100万人目で抜けるつもりだった聖剣の100万人目だった勇者 (霖霧露)
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第一章~勇者(?)の受難、それと女難~
プロローグ かくして、少年は勇者となった


 「小説家になろう」に投稿している連載作品をこちらにも投稿する事にしました。
 なろうでの連載分を順次投稿していきます。


 魔術があって、魔物が居て。魔術師が居て、魔王が存在する世界。

 

 そんな世界に、ラビリンシアという王国がある。

 約1000年前に勃発した魔王と人類の全面戦争、その最前線で活躍した勇者アルトによって建国された国。魔王領土と人類領土の境界線に建つ、人類の防波堤である。

 

 魔王から平和を勝ち取ったその王国では建国の日を記念した祭り、建国記念祭を催している。

 そして、新たなる勇者を擁立するため、選定の儀式も行っていた。

 

 選定の儀式、聖剣抜剣の試練。ラビリンシアを建国した勇者アルトが使っていたとされる聖剣エクスカリバー、それを台座から抜けるか試す。

 建国記念祭には一大イベントとして、身分問わず誰でも挑戦できる。

 しかし、未だに聖剣エクスカリバーを抜いた者は居なかった。

 

 聖剣エクスカリバーは絶大な力を秘め、故に使い手を剣自体が選ぶと言う。

 長きに渡り抜剣されていないのがその証拠であった。

 

 そして、来たる1000回目の建国記念祭。アルト歴1021年のその日、事件が起こった。

 

「我ら、魔王様の名の下に。魔王様の怨敵に断罪を、驕れる人類に誅罰を」

 

 記念祭で溢れかえる人々の中に紛れ込んだ魔王軍が、ラビリンシアの王都に牙を剥く。

 目的は聖剣エクスカリバーの奪取。そして、勇者アルトの血縁であるラビリンシア王族の殲滅。

 

 魔王軍の急襲に、近衛兵と衛兵、名うての冒険者が王都と人々を守るべく立ち上がる。

 しかし、紛れ込んだ魔王軍は紛れ込むための少数ながらも精鋭。その歩みを留める事はできず、選定の儀式場まで迫った。

 

 そして、聖剣エクスカリバーが突き立てられた台座の目前。最早聖剣奪取は防げまいとする瀬戸際。魔王軍の目の前で一人の少年が、聖剣の柄を掴み取る。

 

「聖剣よ!エクスカリバーよ!俺に、力を!!」

 

 聖剣エクスカリバーは少年の意思に呼応し、眩い光を刀身から放つ。

 聖剣が使い手を選んだのだ。

 

 この瞬間、新たなる勇者が生まれた。

 しがない農家の生まれだった少年テノールはこの時、聖剣エクスカリバーの使い手たる勇者テノールへと生まれ変わったのだ。

 

「魔王軍よ、俺はお前たちの悪逆を許さない!人類の安寧を脅かすお前たちに、俺は聖なる剣を振るおう!」

 

 勇者の快進撃が始まる。

 剣を握った経験などないはずの少年が、まるで激闘を乗り越えてきたかのような剣裁きで魔王軍を倒していく。

 

 その勇者に魔王軍は気圧され、近衛兵たちは鼓舞されていく。

 形成は逆転した。

 

「ルーフェ王女!バーニン国王!ご無事ですか!」

 

 寄せ来る魔王軍を薙ぎ倒し、勇者テノールは玉座まで辿り着く。

 ラビリンシアの王女と国王は勇者の手によって危機を脱した。

 

 思わぬ痛手に魔王軍は撤退を選択する。

 結果、魔王軍が王都へ攻め入る窮状となったのに反し、その被害は非常に小さく収められた。

 

 これが勇者テノールの英雄譚、その1ページである。

 

「イーストイナッカノ農村のテノール、いや、勇者テノールよ。貴公に感謝を。貴公はまごう事なき勇者だ、救国の英雄だ。貴公の勇気に褒賞を、そして勇者の箔を正式に贈与しよう」

 

「ありがたき幸せ」

 

 勇者テノールは救国の英雄とバーニン国王に賞され、公式に勇者と認められた。

 ほんの数日前まで農民だった少年を、民衆も勇者として褒め称え、彼に津波のような賛辞を贈る。

 

 だが、勇者テノールは国王からの褒賞や民衆からの賛辞では満足しない。

 彼は、真に勇者だったのだ。

 

 勇者テノールは王都を救ったのに飽き足らず、各地を回って忍び寄る魔の手から民衆を守る。

 魔族や魔物、魔に連なる者の悪行には剣を振るい、悪しき思想を持つ人々の悪徳には弁舌を振るう。

 

 聖なる剣を持つに相応しい正義の執行者。

 それが勇者テノールだった。

 

 この物語は勇者テノールの英雄譚。彼の活躍を綴るモノである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけるなぁ!!勇者なんざやってられるかぁ!!」



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第一節 その勇者、下衆につき

「勇者テノールの帰還だ!」

「お帰りなさい、勇者テノール!」

「きゃー!勇者様、こっち向いてー!」

 

 勇者である俺はラビリンシアの南の領地、ナンタンに凶兆ありという予言を受けて査察。そこから問題を無事解決し、ラビリンシア王都ドラクルへと帰ってきた。

 

 王都に住む民衆、及び貴族がわざわざ王都の入り口で待ち伏せ、俺へ拍手喝采を送っている。

 お前ら仕事はどうした、特に貴族。

 まぁ、俺を美女たちの声援は心地良いので、しっかり手を振り返しておく。後、面倒ではあるが他の奴らにも。

 勇者としての人気は稼いでおくに越した事はない。人気が命の商売だ。

 

 そんな人気取りをしているところに、ようやく出迎えの近衛兵が現れる。

 俺が予定より早く着いたとはいえ、仕事の遅い連中だ。

 1時間前から待機しているのができる仕事人というものだろうに。

 

 そうして迎えの近衛兵に導かれ、雑事は俺に同行していた近衛兵たちに任せ、俺は玉座の間にてバーニン王と謁見する。

 

「勇者テノールよ、よくぞ帰った。して、ナンタンの凶兆とは如何なるものであったか」

「サースイナッカノ農村付近にある森にて、魔物の増殖が見て取れました。放置すれば、サースイナッカノ農村、ひいてはナンタン領の衛兵でも守り切れずに被害を出す懸念がありました。ので、増殖していた魔物を掃討、及び増殖に関連があると思われる魔道具を破壊しました。詳しい調査報告は、同行した調査員にお聞きいただければ」

「相分かった。貴公の活躍のおかげで、また我が国の平和は守られた。褒賞は後日贈ろう。下がって良いぞ」

「ははっ」

 

 毎回の似たようなやり取りを終え、やっと俺はこの堅苦しい場から解放される。

 この国の勇者としてやっていくには王への謁見による報告がなかば義務だとしても、無駄な手間に感じて仕方がない。

 いちいち俺の口から聞かなくても、調査員からの報告で事足りるだろうに。

 

 とりあえず、一連の仕事は済んだ。

 俺は体と心を休めるべく、俺専用となっている王宮の一室へ足を速める。

 あそこなら人目はない。勇者としての姿を取り繕わなくても良い。

 

「テノール様!」

 

 鈴の鳴るような美声が俺を呼び止める。

 それはラビリンシアの王女であるルーフェ様の声だ。

 彼女の声は実に心が癒される。

 

「ルーフェ王女殿下、そうお急ぎにならなくとも俺は逃げませんよ?」

「そう言って、テノール様はいつもいつも父の命令で走り回っているでしょう!わたくしが貴方様との1分1秒をどれ程惜しんでいるのか、分かっていらっしゃらないのですか?」

 

 頬を膨らませるルーフェの姿は怒っている事を表しているのだろうけど、あまりにも可愛らしくてついホッコリしてしまう。

 彼女を救った事だけは、俺の人生において唯一悔いのない事だ。

 

「それは、大変申し訳ありません、ルーフェ王女殿下。しかし、俺は勇者なのです。俺の助けを待つ者は、この世界に数えきれない程存在します」

「テノール様が助けを求める声に逆らえない、生粋の勇者である事は存じています。ですが、ならばなおさらに、わたくしの声を聞き届けてはいただけないのでしょうか……?」

 

 応えてぇぇぇぇぇぇぇ!!目を潤ませるルーフェ様に優しくしてぇぇぇぇぇぇ!!もう勇者の務めとかそっち退けで甘えてぇぇぇぇぇぇェェェェェ!!

 だが、我慢だ。勇者テノールは勇者として在らなければならない。

 そうしなければ、俺が勇者として受け取っている恩恵や褒賞を全て失う事になる。

 だから我慢だ、俺。

 

「この国に平和をもたらした暁には、必ずや聞き届けてみせましょう」

「ええ……、ええ。それでこそ、貴方様は勇者であらせられるのですね」

 

 ああ、涙の雫を自らで掬い取るその御姿のなんと凛々しく、なんと愛おしい事か。

 

「しばらくは王宮に留まります。お暇があればいつでもお越しください」

「そうでしたか!では、いつものようにテノール様へ急用が舞い込まぬよう、祈っております。貴方に主神スタッカート様の加護あらん事を」

 

 丁寧に右手で三角を描いて合掌する、主神スタッカート信仰の正式儀礼をしてまで、ルーフェ様は祈ってくれた。

 人類史を拓いたという触れ込みの『始まりの六柱』だが、数万年も過去の存在に御利益があるのか疑わしい。

 しかし、ルーフェ様の祈りならば効力があるだろう。いや、なくてはならない。

 

 その後すぐにルーフェ様もご用事があるという事で別れ、俺は宛がわれている一室に入る。

 

 気配を探り、この一室に誰も近寄ってこないのを把握する。

 それから腰に下げている聖剣を鞘ごと掲げ、そして――

 

「フンっ!!」

 

――床へと思い切り投げつけた。

 

「どうしてこうなった!」

 

 何故俺がこんな必死に勇者として取り繕わなければいけないのか。

 まぁそれは勇者としての恩恵を得るため。当初の目的とは合致している。

 

(だが!雑用係とは聞いてないぞ!)

 

 勇者とは気の赴くままに世界を渡り歩き、気に入らない奴は悪と断じて裁く事で富と名誉を掻っ攫う存在のはずだ。

 多くの書物に記される勇者たちの伝説を雑に要約すればそうなるし、俺自身がそうなる計画を立てていた。

 しかし、中を開けてみればその仕事は国王の命令であちこち駆けずり回る(てい)の良い小間使い。勇者なんて聞こえが良すぎる。

 詐欺として訴えたいところだが、この国の裁判官は国王の配下。やるだけ無駄である。

 

(はっはっはっ!どんだけ馬鹿な計画立ててんだよ、お前!何一つ上手くいってねぇじゃねぇか!)

 

 床に転がる聖剣から、俺の気に障る思念が伝わってくる。

 案の定、小憎たらしい嘲笑を引っ提げ、その少女のような思念体が俺の視界に割り込んだ。

 

 人を馬鹿にして笑う少女の思念体。そいつが聖剣エクスカリバーに宿る魂であり、この剣が絶大な力を秘めているという遠因だ。

 

「全てお前のせいだろうが!」

 

 そうだ、こいつこそが俺の計画が上手くいかなかった原因だ。

 

 こいつ、実は所有者の体を乗っ取るという聖なる剣にあるまじき能力を持っている。

 そして、こいつは人を馬鹿にする性格であるため、乗っ取った俺の体で俺が最もされたくない事をしたのだ。

 そう、厳格な勇者として振る舞い始めたのである。

 そのおかげで俺は後々も厳格な勇者として行動しなければならなくなり、俺の自由はほぼ封殺され、計画は崩壊した。

 

 おまけにこいつ、誰にも抜かれなかったのは「100万人目で抜けてやろう」というふざけた考えを持っていたためらしい。

 どんな剛腕に引っ張られようとも根性で耐えたとか。根性論で剛腕に耐えるな。

 そして、俺が100万人目だったそうだ。どこまでもふざけた話である。

 

(感謝して力を貸してやってるだろう?何が不満なんだよ)

(お前が勝手に俺の体を使ってるだけだろうが!抵抗しまくってるのにヒョイヒョイと俺の体動かしやがって!)

(憑依に耐性がない己を呪いな)

(クソッタレ!)

 

 本当にこいつの憑依に対抗できる力が欲しい。

 そうすればこいつをもう嫌という程扱き使ってやるというのに。

 

「もっと俺に力があれば……。抗える力が……」

 

 残念ながら俺の体とエクスカリバーの魂は無駄に相性が良いらしく、エクスカリバーの憑依に抗えない。

 一応、聖剣に肌で触れなければ憑依されないが。

 

(ま、諦めて勇者らしく振る舞えよ)

 

 ケタケタと笑うエクスカリバーが心底憎い。

 

「クソ……。こんな事なら、勇者になるんじゃなかった……」

「聞き捨てなりません!」

 

 ふぇ!?




〈用語解説〉
『始まりの六柱』
…数万年前、魔物蔓延るこの世界で人類史を拓いたとされる6人の勇者にして、神と崇められた6柱。彼らの最期は明確にされておらず、生存説を唱える者が多い。この世界にある宗教はほとんど彼らを信仰するモノである。だが、6人まとめてではなく1人を各々信仰しているので、どの神を信仰するかで宗教戦争が稀に起こる。同じ神を信仰していても、教えの解釈が違う事でも時折争いが起こる。彼ら全員の名前が音楽関連用語である事から、彼らにあやかって音楽関連の名前を有する者は一定数存在する。

『主神スタッカート』
…『始まりの六柱』は対等な存在であるが、彼が6柱の中心的存在であったため、便宜上『主神』として扱われている。言語を統一した者であり、様々な文化を記して残した神。名前の由来は「スタート(始まり)」を文字ったのではないかとする説がある。教えは「友情・努力・勝利」。


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第二節 下衆だが行いは良い

「聞き捨てなりません!」

 

 ルーフェ様が俺の休む一室へと飛び込んできた。

 それはあまりにも唐突であり、俺が予期できた事態ではない。

 そして、予期できなかった上に、非常に(まず)い。

 状況から察するに、ルーフェ様は俺の言葉を聞いていたのだ。

 

「る、ルーフェ王女殿下!い、今のは違うのです!俺は決して―――」

「テノール様が一人無力に苛まれていたのは知っています!」

 

 ……は?

 

「貴方様は多数を救うも少数を取りこぼしてしまった事、いつも嘆いていらっしゃるのは知っています」

 

 待て、何をどう解釈されたらそうなる。

 

(オレとの思念会話は聞かれてねぇだろ。オレがお前にしか伝えてねぇし、お前の思念はオレしか読み取ってねぇ。聞かれたのは途中で漏れてた叫びくらいだぜ、テノール)

 

 なるほど。つまり俺が漏らした叫びだけ拾い集めると、俺がまるで無力を嘆いていたかのようだったと。

 

「ですが、貴方様が居なければ、その多数すら救えなかったのです。貴方様が勇者に相応しくないなど、救われた多数はおろか、取りこぼした少数も思ってはいないでしょう」

 

 良し、推測は当たっているみたいだ。

 奇跡だな。日頃の行いが良いおかげか。

 

「胸をお張りください。テノール様は、誰もが憧れる勇者様なのですから」

「いいえ。いいえ、ルーフェ王女殿下。それでは駄目なのです。それでは、犠牲となった少数が報われない」

「テノール様……」

「俺だけでも……俺だからこそ、犠牲となった少数を忘れてはいけないのです。失敗を胸に刻み、次こそはより良い結果をと、次こそは全てをと……自らを戒めなければならないのです」

「ああ、テノール様。貴方様はどうして……どうしてそれ程までに清らかであれるのでしょうか!」

 

 ルーフェ様が感涙しておられる。演技は完璧だ。

 

「ですが、確かに勇者として胸を張らなければ。(かげ)る勇者の姿など、民衆の不安を煽ってしまいかねない。ですのでどうか、どうかここでの事はご内密にお願いいたします」

「……ええ、承知いたしました。テノール様がお嘆きになられている事は、わたくしの胸にのみ秘めておきます。ですから、時折は、その嘆きをわたくしへ打ち明けてください」

 

 ああ、なんて清らかな乙女なのだろう。

 勇者に尽くそうとする健気さ。国王も見習ってほしい。

 

「いつかは、殿下の胸をお借りしたく思います」

「いつでもお貸しします。わたくしは、待っていますから」

 

 ルーフェ様マジ健気。

 今すぐその胸に顔面埋めたい。胸を借りるってそっちの意味じゃないけど。

 

「ルーフェ王女殿下、そろそろお時間が」

「まぁ!もうそんな時間が!すみません、テノール様。わたくしはお暇させていただきます」

「今度は時間のある時にでも、ごゆっくりと」

「はい!」

 

 ルーフェ様はお付きの侍女に連れられ、一室から出ていく。

 予断を許さぬ状況ではあったが、心温まる一時であった。

 

「ん?」

 

 一室から離れていく彼女を見送った後、床でキラリと輝く何かが目に留まる。

 

「これは……魔術石?」

 

 『エイゴ』という魔術式に使われる言語が描かれた水晶玉。何の魔術が描かれているか判別できないが、魔術石で間違いなさそうだ。

 

 魔術石は農村にまで普及しているため、それ自体は珍しい物でもない。

 よくあるのが照明魔術石か。

 それは照明魔術の魔術式が描かれ、燃料となる魔力が込められた魔力石と一緒に魔道具に装填すれば、ランプとして使う事ができる。

 

 魔術石に魔術式を描くのも魔術師、魔力石に魔力を込めるのも魔術師。

 魔術師の才があれば、まず食うには困らない。

 魔力込めるだけなら、それこそ魔術師入門書を聞きかじればできるらしい。

 まぁ、その才能が割と稀有なのだが。

 

(しかし、こんな所になんで魔術石が……)

(描かれてるのは見る限り照明魔術や水生成魔術、加熱魔術でもなさそうだな)

 

 エクスカリバーも見覚えがない代物らしい。

 これは案外、王宮に立ち入れる上位貴族の落とし物かもしれない。

 

(貴族のお嬢様とかだったら、これはお近づきになるのに使えるかもしれないなぁ)

 

 俺は仕方なく、本当に仕方なく、落とし主が現れるまで持っている事にした。

 

(相変わらず下衆だな。王宮に立ち入れるのは王族に重臣とその親族。城に勤める侍従を含めたって全体数は男の方が多いだろ)

(うるさい、男の夢を砕くんじゃない)

 

 可愛い娘とお近づきになりたいだなんて、世の男どもは誰でも考えている事だろう。なら、男である俺がそんな考えを持っていけない訳がない。

 それに、これは善意だ。

 王族、重臣、それらの親族、侍従。国王に類する者らと国王に仕えている彼彼女らなら、貴族の中でも間違いなく上位である。

 そんな者たちの持ち物なんてほとんどが高級品。下手な人間に渡そうものならすぐに売り払われてしまう。

 だから、金に目が眩まないこの俺が保管していようという事なのだ。

 

(口実が上手いこって)

 

 呆れ返ったのか、エクスカリバーはその思念体を消して聖剣に引っ込んだ。

 

 多少腑に落ちないが、静寂は手に入れた。

 夕食までは時間がある。少し読書にでも励んでいよう。

 武に秀でて学もあるとなれば、寄ってこないお嬢様は居まい。

 

「あれ……。ここの照明、また魔力が切れてるのか」

 

 読書のために手元を照らそうと照明魔道具に触れるが、その魔道具が光を灯す事はない。

 不良品なのか、この照明魔道具は燃費が悪く、高い頻度で魔力石の魔力が切れている。

 

「侍従に言って魔力石を取替え……。いや、もう魔道具をあいつに直してもらうか」

 

 知り合いの魔術師に会う良い機会だ。それでこの不良品も直るのなら1つの行動で2つ得する。

 

 俺は今度、魔術師に会って魔道具を直してもらう事にしたのだった。

 

 それが、恐ろしい真実を暴く事になるとも知らずに。




〈用語解説〉
『魔術式』
…魔術を使用するための特殊な文章。通常、魔術を行使する時はその魔術式を詠唱するか、魔術石へ事前に刻んでおくかしければならない。『始まりの六柱』、その1柱である『魔神ダ・カーポ』が遺した技術である。

『エイゴ』
…魔術式の構築に用いられる言語。統一言語(普段話されている言語)とは違う。『始まりの六柱』、その1柱である『魔神ダ・カーポ』が生み出した言語とされている。


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第三節 箱入り娘に過ぎた毒

 ああ、テノール様。貴方様はこの胸のときめきを、わたくしの高鳴る鼓動を、ご存じでおられるのでしょうか。

 あの時からわたくしの心の中にある、この気持ちを……貴方様は察しておいでなのでしょうか。

 

―嫌っ、止めて!誰か、誰か助けてっ!

―どれ程喚こうが助けは来ない。そして、お前たち勇者アルトの血筋を許す道理もない!

 

 父と共に玉座で立てこもっていたのに、あえなく押し寄せる魔王軍の手先。わたくしは、あの時に自身の生は終わるのだと、声を荒げながらも悟っていました。

 

―ルーフェ王女!バーニン国王!ご無事ですか!

 

 しかし、その悟りをテノール様は打ち払ってくださいました。

 わたくしに、まだ生きられる事を教えてくださいました。

 あの時の事、テノール様の行動から言動、表情に至るまで片時も忘れた事はありません。

 

―ルーフェ王女、良かった。悪しき者の手に汚されてはいないようで

 

 テノール様は、わたくしをお救いくださり、笑顔を浮かべていました。

 誰かを救えた事に、喜んでいるように。

 

―何故人を助けるのか?難しい質問ですね……。そうですね、強いて言うなら。そうしたいから、でしょうか

 

 人助けを喜びとし、人助けを生業とする勇者。

 ここまで清らかなお人が実在するのだと、本の中にしかいない御伽噺ではなかったのだと、わたくしは感動してしまいました。

 

 思えば、もうその時には恋に落ちていたのでしょう。

 

―お茶ですか?ええ、喜んでお供します

 

 テノール様の笑顔に胸が高鳴り――

 

―すみません。王命がありますので、しばらく城を離れます

 

 テノール様の不在に胸が苦しめられ――

 

―何が好きか、ですか。俺はルーフェ王女殿下の笑顔が大好きですよ?

 

 テノール様の笑顔が見たいと――

 

―お恥ずかしながら、勇者となる前の自分に誇れるモノは少なく……。あまり面白い話はできませんが、それでもよろしければ

 

 テノール様のお話がしたいと……。

 

 近くに居る時はまるで光が駆けるかのように、遠くに居る時はまるで一日に幾年月も過ぎてしまったかのように。

 時の流れとは、なんと意地悪なモノなのでしょう。

 

 願えるなら一瞬たりとて離れたくない……。

 永遠に貴方様と共に居たい……!

 テノール様をすぐ傍に感じていたい!

 

 そんな募るわたくしの思いが、テノール様のお使いになる一室へと(いざな)ったのです。

 父の指令で長く不在だった、恋しいお人のお部屋へと。

 

 微かにあるテノール様の残り香。特にベッドからは濃く感じ、わたくしは理性の抑えも効かず、気付けば枕に顔を(うず)めておりました。

 ああ、ここにはテノール様が居た痕跡がある……。テノール様の温もりがある……!

 

 侍女に声をかけられた時には、とても他所様にはお見せできない惨状となっていたのです。

 わたくしはすぐに着替え、侍女にベッドのシーツと枕を洗わせました。

 

 その行いをわたしくしは恥じましたが、しかし1度味わった甘美は手放しがたく、いつの間にか常習していました。

 でも、それでも足りなかったのです。

 ベッドに残った痕跡だけでは、温もりだけでは、胸の隙間は埋められなかったのです。

 

 わたくしの恥ずべき行いは、次第に発展していきました。

 

 最初にした事は何だったでしょうか。

 確か、テノール様の衣服を盗んだ事だったでしょうか。

 テノール様の衣服に興奮してしまい、してしまった事は伏せておきましょう。

 今でも時折しておりますが。

 

 ちなみに、盗んだといっても問題ありません。より高級な新品と取り替えておきましたので。

 贈り物という事にもしましたし、元のは古くなっていたので廃棄したとも言いました。

 

―ルーフェ王女殿下からの贈り物だなんて。ありがとうございます!

 

 そんな感謝の言葉を受け取った後、テノール様の衣服でした時は背徳感も合わさって堪りませんでした。

 

 それ以外は……なんだったでしょうか。

 下着を盗んだのは覚えております。常用しておりますので。

 

 最も新しいのが、そうです。録音魔道具を隠して設置した事です。

 気付かれない録音魔道具について、魔術研究員と意見を交わしたのは記憶に新しくあります。実物が完成した時の嬉しさといえば、言葉にできませんでしたから。

 録音できたテノール様のお声を聞けた時の方が、完成した時よりはるかに嬉しかったのですが。

 

 ええ、だって……テノール様が胸に秘める気持ちをお聞きできたのですから。

 

―ふざけるな!こんなの勇者であってたまるか!

 

 テノール様は、嘆いておられました。

 

―剣頼りの勇者なんて居るはずないだろうが!

 

 剣に選ばれただけの仮初の栄誉に、剣に頼るしかない無力な自分に、テノール様は嘆いておられたのです。

 

 ああ、なんとお労しく儚げで。なんと悲しく美しい嘆きなのでしょう。

 そんな弱々しい姿を隠し、常に雄々しくあるテノール様のなんと素晴らしき事か。

 

 テノール様への畏敬の念はさらに増し、同時にテノール様の秘めたる思いをわたくしだけが知っている状態に恍惚としてしまいました。

 

 心配ありません、テノール様。わたくしだけが貴方様の全てを知っています。

 貴方様の全てを知った上で、わたくしは貴方様を愛せます。

 愛しています、テノール様。

 

 ですから――

 

 貴方様の全てを――

 

 わたくしにくださいませ?



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第四節 王国近衛兵1番隊

「訓練!しましょう!」

 

 優雅に朝食を済ませた俺の一室へ、狙っていたかの如く押しかけてきた元気溌剌な少年ベアウ・マインズ。

 彼は少女と見間違う程可愛らしく、どうして男なんだと問い詰めたくなる容姿をしている。

 ていうか君、実は性別偽ってたりしない?家の事情で男として育てられただけの女の子でした、とかだったら俺は嬉しいのだが。かなり俺を慕ってくれてるし。

 

(どこまでも下衆だな、お前)

 

 憎らしい剣の思念が聞こえたが流す。

 

「おはよう、ベアウ」

「おはようございます!勇者様!」

 

 呆れるくらい元気いっぱい奴だ。目もキラキラしていて濁りが全くない。

 なんかこう、ここまで綺麗な心の人間を相手にしていると、俺の心まで綺麗に浄化されてしまいそうだ。

 

(1回くらい浄化されてみたらどうだ?)

 

 絶対に嫌だ。俺は富と名誉と女を得る大いなる野望を叶えるんだ。

 

「訓練のお誘い、という事で良いのかな?」

「はい!近衛兵1番隊の訓練に是非参加していただきたく、すでに隊長の許可は得ております!」

 

 近衛兵1番隊隊長の許可じゃなくて、最初に俺の許可を得てほしいなぁ。ぶっちゃけそれ王命とまではいかないが、強制力高い指令じゃん。俺逆らえないじゃん。

 

「そうか。セイザー隊長殿のお誘いとあれば、参加せざるを得ないな」

「ありがとうございます、勇者様!きっと隊長もお喜びになります!」

 

 あの男が俺の参加で喜ぶとは思えない。

 近衛兵1番隊であるセイザー・ヴェインは、良くも悪くも貴族主義。農民上がりの俺は彼にとって酷く目障りだろう。

 訓練の参加ではなく、模擬戦での敗北なら喜ぶに違いない。というかおそらくそっちが狙いだ。

 

 俺には世間に広まった弱点がある。

 それは、罪なき人との戦いで本気は出せない、というものだ。

 まぁ正しくは、罪なき人との戦いではエクスカリバーが力を貸してくれない、なのだが。

 

(お前を困らせるためなら、お前の体乗っ取って勇者然とするけどよ。お前の都合のためになんてぜってぇ力貸すかよ)

 

 というのがエクスカリバーのふざけた談である。

 どこまでも憎たらしいアマだ。

 

 という事で、本気を出せない俺をセイザーは部下の前で負かしたいのだろう。

 別に負けてやるのは構わないが、とにかく癪に障る男だ。

 

「訓練場まで案内します!」

 

 何にせよ、逆らえないのなら従うしかない。

 俺は笑顔を貼り付けたまま、ベアウの案内に付いていった。

 

 

 

「セイッ、ハァッ!」

「動きを乱すな!手を抜くな!素振りの1回1回に魂を込めるのだ!」

「はいっ!」

 

 近衛兵1番隊隊舎の訓練場にて、威勢よく響く多数の掛け声に、1人の男が檄を飛ばす。

 多数の掛け声とは近衛兵たちのモノ。檄を飛ばしている男がこの集団の長、1番隊隊長セイザー・ヴェインである。

 彼は戦闘力もさる事ながら、部下の教育に余念のない良き師範でもある。

 兵隊を率いるカリスマも有し、戦術家として頭も回る。

 貴族主義さえなければ満点の男だ。女を総取りされないという意味では、欠点があって良かったかもしれない。

 

「隊長!勇者様をお連れしました!」

「うむ。ベアウよ、ご苦労だった」

 

 部下もしっかり労える辺り、本当に貴族主義が唯一の欠点なんだよなぁ。

 

「お誘いいただきありがとうございます、セイザー隊長殿」

「いえ。お忙しい勇者様を、我々近衛兵の都合で呼び出してしまって面目ない」

 

 セイザーの面の皮は厚い。貴族主義の一面を易々と覗かせはしない。

 だが、1番隊を貴族の生まれで固めているのが、貴族主義である何よりの証拠だ。

 平民の志願者を1番隊から追い出したという噂は、しっかり俺の耳に入っている。平民の出が混じる他の隊と仲が悪いという噂も同じく。

 

「願えるなら模擬戦で、かの有名な勇者様の実力を新兵にもお見せいただきたい。勇者様の戦う姿は皆を鼓舞する事でしょう」

「俺が皆の力になれるのでしたら願ってもない。協力しましょう」

 

 お互い笑顔だ。あっちもこっちも、心からは笑っていないが。

 

「有り難き事です。では、模擬戦の相手は誰に任せましょうか」

「はい!隊長、私が勇者様のお相手を務めます!」

 

 いの一番に挙手したベアウ。お前は勇者への憧憬も純度高いなぁ……。

 

「ベアウでは勇者様の実力を十全には引き出せんだろう。ウィン!お前が務めろ」

「はっ!」

 

 名指しされて前に出てくるのは、近衛兵1番隊副隊長ウィン・マインズ。ベアウ・マインズの兄であり、偉丈夫の好青年だ。

 今もすれ違い様に落ち込む弟の頭を撫でて慰めていた。

 できるお兄ちゃんだな。

 

「勇者様のお相手を務められるとは、光栄の至り」

「そう思ってもらえるなら、俺も光栄です」

 

 兄弟揃って純粋で毒気が抜かれる。

 こういう貴族ばっかりなら俺も生きやすいんだが。

 

「全員、訓練を止めてこの模擬戦を見学せよ。学べる事が多いだろう」

 

 近衛兵はセイザーの指示に従い、素振りを止めてすぐに壁へ寄った。

 

「勇者様、剣が鎧に打ち込まれたら一本の、一本勝負で如何でしょうか。長引くのもよろしくないかと」

「ええ、それで構いませんが……」

 

 ウィンの提示した条件を呑みつつも、聖剣の柄を握る。

 

(ただの模擬戦だろう?自分の力でどうにかしろよ)

 

 相変わらずエクスカリバーは力を貸してくれそうにはない。

 

「失礼、木剣を貸してもらえませんか?」

「聖剣エクスカリバー、お使いにならないので?」

「模擬戦ですが、誤って傷付けてしまうかもしれない。少しでもその心配を減らしたいのです」

「そうでしたか。では、対等な勝負のために私も木剣を」

 

 手近な近衛兵が俺とウィンに木剣を配る。

 木剣の感触を確かめてから、どっちともなく距離を取った。

 俺もウィンも、間合いを意識した位置に付く。

 剣を構え、数秒相対する。

 

「始め!」

 

 セイザーの合図で、同時に地面を蹴った。



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第五節 元農民テノールの実力

「始め!」

 

 セイザーの合図を受け、俺もウィンも砂煙が立つ程に初手の踏み込みへ力を込める。

 お互い俊足の踏み込みであり、すぐに衝突。鍔迫り合いになった。

 

(やっぱり、副隊長となれば素の力も馬鹿にできないな……!)

 

 魔力で肉体強化もしていない剣の押し合いだが、俺はウィンに押し負けており、徐々に剣が俺へと迫っている。

 このままでは(まず)いので、相手の力に弾き飛ばされる要領で無理にでも距離を開けた。

 

(ふーん、そんくらいはできるようになったか。元農民にしては頑張ってるじゃねぇの)

(お前に褒められても嬉しくない!お前のせいで鍛えるしかなくなったんだからな!)

 

 聖剣に触れればエクスカリバーに体を乗っ取られる訳だが、聖剣に触れていない、体を乗っ取られていない時はもちろん俺に体の主導権がある。

 当然の話になるが、乗っ取られていない時は俺が頑張らなければいけないのだ。

 だから、乗っ取られていない普段も勇者の力を疑われぬように、俺自身が強くなるしかない。厄介な事だ。

 

「肉体強化を使っても構いませんよ?」

 

 クッソ、マジ純粋に不思議がられた。嫌味が全く混じってないんだから質が悪い。

 

「これは模擬戦ですので。あれらは悪しきを裁くための力です」

 

 まだ肉体強化すら上手くできないとは口が裂けても言えない。

 

(アホかよ前言取り消すわぁ!もっと頑張れ元農民すぁん!)

 

 腰に下がっている駄剣を今すぐに叩き折りたい。

 

「そうですか。それは残念です!」

「くっ」

 

 開けたはずの距離が一瞬に詰められた。

 初撃はどうにか剣を添わせて逸らすが、ウィンの追撃は即座に放たれる。

 それを逸らしても次の追撃。ウィンの猛攻が始まっていた。

 

(腕がっ……、持たんっ……)

 

 一撃一撃が重いのに隙がない連撃。逸らすだけでも衝撃が腕に響き、耐え難い痛みを与えている。

 

「貰った!」

「なっ」

 

 俺の逸らしがわずかに緩んだところを、ことさら重いウィンの一撃が襲う。

 俺は衝撃に耐えきれず、俺の手にあったはずの木剣が宙を舞った。

 

「一本、ですね」

 

 俺の首直前で木剣を止め、ウィンは不敵な笑みを浮かべる。

 相手が爽やかすぎて悔しさもない。

 俺は両手を上げて降参を示した。

 周りから小さくも歓声が上がる。

 

「全力でないのは惜しいですが、大変素晴らしい試合でした」

 

 嫌味の一つくらい言えよ!やりづらいだろ!苦笑しか返せねぇぞ!

 

「おや、これは……。まさか勇者様が負けてしまうとは……。まさかまさか、手加減のしすぎではありませんか?」

 

 で、セイザーが嫌味を言うのね。こういうので良いんだよ、こういうので。

 

「はは……。聖剣を使わなければ、ただの農民と変わりありませんので」

 

「テノール殿は聖剣ありきの勇者であると?これはこれは、聖剣エクスカリバーの選定に何やら不具合があったやもしれませんね。もしや、聖剣自体が壊れているのではないでしょうか?」

 

(なんだぁ、テメェ……)

 

 セイザーの嫌味が理不尽にもエクスカリバーの逆鱗に触れた。

 

(誰が壊れてるだぁクソガキィ!こちとら単身で魔王の下に辿り着いた凄腕剣士だぞ!石っころに変える呪い使う程魔王が俺を恐れたんだぞ!)

 

 石に変えられた後、その石が上質な金属鉱石だったので、時の鍛冶師に剣として打たれたという経歴を持つ少女。そんな少女の思念体が聞こえる訳のない怒号を飛ばしている。

 まず魔王に単身挑もうとする思考回路が壊れているし、その奇妙な経歴もある意味壊れている。

 

(久々にキレちまったぜ……。ちょい体貸せよ)

(あの嫌味な男を叩きのめしたいって言うなら、俺も体を貸すのはやぶさかじゃない。お膳立てはしといてやるから、羽目を外し過ぎるなよ)

(言われるまでもねぇ。頭に血が上ったとはいえ、お前への嫌がらせを忘れる程馬鹿じゃねぇよ)

 

 嫌がらせのためだけに厳格な勇者を装うくらい馬鹿なのだから、頭に血が上るだけでそれを忘れるくらい馬鹿であってほしかった。

 ともかく俺も叶わぬ祈りを捧げ続ける程馬鹿ではないので、さっさとお膳立てに取りかかる。

 

「確かに。これでは聖剣の勇者として示しが付きませんね。万民の平穏を願う者として、それは避けねばいけない」

 

 俺は聖剣の鞘に手を置く。

 近衛兵、セイザーも含めて周りは固唾を呑んだ。

 

「セイザー隊長殿、お相手を願いたい。近衛兵1番隊隊長を任せられている貴方なら、俺も聖剣を抜きましょう」

 

 隊長である実力を認めながら、「隊長まで昇りつめた男が逃げる訳ないよな?」と言外に表現した。

 言外の表現もしっかり受け取ってくれたようで、セイザーは逃げたくても逃げられないと、苦々しく歯噛みしている。(ざま)ぁない。

 

「……良いでしょう。このセイザーがお相手仕りましょう」

 

 苦渋の選択を終え、セイザーは渋々と俺に相対する。

 剣を構える様は弱卒でも分かる程隙がない。

 相手の準備が済んだところで、俺は聖剣の柄を握った。

 

(頼んだぞ)

(あいよ)

 

 俺の体の主導権がエクスカリバーへと切り替わる。

 俺が望まずとも、エクスカリバーが聖剣の姿を露にさせた。

 

「では……。参る!」

 

 気迫を漲らせたエクスカリバーが、地面を抉った。




〈用語解説〉
『肉体強化』
…魔術でも初歩の初歩。魔術式も必要ないただの魔力操作。魔力を体中に巡らせる事で、身体能力を強化する。極めた者は自身の五感や治癒能力すら強化できるらしい。


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第六節 勇者テノールの実力

 セイザーとの模擬戦、エクスカリバーに体を乗っ取られた事でエクスカリバーが俺の体を動かす。

 魔力操作も完全にエクスカリバーに主導権があり、魔力操作、魔術行使の技量はエクスカリバーに依存する。

 それにより、俺は魔力操作が下手で魔術の初歩とされている肉体強化すらできなくとも、エクスカリバーは俺の魔力で肉体強化ができる。

 それで、エクスカリバーが肉体強化した結果の踏み込みが、地面を抉った程の踏み込みである。

 

「ぐっ!」

 

 光すら置き去りにするような踏み込みでのエクスカリバーの初撃。しかしセイザーのガードは間に合っていた。

 伊達に近衛兵1番隊隊長ではないという訳だ。

 

「このように、オレも肉体強化を使いますので憂いなくお相手ください」

「くっ、くふふ……。では、遠慮なく!」

 

 安い挑発の売り買い。エクスカリバーの煽りを受け、セイザーも肉体強化をした。

 押し負けていた鍔迫り合いをセイザーは互角まで押し戻し、さらにはエクスカリバーを弾き飛ばす。

 残念ながら、弾き飛ばされたのはエクスカリバーの演技だ。

 ウィン戦の焼き直しでもしたいのか。

 

「見事ですよ、セイザー隊長殿。オレの全力を耐えたのは貴方で二人目だ」

 

 一人目誰だよ。そもそも全力じゃなかったろ。なんかそれっぽい事言って格好つけるな。

 

「余裕で居られるのもここまでだ!詠唱破棄、『ライトニング』!」

 

 近接戦闘を主とする1番隊隊長の、まさかの詠唱破棄雷魔術。落雷がエクスカリバーに降りかかろうとしていた。

 だが、何ら問題はない。

 

「ふん!」

「なっ!?」

 

 初級の攻撃魔術程度、エクスカリバーは切れるからだ。

 剣に纏わせた魔力で魔術発動に使われている魔力を乱す『魔術式崩壊』。言葉にすれば難しくはないが、魔力操作の高い技量を求められる。

 エクスカリバーは魔力操作において、何者よりも優れた技量を持っているのだ。

 生前の少ない保有魔力量を補うために弛まぬ努力を続けたとか。

 

「ま、『魔術式崩壊』で雷魔術を!?そんな馬鹿な!」

 

 セイザーの驚きは俺にも理解できる。

 雷魔術のほとんどは発動から直撃まで間がとても短い。初級である『ライトニング』も然り。

 だから、『魔術式崩壊』で雷魔術を切る者はそうそう居ない。

 ただでさえ軌道を読む暇もないのに、『魔術式崩壊』を失敗したら直撃するのだ。

 大きく回避しなければいけないにしても、そっちの方がはるかに簡単で危険がない。

 では、エクスカリバーは何故そんな事をしたかと言うと、おそらくセイザーの鼻を明かしたかったからだ。

 願いが叶って良かったな。

 

「これが、聖剣エクスカリバーの加護です。聖剣はオレに戦いの一手先を見る力を与えてくれているのですよ」

 

 エクスカリバーが誇らしげに語っているが、大嘘である。

 エクスカリバーは直感で相手の次の行動を当てているだけだ。

 生前で行った幾億の戦闘経験によるモノだとか。

 幾億ってのが出任せじゃなかったらお前戦闘狂だからな。

 

「聖剣エクスカリバーの伝説には、選定した勇者に傷を負わせなかったとある。その伝説の正体が、その先読みだと言うのか……」

 

「その通りです。聖剣エクスカリバー自体に鉄壁の防御もなければ不死が如き治癒力もありません。あるのはこの先読み。そして、見せた一手先に怯まぬ精神を持つ者こそ、聖剣エクスカリバーは勇者として選ぶのです」

 

 自身の選定が壊れてなかった事を言い繕いやがったぞ、こいつ。

 何が「怯まぬ精神を持つ者を選ぶ」だ。自身を抜こうとした100万人目って雑に選んだんだろうが。

 

 そもそもの話だが、聖剣エクスカリバーの伝説自体が嘘だ。

 エクスカリバーに聞かされたが、聖剣エクスカリバーの使い手となったのは俺が最初。勇者アルトが聖剣エクスカリバーを使っていたとされるのは、誤った伝聞なのだ。

 つまり、世に語られ、歴史にも記されている聖剣エクスカリバーの伝説は、全て偽りなのである。

 では、勇者アルトが使っていた聖剣は何なのか。

 俺はもちろん、エクスカリバーも知らない。

 

 まぁ、みんな聖剣エクスカリバーが勇者アルトの剣と信じて止まないし、俺もその嘘のおかげで勇者となったのだから、訂正しないのが世のため人のためだ。

 

「しかし、ならばこそ使い手に力を求める!落雷に怯まぬ精神力は認めるが、剣の腕は如何程に!」

 

 セイザーは搦め手を止め、切り込んでくる。

 

「ウィン殿との模擬戦で披露したでしょう。肉体強化を使って宜しいのでしたら、何者の剣でも逸らして御覧に入れましょう!」

 

 セイザーの剣はウィンよりわずかに軽いが、その質は圧倒的であった。

 一撃一撃に余分な動きがなく、フェイントも混ぜてくる。

 早くて賢い剣とでも評すべきか。

 少なくとも、俺なら確実に数回攻撃を貰っている事だろう。

 だが、余分な動きがなかろうがフェイントだろうが、エクスカリバーはお構いなしに直感で当て、全てを逸らしていく。

 もはや模擬戦ではなく剣劇だ。

 

「ぬぅ……!」

 

 セイザーの顔が険しくなり、焦りを滲ませている。

 振るう剣に影響しないのはさすがであるが、この守りを切り崩す一手がない以上は詰みである。

 

「では……。これで!」

「何!?」

 

 剣を逸らした瞬間、エクスカリバーはセイザーの腕を掴んで引き、セイザーの態勢を崩した。

 そんな軽い崩しなら態勢の立て直しは一瞬だが、その一瞬にエクスカリバーはとどめを打つ。

 

「詰みです、セイザー隊長殿」

 

 聖剣の刃がセイザーの首直前で止められていた。

 ここもウィン戦の焼き直しだろうか。

 いや、軽装とはいえ鎧装備相手への詰めとなれば、防具のない首を狙うのが妥当か。

 

「……降参です」

 

 その表情は苦渋に満ちていたが、セイザーは潔く剣を収めた。

 同時にエクスカリバーも聖剣を鞘に戻し、体の主導権が俺に戻る。

 模擬戦の終わりを察し、剣劇に相応しい拍手が周りから贈られた。

 

「何の騒ぎだ」

 

 静かでありながら拍手に潰れぬ声が訓練場に響く。

 

「ランテ総長殿!いつの間に!」

 

 声の発生源には今まで居なかったはずの男、近衛兵を束ねる近衛兵総長、ランテ・レートが立っていた事に、セイザーは目を見開いた。

 

「何の騒ぎだ」

 

 ランテは返事を催促するように再度同じ質問をした。

 この男、とにかく言葉にも存在感にも温度が感じられない。

 冷静、と言うよりは平坦。波一つない水面のような男である。

 

「ゆ、勇者殿を1番隊の訓練に招き、先程まで模擬戦を行っておりました」

「そうか」

 

 脅えながらも報告するセイザーに、ただ一言返すランテ。

 現状を知りたかっただけで、それさえ済めば関心はないのかもしれない。

 

「訓練終了後、会議を行う」

「了解しました」

 

 ランテは何事もなかったように自身の用件を進め、セイザーはほっとしながらそれを聞き届けた。

 他の近衛兵も隊長に倣うように訓練の片づけを行い始める。

 

「勇者殿」

「……何か御用ですか?」

 

 周りが慌ただしく動いている中、ランテはゆっくりと俺へ歩み寄る。

 正直怖い。

 

(安心しろ。オレも怖い)

 

 何も安心できない。

 

「感謝する」

 

 ランテは、その一言だけ言ってこの場を後にした。

 

「……は?」

(……感謝したかっただけみてぇだな)

 

 いや、うん……。

 

「勇者様!本日は訓練にお付き合いくださり、ありがとうございました!」

「あ、ああ。こちらこそ、訓練に交ぜてもらってありがとう」

 

 ベアウが片付けの合間を縫って、手本のような感謝を述べた。

 普通、こういうのって一番偉い人がする事ではなかろうか。

 いや、ランテには一言言われたし、セイザーやウィンにされてもあまり嬉しくないのだが。

 そう考えるなら、ベアウが適任かもしれない。ベアウの素直な感謝は俺の心を清らかにしてくれたのだから。

 これで女の子だったらなぁ。

 

(なんも清らかになってねぇぞ)

 

 純粋な少女に慕われる事を望むのは男の性。決して穢れではない。

 

「それでは、また後程!」

 

 ベアウは綺麗な一礼をしてから片付けに戻っていく。

 

「さて。俺も行かないとな」

 

 1番隊との合同訓練は、俺としては急用だ。

 俺の本日の予定は、旧知の友と会う事だけ。

 急用は済んだのだから、さっさと予定に取り掛かろう。

 

 そうして、俺は近衛兵3番隊隊舎へと足を向けるのだった。




〈用語解説〉
『魔術式崩壊』
…魔術と魔術が衝突した時、魔術を成す魔力が乱れ、魔術によってより起こされた事象が霧散する現象。魔力を帯びた武器による攻撃が魔術と衝突した時、上記と同じ現象を引き起こす事が確認されている。これは、武器が魔力を帯びた事で疑似的な魔術になっているのだとされている。


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第七節 勇者と彼の剣

「私が出向いて調査したところ、勇者テノールが破壊した魔道具により行使されていた魔術は、やはり魔物の増殖を促進するモノだった可能性が高いでしょう」

 

 バーニン王の執務室。そこで今、サースイナッカノ農村の魔物増殖とそれに関連していたと思しき魔術式について、女性が報告していた。

 その女性は魔術研究組織である近衛兵3番隊の隊長、マリー・エームリッスである。

 寝るのも惜しんで魔術を研究する研究一筋な人格が祟ってか、その身長は低く、体は女性らしい起伏に乏しい。床に届きそうな髪もボサボサで、目の下には一生消える事のないだろう隈が浮かび上がっている。

 

「独特な遅効性を持つ魔術。それに魔術式構築の癖。魔王軍幹部、ロスの手によるモノで間違いないでしょう」

 

 マリーの報告に出てきた魔王軍幹部のロス。幹部の中でも魔術全般に長け、陰湿な手を好む存在である。

 

 魔王軍はその幹部含めて勇者アルトが一掃したが、魔王と幹部の多くは不死性を持つとされている。

 魔王軍幹部のロスもまた、不死性を持つとされている1体である。

 勇者アルトでも魔王の完全消滅には至らず、不死性を持つ者たちは徐々に回復。空いた幹部の席は補充。

 そうやって魔王軍は力を取り戻しているのだ。

 

「テノールさんの判断は正しかったという事ですね。それにしても、あの即断即決具合は見事でしたよ。見た瞬間ズバっと行くあの姿。度肝を抜かれましたね」

「その場に居合わせなくて良かった。あたしだったら魂を抜かれてたわ。調べもしてない魔道具を即座に破壊とか、心臓に悪すぎる。本当、暴走しなくて良かったわね」

「彼の観察眼は一級品ですからね。そうそう間違いを起こす事はないでしょう」

 

 自身の隣に立つ笑顔の優男へ、マリーは気安い返答をしていた。

 その男とは近衛兵4番隊隊長、パース。物資の補給や輸送、同時に戦時の医療を担う部隊の長だが、最近は専ら勇者の足に使われている男である。

 彼も一応勇者に同行した調査員として報告に来ているのだが、調査の精度はマリーに比べるべくもないので、もはやただの賑やかしだ。

 王への報告に賑やかしが必要なのかどうかはさておいて、とりあえずバーニン王は咎めていない。

 

「魔道具の様子は」

「心臓部である魔術石は両断され、魔力を地脈から組み上げる仕組みだったであろう機構も、復元不可能な程に破壊されています。暴走、または自動修復、ひいては再利用もないかと」

 

 バーニン王への返答にマリーはしっかり口調を正し、魔道具に危険性がない事を語る。

 

「報告、ご苦労であった。下がって良いぞ」

「はっ!失礼いたします」

 

 バーニン王より退室の許しを得たマリーは堅苦しい場所からようやく出られると、気だるげに扉から出ていった。

 

「パースよ、勇者の様子はどうであった」

「変わりなく。頭からつま先まで勇者ですよ、彼は。ついつい()()()()()()()()()()()()()()()

 

 テノールは良くも悪くも農村の出。教育が行き届いているとは考えづらく、悪い素行が周りから懸念されていた。

 この周りというのには、多くは貴族たちであるが、バーニン王も含まれているのだ。

 故に、バーニン王は勇者の素行を見張る者としてパースを勇者の傍に置いている。

 しかし、素行調査はそんな懸念に反する望ましい結果であった。

 いついかなる時も厳格なる勇者。それが勇者テノールであったのだ。

 パースから見ても、かの勇者は勇者に相応しい存在だった。

 それこそ、魔王撃退の勇者にしてラビリンシア建国の王、アルトと重なってしまう程である。

 

 その本性は勇者アルトと似ても似つかず、皆がテノールに騙されているのだが。

 

「そうか……」

 

 懸念が解消されたのは良いが、逆にバーニン王は疑念を抱いていた。

 誰が農民に礼儀作法を説いたのか。

 テノールの父であるバリトン。彼もまた農村で生まれ育った農民である。

 どこぞの王族または貴族の血を引いている事もない。

 だが、テノール曰く父親の手で育てられ、教育係なんぞ居なかった。

 ならば、テノールへの教育はバリトンが施した事になる。

 

「勇者テノールの身辺は?」

「悪い繋がりはとんと見受けられませんね。まぁ、あまり密偵に向いている部隊ではないですし、各地への物資流通させているついでの情報収集ですので、確度は保証しかねますが」

 

 本当にテノールは悪徳貴族や他国の間者との繋がりがなく、まして魔王軍と繋がってなどいない。

 テノールの人格は純然たる父親の教育、その賜物なのである。

 

「バリトン氏の方、詳しく調査しましょうか?」

「うむ。バリトンについて、調査を始めよ」

「承りました。では、この辺りで失礼いたします」

 

 王の許しを得ていない、やや不遜な態度ではあるが、パースはうやうやしく一礼して部屋を出る。

 そのパースに対し、バーニン王が怒りを覚える事はない。

 

「して、勇者テノールにエクスカリバーが教えを説いている、というのはあり得るのか。カリバーンよ」

 

 人の姿がバーニン王以外ない執務室で、傍らに飾られるカリバーンと称される美麗な剣へと、王は言葉を向けた。

 

(あり得ないわね。剣の教えも面倒臭がって説かないだろうあの子が、礼儀作法や教養を説こうだなんて。天が地に堕ち、地が天に昇ったとしても、絶対ないわ)

 

 剣からバーニン王へと思念が発せられ、思念体が姿を現す。

 妖しくも艶やかな女性の思念体。それが美麗な剣に宿る魂である。

 

(そもそも、あの戦闘狂な妹を御せている時点で奇跡だわ。多少の怪しい点くらい目を瞑っても良いのではないかしら)

 

 エクスカリバーを妹と呼ぶこの女性は生前、エクスカリバーの実の姉だった者であり、エクスカリバーの実情を知る数少ない存在なのだ。

 その彼女、カリバーンはテノールを高く評価していた。

 

(私の身代わりに使われるような、あの馬鹿で正気を疑う妹に使い手と認められ、さらにあの狂ってる妹を侍らせて勇者らしくしているのよ?正直なところ、私はあの少年、テノールの胆力が恐ろしいわ。もしかしたら、私の最初の使い手だったアルトを超えるのではないかしら)

 

 言葉の節々で語られているが、彼女、聖剣カリバーンこそが真に勇者アルトが振るった聖剣である。

 そして、聖剣エクスカリバーはラビリンシアが聖剣カリバーンを保持し続けるための身代わりだったのだ。

 

 それで、本物の勇者アルトの聖剣であるカリバーンは生前のエクスカリバーの所業に辟易しつつ、テノールの行いを感心していた。

 

「貴女がそれ程評するかの勇者、余も手放すつもりはない。しかし、だからこそ落とせる埃は落としておきたいのだ。ラビリンシアが召し上げる勇者は、潔白でなくてはならない」

(あら、その考えは素晴らしいわ。綺麗な勇者こそ、民に希望を与え、国に平和をもたらすのですからね)

 

 国を背負う王と国を見守る聖剣は、ただ国のためを思い、国に忠誠を誓っていたのだった。



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第八節 旧知の魔術師

 ラビリンシア王国近衛兵3番隊。その部隊は近衛兵と名付けられてはいるが、戦う兵士の集団ではない。

 近衛兵らしい近接戦闘を専門とする1番隊とは打って変わり、3番隊は魔術研究を専門としている。

 ちなみに、魔術戦闘を専門としているのは2番隊であり、物資補給と野戦病院を担っているのが4番隊だ。

 

(1番隊も近衛兵って名前になったのは200年だか300年だか、そんくらい前の話なんだぜ?魔術戦闘団と魔術研究所を国王直轄にするついでに、もともと国王直轄だった騎士団も近衛兵って一纏めにしたらしいな。後、4番隊が創設されたのは50年くらい前。物資の補給とか戦闘時の応急措置とか、今まではそれぞれ部隊が負担してたんだが。1回それで手酷い失敗して、反省のために専門部隊を作ったって話さ)

 

 などとエクスカリバーが自身の知識を披露しているが、残念ながら俺はそんな事すでに知っている。

 父親は日々生きるための知恵だけでなく、世界の歴史や地理学、魔術学など、当時農民だったとは思えない教育を俺に施した。

 

(魔術学を学んだっつっても、肉体強化すらできねぇけどな)

(うるさい。学問と実戦は違うんだよ。それに、魔術学を学んでた事自体は役に立ってる。おかげで、3番隊とも繋がりができたんだからな)

 

 エクスカリバーの野次を避けつつ、3番隊に居る旧知の友へ思いをはせる。

 

 旧知の友は同郷の友、イーストイナッカノ農村に居た魔術師である。

 魔術を学ぶ事ができずに魔術師の才を遊ばせていたそいつを見かね、俺が魔術を教えたのだ。

 もちろん、俺は肉体強化も十全にできない程魔術師の才がないので、実演してやる事はできなかった。

 しかし、実演などしなくともそいつは良く学び、魔術が使えるようになっていたのだ。

 おかげで村の便利屋または魔力石への魔力補充係扱いだったが。

 農村に燻らせておくには勿体ないと、勇者になった際にそいつを近衛兵3番隊に推薦した。

 頭角を現しつつある噂が流れている辺り、俺の観察眼に狂いはなかった。

 そして晴れて、俺は近衛兵3番隊との繋がりを得たのである。

 最先端の魔術研究集団だ。この繋がりは絶対に美味しく利用できる。

 

(やっぱ下衆だな)

 

 何故繋がりを増やしただけで下衆扱いされるのか、全く分からない。

 

(鏡見りゃ分かる)

 

 手鏡なんて持ち合わせていない。

 

 とにかく。俺はその旧知の友を頼るべく、3番隊隊舎へ足を運んだ。

 

 

 

「ああ忙しい忙しい。これから会議だなんてもう面倒臭い。サースイナッカノ農村の魔道具も解析全然進んでないし、個人研究をする時間もない……。就職先間違えたかなぁ……。でも近衛兵隊じゃないと研究費なんて下りないだろうし……。堂々巡り。止めよこの思考」

 

 3番隊隊舎に入ったところで目の前を行ったり来たりする、一見少女に見間違えそうな女性。そう、3番隊隊長マリー・エームリッスだ。

 その名前は魔術研究家として他国にも有名である。

 

「あの、エームリッスさん?」

「あら、テノールくん。ブレンダに用事なら勝手にどうぞ。あの子なら自分の部屋で個人研究してるんじゃない?……自分の研究に打ち込めるなんて、ああ妬ましい。今度ロスの魔術を解析している班に加えてやりましょ」

 

 エームリッスは雑な応対をし、あまりにも理不尽な私怨で仕事の追加を計画しつつ、隊舎から出て行った。

 おお、我が友ブレンダよ。汝に幸あらん事を……。

 

 とりあえず。3番隊で1番偉い人の許しを得たので憂いなく旧知の友、ブレンダの部屋に向かう。

 すれ違う隊員たちからの声援に手振りと笑顔を送りながら、程なくして辿り着いた。

 旧知の友にも礼儀を忘れぬよう、しっかり扉を軽く2度叩く。

 しかし、返事はない。

 人の気配はあるようなので、扉を小さく開けて中を覗く。

 

「うーん、どうして上手くいかないんだろう……。魔力は誰にでも流れてるんだから、誰からだって魔力を吸収できるはずなのに……。魔術師にだけ、特別な接続器があるのかなぁ……」

 

 研究に集中してて、叩く音が聞こえなかっただけみたいだ。

 順調に研究者の道を歩んでいるらしい。

 ある意味で頼もしいんだが、反応がないのは困る。

 再度扉を叩くが、駄目だ。

 これはもう仕方ない。

 

「ブレンダ」

 

 仕方ないので、すぐ傍から声をかけた。

 

「え?テノールさ―――わ、わっ!」

「おっと!」

 

 驚きのあまり転びそうになるブレンダ。俺は優しい男らしく手を引いてやった。

 ちなみに、同郷の友ではあるが、俺は彼女に本性を晒した事はない。近所の優しいお兄さんで通している。

 

(お前は故郷に居た時から下衆だったのか。同郷を騙し続けて恥ずかしくねぇか?)

 

 優しさを振りまく事は何も恥ずかしい事ではない。

 

「大丈夫かい?ブレンダ」

「だ、だだ大丈夫でふ!!」

「そうか、それは良かった」

 

 あわてんぼうでおっちょこちょいなのは昔から。相変わらず、可愛らしい妹分だ。

 

「久しぶり、ブレンダ」

「は、はい!お久しぶりです、テノールさん!」

 

 俺に向ける尊敬の態度と羨望の眼差し。実に素晴らしい。ベアウと違って女の子なのも点数高い。

 

(騙して利用してるか弱い女の子から憧れられてどんな気分だ、なぁおい下衆野郎)

 

 嬉しいね、とっても嬉しい。

 

「そ、それで、何かご用事ですか?3番隊への用事というと、エームリッス隊長への支援要請あたりでしょうか。私じゃまだまだ力不足ですし……」

 

 目を右往左往させたり俯いたりと、感情が忙しそうだ。

 見ているだけでも楽しい。

 このまま眺めているのも良いが、目的を忘れてしまいそうだからさっさと済ませよう。

 

「ブレンダの力を借りに来たんだ。照明魔道具の修理を頼みたくてね」

「照明魔道具、ですか?」

「これ、俺に宛がわれている王宮の一室に備えられてる備品なんだが。どうにも燃費が悪いんだ」

「燃費が悪い?高級品だからでしょうか」

「いや、同じ物がいくつかあるんだが、これだけがすぐに魔力切れしちゃうんだよ」

「うーん……」

 

 ブレンダは照明魔道具を受け取り、折り畳み式机を広げた。

 工具も持ってきて手際よく解体していく。

 性格に反して手先は器用なんだから謎だ。

 

「うん?何これ」

「何かあったか?」

「魔術石が2つ付いてます。しかも、1つは解体しないと分からないような場所に付けられてました」

 

 基本、普及している魔道具は魔術石1つ。複数の魔術石が付いているのは聞いた覚えがない。

 

「ちょっと待って……。わぁ、これ凄い!小型化してるんだぁ」

「小型化?」

「はい。この魔道具、実は2種類の魔道具みたいです。1種類の魔道具に見えるよう、それぞれの機関が小型化されてます。魔力経路は共有、魔力石1個でどっちも動くようにしてるんだぁ」

 

 1個の魔術石で2種類の魔道具を動かしていたため、この魔道具は魔力切れが早いのだろう。

 まさかの技術にブレンダは感動しているみたいだが、俺は悪寒を覚えた。

 

「ブレンダ、その2種類の魔道具はどんな効果なんだ」

「片方は、照明ですね。もう片方は、何でしょう。この魔術式は、Sound(サウンド)……集音?違う……。音を、どうしようとしてるんだろう……。ごめんなさい、テノールさん。ちょっと時間を貰えますか?」

 

 ブレンダは魔術石に描かれた魔術式を読み解こうとするも、どうやら難解な物らしい。今すぐには無理そうだ。

 

「構わない。けど、頼んで良いか?」

「任せてください!これも恩返しです!」

 

 俺は研究の邪魔になる事を危惧したが、ブレンダは何の迷いもなく二つ返事で請け負った。

 

「ありがとう、頼んだよ」

「はい!」

 

 悪寒は消えないが、心強い友のおかげでだいぶ拭えた。

 

 そうして俺は、ブレンダの解読結果を待つのだった。



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第九節 冒険者の酒場

 ブレンダに魔術式の解読を頼み、すぐに終わるはずもないのでその場を後にした俺は、珍しく手に入れた暇を持て余していた。

 

(王命を果たしたらすぐ次の王命が出るっつう生活を1年くらい続けたもんな)

 

 エクスカリバーの言うように、本当に忙しい日々だった。というか、この暇が更なる激務の前兆ではないかと、俺は内心怯えている。

 

(しっかし暇だなぁ。魔物の1匹でも狩りに行くか?)

(なんではした金にしかならない狩りをしなくちゃいけんのだ。やるにしたって冒険者組合で依頼を受ける)

 

 俺は冒険者組合で依頼受注の権利を一応与えられている。王国の冒険者組合本部となれば割の良い依頼はあるかもしれないが、王からの褒賞に比べてしまえば安すぎる。

 

(冒険者組合か。昔っからあるが、今はどうなんなってんだ?)

 

 そういえば、1度も立ち寄った事がない。立ち寄る余裕がなかったのだが。

 暇つぶしに、少し見に行っても良いか。可愛い冒険者とお近づきになれるかもしれないし。

 

(お前、揺らぎねぇな。ま、行く気になってくれたなら良いけどよ)

 

 エクスカリバーの態度が癪に障るが、ここで拗ねて反抗するのも大人げない。

 俺は大人しく冷静さを保ち、冒険者組合本部がある都の北端へ向かった。

 

 

 

 冒険者組合本部。本部だけあって、なかなか綺麗で立派な外装であり、冒険者が腰を落ち着ける依頼斡旋所を兼ねた酒場も質が良い。

 それにドラクルは王都であるが、魔王領の目前にあるため、魔物は比較的強力。故に、集まってくる冒険者も腕に覚えがある者たちだ。

 その者たちの装備品はそこらの鍛冶屋で並んでいる物ではない。討伐した魔物の素材を使った特注品にして一点物だ。

 国王から装備品を賜っている俺程ではないが、結構な金額の装備を着込んでいる。

 

(装備は及第点だが、どいつもこいつも弱っちいなぁ)

 

 そんな良い装備着込んでる冒険者でも、エクスカリバーのお眼鏡には適わないようだ。

 いや、そりゃお前程(癖が)強い奴は居ないだろうよ。

 

(おい、今何か不名誉な言葉を混ぜてなかったか)

 

 そんな事実はございません。

 

「も、もしかして……。ゆ、勇者様ですか!?」

 

 エクスカリバーの詮索を躱したところで、1人の若い女性冒険者が俺に近寄ってきた。

 

「初めまして、お嬢さん。ご存知の通り、俺が勇者テノールです」

「ほ、本物っ、本物だ!」

「は!?本物の勇者だって!?」

「キャー!勇者様、こっち向いてぇ!」

 

 失敗したな。随分と騒がしくなってしまった。仮面の1つでも被れば良かったか。

 

「どうか平常に。俺は、視察?に来ただけだ。一筆欲しいなら、用事が済んだ後にいくらでも書いてあげるからね」

 

 俺が仕事で来ているように述べれば、皆は俺を邪魔すまいと元居た椅子に戻っていった。

 しかし、多くの視線が俺に注がれたままで、こそこそ話も盛んになっている。

 まぁ、とりあえずの事態収束はしたし、これで良いだろう。

 

「勇者テノール様ですね?本日はどのようなご用件でしょうか」

 

 冒険者がはけたのを見計らい、冒険者組合員が声をかけてきた。

 衣服から察するに、斡旋窓口に立つ下っ端ではない。組合長とまではいかないまでも、そこそこお偉いさんのようだ。

 

「お騒がせしてすみません。今回は本当にただ組合の様子を見に来ただけです。視察とは言いましたが、俺個人の気まぐれです」

「そうでしたか。勇者様の視察に来ていただけるとは、大変名誉にございます」

「そう言っていただければ何よりです」

 

 騒がせた文句の1つでも言いにきたものかと思ったが。あれか、勇者が急に来たから事件の予感でもしたか。

 

「お騒がせしたお詫び、と言ってはなんですが。緊急性の高い依頼や危険性の高い依頼はありますか?」

「いえ。勇者様のお手を煩わせるような依頼はありませんので。それに、下手に依頼を片付けられてしまえば、ここの冒険者たちが困窮してしまいます」

 

 なるほど、上手い持ち上げ方だ。

 困難な依頼も数多の依頼も熟せる勇者であると、この組員は褒め称えている。

 そうやって成り上がってきた部類かもしれないな。

 

「確かに。冒険者たちの仕事を奪うべきではありませんね。これは失礼しました。では、視察だけに留め、少しの間この酒場に居させていただきます」

「宜しければ、奥の部屋で資料などをまとめさせますが?」

「お気持ちは嬉しいですが、俺は冒険者たちの普段どうしているのか見たいので」

 

 別に冒険者組合の悪事を暴きに来た訳ではないんだ。小難しい資料を並べられたって、俺に得るモノはない。

 それに、相手が予め用意した資料なんて、大概は不都合な事実が抹消されているものだ。

 

「そうでございますか。何かありましたら、すぐに組合員をお呼びつけください」

「はい。ありがとうございます」

 

 組合員は一礼してから奥に、途中で組合員に何か忠告しつつ、帰っていった。

 「粗相がないように」という辺りだろうか。

 まぁ、俺が気にする事ではない。

 

 という事で、酒場に長居すべく、適当な飲食物の注文をするのだった。




〈用語解説〉
『冒険者』
…様々な種類の依頼をこなす何でも屋。最下級である9級はそれこそ溝攫いもする。依頼斡旋所で受けた依頼の数と質を考慮し、冒険者組合が1から9までの階級が冒険者各々に割り振っている。階級が上がる毎に、受けられる依頼の制限が解除されていく。ラビリンシア国王から勇者の称号をいただいているテノールは、1級と同等まで依頼制限の解除がなされている。


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第十節 冒険者組合の依頼

 俺は冒険者組合の視察で酒場に留まっていた訳だが――

 

「ゆ、勇者様!い、一筆いただけないでしょうか!」

 

――大人しく視察させてもらえる訳もなかった。

 まぁ、用事が済んだ後で一筆を上げると言ってたしな。

 便宜上視察中なので、用事は済んでいないが。この若い女性冒険者は逸る気持ちを抑えられなかったのだろう。

 それは全く仕方がない。なんたって勇者なのだから。

 

「もちろん、構わないとも」

「あ、ありがとうございます!」

 

 華やかな笑顔を咲かせる若い女性冒険者。一筆だけでここまで喜んでもらえるのだから、勇者とは全く役得だ。

 

 にしても。この女性冒険者、随分と若い。装備はなかなか良い物を纏っているが、何と言うか、全然汚れていない。

 卸したてか、はたまた予備か。

 

(こいつ、背伸びだな。金持ちなのか、ガキが装備だけは一端のもん揃えてやがる。普通なら早死にする類だが……)

 

 なるほど。エクスカリバーの観察眼によると、王都でやっていける腕はないらしい。

 自身の技量を見誤って王都に来てしまったか、はたまた実家が近いから王都で冒険者を始めたか。

 たまに居るのだ、こういう身の程を弁えない奴が。

 男の死に様なんぞどうでも良いので放っておくのだが、彼女は綺麗なお嬢さんだ。こんな可愛い子に死なれるのは忍びない。

 

(相変わらず下衆いな)

 

 少女を思いやる心のどこが下衆いと言うのか。

 まぁ、エクスカリバーの事はさておいて、この子の事だ。

 

「君、もしかして駆け出しの冒険者かい?」

「は、はい!最近冒険者になりました!」

 

 疑ってはいなかったが、エクスカリバーの観察は当たりだ。

 相変わらず、戦いについての観察力はとんでもない。

 

「それなら。一筆ではなくて、これを上げよう」

 

 金属製の首飾りを、俺は懐から取り出す。とある国の近衛兵が用いる認識票を真似て作られた首飾りだ。

 

「これは?」

「何の変哲もない、ただの首飾りだ。俺の名前が掘られている事以外、特別な要素はない」

 

 そう、これは鍛冶屋で大量に作らせた、俺の支持者へと配るためだけの物品だ。

 

(お前……。本当、人気稼ぐ事だけには抜け目ねぇよなぁ……)

 

 こちとら人気商売なのだ。慕ってくれる少女に贈る物なんて常備が当然である。

 

「え?こ、これ、貰って良いんですか?」

「ああ。肌身離さず身に着けてくれ。そして、気を付けてほしい。その首飾りは脆い」

 

 大量に、そして割と急がせたし安く作らせたため、この首飾りはかなり脆い。

 しかし、その脆さが今回は意味を成す。

 

「例えば、君が身の丈に合わない依頼を受けるような無茶をすると、壊れてしまうだろう」

「ゆ、勇者様……」

 

 その脆さが、若い女性冒険者に無茶をさせない枷となる。

 

「その首飾りを壊さないよう、無茶をしないでくれ。無茶せず地道に頑張れば、きっと君は大成できる」

 

 顔に傷などついたら大変だ。冒険者だって見た目の良し悪しが信頼に関わり、依頼に影響を及ぼす。

 何より、女性が傷物となれば価値が激減する。この子には是非ともその綺麗な姿のままで、俺を支持してもらいたい。

 

(いちいち下衆さを指摘すんのも面倒なんだが?)

 

 はて、下衆なところなどあっただろうか。

 

「あ、ありがとうございます!!大切にします!!」

 

 今日一番の良い声を上げつつ、若い女冒険者は綺麗なお辞儀をした。

 礼儀正しいから、やはり良いところの出なのかもしれない。

 

「良かったですな、お嬢様」

「ええ、爺や!」

 

 あ、良いところの出で確定ですね。お付きの人が出てきたし。お付きの人強そうだし。なんだその竜鱗をふんだんに使った装備は。

 

「お嬢様がお世話になりました事、私めからも感謝を申し上げます」

「いえ、これも勇者の務めですので」

 

 重そうな装備に反して軽やかに動いてるし。何なんだこのおじいさん。絶対腹筋6つに割れてるだろ。

 

(いや、8つに割れてんな)

 

 お前は鎧を擦り抜けてまで腹筋を確認しに行くんじゃない。

 

「何やら、冒険者組合の視察に来られているようで。よろしければ、冒険者組合の普段の様子についてお教えしますが」

 

 この老人、上手いな。俺と自然に同席しようとしている。

 暗に、少しでも長くお嬢様と俺を交流させるためだろう。

 

「それは有り難い。是非教えてください」

 

 綺麗な女性と長く居られるなんて得でしかない。この老人の上手い口に乗ってやろう。

 そうしてにこやかに、お嬢様である若き女性冒険者と老人は俺と同じ席に着いた。

 

「少し趣旨が違うのですが、依頼についてお訊きして良いですか?」

「ほう。依頼についてどのような疑問が?」

「仕組みがよく分かっていないのです、俺は王命ばかりこなしているので。報酬などはどこから払われているんですか?そもそも依頼は誰が出しているんでしょうか」

 

 冒険者の依頼を受ける可能性はかなり低いが、ない訳ではないのだ。

 ここら辺をしっかり知っておきたい。報酬を踏み倒された時は誰を訴えれば良いのか。事前の調査は必須だ。

 

「基本的に、報酬は依頼主が用意します。例外もありますが、それは本当に稀です。そして、冒険者組合にある依頼の依頼主はしっかり依頼書に明記してあります。報酬もまた然り」

 

 ふむ、訴えるべき奴が明確なのは良いな。探し出す手間が省ける。

 

「追加報酬は、依頼の達成具合によります。追加報酬の交渉は組合員が担当です。冒険者自身の交渉は認められておりません。暴力的な交渉が一時期問題となりましたので」

「事前に約束された報酬を依頼主が用意できなかった場合はどうなりますか?」

「報酬支払い不可能となった場合も、冒険者組合が金銭によって一部補償します。依頼主に報酬支払い能力が充分あるかどうか、組合が調べておりますので、余程の事がない限り報酬支払い不可能にはなりませんが」

 

 ふむふむ。冒険者組合に信頼されている者が依頼を出している訳だ。依頼主が報酬を支払えなかった時も、一部ではあるが組合が補償すると。

 まぁ、そのくらいやってもらわないと、冒険者も組合を頼れないだろう。

 

「依頼主は大別して個人、組合、国、その3通りです。個人による依頼は採取や護衛が多く、組合は魔物の調査または間引きが多いですかな。国からの依頼は公共事業の補佐、街道整備の護衛がほとんどですが……。おっと、これは」

 

 言葉の途中、老人は突然俺から視線を外した。

 その外された視線の先を追えば、向いているのは組合入り口。立っていたのは、4番隊隊長、最近は専ら俺の足であるパースだった。

 

「国からの依頼が丁度舞い込んできたようですが……」

「国からの依頼って、近衛兵4番隊が持ってくるんですか?」

「ええ、4番隊員が組合長へ依頼を渡しに来ます。ですが、今回は隊長が来ました。これは、かなり重要な依頼を持ってきたのかと」

「重要な依頼……」

 

 俺は組合の奥へと進むパースの背を、興味深く見つめるのだった。




〈用語解説〉
『ドックタグ』
…とある国の近衛兵が用いる認識票の正式名称。近衛兵を個々に識別するための首飾りで、携帯者の名前や所属部隊だけではなく、種族や持病なども掘られている。その国の王が発案し、近衛兵に携帯を強制している。


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第十一節 面倒事の予約

 老人と若い女性冒険者からの聞き取り調査は、彼らが席を離れた事で終了となった。

 どうやら、依頼掲示板に張り出されるだろうパースが持ってきた依頼を待つようだ。

 他の冒険者も、掲示板の近くに座り直している。

 重要な依頼って報酬が高いだろうし、競争率も高そうだなぁ。

 

 そんな冒険者が気を張り巡らせている中、奥からパースが戻ってきた。

 その後ろには冒険者組合員も居り、その組合員は掲示板におそらく依頼書だろう紙を貼る。

 その瞬間に、冒険者はこぞって掲示板に群がった。

 これ、掲示板見に行けんな。なら、持ってきた本人に訊こう。

 

「パースさん」

「ん?おや、テノールさんではありませんか。こんなところで会えるとは、奇遇ですね」

 

 組合の扉に手をかけていたパースが回れ右し、俺の対面に腰かけた。

 いや、別に立ち話でも良かったんだが?もしかして(てい)の良い休憩に使われたかな?

 

「私は仕事だったのですが、テノールさんはどのような用件でここに?」

「組合の視察と銘打って、気まぐれに立ち寄っただけです」

「おやおや、余暇だというのに冒険者の戦力調査とは。精が出ますね」

 

 俺にとって都合が良いにしても、それはいったいどんな解釈の仕方なんだ。

 

「ところで。お仕事と言いますと、国からの依頼書を運ばれたのですか?」

「我が隊の仕事をご存知でしたか。いやぁいつもは隊員、重要な物でも副隊長に任せてるんですけどねぇ。今回はどうしてもお前が運べと、ランテ総長殿から直々に仕事を賜りまして。さすがの私も総長に睨まれては、仕事を部下に押し付けられません」

 

 やれやれって肩(すく)めてるがお前、総長に睨まれてなきゃ部下に押し付ける気だったのかよ。仕事しろ、4番隊隊長。

 

「総長の指名という事は、それ程に重要な依頼だったと?」

「そんな大した物ではありませんよ。ダンジョン調べて来いっていうだけの依頼ですからね」

「いや、それはかなり重要でしょう」

 

 この男は色々と大丈夫なのか。……仕事はできているから大丈夫なんだろうな。

 

 ダンジョン、それは魔物の巣窟だ。

 自然の魔力が流れる経路、地脈。そしてその地脈から魔力が溢れる箇所、地脈穴(ちみゃくけつ)

 この地脈穴が長く維持されると、その場の魔力濃度が上がり、結果として魔物が発生しやすい状態となる。

 つまり、ダンジョンを放置すれば魔物が大量に野へ放たれるのだ。目の前の男のように、気軽に構えていて良い事柄ではない。

 

「重要と言ってもねぇ。こうやって依頼を出せば、冒険者たちが有り難く対処してくれますし」

「それもそうなのですが……」

 

 確かに、冒険者にとってダンジョンは有り難い代物だ。

 何故ならば、ダンジョンは魔力石や魔術石の原料である魔力結晶の鉱脈だからだ。

 魔力結晶は魔力濃度が高いところでよく採掘される。

 自然、地脈穴が長く維持されたダンジョンでも魔力結晶がたくさん採掘される。

 そして、魔力結晶は魔力石や魔術石の原料だけあって、どこでも高値で取引される。

 以上の事から、ダンジョンは冒険者にとって宝の山に等しい。もちろん、大量の魔物から生き延びられればの話だが。

 

「俺もダンジョン調査の依頼を受けるかな……」

 

 冒険者組合本部に集っている冒険者とはいえ、いささか心配だ。

 ……別に、魔力結晶鉱脈で一儲けしたいなんて事はない。

 

「今は控えた方が良いじゃないかと」

「……どうしてですか?」

 

 パースからまさかの制止をかけられ、俺は目付きを鋭くした。

 ……別に、金儲けを止められて怒った訳ではない。

 

「ここだけの話なんですが。そのダンジョン、ちょっと様子がおかしいんですよ」

「様子がおかしい?」

 

 パースは声を潜め、俺だけに聞こえるようしていた。

 聞き耳をはばかる様子のおかしさとは、いったいどんな様子なのか。

 

「魔物、全然出てこないんですよね」

「……は?」

 

 前述の通り、ダンジョンとは魔物の巣窟だ。

 魔物の発生法則ついて、魔色が濃い場所で発生する以上の事は解明されていない。だから、発生の抑制方法も知られていない。

 では、魔力の濃い場所であるダンジョンで魔物の発生を抑制されているなど、果たしてあり得るだろうか。

 

「何かあるのは確定なんで、冒険者たちに斥候してほしいってのが国の方針です」

「未知の場所に勇者は放り込めないと?」

 

 今まで散々色んな面倒事に放り込んでおきながら?

 

「お気持ちは分からないでもないですが、どうかご自身の立場を鑑みてください。貴方、この国の勇者なんですから。失ったら堪ったもんじゃない」

「……」

 

 勇者の希少価値なんて、俺自身が最も鑑みている。今更手のひら返したように大事にされると、裏がありそうで怖いのだ。

 

「探索が進み次第駆り出されるでしょうから、それまでの辛抱ですよ」

 

 ほらね!?やっぱりこうなるんだよ!

 

「……承知しました。我慢します」

 

 後になって駆り出される面倒臭さを我慢します。

 

「それでは、私はこの辺で」

 

 パースは組合から颯爽と立ち去った。

 

(良かったじゃねぇか、ダンジョンで一儲けできるぜ?どう考えても厄介そうなダンジョンでな!)

