そういう事なら、貴様が的確に私の邪魔を出来たのも納得できる」

 

 どうやら、俺が鬼滅の刃という漫画を読んで知ったという事までは分からなかったらしい。

 なんらかのフィルターでもかかったのだろうか。

 

「だが、だからこそ分からないことがある」

「何だよ、分からない事って」

「貴様の記憶の中では、本来であれば累に殺されているはずだったとある。そして、それを回避する為に努力していたと。だが、自身の運命を打ち破ったのなら何故そこでやめなかった? 折角生き延びたというのに、何故鬼狩りを続け、自身を命の危険にさらしてきた? その結果、こうして私に敗れ死を迎えている」

 

 確かに、累に勝った時点で引き留めてくる耀哉達を無視して一般人として、モブとして過ごすという手もあった。

 無惨が死ぬのは確定してるし、わざわざ危険な目に遭う必要もない。

 

「貴様は、私と同じだ。何を犠牲にしてでも自分1人が生き残ればいいと思っていたはずだ」

「しのぶがな……泣いてたんだよ」

「何?」

「あれは4、5年くらい前だったかな? おたくの所の童磨と元柱である胡蝶カナエが戦っているところを見るまでは、関わるもんかと思っていたんだ」

 

 唐突に語りだした俺に対し無惨(残滓)は、何を言いたいのか分からないという風に眉を顰める。

 

「でもな、不思議なもんで気づいたらカナエさんを助けるために童磨の前に飛び出してたんだよ。当時はただの平隊士でしかない俺が上弦の前にだよ? 我ながら、自殺行為だと思ったし、これは死んだなって思ってた」

 

 だけど、奇跡的に生き残った。

 そして、カナエさんを生存させることが出来た。

 両足は戦いの影響で使い物にこそならなくなってしまったが、命があるだけマシと言えよう。

 そして、気づいた時には蝶屋敷だった。

 そこで……俺はしのぶに感謝されたんだ。しのぶは、ボロボロと涙を流して嬉しそうにしてたよ。

 ――その時からかな、あぁ……目の前に居るこの人達は確かに生きてる人間なんだなって。

 それまでは、あくまでフィクションの中に入ったという感覚しかなく、目の前の人達もどこか現実味が感じられなかった。

 でも、それからはここが現実だと再認識し、俺は目標を改めることにした。

 もちろん、俺の第一目標は生き抜くこと。

 そして……本来ならば死ぬはずだった人達を助ける事。

 運命は変えられるって言うのはカナエさんで実証済みだったしな。

 俺には原作知識という最強のチートがあった。俺ならできると思った。

 その結果、救うことが出来た。

 

 勿論、時期などが分からず救えなかった人も居る。

 だから、俺は自分の手が届く限りは救うことにしたのだ。

 

「やはり、貴様の言っている事は理解できんな」

 

 俺の言葉を聞いて、無惨は呆れたように首を横に振る。

 

「は! タコ辻無惨様に理解してもらおうと思ってねーよ。脳味噌を無駄に増やしたくせに悪手しかうてないアンタにはな」

「もうすぐ死ぬというのに最後まで口の減らない人間だ」

「――いつから、俺がもうすぐ死ぬと錯覚していた?」

 

 俺がそう言うと、無惨(残滓)は明らかに狼狽えた表情を浮かべる。

 そうそう、そういう顔が見たかったんだよ。

 

「いい加減さ、俺という人間を理解しようぜ。何回裏かかれてると思ってんの? 学習できないの? 頭無惨様だからすぐに忘れちゃうの? こっちには珠世様と狛治が居たんだよ? アンタの性質は筒抜けなんだ。アンタの血が猛毒だって事もな」

 

 そこまで説明してやった所で、無惨は俺が何を言わんとしているのかようやく理解したようだった。

 

「まさか!」

「そのまさかだ! 俺が! アンタと戦うのに血清を用意していないわけないだろうがぁ!」

 

 無惨の血を色濃く受け継いでいる狛治という切り札が居るのだ。

 無惨の血用の血清を用意するのは容易い事なのだ。しのぶと珠世様にとってはな!

 とはいえ、それも100%ではなく死ぬ可能性もあった。

 倒れる間際に咄嗟に血清を打ちはしたが、結構な賭けであった。

 が、どうやら賭けには成功したようで段々と意識が覚醒していくのを感じる。

 心なしかしのぶの泣いている声も聞こえる。

 早く覚醒して泣き止ませてあげんとな。

 

「わ、私の体が……」

 

 血清がどんどんと俺の体の中を駆け巡り、無惨の体が崩れていく。

 

「まぁ、悲観するなよ? 今すぐ、てめぇの本体も地獄に送ってやるよ。……じゃあな、お労しい無惨様」

 

 

 

 

「もっと血清を持ってきて! 早く!」

 

 街の隅の方で私は救護班にそう叫ぶ。

 賽が無惨の毒により倒れた後、私は他の人達に背を押され賽の治療に当たっていた。

 本当は無惨との戦いに参加したかったのだが、賽を優先しろと言ってくれたのだ。

 治療中、鳴女という鬼が死亡したのか無限城は崩壊し、地上へと放り出されてしまった。

 その際、彼だけは守らなければならないと必死に守り、何とか安全を確保できた。

 賽を守った時に無理な体勢だったためか、体のあちこちに激痛が走っている。

 おそらく、骨の何本かは折れてしまっている。

 だけど、私よりも賽の方が優先だ。

 

 彼は、自分自身を弱いと評価しているがそうは思わない。

 悲鳴嶼さんや不死川さんは口には出さないけど頼りにしているというのは伝わってくる。

 彼は私を含めた鬼殺隊にとって、希望の星なのだ。

 だから死なせるわけにはいかない。

 

 だけど……一向に目が覚めない。

 先ほどから珠世と共に共同開発した血清や薬を何本も打っているが、無惨の毒の浸食が止まらない。

 彼自身も倒れる間際に血清を打っていたようだが、効果が見えない。

 もしかして失敗だったのだろうか?

 そんな最悪の予想が脳裏をよぎる。

 

「賽……起きてよ……っ! ほら、皆が無惨と戦ってる音が聞こえるでしょう? 皆、アンタが復活するのを待ってるんだから! 早く起きなさいよ!」

 

 動かない賽を見下ろしていると、涙が零れてくる。

 私は、いつからこんなに弱くなったのだろうか。

 無惨と戦うのならば多大な犠牲が出ることは覚悟の上だった。

 だけど、いざ賽の姿を見てしまうととてもじゃないが耐えられなかった。

 

「賽……あんたが好きなのよ。姉さんもあんたが好きなんだって……2人の女を泣かせる気なの?」

 

 無駄と分かっていながらも賽の手を握り、私は訴えかける。

 私が両手で賽の手を握ると、熱が伝わってくる。

 ……熱? そんなはずはない。先ほどまで死へと一直線で、どんどん体温が低くなっていったはずだ。

 だけど、今の賽は熱すぎる程に熱い。

 

「ヒビ……? いや、蜘蛛の巣の形をした痣?」

 

 気づけば、賽の顔には蜘蛛の巣状の痣が浮かび上がっていた。

 一瞬、無惨の毒で顔がひび割れたのかと思いかなり焦ったのは内緒だ。

 

 そして、待ち望んでいた人の目が開く。 

 最初は状況が飲み込めてないようだったけれど、すぐに把握すると起き上がる。

 

「おはよう、しのぶ。ちょっと寝坊しちゃったか?」

「えぇ、遅刻よ。ここに姉さんも居たら2人で怒ってるところだわ」

 

 毒で死にかけていたというのに、賽はまるでこれが日常だと言わんばかりにいつも通りのふざけたやり取りをする。

 

「さて、そんじゃあ寝坊しちゃった分は働きますかね。しのぶ、謝るのは後でな」

「あ……」

 

 痣の事を伝える前に、賽は無惨の所へと走っていってしまう。

 痣が発現すると確か……私は、痣の情報を思い出すと嫌な予感がするが、何故か賽なら大丈夫だという謎の安心感もあった。

 

「……今は、そんな事を考えている場合じゃないわね。私も行かないと……!」

 

 私は自身の両頬をピシャリと叩いて気合を入れると、涙を拭って無惨の所へと走り出すのだった。

 

 

 

 

 目覚めてから妙に体が熱い。

 無惨の毒の影響かとも思ったが、それにしてはいつも以上に体の調子がいい。

 なんというか、自分の想像以上に体が動くのだ。

 

 目の前の方を確認すると、他の皆が勢ぞろいで無惨と戦っているのが見える。

 俺もすぐさま参加しなければと思った矢先、ゾクリと背筋が冷たくなる。

 ほとんど本能で透き通る世界を発動すれば、無惨が何かをしようとしているのが理解できた。

 そして、その行動のせいで鬼殺隊がほぼ壊滅状態になるという事も予想できた。

 

「っ!」

 

 俺は更に加速する。

 自然と刀を握る力が強くなる。

 燃やしていないのに刀が赤くなっている気がするが、それどころではない。

 

「うっらあぁぁぁ!」

 

 俺は刀を蛇腹モードに切り替えると、今まさに皆へ攻撃しようとしていた無惨の背中に生えている触手をすべて(・・・)斬り落とす。

 

「賽さん!」

「賽!」

 

 俺の姿を見て、皆が嬉しそうな表情を浮かべる。

 どうやら、俺の思っている以上に心配をかけてしまったらしい。

 全部終わったら謝らないとな。

 そんな事を考えながら、俺は無惨の方を向く。

 

 奴はそんな俺を見て驚愕の表情を浮かべていた。

 どうやら、俺の体内に居た残滓とはリンクしていなかったらしい。そういうとこやぞ。

 ほんじゃま、ここらでダメ押しの煽りでもかましておきますかね。

 

「お、丁度いいくらいの鬼がいるじゃねぇか」

 

 それは、俺の原点ともなるべきセリフ。

 

「こんな鬼なら俺でも殺れるぜ」

 

 あえて強い言葉を使う事で、自身を奮起させる。

 

「俺はな、平和に暮らしたいんだよ。皆と一緒にな」

 

 それは、俺の偽らざる本音。

 

「あんたの仲間は全滅だし、残ってるのはお前のみだ。さっさとお前を倒して、皆と凱旋させてもらうぜ」




次回、決着(最終回ではないです)


以前、感想で賽の痣は蜘蛛の巣とかっていうのを見かけたのでこれだ!ってなりました。
あの有名なコマと同じ痣です。


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サイコロステーキ先輩に転生したけど、全力で生き残った

紅蓮華と同時に本編が始まる特殊OPを妄想して書きました。

紫外線照射装置オチは没にしてよかったなって……


「貴様は……何度……何度邪魔すれば気が済む! 確実に死んだはずだ! それがなんだ、今度は顔にそのような痣を浮かべて! どこまで私を愚弄すれば気が済む!」

 

 俺が刀を構えれば、無惨は取り乱しながら叫ぶ、

 あん? 痣……?

