【完結】川口息吹は憑依転生者な器用貧乏だけどかわいい (風早 海月)
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プロローグ

プロローグは短めです。次の話からは4,000前後を目標に漫画版1話程度毎で進めていきたいと思います。




球詠という漫画を知っているだろうか?……まぁこれを読んでいる多くの人は知っているだろう。それを前提に話をさせてもらおう。

 

私は器用貧乏だが、なんでも出来た。

高校野球では、甲子園は行けなかったが3年間ベンチ入りして、投手、捕手、一塁手、二塁手、三塁手、遊撃手、左翼手、中堅手、右翼手と、全ての守備位置をある程度こなせて(この時点で異常だが)、代打で出れば本塁打こそ公式戦では打てなかったが、ほぼ必ず単打以上は打てた(自分で言ってなんだが異常だ)。

そんな私が3年生の夏の大会を終えたが、たまに打撃投手として下級生の練習相手になるくらいには野球部に顔は出していた。そんな時、運がなかったのだろう。1年生のフリースインガーの子に打撃投手として相手をしていた時、その子が打った打球が防護ネットをすり抜けて頭に命中してしまったのだ。病院に搬送される中で、たまたま家にいた母親が駆けつけてくれたので「彼に責任は無い」と何とか伝えることが出来たのは幸いだった。彼の打撃力なら、2年後には母校は県大会を優勝出来るかもしれないと思える逸材なのだ。こんなことで潰してはいけない…それを伝えた後、私の意識は黒く染まった。

 

そして、次に光が差し込んだ時には、何故か赤ん坊になっていたのだ。

 

 

 

それから15年。今、私は野球漫画「球詠」の世界で、『川口息吹』として生きている。いや、身体を預かっている…のかもしれない。

 

 

「なんでさ!」

 

 

そう言いたくなる気持ちも分かる様になってしまった時点で、私は既に末期だろう。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

今日から、高校生。

私が…JK……いや、もう10年以上もこの体で、仕方ないなぁとかもう諦めてるけどさ、なんか…こう……

 

「うん、電車に乗らずに高校行けて良かったわ」

 

マジ息吹ちゃん天使だわ…新越谷高校の制服かわいいし…絶対電車とか乗ってたら痴漢されるわ。息吹ちゃんの身体を預かる身としてはちゃんと守らないとね!

くるっと回ってスカートをヒラリとさせる。うん、かわいい。

芳乃もかわいいんだろうなぁ…双子だし、彼女の方が小動物っぽい。…表面的には。小さい頃からおもちゃにされてきたから、内面は小動物っぽいと言うよりも好奇心旺盛な人懐っこい犬みたいな感じにしか見えないけど。

 

「息吹ちゃん、そろそろ行くよー」

「分かってるわよ!」

 

私はスクールバッグにそっと愛用のグラブを忍ばせて、玄関に向かった。

 

そう、今日は新越谷高校野球部の新たな1歩が刻まれる1日なのだから…

 

 



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第1話 野球少女の再会はキャッチボールで

「こら、芳乃!その子困ってるじゃない」

「あっ、息吹ちゃん」

 

教室に入ると、既に芳乃は武田詠深の手を取っていた。素知らぬふりをしつつ、芳乃を窘める。

 

「知らない野球経験者にちょっかいかけるなっていつも言ってるでしょ」

「えへへ…つい……」

 

すると、詠深は私と芳乃の顔を見比べる。

 

「ちょっと待って、似てない?まさか双子!?」

「えへへ、そうだよ」

「姉の息吹よ。よろしく」

 

原作のように独特なツインテールにしているため、見分けは簡単だ。最悪太ももを触れば分かる。芳乃にはバレていそうだけど、秘密に走り込みや投げ込みやら壁当てやらをしているため、全体的に少し筋肉質なのだ。……まぁ女の子の身体なので、筋肉ムキムキにするのは難しいが、かわいさ維持のためにもそれくらいで良い。私的には筋肉ムキムキな女の子はちょっと無理なので。

 

「よろしく!双子にしては似てないね!」

「忙しい人ね…まぁ性格で表情も違うもの。一応見分けるポイントはテールの大きさね」

「あ、隣の席の、元野球部でエースのヨミちゃんだよ。投げ込みで手がすごいんだよ」

「どれどれ…へー、すごいわね!」

 

ここまで予定調和…うん、そうそう。原作を知ってる私だからね!つい芳乃のペースに巻き込まれた!とかじゃない…よ?そこ!ポンコツとかおもってないよね!?違うからね!

 

「ここに来たってことはもう野球はしないの?」

「不祥事とかで活動休止中だったじゃない。新学期からは解除されたらしいけど…部員もほとんどいないらしいわよ」

 

知っているだけにもどかしいが、詠深にそんな顔は似合わない。もっとイキイキした顔がみたい。(イキ顔では)ないです。

 

「……うん、野球はもういいかな」

 

詠深は一転して作ったように笑う。

 

「学校も制服で選んだようなものだし!」

「かわいいよね!」

「確かにかわいいわね」

 

女の子になって…いや、かわいい女の子になって良かったと思うのはここだ。かわいい服を自分で思いのままに着れる…あ、いや、元々女装願望があるとかじゃなくて……美少女に自分の好きな服を着せられるんだよ?制服もかわいいし!生足はJKの特権だよね!年増しが膝出しとかありえないし。もちろん若く見える人ならいいけどね。

 

「入学おめでとう!席について〜」

 

先生が来たっぽいからこの辺でお暇するよ。

 

「それじゃああとで」

 

ニコッと笑って手を振る。美少女は何をしても絵になるぞー!

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

入学式が終わり、担任の紹介やらオリエンテーションの日程などの説明の後、その日は解散となった。私は直ぐに芳乃たちの所へ向かう。

 

「これからレイクタウン行かない?行ってみたかったんだよね」

「それじゃ昼ごはんそこで食べましょ」

「いいねー。お話もしたいし」

 

…ま、ご飯は後でになるんだけどねー。

 

「めっちゃ大きいらしいね」

「そう!入口から端っこまで1キロもあるのよ」

「マジ?大きすぎ!」

「ガチで回るとヘトヘトになっちゃうよね」

 

ヘトヘトにさせてるのは芳乃、貴女ですよ!(杉下右京風)

 

廊下を歩いていると、小柄な黒髪の女の子とすれ違う。彼女のトレードマークとも言えるピンクの髪留めが、『彼女』であることを主張する。この子が…へぇ

 

「ヨミちゃん…?」

 

すれ違いざまに詠深に声をかける。それに、反応して詠深たちも振り返る。

 

「やっぱりヨミちゃんだ。珠姫だよ。覚えてない?」

「タマちゃん…!…覚えてるよ。久しぶり〜!!」

「いっ!?」

 

珠姫に抱きつく詠深。……球詠…珠詠…珠×詠……なるほど、閃いた。珠姫が攻めるんだね。

 

「急に転校しちゃうんだもん。懐かしいなぁ。昔よく遊んだよねぇ。うん、なるほど。確かにタマちゃんの匂いだ」

 

珠姫の胸元に顔を押し付けている詠深。逆ちゃうん?球×詠やろ?(何故かエセ関西弁)

 

「知り合いみたいね?…ま、聞いてないわよね」

「山崎珠姫選手…なんでこんなところに…」

 

なお、芳乃の珠姫経歴説明はカットで。知ってるし。

 

「ファンです!サイン下さい!!」

 

どんな時もカバンに色紙とペンを。それが芳乃スタイル。

 

「へぇタマちゃんも野球してたんだね」

「ヨミちゃんもやってたの?」

「うん。1回戦負けだけどね〜」

 

珠姫はサラッと色紙にサインを書き、芳乃に渡す。

 

「そーだ。タマちゃん、アレしよっか」

「アレ?」

 

(アーッなやつでは)ないです。

 

「野球少女の再会の儀式といったらキャッチボールしかないでしょ!」

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

「ってことでグラウンドに来てみたけど、誰もいないね」

「停部期間終わってるはずだけど…廃部になっちゃうのかな」

 

とりあえず芳乃に合わせてゆるーくキャッチボールをする。怪我でもさせたら申し訳ないし、選手になる気はなさそうだし。

 

「タマちゃんって捕手(キャッチャー)だったんだ」

「ヨミちゃんは投手(ピッチャー)なんだね」

 

2人とも用具を借りる時に無意識に自分のポジションのグラブを選んでいたのだろう。きちんとした捕球で、音が良い。

 

「やっぱり経験者のプレーはキャッチボールだけでもかっこいいね!」

「そうね」

 

球速こそ平凡だが、きちんとコントロールされている。取れない捕手に取らせる技術…つまり()()()()()()()()()()が高い。

 

「投球練習してみる?」

「うん!」

「はいどうぞ」

 

私は珠姫に防具を渡す。

 

「投げ込むだけだから要らないよ」

「私が打つから必要なのよ」

 

バットにチップして捕手に当たる可能性がある。私は打者用のヘルメットを被って珠姫の左前に立つ。そして、バットをくるりと回してオープンスタンスに構える。

正直な話、私の今のパワーではいくら鍛えていても柵越(ホームラン)は望めない。だが、一本足打法と腰の捻りを合わせることで体重移動の運動エネルギーをバットに伝えられるはずだ。

 

流石に私が打つと伝えたためか、芳乃は珠姫の防具を付け終えると直ぐに退避する。

 

「そうだ、ヨミちゃん。あの球は投げないの?昔カラーボールで投げてた魔球のことだよ」

「……投げていいの? 捕れるの?」

「投げられるの!?硬球で!?」

「………似たような球なら…」

「投げて! きっと捕るから!」

 

空気の変わったグラウンド。呼吸を落ち着かせて。左足を浮かせる。投手にお尻を向ける様に捻る。

 

「いくよ」

「こい」

 

ワインドアップして投げ込まれる白球。だが、それはすっぽ抜けた様に打者…つまり私へ向かう。そして…

 

「ここっ!」

 

スカッ!

 

空振り。そして、珠姫のミットには白球が収まっていた。

やっぱり来ると分かってても打てない…ま、初見だし、打撃練習はバッセンだけだし、仕方ない。

 

「もう1球!次は打つわ!」

 

あの球だけを何度も何度も詠深は投げる。だんだんとバットに当たる。最終的に単打くらいの当たりを出して打席を退いた。一旦休憩して次はネットに当てる!

芳乃は待ってました!と言わんばかりに珠姫の後ろに立つ。

 

「後ろ危ないよ」

「公式戦捕逸(パスボール)ゼロ…信頼してるよ!」

 

さらに5球投げ込む。芳乃は満足したのか、私の隣に座る。

 

「すごい!あんな変化球見たことないよ!それに!1球も逸らさない珠姫さんもさすがだよ!…でも1回戦負けだったんだよね、ヨミちゃん」

「そうね…野球は1人じゃできないもの」

 

あの球を捕れるキャッチャーが同世代に何人いることか…初見でミットに収めた珠姫がどれだけのレベルか。

 

「ヨミちゃんすごいね!まさかほんとにあの球がくるなんてびっくりしたよ」

「タマちゃんこそ…ほんと上手だね。全部捕ってくれるんだもん」

 

この球と1回戦負け。ある程度野球に知識があれば分かるだろう。彼女の球が捕れるキャッチャーがいなかったことを。恐らく珠姫も芳乃もそれを察する。

 

「あの時は全然捕れなかったくせに」

「うるさいなあ」

 

珠姫とて、その守備力を楽に手にいれた訳では無い。

 

「転校したあとね、家の近くのチームに入ったんだ。そこが凄く強いチームでさ。めっちゃ練習させられた。ヨミちゃんとしてた野球とは全然違くて。辛い時間の方が長かったけど…ヨミちゃんの球を捕れるようになってたから、やっててよかったよ」

「約束覚えてる?」

「なんか言った?」

「…ううん。それじゃあ次、最後の1球ね」

「うん」

 

知ってるからあえて言おう。ここで出会えてよかったね、2人とも…ドラマみたいや。いや、ドラマというか漫画なんだけどね。

 

「あの二人、色々あるみたいね」

「うん」

「さて、最後の1球…今度こそ…!」

 

私は再度珠姫の左前に立つ。

 

「今度は打つわよ!」

「うん、簡単には打たせないよ!」

 

 

ワインドアップ。詠深の思いの篭もった球が、放たれる。でも……

 

やっぱりさ、こんな思いの乗った球って、何故か打てないよね……

 

 

 

「ナイスボール」

 

静かに珠姫が言った。結局、空振り。

私はそっと空を仰ぐ。

 

「ただの投球練習なのにね」

 

ポツリと詠深が言葉を漏らす。いや、絞り出す。

 

「誰かと真剣に野球やれたの、多分初めてだったんだ。だからもう思い残すことは――」

「ヨミちゃん、もう野球しないの?」

 

珠姫は詠深に球を手渡す。

 

「最後の球、気持ちの入ったいい球だったよ」

「悔しいけど、気持ちの入ったいい球って打ちづらいのよね…完敗よ」

 

珠姫と私の言葉に芳乃も追従する。

 

「2人なら良いバッテリーになれるよ!1年生とは思えないピッチャーに、守備力抜群のキャッチャーだもん!」

「芳乃は見たいだけでしょ…」

 

3人の言葉に、珠姫はポツリポツリ言葉が溢れてくる。

 

「芳乃ちゃんが見てくれて、息吹ちゃんが打って…タマちゃんが受けてくれるなら……やりたい」

 

……こんな時に閃いてしまうのは私の前世が男子高校生だったからなの?それとも……ううん、やめておこう。だって受けてくれるとか、やりたいとかさ!

 

「いいよ」

「タマちゃぁん……ふぇぇぇぇ」

 

珠姫が手を取ってその思いに応える。詠深は腰が抜けたように泣き出してしまった。

 

「投げてる時はかっこよかったのにね」

「もしかしてどこか痛めた!隅々まで検査しなければ!!」

 

芳乃、分かって言ってるよね?ね?

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

「今日入学式だったの忘れてたよ」

「そういや私たち出会ったばかりなのよね…なんか色々あって忘れてたわ」

「でもこうして一緒に片付けしてると、もう仲の良いチームメイトだね」

 

 

桜の舞う季節。

少女たちは出会った。ここから、新越谷高校野球部の新たな物語が、正史を外れた物語が、始まる―――



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第2話 外野用グラブ忘れたぁぁあ!

野球大国日本。

毎日どこかでその歴史は紡がれてきた。

 

高校野球においては最高峰(プロ)を目指す者、青春の一片とする者、地元の期待を背負った者…様々な思いを抱いた球女たちは、グラウンドに色んな汗と涙を流しながら四千校あまりの頂点を目指す…

 

そして、ここ埼玉県新越谷高校はというと―――

 

 

現在4名。

 

……うん、原作っぽく言ってみたけど、私らしくないわね。

 

「2人とも練習着(ユニフォーム)姿いいねえ!」

「ヨミのは中学の時のやつ?」

「そだよ〜」

「息吹ちゃんも買わないとね」

「そうね…」

 

そろそろバッセンで使ってるバットを練習用にして試合用のバットを買いたいし、正直なところ金欠であります。野球やったことある人なら分かると思うけど、高いんや!高すぎるんや!

しかも、私の場合は木製バットをオーダーメイドしているのでさらに……ね。だって私が長打を打つには細かいことも全て頑張らないといけない。木製バットはしなりがあるからより遠くまで飛ぶのだ。…ま、芯が狭いんだけど、そこは私のバットコントロール力でカバーだよねぇ。

 

「あっ、グラウンドに誰かいる。こんにちはー、先輩ですか?」

「こんにちは。1年よ」

 

2人の少女がストレッチをしていた。

 

「なんだ2人とも1年生かぁ。先輩かと思った…どこ中?」

「私たちは南相模よ」

「へぇ、隣の校区じゃないの。私たち光陽台桜よ」

「おっ近いな」

 

南相模はそこそこ強い中学だ。だから、芳乃の餌食だ。

 

「ポジションは!?それと名前!」

「藤田菫よ。二塁手(セカンド)

「川﨑稜。遊撃手(ショート)だ」

 

二遊間が最初からペアになってるのは良い。

 

「二遊間かあ」

「それは頼もしいわね」

「うんうん、下半身すごくいいよ!」

 

やっぱり芳乃の餌食だった。(知ってたけど)

菫と稜は私と芳乃を見比べる。

 

「私は川口息吹よ。このセクハラしてるのが妹の芳乃」

「双子なんだ〜」

「へぇー、初めて見た!」

「双子なのね」

 

その後、詠深と珠姫も自己紹介して、準備運動に入る。と、待ちきれなくなった稜が内野へ踏み入れる。

 

「おーい、誰かノック打って!」

「こら!稜ったら勝手に入ったら怒られるわよ!」

 

そう、ここの設備は停部だったとは思えないほど綺麗にされており、トンボもきちんとかけられているのだ。

 

「あーあ…せっかくグラウンド綺麗にしてくれてるのに」

「一連の不祥事には暴力沙汰も含まれてるらしいし、おしりバットくらいは覚悟しないと」

「……!」

 

流石に原作で岡田怜パイセンと藤原理沙パイセンがいい人たちなのは知っているが、それでも冗談としては良くないよ、詠深。

 

「停部まで食らってるんだし流石に改善されてるはずだけど…その代わり腕立てやスクワット100回とかはあるかもね」

 

野球部の厳しい上下関係。あるあるだけど…現実的過ぎてそっちも怖いよ!?

私たち4人がストレッチをしながらそんな話をしていると、菫はグラブをはめる。

 

「ったく、仕方ないわね」

「菫ちゃんも行くんだ」

「こういうのってどうせ連帯責任でしょ」

 

どうせ怒られるならやった方が得である。

 

「じゃあ私が打ってあげるよ」

「もー、芳乃まで」

「芳乃ちゃんノック打てるんだ」

「まぁ、私たちは遊びでやってたし、多少はね。道具もそこそこ家にあるのよ」

「へぇ」

 

カキン!

 

決して課金!課金!という音ではない。

芳乃のノックを遊撃手の位置についた稜がダイビングキャッチして一塁にいる私へ送球する。本当はファーストミットだといいのだが、別にサード用に買ったポケットの深いグラブで受ける。

 

送球は私のグラブに吸い込まれた。私はキャッチャーの珠姫へ山なりのボールで返す。

 

「へぇ、上手ね」

「だろ?見直した?」

「は?芳乃(あのコ)のノックのことよ」

「なっ!?」

 

うん、二遊間漫才、面白いよね!

 

「次、菫ちゃん(セカンド)!」

「来なさい!」

 

丁寧にゴロを処理して、私へ送球。稜の荒々しい送球に比べて丁寧で捕りやすい。

 

「菫のプレーは上品過ぎるんだよ!つまんねぇ」

「アウトが取れればいいのよ。(あんた)の送球は雑で中学の時何回悪送球したか覚えてるの?」

「えーと、公式戦だけなら2回だぜ?」

「そうね、でもあんたの送球で一塁手(ファースト)失策(エラー)になった数入れたら?」

「覚えてねぇよ!?」

「5回よ」

「うっ…」

「いい加減チームプレーを理解した方がいいわ」

 

その後も改善の余地はなかったが、怪我をした稜を気遣う菫。この掛け合いも、もしかしたら彼女たちなりの愛情表現なのかもしれない。

 

そんな時、詠深がネット越しにこちらを見る2人を見つける。

 

「先輩が来たっぽいよ」

 

詠深の言葉に、みんな直ぐに駆け寄る。特に元運動部組は早い。

 

「こんにちは」

 

全員で声を揃えて挨拶をする。

 

「こんにちは。2年生の藤原理沙です」

「岡田怜…です」

 

う、理沙先輩、かわいい…こんな彼女が欲しいです…!みんなも分かるよね?ね?

 

「お待ちしてました、先輩!早速一緒に…」

 

バチッ

詠深が怜の手を取ってグラウンドに引こうとする前に、手を振りほどかれる。

 

「私たちは別だから」

「えっ」

「あなたたちのお遊びに付き合うつもりはないから」

 

キレてる二遊間を珠姫が宥める。そして、怜先輩、あなたは既に芳乃にロックオンされてますから…逃げられないですよ。特性かげふみですからね。

 

「ここの野球部って以前は結構強かったの」

「1度全国にも行きましたね!」

「でもここ数年結果が出なくて…練習やしごき、上下関係も厳しくなっていって、私たちが入った頃は最悪だった。それがある時度を越してしまって、対外試合禁止、活動自粛。そのあとみんな辞めたり転校したりして、2人だけになっちゃった」

 

理沙先輩の説明に、一同が重い空気になる中、菫が口を開いた。

 

「先輩たちはなんで残ったんですか?」

「新入生が入ってくるまで廃部にならないように、籍だけは残しておいたんだ。最後に役立って良かったよ」

「最後にって…じゃあ先輩方は…」

「停部中、私たちはクラブチームの練習に参加させてもらってたんだ。大学とかでやり直すためにも、これからもそうするつもり。今後は新入生で新しい野球部を作ればいいよ」

 

それだけ言うと、怜先輩はグラウンドの外へとネットを潜ろうとする…が、詠深が引き止める。

 

「先輩!私の球、打ってみませんか?部存続のお礼の意味も込めて…あっでも、真剣勝負ですよ!ねっ、タマちゃん」

「う、うん!」

「…わかった。そういうことなら」

 

先輩2人が練習着に着替えてきて、準備運動をして、いざスタート。

 

「外野適当に入って!理沙先輩も!」

「はーい」

 

私はとりあえずセンターに入る。正直な話、原作の息吹と私では既にステータスが違う。今の私なら、原作の打球でも捕れるはず。頑張って理沙先輩にいいとこ見せちゃうぞ〜!かわいいは正義だからね!年上も年下もかわいかったら守備範囲だよ。

 

「外野に強い当たりが出たら私の勝ち。それ以外はそっちの勝ちでいいよ」

「サービスいいですね」

 

なんだかんだ言いつつも、怜先輩は走攻守全てにおいて高いレベルの名中堅手(センター)。強打者だ。

 

初球は外いっぱいのストレート。だが、怜先輩は手を出さない。

2球目低めにあの球。右打者にとってあの球は顔面に来るように見えて、それから急に落ちつつ逃げていくボールであり、とても打ちづらい。空振りでストライクツー。

3球目は直球外角低めでボール。際どいコースで、球審によっては手が上がるコース。カットも視野に入る球だったが、あの球を意識し過ぎて手が出せなかったのだ。

カウント1-2。

 

「先輩!この勝負…負けた方がなんでも言うこと聞くってどうですか?」

「は?」

 

「まああの子、完全有利になってから賭けを持ち込むなんて…」

 

理沙先輩、同感です。せこい。でも…

 

「いいよ…でもそう簡単にはいかないよ」

「やった!」

 

怜先輩なら受ける。なぜなら彼女も…

 

「ったく…何があんなに楽しいんだか…」

「中学の時いなかったんです。あの球を捕ってくれる捕手(キャッチャー)が。だから投げるのが楽しくて仕方ないんでしょうね」

「…そう」

 

詠深の今の投手としての力量と、怜先輩の今の打撃力はほぼ拮抗しているだろう。あの球も多少見られているし。だからこそ…この勝負は意地の強さの違いが勝敗を決するだろう。どちらが勝っても同じ結末だろうに。

 

詠深のあの球を完璧に捉えた打球は右中間へ。伸びて伸びて…タイミングはギリギリだ。私はダイビングキャッチを試みる。

 

「っ!」

 

私のグラブの先に収まりかけたが、内野用のグラブでは短かった。失策(エラー)

 

「息吹!ナイスファイト」

「見直したぜ」

 

菫と稜が私を支えて立たせてくれる。

 

「…」

「ヨミちゃん…」

 

詠深と珠姫はお通夜ムード。だけど…

 

「捕っていた、私なら」

 

ハッとして近くにいた詠深たちが怜を見る。

 

「センターフライ。勝ちだよ、そっちの。いい球だった。悪かったよさっきは…お遊びなんて言って」

「そんな…」

 

怜の謝罪にキレてた二遊間も納得したようだ。

 

「それより怜先輩。私たちの勝ちらしいので、お願いがあるんですが」

「えっ」

「一緒に野球をやりましょう!出来たら主将(キャプテン)もして欲しいな」

 

詠深の言葉に、怜先輩は少し微笑んで…

 

「いいよ。けっこう厳しくいくからね」

「はい」

「そうこなくっちゃな」

「理沙もそれでいい?」

「もちろん」

 

だが、そこで詠深は後回しにしていたことを思い出す。

 

「ところでタマちゃん…打たれちゃったね……息吹ちゃんにも単打くらい打たれちゃったし…実は私の球大したことないのでは」

「そんなことないよ!誰か打ちたい人!」

 

というわけで…

 

稜 三振

菫 三振

理沙先輩 内野ゴロ

 

「ね…怜さんが凄いんだよ」

「それにね…」

 

理沙先輩はヘルメットを取りながら詠深達に話しかける。

 

「怜ったら気になってずっと見てたの。本当は会えるのを楽しみにしていたのよ」

「余計なこと言わないで!」

「それで研究されてたんだ」

 

理沙先輩の暴露に、怜先輩…主将は顔を赤くする。

 

主将(キャプテン)として最初の命令を与えねばならないのを思い出した…先輩より先にグラウンドに入った罰としてグラウンド20週!」

 

とばっちり、または八つ当たりに近いが、それが上下関係というものです。

え?息吹ちゃん体力大丈夫か?ええ、鍛えてますから!



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第3話 アベレージヒッターとコピー投法

今日も今日とて練習です。

 

選手7人、マネージャー1人の計8人に増えた新生新越谷高校野球部。練習はよりハードになっていた。原作とは違い、そこそこは鍛えてあったことと、前世の野球部経験もあって、なんとかついてはいけている。

あ、そんなことより、とうとう練習着買っちゃいましたよー。短パンで膝を擦りむきそうなのが怖いのでニーソ履いて誤魔化す。ちなみに、バットとグラブも新しいのを買っちゃって、本当に金欠になりました。芳乃から借りて何とか…なった?キャッチボールくらいは新品のグラブ、ハードな練習は前のグラブという感じに使い分けて、新品のグラブを手に馴染ませつつ試合用にする予定です。バットはメイプルの木製バットを自分好みに作ってもらったものを2本調達して、これまでのと合わせて3本。木製バットは折れる可能性もあるからローテーションで使い回す。まぁ折れるような使い方はする気ないけど。

 

 

さて、練習もさることながら、野球経験者へ勧誘をかけに回っているけど…いやー、どんだけ野球部評判悪いのよ。

ま、今日あたりあの2人が来るから…そこまで心配いらないけどね……って言ってるうちにほら。詠深が2人を連れてきた。

 

「みんな〜!入部希望者だよ!」

「歓迎するよ!」

 

芳乃の小さいハーフツインテが揺れる。未だにあれが動く理由は分からない。一塁側ベンチの前にみんな集まってくる。

 

「主将、あまり威圧しないでくださいよ」

「わかってるよ」

 

菫が主将に釘を刺す。前科ありだからね!色んな意味で。

 

「コホン…主将の岡田です。2年生。ポジションとか適当に自己紹介お願いします」

ニコッと笑うが、どこかぎこちない主将の笑顔。

 

「おっ、大村白菊です…中学までは剣道部で、野球は初心者ですのでポジションとかはまだ…」

「剣道かぁ。なんでまた野球部に?」

 

詠深はバットを正眼の構えにとる。

 

「いえ…個人競技以外もやってみたくて……」

「剣道かあ、いいねえ!さすが鍛えてるね!」

 

芳乃の安定の太ももまさぐり。本当にあれでなんでも身体のこと分かっちゃうんだからすごいよねぇ…

 

「次そっちの子いい?」

「はぁ……」

 

さて、本命ktkr。彼女こそが新越谷高校野球部の4番を背負う運命の者……

 

「中村希…一塁と外野してました。でもここに入部する気は―――」

「中村ってもしかして左打ち?」

「えっ…うん」

「おてて見ていい?」

 

芳乃にロックオンされて逃げ切れるわけが無い。そういう運命。……いや、CP的にはこの2人なんだけどさ。

 

「やったぁ。新越谷(うち)、左1人もいないんだよ。新しい豆!春休みもバット振ってたんだ」

「始まったわね…」

 

芳乃が希の手や体を触りながらあーだこーだ言っている間に理沙先輩と二遊間の3人が打撃練習(マシンバッティング)の準備をする。元々今日の練習メニューだったので、体験入部にちょうど良いと考えたのだろう。

 

「芳乃、それくらいにしときなさい。それより、せっかく理沙先輩たちが打撃練習の用意してるから、体験入部ってことで打ってみるかしら?」

「いいんですか?」

 

理沙先輩はマシンの点検をしてから白菊に近づいく。

 

「着替え持ってる?」

「ハイッ!」

「部室はあれね」

 

主将が部室の鍵を希に預ける。

ちなみに屋内練習場も部室の近くにある。雨天の時はそこで練習。本当に昔は強豪だったことを伺わせる設備だよね。

 

 

 

 

さて、2人が着替えているうちに今の私は―――

 

「珠姫、せっかく防具着けてるならちょっと座りなさい」

「え、息吹ちゃん投げれるの?」

「ま、芳乃のおもちゃとして色んな選手の真似してきたし…」

 

前世でも投手(ピッチャー)も出来た。

 

「それに、暴投すら止めてくれるんでしょ?」

「あはは…」

 

苦笑いしながら珠姫は体感で18mちょい離れて座る。

 

「肩は大丈夫?」

「さっき芳乃とキャッチボールであっためといたわよ」

「よし、じゃあこい」

 

珠姫がミットを構える。

 

私は《詠深》をコピーする。

ワインドアップからの投球。

球は―――

 

「ッ!!!?」

 

珠姫は驚きつつもミットに球を収める。

 

「きゅ、球威は劣るけど、完全にヨミちゃんの『あの球』だ…」

「次行くわよ」

 

今度はプロで活躍する有名な潜水艦(サブマリン)投手のコピー……

 

下から伸びていく球は再び珠姫のミットに吸い込まれた。

 

次はクイックモーションの上手い人のコピー……

 

「す、凄いよ!こんなにいろんな投法で投げられるなら実戦でも十分通じるよ!」

「そ、そう?」

 

珠姫は全国区の捕手(キャッチャー)だ。彼女が通じると言うなら通じるのだろう。

私たち川口姉妹は観察力が高い。それを自分の身体に反映できるのが私…息吹で、頭に反映できるのが芳乃なのだ。その結果、芳乃は異能レベルで身体を触ったり見るだけでプレースタイルやら何やらまで全部分かるし、私は他人のプレーを見るだけで真似を出来る。どっちが凄いかという話ではないが、これは私たち双子に与えられた才能(ギフト)で、前世の記憶と合わせて川口息吹という存在を特別なものとしている。

 

ま、そんな才能なくても、私の息吹ちゃんかわいいから問題ないけどね!

 

「でも球威は足りない…のよね?」

「まぁ息吹ちゃんは体格が細身だし身長も平均的…速球派にはあまり適性なさそうだから仕方ないよ」

 

女子の成長期は中学が最盛期。高校で変わるとしたら大人びた身体付きになるくらい。身長や筋肉が増えるわけではない。3年生の方が鍛えられてる期間が長い分強い人が多いってくらいで前世の男子のような成長期による格差は少ない。

つまり、私が速球派の重い球を投げる適性はほぼ皆無に等しいということだ。

 

「それに、真似が出来るってことは打撃投手としても―――」

「打撃投手はやらないわよ!……ごめん、でも、打撃投手は勘弁して。やるとしても18.44mのマウンドから投げさせて」

 

打撃投手はほとんどの場合18.44mよりも近い位置で投げさせられる。いくら()のせいではないとはいえ、自分を殺した立ち位置には抵抗がある。

 

「う、うん…………」

 

珠姫と私の間に気まずげな空気が流れる。

 

「……あ、2人とも着替えてきたみたいだよ。戻ろっか」

「そ、そうね」

 

少し強引に珠姫が打撃練習の方に話を逸らしたことで、とりあえずその場は流れる。ごめん、珠姫。

 

 

 

 

体操着に着替えた希と白菊が戻ってきた。

 

「経験者の中村さんから打ってみましょうか!」

「頑張れ〜」

 

希は両手にバッティンググローブをはめて、ヘルメットを被って、オープンスタンスに近いスクエアスタンスで構える。マシンバッティングは投手の投げた球とは違うものの、球速は県内最速の久保田選手に合わせられている。…いや、稜が勝手にやったのだが。

 

「おねがいします…」

「じゃあお手並み拝見といくかぁ」

 

稜がマシンに球を入れる。そして、飛んで行った球は……

 

カーン!

 

芯に当ててマシン前のネットに当てる。

 

「すっ、凄いじゃない、中村さん!」

「別に…バッセンでマシン慣れとーけん」

 

その後も全て芯に当てて保護ネットに当てる。

 

「何者なの…?」

「全部芯でとらえてる」

 

一歩引いて見ていた珠姫と主将も驚きに包まれる。

 

「しかも全部ピッチャー返し…狙ってやってるんだ」

「ボール拾い楽でいいわね」

 

外野の方まで飛ばされるとたった数球のために取りに行かなければならない。グラウンドランニングの時はそんなに徒労感ないのに、何故かボール拾いのために端まで行くのは徒労感あるのだ。

 

「中村さん!!中学はどこのチームだったの!?」

「箱崎松陽……福岡」

 

福岡と言えば…とんこつラーメン食べたいわね。邪道だけど、明太子入れて食べるのが前世からの好物だ。

 

「福岡…野球大国!」

 

詠深の言う通り、福岡はプロ野球のお膝元でもあり、野球が盛んなのだ。

 

「道理でチェックリストにいないわけだよ。まさか野球留学生?」

「ち、ちが……」

「驚いたな。新越谷(うち)がまだ越境組を取っていたとは……」

 

芳乃と主将は野球のために越してきたと思ったみたいだが、ここに来たのは本当にたまたまなのだろう。運命という名の。芳乃のヒロインだしね!…芳乃がヒロインなのかな?……どっちでもいいか。

 

「ち、ちがうよ。埼玉に来たのら親の仕事とかでたまたまで…ほんとは全国目指せるとこで野球したかったっちゃけど……でも、ここの野球部のことよく調べんで入ったけん、入部する気は……中学のみんなと約束したのに……全国で会おうって」

「全国……」

 

この人数じゃあ確かに現実味はないけど……でも、そこまで弱い認定されたら傷つくなぁ……いや、実際、詠深の球も打てなかったんだけどさ!

その言葉に主将は最も実績のある珠姫にわざとらしく声をかける。

 

「ガールズで全国経験ある珠姫はどう思う?」

「私に振らないでくださいよ…」

 

そう、玉は揃っているのだ。

実績のある人だけでも、ガールズ全国区の珠姫、全国には届かなかったものの中学でも成績を残した主将、そこそこ強い中学の二遊間……

実績がなくても、詠深はピッチャーとしては全国目指せるレベルにあるし、芳乃のマネージメント能力も高く、理沙先輩のパワーはそれこそ全国区。

私以外はそこそこ強いのだ。かく言う私も原作よりは鍛えているし…けが人さえでなければこの人数でも戦える。試合中けが人出たら芳乃つっ込むしかないけど。

 

「ここは参謀の芳乃ちゃんが」

 

そして、珠姫はそのまま芳乃にスルーパスを送る。芳乃の分析力は恐らくプロの野球解説者よりも高いだろう。

 

「このチームのレベル…?うーん、2人が入ってくれたとして……決勝進出も有り得るかもね」

「またまたぁ」

「それはなめすぎじゃないかしら?」

 

菫の自虐とも取れるセリフに、芳乃はずいっと顔を近づける。ほんと、芳乃のパーソナルスペースの狭さには驚きだよ。部屋はやばいけど。

 

「なめてないよ?そっちこそ自分を過小評価するのも良くないよ」

「そ…そうね」

「もっとも、3か月みっちりと練習して、組み合わせとかの妙があったらの話だけどね」

 

……そういえば芳乃の分析上がってない?まさか本当に私が鍛えてるのバレてる?

 

「じゃ…じゃあ1年後はどうなるかいな!?」

「そんなに先のことはわかんないよ」

「優勝できるっちゃうと?」

「他の学校の事情も変わるし…」

 

打撃練習エリアから希は離れつつ芳乃に食らいついている。

そのうちに理沙先輩は白菊にバットやヘルメットなどを渡して、打撃練習に入る。

 

「大村さんは初心者だったよね。スイングとか大丈夫?」

「はい…一応」

 

理沙先輩は頷いてエリアから出る。そして、白菊はスクエアスタンスに構える。

 

「お願いします…」

 

白菊がバッティングすることに気付いた芳乃と希もそちらを見る。

稜がボールをマシンに入れる。そして放たれたボールは…

 

ィィン!!

 

凄まじい大振りで豪快で速いスイングに芯で捉えられて外野側フェンスの上の方に当たって落ちた。

 

「バットに当たりました!すごく良い感触…」

 

その光景と白菊の言いように一同にどよめきが走る。

 

「嘘……」

「当たったってもんじゃないわよ!?」

「キャー」

 

ちなみに黄色い声をあげているのは言わずとも分かると思うが芳乃だ。

 

「次、お願いします」

 

それからは1回も当たらずに空振り。稜がトスをあげてくれてもそれにも当たらない。

 

「なんだ、さっきのはマグレか…ほれ」

「そのようです…」

 

そこで私はみんなにネタばらしをする。

 

「大村白菊さん…さすが、去年の中学剣道全国大会優勝者ね。親が剣道の道場で師範をしている…道場の娘。長物を振るのは慣れてるのね。あとは飛翔する物体に当てられるようになれば立派なホームランバッターよ」

「すげー」

「でも、そんなに強いのに続けなくていいの?」

 

稜と詠深が詰め寄る。予想外の人材なのだ。

 

「元々は野球がしてみたかったんですよ」

 

剣道で1位になれたらっていう条件で、クリア出来たところがこの子の異常性を掻き立てるわけよ。

 

「というわけで、高校からですけどよろしくお願いします」

 

そこに詠深も見せつけるようにあの球を投げ込む。

 

「2人の打撃力でガンガン援護してね」

 

本当に…正直なところ指名打者で芳乃を入れたいと思えるくらいの打率しかない詠深だからね…指名打者制ないけど。

 

「いいよ…でも入るからには…一緒に目指して欲しいっちゃけど、全国を」

 

芳乃、尻尾…じゃなかった、ツインテバタバタ邪魔だから。今いい場面だから。邪魔せんといて。

 

「それから!白菊ちゃんには負けんけんね!」

「えっ!?え〜〜」

 

初心者と張り合ってどうするよ。

 

「人数も揃ったし」

「チームの目標も決まったな!」

「よ〜し!全国目指そ〜!」

 

「おー!」

 

全国。その言葉の重みを唯一知る珠姫は複雑な表情を浮かべている…が、まぁこの件に私が関わっちゃダメなところだから放置放置。

 

「タマちゃんどうしたの?こっちおいでよ」

「う…うん」

 

 

「目指せ全国たい!」

「ばかにしとーと?」

「よかよか」

「使い方間違っとーし!」

 

 

 

よし、私もより一層投げ込まないと…もうバレてるだろうし庭で投げ込んでもいいかな?あとは色んな投手の映像みてレパートリー増やさないと……

 

 

 

 

 




ごめんなさい、オリジナル部分加えたらちょっと長すぎちゃった…

しばらくは原作とほぼ同じルートを辿ります。分かれるのは…とりあえず試合開始後ですかね…

あ、良かったら感想・お気に入り・評価お願いします。


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第4話 全国への覚悟と練習試合

さて、私の前世が器用貧乏に全守備位置対応できることは知っての通りなんだけど、ここ新越谷高校野球部では選手の人数がたった9人しか居ないことと、メンツの多くが自分のポジションを持っていたことから、表向き初級者である私と初心者である白菊は残っていたポジション…つまり、外野の両翼に回されることとなった。白菊と私のポジション決めは、比較的経験があり大した欠点もない私がレフト線対応の左翼手(レフト)、一塁までの距離が比較的短く右打者から見て流し方向であるためバリバリ初心者の白菊が右翼手(ライト)となった。まぁそもそも白菊の肩の強さも外野向きというのもあるが。

もちろん、この守備位置は主将の広大な守備範囲があってこそのものだ。チームトップの韋駄天でもある。

 

主将指導の下、フライやライナーの捕球練習をこなす。白菊はまだまだ初心者の域を出ないが、その体にはかなりの潜在能力(ポテンシャル)が秘められているのだ。将来的には上位打線や中軸(クリーンナップ)も夢じゃない選手。その分守備力の最低限の保障は重要だ。

 

さて、今日の自主トレに希も参加することになった。といっても素振りとランニングだけだが。

 

私は希と芳乃の前を走る。

なんでかって?あの2人を2人っきりにして…てぇてぇ見たいだろ?見たいよね?ね?

球詠という漫画の中でも随一の百合カプなんや!見ないと損やで!え?詠深と珠姫?あれはほら、あくまで親友だと思うんよ、私。まぁそっちも見るんだけど…ほら、噂をすれば……

 

「あれ…詠深と珠姫じゃない?」

 

金髪3人組の私たちは何故か物陰に隠れて様子を伺う。

 

「なんで隠れるのよ…まぁ興味あるけど」

「あはは…」

 

私たち3人は揃って詠深と珠姫の会話に聞き耳を立てる。

 

 「私…最初はね、ヨミちゃんとなら勝ち負けとか関係なく楽しくやれればいいかなって思ってたんだよね。もし人数が集まらなかったらキャッチボールするだけの部活でもいいと思ってた。頑張っても頑張っても上には上がいたりレギュラー外されたり、誰より頑張った人が1回戦で消えてしまったり…」

 「それ、私…?」

 「そういうのは中学でやめたはずだったから。でもね、いざ人数が揃って本格的に部活をするようになって、全国と言う言葉まで聞いちゃったら…なんでだろ…中途半端は嫌なんだ。いつの間にか本気になってる」

 「それはタマちゃんが知ってるからでしょ、みんなで勝った時の味を」

 「そうだね…勝ってみたい…このチームで。私も好きだから」

 

珠姫は顔を赤くして、それを見て詠深は嬉しそうに笑う。

 

 「とにかく!これから練習時間増えてくだろうし、ヨミちゃんはついてこれるのって話だよ」

 「まさか心配してくれたの?」

 

詠深は意外そうに眉を動かす。

 

 「ほんとは帰らずに、ずっと練習していたいくらいなんだよ。その上勝てたらどんなに楽しいんだろうね。だから…」

 

少し前かがみになって珠姫と目線を合わせる。そして、その顔はいい笑顔になる。

 

 「私を連れて行ってよ。きつい練習でもなんでもするから」

 

今なんでもするって(ry

 

 「うん。わかった」

 

珠姫は詠深の手をとる。

 

 

 「一緒に行こう」

 

 

満点の夜空が、彼女たちの門出を祝福するかのように瞬く。こんな街中の明かりの中でこんなに見えるのは、きっと天も彼女たち…いや、私たちを祝ってくれているに違いない。

 

 

 

「素晴らしいよ〜!混ざりたい〜」

 

芳乃、まだ早い。

 

 「明日からやることいっぱいあるよ。クイックとか守備とか」

 「イエッサー!」

 「基礎トレと増やさないと、2倍くらいに」

 「ええ!?」

 

詠深の笑顔が硬い。冷や汗かいてそう。

 

 「なんでもするって言ったよね」

 「基礎トレ1人だからあんま楽しくない…」

 「息吹ちゃんと一緒になるように調整するから。あの子も…ううん、今はいいか。総合メニューは芳乃ちゃんと相談してから…」

 

あ、芳乃の名前出しちゃったら……あっ。

 

「呼んだ!?」

「みんな…なんでここに?」

「ランニングしてたんだよ。私たちの家すぐそこだし」

「へぇ」

 

そして、詠深は今話していた内容を思い出してぱっと珠姫を振り向くが、既に珠姫は理解して顔を赤くしていた…うーん、でもあんまり恥ずかしがることあった?友達なら普通じゃない?それくらい。

 

「どこから聞いてた!?」

「さあ…今来たばかりよ」

「ちくわ大明神」

「そんなことより練習の話しよう!」

 

珠姫と詠深は顔を赤くしながら慌てて、芳乃は興奮してて、私が苦笑いして、希もつられて笑う。これが青春の1ページなのだろう。私は柄にもなく心が温まるような、そんな気がした。

 

あ、これは言っとかないと。

 

「誰だ今の」

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

「みんな集まって〜!新しい練習スケジュール配るよ〜!」

 

珠姫たちと話し合って、芳乃が確定させたスケジュールだ。

 

「文句がある人は遠慮なく言ってね」

 

この練習スケジュール、どれくらいのものかと言うと…

 

「これはこれは…」

「なかなかハードね」

 

と2年生コンビが冷や汗を流すレベルだ。

 

「やった!守備練習が増えてる!」

「………」

 

稜の言い方を、相方である菫は聞き流す。

 

「練習内容はともかく…食事の献立まで決められてるんだけど」

「もし無理なら私が作ろうか?」

「そういう問題じゃなくて!」

 

通い妻か。

 

「ふふ…1年生、頼もしいわね」

 

 

 

 

 

 

その日の練習の終わりに、それはやってきた。いや、ネタばらしすると…

 

「先生、お願いします」

「引き継ぎが遅れましてすみません。顧問の藤井です。皆さん自主的に練習されていて偉いです!」

 

そう、藤井先生…監督だ。白菊がそっと家庭科の先生だと教えてくれるけど知ってるのよ。

 

「ふふ…もう授業で会った子もいますね。さて……」

 

そこまで言うと、雰囲気が変わる。

 

「どうやら全国を目指しているらしいですね。そこで、1週間後に試合を組みました」

「試合!?やった!」

「どこまでやれるか見せてくださいね」

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

練習試合の相手は…

 

「柳川大附属川越高校、通称柳大川越。以前は弱小だったけど、去年の夏は1年生エースの朝倉さんを中心に1・2年生主体のメンバーで県ベスト16、秋大会はベスト8!今年イチオシのチームだよ!」

「試合、よく受けてくれたわね…」

 

柳大川越の守備練習。ノックは乱れなく、守備の厚いチームだ。

 

「左のサイドスローか」

「カッコイイ!あの人が朝倉さん?」

「違うよ。あの人は大野さんだよ」

 

芳乃は大野彩優美(あゆみ)の情報を展開する。

 

「朝倉さんは怪我かなぁ。最近見ないね。代わりに春は大野さんが投げてるよ。28イニングを5失点!防御率で言えば1.25だね!ベスト16で惜敗してるけど、今のエースは大野さんと言っても過言じゃない!実際1番付けてるしね。サインくれるかなぁ…」

 

芳乃の大野さん情報と、サインくれるかなぁの言葉に珠姫はマジか…という目線を送る。

 

1番(エース)…か」

 

今回の練習試合用のユニフォームはかつて全国に行った時のデザインに「新越谷」の新の字を少しだけ大きくしただけのものだ。

 

「ほんとだ…気づかなかった…」

 

菫は、稜の胸元を掴んで新の字を見る。いや、それ胸ぐら掴んでるみたいだからやめてあげて。

 

「さあ!お待ちかね!打順を発表するよ!」

「待ってました!」

 

打順 名前  守備位置 背番号

1  中村希  一塁手  3

2  藤田菫  二塁手  4

3  山崎珠姫 捕手   2

4  岡田怜  中堅手  8

5  藤原理沙 三塁手  5

6  武田詠深 投手   1

7  川口息吹 左翼手  7

8  川﨑稜  遊撃手  6

9  大村白菊 右翼手  9

 

恐らく7番配置なのは小技をコピーしろという意味なのだろう。2番目の2番とも言われる7番。やって見せようではないか!

 

 

 

 

 

 

 

『1番 ファースト 中村さん』

 

以前、オープンスタンス気味のスクエアスタンスと称したが、どちらかというとオープンスタンスなのかもしれない。とにかく希はバットを構える。

 

左腕(サウスポー)から放たれた直球は……

 

カン!

 

バットの芯に捉えられて初球からライト方向へ大きな当たりで、三塁に飛び込みセーフ。初球で三塁打を記録する。

 

「ないばっち!」

 

 

2番の菫に対して芳乃のサインは強行。内野はほぼ定位置でスクイズなら1点は貰えそうだが、施しを受けるつもりはない。

 

「きなさい!」

 

初球、クロスファイアの直球がインハイに決まる。ストライク。

 

今度はインロウに入ってきた2球目をライト方向に高く打ち上げる。三塁ランナーの希はリードから素早く塁に戻って捕球を待つ。意外にも深いところまで打球は伸びたが、ライトが捕球。と同時に三塁ランナースタート。犠牲フライで1点を先制する。

 

「希ちゃんナイスバッティング」

「菫ちゃんナイス最低限」

 

ナイス最低限って…なんとも言えんな。これでワンアウトで1点リード。

 

 

『3番 キャッチャー 山崎さん』

 

珠姫に投げた初球は、手元が狂ったのか珠姫のおしりの辺りに当たる。痛そお……

 

「タマちゃん!」

 

投げた大野も顔色を悪くする。硬球で、しかも良いピッチャーの投げた球はかなりの球威を持つのだ。

 

「大丈夫」

 

だが、珠姫は臨時代走も要らないと、すぐに歩き出した。これにはピッチャーや新越谷ベンチも胸をなでおろした。珠姫の代わりはいないのだ。

これでワンアウト一塁。まだまだ新越谷の攻撃は終わらない。

 

 

『4番 センター 岡田さん』

 

主将は流れを切らないためか、初球打ち。左中間に飛び、見事ツーベース。二・三塁となる。

 

 

次の打順からは大きく原作と違う。私は気を引きしめる。

5番は三塁手(サード)の理沙先輩。

 

初球はピッチャーの暴投をキャッチャーがファインプレーで止めてボール。

2球目は甘く入ってきた外角高めをチップしてファール。

 

「理沙先輩!当たってますよ!」

「あと2点!ランナー返しましょー!」

 

3球目、アウトローの良い球を何とかパワーでセンター前に押し返して珠姫は生還。ワンアウト一・三塁。

 

 

『6番 ピッチャー 武田さん』

 

初球降っていったが、これは空振り。だがこれは芳乃の指示通り。

一塁ランナー理沙先輩は盗塁を試みて投球開始時点でスタート。だが、キャッチャーがショートに送球すると同時に一塁へ帰塁。それを見たショートがファーストへ送球しかけた時に三塁ランナー主将がジリジリとリードしていたところをスタート。サードとキャッチャーとファーストの声に混乱したショートは判断が遅れて、主将は本盗成功。一塁ランナーの理沙先輩は帰塁に成功。記録としては主将に本盗が記録されただけになってしまったが。

 

「ナイス先輩方!」

「ショート穴だよー!」

「頭脳プレーナイスです!」

 

まぁ本当は二盗だけのサインだったのだ。刺殺されそうになった理沙先輩を見て、主将が機転を効かせたのだ。

その後、詠深は空振り・ボール・空振りで、カウント1-3でアウト。

 

 

ツーアウトランナー一塁でバッターボックスに向かう私。

様々な野球選手の真似をしてきたことと、前世での打撃経験から、そこまで緊張もしていない。正直、私が理沙先輩を返せなければ、本来クリーンナップの稜もいるが彼女の打撃能力は実はそう高くない。

 

私は打席に入る前にバットを撫でる。前世での打席に入る前のルーティーンなのだ。

 

「お願いします」

 

オープンスタンスに構える。

 

「…木製バットか」

 

キャッチャーの人からそんな声が漏れてきた。

大野さんは一塁の理沙先輩をセットポジションで警戒しつつ投球する。

 

初球、インロウのクロスファイアを見逃して0-1。

 

大野さんは2球目を投げる前に一塁へ牽制球を入れて間を取る。

 

「ピッチャービビってるよ!」

「かっとばせ!」

 

とはいえ、大野さんの制球が徐々に戻ってきているのは確かだ。今の直球も手の出しづらい場所だ。

 

2球目もインロウ。だが、今度は緩急もつけられて空振り。0-2。

 

「息吹ちゃん振れてるよ!」

 

3球目は左サイドスロー対右打者の常套戦術のアウト側ゾーン外でボール。振ってくると思っていたのか、少し驚いた顔をされる。

 

「ナイス選球眼!」

「粘っていけるよ!」

 

4球目はアウトローに入ってくる球をカット。カウントは変わらず1-2。

 

5球目、6球目もインロウ、アウトハイのそれぞれボール球。これでフルカウントだ。

 

そこから7~10球にかけてカットを続ける。ボール球もだ。出来るだけ球数を稼ぐのと、味方に大野さんの球を見せるためでもある。

 

11球目。業を煮やした大野さんがすっぽ抜けたのかど真ん中に入ってきた球を自慢の一本足打法の体重移動と関節の旋回や木製バットのしなりも利用した会心の一打。

 

 

 

ピッチャーの頭上を通り過ぎ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二遊間を抜け………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

センターが諦めたような顔でボールの行方を見送った………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ツーランホームラン。理沙先輩と私は本塁を踏んだ。これで5点目。

ツーアウトランナーなし。打順は8番の稜と9番の白菊に続く。



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第5話 柳大川越の意地

野球の流れはダイジェストでお送りします。




 

1回表の新越谷の攻撃は私のホームランの後、8番の稜がポテンヒットで出塁し、白菊が空振り三振で攻撃を終えた。

 

「稜、ナイス打順調整よ」

 

菫にそう言われた稜は少し微妙な顔をしつつも、守備につく。

 

1回裏の柳大川越の攻撃は1番センター大島さんを三振に打ち取って、続く2者も凡退。球数にして8球。たった3人で攻撃を終了した。

 

 

2回の表、新越谷の攻撃は再び1番の希から。

何故か私に視線を送ってから打席に立つ。え?もしかして白菊だけじゃなくて私もライバル扱い?

 

初球の変化球…ツーシームをファール。続く2球目でストレートを捉えてレフトへ運ぶ。ノーアウト一塁。

 

続く2番の菫は今度は送りバントのサインが送られる。

綺麗に送りバントが成功し、ワンアウト二塁。小技も打撃もこなす菫は2番にふさわしいだろう。

さらに3番珠姫が初球を進塁打。ツーアウトランナー三塁。

 

そしてチャンスに4番の主将。得点圏打率では原作チーム随一だったけど、ここではセンターライナーでスリーアウト。

 

 

2回裏、柳大川越の攻撃は4番のキャッチャー浅井さんから。あの球を2球続けてすぐにインハイにストレートを入れる。詠深の遅いストレートはあの球と変わらない球速であるため、瞬時に見分けるのは難しい。

続く5番6番もそれぞれ4球でしとめる。

詠深は2イニング投げて19球。彼女のスタミナを考えればまだまだ序の口だろう。珠姫の球数配分も上手い。

 

 

3回表。

5番の理沙先輩からの攻撃は、5番理沙先輩、6番詠深、と凡退。

ツーアウトランナーなしで回ってきた私の打席。私と稜で出れれば次の回はまた1番希から…私は稜に視線を送る。頼むわよ。

 

初球低めにストライク見逃し。2球目・3球目ボール。ここから7連続で際どい内側の球で、大野さんの制球力が戻ってきているのを感じるが全てカット。変化球も。11球目と12球目にボールが出てフォアボールで出塁。ヒットを狙いに行くのは力がいるので、1日に何度もは出来ない。ここは温存一択よね。

 

8番稜は初球、2球目とフルスイングするも空振り。

最後の3球目。気負い過ぎたのか投球フォームを見た瞬間からスイングを初めてボールが来る頃にはもう振り切った後だったが……まぁ、なんていうか……R〇〇KIESの代打役がやったあれだ。振り切った後のバットにコンッ!と当たり、高いバウンドが嵌ってツーアウト一・二塁。

両陣営の選手から嘘だろ…という目で見られていた稜だった。一応ヒットの記録になる。

 

9番の白菊は力強いフルスイングで三球三振となった。稜は2連続で残塁。

 

 

3回裏、柳大川越の攻撃。

未だランナーを許していない詠深の投球は下位打線では簡単に打ち取れる…とまでは言わないけど、再び三者凡退。投球数は僅かに6球だった。

 

 

4回表、新越谷の攻撃。

3巡目の1番希は今日初のピッチャーゴロで凡退。

続く菫は粘って粘ってツーシームで凡退。

どうにか塁に出て4番5番に繋げたい珠姫はセーフティバントをチョイス。意表を突いたサードへのバントで一塁へ。

4番の主将もどうにか塁に出るが、続く理沙先輩がフルカウントからのカットで1球は粘ったものの三振でスリーアウト。

 

 

4回の裏。ここから柳大川越の2巡目の攻撃。ここからが本当の野球だった。

 

1番の大島さんは2球見送ってから絞り球が来たのかレフト前ヒット。私も送球が間に合わなかったが、二塁へは阻止する。

好打順でノーアウト一塁…これはまずいよねぇ…

 

すると、ランナーの大島さんが詠深のあの球にキャッチャーも捕球に精一杯だろうと当たりをつけてリードを広くとってると、詠深はくるりとファーストへ牽制球を送る。キャッチした希と、ランナーの大島さんの顔が引きつってる。あの牽制はコピーしたら武器になりそうだよね?

 

打者への第1球を捉えられた。ボテボテのゴロは詠深の左を通り過ぎ、走ってきた菫が確保したが、もう投げるところはなかった。オールセーフ。

 

「ドンマイ!たまたまよ!」

「こういう時こそ集中しなよ!次は抑えるよ!」

 

私が詠深や内野に声をかけると、同じように主将も声を上げた。

 

だが、悪いことは続くもので…甘く入ったあの球を3番の打者にライトに運ばれ、しかも白菊のバックホーム送球は大きく外れてランナー2人をホームに迎えてしまった。幸いにも逸れた送球は詠深が予め待機していたためそれ以上の被害は抑えられた。

 

そこで、珠姫はタイムをとる。この状況はやっぱり変わらないか…でも、それだと点差的に勝てるかも…?

 

再び捕手席に戻った珠姫は、4番の浅井さん相手に3球連続であの球を投げさせ、見事討ち取った。ワンアウト二塁。点差は3点。まだ余裕…だよね?

 

5番打者初球を見逃し。二塁ランナーは盗塁を仕掛けるがサードタッチアウト。これでツーアウトノーラン。

だが、すぐに2球目を打った。ライナー性の当たりはファーストミットへ。スリーアウト。

 

 

5回表、新越谷の攻撃。

5番の詠深から打順はスタート。

初球、2球目と綺麗なスイングだが、空振り。だが、下手な鉄砲数打ちゃ当たる、詠深の打席も同じように何度もあればたまには打つ。……いや、投手だからって0.050はヤバいと思うよ?真面目に。光先輩に先発奪われちゃうよ?クローザー専門になっちゃうよ?

話は戻って、詠深は3球目を捉えてセンター前ヒット。ノーアウト一塁。

 

「ヨミ!チャンスメイクありがと!」

 

私がネクストサークルから歩きつつ一塁に声を上げる。詠深は走塁用グローブに包まれた手でサムズアップして答える。

 

バットを撫でてから打席に入る。

 

「お願いします」

 

実は私と大野さんは相性が良い。制球力の高い投手に粘って球数を投げさせることで甘い球を引き出すことが出来るから。

逆に県内最速投手の久保田さん…は見たことないから分からないが、球威の高い速球派の投手相手にカット戦術は難しい。そういう球はカットするにも力が必要で、いざ甘い球が来てもその時に打ち返す力が残っていないかもしれないから。

現時点で、詠深が打者14人球数35に対して、大野さんは打者24人球数89も投げている。これは私の粘りもかなり貢献していると考えて良いはず…そろそろ球威や制球力に不安の出始める3桁台が見えてきている。

今までの結果から歩かされる可能性もあるけど…練習試合だし、大野さんの性格からすると……勝負してくれると思う。だとするならば、大野さんはともかくとして、キャッチャーの浅井さんは早めに打ち取るリードをとるはず。

 

だからこそ…

 

初球、2球目と見送り、3球目からはボール球以外はカットする。

そして11球目。大野さんの100球目を高々とホームランにする。レフト方向へ飛んだ打球で、多分球場だったらせいぜい二塁打か三塁打くらいだろうか…

 

うーん、体重はこれでもバットに乗せてるんだけどなぁ……ん?あ、前世より軽いからか!あー、これはどうしようもないわね。せめて理沙先輩みたいな恵まれたパワーがあれば良かったんだろうけど…

 

これでノーアウトノーラン、スコアは7-2で5点差だ。

その後、稜は三振。ワンアウトノーラン。

 

そして9番の白菊。とうとうヒットが出た。と言ってもボールの上を掠めて大きくバウンドした打球で、余裕もって一塁に到達。

これでワンアウト一塁。

 

そんな状態で4巡目の1番希。

だが、3球目の変化球を引っかけてサードライナーに倒れる。

ツーアウト一塁。

 

そして続く2番の菫もまた優れた選球眼とカットで四球(フォアボール)

ツーアウト一・二塁。

 

3番珠姫は初球ショートライナーに倒れてチェンジ。

 

 

5回裏、柳大川越の攻撃。

 

あの球を捨ててきたことで、四球が出る。

 

7番にはストレートを投げると狙われてヒット。

 

8番はストレート狙いに行きすぎてあの球をバントで掠めてしまいバントフライに倒れる。ワンアウト一・二塁。

 

そして9番の大野さん。

初球、2球目と無反応で見逃し。カウントは1-1。

そして、次の球にいきなり良い反応を示して、右翼へかっ飛ばした。スリーランホームラン。点数は7-5となり、2点差まで詰め寄る。

 

さらに1番の大島さんが内野安打で一塁。

 

2番も続き、レフト深めにヒットでワンアウト一・三塁のピンチ。

 

3番は詠深が打ち取りツーアウト。

 

4番のキャッチャー浅井さん。

初球のあの球を右中間に飛ばす。走者2名を返すタイムリーツーベースとなった。これで同点。

 

5番はレフトフライに倒れて、ようやくこの柳大川越ビッグイニングを切る事に成功する。

 

 

6回表。ここで柳大川越の守備に変更が出た。そう、とうとう朝倉さんが出てきた。

ここまで大野さんは5イニング7失点で、116球を投げた。

 

この回先頭は4番の主将。

 

「かっとばせー!」

主将(キャプテン)お願いします!」

 

主将は初球を見送って球を見ようとしたが、その時点でそのまっすぐは伸びていた。肌で感じたのだろう、速球派のストレート(まっすぐ)を。

ファール、空振りで三振。

続く理沙先輩と詠深では歯が立たず。三者連続三振。

 

 

6回裏。

打順は6番から。だけど、詠深は尻上がり。

6番は三振、7番はセンターフライ、8番はショートゴロに倒れた。

 

 

「さあ!最終回しまっていくわよ!」

 

大野さんの声で柳大川越の守備はより堅くなる。

 

7回表。私が出れば最悪希まで繋がり、得点圏打率0を早期に芳乃に知ってもらうためにも、私は二塁に出ないといけない。

でも、速球派から二塁打…それもカット戦術をし続けて腕がプルプルしてる今の状態でできること……それは……

 

セーフティバント。

 

セーフティバント成功、ノーアウト一塁。一塁コーチに来ていた理沙先輩に肘当てやすね当てを渡す。

理沙先輩が目線で盗塁を示唆するので、私は頷く。

 

続いて8番稜は下手にバントをさせてアウトになるよりは…と言う意味も込めてフルスイングのサインが出される。が、三振。

 

続く白菊にも同じ指示だが、こちらも三振。

 

5巡目の希。

 

私は大きくリードをとる。そして、朝倉さんはそれに反応して牽制球を投げるが、それと同時にスタート。そして二塁へ盗塁成功。これは一塁から二塁へ送球する経験が少ないことを利用した盗塁で、特殊な盗塁とされる。

その後、空振り、空振り、ファール、ファールと続き、最後は直球を捉えたもののセンターフライに打ち取られた。

 

 

7回裏、最終回の守備につく。これで守り切れば引き分けとなる。

 

9番大野さんは見逃し、見逃し、ボール、空振りで三振。

 

1番の朝倉さんは投手ということもあり…とはいえ、全員が全員詠深のようでは無い。中田とかいう4番でエースもいるのだ。警戒しつつ…だったが、5球目で空振り三振。ツーアウトノーラン。

 

2番は初球のツーシームを引っかけてピッチャー返し。スリーアウト。

 

 

柳大川越戦は7対7の同点で幕を閉じた。

 

 

 

収穫と言えば、新越谷の打線は未熟だが玉が揃っていることが確認できたこと。あと3ヶ月、その原石を磨いて宝石となるかどうか。今や原作との乖離が始まっていて、それはもはや私にも分からない。



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第6話 新越谷の欠点

新越谷高校野球部は現行で重大な欠陥を抱えている。

それは、選手の層の厚さと、打撃力の差だ。

 

特にコンスタンスに長打を狙える人は希と主将だけ。私も狙えないことはないけど、そこは投手との相性次第。理沙先輩と白菊へパワーこそあれどコンスタンスに打てるかと聞かれると首を横に振らざるを得まい。理沙先輩は若干バッティングに自信が足りないだけだと思うけど…

そして、選手層の厚さは言うまでもない。交代出来ないのはかなりのプレッシャーだし、クロスプレーを避けざるを得ないため安全策に走り気味。正直、9イニング制採用されてたら夏の大会とか熱中症になるよ。

私はいざと言う時に備えて、家での自主練にはあーだこーだ理由をつけつつ芳乃にもやらせている。バンドの期待値なら稜を上回るだろう。外野なら最悪主将がフォローに入ればなんとかなるだろうし…

 

正直な話、光先輩が夏大後じゃなくて夏大前に入ってくれたら結構楽になるんだけど…光先輩って打撃もいけるからね。正直、打撃力のネックには詠深と白菊の存在がほぼ自動アウト献上機になっているので、かなり痛い。2人とも当たれば凄いんだけどね…特に詠深は当たらない。

光先輩がいる仮定でDHがあるなら、先発詠深で、DHに白菊入れたい。ロマン砲だからね、白菊は。

 

だが、なんといっても打撃力の向上はなによりの急務である。あの朝倉さんの球は希ですらかなりの衝撃を受けていた。練習試合後はひたすら素振りをしていた。涙を浮かべながら。

 

さらに、守備力も不足気味だ。打撃力が低い分、守備で魅せたいところだけど、こちらも初心者の白菊、地区でそこそこだった二遊間、基礎的身体能力が野球選手としては低めで守備範囲の狭い私…穴が大きすぎるのだ。いくら走攻守揃った主将や強肩理沙先輩や全国区クラスの防御を持つ珠姫や魔球の詠深がいても、あまりにも穴が広い。柳大川越という、藤井先生のセリフを借りるならば『振れていないチーム』に7失点もしたのはそれが理由とも言える。

特に白菊と私のレーザービーム強化は必至だ……私の場合は投手としての球速向上と合わせて、肩の強化。白菊の場合は、剣道で肩は強いから、悪送球しないためのコントロール強化。

私はまずは筋トレ増やさないとね。……ムキムキにはならないよね?

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

さて、ゴールデンウィークに入り、私たち新越谷高校野球部は合宿をスタートした。

 

守備練習は藤井先生が、打撃練習は芳乃がそれぞれ担当する。私はキャッチャー役として返球を受ける役だ。ちなみに本来のキャッチャーである珠姫は詠深共にトレーニング中だ。

 

「さあいきますよ」

「こい!」

 

内野陣の守備練習。藤井先生がノックを打つ…が、初球はすかっと空振り。

 

「……すみません」

 

クイッと眼鏡を押し上げる藤井先生。

 

「おいおい大丈夫か〜?先生、無理すん…な!?」

 

次の打撃は稜の反応では一瞬遅く、グラブで弾いてしまう。

 

「なんだ今の打球は!」

 

藤井先生のノックは、高校野球の平均的な打球を捕りづらいコースを交えつつ内野陣を攻め立てる。

 

「柳大川越は振れているチームではありませんでしたからね…高校野球の打球の速さを叩き込んであげます」

 

だが、唯一サードを守る理沙先輩はなんとか着いていけている。

 

「よっしゃ!さすが先輩!」

 

現行で、稜の評価は攻守共に微妙だ。決して他校のレギュラークラスの打撃力がある訳ではなく、守備でも悪送球ギリギリが多い。せいぜい足の速さとセカンドの菫との連携が最初からできているところだけだろう。

その点、菫は職人的な活躍が期待できる評価を得ている。振らせて良し、小技も良し、四球狙いの粘りも良し、捕球や送球も丁寧で、最も安定感がある。

とはいえ、稜の良さは格上との戦いにおいて、『空気を読まない』フリースインガーとしては突破口を開く鍵になるだろう。逆に菫は常に同じような能力を発揮するタイプで、同格以下には強いが格上には弱い尖っていない能力なのだ。この2人は真逆の存在なのだろう。

 

小休憩も挟みつつ2時間の守備練習を続けた。

 

 

 

 

 

全体休憩(大休憩)でベンチにみんなが戻ってきた時だった。

 

「みんな〜、ちょっと聞いて!」

 

芳乃が藤井先生の横でバインダーを手にみんなに話しかける。そう、投手判定だ。私も芳乃を見ているからマッサージの真似はできるけど、それが何を意味するかを理解するのは出来ない。

 

「野手の面談するので、希ちゃんから順番にベンチ裏に来てね」

 

そして、希と芳乃がベンチ裏に消えて数秒で…

 

「あっ、ギャッ!」

 

という希の悲鳴のような声が聞こえてくる。そして、すぐにベンチに戻ってくるが、希は両腕を胸の前で抱きながら戻ってきた。

 

「何されたの?」

「マッサージ?された…」

 

菫は、微妙な顔をしながらベンチ裏に向かう。

 

「なんで野手だけ…」

「すぐにわかるよ」

 

詠深は主将に聞く。そう、詠深1人という投手の薄さを解消するためのものでもあるのだ。

……ん?……あ、そっか。

 

もしかしてだけどー、もしかしてだけどー………私が光先輩誘っちゃえばいいんじゃないの?そういうことだろ。ジャン。

 

よし、ゴールデンウィーク終わったら行ってみよう。そーっと言って捕まえればいいよね。ちんまりしててかわいいから行けると思う。打撃力もあるし、新越谷の弱点である選手層も増えるし、いい事づくめだよ!なんで気づかなかったんだろう…原作守る気もなかったけど、無意識に外してたのかしら。

 

「おまたせー」

「なんだったんだ?気持ちよかったけど…」

 

稜がそう聞くと、得意げにバインダーを見ながら答える。

 

「上半身の可動域、やわらかさ、下半身の強さ…つまり、投手(ピッチャー)の適性を見てたよ。ついては理沙先輩と、息吹ちゃん!二人には投手のメニューもやってもらいます」

「息吹ちゃんのコピー投法、見せてあげたら?」

 

珠姫はそっと私に囁く。

 

「仕方ないわね…いくわよ」

 

私はまずはここにいるみんなが知っている朝倉さんをコピーする。

 

「朝倉そっくりだ!」

「でも…球速は見劣りするわね」

 

二遊間凸凹コンビは的確に私を評価する。

 

「球速もコピーしろよ〜」

「無理言うんじゃないわよ…」

 

珠姫の返球。そして、今度は珠姫にも見せた潜水艦(サブマリン)や詠深の魔球などを披露する。

 

「息吹ちゃん!想像以上だよ!これなら抑え(クローザー)としても良さそうだよ!」

 

芳乃がぴょんぴょんはねつつ喜ぶ。藤井先生も驚きつつも頷く。

私は一旦ブルペンから離れて、理沙先輩に譲る。

 

理沙先輩が振りかぶって珠姫のミットへ白球を投げ込む。

 

ドシッという効果音が付きそうなその球に、一同は……

 

「重そう…」

「確かに重そうだ」

「重そうです!」

 

と思わず口にして、理沙先輩は笑顔…()()()()になる。女の子に重いって言っちゃダメだぞ〜。

 

「思った通りどっしりしてる。私たちより一年分体づくりできてる!コントロール付いたらすぐ試合でも投げてもらうよ。投げ込みは1日70球くらいでね」

 

 

 

 

翌日。内野の基礎練に、私も参加する。あの股割りだ。結構キツイ。

何故私が最近内野の練習に参加しているかと言うと、これもやはり新越谷の選手層の薄さが原因だ。オールマイティに『真似る』ことによる守備も可能な私は全ての守備位置…まぁ捕手は遠慮したいところだが……捕手って、配球やら相手選手の打席状況だとかをきちんと把握しないと出来ないのだ。私は面倒くさがりなので、ブルペン捕手ならともかくとして試合に出るサブ捕手としては勘弁して欲しいと芳乃に頼んである。とはいえ、珠姫が何らかの理由で捕手ができなくなった場合のためには必要なことだ。

というわけで、私は外野手、内野手、投手、捕手全てを練習しなければならなくなった。あれ?前世と変わんない気が…気のせいかな?これ来年新入生来たら使い勝手がいいからってベンチウォーマーになるやつだよね?ポジションは右サイドベンチですっていうジョークが本当になっちゃうよ!?

 

 

 

夜、合宿所で夜ごはん。

メニューは芳乃が考案しており、料理のできる数人が手伝って作っている。出来ない人を手伝いに入れると邪魔にしかならないものね…え、私?芳乃からキッチンに立つなって何故か言われてるのよね…なんで?

 

「いただきまーす」

「いっぱいあるからゆっくり食べてね」

 

同じ釜の飯を食う仲間とは言ったもので、食事を共にするということはコミュニケーション上大事なのだ。

 

「ヨミ!あとで夜の学校探検しようぜ!」

「いいね〜」

「私もお供させていただきます」

 

稜の提案に、意外なことに白菊もついて行く。多分こういうのも憧れてたのかな。

 

「寮がとなりにあるから静かにね。それと、明日もあるし自主トレする人はほどほどにね」

「はーい」

 

私は行かないよ?え?行かなきゃダメ?イベントシーン?

うーん、私他の人よりハードだったしもうお風呂入っちゃったし、このまま寝る。うん、それがいいよ。

 

そんなことより、私は光先輩を口説き落とすイメトレだよね!かわいいし、強いし、正直マジ幼女先輩。小さい子好きです。でも、ロリコンじゃあないよ?ロリじゃなくて、ちまっとした女の子が好きなんです。分かる?分かるよね?

 

うーん、普通に誘っても来てくれなそうだよね…いっその事、練習を影から見てる時に後ろからガバッと抱きついてみるとか?役得よね。そう、あくまで光先輩を野球部に引き入れるためなんだから!

 

 

なお、ずっとこのことについて妄想していた私は、消灯の23:30になっても集中していたらしく、芳乃の激ツボマッサージで正気に戻されるのだった。



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第7話 なんか新越谷強くない?なにこれ?

ゴールデンウィークの合宿で、各々の課題をこなし、とうとう練習試合に。

 

第1試合は大鷲高校対新越谷。

第2試合は新越谷対藤和Bチーム。

第3試合が藤和Bチーム対大鷲高校。

 

新越谷の試合の打順と守備位置と試合経過を記そう。

え?なんでこんな口調なのか?なんかね…とりあえず試合結果見てちょうだいよ。

 

打順と初期守備位置

1 希(一)

2 菫(二)

3 珠姫(捕)

4 主将(中)

5 私(左)

6 理沙先輩(三)

7 稜(遊)

8 白菊(右)

9 詠深(投)

 

第1試合

    1 2 3 4 5 6 7 計

大鷲  0 2 3 0 1 0 0 6

新越谷 2 0 1 0 0 1 1 5

 

ちなみに原作では9-4で敗戦するはずだった。

 

 

第2試合

    1 2 3 4 5 6 7 計

新越谷 1 0 0 0 1 0 3 5

藤和  0 0 1 1 0 2 0 4

 

まだね、第1試合は許せるのよ。負けてるし。なんで第2試合勝ってるの?ちょっとよく分からないわ…

 

ちなみに、私は両試合に合わせて3イニングに登板して、第2試合でセーブを記録した。コピー投法を1球づつ選手を変えて打ち取るのはなかなかに爽快だった。私のパワーの許す限りの球速しか出ないけど、本来出来ない1球ずつで投手を変えているようなものなのだから当然打てる人は少ない。三振5個を取り、失点ゼロと、クローザーとしては最高の形となった。

 

うん、何故かね、主砲の打率がおかしいのよ。私はともかくとして、希と主将の打率がイッちゃってる。あ、私のOPSも2.000超えてる。まぁほら、まだ試合数少ないし、仕方ないよね。

 

ちなみに今までの3試合を数値にすると…

   打率 打点 塁打数 OPS

私  .750  5  12   2.333

主将 .750  5  13   1.833

希  .615  0  11   1.462

珠姫 .364  1   4   0.780

 

参考に全国区レベルの捕手である珠姫を載せたが、この異常性が分かるだろうか。ちなみに希は得点圏打率これで0です。

 

対戦したチームは決して弱くはない。ベスト32~16レベル。私はともかくとして、主将と希はヤバい。ってか主将の得点圏打率.875で、打点5…原作よりやばない?私なんかした?……もしかしてだけど、初心者の相手が半分になった分余裕が出来て…とか?うわ、すごいな…

 

ちなみに私の主観と偏見だけど高校野球では、打率3.3割、出塁率5.2割が欲しいところ…って思ってたんだけどさ、余裕で超えてるんだけど。何この生き物(私含めて)。

 

 

 

合宿を終えて、次の週。それまでの練習に投手陣の制球力や球速向上のためのメニューと、打撃力向上のメニューが加えられた。

 

そんな中、私は月曜日の練習を藤井先生と主将に断ってから練習を休んだ…というより、特殊な任務を開始した。そう、光先輩を誘拐…訂正、勧誘するのだ。

 

普段行かない棟の行かない階。そっと足を忍ばせる。

そこからは野球部の練習グラウンドが見渡せるポイントなのだ。

 

「はぁ…」

 

ため息を零しながら練習場を眺める幼女先輩光先輩。

 

…ふっふっふ……そんなに無防備だと抱きしめちゃいますよ〜。ヤバい、かわいすぎる。いや、珠姫と稜もちんまりしてるけど、なんか違うんだよね…なんか…分かるよね?ね?

 

後ろからそっと近づいて、思いっきり抱きしめる。

 

「ひゃぁ!?」

「川原光先輩ですね?」

「だ、誰!?」

「1年の川口息吹です」

 

光先輩を解放して、半歩下がる。

 

「あ…野球部の…双子の子」

「双子の姉の方ですよ」

「わ、私に何か?今野球部練習中じゃあ…?」

 

光先輩はチラリとグラウンドを見ながら続けざまにそう問いかける。

 

「ええ、練習中ですね。練習を毎日毎日ここから見てるかわいい先輩が気になって来ちゃいました」

「ええ、と?」

「川原光先輩、一緒に野球をしませんか?去年からのメンバーは2年生の2人以外いませんし、雰囲気も全然違うはずです」

 

なんせ、芳乃のためのチームみたいなものだし…実際、野球のことについてはほぼ芳乃が実権を握っている。多分監督が監督らしくなるのは芳乃の引退後だね。

 

「でも…」

「大丈夫です。みんな優しいから受け入れてもらえますよ」

 

それでもうじうじしている光先輩がめんどくさくなってきて、仕方ないと、何も言わずに光先輩をお姫様抱っこでグラウンドへ持っていくことにした。

 

「ひぃ!?わ、私筋肉質で重いよ!?」

 

みんなよく知らない事なんだけど、お姫様抱っこって意外と出来ちゃうもんなんだよ?

……前世で筋トレの重り代わりにお姫様抱っこして走るっていうことを思いついた先輩がいて、野球部のムキムキ同士がお姫様抱っこするという誰得な状況になったことがあり…その時にその先輩が言っていたのだ。要は重心と……

 

「骨格の支え方です!」

 

ちなみにその先輩はいわゆるヤリチ〇で、性行為の限界を知るために人間の骨格と筋肉についてのスペシャリストとなったらしい。こいつアホや…って思ったわ。ちなみにその先輩、相手は男女問わずだった…らしい。

 

 

 

「キャプテン、連れてきました!」

「…お、おお…」

 

主将は何故か微妙な顔。他のみんなも、苦笑いやら顔を赤くするとか…なんで?

 

「あの…降ろして…」

 

顔を真っ赤に染めた光先輩が小さい声でお願いしてくる。うん、かわいい。……なるほど、みんな光先輩のかわいさにやられちゃったのね。

 

「なぁ、人ってあんな簡単にお姫様抱っこできるのか?」

「私に聞かれても知らないっすよ。先輩こそ理沙先輩とどうなんすか?」

「いや、私たちはそんな関係じゃ…そもそも理沙は重―――ぐッ」

 

なんかコソコソ主将と稜が話していたら何故か理沙先輩が主将に肘鉄を入れた。

光先輩が顔を赤くしながら私を見上げる。かわいすぎ。キュン死してまう。

 

「あんたね…そろそろ降ろしてあげなさいよ。それに、誰よその子」

 

菫が、2年生とは知らずに言う。まぁこんなにかわいいし仕方ないよね!私はしぶしぶだが、光先輩を降ろす。

主将には予めある程度話はしてある。

 

「2年主将の岡田です。入部希望で大丈夫?」

「ええっと…その…はい」

「じゃあ適当にポジションとか自己紹介お願いします」

 

光先輩の周りにみんな集まっている。

 

「川原光、2年生です。去年はあの状態で…結局入部しないで外部の軟式チームにいました。ポジションはメインが投手で、サブに外野手が出来ます。よろしくお願いします」

「2年生!」

「なんか希っぽいな」

 

二遊間凸凹コンビが思わず零す。

 

「私たちも2年だけど…話したことないわよね?」

「何組?私たち四組」

「六組。棟違うし会うこと無いよね」

 

光先輩がタメ口で落ち着いて主将と話してると胸が痛いです!これが恋なのですか!野球漬けで彼女どころか初恋もせずに死んだせいで分かりません!

…まぁ冗談はともかくとして、これでピッチャーは4人。

 

先発に詠深、中継ぎに光先輩、抑えに私、控えで理沙先輩。これは強い。

「幼女は強かった」というガガーリンの言葉も正しい(錯乱)。

 

 

 

この日からチームに加わった光先輩。

フリー打撃ではかっ飛ばし、投げては球種の多さで圧倒する。

ストレートは回転がよくかかっていて、変化球はチェンジアップ・スライダー・シュート・スプリット、さらに練習中の変化球にシンカーとワンシームがある。打者との駆け引きで打ち取るタイプの投手。

高校野球でこれだけの変化球を持つのは相手にとってなかなかに厄介だと思う。変化球なんて決め球ともうひとつあれば良い。例えば詠深はそのタイプ。あの球とツーシーム。カットボールも持っているけど、あまり良くないためあまり使わないのよね。それに対して光先輩は練習中も含めて6球種の変化球を持つ。変幻自在の変化球に打者は凡打続出でしょう。

 

とはいえ…4人の投手の相手をする珠姫の負担はかなり増えている。そのため、打順を下位打線に置くことを週末の練習試合で試すことに。

 

 

松経高校と総州学院高校。

 

まずは試作した打順で先の松経高校との対戦し、その結果で総州戦での打順を変える。

この日、眠れる虎を起こしてしまったのかもしれないと、私は本気で考えてしまうほどには信じ難いことが起こった。

 

まず第1試合は松経高校対総州学院高校。

次の第2試合からが新越谷の練習試合だ。

 

第2試合メンバー表

1 希(一)

2 菫(二)

3 私(左)

4 主将(中)

5 理沙先輩(三)

6 光先輩(投)

7 珠姫(捕)

8 稜(遊)

9 白菊(右)

 

詠深は第3試合を完投させるために温存。私はとうとう3番になった。

 

第2試合

    1 2 3 4 5 6 7 計

新越谷 3 0 3 0 0 0 0 6

松経  0 0 1 0 0 3 0 4

 

この試合で光先輩は、6投球回4失点1奪三振で投球数83球を投げ抜いた。

さらに、打撃では3打席1三塁打2犠飛で2打点。大振りなスイングで、コントロールも良い。打撃面ではうちの打撃ヤバい3人に比肩するだろう。

 

これを受けて第3試合。

 

第3試合メンバー表

1 希(一)

2 私(二)

3 光先輩(左)

4 主将(中)

5 理沙先輩(三)

6 珠姫(捕)

7 稜(遊)

8 白菊(右)

9 詠深(投)

 

今度は珍しいことに私が菫の代わりになった。送りバントなど、珍しく感じた。これも多分可能性の1形態…芳乃の考えてることよく分からないけど。菫は上位打線としては打率があまり良くない。もちろん2番としての適性は高いけど、長打も打てる(私が)2番という選択肢のひとつ。

 

    1 2 3 4 5 6 7 計

総州  0 0 0 2 0 0 0 2

新越谷 1 0 2 0 1 0 X 4

 

詠深は、6投球回2失点4奪三振で投球数81球を投げた。最終回で三者連続単打を受けてノーアウト満塁になってしまって、私と交代。セカンドには菫が入った。三振とサードゴロからのゲッツーで詠深の防御率に貢献した。

これで私は2試合連続でセーブを記録することとなった。

 

…なーんかほんとに抑えとかセットアッパーになってきてないかしら?

まぁ敗戦処理係にならなくて良かったけど…ね。おかげで防御率今のところ0.00とヤバい。

 

そして何よりもっとやばいのが、光先輩。言うの避けてたけど、もう逸らす話題もないから言うけどね、この二試合終えて打率10割なのよ。

6打席 4打数 4安打 3打点 2犠飛

2三塁打 1二塁打 打率1.000

OPS 2.197

 

まぁ、2試合だからね。まだ偏ってるんだよね。主将と希の打率も6割ちょいで落ち着いた(?)し…きっとそうだよね(目逸らし)。

 

だからあえて言おう。

 

 

 

 

なんか新越谷強くない?なにこれ。



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第8話 姉妹愛?

さて、5月ももうすぐ終わり。何故か新越谷全体的に打撃力が高くなってることには目を瞑りつつ練習と週末の練習試合をこなしていく。

 

5月末時点で柳大川越戦を含む7試合を終えた。

さすがに化け物扱いしててごめんね、主将と希の打率は5割台まで落ち着いてきた。光先輩もだ。ちなみに私だけは6割維持してます。

逆に珠姫の打率は4割台にまで上昇。3割台がいなくなるという…ね。

 

 

あ、竹塚高校戦で、私初勝利あげました。やっふー!

6回表の守備。満塁にされた詠深がすっぽ抜けたまっすぐを捉えられて3-0に。

理沙先輩が登板したものの、次の打者にフェンス直撃のタイムリーツーベースを浴びてしまったのだ。まぁこれは主将じゃなければランニングホームランの可能性もあったからこれでも助かった方なんだけど。

6回の表、ノーアウト二・三塁で4点ビハインドの状況で回ってきた私の登板。満塁策や内野陣の好守備にも助けられて追加失点を抑えた。

その裏に5点の追加点をぶち込んで、最終回を抑え、結果勝ち投手の権利貰ったって感じ。

詠深とは相性が悪かったみたいで、ちょこちょこ打たれてたから少し凹んでたけど…まぁ詠深だし大丈夫だよね。

 

あと、理沙先輩の打率が2割きったのはどうしましょうか…なんか悩みでもあるのかな?まぁまだデータ数が少ないからだよね…?芳乃が理沙先輩をクリンナップに据えてるんだから必ず何かあるはずなんだから…

 

 

「息吹ちゃん、ちょっといい?」

「あ…光先輩…なんですか?」

 

光先輩、光先輩とはやし立てていた私が憎い…光先輩って、こんなにちまっとしててかわいいのに、脱いだら凄いんだよ。胸が、おっぱいじゃなくて、胸板なんだよ…大胸筋なんだよ…腹筋割れてるんよ……こうさ、小さい子にはもっとぷにぷにしてて欲しいのよ!光先輩とシャワー室行った時に内心ウキウキしてたのに、一気にドン引きです。

そういう意味では菫の方がいい体してるよ。でも、1番は理沙先輩かな。太もものムチムチ感は合宿の時に膝枕してもらったけど、良かったわ。あとは二の腕も適度に筋肉と脂肪があって寝る時は腕枕で寝させてもらったんだー。羨ましい?いいでしょ〜?

あとは希もいい体してるよ。でも腕枕お願いしたら拒否られた挙句に芳乃にお触り禁止にされました。…あっ(察し)てぇてぇはいいぞ。

 

「どうかしました?」

「ちょっと球威不足に悩んでて…何かフォームで改善できないかな?」

「うーん…ちょっと待ってくださいね?」

 

私は朝倉さんの投げ方をトレースする。……想像するのは常に最強の自分って?それは無いなぁ。

ついで、大野さんの左サイドスローを思い浮かべつつコピーする。さすがに左手から放たれた球はゾーンに入れるのが精一杯だ。

最後に、光先輩を真似る。左のスリークォーター。

 

「フォームには改善点はなさそうと思います。詳しくは芳乃の方がいいと思いますけど、伝えておきます?」

「ううん。それはとりあえずまた今度で…」

「分かりました。何かあったら言ってくださいね」

 

光先輩は再び投げ込みに戻る。正直、光先輩と詠深のスタミナ…はヤバい。あの2人は試合で80~90球投げてもケロッとしてるんだからヤバいよ。もちろん完投する他の高校の投手とかも凄いけどさ、詠深に至ってはまだ1年生なんだよ?凄いよね。

ちなみに、この世界の高校野球では70~90球で交代となる場合が多い。どんなに良いピッチャーでも3桁台に突入すると球威やコントロールに不満が出始めるため…とされる。もちろん上級生の全国トップレベルのピッチャーに至っては120球も投げる強肩もいるが。柳大川越戦で大野さんが116球も投げたのは多い方ということ。多分女の子しかいないことが関係してるんだと思う。

そう、驚いたのはほんとに女の子…というか女性しかいないってこと。きらら系とかではたまにあるけどさ、いざ目にするとびっくりだよね。子供ってどうやってつくるんだろ…ってか人間なのかな、私たち(錯乱)。

まぁいいか。きっと子供はコウノトリが連れてきてくれるんだね!

 

 

 

 

さて、何故か芳乃と希がいい感じなのをよそに、6月最初の練習試合に望む。まぁ皆さんご存知の通り、芳乃と希の"てぇてぇぱわー"で初打点をあげる日です。

 

先発は詠深で、中継ぎに光先輩と理沙先輩。私が抑えで、4人の投手が全員登板する予定だ。投手陣の調整戦という意味合いもある。

 

1回表、新越谷の攻撃は主将が初めて4番以外…1番で打つ試合。そして、菫、私と3連続単打で満塁へ。

そして真打希。ファーストのグラブを弾き飛ばす強烈なヒットで2点先制。さらに最近打撃が好調な珠姫が5番に座り、2点追加点を打つ。

6番の白菊は惜しくもライト前に落としたものの、ライトの好送球で一塁アウト。7番の理沙先輩はライトへ単打を放ち5点目。

 

この回一挙5点をあげた後、3回までを詠深が投げて1失点。

4回と5回を光先輩が投げて1失点だけど、これはエラーの走者だったので自責点はゼロ。

6回に理沙先輩が打たれつつも1失点に抑えて、7回は私が得点圏にランナーを出さずに打ち取ってゲームセット。

勝ち投手は詠深で、私はセーブを記録した。

詠深にチームから誕生日に4勝目をプレゼント。

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

私は今、影森高校の偵察に来ている。

 

影森高校の真骨頂である高速プレーは見れないけど、ここで最低でも彼女のクイックプレーを見なければ……いや、まぁそもそも今の新越谷なら楽勝とは言えなくとも勝てそうなものだけど…あれは全国区クラスの強豪相手にも通用した戦術だ。あまく見てはいけない。梁幽館のキャプテンも言っていたけど、野球は何があるか分からない。だからこそどんなときも慢心はダメだ。

 

「初戦で当たる影森高校、データもほとんどないし現地に来てみるしかないよね。抽選会にはマネージャーしか来てなかったし。ここ3年間は3回戦が最高。公式戦で柳大川越や椿峰*1に敗戦しているとはいえ、全てがロースコアの接戦」

「未知の戦術…ということね」

「うん!」

 

商店街を2人で歩いていると、双子だ、とか、かわいい、とかそんな声が聞こえてくる。でしょ?息吹ちゃんかわいいからね!なんたって私が1番かわいくみえるようにトレーニングもしてるし、ファッションもレイクタウンで勉強してるし!着飾るのって楽しいしん…はっ!女の子がファッションにうるさいのって楽しいからなのね。

 

小高い山が沢山ある秩父地方だけあり、山の上の公園から練習場から丸見えとなっていた。

 

「盗み見しなくても丸見えだよ。ありがたい!」

 

芳乃は目を練習場へ向ける。双眼鏡もあるけど、視野が狭くなるのであまり使いたがらない。川口姉妹の目はかなり良い方だ。

 

「線は細いけど、ちゃんと練習してるなぁ」

「守備もそこそこ上手いわね…おっあの子が…」

「エース中山さんだね」

「アンダースローか…」

 

芳乃がいきなり隠れた。

 

「……見つかってないわよね?」

「多分…大丈夫なはずだけど……何…今の重圧(プレッシャー)

 

やっぱりクイックは使ってくれないか…

 

 

 

私と芳乃はせっかく秩父に来たので、名物豚みそ丼を食していくことに。みんなにもお土産としてチルドしたやつを持って帰るつもりだ。

 

「ん、さすが名物だけあって美味しいわね」

「そうだね。豚肉はビタミンB2が豊富に含まれてて疲労回復に効果あるし、タンパク質も摂れて一石二鳥だよ〜」

 

ロースの肉々しさと、バラの脂と、絶妙なバランスで味噌が取り持つ。炭火で焼いた香ばしい香り。そして何よりネギだくの注文で、ネギと味噌がまたこれも合う。控えめに言って美味い。

 

「芳乃、多分予想はつくから言っておくけど、18.44mより近い距離じゃ投げないわよ?」

「…うん、それは前も言ってたから、大丈夫だよ。とりあえず、中山さんのフォームでアンダーを見れれば多少いいかなって」

「それならいいけど…」

 

打撃投手はメインの投手よりも球速や球威に劣る場合が多い上に、打者の練習のためにも近い位置で投げることがある。その代わり打撃用ヘルメットや防護ネットで守られてはいるのだけど、私はそれを抜けて死んだ経験を知っている。最低でも18.44mでイレギュラーがなければ躱すことはできるから、私が打撃投手をやる時は必ずマウンド上から試合と同様にやっている。

 

「でもなんでそんなに打撃投手嫌いなの?」

「……怖いからよ」

「…そっか」

 

私の返事に何かを感じたのか、芳乃は口を噤む。

 

「さ、そろそろ帰りましょ?早く帰らないと家に着く頃には日が暮れちゃうわよ?」

「そうだね」

 

私たちは勘定を済ませると、駅の方へ歩き始めた。

 

「たまには2人で旅行もいいわね。今度熱海にでも行きたいわ」

「…息吹ちゃん、それ絶対漬物目当てでしょ?」

「うっ…」

 

熱海の方にあるお店のたくあんが私は大好物なのだ。

糠の香りと塩味が強くてバリバリとした歯ごたえが特徴のあのたくあんだ。独特な細長いシルエットが目を引く。知りたい人は『熱海 たくあん』で検索したらトップヒットだと思う。実在する商品なので、この辺にしておこう。

熱海のたくあんと、秩父の味噌豚は美味しいですよ!