 

 聖剣をぶん投げたい衝動に駆られるが、人目が多いので耐えるしかない。

 ダンジョン探索依頼の取り合いで浮かれる冒険者たちが、なんとも恨めしくなってくる。

 

 そうして、面倒臭さや恨めしさに歯を食いしばりながら、俺は冒険者組合を後にするのだった。



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第十二節 真実への一歩

 近々ダンジョン探索の王命が降るだろう俺は体を休めるついでに、王立図書館で勇者アルトに関する書物を読み漁っていた。

 時折ではあるが、俺は勇者アルト伝説の真実を探っているのだ。

 聖剣エクスカリバーの伝説が全て嘘だと知っている俺は、もしや勇者アルトの伝説も全て嘘なのかもしれないと疑っている。

 個人的に、全て嘘では困ってしまう。俺が勇者となれたのは勇者アルトの伝説が前提にあるからだ。

 

(全てが嘘ではないと思うぜ?実際、魔王は1度撃退されたんだ。オレは魔王も勇者アルトもこの目で見てきたしな。オレが生き証人って事だ)

(死んでるだろ、お前)

(オレの魂は死んでねぇ)

 

 生身の体もない癖にエクスカリバーが謎理論を展開しているが。

 とにかく。こいつの言う事が正しければ、勇者アルトが魔王を撃退したのは事実だ。

 では、聖剣エクスカリバーを使っていたという伝説だけが嘘なのか。

 残念ながら、約1000年も前の事を詳細に記した物はない。

 

(勇者アルトの伝説って細部が曖昧だしな。勇者アルトの最期にしたって、『レヴィ・ガーン』って奴の謀反に倒れたって事になってるが、こいつの謀反の理由が全く伝わってねぇ)

(謀反で受けた致命傷を癒す霊薬の探索についても、『パース・ヴァル』が失敗したっていう端的な事しか伝わってないからな。おかげで『パース・ヴァル』は、ある劇じゃ忠臣、ある伝記じゃ無能と、好き放題書かれてる)

 

 我が国を建国した王だというのに、建国されたその国の王立図書館がこの始末。

 伝説の真実を解き明かすなど、望むべくもない。

 

「テノールさん!」

 

 内心げんなりしていた俺の耳に少女の大声が響いた。

 おかげでげんなりした気分は払えたが、無駄に他の図書館利用者から注目を集めてしまう。どちらかと言うと、集めているのはその少女、ブレンダの方だが。

 

 ちなみに、この図書館の常連には俺も半ば常連であると周知されており、俺の訪問が騒ぎになる事はない。

 

「ブレンダ。図書館ではお静かに、だよ」

「そ、それはそうなんですけど……。そんな事より大変なんです!魔道具の解読が終わったんですが、大変な事が分かっちゃったんです!」

「……何?」

 

 まさか、解読を頼んでから2日も経っていないのに終わるとは。

 それにしてもこのブレンダの慌て様だ。嫌な予感がする。

 

 俺は机に積んでいた書物を片付け、ブレンダと共に彼女の部屋へ急ぐ。

 

 

 

「まず結論から述べると、例の魔道具は録音機でした」

 

 3番隊隊舎にあるブレンダの自室にて、ブレンダは解体された例の魔道具が置かれたテーブルを挿み、俺へ真剣な面持ちで言葉を述べた。

 

「ろ、録音機だって!?」

 

 音を記録する魔道具が、よりにもよって俺の部屋に設置されていたとは。

 これは、非常に(まず)いかもしれない。

 

「それって、俺の声が録音されてたって事だよな」

「はい、しっかり録音されていました」

 

 ブレンダは録音魔術石を例の物と違う魔道具に装填する。

 すると、その魔道具は音を奏でたのだ。

 

〈ガッシャン!〉

〈どうしてこうなった!〉

〈全てお前のせいだろうが!〉

〈もっと俺に力があれば……。抗える力が……〉

〈クソ……。こんな事なら、勇者になるんじゃなかった……〉

 

 少し雑音混じりだが、その音は確かに俺の声だ。再生された言葉には、ちゃんと言った覚えすらある。

 

「盗聴、されてたのか……」

 

 事態が予想以上に悪すぎて冷や汗が止まらない。

 今自室で変な事口走ってないのを必死に祈ってる。

 

「照明魔道具にこれを仕込んでいた時点で悪質ですが、それだけじゃありません。こちらを見てください。こちらの黒板には、例の魔術石に描かれていた魔術式を転記してあります」

 

 ブレンダの指し示した黒板には、『エイゴ』の文章が並んでいる。

 

「ここの『The() sound(サウンド) is(イズ) that(ザット).』、『その音はそれである』という部分と、ここの『That(ザット) is(イズ) recording(リコーディング) thing(シング).』、『それは録音するモノである』という部分。この2文で録音機能を構築しているのですが、普段はこんな回りくどい文章にしません。『Record(リコード) the() sound(サウンド).』、『その音を録音せよ』の1文で済みます」

「巧妙に魔道具を隠した上、魔術式も分かりづらくしていたと」

「はい」

 

 されたくない肯定だったが、肯定の有無で事実は変わらない。

 

 俺は、この事態を打開する手に頭を回す。

 

「……ブレンダ、この魔道具と同じ物って作れるか?」

「え?……まぁ、機構は理解したし、工具はあるから。後は、うん。同じ型の照明魔道具があれば、作れるかな?」

「さすがだ、ブレンダ!」

「え?ちょ、て、テノールさんの手、手が!?」

 

 突然手を握られた事にブレンダが動揺しているが、それどころではない。

 

「同じ型の照明魔道具なら王宮にいくらでもあるから取ってくる。対価もきっちり払う。だからお願いだ、お前だけが頼りなんだ。どうか力を貸してくれ」

「ひゃ、ひゃい!」

 

 舌噛んでるけど頷いてるし、これで言質は得た。

 

(録音機なんて複製して、どうすんだよ。テノール)

(この録音機を作れれば、犯人を特定できるんだよ)

 

 録音されたなら、録音し返せば良いのだ。

 

(犯人っぽい奴の部屋に仕掛けるのか?それだと何回も仕掛ける事になっぞ?)

(いや、1回で充分だ。俺の部屋に仕掛ければ良い)

(は?……あー、なるほどな。昔からよく言うよな、『犯人は現場に戻ってくる』って)

 

 そう、『犯人は現場に戻ってくる』のだ。さらに、魔術石の性質上、犯人はその魔術石を回収しなければならない。

 魔術石を回収しなければ、録音を聞く事はできないのである。

 よって、ほぼ確実に犯人は俺の部屋へ訪れる。

 俺はその現場を録音すれば良いだけだ。

 

(待ってろよ、犯人。賠償金をふんだくって、牢屋にぶち込んでやるからな)

 

 俺は勝利を確信し、犯人を法廷に引っ張り出すその日を楽しみにするのだった。



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第十三節 勇者なら行ける行ける

「で、できました……。照明兼録音二重魔道具……」

 

 例の魔道具、『照明兼録音二重魔道具』なんて名前を付けられた物の複製を頼んだ5日後の朝。

 ブレンダは酷く眠たげの面持ちで俺の自室に現れた。眠たげなんだが、某3番隊隊長と違って、身だしなみはしっかり整えている。

 

「ありがとう、ブレンダ。君の時間を長く奪ってしまってすまなかった」

「お気になさらず。テノールさんの頼みが最優先ですから」

「本当にありがとう。これはせめてものお礼だ、受け取ってくれ」

「良いんですよ、お礼なんて。むしろ、私のこの行いこそお礼なんです。近衛兵3番隊に推薦していただいた恩、その恩返しなんですから」

 

 革袋を突き返されてしまうが、ここで引き下がってはならない。

 

「ブレンダ、俺は君との関係を終わらせたくないんだ」

 

 せっかくできた3番隊への繋がりを、頼めば割と無理も聞いてくれる人員を、俺が手放す訳はない。

 

(お前マジで下衆だな)

 

 せっかくの縁をみすみす逃す奴があるか。俺の考えは正当だ。

 

「え……、あの……。それって……」

「俺は、君とずっと一緒で居たいんだ」

「て、テノールさん……」

 

 手を取り合い、見つめ合う。

 

「ブレンダ、ずっと……。ずっと、俺と親友で居てくれ。……て、ブレンダ?」

 

 急にブレンダが肩をガクッと落とした。

 

(あーあ……。こいつぁおかわいそうに……)

 

 いつもは人を馬鹿にするエクスカリバーが、そのブレンダを憐れんでいる。

 俺、なんかやっちゃった?

 

(……)

 

 おい、何か言え。

 

(バーカ)

 

 誰が罵倒を言えと言った。

 

「分かってました……。きっとこういう落ちなんだろうって、何となく分かってたんです……」

「えっと、ブレンダ?あー、なんだ。……ごめん」

「良いんです大丈夫ですテノールさんは何も悪くないです!」

 

 泣きながら否定されたら自棄にしか見えんのだが。

 

「とりあえずだな?これは謝罪料って事で受け取ってくれ」

「はい……。……ん?結構重いけど中身は何……。き、金貨ー!?」

 

 革袋の中身を確認して驚くブレンダ。感情が忙しそうだ。

 

 ちなみに、革袋の中身はアルト金貨3枚。貴族みたいに贅沢しなければ3年は暮らせる。

 

「てててててテノールさん!こんな大金もらえません!」

「魔術研究に当ててくれ。研究ってお金がかかるだろう?」

「でも……」

 

 ブレンダは反論できずに言葉を詰まらせた。

 そんな時、この話を打ち切るように扉が叩かれる。

 

「テノールさん、ダンジョンについてお話があるんですが」

 

 扉越しに聞こえるのはパースの声。

 これは、実に都合が良いかもしれない。

 

「どうぞ。鍵は開いています」

「では、失礼して。……おや、これは。邪魔してしまいましたかね」

 

 パースはブレンダも居るのに気付き、邪推したように悪い笑顔を浮かべた。

 

「ぱ、パース隊長!お、お仕事お疲れ様です!」

 

 パースに揶揄われているのだが、それ以上に隊長との思わぬ遭遇に意識を持っていかれたようだ。ブレンダはパースに向かって頭を下げた。

 

「そっちもご苦労様。勇者様と大事な話があるから、悪いけど退室してくださいね」

「はい!し、失礼します!」

 

 揶揄い甲斐がないと判断したのか、パースは仕事を優先し、一般隊員でしかないブレンダは追い出す。

 そして、ブレンダは金貨の入った革袋を持ったまま退室し、俺は見事に対価の支払いを成功させたのであった。

 

「ダンジョンについてとなると、冒険者の調査が終わりましたか?」

「悲しい事に逆です。全く終わりそうにありません」

 

 それは予想外の答えだった。

 多くの冒険者がダンジョン調査の依頼受注をしたのを、俺は冒険者組合で確かに見届けた。

 本部の冒険者という質も、多くの受注という数も揃ったというのに、何故調査が進んでいないのか。

 

「何があったのですか」

「未帰還者が多く出て、それ以外の冒険者が調査を諦めてしまいました。命あっての冒険者稼業ですからね。さすが本部の冒険者、引き際の見極めができています」

 

 何の事はなかった。依頼達成不可能と冒険者たちが踏んだのだ。

 

「ダンジョン調査、どうするのですか?」

「もう勇者様出しちゃおうって結論になりました」

 

 勇者の立場を鑑みろって話はどこ行った!?

 

「もちろん近衛兵も出ますよ?」

「良かった。俺1人では難しいでしょうから、応援は助かります。未帰還者の救助も考えると、困難を極めます」

「さすがに単騎でダンジョン調査とか、そんな無茶はさせませんって」

 

 俺1人で各地を駆けずり回るという無茶はさせられたんだがな、目の前の男が足になってはくれたが。

 

「いつダンジョンへ向かうんですか?」

「こっちの人員選別を始めてますので、早ければ明日ですね」

「了解しました。明日までにこちらも準備を終わらせます」

「正式に王命が降るのも明日という事で、よろしくお願いします」

 

 伝える事を伝えたパースはさっさとこの場を後にした。

 

 耳目がなくなった瞬間を見計らって照明兼録音二重魔道具の複製品を設置し、それから俺はダンジョン調査の準備をするのだった。




〈用語解説〉
『アルト金貨』
…ほとんどの国家で使用可能な通貨。『聖剣銀貨』100枚分、『ラビリンシア王宮銅貨』10,000枚分、『稲穂鉄貨』1,000,000枚分の価値がある。余談だが、鉄貨に稲穂が意匠されているのは、勇者アルトの好物が『お米』だったからだとされている。


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第十四節 いざ、ダンジョンへ

「勇者テノールよ、貴公に王命を言い渡す。ダンジョンを攻略せよ」

 

 パースから王命が降ると告げられた翌日。玉座の間にて、威厳に満ちたバーニン王が己の仕事を果たした。

 

 王命が告げられる日は予定通りなので良いのだが、調査から攻略にすり替わっている件について。

 どこに抗議状を送れば良いのか、非常に訊きたい現状だ。

 

「承りました。見事ダンジョンを攻略してみせましょう」

 

 もちろん訊ける訳はないので二つ返事で王命を受けるしかない。この国の王は勇者を便利な小間使いと勘違いしている故に。

 

 とにかく、玉座の間でやる事は終わり、さっさとダンジョン攻略に駆り出される人員に合流する。

 合流場所は、複数の隊が集まる場合に使われる場所であり、共通資源が確保されている近衛兵中央隊舎。

 その隊舎の会議室にはすでに数名の近衛兵が席に着いており、見知った顔が少なくない。

 

「やぁ、テノールさん。今回も私が足ですよ」

「毎度お世話になります、パースさん」

 

 一番面識があるため、パースが最初に声をかけてきた。

 今回もと言うが、そもそもこの人が俺の足でなかった時がない。

 

「ここに居る方々は全員ダンジョン攻略の人員という事で、間違いないでしょうか」

「はい!勇者様のお供に志願させていただきました!」

「右に同じく。弟共々、よろしくお願いします」

 

 俺の質問へいの一番に返事をするのがベアウ、続いてウィン。

 ベアウがやる気充分であるのに疑いようはなく、ウィンも気合が入っていると窺える。

 

「1番隊からその2人で、我が隊4番隊は私含めて4人。副隊長は来ませんでしたが、隊員の中でも優秀なのを集めましたよ」

「近衛兵4番隊所属、ニオです!」

「ユンです!」

「ベンです!」

 

 パースが指し示した彼の部下ら3人(内約:女性・女性・男性)は規則正しく背筋を伸ばした。

 何故だろう、背丈も髪型も顔立ちも違うはずなのにまるで個性が感じられない。

 

「そして最後が2番隊の隊長である彼女ですね」

「2番隊からは隊長自ら来てくれたのですか」

「一応私も4番隊の隊長なんですけどねぇ」

 

 パースが小さく呟いていたが、聞こえなかった事にした。

 そんな事より2番隊隊長だ。

 魔術戦闘を専門とするその部隊と俺は初接触であり、当然にその部隊長とは初邂逅である。

 彼女と呼ばれていたし、きっと綺麗な女性なのだろう。

 

(気になってるのはやっぱそこかよ。お前は外見でしか女を見れねぇのか?)

(お前については中身も見た上で嫌いだから安心しろ、エクスカリバー)

 

 そんなくだらない思念のやり取りをしている間に、1人の女性が俺の前へと歩み出る。

 顔は、かなりきつめではあるが美人だ。体格も、そのきつめの美形に似合うすらっとした物である事が、軽装鎧の上からでも見て取れる。

 

「近衛兵2番隊隊長、トリス・トーランド」

「初めまして。僭越ながら勇者の称号をいただいております、テノールと言います」

 

 トリスから差し出された手を握り、握手を交わした。

 それから、すぐに彼女は手を放し、歩み出る前の立ち位置へと戻る。

 

(……え?それだけ?)

(体をなめ回すように見てたから、嫌われたんじゃねぇか?)

(馬鹿を言え、女性に対して俺がそんな不躾な視線を向けるか!ただ俺は宝物を鑑定するように仔細に観察しただけだ!)

(それを『なめ回すように見る』っつうんだからな?)

 

 なんという事だ。まさかエクスカリバーがしているような勘違いを、トリスにまでされてしまったか。

 

「失礼、テノールさん。彼女は少し不愛想でして、誰に対してもあんな態度なんですよ」

「あ、ああ、そうでしたか。嫌われたんじゃないかって、ちょっと心配してしまいました」

 

 パースが俺の狼狽える姿に見かねたか、トリスの普段の態度を補足してくれた。

 どうやらやはりエクスカリバーは勘違いだったらしい。

 

(チッ!ただの変わりもんかよ)

 

 自身の勘違いを他人のせいにして舌打ちするんじゃない。

 

「それで、ダンジョン攻略の人員はこれで全員ですか?」

「ええ、これで全員です」

 

 近接戦闘専門の1番隊から2人、魔術戦闘専門の2番隊から1人、輸送部隊の4番隊から4人。俺を含めて計8人。

 

(……少なくない?)

(ダンジョンは基本狭いからな、少人数で行くのが常識だぜ?4番隊の隊員はともかく、他は悪くねぇ。ベアウも及第点だ。大抵のダンジョンは攻略できるだろ)

 

 エクスカリバーから常識を教わる事になってしまった。

 しかし、俺はダンジョン攻略素人であり、エクスカリバーは本人曰くダンジョン攻略の達人である。

 ここは素直に聞き入れておこう。

 

「じゃあ、全員の顔合わせが済んだところで、ダンジョンへ向かいましょうか。馬車を隊舎の外に用意してあるんで、乗り込んじゃってください」

 

 この中で最も口が回る隊長・パースが取仕切り、ダンジョン攻略への旅立ちを先導した。

 

「ダンジョンの所在地はホッタン領とチューオ領の境付近。馬車で2日かかる予定です。快適な馬車の旅をお楽しみくださいね」

 

 こうして、俺のダンジョン攻略任務が始まろうとしていたのだった。




『ホッタン領』
…ラビリンシア王国の王都ドラクルがある領地。領主に統治の自由裁量がある程度許された5つある区画の1つ。しかし、他4つの区画と違い、この区画は国王の直接統治下である。ラビリンシア王国全体からすると、この区画は北側にある。


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第十五節 とある一目惚れ

 ダンジョンへの道中1日目。

 街道に2台の2頭立て馬車を走らせた昼は、同じ馬車に乗る者たちとの談笑で、何事もなく過ぎていった。

 ちなみに、パースが運転する前の馬車に俺、ウィン、ベアウ、トリスが乗っており、ニオが運転する後ろの馬車にユンとベンが乗っている。

 前が人を乗せる用、後ろが食料や薬などの物資を運ぶ用だ。

 パースの運転する馬車は揺れが少なく、人を乗せるのに最適。快適な馬車の旅を約束してくれる。

 さすがは、輸送部隊の隊長と言ったところか。

 

 そして今は夜。トリスが奏でる琴の音を背景音楽に、俺は焚火をパースと囲んでいた。

 街道とはいえ、視界の利かない夜道に馬は走らせられず、休憩も必要という事だ。

 なので、街道の傍に馬車を停め、野営中である。

 そんな停車中の場所を襲う魔物が寄って来ないか、俺、パース、トリスで見張っている。

 見張っているはずなのだが、パースは暢気に寝そべっていた。

 

「あの、パースさん?俺たちにも休憩が必要とは言え、見張り中にその体勢は不用意なのでは」

「いやいや。トリスさんの演奏中なんですから、そんなに気張らなくても良いんですよ。むしろ、気張る方が彼女に失礼です」

 

 何を言ってるんだ、この人は。

 熊除けでもあるまいに、琴の演奏で魔物除けができるはずないだろう。

 

(ああ、なるほどな。テノール、あの演奏、魔術だ)

(……は?)

(耳をすませろ)

 

 詳しく説明もされず、腑に落ちないが、従う他ないようだ。

 俺は仕方なく耳をすませた。

 そうすると、琴の音に隠れていたトリスの声が聞こえてくる。

 

The() sound(サウンド),tell(テル). There's(ゼアズ) nothing(ナッシング) you(ユー) want(ウォント) here(ヒア). There(ゼア) is(イズ) no(ノー) hope(ホープ) here(ヒア). There's(ゼアズ)…………」

 

 彼女は、『エイゴ』の文章を口ずさんでいた。

 

(魔術式!じゃあもしかして……)

(そうだ、あの女はずっと魔術を使ってたんだ。しかも、琴に魔力を纏わせてやがる。勘だが、音の聞こえる範囲が魔術の効果範囲なんじゃねぇか?それと、使ってる魔術はマジもんの魔物除けだろうよ)

 

 俺はつい目を見開いてしまった。

 そんな魔術、聞いた覚えがない。

 

「おや、気付かれましたか」

「もしや、ですが。彼女は音に魔物除けの魔術を乗せているのですか?」

「ご名答。さすが勇者様だ」

 

 そんな魔術があり得るのか。正直、パースに頷かれても半信半疑だ。

 

「驚かれるのも無理はないでしょう。なんてったって、あの音を用いる魔術は彼女にしか使えない代物です」

 

 パースはトリスについて語り出す。

 

「アルト王の代より仕えるトーランド家。かの家は魔術師の名家ですが、その中でも彼女は飛びぬけて魔術の才がありました」

 

 彼女は天才も天才であると。これ程の魔術を披露されては、疑念を抱く余地もない。

 

「そのあり余る才能を当家だけで教育するのは勿体ないと、同じくアルト王の代より仕えるレート家の協力を得て、両家の教育が施されたそうです」

「レート家の……」

 

 レート家はいわずもがな、近衛兵総長ランテ・レートの家だ。

 総長を輩出しているだけあって、剣士だけでなく魔術師の名家でもある。

 

 そこで、ランテの名前を想起した時だ。

 ランテもトリスも口数が少ない事に気付き、ふと、とある事を考えてしまった。

 

「……トリスさんって、ランテさんの真似してたり?」

 

 考えていた事が口から漏れた瞬間、トリスの琴が「べーん」という素っ頓狂な音色を響かせる。

 

「え?そのまさかなんですか?」

「違う!」

 

 トリスがここに来て初めて激情を露にしていた。

 

「断じて、断じて真似ではない!せ、拙があのお方の真似など……。こ、近衛兵として正しき姿を、あの方から倣っているだけだ!」

 

 さっきまでの無口はどこへやら。トリスは打って変わって饒舌になっていた。しかも、頬が赤い。

 これは、完全に好きな人の真似をしていたやつだ。

 

「あはははははははは!まさか過ぎるでしょう!あのトリスさんの無口が、まさかランテ総長の真似をしてただけだったと!?……ぷっ、くはははははははははは!!」

 

 パースは余程その真実が面白かったのか、盛大に笑いあげていた。地面も叩き出している。

 

 これ程笑われればトリスも不愉快だろう。

 彼女が琴の弦を弾けば、パースが叩いていた付近の地面が爆ぜた。

 

(音を攻撃にする魔術か。詠唱も破棄とくれば、こいつぁまさしく天才だな。オレが見てきた中でも同等の才能を持ってたのは、あのクソ姉くらいか)

 

 エクスカリバーに姉が居た事は初耳だが、それはさておいて。

 多くの魔術師を見てきたエクスカリバーとしても、ここまでの魔術師を見るのは2人目。

 トリス程の才能は、なかなかお目にかかれるモノではないようだ。

 

 しかし、その魔術の才が、今笑う男を黙らせるために使われている。

 

「パース。それ以上口を開けば、二度と笑えない体にさせてやる」

「……ぷふ」

「パース!!」

「あはははははははははは!!」

 

 良い年した女性が恥ずかしさに赤面しながら凄む姿に、パースは我慢できなかったのだろう。

 そして、恥ずかしさが堪えられなかったトリスは、忠告を無視したパースへ容赦なく魔術を放つ。

 だが、その魔術は外れた。

 

(あのパースってよ、普段そんな感じじゃねぇけど強いよな)

 

 そう、トリスがわざと外したのではない。パースが避けたのだ。

 あの男、普段は不真面目で弱そうだが、近衛兵の隊長を務めているだけあって普通に強い。

 

「まぁまぁトリスさん、くくく、そう怒らずに。ふふ、人の真似してるのがね、くふ、暴かれただけじゃないですか」

「笑うか宥めるかどっちかにしろ!」

 

 パースに宥める気があるのか、かなり怪しい気がする。

 

 というか、現状がとてもよろしくない状況に陥りつつある。

 もちろん、彼らの喧嘩が刃傷沙汰になるとかではない。

 

「お2人とも!騒ぎに呼び寄せられて魔物たちが集まってきてますよ!」

 

 あの2人が少々、ではないな。かなり騒ぎすぎた。

 それに、騒いでいたせいでトリスの魔物除けも効力が切れたのだろう。

 おかげで魔物に感知されてしまった訳だ。

 

「おやおや」

「……魔物からの襲撃中、不幸な事故で死んだ事にすれば、罪に問われないか」

「怖い事言わないでくださいよ、トリスさん。魔物と貴女、どっちにも警戒しなくてはならないですか」

 

 どうしてたった一夜で険悪な仲になってるんだ、この2人。

 巻き込まれるこっちとしては勘弁してほしい。

 

「喧嘩は後にしてください、どうか魔物に集中を。貴方たちの同胞が背に居る事を忘れずに」

 

 現在の見張り役は俺含めたこの3人なのだから、他は馬車の中で寝ている。

 トリスとパースにその人たちの命もかかっている事を思い出させ、魔物対峙に集中させた。

 

 そうして、俺はいらん苦労を背負った魔物との戦いに臨むのだった。



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第十六節 神曰く、皆で作ったカレーは美味い

 ダンジョンへの道中2日目。

 昨晩の魔物対峙に特筆すべき事はない。隊長格が2人も居れば、魔物が他所より強いホッタン領の魔物とはいえ、苦戦を強いられる事などないだろう。

 強いて語るのであれば、魔術師のトリスと弓使いのパースが後衛で、剣士の俺が前衛だった事か。

 事の発端が後衛なのは、個人的に釈然としなかった。

 

「いやはや、昨晩は酷い目に遭いましたね」

「パースさんがあんなに笑うからでしょう」

 

 2台編成、その前に配された馬車の御者台で、馬を操っている隣のパースを俺は肘で小突く。

 本当に、この男が笑いさえしなければ、こんな男2人で仲良く並ぶ事はなかったのだ。

 客車に居るとトリスに睨まれて、俺の気が全然休まらない。

 

(そもそも、お前があの女の秘密を暴かなければ良かったんじゃねぇか?)

 

 逆に考えるんだ、トリスの秘密を握れたと。

 これで彼女を強請(ゆす)って好き勝手にできる。

 

(勇者のやる事じゃねぇな)

(そうなんだよ。お前が演じた勇者然とした勇者像を守らなきゃいけないから、それができないんだよ)

(いや、その理屈はおかしくねぇか)

 

 何もおかしくないので、エクスカリバーの抗議は受け付けなかった。

 

「でもあれはねぇ。私が笑ってなければ、きっとテノールさんが笑っていたでしょう?」

「女性を笑うなんて、そんな不躾な事はしませんよ」

 

 むしろ、きつめの顔の女性が赤面していたのだ。美味しいと微笑みこそすれ、面白いと笑いはしない。

 

「なるほど、テノールさんは紳士ですね。私はもう、腹がよじれる程面白かったので。まさかトリスさんが―――」

「それ以上はいけない」

 

 馬車の中から琴の音色が聞こえてきたので、パースの口を俺は咄嗟に塞いだ。

 続けさせていれば、トリスの魔術が飛んできたかもしれない。

 しかし、塞ぐのが遅かったのか、客車の窓が開けられる。

 

「昼食の時間です!」

 

 違った。窓を開けたのは怒ったトリスではなく、食事休憩の時間になった事を伝えようとしたベアウだった。

 

 という事で、昼食をとるべく馬車は一旦停まり、料理の支度が始まる。

 

 

 

「うーん!カレーがとっても美味しいです!」

「主神スタッカートも言っていました、『皆で作ったカレーは美味い』と。あの言葉に偽りはなかった」

 

 出来上がったカレーを食べて各々感想を述べるベアウとウィン。

 ちなみに、主神スタッカートが遺したとされる書物、『コジ記』には本当にそんな言葉が記されている。

 

「その言葉もですが、なんで主神スタッカートはカレーの調理方法なんて書き残したのでしょうか」

「じゃが芋や人参、果ては香辛料の原料も、その栽培方法まで書き残してますからね。いやーほんと、かの神は謎が多い」

 

 俺が疑問を漏らし、パースも釣られたように、とかくあの神は変なモノばかり書き残している。

 いや、書き残した物のほとんどは有用で、一部の変なモノが際立っているだけかもしれないが。

 

「カレーに限らず、我々が日々食すパンも、そして小麦についてもかの神は知識を残していますからね。その他の料理も数知れず」

「未だ再現に至っていない料理も多くあるそうです!例えば『赤飯』は、『糯米(もちごめ)』と呼ばれる原材料が見つかっていないため、再現できていないんです!」

 

 ウィンとベアウがかの神の残した知識をいくつか上げるが、料理ばかりだ。

 

「かの神の最も謎な部分は、我々が使っているこの言葉ですよ」

「『ニホンゴ』、でしたか」

「そうです、テノールさん。今や全国家で使われているため、『ニホンゴ』なんて名称は呼ばれておりませんがね」

 

 最早区別する意味がなくなった、全国家に広まった統一言語『ニホンゴ』。

 これ以外の言語は魔術言語たる『エイゴ』しかなく、それも日常会話には使われていない。

 

「この『ニホンゴ』、数万年前に生み出された言語のはずなのに、新しく作られた単語がほぼないんですよね」

 

 そう。驚くべき事に、万物に対しほぼ全てに名前が数万年も前から付けられていたのだ。

 当時の技術では作れなかった『硝子(がらす)』から、今の技術でも作れていない『拳銃』まで、ありとあらゆるモノにもう名前が付けられている。

 

「『かの神は未来を見る事ができた』と、実しやかに語られている所以ですね」

「『人類を救うために遣わされた者』とも語られてますね、こっちは『始まりの六柱』全員を差した語りですが」

 

 本当に、主神スタッカートを含め『始まりの六柱』は謎に包まれている。

 かの神々がどこから来たのかさえ、まるで分かっていない。

 かの神々は急に現れて、その当時の人類にはあり得ない技術力と知識量で以って、人類史を拓いた。

 

 なんと言うか、出来過ぎた話だ。

 俺はあまりあの神々の実在を信じていない。

 どうせ作り話で、その作り話は語り継いだ奴らがさらに話を盛っていっただけである。

 発見される『コジ記』も写本で、その原本は行方知れずだし。

 

 そんな内心冷めている俺を他所に、主神スタッカートに関する考察談義は休憩時間が終わるまで続くのだった。




〈用語解説〉
『コジ記』
…万物についての知識が記されているとされる、主神スタッカートが書き残した書物。現在発見されているのはどれも写本にして原本の断片。その原本は何処かに隠されているとも、まだ存命の主神スタッカートが保持しているとも言われている。ちなみに、『コジ記』の『コジ』が何を意味する言葉であるかは、未だ解明されていない。


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第十七節 異常なダンジョン

 俺含めたダンジョン攻略の人員が王都から出立して2日。ようやく目的地であるダンジョンの入口、まるで神殿のような建物の前へと辿り着いた。

 

The() sound(サウンド),detect(ディテクト).『ソナー』」

 

 トリスが入り口で魔術を使ったと思えば、紙に何かを記し始める。

 筆が止まったところでその紙がパースへと手渡された。

 まだ遺恨はあるだろうに、彼女は仕事に私情を挿まない。それも好きな人を倣ってか。

 

「トリスさんはいったい何を記されていたのです?」

「ダンジョン内の地図ですよ。彼女の『ソナー』は、大まかではありますが、地形を瞬時に把握する魔術なんです」

 

 紙を横から覗き込むと、パースの言葉に嘘はなく、上からの二次元的な地図が描かれていた。

 その身でダンジョン内を探索し、地図を起こしている冒険者は泣いて良い。

 

「ふーむ……。外装から予想できていましたが、随分としっかりした造りのダンジョンですねぇ。地下空洞みたいな自然な凹凸も、廃坑みたいな廃棄された人工物もなさそうな……。失礼、トリスさん。このたくさんある丸って柱ではありませんか?」

 

 パースの質問に、トリスは口を開かないまま絵を描き、その紙を寄越す。

 どうやら、その丸を細かく描写したらしい。神殿にありそうな彫刻芸術的柱が描かれていた。

 

「このダンジョンって、本当にダンジョンなのですか?遺跡ではなく?」

 

 かつて神を祭っていた神殿と言われた方が納得できる建造物だ。

 

「少なくとも、こんな場所に遺跡はありませんでしたね。地殻変動で現れたとするには、破損も風化をしていませんので」

 

 パースが言う通り、確かに新品の如く綺麗であり、昔に作られた物とは見受けられない。

 

「パース隊長。私はダンジョンについて浅学なのですが、ダンジョンとはもっと自然的な物ではありませんか?」

「ええ。地下空洞のような自然的な物ばかりで、あっても廃坑などの廃棄された人工物を巻き込む程度です。ここまで人工的なダンジョンは、私も初めてですよ」

 

 ウィンが訝しみ、パースが初めて目の当たりにするくらい、このダンジョンは異常であった。

 

「話を遮るようで申し訳ありません!トリス隊長、この1つだけある歪な丸はなんでしょうか?」

「おそらくは、人間」

「なんですって!?」

 

 ベアウがトリスから思わぬ事実を引き出し、ベアウが目を見開いた心境を代弁するように、ウィンが驚愕の声を上げた。

 

「今すぐ助けに行きましょう!」

「未帰還者が出たと報告を受けてから、実に3日は経過しています。入り口で足踏みしている場合ではないかと」

 

 正義感の強いベアウとウィンは、すぐさまに未帰還者らしき者の救助を進言する。

 

「対象が身動きを取っている兆候はなかった。生存の可能性は低い」

「それでも、我々近衛兵は人命を(たっと)ぶ者!その低い可能性を見捨てる訳に行かないでしょう!」

 

 冷静な思考で現実を叩きつけるトリスと、熱くなった心で理想を説くウィン。

 平行線だ、これでは議論が進まない。

 

「何にせよ、入り口で調査するにも限界がある。ダンジョンに入りましょう。俺が先頭になります」

 

 進まぬ議論なら、付き合う必要はない。

 さっさと合理的な行動をとって、物事を進展させるべきだ。

 

「はいはい。では、テノールさんが責任を背負ってくれるそうなので、入っちゃいましょうか」

 

 おいパース、誰が責任を背負うと言った。そういうのは隊長であるお前の役目だろうが。

 

(責任押し付ける相手として、(てい)よく使われたな)

 

 クソが。

 

「ニオ、ユン、ベンの3名は待機。3日経って帰って来なかったら、我々も未帰還者として扱ってくださいね」

「はい!ご武運を」

 

 4番隊の隊員たちを馬車の見張り番とし、そうしてパースと俺たちはダンジョンの入り口を潜る。

 

 ダンジョンの内装は入り口と同様、神殿のような神聖さすら感じさせるそれだった。

 装飾として火の灯った蝋燭も並べられているから、明るく照らされていて視界の確保が容易だ。

 

 地図によると、通路がいくつかに分岐し、開けた空間に繋がっている。

 未帰還者らしき者が居る場所は、真っすぐ行った突き当りの空間。慎重に進んでも20分はかからないだろう。

 このダンジョン、内装が神殿のようで異常だが、他のダンジョンに比べて規模が小さいのも異常だ。

 モンスターも出てこないと言うし、これで未帰還者が居るとなると、嫌な予感しかしない。

 

 とりあえず、人命優先という事で突き当たりの空間を目指す。

 モンスターや罠も警戒して進むが、肩透かしのようにまるで何も起こらない。

 そのまま何事もなくまっすぐ進めば、開けた空間と、そこに倒れ伏した人影が視界に収まった。

 

「大丈夫ですか!?近衛兵が救助に来ました!」

 

 人影が血を流しているのを確認してか、ベアウは焦って走り出す。

 

「っ!?来るな!」

(テノール!)

 

 人影がベアウの救助を拒むのと、エクスカリバーが俺へ注意を促すの。そして、ベアウの踏む床がせり上がるのは、ほぼ同時だった。



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第十八節 異常の証明

「っ!?来るな!」

(テノール!)

 

 人影の警告とエクスカリバーの忠告。そしてその言葉で告げようとした未来が、せり上がる床とずれ落ちる天井として、ベアウを襲う現実になろうとしていた。

 

 だが、それは現実にならない。

 何故なら、俺は良くも悪くもエクスカリバーの馬鹿さ加減を信頼しているからだ。

 俺はエクスカリバーが積み上げてきた、馬鹿みたいな経験と、その経験からなる直感を信じている。

 

 だから、俺は迷いなく聖剣に触れ、エクスカリバーに体の主導権を渡した。

 

(でかした、テノール!)

 

 エクスカリバーは聖剣を鞘ごと引き抜き、跳ぶ。

 肉体強化によって放たれた矢のように跳び、床と天井に挿まれんとするベアウを突き飛ばした。

 跳び出した勢いは、鎧を着込んだベアウを突き飛ばした事で削がれ、俺の体を挿まんとするその場に残す。

 

「あっ……」

 

 ベアウは、俺の体が彼の身代わりになった事を察した。

 しかし、ベアウの察した事は見当違いだ。

 ここに居るのがただの元農民だったら、察した通りになっていただろう。

 その察した事を覆すのが、強敵だろうが罠だろうがものともせず、単騎で魔王の下まで辿り着いた馬鹿だ。

 

「安心しろ、ベアウ。オレは、勇者は道半ばで死なん」

 

 無駄に勇者として振る舞う余裕を持ちながら、エクスカリバーは聖剣を床に突き立てた。

 その聖剣がつっかえ棒となり、床と天井の間に人1人が伏せられる場所を保持する。

 

「勇者様ぁ!ご無事で何よりですぅ!」

「はぁ……。毎度度肝を抜かれますよ、テノールさん」

 

 床と天井が完全に止まったのを見て、ベアウは涙目で、パースは溜息を吐いて、俺の無事を喜んだ。

 

「そ、それより。この床と天井、どうにかしてもらえませんか。すっごい、圧迫感が」

 

 圧迫感と言うか、エクスカリバーは絶賛本体である聖剣が圧迫されている。もしかしたら、このまま剣が圧し折られてしまうかもしれない。

 さて、この状況で冷や汗を流しているのはエクスカリバーか、それとも俺か。

 

The() sound(サウンド),confuse(コンフューズ) the() magic(マジック).」

 

 後方から琴の音が聞こえれば、床と天井は元に戻っていく。

 トリスが床と天井にかかっていた魔術を『魔術式崩壊』によって打ち消したようだ。

 かいた冷や汗を拭いながら、エクスカリバーは聖剣を腰に戻し、体の主導権を俺に返す。

 

「ベアウ、怪我がなくて良かった。ですが、不用意でしたよ。今回は勇者様が居たから犠牲は出ませんでしたが、本来ならベアウか突き飛ばした人が死んでいた」

「はい……、すみません……」

 

 ウィンはベアウの安否を確かめつつ説教し、ベアウは落ち込んで俯いていた。

 

「まぁまぁ、説教は帰った後で。それよりも、怪我人を手当てしなくては」

「怪我人?」

 

 パースが促す事で、ようやく皆の視点が人影に集中する。

 そう、生死不明だった未帰還者であり、先程警告してくれたその冒険者だ。

 

「ずっと無視されてんのかと思ったよ……、勇者御一行」

 

 軽口を叩きながら苦笑いを浮かべる冒険者。その態度に反して、容体は酷かった。

 両足が、膝の下からなくなっていたのだ。

 

「その両足は……」

「そっちの坊ちゃんが引っかかりそうだった罠にな、見事ぺっちゃんこさ。そのままにしとくと失血死しそうだったんでね、切り落として傷口に中位回復薬をぶっかけた」

 

 冒険者としてだけでなく、そもそも生きてく上で重要なその両足を捨て、なけなしの命を拾う。

 それがこの冒険者の選択だった訳だ。

 

「それじゃあ、命は助かっても……」

「誇りに生きてる坊ちゃんには分からんだろうが、何事も命あってこそだ。なに、義肢職人に代わりを作ってもらうさ」

「その生き汚さ、良いですねぇ。私は嫌いじゃないですよ、そういうの。という事で、こちらをドバっと」

「おっ、ちょっ!?何かけ、うえぇぇ!?」

 

 痛ましい姿に悲しむベアウへ冒険者が前向きな展望を語っていると、パースが赤い液体を冒険者の足に丸々1瓶垂らした。

 そうすれば、信じがたい事態が起こる。

 

「足が、生えた!?」

 

 なくなったはずの足が、膝から生えた。

 全員、トリスも含めて目を丸くする。

 

「一応物流も担っている輸送部隊の隊長ですからね、私は。最上位回復薬の仕入れ先くらい、秘密裏に確保していますよ。まぁ、最上位だけあって高価ですし、生産量も少ないので貴重な1瓶でしたけどね」

「そ、そんなもん俺に使ってどうしようってんだ!」

「情報料ですよ。貴方が持っている情報、きりきり喋ってくださいね」

 

 無償程怖い事はない。むしろ正当な対価を要求された事に、冒険者は安堵していた。

 

「お名前は?」

「……リカルド。3級冒険者だ」

 

 この冒険者改めリカルド、10代後半の見た目でありながら、意外にも冒険者階級が高い。

 そんな冒険者が、どうしてあんな罠にかかったのか。

 

「怪我の経緯は?そこに置かれている宝箱に釣られましたか?」

 

 パースが指差した先には、これ見よがしに、まさに宝箱という感じの宝箱が置かれていた。

 立派な石像の前に置かれているというのも、人の好奇心を煽っている。

 

 それにしても、随分悪趣味な石像だ。

 蝙蝠(こうもり)の羽根に()じれた角を備えた人型。どれも魔物であるデビル、その中でも高位な存在が持つ特徴である。

 このダンジョンは高位のデビルでも崇めているのか。

 

「そんな見え見えの罠にかかるかよ。あの宝箱は、俺がこうやって怪我した後に湧いてきたんだ」

「湧いてきた?」

「床からこう、水中の泡が水上に上がってくみたいによ」

 

 なんと、その宝箱は後に配置されたと言う。しかも、かなり不自然な方法で。

 

(テノール、ちょい口貸せ)

(……何か分かったんだな)

(勘だけどな)

(……)

 

 勘、というのはなんとも不安だが、こいつの勘なら、一考の余地がある。

 俺は聖剣に触れ、俺の口で喋る権利をエクスカリバーに渡す。

 

「皆さん、これはいわゆる餌だったのではないでしょうか」

「勇者様、餌と言いますと?」

「冒険者を罠にはめるための餌なんです、この宝箱も、リカルドさんも」

 

 エクスカリバーが己の勘を皆へと伝える。

 

「まず、このダンジョンは床と天井で圧殺する罠が張り巡らされていて、その罠を仕掛けている跡すら巧妙に隠していた。しかし、リカルドさんは生き残ってしまい、罠がある事を知らせる跡となってしまった」

 

 確かに、リカルドの警告とエクスカリバーの忠告がなければ反応できない程、そんな罠がある事を直前まで察知させなかった。

 

「でも、このダンジョンの主はその跡を餌にする事を企んだ。一見、宝箱に目が眩んで罠にかかったよう偽装するため、後から宝箱を配置。それで、宝箱と要救助者、二重の餌にしたのです」

「それも結局、罠を警戒されるのでは……」

「餌に釣られたベアウ君だと、説得力皆無ですね」

「あう……」

 

 パースに弄られて凹むベアウ。

 だけど、本来ならパースは弄れないはずだ。

 

「パースさん、貴方は罠がある事を察知していましたか?」

「……あはは、参りました。仰る通りです、察知できておりませんでした。罠探知魔道具を持ってきてたんですけどね、これが全然探知してくれなくて。故障ですかね?」

 

 エクスカリバーに指摘され、パースは観念した。

 懐から魔道具を取り出し、それがうまく機能していない事を怪しんでいる。

 

「そもそも、これは罠ではないのです」

「は?いやいや、テノールさんが罠だって言ったんじゃないですか」

「特定の条件で発動する類の罠魔術ではないのですよ。これは、魔術師が直に魔術を使っているんです」

 

 エクスカリバーの語る勘に、皆が息を呑む。

 

「罠探知魔道具が機能しなかったのも、事前に張った魔術ではなく、直前に使った魔術だったから。宝箱が急に湧いたのも、ダンジョンの主が急遽用意したから」

「それって、つまり……」

「はい。このダンジョンの主が観察し続け、ダンジョンを操作し続けている。そして、今この瞬間にも、ダンジョンの主は仕掛ける機を窺っているのです」

「そんなまさか!」

 

 エクスカリバーの勘に、パースが反論しようとした。

 その時だった。

 

「そこまで気付かれているのでは、不意打ち狙いも面倒じゃの」

 

 ダンジョン全体から声が響き、壁が動き始める。

 ただ、その動きは圧殺しようとするものではない。

 行き当たりのこの空間から、さらに奥へと伸びる道を作るために並び変わったのだ。

 

「特別じゃ、儂に拝謁する名誉を与えよう。奥へ参れ」

 

 何者かが、俺たちを奥へと招いていた。



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第十九節 かつての英雄が堕ちた先

「特別じゃ、儂に拝謁する名誉を与えよう。奥へ参れ」

 

 何者かの招きによって開かれた、ダンジョンのさらに奥。

 エクスカリバーが勘で言っていたダンジョンの主、その実在に答え合わせをしていた。

 

 この異常なダンジョンを作ったであろう主。

 作ったダンジョンをずっと観察し続け、操作し続け、適宜に遠隔から魔術を使って冒険者を圧殺していただろう、その者。

 まず間違いなく、そこら辺の魔物ではない。

 野放しにできる相手ではない。

 

 強敵の予感に身を震わせるが、勇者である俺は威厳のため、近衛兵である他は国のため、退く事が許されない。

 

「お招きを受けるしかないのでしょうが、ちょっとお待ちを」

 

 パースは来た道の方へ、紙が括りつけられた矢を射る。

 

「これで良し。我々が得た情報を、矢文で留守番しているニオたちに伝えました。リカルドさんの救助も彼らに任せましたのでご心配なく。これで何かあっても、最悪ランテ総長たちがどうにかしてくれるでしょう」

 

 パースは最悪を想定し、保険をかけていたようだ。

 準備が良く、実に仕事をしているが、縁起でもない。

 

「ご安心を。死力を尽くしてでも、オレは悪を倒し、皆と共に生還してみせますよ」

 

 これから戦いだろうとエクスカリバーに体の主導権を渡していれば、エクスカリバーはそんな勇者らしい言葉を吐きやがった。

 お前、勇者として振る舞うのに余念がないな。

 

(お前に嫌がらせするためだからな)

 

 クソが。

 

「では、行きましょうか」

 

 諸々の準備を終えたパースが、珍しくも先陣を切った。

 皆は彼の後に付いて行く。

 

 通路を5分程歩けば、また開けた空間に出る。

 その空間の真ん中で、少女が玉座に腰を下ろしていた。

 

「ようこそ、憎き勇者御一行様」

 

 蝙蝠(こうもり)の羽根と()じれた角、そして人型。

 この少女が高位のデビルである事を物語っていた。

 だが、少女と形容したように、その外見はとても幼い。

 

「レヴィ・ガーン。まさか、魔物に身をやつす程堕ちていましたか」

「は?『レヴィ・ガーン』だって?」

 

 パースはそのデビルを見納めるや、唐突にそう零した。

 しかし、その名前がどうしてこの場で出てくるのか。

 『レヴィ・ガーン』は勇者アルト伝説で語られる裏切り者、1000年近く前の人物だ。

 このような場所にそんな人物が出てくるとは、全く予想できない。

 だと言うのに、パースはそのデビルを『レヴィ・ガーン』と断定していた。

 

「ほう、儂の名を知っておるとは。良い心がけ……、ではなさそうじゃな。貴様の顔、覚えておるぞ。パース・ヴ―――」

 

 レヴィと呼ばれるデビルが喋っている途中、彼女の足元が爆発する。

 爆発を起こす魔術が仕込まれていたのか、パースの矢がデビルの足元を爆発させたのだ。

 

「軽々しくその名前を口にしないでくださいよ」

 

 いつも軽い雰囲気で不真面目そうなパースが、この時だけ殺気を滲み出していた。

 彼は明確に、あのデビルへ敵意を抱いている。

 

「やれやれ、淑女の言葉を遮るとはのぉ。無礼な輩じゃ」

「貴様に尽くす礼儀など、持ち合わせておりませんので」

 

 デビルとパースの視線が一切の親しさなく、火花を散らしそうなくらいぶつかり合っていた。

 この2人の間には何やら因縁があるようだが、俺たちにそれを知る由はない。

 

「『レヴィ・ガーン』と呼ばれていたが、本人なのか」

「いかにも、憎き勇者様よ。儂が勇者アルトに死をくれてやった、『レヴィ・ガーン』その人じゃ。今は魔王軍幹部なんぞやっておるよ」

 

 このデビルの言葉が嘘でなければ、このデビルこそ伝説にその名を記す『レヴィ・ガーン』のようだ。

 一応、種族がデビルであるならば、1000年前から生きている事に説明はつく。

 デビルは特に寿命が長い魔物だ。1000年は余裕で生きるとされている。

 

「我らが建国王、勇者アルト様を裏切った者が今更なんの用ですか!」

「決まっておろう、勇者を絶やすためじゃ」

 

 ベアウが睨みつつ問えば、デビル改めレヴィはベアウに睨み返すのではなく、俺を睨んだ。

 まぁ、そうだろうとは思っていた。

 魔王軍にとって、勇者なんてのは怨敵だ。

 

「儂という者がありながら、ラビツ姫なんぞと結婚しおった、あの憎きアルトの剣を継ぐ者。そんな輩、生かしておけるものか!」

 

 ……はい?

 

「はぁ……。そんなだから、貴女が裏切った経緯は伝説に残されなかったんですよ……」

 

 パースが落胆しているが……。

 え?あの、俺はそんな理由で狙われてんの?

 

「そんなくだらない理由で貴方は我らが建国王を殺し、我らの新たなる勇者も殺そうと言うのか」

「くだらないとは何じゃ、若造が!儂がどれ程あの男に尽くしたと思うておる!旅の始まりより傍で助力してやったのに、あやつは人の気持ちも知らなんだ!」

「そんなだから、貴女はアルト王に振り向いてもらえなかったんですよ」

「黙れぇ!」

 

 ウィンにもパースにも逆上しているし、レヴィの理由はマジらしい。

 それって、俺が狙われるのは逆恨みどころじゃないんだけど……。

 

「もう良い!魔王様からも『殺せるなら殺してこい』と仰せつかっておる!貴様らはここで死ね!!」

 

 そんなこんなで、魔王軍幹部レヴィとの戦いが、物凄くやる気が削がれた上で始まるのだった。



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第二十節 聖剣は切り開く

「もう良い!魔王様からも『殺せるなら殺してこい』と仰せつかっておる!貴様らはここで死ね!!」

 

 物凄くやる気が削がれた戦いの火蓋が、敵の八つ当たり的な怒号によって切られる。

 

「気を付けてください!人柄は御覧の通りかわいそうなものですが、陣地防衛にて最強を誇ると言われた魔術師です!」

「相変わらず口の減らん奴っ、まずはその口を2度と開けぬようにしてくれるわ!」

 

 パースの忠告が正しい事を示すように、レヴィは当然の如く詠唱破棄で魔術を放った。

 床や天井から対象を刺し貫かんと、尖った岩が隆起する。

 

「読めていますよ、レヴィ。貴女が得意とするのは土魔術でしたから、ね!」

 

 パースは岩を難なく躱したすぐ、レヴィへと反撃の矢を射った。

 だが、それは隆起した岩壁で阻まれ、矢の爆発もその熱すら無力となる。

 

「弱い弱い。そんな攻撃なんぞ、儂には届かんよ」

「ええ、届かないでしょうね。届かせるつもりはありませんでしたので」

 

 レヴィの嘲笑に、パースは不敵な笑みを返した。

 その瞬間、レヴィの背後、爆発で巻き上がった土煙の中からウィンがその身を現す。

 爆発はただの目くらましだったのだ。

 ウィンの剛腕が、レヴィの首を狩ろうと振るわれる。

 

「無駄じゃ、無駄無駄」

 

 まるで見えていたかのように、その背後にも岩壁が隆起した。

 そこに、琴の音が響く。

 

The() sound(サウンド),confuse(コンフューズ) the() magic(マジック).」

 

 トリスの魔術が、岩壁を生み出す魔術を『魔術式崩壊』によって打ち消しにかかった。

 狙い通りに岩壁は崩れ出す。かと思いきや、瞬時に再生せれてしまった。

 ウィンの追撃も間に合わず、その頑丈さは保持される。

 

「……」

「『何故?』と言いたげじゃがな。1度壊されてしまうのなら、何度でも作り直せば良いだけの事。陣地防衛だけとはいえ、儂は最強を誇っておったのじゃ。そんな初歩的な弱点、克服していて当然じゃろう」

 

 トリスのきつい視線に対して、レヴィは己を守る岩壁から余裕の表情を覗かせた。

 『魔術式崩壊』に対し、『魔術式再生』とも呼ぶべき技術で対処していたのだ。

 そんな頑丈な壁に前も後ろも守られ、そうして出来上がった安全圏でレヴィは悠々と玉座に腰を落ち着けている。

 

「上が!空いていますよ!」

 

 前後で駄目なら上からだと、ベアウが岩壁を飛び越え、レヴィに襲い掛かろうとした。

 

「空いておらんよ」

 

 そんな明らかな急所を残している訳もなく、むしろそれが誘いであったかのように、天井から石柱が突き出される。

 地から足を放した空中では避けようがない一撃であるが、みすみす直撃させてやる程、エクスカリバーは愚鈍でない。

 罠から助けた時と同様、エクスカリバーは跳んだ。

 突き飛ばすしかなかった前回とは違い、充分に力を込めた跳躍はベアウを攫い、共に攻撃範囲から飛び出す。

 

「ご、ごめんなさい、勇者様!」

「謝罪は死んだ後で良い。生きてるなら構わない」

「は、はい!」

 

 ベアウからの感謝を、エクスカリバーはわざわざ勇者っぽく優し気な眼を向けた上で受け取っていた。

 無駄に勇者の演技が上手い。

 

「さて、見え透いた急所を残しておくのも面倒じゃ。これで、貴様らも小賢しく急所を探す必要もなくなるじゃろう」

 

 レヴィの姿が完全に岩壁で隠された。攻撃できそうなわずかな隙間もない。

 

「自らの視界も捨てるとは。防御に徹するつもりか」

「そんなつもりは微塵もないわ。このダンジョンは儂が作った物。お前らの居場所なぞ、手に取るように分かるわ」

 

 レヴィの言葉に嘘はなく、隆起する岩は推測を誤ったウィンを的確に狙ってきた。

 ウィンは迫る岩を一旦砕き、再生される前にその矛先から逃げる。

 

「これは、なかなか攻めあぐねてしまいますね……」

「良い顔になったではないか、パース。もっとその顔をよく見せよ。もっと必死に足掻いてみよ、己の死期を悟りながらな」

 

 堅い守りに苦しめられるパースをより苦しめるべく、レヴィは次の手に出た。

 なんと、非常に緩慢ながら、天井が迫ってきているのだ。

 帰りの道も閉ざされ、逃げ場はない。

 

「くっ!徐々に潰れていく様を楽しむと言うのか!」

「趣味が悪いです!」

「言うに事欠いて趣味が悪いとな!?儂はデビル、ひいては魔王軍幹部じゃぞ!?」

 

 ウィンとベアウがその非人道さに吠えたが、レヴィにもっともな返しをされていた。

 そりゃ、デビルに人道を説くのはお門違いである。人じゃないのだし。

 

「どうしたものですかね……」

「……」

 

 パースとトリスがこの現状に頭を悩めているが、妙案が提示される事はない。

 

「1つ、伺いたいのですが。あの岩壁、一瞬でも良いので壊せませんか?」

「……ウィンさんが『ステラグマイト』を砕いていましたが、どうですか?」

「防御に注力されたあの『ロックウォール』の破砕は、ベアウの手を借りても難しいかと……」

「僕が弱いばかりに……」

 

 エクスカリバーが問う可不可に、パースはウィンへ希望を託すが、そのウィンとベアウは悔しそうに拳を握り込んだ。

 これは、無理なのか……。

 

「私が『魔術式崩壊』をし続ける。それなら、多少脆くなるはずだ」

「そうか、それならば!」

 

 トリスからの補助が得られ、これでウィンはかすかな可能性を見出した。

 

「賭けましょう。どのみち、オレたちにはその手しかない」

「ええ!」

「はい!」

「……」

 

 ウィン、ベアウ、トリスは、その微かな可能性に全てを賭けた。

 

「では。ベアウ、合わせて」

「合わせます、兄さん!」

「3つ数えて、同時に仕掛ける」

 

 3人が間を計る。

 

「3、2、1!The() sound(サウンド),confuse(コンフューズ) the() magic(マジック).『マジック・ブレイク』!」

「セイ!!」

「エイ!!」

 

 トリスの魔術によって少しだけでも脆くなった岩壁に、ウィンとベアウが肉体強化による全力の一撃を重ねた。

 岩壁は見事に砕け散り、レヴィがその姿を(さら)す。

 再生される前にエクスカリバーはレヴィを間合いに捉え、聖剣を首へと振るう。

 

 聖剣は、見えざる壁に止められた。

 

「『クォーツウォール』、透明な鉱物である玻璃(はり)の壁じゃ。知らなかったかのう、玻璃は硬いんじゃ。残念じゃったのう」

 

 岩壁の先にもう1枚、レヴィは防御を固めていたのである。

 

「ああ、残念だ。魔王軍幹部が、聖剣エクスカリバーの伝説に対して無知なんて」

 

 エクスカリバーはレヴィの勝ち誇った笑みを見納めた。

 

「……はえ?」

 

 そして、その笑みが張り付いた頭を刈り取る。

 

「知らなかったのか?聖剣エクスカリバーに、切れぬ物はないんだ」

 

 万物を切り裂く聖剣エクスカリバーが、レヴィの首を()ねたのだ。




〈用語解説〉
『ステラグマイト』
…地面から尖った岩を隆起させる土魔術。魔術行使者の技量により、その頑丈さと大きさが変動し、その形も自由に変更できる。また、極めた者はその岩の発生点を地面だけに縛られない。

『ロックウォール』
…地面から岩壁を隆起させる土魔術。『ステラグマイト』と同様、魔術行使者の技量により頑丈さや大きさが変動し、発生点が地面だけに縛られない。形状については直方体に限定されるが、高い技量を持つ者は岩を水晶などの頑強な鉱物に変更できる。


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第二十一節 窮地からの脱出

「……はえ?」

「知らなかったのか?聖剣エクスカリバーに、切れぬ物はないんだ」

 

 二重の壁で守りを固めていたレヴィの首が、エクスカリバーによって()ねられた。

 1枚目の岩壁さえやっとの思いで壊したエクスカリバーたちに、まさか2枚目まで即座に突破されると、レヴィは思っていなかったのだろう。

 だが、そもそもの話。エクスカリバーが本気でやっていたら、1枚目も苦労しなかったのだ。

 

 聖剣エクスカリバー、その伝説には『万物を切り裂く』とされている。

 まぁこの伝説は嘘だ。聖剣()()()()、そんな特殊な力などない。

 玻璃(はり)の壁を切り裂いてみせたのは、エクスカリバーの技量だ。

 

 エクスカリバーは聖剣の刃に高速で魔力を流動させていた。

 その高速流動していた魔力は、激流が岩を削って浸食するように、玻璃の壁を高速で削り取ったのである。

 名付けるとしたら、『魔力流浸食』。

 魔力操作に長けた、エクスカリバーならではの技術だ。

 

 この『魔力流浸食』で岩壁を切らなかったのは、その奥の壁に気付いていたからだそうだ。

 確実に仕留め、なおかつ相手の勝ち誇った顔を嘲笑うため、1枚目を必死に壊すような演出にしたのである。

 こいつ、相手に負けず劣らず趣味が悪い。

 

「や、やりました!さすが勇者様!」

「迫っていた天井も止まっています!我々の勝利です!」

 

 ベアウとウィンが勝利を確信し、大げさに大声を上げて喜んだ。

 反して、パースやトリス、そしてエクスカリバーは緊張を解かず、転がっているレヴィの頭を見つめている。

 

「寝た振りは通用しないぞ、レヴィ」

「なっ、そんなまさか!?いかにデビルと言えど、頭を切り落とされて生きているはずが……」

 

 エクスカリバーがレヴィの頭をさらにきつく見つめるが、この状態で生きているはずがないと、ウィンはその判断を疑った。

 だが、エクスカリバーの判断は正しい。

 

「くく……。かーっかっかっかっかっ!それでこそ、あの憎き勇者の剣を継いだ者よ。忌々しくも優れていたあの勇者、あやつに比肩する実力を持っておるようじゃな」

 

 頭だけで笑うレヴィ。これが今しがたやられ、死に瀕している者とは考えられない。

 というか、勇者アルトを憎みながらもその実力を認めていたような発言は、かつての失恋に対する多大な未練を感じさせる。

 何と言うか、うん。こんなだから失恋したんだろうな。

 

「しかしのぉ、この人形も脆いものじゃ。ロスの奴め、手を抜きおったか?」

「やはり、本体ではなかったようですね」

「そうとも。儂自ら出向く訳がなかろう?この体は人形。同じ魔王軍幹部であるロスに作らせた、遠隔操作の端末に過ぎぬ」

 

 己の体を脆いと称するレヴィからパースが察せられた通り、その体はよくできた人形だった。

 だから、こうしてレヴィは喋れているし、余裕そうに笑っていられるのだ。

 

「壊れてしもうたし、此度はここまでじゃな。また会おうぞ、貴様らが生きていればの話じゃが」

 

 レヴィのその言葉を合図にするように、ダンジョンが音を立てて揺れ始める。

 

「な!?いったい何を!」

「このダンジョンを作ったのは儂と言うたであろう。このダンジョンを生成していた地脈穴もまた、儂が作ったモノ。維持する者と維持する魔力がなくなれば、崩れるのは当たり前の事じゃ」

「なんだって!?」

 

 ダンジョンを維持する魔術を行使していたレヴィ、その端末がこうして壊れた。また、ダンジョン維持の魔力源である地脈穴も、人工的に作っていたレヴィが居なくなる事で霧散。

 通常のダンジョンならば地脈穴を失っても1ヵ月は持つが、このダンジョンは地脈穴からレヴィによる人工物にして急造品。レヴィが居なくなった時点で持たない。

 よって、このダンジョンは崩れかかっており、俺たちは生き埋めになりかかっている。

 

「全員、即時撤退!ダンジョンから脱出します!」

 

 パースは号令を出し、同時に帰り道を閉ざしていた岩壁を矢に仕込んだ魔術で爆破し、こじ開ける。

 そうして、皆が出口へ向かって走り出した。

 そこら中(ひび)だらけの通路は、もしかしたら間に合わないのではないかと不安にさせ、足を鈍らせる。

 だが、諦めなければ、救いの手は案外伸びてくるものだ。

 

「パース隊長、皆様!お乗りください!」

 

 リカルドが居たあの空間で、4番隊隊員のニオたちが馬4頭を待機させて待っていた。

 

「命令違反ですが、助かりました!」

「待機場所は明記されていなかったので、命令違反にはなりません!」

 

 パースから言及された違反について強かな反論をニオが返しつつ、それぞれ1頭の馬に2人ずつ乗っていく。

 俺はパースが操る馬に相乗りした。

 本当は女性と相乗りしたかったが、そんな我がままを言っている場合ではない。そも、体の主導権はまだエクスカリバーにあるため、俺にはどうもこうもできない。

 

 パースの馬を先頭に、崩れゆくダンジョンを駆ける。

 後方から崩れていく様は実に緊張感を煽っていた。

 ここまでレヴィが仕組んでいるのではないかと、そう疑ってしまう。だが、もしかしたら、この疑いは正しかったかもしれない。

 

 出口が、岩で塞がれていたのだ。

 仕組んでいると疑わない方が無理である。

 

「ど、どうするんですか!退かす余裕はないですよ!?」

「そう焦ってはいけませんよ、ベアウ君。そのまま全力で駆りなさい。私が砕きます」

 

 ベアウを諭しながら、パースは弓を構えた。

 馬を停めない不安定な足場にもかかわらず、パースの姿勢は安定している。

 

The() flame(フレイム),detonate(デトネイト).『エクスプロージョン』」

 

 赤い軌跡を描いた矢が岩に命中し、爆炎が舞い上がった。

 岩が砕けた事を信じ、爆ぜた拍子に立った煙へと馬を突っ込む。

 

 煙を抜けると、太陽の光が俺たちを出迎えた。

 俺たちはダンジョンからの脱出に成功したのだった。



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第二十二節 無事を祝うカレー

「間に合った!」

 

 誰が言ったか。もしかしたら全員が言っていたかもしれない。

 出入り口も崩れ去ったダンジョンからの脱出は、きっと皆同じく歓喜していただろう。

 この短時間でいくつ死線を潜ったか。

 潜り抜けた皆は疲れ果て、落馬するように地面へ座り込んだ。

 本当に、本当に疲れた。俺は体乗っ取られてるだけだったけど。

 

(良いご身分だなぁ、おい)

(良くない。体動かされてるんだから、疲労感は俺も味わうんだよ)

 

 エクスカリバーが動かしていたとはいえ、俺の体が動いていた事実は変わらない。

 主導権を返されれば、体に溜まった疲労感が俺に襲い掛かる。

 むしろ、良いご身分なのはエクスカリバーの方ではないだろうか。

 主導権を返せば、エクスカリバーは疲労感から解放されるのだ。

 かなり卑怯な気がする。

 

(お?じゃあオレがやらなくても、お前は生き残れたのか?)

 

 死んでたと思うので、これ以上の悪態は止めた。

 

(よしよし、分かってんじゃねぇか。つぅ事で、存分に疲労感を味わってくれ?)

 

 こいつ、マジで趣味が悪い。

 エクスカリバーは聖剣を鞘に納めて手を放し、体の主導権が俺に帰ってくる。

 この、急に疲労感がどっと来る感覚。当然と言えば当然だが、奇妙なモノであり、心地良いモノではない。

 

「おぉ。アンタら、生き延びたんだな。ダンジョンが崩れ始めた時は、もう皆死ぬもんと予感してたが。さすがは近衛兵と勇者様ってところか」

 

 4番隊隊員に代わってか、馬車の見張りをしていたリカルド。彼は俺たちの生還を驚き、素直に称賛を送った。

 しかし、縁起でもない予感をしていた事にだけは物申したい。

 

「ええ、全く死ぬかと思いましたよ。どうにか生き延びましたがかなり疲れました。今から帰路に就くのは、さすがに無理ですね」

「1日ここで野営ですね!またみんなでカレーが食べられます!」

 

 パースは野営の準備も億劫なようだが、ベアウは真逆で楽しみらしい。率先して野営の準備に取り掛かった。

 でも、夕飯はまたカレーなのか……。俺はそろそろ飽きてきたのだが……。

 

「じゃあ、見張り番の代わりもお役御免って事で。俺は行くぜ」

「おやおや、そんな付き合いの悪い事を言わずに。貴方のおかげでダンジョンの主が居ると、テノールさんも気付けたのです。王都までお送りさせていただきますよ?」

「え?いや、それはちょっと……」

「いやいやいやいや。我らの恩人も同然なのです。褒賞を賜していただけるよう、バーニン王にも申し上げますので。どうかご同行を」

 

 さっさと別れようとするリカルドを、パースは変に引き留めていた。

 怪しいのだが、はて、何を企んでいるのやら。

 

「お、おい!何だってんだ!?俺に何か用事があるってのかよ!?」

 

 リカルドも怪しさを嗅ぎ付けて指摘すれば、パースがリカルドと肩を組んで耳打ちする。

 

「最上位回復薬の対価、ちょぉっとダンジョンの情報だけでは釣り合わないんですよねぇ」

「なっ、テメェ!」

「金銭でお払いいただいても、私は一向に構わないのですがぁ。どうしますかぁ?」

 

 非常に非合法じみた取り立てが行われ始めた。

 近衛兵がそれをやって良いものだろうか。

 

(お前だったら普通にやりそうだよな)

 

 勇者の称号を失いそうだから、非合法な事はやらないです。

 

(合法だったら?)

 

 やるに決まってんだろ。

 

(下衆だこいつ)

 

 何故なのか。

 

「……いくらだ」

「アルト金貨5枚くらいですかね」

「お前ふざけんなよ!3級冒険者に払える訳ないだろ、そんな金ぇ!」

「本当にぃ?本当にお払いいただけませんかぁ?貴方だったら払えるんじゃないですかぁ?」

 

 念のため額を訊いたリカルドだったが、3級冒険者の収入をはるかに越える要求をされ、パースの首を今にも絞めそうなくらいに引き寄せた。

 対してパースは、払えるだろうという勘定で要求しているようである。

 

「……お前、何を知ってやがる」

「私の部隊って仕事柄、国中あちこちを走り回るんですよね。それで、国中の噂話を耳にするんですよ。例えば、貴族の子供が冒険者やってるとか、ね。何なら噂話、いくつか無料でお教えいたしましょうか?」

 

 パースのその言葉に、リカルドは固まった。

 自身の秘密を握られていると、リカルドは恐怖してしまったのだろう。

 

「……大人しく付いてくよ、付いてけば良いんだろう!?」

「話は王都で聞きますよぉ」

「クソッタレ!!」

 

 パースの取り立てに抗いきれず、リカルドは自棄になって叫んだ。

 ベアウとウィンは野営の準備にかかりきりなので、その叫びを聞いていなかったから何もしない。

 だが、4番隊隊員やトリスは多分聞いていた上で、何もしなかった。

 俺だけはせめて祈ってやろう、リカルドのご冥福を。

 

「みなさーん、野営に1名様追加でーす」

「はい喜んでー!」

 

 パースがリカルドを巻き込んだ事に、ベアウは無駄に笑顔だった。

 どこに喜ぶ要素があるのか。

 

「作る人数が多い程、カレーは美味しくなりますからね」

 

 ウィンが頷いているし、ベアウも頷いている。

 君らは色々楽しそうだな。

 

「というか、俺も料理手伝うのか……?」

「手伝って、くれますよね……?」

「う……。分かったよ、手伝いますよ!」

 

 ウィンに上目遣いで見られ、リカルドはその純粋な目に屈した。

 ちょっとその上目遣いは羨ましい。可愛いんだよな、ベアウの上目遣い。

 これで女の子だったらなぁ。

 

(その話、まだするか?)

 

 ベアウが女の子になるまでする。

 

「勇者様もお手伝い、よろしくお願いします!」

「ああ、頼まれた」

 

 ウィンからのお呼びがかかったので、俺はとても純粋な気持ちで手伝いを行うのだった。



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第二十三節 ダンジョン攻略達成報告

 ダンジョンを攻略してから3日後。

 道中に特筆する事はなく、俺たちは無事に王都へと辿り着いた。

 ダンジョン攻略成功の知らせを受けていた王都は、またもや勇者の帰還に多くの者が入り口で待ち伏せ、拍手喝采を俺へと送る。

 案外、王都の人間というのは暇なのかもしれない。

 

 そんな出迎えを通り抜け、馬車の積み荷とかそこら辺の後始末は4番隊に任せた後、俺はあの王と毎回しているやり取りをしていた。

 

「勇者テノールよ、よくぞ帰った。して、ダンジョン攻略は如何なるものだったか」

 

 前半部分が毎回変わっていないのは、俺の気のせいなのだろうか。

 

「ダンジョンは魔王軍幹部のレヴィが作った物であり、そのレヴィがダンジョンを操って攻撃を仕掛けてきました。俺たちも危うく死者を出すような攻撃です、多くの冒険者、未帰還者となった者はその攻撃にやられてしまったと思われます」

 

 未帰還者は肉片1つも見つからなかった訳だが、リカルドによると、攻撃にやられた者は皆床や天井に吸い込まれるように消えていったと言う。

 これでは生存はおろか、遺品回収も望めない。

 

「俺たちはレヴィの攻撃をどうにか掻い潜り、討伐に成功しました。しかし、討伐したレヴィは本体が操る人形だったようで、レヴィ本体の消滅には至っておりません。人形を討伐すると、ダンジョンの崩壊が始まりましたので、本体の所在を掴む余裕はありませんでした」

 

 結局言って、勇者本来の役目である魔王軍幹部の討伐は叶わなかった。

 だが、王命であるダンジョン攻略は果たしている。

 まさか、文句など言わないだろうな。

 

「相分かった。余が賜した命は果たされ、危険極まりない魔王軍幹部は撃退されたのだ。貴公の活躍のおかげで、また我が国の平和は守られた。褒賞は後日贈ろう。下がって良いぞ」

 

 文句は言われなかったが。

 やはり最早大体の部分が定型文みたいになっているのは、俺の気のせいだという事にした。

 そこを指摘したって、何も良い事はないし。

 

「ははっ」

 

 とりあえず、もう退出の許可は下りているので、俺は遠慮なく退出させてもらう。

 こんな堅苦しい場所に留まるより、しなくてはならない事がある。

 

 そう、俺の外出を狙ったであろう盗聴の犯人。そいつの証拠を掴む事だ。

 

 そうして王宮の自室へと足を早めていれば、あちらからある人が向かってくる。

 

「テノール様!お帰りなさいませ!」

 

 ああ、なんとも麗しきルーフェ様の出迎え。

 大衆のそれとは比較にならない程俺への思いが籠った歓待は、俺の疲れを微塵も残さずに吹き飛ばしてくれる。

 

「ただいま戻りました、ルーフェ王女殿下」

「全く、テノール様はやはりまたすぐに王命に走られてしまって。わたくしがどのくらい寂しく感じているか、分かっていただけないのですか?」

「それは、申し訳ありません。しかし、むしろ1週間近く休めたのは久々の事でしたので」

 

 奔走した約1年間、1週間休めた日があっただろうか。

 命がけの仕事をして、2日空けたら次の仕事と。俺の擦り減る精神を無視した、過密な日程だった事しか記憶にない。

 

「そんな潰れてしまいかねない遣われ方なんて、お労しいです」

「でも、ルーフェ王女殿下がこうして迎えてくれるおかげで、俺は頑張れています」

「テノール様……っ」

 

 俺の事で悲しんだり喜んだりを心の底からしてくれるルーフェ王女。彼女がそうしてくれている事で、俺の心は確かに癒されてきた。

 可愛い子がこう、慕っている気持ち全開で来てくれるからね。

 これで喜ばない男が居るなら是非会ってみたい。そして説き伏せたい。

 

「もしよろしければ、俺の自室で歓談などいたしませんか?」

 

 俺は犯人の証拠を掴む事より、この癒しをもっと得る方を優先した。

 いつまた王命が降っても良いよう、心だけでなく体も癒さねばならない。

 

(かわい子ちゃんと話せば、体が癒されんのか?)

(ああそうだ)

(左様かい)

 

 あまりにも当然な事を聞くものだから俺は食い気味に答えたが、エクスカリバーは聞いておいて興味がなさそうだ。

 

「え、えっと……。テノール様のお部屋は掃除中でして」

「掃除中?」

 

 5日空けただけで、しかもその5日前もそんなに汚していなかったはずだ。

 なのに掃除中とは、何かあったのか。

 

「す、少しでも埃が積もっていてはいけないと、わたくしが掃除を頼みました」

「なんだ、そういう事でしたか」

 

 何の事はない。俺の部屋が綺麗であるよう、ルーフェ様が気を回してくださったのだ。

 彼女はとても健気に尽くしてくれている。

 

「お気遣いありがとうございます」

「いえ、わたくしはな、何もしておりませんので。それと、すみませんが、用事が入っておりまして」

「そうですか。残念ですが、またの機会で」

「は、はい!では、また」

 

 ルーフェ様は淑女らしい一礼をしてから、この場を後にする。

 早足だったようだが、用事の直前まで俺を待ってくれていたのだろうか。

 もうそんな小さな所作だけで、俺は暖かさが胸いっぱいだ。

 

 さて。俺の部屋は掃除中との事で、適当に時間を潰そう。

 

 俺は王立図書館に寄り、掃除の終わりを待つのだった。



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第二十四節 知りたくなかった真実

 犯人の証拠を掴むための録音魔道具回収は、掃除の終わりが日暮れとなってしまい、次の日へと先送りにされた。

 そんな時間にブレンダの下へ訪れるのは相手にも迷惑だし、変な噂が立つかもしれないのだ。

 

 という事で、体を充分に休めて次の日。

 俺は朝食も優雅にいただいた後、ブレンダの自室(もはや研究室)に向かったのであった。

 

「念のため調べたが、やはり犯人の魔道具はしっかり魔力石を取り換えられてた。まぁ、これだと魔力切れに気付いた侍女が、親切にも取り替えてくれただけ。証拠としては使えない」

「となると、やっぱりこちらの魔道具を再生してみるしかないんですね」

 

 俺とブレンダは、複製した魔道具を見つめる。

 正直、これで証拠が得られるかは半々だ。犯人が無音で犯行に至る手練れだった場合、この魔道具は意味を成さない。

 それが分かっているからか、ブレンダも恐る恐るな手付きで魔術石を取り出し、再生魔道具に装填した。

 魔道具を起動すれば、何かしらの音は再生されるはずだ。

 

「……起動、しますね」

「……ああ」

 

 ブレンダも俺も固唾を呑み、耳をすませた。

 序盤の方はもちろん、俺がダンジョンへ向かう準備をしていた時の音が聞こえる。

 録音魔術が正常に機能していた事を確認し、ブレンダは再生時間を少し飛ばす。

 問題の音が聞こえてきたのは、俺が玉座の間に呼び出された時間から、また少し飛ばした辺りだった。

 

〈ギィィィ……、バタン〉

〈ああ、わたくしはまたこんな事を〉

 

 聞こえてきたのは、静かに扉を開けて部屋に侵入しただろうルーフェ様の声だ。

 

「て、テノールさん……?これは……」

「……きっと声が似ている誰かだ」

〈すぅぅぅ……、はぁぁぁ……。ああ、テノール様の残り香……。ルーフェは、ルーフェは……。ああ……〉

 

 俺の微かな希望が次の再生音で即座に打ち砕かれた。

 

「今ルーフェって」

「……いや、盗聴の犯人がルーフェ王女殿下と決まった訳じゃない」

「でも、残り香って。これ、匂いを嗅いでたんじゃ……」

「きっと異臭がしないか確かめてくださっただけだ!」

 

 俺は必死だった。砕かれた微かな希望から、まだ希望があるとその欠片に縋るくらいは必死だった。

 勘弁してくれ、唯一の癒しがまさかだよなぁ!?

 

(ぷ、くく……。まだだ、まだ笑うな、オレ……)

 

 おい、何噴き出しかけてんだこの駄剣。

 

「そ、そうだよね。とりあえず、犯人を特定しないと」

〈はっ、いけません。早く録音魔道具を回収しなくては〉

 

 ブレンダが犯人特定へ意識を割いた途端、犯人は特定された。

 相変わらず、聞こえてくるのはルーフェ様の声だ。他の声が混じったりもしない。

 

「……あの、テノールさん?」

「きっと止むに止まれぬ事情があったんだ!そうに違いない!」

 

 ブレンダももうかわいそうなモノを見る目になっているし、俺も自分で言っておいてそんな都合の良い事があるとは思っていない。

 でも、願わずには居られなかったのだ。

 バーニン王に扱き使い回される役職へと成り下がった勇者になっても、ルーフェ王女を救った事だけは、こんな勇者になっても悪くなかったと。そう、思ってきたのだ。

 そう思い続けなければ、こんな勇者という名の使い走りなど、やってられなかったのだ。

 

〈ふふ、ふへへ……。テノール様のお声ぇ……。ふへへへへへ……。テノール様の匂いぃ……。ああ、残されたお召し物も、全て、全てわたくしの物ですぅ……〉

 

 ……。

 

〈辛抱なりません!テノール様のお使いになっているベッド、テノール様の寝汗が染みたシーツ……。これです、これなんです!わたくしは今、テノール様の匂いに包まれ、さながらテノール様の抱擁を受けているかのよう!!〉

 

 …………。

 

〈ああ、ああ!テノール様、テノール様ぁ!!あ、あああ―――〉

 

 俺は、再生魔道具を無言で叩き壊した。

 

(ぶっ、くははははははははははははははははっ!あー腹いてぇぇ!くくっ、マジ駄目だこれ、マジ最高ぉ!あはははははははははははははは!)

 

 エクスカリバーが哄笑を高らかに響かせているが、俺はそれに対して突っ込む気力がない。

 何もする気が起きない。何もやる気が湧いてこない。

 もういっそこのまま、手を組んで沈鬱としている夢破れた勇者の像となり、芸術史に刻まれる石像となりたい。

 

「そ、その……。テノールさん……?これは、きっと、えっと……。恋心が行きすぎちゃった、みたいな……ね?」

 

 ブレンダはあんまりな俺の姿になけなしの慰めをしようとしてくれるが、犯人が犯人、事態が事態だけあって、適切な言葉が出てこなかった。

 だが、俺はその不適切な言葉に、一縷の望みを見る。

 

「そうか、それ程愛してくれてるって訳か……」

「待って、テノールさん!愛は確かかもしれないけど、これは健全な愛ではないですよ!?」

(ついに狂っちまったか、テノール!あははははは!)