 無惨の言葉に首を傾げた俺は隣に居る狛治に話しかける。

 

「……なぁ、狛治。俺の顔に痣なんて出てるか?」

「あぁ、くっきりと出ているぞ。蜘蛛の巣型……とでも言えばいいのか?」

 

 ふむ。

 

「炭治郎くん」

「はい、出てますね」

 

 なるほど?

 

「ちょっと誰か手鏡とか持ってない?」

「あ、私が……」

 

 俺の問いかけに、蜜璃ちゃんがトテテとこちらに駆け寄ってきて手鏡を手渡してくる。

 うーん、流石は女の子。

 こんな戦場の場でも鏡を持ち歩くのを忘れない女子の見本のような子だ。

 そんな事を考えながら、俺は手鏡を覗き込む。

 ふむ……確かに蜘蛛の巣のような形の痣が浮かんでいる。

 そう、まるで原作でのサイコロステーキ先輩のような痣が。

 一瞬、傷かとも思ったが触れても特に痛みはない。

 

 なるほど、痣と考えれば妙に体が熱いのも納得がいく。

 そして、やたらと体の調子が良いのも理解できる。

 そうかー、痣が出たかーはっはっは……。

 

「無惨、貴様を夜明けまで斬り殺す……っ」

「え」

 

 俺の唐突な態度の変化に、あの無惨が素っ頓狂な声を出す。

 おそらく、俺は今まで生きてきて最大級の殺気を放っている。

 

 痣が出たという事はつまりだ。

 俺の寿命が決定してしまったという事。

 しのぶ達に囲まれて老衰で死ぬという夢が叶えられなくなったという事。

 そうなったのは誰のせいだ? そう、無惨だ。

 俺がこんな悲しい気分になっているのは誰のせいだ? そう、無惨だ。

 

「無惨、貴様は絶! 許!」

 

 蜜璃ちゃんに手鏡を返すと、俺は全ての元凶である無惨を睨みながら親指で首を掻き切るジェスチャーをする。

 

「やってみろ、たかが人間が!」

 

 無惨はそう叫ぶと、斬られた触手とは別の場所から新たな触手を数本生やす。

 どうやら、再生しないなら新しく生やせばいいじゃないという事らしい。

 

「蜜璃ちゃん! あれをやるぞ!」

「分かったわ!」

 

 無惨が動き出す前に、俺は傍にいた蜜璃ちゃんと共に走り出す。

 

「貴様が何度蘇ろうと、邪魔をしようと無駄だという事を分からせてやろう!」

 

 無惨は、新たに生やした数本の触手を一本の槍のようにまとめると、俺と蜜璃ちゃんに向かって放つ。

 

――影の呼吸

       揺らめく双影

――恋の呼吸

 

 無惨の槍が届く前に、俺と蜜璃ちゃんは同時に刀を振るい、交差し、打ち付け合い、軌道の読めない斬撃を放つ。

 無軌道に放たれる斬撃は何度も無惨の槍を切り刻み、俺達に届く前にそれを斬り落とした。

 俺と蜜璃ちゃんの刀の造形が似てるからこその合わせ技だ。

 

「それで防いだつもりか!」

 

 俺と蜜璃ちゃんが槍攻撃を防ぐと、すぐに地面から無惨の触手が伸びてくる。

 どうやら、槍の方は囮だったらしい。

 だが……。

 

――影の呼吸

       潜影蛇手

――蛇の呼吸

 

 ぬるりと俺の死角から躍り出た伊黒(With鏑丸)と俺の斬撃により、全ての攻撃を弾く。

 

「さんきゅーイグッティ」

「俺は甘露寺を助けただけだ」

 

 礼を言う俺に対し、イグッティはフンと鼻を鳴らしながらそっぽを向く。

 んもう、ツンデレなんだから。

 

「はっはっは! そう簡単に死なないだろうと信じてはいたが、少々肝を冷やしたぞ賽!」

「まったくだ! 俺を心配させた罰として俺の嫁達と一緒に派手に説教させてもらうぜ」

 

 俺とイグッティがいちゃついていると、煉獄さんと宇髄もやってくる。

 ……原作ではこの場に居なかった2人が居ると不思議な気分だな。

 

「悪かったよ、2人とも。……まだ、体力は残っているか?」

「誰に物を言っている! まだまだ気合十分だ!」

「俺は祭の神だぜ? こんな派手な場でへばってられるか!」

 

 はは、頼もしい人達だ。

 

――影の呼吸

       

――音の呼吸 幻炎響爆

 

――炎の呼吸

 

 宇髄が刀を地面に打ち付け爆発させ、目くらましをしその隙を俺と煉獄さんが走り抜ける。

 そして、俺が殺気のみを飛ばし無惨が釣られた隙に煉獄さんが無惨の両腕を斬り落とす。

 

「くそ……何故だ! 何故、貴様らの攻撃がここまで効く! 貴様ら如きの赫刀ではここまで私に傷を負わせられないはずだ!」

 

 さぁなんででしょうねぇ?

 原作では、珠世様の細胞から情報を得ていたはずだが、残念ながら珠世様は健在。

 つまり、頭無惨様は自分を苦しめている原因が分からないのだ。マジざまぁ。

 老化の薬が効いているのか、動きもどんどんと鈍くなっている。

 あとは、このまま夜明けまで畳みかけるだけだ。

 

「無駄に増やした脳味噌で考えたらどうですか、無惨様ぁ!」

 

 俺は怒鳴る無惨に対し、最大限にむかつく表情をしながら煽ってやりながら、俺は無一郎くんと冨岡さんに向かって叫ぶ。

 

 

「無一郎くん! 冨岡さん! 畳みかけるぞ!」

 

 俺の意図を察したのか、2人は無言で頷くと俺の横に並ぶと揺らめく蜃気楼のように並走しだす。

 

――影の呼吸

       

――水の呼吸 変移抜刀霞斬り

 

――霞の呼吸

 

 それは幻のごとく、水のごとく、霞のごとく、捉えどころのない予測不能な3種の斬撃。

 無惨の足を、胴を、頸を同時に斬り落とされる。

 が、それでも無惨は死にはしない。

 G以上にしぶとい野郎だ。

 

「カアアア! 夜明ケマデ後59分!」

 

 気づけば、もうあと1時間。

 もう少しだけ耐えればこの戦いも終わるのだ。

 いくら痣が出たとはいえ、俺の体力も無尽蔵ではない。

 ラスボスと戦っているせいで、いつも以上に疲労が激しい。

 ここが踏ん張りどころだ。

 だが、そう思った矢先、無惨は残された胴から四肢や首を生やし全力で逃走する。

 どうやら、完全に再生する方向は諦め新しく生やす方へとシフトしたらしい。

 

 って、冷静に分析している場合じゃないな。

 体力も底をつきかけているが、すぐに追いかけねばならない。

 

「無惨様、どこにいかれるのですか? 部下をおいていくとはあんまりではないですか」

 

 逃げる無惨の先に立ちはだかるのは狛治であった。

 

「どけぇ、猗窩座ぁ!」

「俺は狛治だ! 今度こそ……守り抜くため! 貴様を決して逃がしはしない!」

 

 ――終式・青銀乱残光

 

 青い閃光がいくつも放たれる。

 衝撃音が鳴り響き、その度に無惨の体が削れていく。

 だが、日輪刀ではないため大したダメージは与えられず、削れていく傍から回復しているようだった。

 

「猗窩座! 鬼同士での戦いは不毛だと理解しろ! 童磨に敗れるような貴様では私を倒せは……」

「倒す必要はない。俺の目的は貴様の足止めだ、鬼舞辻無惨!」

「よくやった狛治!」

 

――影の呼吸

       

――岩の呼吸 天墜

 

――風の呼吸

 

 

 悲鳴嶼さんの鉄球が無惨の頭上に放たれ、俺と(さね)の助力により鉄球は加速し無惨を押しつぶす。

 

「は! まさか、俺が鬼なんかと協力することになるとはなァ!」

「これもまた運命……」

「狛治、ファインプレーだったぜ」

「ふぁいん……?」

 

 俺の言葉に首を傾げる狛治。

 まぁ、横文字なんか分からんわな。

 

「ぐが……。貴様ら、いい加減に……」

「いい加減にするのはアンタの方だよ。ほら、もう逃げられないけどどうする? 分裂して逃げる?」

「貴様がそんな事をほざくという事は、分裂して逃げることもできないのだろう?効果は分からんが貴様の事だ。対策を打っていない訳がない」

 

 おっと、無惨が学習し始めたぞ。

 

「認めよう。確かに貴様は私を最も追い詰めた男だ! あの男よりも厄介だ! 貴様が生きている限り、私は平穏に暮らせはしないだろう! だがこの機を逃せばいつ太陽を克服できるかもわからん。 だからこそ、貴様だけは何としても殺す! 貴様が死ぬか、私が死ぬかの最後の勝負だ!」

「賽は殺させないわ」

 

 ――蜈蚣ノ舞 百足蛇腹!