でも、(回し者では)ないです。

 

「だって美味しいじゃない」

「うーん、私は普通のでいいかな」

「分かってないわね…あの糠の香りと塩っけに、焼き海苔と炊きたてご飯で無限に食べられるわよ」

「…息吹ちゃん?」

「ひぃっ!?」

 

芳乃が立ち止まって私にすごくいい笑顔を向ける。理沙先輩の重い球の時の顔よりもヤバい。こんな攻撃的な笑顔は芳乃に似合わないよ?だから落ち着いて…?

 

「そんな食生活だから中学で太ったんでしょ?」

「ぐ…それは一生の不覚……かわいくない。あれはかわいくない………」

 

芳乃が栄養面でも詳しくなった要因は、私の食生活の乱れに伴う激太りが要因だ。あんな体形の私…かわいくない……思い出したくもない。あの当時の写真を全て燃やし尽くしてやりたい。

 

「まったく…息吹ちゃんは信頼のできる人が出来るまでは私がきちんと管理してあげるからね」

「はい…すみません」

 

2人は和やかに(?)電車の改札をくぐるのだった。

 

 

 

 

 

*1
全国区クラスの強豪。お嬢様学校でもある。椿峰、梁幽館、咲桜、美園学院の4校は四強常連



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第9話 新越谷のカナメ

梅雨入りして、しとしとと雨の降る6月中旬。

 

新越谷高校の野球部はかつて強豪であり、設備だけは一流並。当然のごとく屋内練習場を持っている。とはいえ、プロの球団並の設備が学校内にある訳がなく、練習スペースは限られている。せいぜいが投球練習やシャトル打ちくらいなもので、頑張ってもトスバッティングが限界な広さしかない。この人数でこれなのだから、大人数でこれを使わないといけなかった昔の部員は大変だっただろう。

 

「…なんか息吹ちゃん球速上がった?」

 

パシッ、と音をさせて投球練習で球を受ける珠姫がふとこちらに寄ってくる。

 

「そ、そうかしら?」

「うん、ヨミちゃんと光先輩には及ばないけど…なんかトレーニングしてるの?」

「うーん…そうね、野球部に入ってからは芳乃監修でだけど、そこそこハードにトレーニングはしてるわね」

 

筋肉ムキムキにならないようにという注文はつけているけど。光先輩みたいにはなりたくないな〜。ムキムキとか女の子として私は認めないぞ!…あ、いえ、あくまで性癖的にという意味であって、貶す訳では無いですよ?光先輩の肉体美に惚れた人もいるかもしれないし…いや、ムキムキ幼女先輩とか属性多すぎやで。

 

「だからかな…こころなしか球速も球威も上がってきた気がするよ」

「そうね。でも抑えとして使われるのならともかくとして、セットアッパーとして使うなら今の球威じゃ物足りないわ」

 

球威という意味で言うなら理沙先輩。だけど、理沙先輩の投球は『とりあえずゾーンに入る』レベルであり、あまり期待できない。詠深の投球は、球威という面ではごくごく一般的な投手より少し優れている程度で、とりわけ優れている訳では無い。逆に光先輩はその小柄な体躯もあり、その肉体美(ムキムキ幼女)を持ってしても詠深レベルの球速で、球威は高くない。

 

「でもランダム投法*1なら―――」

「あくまでそれは意表を突ける程度。影森はともかくとして、梁幽館クラスには通じないわ」

「それは…そうだね」

「やっぱり決め球に欠けるのよね…」

 

私は実は今までの変化球は、コピーしていたとしても身体能力の限界により変化量と球速はオリジナルに劣る。それで何とかなってきたのだけど、詠深以外にも強豪校の打線を相手に投げられる投手が欲しいところ。光先輩はその豊富な変化球で打たせてとる野球ができるけど、私のランダム投法ではオリジナルに劣るため、強打者には打たれてしまう。カウント取りにはいけるかもしれないが、決め球がないのは強打者への対策としてはまずい。

原作で影森戦のコピーアンダースローをした時も、あれは珠姫の返球の上手さがあってこその代物だ。

 

「いっそ宜野座カーブでも投げるかしら」

「それはやめた方がいいよ。下手すると負担がかかるし…」

「そうよね…そもそもコピーじゃない変化球ってどうすればいいのよ」

 

最近の私はバッテリー陣+芳乃+監督で変化球の考案と練習を行っている。

詠深のツーシームとカットボール。理沙先輩のカーブ。光先輩の練習中のシンカーの練習は佳境を迎えた。

そんな中で私は未だに変化球…私がコピーする元のオリジナルに負けない勝負球を欲していた。梁幽館は何とか勝てるかもしれない。でも、柳大川越は難しい。コピーよりも鋭い変化球を。

 

「どうすれば…」

「まぁとりあえずランダム投法で変化球投げ込んで、探してみようよ!」

 

詠深が励ましてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

「集合〜」

 

主将の集合の声にみんなは練習を終えて集まってくる。

 

「少し早いが、レギュラーも決まったからな…公式戦用のユニフォームと背番号を配布するぞ」

「待ってました!」

 

どんなに人数が少なくて、ほぼ確実にレギュラーかベンチが約束されているとはいえ、背番号を貰うということはとてもワクワクする行事だ。

 

「それじゃ、順番に取りに来てくださいね」

 

業者の注文なので、背番号順で箱に詰められている。

 

「1番、ヨミ!」

「ハ…ハイ!」

 

主将が詠深に1番の付いたユニフォームを手渡す。

 

「頼んだぞ、エース」

「ハイッ」

 

その後はほぼ順当に背番号が渡される。

2番、珠姫。

3番、希。

4番、菫。

5番、理沙先輩。

6番、稜。

 

「7番、息吹!で、8番は私。9番、白菊!」

 

正直なところ、私と白菊と稜と光先輩のポジションの問題から、背番号が変わるのじゃないかと心配したものの、何とかなったみたい。

 

「10番、芳乃」

「ええっ!?いいんですか!?それに光先輩よりも前…」

「そうだな。2番手投手はこの番号をつけて欲しいってのもあるし、コーチャーとか伝令とか出れた方がいい。というわけで、2番手投手の光、11番。影のエースとしても頼むよ」

 

最近の背番号トレンドでは2番手投手の実質エースが11番(ダブルエース)を背負うことが多い。それも加味してということか。もしくは芳乃が実質司令塔だからか…

 

「この肌触り、間違いない。強豪時代(あのころ)と同じもの…紛うことなき新越谷の公式ユニフォームだよ!ほらっ、よく見て!メッシュ生地!練習試合用とは違うんだよー!」

 

芳乃の暴走は練習が終わって、解散の時間となる頃まで続いた。

 

 

 

 

 

 

「芳乃ー、私たちもそろそろ…もー、汚れるわよ」

 

いや、まだ続いていた。ユニフォームに身を包んだ芳乃が、雨の止んだ外で素振りをしていた。ちなみに芳乃はバッティンググローブはつけない派。

 

「だって嬉しいんだもん。新越谷のユニフォーム!帰ったら歴代10番の選手チェックしなければ!」

 

意外と藤井先生とか着てるかも。

 

「あっ、芳乃ちゃんが抜け駆けしている!」

 

芳乃のユニフォーム姿を見た詠深が寄ってくる。

 

「かわいい〜、似合ってるじゃん」

「ありがと〜」

「いいなー、私も来てこよーっと」

 

せめて部屋の中だけにしなさいよ…汚れるから。せっかくなんだからピカピカの新品で開会式出たいじゃない。

しばらくして、詠深と珠姫の2人がユニフォーム姿で部室から出てくる。

 

「着たよ〜」

 

捕手の珠姫は防具でいつも隠れているので、なんか新鮮。まぁ打撃時は脱いでるけどさ。

 

「2人ともすごく似合ってるよぉ〜!強そう〜」

「ありがと。そーだ、芳乃ちゃん。私とキャッチボールしよっか」

「新越谷のエースと?」

「う…うん」

「ぜひお願いします!」

「じゃあグラウンド行こっか」

 

屋内練習場の鍵は既に閉まっているものね。

一塁側のベンチとその前の照明を点灯する。大輝度LEDを使用しているため交換はだいぶ先だし、消費電力も抑えられる。初期投資は高いけど。

 

「ちょっと濡れてるけどやれそうだね!」

 

私と珠姫は一塁側ベンチの中に座り、2人のキャッチボールを見る。

 

「ちょっとお節介かもしれないけど、敢えて言うわね」

「え?」

 

私は珠姫にそっと話し始める。

 

「投手は4人。内野手は私と詠深が、外野は光先輩と希が、それぞれ保険になってるわ。でも、捕手はあなた1人よ。打順下げた時に少し不満そうだったから言わせてもらうけど、正直言って珠姫が怪我した時点で没収試合になるわ。でも、他の人なら1人ならなんとかなる。光先輩が入って来てくれたおかげだけどね。最悪芳乃も突っ込めば2人まではなんとかなるかしら。まぁ芳乃を試合に投入する時点で敗戦濃そうな試合だけど、没収試合よりはマシね」

「……」

「珠姫が欠けた時点で、新越谷というチームは崩れるわ。私がコピーで座ってもいいけど…その結果はお察しね。だから繰り返しになるけど、危ないプレーは避けて。人数が少ないからこそ、私たちは危険なプレーは絶対に避けないといけないわ」

「…ごめんね、そうだよね。私ちょっと意地張ってたかも」

「ふふっ」

「なんで笑うの!?」

「だって…」

 

私は珠姫を横目に、ニヤリと笑いながら付け加える。

 

「珠姫っていつもヨミを諭す側だったから…珍しいなって」

「…むぅ」

「私たち投手からしたら、珠姫ほど頼れる捕手はそうそう巡り会えないわ。だから絶対に無理はしないで」

「分かったよ」

 

扇状に広がるグラウンド。その(かなめ)に捕手は座る。珠姫程の実力がなければ試合では勝ち抜けまい。

 

私たちは詠深と芳乃に誘われてキャッチボールへ参加するのだった。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

蝉もうるさく鳴く陽気。

スカートだから前世と比べれば涼しいかと聞かれれば、そうでもないというのが答えだ。生パンだと涼しいのかもしれないけど、さすがにこの新越谷の短いスカートで見せパン履かずに…というのは、ね。

 

私と詠深と芳乃が週刊ペナント増刊号、埼玉大会特集を囲んでいると、珠姫が教室に来た。普段は違うクラスなのだけど、よく遊びに来る。

 

「おはよ」

「タマちゃん、おはよー」

「何読んでるの?」

「あぁこれ?」

 

芳乃が珠姫に見せびらかすように構える。

 

「週刊ペナント増刊号!!新越谷(うち)も載ってるよ」

「へぇ〜……大したことは書かれてないね」

 

 

 

 

─────────────────────

新越谷

 

1年生主体の新チームで再スタート

 1年生8人、2年生3人と今大会県内で最も平均年齢の低いチーム。

 1年生エースの武田はコントロールの良い直球と変化の大きいスライダー系の球で打者を打ち取る。スタミナもあり、試合を作ることも出来る投手。また、中継ぎには2年生で多彩な変化球を持つ川原が、抑えには千変万化の投球をする川口息が控える。捕手には美南ガールズで中学2年生時に正捕手を務めた山崎が座り、バッテリーに不満はない。

 打線は俊足好打の1番打者中村の出塁が鍵。川原、川口息の好打者投手陣が中軸(クリンナップ)に、4番には2年生の主将岡田が座る。上位打線の打撃力は試合の主導権を争える力を持っていることは間違いないだろう。

1年目の藤井監督は、かつて新越谷が全国へ駒を進めた時代の選手である。チームの刷新と共にかつての栄光を取り戻すことが出来るのか…監督の采配にも注目である。

 

監督 藤井 杏夏(教諭 部長兼任)

 

スローガン ゼロから

 

 

週刊ペナント増刊号 新越谷紹介ページより抜粋

─────────────────────

 

 

 

 

「まぁ変なこと書かれるよりマシよ。それに、不祥事の件に配慮してくれてるみたいだしね」

 

再スタート、チームの刷新、などなど、悪いイメージをなるべく流してくれるように書かれている。

 

「でもこの写真欲しいかも」

「今度私たちで撮ったらいいんじゃない?」

「だね」

 

梁幽館の吉川投手のデータを詠深が見つけてヤンデレ彼女化するのは別の話だ。まぁわかっててやってるんだろうけど…え、そうだよね?笑わせるためのジョークだよね?マジでヤンデレじゃあないよね?

*1
1球づつコピーする選手を変えて投球する投法。練習試合でとある相手校の選手が呟いた名前が新越谷でも使われるようになった



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第10話 公式戦

開会式前、詠深と梁幽館の吉川さんという珠姫の新旧相方のやり取りを見て、もしかしたら珠姫にめんどくさい女を集める何かがあるのかもしれないと思ったことは、もうとうに忘却の彼方だ。なぜなら、私の記憶に開会式というものは無いからだ。否、もう忘れたい。

手足が同時に出てたとか、黒歴史にも程がある。

 

さて、初戦を飾るのはバリバリホームの越谷市民球場。ゴミ処理場の特徴的な煙突兼展望台がよく見える。近隣自治体を含む広い範囲の燃えるゴミを燃やしているのだとか。

 

さて、肝心の影森戦のスターティングメンバーを発表しよう。

 

1 希(一)

2 菫(二)

3 光先輩(左)

4 主将(中)

5 理沙先輩(投)

6 白菊(右)

7 珠姫(捕)

8 稜(遊)

9 詠深(三)

 

私は今回はベンチスタート。影森のプレーを私たち川口姉妹で完全に丸裸にする算段だ。

5番の理沙先輩だが、希、私、光先輩、主将の化け物勢を除けば、現行で2番目に良いバッターだ。打率やOPSや塁打数などでは低い数値となってはいるが、打点では部内3位で、パワーのある打撃で犠飛なども狙いに入る比較的得点力のある打者。どちらかと言うと白菊に近い選手で、ホームランも視野に入る。5番6番のホームランバッターで打てなかった場合は、7番の打撃好調な珠姫が控えている。そんな布陣となっている。

7分間のノックでは、エラー率の比較的高い稜と白菊の動きも悪くない。詠深もサードの動きもだいぶ慣れてきた様子。公式戦ということもあり、動きが鈍るかと思ってたから、これはありがたい算段。

 

ブルペンでは私が座って、理沙先輩が投げ込む。きちんとストライクゾーンに投げ込まれていて良い。カーブの制球が少し危ういが、許容範囲内。珠姫なら何とかできる…多分。

ちなみに、理沙先輩が先発なのは原作同様影森の戦術を警戒してのこと。詠深はテンポが遅い方なので、ナイス判断と言える。

 

そして、後攻の影森のノック。

 

「静かなノックだな…」

「声出さないチームなんてあるのね」

「ま!こっちは声出して圧かけていこうぜ!」

「その通りだ」

 

主将や理沙先輩からしても初めての公式戦に出場するのだ。いつも通りの会話に胸を撫で下ろす。主将は良くも悪くもチームの屋台骨。2年生であることと場数が少ないことも踏まえれば折れてしまう可能性も無きにしも非ず。…まぁ私がどうこうできることではないんだけど。

 

影森程度なら守備はともかくとして、打線はハマりさえすれば大量得点を狙える布陣。いざ行かん。

 

……緊張しているのかも、私も。いくら前世の記憶があったとしても、結局は10年以上前のこと。心臓がいつもよりも早いのは興奮か緊張か…

 

「珠姫、理沙先輩だけど、直球は入ってる。カーブはちょっと危ないわ」

「分かった。理沙先輩は重い球が持ち味だからね。ストレートで打たせていくリードだね」

 

 

 

 

『1回の表、影森高校の攻撃は、1番遊撃手(ショート)山池さん』

 

整列を終えてゲームが始まる。

 

スリークォーターで放たれた理沙先輩の直球はインハイ、ライトとセカンドの間に飛ぶ。

 

「ライト任せたわよ、前!」

「ハイッ!」

 

守備の甘い白菊を狙ったのか、はたまたたまたまか…白菊の守備範囲ギリギリに落下してきた球は僅かに間に合わずグラブで弾いてしまう。

 

「あ〜お嬢〜!!」

 

白菊の道場の方々が落胆する。とはいえ幸いにも前に落ちたので、フォローに向かっていた菫が捕球し、一塁から走りかけていた打者へ投げる動作をとり二塁走塁を防ぐ。

エラーで、ノーアウト一塁。

 

「白菊ちゃんナイス!後ろ逸らすよりマシやけん、気にせんとや」

「はい…」

 

2番打者はバントの構え。

投球フォームに入った瞬間に一塁ランナーがスタート。

 

「走った!」

 

サッとバントのか前から打撃フォームに戻し、スイング。そう、バスターエンドランだ。

 

「オーライ!」

「ボールひとつ!」

「オッケー!」

 

ショートへのボテボテだったが、一塁ランナーは二塁へ。打者は一塁アウト。進塁打となる。

 

3番打者へは1球目カーブ。制球も曲がりも甘くセンター前へ落とされる。主将のレーザービームも、間に合わず二塁ランナー生還。打者は一塁へ。

とはいえ、白菊のエラー走者なので、まだ自責点はゼロだ。

 

「理沙先輩、たまたまです。あんな攻撃いつまでも続きません」

「練習試合で打たれ慣れてるから大丈夫よ」

「打たせていきましょう!まだ自責点ゼロですよ!」

「すいません〜」

 

稜の自責点発言に突き刺さる白菊。

ちなみに、練習試合7試合での理沙先輩の防御率は7.00。1イニングに1点は取られている計算となる。

 

4番打者はサードの詠深がフライをしっかりと掴みツーアウト。

 

「タマちゃんの言った通りでしたね!打たせてればいつかアウト取れますよ!」

「ええ」

 

続いて5番打者はレフト線へ。

 

「いったわよ!サード!」

 

打球は飛び上がった詠深のグラブの上を通り過ぎる。

だが、レフトは原作と違い、光先輩。投手もできる彼女のレーザービームは主将並だ。

 

「バックホーム!」

 

光先輩のレーザービームを珠姫がしっかりと捕球し、本塁タッチアウト。スリーアウト。

 

「光ちゃん!」

「ナイス光先輩!」

「さすがです!」

「あ、ありがとう」

 

理沙先輩、稜、詠深に囲まれながらベンチに戻る光先輩。どこかホッとした様子。やはり公式戦初試合で初登板は緊張があった様子。

 

 

「1点差は想定内だよ!早めに追いつこう!」

「おおっ!」

 

ベンチに集まったみんなに、芳乃が声をかける。

 

「希、1打席見にいってくれる?」

「任せて!」

 

希が打席に向かう。

 

「お願いしま…」

 

構えた途端に投げ込まれる。

 

「す」

 

希はそのテンポについていけず、あっという間にノーボールツーストライク。

慌てて構えを解いて一呼吸入れる。そして、もう一度構えた。

 

コン!という打撃音。詰まった当たりはサードゴロとなり、希は一塁アウト。

 

クイック…いや、スーパークイックと芳乃が名付けたのでそちらに倣うとして、このスーパークイックとあの高速プレーがあれば確かに椿峰にくらいつけるだろう。私と珠姫なら再現出来るか…梁幽館戦では難しいけど熊谷実業には使えるかも。……打たれるビジョンしか浮かばないわ。

 

「ごめん…」

「ドンマイ!どうだった?」

 

戻ってきた希に芳乃が聞き込みを始める。

 

「多分全部直球…大した球やないけど、なんか気持ち悪かった…」

 

2番の菫もセカンドゴロ。ツーアウト。

 

不正投球(ボーク)ギリギリだろあれ…」

走者(ランナー)出ればリズム変わるかもしれないし、辛抱だね。それに、9人いるんだし何人かはタイミング合うかもよ」

 

だが、3番の光先輩も大きな当たりではあったがレフトフライに倒れ、チェンジ。

そもそも稜のボークの語は正しくない。走者がいないため正確には反則投球であり、クィックピッチはボール扱いとなる。まぁギリギリOKなのだろう。

 

「初回三者凡退って初めてだな…」

「これが公式戦ということだな。しっかり守るぞ!」

 

初回三者凡退がなかったのは化け物勢のせいです。特に希のせいです。いや、おかげと言うべきだよね。

 

 

「あの!希さん!中山さんの球速ですが、マシンの最高設定が100%とすればどれくらいでしょう?」

「80くらいやない?」

「80ですか…ありがとうございます!」

 

白菊は希に聞きたいことを聞き終えるとすぐ守備位置へ向かっていった。

 

 

 

「…さてと。徹底して高速な試合作りをしてくるチームに対して間を取りつつリズムを崩していくか…」

「あえて被せていくかよね。椿峰や柳大川越でも崩せなかったその速度を私たちが崩せるとは思えないわ。被せていくしかないわね」

 

私と芳乃と藤井先生は守備について、珠姫が理沙先輩にボールを手渡しているのをみやりつつ作戦会議をする。

 

「確かに、高校野球の審判はテキパキしたのが好きですからね…時間を使うと相対的にダラダラしているように映るかもしれません」

「ですね。ただ…」

 

6番打者の畠さんをセカンドゴロに打ちとったのを見つつ言葉を探す。

 

「審判の方がこの高速プレーに飲み込まれすぎてなければいいんですが……」

 

続く2人もセンターフライ、レフトフライに倒れる。

駆け引きもなにもないこんな野球、面白いのかな…?

 

「おっしゃ!三者凡退!」

「ナイピ」

「6球で終わっちゃった」

「省エネ省エネ」

 

2回の裏。

 

打者は4番の主将。

 

2球見逃して、3球目がアウトコースに逸れたのを見てさらに見逃した…が、恐らく本塁上よりも外側だったもののストライクを取られてしまい、見逃し三振。

 

「広い…球審の方も速い展開につられているのでしょうか……」

「影森の打者は必ず振ってくるコースですからね…」

「1度とったからには今日はずっとストライクと考えた方がいいわね」

 

とある審判員の言を借りるとするならば、審判員が「そこは打てるだろう、打てよ」とジャッジした場合はストライク・コールなのだ。

 

5番の理沙先輩は引っ張り方向に強い当たりが出て左安打(レフトシングルヒット)

 

続く6番の白菊。

白菊は外野の頭を飛び越して柵越(ホームラン)

 

あえて解説するとするならば、白菊は距離の間合いではなく時間の間合いで合わせた…ということなのだが、こんなん再現性ないわ。

 

理沙先輩と白菊が本塁を踏み、逆転ツーランホームランとなった。

 

 




ちょっと短いけど、この辺で区切っておきます。

アンケの球種は上位2つを採用します。


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第11話 野球とは…

 

 

リンダ・L・グリフィンらの戦術課題に基づく分類法によると、球技はターゲット型ゲーム、ネット・壁型ゲーム、侵入型ゲーム(ゴール・ポール型ゲーム)、守備・走塁型ゲーム(投・打球型ゲーム)に分類されるらしい。野球は言うまでもなく最後の守備・走塁型ゲーム(投・打球型ゲーム)に分類される。

いずれにせよ球技は、G・ハーゲドルンが提唱しているドイツ語の球技を表す"Sport Spiel"の概念であるSport(スポーツ)Spiel(遊戯)を一つにした別の新たな上位概念…つまり他者との遊戯という側面を持つスポーツだ。だからこそ……

 

 

 

2回の裏、白菊の本塁打(ホームラン)で逆転後、7番8番の珠姫と稜が打ち取られて、この回を終える。スコアは1-2で新越谷リード。

 

3回は2者走者(ランナー)を出すが、ダブルプレーも含めて4人で抑えた。

裏の攻撃では詠深でワンアウト。希、菫のヒットと、光先輩のライトゴロで二・三塁。主将の一撃で1点を追加したものの、二塁から走塁した菫が本塁タッチアウトでスリーアウト。1-3とリードを広げる。

 

4回表、2連打を4番5番の中軸に打たれて一・三塁。6番はショートゴロで三塁走者(ランナー)は本塁タッチアウト、ワンアウト一・二塁に。7番はレフトヒット、二塁ランナーが三塁を回って本塁を狙うもタッチアウト。その間に一塁ランナーと打者が走塁してツーアウト一・三塁。8番はライトフライに倒れてスリーアウト。

裏の攻撃は理沙先輩がレフト単打で出塁するも、白菊のライトライナーで帰塁が間に合わずツーアウト走者(ランナー)なし。あれはライトの好守備(ファインプレー)で、正直理沙先輩は責められないプレーだった。珠姫がレフトフライに倒れてスリーアウト。

 

 

 

 

 

5回の表が始まるところで、冒頭の話に戻る。

 

「…自分たちの野球をするっていうのは間違ってないとは思うわよ。でも…」

「そうだね…そろそろ影森をこっちに向かせたいよね」

 

影森の打線は意外にも原作よりもよく当たり、既に理沙先輩の投球成績には7被安打が計上されている。だが、ギリギリのところで自責点は防いでいる。

 

「理沙先輩の球威も落ちてきてて打球の質も良くなってきてる…息吹ちゃん、肩できてる?」

「さっき稜に座ってもらって投げ込んだからいつでもいけるわ」

「うん、じゃあいつも通り火消しお願いね。それから―――」

「まぁそうなるわよね…分かったわ」

 

野球はチェスや将棋や囲碁などと同じように、相手プレイヤーがいなければ立ち行かない、2者のぶつかり合いのゲームだ。相手に飲まれるのは負け筋だけど、そもそも相手として見てないのは球技のゲーム性としてあまり褒められた姿勢ではない。

気がつくと、ワンアウトランナー満塁で迎えるは4番打者。監督がタイムをとって守備交代を球審に申告しに向かう。

 

理沙先輩の投球成績は、投球回4 1/3回、投球数39、被安打10、失点1、自責点0。先発投手としてはいまひとつな成績だけど、急造投手としてはまずまずの結果。これなら先発の選択肢に入れられる。

私は長くても3イニングくらいしか投げられないので、長いイニングが投げられる投手が多いのは助かる。まぁその代わり、毎日でも登板できるタイプなのだが。

 

『選手の交代およびシードの変更をお知らせします。ピッチャーの藤原さんがサード、サード武田さんに変わって川口息吹さんが入ってピッチャーへ、それぞれ代わります。5番、藤原さん、サード、背番号5。9番、川口息吹さん、ピッチャー、背番号7。以上のように代わります』

 

毎度毎度ウグイス嬢って大変な仕事だよね。どこがどう代わったとか、文章で伝えるのって結構分からないもんだもん。お客さんの半分以上は電光掲示板を見てようやく分かるんじゃないかな?

 

投球練習では理沙先輩を真似してスリークォーターで投げ込む。

数球投げた後、珠姫がボールを手渡しで渡してくれる。

 

「アレ、でいいんだよね?」

「うん。焚き付けにいこう」

 

そして、審判のプレイの声で試合を再開する。

 

右のアンダースロー(サブマリン)は影森の中山さんのコピー。4番打者は見逃しストライク。

これにはなにより捕手の返球の上手さとテンポの良さが不可欠。珠姫の捕手としての能力は折り紙付き。簡単にその条件を満たしている。

3球目は流石に振ってきたが、空振り三振。

 

続く5番打者もセカンドゴロに抑えてピンチを凌いだ(パーフェクトリリーフ)

 

「息吹ちゃん、ありがとう!」

「ナイスリリーフ!」

 

理沙先輩が後ろから抱きついてくる。私が失点した場合は3点までは理沙先輩の自責点となる。やっぱり気にはしてたみたい。

 

「練習試合防御率0.00、7試合5セーブは伊達じゃないですよ」

 

私は理沙先輩に苦笑いで笑い返す。お礼はそのおっぱ〇でいいですよ。わしわしさせてください。ぱふぱふでも可。

ちなみに私が着替えとかシャワーとかで見た中で、理沙先輩、白菊、珠姫がこの中では大きい。珠姫は小柄な分大きく見えるのかも。

 

「ほんとに、頼もしいわ」

 

 

5回の裏。稜は粘ったものの、ファーストライナーでワンアウト。

 

詠深と交代した私は9番。影森サイドの注意を引きつけるためにカウント0-2から12球をカット。そして、苛立ったのかセットを解いてワインドアップで投げ込まれた球は普通のストライクゾーンのボール1つ分外。私はさもボールだよね?という顔でスルー。原作で稜がやったやつのさらにウザイバージョンの出来上がりだ。その後、取るようになったボールを引き出して四球。

 

さらに希のライト前ヒットで一・三塁。

2番の菫はライトフライに倒れるが、ちょっと近いこともありタッチアップはこらえる。

3番の光先輩の一振で生還。なおもランナー一・三塁。

 

こんな状況で打点と言えばな主将が打たないわけがない。4番の主将はレフトツーベースを浴びせて、ランナー二・三塁。

5番の理沙先輩も左中間へのヒットでさらに2点追加。ランナー一塁。

 

白菊は深い当たりであったが、ライトがダイビングキャッチでアウト、スリーアウト。

この回4点を追加した。

 

 

6回の表、レフトに痛烈なスリーベースヒットを打たれたものの、影森コピー投法で4人できっちり抑える。

 

そして裏の攻撃。

 

「珠姫ちゃん!打てー!」

「キてるよ!」

 

こちらを見始めている影森の守備は綻び始める。球威が落ちて私のコピー以下になっていることもあるけど、テンポも遅く、ギクシャクし始めている。が、それでも…

チッ!と掠った球がセカンドゴロになり、アウト。ワンアウトノーラン。

 

「稜ちゃん!よく見て!」

「打撃練習思い出しなさい!稜!」

 

私の投球練習…影森コピー投法の練習を兼ねて本番さながらの守備で何度も打撃練習をした。だからこそ、テンポが遅くなってストライクゾーンに入ってくる球なら…カキン!

初球振っていった稜の打球はレフト前へ。ワンアウトランナー一塁。

 

 

続く私は、左打席に立つ。が、気持ちの先走ったスライダーでデッドボール。

 

「うぅ!」

「息吹ちゃん!」

「いっつ…大丈夫、故障はしてないわよ。芳乃が鍛えた柔らかい筋肉だもの」

 

芳乃がコールドスプレーなどの救急セットをもって近づいてきたので、そう言って追い返す。流石に硬球なので痛いことは痛いが、当たり所はお尻の下の方で、筋肉に当たっていたため骨折等の怪我はしていない。

 

プロテクターを芳乃に渡して歩き出す。投手の中山さんが帽子を取って謝罪してくるのに片手で応える。一塁を踏む時にファーストの小毬さんにも帽子を取って謝罪された。

押し出しで一・二塁。

 

続く1番の希。レフトヒットで、二塁走者(ランナー)の稜は生還。私は二塁へ。点差コールドでサヨナラタイムリーとなった。1-8で新越谷の勝利だ。

 

「稜!ナイス走塁よ!」

「息吹もナイスリリーフだったぜ!」

「2人とも良かったばい!」

 

稜の走塁技術は主将と私に次いで上手い。正直一点を争う試合なら代走に出してもいいくらい。希も私と稜の背中を叩いて労ってくれる。

…それにしても、この世界で初めての公式戦……楽しかったな……

 

 

    1 2 3 4 5 6 7 計

影森  1 0 0 0 0 0   1

新越谷 0 2 1 0 4 1x   8

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

(以下、おまけ程度にご覧下さい)

 

 

 

 

☆No side☆

 

梁幽館のブリーフィング。戦略担当マネージャーの高橋友理を中心に情報を共有していた。

 

「次の3回戦の相手は新越谷高校です。かつては全国レベルの強豪でありましたが、例の不祥事により今春まで活動自粛。今は1年生ばかりの新チームですし、先日の試合以外はほぼノーデータですが、停部明けは主に県内外のベスト8~32級と活発に練習試合をしていて、8戦6勝1敗1引き分けという戦績を残しています。油断はできないかと」

「その通りだ」

 

友理の概説に、主将でエースで4番で通算50本以上の中田奈緒は追随する。

 

「最初の難関…宗陣は本来ベスト16以上で当たる相手だ。それを突破できたことでしばらく楽な相手が続くと気が緩んでいることだろう」

 

中田の言い分に、ギクリと反応するレギュラー陣。

 

「それは必ずしも悪いことではない。格下と思えるのは、激しい練習に耐え、強者の自覚を持っているからだ。ただ、野球をナメるな。何があるか分からん。自信を持っていつも通り勝つぞ!」

「おおっ!」

 

三々五々解散して、自主練に入る部員たち。レギュラー陣は友理を中心に集まる。

 

「映像見ますか?初戦にありがちな試合ですけど」

「みるみる〜」

 

事前情報が少しでもあるのと、全くないのは全く違う。

数倍速で見ていく中で、ただ野球観戦をしているかのような歓声をあげながらも、それぞれが分析していく。

 

「岡田と大村…打線ではこの2人は要注意だな」

 

希と理沙も塁打数では怜と白菊に匹敵するが、打撃センスがあるアベレージヒッターよりも、一撃の重いバッターを警戒するのが良い。塁に出られたとしても帰られなければ良いのだから。

 

「おーい、加藤。萩島で岡田と一緒だったんだろ」

 

レギュラー陣の1人が萩島ガールズで怜とチームメイトだった部員を呼ぶ。

 

「怜…懐かしいです。体も大きくなって、上手くなってますよ。停部してたのに頑張ったんでしょうねぇ」

 

さらに試合映像を進めていく。

 

「アンダーの子かわいい」

「初心者らしいよ」

「これで!?才能ってやつ?」

 

レギュラー陣の言に、珠姫の元相方の吉川は反応する。

 

「初心者?武田さん(エース)は投げてないんですか?」

「5番と7番の継投だよ」

 

それを聞いて、吉川は何故か腕を組んで訳知り顔で口を開く。

 

「初戦…勝ちたいだろうに、温存しやがったな」

「隠したというのが正しいかもね。どんなピッチャーか全く分からないし」

「さすが珠姫のチームだな、楽しみだ!ま、こっちも私を温存してたし五分だろ」

「アンタはただの2番手よ」

 

そこに、友理が口を挟む。

 

「温存…もあるかもしれませんが、実力もありますね。少なくとも急造だろう5番の投手の球威はそこそこのものですし、7番に至っては練習試合を取材した週刊ペナントが抑えとして紹介しているほどですから…本当に初心者なんですかね…」

 

友理の言い分に、中田は新越谷が一筋縄ではいかないと気を引き締めるのであった。

 

 

 

 




なぜ梁幽館を描いたかって?このシーン好きなんです。
野球をナメるな!ってカッコよすぎです〜。惚れてまうやろ!


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第12話 運命の梁幽館戦 開幕

運命の梁幽館戦に向けて、梁幽館打線ノックを受ける前に、試合のスターティングメンバーが発表された。

 

1 珠姫(捕)

2 私(遊)

3 光先輩(左)

4 希(一)

5 主将(中)

6 理沙先輩(三)

7 菫(二)

8 白菊(右)

9 詠深(投)

 

ベンチには代走に適性を見出された稜が控える。稜の走塁ならば梁幽館のバッテリー相手にも盗塁が通じる脚力があると芳乃は見ているらしい。

もはや光先輩が投手ではなく打撃要員と化していることについて、家で聞いてみると、サッと目を逸らされた。そりゃそうよね。光先輩の打撃力ヤバいし。正直、光先輩の投球にコントロールが付いてきたらエースナンバーはともかくとして打撃もできる投手としては光先輩の方が起用しやすい。詠深をベンチに置いて稜を入れた方が打撃力上がるし…

 

そんな訳で、梁幽館打線を模したノックを、内野の守備範囲の広い遊撃手(ショート)で受けるのはなかなかにキツいものがあったが、無事に乗り切った。ちなみに出場機会のありうる稜も芳乃による近距離ノック(強)で痛めつけられていた。

 

 

 

 

影森戦から4日後。

舞台は開会式もやったメイン球場の埼玉県営大宮公園野球場。

 

「開会式より広く感じるな!」

「フェンス高!」

「この球場は埼玉ローカルの地上波で全試合中継されるのよ」

「ほんとだ、ある!放送席!」

「ていうか人多いな!アピールのチャンスだぜ!」

 

球場に感嘆していた稜と詠深に、地上波で放送されることを教えると、詠深が放送席を見つける。

観客席は、前回の影森戦から比べれば断然多い。もちろん私たちを見に来てるのではなく……三塁側、梁幽館サイドだ。

 

「出てきたぞ!」

「梁幽館だ!」

「中田頼むぞ!」

「陽さんかわいー」

「吉川だ!ガールズから見てるぞ!」

 

梁幽館は優勝候補筆頭。人気も高い。

 

「梁幽館…すごい人気だね。三塁側いっぱい…」

「勝ち進むとどんどん増えていくよ」

「それこそ、梁幽館に勝てばドンと増えるわね。ダークホース現るって」

 

後攻の梁幽館が先にノックに入る。

 

「さあこーい!」

「さあいこう!」

「デュオーイ!」

「ナイスキャッチ!」

「いいね!」

「ナイススロー!」

「オッケーイ!」

 

梁幽館の応援席からの声はノックから既に大きい。

 

「ノックも上手いけど応援席からの声ハンパねーな」

「プレッシャーは凄そうね。ま、うちのエースは何処吹く風でしょうけど」

「そうだな。応援席からの声は闘気(オーラ)みたいなものだ。私たちは声に萎縮したろ?試合はもう始まっているんだ」

「野球は精神ゲームの要素も大きいですからね」

「そういう事だ。常に気を強く持て」

「ハイ」

 

主将は稜と菫にそう声をかけた。菫はそういうの弱そう…二塁側に広めに守ろうか。

 

「さあ!今更ビビっても仕方ないですよ」

「その通り!先発は予想通りだし、有利な要素もあるからね」

「できることをしっかりこなそう!それに、運良く先攻だ!まずは先制するぞ!」

「おおっ!」

 

野球では一般的に「先攻よりも後攻が有利」といわれている。相手の出方や試合展開に合わせて動けるため、後攻めの方が勝利しやすい…らしい。

だが、高校野球では、先制点を入れた方が勝ちやすいというジンクス…とまではいかないまでも傾向がある。なので、先攻の方が早く攻撃が回ってくるため、高校野球においては打線優位ならば先攻有利だと私は思っている。そして、芳乃や主将もそれを理解している。

 

シートノックが交代となり、監督がノッカーを担当する。

内野ノックは菫と稜がそこまで難しくない打球を握り損ねたり弾いたり…詠深が試合の分も今のうちにエラーしとこ、というのも納得だ。稜はほぼ確実に代走で出されるだろう。守備で固くなられては困る。

 

あと、梁幽館ベンチ!レフトかわいいって、私かと思ったら光先輩かい!

 

 

 

 

 

整列して礼をして、守備につく梁幽館が散っていく。

 

『1回の表、新越谷高校の攻撃は、1番捕手(キャッチャー)、山崎珠姫さん。捕手(キャッチャー)山崎珠姫さん。背番号2』

「お願いします」

 

こちらのベンチからは珠姫に声が飛ぶ。

初球、珠姫は振っていってミート。センターに返して一塁へ。ノーアウト一塁。さすが。

 

2番は私。

私は右打席で木製バットをバントに構える。内野が前進守備をとる。

吉川さんが投球フォームに入った瞬間に左足をあげて、バットを引く。バスターだ。甘く入ってきた直球を芯で捉えて、レフト線方向へ速い打球を送る。これがツーベースとなって、ノーアウト二・三塁。

 

「1年相手にいきなりピンチかい」

「今年は投手がなぁ」

「まあまあまあ1点くらい」

「終わってみればコールドよ」

 

酷い言いよう…3番打者光先輩は豪快なフルスイングで空振り2つ。さらに1球をレフト線外側へ鋭いファール。4球目、掠って詰まったゴロで奇しくも内野安打となる。ノーアウト満塁。

 

「おいおい、ノーアウト満塁はヤバいだろ」

「吉川どうした」

 

野次がうるさいが、これも野球の要素。

 

『4番、一塁手(ファースト)、中村希さん。一塁手(ファースト)、中村希さん。背番号3』

 

基本的に、私と希と主将と光先輩にはほとんど自由に打たせてくれる。今回もスクイズの指示は出ていない。

1球目、気合いを入れ直したのか制球の良いスライダー。変化は少ないが、コントロールが良い。恐らく新しく手に入れた技のひとつだろう。珠姫のデータにはなかった。

2球目はストレート。振ったバットに当たりファール。

3球目、外に外したストレートでボール。

4球目…決め球の変化の大きいスライダー。

 

良い当たりだったが、二塁手(セカンド)の白井がファインプレー。セカンドライナーに仕留める。走者の私たち3人はなんとか帰塁が間に合いダブルプレーは免れる。

ワンアウト満塁。

 

梁幽館の守備は私からすれば柳大川越の方が面倒くさいと思えるものだった。個人技ならば梁幽館の方が上だろうが、総合的には柳大川越の方が守備力は高く感じる。そんなチームから7点も取れた私たちが梁幽館の守備力で点を取れないわけが無い。

 

5番の主将。打点、好きですよね?この状況で打てないわけないですよね?

初球カーブ見逃し。2球目をスイング。今度はセカンドを抜いてセンターへ。単打で私と珠姫を本塁へ帰した。ワンアウト一・三塁。

 

続いて6番理沙先輩。

ボールとファールでカウント2-2。5球目、ライト方向への打球は落ちて、単打となる。1点追加で、なおもワンアウト一・三塁。さすが理沙先輩!かわいいと打力は比例するよね!

 

「おいおい梁幽館なにやってんだよ」

「初回3失点とか先発失格だろ」

「不調か?」

 

ここで梁幽館の主将は一塁審にタイムを要求。一度場を落ち着かせる様に吉川さんの周りに集まる。

野次を投げる観客は気づいていないのだ。梁幽館が弱いとか不調なのではなく、新越谷打線が強いのだと。

 

7番菫。ベンチからはスクイズの指示が芳乃から送られる。初球投球開始と共に一・三塁ランナーが走り出す。サッとバットを倒して()()()()落とす。前進シフトをとっていなかったこととスクイズで一塁側には落とさないという先入観から取った1点だった。4-0のリードで、ツーアウト三塁。

 

8番の白菊は右邪飛(ライトファールフライ)に倒れてスリーアウト。走者1者残塁。

 

 

 

1回の裏、梁幽館の攻撃に移る際、応援席からの声や吹奏楽の音が響き始める。

 

「おおー、強い学校って感じだなあ」

「うちも欲しいね、ああいうの」

「お2人さん、気張らず行きましょ。打たれたって私たちに任せなさい」

「頼りにしてるよ、息吹ちゃん!」

 

守備に散りながら詠深に声をかける。

 

『1回の裏、梁幽館高校の攻撃は、1番中堅手(センター)陽秋月さん。中堅手(センター)陽秋月さん。背番号8』

 

6割打者…しかも、私たちのような10試合に満たない数でのものではなく、昨年夏からの通算である。コンスタンスに私の好調時で投手との相性が良い時と同じくらいの打力と言える。

初球見送ってストライク。初球打ちが多い陽さんだけど、1巡目は見ていくように言われているのか…

2球目、ツーシームをポール際まで運ぶ大きなファール。少し風が吹いていればホームランになりえた。レフト線外側のフェンスに当たった。

3球目、あの球に空振った陽さん。スリーストライクでワンアウトとなる。

 

「陽さんって三振するんだ…」

「フォーク?」

「あの投手(ピッチャー)知ってる?」

「いや」

 

野次もかなりザワつく。4点ビハインドで打者として卓越していた陽さんが空振り三振なのだ。

 

2番白井さん。ノーデータな二遊間の片割れである。

初球ストレート、2球目ツーシームを見逃し。カウント0-2。

3球目はあの球をハーフスイング…いや、止めた。カウント1-2。

4球目、ツーシームで詰まった当たり。セカンドへ。だが…

 

「セーフ!」

 

お馴染みの出塁テーマが流れる。

 

「私生で聞くの初めてだよ!」

「なんか感動するわよね、自分たちのじゃないけど」

 

そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

3番高代さんはバントの構え。ワンアウトから送りバント…なかなかにキレた采配ね。さすが名将ってところかしら?こちらの守備力を初球で洗い出しに来てる…

こちらは順当にツーアウト二塁へと進む。

 

4番中田さんの前に、内野陣がマウンドに集まる。そう、敬遠策。

中田さんは全国レベルでも強打者…超強打者と言えるレベルの打者。OPSは2前後とほぼ毎打席単打を打てるのと同義であり、高校通算50本以上の本塁打を放っている。いくらリードがあるとはいえ点数を献上するわけにはいかない。

 

4番中田さんを敬遠。4球を立った珠姫が受ける。

 

「そりゃないよ!」

「中田観に来たのに!」

「ひきょーもの!」

「せっかく新越応援しようと思ったのにー」

「勝負してよ!」

「不祥事!」

「敬遠球打て中田!」

「せこいぞ!」

 

希が反論してしまって、博多やんとツッコまれるが…まぁ知らん人からしたら同じやな。

 

「すまんな。ここは私だって歩かせる。冷静な良い指揮官を持ったな。だが、うちの5番以降も手強いぞ」

 

中田さんめっちゃかっこよす。ちなみに希のめっちゃいい人!って芳乃のこと褒めてるからだよね?

まぁね、強打者を一塁が空いてる状態で歩かせるのは結構多いよね。

 

5番笠原さん。

初球あの球から入ってストライク。あの球でストライクがとってもらえるのはありがたい。捕球位置が低い分ゾーンに入っていても取ってもらえないこともある。

2球目もあの球。これも見逃しストライク。

3球目、内角高め(インハイ)に直球。これを左中間に落とされる。主将が拾いながらランナーを確認。本塁は間に合わない。一塁ランナー中田さんは二塁を回って三塁をめざしていた。2年生コンビの息のあった刺殺劇でスリーアウト。

 

4-1で1回を終えた。

 

運命の梁幽館戦は、激しい打ち合いから幕を上げた。



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第13話 満塁敬遠と梁幽館の意地

 

 

「序盤の1失点は想定内だよ。主将もナイス守備です。まだ3点リードしてますから、このまま逃げ切りましょう!」

 

守備から帰ってきたみんなに芳乃が声を張る。

 

2回の表、新越谷の攻撃。ピッチャーの詠深から。

詠深は空振り三振でワンアウト。0割5分だもんね。

 

1番珠姫。初球を打ったがセカンドゴロ。ツーアウト。

 

私はネクストサークルから左打席に入る。

今回の打席はツーアウトノーランなので諦めて球数稼ぎにいく。

見逃し、見逃し、ファール、ボール、ファール、ファール……

 

「いいよ!ネバネバ!」

「数で勝負だよ!」

 

ボールカウント3になるまでの都合14球を投げさせて丁寧にセカンドへゴロを打ってあげた。スリーアウト。三者凡退となる。

 

 

2回の裏、梁幽館の攻撃。

打席には6番の大田さん。

ストライクを外角低めにとって、2球目。ツーシームで詰まらせてサードゴロ。

 

7番は投手の吉川さん。あの球で追い込む。最後はツーシームで見逃し三振。

 

「ツーアウト!」

 

8番は小林さん。数球で追い込まれてからツーシームでボテボテのショートゴロ。一塁アウトで三者凡退。

2回は双方共に三者凡退(ワンツースリー)となった。

 

「守備も流れ来てるよ!クリンナップからだし追加点いけるよ!」

「梁幽館は主力の出入りが激しい分、夏は初体験の選手も多い。吉川さんもそうだし、好機(チャンス)はあるよ。ヨミちゃんもナイスピーだよ」

「タマちゃんの機嫌がいいから私も調子がいいんだー」

 

ほんと、2人とも仲良いよねぇ…

 

3回の表、光先輩はレフト単打で出塁。

迎えるは4番希。初球振っていってレフトへの痛烈な当たり。ノーアウト一・三塁。

 

5番主将はカウントを取りにきた甘いカーブを捉えてセカンドを抜いたライトヒット。1点追加で、ノーアウト一・二塁。

 

 

ここで梁幽館ベンチから栗田監督がベンチを出る。ピッチャー交代。1番(エース)中田さんがピッチャー、ファーストには3番の谷口さんが入る。

投球回2 0/3、投球数50、被安打8、奪三振1、失点5、自責点5という結果で、吉川さんはグラウンドを後にすることに。遠目だったけど、やっぱり泣いてたように見える。

 

「ここで中田さんがマウンド…」

「速球は得意だから私に任せなさい」

 

少し暗い顔になる芳乃に、私はそっと囁く。流石に中田さんの重い速球を柵の向こうまで持っていくのは難しいけど、柵手前まで持っていくのはできるはず。

 

6番理沙先輩は中田さんの速球と球威に空振りとファールで追い詰められ、3球で仕留められる。空振り三振。ワンアウト。

 

7番菫は芳乃の指示で球数稼ぎ。7球までは粘ったものの、ピッチャーゴロでツーアウト。だが、希の走塁技術と主将の快足で進塁打となる。

 

8番白菊。空振り2つで追い込まれてからボール球を振らされて空振り三振。スリーアウト。

 

「守備は今まで通りで大丈夫だよ!しっかり守って逃げ切ろう!」

 

 

 

芳乃の言葉に応えるように、3回の裏の梁幽館の攻撃を捌く…が、そう簡単ではない。

 

 

 

初球、9番の西浦さんは痛烈なゴロでファーストを抜き、ライトへ。

 

「ボールふたつ!」

「暴走だぜ!」

 

二塁走塁を見せたが引き返して一塁。ノーアウト一塁。

 

さらに1番打者陽さん。あの球を後ろに弾いてからツーシームを三遊間を抜いて連打。ノーアウト一・二塁。

 

2番打者白井さんは送りバントでワンアウト二・三塁。

 

 

あれれー、この展開見たことあるぞ〜?(棒)

 

 

スクイズを外した球に飛び出して当てた白井さん。キャッチャーフライ…だが、珠姫の視線の先には太陽が輝いていた―――

 

 

拾い直して一塁送球もセーフ。オールセーフで満塁。

 

 

 

 

 

 

 

4番強打者中田さんを前に、満塁。

 

 

 

 

 

 

 

 

タイムをかけてマウンドに芳乃が来る。私たち内野陣も集まる。

 

「ごめんね、詠深ちゃんの力を信じてないわけじゃないけど…ここで万が一柵を越えられると後がない。だから……」

「芳乃らしい作戦だけど、素でエグい」

「……ま、これも野球よ」

 

私はこの展開、嫌いじゃない。野球は1人じゃできないことを体現してるようにも思うのだ。

 

「ごめんね…私のエラーのせいで満塁に…」

「タマちゃんはいつも完璧すぎるからねえ。たまにはあってもいいのでは?」

 

詠深が珠姫を後ろからくっつく。

 

「今ちょうど真上だしねぇ。グラサンあるけどつける?」

「それはダメ!タマちゃんの顔が見えないとショボ球になっちゃうし〜」

「それもそうだね」

「まあ同じミスは二度としないよ」

 

いや、その前に、顔が見えないからショボ球になるっていうの、みんなスルーなの?ねぇ。

 

「最少失点でなんとか抑えよう!」

 

内野陣が散り、芳乃がベンチへ戻る。

 

 

「お待たせしました」

「なんだ、ワンポイントリリーフかと思ったが違うのか…」

 

中田さんが私を見ながら珠姫に言う。

 

そして、プレイが宣言されても、珠姫は座らなかった。

 

 

「は?」

「嘘でしょ?」

「オオイ!」

「有り得んって!」

「勝負しかないだろ!」

「交通費払って!」

「中田の打席観に来たのに!」

「抗議の空振りしてよー」

「新越監督変われ!」

 

「ボールフォア!」

 

5-2。点差はこれで3点。しかし、中田さんの打力を考えれば、満塁という守りやすい状態(フォースの状態)を維持しつつ最少失点を求めるなら敬遠が最適だ。

ザワつくどころか観客席は大変な騒ぎとなっていた。

 

 

それは続く5番笠原さんが打席に入っても同じだった。

 

空振り、ファールと追い込んでから、伸びの良い強い直球でピッチャーゴロ。1-2-3のゲッツーとなりスリーアウト。

 

 

3回の裏を終えて、なおも3点リード。

 

 

4回の表。新越谷の攻撃は詠深から。

詠深、珠姫と凡退してから私は左中間へスリーベースヒット。ツーアウト三塁。

続く光先輩は空振り、ファール、セカンドライナーでスリーアウト。

 

 

4回の裏。梁幽館の攻撃は6番大田さんから。

ライナー性のボールをレフトに飛ばした。光先輩は僅かに届かず横に弾いてしまう。主将が直ぐに拾って二塁走塁は防ぐ。

 

「ドンマイです、光先輩!」

「ナイスリカバリー主将(キャプテン)!」

 

7番に入った谷口さんは打力はあまり無いのか三振。

 

8番小林さんはレフト前に落としてワンアウト一・二塁。

 

9番の西浦さん。さっき初球のあの球を打ってるから要注意…

ファールでよく粘る。

 

「ボール!2-2(ツーツー)!」

 

そして、強ストレートを捉えた西浦さんの打球はショートとセンターの間にフラフラと落ちていった。

 

ワンアウト満塁。ここで迎えるは6割打者陽さん。

ツーシーム、あの球、強ストレートを織り交ぜた投球で翻弄したが……

ライトへ大きな当たり。フライだが……

 

「バックホーム!」

 

白菊は少しお手玉してしまい、それが仇となる犠牲フライ。ツーアウト一・三塁。

 

続く白井さんはセンターライナーに打ち取ってスリーアウト。

 

 

 

 

 

4回を終えてグラウンド整備が行われる。

 

詠深は既に60球近い数を投げている。その中にはまだ万全でない強ストレートや決め球も含まれている。ある意味詠深が公式戦で全力投球出来ているのは初めてのこと。疲れが見え始めていた。

 

「タマちゃん、どうよ、私のピッチングは」

「まだまだかな。強ストレートど真ん中にきてヒヤッとしたし」

「むぅ…厳しいなぁ」

「ヨミちゃんは1日で最高何球投げたことある?」

「うーん…ダブルヘッダーとかもあったしなぁ…250球くらいかな!」

「は?」

 

一応言っておくけど、この世界の高校野球において、投手の投球数は多くても120と言われている。一般的な投手なら80~90球である。速球派は肩への負荷が、技巧派は疲れや集中力低下によるコントロール低下が、それぞれこの辺りで限界なのだ。中学ならさらに少ないはず。それを250という破格の数字をもたらしたのだ。珠姫がは?と言いたくなる気持ちは分かる。

 

「全力で投げられないからこその利点…というわけね」

「そうは言っても…よく壊れなかったね今まで」

「あはは…でも今日はタマちゃんが一生懸命考えてリードしてくれて、全力が出せているから…120くらいかな」

 

いや、それでも多いんだって。きっちり抑えることを考えれば恐らく途中の6回か7回でシート変更があるだろう。その辺は芳乃の頭に聞かないと分からないけど。

 

 

 

5回の表。攻撃は4番希から。

中田の投球と好守備に阻まれショートライナー。

 

続く主将も粘ったもののセカンドゴロに倒れる。

 

さらに理沙先輩は空振り三振を取られスリーアウト。

 

流れが中田さんというエースによって持っていかれている。

 

 

 

5回裏。梁幽館の攻撃は3番高代さんから。

センター返しで出塁。ノーアウト一塁。

 

4番中田さんは敬遠で。ノーアウト一・二塁。

 

5番笠原さん。ツーシームに詰まらされて6-5-3のダブルプレー。

 

6番大田さん。本日初ヒット。ライト白菊の頭を超える長いヒットでツーベース。1点を返す。5-4で1点差まで詰め寄られる。

 

ついで7番の谷口さんはライトへ当たりを出した。ツーアウト一・三塁。

 

8番の小林さんもレフト前にシングルヒット。満塁に。

 

詠深の投球に、梁幽館が徐々に合ってきている。尻上がりで良くなってきていた詠深の投球に、食らいついてくる打線。これが本物の梁幽館打線…知識とは全然違う手強さ。私が投げて抑えられるかは分からない。抑えられるイメージはない。

 

9番の西浦さんはピッチャーゴロで打ち取ってなんとかピンチを脱する。スリーアウト。

 

詠深の投球数は1~3回、4回、5回とだんだん多くなってきている。

 

 

6回の表。7番菫から9番詠深まで凡退。スリーアウト。

 

 

6回の裏。梁幽館の攻撃は1番の上位打線から。

1番陽さん。珠姫の巧みな配球もあり、ショートゴロに打ち取る。

 

2番白井さんはライトへ単打を放つ。ワンアウト一塁。

 

3番高代さんは送りバントでツーアウト二塁。

 

そして…4番中田さん。

 

「また敬遠か?」

「どうせ敬遠だって」

 

観客のボルテージが下がる。

 

「外野長打警戒ね!」

 

だが、外野の守備位置が極端な後退守備を敷いたことで、逆にボルテージが跳ね上がる。3打席敬遠からの勝負に、否応にも期待が高まる。

 

「詠深、落ちついて思いっきり投げなさい。ホームラン以外なら私たちに任せなさい」

 

私は1人だけで詠深の近くまで行って声をかける。1人だけならタイム扱いにはならない。

 

「うん、お願いね」

 

ツーアウト二塁で、迎えるは超高校級打者中田さん。

 

1球目、インハイに強直球。空振り。

 

「インハイ直球空振り!」

「中田がストレート空振った!」

「武田もいけるじゃん!」

「なんで敬遠してたんだよ!」

 

2球目、内角にもう一度強直球。今度はチップしてファール。

 

3球目、追い込んでからの仰け反らせるボール球。

オーソドックスな配球だけど、だからこそ打てない。

 

4球目、あの球…なんとかカットかと思いきや、かなりの飛距離で、角度さえ合えばホームラン確定な打球だ。正直カットっていう飛距離じゃないわ。

 

ここからボール球を次々と投げ始めるが、カットで粘る。

 

10球目の決め球…強ストレートを内角高め…高らかと捉えた打球はレフト方向へ。だが、光先輩は動かない。主将も動きを止めていた。

 

ホームラン。梁幽館がついに逆転したのだ。

 

 

 

 



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第14話 負けられない戦い

高校野球の公式戦において、ほとんどの場合負けたら終わりのトーナメント戦が採用されている。負けとは常に()()()と向かい合わせなのだ。

 

 

 

6回の裏、二死無走(ツーアウトノーラン)、5-6で、梁幽館が逆転。

お通夜とまではいかないが、絶望的な空気が守備に散っていた新越谷に流れる。

 

私はベンチの芳乃…または監督の指示を確認する。

 

(6回はヨミちゃんで引っ張るよ)

 

芳乃は延長にもつれ込むことも想定し始めた様子。

 

 

5番笠原さんはレフトへ単打、6番大田さんはセンター前に落としてヒット。

 

7番の谷口さん。

詠深から負けられないという思いが乗った強烈なあの球が放たれる。珠姫はそれを逸らしてしまう。その後、制球が乱れたあの球を捉えられて追加点。

 

あの珠姫が逸らしたボール…あの球はさらに進化した。お祭りのようなこの時間を一時でも長く過ごせるように…

 

芳乃を見るけど交代や他の指示はない。

 

8番の小林さんを相手に、四球。

キレと変化量と球速が以前と段違いなあの球。進化したあの球も、数球で制球を取り戻し始めていた。

 

事実として1打席目であの球を初球打ちした9番西浦さんを三振に追い詰めた。珠姫が落としてしまったため振り逃げとなったが、一塁アウト。スリーアウトだ。

 

 

 

「みんな、ごめん!」

「私もごめん」

「ドンマイ!」

「調子は悪くないどころかいい感じじゃない!」

「最後の守備も頼むぞ」

 

謝るバッテリーに、稜と理沙先輩が励ます。

そして、主将は遠回しに絶対に逆転するという意志を全員に叩きつける。7回の表で点が取れなければ守備はないし、同点でも最後の守備にはならない。絶対に勝つという意志表示だ。

 

1番打者、珠姫。

 

(そうそうに中田さんに投手が代わって、吉川さん対策だった私は大して打撃では初回以外結果を残せず、守備では痛恨の失策(エラー)捕逸(パスボール)。イイトコ無しでどうにかして貢献したい!まだまだヨミちゃんのボールを受けたい…!だからこんな所で負けられない!)

 

1球目、チップした球が捕手に当たる。ファール。

2球目、思わず手が出そうになるボール球。ノースイング。ボール。

3球目、高めに外れた球を避ける。ボール。

4球目、アウトローに投げ込まれた重い直球をレフト前に飛ばす。シングルヒット。ノーアウト一塁。

 

2番打者は私。ネクストサークルからバッターボックスへ。左打席に入る。

私だって内野手としてはあまり良い選手ではなかった。あの球は高代さんなら捕れてたとか、守備範囲が稜の方が広いとか…それに、私だって負けたくない。詠深が主人公だとか、そんなの関係ない。私は詠深みたいに梁幽館打線に打たれても平然と後続を抑えるメンタルの強さは無いし、主将みたいにチャンスで決めてくれる!みたいなストライカーではない。でも、公式戦を通じて成長する機会は増えてくはず。それに、芳乃や希や主将や理沙先輩…みんなに暗い顔して欲しくない!だから負けられない!

初球をセンターの頭を超えるヒットとなり、ノーアウトランナー一・三塁。

 

私はネクストに入る希とベンチの芳乃に握りこぶしを向ける。あとは頼むよ。

 

 

3番打者は光先輩。

 

(2年生だけど、去年から在籍していた怜と理沙とは、壁1枚あることは否めないし、1年生とも違う。本当は孤独。でも、そんなこと気にせず誘ってくれたあの子と…あの子たちのために、そして普通の人より短い高校野球人生少しでも長くこの子たちと一緒にプレーしてたい!だから…)

「負けられない!」

 

光先輩のフルスイングは芯から外れたもののスイングと打球が噛み合わず、守備陣を翻弄。ショートへのポテンヒットとなった。三塁ベースコーチに入っていた菫は内野安打で走塁を断念で三塁ランナー珠姫を制止。満塁。

 

再び満塁で回ってきた希。

 

(私、本当は新越谷の野球部入らんですぐ強い所に転校するつもりやったっちゃんね。人数も少ないし、弱そうやった。芳乃ちゃんがいなければ転校して梁幽館のスタンドにおったかも。でも…あの双子にはなんだかんだ助けられとーな…息吹ちゃんはいつの間にか欲しいもの差し出してくれとーし、芳乃ちゃんは私の精神的支柱みたいなもんやし…2人と一緒にまだまだ野球したりん!ベスト4常連だろうと関係なか!こんな所で負けられない!)

 

初球、内角高めに入ってきた鋭い直球を正確に力強く捉えてレフトスリーベースヒット。

これで逆転。ノーアウトなおも三塁。

 

 

追加点のチャンスに回ってきた5番主将。

 

主将(キャプテン)として…まだまだ場数が足りない私をみんなが押してくれる。夏の大会はまだまだ終わらせん!1年も待ったんだ!このチームが運命だとするならば…私の役割は、チームを引っ張ること…故に…後輩たちには負けてられん!)

 

初球スプリット見逃しボール。2球目の低め直球を捉えてライトヒット。追加点。ノーアウト一塁。

 

 

6番理沙先輩。

 

(私の打撃は怜や希ちゃんたちと比べたらそう大したことはないけど…でも……世界で1番怜に負けたくないって思ってるのは、絶対に私だって言える。だから…それを証明するには、ここで終わるなんて短すぎるの!負けられない!)

 

理沙先輩も初球を捉えてライト方向。のびてのびて、打球は柵を超えた。ツーランホームラン。

 

 

7番菫。

 

(小技も打撃もそこそこ出来る。それが私の持ち味。でも、それだけ?私は安定していると言われるけど、それって稜みたいに流れを変える力はないってこと…正直悔しい。負けたくない…けど……)

 

菫は粘って四球を選ぶ。ノーアウト一塁。

 

 

8番白菊。

 

(いっぱいエラーして、打撃でも安定した成績は残せない初心者の私をみんなは温かく迎え入れてくれました……それに報いる力は、ここにあります!神仏照覧!これが今の私の精一杯です!)

 

綺麗に当てた打球は失速し、フェンスギリギリでレフトが捕球。と同時に一塁菫スタート。二塁へ。ワンアウト二塁。

 

 

9番詠深。

 

(みんな抑えられなかった私を責めないでくれた。その分お返ししたいけど…まぁ芳乃ちゃんのサインはバント…そうだよねぇ…正直7回裏はどこまで投げれるかは分からない。だからここは繋げたい!)

 

バントは高く跳ね上がりキャッチャーフライ。タッチアップを試みた菫もサードにタッチアウト。スリーアウト。

 

 

 

 

 

点差は4点。4点を追うことになった梁幽館の攻撃。

 

「いよいよここまで来たね。最後までま何が起きるか分からないけど、足元ならして風向きチェックして、やれることだけいつも通りやれば何も起きないことの方が多いよ!最終回、絶対勝とう!」

(とは言っても…夏の大会の3年生は変なほど力を発揮する……私たちにはない後がない気持ち……最悪延長の準備も必要…そしたら…)

 

梁幽館の攻撃は1番陽さんから。

 

「陽さん出て!」

「負けるな!」

「がんばれ!」

投手(ピッチャー)1年だぞ!意地を見せんかい!」

「まだ3回戦だぞ!逆転してくれ〜」

 

陽さんが打席に立つ。

詠深と珠姫が話を終えて、守備位置につく。プレイが宣告される。

 

1球目見送って、2球目。あの球を綺麗に捉えてセンター前に落とした。名門梁幽館の意地の反撃の狼煙(のろし)が上がる。

 

 

2番白井さん。

さすがに名将栗田監督もこの場面では強攻指示だったようで、1球目をフルスイング。空振り。

2球目、若干後退守備を敷いていた新越谷の意表を突いたセーフティバントを成功で一・二塁。

 

 

3番高代さん。

負けられない、ベンチにも入れなかった先輩の分まで、という思いを感じるフルスイングでレフトヒット。一塁上から握りこぶしを応援席とベンチに向けていた。

 

「3連続安打!」

「名門の意地!」

「中田に繋いだ!」

「ホームランで同点!」

「勝負!」

 

満塁。そして、4番中田さん。

私はチラリとベンチを見る。詠深への指示は無い。

 

「外野長打警戒!」

 

2度目の対戦を選択した珠姫と詠深。そこに異を唱えるメンバーはいない。

 

1球目、あの球を後ろに弾く。ファール。

2球目、レフト線外の強烈なファール。

3球目……強直球を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボール!カウント1-2!」

(まだ終わらせん!)

 

4球目、ツーシームの内角外高めに外した球…これをレフト線方向に飛ばした。

 

強烈な打球はレフト線内側に落ちた。タイムリースリーベースヒット。点差は1点差まで詰め寄られ、同点ランナーは三塁。詠深の投球数は既に敬遠球を入れても140に迫る数だ。

 

 

 

ベンチに動きがある。ここで交代……私か光先輩か……私かな、ほら呼ばれた。でも…中田さんは終わったとはいえ今の梁幽館打線を抑えられるか分からない…自信はない。

 

「ごめんね息吹ちゃん…あとはお願い」

「これ以上は詠深ちゃん故障しちゃうかもしれないしね。息吹ちゃんには悪いけど…」

 

詠深はベンチに下がり、稜がショートに入る様だ。

ノーアウト三塁で、三塁ランナーは同点ランナー、打者はサヨナラランナーってかなりきつい。でも…

 

「任せて。精一杯やるわ」

 

この場面で光先輩じゃなくて私を選んでくれた芳乃のためにも、ここは絶対に死守する。

 

 

 

 

『新越谷高校、守備の変更をお知らせいたします。投手(ピッチャー)武田さん退きまして、川﨑さんが遊撃手(ショート)遊撃手(ショート)川口さん、投手(ピッチャー)へ。それぞれ代わります。2番、投手(ピッチャー)川口さん、背番号7。9番、遊撃手(ショート)川﨑さん、背番号6。以上のように代わります』

 

 

そして、私が投球練習を終えると、再びアナウンスが入る。

 

 

『5番笠原さんに代わりまして、代打宮野さん、バッターは宮野さん、背番号13』

 

聞いたことない…私が知らないということは、原作に名前が出てこなかった人…芳乃が言うところの「打撃偏重型、代打専門」ってところかな。サヨナラのチャンスだもんね、あっちからしたら。

 

影森のアンダースローを投げ込む。意図を察した珠姫が高速プレーに入る。

初球ストライク。2球目ファール。3球目セカンドゴロ。ワンアウト三塁。

 

 

6番大田さん。

サードに内野安打を出すが、三塁ランナーの中田さんは走塁せず。一・三塁。

 

 

『7番谷口さんに代わりまして、代打堀さん、バッターは堀さん、背番号20』

 

堀さんは本来投手の1年生。代打で起用するのは経験のためか…

だが、彼女は独特なテンポに打てない。そして、いきなり朝倉さんのコピーに切りかえたところで三振。ツーアウト。

 

(あとひとつ…)

(あとひとつ…)

(((あとひとつで……)))

 

新越谷サイドの意志が私を押す様な気がする。正直そうじゃなければ影森コピーだって通じるとは思えなかった。

 

8番小林さん。

中田さんをコピーする。捕手だからこそ分かる中田さんの幻影。だが、球速は意図的に落としている。当たらない。だが、粘る。

7球目。いきなり吉川さんに切り替えて、投げたが、逆に当てられた…

 

ゴロだ。中田さんと大田さんが走り出す。

 

稜が横っ飛びで拾って、二塁ベースカバーに入った菫が受ける。二塁フォースアウト。スリーアウト、ゲームセット。

最後はいつもの二遊間に助けられた。

 

「稜!ありがとう!」

 

あそこで稜が飛んでなければ、中田さんのホームインの方が早かっただろう。

 

「へへへ、見直したか?」

「ええ、これ以上になくね!」

 

全員本塁を挟んで整列して、挨拶をする。私は目の前にいた大田さんと握手を交わす。

 

「次どこかで勝負出来たら打たせません」

「本当に初心者だったの?私は今度こそ長打を打たせてもらうわ」

「まぁ野球に触れたのは前ですけど、」

 

私と大田さんは強めに握手をして離した。二度と打席とマウンドという関係では会えないかもしれないが、それでも、双方からして悔しい相手であった。

 

 

 

そして、観客席に向かってもう一度礼をする。

 

「ナイスゲーム」

「ヤジってすまんかった」

「武田後でサインくれ!」

「大宮でやる時は応援するわ」

「息吹ちゃんもサインください!」

 

女性ばっかなのに、ヤジがおっさん…ちょっと面白い。

 

 

本当ならこの応援席の上に光先輩はいるはずだった。本当に良かったのかな…本人の本来のポジションでの活躍はそんなに出来てないし……なんかちょっと申し訳ない様な気がする…でも、後悔はしてない。同じクラスの子達も応援してくれてる。

 

そして、負けた相手の分まで、上を目指して進んで行こう。

梁幽館のベンチを見れば泣き崩れている選手ばかり。それだけ青春を捧げてきたのだ。私たちがチームのために捧げてきた3ヶ月とは厚みが違う。

 

 

 

 

 

私たちは制服に着替えて球場の外でみんな揃って監督を待っていた時だった。

 

「お疲れ様です」

 

と声をかけられて振り向くと、梁幽館の中田さんと、マネージャーがいた。

 

「お疲れ様です!」

 

こちらは慌てて挨拶を返すと、中田さんは主将の前に進む。

 

「これを連れて行ってください」

「ありがとうございます!」

 

高校野球で敗者が勝者に渡す鶴渡し。自分たちの分まで勝ってくれという思いが込められている。最近は自粛する高校もある中で、私はこの伝統が高校野球の負けたら終わりを表している皮肉な文化だと思っている。私はこの皮肉めいた文化が好きだ。

梁幽館という強豪校のかけてきた情熱を受け取った様な気がするし、負けられないという気持ちの裏付けのようにも感じるのだ。

 

中田さんは私と詠深に向き直る。

 

「試合は負けたが、打席では負けたとは思ってない。だが、君たちはこれからより強く成長できる時期だ。これからどう成長するか楽しみにしているよ。またどこかで勝負がしたいな」

「はい…」

 

マネージャーの方は芳乃に用があるようだった。

 

「あなたですね、サインを決めていたのは。満塁敬遠は見事でした。これをお収めください」

 

ファイルを渡された芳乃。それの中身は今後当たりそうなチームのデータだった。

 

「す…すごいです!いいんですか?」

「半分趣味のようなものですが…お役に立てば幸いです」

 

そこには趣味にしてはいささか度が過ぎるデータ量が記載されていた。

 

「ではさらばだ」

「勝ってくださいね。できるだけ多く」

「あ、待ってください!」

 

私は中田さんにペンと新品の木製バットを取り出した。

 

「サインください!」

「…ふふ、分かった」

 

中田さんはサインをバットに書くと、今度こそ自分のチームの方へ帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやく見つけたかもしれない。

 

 

私がこのチームにおいて目指すべき役割。その完成形を。

威風堂々とした雰囲気を纏い、どんな時でも回せば打ってくれる、チームの支柱となるプレイヤー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は中田奈緒(理想)になる。

 

 

 

 

 

 




なんかバトル系になってません?

そんなことはさておき、評価バーに色がつきました!しかも赤!感謝極まりない。そして原作球詠のSSの中でもお気に入り数が上位に来るように…嬉しい限りです。

これにて梁幽館戦は終わりです。馬宮戦は軽く終わらせますので、ご了承ください。


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第15話 私に必要なもの

「ねえ、芳乃。私中田さんみたいになりたいんだけど、何が足りてないと思う?」

「…何もかも?」

「そんなズバッと言わなくてもいいじゃない…そうね…体格は明らかに足りてないけど…」

「うーん、とりあえず体力じゃないかな?」

 

梁幽館との試合に勝ったその日。学校に帰ってからの練習は私と詠深は免除だった。故障されても困るし…ということらしい。私は16球しか投げてないけど、次の試合でも投げてもらうからということで。

試合の録画を見て詠深が泣いて、それにつられて涙がこぼれてしまったこと以外は特に変わったことはない。

 

そして、家に帰ってきて、私は部屋の壁にサイン入りのバットを壁に飾った。そして、直ぐに芳乃の部屋へ突撃したのだった。

 

「そうね。…あ、あと胸も足りないわね。よし、牛乳飲みましょう!」

「それは関係ないんじゃない?」

「髪も伸ばして…」

「あのー、息吹ちゃん?」

「まずは下半身鍛えて…あのおしりをつくらないと」

「息吹ちゃん!」

「ぐへ…」

 

芳乃がまさかのチョークスリーパー。死ぬって。

 

「息吹ちゃんの求めてる()()()()って多分そういうことじゃないんでしょ?」

「……いつでも頼れる打力が欲しい。チームを牽引できるカリスマが欲しい」

 

最も足りてない所だと思ってる2点をあげると、芳乃は難しい顔をする。そりゃそうだよね…一朝一夕ではね……

 

「……カリスマは知らないけど、打力ならなんとかなるかもよ」

「本当に!?」

 

芳乃がこういったことで嘘はつかない。本当に手段があるかも…柳大川越戦に間に合えば…

 

「打撃フォームを直す…というか変える必要があるけど…やる?」

「それって…」

「失敗すればもちろん今シーズンヒット打てないかもしれないし、そもそも普通は最短1ヶ月は必要なことを大会期間中にやるリスクは大きい。でも、息吹ちゃんのコピーと理論が組み合わされば、多分大宮公園野球場でも柵を超えられる。今の成績は打撃成績だけなら正直新越谷(うち)で最上位。それでも長打力を望む?」

「ええ。変わらなければ……」

 

柳大川越には勝てない。

 

「分かった。4回戦までになんとかしてみよう!」

「ありがとう…」

「じゃあ…早速―――」

 

 

 

この日から、私の打撃フォーム改造が始まった。

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

翌日。私と息吹を中心に、昨日の野球についてクラスメイトたちと話していたところに、我がチームのエース詠深が登校してきた。

 

「おはよー」

「おはよ」

「エースが来た!」

「テレビで見てたよ」

「新聞にも載ってるよ」

 

さっきまで話題の的だった地方紙の一面に昨日の梁幽館戦が記されていた。どちらかと言うと名門梁幽館、まさかの3回戦負け…という方が強い記事だけど、詠深の写真が大きく載っていた。ちなみに私も。まぁ詠深の勝ち投手の権利守ったの私だものね。

 

「本当に勝つなんて」

「めっちゃかっこよかった」

「そ…それほどでもないよ〜」

 

詠深、鼻が天狗になってる。

 

「勝てたのは応援のおかげだよ。嬉しかったし、めっちゃ力出た!」

「そうね。130球以上も投げちゃうくらいだものね」

「う…次からなるべく抑えます…」

「それは私もごめんね…リリーフに光先輩入れるべきだったかも…」

「ほらほら!私たち放置して反省会始めないでよ!」

「そうそう!」

 

詠深には監督から1試合で100球を超えたところの打者までしか投げさせないという球数制限を設けられた。これは詠深の故障防止と連戦の疲労を残さない配慮を兼ねている。

この世界でも球数制限についてのルール策定が色々と話し合われているけど、私からすれば高校野球の伝統を考えれば、指導者たちの良識と戦術眼にかかっていると思う。言い方を変えれば明文化したルールとするのは危険だと私は思う。なぜなら高校野球は()()よりも()()()が優先されるという考え方なのだ。チームへの貢献、そして勝利。それが求められるのだ。

負けても次のあるプロ野球とは違って、高校野球は負けたら終わり。だからこそ何よりチームの勝利を優先する。個人の成績よりもチームの勝利。それが高校野球だと私は思う。

 

「次も行けたら行くね」

「うちらも行こっかな」

「ありがとー。でも次は私は投げないかもよ」

「守備には入るでしょ?打撃もあるし」

 

詠深の表情が固まる。

 

「どうしたの?」

「ヨミは打撃が苦手「わーーー!!!」

「なるほど」

「あ、次の試合ヨミちゃんはベンチだよ」

「ここでスタメン落ち発表!?」

 

芳乃は腰に手を当てて詠深の前に立つ。

 

「ヨミちゃん?夏大の現在の打撃成績は?」

「5打席、5打数、0安打、1三振です……」

「ちなみに練習試合も含めて安打1本と犠飛1本しか打ててないんだよ?塁打数は部内ぶっちぎりで最下位だよ?」

「もうやめて!ヨミのライフはもうゼロよ!」

 

クラスメイトの1人が芳乃を止める。

ちなみに、塁打数ランキングは以下の通り。

1位希、36

2位私、28

3位主将、27

4位光先輩、16

5位理沙先輩、14

6位珠姫、13

7位白菊、12

8位菫、8

9位稜、5

10位詠深、1

 

指名打者制があれば確実に詠深先発投手でDH付けるね。まぁ運がないのもあるけど…

 

チャイムが鳴ってみんないそいそと席に戻る中、私は打撃フォーム改造のために勉強しろと言われた()()()()()()という本を読むことにするのだった。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

その日の練習終わり、最後まで残ったのは希と光先輩だった。

 

「というわけで、今日からしばらくよろしくお願いしますね」

「ええと…うん。こちらこそお世話になります」

「頑張るけんね!」

 

2人とも左打ちの強打者。それがなんの関係があるんだろうか…?

 

「今日から光先輩と希ちゃんにはうちでお泊まり指導をしてもらいます!」

「聞いてないわよ!?」

「息吹ちゃんには言ってないよ?」

「なんでそんなに当たり前でしょみたいな反応!?言っとけば部屋片付けたのに…どうせ芳乃の部屋は片付けてないんでしょ?」

「えへへ…まぁ」

「はぁ…布団も干したかったのに…」

 

押し入れに入れたままのだとダニとか怖いし、そもそも寝心地が良くない。

 

「大丈夫ばい。最悪2人ん布団に入れさせてもらえばよか」

「それはそれで良くないなぁ…」

 

主に私が寝られるかという意味で。

 

「ほら!時間も限りあるんだから早く帰るよ!」

「しょうがないわね…」

 

とりあえず寝床という問題を先送りにして、私たちはまず家に帰ることにした。

我が川口家の庭は少し高めのネットが張られた野球練習場と化しているため、投球練習やトスバッティングくらいなら出来る。マウンドや本塁周り、LEDの夜間照明まで存在する本格派だ。

 

家に帰ってきて、まずは着替える。多めに持っているアンダーシャツを練習で使ったやつを洗濯機に突っ込み、新しいやつを身につける。

 

「希と光先輩もアンダーシャツ洗うから預かりますよ」

「ありがとう、息吹ちゃん」

「希?どうしたの?」

「な、なんでもなか!」

 

なんで顔を赤くしてる……あぁ、察し。

 

「別にわざわざ匂い嗅ぐわけじゃないから安心しなさいよ」

「ちが…そういう訳じゃ…」

「あれ、違うの?」

「あの、お願いします…」

 

希は私に練習で使ったアンダーシャツを渡してくる。そんなに顔を真っ赤にされて渡されると…なんか…ね。

 

とりあえず、練習着に着替え直した私たちは庭に出る。

 

 

「ごめんね遅くなって!息吹ちゃんいつも金属バット使わないから金属バット物置から引っ張り出してたんだ〜」

「私たちも今出てきたところよ」

 

本来なら2人が自前で持っているバットで良いはずなんだけど…?

 

「これは息吹ちゃんのだよ。息吹ちゃんには金属バットでホームラン打ってもらうから」

「でも私の力じゃ…」

「そこがミソなんだよ。さて、希ちゃん!希ちゃんがいつもしてるフォームで素振りしてくれる?息吹ちゃんはよく見ててね」

「うん、任せて」

 

希がオープンスタンス気味に素振りを行う。10回を数えたところで、芳乃が止める。

 

「じゃあ次は光先輩!」

「頑張るよ」

 

気持ちよくスイングする光先輩。練習で疲れてるだろうに、申し訳ない。こちらも10回で芳乃が止める。

 

「はい、息吹ちゃん。息吹ちゃんのバッティングフォームはどっちに近い?」

「うーん…そうね、光先輩かしら」

「そうだね。レベルスイングで、ボールを真横から捉えるタイプだよね。光先輩みたいにきちんと鍛えられた身体から来るパワーがあるタイプにはピッタリのスイングだよ」

「なるほど、私はパワーがないから長打狙いのレベルスイングはあまり合わないってことね」

「そう!逆に、希ちゃんのスイングはダウンスイングで単打狙いのスイング。でも、このスイングで希ちゃんは二塁打と三塁打を量産してる。その秘訣が、打球の回転にあるんだよ」

「なるほど…芳乃の言わんとしてることが分かった気がするわ。多分だけど、パワー不足を補うために木製バットの芯で捉える技術に走った結果、打球が無回転…または低回転に陥っていて、変化球で言うところのフォークのようになっているのね?」

「そうだね!」

 

昨日の夜に渡された変化球の回転という書籍に書かれていた話によれば、フォークボールが落ちる理由は回転がほぼ無いことによるボール後方にできる空気の渦が理由なのだとか。つまり…

 

「きちんと正常な打球の回転をかけられれば、ホームランバッターになれる素養が息吹ちゃんにはあると思うんだ。練習試合と公式戦合わせて33打席、25打数、17安打。これだけ見れば中田さんにも負けてないんだよ?」

「でも、ホームランが打てなければ意味ない…」

 

ホームランの記録は狭い学校のグラウンドでやった柳大川越戦の2本のみ。それでは中田さんのような得点力のある選手とは言えない。ツーアウトノーランで打席が回ってきて、あの人ならホームランを打つと願われる。でも、私は……

 

「そうだね…だから言いたかったのは、木製バットでそれだけの成績が出せるほどのバットコントロールが出来るなら…そして、コピーができる息吹ちゃんなら……素の打撃フォームも直ぐに直せると私は思うんだよ」

「…言われてみれば……」

 

どうも私は前世の固定観念に囚われていたみたいね。確かに前世ほどのパワーがないから前世と同じ打撃フォームじゃあホームランは打てないし、コピーの能力をコピー以外に使うことなんて思いもしなかった。

 

「光先輩と希のフォームを逆にして…いや、いっそ左打者に転向……こう、ね」

「えーと、息吹ちゃん?」

「ありがとう、3人とも。光明が見えたわ」

 

 

 

私はこの固定観念の破壊によってとうとうコピーという枷から解き放たれたのだった。

 

 

 

 

 






お気に入り登録、評価、感想、ありがとうございます。とても励みになります!
特に10評価が3人も入れていただけたということもあり、お気に入り数もハーメルンで公開中の球詠2次SSの中ではそこそこ多い方になってきておりまして、感謝感激であります。
調子乗って連日投稿、しかも12話と13話は同時投稿とかいう状況です笑
この作品を楽しんでいただけているのなら、とても嬉しい限りです。

まぁ柳大川越戦以降はまだ未定でございます。参考までにアンケに答えていただけると、幸いであります。


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第16話 コピーからフュージョンへ

トスバッティングを庭で夜やるのはさすがに近所迷惑になるので、そうそうに切りあげることとなった。ダウンをして、練習着を脱いで洗濯機に放り込む。

 

「うーん、時間も時間だし…夜ご飯食べる時間も考えたら、2人ずつでお風呂でもいいかな?」

「あ、えっと…組み合わせはどうするん?」

「うーん、お泊まり会の定番くじ引きだよ!」

 

芳乃がドンっ!と箱を置く。あ、これって…

 

「抽選会の箱を真似て作った奴ね。確か中身は番号振ったピンポン玉だったかしら?」

「そうだよ!1~4までのボールを入れてあるから、奇数は先、偶数は後って感じでどうかな?」

「私はそれでいいよ」

「う…私も!」

 

希がソワソワしている…!?

 

「希、トイレならあっちよ」

「わざとかいな!?」

 

まぁ予想はつくけど…やっぱりよしのぞかぁ……目の前で妹の恋路を見るのはなんかなぁ……弄りたくなるわよね?

 

「じゃあ希ちゃんから!お客さんはシードだよ〜」

「シードって…」

 

番号引くだけなのにシードもなにもないだろうに。

 

「私は1番ばい」

「私は4番だね」

 

お客さん2人が上手く分かれた。

 

「じゃあ私先に引くわね……2番よ」

「ってことは、私が3番…希ちゃんと先だね」

 

アワアワしてる希。そっと耳元に囁いてみる。

 

「……裸の付き合い?」

「っ!?」

「大丈夫?希ちゃん」

 

何故か希は咳き込む。芳乃が背中をさする。

 

「だ、大丈夫…」

「じゃあお風呂行こっか」

 

ピシッと固まった希を芳乃が引っ張っていく。

 

「ごゆっくり〜…光先輩、部屋着でも着ます?制服だとゆっくり出来ないですよね」

「ううん、もう少しでお風呂だから…その後着替えた方が洗濯物少なくて済むよ」

 

ちなみにうちはガス乾燥機がある。だからこそ今日洗ったアンダーシャツや練習着を明日には希と光先輩には返せるのだ。だからあまり洗濯物を減らすという考え方を少し忘れていた様だ。

 

「それもそうですね…」

 

私と光先輩の間でなんとも言えない気まずい沈黙が流れる。

私たちは野球でしかお互いを知らなかった。原作でもほとんどのキャラの趣味なんて描写されていなかった……はず。さすがに私も細かくはもう覚えてないけど。せいぜいが朝倉さんの釣りとか、菫の甘味好きとか…それくらいだったはず。

 

「光先輩って普段何してるんですか?」

「えっと……バイトかな」

「そういえばバイト先で軟式チームに入ってたとか」

「うん。でもやっぱり野球は硬球の方が楽しいかな…」

「何が違うんです?」

「硬球の方が遠くまで飛ぶんだよ。逆に軟式はゴロ打って当たり前ってところがあったから…」

「へぇ…」

 

硬式しか知らなかった。軟式はほとんど触ったことなかったし…

また沈黙が流れはじめる。

 

「……あのね、息吹ちゃん」

「はい?」

「その…敬語やめない?」

「え?」

「息吹ちゃんいつもの話し方でいいんだよ?私、息吹ちゃんに敬語使われてると距離感が遠い気がして…」

「でも、先輩ですし…」

「それはそうだけど…息吹ちゃんともっと仲良くしたいなって…」

 

何この生き物かわいすぎでは?顔を赤くしてモジモジしながらこんないじらしいこと言ってくるなんて…反則よね。これでムキムキマッチョじゃなければ…いや、だとしてもこの表情は私の性癖を超えて天秤を揺らしてくる…!

 

「し、仕方ないわね…」

「うんうん、そっちの方が息吹ちゃんらしいかな」

「そう?お気に召したようでなによりよ」

 

なんでこんな急に距離感近づいてきてるのかしら?……もしかして最初から?性格的に言い出せなかっただけ?もしかして。

 

さっきよりも増して気まずい…いや、なんとも言えない雰囲気の沈黙が、芳乃と希がお風呂からあがってくるまで続いたのだった。

 

 

なお、何故か希が鼻血を出していたが、逆上せたのだろうか?(確信犯)

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

結局お風呂の組み合わせで布団に入った私たち4人は、それぞれ眠れない夜を過ごした翌日。私は監督と主将に打撃フォーム改造のためのシートバッティングをお願いしていた。言わば実戦形式の打撃練習だ。

 

「確かに、うちの守備力は少し改善の余地があるからな…主将としてはその案を受け入れる価値があると思う」

「私も同感ですね。ですが…いえ、芳乃さんが監督してやっているなら大丈夫ですね」

 

恐らく監督は大会期間中にフォーム改造をすることの危険性を解こうとしたのだろうが、芳乃への信頼でそれを止めた。

 

 

 

「では、ワンアウト一三塁!」

 

その日のシートノックをシートバッティングに替えた。

芳乃と監督がランナーを再現する。状況を監督が声を張って周知する。

 

右打席に立った私はスクエアスタンスに構える。バットは金属バット。

 

初球、アウトローに入ってきたツーシームを引っ掛けてサードへ。

私は走らないが、監督は走り出す。三塁の芳乃も走らない。打者は走らないことにしているのだ。

 

セカンドセーフ。満塁だ。

 

「ワンアウト満塁!」

「息吹が内野安打って珍しいな」

「アンタと違ってね」

「うっせー」

 

二遊間が気の抜けたコントをしている。

次の打席、私はオープンスタンスに切り替える。

スイングはダウンスイングをイメージ…ダウンスイングでボールを上に飛ばすのは難しい…が、それを出来てこそ頼れる打者となりうるのだ。

 

2球見送って3球目のあの球をレフト線へ。レフトに入っていた光先輩は間に合わず。三塁芳乃はホームイン。一塁に戻っていた監督は三塁へ。ツーベースヒット。

 

引っ張り方向でも流し方向でもいいけど、とりあえずセンター方向より左右の方がフェンスまでの距離が短い。

 

「ワンアウト一三塁!2失点ですよ!気合い入れてください!」

 

3打席目。ライトへ飛ばしたフライは白菊が抑える…と同時に監督スタート。三塁ランナーホームイン。犠牲フライで3失点。

 

「ツーアウト一塁!」

 

4打席目。遅いストレートが低めに入ってきたが、これを完璧なスイングでレフト線に打ち返す。フェンスの中ほどに当たりホームランが記録されるけど、本来ならフェンス直撃のスリーベースと言った具合か。

 

 

この日、フェンスの中ほどより上に当たる当たりは出なかった。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

真似(コピー)とは違って、創造(オリジナル)というのは難しいものだ。なんでみんなは出来るんだろうね。これが才能の差と言うやつかしら?

 

「お疲れ様、息吹ちゃん」

「光先輩、お疲れ様」

「息吹ちゃん、先輩禁止」

「そ、そこも?」

「うん、もちろんだよ」

「ええっと…光…さん?」

 

光先輩はぷいっと顔を背ける。かわいい。こんなキャラじゃなかったよね?どうしたんだろう?