 

 俺の思考を省きすぎたか、ブレンダとエクスカリバーには間違った捉え方をされ、正気を疑われてしまった。

 

「もちろん、このまま受け入れるつもりはない」

 

 こんな愛をこのまま受け入れたら、最悪監禁までされそうだ。

 王女という事で、多くの証拠を潰し、露呈しても犯罪を揉み消すくらいするだろう。王女本人か、それとも王女を慮った誰かが。

 当然、監禁なんて御免被る。一夫一婦も不本意だ。

 容姿や声質は好みだから、正妻はルーフェ様でも構わない。

 だが、側室や愛人は欲しい。

 

(うわっ、下衆……)

 

 俺の血は勇者の血だ。多くの子を儲けて血を絶やさぬようにするのは、むしろ責務と言えるはずである。

 

「このままが駄目なら、どうするんです?」

「矯正する」

「矯正って、テノールさんはお医者様ではないでしょう?」

「ああ、そうだな」

 

 医学や回復魔術は残念ながら修めておらず、精神医学なんて専門外も良いところだ。

 それなら、逆に難しい事をしなければ良い。

 

「故に、荒療治だ」

 

 俺は、俺なりのやり方で得られる未来、勝利を見据えるのだった。



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第二十五節 中身はともかく、態度はかっこいいんだから仕方ない

「ハァ!!セイ!!」

 

 近衛兵1番隊隊舎。その訓練場で、剣を振るっている者が居た。

 他には誰も居ない。ただ1人で剣を振っている。

 それもそのはず。もう深夜と言って差し支えない時間帯であり、1番隊だってこんな遅くまで訓練はしない。

 

 それでも、少女と間違わる外見をした少年は、自主訓練に励んでいた。

 

「こんな夜中に訓練場から音がすると思えば。ベアウ、しっかり休まないと身が持ちませんよ」

「兄さん!」

 

 ウィンに声をかけられ、剣を振るっていた少年であるベアウは一旦剣を収める。

 

「すみません、どうにも眠れなくて。興奮冷めやらぬと言うか……」

「大方、勇者様の雄姿を思い出してしまったのでしょう?」

「あう……。はい……」

 

 ウィンに心中を見事当てられ、ベアウは俯いた。

 雄姿に興奮する幼さを見抜かれてしまったという羞恥心が、彼をそう落ち込ませている。

 

「ははは、実は私もです」

「え?兄さんも?」

「ええ。勇者様の雄姿が脳裏に浮かんで、どうにも眠れそうにない。あんなに強い人がこんな近くに居るのだと。私も立ち止まっては居られないと、ね。こうして他の隊員が寝ている時間を狙い、訓練場に来たのですよ」

 

 ウィンの中にも、実はベアウのモノと似たような羞恥心があった。

 弟と同じような、勇者の雄姿に興奮する幼さが自身に残っていた事を、ウィンは羞恥していたのだ。

 

「なんだ、兄さんもだったんですね」

「似た者兄弟ですね」

「それはそうですよ。何年同じ場所で同じ教育を受けてきたと思ってるんですか。家でも一緒だったんですから、1番隊に入る以前からですよ?」

「それもそうでしたね。あははは」

「ふふふふ」

 

 ベアウとウィンは互いの羞恥心を笑い合い、しかしお互いの幼さを肯定していた。

 そうして、2人の羞恥心は融解し、綺麗さっぱりなくなってしまう。

 純粋で単純な兄弟だ。

 

「それにしても、勇者様の腕前は見事でした」

「はい!僕を助けてくれた時も、それはそれは凄い反応速度でした!」

 

 そして、互いの羞恥心がなくなり、互いに同じ雄姿に興奮していたとなれば、それについての語り合いが自然と始まる。

 月の光が眩い夜というのも、彼らを語り合いに誘った要因だろうか。

 夜というのは人の寂しさを煽るモノであり、月明かりというのは人の心を照らし出すモノであろう。

 

「確かに反応速度も凄かったですが、自らあの罠に飛び込む精神力も凄い。死ぬかもしれない場所に飛び込めるなど、常人ができる事ではありません」

「きっと、人命を(たっと)ぶ精神によるモノなのでしょう!」

「ええ、そういう事なのでしょうね」

 

 この純粋な兄弟は、素晴らしき勇者故の行動であると信じて止まず、まさしく勇者であると絶賛していた。

 だが、悲しきかな、そんな素晴らしい精神ではないというのが真実。

 ただただテノールを困らせるために、エクスカリバーが勇者らしい行動をしているだけ。人命なんぞ全く貴んでない。

 

「しかし、やはりと言うべきでしょうか。我々との訓練には全力を出していなかったようで……」

「そう言えば、そうですね。兄さんとの試合ではもちろん、セイザー隊長とのそれにも本気ではなかった、という事になります」

 

 セイザーとの試合で見せた踏み込みは、最初の罠およびレヴィの攻撃からベアウを助ける時に跳んだ速度よりも遅かったと、ウィンとベアウはしっかり計れていた。

 彼らが持つ戦士としての観察眼は決して悪くなく、そして差を計れる程には技量がある証だ。

 

「勇者様は私やセイザー隊長を怪我させまいと、本気を出さなかったのか」

「『悪と相対した時しか本気になれない』というあの噂は、勇者様が心優しい性格だからだったんですね!」

「あの勇者様の事です、そうに間違いありません」

 

 そんな戦士としての観察眼と技量があっても、テノールとエクスカリバーの本性は看破できていなかった。

 残念ながら、彼らの結論は間違いでしかないのだ。

 勇者とその聖剣の演技力、恐るべし。

 

「本当に、勇者様は勇者に相応しい方です!隣に立っていただけだったのに、なんと心強かった事か!」

「同感です。あの魔王軍幹部との戦闘時も、勇者様が居たから私たちは心折れる事なく、こうして生還できた。全ては勇者様のおかげでしょう」

 

 色々騙されているとは露知らず、2人は勇者信奉者のようにテノールを褒め称えた。

 無知とは幸福なのかもしれない。

 

「あの強さ、あの優しさ。どうしても憧れてしまいます!」

「無理もない。私も憧れていますし、カウなんかは恋焦がれているようでしたからね」

「そういえば。カウは元気にやっているでしょうか。ダンジョンの未帰還者にはなっていないようでしたが」

「サーヴァンが付いています。腕に見合わない依頼は受けさせていないでしょう」

 

 勇者テノールの熱い支持者であった妹を思い出した2人。

 ベアウは妹の身を心配していたが、ウィンはお付きに実力者が居るからと、不安に思う事はなかった。

 ただ、どちらも妹を想う気持ちは本物である。

 ウィンは暇を見つけて剣術の手解きをその妹にしていたくらいだ、ベアウも訓練に付き合ったりしていたが。

 

「サーヴァンが付いているなら大丈夫ですね。むしろ、サーヴァンがずっと傍に居て訓練していたら、僕たちが追い抜かれてしまいます」

「そうなると、私たちが怠けている暇はありませんね。カウに抜かされないためにも、勇者様に追いつくためにも、訓練を怠っている訳にはいかない」

 

 自身らより前を行く目標と自身らより後ろから来る指標。

 その2つを意識した時、ベアウとウィンの心に火が付いたのだ。

 

「ベアウ、1試合しましょう」

「はい!全力で行きます!」

「その意気です」

 

 その後、純粋な兄弟は疲れ果てて眠くなるまで、夜空に剣の激しい打ち合いを響かせるのだった。



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第二章~勇者に安息はなく~
プロローグ 息子を思う父


「勇者テノールは魔王軍幹部が作ったダンジョンを攻略し、その魔王軍幹部を撃退したそうです」

 

 テノールの出身地・トータンのとある屋敷。その執務室で、珍しくも翡翠(ひすい)色の瞳を持つ侍女が、執務机の椅子に座る男へそう報告した。

 その侍女は口で弧を描いているのだが、どこか薄ら寒さを感じる。

 

「新聞を読めば分かる」

 

 侍女からのくだらない報告に、男は顔をしかめた。

 

 この男の名はバリトン。

 勇者として称えられているテノールの父親であり、数か月前までイーストイナッカノ農村で畑を耕していた男だ。

 そんな男が今や豪邸に住み、人を使う立場に成り上がっていた。

 息子が勇者となった故に父親も丁重に扱われている、という訳ではない。

 この立場に落ち着いたのは、この男の実力によってもたらされた成果だ。

 

「方々を駆けずり回っているようだが、以前の息子なら考えられん。勇者の称号を貰って、適当な悪党どもから正当に金を奪い取ると思っていたが……」

 

 バリトンは今回のダンジョン攻略について書かれた新聞の紙面を睨み、書かれている息子の行動がバリトンの知るテノールの人格に合っていない事を怪しんでいた。

 そう。この男、テノールの父であるために彼の本性を知る数少ない人物なのだ。

 だからと言って、息子の本性を広めるような事はしない。

 息子の不都合となり得る事を、バリトンは息子を真に愛する故にしない。

 

「心境の変化があったのではないでしょうか」

 

 とすると、テノールの本性をバリトンより聞き及んでいるこの侍女は、バリトンに信用されているという事になる。

 

「随分と曖昧な推測だな。お得意の未来予知はどうした、エメラ」

 

 しかし、信用というのは正確ではないかもしれない。

 バリトンは、あくまでこの侍女・エメラの能力を重用しているため、信じて用いざるを得ない。

 エメラとバリトンの関係は、とある誓約と契約に基づいて成り立っていた。

 とりあえず、信頼関係には程遠いだろう。

 

「未来予知ではなく、未来演算です。ご主人様、どうかお間違えのないようお願いいたします」

「情報が足りないからと、もっともらしい言い訳を並べるつもりか」

「事実でありますので。私の力がご主人様の想定に及ばず、真に申し訳ありません」

「ふん」

 

 エメラはうやうやしくも頭を下げたが、バリトンは鼻を鳴らして謝罪を真面に受け取らなかった。

 演技臭いその動作に一切の謝意など込められていない事を、バリトンは見抜いていたのだ。

 そんな事も見抜けない程、彼女との付き合いは浅くないし、彼女の人格に対して無知でもない。

 信じて用いなければいけないが、疑わずに使うのは問題外であると、バリトンは誰よりもこの女性を把握している。

 

「仕事に戻れ、エメラ」

「はい、仕事に戻らせていただきます。つきましては、客人がお越しのようですが」

「さっさと通せ。まさか、客人を待たせてはいまいな」

「報告の途中で参られた客人です」

 

 ここに留まって話していたのに、どうやってその話の途中で客が来た事を感知したのか。

 バリトンはその疑問を浮かべない。

 良くも悪くも、この侍女を重用しているのだ。

 この屋敷中に彼女の魔術が敷き詰められている事も、当然把握している。

 

 そうして、彼女の言葉通り、丁度執務室の扉が叩かれる。

 

「ご主人様、お客様がお見えです」

「鍵を今開ける」

 

 扉越しの侍女に応え、バリトンはエメラに鍵を開けさせる。

 そうすれば、身なりの悪くない男が扉を潜った。

 

「マニか」

「はい。お久しぶりでございます、バリトン殿。商売の方は繁盛しておりますか?」

「好調だ。そろそろ規模の拡大を検討している」

 

 扉を潜ったマニと呼ばれる男。彼はバリトンと商売的な取引をする間柄である。

 

「それはそれは、大変喜ばしい。規模拡大の際は、是非とも我が社の土地、我が社の従業員をご贔屓に」

「成り行き次第だ。検討の段階で口約束はせん」

 

 商売客への笑みを張り付けたマニに、バリトンは言質を取らせなかった。

 言質を高に、後々揚げ足を取られるのは御免なのである。

 

「実に堅実ですね。少し残念ですが、その件はまた後日。まずは、契約延長について。現在お貸ししている土地と従業員。それらをまだまだお使いいただけるのであれば、こちらの契約書へ署名をお願いしたいのですが」

 

 マニの懐から出されたのは、文字が詰め込まれた複数枚の紙。マニとバリトンが交わしている貸与契約、それの細々とした取り決めが追求された契約書だ。

 

「署名した後、返送いたしましょう」

「そうですか。では、私はこの辺りで」

「ご足労、感謝する。誰か、見送りを」

 

 親密さのない商売人的やり取りであったが、バリトンは礼儀を忘れず侍従を見送りに付ける。

 それが善意だけの態度であるかは、マニの背中に注いだ鋭い視線が答えだ。

 

「全く、手間をかけさせる。なんだってこんな契約書を分厚くするのだ」

 

 バリトンはマニが退出して部屋から離れたのを確認すると、マニが置いていった契約書を手に取り、辟易とした気分を溜息として吐き出した。

 毎度毎度、こんな契約書を隅々まで読まなければいけないのだから、そうもなるだろう。

 隅々読まずに署名すれば、不利益な契約を結ばされかねない。

 

「商売への誠実さが窺えますね」

「心にもない事を言うんじゃない」

「滅相もありません。本心から述べております」

「では皮肉か」

 

 バリトンの詮索に対し、エメラはただ微笑むのみ。

 無駄な事をしたと、バリトンは会話を止めて契約書を読み始めた。

 

「ご主人様」

「今度はなんだ」

「テノール様からの手紙が届いております」

「何故貴様はそれを保留していたのだ!」

 

 エメラが差し出した手紙を、契約書も後にしてかすめ取る。

 久々に届いた息子からの手紙。バリトンにとって最優先すべき事項を先送りにされていたのは、あまりに腹立たしい。

 だが、それらしい弁論をエメラが準備していると分かりきっているので、怒号1つに留めて説教もせずに手紙の封を切った。

 そうしてバリトンは、貴族文化を考慮した冗長的な文章を省き、重要な部分だけを読み取る。

 

「……近々帰るだと?あいつめ、何かやらかしたか」

 

 テノールの帰省に、バリトンは嫌な予感を覚えるのであった。



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第一節 王の耳に届いた真実

「『レヴィ・ガーン』……。まさか、我らが建国王の伝説にも名を記す英雄が、魔王の手先になっていようとは……」

 

 国王の執務室にて、バーニン王はダンジョン攻略の詳しい顛末をパースから聞き、思わぬ英雄の登場に頭を痛めていた。

 ちなみに、頭を痛めた原因はレヴィの裏切りに関する真実が主である。

 

「心中お察しします、バーニン王。そして申し訳ありません。あの面汚しを私どもがしっかり仕留めていれば……」

 

 パースはレヴィを殺しきれなかった複数人の責任を背負うように悔いていた。

 それも、テノールたちの分ではなく、裏切りに対処できなかった当時の人たちの分を背負っているかのようである。

 

「良い、パース。先達が残した問題に取り組むのが、後続の使命である。そも、問題の発端は勇者アルトにあるならば、余の祖先により起こった問題であろう」

「いやいや、裏切りは全部あの女のせいですよ」

 

 自身の祖先の責任であると、バーニン王は責任を自らに移そうとするが、しかしその責任の(なす)り付けだけはパースにとって受け入れられないモノだった。

 勇者アルトの責任には、絶対したくないのである。

 

「いっつも素直じゃなくて、何人か背中を押してやってたのに踏み出せなかったんですよ?あいつ。それで、いざアルト王がラビツ姫と結婚するってなった時に怒り荒ぶって」

 

 そこから始まるのは愚痴零し。

 その愚痴はまるで見てきたかのようで、パースはレヴィの尊厳を具体的に汚していく。

 

「お前しっかり告白ないし気持ちを伝えてたのかよって。『儂はこんなに尽くしてきて、愛してきたというのに!』って言葉に、『え……?普通に嫌われてるのかと思った……』って返されて『クソがあああああああ!』って。こっちのセリフですよ、クソが。恋愛下手すぎでしょ」

「もう良い、パース。もう充分だ」

 

 白日の下に(さら)された勇者アルトの仲間にして英雄であるレヴィ・ガーンの真実に、バーニン王は耳を塞ぎたくなった。

 おかげで、レヴィ・ガーンの裏切りについて詳しく残されなかった理由を知れたが、どちらかと言えば知りたくなかったのだ。

 そうして知りたくない事を知ってしまったバーニン王は、勇者アルトの伝説を書き残した者と同じく、この真実を墓まで持っていく決心をしたのである。

 レヴィの名誉を慮ったのもそうだが、祖先であり勇者であるかの建国王が痴情の(もつ)れで死んだなどと、後世に残したくはない。

 

「世に名を残す者とは、やはり常人から外れているのだな……」

「それはまぁ。でないと大衆に埋もれてしまいますし?」

「……勇者テノールが、健常な方向に外れている事を願おう」

 

 世に名を残す事がほぼ確定なテノールが、ただ誰よりも強い正義感を持つ者である事を、バーニン王は祈った。

 真に残念ながら、その切なる祈りは根本から破綻しているのだが、それについても知らない方が良い真実なのかもしれない。

 

 そんな悲しい祈りをせめて無駄に続けさせまいとするように、執務室の扉が叩かれる。

 

「失礼、バーニン国王陛下。少しお時間いただけませんか」

 

 扉を叩いたのはテノールだった。

 バーニン王の祈りが彼を引き寄せたのか、バーニン王は奇妙な運命を感じる。

 

「入りたまえ」

「失礼します」

 

 バーニン王の許しを得て、テノールは扉を潜る。

 パースの存在には一瞥くれるだけで、特に言及はしなかった。

 瞳が多少揺れはしたが、邪念を払うように首を横に振る。

 

「して、勇者テノールよ。如何なる用だ」

「実は、故郷に帰る(いとま)をいただきたいのです」

「……なんのために」

 

 テノールは俯きながら呟き、バーニン王は言葉の真意を慎重に詮索した。

 テノールの様子が明らかにおかしいのだ。

 

「この約1年間、俺は民のため、人のために奔走してきました。休む時間も惜しみ、多くを救ってきました。勇者の責務を放棄するつもりはありません。しかし、俺はこの1年、ろくに父と顔を合わせていない。母の墓へも、去年の命日に参る事ができませんでした」

 

 確かに『勇者を止めたい』などとは言わなかったが、テノールの顔には疲れと悲しみが滲んでいた。

 そう、彼は勇者であるが、同時に17歳の少年でもある。

 母を亡くし、父の手1つで育てられた、ただの少年だったのである。

 それがどうだ。聖剣を抜いたというだけで国中を駆けずり回り、救いを求める者に区別なく手を差し伸べてきた。

 強い正義感があるとしても、限界だ。むしろ、救いきれなかった者たちが居た事に、この勇者は心痛めていたかもしれない。

 

 国中に逸早く勇者テノールの勇名を広めようと、彼を方々に遣わしてきた。

 しかし、それはあまりにも性急な事であったと、バーニン王は気付いたのだ。

 

「……貴公の正義感に、余は頼りすぎていたようだな」

「バーニン国王陛下、俺は勇者としての行いに疲れた訳では!」

「分かっている」

 

 テノールは相変わらず疲れた顔のままだ。

 それでも勇者の責務を果たそうとするこの少年に、バーニン王は感服する事はあれ、失望する事はない。

 

「だからこそ、貴公の働きに褒賞を賜そう。勇者テノールよ、貴公に(いとま)を与えよう。故郷への帰路には、そこのパースを使うと良い」

「王命、承りましてございます」

 

 バーニン王からまた勇者の足になる命を下されたパースだが、2つ返事で請け負い、丁寧に礼をした。

 

「ありがとうございます、国王陛下、パースさん。休暇中も俺の手が必要でしたら、いつでもお呼びください。それでは、帰りの支度を整えますので」

「うむ。退出を許す」

「失礼しました」

 

 テノールも礼をしてから、執務室を後にする。

 退出するテノールの背中に、わずかながら少年らしい喜びをバーニン王もパースも感じ取っていた。

 

「働かせすぎましたね」

「ああ、今になってようやく気付いた。彼も、我らが庇護すべき民であったな」

 

 パースは肩を(すく)め、バーニン王は肩を落とす。

 それぞれ、自身の鈍さを反省していた。

 もっと大事な部分に気付けていない鈍さは、どちらも反省できていないが。

 

「いやぁ、テノールさんも人だったんですねぇ。正義の執行者と勘違いしてましたよ」

「余もだ」

 

 お互いの不甲斐なさを冗談交じりで笑い合う。

 テノールとエクスカリバーに騙されたまま。



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第二節 もう逃げるしかない

「だからこそ、貴公の働きに褒賞を賜そう。勇者テノールよ、貴公に(いとま)を与えよう。故郷への帰路には、そこのパースを使うと良い」

「王命、承りましてございます」

「ありがとうございます、国王陛下、パースさん。休暇中も俺の手が必要でしたら、いつでもお呼びください。それでは、帰りの支度を整えますので」

「うむ。退出を許す」

「失礼しました」

 

 バーニン王から休暇をもぎ取った俺は、王の執務室から出ると同時に、握りこぶしを小さく掲げ、その成果を喜んだ。

 これは最早偉業だ。あの勇者を使い走りと勘違いしている国王に、俺は勇者も疲れを知る人であると分からせてやったのだ。

 

「さてと。休暇を取れたのもそうだが、王都から離れる理由も作れた」

 

 今回、故郷に帰る意味は2つある。

 休暇という意味も当然あるが、本命は、どちらかと言うと王都から逃げる正当な理由付け、という意味だ。

 で、誰から逃げるかと言うと――

 

「て、テノール様!お待ちしていました!」

 

――このルーフェ様からだ。

 俺が自室の扉を開ければ、ルーフェ様が俺の頼み通りにその部屋で待っていてくれた。

 言葉が(つか)えたり、頬が赤かったりするのは、決して俺が来る直前まで、俺の自室で何かしていた訳ではないだろう。そうであれ。

 

「お忙しいところ、申し訳ありません。どうしても、ルーフェ王女に話したい事がありましたので」

「まぁ!いったいどんな話をしていただけるのかしら」

 

 裏で盗聴をしていたとはいえ、この純粋に期待する女性を曇らせるのは忍びなかった。

 

「……まずは、こちらをお聴きください」

 

 しかし、俺は鉄の意志を以て、再生魔道具を起動する。

 装填してある録音魔術石は、盗聴の犯人を盗聴し返した、俺の希望を打ち砕いたあれだ。

 

〈すぅぅぅ……、はぁぁぁ……。ああ、テノール様の残り香……。ルーフェは、ルーフェは……。ああ……。はっ、いけません。早く録音魔道具を回収しなくては〉

「……っ」

 

 録音されていたルーフェ様の声が再生され、聴かされた声の主は、俺の目の前で顔を青くした。

 予想外の事態に思考が停止し、体も固まったようだ。

 俺は追い打ちをかけるように、彼女が仕掛けた照明兼録音二重魔道具を手に取り、再生魔道具の隣に置く。

 

「こ、これは……」

 

 言い逃れの言葉も発せられないルーフェ様は、ただ見開いた目で、俺を凝視した。

 これがクソ野郎だったら満面の笑み――

 

(勇者として駄目じゃねぇか?それ)

 

――ではなく、勇者らしくないから毅然とした視線を返すのだが。さすがの俺も彼女の顔は見ていられず、俯いてしまう。

 

「……ルーフェ王女殿下。貴女は、俺の部屋に盗聴器を仕掛けましたね?」

「ち、違うのです……」

「さらに、俺の召し物を盗み、匂いを嗅ぐという、淑女としてあるまじき行為に(ふけ)っていた」

「違うのです、テノール様!」

 

 応接用の椅子に座っていたルーフェ様が、その椅子を倒してまで立ち上がった。

 焦った様子であるが、すぐにこちらの口を塞ごうとはしていない。

 ならば、様子見だ。次の言葉次第では、俺の対応が変わる。

 言い逃れをしようものなら、残念だが、正室候補から外すしかない。

 

(えぇ……)

 

 エクスカリバーが物言いたげだが俺は知らん。

 

「テノール様、わたくしは……。わたくしは確かに、してはならない事をしました……」

 

 ルーフェ様は胸を押さえ、曇った表情で懺悔した。

 彼女は、罪を認めたのだ。

 ならば、まだ正室候補であり、情状酌量の余地はある。

 

(甘すぎじゃねぇ?)

 

 煩い。容姿と声質は好みだって言ってるだろ。

 

(あ、ふーん……)

 

 何か察されてしまったが構わない。

 俺はルーフェ王女を諦めたくないのだ。

 

「でも、テノール様を貶めようとしたのではないのです!わたくしの盗みは、決して悪意によって行った行為ではありません!」

「……では、どのような?」

「テノール様と離れたくない一心だったのです!テノール様の居ない時間がとても辛くて……。少しでもテノール様の存在を感じていなければ、わたくしはどうにかなってしまいそうで……」

 

 ルーフェ様は涙を零してしまいそうな程に瞳を潤ませていた。

 彼女の言葉におそらく嘘はない。

 やらかした事は不純が、その心根は純粋だったのだ。

 本当に、やらかした事が事でなければ、もう俺も抱きしめて許してあげたいんだけどな。

 でも、ここで許してしまうと、やらかす事がどんどん発展してきそうで怖い。

 故に、俺はこう返す。

 

「……分かっていました。ルーフェ王女殿下を悪行に至らしめたのは、きっと俺のせいなのだろうと」

 

 俺はそうやって、まるで俺が悪いかのように取り繕った。

 これで、相手の良心を揺さぶりにかかる。

 

「そんな……っ、そんな事はありません!テノール様、貴方様に罪は何1つとして―――」

「いいえ、ルーフェ王女殿下。俺はきっと、貴女には眩しすぎたんだ。だから、貴女の闇を、照らし出してしまった」

 

 ルーフェ様の言葉も遮り、どこまでも己の罪であるような意固地さを表し、組んだ手で顔を隠し、強い後悔を抱いているように示した。

 どう言葉をかけようと意見が変わらないと、鮮烈に表現したのだ。

 

「俺は、貴女に近付くべきでなかった……。もう、俺はこの王宮から出ていきます……」

 

 ゆっくりと席を立ち、自室の扉へと向かった。

 この際に重要なのが、ゆっくりである事だ。

 そうやってまだ躊躇いがある事を、取り返しがつく事を仄めかすのである。

 

(どの辺りが下衆か、指摘した方が良いか?)

 

 せんで良い。

 

「嫌……、嫌です!テノール様っ、わたくしを見捨てないでください!盗んだ物はすべて返します!やった事は全て悔い改めますから!……お願い、します。……なんでも、しますから」

 

 見事に、しがみつく彼女から『なんでもします』と言質が取れた。

 

(指摘した方が良い?)

 

 せんで良いわ。

 

 エクスカリバーからやっかみはともかく。俺はしがみつくルーフェ様へと視線を移す。

 ……美少女って、泣き顔も悪くないな。

 

(する?)

 

 せんで良いと言ってるだろうが。

 ええい、こんな奴に突っ込んでいる場合ではないのだ。

 

「真に、なんでもできるならば……。やはり、我々は1度別れるべきなのです」

「テノール、様……?」

 

 俺はルーフェ様と視線の高さを合わせ、互いの顔をしっかりと見つめ合わせ、俺の悲しそうな顔を彼女に見せつけた。

 俺も離れるのは辛いのだと、認識してもらう。

 実際、可愛い子と離れるのは悲しいし辛い。俺のこの思いは演技ではない。

 

「ルーフェ王女殿下。俺と共に、この離れ離れになる痛みを耐え、そして乗り越えましょう。俺なら、貴女なら……。できるはずだ」

「はい……。はい!必ずや、乗り越えてみせます!乗り越えると、約束します!」

「ありがとうございます、ルーフェ王女殿下」

 

 痛いのは自分だけでないと分かってくれたルーフェ様が、確かな決意を秘めて、そう誓ってくれた。

 俺は素直に感謝し、彼女の涙を掬う。

 

 これにて、処置は終了だ。

 後はしばらく離れて、帰ってきた時に病んでいなければ、荒療治は成功だ。

 

 おっと、これも返しておかないとな。

 

「では、こちらもお返しします。これは、貴女が使っていた集音魔術石でしょう?」

 

 ずっと落とし主が現れるまで持っていた魔術石、以前に自室のすぐ外で拾ったそれを、俺はルーフェ様に差し出した。

 

 俺の自室は王宮の一室だけあって、扉に耳を当てた程度では中の音が正確に聞き取れないのだ。

 それだというのに、ルーフェ様は俺の言葉を聞き取り、反論しに突撃してきた事があった。

 そして、ブレンダにルーフェ様の照明兼録音二重魔道具を解析してもらった時、最初に集音を疑っていた。

 つまり、集音魔術石はあり、ルーフェ様は俺の言葉を盗み聞きするために用いていたのだ。

 だとすれば、これ見よがしに扉の傍に落ちていたこの魔術石は、ルーフェ様の集音魔術石なのである。

 

「え……?いや、あの……。わたくし、集音魔術石はこの通り落としていないのですが……」

「……は?」

 

 ルーフェ様は懐より魔術石を取り出した。

 刻まれている魔術式は、俺が拾った魔術石と同じだ。

 ルーフェ様が持っているのも集音魔術石で、俺が取り出した誰かの落とし物であるのも集音魔術石。

 その事実が何を指し示すかとすれば――

 

「他にもう1人、盗み聞きしていた……?」

 

 俺は、背筋を凍らせるのだった。



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第三節 逃避行

 まだ日の出の眩しい日が差す時間。俺はパースにもう馬車を出してもらい、故郷であるトータンの都市・ホーオへ向けて出発していた。

 

「いやぁ、こんな早朝に出立だなんて。随分と急いでいるんですね、テノールさん」

「……すみません、急かしてしまって」

「いえいえ、良いんですよ?親に会えるとなれば、そりゃあ急ぎますよね」

 

 早い出発をパースから詮索されるが、俺は明確な答えを言わなかった。

 だが、怪しまれてはいるだろう。このまま黙秘を貫くのは疑いを増やしてしまう。

 ならば、逆に探ってみよう。

 

「……実は、少し嫌な感じがしたのです」

「嫌な感じ、と言いますと?」

「誰かに見られているような、何かを探られているような……。そんな視線を感じてしまったのです」

「……『誰かに見られている』、ですか。まぁ、勇者なんてのはみんなが見てますからね」

 

 こいつ、明らかに『何かを探られているよう』については触れなかった。

 もしや、何か知っているのかもしれない。

 

「パースさんならご存知ではありませんか?勇者を探るような方々。例えば、俺の弱みを握ろうとする輩とか」

「……そうですねぇ。正直に言いますと、勇者について良く思っていない方々は、多少なりいらっしゃいますからねぇ」

 

 やっぱり、何か知っていた。

 この男、最上位回復薬の仕入れ先を知っていたりするし、案外情報通だな。

 

「具体的には」

「どこも進んで貴方を排除しようとしていない、という前提で聞いてほしいのですが。例えば、ナンタンのとある貴族は別の勇者を擁立しようと、何やらしているようでして」

 

 え、何それ。さっさと擁立して俺の代わりに勇者してほしいんだけど。

 でも、それは不可能ではないだろうか。

 

「勇者の擁立は簡単ではありません。勇者とは本来、偉業を成し得た結果にそういう称号を貰うものです。抜いただけで勇者と認められる聖剣は、ラビリンシア王家に伝わる聖剣エクスカリバーしかありませんよ」

 

 勇者と呼ばれた偉人たちは、功績を以て勇者と称えられていた。

 聖剣エクスカリバーの使い手とされている建国王アルトだって、魔王を撃退したから勇者という称号を得たのだ。

 

「テノールさんが聖剣を抜いただけの勇者かはさておいた。実はですね、あるんですよ。もう1つ聖剣が」

「あ、あるんですか……。もう1つ」

「ナンタンに残る伝説では、の話ですが」

 

 俺は語りの落ちに思わず肩を落とす。

 現実にはありもしない聖剣を伝える伝説など、世の中にたくさん出回っているのだ。

 

「テノールさんはただの作り話だと?」

「伝説に残されている聖剣は、ほとんど未発見ですからね。そのとある貴族が探している聖剣も、そういう類ではありませんか?」

「お察しの通り。どこに行ったか分からず、探してるみたいですね」

 

 予想通り、そんな締めだ。

 ありもしない聖剣を探して勇者になる、または勇者を擁立するなどと言う、作り話に踊らされる者のなんと多い事か。

 

「いやいやいや、そんな落ち込まず。ナンタンで語り継がれている聖剣は、実在の可能性があるんですよ」

「……詳しく聞きましょう」

 

 実りのない話だが、暇潰しには良いだろう。

 俺はパースに先を促した。

 

「聖剣の名はデュランダル。かつて『鍛冶神アチューゾ』が、『武神エフエフ』のために製造したと言われる一振りです。そして、ナンタンのとある貴族は『武神エフエフ』の窮地を助け、そのお礼として聖剣デュランダルを頂いたとか」

 

 なんとも疑わしさしかない伝説だ。

 まず、『始まりの六柱』が2柱も出てきている時点で疑わしい。

 『鍛冶神アチューゾ』は聖剣や伝説の武器を語る時、必ずと言って良い程登場する。

 『鍛冶神が作った』とか『彼を師事した者が作った』とかは、最早伝説の武器の決まり文句だ。

 『聖剣エクスカリバーも、実は鍛冶神の制作物ではないか』と、噂される始末である。

 伝説らしく話を盛りたいのは分かるが、鍛冶神の名前を使いすぎだ。

 使われすぎて逆に希少性が薄まっている気がしてくる。

 

 次に、『武神エフエフ』の窮地を助けた点だ。

 かの神は戦いにおいて無双を誇っていた事が語り継がれている。

 そんな神がいったいどんな窮地に陥ると言うのか。

 窮地に陥ったとしても、勇者ですらない人間に助けられはしないだろう。

 

 続いて、聖剣デュランダルを頂いた点だ。

 何故、『鍛冶神アチューゾ』に作ってもらった自分用の得物を、『武神エフエフ』が他人に譲るのか。

 最高の鍛冶師である『鍛冶神アチューゾ』の一品である。手放す奴なんて居ないだろう。

 

 最後に、頂いたそれを探している点。

 お前、もうそれ元からなかった物を、さもあったかの如く嘘吐いてるだけだろ。

 嘘じゃなかった、そんな大事な物を失くすなって話になるぞ。

 

 以上の4点により、ナンタンの聖剣デュランダル伝説は信憑性に乏しい。

 

「はぁ……」

 

 そんな聖剣を探しているなんて馬鹿な話に、俺はつい溜息を漏らしてしまった。

 

「テノールさんは勇者が少ない事にご不満ですか?」

「ええ、まぁ。多ければ良い訳でもありませんが、人手が多いに越した事はないでしょう」

 

 増えた分に応じて俺の取り分が減ってしまうだろうが、そんな事より使い走りを誰かに肩代わりしてもらいたい。

 俺は自由に旅して自分勝手に悪を裁き、甘い汁を美味しく吸っていたいのだ。

 

「なるほど、そうですか。確かに、民を守る戦力は多く欲しいですね」

 

 パースは都合良く解釈してくれたので、俺はそのまま放置する。

 

 そんな世間話で費やす1日目。

 帰郷の旅は、まだ続く。




〈用語解説〉
『鍛冶神アチューゾ』
…『始まりの六柱』、その中で鍛冶を司る1柱。現存する武器の原型はかの神によって作られたとされる、人類史最初にして最高の武器鍛冶師。武器以外の金物も製造できるが、何よりも武器製造に情熱を注いでいた人物である。教えは「そんな事より武器作りだ!!!」。


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第四節 2人旅ってのもちょっと寂しい

「目的地はホーオという事でしたが、イーストイナッカノ農村には寄らないので?」

 

 4日かかる馬車の旅。その時間を消費するべく、パースが俺本来の故郷について言及した。

 

「はい、そちらに行く予定はありません。あまり、行きたくもないので」

 

 確かに、帰郷と言うならイーストイナッカノ農村に向かうのが正しい。

 しかし、父親がホーオに居を移し、同時に母の墓もホーオに建てているのだ。俺が生まれ育った家はもうない。

 それに、あの農村に帰る気は今更ないのだ。

 農地しかないし、良い記憶もない。

 

 時の領主が悪辣な者であったため、イーストイナッカノ農村の統治は酷い有様だったのだ。

 労働環境を整えもしなければ、ろくな娯楽も与えない。

 金払いが悪い癖に、税だけはきっちり納めさせる。

 農民は馬車馬のように働けと、時の領主は鞭打ってきた。

 

 だが、それも昔の話。

 その時の領主は俺が勇者となった後に亡くなり、新しい領主となってからは統治が真面になったと聞いている。

 

 と言っても、やはりあの農村に帰る意味は見いだせない。

 

「まぁ、今回の目的は父君との再会、それと母君への墓参りですもんね」

「すみません、気を遣わせてしまって」

「いえいえ、気を遣ってるなんて滅相もない。後世に名を残す偉人たちは皆、波乱の人生を生きてるものですのでね。下手に過去を詮索するのも、失礼でしょう」

 

 パースは俺を偉人たちと同列に置いているようで、そんな敬うべき人物の古傷を開くような詮索は控えたようだ。

 俺の古傷なんて、偉人たちに比べれば大層なモノではないが。

 イーストイナッカノ農村での生活が苦しかったとはいえ、ありふれた悲劇なのだ。

 それを触れざるべき事柄のようにされると、多少むず痒くなってしまう。

 しかし、あまり触れられたくない話題であるのは変わりないので、認識を改めさせないでおこう。

 

「さて、昼食にしますか。だいぶ眠くなってきましたし、私は昼食を食べたら仮眠を取らせてもらいますよ」

 

 パースは街道脇の林に馬車を停め、すぐに野営の準備を始める。

 どうやら、パースはさっさと寝たいくらい眠いらしい。

 

 昼食と言った通り、当然今は昼だ。

 それにも拘わらずパースが眠気に襲われているのは、彼が昨夜の見張り役だったからである。

 俺とパースは片方が昼に寝て、片方が夜に寝るという、見張りの態勢を取っているのだ。

 

 昼は安全と思うべからず。

 魔物の接敵は確かに少ないが、見張りを立てなければ盗賊が昼夜問わず襲い掛かってくる。

 頭の回る人間を相手にする都合上、昼の方が危険と言えるかもしれない。

 という事で、わずかな差で強いと判断されている俺が昼の見張りである。

 

「はい、テノールさんの乾パン」

「どうも」

 

 パースが積み荷から1食分の保存食を取り出し、俺へと手渡した。

 ダンジョン攻略の道中とは違って、わざわざカレーなどの料理は作らない。

 2人だと手間取るし、睡眠時間を少しでも確保するためだ。

 

「では、私は馬車の中で寝てますね」

「ええ、おやすみなさい」

 

 乾パンを乱雑に口へ放り込んだ上、咀嚼もそこそこに胃へと流したパースは、そそくさと馬車の中に引っ込む。

 食事が雑な事以外、普段と変わらない。

 なので、俺は特に不思議がる事もなく、1人で乾パンに噛り付いていた。

 人の数的にも食べ物の量的にも寂しい食事だが、もう慣れた事だ。伊達に方々へ駆けずり回っていない。

 でも、ダンジョン攻略の道中という、複数人の馬車旅を直近で経験したせいか、いつもより人肌が恋しい。

 

(なんだ?オレと話でもするか?)

 

 お前は肌って言うか体ごとないだろ。

 

(熱い魂ならあるぜ?)

 

 何処に?

 

(ここにだ、ここに。このオレの熱い魂だよ)

 

 冗談としてはかなり面白い。

 

(はっ!そんな態度なら良いよ、もう構ってやんねぇかんな)

 

 エクスカリバーはその思念体を己で消し去る。

 やったぜ。煩いのが消えた。

 

 そうして完全に話し相手も居なくなった俺はこの時間を読書に費やそうと考え、馬車の積み荷から本を漁るために立ち上がった。

 その時だ。

 林から、草を揺らす音が響いた。

 その音は、徐々にこちらへ近付いている。

 

(盗賊、それとも魔物か?)

(音からして、おそらく人間だ)

 

 何をどう聞き取ったのか、エクスカリバーは音の主を人間と判別した。

 相変わらずどんな感覚してるんだ、こいつは。

 

(数は、少ねぇな。盗賊団とかではなさそうだ)

 

 しかも数まで把握した。化け物かよ。

 

(構えとけよ、テノール。少ねぇとはいえ、盗賊の可能性は消えてないんだぜ?)

 

 至極もっともな事をエクスカリバーから言われ、多少不服ではあるがその言葉に従う。

 聖剣の鞘に手を置き、いつでも剣を抜けるように構える。

 

(接触まで、あとちょいだ)

 

 敵との距離が縮まっている事を、エクスカリバーは警告してくれた。

 俺は接触の瞬間をじっと待ち、息を潜める。

 

 気構えも完了させたところで、近くの茂みも揺れた。

 そして、音の主が姿を現す。

 

「道!整備された道がありますよ、サーヴァン!街道に辿り着きました!」

「ええ。それは大変喜ばしゅうございますな、お嬢様」

 

 音の主は鎧を着込んだ少女と老人男性であり――

 

「貴方たちは、確か冒険者組合で会った……」

「え……?え!?なんでこんな場所に勇者様が!?」

 

――見覚えのある者たちであった。



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第五節 お転婆お嬢様系冒険者

「これも経験になるからと、ホーオまで徒歩ですか?」

「はい……」

 

 休憩を終えた馬車の上にて。パースが馬を操りながら、同乗者となった若い女性冒険者と話していた。

 パースの口角が微振動を繰り返す反面、若い女性冒険者は顔を赤くして俯いている。

 

「それで、その道中狩っていた魔物に逃げ込まれ、林の奥深くまで追った。そして、林で迷子になったと」

「……はい」

「ぷ、くく……。あはははははははははは!」

 

 女性冒険者が明かした痴態を、パースは遠慮なく笑い上げた。

 こんなに盛大に笑われてしまうなんて、この少女がかわいそうだ。

 ほら、両手で顔を覆う程に恥ずかしがっている。

 ……ちょっと可愛いな。

 

(お前、女性をいじめる趣味もあるのか?)

 

 そんな趣味はない。女性は紳士的に扱う。

 というか『趣味も』ってなんだ、『も』って。俺が別のよろしくない趣味も持っているみたいではないか。

 

(自覚なしか。こいつぁ重症だな)

 

 どうせ出任せであろうエクスカリバーの言。

 俺は構うだけ無駄と、無視を決行する。

 

「どうして止めなかったのですか?」

「苦労も失敗も、良い経験になると思いましてな」

 

 俺は付き人である老人なら止めそうなものと考えていたが、どうやら止めなかったのも付き人としての役目だったらしい。

 

「爺や、酷いわ!恥をかく前に止めてくれたって良かったじゃない!」

「人生とは、恥を重ねて積み上げていくモノなのです。恥のない人生では、ろくな最期を迎えません」

 

 (しわ)の数だけ得た経験というやつか、老人は自身の主に人生とは如何なるモノかを説いていた。

 そんな説法されたって、納得できないのが若者。女性冒険者は、頬を膨らまして抗議の意を表す。

 

「しかし。爺やの目を以てしても、まさか林で迷子になるとは、予見できませんでした」

「そ、それも!爺やが早く帰り道を教えてくれれば済んだ話じゃない!」

「いえいえ、これもまた経験。身を以て失敗を経験すれば、後々活きてくるでしょう。もちろん、反省すれば、ですが」

「うう……」

 

 自身の言い分を老人に聞き入れてもらえない女性冒険者は、老人の説法に理不尽さを感じて瞳を潤ませていた。

 まぁ、恥をかきたくなかった女性冒険者の気持ちも分かるし、経験を積んでしっかり成長してほしいという老人の気持ちも分かる。

 俺だって、こんな可愛い子にはあっさり死んでほしくない。

 

「あははははははははははは!!」

 

 そして、若い女性冒険者を思う老人と俺の横で笑い続けるパース。

 そろそろ女性冒険者に殴られても文句言えない。

 

「そんなに笑う事ですか?パースさん」

「いや、笑うでしょう!?あのマインズ家の末娘が、そんな面白い事してるんですから!くくくくくく」

 

 面白いかどうかは賛同できないが、意外であるとは俺も感じていた。

 そう、この女性冒険者、その正体はマインズ家の娘なのだ。ウィンやベアウの妹なのである。

 

「はぁ……。とりあえず、あの笑いがしばらく収まりそうにない人は放っておいて。旅を共にするのです。改めて自己紹介をしましょう。俺はラビリンシア王より勇者の称号を頂いております、テノールと申します。よろしくお願いします」

「は、はい!私はカウ・マインズ!ラビリンシア王家に長く仕えるマインズ家、その次女です!見聞を広めるべく、冒険者になりました!」

「私めはサーヴァン。マインズ家で執事を勤めさせていただいた者ですが、先日に執事は退職しまして、このようにカウお嬢様と冒険者をしております。この度は馬車に同乗させていただき、真にありがとうございます」

 

 親交を深めるべく、改めてそれぞれの名前を告げれば、そのついでにサーヴァンがパースへと感謝の意を伝えるべく頭を下げた。

 

「くく……。いやぁ、そう(かしこ)まらず。我々も見張り役を増やしたかったところですからねぇ」

 

 パースが取引的な物言いをしているが、それが俺たちの本意だった。

 2人で回している見張りだが、有事への対応力は心許ないのだ。

 なんせ、魔物か盗賊かに襲われたら、即応できるは見張りに立っていた1人。

 寝ている方を起こすにしても、起こしてから完全に覚醒して本調子になるまでの時間が取られる。

 そういう観点から、2人旅というのはあまり推奨できないのである。

 

「つまり、利害の一致という事ですね!」

「そういう事です。ですので、見張りとか頑張ってくれればそれで構いません」

「はい!頑張ります!」

 

 素直に元気な返事をする辺り、まさにマインズ家だ。ウィンやベアウによく似ている。

 

「一応、私の方からも自己紹介を。私はラビリンシア王立近衛兵で4番隊の隊長、それと今回の旅の御者を勤めております、パースと言います。以後、お見知りおきを」

 

 洒落(しゃれ)を混ぜつつ、パースは気さくさを印象付けた。

 笑っていた分、良い印象を稼ぎに来たか。

 

「よ、4番隊隊長!?王へと物資輸送の専門部隊設立を嘆願した、あのパース隊長ですか!?」

 

 カウがパースの名に驚いているが、いや、待て。

 4番隊設立は約50年前だ。

 とすると、20代後半のように若々しい外見である目の前の男は、いったい何歳なのだ。

 

「期待させてしまっているところ申し訳ないのですが、それは初代パースですね。私は2代目です。4番隊は隊長に就任すると、その就任した者がパースの名を受け継ぐようになってるんですよねぇ」

「なんだ、そうでしたか」

 

 馬の行く道を真っすぐ見据えているパースはそんな拍子抜けする真実を明かし、カウの肩を落とさせた。

 俺は特に期待も落胆もしない。むしろ、パースが50歳以上ではないという事に一安心だ。

 これで50越えていたら魔物の類である。まずもって常人ではない。

 

「紛らわしくてすみませんねぇ。初代がそんな意味不明の規律にしたものでして」

 

 先代の変人さを謝るも、パースは顔をこちらに向けなかった。

 意味不明と称する辺り、パースにもその規律に思うところがあるのかもしれない。

 

 とかく、自己紹介はこれで終わり。

 その後も歓談を続けながら、馬車は着実にホーオへと進んでいくのだった。



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第六節 彼らはそうして成り上がる事にした

 帰郷の旅路、その残りはカウたちが加わったのもあってか、平穏に過ぎ去った。

 ホーオに着き、カウたちは冒険者組合ホーオ支部で依頼を受けると、パースは親子の再会に水を差したくないと、それぞれの理由で別れている。

 

 俺は当初の目的通り、父親が構えた新居に訪れた。

 そこにあったのは豪邸。バリトン邸と呼ばれているから、親父の新居であるのは確かなのだが、最初は目を疑った。

 邸宅に上がれば、豪邸に相応しい美人な侍女、珍しい赤い瞳も相まって神秘的な女性が俺を出迎える始末。

 事業で成功したのは知っていたが、だからと言ってこの成果は驚きだ。

 そんな驚きを内に秘めたまま、俺は侍女に父の執務室へと案内された。

 

「父上、お久しぶりです」

「なんだ、その口調は。気持ちが悪い」

 

 互いに応接用の椅子へと腰かけた開口一番。父親に気持ち悪がられるという、まさかの事態である。

 

「父上、俺はもう農民ではなく勇者なのですから。礼節を弁えねばならないのです」

「この部屋は聞き耳を立てられぬように防音を徹底している。扉には鍵も閉まっているし、ここに来る前の廊下を見ただろう。あそこも、廊下に踏み入る時点で侍女の許可が居る」

 

 恐ろしいまでの盗聴対策だ。

 さすがは俺の親父である。

 

「そうか、なら以前通りで。俺も肩肘張るのは疲れるんだ」

 

 という事で、俺はこの場に限り、本性を晒す事にした。

 

「勇者なんぞになるからだ。余計なしがらみが多い。方々に走らされている事からすると、王命で振り回されているんだろう」

 

 あまりにも的確な推測に、俺は苦笑を浮かべるしかない。

 

「正直、私は後悔している。お前を建国記念祭に連れていくべきではなかった。そうすれば、お前は勇者にならず、堅実な道を歩めたはずだ」

「だが、俺は一刻も早く成り上がらなきゃいけなかった。事業の元手を俺から借りた親父なら分かるだろう」

 

 子から金を借りてまで、親父は成り上がろうとしていた。

 勇者になって手っ取り早く名誉を得ようとした俺の事を、親父が理解できないはずがない。

 

「お前は、忘れられないのだな。お前の母、私の妻の死が」

「忘れられる訳ないだろ?あんなくだらない死因、忘れられるか……」

 

 俺の母は、風邪で死んだ。風邪を治す体力すらなかったのだ。

 元から比較的体の弱かった母は、当時の過酷な労働環境に耐えられなかった。

 おかげで体を壊し、金がないから医者にもかかれず、栄養のある食事もとれず、そのまま死んでしまったのである。

 

「親父は忘れたって言うのか?」

「誰の妻だと思っているんだ。私は今でも妻の事を愛している。だからこそ、再婚はしていないし、娼婦で我慢している」

「最後の一言で全て台無しだ!!」

 

 よくもそんな貞操観念で『妻の事を愛している』と抜かせたものだ。

 

「そう言えば、ある魔物の国にはサキュバスの娼館があると聞く」

「もう何も我慢してないだろそれ!!欲望が漏れてんぞ!?」

「冗談だ」

 

 真顔だから本当に冗談なのだろうけど、どこから何処までが冗談だったのだろうか。

 『妻の事を愛している』という部分から冗談だったら、俺は殴っても許される。

 

「しかしだ。成り上がりたいという思いは理解できるが。何故成り上がろうとしている?もしや、復讐など考えていないだろうな」

「そんなくだらない事は考えてない。ただ、楽に生きるには金と名誉が必要だって、悟っただけだ」

「ふむ、なら良いが。それにしても、勇者という選択は賢くないな」

「くっ」

 

 痛いところを突かれ、俺はうめくしかなかった。

 勇者となった後だからこそ、この選択が賢くないそれであると、俺は身を以て知ってしまったのだ。

 こんな王様の小間使いになるなら、親父の事業でも手伝うのだった。

 そんな選ばなかった道に憧れても、虚しさが積もるばかりである。

 

「そ、そういう親父はどうなんだよ。親父は成り上がって、誰かに復讐するのか?」

「復讐なら、もう果たした」

「……親父、それはどういう意味だ」

 

 怒りを滲ませる親父の顔が、言葉に真実味を付与していた。

 穏やかな話ではない。実の父親が殺人事件を犯しているなど、風聞が悪い。

 それに、昔から堅実な人であった親父が、感情に任せて人を殺したのだ。

 余程恨みを抱く事件があったのか。

 

「トータン前領主の死因は聞き及んでいるか?」

「いや。……親父、まさかだよな」

 

 この流れで死んだトータン前領主が出てくるという事は、親父が死因に少なからず関わっているのだろう。

 動機は、単純だな。

 妻に無理な労働を強いた事。それを、親父はずっと恨んでいたのだ。

 

「私の行っている事業は?」

「……は?」

 

 どうして急に親父の事業へと話題が移るのか。

 俺には全くと言って見当が付かない。

 

「良いから、答えてみろ」

「……酒造だろ?確か、林檎を使った酒の開発に成功したんだったか」

 

 葡萄酒しか出回っていないこの世の中で、親父は新たな酒、林檎酒というのを世に送り出した。

 新しい物というのもあってか、これが恐ろしい程売れ、数か月にして金持ちの仲間入りを親父は成し得たのである。

 事業を始めるために俺から借りた金も、すでに倍額で返済済み。

 頭の良い人なのは周知の事実だったとしても、これ程までとは予想すらしていなかった。

 我が親ながら、何処かとんでもない人である。

 

「それで、酒造がどうしたんだ」

 

 とんでもない事はとんでもない事だが、復讐との繋がりは見いだせない。

 

「大量の林檎酒を前領主に献上したんだ」

「おい、ちょっと待て。それって……」

「前領主は献上した酒を一夜にして飲み干し、中毒で亡くなった」

「……」

 

 毒でも盛ったのかと思えば、毒は毒でも中毒だった。

 

 酒には中毒性があり、短時間で大量に摂取すると急性中毒で死に至ると言う。『主神スタッカート』が残した、偉大なる知恵の1つだ。

 

「馬鹿だったのか?前領主」

「酒好きである事は調査済みでな。慢性中毒で失脚させようとしていたんだが、そんな手間もいらなかった」

 

 元々貶める気はあったようだが、まぁ、嬉しい誤算だろう。

 

「急性中毒で死んだため、本人の責任問題という事で私はお咎めなし。むしろ、前領主に頭を抱えていた者たちから揃って頭を下げられた」

「……」

 

 前領主、親父が居なくても殺されていたかもしれない。

 

「そうして私は復讐を果たし、前領主を嫌っていた貴族には気に入られ、事業は成功し、おまけにトータン領現領主の相談役にもなった訳だ」

「ん?相談役?」

 

 聞き慣れない単語に、俺は首を傾げた。

 領主の相談役とは、いったいどういう事なのか。

 

 その質問について親父が答えようとした時、扉を叩く音が響く。

 

「ご主人様、テナー・トータン様がお越しです」



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第七節 トータン現領主

「ご主人様、テナー・トータン様がお越しです」

 

 扉越しに女性の声がした。

 俺を出迎えた侍女とは違う声だ。

 

「ふむ、もうそんな時間か。……まぁ良い。すぐにお通ししろ」

 

 親父は俺に一瞥くれてから、扉越しの女性に指示を出した。

 俺を一瞥したのは、本性を晒していた態度を改めさせるための注意か。

 さすが親父、用心深い。

 親父の注意に従い、態度と同時に姿勢を改めた。

 

 親父も仕事の態度に改めるため、執務机の方で椅子に腰かける。

 それから程なくして、また扉が叩かれた。

 

「鍵は開いている」

 

 今度は客人が来た合図のそれだったようで、親父は応対の準備ができている事を示し、侍女にその扉を開けさせる。

 開けられた扉の先に居たのは翡翠(ひすい)色の瞳を持つ侍女と、10代前半の少年だった。

 

「失礼します、バリトンさん。少しご相談したい事が……。え……?」

 

 その少年は俺を視界に入れた瞬間、抱えていた紙束が彼の腕から零れ落ちた。

 意外だったのだろう、勇者がこの場に居る事が。

 

「あわ、あわわわわ……」

「ふ……。テナー、お前にも年相応の部分があるのだな」

「笑わないでください!」

 

 必死に落とした紙束をかき集める少年は、鼻で笑われた事に噛みついた。

 

 それにしても。この子供が現トータン領主、テナー・トータンなのか。

 この子の父である前領主が酷い統治者だったとはいえ、若くして親を亡くしてしまったのはなんとも哀れだ。

 

「え、えと、その。では、ご、ご相談の方を」

 

 紙束をかき集め終えたテナーは仕事に移ろうとするが、俺の事がとても気になるらしい。

 彼の目が頻繁にこちらへ向けられる。

 

「仕事に集中できないなら、まずはその原因から取り除くべきではないか?」

「あ、あの……。良いんですか……?」

「構わんよ」

 

 親父は暖かな眼差しで、テナーに仕事の中断を許可した。

 何故だろう、俺と一緒に暮らしていた時より父親をしている気がする。

 

「そ、それなら……。すみませんが、そちらの方は?」

「私の息子だ」

「と言うと……。本物の、勇者様……!」

 

 現実感がなかったのだろうか。親父から明確に答えを得て、テナーはやっと目の前に居るのが勇者であると確信した。

 彼はその頬を興奮で赤く染め始める。

 

「あ、あのあの!僕、テナー・トータンと言います!14歳ですけど、バリトンさんや従者たちの手も借りて、どうにかトータンの領主をやっています!」

「初めまして、テナー君。俺はテノール。ご存知だろうけど、勇者の称号を頂いているよ」

「はい、はいっ!存じてます、勇者テノール!」

 

 俺が差し出した手を飛びつくかの如く両手で包み込んだテナー。

 男だけど、こういう若い子から純粋に慕われるのは、悪くない。

 

(え、お前そういう趣味もあんの?)

 

 どういう趣味だよ。

 

「わぁ、わぁ!本物、本物だ……。親切で、優しくて、人々の平穏を望む、あの勇者テノールだ……!」

 

 本人が居るというのに、テナーは抑えられないようで感動と共に勇者テノール評を漏らしていた。

 そんな感動している少年の視界外で、親父はその評価に眉根を歪ませている。

 いや、俺らしくない評価を得ているのは重々承知だが、そんな違和感を覚える程なのか。

 

(それ程だろうよ)

 

 否定はしづらいところだが、エクスカリバーに言われると腹が立つ。

 まぁ、ここで反論するのは大人げない。

 おれは大人しくその意見を受け入れる。

 

「えっと、えーっと。何か、何か話題……」

 

 テナーの方は俺との会話を続けるべく話題を探しているが、感動しすぎているために考えが纏まっていない。

 こういう時は先導してやるのが、できる男というもの。ならば、できる男である俺が先導してやるのだ。

 

「父上の手を借りている、というと、統治について教えを受けているのか?」

「は、はい!バリトンさんは歴史や地理、魔術学だけでなく統治にも造詣が深く、多くの事を学ばせてもらっています。統治以外でもお世話になっており、バリトンさんにはとても感謝しています」

 

 少し落ち着いたのか、テナーはよどみなく素直に感謝を言葉にした。

 それにしても、なるほど。親父が父親然とした態度で接しているのはそういう事か。

 親子のように親近感を抱く関係を若き領主と構築し、自身の手籠めにして、間接的にその領地を治める。

 我が父ながら、なんと賢くも恐ろしい計画か。

 

(……こんな(ひね)くれた息子が居たら、素直な子供くらい欲しくなるわな)

 

 なんか言ったか。

 

(何にも言ってねぇよ)

 

 不名誉な扱いを受けたように感じたが、それよりもだ。

 親父の計画、俺も乗らせてもらわない手はないだろう。

 相手は領主。お近づきになって悪い事はない。

 

「そうか、父上の世話になっているのか。なら、俺と君は同じ人間の世話になった、兄弟のようなものだな」

「兄弟ですか!?僕と、勇者様が!?」

「そうだが……。嫌か?」

「いえいえいえいえ!嫌じゃないです、嬉しいです!勇者様と兄弟になりたいです!」

 

 素晴らしい。相手も乗り気なら、俺は罪の意識に(さいな)まれずとも済む。

 

「それじゃあ、これは兄から弟への贈り物だ。受け取ってくれ」

 

 言葉だけでなく形として兄弟である事を示すために、俺は懐からあの認識票を模した首飾りを取り出し、テナーに手渡した。

 こうして、俺とテナーの間に兄弟の絆が結ばれるのだ。

 

(邪気が滲み出てんぞ)

 

 出てないが。

 

「ありがとうございます……!これで、勇者様、バリトンさんとも、本当の……家族みたいに……」

 

 テナーは不意に涙を溢れさせた。

 その涙は感動によるものではなく、悲しげな物であり、俺にとって予想外の代物であったのだった。



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第八節 親子揃って子供を騙す

「ありがとうございます……!これで、勇者様、バリトンさんとも、本当の……家族みたいに……」

 

 今の今まで感動していたテナーが首飾りを渡した途端に打って変わって、感動による喜びではなく、所以不明の涙を流し始めた。

 俺は予想外の事態に困惑する。

 何がどうして泣く事態になったのだ。

 

「エメラ、珈琲(こーひー)を持って来い!」

「すでに持って来ております。テナー様が好む砂糖多めの物でよろしかったでしょうか」

「よろしい」

 

 テナーを落ち着かせるためだろうか、バリトンが侍女に珈琲を注文し、侍女・エメラはその注文の意図に沿った珈琲を持ってきた。

 いや待て。珈琲って作るのに時間かかるだろう。

 この侍女、あらかじめ作っていたのか。

 それに親父が驚いてないとすると、そんな準備の良さは日常的な事のようだ。

 

「テナー、椅子に座ってこれでも飲むと良い」

「はい……、すみません……」

 

 バリトンはテナーを椅子に座らせ、落ち着くための時間と行為を用意した。

 そうして、テナーが自らを落ち着ける事に注力しているところで、バリトンは俺に手招きをする。

 内緒話をしたいのだろう。

 

「テノール。相手に取り入ろうとするのは良いが、それはもっと相手を調査してからだ。でないと、このように相手の傷を抉る」

 

 バリトンは耳打ちで俺に説教した。

 取り入ろうとしていたのを見抜くとは、さすが俺の親父だ。

 そして、その説教はとてもありがたい。

 

(まず取り入ろうとしてたのを怒らねぇんだな)

 

 誰の親だと思ってるんだ。

 

(……なんか納得しちまった)

 

 何故だろう、納得させる事ができたのに腑に落ちない。

 

「よく反省する事だ。今回は相手が泣くだけで済んだが、恨みを買う可能性もあったのだからな」

「ああ。次は失敗しないよう、覚えておくよ」

「失敗しない事も重要だが、失敗の事後処理も重要なのだからな」

 

 親父は説教をそこで終え、俺に事後処理を促した。

 つまりは、禍根(かこん)を生まないようにしっかり謝っておけ、という訳だ。

 さすが、俺と違って堅実に、しかして迅速に成り上がっただけある。

 親父の説教は、まさに教えを説いてくれているのだ。

 

(この親子、かなり危険だな……)

 

 エクスカリバーも教えを説かれた事で悟ったのか、なにやら感心していた。

 まぁエクスカリバーの悟りなどどうでも良い。優先すべきは事後処理だ。

 

「すまない、テナー君。俺は、君を傷付けてしまったみたいだ」

 

 俺は対面の椅子に座る事で視線の高さを合わせ、そうしてから謝罪を口にした。

 なんにしてもまずは謝罪。下手(したて)に出て様子見するのが上策だ。

 

「……。勇者様は、何も悪くありません。僕が弱いばっかりに……」

 

 テナーは珈琲(わん)を置いてから話し始めたように、落ち着きを取り戻しつつあった。

 しかし、瞳が潤んでいる。また泣き出して取り乱す良くない兆候だ。

 ここは、打って出るか。

 

「……!勇者様……?」

「テナー。俺にも、その弱さを分かち合わせてくれないか」

 

 俺はテナーの肩に手を添え、人肌の暖かみを人の暖かみと錯覚させてから、彼の泣いた原因を訊ねた。

 嫌な気分を一旦吐き出させてしまう事と、今後その傷に触れないように知っておく事にしたのだ。

 

(相変わらず下衆いな)

 

 お前俺の行動に毎度『下衆い』って言えば良いと思ってるだろ。

 

(そうだが?)

 

 良し。今後突っ込むのは控えよう。

 

「勇者様……。ありがとう、ございます……」

 

 テナーは結局涙を零すが、今度は流し続ける事なく、自身で拭って堰き止めた。

 その後、俺のと交わった視線はとても真っすぐなもので、彼は彼なりに立ち直ったようだ。

 

「僕は、8歳の時にお母様を亡くしました。体の弱い人だったので、子供を産めた事も、僕をそこまで育てられたのも奇跡だったと、お医者様より伺っております」

 

 立ち直ったテナーは己の涙、その原因を語る。

 母親に関しては俺と似たような境遇であった事実。俺の親近感と同情心を煽る。

 なるほど、上手い語り口だ。

 

「お父様は僕を放任していました。お父様から直々に何か教わった事はなく、一緒に食事をとった事もありません」

 

 統治からして酷い前領主だったが、子供の教育まで酷い奴だったとは。よく領主に成れたし、よく親父に復讐されるまで生きていたものだ。

 

「ですから、その……。家族というモノに、僕は飢えているんです」

 

 テナーが恥ずかしながら明かした自身の気持ちで、俺は真実に至った。

 

「そうか。俺が兄弟なんて言うものだから、その気持ちを揺り起こしてしまったのか」

 

 家族を欲する気持ち。

 俺の親父を疑似的な父親に見立て、どうにかやり過ごしてきたテナーの欲求。

 俺の不用意な一言が、その欲求の蓋を開けてしまったのだ。

 

「でも、それならなおさら我慢は良くない」

「……え?」

「テナー。己の欲求に見て見ぬ振りをするのは、とっても辛い事なんだ」

 

 全開放も醜聞が悪くなってしまいかねないが、完全封鎖は己の心を鬱屈とさせてしまう。

 適度に欲求を晴らし、適度に欲求を抱えるのが、人として最高の生き方だ。

 

(……)

 

 目の前でそんな耳を疑っていても、俺は取り合わないからな。

 

「それが辛い事、君が一番よく分かっているだろう?」

「そう、ですね……。とても、辛いです……」

「なら、やっぱり俺たちは兄弟に……。いや、家族になるべきだ」

 

 俺とテナーが家族になる。話は、最終的にそこへ戻るのだ。

 彼の欲を満たす事ができ、俺も領主の兄として色々特権が得られる。

 双方に利益があり、損はない。

 なんと美味しい話なのだろうか。

 

「良いん、ですか……?こんなに弱い僕が、勇者様の弟になって……」

「テナー、『テノール』だ。俺の事は、『テノール』と呼んでくれ」

 

 俺は是が非でも押し通す。

 お前この現状で拒否しても義兄弟になったと言って回るからな。

 

(やり方が下衆い)

 

 煩い。

 

「良いん、ですか……?バリトンさんの、息子になって……」

「構わない。むしろ、こちらから頼もう」

 

 バリトンも、俺も、進んでテナーを迎え入れていた。

 

「う、うぅ……っ!ありがとう……。ありがとう、ございます……!」

 

 最後も涙を流す結果になったが、その意味合いは、全く違うモノに変わっていたのだった。



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第九節 バリトン邸の侍女たち

 テナーが嬉し涙を流した後、またしばらく落ち着かせるための時間を取ってから、仕事に戻っていった。

 テナーの仕事はもちろんトータン統治。親父の元を訪れたのは、親父の知恵を借りるためだったそうだ。

 これが親父の言っていた、領主の相談役、という親父の役職らしい。

 

 領主とその相談役が集っているという事で、話されているのは統治に関して。

 農民の労働環境がどうとか、貴族たちへの仕事の割り振りとか、税率がどうとか。

 後はトータン領を横断している川の水位が下がっている、なんて事も報告し、調査の人員はどうすべきかについても話されていた。

 本来、俺が聞くべきでない事も話されているのだが、バリトンもテナーも気にした様子はない。

 

「ありがとうございました、バリトンさん。とても参考になりました」

 

 小一時間を費やして相談を終えたテナーは、一礼と共に感謝を示した。

 あまり貴族が一般市民に頭を下げる事はないのだが、親父は一般市民に分類して良いという疑問が湧く。

 領主の相談役は前例のない役職に就いているし、金持ちだから一般市民に区分すべきでもない。

 特殊な特権階級、市民以上貴族以下ってところか。

 

「今後は義父、お義父(とう)様と呼ぶのはどうだ」

「そ、それは……。し、仕事中ですので……」

 

 正式に縁組した訳ではないが、テナーも縁組に乗り気だったのでバリトンはさっそくその縁組を意識させにかかった。

 テナーは恥ずかしさを感じているようで言葉を濁したが、それも時間の問題だろう。

 だって、私的な時間では呼びたいようだし。

 

「それなら、仕事以外の時は俺の事もお義兄(にい)様と呼んでくれ」

「あ、あのその……。ま、まだ仕事が残っておりますので、それでは!」

 

 俺も親父の思惑に加担したが、感情が振り切れそうだったテナーは早足でこの場から離脱した。

 もう少し押せば行けるな。

 

(酷ぇ親子だ)

 

 両親と早くに別れた少年と家族の関係を持とうとする親子の、いったいどこが酷い親子なのか。

 

(自分の胸に手ぇ当てて、しっかり自問してみろ)

 

 人目があるのでできません。

 

「さて、テノール。積もる話もあるだろうが、私も仕事がある。お前のために空けておいた部屋へ案内するから、そこで休むなりなんなりしていろ」

 

 親父は椅子から腰を上げ、直々に案内してくれるようだが、何故だかテナーより扱いが雑な気がしてならない。実の息子なのに。

 まぁ、今更甘やかされるのも違和感があるか。扱いもテナーと比較して雑というだけで、以前と変わりないし。

 

(それはそれでどういう親子なんだ?)

 

 日々生きるために頑張ってきた親子だ。

 

「ご主人様、案内なら私だけで充分にございます」

 

 テナーに珈琲を持ってきた時から入室したままだった侍女が、初めて主張をし、同時に存在感を放った。

 いや、本当にさっきまで存在感がなかったのだ。

 その存在感の薄さは近衛兵総長であるランテにどことなく似ている。

 

「……いや、私も同行する」

 

 バリトンは一瞬眉根を歪め、侍女の主張を受け入れなかった。

 そこには、侍女に対する不信感を窺わせる。

 この侍女と何かあったのか。

 

「行くぞ」

 

 質問を挿む余地なく、親父は俺を急かした。

 とりあえずは雰囲気を読み、無言で付いて行く。

 

 そうして親父の執務室を出て屋敷内を歩いた。

 出くわす侍女たちは会釈してくる訳だが、その所作も容姿も美しい。

 美しいのだが、まるで用途に合わせて作られた道具を眺めているような、そんな奇妙な感覚に囚われる。

 

(あー、そういう事か)

(エクスカリバー?)

(テノール、こいつら全員白髪赤目だ)

(……言われてみれば)

 

 この屋敷で俺を出迎えた侍女も白髪赤目。今しがた廊下の脇に控えた侍女も白髪赤目。

 この屋敷の侍女ほとんどが白髪赤目。唯一例外は金髪緑目のエメラだけだ。

 

(アルビノっつってな、白髪赤目の奴が種族の中で時々現れるんだ。魔物も人間も等しくな)

(その時々現れるのが、現在頻繁に現れてるんだが)

(偶然ではねぇだろうよ)

(必然ならば、いったいどうして)

(教えねぇ)

 

 憎たらしい笑みを俺の目の前でこれでもかと披露してから、エクスカリバーは聖剣へと引っ込んで沈黙した。

 こいつ、マジでふざけてやがる。

 だが許そう。どうせ親父に訊けば分かる事だ。

 

「ここがお前の部屋だ」

 

 エクスカリバーとのやり取りが終わったところで、丁度目的の場所に着いた。

 親父はある扉の前に立ち止まり、その扉を開ける。

 

「おお。ここが」

 

 その先にあったのは、中々贅を凝らした部屋だった。

 ベッドも天蓋がある高級品だし、絨毯も上質。

 王宮で宛がわれていた一室には及ばないまでも、貴族の部屋とは競えるだろう。

 

「良い部屋じゃないか」

「気に入ったようだな。なら遠慮なくこの部屋を使え。ではな」

「ちょっと待ってくれ。1つ訊きたい事があるんだ」

 

 親父は早々に別れようとしているが、俺には訊ねたい事があるのだ。

 申し訳ないが、呼び止めさせてもらう。

 

「なんだ」

「ここの侍女たちについてなんだが」

 

 俺がそう発した途端、親父の表情は険しくなった。

 しかし、親父が視線を向けたのはエメラの方だ。

 

「エメラ、退室しろ」

 

 親父の指示を受け、エメラは無言で部屋の外側から扉を閉める。

 あの侍女にも聞かせられない事なのか。

 

「時間が押している。手短に忠告だけするが、この屋敷の侍女に気を許すな」

 

 親父は俺の肩を掴み、とても真剣に言い聞かせた。

 その忠告の真意は読めないが、その忠告が親切心によるモノであるのは感じ取る。

 

「詳細は後日。くれぐれも、この忠告を忘れないでくれ」

「……分かった」

 

 俺の返事を受け、親父は掴んでいた肩を叩く。

 そうやって念入りに俺への忠告をしてから、親父はこの場を後にするのだった。



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第十節 弱みを掴ませるな

「エメラ、お前は何故息子と2人だけになろうとしていた」

 

 テノールを彼の部屋まで案内した後、執務室に戻ったバリトンはエメラを鋭く睨んでいた。

 その目は侍女の失敗を諫めるようなモノではなく、悪人を叱責するような怒りを孕んでいる。

 

「はて、いつの事でございましょう。ご主人様」

「あいつの部屋へと案内しようとした時だ」

「あの時は、ただ侍女としての務めを果たそうとしただけですが。それで、お坊ちゃまと私が2人きりになる事に、いかような不都合がありましょうか」

 

 客人どころかご主人の息子、お坊ちゃまに侍女として奉仕するのは当然の務め。部屋まで案内する事など、なんら不自然な事ではない。

 しかし、バリトンはそれでも言及したのだ。

 

「お前があいつを誑かそうとしていただろう」

「そんな意図は全くございません」

 

 バリトンの詰問に、エメラは平然と否定した。

 その態度に崩さぬ美しい微笑みも合わさって多くの者が騙されかねないが、バリトンはそうならない。

 バリトンは誰よりもエメラの真実を知り、誰よりも正しく危険視しているのだ。

 

「分かっているか、エメラ。お前の命運は私が握っている」

 

 バリトンはベルトに常時備えている牛皮で包まれた板状の物を、エメラに見せつけるように掲げた。

 その板状の物は、牛皮の隙間から翠玉(すいぎょく)の輝きを漏らしている。

 

「私はいつでもお前を殺せる。如何に恩があるお前だろうと、息子や私を貶めようとするならば、即座にお前の息の根を止めよう」

 

 冗談や嘘ではない。バリトンは本気でエメラを殺す覚悟がある。

 

「ご安心を、ご主人様。私は、貴方のような面白い方にお仕えし続けたいのです」

 

 そんな殺意も意に介さず、エメラは悠然と構え、平静に侍女であり続けた。

 底冷えのする笑みを浮かべながら。

 

「ふん。せいぜい侍女を取り繕い、せいぜい使い潰されろ」

「ご随意に」

 

 お互いにこれ以上の問答が無意味であると理解し、それぞれその言葉で牽制を留めた。

 

「エメラ、今日の日程は」

「マニ様が訪問される予定です。訪問の応対が終わり次第、酒造場へ監査に向かう事となっております」

 

 先程の形相が嘘だったかのように、彼らは仕事に取りかかる。

 

「マニか。頻繁に我が屋敷へと足を運ぶとは、ご苦労な事だ」

「顔を合わせた頻度によって、人は親近感を覚えやすくなります。同時に、彼はご主人様の仕事を急かす事で、契約書の見落としを誘発させようとしているのでしょう。また、貸し出している従業員を詮索させないよう、こちらの時間を奪いに来ているのかもしれません」

 

 バリトンにはマニの下心がお見通しであり、エメラにはマニの行動が高い精度で推測されていた。

 マニがこちらに敵意があると、もうバリトンとエメラは把握しているのだ。

 

「ふむ、さっさと証拠を掴んでやりたいところだが。進捗はどうだ」

「芳しくありません。物的証拠が何一つ見つかっていないのです」

 

 ならばこそ、バリトンたちは返り討ちにする準備をしている。

 相手の違法取引、その決定的な証拠を探しているのだが、そう簡単に見つかるものでもない。

 

「どうにか推し進められんか」

「ご心配なく。策はあります」

 

 だからと言って手をこまねくようなエメラではなかった。

 証拠は見つからないまでも、情報なら出揃いつつあるのだ。

 その情報を元に、エメラは次の策を打っていくのである。

 

「良策である事を願っている」

「楽しみにしていてください」

「……」

 

 誰のお楽しみが待っているのか。バリトンは嫌な予感しかしなかった。

 予感だけなので確信はない。追及したところではぐらかされる。

 バリトンは、仕方なくその予感を頭の奥へと押し込む。

 

「おや。どうやらマニ様がお越しになられたようです」

「通せ。間違っても息子には会わせるなよ」

「承知しております」

 

 エメラはその場で指示を聞いただけで特に動かず、他の侍女へ連絡するような素振りがない。

 

「ご主人様。マニ様のお越しです」

「今鍵を開ける」

 

 だが、問題なく他の侍女たちは指示を遂行していた。

 マニはエメラ以外の侍女によって、バリトンの執務室に通されている。

 

「マニ、ご足労感謝する」

「いえいえ。こちらも度々の訪問、申し訳ありません」

 

 バリトンもマニも、心が籠ってない商売人的な会話から入った。

 

「それで、どのような用件だ」

「契約書の方、ご確認いただけたと思いますので受け取りに参りました」

 

 やはりと言うべきか、マニは契約の署名を急かしに来ていたのだ。

 彼の思惑もバリトンが見抜いている通りだろう。

 

「わざわざ取りに来ていただけるとは。丁度良い、訊きたい事もあったのだ」

「訊きたい事、と申しますと?」

「ここの文面だ」

 

 バリトンは契約書を引き出し、1つの文章を指差した。

 

「この文面、以前の契約書と変わっている」

「はぁ、そうでございましたか。でも、内容は変わっていないでしょう?」

「いや、この文面だと別の解釈ができてしまう。貴方はしないだろうが、これではこちらの権利を一部得られるように読み取れてしまうのだ」

 

 その文面は一目では以前の契約と変わらないように読める。

 しかし、読み方を変えれば、バリトンの権利をマニに与えるとも読めてしまうのだ。

 

「これは。申し訳ございません、こちらの手違いでございます」

 

 その巧妙な罠に気付かれたマニは、そんな罠を張った覚えはないかのように、ただの手違いである事を装った。

 

「すまないが、これでは署名できない」

「ええ。また後日、修正した契約書をお持ちします」

「お願いする」

 

 マニはバリトンから契約書を受け取り、見かけだけの誠意を込めて頭を下げる。

 

「では、失礼いたします」

 

 ただ契約書を突き返されただけだったマニだが、この場は潔く引き下がった。

 

「全く。面倒なものだ……」

 

 バリトンは、先程までマニの立っていた場所に、深い溜息を吹きかけるのだった。



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第十一節 幕の裏には思わぬ深淵

「クソッ!下手(したて)に出ていれば調子に乗りやがって!」

 

 マニは苦々しい屈辱に耐えきれず、馬車の壁を殴りつけた。

 馬車は御者を除けばマニしか乗っていない。この馬車は彼専用の馬車なのだ。

 だから誰も居ないその場所で商売人の顔を剥がし、怒りを露にしている。

 

「あの農民上がりが、たかだか事業を1つ成功させたくらいで偉そうにっ」

 

 バリトンに媚びへつらわなければいけない現状が、マニにとっては非常に不愉快だった。

 自身より後に成り上がった、なのに自身よりはるかに利益を上げているバリトンが、マニは気に入らないのである。

 

 だから蹴落としてやろうと、あの男と契約を交わし、その契約の所々に罠を張っていた。

 

「何故だ、何故上手くいかない!」

 

 だが、その罠は全て見抜かれ、かかった試しがない。

 それがよりいっそう、マニには不愉快だった。

 

「まぁまぁ、そうイライラするなって」

 

 そんなマニの耳に声が届く。

 御者の声ではない。そも、聞こえてきたのは御者台からではない。目の前だ。

 マニの目の前にはいつの間にか少年の外見をした『何か』が座っている。

 

「っ!わ、我らが神!」

 

 マニはその『何か』に対し、本性を晒すでも商売人の顔をするでもなく、崇拝者の態度を取った。

 胸に手を当て、背筋を伸ばし、真っすぐ相対している。

 

「こんにちは、マニ君。元気かな?」

「貴方様の恩寵により、この通り壮健でございます」

「そうかそうか、それは良かった」

 

 『我らが神』とマニより称された『何か』は、マニの壮健を心から喜んだ。

 ただ、その喜びは親しい相手の無事に対するそれと、少し違うかもしれない。

 実験動物の良好な経過を安堵するような、ともすれば、創造主が創造物に対するような感情だった。

 その感情を、マニは正しく読み取れていない。

 

「ところで。上手く行ってないって言うのは、君の企ての事かい」

「はい。バリトンを蹴落とそうとしているのですが、中々に聡い相手のようで。申し訳ありません」

 

 マニは己の非力を素直に認め、誠実にも謝罪を述べた。

 しかし、その企ての遅滞についてマニも、そして『何か』も焦っていない。

 

「ま、そんな急く事でもないさ。『急いては事を仕損じる』と言うしね。こっちの準備は進んでるから、君もその準備が済み次第仕掛けると良い」

「ありがとうございます、我らが神よ。その好機に、必ずや我が企てを物にしてみせましょう」

 

 『何か』はそもそもマニの企てに関わっていないからこそ焦っておらず、マニは崇拝する神の援助があるから焦っていなかったのだ。

 同時に、マニはその援助のおかげで、企ての成功をほぼ確信してもいた。

 そう確信を得ているマニに、『何か』は我が子がはしゃぐ傍に居る親のように暖かく見つめる。

 

「それじゃあ、僕はこの辺で。またね」

「また謁見できる機会を心待ちにしております。我らが神、『邪神フィーネ』様」

 

 マニは『何か』へ、両手を胸の前で組む邪神フィーネ信仰の正式儀礼を行った。

 『何か』は満足げな表情をしてから少年の外見を崩し、スライムの体となる。

 そこに居た『何か』を人間ではなく魔物のスライムであり、遠くの者と意思疎通をとるための通信機だったのだ。

 

 通信機としての役目を終えたスライムは、その粘体を以て馬車の隙間を抜け、するりと外に出た。

 馬車の中にはスライムが居た痕跡など微塵もない。

 

「いつか、直接お会いしたいものだ」

 

 マニだけが居た事を記憶し、そして『邪神フィーネ』本人との邂逅をいつの日かと夢に見ていた。

 

 マニがしばらく謁見の余韻と哀愁に浸っていれば、馬車はマニの屋敷へと至る。

 マニに負けずとも劣らない豪邸、ホーオでも有数の屋敷だ。

 

「お、お帰りなさいませ。マニ様……」

 

 だが、その豪邸に反し、侍従たちは何処かみすぼらしい。

 服装こそ高価な物であるが、彼らのやつれた見た目にはどうにも不釣り合いである。

 

「ちっ……」

 

 その不釣り合いをマニも認識しており、機嫌を損なわせた。

 崇拝する神と会った後であるから、その反動もあるだろう。

 その反動で抑えられなかった舌打ちが、侍従たちを震え上がらせる。

 侍従たち皆が、主人であるマニを恐怖していたのだ。

 

 震え上がる様も見るに堪えなかったマニは彼らの出迎えを無視し、己の執務室へと足を早めた。

 そこに1人の侍女だけが後を追う。

 その侍女は身なりこそ綺麗だが、やはり恐怖しているのは他の侍従と変わらない。

 

「あ、あの、マニ様。お客様がお待ちです……」

「客?こんな時にいったい誰だ」

 

 予定にない来客。

 人の時間を許可なく奪う輩に、マニの機嫌はよりいっそう損なわれる。

 

「ば、バリトン様の使いだと、あちらの侍女の方が……」

「侍女を寄越すだと?さっきこちらが出向いてやった時に話せば良い事じゃないか!」

「ひぃっ」

 

 マニはバリトンの無礼に怒りを煽られ、我慢できず振るった腕が調度品の皿を叩き割った。

 廊下で控えていた侍従が更なる怒りを買わぬよう、すぐさまに割れた皿を片付けにかかる。

 

「そいつの用件は!」

「と、とある密告をっ、バリトン様の罪をお伝えしに参上したとっ……」

 

 侍女の報告が、マニの足を止めさせる。

 今、明らかに前後の繋がりがおかしかったのだ。

 

「……バリトンの使いではなかったのか?」

「そ、それを方便に、罪を密告しに来たとの事ですが……」

 

 最初から全てを簡潔に報告しなかった侍女に苛立ちながらも、しかしその侍女への躾は後にし、客を待たせているだろう執務室にマニは急いだ。

 そうして執務室に辿り着いたマニは、多少乱れた息を整えながらゆっくりと扉を開ける。

 

「君か、バリトンの罪を密告しようという者は」

「マニ様。突然のご訪問、お許しください。事は急を要しているのです」

 

 応接室に居たのは、バリトンの側近とされるエメラではなく、多く居る白髪赤目の1人だった。

 

「端的にお伝えさせていただきます。我々は、白髪赤目を気味悪がられて売られた者であり、ご主人様に安く買い叩かれた奴隷なのです」

 

 その密告に、マニはほくそ笑む。

 なんだ、奴も私の同類だったのかと。




〈用語解説〉
『邪神フィーネ』
……『始まりの六柱』、その中で魔物の研究に執心していた1柱。魔物の合成や新種開発を行っていたが、そうして生み出した魔物を環境適応実験として野に放ったり、戦闘実験として人間にけしかけたりと、問題行動が目立つ。人間を魔物と合成するなどの禁忌も数多く犯していた。そのため、他『始まりの六柱』とは対立し、袂を別けたと伝えられている。しかし、己の欲望に忠実だった姿、欲望に従う事を良しとする精神性には、信仰心を抱く者が少なくない。教えは「愉悦」。


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第十二節 墓参り

「テノール様、こちらになります」

 

 侍女に案内された場所はバリトン邸の中庭。

 そこには親父の印象とかけ離れた綺麗な花畑が広がり、真ん中にある石碑を囲っている。

 その石碑には俺の母・ヴィオラの名が刻まれていた。

 そう、ここが母の墓だ。

 

「すみません。1人にしていただけますか?」

 

 俺のそんなお願いに、案内してくれた侍女は一礼だけして屋敷内へ戻った。

 教育の行き届いた侍女なのだが、親父には気を許さぬよう忠告されているため、俺は警戒している。

 エクスカリバーも彼女らの何かに勘付いていたようだし、訳ありの者たちであるのは俺でも察していた。

 

 さて、静かに墓参りをするとしよう。そのために気の散る要因は遠ざけたのだ。

 

(へぇ、綺麗な所じゃねぇか)

 

 残念ながら、まだ気の散る要因があった。

 聖剣エクスカリバーはもしものために常備しておきたいから、この生意気な女は遠ざけられない。

 

(にしても、この花畑はあのおっさんの趣味っぽくねぇな。いや、人の趣味をとやかく言う気はねぇが)

(これは親父の趣味じゃない。母さんの趣味だ)

 

 勝手に意外な一面が親父に付与されてしまいそうなので、俺はエクスカリバーの勘違いを訂正した。

 親父に花を愛でる趣味はない。あの人の趣味は多分金儲けだ。

 

(なーるほど。死人の趣向に合わせた墓場って訳だ)

 

 そう、故にこの場は親父が母さんの趣向に合わせて作った場所。

 親父が母さんを愛しているというのも、嘘ではないのかもしれない。

 

(いや、『かもしれない』じゃなくて信じてやれよ)

 

 だって娼婦とか言い出すんだもん、あの親父。

 

(……気持ちは分からなくもねぇな)

 

 無駄にエクスカリバーの賛同を得られた。嬉しくない。

 

(とにかくだ。墓参りを邪魔すんなよ)

(あいよ)

 

 思いの外素直にエクスカリバーは大人しくなり、その思念体を聖剣へと戻した。

 さすがのエクスカリバーもそこまで不躾ではないようだ。

 

 ようやく俺は墓の前まで歩み寄る。

 

 高い墓石で作ったのだろう。

 その墓石は光を浴び、その表面が輝いている。

 農民の墓とは思えない趣だが、なんだか俺はほっとした。

 

「ただいまって言うのは変かな、母さん。俺たちの家じゃないし、俺の家って感じもしないからね」

 

 すでになくなったらしい以前の実家を、俺は記憶から引っ張り出す。

 みすぼらしい家だった。

 木造だったそれは、突風が吹けば倒れてしまうんじゃないかと不安になる程揺れる、襤褸(ぼろ)屋だった。

 とても、体の弱い母を寝かせるような場所ではなかった。

 

「少し虚しくはあるけど、こっちの家の方が良いよ。この家は、頑丈で、静かで、綺麗で……。母さんが寝る場所には、とっても合ってる」

 

 そう。この家なら、母さんはきっと安心して寝られる。

 思い出や感慨より、そちらの方が大事だ。

 

「母さんも実は気に入ってるんじゃない?だって、花畑だよ?」

 

 野花すら大事に育てていた母さんが、花畑を嫌うとは考えづらい。

 むしろ、こんな色とりどりの花が咲く場所に居られて喜んでいるはずである。

 

「母さんにはよく似合っているよ、このお花畑……」

 

 生きていれば、一日中この中庭を手入れしていたんじゃないだろうか。

 そんな妄想が頭を過ると、花畑に水撒きしている母の姿が一瞬見えた。

 だが、それはまさしく一瞬だ。

 1度瞳を閉じた後には、もうその姿は何処にもない。ただの幻覚だったのだ。

 

「母さん……」

 

 生きていればと、そんな妄想を抱くべきではないのだ。

 そんな妄想に憑りつかれ、蘇生の術を探した者たちがどうなったかは、物語として多く残されている。

 そしてその物語の結末は、蘇生の魔術など見つかっていない現状が物語っている。

 

「そうだ、母さん。俺、勇者になったんだ」

 

 俺はその物語と同じ結末を辿らぬよう、意識を逸らすべく話題を変えた。

 

「これ、聖剣エクスカリバー。ラビリンシア王国に伝わる聖剣、俺を引き抜けたんだ」

 

 聖剣エクスカリバーを掴み、それを引き抜く。

 場を弁えてか、エクスカリバーは憑依してこない。

 

「ちゃんと勇者の務めも果たせてるよ、不本意だけど。もっと冒険とかしてみたいんだけどね。王命であっちこっち駆け回ってばかりさ」

 

 愚痴を零しはするが、真実は口にしない。

 母さんの前では、良い子で居たい。

 多分、変わってしまった俺の本性に、母さんは落胆してしまうから。

 

「……」

 

 そうして真実を隠してしまえば、話せる事は少なくなる。

 話せる事が少なくなってしまったならば、何を話すべきかと悩んで言葉が続かない。

 

「……駄目だな、俺。……ごめんなさい、母さん」

 

 歪んでしまった己を自覚し、清くある事を願っていただろう母さんに、俺は申し訳なくなってしまった。

 

「……今度はしっかり母さんの命日に来るよ。その時は英雄譚みたいな、立派な事できてるだろうからさ。……それじゃあ、また」

 

 俺は、母さんの墓に背を向ける。

 その背中が、母さんには大きく見えているよう、祈った。

 

(普段との差が酷すぎて鳥肌が立ったんだが……)

(……)

 

 憑依してこなかったと思えば、エクスカリバーは場を弁えていたのではなく、逆に場を弁えられなすぎたらしい。

 それで混乱して、憑依する事も途中で弄る事も忘れてしまっていたようだ。

 しかし、最後にその率直な感想によって、情緒溢れる空気をぶち壊していったのだった。



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第十三節 食後の林檎酒と共に

 バリトン邸の庭(中庭とはまた違う場所)で基礎鍛錬に励み、それが終われば自室で読書。

 そんな風に時間を過ごしていれば、時は夜となり、夕食の時間がやってくる。

 

 俺は食堂にて親父と2人だけの食事をする予定だったのだが――

 

「むむ!この林檎は中々に甘い。かなり品種改良を重ねたみたいですねぇ」

 

――何故かパースまで一堂に会していた。

 しかも林檎をかじっている。

 

「それは林檎酒に適した林檎を生み出す際、偶然生まれてしまった副産物だ」

 

 おまけに、親父は普通に応対している。

 

「へぇ、酒造りを林檎作りから始めたんですねぇ。……品種改良時点で結構な期間がかかるから、バリトンさんが成り上がった期間に複数新しい品種を開発するのは、ちょっと無理がある気がするんですけどねぇ」

「植物の成長を早める魔術があるのだ、消費魔力が莫大だがな。私では賄えない消費魔力だったから、代替とする魔力石が大量に必要となった。おかげで、品種改良と林檎酒の材料にする第一陣の生育に、元手の7割が持っていかれたのだよ」

 

 小声でパースが不審点を述べれば、親父はその不審点に答えを返した。

 なんか高度な舌戦をしている。

 小声での追及は、相手が小声を良い事に聞こえなかった振りをすれば、そこに後ろめたい事があると予想できる。

 つまり、パースは探ったのだ。そこに後ろめたい事がないかと。

 対し、親父は答えを返した。こうして、後ろめたい事がないと主張している。

 しかし、詳細な答えではないし、話題を品種改良から費用へと不自然なく切り替えた。

 そして、切り替えたという事は、そこに訊かれたくない話があるという事だ。

 ここは、俺も援護しておくか。

 

「そもそも、何故誰も林檎酒を手掛けていなかったのでしょう。誰か先人が居れば、父上も楽ができたでしょうに」

 

 俺は酒造の歴史に舵を切った。

 ここから話の軌道を修正しようとするのは手間取るだろうし、無理矢理修正しようとすればパースがこちらを探っていると確定できる。

 

「もし先人が居れば、新製品という付加価値を鑑みて別の果実酒を作っていただろうが、それはともかく。葡萄(ぶどう)酒しか出回っていないのには、当然訳がある」

「果物って、みんな大好きなんですよねぇ。人も魔物も問わず」

 

 そう。果実は魔物も好む種族が多いのだ。

 だから、1つ問題が出てくる。

 

「果樹園は魔物の被害が大きかったと?」

「そうなんです。被害額が馬鹿にならないし、対策費も馬鹿にならない。果物農家は敷居が高いんですよ」

 

 果物を好む魔物が果樹園を荒らすし、それの対策に防備を固めなくてはならない。

 防壁を建てるにしても、人を配するにしても、金がかかってしまう。

 

「では、葡萄だけはどうして広まっているんですか?」

「酒も含め、葡萄は『主神スタッカート』と『魔神ダ・カーポ』の好物とされているからだ」

 

 葡萄だけ他の果物と違うのはそんな訳がある。

 『コジ記』には葡萄の栽培方法が事細かに記されていた。

 さらには、『主神スタッカート』と『魔神ダ・カーポ』が協力して作り上げた葡萄園が、無駄に現存している。

 もっと価値のある物を残せ。

 

「同時に、葡萄酒は『主神スタッカート』信仰と『魔神ダ・カーポ』信仰において御神酒(おみき)とされ、かの神らを祀る神殿には毎年奉納する習わしだ」

 

 どれだけ費用がかかろうと、信者は葡萄酒の製造を止めなかった。

 その歴史があり、日夜その酒造が研究されたが故、比較的廉価に作れるようになった葡萄酒は世に出回るようになったのである。

 

「そして、他の酒についてだが。『麦酒(ばくしゅ)』に『清酒(せいしゅ)』というのが『コジ記』に記されているが、その酒造法は伝えられていない。その事を信者どもが勘違いし、『葡萄酒以外は毒なのだ』と触れ回った」

 

 『始まりの六柱』信仰、特に『主神スタッカート』信仰と『魔神ダ・カーポ』信仰が他のお酒を忌避している。

 親父が作った林檎酒も、熱心な信者は飲まないよう心掛けているらしい。

 

「でも、葡萄酒以外に厳しいのはもう『主神スタッカート』信仰と『魔神ダ・カーポ』信仰だけですよねぇ。勇者アルトが『清酒』の製造を支援した事から、他の信仰ではだいぶ嫌悪感が薄れてきてます」

 

 パースの言う通り、我が国の建国王であり人類史最大の勇者アルトは『清酒』という物に強い関心を示し、あまつさえ作ろうとしたのだ。

 残念ながら、『清酒』の製造には至らなかったが、かの清廉潔白な勇者が葡萄酒以外の酒に執心だった事が人々の価値観を改めた。

 人々は、葡萄酒以外の酒も毒ではないのだろうと思い始める。

 そんな結果をもたらした事から、勇者アルトはもとより人々の固定観念を是正するためにそうしたのではないか、という説が唱えられている。

 

「そもそも、出回ってないだけで他所の国では別の酒を作っているらしいですし」

「ほう。それは初耳だな」

「私も小耳に挿んだだけですけどね。何でも『竜舌蘭(りゅうぜつらん)』という植物を使った、『テキーラ』という酒があるそうですよ?」

 

 植物から酒の名前に至るまで、俺には全く聞き覚えがない。

 どうやら親父も俺と同じで、聞き慣れない単語に首を傾げている。

 

「『テキーラ』……、『エイゴ』そのものではなさそうだな。何かの(なま)りか?」

「残念ながら詳しくは」

「ふむ……。興味はあるが、材料からして分からないのでは作りようがないな」

 

 新商品の候補にでもしようとしていたのが頓挫してせいか、親父は小さく肩を落としていた。

 

「まぁ、今はこの林檎酒を頂きましょう。とっても美味しいですからね、この林檎酒」

「仕方ない。今度は葡萄酒でも作るか」

 

 パースと親父はそれぞれの思いと共に林檎酒を煽る。

 俺の目の前にも林檎酒の注がれたグラスがあるのだが、俺は手を付けなかった。

 正直、お酒は苦手なのだ。口に合わない。

 

(代わりに飲んでやろうか?)