 

 突如、俺達の横をすり抜けしのぶが無惨に向かって突進すると、奴の腹部を貫いた。

 

「無惨、貴方が賽を殺すというのなら私は、意地でもそれを邪魔して見せる。賽を殺したいなら、まず私を殺しなさい」

「しのぶだけではないぞ! 俺は賽に救ってもらったからな! 当然、俺も盾となろう!」

「俺も嫁さんを救ってもらった恩がある。そう簡単にはやらせねーぜ」

 

 しのぶ、煉獄さん……宇髄……。

 気づけば、他の面子も勢ぞろいし、無惨を取り囲んでいる。

 

「自殺志願者ばかりか。良かろう、貴様ら全員纏めて葬ってくれる!」

 

 そして、戦いは最終局面へとうつる。

 無惨は老化の薬によりどんどん年を取り、動きが鈍くなっていくが、それに比例し俺達の動きも疲労により精彩を欠いてくる。

 幸いにも怪我の大小はあれど致命傷を負っているものは居なかった。

 あとは、このまま耐えきれば……っ!

 

 それから、どれほどの時間が経ったか分からない。

 俺達の体力も尽きようとしたとき、ついに待ち望んでいたものが現れた。

 夜明けである。

 

 無惨も満身創痍となっており、このままでは逃げられないと悟ったのか自身の肉体を膨らませ巨大な赤ん坊のような姿となり少しでもダメージを減らそうと悪あがきをする。

 

「ギャアアアアアア⁉」

 

 だが、それでも看過できないダメージなのか苦しそうに叫んでいた。

 

「皆、これで最後だ! 絶対に奴を逃がすな! 頸を落とせ!」

 

 俺の号令のもと、戦える鬼殺隊全員がかかるが、無惨も死に物狂いで暴れまわり中々近づけない。

 

 ヒノカミ神楽!

 

 そこへ、炭治郎くんが隊士達の間を縫い無惨に攻撃をする。

 

「賽さん! 今です!」

 

 炭治郎くんの攻撃により怯んだ無惨に大きな隙ができた。

 俺はそれを見逃さず、すぐさま無惨の傍へと走り寄る。

 

「無惨、いい加減に終わらせようぜ」

 

 ――影の呼吸・終ノ型 夢幻泡影(むげんほうよう)

 

 影の呼吸の集大成。

 この技を喰らったものは斬られたことにすら気づかない。

 そして、まるで幻であったかのように儚く消え去っていく。

 

「――」

 

 最後に、無惨は声にならない声をあげ静かに崩れ落ちた。

 俺達を苦しめたラスボスのあまりにも呆気ない幕切れだった。




むげん-ほうよう【夢幻泡影】
人生や世の中の物事は実体がなく、非常にはかないことのたとえ。▽仏教語。「夢」「幻」「泡」「影」はいずれも壊れやすく、はかないもののたとえ。「影」は「えい」とも読む。


次回、エピローグ



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最終話 そして、これからも

潜影蛇手で料理?と思って検索したらクソほどに笑った


 ――それからの話をしよう。

 無惨を倒した俺達は、ひとまず騒ぎになる前にその場を撤収した。

 その後、産屋敷の名を借り、街の復興に協力する有志として鬼殺隊全員で作業にあたった。

 大変な作業ではあるが、隊士達は皆不平不満は言わず、それどころか晴れ晴れとして働いていた。

 長年の因縁だった鬼と、その元凶である無惨が滅んだのだから当然と言えば当然だ。

 俺も痣と残りの寿命について気になるものの、いったん痣の事は置いておいて働くことに専念した。

 

 ていうか、主に無惨が破壊しまくったのに何で俺達がその尻ぬぐいをせねばならんのだ。

 おのれ無惨。どこまでも人間に迷惑をかけていくな。

 そんな、何とも納得いかない感情を抱えたまま、復興作業をしていった。

 ちなみに、狛治の処遇は一旦保留にし夜間の作業を手伝わせた。

 人手は少しでも欲しいからな。

 

 それから3ヵ月後。街もほぼ復旧し、鬼殺隊のメンバーの手が必要なくなり始めた頃、俺達柱は久しぶりに産屋敷邸へと呼ばれた。

 到着すると、俺が一番最後だったようで他の柱達が待機しており、上座にお館様が座っている。

 無惨を倒してからは病気の進行も止まり、完全に快復……とまではいかないがそれなりに快方に向かっているそうだ。

 正直、無惨が原因で短命というのは考え過ぎで血筋による何らかの病気かなと思っていたのだが、どうやらマジで無惨が原因だったらしい。

 おのれ無惨め。(2度目)

 

「……全員揃ったね」

 

 柱が全員揃った事を確認すると、お館様が口を開く。

 

「街の復興作業お疲れ様。上の人達からは非常に助かった、感謝していたと伝えてくれと言っていたよ」

「うむ! 俺達が暴れまわって壊してしまったからな! 後始末をするのは当然のことだ!」

「無惨の尻拭いをせねばならんのが納得いかないがな」

 

 煉獄さんがそう言うと、イグッティがそれに続けるようにネチネチと話す。

 相変わらずのネチネチっぷりではあるが、この3ヵ月でだいぶ険が取れてきたように思う。

 まぁ、そうなった理由は最近、蜜璃ちゃんとの仲がさらに進んだせいだというのは俺だけが知っている。

 何故知っているかって? 蜜璃ちゃんから報告を受けているからだ。

 イグッティと仲良くしたいけどどうすればいいか分からないと蜜璃ちゃんから相談されたので、デートの指南や男女間での仲良くする方法を教えていたら、報告してくれるようになったのだ。

 それらの事は、俺のイグッティ弄り帳に逐一記録し、タイミングを見計らってちょくちょく弄っていこうと思う。

 

「……街に関することはこれくらいにしておいて、本題に入ろう。今日が最後の柱合会議だ」

 

 最後、か。

 本当に終わったんだな。

 何度か会議はやってきたが、その度に胃を痛めていたんだけれども……いざ最後となると少しばかり寂しい気分にもなるから不思議なものだ。

 

「行冥、義勇、杏寿郎、実弥、天元、蜜璃、小芭内、無一郎……そして賽。今まで本当にありがとう。まさか、柱が全員揃ったままこの日を迎えられるとは思っていなかった」

 

 俺が何年もかけて理想のハッピーエンドを迎えようと努力したんだから当然だ。

 これで、もし誰か1人でも欠けていたら俺は一生後悔していたと思う。

 平隊士達に関しては……残念ながら何人かは死んでしまったが、それでも原作よりは多くの人達を救えたはずだ。

 

「――鬼殺隊は今日で解散する」

 

 ……あぁ、本当に終わるんだな。

 ようやく柱から解放されるという嬉しさと、これで終わってしまうという悲しさが俺の胸中をぐるぐると渦巻く。

 

「長きに渡り、身命を賭して世の為人の為に戦って戴き、尽くして戴いたこと……産屋敷家一族一同、心より感謝申し上げます」

 

 お館様……いや、鬼殺隊はもう解散だから耀哉だな。

 耀哉と奥に控えていたあまねさんや子供達も同時に頭を下げる。

 

「顔を上げてくださいませ!」

「礼など必要御座いません! 鬼殺隊が鬼殺隊で在れたのは産屋敷家の尽力が第一です!」

「……ありがとう。義勇、実弥。そう言ってもらえると私も救われる」

 

 冨岡さんと実ちゃまの言葉に耀哉が微笑んだ……と思ったら、こちらをちらりと見ると不敵な笑みを浮かべる。

 ……なんだろう。すっごく嫌な予感がする。

 俺の本能が、今すぐここから逃げろと告げている。

 

「さて……湿っぽいのは苦手だから俺はこれで失礼させてもらう」

「おっと、失礼すんじゃねぇ」

 

 俺がさりげなく立ち去ろうとすると、隣に座っていた実ちゃまが俺の腕を掴む。

 

「行冥」

「御意」

 

 耀哉が悲鳴嶼さんの名を呼ぶと、何故か彼は俺を後ろから羽交い絞めにする。

 純粋な力比べでは俺は悲鳴嶼さんには敵わないので、こうされると動けなくなってしまう。

 

「もしもし耀哉さん? これはいったい何のつもりでしょうか?」

「おい、賽! お館様を名前で……」

「良いんだ、実弥。鬼殺隊は解散だしね。それに、彼とは親友だから私が許している」

「え、ちょ親友ですか⁉ おい、賽! ずるいぞ貴様!」

 

 俺と耀哉が親友であることを耀哉があっさりバラすと、実ちゃまがものすごい形相で睨んでくる。

 

「おい、派手に話がズレているぞ。今は、そんな話をしている場合ではない。お館様に話をさせろ」

 

 宇髄が窘めるようにそう言うと、ぐぬぬという表情を浮かべながら実ちゃまが座る。

 

「私はね。ずっと考えていたんだ。この数年で最も功績をたてたのは誰かと。そして、誰のおかげで柱が全員無事に生き残れたのかと。それはね、全て賽。君のお陰なんだ。本当にありがとう」

「お、おう」

 

 あの耀哉から素直に礼を言われると何だか気恥ずかしい。

 だが、それとこうして俺が捕まっている状況がいまいち分からない。

 

「だけど、残念ながらそんな賽にどうすれば恩を返せるのかが分からなかった。そして、考えた結果……君を幸せにすることが恩返しになるのではないかと結論付けた。胡蝶カナエと胡蝶しのぶ。彼女ら2人と君を産屋敷家の力を総動員させて正式に結婚させたいと思う。そのために、君を除いた他の鬼殺隊全員に協力を要請したんだ。いやぁ、君に悟られないようにここまでこぎつけるのは苦労したよ」

 

 

 

 

 

「( ᐛ )パァ」

 

 

 

 

 それからはまさに怒涛の展開であった。

 急展開過ぎて思考がオーバーフローしている俺を柱全員でどこかへ運び込み、狭い部屋に押し込まれあれよあれよという間に結婚式でよく見る和装の紋付き羽織袴に着替えさせられる。

 

「いやいやいや! どういう事⁉ 状況が飲み込めないんだけど!」

 

 ようやく再起動したときは、すでに着替え終わり呼ばれるまで待機という状態だった。

 

「よく似合っているぞ」

 

 と狛治。

 なんでも、俺が逃げ出さないための見張りとして呼ばれたらしい。

 いやまぁ、確かに何にも備えが無いと元上弦の狛治には勝てないし、最強の見張りだとは思うんだけどさぁ?

