石上優はもう戻れない (顎髭)
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そして石上優は告発した①

完全に石上が闇堕ちします。
そこの所はご了承下さい。


惨め。今の僕の状態を言葉で表すなら、その一言が一番似合っているだろう。

確かに、僕はあの時おかしかった。殴る以外にも、もっといいやり方があったはずだ。

過去に「感情的になったら負け」という言葉を聞いた事がある。その言葉は本当だと今となってよく分かった。僕はあの時、感情的になってしまった。他のやり方を考える事をしなかった。

停学から約5ヶ月が経過し、次第に告発してやろうという意志も失せてしまい、提出するべき反省文には、謝罪とも言えない、許しを請う様な言葉が書かれていた。

 

「(…………もう、これでいいや……。提出しよう………。)」

 

項垂れながら、僕は制服に着替えて、反省文を提出する為学校へ行こうとした。

すると、背後から何かが棚から落ちる様な音がした。何だと思い、落ちた物を拾ってみると、それはある一冊の小説だった。

 

「これって………。」

 

懐かしい。一年生の頃に、読書感想文を書く為に買った小説だった。適当に買ったはものの、かなり内容が深く、当時はよく読んでた覚えがある。

確か、主人公が自分を騙した人間達に復讐する、サスペンス小説だったかな……。

 

「…………。」

 

どういう理由でかは分からない。でも、僕はその小説を読み始めた。

主人公は大企業のエリート。けれど、ある一つの覚えの無いミスによって、会社からクビを宣告。挙げ句の果てには、覚えの無い学生時代のいじめの首謀者だとネットで晒され、誹謗中傷の嵐に巻き込まれ、妻とも離婚。完全に人生のどん底へと落とされる事から、物語はスタートする。

そして後に、誰かが自分を潰そうとしている事に気づき、そこから主人公の復讐劇が始まる。

読んでいく内に、小説の内容が蘇ってきた。こんな状況でありながら、面白い、楽しいと思ってしまった。

しばらく読み進めると、ある場面へとたどり着いた。

主人公にミスを押し付け、会社から退かせた同僚とのやり取りだ。

 

『これでもまだ、言い逃れをするつもりか?えぇ!?』

『ぐっ………!だ、だって……!』

『例えどんな理由があろうが、相手を陥れていい理由にでもなると思ってるのか?やってもない事を背負わされた人間の気持ちがお前に分かるのか!?

 俺がどれ程絶望したか分からないだろうな。どれ程苦汁を飲まされたかなんて、貴様なんかに分かる訳が無いだろうな!』

『だからって………だからって俺の家族にまで手ぇ出す必要無いだろ!』

『甘えた事ぬかしてんじゃねぇぞ!!

 お前のせいで、俺は家族も失ったんだ。だったら、俺のせいで、お前の家族が失っても、別にいいよな?

 はっきり言って、俺はもう、他人がどうなろうが知った事じゃねぇんだよ。それで他人がどれ程傷付こうが、俺のせいで他人が死のうが、もう心の底からどうでもいいんだよ。

 もうお人好しの俺はいない。完膚なきまでに、お前を叩き潰す。お前が自殺したくなるまでに、お前を追い詰めてやる。』

 

この場面を読んだ途端、何かがぶり返してきたような感じがした。

 

「…………は………………ははっ……。」

 

僕は一体、何をそんなに躊躇っていたのだろう。

そうだよ。僕のやった事は、正しい事だ。悪い奴を殴って何が悪いんだよ。

僕はいつまで、くだらないしがらみにとらわれていたのだろうか。

このまま僕が黙秘し続けたら、荻野は野放しにされてしまう可能性がある。そうしたら、また被害者が増える一方だ。

そうだよ。あいつの悪行を知ってるのは、僕だけ。つまり、あいつを潰せるのは、僕だけだ。

やらなければ。完膚なきまでに、叩き潰さなければ。

例えそれで大友が傷付こうが、もう知った事じゃない。ていうか、あの時大友も僕を拒絶した。もう大友も敵だ。いや、家族も、同学年の奴らも全員、僕の敵だ。

もう誰も信用しない。もう誰にも期待しない。

 

「……………念の為取っておいて正解だった。」

 

着替えを済ますと、石上は引き出しから、SDカードを取り出した。

荻野の悪行の証拠のコピーだ。

だがしかし、これだけでは不十分なのでは、と思う自分もいた。今の自分の立場は、『嫉妬の挙げ句、彼氏を殴り、その彼女をストーキングしていた奴』。例えSDカードの内容を公表したとしても、偽装したものだと思われる可能性がある。

もっと証拠を集めなければ。徹底的にあいつを追い詰めなければ。

 

「………荻野の被害者達に、直接会ってみるか……。」

 

僕の調査によると、荻野の被害者の中には、対人恐怖症になって、引き篭もってしまった者もいるらしい。その人から直接話を聞き、その話を録音したやつを、全校生徒の前で流す。

プランは整った。あとは、行動に移すだけだ。

 

「……何だ。僕は全然おかしくなんかないじゃないか……。はは……。」

 

薄ら笑いを浮かべながら、石上は外へ出て行った。



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そして石上優は告発した②

2月。普通ならば、バレンタインだ何だと、たわいも無い会話をしている頃だと思う。

だが、大友京子にとっては、それどころでは無かった。

 

『このままだと、高等部進学試験落ちるよ…。』

 

ついこの前、担任との面談で言われた一言。

高等部進学試験に落ちる事は、よっぽどの学力不足でない限り、絶対に有り得ない。ただでさえ秀知院学園は、幼等部から大学までの一貫校。内部進学試験の基準も甘く、よほど学力不足でない限り、内部進学はほぼ確実なのである。

 

「(マズい事になった………。)」

 

学年順位も下から数えた方が早い大友。一度最下位を取った事だってある。親からも、流石に少し勉強頑張れ、とマジの心配をされる程度である。

そんな大友京子、3学期になってからは、授業をしっかり聞くのは勿論のこと、隙さえあれば教師に質問しに行く程にまで、勉学に尽力していた。

 

「(マジで頑張らないと……!)」

 

 

 

 

 

そんなある日の授業………。

 

「(……ん?何か騒がしいな……。)」

 

廊下から、教師達のざわつきが耳に入った。

すると、生徒指導の先生が、血相を変えて教室へと入ってきた。

 

「ど、どうしたんですか!?」

 

授業を行っていた教師も、少々困惑気味だった。

 

「すみません!少し授業を中断してもらってもいいですか?」

「え、ええ………。」

 

何だ何だとクラスメイト達もざわついていた。

すると、生徒指導の先生は、ある一人の生徒の元へと向かった。

 

「荻野、今すぐ職員室に来い。いいな?」

「えっ…。な、何すか突然……。」

「いいから来るんだ!!」

 

血相を変えたまま、無理矢理荻野を教室から引っ張り出した。

 

「え…荻野君何かしたの………?」

「さぁ……?」

「コラコラ!静かにするんだ!授業を再開するぞ。」

 

何事も無かったかの様に、授業は再開したが、生憎もう授業終了のチャイムが流れる1分前だ。すぐに休み時間へとなり、大友はクラスメイトとたわいも無い会話をしていた。

そんな時だった……。

 

『……全部、あの男のせいです……。全部あの男が!!娘の人生を潰したんです!!』

 

突然流れた放送に、3年生だけでなく、全校生徒や全教員が戸惑った。それは、ある女性の声で、しかも音質から、録音された物だと分かった。

 

『私の娘は、初めて彼氏が出来た、とはしゃいでいました。母親の私からしても、とても嬉しい事でしたよ。初めはそう思っていました。

 なのに……なのに………!!あの男は……荻野コウは、娘を騙してあんな酷い目に……!!』

 

その言葉を聞いた瞬間、大友は何が何だか分からなくなった。

荻野くんが、騙した……?何のことだ……?

というか、この放送を流しているのは、誰だ?

大友達は気になり、放送室へと向かった。その最中でも、放送は流れ続けていた。

 

『その日娘は、彼氏と遊びに行くと言って、出かけて行きました……。でも、どうも帰りが遅いと思い、流石に心配になった矢先、娘は帰って来ました……。そしたら娘は……。』

『娘は?』

『……服はボロボロに、顔は痣だらけの状態で、泣きながら帰って来ました………。』

 

3年生達は騒然とした。

 

「……嘘でしょ……?」

「何それ……!」

「荻野くんが………そんな事を…!?」

 

衝撃的な事を聞かされたと同時に、放送室に到着すると、中にいる一人の男子生徒の姿が目に入った。

 

「お、おいお前!そこで何をやってる!?」

 

教師達も放送室に到着し、すぐにその男子生徒を止めようとしたが、鍵がかかっていて、入れない。

すると、その男子生徒が振り返り始めた。

 

「………!?」

 

その男子生徒の姿は絶対に忘れていない。いや、忘れたくても忘れられなかった。

 

「……………石上……。」

 

中にいたのは、石上だった。

振り返ったものの、それを無視するかの様に、石上は次の音源を流し始めた。

 

『…あいつを殺したい……!あいつが憎い……!!娘をあんな目に遭わせといて、今もノウノウと生きてるあいつが、荻野コウが心の底から憎い!!』

『落ち着いて下さい。気持ちは分かります。僕も、奴に騙された内の一人ですから。』

 

その音源には、石上の声も記録されていた。

 

『心の傷を抉ぐるようですが、これも荻野を徹底的に追い詰める為なんです。』

『すいません…。あなたには、感謝しかありません……。

 私はまだ娘が小学生の頃に、妻と離婚しまして……。男手一つで娘を育ててきました……。いつも明るい奴でしたよ……。

 なのに、あいつと出会ってから、娘の笑顔は消えました。全て荻野とかいうクズのせいで……!!あいつさえいなければ……!!あいつのせいで、娘は人と会うのが怖くなってしまったんです……!今も引き篭ったままですよ……!!例え荻野が死んで詫びたとしても、私は絶対に許さない……!!娘の笑顔を奪ったあいつを、殺したい……!!』

 

全校生徒はその放送に、絶句していた。無論、大友もそうである。

 

「……ねぇ……あの時荻野君が言ってた、『石上が京子のストーカーだ』ってのって………、全部嘘なの?」

「じゃあ、さっき荻野君が職員室に呼び出されたのって……まさか……。」

「お、おい!マジでヤベェって!!」

 

複数の男子生徒が、顔を真っ青にしてこちらに駆け寄ってきた。

 

「え、ど、どうしたの!?」

「俺ら……たまたま職員室を通ったんだけど……その時……窓から見えちまったんだよ………。荻野が………集団で女子の事を……。」

 

彼らが一体何を見たのか。何を聞いたのか。その話を聞いた3年生は、皆顔面蒼白だった。

そして、疑いから、確証へと変わった。

石上優が大友京子のストーカー。それは、荻野が保身の為についた嘘だったと。

 

「そんな………。そんな……!!」

 

大友は口を抑え、大粒の涙を流した。

 

「じゃあ………あの時京子と付き合ってたのって…!!」

「やめなよ!!」

「でも、そうだとしたら………私達、石上の事ずっと……。」

「……そうなるよな…………。」

 

すると、大友は放送室へと向かい、ドアを開けようとした。

 

「石上君!!開けて!!ねぇ!!開けてよ!!」

 

声が聞こえたのか、石上は動きを止めた。

 

「許さなくてもいい!!でも、謝らせて!!私達、ずっと石上君の事……!!石上君の事……。」

 

段々と声が弱々しくなって、次第に大友は、その場で泣き崩れてしまった。

 

「京子、大丈夫!?」

「………あ…。」

 

鍵が外れる音がして、ドアが開いた。

 

「………石………上…。」

 

長く伸びた髪。そして、一切の光がない目。まるで、虫ケラを見るような目だった。

石上は大友に近づき、その場でしゃがみ込んだ。

 

「………久しぶり。」

 

本来その言葉は、かつての旧友との再会を懐かしむ時に使う言葉だが、石上が言ったその言葉には、全くそんな意味は込められていなかった。

 

「………これで分かった?おかしいのは荻野の方だって。お前達はずーっと、荻野に騙されてたって事が。お前達は危うく、一人の無実の人間を、潰そうとしてたって事が。」

「!!!」

 

大友の体が小刻みに震え始めた。それと同時に、辺りに大友の嗚咽が響いた。

 

「……ごめんね……。私達…あれから石上君にあんな酷い事してきたのに………。本当にごめんね……。」

「………私達からも謝らせて。……ごめん。」

 

辺りにいた同学年達も、次々と謝罪の言葉を述べ、石上に頭を下げた。

 

「…………………。」

 

石上は黙ってその光景を見た。

ようやく自分の事を分かってくれた。ようやくあの地獄から解き放たれた。

そんな感情は、今の石上には、微塵も浮かばなかった。あったのは……。

 

「…………はぁ?」

「!!」

「いやいやいや、今更過ぎない?もうあれから5ヵ月経ってんだよ?なのに今更になって許しを請いに来た?お前ら、どこまで虫のいい奴らなんだよ?」

「そ、それは……!」

「結果的に俺がこうやって荻野の正体晒したから良かったけどさ、俺が行動しなかったら、お前ら特に何もしなかったろ?今まで通り、俺に対して罵声を浴びせてただろ?

 上辺だけの情報を勝手に真実だと決め付け、真実が分かった途端、今までやってきた事全部無かったかのようにして、謝罪だと?どこまで腐ってんだお前ら。

 ………というか、もしあの場で俺が謝ったとしても、俺の事許す気なんて無かっただろ?…だったらこっちもそうさせてもらう。俺はお前らがやってきた事を絶対に許さない。課題の中に罵詈雑言が書かれた紙を紛れ込ませた事も、下駄箱の中にゴミを入れた事も、全部だ。絶対に許さない。許してたまるか。死んで詫びても許さない。

 …………何とか言ったらどうなんだよ?大友?」

 

石上は座り込んでいる大友の胸ぐらを掴んだ。

 

「………それとも何だ?土下座でもしてくれんのか?」

「………ごめんなさい…ごめんなさい……。」

 

今の大友には、ただ泣きながら『ごめんなさい』を連呼する事しか出来なかった。

 

「………やるんだったら、とっととしてくれない?時間の無駄なんだけど。」

 

大友から手を離すと、石上は大きくため息をした。

 

「ちょ、ちょっと石上!それは流石に」

「あぁ?」

 

大友の友人は体をビクッとさせた。石上はこんなに目が怖い奴だったか?石上は、こんなに恐ろしい存在感を持っていたか?

 

「…………土下座したら………それで満足する……の……?」

 

か細い声で、大友は石上に尋ねた。

 

「はぁー……。やんの?やんないの?どっちな訳?」

 

苛立ちがこもった感じで、石上はそう言った。

 

「…………………。」

 

体を震わせ、涙を流しながら、大友はその場で正座して、両手を前に添え始めた。そして………。

 

「………申し訳……ございませんでした……。」

「………………。」

「おい石上!!やり過ぎだろ!!ちょっと来るんだ!!」

 

痺れを切らした教師達が石上を連行した。虚な目をしながら、石上は土下座をしたままの大友を見続けていた。

 

「(……………ほんっと、胸糞悪ぃ……。)」

 

連行される石上を、一人の眼鏡をかけた女生徒が見ていた。

 

「(私の知ってる石上優という人間。それは、理不尽を嫌い、真っ当な正義感を持った人間。そうだった。

 でも、今の石上優には、それが無い。彼の中の理不尽を嫌う正義感は、完全に消え去った。

 もう、あの頃の石上優は、どこにもいない……。)」



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それぞれの心情①

あの騒動後、同級生や、騒動について知った高等部の者達の心情は……。
短編ずつ書いていきます。

にしても、書いてて思いますけど、重いです。


【伊井野ミコは注意出来ない】

私の知ってる石上優という男は、いつも学校にゲームを持ってきては、隙あらばゲームをする、いとも平然に校則違反をする、私の最も忌み嫌う人間のタイプだった。

私が注意する度に、屁理屈を述べて逃れようとする。私は彼のそんな態度が本当に気に食わなかった。

だが………。

 

「……あ!石上!あんたま……た……。」

 

私を見つめる石上の目は、かつての彼の目とは、まるで違かった。というか、あの目は本当に石上なのか?

私は身震いをした。

石上を、初めて怖いと思った。

何も言わずに、石上は私を見ながら、校舎内へと入っていった。

 

「…………。」

「ミコちゃん………。」

 

風紀の為なら、どんなに素行不良な生徒だろうが、私は臆する事はなかった。だが、私は初めて、人に対して恐怖心を感じた。

心の底から、石上の事を怖いと思ってしまった。

やはり、あの事件から、石上は変わってしまった。勿論悪い意味で。

人を完全に拒絶するオーラ。憎悪や嫌悪と言った、ありとあらゆる悪意がこもった眼差し。

あれは本当に、石上優なのか?

 

「……こばちゃん。私、石上にどんな言葉をかければいいの?」

「………私も分からない。

 でも、今の石上はもう、私達の知ってる石上じゃない。もう、あの頃の石上優は、戻ってこない。」

「私……ずっと思ってたの。石上がストーカー呼ばわりされてた頃から、あいつはあんな事をする人間ではないって事は。でも、結局何も出来なかった…。あの時私が何か行動を起こしてれば、あいつは今の感じにはならなかったんじゃないのかなって…。」

「…………………。」

「あいつをあんな風にしたのは、私達なんじゃないのかなって…。」

「ミコちゃん…石上の事、嫌いじゃなかったの…?」

「………今でもあいつの事は嫌だよ。でもそれでも………、理不尽な目に遭ってる人間を、放っておくわけにはいかない……。私はそんな人を救えなかった……私自身が嫌い………。」

 

後悔の念に押し潰されそうになりながら、伊井野は校舎内へと入っていった。

もう私には、彼の事をどうこう注意する資格など、無いのでは……。

 

 

 

 

 

【小野寺麗は復活させたい】

私達は、とんでもない過ちを犯してしまった。

何の根拠も無い噂を鵜呑みにし、一人の罪無き善人をよってたかって叩いてしまった。

あの後、荻野コウは、当然の如く秀知院学園から去った。そして石上優は、停学は解けたものの、放送室を無断で使用した罰として、原稿用紙1枚分の反省文が課せられたとか……。

 

「………………。」

「……京子、今日も学校来てないね……。」

 

あの騒動後、大友京子は、一度も学校に来なくなってしまった。かれこれ一週間は経過しただろうか。

 

「……今日、予定ある?」

 

小野寺は近くの友人達に尋ねた。

 

「……大友の家に……行かない……?」

「……うん。」

 

私達は、数人で大友の家に行くことになった。このままではいけない。何とかして、彼女を立ち直らせなければ。

 

 

 

「………………。」

 

久々に見た大友の顔。でも、表情はずっと曇ったままだった。いつも笑顔で明るい彼女は、一体どこに行ったのだろうか。

 

「……京子……。具合とか……悪くない…?」

 

大友は静かに頷いた。

 

「……大友さぁ、もう学校来なよ。」

「!?ちょ、小野寺さん!流石にそれはちょっと……!」

「分かってるって!でも……いつまでもそんなんじゃ、駄目なんじゃないのかな、って思って……。」

「………………。」

「……行きづらいのは百も承知だよ。実際今も、石上は学校に通ってるしさ…。でも、それが理由で、こうやっていつまでも篭り続けるのは……。」

「行きづらいとかじゃないの……。」

 

今までずっと黙ってた大友が、口を開いた。

 

「私には………学校に行く資格が無いの……。」

「京子………!」

「そんな事ないって!確かに、私達のやった事は許される事じゃないけど……!」

 

想像以上に負い目を感じてる……。

まあでも無理はない。自分との関係を滅茶苦茶にした奴が、実は自分の事を守っていた奴だと分かったんだ。

実際私だってそうだ。噂を鵜呑みし、石上の事を悪く言ってた。私だって、今まで通り過ごす権利があるのかと思う。

けれど………。

 

「……受け入れなくちゃ。」

「………え?」

「自分達のやった事を、しっかり受け入れなくちゃいけないんだよ…。

 もうこれで分かったはずだよ。不確かな情報を信じ込んで、一人の人間を叩く。それがいかに愚かで許されない事か、よく分かったはずだよ。

 だったらさ、もう二度とそんな事はしないって心に決めて、しっかり前を向く事が、大事なんじゃないかな……?」

「小野寺さん………。」

「……でも、石上は………。」

「そん時はそん時。私達でフォローしてあげようよ。

 石上の事でまた傷が開きそうになったら、私達がケアしてあげるからさ……。だから大友、学校に行こうよ。」

 

大友は涙を浮かべた。

自分はずっと、自分を守っていた人間を責めていた。自分のせいで、彼はあんな目に遭ってしまった。

なのに………なのに………。

 

「………いいの……?学校に行っても……いいの…?」

「当たり前じゃん……!」

「京子、後ろばかり見ないで、しっかり前向いて生きようよ…。」

「私達だって、石上に負い目はあるよ……。でも、だからと言って、立ち止まってなんかられない。

 一緒に前を向こうよ、大友。」

 

胸が苦しい。

こんな罪深い私を、彼が受け入れてくれる訳が無いのは承知だ。でも、それでも、こんな私の事を、励ましてくれる人がいるなんて……。

大友は、何年か振りに、大声を出して泣いた。

神様、こんな自分でも、前を向いて生きていく事を、許してくれますか……?