(飲まんで良い)

 

 なのに時折お酒を要求してきて飲ませなくちゃいけなくなるエクスカリバーに、俺は辟易とするのだった。




〈用語解説〉
『魔神ダ・カーポ』
…『始まりの六柱』、その中で魔術という理を研究し、体系化した1柱。魔術の開祖であり、扱えぬ魔術はなく、時間や空間すら手中にする魔術を持つとされている。しかし、彼の記した魔術書が時折発見されるが、時間と空間に関する魔術書は未だに見つかっていない。教えは「零・一・全」。


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第十四節 知識の泉はいづこにか

「今更なんですけど。なんでパースさんが居るんですか?」

 

 夕食後に集まった親父の執務室にて、俺は改めて疑問に思っていた事を口に出した。

 夕食中は酒の話が盛り上がって、というか意図して盛り上げていたために訊けなかったのだ。

 

「宿を探している時にバリトンさんの侍女と出くわして、彼女がバリトンさんの屋敷に止めてもらえるよう掛け合ってくれたんですよぉ」

「私の事を嗅ぎ回っているようだったのでな。余計な事をさせないため、早めに確保しておいた」

 

 パースと親父の語る内容が全く合っていないが、パースが笑顔で固まったところからするに、親父の方が真実なのだろう。

 まぁ、俺もパースが親父の事を嗅ぎまわっているのは気付いていた。夕食中も探りを入れていたし。

 

「あはははー……。お手上げです」

 

 パースは秘密が露呈したというのに大した抵抗をせず、即座に降参した。

 随分と往生際が良いものである。

 

「言い逃れはせんのだな」

「弱みを握ろうとか、そういう悪意はないので。なんだったら信頼を得て、協力とかしてもらいたいんですよねぇ」

 

 降参したせいか、パースはもう何も隠さず、意図を正直に開示した。

 しかし、どこまで正直なのかは分からない。

 

「悪意はないという事だが。では、嗅ぎ回っている理由はなんだ」

「王都の皆さんが不思議がっているんですよ、勇者テノールはなんであんなに礼儀を弁えているのかって」

 

 親父が詮索してみれば、そこにはもっともな疑問があった。

 農民というのは基本的に下流階級の人間である。

 農業でどうにか食いつなぎ、領主や貴族に搾取される存在なのだ。

 だから、その日を生きていくのがやっと。上流階級に通じる礼儀なんて学んでいる暇がなければ教える学もない。

 

 そうすると、ある疑問が出てくる。

 勇者テノールは何故上流階級に通じる礼儀を身に着けているのか、と。

 

「似たような質問を貴族の方からよくされましたね。毎回、『父上の教育あっての事です』と、返していますが」

 

 そう何度も返していたが、この返しは根本的な答えではないだろう。

 だってこれでは、学のない農民がどうして上流階級に通じる礼儀を知っているか、答えていないのだから。

 

「そう、そこなのです。調べてみても家庭教師を雇った形跡はない。だから、バリトンさんの教育だけによるモノである事は真実となります。しかし、何故バリトンさんに教育ができたのですか?貴方は、貴族や王族に連なる者ではない、代々農民でしょう」

 

 まぁやはり、その疑問が貴族の間で出ていたようだ。

 そして、その疑問を解消しようとした代表者が、このパースという訳である。

 

「わざわざ先祖まで掘り起こして、いったいどうするつもりだ」

「悪意はないんですって。ただ、勇者テノールの栄光に影を差しそうな、あまり風聞よろしくない事があったら嫌なんですよ。私も、バーニン王もね」

 

 なるほど。親父が悪い事していたら、勇者である俺の評判が落ちかねないと。

 国王は国の看板に等しい勇者、その箔に傷を付けたくないのか。

 

「素直に明かしてくれたら、国王直々に握り潰してくれますよぉ?」

 

 パースは悪い笑みで美味しい餌をぶら下げた。

 そんな怪しい餌に、親父がかかるとは思えないが。さて、肘を突いた親父は、如何なる結論に至るだろうか。

 

「素直に明かすなら、後ろめたい事はない。しかし、貴方方の疑問は解消しよう」

 

 どうやら、親父は一部を明かす結論に至ったらしい。

 

「何故教育できたかは教えてくれると?」

「そうだ。まず簡潔に述べると、私だけで教育できたのではない」

 

 まず明かされた事実に、パースだけではなく俺も目を見開く。

 親父だけではない?俺には親父以外から教育を受けた記憶がないのだが?

 

「妻が死んだ年だったか。私は、ある学術書のような物を手に入れた」

「『ような物』?」

「明確には学術書ではないのだ。だが、それは私にあまりにも多くの知識を授けた。世界の歴史、地理学、魔術学。そして、経営学や事業成功の方法まで、私はその学術書から学んだ」

 

 恐ろしい事に、俺へ教育された知識はその学術書によるモノであり、親父が成り上がれたのもその学術書のおかげだと、他でもない親父が称した。

 思い返せば、俺への熱心な教育が始まったのも母さんが死んだ年だったのだ。

 さらには、親父の賢さが発揮されだしたのも同時期だったような気がする。

 

「……その学術書って、読んだ者が神秘を悟るとされる『邪神経典』じゃないですよね」

 

 『邪神経典』、『邪神フィーネ』が残したとされる書物。

 パースはその書物に対して『神秘を悟る』と表現を和らげたが、有体に言えば『頭がおかしくなる』のである。

 実際、『邪神フィーネ』信仰には頭がおかしい者が多い。それ故か、たまに天才技術者が居たりする。

 『馬鹿と天才は紙一重』とは、よく言ったものだ。

 

「『邪神経典』ではない。質の悪さでは同等かもしれんが。その学術書は―――」

 

 親父が何かを取ろうと手を動かした、その時だった。

 

 執務室の扉が叩かれる。

 

「ご主人様、そろそろお休みになられた方が良いかと」

 

 折り悪く、エメラが就寝を促しに来たのだ。

 時計も確かに夜深い時間を示している。

 

「……悪いが、話はここまでだ。それぞれ部屋に戻ると良い」

 

 親父は肘を突き直し、話を打ち切った。

 エメラから促される前に動いていた親父の手、その行方を知る事はできなかったのだった。



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第十五節 良く言えば人助けがしたい勇者

 親父の屋敷で1日休んだため、旅の疲れも充分に取れた。

 王城に劣ると以前評価したが、ある意味で一部屋一部屋の質の高さが劣っているだけで、暮らしやすさは親父の屋敷が上回っていたのだ。

 まず、それぞれの部屋が近い。食堂も浴場も歩いて5分かからない。

 後、多分親父は浴場に拘りがある。

 広い浴槽を備えていれば、水風呂も完備し、さらには蒸し風呂まで設置されていたのだ。

 体を休めるための設備に、あの親父は妥協していない。

 

 そういう点で、暮らしやすさは親父の屋敷の方が遥かに上だった。

 それは仕方ない事だ。そもそも王城は人が暮らす家と言うより王族を守る防壁。暮らしやすさの優先順位は落ちる。

 

 それで完全に万全の体調となった俺だが、如何せんやる事がなかった。

 親父の仕事を手伝えるはずもない。王命は休暇中なので受ける事はない。

 王都ドラクルなら王立図書館で勇者アルト伝説の研究に勤しめるのだが、東の都ホーオにあの図書館を越える施設なんてない。

 

 ここまでやる事がない時間は人生で初めてだ。正直落ち着かない。

 

(体震えてんぞ)

 

 落ち着かないって言ってるだろ。

 

(震える程なのか……?)

 

 ここまで暇なのは人生初めてって言ってるだろ。

 

(……こういうのなんつうんだっけ。仕事中毒?)

 

 馬鹿な……。あの激務に慣らされてしまったと言うのか……。あの王様め、やってくれるっ……!

 

(やる事ねぇなら冒険者の依頼でもやってみたらどうだ?)

 

 珍しくも一理ある提案だ。それを採用しよう。

 

(マジで……?拒否されると思ってたんだが……)

 

 はした金でも稼ぎは稼ぎ。ついでに勇者としての名声も得られたら万々歳だ。

 

(いつも通りで安心したぜ)

 

 それは良かった。

 とりあえず、実際冒険者の真似事をするかは依頼次第だ。

 適性のない依頼を無理に受けて失敗したくもないし、簡単だが報酬の安い依頼など成功しても美味しくない。

 最終判断は、やはり冒険者組合で依頼を見てからになる。

 

 そういう事で、俺は冒険者組合ホーオ支部へと向かった。

 

 

 

 バリトンの侍女に聞いた通りの道順を進めば、迷う事なく冒険者組合に辿り着く。

 組合の門を潜れば、王都程ではないが活気があり、しかし誰も俺が勇者テノールであると気付かない。

 それもそのはず。俺は本部での過ちを繰り返さないため、外套を纏い、頭巾も深く被っている。

 これで聖剣エクスカリバーを隠せているし、俺の顔も識別しづらいはずだ。

 

(勇者としての注目は集めてねぇが、怪訝な視線は集めてんな)

 

 止む無しだ。俺だって怪しさは自覚している。

 しかし、騒がれるよりはずっと良い。集団に囲まれるのは面倒だ。

 俺は注目の的となる事に甘んじ、依頼掲示板で良さそうな依頼を探す。

 

 そして、1つ気になる依頼があった。

 

(調査団の護衛、ね。川の水位が下がった原因を調査するため、水源である山へ調査員を送る。その際の護衛をしろ、だとよ。報酬金額も悪くねぇし、募集人数もまだ余裕があるみたいだぜ?)

 

 川の調査。確かテナーがそんな事を親父に相談していたはずだ。

 案の定、依頼者の欄にはテナー・トータンの名前が記載されていた。

 護衛を冒険者に任せるとは、中々に賢い。

 

 冒険者なら準備費用も医療費も自己負担。これがトータンの衛兵やら私兵やらだとテナーが持つ事になるだろう。

 テナーはそこの費用を浮かせようとした訳だ。

 ついでに、衛兵を出さない事で都の守りは手薄にならない。

 冒険者に護衛を任せるという都合上、信頼性は落ちてしまうが、そこは募集人数の多さで補おうという事か。

 あの若さでこれ程頭が回るとは、伊達に領主を務めていない。

 

 良し、この依頼を受けよう。小遣い稼ぎに丁度良いし、テナーの好感度も稼げるかもしれない。

 

「この依頼を受けたいのですが」

「は、はい。そ、その……。冒険者証のご提示をお願いできますか?」

 

 依頼書を依頼斡旋窓口まで持って行けば、受付の女性に若干引かれた。

 まぁ、どう見たって怪しい奴だからな。

 むしろ手引書通りとはいえ、しっかり対応してくれるだけ有り難い。

 

「失礼。こちらが俺の冒険者証です」

 

 その有り難い対応に報いるべく、俺はあちらの指示に従った。

 一応発行されている札、1級冒険者と同等の装丁がされた冒険者証を女性に提示する。

 

「はい、拝見させて……。1級……?え!?勇者テ―――」

 

 受付の女性は俺の冒険者証に書かれた名前に驚き、大声で読み上げようとした。

 だが、俺は彼女の口を咄嗟に手で塞ぐ。

 ここで叫ばれては、怪訝な視線を集めてまで正体を隠したのが台無しだ。

 

「どうかお静かに……。俺は秘密裏にこの依頼を受けに来ました……。だから、この事はどうか内密に……」

 

 小声で正体を隠す嘘の理由を語れば、受付の女性は頷いてくれる。

 話が分かる人で助かった。

 そうして彼女がこちらの事情を理解してくれたところで、彼女の口を塞いでいた手を退ける。

 彼女は叫ぶ事なく、そして怪しみの目を憧れるそれへと変えている。

 

「あ、あの……。一筆、いただけたりしませんか……?」

 

 憧れが抑えられなかったのか、そんな要求すら出てくる程だ。

 

「すみません、依頼の受注はそれで問題ありませんか?」

「あ……。はい、問題ありません」

 

 先に依頼の受付を進めさせれば、かなり落ち込んだような様子になった。

 全く、勘違いしてもらっては困る。

 

「冒険者証、お返しします」

 

 俺の冒険者証を差し出した彼女の手のひらに、俺は冒険者証とすり替えるように認識票の首飾りを忍び込ませる。

 

「え、あ、これって」

「内緒ですよ?」

 

 俺は支持者への気配りを忘れない男だ。

 いつだって件の首飾りは持ち歩き、いつだって渡す事ができる。

 そういう細々とした気配りができれば、支持者はより一層俺を支持してくれる。目を輝かせる彼女のように。

 

「それでは」

「ま、またのお越しをお待ちしています!」

 

 受付の女性から丁寧なお辞儀を貰いつつ、窓口を離れる。

 

 依頼の開始時刻は昼頃だ。

 組合に併設された酒場で、俺はそれまで時間を潰す事にしたのだった。



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第十六節 一見して必要以上に集まる強者

 怪しさ満点の装いだったため、俺は誰にも触れられず依頼の時間まで過ごせた。

 組合員の方は俺を見てこそこそ話していたけど。なんだか頼んだ飲み物を誰が運ぶかで争っていたような音が聞こえたけど。

 とにかく、俺に実害はなかったのだ。

 

 開始時刻になれば、集合場所である冒険者組合前に3台の馬車が並んで停まる。

 真ん中の一番大きな馬車にはたくさんの物資と、身なりの良い者と鎧を纏った者がそれぞれ2名ずつ詰めていた。

 身なりの良い2名が組合員と話した後、集合場所に集まっていた冒険者へと顔を向ける。

 

「我々は依頼を出したテナー様の使いである調査員です。貴方方が今回の依頼を受けてくださった冒険者で、お間違いありませんか?」

 

 身なりの良い者改め調査員が念のために集まった冒険者たちへ確認すれば、集まっていた者たちが各々肯定を示す。

 

 依頼をうけた冒険者は、俺を含めて11人。

 奇妙な事に、カウとサーヴァンもそこに含まれる。

 冒険者のなり立てであるカウでは依頼制限に引っかかりそうだが、おそらく階級の高いサーヴァンと組んでいるために制限を通ったのだろう。

 冒険者の一行となった場合、依頼制限はその冒険者たちの平均となる制度があったはずだ。

 

「では、護衛をよろしくお願いします」

 

 調査員とおそらく衛兵である者たちが真ん中の馬車に乗り込み、冒険者たちは前後の馬車に別れる。

 俺は後ろの馬車。カウたちと同じ馬車であり、他に2人が乗っている。

 幸い、まだカウたちにも俺の正体は露呈していない。

 サーヴァンに会釈された気がするけど、きっとあれは同業者へのただの挨拶だ。

 

(いや、無理があんだろ)

 

 煩い。言及してこなかったし、カウに伝えた素振りもないんだ。

 色々察した上で俺の正体を隠してくれてるんだから、問題ないんだ。

 

(左様かい)

 

 良いからその小憎らしい顔を退けろ。それか引っ込め。

 

(まぁ待てって。お前の仕事仲間を検分してやろうって、わざわざ出張ってきてやったんじゃねぇか)

 

 いつも気まぐれに出張ってくるエクスカリバーのどこに『わざわざ』という要素があるかは知らないが、検分してくれると言うならさっさとやってほしい。

 短い付き合いとはいえ、力量が分かるに越した事はない。

 

(んじゃ、まずは魔術師の方からな)

 

 エクスカリバーは外套と尖った帽子の、まさに魔術師という男の元へと飛んでいく。

 そして品定めする訳だが――

 

(……は?なんだこいつ)

 

――エクスカリバーはいきなり眉を顰めた。

 

(どうした、エクスカリバー。そいつに何かあったか)

(こいつ、魔力制御が見事だな。全然漏れてねぇ。だってのに装備がどれも質が低い。こりゃ手ぇ抜いてやがるな?)

 

 エクスカリバーの観察眼によると、己の技量に見合っていない低質な装備で固めている魔術師。

 手抜きとエクスカリバーは推測したが、なんだって手を抜いているのだろうか。

 

(こっちの剣士は……。訳が分かんねぇな)

 

 その魔術師の隣に座る剣士も、エクスカリバーが首を傾げても仕方ない風体をしていた。

 彼が座る際に邪魔になって立てかけた武器は、弓に槍、斧に大槌、長剣にブーメランと、無駄に品揃えが良い。

 しかし、冒険者としては無駄すぎる。装備が多ければその分重量が増し、動きが鈍くなる。重装の盾役だとしても、盾と武器1つで済むはずだ。

 というか、よくそんなたくさんの武器を抱えて歩けていたな。

 

(こいつもできる。できる奴なんだがぁ……。あぁぁ、マジで分からん。どれが本物の得物だ?満遍なく鍛えてるみてぇで全然分かんねぇ)

 

 エクスカリバーの観察眼を以てしてもどれが主武装か分からない剣士。

 もう剣士という表現すら正確性を疑われる冒険者だ。

 

 そんな奇妙な2人組と同じ仕事に就いてしまった俺は、予測できない依頼の行く末に不安感を覚えてしまう。

 そんな俺だけ気が滅入り始めたところで、カウが立ち上がる。

 

「皆さん、同じ依頼を受けた仲間として自己紹介をしませんか?」

「お、良いねぇ。辛気臭いのは嫌なんだ。俺は仲良くやりてぇって事で、俺から行こうか」

 

 カウの建設的な提案に乗ったのは、剣士かも疑わしい冒険者。

 彼は陽気な雰囲気を醸し出してから口を開く。

 

「俺はユウダチ。3級冒険者だ。荒事は大好きだから、先陣は貰ってくぜ」

 

 どうやらエクスカリバーの同族のようだ。

 

(誰が戦闘狂だって?)

 

 そこまでは言ってないだろ。

 

「では、次は私か。私はレオナルド。こいつと組んで冒険者をやっている。階級は3だ。見ての通り魔術師だから、前線には立たせないでくれ」

「陰気な奴だが、俺共々よろしくな」

「……お前のように陽気な振る舞いは面倒なんだ」

 

 魔術師改めレオナルドは細い見た目に合う中性的な声を発しつつ、肩を組んできたユウダチを払い除けた。

 ……もしかして、女性なのか。

 

(男だぜ?付いてるからな)

 

 なんだ、男か。

 

(露骨に残念がりやがったな、こいつ)

 

 男ばかりでむさ苦しいのは勘弁だ。

 その点、カウが居てくれて助かった。

 

「私はカウと言います。まだ8級冒険者です」

「8級?この依頼6級からじゃなかったっけ?」

「そっちの付き人が3級以上なんだろう」

 

 ユウダチの疑問に対し、レオナルドは己の頭で答えを得た。

 頭は回るが、社交性は低そうだ。

 

「ご明察でございます。私めは3級でございます。カウお嬢様と共に冒険者をやらせていただいております、サーヴァンと申します。以後、お見知りおきを」

 

 相手の身分問わず、サーヴァンは礼儀正しいお辞儀をしながら自己紹介をしていた。

 仕える人の名誉を貶めないため、細心の注意をしているようだ。

 

「へぇ、カウはお嬢様なのか」

「はい!マインズ家の次女で、今は見聞を広めるために冒険者として旅をしてます」

「ほう!そいつは良いな。旅は良いぞぉ、色々面白い体験ができるからな」

 

 陽気なユウダチと元気なカウ。

 彼らのやり取りはこの場を心地よく暖めている。

 そうして暖めたところで、この暖かさに加えようと次の人に意識を移す。

 

「それで、そちらの方は?」

 

 次の人とは、当たり前だが俺だ。

 外套と頭巾で正体を隠している俺を、カウの視線が貫いていた。

 (まず)い。カウとは言葉を交わした仲だ。

 口を開けば正体が露呈するかもしれない。

 

「……」

 

 俺は俯いたまま、黙秘する作戦に打って出た。

 

「あのぉ……」

 

 待って、カウ。頭巾の下を覗き込まないで。

 

「お嬢様、彼は就寝中のようです」

 

 サーヴァンはそんなカウを引き留めた。

 ありがとう、サーヴァン。貴方の優しさが身に染みる。

 

「あ!寝てたんですね。……ちょっと騒ぎすぎていなかったでしょうか」

「起きていないようですから、大丈夫でしょう。しかし、これからは気を付けねばなりません」

「そうですね。少し声量を抑えましょうか」

 

 カウはサーヴァンの注意を誠実に受け止めた。

 俺への興味も失せたようで、すぐに離れて元の場所に戻る。

 

 それから話題に上げられる事もなく、俺は寝た振りを慣行するのだった。



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第十七節 一方そのころ王都では

 テノールが護衛の依頼を受けた日と同日の事、王城のとある部屋にてバーニン国王とルーフェ王女が顔を合わせていた。

 その部屋とは、王族とその招待客、それと給仕のみが立ち入れる専用の食堂である。

 もちろん、そこに集まっているのだから食事の際中。

 並べられた料理はどれもこれも高級で、同時にルーフェの好物ばかりだ。

 だと言うのに、彼女の表情は暗い。

 

 このところ、彼女はずっとこうなのだ。

 いつからと言われれば、テノールが故郷へと出立してからである。

 

 テノールが王命によって王城を空けた時、毎度ルーフェは物憂げだったが、ここまで暗くなっている事は1度もなかった。

 その事にバーニンは気付いている。

 だからこそ、ここ最近の食事は彼女の好物ばかりだったのだ。

 しかし、それでも彼女が明るくなる事はなかった。

 

(そろそろ直接訊き出すべきではないかしら)

 

 バーニンの視界にのみ漂う魂、カリバーンがそう提言した。

 カリバーンはどことなく呆れたようにしている。

 

(しかし……)

(男親が娘の悩みを訊くのは無粋かしら?そんな繊細さは捨てなさい。そう言ってろくに話もせず決裂していった親子の、なんと多い事でしょうね。物語の題材にも飽きるくらい使われているわ)

(うむ……)

 

 カリバーンは決心の付かないバーニンに呆れていたのだ。

 様々な言い訳を以て歩み寄らない者たちがカリバーンは好きではないし、他人を理解せず、他人を理解させないまま突っ走る奴が大嫌いである。

 後者の例は彼女の妹、現エクスカリバーだ。

 

(このまま嫌いになられても良いなら、私もこれ以上口出ししないわよ?)

(いやっ、それは困る。余にとって貴公は貴重な助言者だ。女性の価値観から意見をくれる者は、国王となると中々に得難い)

(なら、さっさと声をかけなさい。焦れったいのよ)

 

 バーニンがカリバーンを手放すまいと縋ってみると、カリバーンは尻を蹴り飛ばすかの如く背中を押した。

 いい加減この茶番に面白みを感じられないのだ。

 そうして蹴り飛ばされたかのようなバーニンは、ようやって口を開く。

 

「ルーフェ、何か悩みでもあるのか」

「え?あの、どうしてそのような?」

「そんな暗い顔をしていれば、嫌でも悩みがあると伝わってくる」

「そう、でしたか……」

 

 悩む姿を多くの人に晒していた事を自覚したルーフェは、己の不甲斐なさにやるせなくなって俯いた。

 彼女の悩みは、固く蓋をされてしまう。

 

「ルーフェ。余はお前に父親らしい事を全くできておらん」

「お父様、決してそのような……。わたくしは、お父様の愛情を感じております」

「それでもだ。きっと、我が妻の、お前の母の代わりは果たせていないだろう……」

「お父様……」

 

 バーニンには国王という何事にも優先すべき責務がある。

 しかし、優先すべき責務があるからと言って、親としての責任を放棄して良いものか。

 ただでさえ、愛娘の片親は居ないというのに。

 

「ルーフェよ、どうか余に親としての責任を果たさせてくれ。でなければ、お前の親どころか、民を庇護すべき王として失格だ。娘を1人苦しめる者に、幾万の民は守れまい」

「……」

 

 バーニンの嘆願に、父の誠心誠意に、ルーフェは折れた。

 彼女は自身の醜い部分を明かす事になるとしても、彼女はその蓋を開ける。

 

「実は、わたくしがテノール様の物品を盗んでいるのが、先日テノール様本人に暴かれてしまったのです」

「なっ」

 

 あまりにも驚愕すぎる真実に、さすがのバーニンも絶句した。

 娘が盗みを働いていたと知ればこうもなる。

 盗んでいた対象が国を挙げて称える存在ならなおさらだ。

 

「わたくしは、テノール様を思う気持ちが抑えられなかった……。テノール様が遠く離れる事に耐えられなかったのです……」

 

 涙ながらに語られる思いが、重苦しくのしかかる。ルーフェの良心にも、バーニンの後悔にも。

 

(溺愛が徒となったわね。社交界も経験させなかった彼女には、勇者テノールが眩しすぎたのでしょう。あの正しさと勇ましさが純粋な少女の心を焦がしたのよ)

 

 過保護の報いであると、カリバーンは慈悲もなくバーニンに叩きつけた。

 バーニンには反論できない。弁明の余地がない。

 

「そんな思いを免罪符に、私は罪を犯し、テノール様から判決を下されました」

「……いったいどのような」

「ただ、その痛みを乗り越えろと……」

 

 まさかもまさか。あまりにも寛大すぎる判決に、バーニンは感動すら覚える。

 どこまで清らかなら、自身に降りかかった害を許せようか。

 バーニンは改めて、テノールの清らかさを思い知ったのである。

 

「でも、わたくしは乗り越えられませんっ!今だって、辛くて、痛くて、たまらないのです……っ!こんなに弱いわたくしが、どうすればこの困難を乗り越えられましょうか!」

 

 しかし、その清らかさは目の当たりにした者の汚さを浮き彫りにしてしまう。

 自らの汚さを浮き彫りにされたルーフェは、自責の念で潰れてしまいかねないところまで追い込まれているのだ。

 

(なるほど。とかく、罪に問われた訳ではないのね。なら、後は彼女の思いに正しい行き先を作ってあげるだけだわ)

 

 冷酷とすら受け取れてしまいそうな程冷静に、カリバーンは状況を噛み砕き、解決法を導き出した。

 歴代ラビリンシア王に助言してきた故の態度なのかもしれない。

 

(……その行き先とは?)

(こう彼女に言いなさい。それで全てが片付くわ)

 

 カリバーンは知恵を授け、バーニンはその知恵に納得がいったから指示に従う。

 

「ルーフェ、その思いを吐き出せば良いのだ」

「どうやって吐き出せば良いのです……!」

「絵だ。お前は勇者テノールへの思いを込め、彼の絵を描け」

「絵を、描く……」

 

 思いが積載し、悪い方法で発散するから問題があるのだ。

 ならば、良い方法で発散すれば、なんの問題もない。

 それが彼の絵を描く事だ。

 絵ならば思う存分思いを込められ、そして自由に形にできる。

 

「ええ、ええ!そうです、テノール様への思いを全て込めて、テノール様のお姿を描けば良かったのです!」

 

 授かった知恵、もはや天啓であるそれにルーフェは感激した。

 そして、それならば自身は痛みを乗り越えられると確信したのだ。

 

「こうしてはいられません、すぐに画材を用意しなくては!」

 

 食事中なのにも拘らず、ルーフェは食堂を飛び出した。

 バーニンは微笑ましく見つめるばかりで、彼女を咎めない。

 

 心温まる親子の一幕が、ここに刻まれた。

 

 しかし、それでこの幕は下りない。

 

「やぁやぁおはよう、バーニン王。みんなの頼れるお兄さん、アロンズ・エームリッスだよぉ」

 

 食堂の扉を飄々とした男が潜った。

 その男は金髪赤目。バリトンの侍女たちと同じアルビノ、ではなく、ホムンクルスという魔術によって生み出された人工生命だ。

 

「予言者殿。貴公がお目覚めという事は……」

「我が仕える王に予言を授けよう、てね」

 

 言葉の節々から茶目っ気を滲ませつつ、予言者と称された男・アロンズは予言を告げる。

 

「トータンに凶兆あり、だ」



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第十八節 見え透いた凶兆

「セイッ!」

 

 カウの得物である斧の一振りで、ゴブリンは真っ二つとなる。

 少女らしからぬ剛腕ではあるが、騎士の名家であるマインズの娘らしくはある。

 ウィンもベアウも剛腕だし、あの家は剛腕が売りなのかもしれない。

 

「良い腕してんなぁ。こりゃ、俺が教える事はねぇかもな」

「そんな事はありません、先生!」

 

 カウの腕を褒めるユウダチに、ユウダチを先生と呼び慕うカウ。

 ユウダチは斧も使えるという事で、この依頼の間だけカウの手解きをする事になったのだ。

 サーヴァンが先生役と認めた辺り、ユウダチの技量は先生足りえるのだろう。エクスカリバーも『できる』と評価してたし。

 実際、ユウダチは複数のゴブリンに調査員と護衛の一団が襲われた中、誰よりも、俺を乗っ取ったエクスカリバーよりも早く討伐していた。

 

(そりゃお前が(のろ)くて、聖剣手に取るのが遅かったからだろうが。しかもあの男、よりによって弓なんて湿気た武器使いやがってよぉ)

 

 エクスカリバーがそんな負け惜しみをする程、ユウダチは優れた冒険者なのである。

 

(おい)

 

 文句はユウダチに勝ってからしろ。

 

(お、じゃあ次お前を乗っ取った時にあの男へ切りかかって良いんだな?)

 

 おい馬鹿止めろ。

 

(止めて欲しけりゃ後で林檎酒な)

 

 ……依頼後に飲ませてやる。

 

(よろしくぅ!)

 

 非常に腹立たしい、こんな恐喝に屈さねばならんとは。

 

「良し、敵影なし!」

 

 どうやらゴブリンの掃討は終わったようだ。

 馬車の上から周りを見回すユウダチが、遠くにもゴブリンが居ない事を確認した。

 

「しっかし、水源があるって言う山への到着はまだなのにゴブリンの群れと遭遇か。ゴブリンって普段森とか洞窟とか、そういう見晴らしの悪いところに居るもんじゃねぇか?」

 

 現在は山へ向かう、多少は整備されて開けた道の途中。ユウダチが疑問視する通り、ゴブリン1・2体ならまだしも、群れに遭遇する事は滅多にない。

 

「あのゴブリンたち、何かに怯えている様子でした。まるで、何かから逃げているような……」

 

 カウがゴブリンたちの様子を思い出せば、確かにそんな様子だったと皆も思い出す。

 とするならば、あのゴブリンたちは縄張りを追われたのだろう。

 そして、ゴブリンたちの縄張りになり得る森があるのは、この近くだと件の山しかない。

 

「あのゴブリンたちは山から逃げ出した。逃げ出さねばならない理由があった。そう仮定した場合、如何なる結論が導き出せる?」

 

 レオナルドが仮定の話を語り、皆に問いを投げた。

 と言っても、そう難しい問いではない。

 

「山で強ぇ魔物が暴れてんだろ」

「そういう事だ」

 

 ユウダチが簡潔に正解を言い当て、レオナルドが情緒もなく丸を付けた。

 皆に驚きはない。ただ深刻な顔になるだけだ。

 

「山、強い魔物が居るんですね……」

「あくまで仮定の話だ。何処か近くで偶然ゴブリンたちが生まれたのかもしれない」

 

 カウが怯えだすと、レオナルドはせめてもの慰めに確証がない事を強調した。

 別の可能性も提示している訳だが、かなり低い可能性である。

 魔物の群れは魔力濃度が高い所でしか生まれない。

 魔力濃度が高い所というのは、昔から魔力濃度が高い所か、ダンジョンか。その2通りである。

 昔から魔力濃度が高い所なんてこの辺りにないし、ダンジョンが発生したなどの噂も聞いていない。

 

「ま、でも気を引き締めておくに越した事はないだろ。油断してるのが一番(まず)いからな」

「は、はい……。気を引き締めておきます……」

 

 一番引き締めてなさそうなユウダチが、一番引き締めてそうなカウに追い打ちし、緊張させていた。

 でも、それだけで終わらず、ユウダチはカウの肩に手を置く。

 

「先生……?」

「安心しな。どんな奴が来ても、俺たちが返り討ちにしてやるぜ。な?レオナルド」

「私を巻き込むな。だが、前衛に死なれては私を守る壁がなくなる。援護はしてやるさ」

「素直じゃねぇなぁ、ったく。勘違いしちゃ駄目だぜ?カウ嬢ちゃん。あいつ、ちゃんと全力で守る気で―――って痛ぇな!何すんだよ!」

 

 素直じゃない扱いをされて気に食わなかったのだろう。ユウダチの頭をレオナルドは木製の杖で叩いていた。

 

「壊れたようにお喋りの口を、叩いて直してやったんだ」

「俺は機械か!人間なんだからそんなんで直んねぇよ!」

「ほう、壊れていた自覚はあったか」

「壊れてねぇ!」

 

 なんだか漫才まで始まる始末。

 しかし、その場違いの漫才がカウもカウ以外の者らも含め、緊張を解していた。

 当の本人たちは露知らず、掴み合いに発展しかかっている。

 が、誰も止めない。

 冒険者の喧嘩は日常的らしい。

 

「きっと先生たちはみんなの緊張を解すために、口喧嘩を演じてくれたんですね。だから、貴方も緊張しては駄目ですよ?」

 

 カウは何故か急に俺へと話題を振ってきた。

 いや、途中途中喋らない俺を構おうとしてくれていたのだ。

 その優しさは有り難いが、喋って正体を露呈させたくない現状は有難迷惑だ。

 でも何の反応もしないのはかわいそうである。

 だから、頷くだけはする。

 するのだが、それでも彼女の苦笑を拝む事になった。

 俺はいったいどうすれば良いんだ。

 

「あの方、私の事嫌いなのかなぁ」

 

 止めろぉ!哀愁を漂わせながら付き人に小声で相談するのは止めろぉ!君も俺も惨めになるぅ!

 

「お嬢様、あの方は声を発せられない事情があるのでしょう。喉に傷を負い、声を失った方や発声に痛みが伴うようになった方は少なくありません」

「あ、そうか!だったら私、無理に喋らせようとしてたんだ!喋らない貴方、無理に喋らせようとしてすみません!」

 

 付き人の言葉を信じきって謝りに来るとか、純粋が過ぎるし天然が過ぎる。

 喋れないんだからその謝罪にも応えられないだろうが。

 

 そんな間違いなくベアウの妹である少女に、俺は気にしなくて良いとわずかでも意思が伝わる事を願って首を横に振るのだった。



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第十九節 影も形もない魔物

「ここも、見るからに水位が下がってるな……」

 

 ホーオから一夜明けて水源があるという件の山、その(ふもと)まで調査員と護衛の一団は辿り着いた。

 調査員は麓の川も水位が下がっている事を確認し、ここが原因ではないと判断する。

 

「中腹に泉があるはずです。川に沿ってそこまで登りましょう」

 

 次の目標が調査員によって設定され、一団はその目標へ向かって歩き出す。

 馬車はここまで。ここからは歩きだ。

 衛兵は馬車の留守番。さすがに帰り分の食料が残っている馬車を、御者だけには見張らせられない。

 そんな事をしたら、魔物や盗賊に奪われてしまう。食料に限らず、帰りの足である馬車自体も、下手したら御者の命も。

 

 という事で、冒険者11名と調査員2名で登山している訳なのだが、辺りはとても静かだ。

 

「……全然魔物の気配がしねぇ」

 

 ユウダチが山から魔物の気配がしない事を訝しみ、顔をしかめていた。

 

(ちょっと付近を見てきたが、魔物の姿どころか影もねぇな)

 

 エクスカリバー曰く、魔物が息を潜めているという事でもない。

 

 あまりにも静かだ。川のせせらぎや木々のざわめきが不気味に感じられてしまう。

 

「仮定の話が当たった訳だ」

 

 山に強い魔物が居る。

 その話をレオナルドが掘り返し、皆に呼び起させた。

 

「で、でも……。進まないと、いけませんよね……?」

 

 この先に危険がある。

 だけどカウは止まれない。冒険者は引き返せない。

 依頼を遂行せねばならず、破棄するには相応の理由が必要である。

 けれども皆の歩みは、遅くなっていた。

 

 

 

 そんな遅い歩みでしばらく進めば、視界が開け、広く水が集まる場所に出る。

 ここが泉だろう。

 例の如く、ここまで魔物には出くわさなかった。

 

「泉の水位は、減っていない。逆に増えていないか?」

 

 通常の泉を知る調査員が泉の増水を暗に示すが、しかしそれは明らかなのである。

 泉はその岸から溢れそうな程に水が溜まっている。

 単純にここが水位減少の原因ではないと考えられるが、途中の川で何かが水の流れを堰き止めていた様子はなかった。

 では、いったい何が原因なのか。

 泉の増水と川の減水は関係しているのか。

 疑問ばかりが増える。

 

「……泉に生き物が一切居ない。水生の魔物さえもだ」

 

 調査員が更なる疑問を追加した。

 底まで透き通った泉は、専用の観測機器がなくても生物の不在を視認できる。

 

「あ?なんだあれ。泉の中に球体が浮いてんぞ」

 

 冒険者の1人が泉の奥を指差した。

 その先に黒い球体がある。

 生物の居ない泉に、黒い球体だけが浮かび、しかし漂っていない。

 

(……あの球体、見覚えがあんなぁ。でも、あんな所にあるもんかぁ?ねぇよなぁ、普通)

 

 エクスカリバーには既視感があるようだが、違和感もあるようだ。

 うんうん唸るだけで、知識を披露したりもしない。

 

「おーい!ここだ!ここから水が減ってる!」

 

 調査員が泉自体を観察していた別の調査員を呼び寄せた。

 その場所は泉の出口、川の始まりである。

 

「……泉から流れ出る水が、不自然に減っている」

 

 流れ出る水が異様だった。

 正確な形容は難しいが、強いて言うなら、ゼリーになりきれなかった液体が零れ出ているような状態だったのだ。

 ここで言うゼリーは泉であり、零れ出た液体は川である。

 

(この川、おかしくねぇか?なんか底の方と別れて2層になってやがる)

 

 エクスカリバーが川の中を意識するよう促した。

 川の中はこれまた例えが難しいが、水の中に断面がある。

 まるで水と油のように、同じはずの水が分離しているのだ。

 それが分かったとして、何かの手がかりにはならない。

 少なくとも、一連の疑問がどう繋がっているのか、俺には皆目見当も付かない。

 

「水はある。泉は張っている。しかし川には少量しか流れない。この現象はなんだ」

 

 レオナルドが1人呟き始める。

 誰かへの質問ではなく、自問自答が漏れ出ているようだ。

 

「山に魔物が居ない。山に強い魔物が居る。ではその魔物はどこに居る?」

 

 レオナルドは疑問を再度浮かび上がらせ、それぞれを精査する。

 

「この水が流れない現象は人為的か否か……」

 

 泉の水を掬い上げようとするが、それは粘り気を見せ付けながら指の間を抜ける。

 液体という感触ではない。

 

「まるで粘体だ……。魔力も帯びている……。普通より多いような……。やはり、多いな」

 

 続いて川に零れ出る水へ触れれば、レオナルドは2つの魔力濃度が違う事を計った。

 手に触れただけで断言できる程の違いを計れるものなのだろうか。

 

(測れるだろ、感覚的なもんだが)

 

 エクスカリバーが言うには計れるそうだが、常人の枠から外れているこいつを参考にして良いかは怪しい。

 

(おい)

 

 とにかく、レオナルドは天才魔術師なのかもしれない。

 

「魔力を帯びて粘体となった泉。泉に生き物が居ないのは、粘体になったためか?」

 

 魔力の量が計れたところで、まだ結論には至れないようだ。

 

「この泉が魔力を帯びたのは、山から他の魔物を追い出した強い個体のせいか?」

 

 言葉は紡がれても、有意義な思考には続かない。

 

「この水、まるでスライムみたいですね」

 

 不意に、カウが泉の水を叩き、弾力を感じつつそう例えた。

 それが、最後の鍵となる。

 

「そうか!この泉はスライムだ!」

 

 レオナルドが真実を突き止めた瞬間、泉は応えるように(うごめ)き出したのだった。



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第二十節 犠牲者になる流れですが主人公が混ざっておりますのでご安心ください。

「そうか!この泉はスライムだ!」

 

 レオナルドの言葉に呼応して(うごめ)き出す泉。

 正体を突き止められたが故か、その泉は沈黙を破り、雄弁にもその触手を振るって自らがスライムであると主張する。

 

「え?」

 

 そんな突然の主張に反応できず、最初の犠牲者となったのは、丁度泉に触れていたカウだった。

 訳も分からぬうちにカウの体へ触手が絡まり、空中へと吊り上げる。

 

(テノール!)

 

 俺がエクスカリバーに触れたのは、エクスカリバーが声を上げたのと、そしてカウが吊り上げられるのとほぼ同時だった。

 エクスカリバーは瞬時に体の主導権を奪い、肉体を強化し、矢の如くカウ目掛けて跳ぶ。

 カウの手を掴み、勢いそのまま触手を彼女から剥がした。

 しかし、跳び出したのは空中。着地点はスライム。

 落ちればカウの救出も意味なくスライムに飲まれる。

 

 いや、その猶予すらない。

 いくつもの触手が伸び、空中に居る俺たちを再度捕まえようと襲い掛かった。

 

「『フローズン』」

 

 瞬間、触手が全て凍り付く。

 魔術を行使したのは、レオナルドだった。

 対象を冷凍する中級氷魔術。詠唱破棄で発動させるとは、並外れた魔術の技量である。

 エクスカリバーは凍った触手を蹴り飛ばし、反動で岸へと着地した。

 蹴って崩された触手は本体が吸収し、また他の凍った触手も本体が飲み込んで失った分の体積を取り戻す。

 凍結は有効打になっていない。

 

「ありがとう、助かった」

「ふん。勇者と言うのは、どいつもこいつも無茶をする」

 

 エクスカリバーは窮地を救ってくれたレオナルドに感謝するが、彼は受け取らずに鼻を鳴らした。

 向こう見ずな行動はお好みでないのだろう。俺も同感だ。

 あそこでレオナルドが咄嗟に触手を凍らせてくれなかったら、俺の体が飲まれていた。

 

(レオナルドとか言う奴ならどうにかしてくれると踏んだんだよ。読み通りだろ?)

 

 そういうのを結果論と言うのだ。

 

「え?勇者様?」

 

 今更だが、勢い良く跳んだせいで頭巾は(めく)れ、俺の顔が晒されている。

 そうして俺の顔を見たカウは、外套と頭巾の怪しい男が勇者テノールであると気付いたのだ。

 必要経費である。ここで犠牲を見過ごすのは勇者として駄目だし、個人的に可愛い女の子は死なせたくない。

 まぁ、最終的に動いているのは俺の体を乗っ取っているエクスカリバーだが。

 

「みんな落ち着いて。オレが何故ここに居るかは後回しだ。全員撤退を!このスライムは、準備不足のまま挑む相手じゃない!」

 

 泉のスライムは、今まさにその巨体を泉から持ち上げようとしている。

 そのわずかに持ち上がった分だけでも分かる。

 このスライムは、異常だ。

 

「こんな馬鹿デカいのは見た事ねぇな!撤退は大賛成だ!」

「ああ、自然発生のスライムとは思えん。この面子とこの避けづらい森で戦うのは自殺行為に等しい」

 

 『デカい』という言葉の意味は分からんが、おそらく『大きい』の方言か何かだろう。

 ユウダチとレオナルドはその巨大なスライムの危険度を評価し、撤退に賛同した。

 

殿(しんがり)はオレが務めます!皆さんは逃げてください!」

 

 エクスカリバーの指示に従って即座に逃げ出す調査員と冒険者たち。

 だが、ユウダチとレオナルド、サーヴァンとカウはこの場に残った。

 カウは怯えていてどうして良いか判断できない様子だが、その他3人は毅然とスライムを見据えている。

 

「おいおい、美味しいとこ取りはいただけねぇな。俺も混ぜろよ」

「お前らだけでは不安だ。万全を期すため、私も力を貸してやる」

「お嬢様がこのように逃げ遅れてしまいましたので、私めもお供させていただきます」

 

 奇しくも残り、意欲を高まらせる3級冒険者たち。

 戦力が多いのは有り難いし、雑兵でないのも有り難い。

 弱い冒険者では足手まといだ。

 

「すみませんが、よろしくお願いします!」

 

 さすがのエクスカリバーも手が足りないのだろう。彼らの助力を受け入れた。

 ここから防戦が始まる。

 触手が俺たちに迫った。

 

「なめんなよぉ、スライム!ぷちぷち潰して経験値にしてやるぜぇ!」

「まだまだ、若い者には負けられません」

「フッ!」

 

 ユウダチは斧で、サーヴァンはクレイモアに分類される大剣で、エクスカリバーは聖剣で、各々触手と本体を切断する。

 切断した部位が死滅したりはしないが、その部位の動きはかなり(にぶ)り、人を包むような器用な事はできないのだ。

 

「『スコーチ』」

 

 レオナルドは対象を直接燃やす中級炎魔術で触手を蒸発させる。

 こちらは確実に部位を死滅させている。

 やはり、スライムには炎魔術が有効か。

 

「ちっ。『スコーチ』!……逃げた奴らを追おうとしてるな」

 

 俺たちを避けて伸ばされた触手を蒸発させながら、レオナルドはその行動を分析した。

 泉のスライムは、俺たちが強いと理解し、先に弱い方を叩きに行ったのか。

 通常のスライムと比較して知能が高いかもしれない。

 

「じゃあ俺たちがお前も守っから、追おうとしたやつは頼むわ」

「面倒だが、それしかないか」

 

 有効な遠距離攻撃手段が1人しか居ないため、レオナルドはユウダチの案に渋々承諾した。

 エクスカリバーもサーヴァンも暗に承諾し、ユウダチを含めた3人でレオナルドとカウを守る陣形を取る。

 

「触手の数が、多くなってきた……かっ」

「お?噂の勇者様が降参か?」

「負けられはしない!背中に守るべき命があるんだ!」

「マジかっこいいなその意気込み!俺も燃えてくるぜ!」

 

 スライムの攻勢が徐々に激しくなる中でも、エクスカリバーとユウダチは話せるくらいの余裕を窺わせていた。

 俺もエクスカリバーの言葉はかっこいいと思う。演技でなければの話だが。

 

 そうして対処していれば、泉のスライムもこの攻撃が通じないと察し、攻撃方法を変えてくる。

 その触手は、木を引き抜いた。

 

「おっちょっ!?木ぃ丸ごとぉ!?」

 

 引き抜かれた木がそのままにこちらへ投げつけられる。

 ユウダチは目を見開きながら木の直撃を予見するも、触手の猛攻でその未来を変える余力はない。

 エクスカリバーもサーヴァンもレオナルドも、触手への対処に追われ、木へ対処できない。

 だからこそ、最後の1人が前に出る。

 

「ハァァァァァ!!!」

 

 カウの剛腕によって振るわれた斧が、木を叩き割った。

 未来は少女の手で変えられたのだ。

 

「ハァ……ハァ……」

「やるなぁ、カウ嬢ちゃん!」

「はい!私だって、みんなの役に立てるんです!」

 

 まだ震えていたカウだったが、ユウダチの称賛もあって、怯えから完全に脱した。

 彼女も戦線に復帰する。

 

「カウ、木にだけ集中してくれ!他はオレたちがやる!」

「はい!」

 

 ここに完璧な戦線ができあがった。

 俺たちはその戦線を少しずつ下げ、生存を目指して後退するのだった。



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第二十一節 無邪気な邪悪

 テノールたちが泉のスライムと戦っている時、危機が迫っている事を知らぬトータンの都・ホーオでは皆が平穏な日常を過ごしていた。

 しかし、一部は平穏とは言い難い。

 

「我々のご主人様は常に身に着けている宝石板を手に入れ、そして侍従長であるエメラ様を迎え入れてから、その聡明さを発揮したそうです」

 

 マニの執務室にて、バリトンの侍女とマニが密会し、バリトンを蹴落とす企てを計画しているのだから。

 

「宝石板がどのように関与しているかは分からんが、侍従長は確実に奴の参謀だろうな。最優先は侍従長だ。賢将を失った集団がどのようになったか、歴史が多く語ってくれている」

 

 参謀頼りの軍が瓦解し、軍が全滅。

 指揮官を失って指示系統が混乱し、戦争で敗退。

 宰相に内政を一任していた国の情勢が悪化し、国ごと消滅。

 そういった例は歴史にいくつも残っている。

 だからこそ、マニはエメラを重視した。

 そこが弱点であると、見抜いたのだ。

 

「宝石板の方は、いかがいたしましょう」

「盗めるなら盗みたいところだな。宝石である以上、高値は付く」

 

 企てと関係ないためにその優先度は落ちるが、憎き敵が大事にしていた物。

 バリトンの苦しむ姿が見たいのもあり、マニはつい欲張った。

 それも宝石板を盗む事も目標に設定する。

 

「かしこまりました。他の侍女たちと協力し、盗みやすい状況をどうにか仕立てましょう」

「ああ、助かるよ」

 

 聞き分けが良いと言うか、自身の侍従たちより優秀なバリトンの侍女たちに、マニは少々態度が軟化していた。

 それもそうだろう。バリトンを蹴落とした後には、この優秀な侍女たちが自身の物になるのだ。

 他人から奪う快感を覚えながら、優秀な人材によって精神的疲労が軽減される理想の職場ができあがる。

 これ程喜ばしい事が他にないと断言できるくらい、マニは喜んでいるのである。

 

「日程はどういたしますか?」

「それに関してはまだ決められん。我らが神を待つばかりだ」

「『我らが神』?」

 

 全てを自分本位で考えていそうな男が誰かを待っている。

 しかも、『我らが神』とその誰かを呼称した。

 あまりにも意味深長なものだから、侍女は復唱してしまったのだ。

 

「こればかりは、君たちにも私の口からは明かせない。そういう取り決めなんだ。とにかく、我らが神が事を起こし、発生した混乱に乗じてこちらも動く。我らは、その時を待つだけだ」

 

 他人の事情に振り回されているはずなのに、祈りを捧げる敬虔な信者のように、神を絶対と信じる崇拝者のように、マニは穏やかだった。

 その信心に応えるように、彼の執務室に少年が突然現れる。

 

「やぁやぁマニ君、こんにちは」

「我らが神!」

 

 実に気安い挨拶をした少年に、マニはすぐ立ち上がって両手を胸の前で組む邪神フィーネ信仰の正式儀礼を行う。

 そのマニの態度でバリトンの侍女は直感した。この少年は、『邪神フィーネ』なのだと。

 

「ん?こいつは……。珍しいお客さんだね。もしかして、あいつの落とし子の子孫かな。あいつが新造するとは思えないし」

「あ、貴方は……いったい何を……」

「その反応という事は、あいつが直接関与してる物ではないか。ま、どうでも良いや」

 

 バリトンの侍女はフィーネの発言から意味を読み取れず、しかし聞いたところでフィーネは真面に取り合わなかった。

 興味が失せたように、フィーネはマニへと向き直る。

 

「それで、この子を消さなきゃいけないんだけど、大丈夫?目撃者は少なくしたいんだ」

「っ!?」

 

 存在に対する興味は失せていたが、目撃情報には関心があったらしい。

 フィーネはバリトンの侍女の頭を片手で掴んだ。

 握力も魔力もその手には込められていないのに、侍女は死が目前にあるような錯覚に陥る。

 

「お、お待ちください、我らが神!その者は私の企てに協力を約束してくれているのです!口封じもしますので、どうかお慈悲を!」

「あ、そうなんだ。危なかったぁ。さくっとやっちゃうところだったよ」

 

 殺すか否かの話で、マニすら狼狽えたというのに、フィーネは動揺の欠片もなかった。

 彼は人殺しに全く感情を動かしていない。

 

「協力者って事で話を聞いても構わないけど。もし僕がここに居たって他言したら殺すから、そのつもりでね」

「は、い……」

 

 にこやかな様子からとても人が殺せるような人物には見えない。

 だが、バリトンの侍女は彼の行動や言動から、本当に何の感情もなく人を殺せるのだと確信していた。

 彼女は震える体を抑えるのに手いっぱいで、その部屋から退出する事もままならない。

 

「それじゃあマニ君、僕の用件なんだけど。ちょっと予想より早く見つかっちゃってね。動き出しちゃったんだ」

「見つかった、と言いますと?」

 

 フィーネの企てについてである事は察したマニだが、その企ての詳細をマニは聞いていない。

 

「スライムだよ、山に隠してたスライム」

 

 フィーネが今差している山とは、トータン領を横断する川の水源がある山の事。

 そこに隠されていたスライムと言えば、現在テノールたちが対峙しているスライム。

 つまり、あのスライムはフィーネの手によるモノだったのだ。

 レオナルドが人為的存在ではないか疑っていたが、その疑いが的中した事になる。

 

「純粋なスライムを極限まで成長させたらどれくらいの脅威になるかって実験してたんだけど、極限まで成長させる前にその山が調査されちゃってね。調査員の護衛に勇者も混じって、なんか強い人も居て、無駄に冒険者も多いから、ちょっと全員殺すのは無理」

 

 意外にも混じった強者、意外にも多い目撃者。

 上記2つに領主の依頼というのも組み合わさって、フィーネでも証拠隠滅が難しくなったのだ。

 テナーの采配とテノールの気まぐれが、奇しくも功を奏したのである。

 

「という事で、実験は前倒し。2日後にはスライムがホーオにまで辿り着いて、そこで衛兵とか冒険者で戦闘実験だね。どれくらい戦えるか楽しみだなぁ」

 

 死人が出るだろう実験で期待に胸を膨らませるフィーネ。

 およそ尋常の精神はしていない。

 なのに、邪気が滲んでいなければ悪気も一切ない。

 

「そんなに強くないから、衛兵はともかく近衛兵の総長か2番隊隊長が来れば倒されちゃうでしょ。もしかしたら勇者でも行けるかな?とりあえずはそんな感じで」

「了解しました。では、その間にこちらの企ても進めさせていただきます」

「それじゃあ、よろしく」

 

 マニの返答に満足がいったフィーネは、今回も通信用のスライムだったその身を粘体に戻し、どこかへと消えていく。

 マニはそのスライムをただただ見送った。

 見送りを完遂した後、態度を改めて席に着く。

 

「時は来た、というやつだ。2日以内にそちらの都合を付けてくれ」

「は、はい……。承りました」

 

 フィーネの奇妙な威圧感から解放されたバリトンの侍女は、ようやく満足に息を整え、そうしてから礼節を弁えてマニの指示を受け取った。

 彼女は恐怖を忘れるために、自身の仕事に専念するのだった。



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第二十二節 もう1つばかり別視点

 未だ危機を知らずに平穏を謳歌する都・ホーオ。

 そこではマニたちと別にもう1つ、平穏とは言い難い場所があった。

 その場所は、テナーもパースも揃った、バリトンの執務室である。

 

「それは本当なのか、テナー」

「僕も目と耳を疑ったのですが、このように依頼受注した冒険者の名簿には勇者様の名前が」

 

 バリトンの執務机にテナーが1枚の紙を差し出す。

 その紙は冒険者組合に保存される依頼受注者名簿、その依頼者の控えである。

 そして、その名簿はテナーが出した水位減少調査員の護衛依頼に、本業が冒険者ではないはずのテノールが参加した事を示していた。

 テナーはこのテノールの行動について、バリトンに相談しに来たのだ。

 

「勇者様の受付をした組合員から、何故か彼が正体を隠して依頼受注していたという話を聞き出せました。その件について、何かご存知ですか?」

「侍女からの伝言を受け取ったが、『冒険者組合に行って、適当な依頼があれば受けてくる』とだけだ。何の依頼を受けるか、何を目的として依頼を受けたかったのか、私は与り知らん」

 

 バリトンでもテノールが冒険者組合に行った事しか知らなかった。

 と言っても、暇ついでに小遣い稼ぎに行ったのではないか、テナーの好感度稼ぎに丁度良いと受けたのではないか、などの推測はできている。

 

「……あくまで私見だが、お前の事を思ったのでないだろうか」

 

 テナーの純粋さも考慮して、バリトンは推測をそのまま伝えず、言葉を選んだ。

 そのまま伝えた場合にテナーが傷付く事を、バリトンには容易に想像できる。

 同時に、この真実はテナーの教育に悪いと、バリトンの父性が嘘を吐かせたのだ。

 

「ぼ、僕のために、ですか?」

「弟のために、何かしたかったのかもしれん」

 

 感激するテナーに、バリトンは嘘を重ねた。

 罪悪感を覚えていなくもないバリトンだが、一時の感情で本性を晒す程度の男ではない。

 

「そう、ですか……。お義兄(にい)様が、僕のために……」

 

 嘘を信じきったテナーは嬉しさを抑えられず、笑みを零した。

 そんな少年を、バリトンは暖かく見守る。息子と違って善良に育てようと。

 

「水を差すようで悪いのですが、他の要因もあるのではないでしょうか?身内のためとはいえ、休暇を潰して動きますかね。テノールさんならそれだけでも動きそうですが」

 

 無粋とは察しながらも、パースは他の要因を言及した。

 仮にも勇者だ。一個人のために動くと、不当な優遇として吊られかねない。

 不当な優遇と思わせない大義名分くらい、テノールなら用意しているとパースは信頼している。

 

「依頼は水位減少の調査に関わるモノだ。この問題を解決できなければ干ばつ、そして飢饉(ききん)にも繋がる。それを未然に防ぐための助力となれば、ホーオの平和を案じた行動とも言えよう」

「なるほど、確かに」

 

 そもそも依頼の時点でホーオ全体の平和に関与する事だったと、パースはバリトンの解釈で思い至った。

 やはりあの勇者は民のために行動しているのだと、パースは納得したのだ。

 そんな事実は微塵もないのだが。

 

「でもちょっと引っかかってるんですよねぇ。テノールさん、急に『故郷へ帰る(いとま)をいただきたい』って直接バーニン王へ休暇申請しに来ましたので。まぁ、勇者に休暇を与えられるのは国王くらいなんですけどね。それにしても急だったなぁ、と」

 

 パースもテノールが疲れていた事は見て取れた。親に会えぬ悲しみも同様。

 だが、何故この時期だったのか。

 母の墓参りに行けていない悲しみだったなら、母の命日に進言するものではないか。

 自身より他人を優先し、その悲しみを溜めた結果、あの瞬間に耐えられなくなった。そう考えられなくもない。

 でも、この時期である事にもっと深い意味があるのではないかと、テノールを信頼し、彼を高く評価するあまりにパースは勘繰ってしまうのだ。

 

「息子が急に帰りたくなる理由、か……」

 

 テノールの人格を熟知しているバリトンとしては、本当に疲れただけ程度の事と読み取っていた。

 しかし、ここで帰りを知らせるテノールの手紙が想起される。

 手紙には近々帰るとのみ書かれていた。

 その理由は一切書かれていなかったのだ。

 以前の息子なら、書き忘れたか、書くのも恥ずかしい理由だったか。その2通りであると断定できた。

 しかし、約1年に及ぶ息子らしからぬ功績、勇者としての名誉がある。

 人格的にも能力的にも、息子にそんな功績は打ち立てられるはずがないと、バリトンは訝しんでいた。

 ならば、1日接して把握できなかったが故に、人格の変容とまではいかないが、心境の変化くらいはあったのだろう。

 そして、ほぼ確実に聖剣エクスカリバーから何らかの力を得ている。

 

 バリトンはとある学術書のような物から多大なる知識を与えられた。

 そういう前例を自身で体験しているのだ。

 聖剣エクスカリバーが所有者に加護を与えるという伝説は、バリトンにとって御伽噺ではない。

 だから、突飛もない考えが彼の頭を過り、口を突いてしまう。

 

「もしや、聖剣に導かれた……?」

 

 普通だったら一笑に付されそうなその考えを、テノールの活躍をその目にしてきたパースと、勇者の支持者であるテナーは笑えなかった。

 むしろ、2人は真実味すら感じ、息を呑んだのだった。



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第二十三節 後編をお送りいたします

 『聖剣に導かれた』などと、突飛でもないバリトンの考えにパースもテノールも息を呑んだところ、執務室の扉が叩かれる。

 

「ご主人様、お客様です」

 

 エメラが扉越しに客人の来訪を報告した。

 しかし、そんな予定はなかったはずだ。

 

「誰だ」

「王立近衛兵4番隊副隊長、ケイヴェと名乗る女性です」

 

 エメラの返答に目を見開いたのは、質問をしたバリトンではなく、4番隊隊長であるパースだった。

 ここでその名前を聞くのが意外だったのだ。

 

 王立近衛兵4番隊副隊長のケイヴェ。とある事情により、彼女は近衛兵の中でも最も長距離間の移動が速い。

 普段はその特技を活かし、手紙や報告書など、早く目的地に届く事が望ましい物資の運搬に注力しているのだ。

 その彼女が訪れたという事は、緊急性の高い知らせがあると示唆している。

 

「通せ。本人確認は問題ない」

 

 ケイヴェを噂で知っているバリトンは、エメラに客人の案内を急かせた。

 聖剣に導かれている疑惑が浮上したテノールの依頼受注と、突然送られてきた近衛兵最速の使者。

 バリトンはその2つに妙な繋がりを感じてしまったのだ。

 

 エメラはバリトンの指示を迅速に遂行し、程なくしてケイヴェを執務室へと連れてくる。

 凛とした面持ちに真面目さを感じさせる佇まい。風や砂塵から目を守る保護眼鏡を装備した女性が執務室に姿を見せた。

 彼女がケイヴェ。優秀な隊員であり、パースが仕事を投げる第一候補である。

 

「突然の訪問、お許しください。バリトン様、テナー様、パース隊長。(せつ)はトータンへの連絡役をバーニン国王より賜り、()せ参じました」

 

 ケイヴェが端的に述べた用件に、バリトンもパースも顔をこわばらせる。

 2人は嫌な予感がより強くなる。

 

「ケイヴェ、報告を」

「はっ!報告させていただきます。予言者アロンズが『トータンに凶兆あり』と予言されました」

 

 これ以上ないと言うくらいに、嫌な予感は当たってしまった。

 建国王アルトの代より仕える予言者アロンズ・エームリッスの予言。記録される限り、これが外れた事はない。

 それもそうだ。予言を1つ外せば失脚するような立場にありながら、あの予言者はその尊称を守り、王の傍に居る事を許されている。

 だからこそ、その予言は最悪の凶報になるのだ。

 

「至急、凶兆の調査をお願いいたします」

 

 一刻も早くその凶兆を明確にすべく、ケイヴェは促した。

 これは1人の隊員による進言ではなく、王命の代理である。近衛兵はもちろん、領主から平民に至るまで、逆らう事はできない。

 と言っても、自身が住む場所の凶兆となれば、調査しない者は居ないだろうが。

 

「ケイヴェ、この後の任務は?」

「パース隊長の指揮下に入るよう、仰せつかっております」

「それは良かった。なら、貴女は山へ向かってください。トータンを横断する川の水源がある山へ」

 

 そう部下に命令するパースもそうだが、バリトンも、そしてテナーも、凶兆の在処を直感していた。

 何故ならば、聖剣に導かれたかもしれないテノールが、その山に向かったからである。

 凶兆の源は、きっとそこにある。

 

 

「作戦目標をお聞かせください」

「山かその道中に居るだろう勇者テノールとの協力。彼はおそらく凶兆に先んじて動いています」

「了解しました。4番隊副隊長・ケイヴェ、勇者テノールと合流します」

 

 限りなく無駄な応答を省いたケイヴェは、迷いなくパースの命令へ忠実にも従った。

 ある意味で、この早さこそが4番隊副隊長として徴用される所以である。

 

「バリトンさん、僕たちも準備すべきです。あらゆる事態に備え、何が起こっても対応できるようにしましょう。そのために、どうか知恵をお貸しください」

 

 若くはあるが、領主であるテナーがバリトンに頭を下げ、彼の協力を懇願した。

 テナーは自身が未熟である事を自覚している。領主として足りないモノが多いと分かっている。

 だから恥も誇りも捨てて頭を下げるのだ。

 この若さで領地を守るためなら、彼は喜んで恥をかく。

 

「わざわざ頭を下げる必要はない、テナー。私は元よりお前の相談役であり、お前の父になろうとしているのだ。教え子の窮地に駆け付けぬ先生も、我が子の願いを叶えぬ親も、私はお断りなのでな」

 

 バリトンはどこか尊大に、同時に穏やかに、テナーへ微笑みかけた。

 頼り甲斐のある相談役に、誇らしい父親に、テナーは感激の念がこみ上げる。

 

「バリトンさん……」

「ここは、お義父(とう)様、ではないかな?」

「そ、それに付いては、後々しっかり議論しましょう。今は凶兆への対策です。さぁ、僕の屋敷へ」

 

 バリトンのその呼称にはまだ恥ずかしさを感じるテナーは話題を逸らし、もとい本題に軌道修正した。

 テナーは対策の知恵をいただこうと、領主の仕事場へと誘導する。

 

「私も付いていきますよ」

「うむ。万一の場合、我々の護衛を頼む」

「お安い御用で」

 

 パースの同行をバリトンは護衛として受け入れ、パースも快く承った。

 そうして全員がテナーの屋敷に向かうべく、腰を上げる。

 

「ご主人様、こちらをお忘れなく」

「ん?ああ、携帯を忘れていたか」

 

 バリトンはエメラから、いつもは板状の物を包んでいる牛皮を受け取った。

 

「では、行ってらっしゃいませ」

「留守を任せる」

 

 エメラに送り出され、バリトンたちは執務室を出る。

 その牛皮から翠玉(すいぎょく)の輝きが漏れていない事に、最後まで気付かぬまま。



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第二十四節 例え死が目の前にあろうとも

「『スコーチ』!」

「だぁらっしゃあ!」

「この老骨、容易く食えると思うな!」

「勇者は負けない。負けられない!」

「ハァァァァァ!!」

 

 泉のスライムと交える撤退戦。

 レオナルドが触手の焼却、ユウダチにサーヴァンとエクスカリバーが触手の切断、カウが投擲された樹木の破壊。

 自らの役目に徹底し、その陣形をしっかりと維持し続けている。

 

「攻勢がいっそう増している……。『スコーチ』!他の奴らは逃げられたか!」

「手が空いた分、俺たちに回してる訳か。空いたのは手じゃなくて触手だけど、な!」

 

 レオナルドとユウダチが話しているように、少し前から攻撃が激しくなっていた。

 足手まといが居なくなったのは良いが、攻め手が多くなったのは良くない。

 と言っても、レオナルドが自身らの守りに意識を割けるようになったから、増減が釣り合って辛さはあまり変わっていないか。

 

「我々ももうすぐ(ふもと)です!このままなら、逃げ切れるでしょう!」

 

 上った距離も下がった距離も把握していたのか、サーヴァンは俺たちの生還を予期した。

 疲れも溜まってきているが、ここが力の抜けない大事な局面か。

 

「ハァ……ハァ……っ」

 

 しかし、カウの消耗は激しそうだ。

 3級以上の冒険者たちと力配分を合わせていたのだから、彼女の体力では限界に近いだろう。

 

「カウ、先に馬車まで走れ!」

「私、は……っ」

 

 エクスカリバーはカウの限界を察し、先に安全圏へと逃げよう指示するが、彼女は素直に応じなかった。

 自身の限界を把握できていない上に、自身が役に立てる立場は捨てたくないようだ。

 彼女は、誇りや献身に囚われている。

 

「カウ嬢ちゃん!頼む、行ってくれ!俺たちが着いたらすぐ出発できるように、準備させるんだ!」

「でもっ!私が抜けたら……!」

「おいおい、ここに居るのは誰だと思ってんだい。お前に戦い方を教えた先生と、お前が憧れてる勇者様だぜ?ま、俺の先生役はほんの一時(いっとき)だけど」

「……」

 

 一瞬でも間違えば死にかねない戦場で、それでもユウダチは笑顔を絶やさず、カウを諭した。

 これ程頼りになり、説得力のある姿はない。

 

「なぁ、勇者様。やれんだろ?」

「やれる、やれないじゃない。やるんだ。人命を守る。オレなら、勇者ならそうする」

「マジかっけぇなぁ、アンタ。俺もかっこつけたくなってきたぜ。という事だ、カウ嬢ちゃん。俺たちにかっこつけさせてくれよ」

 

 無駄に勇者然としたエクスカリバーの返しも含め、ユウダチはお茶目にカウの背を押した。

 ユウダチ、お前もかっこいいよ……。エクスカリバーの演技がそのかっこよさを邪魔してるけど。

 

「……っ!どうか、ご無事で!」

 

 カウは背を向け、走り出した。

 己の尊敬と憧憬が倒れない事を信じ、彼らの無事を何よりも祈ったのだ。

 

「さてさてさてぇ、これで負けちまったら最低にかっこ悪いよなぁ。そうだろ?レオナルド」

「……あまり(たが)を外すなよ」

「もちのろん!」

 

 何らかの許可をレオナルドから得たように、ユウダチの魔力が体外にまで(ほとばし)った。

 

(レオナルドだけじゃなく、こいつも手ぇ抜いてやがったのか。魔力が1段階増したみてぇだ)

 

 エクスカリバーが評価する通り、ユウダチから感じる魔力はさっきと段違いである。

 如何なる理由か知らないが、余力があるならさっさと出してほしい。

 

「行くぜぇ、ショウタイムだ!」

 

 右手に大槌、左手に長剣と、本来なら笑い者にされるような構えで、ユウダチはその実力を披露する。

 大槌は投擲された木を砕き、長剣が触手を切り落とす。

 2つの役割を、重く取り回しが悪そうな装備で(こな)していた。

 明らかに3級冒険者で収まる実力ではない。

 

「あの方、力を隠していたのですか」

「……すまない、事情があるんだ」

「構いません。今は心強いばかりでございます」

 

 サーヴァンの言及にレオナルドが代わって謝罪すれば、サーヴァンはその謝罪を受け入れて大人の対応をしていた。

 訳ありの冒険者は多く、踏み入らないのが身のためであるという。

 それが冒険者の鉄則らしい。

 何にせよ、俺としても本気を出してくれたなら心強い。

 

 撤退は順調。誰も欠ける事はない。

 

「麓が見えた!」

 

 森の切れ間、木漏れ日と違う強い輝きをレオナルドが指差した。

 俺たちは一気に森を抜ける。

 

「皆さん、早く乗り込んで!」

 

 残り1台の馬車からカウが呼びかけた。

 馬車は御者の鞭1つで出発できる状態なのが窺える。

 

「よくやった」

「ありがとうございます、お嬢様」

「でかした!」

 

 乗り込みながら、レオナルド、サーヴァン、ユウダチがカウにそれぞれの感謝を告げた。

 そして殿(しんがり)の殿、エクスカリバーにカウは手を差し伸べる。

 

「捕まって、勇者様!」

「ああ―――っ!」

 

 飛び乗る時間も惜しいと、エクスカリバーを引っ張り上げるための彼女の手。

 エクスカリバーはその手を取らないどころか、カウを突き飛ばした。

 感じたからだ、背後からの触手を。

 

 突き飛ばしたおかげでカウはその触手に絡め取られなかったが、せめてもの成果とばかりにエクスカリバーへと巻き付き、空中へと放り投げた。

 着地点には、スライムが待つ。

 今度は、余分な触手を出したりしない。

 

「レオナルド!」

「駄目だ、あの体積を一瞬でどうにかはできない!」

 

 泉のスライムは反省していたのだ。

 少量の体積では『スコーチ』か『フローズン』にやられてしまう。

 だから、大量の体積をエクスカリバーの着地点に用意した。

 直接対象に効力を及ぼす魔術は、それだけ相手の体積及び保有魔力量に依存するのだ。

 

 飲み込まれる未来が、訪れようとしている。

 もう、助からない。

 

(馬鹿を言え、テノール。オレは死なねぇよ)

 

 絶望した俺とは違い、エクスカリバーは折れていない。

 その視線は真っすぐ、一点を見つめている。

 青空にある黒色の点。しかし、徐々に大きくなり、輪郭を露にしていくそれ。

 それはドラゴンであり、背には誰かが乗っている。

 

 その誰かが手を伸ばす。

 今度こそ、エクスカリバーはその手を取った。

 

「王立近衛兵4番隊副隊長・ケイヴェ。ただいま勇者テノールと合流しました」



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第二十五節 最速である竜騎士

「王立近衛兵4番隊副隊長・ケイヴェ。ただいま勇者テノールと合流しました」

 

 近衛兵で長距離間移動最速を誇り、ラビリンシア王国でも数少ない竜騎士たるケイヴェが、俺たちの窮地に駆け付けた。

 遠方に急ぎの王命を受けた時もこの人の世話になったが、さすがの速さだ。

 どこから駆け付けたかは知らないが、とにかく助かった。

 彼女の助けがなければ、まず間違いなくオレは死んでいただろう。

 

(ケイヴェが来なくてもどうにかしたって)

 

 その『どうにか』を先に計画してから動け。

 

(無理だな)

 

 今すぐこの聖剣を手放したい。

 体の主導権はエクスカリバーにあるので無理だが。

 

「テノール様。状況の報告を願います」

「はい。現在、山で超巨大なスライムと出くわし、討伐は一旦諦めて撤退中です」

「……スライムを目視しました。撤退の妥当性を認めます」

 

 エクスカリバーをドラゴンの背に引き上げながら空中で旋回する最中、ケイヴェはまだ一部しか森より晒していないスライムを視認し、その巨大さを確認した。

 その上で、彼女も撤退すべきと判断する。

 

(ふもと)より出発した馬車は友軍の物ですか?」

「そうです。川の水位減少を調査する一団の護衛を、俺と共に請け負った人たちです」

「了解しました。友軍とも合流いたします」

 

 実に事務的なやり取りであるが、しかし確認作業を徹底し、次にすべき事を判断できている。

 伊達に1つの隊で副隊長をやっていない。

 

 ケイヴェは乗っているドラゴンを操り、カウたちの乗る馬車と並走させる。

 

「すっげぇ!竜騎士だよ、竜騎士!マジでかっけぇな!」

 

 並走するドラゴンにユウダチは暢気にも感激していた。

 お前はまだまだ余裕がありそうだな。

 

「勇者テノールの友軍で間違いありませんか?」

「そうだ。私は3級冒険者のレオナルド」

「同じくユウダチだ!」

「同じくサーヴァンでございます」

「は、8級冒険者のカウです!」

 

 ケイヴェの問いに、皆は簡潔に答えた。

 事態が事態なので悠長に自己紹介はしていられない。

 

「冒険者のレオナルド、ユウダチ。マインズ家の元侍従であるサーヴァン、マインズ家の次女であるカウ・マインズ。確認しました」

 

 ケイヴェは地味にサーヴァンやカウの素性を一目で見抜いていた。

 マインズ家は王都ドラクルでも有数の貴族であるから、全員の顔を頭に入れているのか。

 侍従まで頭に入れているのはちょっと恐ろしい。

 

「撤退、という事でよろしいですか?」

「ああ。あのスライムを相手にするとなると、森で戦うのは論外だ。少なくとも視界が通る場所で挑みたい。策も必要になるだろうから、落ち着いて話し合える場所と時間が欲しい」

「落ち着いて話し合える場所と時間として、ホーオまでの撤退を進言します。トータン領主であるテナー・トータン、及び領主相談役であるバリトンには凶兆を調査するよう、王命が下されています」

「そうか。では、ホーオまで撤退する」

「了解しました。ホーオまで撤退します」

 

 レオナルドとケイヴェは円滑に話を進め、ホーオまで撤退する事を決めた。

 否はないが話が早すぎる。いや、時間を浪費するよりは遥かに良いが。

 

「私たちは馬だ。どう足掻いても1日かかる。あのスライムに追い付かれる事はないだろうが、『兵は神速を(たっと)ぶ』と言う。そちらが先行し、領主と相談役に報告しておいてくれ」

 

 話は早く付けておくに越した事はない。

 そして、レオナルドたちは馬。こちらはドラゴン。

 どちらが早いかは、乗馬や御者に秀でたパースを抜いて、ドラゴンを駆るケイヴェが最速とされている事が示している。

 

「正当性を認めます。では、先行します」

 

 ケイヴェはドラゴンを一旦上昇させ、馬車から離れた。

 彼女のドラゴンが加速する時、余波と言うべきか、周りに突風を吹かせるのである。

 その余波で馬車が横転するのを避けたのだろう。

 元より、高速に移動中は障害物の回避が難しいため、障害物のほぼない空中が望ましいのだが。

 

「テノール様、固定具を装着してください。口を閉じてください。予備の保護眼鏡がありますので、そちらの装備を推奨します」

「分かってる」

 

 経験があるケイヴェの注意をエクスカリバーは素直に聞き入れた。

 これで1度酷い目に遭ったからな。

 (くら)から伸びる固定具のベルトを腰に回し、彼女の背負う鞄から保護眼鏡を取り出してかける。

 聖剣は一応鞘に収めたが、柄は握ったままだ。

 エクスカリバーじゃないと固定具が切れた場合、ドラゴンから振り落とされる。

 

(オレももうあの落馬ならぬ落竜は勘弁なんでな。主導権は貰っておくぞ)

 

 俺だって勘弁なので、甘んじて主導権を譲っておく。

 

「それでは、タラ。加速開始は5秒後です」

 

 タラとは、ケイヴェが従えているドラゴンの名前だ。

 本名はもっと長いそうだが、彼女のドラゴンはその略称で問題なく応対してくれる。

 

「5、4、3――」

 

 ケイヴェが秒読みすれば、ドラゴン改めタラの翼に魔力が集まる。

 

「――2、1、0!」

 

 秒読みが終わった瞬間、タラの羽根先が炎を噴き出す。

 その炎を噴き出した反動が、タラを加速させた。

 それが最速を誇るケイヴェ、彼女の従えるドラゴンであるタラの移動法だ。

 世界は縮んだかのように過ぎ去っていく。

 

 エクスカリバーは殴りつけるような風を必死に耐えるのだった。



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第二十六節 タイトル回収

 ケイヴェと共にタラと言うドラゴンの背で空の旅を過ごした訳だが、およそ3時間でホーオに辿り着いた。

 馬の体力を鑑みて休憩を挿むとしても約1日かかる距離を、たったの3時間だ。

 恐ろしく早いし、恐ろしい移動である。

 突風に常時襲われながらしっかり捕まっていなければならないのである。

 それができなければ、空中に放り出される。

 全く恐ろしい移動方法だ。

 

「ホーオ上空を旋回しながら速度を落とし、その後にトータン領主邸の前に着陸します。よろしいですか?」

「ああ、それで良い」

 

 同乗する俺の同意を受け、ケイヴェは着陸の手順を踏んでいく。

 速度を緩めず着陸しようものなら、着陸の衝撃で地面も搭乗者も大変な事になる。

 以前どうなるのか尋ねたら、『最低でも内臓の破裂は覚悟していただきますが、構いませんか?』とケイヴェが答えてくれた。

 構うに決まってるだろ。変な質問してすみませんでした。

 以後、安全着陸をお願いしている。

 

 そんな馬鹿な思考していたら、手順はもう着陸の段になっていた。

 タラは滞空し、徐々に高度を落としている。

 

「……。着陸成功です」

 

 タラが羽ばたきを止め、地に足が付いているのを確認してから、ケイヴェは無事に着地した事を言葉にした。

 タラの背より、彼女は疲れも感じさせずに軽やかな動作で降り、エクスカリバーは少し緩慢な動作で降りる。

 さすがのエクスカリバーも消耗したようだ。

 

(じゃ、任せた)

(おいこらふざけんな!)