 

「狛治も知ってたのか?」

「あぁ、耀哉に言われてな。賽と胡蝶姉妹を結婚させたいから協力してくれと。貴様の事だから2人と結婚する、というのに遠慮してるだろうからとな」

 

 うぬぬ、流石は親友……見透かされてやがる。

 確かに俺は、カナエさんとしのぶと結婚したい! と最終決戦前に決意したものの、冷静に考えると2人の奥さんを迎えるのはどうなんだろうと現代人的価値観がふつふつと湧いてしまったのだ。

 宇髄というハーレムクソ野郎の前例はあるものの、いまいち踏み切れなかった。

 それに、大きな問題として俺の寿命もあるしな……。

 25で高確率で死ぬかもしれない人間が美人2人と結婚して束縛してしまっていいのだろうかとも思ってしまったのだ。

 

「ちなみに、この話にはカナエとしのぶも協力している。つまり、知らなかったのは文字通り貴様1人だけなのだ」

 

 えぇ、カナエさん達も協力してんの……?

 マジで俺なんかと結婚していいのか?

 

「賽、お前は2人が嫌いなのか?」

「いや好きだよ? 大好きだ。あの2人が他の人にとられると考えるだけで腸が煮えくり返る」

 

 そんな奴が居たら、俺があらゆる手を使ってでも闇に葬る。

 

「ならいいじゃないか。中には結婚したくてもできない奴もいたんだ。素直に今の状況を受け入れろ」

 

 むぅ、流石に狛治にそれを言われると何も言えなくなってしまう。

 この状況を打破できないかと悩んでいると、ついに呼ばれてしまう。

 

「ほら、呼んでいるぞ婿殿」

「あ、ちょ押すなって! 心の準備がぁ!」

 

 と、抵抗してみるも鬼の力に人間が抗えるはずもなくそのままズルズルと連れていかれる。

 そして、仰々しい扉を開けると広大なホールがあり、ワッと歓声が上がる。

 よくよく見ればどいつもこいつも鬼殺隊所属の奴らであった。

 

「お義兄ちゃん、待ってたよ」

 

 目の前にはめかしこんだ禰豆子ちゃんが立っている。

 すっかり人間に戻り、今では蝶屋敷で共に暮らしている。

 

 そうそう、炭治郎くんと禰豆子ちゃんの義兄弟の件だが、とりあえず俺の義理の弟と妹にはなったものの、苗字は彼らの意向もありそのままだ。

 炭治郎くん曰く「竈門という名前は残したい」との事であった。

 

「……禰豆子ちゃんも関わってたかぁ」

「そりゃ、賽お義兄ちゃんとカナエさん、しのぶさんの幸せの為だもん。お兄ちゃんもすっごく張り切ってたんだから」

 

 禰豆子ちゃんはそう言いながら手を差し伸べてくる。

 ここまで来てごねるのもあれなので、俺は観念し禰豆子ちゃんと手を重ねるとそのまま中央へと案内される。

 

「もうすぐでお兄ちゃんが、カナエさん達を連れてくるから待っててね」

 

 禰豆子ちゃんはそう言うとぺこりと頭を下げて隅の方に移動する。

 その言葉通り、少しすると再び扉が開き、まずは炭治郎くんが先導しそのあとをカナエさんとしのぶが入ってくる。

 

「――」

 

 言葉を失う。というのはこういう事を言うのだろう。

 2人はとても……綺麗だった。

 俺が和装だったので、てっきり白無垢かなんかだと思ったら白いウェディングドレスであった。

 俺が言葉を失っていると、やがて炭治郎くんに連れられ2人がこちらへとやってくる。

 

「義兄さん、おめでとうございます」

「はは、ありがとう。炭治郎くん」

 

 カナエさんとしのぶを連れてきた炭治郎くんと軽く言葉を交わす。

 

「ふふ、驚きました?」

「いやまぁ、驚いたというかなんというか未だに現実感がないよ」

「これは紛れもなく現実なんだからしっかりなさい」

 

 俺とカナエさんが話していると、しのぶがそう言い放つ。

 

「2人は……本当に俺が相手でいいのか? 聞いてるだろ? 痣が出ると25歳までには死ぬって……。死ぬのが分かってるのに2人を縛るわけには」

 

 俺がそう言うと、カナエさんとしのぶはお互いに顔を見合わせた後、

 

「「それがどうかしたの?」」

 

 と、同時にあっけらかんと言い放つ。

 

「それがまず賽らしくないのよね。いつものアンタなら痣が出たからなんだ! 俺は最後まで生き抜いてやる! 言いそうなもんじゃない」

「そうですよ。それに、25歳を過ぎても生き残る可能性も0じゃありませんし」

 

 確かに前例はあるっちゃあるけど、その前例が特殊過ぎてなぁ。

 

「それに……私達が、ただ黙ってアンタを死なせると思う? 私は薬学の専門家よ? 珠世さんも協力してくれるっていうから、アンタが嫌だって言っても絶対に死なせてやらないんだから」

「ふふ、私だって貴方に助けてもらってからずっと恩返しをしたいと思ってたんです。今度は私達が貴方を……賽さんを助ける番なんですからね?」

「……」

 

 俺は、2人のあまりにも頼もしすぎる言葉に何も言い返せない。

 

「ちょっと、私達にここまで言わせてるのに何か言えないの?」

 

 と、睨んでくるしのぶ。

 ……そう、だよな。俺らしくなかったよな。

 出す気がなかった痣を出しちゃったせいで、らしくもなく落ち込んでいた。

 そうだ。俺は生き残る為にハードモード過ぎる戦いを生き抜いてきたんだ。

 たかが痣くらいで死んでたまるかってんだ!

 

「そう、その顔よ。私達が好きになった人の顔は」

 

 俺の心情を察したのか、しのぶが嬉しそうにフワリと笑う。

 

「カナエさん、しのぶ」

「何ですか?」

「何?」

 

「2人とも……大好きだ」

「「知ってる」」

 

 たくさんの笑顔に包まれながら、たくさんの人に祝福されながら俺とカナエさん、しのぶは無事に夫婦となった。

 正式な婚姻関係を結べるのかと不安ではあったが、そこは耀哉が何とかしたらしい。

 詳しい事を聞こうとしたら闇の深い笑みを浮かべられたので、俺は深くツッコまないことにした。

 触らぬ神に祟りなし。長生きの基本である。

 

 そんな一部不穏な空気を漂わせつつも結婚式を滞りなく終わらせた翌日の夜。

 俺は狛治に呼び出される。

 

「狛治、なんか用か?」

「ふん、だいたい察している癖に白々しいな」

 

 俺の言葉に対し、狛治はフンと鼻を鳴らす。

 

「目的であった無惨を倒し、街を復興させ、お前の結婚式も見届けた。俺にはもう未練はない。頸を斬ってくれ」

 

 狛治はそう言うと、俺の日輪刀を投げ渡してくる。

 俺はその刀を受け取り、しばらく眺めた後ポイっと地面に投げ捨てる。

 

「いや、今更頸を斬ったりはせんよ」

「何?」

「そもそも鬼殺隊はもう解散して、俺も柱じゃないしな。鬼を狩る理由がない。……狛治、お前は人間に戻れ」

 

 そもそも、実を言うと狛治の頸を斬る気などさらさらなかった。

 なんだかんだ理由を付けて人間に戻すつもりであった。

 狛治は、それこそ数えきれないほどの人間を殺してきたが人間時代のは情状酌量の余地があるし、そもそも時効もいいところだ。

 鬼になってからは、鬼になったのが無惨のせいだし、鬼の間は正気でなかったので俺裁判で無罪である。

 もし、これが半天狗とか玉壺みたいなクソ野郎だったら問答無用で斬っていたが、狛治は救われるべきなのだ。

 

「そして、人間に戻ったら殺した分だけ人を救うんだ。死んだら確かに楽になれるかもしれないけど、罪を償った事にはならない。これからの人生を誰かの為に尽くして……」

 

 そして、来世では幸せになってほしい。

 鬼のままでは救われないしな。

 

「……馬鹿だな、貴様は」

「知ってる」

「俺は鬼だぞ」

「知ってる」

「たくさんの人間を殺してきたぞ」

「よーく知ってる」

「それでも……人間になって生きろと言うのか?」

「あぁ。それが今の狛治にとって一番辛い罰だろうからな」

 

 俺のその言葉に、狛治は「ハッ」と短く笑う。

 

「貴様はどこまでも卑怯な奴だな。そう言われたら、従うしかないじゃないか」

「そうやって俺は生き抜いてきたんでね。俺は、自分の為ならどこまでだって卑怯になれるぜ」

 

 そんな会話をし、俺達はお互いに笑い合う。

 

「賽ー?」

「賽さーん、どこですかー?」

「おっと、俺の嫁さんが呼んでるわ。ほれ、狛治。行くぞ」

「あぁ」

 

 俺達は、皆が待つ蝶屋敷へと向かっていく。

 

 

 

 これからも時代は進み、様々な事が起きるだろう。

 だけど、皆とならきっと乗り越えられる。乗り越えてみせる。

 

 サイコロステーキ先輩に転生したけれど、俺は全力で生き抜いた。

 そして、これからも俺は皆と一緒に生き抜いていくのだ。

 




これにて本編は終幕となります。

色々描写が足らない部分もあるかと思いますが、そこら辺は皆様の想像の数だけ展開が云々(丸投げ)

現代編や番外編は思い付いたら書こうと思います。
一応、主人公と胡蝶姉妹のその後だけちらっと書きますと、痣による短命を何とかする為に珠世様と研究した結果、短命を克服。
その副次効果で『栖笛製薬』を立ち上げ現代まで続く世界でも有数の財閥となります。
隙あらば社長や会長職を引退したがっていたという逸話が現代の教科書に載っているとか載っていないとか……


サイコロステーキ先輩を主人公にした話は、以前から書きたいと思っていたのですが中々に機会がなく、鬼滅の刃ブームが来たことで乗るしかない、このビッグウェーブに!という事で書き始めました。
実を言うと、最初の1、2話を書いた辺りで満足してしまいエタりかけたのですが意外と好評の為にモチベが上がり書き切ることが出来ました。
というか、ブクマが5桁超えるとか完全に予想外でした。
皆様の感想から着想を得たものもあり、ある意味で皆様と一緒に書き上げたとも言えます。
その設定の少なさゆえにオリキャラ状態でしたが、皆様から受け入れられて大変嬉しかったです。
この1ヶ月弱、本当にありがとうございました。