 

 

 

 

 

【大友京子は前を向きたい】

かれこれ制服を着たのは一週間振りだ。もう着ないつもりだった。だって私には、学校へ行く権利など、もう無いと思っていたから。

 

「……………。」

 

足取りが重かった。小野寺さんや友人から、ああは言われたものの、やはり躊躇ってしまう部分はあった。

でも、もうこれ以上後ろを向いてなんかいられない。これ以上友人や両親に、迷惑はかけられない。

大友は大きく深呼吸をし、教室へと入っていった。

 

「……きょ、京子……!」

「大丈夫だったの!?」

 

既に登校していたクラスメイトから、心配の声が寄せられた。

 

「あ…うん……。」

 

そっけない感じで、大友は返事をした。

辺りを見回すと、まだ石上は来ていない。とりあえず、重苦しい雰囲気にはまだなっていないようだ。

 

「………あの…さ……。い、石上君って……あの後……。」

「あ……ああ、石上ね……。あれから学校には来てるけど……。」

「……無理もねぇよ。俺ら、こうなって当然の事をしたんだから……。」

 

何をやってるんだ私は。自分から重苦しい空気にしてどうするんだ。

何とかして空気を変えなければと思ったが、それももう遅かった。

 

「………あ…京子……。」

 

友人が見る先には、話の話題となっている人物が立っていた。

 

「あ……石上…君………。」

「………どいてくんない?」

「ご、ごめん………。」

 

他人を何とも思わない様な目。人を近寄らせないオーラ。

かつての彼には、そんな物は一切無かった。そんな物を彼に持たせてしまったのは、紛れも無い私達だ。

いくら罪滅ぼしをしたとしても、彼の心は一生閉ざされたままだろう。そうなって当然な事を彼にしたのだから。

 

「…………京子……。」

 

それに、先程の眼差し……。彼は私に対して、こんな言葉を投げかけた様な感じがした。

 

『よくもまあ、ノコノコと学校来たな。どんだけ図太い精神してんだよ。』

 

それが本当なのかどうかは分からない。ただ、少なくとも良い感情を持っていないのは確かだった。

 

「………………。」

 

何だか気持ち悪い気分になってきた。変な汗までかいてきた。

 

「きょ、京子?顔真っ青だよ?」

「やっぱ、まだ来るの早かったかな……?」

「ごめんね……無理に学校に行かせる様な事言って…。」

「いや……いいの……。大丈夫だから…さ……。」

 

ここでくじけてはならない。昨日、小野寺さん達と約束したんだ。前を向いて生きるんだって。もう二度と、あんな事はしないんだって。

その為なら、どんなに心が軋もうが、どんなに自分が罪悪感で壊れそうになっても、やらなければならない。

この時の私は、そう思っていた。

でも、後になって気付いたのだ。これは、生半可な覚悟で出来る事では無いということに。

そして、まだ私達は分かっていなかったのだ。自分達がやった事の重大さが。自分達の罪深さが。




①では同学年の人達を中心に書きました。
次の②では、高等部の生徒を中心に書いていきます。


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それぞれの心情②

②では、石上の騒動を耳にした、生徒会、つばめ先輩、そして秀知院VIPの方々について書きます。
あと、秀知院VIPに関しては、作中で既に出ている6人を中心とします。そして、まだ作中で喋ってすらいない、柔道部部長のキャラは、こちらの想像で書かせて頂きます。

(P.S.完全に見た目と雰囲気だけだけど、小島君の声が細谷佳正さんで脳内再生されてしまう。あと、もっと小島君の出番増えてほしい。)


【生徒会は気にし始めた】

ここは高等部生徒会室。そこでは、各自職務に取り組んでいた。そんな中、生徒会長・白銀御行と副会長・四宮かぐやは、ある話題について話をしていた。

 

「その様な事が、中等部であって………。」

「ほぉ……。それで、その荻野コウというのは……?」

「まあ、当然の如く、退学処分ですよ。でも、彼は秀知院にとんでもない泥を塗りました。私としても、女をモノとしか見ない下衆は、到底許し難いことです。私情も含んでいるのですが、"彼ら" に全て伝えておきましたよ。」

「ちょっ………それ、本当に大丈夫なのか…?」

 

白銀は少々困惑した。

四宮の言った『彼ら』とは、察しの良い人間なら分かる為、ここでは伏せておこう。いずれにしろ、荻野は無事では済んでいない事は確実である。

 

「……しかし、その石上というのも、中々思い切った事をしたな……。」

「実は彼、5ヶ月前に荻野の悪行を知り、止める様説得したのですが、荻野に『大友京子のストーカー』と嘘をつかれ、周囲から孤立してしまったそうです。そして、そのまま停学処分となったそうですが……。」

「ですが?」

「何故5ヶ月経った今になって、真実を告発したのでしょうか?もっとすぐに真実を告発する事は出来たはず……。」

「………荻野に、何か脅された……とか?」

「その可能性が一番高そうですね。『真実を言ったら、大友京子が被害に遭う』みたいな事を言われた……。だから、彼は頑なに真実を告発出来なかった。筋は通ってそうですね。」

「……彼は意地でも大友京子を守り抜こうとした。だが、どういう訳か、彼女が傷付く危険があるのに、真実を今になって告発した……。これは一体……。」

「……限界だったのでしょう。

 実際彼は5ヶ月前の事件から、酷い位の罵詈雑言や嫌がらせを受けてきました。それでも、彼はそれを耐えて大友京子を守らなければならなかった。ですが限界に達し、今回の様な事を起こしてしまった。一刻も早く、この現状から解き放たれたかった。」

「………心が痛むな…………。」

「これこそ、世間で言う『胸糞悪い』でしょうか?何ともまあ、人間の愚かさや醜さが顕著に現れた事件でしたよ。」

 

白銀はかぐやの目を見て、少々悪寒がした。

この目をしてる時は、彼女は本気で機嫌を損ねている。

まあ確かに、彼女の気持ちは分からなくも無い。『石上優が大友京子のストーカー』というのは、ただ荻野の口から発せられた事だから、証拠が何も無い。そんな根拠の無い噂話を鵜呑みにしてしまった彼らが、石上優をあんな目に遭わせたのだろう。

実際、白銀の同級生でも、そういう根も葉もない噂話のせいで、陰で迫害を受けている生徒がいる。

龍珠桃。暴力団組長の娘だからという、たったそれだけの理由で、何の根拠もない噂話を広められて、同学年では孤立していた。本気で学校を辞めたくなった時もあるらしい。

だから、そういう噂話のせいで孤立する人間の気持ちが、白銀にも痛い位分かる。あの時、一人でも彼の味方がいれば。そうだったら、もっと違う未来があったのかもしれない。

 

「……確か、その石上優は、高等部には進学するつもりなんだよな……?」

「えぇ。……それが、どうかしたのですか?」

「いや……ちょっと俺個人が、その石上優に興味を示してさ…。一度、どういう人間なのか、気になっただけだ。」

 

現時点ではまだ訳は分からない。でも、白銀は石上の事が気になり始めた。

彼がどういう人間か、一度自分の目で見て、確認したい。

 

 

 

 

 

 

 

【子安つばめは励ましたい】

久々に大友ちゃんから連絡があった。

『今週の土曜、空いてますか?少し相談があります。』と。

彼女にしては、とても珍しい。

私の知ってる大友京子という人間は、誰に対しても明るく、何の偏見も無く人と関わる、まさに『良い子』と言わんばかりの人間だった。

そんな彼女が、急に相談事……?

いや、彼女のキャラ的に、もしかしたら軽い冗談で、実際はそんな大した事じゃないかもしれない。

まあただ、この段階で判断は出来ない為、一応相談に乗ることとした。

だが、その相談事は、私の想像を軽く凌駕する程、とんでもないものだった。

 

 

 

「………そっか…………。」

 

大友ちゃんは、泣きながら全てを話した。5ヶ月前に起きた事件の事。自分を守っていた人間を突き放して、殺そうとしてしまった事。そして、自分達のせいで、彼が完全に心を閉ざしてしまった事を。

 

「私……あれから一週間学校に行きたく無くて……。でも、友達が励まして、何とかして学校には行ける様にはなったけど………。それでも……石上君の……石上君の目が……怖い…。」

「大友ちゃん……。」

「たまに思うんです……。自分は学校に行くことすら……普通に生きることすら許されないんじゃないのかって……。

 ……あんな事しといて、許される訳ないとは承知なのに……それなのに…………、心のどこかでは……許して欲しいと思ってる自分がいるんです…………。

 つくづく私は駄目な人間だなと痛感します……。」

「………………………。」

「……先輩……私はこの先…どうすればいいんですか……?彼の為に、私は何が出来ますか………?」

 

大友ちゃんは、『自分たちが全て悪い』みたいな感じで言ってはいるが、実際の所、諸悪の根源はその荻野という人間だ。彼が存在していなければ、誰も傷付く必要などなかった。

大友ちゃんはおろか、荻野の嘘のせいで孤立した石上君、今までずっと荻野に騙され続けられていた同学年の子達、荻野の口車に乗せられた被害者の子達。そう考えれば、彼女達皆が、荻野の被害者なのだ。

けれど、それはただの綺麗事だ。実際、石上君の事を悪く言い、彼に対する嫌がらせや罵詈雑言を見て見ぬ振りをしていたのは事実だ。石上君の傷は、尋常ならざるものだっただろう。

そして今、大友ちゃんはその事に対して、とてつもない罪悪感を抱えている。そして、自分のやった事を心の底から反省し、石上君の為に私は何が出来るのか、と私に相談した。

やっぱり…………。

 

「……大友ちゃんって…、本当に良い子なんだって、心の底から痛感したよ。」

「………え?」

「………確かに、大友ちゃん達がやった事は、本当に許されない事だと思う。周りから罵声を浴びせられても仕方の無い事だと思うし、実際、石上君は絶対に許してくれないと思う。

 でもさ、それでも大友ちゃんは、彼の為に行動をしようとしてるんでしょ?並大抵の人間じゃ出来ない事だよ。普通、絶対許してくれないと割り切って、距離を置いちゃうもんだよ。それでも、君は頑張ろうとしている。すごい事だよ。

 そんな大友ちゃん見てたらさ………何か…私まで泣けてきちゃった……。」

 

つばめは、目に浮かんだ涙を拭うと、大友の手を握った。

 

「現段階じゃ、まだ何をすればいいかは私も分からない。でも、私も協力するよ。色々と試行錯誤しながらさ、最善の方法を見つけようよ。だからもう、泣かないで。ねっ?」

 

本当に私はどうしようもない人間だ。いつも周りに助けられてばかりだ。自分で何も出来ないじゃないか。

小野寺さんや友達が、学校に行こうと誘ってくれた。つばめ先輩が、私に協力してくれた。そして、石上君が、私を荻野から守ってくれた。

 

「ありがとう……ございます………。」

「もう大友ちゃん、泣かないでって言ったじゃん……。」

「……つばめ先輩こそ……泣かないで下さいよ……。」

「ごめんね……私どうでもいい事ですぐ泣くくらい、涙脆くてさ……。」

 

例えそれに対して何と言われようと、それは絶対にブレない。

大友ちゃんは、良い子だ。

何度だって言う。大友京子という人間は、良い人間だ。

 

 

 

 

 

 

 

【やはり秀知院VIPはおっかない】

その日、部活連のメンバー達は、とある会議を終了させ、後片付けにかかっていた。そこでは……。

 

「……にしても、あの荻野って奴、ほんっとうにどうしようもねぇクソだったな……。」

「まだ言ってるんですカ?」

 

苛立ちを込めた声で、天文部部長・龍珠桃はそう言った。

今日の会議は、部活動の素行調査という形で、部長達は招集された。だがそれは、完全に表向きの内容で、実際は荻野コウの後処理についての報告会議だったのだ。

 

「てか、何であいつの後処理を私にさせなかったんですか?」

「君が手を下したら、それこそ社会的に問題になるだろうに。」

 

柔道部部長は、眼鏡を上げてそう言った。

 

「実際、僕達だけで荻野コウの処理は出来たんだ。龍珠君が手を下すまでの相手ではなかったのだよ。」

「でもよぉ、女をあんな風な扱いする奴のこと、同じ女として許せねぇんだよ。せめてあいつだけは、私に処理させて欲しかったよ。」

「まあまあ龍珠さん。私があなたの分まで、いや、この世の全ての女性の分まで、あのケダモノをボコボコにしてあげましたから。」

 

特徴的な糸目を少し開いて、オカルト研究部部長・阿天坊ゆめは微笑んだ。

 

「……そういや、あの後荻野はどうなったんですか?」

「さぁ?そこは龍珠さんの想像にお任せしますヨ。でも、私の口から言える事は、彼にはもう逃げ場など無い、という事くらいですかね。ハハハハハ……。」

 

サハ部部長は、乾いた笑い声を出した。

 

「何だかんだ言って、私よりもあなたの方がとんでもない事してるんじゃないですか。」

「まあまあ龍珠さん。結果オーライですよ。」

「柏木………やっぱお前も何かしたろ?」

「…………………。」

「何で無視すんだよおい!?お前ら、まさかオーバーキルじゃないだろうな!?」

「「あはははははははははははははは……!!」」

 

龍珠以外の者達は、笑い声というには、あまりにも狂気じみた笑い声を部屋中に響かせた。

この時初めて、龍珠桃は自分よりヤベェ奴が、ここにはわんさかいる事を感じ取った。

 

「………そういえば、そろそろ彼が高等部に進学してくるな。」

「彼って………まさか、小島の事ですか?」

「中等部時代の様にはならない様にな。龍珠君も少し大人になるんだ。」

「でも、ほとんど全部あいつからケンカふっかけてきたじゃないですか……!」

「小島君にも言っておきますヨ。毎度毎度、あなた達のストッパーを任されるのは私なんですカラ……。勘弁して下さいヨ……。」

 

嫌そうな感じでサハ部部長はそう言った。

 

「……でもそういや、小島もこの件については知ってんだよな?」

「……まあ、一応同級生だから、知ってはいるだろう。」

「あいつもあいつでヤベェ事するからな……黙っちゃいないと思うけど………。」

 

 

 

 

 

「………待たせたな、荻野。」

「……………。」

「何をそんなに震える必要がある?ただ同級生と、たわいも無い会話をするだけだろ………。な?」

「こ、小島……悪かったから……悪かったからマジで………。反省してるか」

「一体誰に謝罪してる?俺に謝っても何にもならないだろ?

 お前が頭を下げるべき相手は、俺なのか?……えぇ!!?」

 

小島の怒声が部屋中に響いた。

 

「それに、謝罪など欲して無い。俺が求めるのは、お前の仲間の情報だ。

 お前は他校の連中、かつて初等部で仲良くしてた奴らと、好き勝手やって来た。そいつらの名前を全て言え。一人でも言わなかったら、この事全てを親父に報告する。いいな?」

「お……お前………こんな事していいと思ってんのかよ…!?こんな恐喝まがいな事していいと思ってんのかよ!?分かってんのか!?恐喝も立派な犯罪なんだぞ!!」

「犯罪だと?一体全体どの口がそれを言う?

 どうやら貴様は、まだ自分のやった事の罪深さが分かってない様だな。だったら…………。」

 

小島は、部屋の隅に置かれていた竹刀を手に取った。

 

「例え犯罪まがいな事をしてでも、俺が分からせる必要があるようだな………。」

「ひぃっ…………!!」

「さあ、言え。お前に加担していた奴ら全て、一人も残さず今すぐここで吐け!!!」

 

竹刀の音がしたと同時に、荻野の悲鳴が木霊した。

それっきり、荻野の行方を知る者は、一人もいなくなった。




次回からは、石上が高等部進学した後について書く予定です。


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白銀御行は見てみたい

原作では、大友京子は別の高校へ進学していますが、本作では高等部に進学しています。


くだらない。何もかもが、くだらない。

高等部校舎のとある倉庫の陰で、石上はゲームをしていた。最近となっては、唯一の趣味であるゲームですら、面白くなくなって来てしまったが、まあ時間潰しにはなるだろうと、何も感じずにゲームを黙々とプレイしていた。

 

「(…………いっその事こと、もう学校やめよっかな……。本当に、何もやりがいを感じない………。)」

 

あれから、石上は高等部へと進学した。そして、当の大友京子は……。

 

「(…………結局、高等部に進学出来たのかよ………。)」

 

石上自身も、大友がとんでもなく低い成績の持ち主だということは、あの件より前から知っていた。

てっきり学力不足で落ちるかと思ってた。でもそれ以前に、自分の事がいたたまれなくて、別の高校に行くのかと思ったが………。

 

「(…………ほんっと、どこまで図太い精神してんだよ………。)」

 

どういう訳か、段々と苛立ちが湧き上がってきた。

何をしても面白くない。何もかもつまらない。どいつもこいつも心の底からウゼェ。

 

「…………チッ。」

 

こんなにイライラしたのはいつ振りだろうか。ましてや、苛立ちに任せて物に当たるなど、生まれて初めてかもしれない。

僕は一体………何の為に息を吸ってるんだ……?

 

「……コラコラ。物に当たるのは、ちょっとどうかと思うぞ?」

 

突然誰かが自分に話しかけてきた。声のした方向へ顔を向けると、一人の男子生徒が立っていた。

だが、一般の生徒と違うのは、制服の胸元に金色の飾諸が付いていたことだ。

生徒会長だ。

面倒な奴に見つかったと思い、石上はその場を立ち去ろうとした。

 

「まあまあ、待つんだ石上優。君の事は、俺たち生徒会もよく知ってるよ。」

 

石上は動きを止めた。

 

「………さぞかし、辛かっただろうな。」

「……他人事みたいに言うなよな……。というか、俺に何の用なんすか……?生徒会長は、俺みたいな奴を構う程、結構暇なんすか?」

「結構ズバズバと物を言うな…。」

「………ただ同情の気持ちを言いにきただけなら……。」

「まあまあ、最後まで話は聞くんだ。今日は君に、少し提案があって来たんだよ。」

「……提案?」

「そうだ。……単刀直入に聞くが、生徒会会計として、生徒会に入らないか?」

 

こいつは一体何を考えているんだ?

彼の言葉を聞いた時、自分の耳を疑った。

 

「確かに、君が中等部時代に起こした事件は知ってるよ。あんな目に遭ったのなら、誰だって心を閉ざしたくもなるさ。でも、俺はそれと同時に、君の行動力及び分析力に驚いたよ。

 荻野コウの悪行を裏付ける証拠を瞬く間に収集し、それを止める為に本人に直談判した。並大抵の人間の覚悟で出来ることじゃない。

 まあ、結果こそああなってしまったものの、どっちにしろ、荻野コウを追い詰める事に成功した。君は本当に凄い人間だよ。

 俺は君のその素晴らしい能力を考慮した上で、この提案をしたんだ。どうだ?今すぐにとは言わない。見学だけでもしていかないか?」

「……別に、もう濡れ衣を着せられたままの状況に嫌気が差したから、あの時の様に真実を告発した。自分の為ですよ。変な正義感を掲げたあの時の自分が馬鹿みたいですよ。

 はっきり言って……、俺は大友や同学年の奴らが、心の底から憎い。そんな人間を生徒会に招待するなんて、あんたもしかして相当な馬鹿なのか?お断りですよ。」

 

そう言い放ち、石上はその場を立ち去った。

彼の後ろ姿を見て、白銀は大きくため息をついた。

 

 

 

 

 

その後、白銀は生徒会室へ戻り、まだ残っていた職務に手を付けた。だがそれでも、やはり彼の事が気になる。

 

「あら会長。随分と思い詰めた様な顔をしてますね。」

「いつもの威厳ある会長じゃなくなってますよー!」

 

かぐやと生徒会書記・藤原千花が話しかけてきた。自分が石上のところに行っている間に、もう職務を終わらせたのだろう。

 

「いや……ちょっと、気がかりな事があってさ………。」

「………やはり、1年B組の石上優の事ですか?」

「……まあな……。ついさっき、会ってきたばかりだ…。」

「どんな人間でしたか?」

「………完全に心を閉ざしていて、現段階じゃ、救いようがない人間だったよ………。心の壁が厚過ぎるし、高過ぎる……。」

「私も今日、その石上君って子を見かけたんですけど……何というか……。人を拒む様な目が凄過ぎて、結構怖かったです…。」

「…まあ、無理もありませんよ。あんな目に遭ったんです。誰だって、心を閉ざしたくもなります。私だって、そうなるかもしれません。

 ……というか、何故会長は、そこまで彼の事が気になっているのですか?」

「うーん……。何というか、このまま放っておけない感じがしてな……。」

「随分漠然とした理由ですね……。」

「彼の姿を見てると、ほんの僅かなんだが、心から分かってくれる人間を欲している感じも伝わってくるんだ……。

 それに、彼はあんなままの状態でいていい人間じゃない。誰よりも真っ当な人間だったのは確かだ。あの事件の前の石上優という人間は、きっとそうだったに違いない。

 そうだ、四宮も一度、会ってみたらどうだ?」

「私がですか?」

「そうだ。是非四宮からも、彼がどういう人間に見えたか、率直な感想が聞きたい。」

「…………そうですか……。

 ただ、私は石上優よりも、彼女の方に興味があります。」

 

そう言うと、かぐやは一年生の名簿を取り出し、ある一人の女生徒の名前を指差した。

 

「『1年E組6番 大友京子』……。確か彼女は……。」

「そうです。石上優の事件に最も関与している人物です。」

「……大丈夫か……?彼女の心の傷は、まだ癒えていないと思うが……。あまり手厳しい事は言うなよな…?」

「安心して下さい会長。」

 

そう言い、かぐやはうっすらと笑った。

 

「その笑みが安心出来ないから俺は言ってるんだ。」

「そうですよかぐやさん!それでまた、大友さんの傷をえぐってしまったら……!」

「………なら、藤原さんも同行してくれますか?」

「ふぇ?」

「私一人なら、確かに大友京子の傷を更にえぐるでしょうね。でも、藤原さんの様な優しい人も一緒なら、プラマイゼロでは?」

「……確かにそうかもしれんな……。藤原、構わないか?」

「任せて下さい!かぐやさんが言い過ぎた時は、私の至高の優しさで、大友さんの傷を癒してあげます!」

「『至高の優しさ』………ね……。」

「『至高の優しさ』………か……。」

「こらこらーどうして私を蔑んだ目で見てるんですかー?」



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四宮かぐやは問い詰めたい

やはり、いつになっても、彼の事で心が引き締められる感じがする。

まあでも、仕方の無い事だ。これは、あの時無実の彼を拒絶した報いなのだから。

友達に励ましてもらったり、勉強を教えてもらったりして、私はギリギリ高等部へと進学した。一週間に3回徹夜だってした。まあ、流石に親に「そこまで無理して高等部に行く必要あるのか」と言われる位心配はされた。

でも、そこまで無理してでも、私は高等部に行かなければならない。そして、償わなければならない。戻さなければならない。あの頃の彼に、あの頃身を挺して私を守ろうとした、心優しい彼に、私は戻さなければならない。

 

「失礼します。」

 

私のクラス、1年E組に、ある一人の女生徒が入ってきた。

その者が入ってきた瞬間、辺りは騒然とした。

 

「えっ、四宮さん!?」

「どうしてここに……?」

 

それもそうだ。かの四宮家の御令嬢である、四宮かぐやが現れたのだ。この学園内で、知らない者など一人もいない。

 

「……大友京子さん、いらっしゃいますか?」

 

わ、私に用……!?