 

 よりにもよってこの瞬間にエクスカリバーは体の主導権を返した。

 そうすれば、エクスカリバーは疲労感から解放され、代わりに俺がそれを背負う。

 いきなり重くなった体を明け渡されたため、俺は転びそうになった。

 だが、聖剣を杖にしてなんとか耐える。

 疲労感を押し付けられた恨みだ。せめて道具としてエクスカリバーを使う事で晴らさせてもらう。

 

(しょうもねぇ復讐だな)

 

 煩い。

 

「お疲れのところ申し訳ありませんが、領主テナーへ一刻も早く報告すべきだと提案します」

「もちろん、承知してるさ」

 

 女性の目の前で弱った姿を晒すなど、勇者としても男としても情けないので、俺は必死に背筋を伸ばした。

 杖にするのはこれくらいで許してやる、エクスカリバー。

 

「タラ、(せつ)の懐へ」

 

 タラはその指示に従い、まずはその身を蜥蜴(とかげ)くらいまで小さくする。

 このドラゴン、かなり特殊な個体のようで、種族由来だけではなく、固有の魔術も持っているのだ。

 それが、あの凄まじい加速『アフターバーナー』とこの小さくなる『ミニチュアゼーション』。

 その魔術名はケイヴェがタラから教えてもらったそうだが、タラが人語を話すとは思えないのだが。

 

 とにかく、小さくなったタラはケイヴェの懐、衣服の中へ襟の所から入っていく。

 羨ましいな。

 

(何が?)

 

 何でもない。

 

 ケイヴェは俺の雑念を他所に、トータン領主邸の門を叩いた。

 そうすれば、ドラゴンの着陸から様子を窺っていた侍従が門まで寄ってくる。

 

「こちら、王立近衛兵4番隊副隊長のケイヴェと勇者テノールです。領主への面会を希望します」

「ケイヴェ様ですね?テナー様、それとバリトン様がお待ちです。勇者様も、どうぞこちらへ」

 

 侍従は疑いもせずに門を開け、俺たちの案内を始めた。

 面倒がなくて助かる。

 親父が居るのは少し不思議だが、ケイヴェが来た時点でおおよそ察する。

 彼女が持ってきたテナーへの王命に協力しているのだろう。

 そして、その王命が下った経緯ももう予想できた。

 どうせ、『トータンに凶兆あり』と予言が出たのだ。

 それで、テナーはその凶兆を調査と対策に取り掛かっているのだろう。

 

 ここで面白い、いや、面白くないのが、その凶兆まで俺は推測できてしまう事だ。

 だって、絶対今回の凶兆である危険なスライムに会って、今しがた逃げてきたのだから。

 なんだって休暇中にこんな不運が襲い掛かってくるのだ。

 

(『勇者に安息はなく』ってな。多くある英雄譚とかと一緒だ。良かったな、お前も英雄の仲間入りだぜ?)

 

 最悪な気分だ。

 ただ楽に生きようと勇者になったのに、あんまりだ。

 

 そんな内心悲嘆に暮れていようと、時間は止まらない。

 止まらぬ時間は、侍従に案内された俺を目的地へと辿り着かせる。

 その目的地とは当然、トータン領主邸の執務室。

 テナーとバリトン、パースも待機していた場所である。

 

「テナー様、バリトン様、パース隊長。勇者テノールと合流し、帰還しました」

「ご苦労様です。テノールさんだけを、連れてきたようですが……」

「まさか、調査の一団は護衛含めて全滅を!?」

 

 ケイヴェの帰還報告を受け、同行が俺だけというのにパースが目を付ければ、テナーは最悪の事態と勘違いしてしまった。

 早とちりであるが、凶兆という事前情報があるのだから、その勘違いは仕方がない。

 

「大丈夫です。水位減少の調査団は、今のところ護衛も誰1人欠けていません。殿(しんがり)も3級冒険者の3人が務めていますし、敵は足が遅かったので逃げきれているでしょう」

「よ、良かったぁ……」

 

 俺が勘違いを訂正すれば、テナーは乗り出していた体を落とすように席に戻った。

 依頼主として、領主として、彼が一番気を揉んでいたのだろう。

 

「『逃げきれている』という事は、倒せてはいないんだな」

「すみません、父上。敵は、あまりにも巨大な、山の泉を埋め尽くしていたスライムでした。あの場で討伐するのは不可能だったかと」

「想定内だ。勇者が居るからと言って、凶兆がすでに解決されているなどと、私は楽観していない」

 

 親父は勇者である俺を責める事なく、ただ冷静に現状を引き出していた。

 これが無能だと責め立て、問題解決すると手の平を返したように褒め称えてくるのだが、やはり親父は無能ではない。

 

「では、対策会議だ」

 

 親父が場を取り仕切る。

 ここから、俺たちは反撃の手を整えるのだった。



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第二十七節 巨大スライム対策会議

「では、対策会議だ」

 

 親父の発言から、凶兆への対策会議が始まる。

 

「敵勢力はスライム1体ですか?」

「スライム1体だけです。しかし、その大きさは通常の個体と比較になりません」

 

 パースが敵の数を正しく把握しようとし、俺が答えつつ、それがただのスライム1体と認識して良いものではないと、改めさせようとした。

 パースはその認識が正しいのかを確認するため、他の意見、ケイヴェの意見を求めて視線をそちらへ投げる。

 

「勇者テノールの認識に誤りはありません。(せつ)が目視した触手1本の時点で、通常の個体と比較して2から3倍の体積がありました」

「氷魔術や炎魔術での打倒は無理そうですかね……」

「魔術で打倒する場合、近衛兵2番隊副隊長を含む数名が最低でも必要になると思われます」

「そうですか……」

 

 ケイヴェは自身の持つ情報で精度の高い計測をすれば、パースは彼女の計測を信じた上で項垂れた。

 予想以上に大きいスライム。今居る魔術師で打倒不可能であり、2番隊の救援は間に合わないと判断したのだろう。

 ケイヴェに運ばせるにしたって、複数人を乗せれば積載過多。『アフターバーナー』は使用不可となる。

 そもそも、あの殺人的な加速に2番隊員の何名が耐えられる事だろうか。

 以上の事から、スライムへの有効打である魔術、それでの打倒は叶わない。

 

「か、核はどうですか?スライムには核があって、それを破壊すれば倒せるでしょう?」

「残念だがテナー。今回において、核は弱点と言い難い。スライムは大きければ大きい程、核を守る粘体の壁が厚くなる。核に攻撃を届かせる前に阻まれ、スライムに飲まれるだろう」

「そう、ですよね……」

 

 スライムが絶対に持っている弱点、核の破壊に希望を見出そうとしたテナーだが、親父に虚しくも論破されてしまった。

 俯くテナーがとてもかわいそうである。

 

「さらに、成長したスライムは核を硬く成長されると言う。粘体を突破しても、硬い核を破壊するのは難しいだろう。粘体で威力を殺されるのだからな」

 

 親父は厳しくも論じ続け、テナーを執務机に突っ伏させた。

 とてもかわいそうである。

 

 というか、あのスライムは核なんてあっただろうか。

 

(あっただろうが、泉の中で浮いてた黒い球体。あれがあのスライムの核だよ)

 

 そういえば、冒険者の1人が球体を見つけ、エクスカリバーがそれに唸っていたか。

 

(スライムが居ねぇ泉の中に核があったからな。ま、結果は泉自体がスライムで、あそこに核があっておかしくねぇっつうこった)

 

 泉がスライムというのは、エクスカリバーでも予想外だったらしい。

 

(核がどんなに硬かろうが、オレに切れない物はねぇ。だが、剣が届かねぇんじゃどうしようもねぇ。斬撃飛ばしたところでなぁ)

 

 斬撃飛ばせるなんて初耳なんだが。

 

(飛ばせるぜ?こう、魔力を刃にして飛ばすんだ。そうすると、その魔力の刃に当たったもんは切れる。名付けて『魔力斬撃』っつってな。魔力結構使うから、生前はあんま使わなかったが)

 

 説明されても全く分からないが。俺の魔力を全部使ってなら、いけないのだろうか。

 

(いけねぇな。そもそも『魔力斬撃』じゃ核が切れねぇ。『魔力流浸食』と『魔力斬撃』は併用できねぇんだ)

 

 ……ちっ、使えん。

 

(なんか言ったか)

 

 いいえ何も。

 

 とりあえず、エクスカリバーでも駄目なようだ。

 魔術での攻撃も、レオナルドと言う実力ある魔術師でも駄目そうだった。

 

 ……本当にそうか?

 レオナルドの仲間、ユウダチが実力を隠していた。

 ユウダチはレオナルドの『あまり(たが)を外すなよ』という許可で、それでも1段階魔力が増していた。

 なら、レオナルドも実力を隠し、本気を出せばあのスライムを倒せるのではないか。

 

(お前が死にそうって時にその箍を外してくれなかった奴に、どうやって本気を出させるんだ?)

 

 言われてみれば、俺の体がスライムの上に放り投げられ、もう飲まれるしかない状態になっても、レオナルドは本気を出さなかった。

 ユウダチみたいにほんの少しだけ実力を引き出せないだろうか。

 

(仮によ、1段階引き出させたとしてもだ。レオナルドだけじゃあ、あのスライムは倒せねぇぜ?)

 

 それもそうだ。

 魔術戦闘の専門家である2番隊員が複数名必要だと、ケイヴェは計測していた。

 たかだか1人の魔術師を頼ったところで意味がない。

 

 いや、待てよ?

 レオナルドは『スコーチ』でスライムの触手を焼却していた。

 つまり、多少なりともスライムを削れていたのだ。

 

(削って、それで?再生力はなかなかあるぞ、スライム。削った瞬間に跳び込むか?そのまま飲み込まれるぜ?だいたい、スライムの大きさからすると、核も高い位置にある。削らせた瞬間に跳び込んで、核まで泳いでいくか?)

 

 高い位置まで跳ばなければならない。

 早く核まで行かなければならない。

 

 では無理か?

 いいや、無理ではない。

 

(エクスカリバー。駒は全部揃ってる、都合が良すぎるくらいにな)

(ほう……?じゃあ、やってみるか?)

(やるさ、俺の名声のために)

(いつも通りで安心したぜ)

 

 俺は不敵な笑みを浮かべれば、エクスカリバーは鏡のように同調した。

 まだ概要も話していないが、こいつは乗り気なのである。

 死線を潜る。そんな事を己の体でやってきた戦闘狂だ。

 巨大スライムとの死闘など、戦闘狂のこいつにとっては楽しい遊びでしかないのだろう。

 

「どうした、テノール。何かあったか」

 

 黙っていた俺が急に笑みを浮かべたものだから、親父が怪しんできた。

 ちょっと恥ずかしいが、切り出すには丁度良いだろう。

 

「皆さん、聞いてください。策が思い付きました」

 

 俺は、俺の策を皆に伝えるのだった。



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第二十八節 冒険者たちの裏事情

「まずは冒険者レオナルドらと合流する、でお間違いないですか?」

 

 トータン領主邸前にて、ケイヴェは伝えた策の最初を確認した。

 俺が伝えた策はレオナルドたちの力が必須なのである。

 

「そうです。すみません、お疲れでしょうにまた運ばせて」

 

 日にちはスライムから撤退したのと同じだ。

 王都ドラクルから東の都ホーオへ、そこから山へ、次にその山からまたホーオへ、最後にまた山へ。

 最初の移動で休みを挿んだとしても、ケイヴェの総合移動距離は大変な事になる。

 俺でも彼女の疲労を心配してしまうくらいだ。

 

「問題ありません。(せつ)及びタラの許容範囲内です。しかし、この策が終了次第、隊長より休むよう厳命が下されております」

 

 それはそうだろう。

 その労働は質と量を加味すれば殺人的だ。

 だと言うのにケイヴェは平気な顔をしており、上司から厳命されなければ休みそうにない。

 なんだこの人は。もしかして彼女も激務に慣らされてしまった類か。

 ご愁傷様だ。

 

「その他、質問や事前の注意事項などありますか?」

「いえ、ありません」

 

 ケイヴェの真顔に圧を感じ、俺は即座に首を横に振って話をさっさと進めた。

 怖い、と言うよりは、なんだか自分もさっさと仕事に取り掛からなくちゃいけないような、そんな気がしてきたのだ。

 

「では、搭乗をお願いします」

 

 すでに元の大きさへ戻っているタラ。ケイヴェはその背に騎乗する。

 

「勇者様、行かれるんですね」

 

 俺がタラに乗ろうとしたところ、テナーが心配そうに声をかけてきた。

 死ぬかもしれない場所に、知人を送りたくはないのだろう。

 

「ああ、行くよ。テナーに安心してほしいからな」

 

 そんな彼に、俺は勇者然とした態度を取った。

 他人の安心を得るために死地へ向かうなんて、まさに勇者だろう。

 できるなら死地になんて行きたくなかったが、勇者としての名声を守るため、行かねばならない。

 まぁ、策があるから死地という程でもないが。

 

「……。どうか、どうか死なないでください。義兄(にい)様」

 

 テナーは涙ぐみながら、生還を懇願した。

 ここで『義兄(にい)様』と呼ぶのも、なかなかに人の心を動かしてくる。

 実に良い演出だ。俺の勇者らしさも稼げる布石である。

 

「帰ってきたら一緒にアップルパイでも食べよう、テナー。父上の林檎を使った、な」

「……はいっ」

 

 拭ってなおも涙を零しながら、テナーは頷いた。

 これで勇者である兄が弟に生還を約束する、とても感動的な場面ができあがったのだ。

 勇者としての人徳も、兄としての好感度も稼げただろう。

 

「それでは、出発します」

 

 ドラゴンは空を飛ぶ。

 俺も見つめ続けるテナーを、俺は見つめ返し続けた。

 演劇の一幕かと疑ってしまう程、完璧な出兵だった。

 

 

 

 日が沈みつつある時刻。

 幸運な事にレオナルドたちが休憩しているのを発見した。

 視界が利かなくなる前に彼らは野営の準備をしたかったのだろう。

 全速力で走っただろう馬を休める意味もあるか。

 

「勇者様!」

「どうした?なんで戻ってきたんだ?」

「ホーオで策を練るんじゃなかったのか?」

 

 喜ぶカウに、疑問を口にするユウダチとレオナルド。

 ユウダチはまだ気軽のものだが、レオナルドは最悪の事態を予想したように深刻そうだ。

 

「端的に言いますと、策は練り終わりました」

「本当か!」

 

 予想が覆ったレオナルドがことさら驚いていたが、そのレオナルド含め、皆は喜色一色だった。

 しかし、そう喜べたモノでもない。

 その策の前提が、レオナルドの実力にあるからだ。

 

「レオナルドさん、訊きたい事があります」

「……なんだ」

 

 俺が真剣な雰囲気を纏えば、レオナルドはまた深刻そうな雰囲気になってしまった。

 何を問われるのか、身構えているのだろう。

 秘密が多そうだし、訊かれたくない事も多そうだ。

 

「貴方は実力を隠していますね?」

 

 だが、それでも追及する。

 

「……何故、今にそれを?」

「貴方の隠した実力が必要だからです」

「……」

 

 やはり、これは追及されたくなかったモノか。

 レオナルドは押し黙り、俺を睨む。

 

「全力を出せ、とは言いません。だから、ユウダチさんがしたように、少しだけでも力を貸していただけませんか」

「……まず、全力は出せない」

 

 俺が頼み込むと、レオナルドは口を開いた。

 第一声が否定であるが、言葉は続く。

 

「実力の一部を引き出すのも、難しい。私は、とある使命を帯びている。そのため、目立つ事はできない」

 

 続く言葉も、消極的な否定だった。

 ここから、俺は交渉していかなければならない。

 レオナルドの情報が少ない状態の、厳しい交渉だ。

 そうして、交渉の口火を切ろうとした時だ。

 

「レオナルド。それって、人の命よりも大事か?」

 

 ユウダチがレオナルドを説得しにかかったのだ。

 

「……」

「そうじゃねぇよな。……分かる、分かるぜ。お前が本気を出したくない理由も分かるよ。でもさ、それを優先して人の幸せが崩されていくのを見過ごすか?」

「……私たちは万能の神じゃない。何もかもを救える力はない」

「だけど!今回は救えるだろ!?」

「……」

 

 レオナルドの歯噛みが、握り拳が、次第に強く締まっていく。

 

「なぁ、やろうぜ!?やらなかったら、俺たちはずっと後悔する!あの野郎に笑われるし、リーダーに顔向けできない!」

 

 『あの野郎』と『リーダー』について、こっちには不明だが、ユウダチとレオナルドは共通認識のようだ。

 

「……だが」

「やらねぇっつうなら俺がやる!全力出してでもやってやる!」

「お前……」

「どうする、親友」

 

 ユウダチとレオナルドは互いにまっすぐ相対し、その目で語り合う。

 数秒して、レオナルドから視線を逸らせた。

 

「……私の負けだ。やろう」

 

 レオナルドは折れたのだ。

 親友の思いに、彼は感化される。

 

「そう来ると信じてたぜ!全く、頑固なんだからよぉ!あっはっはっはっ!」

「その一言は余計だ」

 

 レオナルドはユウダチの頭を叩くが、ユウダチは構わず笑顔だった。

 そんなユウダチへ溜息を吐き、レオナルドは俺の方へ向き直る。

 

「少しばかり本気を出してやる。策を教えろ」

 

 多少不機嫌ながら、レオナルドは策に乗る姿勢を取ってくれたのだった。



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第二十九節 スライム決死戦

 夜は明けた。

 山とホーオを結ぶ道のど真ん中。ここがスライムとの決戦、その前線基地だ。

 人員は俺、カウ、ユウダチ、レオナルド、サーヴァン。

 御者はすでに逃げてもらい、ケイヴェは別行動中である。

 

 別行動中も含めて6人の前線基地。

 巨大な魔物に挑むような数では絶対ない。

 しかし、この6人こそが、現状打倒しうる戦力であり、最適解なのだ。

 

「ユウダチ様はあまり気にせず力を込めてください。私めが釣り合うように調整いたします」

「ああ、頼むぜ」

「わ、私も頑張ります!」

「もちろんだ、カウ嬢ちゃん。お互い頑張ろうな」

「はい!」

 

 ある意味で策の正否を別けるサーヴァンたちが、最終の打ち合わせをしていた。

 頼むから本番で失敗しないでほしい。

 失敗すると俺が酷い目に遭う。

 

「私が今出せる限りの力で、核への壁が薄くなるように削る。それで構わないんだよな」

「ええ、構いません。お願いします」

 

 レオナルドもサーヴァンたちと似たように最終の打ち合わせ。俺に自身の役目を確認しに来た。

 結局全力を出せない事に後ろめたさでもあるのか、レオナルドはこちらに素直に従ってくれている。

 

「……もしもの場合は安心しろ。ユウダチがどうにかする」

 

 ユウダチが『全力を出してでもやってやる』という事についてだろう。

 何故にもしもの場合でないと全力を出してくれないのか、文句を言いたいところだが、文句を言ってレオナルドが不機嫌になられても困る。

 

「ありがとうございます。保険があるならば、俺は気兼ねなく行けます」

 

 ユウダチの全力を保険と前向きに解釈し、俺は笑顔を受け応えた。

 

「ふん。勇者という奴は、古今東西変わらない」

 

 レオナルドは鼻を鳴らして背を向け、何やら呟きながら俺から離れる。

 冒険者仲間であるユウダチに頑固とか素直じゃないとか言われるだけあり、彼の社交性には難がありそうだ。

 

 そんなこんなで時間を潰せば、ケイヴェが別行動を終えて合流する。

 

「観測結果により、スライムが真っすぐホーオへ向かっているのは間違いないでしょう。1時間後には接敵すると思われます」

 

 彼女はスライムの動向を探るために別行動していたのだ。

 そして、そんな彼女が良い知らせを持ってきた。

 スライムがまだあの山に陣取る可能性はあったが、見つかったからにはもう暴れる気のようだ。

 今回の策は山から出てきてもらうのが必須条件だったから助かる。

 山に籠ったままの場合は、2番隊隊長を待って、より安全な攻略ができたのだが。

 

 何はともあれ、1時間後に策のお披露目だ。

 

「では、皆さん。気を引き締めていきましょう」

 

 俺は皆に活を入れ、万一の失敗がないように備えた。

 

 

 

「スライム、目視しました」

 

 ケイヴェがそう指し示す先、スライムが遠目に見えた。

 移動速度は馬よりも遅いが、あの泉を埋め尽くす巨体となると圧巻だ。

 

「陽動、開始します」

 

 ケイヴェは次の役割、俺たちが狙われないよう、スライムの注目を集めるために飛び立つ。

 炎の吐息まで吐いてくるドラゴンだ。あの巨体でも無視できまい。

 

「すぅ……。The() flame(フレイム), shape(シェイプ) a() sphere(スフィア).」

 

 続いて、レオナルドが魔術を詠唱する。

 彼を中心に渦巻く魔力だけで、彼の1段増した魔力が感じられた。

 その魔力量はユウダチすら越えている。

 

The() place(プレイス) is(イズ) 200(ツーハンドレッド) meters(メーターズ) above(アバーブ) the() sky(スカイ). Radius(レディアズ) is(イズ) 50(フィフティー) meters(メーターズ). The() temperature(テンパーチャー) is(イズ) 1000(ワンサウザンド) degrees(ディグリース) Celsius(セルシウス). Aim(エイム) at(アット) the() point(ポイント) where(ウェアー) this(ディス) cane(ケイン) points(ポインツ).」

 

 しかもその詠唱は破棄でも短縮でもなく、おそらくは完全詠唱だ。

 これはかなりの効果が期待できる。

 

「す、スライム、近づいてます!」

 

 カウが言うように、徐々にされど確かに近づいてくるスライム。

 時は近い。

 もう少し、もう少しと、レオナルドは機を窺っている。

 そして、時は来る。

 

The() flame(フレイム), burn(バーン) the() enemy(エネミー).『クェーサー』!」

 

 灼熱の大火球が、レオナルドのはるか頭上に生まれた。

 見た事も聞いた事もない魔術だが、間違いない。

 あれは、上級炎魔術だ。

 

 生み出された大火球はレオナルドが己の杖で差した先を目指す。

 差した先は当然、あのスライムだ。

 

 水分が急激に熱され蒸発するような音を響かせる。

 大火球は着実にスライムを焼却していた。

 しかし、その大火球もスライムに押し負け、その火を弱まらせていく。

 ついぞ、核にまでは届かなかった。

 だが、スライムの粘体を減らし、核までの壁は薄くなっている。

 好機は今だ。

 

「射出組!」

「言われなくても!」

「いつでも行けます!」

「我々が送り届けてみせましょう!」

 

 俺が促すまでもなく、ユウダチ、カウ、サーヴァンは準備していた。

 彼らは手を重ね、その手に何かが乗るのを待っている。

 

(任せた、エクスカリバー)

(あいよ!)

 

 俺は聖剣に手をかけ、エクスカリバーに体の主導権を渡した。

 そうすれば、エクスカリバーはユウダチらの元へ駆けていく。

 そうして、彼らの手に足を乗せた。

 

「いっけぇえええええええ!!!」

「やぁあああああああああ!!!」

 

 彼らは足を乗せたエクスカリバーを、全身全霊で射出する。

 スライムの核へと一直線。

 エクスカリバーは矢の如く、いや、もはや流れ星の如く射出されたのだ。

 これがスライムに回復させず、粘体を防御に回す暇も与えずに決定打を打つ俺の解答。

 決死の人間投擲である。

 

 まだ『クェーサー』のダメージが抜けないスライムは、思惑通り防御が間に合わず、エクスカリバーが核を目前とする。

 射出の勢いのまま、『魔術流浸食』を帯びた聖剣が粘体を切り抜け、スライムの核に触れ――

 

「切り裂けぇえええええええええええ!!!」

 

――核を真っ二つに裂いた。

 

 核を破壊されたスライムはその体を維持できず、ただの水となって流れ崩れる。

 

「作戦完了です。お疲れ様でした」

 

 空中に投げ出されていたエクスカリバーはケイヴェに回収され、無事にスライムを打倒したのだった。



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第三十節 スライムは倒した、スライムは

 スライムとの決死戦を繰り広げた後、馬車をドラゴンに引かせてホーオまで決死戦の人員は帰還した。

 ドラゴンの引く馬車の感想は言わずにおこう。

 とりあえず、できるなら今後は乗りたくない。

 

「報告します。勇者テノール、マインズ家次女カウ、マインズ家元侍従サーヴァン、冒険者ユウダチ、冒険者レオナルド。その5名の手によって巨大スライムは討伐されました」

 

 そうしてトータン領主邸にて、ケイヴェは親父とテナー、パースの前でスライム討伐を証言していた。

 勇者である俺が証言しても良かったが、この面子で最も嘘を吐かず、最も信頼されるのはケイヴェになるだろう。

 近衛兵として隊長に報告義務もある。

 2度も報告させるくらいなら1度にまとめさせよう、という人選なのだ。

 

「またまた大手柄ですね、テノールさん。褒賞もたんまり貰えるんじゃないですか?」

 

 そうでなくては困るが、パースに『またまた』と称された通り、何度も事件やら騒ぎやらに遭遇している身としては、素直に喜べなくなってきた。

 そろそろ平穏な一時(ひととき)が欲しいと、つい苦笑してしまう。

 

「巨大スライムを討伐していただき、ありがとうございます。皆様には是非、領主として感謝の品を送りたいのですが……。あの、ユウダチとレオナルドという方は?」

 

 テナーが不思議がっているように、報告には登場するその2人はこの場に居なかった。

 

「冒険者ユウダチ、冒険者レオナルドの2名に関しましては、この場への不参加を希望されていました。そのため、ホーオに着いた時を以て別れています。『私たちに報酬を寄越そうと言うなら、この事件への関与を伏せる事で報酬としてくれ』、という伝言を預かりました」

 

 そう、ユウダチとレオナルドは報酬を辞退したのだ。

 元より、使命とやらで目立つ事を避けていた。

 だが、まさか金銭すら受け取らないとは、とても信じ難い思考である。

 

(……まぁ、お前にとってはな)

 

 何か言ったか。

 

(何も?)

 

 絶対何か言ってただろうが、まぁ、追及したって答えは返ってこない。

 

「ユウダチ、レオナルド……。その人たちは3級冒険者でしたよね?」

「そのように彼らは申告し、冒険者証も3級と明示されていました。しかし、3級に収まる実力ではないと、(せつ)は推測します」

 

 パースは不審な2人について詮索し、ケイヴェも不審さを後押ししていた。

 確かに、あの2人は色々と不審であったのだ。

 

「そうですか……。少し調べた方が良さそうですかね……」

「追跡しますか?」

「貴女は休みなさい」

 

 あれ程労働して、まだ労働する気があるケイヴェを、さすがのパースも諫めた。

 隊長として、部下の面倒はしっかり見ているようだ。

 

「了解しました。国王への報告が済み次第、休暇を頂きます」

「本来ならそこも私が変わりたいんですけど……」

「国王への報告までが拙への王命です」

「ですよねぇ」

 

 ケイヴェに譲らない一線を引かれてしまい、パースは意見を下げるしかなかった。

 命令の優先度も、王命と比べてしまえばパースの方が下になってしまうし、彼女の弁は至極真っ当なのだ。

 他の隊員だったらもっと融通が利きそうなものだが、彼女はそうならない。

 仕事熱心な部下に、パースは意外と頭を抱えているのかもしれない。

 

「では、国王への報告は任せますよ。テノールさんは私が王都まで送り届けますから」

「了解しました」

 

 王命にない部分くらいはケイヴェもパースに従った。

 この人、色々と大丈夫なのだろうか。

 パースとか王とかに無茶な命令されても従いそうだ。

 

「報告は以上となります。次の命令がありますので、拙の退出を許可いただけますか?」

「はい、退出してもらって大丈夫です」

「感謝します。拙は失礼させていただきます」

 

 最後まできっちりとした態度で、テナーの許しを得てからケイヴェは退出した。

 

「さて、一件落着か」

 

 親父は息を深く吐き出し、椅子にその身を預ける。

 凶兆という事で親父も張りつめていたのか。

 

「改めまして。皆様、今回は真にありがとうございました。多少ではありますが、報酬をお受け取りください」

 

 テナーはまだ気を抜かず、領主としての務めを果たす。

 彼は貨幣がぶつかり合う音を鳴らしながら、革袋を取り出した。

 まずこれが、金銭的な報酬という訳だ。

 

「あ、あの。私が貰っちゃうのはちょっと(まず)いかなぁ、と。私、これでも一応貴族なので。領主からお金を貰うのは……」

 

 カウは革袋の受け取りを、テナーにも気遣いながら渋った。

 どうやら世間体というか、領主と貴族の癒着を疑われないか心配しているようだ。

 

「この報酬は冒険者カウへの依頼達成報酬とします。冒険者組合にもそう記録が残るように手を回しますので、ご心配なく」

「あ、ありがとうございます!それなら有り難く頂戴します!」

 

 テナーは見事な対応でカウに金銭を受け取らせた。

 その適切な処理は非常に優秀な領主の証左だ。

 

「勇者様も、どうぞ」

「いや、俺はいらない。テナーから受け取るのは忍びない」

 

 テナーからの差し出された革袋を、俺は受け取らなかった。

 この受け取り方はあまりよろしくないと、俺は判断したのだ。

 本音としては受け取りたいが。

 

「で、でも、勇者様も依頼を受けたのですから……」

「良いんだ。身内で金のやり取りなんて、悲しいじゃないか」

「え、いや、あの……」

 

 急に身内宣言したからテナーは怯み、頬を赤らめていた。

 可愛らしいな。

 

(テノール、人の趣味に口出すのは不躾だけどよ。さすがにその趣味は控えた方が良いぞ……)

 

 勝手に変な趣味を付加するんじゃない。俺は至って健全だ。

 

(自覚なしか……)

 

 分かった、これは構ってはいけない奴だ。

 良し、無視しよう。さっさと、テナーとの話も詰めねばならないし。

 

「その代わり、今度美味しい物を食べよう。一緒にな」

 

 そう、俺は金銭での報酬ではなく、物品での報酬を受け取りたかったのだ。

 こうすれば風聞は比較的良いし、さらにはテナーへの貸しを長く維持できる。

 貸しとは長く維持すれば維持する程に利息が付く。

 対人的な貸し借りだと相手の人格にもよるが、テナーは利息が付く類だろう。

 

(下衆いなぁ)

 

 利益をより効率良く得ようとして何が悪いのか。

 

「は、はい!その時はご馳走します!」

 

 テナーも喜んでいるのだ、俺は何も悪くない。

 両者が得をしている、実に幸せな貸し借りだ。

 

(下衆い)

 

 そんな『下衆い』って連呼しても俺は何も気にしないからな。

 

「さて、私は一旦家に戻る。1日空けてしまったからな」

 

 一段落着いたところで親父は腰を上げた。

 自身の侍従らに警戒している節がある親父は、1日家を空けただけでも気になってしまうらしい。

 

「だったら俺も家に。疲れたので体を休めたいです」

「皆様に我が家で夕食を振る舞いますので、その時までには」

 

 テナーに夕食をお呼ばれし、これには俺も親父も頷いた。

 そうしてから俺と親父は家へと足を向ける。

 

 この時、俺は予期すべきだったかもしれない。

 勇者に安息はないのだと。

 

「なんだ、これは……」



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第三十一節 翠玉の宝石板

「なんだ、これは……」

 

 親父は目に入った惨状に、言葉を失った。

 親父の屋敷ではなんと、侍女たちが氷漬けにされていたのだ。

 

「いったい、誰がこんな……」

 

 氷柱の中に閉じ込められた美女たち。恐怖している形相がそのまま保存されている。

 犯人は何故、こんな事をしたのか。

 俺には見当も付かない。

 

「エメラ……。エメラ!何処だ!」

 

 親父は侍従長の名を、怒っているように、焦っているように叫びあげた。

 そうしながら、親父は自身の執務室へと進んでいく。

 

「エメ、ラ……?」

 

 辿り着いた場所にあったのは、途中の侍女たちと同じ様相。

 つまりは、エメラの氷漬けだった。

 エメラは多くの侍女たちに刃物を向けられながら、毅然として立ちはだかった姿が氷柱に保存されている。

 歯向かった侍女たちも、立ちはだかったエメラも、お互い氷漬けにされているのは謎だ。

 氷魔術合戦でも繰り広げたのだろうか。

 親父はその様相に驚愕を覚えながら、しかしすぐに不機嫌さを顔に出す。

 

「エメラ、これは何の真似だ。おい、エメラ!エメラルド・タブレット!!」

 

 ベルトから下げていた石板、牛皮で包まれたその板を手に取り、親父は怒鳴り付けていた。

 あまりにも怪奇的な行動に、俺はつい口を突いてしまう。

 

「お、親父?石板に何をやってるんだ?」

「石板?違う、これは宝石板だ。あいつと連絡が取れるな」

「いや、確かに昔から親父が大事そうに持ってたのは翠玉(すいぎょく)の宝石板だったが、それはただの石板だぞ?」

「……は?」

 

 親父は俺に指摘され、改めて手に持った物を見つめる。

 そうすると、次第に目を()く。

 

「クソッ!嵌めたな、エメラっ……。この時を待っていたか!」

 

 親父は相変わらず、目の前で氷漬けにされている人間へ怒りを露にしていた。

 死人を怒るとは、いったいどうしたと言うのだ。

 

「親父、その……。説明を頼めるか?」

「説明は後だ。とりあえず、エメラは死んでいない。入れ物が壊れただけに過ぎん」

「入れ物が壊れた?」

 

 俺の質問に意味不明の言葉だけ残し、親父は執務室を漁り出す。

 

「奴は何を狙った……。何で私を貶めようと画策している……」

「な、何か盗まれたって事か?」

「分からん。奴の思考は私でも読めん。だが、貶めようとしているのは確かだ」

 

 必死に失くし物の有無を特定しようとしている親父。

 その発言は支離滅裂だ。

 

 『奴』とは、エメラの事だろう。

 だが、この惨状から察するにエメラは犯人から盗みを防ごうとした側だ。

 そして、侍女たちは盗もうとして側。

 侍従長を除いた侍女たちの裏切りと考える方が自然である。

 なのに、親父はエメラを犯人と思い込んでいる。

 

(ははぁん。どうやら、茶番劇があったみてぇだな)

 

 『茶番劇があった』とは、どういう意味なのだろう。

 

(侍女がエメラ以外白髪赤目なのは言ったよな?それがアルビノの特徴だって事も)

 

 親父の屋敷に訪れた初日だっただろうか。そんな事を言われた記憶はある。

 

(アルビノは珍しい。偶然にもアルビノの侍女が揃うなんて事はあり得ねぇ。偶然じゃねぇなら必然だ。じゃあ、その必然はどうやって必然にされた?)

 

 こっちはさっさと真実が欲しいのに、エクスカリバーは謎かけをしてきた。

 アルビノが揃う必然なんて、それは親父がアルビノを選んで雇ったからではないのだろうか。

 

(アルビノは珍しいって言ってんだろうが。選んでここまで集められるかよ)

 

 エクスカリバーは呆れているが、俺は全く腑に落ちない。

 じゃあ、親父はどうやってこんなにアルビノを集めたんだ。

 

(しょうがねぇなぁ、手掛かりをやるよ。手掛かりは、オレの存在と、親父さんの『入れ物』っつう発言だ)

 

 勝ち誇った顔が非常に腹立たしいが、手掛かりを貰ったので良しとする。

 それで、手掛かりはエクスカリバーと入れ物か。

 

 聖剣エクスカリバー。世に広まる伝説は全て嘘だが、少女の魂が宿っている不思議な剣。

 ……魂が宿っている?

 これは言い換えれば聖剣が魂の入れ物、という事にならないか。

 

 親父は『入れ物が壊れただけ』と発言していた。

 肉体に魂が宿っているのは当然だ。

 人が死んで、『入れ物が壊れただけ』と捉えるのはおかしい。

 でも親父は正気だった。

 ここから導き出される結論は――

 

「……エメラは、あの侍従長の体は、ただの作り物?」

 

 その結論に至り、俺は思い出す。

 人造人間、ホムンクルス。

 ホムンクルスは何か手を加えない限り、白髪赤目という特徴を持って生まれる。

 逆に言えば、手を加えればその特徴は消せる。

 エメラは、ホムンクルスの特徴を消して生み出し、その肉体に宿る。ホムンクルスを魂の入れ物としたのだ。

 同時に、あの侍女たちは全員ホムンクルスである可能性が出てくる。

 特徴を消す手間をかけなかった量産品という事か。

 

「親父、侍女たちってもしかしてホムンクルスか?」

「……」

 

 あくまで念のため確認を取ろうと親父に訊けば、親父は忙しなく探し物をしていた手を止めた。

 その反応が、何よりの答えだ。

 だが、俺はさらに追及する。もう1つ、その先の推測を語る。

 

「エメラルド・タブレット。あの宝石板に宿っていた魂が、親父にホムンクルスの製造法を教えたな」

 

 エメラという魂が元々あった場所。親父に知識を授けたという『学術書のような物』。

 全てはその推測で、説明が付く。

 

「……そうだ。エメラルド・タブレットに宿る魂が、私に知識を授けた。お前を教育できたのも、私が成り上がれたのも、ホムンクルスを量産できたのも、その魂があったからだ」

 

 親父は観念した。

 俺を見つめ、誠実に真実を開示したのだ。

 だが、親父からは後悔も負い目も感じない。

 親父は、やるべくしてやった。

 そこに後悔も負い目もあろうはずがない。

 

「テノール、その事については後だ。あの魂は、人の没落を愉悦としている。奴の企てを阻止しなければ、私は地位と名誉を失うだろう」

「……分かった」

 

 この場では全てを開示してもらえないのは釈然としないが、親父が貶められるのは放っておけない。

 親父が犯罪者では風聞が悪い。

 

(結局自分の事かい)

 

 親父だって自分優先に行動している。お相子だ。

 

「まずは、明かせるところだけ明かしてテナーに協力してもらう。私の手には余る」

「俺も協力する」

「助かる。どうせ自分のためだろうがな」

 

 読まれていた。さすが俺の親父だ。

 

「では、テナーの屋敷だ。行くぞ」

「ああ」

 

 俺の自己中心的な行動基準を諫めず、親父は自身の目的を果たそうとするのだった。



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第三十二節 狡猾な罠

 親父と共にトータン領主邸、テナーの屋敷に向かう。

 表の目的は、バリトン邸の侍女を氷漬けにした犯人を探す協力者を得るため。

 裏の目的は、エメラルド・タブレットの企みを阻止するに足る人員を得るため。

 

 そうして辿り着いたところで、屋敷の玄関に人が集まっていた。

 テナーとパース、カウとサーヴァン。それに、知らない男がそこに居る。

 

「お待ちしておりました、バリトン殿」

 

 その知らない男は、威嚇でもしているかのように、口角を高く吊り上げていた。

 親父に対して敵意があるのは明らかだ。

 他の者たちは、敵意とまで行かないまでも警戒心を滲ませていた。

 テナーに至っては俯き、親父から目を背けているようである。

 

「マニ、なんのつもりだ」

 

 俺の知らぬ男はマニと言うらしく、当然ながら親父とは面識があったようだ。

 静観する他の者らにではなく、親父はその男・マニを睨む。

 

「なんのつもりと、そう仰いますか?貴方様も薄々勘付いておられましたでしょうに。いや、勘付いていて受け入れられないか、この犯罪者!」

 

 もはや微塵も敵意を隠さず、マニは礼儀正しかった態度を一転させた。

 同時に、親父を犯罪者と高らかに称したのだ。

 

「犯罪者だと?この私が?」

「白を切っても無駄だ!お前が奴隷を取引した契約書が、俺の手の中にあるんだよ!」

 

 親父の言い逃れを打ち負かそうと、マニは自信満々に1枚の用紙を取り出した。

 その紙には、『奴隷売買契約』と、これ見よがしに記されているのだ。

 

 奴隷の取引はラビリンシア王国において犯罪とされている。

 人の権利を(ないがし)ろにした行為だと、世界各国でも重罪として扱われているのである。

 だから、奴隷を取引した経歴がある者は世界各国で重犯罪者として、居場所を追われ続ける事になる。

 

 マニはまさしく、親父の地位と名誉を奪う決定打をその手にしていたのだ。

 それが、バリトンの物であったなら、の話だが。

 

「お前の侍女が俺に密告してくれたよ。奴隷に足を掬われるとは、お笑いだなぁ!あっはっはっはっ!」

 

 マニから指名されたように、白髪赤目の女性、バリトンの侍女が歩み出る。

 その侍女もマニの高笑いに釣られたのか、怪しい笑みを浮かべていた。

 

 俺は、違和感を覚える。

 マニはその侍女を差して奴隷と言った。

 しかし、その侍女は奴隷ではない。ホムンクルスだ。

 話がどうにも噛み合っていない。

 

「はぁ……。嵌められた訳だな、マニ」

 

 親父はマニから語られる噛み合わない話に、冷めた様子で溜息を吐いた。

 嵌めた。誰が誰を嵌めた?

 いや、深く考える必要はない。

 バリトンの侍女が、マニを嵌めたのだ。

 

「そうだ、お前は嵌められたんだ。この俺に!」

 

 しかし、その事実を理解したのは親父と俺だけ。

 マニは相変わらず、道化となっている。

 

「どうして農民如きが成り上がれたのか、不思議でしょうがなかったが。その答えも分かった。これだな?この、エメラルド・タブレットだな!?」

 

 マニは紙と別に、もう1つ高らかに掲げた。

 翠玉(すいぎょく)の宝石板。親父が昔から大事に抱えていた物。知識を授ける者の魂が宿る入れ物。

 どうやら、マニもその宝石板の事を知っていたようだ。

 

「この宝石板は所有者に英知を与える。だが、その英知で成り上がった者には破滅を約束するという、貴族や金持ちの一部で伝え広められていた曰く付きの品だ」

 

 なんと、あの宝石板にはそんな縁起でもない言い伝えがあったらしい。

 宝石板に宿る魂は人の没落を愉悦としていると、親父も評していた。

 なるほど、性格の悪い奴が封じられているのだな。

 

(おい、今こっち見ただろ)

 

 気のせいだろ。

 

「もう茶番は良いだろう。もう私は飽きたぞ、エメラ」

「はぁ?ついに自身の侍従長が死んだ現実も逃避―――」

「そうでございますね。もうよろしいかと思います」

「……は?いっ!?」

 

 唐突に、マニの両腕が凍った。

 

「あああああああああああ!!!俺の、俺の腕がぁああああああああああ!!!」

 

 痛みに耐えかねたマニは、持っていた物から手を離し、凍った両腕を抱えて(うずくま)る。

 そして、マニの傍に控えていたはずの侍女が、落とした紙と宝石板を拾い上げた。

 元より、そういう予定だったのだろう。

 

「おま、お前!何をっ……。こんな事をして、主人の犯した罪がなくなるとでも思っているのか!」

「いいえ、なくなるとは微塵とも。そもそも、ご主人様はなんの罪も犯しておりませんので」

「主従揃って現実逃避か!?」

「紙面のここを、良くご覧ください」

 

 バリトンの侍女が、『バリトン』と書かれた部分を差し、その名を撫でる。

 するとどうだろう。その『バリトン』という文字列が、『マニ』に書き変わっている。

 違う。その紙は、実はマニの物だったのだ。

 彼が奴隷を取引した、売買契約書だったのである。

 

「そ、そんな……まさか……」

 

 自身が嵌められていた。

 ようやくその現実に直面したマニは、しかしあり得ないと放心する。

 

「ま、そんな落ちではないかと予想してましたよ」

 

 逸早く動いたのはパース。

 真の犯罪者を縄で縛ろうと、マニに近付いていたのだ。

 

「くっ!『トリートメント』!」

 

 ここでまさかの回復魔術。マニは腕の凍結を治していた。

 続いて、治した腕でマニは札を投げる。

 その札は魔術式が刻まれた物。マニは符魔術を使おうとしているのだ。

 

「『サモン』!」

 

 残念ながら、パースはテナーの守護を優先し、魔術行使の妨害は間に合わなかった。

 マニの行使した魔術が、その効力を発揮する。

 その魔術の効力は、驚くべき事にスライムの召喚だった。

 

「魔物の召喚!?」

 

 パースすら驚いているように、召喚魔術は希少だ。

 使い手は伝説の中にしか居ない。

 あらかじめ札に魔術式を刻んでおく符魔術とはいえ、一般人が行使できる代物ではない。

 

 事態の急変に、俺はすぐ聖剣を掴む。

 

「気を付けてください!このスライム、核が複数あります!」

 

 エクスカリバーは俺の体を乗っ取って、まず周りに注意を促した。

 召喚されたスライムは、特殊な個体だったのだ。

 

「こんな街中で、勘弁してもらいたいんですけどね!『ファイアボール』!」

 

 パースは街への被害を懸念し、魔術の威力を抑えていた。

 それでも、的確に特殊個体スライムへと命中させる。

 スライムは分裂し、核1個の消耗で済ませていた。

 

「加勢、します!」

 

 カウも加わり、スライムの核を潰す。

 主が加勢すれば、従者も続くもの。サーヴァンもスライムの核を切った。

 そこにエクスカリバーも居るとなれば、正直過剰戦力だ。

 特殊個体スライムが、呆気なく討伐される。

 

「犯人、逃しまいましたねぇ……」

 

 スライムは問題なかったが、その召喚者が問題だった。

 マニの姿は、もうどこにもない。



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第三十三節 神々の黄昏

 男は逃げていた。

 奴隷売買が露呈して捕まりそうになったところから、崇拝する神より与えられし力を用いて近衛兵の手を掻い潜ったのだ。

 

「この俺が、我らが神より若さを保つ秘術と2つの符魔術を与えられたこのマニが!どうしてこんな目に!?」

 

 金稼ぎに執心した男、マニは己がどうして没落せねばならないのか、全く理解できなかった。

 思えばずっと神を敬い、ずっと金を稼いできたのだ。それがいつからだったかも忘れてしまう程にずっと。

 それがどうだ。今や質の良い礼服が汚れる事も構わず、街外れの林に隠れ潜んでいる。

 惨めなものだと、自身で振り返っておいて歯噛みしてしまう。

 

「俺の金が……。取りに帰るのは無理だ、全て没収される……。クソ、クソっ!!」

 

 溜めに溜めた金が全て奪われる屈辱を味わい、地面を殴りつけた。

 怒りで麻痺しているのか、不思議と痛みは感じない。

 

「どうやら、失敗しちゃったようだね」

「はっ……!我らが神!」

 

 唐突にマニの背後へフィーネが姿を現した。

 マニは馬鹿にするでも叱りつけるでもない、ただ平静であるフィーネを拝む。

 

「我らが神よ、どうかまたお力をお貸しください。次こそは、次こそはこの世の金を全てかき集めてみせます」

 

 そう命令されている訳でもないのに、金稼ぎが己の使命であるかのようにマニは振る舞い、崇拝する神へもう一度機会を強請った。

 自身が何故、金稼ぎを至上命題としているかも、彼は分からない。そもそも疑問視していない。

 

「もう良いよ。マニ、実験終了だ」

「……実験?」

「疑似人格構成実験、終了」

 

 だって、その者は金稼ぎするように刷り込まれ、作り上げられたスライムだったのだから。

 フィーネの合図と共に、マニの体は崩れ、スライムの粘体となる。

 

「うんうん。スライムって事も忘れてたくらい、人格がしっかりできてたみたいだね。良い実験結果が得られたよ」

 

 フィーネは満足げにマニだった物を取り込み、記憶や経験に至るまで実験結果を収集した。

 それでフィーネは1つの街に通信用のスライムを送っていた用件を済ませ、後は立ち去るのみである。

 

「フィーいいいいいいいネぇええええええええ!」

 

 だが、そこに何者かが突撃してきた。

 その何者かとは、ユウダチと名乗っていた男である。

 そう、ユウダチとレオナルドの使命とは、邪神フィーネを追う事だったのだ。

 

「あらら、見つかっちゃったか」

「逃がさねぇぞ、フィーネ!」

 

 追っ手に見つかったというのに、フィーネは焦らない。

 ユウダチが投げたブーメランの刃が迫ってきていても同じく。

 今の体も通信用のスライム。別に倒されてしまっても特に支障はないのである。

 

「チッ!やっぱり今回も端末かよ」

「そういう事さ、()()()()。まだまだやられてはやらないよ」

 

 ブーメランで切り裂いた事により、本体でないと察したユウダチ。

 そんな彼を『エフエフ』と呼んだ上で、フィーネは不敵な笑みを返した。

 

「というか、また得物が変わってるね。前のはデュランダルだっけ。それはどうしたの?壊した?」

「壊してねぇよ。一宿一飯の恩義を返すために譲ったんだ。正直あの剣に飽きてきてたし」

「相変わらず飽き性だねぇ、エフエフ。アチューゾは泣いただろう」

「泣かれたしぶん殴られた」

「むしろそれで許してくれてるんだから、感謝しなよ?」

 

 ユウダチは特に呼び方を訂正もせずに応対し、フィーネと敵対的な関係でありながら、親密さのある会話を交わしていた。

 しかも、互いの事をよく知っているようでもある。

 

「エフエフ、お喋りはそこまでだ。お前は私たちの使命を忘れたのか」

「忘れたつもりはねぇけどよ、ダ・カーポ。使命って言う程のものか?リーダーも『暇ならやっといてくれ』って頼んできただけだろう」

 

 茂みより歩み出るレオナルド。

 彼に対し、ユウダチは『魔神』と同じ名を呼んだ。

 しかし、こちらも訂正する素振りはない。

 

「本来頼まれずともやるべき事だ。私たち『始まりの六柱』はその役目を終えた。ならば、もう世俗に関わるべきではない」

 

 この場に居る誰もが訂正しない訳はそれだ。

 ここに集っているは、『始まりの六柱』。『邪神フィーネ』、『武神エフエフ』、『魔神ダ・カーポ』なのである。

 

「そっちも相変わらず、頭の固さが健在で安心したよ、ダ・カーポ」

「黙れ、邪神。人類への敵対者はさっさと滅びろ」

 

 レオナルド改めダ・カーポは、一切友好さのない眼で見下ろし、フィーネの通信用スライムに火を放った。

 ダ・カーポはユウダチ改めエフエフと違い、フィーネの抹殺に本気なのだ。

 『始まりの六柱』と呼ばれた自身らが、これ以上世界に影響を与え続けてはならないと、ダ・カーポは考えている。

 だから、未だに世界各地で悪びれもなく悪事を働いているフィーネが、ダ・カーポには許しがたいのである。

 

「僕たちが作った箱庭で、僕だけは遊んじゃいけないのかい?」

「『作った箱庭』じゃない、整えた世界だ。お前は私たちが整えた世界を荒らしている」

 

 火に焼かれながらも、フィーネは肩を竦めた。

 ダ・カーポはそんな彼を冷たく睨み続ける。

 

「やれやれ。やっぱりダ・カーポとは話が合わないな」

「リーダーだってお前を許さなかったんだ。そんな奴に話を合わせてやる程、私は寛大ではない」

「ま、仕方ない。とりあえず、今回はここまでだ。また会おうね、ダ・カーポ、エフエフ」

「次こそがお前の最期だ、フィーネ」

 

 これ以上フィーネの戯言を聞かぬよう、ダ・カーポは火力を上げ、スライムを完全に焼却した。

 焼却跡には、焦げた地面を残すだけであった。



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第三十四節 種明かし

 マニに逃げられてしまった俺たちは追う事を諦め、テナーの意向で賞金首とする事に決まった。

 ついでに、マニの資産は全部領主であるテナーが押収し、後に奴隷だった者たちを解放する。

 帰る場所がある者は領主の手によって送り届け、そうでない者は親父が住む場所と仕事を与える予定だ。

 住む場所の確保という事で、親父がマニの土地をいくつか貰い受ける手はずにさりげなくなっていた。

 その中に親父が以前から借りていた土地も含まれている辺り、さすがは俺の親父である。

 

 という事で、別に捕縛を急がなくて良いマニは後回し。

 現在はエメラルド・タブレットの方を聴取している。

 

「どこからお話しすべきでしょうね」

 

 当の本人、バリトンの侍女は暢気にバリトン邸を歩きながら聴取を受けていた。

 氷漬けの侍女たちを解放しなければならないと、こんな状態に仕方なくなっている。

 

「色々訊きたいところですが。じゃあまず、この侍女たちはホムンクルスなんですか?」

「そうです、これらは全て私が製造したホムンクルスになります。正確には、ご主人様の手を借りたこの最初の1体は別になりますが」

 

 パースの質問に応えつつ、侍女は氷柱を融かしていた。

 それが最初の1体。金髪に翡翠(ひすい)色の瞳を持つ侍女。対外的にエメラと呼ばれていたホムンクルスだ。

 侍女は解凍し終えると急に倒れ、代わりにその金髪緑目の侍女が起き上がる。

 

「やはり、こちらの方が馴染みますね。それでは、貴女は他の解凍を続けてください」

 

 金髪緑目の侍女が倒れている侍女に指示を出せば、何事もなかったように立ち上がり、一礼してから他の氷柱へと向かった。

 ていうか、色々とややこしくなってきたな。

 

「どれをエメラと呼べば?」

「この私をエメラとお呼びください、お坊ちゃま。先程他の氷柱へと向かった個体はエイでございます」

「……他の侍女たちは?」

「ビイ、シイ、デイ、イー、エフ……。面倒ですね、全員集まった際にまとめてご紹介します」

 

 一応、個体ごとに名前は付いていたらしい。

 

「えーとぉ、改めて訊くのはなんですが。どういう仕組みなんです?このホムンクルスたち」

「全個体がエメラルド・タブレットの魂を受け入れられるように調整されております。同時に、全個体が私、エメラに制御されているだけで、どれも自意識は存在しません」

 

 つまり、ホムンクルスの侍女全員はエメラが操っているだけだという話。

 視覚や聴覚などの五感も共有していそうだ。

 

「まぁ、ホムンクルスって元より自我がないですからねぇ」

 

 そうだったのか。パースは知っていたようだが、俺は割と初めて知った。

 だから、都合の良い労働力を作れそうなモノなのに広まっていないのか。

 

「人格の形成を試みた者は居たそうだが。それよりだ、エメラ。どのようにしてマニを嵌めたのだ」

「まず、エイをマニ様の所に遣わし、バリトンの侍女らは奴隷であると嘘を伝えました」

 

 親父はマニにかけた罠の詳細が気になっていたようで、詳細の報告を願えばエメラは率直に報告し始める。

 

「ふむ。それで奴の奴隷売買契約書を、ありもしない私のそれに見せかけたと」

「はい。マニ様の執務室に待機させていただいている間、マニ様の契約書を拝借させていただきました。隠し場所は予想しておりましたので、発見には時間をかけておりません」

 

 重要書類の隠し場所を予想して当てるとは、なんとも末恐ろしい事だ。

 

「それから、ご主人様のご不在時を見計らい、あたかもご主人様の契約書を盗んできたように偽装しました」

「それが、あの氷漬けの数々だったと……」

 

 無事というのも怪しいので、ご主人の名誉を守ろうとしたエメラとご主人からの解放を願った侍女たちで争ったような跡を残したようだ。

 そこまでするのかと、俺は呆れてしまった。

 狡猾にも程がある。

 

「その後は皆様もご存知の通りでございます」

「待て、私の手から宝石板を奪った理由が報告されてない」

「その必要がないかと思いまして。だって、あれはご主人様の慌てふためく様子を楽しみたかっただけですから」

「貴様……」

 

 美人なんだが、エメラは随分と性格が悪いみたいだ。

 物に宿っている魂はろくな奴が居ないな。

 

(おい、なんでこっち見た)

 

 いや、特には。

 

「そもそも、こんな曰く付きの品をいったいどこで手に入れたんですか?所有者が破滅する伝説もありますが、授けられる英知を有難がって、手放さない人は案外多いそうですけどね」

 

 次の聴取はパースからバリトンに対して。

 貴重であり有益な宝石板だから、確かに手に入れるのは難しそうで、親父の手に渡るような代物ではない。

 

「手に入れた時期は以前言った通りの年、妻が死んだ年だ。あの年にイーストイナッカノ農村の水道が壊れたままになっていた時期があった」

 

 前領主の悪政全盛期か。

 あの領主は修理費を惜しんで、中々水道を直してくれなかったんだよな。

 

「水の確保に川まで行った時だ。質の良さそうな服を纏いながら酷い有様となっていた死体が、川辺に打ち上げられていた。その死体の身元が分かる物はないかと、私は漁ったのだ」

「あー、その人が前の所有者だったんですね」

「そうだ、その死体は大事そうに翠玉(すいぎょく)の宝石板を抱えていた。それがエメラルド・タブレットだった」

 

 伝説にある、約束された破滅。その破滅を迎えた者の末路に、親父は居合わせた訳だ。

 どんな奇跡だ。

 

「なるほどなるほど、理解しましたよ。それから成り上がり、今も貴方は破滅していないと」

「こいつの扱いには細心の注意を払っているつもりだ。甘言には絶対乗らないようにしている」

「甘言だなんて人聞きが悪い。私はご主人様のために助言させていただいているだけです」

「……これは怖いですねぇ」

 

 美麗で妖艶な笑顔を顔に貼り付けるエメラ。

 優れた詐欺の手口を垣間見て、パースも怖さを実感していた。

 こんな美人に言い寄られれば、余程の忍耐がない限り耐えられない。

 

「最悪の場合に備え、この宝石板を壊す用意はしてある」

「はーはーはー……。これはそのまま持っててもらった方が良いですかねぇ」

「元よりそのつもりだ」

 

 諸悪の根源を断つ準備があり、そして今なおエメラの言い寄りに親父は耐えている。

 これ程の適任者は居ないと、パースは親父に持たせておく事にし、親父も快諾するのだった。



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第三十五節 こうして話は盛られてく

「報告します。凶兆と思しき魔物、通常個体に比べて十数倍の体積を持つスライムは、勇者テノール含む数名によって討伐されました」

 

 国王の執務室にて、ケイヴェはバーニン国王へと凶兆の結末を報告していた。

 『アフターバーナー』で飛ばして帰還し、その討伐の日から1日しか経過していないという迅速行動である。

 

「数名の内約は?」

「マインズ家次女カウ、マインズ家元侍従サーヴァン。その他2名の3級冒険者です」

「ふむ?」

 

 バーニン王はその報告を訝しんだ。

 ケイヴェは基本的に包み隠さず報告する人間である。

 ならば、その他2名の名前を隠す訳はない。

 

「申し訳ありません。その2名は討伐の対価に名を伏せる事を希望されていたため、現状は開示の許可不許可を判断できません。この判断は4番隊隊長パースに委ねています」

 

 領主からも国王からも対価を貰わず、代わりの対価を希望した事。

 これがケイヴェへの口封じとなっている。

 本来なら、そんな約束事を反故にして、国王へと伝えるべきだ。

 しかし、仕事人間であるケイヴェでも、約束を守る人間性は保っている。

 と言っても、国王が開示を命令すれば、ケイヴェは仕事を優先してあの2人の名前を明かすだろう。

 

「そうか。では、パースの判断を待つとしよう」

 

 だとしても、無理強いをしないのがこの国王である。

 副隊長では判断が難しい案件であると考慮したのもあるが、どちらかと言うと、バーニンの人情故だ。

 

「して、被害は?」

 

 気になる2名はさておき、被害によっては国から補助を出さなければいけない観点から、被害の度合いをバーニンは訊ねた。

 ケイヴェとパースを加えたとして7人の討伐隊。被害がなかったとは到底思えない。

 

「かのスライムが水源にて水を吸収していたため、トータン領を横断する川の水位減少が確認されております。トータン領全体で多少の水不足が発生する恐れがありますが、水生成魔道具で充分補えるでしょう」

「……それだけか?」

「はっ。水源の山と東の都ホーオを結ぶ街道に被害はありますが、軽微です。人的被害はありません」

「……」

 

 バーニンの予想を裏切って、被害は皆無に等しかった。

 嬉しくはあるが、同時に恐ろしくもある。

 何故そのような事が成し遂げられたのか、バーニンには全く推測できないのだ。

 

「今回の凶兆に直接関係はない事ですが、被害を抑えられた要因と思われる事があります。報告しても構いませんか?」

「……構わない。続けたまえ」

 

 推測もできない事が浮かんだところで、ケイヴェの追加報告。

 自身の恐怖心が払えるかもしれないと、バーニンは先を促した。

 

「凶兆の予言を隊長パースに伝える前から、勇者テノールは行動を起こしていました」

「行動?」

「かのスライムの住処、川の水源へと目指しており、拙が勇者テノールと合流した時点で交戦しておりました」

「なんと!」

 

 バーニンは驚嘆した。

 またもやあの勇者のおかげなのだと、バーニンは察したのだ。

 直感か、はたまた未来予知か。予言より早く誰よりも最前線に至っている勇者。

 しかもだ、脅威の度合いが不明にも拘らず、己の身を危険地帯へ投げ打つ。

 そんな事が果たして常人に可能だろうか。

 いいや、不可能だ。

 危険を察知したなら遠ざかろうとするのが生物の本能。

 勇者テノールはその本能に逆らって、万民の平和へと導いていく。

 

「その先だった行動により、被害は軽微で済んだのではないかと」

 

 ケイヴェはあくまで1つの仮説として語っているが、バーニンは定説として捉える。

 全てはあの勇者の功績であると、バーニンは内心テノールを称えていた。

 誤解なのだが、誤解したままの方が幸せだろう。

 

「報告は以上です。詳細につきましては書面の方にしたためさせていただきます」

「分かった。下がれ」

「失礼します」

 

 この場での役目を終えたケイヴェはバーニンの許しを得て、一礼してから退出した。

 

 バーニンは己以外居ない執務室で、ケイヴェの報告を反芻する。

 

「予言者殿の予言を聞く前に行動……。事前に知っていた、か……」

 

 テノールの行動に疑問点が残っており、バーニンは頭を悩ませていた。

 予言者と同じ未来予知の力を持っている、というのはあまりに短絡的な結論である。

 

(未来予知の力があるのだとしたら、あの予言者以上ですものね)

 

 バーニン以外人間は居ないが、魂はあった。

 バーニンの傍に控え続ける魂、カリバーンが彼の悩みに付き合う。

 

(予言者以上とは?)

(だってそうじゃない?もし知っていて行動を起こしたと言うならば、帰郷の時点で知っていた事になるわよ?)

 

 バーニンははっとする。

 言われてみればそうだ。

 テノールは突然に帰郷するための暇を貰いに来た。

 その休暇申請は、未来予知で知った凶兆へ早期の対応をするための口実だった事になりかねない。

 それはつまり、テノールが旅立った後に予言した予言者よりも、早く未来を予知した事になる。

 

(偶然、と片付けるにもできすぎているわよね)

(では、勇者テノールは未来予知ができると?)

 

 偶然でないなら、そんな短絡的な結論に戻ってきてしまう。

 しかし、未来予知とは稀有どころではない力だ。

 有史以来、真に予言者であるとされるのはアロンズ・エームリッスのみである。

 

(導かれているのではないかしら)

(……何に)

(神に。『始まりの六柱』を遣わしたとされる、この世界の創造神に)

 

 カリバーンの推理は俄かに信じられるモノではないが、しかし、完全に否定できるモノではなかった。

 その推理を真実であると、バーニンは思い込んでしまうのだった。



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第三章~神のお導き~
プロローグ 探しモノ


「はぁ……」

 

 とある男が、オークの死体に腰かけながら沈鬱な気持ちに溺れていた。

 気晴らしに冒険者依頼を受け、達成したのまでは良かったのだ。

 しかし、そうして仕事が終わってしまうと、仕事に集中してどうにか頭の隅に追いやっていた悩みの種が表出してきてしまった。

 だから、男は依頼達成の報告もせず、依頼の討伐対象だったオークに腰かけたままで居るのだ。

 

「あぁ……。こんな事なら、ダンジョン探索依頼なんて受けるんじゃなかった……」

 

 少し前に受けたダンジョン探索に起因する事が、男の悩みだった。

 

「なんだって、俺に最上位回復薬なんぞ使うかなぁ……」

 

 男の名はリカルド。レヴィ・ガーンのダンジョン探索依頼における、唯一の生存者である。

 そして、パースに有無を言わさず最上位回復薬を使われ、情報を洗いざらい吐かなくてはいけなくなった、悲しい男でもある。

 

「くそぉ……。あの野郎、絶対知ってて使っただろ……。これだから王立近衛兵4番隊は嫌なんだよぉ……」

 

 洗いざらい吐かされたリカルドは、4番隊という情報収集部隊に悪態をついた。

 ちなみに、似たような悪態をもう5回はついている。

 

「あのパースって野郎、俺が貴族の出だって絶対知ってたもんなぁ……」

 

 そう。この男、実はカウ・マインズと似たように貴族の出である。

 しかし、カウとは違って身分を隠していた。

 それなのに、パースには見抜かれてしまったのだ。

 

「デュランダルの事も吐いちゃったもんなぁ……」

 

 ナンタンのとある貴族が、新しい勇者を擁立するために探している聖剣。

 『武神エフエフ』より与えられし伝説の武器、デュランダル。

 リカルドはその聖剣を追い求める1人でありながら、上述したとある貴族の動向をパースに語ってしまったのである。

 

「どう言い訳したもんかなぁ……」

 

 そんな秘密を漏らす失態を犯したのが、リカルドの悩みの種なのだ。

 リカルドはそのとある貴族に頼まれ、聖剣を追い求めている。

 とある貴族である依頼主へ、この失態を報告せねばならない。

 ならないのだが、何かしらの罰が下るのは確実だ。

 せめて減刑できないかと、良い言い訳をリカルドは考えているのである。

 それで、考える時間を得るため、ついでに路銀稼ぎのため、簡単な冒険者依頼をこなしていた。

 そうして、聖剣デュランダルの依頼主の元へ、ゆっくり向かっている。

 

「でもまぁ、最重要な部分はどうにか隠し通せたからな……」

 

 リカルドは腰の長剣、その柄を撫でた。

 その長剣は布を何重にも巻き付けられ、すぐに戦闘で使える状態ではない。

 

「お前を直せる鍛冶師は、どこに居る事やら……」

 

 だが、その状態で問題なかった。

 その長剣はリカルドの得物ではない。

 また、元々折れているため、使い物にならないのだ。

 

「随分と探し回ったが、全然居ないもんだな」

 

 冒険者としての自由な身の上を利用し、ラビリンシア王国の方々で鍛冶師に当たった。

 当たったが、誰1人として手を付けられた者は居ない。

 長剣の刀身をお披露目した瞬間に『修理は無理だ』と突き返される。

 突き返されるならまだ良いが、『少し調べさせてもらえませんか?』と長剣の製造技術をただ盗まれそうにもなった。

 

「ま、多少調べた程度で技術を盗めるとは、全く思えないがな」

 

 ここまで方々の鍛冶師に当たって、修理すら不可能なのだ。

 調べて複製できるなら、むしろやってみてほしいと、リカルドは皮肉に笑った。

 さらに壊されては敵わないので、実際に調べさせる事はないが。

 

「そろそろラビリンシア内では諦めて、ドワーフの国に行ってみるべきかぁ」

 

 小柄なのに力が強く、小柄故に繊細な作業もできるという種族、ドワーフ。

 その種族柄、ドワーフには鍛冶師として優れた者が多い。

 ヒューマンで駄目だったのだから、ドワーフに望みを託すべきだろう。

 リカルドは、次の目的地をドワーフの国とした。

 

「……その前に謝りに行かなきゃなぁ」

 

 次の目的地を決めたところで、その前に行かねばならない所の話に戻る。

 最優先は聖剣デュランダルの依頼主が居るナンタンの都、リチョーシなのだ。

 

「はぁ……。仕方ない、謝らないとより酷い仕打ちを受けそうだ……」

 

 リカルドは凄惨な罰を避けるために、重い腰を上げた。

 とりあえずは、オーク討伐依頼の成功報告である。

 冒険者依頼を受けた冒険者組合へと、足を進めた。

 その時だ。

 

「ひえーーーーーーーーー!!」

 

 遠くから悲鳴が響いた。

 リカルドは悲鳴の発生先に視線を移し、発生源を視認する。

 

「ブラックドッグの群れ……。馬車が襲われてるのか」

 

 発生源は馬車を運転する女性。

 その女性が狼に似た姿の魔物、ブラックドッグの群れに追いかけられていた。

 戯れている、なんて楽しそうな状態ではない。

 女性は必死に逃げようとしている。

 

「やるしかないか」

 

 リカルドは長剣、本当の得物であるブロードソードを抜いた。

 間に合うかどうかは微妙だ。

 それでもリカルドは駆けだした。

 目の前で死なれるのは気分が悪いと、己の意思に従ったのだ。

 

「だ、誰か!助けてくださーーーい!」

「おう!」

 

 女性の叫びに応え、リカルドはまず1体を切り伏せた。

 

「え、あ、本当に助けが……?」

「死期を悟った時の救援に驚く気持ちは分かるけど。もうちょっと喜んでほしい、なっと!」

 

 呆然とする女性に文句を言いながら、リカルドはさらにもう1体を突き刺す。

 ブラックドッグらは殺された仲間の敵討ちか、はたまた闘争本能か、標的をリカルドへと変更した。

 リカルドを中心とし、ブラックドッグが囲い込む。

 

「それそれどうした。吠えてるだけの犬か?お前らは」

 

 リカルドの安い挑発に煽られ、我慢できなくなった1体が躍り出る。

 

「忍耐強く生きてかないとな。じゃないと死ぬだけだ」

 

 飛び掛かってくるその個体を、リカルドは擦れ違うように避けながら切り裂いた。

 その切り裂くために剣を振った直後、背後から1体が駆け寄ってくる。

 

「読めてるんだよ、獣共!」

 

 それを感じ取ったリカルドは振った勢いを殺しきらず、そのまま背後にまで剣を振り抜いた。

 その斬撃であえなくまた1体か狩られる。

 続いては2体同時、左右から襲い掛かってきた。

 

「残念でした、と!」

 

 リカルドは跳ね、彼らの牙から自身を逃がす。

 ところが、突っ込んできたのは1体。

 1体は速度を緩め、リカルドが地面から足を離す機会を窺っていた。

 狙っていた好機を逃がさず、その1体が牙を剥く。

 

「このくらい対応できないとな、3級はやってけないんだよ!」

 

 足元のブラックドッグを踏み台にし、リカルドはさらに上へ。

 空中へ向けたブラックドッグの攻撃は、宛てもなくまさに空を切った。

 そして、リカルドは己の体重も加えた一撃で、2体まとめて切り裂く。

 

「ふぅ、お疲れ様」

 

 ブラッグドッグの群れは、リカルドの手によって全滅させられた。

 全滅させた当の本人は額の汗を拭うかのように、1滴も汗の浮いていない額を擦る。

 油断できる状態ではなかったが、決して難しい戦いではなかったのだ。

 

「た、助けていただいて、ありがとうございます」

「いやいや、女性を助けるのは男の務めなのでね」

 

 しっかりお礼を伝えに来てくれた女性。

 リカルドは快く感謝の言葉だけを貰おうとした。

 したのだが、それでは終わらない。

 

「お礼と言ってはなんですが。その腰に下げている剣、ボクに直させてください」

「……ん?」

 

 リカルドはつい呆けた。

 折れている事など見ただけでは判別できないはずの剣を、女性は指差して『直させてください』と申し出たのである。

 

「というかさっさと直させろ。さっきから剣の泣き声が煩いんだよ」

 

 その女性の発言でリカルドは察した。

 異常者に捕まってしまったと。



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第一節 ヒューマンは並行作業が苦手

 平皿にフォークやナイフの擦れる音が響く。

 それだけならなんの変哲もない食事風景を連想させるだろう。

 しかしそうではないのだ。

 食事中なのは確かだが、フォークの方は音が3人分あるのに、ナイフの方は1人分だけしかない。

 しかも、書き物をする音が混じっている。

 こちらは2人分だ。

 

「あの……、2人共。仕事は一旦止め、食事に集中すべきでは?作業の同時並行は効率が下がりますよ?」

 

 俺は食事中にも仕事をし続ける2人に呆れ、つい苦言を述べた。

 目の前で仕事されていると、美味しい食事も味が落ちる。

 頼むから俺の食事を邪魔しないでほしい。

 

「いやいや申し訳ない。案外忙しくてですねぇ」

「すまない。こちらもだ、マニの置き土産で難儀している」

 

 パースと親父はそんな平謝りをするだけで、仕事を中断しなかった。

 いや、止めろよ。作業効率が落ちるって言ってんだろ。

 

「はぁ……。マニという方から回ってきた資産関連で忙しい父上は分かるのですが、パースさんは何故そんなに忙しなく?」

 

 もうどんな提言しても止めないだろうと、俺はあえて会話へと誘った。

 会話でさらに作業効率を落とさせ、仕事を諦めさせようという作戦だ。

 

「ある意味で、私もマニさんの置き土産で難儀してますねぇ」

「ほう?」

 

 マニの所業で、何か近衛兵が動かなければいけない事はあっただろうか。

 俺にはどうしても思い付けなかった。

 思い付く努力をしてないだけだが。

 

「マニさんを賞金首にする諸々の手続きと、賞金首の情報を伝達する準備。さらにはマニさんの使った符魔術に、奴隷の出所と奴隷商の足取り。それらの調査ですねぇ」

 

 意外にも、今回の1件でパースの仕事は積み上がったらしい。

 実に大変そうだ。

 

「特に奴隷商は足取りを掴んでおかないと、後々面倒なんですよ。野放しにしておくと最悪国の沽券に関りますし、他国からの奴隷だったら国際問題です」

 

 思っていた以上に大変そうだ。

 

「その手の情報収集って、4番隊の仕事なんですか?」

 

 俺はふと湧いた疑問を口にした。

 4番隊は野戦病院を担いもするが、輸送部隊でしかない。

 そんな部隊に情報収集まで任せるのだろうか。

 

「うちの隊員は国中を飛び回ってますからねぇ。それこそ、郵便局って一応我が隊の管轄ですし」

「国中に点在している郵便局が!?」

「厳密に言うと、郵便局の局員は4番隊の隊員ではないんですけどね。町内の物資輸送する仕事だけ別けた、まぁ下部組織みたいなものですよ」

 

 謙遜なのか、パースはそんな注釈をしてくれた。

 だが、それでも驚きである。

 4番隊の担当する輸送とは、そんな手広い範囲だったのか。

 

「郵便局員は手紙や郵便の配達で1日中町のあちこちを巡ってます。それだけ町で起きた事を見てますから、情報収集には打ってつけなんですよね」

 

 パースの説明で俺は納得した。

 つまり、郵便局員は日々町の出来事を監視する目なのだ。

 なんの仕事もなく徘徊する人なんて怪しいし、近衛兵や衛兵が巡回する場所で悪事なんてやらない。

 その点、郵便局員なら徘徊していても怪しくない。

 おまけに兵ではないから緊張が緩む。

 なるほど、確かにこれは打ってつけだ。

 

「となると、奴隷商の目撃情報くらいはもう手に入ってるんですか?」

「怪しい馬車の情報ならいくつも上がってきたんですが、特定には至ってないですねぇ」

 

 不甲斐なさを悲しむように、パースは肩を竦めた。

 違法な取引を長年隠してきた相手となると、犯人特定は本職でもない限り難しいか。

 

「結構多いんですよねぇ、怪しい馬車。旅の占い師とか、移動店舗である馬車を怪しくする事で雰囲気作ってたりしますし。日で色()せてしまう商品を扱ってる商人とか、馬車に日が入らないよう小窓もなくて、なんだか怪しく感じてくるんですよ」

 

 容疑者が多いから特定も難しいと、そういう訳らしい。

 

「とりあえずは、マニさんの動向も調べつつ、彼の動向と重なる馬車に絞っていかないと。手当たり次第とか、手が足りなくて目が回りますからねぇ」

 

 ちゃんと犯人特定の手順は組み上げているようで、パースは次にすべき事をすでに定めていた。

 パースって仕事できるんだなぁ。できなきゃ近衛兵の隊長になんてなれないだろうが。

 

「あぁ、奴隷だった方々も聴取しないと。年齢と性別は当然として、後なんだっけ。そうそう出身地も。他国の人が混じってないと良いなぁ」

 

 漏れるパースの呟きから、仕事の重要さとそこから来る気疲れが伝わってきた。

 これ以上話しかけて作業を遅らせるのも躊躇われる。

 俺はどうにかパース、ついでに親父の仕事を邪魔せぬよう、黙々と食事していった。

 そうして綺麗に完食し、席を立とうとした時だ。

 

「テノール、いつ王都へ戻るのだ」

 

 親父は食事と仕事を並行しながら、さらに俺へと意識を割いた。

 そろそろどれかに集中しろ。

 

「明確に日にちは決めてないんですが……。パースさんが動けないと、俺も動けないので」

「そうですねぇ、私が足ですもんねぇ。えーと……、2日貰えます?」

 

 俺がパースに目を向けると、彼は進捗と速度を考慮し、必要な時間を計算した。

 仕事量的に2日でも過密な日程ではないだろうか。

 

「じゃあ早くて2日後で。冒険者依頼とかで暇を潰しますから、あまり俺の事は気にせず」

「ありがとうございますぅ」

 

 パースから気の抜ける返事を貰いつつ、故郷を発つ日が大雑把に決まったのだった。



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第二節 出鼻は挫かれる

「ああもうっ、こんなの分かる訳ないじゃない!」

 

 魔術の研究を専門とする王立近衛兵3番隊。その隊舎にて、隊長であるマリーの怒声が響き渡っていた。

 同室していない隊員たちはその日常的な騒音になんら感想を抱かず、自身らの研究に戻っていく。

 

「た、隊長、落ち着いてください……」

 

 対し、同室であり同じ仕事をしている隊員は慌てていた。

 彼らは隊長が暴れぬよう、必死に宥めなければいけないのだ。

 

「じゃあアンタはこれ分かったの!?」

「い、いえ……」

 

 マリーは魔道具の部品を指差し、隊員に問った。

 しかし、隊の中で最も優れている隊長に分からない物が、一般隊員に分かるはずがない。

 隊員は首を横に振る事しかできない。

 マリーは元より隊員に良い答えを期待しておらず、特に叱責はしなかった。

 もしくは叱責する時間も惜しかったのだろう。すぐに部品へと向き直る。

 

「本当、性格が悪いのよ!あのロスって奴は!」

 

 マリーは頭を抱え、魔道具の制作者に八つ当たり的な暴言を吐いた。

 そう。この部品は魔王軍幹部であるロスが作った魔道具の物。

 予言されたナンタンの凶兆、その原因として破壊された魔道具である。

 

「テノールくんも、なんでこう無駄に綺麗に壊しちゃったの……!」

「魔物の増殖を促進する性質上、仕方なかったのでは……」

「そんな事は承知してるわよ!」

「は、はい……」

 

 マリーの怒りを収める事ができず、隊員は縮こまった。

 隊員は嵐が過ぎるのをじっと待つ。

 

「魔物の増殖を促進するなんて、どう足掻いても辺りの魔力濃度を上げるしかない」

 

 魔物が(つが)いとなって子を成すなんて増殖法もあるが、この方法は恐ろしく時間がかかる。

 魔道具は劣化具合からして新しい。子を成させる方法を取ったなら、もっと劣化していないとおかしいのだ。

 それがないので、消去法として自然発生による増殖法になる。

 ならば、魔力濃度を上げなくてはいけない。

 いけないのだが――

 

「その魔力濃度を上げる魔術式はどこ!?」

 

――解析した限り、この魔道具にそんな魔術は刻まれていないのだ。

 

「地脈から魔力を汲み上げる魔術式もどこよ!」

 

 おまけに、魔力濃度を上げるために必要な魔力を賄う魔術も、見つかっていない。

 この魔道具は魔力石だけが多数装填されている。

 と言っても、自然発生の促進にたる魔力量ではない。

 

「部品にエイゴが刻まれてるから、これがその魔術式を形成してるのかと思ったけど……」

 

 マリーは部品に刻まれていたエイゴ、その単語の数々を睨んだ。

 マリーはもはやその単語に憎しみすら覚えている。

 何故なら、全く意味のない物だったからだ。

 勘違いさせるために刻まれた、偽装だったのである。

 

「マぁジぃで、偽装って気づいた時は腹が立ったわよ。いっそ見事だと腹の底から笑っちゃったわよぉ!」

 

 偽装であると結論を得るまで、結構な時間を費やした。

 その結論が出た瞬間の虚無感たるや、憎しみが一周回って感動してしまった程である。

 

「本当に性格が悪いわ。何回か死なないかしら、こいつ」

 

 憎しみをありったけ込め、マリーはロスへ呪詛を吐いた。

 残念ながら、彼女にとって呪い系の魔術は専門外。ただの比喩表現だ。

 

「いけないいけない。探求を止めては駄目。解析を止めては駄目よ、あたし。こんなくだらない事に使われた技術を学んで、私が有益な使い方をしてあげるの。じゃないとこの魔術がかわいそうだわ」