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蛇足語(だそくがたり)
現代編


予想以上に現代編、番外編の要望が多かったので、こちらも書かねば不作法というもの

なお、ここからはタイトルにもある通り完全蛇足となりますので本編以上のご都合展開やふざけ要素があるかもしれないので、予めご了承ください。

なお、今回の現代編に出てくる人物の名前については私のネーミングセンスがないのでお察しです。


 ――現代・東京

 

「――えー、なので第二次世界大戦中、現在の栖笛製薬は医療班として多大な貢献をし多くの死者を減らしたと伝えられている」

 

 都内の某高校のとある教室。

 そこでは、眼鏡をかけた若い男性の教師が黒板に書きだしながら説明をする。

 そんな教師の説明を聞きながら、何人かのクラスメイトがこちらをチラチラと見てクスクス笑う。

 別にこれは俺がいじめられているとかそういうわけではなく、教師が今説明していることが原因だ。

 

「そして、その創始者である栖笛賽は、己は上に立つ器ではないと常に周りに喧伝するほどに謙虚で、決して驕らず一般人と同じ視線を持ち誰にでも平等に接していたので大勢の人間から好かれていたらしい。……自慢の先祖を持ったな、栖笛」

 

 教師はそう言うと、俺の方を見る。

 そして、それに合わせて周りも笑う。

 

 俺の名前は栖笛 比礼(ひれい)。先ほど話に上がった栖笛賽の子孫である。

 故に、先ほどの話で周りのクラメイトがくすくす笑っていたというわけだ。

 身内の話というだけでも恥ずかしいのに、さらにはそれが教科書にも載っているのだから俺の恥ずかしさは留まるところを知らない。

 そして……さらに恥ずかしいのは……自分(・・)の話だという事だ。

 そう、俺は何の因果か、栖笛賽としての人生を終えた後、何故か子孫の栖笛比礼として生を受けていた。

 いやなんでやねんとツッコみたくもなろう。

 ただでさえ前世の記憶を持った状態でサイコロステーキ先輩に転生したのに、さらにまた記憶を保持したままその子孫に生まれ変わるとかどんだけだよ。

 前々世、前世と生きてきたので、俺はもう精神年齢だけならジジイも良いところだ。

 ある意味で不死と言えなくもない。

 

 栖笛製薬の影の協力者である珠世様とコンタクトを取って話をした時は、めちゃくちゃ驚いていたな。

 愈史郎は「化け物か貴様は」とかほざいていたので、軽く小突いておいた。

 

 ――先ほど、教師も説明していたが俺は栖笛製薬という会社を立ち上げ、一角の財閥となった。

 どうして、そうなったのかと言うと、しのぶと珠世様の協力の元、俺の短命問題をクリアすべく薬の研究をしていたのだが、その過程で出来たもののほとんどが日本でバカ売れ。

 第二次世界大戦の徴兵を何とか回避しようと手回しをして医療班に配属されたら、しのぶと珠世様が三面六臂の大活躍で俺達の地位を確立した。

 その後、終戦後にも俺達は世界へと手を広げていったのだ。

 いやー、我ながらとんとん拍子でビビったよ。

 

 んで、そこで薬の会社を立ち上げたのだがなぜか俺が社長という事になった。

 俺は上に立つような器ではないので固辞したのだが、カナエさんやしのぶにごり押しされ仕方なく社長となった。

 そしてあの手この手で引退したら、今度は会長に就任と最後まで気楽に暮らすことはできなかった。

 しのぶ達のお陰で寿命問題は解決したのは良いが、トップになったおかげでストレスで死ぬかと思った。

 まぁ、なんだかんだそこそこに長生きし、子供と孫に囲まれて俺はその生涯を終えた……はずだったのに、何故か現代で高校生やってるんだから分からないものだ。

 

 その後、クラスメイトの奇異の目にさらされながらも授業を終える。

 今日は午前中しか学校がないので、このまま帰ることとなる。

 俺はクラスメイト達に別れを告げると、昇降口へと向かい靴に履き替えた。

 

「さて、今日はメガ盛り食堂にでも行こうかな」

 

 その定食屋は夫婦が経営しており、蛇の置物と異様なほどのメガ盛りの定食が豊富で学生に人気だ。

 奥さんは美人で明るい性格なので人気なのだが、旦那さんの方は非常に暗くねちっこい性格をしている。

 うっかり奥さんをガン見しようものなら、めちゃくちゃ睨まれる。

 

「おーい、比礼くーん」

 

 俺が今後の予定について考えていると、不意に声をかけられる。

 きょろきょろと辺りを見渡せば、道路の端に止まっている黒塗りの高級車から一人の少女が顔を出していた。

 黒髪の長髪が印象的でかなりの美少女である、

 セキレイ女学園の制服を着ている事から育ちのいい女性と言うのが見て取れる。

 

「奏姉さん。今帰りですか?」

 

 栖笛(かなで)。栖笛家のもう1つ(・・・・)の本家の御息女である。

 もう1つ、というのは実を言うと我が栖笛家は本家が2つある。

 通常ならどちらかが分家となるんだろうが、何せ俺が2人と結婚しているために、例外的にそうなった。

 流石にこれは表に出せないので栖笛家のトップシークレットであり、教科書にも載っていない。

 本家が2つもあると、金持ち特有の醜い争いなども起こりそうなものなのだが、そもそも戦いが嫌いな俺と胡蝶姉妹の血筋のお陰で、そういったドロドロとしたものはなく仲良しこよしでやってこれている。

 むしろ、面倒だからとお互いにトップの座をどーぞどーぞと譲り合うレベルだ。

 うーんこれは俺の血筋。

 

「うん、私と志乃ちゃんも今日は午前中で終わりで送ってもらってる途中だったんだけど、比礼くんが見えたからね」

 

 奏姉さんがそう言うと、肩のあたりで髪を切りそろえ気の強そうな美人という印象の志乃姉さんが顔を出し「やっほ」と小さく声をかけてくる。

 ちなみに、奏姉さんが俺の2つ上の17歳。志乃姉さんが1つ上の16歳である。

 そして……カナエさんとしのぶによく似ている。

 

 俺の嫁さんそっくりの2人が姉とか複雑な気分極まりないが……まぁ、今のところは仲良くやっている。

 そんな俺達の様子を見て、どこかで見たことのあるような顔をした少年がものすごい顔でこちらを見ながら「ケェッ!」と奇声をあげていたが関わりたくないので無視しておく。

 

「比礼くんはこの後、どこかに行く予定?」

「昼食を食べるためにあのメガ盛りの定食屋に行こうかなって」

「また? 貴方も好きねぇ」

 

 俺と奏姉さんが話していると志乃姉さんが呆れた顔で話に入ってくる。

 いいだろ別に……あそこのご飯、美味しいんだよ。

 

「……まぁ、いいわ。気を付けていきなさいね」

「そうねぇ、誘拐されないようにね?」

「大丈夫大丈夫、赤座道場で鍛えているし……ボディーガードも居るしね」

 

 仮にも財閥の跡取り息子であるから誘拐犯からしたら垂涎ものである。

 小さいころにも何度か誘拐されかかっていたが、その度に栖笛家のボディーガード『奇察隊(きさつたい)』が守ってくれている。

 今も、姿は見えないが一般人に紛れて俺を警護してくれているだろう。

 

 ちなみに奇察隊というのは、前世の俺が栖笛製薬を立ち上げる際、己の身を守る為に結成した特殊警備隊だ。

 鬼殺隊解散後、職にあぶれた元隊士達を高給で雇ったのがきっかけで、それからは現代までそれが続いている。

 

 それとは別に赤座道場と呼ばれる空手道場にも通い、いざという時の為に体を鍛えている。

 あそこは赤座 狛英(はくえい)さんという人が経営しており、雪さんという奥さんが居る。

 2人はとても仲が良く、稽古中以外は基本的にいちゃついている。

 

「赤座道場か。確かにあそこならどんなモヤシでも強くなるわね」

「そうね。でも、万が一という事もあるから絶対に無理しないでね」

「分かってるよ。心配してくれてありがとう」

 

 俺は2人の自慢の姉に礼を言い、雑談もそこそこにして定食屋へと向かう。

 

 道中、街には多種多様な人達が騒がしくしているのが目に入る。

 傷だらけで強面の警察官が1人の高校生を追いかけていたり、ガラの悪い保育士が子供達に泣かれて困っていたり、それを異様にガタイの良い保育士があやしていたり……。

 

 そんな面白可笑しい光景を眺め、俺は何て平和なんだと実感する。

 鬼殺隊が命を賭してやってきたことは意味があったんだと実感する。

 

 俺はこの街が大好きだ。

 最愛の人達が住むこの街で、俺は今日も平凡に、平和に生きていく。




ちなみに、比礼は一般的な高校に通っています。
理由は、金持ち高校や進学校は肌に合わないからです。


赤座道場に関しては、狛治が開祖ですが独身を貫いています。
単純に生まれ変わりです。

ガラの悪い保育士は獪岳です。



次回も何か思いついたときにふらっと書いていきます。


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すてき家族計画

お待たせしました

パイセンの実家を見てみたいというコメントがあったので書きました。

時系列的には結婚式より前になります。


 無惨を倒し、街の復興作業をしている中、作業も落ち着いてきたこともあり俺は実家へとやってきていた。

 

「あぁ、賽様! お久しぶりでございます! 鎹鴉より連絡を受けてから、御父上様と御母上様がお待ちしております!」

 

 屋敷へと入れば、使用人たちが群がってきて、口々に「おかえりなさいませ」と嬉しそうに言う。

 元々、俺はあんまり実家に帰ってこないので、たまに帰ってくるとそれはもうお祭り状態だ。

 基本的には1年に1度の年末くらいにしか帰ってこないしな。

 カナエさんの後を継いだので、蝶屋敷を拠点にする方が都合がよかったし、何より俺がしのぶ達と離れたくなかった。

 身内と美少女姉妹だったら、当然美少女姉妹を取りますよええ。

 

 ――というのは半分冗談だ。

 仕事の関係で蝶屋敷を拠点にした方がいいというのは本当だが、もう1つ帰りたくない理由があるのだが……。

 

「帰ったか」

 