なんにせよさんはダメらしい。

 

「ええっと…光ちゃん?」

「はいっ」

 

満面の笑みになる光先輩…いや、光ちゃん?なんか違和感ありまくりだけど…

 

「お、お熱いねぇ!」

「アンタは黙ってなさい」

 

部室に入ってきた稜が私と光ちゃんを茶化してくるが、続けてきた菫が首根っこ掴んで黙らせる。でも、菫ちゃんこっちを見てニヤニヤしてる時点で同類なんだよねぇ。あの2人もなんだかんだで仲良いよね。

 

「あの、この後ちょっと寄り道していかない?」

「でも光せん…ちゃんの最寄り駅ちょっと遠いんじゃない?」

「んー、明日はまだ試合じゃないし大丈夫だよ。その代わり明日もう一回お泊まりしてもいい?」

「え…わ、分かったわ、布団は用意しておくわよ」

「一緒でいいのに…」

「何か言ったかしら?」

「なんでもないよ!」

 

まぁとりあえず、どこか寄り道というのは妥当な気分転換ではある。

 

「どこに行きますか?」

「レイクタウンでどうかな?」

「じゃああのチョコのお店はどう?美味しいらしいけど、行ったことなくて…まぁ近すぎて行かなかったというのもあるけど」

「あそこね、そこそこ美味しかったわよ。安定のブランド力ね」

「菫も邪魔してるじゃん」

「う、うっさいわね」

 

やっぱり二遊間コンビは面白いなぁ…

 

「良かったら菫ちゃんと稜ちゃんもどう?」

「えー、私はパスー。甘いもの別に今は要らないかなー」

「私もパスね。短期間で2回目行くほどのお店ではないわ。今日は家でプリン作ってあるからそれも待ってるし…」

「菫のプリンなら食べたいなー」

 

菫…その言い方はこれから行こうとしてる人に対してどうなのよ。稜の方は意味深ではないよね?ね?

 

うーむ、CPは今どうなってるの?

とりあえず王道の詠深×珠姫でしょ?

次に王道の希×芳乃。

二遊間コンビの菫×稜もかな…?

主将と理沙先輩ってどうなんだろ…

 

それくらい?まぁ順不同で、どっちがネコでどっちがタチとかは知らないけど。そもそも後者2組はどんな関係か知らないし…

 

着替え終わった私と光ちゃんは、おつかれ、お先に失礼と声をかけてからレイクタウンへつま先を向けて歩き出した。

 

「光ちゃんはいつも甘いもの食べるの?」

「ううん、ほとんど食べないかな。プロテインくらいじゃないかな」

「プロテインは甘味に含まれるのか…究極の至上命題?」

 

いわゆる「バナナはおやつに含まれますか?」というのと同じ分類だ。

 

イメージの問題だけど、バナナはそもそも木になっているから果実だ。果実はおやつではなくデザート…つまり食事の一部という扱いだと思うのだ。つまりおやつではない。

さて、プロテインはどうか。プロテインは現在ジュースのように飲めるように改良されているらしい。ということは、プロテインはジュースの括りだ。ジュースとは甘いもの。だが、ジュースは甘いが飲み物というグループ。食べる物である括りのスイーツではない。よって私はプロテインは甘味には含まないと結論づけよう。

 

「あ、ここ…」

「結構混んでるね…」

「仕方ないわね、テイクアウトして外で食べる方が良さそうね」

「うん」

 

レイクタウンから出た私たちは詠深と珠姫の話してた池のほとりで食べることにした。

 

レイクタウンって名前だけど、実際には(lake)じゃなくて(pond)なのだが。調整池と言うやつだ。正式名称は大相模調整池。2015年の台風で越谷市各地が冠水した中、120万立方メートル(東京ドームの容積1個分)もの大容量をもって周辺地域及び下流地域の冠水被害を軽減させた。

 

芝生の上に座って、チョコスイーツをつつく。

 

347億円の事業費のかかった調整池を見ながら無心にスイーツをぱくつく。

 

なんか考えてることが…風情ないよねぇ…

 

「美味しい…けど、これにこの値段?」

「甘いものって高いわよね…」

 

なお、光ちゃんはやっぱりプロテインの方が良いらしかった。それがその身体の秘密なんだね。

 

 

 

 

 




連日投稿!

お気に入り、評価、ありがとうございます!感想もください!(欲しがり)
しかも、球詠原作のSS、15件中お気に入り数最多(2020/11/20、17:00現在)を記録しました!嬉しい限りですね!(井の中の蛙ですが…)今後もよろしくお願いします。


週末は投稿できるか分かりませんが、ご了承ください

アンケについて、作り直しました!今まで投票してくださった方ごめんなさい!


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第17話 馬宮戦

打撃フォーム改造を開始してから数日。その成果を試す…と言ったらあれだけど、4回戦が始まろうとしていた。相手は馬宮高校。取り立てて強いチームではないけど、ノリと勢いはそこそこ。

球場は梁幽館戦が行われた埼玉県営大宮公園野球場と徒歩で移動出来る距離感であるさいたま市営大宮球場。

 

本日のラインナップ。

1 希(一)

2 菫(二)

3 私(左)

4 主将(中)

5 光ちゃん(投)

6 理沙先輩(三)

7 白菊(右)

8 珠姫(捕)

9 稜(遊)

 

久しぶりに私はレフトに。背番号7のはずなのに大会ではこれが初レフトなのよね…

 

久々の外野に守備に入ってプレイが始まる。

 

1回の表、馬宮の攻撃は1番山崎さん。珠姫じゃないよ?

 

光ちゃんの投球はコントロールがあまり良くない。コースを狙う球はボールが比較的よく出るため、光ちゃんは球数が増え気味。詠深の球数制限の件で話したけど、100球の制限は他の投手陣にも適用することになっている。

だけど、光ちゃんの良さは配球による駆け引きが比較的やりやすいことだと思う。ただでさえ変化球が多いから、絶対の決め球に頼る投手なら目がなれる2巡目以降は当たりやすいけど、変化球の数で圧倒するタイプはアベレージに駆け引きでうちとる。巡目はあまり関係ない。

 

見逃し、空振り、ボール、ボール、空振りで三振、ワンアウト。

 

実戦レベルにある変化球は5つ。チェンジアップ、スライダー、シュート、スプリット、シンカー。さらにストレートは回転が良くポップアップする上方向への変化球ともいえるもの。これはそうそう打たれない。

 

 

2番は正田さん。

見逃してからライト前ヒット。これは単純に駆け引きに負けたパターンね。2番の上位打線だけど、大した打力はなさそう。

 

 

3番の西田さん…馬宮の主将。

シュートで詰まってピッチャーゴロに。1-4-3のダブルプレー。

スリーアウト。

 

 

1回の裏。

1番は希。

 

「打て中村!」

「梁幽館から奪ったスリーベース期待してるぞ!」

 

梁幽館戦ほどではないけど、観客がそこそこ入っている。そして、野次が飛ぶ。

希は初球レフト線に捉えて一塁へ。ノーアウト一塁。

 

 

2番の菫は送りバント成功でワンアウト二塁。

 

 

3番の私。打撃フォーム改造の成果を見せよう!

 

初球見逃してストライク。

次も見逃してストライク。ストライクツー。

3球目は打つ気で振ったけど、少しズレたみたいね。キャッチャーと球審の頭を超えてネットにあたる。ファール。カウント0-2。

 

「いぶきー!ホームラン!」

「うてー!」

 

クラスメイトが応援席に来ていた。これは希望に応えないとね。

4球目、レフトを抜きかけた打球となったが、レフトの横っ飛びファインプレーで二塁走塁は断念。ワンアウト一・二塁。

さすがに初っ端ホームランはいかなかったみたいね。まだ少し不安定な新しいフォーム。ボールのど真ん中を叩いちゃったみたい。

 

 

続く4番の主将もライトヒット。若干詰まったけど、セカンドが梁幽館ほどの守備力はなかったのが幸いだった。これでワンアウト満塁。

 

 

さらに5番光ちゃんがレフトへ大きなフライを犠牲フライとして、希が生還する。私も三塁へ進出する。ツーアウト一・三塁。

 

 

6番の理沙先輩はよくボールを見極めてレフトへの単打。私が生還してツーアウト一・三塁。主将の瞬足のおかげで三塁に進めて、得点チャンスが維持される。

 

だが、7番の白菊はライトに深いフライが出てスリーアウトとなり、2者残塁となった。

 

単打と犠牲プレーでの得点となり、チームの基礎力の確認が出来た。

 

「ないばっち」

「光ちゃんもナイス犠飛よ」

 

光ちゃんと理沙先輩が声を掛け合いながら守備に入っていく。

 

「先輩方調子いいっすね!」

「後輩に負けてられないからな」

「希と息吹はめちゃ打ちますもんね〜」

 

稜と主将も珍しい組み合わせで話しながら守備に向かう。

 

私はチラリと珠姫に視線を向けてからレフトの守備位置へ走り出した。

 

 

 

2回表、馬宮の攻撃は、三振、左飛、二ゴロでまたも凡退。光ちゃんの変化球の多さと珠姫の強気なリードは相性が良い。……いや、珠姫が万能過ぎるだけかな。

 

 

 

2回裏、新越谷の攻撃は8番珠姫から。

珠姫は下位打線でプレッシャーが減ったのか、逆に活き活きして安打を放つ。ノーアウト一塁。

 

 

続く9番稜はライト前にヒット性の当たりを出したが、打球が早すぎてライトのグラブに収まるのが早く稜の快速をもってしてもアウトとなった。珠姫は何とか二塁へ進塁し、進塁打となる。

 

 

ワンアウト二塁で回ってきた希。

初球を綺麗に当てたがサードの好守備でレフトヒットのはずがサードライナーとなってしまった。たたらを踏んで珠姫は二塁へ帰塁する。セーフ。ツーアウト二塁。

 

 

菫はレフト前に上手く落として一・三塁。

 

 

そして回ってくる私の打席。

ベンチでヘルメットを手に私を見つめる瞳。ここで打てれば試合を決定する一撃となる……

私は金属バットをひとなでしてから打席に入る。

 

「お願いします」

 

スクエアスタンスに構えて、初球は球筋を見る。

ピクリとも動かない私を見てか、馬宮バッテリーは1球仰け反らせるようにボール球を投げる。それを避けてから3球目、落ちていくボールを見送ってボール。カウント2-1。

4球目…すっぽ抜けた球が私の顔目掛けて飛んできた。

 

「息吹ちゃん!」

 

が、咄嗟に振ったバットに当ててレフト線ギリギリにかっ飛ばした。自己防衛反応による馬鹿力と野球の経験と川口息吹という存在のセンスが合わさって出来た奇跡のようなプレーだ。普通なら避けてボールとなる球だ。

 

「行けー!」

「回れー!!!」

 

フェンスとレフト線が交わるさらに外側にこぼれていった打球。一塁を踏みつつ打球とレフトを確認。レフトは少し前めに守備位置を取っていたので、まだまだ走れる!

二塁、三塁と回る。希が三塁コーチャーにいた。

 

「息吹ちゃん、ゴー!!!」

「おっけー!」

 

私は全力で走った。部内4位の快足で走り抜ける。

バックホーム球は中継せずライトが端から遠投したようだけど……精度はお察しだよね。

 

「ノースライ!」

 

先にホームインしていた菫がだいぶ逸れたレーザービームとは言い難い遠投に、スライディングの必要が無いことを指示する。私はその指示通りにホームイン。失策や野手選択は記録されず、本塁打(ホームラン)が記録された。

試合が途切れて、投手の村井さんと、遠くて見えづらいが主将の西田さんが帽子をとって謝罪していた。私は軽く気にしないようにとジェスチャーで返す。

 

「ナイバッチ!」

「凄い走塁だったぞ!」

「息吹ちゃん、ナイスだよ!」

 

私はベンチに戻ると手荒い祝福を受けつつ、芳乃の前に出る。

 

「打撃改造手伝ってもらって、公式戦初本塁打打つぞって思ってたのにあんなフォームも何も無い反射でランニングホームラン記録しちゃった…本当は文句無しのホームランを芳乃たちにプレゼントしたかったんだけど…でも、これも私らしい初本塁打ね」

 

私が頭を掻きながらそういうと、芳乃は私に抱きついてきた。

 

「そんなことないよ!公式戦初本塁打、おめでとう!慌てなくても打撃改造の成果を今後は出てくるだろうし、高校通算100本塁打も夢じゃないよ!中田さんなんて目じゃない打者になれるよ!」

「…ありがとう、芳乃」

 

2回裏、ツーアウトノーラン。スコアは0-5で5点のリード。試合の流れは完全にこちらに引き込んだ。

 

私は光先輩に握りこぶしを向けた。私が頑張る理由の一つに光先輩に公式戦初勝利を捧げることがある。

前世の男子野球と違って、勝ち投手の権利は4投球回を投げることとなっているため、5回以降は私か詠深か理沙先輩が投げられる。今のところ全然抑えられているので完投でももちろん良い。

 

 

4番、主将はセカンドゴロでスリーアウト。

 

流れ来たと思ったんだけどね……

 

 

 

3回の表。馬宮の攻撃。

 

7番田町が凡退。

8番村野は配球を読まれたかレフト…つまり私の頭を超えていく大きな当たりで、ツーベース。ワンアウト二塁。

9番西山もライトに単打を打ち、一・三塁。

1番山崎さんはスプリットを待っていたようにセンターへ大きな当たりを放ち、センターフライ。主将が危うげなくキャッチした瞬間に三塁ランナー村野さんがスタート。主将のレーザービームは珠姫のミットに収まる時には既にホームイン。セーフ。珠姫は直ぐに二塁送球。一塁ランナーがそっとスタートしていたのだ。稜がキャッチしてタッチアウト、スリーアウト。

記録は犠飛とダブルプレー。

 

 

3回の裏、新越谷の攻撃。

 

5番光先輩から。粘ってよく見ていたものの、変化球に手を出してしまってレフトフライに倒れる。

6番理沙先輩。レフトにライナー性の当たりを出した。レフト真正面。捕球エラーで後ろに逸らし、二塁へ。

7番白菊も後に続き、セカンド強襲の強打球で一・三塁。

8番珠姫にはエンドランの指示。珠姫は下位打線に回されてはいるものの、それは捕手との兼ね合いのため。打撃成績は悪くない。確実にミートしたライト前ヒットで三塁ランナー理沙先輩を生還させる。ワンアウト一・三塁。

9番の稜はバントの期待値が良くないため強攻の指示。が、ショートゴロで6-4-3の併殺。スリーアウト。

 

 

4回の表、馬宮の攻撃。

 

稜の併殺でリズムが出てきたのか、打線が伸び始める。しかも上位打線だ。

2番正田さんはセンターヒット。

3番西田さんはセカンドゴロだけど、菫が捕球エラー…いや、強襲ヒットの記録。ノーアウト一・二塁。

 

お願い…光ちゃん……ここは堪えていこう!

 

4番村井さんはリードがハマったのか三振に抑えてワンアウト。

5番広沢さん。初球を振って5-6-4のダブルプレーとなってスリーアウト。

 

 

 

 

4回の裏、新越谷の攻撃。

 

 

「みんなお疲れ様!この回は希ちゃんからだし、点差コールドサヨナラのつもりで思いっきりいこう!」

 

1番希。

初球空振り。2球目ボールを見極めて見送る。

 

「見えてるよー!」

「スイングいいよ!」

 

3球目、右中間を抜ける当たりに、希が走る。ツーベース。

 

「ナイバッチー!」

「先頭出たよー!」

 

 

2番菫。

 

「菫ちゃん!落ち着いて打っていこう!」

 

芳乃は強攻指示。

菫はバントの構え。投球動作に入った瞬間にバットを引く。バスターだが、スルー。ボールフォア。

 

「ナイス見極め!」

 

 

3番の私。

芳乃からダブルスチールの指示が出る…が、バッテリーは今日ランニングホームランを打った私を敬遠する。捕手が立ったままだ。だが…私は知っている。前世で敬遠球をサヨナラ弾に変えたプロ野球選手がいることを。アラフィフでブランク10年以上でプロ野球選手復帰を目指すあの選手だ。

 

ボール3から4球目、油断したのか、飛び出せば打てる!

 

バッターボックスの白線を踏みしめてスイング!

カン!という音と共に打球が内野を超えて右中間に落ちた。

 

馬宮の守備陣はもちろん走者でさえ呆気に取られ、動きが止まる。

 

「走れー!」

「回れー!!!」

 

芳乃がベンチから大声で希と菫に叫ぶ。私は三塁を踏んだ。

スリーベースが記録され、希と菫は生還した。ノーアウト三塁。

 

スコアは1-9であと2点でコールドゲームだ。馬宮も絶対に守ると声を張る。

 

 

4番の主将。

2球見逃してから、外角低めの球を捉えてレフトヒットでツーベース。私は生還。

 

 

5番光ちゃんは送りバントを自分で選択して、ワンアウト三塁。

 

 

6番理沙先輩。

 

「かっ飛ばせー!」

 

理沙先輩の期待値ならホームランも視野に入る。

初球、低めに抑えるはずの直球が少し高まって、ど真ん中に入ってきた。

 

快音が鳴り響いた。理沙先輩は一塁までの半分で走る速度が軽くに変わっていた。

柵を超えて、ホームラン。私のランニングホームランとは違って文句無しのホームランだった。サヨナラツーランホームランだった。

 

悠々と本塁を踏んだ理沙先輩。1-11で4回コールド。

 

 

「ありがとうございました!」

 

 

 

新越谷高校、4回戦突破…

 

 

 

 

 

 

 




日本シリーズ2戦が終わりましたね。皆さんはどちらが勝つと思いますか?

私は個人的にはソフバンですかね〜
光先輩のバッティングの元になってるギータがいますからね!

ちなみに家族は巨人ファンで、ソフバンが打った時に喜ぶどギロっと見られます……悲しい


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第18話 過去の足音と芳乃

埼玉県の高校野球のチーム数はおよそ160前後。私たちは今大会でベスト16の位置にいる。だいぶ勝ち上がってきているのだ。つまり、強豪校とのぶつかり合いも増えてきている。

 

次の5回戦は熊谷実業高校と上尾市民球場で対戦する。熊実の野球はとにかく強力打線。そして、投手は県内最速の久保田さん。下位打線にも理沙先輩クラスの打力がいると言えばその打撃力の強さが分かるかも。その代わり守備は投手の久保田さんの速度頼りで、それすらも安定しない投球となっている。お得意の乱打戦となることが予想される。

 

「うーん…」

「どうしたのよ」

「次の試合のスタメン…どうしようかなって」

 

家で芳乃の部屋を覗くと唸っていた。

 

「それなら理沙先輩がいいと思うわ。適度にあっちも打たせないと…変に投手戦になったら良くないもの」

「それって…」

「いいじゃない、代わりに理沙先輩には勝ち投手の権利をあげられるし」

「そうだね…そうしたら…」

「セカンドには芳乃かしら」

「あはは」

「冗談じゃないわよ?」

「え?」

 

芳乃はキョトンとした顔をする。

 

「3~4回くらいならある程度動けなくても、新越谷の初心者の私と白菊が異様な活躍をしているせいで警戒されるし、そもそも梁幽館戦前に芳乃が言ってた通り、1戦で起こりうる守備機会はそう多くないわよ」

「それはそうだけど…私は練習してないし…」

「守備はそれなりにだけど、私の相手を出来るだけの技量はある。打撃だってノックやってるだけあって詠深よりは期待値高いでしょ」

 

公式戦打率ゼロの詠深よりは。練習試合含めても打率が4分2厘となっている詠深よりは。24打数1安打の詠深よりは。

 

「馬宮高校の主将さんの言葉を借りるなら前に転がせば何かが起こるって言うしね」

「う…」

「それに、私たちは観察眼()がいいでしょ?私はコピーに、芳乃は分析に、それぞれ特化しているように見えるけど、多分本質は同じもの。芳乃だって…」

「違うよ!」

 

芳乃は手元にあったコップの水を一気に飲み干してから続ける。

 

「私は…そんなんじゃないんだよ……」

「いつでも一緒にいたから分かるわよ…昔のことよ、あれは。今なら…」

「でも……」

 

かつての新越谷野球部の人に幼稚園から小学生低学年の頃に野球で遊んでもらったことが多々ある。

その頃はまだ私たちも身体も神経系も発達途中であった。私は経験的に比較的良く動けていたけど、芳乃はもちろんそんなことはなく、全然運動がダメだった。それを根に持って小中では野球はおろか運動はほとんどしていなかった。もっぱら見るだけ。だからこそ、その観察眼は磨かれた。

 

だが、私たち姉妹の持つ才能()は基本的に同じもの。そして、経験という糧があるかないかの差だけだ。……小さい頃から真似してたのは私だけだったし、性格の差もあるかもしれないが。

 

私はしたためていたメンバー表を見せる。

 

1 主将(中)

2 芳乃(二)

3 光ちゃん(左)

4 理沙先輩(投)

5 私(捕)

6 白菊(右)

7 稜(遊)

8 菫(三)

9 詠深(一)

 

「もしくは稜は捕手で、私がサード、菫がショートっていう配置もありね。希と珠姫は現状疲労が最も溜まっている選手だから温存ね。こういう時は光ちゃんと理沙先輩が体力多い方で助かるわね」

「疲労……」

「やっぱり気づいてなかったか…熊谷実業には生半可な守備は通じないわ。なら、逆に手を抜くのもありよ。できる限り勝ち抜くつもりなら、手を抜いていいところと、抜いてはいけないところを把握しないと、選手をイタズラに消耗するわ」

 

芳乃だって天才的な指揮官ではあるが、それでも本当に指揮を執るのは初めて。対して私は、多いとは言えないものの前世の経験もある。ベンチウォーマーだからこそ分かる選手の状態。それについてはかなり詳しいと思う。

ちなみに、稜が捕手に入ってもなかなか面白いゲームになると思う。稜は感覚派なので、打者にとって地味にめんどくさいリードをしてくれると思う。

 

「私はできること全てやって勝ち抜くつもりよ。芳乃はどうなの?」

「わ、私は……」

 

おろおろと目を左右に振るものの、あいにく家には2人だけ。芳乃を助けてくれる存在はいない…というかそういう環境の時にこの話を持ち込もうと思っていたのだから当然だよね。

戦いは準備8割運2割。勝てる環境を整えてこその準備だ。……なんか上手いこと言った気がする。

なお、私は芳乃が答えを出すまでここで粘るつもりだけど、もしやらないとキッパリ答えを出すならそれはそれで芳乃の選択だから受け入れるつもり。こっちからは言わないけど。

 

「私は……」

「芳乃、あなた私と珠姫があの時話してて聞いてないと思ったら大間違いよ?」

「え?」

「公式戦ユニフォームを受け取った日の練習終わり。私と芳乃と珠姫と詠深でキャッチボールした時のこと」

「…?」

「あの時あなた言ってたわ。「好きなチームには勝って欲しいし、好きな選手には最高の結果を出して欲しい。そのために私は貢献したいんだ。だから、最後の夏までサポートさせてね」って」

「…!」

 

悪いけど、私はそこそこ記憶力はある。未だに前世のことを覚えているくらいには。

 

「芳乃が出ることで、希も珠姫も休める。次の試合で最高の能力を発揮するために、休むことも大事なこと。芳乃も分かってるわよね?」

「うん…そうだね……今の目の前のことにとらわれてて、私自身の望みを忘れてたみたい。分かった、私出るよ。最低限はこなしてみせる!」

「ええ…それでこそ私の妹よ」

 

私は覚悟を決めた芳乃をみて、無意識に笑みをこぼしていた。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

翌日、監督と主将と芳乃と私でミーティングを行った。

 

「次の試合のラインナップの件ですが、原案としてこちらをご覧ください」

 

1 主将(中)

2 芳乃(一)

3 光ちゃん(左)

4 理沙先輩(投)

5 私(捕)

6 白菊(右)

7 稜(遊)

8 菫(二)

9 詠深(三)

 

あの日、私の案を元に芳乃が作ったラインナップだ。

 

「これはどういうことですか?芳乃さんは試合に出すつもりはありませんが…」

「希と珠姫を下げる理由はなんだ?」

 

監督と主将から猜疑の視線を受ける芳乃に、私が立ち上がる。

 

「そこは私から回答させていただきます。まず、現行で1年生を中心に公式戦の連続による肉体的・精神的疲労が蓄積しています。特に酷いのが希と珠姫です。この点を認識した上で、2点目―――」

 

私は芳乃を説得した時とほぼ同じ説明を2人に向けて行う。

 

「最後に、熊谷実業は盗塁をほぼしませんし、エンドランやバントなども行わない強打のチームです。そのため、捕手や内野手が不慣れであってもある程度対応することが可能です」

「分かりました。ですが、芳乃さんは練習に多くを参加していません。この点はどうするつもりですか?」

「それは―――」

 

 

 

私は間を置く。

そして、ニヤリと笑う。

 

 

コピー(真似)ですよ」

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

その日、練習前に行う部室での全体ミーティング。

監督と主将が前に立っている。芳乃が発表に合わせてホワイトボードに打順と守備位置を記す。

 

「これより5回戦の熊谷実業戦のラインナップを発表するぞ」

「それでは…1番、ショート川﨑さん」

「え!?」

「返事ははいですよ」

「は、はい!」

 

稜だけではなく、みんなが困惑していた。

 

「稜ちゃんは()()()()解禁ね」

「ここでか!任せろ!」

 

私が稜にそう告げると、稜は腕が鳴るぜって興奮していた。

 

「2番、セカンド藤田さん」

「はい」

「3番、レフト川原さん」

「はいっ」

 

ここは妥当なチョイスなので、みんな一旦落ち着く。

 

「4番、ピッチャー藤原さん」

「え、あっはいっ!」

 

4番でピッチャーがやりたいと言っていたのを詠深たちが聞いて、それを世間話で私と芳乃が知った。それが今回の起用の最大の理由であるが、ちゃんとした理由もある。

 

「ある程度コンスタンスに打ててかつ本塁打(ホームラン)が狙える人選だ。私ではホームランは打てないからな。頼んだぞ」

「嬉しいわ」

 

ちなみに理沙先輩の打点は主将に次いで2位だ。

 

「5番、センター岡田さん」

「はい」

 

理沙先輩が打てなかった時や勝負を避けられない様にする役割を担う。言わば影の4番。

 

「6番、キャッチャー…」

「は―――」

「息吹さん」

「い?」

「はい」

 

珠姫がキャッチャーと呼ばれた時点で返事をしかけていたが、呼ばれた名前は違かった。

 

「理由は後で話します。続けますよ」

「あ、はい」

「7番、ライト大村さん」

「はいっ」

 

白菊はそのパワーで走者が残っていた場合に一掃する打力を求めた。なぜならその後は打撃に不安がある下位だからだ。

 

「8番、ファースト……芳乃さん」

「ええ!?」

 

みんなに同音に驚かれる。

 

「理由は後で話します。最後、9番、サード武田さん」

「は、はい」

 

 

これが最終的なラインナップとなった。以下にまとめておこう。

 

1 稜(遊)

2 菫(二)

3 光ちゃん(左)

4 理沙先輩(投)

5 主将(中)

6 私(捕)

7 白菊(右)

8 芳乃(一)

9 詠深(三)

 

主将と藤井先生が訳を話した。

 

「―――という訳で、今日は動きの確認だけして解散、休息を取ってくださいね」

 

 

 

 

こうして、私たちは熊谷実業戦へと動き出すのだった。

 

 

 

 




今回は内容薄くなっちゃいました…すみません。明日から頑張る

実は原作で芳乃がプレイヤー登録されていたことを見て、これ絶対試合出ないと行けなくなるパターンだ!って思ったのになかったんですよね…

次回から熊谷実業戦です!


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第19話 トリックプレー

 

 

私たちが相手にしてきた速球派で特に良いピッチャーと呼ばれていたピッチャーと言えば、梁幽館の中田さん、柳大川越の朝倉さんくらい。そこに今日は県内最速投手の久保田さんが加わろうとしていた。

 

 

 

 

 

先発投手は理沙先輩。理沙先輩のストレートはサードからファーストへいち早く届けるための直線的なレーザービームを元にしているため、真っ直ぐ、曲線が小さい重そうな球に見えるのだ。

言わば対空砲と対戦車砲という一見使い方の違う砲でも、軌道が似てるため転用できるのと同じだ。ナチス・ドイツの使っていたアハトアハトも対戦車砲として有名だが、元々は対空砲だ…ったはず。

 

1番打者の平下さんがレフトツーベース。

2番、3番とフライに倒れるも、平下さんはタッチアップで3塁。

ここで迎える4番久保田さん。初球見逃し、2球目を捉えてバックスクリーン直撃のツーランホームランとなる。

 

「うわ…知ってはいてもこれは……」

 

私は球審から受け取った新しい球を持って理沙先輩に近づく。

 

「ドンマイです。序盤は1イニング1~2点ならOKですよ。緩急つけてアウト取っていきましょう」

「ええ、ありがとう」

 

久々に…いや、この世界に来て初かな。配球を考えている気がする。本当に野球は頭脳戦だよね。芳乃キャッチャーでもいいかな。………いや、肩はそんなに強くないからやめておいた方がいいかな。

 

私は指を折って声を張る。

 

「ツーアウト!」

 

 

 

5番の豊村さん。

内角外角、ストレートカーブ、とにかく厳しい。

 

(ど真ん中以外にカーブを)

(ええ)

 

外角低めに入ったカーブでショートフライにうちとってスリーアウト。

 

「いい感じですよ、理沙先輩。ストレートもカーブもちゃんとゾーンに来てます」

「そうね。調子悪くなさそうで良かったわ」

「夢だった4番で先発という舞台です、楽しんでくださいね」

「ええ!」

 

 

 

私はベンチに戻ると、珠姫が手伝って防具を外す。

 

「ナイスリード。捕手経験なしとは思えなかったよ」

「ただの珠姫の真似よ」

「あはは…ランダム投法を前に言われるね」

 

間接的に自分を褒めているのと変わらない。

 

「芳乃、2回以降は()()で行くよ」

「うん、大丈夫だよ。うちのメンバーなら…多分」

 

 

 

1回の裏、新越谷の攻撃は1番稜から。

稜はバットを持って()()()に入る。

 

「お願いします!」

 

稜は右打席とはうって変わった選球眼を見せて四球。

 

 

2番菫も下手に手を出さずに四球。

 

 

3番光ちゃん。

速い球を完璧に捉えてライト前へ。稜は部内2位の快足で三塁を蹴り、ホームへ。ライトもバックホームするが、全然精度が悪くて悪送球となる。

記録はツーベースとエラー。ノーアウト三塁。

 

 

4番理沙先輩。

4番だからか、三塁にランナーがいるのに後退守備を敷く熊谷実業。なんでこのチーム勝ち残ってたんだろ……

三塁方向にバントで転がして、サードのエラーも相まってスクイズが一塁もセーフに。

 

 

5番主将。セカンドゴロで、流石に今度はエラーせずワンアウトランナー二塁。

 

 

6番は私。

左打席に入った私。今回は走塁をメイン。エラー確率高いからね。

きっちりレフトへ飛ばしてツーベース。エラーは無し。これで打点1。

 

 

7番白菊。

ライトへ大きな当たりはキャッチアウト。だけど…犠牲フライには十分。

私は捕球と同時に走り出す。三塁を蹴ってホームへ。正直この後の芳乃と詠深では帰れるか分からない。芳乃の打力は未知数だし…

 

今度はライトのバックホームもちょうど良いワンバン球。クロスプレー…!

 

「…アウト!」

 

審判は右手でアウトを示す。スリーアウトだ。

 

 

 

私は急いでベンチ前に戻る。

 

「ドンマイ、判断は悪くなかったよ。期待値的には熊谷実業のエラー率も含めて走った方が正解だよ」

「ありがとう、芳乃。でも守備ついてね?忘れてない?」

「あ…」

 

芳乃は慌ててヘルメットを外して帽子をかぶり、ファーストミットをつけて一塁へ向かっていった。

 

 

「珠姫、やっぱり大変ね…戻ってきてすぐに防具つけて…」

「まぁね。もう慣れたもんだけど」

 

珠姫はテキパキと防具を私に付けていく。

 

「はい、出来たよ」

「ありがとう、行ってくるよ」

 

私は本塁前に行く。

 

「遅くなりすみません」

 

 

 

2回の表、熊谷実業の攻撃は6番の今関さんから。

私は長打警戒シフトの指示を出す。…というか熊谷実業戦では滅多なことがなければほぼ常に長打警戒シフトだ。

 

「長打警戒よ!」

(芳乃に送球が少ないように、できるだけフライにうちとりましょう)

(インハイにストレートね)

 

光ちゃんが投手だったら、私こんがらがって変なリードしそう…とか思いながら1人目。レフトフライかと思いきや、光ちゃんは追いつかず。ツーベースヒット。長打警戒シフトが仇となったパターンだ。

 

 

次の7番早川さんもライトにシングルヒット。無死でランナー一・三塁でピンチに。

 

 

8番、9番はそれぞれ内野フライにうちとる。これでツーアウト。ランナーは変わらず。

 

 

そして、2巡目の1番平下さん。彼女は1打席目でライトツーベースを放っている。

私はボールを手渡しにいく。

 

「理沙先輩、アレやります」

「わ、わかったわ。全力投球ね?」

「はい」

 

私はキャッチャーボックスに戻り、座る。

理沙先輩が投球動作に入って、投げられた白球は私のミットに………は収まらなかった。

 

 

 

前世で見た、2012年9月1日のプロ野球の試合…そういうだけで反応できた人はなかなか訓練されているわね…そう、若鷹と公の試合で起こった。5回表、点差は無く同点。ワンアウト満塁で公の攻撃。

若鷹の投手陽がワイルドピッチをしたのだ。

だが、その投球はキャッチャーと球審を超えて後ろの壁に当たり、キャッチャーがすぐに抑えてピッチャーに送球。本塁タッチアウトとなったのだ。

 

 

 

それを私は人為的に再現した。

 

 

マスクを外して走る。ボールを確保して、本塁カバーに入った理沙先輩に送球。そして、飛び込んできた三塁ランナーとクロスプレー…

 

 

「アウト!」

「ほ…」

 

スリーアウト。点は渡さなかった。

 

ちょっと壁が柔らかったのかバウンドが弱くてゾッとしたのは秘密だ。

 

 

 

「ナイスリカバリー」

「よく捕逸から刺したね〜」

「そ、そうね」

 

珠姫と芳乃にそう言われるが、故意にやったとは言わない。敵を欺くには味方から。今後もしかしたら使えるかもしれないし。でもこの球場では二度とやらないわ。

 

 

 

 

2回の裏。

8番芳乃。公式戦・練習試合合わせてもちろん初打席。人生初打席と言っても過言でない。

 

パワーは私以上にない。だが…観察眼は()()()()()から芳乃に軍配が上がる。

 

四球。ノーアウト一塁。

 

 

9番詠深。芳乃に代わって監督が盗塁またはエンドランの指示を出す。ここは芳乃の走塁をみたいということか…

 

投球動作を起こしたと同時にスタートする芳乃。空振りした詠深。捕手は投げられず盗塁成功、ノーアウト二塁。意外と足も良さそう…というか間の抜き方かな?

 

今度はバントのサインを送る監督。

バントの構えをとる詠深だが、球威に負けて上に上げてしまう。

何とかキャッチャー前に落ちるものの、二塁走者の芳乃は三塁にスタートしてしまっている。サードに送球したのを見て、二塁に引き返す。サードはショートに送球。三塁側に引き返す!

 

「避けろー!」

「壮絶な鬼ごっこね」

 

ショートはサードにボールを返す。その瞬間、二塁側にまた転進。サードはショートに送球。だが、ショートの捕球時にするりと避けて二塁に飛び込む。

ショートは芳乃を諦めファースト送球。詠深はギリギリのタイミングでアウトが宣告。ワンアウト二塁。

 

 

そして、なおもチャンスで1番稜。

ファールで粘るも、見逃し三振。

 

2番菫もセンターフライにうちとられる。スリーアウト。

 

 

「ナイスランだったよ、芳乃ちゃん!」

「帰れなかったけどね」

「まさかあれを避けるとはな〜」

 

守備に散りながら芳乃に声をかけていくみんな。確かに、あれなら代走でも使えるかも。

 

 

 

 

3回表。熊谷実業の攻撃は1番からの好打順。

 

1番平下さんがシングルヒットで出塁。

 

 

2番の上坂さんはライト前にゴロを打ち一塁アウト。だが、進塁打となりワンアウト二塁。

 

 

3番の広沢さんはセンター前に落として一・三塁。

 

 

迎える4番、久保田さん。

 

「すみません、タイムお願いします」

「タイム!」

 

私の要求したタイムに、内野陣がマウンドに集まる。

 

「芳乃、敬遠?」

「うーん…ワンポイントリリーフ…でもヨミちゃんのあの球、息吹ちゃん捕れる?」

「無理だと思うわ、流石に。いくらコピーしても追いつかないわよ。捕逸したらこの状況じゃあ立て直せないわ」

「じゃあ素直に敬遠しようか」

「そうね」

 

内野陣が守備位置に戻る。

 

「お待たせしました」

 

私は座らずに右手で大きく外すように示す。

 

「…ふん」

 

久保田さんは面白くなさそうに鼻息を吹かすと、一塁へ歩き出した。

ワンアウト満塁。

 

 

5番豊村さんは理沙先輩が新たに習得したカットボールで詰まらせ、6-2-3のダブルプレーでスリーアウト。

 

 

「思わぬ投手戦になってきたね…」

「久保田さんもかなりいい球投げるようになってきてるわ。守備もリズムが良くなってきてる」

「そうだね…5回からは光先輩に継投も視野に…監督、その辺もお任せします」

「ええ、任せてください」

 

 

 

3回の裏。打順は光ちゃんから。

 

空振り、ファール、ボール、空振りでアウト。ワンアウトノーラン。

 

 

4番の理沙先輩。理沙先輩は引っ張り方向へ当たりを出した。レフトヒット。

 

 

5番、主将。空振り三振でツーアウト。だが、理沙先輩は盗塁成功で二塁へ。

 

 

6番の私は、ボールの下を叩いてしまって、キャッチャーフライに倒れた。スリーアウトだ。

 

 

 

4回表。

 

6番今関さんはサードの詠深の好守備(ファインプレー)でサードゴロ。

 

 

7番早川さんはセンターに叩き返されてシングルヒット。

 

 

8番田中さんもライトへ強い当たりでツーベース。ワンアウト二・三塁。

 

 

9番野口さんは空振り三振。ツーアウト

 

 

1番平下さん。

ここは中軸に回さずうちとりたい。ストレートとカットボールの組み合わせでセカンドゴロに打ちとった…かと思いきや、芳乃が捕球エラーで満塁に。

 

2番上坂さんはセンターフライになってスリーアウト。ピンチを凌いだ。

 

「ナイスピッチでしたよ、理沙先輩」

「ありがとう、息吹ちゃん」

 

 

 

4回の裏。この回は三者凡退となって、新越谷サイドの雲行きが怪しくなる。

 

 

残り3イニング。点差は2点。勝負は後半戦に突入した。

 

 

 

 

 




日本シリーズ、3戦目が行われましたね!

巨人の先発投手サンチェスがかわいく見えた私は末期です。


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第20話 戦術論

5回の表。

打者を迎える前に、私は球審にシートの変更を知らせた。

 

「守備位置変更をお願いします。打順の順に、レフトがピッチャー。ピッチャーがサード。ファーストがレフト。サードがファースト。以上です」

「ええと、3番の川原さんが投手、4番の藤原さんがサード、8番の川口芳乃さんがレフト、9番の武田さんがファースト…であってますね?」

「はい」

 

メンバー表は打順の順に並んでいるので、シート変更は打順の順番の方がわかりやすい。

球審は記録員に伝えに行く。

 

理沙先輩は、投球回4、被安打8、被本塁打1、四球1、奪三振1、失点2、自責点2の力投を見せてマウンドを退いた。

 

光ちゃんが投球練習を始める。

光ちゃんの持ち球は、ストレート、チェンジアップ、スライダー、シュート、シンカー、スプリットの6種類。なので指の本数では指示を出しきれないので、指の形で指示を出す。

ストレートは人差し指のみ。

チェンジアップは親指のみ。

スライダーは人差し指と親指。

シュートは小指と人差し指。

シンカーは小指と親指。

スプリットは五指全てでパー。

といった具合だ。

 

それに加えて高め低め、内角外角のサインがついている。こちらは新越谷投手陣共通だ。

 

 

「プレイ!」

 

球審のプレイと共にプレーが再開する。

私は調子を確認する意味でもストレート内角高めに要求する。

 

(まずは速いのお願い)

(うん、分かった)

 

ポップアップする光ちゃんのストレートは上に伸びるため、ボールの下を叩いてしまう。ファールでカウントを取るもよし、フライにうちとるもよし。今回はその浮き上がる特性で打者に威圧感を与えるのだ。もしかすると見逃してくれるかもしれないし。

 

3番広沢さんは初球見逃してストライク。

 

(もう1球、今度は外角で)

(空振り狙い?)

(そのつもりよ)

 

ストレートの速い球が外角に決まる。打者は振って空振り。ツーストライク。

 

(チェンジアップ。内角低めで)

(打たれない?)

(ゾーン外側でもいいから角に!)

(うん)

 

3球目のチェンジアップはレフト線に転がるファールとなる。

 

(1球仰け反らすわよ)

(ストレート?)

(ええ)

 

4球目はボール。今日の制球、なかなかいいわね。

 

(ゴロでうちとるわ。ど真ん中にスプリット!)

(うん!)

 

スプリットはボールの上っ面を叩き、セカンドゴロ。一塁フォースアウト。

 

「今日制球定まってるわね」

「うん。なんか息吹ちゃんが座ってると、いつもより球が走ってくれる感覚があるよ」

「あー、ヨミも珠姫が座ってる時の方が強ストレートがノビてるものね。そういうのってあるのかしら…まぁ、なんにせよここから変化球バンバン指示するのでお願いね」

「うん、頑張るよ」

 

ワンアウトノーラン。

 

 

 

4番久保田さん。走者無しなので勝負。

 

(久保田さんはストレート勝負が好きだから変化球主体でいくわよ)

(うん)

(まずはシュートで外角ゾーン外に。様子見ね)

(分かった)

 

シュートを見逃しでボール。

 

(内角高めにスライダー。ただし変化は強めに!)

(うん、全力でいくよ!)

 

ミットで受け損なって前に落とすが、ストライク。

今の変化…詠深のあの球並……とまではいかないけどかなりいい変化してる…光ちゃん、もしかして進化してきてる?

 

(スプリットを低めに。ファーストが芳乃じゃなくなったから遠慮なくゴロで!)

(あははは…)

 

スプリットは僅かにゾーンを外れてボール。カウント2-1。

 

(次はカウント取りにいきたいわよね……ストレートを外角外側低めで)

(ファール狙いだね)

 

ストレートを待ってましたと言わんばかりに食らいつく久保田さんだけど、コースが悪かった。というか可哀想なことに球審のマスクに直撃した。

 

「大丈夫ですか?」

「ええ…」

 

球審から球を受け取って、光ちゃんに投げる。

 

(光ちゃんの球にはまだ順応してない。次、シュートで詰まらせよう)

(外角低めだね)

(ええ。でも低すぎない方がいいわ)

(分かった)

 

狙い通りにシュートを振ってきた久保田さん。詰まった当たり。打球は……レフト!

 

「芳乃!理沙先輩、主将、カバー!」

 

声は届いてないかもしれないけど…せめて理沙先輩には届いていれば問題ない。センターの主将がフォローに入るのは普通だからだ。多分問題ないとは思うけど……

 

芳乃が落球点に入ったのか動きを止めて上空を見ている。そして、グラブを掲げた。

 

パシッ

 

安全に確実に、フライを確保した芳乃。

ホッと息を吐く。

 

ツーアウトノーラン。

 

 

5番豊村さんは三振にうちとってスリーアウト。

 

 

 

5回裏。1番稜から打順はスタート。

稜はショートゴロ。

 

 

続く菫。

サード強襲安打で一塁へ。

 

 

3番光ちゃん。

快打な音が響き、フェンス直撃のツーベースヒットとなる。

 

 

4番理沙先輩。

久保田さんが投げた最高の球(ベストピッチ)をライト方向へかっ飛ばし、ホームラン。スリーランホームランとなった。

 

 

5番主将はセカンドゴロに倒れる。ツーアウト。

 

 

6番の私は粘ったものの球威に押されてセンターフライ。スリーアウト。

 

 

 

いそいそと防具をつけて、キャッチャーボックスへ向かう。

6回の表、熊谷実業の攻撃は6番今関さん。

 

現在、ヒットは熊谷実業の方が多い。それで点数が大きく違うのは要所でしめる守備が機能したからだろう。

だが、逆を突けば……

 

カンッ!

 

このように簡単にツーベースを打たれてしまう。

 

 

7番早川さん。

ライトに飛んだフライは白菊がダイビングキャッチを試みるも後逸。二塁ランナーはホームイン。打者一塁へ。

 

「今のは守備のミスだから自責点にはならないわね。気にしないで大丈夫よ」

「うん、大丈夫」

 

 

8番田中さんもレフトへ飛ばす。が、芳乃はライナー性の打球に対応出来ず失策(エラー)。すかさず主将がバックアップについてレーザービームを放ち本塁走塁は阻止した。ノーアウト二・三塁。

 

「タイムお願いします」

「タイム!」

 

2回目のタイムを使う。内野陣が集まってくる。

 

「外野のエラーが続いてるわ。次からゴロを打たせるような配球にするから、内野陣は絶対阻止でお願い」

「任せとけ!」

「この中で稜が1番やらかしそうなのに、さらにフラグ立てないでよ…」

 

私はみんなに小声で耳打ちする。

 

「それでね…ごにょごにょ」

「熊谷実業相手にやれるのかしら?」

 

理沙先輩は不安そうに眉を顰めるが、私は自信があった。

 

「今の光ちゃんならなんとかなります。あとは…運次第ですね。最悪勝ち越されても、下位打線のヨミと芳乃をあの2人に代えられますから…」

「…期待値は足りてるのね。分かったわ」

「ではお願いします」

 

私は本塁に戻る。

 

「お待たせしました」

 

打者の野口さんと球審にそう言って、本塁の前に立つ。

 

そして、マスクを右手に、真上から振り下ろす動作とレフト線側からライト線側に水平に振る動作をする。

 

「川口シフト!」

 

私と芳乃が考案したため名付けられたそのシフト。5人内野シフトのバリエーションだ。通常の5人内野シフトは文字通り内野に5人入れることだけど、この川口シフトは少し違う。

足の速いセンター主将が外野後縁の左に寄り、ライトの白菊が少しレフトよりに。レフトの芳乃が通常のセンター守備位置の前に、ショートとセカンドの稜と菫はピッチャーのそれぞれ左右後方に。ファーストとサードの詠深と理沙先輩が外野と内野の縁にそれぞれ後退そしてラインギリギリに守る。

 

【挿絵表示】

 

※守備位置参考図です。守備番号が振ってあります。

 

このシフトは主将の守備範囲の広さを利用したアウトを取りに行くシフトだ。要はいかにゴロを打たせに行くかが重要な戦術であるため、コントロールが良い私か詠深の専用シフトだったのだけど、光ちゃんの投球内容からいけると判断したのだ。

守備力の低いうちのチームが格上と戦うために作り出した。このシフトは柳大川越や咲桜高校にも通用するだろう代物だと…思う。

とりあえず、打線だけなら咲桜高校などにも匹敵する熊谷実業で試験運用といこうじゃない。

 

「プレイ!」

 

打者は9番野口さん。いいスイングをしてくるバッター。ピッチャー視点から言わせてもらうと、こういうスイングって怖いのよね…

 

(シンカー、足元に投げ込みましょう)

(うん、回転少なめにいくよ)

 

シンクロするようにピッタリと投球が望んだコースに来る。

甘く見えて甘くない、ちょっと甘い球だ。……どこかで聞いたような……

狙い通り初球打ちしてくれて、私の左後ろにいた菫が処理する。ワンアウト二・三塁。

 

 

1番の平下さんは今日打てている打者なので、歩かせて満塁策。

 

 

2番の上坂さんをスプリットとシンカーを中心に組み立ててレフトゴロ…正確にはセンター前にいたレフトの芳乃が捕球して、7-6-3のダブルプレーにしとめる。スリーアウト。

 

 

 

 

「よかったよー!シフトも有効的だったね!」

「芳乃が仕上げたんだもの、予定通りよ」

 

私が発案して、芳乃が仕上げたこのシフト。抜け目は無い。…まぁ長打打たれたらツーベースは覚悟しないといけないシフトなのだが、単打の確率は確実に減らせる。繋ぐ打線である柳大川越を念頭に置いたシフトだ。

 

私は防具を外さずにベンチに座る。中軸までは回ってはこないだろうという予測だ。

 

7番白菊は三振。8番芳乃がバントで出塁も、詠深がショートゴロで併殺。

 

6回の攻撃を終えた。

 

 

「さぁ、ここを抑えれば準々決勝だよ!きっちり抑えよう!」

「よし、しまっていくぞ!」

「おう!」

 

芳乃と主将がチームを引き締める。4点差。満塁ホームランで同点となる点差だ。

 

 

 

 

7回の表、熊谷実業は代打攻勢。

 

3番の広沢さんを下げて代打が出る。シフトは敷かずに通常通りの守備位置。

 

(落ち着いて低めにお願いね)

(うん、大丈夫。あと3つ!)

 

制球乱れて四球。

 

 

一呼吸入れるように、私はボールを手渡しに行く。

 

「次は久保田さんだから内角多めに組み立てるわよ」

「うん。ごめん」

「気にしないでいいわよ。最悪でも私か詠深がいるんだから、ノビノビ投げていいわ」

「うん!」

 

4番久保田さん。

 

(内角高め、ストレート)

(ううん、それは打たれる)

(ならこっちは?内角手元に!)

(うん。スライダーで)

(クロスファイア!)

 

「ストライク!」

 

空振り。久保田さんはニヤリと笑う。勝ち負けを考えずに、今を楽しんでいる顔だ。こんな顔をする人に力みは期待出来ない。

 

(低めにスプリット。外してもいいわよ!)

(うん、振らせる気で!)

 

2球目、スプリットの上っ面を叩いたものの、パワーでレフト前へ持っていく。

 

ノーアウト一・二塁。

 

 

5番豊村さんも退いて代打が出るものの、三振でワンアウト。

 

 

6番今関さんはそのまま打席に入る。

 

(今関さんは今日2本ツーベース打ってる。シンカーとシュートでゴロ狙いよ)

(うん)

(外角低めにシンカーで逃げてくコース!)

 

だが、読まれていたのかレフトに大きな当たりが出て、ツーベースヒット。

 

 

7番早川さんも打てているので代打攻勢から除外されたみたい。

だが、光ちゃんは打たれ始めたことで調子を崩したようで、再び四球となる。

ワンアウト満塁。

 

私は監督を見る。監督は珠姫に指示を出して本塁側に走らせる。

 

「選手交代とシートの変更をお願いします」

 

私は寄ってきた光ちゃんの背中をそっと叩いた。

 

 

私がピッチャー、光ちゃんがレフト、キャッチャーに珠姫が入った。芳乃はベンチに戻る。

 

 

「息吹ちゃん、アレは試す?」

「ううん。アレは準々決勝以降用にとっておきたいから…ランダム投法で」

「分かった」

 

 

 

8番も代打攻勢。満塁だからゴロにうちとりたい。

光ちゃんの力を引き出しきれなかった分、私が…!

 

「ストライク、スリー!」

 

ツーアウト。

 

 

9番も代打。ライトに飛んだヒット。三塁ランナー久保田さんは生還。二塁ランナーも走る。ライトの白菊がレーザービームを放つ。クロスプレー!

 

 

 

 

 

 

 

「アウト!」

 

 

ゲームセット。

 

あの状況で、私ならアウト取れなかったわね……やっぱり本職はすごいわ。

 

 

 

 

 




試合の流れが違うので、久保田さんからのボールを貰う詠深というシーンは生まれませんでした…

ソフトバンクホークス、日本シリーズ優勝!
日本一おめでとうございます!

やっぱりギータ(光先輩のモデル)の一撃ですね!


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第21話 因縁の準々決勝開幕

 

私たち新越谷高校は埼玉県ベスト8…しかも、夏季大会でだ。

夏季大会は3年生最後の大会なので、ほぼ新チームである我らが新越谷高校はかなりのビハインドがあった。それを覆してのベスト8。途中にはAシード梁幽館、Dシード熊谷実業を含む。今やダークホースとして高校野球ファンや残る他校からも注目視される存在となっていた。

 

傍から見れば、昔は強豪だったものの、ここ数年実績がなかったところに不祥事で約半年の停部。そして停部明けの最初の大会で、なおかつ1年生主体の少人数チームで、優勝候補の梁幽館と強力打線を持つ熊谷実業を打ち破ってベスト8という立ち位置まで登ってきていたのだ。

 

 

「今日は打線が伸び悩むと思うから、みんな気合い入れて守備につこうね!守備から流れをつくる試合になるよ!先発は詠深ちゃん、お願いね!」

「任せて!」

 

試合前、球場の外で円陣を組む。

 

「さぁ、ここから先は梁幽館クラスの化け物揃いだ。柳大川越も練習試合のあれが全力なわけが無い。でなければここまで勝ち残れるわけがない。気合い入れなおして行くぞ!」

「おう!」

 

主将も経験が浅い。前世でとはいえ3年最後の夏の経験がある私がどこまでフォロー出来るかが勝負だね…

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

新越谷のラインナップは以下の通り。

 

1 希(一)

2 菫(二)

3 主将(中)

4 理沙先輩(三)

5 光ちゃん(左)

6 私(遊)

7 白菊(右)

8 珠姫(捕)

9 詠深(投)

 

打撃好調な理沙先輩を4番に据えた強力クリンナップ。理沙先輩は今大会7割オーバーの打率をたたき出している上に3本塁打を放っている。現行で最も打力が優れている打者だ。

さらに足の速い主将が3番になったことで取りうる戦術の幅も広がっている。

 

そして対する柳大川越のラインナップ。

 

1 大島(中)

2 亀平(二)

3 山本(左)

4 浅井(捕)

5 石川(三)

6 平田(右)

7 森野(一)

8 阿部(遊)

9 朝倉(投)

 

2番3番の1年生は原作通り強ストレート対策か。というより多分ミート力が良いのかもしれない。私のランダム投法対策も含んでるのかも。

 

三塁側のベンチなので、芳乃は選手陣の体力温存も兼ねて一塁コーチャーに専属だ。

三塁側応援スタンドには1年生主体とはいえ吹奏楽のメンバーも来てくれている。クラスメイトたちも最前線で応援してくれている。

 

「朝倉さんはほぼ、私たちと同じ土俵で戦ってるわ。でも、大野さんは最後の夏。継投されたら点はそうそう入らないと思った方がいいわよ。これは私と芳乃が何年も高校野球を見続けてきた結論よ。夏の3年生ほど怖いものはない」

 

私はベンチ前で集まったみんなに向かってそう忠告する。

 

「だから、まずは1点、先制しよう!」

「強くなったところを見せてやろう!」

「おお!」

 

芳乃と主将の激励に、みんなで声を合わせる。

 

 

 

 

礼を済ませて、柳大川越が守備に散る。

 

 

 

「まずはチャンスメーカーのご登場ね」

「いきなりクライマックスかよ」

 

1回の表、先頭打者は希。

 

練習試合ではセンターフライに打ち取られたものの、朝倉さんから唯一打てた希。……まぁセーフティも含めれば私は安打打ってるのだけど…

監督と芳乃両方から指示は出ていない。

 

初球、直球をセンター前に運んでセンター前ヒット。ノーアウト一塁。

 

「よし!先頭打者安打!」

「さすが、アベレージヒッターね」

 

ベンチの私と三塁コーチャーの稜が大声で言葉をやり取りする。

 

希は芳乃にプロテクターを渡しつつ喜びを分かち合う。

 

 

2番の菫。

 

(バント無し…粘って球数投げさせて、様子を見ていきましょう。本来は先頭打者の役割ですが、中村さんは打ってチャンスメイクが仕事ですからね…)

(了解)

 

朝倉さんの変化球は2つが判明している。以前から使っていたスプリットと、練習試合後に完成させたカットボール。スプリットは光ちゃんので練習はしてるけど、やっぱり球速(たまあし)が違いすぎる。

 

4球目でカットボールを空振りした菫。ワンアウト一塁となる。

 

「すみません、スプリットが見られませんでした」

「新球種だけでも十分ですよ。それに、立ち上がりも悪くなさそうなことが分かりましたし…何よりここからは中軸ですから」

 

 

3番の主将。

スプリットを打たされてセカンドゴロ。一塁コーチャーの芳乃の観察眼に基づくリードとスタートの合図でなんとか進塁打となる。ツーアウト二塁。

 

 

迎える4番理沙先輩。

得点圏のチャンスに回ってきた。

 

「理沙先輩かっ飛ばせー!」

「ホームラン!」

 

だが、追い込まれてからカットボールを振らされてなんとか当てたもののサードゴロになる。スリーアウト。

 

 

「簡単には打たせてもらえなそうですね」

「でもバットには当たっていますし、基本は狙い球を絞って好球必打で良いでしょう」

「速球派の攻略法はそれがシンプルかつ効果的ですものね」

「ええ」

 

監督と私は認識のすり合わせをたわいない会話の中に行う。選手と監督と芳乃(指揮官)の間で認識が異なっている場合は悲惨なことになる。

 

「さあ!切り替えていこう!1回裏、しっかり守ろう!」

 

 

 

1回の裏。先頭打者は練習試合と同じく大島さん。

柳大川越は研究もしっかりと行ってきてるはず。練習試合の時とは事情が異なる。慎重に、変化球のサインを珠姫は出す。

 

初球ツーシーム。

 

「朝倉の後だと遅いなぁ」

「今のは変化球でしょ」

「梁幽館の時は結構凄かったぞ」

「そういやあの時の抑えの子も凄かったな…」

「今日もショートか」

 

梁幽館の時と同じく埼玉県営大宮公園野球場で試合は行われている。当然地元の高校野球ファンもその時見に来ていた人もいる。

 

2球目遅いストレートをファール。

3球目はあの球を外角低めにいい球だったもののファールにカットされる。相当対策されてるわね…

 

4球目。強ストレートは……

 

カン!カットされてファール。

 

 

え、ちょ、原作じゃあ初回はまだ空振り取れたはず…!

 

(その速いストレート、高めに浮くことが多いのは研究済みっス)

 

珠姫も、顔が引きつっている。

 

 

 

「打たせていいわよー!」

 

私は詠深と珠姫に聞こえるように声を張る。

 

5球目、ツーシームでショートゴロ。狙ったように言い出しっぺの私に打たせたわね……

 

ともかくこれでワンアウト。

 

 

2番3番も凡打に抑えて三者凡退。スリーアウトとなる。

 

 

 

2回の表。

光ちゃんが先頭打者。私はネクストサークルに入る。

 

光ちゃんは練習試合で柳大川越と戦ってない。あるいは…と思ったけど、レフトフライに倒れる。

 

 

次に私が左打席に入る。

 

「打ってー息吹ー!」

 

久保田さんよりもコントロールが正確で、キレがある変化球もある。正直久保田さんより全然朝倉さんの方が打ちづらい。中田さんも速球派だったけど、投手としては朝倉さんの方が上かも。……まぁその分中田さんや久保田さんみたいな打力は無いから帳尻が合うのかも。

 

芯の外れた音と球がショート前に転がったのが見える。間に合え…!

 

「セーフ!」

「ナイスボテボテだったね」

「まぁ…そうね。それにしても、初めてね…芯を外したのを当たる前にハッキリ分かったのは」

 

芳乃にプロテクターを渡して、一塁に戻る。

多分今のを木製バットでやったら折れてたわね。金属バットにして良かったわ。

 

 

7番白菊はライトフライ。私はタッチアップして二塁へ。

 

8番珠姫は三振でスリーアウト。

 

 

 

2回の裏、4番浅井さんから三者凡退させてこの回を終えるだが、5番6番は明らかに強ストレートを捉えていた。

 

「珠姫…」

「うん…調子はいいよ。けど、強直球(ストレート)間違いなく狙われてる」

「やっぱりね。私が強ストレートを真似できるのと同じ理由ね」

「うん、見抜かれてるね」

「最悪4回まで引っ張ってくれれば、理沙先輩と光ちゃんで1回づつ、私がきっちりセーブするわよ」

「うん、多分息吹ちゃんにはお願いすることになるから…お願いね」

「任せなさい」

 

次の試合の咲桜高校戦のためには私はなるべくアレを隠し抜きたい。だから、使えても1~2イニングだ。

 

 

 

 

 

 

3回の表。

打順は9番詠深から。

 

「よーし、自援護しちゃうぞ〜!」

「次希ちゃん出たら菫ちゃんは送りますか?」

「そうですね…」

「ちょっとは見て!?期待して!?」

 

まぁ安定のアウト献上機の詠深。良いスイングしてるんだけどなぁ…動体視力悪いのかな…でもサードとファーストでエラー練習でもほとんどないしなぁ……

 

 

ワンアウトノーランで希。

直球3球を連続で、ファールファールファール。全てゾーン内で、低めに投げられている。

 

4球目…

 

(カットボール…!息吹ちゃんもボテボテしか打てんかったやつ…!でも…飛ばすっ!)

 

真の外れたガン!という音だが、ライト線方向へ。一塁の頭を超えるフライ…落ちる…?

 

「アウト!」

 

スライディングしながらセカンドが捕球。ツーアウト。

 

 

2番菫はセーフティを狙うも失敗。あえなく三振した。

 

 

 

3回の裏、柳大川越の攻撃。

捉えられてはいるものの、未だ無安打無走者である詠深。対するは7番森野。

 

初球からコースの良い球を投げる。

あの球とツーシーム、遅いストレートで緩急こそ少ないもののだからこそ詰まってしまう配球をする珠姫。

 

サードゴロ、ファーストゴロ、レフトフライで三者凡退。

 

「凄いじゃない、ヨミ!」

「1巡目パーフェクトだな!」

 

菫と稜にもみくちゃにされる詠深。だが、次の攻撃は上位打線…しかも、あの球やツーシームはカットされる。球数が増えるのは必至だ。

 

 

 

4回の表。

打順は3番主将から。

 

主将はカットで粘りに粘るが、スプリットで三振を取られてワンアウト。

 

 

4番理沙先輩は良い当たりを左中間方向に飛ばすものの、フェンス際で捕球。センターフライにうちとられる。

 

 

5番光ちゃん、運良くストレートを左中間に放ち、本日初の得点圏走者が出る。ツーアウト二塁。

 

 

6番の私はあれを還す義務がある。何としても生還させる…

左打席に入り、カットで粘る。狙うはスプリット1本…だけど、カットボールがフェアに転がってしまってサードゴロを取られた。スリーアウト。

 

 

 

 

4回の裏、柳大川越の2巡目が始まる…!

 

 

 

 




今日はここまで!

第9~13話辺りでアンケを取っていた球種希望は圧倒的に多いジャイロボールとスプリットということで。
宜野座カーブ…知名度低いんですかね…?トップスピンのかかった真っ直ぐ縦に落ちるカーブなんですけど…


最後に、新越谷がどこまで行けるかということですが、全国行かせることにしました。
原作が秋の大会始まるまで進められないですから……
それなら全国で暴れさせてもいいですよね!


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第22話 魔球

4回の裏、柳大川越の攻撃は1番大島さん。

 

彼女はかなりミートの良い選手である。打線の弱い…というより繋ぐ打線である柳大川越が得点する起点は多くの場合彼女の一打から始まる。

 

1球目、あえて強直球から入った珠姫のリードは上手くハマった。だが……

 

詠深の横を抜けていった打球は私の守備範囲…二遊間のショート側にバウンドしながら転がってくる。否応もなく原作の稜の送球エラーが頭にチラつく。

 

グラブで捕球して、送球。悪送球はしなかったものの、送球間に合わず内野安打。

際どいプレーだった。大島さんの足が速かったというだけで内野安打にされてしまっただけのことだ。

 

 

ノーアウト一塁で2番亀平さん。

初球空振り…だが、ランナーは走っている!

 

私はセカンドベースカバーに入るも、珠姫の送球は間に合わず。ノーアウト二塁でピンチを迎える。

 

フォースの状態ではなく、ノーアウト。これは歩かせるのも手だけど、流れを悪くするのと、この後も3番4番5番、さらにその後は強ストレート対策の1年生2人と続くため出来れば切りたいところ。

珠姫のサインは走者走塁警戒。つまり、二塁走者を三塁に進ませるなという指示だ。

 

二塁ベースカバーに入れる位置に陣取る。

珠姫が配球のサインを出してる途中で、詠深がくるりと回って牽制球を投げる。キャッチして、大島さんにタッチ。審判は腕を広げる。セーフ。

 

詠深に返球する。

 

2球目、ツーシーム。亀平さんは見逃し。カウント0-2。

 

3球目、外角低めのカットボール。変化量が小さかったのかセカンド菫の頭を超えるポテンヒットとなる。二塁大島さんは走らず。ノーアウト一・二塁。

 

 

3番山本さんはフライをセンターに打ち上げ、キャッチアウト。近い距離だったからかタッチアップせず。

 

 

4番浅井さん。

 

走者を確認しつつ放ったツーシームを見逃し。

続けて強ストレート。これはカット。

3球目…あの球を左中間に持っていかれる。

 

だが、光ちゃんはこれをしっかりと捕球。

原作の(息吹)とは違うわね…

 

だがここで二塁走者大島さんがタッチアップ。

 

「二塁走ったわよ!ボールみっつ!」

 

光ちゃんがサード理沙先輩に低い弾道の送球。

慌てて大島さんは引き返す。

理沙先輩が私に送球するも、挟殺は出来ず。ツーアウト一・二塁。

 

「ツーアウト!」

「ツーアウト!」

 

守備陣はアウトカウントと走者の位置を確認しつつ守備位置に戻る。

 

 

5番石川さん。

珠姫から内野への指示は牽制注意。刺殺プレーもありうるということ。

 

詠深はそれを見て、二塁へ牽制。私が受けるも、大島さんはキャッチした時点で二塁へ帰塁していた。詠深の牽制球が緩めに投げていたのと、大島さんが先程のでリードを小さくしていた。

一・二塁なので、ファーストの希は定位置だ。

 

1球目、遅いストレート。見逃し。

そして、珠姫は詠深に返球するように見せかけて一塁へ不意をついた送球。一塁タッチアウト。スリーアウト。

ファーストの希がベースについていないことと、前にランナーがいることから油断して、リードから塁に戻らなかった隙を突いた刺殺劇だった。

 

 

 

5回の表、打順は7番白菊から。

 

「さすが珠姫ね。あそこで刺しに行くとか並の捕手じゃ見えてないわよ」

「あはは、ありがとう」

 

私は珠姫の防具を外しながら先程の刺殺プレーを話題にあげる。

 

「希ちゃんがちゃんとこっちを見てくれてたからね。投げても間に合うって思ったんだ」

「さすがね。牽制注意の指示も的確だったわよ」

 

防具を外し終えた珠姫にバットとヘルメットとプロテクターを渡す。

 

「キャッチャーって走ってる時以外はずっと防具付けてるわね…そう言えば」

「確かに、打撃の時もつけてるもんね」

 

白菊は朝倉さん相手に三振してアウト。

 

「じゃあいってくるね」

「ツーベース狙って!」

「まぁ頑張るよ」

 

珠姫は打席に入った。

初球見逃しストライク。

 

珠姫は1度構えを解いて、朝倉さんにちょいタンマって意味の手を向けつつ足元をならす。もう1度構え直す。

 

2球目、少し浮いて真ん中に入ってきたストレートを捉えてレフトへ引っ張る。だけど、レフトの飛び込みの好守備でキャッチアウト。

 

 

9番詠深は…いつも通りアウト献上して、スリーアウト。ちなみに知りたい人のために言っておくと、ファーストゴロだった。

 

 

 

5回裏。

打順は先程打席を完了していなかった5番の石川さんから。

あくまで強ストレートを待っているのか、他の球をカットし続ける。

業を煮やした珠姫が強ストレートをインハイに要求する。

 

それに応えた詠深だったけど、二遊間を抜けるゴロヒットを打たれてノーアウト一塁。

 

 

6番の平田さんも強ストレート以外をカットするものの、あの球を引っ掛けてしまいサードゴロで、5-4-3のダブルプレー。

 

 

7番の森野さんはカットで粘りつつ四球。

 

 

8番阿部さんに代打が送られて、1年生の石井真琴さんが出てくる。

ちなみに柳大川越には石井真琴と石井芽衣が在籍しているが、この2人も双子らしい。週刊ペナントがついこの間、準々決勝で当たる2校にある共通点とかで、1年生の双子の姉妹について取材に来てたからよく覚えている。

 

石井真琴さんも強ストレート要員らしく、ツーシームを見送った後の強ストレートを右中間に飛ばす。白菊の捕球はギリギリ届かず、エラーにはならなかったもののライトヒットが記録され、ツーアウト一・三塁となる。

 

 

9番朝倉さん。でも、このチャンスに打撃型投手ではない朝倉さんでは得点は狙えないため、代打を送ってくる。……継投までに点取りたかったなぁ…

9番朝倉さんに変わって、石井芽依さん。双子揃っての代打起用。打撃が良いのかな?

 

芽依さんは初球カットボールを空振り。

三塁ランナーは二死であることもあったのかスタートしてしまい、慌てて帰塁しようとする。珠姫の好送球でタッチアウト。スリーアウト。

また珠姫が刺殺したよ…これでだいぶ流れきたかも?

 

 

 

6回の表。

打順は1番希から。打順的にもここで点を入れておきたい…!

 

代打が入ったことで柳大川越の守備が変わっている。

ファーストの森野さんに代わって大野さんが入ってピッチャーに。

真琴がファーストで、芽依がショートに入った。

 

これで柳大川越のラインナップ9人のうち4人が1年生となる。

 

 

希はショートゴロ、菫はサードゴロ、主将は空振り三振で凡退する。

 

まるでバットをボールが避けていくかの投球だ。朝倉さんほど速くはないけど、サイドスロー独特な動きも相まってタイミングが取れないのと、制球精度も変化球のキレも以前と全然違う。

 

 

 

6回の裏

 

打順は先程打席を完了していなかった9番芽依さんから。

 

2球で追い込んでから、あの球をレフト前に運ばれ、ノーアウト一塁。

…どうやら双子ではあるけど、芽依さんは強ストレート対策ではないみたい。単純に打撃が良いみたい。

 

 

1番大島さん。彼女に打たれるのはまずい。

ここは一塁へ牽制球を入れて、間を取りつつ投球する。

 

だが、初球の強ストレートをライト前に落とされてノーアウト一・二塁に変わる。

 

 

ベンチの芳乃とキャッチャー珠姫はタイムを取らない。

 

「タイムお願いします」

「タイム!」

 

私は二塁審にタイムを要求する。

内野陣はマウンドに集まる。

 

「息吹ちゃん、どうしたの?」

「ここは一呼吸入れるべき場面よ。1点の戦いになるからこそね」

「…ごめん」

「切り替えていきましょう。ヨミも球数気にしないで思いっきり投げた方がいいわよ。80超えたあたりから縮こまってるわよ」

「ごめん…」

「謝るのは負けた時だけにして……勝つわよ、絶対にランナーに本塁を踏ませないようにしましょう」

「おう!」

 

既に詠深の投球数は83を数えている。

本来なら主将か捕手がやるべき守備の指揮だけど、主将は外野だし、珠姫はこの高校野球の観客の熱気に当てられてる。今は私が口を出すのが正解のはず。

 

守備に散り、ゲームが再開する。

 

 

打順は2番亀平さん。

 

「バント警戒!ゲッツーあるわよ!」

 

私は声を内野に張り上げる。

詠深が二塁の私に牽制球を送る。セーフ。

 

初球、強ストレートを要求した珠姫だけど、セーフティ気味に送りバントをしてきた亀平さんに、送りバントを成功されてしまう。ワンアウト二・三塁。

 

 

3番山本さん。

歩かせるか芳乃は悩んだみたいだけど、次の4番浅井さんは徐々にタイミングが合ってきていることと、その後には強ストレート対策の1年生が控えていることから勝負に出る。

 

「スクイズ注意!」

 

あの球を2球目で三塁線にゴロをコツっと当てるバッティングでスクイズっぽいものになる。だが、バンドほどコントロールがなかったのか詠深が珠姫に送球してアウト。ツーアウト一・三塁。

 

 

4番浅井さん。

強ストレート2球で追い込んでから、あの球をカットされる。

 

一呼吸置いた詠深が4球目を投げた。

強ストレートではない。

 

浅井さんは振っていったが、あの球だと思ったのかボールの全然下をバットが通り、スリーアウト。遅いストレートだった。

 

「最後、ナイスリードだったわよ、珠姫」

「ありがとう」

 

 

 

7回の表。最終回。

 

打席は4番理沙先輩。今大会3本塁打は伊達じゃない。

 

センター前に返す単打で出塁。ノーアウト一塁で、チャンスが広がる。

 

 

5番光ちゃんが打席に入る前に、芳乃が球審の方に走っていく。同時に稜もヘルメットを被って出てくる。

 

「代走お願いします。4番一塁走者に変わって、代走川﨑です」

 

理沙先輩に代わって稜が一塁走者に入る。

 

初球、大野さんが投げる直前…

 

「ゴー!」

 

稜に走塁指示。

 

光ちゃんに投げられた投球はそれに驚いて失投だ。的確に捉えてレフト線。タイムリーツーベースとなる。

 

待望の先制点が生まれる。

 

 

ここで監督がタイムを要請する。二塁走者の光ちゃんに代えて芳乃を投入する。あの挟殺プレー避けを見ての起用か。もしくはここ2試合連続で登板して50球オーバーを投げてきた光ちゃんを少しでも温存か。

 

「ナイス先制タイムリーだったわ、光ちゃん!」

 

光ちゃんにそう投げかけると、ニコリと笑って、手を振ってくる。

 

さて、この場面で、後続が頼りにならない状況。私に求められる仕事は本塁打。

6番私。バットをひとなでして、右打席に入る。

 

「お願いします」

 

先制されて、何としても流れを切りたいだろう場面。私を敬遠しても、一発のある白菊と、打撃の好調な珠姫が控えていて、流れもこれ以上渡したくないため、勝負せざるを得ない。

 

制球が乱れる。

 

初球から2球連続で本塁にバウンドするボール球。力んでる。

 

3球目の外に外れる球をカット。カウントが悪くなれば流石に歩かされる。

 

4球目もボール。カット。

 

5~12球目までも、全てカットする。

 

13球目、失投したのかど真ん中に入ってきたストレートを改造したフォームでフルスイング。

 

強烈な金属音と共に、飛ぶ打球。

 

「入れー!」

「頼む!」

「行ったか!?」

 

ベンチのみんなが口々に叫ぶ。主将、○○ったか!?はフラグなのでやめて。

 

 

 

吸い込まれるようにフェンスを越えていった……

 

 

 

 

審判が手をクルクルと回す。

 

 

 

……ホントに打っちゃった?

 

 

 

 

「っだぁぁあああ!」

 

 

私は一声叫び、ダイヤモンドを一周した。

 

 

ベンチに戻ると、みんなから手荒い祝福を受ける。胴上げでもしかねない勢いだけど、まだ試合中だから!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、吹っ切れたのか、大野さんの制球は格段に増して、白菊と珠姫からゴロを、詠深からフライを取って7回の表が終わる。

 

 

 

「3点のリードだ。息吹の防御率ゼロを守りつつしめるぞ!」

「おう!」

 

主将も冗談を言う位の余裕が戻ってきたみたい。少しほっとする。

 

 

 

「息吹ちゃん、アレ使う?」

「そうね、使ってみるわ」

 

 

 

 

 

 

 

7回の裏。

5番石川さん。

 

初球、魔球を投げ込む。

 

「ストライク!」

 

「なんだ今の…?」

「真っ直ぐ…いや、スプリットか?」

「遅いのに…速い?」

「いや、速いのに遅いんじゃないか?」

 

球場がザワつく。

速くて遅い、遅くて速い。そんな魔球。ジャイロボール。ストレートとは違い、素直に落ちていく球質のくせにストレートよりも手元でノビる。…つまり初速と終速の差が少ない。いわば超高速フォークだ。

詠深のあの球を縦スラと呼んでいた他校の選手から着想を得た、魔球だ。

振り遅れとフォークへの対応の両方が必要となる球であり、打つのは難しい。

 

さらに…同じ投げ方でも、縫い目が違うだけで…

 

「ストライク、スリー!」

 

2球投げたフォーシームジャイロに慣れたところで、同じ投げ方でツーシームジャイロを投げる。すると、本来のストレートと同じように減速するくせに落ちる球という歪な球になる。それで詰まらせることも、三振を獲ることもできる優秀な球だ。とはいえ、今まで以上に肘に負担があるので、投げれても1試合で1イニングくらいだ。

 

6番の平田さんも空振り三振。

 

そして……

 

「ツーアウト!」

 

 

 

あとアウト1つで、ベスト4。

そこに立つ打者は大野さん。

 

ジャイロを投げ込むが、意地で粘る。正直凄いと思うが……

 

6球目、ツーシームジャイロで詰まらせて、ファーストフライにうちとった。

 

スリーアウト。

 

 

 

 

 

 

 

 

本当に勝っちゃった…

 

 

 

 

私は優勝したかのように大きくガッツポーズを決めるのだった。



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幕間 野球中継風、新越谷高校 対 柳大川越、1回

野球中継風に1話挟んでから準決勝参ります。
べ、別にネタに詰まったとかじゃないんだからね!(ツンデレ)


 

 

「始まりました、高校野球中継です。実況は私、梶が。解説は元プロ野球選手の野崎さんでお送りいたします。よろしくお願いします」

 

「よろしくお願いします」

 

「さて、準々決勝ですが、ダークホース新越谷高校と、Bシード柳大川越がぶつかります。野崎さん、まずは柳大川越の特色はどうでしょうか?」

 

「そうですね。柳大川越は極めて投手力のある守備主体のチームです。2年生ながら速球派としては完成の域にたどり着いている朝倉。エースでサイドスローサウスポーで、技巧派で柳大川越の守備を上手く使える3年生大野。両ダブルエースの疲労を抑えられる程度には投げられる野手兼任投手の山本投手。役割分担も完璧でしょう。朝倉から大野に継投した場合ならその変化に対応するのが大変でしょうね」

 

「では新越谷はどうでしょうか?」

 

「新越谷高校は2回戦の影森、4回戦の馬宮と、点差コールドを決めていることと、3回戦梁幽館での両チーム合計35安打の乱打戦になっていたこともあり、データの上では打高投低のイメージです。なんですが、私実は新越谷高校の録画を見まして、そのイメージが崩れました。打高投高が正解だと思います」

 

「どういうことでしょうか?」

 

「1年生エース武田のストレートは投げる回数が少ないですが、なかなかのものでした。そして、何よりコントロールの良いチェンジアップとツーシーム。そして、落差の大きい縦スラ。先発投手としては完璧とは言えないまでも、1年生としては最高と言えるでしょう。さらに、2年生サウスポー投手川原は球速こそ並ですが、数多くの変化球を持っているとの事でした」

 

「取材で確認したところ、シュート、シンカー、スプリット、スライダー、チェンジアップと、5種類もあるそうです」

 

「ええ。さらに1年生クローザーの川口息吹は今のところ自らに付けられる失点は許しておらず、防御率はゼロ。しかも今大会ではレフト、ショート、ピッチャー、キャッチャーと、オールマイティな守備位置をこなしています。私はこの川口息吹が鍵を握ると思います」

 

「と言いますと?」

 

「彼女の投球は1球1球、投げ方が違うんですよ」

 

「主将の岡田への取材では、チーム内ではランダム投法と言われていて、様々な選手の真似をランダムに行うことで、本来できない1球ごとの投手を交代してるのと同じになると言っていました」

 

「投手は必ず1人の打者の打席を完了させなければ交代できませんから。そして、何より彼女の打撃にも注目したいです」

 

「打撃と言うと…新越谷は今大会打率4割オーバーが7人もいるようですね」

 

「はい。乱打戦の他はほとんどコールドでしたからそういう点も考慮には入れなければなりませんが、かなりの猛打チームです。中でも3本塁打で野手兼任投手の藤原が注目を集めていますが、私は1年生の川口息吹を注目しています」

 

「どういうことでしょうか?」

 

「彼女のOPSは藤原の2.250よりも高い2.350なんですよ。さらに二塁打三塁打の本数は藤原0に対して4本。本塁打も1本…ランニングホームランですが、記録しています。走攻守全て揃った1年生クローザー。ロマンを感じませんか?」

 

「なるほど、確かに聞いているとそう感じてきました」

 

「逆に柳大川越の鍵は先頭の大島でしょう。彼女は走塁判断が甘いきらいがありますがそれを補うだけの走力と出塁力があります。そこから3年生の上位打線に繋いでいく起点となるでしょう」

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

「さて、現在、先攻の新越谷がシートノックに入っています。まもなく試合が始まります。ここで両チームのライナップをご紹介します。まずは先攻新越谷高校」

 

 

「1番ファースト中村、背番号3」

 

「アベレージヒッターの快速左打者です」

 

「2番セカンド藤田、背番号4」

 

「打率3割台で出塁率5割超の良い2番」

 

「3番センター主将の岡田、背番号8」

 

「2年生主将で、快足です」

 

「4番サード藤原、背番号5」

 

「強烈な本塁打を今大会3本放っています」

 

「5番レフト川原、背番号11」

 

「投げて良し打たせて良し」

 

「6番ショート川口息吹、背番号7」

 

「大会防御率ゼロのクローザー」

 

「7番ライト大村、背番号9」

 

「1本塁打の強力な一撃を持ちます」

 

「8番キャッチャー山崎、背番号2」

 

「ガールズ時代に全国を正捕手として経験」

 

「9番ピッチャー武田、背番号1」

 

「梁幽館相手に勝ち投手となっています」

 

 

「以上が先攻新越谷高校のラインナップです。続いて、柳川大附属川越高校のラインナップです」

 

 

「1番センター大島、背番号8」

 

「快足好打の1番」

 

「2番セカンド亀平、背番号4」

 

「職人亀平」

 

「3番レフト山本、背番号7」

 

「スイングが気持ちいい選手」

 

「4番キャッチャー浅井、背番号2」

 

「安心感のある3年生の4番」

 

「5番サード石川、背番号13」

 

「1年生でシード校のクリンナップに入ってきた新星」

 

「6番ライト平田、背番号17」

 

「同じく1年生の新星」

 

「7番ファースト森野、背番号3」

 

「こちらも職人技を持つ打者」

 

「8番ショート阿部、背番号6」

 

「守備範囲の広さは折り紙付き」

 

「9番ピッチャー朝倉、背番号11」

 

「ダブルエースの速球派」

 

 

「以上が柳大川越のラインナップです」

 

 

シートノックが終了して、両校整列する。

 

 

「両校整列します」

 

「やはり並ぶと新越谷の人数の少なさを感じますね」

 

「新越谷の選手登録は合計11人で、記録員もありません」

 

「主将の岡田と藤井監督への取材で、川口芳乃は元々マネージャーだったらしいのですが、人数の少なさから彼女もコーチャーや伝令に立つために選手登録としたそうです。熊谷実業との5回戦では選手の疲労などの観点から出場したとか」

 

「監督ではなく彼女がサインを出すこともあるそうで、梁幽館との3回戦でも見ました」

 

アナウンサーは梁幽館戦も同じ人だ。

 

「さぁまもなく試合が始まります。先攻は新越谷、守備についているのは柳大川越です」

 

「柳大川越の守備は守備位置の良さがあります。打者がどのように打つかを全員がきちんと理解している証拠ですね」

 

「1番ファースト中村がバッターボックスに入り、プレイボール。初球、ピッチャー朝倉、投げました!打ちました!良い当たり!センター前に落ちます!先頭打者出塁!新越谷、ノーアウト一塁です!」

 

「新越谷が不祥事により去年の夏から今年の春まで停部していて、停部明けに最初の練習試合がこのカードだったそうですから、お互い手の内は知っているのかもしれませんね」

 

「2番セカンド藤原、バントの構えは無い」

 

「ここは球を見ていくのでしょうね」

 

「初球見逃して、ストライク!」

 

「やはり速いですね。速い割に回転も良く、球筋も素晴らしい。2年生にして完成していると言っても過言でない速球派です」

 

「ピッチャーセットポジションから…第2球投げました!これはファールになります……一塁走者を目線で牽制しつつ、セットポジション、投げました!これもファール。これもストレート…」

 

「藤田もよく見ていますね。四球を選べる選球眼もあります」

 

「第4球…投げました!これは空振り!ワンナウト一塁へと変わります。ここまでご覧になって立ち上がりどうでしょうか?」

 

「良いですね。5球ともゾーンのコースですから、コントロールできていると思います」

 

「続いて3番センター岡田です」

 

「走攻守こなせる頼れる主将ですね」

 

「ピッチャー初球、セットポジションから………投げました!初球見逃しストライク!キャッチャー振りかぶって一塁送球を…諦めます。走者中村一塁に戻っています。ピッチャー朝倉、横目で一塁を確認しつつ、セットポジション…投げました!2球目はファール」

 

「今のは良く手が出ましたね、外いっぱいの良いストレートでした」

 

「第3球…投げました!打者岡田避けてボール!」

 

「あの速度で目掛けてこられると怖いですよ〜」

 

「ピッチャーセットポジション、投げました!4球目もファール!」

 

「ボール球を避けてからの手元を抉るようなカットボールを当てたのは凄いですね」

 

「第5球…ランナースタートして、投げました!打ちました!打球はセカンド捕球!二塁送球諦め一塁送球アウト!進塁打となり、ツーアウトランナー二塁です」

 

「今のは走者が完全に間を盗みましたね。おかげでゲッツーを避けられました」

 

「初回、ツーアウト二塁で得点圏にランナーを置いた上で4番藤原」

 

「県内最速投手の熊谷実業久保田からホームランを奪っていますから、これは期待できます」

 

「藤原の今大会打率は7割5分を誇り、3本塁打を放っています…ピッチャー投げました!空振り直球ストライク!」

 

「パワーを感じるスイングです」

 

「主将岡田と4番藤原は去年の例の不祥事により停部する前から残留した選手です。自らのせいではないだけに相当悔しい思いもあったことでしょう」

 

「それを糧に、見返すだけの力を手に入れましたね、新越谷」

 

「はい…ピッチャー2球目、投げました!これは左にきれて大きなファールになります。ピッチャー3球目、投げましたが、これは見逃してボール。ボール1つ分外でしょうか」

 

「あれはおそらく手が出なかっただけでしょう。朝倉の投球はノビもキレも良いのに、コントロールもあります」

 

「ピッチャー4球目投げました!打った!左に引っ張って三塁線!サードは楽々捕球して一塁送球アウト!一者残塁で1回の表を終えます」

 

「開幕のセンター前ヒットは良かったですね」

 

「中村の初手安打ですね。中村は早打ちの傾向があるようで、追い込まれる前に打つことが多いようです」

 

「新越谷としてはここで1点欲しかった場面ですね。防御の堅い柳大川越相手に先制点は重要なファクターとなるでしょう」

 

「1回の裏、守備につく新越谷ですが、注目はどこでしょうか?」

 

「個人的には真ん中のラインが気になりますね。捕手の山崎、投手の武田、中堅手の岡田と、真ん中のラインは堅そうです」

 

「柳大川越の攻撃、1番センター大島。俊足の1年生で、新進気鋭、攻撃の起点です」

 

「新越谷の外野はやや前進守備」

 

「初球、ピッチャー武田……投げました!今のは…ツーシームでしょうか?」

 

「多分そうですね。良いツーシームです」

 

「2球目…投げました!打った!右にきれてファール。チェンジアップでした」

 

「きちんとコースを突いている良い球ですが々…あれはチェンジアップではなく遅いストレートかもしれませんね」

 

「どういうことでしょうか?」

 

「彼女のチェンジアップはストレートよりもコントロールが圧倒的に良い傾向があります。若しかすると、彼女のストレートは全力投球なのかもしれません」

 

「ピッチャー振りかぶって投げました!縦のスライダーはカットします、柳大川越の1番大島」

 

「彼女の普通のストレートがチェンジアップと言われていて、全力投球のストレートがストレートと呼ばれているのでは無いかと…何となくそう感じただけなのですが」

 

「なるほど、2種類のストレートという訳ですか…ピッチャー3球目、おおきく振りかぶって投げました!速いストレートはカット!」

 

「ストレートは高めに外れ気味ですが…たまたまですかね?山崎珠姫捕手だけに」

 

「……………5球目…投げました!打った!打球は転がってショート前!ショート川口息吹が丁寧に捕球してファースト送球アウト!」

 

「(スベッたぁ…全然ウケないじゃん)」

 

「柳大川越の攻撃、ワンナウトノーランで2番セカンド亀平……初球空振りストライク!テンポ変えてきましたね」

 

「武田はテンポ早い方でなさそうですが、その分テンポの変化は武器ですね」

 

「2球目…投げました!ファール!外いっぱいの縦スラですね」

 

「あの縦スラの落差でストライクゾーンに入っているどころかコントロール出来ているのが凄いところでしょう」

 

「3球目…投げました!打ち上げた!打球高く真っ直ぐ伸びる!センター岡田、足を止めます!キャッチ!ツーアウト!ツーアウトランナーなしで3番レフト山本」

 

「山本は春も打者としてある程度活躍してましたし、今大会も期待が持てます」

 

「ピッチャー第1球を…投げました!縦のスライダー空振り!」

 

「素晴らしいコントロールです」

 

「第2球、少しためます。……投げました!直球ファール!」

 

「強い球ですね、バッターの手も痺れそうです」

 

「第3球…投げました!ボール!打者の顔面前を通るブラッシュバックピッチです」

 

「では第4球は…」

 

「第4球投げました!外いっぱいのツーシーム!ファールになります」

 

「あれを当てますか…」

 

「顔の前で仰け反らせる球からの外いっぱいのゾーン球。ピッチャー第5球、振りかぶって…投げました!打球は転がって三塁線!サード捕球して一塁送球アウト!スリーアウト!初回、両校共に無得点で2回へ回ります!」

 

「最後の球はツーシームではなくチェンジアップですね。バッターもツーシームかカットボールかと思ったことでしょう」

 

「ここでコマーシャルを挟みますが、この後新越谷の攻撃に移りまして、高校野球中継は120秒後に再開いたします」

 

 







ちなみにアナウンサーの名前の梶は、最近読み直していたエヴァンゲリオンの加持リョウジから
解説の野崎は、8月のシンデレラナインの野崎夕姫から
それぞれ苗字だけ頂戴しています笑


……なんで加持リョウジから取ったんだろ……?

明日から準決勝です!