 

 雑念を振り払い、マリーは解析に戻った。

 彼女の信念が突き動かす。

 全ての知識はあらゆる生命のためにあると、彼女は信じて突き進むのだ。

 

 そんなところで、部屋の扉が叩かれる。

 

「鍵は開いてるわよぉ」

「し、失礼します。た、隊員のブレンダです。マリー隊長宛ての小包が届いていたので、受け渡しに」

 

 誰かも訊かずに入室を許せば、ブレンダが小包を持ってきた。

 3番隊への郵便は、隊員皆が研究に集中しているため、すぐに受け取られる事が滅多にない。

 そのため、3番隊隊舎の資材置き場に郵便を積み上げる空間が設けられ、郵便局員たちがそこに置いて行く形式が取られている。

 だが、今回はブレンダがわざわざ持ってきたのだ。

 

「小包?」

「送り主はパース隊長で、内容は符魔術の残骸となってますが」

 

 ブレンダが読み上げた通り、送り主が4番隊隊長。

 そして宛て先が3番隊隊長となれば、重要な荷物である事は容易に察せられる。

 察せられた故のブレンダの行動だ。

 

「符魔術……」

 

 ところが、そんな重要な荷物をそっちのけで、マリーはその言葉に思考の引っかかりを覚えた。

 

「符魔術なら、魔力石に貼り付けて疑似的に魔術石にできる……?自動消滅を符魔術に組み込んでおけば、魔術式は消せる……!いえ、でも魔術式がなくなるから魔術の維持はできないか……」

 

 1つの引っかかりで、マリーの思考は可能性を導き出す。

 

「符魔術じゃなく、別の魔術式媒体……?複数の魔道具を一式と設定すれば、魔術式は分離できる……!」

 

 謎を解き明かす糸口を掴んで離さず――

 

「この魔道具はあくまで初動の魔力容器なんだわ!なら、魔術式を刻まれた対の魔道具がある……。離して設置は一式の設定が難しくなるでしょうから、この魔道具があった付近。あの森にあるはず!」

 

――ついに答えを目の前まで引き寄せた。

 

「こうしてはいられないわ。すぐに実地調査に行かなくちゃ!誰かパースを呼んできて!」

「え、いや、あの。パース隊長なら、今はドラクルに居ないんじゃないかと」

 

 サースイナッカノ農村への送迎を頼もうとした相手が不在であると、ブレンダによって教えられた。

 答えを得た事の喜びから出鼻を挫かれた悲しみへの急転直下。

 己の感情だと言うのに、マリーはその落差で思わず固まってしまう。

 そうして、数秒間微動だにしない隊長の姿を、ブレンダは困惑しながら拝むのだった。



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第三節 休暇が明けたら

 パースが仕事の良い切りどころを得るまで、結局3日かかった。

 それでようやくホーオを発ってドラクルを目指し、4日間。

 道中、襲ってきた魔物を撃退はしたが、それ以外これと言って特筆すべき事はない。

 なんとも平和の帰路を辿り、無事にドラクルへと着いた。

 王都入り口で受けるお決まりの拍手喝采は、いつも通りの対応である。

 

「勇者テノールよ、よくぞ帰った」

 

 そしてこっちもいつも通り。

 恒例である王への報告だ。

 

「トータンの凶兆については、すでにケイヴェより詳細な報告を得た。しかし、それとは関わりない一騒動があったようだな」

 

 パースがあの親父の騒動も事前に報告していたようだ。

 人々の小さな諍いなら王も大して興味を抱かないが、今回はそうもいかないらしい。

 この国の重罪たる奴隷売買が騒動の一因だからな。

 

「はっ。我が父と取引をしていたマニという男、彼はどうやら奴隷を労働力として貸し出す商売をしていたようです」

 

 自身らの侍従だけでなく、貸し出す労働力も奴隷。

 貸し出して得た利益はほとんどマニの懐に入る。

 奴隷たちの身なりを整えるために費用をかけていたようだが、それも最低限。

 犯罪であるという事以外、なんとも美味しい商売だ。

 

「奴隷についてはこちらから報告を」

 

 パースが前に歩み出て、報告を引き継ぐ。

 普段からこうして引き継いでくれると有り難いのだが。

 

「奴隷を購入していたマニには逃げられてしまいましたが、賞金首とする手はずは整えております。彼の資産はトータン領主が差し押さえましたので、大した逃走力もないかと」

「ふむ。ならば、マニの首に賞金を懸ける事を許そう」

 

 王の許しを得て、晴れてマニは賞金首。

 近衛兵、衛兵、冒険者からマニは追われ続ける事になる。

 しばらくすれば、彼の生死が聞ける事だろう。

 

「しかし、奴隷商の足取りは掴めたか?」

 

 買った方の問題が解決すれば、次に問題となるのは売った方。

 王として、売った方こそ野放しにできない。

 奴隷商の存在は治安の悪さを表す。

 扱っている奴隷が他国の人間だったら、即時に対応しなければならない。

 王にとって気が気でない問題だろう。

 

「それらしい馬車がナンタンへ向かったと、目撃情報を得られました。なので、次はナンタンですかね」

「相分かった。パースに奴隷商追跡の命を下す。ひいては、勇者テノールも奴隷商追跡に同行せよ」

 

 唐突に俺にまで王命が下ったのだが、もう俺とパースは組んでいると認識でもしているのか。

 まぁ、勇者を送る事で、奴隷商の動きを誘発させるという考えがあるのだろう。

 音に聞こえた勇者が送られるなど、そこに居る悪への宣戦布告、もしくは死刑宣告だ。

 その悪が罪を隠そうとするか、追跡から逃げようとするか。とにかく何らかの動きは見せる。

 それで、目立った悪を捕らえていけば良い。

 俺をナンタンに送るのは充分に合理的だ。

 

「奴隷商追跡の任、拝命いたします」

「同じく、パースさんとの同行を謹んでお受けします」

 

 なんにせよ、王命となれば逆らえない。

 パースも俺も、素直に任務を請け負った。

 王都に帰ってきて早々に次の仕事が振られた事になる。

 正直、もう慣れたものだ。

 

「うむ、頼んだ。では、下がれ」

 

 王との謁見を終え、パースと俺は玉座の間から退出する。

 

「じゃあ、私は奴隷商追跡の準備を。ナンタンですから、また長旅になりますねぇ」

 

 パースが言う通り、北のホッタン領から南のナンタン領への旅だ。

 東のトータン領より遠く、帰郷の旅より長くなる。

 食料だけでも前回以上に量が必要だ。

 

「俺も、王宮の自室で荷物の整理を。その後はパースさんの準備が済むまで、適当な宿に待機してます」

「そのまま自室では待機しないんですか?」

「ええ、まぁ。誰かに探られているような視線が怖くてですね……」

「あ、あー……」

 

 帰郷の旅で視線を感じる旨を伝えてあったからか、パースは理解を示してくれた。

 あの時は視線を感じると言い換えたが、実際に感じていたのは盗聴の気配である。

 まだルーフェ様以外の盗聴犯は不明のままだ。

 だから、王宮の自室は荷物整理に立ち寄るだけ。

 その内、あそこにある私物はどこかに全部移したい。

 それこそ、家を買っても良い。

 侍女を雇えば、家事は任せられるだろう。

 

(そこは『侍女』なんだな、侍従じゃなくて)

 

 雇うなら女の子に決まっているだろう。何を言ってるんだ。

 

(ある意味で腑に落ちちまったよ。そうだな、お前は女を雇うよな)

 

 腑に落ちさせる事は成功したのに、なんだか俺が腑に落ちない。

 

「えーっとですねぇ、テノールさん?」

「はい、なんですか?」

 

 くだらないエクスカリバーとのやり取りから、パースに呼びかけられてそっちに引き戻される。

 

「その『誰かに探られているような視線』とやら、こっちで解決しましょうか?」

 

 パースが何故だかちょっと落ち着かない様子で、都合の良い申し出をしてくれた。

 しかし、任せて良いかは少し不安だ。

 

「できるんですか?4番隊に」

 

 情報収集も打ってつけの部隊とはいえ、あくまで専門は輸送と医療だ。

 どうにかできるとは思えない。

 

「いやぁ、4番隊じゃなくて私個人の伝手で。当てはありますから、ね?」

 

 パースが詰め寄ってきて、凄く善意を押し付けてきた。

 怪しさはあるが、悪いようにはしてこないだろう。

 そんな予感はある。

 

「そういう事なら、よろしくお願いします」

 

 なので、パースの善意に俺は甘えた。

 彼が対価を求めていないところが決め手だ。

 

「お願いされました。片手間にかつ早急に対処しますので、ご安心を」

 

 そうして、俺は安心したようなパースの笑みを拝むのだった。



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第四節 天才程得意な分野以外は残念

「ではでは。ナンタン出立の準備ができ次第、お迎えに上がりますので」

 

 パースがその言葉を最後にこの場を去ろうとした。

 まぁ特に目立った不自然はない。

 引き留める理由もなく、俺もそのまま別れようとした。

 しかし、ついつい足を止めたくなるような事態が舞い込む。

 

「パーあああああああああああああス!!」

 

 王宮であるのも気にしていないような、女性の大声が響き渡った。

 それは明らかにパースへの呼びかけである。

 呼びかけられたパースはもちろん、驚いた俺もその大声の主に目を向けた。

 大声の主は、パースが去ろうとした方向から駆けてくる。

 しかし、その足はお世辞にも早くなかった。

 おまけに大声を出した後だから息も乱れている。

 無理もない。大声の女性は、あまり肉体労働に慣れていない、研究一筋のマリー・エームリッスであるのだから。

 

「パース、ぜぇ……ぜぇ……」

 

 大声と駆け足を披露したマリー。

 パースの元に着く頃には疲労困憊で、肩で息をしていた。

 どんだけ体力ないんだ。

 

「急用みたいですが、とりあえずこちらを飲んで落ち着きましょう」

 

 飲料水をパースが差し出せば、マリーはそれをひったくる。

 そして、腰に手を当て、容器を口に含みながら天を仰いだ。

 無駄に男らしい一気飲みである。

 

「ぷはぁ……、生き返ったわ。ありがとう、パース」

「どういたしまして。では、私はこれで」

「ええ、じゃあまた今度。……じゃないわよ、何逃げようとしてるの」

「おや、逃げ切れませんでしたか」

 

 意図的に逃走を図ったパース。

 マリーも一瞬逃がしそうになったが、我に返って彼の袖を掴んだ。

 茶化した様子で残念がっている辺り、パースに本気で逃げるつもりはなかったようである。

 

「でもマリーさん、私はナンタンに向かうよう王命が下ってましてね。貴女の頼みを聞いている余裕があるかどうか」

「それよ!」

 

 パースは王命を理由に断ろうとした。

 だが、マリーはむしろ喜んでいる。

 

「『それ』とは?」

「ナンタン、あたしもそこに用事があるの。人数が2人増えても大して変わらないでしょ?あたしも連れて行きなさい」

 

 都合良く、目的地は同じようだ。

 しかし、こちらの最終目的地はナンタンではない。

 

「あのぉ、私たちは結構動き回る予定なんですよねぇ」

 

 奴隷商の追跡が王命なのだ。

 ナンタンからさらに移動する可能性はある。

 その場合、マリーを送りはできても迎えはできない。

 

「帰りはどうにかするわよ」

「『どうにか』って?」

「『どうにか』はどうにかよ」

 

 マリーの恐ろしく頭の悪い答え。

 これには思わずパースも苦笑してしまう。

 一番頭が悪いところは、本人が真面目に言っているところだ。

 他国にもその名が知れ渡った研究者だと言うのに、研究以外の事となるとどうしてこう頭が悪くなるのか。

 

「ねぇ良いでしょう?パース。行きに人が増えるだけよ」

「研究道具とか持っていくでしょう?」

「もちろんだけど?」

 

 この時点で人が増えるだけに留まっていない。

 確実にマリーの研究道具が増えている。

 さらに、食料を彼女の分も増やさねばならない。

 

「……もし断ったらどうします?」

「断らせないけど?」

 

 もはや会話が成立しているのかも怪しくなってきた。

 パースはどんどん疲れた顔になってきている。

 

「…………。3番隊隊舎の前で良いので、荷物をまとめておいてください。明日の昼には出発するので、それまでには支度をしてくださいね……」

 

 パースは達観し、色々諦めた。

 こういう手合いは説得にかかるだけ無駄と、パースは熟知しているらしい。

 

「そう?ありがとう。ああ、言っておいた通り、助手も連れて行くから。お願いね?」

 

 そういえば『人数が2人増えても』とか、さり気なく言葉に混入させていたな。

 マリーは元より2人をナンタン行きにねじ込むつもりだったか。

 無理にねじ込んでいるのに、彼女は悪びれもしていない。

 

「はぁい……」

 

 パースに抵抗する気力は残っていなかった。

 輸送部隊って、大変そうだな。

 本来抱える輸送部隊の苦労では絶対ないだろうが。

 

 上機嫌に帰っていくマリーをパースは見送る。

 その後、俺の方へと向き直った。

 

「すみません、テノールさん。そういう事でちょっと同行者と厄介事が追加です」

「まぁ、はい」

 

 俺が一部始終見ていたから、説明は省かれる。

 こんな疲れたパースに改めて説明させる気も、彼の決定に逆らう気も起きない。

 むしろ彼を応援したい気持ちがあるくらいだ。

 

「道中も予定変更ですね。マリーさんと助手さんに、野営は耐えられないでしょう」

 

 体力がない事に定評のある3番隊の隊長マリーと、おそらく隊員の助手。

 体力があるし野営に慣れているパースと俺。

 後者に合わせた旅を前者にさせた場合、いったいどうなるか。

 まず間違いなく体調崩され、俺たちは足止めされる。

 

「町を中継地にして、休憩は宿ですね。ちょっと費用が高くなりますし、ナンタンへの到着が遅くなりますが、旅がより安全になるから良しとしましょう」

 

 3番隊の方々を考慮し、パースは計画を修正した。

 野営ではなく宿。町を中継するとなると、進む道も整備された街道。

 求められる体力は格段に少なくなる。

 

「賛成です。マリー隊長に無理強いはできませんからね」

 

 楽な旅になるのだから、俺に異論はない。

 

「それでは今度こそ、出立の準備をしてきます」

「こちらも同じく」

 

 そうして、それぞれ次の行動に改めて移るのだった。



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第五節 自分勝手な人の応対は疲れる

 王宮の自室。

 清掃や洗濯なんかは王宮の侍従に任せているから、相変わらず綺麗なままである。

 俺の私物も同様。私物と言っても、私服とあの支持者に配る用の首飾りくらいしかないが。

 普段の装備、革鎧から下着に至るまで、ほぼ支給品だ。

 

(支給品だからこそ、気兼ねなく使い潰せるし、使い潰しても次が支給される。使い走りさせられてるんだ。費用はあっちが負担してくれないとな)

 

 支給装備の交換。それが俺の荷物整理である。

 汚れや破損が目立つ装備を木組みの鎧かけにかけておき、用意されている新品もしくは修繕品を着込むのだ。

 多少の汚れで交換したりはしないが、破損があった場合はどんなに小さい破損でも交換する。

 命を守るための物だ。万全の物を使うのは当然だろう。

 という事で、靴は高い頻度で交換される。

 

(エクスカリバーに毎度酷使されてるからなぁ、靴。踏み込みや跳躍、足運び。エクスカリバーの馬鹿力でやってんだ、1回の旅でも持つだけ上等だよ)

 

 俺は靴を憐れみ、同時に感謝していた。

 よく持ったと、今までありがとうと。

 そうして俺は靴を新品に履き替える。

 これで俺の荷物整理は終了だ。

 他の装備は手入れをしっかりしてあるし、替える程の物ではない。

 旅の準備として、回復薬や解毒薬を補充せねばならないが、それはここでやる事ではない。

 

 俺はもう用のない自室から出ようとして、ふと疑問が湧いた。

 ルーフェ様はもうあの悪癖を止めたのだろうか。

 衣装棚を確認すれば、変わった様子はない。

 匂いを嗅がれてはいないし、盗まれてもいないと信じたい。

 

(ちょっと待て?前にルーフェ様が衣服をくれた事があったな。汚れていたから新しいのを、と。その汚れていたのはいったい……。いや、考えずにおこう)

 

 すでに盗まれた疑いがあったが、俺は思考を放棄した。

 今さら追及したって意味のない事だ。今後しないように願いたいが。

 

(とりあえず衣服は大丈夫。ベッドは、調べようがないな。じゃあ、録音魔道具は……)

 

 俺は照明魔道具を手に取ろうとした。

 その時だ。

 

「ルーフェちゃんはもう盗聴器なんて仕掛けてないよ?」

「なっ」

 

 背後から男の声がした。

 俺は咄嗟に振り返り、男の姿を視認する。

 

「あ、アロンズさん……」

「そう!みんなの頼れるお兄さん、アロンズ・エームリッスだよぉ」

 

 飄々とした調子で名乗る男、アロンズ・エームリッス。

 建国王アルトの代からラビリンシアの王に仕える予言者。

 日頃滅多にお目にかかれないし、だいたいいつも寝ているという噂の人物である。

 確か、マリーの先祖でもあったか。

 

(なんで先祖がまだ生きてるのかと不思議だったが。この人もホムンクルスか?)

(そうだろうな。長い耳にして無駄にエルフを装ってるが)

 

 金髪だが赤目なので、もしかしたらと思ったら、エクスカリバーに丸を貰えた。

 金髪と長い耳にホムンクルスを成型する事で、エルフであるとアロンズは偽装していた訳だ。

 となると、エメラルド・タブレットのように、この人も本体は別なのだろう。

 

(あの杖じゃねぇか?いつも持ち歩いてるしよ)

 

 充分考慮に値すべき意見だ。

 しかし、本体を特定したとしても俺に恩恵はない。

 それに、今はアロンズの本体を特定している場合ではない。

 彼が何故ここに居るのか。特定すべきはそっちである。

 

「アロンズさん、何か御用ですか?」

「いやいや、用事って程ではないんだけどね?」

 

 なら気配もなく人の部屋に入ってくるんじゃない。

 そんな言葉を、俺は飲み込んだ。

 

「そうだねぇ、なんて言えば良いかなぁ……。試しに来たってのも変だし、調べに来たって言えばそうだけど、どう調べたものか分からないし……」

 

 なにか勝手に1人で唸り出したのだが。

 何をしに来たんだ、この人は。

 

「じゃ、世間話をしに来たって事で」

「せ、世間話ですか?」

「そう、世間話」

 

 おまけに促してもいないのに応接用の席に座った。

 相変わらず他人の意思などお構いなし。

 相変わらずと言っても、会ったのは4・5回くらいだが。

 それでも、この自分勝手さは強烈に印象付けられている。

 

「座らないのか?」

「いえ、あの俺も用事が立て込んでまして……」

「そんなに時間は取らないよ」

 

 アロンズは腰を落ち着け、立つ素振りもない。

 話を聞かねば立ち去らない事は明白である。

 仕方なく、俺は対面の席に着いた。

 

「悪いね。気になる事があると眠れない(たち)なんだ」

 

 微笑むアロンズからは全く謝意を感じない。

 まぁ、この人が本気で謝る時なんぞ来ないだろう。

 

「僕の予言でまた迷惑かけたみたいだけど。どうだった?」

「どうだったと言われましても……。そもそも、予言がなくても被害は受けていたでしょうから」

 

 凶兆と知らされる前から凶兆に突っ込んでいるのだから、我ながら自身の不運を呪いたくなる。

 なんだってあんな所に巨大スライムが、よりによって俺が冒険者依頼で向かった先に居たのやら。

 

「僕も聞かされた時には驚いた。僕が予言した時には、もう凶兆の近くに居たそうじゃないか。どうしてあんな山に居たのかな?」

「……体を動かしたかったので、適当な冒険者依頼を受けていたのです」

「……本当に?」

 

 アロンズは急にその目を鋭くした。

 テナーの好感度稼ぎだった事をはぐらかそうとしたのに、下心でも読まれたか。

 

「……暇を潰したかったのは本当です。何かしていないと落ち着かなくて。それで、冒険者依頼を探した時、知り合いであるトータン領主が依頼主の物を見つけました。彼の手助けになればと、その依頼を手に取ったのです」

 

 読まれてしまったなら、嘘を吐くべきではない。

 故に、俺は言葉を選んで己の動機を明かした。

 言葉を選べば、こんな綺麗に聞こえる文章となるのだ。

 

(口がうめぇ奴だよ、お前は本当)

 

 誉め言葉として受け取っておこう。

 

「なるほどなるほど、知人の手助けをしようとした結果ね……。ふむふむ。じゃあ、そうだな……。なんでこの時期に故郷へ帰りたくなったか、訊ねて良いかな?」

 

 拒否できるのだろうか、その質問。

 してもしつこく問われそうだが。

 

「正直、王都から少し離れたかったのです」

「ルーフェちゃんが盗聴器を仕掛けた件でかい?」

 

 なんで知ってるんだ、という感想は愚かである。

 この人は予言者。

 知らない事を知る力の持ち主である。

 今回はその力で、あまり知られたくない事を知られた。

 ……絶対に知られたくない俺の本性について知られていないだけ、俺は幸運なのである。

 

「その件もありますが、もう1つ。ルーフェ王女殿下とは別に、俺の部屋へ聞き耳を立てていた者が居るようなのです」

 

 俺は懐にある集音魔術石を取り出した。

 これの持ち主はまだ見つかっていない。

 

「ああ、それね。それはぁ、あんまり気にしなくて良いんじゃない?」

「ご、ご存知なんですか?犯人」

「しぃーっ、てね。面白くないから内緒だよ」

 

 楽しそうに口元で人差し指を立てやがって。

 どういう理屈で動いてんだ、こいつ。

 

「まぁ、とりあえず。君がホーオに行ったのも、凶兆の元に居たのも、何から何まで偶然だった訳だね。凄いねそれぇ、運命ってやつかな」

「……嫌な、運命ですね」

「僕は楽しいけど?」

 

 お前を楽しくても俺が楽しくないんだよ。

 

「うん。訊きたい事は訊けたかな。そういう事で、じゃあね」

 

 そしてアロンズは最後までこっちを一切慮る事なく、やりたい事をやって帰っていった。

 彼が何をしたかったのか、その意図が不明のまま、ただただ俺は疲れたのだった。



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第六節 女性の荷物は多いという偏見

 王都の宿に泊まった朝。

 誰かに聞き耳を立てられているという心配はない。

 部屋の品質も、王宮程ではないが高い。

 おかげで心地良い朝を迎える事ができた。

 

(さて、一応荷物の再確認をしとくか)

 

 回復薬や解毒薬、保存食も買い足してある。

 残っていたそれらも、消費期限を過ぎている物は適切に処分した。

 装備の方も王宮で取り替えたし、武器の方も――

 

(……すやぁ)

 

――寝ているけど大丈夫だろう。

 というか、エクスカリバーって思念体を出したままで良いのだろうか。

 思念体も聖剣に収めて寝た方が、疲労は回復できそうなものだが。

 いや、そもそも魂の存在であるエクスカリバーは疲労するのか?

 ……気疲れとか、頭が疲れる事はあるか。

 まぁ真偽はどうでも良い。

 無理に起こしても不興を買って面倒になるだけだ。

 

(じゃあ、後はパースを待ってるだけだな)

 

 泊っている宿について、王宮の自室に書置きしてある。

 俺を探すのに大した手間はかからないだろう。

 宿が提供する紅茶を優雅に楽しみながら、俺はパースが来るのを待った。

 そうしていれば、程なくして彼が現れる。

 

「テノールさん、こちらの準備は済みましたよ」

「はい、こっちもです」

 

 俺は宿に気持ちばかりの追加料金を払いつつ、宿の表に出る。

 そこには、2台の馬車が停まっていた。

 パース自身が乗って来ただろうそれと、4番隊隊員のニオが御者台に座ったままのそれだ。

 

「今回の旅は馬車2台にしたんですね」

「女性の荷物は多いですからねぇ。旅に慣れてない方々となると、荷物の適正な量も知らないでしょう。さらには3番隊。研究道具や検査機器、その他諸々持ってくるのは明白です」

 

 色々と見越した上での馬車2台らしい。

 マリーの荷物を減らさせるのは、最初から諦めているようだ。

 それが正解だと俺も思う。

 なので、何か提言する事もせず、俺の最低限の荷物を積み込む。

 

「よろしくお願いします、ニオさん」

「はっ!4番隊隊員ニオ、誠心誠意、勇者様の旅にお供させていただきます」

 

 もう1台の馬車を運転するニオへの挨拶。

 礼儀正しい、どこか染みついたような言葉が返された。

 この辺はケイヴェの教育なんだろうか。

 偏見だが、パースの教育でこうはならない気がする。

 でも案外パースは仕事ができるし、部下の教育はちゃんとやってるのかもしれない。

 

「さぁ乗って。マリーさんを待たせると噛み付かれてしまいます」

 

 マリーの噛み付き。

 パースは冗談のつもりだろうが、俺は何故だかその光景を容易に想像できてしまう。

 俺も連帯責任で噛み付かれるところまで頭に過った程だ。

 噛み付かれたくないので、俺は馬車へ乗り込んだ。

 元より、女性を待たせるなんて男のする事ではない。

 

 馬車は俺がちゃんと座ったところで走り出す。

 距離はないし都の整備された道。速度は出せないにしても、そう時間がかかる道行ではない。

 

「パース、遅いわよ!」

 

 なのにマリーからお叱りを貰うパース。

 哀れだ。

 

「遅いって、いつから隊舎の前に?」

「2時間前よ、2時間前!」

「迎えの時刻を定めていなかったのは申し訳ないですが……」

「何?こっちに非があるって言うの?」

「言わないでぇす……」

 

 パースは理不尽なマリーの怒りを甘んじて受け入れた。

 彼は実に達観した雰囲気を纏っている。

 達観とは、諦観であるのか。

 

「あ、あの……」

 

 そんなこの世の悲しい真理が表出した場で、1人の少女が小さな声で己の存在を主張した。

 

「ブレンダじゃないか。いったいどうしたんだ?」

 

 その少女はブレンダ。俺の同郷にして旧知の魔術師である。

 彼女の存在に、パースも俺も主張されるまで気付けなかった。

 マリーの存在感が色んな意味で大きくて、覆い隠されていたのかもしれない。

 

「えっと、色々すみません。私が説得できていれば……」

「良いんですよ、ブレンダさん。こうなった彼女は、誰にも止められません」

 

 ブレンダはマリーの暴走に負い目でも感じていたのか、マリーがかけている迷惑を代わりに謝っていた。

 あまりの健気さに、パースも思わず許してしまう程だ。

 

「彼女って、あたしの事?」

「いえいえいえ」

「ち、違います!」

「そ。なら良いけど」

 

 マリーの怒りをさらに煽りそうになり、パースとブレンダは身振り手振りも加えて否定した。

 彼らの否定でマリーは興味を失い、危機的状況は打開されたのである。

 

「それより。早く荷物を積んでもらえないかしら」

「……その荷物はどこに?」

 

 マリーに積み込みを催促されるも、積み込むべき物が見当たらない。

 パースも周りを見渡すばかりで、その物を見つけられていない。

 

「どこって、あたしの研究室に決まってるじゃない」

「……」

 

 本人にとって極当たり前のようだが、パースからしたら新常識だ。

 自身は荷物を外に運び出す事もせず、2時間もただ待っている。

 凄い感性だ。せめて暇潰しに何かしているものではないだろうか。

 

「ほら、早く取りに行ってよ」

 

 しかも、運び出しを任せようとしている始末。

 『始末に負えない』と、この状況をよく表した言葉が『主神スタッカート』によって残されている。

 

「……ニオ、運び出しますよ」

「了解しました」

 

 パースは終始諦め気味なので、抵抗もせず従った。

 ニオも隊長に追従する。

 

「わ、私も手伝います!」

「……いやぁ、気持ちだけにしておきましょうかねぇ」

 

 ブレンダの申し出を、パースは断った。

 何故なら、『あたしの荷物』と無駄に丁寧な印字をされた木箱が、マリーの研究室に積み上がっていたからだ。

 そう、木箱だ。鞄でも布袋でもなく、木箱が、積み上がっているのだ。

 

「その……。すみません……」

 

 ブレンダは、多くの感情に苛まれ、その一言しか口にできないのだった。



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第七節 予言者の昔話

「本当に、何から何まで偶然とは。面白い人だね、テノール君は」

 

 王が住まう宮にして城、ラビリンシア王宮。

 その城の地下へと向かいながら、独り言を呟く者が居た。

 

「『魔神ダ・カーポ』と『武神エフエフ』とは会ってたみたいだし、『邪神フィーネ』とは入れ違いと言うか擦れ違いと言うか。そんな3柱が揃ってる所に立ち会えるなんて、ちょっと羨ましいね」

 

 その者は予言者。知らない事を知る力を持つ者、アロンズ・エームリッス。

 彼はトータンの状況を覗き見していた。

 どう転んでも面白くなりそうな配役に、アロンズは覗き見せず得なかったのだ。

 

「誰かの干渉で導かれたかとも思ってたけど……」

 

 どうしてそんな面白い所に意図せず行けるのか、アロンズは不思議で仕方がなかった。

 だから、誰かの手引きを疑い、テノールに探りを入れたのだ。

 世間話と銘打った会話の最中、アロンズはテノールに探りを入れていたのである。

 

「動機は、少し含みがあったけど真実なんだろうね。単に危険から離れたくて、ドラクルから離れた。丁度良い口実が、墓参り。何の変哲もないね」

 

 テノールの動機に何者かの手引きはなかった。

 アロンズは盗聴犯であるルーフェももう1人も把握しており、その者たちがテノールをホーオに送る意味がないのも分かっている。

 

「3柱はテノール君に何もしてないし、他3柱も、少なくともトータンには居なかった。『鍛冶神アチューゾ』はちょっと前にナンタンで歩いてたけど、今はどこだろうね?」

 

 さりげなくこの男、『始まりの六柱』のその内4柱を補足していたのである。

 『邪神フィーネ』本体の所在は特定できず、『鍛冶神アチューゾ』は見失ったが、『魔神ダ・カーポ』と『武神エフエフ』の足取りは掴んでいるのだ。

 

「創造神の手引きは……。ま、あったとして僕程度に検知できるモノではないね。実在してるかも怪しいし」

 

 あらゆる神の干渉をできる範囲でアロンズは検知していた。

 その上で、勇者テノールの行動が誰の手引きでもないと、アロンズは結論を出す。

 

「やっぱり全部が偶然か。それとも、運命ってやつなのかな?なんとも面白い話だね。これだから、勇者や英雄って奴は飽きないよ」

 

 運命に導かれるが如く、波乱に満ちた人生を約束された者たち。

 そんな存在を覗き見する事が、アロンズにとって何よりの娯楽なのである。

 

「『世界は生きる物語である』、か。仰る通りですね、スタッカート先生」

 

 アロンズは『主神スタッカート』を、己の師のように称した。

 そう。アロンズ・エームリッスは『主神スタッカート』を師事した事があるのだ。

 

「ふふ。あの出会いも、運命だったのかな?」

 

 『主神スタッカート』とアロンズの出会いは偶然だった。

 アロンズが建国王アルトに仕える前の事だ。

 アロンズは世界を巡って旅をしていた、生きる意味を求めて。

 

「今振り返っても馬鹿な奴だったなぁ、僕は。根暗だったし、陰気だったし。何が楽しくて生きてたんだろうね」

 

 アロンズが自虐するくらい、当時は性格が違ったのだ。

 当時のアロンズは世を憂いるような人間だった。

 世を憂い、生に苦痛を感じ、その苦痛から逃げ出すために生きる意味を探していたのである。

 

「でも、そんな馬鹿だったから先生に会えたのか」

 

 意味を探す旅の途中、アロンズは嵐に襲われた。

 しかし、気候が変わりやすい地域であったためか、雨宿りするための小屋があったのだ。

 アロンズはもちろん、その小屋に逃げ込んだ。

 

「嵐に襲われたくらいで不幸だなんだって、喚いてたなぁ。それが幸運の先触れだとも知らずにさ」

 

 そう。アロンズはその小屋で幸運を享受したのだ。

 だって、そこには『主神スタッカート』が居たのだから。

 と言っても、かの神は最初に偽名を名乗った。

 ただの旅人に出会った程度の感覚で、神と遭遇しているとは微塵も自覚していなかったのである。

 

「ま、神だと明かされても、信じられなかっただろうね」

 

 初見で神を名乗られたら、むしろ相手の頭を疑っていただろう。

 そういう意味では、かの神の行動は正しかった。

 

「それで、ただの旅人と騙されたまま、嵐が過ぎるまで会話したんだったなぁ。いやぁ、最初の質問は不敬にも程があるよなぁ。人類史を拓いた神に、世界を守った人に、『この世界の何が楽しくて旅をしているのか』、なぁんて」

 

 嵐の中であると言うのに楽しそうな顔だった神。

 アロンズはその顔が気に食わなくて、そんな言葉を投げかけたのだ。

 仮にも、魔物蔓延る世界から人類の生きられる世界に変えたかの神にである。

 この世界を作ったと言っても過言ではない神に、この世界はつまらないと、直訴するようなものだ。

 しかし、かの神は笑いかけた。

 

「『一緒に旅をしないか?俺がこの世界の楽しさを解説してやろう』って。いやぁ、懐が深いよなぁ『主神スタッカート』はなぁ」

 

 世を憂う男に、かの神は手を差し伸べたのだ。

 そしてその手を、アロンズは反抗心で握った。

 

「『できるならやってみてくれ』なんて返したんだよなぁ、僕。あーあーあー!今思い出しても恥ずかしい!」

 

 世を憂う男の世界を楽しむ神に対する挑戦状。

 そんな挑戦状を送った者は、あまりにも愚かで、未熟で、羞恥に満ちた身の程知らずの男だった。

 当然、アロンズは神へ挑戦して負けたのだ。

 世を憂うアロンズは世界の楽しさを教え込まれた。

 

「オーロラ輝く極南の地。世界を一望するような世界最高峰の頂上。水溢れる町で営まれる人々の生活。渇水の極限を耐え忍ぶ人々の工夫。戦火の中で培われた美談。栄光の後に訪れる破滅の理由。どれもこれも素晴らしかった」

 

 かの神が教えたのは、綺麗なモノだけではない。

 汚いモノも、アロンズに教えたのだ。

 綺麗なモノも汚いモノも、かの神は教えた。

 その中にある美しさを説いていた。

 犯罪者の心理やその心理に至る過程。そこにかの神は美しさを見出していた。

 かの神は、何よりも、誰よりも、この世界を愛していたのである。

 

「『この世界は美しい。人々の織りなす物語は楽しい。だから俺は、この世界の全てを知りたいと思ったのさ』。ええ、同感です。僕もそう思ったからこそ、こうして生きております」

 

 生きる意味を手に入れたアロンズは、この世界の全てを知りたいからこそ、予言者になった。

 全てを見届ける予言者に。

 

「道半ばだけど。まだまだ僕の目はラビリンシアを越えられない。同時に見られる数もそんなに多くないし」

 

 遠くの場所を複数視界に収める術は開発した。

 しかし、アロンズが求める領域には届いていない。

 

「まぁ良いさ。焦らずじっくり、この勇者の国を楽しみながら改良していこう」

 

 独り言もそこそこに、アロンズは王宮の地下、その最奥に着いた。

 そこには1つの部屋がある。

 真ん中に棺桶のような箱が置かれ、壁・床・天井が魔術式で埋め尽くされた部屋だ。

 

「さてさて。テノール君の活躍を見逃さないようにしなくちゃ。ナンタンに行くんだったかな?そうすると、僕の弟弟子とぶつかるかもしれないね。それはとても楽しみだ」

 

 自身と同じく『主神スタッカート』を師事した者。

 同じ神を崇拝しながら道を(たが)えてしまった彼と、正義を執行せねばならない勇者。

 遭遇すればまず間違いなく衝突し、面白い事になる。そんな場面を見逃す手はない。

 アロンズは魂の入れ物であるホムンクルスの体を箱に横たえ、本体である杖、アロンズ・ロッドを抱きながら、眠りに就くのだった。



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第八節 世界は広いようで狭い

 ナンタンを目指す旅の4日目。

 現在地はチューオ領の都、ジラフである。

 俺とパースの2人旅だったらチューオ領とナンタン領の境まで行っているだろう。

 しかし、今回はマリーとブレンダが居るため、そうはならなかった。

 

「すみません、パース隊長。私たちの体を気遣ってもらって……」

 

 その事実に気付いているブレンダは、町で休憩する度にこうして謝っている。

 本来そういうのは無理に同行を願ったマリーがすべきなのだろうが、彼女にそんな心配りを期待すべきではない。

 なので、その心配りは彼女の助手であるブレンダが担うしかない。

 かわいそうな事だ。

 

「良いんですよぉ、ブレンダさん。おかげで私たちもベッドで寝られるんですから」

 

 そして、こんな返しをパースがするのもお決まりになりつつある。

 

「さてと。次の町を目指すには遅いですが、宿で休むには早いですねぇ」

 

 日が暮れる前に次の町まで辿り着けるか、多少怪しい時間である。

 故に、中央の都ジラフで休憩なのだ。

 

「皆さん自由行動でどうぞ。私はちょっと領主と話してきますので」

 

 という事で、各々の自由な時間となった。

 パースは一仕事あるが。

 ちなみにニオも馬車の見張り番だ。

 

「大変ですね、毎度町の長に話を付けるのも」

 

 俺はついついパースに労いの言葉をかけた。

 パースはこの旅の代表として、旅の理由を中継した町々全てに開示せねばならないのだ。

 仕事とはいえ、無駄な手間だ。

 

「話を付けないと不安がりますからねぇ、町長や領主の方々は。まぁ、急に近衛兵が来るんですから、心中お察ししますけどね」

 

 俺も分からないのでもない。

 なんの連絡もなく王の直属部隊が、少数ではあるがやってくるのだ。

 抜き打ちの査察か、賞金首でも逃げ込んできたかと、あまり良い予想はできない。

 だからこそ、ただ旅の中継に使わせてもらっているだけだと開示し、安心してもらうのだ。

 

「それでは、行ってきますねぇ」

 

 パースはそうしてチューオ領主邸に向かった。

 宿の前で残されたのは俺とブレンダ、マリーの3人。

 なのだが、さっきからマリーの姿がない。

 

「あれ?マリーさんは?」

「もう宿の部屋です。ちょっと確認してきたけど、何か書き物に集中しているみたいで……」

「……」

 

 ブレンダが返してくれた答えに、俺は思わず苦笑した。

 あの人、こんな所でも研究する気なのか。

 いや、機材がなくて研究できないから、せめて思い付きを手帳に書き記して置くのか。

 意外にも、今回の荷物にはナンタンでする調査関連の物しかないらしい。木箱を3つ積み上げて、である。

 衣服も含まれているが、曰く、それらは最低限だそうだ。

 女性として大切なモノを捨ててきた彼女の研究にかける執念。

 もはや感嘆してしまう。

 

「とりあえず、マリーさんは放っておいて良いか。連れ出そうとしても動かないだろうし。せっかくのジラフなんだけどね」

 

 チューオ領の都ジラフは、ラビリンシア王国領土の中央に位置している。

 東西南北の領土、どこへでも行き来が比較的楽な立地をしているのだ。

 その立地のおかげで、ラビリンシア王国各地の商品がこのジラフに流れてきている。

 ジラフだけでなく、チューオ領全体が商売の盛んな土地なのである。

 

 そんな土地に来たのだから、俺は買い物にでも誘おうとしていた。

 ナンタンへの道中であるから邪魔になる物は買えないが、店を見て回るだけでも楽しめるだろう。

 残念ながら、マリーはそんな事を楽しめる性分ではなさそうだが。

 

「ブレンダはどうする?俺はちょっと散策してくるけど」

「え、えっと。お誘いは嬉しいんですけど、マリー隊長を1人にしておくのは怖くて……」

「……」

 

 俺はなんだか納得してしまった。

 マリーの自分勝手さを知る者なら、きっと俺と同じ心境になるだろう。

 

「そうか……。じゃあ1人この町を楽しむのも悪いかな」

「いえいえいえ!テノールさんは普段できない分、是非楽しんできてください!」

 

 ブレンダは俺にまで心配りをしてくれた。

 確かに、王命で忙しくしているし、いつもの旅は町に寄ったとしても長居しない。

 方々へ駆けずり回っているというのに、観光なんてした事がない。

 何故だろう、目が潤んできた。

 

(……ほら、時間は有限なんだから早くしろ。短い間だが、存分に楽しんで来い)

 

 エクスカリバーにまで優しくされた。

 なんだか惨めだが、俺はさらに惨めにならぬよう、涙を堪える。

 

「そ、それじゃあ、行ってきます」

「はい、いってらっしゃい」

 

 そんな普通のやり取りなのに、無駄に暖かさを感じる。

 その暖かさに俺の目はより一層潤んできたので、涙を零す前にその場を離れた。

 

 顔を拭いながら歩けば、もう賑やかな人の声が聞こえてくる。

 声に誘われれば、そこにあったのは露店が建ち並ぶ繁華街。

 野菜や果物、肉などの食料もあれば、剣や鎧などの装備もある。

 実に多種多様だ。

 活気も溢れ、人々も溢れ、盛況なのが見て取れる。

 そうして盛況なおかげか、周りが勇者である俺を気にした様子はない。

 

(というか、なんか俺と似た格好の奴が複数居るな)

 

 俺が愛用している国からの支給品装備。

 愛用しているとあってその姿での露出は多い。

 だから似たような装備を作ろうとすれば、そう難しくはない。

 質まで近づけると値が張ってくるが。

 

(つまりは、勇者様の真似だな?)

 

 そう。エクスカリバーの言う通り、おそらく彼彼女らは俺の真似しているのだ。

 しかし、偽物に成りすまそうとまでする者は居ない。

 いつだったか、成りすました者が偽物と露呈し、物理的にも精神的にも袋叩きにされる事件が起こった。

 それ以来、そういう者は一切出てこなくなったのである。

 とても悲しい事件だった。

 

 とりあえず。未だに格好を真似る者は後を絶たないが、今日はそのおかげで気兼ねなく観光ができる。

 内心真似る者たちへ感謝しながら、俺は店を見て回ろうとした。

 そんな時だ。

 

「おい放せ!いつまで引っ付いてくるんだ!」

「剣を直させてくれるまでに決まってるでしょ!」

 

 賑やかな繁華街でさえよく通る、騒がしい言い争いが耳に入った。



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第九節 喧嘩を収めるのはこの手に限る

「得体の知れない奴にこの剣の修理を頼めるかよ!」

「鍛冶師ですよ鍛冶師!鍛冶師の得体なんて、それだけで充分です!」

「不十分だ!」

 

 騒がしい言い争いは収まる事なく、むしろ騒がしさが増している気すらする。

 男性と女性の声とあって、俺は女性が乱暴されていないか気になった。

 乱暴されていたら、優しく匿って俺の支持者になってもらおう。

 

(今日の下衆)

 

 恒例行事みたいに言うんじゃない。

 

「ヒューマンの鍛冶師には当たるだけ当たって、それで無理だったんだ!もうヒューマンに頼る気はないんだよ!君、ヒューマンで、しかも女の子だろう!?」

「女が鍛冶師やって悪いかよ!ボクは女だよ!!」

「だから任せられないってんだよ!!」

 

 言い争いの現場に向かってみれば、女性が乱暴されているという事はなかった。

 女性が男性にしがみついていて、優劣を付けるなら女性の方が優勢である。

 男性はしがみつく女性を必死に剥がそうとしているが、剥がれる気配は微塵もない。

 女性はヒューマンの中でも小柄で、比較的華奢。

 対し、男性の方は見るからに冒険者だ。

 あの女性のどこに冒険者から引き剥がされないような力があるのか。

 

(というかよ。あの冒険者、レヴィのダンジョンで生き残った奴じゃねぇか?)

 

 エクスカリバーに言われて気付いた。

 その男性は確かに3級冒険者リカルドである。

 

(……え?じゃああの女性、3級冒険者の力で引き剥がせないの?)

(……いや、リカルドが本気でやってないだけじゃないか?ケガさせちまうって)

 

 そうでないと怖い。

 だが、どっちにしろ3級冒険者の本気じゃないと引き剥がせない事実が浮かび上がる。

 やはり怖いな。

 怖いは怖いのだが、勇者として彼らの言い争いを収めるべきではないだろうか。

 この惨事を見て見ぬ振りとは、勇者らしくない。

 俺はそんな他人評という呪いに背中を押され、彼らの元へと歩み出た。

 

「君たち、何を言い争って―――え?」

「あ、あんた!助け―――は?」

(な!?)

 

 言い争いを収めようとした瞬間、俺も、リカルドも、エクスカリバーも、目を疑ったのだ。

 何故なら、女性がその手に、聖剣エクスカリバーを握っていたからである。

 

「え、エクスカリバー!」

 

 俺の腰に聖剣がない。

 その聖剣は女性の手にあるのだから当然である。

 しかし、信じ難かったのだ。

 

(あの一瞬で、テノールから聖剣を掻っ攫いやがった!?)

 

 そう。女性の動きは一瞬だった。

 彼女の眼光が俺を射抜いたかと思いきや、俺の腰から聖剣が抜き取られていたのだ。

 

「ま、待て、君!それは一般人が触れて良い物じゃない!」

「分かっているから黙りなさい」

 

 俺は女性から聖剣を奪い返そうと手を伸ばした。

 だが、彼女に殺意すら感じる形相で睨まれ、怯んでしまう。

 俺だけでなく、現状に思考が追い付かないリカルドも似たように固まっていた。

 そんな事はお構いなしに、女性は聖剣の刀身を見つめている。

 

「素晴らしい!さすが聖剣エクスカリバーです。打ち終わってから大分日が経ちましたし、勇者に1年近く振るわれました。なのに、その刃は刃毀れも錆びもしていない!」

 

 女性は聖剣を高らかに掲げた。

 その素晴らしさを惜しげもなく褒め称え、陶酔した顔は緩みに緩んでいる。

 それで俺は察したのだ。

 

(あ、この人『鍛冶神アチューゾ』信仰の過激派だ……)

 

 過激派と銘打たれてはいるが、暴動を起こしたり、他の宗教と宗教戦争していたりする者たちではない。

 原理主義的に、『そんな事より武器作りだ!!!』という鍛冶神の教えを、忠実に守り過ぎた者たちの総称だ。

 鍛冶神信仰過激派は鍛冶に熱中し、鍛冶以外を(ないがし)ろにする。

 常識をどこかへ置き去りにしてしまった、変人たちなのである。

 

「見なさい、この聖剣を!劣化のない姿を!聖剣は朽ちず壊れずを設計思想にして作られましたから、他の武器と比べ物にならない耐久性があります。しかし!貴方のその剣も、並大抵の事では折れぬよう作られたはず。それを貴方はどうして折ったのですか!どうやって折ったのですか!!どんだけ雑に扱いやがったんですか!!!」

「お、ちょっ!?危ないから剣を振り回すなよ!」

 

 女性は早口でまくし立て、しまいには聖剣エクスカリバーを振り回し始めた。

 腰も腕も入っていない素人の剣裁きであり、リカルドは難なく避けている。

 でも危ない事には変わりない。

 

「粗雑に扱われた剣の恨み、折られてしまったその子の悲しみ!その身で晴らさでおきべきか!!」

 

 もうなんか怨嗟を紡ぐに至っていた。

 剣が折れた経緯を聞くのではなかったのか。

 いや、そうだとしたら剣を振り回しはしないか。

 とすると、恨みを晴らすのが女性の目的だったのかもしれない。

 

(おい、何冷静に分析してんだ。オレ振り回されてるし、刃傷沙汰でいよいよ説得してる場合じゃねぇぞ?)

 

 そうだった。

 元より争いを収めるために介入したのだ。

 説き伏せる手間がなくなって有り難い。

 という事で、俺は物理的に伏せにかかる。

 

「失礼」

「うっ、きゅう……」

 

 リカルドに注意を割いているところ、俺は女性の背後から腕を首に回し、絞め落とした。

 『武神エフエフ』が残した格闘技、裸絞めである。

 殺してはいけない相手を無力化する術として覚えていたのが功を奏した。

 まさか、こんな事に使うとは全く予想してなかったが。

 

 とにかく、リカルドと女性の争いは、無事収められたのだった。



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第十節 巡り合わせ

 言い争いを物理的に収めたのだが、女性を気絶させたまま放置はできなかった。

 本心としては放置したかったが、仕方なく、俺は俺が泊まる宿の一室に彼女を運び込んだのだ。

 事情聴取のため、言い争いの片割れであるリカルドにも付いてきてもらっている。

 

「ああ……剣が……。私の剣が……折れ……」

 

 女性はベッドに横たわり、眠っていた。

 悪夢にうなされているようではあるが、呼吸は正常なので良しとする。

 

「ああ……貴方は、また……。大事な我が子が……こんな酷い目に……」

 

 ……暴力亭主と結婚でもしてたのか?

 

(作った武器を壊されたりしてたんだろ)

 

 なるほど。鍛冶神信仰過激派なら、自身の制作物を『我が子』と称するか。

 

「すまん。手間かけさせたな、勇者様」

 

 女性の容態を看ていると、リカルドが謝ってきた。

 面倒事に巻き込んだ負い目か、目を合わせず後頭部をかいている。

 

「いえ、お構いなく。言い争いを収めようとしたのは俺の勝手ですし、途中から俺も被害を受けていましたから」

 

 聖剣を掠め取られるという被害で、俺も言い争いの当事者となったのだ。

 この事に関して報酬や賠償を求めるつもりはない。

 

「代わりと言ってはなんですが、事情を訊いても良いですか?」

「ああ、そんなもので良いんだったらいくらでも」

 

 リカルドは俺のお願いを聞き入れ、席に座る。

 話が長くなるのか。

 

「まず、どこから話したもんかな……。そうだな、この女と会ったところからか」

 

 リカルドは当時の記憶を掘り起こし、話し始める。

 

「ホッタンとチューオの境付近、チューオ寄りの方だな。その辺りで冒険者依頼を(こな)してたんだ」

 

 リカルドはレヴィのダンジョン以降、チューオに渡っていたのか。

 まぁ冒険者だからおかしい話ではない。

 1か所に留まる理由がなければ世界を渡り歩く。それが冒険者だ。

 

「オークの討伐依頼を達成した時にな、こいつがブラックドッグの群れに襲われてたんだよ」

「それを助けたと?」

「ああ、その時はただの行商人か何かかと。鍛冶神信仰過激派と分かってりゃ、ちょっと考えたんだけどなぁ」

 

 分かってたら助けないのも一考の余地があったのか。

 正直同意する。

 俺も勇者という体面を気にしないなら、過激派に分類される信仰者を助けるか迷うだろう。

 勇者という体面を気にしてるから、迷わず助けなければならないのだが。

 

「それで、助けちまったんだが。その後、俺の剣が気に障ったようでよ」

「気に障った?」

「1本折れてんだ、剣」

 

 リカルドは腰から下げる2本の長剣、その内の布を何重にも巻き付けられた方を軽く叩いた。

 そちらが折れているという事か。

 2本の剣を扱う武術、2刀流ではなかったらしい。

 

「結構良い剣でな、直せる鍛冶師を探しては居るんだが……」

「見つかっていないんですか?」

「突き返されるか、奪われそうになるかの2択だ。だから、信頼できる鍛冶師にしか任せられない」

 

 リカルドは息を吐き出すように、愚痴を零した。

 疲れも籠っている様子から、彼の苦労が窺える。

 

「とすると、チューオを経由して次の有名な鍛冶師の元に?」

「いや、もうラビリンシア中の有名どころはほとんど当たった。それでこの有様さ」

 

 なんの成果もない事を皮肉るように、肩を竦めた。

 しかし、ラビリンシア中を探しても直せる鍛冶師が居ないとは。

 余程細かい装飾が施された剣なのだろうか。

 儀礼剣とか、祭典の儀式なんかで使う剣が思い当たる。

 でも、そんな実戦に使えないような剣を直そうとしているのは何故だろう。

 儀礼剣なんて、綺麗なだけで冒険者には必要ない。

 もしや、直せる鍛冶師を探せというような依頼を、彼は受けているのか。

 

(興味がないと言えば嘘になるが、あまり詮索するのも失礼か。厄介事に巻き込まれるのも嫌だしな)

 

 そうして、俺は剣についての詮索は避ける事にした。

 

「という事は、次の目的地はドワーフの国とか?」

 

 話題を急激に逸らすのも変だろうと、リカルドの行き先を話題にしてみる。

 

「お、正解。ドワーフはヒューマンと比較できない程の名鍛冶師揃いって噂だしな。そこで見つかれば楽なんだが」

 

 リカルドは浮かべる笑みに苦みを混ぜた。

 どうやら、ドワーフに対しても期待が薄いらしい。

 ドワーフでも直せないとなると、いったいどういう剣なんだ。

 

(デュランダルだったりしてな)

 

 パース曰く、とある貴族が探しているという聖剣か。

 そんな物を、冒険者が持っているはずがないだろう。

 突飛もない推測で、真面に取り合う気すら起きない。

 

「ドワーフも駄目だったら、それこそ世界中回るしかなくなるなぁ。それはさすがに勘弁してほしい。『鍛冶神アチューゾ』とまでは言わないが、伝説の鍛冶師、ムラマサとか、どこかに居ないかなぁ」

 

 未来に希望を持てないリカルドは、そんな妄想まで口にしだした。

 伝説の鍛冶師ムラマサ。

 伝説の武器を語る物語に度々登場する、『鍛冶神アチューゾ』の弟子だ。

 そう。お察しの通り、空想上の人物である。少なくとも、俺の中では。

 彼はそんな空想に縋る程、追い詰められているという訳か。

 しかし、いくらなんでも伝説に頼るのは良くない。

 現実的な方法を探すよう、彼を諭そう。

 

「そんな人物、そこら辺に居な―――」

 

 そう、しようとしたら、ベッドで寝ていたはずの女性が跳び起きる。

 

「ボクだ!」

「は?」

「え?」

 

 女性が放った寝起きの一言に、俺もリカルドも思考を奪われた。

 

「ボクはムラマサ!何代目かは忘れたけど、ムラマサの名を継ぐ鍛冶師です!」



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第十一節 容疑者は黙して語らず

「ボクはムラマサ!何代目かは忘れたけど、ムラマサの名を継ぐ鍛冶師です!」

 

 寝ていた女性の第一声。

 それは実に迫真で、本人は大真面目だった。

 

「……」

「……」

 

 そんな女性に対し、リカルドと俺は非常に、表現が難しい表情を浮かべたのだった。

 表情の形容は難しいが、込められた思いは明快である。

 信じられないという、女性がした発言への疑いだ。

 

「なんですかなんですか!信じられないって言うんですか!?」

「いや、そうとしか言えんだろ」

 

 女性の抗議に、リカルドは素っ気なく返した。

 俺は彼に同意しかできない。

 

「えーっと……、君。伝説の鍛冶師を尊敬するのは良いが、名前を(かた)るのは良くない。鍛冶神信仰者には、ムラマサを神聖視する人も少なくないからね。不必要な不評を買うかもしれない」

 

 俺は紳士的に、彼女の危険な行為を制そうとした。

 身の丈に合わない称号というのは身を滅ぼす。

 

(なかなか面白い冗談だな。なぁ、勇者が身の丈に合ってない元農民君?)

 

 お前はちょっと黙ってろ。

 

「あくまでも信じないつもりなんですね」

「信じてほしいなら、せめて何代目かくらい覚えててくれよ」

「仕方ないじゃないですか。先代だって何代目か曖昧だったんですから」

「もう襲名制止めちまえ!」

 

 あまりにも雑な襲名制に、さすがのリカルドも吠えた。

 だが、至極もっともな意見である。

 代を重ねていくからこそ、名を継ぐ意味があるのだ。

 何代重ねたかも分からないなら、まさに形骸化している。

 というか、先代がこの子を騙していた可能性があるのではないか。

 そうなると、逆に哀れになってくるが。

 

「あの、貴女の本当の名前は?」

「ムラマサだって言ってるでしょう」

「……襲名する前の名前は?」

「そんなのありませんよ」

 

 ……捨て子か何かだったのか。

 そしてそんな無知な子供であるのを良い事に、先代と称された奴はこの子を騙したのか。

 俺の中ではもう同情心すら湧いてきている。

 

「……その、先代とか、周りの人からはなんて呼ばれてたんだ?」

「……カジキチとか、呼ばれてましたけど」

 

 『カジキチ』。込められた意味は不明だが、響きからして女性に付けるような名前ではない。

 この女性が女性らしいかという議論が始まると、論争になりそうだが。

 

「じゃあもうお前は『カジキチ』で良いだろ」

 

 リカルドの女性に対する扱いが非常に雑になってきた。

 かなり困らされ、鬱憤が溜まっているのか。

 

「良い訳ないでしょ!不名誉ですよ!」

「男っぽい名前で良く似合ってるじゃないか」

「今どこを見た!いったいどこを見て『良く似合ってる』と言った!」

 

 リカルドの視線は、女性の胸へ向けられていたように窺えた。

 そこには、女性らしい主張が一切ないのである。

 

「どいつもこいつも巨乳巨乳と!胸が小さいだけで何故女性と認められず、不当に(しいた)げられなければいけないんですか!」

「お前さんが女性と認められないのも、(しいた)げられてるのも、どっちかって言うと態度が原因だろうよ」

「女性らしさを学ぶ暇があるなら、鍛冶について学ぶ方が何倍も有意義です!」

 

 女性は典型的な鍛冶神信仰過激派だった。

 鍛冶以外を(ないがし)ろにしてきた者たち。

 彼女は間違いなくその者たちの一員であったのだ。

 

「ボクはもう怒りましたからね。貴方が直してくださいと頭を下げてくるまで、どこまでも追い回してやります!」

「あーはいはい。ご自由にどうぞ、鍛冶師ちゃん」

 

 怒りを露にしている女性に、リカルドは呆れていた。

 もう説得も追い払うのも諦め、彼女が諦めるのを待つようだ。

 

 唐突だが、『鍛冶師ちゃん』という呼び名は俺も採用しよう。

 いい加減、呼称に困っていたのだ。

 

「というか聞きそびれてましたが、どうやってその剣を折ったんですか!正直に白状しなさい!」

「俺だって知らないさ。随分前から折れてたらしいしな」

「ずっと折れたまま放置していたと!?」

 

 思い出したように気絶する前の追及を再びすれば、鍛冶師ちゃんにとって驚愕の事実を聞き出してしまった。

 壊れた武器がそのまま放置される。鍛冶師としては許しがたいだろう。

 

「どうしてそんな酷い事を!」

「知らないって。詳しく知りたきゃ、ナンタン領主にでも訊けよ」

 

 何か、聞き捨てならない事がリカルドの口から漏れた気がする。

 

「どうして、ナンタン領主がその折れた剣について知ってるんですか?」

「……あ」

 

 俺がその聞き捨てならない事を拾い上げてみれば、リカルドは明らかに呆けた。

 失言であると自覚したのだ。

 

「い、いや、まぁその、な?俺はナンタン領主と懇意にしててな?それで、個人的な依頼を受ける事もあるんだよな?」

「ほう。つまりその折れた剣については、ナンタン領主の依頼であると」

「……」

 

 言葉に窮したリカルドの顔に、汗が一筋流れた。

 1つの失態で冷静さを欠いた彼は、さらなる失態を演じてしまった訳だ。

 

「丁度、俺はナンタンに向かう用事があるんですよね?そこで、ナンタン領主に訊ねても構いませんか?後ろめたい事でないなら、構わないと思うのですが……」

「……」

 

 リカルドは俯き、口を閉ざした。

 だがその顔は、とても青かったのだった。



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第十二節 無駄な抵抗

 リカルドから失言を引き出してしまった後、彼はずっと無言を貫いていた。

 しかし、逃走はしなかったのだ。

 逃走して後ろめたい事があると、そう確定させたくはなかったらしい。

 そういう判断でその場に留まったのだが、その判断が彼の首を絞める結果となる。

 

「へーへーへー、なるほどなるほどぉ?折れた剣を直せる鍛冶師の捜索ですかぁ。そんな話、私は聞いてないんですけどねぇ?」

 

 チューオ領主に話を付け終えたパースが帰ってきてしまったのだ。

 帰ってきたパースに、俺はあらかた顛末を語り、現在に至る。

 そう。沈黙しながらも汗を流すリカルドへ、パースがあくどく微笑みかける現在に。

 

「デュランダルの捜索依頼と、聞き及んでいたんですけどねぇ。折れた剣について、どうして隠してたんですかねぇ?」

 

 レヴィのダンジョン攻略時に使用した最高位回復薬。

 パースはそれの対価として、リカルドに情報を要求したとの事。

 それで洗いざらい情報を吐かせたのだが、折れた剣については巧妙に隠されたようだ。

 だが、それも白日の下に曝され、リカルドは窮地に陥っている。

 

「ねぇ、リカルドさぁん。デュランダルの捜索は明かせて、折れた剣は明かせなかったんですかぁ?それってぇ、その剣がデュランダルより大事だったって事ですよねぇ」

 

 パースは悪人面でリカルドに詰め寄っていた。

 近衛兵として大丈夫なんだろうか。

 ……近衛兵だから大丈夫なのか。

 貴重な情報ならば、拷問してでも手に入れるのが国王直属部隊である。

 拷問してないだけ良心的かもしれない。

 

「無駄な抵抗は止めたらどうです?リカルなんたらさん」

「リカルドだ、カジキチ!無駄な抵抗とはなんだ!俺は必死なんだぞ!?」

「そこでその名前を出さないでくださいよ、この馬鹿!」

 

 突然に鍛冶師ちゃんが口を挿み、リカルドと罵倒し合った。

 まぁ、ある意味でリカルドの口を開かせたのだ。

 

「だいたいそんだけ知られてれば、もうその折れた剣がデュランダルだって馬鹿でも分かるでしょうが!」

「なっ、おまっ!?」

 

 鍛冶師ちゃんは罵倒だけに飽き足らず、追撃までかました。

 リカルドが必死に隠そうとしていた事を、見事的中させたのだ。

 

(まぁ、俺もそうなんじゃないかとは思ってたが……)

 

 得られている情報からは確かに、折れた剣がデュランダルであると推測できる。

 できるが、それは伝説上の聖剣だ。実在は疑わしいのである。

 でも、リカルドが取り乱している辺り、その推測は正解なのだろう。

 だからとりあえず、デュランダルという触れ込みで預けられた剣だと、俺は解釈している。

 

「えーっと。ムラマサさん、でしたっけ?」

「はい。ボクがムラマサですが、何か?」

「いえね?かの鍛冶師の名を、若い女性が継いでいるのは意外でして」

「老けてなくて残念でしたか?男でなくて残念でしたか?」

「滅相もない」

 

 パースが鍛冶師ちゃんの名前を確認し、感じている意外感を素直に表した。

 その表現は称賛の意の方が強く込められていたのだ。

 しかし、散々貶されてきた鍛冶師ちゃんは皮肉に感じてしまったらしい。

 彼女は反感を示し、パースは身振りも加えて否定した。

 それで一旦、彼女は不機嫌を堪える。

 

「お聞きしたいのですが、貴女は初めからデュランダルであると認識して、リカルドさんに付きまとっていたのですか?」

「そうですよ、当たり前じゃないですか。漏れ出るわずかな魔力、微かな金属の擦れる音。通常の剣とは全く違いました」

 

 剣自体から魔力が漏れているという事は、その剣自体が魔術的な加工をされているという事。

 魔術的な加工をされている剣なんて、間違いなく特別性だ。

 聖剣エクスカリバーがその例となる。

 金属の擦れる音というのも、加工の仕方によって変わってくるという話。

 かなり腕の立つ鍛冶師しか聞き分けられないだろうが。

 でも、それでデュランダルと断定するのは早計ではないだろうか。

 

「……もしかして、デュランダルについて以前の代から教えられているんですか?」

「当然でしょう。ムラマサは先代を越えないと襲名できません。だから、先代たちが作った武器の仕様はもちろん、その製造法も身に着けた上で、先代たちを上回ってきたのです」

 

 デュランダルについて詳細に把握しているから断定できたと、一応の筋は通るか。

 と言っても、鍛冶師ちゃんの弁は信憑性が薄い。

 

「……では、ラビリンシア王国内にある歴代ムラマサの作品、答えられますか?」

 

 なのに、パースは深刻な顔つきで、鍛冶師ちゃんへの質問を投げた。

 彼は彼女の弁を信じたと言うのか。

 

「宝石板エメラルド・タブレット、聖剣デュランダル、聖剣カリバーン、聖剣エクスカリバー。後は、十束剣(とつかのつるぎ)でしょうか。最後のは持ち主が国内のどこほっつき歩いているか不明ですけど」

 

 鍛冶師ちゃんは物凄い情報を開示しやがった。

 

「エクスカリバーはともかく。父上のエメラルド・タブレット、鍛冶師が作ったのか……」

「当時のムラマサは新しい試みで宝石を扱っていたのです。宝石で剣が作りたかった、とかで」

 

 普通に金属で作れ。宝石じゃ脆いだろうが。後、勿体ない。

 

「聖剣カリバーン……。その所在はご存知ですか?」

「そこまでは。作って誰かに渡した、らしいですが。渡した人がちゃんと相続してるなら、ラビリンシアにあるかと」

「そうですか……」

 

 パースはその答えに深く考え込み始めた。

 聖剣カリバーン。俺は耳にした覚えがないが、パースは案外それの情報も得ているのか。

 

「うん、まぁ、ここでどうこう悩んでも仕方ないですね。とりあえず、貴方の剣がデュランダルである可能性は高まりました」

 

 パースは逸れまくっていた話題を、視線も一緒に戻した。

 視線はもちろん、リカルドの方へである。

 

「いや?俺の剣は全然デュランダルじゃないぜ?」

 

 残念ながら、リカルドの声は上ずっていた。

 

「じゃあ、詳しい話はナンタン領主の前で訊ねましょうか。ご同行、願いますよ?」

 

 とても爽やかな様子で、パースはリカルドの方に手を置く。

 その手はしっかりとリカルドを掴み、放さない。

 

「嫌だああああああああああああああああ!!!!」

 

 逃げられないと悟った上で、リカルドは渾身の拒絶を叫ぶのだった。

 

「姉貴に殺されるううううううううううう!!!!」

「……『姉貴』?」



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第十三節 ナンタン現領主

「くちゅんっ」

 

 とある屋敷の一室にて、ある女性がくしゃみを響かせていた。

 唾が飛ばぬよう、口元は小さめの手拭、手巾(しゅきん)で覆ってある。

 

「どうしたんですか?そんな似合わない可愛らしいくしゃみなんかして。風邪ですか?ローラお嬢様」

 

 くしゃみをした女性の傍に控える、見るからに侍女である女性が不調を心配した。

 選んだ言葉がどこか馬鹿にした感じで、表情も全くの真顔だが。

 

「暗に私が可愛らしくないって言ってないかしら?エイプリル」

「まさか。ご自身がそう思っているから、そのように受け取ってしまうんでしょう」

 

 馬鹿にした感じである事をローラが拾い上げるが、侍女エイプリルはさらに馬鹿にした感じを上乗せした。

 不遜な侍女の態度に、主であるはずのローラは笑顔のまま青筋を立てる。

 

「ねぇ、エイプリル?貴女のその不遜な態度、場合によっては解雇ものなのだけど。その辺りはどう考えているのかしら」

「ナンタン領を背負う領主様には、この程度で青筋を立ててほしくないと考えております」

 

 相手がナンタン領の領主であるにも拘らず、エイプリルはなおも不遜な態度を貫いた。

 そう。このローラと言う女性はまだ20代という若き現ナンタン領主。

 そうすると、エイプリルは領主お付きの侍女であり、彼女らが居る一室はナンタン領主邸の一室という事になる。

 

「殴って良いかしら」

「領主がこんな暴君だなんて。領民が聞けば泣くでしょうね」

「……はぁ。貴女は本当に、口が減らないわね」

 

 恐喝や権力に屈せず不遜な物言いを披露するエイプリルに、ローラは怒りが一周して呆れ果てた。

 これがエイプリルの通常運行なのである。

 そのため、怒っても無駄であると、ローラは分かっているのだ。

 

「好き好んで傍に置いているのはお嬢様では?」

「そうね。先人に習って、苦言をいつでも呈してくれる人間を傍に置いているのよ」

 

 王や領主など絶対的な権力を持つ者が調子に乗り、悲惨な末路を辿る。

 そんな話が歴史にも御伽噺にもたくさん転がっているのだ。

 逆に、否定的な、しかししっかりと意見する者を側近としたために、王が健全な執政を行え続けた。

 そんな話もいくつもある。

 ローラはそういう過去から学び、調子に乗らぬよう、問題点は容赦なく突き付けてもらえるよう、エイプリルを重用している。

 

「左様ですか」

「……訊いておいて随分と素っ気ないわね」

「私が訊いたのはあくまで、私を専属にした判断が誰のモノか、という事でしたから。その判断に至った経緯は訊いてないので」

「……」

 

 確かにエイプリルの問いに対して必要以上の答えを返していた。

 返していたが、それは会話を続けるためのモノであり、それを拾い上げてさらに続けるのが会話という交流である。

 だと言うのに、この侍女は無礼にも会話をぶった切った。

 この侍女を重用している主も、さすがに眉間を揉んでしまう。

 

「ところで、本当に風邪など引いてはおられませんか?体調を崩されると面倒なので」

「……ただ鼻孔がこそばゆくなっただけよ」

 

 無礼にも会話をぶった切ったのは、主の不調を気にしたせいかもしれない。

 一旦はそんな解釈でローラは自身を落ち着かせた。

 そうしてから、さりげなくまた不遜で余計な一言を付属させるエイプリルに、無事である事を伝えたのだ。

 

「きっとあれね、誰かが私の噂をしたのね。怖いわ、この私を付け狙う者が居るのね」

「いつまで未婚なんだって、旦那様辺りが嘆いておられるのでは?」

「……」

 

 領主や貴族など、富める者は早婚を望まれる。

 それは事実であり、20を過ぎても見合いすら舞い込まないローラは気にしてはいるのだ。

 だからこそ、指摘されれば不快になるだろう。

 実際、ローラは拳を握り込んでいるのだが、先程から暴君だのなんだの言われている身として、その拳を振り上げる事はできない。

 

「しかし、『噂をされればくしゃみが出る』でしたか。『コジ記』の中でも一等迷信めいた知恵を信じておられるのですね」

 

 エイプリルはローラの握りこぶしを察し、話題を逸らしにかかった。

 口の減らないエイプリルでも、加減は弁えている。

 本当に解雇されれば行き先に困ってしまう。

 こんな不遜すぎる侍女を雇うモノ好きは居ないと、エイプリルはこれでも自覚しているのだ。

 

「『主神スタッカート』様が残されたお言葉なのよ?貴女は信じないって言うの?」

「お嬢様は主神信仰でしたっけ。私はどちらかといえば邪神信仰ですから。それに、主神様のお言葉は時折変なのもありますし」

 

 熱心な主神信仰者であるローラ。

 強いて言えば邪神信仰のほぼ無信仰者であるエイプリル。

 互いの信心には大きな温度差があった。

 主神信仰でなくとも、主神のお言葉を信じる者は多い。

 だが、無信仰者は自身にとって有意義であるお言葉しか、信じるつもりはないのだ。

 

「何が変だって言うのよ!」

「『皆で作ったカレーは美味い』とか」

「あれは多くの者が協力して1つの成果を上げる事の素晴らしさを説いたお言葉よ!カレーという分かりやすい物をあえて当てはめて用いただけだわ!」

「早口になってますよ、お嬢様」

「不信心者に『主神スタッカート』様の尊さを教えてあげているのよ!」

「あーはいはい」

 

 信心に厄介な火の付き方をしたローラを、エイプリルは真面に受け止めず、雑にあしらった。

 しかし、これで止まるローラではないだろう。

 なので、エイプリルは性懲りもなく、また話題を逸らしにかかる。

 

「それで。噂でしたね、噂。案外、弟(ぎみ)が噂したのではありませんか?仕事が進んでいないから、姉貴にどやされそうだとか」

「……そういえば、デュランダルの事を任せたのに全然連絡がないわね。どこで何をしているのかしら、リカルドは」

 

 上手く逸らされてしまったローラは、丁度話題に上げられた弟の進捗を憂いた。

 ローラ・ナンタンの実の弟であるリカルド・ナンタン。

 そんな彼に領主として任せた、聖剣デュランダルを修理できる鍛冶師を探す依頼。

 ローラはその進捗を憂いるのであった。



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第十四節 絶望は歩いてやってくる

 ナンタンを目指す旅、8日目。

 

「さぁて皆さん。ナンタンの都、リチョーシに着きましたよ」

 

 パースが客車へと報告した通り、窓越しからリチョーシを囲う壁が覗けた。

 付いてきている鍛冶師ちゃんの馬車も横目に見えてしまったが、とりあえず彼女については保留だ。

 ここで俺の長旅は一旦終わりである。

 奴隷商の調査をこの都から始め、足取りが掴め次第その奴隷商を追いかける。

 そういう計画だ。

 

「私たちはパース隊長たちと別れ、サースイナッカノ農村に向かう。で良かったですよね?マリー隊長」

「ええ、そうよ。サースイナッカノ農村のあの森で、憎きロスの仕掛けを調べ尽くしてやるわ」

 

 ブレンダとマリーは目的が違うため、別行動となる。

 彼女らは彼女らで、予定を確認していた。

 マリーの方はなんか執念に燃えているが。

 

「パース、ニオは足として使わせてもらうわね」

「どうぞご自由に」

「了解しました。4番隊隊員ニオ、3番隊隊長マリーの指揮下に入ります」

「あまり無茶は聞かないようにしてくださいね」

「はっ!」

 

 マリーたちの荷物を運んでいたニオはマリーの方へ。

 さりげなくマリーの無茶ぶりに注意するよう言い含めておきつつ、パースはニオの指揮権をマリーへと一時譲渡する。

 そんなこんなで、皆がそれぞれ前を向いていたのだ。とある1人を除いて。

 

「着いちまった……。ろくな言い訳も思い付かずに着いちまったよぉ……」

 

 そのとある1人とは、同行を願われたリカルドである。

 彼だけがリチョーシの到着に絶望し、項垂れていた。

 彼はデュランダルに関する依頼で色々しくじったため、その依頼主であるナンタン領主には会いたくないそうだ。

 

「どうして、よりによって姉貴に用事がある人に捕まって、よりによってその人が王立近衛兵なんだよ……。俺って呪われてるのか……?」

 

 言葉の節々から伝わってくるだろうが、なんと彼はナンタン領主の弟だったのだ。

 本名、リカルド・ナンタン。

 領主という地位を姉に持っていかれたため、冒険者となって見識を広めていたとか。

 そして、冒険者として旅をしているというところに、彼の姉でありナンタン現領主であるローラ・ナンタンは目を付けた。

 旅をしているなら、ついでにデュランダルを修理できる鍛冶師くらい探せるだろうと。

 割と横暴な依頼ではあるが、姉であり領主であるローラに、リカルドは逆らえなかったと言う。

 

「殺される……。絶対俺の存在が闇に葬られる……、姉貴ならそれくらいやりかねない」

「ローラさんはそんな女性ではないと思うのですが……」

 

 姉に殺される未来を恐怖するリカルド。

 しかし、ローラはそんな事をする性格だっただろうか。

 

 俺はローラと面識がある。

 と言っても、ナンタンの凶兆解決に面と向かって感謝されたくらいだが。

 しかし、その極短時間で彼女の人格は窺えた。

 若く、女性でありながら領主を務めているだけあって、とても気丈だった。

 そうでありながら、女性としてのお淑やかさを残している。

 端的に表すと、(したた)かな女性なのだ。

 

「アンタは姉貴に騙されてる。姉貴は昔から俺を(いじ)めてきた、そういう悪い女なんだ!」

「……まぁ、家族となると、そういう一面も見てしまうのでしょうね」

「一面じゃない、あれは根幹だ!」

 

 どうにもリカルドは過去に囚われているらしい。

 ローラの悪い面を前面に押し出し、恐怖に震えている。

 とにかく、彼がローラに虐められてきたというのは事実だろう。

 大変な人生を歩んできたのだな。

 

「頼む、頼むよ!今からでも構わないから逃げさせてくれよぉ!」

「ナンタン領主の秘密を漏らした上で逃亡ですかぁ?あまりお勧めしませんよぉ?場合によっては貴方の首に賞金をかけられますからねぇ」

「おいおいおい、死ぬわ俺……」

 

 パースにもう手詰まりである事を諭されれば、リカルドは静かに腰を落ち着けた。

 まるで処刑台の上へと送られる死刑囚のようだ。

 さながらこの馬車は死刑囚を運ぶそれ。

 鉄格子などないが、4番隊隊長と勇者が居るのだから、逃げられない事に変わりはない。

 リカルドはただ、執行猶予を懺悔の時間として存分に使う。

 そんな執行猶予も刻一刻となくなり、馬車はリチョーシの入り口で行われる検問に差し掛かった。

 

「はい、こちらは王立近衛兵4番隊隊長パースです。王命を受け、とある人物の追跡でリチョーシまで来ました」

 

 検問する衛兵にパースが応対している。

 

「ああ、そっちは王命とは別件の調査に使う道具です。以前のナンタンの凶兆、あれの調査漏れがあるかもと、3番隊隊長に進言されましてね。ああ、調査員には直々に3番隊隊長が来ていますよ?」

 

 衛兵の質問に答える中、マリーについて指摘されたので、マリーが一応顔を出した。

 これでパースの答えが嘘でないと証明される。

 

「はい、はい。しっかり領主には説明させていただきます。宿を取り次第、すぐに領主邸へ……。え?」

 

 パースが変わらず答えているのだが、何か唐突に雲行きが怪しくなった。

 いったい何があったと言うのか。

 

「パースさん、こちらの方からお迎えに上がりました。宿の準備も結構です。こちらでもてなす準備はできておりますので」

 

 パースと衛兵の間に女性が割って入った。

 その女性に、俺は見覚えがある。

 

「あ、姉貴……」

 

 その見覚えを、リカルドが代わりに代弁してくれた。

 そう。わざわざ門まで、ナンタン領主であるローラ・ナンタンが出迎えに来たのだ。

 そうして、執行猶予が一気になくなったリカルドは絶望に耐えられず、気を失うのだった。



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第十五節 大人の被る仮面の奥

「いやぁお出迎えいただきありがとうございます、ローラさん」

「いえいえ。近衛兵の方がリチョーシに向かっていると、知らせを受けていましたので。お迎えに上がらない方が失礼でしょう」

 

 現在はナンタン領主邸の客間。

 パースと俺は、ナンタン領主のローラに歓待されていた。

 ちなみに、マリーたちの方は宿を取って休憩中。

 元々別任務に当たっていたがため、マリーはローラの歓待を受け取らなかった。

 ついでに、ムラマサ(パースが鍛冶師ちゃんをそう呼ぶので合わせた)も宿で近衛兵と領主の話が終わるまで待機。

 そして、リカルドは侍従に看病されながら、来賓用の一室で寝かされている。

 

「ほうほう。私たちの来訪を事前に知っていたんですねぇ」

「ご親切にも、貴方方が最初に立ち寄ったナンタンの町、あそこの町長が知らせを出してくれたのです」

 

 パースもローラも笑顔だ。

 なのだが、なんだか互いに牽制(けんせい)し合っているようである。

 パースは近衛兵の動きを察知する網を張っているのか、暗に探っていた。

 ローラはその探りを難なく躱し、真実を見抜かれないようにしている。

 さすが領主と言ったところか。

 

(トータン領主であるテナーは、こういう(したた)かな連中と交渉術で渡り合っていかなければいけないのか……)

 

 ちょっとテナーの事が心配になってきた。

 親父の教育に期待するしかない。

 それはそれであの清らかな少年が毒されていかないか、とても心配なのだが。

 

「あそこの町長には感謝しなくては。我らが領地を救ってくれた勇者を、このようにしっかり持て成せるのです。テノール様、どうぞ我が屋敷でおくつろぎくださいませ」

「ありがとうございます。奴隷商の足取りが掴めるまでは、拠点として使わせていただきます」

 

 ローラは俺に誠意を尽くそうとしているが、その誠意が全てでない事を感じ取っていた。

 だから、あくまでここでの果たすべき仕事が終わるまでと、期間を言及しておいたのだ。

 俺の何を絡め取ろうとしているのか、どのように絡め取ろうとしているのか、警戒は必要だ。

 

「奴隷商の調査も、当然協力させていただきます。よろしいですか?パースさん」

「もちろん、良いですよ?そちらも、奴隷商が自身の領地に紛れ込んでいる事、とても不名誉でしょう。さっさと捕まえて、身の回りを綺麗にしておきたいですからねぇ」

 

 ローラとパースはまたもや牽制し合っていた。

 今度は貸し借りについてだ。

 奴隷商の協力を貸しであるように押し付けようとしたローラ。

 対し、パースは協力が相互利益になると、貸し借りの勘定を釣り合わせた。

 これによって、ナンタン領主が近衛兵へ貸しを作った事にはできなくなる。

 

「ええ。お国のために、手を取り合いましょう」

 

 ローラは仕方なく、その勘定で手打ちにした。

 下手に貸しを押し売りすれば、近衛兵の、ひいては国王の不評を買う。

 損害を計算に入れ、利益に見合わないと判断した訳だ。

 全く、恐ろしい攻防である。

 

 重要な話し合いが終わったところで、この話題は終了であると、ローラもパースも紅茶に口を付けた。

 わずかに緊迫していた雰囲気は、ようやっと緩み出す。

 

「ところで、なのですが」

「はいはい。なんでしょうか?」

 

 2人とも笑顔の仮面を外した。

 ここからは世間話だ。

 

「どうしてリカルドが同行していたのでしょうか」

 

 自身とリカルドの姉弟関係が露呈していると、もう察していたのだろう。

 ローラは紹介されてないはずの冒険者であるリカルドを話題に上げた。

 理由の追及が急務と言ったところか。

 

「ああ、リカルドさんはですねぇ。彼がとある依頼を遂行中だったというのを、偶然にも耳にしてしまいまして。聖剣デュランダルを修理できる鍛冶師の捜索って依頼」

「そうですか。私の下まで連れてきたのでしたら、依頼主も割れているのでしょう」

「ローラ・ナンタンが依頼主、という事でしたが」

「なるほど、そうでしたか」

 

 かなり重要な秘密が漏らされている。

 そういう現状を把握しながら、ローラは冷静さを保った。

 それでも多少動揺しているのか、紅茶を口に含み、自身を落ち着かせる時間を数秒でも稼いだのだ。

 

「ふぅ……。少しお待ちいただけますか?当人を呼んでまいりますので」

 

 ローラは応答を待たず、席を外す。

 当人とは、リカルドの事だろう。

 まだ寝ているはずだが、どうするのか。

 

「おやおや。今から口裏を合わせに行ったんですかねぇ」

 

 ローラの退室を見送ったパースは、悪い笑みを浮かべていた。

 ローラとリカルドがどう苦し紛れの対応をしてくるのか、楽しみにしているようだ。

 だが、残念ながら彼の期待は叶いそうにない。

 何故なら――

 

「あっっっづっっっっ!!!!!!ちょ、まっ、姉貴!!()め―――ぎゃああああああああああ!!!!!!」

 

――厚いはずの壁を、リカルドの悲鳴が貫いたからだ。

 『殺される』とリカルドは未来を悲観していたが、その未来が現実になってしまったのかもしれない。

 

「……どうします?パースさん」

「……」

 

 助けるべきか迷った俺はパースに意見を仰いだ。

 しかし、パースはゆっくりと紅茶を味わうだけで、微塵も動こうとしていない。

 迷いに迷った俺は、リカルドの無事を祈るしかできなかったのだった。



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第十六節 伝説に馳せる思いを

 最初に明言すると、リカルドは無事である。

 

「……」

 

 意気消沈しているリカルドの様子から、何事もなかった、という意味では無事ではなかったかもしれない。

 だが、髪が濡れて乾ききっていない事以外、変な所はない。

 

(服の下、微妙に火傷の跡があるな。それに、回復薬の残りもちょっと滴ってるぜ?)