 

「えっ、京子!?」

「四宮さんと、何か関係でもあるの!?」

 

それはこっちが聞きたい。一体私に何の用なんだ?

 

「は、はい………。」

「放課後、時間あるかしら…?」

「え、ええ………。」

「それは良かった。放課後、生徒会室に来てくれるかしら?」

「えっ、で、でもどうして急に……。」

「いえ、少しあなたとお話がしたいのですよ。」

「……はぁ……。」

 

全く整理出来ていない間に、四宮さんは教室から出て行った。

というか、何で私なんだ……?特に接点も無いし、家柄もそこまで有名な訳でもない。強いて呼ばれるなら、小島君とかそこら辺のはず……。でも、断るのもどうかと思うし……。

 

「京子京子!四宮さんとお話出来るなんて、凄過ぎるよ!」

「あのかぐや様とお話なんて、羨ましい〜!」

「え、いやーそうなの……かな…?」

 

友達はこんな感じだけど、本当に何でなのか分からなくて、私には戸惑いしかなかった。

まあ、別にばつが悪い訳じゃないから、行くには行くけど……。

 

 

 

 

 

「失礼します。」

 

放課後、言われた通り、私は生徒会室へとやって来た。そこには、四宮さんと、もう一人………確か藤原千花さんだったかな……。

 

「まあ、取り敢えず座って下さい。」

 

手を差された方へ、私は腰を掛けると、藤原さんが紅茶を持って来てくれた。

 

「あ、ありがとうございます……。」

「………『何で自分が呼ばれたのか分からない』という顔をしてますね。」

「えっ……いや、そんな事は……。」

「フフッ。隠す必要などありませんよ。別に怒ってる訳じゃないのですから。」

「……でも、確かにそう思ってます。どうして私が呼ばれたのですか?特に生徒会の皆様とは、接点は無かったはず……。」

「……石上優。知っていますよね?」

 

その一言を聞いた瞬間、一気に心臓の鼓動が速くなるのを感じた。

 

「えっ…………。」

「今回あなたを呼んだのは、他でもありません。あなた方が中等部の頃に起きた、あの事件についてです。」

 

ここに来るんじゃなかった。断るべきだった。

大友はすぐに後悔した。

変な汗もかいてきた。同時に気分も悪くなってきた。でも、どうしてその事について生徒会の人達が……?

 

「……まず一つ。あなたから見た、事件前の石上優は、どんな人間でしたか?」

「…………………。」

「(……早くも傷をえぐってしまったかも……。)」

 

藤原は少々心配だった。

もしこれから先、かぐやが更に躊躇の無い質問をしたら……。

 

「……強制ではありませんから、答えたくなければ、答えなくても構いませんよ。」

「……いえ、答えます……。あなた達からの質問、全てにお答えします。」

 

かぐやは少々、予想外の反応をした。

石上の名を耳にした時、顔色を一瞬で変えたにも関わらず……。意外にも彼女は、芯のある人間なのか……?

 

「……事件前の石上君は、普段はおとなしい感じの、ただのクラスメイトという位置づけでした。多分、彼もそんな感じだったと思います……。」

「……では、事件後の石上優は……?」

「…………………。」

 

例え過去の事だったにしても、やはり彼の事を悪く言うのには、少し躊躇いがあった。

 

「……どうしましたか?私達の質問に、全部答えるのではなかったのですか?」

「か、かぐやさん!流石にちょっと……。」

「………すいません。本当に私は虫の良い人間だと、何度も思います。例え過去の事でも、例え質問の答えだとしても……。もう私には、彼の事を悪く言う資格などありません……。なので……その質問には答えたくないです……いや、答える資格がありません…………。」

「………そうですか……。なら、真実が告発された後の石上優は……?」

「…………恐ろしい……。私達の事を……心から恨んでる様な目をしていました………。そして………もう誰一人として受け入れないといったオーラを出していました……。」

「…………………。」

「……私達1年生は、取り返しのつかない事をしてしまいました……。皆も、石上君に対して負い目を感じているんです……。何とかしてあの頃の彼に戻してあげたい……あの頃の石上優を……もう一度見たいと思って……行動しなければと思ってるの…に……。」

 

自分の目に涙が浮かんでいるのが、はっきりと分かった。

 

「…………それでも……彼の事が怖い…………。足がすくんで、行動に移せない………。」

 

彼の目を思い出す度に、いつも震えが生じてしまう。たまにすれ違う時もあるが、その度に『早くここから出て行けよ』という眼差しを向けられている感じがして、結局何も行動が出来ない。口だけになってしまう。

その度嫌になる程に痛感する。自分は本当に、どうしようもない奴、口だけの根性無しなんだと。

 

「…………随分と、意気地の無い人なんですね。」

「!」

「か、かぐやさん!?言い過ぎですよ!」

「貴方、本当に石上優の事をどうにかしたいと思ってるんですか?仮に、それを本当に実行したとしても、それはただあなた方の自己満足にしかならないのでは?」

「…………………。」

「しかも、それをした事で、石上優の心が開くという確証も無いじゃないですか。」

「それ以上は……!」

「いいんです藤原さん……。全部……本当の事ですから……。

 それに……私は散々石上君の事を好き勝手言ってきました……。今度は……こっちが好き勝手言われる番です………。」

 

その通りだ。今度はこっちが批判される番だ。もう私には、他人の事をどうこう言う権利など、無い。

 

「………それに、石上優の心を開く様な策も、何もないのでしょう?だったら、もうきっぱり諦めたらどうなのです?」

「そ、それは………!」

「どうして貴方はそこまで彼にこだわるのですか?どうして拒絶された人間と、また仲良くなろうとしてるのですか?

 何か、理由があるはずです。それは一体、何ですか?」

「………彼は……あのままでいい人間ではないんです……。」

 

かぐやの眉がピクリと動いた。

 

「……あの校内放送の後……私は1週間家に篭ってました……。その間ずっと思ってたんです………。彼は自分の身を挺して私を守ろうとしたんだと………。大方、荻野に脅されてたんだと思います……。それが原因で、頑なに何も言わなかった………。だから私達に後ろ指を刺されても………私が傷付くのが嫌だったから…………耐えなければならなかった…………。

 身をもって痛感しました………。暴力事件前の石上優が……本当の石上優なんだと………。他人の為なら、率先して行動を起こす………優しい彼こそ………本物だったんだと………。

 だから……戻さなければならないんです……。私が……いや、私達が!彼をあの頃の彼に、戻さなければならないんです……!

 周りからどんなに、罪滅ぼしのつもりか、ただの自己満足だろと言われても構いません!それでも、私達はやらなければならないんです!何としてでも!彼を元に戻さなければいけないんです!!彼は……石上君は………誰よりもこの先、真っ当に生きるべき人間なんです……!!

 その為だったら……どんな事よりも優先的に時間を使うつもりです……!そのつもりで、私は高等部へ進学したんです……!」

「……………………。」

「貴方に何と言われようと……私の意志は変わりません…。私は絶対に諦めません……。」

「………それが……あなたが彼に固執する理由ですか……。」

 

かぐやは紅茶を一口飲むと、フフッと微かに笑った。

 

「かぐやさん……?」

「……私は一度、あなたの事を、芯のある人間かと思ってました。ですが、それを自分から撤回する様な、意気地の無い発言。やはり実際そんなに大した事無い人間か、とさっきまで思ってました……。

 ですが……、最初に思った通りでしたね……。」

「それ……は……。」

「『どんな事よりも優先的に時間を使うつもり』ね………。随分大きく出ましたが、貴方には、その覚悟があるんですね………?」

 

大友の目には、かぐやの真剣な顔が映っていた。今日がかぐやと初対面となる大友でも分かった。

この眼差しは、決して逸らしてはならない。しっかり彼女の目を見て、覚悟があるか無いかを、答えなければならない。

 

「……………あります……。」

「……あるんですね………?」

「……やってやりますよ……。その覚悟があったから、私は高等部に進学したんです………。」

「………なかなか面白そうな子ですよ、会長。」

 

えっと思い後ろを振り向くと、白銀が生徒会室に入ってくるのが目に見えた。

 

「会長ともあろう人が、盗み聞きは良くないですよ。」

「すまんな…でも、ちょっと気になって………。

 ……あ、君が大友京子さんだな?初めまして。生徒会長の白銀だ。」

「あ……初めまして…。1年E組の大友京子です…。」

「話は聞かせてもらったよ。君は随分、彼に対して負い目を感じてるようだね。」

「…………………。」

「ただまあ、人間は誰だって過ちを犯す事が一度あるんだ。でもその際に大事なのは、いつまでも過去を後悔し引き摺る事ではなく、過去の過ちを受け入れて、それを未来の動力へと変える事だ。

 あなたは今、それを行う覚悟を決めた。そう捉えていいかな?」

「…………はい……。今までは、『彼の目が怖い』という理由で、結局口だけになってましたが………。もう……彼の怖さには屈しません。怖気付きません。彼に何と思われようが、もう関係ありません……。それでも、私はやらなきゃいけない……!」

「………いい目をしてますね……。とても数分前のあなたとは思えません……。嫌いじゃないですよ、そういうの。」

 

四宮さんの目が、先程の刺々した目から、少しなごやかな目に…。

 

「……大友さん。あなたは本当に良い子ですね…。何というか私……あなたの事を応援したくなりました……。」 

 

藤原さんが私に笑みを向けてる……。

 

「大友さん。俺も同じだ。石上優は、このままでいていい人間では無い。彼は誰よりも真っ当に生きる資格を持った人間だ。

 俺は、貴方に協力する。」

 

白銀会長が……私に…協力………。

 

「あ………ありがとうござい……ます……。」

 

まだ今年に入って半年も経ってないのに、私は何回泣いただろう。

でも、心の底から嬉しかった。こんな罪深い自分を、こんなに虫の良い自分を、受け入れてくれる人が存在しているということに。

 

「……そうだ。貴方に提案がある。」

「………え?」

「…………生徒会に入らないか?」

「……えっ?」

「まあ、勿論今すぐにとは言わない。時間がある際に、見学にだけでも来てくれれば……。」

「………でも……どうして私が……?」

「……俺が、貴方を生徒会役員にふさわしい人材だと、今判断したからだよ。」

「…………………。」

「君は石上優の件について、誰よりも反省し、しかも彼の為に動こうとしている。普通の人間じゃ出来ない事さ。俺は、君のその覚悟に、感銘を受けたんだよ。」

 

こんな私でも………いいのかな………?

 

「………どうしたんですか?もう、石上優に何を言われても、臆しないのでは?」

「………いえ、そんなつもりはありません……。ただ………。」

「………ただ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………生徒会と勉強の両立が出来る気がしません。」




そんなこんなで、大友京子、生徒会会計として、生徒会役員に任命。

次回は、風化委員の二人について、書いていきます。


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石上優は堕ちるに堕ちた

とにかく石上の心が黒くなってます。平然と傷付く事を口に出します。最後ら辺で、とんでもない言葉をミコちゃんに吐き捨てます。今回はかなりの鬱回です。
今更過ぎますが、言っておきます。私達が知ってる石上優は、本作では登場しません。



石上優。彼の事は、風紀委員長である私も知っている。

普段から校則違反を行っている、生粋の不良生徒である事は重々承知だ。委員会の一員である、伊井野ミコや大仏こばちも、彼については手を拱いていた。だがそれは、校則違反が凄過ぎるとか、そういった類いのものではなかった。

 

『私には……石上を注意する資格など……ありません…。』

 

自分より体格の良い不良生徒にも臆しない彼女が、そんな弱気な台詞を吐いた。一体全体何があったのか。私は気になり、友人の大仏君から全てを聞いた。

中等部で起きた事を聞いて、成る程道理で他の不良生徒とは何か違うオーラを出していたのか。そう納得した。私だって、あんな目に遭えば、彼の様になってしまうかもしれない。いや、誰だってそうなるかもしれない。

人間はとても脆い生き物だ。ふとした事で、崩壊してしまう事はざらにあるとは思ったが、石上君の件に関しては、何ともまあ生々しくて、凄惨過ぎた。

しかし、このまま校則違反者を放っておいて良い理由にはならない。何とかしなければ。伊井野君をこのままにはしておけない。何とかして、立ち直らせなければ。そして…………。

 

 

 

 

 

「君、こんなところで何をしている?」

 

伊井野君の言った通りの場所で、彼はゲームをしていた。服装も乱れており、相変わらずの校則違反ぶりだ。

 

「あ、あの……委員長……。」

「まあ伊井野君。君にも、いつも通りの厳しさを取り戻して欲しいんだよ。そして……石上君。」

 

私の呼びかけを無視して、彼はゲームを続けていた。

 

「ゲーム機及びゲームソフトの持ち込みは禁止している。何度も言う様だが、放課後まで没収させてもらうよ。」

「…………………。」

「……い、石上………。」

 

風紀委員長の傍らで、伊井野は石上を見ていた。

 

「……虎の威を借る狐って、まさにこの事なんだな。伊井野。」

「!」

「大仏と一緒の時は、怖気付いてんのか知らないけど、何にも言ってこないくせして……。結局風紀委員長に頼むのかよ…。お前も随分な根性無しなんだな。」

「石上君、口を慎むんだ。それに、伊井野君は、私が勝手に連れてきたんだ。伊井野君は根性無しなどではない。」

「……さっきからチラチラこっち見てないでさぁ、何か言ったらどうな訳?俺に何か言いたい事があるんでしょ?」

「あ………いや…えっと……。」

「………いつもはビービーうるせぇのに、ちょっと睨んだり圧をかけたりしたら、すぐに怖気付く。中等部の会長選挙の時だってそうだよな?」

「!!」

「あんだけ恥晒しといて、何度も何度もチャレンジしてさぁ…。周りから後ろ指差されてんのに、懲りずにさぁ……。

 何というか、今となりゃ………お前のやってる事って、大傑作だな。ここまでくると、笑えてくるわ。」

 

一気に胸が締め付けられる感じがした。それと同時に、中等部時代での出来事が一気に蘇った。

会長選挙で惨敗し泣いた時。周りから笑われた時。全ての辛い出来事が、鮮明になった。

 

「少し言い過ぎではないのか?仮にも同じクラスの者だろう?

 それに、彼女は頑張っている。君達がそれに気付こうとしないだけだろう?」

「……クラスメイトだろうがなかろうが……、俺からすればどうでも良い事だよ……。

 てか……頑張っても出来ない物は出来ない。お前さぁ、まさかだとは思うけど、まだ生徒会長になろうとか考えてる訳?やめた方がいいぞ?またあんな恥晒す気なの?凄い精神してんな。」

「………て………。」

「…………ん?」

「………もう…………やめてよ……。」

 

伊井野は、顔を下に向けて、涙をこぼしていた。

 

「……まだあの時のこと……根に持ってるの……?だったら謝るから……もうやめて…………。」

「伊井野君……。」

「私……あんたがあんな事する奴じゃないっての………最初から分かってた………。校則違反はずっとするわ、態度は最悪だわで……確かに私はあんたの事が嫌いだった………。でも………そんなふざけた事する奴ではないのは………最初から分かってた………。

 なのに……何もしてやらなかった………。ただ傍観してるだけだった…………。私が何か行動してたら………あんたはこんな風にならなかったんじゃないのかって………ずっと思ってた………。

 ……今更過ぎるかもしれないけど…………ごめんなさい……。」

 

体と声を震えさせて、伊井野は頭を下げた。

 

「…………………………。」

 

こいつが僕に頭を下げる事など、絶対に無いと思ってた。

僕の知っている伊井野ミコは、自分の主張ばかり押し付ける、融通の効かない女。だが、陰で人一倍頑張っている、誰よりも評価されるべき人間。だから僕は、あの時伊井野の机に………。

まあでも……………、それも過去の話だ。

 

「……あん時も言ったけどさぁ、今更過ぎるんだって。大体そう思ってたんなら、何ですぐに行動に移さなかった訳?」

「そ、それは……!」

「結局お前も、あいつらと同じだって事だよ。なのに今になってノコノコと頭下げられてもさぁ……。逆に苛つくんだけど。」

 

3人のやり取りを、陰で大仏は見ていた。

やっぱりだ。もう、あの頃の石上優は、完全に姿を消した。

もう、どうする事も出来ないのでは……。

私だってそうだ。石上の噂に懐疑的だったものの、結局彼の為に何もしなかった。いや、何かしたとしても、私の様な弾かれ者の事など、誰も気にも留めないだろう。そう諦めていた自分がいた。

だから、現在の石上優が誕生してしまった。例え誰にも信じてもらえなかったにしても、彼に味方がいるという事、ただそれだけを示せていれば………。

 

「……チッ。あんたらと絡んでもマジで時間の無駄だ。ほら。」

 

投げやりな感じを出し、石上は風紀委員長にゲーム機を手渡した。

 

「好きにすればいいさ。もう、ゲームもつまんなくなってきたし……。いっその事、そっちで処分してもいいよ。

 ………それと伊井野。」

 

石上は泣き崩れてその場に座り込んでる伊井野に近づいて来た。そして、伊井野の前でしゃがみ込み…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はっきり言って、目障りだ。消え失せろ。」

 

そう吐き捨てて、石上はその場を去った。

伊井野は更に泣き崩れて、ただひたすら「ごめんなさい」を連呼していた。そうであるにも関わらず、風紀委員長は伊井野をなだめず、ただ呆然と立ち尽くすしか出来なかった。彼の心の闇が、自身の想像よりも遥かにドス黒かった事に、絶句していたから……。

勿論、大仏もそうだった。

もう、彼を救い出す手立てなど、無い。

そう悟ることしか出来ない自分に、彼女は悔しさを覚え、握り拳を強く握り締めた。




本当に、鬱この上ありません。
ですが、私の得意分野なんです。
次回は、石上の家族について書きます。これもこれで、大分重くなると思います。


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石上家はもう分からない

原作ではほとんど触れられていない石上家について、今回は書きます。
あの校内放送後、石上家は一体……。


親失格。私達にぴったりな言葉だ。

結局、自分の息子の事を、しっかり見てこなかった。だからあんな風になってしまった。

 

「…………あ……。」

 

優が数日振りに家に帰ってきた。あれ以来、優は何度か家に帰ってこない時があった。最初こそどうして、心配だという感情があったが、今となっては、もう日常的だ。慣れてしまった自分が怖くなる。

恐らくだが、彼はもう、私達と同じ空気をなるべく吸いたくないのだろう。

無実だったにも関わらず、息子をちゃんと見てこなかった。息子を拒絶してしまった。当然の報いだ。

 

「ゆ、優……おかえり…………。」

 

私の言葉など、もう息子には聞こえていないのは百も承知だった。でも、やはり放っておく事など出来ない。せめてでも、これが償いになるならば……。そんな事を考えている自分がいた。

まあ、当然の如く、彼は無視して、自分の部屋へと行った。最近となっては、ゲームすらしていないらしい。一体部屋で何をしているのだろうか。

 

「………ご飯……出来たら言うからね……。」

 

何度も言うが、私の言葉など、息子には届いていない。でも、無視などできない。大事な……息子だもの…………。

 

「……はぁ〜……。やっと終わった………。」

 

長男が、職務を終えて帰ってきた。夫も一緒だった。

 

「はぁ〜……。会計の仕事って、こんなに大変なのかよ……。

 前まではあいつが手伝ってくれてたけれど……。」

 

あれから優は、普段から手伝っていた会計作業も、きっぱりやらなくなってしまった。その分、長男や夫に負担がかかっているのは、もう彼にはどうでもいい事なのだろう。

 

「……まあ、無理もねぇよ……。あん時俺らはあいつの事を…。

 今度はこっちがあいつの苦しみを背負う番だよ………。」

 

俺はあの暴力事件の事を聞いてから、あいつに異常な位の嫌悪や罵声を向けていた。『出来損ない』『クソ』、どれだけの悪意をあいつに向けただろうか。

でも、あれらは全てデマだった。その事を知った俺達は、あまりの事件の凄惨さに、言葉が出なかった。同時に俺達は、仮にも家族でありながら、血縁になんて事をしてしまったんだと、自責の念に押し潰れそうだった。

あの時の母さんの姿は……思い出したくも無いな……。俺だって言葉を詰まらせた。あんなにあいつは辛い思いをしてたのに……あいつと一番長い付き合いをしてたのに……それなのに………。 

 

 

 

 

 

 

 

今から数ヶ月前、話はあの校内放送が実行された日へ遡る。

 

「…はい………わかりました。」

 

優の停学が明けた。いや、優自身が明けさせたんだ。

鳴り止まない学校からの電話。それが来るたびに、私の精神はどんどん削られていく。今日もまた、この電話に出なければならないのか。そう思い、受話器を取ったら、優の停学が明けたと……。

何かが一気に抜けた様な感じがした。何かから一気に解放された感じがした。

やっと、あの電話に出なくて済む。

そう思ってた。その時は。

その後に言われた、優が学校に乗り込み、あの時の暴行事件の真相を告発したこと。それが、先程までの解放感を、一気にぶち壊した。

それと同時に………私は……私達家族は………。

 

 

 

「…………………。」

 

玄関のドアが開く音が聞こえた。優が帰って来た。いつもは細い声で、ただいまと言うのに。

私はすぐに、優の元へと向かった。

 

「優…!!」

「…………………。」

「……お父さんが……優と話したいって……。」

 

何も言わずに、優は靴を脱ぎ、夫のいるリビングへと向かった。

 

「……帰って来たか………。」

「…………………。」

「……取り敢えず座りなさい……。」

 

優は黙って、空いている席に腰を掛けた。夫だけでなく長男も、優に対面する様に座っていた。

 

「……………で?」

「……停学が明けて良かったな、なんて言わないぞ。

 お前…………何で…………。」

 

夫は声を震えさせて、立ち上がった。そして、優の元へと向かい、胸ぐらを掴んだ。

 

「何で……何も言わなかった……!!」

「おい親父……!」

「お前は危うく、自分の人生を自分で潰すところだったんだぞ!!他人の為とはいえ、何でそこまでして……!」

「…………………。」

「おい!!何とか言ったらどうなん」

「チッ………。」

 

優が舌打ちをした。

というか………あれは……優なのか………?