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第23話 準決勝、咲桜戦

準々決勝にて柳大川越を下した新越谷高校は四強入りを果たした。

四強は以下の通りに決まった。

 

新越谷高校

咲桜高校

美園学院高等学校

椿峰高等学校

 

の4校だ。

新越谷の名前のところには梁幽館が入るのだろうとの下馬評だったが、今やダークホース新越谷は注目の的だ。

 

ちなみに椿峰は惜しくも春大では結果が伸びず、Cシードではあるがかなりの強豪校だ。どうやらあいさつは朝でも夜でもごきげんようだそう。本当にそんな学校あるのね。きっと薔薇の名前の生徒会役員がいる。

 

準決勝は新越谷対咲桜、美園学院対椿峰の戦いとなる。

私としては決勝に進んで椿峰と戦ってみたい。あのお嬢様学校の野球部がどんな試合をするか、生で感じてみたいのだ。

 

 

……もしダメだったら大会終わったら練習試合申し込みたいな。

 

 

ここに集まっている四強は梁幽館と肩を並べる強者たちだ。そんな相手に私たちは、なお、勝ちにいく。

 

さて、とは言うものの、咲桜戦のラインナップをとても悩んでいる。監督、主将、そして私たち川口姉妹の4人で会議を行っていた。

 

 

「ヨミを3連投は厳しい…だが、咲桜に勝ったとして、椿峰も美園学院も強豪…どこかで光か理沙を投げさせなければならない」

「梁幽館の高橋さんから貰ったデータによると、打撃の咲桜、投手の美園、守備の椿峰、だそうです」

「椿峰は柳大川越のようなタイプということ?」

「柳大川越が研究とパターン分析による守備だとすると、椿峰は高い個人能力と統率の取れた流動的な守備が特徴です。簡単に言えば、相手を研究していちいち対応するよりも、身に染み付いた守備を誰に対しても完璧に行うことの方が効果的という考え方みたいです」

「なるほどな…」

 

主将が納得する横から、藤井先生が芳乃に質問する。

 

「咲桜の具合はどうですか?」

「咲桜高校は、最高遊撃手の田辺さんや塁間最速の小関さんを擁している機動力の高いチームです。打撃でも5割打者が複数いるため、出塁率は高めです。ここで光先輩と息吹ちゃんのコンビは使いづらいです。ちなみにショートの田辺さんの守備範囲は広大なので、ゴロで二塁三塁の間は抜けないと思って良いと思います」

「なるほど、美園学院は?」

「美園学院の特色はなんと言っても2年生エースの園川さんが春の全国で21回3失点の好投を見せています。これには正妻の福澤さんの功績も大きいですが、何よりシュートとスライダー、そしてツーシームとスローカーブ。完成されたと言っても過言ではない投手力です」

「コントロールと緩急も最高の投手か…椿峰と美園学院の方はロースコアになりそうだな」

「逆にこちらは乱打戦に持ち込みましょう。先発投手は藤原さん、中継ぎに川原さん、抑えに息吹さん…の予定でいきましょうか」

 

藤井先生は顎を抑えながらそう芳乃に提案する。

 

「今度ばかりは総力戦です。決勝に出れれば武田さんのゲームメイクが必要になるでしょう」

 

現状、うちの先発投手陣は特徴的過ぎて扱いが難しいのだ。

 

第1にエース詠深。

彼女は研究に弱い点がある。柳大川越で強ストレートやあの球を狙われたり、梁幽館では試合中に攻略されてほぼ毎イニングで失点している。

だが、彼女の良い点はそのスタミナと決め球であるあの球と強ストレートは狙われてもある程度凡打にできる力があること、そしてなにより精神的に強いこと。恐らく決勝に出れたとして、初回を普段通り投げれる先発投手はそうそういないだろう。詠深はそれが出来る投手だ。

 

第2に光ちゃん。

コントロールが悪く球威不足だったことは、私がキャッチャーに入ることでコントロールの改善により補える。この時点では詠深より良いピッチャーと言える。

だが、その弊害として盗塁阻止が難しくなることが挙げられる。珠姫のようにタマキャノンは持ってないのだ。マネは出来るけど。

 

第3に理沙先輩。

理沙先輩は主力先発投手としては論外だ。そもそもコントロールがゾーンに入るレベルでしかない。変化球もカーブだけで、重い球のストレートだけが武器である。急造投手であることから、投球数50~70、いっても80が球威の限界であることも足枷だ。さらに、打撃面で急成長していることからそちらに専念させたいという思惑もある。

だが、将来的にコントロールの向上とファストボール系(カットボールやツーシーム)の習得によって化ける可能性は大いにある。

 

 

と言った状況で、藤井先生が選択したのは最良と言える。

精神面で比較的強い詠深を決勝に持っていくのだ。

 

 

「なら打順とスタメンは重要ですね」

「あぁ」

「主軸は決まっています…というより、芳乃さんに提案したいラインナップがあります」

 

藤井先生はサマージャケットの内ポケットからメンバー表を取り出した。私たちはそれを覗き込む。

 

「これは…凄いな」

「大胆な使い方ですけど、これはこれで…いえ、これは面白いことになりますよ!」

「そうね…でもいいのかしら?」

「ええ。私は乱打戦における打順はこうあるべきだと思います」

 

 

私たちは視聴覚室で咲桜の試合を見ている仲間たちの元へ作戦を伝えに歩き出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

私と芳乃は朝早くから北大宮駅に来ていた。

私たちの試合は第1試合。9時開始だ。

 

みんな現地集合ということにしているため、8時には球場に集合するようにと言われている。

何故現地集合かというと、うちの学校がバスを持ってないことと、みんなの最寄り駅によってはスカイツリーラインから野田線へ乗り換えるべきか、JRで大宮に出てから野田線で北大宮に出るべきかで料金が変わってくるなら。

例えば詠深は松原団地駅*1が最寄りなので、JRを使わないルートがお得。対して私たち川口姉妹はレイクタウン駅からなので、JR経由の方がお得だったり。まぁ1番のお得なルートは大宮から歩いていくルートだけど、20分も歩きたくないし。

 

「おはようございます」

「おはようございます」

「お、来たか。お前たちで最後だな」

 

私と芳乃が一塁側選手通用口の前に辿り着くと、主将がメンバーの到着確認をしていた。

 

「みんな早いわね」

「ちょっと早く起きちまった!」

 

稜はカラカラと笑う。

他のみんなもあまり緊張はしてなさそう。梁幽館や熊谷実業や柳大川越に勝ったことが、自信になってるみたい。正直、ここから先は私の原作知識は役に立たないから、経験と(息吹)のセンスに頼らざるを得ない。味方が頼もしいのはありがたい。

……まぁそれでも私は打つけどね!今日は乱打戦に持ち込みたいし、先攻で初回先制点取りたいよね…

 

今日は私が主役なのだから…!

 

 

 

本日のラインナップ

 

1 希(一)

2 菫(二)

3 稜(遊)

4 私(三)

5 理沙先輩(投)

6 光ちゃん(左)

7 白菊(右)

8 主将(中)

9 珠姫(捕)

 

常に中軸(クリンナップ)を打っていた主将や下位打線やベンチだった稜など、大きな変更点が多々ある。まぁ稜の打撃が左打席を使うことによって改善されたことも理由の一つだけど…

敵からすれば4番を務めることもあるほどの強打者が8番に控えている上に、その後ろもそこそこ打ててる珠姫。気の抜けない打順形成なのだ。

どこでも中軸どこでも上位打線作戦と、長ったらしい作戦名を監督はつけていたけど…要は打順に関わらない戦力の均一化が目的。

 

そういう条件下とはいえ、4番を任された私。ここぞで打つことが期待されていると思う。期待に応えていこう。

 

 

対する咲桜のラインナップ。

 

1 小関(中)

2 北内(一)

3 田辺(遊)

4 末原(右)

5 丸山(二)

6 錠(左)

7 野村(三)

8 松原(投)

9 清水(捕)

 

*2

 

7番野村さん以外は全員背番号通りのラインナップ。

5番の背番号を背負う3年生茜屋花音さんが3回戦で故障して以来11番の2年生野村さんが入っている以外、スタメンは一切変わっていない。試合途中での代打は多々あるので、全て研究対象なのだけど。

 

ちなみに茜屋花音さんは咲桜の主将であるものの、足の腱が軽度とはいえ炎症を起こしていることからベンチ入りを見送られており、背番号6の3年生にして県内最高遊撃手の田辺由比さんを主将代行としている。

 

主将と田辺さんのじゃんけんによって、私たちは先攻となる。

 

 

 

 

私と光ちゃんはシートノックが始まっても、端でキャッチボールを続けていた。

 

「調子はどう?」

「まぁまぁね。何とか自責点ゼロを継続したいところだけど、この間は光ちゃんに失点が付いたとはいえ失点しちゃってたから…最終回は誰も本塁を踏ませないつもりで投げるわよ。そういう光ちゃんはどうなのよ?」

「うん、多分良いと思うよ」

 

私は座って、光ちゃんの投球練習を受ける。

 

「……変化球もキレてるし、コントロールも悪くないわね」

「じゃあ私が今度は受けるね」

「防具つけなさいよ?」

「うん」

 

光ちゃんが防具をつけて座る。

 

私はフォーシームジャイロとツーシームジャイロを試す。

 

「うーん、やっぱり今日はまあまあね。少し球速落としてコントロール重視で投げるわね」

「うん、じゃあインローのゾーンにツーシーム!」

 

私はツーシームジャイロを普段より遅めに投げる。

 

「よし、コントロールは出来るわね。最悪ランダム投法に戻すべきかしら」

「それもありかも。でも、私は息吹ちゃんのジャイロ好きだよ?息吹ちゃんのかわいさが投球に現れてるよ」

「ちょっと何言ってるか分からないけど、まぁ試合しながら調子戻るかもしれないし、それはそれね」

 

私たちは防具を片付けて、整列に準備する。高校野球の代名詞ともいえる駆け足整列だ。

 

 

私たち高校野球に携わる者が必ず色んなところで礼をしたり頭を下げたりするのは、私たちがプレーするのに色々な人の善意で成り立っているからだ。

例えば全国大会で使われる甲子園球場は歴史的経緯もあるが、使用料はタダだったり、放映権料もタダだったり。高校野球を黒字収支で運営できているのは、ひとえにそれに携わる全ての人たちの協力によるものだと認識しているからだ。

 

それこそ、放映権料を取るならば甲子園なら数十億円の価値があると思う。それを使って運営すれば良いという意見もあるだろうけど、それでは周囲はいつか高校野球に対してメリットデメリットでしか対応してくれなくなるだろう。みんなが協力して作る大会だからこそ、みんなは心から楽しめるし、心から泣けるのだ。

プロ野球も面白いけど、高校野球との違いはこの感情移入だと私は長年アマチュア野球に携わって…まぁ長年といっても前世の18年間と今世の15年間の合計33年……まぁ幼少期を除くとして20年から30年だけだけど、そう感じる。

 

野球というのは非常に金のかかる競技。それを思いっきりやらせてくれる全ての人たちへの感謝。私はそう思っていつも礼をきちんとしているし、これからもそのつもりだ。

 

 

「よろしくお願いします!」

 

 

 

 

 

 

 

*1
現在は獨協大学前駅

*2
小関諒、田辺由比以外はオリキャラです





新越谷と咲桜がとうとう激突!

サンサンと照りつける球場

揺らぐ新越谷

次回、第24話 真の強豪





なんかアニメにありそうな次回予告してしまった笑


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第24話 真の強豪

1回の表、先頭打者は1番希。

打席に入り、プレイボール。

 

咲桜のピッチャーは1番を背負う(エース)松原さん。

捕手の清水さんはこの世界の球女としては破格の体格…まぁ直接的に言えば体重100kgオーバーの巨体で、投球を受け止める。週刊ペナントの咲桜紹介ページによると、見た目にそぐわない細やかな守備やリードだとか。

 

「希ちゃん打ってー!」

「イケイケ!」

 

初球見送ってストライク。

清水さんの腹が揺れる。

彼女が動く度に全身がぶるんぶるんと震える。プロテクターやユニフォームなどの身につけるものは全て特注もしくは特大サイズだとか。

 

第2球、ワインドアップから投げられた先程のストレートと同じフォーム。だが、チェンジアップだ。希はこれを上手く捉えて左中間へ。

 

「行った!」

「行けー!」

「外野抜けたぞ!」

 

外野を抜いてツーベースヒットとなる。

 

「ないばっち!」

 

打撃防具を受け取りに行った詠深が希の両手のひらを叩いた。

 

ノーアウト二塁。

 

 

2番菫。

ライト前に運ぶ良い単打でノーアウト一・三塁。

 

 

3番は左打ちに転向して以来打撃もそこそここなす稜。

 

初球チェンジアップを見逃し。ストライク。だが、一塁ランナーはスタートしている。キャッチャー清水はセカンドへ送球、セーフ。盗塁成功でノーアウト二・三塁へ。

 

「ナイスラン!」

 

菫は手を挙げてベンチの声に応える。

だが、今のプレーでの殊勲賞は一塁コーチャーに入っている芳乃だ。菫は取り立てて足が早いわけではない。だけど、間を完全に盗んだ走塁指示で、菫が盗塁を成功させたのだ。

盗塁に必要なのは、スタート、スピード、スライディングの3Sだ。足の速さは盗塁における絶対のファクターではなく、ひとつのファクターでしかない。現に塁間でかなりのスピードを誇る選手でも、盗塁失敗が目立つ選手もいる。これが盗塁の奥の深さだ。

 

2球目、稜は振ってサードの頭を超えるポテンヒットとなる。三塁コーチャーに入っていた詠深は走塁を断念して希と菫に留まる指示を出す。サードも、稜の足の速さと、満塁の方が守備をしやすいというのもあって送球は丁寧な送球で確実に捕れるものを送る。

ノーアウト満塁。

 

 

ノーアウト満塁で4番の私。

 

「いぶきー!打てー!」

「先制タイムリー!」

「先制満塁ホームランでもいいよ!」

 

クラスメートたちの応援が一塁側…背中からかかる。

 

咲桜の守備位置が外野は後退、内野は前進する。……単打はくれてやるから長打とゴロならアウトとる…って感じかな。

 

「打てるよ息吹ちゃん!」

「4者連続安打だー!続けよ!」

 

三塁コーチャーに入っている詠深と一塁の稜から声もかかる。

 

投手の松原さんはそんなに良い投手ではない。柳大川越の大野さんと朝倉さんの方が全然良い投球をする。故に……

私は()()()()()をひとなでして、打席に入る。

 

「お願いします」

 

左打席に立って、バットを構える。

 

初球ストレートは見逃し。続く2球目のチェンジアップも見逃してツーストライクで追い込まれる。

ここから私はカットを続けていく。変化球はチェンジアップだけみたいだし、カットでならどれだけでも粘れそう。

 

途中ボールを見逃す…バットのギリギリ届かないボール球を見逃しも含めて、合計16球目まで粘っている。

 

第17球目。

ライト方向にかっ飛ばした打球は伸びて伸びて……ライトはフェンス際で見上げている。落下点か…と誰もが頭をよぎる。

だが、打球はそのまま柵を越えていった。

4者連続安打で先制満塁ホームラン。

 

私は本塁を踏んだ。

 

「息吹ちゃん、凄か!」

「公式戦3本目のホームランね」

「良い粘りの末のホームランだったな!」

「そ、そう?ありがとう。でも4点入ったのはみんなが安打で繋げてくれたからよ」

 

先に戻っていた希、菫、稜の3人に囲まれながらベンチへ引き上げるのであった。

ちなみに、試合またいでだけど、2打席連続ホームランとなった。

 

 

私はベンチに戻ってみんなとハイタッチを交わした後、守備の準備をする。

そして、試合を見に戻った時に、打席には6番の光ちゃんが、ベンチに理沙先輩が戻ってきていた。

 

「あれ、理沙先輩アウトですか?」

「ええ、田辺さん、レフト前ヒットになるだろう打球をジャンプしてライナーにしちゃったのよ」

「やっぱり右打者引っ張りタイプと左打者流しタイプは今回難しいですね」

「次は捕れないくらい遠くに飛ばすわ」

 

引っ張り方向に飛ばす方が打球は強くなることは知っているだろう。理沙先輩もそのタイプなんだけど、今回はショートの田辺さんが邪魔でライト方向への打撃はかなり制限を受ける。

本来なら主将の茜屋花音さんも良い守備力を持っていたので、三遊間は絶対抜けない魔の三遊間とも呼ばれていたのだ。

 

とはいえ、原作で守備と投手力に長けた柳大川越から9点も奪った打線が控えていることからも、まだまだ油断出来ない点差。

 

光ちゃんはサード強襲で内野安打となる。

 

 

 

だが……

 

 

「どうしたんですか?」

「ん、あぁ、今の光の打球を受けたサードが蹲っててプレーが止まってる」

 

私はネクストに入るべく準備していた主将に聞くとそう返ってくる。

 

とことん咲桜のサードはツイてない。3回戦でもサードの茜屋花音さんが死球で足の腱を損傷している。

 

「おいおい、担架まで出てきたぞ」

 

稜が状況の逼迫性に頬が引きつっている。

 

サードの野村さん(背番号11)に代わって白石瑠璃さん(背番号12)がサードに付く。

咲桜の白石瑠璃さんと白石琥珀さん(背番号13)も双子で、例のごとくまた週刊ペナント増刊号(埼玉県四強特集)で取材されて覚えている。髪型以外は瓜二つで、瑠璃さんはボブでかわいらしい髪飾りが特徴で、琥珀さんはセミロングの髪をシュシュでお下げにしている。ちなみに週刊ペナント増刊号によると琥珀さんのシュシュについて、試合用は帰って洗う時に大変だからお気に入りは制服の時しか使わないんだとか。

ってか準々決勝→準決勝まで中1日しかないのによく作るわよね…まぁ取材自体は八強の試合前に行われたやつらしいんだけど。

 

 

 

 

7番白菊はレフトに大きな当たりを出して、ランナー一・三塁。

競技は違うとはいえ、全国覇者は精神的にも強いのかも。強襲で交代した後に思いっきり振っている。これで後に続く人達も楽になる。

 

 

8番主将に、得点圏にランナーを置いて回ってくる。

センター前に返してランナー一・二塁。

 

 

9番珠姫には芳乃から送りバントのサインが出される。

きっちりと送って、ツーアウトランナー二・三塁。

 

 

ここでアベレージヒッター希に回る。

初球、ライトへ速いライナー性の打球を返す。打球はとても速い!ライトはグラブで弾いてしまって、失策となる。横に弾き飛ばしてしまい、ファールゾーンまで取りに行くことに。その間に希は三塁を踏んだ。タイムリーエラーだ。

 

 

2番菫は速いゴロを打った。本来ならレフトに抜けるゴロヒットのはずが、ショート田辺さんのスーパープレーで一塁アウト。スリーアウト。

 

ここまで1回の表だけで一巡。ヒット7本、7得点。

 

「みんな凄かったよ!超ビッグイニングだね!守備もがんばろう!」

 

芳乃がベンチから守備に散っていくみんなに発破をかける。

 

 

 

1回の裏。咲桜の攻撃。

1番、塁間最速の小関さん。

初球、理沙先輩のストレートがど真ん中に入ってしまった。小関さんは迷わず打撃。打球は稜の守るショートに転がる。きっちり捕球したものの、一塁送球は間に合わない位置に小関さんが爆走していた。稜は一塁送球を諦める。

ノーアウト一塁。

 

 

2番北内さん。

初球の低めストレートを見逃し…

 

「ランナー走ったよ!」

 

稜はベースカバーに入った菫のカバーに入る…が、珠姫の送球は焦ったかさらに後ろへ。センター主将がバックアップに入って、三塁に送球。私は捕球してタッチプレー。セーフ。

多分予想以上に速かったから焦ったのね。

 

その後、制球が乱れた理沙先輩。北内さんは四球を選ぶ。

ノーアウト一・三塁。

 

 

3番田辺さん。

ライトへの当たりを出す。

ワンバウンドでキャッチしかけた白菊が後逸。小関さんと北内さんは本塁を踏んだ。田辺さんは三塁を蹴った。バックアップに入った主将のレーザービーム。

珠姫が捕球して、田辺さんがスライディング。クロスプレーだ…!

 

 

「アウト!」

 

 

田辺さんの足は珠姫のグラブで抑えられていた。

 

「ナイスキャプテン!」

「すみません〜!ありがとうございます〜!」

「珠姫もナイスブロック!」

 

エラーからのリカバリーとしては最高の結果だ。

ワンアウトノーラン。

 

 

4番末原さん。

理沙先輩のストレートを初球から簡単に捉えてきて、センター前に返す。

やはり理沙先輩の投球でアウトを取るには打たせてとるのでは無く、()()()()()()しかない。

 

 

5番丸山さん。

初球エンドラン。レフトへ抜けた打球。一塁送球も、間に合わず。

 

やっぱり足の速さは小関さんだけでなく全体的に速い。

ワンアウト一・三塁。

 

 

6番錠さん。

エヴ〇ンゲリオンの碇とは読み方は同じだけど、かねへんの南京錠の錠だ。

左打ちの彼女はライトに引っ張り、追加点を加える。ワンアウト一・二塁。

 

 

7番瑠璃さん。

初球、投球モーションと共に二塁ランナースタート。一塁ランナーはノースタート。珠姫はサードの私に送球…二塁ランナーの丸山さんの足は速く珠姫の送球が私のグラブに収まる時にはスライディングを終えていた。私がピッチャーに返球で、手からボールが離れた瞬間に一塁ランナースタート。理沙先輩は捕球して稜へ送球も間に合わず。ワンアウト二・三塁に変わる。

ここで珠姫は瑠璃さんを歩かせることにする。ワンアウト満塁に。

 

 

8番松原さん。

初球空振りして、2球目をファール。

第3球…打ち上げた。打球は三塁線に切れてファールゾーンへ。私が追いかける。壁ギリギリでキャッチ。ツーアウト満塁。タッチアップは無し。

 

 

9番清水さん。

あの巨体で走力は咲桜らしくない低いものだろう。

 

 

 

 

そう、油断してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女こそが、真の4番だということに気がつかず。

 

 

 

 

 

同点満塁ホームラン。

 

 

 

そう、これが咲桜だ。

 

 

 

 

これが、乱打戦だと、その巨体の背中が示す。

 

その巨体の背中は、何故か物理的以上に大きく見えた。

 

 

 

 

 

 

 




1イニングも終わってないのに、両チーム合計12安打3失策14得点という頭のおかしい結果から始まりました。


ちなみに清水についてはかなり作りこんでいます。
咲桜に強い憧れがあって入学したものの、彼女の攻撃に関する能力は咲桜の機動力重視とは相いれず、3年となった今年の春から正捕手を任されるようになるまではほとんど公式戦には出ていませんでした。
1年生の頃から打ててたので、その頃からレギュラーに入れていれば中田の高校通算50本以上という数字を超える本数を軽く打っていたと予想できるほどの超強打者です。
足は50メートル13秒台のクソザコナメクジですが、超パワーとミート力を併せ持つ「ホームランを打つために産まれてきた」少女です。
……デブですが


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第25話 ぅゎょぅι゛ょっょぃ

1回の裏、ツーアウトノーラン。点差はゼロ。

 

咲桜の攻撃力は強打のチームとはいえ、熊実とは大きく異なる。熊実は長打によって点を伸ばし、咲桜は小さな当たりの乱発と持ち前の足の速さで塁を駆け抜ける。

よって、清水さんは咲桜の特徴を消しかねない存在ではある。なぜなら……彼女が打てばランナーが消えるから。

 

 

1番小関さん。

ライト方向へ当てるも、前進守備を敷いていた外野に打ち取られる。スリーアウト。

 

ランナーがいるのといないのとでは、ピッチャーにかかる負担やプレッシャーは異なる。点差ゼロになったとはいえ、咲桜のランナーほどプレッシャーのかかる相手はいない。理沙先輩も制球が落ち着きはじめて、低めに収まりはじめた。

私は追い込まれる前に打ってくれた咲桜打線に少し感謝する。私みたいにちょっと卑怯な小技は使ってこなかった。そのおかげで理沙先輩の投球数は23球で済んでいる。逆に咲桜のエース松原さんは既に46球も投げさせた。球数を投げさせられるというのはかなりのスタミナを食うのだ。理沙先輩がまだまだ投げられる球数なので、これは助かった。

 

「理沙先輩、お疲れ様です」

「ごめんね…あんなビッグイニングだったのにふいにしちゃったわ」

「大丈夫ですよ。次は稜からですから…稜が出塁出来れば私が必ず返します」

 

芳乃からは次打席からはホームランよりも二塁打三塁打を狙って打って欲しいと要望を受けている。これは先程の清水さんと同じ理由だ。

さらに二塁打三塁打ならばフォースの状態を回避出来るので、相手にプレッシャーを与えられる。

 

 

 

2回の表、新越谷の攻撃。

 

3番の稜。

ボールの上っ面を叩いた上に、流し方向へ緩い打球となる。打球が転がる先は県内最高遊撃手の田辺さんの守備位置へ。ショートゴロ。

 

 

4番の私。

この状態なら、三塁打が欲しい。なら打つべきはライトの奥、ライト線ギリギリ。

ライト線方向へ引っ張って…あ。弱かったわね…二塁で止まっておきましょう。

ワンアウト二塁。

 

 

5番理沙先輩。

レフト前に落ちる打球。一・三塁に変わる。

 

 

6番光ちゃん。

意表を突いたスクイズの指示。投球スタートから私は三塁を蹴る。外すことは出来なかった様で、光ちゃんは丁寧にサードへ転がす。私はホームイン。光ちゃんはセーフティのようになってらギリギリセーフ。

ワンアウト一・二塁。

 

 

7番白菊。

初球から振って、引っ張り方向にゴロを出してしまう。

ショート田辺さんが捕球して、そのままグラブトス。サードが捕球して、三塁アウト。サードは一塁送球一塁アウト。6-5-3のゲッツーとなる。

スリーアウト。

 

これはまずい…咲桜に守備の流れが出はじめてる。芳乃に視線で光ちゃんを出すか問うけど、悩んでいる。私は声をかけることにした。

 

「どうするの、ここで打たれたらあっちに流れ持っていかれるわよ」

「…うん、でもここは理沙先輩で引っ張りたい」

「ここで負ければ次の試合もないわ。そんな大前提忘れてない?」

「……そうだね…ここは……光先輩の方がいい」

「みんな、集まって!」

 

私は芳乃を説得すると、守備に向かおうとするみんなを引き止める。

 

「シートを変更するよ!」

 

芳乃はみんなにシート変更を伝える。

珠姫がレフトに。

理沙先輩がサードに。

光ちゃんが投手に。

私が捕手に。

それぞれ変更する。

 

 

球審に伝えて、シートを変更。

 

マウンドに立った光ちゃんの球を受ける。

うん、コントロールも悪くない。

 

私は光ちゃんに球を手渡しに行く。

 

「ノーランで6回まで投げるつもりでよろしくね」

「あはは…がんばるよ」

 

 

 

2回の裏。

2番北内さん。

左打ちの彼女には、外角低めにスライダー、内角高めにシュートをそれぞれ投げて最後にスプリットで空振りを奪う。ワンアウト。

 

 

3番田辺さん。

内角高めにストレート、同じコースでスライダー、外角低めにシンカーで仕留める。ツーアウト。

 

 

4番末原さん。

低めにスプリット。2球目もスプリットだけど初球より外側。最後はストレートを内角高めに。バットはボールの下を通って三振。

光ちゃんのストレートはバックスピンが良いので、上に浮あがる。だからストレートも変化球と言っても過言ではない。

 

「ナイピ!」

「うん、息吹ちゃんのリードのおかげだよ」

「そう?ありがと」

 

これで光ちゃんは三者連続三振だ。

 

 

 

3回の表。

8番主将。ライトへゴロヒットを打つ。ノーアウト一塁。

 

 

9番珠姫は送りバントの構え。内野はかなりの前進守備となる。

これは恐らく先程もバントだったため、バスターの危険が少ないと判断したのだと思う。だけど…投球開始から内野はさらに前進。珠姫はサードの頭上を超えるプッシュバントで出塁した。ノーアウト一・二塁。

 

 

1番希。

安定のセンター返しで満塁へ。

 

 

2番菫。エンドランを満塁で仕掛けた芳乃の策略は功を奏したの…かな?

レフトへのゴロで、三塁にいた主将は快足飛ばしてホームイン。レフトはサードへ送球、アウト。さらにショートへ送球してアウト。ファーストにさらに送球したが、際どいプレー。

 

「アウト!」

 

…トリプルプレーやん。1打点トリプルプレーが両立って…なんて珍しい……いや、そもそも1回の時点で頭おかしいし、関係ないか。

 

 

 

 

3回の裏。

5番丸山さんから。

内角高めストレート、内角高めスライダーでツーストライクに追い込んで、変化量の多いシンカーで逃げるように三振を誘う。

 

4人連続で三球三振。

 

 

6番錠さん。

左打者なので、スライダーから入ってついでスプリット。ツーストライクに持ち込んでから、もう一度、今度はシンカーをゾーン外に外して空振りを誘う。今まで全てがゾーン内だったので、錠さんは先入観で振ってしまった。

 

5人目の三球三振。

 

 

7番瑠璃さん。

スライダーを瑠璃さんに当てるギリギリに投げる。避けてボール。

第2球、低めのスプリット…って打った!

 

「セカンっ!」

「任せて!」

 

やはりミート力が凄い。手元で落ちる球なのによく当てる…セカンドゴロでスリーアウト。

 

「2連続で三者凡退!ナイスよ」

「うん、ありがとう。それより、息吹ちゃん次ネクストだよすぐ外さないと」

「ありがと」

 

光ちゃんが防具を外してくれる。

 

 

 

 

4回の表、3番稜から。

 

稜はセンター前に返して、ノーアウト一塁。

 

 

 

続いて4番の私。

は歩かされた。ノーアウト一・二塁。

 

 

5番理沙先輩。

芳乃から重盗のサインが出る。

 

そういえば、咲桜はさっき重盗を時差式で行ったけど、あれはサインが出てなかったんじゃないかと思う。なぜなら、同時にやった方が両方アウトという結果にはならないから。

 

清水さんの送球は丁寧にサードの瑠璃さんの捕球しやすい低めに収まり、稜はアウト。私は二塁に到達する。

 

理沙先輩は2球目をゴロでショートに。誤ってスタートしてしまった私は二遊間に挟殺プレー…だけど、ここは芳乃のコピー。って無理があったようで、流石に田辺さんに仕留められた。ツーアウト一塁。

 

「ごめん、判断ミスしたわ」

「ドンマイ!まぁ2点リードしてるし、大丈夫だよ!」

 

そんなことないのは芳乃もよく分かっていた。攻撃の勢いはどんどん止まってきている。ここでもう1点欲しいところだった。

 

 

6番光ちゃん。

ライト前に飛ばす。これでツーアウト一・二塁。

 

 

7番白菊はレフトフライに倒れてスリーアウト。二者残塁。

 

 

 

4回裏。

8番ピッチャー松原さん。

5球で三振にうちとる。

 

 

そしてやってきた9番清水さん。

ここで私は球を手渡しに行く。

 

「どうする?さっきの理沙先輩から奪った本塁打はまぐれじゃないわよ」

「うん…とりあえず際どいコース投げて、カウント悪くなったら歩かせる…でいいんじゃないかな」

「分かった。スプリット主体でいくわ」

 

私は戻って低めに構える。

 

(スプリット、外角低め。変化少なくていいから速いの)

(うん、やってみるよ)

 

スプリットは外角低めにストンと落ちる。ストライク。

 

(シンカーで外そう)

(真ん中くらいでいい?)

(ええ、それくらいの方が手を出してくれるかも)

 

第2球を清水さんはハーフスイング。球審はボールを宣告。

私はハーフスイングの塁審確認をアピールする。

球審が一塁審を指さす。

一塁審はアウトの動作をする。

球審はカウントの訂正を行う。ツーストライク。

 

(これはラッキーだったわね。今のが外角中ほどだったから、もう少し低めにゾーンに入るようにシンカー)

(うん)

 

同じようなコースに見えて、実はストライクゾーンに入っているという球だ。

 

第3球を投げた…

 

 

 

カンッ―――!

 

 

 

 

大きく当たった打球は左中間に飛んでいく。

 

が、主将のダイビングキャッチでセンターフライとなる。

 

 

 

 

続く1番小関さんも三振にうちとって三者凡退。

 

これで3イニング連続で三者凡退とした。

 

 

 

 

 

なに、光ちゃん強くない?

……そういえば幼女先輩って、ファンの間で呼ばれてるのよね、あっ(察し)

 

 

ぅゎょぅι゛ょっょぃ

(サブタイ回収)

 

 

 

 

 





すみません、今週は更新が出来ない可能性があります。
今日もちょっと忙しくてなんか味気無くなっちゃいましたよね…




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第26話 荒れる試合…って初回から荒れてるよ

先に言わせて頂きます。連日投稿していた中、いきなり遅れてすみません。

また、今回は文量が7000文字長になってます。4000文字ちょっとに抑えるはずだったんですけど…あえて分けてないでいかせて頂きます。キレが良くないのでね。





 

 

5回の表。

8番主将は見逃して三振。

 

 

9番珠姫もショートライナーに倒れる。ツーアウト。

 

 

1番希はツーアウトノーランから再び出塁。一塁。

ここから奇跡のようなナニカが始まる。

 

 

2番菫。

初球見送ってランナースタート!希のスライディングと清水さんの送球はほぼ同時だけど、少し高く浮いた送球にセカンドの丸山さんがお手玉してしまってセーフ。一応エラーは付かず、盗塁成功の判定。

2球目、三塁線にバントで転がしてセーフティ。内野安打で一・二塁となる。

 

 

3番稜。

ピッチャーの松原さんは、私に回るのを避けたいのか力みが入ったのと、稜のカット粘りで四球。ツーアウト満塁。

 

 

満塁で4番の私。

ここで咲桜は守備のタイムを取る。

 

…………なんか見覚えのある光景だなー(棒)

 

案の定、私は満塁押し出し覚悟の敬遠。

 

そう、私たちが梁幽館相手にやったのと同じだ。簡単に言えば「やっていいのはやられる覚悟のあるやつだけだ」ということ(多分違うけど)

 

 

5番理沙先輩。

そしてここで咲桜は投手を変更する。

8番ピッチャー松原さんに代えて、1年生内田心愛さん。背番号は20。

この子はまだ公式戦登板経験が無くてノーデータ。理沙先輩は逆にある程度研究されてる。この差は…どう出るか。

 

初球速球。なかなか球速はある。朝倉さんや詠深の強ストレートや久保田さんと比べればさほどではないけど、光ちゃんくらいはある。というか今の直球じゃないのかしら?一塁からだとよく分からないけど、もしかしたら…

2球目も同じコース。やっぱりあれカットボールだ。スライダーみたいに曲がってるけど、変化が小さくて速い。そして何よりフォームとリズムが異端。理沙先輩はショートゴロになってしまう。一塁走者の私も流石に間に合わないわよ…二塁フォースアウト。スリーアウト。

 

1点を追加してスコアは10-7。

光ちゃんの制球はまだ乱れの兆候もない。このままなら…

 

 

 

5回裏、咲桜の攻撃。

2番北内さんの打順で、代打起用の2年生松坂心春が打席に入る。同じ左打ち。

光ちゃんの持ち球的には右打者の方が得意だ。なぜなら、外に外れる球種が2つあるから組み立てやすいから。

 

初球シュートで手元に食い込む球を要求する。

光ちゃんも頷いて投球してくれる。が、松坂さんはバットを寝かせてセーフティバント。三塁線に転がす。理沙先輩も捕球して送球も、快足咲桜の機動力に及ばず。ノーアウト一塁。

 

 

3番田辺さん。

代打で出塁した松坂さんが大きくリードをとって光ちゃんにプレッシャーを与える。一塁牽制送ってセーフ。だけど、リードは小さくならないどころかさらに大きくなる。今の牽制球で光ちゃんの牽制能力を見切られたかも…見切りの上手い選手なのかな、松坂さんは。

 

初球クイックで内角高めにストレート…を打たれた!

光ちゃんが上を指さす。私はマスクを外して上を見る。見つけた。セカンド菫が捕球体勢に入っている。松坂さんも既に一塁にタッチアップ(帰塁)している。田辺さんは一塁を踏む。

 

…ポロッ……

 

 

 

落としたぁぁあ!?

 

…そっか、セカンドをメインに守る菫は操作性の高さを重視して、ポケットの浅いグラブ使ってるからフライとかはきちんと捕球しないとこぼれちゃうのね。

 

 

 

……って言ってるうちにノーアウト一・三塁のピンチ。

 

 

 

「セーフティスクイズあるわよ!サード前に!」

 

私はスクイズ警戒シフトのサインではなく、牽制注意のサインを出しつつ、声をかける。正直稜が反応してくれるか分からないけど…

 

「どんとこーい!」

 

稜がグラブを3回叩きながら呼び込む。通じたみたい。

 

4番末原さんが右打席に入る。正直4番だから打つかもしれないけど…ここは多分これでいいはず。

 

三塁に2度山なりの牽制を送り、理沙先輩が捕球。そしてその後一塁へ鋭い牽制球。一塁ランナーの田辺さんも驚いたようだがセーフ。

 

初球、インハイにストレート。末原さんはバントの構えだけど…当たらず!ストライクの宣告を聞き流して三塁牽制球!稜が捕球して、理沙先輩との挟殺プレー。最終的に稜がグラブでタッチして、アウトが三塁審によって宣告される。ワンアウト二塁に変わる。

 

 

 

……ん?二塁?

 

 

思わず2度見しちゃったけど、田辺さんいつの間に走ったの!?

いつの間にか歩いていたらしい田辺さん。野手選択の扱いになるけど…そもそも気付かなかったわよ…

フ〇ルナンデス並のサイレント走塁ね。

 

改めて2球目は見逃してボール。

 

そして3球目、アウトローにスプリットを……カンッ!

 

打たれた!二遊間!

 

稜が飛び込む。そしてトスで菫に送球するものの体勢が崩れながら送球したため送球エラー。それを見た三塁ランナーの田辺さんはリードしていた位置からスタート。1点の失点とさらに一・三塁のピンチが続く。

このイニングで流れが持っていかれたみたい。

 

 

6番錠さんに代打で白石琥珀さんが打席に入る。

初回でサードの野村さんに代わって入った白石瑠璃さんの双子の姉だ。

 

(ここは落ち着いてアウトを取りに行くわ)

(うん)

 

低めのスプリットを内角(インロー)外角(アウトロー)と2球続ける。

3球目、もう一度外角低めにスプリットを要求したけど…

読まれたみたいで、的確なスイングでセンター前に落とす。三塁ランナーホームイン。ベースカバーに入る菫。主将は二塁送球、二塁フォースアウト。打者一塁へ。記録は犠飛となる。

 

 

5回の裏。ツーアウト一塁で、点差は僅かに1点。

ここで迎えるのは6番に代打で入った琥珀の妹、7番瑠璃。

流れが持っていかれたこともあって、光ちゃんの制球に乱れが出始める。ファールで粘りつつ外に外す球を見極められてフルカウントからストレートが高く外れて四球となる。ツーアウト一・二塁。

 

 

8番投手内田さんに代えて明石亜美さん(背番号10)が打席に入る。

初球なげ…走った!重盗(ダブルスチール)!捕球してサード送球!…どう!?

 

「アウト!」

「ふぅ…ヒヤヒヤするわね…」

 

スリーアウト。

2点返されたけど、まだこちらのリード。あと少し踏ん張れば…勝てる…!

 

 

 

6回の表。

 

咲桜の守備は錠さんの代わりに入った琥珀さんがそのまま入ってレフト。投手だった内田さんの代わりに入った明石さんはファースト。一塁手だった北内さんの代わりに入った松坂さんがピッチャーに入る。

 

ちなみに内田さんは投球回1/3、投球数4しか投げていない。

 

打順は6番光ちゃん。3打席3打数3安打の活躍を見せる光ちゃんだけど、流石に4打席連続安打はならず。

 

 

7番白菊、8番主将と、連続で空振り三振を取られてスリーアウト。

 

ちなみに投手に入った松坂さんは松原さんと並ぶ咲桜のダブルエースで、サウスポーだ。初回こそ両チーム大量失点だったけど、本来松原さんはそれなりに投げれるエースだ。それと肩を並べる2年生サウスポーが弱いわけがない。

なお、3年生のエース松原さんと、2年生のエース松坂さんの苗字の最初の文字が同じため、ダブル松とも呼ばれている。

 

 

 

6回の裏。

 

きっちりと抑えるつもりで、キャッチャーボックスに入る。

打席に入るのは先程打席を完了していなかった代打で入った明石さん。代打を任されるだけあるのか、素振りのスイングは綺麗で素早く力強い。

 

(ストレート中心でフライにうちとろう)

(打たれないかな?)

(緩急つけていくわよ)

(うん)

 

初球インハイストレート。見逃してストライク。

2球目、アウトローにチェンジアップ。明石さんはスイングするけど、タイミングが合わない。

 

(もう一度チェンジアップ、今度は外いっぱいに)

(え…うん)

 

光ちゃんは一瞬曇った顔をしたけど、頷く。その反応なんか嫌な予感。

私はサインをもう一度送る。五指を全て広げるサイン。

 

(ならスプリットはどう?)

(わかった…ごめんね)

(そういう勘ってあるものね…)

 

3球目、スプリット。低めのスプリットを、明石さんは力強いスイングで振り抜いた…!?光ちゃん!

 

 

光ちゃんに打球が当たる。

強襲ヒットが記録されるけど、それどころでは無い。

 

球審がタイムを宣言する。一塁に出た明石さんもヘルメットを外して青い顔をする。

 

肩に当たってたよね!?

 

「光ちゃん!」

「大丈夫…折れてはないよ。でも痺れてるから投げられないかな」

 

光ちゃんは痛みに顔を歪めている。私はベンチの藤井先生と芳乃に交代のジェスチャーを見せる。

治療のため試合の中断をアナウンスされる。

 

私は光ちゃんの左の袖を捲る。当たり所は光ちゃんの鍛えていた僧帽筋の辺りで、赤くなっている。芳乃の持ってきたコールドスプレーを受け取って冷やす。

 

藤井先生の指示で珠姫がいつの間にかベンチに戻り、防具を付けて詠深の投球練習を始める。

 

球審が担架を指示するけど、光ちゃんは歩けるからとそれを押しとどめる。芳乃はサッと三角巾で光ちゃんの腕を吊る応急処置をして、私も含めて3人でベンチに向かう。

 

明石さんがこちらに頭を下げる。光ちゃんはそれに右手で気にしないようにと返した。

 

「息吹さん、選手交代を告げてきてください。捕手が山崎さんで、投手は武田さんでいきます。息吹さんはレフトでお願いします」

 

藤井先生の交代指示を球審に伝える。

 

藤井先生は多分とても悩んだと思う。ノーアウト一塁で迎えるのは清水さんから上位打線に向かうラインナップ。

理沙先輩はただでさえ咲桜の上位打線には不安なのに、今日調子が悪い。私の場合、魔球は投球制限を芳乃から明言(ジャイロは20球まで)されたため最終回に使いたい。詠深は肩こそ作ってはいたけど、投げさせるつもりがなかったので投球練習は数球だけ。さぁ誰を使うか…迷うわよね。

 

藤井先生の英断で、登板した詠深。

 

 

9番清水さんを敬遠してから、1番小関さん。

あの球を見切られて打たれた!

 

打球は…私の方向(レフト)

 

ってかこれ……間に合わないわよ!

 

フェンスに当たって跳ね返ってきた打球を捕球して、中継に入っていた理沙先輩に送球。理沙先輩は本塁に走り込む明石さんを諦めて二塁の菫に送球して清水さんをアウトにする。同点ね……光ちゃんが下がって打撃力下がってるのに……

……というか清水さん、その巨体故に足が遅い。ドシンドシンという効果音が付いてそう。代走出せばいいのに…

 

 

ワンアウト一塁で2番松坂さん。

初球、一塁ランナースタート!塁間最速小関さん、公式戦での二盗被阻止は梁幽館の小林依織の依織バズーカで1度捉えられただけだとか。

ワンアウト二塁に変わって、2球目。送りバント成功でツーアウト三塁になる。

 

 

3番田辺さんに、代打が送られる。背番号16の南山麗華さん。梁幽館の高橋友里さんに貰ったデータによると打撃一辺倒のピンチヒッターで、3年生。3年間で今大会を除いた通算で僅かに11打席しか打ってないものの、11打席、10安打、1四球、塁打数24、打率1.00を記録している。DH制を採用しているリーグのチームから注目を浴びる、一応プロ注の選手だ。

 

初球、あの球から入った新越谷正バッテリー。だが、簡単にライト方向へ………フェンス前に落ちる。勝ち越しのランナーがホームイン。南山さんは咲桜の特徴的な快足も持っていて、三塁に駆け込む。セーフ。

勝ち越しタイムリースリーベースヒットとなった。

 

 

なおもツーアウト三塁のピンチに4番末原さん。

末原さんは詠深の強ストレートを詰まらせて私が捕球。スリーアウト。

 

 

 

7回の表。

 

レフトの琥珀さんがショートに入って、代打の南山さんは下がって1年生の五十嵐凛子さん(背番号19)がレフトに入る。……南山さんは守備出来ないのかな。だから代打でしか出れないのね。

 

打順は9番珠姫。

初球、コンパクトにスイングした珠姫。外いっぱいの真っ直ぐを捉えるも、センターフライとなる。

 

 

1番希。

いつも通り安定の打撃でレフト線に飛ばし、本日4安打目。

 

 

2番菫はライト前に転がるゴロで、一塁での際どいプレー。塁審は…セーフ。

ワンアウト一・二塁。

 

 

3番稜は菫と同じくライト前に転がる打球。先程菫がゴロを打ったことで守備位置が前に来ていたのが災いし、稜の快足も虚しくアウト。ツーアウトランナー二・三塁。

 

 

私はネクストから打席に向かう。

ベンチの方を見ると、ベンチにいるみんなが祈っているのが見える。光ちゃんも戻ってきていたようだけど、やはり三角巾で腕を吊ったまま。

 

さて、ここ2打席敬遠されてるけど、松坂さんは敬遠するのかな?

 

捕手は…座らない。またか。まぁ満塁策出るわよね…でも、理沙先輩の打力忘れてないかしら?

 

 

ツーアウト満塁で、5番理沙先輩。点差は僅かに1点。単打以上で逆転タイムリーね。

………え……それマジでやる?

 

あ、いや、えっと……芳乃のサインは…大まかに言うと、盗塁。とりあえず、頑張ろう。

 

二塁走者菫がリードを大きくとって、咲桜バッテリーに揺さぶりをかける。

松坂さんが二塁のベースカバーに入ったセカンド丸山さんに牽制球を送る……ところで三塁ランナー希がスタート!

慌てたセカンド丸山さんは本塁へ送球!だが希は滑り込んでセーフ!

菫と私も1個ずつ進む三重盗となる!

 

本当なら丸山さんは三塁へ送球して、菫を挟殺プレーでアウトにすればせいぜい同点で済んだのだ。これは丸山さんの選択ミスとも言えるけど…頭に過ったのは抑えの私かな。一概に丸山さんを責められないプレーだ。

 

さて、同点ツーアウト二・三塁。

ここで芳乃が球審に走っていく。

 

メンバー表を持っている…ってことは芳乃が代走…菫と交代ね。私は最後投げるし、理沙先輩を代える理由はない。

案の定、三塁に代走芳乃が入る。

 

咲桜は5人内野シフトを敷く。ショートの琥珀さんがピッチャーから見て右後ろに、レフトの五十嵐さんがショートの初期位置から二塁寄りにつく。……どんだけ私から点取れないと思ってるのよ…

 

さすがに2度目の本盗は許せないと、2回三塁へ牽制球を送り、私にも1回牽制球を送った後に、初球見逃してストライク。

 

第2球、振りかぶって…投げた!理沙先輩はゴロをとりたい相手のシフトから落ちる球が来ると予想して、ツーシームを捉えた様で、本来のセンター前に落とす。これは5人内野シフトが仇になったパターン。勝ち越しタイムリーツーベースヒットとなる。これでスコアは13-11だ。

 

 

6番に入った詠深は安定のアウト献上機で、スリーアウト。

え?内容聞きたい?……三振だよ!

 

 

 

 

「よし、最後の守備だ!長かった激闘をここで終わりにするぞ!」

「おう!」

 

主将が円陣で発破をかける。

 

「詠深ちゃんはサードで、理沙先輩がセカンドに入ってください。芳乃さんがレフトです」

「はい!」

 

監督が守備位置を告げる。そして、それを珠姫が球審に伝える。

 

 

「おおー!」

「出たぞ!」

「魔球クローザー!」

「守護神だ!」

「ちくわ大明神」

「防御率ゼロ行けるぞー!」

「ってかあの7番今日だけで内外野捕手投手全部こなしてるんだけど…」

「息吹ちゃんだからな」

「誰だ今の」

「高一ジャイロボーラーでホームランバッターとか中田以上の逸材じゃないか?」

「息吹ちゃんかわいいぞー!」

 

私が投球練習すると、観客がドッと沸く。あ、最後の人、わかってるよ、息吹ちゃん()かわいいものね!

中田さん以上か…ちょっと嬉しかったり。

 

球場のムードは完全にこちらのもの。

7回の裏、咲桜の攻撃は、5番丸山さんに代打が送られて3年生の森下花苗さん(背番号14)。

初球、珠姫からの指示はフォーシームジャイロを内角に。森下さんは手が出ない。見逃してストライク。

2球目はストレートを顔の前に投げてボール。

3球目、フォーシームジャイロをど真ん中に珠姫が要求してくる。こんな配球要求するから吉川さんに「生意気なリード」って言われるんだよ…空振りでストライク。

4球目、全く同じコースをツーシームジャイロで要求してくる珠姫。だから吉川さんに(中略)空振りで三振。

 

 

6番琥珀さん。

初球、外いっぱいのフォーシームジャイロ。空振りでストライク。

2球目、今度は外いっぱいのツーシームジャイロ。タイミングがズレて空振り、ストライク。

3球目、中いっぱいのフォーシームジャイロで三振。ツーアウト。

 

「ツーアウト!」

 

私は右手の人差し指と小指でアウトカウントを周知する。

 

 

7番白石瑠璃さんに代えて、代打平山沙奈さん(背番号15)。3年生だ。

初球、2球目と見逃してツーストライク。

 

みんなの願いが、私の指を押す。

 

フォーシームジャイロが、今までよりも速い球速で放たれ、平山さんが空振り…珠姫が逸らした。

 

 

「今の速かったばい!どげんしよったと!?隠してたん!?後で勝負して!」

「球数あれだから明日ね」

「やった!」

 

ファースト送球された球を希から受け取る。

 

 

8番明石さん。

ツーシームジャイロを捉えられる。不慣れな守備位置のセカンド理沙先輩を抜いてライト前安打。

一塁の平山さんは快足咲桜の名に恥じぬ三塁へ走塁してセーフ。

 

 

そして9番、清水さん。

珠姫が守備のタイムをとって近寄ってくる。内野も集まる。

 

「歩かせる?」

「…戦術的にはありだけど、うちとれる…ううん、うちとりたい」

「分かった。ゴロ注意ね」

 

珠姫が覚悟を決めて振り向こうとする前に、詠深がニヤリと笑いながら呼び止める。

 

「それにしてもタマちゃん珍しく逸らしたね〜」

「そういえばさっきの球速光ちゃんレベルまで出てたと思うよ。しかも初速を維持してるから思わず零しちゃったよ」

「あはは…ま、まぁヨミのあの球みたいなもんよ」

「後で詳しく聞くからね!」

「うちも聞くけんね!」

「逃れられそうにないわね…」

 

ファーストとサードに挟まれて、私は苦笑い。

 

みんなが守備に戻る。

珠姫が座り、球審のプレイの宣告。

 

初球、フォーシームジャイロを内角に。これは見逃してストライク。

2球目、外角にツーシームジャイロ。これは振り早くて空振り。ってかマウンドから見る清水さんのスイング怖いんですけど!?光ちゃんのピッチャー強襲(違う人のだけど)見てるから余計怖い!?

3球目…さっきの感覚で速いフォーシームジャイロ……強フォーシームジャイロ?……長いから後で略称考えとこ……を内角に放り込む…!

 

ブォンッ!

 

空振りの音だけが響く。

 

 

 

 

スリーアウト。ゲームセット。

 

整列して、礼。そして観客席と応援席に礼をする。

 

これで決勝進出…

私は右手を握りしめて、感慨を噛み締めた。

 

 

 

 

 

ちなみにこのゲームで、ベンチを外れていた咲桜のキャプテン茜屋さんを除き、出場していなかったのは咲桜の背番号18の水野桜さん1人だけだった。

 

 

 

咲桜(さくら)にいる(さくら)さん……ぷっ……〜〜〜っ!

 

 

 

 

 

 




長文読破お疲れ様です。
少しクドいので、もう少し削りたかったんですけど…まぁ皆様見捨てないでやってください。


今後は原作の方が新巻出るまでゆっくりと更新を進めて参ります。このペースだと甲子園優勝しても終わらない気がするから……毎週2回~隔週1回のペースで執筆して参りますので、気長にお待ちください。


試合ばっかりで百合成分がたりてないよぉ!


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第27話 伝説は実は残念

 

 

試合を終えて、私と芳乃と希と主将は午後始まる第2試合…もうひとつの準決勝を観戦することにした。

本当なら光ちゃんと理沙先輩も来る予定だったのだけど、光ちゃんの病院とその付き添いに行くとの事だった。私もそっちについて行く予定だったのだけど、藤井先生から戦術指揮の執れる人は見た方が良いと言われてここにいる。なお、希は芳乃についてきただけである。

 

試合時間にして2時間38分。影森戦の何倍かという長さだけど、7イニング制のこの世界の高校野球は2時間いかないくらいが平均的なので、これでも結構長い方。

 

ちなみに、7イニング制に伴って勝ち投手や点差コールドのルールが微妙に違うのはご存知だろうから割愛するけど、延長戦についても微妙に異なる。

前世では15イニングで引き分け再試合となっていた*1けど、この世界では12イニングで引き分け再試合。とはいえ正直、体力面では延長12回まで戦うのは大変だ…特に交代枠の少ない新越谷では。

ついでに、延長戦における投手の登板制限も存在していて、1試合の中で1人の投手が登板できるのは10イニングまでとされている。延長11回以降にもつれ込んだ場合、完投はありえないということ。

 

熱中症で倒れないように、まずはお昼ご飯を食べに行く。

 

 

「みんなは何食べたい?」

「とんこつバリカタ油多めニンニク抜き!」

「お、おぉ…」

 

主将が私たちに問いかけると、食い気味に希が答える。お腹すいてたんだね…

 

「…じゃあ中華でいい?」

「私は大丈夫です」

「私もどこでもいいですよ!」

「了解」

 

私たち姉妹が揃ってそう答えると、主将はスマホで中華屋を調べだした。

 

 

大宮駅まで出るのは次の試合までに戻れないので、近場の町中華に入る。

 

「こことんこつなか……」

「大宮まで出ればあるみたいだが…そうすると第2試合を見れないからな……」

 

主将は申し訳なさそうに言うが、私たちの目的としては良いだろう。

 

球場に近い手軽に食べられるお店ということもあり、ほとんどが高校野球関係者またはファンで、私たちは色々な人に話しかけられた。ちょっとしたサイン会みたいになってた。

 

 

 

しばらくして、やっと落ち着いてきた時だった。

私たちはテーブル席で、希と芳乃、主将と私という組み合わせで座っており、入口を見れる位置に私と主将が座っていた。誰かが入ってきた時には直ぐに見れる位置だから、その人が入ってきた時、バッチリと目が合った。

 

「あれ?息吹じゃん!さっきの試合見てたよ〜!」

「美波!わざわざ見に来たの!?」

「もちもち!」

 

一見女子高生なギャルに見えるが、これでも社会人だ。

 

「お、芳乃ちゃんもいたんだー!ちぃーす」

「あ、どうもです」

「そっけないなぁ」

 

美波は周りを見渡して、テーブル席の相席しか空いてないことを確認すると、希と主将にご一緒していいかな?と問いかけ、2人が承諾してから隣のテーブル席の人に声をかけてから椅子を持ってきた。

 

「息吹、こちらは?」

「あ、すみません。こちらは私の親戚で趣味仲間の今井美波です。美波、こちらが私の所属してる野球部の主将の岡田怜先輩で、こっちがタメの中村希」

 

どうもと双方頭を下げる。

 

「まぁあたしはそっちの2人のことも知ってるけどね。試合見てたし」

「あぁ…なるほど」

「あの奇跡の三重盗は華麗だったね…もちろん1イニング4三振の変な記録を立てた息吹も面白かったよ」

「あはは……」

 

お冷を1口飲んで、1度間をとる。

 

「まさかあの息吹が今や敬遠されるホームランバッターで、防御率0のクローザーだもんねぇ」

「そういえば美波も野球やってたわよね?」

「まぁね」

 

美波はバツが悪そうに頬を掻く。主将が美波の顔をじっと見つめて、ポツリと呟いた。

 

「もしかして星光学院高校伝説のキャプテンの今井美波さん…ですか?」

 

主将の問いに、バレたか〜と額に手を当てる。が、もとより隠してはいない。

周りの高校野球関係者及びファンの一部が肩をピクリと反応させた。

 

「星光学院高校伝説ってなに?」

 

希は知らないのか…

 

「高校通算本塁打本数が統計開始後初めて100本を超えた伝説の人だ。特に彼女の所属していた星光学院高校は加盟校が少ない分試合数が若干少ない。それで100本の大台に載せた打力は正真正銘伝説を作ったということだ」

 

いつもなら芳乃が説明してるはずなんだけど、この人の説明を身内がするのはなんか違う気がするのだろう。

 

「だけど、彼女が3年生の時のドラフト会議を前に、彼女は2巡目以内に声がかからなければ就職すると宣言していたにも関わらず、声がかかったのは3巡目。驚異のホームランバッターが球界から消えたということだ」

「まぁそもそもプロ野球なんてやるつもりほとんどなかったしねぇ。私はコツコツ真面目に働く方が性にあってるし」

 

のほほんとした顔で出された餃子に味噌ダレをかけて美味そうにパクつきつつ補足する美波。

 

「今は何をされてるんですか?」

「んー、今は芸術関係だね」

 

他人の目と耳が多いのではぐらかしてるけど、美波の職業は作詞家と作家と書家…まぁ芸術方面で色々してるのは間違いないけど、特に有名なのはアニソン系の作詞家としてで、作詞家としての名前を出せばヲタクならすぐにピンとくる名前なのだ。……そこそこ儲かってるとか。

 

「そもそも趣味仲間って言うとった…どげなことと?」

「あぁ、それはねぇ…登山よ」

「登山?」

「正確には違いますけどね」

 

私は出された味噌ラーメンをすすりながら、主将と希に注釈をする。

 

「私、元々『酷道』に興味があって、その関係から登山にも手を出してるんです」

「この間は2人で清水峠の国道291号の新潟県側を登山しに行ったんだ〜。地形図とにらめっこしながら3日かけてね」

「あれはもはや登山じゃなくて探検よ」

 

登山は登山道があるけど、あの酷道はもはや国道指定されてるにも関わらず道無き道となっていた。物理的に。今どこにいるのか分からなくなる。GPSの発達はマジで神。

 

私たち2人とも登山者と言うよりはアウトドア関連全体を楽しんでいる。先の探検然り、登山然り、ドライブ然り、キャンプ然り。

 

「コクドウ…?国道…?」

「違う違う。希、コクドウの漢字は酷い道と書いて酷道よ。国道指定されてるにも関わらず1.5車線の未改良道路だったり、洗い越しのある国道とか、階段とか。結構多いのよ。1993年から2012年にかけて175kmあった自動車通行不可延長が143kmになってるから、徐々に減ってはいるんだけど」

「意外な趣味だな」

「元々は地形図とかが好きだったんです。そこからですね、そっち関係にのめり込んでたのは。私の足腰体力面がそこそこ鍛えられてるのもそれが理由ですね」

 

ちなみに1番楽しかったのは国道157号。路面の荒れ具合の酷い箇所や崩れ落ちていたところ、果てには大きな洗い越しも存在する、日本屈指の酷道。気象条件などによっては通行止めとなるので、泊まり込みで何度かトライしたのはいい思い出。

ちなみにその時は美波の運転するバイクの後ろに乗せてもらって行ったので、洗い越しの辺りでちょっとした水遊びをしたのを覚えている。

 

「ふむ…私も野球以外の趣味も持ってみたいものだ。これといってなにか好きなものが野球以外にはないからな…」

「うっ…う、うちも……」

「た、他人事じゃないよね……」

 

何故か3人ともダメージ受けてる……

確か、主将は道具の手入れが趣味で、希は打撃研究、芳乃は研究…よね。見事にみんな野球関係だけだけど……

 

「それはそれでいいと思うよ?それだけ野球に打ち込んでるってことじゃん?」

「そうね。もしそれでも他に趣味欲しければ、今度は夏合宿はキャンプにしましょう」

「よかったらうちの別荘使ってくれてもいいし」

「……美波、また新しい別荘買ったの?相当羽振りがいいわね」

「まぁね〜」

 

こいつ頭の中は女子高生並のくせに、なんでこんなに売れるんだろう……くっ…私だってプロ野球で年俸億超しちゃうもん!(なおプロになりたいとは言ってない)

 

話しながらも、ちょこちょこと食べながら話していた私たちが食べ終わり、お冷を飲んで一息ついたところで、なんやかんやあって結局美波が会計を持ってくれた。

 

「じゃあ4人とも、私はこれでお暇するよ。熱中症には気をつけてね」

「椿峰と美園学園の試合は見ないの?」

 

芳乃がポカンとした顔で問うと、目線を逸らした。

 

それを見た私はスマホで美波の担当に電話をかけた。

 

「ちょ!誰に電話かけてるの!?」

「担当さんよ」

「さらばだ!」

「逃がさないわよ」

 

右腕でバッチリと美波の服の襟を掴み、拘束。

 

「そこで正座!………あ、もしもし、息吹です。お久しぶりです。美波が逃げてるんですよね、県営大宮公園野球場の近くにいますから、捕まえに来ていただけると。あ、はい。じゃあお願いします」

 

電話を切ると、美波が絶望した顔でこちらを見ていた。

 

「仕事は請け負ったものくらいしっかりやりなさい」

「はい……」

 

 

 

 

20分後、迎えに来た担当に連れていかれた時に、私の頭の中でドナドナが流れたのは前世の偏った知識のせいだと思いたい。

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

球場に戻った私たち4人。

既に試合は5回表に突入していた。

 

     1 2 3 4 5 6 7

椿峰   0 0 0 0 0

美園学園 0 0 0 0

 

両チーム4連続で三者凡退に終わっている様で、掲示板にはヒット0、エラー0の表示が両チームに並んでいる。

 

5回の表、椿峰の攻撃。

ノーアウトで打順は4番。

 

流石は守備の堅い椿峰に、投手力の美園学園。

両チーム共にチーム防御率はここ2年の統計上1点台だ。

 

今大会チーム防御率3.68の私たちとは大違いね。

 

「おいおい、こりゃ延長再試合もあるぞ」

 

先に説明した通り、延長12回で決着がつかなければ再試合。

私たちとしてはそっちの方が相手の疲労的にありがたいけど。

 

「でも美園の方が優勢です。こっちはエースの園川さんを温存してますから…春の甲子園に選ばれたのは伊達ではありません」

 

芳乃がメンバーなどを確認しながらそう分析する。

 

2年生エースの園川萌さんと言えば先発でもセットアッパーでも抑えでもマルチに投げられる『完成された投手』と評判で、去年の秋からの通算でも防御率1.00を記録する名投手だ。

 

「とはいえ椿峰から美園が1点をもぎ取るのは再試合でも難しいな」

 

双方共に高い防御の気風なので、どう転ぶかは分からない。特に椿峰は控え選手も含めて質の高い守備力があるため、再試合でも問題なくプレー出来ると思う。

6回の表まで双方凡退を続けていた。

 

「でもいかに守備範囲が広くても…穴はあります」

 

芳乃がそう主将に言った途端、美園学園がこの試合初の安打を出す。守備と守備の間に落とした形になって、ノーアウトでランナー一塁。

そのランナーに代走を送り、代走が咲桜バリの盗塁でノーアウト二塁へ。

二塁走者に送りバントを成功させて、ワンアウト三塁。

次の打者はライトへフライを放ち、犠牲フライで1点を先制した。

 

「これが美園学園の戦い方か…」

「決勝点ですね」

「この場面で出てくるならば…な」

 

7回の表、1点差の中で抑えに出てきたのは園川萌さん。

 

椿峰の打線で園川さんから点を取るのは難しい…と思いきや、先頭がフォアボールで出塁して、ノーアウト一塁。

そして、テンポと流れが急激に失われ始めたのか、ショートがこの試合初のエラー。ノーアウト一・二塁。

椿峰は逆に勢いが出始めて、送りバント成功でワンアウト二・三塁にしてから、スクイズを決めて同点に。ツーアウト三塁。

だが、椿峰の猛攻もここまで。2年生とはいえエースを任されてる園川さんが意地を見せる。

椿峰も負けじと好守備を連発し、延長戦へ突入。

 

延長11回表、椿峰が1点を加える大きな追加点を決める。

 

勝負は決まったか…も思いきや、その回の裏に美園学園も1点を返して、なおもツーアウト三塁でサヨナラのチャンス。

これをきっちりと返すサヨナラタイムリーを代打の選手が放ち、決勝戦の相手が美園学園に決まった。

 

「…決まったな。ヨミには頑張ってもらわないといけないな」

「それはどっちが勝っても同じよ…」

 

理沙先輩では投手力が足りてないし、光ちゃんは利き腕側の肩に被弾してる。

 

「大丈夫!どげん相手でも、うちは打つけんね!」

「うん、期待してるよ〜っ!」

 

 

とうとう決勝戦………なんか……前世でも甲子園の土は踏んでないから、なんか変な感じね。

 

 

 

 

*1
2018年から決勝戦以外は延長13回以降に無死一・二塁のタイブレーク方式が採用されているものの、本作の時代設定を球詠の原作が連載し始めた2016年としているため、引き分け再試合制が採用されている。




あまり活用してないTwitterを開設しています。
今後は本作の更新前に予告を入れていく予定です。他にも下見などの報告も入れてまいります。よろしくお願いします。

https://twitter.com/Mitsu_Kazahaya


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幕間 記者のインタビュー/咲桜戦後

 

 

 

 

……藤井先生のインタビュー

 

 

「準決勝第1試合、勝ちました新越谷高校監督の藤井監督です。よろしくお願いします」

 

「お願いします」

 

「まずは決勝戦進出おめでとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

「初回、7安打5被安打の両チームビッグイニングから立ち上がり、いかがだったでしょうか?」

 

「そこは予定通りでした。2回戦の梁幽館戦で打ち負けない打力を持っているのは確認済みだったので、この試合をいかに乱打戦に持ち込むかが鍵でした」

 

「しかしながら先発投手の藤原さんを1イニングで降板させました。これについてはどのような意図の采配だったのでしょうか?」

 

「2回の表の攻撃で得点が伸びなかったことと、ゲッツーを取られて、あちらに流れを持っていかれる可能性があったためでしょう」

 

「でしょう、ということはその采配は川口芳乃さんが下したのでしょうか?」

 

「ええ。以前話したこともありますが、彼女は本来マネージャーです。正確にはマネージャーではなくゼネラルマネージャーだとは思いますが」

 

「中間管理職は厳しいですね」

 

「ええ」

 

 

インタビュアーと藤井先生は冗談めかして笑う。

 

 

「2回から6回まで双方共にロースコアで推移しましたが、この辺りはどうでしたか?」

 

「正直に言って生きた心地がしない展開でした。細々と追加点は加えていましたが、初回の乱打戦を見ればいつ盛り返されるか分からない展開でした」

 

「確かに、事実5回6回で逆転を許しています。これについてはいかがだったでしょうか?」

 

「エラーなどが続く非常に怖い状況でした。あそこでもう1から2点ほど加えられてればここにいたのは私ではなかったでしょう」

 

「6回の裏、川原さんの肩辺りに打球が当たっていたようにも思いますが、具合の方は大丈夫でしょうか?」

 

「折れてはいないそうですが、午後にはスポーツ専門医に受診させてどうなるか…川原さんはかなりの強打者でもあったので非常に残念です」

 

「7回の三重盗、あの時はサインプレーだったのでしょうか?」

 

「芳乃さんは盗塁のサインを出していました。一応練習…というよりプレーの確認はしたことがある場面でしたが、ビハインドでかつ最終回の表でする攻撃ではないと肝が冷えました」

 

「最後に決勝に向けての意気込みをお願いします」

 

「選手たちには3年生がいないので、変に気負わず、のびのびと楽しんでもらいたいと思います」

 

「決勝戦進出を決めた新越谷高校藤井監督でした。ありがとうございました」

 

「ありがとうございました」

 

 

 

 

 

………主将岡田怜のインタビュー

 

 

「準決勝第1試合勝ちました、新越谷高校主将の岡田怜選手です。よろしくお願いします」

 

「よろしくお願いします」

 

「決勝戦進出おめでとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

「今大会唯一2年生が主将を務めるチームが決勝戦に進出しましたが、今のお気持ちはどうでしょうか?」

 

「昨年の不祥事からもう二度と高校野球は出来ないと思っていたのを、今の1年生たちに救われて、ここまで連れてきてもらいました。ここ数試合では思うような打撃が出来ていないので、決勝戦ではみんなに恩返しできる一撃を決めたいと思います」

 

「この試合を振り返って、MVPを決めるとしたら誰でしょうか?」

 

「迷わず田辺さんです。彼女がいなければ恐らくヒットがあと数本は増えたと思います」

 

「この試合を終えて、岡田さんの得点圏打率は8割8分9厘となりました。この数字を見ていかがでしょうか?」

 

「正直チャンス以外で打てていないという点で、先程も言った通り思うような打撃ができてないので、次の決勝戦には調整したいと思います」

 

「最後に決勝戦への抱負をお願いします」

 

「勝負強い打者として、相手投手にプレッシャーをかけられたらと思います」

 

「決勝戦進出を決めた新越谷高校主将の岡田選手でした。ありがとうございました」

 

「ありがとうございました」

 

 

なお、怜は緊張でインタビューに向かう時の歩き方が手足同じ方に出ていたのは別の話。

 

さらについでの話だけど、元々怜のインタビュー枠は無く、光のインタビュー枠が怪我のため抜けてしまったために急遽入れられたものだったのは、ナイショの話。

 

 

 

 

 

……中村希のインタビュー

 

 

「続いて新越谷高校中村希選手です。よろしくお願いします」

 

「ぇぁ…お願いします」

 

「この試合5打席4安打で、エラーも相まって、全打席で出塁しています。今日の打撃についてはどうだったでしょうか?」

 

「えっと…気持ちよう打てたと思います」

 

「7回表の三重盗、とても見事でした。記録にも記憶にも残るものだったと思いますが、盗塁で本塁を踏んだ時の感想を教えてください」

 

「うちが本当に本盗したんかいな…って感じでした」

 

「とうとう次は決勝戦ですが、準決勝第2試合の2校で戦いたい相手はいますか?」

 

「美園学園の園川さん!あん人相手に安打打ちたか!」

 

「決勝戦進出を決めた新越谷高校の攻撃の起点、中村選手でした。ありがとうございました」

 

「ありがとうございました」

 

 

 

 

 

……藤田菫のインタビュー

 

 

「それでは続きまして、今日の同点三重盗の起点となった藤田菫選手です。よろしくお願いします」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

「猛打のイメージのある今大会の新越谷の中で、高校野球ファンの間では静かな職人との呼び声もあるらしいですが、ご自身はどうお考えでしょうか?」

 

「えぇっと……その……練習試合の頃からほぼずっと2番を打たせてもらっているので、監督や芳乃ちゃ…芳乃さんの期待の通りの結果を残せていると、自負はあります」

 

「本大会、乱打戦の多い新越谷では埋もれてしまいますが、遅ればせながら猛打賞おめでとうございます。本日3安打の結果についてはいかがでしょうか?」

 

「ありがとうございます……えぇ〜〜……っと、基本的に私は安打狙いは少ないので、純粋に嬉しいです」

 

「極めつけは三重盗の起点でした。あの時のご感想をお願いします」

 

「その……えー、と………正直生きた心地はしませんでし…たね。あの状況下で二塁ランナーが牽制を大きくとって牽制球を誘うのは、本当に肝が冷えました」

 

「勝ちました新越谷高校の職人、藤田選手でした。ありがとうございました」

 

「あっ、ありがとうございましたっ!」

 

その緊張したインタビュー映像の録画を、何度も何度も見せつけた稜が物理的にお仕置きされたのは別の話。

 

 

 

 

 

……川口息吹のインタビュー

 

 

「最後に、本大会最注目選手の1人である川口息吹選手です。よろしくお願いします」

 

「お願いします」

 

「まずは本大会4セーブ目、おめでとうございます。本日4セーブ目を上げて、本大会最多セーブが確定しました」

 

「ありがとうございます」

 

「本大会本日までの記録で、3本塁打、2三塁打、3二塁打、打率.733、OPS2.60、4セーブ、奪三振率11.8、WHIP0.75、そして何より防御率ゼロ。投打に渡って好成績を残していますが、その秘訣はなんでしょうか?」

 

「そうですね…精密な身体の操作ですね」

 

真顔で息吹はそう言うけど、それは知っての通り()()()()()()()()があってこそのもの。器用貧乏だった彼のままなら、あるいは川口芳乃に彼がなっていたとしたら、このような活躍はなかったかもしれない。

 

「それは何度も何度も練習を重ねることで身につけた技能なのでしょうか?」

 

「それはインタビュアーさんも知ってるかもしれませんけど、私は高校に入るまで野球には触れてきてませんでした。ですが、山登りや酷道巡り、キャンプなどのアウトドアを通じて、身体の動かし方を学んでいたのだと思います」

 

キリッとした顔でそう答える息吹。

野球選手の真似を綺麗にコピーしていたセンスという心当たりがありすぎることに、平気で()()()()()()()答弁をする息吹に、録画を見た芳乃がジト目を息吹に向けていたらしい。

閑話休題。

 

「あの魔球…ジャイロボールですが、野球に触れ始めて数ヶ月で完成させたということでしょうか?」

 

「正確には2週間で習得はしました。まぁ大会前1週間ほど前から調整を始めたので結局前半戦には間に合いませんでしたが、逆に切り札として柳大川越や咲桜の打線を抑え込めたと思います」

 

「投打で活躍していると先程申しましたが、正確には外野、内野、捕手、投手と守備位置もかなりの範囲を守っていました。これは普段から練習をされていたのでしょうか?」

 

「普段練習しているのに捕手は含まれてませんね。本来私が座るとしてもブルペン捕手としてだけですから。でも、川原さんは私が捕手をする方が調子が良いみたいなので、最近は試合でマスクを被ることも出てきました。今後は練習した方がいいですね」

 

「最後に決勝戦への意気込みをお願いします」

 

「県大会打率7割、5セーブで甲子園に行きたいと思います」

 

「大会最注目選手の新越谷高校川口息吹選手でした。ありがとうございました」

 

「ありがとうございました」

 

 

 

 

 



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第28話 頂点への登山道 入口

 

準決勝の翌日、生憎の曇天ではあるがみんなは練習、私たち戦術部は決勝戦対策を進めていた。

 

「美園学園は以前の通り投手力に秀でたチームです。2年生エース園川さん以外の投手も軒並み高レベルな割に人数を揃えています。園川さん含めて、右投手6人、左投手4人をレギュラーに入れています」

「20人中10人が投手か。細かく刻まれるか……」

「もしくはエースの完投か…選択肢が多いわね」

 

どちらにせよ、めんどうなことだ。

 

「そういえば美園学園は背番号の振り方が近年変則的になったと話題だったな」

「はい。近年の振り方は守備番号順ではなく、選抜されたメンバーを右投右打、右投両打、右投左打、左投左打、左投両打、左投右打の順で番号を付けているみたいです」

「ある意味分かりやすいわね」

 

唯一の例外は1番と2番。主戦投手(エース)正捕手(正妻)が必ず着ける。それ以外は必ずその順番で番号が付けられる。

 

「投手のデータはありますか?」

「はい。まずは2年生エース園川萌さん。右投げのスリークォーターという、王道を地で往く名投手です」

「良くも悪くも攻略法は基本に忠実に、だな」

「ですね。そして去年の春から着実に登板機会のある3年生セットアッパー山白怜美さん。背番号は9番。こちらは変則的なサイドスローを持ち味としています。球質はあまり良くないですが、その変則的なフォームで対右打者の成績はかなりのものです」

「川崎さんの左打ち改造が終わっていてよかったですね」

 

うちの左打ちできるメンツは希、光ちゃん、稜、私の4人……まぁ形だけなら芳乃もできるだろうけど打てないからノーカン。

 

「そして続いて背番号10の鶴見莉瑚さん。山白さんと同じく3年生の右投手。こちらはアンダースロー(サブマリン投法)で、やはりフォーム的に打ちづらいタイプですが…」

「サブマリンなのに荒れ球…しかも球速(たまあし)はヨミ並ね」

「これは打ちづらいというか、勝負するのが大変だな」

「荒れ球ですから待球も一手ですね」

 

主将はサブマリンの速球派に頭を抱える。藤井先生も苦笑いだ。

サブマリンの速球派はかなり打ちづらそう。

 

「背番号11涼夏百合子さん。こちらも3年生で、右投手。何よりもスローボールを持ち味にしていて、コントロールもゾーン中と外くらいは投げ分けられるみたいです。一応プロ注目の選手ですが、本人は大学進学予定と公言してます」

「スローボールを投げる投手か…日本のプロ野球も速球派が多くなってきている分、こういう選手は打ちづらいのだろうな…」

「でも高校野球では山なりのボールを打つ機会も多いからか、被打率もそこそこ多いみたいですね」

「スピードガンで測れない球速…ってどれだけこの球磨いたのかしら」

 

それこそ詠深のあの球以上の完成度。

 

「背番号12の栗橋ほたるさんは1年生の右投手。本大会では投球回1 1/3を記録してるほぼノーデータの子です。フォームはスリークォーターで、現在判明している球種はカットとツーシームとスプリットで、公式戦ではまだ直球を投げてません。とはいえ全部球速が似てるので、球種判断は難しいです」

「カットボールがストレート代わりみたいですね。余程ストレートを隠したいのか、はたまたストレートが使えないのか…」

 

プロにも、カットボールばかり投げて、直球は僅かに数%しか投げない人もいる。打たせてとる野球に向いている球なので、プロ野球でも故障を防げるとして最近注目の球種でもある。

 

「そして右投手は最後で、背番号14番の2年生の初川美咲さん。剛腕投手で、2年生ながら久保田さんクラスの速球派で、将来性が期待されている選手です。今はまだ制球が荒れているので、出てきたら基本的にカウントが悪くなるまで待って良いと思います」

 

高身長から投げ落とされるオーバースロー。調子が良いとゾーンにきちんと収まるので、その点だけは注意だ。

 

「続いて左投手の1番手は、背番号17の2年生サウスポー白砂友梨奈さんです。1番手のサウスポーと言うだけあり、今大会昨日までで投球回6を投げてます。判明している球種はチェンジアップとフォークです。変化球は球速が似ているので、緩急は直球との組み合わせです」

「この子は直球狙いでいいわね」

 

とは言え、2年生ながらにしてサウスポー1番手を務めるだけあり、制球と球速はバランスが良い。なかなか手の出しづらい投手みたいで、データでは見逃し三振が若干多く感じる。

 

「18番3年生船渡川春夏さん。スリークォーターとサイドスローの間みたいな投げ方で、サイドスローっぽいのに落ちる系の球がキレてる変な投球でうちとるタイプです」

「球種は縦スラ、シンカー、スプリット。特にシンカーは右投手への決め球として使われている…ねぇ。大会最注目選手の息吹ならどう攻略する?」

「そうね…3球目とか4球目に投げてることの多いスプリットを狙うわね……ってその悪意のある言い方やめてくださいよ」

 

主将のニヤニヤした言い方に、私は深くため息をついた。

 

「いや、インタビューでそう言われて一瞬ニヤッとしたような気がしたんだがな〜」

「あからさまな言い方やめてください、主将」

 

ニヤニヤではなくニタニタかもしれない。

 

「背番号19の3年生、落合志帆さん。スリークォーターで、ストレート、カットボールの2つだけで、先の秋大会では打たせてとる野球を敷いてます。春大会以降は1度も登板はしてません」

「ストレートとカットボールだけというのも難しいか」

「登板するか分かんないですけどね」

 

ファストボールのカットボールはストレートと比べて球速に差が少なく手元で変化するため、見抜くのはかなりの選球眼を必要とする。

 

「最後が背番号20で超新星1年生サウスポーで、息吹ちゃんと同じくクローザーです。とにかくクセが強くて、ナチュラルシュートとナチュラルスライダーを完全に制御されて飛んできます。変化量も半個分から2個分まで細かく変えてきますから…対策という対策は正直…」

「どうにか先に1点加えた方が圧倒的に有利だな。ヨミには頑張ってもらうしかない」

「光先輩も炎症とか故障はなかったですけど、投げるのは避けた方がいいですもんね」

「理沙先輩じゃ抑えられるか分からないものね…」

「不甲斐ない投手で悪かったわね」

 

芳乃と主将は引きつった顔で私の後ろへ視線を向けている……ちょうど私は扉に背中を向けていた。振り返ると、こめかみに青筋をたてた理沙先輩。

 

「まぁ美園学園は打撃力も全国区レベルでは低めですけど、県内レベルでは決して低いものではありませんし…」

 

芳乃がそう言って遠回しに宥める。

 

「その件でお願いがあってきたの」

「お願い…?」

「オーダーなんだけど、これでお願いしたいの。戦術班的にダメなら諦めるけど…」

「私は良いと思いますよ」

「私も賛成です〜っ」

 

理沙先輩が持ってきたオーダー表は、まだ主将と私の意見が出てないけど、監督と芳乃という首脳部がGOを出したことでほぼ決定だ。

 

「……やるか」

「仕方ないわね…」

 

私・光ちゃん・希という三本柱の打撃陣で、1柱欠く状態。それを埋めるための作戦とアイディア。そこに芳乃の流れを作る力が入れば…或いは戦える。使えるものは全て使う。それが私と芳乃に共通する川口流だ。

 

 

 

 

 

side out

 

☆☆☆☆☆

 

 

幕間

 

 

 

 

 

県営大宮公園野球場で、12時から開始される決勝戦。

埼玉ローカルの地上波はもちろん、様々な方面から注目を集める。

 

「下馬評を覆してきた新越谷だが、今回も戦力比では劣勢か」

「まぁそうですね。主力砲で優秀なサウスポー投手だった子も先の試合で失ってるでしょうし…」

「とはいえ、この数字は異常だな」

 

打率 .733

20打席 15打数 11安打 13打点 10得点

5四死球 0三振 3二塁打 2三塁打 3本塁打

塁打数27 盗塁1 残塁3

出塁率.800 長打率1.800 OPS2.600

圏打数8 圏安打6 得点圏打率.750

 

5試合登板

0勝0敗4S 投球回5.1 投球数61 与四死球0

9奪三振 被安打4 被本塁打0 自責点0

暴投・ボーク0 犠打0 犠飛0

奪三振率11.8 被打率.200 WHIP0.75

 

「この夏の県大会だけでとはいえ、かなりの数字ですよね」

「打者か投手か、どちらかだけなら全国区にはこれレベルはいる。だが、それを二刀流で揃えてくる選手は歴史的に見てもかなりの稀だ。プロ野球球団としても、二刀流とはいえクローザーとしての投手なら調整も難しくないだろうし、ちと早熟すぎるのが玉に瑕だが…そもそも高一で完成したジャイロを投げてる時点でヤバいしな。将来的に肘壊さなきゃいいんだが…」

「1人の支配下登録でクローザー1人とホームランバッター1人を確保出来る訳ですからね」

「だな。中田もそういう意味では二刀流だが、あいつは二刀流投手としてはプロは目指せるレベルにねぇな」

「ですね」

 

ガラの悪いおばさんとメガネの真面目そうな女性は、数多くの顔写真付きのデータシートをテーブルに並べながら、とある1人の高校1年生のことを話していた。

 

「それにしてもほんと急ですよね、今回の大会」

「だな。あたしらにおハチが回ってきたのもそれが理由か」

「うちを一緒にして欲しくないんですが?」

「一緒に日本一狙ってきた仲じゃねぇか」

「……そうでしたっけ?」

「おいおい、高校時代あたしが監督やってたろう」

「……そういうことにしておきましょう」

「忘れてんじゃねぇよ!?」

 

彼女たちは今年の秋、日本で最高のU-17だけのチームを作る必要があった。

 

 

 

 




私のTwitterにてPeingの質問箱を開設しました。
本作等、なにかご質問がありましたらこちらも受け付けております。どうぞご活用ください。
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第29話 頂点への登山道 ターニングポイント

 

 

 

 

県営大宮公園野球場は、夏の日差しと観客の熱狂で熱かった。暑いのではない。熱い。

 

私たちは事前に閉会式の進行を説明されてから決勝戦のゲームに入る。

これに勝った方が甲子園への切符を手にする。

 

埼玉県にある160超の校数の中から、甲子園への切符はただ1枚。

準優勝も閉会式で表彰されるけど、甲子園への切符は貰えない。

 

 

逆を返せば、これさえ勝てれば全国なのだ。8年振り2度目の全国へ、あと1試合。

 

 

 

気負わないわけが無い。

 

 

 

前世だって、私は結局甲子園の土を踏んでないのだ。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

シートノックの時アナウンスされた両チームのオーダーに、満員の観客席に動揺と衝撃が走る。

 

 

――――――――――

新越谷

1 投 川口息 1年

2 二 藤田  1年

3 左 中村  1年

4 中 岡田  2年

5 三 藤原  2年

6 右 大村  1年

7 遊 川﨑  1年

8 一 武田  1年

9 捕 山崎  1年

 

 

美園学院

1 三 皆川  3年

2 遊 白咲  3年

3 一 梅郷  3年

4 二 黒木  3年

5 左 鶴見  3年

6 投 園田  2年

7 中 栗橋  1年

8 捕 福澤  2年

9 右 白砂  2年

――――――――――

 

 

そう、この大舞台の先発に私が起用されているから。

 

 

まずはオーダーの理由を説明するわね。

 

先発投手として私が起用されているのは、防御率ゼロの私がきっちりと試合を作って、試合を安定させるため。ついでに1番なのは、初回に必ず点をとるため。

 

2番の菫は緊張の影響を受けることを考慮して、3番に高確率で単打の打てる希が配置される。

 

この時点で二塁か三塁に私が進んでいるはずなので、4番の主将で確実に返すという、単純な作戦。

 

5番の理沙先輩まで回れば長打を望める。

 

6番に打率の低い白菊が起用されているのは、異種競技とはいえ全国覇者の経験を持ち甲子園出場を賭けるこの試合で縮こまらずにプレーできると思われるから。

 

8番にはロングリリーフを期待する詠深が、1番以降の上位打線に繋がる9番には珠姫が座った。

 

 

 

両チームと審判が整列して、礼。

 

ちなみに、一塁側が新越谷で、三塁側が美園学院だ。

 

後攻の美園学院が守備につく。

美園学院が後攻を選択したのは、後攻有利の原則と、守備…というよりエースの投球で試合を作ろうとしているのだろう。この試合に出場している美園の約8割の選手が、春の甲子園を経験している。特にエース園川さんはあの大舞台で21イニングを投げている。

 

攻撃の前に、私たちは円陣を組んだ。

 

 

「…正直、私はここまで来れるとは思ってなかった。ヨミや珠姫と芳乃に息吹、菫と稜、私と理沙、白菊に希、そして光。ほぼ解体されて、土台もほぼない更地に、とても強く輝く才能の塊たちが集まった。これが奇跡と言わずしてなんと言う。私はこの新越谷で、新越谷高校野球部として、このグラウンドに立てたことをとても誇りに思う。ありがとう、みんな」

 

主将が目を瞑って、一呼吸置いて、目を開く。

 

「だけどな、私は…私の魂は、まだまだ足りないと叫んでるんだ。11人全員で、甲子園の土を踏みたい……」

「怜、それはきっと私も、きっとみんなも同じ。ね?」

「あったりまえっすよ!」

「ですよ!」

 

理沙先輩の言葉に、稜や詠深を中心に同意の言葉が響く。

 

「初回、必ず点を取る!いくぞ!」

「おう!」

 

私たちは、決戦の地…県営大宮公園野球場のグラウンドで、神風を吹かせるのだ。

 

 

 

1回の表。

 

先頭打者の私は左打席に入る。

 

「お願いします」

 

持つのは金色の金属バット。バットを長く持ち、オープンスタンスに構える。

 

第1球…はとりあえず見ていく。ストレート。カウント0-1。

2球目は見逃してボール。球種は逃げてく球だからスライダー。

3球目…速球が抜けてド真ん中!レフト線に流すイメージで…!

 

当たった!

バットをファールゾーンへ投げ捨てつつ走塁する。

 

一塁コーチャーに入っている光ちゃんが手を振り回している!

一塁の角を蹴って、二塁へ!

三塁コーチャーの芳乃はノースライディングの指示。つまり二塁止まり。

 

二塁を踏んで、ツーベースヒット。先頭打者二塁打だ。クラスメートの歓声が響く。1年生主体の吹奏楽も、おなじみのファンファーレを鳴らす。

 

二塁審がタイムを宣言して、一塁コーチャーの光ちゃんを呼ぶ。

プロテクターを外して、光ちゃんに渡す。

光ちゃんと拳を合わせて、喜びを分かちあって、光ちゃんは一塁側に戻っていく。

 

 

2番、菫。

右打席に入った菫は、バットを寝かせてバントの構え。私はリードを広くとる。

菫は一塁線に的確に転がして、私は三塁へ進む。……それにしてもやっぱり職人よね、菫って。投手にベースカバーに入らせる距離感で転がして、少しでも投手に負担を強いるプレーが意図的に行えている。

 

 

3番、希。

初球、スローカーブをひっかけてファール。

2球目、外に外したボールは的確に見送る。

3球目、内角低めにツーシームが入るけど、希は食らいついてファール。

4球目、外いっぱいのシュートは左打者の希から逃げてく球で、それが外角低めに突き刺さる。三振で、ツーアウト三塁。

 

 

希が三振を取ったことはかなり少ない。新越谷のベンチに絶望感が広がるけど、みんな忘れてる。

 

絶望感が広がっていても、三塁ランナーを絶対に帰すバッターがいることを。

 

 

4番、岡田怜主将。

 

「お願いします」

 

右打席に入った主将は、バットをきれいに構える。

初球、空振りストライク。そもそも当てる気が無い様な気の抜けたスイングだけど、あれはタイミングを測るためのスイングだと、私の直感が囁いている。だとすれば…

2球目、園川さんもそれを感じたのか、同じタイミングで外に外した球を投げる。あわよくば詰まらせてアウトを取る配球だけど、主将は手を出さず。カウント1-1。

3球目、スローカーブでタイミングを抜いて、これを狙うもファール。

4球目、園川さんの手から離れたボールが、真っ直ぐにミット目掛けて進む。だけど、私の目は回転がストレート…フォーシームでは無いことを見抜いた。あの球速で回転がフォーシームでないなら、ツーシームに他ならない。

既に振られている主将のバット。これは詰まるか…と思いきや、主将のバットは最初の軌道よりボール半個分下に修正された。

 

カァン!という快音と共に、引っ張り方向に打球が飛ぶ。私は本塁に向けて走る。

 

「ノースライ!」

 

ネクストサークルの理沙先輩が、私に指示を出す。本塁をゆうゆうと踏んで、1点を先制した。

 

主将のタイムリーツーベースとなる。

 

 

5番理沙先輩は空振り三振で、スリーアウト。

 

 

1回の表の攻撃は、1点の先制で守備に移る。

 

 

 

1回の裏、美園学院の攻撃。

 

先頭打者は1番皆川さん。

右打者の3年生。

 

私がマウンドに立つ。

 

初球、ジャイロ警戒していたのだろう皆川さんに、私は詠深のツーシームをコピーする。引っかかった皆川さんの打った打球は三遊間…!