 

 ……熱湯にでも放り込まれた後、回復薬で即座に治療されたのか。

 恐ろしい目覚ましだ。

 

「失礼しました。では、話の続きをいたしましょう」

 

 そんな所業を行っただろうローラは、平然と椅子に腰を落ち着けた。

 精神が図太いと言うか、なんと言うか。

 

「まず、依頼主が私であるかの是非について。申し上げますと、是、です。私がリカルド・ナンタンに依頼を出しました」

「ほう……」

 

 ローラはあっさりと白状した。

 如何なる思惑であるか、パースは一旦静観する。

 

「リカルドが持つ折れた剣、それが聖剣デュランダルというのも真実です。少なくとも、私はその剣が本物であると教えられてきました」

 

 折れてしまった本物の聖剣デュランダル。

 真偽はともかく、ローラはそう信じているようだ。

 騙したとするならばナンタン領主の先代か、それ以前の代か。

 

「そんな本物の聖剣を直そうとしたのは、決して勇者テノール様に不満があった訳ではありません。また、ラビリンシア王家に対して謀反を企てている事実もありません」

 

 悪意はない。

 ローラは真の動機を語る前に、王国の敵ではない事を示した。

 目の前に国王直属の人間、王立近衛兵4番隊隊長が居るのだから、その行為は重要である。

 敵意ありと判断されれば、否応なく殺されるだろう。

 国家への反逆者討伐なんて大義名分があるのだ。

 パースの矢を射る手が、躊躇で狂わされる事はない。

 とにかく、ローラは最初の死線を潜り抜けたのだ。

 

「テノール様という、新たなる勇者の誕生。頑強である王立近衛兵の戦力。実に心強いでしょう。ですが、その心強さでも、私は恐怖を拭えないのです」

「……恐怖を拭える程の、強力な私兵が欲しいと?」

 

 ここに来て、パースが切り込んだ。

 ローラの動機を、彼の言葉が深く射抜く。

 

「ええ」

 

 射抜かれたローラは、素直にパースの言葉を肯定した。

 彼女の顔には諦念が滲んでいる。

 

「魔王軍はその活動を活発化しています。聖剣の簒奪と王家の滅亡を狙い、ドラクルへと攻め込んだのがその証拠。ナンタンの地には魔物増殖の魔道具を仕掛けられてもいました。ドラクルでもまた、魔王軍幹部が何やら仕掛けていたと、聞き及んでおります」

 

 レヴィのダンジョン、あの一件について、ローラは情報を得ていたようだ。

 

「魔王撃退より約1000年が経ちました。もはや魔王軍の本隊がいつ攻めてくるとも知れないのです。なら、領主として防衛力を求めるのは当然の務めでしょう」

 

 来たる次の戦争に、ローラは備えていたのである。

 その1つが聖剣デュランダル。聖剣の担い手という戦力を求めた訳だ。

 

「貴女はその折れた剣に、それ程の価値を見出しているのですね」

 

 パースの言う通り、ローラは多少でも謀反を疑われながら聖剣デュランダルを修理しようとしている。

 折れてしまって使い物にならないその剣に、である。

 そも、本物であるかどうかも怪しいのだ。

 それでも、彼女はその剣に賭けていると言うのか。

 

「リカルド」

「……」

 

 ローラが呼びかければ、リカルドは俯きながらも彼女の意思を読み取った。

 彼は聖剣デュランダルを腰から抜き、机に置く。

 そして、丁寧に巻いた布を解き、その刀身を露にさせたのだ。

 

「これは……」

(驚いたな、こいつぁ)

 

 パースも、エクスカリバーもその刀身を見つめた。

 規則的な文様が施され、赤く輝く宝石、紅玉が埋め込まれた剣。

 綺麗だっただろうその聖剣は、融けたような形跡と半ばからの折損で見る影もない。

 だが、直感的に理解させられる。

 この剣は、本物だ。

 

「お分かりいただけたでしょう。この剣は本物なのです」

「本物である可能性は高いでしょうねぇ……。ですが、ならばこそ疑問が湧きます」

 

 ローラが見せ付けた本物の聖剣に、パースは感嘆していた。

 しかしそれも一瞬である。

 

「この剣は、何故折れてしまったのでしょうか。本物であるならば、この剣は『鍛冶神アチューゾ』が作ったとされる聖剣。余程の事では、こうならないはずです」

 

 パースは聖剣が折れている事に疑問を抱いていた。

 それもそうだろう。

 かの神が作った聖剣、しかも『武神エフエフ』のための剣だ。

 折れるはずがない。

 

「あったのですよ、余程の事が」

 

 そんな疑問を受けても、ローラは平静だった。

 他人の疑いを払える自信があるようだ。

 

「余程の事とは?」

「約1000年前の魔物と人類の全面戦争、第1次魔人戦争と同時期の事です」

 

 パースが追求すれば、ローラは自信の所以、歴史を語り始める。

 

「まだラビリンシア王国に併合されていない、1つの国としてあったナンタンは、ゴーレムの襲撃に見舞われたのです。それも、全身が金属であるようなゴーレムに」

「ゴーレムの一種、メタルゴーレムですか。個体によっては、鉄をはるかに越える硬さを持つ魔物ですね」

 

 パースが補足してくれたが、その硬く強く、同時に珍しい魔物だ。

 強い魔物が多いとされるラビリンシアでも滅多に見ないし、出現報告はしばらく上がっていない。

 

「そのメタルゴーレムの中でも強い個体だったのでしょう。甚大な被害が出たと、記録されています」

「……そのゴーレム討伐で、聖剣は折れてしまったと?」

 

 ローラの語る歴史で、パースは察しが付いた。

 特に、ゴーレムという魔物は斬撃に耐性がある。

 メタルゴーレムに無理を通して剣で挑めば、机の上に置かれた剣と同様の末路を辿る。

 この剣と他の剣の違いは、成果を上げたかどうかか。

 

「そうです。当時、聖剣デュランダルの担い手だった英雄、ヘクト・ナンタンがメタルゴーレムの討伐に挑みました」

 

 ヘクト・ナンタン。俺には少し聞き覚えがあった。

 確か、勇者アルトに関する書物で見たはずだ。

 

「賢王ヘクト・ナンタン……!アルト王と剣技を競い合った彼が……」

 

 そうだ、勇者アルトと競える剣士としてその名を残した英雄だったな。

 あまり目立った伝説はないが、逆に言うと酷い失敗もしなかった賢王である。

 そんなちょっと影が薄い英雄を、パースはよく即座に思い出せたものだ。

 当の本人は、そんな英雄の最期を聞いて感傷に(ひた)っているようだが。

 

「彼は、どうなったのですか……」

 

 パースは真剣に話の先を促した。

 少し感傷に浸りすぎていそうだが、案外そこら辺の伝説が好きなのかもしれない。

 

「聖剣デュランダルの炎を操る力。それを己の身も省みず全力で用い、ゴーレムと共に焼失しました。その場に残ったのは、この聖剣だけだったとされています」

「骨も残らず、ですか……」

 

 聖剣が折れた経緯は実に壮絶であった。

 しかし、パースは賢王ヘクトを注目しているようだ。

 かの英雄の死に様を聞き終えたパースは、何故だか悲嘆に暮れるのだった。



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第十七節 報告・連絡・相談を怠ってはならない

「遅ればせながら、そして僭越ながら、かの英雄に敬意を表させていただきます」

「いえ。近衛兵の隊長に表されるなら、ヘクト・ナンタンも浮かばれるでしょう」

 

 悲嘆に暮れ終えたパースはいつになく真面目に、胸に手を当てる礼儀まで備えてお辞儀をした。

 ナンタン姓という事はローラの親戚。

 遠い血縁とはいえ、ここまで真面目に表されればローラも嬉しかったのだろう。

 彼女は彼の敬意を快く受け入れた。

 しかし、話はかなり本題から逸れている。

 ここは、俺が修正せねばならないか。

 

「失礼。口を挿んでも構いませんか?」

「もちろんです、勇者様。ご意見ありましたら、どうぞ遠慮なく」

 

 俺が話を修正する意思を見せれば、ローラは不機嫌になる事もなく、言葉を制す事もなかった。

 ローラにとっても思わぬ脱線だったのかもしれない。

 

「この剣が本物の聖剣デュランダルである事は認めましょう。それを修理しようとする動機も、領主として正当なモノです。ただ、王国にとって、その独断行動は看過できるものでしょうか」

 

 本物の聖剣を直して防備を整える。

 伝説に縋っている点はともかく、領主として正しい判断だ。

 だが、捉え方を変えれば一領主が保有戦力を増やそうとする動きだ。

 秘密裏に行っていた、というのも印象が悪い。

 如何に正当性を論じても、謀反の準備と判断されかねない。

 

「それに関しては、まぁローラさんからバーニン王へ直接話を付けてもらうしかないですかねぇ。私個人としては、かの英雄が携えた剣の復活なんて大賛成なんですが。近衛兵の隊長とはいえ、一個人ですので」

 

 パースは苦笑しながら、ローラへ力になれない事を伝えていた。

 そう。これは近衛兵の隊長が庇える事ではない。

 結構重要な事態なのである。

 

「承知しております。不必要な混乱を招かぬよう伏せていましたが、現状に至っては伏せる事こそ混乱を招きましょう。ならば、国王陛下へと詳細に報告し、謀反が疑われる独断行動を陳謝した後、聖剣の修理が認可いただけますよう、誠意を尽くさせていただきます」

 

 ローラは非を認め、真っ当な方法で許しを請うと、真っすぐ宣誓した。

 そういう事ができる時点で、彼女の誠意は真である。

 

「国王に許しがいただけるよう、祈っていますよ?」

「許しがいただけたとしても、道のりは長いでしょうけどね。聖剣の修理ができる鍛冶師なんて、そうそう居ないでしょうから」

 

 パースから好意的な態度を示されるが、ローラは溜息を吐いた。

 認可が得られても、修理できるまでまだ遠いと考えているようだ。少なくとも、彼女の中では。

 

「あれぇ?リカルドさんから聞いておりませんか?」

「え、俺が何―――ぐへっ」

「……何を、でしょうか。パースさん」

 

 リカルドの頭を叩いて黙らせながら、ローラはパースへと耳を傾ける。

 

「その剣が聖剣デュランダルと察した上で、修理させてほしいと申し出た鍛冶師が彼に付いてきたはずですが」

「……」

「あ、姉貴……?」

 

 パースがムラマサの事を言及した途端、ローラが固まった。

 リカルドは嫌な予感を覚えつつ、ローラの様子を窺う。

 

「……エイプリル」

「お呼びでしょうか、お嬢様」

「リカルドに石を抱かせておいて」

「え!?いやっ俺悪くな―――むーーーーー!!!?」

「承りました」

 

 リカルドはローラに呼び出された侍女に口も余さず縛り上げられ、引きずられていった。

 『石を抱かせて』、か。

 『コジ記』にも記されている拷問、石抱きの事を差しているのかもしれない。

 何にせよ、リカルドの行き先に幸あれ。

 

「その鍛冶師は、パースさんから見て信用に足る方でしたか?」

 

 何事もなかったかのように、ローラは鍛冶師について訊ねた。

 リカルドが不憫で仕方ない。

 

「ムラマサと名乗る少女ですが、その腕は信頼に足るかと」

「ムラマサ?あの伝説の鍛冶師の?」

「本人はその名を継いでいると。ちょっと信じられませんよね。でも、剣から漏れ出る魔力とわずかな金属音で、聖剣デュランダルだと察していました。間違いなく一流の鍛冶師でしょう」

 

 意外にも、パースはムラマサを高く評価していたらしい。

 思えば、聖剣エクスカリバーも一目で見抜かれていたしな。

 鍛冶師としての腕は確かか。

 

「その方はどこに?」

「近くに宿を取っているはずですよ。デュランダルの修理にご執心でしたが、さすがに領主と近衛の話し合いを邪魔しない良識はあったようですねぇ。まるで鍛冶神信仰過激派のような方でしたが」

 

 『ような方』ではなく、鍛冶神信仰過激派そのものである。

 パースは無駄にムラマサの名誉を守ったようだ。ほんのわずかにだが。

 

「そうでしたか。情報、ありがとうございます。この恩は、いずれ何かの形でお返しします」

「一応、連れてきたのはリカルドさんですし、私から聞かなくてもリカルドさんの口から聞けたと思うんですけどねぇ……」

「愚弟の事はお気になさらず。連絡も報告も怠ったリカルドが悪いのです」

 

 ローラは満面の笑みだった。

 これではリカルドがあんなに恐れていても当然だ。

 

「では、ムラマサと言う方をお迎え次第、奴隷商の調査に協力させていただきますね」

「はい。それで問題なく」

 

 ローラとパースはそれで話し合いを締め、互いに一礼してから席を立つのだった。



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第十八節 神の思し召し

 テノールたちがリチョーシに着いてから一夜明けた日。

 パースやローラが奴隷商の調査に動き始めているとなれば、マリーたちも動く頃合いである。

 

「さぁて、あたしたちも出発するわよぉ!」

「お待ちください、マリー隊長」

 

 マリーがサースイナッカノ農村への出発を意気込んだが、ニオに制されてしまった。

 サースイナッカノ農村にあるロスの魔道具を早く見つけたいマリー。

 マリーの心がそう()いているからこそ、ニオは制したのだ。

 

「護衛依頼を発注しております。定員が最低数を超えるまで、辛抱願います」

「護衛ぃ?何を護衛させるって言うの?」

「マリー隊長含む我々です」

 

 マリーの任務に同行しているのは、ブレンダとニオだけだ。

 この中で戦えるのはニオしか居ない。

 また、ニオではマリーとブレンダを守るには力不足だ。

 それ故の護衛依頼である。

 

「そんなの待っている暇があったら、少しでも前に進みましょう!」

「すでに発注済みですので、破棄にもそれなりの手間がかかります」

「融通が利かないわね。そもそも、何勝手に護衛依頼なんて出してるのかしら。あたしはそんな指示をしていないのだけど?」

 

 マリーは1分1秒でも惜しいのに、この時間浪費だ。

 その要因を作り出したニオに、マリーは睨みつけた。

 

「申し訳ありません。パース隊長より、マリー隊長の安全を重視にするよう、命令を受けておりますので。現在はマリー隊長の指揮下にありますが、命令の優先権は直属の上司であるパース隊長にあります」

「もう!そういうのが融通利かないって言うのよ!」

 

 マリーの睨みなど、パースのそれで耐性が付いているニオにはそよ風の如く。

 そんなニオの一切動じぬ様子に、マリーは怒りの声を上げた。

 これもまた、パースのに比べれば可愛らしいモノで、ニオが動じる事はない。

 

「ま、まぁ、マリー隊長。調査機材に傷を付ける訳にはいきませんから、護衛はそれらを守る必要機材だと……」

「……はぁ、……分かったわよ。4番隊は物資輸送の専門部隊。対して3番隊は研究馬鹿の集い。自身の専門以外の事は、専門家に任せるわよ」

 

 ブレンダが委縮しながらも説得にかかれば、マリーは己の馬鹿さ加減を省みた。

 ブレンダの意見は正しく、ニオは物資輸送の専門家なのだ。

 研究馬鹿であるマリーでも、正しい事は正しいと認識するだけの知性があるし、自身の専門外に口出しする程馬鹿でもない。

 

「ほら!依頼の定員を満たしてるか、さっさと確認に行くわよ!」

 

 それでもマリーはニオを急かし、冒険者組合リチョーシ支部へ向かった。

 

 冒険者組合リチョーシ支部には朝であるのも拘らず、少なくない冒険者が併設の酒場に姿を出している。

 この酒場で朝食をとる冒険者も居るし、朝一番から割の良い依頼を待ち構える冒険者も居るのだ。

 そんな中、マリーとブレンダは疎外感を覚えつつも、酒場で待機していた。

 依頼斡旋窓口の方では、ニオが冒険者組合員とやり取りしている。

 

「ユウダチ様、レオナルド様。いらっしゃいますか?」

 

 幾ばくかの後、組合員が冒険者の名を呼び出した。

 呼ばれた2人が護衛依頼の受注者だろう。

 冒険者が、おそらく呼び出された者たちが組合員の下まで訪れる。

 それからニオと2人の冒険者が話し出し、2人の冒険者が何やら頷いた。

 そうしたところで、マリーたちが居る席の方へと2人はニオに引きつられてくる。

 

「よう!アンタらが護衛対象だよな?」

「なるほど、見るからに研究員だな。なら護衛も必要だろう」

 

 弓に半棒、細剣にショーテルと呼ばれる湾曲剣、斧に大槌と、変わった装備の陽気な男。

 外套と尖った帽子に杖という魔術師らしい、どこか冷たい男。

 ニオたちは知らないが、彼らはトータンの凶兆解決に助力してくれたユウダチとレオナルドである。

 ユウダチの方は装備が以前と少し違うが。

 

「ニオ、この人たちが護衛の?」

「はい。求めた人員の最低数ですが、どちらも3級冒険者なので、道中の安全は確保できるかと」

「へぇー、3級の」

 

 一応、今回の護衛依頼は階級制限を5以上としてある。

 その制限を大幅に上回っている実力者だ。

 野営はしない予定であるし、人数が少なくても実力があるなら充分である。

 

「3級ならもっと良い依頼が受けられるんじゃない?そんなに良い報酬にしたのかしら」

 

 だが、マリーは疑問を抱いた。

 3級冒険者が釣れたという事は、それだけ彼らの実力に見合った報酬であるという事だ。

 そんな報酬が払える程、予算が多く下りた覚えはない。

 マリーが身銭を切った覚えもないとなれば、パースかニオが代わりに身銭を切った事になる。

 

「ああ、報酬の金銭は普通の護衛と変わんないけどな。俺たちはサースイナッカノ農村に向かう用事があるんだ。それで、サースイナッカノ農村まで護衛依頼があったらついでに受けようと思ってて、丁度あったって訳よ」

「賃貸馬車も宿も経費はそちらの負担になっている。報酬より、私たちにはそちらの方が魅力だっただけだ」

 

 ユウダチとレオナルドが惹かれたのは、報酬ではなく付加価値の方だった。

 

 移動費も積み重なれば多額となる。活動場所を転々とする類の冒険者ならなおさらだ。

 なら、その移動費を節約したい。もしくはせめて道中で稼ぎたい。

 そう考えるのが人間の精神である。

 ユウダチもレオナルドも漏れなくそう考えた。

 そんな彼らに舞い込んだのが、馬車も宿も依頼主負担の護衛依頼。

 目的地も自身らと合致している。

 幸運すぎる巡り合わせだが、その幸運を逃す手はない。

 依頼に明記されてない危険性があったとしても、自身らなら押し通れる。

 ユウダチとレオナルドはそういう結論に至ったのだ。

 

「なるほど、納得したわ。とにかく、そっちに文句がないならこっちにも文句はなし。さっさと出発しましょ」

「依頼の開始時刻が早まった事については、多少文句あるがな」

「まぁまぁ、レオナルド。こういう事も考慮して、早めに準備を済ませといたんだろ?その準備が無駄にならないで良かったじゃねぇか」

「……ふん」

 

 レオナルドが少し不機嫌ではあるが、契約は成立。護衛は開始となる。

 そうしてニオがレオナルドたちの分である馬車を借りてきて、運転はユウダチが務める形で乗り込む。

 ニオの運転する馬車が先を行き、ユウダチの運転する馬車が後を追うのだった。



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第十九節 眠れる聖剣

 唐突だが、俺は奴隷商の調査に向いていない。

 何故ならば、俺が勇者だからだ。

 その名声のおかげで、人への聞き込みは楽に行えるだろう。

 しかし、1度話しかけてしまえば聞き込みだけでは終わらない。

 高確率で俺に関する質問がされる。

 そのせいで話が長引き、結果として効率が悪くなる。

 では聞き込み以外の調査方法を取れば良いのだが、聞き込み以外に俺が取れる調査方法がない。

 以上の事から、俺は奴隷商の調査に向いていないのだ。

 

(まぁ、俺に下った王命はあくまでパースに同行する事だしな。王も俺が調査に不向きと察して、調査の協力という王命にはしなかったのだろう)

 

 実は調査を命令されていない俺。

 下手に手伝っても邪魔にしかならないだろうと、パースとローラに調査を任せた。

 しかしそうなると、俺の仕事がない。

 でも奴隷商の足取りが掴めたらすぐに移動できるように、俺は待機していなければならない。

 だからと言って惰眠を(むさぼ)るのも風体が悪いし気分が悪い。

 

(相変わらず仕事中毒だなぁ、お前)

 

 誰が王に飼いならされた犬だ。

 

(誰も言ってねぇよ。ついに被害妄想まで発症しちまったか?)

 

 精神は患ってない……はずだ。

 

(そこはしっかり言い切れよ。ちょっと哀れに思っちまったじゃねぇか)

 

 エクスカリバーに哀れまれるなんて、全く哀れだ。

 

(地味にオレを小馬鹿にしてねぇか?)

 

 なんの事やら。

 

 とにかく。暇を持て余すのは嫌なので、1つ仕事を作った。

 聖剣デュランダルの真贋調査だ。

 と言っても、ナンタン家にある聖剣デュランダル関連の記録書を読むだけだが。

 ちなみに、ナンタン家の方に書物を用意させたので、情報の真偽は非常に怪しい。

 ただの暇潰しであるため、実際真贋を見極める気はないからそれで良いのだ。

 

(しかし、なんともなぁ……)

 

 俺の手元に開かれている書物は、どうやって『武神エフエフ』から聖剣を譲り受けたのか書かれた記録書である。

 記録書であるのだが、その内容には頭を抱えたくなっていた。

 

(随分と面白い窮地に陥ってたみてぇだなぁ、『武神エフエフ』はよぉ。食中毒で下痢と嘔吐とか。冒険者なら分かんなくもねぇが、神様がよくそんな面白い窮地に陥れるな!)

 

 エクスカリバーが笑い飛ばしているが、本当に要約するとそういう内容になるのだ。

 どういう事なんだよ。

 

(当時のナンタン国王、ヘクト・ナンタンが『武神エフエフ』の窮地を救ったなんて、どんだけ脚色してんだよ。いや、この内容ならそういう脚色をしたくなるだろうけどさぁ!)

(こんなのそのまま広めたら、武神信仰が黙ってねぇだろうな!)

 

 エクスカリバーは嬉々としているが、この事実は冗談にならない危機だ。

 『武神エフエフ』は武闘を司る神だ。

 語り継がれている伝説から厳格、俗っぽく言えばかっこいい印象を与える。

 まぁ、時折お茶目な伝説もあるが。

 そんなかっこいいはずの神が食中毒に当たったなんてかっこわるい事実、武神信仰過激派はまず黙っていない。

 揉み消しにかかるか、神を貶めたとして聖戦を仕掛けてくる。

 

(そういうめんどくせぇ事にならんように隠した上で、漏れたとしてもかっこよく伝わるようにしたんだろうな)

 

 この脚色はつまりそういう事。

 なんだか、一周回ってこの記録書に真実味を感じてしまう。

 

(とにかく。それで治療してもらった『武神エフエフ』は、看病や食事、宿泊の恩をまとめて返すため、聖剣デュランダルを譲り渡したと)

(おい、大事な所読み忘れてるぞ?『この剣、飽きたからやるよ』って神様の有り難い言葉をよ)

(そこは必死に読まないようにしてたんだよ!)

 

 俺は『武神エフエフ』の名誉を守るために読み飛ばそうとしたが、エクスカリバーは逃さなかった。

 そうして読み上げられてしまった俺は、それに突っ込まずには居られない。

 

(なんなんだよ、『飽きたから』って!『鍛冶神アチューゾ』と知り合いだと、聖剣なんて飽きる程貰えるのか!?この記録書の筆者も筆者だ。『私たちが受け取りやすいよう、あえて手放す理由を作ってくれたのだろう』って!どんだけ都合の良い解釈だよ!)

 

 記録書のはずなのだが、大衆小説を読んでいる気にさせられる。

 いや、大衆小説でもこんな酷い展開にはしないか。

 

(ええい、こんな記録の真贋調査なんてやってられるか!次だ、次)

 

 真面な記録書がないものか。

 俺は提供された記録書を手探りする。

 

(これは、担い手を決める辺りの話か)

 

 剣自体が業物であれ、振るう人間が素人なら宝の持ち腐れだ。

 だからこそ、賢王ヘクトは担い手を選定しようとしたらしい。

 だが、聖剣であるが故か、剣自体が担い手を選ぼうとしていた。

 

(王の人選が、軒並み聖剣に拒否されたのか……)

(はっ、随分と我がまま奴だな。そんなに使う奴が気に入らねぇんだったら、乗っ取っちまえば良いのによ)

 

 魔剣まがいの聖剣が何やら文句を付けていたが、聖剣とはこういう物だろう。

 架空の物語に登場する聖剣だって、抜こうとした100万人目なんて雑な選び方はしない。

 

(お?じゃあ今からでもしっかり選んでやろうか?なぁおい、100万人目ってだけで勇者になれた農民君よぉ)

(……今後も末永くご助力いただければと、伏してお願い申し上げます)

 

 俺は脅迫に屈した。

 こいつを失えば、俺は富も名声も失うのだ。

 

(誠意ってのはよぉ、言葉じゃなくて物で示すもんだよなぁ)

(……王命が済んだら、帰りにジラフで高級葡萄酒を買ってやる。それでどうだ?)

(話が分かる担い手でオレも嬉しいぜ?)

 

 金はかかってしまうが、その程度の出費で抑えられたと喜ぼう。

 

(まぁ、とりあえず。結局、聖剣には賢王ヘクト自体が選ばれてしまったと)

 

 俺はエクスカリバーへの対応を頭の片隅に追いやり、記録書を読み進めた。

 賢王ヘクトは聖剣の選択を尊重したようだ。

 王自身が前線に出張らなければいけなくなった訳だが、賢王ヘクトはちょっと乗り気だったらしい。

 

(こんな正統派な聖剣に選ばれて、喜ばない奴はいないわな)

(さりげなくオレを区別しなかったか?)

 

 そんな事はないので、俺はただ微笑み返した。

 エクスカリバーは釈然としない様子だが、構っている時間が惜しい。

 

(それで王が聖剣に選ばれたが、王であるから最後の手段として聖剣を隠してたみたいだな)

 

 如何に強大な力を得たとしても王様は王様だ。

 前線に送り出す臣下は居ないし、前線に進んで出ていく王も居ない。

 建国王アルトは建国王である前に勇者だったので例外である。

 

(ん?これは……)

(どうした?なんかあったか?)

(いや、変な記述が……)

 

 王が聖剣の担い手となる事を受け入れた理由についての一文。

 俺はそこに引っかかりを感じた。

 

(『もう捨てられたくない。だから、裏切らない人を選びたかった』?)

 

 賢王ヘクトはそのような嘆きを聖剣から受け取ったと、その一文には記されている。

 

(それって、聖剣デュランダルにも誰かの魂が宿ってる事にならないか……?)

 

 そんな推測をした俺は、聖剣エクスカリバーを見つめるのだった。



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第二十節 とある過ち

 リチョーシを出発したマリーたち。

 順調に旅を進めた彼女らは、サースイナッカノ農村の1つ手前である町で休憩していた。

 夕暮れが近いため、日没までに到着は間に合わないと判断されたのだ。

 

 そうして休憩している町でマリーたちは宿を取り、各々行動していた。

 その町の町長に、中継地として立ち寄っただけだと伝えに行っているニオ。

 宿の部屋に閉じこもり、何やら書き留めているマリー。

 宿の近くにあった酒場で飲み食いしているユウダチ。

 ユウダチに付き合い、酒の摘まみだけ軽く摘まんでいるレオナルド。

 そんな彼ら、というかユウダチに連れ出されたブレンダ。

 

 さすがのユウダチもブレンダに酒は強要していないが、談笑は強要されている。

 と言っても、ブレンダも悪い気はしていないが。

 

「ユウダチさんとレオナルドさんは長く一緒に旅をされる程、仲が良いんですね」

「そうだぜ?」

「……こいつが勝手にそう思ってるだけだ」

「おいおい、釣れない事言うなよぉレオナルドぉ」

 

 ブレンダの質問に対する回答がユウダチと違ったレオナルド。

 ユウダチは笑顔でレオナルドの肩を何度も叩いた。

 レオナルドは心底鬱陶しそうだ。

 だが、拒絶する事はない。

 それは諦念によるモノか、心を許した事によるモノか。

 ブレンダには読み取れない。

 

「でも、長く一緒に居るんですよね?それって仲が良くないとできないのでは……」

「……」

「ほれほれ、核心を突かれてるぞぉ?」

「お前はとにかく黙れ」

 

 ブレンダの言葉にレオナルドが黙ったところを、ユウダチが面倒臭く絡んだ。

 それには平手打ちで制裁を加えるレオナルドだが、威力がないようで、ユウダチは痛がっていない。

 

「こいつは私の腐れ縁であり、監視役だ」

 

 レオナルドはユウダチとの関係を語り出す。

 その顔は帽子の大きな(つば)で隠され、表情を窺う事はできない。

 だが、真剣な話である事はブレンダも察する事ができた。

 何故なら、ユウダチがレオナルドへの揶揄(からか)いを止めたからだ。

 ユウダチはただ、椀に残る酒の水面に、己の顔を映している。

 

「……腐れ縁、と言うのは?」

「……私とユウダチ、それと他4人を加え、世界を長く巡っていたんだ。そうすべきであると、皆が使命感でそうしていた」

 

 レオナルドの傍に、ユウダチ以外の姿はない。

 いつ別れたのか、どうして別れたのか。それらは不明である。

 1つだけ、それが昔の事であるのは明快だ。

 

「世界を巡る中、私たちはそれぞれの目的を得た。使命感での旅は、それで終わった。目的を得た私たちは途中まで手を取り、同じ道を辿った。途中で1人離反したが、まぁそれは後にしよう」

 

 使命感から解放された各々は、それぞれの目的で動き出す。

 

「皆と1度別れた私は、魔術の研究に勤しんだ。いずれ、この研究が世のためになると」

「魔術研究家だったんですね」

 

 同業者だった事を知り、ブレンダは親近感を覚えた。

 しかし、そのブレンダの純粋な眼差しに、レオナルドは目を合わさない。

 

「もう、止めた事だ……」

「どうして止めちゃったんですか?とても熱意を持っていたようでしたけど……」

 

 レオナルドは『世のためになる』という思いで研究をやっていた。

 それは他人の幸福を望む、非常に熱意ある動機だとブレンダは捉えている。

 なら、その熱意を冷ます程の何が、レオナルドにあったのだろうか。

 

「……『魔神と過ちの国』という、御伽噺を知っているか?」

「はい。魔術を侵略に用いた国は『魔神ダ・カーポ』様の裁きを受けるという内容、よく覚えています。魔術の誤った使い方は身を滅ぼすと、非常に教訓になる御伽噺でした」

 

 魔術師ならほとんどの者が読んだだろう御伽噺、『魔神と過ちの国』。

 ブレンダももちろん読み、内容に含まれた教訓を読み解いていた。

 その教訓が筆者の意図したモノかは不明だが。

 

「……その国が『魔神ダ・カーポ』の協力を得た故の発展である内容は?」

「覚えています。『魔神ダ・カーポ』様が人類繁栄のために才ある魔術師を集め、その者たちと研究されたとか」

 

 レオナルドに御伽噺の細部を記憶しているかどうか訊ねられたが、ブレンダはしっかり記憶していた。

 『魔神と過ちの国』を読む事は、ブレンダが農民だった頃の数少ない娯楽だったのだ。

 

「……そもそも、『魔神ダ・カーポ』が関わらなければ、その才ある魔術師たちは、彼らが建てた国は、亡ぶ事はなかった。そうは思わないか?」

「え?……いえ、あんまり。むしろ、かの神と一緒に研究できたのに、なんで道を誤ってしまったのかと」

「……そうか」

 

 ブレンダの意見は大衆の意見とあまり変わらない。

 『邪神フィーネ』ならともかく、『始まりの六柱』が傍に居ながら過ちを犯す。

 この世界の人間にとって、それは神への冒涜に等しい。

 『始まりの六柱』は絶対。その認識が、人々の共通認識である。

 

「レオナルドさんは、そう思っているんですか?」

「……私の話はここまでだ。悪いが、席を外させてもらう」

「あ……」

 

 ブレンダが伸ばした手も振り切り、レオナルドは自身の食事代だけ置いて、さっさと酒場から出て行ってしまった。

 ブレンダは失言したかと、居たたまれなくなる。

 

「いやぁ悪いね。俺の相方は気難しくてさ」

 

 ユウダチは、そんなブレンダへ気さくに声をかけた。

 暗くなった雰囲気を明るくさせようとしたのだ。

 

「……私、怒らせてしまったでしょうか」

 

 だが、ユウダチの気遣いが、かえってブレンダに失言を自覚させた。

 この状態ではぐらかすのは悪手であると、ユウダチはあえてその自覚を改めさせない。

 

「明日謝りに行こう。俺も付いてってあげるからさ」

 

 気分が晴れないのなら、その原因を取り除く。

 それがユウダチの心構えだ。

 そのために、ユウダチはブレンダにその心構えを勧めたのである。

 

「……はい」

 

 ブレンダはお勧めに従い、ユウダチへと頭を下げたのだった。




〈用語解説〉
『魔神と過ちの国』
…世界中に広まっており、非常に知名度の高い御伽噺。絵本や小説などにもなっている程の有名な御伽噺だが、その原作者は未だ不明である。


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第二十一節 素直と偏屈

 サースイナッカノ農村の1つ手前である町で迎える朝。

 と言っても、まだ日が昇ったばかりで多くの人はまだ就寝中。

 マリーやユウダチなんかも寝ている最中だ。

 マリーの方は寝落ちている、という表現の方が正しいが。

 

 そんな寝ている人も居れば、起きている人も居る。

 ニオは出発の荷造りや馬車の点検で、朝早くから動いていた。

 そして、もう2人も、起きていたのだ。

 

「……」

 

 宿の広間にて、レオナルドは何をするでもなく、窓から差し込む朝日を浴びていた。

 眠気に船を漕ぐ事もなく、正された姿勢で日を浴びる様子は、まるで祈りを捧げているかのようである。

 そんなレオナルドの様子を、もう1人起きている人、ブレンダが壁の影から覗いていたのだ。

 

「……出てきたらどうだ。他人の行動を邪魔したくない、という気持ちは分かる。分かるが、それではかえって気が散る。邪魔をしているのと変わらん」

「は、はい!」

 

 レオナルドに自身の気持ちを読み取られた上、ブレンダはその気持ちが叶っていない事を指摘された。

 レオナルドの言葉に棘があった事もあり、ブレンダは壁の影から弾き出されるように、レオナルドの前へと歩み出る。

 

「……」

「……何故そこで黙る。私に用があったんだろう?」

「す、すみません!」

 

 歩み出てなお勇気が出ないブレンダは、レオナルドに痛々しくも背中を押された。

 思わず謝ってしまうが、そこでブレンダは小さく息を吸ってから、改めて頭を下げる。

 

「昨日は、すみませんでした」

 

 そう。ブレンダの用事とは、レオナルドに謝る事だ。

 昨日の酒場でレオナルドが急に席を外した事、ブレンダはずっと気がかりだったのである。

 だから、ブレンダは謝りに来た。

 ユウダチの『俺も付いてってあげる』という親切心も断って、己の不始末を、己の力だけで後始末しに来たのだ。

 

「……君に一切の非はない。あれは、私が勝手に話を切っただけだ」

「いえ、非はあります。私は、とても察しが悪かったです」

 

 レオナルドが和を乱してしまった責任を押し付けなかったというのに、ブレンダはその責任を掻っ攫った。

 彼女の純粋さが、自身の責任から逃げるような悪行を許さない。

 

「私が理解しづらい言い回しをしていただけだ」

「でも、難しい事を解き明かすのが、研究者ではありませんか?」

「話を察する力と未知を解き明かす力は違う。どう考えたって分野がかけ離れている」

「他の分野によって、別の分野が発展する事もあります」

 

 非常に不思議な責任の奪い合いが行われた。

 ある意味で我慢勝負だったが、レオナルドは早くも折れる。

 

「はぁ……、分かった……。お互い悪かった事にしよう」

「いいえ、私が―――」

「そうしろって言ってるんだ!いつまでこの不毛な争いを続けさせるつもりだ!」

「ご、ごめんなさい……」

 

 折れたのにまだ引きずられそうになったレオナルドが、無理にでも決着を付けた。

 最後はブレンダに委縮させてしまった事に、レオナルドは多少の罪悪感を抱く。

 どうにも相性が悪い相手であると分析しつつ、レオナルドは自身を落ち着かせてから口を開く。

 

「ふぅ……。では、反省を踏まえ、話を分かりやすく、そして実直に伝えよう」

 

 息と共に色々と吐き出してから、レオナルドはこの談話の趣旨を定めた。

 昨日のやり取りを、悪かったところの改善をして、やり直す。

 

「私が魔術研究を止めたのは、多くの人間を研究に巻き込んだ上で、破滅させたからだ」

「『魔神と過ちの国』に似たような事態が起こったんですね」

 

 レオナルドから分かりやすく話されたために、ブレンダは昨日のやり取りの流れを読み解けた。

 つまりは、レオナルドは『魔神ダ・カーポ』と同じ過ちを犯したのだ。

 レオナルドが『魔神ダ・カーポ』であるのだから当然ではあるが、ブレンダが同一人物であると知る由はないのである。

 

「……私は、2度と同じ過ちを犯さないと誓った。しかしだ。生きている限り、その誓いが破られる可能性を常に孕む」

「それって、もしかして……」

「……誓いを破らぬよう、私は自殺を図った」

 

 ブレンダは息を呑む。

 目の鋭くしているレオナルドから、冗談の気配は一切ない。

 レオナルドは、本気で死のうとしたのだ。

 察しが悪いと己を卑下したブレンダでも、そう察せざるを得ない。

 

「悲しそうな顔をするな、君。現に私はこうして生きている」

「その、変な質問なんですけど……。どうして、自殺を止めたんですか……?」

「殴られて、叱られて、泣かれたんだ」

 

 さっきとは打って変わり、レオナルドは微笑んでいた。

 

「リーダー、6人での旅でまとめ役をしていた男だ。そいつに、思い切り殴られた。初めてだったよ、あんなに強く殴られたのは、あいつの怒りを見たのは。あんなにも、心を動かされたのは」

 

 『リーダー』という男の事を想起しているのだろう。

 レオナルドは朝の陽ざしを見つめている。

 

「『死ぬのは、罪を償ってからでも遅くないはずだ』……。ふふ、随分と臭い言葉を吐いたものだ」

 

 レオナルドにとって、その言葉は宝物と言っても過言ではなかった。

 でなければ、今生きていない。

 

「じゃあ、あの……。ユウダチさんを『監視役』と称したのは……」

 

 自殺をしないように見張る訳かと勘違いしていたが、話を聞く限り違うようだ。

 しかし、そうなると『監視役』という呼称は不適当になるだろう。

 

「……面と向かって、償いを付き合ってくれている友人とは、言えないだろう」

 

 そこには顔を赤くしたレオナルドが居た。

 レオナルドの意外な一面に、ブレンダはつい笑みを零してしまうのだった。



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第二十二節 職人と詐欺師

 暇潰しに聖剣デュランダルの真贋調査を行い、一日を費やした俺。

 記録書を読む限り、聖剣デュランダルが本物である可能性は高い、という結論に至った。

 ナンタン家から提供してきた記録書であるから、真実が記された物かは考慮せねばならないが。

 

 とにかく、調査の結論は出したのだ。

 これ以上記録書を読んでいても、本当にただの暇潰しにしかならない。

 

(暇潰しなんて、している場合じゃないんだ。重要な用事がある)

 

 記録書の所々で、聖剣デュランダルに魂が宿っている事が示唆されていた。

 ヘクト・ナンタンが聖剣の声を聞き届けたとする記述が、いくつもあったのである。

 その聖剣の声が魂の宿っている故であると、記録書の筆者は気付けていないようだった。

 しかし、俺は気付けた。

 何故なら、俺の手元には魂が宿っている剣、聖剣エクスカリバーがあるからだ。

 そして、その事は重要な用事に繋がってくる。

 

(ムラマサが、エクスカリバーの事を知っているかもしれない……!)

 

 あの鍛冶師の少女ムラマサが、歴代ムラマサの作品として聖剣エクスカリバーの名を上げていた。

 同時に、歴代ムラマサの作品、その仕様を教えられ、製造法を身に着けた事も語っていたのだ。

 それはつまり、聖剣エクスカリバーの真実を知っている事になる。

 

(問い質さねば……!不都合な真実を知っているようだったら口封じを……)

 

 聖剣エクスカリバーが所有者を乗っ取る仕様である事を知っていれば、俺がただエクスカリバーに操られるだけの男である事が露呈するのだ。

 だから、口封じをしなければならない。

 

(……勇者がどうやって口封じするんだ!?おまけに相手は鍛冶神信仰過激派、真っ当な手段じゃ口封じなんてできなくないか!?)

 

 どうやって口封じするか考えるだけでも、実に頭が痛くなる難題だった。

 本当に、どうすれば良いか全く考え付かない。

 

(クソ……。問い質すだけ問い質して、そこからは臨機応変に!)

 

 俺は後の俺に全てを投げた。

 迷いを断ち切り、というか放り投げ、足を進める。

 向かう先は、ナンタン領主邸のとある一室。ムラマサが宿泊している来賓用の部屋だ。

 ムラマサはバーニン王からの許可が下りるまで修理をお預け。ナンタン領主邸に留まる事になっているのだ。

 

 俺はムラマサの泊まる一室まで辿り着き、部屋の扉を叩く。

 

「……誰ですか」

「俺です、テノールです」

「……誰でしたっけ」

 

 あの鍛冶神信仰過激派、人の名前を覚えていない。

 

「聖剣エクスカリバーの所有者です」

「ああ、聖剣エクスカリバーの」

 

 だからそうだって言ってるだろ。

 無駄に俺の精神を荒立ててくる奴だ。

 

「なんの用ですか」

「……少し訊きたい事があるんだが。良いかな?」

「まぁ、良いですよ。やる事がなくて退屈でしたから」

 

 反応が素っ気ないが、退屈な時間を過ごしていたためか。

 『そんな事より武器作りだ!!!』とするムラマサにとって、鍛冶ができない時間は耐え難いだろう。

 俺としては、大分落ち着いた彼女と話ができそうで有り難い。

 

「それでは、失礼するよ」

 

 室内に入れば、ムラマサは何か書き物をしていた。

 マリーと言いムラマサと言い、その他にやる事はないのか。

 ……ないのだろうなぁ。

 

「それで、訊きたい事ってなんですか」

 

 ムラマサは書き物に目をやったまま、こちらに一瞥もくれない。

 いや、もう何も言うまい。

 

「ナンタン家にある聖剣デュランダル関連の記録書を読んでいてね。気になった事があったんだ」

「聖剣エクスカリバーの担い手が気になった事、ですか。聖剣デュランダルにも魂が宿っているか。そんな辺りですかね」

 

 俺が質問をする前に、ムラマサは見事に質問を当てた。

 それについて、俺は驚かない。

 むしろ、最終的に問い質したかった事が混じっていて喜んでいる。

 

(『デュランダルにも』、か。やはり、聖剣エクスカリバーに魂が宿っている事を知っているな)

 

 今すぐその部分を問い詰めたいが、順序というものがあるのだ。

 俺は冷静に、話を組み立てる。

 

「……、その答えは如何に」

「宿ってますよ?あの聖剣は『武神エフエフ』を飽きさせないために、炎魔術を疑似的に使わせよう、という設計思想で製造されました。なら、魔術を代行させるための機関として、魂を宿すのが最適です」

 

 ……そんな設計思想だったのか。そんな頑張って工夫したのに、『飽きたから』と他人に渡されているのだが。

 

(なんだか、同じ聖剣に宿った魂として不憫に思えてきたぜ……。そりゃ捨てない人を選ぶようにするわな……)

 

 聖剣デュランダルの選定条件までその意図が読めてしまった。

 デュランダルの不憫さが積み重なっていく。

 

「……君は、作品に宿らされた魂を把握しているか?」

「もちろん。というか、ちゃんと魂本人に話を持ち掛けてはいます。武器に宿すけど構わないかって。歴代も全員そうしているはずです」

 

 ……エクスカリバー。

 

(すまん、忘れた)

 

 忘れるんじゃない、かなり大事だろその記憶。

 

(だって1000年以上前の事だぜ?覚えてる訳ねぇよ)

 

 了解だ。この件について、2度とお前を頼らない。

 

「じゃあ、エクスカリバーの事も把握してるんだな」

「その聖剣に宿した魂の事ですよね。性格までしっかり把握してます。『戦い続けられるなら構わない』と、許諾も取りましたし」

 

 ……エクスカリバー。

 

(我ながら変わんねぇな)

 

 お前がずっと戦闘狂だったのは俺も把握した。

 

(戦闘狂で悪ぃか?)

 

 悪いんだけど、お前が良いならもう良いや。

 

「何を気にしているのかさっぱりですが。一応、その聖剣の仕様については黙っておきます。魂を扱っている時点で、あまり外聞が良くないですからね」

 

 魂を扱う事があまり良くない事であると、そういう常識をムラマサも意外に持ち合わせていたようだ。

 外聞なんて捨ておく人種ではなかったのか。

 

「それに、下手に真似されると厄介です。魂はとても繊細なので、素人には絶対に扱わせたくありません」

 

 前言とは違って熱を込めるムラマサ。

 こっちの方が本題だろ。

 

 とりあえず、俺が訊きたい事はあっさり聞けたし、俺が口封じをする必要もなかった。

 案外簡単に用事が済んでしまったのだ。

 しかし、念のため勇者として取り繕わねばならない。

 

「今後、魂を扱う予定は……」

「……ないですが、扱うでしょうね。だから、誓っておきましょう。決して、魂を無理に宿させはしません。魂を無理に宿させた物では、傑作にはなりませんから」

 

 倫理観が欠如している理由だが、かえって本気さが伝わってくる。

 これが鍛冶神信仰過激派か。

 

「……終わった者は眠りに就かせるべき存在。できるなら、控えてくれ」

「……そんなお願いをしてきたのは、貴方で2人目です」

 

 俺はムラマサの鍛冶に対する熱意を抑えさせるような、それこそ彼女から反感を買いそうなお願いをしたはずだった。

 なのに、ムラマサはどこか嬉しそうに微笑んでいる。

 

「えっと、つまりは控えてくれるのか?」

「ええ、無闇に作らない事は約束します」

 

 それでも『無闇に作らない』だけなのか……。

 しかし、快諾してはくれているのだから、さらに望むのは悪手だろう。

 俺はムラマサのその約束で満足するのだった。



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第二十三節 勘違いを誘う密談

「お昼、一緒に食べませんか?テノール。できれば2人だけで」

 

 ムラマサを問い詰めたその日の昼。

 その問い詰めた人物からお昼を誘われた。

 地味に、俺の名前が記憶されている。

 

「……何故?」

「そんな緊張しないでください。取って食ったりはしません。ただ、聖剣エクスカリバーについて、お話がしたいだけです」

 

 ムラマサの神妙な態度に警戒すれば、見事に見抜かれてしまった。

 だが、ムラマサは機嫌を損ねる事なく、興味を誘う文句も付加して誘ってきたのだ。

 ちょっと怖いが、乗ってみるか。

 

「聖剣エクスカリバーについて、か。分かった、お誘いを受けよう。昼食の場所は決まっているかな?」

「え?この屋敷で良くありませんか?」

「……」

 

 聖剣エクスカリバーについての話。それは機密事項だ。他人の屋敷なんかで話して良い事では断じてない。

 そういう考えと言うか常識と言うか、ムラマサはやはりそこら辺が欠如しているようだ。

 

「すまないが、場所は俺に決めさせてくれ」

「ん?まぁ、別に構いませんが……」

 

 機密事項を話す密談の場所はムラマサに任せられないと、俺が決定権を貰った。

 また出費が増えるが、必要経費と割り切ろう。

 そうして、俺はムラマサから決定権を貰った後すぐに、個室のある、できれば壁の厚い飲食店を探すのだった。

 

 そんな急遽のお店探しで時間を過ごし、時はお昼頃。

 探し回る途中いろんな店で店主に擦り寄られたが、どうにか希望に近い飲食店を見つけ出したのだ。

 

「随分と豪華な店ですね」

 

 個室まで辿り着いたムラマサの感想がそれ。

 実際、装飾に金がかかっている高級店だ。

 壁の厚い個室のある店を選ぼうとすれば、自然こういう店になる。

 

「こういう店は初めてかい?」

「食べ物なんて、力が付く物であれば何でも良いですからね」

 

 鍛冶師だけあって、力が付く物にはこだわるのか。

 普段の食事事情が透けてくるな。

 

「慣れない店に連れてきたお詫びだ。支払いは俺が持つよ」

「良いんですか?ボクは遠慮しませんよ?」

「良いとも」

「では、お言葉に甘えます。なかなかに紳士ですね、貴方」

 

 ムラマサからの実直な誉め言葉。

 俺はそれを笑顔で受け取る。

 関わり方さえ見極めれば、悪い奴ではないのかもしれない。

 

 そんな彼女を扱う技量が上がったところで、ムラマサと俺が囲む卓に料理が並べられていく。

 

「これ、もしかしてコース料理?でも料理が全部置かれたから違うか……」

「いや、コース料理で合ってるよ。俺が全部一気に運んでもらえるよう、頼んだんだ」

 

 『主神スタッカート』が書き残した料理形態、『コース料理』。

 前菜、汁物、魚料理、肉料理、冷菓、肉料理、生野菜、甘味、果物、珈琲(こーひー)と、順々に提供するという一風変わった料理形態だ。

 しかし、この情緒的でゆったりと時間を使う食事が、金と時間を持て余している連中に絶賛された。

 それからというもの、コース料理は貴族や金持ちの食事として世の中に定着している。

 

「君はこういうのに疎いと思っていたが」

「否定はしません。ですが、友人に博識な奴が居たので、そいつに披露された知識がいくつか頭に残っていたりするのです」

 

 世間に疎い事を認めたムラマサ。

 それでもコース料理だけ頭に残っているという事は、おそらく何度もその知識を披露されたのだろう。

 もしかしたら、その友人とやらは鍛冶一筋の彼女を哀れみ、必死に教育を施そうと試みたのかもしれない。

 

「まぁ、そんな事はどうでも良いですね。さっさと、食事をしながら話を済ませてしまいましょう。そのために、料理を全て運ばせたのでしょう?」

 

 耳目を避けたい故の、店員の入室すら拒んだこの現状。

 ムラマサは俺のそういう思惑を察したようだ。

 

「そうだな。じゃあ、ゆっくり話そうか。まず、こちらから良いかな」

 

 ムラマサが作ってくれた会話の始まりで、俺は先手を取らせてもらう。

 

「まだ訊きたい事があったんですか?」

「新しく湧いた疑問だ。どうして今さら、聖剣エクスカリバーについて話そうと思ったんだ?」

 

 鍛冶以外興味がなさそうな彼女の、気が向いた訳。

 俺はその訳に見当も付いていないのだ。

 

「理由は、主に3つです。1つ目は、暇だったから。2つ目は、聖剣エクスカリバーに宿した魂の経過が気になったから。3つ目は、貴方に興味を抱いたから」

「……1つ目と2つ目は納得できる。しかし、3つ目は?」

 

 彼女の興味を引くような事、俺はした覚えがない。

 魂を扱う武器の製造を控えるように願ったくらいだが、何かやってしまっただろうか。

 

「そっちの理由は2つです。ボクは聖剣エクスカリバーに宿した魂の人格を把握しています。しかし、あれはただの戦闘狂でした。誰かを救うために動くような方では、全くありません」

 

 この鍛冶神信仰過激派からの評価も『戦闘狂』であった。

 こんな評価をされて、エクスカリバーはどんな気持ちだろうか。

 

(いやぁ、照れるぜ)

 

 こいつ、完全に開き直っている。もう手の施しようがない。

 

「……えーと、2つ目は?」

「貴方の人格が気になりました。そんな戦闘狂を傍に置きながら、どうして人助けができているのか。それと、どうして貴方が魂の宿された武器に良い感情がないのか。そういうところが、ボクの興味を引きました」

 

 前半部分はともかく、後半部分がどうして興味を引いたのかは謎だ。

 しかし、そこを追求するのは彼女の思考を解き明かさねばならない。

 さすがに、そこまでして謎を解く気にはなれない。

 

「そうだな……。とりあえず1つ目の方の答えだが。なんと言えば良いか……。エクスカリバー、聖剣に宿っている魂とある取引をしたんだ。そのおかげで、人助けができている」

 

 体の主導権奪取を受け入れた事。奪われた事で色々やられるのを諦めている事。

 ある意味で、それが契約と言える。

 そのおかげで、と言うより、そのせいで勇者らしく人助けしなくてはならなくなったのだ。

 だが、富と名声は得られている事に変わりはない。

 どうしようもない事だし、利益はしっかりあるから我慢している。

 以上の事を所々言い換え、言葉を選んだのが俺の発言である。

 

(お前は1流の詐欺師だよ)

 

 誰が詐欺師だ。俺は勇者だ。

 

(はいはい)

 

 なんか雑にあしらわれた。

 

「ああ、なるほど。貴方も酔狂者ですね」

 

 なんかムラマサに不服な分類をされた。

 何がどうしてそうなったのだ。

 

「2つ目は答えなくて良いです。どんな答えか読めましたから。魂の経過も結構です。変わりないようなのが窺えました」

「そ、そうか……」

 

 ムラマサの自信に満ち溢れた様子に、俺は多少怯んでしまった。

 悪い読みをされていないように、俺は祈るのだった。



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第二十四節 犯人の足取り

「いやぁすみませんね、お楽しみの時間を邪魔しちゃって」

「誤解を招く言い方は止めてくださいよ」

 

 パースの運転する馬車の中、俺はパースの揶揄(からか)いに口を尖らせた。

 わざと酷い言い方をするのだから、さすがに俺も不快になる。

 

「一緒にお食事までして、ムラマサさんの方も大分ご機嫌でしたしね?そりゃそう思っちゃいますって」

 

 どうにも捕まった瞬間が悪かった。

 パースにはムラマサとの食事を終えたところで出くわしたのだ。

 しかも、その時にあの鍛冶神信仰過激派が気持ち頬を緩めていた。

 それで、楽しい歓談が行われたものと、パースは解釈したようだ。

 と言っても、ただ揶揄う材料にしているだけだろう。

 

「ムラマサさんも暇を持て余しているようでしたから、せめて慰めになればと、誘ったんですよ。ただの食事でしたが、彼女も気がまぎれたようで何よりです」

「本当にそうですかぁ?何やら首飾りまで貰ったようですしねぇ」

 

 何故だかムラマサから貰った首飾り。虎を模した小さな彫像をぶら下げるそれ。

 手作りと称されたその首飾りも、パースの追及をしつこくさせている要因か。

 確かに、あの変わり者から贈り物が寄越されるなんて、深い意味を疑ってしまう。

 『肌身離さず持っていてください』なんてパースが居る前で宣ってくれやがったのも、意味深長である事を匂わせている。

 

「はぁ……、まぁ情報交換もしましたからね。ムラマサさんは欲しい情報が手に入ったから、気分を良くしたのでしょう。この首飾りはその報酬、という事なのでは?」

「へぇ、あの方が報酬をくれる程欲しがっていた情報ですか」

「聖剣エクスカリバーについてです。申し訳ありませんが、これ以上は口を割れません」

 

 一気に視線が鋭くなったパース。

 邪推をされるのは嫌なので、俺は一応の捕捉をしておいた。

 その場しのぎではあるが、しないよりは良い。

 

「それより、奴隷商の足取りを掴めたというのは本当ですか」

 

 ついでに、これ以上詮索されないよう、話を逸らした。

 逸らしたと言うか、俺が急にパースの馬車に乗せられた原因なので、こっちの話の方が本命だろう。

 

「しっかり掴めましたとも。そうじゃなきゃ勇者様のお楽しみを邪魔したりしませんって」

「……」

 

 まだ俺とムラマサの食事を言及するか、この人は。

 

「はいはい、冗談はこの辺にしまして。リチョーシの外れにある丘、そこに不審な馬車が入っていったのを見たと、冒険者の方から目撃情報が上がりまして。調べに行ったら正解でした。かなり人工的な洞窟の中、なんと広々とした空間の内装はまるまる牢屋だったんです」

 

 真面目な調子に戻ったパースは、いきなり核心をぶん投げてきた。

 とにかく、仕事する態度になってくれたので、俺も頭を切り替える。

 

 人目に付かない場所で作られた牢屋となれば、思い付く事はそう多くない。

 

「奴隷商の倉庫だったと」

「そうでしょうね」

 

 誘拐した人間を一時的に保管しておく場所。

 それが俺とパースの推測だった。

 しかし、外れとはいえ都の近くに倉庫を設置するとは、奴隷商は随分と豪胆な奴らしい。

 いや、人という商品を扱うのだから、買い手は隠すだけの知恵と金がある富裕層。

 そうなると、富裕層の多い都に客が集中しているか。

 客の多い場所に倉庫を作るのは、商売として合理的だ。

 

「何か、足取りを掴める遺留品でもありましたか?」

 

 馬車が向かっている先はサースイナッカノ農村。

 倉庫で何かしら見つけたとするのが自然である。

 

「残念、空っぽです。商品の1つも残されていませんでした。ですが、随分と目新しい(わだち)があったので、行き先の特定は楽でしたよ」

 

 物はなかったが、跡はあったという訳だ。

 轍、馬車の通った跡だけで、行き先の特定ができるのは驚愕である。

 王立近衛兵4番隊隊長は伊達ではないという事か。

 

「目新しい轍、ですか……。相手は逃走中ですかね」

「勇者様が追いかけてきたかもしれないんです。当然、慌てて逃げますよね?そのおかげで、こっちは楽に追跡できるんですけどねぇ」

 

 パースは実にいやらしい笑みを浮かべた。

 獲物が罠にかかった喜びを噛みしめているのだろうが、傍に居る俺としてはちょっと怖い。

 

「一応確認ですが、目的地はサースイナッカノ農村なので?」

「はい。正確には、その周辺でしょうが。それがどうかしましたか?」

「いえ、ブレンダたちの目的地もサースイナッカノ農村だったなぁ、と」

 

 奇妙にもブレンダたちの行き先と合致してしまっている。

 偶然なのだろうが、なんだか嫌な予感もするのだ。

 

「マリーさんたちは護衛を雇ってますから、有事の際も大丈夫でしょう」

「マリーさんが雇ったんですか?」

「部下に彼女らの安全を重視するよう、指示しておきました」

 

 マリーに護衛を雇うなんて思考があるとは考えられなかったが、ニオなら納得である。

 そして、先だってそういう指示を出しておけるパースもなかなか優秀だ。

 本当にこの男、仕事はしっかりできるのだな。

 

「護衛の詳細は?」

「さぁ、そこまでは。マリーさんに急かされたのか、報告する時間はなかったようなので」

 

 よりによって、護衛の強さについては不明だった。

 3級冒険者でも混じっていてくれれば安心なのだが、詳細を知れなかった俺は、嫌な予感を拭う事ができなかったのだった。



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第二十五節 喧嘩する程仲が良い

「ようやくサースイナッカノ農村に着いたわよ!」

 

 マリーは清々しい気持ちで声を上げた。

 最初からこの村を目的地として出発したのだから、その喜びも一層大きいだろう。

 ドラクルからリチョーシまで8日かけ、そのリチョーシから出発して3日目でサースイナッカノ農村に着いたのだ。

 北の都から南の端へとは言え、今日も入れて約11日を費やしている。

 これがこの世界の交通事情である。

 

「さぁさぁさぁ、森に行くわよ!森!」

 

 そんな待ちに待ったマリーは、少年のように目を輝かせていた。

 農村付近の森にあるだろうロスの魔道具を探す事。それはマリーにとって宝探しも同然であるからそうもなる。

 

「お待ちください、マリー隊長。安全を重視し、念のため件の森について聞き込みすべきでしょう」

「ニオ、あたしはもう充分すぎる程待ったわ。論文が書けてしまう程に待ったわ、実証実験してないから発表はできないけど。これ以上待つのは、あたしには無理よ!!」

 

 慎重で落ち着きのある姿勢を示すニオ。

 対し、マリーは大人げなく、己の忍耐力のなさを誇示した。

 その発言には無駄に迫力がある。

 

「あの、マリー隊長……。さすがにニオさんに従うべきでは……。私たちだけでは安全の確保なんてできませんし」

「安全なんてぬるま湯に()かって、魔術という未知が探求できるか!」

 

 ブレンダの意見にも、マリーは全く耳を貸さない。

 これではどちらが隊長なのか分からない。

 ある意味で、マリーは研究者集団の長らしくあるのだが。

 とにかく、手に負えない状態となりつつある。

 

「なら、手分けしよう。私がブレンダたちの護衛、ユウダチがニオの護衛をすれば良い」

 

 その状態で一筋の光となったのはレオナルド。

 安全の確保が必要なら、護衛がしっかり付けば良いという、単純な結論である。

 そして、より危険な方に、レオナルドは立候補した。

 提案した責任として、負担の大きい方を背負おうとしているのだ。

 

「ふーん、そうかそうか。つまりそういう事なんだな、レオナル―――冷たい!?」

 

 気味の悪い笑みを浮かべていたユウダチに、氷塊が襲い掛かった。

 本来は氷柱(つらら)を相手へと飛ばす『アイシクル』という魔術による物だが、今回は小さくて脆い氷塊。

 威力はあまりないが、邪推を防ぐには適当である。

 

「いきなり何すんだ!?」

「お前がくだらん事を抜かしかけていたのでな、親切にも止めてやっただけだ」

 

 そんな魔術を急に撃ってきたレオナルドへ、ユウダチはもちろん抗議した。

 しかし、レオナルドは当然の行いをしたまでと、平静に返したのだ。

 

「ご機嫌な雰囲気まとっておいて、なぁにが『くだらん事』だ。ブレンダ嬢ちゃんとの距離が近くなってるの、俺分かってんだからな!」

「護衛対象と良好な関係は望ましい事だろう」

「今までそんな気遣いした事ないじゃん。あれだろ、昨夜はお楽しみ―――冷たいって!2度も氷ぶつけたな!カジキチにもぶつけられた事ないのに!」

「ぶつけて何故悪い!一言余計なお前の悪癖を矯正してやろうとしているんだ!それと、あいつからは金槌をよくぶつけられてるだろ!」

 

 ユウダチの抗議とレオナルドの反論は勢いを増し、いつの間にか喧嘩へと発展していた。

 と言っても、レオナルドは魔術を加減しているし、ユウダチは胸倉を掴む程度に抑えている。

 

「じゃあ良いよ、お前となんか絶交だ!好きに嬢ちゃんの尻でも追っかけ―――冷たいから()めろって!」

「しばらくお別れだ。その内に、お前は頭を冷やしてこい」

「お前こそその偏屈を直し―――氷は卑怯!」

「ふん」

 

 ユウダチが4度目の『アイシクル』を馬鹿正直に頭で受けた。

 そうして氷塗れになったユウダチへと鼻を鳴らし、レオナルドはブレンダの傍に寄る。

 

「……そうですね。では、二手に別れましょう」

 

 勝手に作戦を決定されたが、もはや口出しできそうにない。

 仕方なく、ニオはレオナルドの提案を採用した。

 ここからはマリー、ブレンダ、レオナルドの組と、ニオ、ユウダチの組で別行動となる。

 

「行くわよ、ブレンダ!森があたしを待ちわびているわ!」

「え、あ、はい」

 

 マリーはレオナルドとユウダチの喧嘩など全く気にせず、己の目的に邁進する。

 勢いに逆らえず、ブレンダは勇み足のマリーに付いていった。

 レオナルドはその後ろに続く。

 そこで、ブレンダはあえてレオナルドに歩調を合わせ、横に並んだのだ。

 

「あ、あの……。ごめんなさい……」

「……何がだ?」

「わ、私が仲良くなったから、喧嘩させちゃったみたいで……」

「卑屈か、貴様」

 

 どう解釈すればあの喧嘩の原因がブレンダになるのか。

 そんな意味不明な解釈をしているブレンダに、レオナルドはつい眉間に(しわ)を寄せた。

 ブレンダの精神が、レオナルドは割と心配になってきている。

 

「喧嘩はいつもの事だ。あいつの頭がお花畑だから、私とよく意見が擦れ違う」

「『頭がお花畑』……」

 

 珍妙な例えであるが、かえってしっくり来ていた。

 あの底抜けの明るさは、確かに『お花畑』という例えが正しいかもしれない。

 

「多少すればすぐに戻る。それに……」

「『それに』?」

「……この程度で喧嘩別れするなら、あいつとの旅は今日まで続いていない」

 

 ユウダチを信頼しているレオナルド。

 しかし、そう明かすレオナルドの頬に赤みが差しており、ブレンダはその頬を見逃さないのだった。



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第二十六節 魔術師(研究者)と魔術師(冒険者)

 サースイナッカノ農村付近の森。そこでの魔道具捜索を担当するマリー組。

 その組の構成人員はマリー、ブレンダ、レオナルドの3名。

 その内2人は力仕事ができないとなれば、いったいどうなるか。

 

「あの……、すみません……」

「謝るな。この事態は予想しておくべきだった」

 

 調査機材の入った木箱を積んだ台車、それをレオナルドが引く結果となる。

 冒険者とはいえ、レオナルドは魔術師であり、剣士などと比べれば細身だ。

 そんな細身の男に台車を引かせる光景は、ついブレンダが謝ってしまう程に違和感がありすぎる。

 

「ほらほら2人とも!急いだ急いだ!」

 

 不相応な仕事を任せているのにも拘らず、マリーは進んでいた。

 相変わらず、研究以外の事は眼中にない。

 

「私は魔術師だから手が塞がっていても問題ないが、あまり先行はするな。魔物に襲われても知らんぞ」

「守るのが貴方の仕事でしょ?」

 

 レオナルドが護衛も受注する冒険者として忠告してみるも、マリーは言い分を全く聞き入れない。

 むしろ、護衛の不興を買いかねない煽りをする始末である。

 

「ならその分の追加料金も支払え。台車引きながら護衛するなど、割に合わん」

「追加報酬の交渉は冒険者組合員しかできない取り決めじゃなかったかしら?」

「人への気遣いは抜けているくせに、いらん知識は頭に入れているな」

 

 皮肉を吐いても耳を通り抜けているのか、マリーは気にせず前を向いている。

 レオナルドは溜息を吐いた。

 今のマリーに苦言は無意味だと、悟ってしまったのだ。

 

「あの、わ、私がお金出しますので……」

「下っ端に金を出させる組織がどこにある。そして私は下っ端に金を強請(ねだ)るような下衆ではない」

 

 ブレンダが取り出した銭袋を、レオナルドは突き返した。

 金が欲しいから苦言を垂れていた訳ではない。

 安全を重視し、どうにかマリーの勝手を抑えようと努力していたのだ。

 それに、命を懸けて金を稼ぐ冒険者であるにしても、少女から金を巻き上げるのはレオナルドの志に反する。

 

「はぁ……。まぁ良いさ。こんな面倒な依頼も、慣れたものだ」

 

 3級にまで冒険者階級を上げるために、かなり多くの依頼を(こな)してきた。

 変な依頼主に当たった経験も1度や2度ではない。

 今回の依頼もそんな数えきれない内の1つと、レオナルドは諦めた。

 これ以上に面倒な依頼も、あるにはあったのだから。女装とか。さすがにその依頼は断ったが。

 

「件の森、見えてきたわよ!」

 

 逸る気持ちが溢れ、マリーは走り出した。

 普段肉体労働をしない人間のどこにそんな力があるのか、マリーは俊足を披露する。

 

「ええい、話を聞かん奴だ!ブレンダ、乗れ!このままでは離される!」

「は、はい!」

 

 レオナルドの指示に従い、ブレンダは木箱の詰まった台車にどうにか自身をねじ込む。

 

「しっかり捕まっていろ!」

 

 ブレンダが姿勢を安定させたところで、レオナルドが台車を引く速度を上げる。

 こちらも見た目に似合わぬ力で台車を走らせ、マリーに追い縋るのだった。

 

 そうして走って幾ばくか――

 

「ゼェ……ハァ……ゼェ……ハァ……」

 

――マリーが疲労で倒れ伏していた。

 瞬発力はあっても、持久力はなかったらしい。

 

「……馬鹿なのか?」

 

 地面にだらしなく身を預けるマリーを、レオナルドは見下ろしていた。

 そのレオナルドの目には困惑と哀れみが混じっている。

 

「あ、貴方……。息、切らしてないわね……」

「肉体強化を使っていたからな」

「あ、あたしも……使ってた、わよ……」

 

 マリーとレオナルド、両者は共に魔術師である。

 それなのに違いが出ているのは、単に肉体が違うからだ。

 

「如何に肉体強化を使おうと、強化される肉体の強度が低ければ高が知れる。鍛えてない肉体を無理に強化すれば、その分だけ反動も大きい」

 

 鍛えているかいないか。それが明暗を別けたのだ。

 

「魔術師は、そんな体を鍛えていないって……。相場が決まってるんじゃ、ないの……?」

「相場というのはつまり大多数、もしくは平均値。木端で雑多な魔術師が大多数を占め、そちらに平均が引っ張られれば、そういう相場になるだろう」

 

 マリーが呻く通り、魔術師の多くは確かに体力がない。

 安全圏から魔術で攻撃できるのだから、動き回るための体力は必要ない。

 多くの者は、そう思えてしまう。

 

「だが、仮にも私は3級冒険者だ。木端で雑多な魔術師と比べるな」

 

 レオナルドは3級冒険者。冒険者の総数からして少数に分類される。

 少数に分類される彼だからこそ、それが思い込みであると気付いた。

 熟練の魔術師なら、同様の気付きを得られるだろう。

 

 我々魔術師がいつ安全圏に居ると言うのか。

 遠距離攻撃手段を持つ者として優先的に狙われる我々魔術師を、仲間がいつも守ってくれると言うのか。

 答えは否なのだと気付く。

 魔術師程、刻一刻と移り変わる危険地帯に対応するため、または敵の攻撃を避けるため、動き回る体力が必要なのだ。

 

「同じ魔術師と、高を括っていたわ……。やるわね、貴方……」

「……自虐なのか侮辱なのか、高度すぎてもはや意味不明だ」

 

 体力がない魔術師と認めての言葉だったら自虐。

 体力がない仲間だとしていた言葉だったら侮辱。

 極めて判別が難しいマリーの言葉に、レオナルドは怒りより呆れが勝った。

 息も絶え絶えな相手に、怒る気もなくなっている。

 

「とりあえずだ。依頼主がこの様では移動もできん。休憩だ、息を整えろ」

「み、水……。水頂戴……」

「……これで良いか?」

 

 木箱のどこにマリーの用意した飲み水があるか。

 探している間に朽ち果てかけないと、レオナルドは自身の水筒を渡すのだった。



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第二十七節 役割分担

 サースイナッカノ農村にて、情報収集を担当するニオ組。

 組と言っても、ユウダチは情報収集を得意としておらず、結果としてニオが情報収集を一手に引き受けている。

 

「急な来訪、申し訳ありませんでした」

 

 そんなニオは忙しく働いており、今は村長と話を付け終え、その村長に頭を下げていたところだ。

 話とは毎度の事、近衛兵が急に町へ来た理由の開示である。

 ニオたちの理由は奴隷商の追跡ではなく、森の再調査だが。

 理由はなんにしろ、開示は半ば義務なのだ。

 

「次は郵便局です。件の森に関する不審な情報が上がっていないか、聴取しましょう」

 

 ニオは護衛をしてくれているユウダチへ、行動の意図を丁寧に説明してからその行動に移る。

 ユウダチの役割は護衛だけなのだから、本来ならわざわざ意図を説明する必要はない。

 それでもそうするのは、ある意味で癖だろう。

 

「情報共有を欠かさないなんて、忠実(まめ)だなぁ」

「我々4番隊は輸送と医療を担っています。私は輸送員に区分されますが、どちらの人員であっても、情報共有の滞りが任務の滞りとなります」

 

 ユウダチが感心していれば、そんな独り言みたいな呟きにもニオはしっかり対応した。

 ニオが述べる通り、4番隊は情報共有が重要だ。故に、そうするのが隊員の癖と言える。

 輸送に関しては、どこにどれだけの物資を運ぶのか、どれだけ運び終わっているのか。

 その他諸々の情報を隊の中でしっかり共有せねば、任務重複や任務遅滞などを起こす。

 例えば戦争中にそんな遅滞を起こせば、物資が届かなかった前線部隊は敗北するだろう。

 損耗した武器では相手の鎧を抜けず、破損した鎧では相手の攻撃を通してしまう。

 装備が万全でも食料がなければ飢えに苦しみ、回復薬がなければ傷に苦しむのだ。

 

「あ、輸送員と医療員って別けられてるんだ」

「1つの部隊にまとめられていますが、本来それらは全く別の分野です。ですので、部隊内で別けられています」

 

 元々輸送も医療も兼任させて下手を打ったから設立した部隊、王立近衛兵4番隊。

 その隊で同じ失敗を繰り返すのでは、設立された意味がない。

 だからこそ、初代4番隊隊長はどちらかの分野を専門とさせるよう、人員を別けたのだ。

 

「パース隊長は両分野に属していますが、ケイヴェ副隊長は輸送に専従しています。それにより、医療分野に専従する長、医療班長という特別な役職が設けられました。その役職は、隊長及び副隊長とは別の方が務めています」

「それぞれの分野に取りまとめ役が居るって事だよな?」

「はい。権限につきましても、医療班長は副隊長と同等です」

「はーん、なるほどなー」

 

 4番隊における組織編成の事を聞き、ユウダチは浅くではあるが理解を示した。

 冒険者として長く生きてきたから、ユウダチも頭は悪くない。

 しかし、知識労働は自身の専門外であると認識し、別の者に任せてきたのだ。

 特に、組織編成なんて部分は『リーダー』に丸投げしていた。

 ユウダチは専ら戦闘人員。レオナルドも『リーダー』もその他全員も、戦闘以外はあまり期待していなかったのである。

 荒事や力仕事には、全幅の信頼を置かれていたのだが。

 

「すみませんが、郵便局に着きましたので一旦失礼します」

 

 会話中も歩みを止めなかったニオは、一休みもせずに村の郵便局へと消えていった。

 ユウダチはその背中を見送り、草の(しげ)道端(みちばた)で立ち尽くす。

 

「集団をまとめるのって、大変なんだなー」

 

 ニオが帰ってくるまでの時間を潰すため、ユウダチは思索にふける。

 

「そうすると、な。やっぱり凄ぇよ、リーダーは。脳みそが最後まで知識タップリだもん」

 

 思索のお題は組織編成を任せていた『リーダー』について。

 その膨大な知識量を改めて思い知り、尊敬の念を抱いていた。

 『リーダー』の知識で何度も窮地を救われている身のユウダチは、いくら尊敬してもし足りないと、『リーダー』を評価している。

 

「ま、伊達に奇人変人を取りまとめ、大偉業を成した奴じゃないわな」

 

 自身と『リーダー』も含めた6人、『始まりの六柱』。

 超越した才能を持つが故に我が強く、人格に大小難があった者たち。

 そんな者たちを『リーダー』はまとめ上げ、人類史を拓いてみせたのだ。

 同じ才能、同じ環境を与えられたとして、おそらく同じ偉業は成せない。

 『邪神フィーネ』を離反させてはいるが、それを差し引いたって大偉業だ。

 少なくとも、ユウダチは、『武神エフエフ』はそう解釈している。

 

「あーーーなんだかむず(がゆ)くなってきた。あーーー、またみんなと旅がしてぇーーー。またみんなで集まれねぇかなーーー」

 

 大偉業を成す過程の記憶まで思索が繋がってしまい、ユウダチは当時の楽しい日々に郷愁のような感情を抱いた。

 ユウダチにとって、あの日々は大切な思い出であり、願わくば取り戻したい心の故郷でもある。

 

「フィーネとか、うん、帰ってこないな。あいつもあいつで、好き勝手やってるみたいだし」

 

 追いかけて殺すべき相手、『邪神フィーネ』。

 そんな相手に対してだが、ユウダチはその男と集まれる事も望んでいた。

 ユウダチはフィーネを敵視していないのだ。

 追いかけて殺し合うのも、正直遊び感覚でやっている。

 ユウダチの中で、フィーネの人物評はちょっとやんちゃな変わり者、なのである。

 だから、レオナルドと違って是が非でも殺そうとはしていない。

 

「帰ってきたとしても、レオナルドが許さないだろうなーーー。フィーネがリーダーに面と向かって謝って、リーダーがレオナルドを説得すれば可能性が……。ないか」

 

 『始まりの六柱』全員が再び仲良く旅できる未来。

 そんなモノを思い浮かべてみても、儚い夢である。

 

「あああーーー、みんなどこで何してんのかなーーー。みんな元気かなーーー。元気ではあるだろうなーーー」

 

 儚い夢も掴めなかったユウダチは、せめて皆の元気にやっている姿を想像すると共に、その想像が当たっていると予感した。

 容易く死ぬ奴らではない。とある事情と皆の実力が、ユウダチにそう確信させる。

 

「お前さんがみんなの居場所を教えてくれれば良いんだけど……」

 

 ユウダチは懐から首飾りを取り出した。

 その首飾りは、(いのしし)を模した小さな彫像をぶら下げている。

 

「この子機じゃ駄目なんだよなーーー……」

 

 その首飾りへの高望みを止め、ユウダチはその猪の首飾りを大事にしまうのだった。



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第二十八節 禁忌の魔道具

「さぁ、調査再開するわよ!」

 

 サースイナッカノ農村付近の森、その入り口。

 マリーはそこに至るまでの疲労を解消し、生気を取り戻していた。

 そんな元気な姿で調査機材を探して木箱を漁っている。

 

「まるで子供だな……」

 

 マリーが小柄なのも相まって、レオナルドはその光景を呆れ交じりでそう称した。

 確かに、まるで玩具箱を漁っているが如く、マリーの表情は明るい。

 先程まで疲れていたのから打って変わって元気なのも、少しの休憩から次の遊びに繰り出す子供と似ている。

 

「ま、マリー隊長!申し付けてくれれば私が必要機材を探しますので!」

 

 一応整っていた木箱の中が乱雑になっていくのを見かね、ブレンダが慌てて制しようとした。

 だが、すでに悲しい惨状となっており、マリーも乱雑な漁りを止める気配がない。

 

「あったわ!」

 

 せめてもの救いは、その行動がそうそうに終わった事だろう。

 マリーは目的の調査機材を引っ張り出し、嬉しそうに掲げていた。

 ブレンダはその嬉しさを共感できないまま、木箱を整理し始める。

 もはや当然の事だが、マリーは整理を手伝わない。

 

「……それは?」

 

 レオナルドはマリーが掲げた機材の詳細を求めた。

 予想はできているから聞くまでもないが、ブレンダの整理する時間を少しでも稼ごうとしているのだ。

 

「魔道具探知魔道具よ。ま、罠探知魔道具をちょっと改造しただけの代物だけど」

「ふむ。おおよそ、罠として探知する物を魔道具だけに限定し、かつ罠である魔道具以外も探知するように定義を広げたのだろう」

 

 もう()めたとはいえ、元魔術研究者であるレオナルド。

 そもそも、レオナルドの正体とは魔術を理論として体系化した『魔神ダ・カーポ』だ。

 初見の魔術や魔道具であろうと、精度の高い分析ができて当たり前である。

 

「貴方、結構魔道具への造詣も深いのね」

 

 造詣が深いどころか、相手は魔道具技術の創始者だ。

 しかし、マリーにそんな事を知る由はない。

 

「……元魔術研究者だったと、お前には伝えていなかったな」

 

 ある意味で不敬な態度だが、それで眉間に(しわ)を寄せれば正体を明かすようなもの。

 レオナルドはもちろんそんな事をしなかった。

 魔道具に深い理解を示した事についても、元魔術研究者であるのが理由であるように取り繕ったのだ。

 

「機材も見つけたし、さっさと探すわよー!」

 

 マリーはそんな取り繕いなど全く耳に入れていないが。

 

「……。ブレンダ、お前は台車に乗ったまま木箱の整理を続けてくれて構わない。……くれぐれも、勝手な行動をしないでくれ」

 

 虚無感やら疲労感やらに襲われたレオナルドは、ブレンダという存在も疲れの元にならない事を願った。

 数多の依頼を(こな)してきたレオナルドでも、そろそろ疲労感が我慢の限界に近い。

 その限界を超えてしまえば、依頼を放棄しかねないだろう。

 

「は、はい……」

 

 ブレンダはレオナルドが瀬戸際にある事を読み、レオナルドの指示に二つ返事で従った。

 そんな素直なブレンダに癒しを感じつつ、レオナルドは森の中を1人で突き進むマリーを追う。

 そうすると同時に、レオナルドは魔術で木々を切ったり燃やしたりしていった。

 台車を通す空間を作るための行為であり、決して八つ当たりではない。

 

 そうして森を1時間程歩きまわった時だ。

 

「反応あり!数日は費やす構えだったけど、幸先が良いわ!」

 

 魔道具探知魔道具、方位磁針のようなそれが、ある方向を指し示した。

 調査機材の中にある魔道具探知用の物は用済みとなってしまったが、早く探知できるに越した事はない。

 マリーは喜びを露にし、魔道具が指し示す方へ進んでいく。

 

「……これ?」

 

 進んだ先にあったのは、土を盛って木の棒を突き立てただけの、粗末な墓。

 全く魔道具らしくないその墓に、マリーは首を傾げた。

 しかし、墓の周りをうろつくと、魔道具探知魔道具は確かに墓を指している。

 

「『ステラグマイト』」

 

 マリーを追って同じ場所に辿り着いたレオナルドは、急に魔術を行使した。

 地面から隆起した岩は、四角柱の天辺に棺桶を置いている。

 レオナルドは、魔術で埋められている物を掘り起こしたのだ。

 

「棺桶、なんだけど……。反応してるわね」

 

 魔道具探知魔道具が指し示す先は、棺桶に(さら)われている。

 この棺桶、もしくは中身が魔道具という事である。

 

「開ければ分かる話だ」

「ちょ、ちょっと!もっと慎重に扱いなさい!」

 

 躊躇なく蓋に手をかけるレオナルド。

 マリーはその無警戒を諫めたが、レオナルドの手は止まらない。

 決して今までの報復ではない。

 レオナルドは、直感していたのだ。

 

「……誰だ。誰がこの技術に手を染めたっ!」

「れ、レオナルドさん?どうしました?棺桶らしく死体が入ってるだけですよ……?」

 

 棺桶の中に寝かされているのは、白骨化も欠損もしていない少女の体。

 ブレンダがレオナルドの態度を怪しむ通り、死体が綺麗すぎる事以外に不自然さはない。

 

「違う、ホムンクルスだ。それも人の模倣体、クローンホムンクルスなんだよっ、これは!」

 

 しかし、その少女が死体でない事を、レオナルドは見抜いていた。

 それがレオナルドの忌み嫌う技術だったから、棺桶を開ける前から見抜けていたのだ。

 

「く、クローンホムンクルス?」

「人の身体情報を模倣して作るホムンクルスね。自我がない事は通常のホムンクルスと同じだけど、模倣した相手の体質なんかは再現されるわ。再現具合は質次第だけど」

「クローンホムンクルスは魔術の才能も再現される。……この技術が流行った時代、才能ある魔術師のクローンホムンクルスを作る奴が大量に出た」

 

 マリーがブレンダへする説明に、レオナルドは補足していく。

 

「そのホムンクルスに自我を与えて兵士にしようなんて、馬鹿をやらかした奴も居た。その計画は失敗したが、そいつはさらなる馬鹿をやらかしたんだ。魔道具にクローンホムンクルスを組み込むという馬鹿をな」

 

 ホムンクルスを作る時点でレオナルドは嫌悪感を覚える。

 ホムンクルスを魔道具の一部とする事なんてなおさらだ。

 生命に対する冒涜(ぼうとく)に、レオナルドは怒りを禁じえない。

 

「つまりは、このクローンホムンクルスもそうって事ね」

 

 マリーはレオナルドの捕捉を聞き逃さず、その補足からそういう最悪の事実を導き出した。

 レオナルドは、険しい形相で頷く。

 魔道具探知魔道具がこの棺桶に反応している故に、この棺桶は魔道具。

 であるならば、その中にあったクローンホムンクルスが魔道具の一部であると、ほぼ確定である。

 

「クソが……っ!誰がこの禁忌を犯した!」

 

 答えが返ってくるはずのない問いを、レオナルドは叫んだ。

 だが意外にも――

 

「私ですよ」

 

――答える者が、レオナルドたちの前に現れるのだった。



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第二十九節 森は静かに眠りを誘う

「クソが……っ!誰がこの禁忌を犯した!」

「私ですよ」

 

 レオナルドがした怒り混じりの問いに、答えを返す者が現れた。

 ブレンダでもマリーでもない第三者。

 突然現れたその男に、レオナルドは驚愕しながらも杖を構える。

 ブレンダとマリーは驚愕から脱せず、体勢を整えられていない。

 

「……お前が、この魔道具の制作者か」

「正確に言えば、私とロスの合作―――」

「『スコーチ』」

 

 男の言葉を聞き届ける事なく、レオナルドは男を焼却した。

 急な事態にブレンダは目を剥く。

 

「レオナルドさん、いきなりどうして!?」

「こんな魔道具を作る奴が真面であるはずがない。それに、魔王軍幹部であるロスの名前も出していた。魔王軍自体か、それらに協力する反逆者だろう。何にせよ、人類の敵だ」

 

 ブレンダからの非難に対し、レオナルドは行動の正当性を語った。

 確かに、男の発言からして敵である事は確定だったのだ。

 だからと言って、すぐに受け入れられるブレンダではないが。

 

「貴方の行動は間違っていないでしょうけど、物的証拠もなしに殺されちゃ困るわよ。捕縛できれば、魔王軍の情報も引き出せたかもしれないじゃない」

「敵は目前に迫っていた。それはもう無力化する準備が整っていたという事。捕縛など、悠長な事をしていられるか」

「ええ、全く以ってその通りです。実に悠長ですね」

 

 ブレンダとレオナルドの会話に、誰かが割り込んだ。

 その声は、焼却された男と同じ声だ。

 レオナルドは弾かれたように声がした方へと向く。

 

「驚きましたよ、私の保有魔力量を以てしても防げないとは」「どうやら貴方は魔術師としてかなり高位のようだ」

 

 その方に居たのは、全く同じ姿の男2人。

 髪は色が抜け落ちたように白く、肌もまた陶磁器のように白く、目は血のように赤い。

 その特徴は、見た目に手を加えられていないホムンクルスと合致する。

 

「クローンホムンクルス……?」

「厳密には、それを2・3歩発展させた物ですが」「ご名答、と言っても差し支えないでしょう」

 

 マリーが分析した通り、その男はクローンホムンクルスだ。

 だが、ホムンクルスであるにも拘らず自我があり、複数体が1つの自我を共有している。

 クローンホムンクルスと呼称するには、幾分か枠を外れた存在だろう。

 

「改めて自己紹介をさせていただきます」「私は魔王軍幹部の1体、ヴァンと申します」「『1体』と称するには多少数が多いですが」「そこはご了承ください」「なにぶん、こういう者ですので」

 

 男、魔王軍幹部のヴァンは余裕の態度で自己紹介までしつつ、1体、また1体と物陰から歩み出た。

 現在、その数は5体。

 しかし、森のざわめきから推測するに、まだまだ居るのだろう。

 

「……この魔道具は、囮だったって事かしら」

「いえ、囮ではありませんでしたよ」「単にロスの手が空いていなかったのです」「そのため、私がついでに回収しに来ました」「私の拠点も丁度近かったので」

 

 ヴァンの言葉に嘘はなく、本当に偶然だった。

 強いて必然性を語るならば、ヴァンの拠点とロスの魔道具が同じ所にあった事か。

 

「『ついでに』、だと?なんのついでだ、貴様」

 

 レオナルドはその一部を聞き逃さなかった。

 『ついでに』という事は、回収が本命ではないのだ。

 では、魔王軍幹部が出張ってくる本命とは何か。

 

「資金稼ぎですよ」「魔王軍だって、資材全てを奪うのでは立ち行きません」「略奪では目立ちますし、効率が悪いですからね」

「その資金稼ぎはなんだと聞いている」

 

 レオナルドの追及に、ヴァンは微笑む。

 

「奴隷商ですよ」「商品は誘拐すれば良いので、手間がかかりません」「人間って案外高額ですから、利益率も高い」「余った商品もホムンクルスの材料として使えますから、無駄もありません」「人間をそのまま使ってしまった方が、ホムンクルスの生成は楽ですしね」

 

 商品として、材料として、人間を誘拐する。

 魔王軍に貢献しながら、クローンホムンクルスを増産できる。

 ヴァンの行いは実に効率的で、実に冒涜(ぼうとく)的だ。

 

「分かった、お前はここで燃え尽きろ。私が手ずから死をくれてやる」

 

 だからこそ、レオナルドは目の前の男が許しがたく、この男を焼き尽くすと誓った。

 数的不利など度外視で、レオナルドはヴァンを焼却していく。

 

「この拠点に居る全ての私を燃やしても」「私が滅ぶ事はありませんよ?」「これらクローンホムンクルスが全て私である以上」「どこかに1体でも残っていれば良いのですから」

 

 焼いても焼いても、ヴァンと同じ姿をした者が湧いてくる。

 そして凶報であるが、ここにヴァンのクローンホムンクルス全ては揃っていないのだ。

 レオナルドの射程外にも、別の国にも、ヴァンのクローンホムンクルスが居る。

 それら全てを殺さねばヴァンは滅ぼせないが、世界中に居るヴァンを殺しきるのは不可能だ。

 これこそが、魔王軍幹部ヴァンの不死性である。

 

「それに、良く考えてください」「秘密が露呈しているのに、敵との会話に興じる者が居るでしょうか?」

「貴様、まさか!」

 

 『敵は目前に迫っていた。それはもう無力化する準備が整っていた』という事。

 レオナルドのその考えは、正しかったのだ。

 

「明確には、準備を整えるために会話に興じていたのですけどね?」

 

 ヴァンがその笑みを深めると、会話と森のざわめき隠されていた音が聞こえてくる。

 

Twinkle(トゥウィンクル), Twinkle(トゥウィンクル), little(リトル) star(スター), How(ハウ) I(アイ) wonder(ワンダー) what(ホワット) you(ユー) are(アー).」「Up(アップ) above(アボーブ) the() world(ワールド) so(ソー) high(ハイ), Like(ライク) a() diamond(ダイアモンド) in(イン) the() sky(スカイ).」

 

 それは、特殊な魔術が詠唱する声だった。

 

「睡眠魔術『リトルスター』か!」

 

 レオナルドはその魔術を詳細に判別できたが、もう遅かったのだ。

 繰り返される魔術詠唱と複数人での魔術行使が、すでにレオナルドの保有魔力でも対抗できない効力を発揮しようとしている。

 まさに準備万端。故に――

 

Good(グッド) night(ナイト).『リトルスター』」

 

――ヴァンが最後の一文を詠唱し終えれば、レオナルドもブレンダもマリーも、眠りに落ちるのだった。




〈用語解説〉
『リトルスター』
…対象を眠らせる魔術。精神に干渉する数が少ない魔術の中でも、複数人を対象にできる魔術である。複数対象にできる代わり、対象は魔術詠唱を聞いた者に限定されるため、詠唱が必須になる。また、その魔術詠唱文は他の魔術と違い、まるで歌詞のような詠唱文である。しかし、歌を歌うように詠唱する必要はない。複数対象、効果適応条件、詠唱文そのいずれも他の魔術とは差異のある、特殊な魔術である。この魔術は、発見された『魔神ダ・カーポ』の魔術書、その断片に記載されていたモノである。


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第三十節 首飾り

「ん?なんだ?」

 

 パースの運転する馬車に乗る俺は、妙な感覚を肌で感じた。

 その感覚は、何かが震えている感触だ。

 でも、馬車の揺れではない。もっと小さな物の微振動である。

 

(魔道具が何か誤作動を起こしてるのか?)