傍らから見ていて、チラッとだが優の目が見えた。

優は………あんな怖い目をしていたか……?

 

「……さっきからワーワーやかましいんだよ。いつまで掴んでんだよ?シワになんだろうが。」

「……お前………!」

「何でこんな時になって、親の面出来る訳?というか、言ったところで、信じてなんかくれなかっただろ?誰も信用出来ない。誰も当てにすることが出来ない。だから今日みたいに、俺がやらなきゃいけなかったんだろ?

 なのに今更説教って、一体どういうつもりだよ?」

「お前なぁ……!!」

 

夫は優を殴りそうだったが、長男が何とか仲裁してくれた。

 

「落ち着けって親父!殴る必要ねぇだろ!

 それに優!お前も言い過ぎだろ!」

「親父だけだと思ったら、兄貴まで俺に説教かよ?自分がやった事、忘れたなんて言わせないぞ?」

「!!」

 

確かにこいつの言う通りだ。

何で俺は今更になって、弟に説教垂れてるんだ?あんだけあいつの事を好き勝手言ってきたくせして……。

 

「……わ………悪ぃ……。」

「………はぁ〜あ!ほんっと!!どいつもこいつも心からウゼェ!!

 何が『何で言ってくれなかった』だよ!はなから信じる気なんざねぇのに、よくもまぁそんな都合のいい事言えるよな!

 しかも、行きたくもねぇ秀知院に無理矢理行かせてよぉ……マジで親父は俺の為に何してくれた?何もしてないよな!?

 なのに今更親の面すんなよな!!はっきり言って、俺からすりゃお前らも、敵同然だったんだよ!!」

 

今まで溜まるに溜まった鬱憤が、風船の様に破裂した。

何もかもが腹立たしい。とにかくムカつく。どいつもこいつもふざけた事ばかり……。

僕は今まで、こんな奴らにどうこう言われてきたのか……。こんな目に遭う位だったら、最初から本当の事を言えば良かった。

そうすれば………そうすれば………。

 

「…………ごめんね………優……。」

 

母が泣きながら、僕に近づいて来た。

 

「本当に……辛かったよね………。なのに私達は………結局…あなたの事を信じて………。」

「………って、母さんは言ってるけどさぁ、親父と兄貴は頭の一つも下げられない訳?悪い事をしたら謝罪する。小学生でも分かる事だぞ?」

「………………悪かった………。」

 

父や兄貴が僕に頭を下げるなんて、絶対無いと思ったのに……。

でもまあ、当然だよね?何の罪も無い人間をあーだこーだ言ってさぁ……。

ただ何でだろうな………謝られてるのに………こうも………苛立ちが湧き上がってくるのは。

 

「…………遅っ。……今更謝られても、もう許す気なんか微塵も無いし。」

 

そう吐き捨てて、石上は自分の部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

あいつは5ヶ月間もの間、一人で地獄を味わった。

だったら今度は、こっちが地獄を見る番だ。いずれ、とてつもなく大きい報いがやって来るに違いない。倒産、急死、数えればいくらでも予想はある。でも、それと同等の苦しみを、あいつは………。

 

「………あいつは………腹が減ったら食べに来るだろう。」

 

いつも頑固で融通の効かない親父でさえも、こんな感じだ。

もう、どうすればいいのか分からないのである。

あいつが立ち直れるにはどうすればいいのか。あいつがまた、家族の手伝いをしてくれるにはどうすればいいのか。あいつが………「おはよう」や「ただいま」といった、何気ない言葉を掛けてくれるにはどうすればいいのか。

もう、その手段が、何も分からない。

というか………もう既に、存在していないのかもしれない。




家族すらも拒絶した石上。
そして次回は、原作で石上との絡みが全くないアノ人と石上のやり取りを書きます。


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石上優と龍珠桃

なぜ僕は、つまりもしないゲームを今もやってるのだろう。

今となっては、ただ指を動かすだけの、意味のない作業と化している。ゲームの画面を見ても何も感じない。クエストにクリア出来ても何も喜べない。ゲームオーバーになっても何も悔しがれない。

この時間は…………一体何なんだ……?

ため息をつき、空を仰いでいた。三限後の昼休み、今日は何だか屋上に来たい気分だった。

真っ青な空だ。何も考えたくなくなる。

このまま昼寝でもして、四時間目はサボろうかな、と思ったら、屋上のドアが開いた。誰かが来た。まさか風紀委員会か……?

 

「…………お。」

「…………………。」

 

屋上に来た者は、女生徒だった。

この人は確か…………。

 

「……何マジマジと見てんだよ。何か顔についてんのか?それとも、ガンでも飛ばしてんのか?」

 

ガンを飛ばしてるのはそっちだろうに。

この人はかなりの有名人だ。多分、学年で知らないと言う人は、絶対にいない。

龍珠桃。かの広域暴力団・龍珠組組長の愛娘だ。

中等部時代から知っていたが、生で見るのは初めてだ。思ったより普通の女の子だ。チャームポイントであろう帽子、それに……あのクマさんのストラップは……。

 

「……いえ………。」

「…………………。」

 

何故か彼女は、僕を黙って見つめたままだった。

 

「………な、何ですか………?」

「あぁいや………。お前、結構珍しいんだなって思って……。」

「珍しい?」

「だって、お前だって私の事知ってんだろ?大体の奴らは私の事見たら、すぐに逃げ出すのにさ。」

「……別にあなたがヤクザの娘だろうがなかろうが、俺からすれば、すこぶるどうでもいい事なんですよ。」

 

すると、龍珠は声を出して笑った。

 

「ハハハ…!お前、とことん変わってる奴だな!私に対してそんな事言う奴、アイツ位だと思ってたのに……!」

「何もおかしい事言ってないと思いますが。」

「…その感じからすると、お前だろ?石上ってのは。」

「………俺の事知ってるんすか…?」

「知ってるさ。お前が中等部の頃に起こした事件は、高等部でも結構広まってんだぞ?」

「……………………。」

 

すると、龍珠は石上の隣に腰を掛けた。

 

「………何なんすか…?」

「………お前の気持ち、痛い位分かるよ。」

 

その龍珠の言葉を聞いた途端、瞬く間に苛立ちが湧き上がった。

 

「……どいつもこいつも一言目には同情かよ……!一体どういうつもりなんだよ!!そんなに俺を憐むのが好きか!?そんなに楽しいか!?誰にも理解されないで、ずっと一人だったんだぞ!!今日出会ったばっかのアンタなんかに、俺の気持ちなんか分かって」

「分かるよ。」

「!」

「……私だって………ずっと一人だったもん……。」

 

先程とは違い、龍珠は深刻な顔をしていた。

 

「ヤクザの娘、ただそれだけの理由で、ある事ない事言われて……。初等部の頃から友達なんて、一人もいやしなかった。私はただ……皆と友達になりたかったのに………なのに……。

 辛かった………本気で学校をやめたかった………。死にたいと思った時もあったさ………。でも………。」

 

『生徒会会計として、生徒会役員になってみないかい?』

『龍珠、久しぶりだな。』

『桃ちゃーん!おはよー!』 

 

過去の事が蘇って来た。

会長に生徒会に招待された時に掛けられた言葉。白銀に久しぶりに会った際に掛けられた言葉。とある朝、つばめ先輩に挨拶された時。

 

「………私の事を………一切そんな目で見ない人もいるんだって事に………気が付けた………。」

「……………………。」

「……………私もお前みたいになってた時期があったよ………。

 でもさ…………手遅れではないんだよ……。」

「はぁ?」

「自分の事を心から思ってる奴もいる。心から心配してくれる奴もいる。ほんのちょっとだよ…ほんのちょっと見方を変えれば、そういう人もいるんだって………。世の中敵だらけじゃないんだって……気付けるんだよ………。」

「何が言いたいんすか?」

「………お前だってそうだよ。お前の事を心配してる奴だっている。ゼロだって確証は無いだろ?……きっとお前にも、そういう人が」

 

龍珠が言い終わらない内に、何かが壁にぶつかる音がした。

龍珠が音がした方に目を向けると、壊れたゲーム機があった。部品が辺りに散らばっており、完全に役目を終えてしまった状態だった。

 

「……どいつもこいつも本当にうるせぇ…!!んなもんただの綺麗事だろ!!

 たまたまアンタの周りにそういう人がいた!!たまたまその人が優しかった!!ただそれだけの事だろ!!

 マジで同情の気持ち言いに来たんだったら、とっとと消えてくれませんか?何先輩風吹かしてんだ!?分かった様な口聞くのもいい加減にしてくれよ!!

 何でどいつもこいつも苛つかせる様な事ばかり……!!マジでウゼェ!!」

 

怒り狂った石上は、壊れたゲーム機を置き去りにして、屋上から立ち去った。

龍珠には怒らせてしまった、という負い目はなかった。思ってた以上に、彼の心の壁が厚くて高かった事に、こりゃ参ったな、という感情があった。

 

「………綺麗事かぁ………。まあ、そう捉えられてもおかしくはねぇか………。

 ていうか、さっきから何盗み聞きしてんだよ?」

 

ドアの陰から、ある男子生徒が出てきた。

 

「警察の息子ともあろうお方が、人様のやり取りをコソコソと…。」

「うるさい。」

 

出てきたのは、小島だった。

 

「……どうだった?石上と話してみて……。」

「………どうしたもんかだよ。アイツ、マジで心を閉ざしてるよ。」

「無理もない………。あの事件は一人の人間を潰すには、充分過ぎる位凄惨だった……。

 あの時………俺が…………もっとちゃんとした捜査を行っていれば………あいつは今みたいな風には………!!」

 

俺自身、石上が大友のストーカーというのには懐疑的だった。

もしかしたらアイツらは、とんでもない誤解をしているのではないか。何より、証拠のない事を鵜呑みに出来ない性格が表に出て、俺は独自で石上の件を調査した。

けれど…………証拠が揃わず、結果的に石上の噂は、事実として扱われる様になってしまった。

そんな矢先に、あの校内放送が………。

 

「……あの時初めて……自分の無力さを知ったよ………。たかだか一人の善人を救えず、何が警察だ。何が警視庁警視総監の息子だ。

 俺は………自分が恥ずかしくて仕方が無い………。」

「………………………。」

「……だからせめて………諸悪の根源であった荻野を………。

 ……まあそれでも………石上からすれば、俺も敵なんだがな………。」

 

小島は苦悩の表情を浮かべて、屋上から立ち去った。

家柄上、アイツとの仲はすこぶる悪い。けれど、私はアイツ自身の事は、嫌いではない。

いつも向こうからガンを飛ばして来てはいるが、どこか憎めない部分がある。

それに、先程の表情を見て、こいつは心から救えなかった事を悔やんでいる事を察し、こいつは少なくとも、良い人なんだと。

仲は悪いけど、嫌いではないんだと、改めて思った。

ただまぁ、そんな事よりもだ。

 

「……石上かぁ………。何か、放っとけないな………。」

 

何故か私は、石上の事が気掛かりになっていた。

自分も同じ経験をした事からだろうか。恐らくそうだろう。

 

「…………ちょっと、話してみようかな………。」

 

そう言うと、龍珠はLINEを開いた。

現段階でどうこうは分からない。でも、少なくとも、あの人なら……。私に対し、何の偏見も持たずに接してくれた、あの人なら……。

微かな希望を抱き、龍珠はメッセージをその人に送った。

 

『相談いいっすか?つばめ先輩』




次回から、週に2〜3回のペースで投稿する予定です。


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マスメディア部は確認したい

大友生徒会入会後、その事を嗅ぎつけたマスメディア部は……。

あ、あと、流石に重い話ばかりはどうなのかと思い、今回みたいにほんの少しギャグ回もやる予定です。
それ以前に、マスメディア部でシリアス回ってのが、まあ難しい……。


私が生徒会に入会したというのは、瞬く間に校内中に広がった。

 

「京子生徒会に入ったの!?凄くない!?」

「え、そ、そんなに凄い事なの?」

 

友達はやや興奮気味で私に話しかけてきた。

 

「だって、それは白銀会長や四宮副会長に認められた人って事なんだよ!?生徒会役員は、会長自らが決めるから、それはもうとんでもない事だよ!!むしろもっと威張ってもいい位だよ!!」

「興奮し過ぎだよ……。」

「まあまあ京子。だってあの子、根っからの『会長信者』だからさ。」

 

まあ確かに、白銀会長は外部入学生にも関わらず、しかも一年時に生徒会長になった、凄い人だってのは知ってる。皆な憧れの的になるのは、まあ避けられない。

会長だけじゃない。副会長の四宮さんだってそうだ。四宮財閥総帥の御令嬢、何をやらせてもそつなくこなしてしまう、まさに文武両道。

そんな二人がこの学園の頂点に君臨しているんだ。憧れは勿論、熱狂的なファンがいる事は、耳にはしていたが……。

 

「ほんと、あんたの会長愛は凄いよね。」

「かぐや様が抜けてるよ!!」

「ごめん……ww」

 

この友達も、二人のファンだが、まさかここまで熱狂的だとは思ってなかった。

確かにこの子は癖が強い部分がある。まあ別に嫌ではないけど…。

まあでもそれ位、あの人達は凄いよ。私なんかを生徒会に招待してくれただけじゃなくて、一緒に石上君の事を………。

 

「……京子?どしたの?」

「えっあっ……!いやー、入ったはいいけど、勉強との両立出来るかなーって………。」

「「確かに……。」」

 

友人達は苦笑した。

すると………。

 

「失礼します。」

 

ある女生徒二人がE組に入室してきた。

見た事ない人達だ。恐らく先輩だろう。

 

「大友京子さん、いらっしゃいますか?」

「え…あ、はい……。」

 

その女生徒達は、大友の元へと向かってきた。

 

「昼休み、マスメディア部の部室に来て頂けますか?」

 

マ、マスメディア部……?マスメディア部が、何で私に……?

 

「生徒会に入会した事について、少々インタビューさせて頂きたいのですが……。」

 

え、そこまで話題になるものなのか?

 

「ええ……予定はありませんので……。」

「そうですか……。では、お待ちしていますわ。」

 

そう言った彼女達は、退室していった。

私が生徒会に入会したのが、そんなに珍しい事か………?

まあ、確かに私はバカだ。だが、先輩方に広まっている程ではないだろ……?

それに、何故それを校内全体に取り上げようとしているのだ?

 

「今の……紀先輩と巨瀬先輩だよね?」

「知ってるの?」

「うん……部活動紹介の時、結構大胆に部活の宣伝してたし…。結構有名だよ?」

「そうなんだ……。」

 

この時の大友京子は気付いていなかった。

友人達が言っている『有名だ』というのが、全くもってプラスの意味を持っていないということに…………。

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します…。」

 

言われた通り、昼食を軽く済ませ、大友はマスメディア部の部室へ来た。そこには既に、紀と巨瀬の二人が席に座っていた。

 

「どうぞ、こちらの席へ。」

「あぁ……はい……。

 ………あの………一つ確認なんですけど……。」

「はい?何ですか?」

「………どうしてそんな羨ましそうな目でこちらを見てるんですか?」

 

先程から、いや、彼女達が教室に来てから、何か変な視線を向けられている気がしたが、大友はようやくそれが、彼女達の嫉妬の感情がこもった視線だと気付いた。

 

「いえいえ別に……。ただ、会長とかぐや様の間に異分子が紛れ込んだのかと思うと、つい……。」

「異分子!!?」

 

紀の発言に、大友は驚きを隠せなかった。

 

「かぐや様のお姿をまじまじと見れる環境に、いとも容易く入り込めたあなたが、それはまぁ……。」

「いやいやいや!!そんなつもりないですよ!?」

 

巨瀬の発言を、大友は全力で否定した。

そしてこの時大友は、ようやく気付いた。

この呼び出しを受けるべきではなかった。

 

「というか、肝心の私の生徒会入会についての取材はどうしたんですか!?最初から趣旨がズレてませんか!?」

「え、そんな事一度も言ってませんが?」

「私達は最初から、あなたから見た会長やかぐや様はどんな感じなのか?あなたがどうやって神聖なる生徒会に潜り込めたのか?そしてその時間は至福この上ないはず。

 それを確認しに来たのですよ?」

 

この人達………!!

 

「か、帰ってもいいですか!?そんな事の為にお昼ちょっとしか食べなかった自分がバカみたいですよ!」

「………そんな事?」

 

大友も予感はしていた。自分が今、彼女達の踏んではならない何かを踏んだ事に。

 

「……成る程……。あなたにとっては、そんな事ですか………。はぁはぁはぁ……そうですか……。」

「大友さん……あなたという人は…………。」

 

マズい事になった。何とかして、空気を変えなければ。

 

「……い、いや!!そうでもないですよ!!

 そ、そうだなー……!ほら、会長って、目つきは悪いものの、結構面倒見が良くて、隅までよく人の事を見てるなーって思いますし!!あと、絶対に人の悪い所を言ったり責めたりなんかしませんし!!人格者ってのはまさに会長の様な事を言うのかなーと……!!

 あと四宮さんも、最初こそちょっと怖いなーと思ってたんですが、実際そこまでてもなくて、いい意味で厳しくて、何が駄目なのかはしっかり指摘してくれる、理想の上司、みたいな……!!」

 

大友は何とかして、何とか紀と巨瀬の気を変えようとした。

でも、実際そうだ。あんな過ちを犯した自分を一切責めなかった白銀会長、私の覚悟を受け入れてくれた四宮さん。

突発的に出た事だが、ほとんど間違ってはいない。

 

「…………………。」

「……あ…の………紀さん?」

「……大友さん………。」

「はい……。」

「………あなたから見た、会長とかぐや様の関係は……どんな感じですか?」

「え……えーと……。そうですねぇ………。」

 

生徒会に入って一週間も経ってないから、正直なところ答えようがない。

ただまぁ………。

 

「………お互いの事を、信頼している感じは…まず絶対ですね……。」

「……例えるなら……どんな感じですか……?」

「例えるなら……?そうだな…………上司と部下という感じではないし………。こう……互いを認めている同僚同士というか……。」

「それですわ大友さん!!!」

 

突然紀が立ち上がり、大友の方へと駆け寄った。

 

「いやはや、あなたの事を妬ましいと思ってた自分を殺したい気分ですわ!!やはりあなたは人を見る目があります!!流石会長とかぐや様が認めただけの事はありますわ!!

 同僚同士ですか……!職場を中心としたラブコメは数多くありますわ…!私もそこまでの発想には至りませんでした!!次の題材にさせて頂きますわ!!」

「(………何の事を言ってるんだ?)」

 

分からなくて当然である。

この女、この頃から既に「ナマモノ」と呼ばれる「白銀×かぐや」の同人誌を書いている事は、読者の皆様は重々承知である。

そして今、この女は大友の発言から、新たなナマモノの設定を思いついたのである。

だが…………。

 

「…………!!!(し、しまった!!興奮の余り、つい……!!)」

 

ナマモノに関しては、この女以外知る者は、一人もいない。

というか、知られでもしたら………。

 

 

 

 

 

『かれん………。流石の私も擁護しきれない……。』

 

巨瀬エリカの憐む様な目。

 

『紀さん……今日初めて会って何ですけど、気持ちが悪いです。』

 

大友京子のドン引きした顔。

 

『……人の事を勝手にこんな風にして……。肖像権の侵害だけでなく、私の名誉まで毀損なんて……。覚悟はよろしくて?』

 

四宮かぐやの恐ろしい事この上ない顔。

 

 

 

 

 

「(マズいマズいマズい〜!!)」

 

最悪の事態が予想し得る。

 

「題材って一体………?」

 

何とか誤魔化さなくては。

 

「前から思ってたけどかれん、授業中ノートに何か絵みたいなの書いてない?」

「!!!」

 

紀は、かいてはいけない汗をかき始めた。

 

「えーそ、それは見間違いではー……。」

「………何か怪しい……。ちょっとカバンの中見させて。」

「ちょっ…!!」

 

巨瀬は紀のカバンの中を見ようとしたが、紀はカバンに覆い被さるかの様に、それを阻止した。

 

「べべべべ別ににに何もないですわわわ……!!」

 

酷く鈍感な人間でも分かるような嘘である。

 

「やっぱ何か隠してるわね!」

 

巨瀬はますます興味を示してきた。

 

「古典のノートは今日ありま……!!」

 

自分で地雷を踏んでしまう。

 

「古典のノートねぇ……。」

 

巨瀬は笑みを浮かべた。

 

「てか、今日古典の授業あったでしょ!」

「わわわわ忘れてしまっただけですわ!」

「言い訳しても無駄よ!観念しなさい!」

「嫌ですわ!私は命をかけてでも拒みますわ!!(でなければ私の後の生活が………!!)」

 

すると、誰かが部室に入室してくるのが、大友の目に入った。

 

「はーいそこまで。」

 

その声を聞いた瞬間、二人の動きが一瞬にして固まった。

 

「ぶ、部長…………。」

「どうしてここに…………。」

 

入ってきたのは、マスメディア部部長・朝日雫だった。

 

「たまたま聞いちゃったのよ。生徒会に入会した一年がマスメディア部の取材を受けたって。で、大方あなた達の事だから、どうせこんな事だろうとは思ったけど………。」

「あ、あの………。」

「ごめんなさいね、大友さん。この子達、悪い子じゃないんだけど、人よりも癖が強くて……。」

「ああ、いえ、そんな………。」

「とにかく、そんな私情混じりな取材は駄目だってあれ程言ったのに……。一週間掃除の刑ね。」

「「はぁーい!!」」

 

元気満々で二人は返事をした。

 

「完全に破る気満々じゃないですか……。」

「まあ、いつも通りだから、若干諦めてる部分はあるわ…。

 それよりも大友さん。時間を使わせて悪かったわね。教室に戻ってもいいわよ。」

「ああはい……。失礼しました。」

 

大友はお辞儀をして退室した。

 

「(…………疲れた……。

もう二度とあの人達には関わりたくない………。)」

 

本日の大友の習得

マスメディア部に関わると、ロクな目に遭わない。

 

そして、もう二度とマスメディア部と関わる事はない……だろう。

 

「……え?」



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子安つばめは確かめたい

私は石上と出会った後、つばめ先輩にその事を相談してみた。

すると、どうやらつばめ先輩は既に石上の事件について知っていたみたいで、既にその為に行動しようとしているみたいだ。

しかし、一体どうしてそんなに詳しく事件の事を……?