 

「三遊!」

「ぬぉ!」

 

稜が飛び込んでキャッチ。一塁送球アウト。

 

「ありがとう、稜」

「おう!どんどん打たせていけよな!」

「稜がエラーしそうだから三振狙うわよ」

「なんだとー」

 

私は冗談を言いつつ、一塁の詠深からボールを受け取る。

 

 

2番、白咲さん。

 

(珠姫、やるわよ)

(うん、了解)

 

私は()()()()()()()()()()()()()()()()。白咲さんは見逃してストライク。

珠姫からの返球を受けてサッと構えて投球。白咲さんはタイミングを逃してファール。

 

そう、影森戦法だ。

 

否。影森戦法に変化球を織り交ぜた、コピーでは無く改良型だ。

 

これが理沙先輩の計画なのだ。ほぼ確実に先攻となるので、1回の表に先制して、それ以降を改影森戦法で中盤までをやり過ごすという計画だ。

 

2番白咲さんはタイミングが掴めず、三振。

 

 

続く3番の梅郷さんも、微妙に違うタイミングにずらされて三振。スリーアウトだ。

 

 

「ナイピ、息吹ちゃん!」

「ちょっとくらい崩れてもいいのに〜」

 

詠深、あなたの出番はまだ先。

 

 

 

2回の表。

 

6番の白菊は、シュートとスライダーの横変化に対応出来ず、サードライナー。

 

 

7番稜も左打席から遠いシュートで凡打を打たされてショートゴロ。

 

 

8番詠深はアウト献上機で、三振。スリーアウト。

 

 

 

2回の裏。

 

美園学院の攻撃は4番黒木さん。

さすがに高速プレーとタイミングのずらしだけでは対応される。ライト前に返されて、ノーアウト一塁。

 

本当なら珠姫は手渡しにボールを渡しに来たかったタイミングだけど、ハイペース野球のために我慢してるはず。でも、大丈夫。ちゃんとわかってるから。

 

 

5番鶴見さんに、低めに抑えてレフトフライにうちとる。タッチアップで黒木さんは二塁へ進塁する。

 

 

6番、園川さん。

2球ファールが続き、追い込む。

3球目は超クイックでチェンジアップを投げた。タイミングのズレた園川さんはライトに打ち上げる。キャッチアウトで、黒木はさらにタッチアップ。ツーアウト三塁となる。

 

会場は防御率ゼロの私が三塁にランナーを置かれたことにザワつく。

 

 

7番、栗橋さん。

1年生の右投手でもある彼女。概して、投手には身体能力の高い選手が転向する傾向があるので、彼女もその手のタイプ。多分野手としてもかなりの選手。嫌な打順にそこそこ打てる打者を置いてくる…

 

でも、私の投球理論には全力投球の文字はない。力んでゾーンに入らないし、球速は私の武器ではないから。私の武器はコントロールと変化だ。

 

気負わず、作り上げた改影森戦法投法で投げ込む。

 

右手から放たれたボールは下から浮き上がるような軌道を描いて、本塁に向かう。栗橋さんの振ったバットに当たるけど、音は芯を外したことを示す。

 

打球音と共に、三塁ランナー黒木さんはスタート。ツーアウトだし走者三塁だから、インフィールドフライや故意落球は適用されない。だから、黒木さんはエラーを信じてスタートを切るしかない。

打球は私の頭を超える辺りで落下してくる。外野手としてフライの処理は慣れている私は、落球点に素早く入る。

 

「オーライ!」

「任せたわ!」

 

セカンドの菫が私に落球点を譲り、フォローの体勢に入る。

 

乾いた音と共に、左手のグラブにボールを収める。二塁審によってアウトが宣告される。

 

「ナイピ!」

「ありがと」

 

私たちは3回の表の攻撃に移る。

 

 

 

 





今年の更新はこれで終わりです。
数ヶ月ほどではありますが、お世話になりました。

Twitterでは告知しておりますが、本日24:05…元旦の00:05に年末年始特別短編集を投稿致します。是非お楽しみください。

それでは皆様、良いお年を。
来年も本作をよろしくお願いいたします。


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IF 短編集


あけましておめでとうございます。
今年も本作及び原作たる球詠を是非ともよろしくお願いいたします。



この話は物語の将来というifの短編集です。
ネタバレなどではなく、可能性のひとつという位置づけでお楽しみいただけると幸いです。

また、この作品で「男のいない世界」と定義している点や百合描写があります。苦手な方は読み飛ばして大丈夫です。……まあここまで読んできた読者の方々なら百合苦手な方はいないとは思いますが一応。


目次
・契約
・希vs息吹
・珍しい集まりの近況報告
・初詣






 

 

 

 

IF 契約

 

 

 

10月25日の木曜日。

2018年度プロ野球ドラフト会議が行われた。

 

私との交渉権を獲得した球団が決まった日。

 

それから約2ヶ月。

 

だけど、私はとても悩んでいる。本当にこのままプロになっていいのか…野球でお金を貰うことにビビってるのかも。提示された条件は契約金1億円+出来高、年俸1,500万円と、それぞれ新人として最大値の提示だ。ちなみにドラフト1位指名であっても満額を提示される人は少ない。

 

え?他の人?今年の新越谷からは珠姫、希、私の3人がプロ野球志望届を提出してるわね。ちなみに芳乃と詠深は希と珠姫の配偶者兼トレーナーになるからってプロ野球志望届は提出してない。稜と菫は大学野球に、白菊は大学では剣道に戻るそうよ。

 

……なんか去年先輩たちが卒業した時も…違うわね。去年の夏が終わった時と同じような悲しくはないけど寂しい気持ちになる。

 

「ただいま。チキンとケーキいっぱい買ってきたよ」

「おかえり。食べ過ぎて太って来シーズンで戦力外とか勘弁しなさいよね」

 

私は今年の2月に彼女から妻となった光ちゃんの家に住んでいる。光ちゃんも去年プロ野球ドラフト会議で1位指名を受けて満額契約をしている。今年は敗戦処理だったはずが自らのバットで勝ち投手となった試合を含め、一軍登板試合5試合の中で、2勝2H4HPを記録している。野手としては一軍の試合に42試合出場しており、バットで貢献した。

ちなみに、契約更改で1年契約で、年俸8,000万円+出来高を提示されて更新している。

 

「えへへ…」

 

光ちゃんが買ってきたチキンの箱はバケツ程の大きさで、ケーキは箱からして6~7号だよね。

 

「これは…理沙先輩と菫を呼ぶべきね」

 

理沙先輩にこれを勧めた時の顔が頭に浮かんで、私たちは顔を見合わせて吹き出す。

ちなみに菫はスイーツ好きなので、6号も7号もぺろりと食べられる……わよね?(偏見)

 

「編成の人が言ってたけど、まだ契約してないって」

「そうね…」

「学生野球から離れるのが怖いの?」

「……かもしれないわね。結局私のプレーで総額1億円超の夢と感動を見てる人達に与えないといけない。でも、そんなこと想像も出来なくて…怖いのかも、みんなと道を違えるのが」

 

プロ野球はそんなに甘くない。今回は高額契約を持ちかけられてはいるけど、結局一流企業のサラリーマンと比べれば、一軍と二軍を行き来するような選手ではさほど変わらないか、出費も考えれば就職した方がいいかもしれない。

 

でも、そんなことは私のプロ野球への躊躇いには関係ない。

ひとえにお金を貰って野球をすることで、私が野球を愛し続けられるかということ。そして、見ている人に頂くお金以上のパフォーマンスで魅せられるかこと。

 

光ちゃんは椅子に座っていた私をその小柄な身体で背中からそっと抱きしめる。

これがあすなろ抱きか…(感慨深め)

 

「大丈夫だよ。球団同じだし…何があっても私は一緒にいるよ」

 

NPBのプロ野球球団は全部で16球団。同じ球団に2人が所属できるのはひとえに監督のクジ運のおかげだ。婦妻(ふさい)揃って同じ球団で支配下登録されるのは、確実に支配下登録されることが前提としても1/256の確率だ。実に運命的…やっぱり女の子として18年間生きてるとメルヘンになるのかしら?野球漬けなのに。

 

「たとえ息吹ちゃんがなにか道を踏み外したとしても、私が正してあげるから…」

 

光ちゃんは前に回ってきて、私の顔を包むように抑える。

 

「一緒に野球しよ?」

 

そう言いながら、光ちゃんの顔は近づいてくる。そして、距離がゼロになる。

どこか他人事みたいに感じる唇の感覚に、1拍遅れてジンジンとする感覚が追ってくる。

 

「……なんか、艦こ〇の川〇の『夜戦しよ』の夜戦バカと同じ類の野球バカな匂いがするわよ」

「違うよ……んー、違わないかも?」

「秋〇洲?」

「そうじゃなくて……夜戦、しよっか」

 

 

この後めちゃくちゃ夜戦した。(ピッチング勝負)

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

IF 希vs息吹

 

 

 

2019シーズン。

この世代の新越谷出身新人選手3人のうち、2人は直ぐに一軍に上がっていた。異例とも言える高速定着に、世間を賑わせたこと間違いない。

 

高一の頃よりも身体が出来ている希はホームランバッターとしても、アベレージヒッターとしても、完成の域にある。高三の夏以降は息吹の指導のもと木製バットにも対応する練習をこなしていたこともあり、前半のペナントレースを終えて、希のファースト3番打者は磐石となっていた。

 

それに対して、ジャイロボール2種類とフォークの3種類の球速で落ちる球を思うがままに操る息吹もセットアッパー兼抑えとして一軍に居場所を確立した。バッターとしても希の木製バットにおける師匠として笑われないレベルの成績を残していた。

 

希がパ・リーグの福岡ヴァルチャーズなのに対して、息吹はセ・リーグの大洗アングラーズ。

2人が最初に対戦する可能性のあるセ・パ交流戦の最終戦。希のチームと息吹のチームはぶつかることになっていた。

 

試合は大洗のホームゲーム。大洗が1点をリードした状態で、9回の表、ワンアウト三塁のピンチに息吹が継投する。

 

「記録は残るけど、ペナントレースには影響無いから落ち着いてなげなよ」

「お願いします」

 

正捕手の人がそっと声をかけながら球を渡す。

 

『9回の表1点リードで、守り切れば交流戦最終戦に勝ちを刻める大洗は、ワンアウト三塁のピンチに新人川口を登板させます』

『甲子園では3種類の落ちる球を巧みに使って、夏の甲子園では大活躍。ドラフト1位で7球団競合の中、大洗にやって来た超新星です』

『1年目にしてセットアッパー兼抑えに昇格した川口。このピンチを乗り越えて、守護神の立ち位置を確立するのか!?』

 

福岡の打順は2番に代打が送られる。

 

これをきっちり3球で仕留めて打順は3番。そう、希だ。

 

『ツーアウト三塁で、新人としては異例のペナントレース前半終わったところで一軍のレギュラー3番に定着した中村が打席に入ります!』

『歩かせるのも手ですけど……勝負ですね。恐らく大洗としては川口が守護神を務めさせるかのテストを兼ねてるのでしょうね。新越谷出身同士の戦いですね。手の内をお互いに知っているでしょうから、どう転ぶか見ものです』

 

息吹は希の目を見る。身体は成長しているけど、キラキラとしたおやつの前の犬のような目の光は変わってないと、息吹は頬を緩める。

 

注目の新人同士の戦い。ドラフト1位指名は、息吹が7球団、希が3球団。好カードだ。

 

息吹の放った白球。天王星のようなジャイロ回転の球がミットに突き刺さる。

 

球審は右手を握る。ワンストライク。

 

 

2球目はフォークで、ボール…かと思いきや、希は珍しくハーフスイング。正捕手が三塁審を指差す。三塁審はスイングの判定。ツーストライク。

 

 

3球目、少し間をとった息吹がワインドアップで投げた…真っ直ぐ。

ジャイロとフォークの他はせいぜい抜き玉に詠深のあの球のコピーしかここ数年投げてない。希は意表を突かれて振ってしまい、何とか当てることは出来たもののピッチャーフライとなり、ゲームセット。

 

希はこの配球に、改めて考えれば心当たりがあった。

 

口パクで、「次は勝つけんね」と息吹に言って、ベンチに引き上げて行った。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

IF 珍しい集まりの近況報告

 

 

 

東京ヘッジホッグス…セ・リーグに属していて、東京の文京区、後楽園駅目の前に本拠地を構える名門球団に中田は支配下登録されている。この球団の一軍では若干力不足で、二軍では過剰という扱いづらい選手扱いで、トレードの噂が流れている。

 

「―――ふむ、つまり理沙のチームに移籍することになるのか」

「まぁうちの編成部とGMはその方向で話を進めてるらしいわ」

 

彼女と今話している藤原理沙はパ・リーグの琉球ドルフィンズに育成登録されている。強打力が持ち味ではあるが、木製バットに対応しきれていないのだ。守備はそこそこなので、育成ドラフトで1位指名を受けている。

 

「沖縄はいいですよ。知らない魚がよく釣れます」

「……そうか」

 

そして、もう1人。釣りといえばあの人。朝倉千景は琉球ドルフィンズの支配下登録選手で、ドルフィンズの一軍投手…敗戦処理要員だ。たとえ敗戦処理でも、一軍にいるのはすごいことなのだが…この釣りバカを前にすると、野球選手が大したことないように思われるので、やめて欲しいところ。

ちなみに、高校先輩の浅井花代子と付き合っているとか。

 

「そう言えば朝倉で思い出したんだが、柳大川越の大野はどうしたんだ?最近めっきり名前を聞かないが…」

「大野さんは育成契約で福岡ヴァルチャーズにいきましたが…今は後輩の大島さんの卒業を機に球界から引退して、大洗でピザ屋を始めたそうですよ」

「確か息吹ちゃんと光ちゃんが食べに行ったら美味しかったって言ってたわね。正確なピッチング技術のおかげか生地を伸ばす時の力加減や回転が良かったとかなんとか…」

「ほう…今度陽を誘って行ってみるか」

「…まだ付き合ってないの?」

「うっ…ま、まだだ」

「まだ終わらんよ、って続くんですよね」

「千景さん、余計な知識は必要ないわよ。で、どこまでいったのかしら?」

 

梁幽館を卒業した陽秋月は、大学へ。今は大学野球をやりつつ理学部で流体力学を専攻していて、野球の球の質を研究している。

 

「ど、どこまで?」

「手を握ったりとか、キスとかですか?」

「そうね…後はどんなところにデートに行ったのかとか」

「て、手!?」

「今の反応で完全に分かったわよ……奈緒さんボディタッチすら恥ずかしがってしたことないのね?」

「うっ…」

「そう言えばキス釣りたいですね…天ぷら…美味しそう」

「千景さん…沖縄の風にやられてマイペースに磨きがかかってるわね」

「そう…ですか?」

 

キスの天ぷらはあのほくほく感がたまらない。

 

「まったく…3年前のあの頼れる主将はどこに消えたのかしら。奈緒さんがこんなに奥手とは…」

「そういう理沙こそ岡田とは長いこと―――」

「そ、卒業の前に告白できてるからノーカンよ」

「まずは陽さんの名前で呼ぶことからですね」

 

朝倉のちょっと空気の読めないけど大当たりのセリフに、理沙は大きく頷く。

 

「ほらほら、今から電話して!」

「い、いや、また今度ということで……」

 

 

 

 

なお、中田は陽から既成事実を作られて、それを盾に迫られて結婚するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

IF 初詣

 

 

 

芳乃と私は少し大きな神社に初詣に来ていた。

 

「うーん、色々屋台が出てて美味しそうなのばかりね」

「…原価率とか料理人の技量を考えればこんなところで買うべきじゃないと思うけど…でも、野球と同じで、効率だけじゃ勝てないもんね!」

 

参道に並ぶ屋台で唐揚げやらわたあめやらりんご飴やらを買って、食べながら参道を行く。

 

「あ、このたこ焼き美味しいわね」

「ほんと?1口ちょうだい!」

「あっ、ちょ!」

 

宣言通り『1口』に3個のたこ焼きを放り込んだ芳乃に、私はもう落ちが見えているので、すぐ近くの屋台でラムネを買う。

 

「あ、あふい〜〜っ!」

「はいはい、ラムネでいいわよね?」

 

前世じゃ妹なんて居なかったから最初はどう接していいか分からなかったけど、今ではかけがえのない存在。なんだか世話を焼きたくなる。芳乃が熱いたこ焼きにラムネの冷たさで中和して一息つく姿に、なんとも言えない微笑ましさを感じる。

 

ひとえに…たこ焼き屋のおばちゃん、グッジョブ!熱々のたこ焼きじゃなきゃ出来ない芸当だったわ。

 

……そう言えば、ラムネって旧海軍が中心に広めたって聞いたけど、ホントなのかしら?確か瓶に水と砂糖を入れて、消火装置用の二酸化炭素を封入することで作ってたらしいけど…それって、いざと言う時に二酸化炭素足りなくて困ったりしないのかしら。

 

「あ、甘酒あるよ」

「飲みたいの?」

「うん」

「じゃあここで待ってるわね。私こういう屋台の甘酒ダメなこと多いから」

 

正確には酒粕を使った甘酒が苦手。

 

「じゃあちょっと並んでくるね」

 

芳乃が甘酒の列に並んでいく。

 

私は左手でたこ焼きを口に放り込み、ゴミを近くのゴミ箱に捨てる。

 

右手には芳乃謹製の毛糸の手袋がはめられている。ゆめふわ色の毛糸で編まれていて、親指とそのほかというミトンのような形。編み物に慣れてない芳乃が作るということで、指の数を減らしたタイプ。指を冷やさないように、と厚手に編まれている。

去年のクリスマスプレゼント…つい先日貰ったばかりのものだ。

姉妹としても選手としても期待されてるみたいでこそばゆいけど、なんか嬉しい。

 

「買ってきたよ〜」

「どうどう、走らない走らない。こぼすわよ?」

 

私は甘酒の紙コップを手に小走りにこちらに来る芳乃に、手袋に包まれた右手を振って静止する。

 

「さ、お参りに戻るわよ」

「うん」

 

熱々なのか、少しずつ減っていく甘酒。

 

そして、賽銭箱の前に伸びる人の列に並ぶ。

 

「そこそこ多いわね…」

「この辺だと結構大きめな神社だからね。縁結びの神様もいるみたいだよ〜」

「へぇ〜」

 

神社なんて初詣くらいしか行かないからそんなこと知らなかったわ。

 

10分ほど待って、ようやく私たちの番になる。

二礼二拍手一礼をして、願い事を念じる。

 

 

 

((今年も野球を楽しめますように…))

 

 

 



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第30話 頂点への登山道 アトラス

3回の表。

新越谷の攻撃は9番珠姫から。

 

「かっとばせー、た・ま・ちゃん!」

「打ってー!打ってー!た・ま・ちゃん!」

 

詠深のタマちゃん呼びが、応援のクラスメート達に感染ってる。打席の珠姫も苦笑い。

1年生主体の吹奏楽と共に、応援の1年生達は即席とはいえ応援団的なものを組織してくれてたらしい。感謝感激雨あられ。ネクストサークルから、私もクラスメートたちの声に合わせて声を出す。

 

だけど、野球は本来投手…守備有利の競技。プロ野球でも打率が3割超えれば強打者と言われるところからも、それはわかると思う。

 

珠姫のバットはボールを捉えることが出来ず、空振り三振。

 

 

1番は私。

 

「かっとばせー!い・ぶ・きー!」

「慢心するな、い・ぶ・きー!」

 

やっぱり考えたやつ後でどついたろか…

 

余分な力を抜く、ルーティーン…バットを撫でてから打席に入る。

この2イニングで、投球の安定してきた園川さん。ここからが彼女との本当の勝負。

 

使い慣れた木製バットを構える。

園川さんが、ワインドアップモーションを大きく行う。全力投球…ね。放たれた白球の回転は打席からでは判断が難しい。けど…捕手も投手もやる私は、この状況で何をどう投げるかは私の()が見切っている。

 

内角手元にツーシーム…!

 

………ッ!?

パキッ!

 

芯外した!?

 

私の…私と芳乃の観察眼を超えてきた…今の直球だ。

私は走るけど、詰まってた当たりは転がってファーストの守備範囲へ。ファーストの梅郷さんは捕球して、一塁へ走る。いかに走塁が速い私でもこれは間に合わない。一塁を踏まれて、ツーアウト。

ついでに言うと、使った木製バットは折れてしまっていた。あれ高かったのに…

 

 

2番の菫はピッチャーゴロで、一塁アウト。スリーアウト。

 

 

「ドンマイ!今日は投手戦だから、きっちり守れれば大丈夫だよ!」

「そうね。じゃあここからはお願いするわ、()()()()

「ええ、任せなさい」

 

 

 

3回の裏、美園学院の攻撃。

 

私たちは守備位置の変更をする。

1番 私 レフト

3番 希 ファースト

5番 理沙先輩 ピッチャー

8番 詠深 サード

となる。

 

理沙先輩は、普段の練習の中で投手としての練習を積んだ。コントロール出来る変化球がここ数週間で倍増しているのだ…まぁ1から2に増えたのも倍増だ。

正直、もうひとつの変化球は期待していなかった分、昨日実戦投入可能と聞いて驚いた。決め球となりうる変化球によって、理沙先輩は全国レベル相手でも他投手温存のためとはいえ投げれるレベルに到達していた。

 

「ストライクスリー!」

「ストライクスリー!」

「ストライクスリー!」

 

あっという間に三振3つでこの回を終わらせる。

 

「凄いな…あれフォークだよな!?」

「正確にはスプリットまたはSFFね」

「SFF?」

「あんたほんとに球女なの?」

 

私と菫は、稜の知識の浅さに呆れるけど、日本では単に落ちるボール全てを一緒くたにフォークとしていることが多いため、致し方ないところはある。

 

「SFFは、Split-finger Fastballの略よ」

「菫の言う通り、SFFはファストボールに分類される速球ね。それに対してフォークはオフスピードピッチに分類される遅い球。より細かく言うなら、チェンジアップの一種ね」

 

私の感覚としては、スプリットの軌道はジャイロボールに近い。

回転がフォークのように全くない訳では無いためボール後延の空気の渦による減速が無く、フォーシームのように運動エネルギーを位置エネルギーに変換して浮き上がる程の回転数は無い。やはり感覚としてはツーシームジャイロと似ている。

フォークが空振りを取れる理由の一つに初速と終速の差がある。ジャイロボールはこれが非常に少ないためタイミングをずらせるが、逆にフォークは差が大きくてタイミングがズレるのだ。まだ使ってはないけど、フォークも私の持ち球ではある。

 

「へぇ〜。すげー」

「あんた分かってないでしょ…」

 

 

 

4回の表。

 

初回の1点以外は未だに点が入らない投手戦。新越谷は中軸(クリンナップ)から打順が始まる。

 

3番希。

左打席に入る希。ここで美園学院は園川さんを降板してライトに。左投手の1番手、ライトに入っていた白砂さんが登板する。

 

実は希の打撃成績では最終的に打っていることが多いので、あまり知られてないけど空振りの多いのは左投手だったりする。やはりこちらを研究されているみたい。

 

とはいえ、投手の力量は園川さんの方が上。わざわざエースを下げた采配が美園学院にとって吉と出るか凶と出るか…

 

初球、フォーク。これを見送ってボール。

2球目、インハイに真っ直ぐ。これも見ていってストライク。

3球目、アウトローにチェンジアップ。これも見送って追い込まれる。

4球目、低めのフォークをさらに見送って、カウント2-2。

5球目、インハイのチェンジアップ。これを待っていたと言わんばかりの食いついたスイングは、ボールを捉えて左中間に。

 

だけど、飛んで行った球はセンターの白咲さんが飛び込んで捕球。補殺された。センターライナーという判定。

 

 

ワンアウトノーランで4番の主将。

 

主将のチャンスに強いという特徴は、逆にチャンスメイクが苦手という欠点を示すもの。得点圏ランナーがいない状態で打席に入って打ったのは公式戦では今のところ1回だけ。

追い込まれてから2球粘ったものの、三振でツーアウト。

 

 

5番理沙先輩。

 

ここで美園学院は白砂さんを降板させて、涼夏百合子さんを登板させる。この人はスローボールで注目を受けてる人。少し小柄で、光ちゃんと似てる気がする。あれでムキムキじゃなければタイプだな〜。

 

スローボールの山なりの未経験のボールに、手も足も出ず空振り三振。

あれは難しいわね。

 

「ドンマイですよ、理沙先輩」

「ごめんなさい、ここ数日打ててなくて…」

「まぁまぁ。新越谷で最も本塁打期待率は高いですから」

 

私と違ってパワーで押していけるタイプであり、白菊よりも打撃経験がある理沙先輩は新越谷で現状最も本塁打が期待できる打者。調子の波くらいで落ち込んでもらっては困る。

 

スリーアウトで、裏の守備に向かう。

 

 

 

4回の裏。

 

2番白咲さん。

理沙先輩のスプリットとストレートを器用に使い分ける珠姫のリードで、サードゴロにうちとる。

 

 

3番梅郷さん。

2球目のストレートを三塁線にバントで転がしてセーフティ。ワンアウト一塁。

 

 

4番黒木さん。

初球、バントの気配を感じた理沙先輩は外してバント空振り。

2球目、間を盗まれて一塁ランナー梅郷さんスタート。珠姫-菫の処理が良くタッチアウト。ツーアウトノーラン。ツーストライクでノーラン。

3球目、理沙先輩のスプリットが抜けた球になってしまい、ボールの下をフルスイングで叩かれる。こっちに飛んできた!私は後ろに向かってジャンプしながら捕球。スリーアウト。

 

ムフフ…顔には出さないけど、今のファインプレーでしょ。ドヤッ!

 

「……顔に出てるぞ?」

「な、なんのことかしら」

 

ベンチに戻る時に寄ってきた主将にそう言われた。深呼吸、深呼吸。ちょっと澄まし気味の表情を作って…

 

「ありがとう!息吹ちゃん!」

 

むふぅっ。理沙先輩が私の顔をその胸に押し付ける。白菊ほどではないけど、理沙先輩も結構なおもちをおもちで。もふもふ〜。いや、この場合の効果音はパフパフかしら?まぁスポブラ越しなのが残念な気もするけど。後で生でお願いしましょう。

 

「むぅ…」

 

あ、むくれてる光ちゃんもかわいい。後で膝枕してあげよう。

私の…というか芳乃が監修している、絶妙な脂肪の割合、そしてアスリートになるべくして産まれた川口息吹という才能の塊の持つ柔らかでしなやかな筋肉。膝枕には最高の脚だと自負してる。

……でも自分に膝枕は出来ないんだよね…理沙先輩に頼むか…光ちゃんこの間やってもらった時ちょっと硬かったし。

 

 

 

5回表。

 

新越谷の攻撃は6番白菊から。

……白菊ってボールにミートするのが苦手だから、この手のスローボール系苦手なんだよね…三振してワンアウト。

 

 

7番稜。

左打席に入る稜。スローボールを前に空振り、ファールで追い込まれるけど、ファール、ボールで粘って5球目。快音…とはいかなかったが、一二間を抜くゴロヒットとなる。ワンアウト一塁。

 

 

8番詠深。

ワンアウトで一塁が埋まって、一塁には快足の稜。スローボールを封じることに成功する。

6番センター園川さん。

7番ピッチャー栗橋さん。

9番が涼夏さんと交代で、背番号18の船渡川さんがライトに入る。

 

「栗橋さん…確かファストボール系変化球が得意ね」

「カットボール、ツーシーム、スプリット…打たせてとるタイプだな。柳大川越に入ってたら手が付けられなくなってたかもしれん」

「それは怖いわね…」

 

投球練習を終えて、詠深が打席に入る。

初球落ちるボール…スプリット。空振りでストライク。

2球目、速球…多分ツーシームに詠深は珍しく快音を響かせる。

 

「行ったか!?」

「怜、それはフラグよ!」

 

理沙先輩の鋭いツッコミに、私はちょっとニヤッとしながら打球を目で追う。

 

「―――ッ!稜!戻って!」

 

突然強い南風が吹いて、打球の速度が殺される。私の声が届いたのか、稜が引き返し始める。やっぱりフラグ立てちゃったみたい。あとはエラーを祈るくらい…

 

詠深の高校初のホームランは出ず、レフトフライとなる。

稜は快足を帰塁に使って、一塁帰塁セーフ。ダブルプレーは何とか避けられた。

 

 

ツーアウト一塁で、9番珠姫。

私はネクストに向かう。が、珠姫はセカンドゴロで凡退。スリーアウト。

 

 

 

5回裏。美園学院の攻撃。

 

5番鶴見さん。

7球粘ってからのライト前ヒットで一塁へ。

 

 

6番園川さんはスプリットを転がしてしまい、二塁フォースアウト。ワンアウト一塁。

 

 

7番栗橋さん。

理沙先輩のスプリットが攻略されかかっているのか、ファールを連発。

9球目、こっち(レフト方向)にライナー性の当たり!間に合え…っ!

ダイビングキャッチでツーアウト!

まさか捕れると思ってなかったのか、園川さんは慌てて三塁から一塁へ帰塁しに行く。

 

「セェエィヤッ!」

 

掛け声と共に私はボールを一塁に送球…あ。

……悪送球しちゃった…

 

園川さんに審判が安全進塁権2個を認める。

園川さんは三塁を回って本塁を踏む。

 

……ん?……あ!これアピールプレイだ…

 

「ヨミ!」

「どうしたの、息吹ちゃん」

 

私はサードの詠深に声をかけて、牽制球のサインを送る。

 

「え?牽制球…あっ」

 

詠深がマウンドの理沙にサインを送り、理沙先輩は詠深と同じように「へ?」と言いそうな表情になってから、少し考え込んでうなづいた。

 

打席に8番の福澤さんが入って、プレイがかけられると同時に板を外していた理沙先輩が一塁へ送球。希が受けて、反射的に一塁を踏む。

 

「アウト!」

 

そう、園川さんは一塁への帰塁(リタッチ)義務を怠っていたのだ。

 

得点が取り消され、スリーアウトとなった。



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第31話 頂点への登山道 頂

 

6回の表。

 

私は右投の栗橋さんに対して金属バットを手に左打席に入る。

そして、普段と違うスクエアスタンス…クローズよりで構える。手元で変化する栗橋さんの球を、私のバットコントロールで微調整して当ててやれば単打か二塁打は狙える。球威自体は私のストレートとそう変わりないもの…打てる。

 

カンッ、と軽い打撃音と共にレフト線に沿って打球が飛ぶ。

 

「抜いた!」

「走れー!息吹!」

 

だけど、サードの皆川さんのバレーボール選手並の大ジャンプのファインプレーで止められる。

ワンアウトノーラン。

 

 

2番菫。

粘りに粘ったものの、最終的にはカットボールを打たされてショートフライ。

ツーアウトノーラン。

 

 

3番希。

今日はまだノーヒットの希。だけど、栗橋さんの球筋は希との相性が良かったのかツーストライクに追い込まれる。

 

原作でも言われてた通り、選手の疲労蓄積が大きい。2球目のストレートはいつもなら打てているはず。

 

とはいえノーヒットは癪に触るとでも言うのか、意地の一振りが3球目を捉えた。二遊間を抜けてセンター前へ。希は安定の走塁で一塁を踏む。

ツーアウト一塁。

 

 

4番主将。

 

初球のカットボールをライト線外に転がしてファール。

2球目、ツーシームを引っ掛けさせられてセカンドゴロ。スリーアウト。

 

 

みんなが守備に散る前に、芳乃が全員をベンチ前に集める。

 

「珠姫ちゃん、ヨミちゃんの調子はどう?」

「そうだなぁ…まぁ絶好調とは言い難いけど、不調という程ではない…かな。この大一番で精神的に崩れる心配もヨミちゃんは少ないしね」

「良かった」

 

実はさっきの攻撃中から詠深はプルペンで珠姫相手に投球練習を始めていた。

 

「残り2回、きっちり抑えればうちの勝ちだよ!とはいえ、そろそろ理沙先輩は捉えられ始める頃合。ここからはヨミちゃん、お願いね!」

「待ってましたー!やっと投げられる〜!」

「ヨミちゃん、後はお願いね」

 

 

 

6回の裏。

美園学院の攻撃は8番福澤さんから。

 

ここで新越谷は選手交代。

ピッチャーの理沙先輩がサードに。

サードの詠深がピッチャーに。

 

投球練習を終えて、球審のプレイがかかる。

 

初球、まずはあの球。鋭く落ちるボールに、福澤さんは空振り。

2球目、遅い真っ直ぐ。内角高めに攻める。が、福澤さんは配球を読んでいたのか快音1つ。三遊間を抜けて私は前へ出る。捕球した時には、福澤さんは一塁を踏んでいた。ノーアウト一塁。美園学院の吹奏楽がファンファーレを響かせる。

 

私はあえて理沙先輩に送球する。

理沙先輩はそれに受け取ってから頷き、一塁二塁にいつでも送球できるように視線を向けたままマウンドへ向かう。そして、詠深に一言二言声をかけてから球を渡した。

理沙先輩ってどこか落ち着けるような雰囲気持ってるから、こういう時には重宝するわよね。1家に1台ならぬ、1チームに1人欲しい人材。

 

 

9番船渡川さんに、美園学院は代打を送る。

3年生の右打者小濱さん、背番号7が打席に入る。送りバントの構え。おそらく船渡川さんが投手だから送りバントに使って手に怪我をさせたくなかったんだと思う。

きっちり送ってきて、ワンアウト二塁。

 

 

1番皆川さん。

初球、強ストレート!高めに浮いてボール。

 

詠深の強ストレートのイメージは、遠いところのミットに届けるイメージ。回転数が増えていて、光ちゃんのストレートのようなポップアップする軌道。しかも遠いところに投げるから、気持ち上めに投げてしまっているのだ。それが強ストレートが高めに浮くことが多い理由。

私みたいに、シーズン中に修正なんて普通の投手には不可能。特に長年投げ込んできている投手には。

理沙先輩みたいに即席投手ならなんとかなるかな?無理か。

 

2球目、ツーシームを外角低めに。皆川さんは手を出さず、ストライク。

3球目、あの球を内角高めに。

遠目で本当か分からないけど、何故か皆川さんがニヤリと笑う気がした。

 

カァン!という大きな打撃音を響かせて、大きく打ち上げる。

 

センター方向。

 

フェンス際まで下がる主将。私は中継に備えて動く。

 

二塁走者福澤さんは、二塁を踏みしめている。入れば帰れるし、入らなければ直ぐにスタートを切れる体勢、万が一捕球された場合も考えてタッチアップで進塁するつもりなのだろう。

 

ふわりふわりと風に揺れる打球。正直、回転もあまりないフライ性の打球でフェンスまで運んでくるパワーはとても羨ましい。

だが、詠深の長打級をフライにした南風は時折吹いている。間隔的にはそろそろ…ほら。

 

主将のグラブに収まって、福澤さんがスタート。

 

「主将!中継!」

 

私がセンター守備位置ちょっと二塁よりでボールを呼ぶ。二塁とマウンドの間には菫が、本塁には珠姫が、本塁の後ろには詠深が、それぞれ待機している。

とはいえ、中継数はなるべく減らした方が早く本塁にボールを届けられる。これは投げる人の自信と状況で投げる先を変える。

 

「菫!頼む!」

 

主将は私を飛ばして菫へ送球。

菫は僅かに位置を変えると、ボールをグラブで受ける…が、こぼした。

 

「任せろ!」

 

ショートの稜がフォローに拾い、本塁送球。だけどいきなりのことで慌てたのか、送球は本塁を飛び越して詠深がなんとか捕球。その隙に福澤さんは本塁に駆け込み生還。

記録はエラー2つ。スコアはこれで降り出しに戻ってしまった。

 

「菫!」

 

菫がエラーしたところで倒れていた。二塁審がタイムを宣言して、救護班を呼ぶ。新越谷のみんなも菫の方に駆け寄ってくる。観客席もザワザワする。アナウンスで熱中症に注意と言っているけど、多分その通り。

 

「君、動いちゃダメだ。今立ち上がると今度こそ落ちるよ」

 

二塁審は熱中症の選手を何度か見たことがあるようで、立ち上がろうとする菫を静止する。

 

「芳乃、アイスバック!菫に!」

「うん!」

 

脇の下と首筋にアイスバックを当てる。

 

「みんなもスポドリと水持ってきてるから飲んでね!」

 

うちは人数が少ない分、これ以上倒れられるのは困る。私もスポドリを飲んで、水をうなじに引っ掛ける。

 

そうこうしている内に、救護班が担架を持ってグラウンドに入ってくる。

救護班の人は、1人が菫の頭側から脇に腕を通して支え、もう1人が膝裏と腰を支えながら担架に乗せて、グラウンドから出ていった。

 

 

「菫ちゃんの代わりに、私がセカンドに入るか、光ちゃんをレフトに入れて息吹ちゃんをセカンドに…どっちがいいかな?」

「そうね…」

 

芳乃の案は、戦力的には光ちゃんを入れたいという思いもあるのはよく分かる。でも…

 

「主将はどう思いますか?」

「そうだな…光はもう少し様子を見たい。芳乃、頼めるか?」

 

やっぱり主将も同じ意見みたいね。

 

「わかりました。監督と球審に伝えてきます!」

 

セカンドに芳乃がそのまま入り、2番セカンド芳乃となる。

 

 

そして、2番白咲さんは詠深の流れに引っ張られない強気の投球でショートゴロに打ち取ってスリーアウト。なんとか攻撃を断ち切る。

 

 

「ドンマイドンマイ!次の回、絶対に点を取るぞ!気合い入れて行くぞ!菫の分まで、光の分まで、全部出し切って勝つぞ!」

「おう!」

 

みんなで円陣を組んで声を合わせる。掛け声の強さは、一体感が出て良い。

 

 

 

7回の表、新越谷の攻撃。

 

美園学院は選手交代。

ピッチャーの栗橋さんがライトに。

代打の小濱さんがベンチに下がって、ピッチャーに1年生の美園学院の守護神、背番号20が入る。

 

そう、彼女こそ、もう1人の最注目選手…時風さなだ。

 

これまでの試合と今の投球練習で分かっているのは、彼女が左腕(サウスポー)で、癖の強いストレートが武器ということ。ナチュラルシュートとナチュラルスライダーが器用に使い分けられる。

私と芳乃の共通見解として、彼女の変化のポイントはリリースタイミング。早ければスライダー、遅ければシュート…だけど、僅かな差であり、おそらく見抜けるのは私と芳乃くらい。打順を考えると頭が痛い。

 

5番理沙先輩から。

見逃し、空振り、ファール、空振りで三振。

 

 

6番白菊。

5球目、レフトフライに倒れる。

 

 

7番稜。

空振りで追い込まれてから、ナチュラルシュートを打たされてショートゴロ。

スリーアウト。

 

 

「嘘だろ…芯に当たらないぞ」

「でしょうね…あれは難しいわ。それより守備はどうする?一応私はジャイロほとんど使ってないからまだ投げられるわよ?」

「うん、でもそれはうちが勝ち越し点あげてからがいいよ。それまでヨミちゃんに頑張って貰うね」

「まっかせて!」

 

詠深が鼻息をふんすっと鳴らして胸を張る。

 

「まずは延長戦に持ち込むぞ!絶対に点は渡すなよ!」

「おう!」

 

 

 

7回の裏。

美園学院の攻撃は3番梅郷さんから。

初球、強ストレートでブラッシュバックさせてから…

2球目、あの球の緩急と落差で打ち取る。セカンドの芳乃が少しぎこちないけど、きちんとファーストの希に送球してアウト。

 

 

4番黒木さん。

初球、同じように強ストレートを印象づけさせる…という配球を読まれたのか、初球打ちをしてきた黒木さん。だけど、強ストレートの威力に負けて、セカンドフライ…いや、芳乃じゃなくて希が落球点に入ってるからファーストフライだ。ツーアウト。

 

芳乃と希はイチャイチャしてないで守備位置戻りや(八つ当たり)

 

 

5番鶴見さん。

遅いストレートを外角低めに。これはスルー。

2球目、ツーシームを外角低めに。同じ球筋と判断したのか、振った鶴見さん。ショートゴロに倒れる。スリーアウト。

 

 

「ナイピ、ヨミ!」

「良かったぞ」

「さすがエースね」

 

私も詠深を持ち上げるけど、他意はない。持ち上げとけば機嫌が良いとか思ってない。

 

 

延長戦に入る。

延長8回表。新越谷の攻撃。

8番詠深はアウト献上。ワンアウト。

 

 

9番珠姫。

初球、力強いフルスイングで空振り。豪快なスイングはどこか光ちゃんを思い出す。

2球目、バッテリーはそのスイングに少しびびったのか、低めに集まっていた球が少し浮いた。珠姫はセーフティバントで三塁線に転がす。走り抜けた一塁。ミットにボールが入ったのとほぼ同時!判定は…一塁審の両腕が広げられた。セーフ!

ワンアウト一塁。

 

 

私はバットをひと撫でして、右打席に入る。1番私。

 

私は()に集中する。

時風さんがどう投げてくるか、福澤さんがどうリードするか予測。そして時風さんの投げた瞬間にシュート軌道かスライダー軌道かを読み取って、バットを上手く当ててやる…言うは易し、だけどそれを可能とするのが川口姉妹の観察眼と私のバットコントロール。どうにか珠姫を三塁に進ませれば点が入るかもしれないから…!

 

時風さんがセットポジションから、投げた…シュート!

ここね!…キンッ!

 

金属バットを持つ手に鋭い衝撃と、耳に打撃音が響く。

打球は右中間!

 

私は一塁、珠姫は三塁に進んだ。

ワンアウト一・三塁。

 

私はプロテクターを一塁コーチャーに出てた光ちゃんに渡す。

 

「さっきの珠姫のスイング…光ちゃんが教えたの?」

「ううん。見取りはされてたかもしれないけど…びっくりしちゃった」

「すごいわね…」

「すぐにコピーできちゃう息吹ちゃんには言われたくないんじゃないかな…」

 

見取り…つまり見取り稽古だけであのスイングを作った珠姫。それはすごいことだと思うわよ。この体の才能がおかしいのは自覚してるからモーマンタイよ。

 

 

2番芳乃。

芳乃も、ミート力はともかく眼は持ってる。後はバットに当てられるかどうか…

初球、スライダー気味の球。でもあれくらいなら…!

芳乃のバットのスイートポイントでボールを内野に転がした!ボテボテだけど、ピッチャー・サード・ショートからほぼ等間隔の面白い位置に転がる!

結局ショートが捕球し、珠姫は本塁生還。二塁送球も諦めて一塁送球!芳乃はチーム内では足が遅い方だけど…一塁にヘッスラをかました!どっちだ…

 

「アウト!」

 

まぁ、妥当なところね。

 

 

ここで美園学院は選手交代。最後に頼れるのはエースということね。

センター園川さんがピッチャーに。

ライト栗橋さんがセンターに。

ピッチャー時風さんが下がって、背番号16の淡谷さんがライトに入る。

 

3番希。

希はエースの園川さんを前に、ニヤリと口角を上げる。ほんと、楽しそうに野球するわよね、希って。

初球、スローカーブから入った美園バッテリー。希は思わず手を出してしまう。タイミングのズレた打撃をしてしまった希が打った打球はフラフラと左中間に飛ぶ。センターに入った栗橋さんがきちんと捕球して、スリーアウト。

 

 

 

延長8回の裏。

守備に散る前にみんなで円陣を組む。

 

「待望の勝ち越し点だ。あと3人アウトにすれば、甲子園だ。きっちり3人で抑えて、光と菫も含めて全員が万全の状態で全国に行くぞ!」

「おう!」

 

私たちは守備位置を変更する。

私はピッチャーに。

ファーストの希はレフトに。

ピッチャーの詠深はファーストに。

それぞれ移動する。

 

6番園川さん。

初球、2球目とフォーシームジャイロで追い込んでから、3球目は真っ直ぐ。空振り三振を奪う。

 

 

7番栗橋さん。

ツーシームジャイロ、フォーシームジャイロ、真っ直ぐの3球で空振り三振に打ち取る。

 

 

8番福澤さん。

初球のフォーシームジャイロを捉えたものの、セカンドの芳乃がきちんと処理する。

福澤さんはアウトの確定していた一塁に、ヘッスラをした。

 

ゲームセット。

 

みんながマウンドに集まってくる。

 

 

私の頬に、一筋の涙が溢れた。

何故か、視界は滲んでいた。

 

 

「…そうか…本当に甲子園なのね……」

 

嬉しかったのね…私。

 

 

 

第98回全国高等学校野球選手権

埼玉大会優勝 新越谷高校

(8年ぶり、2度目)

 

 

 

 




ひとまず、試合は一区切り。
次回から日常?回を1~3話挟んでから甲子園に向かいます。1回戦が始まるまで試合はお預けです♪

野球の展開について、面白いエピソードご存知の方、TwitterでDMまたはハーメルンメッセージ機能で教えてください!ご協力お願いします!

また、息吹ちゃんの挿絵やアイコン作ってくれる方募集中です。誰か描いてくれないかな〜?|´꒳`)チラッ


追記

アンケについて、指摘を受けまして訂正と改訂を行いました。


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第32話 献身と保身

大変お待たせしました!
小話の詰め合わせですが、お納めくださいませ!
甲子園はもう1話挟んでから開幕となります!


埼玉のローカル新聞やローカルTVに大々的に取り上げられた私たち新越谷野球部。1年生中心のチームで県大会優勝という快挙を前に、埼玉ローカルメディアのスポーツコーナーは乱舞した。

 

だけど、優勝旗と優勝トロフィーを持ち帰った私たち新越谷高校野球部に待ち受けていた想定外の塩対応だった。

 

「本校は生徒の応援について、全校応援は行わせませんから、そのつもりで」

 

学校側としては、野球部の例の不祥事を踏まえて関係各所への最も穏便なやり方として、応援団の有志に限るとしたのだ。

 

「また、応援団については、新越谷高校野球部寄附金から運用できる範囲でお願いします」

 

現行で、新越谷高校野球部の寄付金はそう多くは集まっていない。確かに、全校生徒を兵庫に連れて行くのはほぼ不可能だ。

緊急で寄付を募る学校も多いけど、新越谷高校の場合は在校生の保護者等に良い印象がないところで、寄付を募った場合の反感はどうなるか想像がつかない。

 

「友情応援を頼むのも自粛をお願いします。あくまで応援は自主的に参加する本校生徒のみとします」

 

そう伝えるだけ伝えた50過ぎと思われる教頭は去っていった。

 

 

「それだと…どうしましょうか…」

「あまりにもお粗末な応援になると、今度は他校から睨まれかねないですからね…甲子園をバカにしてるのかって」

「とりあえず形を揃えるなら、1年生の吹奏楽部員中心にお願いしてみるしかないな」

 

藤井先生、主将、私の3人は頭を抱える。芳乃はバスの手配やら何やらで大忙しだ。

 

「ですね…」

 

とはいえ、正直応援団については最低限は用意出来ると見越せる。決勝に来てくれたクラスメートたちが、甲子園への応援はどうすればいいのかと既に連絡がバンバン届いているから。

多分1年生の7割くらいは来てくれるっぽい。

 

後は金銭面のやりくりだけ…

 

まぁここは裏技をするしかないわね。

 

「……友情応援はダメって言われたけど、施設の利用をお願いするのはダメとは言われてないわよね」

「どういうことだ?」

「友情応援は無理でも甲子園に近い学校の校舎を借りて、合宿みたいに寝泊まりする場所っていう()()()に甘えるのはOKなのでは?」

「なるほど…それならば宿泊費は浮かせられるな」

「食費は1日500円くらいを全員から心苦しいけど出してもらえれば、希望者全員連れて行くのは出来そうでしょ?」

「確かに…それはいいアイディアですね。早速あちらの学校にお願いしてみましょう」

 

藤井先生は、軽い足取りで後ろ手に部室のドアを閉めて職員室へ向かった。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

その日の夜、芳乃の部屋をそっと覗くと、芳乃は頭を抱えていた。

 

「藤井先生から話は聞いた?あっちの私立の小学校を借りれたらしいわよ」

「あ、息吹ちゃん。うん、設備とか、移動とか考えててね〜」

 

あちらの小学校の校長に藤井先生のツテがあるらしくて、うちの状況を伝えたところ、1日僅かに2万円で設備全て使って良いと破格の条件で借りれたのだ。その代わり、使ったところの掃除はうちでやる必要がある。

 

「これなら後は業者に頼んで、食材とか買い込めばOKだね。せいぜいお風呂が少し小さいくらいかな?」

「そうね…何人くらい来る予定なの?」

「多分200人前後だと思うよ」

「結構来るわね」

「問題はご飯作る人だよ…」

 

確かに、三食付けるとすれば作る人も200人前後分を作る必要がある。いくら芳乃でも1人では無理だし、野球部のメンバーがやるのも試合が無い日ならともかく、試合の日は難しい。

 

「そうねぇ…美波暇かしら?」

「あぁ〜その手があったか〜」

 

咲桜戦の後に中華屋で遭遇した美波*1はまだ売れてなかった頃(とはいえそう長い期間ではないけど)、バイトで給食の調理をやってたこともあり、食品衛生や調理師の資格も一応持ってたはず。

 

 

 

プルルルル、プルルルルル―――という呼出音が2、3回鳴ったところで美波は電話に出た。

 

『ちぃーす、息吹〜。どうしたん?』

「あ、美波?8月、時間ある?」

『もちもち!息吹が甲子園出るって決まった時には担当さんに8月の仕事全部キャンセルしてもらったからね〜。ちゃんと応援行くよ〜!』

「ちょうど良かったわ。うちの学校の応援団の食事、大会中作ってくれない?」

『え〜、めんどいなぁ…』

 

毎日大量調理は確かに大変よね…

 

『うーん…何人くらい?』

「200人前後かな」

『あり?結構少なくない?』

「うん、全校応援しないって。有志の応援団だけなんだよ」

『へー、そんなことあるんだ〜。他校の事情とかは知らないから比べる基準は清光なんだけどさ』

「あそこは強豪だし…学校行事みたいなものじゃない」

『まぁね〜』

「それで、どう?」

『やっぱり純粋に甲子園って舞台を楽しみたいから。ごめんね〜』

「分かったわ。他に当たってみる」

 

私はじゃあねと、電話を切る。

 

「ダメだったか〜」

「まぁ仕方ないわね。応援には来てくれるって」

「そうだね。派遣会社にでも相談しようかな…」

 

後援会から有志を集うのが筋だが、この学校の野球部の後援会は例の事件の関係で頼れない…と言うかそもそも解散している。

 

芳乃と私は予算との付き合い方に頭を悩ませるのだった。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

クラスメイトで初期から応援に来てくれていた子3人が中心となって、応援団のとりまとめをしてくれた結果…応援団は生徒が1年生のみで104人、引率教諭が4人、1年生と一部の2年生で構成された吹奏楽部17人の計125人となった。

 

やはり、1年生の中でも家の都合や面倒くさいということから応援団には参加しない人もそこそこ出た。とはいえ自主参加にもかかわらず、ここまで集まってくれたのは野球部の応援…だけでは無い。

 

試合のない日は観光ができるというのが大きい。

低予算に抑えるため、バス会社には往路と復路を予定日で抑えてある。分かりやすく言うと、負けたらその日に帰る…ということが無いので、長い期間を関西観光に当てることが出来るのだ。

実質タダで泊まれる所があるのは金欠高校生にとって嬉しいことだと思う。

 

さて、甲子園出場を決めた私たちはテレビの取材などをこなした後、8月1日の早朝。

私たち新越谷高校野球部は、部室に集合していた。

 

「さぁ、今日の午後14:30から甲子園練習だ。気張っていくぞ!」

 

主将の掛け声に、私たちはおぉ!と応える。

 

有名な高校野球監督が言ってた。

夏の地方大会は甲子園に行くために戦う。でも、甲子園ではお祭りのようなものだから、最後まで精一杯楽しみながら戦う…と。

 

選手わずか11人の我らが新越谷高校野球部は、心躍る甲子園の地に向けて歩き出した。

*1
今井美波。「第27話 伝説は実は残念」に登場。高校時代には栃木県清光学院高校で高校通算100本以上の本塁打を打った強打者。現在は、書家・作家・作詞家等芸術分野などで活躍しており、別荘を複数所有する程にはかなりの年収を得ている。



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第33話 組み合わせ抽選会と開会式

大阪にあるホールが組み合わせ抽選会の会場だ。

 

予め決められた席に主将を除いた面々が座る。

周りの視線が私たち新越谷に集まる。

 

「す、すごいよ!プロ注の選手がいっぱいだよ〜!」

「どうどう。芳乃、落ち着きなさい。希!手伝って!」

「う、うん」

 

目を輝かせている芳乃を、私と希の2人がかりで席につかせる。

わずか11人のチームでの甲子園出場は歴史的偉業として注目を集めている。

 

主将が壇上に座っている。

 

近年でこそ埼玉県はプロ注選手が多い『黄金世代』だが、プロ注選手だけが強い訳では無い。代表格と言えるのが椿峰だ。あそこはスター選手こそいないが、いつも県大会上位に食い込む強豪校。

そのようなスター選手無き強豪校というのがダークホースとなりうるのだ。

 

「まぁそれを言えばうちも十分ダークホースよね」

「11人ってだけでも歴史的なのに、3年生ゼロ人だもんね」

 

隣に座った芳乃が同意してくれた通り、3年生無しでこの人数で代表校となった高校は今まで聞いたことがない。

 

『これより、第98回全国高等学校野球選手権大会の組み合わせ抽選会を始めます』

 

テレビアナウンサーが司会を務める。野球中継とかでもたまに見る人だ。

 

長ったるしいおばさまの話はスルーして…

いよいよ抽選が始まる。

 

今年の抽選方法は去年と同じで、一二回戦の組み合わせ抽選が行われる。

抽選順は北海道と東京都が2チーム出ているので、初戦で当たらないように先に抽選する。

その後、予備抽選で決められている順に沿って本抽選が行われる。

 

新越谷はなんと49チーム中49番目。

最後だ。

残り物には福があると思うけど…主将ってクジ運無いって原作でも明言されちゃってるからなぁ…

 

とんとんと進み、残りは2校。

残っている枠は以下の通り。

 

2番A→1日目第2試合一塁側

22番B→6日目第4試合三塁側

 

2番Bの方は1回戦も戦う必要があるが、初戦はビックネームは避けられる。

22番の方は1回戦は無いけど、初戦の相手は愛知の東祥大東祥という絶対的ビックネーム。

さぁ…どうなる…

 

『帝大掛川、2番Aです!』

 

ノォー!?初戦は東祥大東祥で確定じゃん!

 

『し、新越谷高校、22番Bです!』

 

主将も声震えてるし。

まぁでも、相手が強いほど燃えるよね。

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

前日のリハを終え、いよいよ8月7日。

第98回全国高等学校野球選手権大会、開会式。

 

今年の入場順は南から。

新越谷は38番目。

 

先導、国旗、大会旗の後、記念大会では無いものの歴代優勝校旗が続く。

そして、優勝旗を持った神奈川県代表の東嶺大相模、そして、沖縄から北上するように続々と甲子園のグラウンドを踏みしめる。

 

揃いの白い靴がそれを更に引き立てる。

大会行進曲に沿って綺麗に隊列を組み、揃ったところでバックネット方向に一斉に進む。

 

テレビで見てたあの光景。

今、私たちがいるんだ…泣けてくるわね。

 

地方大会の時は芳乃がプラカードを持っていたけど、全国では近くの高校の子が毎年担当している。

 

偉い人の長い話も、感動であまり入ってこなかったけど仕方ないよわね!

 

 

 

 

 

開会式を終えて、私たちは宿泊している学校に戻る。

ほとんどの高校は大阪に宿泊している中、私たちは甲子園球場にほど近い小学校に拠点を構えていた。

 

グラウンドもきちんと完備されていて、もちろん練習も可能。

とはいえ、せいぜいが流し程度の練習しか芳乃が許さない。何よりも怪我が怖い。このチーム、1人怪我しただけでも勝ち抜けない確率がグンと下がる。

…それに、やっぱり全員で全力で戦いたいし。

 

そんなわけで、私たち新越谷高校野球部の首脳陣である藤井先生、主将、私たち川口姉妹の4人は蒸し暑い中、1番上の階の教室で窓全開に扇風機という装備だけで会議をしていた。

ちなみにクーラーも無くはないが、身体をこの環境に慣れさせる必要があるとして、夜間の就寝時と芳乃のマッサージで夏バテになりかけている場合だけしか使わせてくれない。特に投手陣は身体を冷やさないためにクーラーから1番遠い場所で寝ているため、少し暑ぐるしい。

 

「それで、東祥大東祥のデータは?」

「もちろん揃えてるよ!でも…東祥大東祥ははっきり言って弱点という弱点は無いし、特徴と言えば『普通』かな…」

 

そう、何を持っても平凡…いや、ハイスペックと言うべきかしら?

王道の強さで、上位打線は振れてるし、投手陣もそこそこ厚いし、守備の穴も特別大きかったり小さかったりもしない。

普通のチームを強くした感じ。

言わばバランス型のチームかしら。

 

「投手は地方大会の時点で3人確認してるよ。エースの小野美桜さん、2番手の荒川沙耶さん、2年生で次期エースの船島翡翠さんの3人だね」

 

芳乃の説明では長いので、要点だけ抜き取ると…

 

小野美桜 3年生

背番号1

速球派で、今大会最高球速候補。久保田さんほどの荒れも無い。

球種は確認で着てるだけでストレートとカーブとカットボール。

日本人最速に匹敵する速球で、今大会の最注目選手。

 

荒川沙耶 3年生

背番号10

球足は速いけど、チェンジアップやスプリットとの組み合わせが面倒な技巧派。

球種はストレート、チェンジアップ、スプリット。

 

船島翡翠 2年生

背番号18

荒川沙耶と同じく、球足はあるけど、カットボールやツーシームで打たせてとる野球をする。

球種はストレート、カットボール、ツーシーム。

 

「投手が少ない分、ロースコアの戦いなら多分継投は少ないでしょう。先発が小野さんなら球数投げさせて降板させる方向で、他の人なら打っていきましょう」

「小野さんの球はそんなに速いのですか?」

 

藤井先生は小野さん相手では歯が立たないように話す。

主将も流石にここまで勝ち上がった私たちの打撃力を考えて、勝負にならなくはないと考えていたのだろう。

 

「そうですね…恐らく、2年生と大村さん…くらいでしょうね、あの速球を内野の頭を越えられる打球に変えられるのは。他の1年生ではまだ筋力が足りないでしょう。せいぜいファールで粘るのが関の山です」

 

速い球…というより、多分あの球威がすごいのだろう。

あの球を捕手として受けるのは痛そうだ。

金属バットなら飛ばせるかな…?

 

「じゃあ…小野さんが出てきた場合に備えて、こちらも堅く備える必要がありますね」

 

ビックネーム相手に、仕込みはどれだけあっても足りない。

試合は数日後だけど、スタメン発表は今日にもして、個人の役割に応じた練習をメインに行っていこうという考えだ。

少しでも勝率をあげるのが吉。

 

さて、そうなるとネバネバ出来ると言えば…私と菫は確実に上位打線かな?

左打席の稜や、観察眼のある芳乃もスタメン起用あるかな。

逆に主将は最近振れてないから上位打線に持ってくるのは怖い。

練習試合の柳大川越以来、ノー安打の詠深は投手起用も慎重に…

 

うん、私だったらこんな感じにオーダーするかな。

 

1 希(一)

2 菫(二)

3 私(三)

4 理沙先輩(投)

5 芳乃(右)

6 光ちゃん(中)

7 珠姫(捕)

8 白菊(左)

9 稜(遊)

 

どうかな……ちょっと遊びがありすぎるかな。

でもやっぱり主将の一振が振るわないと得点力が低いなぁ…

 

まぁ芳乃や藤井先生がもっといいオーダーにしてくれるでしょ。

そう、今の私には作戦会議よりも大事な用事が2つほどあるのだ。

 

1つ目は光ちゃんの調整の手伝い。県大会であったピッチャー強襲で怪我こそしてはいなかったものの、投球を制限していた。その制限を少しづつ解除していて、甲子園で投げられるように調整していく。

 

2つ目は…

 

「準備出来た?」

「ちょっと待って!」

 

もちろんデー…じゃなくて、光ちゃんと観光!

袖の広い涼しげな私服を着て、駅に向かう。

 

「いやー暑いわね」

「ごめんね、無理言って着いてきてもらって…」

 

そう、なんと光ちゃんからのお誘い。断るわけがない。

…ここまでかわいいとさ、筋肉質なの気にならなくなってくるわよね。流石幼女先輩。

 

さて、今日はどこに行くのかな?

 

「今日って、息吹ちゃん誕生日…でしょ?だから、神戸で有名なお菓子屋さん巡りで誕生日お祝いしたいなって。迷惑だったかな?」

「そっか…今日だったんだ。ありがとう」

「良かった。えへへ、今日のためにバイト始めたから、誕生日ケーキ分ってことで奢らせてね」

「へぇ。部活と両立出来てるの?」

「うん。去年までやってた軟式のチームの人の所でやらせてもらってるから、融通してくれるよ」

「いいなぁ…うちはスポンサーがお金出してくれてるから、頭上がらないもの」

 

言うまでもなく美波*1のことね。野球ってやっぱり物入りだからね。子供の頃に使ってた球とかグローブとかも美波のお下がりだったりするし。

 

さて、神戸のお菓子屋さんと言えば名店揃いの激戦区。色んな類いのお菓子屋さんがある。

バウムクーヘンとか、モンブランとか、イチゴショートとか…他にも色々な名店があり、こういう時でもないと関西に来ない私たち埼玉県人には神々しい店の雰囲気が凄い。

 

光ちゃんは私より背が小さいけど、エスコートするように自然に私の右手をとった。つまり、光ちゃんは左手で私の右手をとっている。

投手として大事にしている利き手をなんの躊躇いもなく私の手を引くために使ってくれるのに、少し胸が跳ねたことはここだけの内緒だからね!

 

 

 

 

*1
度々登場の今井美波。「第27話 伝説は実は残念」に初登場したオリキャラ。高校時代には栃木県清光学院高校で高校通算100本以上の本塁打を打った強打者で、現在は書家・作家・作詞家等芸術分野などで活躍しており、別荘を複数所有する程にはかなりの年収を得ている。



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第34話 誕生日プレゼント

今回、ターニングポイントです。


 

 

8月7日は私と芳乃の誕生日。

開会式後の午後、私と光ちゃんは神戸のケーキ屋さんをハシゴしてから学校に戻ってきた。

 

なんかさ、前世も高校球児だったはずなのに、光ちゃんの方が男らしく(この世界女の子しかいないけど)リードしてくれて、思わずキュンときたのは間違いであったはずよ…ね?立場逆になってない?

 

さて、私と光ちゃんは特大ホールケーキ…7号のを2つほど持って帰ってきていた。これは私が買ったもので、光ちゃんの奢りでは無い。

そう、芳乃へのプレゼント…兼みんなへのお土産だ。

バタバタしてて県大会優勝兼甲子園出場のお祝いもろくに出来てなかったもの、これくらいしてもバチは当たらない。

 

「息吹ちゃん、ベタベタしちゃったしお風呂行かない?」

「い、いいわね」

 

光ちゃんと希がお泊まりに来た時よりも、なんかドキドキしてるのは、きっと大きいお風呂に胸が弾んでるだけ…よね?

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

この学校には合宿施設が併設されていて、なんと浴場が複数存在する。

大浴場は泊まってる部屋毎に入って良い時間が決めてあるけど、私たち野球部は小浴場…5人6人くらいしか入れない小さい浴場を貸し切ってる。だからすぐにお風呂に入れる。お風呂好きだからこれは嬉しい。

 

脱衣所に入ると、既に2人お風呂に来てたみたい。

 

服とかが置いてあるカゴを見ると、どうやら希と芳乃のようね。

 

……ちょっとそっと覗いて見よっと。

 

……うん、順調に仲を紡いでるみたいで何よりだね。いくら小浴場と言っても、大きい浴槽でわざわざ肩寄せあってるとか、もう「キマシタワー」よね。

 

キマシタワーってカタカナで書くとなんか電波塔みたいでちょっと面白い。

 

扉をわざと音を立てて開けると、希と芳乃はビクッとしてから30cmほど距離を開ける。…ふーん、そんな反応しちゃうとつつきたくなるわよね?

 

「あぁ、芳乃と希だったのね。おじゃましたわね」

「ちょ、ちょっと待って!ちがうっちゃん!」

「え、何が違うのよ」

 

私が背を向けて浴場から出ようとすると、希が引き留める。

私がニヨニヨ笑っているとわざとだと理解した様で。

恥ずかしいのと怒ってるのとお風呂で熱くなったのと…多分興奮してるのもかな?で、顔が真っ赤になってる。

 

「息吹ちゃん…」

 

洗い場にある鏡に写る私の後ろから困った顔をした光ちゃんが見えた。

私は一息つくと追撃をそこまでにして、洗い場でシャワーを浴び始めるのだった。

 

 

カポン…

 

 

4人で湯船に浸かると、少し狭く感じる。

お湯の循環で起こる水流で、足が揺れて隣の人と触れ合う。

 

私は光ちゃんの足をガシッと掴んだ。

 

「ひゃっ!?何してるの!?」

「…やっぱり。光ちゃんの足…柔らかい」

 

筋肉質だから硬いと思ってたけど、お湯で太ももが揺れたように見えたのだ。

だから触って確かめようと思ったのだけど…これ本当に筋肉なの!?

 

「光先輩の筋肉はね、アスリートとして最高の資質があるんだよ!」

 

芳乃の筋肉談義が始まった。

 

「力を入れてない時に硬い筋肉は、しっかりと弛緩できてないんだよ。しっかり弛緩出来てないと力を入れた時に最大限の発揮はもちろん、怪我のリスクも高くなるから、アスリートとしてはいかに筋肉を休ませるかが重要なんだよ!」

「私、時間の空いた時はヨガ教室行ってるから…それもあるかも」

「私もマッサージしてもらっとるよ…芳乃ちゃんに」

「あっ、惚気は結構です」

「惚気やなか!?」

 

自分の太ももと、光ちゃんの太ももと、芳乃の太ももと、希の太ももと…筋肉の質がやっぱり違うみたい。

芳乃、お互い好き合ってるのは知ってるけど、ちょっと希の太もも触っただけで黒いオーラ出さないで!?

 

「うーん…あまり鍛えてない芳乃は除外するとしても…私と光ちゃんと希とでやっぱり筋肉の質が違うのね」

「うん、そうだね。息吹ちゃんと光先輩はぷにって感じで、希ちゃんはふにっって感じかな。でも、うちのチームで1番凄い筋肉はやっぱり光先輩だよ!」

 

確かに、芳乃は前に言ってた。

この11人の中で高卒時の段階でプロ野球選手としてドラフトで声がかかりやすいのは意外にも光ちゃん、次点で私と主将なのだとか。

光ちゃんは投打そして外野手としても安定して好成績だから、少なくとも育成にはかかるはず。

私は…まぁジャイロとどこでも守れるマルチ性と話題性。

主将は代打代走要員。

 

理沙先輩や珠姫や希は悪く言えば、代わりのいる存在だ。プロを目指すなら成績に加えて「話題性」か「唯一性」のどちらかを必要とするのだとか。

 

それにしても…

 

「うん、光ちゃんは抱き心地いいわね…」

 

光ちゃんが小柄なので、ちょうど抱きしめて良し身体を絡ませても良しな素晴らしい抱き枕と化していた。これはもうこのぷにぷにした筋肉ともちもちな肌が悪い。

 

「あっ…息吹ちゃんも肌もちもちしてるよ」

「見せつけとーと!?」

 

…ふむ、希と芳乃はほとんど身長差が無いからなぁ…でも芳乃の方が鍛えてない分軽いわね。

 

「ほいっ」

 

私が芳乃を抱えて、希の膝の上に座らせる。

 

「ちょっ…!息吹ちゃん!?」

「…もちもちしとーと」

「ひゃっん…そこはダメだよ!」

「希…流石にそこまで進展してるとは思わなかったわ」

「はっ!?ちゃ、ちゃうねん」

「いや、何故いきなり関西弁?福岡だよね?」

 

なお希のしたことによって、ちょっと刺激が強かったのか、光ちゃんは顔を真っ赤に染めていた。

希はきっちりもみじを作られたが、満足そうに鼻血を垂らしていた。

 

……希の変態化が進んでる気がするのは気のせいかしら。

 

え?何してたか?ご想像におまかせよ!

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

お風呂のひと騒動を終えて、私たち4人は野球部の借りてる教室に戻って来た時だった。

 

ガラガラ…パァン!

 

扉を開けた途端、破裂音がして、思わず隣にいた光ちゃんごと地面に押し倒し伏せた。

 

「「「ハッピーバースデー!息吹!芳乃!」」」

 

よくよく見ると、クラッカーのようだった。

 

「わぁー!みんな、ありがとうー!」

「もう…驚かせるんじゃないわよ…ありがとう」

 

光ちゃんと希が小さくハイタッチしているのを視界の端に捉える。

 

「もしかして2人も仕掛け人なのね?」

「うん、息吹ちゃんと芳乃ちゃんを誘導してたんだ。ごめんね」

 

なるほど。だからあんな計画的なハシゴ旅になったのね…

 

「それにしても芳乃と希もだけどさー、息吹も隅に置けないなぁ!」

「へ?」

 

私の背中を稜が叩く。

 

「たかだかクラッカーの音でも、思わず光先輩のこと守ろうとしたんだろ?いいなー、そんな相手がい―――いてぇ!」

「あんたは少し黙ってなさい…」

「いてっ!いてててて!ちょ、やめ…!」

 

顔を赤くした菫が稜の耳を引っ張りながらテーブルに戻っていく。

テーブルの上には豪華な料理が並んでいた。

 

「菫ちゃんと稜ちゃん中心に、私のレシピで作ってくれたんだよ」

 

どうやら今回の1番の立役者は光ちゃんらしい。

 

「これ、みんなからのプレゼントね」

 

珠姫と白菊が私と芳乃な包みを渡してくる。

この重さと大きさと重心は多分…

 

包みを開けると、黄色い内野用のグラブだった。

 

「息吹の方の型付けは理沙が内野全般向けにやってあるぞ。芳乃の方は外野用だから私がやったぞ」

 

主将と理沙先輩が型付けしてくれたんだ…

芳乃の方を見ると、私のと同色の外野用グラブを手に取っていた。

 

「嬉しいよ〜!外野用は持ってなかったんだ〜!」

 

だが、驚くにはまだ早い。

そう、私には7号のケーキがふたつもあるのだ。

 

冷蔵庫からケーキをふたつテーブルに持っていく。

 

「じゃあこれ、私から芳乃に誕生日プレゼントね」

 

ジャーンと蓋を開けると、みんなからため息がこぼれる。

 

「デカ…」

「何号だ?」

「7号だよ?」

 

6等分ずつに切れば、藤井先生を含めて全員分に行き渡るはずだ。

 

 

こうして私と芳乃の誕生日の夜はどんちゃん騒ぎとなったのだった…

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

「息吹ちゃん…起きてたらちょっと着いてきてくれる?」

 

夜、既に消灯していた時間に耳元で囁かれた声。

この数ヶ月でよく聞いた声。

そして、ひたむきに慕ってくれる声。

 

ほんと、私には勿体ない子の声。

 

そっと起き出した私は、薄暗い照明の中彼女に着いていき、自動販売機の明かりで少し明るいロビーで止まった。

 

「息吹ちゃん、改めて誕生日おめでとう」

 

光ちゃんは緊張した面持ちだった。

 

「実はね、神戸に出かけた時はケーキ奢りって言ってたけど、あれはみんなから預かったお金だから、私だけのプレゼントではなかったんだよ。グラブと同じ…かな。だから、私だけのプレゼントを送りたかったんだ」

「あはは…なんか貰ってばかりね」

「ううん。私もいっぱい息吹ちゃんに貰ってるんだよ。だから、これを受け取って欲しいんだ」

 

リボンで包まれた袋を差し出してくる。

 

「開けても?」

「もちろん!」

 

開けて確認すると、キャッチャーミットだった。

 

「今まで部の備品使ってたでしょ?だから…『私の正妻になって欲しい』なって」

 

この世界で、芳乃と共に野球の知識を追いかけてた私はピンと来た。

 

『私の正妻になって欲しい』というセリフは、昔流行していたらしい野球青春マンガの主人公がヒロインに告白した時に言ったセリフだ。

そして、その時に送ったのが…

 

「赤いキャッチャーミット…」

 

この世界での高校野球では、女の子が野球をしているからか、グラブの色に赤と水色も許可されている。このミットは確かに試合で使える。

だが、問題はそこじゃない。

 

「やっぱり知ってるよね。気付かなければそれはそれでいいかなとも思ってたんだけど…」

 

その野球青春マンガを知ってる人が赤いキャッチャーミットを使ってるキャッチャーをみたら、そのピッチャーとの仲は容易に想像付くだろう。

 

「これは冗談じゃなく?」

「うん。私の恋人になってくれませんか?」

 

やばい、すっごい男前なんだけど。胸の当たりが凄いことになってる。

 

筋肉だからなんだとか言ってたけど、前から何かと慕ってくれてたのは知ってる。私より小さいのに、手を引く姿は凄い頼もしかった。

答えなんて最初から知ってたくせに…

 

私は何も言わずに、ポケットに入れていた未使用のボールを1個手渡した。

野球青春マンガでのヒロインがそうしたように―――

 

光ちゃんは泣きながら、とても良い笑顔で喜んでくれた。

 

 

そして、自動販売機の光で出来た影はひとつに重なった―――

 

 

 

 



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第35話 恋実りし少女のパワー

全国高校野球選手権大会、新越谷の初戦は2回戦の6日目第4試合から!


6日目の8月12日。

この日の試合はなんと超乱打戦が3試合全て発生して、試合時間がとても押していた。

第4試合の私たちはなんと18:34に試合開始した。

 

ちなみに、第3試合は特に『馬鹿試合』で、両チーム合わせて38得点46安打翌日再試合というぐずりっぷりを示した。

 

もはやナイターである。

 

さて、新越谷のオーダーは以下の通り。

 

1 稜(遊)

2 珠姫(一)

3 希(左)

4 理沙先輩(三)

5 私(捕)

6 光ちゃん(投)

7 主将(中)

8 白菊(右)

9 芳乃(二)

 

詠深と菫がベンチスタートだ。

私は赤いキャッチャーミットを付けてキャッチャーボックスに座っている。

 

対する東祥大東祥のオーダー。

 

1 岩貞陽菜(遊)

2 双葉あゆみ(二)

3 芦立愛梨(左)

4 飯島舞那(三)

5 佐々木彩夏(中)

6 小野美桜(投)

7 村田愛(一)

8 横山羽桜(右)

9 高槻夜亜(捕)

 

東祥大東祥は静岡の強豪で、梁幽館や咲桜等よりも強いと思ってぶつからなければ容易にのまれてしまう。

 

光ちゃんの球はいつにも増してキレもあるから落ち着いて行けば抑えられるはず。

 

「しまっていくわよ!」

 

私はマスクを右手で外して、声を張り上げた。

 

 

1回の表、東祥大東祥の攻撃。

1番、ショート岩貞さん。背番号6。

右打ちの好打者で、かつ足も良い。

ここは様子見に…

 

(スプリット!外してもいいから、変化強めで!)

(わかった!)

 

夏の甲子園という未知の舞台で、私たちの第1球が投げられた―――

 

「ストライク!」

 

空振り。初っ端から落ちる球とは思わないわよね。

 

(スライダーで詰まらせて打ちとろう)

(気持ち低めに…だよね?)

(その通りよ)

 

スライダーは詰まった当たりをレフト線に出したが、理沙先輩の好守備で捕殺(キャッチアウト)

ワンアウトノーラン。

 

 

2番、セカンド双葉さん。背番号4。

右打者で、小技の上手い職人。

 

(この人は甘い球は初球から振ってくるわ。スライダーでうちとるわよ)

(変化は鋭く…だね)

 

初球スライダーを詰まらせて、セカンドゴロ。芳乃も少し動きは硬いけど一塁送球アウト。

ツーアウトノーラン。

 

 

3番、レフト芦立さん。背番号11。

県大会では代打のみの出場で、6打数3安打の活躍を見せてる。

 

(初球スプリットでゴロ打たせられれば御の字。打たれなければ2球目のチェンジアップの布石でどう?)

(いいと思うよ。低めに抑える?)

(ううん、ここは強気にインコースギリギリ突くイメージで!)

 

私は少し厳しめのコースを要求するけど、光ちゃんはいい笑顔で頷いてくれる。

初球スプリット、空振ってストライク。

2球目、速いスプリットを見せた後にチェンジアップでタイミングを外させてフライに打ちとる。センターフライ。

スリーアウト。

 

「ナイス光ちゃん!完投行けるわよ」

「うん、ありがとう」

 

ふわりと微笑む光ちゃんがかわゆい。萌える。

 

 

 

1回の裏。新越谷の攻撃。

1番、ショート稜。

左打席に入る。足を活かすための出塁率向上に、左打ちを習得した稜。その彼女の十八番が盗塁…と言えるくらいには成長を見せて欲しいところ。

 

初球、見逃してボール。

 

左打ちは彼女の選球眼…というかバットを何でもかんでも振ってしまう癖が無い分バットが止まる。

 

「速いわね…」

 

2球目、インコースギリギリを突かれたスライダーに反応せずストライク。カウント1-1。

3球目、アウトローに抑えたストレートは、無理をして打つ必要は無いと稜の新たな感覚は告げていた。カウント1-2。

4球目、少し抜けた球威の緩いストレートが真ん中インハイ寄りに入ってきた。ここだ!と言わんばかりのフルスイング…キャンッ!金属バットの快音1つ。レフト方向に飛ばす。内野の頭を超え、レフト前に落ちる。

稜は持ち前の足を活かして一塁を蹴っている…!?二塁走塁するの!?レフト芦立さんは落ち着いて打球処理。ショートの岩貞さんに送球。セカンドの双葉さんと挟殺プレーか…と思いきや、いつぞやの芳乃のようにするりと躱して二塁を踏んだ。ノーアウト二塁。

 

「すごいわね…いつの間にあんな避け方覚えたのよ」

「稜は自分の持ち味である足の速さを最大に伸ばす努力を続けてるのよ…夏大始まってから毎日2人で鬼ごっこよ」

「お熱いわね」

「あんたらに言われたくないわよ」

 

菫と軽口を言い合ってると、光ちゃんが少し拗ねたように私の左腕に絡んだ。

ちなみに菫はあの後も身体の倦怠感が抜けきらず、今回はベンチから外に出る許可はコーチャーを含めて2イニングまでとドクターストップがかかっているため、ベンチメンバーだけどコーチャーに出ていない。

 

 

2番、ファースト珠姫。

珠姫がファーストなのは珍しいし体が小さいのは多少不利だけど、捕球技術の高さは折り紙付きだから問題ない。

さて、芳乃のサインは送りバント。

 

初球、外された球には反応せずボール。

2球目、外いっぱいのストレートにコツンとバントを成功させる。一塁線に転がすと、二塁の稜は快足飛ばして三塁へ。

ファーストの村田さんは一塁ベースカバーに入ったピッチャーの小野さんに送球して一塁アウト。

 

 

3番、レフト希。

ワンアウト三塁のチャンスで迎えるはアベレージヒッター希。

単打でも打てれば…最低犠飛でも点が入る状況。

 

ここで東祥大東祥は一度目の守備のタイムを取り、背番号3の関根菜摘さんが伝令に走る。

東祥大東祥の監督である吉井監督は、かつて同じ東祥大系列のほかの学校でだが、甲子園で優勝を通算3度も導いた名将で老将。流れの分岐点に立っていると感じているのかも。

 

芳乃のサインは無しで変わらず。

 

プレイがかかる。

一度三塁に牽制球を差してから初球、コントロールを逸したのか、希の顔に向かう!危ない!

 

身をすくめた希。避ける練習はあまりしていなかったのが災いし、今回は救われた。

そう、すくんだ結果、ヘルメットに直撃した。そして、その衝撃でヘルメットが飛んで、希も後ろによろめいて尻もちをついた。

 

球審の判断で試合が止められる。

 

ネクストにいた理沙先輩と、ネクストに向かう準備をしていた私、ベンチから飛び出した芳乃が希の周りを囲む。

 

「大丈夫?無理して立っちゃダメだよ!」

「尻もちついてもうたけど、ふらついとらんし大丈夫だよ」

「とりあえず、私と芳乃で肩貸しながらベンチに下がるわよ。一応頭に衝撃がいかないようにゆっくりね」

 

頭の衝撃は馬鹿にできない。前世で死ぬ原因となったのも頭部に球を受けたことだし…

 

球審の指示で臨時代走が認められ、珠姫が一塁を踏んだ。

 

ピッチャーの小野さんはひたすらこちらに頭を下げていた。

 

 

4番、サード理沙先輩。

小野さんの精神状態から続投は不可能と吉井監督は判断したようで、ピッチャー交代。ピッチャーは背番号10番の荒川沙耶さんに。

今大会最高球速を誇る小野美桜さんは、たった7球でグラウンドを去った。

 

なおもワンアウト一三塁で迎える4番理沙先輩。

 

初球はストレートで外角低めを抉る。ストライク。

2球目、ストレート高めに外れてボール。

3球目、スプリット低めに外れてボール。

4球目、チェンジアップ低めに入ってきたところをジャストミート!快音上げて飛ぶ打球。レフト線…!

甲子園では浜風が吹くため、左方向への打球が伸びやすいと言われている。

 

「行けー!」

「届け…!」

 

そして、長く短い数秒の飛翔が終わり、落ちた打球。

他校と比べて見劣りする応援席がワッと沸いた。

 

初回先制スリーランホームラン。大会第17号となる。

 

理沙先輩が本塁を踏んで、ネクストの私とハイタッチをしてからベンチでみんなとハイタッチ。

この流れは断ち切れないわよね。

 

 

5番、キャッチャー私。

私は打力優先の右打席に入る…前に木製バット…今回の甲子園のために急いで作ってもらったメイプルのバットをひとなでしてから右打席に入った。

 

初球、低めに抑えたスプリット…でも、動揺してるのかキレが無いわ…よっ!

芯でとらえた打球は左中間を悠々と飛び去り、フェンスを超える。

 

ファンファーレを有志の吹奏楽部が響かせる。

 

大会第18号のソロホームラン…これだけだと盛り上がりに欠けるけど、2者連続アベックホームランということで、観客席が震える。

 

私は本塁を踏むと、ネクストで待ってた光ちゃんとハイタッチしようとしたところでギュッとハグされた。

 

ワンアウトノーラン。点数は0-4。

 

 

6番、ピッチャー光ちゃん。

光ちゃんは自己援護出来る打力も豊富な球種もあり、正しく二刀流な選手だ。

放心と動揺と諦観で気の籠ってない球を弾き返すのは容易だった。

 

初球、ストレートがど真ん中に緩く入ってきたのを、持ち前の豪快なフルスイングでかっ飛ばした。

打球はライト線か…今日は浜風が強めだから右方向は厳しい…ん?あれ?まだ伸びる…!まだ伸びる…ってまさか入るの!?浜風どうしたの!?

 

三者連続本塁打。大会第19号ソロホームラン。

プロ野球で有名なバックスクリーン三連発とは少し違うけど、三者連続本塁打は歴史的偉業よね。

 

あぁ!そういえば前世の時だけど聞いたことあった!アルプススタンドと外野スタンドとの間に存在する隙間は風の抜け道となっており、浜風が舞っている日でも右翼ポール際への打球はよく伸びるって!

 

ベンチに戻ってきた光ちゃんをギュッと抱きしめて、さっきの分もお返しする。

 

 

流れに乗ったところで、7番、センター主将。

3球目を詰まらせてしまい、セカンドゴロ。

ツーアウトノーラン。

 

 

8番、ライト白菊。

 

ロマン砲ここに来たれり。

 

1()()()()()4()()()()達成。

 

ツーアウトノーラン。点数は0-6。

 

観客席は3年生無し+部員11人の新越谷が初戦の初回に4本塁打をあげたことにボルテージ爆上がり。球場の雰囲気は完全に勝負がついたような空気が流れ始めていた。

 

 

9番、セカンド芳乃。

大きな当たりを量産している新越谷に、東祥大東祥は後退守備。

2球目セーフティバントで逆をつくものの、キャッチャー高槻さんの好守備で一塁アウト。スリーアウト。

 

初回を終えて、得点は0-6。

東祥大東祥は3人の投手のうちエース1人を既に降板。

対してこちらの投手陣は4人いる中、光ちゃんがわずか5球で1イニングを終えている。

さらに流れを呼ぶ三者連続本塁打に、1イニング4本塁打。

唯一新越谷側でケチが付くのは希の頭部死球が心配なくらい。

 

まだまだ甲子園マジックは怖いけど、大勢は決したと言っても過言ではないわよね。

私は防具を取り付けながら、光ちゃんと顔を合わせて笑った。

 

………そういえばこれであちらも点をボコボコ入れ始めたら、今日1日馬鹿試合になっちゃうわね。



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第36話 手負いの獣

 

 

 

6日目第4試合。

東祥大東祥との試合は初回の大量リード以降、新越谷のペースで中盤を終えるところまで進んでいる。

 

      1 2 3 4 5 6 7 計

東祥大東祥 0 0 0 0 1

新越谷   6 0 1 0 3

 

希もあの後3打席立って3安打1打点と頭部死球の影響を見せない素晴らしい結果を残していたし、芳乃も内野安打ながら1打点を加える活躍をした…まぁ主将の足のおかげの打点だったけど。

 

光ちゃんの投球も良く、5回、1失点、投球数34、被安打3、奪三振1、と好調だったおかげもあり、東祥大東祥に波に乗らせない試合運びだった。

 

6回の表。

芳乃と藤井先生の意見の一致を得て、消耗抑制を目的とした布陣に切り替える。

投手に理沙先輩。

捕手に珠姫。

一塁手に希。

三塁手に私。

左翼手に光ちゃん。

以上に変更となる。

 

東祥大東祥の攻撃は、8番、ライト横山さん。

珠姫の守備サインはニュートラル。

まぁ理沙先輩は一定の方向に打たせるタイプの投手ではないから仕方ないわね。

初球、高めに浮いてボール。

2球目、外角に入ってきた甘い球だったものの、横山さんはファウルチップでストライク。

3球目、低めのスプリットでショートゴロを打たされて、ワンアウト。

 

 

9番、キャッチャー高槻さん。

前打席で好打を見せた高槻さんに、長打警戒を敷く。打たれても単打に抑えるため。

初球、ストレートを狙いに行ったようで、快音1つ。

主将の前に落ちてセンター前安打。

ワンアウト一塁。

 

 

1番、ショート岩貞さん。

初球、ランナースタート、見逃してストライク、珠姫の牽制球は…二塁盗塁失敗で刺殺成功。ツーアウト。

2球目、外角低めのカーブを捉えられ、ライト前安打。

ツーアウト一塁。

 

 

2番、セカンド双葉さん。

ツーアウトということもあり、小技は使えない。

…と思わせられた。

初球、振りかぶった段階でランナースタート。そして双葉さんはセーフティバント気味にサード方向に転がす。

ツーアウト一二塁。

 

 

3番、レフト芦立さん。

初球、カーブを打ち上げ三塁線を超える。私はフェンスギリギリで捕球してスリーアウト。

 

 

 

6回の裏。

さて、野球の不問律に『大量得点差での盗塁をしない』というものがある。2007年にプロ野球でも乱闘騒ぎとなった発端でもあるのだけど、私は高校野球においてはこの不問律は無効であると考えている。

なぜなら、大量得点差からの逆転は甲子園では多々発生するから。

そして何より、大量得点差での盗塁を認めないのは試合が「冗長化」するからとされているけど、つまり「冗長化」は試合を諦めて投げやりになってつまらない試合になってしまうから…と私は解釈している。確かにその考え方は分かる。

でも、それをアマチュア野球…特に高校野球にそれを適用するのはいささか畑違いと言わざるを得ない。高校野球において大量得点差がついているからといって、プレーに全力を出さない高校球児―この世界では高校球女だが―はいない。

それこそ、決勝戦のスリーアウト目と負けの確定した一塁にヘッスラをするのが伝統であるとされるほどには、最後まで諦めない精神が根付いていると思う。

 

だから、私は少しイライラしている。

芳乃が盗塁の指示を出さないから。

確かに無理をする場面じゃないけど、それを押しても主将と稜の足なら二盗はほぼ確実に取れたはず。いつからそんなに腑抜けた野球をするようになったのか…

 

6回の裏。

5番、私。

本日3打席、1本塁打、1四球。

そして、アウトになった打席も投直の鋭い打球だったので、強打者アピールは十分。

6球粘ってから、三塁線に転がしてセーフティを決める。

ノーアウト一塁。

 

 

6番、光ちゃん。

本日わずか34球で5イニングを投げきった光ちゃんは、打者としても絶好調。

左中間抜けてタイムリーツーベース。

ノーアウト二塁で、得点1-11。

 

 

7番主将はレフト奥に大きく打ち上げた結果、キャッチアウト。だけど、二塁ランナー光ちゃんを帰還させるには十分。犠牲フライとなる。

ワンアウトノーラン、得点1-12。

 

8番白菊、9番芳乃は共に内野ゴロに打ち取られる。スリーアウト。

 

 

 

7回の表。

既に8時前で、照明施設を利用しての試合となっている。

その最後のイニングが始まろうというところで、東祥大東祥の打順は4番は先程代走に入っていた岡川さん…のところに代打を送ってきた。

 

それに対して、新越谷も布陣を変更。

あと3つアウトを取れば3回戦進出の新越谷は、守備を最大限固める守備配置に。

二塁手に菫。

三塁手に詠深。

左翼手に私。

右翼手に光ちゃん。

芳乃と白菊をベンチに下げた。これで、新越谷は全ての交代カードを使い切った。

 

抑えとして今大会注目の私と、1年生で1番を背負う(エース)の詠深を1度もマウンドに触らせない温存策ではあるけど、最悪私が出れるから問題ない。

 

代打、飯田文さん、背番号16。

芳乃のデータによると、彼女は打撃成績優秀なピンチヒッターの様子。()()()()している珠姫はどう攻略するのか…

 

初球、スプリットから入る。ガクッと落ちる球に驚きつつも、バットに当ててボールを後ろに弾いてファールとなる。

2球目、ストレート。バットはボールの下を通過した。カウント0-2。

3球目、ストレートをインコース高めに放り込み、打ち上げさせる。ライト線方向に打ち上げて、線から切れるも光ちゃんはダイビングキャッチ。右邪飛となる。ワンアウト。

 

 

5番の山本さんに、代打が送られて大島真菜さん、背番号17。

彼女は名門東祥大東祥というチームで、唯一の野手2年生。その実力は推して知るべし。

 

初球、アウトコース低めにカーブ…ここで引っ掛けてという狙いは大島さんの選球眼に見破られボール。

2球目、カーブをアウトコースに。これは手を出し、一塁線方向に切れてファール。

3球目、若干甘く浮いたストレートに反応した大島さん。左中間を抜いてツーベースヒットとなる。ワンアウト二塁。

 

 

6番で投手の荒川さんに代えて、代打船島翡翠さん、背番号18。

サウスポー2年生で、打撃もそこそこという評価の彼女。アウト1つと引き換えの進塁は無さそう。

 

初球、スプリットを捉えられて二遊間を抜く…かと思いきや、ここで野球の神様のイタズラが起こった。

ライナー性の当たりが二塁に直撃して、大きなイレギュラーバウンドが発生。球は誰もいないサード後方…私からも少し遠い…!

私が捕球して、理沙先輩に送球。何とかツーベースに留められたけど、タイムリーツーベースとなり、1点を返された。得点は2-12。ワンアウト二塁。

 

 

7番の村田さんにも代打が送られる。

関根菜摘、背番号3番の正一塁手。

 

度重なる代打攻勢にイレギュラーバウンド。ここで流れは切りたいところ。

 

だが、ストレートとカーブを組み合わせた配球が外れてカウント3-1。

5球目、珠姫の要求したカーブを流し打ちにされ、私の前に落ちた。幸い単打で、ワンアウト一三塁。

……もしかして、珠姫のリードが分析されてる?確かに、理沙先輩の投げ分け力と球種ではある程度山は張れるわね。

 

私はこちらを見ていた珠姫にタイムをとるようにサインを送る。

タイムがかかる前から、私はマウンドに走る。本来、外野手はタイムがかかってもマウンドに行かないので、駆け寄る時間も限られている。

 

「珠姫のリード読まれてるわよ」

「ごめん…」

「タマちゃんはガールズの頃から全国区だもんね〜」

 

詠深の珠姫自慢は放置。

 

「芳乃!どうする?」

 

伝令に走っていた芳乃に投げかける。

 

「珠姫ちゃんはリズム変えられる?」

「一応。でも、そこまで読まれたらもうどうしようもないかな」

「…点差もあるし、次の打者で見極めよう。とりあえず、何とかなったら続投で、ダメなら光先輩に再継投で!」

 

タイムの時間も短いので、それだけ聞いて私は定位置のレフトに戻る。

芳乃も走ってベンチに戻っている。

 

 

気を引き締めて、再開。

8番、横山さんに代えて、小沢姫那さん、背番号15。

 

初球、ど真ん中のストレート。後ろに飛ばしてファール。

2球目、アウトローのカーブでカウントを取りに行く…筈が、センター前に返されてタイムリーとなる。ワンアウト一三塁。得点は3-12。

 

 

ここで芳乃が守備位置変更を告げて、守備位置を変える。

 

投手に光ちゃん。

捕手に私。

一塁手に詠深。

三塁手に理沙先輩。

ライトに希。

レフトに珠姫。

 

私は投球練習を2球だけで終えた光ちゃんに、ボールを手渡しに行く。

 

「まさか今日もう1回とはね」

「そうだね。でも、ちょっと嬉しいな。私と息吹ちゃんじゃないとダメだって言われてるみたいで」

「まぁ余裕よ、私たちなら」

 

 

9番のキャッチャー高槻さんは、本日2打席2安打の好調。

ただし、2度の出塁とも盗塁失敗で刺殺されてる。

だけど、この場面での単打はチャンス継続になるので、何とか抑えたいところ。

 

初球、チェンジアップでタイミングをズラす。高槻さんは初球は見るつもりだったのか、バットを出さずにストライク。

2球目、クロスファイアのストレートを低めに放る。打者からすると距離感の狂いやすいクロスファイアもスルーしてツーストライク。

3球目、アウトコースにシンカーを要求。逃げていきつつ落ちるので、ストライク・ボールの判断の難しい配球だけど…ここも見送りでボール。カウント1-2。

4球目、低めにスプリット。これに反応した高槻さんだけど、運悪く三塁線方向に転がる。

サード理沙先輩が捕球して、三塁走者の関根さんが帰塁しているのを確認してから二塁送球。と同時に関根さんはスタート。二塁はアウト。

菫はキャッチャーの私に送球。三塁走者の関根さんは三塁に帰塁。

記録はサードゴロ。

ツーアウト一三塁。

 

「あとひとつ!」

「あとひとつ…!」

「あとひとつで…!」

 

新越谷初の3回戦進出まで、アウトカウント1つ…

 

 

だが、ここに来て光ちゃんの制球定まらず。

連続四球で押し出しの点数を与える。

1番の岩貞さんと2番の双葉さんに四球を与えて、ツーアウト満塁。点数は4-12。

 

私はボールを手渡しに行く。

 

「打たせても大丈夫だから、落ち着いて」

「う、うん。現実味がなくて…ふわふわしちゃった。ごめんね」

「ここから逆転されても、最悪最後の攻撃もあるもの。変に気負わず、私のミット目掛けて投げて」

「うん!」

 

 

3番芦立さんに代えて、代打大西ゆかりさん、背番号7。正左翼手。

これで東祥大東祥も選手を使い切った。

 

初球、シンカーを逃げるようなコースで要求する。大西さんはこれを打ち上げたけど、三塁側アルプススタンドに切れてファール。

2球目、シュートを同じく逃げるようなコース。詰まらせた当たりになり、ショートゴロ。二塁送球アウト。

 

ゲームセット。

 

両チームの選手が整列して、礼をする。サイレンが鳴る。

 

本塁を前に整列して、アナウンスに耳を傾ける。

 

『ご覧の通り、4-12で新越谷高校が勝ちました。ただいまから、同校の栄誉を称え、校歌を斉唱し、校旗の掲揚を行います』

 

 

あれだけの大差を序盤から作っていたにもかかわらず、新越谷高校初となる全国ベスト16…それも、この人数と3年生無しというハンデを背負った上で夏の甲子園の舞台でそれを達成したのは、歴史的快挙だ。

私たちは、全国ベスト16となった事実を、まだ頭が認識出来ていなかった。

 

 

 



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幕間 夏の甲子園直前番組『爆熱甲子園!』

今回は台本形式でお届けいたします。
あくまで幕間ですので、苦手な方は読み飛ばしても大丈夫です。

また、台本形式は一部の幕間などでしか使わないので、タグやあらすじでの警告はする予定ありませのでご了承ください。


下沢「さあ、やって参りました。毎年恒例、爆熱甲子園のお時間です!今年はわたくしテレビ夕日アナウンサー下沢杏莉がお届けいたします!