 声のした方を見れば、そこには身の丈2mは超えており、筋骨隆々。

 頭はつるりと禿げあがっていて、逞しい髭を生やした偉丈夫が立っていた。

 かつての厳しい戦いからか顔には傷がいくつかあり、非常に強面だ。

 初見であれば、間違いなく子供は泣くだろう。

 

 彼は栖笛 美濃(みの)。俺の父親である。

 俺同様、かつては鬼殺隊に所属しており、柱にこそなれなかったものの階級は「甲」と、その実力は本物だ。

 

「ただいま戻りました、父上。お元気そうで何よりです」

 

 俺がかしこまって挨拶をすると、父は「うむ」と軽く頷いた後、俺の後ろに居る2人の人物……炭治郎くんと禰豆子ちゃんを見やる。

 

「彼らが……お前の言っていた者か」

「はい」

 

 今回、俺が実家に帰ってきた理由は、炭治郎くんと禰豆子ちゃんの義兄弟計画の為だ。

 元々、返事に関しては禰豆子ちゃんが人間に戻ってからと保留にしていたのだが、めでたく完全に人間に戻り、2人とも俺の義弟と義妹になってくれるというので、父に了承を得に来たのだ。

 この家の長はまだ父であるから、流石に俺の独断ではできないしな。

 

「竈門炭治郎です! よろしくお願いします!」

「か、竈門禰豆子です……よ、よろしくお願いします……」

 

 炭治郎くんは流石というかなんというか、父を前にしても物おじせずいつも通りを貫いていた。

 対して禰豆子ちゃんは、少しだけ怯えたような様子を見せる。

 

「……」

 

 そんな2人を、父は無言で見下ろす。

 そして、唐突にブワッと泣き出した。

 

「うぅ、2人とも辛かったなぁ! 安心しなさい! 君達2人の事は栖笛家が全力をもって面倒を見ようではないか!」

 

 そう言ったかと思うと、父は顔面を涙でくしゃくしゃにしながら炭治郎くんと禰豆子ちゃんを力いっぱいに抱きしめる。

 

「こんな子供がいきなり家族を殺され、さぞ辛かっただろう! 気持ちの整理はまだつかないとは思うが、ここを本当の家だと思ってゆっくりしていくといい!」

「え、あ、あの……」

 

 父の見た目とのギャップが激しい行動に炭治郎くんは困惑しており、助けを求めるようにこちらをちらりと見る。

 正直、この状態の父とはあまり関わり合いになりたくないので、俺は生暖かい笑みを浮かべながらこくりと頷く。

 

「何です、騒々しい! 賽さんが帰ってきたのですか!」

 

 父が炭治郎くん達を抱きしめながら、おいおいと泣いていると30代半ばほどのきつめの顔つきをした女性がやってくる。

 彼女は栖笛 沙絽音(さろね)。なんとなく想像は付くと思うが、俺の母である。

 

 そんな母の登場により、騒がしかった空間がシンと静まり返る。

 

「騒がしくして申し訳ありません! お世話になる竈門炭治郎です! よろしくお願いします!」

 

 主に騒がしくしていたのは父なのだが、それでも炭治郎くんは自分から謝り、自己紹介をする。

 

「そう……貴方が炭治郎くんね。そして、そちらが禰豆子さん?」

「は、はい……よろしくお願いします」

 

 凍てつくような視線で睨まれ、禰豆子ちゃんはびくっとしながらもおずおずと挨拶をする。

 

「……」

 

 値踏みするようにジロジロと炭治郎くんと禰豆子ちゃんを見ていた母だったが、突如ブワッと涙を流すと2人を抱きしめる。

 

「賽から話は聞いていたわ! さぞ辛かったでしょうね! 大丈夫です、私達は貴方方の味方ですよ!」

 

 そして、2人にそう言い放つ。

 

 もうお分かりになっただろう。

 そう、うちの両親は……愛情が深すぎるのである。

 超がつくほどの親バカで、帰る度に2人のコレが俺に集中するのだ。

 俺があまり実家に帰りたがらない理由がこれで分かるだろう。

 

 鬼殺隊に入った時も柱になった時も、そりゃもう一族総出でお祝いをし三日三晩解放されなかったのだ。

 今回は、炭治郎くんと禰豆子ちゃんがうちの両親の犠牲である。

 

 俺は、2人にもみくちゃにされている炭治郎くん達を見ながらそっと合掌をする。

 なーむー。

 

 

 それからはもう飲めや歌えやの大騒ぎであった。

 無惨を倒したことで平和が訪れたというのもあるが、新しい家族が増えて両親のテンションははち切れている。

 そんな両親に振り回され、炭治郎くん達は目を回しながらも楽しそうにしていた。

 

「凄い家族ですね……」

 

 それから数時間後。

 ようやく宴も落ち着いてきたという所で、炭治郎くんがヘロヘロになりながらも俺の元へとやってきて話しかける。

 

「だろう? 自慢の家族だよ」

 

 多少の皮肉も込めているが、おおむね俺の本心だ。

 アホな両親ではあるが2人の事は嫌いではない。

 

「今日からは炭治郎くん達も、この家族に仲間入りだぞ。覚悟しとかないと、すぐあの2人に振り回されるからな。下手したら鬼よりも厄介かもしれない」

「はは、気を付けます」

 

 俺の言葉に、笑いながら返す炭治郎くん。

 

「……ありがとうございます。俺と禰豆子を迎えてくれて」

「なーに、気にすんなって。これは俺の自己満足だしな。俺よりも、そっちは本当に俺達の義兄弟になってよかったのか?」

「はい。禰豆子と一緒に話し合って決めました。賽さんと身内になりたいと」

「そっか。それならいいんだ」

 

 炭治郎くんの台詞に俺は内心嬉しくなりながらも、恥ずかしいので表に出さない。

 

「炭治郎くん、これからもよろしくな」

「はい、よろしくお願いします。兄さん」

 

 俺に残された時間は短いかもしれない。

 だけど、この時間を大事にしていきたい。

 

 そんな事を考えながら、俺と炭治郎くんは朝まで語り合うのだった。

 




結婚式の後も、無茶苦茶両親に愛された


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ゲスメガネとサイコロステーキ先輩

明けましておめでとうございます。


なんとpixivにこの作品がそのままのタイトルで無断転載されてました。
まさか自分の作品が無断転載されるとは思っていませんでしたが、もちろんこの作品はハーメルンにしか投稿していませんのでご注意ください。
問題報告済みです。

---
今回の話は、だいぶふざけてますので注意してください。
時系列的には原作中となります。


 ある昼下がり、誰も後をつけてきていない事を確認しながらとある場所へと向かう。

 鬼すらも欺く隠形術を全力で駆使し、目的の場所に辿り着いた俺は目の前にある建物の扉をノックする。

 

「山」

 

 そして、扉の向こうから警戒するような小さい声が聞こえてきた。

 

「山より海で女の子とキャッキャウフフ」

 

 対して俺が合言葉の答えとしてそう答えると、扉がゆっくりと開いた。

 中から出てきたのは隠の人達と同じ格好をした青年だった。

 大きい丸眼鏡が特徴的で、中にはいくつもの衣装が並んでいる。

 

 彼の名は前田まさお。鬼殺隊の隊服縫製係……つまりは、俺達の服のデザインや制作を担っている男だ。

 あだ名はゲスメガネ。

 

「例のブツはできたか?」

 

 俺がそう言うと、まさお氏は口隠し?の布の下でにやりと笑って見せる。

 

「こちらを」

 

 そう言って取り出したのは、女性用の隊服であった。

 胸元が広がりやすい形をしており、スカートの丈もかなり……かなり! 短めである。

 普通の女性隊服と比べても、それは明らかに露出が高めであった。

 

「どうです?」

「……完璧(パーフェクト)だ。ゲスメガネ」

 

 目の前の女性隊服の出来栄えに俺がそう褒めると、まさお氏は「感謝の極み」と深々と頭を下げる。

 この隊服は誰のものかというと、もちろん俺ではない。

 いくら俺でも女装趣味はない。

 じゃあ誰のかというと、今度うちに入隊する甘露寺蜜璃の隊服である。

 言わずと知れたみんな大好き捌倍娘。桃色の髪が特徴的なあの子だ。

 

 カナエさん生存や俺が柱になってしのぶが補佐など、割と原作改変をやってしまっているので無事入隊するか不安だったのが、何とか無事に入隊してくれた。

 となれば、まず用意するべきなのは隊服である。

 鬼殺隊の隊服は、要望があればある程度の改変などは認められている。

 かくいう俺も、道具やら何やらを服の中に仕込めるように改造していたりする。

 

 そんな経緯でまさお氏とは交流があり、お互いに話も合う事から気心の知れた友人となっている。

 んで、今回蜜璃ちゃんが入隊するという事で、原作でのあの素晴らしい衣装を再現しない手はないという事で、俺監修の元、まさお氏に作ってもらったというわけだ。

 ……以前、しのぶにもミニスカ隊服を着せようとしたのだが目の前で燃やされてしまい、俺とまさお氏で無惨に焼け散る隊服を泣きながら見送ったのは苦い思い出である。

 ちなみに、カナエさんにも着せようとしたのだがその前にしのぶにバレて燃やされた。ちくしょうめぇ!

 

 だが! 今回は! 今回だけは絶対に譲れない。

 何せ、この世界線ではしのぶが柱ではない。つまり、蜜璃ちゃんが柱で唯一の女の子となる。

 言っては何だが、柱連中は現在男ばかりなので非常にムサい。

 そんな状況なので、目の保養は必須と言えよう。戦いのモチベにも繋がるしな!

 しのぶが着てくれないなら、蜜璃ちゃんに着せるしかあるまい?