 

「大友ちゃんっていう、つい最近生徒会に入った子、知ってる?」

「……ああ……何か白銀が言ってたな……。」

「その子から全部聞いたんだ。そして、大友ちゃんも石上君の心を開こうとしてるんだよ。」

「……その大友ってのは、石上があんな風になった元凶と言ってもいいんじゃ……?なのに今になってどうこうするって、ただの自己満なんじゃないんすか?」

「………やっぱり、そういう風に手厳しい事を言う人もいるんだね……。まあでも、荻野さえいなければ、あんな惨劇は起きなかった。そう考えれば、大友ちゃんも石上君も、一年生全員が荻野コウの被害者なんだよ。」

「………まー、確かにそうかもしれないかな。」

「……あとー、一つ気になったんだけど………、桃ちゃん、荻野に何かした?」

「…………何かしようとはした。」

「…ってことは、未遂って事でいいんだよね………?」

「つばめ先輩。私の目が信用出来ませんか?」

「………桃ちゃんって、たまに冗談抜きで怖い目するからさ…。あんまり乱暴は良くないよ?」

「いやいやいや!!マジで何もしてませんからね!!」

 

 

 

 

 

そんなやり取りを桃ちゃんと数日前にしたのだが、まず私は、石上優という人間を見てすらいない。まずは自分の目で、彼がどういう人間なのかを、しっかり確認するのが先決かと考えた。

 

「………この廃屋に入ってったけど……。」

 

その日私は、彼の後をつけて、二人で話そうとしていた。その際に、彼がとある廃屋へと入っていったのが目に見えた。何十年か前に建てられたであろう、とある古びた建物。何の為に建設されたのかは分からない。今となっては完全に立入禁止となっていて、誰も近寄ろうとはしない。そんな廃屋に、彼はいる。

 

「………うわっ、カビ臭い……。」

 

もう使用しなくなってから何十年も経つ。カビ臭さはかなり際立っていた。

 

「こんな所に本当にい…………た……。」

 

奥深くの部屋に、ソファーの上で横たわっている石上を見つけた。しかもその部屋だけは、やたらと綺麗で、人が住んでいてもおかしくない位、埃がほとんどなかった。

彼が掃除したのだろうか?というか、何でこんな所を掃除したんだ?ここで生活でもしているのか?

幸い、彼は眠りについていて、私には気付いていない。というか、起きてたで起きてたで、それも困る。正直な所、私も怖い。

話で聞いたが、風紀委員会の伊井野ミコちゃんを泣かせたとか……。そんなおっかない子なのか、と内心少しビビっていた。ただ……。

 

「…………綺麗な寝顔してるなぁ……。」

 

長くなった前髪に被さって、あまりよく見えなかったが、顔だけ見れば、結構端正な顔付きをしている。

 

「……本当に……あんな怖い子なのかな……?」

 

子安つばめは、次第に彼に興味を抱き始めた。

辺りを見渡してみると、乱雑に置かれた教科書の中に、一冊の小説が混じっていた。

何故かは分からない。ただ、つばめはその小説を手に取り、読み始めようとした。

 

「何やってる?」

 

突然後ろから声がした。彼が起きた。

 

「あ……えっと……。君……。」

「……何やってんだって聞いてんだ。」

 

この子の目………一切の光が無い……。

他人を完全に拒絶し、警戒する様な目。心の底から他人を受け入れない感じが伝わってきた。

 

「い、いやー、君がここに入っていくのが見えちゃって…つい、気になって………。というか、ここは立入禁止場所だよ?見つかる前に、早く出ないと。」

「……別にどうだっていいでしょ…。」

 

石上は、ペットボトルに入っていた水を飲み干し、そこら辺に捨てた。

 

「ポイ捨ては駄目だよー!ちゃんとゴミ箱に捨てなきゃ……!」

「…………あんた、マジで何しに来た?」

 

石上は少々苛立った。

 

「冷やかしに来たんだったら、とっとと……!」

「まあまあまあまあ!てかさ、君、名前は?」

 

知ってはいるが、ここで言ってしまえば、また同情を言いに来たと誤解されてしまうかもしれない。ここは敢えて、知らないフリをするのが得策だ。

 

「………………………。」

「私は子安つばめ。こう見えても、3年なんだよ?」

「………だったら、何だっていうんですか?」

「私は名前言ったよ?だったら、今度は君が名前を言う番だよ?」

「…………石上です……。」

 

このままだんまりは、後々めんどくさく絡まれそうだと思い、石上は仕方なく自分の名前を言う事にした。

 

「石上君かぁー。下の名前は何て言うの?」

「………知ったところで何にもならないでしょ……。とっとと帰ってもらえません?」

「……じゃあ、私が当てて見せるよ!当てるまで帰らない!」

 

だんだんと調子が狂っていくのが、石上には分かった。

マジで何が目的なんだこの人は?

 

「そうだなー………圭人?」

「………………。」

「違うかー!じゃあ意外にも、健次郎?」

「………………。」

 

この人は一体、何を一人で楽しんでいるんだ?

というか、マジで何が目的だ?現に僕の事は知らなさそうな感じがするし、同情を言いに来たとは思えない。

だとしてもだ。この無駄に明るい感じ。誰でもウェルカムなノリ。本当にウゼェ。

 

「…あの………。」

「?」

「……俺がどういう奴か知ってて、こんな調子出してるんすか?」

「そ、それってどういう……。」

「本当はあんただって知ってんじゃないんですか?俺が中等部の頃に起こした事件の事……。」

「な、何の事……?良かったら、私にその事話してくれないかな…?」

「……話したところで別に………。」

 

想像以上に手強いな、こりゃ。

しっかりと心の扉を閉ざしてしまっている。

こんな言い方をするのも何だが、私は何人もの一人ぼっちを助けて来た。大仏ちゃんや、桃ちゃん。今まで色々あって周囲から孤立した人間達に手を差し伸べた。

そういや、桃ちゃんも最初はこんな感じだったかな。私に対して結構傷付く事言ってきたな……。それでも私はめげなかった。桃ちゃんの笑顔が見たかった。桃ちゃんから私に話しかけて欲しかった。

そんな希望を抱き続け、桃ちゃんの心を開こうとした。結果は成功だ。今まで見た事ない笑顔を、私に見せてくれた。心の底から嬉しかった。

彼もそんな風にしたい。彼の笑顔を見たい。

だが………。

 

「…マジでどっか行ってくれません?ただでさえ寝起きだから、イライラしてんのに……。」

 

理由は定かではない。直感でそう感じた。

大友ちゃんがやろうとしてる事は、無理難題だ。

 

「……石上君ってさぁ……。」

「?」

「……もしかして、家族の事嫌い?」

「………何ですか急に?」

「いやね……ここの部屋だけ凄く綺麗だからさ、もしかしてここで生活でもしてるんじゃないのかなーって……。何日か家に帰ってないよね?」

「………あんたって、随分勘の良い人なんすね……。

 はっきり言って、家族も俺にとっちゃ敵ですよ。今更になって頭下げられても、イラつくだけだってのに……。」

「………敵……か………。」

「……誰も信じない。誰にも期待しない。誰も受け付けない。どいつもこいつも本当に腹立たしい……。」

 

悪態をつく石上を見て、つばめは彼からの悪意を猛烈に感じた。

彼の心は一体どこまでドス黒くなっているのだろうか。

子安つばめは早くも諦め気味だった。彼を元に戻す事など、本当に出来るのか?もう、その手段は無いのでは?

 

「………さっき、家族の事も敵って言ってたよね…?」

「……それが何か?」

「……ひょっとして、私の事も、敵なのかな?」

「………当たり前でしょ。だからとっとと消えて欲しいって思ってんすよ…。」

「…………そっか…………。」

 

自然と私の中にあった石上君に対する恐怖は、消え失せていた。

あったのは、悲しさだった。

私の事を敵だと言った事もそうだが、何より、誰より優しくて正義感に溢れた人間が、こんなにまで心が黒くなってしまった事に、私は悲しさを覚えた。

もしこのまま野放しにしたら、彼はこの先どうなってしまうのだろうか。というか、彼はこの先を生きる気があるのか?

 

「……私の事を敵だと思ってもいいよ。でも、私は君の事を、敵だとは思わないよ?直感なんだけどさ、君の事を良い人だとは思ってるんだ。

 また会ったらこうやって話そうね。」

 

これ以上下手に刺激するのはよそう。そう考え、つばめはここから去る事にした。

 

「じゃあねー!また話そうねー!」

 

早く出てってくれと言わんばかりの目で彼は私を見ていた。明るく振る舞ってはいるが、やっぱりどこか悲しくなりそうな部分がある。

彼は……優くんは………。

 

「(………まだ諦めるのは早いかな……。焦る必要なんてないし、じっくり時間をかけて考えよう。)」

 

つばめの去る姿を見て、石上は大きくため息をついた。

そして、再びソファーの上で横になり、眠りにつこうとした。

 

「………チッ。マジでどういうつもりだよ………。面倒なのに目ぇつけられたな………。」

 

子安つばめ。

名前だけは聞いた事があるが、まさかここまで面倒な人だとは……。

無駄に明るい感じが、まぁ腹立たしい……。あの時のアイツみたいだ。

 

『石上君、消しゴム落ちてたよ』

 

「…………………。」

 

やめだやめ。何で自分から胸糞悪い思いしなきゃいけないんだ。

それに、悪いのは全部、荻野やアイツらだろ。

そう………僕は何も悪くない。




中等部の事件は、確かに荻野を殴った石上にも悪い点はあります。
ですが、それすらも悪くないと主張する程、石上の心は黒くなってしまいました。

次回は、久々に小野寺さんを出そうと思います。


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伊井野ミコは諦めたくない

ゴールデンウィークが明けて、久しぶりに学校へと足を踏み入れた。久々に友達と会うなーと考えながら、小野寺は教室内に入っていくと、誰かにぶつかった気がした。

何だと思って見てみると、伊井野ミコだった。

 

「………ごめん………。」

「………うん……。」

 

元気の無い感じで、伊井野はそう言った。

あの時からずっとこんな感じだ。伊井野が石上に泣かされたという話を聞いてから、あの頃のガミガミうるさい伊井野が嘘かの様に消えていた。登校時の持ち物検査にも、風紀委員会の見回りにも、一切姿を見なくなった。

 

「何か伊井野って最近めっちゃおとなしいよねー。」

「いつもワーワーうるさいもんねー。」

「石上に泣かされた事が相当ショックだったのかな?」

「そうだとしたら、黙らせてくれた石上にマジ感謝なんだけどーww」

「鬱陶しいのがいなくなってせいせいしたww

 麗もそう思わない?」

「………………。」

「………麗?」

「……………ちょっとトイレ………。」

 

そう言って、小野寺は友人達の元から離れていった。

 

「(……マジでそういうのやめないかなぁ……。)」

 

久々に小野寺は苛立ちを覚えた。

あいつらは、石上の件から何を学んだんだ?

確かに私も伊井野の事はあまり良い目で見れなかった。自分の主張ばかり押し付けてくるものだから、それが苛立たしくて仕方がなかった。その度に友人と陰口を叩いていた。

けれどだ。石上の件から、一人の人間をよってたかって叩く事が、どれ程汚らしくて最低な事なのかを、嫌になる位思い知った。自分がされる立場だったら、どれ程辛いだろうか。そんな小学生でも分かる様な事が、私達は分からなかった。だから、石上はあんな風になってしまった。

もう二度とこんな事はしない。もう二度と石上の様な人間を生み出してはいけない。そう石上から学ばされたというのに……。

 

「………何ですぐ忘れるのかなぁ……。」

 

なのに同学年の皆は、まるでそんな事無かったかの様に、いつも通りの生活を再開していた、ましてや今度は伊井野の事を好き勝手言って……。

 

「………これが胸糞悪いってやつか……。」

 

小野寺は次第に、彼らに対して嫌悪感を示す様になった。

ただ思う分にはそれでいい。だが、言葉として表に出す必要は無いだろうに。

 

「(………それに、一体何が伊井野をああさせたんだ?石上に泣かされたから、とは思えないし……。)」

 

小野寺は、今の伊井野に少し違和感を覚えていた。まるで、何かに対して負い目を感じている様な感じがしたのだ。

 

「………このままずっとモヤモヤしてるのも嫌だな。直接聞いてみるか。」

 

幸い今日は部活もない。伊井野とじっくり話す時間は沢山ある。一体何が彼女をあんな風にさせたのか。それを確かめたい。

 

 

 

 

 

 

 

今日は少し残った風紀委員会の仕事を終えるだけだった為、すぐに下校が出来そうだった。伊井野と大仏が荷物をまとめて帰ろうとしたら、ノックの音が聞こえた。

 

「はーい。」

「……失礼します…。」

「…小野寺さん?ど、どうしたの?」

「あっ良かった……。伊井野と大仏さんだけか……。

 ……ちょっと、時間ある?」

「…ま、まあ……。」

 

一体彼女が私たちに何の用だ?特に接点も無いのに……。

 

「伊井野さ………。」

「…うん?」

「………どうしたの?」

「えっ、ど、どうしたのって……どういう事?」

「だって……いつもは皆に対して厳しくあーだこーだ言ってたのに、急におとなしくなってさ……。何か……あったの?」

「いや………別……に………。」

「…………無理しなくていいよ。幸い、ここにいるのは私達だけなんだから、何も遠慮なんかいらないよ。」

「……………………。」

「……やっぱ…………石上が関係してるの?」

 

その瞬間、伊井野の顔色が変わるのがはっきり分かった。

やっぱりか。やっぱり石上が原因か。

 

「……ゴールデンウィーク前に、石上に泣かされたって聞いたけど………。あん時、何があったの…?」

「……ごめんなさい………ごめんなさい……。」

「い、伊井野?」

 

伊井野は突然、体を震えさせて涙を流し始めた。

 

「(マズい事言っちゃったかな………。)

 ねえ大仏さん……マジで何があったの………?」

「………正直私からも話したくないけど……。」

 

大仏はばつが悪そうにしたが、覚悟を決めたのか、あの時石上と何があったのか、洗いざらい全て小野寺に話した。

石上が伊井野に対して何を言ったのか。どんな態度を取ったのか。そして………石上が最後に吐き捨てた "あの発言" についても。

 

「………………本気で言ってるの………?」

 

普段はめったに表情を表に出さない小野寺でさえも、その出来事は小野寺の顔を青くさせた。

石上が………そんな事を……?

 

「…………私……ずっと後悔してた……。あの時石上の為に何か行動してたら………あいつは……あいつは…………。」

 

そうか……。そういう事だったのか………。

石上に対して尋常じゃない罪悪感を感じてるのは、大友や私達だけじゃない。そんな人間ではないと分かっていながら、結局行動に移せなかった伊井野や大仏さんもそうなんだ……。

だから伊井野は………。

 

「……あいつの目が怖いの……。心の底から私達を恨んでる…あの目が………。それを思い出すと……私…………震えが止まらなくて…………。

 どうすればいいの…?私はどうすれば………。」 

「…………………。」

 

それはこっちが聞きたいよ……。

私だって正直、石上が怖い。同じクラスでも、なるべく距離を取ってはいる。けれどそれでも、恨みのこもったオーラが凄くて……。

 

「……大友………マジで無茶な事しようとしてるんじゃ……。」

 

高等部進学が危うい大友が、高等部進学にこだわった理由。それは、石上をあの時の石上に戻すため。その為に彼女は日々どうすればいいのかを考えていた。

私もそれに協力してはいたのだが……。

石上の闇が想像以上に濃かった事に、私は諦めを感じ始めていた。

 

「……もう戻らないよ………。」

「え?」

「もうどんなに足掻いても、あの頃の石上は、もう戻って来ない……。

 理由は分からない。けど、もう手遅れなんだと思う……。」

「大仏さん………。」

「だからミコちゃん…………『どうすればいいの?』に対する答えは………無い…。」

「!!」

「………………………。」

 

大仏さんの言う通りかもしれない。

もう……諦めた方がいいのでは………。

 

「……………いやだ……。」

「………え?」

「…………それだけは嫌だ……。」

「ミコちゃん……。」

「……この際石上にどんな目に遭わされてもいい……どんなに傷付けられてもいい………。けれど!!……何もしないで終わるのだけは……絶対に嫌だ……!」

「でも………!」

「……どうすればいいのかなんて分からない……。けれど……このまま何もしないなんて………!!」

 

……私は一体、何をすんなりと諦めようとしていたんだ。

すぐに諦める程、私は度胸の無い人間か?意気地の無い人間か?

無理難題なのは百も承知だ。でも、それでも大友はめげていない。今も石上を戻そうと奮闘している。石上の事で押し潰されそうな伊井野も、泣きながらも頑張ろうとしている。

それなのに私は……私は………。

本当に、情けない限りだ……。

 

「………伊井野の言う通りだと思う。」

「………えっ?」

「………何もしないで終わるなんて、そんなの私も嫌だ。

 石上が完全に心を開かなくてもいい。けれど、それでもあいつの為になる様な事をしたい!それを諦めるなんて、絶対に嫌だ!」

「………小野寺さん……。」

「罪滅ぼし?自己満足?言わせておけばいいさ!!

 それでも!何もしないでまた同じ様な事しようとする奴らに比べれば、全然マシさ!!」

 

こんなに感情的になって大声を出したのは、生まれて初めてだ。それに慣れていなかったのか、私の息遣いは荒くなっていた。

けれど……何だろう……。さっきまでのクラスメイトに対するモヤモヤが、晴れた気がする……。スカッとした気分だ……。

 

「…………だから伊井野……。いつまでも過去の事ばっか気にしてないでさ、私達と一緒に考えようよ……。私達に何が出来るのか……一緒に考えよ?」

 

そう言って、小野寺は伊井野に笑顔を向けた。

小野寺の優しい笑顔を見た瞬間、伊井野からまた大粒の涙が出た。

そして、思わず小野寺に抱き付き、声を出して泣き叫んだ。

 

「(………何だ……。伊井野って、不器用なだけで、すっごく良い子じゃん………。)」

 

小野寺は後悔した。

伊井野ミコはこんなに良い子だということに、どうして今まで気付かなかったのだろう。

 

「……大仏さんもさ……まだ諦めないでよ。

 可能性がゼロって訳じゃないでしょ?可能性が少しでもある限りさ、一緒にどうすればいいのか、探そうよ。」

「…………………。」

 

あの事件の前の石上優を、私は良く知っている。

もうあの頃の彼に戻らないと割り切ってはいたものの、心の底では、もう一度あの頃の彼を見たいと思っていた。

……出来るのか?戻せるのか?