 さて、熱い夏の甲子園の開幕は明日に迫っています!今年は、野球解説者で元プロ野球選手の森永梨亜子さんと、聖光学院高校伝説を作り上げて現在は作詞家・作家・書家と幅広く活躍している今井美波さんにお越しいただいております。お二方、本日はよろしくお願いいたします」

 

森永・今井「「よろしくお願いします」」

 

下沢「まずは、一昨日の組み合わせ抽選会がありました。お二人の注目カードなどはありますか?まずは森永さんいかがでしょう?」

 

森永「はい、うちが注目してるカードは、5日目の第2試合ですね」

 

下沢「栃木の聖光学院対愛媛の今治中央ですね」

 

森永「聖光学院についてはとなりに第一人者がいますから、お分かりになるとおり猛打のチームです。特に今年のキャプテンで4番を務めています岡野さんはこの夏の地方大会で8割の打率をマークし、打点は18。正しく猛打のチームを率いる将でしょう。

 それに対して今治中央は守備に優れており、地方大会での失点は決勝戦の1点のみという非常にハイレベルの守備力を誇ります。このカードは正しく『矛盾』でしょう」

 

下沢「確かに、猛打の矛が堅い盾を突き破るのか、はたまた突き立てられた矛の刃を盾が折るのか…非常に楽しみなカードですね。

 今井さんは注目しているチームなどはありますか?」

 

今井「個人的にも高校野球ファンとしても注目しているのは埼玉県の新越谷高校です。従妹が所属してるんです」

 

下沢「確か川口息吹選手ですね。1年生ながら、地方大会では24打席、19打数、13安打、13打点、3本塁打、打率.684の強打者で、スイッチヒッターでした。ですが、彼女の有名な点は―――」

 

今井「『ジャイロボーラー』、『ゼロの守護神』、『擬態職人(コピープレイヤー)』辺りですか。2つ名がいくつも付いてるとは、あの子も有名になりましたね」

 

森永「うちも彼女のプレー映像で見たけど、あれはエグイです。正直、抑えとしてなら今すぐにでもプロの一軍でセーブをかっさらっていけるほどでしょうね」

 

今井「ほんと、最近もよく一緒に遊んでましたが、あの子この春まで野球は趣味程度でしかやってなかったから、まさかまさかでした。妹の芳乃まで最近は試合に出てるし…」

 

下沢「他にも、2年生の川原光さんも話題になっていましたね」

 

森永「川原さんは今大会で最多種の球種を持っていながら、打撃でも貢献する二刀流選手です。カーブかスラーブの習得と、球威の向上があればプロ野球で二刀流も夢ではないでしょう」

 

今井「確かに、あの子は脅威ですね。かわいいから話題もあるし。でもあの小さい体で良くあんなにかっ飛ばせますよね」

 

森永「天賦の才でしょうか…筋肉の質が良いのでしょう。ただ、筋肉のつけ過ぎは成長を阻害してしまうことがあるので、それが小柄な理由かもしれませんね」

 

下沢「新越谷高校は歴史的にも非常に稀に見る条件で地方大会を突破しています。部員は僅かに11人、3年生は無し…これは昨年度初旬に発覚した部内不祥事により対外試合禁止処分を受け、ほとんどの生徒が野球部を去ったことが理由でした。

 そこに集まった新入部員は、ガールズで名を鳴らした山崎珠姫選手と福岡の箱崎松陽出身の中村希選手を除き、ほとんど無名の選手…特に川口息吹選手と川口芳乃選手は野球観戦やキャッチボールなどの趣味程度の経験から、僅か数ヶ月でこの甲子園の土を主力メンバーとして踏んでいます」

 

森永「うちの知る限りではありますが、選手権大会ではこの人数は大正時代に優勝した静岡県清水中以来でしょうか。なんにせよ、このチームがダークホースとなるのは間違いないですね」

 

下沢「さて、というわけで爆熱甲子園、前半は新越谷高校について深掘り!というわけで、まずは新越谷高校のメンバーをご紹介しましょう。背番号順に紹介して参ります。

 まずはエースナンバー1番、武田詠深さん。1年生ながらも160cmの身長から投げ下ろされる丁寧なピッチング。変化球は落差の大きい縦スラを主力に4種類を備える技巧派。

 続いて正捕手の2番、山崎珠姫さん。中学2年生の頃、3年生をさしおいて正捕手として全国を戦うほどの守備力を誇ります。

 3番は中村希さん。福岡の箱崎松陽出身で、打撃の天才とも呼べるほどミート力が高いのが特徴です。新越谷高校のチャンスメーカーです。

 4番、藤田菫さん。丁寧な職人タイプ。地方大会決勝戦で倒れたのがどう影響しているか心配なところ。

 5番、藤原理沙さん。力強い打撃と重いストレートを持っています。

 6番、川﨑稜さん。地方大会準決勝から見せた左打ちは本領発揮か?

 7番、川口息吹さん。地方大会でのOPSは脅威の2.329。投手としても投球回8.1で防御率ゼロ。

 8番、主将岡田怜さん。チャンスに強い打点マニア。足の速さに由来する外野の守備範囲の広さも圧巻です。

 9番、大村白菊さん。昨年度の剣道全中覇者で、そのパワーは詰まった当たりも外野に飛ばす、パワーヒッター。

 10番、川口芳乃さん。チームの参謀役で、監督よりも指示を出している姿がよく見られます。挟殺プレーを躱すすばしっこさも。

 11番、川原光さん。チーム唯一のサウスポー投手で、5つの変化球を持ちます。小柄ながらスイングのパワーは強く、打者としても優秀です。

 そして、監督は8年前に新越谷高校の選手として甲子園の土を踏み、今年の春からこの新越谷高校野球部を率いる藤井杏夏教諭。

 以上が、新越谷高校野球部のメンバーです」

 

森永「このチームは各人の欠点を、チームメイト同士で補い合っているからこそ、甲子園の土を踏むことが出来たのでしょう。

 例えばエースの武田さんは先発投手としての能力は、全国区で戦えるラインに達してはいますが、打撃は不振どころか15打席、0安打、4三振、1併殺打。

 主将岡田さんは得点圏内にランナーがいない時には安打を打てていませんから、彼女の足の速さなら1番に据えたいのに置けないのでしょう。

 藤田さんと川﨑さんも、1年生としてはそこそこの力量ですが、甲子園で戦うには力量不足。

 大村さんも、ホームランを期待出来るとは言えども22打席、3安打。

 他の人も多かれ少なかれ欠点があります。ですが、その多くの人がキラリと尖るなにかを持っています。

 そう、新越谷高校の躍進の理由はそこにあると、うちは考えてます。個性と個性が重なり合って出来たバランス…それがこの新越谷高校野球部なのではないかなと」

 

下沢「確かに数字だけを見れば、尖ったところと劣るところ、どちらも混在しているように感じます」

 

今井「とは言え、甲子園では一芸では勝ち残れない。新越谷がどう甲子園で活躍するか、注目して行きたいですね」

 

 

 

☆☆中略☆☆

 

 

 

下沢「さて、番組後半は噂の件についてです!

 U-17の国際大会のメンバーを集めているらしいですね、森永さん」

 

森永「U-17国際平和記念野球大会ですね。

 選出されてU-17野球日本代表チームに参加した場合、国際大会に桜ジャパンとして出場する栄誉と、その人が所属する高校に春のセンバツへのシード権も与えられます」

 

下沢「シード権…ですか?」

 

今井「それはもちろん必要でしょうね。この国際大会で拘束される期間は長ければ9月から1月頃まで。秋季大会はおろか明治神宮大会ですら出れませんから、国際大会に呼ばれるほどの実力者を失ったチームからすれば当然のことでしょうね。

 例えば人数の少ない高校から引き抜くことで、9人にも満たなくなってしまうということが起こりえますから」

 

下沢「なるほど。では、選出はどのように行われるのでしょうか?」

 

森永「選出については、監督陣の求める戦術に適する実力者を集めるつもりです。具体的には、1999年1月1日以降に生まれた人が対象です。1年生と2年生は全員、3年生は早生まれの人だけとなります」

 

今井「多くの3年生は対象外ということですね…今年の夏の甲子園を、そういった視点で見るのも楽しそうです」

 

森永「今井さんも指揮官陣としてお呼びしましょうか?」

 

今井「締め切りの仕事が多々あるのでよしておきます」

 

下沢「選考対象試合などは指定していますか?」

 

森永「いいえ。もちろん、公式戦を中心に拝見していますが、練習試合なども候補となりうる選手を見つけた場合は足を運んでいます」

 

下沢「選出人数は何人でしょうか?」

 

森永「計20人です。

 また、先程今井さんにもお誘いしてみたコーチ役も3人前後選出する予定です。コーチは年齢実績関係なく、我こそはと思う方はU-17桜ジャパンのホームページからコーチ希望の方はこちらというボタンから野球に関するテストを受けていただいて、それを送信した段階で応募完了となります」

 

下沢「コーチですか…どんなことをするのですか?」

 

森永「主に選手の健康管理や食事管理、試合時にはコーチャーとプルペンコーチを頼む予定です。是非奮ってご参加ください」

 

 

☆☆後略☆☆

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

千葉県の某所。

1人の老女が高らかに笑った。

 

「森永のやつ、まだあたしのこと隠してやがるぜ…聞いたらびっくりするだろうな…ガキども」

 

年齢の衰えを感じさせないその肉付きは、とても70過ぎの老女には見えない。

 

「さて、どんな面白いガキが出てくるか…楽しみだな」



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第37話 調整と周期

シンデレラにかけられた一夜だけの奇跡。

そんなおとぎ話のような魔法にかかったかのようなナイターゲーム。

 

新越谷の大勝…と言っていいのか分からないが、とにかく大差で終えたあの試合から翌日。

3回戦の相手が決まった。

 

「星光学院…」

「熊谷実業みたいな強打のチームだけど、熊実より守備もそれなりにできるし、打撃力に限っていえばベンチ入りメンバー全員が最低でも主将や光先輩クラス相当だよ」

 

今大会優勝候補ランキング的には、最上位にランキング付されるほどの伝統校だ。美波をはじめとする強打者揃いの高校で、近年はプロ野球選手輩出も多くなっている…一時期では1年で3人や4人も支配下契約を交わした時期もあったほどに。

 

「今年の星光学院のキャプテンは伝説の再来とまで言われてる超強打者だったな?」

「はい。楠川由梨さん、背番号6でポジションは遊撃手です。右投両打で、右投手相手には左打、左投手には右打を使います。高校通算本塁打は今大会含めて既に99本で、次に1本打てば伝説の再来となる100本塁打に到達します」

「うわー、マスコミは今回ばかりは敵になるわね」

「話題性としては11人+3年生無しっていうのもあって、世論的には同情的だったからな…3年生最後の夏で通算100本塁打がかかった試合…球場のムードはあちら有利か」

「それはいつも通りでしょ…って言いたいけど、バックスタンドの一般観客席のムードって結構来るものね…」

 

私は主将の予想に肯定を返すと、ズーンとした空気が広がる。

 

打撃の名門とはいえ、投手陣ももちろんそれなりに育成はしており、サウスポー2人を含む5人に背番号を与えている。

 

大体にして、熊実よりも強打で守備も堅いメンツとか上位互換やん。久保田さん泣くで!

 

 

さて、試合は10日目…16日の第二試合。

第一試合が9時からなので、恐らく11時半前後から。

真昼間の試合は日差しが痛いので、UVカットの白いアンダーシャツやレギンスで肌を保護しないと…あ、日焼け止めは忘れずに!

女子たるものいつでも美しく、よね。まぁ流石に汗かくから化粧は出来ないけど。

 

私たち新越谷の選手たちは思い思いの方法で身体を試合に向けていく。

 

例えば…

詠深は軽く投げ込み。

2年生組は素振り。

菫はアップをするだけで、後は身体を休める。

などなど。

 

私はと言うと…稜と白菊と3人で流しそうめんの竹を制作していた。

15m級を作るので、かなりの重労働だ。ちなみに、応援に来てくれてる他の生徒たちも各々手伝ってくれており、合計15m級が5本できる予定。

野球部のメンバーのために1本貸切にしてくれるという話なので、せっかくなら自分たちで作ろうという話に。

 

まずは、鉈と木槌で竹を半分に割ります。

長いので足場用も含めてそこそこ必要になる。でも、『竹を割ったよう』という言葉があるように、結構割れやすくてびっくり。

 

続いて割った竹のうち、水を流す竹の節を取り除きます。

節はまずは金槌で叩き、その後グラインダーやヤスリなどでなめらかに削っていきます。長くて数が多いので、根気のいる作業。ついでに、割った部分もヤスリをかけることで素手で触っても危なくないようにする。

 

次は土台作りです。今回は土台用の竹を麻紐で結いて作ります。

ここで実力を発揮したのが白菊。

 

「白菊って意外とこういうの上手いわね」

「うちでやってました!」

「そういや白菊の家って剣道の道場だったな!」

「イベントとかやる方が小学生とかの入門者は増えますから」

 

ゆったり食べれるように、角度は少し緩めに。

 

その後、流す部分を洗って土台に設置します。

ここで大事なのが設置場所。排水を考えて、水が落ちる場所を調整する。今回は排水溝に水が落ちるように配置した。

 

「おぉー!すげー!」

「これだけ長いのだと壮観よね。暑い中やったかいがあるわ」

 

汗を拭って、スポドリを飲む。汗をかいている時は塩分も補給しないとダメ。

熱中症対策は入念にしており、作業していたスペース部分には巨大なタープのような屋根を設置しているので、直射日光を避けられている。それでも、暑いものは暑い。

……真夏の薄着の女の子がキラキラ光る汗を流してるのって、なんかこう……くるものがあるわよね?ね?

それが光ちゃんならもう我慢出来ないかも…?

 

まぁそんな冗談はともかく、今は体調と精神(コンディション)を整えるのが先決。

特に、女の子の場合は月のものの周期も絡んでコンディションが崩れるのは良くあること。というか、好調な時なんて月に1週間ほどもないかもしれない。

うん、前世の世界で女性の社会進出が難しい理由がこの体のおかげで身に染みて理解させられてます。というか、確かにこれならレディースデーとかそういう特典があってもいいと思うわ。

……この世界じゃ女の子しかいないからそんなものないけどさ。

 

ともかく、この流しそうめん大会で精神面での調整を図る狙いもその点にある。

遠回しに表現するのが大変なので率直に言うと、次の試合、我が新越谷の誇る頭脳芳乃の評価で、メンバーの平均コンディションが最悪に近い状態となる予想なのだ。

 

プロ選手なら低用量ピルなどで周期コントロールやPMSや月経痛などの軽減を行う人が多いものの、高校野球では禁止されている。

そのため、周期が微妙に異なる選手たちを把握して適切な運用を行うのは監督やマネージャーの腕の見せどころとまで言われており、高校野球特有のノウハウを擁している。

 

さて、竹の準備が出来たのを確認した私と稜と白菊の3人は、家庭科室に移動する。

学校の家庭科室は、実は普通の厨房よりもコンロの口数は多いことが多い。

応援に来てた子達と一緒に大量の寸胴をコンロにかけて、そうめんを大量に茹でていく。

 

「そうめんのゆで時間ってどんくらいなんだ?」

「この乾麺だと1分半よ」

「ワクワクします!」

 

十数分で予定の量を作り終え、お昼ご飯…流しそうめん大会の準備が完了した。

 

「すごい…これ、息吹ちゃんたちが作ったんだよね…」

「まぁ白菊が手馴れてたからね」

「ほう、これはすごいな」

「そうね〜。これは食べがいあるわ」

 

2年生3人組が何故か私を囲みながら、流しそうめんの評価をする。

 

「主将と理沙先輩は流すとしたら、さくらんぼとみかんどっちがいいですか?」

「うーん、私はさくらんぼかしら」

「私もそうだな。みかんは水で流すのはなんかなぁ…」

「それは良かったです。さくらんぼは生ですけど、みかんは缶なので保存できますからね」

 

時期的に缶詰てもなければ常温保存は出来ない。

とっておいて、後でヨーグルトなどと合わせても良いのがシロップ漬けの良いところよね。

 

お昼ご飯の時間になったところで、応援の生徒たちを含めて流しそうめんの竹の前に揃う。

ちなみに、右利きなら上流に向かって左側、左利きなら上流に向かって右側…バッターボックスと同じように箸を構える。

 

「じゃあ時間だし、始めるわよ!」

 

私は開始の言葉と共に、そうめんを流していく。

 

野球部員なら取りはぐれることは無いよね?ということもあり、傾斜は少し急で流れが速い。

 

ちなみに、野外調理でカレーも作っているので、お腹が冷えないように適度に食べてもらう。

 

 

……なんか炭水化物ばっかりな気もするけど、お祭りだし、気にしちゃダメダメ。

 

「トマトもらいっ!」

「あ!稜、それ私が狙ってたのに!」

「トマトじゃなくてミニトマトですよ」

 

二遊間がミニトマトの取り合いをするのに、真面目に訂正を入れる白菊。まぁ白菊も準備した側だしね。

 

「やっぱり夏はそうめんが美味いな」

「暑いものね…」

 

理沙先輩も、体力ある方とはいえ夏バテ気味。

逆に、主将は結構平気みたい。

 

器用に枝豆を箸で捕らえて食べているのは珠姫。流石キャッチャー?

その隣では、詠深が水を切らずにそうめんをツユに入れて薄くしてしまっているのを見て、芳乃と希がクスリと笑う。

 

途中で芳乃や光ちゃんや菫と交代してもらって私も流しそうめんを楽しむ。

 

うん、やっぱりのどごし良い!

そうめんやっぱり◯◯の糸!

 

「息吹ちゃん、それはさすがにギリギリじゃない?」

 

うん、光ちゃんは心の声にツッコミを入れないでくれる!?

 

「息吹ちゃんの考えてることなら、なんとなく分かってきたよ」

 

喜んでいいのか、ゾッとするべきなのか…

まぁいいか。

 

私たちは明明後日の10日に合わせていく。

 

 

夏らしい入道雲が、近づいている気がした。



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第38話 雨の中の激闘

10日目の第二試合。

UVカットのアンダーシャツとかも用意してたけど、これは必要なさそうね。

 

あいにくの雨天であり、第一試合の開始が遅れ、時刻は14:30

ようやく私たちの試合が始まる。

 

「今日は雨だから、内野はゴロが増えて、外野のバウンドは滑るから注意ね!足元も外野は特に滑るから気をつけて!」

「「「おぉ!」」」

「それから、投手陣はあまり無理な投球はしなくていいからね!珠姫ちゃんもボール交換はこまめにね!」

「「はいっ」」

 

芳乃は、雨の試合の注意を言っていく。

 

今日のメンバーはこのようになっている。

 

1 希(一)

2 光ちゃん(左)

3 主将(中)

4 理沙先輩(三)

5 私(二)

6 稜(遊)

7 白菊(右)

8 珠姫(捕)

9 詠深(投)

 

元々は理沙先輩を先発に、菫を入れた打撃重視な形だったけど、雨を受けて変更した。雨の中でも投げ込みをしてきた詠深を先発に、体調が芳しくない菫を下げる。さらに、小技もこなせる光ちゃんを2番に据えることで、雨天時の打撃練習で1歩抜きん出てた2年生組3人を上位打線に纏めて配置している。

 

対して、星光学院は…

 

1 向中野満理奈(右)

2 笹川栞(二)

3 穴吹芽生(左)

4 楠川由梨(遊)

5 片柳麻衣子(三)

6 高塚亜子(一)

7 村尾唯(捕)

8 黄玲子(投)

9 田原鞠奈(中)

 

背番号通りの全力レギュラー…誰もが、他の全国区レベルの高校でクリンナップを張れるほどの強打者たち。

特に4番の楠川さんはあと1本で高校通算本塁打が100本に到達する。

 

雨という環境下で、調子も良くはない、それでも私にとってはこの試合、とても楽しみにしている。早く始めたくてうずうずしてしまう。

 

じゃんけんの結果、先攻は星光学院。

 

 

サイレンとともにお互いに礼をすれば、試合は直ぐに始まる。

私は内野用のグラブをはめて、セカンドに入る。

 

1回の表。

星光学院の攻撃は、1番向中野さん。

左打席に入る。

 

プレイボールが宣言され、詠深がゆっったりとした動作で『あの球』を放った。

まずは初球見逃してストライク。

雨だからか、球審のストライクゾーンは広めみたいね。

 

詠深も、コントロールが少し上手くいってないみたいで、少し不満げな表情。

 

しとしとと降る雨の中、試合は続く。

 

2球目、ツーシームに引っ掛けた向中野さん。

詰まった当たりはぼてっと中途半端に転がり、セーフティーバントのようになって内野安打となる。

 

 

2番笹川さん。

初球から遠慮なくフルスイング!甲高い金属音とともに、左中間へ!

私は一応ベースカバーに、稜が中継に入る。芝生に滑ったバウンドは光ちゃんのグラブを弾いた。一塁ランナーの向中野さんは三塁を蹴った!バックアップした主将が遠投!バックホームを狙うレーザービーム!これも雨に滑ったか大きく外れて一塁ランナー向中野さんホームイン。

エラー2つで1点を失い、なおもノーアウト三塁。

 

「どんまいどんまい!雨だし、これくらいは予想通りよ!」

 

 

3番、穴吹さん。

初球、強ストレートを空振りストライク。

2球目、カットボールを観客席に流れてファール。

3球目、ボール球で様子見か…?と思いきや、あの球をど真ん中に放り込む。落差でボール球と思ってしまった穴吹さんは手を出さずに見逃し三振。ワンアウト。

 

 

「とうとうきた…」

「次の伝説と呼ばれてる星光のキャプテン…」

 

4番、楠川さん。

くるりと回したバット。

得点圏三塁に走者がいる。追加1点は諦める必要あるかも…

 

初球、ツーシーム。迷わず見送る楠川さん。ストライク。

2球目、もう一度ツーシーム。これも見送り。ストライク。

3球目、楠川さんの雨に濡れた長い黒髪が揺れた。

 

カァン!と甲高い打撃音。

ライト方向。いや、右中間。

右中間を抜いて…落ちてきた。

快足飛ばした主将の守備範囲。

 

パシッ!

捕殺。三塁ランナースタート!

私は中継に入ってる。主将はレーザービームを選択。

今度は珠姫のミットに収まり、理沙先輩との挟殺プレーに持ち込み、理沙先輩がタッチアウトにする。スリーアウト。

 

各種コンディションは最悪に近い状況で、初回を1失点に抑えたのはとても大きい。しかも、詠深もそこまで多く投げてないし、希望はある。

 

 

1回の裏、新越谷の攻撃。

1番、希。

星光学院のエース黄さんは左腕(サウスポー)なので、左対左の戦いだ。

 

「芳乃、黄さんってどんな投手?」

「うーん、高校野球では平凡な選手…かな。中学までは変化球2つで圧倒してたみたいだけど、高校レベルだと…まぁ全国区レベルでは平凡…でいいと思うよ。少なくともプロは注目してないよ」

「確かカットとツーシームだっけ?」

「うん。こういう雨の日はゴロになりやすいから、打たせて捕るタイプの黄さんは有利…」

 

コンっ!

 

3球目、詰まった当たりになった希の打球は、ショートゴロとなってアウト。

 

 

「こんな感じに」

「星光って強豪なのに投手は普通なのね」

「星光学院は投手はスカウトしてないからね…とはいえ、3年間もの間強豪校として投げてきたプライドは並じゃないみたい」

 

 

2番の光ちゃんもセカンドゴロに倒れ、3番の主将は三振となる。

 

 

「……芳乃?」

「ちょっと待って」

 

芳乃は主将に近づく。

 

「怜先輩、足、見せて貰えますか?」

「―――ッ!…流石芳乃だな…誤魔化せないか」

 

靴下を脱いで、左足を見せる。

足首が腫れていた。

 

「よくこれであのレーザービームを投げられましたね…楠川さんのフライを追いかけ始める初動の時ですよね?」

「こりゃ参ったな。…どうする?」

 

主将が抜ければ、そこに誰かが入らなければならない。打順は3番の重要な仕事だ。入れるのは芳乃と菫だけ。

 

「…菫ちゃん、行ける?打順は3番、正直私じゃ力不足だから…」

「ええ、頑張るわ」

「息吹ちゃんはセンターに入ってね。外野陣の中では2番目に守備範囲広いから」

「ええ、任せなさい」

 

 

2回の表、星光学院の攻撃。

 

5番、片柳さん。

守備位置の変更で、私はセンターへ、セカンドに菫が入る。主将は医務室に。

 

初球、カットボールを振り抜かれて内野の頭を超える。私が捕球して二塁走塁を牽制。単打に抑える。ノーアウト一塁。

 

 

6番、高塚さん。

送りバントの構え。

内野陣が前進する…のを見越した高塚さんのプッシュバント!

理沙先輩の頭を超える大きなバント。

サード越えバント内野安打という変な記録となる。

ノーアウト一二塁。

 

 

7番村尾さん。

またしても送りバントの構え。

先程のことを考えて、前進が中途半端になり、安全に送りバントを成功させてしまう。ワンアウト二三塁。

 

 

8番黄さん。

打撃も凄い。

詠深のあの球を初球で捉えて、レフト前ヒット。

1点の追加点と、二塁ランナーの高塚さんも三塁へ進み、ワンアウト一三塁に変わる。

 

 

9番の田原さん。

強ストレートをライトに打ち上げる。タッチアップに備えて送球に備える新越谷。

白菊のグラブに収まったと同時に三塁ランナースタート。本塁への送球!

雨天練習での白菊のレーザービームは成功率が低い。菫の中継に、珠姫へボールが渡る。クロスプレー!

 

どうだ…!

 

球審は、ゆっくりと腕を広げた。

セーフだ。

 

ツーアウト二塁。点差は3点に広がる。

 

ちなみに、本塁でのプレー中に、一塁ランナーの黄さんはひっそりと歩いて二塁を踏んだようだ。サイレント走塁で有名なプロ選手が前世でもいた気がする。

 

 

1番の向中野さんに打順が戻り、2巡目。

珠姫の強気のリードで3-2のフルカウントに。

そこから粘って13球目、高めに浮いた強ストレートを詰まらせた当たりは、向中野さんのパワーも相まってライト前へ。

二塁ランナーの黄さんは三塁を蹴る。白菊は一塁送球すれば終わりのはずが、判断を誤り珠姫にバックホーム。野球未経験者だと、こういう些細なことでミスをしてしまうことがあるけど、それは仕方の無いこと。とりあえず失点は抑えられたので良しとする。

黄さんは引き返して三塁へ。

その間に向中野さんは快足を活かして二塁へ。

ツーアウトなおも二三塁。

 

 

2番、笹川さん。

あの球を初球に打ちに来て、高く私の方へ舞い上がる。

 

「っ…!伸びない…!」

 

雨の影響かフライがあまり伸びず前に落ちる。三塁ランナー黄さんはホームを狙う!

慌てて拾い直し、一塁送球してアウト。ホームインの方が早かったけど、この場合は得点が認められないので、胸を撫で下ろす。

スリーアウト。少し前めに守備位置を取っていたのが幸いしたようだ。

 

2者残塁で、裏の攻撃に移る。

 

 

2回の裏、新越谷の攻撃。

4番、理沙先輩。

初球、キレのあるカットボールだったけど、アウトコースに外れてボール。

2球目、ツーシームを捉えるも、レフト線に切れてファール。

3球目、再びカットボールがアウトコースに外れてボール。

4球目、ツーシームは低めに外れてボール。これで3-1。

5球目、ストレートが低めに入ってくるのを予感していたのか綺麗なコンパクトスイングで左中間へ。単打となって、ノーアウト一塁。

 

 

5番、私。

今日は木製バットは封印。雨だと金属バットの方がいい気がする。

 

初球、胸元を抉るカットボール。

私は無意識的に左足を外にズラして、オープンスタンスに。そのまま引っ張り方向にかっ飛ばす。

私と理沙先輩は駆け出す。レフト線とフェンスのぶつかるあたりに落ちた打球をレフトの穴吹さんが取りに行く。

理沙先輩が三塁を蹴る。私は三塁に。

理沙先輩は生還して、1点を返す。ノーアウト三塁。

 

 

6番、稜。

左打席に入っている稜。左対左の戦い。

初球、低いストレート外れてボール。稜の選球眼は、本当に上がった。希並…とまではいかないけど、今なら安心して6番のクリンナップの後詰めを任せられる。

2球目、ツーシームを引っ掛けた稜。ショート前に転がるけど、雨で濡れて転がらず、内野安打となる。

ノーアウト一三塁。

 

 

7番、白菊。

足の速い稜が同点のランナーとなって、応援席からの期待が寄る。

芳乃は白菊と稜と私の3人とサイン交換をする。芳乃らしいかな。

 

初球、スクイズのようにバットを動かした白菊に反応した黄さんは、大きく外した。稜のスタートを見ていたキャッチャーの村尾さんは慌てて二塁送球も、セーフ。

そう、偽装スクイズだ。稜に盗塁が記録される。

 

だけど、それで終わりじゃあ、芳乃じゃない。

 

2球目、投球動作と共に私と稜はスタート。内角高めのカットボールに、白菊は()()()に転がす。

二三塁で、バントを見たファーストの高塚さんは、こちらには飛んでこないと判断してしまった。その判断の早さが仇となり、一瞬の硬直を作り出してしまった。

 

「回れー!」

「いけー!」

 

私はホームイン。稜も快足自慢で、ツーランスクイズを敢行している。ファーストの高塚さんは一塁で白菊をフォースアウトにしてからキャッチャーの村尾さんに送球。稜と村尾さんのクロスプレー…!

 

審判は、腕を広げる。セーフ!

 

同点となった。

ワンアウトノーラン。

 

 

8番の珠姫はショートゴロ、9番の詠深はファーストフライで凡退し、スリーアウトとなる。

 

だが、ここから新越谷がペースを握った。

 

 

3回の表の星光学院の攻撃を、詠深の調子が持ち直してきたことと珠姫のリードがハマって3人凡退で終えると、裏には上位打線の6連打と白菊の犠牲フライと珠姫のスクイズが決まって、一挙に5点を追加して勝ち越しに成功した。

 

 

ところまでは、順調だった。

 

4回の表、星光学院の攻撃。ワンアウト一塁の場面で、審判団がタイムをかけて集まってしまったのだ。

 

「ねぇ、これって不味くない?」

「確か、雨弱まってるのは昼の間だけで、夕方になるとまた酷くなるって…」

 

雨天のため、試合を中断すると発表され、私はため息をついた。

 

「芳乃、帰る準備始めるわよ」

「そうだね…」

 

 

1時間半後、降雨ノーゲーム、翌日再試合が放送されて、今日の試合は中止となった。



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第39話 夏の終わりと世界の扉

翌日再試合となった新越谷と星光学院の3回戦。

リードしたままノーゲームとなったのは惜しかったが、波には乗れてる…はずだった。

 

翌日、雨の日の後の晴天で蒸し暑い中、再試合が行われた。

 

主将は左足の捻挫で全治1ヶ月。ベンチ入りも見送られた。

さらに、詠深の2日連続先発ははばかられて先発は理沙先輩となり、その結果理沙先輩にかかる負担は数倍に。

4番で先発で主将代理。そのプレッシャーは理沙先輩のプレーを阻害。

 

ほかのメンバーも、精彩を欠くプレーであっという間に10点差を付けられ、途中から星光学院側もサブメンバーへの切り替えなどで体力の温存策に。

ようやく試合が終わった頃には21-4の大差で敗北となった。

 

 

 

その後、勝ち上がった星光学院は決勝へ進出。

 

幕鈴学院との最後の1戦に敗れ、準優勝となった。

 

 

 

こうして、私たちの夏が終わった。

 

でも、3年生のいない私たちには、まだ来年がある。

来年こそは、球界に名を残す覚悟を、私たちは誓ったのだった。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

8月23日火曜日。

全国高等学校野球選手権大会の決勝が終わって、その余韻がまだ残っていたその日。

全日本野球協会・日本野球協議会の連名において、U-17桜ジャパン…U-17野球日本代表のメンバー招集候補が発表された。

 

「い、息吹ちゃん。こ、ここ、これ嘘じゃないよね!?」

 

家に帰ってきていた私たち川口姉妹は、テレビで発表を見ていた。

マジか…というレベルの驚きが溢れてのに、頭の中は真っ白という訳分からない状況だった。

人間って、本当に驚くとこうなるのね…

 

招集候補なのは、もちろん事情があって拒否せざるを得ない状態…例えば、主将のように怪我をしているとか…ということだが、何も無ければ基本は行くのが普通。

 

そして、呼ばれたメンバーをもう一度眺める。

 

監督

・長本洋子(総責任者/元東京ヘッジホッグス(監督))

コーチ

・森永梨亜子(ヘッドコーチ/元ブルズ盛岡(選手))

・谷口結美(投手コーチ/室蘭学院高(監督))

・石田茉穂(打撃コーチ/星光学院高(監督))

本メンバー

・岡本美穂(2年/内/左左/旭川学園高/北海道)

・平沢萌恵(2年/内/右右/仙台高/宮城)

・清藤奏子(2年/内/右右/福島大耀高/福島)

・楠川由梨(3年/内/右両/星光学院高/栃木/主将)

・伊藤美亜(2年/内/右右/城東高/高知)

・青木玲奈(2年/内/左両/須崎高/長崎)

・川下楓結(2年/外/右右/柏葉高/千葉)

・川原光(2年/投外/左左/新越谷高/埼玉)

・大野亜由子(2年/投外/左左/大阪桜雅高/大阪)

・睦月久乃(1年/投外/左左/五島高/長崎)

・田崎真智子(2年/投外内/右右/本部海洋高/沖縄)

・山谷彩(3年/投外内/右右/聖カメリア学院高/山口)

・川口息吹(1年/投外内/右両/新越谷高/埼玉)

・宇田川瑠菜(1年/投/右左/葛飾農業高/東京)

・小林依織(2年/捕/右右/梁幽館高/埼玉)

・高槻夜亜(2年/捕/右右/東祥大東祥/神奈川)

・近藤唯(2年/捕/右右/東雲高/茨城)

・石田彩花(1年/内外捕/右右/桜花朔莉高/福岡)

・山崎摩利(2年/内外捕/右右/能登工業高/石川)

 

ツッコミどころは、新越谷から2人も選出されてることもあるけど、まずは監督。

長本洋子と言えば、長年打点王となった後に、プロ野球監督で多数の優勝を経験してからプロ球界から引退して、さらに高校野球の監督を歴任して4度甲子園での優勝を経験した指導者としても優秀な人だ。

さらに、森永梨亜子はプロ野球選手としてこそ短命だったが、長本洋子が高校野球監督をやっていた時の教え子として華々しい活躍をした野球解説者だ。アラフォーの壁が近づく歳なのに、美魔女とまで言われる美貌の持ち主として、球界のアイドル扱いである。

 

という破格の指導者陣に招集された、新越谷の2人。

私と光ちゃん。

まず、私は10歩譲って理解できなくない。

私は未だ防御率0だし、OPSも高い。ジャイロボーラーでホームランバッターという二刀流の話題性もある。

 

それに対して光ちゃんは口汚く言うと、中途半端なのだ。

投手としては、全国レベルでは球威が軽く打たれた時は厳しい。

守備はそこそこ。

打撃は小技使いとしても使えるけど、恐らく打撃だけなら熊実の久保田さんを連れてくるべきだと思う。多分、久保田さんなら星光学院の楠川さんと同レベルで張り合える力はあるはず。熊谷実業戦は味方の好調と敵の守備に助けられた。

 

 

何はともあれ、私は光ちゃんと会うことに。

新越谷東口で待ち合わせ。

 

夏らしく、ちょっと気合いを入れた小洒落た膝下丈の黄色いワンピースにラベンダー色のサマーカーディガンを羽織って白いサンダルで決めている、いわば『夏用勝負服』だ。

 

え?そりゃデートにふさわしい服ならそこそこ揃えてるわよ。

…せっかくのかわいい女の子なんだし、着飾らないと損だものね!イケメンはおじさんになってもモテるけど、おばさんはモテないんだから!若さは武器やで!

 

しばらく待つこと数分。

東武線の方から降りてきた光ちゃんを見つける。

光ちゃんは、アイボリーなブラウスに焦げ茶のロングスカートにポシェットを合わせたお嬢コーデで登場した。うん、カワユス。

 

「ごめん、待った?」

「ううん、さっき来たとこよ」

 

武蔵野線も昔に比べれば本数が増えた…って近所のおばあちゃんが言ってた。

その点、東武線は特に北千住から北越谷まで、私鉄とは思えない複々線で、高速線と鈍行線を分けることによって、交通が密になっている。

 

「こっちよ」

 

私はサンシティの方に向かって歩く。

途中の路地裏に入ったところの喫茶店が私の行きつけ。

王道のものから変わり種まで色々扱ってる喫茶店で、いつも面白い。

 

「マスター、いつもの2つね」

「おや、珍しく連れがいるわね。《コレ》かしら?」

「まぁそんなところかしら。光ちゃん、このバカマスターのことは気にしなくていいわよ。8割聞き流しなさい」

 

マスターと言っても、50前後のおば様であり、からかい好きな変人である。この人の話は2割以外聞く価値はない。

ついでに、いつものと言ってもいつもと同じものが来る訳では無い。

今日は何が出てくるのかな?

 

「はい、今日のおすすめ『ドネルケバブ』とチャイのセットだよ。暑い夏の中、クーラーの効いた部屋で熱いチャイ。これも乙なものよ。ケバブのソースは、甘口、中辛、辛口、ヨーグルトの4種類持ってきてるから好きな分だけかけてね」

 

ケバブはヨーグルトソースに限る。

某砂漠の虎もそう言ってたし。

……意外と機動戦士の中では虎さん1番好きなキャラだったかも。おじ様意外とハマるのよね。この世界のアニメにかっこいいおじ様が出ないのは悔やまれることだ。

 

「それにしても驚きね、U-17の世界大会があるってだけでも驚きなのに、たった20人の中に選ばれたって」

「うん、私は特に突出した成績は残してないから…特に。まぁ息吹ちゃんが選ばれたのは理解出来るけどね。あのジャイロとスプリットと直球を投げ分けられたら、プロの選手でも打てないんじゃないかな」

「あはは…ありがとう。確かに、光ちゃんは球種こそ多い…あぁ、もしかしてストレートのホップアップが大きいからかも。海外の選手のストレートって綺麗なフォーシームは投げないから、逆に上にホップアップする光ちゃんのストレートが目に止まったのかもしれないわね」

「そっか、日本で普通でも、海外だとちょっと違うって大きいもんね。フライを打たせるイメージで使われるかも…?」

 

しかも、光ちゃんの小柄さからくるあの浮き上がってきそうな球は実際の球速よりも速く感じさせ、バットを早く振ってしまうという特性も備えている。オーバースローなのに、アンダースローのような特性があると言えば分かりやすかしら?

 

「このチャイおいしい…」

「そりゃあスパイスの分量からアタシが調整してるからね。アタシの腕は新越谷で1位じゃないかしら」

「結構狭いわね…」

 

もう少し大言したら冗談に聞こえるのに、この人がこの規模のことを言うと冗談に聞こえない。

 

「チャイ以外にもいろいろここの店はおいしいわよ。まぁマスターの気分によってメニューは変わるから毎回確認しないといけないのだけど」

「あんたはそれが面倒くさくて、『いつものおまかせ』よねぇ」

「シナモンは嫌いだから除いてもらってるけどね」

 

シナモンの匂い嫌いなのよね。

チュロスとかも、シナモン使ってるの多いから食べないようにしてる。

 

「とりあえず、光ちゃんはどうする気なの?まぁ受けるつもりなんでしょうけど…」

「うん、こんな機会滅多にないし、ね?息吹ちゃんも行くでしょう?」

「まぁ…ね」

「何か用意するものってあるのかな?」

「パスポートは取らないとダメでしょうね…ビザとかはいらないと思うけど」

 

あとは、その大会のルールをよく見ないと。

まぁ甲子園より厳しいことはないと思うけど。

 

後は木製バットを1本折ってしまったので、その替えを買わないといけない。というか、海外では日本のバットを入手するのは困難なので、予備も買っていかないといけない。

 

「ってかバットって金属製使えるのかしら?」

「どうかな…多分なしだと思うけど…」

 

金属バットなら折れる心配がないので、最悪の予備としても利用出来るのに…

 

後必要なものと言えば…

 

「確か、オーストラリアでの開催だったわね。冬明けから春って感じの時期だから、脱ぎ着しやすい服を中心に見繕わないと…」

「そっか…気候も違うんだもんね。息吹ちゃん、服買いに行く時には一緒に行かない?」

「ええ、そうね…とりあえず、明後日の招集の説明会があるから、その後の方がいいわよね。その日早めに終わったら、レイクタウンででもどうかしら?」

「うん、大丈夫だよ」

 

 

 

この時、私はまだ光ちゃんの笑みが黒いことに気づかなかった…

 

 

 




バッサリカットしていましましたが、甲子園編はこれにて終了となります。
この後は世界大会編に突入します。
世界大会編が終わったら、春季に移っていく予定ですので、よろしくお願いします。


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第40話 桜ジャパン

東京のとある会議室に集まった高校球女たち。

芳乃がいたらウハウハしてるわね、確実に。ってかサイン絶対ねだってるわね。

 

「久しぶり」

「あ、楠川さん…」

 

私と光ちゃんに話しかけてきたのは、星光学院のキャプテンにしてこの桜ジャパンU-17のキャプテン、楠川由梨さん。誕生日が早生まれだったらしく、3年生ながらも招集されている。

 

「夏大準優勝、おめでとうございます」

「ありがとう。でも私の代こそはって思ってたから、少し残念だったんだけどね。それより、君たちのキャプテン、足はどう?」

「はい、全治1ヶ月って話だったのが、最近ではリハビリも始めてるらしいです」

「そっかぁ…あの人の足の速さ、すごいもんね。それに圏内打率もすごいらしいし…私でも6割超だよ」

 

楠川さんは苦笑する。いや、うちらがやばいだけです。私含めてだけど…

 

「プロでも、代打の仕事人とか出来そうだよね」

 

それは確かに。あれだけの打点マニアだもんね。

 

新越谷は、今回私と光ちゃんが離脱すること、主将の左足の負傷、菫の不調などの理由から秋の新人戦以降の対外試合を中止することになっている。

まぁ主将の足は結構早く治ってる様だけど。

 

色んな高校の制服を着た女の子たちが13人集まったところで、4人の大人が入ってきた。

 

1人は言わずと知れた長本洋子監督。

次の美魔女が森永梨亜子コーチ。

次は星光学院戦で会った石田茉穂コーチ。

最後が恐らく室蘭の谷口結美コーチだろう。

 

「今日は集まってくれてありがとう。うちがヘッドコーチの森永です。まずは指導側の紹介から。こちらが長本洋子監督、こちらが谷口投手コーチ、そちらが石田打撃コーチです」

 

演台に立った森永ヘッドコーチが指導者を紹介する。

 

「まずはまぁ見ての通り、18人しかいません。えー、外野手として招集した柏葉高校の川下楓結さんは夏の合宿中での故障があり、不参加となります。これに伴って、外野専門の選手が皆無になりました。そこで、新たに招聘して補充することになります。調査の関係から関東圏のみしか追加調査が出来ませんでしたが…では入ってきてください」

 

入ってきた2人のうちの片方を見て、私と光ちゃんは目を剥いた。

 

「埼玉県、新越谷高校2年の岡田怜さんを追加招集することに決まりました。彼女は左足を故障していますが、治癒が早く、既に復帰の目処が立っていることから招集することになりました」

 

森永ヘッドコーチの言い分に、静かなざわめきが起こる。日本代表に新越谷から3人もの選手が選ばれたのだから、それは自明だ。

 

「また、選出の遅れていた1人も追加で、神奈川県、風花学院2年、風間花詠さんを招集します。今から皆さんにお配りするのが、最終的なこのチームのメンバーとなります。あ、2人も席に座ってくださいね」

 

私は配られたメンバー表を見る。

 

・岡本美穂(2年/内/左左/旭川学園高/北海道)

・平沢萌恵(2年/内/右右/仙台高/宮城)

・清藤奏子(2年/内/右右/福島大耀高/福島)

・楠川由梨(3年/内/右両/星光学院高/栃木/主将)

・伊藤美亜(2年/内/右右/城東高/高知)

・青木玲奈(2年/内/左両/須崎高/長崎)

・岡田怜(2年/外/右右/新越谷高/埼玉)

・川原光(2年/投外/左左/新越谷高/埼玉)

・大野亜由子(2年/投外/左左/大阪桜雅高/大阪)

・睦月久乃(1年/投外/左左/五島高/長崎)

・田崎真智子(2年/投外内/右右/本部海洋高/沖縄)

・山谷彩(3年/投外内/右右/聖カメリア学院高/山口)

・川口息吹(1年/投外内/右両/新越谷高/埼玉)

・宇田川瑠菜(1年/投/右左/葛飾農業高/東京)

・風間花詠(2年/投外/右右/風花学院高/神奈川)

・小林依織(2年/捕/右右/梁幽館高/埼玉)

・高槻夜亜(2年/捕/右右/東祥大東祥/神奈川)

・近藤唯(2年/捕/右右/東雲高/茨城)

・石田彩花(1年/内外捕/右右/桜花朔莉高/福岡)

・山崎摩利(2年/内外捕/右右/能登工業高/石川)

 

その横には指導者たちによる分析結果の講評が記されていた。

 

・岡本美穂(2年/内/左左/旭川学園高/北海道)

打てるバッターとしても、内野手としての判断力も、それぞれ高い。残念なところは調子に波があること。適性ポジションは3。

 

・平沢萌恵(2年/内/右右/仙台高/宮城)

足の速い内野手で、守備範囲が広い。打撃は小技が苦手なのがネックだけど、それなりに打てる。適性ポジションは456。

 

・清藤奏子(2年/内/右右/福島大耀高/福島)

高い打撃力と、ライナー性の球に対する守備力が特徴的。引っ張り打ちの多い海外の強烈な打球対策に効果あり。適性ポジションは35。

 

・楠川由梨(3年/内/右両/星光学院高/栃木/主将)

言わずと知れたホームランバッター。守備力もそこそこ。適性ポジションは45。

 

・伊藤美亜(2年/内/右右/城東高/高知)

流し打ちで、味方の進塁支援が得意。守備位置も多彩に守れ、代打適性も高い。適性ポジションは3456。

 

・青木玲奈(2年/内/左両/須崎高/長崎)

左右両打ちのできるバッター。右は小技が甘いが、ミート率は高い。適性ポジションは3。

 

・岡田怜(2年/外/右右/新越谷高/埼玉)

快足に伴う走塁と守備範囲が売り。打撃では得点圏打率が8割超の打点マニア。適性ポジションは789。

 

・川原光(2年/投外/左左/新越谷高/埼玉)

多彩な変化球を持つ。特に上への変化の大きいストレートは武器。打撃では長打も小技も良く、使いやすい。適性ポジションは179。

 

・大野亜由子(2年/投外/左左/大阪桜雅高/大阪)

左の速球派で、高い奪三振能力を誇る。打撃は代表チーム内では相対的に低めに見えるが、それなりに打てる。適性ポジションは19。

 

・睦月久乃(1年/投外/左左/五島高/長崎)

カットボールとチェンジアップを駆使して打たせてとる野球をする。捕手のリード次第ではおお化けする可能性も秘めている。適性ポジションは1789。

 

・田崎真智子(2年/投外内/右右/本部海洋高/沖縄)

スタミナが良好で、先発最有力。制球力もそれなりに高く、こちらも捕手のリード次第で変わる。適性ポジションは15679。

 

・山谷彩(3年/投外内/右右/聖カメリア学院高/山口)

丁寧な投手で、カットボールとスライダーとシンカーを高い精度で投げられる。打たせてとる、三振、どちらも可能なオールラウンダー。適性ポジションは14567。

 

・川口息吹(1年/投外内/右両/新越谷高/埼玉)

この夏話題のジャイロボーラー。代表レベルでは捕手は難しいものの、全てのポジションをこなせるやばい選手。打者としては長打はもちろん、1打席20球近く粘ることもある程にカットに定評がある。適性ポジションは13456789。

 

・宇田川瑠菜(1年/投/右左/葛飾農業高/東京)

速球派。1年生で体格がまだ出来ていないことを加味すれば、将来的には日本人最速級も夢ではない投手。制球力は甘め。適性ポジションは1。

 

・風間花詠(2年/投外/右右/風花学院高/神奈川)

速球派。球質が重く、打たれても凡打にさせる威力がある。外野手としても強い肩でのレーザービームは圧巻。適性ポジションは1789。

 

・小林依織(2年/捕/右右/梁幽館高/埼玉)

埼玉の名門梁幽館で2年生ながらも正捕手となる程の実力派。特に牽制球を指して「依織バズーカ」と称される素晴らしい刺殺劇を見せつける。また、カットも得意としており、粘り強い打撃をする。適性ポジションは2。

 

・高槻夜亜(2年/捕/右右/東祥大東祥/神奈川)

こちらも名門東祥大東祥の正捕手。動体視力の高さから、捕球はもちろん、打撃でも貢献する。適性ポジションは2。

 

・近藤唯(2年/捕/右右/東雲高/茨城)

リードが上手く、投手の観察力が高い。適性ポジションは2。

 

・石田彩花(1年/内外捕/右右/桜花朔莉高/福岡)

捕手と野手の両方をこなす。打撃は豪快なスイングが持ち味。適性ポジションは235789。

 

・山崎摩利(2年/内外捕/右右/能登工業高/石川)

マルチポジション。視界が広く、守備時の走者・ベースコーチの動きをまで細かく気を配れる。適性ポジションは23579。

 

 

「はい、えー、まずはU-17国際平和記念野球大会の選手のルールと生活面について説明します。まずは年齢制限は知っての通りなので割愛します。

えー、チームメンバー…まぁ代表関係者として球場に入れるのは、指導者4人、出場登録選手18人の22人までです。選手20人の中から、各試合ごとに登録選手と補助メンバーを選出する必要があります。選出外となった方はホテル待機となりますのでご了承ください…まぁ大抵の場合は先発投手ともう1人という形になると思いますが…

パスポートの取得は皆さん個人持ちでお願いします。既に持っている方は、あちらに最大年末まであちらにいることになりますので、有効期限に気を付けてください。

それから、査証…ビザですね。開催国オーストラリアはビザが必要なのですが、大会関係者は団体特例ビザが発行され、入国手続きなども英語が話せない方も呼ばれる可能性もありますから、簡略化されますから安心してください。但し、空港で迷子になったら国境警備の兵隊さんに逮捕されちゃうかもしれないので、絶対にフラフラと離れないでください。

えー、生活上必要な消耗品は連盟の方から送ることが出来るので、申請書を出してください。例えば、生理用品とかだとブランド名から形とサイズまで記載してないと違う種類を買われちゃうかもしれないので、なるべく正確に細かく記載してください。

食事等は泊まる合宿所でも出ますが、えー、外で食べても構いません。門限と開門の時間さえ守っていただければ外出は自由です。まぁその場合は犯罪等に巻き込まれないよう、必ず複数人で行動してください。

その他、配ったこのしおりに従って行動するようにお願いします。私からは以上です。

最後に長本監督から一言で今回の説明会を終えます。監督、お願いします」

 

老婆…と言うには筋肉がきっちりと付いている老人が壇上に登る。彼女こそ、数々の偉業を成したスーパースターだ。選手としても、監督としても。

 

「チームとしての総合能力の高さが高校野球やシニアとかじゃあ求められる。だが、そんな綺麗にまとまっちまった野球をするガキが世界に出たらあっという間に潰されちまう。だからあたしはお前らを選抜する基準を『成績』よりも『尖り』を優先した。

ここにいる人間は何かしら尖ってやがる。あたしはそれを全力で保証しよう。

尖っていることが強さであるということ、それは幸いにも新越谷が体現してくれた。新越谷で尖ってないやつの方が少ないように見えた。ここにいるだけでも、主将岡田の足は陸上短距離の全国区並みだし、川口息吹は言わずと知れたジャイロボーラーに模倣使い(コピープレイヤー)、川原光は恋の力で一気に進化する変態。

全員が何かしら尖ってやがる。他にも成績的には呼ぶべきって選手は多いんだろうが、自信もっていけ。あたしが、世界で戦うために必要な存在だと認めたんだ。

胸張って、勝ちに行くぞ。野球大国アメ公は元より、他の国も蹴散らせ!」

 

とっくに70を超えている…もう80近い老婆とは思えぬ闘争心むき出しの熱いセリフが、私を含めた20人の選手の胸を打った。

 

 



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幕間 U-17桜ジャパン壮行試合緊急特番

台本形式、度々失礼します。




 

 

下沢「緊急特番!U-17桜ジャパン壮行試合の深掘りっ!というわけで、本日は全日本野球協会の広報水野あかねさん、そして日本野球機構の藤本朋子さんのおふたりに加えて、野球解説者の原口麻紀さんの3人にいらして頂いております!短い時間ですが、よろしくお願い致します」

 

水野・藤本・原口「よろしくお願いします」

 

下沢「さて、まずは桜ジャパンに選出された20人の選手たちをご紹介しましょう。背番号順にご紹介します!」

 

中央のモニターが変わる。胸の大きい少女の画像と共に、選手データが映る。

 

下沢「まずは背番号1番、風間花詠選手!メインの守備位置は投手!一次発表の際には選出されていなかった選手です!重い球質が持ち味!」

 

原口「今年の夏の県大会では東祥大東祥との2回戦で惜しくも敗退しましたが、その試合では彼女は6回を投げて無失点でした」

 

下沢「続いて2番、小林依織選手!メインの守備位置はキャッチャー!依織バズーカは盗塁刺の量産機です!」

 

原口「こちらも、埼玉の名門校にして強豪の梁幽館で2年生ながら正捕手を務める実力派てす」

 

下沢「3番は高槻夜亜選手!神奈川の甲子園常連の東祥大東祥で2年生ながら正捕手を務めます!」

 

原口「柔軟な守備が持ち味の選手ですね」

 

下沢「4番は清藤奏子選手!福島の地元出身で、山に育ったパワーのある打撃です!」

 

原口「守備ではライナー性の打球に滅法強い印象があります」

 

下沢「5番は石田彩花選手!桜花朔莉高では夏大の出番に恵まれませんでしたが、中学時代の評価で選出か!?」

 

原口「豪快なスイングで、相手投手をひるませる程でした」

 

下沢「6番は安定のこの人!星光学院の主将にして高校通算102本塁打で、まだ記録を伸ばすか、楠川由梨選手!桜ジャパンでも主将を努めます!」

 

原口「打撃については世代最強でしょう。OPSも、高校通算2.8と高水位です」

 

下沢「7番もこれまた時の人!ダークホース新越谷の守護神、川口息吹選手!」

 

原口「夏大は元より、練習試合を含めてこれまで自責点ゼロらしいです」

 

下沢「8番も新越谷より、新越谷主将の岡田怜選手!甲子園での負傷が気になるところ!」

 

原口「彼女の足の速さは陸上短距離で全国区で争えるレベルですから、守備範囲の広さや走塁に期待します」

 

下沢「9番と10番は欠番。11番にはこれまた新越谷から、川原光選手!かわいらしい小柄な投手として人気を博しています!」

 

原口「高校生離れした球種の豊富さと、ストレートのホップアップで世界を戦います」

 

下沢「12番は山谷彩選手!聖カメリア学院所属で、夏の県大会と全国を合わせて42投球回、自責点1、防御率0.167と大健闘でした!」

 

原口「聖カメリア学院は元々守備が堅く、打たせてとる彼女の投球にフィットしていました。代表チームでの守備がどうなるかで化けるでしょう」

 

下沢「13番には左の速球派、大野亜由子選手!その速球は世界に通用するか!?」

 

原口「高い奪三振能力を持つ投手ですね。K/BBが11.5あるそうです」

 

下沢「14番は伊藤美亜選手!キュートで小柄な体躯で、ファンクラブが存在する程に高校球界のアイドルとも言える選手です!」

 

原口「小柄なれど、右打ち流しの得意な選手で、味方の進塁アシストも得意としています」

 

下沢「15番は田崎真智子選手!この夏の県大会でフル先発フル完投という強肩の持ち主です!」

 

原口「情報によると、1日に200~300球投げても壊れないと自慢しており、投げ込みも毎日朝晩100球を投げているとか」

 

下沢「欠番を挟んで17番は岡本美穂選手!名門旭川学園で1年生の頃から4番を任される程の有望株です!」

 

原口「内角の捌きがとても上手い選手です。特に内角の厳しいコースも、スタンドに運べるミート力とパンチ力を併せ持っています」

 

下沢「飛んで21番、青木玲奈選手!今季の打率はなんと7割超!」

 

原口「とにかくミート力に秀でた選手で、アベレージヒッターです。海外の重い球質にどう対応するかに注目です」

 

下沢「22番は宇田川瑠菜選手!1年生の速球派で、東東京大会では強豪校相手に自責点1と善戦しました!」

 

原口「よくこの選手を見つけたな…と思います。長本監督指揮下のスカウトチームには舌を巻きます」

 

下沢「23番は平沢萌恵選手!足の速い内野手で、守備範囲の広さには定評があります!」

 

原口「打撃は小技が苦手な様子ですが、打撃での十分な素養はあります」

 

下沢「飛んで25番が睦月久乃選手!離島の高校で、練習試合もままならないチームで長崎県大会ベスト4にまで快進撃を遂げた技巧派投手です!」

 

原口「彼女と夏大でバッテリーを組んだ風間莉音捕手の老獪なリードもあっての事でしたから、捕手とのコミュニケーションが重要になってきます」

 

下沢「26番は山崎摩利選手!メインの捕手の他にも守れるユーリティープレイヤーです!」

 

原口「捕手としては視野が広いことが売りです」

 

下沢「最後は28番、近藤唯選手!とてもおっとりした性格で知られています!」

 

原口「投手を第一に考えたリードで、投手の能力を引き出すことに長けています。二盗刺殺率が低いことはネックですが、それをおして有り余る程の能力です」

 

 

下沢「以上20名が、U-17桜ジャパンとしてオーストラリアで開催されるU-17国際平和記念野球大会に出場するべく、日本を旅立ちます。その健闘を祈り、激励するべく壮行試合の開催が決定しました!」

 

水野「日本野球機構と連携して日本野球を盛り上げるために、後楽園ドーム球場にて壮行試合が行われることとなりました」

 

藤本「セ・パ両リーグのオールスターを集結しての壮行試合です。もちろん、高校生とプロ野球選手の試合ですから、ハンデを設けます。U-17桜ジャパンの攻撃開始時の先頭2人を申告敬遠扱いとして、ノーアウト一二塁の状況から攻撃開始です」

 

下沢「それは桜ジャパンに得点のチャンスが大きくなりますね!」

 

原口「申告敬遠扱いということは、下位打線をスキップすることも可能となるかもしれませんね…タイブレークのように打者の前の打順の選手をランナーに立てるよりも面白いゲームになりそうです」

 

水野「9月の8日に後楽園ドームにて行います壮行試合の観客入場について、残念ながら一般客の入場はありません。代わりに、桜ジャパンに選出された選手が所属する高校の野球部員及びその引率者は1階席、その他の高校の野球部員は2階席及びバルコニー席での観戦応援が可能です。また、桜ジャパン選手1人につき1人までエキサイトシートへ招待できます。まぁご家族友人向けですね」

 

藤本「一般の方には、球女たちの安全を保護する意味もありますので、ご了承ください。同日にご覧のチャンネルのテレビ夕日にて生中継を行いますので、そちらで応援のほど、よろしくお願いします」

 

 

 

☆☆後略☆☆

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

「芳乃、これいる?」

「えっ、こ、こっ、これって!」

「エキサイトシートのチケットよ。まぁ文字通りエキサイトしそうだけど」

「くれるの!?」

「ええ」

 

芳乃の顔が蕾が綻ぶように弾けた。

うんうん、嬉しいようで何より。

 

ちなみに、光ちゃんは芳乃の抑え役兼デート相手に希に、主将…怜先輩は理沙先輩に、それぞれ渡したのだった。



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第41話 壮行試合 前編

長本監督が提示したスタメンは以下の通り。

 

1番 山谷彩 レフト

2番 風間花詠 ライト

3番 小林依織 キャッチャー

4番 岡本美穂 ファースト

5番 川口息吹 センター

6番 楠川由梨 ショート

7番 平沢萌恵 セカンド

8番 清藤奏子 サード

9番 睦月久乃 ピッチャー

 

私は5番センターでスタメンとなった。守備位置はまぁまぁ妥当な配置。このチームで2番目にセンター適性高いと自負してるもの。1位はもちろん怜先輩だけど。

2人の敬遠があることを加味すると、実質3番を打たせてもらえてるらしい。

 

対して、プロ野球オールスターチームのスタメンが以下の通り。

なお、オールスターチームは所属チーム等は面倒くさいので省略。

 

1番 西田恵 ファースト

2番 村上蒼 ライト

3番 菊池涼子 サード

4番 阿部蒔菜 キャッチャー

5番 岡本和美 セカンド

6番 坂本颯奈 ショート

7番 吉田澄 レフト

8番 加藤典子 センター

9番 千牧大那 ピッチャー

 

後攻有利の傾向から、オールスターチームが先攻となる。

 

観客の球女たちが続々と入場してくる中、オールスターチームを応援する子達は三塁側、桜ジャパンを応援する子達は一塁側に自然と寄る。

新越谷の面々も来ていた。

もちろん、エキサイトシートの芳乃・希・理沙先輩は一塁側エキサイトシートに既に入ってる。

三塁側エキサイトシートはプロ野球関係者が座っている。

 

私は光ちゃんとキャッチボールをしながら、後楽園ドームを見回す。

 

 

ドーム球場最高!ビバ、エアコン!マジ快適!

 

青空の下でって言ってもさ、いくら日焼け止め塗ったところで日差しは痛い。乙女の柔肌をなんだと思ってるのか!ドーム球場を増やせ!

…っと、個人的な感情が迸ってしまった。

 

なんにせよ、ドーム球場の利点は猛暑だろうと雨だろうと雪だろうと寒かろうと風が吹こうと野球が出来る。万全な環境を整えてくれる。ありがたやー。

 

ドーム球場が時代遅れだとかなんだとか、日本の気候的に必要だから!真夏とかシャレにならないし。

 

そうして身体を温めていると、楠川さんが寄ってきた。

 

「どう、調子は?」

「そこそこ、ですね」

「私も、そこそこ、です」

 

私と光ちゃんは同じような笑みを浮かべながらそう返す。

 

「あはは。まぁ今日はプロ相手だし、胸を借りるつもりで、気負わずにね」

 

楠川さんはそれだけ言うと、また他の人に声をかけに向かったみたい。

 

「あーゆうのが主将の仕事なのか…」

「ひぃっ!?主将…じゃなくて怜先輩、いきなり後ろに立たないでください」

 

感心と羨望を混ぜた怜先輩の眼差しは楠川さんに注がれていた。

 

「まぁチームとかその主将によってだと思いますよ?楠川さんは、あぁした方が桜ジャパンでは良いって思ってるってことで」

「まぁそうだよな…すまんな」

 

怜先輩はベンチに下がっていった。

 

 

 

目を輝かせて有名高校球女や相手のプロ選手に奇声を発している我が妹に目を向けないようにしながら、私たち桜ジャパンは投手を除いて守備に散る。

 

始球式の投手役には何故か美波が登板していた。

仕事は?担当さん呼ぶわよ?

 

 

 

つつがなく始球式を終えて、投手の睦月さんが登板する。

プレイが球審によって宣言され、試合が始まった。

 

1回の表、オールスターの攻撃。

1番、西田恵、背番号38。

 

一塁手の左打ちで、今シーズンの出塁率が1位の選手ね。選球眼もある上にミート力も高い。

 

だけど、長本監督はそれを見越して…というか、西田選手対策に睦月さんを先発にしたと言っても過言ではないと私は予想してる。西田選手はカットボールとツーシームへの苦手があるらしく、この手の変化球での打率は低い。

 

初球、チェンジアップをタイミング外して空振り。

2球目、カットボールを引っ掛けてピッチャーゴロ。まずはワンアウト。

 

 

2番、村上蒼、背番号55。

 

ライトを守備しているけど、元々はセンターを本職とする外野手。

そして、芯を外した打撃でもヒットにできる打力がある強打者だ。

 

初球、高めストレートを見送ってボール。

2球目、アウトローのチェンジアップを正確に捉えて、センター方向へ。私は落下点に走るけど、さすがに間に合わず。ツーベースとなる。

 

 

3番、菊池涼子、背番号33。

 

サードを守る菊池選手も出塁率の高い選手で、こちらは容易に突ける隙はない。正直1点は失う覚悟ね。

外野は長打警戒に下がる。

 

初球、捕手の小林さんはカットボールのアウトコースを要求したものの、失投。ど真ん中に入ったその球に、思わずフルスイングした菊池選手。たーまやー。

スタンドイン。ツーランホームランとなる。

 

ワンアウトノーラン。

 

 

4番、阿部蒔菜、背番号10。

 

日本一有名なキャッチャーと言っても過言ではない超強打者。

その知名度は伊達ではなかった。

 

3球見送ってカウント1-2。

4球目、もう見切ったと言わんばかりのフルスイングでインコース高めのカットボールを捉えられた。

 

私はフェンス際まで走る。レフトの山谷さんがフォローに入る位置取りだけど…

ふわりとブレる打球。

 

そのままスタンドに入った。

2者連続ホームラン。

 

ゆうゆうとダイヤモンドを回る阿部選手を遠目から見ることしか出来なかった。

 

 

5番、岡本和美、背番号25。

 

トップチームの日本代表で4番を任されている岡本選手。

私なら勝負せず逃げるけど…流石に初回から敬遠するとだだ下がりだものね。新越谷でやってた勝つための試合じゃなくて、アピールの試合だから。

 

初球、アウトコースにカットボール。空振り。

2球目、インコース高めのチェンジアップに反応した岡本選手はコンパクトに畳んだスイングで内角の球を捌いた。快音1つで私の前に落ちる。

ワンバウンドで捕球した私は送球せず。ワンアウト一塁。

 

 

6番、坂本颯奈、背番号6。

 

一塁に睦月さんは牽制を入れる。岡本選手は飛び込んでセーフ。

もう一度牽制を入れてから、初球を投げる。

 

初球、カットボール。引っ張りすぎてレフト線に切れてファール。

2球目、投球を起こしたところでランナースタート。チェンジアップの握りだったため、依織バズーカの牽制球が入るも不発。盗塁成功でランナー二塁に変わる。

3球目、ストレートを膝下に投げ込み空振りで三振。

 

ツーアウト二塁。

 

 

7番、吉田澄、背番号34。

 

二塁を視線で牽制しつつ、初球投げた!

初球打ち!左打者の吉田選手は一二塁間に引っ張った当たりを出す。ライト前か…?と判断しそうになった次の瞬間、セカンドの平沢萌恵さんの横っ飛びでのファインプレーがあり、スリーアウト。

 

 

 

1回の裏、桜ジャパンの攻撃。

 

1番、山谷彩、背番号12。

2番、風間花詠、背番号1。

 

特別ルールに従って、先頭2人を敬遠する。

 

オールスターチームの投手は千牧大那選手で、チームでは開幕投手を務め今シーズンの防御率1点台という安定した投手だ。

 

そんな相手に、高校2年生がいくら金属バットがあっても太刀打ちするのは至難の業。だけど、その至難の業をやってのけることが出来る尖りがあるのがこのチームで…

 

 

3番、小林依織、背番号2。

 

依織バズーカの異名は打撃でも通用した。粘り強く11球目、難しい厳しいコースのシンカーをすくい上げ、右中間へ。

ランナー2人は快走して山谷さんはホームイン、風間さんは三塁に進んだ。

ノーアウト一三塁。

 

 

4番、岡本美穂、背番号17。

 

チャンスのノーアウト一三塁。

本来の4番は楠川さんだけど、今回は2人敬遠ルールもあるので、少し違う打順。

故に、打力自体は正直楠川さん以下。だけど…

 

今日の岡本さんは絶好調だった。

 

調子の波が激しい岡本さんが乗ってる時…その時に限っていえば、楠川さん並かそれ以上の打撃を見せることもある。

 

フェンス直撃で、追ってた外野手を避けるような形となる。

ランナー2人は本塁に生還して2点を返す。ネクストにいた私が最初にハイタッチを交わす。

センターを守る加藤典子選手が捕球して遠投をホームに向かって投げる。

加藤選手の遠投は上手い具合に2バウンドで捕手の構える位置の近くに届く素晴らしい送球となったはずだったが、イレギュラーバウンド。

三塁ベースコーチに入っていた森永コーチが腕を回して走塁指示。岡本さんは三塁を蹴って本塁へ。サードの菊池選手がバックアップするも、岡本さんは既に本塁を踏んでいた。

4点を返して逆転に成功、ノーアウトノーラン。なおも攻撃が継続中だ。

 

 

5番、私。

 

初球、沈む球を見送ってボール。

2球目、外角低めの逃げてく球も見逃してボール。

3球目、ストレートが低めに入ってきた。これをサードの頭を超えるポテンヒットとなり、一塁へ。

本当ならレフト線にかっ飛ばすはずが、シュート方向に地味な変化があって芯を外されてしまった様子。

ノーアウト一塁となったところで、桜ジャパンの誇る最強の打者に回した。

 

 

6番、楠川由梨、背番号6。

 

楠川さんも木製バットを構えた。

楠川さんはもちろんプロを目指している。そのため、木製バットへの適応は昨年からとうに始めていた。

 

2球のボール球を見送ってから、3球目。

特大アーチが生まれた。

 

これが楠川由梨だと言える、素晴らしいフォームだった。

 

6-3。ノーアウトノーラン。

 

 

これは持論だけど、打者を打ち取るのに大袈裟な球速なんていらない。あればラッキーくらいなもの。大事なのは、球種に関わらず同じフォームから投げること、変化球は変化を始めるタイミングをなるべく打者側に寄せること、そして投球以外の技術。

 

立ち上がりが不安定だった千牧投手はここから本領発揮をし始めた。

高校生…しかも3年生はほとんどいないチームを相手に、球速で押すことが念頭にあったのを、改めただけだった。

 

精細なコントロールと変化球は手も足も出ず。

 

7番の平沢萌恵さん、8番の清藤奏子さん、9番の睦月久乃さんの3人を凡退させてスリーアウト。

 

 

 

2回の表。

 

8番の加藤典子選手をフライに打ち取り、9番の千牧大那選手に四球でワンアウト一塁、1番の西田選手はレフトフライでツーアウト二塁となり、2番の村上選手に再び四球を出しツーアウト一二塁。

ここで前打席で本塁打の菊池選手。

 

長本監督がタイムをかけて、選手交代が行われる。

私が投手に入って、投手の睦月さんに代わって光ちゃんがレフトへ、レフトの山谷さんがセンターに入る。

 

菊池選手の後には伝説級とも言われる強打者の阿部蒔菜選手、その後ろには日本代表のトップチームで4番の岡本和美選手と怖い3人が並んでいるため、緊急登板となった様子。

 

初球、フォーシームジャイロで空振り。

2球目、ツーシームジャイロで空振り。

3球目、ストレートを外角低めに外してボール。

4球目、詠深の「あの球」のコピーで三振。

 

きっちり抑えてスリーアウト。

 

 

プロオールスターチームを相手に3点のリードで2回の裏の攻撃に移っていく。



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第42話 壮行試合 後編

2回の裏、桜ジャパンの攻撃。

1番と2番の山谷さんと風間さんが申告敬遠となって、打順は3番の小林さんから。

 

調子が戻っていた千牧投手を前に高校生は為す術なく打ち取られていく。

小林さんは送りバント失敗で2-5-3のダブルプレー。

4番岡本さんも三振してスリーアウト。

 

 

 

3回の表、オールスターチームの攻撃。

投手は代わらず私。

 

4番の阿部選手は三振。

5番の岡本選手はショートゴロ。

6番の坂本選手はレフトフライ。

とNPBの最高峰の打者3人を相手に三者凡退…というか、前回の菊池選手を含めれば四者連続凡退となる。

 

 

 

3回の裏、桜ジャパンの攻撃。

5番の私と6番の楠川さんが申告敬遠で飛ばされるという悲劇。

 

打順は必然的に下位打線に。

7番の平沢さん。

 

三盗…というか、重盗をアピールして千牧投手に負荷を与えるものの、捕手の阿部選手が怖すぎて走れない。

 

初球、カーブから入った千牧投手。空振り。

 

しっかり捕球する阿部選手は、隙を見逃さなかった。

二次リードから戻るのが遅かった一塁ランナーの楠川さんに対して、阿部選手は牽制球で刺した。一瞬あっけに取られたけど、次の瞬間私はスタートを切る。

三塁に何とか滑り込んで、ワンアウト三塁に変える。だけど、進めたのはそこまで。

平沢さんは2球目の落ちる球をピッチャーゴロにしてツーアウト。

 

 

続く8番の清藤さんはセンターフライを打ち上げてスリーアウト。

 

 

 

4回の表、オールスターチームの攻撃。

ここで私と山谷さんと光ちゃんが守備位置を入れ替えて、私がセンター、山谷さんがレフト、光ちゃんがピッチャーに入る。

 

私の投球数は1日最大40球、内ジャイロ25球の投球数制限を桜ジャパン参加前のチームドクターによる身体検査によって言い渡されている。プロ相手にきっちり抑えるため既にジャイロを12球投げているため、最後の抑えのために取っておきたい考えなのだと思う。

 

でも、その判断はアダとなる。

 

7番の吉田選手にレフト越えのツーベースを打たれ、8番の加藤選手にライト前ヒット、9番の千牧投手は普段DH制で良く前打席は四球を選べたなというレベルなので抑えられたけど、1番の西田選手にはトドメのスリーランを打たれた。

 

走者無しになった後も攻撃は途切れず。

 

2番の村上選手も私の前に落としてきて単打。

3番の菊池選手は芯を外したのにバットを折りながらレフト前へ。

4番の阿部選手を前に、長本監督は申告敬遠。

 

 

ワンアウト満塁で迎えるは日本代表トップチームの4番、岡本選手。

 

再び選手交代。ライトの風間花詠さんをピッチャー、ピッチャーの光ちゃんをライトに換える。

 

球威のある風間さんの球で何とか長打阻止を狙う。

 

だが、プロは甘くない。

 

球威のある重い球をレフトスタンドに運んで満塁ホームランとなり、一気に勝ち越された。

 

 

6番の坂本選手は凡打でツーアウトとなるも、7番の吉田選手と8番の加藤選手が続けざまにスリーベース、単打となり1点を追加される。

 

9番の千牧投手をサードフライに打ち取り、ようやく4回の表を終える。

 

 

 

4回の裏、桜ジャパンの攻撃。

 

9番の光ちゃんと1番の山谷さんが申告敬遠となり、2番の風間さんからの打順。

ここで代打が送られて青木玲奈さん、背番号21が打席に入る。両打ちの彼女は右投手の千牧投手を相手に左打席へ。

 

見逃し、ボール、ボールときてバッティングカウント。

フルスイングで捉えた打球は引っ張った当たり。ライトの深いところに。

ライトの村上選手はフェンスギリギリで捕球して補殺。ランナー2人はタッチアップ。

光ちゃんは先程の自責点6点を1点でも取り返すべく全速で走る。

ホームは難しいと判断した中継のセカンド岡本選手はサードの菊池選手へ送球も、山谷さんも三塁セーフとなる。

犠牲フライで1点を返した桜ジャパン。

なおもワンアウト三塁でチャンス継続中。

 

 

3番の小林依織さんに代打が送られて、長打の期待できる捕手である高槻夜亜さんが打席に入る。

 

打ち上げた当たりはセンターに。

再びの犠牲フライでさらに1点を返す。

 

ツーアウトで走者無しとなり、攻勢が途切れる。

 

 

4番岡本さんは流れが切れたのか三振となり、スリーアウト。

 

 

 

5回の表、オールスターチームの攻撃。

 

代打の青木さんは下がって、ピッチャーには大野亜由子さん。

キャッチャーには高槻夜亜さんがそのまま入る。

 

左の奪三振姫と呼ばれてる大野さん。県大会では一試合20奪三振完全試合を達成した彼女の力は―――

 

通じなかった。

 

 

1番西田選手のレフト前単打。

2番村上選手の右中間を抜くツーベース。

 

ノーアウト二三塁のピンチを迎えて、クリーンナップの3番菊池選手。

 

粘ってから一二塁間を抜く高速ゴロで、西田選手はホームイン、村上選手は三塁を踏む。

 

ワンアウト三塁。

 

 

迎える4番の阿部選手には再び申告敬遠で歩いてもらう。

そして5番の岡本選手にも申告敬遠で歩いてもらう。

 

 

ワンアウト満塁で、今日打ててない6番坂本選手。

オールスターチームは代打を送る。

背番号8の中村唯選手、職人とも呼ばれる代打の神様だ。

 

長本監督もここで私を再びワンポイントで使うらしい。

大野さんがライト、私がピッチャー、光ちゃんがセンターに入る。

 

初球、スプリットでカウントを稼ぐ。

2球目、フォーシームジャイロに中村選手が空振りで追い込む…が、高槻さんが逸らした!?

 

高槻さんの足元でバウンドした打球は高槻さんの…まぁ大事なところに直撃。うん、女の子でも痛いよね。出っ張ってない分当たりづらいけど。

私が慌ててボールを掴んでサードの清藤さんに送るものの、セーフ。

清藤さんはそのまま二塁送球も、そこもセーフ。

 

審判のタイムがようやくかかり、高槻さんは担架で運ばれて行った。

高槻さんに代えて山崎摩利さん背番号26がマスクを被る。

 

さて、2球目がストライクだったので、ツーストライクから再開。

 

3球目、ツーシームジャイロで決める。中村選手は空振りでツーアウトに。

 

 

7番の吉田選手。

再び守備位置を変更して、私がセンター、光ちゃんがレフト、山谷さんが登板する。

 

きっちりとセンターフライに打ち取って、スリーアウト。

 

 

 

5回の裏、桜ジャパンの攻撃。

 

オールスターチームは代打の神様中村さんを下げて、背番号44の小林真美選手をショートに入れる。

所属チームでは今年からサードを守備しているけど、去年までショートの守備だったし、穴ではないわね。

 

5番の私と6番の楠川さんが再度敬遠となる。

 

7番の平沢さんが送りバント成功でワンアウト二三塁に変わる。

 

 

8番の清藤さんは今日打ててないところで、ワンアウト二三塁のチャンスなので、代打が送られる。

背番号14の伊藤美亜さんが打席に入る。

 

それに対して、オールスターチームも投手を継投する。

千牧投手に代えて、背番号12の大谷まりあ投手だ。ちなみに大谷投手は日本人最速の投手だ。

 

その最速の投手を相手に、伊藤さんはライトに大きく打ち上げた。

私と楠川さんはタッチアップに備えて帰塁する。

捕球と同時にスタート。私は余裕でホームイン。楠川さんは…ホームでのクロスプレーになる!

 

どうか…!

 

セーフ!

 

10-13の3点差まで近づく。

 

 

9番の光ちゃん。

投手としては自責点6、打者としてはまだ活躍してないため、とにかく結果を貪欲に求めた。

 

速球は反発する力が大きいので、芯で捉えられた時に弱い。

 

そして、光ちゃんの小柄な体には日本人最速の速球をスタンドに叩き返す筋力も備わっていた。

 

ソロホームラン。

11-13と、2点差にまで詰め寄る。

 

 

1番の山谷さん。

4巡目にして初めて打席に立つ。

速球をファールにまでは出来たものの、抜かれたカーブで三振。

スリーアウトとなる。

 

 

 

6回の表、オールスターチームの攻撃。

 

代打の伊藤さんはそのままサードに入った。

 

8番の加藤選手はサードライナーでワンアウト。

 

9番の大谷投手は二刀流でも知られる打撃力を持つ投手で…

左中間を抜かれるツーベースを打たれる。

 

1番の西田選手もサードゴロに倒れる。ツーアウト。

 

2番の村上選手はセンター前に落としてツーアウト一三塁のピンチに。

 

3番の菊池選手に良い当たりを打たれる。

でもそこは私の守備範囲よ!

滑り込みながらキャッチ。スリーアウトでピンチを脱する。

 

 

 

6回の裏、桜ジャパンの攻撃。

2番の大野さん、3番の山崎さんが申告敬遠となる。

 

 

4番の岡本さんに代打田崎さん背番号15が送られる。

が、代打の仕事は出来ず三振。

 

 

5番の私。

長本監督からはエンドランのサイン。この速球に何としても当てないといけないとか…厳しいわね。

でも…!

快音1つ。レフト前安打で満塁へ。

 

 

迎える6番楠川さん。

ワンアウト満塁の素晴らしい状況で、点差は僅かに2点。

特殊ルールのおかげや、相手が盗塁を仕掛けてこなかったりという手加減も含めての結果ではあるけど、それでもこれは…行ける。

 

3球目、コンパクトなスイングで速球をセンター方向に打ち返した楠川さん。だけど、無情にもセンターがフェンス際で止まった…

走者3人は1度帰塁。楠川さんは一塁の前で止まっている。

 

パシッ。補殺。

ランナー3人はスタート。二塁走者の山崎さんはギリギリのタイミングだったけど、セーフ。私も三塁に進んでいる。これで同点に追いついた。

 

 

7番、平沢さん。

平沢さんは今日当たってない。

この場面で出てくる人はこの人しかいないと思う。

 

打点マニア、岡田怜先輩。

 

足に気を使いながらだから、多分今日は代打のみ。この1打席で結果を残す必要がある…けど、怜先輩に限ってその心配はいらない。この場面で点を取らないこの人じゃない。

 

レフト線に沿った強烈な打球が私の頭上を通り過ぎると共に、私は本塁へ悠々と走り去る。

主将も…じゃなくて、怜先輩も一塁に駆け込む。うん、普通に走れてる。

 

勝ち越しの打点をあげたのは新越谷の誇る打点マニアだった。

 

 

8番伊藤さん。

一塁ランナーの怜先輩に代走石田彩花さん背番号5が送られる。

本来なら怜先輩の足に期待したいところだけど、その足に気を使うため、代走が送られた。

だけど、代走が走らない間に、伊藤さんが打ち取られてスリーアウト。

 

 

 

7回の表、オールスターチームの攻撃。

 

代走石田さんがファースト。

私がピッチャー。

ピッチャー山谷さんがセンターへ。

サード伊藤さんがセカンドへ。

代打田崎さんがサードに。

キャッチャー山崎さんに代えて背番号28の近藤さんに。

それぞれ代わる。

 

1点差で勝ち越している桜ジャパン。

 

この1点を何としても抑えなければもう勝てるビジョンが無い程に選手を使い切っている。

ベンチでまだ入れられるのは、投手専門1人だけ。

 

私は後総球数20球、内ジャイロ11球で1イニングを投げきらなければいけない。

でも、その相手は4番の阿部蒔菜選手から。

 

ベンチから申告敬遠の申し出はまだない。

…どうする!

 

少し遅いタイミングで、長本監督がボール先行気味での勝負をサインで指示してくる。

座る近藤さんに、観客席が盛り上がる。

 

初球、ツーシームジャイロ。空振り。

2球目、フォーシームジャイロ。空振り。

外に外したストレート。ボール。

内角のブラッシュバックさせる詠深のあの球はボールになる。

並行カウント、5球目…フォーシームジャイロを引っ掛けた阿部選手はレフト方向に打球を飛ばすもファール。

6球目、高めのストレートで空振り三振。

 

ワンアウト。

 

 

ジャイロボールに馴染みのないプロ野球選手相手に、私のジャイロは通用した。

続く5番の岡本選手、6番に代打で入った背番号81上原耶菜選手の2人を続けざまに凡退させて、桜ジャパンの勝利を導いたのだった。

 

試合後、主将で満塁本塁打の楠川さん、逆転タイムリーの怜先輩、プロ野球選手相手に三振の山を作った私の3人がヒロインインタビューに呼ばれた。



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桜ジャパンU-17 選手評価

簡単に言えばパワプ〇っぽいやつです。
好きじゃない方は飛ばしてください。


評価基準

 

S:プロレベル

A:高校最高レベル

B:非常に優秀

C:優秀

D:平均的

E:劣っている

F:とても劣っている

G:初心者

※球速もクラス評価

※弾道は4、変化球は7がMAX

 

 

 

 

U-17桜ジャパン選手一覧(2016)

※選手名からジャンプできるはずです笑

 

風間花詠(2年/投外/右右/風花学院高/神奈川)1番

小林依織(2年/捕/右右/梁幽館高/埼玉)2番

清藤奏子(2年/内/右右/福島大耀高/福島)4番

楠川由梨(3年/内/右両/星光学院高/栃木/主将)6番

川口息吹(1年/投外内/右両/新越谷高/埼玉)7番

岡田怜(2年/外/右右/新越谷高/埼玉)8番

藤堂雨音(3年/外/左左/木更津商業高/千葉)9番

川原光(2年/投外/左左/新越谷高/埼玉)11番

山谷彩(3年/投外内/右右/聖カメリア学院高/山口)12番

大野亜由子(2年/投外/左左/大阪桜雅高/大阪)13番

伊藤美亜(2年/内/右右/城東高/高知)14番

田崎真智子(2年/投外内/右右/本部海洋高/沖縄)15番

岡本美穂(2年/内/左左/旭川学園高/北海道)17番

穴吹芽衣(2年/外/右右/星光学院高/栃木)18番

青木玲奈(2年/内/左両/須崎高/長崎)21番

宇田川瑠菜(1年/投/右左/葛飾農業高/東京)22番

平沢萌恵(2年/内/右右/仙台高/宮城)23番

睦月久乃(1年/投外/左左/五島高/長崎)25番

山崎摩利(2年/内外捕/右右/能登工業高/石川)26番

近藤唯(2年/捕/右右/東雲高/茨城)28番

 

高槻夜亜(2年/捕/右右/東祥大東祥/神奈川)3番・途中離脱

石田彩花(1年/内外捕/右右/桜花朔莉高/福岡)5番・途中離脱

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・風間花詠(2年/投外/右右/風花学院高/神奈川)1番

 

弾道:3

ミート:B

パワー:C

走力:B

肩力:A

守備範囲:C

エラー回避:B

 

球速:A

コントロール:C

スタミナ:C

変化球:カーブ4、シュート5

 

重い球… 打たれたときに打球が飛びにくい

打球反応… ピッチャー返しに対する反応が良くなる

一発…失投時ど真ん中にいきやすい

 

 

・小林依織(2年/捕/右右/梁幽館高/埼玉)2番

 

弾道:2

ミート:B

パワー:B

走力:C

肩力:S

守備範囲:B

エラー回避:B

 

キャッチャー〇…味方投手の能力を引き出す

バズーカ送球…捕手の時、牽制球が低く速くなる

粘り打ち…2ストライクからファールを打つとミートが上昇

カット打ち… 2ストライク時に、ボールをギリギリまで引き付けてから打つとファールになりやすくなる

 

 

・清藤奏子(2年/内/右右/福島大耀高/福島)4番

 

弾道:2

ミート:B

パワー:A

走力:C

肩力:B

守備範囲:B

エラー回避:C

 

ライナー潰し…ライナー性の打球に対する守備率が上がる

プルヒッター…引っ張り打ちの時、パワーが上がる

 

 

・楠川由梨(3年/内/右両/星光学院高/栃木/主将)6番

 

弾道:4

ミート:A

パワー:S

走力:B

肩力:B

守備範囲:A

エラー回避:B

 

精神的支柱…試合に出場すると、チームメイト全員の能力が上がる

不動の4番…打順4番の時、ミートとパワーが上がる

ホームランフィーバー…前打席本塁打の場合、ミートとパワーがすごく上がる。

人気者…試合に出場すると観客席から歓声が上がり、有利な空気になる

悪球打ち…ボール球をヒット性の当たりにしやすい

 

 

・川口息吹(1年/投外内/右両/新越谷高/埼玉)7番

 

弾道:3

ミート:S

パワー:B

走力:A

肩力:C

守備範囲:B

エラー回避:B

 

球速:D

コントロール:A

スタミナ:E

変化球:フォーシームジャイロ6、ツーシームジャイロ6、スプリット5、魔球デスサイズ3、その他コピー変化球2

 

緊急登板〇…緊急登板した時、コントロールが上がる

抑え◎…セーブの条件を満たす可能性がある時に登板すると球速とコントロールと変化球のキレが上がる。

主砲キラー…相手が強打者の時、コントロールと変化球のキレが上がる

 

 

・岡田怜(2年/外/右右/新越谷高/埼玉)8番

 

弾道:2

ミート:C

パワー:C

走力:S

肩力:A

守備範囲:A

エラー回避:B

 

守備職人…送球速度と背走速度が上がる

長距離レーザー…外野定位置より後ろからの送球時、送球速度が上がり低い軌道になる

勝負師…得点圏にランナーがいる時、ミートとパワーが非常に上がる

高速ベースラン…走塁時、走力が大幅に上がる

 

 

・藤堂雨音(3年/外/左左/木更津商業高/千葉)9番

 

弾道:2

ミート:C

パワー:C

走力:B

肩力:C

守備範囲:B

エラー回避:A

 

丁寧…エラー回避が上がる

併殺…無死または一死でランナーがある時、ゴロを打ちやすい

 

 

・川原光(2年/投外/左左/新越谷高/埼玉)11番

 

弾道:2

ミート:B

パワー:B

走力:B

肩力:B

守備範囲:B

エラー回避:C

 

球速:C

コントロール:C

スタミナ:C

変化球:チェンジアップ7、スライダー5、シュート5、シンカー4、スプリット4、カーブ2、ジャイロボール1(秘密)

 

変態的な恋心…川口息吹が同じチームで出場している時、コントロールとパワーが大幅に上がる

ホップアップ◎…バックスピンの多くかかったストレートを投げる

キレ〇… 変化球が打者の近くで変化する

愛のアベック砲…川口息吹が同じチームでホームランを打った後の打席でミートとパワーが非常に上がる。

 

 

・山谷彩(3年/投外内/右右/聖カメリア学院高/山口)12番

 

弾道:2

ミート:B

パワー:C

走力:C

肩力:B

守備範囲:B

エラー回避:C

 

球速:B

コントロール:B

スタミナ:C

変化球:カットボール5、スライダー3、シンカー3

 

牽制〇…牽制球を投げるモーションが少し素早くなり、悪送球しづらくなる

緩急〇… 速い球の投球後に遅い変化球、またはその逆の順で投げた際、ストレートは見た目の球速が上がり、変化球は変化し始めが遅くなる

 

 

・大野亜由子(2年/投外/左左/大阪桜雅高/大阪)13番

 

弾道:2

ミート:D

パワー:C

走力:C

肩力:B

守備範囲:D

エラー回避:C

 

球速:B

コントロール:B

スタミナ:B

変化球:シンカー6、スライダー4、カーブ3

 

奪三振姫…2ストライクに追い込んだ時、球速が上がる

逃げ球…失投時、ど真ん中にいきづらい

 

 

・伊藤美亜(2年/内/右右/城東高/高知)14番

 

弾道:2

ミート:A

パワー:D

走力:B

肩力:D

守備範囲:C

エラー回避:C

 

ラッキーガール…幸運なことが起こるかも?

代打〇…代打として入った時、ミートとパワーが上がる

芸術的な流し打ち…流し打ちした時、ヒットになりやすい

 

 

・田崎真智子(2年/投外内/右右/本部海洋高/沖縄)15番

 

弾道:2

ミート:D

パワー:B

走力:D

肩力:A

守備範囲:C

エラー回避:C

 

球速:A

コントロール:D

スタミナ:S

変化球:ツーシーム5、カットボール3、パワーカーブ3

 

鉄腕…怪我に強く、調子を維持しやすい

ガソリンタンク…スタミナの回復が早い

四球…ボールカウント3になるとコントロールが下がる

一発…失投時ど真ん中にいきやすい

 

 

・岡本美穂(2年/内/左左/旭川学園高/北海道)17番

 

弾道:3

ミート:A

パワー:B

走力:C

肩力:D

守備範囲:D

エラー回避:C

 

内角必打…内角球の時、ミートとパワーが大幅に上がる

 

 

・穴吹芽衣(2年/外/右右/星光学院高/栃木)18番

 

弾道:3

ミート:B

パワー:A

走力:C

肩力:B

守備範囲:A

エラー回避:B

 

雨女…野外球場で雨になりやすい

固め打ち…2安打以上打つと、次の打席からミートが大幅に上がる

 

 

・青木玲奈(2年/内/左両/須崎高/長崎)21番

 

弾道:2

ミート:A

パワー:C

走力:B

肩力:C

守備範囲:B

エラー回避:C

 

チャンスメーカー…走者無しの時、ミートが上がる

 

 

・宇田川瑠菜(1年/投/右左/葛飾農業高/東京)22番

 

弾道:1

ミート:E

パワー:E

走力:D

肩力:A

守備範囲:D

エラー回避:C

 

球速:A

コントロール:D

スタミナ:D

変化球:カットボール4、パームボール3、スプリット1

 

対ピンチ△…得点圏にランナーがある時、球速と変化球のキレが下がる

若い速球派…ここぞという1球の時、球速が非常に上がる

 

 

・平沢萌恵(2年/内/右右/仙台高/宮城)23番

 

弾道:2

ミート:B

パワー:D

走力:A

肩力:D

守備範囲:A

エラー回避:A

 

盗塁〇…盗塁時、走力が上がる

逃げ足◎…挟殺プレーに持ち込まれた時、走力が非常に上がる

 

 

・睦月久乃(1年/投外/左左/五島高/長崎)25番

 

弾道:2

ミート:C

パワー:D

走力:D

肩力:C

守備範囲:C

エラー回避:B

 

球速:C

コントロール:B

スタミナ:D

変化球:カットボール7、チェンジアップ5

 

ゴロピッチャー…投手の時、相手にゴロを打たせやすい

抑え〇…セーブの条件を満たす可能性がある時、コントロールと変化球のキレが上がる

 

 

・山崎摩利(2年/内外捕/右右/能登工業高/石川)26番

 

弾道:2

ミート:B

パワー:B

走力:D

肩力:B

守備範囲:D

エラー回避:C

 

キャッチャー〇…味方投手の能力を引き出す

送球〇…各塁への送球時、球が逸れにくい

 

 

・近藤唯(2年/捕/右右/東雲高/茨城)28番

 

弾道:2

ミート:E

パワー:C

走力:D

肩力:F

守備範囲:D

エラー回避:B

 

キャッチャー◎…味方投手の能力を最大に活かせる

送球速度✕…各塁への送球時、送球速度が遅くなる

 

 

 

 

・高槻夜亜(2年/捕/右右/東祥大東祥/神奈川)3番・途中離脱

 

弾道:2

ミート:C

パワー:C

走力:C

肩力:B

守備範囲:D

エラー回避:C

 

キャッチャー〇…味方投手の能力を引き出す

広角砲…あらゆる方向へ強振して打ち分けられる

 

 

・石田彩花(1年/内外捕/右右/桜花朔莉高/福岡)5番・途中離脱

 

弾道:2

ミート:C

パワー:D

走力:D

肩力:B

守備範囲:C

エラー回避:C

 

キャッチャー〇…味方投手の能力を引き出す

左腕キラー…相手投手が左投げの時、ミートとパワーが大きく上がる

 

 



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第43話 国際親善試合

 

木製バットは、金属バットよりも消耗が激しい。

 

本来なら用品の多くは自分で用意する必要があるものの、木製バットだけは協会が用意してくれるらしい。

何故かと言うと…国際大会は金属バット禁止なのだとか。

 

練習用に様々な形と材質の木製バットが用意され、その中から自分に合った形と材質を選んでいく。

 

さらに、試合球も日本の球より少し大きく、投手陣はコントロールに苦労している。

 

さて、そんな中で私の投球で高槻さんが一応病院送りになった後に、移動中転倒。右肘を骨折する。

さらに石田彩花さんも階段から転げ落ち、左足の重度の捻挫。

この2人が戦線を離脱した。

 

それに伴い、長本監督はチームの方針転換を余儀なくされる。

 

そこで、星光学院から2年生の穴吹芽衣さん、木更津商業から3年生の藤堂雨音さんの外野手2人を追加招集。

 

指名打者制度をより有効に使うための外野手を増員した形だ。

 

これで専業捕手が2名と兼業捕手1名の3人捕手体制が確立…まぁ監督の初期構想では専業捕手3名と兼業捕手2名で、捕手にも代打を送れる体制を作りたかったらしい。

 

 

何はともあれ、今までとは違う試合環境になれるべく、練習に励む。

 

私もストレートだけとはいえ、国際試合球で投げ込みを行う。

 

………?