 

「しかし、この隊服を制作する際に(女性隊員が)寸法など測りましたが、すごいですね」

「……凄いよね」

 

 俺達は蜜璃ちゃんの事を思い出しながら、お互いにこくりと頷く。

 何が凄いかはあえて言わない。言わずともわかるだろう。

 

「しのぶさんの時は失敗しましたが、今度こそ我ら渾身の隊服を着せましょう」

「そうだな、これを着た時を想像するだけで……ひょっひょっひょ」

「うへへへへへ……」

 

 と、2人の男の何ともゲスな笑い声だけが響くのだった。

 

 

 ……なお、その後。

 素直に俺達の隊服を着てくれた蜜璃ちゃんであったが、それをしのぶに見つかりまさお氏と共に盛大にしばかれたのは言うまでもなかった。

 蜜璃ちゃん本人が、動きやすいからと多少の露出を下げることで今後も着続けてくれることを了承したのがせめてもの救いであった。

 

「くくく、何度しばかれようとも俺達に助平心がある限り何度でも復活する……」

「どこの魔王ですか、貴方は」

 




以上、前田まさお氏とのエピソードでした。
こちらは、本編に差し込みたかったんですが差し込めなかったので外伝にて消費しました。
新年一発目がこれという


蜜璃ちゃんの隊服もそうですが、カナヲのキュロットスカートもだんだん短くなっているのが良い仕事してますよね、ゲスメガネ。


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恋愛のすゝめ

お待たせしました、おばみつ回です。(ただし伊黒は出ない)
時系列は無惨討伐前となります。





「賽さん……大事なお話があるの……」

 

 ある日の事、柱としての仕事を終えひと段落していると、蝶屋敷にやってきた蜜璃ちゃんが潤んだ瞳でこちらを見ながらそんな事を言いだした。

 

 上気した頬、潤んだ瞳、そして相談したいこと。

 あーはいはい、ピンときたよ、お兄さんすぐにピーンと来ちゃいましたよ。

 そこらのラブコメ主人公のような朴念仁であれば気づかないだろうが俺は違う。

 大事な話、というのはつまりは告白である。誰にって? 俺に決まってるじゃないか。

 

 何せ、蜜璃ちゃんが入隊した時から彼女の面倒を見てきたのだ。

 武器が似ているというのもあり、俺が戦い方を教え、見事柱となったのである。

 そんな師弟の垣根をついに越え、俺に愛の告白をしようというわけだ。

 いやー、モテる男はつらいね。

 だが、俺は心を鬼にして断らねばならない。

 何故なら、俺には既にカナエさんとしのぶという女性が居るのだ。(Not恋人)

 どこぞの祭りの神ならまだしも、俺は3人も器用に愛せる自信がない。

 彼女には申し訳ないが、傷つかないように丁重にお断りするしかない。

 

 まぁ、とにかくここで話すのもあれなので、俺は蜜璃ちゃんと共に人気のない裏庭へとやってくる。

 

「それで……話って?」

 

 俺は、さも気づいていませんよという風を装って尋ねる。

 

「えっと……その……こんな事、賽さんに言うのは凄い恥ずかしいんだけれど……」

 

 対して、蜜璃ちゃんは体の前で手を組みながらもじもじくねくねする。

 うーん可愛い。

 こんな子が今まで見合いに失敗してたとか、この時代の野郎どもは本当に見る目がない。

 だが、俺も断らねばならないので心が痛い。

 

「えっとね……伊黒さんともっと仲良くなりたいんだけど、どうすればいいのかしら!」

「ごめん、蜜璃ちゃん。君の気持は嬉しなんだって?」

 

 俺は精一杯の決め顔をしながら断ろうとしたところで、なんか思っていたのと違う事に気付く。

 

「だから……伊黒さんとどうすれば、もっと仲良くなれるのかなって。もちろん、今は無惨を倒さなければならないし、そんな事に現を抜かしている場合じゃないというのも理解しているわ! だけど、いつ死ぬか分からないこの職業だからこそ、悔いのない人生を送りたいの!」

 

 蜜璃ちゃんは、真剣なまなざしでこちらを見つめながらそう力説する。

 

「こんな事、他に相談できる人も居なくて……賽さんにしか相談できなかったの。ご迷惑だったかしら?」

「い、いやそんなことないよ! むしろ、俺にそんな大事な事を相談してくれて嬉しいなうん!」

 

 俺は、先ほどまでのこっぱずかしいセリフをなかったことにし、そう答える。

 いやー、あぶねぇあぶねぇ。危うく大恥をかくところだった。

 誰だよ、俺に告白するとか抜かした奴は。

 ……俺だった。

 

「ありがとう! 流石は賽さんね!」

 

 うーん、笑顔が眩しすぎて俺の穢れた心が浄化されそう。

 とりあえず、イグッティはもげてくんないかな。

 

「それで、どうすればいいのかしら……」

「そうだなぁ……」

 

 と、顎に手を当てて悩んだフリをしてみるも、特に何も思いつかない。

 正直、恋愛関係に関してはからきしなのだ。

 だが、折角蜜璃ちゃんが俺を頼ってきてくれたので、何も思いつきませんでしたと返すのは可哀そうだ。

 

 ぶっちゃけ、蜜璃ちゃんがこうやって悩む事もない程に伊黒は彼女にべた惚れだ。

 直接イグッティから聞いたわけでは無いが、なんというか彼の態度を見れば明らかである。

 俺と蜜璃ちゃんが談笑してると、めっちゃ睨んでくるし。

 ちなみに、柱の中でそれに気づいてるのは、俺と宇随だけである。

 他の奴らはほら……ね?

 

 蜜璃ちゃんのこの様子からすると相思相愛なんだろう。

 それを素直に伝えればいいだけではあるが、それだと面白くないし、イグッティにはもっと悶々としてほしい。

 

「まぁ、無難なところで一緒に出掛ける、くらいかなぁ。甘味処にでも一緒に行くと良いよ」

「で、でも迷惑じゃないかしら……」

 

 迷惑? は、イグッティならむしろ何を置いても優先して出かけることを選ぶだろう。

 

「大丈夫大丈夫、イグッティ……じゃなかった伊黒なら必ず、蜜璃ちゃんの誘いに乗ってくれるよ」

「そうなの?」

 

 なおも不安そうにする蜜璃ちゃんに対し、俺は力強く頷く。

 

「賽さんがそう言うなら……うん、私……勇気を出して誘ってみるわ! ありがとう!」

 

 蜜璃ちゃんは嬉しそうに笑うと、唐突に抱き着いてくる。

 うほほほーい!

 

「やっぱり賽さんに相談してよかったわ!」

「そう言ってもらえると、こっちも嬉しい……よ……」

 

 俺は、自身に当たる豊満な感触に表情が崩れそうになるのを耐えながらそう答える。

 唐突なスキンシップは非常に嬉しいが、このままでは賽さんの賽さんがチンチロリンしてしまうので離れてほしい。

 

「あ、ごめんなさい。つい、嬉しくて……」

 

 蜜璃ちゃんも抱き着いてしまったのはマズイと感じたのか、申し訳なさそうに離れる。

 ……ふぅ、危なかったぜ。

 

「俺は平気だけど、あんまり他の人にはやっちゃだめだよ。蜜璃ちゃんは可愛いんだから、普通の男は勘違いしちゃうから」

 

 この俺のようにな!

 

「か、可愛くなんてないわ! だって、今までもお見合い失敗しちゃったし……」

「それはクソ男どもの見る目がなかっただけだ。蜜璃ちゃんは可愛いからもっと自信を持って」

「は、はい……」

 

 俺の台詞に蜜璃ちゃんは顔を赤くしながら俯いてしまう。

 うーん、蜜璃ちゃんは何しても可愛いな。

 マジで、イグッティもげないかな色々。

 

 その後、イグッティの好きそうな場所を伝えたり、デートの際の注意点などを伝えてお開きとなる。

 俺からの一通りのアドバイスを受けた蜜璃ちゃんは何度も何度も頭を下げながら、嬉しそうに駆けていくのだった。

 

 そんな蜜璃ちゃんを見送った後、俺はぽつりと呟く。

 

「はぁーあ、羨ましいもんだぜ」

「何が羨ましいの?」

「うっほほーい⁉」

 

 俺の独り言に対し、唐突に返事が返ってきたので俺は思わず驚いてしまう。

 後ろを振り向けば、そこにはいつの間にかしのぶの姿があった。

 ……前からちょいちょい思ってたんだけど、俺の索敵能力をかいくぐるとかちょっとチート過ぎないかい?

 全然気配感じなかったんだけど。

 

「それで、何が羨ましいの?」

「い、いやなんでもない! 何でもないから気にしないで」

 

 俺の言葉に対し、しのぶはフーンと軽く返した後、「それで」と口を開く。

 

「さっき、貴方に甘露寺さんが抱き着いていたことについて聞いてもいいかしら?」

 

 

 

\(^o^)/

 

 

 

 

 その後、何とか誤解を解いた俺は何故かカナエさんとしのぶと一緒にデートに出かけることとなった。

 それを知った善逸に鬼の形相で「もげろ!」と言われたので、しばいておいた。




書きたいネタを書いてるだけなので、整合性とかは気にしない。
気にしてはいけない。いいね?