可能性は限りなく低い………。だが……。

 

「………諦めるの……まだ早すぎたのかな……。」

 

低いだけで、ゼロではないかもしれない。

 

「……だからさ、頑張ろうよ。」

 

頑張れるだけ、頑張ってみよう……。

 

 

 

 

 

 

 

翌日……。

 

「そこ!ゲーム機の持ち込みは没収のはずよ!!」

「げっヤベッ……!」

 

小野寺が友人達と校門に入ると、ゲーム機を持参していた男子生徒を注意する、"いつも通り" の伊井野ミコの姿があった。

 

「またうるさいのが戻って来たよ……。」

「マジで鬱陶しー。

 麗もそう思わ……な……?」

 

友人の声を無視し、小野寺は伊井野の方へ向かって行った。

 

「……伊井野、おはよ。」

「麗ちゃん!おはよー!」

 

何だ。伊井野って、こんなに可愛い顔するんだ。

小野寺はまた後悔した。

どうしてもっと早くに、こんな笑顔を見る事が出来なかったのだろう。

まだ残っていた眠気が一気に覚めて、気分が良くなった気がした。

 

「(そうだ。今日は伊井野とご飯食べよっかなー……。)」

 

そんな事を考えながら、小野寺は校舎内へと入って行った。




小野寺さん、マジ良い人すぎ。

次回は、早坂を初登場させたいと思います。


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四宮かぐやは教えたい

数々のコメントありがとうございます。
皆様全員が納得いくような作品は作れないかもしれません。ですが、これからも何卒宜しくお願いします。


眠いな……。

ようやく放課後になり、石上は真っ先に下校しようとしていた。

 

「………何で最近こうも眠れないんだ……。」

 

どう言う訳か、石上は最近、寝ては起きての繰り返しを毎晩続けていた。何か不眠の原因があるのか?いや、考えてもアレくらいしか思い付かないな……。

 

『ちょっと石上!!何分遅刻してると思ってんの!!』

『服装直しなさいってあれ程言ってるでしょ!!』

『また授業サボったでしょ!!』

 

………あいつ……。

先程までは何かクヨクヨしてたくせして、何故か急にいつもの調子を取り戻していた伊井野に、僕は苛立ちを覚えていた。その苛立ちこそが、不眠の一番の原因だと思う。

ビービーうるせぇだけなのに……。

 

「…………!!」

「わっ!!」

 

余計な事を考え過ぎていたのか、僕は誰かとぶつかってしまった。

 

「いててて……。ちゃんと前見て歩かないとダメだし!」

「…………………。」

 

ギャルっぽい感じの女生徒……。多分先輩だな。

 

「………………すんません………。」

 

無視したり悪態つくと何か面倒臭くなりそうだ。取り敢えず謝っときゃいいか。

 

「…………………。」

 

石上の後ろ姿を、その女生徒はずっと見続けていた。そして、しばらくして、誰かに電話を掛けた。

 

『……どうだった?石上優を直に見て?』

「ええ、かぐや様や大友京子がおっしゃる通りです。

 完全に人を拒むオーラ。ありとあらゆる悪意がこもった目。先程もぶつかっても、仕方なく謝罪の言葉を述べただけ。何も悪くないという感じが凄く伝わってきました。」

『そうですか……。』

「しかし、どうして私を使うんですか?かぐや様が直接会えばいいというのに。」

『私が表に出て行動したら、それこそ警戒されるでしょうに。だから敢えて、早坂に行動させたんですよ。』

「…………まるで、いつかの誰かを見ている感じでしたよ。」

『…………………。』

 

氷のかぐや姫。

かつて四宮かぐやはそう呼ばれていた。いや、恐れられていたと言った方がいい。

誰にも期待しない眼差し。非情で誰も受け入れないオーラ。かつてのかぐやと今の石上は、どことなく相似していた。

 

「………彼にも来るんでしょうかね……。氷が溶ける時が……。」

『…………どうでしょうね……。』

「………やはり一度、会ってみませんか?」

『先程も言ったでしょう。私が行動したら、彼の警戒心をさらに上げさせるだけだと……。』

「うまい様に、私が彼を誘導してあげますよ。それに、あなたも彼に興味を抱いているのは分かってるんですよ。」

『………まあ、同じ境遇にいた人間ですからね……。少々気には止めてますよ……。』

「……これで決まりですね。あまり手厳しい事は言わないで下さいよ。」

『自分から会ってみないかと言っといて、それは無いでしょう。

 私が言い過ぎたら、あなたが止めて頂戴ね。歯止めが効かないタイプなもので。』

「……全く、いつもそうやって私に頼ってばかり………。会長の事だけではなく、石上優の事も私に頼ってばかりで……。」

『愚痴が思いっ切り聞こえてるわよ。』

「ごめんなさーいごめんなさーい。」

 

………石上優……ね…。

見た感じ、確かに彼は心から同学年達を恨んでいるかもしれない。でも、彼は同学年に対して特には何もしていない。こちらから何もしなければ、特にこれといった事はしてこないのでは……。

もしそうだとすると、大友京子たちがやろうとしている事は……。

 

「………かぐや様?」

『…あ、ああ、少し考え事を……。』

「会長の事を考え過ぎるのも程々にして頂きたいものですよ。」

『違うわよ!!私がそんな恋愛バカだとでも!?』

「思ってます。」

 

 

 

 

 

 

 

私は早坂との電話を終えた後、大友京子の元へと向かった。

何故かというと…………。

 

『お願いします四宮先輩!!勉強を教えて下さい!!』

 

まだテストでもないのに、彼女は私に勉強を教わりたいみたいだ。というのも、彼女はかなりの成績の悪さで、テストだけでなく、授業の合間にある小テストの段階で、留年の危機がある位だ。高等部進学試験も、ギリギリの点数で合格したのは知っていたが、まさかここまで勉強が苦手とは思っていなかった。

でもまあ、一応同じ生徒会役員ですから、放っておくのは流石に酷過ぎます。今日は生徒会の仕事も部活も無い為、下校時間ギリギリまで教える事が出来ます。

でも大友さん……。私に勉強を教わるという事がどういう事か、よく分かっていないようでしたが……。

 

「…………………。」チーン

「………はぁ。」

 

勉強開始から10分も経っていない。にもかかわらず、既に大友の頭はショートしていた。流石のかぐやも、ため息を隠せなかった。

 

「あなた……まだ基礎中の基礎ですよ……?」

「すいません……さっぱり分かりません……。というか………四宮先輩の教え方が高レベルすぎて………。」

 

やはり私に教わる事を軽率に見ていたようだ。

放置しなくて良かった。そうしてたら、本当に留年確定してたかもしれない。

 

「………まあ、それはそれでこちらも腕が更に鳴りますよ。小テストのある来週の火曜日まで、私がきっちり教えてあげますから、ね?」

「目が凄く怖いんですけど!!」 

 

 

 

 

 

こうして、大友京子の留年を回避する為、かぐやはありとあらゆる手段を使った。

 

ピロリーン

『京子ー!土曜日駅前の服屋行こー!』

 

「あ、すいません四宮先輩…すぐ返信しま」

「あらあらあら。勉強の最中にいけませんねぇ。これは、私が管理しておきましょうか。」

 

かぐやはすぐさま大友のスマートフォンを没収した。

 

「ちょっと待って下さい!せめて返信だけでも…!」

「その心配は御無用です。ほら。」

 

『ごめーん!小テストの勉強しなきゃマズい!』

 

「何勝手に返信してるんですか!!」

「これで土曜日も、私と勉強が出来ますね。」ニコッ

 

大友京子は早速後悔した。

こんな風になるのだったら、白銀に勉強を教わるべきだったと。

だがしかし!そんな後悔とは裏腹に、大友の勉学に対する集中力及び定着力は、土日の間に、二次関数的に上昇し続けた。

そして月曜日になって、大友京子は気付いた。

四宮かぐやは小テストの為だけでなく、これから先の期末試験や模擬試験の為に勉強を教えているという事に。

 

 

 

 

 

「……ふぅ〜………。」

「あらあら。先週とは見違える程の成長ですね。」

 

その日、大友とかぐやは図書室で勉強をしていた。

 

「やれば出来るんですから!」

「自分で言う事ではないでしょうに。

 では、最後の仕上げと行きましょうか……。」

 

かぐやが手を動かそうとしたその時、背後から女生徒3人かがヒソヒソと話しているのが聞こえてきた。

 

「また評価上げようとしてるよ……。」

「嘆かわし〜……。」

「やだやだ……。」

 

かぐやは動きを止めた。そして、黙って大友の方を見た。

 

「………高等部に入ってからなんですけど………私……『荻野に加担してたんじゃないか』って噂されてるんです……。」

 

はぁ?

 

「荻野と一緒に石上君を嵌めて……真実が暴露されて、荻野の事を切り捨てた……と………。」

 

何だその馬鹿みたいなデマは………。

かぐやは呆れを隠せなかった。

 

「でもいいんです……。今度はこっちが言われる側ですから………。」

 

浮かない顔をして、大友は勉強を開始した。

今も同学年からの陰口は続いているが、大友はそれを無視した。

……石上君の傷に比べれば………安い物だ……。

見かねたかぐやは、席から立ち上がり、彼女達の元へ向かおうとした………が………。

 

「ずる賢い女だよねー……。」

「てか、何で生徒会に入った訳?」

「自分はいい人ですアピールの為?」

「何それww」

「馬鹿みたいww」

「評価上げのに必死す」

「ねぇ。」

 

突然誰かが後ろから声を掛けてきた。

振り返ってみると、そこには小野寺がいた。

 

「さっきからコソコソうるさいんだけど。静かにしてくんない?」

「お、小野寺さん………。」

「周りの迷惑になってんのに、気付いてないの?」

 

辺りを見渡すと、陰口を言っていたグループの事を先輩達がじっと見ていた。

 

「さっきからずっと喋ってばっかじゃない?」

「用ないんだったら出てってくれないなぁ…。」

「マジで気が散るわ……。」

「あ……いや、だってそれは………。」

「てか、大友に何か言いたそうな感じだけどさ、何で直接言わない訳?」

「いや………それは……。」

「何か言えない事情でもあんの?」

「……………………。」

 

3人は黙り込んだ。

 

「………出てってくんない?はっきり言って、邪魔。」

 

ばつが悪そうな感じを出して、3人は図書室から退室した。

3人の後ろ姿を別の物を見るかのような目で小野寺は見ていた。

 

「………………………。」

「お、小野寺さん……。」

 

大友が駆け寄ってきた。

 

「ん?」

「その………ありがとう……。」

「……別に。図書室は静かにしなきゃいけない場所でしょ?

 それにさ………散々噂を鵜呑みにするのが駄目だって、あん時思い知ったはずなのに………。マジで腹立ったよ。

 てか、大友も大友だよ。何で言われっぱなしでいるのさ?何で何も言い返さない訳?」

「それは…………。」

「『石上優の傷に比べれば安い物』ですか?」

 

かぐやも来た。

 

「四宮さん………。」

「いい事を教えてあげましょう。

 人間には、何種類もの弱さがあります。先程の彼女達の様な、群れる事でしか他者を攻撃出来ない弱さ。他にも沢山あります。

 そして、あなたの弱さは………いつまでも過去を引き摺ってばかりいる弱さです。」

「過去を……引き摺ってばかり……。」

「確かに石上優が受けた傷に比べれば安い物です。ですが、それをいちいち気にしていては、いつまで経っても成長など出来ません。ましてや、石上優を元に戻す事など、不可能に等しいです。」

「………………。」

「何度も聞きますが、あなたは彼を戻す為に、高等部に進学したのでしょう?

 だったら、いい加減過去の過ちを引き摺るのではなく、それを未来の動力へと変えるべきなのでは?」

「未来の……動力………。」

「……あなたなら出来ると判断したから、会長や私はあなたを生徒会に招待したのですよ?

 なら、それなりの事はしなければ……。もう、口だけではないのでしょう?」

 

そうだよ。何で私はすぐ忘れるんだ。

確かに生徒会に入会してから、石上君を見ても、震えはしなくなったし、気が動転する事はなくなった。

しかし、やはりまだ拭い切れていない部分がある。とある事で、石上君に対する罪悪感がぶり返してきてしまう。

それじゃ駄目だ。ぶり返してくる罪悪感に、しっかりと蓋をしなければ。もう、引き摺ってはならない……。それを動力に変えるんだ。

 

「………すみません四宮さん。危うく、また口だけの私になってしまいそうでした。」

「………大友……。」

「……なら、まずは小テストを乗り越えなければなりませんね。」

「は、はい!」

 

まあまずは、小テストを乗り越えなきゃなんだけど。

 

「それと、あなた………。」

「はい。1年B組小野寺麗です。」

「………先程はありがとうね。」

「いえ……そんな……。友達の悪口言われるのが嫌だっただけで……。」

「………今後とも、彼女の事をよろしくね。」

「はい。」

 

 

 

 

 

 

 

翌日の小テスト終了後………。

 

「……………………。」

「………あれだけやっといて、名前記入忘れってどういう事ですか?」

「そ、それに関してはぁ……!」

「言い訳など通用するとでも?名前を書いていなかったのがあなただけってので担当教員は済ましましたが、私からすれば0点同然ですよ。」

「そんな手厳しい事言わなくても……!」

「どうやらあなたには、勉強以外の事もきっちり教えておく必要があるようですね。

 お覚悟はよろしくて?」

「ごめんなさいいい……。」

 

大友京子、ギリギリ留年回避。

ちなみに、小テストそのものは満点。




大友の陰口言ってた子達は、原作でも出てた石上の陰口を言ってたあの子達を連想させて下さい。

次回、ついにかぐや様と石上が初対面します。


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四宮かぐやと石上優

ついに石上がかぐや様と対面します。
どんな風になるのやら……。


「……そこまで警戒する必要はありませんよ。私はただ、あなたと話がしたいだけなんですから……。」

「…………………。」

 

まんまと騙された。出来る限り、この人とは関わりたくなかったのに……。

 

 

 

 

 

 

 

遡る事十分前……。

 

「…………ん?」

 

下校しようとしていた矢先、石上は動きを止めた。

生徒会室の前で何かモジモジしている人がいた。

 

「(……何やってんだ………?)」

 

少々気にはなったが、まあ別に自分に何かがある訳ではないから、無視して玄関へと向かおうとした。が………。

 

「あ!ちょっとそこのキミ〜!」

 

そのモジモジしてた人から声をかけられた。どこかで聞いた事がある声だなと思い振り返ると、この間ぶつかったギャルっぽい先輩だった。

 

「(確か………早坂っていう名前だったかな……。てか、面倒なのに見つかったな……。)」

「ねーねー!ちょっと頼みたい事があるんだけどー!オケかな?」

「……………急いでるんで……。」

「嘘はよくないし!私そーゆーのスグ分かるんだからさ!」

「(…はぁ……仕方ない……。)」

 

仕方なく、石上は早坂の頼みを聞く事にした。

 

「……で、何なんですか………。」

「生徒会室に入りたいんだけどさー…。」

「………何か入れない事情でも?」

「ゴキブリがいて入れないんだよねー。

 一緒にいた会長も思わず逃げ出しちゃってさー。だから、代わりに退治してくれないかなー?」

「……………………。」

「あり?もしかしてキミもゴキブリ嫌い?」

「……てか、ゴキブリ得意な人なんてごく少数でしょ。まあ、でもいいですよ……。別にそこまで苦手という訳じゃないので………。」

 

早いところ、事を済まして帰りたい。

渋々早坂の頼みを承諾した石上は、生徒会室へ入室した。

 

「………どこにいんだ………?」

 

石上が更に室内へと入ると、背後の扉が閉まる音と、鍵を閉める音がした。

何だと思い振り返ると、いつからいたのか、一人の女生徒が扉の前に立っていた。

その女生徒の顔を見た途端、石上は全てを悟った。

嵌められた。あの先輩もグルだったのか……。

 

「初めまして、石上君。」

 

かぐやは石上に笑みを向けた。

 

 

 

 

 

 

 

そして現在………。

 

「ずっと立っているのも何でしょうから、座ってください。」

 

何が目的なんだ?一体なぜあんな回りくどい事をしてまで、僕と……。

 

「………さっきも言いましたが、そんなに警戒する必要はありませんよ。というか、何をそこまで警戒しているのですか?」

「………何が目的なんですか……?」

「ふふっ。先程も言ったじゃないですか。ただあなたとお話がしたいだけですよ。」

「まさかだとは思いますが、あなたも会長や龍珠桃の様に、同情を言うつもりなんですか?」

「まさか。そんなつもりは一切ございませんよ。」

「……………………。」

 

読めない。マジで何が目的だ?

僕を退学にでもさせるのか?僕を一体どうするつもりだ?

 

「まあまあ、紅茶でもどうですか?」

「…………結構です……。」

「……………………。」

 

自分で言うのも何だが、本当にかつての自分を見ている様だった。いや、もしかしたら自分以上に心を閉ざしているかもしれない。

誰にも期待しない、恨みや憎しみといった悪意のこもった眼差し。

流石の私も恨みや憎しみまでは抱いていなかった。

私は、人を傷付けるくらいだったら、最初から関わらないという考えの元、他人を拒絶し続けていた。

だが彼は違う。彼は人に傷付けられたから、もう誰も受け入れないという考えの元、他人を拒絶している。

相違点はあるし、ある意味私よりも闇が濃い。

事件前の石上優が、まるで想像出来ない。

 

「………どんな気分でしたか?」

「え?」

「……真実を校内放送で告発した時は、どんな気分でしたか?」

「…………そりゃあもう、胸糞悪くて吐き気がしましたよ……。」

「では、スカッとはしなかったのですか?自分を騙した荻野コウを追い詰める事が出来て、今まで自分を責めてきた同学年達に罪悪感を持たせる事が出来て…。」

「……多少はしたかもしれません。けれど……それでもあいつらに対する苛立ちや恨みが強くて………。それが全部、スカッとした気分を掻き消したんだと………。」

「………復讐したいですか?」

「………したところで、どうせ反省なんてしないでしょう。あいつらの民度の低さはお墨付きですから………。やるだけ労力の無駄でしょう……。」

「まあ、確かにそうですね。」

「………え?」

「知っていますか?今年の一年生の評判、我々先輩方からすると、あまり良くないみたいですよ?」

「……………………。」

「でも安心して下さい。その中に、あなたは入っていませんので。」

「…………入ってたところで、俺からすればどっちでもいい事ですけど…………。

 てか、いい加減教えてくれませんか?あなたの目的は何なんですか?最初こそ、四宮家の権力を使って、俺みたいな奴をここから追い出す為だと思ってましたが、どうもそんな感じじゃない。ましてや同情を言う訳でもない。一体……何の為に俺を……。」

「………かつて同じ境遇にいた人間として、あなたの事を個人的に知りたいと思った。それだけの事です。」

「同じ……境遇………。」

 

氷のかぐや姫。僕も聞いた事はある。

かつての四宮かぐやはそう呼ばれていて、あの時の自分と僕が……同じ境遇………?

 

「……私だってそうでしたよ。あなたの様に、誰にも期待せず、誰も受け入れない。というか、受け入れたところで、勝手にその人が離れていくだけなので………。だったら、はなから受け入れなければいい。最初から拒めばいい。かつての私はそんな感じでしたよ……。」

 

まさかだとは思うが、次に「でも、今は違う」とか言わないだろうな。結局あなたも周りの連中と同じ……!!

 

「………『でも、今は違う』と言いたいところですが、あなたの場合、それは通用しない……。」

「………えっ…?」

「……あなたの心の壁は、突き破ることも、上からも下からも突破する事が出来ない位、高くて深くて厚い。今となっては、荻野コウを殴った事すら悪いと思っていない位、あなたの心はドス黒く染まり、決して晴れる事のない闇に覆われている……。」

「………待ってくださいよ……。荻野を殴った事すら悪いと思ってない?何で俺が悪いような言い方するんですか?あいつのせいで……あいつのせいで俺は……!!」

「……確かに全ては荻野コウが原因です。ですが、殴る以外にも他に方法があったのでは?」

「悪人を殴って何が悪い?俺があの時ああしてなかったら、更に被害者が出るところだったんだぞ!!なのにあいつらは……!まんまと荻野の嘘に騙されて、俺を……!!」

「………あなたの心は、隅から隅まで黒く染まり過ぎです。私の様な非情で冷徹な人間は勿論、会長や藤原さんの様な思慮深くて思いやりのある人間でさえも、あなたの傷の深さや痛さを理解する事は出来ません。

 ですが………自分は全部何も悪くないと思うのは、少々お門違いなのでは?」

「何だと……!!」

「どんな理由があっても、暴力は許されません。れっきとした犯罪の一種です。

 そういった意味では、あなたも荻野や一年生と同じく、犯罪者なんですよ。」

 

そのときの僕は、この人に対して何をしているのか、自覚していなかった。

何を言ってるのかも分からないくらいの怒声を出して、四宮さんの胸ぐらを掴んでいたことに……。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……。」

 

生まれて初めて、こんなに怒り狂った。

あの時感情的になったら負けだと、あれ程自分に言い聞かせていたのに………。

本当に僕は、未熟だ。

 

「……溜まってた膿を出せましたか?」

「…………はぁ……。マジで何なんだよ…あんた………。」

「……私で良ければ、あなたのその溜まった黒い膿を出させてあげますよ?いつでも掴みかかっていいですよ?」

 

不敵な笑みを浮かべて、かぐやは崩された襟を正した。

 

「……追放でもするのか……?別にそれでも構いませんよ……。」

「心外ですね。私はそこまで心の狭い人間ではありませんよ。

 私も、少々言い過ぎた部分はありますし、今回の件は全部水に流しますよ。」

「……だったらまず、そのおっかない目を何とかしてくれます?全然信用出来ないんですが……。」

「……まあ処罰を下すにしても、少なくとも荻野みたいな末路にはならないので、御安心を。」

「………やっぱあなたとは関わりたくなかった……。どうせ荻野の事も、再起不能になるまでに潰したんでしょう?そんな恐ろしい人と相手なんかしたくないですよ……。もう帰っていいですか?」

「ええ。時間を取らせて悪かったわ。」

「……あなたの目的が何なのかは分からない。けど、もう二度とあなたとは話したくないという事は分かりましたよ。」

「ふふっ。そうですか………。」

 

石上は荷物を持ち、生徒会室を出ようとした。

 

「………最後に、一つ質問してもいいですか?」

「…………………。」

 

石上は立ち止まった。

 

「あなた………この先を生きる気がありますか?」

「…………………あろうがなかろうが、あなたには関係無い事でしょう。」

 

そう答えて、石上は退室した。

 

「…………………。」

 

かぐやは黙って、石上の後ろ姿を見続けていた。

 

「(私の胸ぐらを掴む様な人間など、初めて見ましたよ……。後悔して、許しを請うのかと思ったら……。

 彼はもう、自分の人生にすら期待していないのでは……。)」

 

大きくため息をつくと、かぐやは時計を見た。石上が入室してから、まだ10分程度しか経っていなかった。かれこれ2時間はいたのではと思う位、中身の濃いやり取りだった。

 

「………無理難題とは、まさにこの事を言うのですね………。」

 

かぐやは、夕日に照らされ不気味さが漂う生徒会室の中で一人、そう呟いた。




次回は大友が、"とある人" と衝突してしまいます。


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大友京子は腹を括りたい①

時間があった為、今日は2話目もあげてしまいます。


時が流れるのは、本当に早い。

私だけでなく、皆もそう感じているに違いない。

気付けばもう夏服を着ていて、ほんのちょっと動いただけで汗が出るくらいの気温になっていた。

私が生徒会に入会してから、もうすぐ3ヵ月が経つ。徐々にではあるが、会計の仕事にも慣れて来て、生徒会の仕事に自信がついてきた気がする。

確か近いうちに、生徒総会がある。生徒会の仕事の中でも、トップクラスで大変な仕事らしい。私なんかに務まるのかと思う部分があるが、まあ、あの "彼" にあれだけの勇気をあの時絞り出したんだ。

もう私は、ただの根性なしではない………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は遡り………。

 

「……わ、私がですか……?」

「ああ、そうだ。本来は会長である俺が行かなければならない。けれど生憎その日は、俺達2年はどうしても外せない用事があるんだ。」

「でも……あれですよね……。確か、部活連の方々って………。」

 

中等部の頃から噂にはなっていた。

「外部入学した昔の生徒会長が失礼を働いて、親ごと海外に飛ばされた」という、とんでもない噂だ。

部活連の部長達の大体は、親がとんでもない権力者。国家権力やアウトロー、そしてどこぞの国の第二王子といった、とんでもない面々の集まりである。

そんな恐ろしい人達を……私が相手するのか……?

 

「…まあ、気持ちは分かる。俺も一度経験したが、あの人達を相手にするのは、本当に嫌だ。だが、本当に外せない用事なんだ。」

「だとしたら、私でなくても………。」

「………そういうわけにもいかなくてな……。」

 

確か生徒会の役員は合計6人で形成されていて、その内の生徒会庶務と生徒会会計監査が、3年生だったはず。

2年の白銀さんが会長になったせいで、いづらくなったのかは分からない。けど、入会して3ヵ月経つが、未だにその二人に会っていない。

少々複雑な空気なのだろう。大友はそう思う事にした。

 

「それに………、俺は大友さんの事を信頼してる。」

「えっ………。」

「会計の仕事も結構スムーズにこなしてるみたいじゃないか。

 四宮が言ってたぞ?