 

「息吹ちゃん、どうしたの?」

「うーん。なぜみんなコントロールを失うのかがちょっとよく分からなくて…」

 

私のストレートは思うようにストライクゾーンに入っていく。

 

「ジャイロとか変化球試して見たらどうかな?変化球は変化が人によって変わるってこともあるから…」

「そうね、やってみるわ」

 

ジャイロの基本、フォーシームジャイロ。

ネットに向かって投げ込む。

 

「すごい…」

 

ジャイロボールは綺麗にネットに記されたストライクゾーンに飛び込んだ。

 

「変化球主体の投手は変化の違いで苦しむんだけど…」

「ジャイロボールは、多分回転軸が水平だからかもしれないわね。スプリットを試してみるわ」

 

スプリットは案の定制球が定まらず。

詠深のあの球は意外にもより鋭くなった。

 

「これは意外と…」

「息吹ちゃんのコピーで良くなるってことは、ヨミちゃんのあの球も良くなるってことだよね?」

「そうね…まぁヨミが国際試合球で投げることはないと思うけど…」

 

魔球デスサイズがヘルデスサイズになる感じ?

とはいえ、新越谷の現行の戦力を考えれば、よっぽどのくじ運のなさがなければ春の選抜は選出される可能性が高い。

 

何故かと言うと、春の選抜に対するシード権が代表に選出された選手(3年生を除く)の所属校に与えられるから。

穴吹さんの星光学院と伊藤さんの城東の2校は順当に勝ち上がってシード権使わないはず。高槻さんの東祥大東祥は流石に壮行試合数打席しか出ないでシード権を主張するほど顔の厚い高校ではないし、歴史に恥じる行為だとシードを返上すると思う。

そうなると、高校としてまとまった戦力のあるチームは梁幽館・大阪桜雅・福島大耀・新越谷の4校くらいなもの。シード権は変則リーグ制で各校が5戦して勝ち点や得失点などで争う。

そんなわけで、5戦で強豪と多く争うことは、くじ運がよっぽどの状態だということ。

 

そして、甲子園出場校の中から選ばれるU-18の国際大会選抜チームが編成される。この冬に覚醒すれば、詠深だって選ばれる可能性は十分にある。その時に投げるのはこの試合球だ。

 

「やっぱり有り得るかもしれないわね…特にDH制がある分、詠深の欠点の打撃は無視できるもの」

「U-18のこと?」

「そうよ」

 

単純に投球だけを考えれば、詠深の投球フォームの修正さえ出来れば光ちゃんを上回る可能性すら秘めている投手。思わぬ伏兵ね。

 

 

 

 

練習期間を終えて、9月19日。

国際親善試合を迎える。

相手はニュージーランドのU-17代表。

 

こちらのスタメンは以下の通り。

 

1 清藤奏子(三)

2 川原光(左)

3 川口息吹(中)

4 楠川由梨(遊)

5 岡本美穂(一)

6 岡田怜(指)

7 小林依織(捕)

8 平沢萌恵(二)

9 藤堂雨音(右)

投手 田崎真智子

 

早速追加招集の藤堂さんを投入して、怜先輩を指名打者として起用した。

投手は田崎真智子さん。右腕の鉄腕で、完投余裕なスタミナを誇る。

 

ニュージーランドはここ数年の世界ランキングでは20~30位を行ったり来たり。世界ランキング2位につけている日本の敵ではない…と言いたいところだけど、ニュージーランドはU-15では世界ランキング上位に食らいついてくることが多い。今回も注意しなければ、食われるのはこちらかもしれない。

適度な緊張感のある相手である。

 

ホームで迎える主催試合であるため、桜ジャパンが後攻。

私たちは守備に散る。

 

プレイボール。

 

1回の表、ニュージーランドの攻撃。

1番と2番は凡退に抑える田崎さんだったが、3番に四球を選ばれて2アウト一塁。さらに4番にも連続して四球を出すと、2アウト一二塁のピンチに早変わり。

 

5番打者に田崎さんはパワーカーブ主体に押していく。だが、5番が粘りに粘る。

国際大会ではカット打法は禁止されてないどころか、投手に対して投球数制限があるので、エースを下げさせるために実行することは無くはない。

スリーボールになった後もボール球すらもカットされるため、球数が嵩む。

 

投手の投球数制限は、一試合に50球を超えた投手は中4日で、100球を超えた投手は中10日の登板制限が課せられる。

今回は国際親善試合なので投球数制限は無いものの、3日後にはアジア予選が始まることも考えればエースは早い段階で下げられる…とニュージーランド側は読んでいる様子。

さらに、ニュージーランド側からすれば、世界ランキング上位の日本が揃えた投手を相手にカット出来たという自信を選手に与えられる。一石二鳥ね。

 

ま、田崎さんの場合、100なんて準備運動よね。トリプルヘッダーを三連投して一日382球投げたこともあるらしいし。

……この人の肩、強いって意味で壊れてるわね。

 

最終的に、5番打者は9球目で空振りして三振、スリーアウト。

 

 

 

1回の裏、日本の攻撃。

 

1番、清藤さん。

 

強振したバットの下にボールが当たる。

日本のストレートと違って、バックスピンが綺麗にかかっていないことが多く、いつものストレートと思って振るとボールの上を叩くことが多い。

しかも、金属バットよりもスイートスポットが狭い木製バットなら尚更。

 

だけど、フルスイングにもっと飛ぶと思っていたのか、ニュージーランドの守備は一瞬停止。その一瞬が命取り。一塁に駆け込んだ清藤さんはセーフ。

 

 

2番、光ちゃん。

 

打ってよし小技でよし…と長本監督の求める2番の素質を十分に備えた光ちゃん。

長本監督のサインは四球を狙いつつの打撃。

 

だけど、ストライクカウント先行のピッチャー有利なカウント。1-2から3球粘る。ボールが入って2-2の並行カウントへ。

でも、私的には2ストライクが入った時点で並行カウントじゃなくてピッチャー有利だと思うのよね。

さらに2球粘ってからボールが再び入りフルカウントへ。

11球目、フルカウントに粘られたニュージーランドの先発投手は焦って失投。

光ちゃんはど真ん中のその球をセンター前に弾き返す理想的な単打を放って、ノーアウト一二塁に。

 

 

3番、私。

 

最近の研究では、4番に最強打者を置くよりも3番に最強打者を置く方が得点力は上がるとも言われることもあるほど、3番という打順も大事な打順だ。

さらに、後ろには楠川さんもいるから勝負を避けられることは少ない。

 

…私にとって最高なステージね。

 

ノーアウト満塁で4番に回したくないニュージーランドバッテリーは、初球低めのスプリット。これはボール。

 

2球目、内角手元の球に私はコンパクトな強振。芯で捉える。

振り切った当たりが大きな弧を描く。

レフトがフェンス際で振り向いて上を向く。

落下点か…と誰もが思ったかもしれないけど、私は目もくれずに歩いてダイヤモンドを回る。手応えがホームランだった。

特大アーチは滞空時間7秒というすごい高いアーチとなった。

スリーランで3点を先制する。

 

 

4番の楠川さんがツーベースヒットで続くと、5番の岡本さんがライト前ゴロで進塁打となる。

 

 

6番、岡田怜。

ワンアウト三塁のチャンスで、打点マニアが登場。

決してホームランバッターではないけど…勝負強さは多分このチームでも1番だと思う。

そして、期待を裏切らない結果で応える。

ライト線フェンス際へのタイムリースリーベースで1点を追加する。走塁でも、怪我の影響を見せない快走を見せ、観客席を沸かす。

 

 

7番の小林さんはセカンドゴロ、8番の平沢さんはセンターフライで、スリーアウト。

 

 

 

2回の表、ニュージーランドの攻撃。

 

6番打者は三振。

7番打者は四球で出塁。

 

8番打者を迎えたところで、二盗を仕掛けてくる。

だが、日本の小林依織は依織バズーカと呼ばれる強肩。簡単に盗塁は許さない。刺殺して、ツーアウト。

8番打者はレフトフライを打ち上げ、光ちゃんが確実に捕球してスリーアウト。

 

 

 

2回の裏、日本の攻撃。

 

9番、藤堂さん。

藤堂さんは追加招集なのもあるのか、守備専門外野手。打撃は、強豪校の中ではベンチ入り出来るかどうかの瀬戸際な選手。

 

三遊間を抜く、ヒット性の当たりを出すもショートのファインプレーでショートゴロに。ワンアウトノーラン。

 

 

1番、清藤さんは四球で出塁。

 

 

2番、光ちゃん。

ストレートをライト奥へ打ち上げてライトフライに。

タッチアップで清藤さんは三塁へ。ツーアウト三塁。

 

 

ニュージーランドベンチは3番の私と4番の楠川さんを申告敬遠にするようだ。

 

 

ツーアウト満塁のチャンスで巡ってきた5番の岡本さん。

痛烈な当たりも、サードライナーでスリーアウト。

 

 

 

 

 

3回、4回、5回と、ランナーは出るものの点に結びつかず。

4-0のまま。

 

既にニュージーランドは3人目の投手を投入しており、こちらの交代は9番の藤堂さんに出された代打で途中招集の穴吹さんが出ただけ。

…まぁ9番の打順にノーアウト満塁になったので、代打を送ったのだが、慣れない木製バットと代表戦というプレッシャーからトリプルプレーとなるピッチャーゴロを打ってしまった穴吹さんだったが。

ちなみに、同じ高校の主将である楠川さんに肩を叩かれて「帰ったら、特訓メニュー、組むね」と怖い笑みで言われていた。

 

 

 

6回の表もノーヒットで抑え、ノーヒットノーランまであと1イニングとなった田崎さんの力投から、裏の攻撃は1番からの好打順。

 

1番の清藤さんは惜しくもツーベースかと思いきや、送球が早く、一二塁間で挟殺プレーとなって単打でアウトとなる。

 

 

ワンアウトノーランで、2番の光ちゃん。

サードに転がすセーフティで出塁。ワンアウト一塁。

 

 

3番の私と、4番の楠川さんが申告敬遠される。ワンアウト満塁。

5番の岡本さんは今日打てていないので、ここに代打が送られる。5回のトリプルプレーが頭によぎる。

代打は伊藤さん。

だが、ショートフライに倒れる。

 

 

6番、怜先輩。

ツーアウト満塁で回ってきた怜先輩の打席。

もちろん打点マニアの怜先輩は左中間を抜く長打で3打点を上げる。

 

 

その後、小林さんが凡退してチェンジ。

7-0で追いかけるニュージーランドの最後の攻撃をも3人で抑えた田崎さんはノーヒットノーランを達成した。

7投球回、投球数は134、10奪三振の完投勝利だった。

 

 

 



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第44話 アジア予選Bブロック

 

 

U-17桜ジャパンの先発陣を紹介する。

元々は田崎真智子さんと大野亜由子さんの2人エース体制に加えて、3番手の先発に山谷彩さんを、4番手に宇田川瑠菜さんを候補にあげた。

 

そして、右の抑えに私、左の抑えに睦月久乃さんを。

さらに、右のリリーフに風間花詠さん、左のリリーフに光ちゃんを。

それぞれ名前を上げた。

 

また、日程調整のためにリリーフ陣にも先発機会があるかもしれないこと、先発ローテの順番次第でもリリーフの可能性はあると言うことも話してはいたけど。

 

さて、とうとう迎えるアジア予選。

日本はアジア予選をシードで予選本戦に出場している。ちなみに、アジア予選本戦のシードは日本と韓国の2カ国で、くじ引きの結果、韓国がAブロック、日本がBブロックだ。

 

さて、そんなBブロックのメンツを紹介するわね。

 

日本、中国、フィリピン、スリランカ、タイ、インドの6カ国。

この中から3カ国が本線に出場出来る。

 

ちなみに、各地域の出場枠は以下の通り。

アジアが6、南北アメリカが10、ヨーロッパが9、アフリカが2、オセアニアが4+1。オセアニアは4枠だけど、開催国枠のオーストラリアを含めると+1になる。

 

そんなわけで、アジア予選本戦のBブロックは死の組とも言われている。

いや、日本にとっては全員勝って当たり前の相手なんだけど…フィリピン、スリランカ、タイ、インドの4カ国は、日本や韓国や台湾や中国といったアジア四強の次に位置する第2グルーブ。どこが勝つか分からない混戦模様なのだ。

だからこそ、日本や中国相手にもなるべく失点しないような試合をしてくることは間違いない。

日本はいかにしてそれを突き崩して点を取るかが課題…まぁ…その……まぁアレよ、ニュージーランドの方がよっぽど強いから。

 

そんなわけで、私たちはアジア予選に突入した。

 

この時、長本監督からとある指示が出された。

それは、試合で本塁打を意図的に打たないこと。いや、正確には本塁打を打った次の試合はスタメンを外すと言われた。どのような意図があったのかは分からないけど…

 

初戦はスリランカ。

全力で打つといつまでもイニングが終わらなそうな重厚打線と、大野さんの85球での完全試合が噛み合って11-0の勝利。

 

2戦目のインド戦。

1回2回で5点ずつ取ったあとは適当に流していたら、先発していた山谷さんがいきなり繋がった当たりを打たれ、流石に気を抜きすぎたかとみんなが気を引き締め直したところ、5回6回で合わせて13点をもぎ取り23-1で勝利。

 

3戦目はタイ。

4番手先発の宇田川さんがところどころ危ないシーンもありながらも、楠川さんの予選初ホームランなどで11-4で勝利。

ただし、これで4戦目の楠川さんのスタメンが消える。

 

4戦目はフィリピン。昔は日本を下すこともあった古豪ではあるけど…うん、お察しください。

先発は予備の先発として名前が上がっていた光ちゃん。

光ちゃんの打たせてとるスタイルがハマって完全試合となり、9-0で勝利。

 

 

そして、アジア圏で四強の1つである中国を迎える。

 

とはいえ、中国の野球事情はアジア四強に数えられてはいるものの、他の四強と比較すると大きな壁がある。正確には三強プラスワンなのだ。

 

具体的に言うと…多分、新越谷が夏の県大会3回戦で当たった馬宮クラスの実力しかない。だいぶ格下ではある。

 

そんな中国戦で、私は初のDHに指名される。

 

多分、私の打撃力と抑えとしての能力を最大に活かす方法の1つとして試しているのだと思う。

 

スタメンは以下の通り。

 

1 青木玲奈(一)

2 伊藤美亜(三)

3 川口息吹(指)

4 楠川由梨(遊)

5 岡田怜(中)

6 平沢萌恵(二)

7 小林依織(捕)

8 藤堂雨音(右)

9 山崎摩利(左)

先発 田崎真智子

 

3番、4番、5番(クリンナップ)の並び順が定着した桜ジャパン。

現在、壮行試合からの通算成績で、打点トップはなんと怜先輩。6試合22打点のイカれた成績。2位は私で13打点、3位は楠川さんで11打点である。

 

後攻の日本は守備につくけど、私は指名打者なのでベンチでくつろぐ。

アジア予選Bブロックの会場は日本なので、それなりに球場の施設はしっかりしており、クーラーが体を冷やさないくらいに緩くかかっている。

 

1回の表、中国の攻撃。

1番、2番、3番と共に凡退で直ぐにチェンジ。

 

 

 

1回の裏、日本の攻撃。

 

1番、青木さん。

2-2まで粘ってショートゴロ。

ワンアウト。

 

 

2番、伊藤さん。

 

伊藤さんは、成績に加味されない特筆するべき特徴がある。

彼女の打球はイレギュラーバウンドや野手のミスなど、相手の失策(エラー)FC(フィールダースチョイス)(野手選択)が異様に多い。そのため、実際の出塁率以上の出塁率を誇る。

他にも彼女の打席では、フルカウントになった時は四球になりやすい傾向や、失投率が高かったり、『ラッキーガール』なのだ。

 

それは、世界でも起こる。

 

3球目、レフト前安打で単打となると予想された打球。落ちた瞬間にいきなりファールエリア方向に大きなバウンド。そのまま観客席に入っていったので、エンタイトルツーベースとなる。これも、ラッキーガールのひとつの形ね。

ワンアウト二塁。

 

 

3番、私。

 

後ろには楠川さんと打点マニアがいるので、敬遠はない。

中国相手に遠慮は無用と長本監督は言っていたので、遠慮なくレフトの頭を超えるアーチを放る。

ツーランホームラン。2-0で先制。

 

 

4番楠川さんと5番怜先輩は申告敬遠される。

ワンアウト一二塁。

 

 

6番、平沢さんには犠牲フライのサイン。

きっちりと仕事をする平沢さんのフライはライト奥に。

楠川さんはホームイン。快足怜先輩は際どいタイミングだったけど、捕手がボールをこぼしてセーフ。4-0。

 

 

7番、小林さん。

こちらには打順調整の出塁をサインで求められる。

次の8番は藤堂さんなので、打撃は期待できないためだ。

粘って粘って四球となり、一塁に出塁する。

 

 

8番の藤堂さんはレフトにフライを打ち上げて、スリーアウト。

 

 

 

2回の表、中国の攻撃。

 

4番を三振、5番をショートフライに打ち取るも、6番にライト前安打を打たれる。

7番はセカンドゴロでスリーアウト。

 

 

 

2回の裏、日本の攻撃。

 

9番、山崎さん。

 

今日の山崎さんは本職のキャッチャーではなく、レフトの守備についている。

 

今回の打順には面白くて単純な戦術で組まれている。

 

まず、9番、1~3番は、9番、1番、2番で出たランナーを安打で返す3番という意味が込められている。

 

そして、5~8番は犠牲フライ狙いの得点力打線。5番が出塁、6番が送るか安打、7番で犠牲フライ、6番安打の場合は8番も犠牲フライ…という感じ。

怜先輩が確実に出塁するには、得点圏にランナーを置く方が打率は良いので、その前には4番楠川さんがいる。いつも9番の藤堂さんが8番に置かれたのは、安打を打つのは期待値の低い藤堂さんだけど、フライを打つのは結構多いため。

 

そして、これが上手くいくと、おおよそ3~6点は取れるというわけ。初回はこれがハマって4点を取れた。

 

さて、山崎さんも安打を安定して生産できる打者ではある。

とはいえ、打率1.00なんて基本ありえない。

サードフライでワンアウト。

 

 

1番、青木さんは意表を突いたセーフティで出塁。

2番、伊藤さんはショートライナーとなるも、捕球エラーでワンアウト一二塁。

 

 

チャンスで回る私。

ライト線に飛ばして、タイムリー安打となる。

 

 

ワンアウト一三塁で、4番楠川さん。

中国は守備のタイムを取って、バッテリーと内野手と監督コーチを交えて何かを話す。恐らく、この場面で楠川さんと怜先輩をどう処理するか…それが問題となっているのだろう。

 

今回の予選Bブロックでは、上位3チームが本戦のグループリーグへと進む。

そして、4チーム毎のグループリーグの振り分け方が予選の順位で決定されるので、なるべく高順位で抜けたいのが中国の意思。

だけど、Bブロックではタイとインドが中国相手に善戦したことで、中国のBブロック2位通過が危うい。

今日、日本に中国が負けた場合、一足先に全試合を終了しているタイとの得失点差勝負となる。タイと中国の得失点差は試合前で9点。中国はこの日本戦で点差が9点の状態で負けると、今度は直接対決の結果になるためタイが2位通過となる。つまり、中国はこの試合で点差を8点以下に抑えたい。

 

そして、2回の裏、ワンアウト一三塁で日本が5点のリードをしている中、打順は4番の楠川さんと5番の怜先輩と続く。

 

中国に許される得点差は後3点。共産党の期待を背負った彼女たちに、こんな序盤で貴重な点を自ら押し出しで与えるのは許されない行為であった。

 

楠川さんは逃げ気味のボール球をセンター前に弾き返す悪球打ちでタイムリー。

 

 

ここで、妥当に敬遠しておけばまだ希望は繋がったろうに…

ワンアウト一三塁で続く怜先輩はライト線のフェンス際に特大のアーチを打ち上げ、野外球場特有の突風もあって、高校初本塁打となる。

得点が9-0となる。

 

 

急速に士気の削がれた中国を相手に31-0の滅多打ちで、日本は予選Bブロックを全勝で1位通過を果たした。

 

 

 

ちなみに、6回の裏で全員がピッチャーゴロを打ったのはわざと。長本監督が「もう面倒だからピッチャーゴロ打て。ピッチャーゴロ以外打ったら1日の水分補給は激苦健康茶な」と言ったためである。ちなみに、4人全員がピッチャーゴロだったけど、伊藤さんは例によってエラーで出塁してしまったうえ、続く私のピッチャーゴロで二塁まで進んでいる猛者である。

このチームで一番ヤバイのこの伊藤さんよね…光ちゃんと同じような小さくて愛くるしい体躯なのに、このラッキーガールは異常だよ!



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第45話 ひとときの休憩

 

U-17国際平和記念野球大会本戦に出場するチームが10月の中旬頃、確定した。

 

アジア 6

Aブロック:韓国、台湾、フィリピン

Bブロック:日本、タイ、中国

 

南北アメリカ 10

Aブロック:ドミニカ、キューバ、アルゼンチン

Bブロック:カナダ、メキシコ、コロンビア、プエルトリコ

Cブロック:アメリカ、パナマ、ブラジル

 

ヨーロッパ 9

Aブロック:オランダ、ドイツ、スウェーデン

Bブロック:スペイン、イギリス、チェコ

Cブロック:イタリア、イスラエル、フランス

 

アフリカ 2

南アフリカ、ジンバブエ

 

オセアニア 4

Aブロック:グアム、アメリカ領サモア

Bブロック:ニュージーランド、パラオ

 

開催国枠

オーストラリア

 

 

本戦の抽選会のネット中継を新越谷の部室で見ていた芳乃が眉を顰める。

 

「これって…日本のグループリーグ、死の組だよ…」

 

グループリーグの抽選は予め決められた方式で行われる。シードのように、強いチームが分散するように決められている。

予め決められた4つの集団の中で、被らないようにA~Hグループに振り分けられ、それが4集団分で1グルーブ4チームでリーグが構成される。

 

第1集団が、アジア予選ABブロック1位、南北アメリカ予選ABCブロック1位、開催国オーストラリア、ヨーロッパ予選ACブロック1位の8チーム。

第2集団が、アジア予選Aブロック2位、南北アメリカ予選ABブロック2位、ヨーロッパ予選Bブロック1位、ヨーロッパ予選ABブロック2位、オセアニア予選ABブロック1位の8チーム。

第3集団が、アジア予選Bブロック2位、南北アメリカ予選Cブロック2位、南北アメリカ予選BCブロック3位、ヨーロッパ予選Cブロック2位、ヨーロッパ予選Bブロック3位、アフリカ予選1位、オセアニア予選Aブロック2位の8チーム。

第4集団が、アジア予選ABブロック3位、南北アメリカ予選Aブロック3位、南北アメリカ予選Cブロック4位、ヨーロッパ予選ACブロック3位、アフリカ予選2位、オセアニア予選Bブロック2位の8チーム。

 

まずは第1集団がくじを引く。

くじを引くのは各国の監督だ。

 

 

 

グループA

イタリア、ニュージーランド、南アフリカ、ジンバブエ

 

グループB

ドミニカ、ドイツ、イスラエル、フィリピン

 

グループC

オランダ、キューバ、チェコ、中国

 

グループD

アメリカ、イギリス、コロンビア、プエルトリコ

 

グループE

オーストラリア、スペイン、アメリカ領サモア、フランス

 

グループF

韓国、メキシコ、ブラジル、スウェーデン

 

グループG

カナダ、グアム、タイ、アルゼンチン

 

グループH

日本、台湾、パナマ、パラオ

 

 

 

芳乃が死の組と評したのは、日本にとってではなく、台湾とパラオにとってだ。今年の台湾とパラオはグループリーグ突破を目指せる戦力があった。だけど、日本の予選の出来を考えるとグループリーグ突破は難しいだろう。

そして、グループリーグ敗者復活戦に出れるのはグループリーグ2位のみ。パラオと台湾はグループリーグ2位争いで片方が敗退するのが確定しているのだ。

 

「台湾は投手陣が良いらしくて、韓国相手に3失点に抑えてるよ!パラオはニュージーランドに1点差で負けたけど、投手力のチームみたいだね!」

「どっちもも強そうだぜ…」

「あんたじゃあ打てなそうね」

「でも、レベル的にはいい相手かもしれないわね、私たちにとっては」

 

二遊間コンビの苦笑いを呼びそうなやり取りに、理沙先輩が冷静に分析する。

 

「言うなれば、せいぜい県大会クラスってことだね」

「私の球でも通じるかなぁ、ねえ、タマちゃん?」

「まぁ…国際試合球だから、その調整がきちんと出来たらね」

「ヨミちゃんは来年のU-18に呼ばれる可能性あるから、覚悟した方がいいよ!」

 

芳乃が珠姫と詠深に、春大出場への算段を話す。

 

「そっか…春の選抜に出場出来たら、U-18桜ジャパンの選考候補だもんね〜。でも、私が呼ばれるのかなぁ〜?」

「国際大会は指名打者制度があるから、ヨミちゃんも結構いい線行ってると思うよ!今回のU-17は、多分元々は招集人数の少なさを連投制限中の投手を外野手に起用する運用方針だったから…ね」

 

まぁ打撃を無視しても、今の詠深なら良くて宇田川さんのポジション…4番手先発かな。

 

新越谷の面々は、人数不足に伴う対外試合不可能で、公式戦を含む全ての試合を中止している。その分、各個人の問題点や課題点の克服に力を注いでいる。

 

詠深はフォーム改更と新変化球の習得。

珠姫はリードの複雑化と打撃力向上。

希は筋トレによる長打力向上。

菫は復調と体力トレーニング。

理沙先輩は球速・制球向上と芯を捉える能力の向上。

稜は出塁率向上のための左打ち特訓。

白菊はミート力向上。

芳乃は体力トレーニングと筋トレ。

 

菫のリハビリメニューと芳乃のメニューをほぼ同一化することで、菫の体調への配慮もしている。

理沙先輩と白菊と稜と希の4人は藤井先生の配球で動くピッチングマシンを相手に実戦形式の打撃練習。

 

 

そして、何より喜ばしいことに、新越谷の野球部にバスを初めとした多数の設備が配備されました!

決め手はもちろん日本代表に3人も選ばれたこと!

 

これを機に学校側も態度を改めることとなった。まだ2年生や3年生とはギクシャクしてはいるけど、これは大きいわね。

ちなみに、日本代表で私たちが活躍していることもあってか、新越谷野球部に寄せられる寄付金はうなぎ登りらしく、藤井先生が嬉々として手足のように操っているエアー式ピッチングマシンも新たに購入している。

 

「それにしても…良くもまぁHグループには日本の関係国が集まったわね」

 

パラオの野球は委任統治領時代に日本から伝来したもので、現地でもベースボールではなく「ヤキュウ」と呼ばれている。日本語らしき言葉が多数残っているのも面白いところで、「ダイジョウブ」「ベンジョ」「デンキ」「デンワ」などなど、全く同じ意味の言葉もあるほと。しかも、パラオの球場のスコアボードの回を記しているところには漢数字が書いてあるらしい。ちなみに日本以外で唯一日本語を公用語の1つに定めている国でもある。

台湾も言わずと知れた日本の元海外領土。特に有名なのは1931年の夏の甲子園で台湾代表が決勝まで勝ち上がったこと。もちろん野球も日本由来。オリンピック金メダルもとったことのある台湾は、一躍アジアの野球強国として日本、韓国に次いで名を馳せている。

パナマはさすが違うけど。

 

「そうだね。特にパラオは人口少ないのに、良くこれだけの選手が揃ったよね。確か2万人だったかな?」

「確か、ほとんどの人が親戚で、「あの人知ってる?」「あぁ、いとこだよ」ってなるらしいわね」

 

まぁ極論、血筋を辿れば誰もがみんな親戚だ…とはいえ、パラオの今回のチームの出来は異常。ニュージーランドと得失点差で迫るなんて…ね。

 

「順当に行けば、本戦トーナメントの初戦はカナダね」

「確かカナダは守備の堅いチームだったよ」

「柳大川越を思い出すわね」

「イメージは同じだよ!速球派と軟投派の2エースを上手く使ってるみたい」

「投手戦かぁ…となると、カナダ戦には大野さんを当てるのかな…」

「田崎さんって失投することが多々あるもんね。今のところ相手のレベルが低いことと、ラッキーが重なって誤魔化せてるけど」

 

芳乃の言う通り、純粋な投手能力では田崎さんより大野さんの方が良い。

田崎さんの良い点はとにかく球数が伸びても同じ調子で投げ続けられること。

防御率や被打率などでは大野さんの方が優秀なのだ。

 

「ねえねえ、せっかくお休みなんだし、クレープ食べに行かない?レイクタウンの池の方にクレープのキッチンカー来てるんだ〜」

「そうね、全員集合!これからクレープ食べに行くわよ!私が奢るわ」

「やった〜理沙主将代理、ゴチになります!」

「私チョコバナナがいいなぁ!」

 

ちなみに理沙先輩の懐が温かいのは、試合のないこの時期に単発のバイトを上手くこなしているから。

 

久々に揃った新越谷野球部は、連れ立って部室を後にした―――

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

10月14日。

再度招集されたU-17桜ジャパン。

アジア予選の会場は日本だったけど、とうとうこの日、世界へ羽ばたく日が来た。

 

多くの報道関係者やファンが詰めかける成田空港。

チャーター便に乗り込む私は、そっと光ちゃんの手を握る。

 

「笑って手を振って応えられる様な結果を残して来ましょう」

「うん、一緒なら、アメリカ相手でも勝てると思うよ」

 

光ちゃんの笑みに、幸せな気分になりながら、飛行機は離陸した。

 

およそ10~11時間の空の旅。

 

チャーター便は、前が通常配置のフルフラットシートとなっており、後ろがスタッガード式フルフラットシートとなっている。選手監督コーチのほとんどは後ろ側のスタッガード式フルフラットシートにいる。

まぁ私と光ちゃんは前の通常配置のフルフラットシートにいるんだけど。私たちみたいなカップル用途には向いているシートなのだ。

 

ちなみに、帯同するスタッフも、スタッガード式フルフラットシートの方に行っているので、付近にはせいぜいCAのお姉さんくらいしかいない。

 

だから、私と光ちゃんは思う存分、空の旅の間の時間いっぱいに使ってイチャイチャし続けるのであった。

 

なお、降りる時にCAのお姉さんからジト目で見られたのは気の所為でないと願いたい。

 

 

 

 

 



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第46話 交流

U-17国際平和記念野球大会の本戦グループリーグは10月29日の開会式後、各グループリーグはおよそ1ヶ月に6試合試合のペースで行われている。その試合間隔はおよそ5日~6日で、抽選時の集団が上位であればあるほど試合間隔に便宜が図られる。日本は第1集団なので、中10日近い試合間隔が得られている。

 

逆を返すと、日本は初戦スタートなのだ。

 

10月31日、Hグループの初戦。

日本対パナマが夕刻から始まった。

 

オーストラリアの紫外線の強さは尋常でない。春のこの時期でも東京の夏より強いとも言われるほどには、オーストラリアの紫外線はバカにできない。

そんなわけで、この大会ではナイターを基本とすると大会要項に記されている。

試合開始は17:00である。

 

試合間隔の話があったので、投球制限についても触れる。

 

アジア予選では50球で中4日、100球で中10日の投球制限が課せられるという話はした。

本戦においては少し違う制限がかけられており、30球で中3日、60球で中5日、90球で中7日の制限となっている。最大投球数には制限はかけられていない。

日本はグループリーグでは3試合の間には11日の中日があるので、投球制限は無視して投手を起用できる。

 

 

そんな日本のオーダーがこんな感じ。

 

1 青木玲奈(一)

2 平沢萌恵(二)

3 岡田怜(中)

4 楠川由梨(遊)

5 岡本美穂(指)

6 穴吹芽衣(左)

7 清藤奏子(三)

8 山崎摩利(捕)

9 藤堂雨音(右)

投手 大野亜由子

 

岡本さんは久々のスタメン。

怜先輩も足を活かせる3番。

平沢さんも上位打線での出場は久々か。

捕手は打撃好調の兼任捕手の山崎さんがスタメンマスクを被る。

 

この日は継投での完全試合と、打撃が重なり、26-0で勝利する。

 

なお、1試合3本塁打を放つ活躍を見せた楠川さんと、代表初本塁打を放った穴吹さんの星光学院アベック砲が炸裂。

さらに新越谷の打点マニアこと怜先輩も5打点をマーク。光ちゃんと私も代打で途中出場して、光ちゃんは2打点。私はと言うと…敬遠2回とライトフライという残念な結果に終わった。

 

とはいえ、大事な初戦に大勝した私たちは中11日後の11月12日まで時間があった。

練習会場として抑えてあるこじんまりとした球場での練習はこれまたやはり夕方から。昼間は自由時間である。

 

「2人とも…いいの?怜はともかく、私邪魔じゃない?」

「それを言ったら私も邪魔だと思うんだが…」

 

私、光ちゃん、怜先輩、楠川さんの4人でメルボルンの街に繰り出していると、ふと後者2人がそんなことを言い出した。

 

「別に気にならないですよ。公衆の面前でもこっちはベッタリですもん」

 

光ちゃんはと言えば、そんな2人の言ってることすら聞いてないほど私の腕にベッタリとくっついている。そんな光ちゃんに鬱陶しさは感じない…というか、私もこれはこれで嬉しかったりする。

 

それに、こんな状態の2人で海外を歩くのはさすがに怖い。

 

あノ(あの)もしかすてだげど(もしかしてだけど)にぽんのぉだいひゃう(日本の代表)?」

 

そんな話をしていた時、たどたどしい日本語で話しかけられた。

振り返ると、小柄で小麦色の肌をした美少女がいた。ミクロネシア系かな?ってことはパラオの人?

髪も綺麗だし、スリムな体型からは足の速さが伺える。

 

光ちゃんが不機嫌そうに抱きついていた腕の力を強める。ごめんごめん、浮気じゃないから。手は出さないから。

ちょ、痛い痛い。

 

「もしかしてパラオの代表ですか?日本語お上手ですね」

ぼぁちゃんからぁ(ばあちゃんから)おすえてもらったよ(教えてもらったよ)

 

楠川さんが日本語を褒めると、おばあちゃんが教えてくれたらしい。この子のおばあちゃんの年代的には、ギリギリ日本の統治下で教育を受けてたのかも。

 

そえに(それに)あたらのこと(あなた達のこと)やうけしらへた(よく調べた)くすこわ(楠川)おきだ(岡田)かうぇはり(川原)、ジャイロん人…うー、わすえた(忘れた)

「川口息吹よ。あなたは?」

わし()、ユキ=マツイ=ヒロコ。ヒロコがめーじ(苗字)なの」

 

何故か、パラオの人達の苗字は日本人の名前が多い。そして、名前も日本人らしい名前をつけることも多々あるらしい。日本人っぽい名前でも、純粋なパラオ人ということも結構あるらしい。

 

さいすーせん(最終戦)たのすみにまっとれよ(楽しみに待っててよ)にぽん(日本)よくしらへたから(よく調べたから)

 

パラオと日本の試合はグループリーグ最終日。

よく調べた…つまり、かなり研究しているのだろう。

 

「私達も全力でお相手しますね」

 

楠川さんはそう返した。

気を引き締めておこう。それに、次は強敵台湾だもん。

 

と、ヒロコさんが去っていった直後、またしても声をかけられる。

 

『失礼、日本代表の主力たちだね?ワタシはアメリカ代表のフィーネ・アルテラだ』

 

大人っぽいアルトな英語。振り返ると、怜先輩位の身長に引き締まった肢体、そして何より特大の『おもち』が…痛い、光ちゃん、痛いから!光ちゃんのちっぱいもありだと思ってるからやめて!うぅっ!?

 

「く、楠川さん…」

 

ちなみに、私に本場の英語のリスニング能力は皆無。故に彼女が何を言っているのか分からん。

唯一の3年生で、頭も良さそうな姉御に期待を託す…!

 

「ご、ごめんね。私、スポーツ推薦なのよ。察して?」

 

オーマイガー!

我らが新越谷の主将は…と振り向くと、冷や汗を流してる怜先輩。くっ、あとがない…

 

『日本代表の川原光です。私たちに何か御用ですか?』

 

流石光ちゃん!頼りになる!

で、なんて言ったの?

 

『なに、この大会で1番の強敵だと思う日本の主力が目に付いたのでね。どんな子か見に来たんだよ。日本の子たちは童顔が多いって聞くけど、本当に小学生位の子かと勘違いしそうになるよ。あぁ、もちろんかわいいって意味でね。

そんなことより、是非日本の野球の考え方を教えてくれないかい?日本の野球は見ていて美しいからね。そうだな…そこのレストランにでもどうだい?』

『仲間に聞いてみます』

 

光ちゃんと英語の巨乳…ぐふっ…英語のお姉さんの高速の英会話についていけない私達3人に、光ちゃんはようやく通訳してくれる。

 

「こちらはアメリカ代表のフィーネ・アルテラさんです。日本の主力が目に付いたので、是非野球について話したいから食事でもどうですか…との事ですが、どうします?」

「うん、まず光ちゃん、英語めちゃくちゃ凄かったわね」

「そうね、私は物理以外勉強出来ないから羨ましいわ」

「あぁ、英語が苦手な訳では無いのだが、入国審査とかの人より早口だったり訛ってたりするともう何言ってるか分からないな」

「ありがとうございます…楠川さん、どうですか?」

「川原さんの負担が凄いことになるけど…大丈夫?」

「はい…完全に通訳するのは難しいですけど、それで良かったら…」

「じゃあせっかくだし、お願いするわね。川口さんと岡田さんもそれでいい?」

「「はい」」

 

光ちゃんとえー、アルテラさんだったっけ?大きい(もうどこがとは言わない)お姉さんが短く会話をするのを、私は聞き流していた。

 

 

私たちは連れ立ってお茶を飲みながら、光ちゃんの通訳を受けながら日本とアメリカの野球の違いについて話していた。

 

例えば逆シングル捕球についての考え方の違いがあげられる。

日本の小学生とか中学生とかの野球チームにおいて、多くの場合「正面で受けろ」とひたすら教えられる。逆シングル捕球はあくまで応用という扱い。

逆に、アメリカでは正面も逆シングルも同様に練習する。絶対に正面で受けろとは教えられないし、逆シングル捕球をして「なんで正面で捕らなかった」と怒られることもない。

 

他にもバッティングへの考え方も違う。

日本の野球は『打率』を重要視するけど、アメリカは『長打率』を重要視する傾向がある。

実際、NPBとMLBではNPBの方が単打が多く、MLBの方が長打が多い傾向にある。

 

逆に似通っているところもある。

公式戦での捕手のプロテクターにファウルカップが義務化されていることとか。

前世のような男の急所を守るための形ではないので、また少し違うけど、採用理由はほぼ同じ。恥骨を骨折したり、周辺にダメージがあると、妊娠出産とかに影響があるかもしれないってことで、捕手は義務みたい。

まぁ、この世界じゃ知ってる人はいないけど、うん、痛いよね、ローブロー。

 

後は、グラブとかバット。

日本のメーカーを使うアメリカの選手も意外と多いみたい。特に福光のバットは有名で、わざわざアメリカから直接買い付けに来る高校生もいるとか。

ちなみに私も福光の木製バットを愛用してるよ。重心とか、私の要望にちゃんと応えてくれる職人技だもん。

 

『今日は楽しいお茶会だったよ。次に会う時は本戦の決勝リーグのグラウンドで、ね』

 

アルテラさんはウィンクをかまして、上機嫌に街の雑踏へ消えていった。

 

「私たちも帰ろうか」

 

楠川さんは伸びをしながら、泊まっているホテルへの帰り道を進んだ。

 

 

 



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第47話 台湾戦

11月12日。

 

長本監督はホテルで昼食を食べ終わったところで、ベンチ入りメンバーとスタメンを発表すると言った。

 

「いいか?このチーム初の歯応えのある敵が台湾だ。これから発表するスタメンは現状で最も強力なチームとして作った。決勝リーグへ向けてお前らはどんどんアピールしてくれ。ベンチメンバーも、アピール機会はあるから、気張りや」

 

台湾戦スターティングメンバー

 

1 伊藤美亜(指)

2 平沢萌恵(二)

3 川口息吹(左)

4 楠川由梨(遊)

5 岡田怜(中)

6 川原光(一)

7 山崎摩利(三)

8 小林依織(捕)

9 藤堂雨音(右)

先発 睦月久乃

 

「――そして、ベンチ外は大野と田崎の2名。それ以外はベンチ入りだ。特にベンチ入りメンバーの投手陣は今回はブルペンデーを仕掛けるから、肩はそれなりに作っておけよ」

 

ブルペンデーというのは、本来の意味では先発投手を起用せず、中継ぎを小刻みに繰り出していく戦術のこと。このチームでは投手陣を先発と中継ぎと抑えといった役割分けを完全にすることは難しいので、単に小刻みに投手陣を使っていくという意味で使われている。

 

 

それから数時間後に球場入りした私たちは、先攻なので台湾の後に球場の練習を行う。

私も3番レフトなので、ブルペンではなく守備練習に。

…私、抑え投手なはずなのに、この球場のブルペンほとんど使ったことないんだけど。

 

そんな話はともかくとして、グループHの第3戦目、日本対台湾の試合がいよいよ始まる。

 

台湾は日本、韓国についでアジア勢3番手で、それ以下との大きな違いにプロ野球があるかないかという差がある。日本、韓国、台湾はプロ野球が存在しているのだ。

中国は中途半端で、実業団のようなものはある。野球で食べていける国はアジアではこの4カ国だけだと思う。

 

さて、そんな3番手の台湾ではあるものの、オリンピックでは金メダルをとったこともある爆発力はある。

 

そんな台湾を相手に、とうとう試合が始まる。

 

 

1回の表、日本の攻撃。

 

1番、伊藤さん。

 

9球を投げさせて相手投手の球筋をチームメンバーに分析させる。

10球目、森永ヘッドコーチからの打撃指示(サイン)。当てに行った球は芯を外し、ショートの守備範囲。だが、ショートが力んだか送球は若干逸れてファーストが捕球エラー。伊藤さんは無事に出塁する。

 

 

2番、平沢さん。

 

長本監督と森永ヘッドコーチが顔を寄せて頷きあった結果、森永ヘッドコーチから送りバントのサイン。

平沢さんはこれをきっちり送って、ワンアウト二塁に変える…と思いきや、伊藤さんは三塁へ暴走、これをタッチアウトにするべくサードへの送球が逸れて台湾ベンチに入った。

一塁から三塁方向に投げた投手。彼女が投げる時にはもちろん二塁は蹴っていたので、伊藤さんには2個の安全進塁権が与えられてホームイン。ワンアウト走者なしとなる。

 

 

3番、私。

 

先程のプレーで精彩をかいたのか、ボールが続きフォアボール。

一塁に安全進塁したところで、投手がこちらを見てないことに気づく。ってか誰も見てない?……サイレント進塁してみよう。

 

ごく当たり前みたいな顔して、普通に歩いていく。

ごく普通に。

 

二塁を踏んだ。誰も気にしてないから、多分野選かな。この手のサイレント進塁は盗塁扱いにしてくれると嬉しいのだけれど…ないものねだりね。

 

 

4番、楠川さん。

 

私のサイレント進塁にニヤッと笑ってる。

私は二塁から第1リードを取り、投手の牽制に備える。

1度牽制が入ってから、初球、大きく高めに外れてボール。

投球モーションに入ったところで、私は第2リードをシャッフルで取る。

そして、()()()()()()()()()()()()()()2()()()()()()()2()()()()()()

それに気づいたキャッチャーがセカンドに送球。スタート!私は三塁へ走る。

捕手牽制を利用したディレイドスチールだ。

 

捕球したセカンドからサードへの送球は間に合わず、私は三塁に。ワンアウト三塁。

 

2球目、ようやく入ったストライクゾーンの球に反応した楠川さんだったけど、打ち損じてセカンドゴロに。

セカンドは一塁送球して楠川さんがアウト。

その隙に私はホームインしてツーアウトに変わる。

2点目。

 

 

5番の怜先輩もセカンドゴロでスリーアウト。

 

 

 

1回の裏、台湾の攻撃。

 

投げるのは睦月久乃さん。

カットボールの魔術師で、配球のほとんどはカットボールという異色の投手。

 

ブルペンデーなので、睦月さんは全力投球。

 

三者凡退に抑える。

 

 

 

2回の表、日本の攻撃。

 

光ちゃんは三振、山崎さんはライトフライ、小林さんは三振だけど振り逃げで一塁、藤堂さんはセンターフライでスリーアウト。

 

このチームでは初めて一巡目無安打で終わる。

……無安打で2点リードってなんぞ。

 

 

 

2回の裏、台湾の攻撃。

 

4番からの打順。

センター前に詰まった当たりで単打を打たれる。

 

5番もフルスイングでライト線に詰まった当たりを出して、連続安打。ノーアウト一三塁へ。

 

ノーアウト一三塁のピンチだけど、長本監督は1点を失ってもゲッツーを取るシフトを敷くようにサインを出してくる。

長本監督の采配通り、6番はピッチャーゴロを打ち、1-4-3のダブルプレーとなる。その間に三塁ランナーはホームインして、点差が1点になる。

 

7番はサード山崎さんがトンネルしたせいで二塁に出塁。

またしてもピンチとなる。

ここで長本監督は交代のカードを切る。

1年生の速球派宇田川さんをマウンドに上げる。

 

8番を相手に、何とかショートゴロで凡退させてスリーアウト。

 

 

 

3回の表、日本の攻撃。

 

1番、指名打者の伊藤さんからという好打順。

伊藤さんは叩きつけて大きなバウンドとなったゴロが落ちてくるまでに一塁に走り込む技あり内野安打を打つ。

 

ちなみに、ようやく出た本日初の日本の安打だ。

 

 

2番、平沢さん。

盗塁に走った伊藤さんを援護する空振り。ノーアウト二塁となる。

 

台湾としても、イカれた数字を持つクリンナップ3人に無死で回したくないので、ワインドアップの全力投球。それを見た伊藤さんはさらに三塁へ走り込んでセーフ。

 

カウント1-2から4球目、投球モーションから平沢さんはバントの構えに。ファーストとサードが前に突っ込んでくる。

三塁ランナー伊藤さんも走り始める。

投げた投手も前に走り出す。

平沢さんはその投手の頭を超えるプッシュバントを仕掛けて走り出す。

これぞ日本の機動力野球…一塁平沢さんはセーフ。伊藤さんもホームインで1点を追加する。

 

 

3番、私。

 

2球待ってから、3球目に森永ヘッドコーチからエンドランのサイン。

ライト線に飛ばしてツーベースヒット。一塁ランナーの平沢さんはその足とエンドランの指示で好スタートを切っていたこともありホームイン。4点目。3点差に広げる。

 

 

4番、楠川さんは大きく打ち上げて、ファーストファールフライ。タッチアップした私は三塁を踏んだ。

 

 

5番、怜先輩。

的確に外野に飛ばした打球はセンターフライで犠牲フライとなる。5点目。

 

 

6番光ちゃんはレフト前に安打を打つものの、7番山崎さんはセカンドゴロでスリーアウトとなる。

 

 

 

3回の裏、台湾の攻撃。

 

9番打者からで、ライト前に安打を出してノーアウト一塁。

 

台湾はここから好打順で、応援席から押せ押せムードが伝わってくる。

宇田川さんはそれに飲まれたか2人連続で四球を与えると、ノーアウト満塁のピンチ。

ここからクリンナップは厳しい。スタンドのムードは台湾のチャンスに盛り上がっている。

 

ここでタイムをとった日本は、ベンチから森永ヘッドコーチが出てきて、バッテリーに話しかける。多分続投。打たれても、4点差がある分、満塁本塁打でも同点までだ。このピンチを乗り越えることにこそ、宇田川さんの成長がある。

 

3番を持ち前の速球で三振に打ち取る。

 

だが、4番にスリーベースを打ち込まれて1点差に詰め寄られる。

なおもワンアウト三塁のピンチ。

 

5番を相手に、何とか凡退…かと思いきや、ショート前に転がった打球を捕球した楠川さんが珍しくジャックル(お手玉)。国際試合で、応援席がアウェー感漂う中で慌てた楠川さんはファーストへの送球エラー。バックアップした藤堂さんは流石の守備力を見せたけど、ホームインは防げず。何とかバッターランナーは一塁に留めたという状態だった。

 

長本監督はこれでも宇田川さんを下げるつもりはないようで、6番をセカンドゴロでダブルプレーに打ち取ってスリーアウト。

宇田川さんは半泣き。楠川さんも申し訳なさそうに励ましている。

 

ベンチに悪い空気が流れる。

 

「まだ中盤!これからだぞ!落ち着いて、いつも通りに!」

 

新越谷で、ムードの力をよく知っている怜先輩が声を張っている。ちなみに、怜先輩は桜ジャパンで実質的な副主将な扱いを受けてる。

 

 

 

4回の表、日本の攻撃。

 

台湾のエースは尻上がりに良くなってきてる。

8番小林さん、9番藤堂さんが凡退。

1番伊藤さんはイレギュラーバウンドで内野安打となって出塁するも、2番平沢さんはショートゴロでスリーアウト。

 

 

 

4回の裏、台湾の攻撃。

 

7番を三振に打ち取り、8番はレフト前安打。

9番はフルカウントまで粘ったものの、三振。ここで盗塁を仕掛けた一塁ランナーも依織バズーカで刺殺。

 

この回、両チーム共に無得点となる。

 

 

 

5回の表、日本の攻撃。

 

先頭は私。

レフトフライを打ち上げるも、グラブで弾いたレフトのおかげで二塁まで進む。

 

 

4番、楠川さん。

さっきのエラーから調子が乗らないのか三振でワンアウト。

 

 

5番、怜先輩。

 

初球で、ディレイドスチールを仕掛ける。楠川さんの時に走らなかったので、台湾側も走ると思ってなかったようで、余裕で三塁に。

2球目、ライト前安打を放った怜先輩のタイムリーで勝ち越し点を取る。

 

 

6番、光ちゃん。

怜先輩の足の速さを信じて、三塁線方向にセーフティバント。成功して、一二塁になる。

 

 

7番山崎さんはレフトフライで、ランナー一三塁に。

8番小林さんはライトに大きなフライを打つも、ギリギリフェンスに届かずライトフライとなり、スリーアウト。

 

 

 

5回の裏、台湾の攻撃。

 

ここまで2.1回を投げた宇田川さんを降板。

新たに山谷彩さんが登板する。

 

山谷さんは突出して特徴のある成績は残してないけど、オールマイティ性と安定感は抜群で、3番手先発投手として縁の下を支える投手だ。

 

きっちり5回を3人で切る好投を見せた。

 

 

 

6回の表、日本の攻撃。

 

尻上がりの台湾エースの90球を超える力投に、9番藤堂さん、1番伊藤さん、2番平沢さんが凡退する。

 

 

 

6回の裏、台湾の攻撃。

 

山谷さんを降板させて、風間花詠さんが登板。

重い玉を武器に、2つ安打を浴びるも、無失点で回を終える。

 

 

 

7回の表、日本の攻撃。

 

1点差のリードのまま、日本の攻撃に入る。

3番の私は台湾ベンチから申告敬遠が行われる。ノーアウト一塁。

 

 

4番の楠川さんは勝負。

初球、低めに外れてボール。私は走って二塁でクロスプレー…セーフで盗塁成功。ノーアウト二塁になる。

その後、楠川さんはショートゴロに倒れる。

 

 

5番の怜先輩と6番光ちゃんはベンチから申告敬遠。ワンアウト満塁のチャンスに。

 

 

7番山崎さんに代えて代打穴吹さん。

レフト前に当たりを出して、各走者塁を1つずつ進めるシングルヒットで1点追加。なおも満塁のチャンス。

 

 

8番小林さんに代えて代打岡本さん。

ライトフライで犠牲フライ。1点をさらに追加。

 

 

9番藤堂さんは代打が送られず、セカンドゴロでスリーアウト。

 

 

 

7回の裏、台湾の攻撃。

 

ショート楠川さんに代えて清藤さんが入ってサード。

レフトの私がピッチャー。

DH伊藤さんがショート。

代打穴吹さんがレフト。

代打岡本さんに代えて近藤さんが入ってキャッチャー。

指名打者が解除される。

 

8番を三振に打ち取り、9番はピッチャーゴロ、1番はセカンドゴロでスリーアウト。

 

ジャイロボールが実力のあるチームにも対応出来ることが分かって良かった。

 

試合終了。

8-5で日本の勝利。

 

 

勝ち投手は宇田川さん。

私にセーブが付く。

 

今日は不振が課題と言える。内野安打の割合が多すぎ。

はてさてどうしたものか…






二つに分けるつもりが、あっという間に書き上げちゃったのでそのまま投稿します笑
感想・評価・お気に入り登録、お待ちしております!

8月7日の息吹ちゃんの誕生日には、誕生日特別記念話を投稿予定です!是非お楽しみに!


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第48話 変態アベックホームラン

日本対台湾の試合から5日後の11月17日。

夕食を食べながら、試合中継を観戦していた桜ジャパンの面々は唖然としていた。

 

「パラオは1枚の超エースか…まるで甲子園でたまに出てくるようなチームだ」

「こういうチームって妙に勢いがあるから大変ね」

 

怜先輩と楠川さんがパラオを分析する。

 

最終的に、パラオはパナマを2-0で下す。

 

「次のパラオ台湾戦で今回がたまたまか、実力かがはっきりするわね」

「あの『魔球』は私たちで打てるのか…」

 

パラオのエース…ユキ=マツイ=ヒロコ。

彼女はパナマの打線を完全に封じており、パーフェクトゲームを達成していた。

だが、そもそもパナマは戦力的に良くここまで残ったなくらいなレベルなので、比較のしようがない。

 

 

さらに6日後。11月23日。

パラオ台湾戦。

 

ユキの投球は、日本から5点を奪った台湾打線を相手に完封。

1-0でパラオが勝利した。

これで台湾の3位が確定して、首位争いは最終日の日本対パラオの試合に集中することとなる。

 

この時点で、他のグループの首位はほとんど確定している。

 

グループA:イタリア

グループB:ドミニカ

グループC:キューバ

グループD:アメリカ

グループE:オーストラリアまたはスペイン

グループF:韓国

グループG:カナダ

グループH:日本またはパラオ

 

各グループ首位+各グループ2位で行われるプレーオフ勝者2チームが決勝リーグに勝ち進む。プレーオフは3イニング制で、延長は一二塁のタイブレーク制。中日は無し。

決勝リーグでは12月から1月にかけて。

2ヶ月に渡って、3回連戦を中3日という連戦で駆け抜けるハードっぷりである。ここに投球制限などが加わることで各チームの戦術が試されることになる。

本戦決勝リーグでの投球制限はグループリーグと同じで30球で中3日、60球で中5日、90球で中7日の制限となっている。

そう、投球制限の抜け穴が30球未満の投球時。投球制限に引っかからない連投可の球数。長本監督の想定した「ブルペンデー作戦」はこれを想定しているのだ。先発投手陣が消耗した時、中継ぎ陣が投球制限に引っかからない最大の利用方法。それがこのブルペンデー。

特に抑えの私にとってはこの30球制限はそこまで苦ではない。上手くハマれば3イニングくらい投げられる球数だ。

 

それはともかくとして、私は光ちゃんとパラオの研究を行う。

 

「パッと見だけど…パラオって影森に似てないかしら?」

「…確かに、守備上手いね。柳大川越の『良い守備』と言うよりは、影森の『堅実でスマート』って感じ」

「…選手層が薄いからかもしれないわね。なるべく疲れないように、怪我しないように…自分の出来る範囲を手堅く…」

「それに加えて投手はエース1枚に中継ぎ1枚に抑えが1枚。決勝リーグ行ったらどうするつもりなんだろね?」

「もし中継ぎと抑えも先発で投げれるなら…いや、無理ね。5回を60球未満で抑える…ユキさんならともかく、他の中継ぎと抑えに出来るとは思えないわ」

「少し可哀想かも。これだけ投げれる投手がいるのに、決勝リーグは棄権せざるを得ない試合が出てくるってことだよね」

「棄権試合は10-0での敗戦扱い。3試合に1試合棄権したとすると…表彰台に登るのは難しいわね」

 

中継ぎ投手が、ユキと同じくらいの投手なら、もしかするかもしれないけど…無理ね。あんな投手が2枚もあるような選手層じゃないもの。

 

「とりあえず、私たちはいかにユキを攻略またはベンチに下げさせるか。台湾に勝って調子乗ってるだろうから、少し天狗の鼻を折るのに時間かかるかもだけど」

 

特に、グループリーグでの投球数に伴う投球制限はプレーオフでは無視されるので、パラオ側としてはユキを完投させる勢いで来るはず。

 

 

 

そして決戦の日…11月29日。

とうとう始まる本戦グループリーグ最終戦。

Hリーグなので、日本とパラオが最後の試合となる。

多くの人々はこのカードが消化試合となると予想していたはず。でも、結果的に首位争いとなっているのだ。

 

この試合、勝った方が本戦決勝リーグ進出を決定して、負けた方は12月2日と3日のプレーオフに向かう。

そして、引き分けた場合は得失点差において日本が有利なので、日本が首位でパラオが2位となる。

 

勝負はお互いの投手力だ。

 

 

日本のスターティングメンバーは以下の通り。

 

1 伊藤美亜(遊)

2 平沢萌恵(二)

3 岡田怜(中)

4 川口息吹(指)

5 川原光(左)

6 岡本美穂(一)

7 清藤奏子(三)

8 小林依織(捕)

9 藤堂雨音(右)

投手 田崎真智子

 

 

楠川さんが打撃練習時に左肩に痛みを感じたため、急遽変更されたシート。

DH予定だった伊藤さんがショートに入り、私がDH、レフトに光ちゃんが入る。

監督は最後まで光ちゃんか穴吹さんか迷ったけど、最終的に光ちゃんをレフトに入れた。

 

パラオの先発はもちろんユキ。

あの魔球を相手に、日本の打線がどこまで通用するか…

 

 

1回の表、パラオの攻撃。

 

1番、2番を内野ゴロで打ち取ると、3番は強い当たりでライト方向に落ちる。

藤堂さんは日本でも屈指の守備力を誇る右翼手。走りながら難しいバウンドの球を素手で掴み、そのまま一塁送球。

一塁岡本さんのミットに綺麗に収まり、ライトゴロ。スリーアウト。

 

 

 

1回の裏、日本の攻撃。

 

1番伊藤さんはショートゴロ、2番平沢さんは三振、3番の怜先輩も三振してスリーアウト。

 

「やばいな…あの球は本当にやばいぞ」

「そんなにですか?」

「あぁ。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ネクストからベンチに戻りながら、三振した怜先輩に聞く魔球の球筋。

ユキの投げる魔球…ナックルボールだ。

投手でさえ予測不可能な変化をするナックルボール。しかも、フォークのように手元で急激に球速も落ちる。あの球は魔球。しかも、全ての投球を魔球ナックルで、完投出来るユキはイカれてる。

 

まぁこの大会では球数制限もあるから完投は難しいだろうけど…

 

とにかく、彼女から安打を打つのはとても難しいのだ。

 

 

 

 

2回の表、パラオの攻撃。

 

田崎さんは4番に四球を出すも、続く5番から7番を三振ひとつ含む凡退に抑える。

 

 

 

2回の裏、日本の攻撃。

 

私のバットコントロールでも独特な変化をするナックルボールを相手に芯を外され、レフトフライになる。

続く光ちゃんはショートフライ、岡本さんはセカンドゴロとなってスリーアウト。

 

 

 

3回の表、パラオの攻撃。

 

8番は三振に打ち取るが、9番のサードゴロに送球エラーで一塁に出塁される。

藤堂さんのバックアップが間に合い、何とか二塁は踏ませずに済む。

ワンアウト一塁で1番。一塁ランナーに代走が送られる。

1番は送りバント。代走は足が速く、三塁まで進む好走塁。

ツーアウト三塁でピンチとなる日本。

田崎さんは制球乱して2番を一塁に四球で押し出す。ツーアウト一三塁に変わる。

3番への初球、一塁ランナーが盗塁を仕掛ける。小林さんは依織バズーカでショートの伊藤さんに送球。これは通るも、一塁ランナーは一塁帰塁。その隙に三塁ランナースタート。肩が強い小林さんの依織バズーカと違い、伊藤さんの肩はそんなに強くない。クロスプレーにもならず本盗を許す。

 

パラオ先制本盗。

オーディエンスがざわめく。どう足掻いても日本相手に勝ち目がないと言われていたパラオが、日本に無安打無出塁を強いている中で先制したのはとても大きい。

 

3番はその後三振に抑えるも、この投手戦でこの1点は大きい。

 

ベンチの雰囲気も沈む。

 

 

 

3回の裏、日本の攻撃。

 

ユキのナックルの前に、日本の打線は完全に沈黙。

7番清藤さん、8番小林さん、9番藤堂さんが三者凡退に仕留められる。

 

こうなってくると、観客のムードも下克上に期待が出てくる。

 

アジアの王者たる日本が負けるのか…と。

 

 

 

4回の表、パラオの攻撃。

 

4番からの打順、パラオの主砲が火を噴いた。

4番打者のソロホームラン。0-2とリードを広げられる。

この本塁打が、この試合初の安打である。パラオの勢いは止まらない。

 

ここで長本監督は田崎さんに代えてリリーフの風間花詠さんを登板させる。

 

これが致命的だった。

ここで投入するべきは確実に消火が期待できる投手であって、風間さんは『好調を維持するのが得意』な投手。この場合でいえば、自意識過剰かもしれないけど私とか、信頼性のある山谷さん、抑えに数えられてる睦月さんとかを投入するべきだったのだ。

 

風間さんは5番相手に失投。ど真ん中に行った真っ直ぐの棒球に反応され、強烈なサードゴロを清藤さんがファールエリアに弾いてしまい、二塁へ。

さらに6番に大きなライトフライを打たれ、タッチアップで犠牲フライとなる。

0-3。

 

どうにか7番をセカンドゴロ、8番を藤堂さんのファインプレーに助けられた形でライトフライに抑えてスリーアウト。

3点のビハインドを追う日本は苦境に立たされた。

 

 

 

4回の裏、日本の攻撃。

 

苦境の日本の先頭は1番伊藤さん。

流れを変えられるラッキーガール。

初球、内野ゴロがマウンドに当たって不規則なバウンドとなった関係で一塁に滑り込んだ。

日本のこの試合初安打となる。

 

 

2番、平沢さん。

森永ヘッドコーチから送りバントの指示。

バントするも、ナックルの変化にやられて打ち上げる。

伊藤さんは一塁に帰塁。

キャッチャーがマスクを外して、背走キャッチ。ワンアウト。

同時に伊藤さんはスタート。意表を突かれたパラオのキャッチャーの送球は乱れてセンター方向へ。伊藤さんはそのまま三塁へ。ワンアウト三塁。

 

 

ワンアウト三塁のチャンスで巡ってきた怜先輩。

この場面で打てないわけがない。

 

やや詰まりながらも右中間に飛び、タイムリーヒットを放つ。

 

1-3の2点差に詰め寄る。

 

 

だけど、続く私と光ちゃんはヒット性の当たりを出すも相手の守備範囲に。スリーアウトで攻撃の流れが途切れる。

 

 

 

5回の表、パラオの攻撃。

 

ここで風間さんを降板させて、山谷さんが登板する。

山谷さんは先発を任される投手でもあり、その安定感を買われている3年生投手で、10月のドラフト会議では福岡ヴァルチャーズ・札幌ファルコンズ・ブルズ盛岡の3球団から1位指名を受けているほど。

ちなみに、楠川さんは重複回避を選択した球団が多かったのか2球団から1位指名を受けている。

 

山谷さんの安定感はパラオに三者凡退を突きつける。

 

 

 

5回の裏、日本の攻撃。

 

6番岡本さんはナックルを捕球し損ねたキャッチャーの捕逸で振り逃げ。一塁セーフ。

だけど、後続が続かずそこから凡退。9番藤堂さんのライトフライでスリーアウト。

 

 

 

6回の表、パラオの攻撃。

 

試合も終盤に差し掛かり、日本が2点のビハインド。

観客のボルテージが上がる。

 

だが、山谷さんはそんなことも気にせず三者凡退でスリーアウトを取る。

 

 

 

6回の裏、日本の攻撃。

 

先頭は日本の起点、ラッキーガール伊藤。

ラッキーガールの名に恥じぬサードゴロエラーで出塁した。

 

 

続くは2番平沢さん。

森永ヘッドコーチは送りバントではなく強攻を選択。

セカンドゴロでゲッツー。ツーアウト。

 

 

3番、怜先輩。

怜先輩相手にユキは速球勝負で、ナックルに目が慣れていた怜先輩は空振り三振。スリーアウト。

 

 

 

7回の表、パラオの攻撃。

 

長本監督はここでDHを解除。

光ちゃんがピッチャーに入り、私がレフトに入る。

 

光ちゃんの多種多様な変化球にパラオは翻弄され、三者凡退。

 

 

 

7回の裏、日本の攻撃。

 

もうあとが残っていない日本。

 

先頭は4番の私。

いい加減4番としての仕事をしたいところ…

ベンチにいる楠川さんを見て、ネクストにいる光ちゃんを見る。

 

覚悟を決めて、打席に入る。

いい加減ナックルも見えてきてる。

それに…もう60球を超えてる。そろそろ失投があってもおかしくない。

 

打席で構えて初球を待つ。

ユキが投げた初球、それは、回転が微弱ながらかかっていて、ナックルとは言えない何かであった。ユキもしまった!という顔をする。

私の目は川口姉妹の観察眼。失投をスタンドに叩き返すのはそう難しくはなかった。木製バットのしなりを利用してスタンドに打球を叩き込む。

私は軽く流してダイヤモンドを回った。

 

反撃ののろしが上がる。

 

 

5番、光ちゃん。

 

(息吹ちゃん…打った時の嬉しそうな顔…かわいかったなぁ……)

 

どうも集中してないように見えるけど…大丈夫かしら?

 

本塁打を打たれて、動揺したユキ。パラオは残りの1点差を守り切らなければ首位にはなれない。

 

そのプレッシャーが、連続失投を招いた。

 

(息吹ちゃんかわいい、これ真理……あれ?この球…打て…る?)

 

豪快なフルスイングが失投に当たり、連続ホームランとなる。

 

アベックホームランね。

 

 

自失ボーゼンとなったユキが降板させられ、抑えの投手が登板。

精神的に抑えの投手の方が強かったのか、あとの3人を抑えられ、スリーアウト。ゲームセット。

引き分けでこの試合は幕を下ろした。

 

 

 

 

 





感想くれると嬉しいです!

また、もうひと作品を球詠で執筆を始めています!そのうち投稿するかと思いますが、その時は是非!


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第49話 決勝リーグ序盤戦概略

各グループの最終戦を終えて、首位確定。首位は無条件で決勝リーグ進出だ。

その後に3イニング制のランダム抽選による勝ち抜きプレーオフが行われて、勝者2チームも決勝リーグへ進出する。

 

決勝リーグ進出チームは以下の通り。

 

グループA:イタリア

グループB:ドミニカ

グループC:キューバ

グループD:アメリカ

グループE:オーストラリア

グループF:韓国

グループG:カナダ

グループH:日本

敗者復活:オランダ

敗者復活:パラオ

 

プレーオフ通過とはいえ、パラオがベスト10に勝ち残ったことに、世界中の野球ファンがどよめいた。

 

12月4日、決勝リーグが始まる。

 

決勝リーグは3回総当り。同じ相手と3連戦して、中3日を挟んで次の相手と当たる。

投球制限があるので、必然的に投手の層が厚いチーム有利となる。

 

「これから各試合の先発投手を発表する。1試合目、大野。2試合目、田崎。3試合目、山谷。この先発陣に何らかのトラブルがあった場合は基本的に宇田川を入れる。先発は必ず90球未満で降板させるのでそのつもりで投げや」

 

長本監督が決勝リーグ前の戦術ミーティングで話した投手の投入構想だ。

同じ相手と3連戦後に、中3日の休養日があるので、90球未満ならば先発ローテーションが守れるということ。

 

これまでの先発はきちんとローテを守ってきたわけではないけど、1番手が田崎さんで、2番手に大野さん、3番手に山谷さんと言った具合だった。これは調子の好不調に左右されずらい田崎さんを重用していたということ。

でも、きちんとローテを行う必要がある本戦リーグにおいては、『抑える力』を優先して、大野さんが1試合目のローテに入る。そして、3試合目の『シメ』の先発に、安定感に信頼のある山谷さんを入れる。

実に理にかなったローテである。

 

 

1回戦の対戦カードは以下の通り。

 

イタリア対オランダ

ドミニカ対日本

キューバ対カナダ

アメリカ対韓国

オーストラリア対パラオ

 

注目カードは優勝候補本命のアメリカと穴とも言われる韓国が初っ端から対戦する。

 

ちなみに、本命アメリカ、対抗日本、穴韓国、大穴キューバ、注目ドミニカと評判だ。

ちなみに、南北アメリカ予選でキューバとドミニカのカードで、キューバ圧勝の予想が外れて、接戦を引き分けて得失点差でドミニカが首位に立ったという経緯もあり、ドミニカの注目は急激に上がっている。

 

そんなドミニカ相手の私たち日本である。

 

大事な初戦。

スタメンは以下の通り。

 

1 伊藤美亜(遊)

2 平沢萌恵(二)

3 川口息吹(中)

4 楠川由梨(指)

5 岡本美穂(一)

6 穴吹芽衣(左)

7 清藤奏子(三)

8 小林依織(捕)

9 藤堂雨音(右)

投手 大野亜由子

 

左肩の痛みが抜けたが、守備練習が直前に取れなかったことから、楠川さんは指名打者となって、指名打者予定だった伊藤さんがショートに入っている。

また、怜先輩は野手陣休養も考えてベンチスタートだ。

 

注目株であるドミニカと対抗馬の日本の試合とて、注目度は高い。

その初戦、日本は岡本さんと穴吹さんのアベック砲もあり、5-1で勝利。

 

2戦目は4回で田崎さんが同点に追いつかれ、5回6回をDHだった光ちゃんに継投。そこから3点を追加して、最終回で私に継投。光ちゃんに勝ち星が付き、私にセーブが付いた。

 

3戦目、山谷さんが先発登板。1回の裏で1点、4回の裏で1点の、合わせて2点と打線は微妙な流れだったものの、山谷さんと睦月さんの継投で完封。睦月さんにはセーブが付く。この試合、私はベンチから出なかった。

 

 

1回戦を終えて、3連勝で首位に立つのは日本、アメリカ、キューバ。

得失点差で1位アメリカ、2位キューバ、3位日本の並び。

続いて4位に2勝1敗のイタリア。

そこに1勝1敗1分のオーストラリアとパラオが得失点差でオーストラリア5位、パラオ6位に付ける。

 

 

中3日を挟んで、2回戦に移る。

 

2回戦の対戦カードは以下の通り。

オランダ対日本

イタリア対カナダ

ドミニカ対韓国

キューバ対オーストラリア

アメリカ対パラオ

 

2回戦の大番狂わせが2つ起こる。

キューバ対オーストラリアで、ホームゲームなのが背中を押したか、キューバ相手に黒星を2つ押し付ける大健闘。順位が浮上する。

そして、パラオもユキが登板した2試合目で白星を上げて、野球大国アメリカ相手に1勝をもぎ取っている。

 

日本とオランダのカードは順当に日本が3連勝。単独首位に躍り出る。

まぁ順当にとはいえ、3試合目の先発ローテである山谷さんは登板せずに宇田川さん-風間さん-睦月さんの継投で3失点を喫しており、打線も微妙に4得点と伸び悩んでいる。

 

ここまで6試合を終えて、日本は全勝、単独首位。

とはいえ総得点23点は、2位に付けているアメリカの63点、3位のキューバの48点、4位のオーストラリアの37点と、他のチームより大きく劣っている。

世界に通じる打線を常にスタメンにできるほど、日本の選手層は厚くない…ということだ。

事実、ここ数試合で、私、楠川さん、怜先輩の並びはあまりない。疲労への配慮と戦力均一化によって、これまでの爆発的な火力だった打線の繋がりが切れているのだ。

 

とはいえ、悪いことばかりではない。

ようやく岡本さんと穴吹さんの調子が上向いてきて、山崎さんを含むこの3人が上位打線と下位打線を繋ぐ役割を果たし始めている。

 

現状では、私、楠川さん、怜先輩、伊藤さん、岡本さん辺りが中軸(クリンナップ)

青木さん、伊藤さん、平沢さん、光ちゃん辺りが1番2番。

6番に穴吹さん、山崎さん辺りが良く入れられてるように感じる。

 

安定してきた感覚はチームの全員が持っていて、失点の少なさもそれを物語っている。

 

 

さらに3回戦もカナダ相手に3連勝をあげた日本は、首位独走。

とはいえ、何事もなく…という訳でもなく、1試合目では中盤に突入するという場面でピッチャー強襲を受けた大野さんを下げて風間さんを緊急登板させたというハプニングがあった。幸いにも翌日には打球を受けた右腕の痺れもとれたが、ゾッとするプレーだった。

 

だけど、ゾッとするプレーは3試合目にも起こる。

7回の表、カナダの攻撃で、7-5の2点リードを守れば3連勝の日本は抑えに私を起用。

この時、スタメンマスクの小林さんは代打で下がっており、2番手に入った山崎さんは私のジャイロ捕球をたまにとちることがあるため、3番手の近藤さんがマスクを被った。

まずはワンアウトを取ったまでは良かったのだが、代表戦初被安打を受けた私は次の打者の初球で手を滑らせてしまい、ショートバウンドで近藤さんの喉元へ。残念なことに、マスクとプロテクターの間を抜けて…医務室に運ばれました。ちなみにチームメイトから付けられたあだ名は『捕れない魔球』だって。

日本は専業捕手2名、兼業捕手1名の3人捕手体制。既に2人下がっている中、近藤さんが下がるので、捕手がいない状況となってしまった。

という訳で、私が責任取ってマスクを被ることに。まぁ私以外経験者いないし。ピッチャーは私とのバッテリー経験を加味して光ちゃんが登板した。

私がマスクを被ったことでカナダの人達や観客の多くが目を剥いていたのは笑った。

 

一応、近藤さんは戦線復帰可能だった。ありがたやー。

謝ったら、あれは自分が受け間違ったせいだからって、逆に本業捕手がいなくなってしまった状況を支えたことを褒められた。近藤さんってなんかバブみ感じる人なのよね…これはこれでありね。

ちなみに、近藤さんの悩みは胸の大きさで、大きすぎてプロテクターが浮いてしまい、去年の夏の大会ではその隙間にファールチップが飛び込んで肋骨を折ったらしい。

 

まぁそんなことはさておき、2位アメリカとは1ゲーム差。

特に、1試合平均11.22点をあげているアメリカの火力を相手に、日本の投手陣が機能するかは未知数だ。

 

私は次にぶつかるオーストラリアの資料を見ながら、ぼやっと芳乃から貰ったアメリカの研究資料を思い出すのだった…



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第50話 決勝リーグ中盤戦概略

4回戦は日本はオーストラリアとのカード。

 

日本の1戦目のスタメンには楠川さんの名前はない。

 

1 伊藤美亜(遊)

2 川原光(一)

3 川口息吹(指)

4 岡田怜(中)

5 穴吹芽衣(左)

6 平沢萌恵(二)

7 清藤奏子(三)

8 小林依織(捕)

9 藤堂雨音(右)

投手 大野亜由子

 

地味にフルスタメンな藤堂さんは異常な疲労回復速度だけど、守備職人としても酷使可能な外野手がいることは非常に助かる。

…まぁ元々の構想では指名打者を使わずに投手やあまりの捕手を使う予定だったのだから、似たようなものかも。

 

この試合で、先頭打者の伊藤さんは日本の高校野球ではあまりいい顔をされないカット打法を披露した。もちろん、特別に変な打撃フォームではなく、ただコンパクトなフォームなだけなので、日本の高校野球でもアウトにはならないと思うけど…チームへのジャッジが厳しくなるのは自明なので封印してたのだとか。

先頭で17球粘った伊藤さんだけど、明らかにバッテリーが諦めたようなボール球までカットしてたのは笑った。オーストラリアの捕手の絶望感が私にも伝わってくるほど。

 

1試合目は8-0で白星を上げる。

 

2試合目はメルボルンの夏にしては珍しく土砂降りの雨が夜に降り始めた。

メルボルン近郊で同時に行われている5試合のうち、ドミニカ・パラオ戦、カナダ・韓国戦、イタリア・キューバ戦の3試合が降雨ノーゲーム。残りのオランダ・アメリカ戦と日本・オーストラリア戦は降雨コールドゲームだ。

 

これまでも小雨は多々あったものの土砂降りは初めてで、特にコールドゲームの方の2試合は途中から泥仕合となった。

 

アメリカとオランダはゴロが伸びずに内野安打となることが多発し、オランダはアメリカ相手にタイムリー内野安打で8打点を上げて、1点差で勝ち星を上げた。

日本は小雨だった序盤こそ優勢だったものの、だんだんと雨が強くなる中で田崎さんの制球が乱れて逆点され、その勢いのまま敗戦した。

ちなみに、長本監督は降雨ノーゲームか降雨コールドがあると睨んで、投手は雨天の中故障しやすい環境でも故障に強いという信頼がある田崎さんをひたすら投げさせ、そのおかげで3試合目ではオープナーを飾った睦月さん、リリーフの風間さんと光ちゃん、控え先発の宇田川さん、そして私に本来の先発の山谷さんという、ほぼ1人1イニングを守る(山谷さんだけ2イニング)ブルペンデーを決行。見事勝利を掴んだ。

 

降雨ノーゲームとなった3試合は、最終戦の9回戦後に行われることに。

 

 

続く5回戦は注目カードにして、直接対決の結果が問われる日本とキューバのカードがある。

 

韓国対オーストラリア

カナダ対アメリカ

日本対キューバ

オランダ対ドミニカ

イタリア対パラオ

 

日本対キューバの試合については後回しにして…

韓国とオーストラリアは、韓国の2勝1分。

カナダ対アメリカは順当にアメリカが3連勝。

オランダとドミニカは、ドミニカが2勝1分。

イタリア対パラオは、不戦敗含むパラオが2勝1敗。

 

 

さて、注目カードの日本対キューバ。

大事な1試合目。

 

初回4点を上げ意気揚々な日本だったものの、大野さんが調子を崩したようで3回に2点、4回にはソロホームランを浴びて3失点で降板。3回で日本も1点追加して2点差になるも、それから点は入らず。

続く風間さんは4回から6回までをピンチこそあったものの無失点で凌いだが、7回の先頭打者を相手にファールフライをエラーで生存させると、その後その打者は安打で出塁。続く打者も安打で一二塁に。さらにライトフライのタッチアップで一三塁に。

ワンアウト一三塁で、2点差。この場面で登板するのは抑えの睦月さん。

ショートゴロで本塁生還を出すも、1点は守り抜いてセーブした。

 

2試合目は、前日にリリーフで登板制限にかかった風間さんがベンチから外れ、先発ローテ内の山谷さんが指名打者として参戦。打者としても優秀な山谷さんは1安打2犠飛で2打点。

昨日と同じく、4点を初回に上げてから追加点3点を上げながら逃げ切る形で勝利。

 

3試合目はキューバのエースが登板して、山谷さんとの投手戦に。

今回は指名打者を指定せず、山谷さんを5番投手として打順に組み込む。

なかなか点が入らずゼロ点だったものの、6回の表、とうとう均衡が崩せた。先頭打者の1番山崎さんが単打で出塁し、2番平沢さんは送りバント成功でワンアウト二塁。3番の私も単打で一三塁。4番楠川さんはボール気味に悪球打ちはせず、5番投手山谷さんに回す。満塁で山谷さんは期待に応えて左翼方面に本塁打を放った。

一挙4点を加えた後、日本は6回7回をきっちり守って3連勝とし、山谷さんは完投勝利を飾った。

 

 

 

中盤戦も後半に入り、6回戦へ。

 

日本の相手はイタリア。

イタリアは日本の野球をかなり研究してきており、機動力で翻弄する攻撃を見せる。

 

初戦は大野さんが降板してから、光ちゃんがリリーフで崩れたのと内野のエラーが重なって2失点。打線が繋がらなかったこともあり、2-3で敗戦。

 

2試合目…ここで事件が起こる。

ここからはこの2試合目を細かく話すことにする。

 

先攻の日本は以下のスタメンで開戦する。

 

1 伊藤美亜(遊)

2 平沢萌恵(二)

3 川口息吹(左)

4 岡田怜(中)

5 山崎摩利(三)

6 川原光(指)

7 岡本美穂(一)

8 小林依織(捕)

9 藤堂雨音(右)

投手 田崎真智子

 

日本の主将で主砲の楠川さんはベンチスタート。

 

 

 

 

1回の表、日本の攻撃。

 

1番、伊藤さん。

球筋を見極める待球の後、あまり調子の良くなさそうな変化球を叩きつけて、フライのように大きく跳ね上がるバウンドで内野安打。

 

2番、平沢さん。

安定に送りバント成功でワンアウト二塁へ。

 

3番は私。

抜きの甘いカーブをセンター前に返して、ワンアウト一三塁。

 

ワンアウト一三塁のチャンスで、4番、怜先輩。

ツーストライクに追い込まれてから、3球見逃してフルカウント。選球眼も、この日本代表での練習や国際試合を通じて大幅に伸びた部分。流石、怜先輩。

その後、右中間を貫く打球で伊藤さんと私は生還。怜先輩は持ち前の快足でツーベースをスリーベースにする好走塁。

ワンアウト三塁で、なおもチャンス。

 

5番、山崎さん。

5球投げさせて、平行カウント2-2。

そこからいい当たりを三遊間に打つ。怜先輩は三塁コーチに入っていた石田コーチのゴーの声にスタートを切る。走塁の良い怜先輩だからこそ、ここは仇となる。

サードが打球に反応するも、グラブで弾く…が、それを落とさずにショートが捕球してキャッチアウト。ショートライナー扱い。

打った段階でスタートを切っていた怜先輩にはもちろん帰塁義務(リタッチ)が発生するも、好スタートをしていた怜先輩は帰塁アウトとなってスリーアウト。

 

 

 

1回の裏、イタリアの攻撃。

 

ピッチャー田崎さんは不調でも球筋に影響が少ない鉄腕投手として知られている。周期的に今日は不調日のはずなんだけど、ピルを使っているおかげもあるのか重そうには見えない。

走る球もコントロールこそ平凡だけど、いい球を投げてる。

 

初回はゼロで抑えて2-0での立ち上がりとなる。

 

 

 

2回はイタリアが初ヒットを打つも、盗塁を依織バズーカで刺殺。

両者無得点に終わる。

 

 

 

3回の表、日本の攻撃。

 

1番、伊藤さん。

ライトエンタイトルツーベースでノーアウト二塁へ。

 

 

2番、平沢さん。

ベンチからの待球サインに、平沢さんは適度にカットしつつ四球を選ぶ。ノーアウト一二塁。

 

 

3番、私。

ベンチから初球ランエンドヒットの指示。

ボール球だったので見逃して重盗成功でノーアウト二三塁に変わる。カウント1-0。

2球目、ここが事件発生点だった。

 

ベンチからの指示はヒットエンドラン。きっちりとライト前に流し打つ。が、ライトの好守備で二塁ランナーの平沢さんが三塁本塁間で挟殺(ランダウン)プレーに持ち込まれてしまった。キャッチャーからサードにボールが渡ったところで、平沢さんも切り返し…だが、ここで三塁側ベンチにいたみんなでさえ聞こえるほどのブツッという音と、一拍遅れた平沢さんの悲鳴によって球場全体がザワつく。

インプレー中は日本国内のルールとは違い絶対にタイムがかからないので、イタリア側の配慮もありすぐに平沢さんをアウトにして、私も二塁でストップする。

そこで責任審判でもある三塁審がタイムをかけて、救護班を呼ぶ。

桜ジャパンのベンチ入りメンバーがすぐに平沢さんの周りに駆けつける。

平沢さんの顔は苦痛に歪んでいるし、苦悶の声が漏れている。

 

…多分だけど、前十字靭帯逝ってる。

男子の場合は接触プレーで起こりやすいので、野球ではあまり損傷することは少ない。

逆に、女子の場合は骨盤の横幅が広いこともありX脚気味になりやすく、さらに膝関節も脛骨上部の平らな関節面(大腿骨と接する面)の体の後方に向かって下がる傾斜の角度が男子より大きいという傾向もあり、大腿骨経由で体重の負荷がかかるときに脛骨が前方にずれやすい。

 

平沢さんの足にその場で痛み止めが打たれる。

どうやら右足のようだ。

 

前十字靭帯再建術を受けた場合、スポーツレベルに復帰するまでに1年近くのリハビリを要する…通常のリハビリに3ヶ月から6ヶ月、スポーツ復帰までに6ヶ月以上と言われている。しかも、どれだけ努力しようとも復帰率は60~70%程と言われているため、平沢さんは痛みの山を超えたところで絶望に打ちひしがれると思う。

世代別国家代表に選ばれるほどの実力を持ちつつも、プロ入りは一気に遠のいたのだから…

 

 

試合を再開して、直後に4番の怜先輩が右中間を切り裂くツーベースでさらに追加点をあげた他には点は入らず、4-0で日本の勝利となったものの、日本は大きくダメージを負った。

 

 

3試合目。

小技使いの平沢さんが離脱したことで、2番の打順には小技も上手い光ちゃんが投入された。また、指名打者も指名せず、山谷さんを5番投手として投入。

初回に波に乗った日本の3点先取から両者点の動きは無く、山谷さんは4.2回、光ちゃんが1.1回、私か1回の継投で完全試合(パーフェクトゲーム)となった。

 

この日の内に長本監督を中心とした指揮官陣は、全日本野球協会に予め調査していた予備メンバー表から補充メンバー1名を緊急招集を依頼。

この大一番で呼ばれたのは…

 

 

 

 



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IF 短編集

前半はイチャイチャ話、後半は息吹の先輩としての成長を描いております。

川口息吹・芳乃姉妹生誕祭!
おめでとう、2人とも!


目次

・光ちゃんとのチョメチョメ

・バッティングゲーム

以上

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

・光ちゃんとのチョメチョメ

 

8月7日。

今年も西宮にある阪神甲子園球場で開催されている全国高等学校野球選手権大会。

2年連続3回目の出場を果たした新越谷高校の面々は、去年と同様に小学校を借り切り、合宿形態での生活をしていた。

 

「ここに来ると思い出すわね。あの時のこと」

「そっか々…ちょうど1年になるんだ…」

「まぁ甲子園の日程は1日ズレてるけどね」

 

今年は8月6日開会式。去年より1日早い。

 

「まさかあのマンガと同じ告白されるとは思わなかったわよ」

「でもその割にポケットにボール持ってたよね?」

「た、たまたまよ!たまたま!」

「球だけに?」

「さむっ」

 

光ちゃんのオヤジギャグ…まぁこの世界ではオヤジという言葉はないのだが、とにかくギャグが寒くて身震いする。夏なんだけどなぁ…

 

「もう1年なんだ…早いわねぇ…昼はスイーツ食べて、夜はみんなにお祝いしてもらって…夜中はこうして2人で密会って。あのミット貰ったけど、結局捕手やらなくなっちゃったわね」

「あはは…U-17の時に稜ちゃんが控え捕手の練習もしてたもんね。あのミット使ったのってカナダ戦3戦目が最後?」

「そうね。今はボロボロにしたくないから保存加工した上で家に飾ってあるわ」

 

新越谷での私の立ち位置は、抑え投手と好打者という2点に絞ったもの。

今となっては色んな守備位置を守れるユーリティープレイヤーとしては捕手はもうやってない。大抵、左翼手か二塁手。

新越谷では同世代最高中堅手の主将がいるし、右翼手は打撃才能を開花させた白菊が専門で構えてるし、一塁手と三塁手は新越谷の誇る安打製造機と主砲の定位置だし…遊撃手は稜が捕手に回らない限り稜が1番遊撃手でスタメンはほぼ確定だ。

稜は足の速さと捕手能力を磨いて、今となっては控え捕手兼代走として活躍している。主将並に速くなったその脚に加えて、直感力に優れた稜のリードやスタートによって、盗塁だけで言えば主将を超えるかもしれない存在になってる。

 

というわけで、私は基本的に左翼手か二塁手で、もう1人出てくる選手によって変わる感じ。例えば菫なら二塁手に入るから私は左翼手、光ちゃんが左翼手に入るなら私は二塁手…みたいに。

 

「去年よりも人も増えたよね」

「あの時は応援に来てくれたのも1年生ばっかりだったわね…新しく入ってきた1年生も野球で注目してくれた子達が多くて、正式に応援団を組織することになったのも驚きよ。他の高校とは違って、吹奏楽部から独立した応援演奏団も組織されてるし…」

「チアガールも、ね」

 

光ちゃんがジト目で私を見る。

うっ…チアの子達をチラチラ見てるのバレてたか…

 

「そ、そんなにチアガールが好きなら…私、着てもいいよ?」

 

…………

 

「……ほわぁっ!?」

 

そんなの即夜戦じゃない!?

チアガールの光ちゃん…うん、その場で押し倒す自信しかないわね。

 

「そんなにチアガール好きなんだ…」

「そりゃぁね。光ちゃんがあんなえっちな服着たら…ね?」

「……チアガールってえっち?」

「うん」

「…よくわからないけど、今度チアの班長さんに言って服借りてくるね」

「是非是非!」

 

 

そんなバカ話も交えつつ、私と光ちゃんはここ一年半の思い出を語り尽くして行った。

まるで漫画やアニメのような(そもそも漫画の世界だけど!)話だった。

 

 

「早いものね…もう1年半も経つんだ…」

「そうだね…」

 

肩を寄せあってお互いに身体の熱を感じ合う。いや、熱いな。あっ…光ちゃん……

 

「ね、息吹ちゃん…」

 

やっぱりか…

 

「ダメよ。()()()人多いんだから」

()はしてくれたのに?」

「……あの頃の純情な光ちゃんを返して欲しいわね」

 

私はそっと光ちゃんの唇を奪った。

 

「これで我慢しときなさい。今回は明日試合なのよ?」

「うーん、してくれたら明日ホームラン打てる気がするよ」

「う…」

 

3年生になった光ちゃんは、身長こそ伸びなかったが筋力は上がっており、ホームランバッターとしても活躍が期待されているプロ注目選手。本人は私がどんな進路にいきたいかで進路を変えるとか言い出してる状態なので、頭を抱えているのだ。

明日の初戦は、光ちゃんをはじめとした3年生の進路に関わる重要な試合。既にもう数少ない公式戦で、結果を残すのは重要だ。

 

そう、進路のためだから!うん、うん、進路のためなら仕方ないわね!