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もしも、刀鍛冶の里に猗窩座が来なかったら~壱~

超お久しぶりです。

鬼滅の刃の刀鍛冶の里編がアニメになるということで、
そういえば主人公が戦ってない鬼が居たよなぁ?こちらも書かねば無作法というもの

ということで唐突に玉壺、半天狗編です。


 ――夜。

 蛍ちゃんとのイベントを経て、そろそろ鬼襲撃のイベントが来るなと予想した俺は炭治郎くん達に「今日は風が騒がしい、風がよくないものを運んできたようだ」と意味深な事を言って警戒するように忠告し、巡回へと出ていた。

 

 本当は来てほしくないのだけれど、原作的には絶対来るだろうしここで倒さないと最終決戦が死ねるので倒さないという選択肢はない。

 ……もし、遭遇するならばまだ玉壺の方がマシだろうか。

 

 半天狗に関しては、そもそも弱点らしい弱点がなく首もくっそ硬いため俺の攻撃力ではおそらく倒せない。

 原作でも、炭治郎くん達の主人公補正で何とかなったようなものだ。

 玉壺の方の能力もいやらしいが首を落とせば素直に死ぬだけまだマシと言える。

 

「……様。影柱様……!」

 

 俺がそんなことを考えていると、ぬぅっと暗闇からひょっとこが現れる。

 ……暗闇で急にひょっとこの面が出てくるとか、普通にホラーだよな。

 

「どうした?」

 

 俺は内心びっくりしつつも平静を装いつつ、相手に尋ねる。

 

「実は、温泉の帰りに妙な壺が地面に置かれているのを見つけまして……。そういえば、壺に気を付けよという通達があったなと思い出したところ、影柱様が通りかかったのでご報告にきました」

 

 その言葉を聞き、俺は一瞬げんなりしながらも頷く。

 原作では、確か何人かの被害が出ていたはずだったが、俺が警告を出したおかげでその被害も免れたようである。

 

 

 それにしても、玉壺……玉壺かぁ。

 あいつの能力、マジで意味不明なんだよな。

 触れられれば魚になるってのは凶悪なんだけど、なぜ魚なんだと。

 基本美形ぞろいのなかであいつだけ異様にキモいし(半天狗は能力でイケメンになるので除外)、あいつだけ過去が明かされないしキモいし、そしてキモい。

 十二鬼月の中でも異質な存在と言っていいだろう。

 

「影柱様? どうかなさいましたか?」

「あぁいや、なんでもない。それよりも、教えてくれてありがとう。……実は、その壺は鬼に関係していてね。おそらく、戦いになるだろうから鉄珍様に伝えてみんなで避難するように伝えてくれ」

「えぇ、鬼がっ⁉」

 

 俺の言葉に鍛冶師の人は驚きの声を上げる。

 まぁ、ここは徹底的に隠し通された場所だ。まさか、そこがいきなり鬼にばれたとなれば驚くのも無理はない。

 原作でも、どうやってバレたかは不明であったが、鳴女ちゃんの能力もあるし単純に情報収集能力に長けていたのだろう。

 その割に、青い彼岸花を見つけられないガバをかましているが。

 さすがはタコと同類の無惨様だぜ。

 

「詳しいことは言えないが、鬼が来たのは間違いない。あとは、俺が何とかするからあなたは逃げるといい」

「……分かりました。にわかには信じられませんが、柱である貴方がそうおっしゃるのならば言うとおりにします。武運長久を祈っております」

 

 鍛冶師さんはそう言うと、ぺこりと頭を下げてタタタと走り去っていく。

 

「さーて、やりますかっ」

 

 走り去るのを見送った後、俺は自分の両頬を叩き気合を入れる。

 今まで、上弦と出会ったのは他に柱が居た時だけで、今回単独で接敵するのは初めてだ。

 助けを呼びに行こうにも、その間に誰かが犠牲になる可能性もあるし半天狗の戦闘能力が異常すぎるのでこっちに割かせるわけにもいかない。

 

 さっきの人に、増援も頼んでおけばよかったと後悔しながらも俺は教えられた場所へと向かった。

 

 

 

 

「……あるなぁ、壺」

 

 何かの間違いであって欲しかったが、そこにはすごく見覚え(・・・)のある壺が地面に置かれていた。

 当初の予定としては、離れたところから壺を割ろうかとも考えていたが奴は壺から壺へと瞬間移動ができるので、隙を突いて首を落とすしかないだろう。

 まぁ、俺には猗窩座にすら効きそうな気がする秘密兵器がある。

 油断さえしなければ何とかなると信じたい。

 

「スゥー……ハァー…………ん? なんで、こんなところに壺が……?」

 

 俺は深呼吸をして気持ちを切り替えると、何にも知らない風を装って壺へと近づく。

 あんまり近づきすぎると何かしらの攻撃を喰らうので油断はしない。

 

「おや? ま、まさかこの壺は……! いや、間違いない! この造形美! 玉壺様(・・・)作か⁉ なんでこんなところに玉壺様の壺が!?」

 

 と、俺は大声でミーハー丸出しに叫ぶ。

 実は、玉壺は自身の作品を人間の世界に売りに出している。しかも、それが割と高く売れているというのだから驚きだ。

 俺の実家はそこそこ金持ちの家のため、芸術品なども買ってくることがある。

 以前、実家に帰った時、玉壺の作品が置いてあったときは我ながら目を疑ったものだ。

 しかも、あろうことかそのまま『玉壺』という名前で売り出していたのだから驚きだ。

 まぁ、奴は自称芸術家のナルシスト自己顕示欲モンスターなので、実名で売りに出すのは分からなくもない。

 奴の作品だと分かりやすかったので、俺としても助かるしな。

 

 ちなみに、俺は別にマジで玉壺のファンというわけではない。

 ぶっちゃけ芸術の良し悪しなんてよくわからないし、サイコパス芸術家の作品なんぞ認めたくもないしな。

 じゃあ、なんでこんな態度を取っているのかというと……。

 

「ヒョッヒョッヒョ、鬼狩りの割には多少審美眼がお有りのようですね」

 

 と、まんまと調子に乗った玉壺を誘き出すためだ。

 俺の露骨なよいしょに気をよくしたのか、玉壺は目の前にある壺からうぞうぞと這い出して来る。

 うーん、漫画で見たときもキモいと思っていたが実際に見るとさらにキモい。

 ここで取り乱さなかった俺を褒めてやりたい気分だ。

 

 まんまと出てきた玉壺にさらに調子に乗らせるためにヨイショを続けたいところだが、今の俺はまたしても何も知らない栖笛賽なので、あえて鬼殺隊らしい態度を取ることにする。

 

「――! この隠れ里に鬼だと⁉」

 

 と、俺は刀を構え臨戦態勢を取るフリをする。

 もっとも、ここで玉壺も戦うそぶりを見せればそのままバトルへと突入だが……。

 

「ヒョヒョ! まぁ待ちなさい。本来、あなたと私は敵同士。しかし、その前にあなたの素晴らしい審美眼に敬意を表して、冥途の土産に良いことを教えてあげようと思いましてね」

 

 しかし、俺の懸念をよそに玉壺はまんまと俺の策略にはまる。

 

「そう! 私が! 私こそが! あなたが敬愛する玉壺本人なのですよヒョッヒョッヒョ!」

 

 玉壺はまるでスポットライトでも浴びているようなテンションの高さでくるくる回りながらそう自己紹介してくる。

 

「さぁ、どうです? 憧れの芸術家に会えた気分は? 今ならば、あなたの死体は私の新しい作品の一部にしてさしあげますよ! 何せ、今宵はどういうわけか誰も私に近づこうとはせず、いい材料が集まりませんでしたからね」

 

 うーん、このクズっぷり。

 自分の行いがすべて正当化されてると思ってなきゃ出てこないセリフだなぁ。

 俺はそんな嫌悪感が表に出ないよう気を付けつつ、渋るような表情を浮かべる。

 

「お前があの玉壺様だと? にわかには信じられんな。あんな素晴らしい作品を鬼であるお前が作れるわけがないだろう」

「ぐぬっ。喜んでいいのか怒っていいのかわからんセリフを……!」

 

 俺の言葉に玉壺はプルプルと震えるが、何か思いついたのか体中に生えた小さな手をポンと叩く。

 

「あ、いや証拠ならここにあるではないか! ほら、見なさい! さっき、あなたもこれが私の作品だと認めたでしょう⁉」

「えー? でも、こう暗いとなぁ。さっきも、ぱっと見、あの方の作品かな? とは思ったけど、よく見てみないと何とも……」

「じゃあ、近づいて見ればいいでしょう! ほらほら!」

「……近づいた瞬間に殺さない?」

「殺しません! いや、最終的に殺しはしますが、まずは私が玉壺本人だと認めさせてからです!」

 

 俺の誘導に気づかず、玉壺はそう叫ぶ。

 うーん、他の鬼たちもこれくらい扱いやすかったらなぁ……。

 そんなことを考えながらも、俺は壺を確認するフリをするために玉壺へと近づく。

 

「あ、いや待ちなさい。私はまだあなたを殺しませんが、あなたが私に攻撃してこないとは限らない。その刀は地面に置きなさい」

 

 さすがにそこら辺の判断力は残っているのか、俺の刀を指さしそう指示してくる。

 ちっ、このまま近づいてあわよくばって考えてたんだけどな。

 とはいえ、ここで気分を害して戦闘に入ってもまずい。

 一応、暗器や秘密兵器はあるからここはおとなしく従っておこう。

 

「……これでいいか?」

「いいでしょう。それでは、じっくり気のすむまで眺めなさい! あ、もちろん夜明け前にはしっかり殺しますからね」

 

 俺は玉壺に気を配りつつも、さぁさぁと押し出された壺を眺める。

 ……まぁ、本当に玉壺作かどうかの判断はできないんですけどね!

 

 奴のプライドの高さを考えると、本当に玉壺作だろうなとは思うがそんなのは関係ない。

 要は、奴に警戒されずに近づけばいいのだ。

 

「どうだ? 素晴らしい壺でしょう? 私が玉壺と認めますね?」

 

 玉壺は俺の態度に微塵も疑わず、ウキウキとした様子で話しかけてくる。

 そうやってられるのも今のうちだ。

 俺は懐に忍ばせている秘密兵器を取り出し、玉壺にふりかけようと――。

 

「賽? 鬼と仲良くなにやってるの?」

 

 したところで、唐突に声を掛けられる。

 反射的に振り向けば、そこにはすでに臨戦態勢に入った無っくんこと無一郎くん。

 With道中で助けられたであろう小鉄少年と鉄穴森(かなもり)さんが立っていた。

 うぉぉい! なんでこのタイミングでやってくるんだ!

 普通戦闘音がしたら近づいて……近づいて……いや、戦闘音してなかったわ。

 そりゃ来るわ。

 だが、まだ挽回できる! 今、俺は玉壺のすぐそばにいる。

 このまま気にせず行動に移れば……。

 

「賽? ……もしや、小僧……栖笛賽か?」

 

 無っくんのセリフを聞いた瞬間、さっきまでヒョッヒョッヒョと笑っていた玉壺はシリアスな雰囲気を纏いながら尋ねてくる。

 うーん、めっちゃ嫌な予感がする。

 

「――そうだけど?」

「なるほどなるほど。貴様がそうか。あの方から話は聞いている。栖笛賽という人間は非常に卑劣極まりなく口先がえらく達者な卑怯者だと。そやつと出会った場合、話を聞かず問答無用で殺せと」

 

 玉壺はそう言いながら俺をぎょろりとにらんでくる。

 

 

 

 

 

 

 嫌な予感的中じゃないか!

 

 




玉壺の最終形態はちょっと好き、キモいけど


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