『彼女は才能が他人より少ないだけであって、伸び代は十分ある』とな。」

 

四宮さんが、私なんかにそんな事を………。

 

「会計の仕事だけじゃない。勉強だってそうじゃないか。日々頑張ってきたから、今のあなたが出来たんだ。俺はそんなあなたを、心から信頼している。

 あなたなら、出来る。」

「……………………。」

「……まあ、多少の覚悟は必要だ…。俺も本当にマズいとなった時はあるし……。くれぐれも、粗相は絶対に駄目だ。

 でも、それだけさ。それだけ注意すれば、あとはどうにかなる。いつも通りの、生徒会会計・大友京子でいればいい。」

 

……そこまで言われて、断れる訳ないじゃないですか……。

 

「……分かりました。私も腹を括ります。」

「………頼んだぞ。」

 

 

 

 

 

 

 

とは言ったものの………。

 

「………………………。」

 

会長、本当に人生終わったかと思いました。

何とか無事に会議は終了した。多分だが、私が海外に飛ばされる事は無いと思う。

しかしだ。異常な位に精神を削り取られた感じがして、私は会議終了後、その場でぶっ倒れてしまった。誰が保健室に運んだのか分からない。目覚めたら保健室のベッドの上だった。

 

「……こんなのもう二度とごめんだ………。」

 

部屋に入った瞬間、言葉では表せない圧が私を襲い、私の足を怯ませた。たかだか部活の予算会議だろうにと余裕をこいていた自分を後悔していたが、会長にあそこまで信頼されたんだ。絶対に、期待に応えて見せる。

と、強気でいたのに………。

 

「………やっぱまだまだだな………。」

 

最後の最後で倒れるなんて……情けない……。

 

「あら、目が覚めた?体調の方はどうかしら?」

 

保健室の先生が声を掛けてきた。

 

「あ…もう、大丈夫……だと思います。」

「だと思いますって……。」

「……あの、誰がここに私を………。」

「え?あー………、名前は分からないけど、ちょっと目つきが悪い男子だったかしら………。」

「目つきが悪い………。」

「……それよりも、本当に大丈夫なの?」

「ええ、まあ………。」

「確か、生徒会の子なんですよね?大変なのは承知だけど、無茶は絶対駄目よ?自分が滅んだら、意味が無いんだからね。」

「はい………。」

 

大友は先生に礼を言って、保健室から出た。

時計を見ると、あと1時間程で下校時間だ。会長から、「今日は会議が終わったら帰っていい」と言われた為、そのまま帰ろうとした。が…。

 

「……そういや、提出しなきゃいけない会議の資料、どこいったっけ?」

 

会議終了後、すぐに倒れたので、そんな事は知る由もなかった。大友はすぐに会議が行われていた部屋へ向かった。

 

「(無くなってたらマジでヤバい……。四宮さんに何て言われるか……。)」

 

そんな事を考えながら、部屋に入ろうとしたが、鍵がかかっていた。

面倒だなと思いながら、鍵が管理されてある職員室へ向かおうとしたら……。

 

「探してるのは、これか?」

 

突然声を掛けられた。その方向へ顔を向けると、一人の男子生徒がその部屋の鍵を持っていた。

 

「あ………うん………。」

 

普通なら「それ!」と元気良く反応するが、その鍵を持っている相手は、とてもそんな反応が出来ないオーラを放っている人間だった。

 

「でも、どうしてそれを………?」

「俺もちょうど、ここに用があったんでな。」

「そうなんだ………。ありがとう………小島君……。」



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大友京子は腹を括りたい②

ご勝手ながら、まだ下の名前が分からない小島君ですが、私の勝手な想像で「慶二郎(けいじろう)」とさせていただきます。
そこのところは、ご了承下さい。お願いします。


「………どうした?この鍵を探してるんじゃないのか?」

「あ!うん、ありがとう………。」

 

よそよそしい感じで、大友は鍵を受け取った。

 

「(………やっぱ怖いなぁ……。)」

 

小島慶二郎。

この名前を知らない者は、同学年の中にはいない。現警視庁警視総監を父に持つ、学年内で最も敵に回してはいけない人物。

正直私も、小島君とはあまり関わりたくなかった。どういう訳かは分からないが、私達を見下す態度。鋭い目つき。高校生とは思えない位の威圧感。

この要素があるものだから、同学年の中でもかなり浮いていた存在だったが、彼に関しては嫌われているというよりは、恐れられているという方が正しい。

 

「………。」

 

大友は鍵を開けて部屋に入ると、自分が座っていた席に、提出するべき資料があるはずなのに、どこにも見当たらない。

マズい事になった。

焦りが出てきて、大友は部屋の中を捜索しようとした。

 

「安心しろ。」

 

小島が後ろからそう言った。

 

「お前の探している資料は、俺が代わりに提出しておいた。」

 

変に焦らさないでよー、となど、小島に対して言えるわけがない。

大友は安堵の息を漏らした。

 

「ありがと……う……?」

 

だがここで、大友は疑問に思った。

なら、何故小島はもっと早く、私にその事を言わなかったのだ?

部屋に入室する前に小島は知っていたのだから、わざわざ私が部屋に入ってから言う必要は何も無い。

からかった、とは到底考えにくい。それに、そもそも彼はこの部屋に一体何の用なんだ?忘れ物でもしたのか?

なら、何故彼は頑なにドアから離れようとしないのだ?

 

「……………………。」

「小島……君………?」

「…………もう、いいんじゃないのか?」

 

もう、いい?何がだ?

 

「…………石上の事に関与するのは、もういいんじゃないのか?」

「……………え…………。」

 

小島はドアの鍵を閉めて、大友に近づいて来た。

 

「……お前は、石上に対して相当な負い目を感じているようだが……………、もう気にする必要はないんじゃないのか?」

「な、何を言って…………。」

「知っているぞ。お前が、いや、お前達が石上を元に戻そうと奮闘しているのは。

 だが…………そこまでしてあいつを戻す必要は、あるのか?」

「…………何でそんな事言うの………?」

「………考えてもみろ。 

 自分の事を殺そうとした奴らに助けられる、石上の気持ちを。」

「!!!」

 

心臓の鼓動がいきなり早くなる事に気づいた。

………そうだ。あの時私達は………石上君を……殺そうとしたんだ………。

 

「………どうした?もう、あいつの事で怯まないんじゃないのか?顔が真っ青だぞ?」

「………………………。」

「………お前達の中に、誰かあいつの味方がいれば、こんな事にはならなかったのに………。

 いいか?石上を今の石上にさせたのは、紛れもない貴様らだ。お前達はまんまと荻野の嘘に騙されて、あやうく無実の人間を殺すところだったんだ。お前達の様なバカがいるから、いつまで経っても冤罪が減らない。罰せられるべき人間がノウノウと生きる社会が生まれてしまう。

 なのに今更になって、元の石上に戻すだと?一体どこまでお前らは腐ってるんだ。だったら何故もっと早くそうしなかった?何故あの時、真実に気付こうという姿勢すら示さなかった?」

「………………………。」

「……もう、あの時の石上は消え失せた。お前達のやっている事は……………無駄だ。綺麗さっぱり、もう諦めろ。」

「…………………何で……………。」

「?」

「………何で……決め付けられるの…………?」

「何だと?」

「やってもないのに………何で小島君は無理だって決め付けられるの……?」

「………往生際が悪すぎやしないか……?

 何故お前はそこまで奴に固執する?何がお前をそうさせるんだ?」

「………石上君は……あのままじゃ駄目なの………。」

「はぁ?」

「……誰よりも真っ当に生きなきゃいけない人間なの………。

 誰よりも優しくて、誰よりも思いやりのある石上優こそ、本当の彼なの……。今の石上君のままじゃ………このままじゃ彼は……。」

「………じゃあ聞くが、お前は石上の為に、何かをしたのか?」

「!!」

「もしお前達が本気であいつの事を元に戻したいと思ってるなら、具体的な案が一つでもあって、おかしくはないと思うが……?

 それも無いのだろ?ただお前達は、自分達が石上に対してやった事を、石上の心を開く事でチャラにしようとしてるだけだ。」

「なっ………!!」

「そういうのを何て言うか知ってるか?自己満足というんだ。

 貴様らは心から石上の事など思ってない。お前達の中にあるのは………『心を開かせたから、どうか許して下さい』という、何ともまあ醜い考えだけだ。」

「何ですって……!!」

 

周りから自己満足と言われても、正直気にはしなかった。側から見たら、そう見えてしまっても仕方が無い。

ただどういう訳か、彼の言った事だけは納得いかなかった。

 

「俺からすれば、お前達のやってる事など、馬鹿らしくて仕方が無いよ。」

「何もしていないあんたが何でそんな事言えるの!?何でそんな偉そうな態度が取れるの!?」

「過去の過ちは絶対に消えない。大事なのは、その罪を死ぬまで背負い続けて、次こそは真っ当に生きると決意する事だ。

 なのに貴様らは、その罪を揉み消そうとしている。無かったことにしようとしている。どこまでも醜悪な奴らだよ。」

「所詮あんたからすれば石上君はそんな程度の人間よ!!でも、私達は違う!!私達はちゃんと認知している!!彼は正しい人間だって!!彼はこの先を真っ当に生きるべき人間だって!!」

「荻野の嘘に騙されて石上を突き放したくせして、『私達はちゃんと認知してる』か……。お前は他の連中と違って分別のある奴だと思ってたが、俺の勘違いだったようだな。所詮お前もそんな程度の人間だという事だ。あいつらと同じ、程度の低い人間だ。」

「何ですって……!!」

「さっきも言ったが、じゃあどうしてあの時石上を信じなかった?何で根拠も無い荻野の話を事実と勝手に決め付けた?

 もっと早くにお前らが気付いていれば、あんな事にはならなかっただろ。遅過ぎるんだよ。

 ロクに真実に気付こうとしなかったのに、今になってその罪を揉み消そうとしているお前や小野寺や伊井野。石上の件から何も学ばず、また同じ過ちを繰り返そうとしている同学年共。同じ秀知院学園生以前に、同じ人間として恥ずかしい限りだよ。」

「さっきから聞いてれば偉そうに……!!あんたになんか分からないでしょうね!!いつも私達を見下してばかりのあんたになんか!!いつもお父さんの権力振りかざしてるあんたになんか!!彼がどれだけ真っ当な人間かなんて」

「そんな事俺だって分かっている!!!」

 

そう言ったと同時に、小島は勢いよく机を蹴り飛ばした。

 

「!!」ビクッ

「ああそうだお前の言う通りだ!!あいつは至極真っ当な人間だ!!誰よりも真っ当に生きる権利がある!!

 俺だってあいつを元に戻したい!!俺だって、事件前の石上こそ、本当の石上だと知っている!!

 だが!!…………もう、手遅れなんだよ……。」

 

小島は近くの椅子に腰を掛けた。

 

「………どんなに考えても………もう手遅れだ……。」

「…………………。」

「無理なんだよ……。遅過ぎるんだよ………。どんなに手を尽くしたところで、あいつの苛立ちを増幅させるだけだ………。

 だからせめて…………あいつがああなった元凶の荻野を………。」

 

大友は先程の発言を後悔した。

小島慶二郎も、彼の事を元に戻したいと考えていた……。それなのに………。

 

「……今更何かして、胸糞悪い思いをさせるくらいだったら………何もしない方が賢明だ………。」

「…………………。」

 

小島は歯を食いしばり、苦悩の表情を浮かべていた。

彼も彼で、後悔していたのか……。それなのに私は、感情的になってたとはいえ、彼になんて事を言ってしまったのだろう……。

 

「………俺がもっと………ちゃんとした捜査をしていれば……。」

「………小島君………。」

「………本気であいつの事を思ってるなら…………お前達のやるべき事は一つだけだ…………。

 ……もう何もするな。もうあいつの為に……時間を使うな……。」

「それは………!」

「お前は恨みや憎しみだけでなく、今度は殺意まで奴に持たせる気か?お前だって見てるはずだ。奴の悪意のこもった目を。

 更に悪意を持たせて、お前はどうするつもりなんだ……?」

「……………………。」

「………今一度、考え直すべきなんじゃないのか……?

 自分達のやろうとしてる事は………本当に石上の為になるのか……。俺は………もう奴には干渉しない……。そっとしておいてやるのが………一番だ………。」

 

……何も……しない………。

 

「……何が最善なのか、じっくりと考えろ……。」

 

そう言い、小島は部屋から退室した。

 

「……………………。」

 

この時、大友京子の心が揺らいでいた事に、彼女自身は気付いていなかった……。

……だったら………私は何のために………。



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大友京子は腹を括りたい③

翌日………。

 

「………京子ー?」

「えっ!?あ、はい!!」

「どうしちゃったの?そんなボーッとしてさ。」

「次、体育でしょ?」

「あ、ああそうだった……!」

「……京子さぁ、最近ちょっと無理してない?生徒会との両立、大変そうに見えるけど……。」

「そんな事ないよ!むしろちゃんと両立出来てる方だし!」

「あんま無理しちゃ駄目だよ?」

 

友達と話しながら、大友は次の体育の準備の為、更衣室へ向かった。

 

「でも四宮さんに勉強教えてもらってるなんて羨まし〜。」

「絶対教え方上手いよねー!」

「私の成績上がったのも、全部四宮さんや会長のお陰だよー!ほんと凄いんだか」

 

話しながら歩いてた為、誰かとぶつかってしまった。

 

「あっ、ご……めん…。」

「……………………。」

 

黙ったまま、大友とぶつかった本人である小島は、その場を去った。

 

「……………………。」

「何なのあいつ?感じ悪い……。」

「前から思ってたけど、何で小島って私達にあんな態度なの?」

「私達、あいつに何かした?」

「だよねー!なのに何か偉そうな態度出してさー!」

「お父さんがちょっと偉い人だからって調子に乗ってんの?」

「マジでムカつくんだけど……。」

 

こんな感じで、小島君は同学年の中でも、石上君に匹敵する位浮いた存在だった。

確かに小島君の言動は、ちょっと棘があるけど……。

 

「………やめようよ。」

「………えっ?」

「……小島君はそこまで嫌な人じゃないよ。」

「ちょっと京子?」

「京子が優しいのは分かってるけど、流石にさっきの態度は……。」

 

昨日、私はよく分かった。

小島慶二郎も、彼なりに後悔していた事に。荻野の嘘を明かす為に、しっかりと捜査をしていた事に。あの時から既に、石上君の味方だったという事に。

それなのに私達は………。

 

 

 

 

 

 

 

放課後………。

 

「……それで、話とは何だ?部活があるんだが。」

「ごめん……すぐ終わるから………。」

 

放課後、私は小島君を呼び出した。

昨日の件の事もあるが、何より………。

 

「……まず……昨日はごめん………。ついカッとなっちゃって……,。」

 

すると、小島はため息をついた。

 

「何か大切な用件かと思えば、そんな事か………。

 気にするな。俺にも落ち度はある。元はと言えば、俺の発言がそもそもの原因だろ。何も気にしてなどいない。」

「でも………。」

「それに、この俺にあんな態度を取れる奴なんざ、お前くらいだ。案外度胸のある奴なんだなと思ったのが強い。」

 

確かに言われてみればそうだ。

小島君の親は、校内でもトップクラスの権力者だ。その気になれば、私達の首など平気ではねる事が出来る人間だ。

そんな人に私は、なんて事を口にしたんだ……。

 

「……………………。」

「……安心しろ。そこまで俺も器の小さい人間じゃない。そんな程度の事で、お前をどうこうなどしない。

 さっきも言ったが、俺にも落ち度はある。誰が悪いかなど、そんなものは無い。どっちもどっちだ。だからもう気にするな。」

 

そう言って、小島は退室しようとした。

 

「待って!」

「今度は何だ?そろそろ部活に行かんといけないんだが…。」

「…………小島君は………本気で何もしないつもりなの……?」

「…………ああ………。お前達が協力して欲しいと言ってきても、俺は拒否する。その方が、あいつの為だからな………。」

「……………もし、石上君を元に戻す方法があっても……拒否するの………?」

「……………………。」

 

そんなもの、あったらとっくにやっている。

でも、何も思いつかなかった。どんな事をしても、あいつの悪意を増幅させるだけだ。更にあいつを堕とす位なら……何もしない方がマシだ………。

 

「…………小島君………?」

「………お前らがどんなに言ってきても、俺の主張は変わらん。もう………あいつの事には蓋をする事にしたよ……。

 これが、俺が導き出した結論だ……。」

「…………そっか………。」

「意見を押し付けるつもりは無いが、何が石上にとって最善なのか……しっかり考えるんだな……。もうこれ以上……この件について話しかけてくるな………。」

「話しかけてきたら…………?」

「………どうしたものかな?」ギロッ

「!!!」

 

大友は身震いをした。

 

「……フッ。冗談だ冗談。」

「冗談を言った目では無かったんですが。

 ………ていうか………。」

「?」

「……小島君が笑ったところ、初めて見たかも……。」

「俺だって人間だ。笑う事くらいあるだろ。」

「だって、いつもあんな感じ出してるもん。笑いが欠如してるのかと思うでしょ……ww」

「何だそれは……。」

「………てか、何でさっきから後ろ向いてるの?」

「!」

「まさか……照れてるとか?ww」

「んな訳あるか。ていうか、早く部活に行かせろ。大会が近いんだよ。」

「そうだね……。頑張って!小島君なら、優勝間違い無しだよ!」

「……………気持ちだけ受け取っておこう。」

 

そう言って、小島は部屋から退室した。

その際、大友京子はチラッと見えた。

いつも仏頂面でムスッとしている小島慶二郎の顔に少々綻びがあり、耳が赤くなっていた事に。

 

「(………素直にありがとうって言えばいいのに……。)」

 

小島本人はどう思っているか分からない。だが大友は、少々小島との距離が近くなった気がして、勝手に嬉しくなっていた。

 

 

 

 

 

「(………調子が狂う………。)」

 

そして、生まれて初めて誕生した感情に戸惑いを感じていた小島は、頭を掻きながら部室へと向かった。




〈補足〉
大友と小島君に関しては、これ以上の関係にはなりません。
誤解はしないで下さい。お願いします。 

そして次回は、石上の正義感が完全欠如した様子が、顕著に現れる回となります。


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石上優は見出せない

累計で何日学校に通っていないだろうか。

そんな事をぼんやりと思いながら、石上は横になっていた。

家にも数回位しか帰らず、学校にもたまにしか通わず、この廃屋でただ怠惰の限りを尽くしている。そんな今の自分の事を、まさに負け犬と言うのだろう。

 

「………もう夕方か………。」

 

いっその事こと、もう死んでしまおうかな……。

何に対しても楽しみを示さなくなり、もう自分は、何の為に息を吸っているのかすら分からない。

 

「…………そういや、もう少しでテストか………。」

 

もう気づけば、蒸し暑さが牙を剥き始めた7月だ。期末考査の時期だ。今頃あいつらは、必死こいて勉強してるんだろうな……。

勉強も、いつからまともにしてないかな……。

秀知院学園では、一個でも赤点を取ったら救済措置は無い。今の自分だと……そうだな……。

まあ、どうでもいいや……。もう、何もかも……どうでもいいや……。

段々と意識が遠のき、目が自然に閉じていくのが、自分でも分かった。

 

 

 

 

 

 

 

目覚めた時には、体全体に汗を掻いていた。

あの時の事がたまに鮮明になって夢に出てくる。

 

「はぁ………はぁ………。チッ…。」

 

何で自分が悪いみたいになるんだ?全部、あいつらのせいだろうが…。

夢の中では、何も悪い事をしていないのに、周りからは罵詈雑言の嵐。嫌がらせの連続。何で自分がこんな惨めな目に……。

思い出すだけでイライラしてきた。

近くに転がっていたペットボトルを苛立ちに任せて蹴り飛ばし、石上は廃屋の外に出た。

空気でも吸って、気持ちを落ち着かせよう。

 

「………………………。」

 

辺りはもう真っ暗だった。何時間寝ただろうか。

スマートフォンで確認しようとしたが、生憎の充電切れ。

 

「……チッ!クソッ………。」

 

こんなくだらない事でも、つい苛ついてしまう。

自分はこんなに感情的になりやすい人間だったか?

イライラしながら石上は辺りを散策すると、知らないうちに、とある公園に入っているのに気づいた。

そして、公園内にある時計を見て、もう既に夜中の11時を過ぎていた事に気付いた。

何もしてないのに、6時間も寝てたのか……。いよいよ、本当の負け犬になりそうだな……。

そんな事を考えながら、石上はベンチに腰を掛けた。

 

「………………………。」

 

ただ真っ黒な夜空を眺めて、項垂れる事しか出来なかった。もう歩きたくもない。いっそのこと、誰か殺してくれないかな………。

 

「………でさー………。」

「マジー?」

 

近くで誰かが話している声が聞こえた。

声のする方向へ目を向けると、ニット帽をかぶった男子と、糸目が特徴的な男子が歩きながら話していた。塾の帰りか何かか?

 

「いやぁ〜!思った以上に盛り上がったよなー!あいつも来れば良かったのに!」

「バイト優先だなんて、あいつらしいっちゃらしいけど……。」

「ま、あいつは多分、あの人一筋だと思うぜ。」

「誘うだけ無駄かぁ〜!はっはー!」

 

はぁ……呑気に合コンとは、お気楽な事で………。

………いいよな……。何にも辛い思いしないで、ただ平穏に学生生活を楽しめて………。

……あんな事しなければ……僕はこんな目には………。

………いやいやいや。何で僕が悪い感じになってんだよ?全部、荻野やあいつらのせいだろ?