 

「し、仕方ないわね…」

 

その言葉を聞いた光ちゃんは、嬉しそうに私をその場に押し倒した。

 

なお、後輩数人がそれを見て自らを慰めていたのに翌朝になってから気づき、2人して顔を真っ赤にしたのはもう後の祭りであった。

ちなみに、2年生3年生は最初から察していたのか自販機コーナーには近寄ってこなかったのにもさらに後から気づき、その恥ずかしさを対戦相手にぶつける勢いで光ちゃんと私の継投でのパーフェクトゲームと大量得点となった。

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

・バッティングゲーム

 

 

「ライト!レフト!センター前!ショートゴロ!―――」

 

昼間は借りてる小学校のグラウンドで、1年生の守備相手に実戦形式のバッティング練習を行っていた。センターだけは主将だけど。

2年生3年生は自主練としている。

 

さて、バッティング練習とはいえ、1年生たちの守備練習でもあるのだ。私はそのためにひとつの縛りを受けながらバッティング練習をしている。それは、球審のように立つ芳乃の支持したバッティングをすること。

 

1球づつ指示が飛んでくるけど、1打席中にひとつ指示が達成出来ればOKなルール。

 

「サードフライ!」

 

これにはきちんと対応してサードにフライを捕らせる。これで7打席の成功となり、このゲームで単独トップに躍り出た。

ちなみに、今の順位はこんな感じ。

 

1位 私(7/9)

2位 希(6/9)

3位タイ 稜(5/9)

3位タイ 理沙先輩(5/8)

5位 菫(4/5 途中棄権)

6位タイ 1年生(3/8)

6位タイ 1年生(3/9)

8位 白菊(1/9)

 

という感じ。

白菊はうん、もう仕方ないよね。こういうタイプの打ち分け苦手だし。大丈夫よ!白菊は一発があるから!

 

6位タイの1年生2人は内野手と外野手ではあるものの、スタメンを争う2人で、常にライバル同士…まぁ芳乃がそうやって仕向けてるんだけど。2人のうち出ない方のポジションに私が入るのが最近の定番である。

 

次の番は理沙先輩。ここで理沙先輩が成功すれば希と並ぶ2位タイとなる。

 

「センターホームラン!」

 

ここでまさかのホームラン要求。理沙先輩もちょっと引きつつもフルスイング。去年までよりもパワーのあがった理沙先輩の打球は左中間を抜けたホームランとなった。

 

「うーん、まぁ成功です!」

 

芳乃の審判で理沙先輩が2位タイに浮上する。

 

10打席勝負で、今は9打席目のターン。

私と希で首位争いだ。ちなみに、希は新越谷に台頭しているホームランバッター3人に差別化するために安打製造機に磨きをかけており、春の甲子園の打率はなんと私を超えている。

ちなみにホームランバッター3人は、主将、私、理沙先輩の3人で、その他に一発の期待がある白菊も数えれば新越谷の打線が強化されているのが分かると思う。

 

十数分後、10打席目で失敗した私と成功した希で、1位タイ成功率70%となった。

 

「次は負けんよ!」

「ハイハイ」

 

ちなみに、この手の勝負をオーストラリアから帰国してからほぼ週一で希から受けている私の通算成績は10勝9敗6分…今日の分を足すと7分か…になる。

これまでやってきて、2つ以上の差が着いたことは無い。

 

希とはいいライバルと言える存在だし、ありがたい存在だ。前世の知識はもうほとんどアドバンテージにならないけど、希とのライバル関係はそれを超えるアドバンテージになると思う。

 

ゲームに参加していた1年生2人は悔しそうに膝を叩いていた。

 

打撃の主力たる3年生3人が抜ける穴は大きいけど、今レギュラー争いをしてる2人の1年生を中心にどうにか世代交代の準備をしている。

3年生の3人も、藤井先生も世代交代は初めてのことなので、来年は厳しいかもしれない。でも、私たちの母校が強豪と呼ばれるくらいには後輩たちも育てていきたいと、先輩になった初めての甲子園…3年生最後の甲子園で、強くそう思った。

 

 



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第51話 パラオ戦

 

 

 

 

約2か月間で27試合を戦うスケジュールの中、残りは9試合。

残り9試合を小技使いを光ちゃんや山崎さんに頼るのは総合的な打力低下に繋がるので、小技専門の選手を追加招集する。

 

だけど、それがまさか…

 

「えーと、新越谷高校1年の川口芳乃です。スター選手候補ばっかりのこのチームに招集されて驚いてますが、精一杯頑張ります!」

 

てへっと笑うのは我が妹。

 

「はい!?」

 

百歩譲っても、新越谷を甲子園に導いた『指導者』としてなら呼ばれるかもしれないけど、選手としてはまだまだ未熟である芳乃を呼ぶ理由は…?確かに、小技使いとしては最低限使えるけど…世界に通用する…?

これからアメリカとパラオを相手取るのに?

 

「まぁ実力では全然国家代表に呼ぶほどじゃあないんだが…この数日で招集に応じれる選手は少ないからな。後9試合…しかも、パラオは多くて2試合だ。つまり、8試合使えれば問題ない。そして、こいつの戦術眼と観察眼は数試合程度で優位を失うほどじゃあない」

 

中日の最終日…明日からパラオ戦と言う状況での夕食ブリーフィング、長本監督はそう説明する。

 

「それでは、明日のスタメンを発表する」

 

1 伊藤美亜(遊)

2 川原光(指)

3 山谷彩(右)

4 岡田怜(中)

5 山崎摩利(三)

6 岡本美穂(一)

7 穴吹芽衣(左)

8 川口芳乃(二)

9 近藤唯(捕)

投手 大野亜由子

 

「ベンチ外は藤堂と田崎。以上だ。明日はエンドラン及びエンドヒットを多用するので、サインはよく確認しろ。それから、川口妹の方は細かいサイン出すから、今日中にサインを覚えておくように」

 

 

夜、芳乃の部屋に新越谷勢4人が集まる。

まだ荷物を解いていない。

 

「まさか芳乃まで来るとは思わなかったわ」

えへへ〜、私もびっくりしたけど、電話があった1時間後には荷物まとめちゃったよ」

「まさか新越谷から4人目とはな…私も驚いたよ」

「芳乃ちゃんも一流プレイヤーだね」

 

久々の再会に、4人は近況報告を兼ねたおしゃべりで夜がふけていくのであった。

 

 

 

翌日、曇天の中、17:00に試合が開始される。

1試合目はユキの登板を避けられた。

日本はパラオの投手を打線が完全に捉え、大野さんも好投して、5回までに15-0のパラオノーヒットに抑えた。5回の攻守を終えた段階でパラオはタイムをかけて、責任審判と通訳を挟んで長本監督に自主コールドゲームを交渉。長本監督はこれを受け入れて5回コールド15-0で試合を終えた。

ちなみに自主コールドは本大会の決勝リーグにのみ適用されるルールで、コールドゲームが無い代わりに、両チームの監督またはその代行が同意した場合、4回5回で10点以上、6回で7点以上点差がある場合に限ってコールドゲームとすることが出来る。選手の疲労対策でもあるが…暗黙の了解であまり使われていないルールだ。パラオの場合は選手層が薄いので、致し方なく…という側面があるが。

内容も、芳乃のバントエンドランの成功等、それなりに良い形を残せた。

 

 

 

だけど、喜んでばかりはいられない。

2試合目は、先のイタリア戦2試合目降板後から足の張りがある田崎さん――肩の強い鉄腕も、海外の硬いマウンドに足が馴染まなかった様子――の代わりに宇田川さんが登板。

パラオはもちろんユキが登板する。

 

日本のオーダーは以下の通り。

 

1 伊藤美亜(二)

2 川口芳乃(指)

3 岡田怜(中)

4 楠川由梨(遊)

5 川原光(左)

6 山谷彩(右)

7 岡本美穂(一)

8 山崎摩利(捕)

9 清藤奏子(三)

投手 宇田川瑠菜

 

2試合目の先攻後攻は、1試合目の反対で日本が後攻…先に守備に入る。

 

試合開始のプレイボールが宣告。

1回の表、パラオの攻撃。

 

宇田川さんと山崎さんのバッテリーは可もなく不可もなくな感触で、1番を三振に抑えたものの、2番には単打を浴び、二盗を許し、3番にも単打を打たれ、4番の犠牲フライでツーアウトとなるも先制点を許す展開に。

 

 

 

1回の裏、日本の攻撃。

 

1番、伊藤さん。

ユキのナックルの特異な変化に、予選時では3打数1安打の結果を残した伊藤さんも呆気なく三振に討ち取られる。

 

 

2番、芳乃。

ラッキーガール伊藤さんでも対戦成績4打席1安打となったユキのナックルを相手に、意外にも綺麗な当たりを放つ。とはいえ、パワー不足の芳乃は内野の頭をギリギリ超える打球が精一杯。レフト前安打で一塁を踏む。

 

 

3番、怜先輩。

ベンチの森永ヘッドコーチからはエンドヒットの指示。

ユキとの対戦や他国のチームとパラオの試合から、パラオのバッテリーの盗塁刺殺率が低いことはよく分かっている。ナックルの投球動作が遅いことと球速が遅めなこと、捕手の能力がナックル捕球に偏っていることなどが理由となり、特に二盗は足の遅い選手でもほぼ確実に成功する。

パラオバッテリーもそれは分かっているので、ナックルではなく速球で外に外して二塁捕手牽制を試みると予想される。だからこそ、各選手には悪球打ちで有名な楠川さん指導の下、悪球打ちの練習を中日に行っている。怜先輩とて、この桜ジャパンで得るものをなるべく吸収するために色んな選手やコーチから教えを受けている。

その結果は、打てなかった本塁打を打てるようになったことを始めとして、基本スペックの向上という形で見られる。

 

「打った!」

 

外しきれてない微妙な悪球をセンター前にはじき返す素晴らしいヒット。

芳乃は投球モーションの時点でスタートしており、かと言って芳乃の足は速くもないけど遅くはない。三塁に滑り込むには十分なスピードが乗ったまま二塁を蹴って三塁にスタンドアップスライディングで飛び込みセーフ。

 

ワンアウト一三塁。

 

 

4番、楠川さん。

実は、一三塁と二三塁のランナー配置では得点率はそう大して変わらない。それが一塁ランナーが快足の怜先輩で、バッターが強打者なら尚更。

例えば一三塁なら、一塁ランナーが牽制球を誘ってから二盗を目指し、その隙に三塁ランナーがホームへ帰還するという戦術も新越谷の時には使っていた。

 

怜先輩と芳乃はリードでバッテリーにプレッシャーを与えつつ、盗塁機会を伺う。

初球、高めに外してボール。

キャッチャーはここで一塁に牽制球を送り、そのタイミングで怜先輩がスタートを切る。ファーストはショートへ送球。そこでさらに芳乃もスタート。

怜先輩はフックスライディングという故障離脱した平沢さんから教わった技術も駆使して二塁セーフ。ショートは本塁のキャッチャーへ送球するも、芳乃は間に合うタイミングではなくセーフ。さらに、キャッチャーはショートからの送球をグラブで弾き、怜先輩は三塁へ進む。6-2の捕球エラーがさらに付く。

 

だが、ユキは前回から今回に至るまでに精神的に成長したらしく、崩れることなく楠川さんをショートゴロに打ち取る。

 

 

5番、光ちゃん。

光ちゃんもユキのナックルに苦しみ、3球三振に抑えられた。

スリーアウト。1-1の同点で1回を終える。

 

 

 

2回の表、パラオの攻撃。

 

先頭6番にライト前安打を打たれ、ノーアウトで走者を出してしまう。

打線はそれなりのパラオ打線ではあるが、野球には流れというものがあり、宇田川さんは投手としての実践経験が少ないため流れを握るのを苦手としている。

それでも、長本監督と森永ヘッドコーチの2人から日本人最速になりうると、潜在能力だけで代表に選ばれている。その意地だって、チームの投手の中では最も登板試合数の少ないながらも芽生えるもの。

 

粘りのピッチングで、球数を投げさせられるものの続く三者を1三振含む凡退に退けてさらなる追加点は阻止する。

 

 

 

2回の裏、日本の攻撃。

 

6番の山谷さんから。

今日のスタメンは打撃優先のスタメンであり、下位打線であっても得点への期待は高い。

 

山谷さんは三振も、7番の岡本さんが三遊間を真っ二つにするレフト前安打で出塁。

 

8番、山崎さん。

2球目で二盗を成功させた岡本さん。

その後、三振する山崎さんだったものの、キャッチャーが捕逸。山崎さんは走るもファースト送球、一塁アウト。二塁走者岡本さんは三塁に進んでおり、ツーアウト三塁のチャンスになる。

 

 

9番、清藤さん。

勝ち越しのチャンスに、攻撃のタイムを取る日本。ベンチ前に集まった指導者陣+芳乃。恐らく清藤さんをそのまま打たせるか、代打を出すかで悩んでいるはず。

チャンスの代打で考えられる人選は、私、風間さん、小林さん、穴吹さん、青木さんくらい。だけど、この後の守備を考えると青木さんは除外できる。

私と穴吹さんと風間さんならライトの山谷さんをサードに変えて、外野に入る形。小林さんならキャッチャーの山崎さんをサードにして、キャッチャーに入る形。

そして、得点を今絶対に取りたいなら私か穴吹さんのどちらかを使うと思う。逆に、後での交代カードを取っておきたいなら風間さんや小林さんと変えずに清藤さんのまま行くべき。

 

芳乃がチラリと私と穴吹さんを見る。芳乃も同じことを思ってるみたいね。

 

「よし穴吹、ピンチヒッターや」

 

長本監督の最終決定は穴吹さんを代打起用だった。

穴吹さんは良い当たりを出すも、レフトの好守備でレフトフライに倒れた。スリーアウト。

 

 

 

3回の表、パラオの攻撃。

先頭から、代表初のサードを任されている山谷さんのところに打球が転ぶも、きっちりファースト送球してサードゴロ。

続く2番、3番も外野フライに倒れてスリーアウト。

宇田川さんも良いピッチングでチームを支える。

 

 

 

3回の裏、日本の攻撃。

 

1番、伊藤さん。

ラッキーガールの名に恥じない、失投を完璧に弾き返してセンター前安打。

 

 

2番の芳乃の打順で、伊藤さんは二盗。

さらに芳乃の送りバントで三塁へ。ワンアウト三塁。

 

 

3番の怜先輩は、芯を外した打球を放ってしまうが、伊藤さんの好走塁で勝ち越しの犠牲フライとなる。

 

 

その後、ツーアウトから2連続安打で一三塁のチャンスを迎えるも、山谷さんはチャンスをものにできずサードゴロでスリーアウト。

 

 

 

4回の表。

先頭の4番がセンター前安打で出塁するも、宇田川さんが今日調子の良いカットボールとパームボールで山崎さんの配球もあり、後続を完璧にカット。

 

 

 

4回の裏。

日本代表は下位打線3人を凡退に抑えられてしまうが、ここまででユキに69球もの球数を投げさせている。状況はイーブンだ。

 

 

 

5回の表。

守備につく日本は、ここでリリーフの風間さんに継投。

ランナーを出すも得点圏に進ませずに抑える。

 

 

 

5回の裏。

1番の伊藤さんからの打順だが、ユキはここが踏ん張り所と見たか力投を見せる。ナックルの球速が明らかに速い。ナックルはその特性上、球速が速ければ速いほど変化が大きい。

多分だけどユキはいつもパワーをセーブして投げていたのを解放して投げているのだと思う。

三者凡退でこの回の攻撃を終える。

 

 

 

6回の表。

風間さんは球速だけで言えばこのチームで1番速い。

パラオの野球レベルはこの大会中に育ってきているとはいえ、元々が人口の少ない島の中の話。風間さんの重く速い球を捉えるにはまだ一手足りてない。

三者連続三振となりかけたものの、ここを逃せば後に控える抑え…私と睦月さんから打つのは厳しいと分かっているパラオの5番は何とか食らいつくもショートフライに終わる。

 

 

 

6回の裏。

ユキは最終回に望みを残すために、全力投球。

4番楠川さん、5番光ちゃん、6番山谷さんと、桜ジャパンの上位打線級3人を三者凡退に抑える。きっちり89球。大会最終戦も見据えた上手い配球だった。

 

 

 

7回の表。

ここを抑えれば勝つ桜ジャパンは、抑えに睦月さんを起用する。

死にものぐるいのパラオは代打攻勢でツーアウト三塁とチャンスメイクを果たすものの、睦月さんは次の打者をファーストファールフライに打ち取ってゲームセットとなった。

 

2-1で日本の勝利。

 

 

 

3試合目は、パラオは例のごとく試合を棄権して10-0となる。

中日が増えたことで、みんなの疲労も少しは和らぐといいかな。

 

 

さて、これまで7×3試合の21試合を終えて、上位陣の順位は以下の通り。

 

1位 19勝2敗0分 日本

2位 18勝2敗1分 アメリカ

3位 13勝4敗3分 韓国

 

順位の取り方は勝ち点、直接対決、得失点差、順位決定タイブレーク戦と言う順番になる。流石に順位決定タイブレーク戦まではもつれ込むことはないと思うけど…ともかく、日本はアメリカよりも現状上回っている。だが、アメリカの8回戦の相手はイタリア…正直言って、イタリアが1つでも引き分けにでも持ち込めれば凄いというレベルで戦力差があるので、アメリカが3タテしてくることを想定する必要がある。

これを維持するためには、韓国を蹴散らす勢いで3タテが必須。

 

本当に最後の最後まで厳しい戦いね。

韓国…ね…

 

 

 

 



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幕間 本戦リーグ ドミニカ戦1戦目

「まもなく、U-17国際平和記念野球大会の本戦リーグの初戦が始まります。大事な初戦。日本の相手は注目株のドミニカ共和国です。

実況アナウンサーは私、下沢がお送りします。解説は代表監督の長本監督の娘で元プロ野球選手の長本和菜さんです。長本さん、よろしくお願いします」

 

「ええ、よろしく」

 

「それでは桜ジャパンのラインナップをご紹介しましょう!

1番、ショート、伊藤美亜

2番、セカンド、平沢萌恵

3番、センター、川口息吹

4番、指名打者、楠川由梨

5番、ファースト、岡本美穂

6番、レフト、穴吹芽依

7番、サード、清藤奏子

8番、キャッチャー、小林依織

9番、ライト、藤堂雨音

先発投手は大野亜由子です」

 

「無難なメンバーね」

 

「長本さんのこの試合注目している選手は誰でしょうか?」

 

「そうね…5番6番…岡本さんと穴吹さんね。彼女たちは代表選出後はあまり打ててない印象が皆さんあると思うけど、高校級としては十分スラッガー。

特に穴吹さんはあの星光学院で2年生にしてレギュラーを勝ち取ってる強者よ。一部の化け物級を除けばこのチームでも優秀なスラッガー。そろそろ一発を期待したいところね」

 

「無難なメンバーと先程おっしゃいましたが、どのような点が無難なのでしょうか?」

 

「なんというか…印象?

まぁセンターは本当は岡田さんを起用したいところでしょうけど、疲労対策かしら。彼女は走塁や打撃で注目されがちだけど、彼女の『売り』は守備範囲ね。確かに川口さんと藤堂さんもそれなりには広いけど、それ以上にあの総合的な速さを持つ岡田さんには敵わないわね。守備の薄いプロ野球球団からは喉から手が出る逸材ね

それに対して、清藤さんは強力なライナーに対応するのが得意な選手。引っ張り方向の壁になりますから、右の強打者が揃っているドミニカ相手には無難な選択。

楠川さんは多分故障明けで守備練習が取れてなかったのね。名ショートだけに、伊藤さんという代わりでも穴に見えてしまうわ。

安全策を採った…という意味で無難なメンバーということよ」

 

「なるほど。

それでは、勝負の行方を左右するのはどんなポイントでしょうか?」

 

「そうね……リードオフマンかしら。

伊藤さんは何故かラッキーなことが起こりやすい性質みたいで、打席時に相手の失策で出塁することや、打球がイレギュラーバウンドすること、守備時も簡単なゴロや凡フライが多くなる傾向があるわ。彼女の出塁から、いかにして彼女をホームに返すか…それが鍵ね。

6回裏終了までにリードしていれば、ミス・ゼロの川口息吹さんや、打たせてとる睦月さんという名クローザーという切り札がある以上、日本の勝利にグッと近づくでしょう」

 

「川口選手と言えば、野球人生で今だに自責点ゼロ継続中だそうですね」

 

「様々な投法を扱うランダム投法という武器と、世界でも珍しいジャイロボーラー。普通の選手じゃ打てないし、多分プロ相手でも強い投手でしょうね。特にジャイロボールを抑えに使われるだけだと目もタイミングも慣れないから、そうそう打てないわ」

 

「なるほど。彼女にはクローザーが最適な投手ということですね」

 

「まぁね。あれだけの変化球…肘とか関節への負荷に対する対策としても有効ね」

 

 

「さぁ、ここで両チームが両翼のラインに沿って整列します。まずは先攻のドミニカ共和国国歌です」

 

「ドミニカ共和国はメジャーリーグの下請け工場とも言われ、数多のメジャーリーガーを排出してるわ。年齢層的にはアマチュアフリーエージェントとしての『売り時』ちょうどの選手たちだから、選手も結果を残そうと必死になってくるわね」

 

「人口は約一千万人で、東京都と神奈川県の間くらい。観光業が盛んな国です」

 

「カカオの生産もしてるわね」

 

「続きまして、日本国国歌です」

 

「国際大会においてはメジャーリーガーの参加が無いことが多いわ。その結果、世界で2番目の規模を誇る野球リーグを持つ日本は近年トップチームでの勝率が上がり世界ランキング2位に浮上。ま、リーグの規模がこれだけあるのだから当然ね」

 

「後攻の日本は守備に散ります。守備を再度紹介します。

ファースト、岡本

セカンド、平沢

サード、清藤

ショート、伊藤

レフト、穴吹

センター、川口

ライト、藤堂

バッテリーはキャッチャー小林と先発投手が大野のバッテリーです」

 

「小林さんは安定感のある守備力と強肩依織バズーカで知られてるわね。安定したスタメンマスクでしょう。

ここから始まる本戦決勝リーグでは先発ローテが重要だけど、これで先発ローテ先頭が大野さんに確定したわ。純粋なイニングイーターとしてでは田崎さんの方が上に思えるけど、防御率や奪三振能力も考えると確かに良い選択じゃないかしら」

 

「長本さんでしたら、先発ローテはどのように組みますか?」

 

「そうね…1番手に大野さん、2番手に宇田川さん、3番手に山谷さんかしら。田崎さんも先発向きだけど、先発の控えとロングリリーフに取っておきたいわね。3番手に山谷さんは正直安定感ね。高校3年生とは思えない落ち着いた投球をこれまで見せてくれてるわ」

 

「山谷は10月のドラフト会議で3球団から一位指名を受けた実力派です。交渉権を獲得したブルズ盛岡と満額契約を結んだとのことです」

 

「投打の二刀流が出来る山谷さんだもの。ブルズ盛岡はピッタリかもしれないわ」

 

 

「さぁ、両国国歌が終わり、先に日本が守備に就いて始球式です。始球式にはオーストラリア出身の元メジャーリーガー、リリー・ジュリーさんが登板します」

 

「試合のゴングがなるわね」

 

「リリーさんが、今、マウンドでワインドアップ。投げました!速い!キャッチャー小林、取りこぼすも体を張って止める好守備!元内野手とはいえ、鋭いピッチングの始球式でした!」

 

「高校生とはいえ、世代最高クラスの選手とも言える小林さんが取りこぼす程の球ねぇ…始球式とは思えないわね」

 

「はい、素晴らしい投球でした!

さぁ、大野さんがマウンドに登り、打者がバッターボックスに入って球審がプレイボールを宣言。試合が始まります!」

 

 

《中略》

 

 

「先発大野、4回を投げ終えてノーヒット。唯一3回の四球1つ以外では出塁を許していません」

 

「4回終えて6奪三振。これはノッてるわね」

 

「アウトカウント12個のうち半数を三振で討ち取っている計算になります」

 

「4回の裏、日本の攻撃に移ります。先頭は2番セカンド平沢。

1回の1打席目は綺麗な送りバントを決めてワンアウト三塁のチャンスに持ち込んだ平沢。ノーアウトランナー無しの先頭としてはどのようなバッティングを見せてくれるか!

ピッチャー第1球…投げました。見逃してストライク。外いっぱいのいい球です」

 

「今のはいい判断ね。カウントが悪くなってない状態でわざわざカットにいく必要は無いわ」

 

「続いて2球目…投げました。外に大きく外れてボール」

 

「ドミニカのキャッチャーはよく止めたわね。止めなくとも暴投にはならないからスルーするかと思ったわ」

 

「ノーアウトランナー無しでカウント1-1。さぁ、第3球を…投げました!打ち上げた!引っ張ってレフト方向!レフトは既に足を止めている…アウトです。ワンアウトランナー無しに変わります。

いやぁ、長本さん。今のはチェンジアップでしょうか」

 

「多分シンカーの失投でしょうね。ドミニカ側からすると救われた形ね」

 

「続いては3番センター川口。左バッターボックスに入ります」

 

「両打ちだけど、右打ちの多い川口さんが左…セーフティも視野に入れてるわね」

 

「ピッチャー投げました!内角膝元でボール!」

 

「ドミニカバッテリーは逃げ腰ね。川口さん単独でも怖いのに、後ろに控える楠川さんのせいで完全に逃げ腰になってるわ。2人ともこれまで6割前後の打率を誇るもの。そりゃ怖いわね」

 

「2球目を打ったー!入るか!?」

 

「いえ、切れるわね」

 

「ライトポール横に切れて特大ファールとなります」

 

 

《中略》

 

 

「4回の裏、3番川口がカウント3-1からのワイルドピッチで二塁まで進む好走塁によってワンアウト二塁の得点圏にランナーを進めて、日本の主砲がやってきました!4番ショート楠川!」

 

「追加点の期待がかかるわね。ここで点を取れれば日本は波に乗るわ。逆に点を取り切れなければ形勢は五分からドミニカ優勢に変わるでしょうね」

 

「初球、高めに浮いてボール」

 

「1球外して様子見…川口さんがキャッチャーに対していい感じにプレッシャーを与えているわ」

 

「2球目…投げまし…打ったー!ライト方向に大きな当たり!」

 

「フェンス際かしら…落ちればツーベース確定ね」

 

「ライト走る!センターも走る!だが打球の方が速い!フェンス直撃!

二塁ランナー川口は落ちることを信じていたのか既に三塁を蹴っている!ホームイン!日本追加点!楠川は二塁まで進んでタイムリーツーベースです!」

 

「素晴らしい打撃だったわ。膝下に入ってくるボール球を悪球打ち。まさかライト越えのタイムリーツーベースになるとは」

 

「主砲が日本に流れを呼びました。続く5番は左打ちのファースト岡本。彼女も長打力のあるバッターです。

今、プレイが再開されて初球…見逃してストライク。内角高めの手を出しづらいところに抉るようなシュートが入ってきました。

セットポジション。二塁ランナーを警戒しています。

2球目を…投げました!打ちました!ライト方向に飛ぶ!先程の楠川とほぼ同じ弾道だ!二塁ランナー楠川は既に三塁を回ってホームへ…いや、フェンスを超えた!ホームランです!5番岡本、ツーランホームランだ!」

 

「いい風が吹いてるわ」

 

「現在、球場にはホームからみてライト方向へ風が吹いていますから、追い風になっていますね」

 

「……そうね(そういう意味ではなかったのだけど…まぁいいわね)」

 

「ドミニカのキャッチャーがピッチャーを落ち着かせるように球を手渡しに行きます。

さぁ、流れに乗って行きたい日本の6番はレフト穴吹」

 

「穴吹さんは主砲の楠川さんと同じ星光学院。新チームの主砲として活躍が期待されている選手よ」

 

「ピッチャー、ワインドアップで…投げました。低めに見逃してストライク」

 

「悪くない球を投げているのだけど…日本の調子が乗ってる状態を抑え切れてないわね。ここで畳み掛ければ勝ちに大きく近づくわ」

 

「2球目…これも見逃して、今度は外に外れてボール。わざと外しましたかね」

 

「そうね。振る気があるのか確かめている球じゃないかしら」

 

「穴吹、2球目も微動だにせず見逃していますが…」

 

「多分2球は待球の指示でも出てるのではないかしら。次は打つわよ」

 

「ピッチャー振りかぶって…投げました!当たった!いい当たり!これはまさかの連続ホームランか!?」

 

「…入ったわ」

 

「ソロホームラン!日本さらに追加点!連続ホームランです!5-0!この回日本は4点の追加点を上げました!」

 

「大分日本優勢な流れになったわね」

 

 

《中略》

 

 

「6回に1点を返されましたが、4点のリードのまま最終回を迎えます。この守備でリードを守りきれれば日本は大事な初戦を征することになります。

7回の表、ここで選手交代があります。

センター川口がピッチャー。

指名打者伊藤がショート。

川原光がセンター。

青木玲奈がファースト。

山崎摩利がサード。

近藤唯がキャッチャー。

楠川、岡本、清藤、小林の4人がベンチに下がります。

 

交代後のポジションを読み上げます。

ピッチャー川口

キャッチャー近藤

ファースト青木

セカンド平沢

サード山崎

ショート伊藤

レフト穴吹

センター川原

ライト藤堂

以上に変わりました」

 

「ミス・ゼロの川口さん登板にドミニカベンチは完全に士気低下してるわ」

 

「川口さんはこれまで練習試合含めて1度も自責点が付いたことがないクローザーとして有名です。1度タイムリーを打たれたことはありますが、前に投げていた川原の自責点となっています」

 

「その1度のタイムリーもランナーのタッチアウトで試合を終えるプレーになってるわ」

 

「さぁ、投球練習を終えて、ドミニカの3番が右バッターボックスに入ります。

第1球…投げました!見逃してストライク!この球です!この魔球がジャイロボールです!」

 

「初速からの減速が少ないからタイミングがズレる上に、ストンとあっさりと落ちる球なのでボールの上っ面を叩きやすいという性質もあるわね。特にあの落差は空振りの誘発に最適ね。見逃してもストライクゾーンに入るのだもの」

 

「落ちる球というのはどうしてもゾーンで取って貰えないことがありますが、川口の制球力はきちんとゾーンに入るピッチングです」

 

「そうね。制球力はとても良いわ。あとは球速がもう少しあれば最高ね」

 

「第3球を空振り三振!」

 

 

《中略》

 

 

「空振り三振ー!日本勝ちました!抑えの川口、三者連続三振であっさり試合を閉じました!日本の守護神です!」

 

「素晴らしい試合だったわ。でも、まだまだ日本代表には成長の余地があるわ。試合の中で進化する子もいるだろうし、これからも日本代表の活躍に注目してほしいわ」

 

「試合後のヒロインインタビューと談話、日本戦以外の試合はホームページ及び動画配信サイトにて公開予定ですので、ご覧下さい!

明日のドミニカ戦2試合目は動画配信サイトにてライブ配信予定ですので、そちらもよろしくお願いします。

本日の実況は下沢、解説は長本和菜さんでお送りしました。それでは長本さん、本日はありがとうございました」

 

「ありがとうございました」

 

 

 



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第52話 韓国戦 スリーアウト!

《注意》必ず注意を読んでから本文へお進み下さい。
・本作品はフィクションです。
・本作品は特定の思想・国家等を非難・侮辱する意図はありません。
・本作品は意見を発信するものではありません。
・上記の注意書きで嫌悪感がある方は、『第52話』の読み飛ばしを推奨致します。次話の前書きにて本話のあらすじを記す予定です。





 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

以下本文につき、前書き部分の注意書きをご覧になった上でお読みください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

韓国のスポーツは、お国柄もあるのかラフプレーが目立つ。

有名どころと言えばサッカーだけど、それ以外にもバスケや柔道、そして野球も、多くの競技でラフプレーやフェアプレー精神に欠く態度やプレーが目立つ。サッカーの審判買収なんてお笑いにしかならないわね。

 

また、日韓戦は普通にプレーしたって強い競技でも普通にラフプレー。野球で言えば故意四球とか守備妨害とか走塁妨害とか…正直相手にしたくないお国。

正直言えば、まだ北朝鮮が悪者に思われがちだけど、スポーツにおいては北朝鮮選手たちの方がマナーはわきまえてるって思うこともある。

本当にやれやれだ。

 

 

「えー、皆さん、今までお疲れ様です。残すところ残り6試合です…正確には優勝したら凱旋試合があるので最大7試合ですね。

さて、8回戦の相手は韓国です。皆さんお分かりとは思いますが、韓国は…えー、まぁラフなプレーが多いことで有名です…ね?そのため、次の韓国戦では特別にお願いが多々あります。

まずは私たちが無理なプレーをしないこと。これは私たち自身の怪我の確率を下げるためです。ラフプレーが組み合わさった場合はさらに怪我のリスクが上がりますから…

2つ目。直接的に言うので申し訳ないのですが、韓国戦はなるべく主戦級選手を出さないようにします。具体的には、楠川さん、川口息吹さん、岡田さん、伊藤さん、川原さんの5人はスタメン起用を取りやめます。

3つ目。守備の時は、韓国の走者が送球妨害をバレない様にしてくる可能性があります。送球を妨害してくることがあれば、少し大袈裟に嫌がってください。

4つ目。攻撃中はいつラフプレーを受けるか分からないので、注意してください。特に死球は避けるようにお願いします。

5つ目。もしも乱闘が起こった場合は、必ず怪我をしないように。相手が武器を持ち出したら何とかして逃げてください」

 

森永ヘッドコーチが、韓国戦の注意事項を選手たちと擦り合わせていく。

 

森永ヘッドコーチが日本代表桜ジャパントップチームとして活躍した頃、長本監督がトップチームの監督として指揮をとってた。

その頃にあった日韓戦では指名打者制度無しルールで試合をしたのだが、日本の先発投手が1打席目に頭部死球を受けたり…

それはまぁ野球…いや、ベースボールとも呼べない様なものだった。

その経験を持つ2人の指導者は韓国戦を危険視していた。

 

 

 

そして、韓国との試合の初日。

 

日本は普段以上の警戒の中で球場入り。

光ちゃんと田崎さんはベンチ外だ。

 

スタメンは以下の通り。

 

1 青木玲奈(一)

2 川口芳乃(二)

3 山崎摩利(三)

4 岡本美穂(指)

5 穴吹芽依(中)

6 風間花詠(左)

7 清藤奏子(遊)

8 近藤唯(捕)

9 藤堂雨音(右)

投手 大野亜由子

 

スタメンがメンバーに知らされたのはついさっき。

特に内野手の配置には頭を抱えたとか。

 

そうこうしているうちに、私たちがロッカールームからベンチに入ると、韓国側の一塁側応援席には横断幕が。

まぁハングルで書かれてるから分からないけど、明らかに挑発とか侮辱系統の文言であり、日本チームがベンチに現れたところから韓国応援席からのブーイングの大喝采。これは酷いわね。

 

でも、ちょっと笑える。

こんなことしか出来ない人達なんだなって。

 

 

 

球場での直前練習を終えて、両チームのノック。その後にグラウンド整備。

いやー、下品ね。どうしょうもないわ。

 

私はベンチから始球式を眺める。

始球式は1回戦の初戦以外は全てオーストラリアの現地の野球ファンの方が務めている。1回戦の初戦はメジャーとかの引退投手が務めてくれた。

 

日本の先攻で試合が始まる。

 

 

 

1回の表。

 

今日の先頭の青木さんは、9球粘ってから左打者の強みである一塁への近さを利用したセーフティーバントで出塁し、ノーアウト一塁。

 

 

2番、芳乃。

韓国の投手は、正直野球に強い国々と比べると打高投低で、打撃は良いのに投手がお粗末という状態。その守備力を補うため、極端なシフトを敷くことが多い。

芳乃に対しては、既に打力が低いとバレているのか、はたまた送りバント阻止を目的としているのか、前進守備…外野手までもが内野に近いエリアにまで来ている。

 

初球、ベンチからのサインはランエンドヒット。

高めに外れたボール球をスルーした芳乃。青木さんはスタートを切っていて、二塁へ。二塁ベースカバーに入ろうとしたセンター・セカンド・ショート・レフトが4人でお見合いしてしまいセーフ。

記録上は盗塁となるものの、これは韓国の連携力…シフトでの守備練習不足が露呈する結果に。

 

韓国は2球目も前進守備。

内角中ほどに入ったストレートをバントで一塁方向へ転がして前進守備を敷いていたセカンドに捕らせて送りバント成功。ファーストではなくセカンドに捕らせたことで、右利きの投げずらい位置である三塁をセーフにさせる頭脳と技術の合わさったプレーだった。

 

 

3番、山崎さん。

数球粘って、7球目。

真後ろに飛ばすファールフライをキャッチャーに捕球されてキャッチアウト。青木さんはその瞬間にスタートを切って、本塁へ駆け込む。投手がベースカバーに入るのが遅れ、1点を先制する。犠牲フライとなる。

 

 

4番、岡本さん。

打席に立ち、初球。

投手が投げた球は左バッターボックス…岡本さんの方向に。右利きの投手からのクロスファイアで避けきれなかった岡本さんのお腹に当たる。

死球が宣告されるも、岡本さんは動けず蹲る。球審がタイムをかけて、救護班を呼ぶ。岡本さんはしばらくして立ち上がり、担架を拒否して一塁へ走塁した。

だが、韓国投手は帽子を取るなどの軽い謝罪などもせずふてぶてしい態度をとることにネクストから一部始終を見ていた穴吹さんがキレて韓国投手に詰め寄る。

 

「あのバカ…!」

 

同じ高校の先輩でもある楠川さんがベンチを飛び出して穴吹さんを抑えて、何とかプレーを再開する。

 

 

5番、穴吹さん。

 

初球、穴吹さんはビーンボールを投げられ、咄嗟にしゃがんで避ける。これが功を奏してキャッチャーはキャッチできず、岡本さんが二塁へ進む。

完全にキレた穴吹さんがバットをその場に置いて、韓国投手に詰め寄ろうとするも、球審に止められる…が、それを振り切りそうになるところで両チームの選手が飛び出して一触即発の状態に。

私ももちろん出ているけど…こんな乱闘とか前世でも経験ないし、ちょっとワクワクしてたりする。

 

審判とその通訳者が間に割って入って、場を落ち着かせる。

球審が警告試合を宣言し、韓国の投手に対して警告を与える。

 

この大会は警告試合の制度があり、報復防止以外にもあまりにもラフプレーが目立つ場合などにも選手生命保護を目的に宣言され、退場処分のハードルがガクッと下がる。

今大会の本戦予選リーグから起算して既に4試合で宣言されているが、内3試合は韓国絡みである。これで韓国は4試合目の警告試合となる。

 

試合は1回の表、ツーアウト二塁、カウント1-0から再開する。

 

韓国投手は審判の裁定に不服なのか、精細を欠いた投球でフォアボール。

投手はメンタルの重要なポジション。そういう意味では詠深はエース足りうる素質があるわね。

 

 

6番、風間さん。

初球に風間さんの背中を通る危険球があり、球審が韓国の先発投手に退場を命じ、それに対して韓国投手は不服として球審に詰め寄る。塁審と通訳も集まって、韓国の監督に投手退場の措置を速やかに行わない場合は没収試合にする*1と警告を与えた。

 

カウント1-0から韓国はリリーフに代えて試合を再開する。

リリーフはいきなりの登板で制球乱れてフォアボール。

ツーアウト満塁となる。

 

 

7番、清藤さん…のところで、試合を決定づけるため、怜先輩を代打に送る。

監督が、指をクルクルと回すサイン…というか煽りを出す。ホームランを打てという韓国に対しての圧力。

怜先輩は本塁打を打てるようになったのはこの代表中に色んな人から学んできたから。本塁打期待値はそこまで大きい訳ではない。だが…得点圏打率9割オーバーの怜先輩なら、この代表最高打点の怜先輩なら、最低限犠牲フライは確定していると言っても過言ではない。

 

初球、落ちる球を引っ張ってレフト線にかっ飛ばす。

ランナー走る走る。

バッターランナーの怜先輩も快足飛ばして二塁を蹴って三塁へ。

サードが捕球した時には怜先輩は既に三塁の上にスタンドアップスライディングで完全セーフだった。

 

ツーアウト三塁に変わる。点は4-0。

 

 

8番、近藤さん。

初回の4点差に苛立つ韓国。

試合を見限ったのか、初球は再び死球。近藤さんは運がなかったのか、避けるのが遅かったのか、その大きな胸に直撃してた。痛そう。

 

球審は塁審と通訳を集めて相談。数分後、没収試合が宣言され、大会特別ルールに則り日本が15-0で勝利となった。

また、試合成立イニングである4イニングを終えていなかったため、記録は残らなかった。

 

 

 

その日のうちに、大会委員会は韓国のあまりにも酷いラフプレーに対して、今大会の残りの韓国の試合全てに警告試合を宣言する処分を発表。韓国はこれに反発して以降の試合を全て放棄するとして翌日の朝に帰国するのだった。

 

 

 

 

*1
公認野球規則7.03内に記されている没収試合の条件のひとつに『審判員の命令で試合から除かれたプレーヤーを、そのチームが適宜な時間内に退場させなかった場合』があり、本大会のルールにも記載がある




きっと反日主義の方ばっかりだったんでしょうね…

ちなみに『韓国 ラフプレー』で調べてもほとんどサッカーの話しか出てこないですので笑


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第53話 アメリカ戦 前半

【前話を飛ばした方向け】
第52話 韓国戦 スリーアウト!のあらすじ。

韓国のラフプレーで警告試合となり、日本優勢の中、危険球や死球を警告の上で投じた韓国。最終的に大会特別ルールの没収試合が適用され、日本は15-0で勝利する。
韓国は不満タラタラで、以降の試合を放棄して帰国するのであった。






 

 

8回戦の後ろ2試合を不戦勝で勝利した日本は、体力的に大分回復した。

特に主軸級の打者のほとんどは韓国戦にも出てないので実質9日間もの休日があったようなもの。

 

さて、日本とアメリカの勝利条件を振り返る。

日本は2勝または1勝1分となった段階で優勝が確定する。

アメリカは2勝となった段階で優勝が確定する。

 

そのため、引き分けでも首を絞めることになるアメリカとしては何がなんでも先に1勝をあげようと必死になる。

本大会最大得点のアメリカ打線が必死に打ってくるのは、それはそれで怖い。逆に本大会最低失点の日本はいかにアメリカ打線を封じるかがキモとなる。

 

主力選手で固める桜ジャパン最高のラインナップで、基本的に優勝確定までは大きな変更はしないと長本監督は話し、初戦のラインナップを発表した。

 

1 伊藤美亜(二)

2 川原光(指)

3 川口息吹(左)

4 岡田怜(中)

5 楠川由梨(遊)

6 岡本美穂(一)

7 山谷彩(三)

8 小林依織(捕)

9 藤堂雨音(右)

投手 大野亜由子

 

 

球場入りして、ロッカールームで着替える。

流石に優勝のかかる3番勝負に、桜ジャパンの面々も緊張が見える。

 

ベンチに入ると観客席が見える。そして、私たちが入ってきたのを見て、スタンドから大歓声が響いてくる。大一番で、どちらにも優勝の可能性が残るこの3連戦に、スタンドは超満員。大会一番の盛り上がりを見せている。

 

「これは…凄いわね。立ち見までいるわよ」

「甲子園じゃあ入場規制とかがあるからな。熱気自体は甲子園の方が凄いが、観客席の圧力はこちらが上か」

 

私のあとからベンチに入った怜先輩が私の独り言にそう答えた。

 

 

 

お互いの監督がオーダー表を交換し、会場の電光掲示板にアルファベットでラインナップが点灯する。

以前光ちゃんの通訳で話したことのあるアルテラが2番DHで起用されている。

 

ノック等の練習を終えて、国歌斉唱の後試合が開始される。

 

 

日本先攻で始まる初戦。

アメリカは左投手が先発。

 

このアメリカメンバーの多くはきっと大リーグに行くのだろう…けど、私たちとて伊達に甲子園を目指す異常なほどの情熱は他の国には多分ない。甲子園への渇望は仮に格上とて喰らうこともある。

 

1番、伊藤さん。

初球、アウトコースにシュートが逃げていき、空振り。0-1。

……意外にも、アメリカの先発は軟投派らしく、球速はさほどでは無い。だけど、これは…

伊藤さんは3球で三振に打ち取られ、ワンアウト。

 

 

2番、光ちゃん。

初球、落差の激しいシンカーで空振り。

2球目、高めのストレートを見逃してボール。

3球目、外に逃げるスライダーを引っ掛けた光ちゃん。サードが弾いたがショートがリカバリーして一塁アウト。記録はサードゴロ6-3一塁アウトとなる。

 

「どんまいよ」

「うん、あの人打ちづらいから気をつけて。特にシンカーは厳しいよ」

 

ネクストの私は一塁方向から帰ってきた光ちゃんと一言交わして打席に入った。

 

 

3番は私。

この投手の投球は明らかに「打ちづらい投法」。リズムが微妙に普通ではない上に球持ちも異常に良い。だけど、それは私と芳乃の観察眼を前にはあまり意味をなさない。

初球、よく抜けたカーブ。いや、スローカーブ?ナックルカーブでは無い…まぁこれはスルーで大丈夫。待ってるのは…

2球目、ツーシームかな。外に外れてボール。微妙に動いてる。これなら叩いてもヒットにはできる。でもこれじゃない。

3球目、逃げていく形のシュート。……見えた。

 

振り抜いた私の木製バットはまるで金属のような音を響かせ、打球は右中間へ。ちょっとタイミング遅かったわね。フェンス際でライトが捕球してスリーアウト。

 

初回、日本は三者凡退に終わった。

 

 

 

1回の裏、アメリカの攻撃。

 

大野さんの調子はそこそこ。

日本の奪三振姫は伊達ではない。

1番を3球三振に打ち取ると、迎えた2番DHアルテラさん。

チーム内での研究でも、高いアメリカの打撃レベルの中でアルテラさんが1人飛び抜けているのは周知だ。捕手の小林さんも、それを踏まえて初球から大野さんの決め球であるシンカーで勝負した……

 

パンっと軽い打撃音。飛んでく打球。

全くフルスイングじゃなかったのに、悠々と外野の頭を超えて右中間後ろへ。

何とかフェンスに当たった球を怜先輩が抑えるも、アルテラさんは既に二塁。さらに二塁を蹴って三塁へ。怜先輩のレーザービームも、三塁までは間に合わず三塁打となる。

 

 

瞬く間にピンチのランナーを背負う日本、そして大野さん。

 

成績こそアルテラさんに劣る3番の打者だけど、打点はアルテラさんに匹敵する怜先輩タイプの打者。つまり、全く油断はできない。

2球使って追い込むと、3球目のシンカーを失投。3番打者は後逸すると判断してからスイング。小林さんは暴投となったシンカーを後逸。打者走者とアルテラさんが走る。

球足の乗っていたシンカーはバックネットギリギリで小林さんが追いつき、振り返りざまに大野さんに送球。ホームベースカバーに入った大野さんとアルテラさんのクロスプレー。土煙が2人を隠す。どうなったの…!?

球審はアウトの宣告。ツーアウト一塁に変わる。

大野さんのガッツポーズに、日本ベンチと日本の応援席が盛り上がる。大野さんも怪我無さそうで良かった。あとは調子崩してなければ良いんだけど…無事之名馬とも言うし、投手は本当に怪我しやすいから…

 

 

ツーアウト一塁に変えて、アメリカは4番に打順が回るも、数値的にはこの4番は3番やアルテラさん程は怖くない。まぁアメリカのメンバーはみんな怖いけど、その中ではって話ね。

大野さんは4番を6球かけて見逃し三振に打ち取った。

 

 

 

2回の表、日本の攻撃。

 

4番怜先輩はセカンドゴロに倒れ。

5番楠川さんもピッチャーフライ。

 

 

主軸が全く機能していない1巡目、ツーアウトで6番岡本さんが逃げてくスライダーを完璧に捉えてセンター前返し。ツーアウト一塁と今日の日本側初安打となる。

 

 

7番、山谷さん。

最近打者としても起用される山谷さん。その期待に応える様に…と言いたいところだったものの、なかなか前に打てず粘った末、バッテリーが折れてツーアウト一二塁に変わる。

 

 

チャンスで回ってきた8番、小林さん。

元々打てるタイプのキャッチャーという訳ではない彼女。たまに打てる守備の要としての役割は梁幽館の時と同じだけど、日本代表としてのスタメンマスクとしては打撃での貢献も求められている。例えばこういったチャンスの時に。

とはいえ、そう簡単に打てたら苦労はしてない。小林さんは5球目で三振。振り逃げも、アメリカのキャッチャーは前に落としていたので楽に刺殺されてしまうのだった。

スリーアウト。

 

 

 

2回の裏、アメリカの攻撃。

 

5番か始まる打順。

大野さんは初回のホームベースカバーの影響を見せない安定したピッチングで2個三振を奪いツーアウト。

ところが、7番打者相手に粘られてフォアボールを与えてしまったところから調子が崩れ始める。

 

8番打者が初球を振ってレフトの私の方向にかっ飛ばした。ギリギリファールゾーンに切れたけど、後ボール数個分内に入っていれば完全にタイムリーツーベースコースだし、私も全く間に合わなかった。

2球目はボール。

3球目、三遊間を鋭く抜いた打球。私が飛びついて後逸を避ける。素早く立ち上がって走塁を牽制する。一塁ランナーは三塁に、バッターランナーは一塁に飛び込んでいた。

 

ランナー一三塁のピンチ。

9番打者相手に精彩を欠き、フォアボールを与えて満塁となる。

 

 

ここで日本ベンチはタイムを取り、投手コーチを務める谷口コーチがマウンドへ向かう。

今日は投手が3人も打順に組み込まれているので、この段階でDHを解くのを敬遠した日本ベンチ。大野さんを落ち着かせて続投させる。

だが、これは判断ミスとなる。

1番打者に一二間を抜くタイムリーを打たれてしまう。もし新越谷の白菊なら最低2点は失っているところ、藤堂さんが守備職人の好プレーで出血を抑える。

 

 

満塁で迎える2番アルテラさん。

長本監督はしばらく考え込んでから、申告敬遠を示す。アメリカはさらに押し出しの1点を手にする。観客席からブーイングが飛ぶ。

 

怜先輩が寄って来て、「見覚えのある光景だな」と笑ってまた戻って行った。

 

 

3番打者はショートの楠川さんのファインプレーでショートライナーとなりスリーアウト。

 

 

 

3回の表、日本の攻撃。

 

2点を追う日本は9番藤堂さんから。

藤堂さんの打率は国内公式戦で.205。代表では.101。四球を選べる選球眼も良いとは言えない。打撃では高校球女の平均を下回る。

だけど…ここぞという時の仕事ぶりは意外にも良い。

三遊間を上手く抜いた打球。一塁を走り抜けてセーフ。

ノーアウト一塁。

 

 

1番、伊藤さん。

2巡目の伊藤さんは星光学院の監督で、桜ジャパンの打撃コーチを務める石田コーチにアドバイスされた通りに打撃に臨んだ。軟投派投手の球を見切れないなら『見ないで打つ』というアドバイスであった。

伊藤さんのラッキーを信じたアドバイス…のはず。投げた瞬間に目をつぶって、自分の感覚でバットを振る。

打球は鋭く強い打球となり、一塁線方向に。ファーストがミットを構える暇もなくファーストを強襲。進路が変わったその打球は外野ファールゾーン方向へ。

ファースト強襲安打でノーアウト二三塁に変えて、チャンスを作り出す。

 

 

2番、光ちゃん。

2球見送って追い込まれる。

ところが、そこから軟投派の弱点とも言える球足の遅さと威力の低さを逆手にとって、光ちゃんは自慢のパワーを最大限使える豪快なフルスイング。三振するも、バットの音にビビった捕手は後逸。直ぐに拾い直すも、三塁の藤堂さんが走りかけたりする牽制で一塁を刺せず、パスボールの記録となる。

 

 

3番、私。

ここでは最低限遠いフライで犠牲フライを演出しないと…

アメリカの外野陣は私の1巡目の長い飛球を見て後退守備を選択。場合によっては前に落としてもタイムリーになる…

まぁノーアウトだし、気軽に振っていくわ!

初球、低いボールを見逃してボール。

2球目、足元でバウンドしてボール。

3球目、高めに入ってきた速球…ツーシーム?を振る…

 

ミシッ……と嫌な音と共にライト方向に流した打球。ライトの深いところに飛ぶもライトはしっかり捕球した。その瞬間、全ランナースタート。

三塁走者藤堂さんは余裕の生還。

二塁走者伊藤さんはコーチャーに立っていた石田コーチの走行指示に従って本塁へ走る。

一塁走者の光ちゃんは二塁を蹴って三塁へ向かう。

 

この時、中継に入っていたセカンドは選択を強いられる。

点を許容して光ちゃんを三塁でアウトにするか、点を許容せずタイミングが厳しい本塁でのクロスプレーに賭けるか…

結果として、セカンドはキャッチャーに送球。二塁走者の伊藤さんとのクロスプレーは伊藤さんに軍配が上がり、三塁に勝ち越しの走者である光ちゃんが生存する、アメリカにとって最悪な状態に変わってしまった。

ワンアウト三塁で、同点に並ぶ。

 

 

4番、怜先輩。

練習試合等も合わせた通算圏打率は脅威の.896。

得点圏時、89.6%の確率で安打を製造しているということ。

そのチャンスへの強さはアメリカの指揮官も認めるところなのだろう、投手を交代した。

 

だけど、投手が代わるくらいで対策ができるなら、怜先輩の成績はここまで異常ではなかった。

犠牲フライにはなったものの、きちんと勝ち越しの打点を決める仕事を果たした。

ツーアウトノーラン。

 

 

5番、楠川さん。

交代した投手は速球派。勝ち越されて動揺した速球派を打ち崩すのに楠川さんはそこまで苦労しない。

カナダ戦2試合目以来のアーチを放ち、ダメ押し。

 

 

6番岡本さんはショートライナーでスリーアウトになる。

 

 

 

 

3回の裏、4回の表、4回の裏、5回の表まで、追加点無しに終わる。

だが、再び1番からの打順でアメリカ打線が火を噴く。

 

5回の裏、先頭1番が内野安打で出塁すると、2番のアルテラさんが打席に入った。

2回目のタイムと共に、森永ヘッドコーチが出ていき少し長く相談した結果、大野さんは続投を決断。

多分、折り合いとしてはこの打席を凌げば続投、打たれたら山谷さんか光ちゃんに交代という感じかしら。

 

大野さん対アルテラさんは双方折れない勝負に。一塁ランナーも小林さんの肩を警戒して盗塁の気配は無い。

10球を超えて粘るアルテラさんに、大野さんも根気よく変化球を投げ分けて凌ぎ続ける。既に球数は90を超えており、夜でも暑くなってきたメルボルンの夏を身に浴びて汗が流れる。

 

15球目、勝負が決まった。ライト線側に切れる特大ファール…かと思いきや、風のイタズラで進路を変えた打球はライトポールに当たった。

軍配はアルテラさんに上がり、試合は振り出しに戻ってしまうのだった。

 

 

3番打者を迎える前に、日本は投手交代とDH解除を球審に告げた。

光ちゃんがマウンドに上がる。

光ちゃんの持つ球種はこの代表戦に呼ばれている間に1つ増やしていた。それはホップと名付けられたボールで、光ちゃんの持ち味だったストレートの上回転をさらに磨き上げて変化球に押し上げた究極の『上に変化する変化球』だ。代わりに球速を意識した新たなストレートの収得に時間がかかったので、実戦投入は遅れていた…でも、ようやく初公開。

さぁ、光ちゃん、やっておしまい!(悪役感)

 

多彩な変化球で、あっという間に三振3つ。

後続を断ち切り、5回の裏を終えた。

 

 

 

6回の表、日本の攻撃。

4番、怜先輩からの打順。楠川さんに対する申告敬遠以外は塁に出れず、この回の攻撃を終える。

 

 

 

6回の裏、アメリカの攻撃。

光ちゃんは変化球を巧みに操ってこの回も2奪三振を含む三者凡退に抑える。

 

 

 

7回の表、日本の攻撃。

 

8番小林さんがこの日2三振の汚名返上のシングルヒットで出塁。小林さんに風間さんが代走に送られる。

9番藤堂さんの送りバントを取り損ねたファーストのエラーで一二塁。

1番伊藤さんのフライでタッチアップしてワンアウト一三塁。

 

 

チャンスで回ってきた2番、光ちゃん。

スクイズのサインが出たものの、これをミス。ピッチャーフライに打ち取られる。

スクイズのサインで、一塁が埋まっているため一塁走者は走らなければならない。一塁走者の藤堂さんはもちろん走っていた。それを分かっていたアメリカの投手は一塁へ送球。一塁の藤堂さんは帰塁間に合わずアウト。

 

そして、アメリカがさぁ攻撃だ!と意気込んでベンチに戻ってファールゾーンに野手が全員出たところで、球審が本塁前でセーフのジャッチと共に日本の得点を認める判断を記録員の方に示した。

 

 

そう、いわゆるドカベンアウトである。ごく限られた、滅多にない形のプレーであるため、何が正解なのか分からないマニアックな世界。

一塁の藤堂さんがアウトになる前に、三塁走者の風間さんがホームイン。だけど、風間さんはスクイズでリタッチしていなかったから、アメリカ側のアピール権が失われたタイミングで得点が認められた…ということだった。

 

5-4。日本が均衡を崩す。

 

 

 

7回の裏、アメリカの攻撃。

 

私は久々のマスク。

光ちゃんがレフト。

ピッチャーには左の抑え、睦月久乃さん。

 

私はカットボールとチェンジアップを織り交ぜた変化球主体のリードでアメリカ打線を抑え、得点圏に進ませずに最終回を終え、日本の優勝に王手をかけた。

 

 



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第54話 優勝決定戦

 

 

 

 

優勝に王手をかけた2戦目。

 

 

日本は少しだけスタメンを変えた。

 

1 伊藤美亜(二)

2 川原光(左)

3 川口息吹(指)

4 岡田怜(中)

5 楠川由梨(遊)

6 岡本美穂(一)

7 山谷彩(三)

8 山崎摩利(捕)

9 藤堂雨音(右)

投手 田崎真智子

 

日本の鉄腕、田崎さんがマウンドに上がる。

 

対するアメリカもアルテラさんが1番指名打者に変わったくらいしか変わりない。

 

優勝に王手をかけた日本と、後がないアメリカ。

そんな気迫の溢れるプレーの中で、アメリカの恐れていた投手戦にもつれ込む。

 

今の桜ジャパンは、投手を中心に失点を抑えて打線は数点をもぎ取るという勝ち筋が多い。

逆にアメリカは投手力は数人を除いてそこまで高くなく、打線の爆発力で大量得点の乱打戦を制してきた。

 

つまり、投手戦の様相は日本有利…とテレビやラジオの実況と解説者は口を開いた。

 

 

だけど、6回の表にワンアウトランナー一三塁のピンチに救援登板した光ちゃんが崩れて1失点。直ぐに投手交代で睦月さんが登板するも、7回表までに2失点を喫する。

 

3点を追う最終回裏。

先頭打者の5番楠川さんは主砲としてのプライドの一振でソロホームラン。

6番岡本さんも長打コースを放つもレフトのファインプレーでレフトフライに倒れる。

7番山谷さんは本業投手であるにも関わらず、3年の意地でレフト前ヒット。

8番山崎さんはワンアウトということもあり、送りバントは選択せずに強振してライトフライ。一塁ランナー山谷さんはタッチアップで二塁へ。

9番藤堂さんに代えて代打穴吹さんは最後まで球を見極めるも空振り三振に倒れ、日本の敗戦となった。

 

 

 

 

迎える最終戦。

長本監督たち指揮官陣は昨日の敗戦からスタメンを刷新した。

 

1 川口息吹(三)

2 川原光(左)

3 伊藤美亜(二)

4 岡田怜(中)

5 楠川由梨(遊)

6 岡本美穂(一)

7 山谷彩(投)

8 小林依織(捕)

9 藤堂雨音(右)

 

DHを使わず、1~3番の順番を入れ替えた。

 

長本監督曰く…

最も打率の良い私が先頭になるのは本来なら必然。

変態こと光ちゃんは私とくっつけておいた方がパフォーマンスが良い。

残った人材で3番を任せるなら伊藤さんが最も期待できる。

 

らしい。

 

光ちゃんの扱われ方よ。実際私が打つと光ちゃんも打つ傾向があるらしいから笑えるわよ…いや、笑えないわよ…

ま、まぁホテル暮らしということもあるし、ココ最近毎日致してるのが好調の理由だよって真顔で光ちゃんに言われた時には本当に笑えなかったわ。それが本当でも嘘でも笑えないわよ…

嘘ならまぁ冗談…笑えない冗談で済むけど、本当なら帰国後の春の選抜どうするんだか…毎日なんて出来ないわよ?場所的に。

 

まぁそんな下世話な話はともかく、私たち日本代表は最終戦の球場へ足を踏み入れた。

 

 

 

さて、雨天中止となった3試合が後日開催から順位の確定を急いだことと、韓国の帰国に伴う不戦勝によってパラオに余裕が生まれ、最終日の正午からのデーゲームでの変則トリプルヘッダーが行われた。

最終戦のドミニカ対イタリアの前に、イタリア対キューバ、ドミニカ対パラオの2試合が行われた。

その結果、イタリア対キューバは投手戦を制したイタリアが予想を覆す金星を挙げ、ドミニカ対パラオはナックルボーラーユキの好投と抑えの子が素晴らしいピッチングで勝利した。

 

その波に乗ったように最終戦の多くは投手戦が繰り広げられている様だ。

 

 

 

私たち日本対アメリカも山谷さんの安定したピッチングと、世界一位の野球大国のプライドと意地でランナーをホームに帰させないアメリカの底力がぶつかり、3回を終えた今でも双方無失点に終わっていた。

 

 

 

 

4回の表、日本の攻撃。

 

1番、私。

 

初回で帰塁アウトで三塁のチャンスを潰した汚名返上のため、塁に出たいところ。

初球、膝元を抜ける落ちる球。多分スプリット。見逃してボール。

 

2球目。ピッチャーの投げた瞬間、なぜか私は来る球をスプリットと予感した。

その直感に従って、さっきの落ち方を思い出しつつバットを振った。

インパクトの瞬間、気持ちいい快感が背筋を走った。だけど、多分まだ100%の快感ではない。この快感に秘められた可能性を感じる。

走った私は二塁打となり、次の光ちゃんにチャンスを繋げる。

 

 

2番、光ちゃん。

ノーアウト二塁のチャンスに、長本監督はココ最近使ってきていた送りバントの指示をせず、強振の指示。

初球から打ちにいった光ちゃんの打球は外野フェンス際に落ちて、バウンドした打球がフェンスを越えて行った。エンタイトルツーベースだ。

 

さぁ、先制した日本は波に乗れるかな?

 

 

3番、伊藤さん。

伊藤さんには送りバントのサイン。

初球、ファーストとピッチャーの間に転がした打球は、ピッチャーとファーストとセカンドでお見合いになって内野安打となる。

つくづくラッキーガールね……

 

ノーアウト一三塁になる。

 

 

4番、怜先輩。

大一番に4番を任されるまでに成長した主将。その実力は既に同世代では日本トップクラスにまで成長している。

いや、ポテンシャルがあったのは認めるけどさ、成長しすぎな気もするよ?これ埼玉の地方大会一蹴出来そうな勢いで光ちゃんと芳乃含めて成長してるんだけど。

あっさりライト奥に打ち込んで2点タイムリーツーベース。

 

「おかえり。ナイスタイムリーエンタイトルだったわよ」

「うん、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

え?……もしかして光ちゃんもあの感覚を?

……私らなんか変な物食べたかしら?

 

 

5番、楠川さん。

日本の本来の4番。とはいえ、いつも打てる訳ではなく…

レフトフライに倒れる。が、怜先輩なら二塁からでも十分に犠牲フライになる距離。超特急岡田、ホームベース行きがまいりまーす。白線(ファウルライン)の内側まで下がっておまちくださーい。

得点は4-0と、一気に突き放した。

 

ワンアウトノーラン。

 

 

6番岡本さんは、粘ってから右中間に長打コースを打つも、センターのポジション取りとファインプレーでセンターフライ。

7番山谷さんは、サード強襲するも、お手玉からの捕球を成功させたサードのファインプレーに阻まれサードライナー。

 

スリーアウト。

 

 

 

4回の裏、アメリカの攻撃。

 

2番打者から。

次の3番がアルテラさんなので、ここはきっちり抑えたいところだったんだけど…左前安打で出塁される。

 

 

さて、嫌な流れになって欲しくない私たちとしてはここで切りたい。特に超強打者のアルテラさんを()()ことで嫌な印象を与えたい。

ま、サードの私にはあんまり関係ないんだけど。

 

山谷さんは焦らずのんびりとしたセットポジションからカットボールを外一杯に投げ込む。アルテラさんは手を出さずに見逃してストライク。

2球目は内角高めにカットボール。これも見逃してストライク。

0-2に追い込んだ山谷さんはアウトローに3度目のカットボールを投じた。アルテラさんの目が光るのが見えた気がした。

ものすごい勢いで打った打球はレフトへ。あれは入ったわね。…はい、今入りました。ツーランで4-2に持ち込まれ、なおもノーアウト。嫌な流れが始まりかけている。

 

 

4番打者は一塁方向へのゴロだったものの、岡本さんが拾い損ねるエラーで一塁生存。

 

5番打者は初球のカットボールをバントしたものの、上手く転がらず2-4-3のダブルプレーに打ち取った。

これは流れ変わる併殺ね。

 

6番打者は勢いの萎んだアメリカの流れを無視するように左中間安打。

 

7番打者で山谷さんが三振に打ち取り、アメリカの勢いをチェンジで断ち切った。

 

 

 

5回の表、日本の攻撃。

 

8番小林さんと9番藤堂さんが凡退し、ツーアウトで迎える1番は私。

サインは出ていない。

初球、『あの感覚』に導かれるのに合わせて全身を使ってスイング。

 

―――あッ…

 

全身に走った快感が教えてくれる。これが『絶対に入った』という確信だと。

バックスクリーン直撃の完璧な本塁打。強過ぎず余計な力を使わない最適なホームランだった。

走った快感はまるで光ちゃんとシた時に感じたものと同じ位の凄まじさ。世の中のホームラン王たちはきっとこの快感にハマった人達なのかもしれないわね…やめられないとまらないってやつかしら。

 

ホームインして、ネクストから出てきていた光ちゃんとハイタッチからのハグ。うん、ホームランの快感より光ちゃんの方が良いかも。

 

「ナイスホームラン。高校通算15本目だよ。おめでとう」

「え、そうなの。自分でも知らなかったわ…ありがとう」

 

チームのみんなとハイタッチを交わし、最後に打席に向かう光ちゃんにファイトってジェスチャーを送った。光ちゃんは頷いてダートサークルを球審の後ろを通って左打席に入った。

 

 

2番、光ちゃん。

今日は三塁側ベンチなので、左打席の光ちゃんの表情がよく分かる。

打席に入った途端、なぜか幸悦とした表情になっていた。

 

「ふん、《入ったな》」

 

長本監督が私の横でそう口にした。

 

「どういうことですか?」

「お前も感じただろう?あの快感を。あれはZONEと呼ばれるやつだ。個人個人で効果も引き金も違うが、あたしはお前さんらにそれがあると感じたのさ。それがあたしのZONEだからね」

 

なんと、球詠は超能力漫画だったの?いやいや、そんな訳…

 

「近いところじゃ楠川もそうだ。あの子の引き金は4番かそれと同等の責任を感じた時。お前の引き金は恐らくあんたの観察眼を最大限引き出している時。あとは…ええと、お前たちと小林が戦った時の1番」

「中田奈緒さんですか?」

「あぁ、そいつもあるな。あいつのZONEは特殊で、チームの主将や精神的支柱としての覚悟が引き金さね」

「結局、ZONEってどんな効果が?」

「ZONEは個人ごとに異なっているけどね、あんたの場合なら極限の集中…といったところかね。投球時に使えれば、それこそ針の穴通すような投球ができるだろうよ」

「それを光ちゃんも持っている…と?」

「そうだな。あいつの引き金と効果は…」

 

カァン!という音と共に光ちゃんが私の先程のホームランの弾道をなぞるようなホームランを放った。

 

「胸を焦がすような変態的な恋心さね。だから、あの子は引き金引きっぱなし。ちなみに効果は基礎スペックの底上げっぽいから分かりづらいがね。あとは特殊な効果も付加されたみたいだね。恋心を向ける相手のZONE効果を借りれるのか」

「それって…」

「これがあたしがあの子を変態と言う理由さね。あの子を初めて見た時にはそんなZONE効果を借りれるなんて能力付いてなかったのに、あんたへの想いが強すぎて…ってことさ」

 

話からするに、長本監督のZONEは他者のZONEを見分ける力ということなのね…(現実逃避)

 

「息吹ちゃん!」

 

私に体当たりでもするように飛び込んできた。

 

「お疲れ様。本塁打、やったわね」

「うん。息吹ちゃんのことを考えてたら打てちゃった」

 

光ちゃんはハニカミながら私を見るのだった。

 

 

さて、流れに乗った…訳ではなく、3番の伊藤さんはセカンドゴロでアウト。スリーアウトでチェンジとなる。

 

 

 

5回の裏、アメリカの攻撃。

 

ここで、投手は光ちゃんに継投。

ピッチャー光ちゃん

サード山谷さん

レフト私

と、それぞれ守備位置変更となる。

 

交代時に私の胸元に顔を埋めて匂いを吸っていった光ちゃんはZONEが強まっているのかいつもよりキレの良い変化球で三振の山を築き上げた。

 

 

 

6回は日本とアメリカどちらも三者凡退。

光ちゃんはさらに私の汗ふきタオルを吸って、ここまでアルテラさんを含めて6連続奪三振。

 

 

 

7回も日本は三者凡退。

最後の打者は藤堂さんだったけど、代打は出さず。

 

 

 

 

 

 

7回の裏、アメリカの攻撃。

6-2という得点。

 

3点を守り切れば文句無しの日本の優勝。

4失点でも引き分ければかろうじて日本の優勝。

5失点した時点で日本の優勝が消える。

 

そんな大事な場面で、長本監督は光ちゃんの続投を決断。

光ちゃんの全力投球で代打攻勢のアメリカを9連続奪三振で光ちゃんが完璧に抑え込んだ。

 

 

最後の打者を三振に打ち取った瞬間、割れんばかりの歓声が響いた。

私はマウンドの光ちゃんに抱きついて、みんなが見ている中でキスをしたのは覚えているけど、他のことは忘れてしまうほどに乱舞した。

 

きっとみんなも忘れてるわよ…ね?

 

 

ね?



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第55/最終話 川原光と私

 

 

 

 

メルボルンから帰国した私たちを空港で迎えてくれたのは大勢のファン…という訳でもなく、少数のコアなファンといった極小数であった。

それもそうだろう。いくら野球大国と言えど、トップチームでもない年齢制限チームの注目度なんてそう高くない。ちょっとガッカリだけど。

 

「さ、私らも帰ろう」

 

怜先輩…いや、主将のその声に、私たち新越谷4人は帰路に…

 

「待ったー!」

「おかえりなさい!」

「へへっ、マイクロバスのごとーちゃーく!」

「ふっふっふ、こんなこともあろうかと、大型免許を取っておいて良かったです」

 

藤井先生たち新越谷の面々が迎えに来てくれた様だ。

って藤井先生って大型免許持ってるの!?凄い!

 

「ま、マイクロバスには中型免許で足りるんですが」

 

ガクッとなるのを堪えて、改めてみんなに向き直る。

 

『ただいま!』

『おかえり!』

 

数ヶ月離れたとしても、共に戦った仲間。それだけでもう帰ってきた気持ちになる。

 

「さぁ、乗ってください!世代最高の選手に選ばれた4人がいるのに春の選抜で無様は晒せませんよ!帰ったら練習です!」

 

藤井先生はどうやら人数が減って鬼教官に転身したらしい。

 

「息吹さん、何か言いましたか?」

「イエス、ノー、マム!」

 

思わず気をつけをしてしまったわ…怖っ。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

さて、この物語の締めくくりに、私と関わったみんなのこれからの事を記しておく。

 

 

まずは新越谷組から。

 

新越谷は今回の国際大会出場から貰った春の選抜への切符を手に入れるためのリーグ戦に出場し、これを1位通過した。

星光学院が1位通過を防いでくるかと思ったものの、穴吹さん抜きで自力で出場を決めていたのでそもそもリーグ戦に参加していなかった。

 

続く春の選抜はベスト4まで勝ち上がったわ。まだまだこれからということを痛感させられたわ。

 

さて、ここからという時に、新入生が入ってきた。その中にはパラオ代表のユキ=マツイ=ヒロコが入ってきたのには驚いた。野球留学で、日本のプロ野球を目指して日本にやってきたのだとか。

 

投手陣は理沙先輩と光ちゃんの3年生2人、詠深と私の2年生2人、そして1年生にユキともう1人いて、合計6人。特に先発適性のある理沙先輩、光ちゃん、詠深に加えてユキが入ってきたのは大きかった。

春季大会ではユキの存在を隠すためにベンチにすら入れなかったけど、夏の地方大会からは理沙先輩→詠深→ユキ→光ちゃんという強力ローテで乗り切り2年連続3回目の夏の甲子園を決めた。

1番の強敵はやはり梁幽館と柳大川越。彼女達もレベルアップがだいぶ進んでいて、特に梁幽館はユキのナックルを捉えられて危うく負けるところだった。吉川さんも打ち崩すのに苦労したし…

 

やはり3年生の気迫は他とは違うウチでも凄く、理沙先輩は投打に渡っての大活躍、怜先輩はファインプレーの守備や好走塁を中心に、光ちゃんも代表で投手をやった経験も相まっね三振の山を築いている。

 

 

夏の甲子園は決勝進出…つまり準優勝で幕を下ろした。

本当なら先輩たちに旗を持たせたかったけど、メダルと盾でごめんなさい。

 

 

その後の国体は3年生と2年生半数と1年生を混ぜた準一軍で参戦(秋季大会は残留組の2年生と1年生で参加)して、夏の甲子園の決勝戦カードを準決勝で当たったものの、やはり主力の2年生が半数では厳しい戦いになりベスト4で終わった。

 

 

 

 

その後の光ちゃんと同世代の人達の進路はこんな感じ。

 

理沙先輩は育成指名の1位でパ・リーグの琉球ドルフィンズと育成契約。

光ちゃんは本指名で1位指名を2球団から受けて、大洗アングラーズと満額で契約。

主将…怜先輩は大学野球へ進み、なんと陸上部を兼部する契約で入学金から授業料まで全て免除になるのだとか。

 

他にも、桜ジャパンで共に戦った穴吹さんと岡本さんと田崎さんも本指名を受けてプロ野球へ。

奪三振姫こと大野さんはメジャー挑戦のため、アメリカの大学へ進学。アメリカでのドラフト指名を目指している。

 

同じ埼玉県からは梁幽館の小林さんがプロ野球で支配下契約。吉川さんは大学野球へ。

意外にも影森のライト…畠さんは野球とは全く関係のない声優の道へ進むらしい。

 

 

 

3年生が抜けて、私が主将を引き継いだ。

怜先輩に勝たせられなかった分、今度こそ…と意気込んで、秋季大会ではいい所まで行って春の選抜の切符を手に入れた。

 

 

その後2年連続2回目の春の選抜へ。

冬の間に成長した1年生たちと春の選抜を駆け抜け、甲子園で初の優勝旗を持ち帰った。

ちなみにこの春優勝からユキの世代とその下の世代と3年連続で春の選抜を優勝し、史上初の春三連覇を達成した高校として名を馳せることになる。

 

 

そして、夏の大会。

私たちの最後の大会。

第100回の記念大会のため、埼玉県は北埼玉と南埼玉に分割。私たちは北埼玉で無双して北埼玉代表の地位を獲得。

 

夏の甲子園は決勝戦で、東東京代表の葛飾農業高校…成長した宇田川さんと対戦。高校生離れした…プロの中でも最上位クラスの速球を武器にした宇田川さんは強かった。でも、ストレートに強い私たち新越谷はその僅かな有利から投手戦を制し、新越谷に初の夏の優勝旗をもたらすと同時に春夏連覇を達成。

前述の春三連覇の二連覇目で春夏春連覇を達成しており、これも史上初である。

 

 

春夏連覇を達成した私たち新越谷の3年生はスカウトが大変群がった。とはいえ、最終的にプロ野球志望届を提出したのは珠姫、希、そして私の3人だけ。

稜と菫は大学野球へ。白菊は再び剣の道へ。詠深と芳乃はプロへ進んだ珠姫と希の専属トレーナーとなった。……まぁ詠深はほとんどヒモだが。

 

 

 

私たちの高校野球はこうして終わった。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

自由登校になった冬。

私は光ちゃんに家から連れ出されて、一人暮らしになっていた光ちゃんの家のベッドの上で横になり、ぼーっと天井を見ていた。

 

 

 

「終わっちゃった…」

 

終わってみれば、やり切った感覚もあるけど、それ以上にあの仲間とはもう二度と戦えないと思うと寂しい。

 

「本当に終わったんだ…」

 

国体では、ピッチャー詠深、キャッチャー珠姫、ファースト希、セカンド菫、ショート稜、レフト私で、ライト白菊…という怜先輩たちの穴こそあれどほぼ初期メンバーのチームで優勝をさらった。

でも、それが本当に最後。

 

今の新越谷にある練習場はもうユキたち2年生を中心に始動してる。あそこに私の居場所はない。

 

これが○○ロスって気持ちなのかも。前世ではなんだかんだ引退後も練習に付き合ってたし…こんなに何も無くなったのは初めてかもしれないわ…

 

「息吹ちゃん、お疲れ様」

「光ちゃんは…去年大丈夫だった?」

「うん。確かに悲しかったけど、プロ野球の世界はもっと高いレベルの選手が世代を超えて戦えるって楽しみだったから…でも、息吹ちゃんの場合は、燃え尽き症候群みたいな感じかな?それだけこの高校野球を全力で駆け抜けてきたんだもんね」

 

光ちゃんは私をそっと抱きしめた。

 

「キャプテンとして、1.2年生をここまで引っ張ってきて、春夏連覇。凄かったよ。でも、だからこそ疲れちゃったんだよね。みんなを引っ張って全力で働いて、それが実った。だから、誇っていいんだよ。もっと。

 確かに、あのメンバーで野球は出来ないかもしれないけど、あのメンバー…あの11人は、絶対にあの時間を忘れないから。下の子たちだって、そう。

 これから一緒にプレー出来なくても、思い出は変わらないから」

 

 

 

 

 

「もう抱え込まなくていいよ。みんな思い出はあるから」

 

 

光ちゃんはそう言って、私の上に乗って口付けを落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後になって聞いた話では、自由登校になる前から引退後しばらくしてからぼーっとする様になった私を心配した仲間たちが光ちゃんと連絡を取り、メンタルケアを頼んだのだとか。

 

メンタルケアどころか…いや、それは言わないでおくわ。

 

なんにせよ、燃え尽き症候群から、光ちゃんの《メンタルケア》で乗り越えた私は、支配下契約した大洗のキャンプに入ったり、みんなと共に卒業証書を受け取ったり、最後の高校生活を楽しんだ。

 

……光ちゃんが高校性活楽しもうね、とキャンプ中は凄かったことは他の同級生たちには内緒の話。

 

 

 

 

そして、2019シーズン。私はプロ野球選手となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





最後まで拙作を読んで頂き、ありがとうございました。

本当はこの後も継続するプロットは存在したのですが、最初期のプロット通りに春の選抜より前で終わらせることにしました。
実は第49話の辺りでこの作品の全ての試合結果や試合データを誤って消してしまいまして…続けるに続けられなかったという理由もあるのですが……

それはそれとして、実はこの作品は私史上で初めて完結した作品となりました。それもこれも、読者の皆様のおかげでございます。
更新の途絶えていた時も気長に待って下さり、原作球詠カテゴリーの中でも(そもそも球詠原作が少ないのですが)高い評価を頂けていたのはとても励みになりましたし、こんなに読者様が待ってくださるのに…と筆が進まなかった時の脱却も皆様のおかげです。


今後、劣等生の新作(既に更新開始している奴です)を書くのは決まっているのですが、もう1作をどうするか迷っております。
皆様におかれましては、最後のアンケートで需要の参考にさせて頂けると幸いです。

今後、また他の作品でお会いすることを祈って、最後のあとがきとさせていただきます。


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IF 短編集

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・日本シリーズ2020

 

 

 

2020シーズン。

私が大洗アングラーズへ入団して2年目。既に確固たる抑えとして、そして代打の神様としての立ち位置を確保した私。変則的な投打二刀流として名を馳せる…馳せてると思う。

まぁセ・リーグの盗塁王だし?足の速さは馳せてるかも?

 

元々、大洗アングラーズは鹿島鉄道という…前世で言うところの鹿島臨海鉄道の路線を保有する鉄道会社と大洗町(現在は大洗市)と茨城県を中心に複数の自治体と連携して出資し、新設した第三セクターの運営会社が大洗アングラーズを設置している。

出資比率は鹿島鉄道が50%、大洗市が15%、茨城県が15%、水戸市が5%、ひたちなか市が5%、鉾田市が5%、茨城町が3%、東海村が2%の比率である。そのおかげもあってか、野球ファンの観光客が増え、経済が活性化。周辺自治体を中心に多くの自治体で財務が好調らしい。

ちなみに、経済が活性化した大洗は町から市へ昇格している。

 

さて、そんな話は置いておいて、他の球団に比べ日の浅いこの大洗アングラーズは、球団史上初の日本シリーズへの出場が確定。

立役者とファンの間で…いや、チームの中でさえ囁かれている私と光ちゃん、そして後輩たるユキの3投手。新越谷の投手は化け物か、と球界の関係者たちは戦慄したらしいが、化け物はユキだけで十分です。

 

ユキはカタコトではなくなったし、今季のレギュラーシーズンで1年目とは思えない21登板、20先発、1完投、1完封、12勝、8敗、102投球回、自責点29、防御率1.99………など、新人で最も活躍した。おかしい。絶対化け物はこの子だから。

光ちゃんも今シーズンは26登板26先発12勝をマーク。安定して結果を残している。

 

そんな結果が幸を結んで、リーグ2位でクライマックスシリーズへ。

クライマックスシリーズではファーストステージを2勝1敗で突破、ファーストステージでは最終戦にもつれ込む大激戦を征して日本一への切符を手に入れた。

 

そんな訳で、間接的に株主的な立ち位置である県民・市町村民は大きな盛り上がりを見せた。

球団史上初の日本一をかけた大舞台に、新越谷ピッチャーズも熱い熱気を感じた。

 

 

 

 

日本シリーズは初戦の先発を光ちゃんが務める。8回まで1失点で堪えた。

だが、打線が不発。光ちゃんは自援護に期待がかかったものの2打数1安打1四球で打点は取れず、不発の打線からの援護はなく敗戦した。

 

 

 

2戦目の先発はユキ。

研究されても打たれないナックルの球速は高校時代よりも上がっており、球の揺れも大きくなっている。

両チーム無失点の中、9回の裏、二死二塁の場面で9番ユキの代打で私。

 

ユキは決して打てる投手では無いし、ここで点が入ればサヨナラだし、打てなくても延長は私が引き継げるという場面。私が代打に出るのは必然よね…

ちなみに、今季88試合、96打席、87打数、51安打、28打点、12本塁打、40盗塁、打率.518と、規定打席数には全然足りてないものの、我ながら代打の神様としての自覚が芽生えているわけで…

私が代打で出てくるとホームの球場に歓声が響く。

 

12球粘ってからの13球目。狙い玉のチェンジアップを捉えてレフト線へはじき返す。そのまま打球は大洗のホーム側…三塁側のレフトスタンドに放り込んだ。別に意識した訳では無いけど、ちょっとしたサービス精神は大事よね。

 

2戦目はこうして勝ちを拾った。

 

 

 

1日の移動日を挟んだ3戦目からはビジターゲーム。

私は3番指名打者として4打席3打数2安打1打点2盗塁で勝利に貢献したと同時に、9回の裏では指名打者解除で登板。三者三振で抑えた。

 

 

 

4戦目。

大洗は実は投手力不足が顕著であり、先発ローテに新人のユキが上位に放り込まれているのが何よりの証拠である。

ココ最近は光ちゃんとユキのおかげで先発投手陣に余裕が出来たらしいが、それでもベテラン勢の投手が軒並み不調の中、ローテーション下位に回った4戦目では、相手の福岡ヴァルチャーズを抑えるだけの力は無い。かと言って、育成上手な福岡の育成上がり投手から乱打戦を征するだけの力はなく。

実質的にメンバーを休ませるためのスタメンに、ホームの福岡のファンからブーイングが飛ぶ。

4戦目は福岡で2年目にして4番に定着した希が、6打席4打数4安打3本塁打と暴れ回った。ちなみに2打席は敬遠しているので、実質的には全打席で出塁している。

 

 

 

5戦目。

2勝2敗の中、次に勝ったチームが日本一へ王手をかけるという試合。

大洗は不足している先発投手の谷間を埋めるブルペンデーを決行。

3番指名打者に私、2番レフトに光ちゃんが入るという打線も乱打戦を意識した形。

9回表二死までに何とか13-11と2点のリードを作り上げたものの、代打攻勢でベンチを使い切った。しかもブルペンデーで投手も使い切っており、完全にベンチは空だ。最終回の裏は私が指名打者解除で投げる予定なので良いにしても…

そしてその状況で、最悪なことが起こる。

 

打席に立った第3捕手の膝に痛烈な自打球があり、そのまま病院送りとなってしまった。替えの選手がいないので、珍しい攻撃中の指名打者解除。そして投手が代打に出る。最終的に代打の投手は空振り三振となった。

 

 

さて、そうなると困るのが捕手がいないこと。

白羽の矢が立ったのは私と光ちゃん。私は光ちゃんとならバッテリーの経験がある。今から他の人のサインとか覚えられないし。

それまでの投手がレフトに入り、光ちゃんが登板、私がマスクを被った。

この光景に、大洗ファンのみならず球場が揺れるどよめきが起こった。

高校野球から私たちのファンならいざ知らず、私がマスクを被ったことなんてほとんど知られてない。

 

(久しぶりだけど、サインは昔ので大丈夫?)

(うん、プロ入りしてから複雑なのに変えたけど、昔のも覚えてるよ)

(じゃあ久しぶりにやるわよ)

(うん!)

 

投球練習を終えて、福岡は6番に代打を送ってくる。

 

(インハイのホップ!)

(ギリギリ狙いだよね)

 

ホップは光ちゃんのノビの良いストレートをさらに回転数を増やして上に変化する変化球に昇華させたもの。上に変化するホップで上ギリギリを狙えば、相手が手を出そうが出すまいがカウントを取れる。

 

(次はアウトローのシュートで逃げよう)

(外に逃げてくけどギリギリ入るって感じだよね)

(そう、それが決まれば…)

 

外に逃げるシュートに手を出した代打。打ち損じてファーストゴロに倒れた。

 

7番はそのまま打席に入る。

左打ちなので、まずは様子見。

 

(ホップ。アウトローで外めに外しましょ)

(多分見送ってくるよ?)

(それでいいのよ)

 

選球眼が良いと言われてるこの7番は当然見逃してボール。

 

(インハイのシュート。フロントドアを狙うわ)

(ちょっと怖いかな)

(ならアウトローのバックドアかしら。スライダーは今日キレてるわ)

(それでお願い)

 

私の観察眼が光ちゃんを中心にフィールドを完全に掌握してZONEを発動していて、光ちゃんの私への想いが引き金になっているZONEと共鳴を起こしたみたいにお互いの想いが分かる気がする。

スライダーを引っ掛けてサードゴロ。

 

二死無走で8番に送られた代打。

初球、インハイのフロントドアシュートを見せつけた次にインハイのホップ。

 

(最後、《あの球》使っていい?)

(でもあれは…)

(先発ばっかりだったから、肘痛めないように使ってなかったから。でも、今日は息吹ちゃんに捕って貰えるから…お願い)

(わかったわよ。じゃあ、インハイに()()()()()()()

 

次の日の朝、私のマスク姿と光ちゃんの投球姿の写真と『日本一へあと一勝!婦妻でジャイロボーラー!』という見出しがスポーツ紙の1面に載っており、光ちゃんは大事そうに2部ほどラミネート加工し、2部ほど専用冷蔵庫に保管し、マイクロフィルムを2つほど焼き付けて保存するように業者に委託するほどにはこの記事が嬉しかったらしい。

 

 

 

1日の移動日を挟んで6戦目。ホームゲーム。

中5日でユキが先発。

日本一へ向けて…と言いたいところだったが、希の一発からユキが崩れ、リリーフ陣も総崩れ。17-0という大差で大敗する。

 

 

 

そして最終戦。

この試合に勝った方が日本一。7年ぶりとなる7試合目、ここで光ちゃんが先発。私はサードで先発した。

光ちゃんは6回までを無失点に…希には2安打打たれているが、何とか無失点に抑え、7回から私が登板する。光ちゃんはレフトへ。

私は今季最長の3イニングを投げ、最後の攻撃に移る。

9回の裏、二死満塁で3番私。

私はちらりと一塁の希を見てから、バットをスタンドに向ける。三塁側外野席から大きな盛り上がりが広がった。

スクエアスタンスのいつもの構え。観察眼の拡張でZONEに入る。感じ取った感覚にしたがってその感覚のままに任せてバットを振る。初球打ち、打球はレフト線を切れてファール。

ピッチャーは今のでビビったのか次の球は完全に死に球だ。簡単にスタンドへ押し返しサヨナラ満塁ホームラン。

 

サヨナラ日本一史上初の『サヨナラ本塁打での日本一決定』の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・戦力外通告

 

 

 

2020年秋。

パ・リーグの琉球ドルフィンズに育成契約で準支配下にある私…藤原理沙は憂鬱な気分だった。

今シーズンにトレードされてきた中田奈緒は高校時代の勘を取り戻したように、一軍へ定着。トレードされて行った同じ埼玉県出身の久保田さんも東京ヘッジホッグスの二軍で4番を打っているらしい。

 

それに比べて自分は…

今シーズン、ウェスタン・リーグへの出場は僅かに7試合。9打席1安打。

明らかに起用回数は少ないしそのわずかな出場機会で守備のエラーも1つ起こしている。来年はここにはいないかな…と諦めかけてる。

 

そんな中、光ちゃんや息吹ちゃんたちの大洗が初の日本一に輝いた。

同じチームだったけど、こんなに差が出るのかと愕然とした。彼女たちは完全に新人の頃から一軍で活躍するスーパールーキー。

同じ埼玉のみんなは活躍してるのに、私だけ二軍…いやほぼ三軍の私。しかも三軍でさえ結果を残すのが難しい。もうやぐされても仕方ないわよね。

 

案の定日本シリーズの終了日翌日に戦力外通告を貰った。

私の野球人生終わりかしら…

 

こんな私にも、少ないながらファンの人がついてくれている。その人たちのために、引退試合って意味合いも込めてトライアウトに参加はしましょう。私の今季のこの結果で取ってくれる球団は無いと思うけど…

 

 

私は16球団合同トライアウトに参加。受けられるところは全部受ける勢いで、野手、投手、打者、走者と全てのロールに参加。

 

育成契約からマウンドに登ったことはなかったけど、トレーニングでの投げ込みはしてた。3人の打者相手に、私は2奪三振と凡打1つといい感じに打ち取れた。

打者としては7打席、7打数2安打1本塁打。久々に本塁打を放った。

走者としては流石に怜みたいに足が速いわけじゃないから結果は残せず。

守備ではサードとショートとファーストを守って見せた。今日はエラー無し。堅実に守った。

 

私のファン…本当に僅かな人数だったけど、ネット中継を見てくれたみたい。私が保有するSNSの公式アカウントに本塁打のお祝いメッセージが届いていた。

 

2週間ほどが過ぎた頃、光ちゃんから電話がかかってきた。

 

 

「久しぶりね、光ちゃん」

「うん、トライアウト見たよ。ホームランおめでとう」

「ありがとう。光ちゃんも日本一おめでとう。すっかり大洗のエースね」

「あ、その事なんだけど、大洗って私がエースに起用されるくらい投手層が薄いの。この間のトライアウトを見たうちのスタッフが理沙ちゃんは投手として戦えるんじゃないかって」

「それって…」

「大洗4人目の新越谷出身投手にならないかってこと。条件面は流石に最低限になっちゃうけど、支配下契約でって。とりあえず細かい契約面は今度うちのスタッフが理沙ちゃんの所に行くから。今のうちから荷物の整理しておいてね」

 

 

 

 

 

2021シーズン。

琉球ドルフィンズで育成契約を結んでいた私は、大洗アングラーズで支配下登録。野手専任から投手になって、一軍オープン戦で登板。

メディアの注目が集まったと同時に4人目の新越谷出身投手として、ファンに好意で受け入れられたのは良かったと思う。

このシーズン、私は20試合に登板、18先発、7勝6敗の戦績をまさかの一軍で残した。

ついでに6本塁打を含む81打席34安打も残した。

 

琉球の仲の良いスタッフから、何をしたんだ!?と驚かれたように連絡を貰ったのにクスリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








更新情報についてのご案内

更新を行う前に、Twitterにて情報をツイートしております。
Twitter: https://twitter.com/Mitsu_Kazahaya




新作についてのご案内

新作はオリジナルの女の子を主人公にしたお話を投稿しております。
精密機械のような投球を行う小柄な投手。強豪からは身体の小ささや球速や球種の貧弱さから敬遠された少女が、新越谷でヨミとエースを取り合うお話です。

球界のミホノブルボンと呼ばれた少女
https://syosetu.org/novel/271751/


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