 

 旅のお供として、魔道具はいくつも鞄に入れている。

 そのどれかが故障したのかと、俺は鞄を探った。

 しかし、どの魔道具も微振動などしていない。

 

「……首飾り?」

 

 魔道具を取り出している際、丁度ムラマサから貰った虎の彫像をぶら下げた首飾りに触れた。

 触れた時に、確かな微振動を感じたのだ。

 

「首飾りがなんだって微振動を?」

 

 微振動の発生源は見つかったが、発生原因は依然として不明である。

 というかちょっと怖いんだが。なんで首飾りが微振動するんだよ。

 

(何かしらの魔道具って事じゃねぇか?)

 

 そうとしか考えられないのだが、いったい何の魔道具だと言うのか。

 振動したり音を鳴らしたりする物は、大概探知魔道具なのだが。

 この首飾りはいったいなんなのか、ムラマサにしっかり聞いておくべきだったな。

 

(あん?ちょっと待て。こいつぁ……)

 

 エクスカリバーが首飾りに手を伸ばした。

 思念体である現状、エクスカリバーはどんな物質も擦り抜けてしまう。

 そのはずなのに、エクスカリバーの手が首飾りを掴んだのだ。

 

(お、おま、何を!?)

(そのまま放すな、テノール!今引っ張り出してやる!)

 

 何故か首飾りの引っ張り合いになった。

 訳が分からないが、何かをしようとしているのは分かる。

 

(おいこら!引きこもってねぇで出てこい!)

(え!?なんで!?や、止めてください!!)

 

 そのままエクスカリバーと引っ張り合いをしていれば、少女の声が聞こえてきた。

 その声に俺は聞き覚えがない。

 

(無駄な足掻きをするんじゃねぇ!死に晒せやぁぁ!!)

(きゃあああああああああああ!!)

 

 エクスカリバーの物騒な発言はさておいて。

 首飾りから引っ張り出されるように、少女が湧いて出てきた。

 勢い余って、少女は馬車の壁を突き抜けた。

 いや、擦り抜けたのだ、思念体であるエクスカリバーと同じように。

 

(な、何するんですかぁ!)

 

 そして、少女はまた壁を擦り抜け、馬車の中へと戻ってきた。

 その目には涙が浮いている。

 急な恐怖体験で怖かったのだろう。

 普段の俺なら優しく接するところだが、今の俺は状況に付いて行けていないので呆然としている。

 それに、首飾りから湧き出た時は一瞬すぎて見えなかったが、その少女は人間らしからぬ特徴を持っていた。

 猫の耳と尾を備えているのだ。

 しかも、その部分が生物的に動いている。

 

(引きこもってるからよぉ。無理にでも引っ張り出したんだよ)

(『引きこもってる』ってなんですか!こっちは魔道具に宿る魂としてお役目を果たしていたというのに、それを引っ張り出すなんて!呼び掛けたりなんだり、もうちょっと穏便にできないんですかぁ!)

 

 常識外れなエクスカリバーに、涙目で猛抗議する猫耳少女。

 どっちも見た目は少女なので微笑ましい。

 

(おい、お好みの少女をそんなに見つめるんじゃねぇよ。気持ちわりぃぞ、テノール)

(誰でも見つめるだろうが、こんなの。なんだこの少女は?キメラか?)

 

 ワーウルフやワーキャットなど人間の特徴も持つ魔物だって、もっと動物に寄った見た目になる。

 耳と尾だけ動物の物である種族は聞いた覚えがない。

 だとすれば、他の生物と組み合わせて生まれた魔物の総称、キメラではないのか。

 そうなると、少女は人間と猫系の魔物を組み合わせたとかいう、倫理観の欠片もない代物になるが。

 

(あ、あれ?なんで私、テノール様の心が読めて……。キメラ?)

 

 この少女はどうにも、見えていない及び思念による会話ができない前提で喋っていたようだ。

 少女の前提は、残念ながら覆っている。

 それに、一応俺は思念で会話できる前提で思念を出している。

 エクスカリバー程俺の心が読めているかは未知数だが。

 

(初めまして、で良いのかな?)

(あ、はい。初めまし、て?)

 

 少女もその挨拶が相応しいのか分からず、首を傾げていた。

 とりあえず、冷静に話し合いへ応じてくれる辺り、エクスカリバーより真面そうだ。

 

(誰が真面じゃねぇって?)

 

 お前だ、お前。

 いや、エクスカリバーを構っている場合ではない。

 少女に色々と訊ねなければ。

 

(俺はテノール。勇者の称号を得ている、見た通りのヒューマンだ。生者でもある)

(あ、私はヌエトラと言います。テノール様が持つ魔道具に宿った魂であり、生前はキメラでした。もちろん、亡者です)

 

 うん、そりゃ亡者だろうな。

 生霊を魔道具に宿させる程、ムラマサが異常であるとは思いたくない。

 というか、もしかしてこのキメラはムラマサに生み出されたのだろうか。

 

(ヌエトラさんよぉ。テノールがムラマサにキメラにされたのか、だって)

(え?テノール様は何も言ってないようですけど……)

 

 ここでどの程度俺の心が読めているか判明した。

 少女ヌエトラは、俺が伝えようと強く念じた思念でないと読めないらしい。

 ちなみに明言しておくと、エクスカリバーには俺の心が深層心理以外読まれている。

 

(改めて訊くが。首飾りに魂を宿らせたのはムラマサだろうが、生前の君をキメラにしたのもムラマサなのか?)

(あ、ええと、違います。キメラとして私を生み出したのは、『邪神フィーネ』様です)

 

 まさかの『始まりの六柱』が1柱、『邪神フィーネ』。

 伝説でも魔物の実験をしている事が語られているが、その証人を目の当たりにしてしまった。

 俺は驚きを禁じ得ない。

 

(それで、魂も12個分くらい混ぜっていたので、『鍛冶神アチューゾ』様……の弟子であらせられるっ、ムラマサ様が魂を12個に別けてくれました。名残としてこのように、魔物の因子が残っていますが)

 

 12個の魂。それは、最低12人を犠牲にしたという事ではないだろうか。

 (おぞ)ましいキメラ生成に、俺は寒気がする。

 

(適切な処置をしてくれたムラマサ様への恩返しに、私含む12人は魔道具に宿る魂として協力したのです。……あれ?ここまで明かして良かったんでしょうか……?)

 

 1つ訊いただけで随分と明かしてくれたヌエトラ。

 でも、多分そこまで明かさなくて良かっただろう。

 

(ま、まぁ、大丈夫……ですよね?)

 

 俺にそんな質問されても困る。

 苦笑いしか返せない。

 

(ああ、えーと。この、君が宿っている首飾りって、どういう効果があるんだ?)

 

 ヌエトラの青ざめていく顔に耐えかね、俺は話題を逸らした。

 こちらがある意味本題ではあるのだが。

 

(は、はい!私たちは所有者が危機に瀕している時、親機であるヌエズミと近くにある子機にそれを伝える効果があります!12個に別けたとはいえ、1度混ざってしまった魂たち。それらが未だに保持する微弱な繋がりを利用しているとか)

 

 ヌエトラは切り替えが早く、俺の質問に素直に答えた。

 態度からも嘘を吐いている様子はない。

 しかし、そういう効果を持つという事は、嫌な未来を推測させる。

 

(危機に瀕していない俺の首飾りが微振動していたのはつまり……)

(他の近くの所有者が危機に瀕している、という事になりますね。今回危機に瀕している方は……。ヌエジャが発信しているようなので、『魔神ダ・カーポ』様……を信奉しておられるっ、レオナルド様が危機に瀕しているようですね)

 

 俺の推測は、最悪の形で現実となっていたのだった。



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第三十一節 友のために

「はぁ!?よりによってあいつが何をやっているんですか!」

 

 ナンタン領主邸にて、ムラマサは首飾りを握りしめながら、困惑を言葉にして叫んでいた。

 握りしめている首飾りには、(ねずみ)の小さな彫像がぶら下がっている。

 

「ヌエズミ、発信しているのは本当にヌエジャなんですよね!?」

 

 そう。その首飾りが12個の魂を別けて宿らせた首飾りの親機。

 子機と同じく、所有者が危機に瀕した事を発信及び受信する機能がある。

 しかし、親機には距離の限界がなく、遠く離れていても所有者の危機を受信できる。

 また、危機に瀕した時以外も、所有者が近くに居れば場所を特定できるのだ。

 

「何をどうしたらボクたちの中で最強格のあいつが危機に瀕するんですか!」

 

 そうして一番危機に瀕する事がないだろう者からの受信に、ムラマサは困惑していたのである。

 だから、詳細を聞き出そうとヌエズミに怒鳴っている。

 ムラマサにしか姿と声を知覚できないヌエズミだが、主の対応に慌てふためいているのは明白だろう。

 

「あいつは頭に血を昇らせてどんな凡ミスかましてるんですか!昔っからあいつは冷静な振りして激情家なんですよ、レオナルドの奴は!」

 

 詳細を聞き出したら聞き出したで愚痴を吐き始めるムラマサ。

 ヌエジャの首飾りを持つ男、レオナルド。彼は仲間内の中で意外とやらかす奴であると、ムラマサは認識しているのだ。

 そんな男がまたやらかしたと、ムラマサは屋敷の壁を貫かんばかりの大声で叫んでしまっている。

 

「おーい、廊下まで叫び声が聞こえてきてるけど、何かあったのか?」

 

 その故に、部屋の前を通っていたリカルドがその大声を聞きつけてしまった。

 リカルドは扉越しにムラマサの安否を訊ねている。

 

「丁度良かったです。突然ですが、聖剣デュランダルを寄越しなさい」

「……は?」

 

 ムラマサが扉を開けての開口一番。

 もちろん、リカルドに意図など伝わっていない。

 

「『は?』じゃないんですよ!寄越せって言ってるんです!」

「いや、おい、駄目に決まってるだろ!?」

 

 ムラマサがリカルドの腰に下がっている聖剣を強奪しようとすれば、当然リカルドは抵抗した。

 有無を言わさず暴力に訴えないのが、せめてもの優しさだろうか。リカルドもムラマサもお互いに。

 

「駄目も無理も知ったこっちゃないんですよ!大変な状況になってるんですから!」

 

 やらかしはするが、危機に瀕する事がないだろうレオナルドが危機に瀕している。

 ムラマサにとって、これは『大変な状況』と言わざるを得ない。

 そして、その現状を覆し得るのが、聖剣デュランダルなのだ。

 是が非でも、ムラマサは聖剣デュランダルを手に入れなければならない。

 

「事情を説明しろ!じゃないとどうしようもない!」

「ボクの友人でとっても強い奴が危機に瀕しているんですよ!あいつが危機に瀕してるって事は、戦争と同等の危機なんです!これで良いですか!?良いですね!!」

「良い訳ないだろ!そんな突拍子もない理由で、聖剣デュランダルを渡せるか!」

「じゃあどう説明しろと!」

 

 廊下で繰り広げられるリカルドとムラマサの争い。

 耳目を避ける壁がない場所で行われるそれは、屋敷の侍従たちに当然晒されている。

 

「なんの騒ぎですか」

 

 ならばこそ、侍従たちが屋敷で一番偉い人間へその事を伝えるのも、また当然だろう。

 

「あ、姉貴」

「ようやく話ができそうな人が来ましたか」

 

 ローラの介入にリカルドが冷や汗をかいているのに対し、ムラマサはデュランダルから手を離し、毅然としてローラに相対した。

 ローラの介入を狙っていた訳ではないが、結局最終的に話をしておかなければならない相手なのだ。

 話が今できるならば、ムラマサにとって好都合である。

 

「端的に言いますが、聖剣デュランダルを貸してください。直した上でちゃんと返しますので」

「ムラマサ様、バーニン国王陛下より許可を頂けるまで、聖剣の修理はできないのです。事前にそう申しましたよね?ご承知も頂けたと、私は思っていたのですが……」

 

 あまりにも人の都合を考慮しないムラマサに、ローラは交わしたはずの契約を突き付けた。

 契約書に署名もしてもらっているから、法的な拘束力が生じている。

 

「事情が変わりました。すぐに修理しないと、大変な事になります」

「『大変な事』とは?」

「貴女の守る領地も危ないって事ですよ」

 

 ムラマサはヌエズミの首飾りを掲げる。

 

「この首飾りは、所有者の危機を、同種の首飾りに伝える物です。その首飾りが、同種の首飾りより所有者の危機を感知しました。よりによって、一番強い奴が危機に瀕していると、感知したのです。それも、ナンタン領内で危機に瀕していると」

「そのお言葉を信じろと?」

 

 ローラからしてみれば、信じられない話だ。危機を伝える首飾りも、一番強い知人が瀕する危機も。

 聖剣デュランダルを盗むための嘘である可能性が、真実である可能性の何倍もある。

 

「信じてもらえないなら、押し通るだけですが……」

 

 ムラマサは、赤い木の枝のような物を手に持ち、殺気立った。

 ムラマサには時間がないのだ。

 レオナルドの下まで向かう時間と、聖剣デュランダルを修理する時間。

 同時並行できなくはないが、それにしたって間に合う保証はない。

 

「……」

「……」

 

 ムラマサはローラを睨み、ローラはムラマサの瞳を覗いた。

 2人の視線はそれぞれの熱を帯び、ぶつかっている。

 だが、そのぶつかり合いも長くは続かない。

 ローラが目を閉じたのだ。

 

「分かりました。聖剣デュランダルをお貸しします」

「姉貴!?」

 

 ナンタン領主の決定であるから、弟であるリカルドでも口を挿めるものではない。

 それでも、リカルドがローラの正気を疑ってかかるのは、ローラらしくない決定であるからだ。

 

「ムラマサ様の目は本気よ。友人を助けたいという思いも、そのためなら国を相手にして良いという覚悟も」

 

 ローラはムラマサの目から、思いと覚悟を読み取ったのである。

 国と友を天秤にかけて友を選べるような人間に、法的拘束など無意味。

 物理的に拘束しようものなら、どんな反撃をくらうか予想できない。

 聖剣デュランダルを修理できる技術を持つなら、どんな強力な武器が出てきてもおかしくない。

 そも、ムラマサの構える赤い枝がそういう武器かもしれないのだ。

 

「ただし、条件が2つあります」

「……なんですか?」

「聖剣デュランダルを貸している間、貴女に監視役を立てます」

 

 家宝とも言うべき聖剣なのだ。盗まれぬように保険をかけるのが、ナンタン家家長であるローラの仕事である。

 

「それくらいなら構いません。監視役は誰が?」

「リカルドです」

「あ、うん。ここで巻き込まれるのか、俺」

 

 静観に徹していたリカルドだが、急に領主命令が下った。

 ちなみに、拒否権はないと察しているので、リカルドは面倒臭がりながらも異論を唱えない。

 

「次に。許可なく聖剣を修復する事、後に国王陛下へ弁明しなければなりません。その際、貴女も同行してください」

 

 国王陛下の下まで同行を願う事。

 それはある意味で、罪を犯した者として大人しく投降するよう求めているようなものである。

 実際、ローラにはそういう思惑もあるのだ。

 聖剣デュランダルの無許可修理はナンタンの非とさせないため、罪を全てムラマサに押し付けようとしている。

 

「良いですよ?許してもらうためなら、武器をいくらでも作ってやります」

 

 ただし、そんな脅迫でムラマサの思いと覚悟は緩まない。

 望むところだと、かえって覚悟を固めるくらいだ。

 

「よろしい。では、貴女に聖剣を預けます」

 

 こうしてローラは、不利な条件すら呑む実直なムラマサに、聖剣デュランダルの所有権を快く預けるのだった。



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第三十二節 聖剣の作り手ならばこそ

「ほら、一刻の猶予もないのです!さっさと乗り込みなさい!」

「いや、お前、聖剣の修理は!?」

 

 さっさとレオナルド救出に向かいたいムラマサは、自身の馬車にリカルドを押し込んでいた。

 しかし、修理を先にしない事にリカルドは困惑している。

 何故なら、リチョーシには都に構えているだけあって良い設備の鍛冶屋があり、今から向かうサースイナッカノ農村で同等の設備は望めないからだ。

 修理をすると言うなら、リチョーシの鍛冶屋にその設備を借りるのが適当。

 それが、ムラマサの鍛冶を知らない人間の考えである。

 

「やっつけ仕事はしたくなかったのですが、仕方ありません。馬車内で修理します」

「修理するったって、炉もない場所でどうやって」

 

 馬車内に鍛冶をする備えは一切ない。

 そんな場所で聖剣を修理などできようはずがない。

 

「説明なんてしてる暇はないんですよ。もう馬車を出します」

「ぎょ、御者は?今から雇うのか?」

「必要ありません。クサントス!」

 

 その名前は馬のモノなのだろう。

 馬車に繋がれていた馬が首を曲げ、ムラマサを正面に見据える。

 その馬は馬らしからぬ半目の表情をしていた。

 ともすれば、起きているから大声で呼ばないでも良いと、抗議しているかのようである。

 

「クサントス、サースイナッカノ農村へ向かってください。場所は分かってますよね?分かってると言え」

 

 ムラマサの有無を言わさぬ圧力に、クサントスは冗長に(いなな)く。

 

「良し。なら走りなさい。昼夜問わず走りなさい。なるはやで走りなさい。もう充分休んだでしょう」

 

 ムラマサの無理難題に、またもクサントスは嘶く。

 今度は先程より幾分か覇気がないようだが、それでもクサントスは走り出した。

 その加速は尋常でなく、また、その光景も尋常ではなくなりつつある。

 

「お、まっ!う、馬がっ、馬車がっ!浮いてる!?」

 

 リカルドが驚いている通り、馬も馬車も、徐々に空へと上がっているのだ。

 

「クサントスの魔術です。そんな驚く事じゃないでしょう」

「馬に魔術が使えるか!」

「あー、はいはい。クサントスは魔術が使える特別な馬なんですよー」

 

 リカルドの一般人的反応に、ムラマサは雑に説明だけしてあしらった。

 ムラマサには大衆の常識と付き合う気がない。

 どこまでも己の知る世界に生きているのだ。

 

「さてと。紙とペン、紙とペン……。あった。それでぇ、これで設計図を……。貴方、聖剣デュランダルを寄越しなさい」

「あ、うん」

 

 何やら書いているムラマサは、空いた手をリカルドへと突き出した。

 求めているのは聖剣デュランダルと明白であるため、リカルドは巻いてある布を解いてから渡す。

 聖剣を渡す事に抵抗はあるが、姉の命令もあるので、リカルドに従わない選択肢はない。

 

「うぅ……。分かってはいましたが、こうまで綺麗に折れていると涙が出ます……」

 

 ムラマサは聖剣デュランダルを鞘から抜き出し、その折れた刀身を拝んで涙した。

 ムラマサにとって折れた聖剣は、怪我した我が子も同然なのである。

 

「いずれ全快させますから、今回は応急処置で許してくださいね……」

 

 聖剣へ申し訳なさそうにしながら、その刀身にそっくりな絵をムラマサは描いた。

 これが、彼女曰く応急処置の設計図である。

 

「これでっと……。アルマス」

 

 ムラマサが次に取り出したのは水晶の刀身を持つ長剣。

 その長剣は冷気を携えているのを、リカルドも感じ取った。

 その時点で、通常の剣ではない。

 

「そ、それって!せ、聖剣!?」

「いちいち煩いですね。聖剣を作れる人間が聖剣を持ってちゃいけませんか」

「いけないとかいけるとかではなく!たくさんあったら駄目だろ!?」

 

 担い手に選ばれれば勇者に、少なくとも世に名を刻んで英雄になれるだろう武器。

 そんな強力な武器が量産されていれば、問題ばかりだ。

 魔王軍に渡る可能性もある。多くの国家が保持してしまう可能性もある。

 国家間か対魔王軍かにしろ、聖剣を両者が持ち出す戦争など、被害が大変な事になる。

 

「はぁ?何が駄目だって言うんですか?作りたいから作ってるんですよ、こっちは」

「危険だこいつ、世界の事何も考えてない!」

「世界なんぞ維持したい奴が維持すれば……。後でレオナルドとかに殴られそうですね。まぁ、軽々と放出する気はないですし、そもそも剣に選ばれなければなりませんから」

 

 リカルドの危険視など意に介さず、ムラマサは修理作業に手を付ける。

 

「アルマス、この設計図の通りに金型を作りなさい。融けた金属を流し込みますので、しっかりと氷を作るんですよ?」

 

 ムラマサが剣に指示を出すという珍妙な行為をすれば、剣が本当に指示を聞いたのか、虚空に氷が生成される。

 しかも、ゆっくりではあるが、設計図に寸分違わぬ形で氷ができ上っていくのだ。

 

「デュランダルの様子は……。ふむ、紅玉は無事ですね。だとすると、彼女はまだ……。休眠中って感じですか。レーヴァテイン、紅玉付近を加熱しなさい。アルマス、紅玉の摘出を」

 

 ムラマサは赤い枝を握ると、聖剣デュランダルに埋め込まれた紅玉の周りが赤熱する。

 恐ろしい事に、その赤い枝も聖剣に並ぶ特殊な武器だったのだ。

 杖、レーヴァテインが金属を赤熱させ、剣、アルマスが赤熱して柔らかくなった部分を氷で叩く。

 そうして紅玉は刀身より取り除かれた。

 ムラマサが紅玉を手に取り、傷がない事を視認する。

 

「次。柄と鍔を外した後、刀身を融かして型に流し込みます。アルマスは氷を維持してください」

 

 聖剣の応急処置は滞りなく、実に順調に進んでいる。

 

「じょ、常識外れにも程があるだろ……」

 

 リカルドは、ムラマサの異常な鍛冶に、ただただ呆然とするのだった。



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第三十三節 この手に限る(数日ぶり、2度目)

「すみません、急がせてしまって。でも、嫌な予感がするんです」

 

 リチョーシから出発して一夜明けた日。

 俺は日が昇って早々、パースに出発を願い、今馬車を走らせていた。

 ヌエトラから危険な状態である事を具体的に聞いているが、パースが知覚できない相手からの情報なので、そういう曖昧な表現をするしかなかったのだ。

 

「ええ、了解ですとも。テノールさんの嫌な予感は、結構当たりますからね」

 

 行いの良さ故か、パースは俺を信頼して馬車を出してくれた。

 ここまで疑われないと、かえって罪悪感が湧いてくる。

 だが、俺の罪悪感より事態の解決だ。

 俺もその腕前を目の当たりにしたレオナルド。

 上級魔術すら使えた彼が危機に瀕しているとなると、前回の巨大スライム以上に危機的状況かもしれないのだ。

 

「……あれは、馬車ですか。いや、でも結構お急ぎのようですねぇ……」

 

 パースは前方からこちらへ走ってくる馬車を注視した。

 その馬車はかなり速度を出しており、怪しさがある。

 だが、そう怪しむ必要はなかった。

 

「あれは、ニオ?」

 

 その馬車の御者を務めているのが、パースが見るにニオのようだ。

 

「パース隊長!」

 

 ニオは大声で自身を証明し、こちらの馬車の近くで速度を緩め、そして停まった。

 もちろん、こちらの馬車も停まる。

 

「隊長、ご報告します!昨日よりサースイナッカノ農村付近の森へ魔道具調査に向かったマリー隊長、ブレンダ隊員、冒険者レオナルド、以上3名が帰還しておりません!」

「ついでに言うが、レオナルドは危険な状態になってるはずだ!今すぐにでも助けに行かねぇと!」

 

 ニオの報告に合わせ、馬車から身を乗り出したユウダチが首飾りを掲げながら補足した。

 その首飾りは(いのしし)の小さな彫像をぶら下げている。

 おそらくは、ヌエトラの首飾りと同種の物。

 ユウダチもレオナルドも、何故ムラマサが作ったはずの首飾りを持っているのか。

 謎ではあるが、詮索している場合ではない。

 よりによって、ブレンダが巻き込まれた事が確定しているのだ。

 

「テノールさんの嫌な予感、当たったようですねぇ……」

 

 パースは報告を聞き届け、苦い顔をした。

 俺はレオナルドが危機に瀕している事前情報があったから、それ程衝撃が大きくなかったのだ。

 その事前情報がなかったパースの衝撃はどの程度のモノだろうか。

 

「一旦サースイナッカノ農村に集合。作戦会議をしてから、森の―――」

「ユウダチいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」

 

 パースが指示しようとしたところ、その指示を(さえぎ)る怒声が響いた。

 怒声の発生源へ視線をやれば、異常な光景をその目にする。

 馬車が、浮いていたのだ。

 その飛行馬車は徐々に高度と速度を下げ、俺たちの傍で停まる。

 中から飛び出すのはムラマサの姿。

 訳も分からない混乱に追いやられ、ユウダチ以外は皆固まっている。

 

「お、ムラマサも近くに居たのか。これは上々―――へぶし」

 

 ムラマサがユウダチに駆け寄ったかと思えば、そのユウダチの頬を叩いた。

 ユウダチが混乱する皆に仲間入りしたところで、ムラマサがその胸倉を掴み上げる。

 

「説明しなさい、最強コンビ!どうやればその片割れが危機に瀕する状態に陥るんですか!」

「あ、いやー……。依頼の都合で二手に別れてな?」

「どうせ喧嘩でもして別れる事になったんでしょう!」

「あー、んー、まぁ……。そういう点も、なくはないかなー……。って謝るから金槌は止めろ!」

 

 金槌を振り上げるムラマサに対し、ユウダチは防御の姿勢を取った。

 随分と仲睦まじく争っている。

 やはりと言うべきか、ユウダチとムラマサ、それにレオナルドは浅からぬ仲だったようだ。

 そうでなければ、首飾りは貰っていないだろう。

 

「失礼。ムラマサさんも行方不明者の捜索に協力してくれる、という事でよろしいですか?」

「行方不明?レオナルドの奴が行方不明になったんですか!おいこら詳細を吐け、この近接馬鹿!」

「吐くよ、吐くから揺らすな!」

 

 パースが争いを中断しようと割って入ったのだが、焦りも合わさってか、ムラマサの怒りが増してしまった。

 揺さぶられまくっているユウダチはなんとかムラマサを落ち着けようとしているが、ムラマサに落ち着く兆候はない。

 収拾が付かない。

 そういう時はどうすれば良いだろうか。簡単である。

 

「御免」

「うっ……。きゅう……」

 

 落ち着かない奴を締め落とせば良いのだ。

 こうして、ムラマサは俺の手によって静かになった。

 ……これでムラマサを締め落とすのは2回目か。

 

「えーと。とりあえず、サースイナッカノ農村で情報共有と作戦会議です」

 

 一旦混乱を解消すべく、パースは順序を決めた。

 皆は頷き、パースに従う。

 

「ムラマサさんはどうします?」

「あ、俺、俺が運ぶんで、大丈夫です。俺が付いてきている理由も、情報共有の時に」

 

 俺が横たわっているムラマサをどうするか悩めば、ムラマサの馬車からリカルドが名乗り出た。

 同じ馬車に乗っていながら、ムラマサを抑えられなかった事。

 それについて多少責任追及したくはなった。

 だが、ムラマサを監視してくれるという事で、リカルドは無罪放免となるのだった。



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第三十四節 揃った戦力と情報

「それでは、情報共有を始めましょう」

 

 サースイナッカノ農村の貸し切られたとある宿にて、パースが情報共有の場を仕切った。

 隊長だけあって、慣れが感じ取れる。

 

「むぅ!」

 

 開始早々、声を上げるのはムラマサ。

 ちなみに、声は上げているが手は上げていない。

 正確には、手を上げられない。

 

「はい、どうしました?ムラマサさん」

「むぅむむむむむむむむむむむむむんむむぅむ」

「それはですね、ムラマサさん。貴女にはまず皆の情報を共有されてからでないと、場を乱す危険性があるんですよ。だから、縛らせてもらっています」

 

 そう。ムラマサは椅子に縛り付けられた上で、口も布で覆われているのだ。

 それにしても、パースはどうやってムラマサの言葉が読み解いたのだろうか。

 

「む、むぉむむむ。むむむむむむ」

「ご理解いただけて何よりです」

 

 ご理解いただけたのか。こっちは何も理解していないのだが。

 

「さて、まずは私たちがサースイナッカノ農村へ向かっていた事についてから。私たちは奴隷商の足跡を見つけました。その足跡がサースイナッカノ農村に伸びていたため、奴隷商の跡を追うためにここへ向かった訳ですねぇ」

 

 俺とパースの目的はそもそも奴隷商の追跡。

 俺がレオナルドの危機を知って急かしはしたが、パースにはレオナルドの危機であると教えていない。

 ニオとユウダチ、ムラマサとリカルド。彼女らとの合流は偶然なのである。

 

「続いて、ニオ」

「了解しました。私たちはサースイナッカノ農村に付き、森で魔道具を調査する組と、村で情報を収集する組に別れました。調査する組が、マリー隊長、ブレンダ隊員、冒険者レオナルドでした。その組が調査に行って一夜明けても、帰還しておりません。緊急事態であると判断し、救援を願うべくパース隊長の下に向かおうとした次第です」

 

 パースに促されたニオが、冷静に経緯を報告した。

 隊内で普段からその手の報告はしているのか、淀みない報告である。

 

「リカルドさん、お願いできますか?」

「あ、ああ。俺たちって言うか俺はムラマサに駆り出されてな。なんでも、友人の危機だって言うんで聖剣デュランダルを強奪にかかり、姉貴と交渉して、聖剣デュランダルを一時貸与する事になった。後々罰を受けてもらうために、俺が監視役をやってるんだ」

 

 サースイナッカノ農村へ行く意思はリカルドのモノでないためか、少し曖昧なところがある。

 推測するに、ムラマサも首飾りによってレオナルドの危機を知ったのだろう。

 それで、レオナルドの危機を救う武器として聖剣デュランダルを欲した、という事だろうか。

 何故聖剣デュランダルを欲したのか、具体的な理由が曖昧な部分である。

 と言っても、強力な武器を必要とする気持ちは分からなくもない。

 敵勢力を正確に把握できていないのだから、できるだけ大きな戦力は欲しくなるものだ。

 

「他の方の情報共有が終わったので、そろそろ良いですかねぇ。皆さんの情報を聞いたところで、ムラマサさんも情報を共有していただきますよぉ」

「ぷはぁ……。女性を縛り付けた事について、出る所に出てもらいたい所存ですが、ボクが冷静さを欠いていたのは事実です。許しましょう。で、情報共有でしたか。実際ボクは何を共有すれば良いので」

 

 パースが口を覆っていた布を解けば、ムラマサはわずかに不機嫌でありながらも、協力的な姿勢を示した。

 しかし、何を話せば良いのか、判別できていないようだ。

 

「そうですね……。どうやってレオナルドさんの危機を知ったか、教えてもらえますか?」

 

 パースは最初に、ムラマサが動いた原因について掘り下げた。

 リカルドの口からその辺りは聞けていないのである。

 俺はヌエトラのおかげで予想できているが、パースにとっては依然として不明だろう。

 

「ボクが作った特殊な魔道具、12個1組の首飾りヌエ。その首飾りは所有者が危機に瀕した時、別の所有者にその事を伝えます。親機である首飾りヌエズミを持つボクに、子機である首飾りヌエジャを持つレオナルドの危機が伝えられたんですよ」

「俺もその首飾りを持っててな。俺のはイノヌエだっけ」

「はい。ユウダチが持っているのは子機のイノヌエです。親機より範囲が狭まりますが、同じように別の所有者の危機が伝えられます」

 

 ムラマサの説明に相乗りし、ユウダチが猪の首飾りを取り出した。

 今されたムラマサたちの説明と以前されたヌエトラの説明、両者に齟齬(そご)はない。

 

「それって、似たようなのテノールさんも貰ってましたよね?」

「そうです。言うのが遅くなって申し訳ありませんが、俺が嫌な予感を覚えたのは、この首飾りが何かに反応していたからなんです。効果は全然存じていませんでしたが」

 

 俺の所持について、パースから言及されたので素直に明かした。

 こんなので変に怪しまれたくはない。

 ヌエトラと思念をやり取りした事は、不要な話題なので伏せておく。

 

「なるほど、そうでしたか。……ちなみに、その首飾りってレオナルドさんの位置が特定できたり?」

「レオナルドの奴は絶賛危機に瀕しているので、特定できますね」

 

 そんな効果もあったのか、ヌエトラ。

 いや、危機に瀕しているのを知らされて、位置が不明じゃ無駄でしかないか。

 

「なるほどなるほど。では、何故聖剣デュランダルを欲したので?」

「ボクの知見において、レオナルドは最強の魔術師です。そんな奴が危機に瀕しているんですから、そりゃ聖剣の2本や3本や4本、欲しくなるでしょう」

 

 おおよそそんな事だろうと思っていたが、4本は多い。

 そんなに聖剣が1か所に集まってたまるか。現状2本は揃っているけど。

 

「でも、修理したって使えないんじゃないんですか?聖剣デュランダル。担い手を選びますよね?」

「修理はすでに終わっていますし、製作者権限で最低限の力は振るえます」

 

 質問をしたパースや俺は、ムラマサの答えに顔を引きつらせた。

 歴代が作った物だからって、名を継いだ者が使えてしまうのは卑怯ではないか。

 もし、歴代ムラマサの作品を、今代ムラマサがかき集めたら。それはそれは恐ろしい事態になり得る。

 

「今回は担い手候補者が居るので、ボクが振るうまでもないでしょうが」

「担い手候補者って、製作者が候補を絞れるモノなんですかね」

「とりあえず今回は絞れるって事で」

「……」

 

 釈然としない返しだが、とにかく信じるしかない。

 パースもそう判断したようで、眉間を歪めた後に溜息を吐く。

 

「それでは、レオナルドさんの場所も特定できるって事ですし。全員で救出しに行きましょうか」

「……一応ですけど、良いんですか?」

 

 パースが救出の決を下したが、当初の目的は奴隷商の追跡。

 レオナルド救出は寄り道となる。

 

「奴隷商と行方不明、無関係とは考えづらいんですよね」

 

 パースの意見はもっともで、行方不明が誘拐とするなら、奴隷商と繋がりがありそうだ。

 誘拐された人が商品に、というのは充分に想像できる。

 という事で、パースの決定に異論は唱えられず、救出作戦が開始されるのだった。



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第三十五節 暴力は色々と解決する

「ここが件の森ですか……」

 

 マリーたちが魔道具調査のために向かった森であり、おそらく彼女たちが消息を絶った場所。

 一見して何の変哲もない森だ。

 パースも注意深く観察しているようだが、二の句が続いていない辺り、目ぼしい物を発見できてはいないようである。

 

「首飾りの反応はこの近くです。さぁ行きま―――ぐえ」

「そう勇み足になるなって。こっちは少数なんだからよ」

 

 ムラマサが先行しようとしたところを、ユウダチが襟首を掴んで制止した。

 ユウダチの言葉の通り、こちらはたかだか6人。

 聖剣エクスカリバーと聖剣デュランダルがあるとはいえ、油断するのは(まず)い。

 

「俺が先頭を行って案内する。レオナルドの位置は俺も首飾りで反応を追えるからな」

 

 3級以上の実力を持つだろう冒険者のユウダチ。彼が先導に立候補した。

 弓に半棒、細剣に湾曲剣、斧に大槌と、相変わらず多数装備を背負っている。

 その背中はユウダチの実力を知っていれば、心強く思うだろう。

 

「先頭、よろしくお願いします」

「おうとも」

 

 俺が代表して先導を任せると、ユウダチは笑顔で請け負った。

 隊列の先頭はこれでユウダチに決まったのだ。

 後ろにムラマサが続き、そのムラマサの両脇をリカルドとパースが固め、ニオ、俺の順でムラマサの後ろに付き、隊列ができ上る。

 

「……今さらですけど、ユウダチ。他の部品、どこやりました?」

「な、失くしてはいねぇよ……?」

「どこやったかって聞いてんだよ」

 

 部品とはなんの事か不明だが、ムラマサはその在処を大層気にしていた。

 ユウダチがはぐらかそうとすれば、その声に幾分か殺気が混じる程だ。

 何故か、赤い枝のような物も握っている。

 

「レオナルドに預けたまんまですすみません!」

「……ちょっと焦がして良いですか」

「良くねぇよっ、全然良くねぇ!頻繁に使わないよう、レオナルドに没収されてるんだ!俺は悪くねぇ!」

 

 レオナルドに没収されるという事は、何か危険物なのだろうか。

 ムラマサの友人のようだし、案外聖剣のような武器を持っている事も考えられる。

 その武器で暴れた結果が没収、という可能性はあるか。

 

「……レオナルドの判断となると、ユウダチだけの非ではありませんね」

 

 ムラマサは得心し、赤い枝をしまった。

 ユウダチは殺気がなくなった事に安堵し、胸を撫でおろしている。

 

「ムラマサさんが喪失を気にしてるって事はもしかして、その部品とやらは聖剣だったりするんですかねぇ」

 

 一悶着が収集したところを見計らい、パースは部品について詮索した。

 4番隊隊長としては、聖剣を所持している可能性を無視できないらしい。

 

「聖剣という程大した武器ではありません。ユウダチ専用に作った、ただの仕掛け武器です」

 

 意外には、ムラマサは簡単に口を割ってくれた。

 いや、意外でもないか。歴代ムラマサの作品も、割とあっさり明かしていたし。

 

「仕掛け武器、と言いますと?」

「10個の部品をそれぞれ組み合わせる事で様々な武器になる、そういう仕掛けを施してある物です。……こいつには結構色んな武器を作ってきましたが、毎度『飽きた』の一言で返却、悪い時はどこかに放ってきちゃうんです」

 

 ムラマサが『こいつ』と称して指差す人物は、もちろんユウダチである。

 なるほど。またどこかへ放ったのかと、ムラマサは心配になったが故に殺気を発したのか。

 

「飽きさせぬように趣向を凝らした結果が、仕掛け武器なんですが……」

「今回は長続きしてるぜ?」

「長続きじゃなくて、永続してください。次はもうありませんからね」

 

 ムラマサに念を押されているが、、ユウダチに悪びれた様子はない。

 

「そう言っていつも新しいの作って―――」

「次はありませんからね」

「うぃっす。こいつは大事にするんで修理だけはお願いしゃす。ちゃんと対価は払うんで」

 

 ぶり返したムラマサの殺気に、ユウダチは背筋を伸ばした。

 おまけに殊勝な態度を心がけている。

 

「っと、話は変わるけどよ、ムラマサ」

「なんですか。機能の追加なら考えてやらなくもないですよ」

「それはまたの機会に話し合いたいが、そうじゃなくて。これ、首飾りはここだって示してるんだが……」

 

 ユウダチが首飾りを掲げれば、ムラマサがそれを覗き込み、自身の首飾りも覗き込む。

 ……首飾りの何が『ここ』と示しているのだろう。

 

「そうですね、彫像の目が動いてません」

 

 ……首飾りの彫像って、目が動いたのか。

 ちょっと怖くないな。

 

「……ん?ああ、そういう事ですか。ユウダチ、この下です」

 

 ムラマサが彫像を傾けてみれば、その目は確かに下を向いた。

 ユウダチは目の向きが見やすくするためか、彫像を水平に構えていたのだ。

 だから、前後左右に向けても、上下には向けなかったという事になる。

 

「下、ですか……。掘削機なんて持って来てませんから、どうしましょうね」

「ぶち抜きゃ良いだろ、よっと」

「え、ぶち抜くって、おいおいおい!」

 

 パースが地面掘削による時間浪費を懸念しているのだが、ユウダチはそんなのお構いなしで大槌を大きく振りかぶった。

 リカルドが驚きつつもその行動を止めようとするが、残念ながら間に合わない。

 ユウダチの振り下ろしは、地面を砕いた。

 ただし、土が舞い上がったり、割れた岩が隆起したりはしない。

 穴が、開いたのだ。

 

「……パース隊長。空洞のような物、それもかなり人工的な造りのそれが確認できます」

 

 ニオは空いた穴の先に人工物を視認した。

 正規の方法では絶対ないが、俺たちは敵の拠点らしき物を見つけたのだった。



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第三十六節 神だったか、友だったか

「……ん、く。ここは、真っ暗……。いや、目隠しか」

 

 意識を覚醒させるレオナルド。

 彼は目を空けても光は入ってこない事から、自身が目隠しをされていると察した。

 直前の記憶を辿れば、そうなっているのも無理はない。

 レオナルドは睡眠魔術『リトルスター』によって、強制的に眠らされたのだから。

 

「拘束も、当然されているか」

 

 感触としては何かに座らされており、手も足も、動かす事ができない。

 レオナルドは、椅子型の拘束器具に囚われている。

 

「何故、殺さなかった……?」

 

 レオナルドは疑問を漏らした。

 睡眠魔術『リトルスター』はそれ自体が決定打になり得ない。

 しかし、相手をほぼ完全に無防備状態とさせる強力な魔術だ。

 敵は、魔王軍幹部のヴァンはその魔術を行使して、狙い通り無防備にさせたのである。

 その後に殺すなど、造作もない事のはずだ。

 

「……私も、売り物にされるというのか」

 

 レオナルドは思考の末、ヴァンが奴隷商である事に思い至った。

 対象を寝かせるという事は、傷も付けずに攫えるという事だ。

 奴隷商としては、傷物にせず商品を仕入れられると同義。

 相手を寝かせてからの誘拐が、ヴァンの常套(じょうとう)手段なのだろう。

 

「ええ。ご推察の通り、私はそういう手を良く用いて、商品を仕入れております。明確に言うと、貴方様に限っては商品にしませんがね」

 

 金属がこすれる音と共に、男の声が聞こえた。

 ヴァンが牢屋を開け、レオナルドの居るそこに訪れたのだ。

 

「おはようございます。ご機嫌いかがでしょうか」

「『おはよう』などと宣うなら、この目隠しを外せ。全く起きた気にならん」

「ご勘弁を。魔術師の目を自由にさせるなど、剣士に武器を渡すのと同じです」

 

 そう。わざわざ目隠しまでしてあるのは、レオナルドの魔術を封じるためなのだ。

 魔術師は大概、視界内にしか魔術を行使できない。

 攻撃魔術なら特に、発生地点及び着弾地点を観測せねばならないのだから、視界というのはとても重要だ。

 視界もなしに魔術を行使しようものなら、最悪魔術の発生地点が自身の体と重なり、自爆しかねない。

 

「はっ!目だけ封じれば、私の魔術を封じられるとでも?お前が使った『リトルスター』なら、私も行使できるぞ」

「精神に干渉する類の魔術は、相手の五感に対して何らかの刺激を与えねば作用しません。『リトルスター』なら詠唱を聞かせねばならないという点で、聴覚への刺激ですね。そして、聴覚の刺激となると、貴方様が対象にできるのはここに居る私のみ」

 

 ヴァンの言っている事は正しい。

 存在する精神干渉系の魔術は全て、五感への刺激が発動条件となっている。

 なので、仮にレオナルドが『リトルスター』を行使したとしても、眠りに落とせるのは今会話している1人だけ。

 複数居るヴァンをたかだか1人眠りに落としたところで、現状打破には繋がらない。

 そもそもこんな状態では、『リトルスター』の詠唱を邪魔されてしまうだろう。

 

「しかし、貴方なら、有効な魔術が使えるのではないですか?ねぇ、『魔神ダ・カーポ』様?」

「……しがない冒険者とかの神を取り違えるとは、な。魔神信仰者に磔刑(たっけい)されるぞ」

「誤魔化さなくても大丈夫ですよ。吹聴などはしませんので」

 

 ヴァンが『魔神ダ・カーポ』と呼べば、レオナルドは皮肉を込めつつ素性を取り繕った。

 だが、ヴァンは確信を持っているようで、その認識を改めない。

 

「これでも私は並外れた保有魔力量をしております、そのように身体情報を取り入れてきたので」

 

 ヴァンの体であるホムンクルスは、多くの魔術師を礎としてきた。

 より高い魔術の才を持つ者と己の体で新しい体を作り、そうして己の魔術の才を高めてきたのだ。

 

「今度は私も材料にしようという訳か」

 

 そういう魔術の才を高める方法は、レオナルドも知っていた。

 同時に、相手が恐ろしい外道に手を染めている事を、レオナルドは読み取ったのである。

 

「そうしたいのは山々なのですが、貴方様の抵抗力が強くてですね。私を全員集めても、材料にする処置ができるかどうか」

 

 ホムンクルスの材料にする処置も一種の魔術であり、対象に直接行使する類である。

 よって、相手の保有魔力量次第では、その処置を施せない。

 偶然と言うべきか、当然と言うべきか、レオナルドはヴァンが処置できない程の保有魔力量だったのだ。

 

「それで気付いたのです。これ程までの保有魔力量が、かの神でないはずがないと」

「……証拠としては弱いな。確かに私は保有魔力量に恵まれているが、逆に言えばそれだけだろう」

 

 『証拠として弱い』とは言ったが、レオナルドは心中穏やかでなかった。

 外道な手段で効率良く魔術の才を高めてきたヴァン。

 保有魔力量も才に合わせて増やしていただろう。

 そんな相手の魔術に抵抗してしまえるのは、それこそ神の領域だ。

 故に、もはや『魔神ダ・カーポ』本人と露呈している事を受け入れていた。

 ただ、証言だけは与えないようにしている。

 

「……そうですか。まぁ肯定されずとも構いません。餌にはなるでしょうから」

「餌?私で誰を釣り出すつもりだ?」

「『主神スタッカート』様ですよ」

 

 冷静だったヴァンの声音に、突然狂気が宿った。

 その狂気は、再会を目前にする喜びだ。

 

「ああ、貴方様と別れてから幾千年。長い長い別れでございました。ですが、そんな悲しき日々は、もうすぐ終わる。『主神スタッカート』よ、我が恩師よ!貴方様に巡り合うため、貴方様と世界を見届けるため、私は生きてまいりました!」

 

 ヴァンは、『主神スタッカート』の弟子だった。

 それも、師を崇拝し、陶酔するような、行きすぎた弟子だったのである。

 

「……私を餌にしたところで、『主神スタッカート』は釣り出せんぞ」

「いいえ、必ず釣り出せます。なんの縁もない、数居る孤児だった私すらお救いくださった優しいお方です。友人の危機を、あの方が救わぬなどあり得ない!」

 

 ヴァンはどこまでも、『主神スタッカート』を信じていた。

 ヴァンの中では、『主神スタッカート』は友の危機を無視できない情が深い存在なのだ。

 

「……あいつめ、弟子にはしっかり道徳も教えておけ」

 

 『主神スタッカート』を崇め奉るヴァンを横目に、レオナルドは知人への苦言を零した。

 でも、苦言を直接聞かせる気にはなれない。

 レオナルドもまた、『主神スタッカート』に救われた者だからだ。

 ヴァンとレオナルドの違いは、『主神スタッカート』の威光に目が眩んだか、そうではないか。

 たったそれだけの差だ。

 

「スタッカート先生、私は成長しました!貴方様の隣に立てるよう、私は頑張りました!!だから、今度は、ずっとっ―――……なんだ?」

 

 ヴァンの捧げる祈りは、轟音によって遮られた。

 轟音は直上より聞こえてきたのだ。

 

「……侵入者ですか。随分と野蛮なやり方ですね」

 

 その轟音は、侵入を告げる音であった。



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第三十七節 敵陣にありて

「ほへぇ……。こいつは凄いなぁ、こんなんが地下に建造されてたんかぁ」

 

 ぶち抜いた穴から建造物に侵入したユウダチは、感嘆としてそんな感想を漏らした。

 そうなるのも無理はないだろう。

 そこには、地上での建造も難しそうな、神殿の如き通路が伸びていたのだ。

 その内装に俺は神聖さを感じ、そして、既視感も覚える。

 

「パースさん、この建造物ってもしかして」

「レヴィのダンジョンに似てますねぇ」

 

 同じく既視感を覚えているだろうパースに話題を振ってみれば、見事に同意を得られた。

 そう。この通路は、魔王軍幹部レヴィが作ったダンジョンの通路と、酷く似ているのだ。

 

「レヴィって、少し前にドラクルへ仕掛けた魔王軍幹部だったよな。なんだってそんな奴のダンジョンとここが似てるんだ?」

「単純な話でしょう。ここも、レヴィが作ったのです」

 

 リカルドが繋がりを見出せない2点を、パースはさっさと繋いでみせた。

 そのパースが述べた繋がりにリカルドは目を剥いているが、その他の者に目立った反応はない。

 俺は元よりパースと同じ意見だったからである。

 ニオはそういう訓練をうけたのだろうか。努めて冷静に振る舞っていた。

 ユウダチとムラマサはおそらく、誰が相手でもレオナルドを救出すると、そう誓っている故か。

 

「少なくとも、魔王軍幹部が1人居ると、思っておいた方が良いですか」

「最悪2・3人とか居そうですけどねぇ。レヴィは人攫いに向いてなさそうですし」

 

 パースの言う通り、レヴィは前回の戦い方からすれば拠点防衛向き。

 逃げ回らねばならない奴隷商に適性はないだろう。

 とするならば、人攫いをするもう1人が居ると、想定してしかるべきか。

 

「よぉし、じゃあ幹部2人居るって事で。まずは床をぶち抜くか」

「待て待て待て待て!敵地なんだからそんな軽率に動くな!」

 

 ユウダチがまた大槌を振り上げたところで、リカルドがその腕に掴みかかった。

 今度は間に合ったようで、ユウダチは振り上げた姿勢のままだ。

 

「えー?なんでー?救出が目的なんだから、さっさと救出対象掻っ攫って帰って良いじゃーん」

「ユウダチ、首飾りが示すに直下ですから、多分振り抜いた大槌がレオナルドに直撃しますよ。死にはしないでしょうが、貴方が死を覚悟する羽目になるんじゃないですか?レオナルドに怒られる方向で」

「おっし、作戦変更だ。で、どうするんだ?」

 

 ムラマサの忠告に、ユウダチは大槌を背中へ収めた。

 上級魔術を使える魔術師を怒らせるのは、確かに死を覚悟する程怖い。

 ユウダチの態度は健常だ。

 

「レオナルドさんの他にマリーさんやブレンダさんも捕まっているでしょうから、彼女たちを探さないとですねぇ。なので、まずはこの建造物を探索しましょうか」

 

 この集団の暫定的な取りまとめ役であるパースが、行動の方針を定めた。

 その方針について、意見を述べる者は居ない。

 

「じゃあ手分けして探すか?」

「いえ、一塊になって動きましょう。この建造物がレヴイによる物だとすれば、彼女の陣地も同然です。いつ攻撃が飛んできてもおかしくありません」

 

 ユウダチは探索の効率を考慮し、手分けする事を提案した。

 だが、パースは危険性の観点からその提案を蹴ったのである。

 レヴィのダンジョンを経験した俺としても、一塊で動く事に賛成だ。

 同じく経験者であるリカルドも、一応あのダンジョンをその目にしたニオも、パースの言葉に頷いている。

 これで、パースの方が賛成多数で可決された。

 

「了解。そういう事ならまとまって動くか」

「そっちの方が良いと言うならそっちで。探索やらダンジョン攻略やらは素人ですから、口出ししませんよ」

 

 ユウダチとムラマサも反論はせずに従う。

 

 そうして多少進んだところで、内装の様子が変わる。

 

「当たりですねぇ」

 

 パースは誇らしげに呟いた。

 何故なら、そこには人が捕らえられた牢屋が連なっているからだ。

 レオナルドたちの行方不明と奴隷商が関係している事。

 パースのその推測は見事当たった訳である。

 

「こんなに人が……」

 

 俺は牢屋に捕らえられている人を観察した。

 そのほとんどが少女または幼女であり、手枷や足枷を嵌められた状態で寝かされている。

 

(ふむ、好機だな。彼女たちを救い出せれば、一気に若い女性層の支持者が稼げる。あわよくば俺の侍女なんかに……)

(おい、ヌエトラにも読まれるぞ)

 

 しまった。俺の心が読めるのは今に限ってエクスカリバーだけではない。

 首飾りに宿っている魂ヌエトラに俺の本心が読まれるのは、非常によろしくない。

 

(ま、嘘だけどな。あいつは首飾りの仕事に専念してっから、お前の心は読めねぇよ)

 

 ……こいつをムラマサに叩き直してもらおうか。性根とか真っすぐに修正してほしい。

 

(無理だな。死んでも直らなかったんだぜ?)

 

 『馬鹿は死んでも治らない』と、『主神スタッカート』は偉大なる言葉を残している。

 エクスカリバーの性根もその類らしい。諦めよう。

 

「……レオナルドさんたちが居ませんねぇ。もっと奥でしょうか」

 

 パースが牢屋を見回したが、本命の人物は見つからないようだ。

 

「この人たちはどうするんだ?」

「申し訳ないですが、後回しです。敵を叩かないと、安全に救出できません」

 

 枷を解いていたり、人を運んでいたりの最中は手が塞がる。

 そんな時に攻撃されようものなら、対応が遅れ、救出者と共にやられてしまうかもしれない。

 そういう事で仕方なく、救出は安全を確保した後に回された。

 俺たちはさらに奥へと進む。

 そうすると、微かな声が鼓膜を揺らす。

 

Twinkle(トゥウィンクル), twinkle(トゥウィンクル), little(リトル) star(スター), How(ハウ) I(アイ) wonder(ワンダー) what(ホワット) you(ユー) are(アー). Up(アップ) above(アボーブ) the() world(ワールド) so(ソー) high(ハイ), Like(ライク) a() diamond(ダイアモンド) in(イン) the() sky(スカイ).」

 

 その声が唱えるのは『エイゴ』。

 『エイゴ』は何に用いられるかとすれば、必然、魔術である。

 

(テノール!)

 

 エクスカリバーの警告もあり、俺は敵の魔術に備えるべく聖剣エクスカリバーの柄を握った。

 しかし、遅かったのだ。

 

Good(グッド) night(ナイト).『リトルスター』」

 

 俺にも、パースたちにも強烈な眠気が襲い掛かり、誰も抗えなかった。

 俺たちは、眠りに落ちていくのだった。



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第三十八節 確信への一閃

「……侵入者ですか。随分と野蛮なやり方ですね」

 

 そう呟いたのは、レオナルドの前に居るヴァンではなく、監視のために森を巡回していたヴァンだった。

 森を巡回していたヴァンが、遠目でユウダチが地面をぶち抜く現場を目撃したのである。

 そうして一個体が目撃したからこそ、レオナルドに対面しているヴァンも侵入者と断定できていた。

 

「ふむ……。明確な目的を持って私の拠点に来たとするなら、『魔神ダ・カーポ』様の仲間がいらっしゃるでしょう」

 

 偶然で見つけられるような拠点ではない。

 それに、地面をぶち抜いたのは意図した行為であると、ヴァンには窺えた。

 地面へ大槌を振り下ろすユウダチの所作に、迷いがなさすぎたのだ。

 

「であるならば、あの6人の誰かが『始まりの六柱』ですか……。魔神以外の神5柱が揃っているとは、考えたくないですね」

 

 人類史を拓いた神々が勢揃いなんて、悪夢以外の何モノでもない。

 敗北は必至である。

 

「とにかく、あの大槌を振るった方は『武神エフエフ』様と思っておきましょう」

 

 弓に半棒、細剣に湾曲剣、斧に大槌と、あんな多種多様の武器を一挙に装備する人間など、間違いなく普通ではない。

 様々な武器での戦い方に精通していたとしても、多くて3つが限度だろう。

 その装備限度を大幅に越え、しかも種類が一切統一されていない。

 魔神の仲間である事も加味すれば、あの異常者が武神本人だろうと察しが付く。

 

「後は、勇者テノールが居ましたね。あの弓だけ携えている方も、レヴィの報告にあったパースという方と特徴が合致しますか」

 

 ヴァンはしっかりと相手を見定め、戦力を分析していく。

 

「他3人は……。あの少女は武神様と仲良く話していましたね。うむ、『医神テヌート』様でしょうか?」

 

 実は、『鍛冶神アチューゾ』は伝説においてその性別を言及されていないのだ。

 『始まりの六柱』の中、女性であると言及されているは『医神テヌート』だけである。

 そして、ヴァンは『鍛冶神アチューゾ』が女性である可能性を考慮できなかった。

 そのおかげと言って良いのか、ヴァンはムラマサを『医神テヌート』と誤解する。

 

「癒さぬ傷、治せぬ病はないとされる医神様。それに、あらゆる武術の祖にして武の極みである武神様。かの2柱が相手でしたら、攻撃は悪手ですね」

 

 ヴァンは誤解したまま、戦力分析をそこで切り上げた。

 残りの2人、ニオとリカルドは取るに足らないと判断したのだ。

 

「やはり、眠らせてしまいましょう」

 

 相手の戦力を鑑み、ヴァンはお得意の手段へ舵を切った。

 戦うのが駄目なら眠らせてしまえば良いという、単純な結論である。

 世界最高の魔術師である魔神に己の睡眠魔術が効いた事で、その手段に自信を得てもいる。

 

「では各員、睡眠魔術の詠唱を」

 

 その選択と指示が、巡回していたヴァンより拠点に居る全てのヴァンに共有された。

 それによって、『リトルスター』が開始される。

 

Twinkle(トゥウィンクル), twinkle(トゥウィンクル), little(リトル) star(スター), How(ハウ) I(アイ) wonder(ワンダー) what(ホワット) you(ユー) are(アー).」「Up(アップ) above(アボーブ) the() world(ワールド) so(ソー) high(ハイ), Like(ライク) a() diamond(ダイアモンド) in(イン) the() sky(スカイ).」

 

 

 複数人で詠唱される魔術は、その詠唱した人数によって効力を高める。

 本来なら、人数が多くなればそれだけ詠唱を合わせ、1つの魔術とするのは難しくなる。

 しかし、ヴァンはクローンホムンクルスであり、全個体が意識を共有している。

 複数人での魔術詠唱など、彼には造作もない。

 

When(ウェン) the() blazing(ブレイジンング) sun(サン) is(イズ) gone(ゴーン), when(ウェン) he(ヒー) nothing(ナッシング) shines(シャインズ) upon(ウポーン).」「Then(ゼン) you(ユー) show(ショー) your(ユア) little(リトル) light(ライト), Twinkle(トゥウィンクル), twinkle(トゥウィンクル), all(オール) the() night(ナイト).」「Twinkle(トゥウィンクル), twinkle(トゥウィンクル), little(リトル) star(スター), How(ハウ) I(アイ) wonder(ワンダー) what(ホワット) you(ユー) are(アー).」

 

 さらには、詠唱を繰り返す事で、より効力を高める。

 念には念を入れるヴァン。

 神と相対しているがために、油断も慢心もない。

 魔神すら嵌めた必勝の策で迎え撃つ。

 こうして準備を整え、拠点で待機していた1体のヴァンが、微かに侵入者を視界に入れた時だ。

 

Good(グッド) night(ナイト).『リトルスター』」

 

 締めの詠唱を告げ、敵を全て眠りに落とす。

 6人の倒れ伏す音が、通路に響いた。

 音の発生源に最も近いヴァンが、警戒を続けたまま音の方に近づき、6人全員が寝ている事を視認する。

 

「ふふ。私の勝利です」

 

 侵入者の無力化を見納めて、ヴァンは勝ち誇った。

 勝ち誇って、油断して、慢心してしまったのだ。

 だからこそ、近づいたヴァンは切り裂かれる。

 

「……え?」

 

 その近づいたヴァンが最期に見たのは、聖剣エクスカリバーを振るう勇者テノールの姿。

 

「オレは負けない。勇者は、負けられないんだ」

 

 テノールは『リトルスター』を受けたにも拘らず、ヴァンを1体切り裂いたのだった。




〈用語解説〉
『医神テヌート』
……『始まりの六柱』、その中で治癒を司る1柱。医療技術や医薬品を世界に広めた後、回復魔術の研究に着手し、その知識も医療技術と同様に世に広めた。医師や看護師の心得も説いており、人の傷を癒す事に心血を注いだ人物である。容姿も美しい女性であったと語り継がれ、女神として称えられている。教えは「医師や看護師の忠告は素直に聞きましょう。よろしいですね?」。


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第三十九節 時間稼ぎ

「……え?」

「オレは負けない。勇者は、負けられないんだ」

 

 俺が、いや、俺の体を乗っ取っているエクスカリバーが、敵を切り裂いた。

 勝ち誇ったところへの不意打ち。エクスカリバーがそんな絶好の機会を逃すはずもなく、ただの一撃で仕留める。

 

(……ホムンクルスか。さっき声が複数あったから、まだ残ってるな)

 

 エクスカリバーは仕留めた相手を見下ろしつつ、状況を推測していく。

 

(テノール、起きてっか)

(ああ、起きてるよ。というか、何があったんだ?)

 

 俺は強烈な眠気に襲われ、眠りに落ちたのだ。

 だが、こうして起きている。

 

(精神干渉系の魔術だな。それでお前は眠らされたが、まだお前の体を乗っ取ってなかったオレは眠ってなかったんだよ)

 

 整理すると、俺は相手の精神干渉系魔術にかかり、意識を手放した。

 対し、エクスカリバーは魔術の対象にされていなかったのか、魔術がかからなかった。

 魔術がかからなかったエクスカリバーが、丁度眠る直前に聖剣を握っていた俺の体を乗っ取った。

 体に起きている魂が入ったため、体も起きた。

 そして、俺は眠っている体から離れたため、エクスカリバーによって起こす事ができた、のか?

 

(なんにせよ、相手の虚を突けたし、おそらくオレたちには精神干渉系は効かねぇ)

(俺が聖剣エクスカリバーに触れている時限定だけどな)

 

 改めて言うが、エクスカリバーは俺が聖剣に触れていないと体を乗っ取れない。

 さっきのは魔術行使の直前に柄を握れていたから、運良くどうにかできたのである。

 

Twinkle(トゥウィンクル), twinkle(トゥウィンクル), little(リトル) star(スター), How(ハウ) I(アイ) wonder(ワンダー) what(ホワット) you(ユー) are(アー).」

 

 状況を整理及び推測している内に、また魔術詠唱が聞こえてくる。

 

(テノール、任せた!)

(俺が眠る役かよ!)

 

 エクスカリバーは俺の抗議も気にせず、体の主導権を返した。

 そうして、精神干渉系魔術の対象を俺に押し付ける。

 

Good(グッド) night(ナイト).『リトルスター』」

 

 2度目となる精神干渉だが、やはり今度も抗えず、俺は眠りに落ちる――

 

(良し、今だ!)

 

――かと思いきや、エクスカリバーに体を乗っ取られ、起こされた。

 心地良く微睡(まどろ)んでいたのに平手打ちでもされたような、そんな悪い気分だ。

 

「……どうやら、精神干渉系の魔術になんらかの対策をしているようですね」

 

 俺が寝ていないのを窺いつつ、ゆっくりと歩み寄る男。

 その男は、切り裂かれた男と同じ容姿をしている。

 

「……クローンホムンクルス」

「いかにも、勇者様。正確にはクローンホムンクルスを発展させた物ですが、その辺りの違いは些末事でしょう」

 

 肌も髪も白く、対照的に瞳が真っ赤である事から、エクスカリバーはその男の正体を見抜いた。

 しかし、男は慌てもせず、むしろ余裕な態度で注釈すら添えてきたのだ。

 

「初めまして、我々の宿敵。私は魔王軍幹部のヴァンと申します」

 

 おまけに自己紹介までしてきた。

 男、魔王軍幹部のヴァンは己の手が1つ、『リトルスター』という魔術を不意にされてもまだまだ余裕があるらしい。

 

「貴方は宿敵とお喋りをする趣味がおありなんでしょうか?熱心にお誘いのようですが」

 

 この場にそぐわない態度であるのは同意するが、だからって煽るんじゃない。

 

「もちろん、そんな趣味はございません」「時間稼ぎとして、会話に興じていただけですよ」「勇者様相手に1人では敵いませんからね」

「な!?」

 

 最初に話していたヴァンの後方からも、俺たちが来た道の方からも、ヴァンと同じ容姿の男が現れた。

 しかも、その数は1人2人ではない。4・5人増え、まだ増え続けている。

 狭くはない通路のはずが、前後が見事にヴァンで埋まった。

 逃げ道はない。

 

(ちぃ!相変わらず面倒な野郎だ!切り込むしかねぇか!)

 

 エクスカリバーは覚悟を決めて前へと突っ込んだ。

 道を切り開くため、ヴァンたちを薙ぎ倒していく。

 幸いにも、ヴァンは近接が苦手なのか、エクスカリバーは容易く倒している。

 

「『アイシクル』」「『ファイアボール』」

「この程度!」

 

 飛んでくる氷塊や火の玉も、魔力をまとわせた聖剣で叩き、『魔術式崩壊』を起こして難なく対処していた。

 数の差で圧倒的不利であっても、エクスカリバーは立ち回っている。

 相変わらずではあるが、恐るべき剣の腕だ。

 

「『ライトニング』」「『ウィンドカッター』」「『スリングストーン』」

「隙だらけだ!」

 

 落雷降りしきり、鋭い風が吹き荒れ、礫が飛び交おうその戦場。

 エクスカリバーは迎撃か、回避か、直感的に選択し無傷で乗り切る。

 それだけに飽き足らず、魔術へ対処する合間に敵を切り伏せている。

 危機的戦況のはずなのに、安心感すら覚えてしまいそうだ。

 

「埒が明きませんね。では、こうしましょう」

 

 ヴァンたちが行使する魔術の矛先が変わった。

 その矛先は、眠りに落ちたままのパースたちに向けられたのだ。

 

「くっ、そっ!」

 

 パース、ニオ、ユウダチ、ムラマサ、リカルド。その5人を狙った魔術を、エクスカリバーは迎撃していく。

 回避という選択肢は削られた上、的は5つ。

 ヴァンへ攻撃する暇は、確実になくなった。

 それと同時に、迎撃も間に合わなくなってきている。

 

「うぐっ」

 

 剣での迎撃が遅れた石礫を、その身を挺して仲間に当たらないよう防いだ。

 そうやって、身を挺さねばならない攻撃が増していく。

 

(エクスカリバー、このままじゃ競り負けるぞ!)

(分かってるっての!だが、手が足りねぇ!全員見捨てるしかねぇぞ!)

 

 長く単身で戦い続けた弊害だろう。エクスカリバーには、多くを守りながら戦う術がなかった。

 それでも、必死に足掻く。足掻き続ける。

 そんな必死だから、俺たちは気付いていなかった。

 リカルドの握る長剣が、鞘の下で淡く輝いている事に、気付かなかったのだ。



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第四十節 聖剣デュランダルの担い手

 聖剣デュランダルはムラマサが修理した後、リカルドが所持していた。

 有事の際に的確な手渡しができるのはリカルドだろう、というムラマサとリカルドの判断である。

 そうしてリカルドは、収まりの良さから腰に聖剣デュランダルを下げた。得物を下げるのとほぼ同じ場所に。

 聖剣の修理できる鍛冶師を探す旅において、同様に下げていたから、それで問題ないはずだったのだ。

 しかし、問題が起こった。

 魔術詠唱が聞こえた瞬間、ヴァンが『リトルスター』を行使しようとしたあの時だ。

 リカルドは構えようとして得物に手を伸ばしたのだが、咄嗟であった故か、彼は聖剣デュランダルを手に取ってしまったのだ。

 そのため、リカルドは『リトルスター』で眠りに落ちた最中、聖剣デュランダルを握っていた。

 その誤りが、奇跡を起こす。

 

(……て…おき………さい。起きなさい)

(……んあ?)

 

 リカルドは何かに呼ばれ、意識を覚醒させた。

 その目に少しずつ光が取り込まれ、現状を認識していく。

 そんなゆっくりと広がる認識で、リカルドは、自身が倒れているのを傍目で見たのである。

 しかも、パース、ニオ、ユウダチ、ムラマサも倒れており、そんな彼らを唯一倒れていないテノールが守っていた。

 

(は、え!?な、なんだこれ!?)

 

 テノールだけが倒れていないのも訳が分からないし、いつの間にか敵に囲まれているのも訳が分からない。

 こうなった過程をすっ飛ばされてしまった故に、リカルドが混乱せざるを得ない。

 

(落ち着いてください)

(そ、そうだよな。混乱してる場合じゃない。すぐに起きて、加勢しないと……。って誰だアンタ!?)

 

 幽体離脱しているような状態にあるリカルドの目の前には、見覚えのない女性が立っていた。

 赤い長髪を携えた女性が浮遊しながら相対し、リカルドに語りかけていたのだ。

 

(私は聖剣デュランダルに宿る魂、一応デュランダルと名乗りましょう)

(武器に宿る、魂……?)

 

 リカルドは聖剣デュランダルに宿る魂、デュランダルの話が信じられなかった。

 武器に魂が宿るなど、リカルドは聞いた事がないのだ。

 

(信じ難い事は承知しています。しかし、どうか信じてください)

(あ、ああ……。まぁ、アンタが嘘を吐いてる様子はないからな……)

 

 悲しむような顔で真摯に願われる者だから、リカルドは信じきらないまでも、疑わないようにはした。

 これでもリカルドは3級冒険者にまでなった男だ。

 怪しい怪しくないは態度である程度判別できる。

 

(えーっと、とりあえずだ。どうするんだ?聖剣デュランダルに宿る魂って事だし、力を貸してくれたりするのか?)

(ええ、お貸しします。そのために、貴方を起こしました)

(そ、そうだな、そうでなきゃ起こさないよな)

 

 死んで構わないなら放置で良かったのだ。

 だが、デュランダルはそうしなかった。

 乗っ取りに特化していない聖剣であり、憑依の相性が良くない相手であった。

 それでも、相手の魂を押し退けるようにして、眠っている体からリカルドを離脱させたのである。

 エクスカリバーだったらそのまま体を乗っ取れるだろうが、デュランダルはできないので、こうやって対面している。

 

(ありがとうな。それと、すまなかった)

 

 リカルドはデュランダルのその行為に善性と誠実さを感じ取った。

 だから、助けてくれた事への感謝と、信じなかった事への謝罪をしたのだ。

 

(それでこそ、私の担い手です)

 

 それらを受け取ったデュランダルは、どこか誇らしげだった。

 自身の担い手が、自身と似たように善性と誠実さを持ち合わせている事に、デュランダルは喜んでいる。

 

(……担い手?)

(ええ。私は、聖剣デュランダルは、貴方、リカルド・ナンタンを担い手と認めます)

 

 デュランダルの宣言に、リカルドは目も見開く。

 なんら功績のない己が選ばれるとは、夢にも思っていなかった。

 そんな夢以上の出来事が急に訪れたため、リカルドは実感が湧かなければ喜びも覚えられない。

 

(も、もっとさ、凄い人がいるからそっちを選ぶべきじゃ?あのユウダチとか言う人の方が強いぞ?)

(あの人は嫌です。絶対嫌です。あの人に使われるくらいなら、私は私の魂すら殺します)

(そんなに!?)

 

 リカルドの知る由ではないが、デュランダルは『武神エフエフ』に捨てられた事をずっと根に持っている。

 武神とデュランダルは何度も窮地を共にして乗り越えてきたはずなのに、武神は飽きたからと他人に譲り渡した。

 おかげで、当初のデュランダルは人間不信に陥っていた。

 そんな人間不信のデュランダルを、誠心誠意慰めたのが先代の担い手、ヘクト・ナンタンだったのだ。

 故に、デュランダルは担い手に強さではなく、誠実さを求めている。

 

(貴方は使い物にならない私をずっと傍に置き、私を直せる鍛冶師を探してくれました)

(いや、それは依頼だったから……)

(だとしても、投げ出しかねない事だったでしょう。聖剣を修理できる者なんて、並大抵では見つかりません。実際、貴方は長い間、その者を見つけられなかった)

 

 デュランダルは休眠しながらも、リカルドの傍にあった。

 一部始終とはいかないが、リカルドが鍛冶師を探しに東奔西走しているのを、デュランダルは知覚していたのだ。

 

(売り飛ばす事だってできたはずです。折損しているとはいえ、類稀なる技術によって生み出された剣だったのですから、鍛冶師に高値で売れたでしょう。でも、貴方はそうしなかった)

(家宝でもあるんだ、売り飛ばす訳がないだろう。それに、依頼完遂を目指すのは当たり前で、姉の頼みを叶えてやるのは弟として当たり前だ。姉貴には、色々と押し付けてるしな)

(そう。『当たり前』なんです)

 

 デュランダルに言葉を反復され、朗らかな笑みまで浮かべられていた。

 その笑みが向けられているリカルドは、何が『そう』なのかと首を傾げてしまっている。

 

(『当たり前』の事、そうした方が良い事、そうすれば良くなる事。それを知っていながら、当たり前のように行える人は多くないのです。そうすべきでないのに、聖剣を譲る人が居るくらいですから)

 

 デュランダルは生身であった期間も含め、長く世界に存在している。

 その長い間に、色んな人と出会った。

 その内、最後まで誠実にあれた人は多くない。

 かの武神ですら不誠実な人に分類される。少なくとも、デュランダルの中では。

 

(私は、誠実であれる人を尊重します。誠実であり、善である人を肯定します。貴方を、担い手と定めます)

 

 デュランダルは、誠実なリカルドを担い手に定める。

 リカルドになら使われても良いと、彼の誠実さに心打たれている。

 

(さぁ、私の力を使ってください。私の力なら、貴方を勇者にだって、英雄にだってできる)

 

 誠実なリカルドに対し、デュランダルは誠実さを示す。

 

(な、なんだか重い感情をぶつけられてる気がするが、とにかくだ。勇者にでも英雄にでもしてくれるって言うなら、まず彼らを、助けさせてくれ)

 

 リカルドは、パースたちを救う力を求めた。

 

(お望みとあらば、我が担い手。代わりにお願いがあります。魔力の供給と、魔術詠唱の締めを)

(お安い御用だ)

 

 デュランダルのお願いを聞き届け、リカルドはまさに安請け合いをした。

 皆が救えるなら安いと、リカルドは快く引き受ける。

 こうして全ての段取りを済ませ、リカルドは立ち上がる。

 

「っ!?リカルドさん!」

「おや、対策しているのがもう1人居ましたか」

 

 テノールとヴァンが『リトルスター』の睡眠から脱したのを横目に、リカルドは聖剣デュランダルを鞘から抜く。

 そして――

 

The() flame(フレイム), exorcise(エクソサイズ) and(アンド) burn(バーン) the() enemy(エネミー).)

「……『セイクリッドブレイズ』、発動」

 

――剣に、炎を迸らせたのだった。



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第四十一節 一手の誤り

「……『セイクリッドブレイズ』、発動」

 

 リカルドは聖剣デュランダルを構え、デュランダルから教えられた魔術名を唱えた。

 そうすれば、聖剣デュランダルから溢れるように炎が起こる。

 その炎は意思を持っているかのような動きでヴァンへと飛び火し、さらに、飛び火した最初の個体から別の個体へと、燃え広がっていく。

 

「な、なんだこの炎は!」「『魔術式崩壊』ができない……!」「いや、崩壊した先から再生されている!」

 

 燃やされているヴァンたちは炎に魔術をぶつけ、『魔術式崩壊』を狙ったが、それは叶わない。

 魔術の核である聖剣デュランダルが無事である限り、その核から魔術を行使し続ける。

 そういう一種の『魔術式再生』が組み込まれているのだ。

 故にその炎は、敵を焼き尽くし、悪を払うまで燃え盛る。

 

「ぐ、あっ……。何故、何故だ!」「何故っ、魔術行使者の視界外まで炎が広がっている!」

 

 ヴァンは拠点の別室に居る個体にまで、燃え移っている事を知覚した。

 魔術は魔術行使者の視界外に行使できないはずだ。

 しかし、リカルドの視界に入っていないはずの個体が燃えていた。

 その事象は魔術の原則を逸脱している、ように見える。

 だが、実際は違う。

 魔術を行使する者の視界に、拠点中に居るヴァンの個体は入っている。

 本当の魔術行使者であるデュランダルの視界には、入っているのだ。