荻野が秀知院にいなければ。あいつらが僕の事を信じなかったから。

そうだよ。僕は何も悪くない。何度自分に言い聞かせているんだ。

 

「…………なあ、あのベンチに座ってるの………。」

「ん?……あれ、うちの学校の制服じゃね?もう7月なのに、暑くねぇのか?」

 

マズい。秀知院の奴だったのか。

石上は近付いてくる前に、そそくさとここから立ち去った。

 

「………あれって…………。」

「ん?」

「……いや……どっかで見た事あるような………。」

 

ニット帽を被っている男子・風祭豪は、石上の後ろ姿を見てそう言った。

 

「んー……あ!もしかして、一年の石上って奴じゃ?」

 

目を凝らして、糸目の男・豊崎三郎はそう答えた。

 

「石上って……一年で一番の問題児の…?」

「そうそう!あれ?もしかしてあの話知らんの?」

「知ってはいるけど……。ただ、だとしても、何してたんだ?」

「さぁ……?」

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……。」

 

ここまで来ればもう大丈夫だろう。見つかったら見つかったらで、後々面倒な事になりそうだ。

 

「はぁー………。」

 

本当に僕は、何をやってるんだ?無駄に息を荒くして、見す知らずの所にまでやってきて……。

何の為に僕は酸素を取り入れているんだ?僕が生きている意味は………一体何なんだ?

 

「………て……!」

「……?」

 

誰かの声が聞こえた。

耳を澄ましてみると、近くの廃工場から聞こえてくる。何だと思い、廃工場の中に入ってみた。何故かは分からない。だが、無意識に足が動いていた。

 

「……だ………けて……!!」

「大人しくしろ……!誰かに聞かれたら……!」

「おい!もっとちゃんと押さえろって!」

「分かってる!」

 

おいおいおい。何だと思って来てみれば………。

石上は物陰からその光景を見ていた。

……ていうか、よく見たらウチの制服じゃん……。

 

「んー!んー!」

「よし!ちゃんとガムテ貼ったな!」

「……なぁ、バレてねぇよな?」

「心配すんなって!バレても全部親父が揉み消してくれっから!

 それに、最近ヤッてなくて溜まってんだろ?今がチャンスだって!」

「てか、そもそもコイツん家の親、大した権力持ってないから、バレてもどうこうなんか出来ないっての。」

「………それもそうだな。」

 

……これだから秀知院の奴らは………。

同じ秀知院学園生として恥ずかしい、と言いたいところだが、一体どの口がそれを言うんだが。

昔から嫌だった。親がちょっと偉いからって、変な事で威張り散らして、他者を見下す同学年の連中が。

そりゃ他校の連中から、「民度の低いボンボン共」という不名誉なレッテルを貼られるわ……。

 

「…………ヤベッ。」

 

襲われている女子と目が合ってしまった。

助けてと言わんばかりの眼差しをこちらに向けている。

……あれ……?……確かこいつ………。

昔の記憶が蘇ってきた。

確か停学処分を受けたすぐ後、僕の下駄箱にゴミを入れた奴らの主犯格だ。

 

『クズなストーカーにはそれ相応の天罰を、ってか!ハハハ……!』

 

周りも奴の言った事に同調するかの様に笑っていたのも、思い出してしまった。

 

「……………………。」

 

こいつ多分、僕だって事に気付いてるな……。そんな目で見ないでくれよ……。必死こいて助けを求める小動物みたいな目をしないでくれよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見捨てたくなるだろ。

 

「………フッ。」

 

多分、今の僕の顔は、彼女に哀れんだ目を向けて、薄ら笑いを浮かべているだろう。

そして、眼差しで彼女にこう伝えた。

 

ざまあみろ。

 

そんな眼差しを向けて、僕はその場を去った。

男子共は気付いていなかった様だから、そこは幸いだった。

 

「………フフッ……ハハ………!」

 

それにしてもだ。去り際に見えた、彼女の絶望しきった顔。

それがまあ滑稽過ぎて、不覚にも声を出して笑いそうになった。

声を押し殺しながら、僕は廃工場を出ていった。

 

「フフッ……ハハハハハハ……!!ハハハハ………!!」

 

声を出して笑うってのは、こんなにも気持ちがいい事なんだ。

スカッとした気分というのは、こういう事を言うのか。

今まで憎かった奴が、あんな惨めな目に遭う。それがいかに滑稽で最高なエンターテインメントなのかを、僕は知る事が出来た。

絵に描いた様な因果応報とは、まさにあの事を言うのだろう。

いい気分だ。久々にいい気分だ。久々に、いい気分のまま寝れそうだ。

石上は笑みを浮かべたまま、一人夜道を歩いていった。




次回は龍珠さんメインのお話です。


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そして龍珠桃は目を閉じた

前話「石上優は見出せない」がかなり好評でした。数々の感想を送信して下さった読者の皆様、ありがとうございました。



以前石上と話をした龍珠。
自身の過去が夢に出てきて………。


気付いたら、体を起こして息を荒くしていた。

 

「……はぁ……はぁ………。」

 

久々に過去の事が夢に出て来た。もう、蓋をしたはずだと思ってたのに……。

家着は汗で濡れていて、髪も乱れていた。部屋に置かれていた鏡に目がいったが、病気にでもかかったのかと思う位、顔は真っ青だった。

 

「……何だよ一体…………。」

 

龍珠は部屋を出て、リビングの方へ行き、一杯の水を思い切り飲んだ。

 

「………はぁ……。」

 

過去はどんな事があっても消えない。忘れたと思った時に、ぶり返してくる。

思い出したくもない。けれど、今も夢の内容が鮮明に頭に残って……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの子とは関わっちゃ駄目よ。ヤクザの子なんだから。」

 

初等部初めての授業参観の日の事は、鮮明に覚えている。

我が子の為にやって来た親達が、皆揃って私に後ろ指を向けている。

それに同調するかの様に、同学年の皆も、私から離れて陰でコソコソと………。

私は、ただ皆と友達になりたいだけなのに……何もしてないのに……何で……?

 

「ヤベッ、俺今龍珠さんと目遭っちゃったよ…。」

「ボコられんぞ……。」

 

そんなつもり無いのに……。

 

「龍珠さんじゃない?昨日の奴……。」

「ああー、昨日のねー…。お父さんにチクってそー……。」

 

そんな事した覚えないのに……。

何で……?私……皆に何かした?

 

 

 

 

 

中等部の頃からは………もう、友達を作る気すら起きなかった。

起きたとするならば……。

 

「あ?何ガン飛ばしてんだ?ぶっ殺すぞ?」

 

彼らに対する敵意。

 

「私は親父とは違ぇんだよ。同一視してんじゃねぇぞタコが。」

 

陰でコソコソ言ってくる奴らへの対抗心や反発心。

そう言えば、大体の奴は怖気付いてどっかに行く。

弱い犬ほどよく吠える。あいつらは弱い犬っころだ。そう虚勢を張る事によって、私は孤独感を紛らわそうとしていた。

だが、やはり一人は辛い。

 

「ねーねー、明日このお店行こーよ!」

「ここってつい最近オープンしたとこじゃん!行こ行こ!」

「誰誘おっか?」

「そうだなー……。」

 

そんなやり取りを耳に挟む。それだけであった。誘われる事も無く、誘っても避けられる。

私だって………皆と一緒に遊びたい……。もっと……楽しい思い出を作りたい……。

でも、その悲しみを虚勢を張る事によって、ずっと隠して来た。自分に嘘をつき続けていた。

別に一人でも生きていける。一人の何がそんなに駄目なんだ。

そんな虚勢を張って、私は………悲しみを紛らわしていた。

 

 

 

 

 

「次の授業遅れちゃうよー。」

 

え?まさか、私にそれを言ったのか?

 

「おーい、龍珠さーん?」

 

耳を疑ったが、やはり私だ。私に声を掛けている。

 

「どうしたの?そんなキョトンとして?」

「あ、ああ………。」

 

確かこいつは、中等部からの混院だったはず。成る程、私がどういう奴なのか、詳しく知らないみたいだな。

いや、だとしてもだ。龍珠組は日本でもかなり有名な広域暴力団だ。耳にはしていると思うし、「龍珠」なんていう苗字はそうそうに無いだろ。

 

「……………………。」

「……ん?ど、どうしたの?」

 

この頃の私は、まだ彼女に猜疑心を抱いていた。恐らく彼女の事を睨んでいたのだろう。

 

「………あんま私と関わんない方がいいぞ?」

「えっ……。」

「あんただって、私がどんな奴か知ってんだろ?ヤクザの娘だって。」

「……まあ、知ってるけど………。

 だから何なの?」 

「……え?」

 

意外すぎる返事に、思わず間抜けな声が出てしまった。

 

「いやー、正直さ、親がヤクザだからって、何なのって話だし…。龍珠さんは龍珠さんじゃないの?親がどうこうなんて、関係なく無い?」

 

………私はこういう人間に、理解されたかったのかもしれない。

親がどうこうなど関係なく接してくれる、彼女みたいな人間に……。

でも………。

 

「………ざけんな………。」

「え?」

「……皆そうやって最初は接してきたんだ……。なのに……なのに……いつからか勝手に離れていって、ありもしない噂をでっち上げて私を……!!」

「りゅ、龍珠さん?」

「どうせお前も同じだろ!!お前もどうせ私を段々怖いと感じて、いつからかあいつらの一緒に後ろ指を差すんだろ!?分かり切ってんだよ!!もう私に話し掛けてくんな!!

 もし次話しかけて来たら……!!」

 

今思えば、私は一体なんて間抜けな事をしてしまったんだろうと思う。

この頃の私の心は、もう既に真っ黒だったのだろう。だから親柄関係無く接して来てくれた彼女を、なんの偏見も無く接してくれた彼女を………私は………。

 

「……………………もし次話しかけて来たら?」

「…………………。」

 

それ以上、彼女は何も話してこなかった。ただ私の方を見て、涙を流していた。

 

「……………………何だよ?何か文句でもあんのか?」

 

そして私は、いつも彼らに対して向けていた態度で、彼女の事を睨んでしまった。

 

「…………………。」

 

彼女は何も言わずに、私の元を去っていった。

それ以来、彼女が私に話しかける事はなかった。無論、私も彼女の事は、もう微塵も気にしてなどいなかった。

この時の私は、気付いていなかった。

彼女は、本気で私と仲良くなろうとしていたのだ。本気で、私と友達になろうとしていたんだ。

なのに私は……私は……彼女を拒んだ。

私の心の門を開こうとしてくれたのに、私が無理矢理追い返して、自分で門を閉ざしてしまった。

この時の私は、猜疑心の塊だったのだろう。人の善意を、全て悪意のあるものと勝手に思い込み、傷付く必要の無い人間を傷付ける。何の偏見を持たずに接してくれる心優しい人間を泣かせる。

本当に私は愚かだった。大馬鹿だった。どうしようもなかった。

そりゃ友達なんか、出来る訳が無い。

今ならはっきり言える。私がずっと一人だったのは………全て私のせいだ。

私が彼ら全員の事をいつしか、そんな風にしか見ていなかったからだ。全員が全員そうではないというのに……。一人でも、心優しい人間がいたというのに………。

何度でも言おう。私がずっと孤独だったのは、全部私のせいだ。

 

 

 

 

 

そして、高等部へと進学し………。

 

「ふぁ〜………。」

 

私は天文部に所属し、一年で早くも部長になった。といっても、元々天文部には部員も全然いないし、大した部活でもない為、活動をしようがしまいが、そこまでどうこう言われない。つまり、自由なのだ。

私にとっては、最高の環境だった。ただ望遠鏡をそこら辺に置いて、活動をしている "感じ" を出していればいい。私は寝そべってゲームでもしていればいい。ゲームがつまらなくなったら、そのまま寝ればいい。寝れない時は、それこそ星を見ればいい。

部員の奴らもほとんど来ない。ましてや部長は自分。つまりだ。この屋上は、部活動の間、私の独壇場となる。

そんなある日だった。奴が私の独壇場に、何の躊躇も無く踏み込んで来たのは………。

 

「やあ。君が、龍珠桃さんだね?ちょっと、僕とお茶でもしないかい?」




龍珠さんも、原作の石上と似た様な境遇にいたので、龍珠さんにはちょくちょくスポットライトを当てにいく予定です。


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そして龍珠桃は辞めたくなった

原作のアニメ三期制作が決定しましたね。
恐らく前生徒会長や龍珠さんが声付きで出て来る訳ですが、私の脳内では、

前生徒会長(CV.櫻井孝宏)
龍珠桃(CV.種崎敦美)

で再生されてます。てか、そうなって欲しいです。
そんな私のくだらない願望はさておき、引き続き龍珠さんの過去(私の勝手な想像)を、どうぞ。


「あ?何だお前?」

「何だお前って……。これは困ったね。これでも、僕は生徒会長なんだよ?この胸の飾緒が目に入らなかったのかい?」

「……何の用なんすか?」

「君にいい話があるんだ。生徒会室で、お茶でもどうだい?」

 

 

 

 

 

「……へぇー……。私なんかを生徒会に……。馬鹿なんかお前?」

「随分ストレートに物を言うんだね。というか、仮にも僕は先輩なんだよ?敬語は使って欲しいところなんだけどね…。

 ……まあ、でもそれがいい。」

「…えっ?」

「君の様に、何に対しても臆せず物を言う事が出来る人間が、ちょうど欲しかったのさ。それが、僕が君を推薦した理由さ。」

「………………。」

「フフッ。随分僕の事を警戒している目をしてるね。そんなに他人を拒みたいのかい?

 良かったら、君の鬱憤を聞かせてくれないかい?」

「…………何なんだお前………。あと、その胡散臭い笑みやめろ。見てて腹立つ。」

 

私は会長に睨みを効かせた。

 

「………まあ、じっくりと考えて欲しい。僕はいつでも大歓迎だよ?」

「…………そうかよ……。」

 

曖昧な感じの返事をして、私は生徒会室から出て行った。

何なんだあいつは……。変わった奴だ。私がどういう奴か分かって……るか……。

分かってる上で私にあんな誘いを………。

そんな事を考えながら歩いていたものだから、周りの事がよく見えていなかった。誰かとぶつかってしまった。

 

「いて………。」

「あ、ごめんごめん!大丈夫?」

 

この時の私は思ってもなかった。

 

「……あ!もしかして、君が龍珠桃ちゃんだね?」

「あ………はい……。」

 

この人に出会っていたからこそ、私はまだ秀知院にいる事が出来ることに……。

 

「……ねぇ、そのキーホルダーって……。」

「え、あ……。」

 

その人は私のキーホルダーに目をつけた。私の大好きな熊のキーホルダーだ。

 

「可愛い〜!もしかして、この熊のキャラクター好きなの?」

「えっ………まあ……。」

 

何なんだこの人は?ていうか、誰なんだ?

 

「そっか〜。私もちょっと欲しくなっちゃったかなぁ〜。」

「…………………。」

 

一体何なんだ?この無駄にフレンドリーな感じ。ちょっと苦手だし………ウゼェ。

 

「………あんま私と関わらない方がいいっすよ。変に噂されても知りませんよ?」

「……そ、それってどういう……?」

「私の親が誰だか、あんただって知ってんだろ?私と関わっても、ロクな目に遭いませんよ?」

 

どうせ、あんただってそうなんだろ。仲良くするだけ仲良くなって、都合が悪くなったら勝手に切り捨てて、今度は私に後ろ指を……。

分かり切ってるんだよ。わざわざそんな辛い思いするくらいなら、最初から拒めばいい。

 

「そんじゃ。」

「あ、ちょ、ちょっと桃ちゃん!」

「気安く私の名前を呼ぶな。馴れ馴れしい。」ギロッ

 

つばめに睨みを効かせて、龍珠は去っていった。

 

「…………………。」

 

つばめは龍珠の後ろ姿を見て、こう思った。

本当は、友達が欲しいのでは?本当は、誰かに笑顔を見せたいのでは?

どこか………助けて欲しい感じが見受けられた……。心から分かってくれる人間を欲しているのでは………。

 

 

 

 

 

くそっ。くそっ。

今日はどうも調子が狂う。訳の分かんない会長には生徒会に招待されるわ、無駄に明るい先輩に絡まれるわ、何かムシャクシャする。

もうすぐ完全下校時間だった為、屋上に置きっ放しにしておいた荷物を取りに行くと、そこに一人の男子生徒がいた。

 

「あっ………。」

「……あ?何だお前?」

「い、いや……会長に……これをって……。」

 

おどおどした感じで、その男子生徒は龍珠に紙を渡した。

 

「……何だこれ?」

「龍珠って人に、渡して欲しいって会長が………。」

「………さてはお前だな?会長が言ってた混院の……。確か……名前は………まあいいや。んで、何だこれ?」

 

四つ折りになっていた紙を開くと、そこには会長の字でこう書いてあった。

 

『僕はいつでも大歓迎だよ。この時間なら基本的にフリーだから、気楽に生徒会の見学に来るといいさ。』

 

意地でも私を生徒会に入れたいのかよ………。どこまで変わってんだこいつは……。

苛立ちにしてはそこまで湧き上がってくるものではなかった。よく分からない感情が、龍珠の中に芽生えた。

 

「おい。」

「な、何……?」

「……会長にこう伝えとけ。

 『そこまで言うなら見学に来てやる。私がどう言う人間かまだ分かってない様だから、分からせてやる。』ってな。」

「う……うん……。」

「………あとお前。何かおどおどしてて気色悪ぃ。男ならもっとハキハキしろや。腑抜けな男は嫌いだ。」

「えっ……。」

「てか、名前は何だ?」

「あ……し、白銀……。」

「聞こえねぇ。もっとハキハキしろや。」

「し、白銀だよ……。」

「ふーん………白銀ね………。」

 

外部入学生でも、私の事は知ってるはず。

大方私が怖くてこんな感じなんだろうな。ほんっと、どいつもこいつも本当に嫌だ……。

 

「……りゅ、龍珠さん…。」

「?」

「………もし、生徒会に入ったら……そん時はよろしく。」

 

こいつ……。

 

「………ぷっ。ははははは……!」

「……えっ?俺、何かおかしな事言った……?」

「この私によろしくだって?はははは……!お前、私がどーゆー奴か分かってて言ってんのか?

 かの有名な暴力団・龍珠組組長の娘なんだぞ?そんな奴に、『よろしく』って……!

 ………マジでふざけんなよな。」

 

龍珠は白銀の胸ぐらを掴んだ。

 

「どいつもこいつも何なんだよマジで……!!どうせテメェも私の事を家柄でしか判断してねぇんだろ!?最初はいい感じで接してきて、後になって掌返すかのように切り捨てる!!

 もううんざりだよ!!何がよろしくだ!!テメェも私の事そういう目でしか見てねぇくせして!!優等生ぶんのも大概にしろよな!!」

「…………だから何なんだ?」

「……あぁ?」

「……親が暴力団の組長……。だから何なんだって言うんだ?」

「……え…。」

「龍珠さんは龍珠さんだろ?親がどうこうなんて、関係無いよ。

 というか、君はそうやって虚勢を張る事で、自分の本心に蓋をしている様に俺には見えるんだけど……。

 本当は友達が欲しいんじゃないのか?本当は他人の事を信用したいんじゃないのか?」

「……何だと………。」

「………あ、ご、ごめん…!混院の俺なんかが、こんな説教じみた事……。ごめん……。」

「…………お前らに、私の何が分かるってんだ………。もうこんな学校………辞めてやる………。」

 

震えた声で龍珠はそう言い、荷物を持って去った。

階段を降りる最中、視界が潤んでいるのに気が付いた。

涙だ。私は、泣いている。

もう嫌だ。こんな奴らとなんか、もう関わりたくない。もうここに行きたくない。こんな所、なくなってしまえばいい。

何が国内随一の名門校だ。何が由緒正しい名門校だ。ふざけんじゃねぇよ。

こんな学校………こんな学校…………!!

大粒の涙を流しながら、龍珠は外に出て行った。

 

 

 

 

 

もう、何もしたくない。

龍珠は帰宅すると、真っ先に自分の部屋に閉じ篭もった。

組員の人間が何事だと思いノックをしたが、部屋に近づくなと怒声を放った。そのまま何時間が経過しただろうか。夕飯や風呂の呼び掛けにも答えず、ただベッドの上で丸くなっているだけ。

もう………全部が嫌だ………。

 

「……桃。」

 

ノックの音が聞こえた。あれほど部屋に近づくなと言ったが、ノックの音の直後に聞こえたその声だけは別だった。

親父だ。普段滅多に家に帰ってこない親父だ。

 

「………入るぞ?」

「………ああ………。」

 

静かにドアを開けて、龍珠の父は部屋に入った。

 

「…………………。」

「………何だよ……?」

 

龍珠父は、その場に腰を下ろした。そして………。

 

「………悪かったな…。」

「…………………。」

「俺なんかが親父で……お前にこんな辛い思いをさせちまって……。もう、学校に行きたくねぇんだろ?」

「……何でそれを………。」

「んなもん見りゃ分かる。大事な一人娘だからな。」

「………だったら……何だって言うんだよ………。」

「………全部ゲロっちまえ。」

「……は?」

「……お前、本当はどうしたいんだ?本気で学校辞めたいと思ってんのか?」

「……そう言ってんだろ……。というか、もう転校もしたくない……。どうせまた後ろ指差されるだけだ………。」

「……じゃあ、このままずっと引き篭もってんのか?」

「……………………。」

 

龍珠はさらに縮こまった。手にしてた熊のぬいぐるみを強く抱き締めて。

すると、龍珠父は立ち上がり、龍珠の頭を撫でた。

 

「……はぁ……。何だよ………本当は学校行きてぇんじゃねぇか………。」

「……そんな………そんな事……ない……。もう………秀知院なんて………嫌だ………。」

「お前はほんっと、素直じゃねぇな……。誰に似たんだが……。

 何でそうやって自分から突き放しちまうんだよ?せっかく快く話しかけてくれた奴を、悪意無く接してくれた奴を、何でそうやって突き放しちまう?

 ……裏がある、と思っちまうのか?」

「………だって………今までずっと……そうだった……。」

「今までがそうだからって、これからがそうとは限らねぇだろ…。

 誰もがお前の敵だ?何でそう決め付けられんだ?根拠はあんのか?」

「………何だよ……結局親父もかよ………!」

「………ん?何だその紙は?」

 

龍珠の右手には、会長からの手紙が握られていた。

龍珠父はそれを手に取り、開いた。

 

「あっおい……!」

「なになに………。生徒会か……。お前、やっぱ学校行きてぇんじゃねぇか。」

「そんな事………!」

「じゃあ何で、さっさとこの紙を捨てなかったんだ?何で破かなかったんだ?」

「!!」

「…………本当に学校に行きたくねぇんだったら……、今ここでこの紙を破いてみろ。」

「……は?」

「もう行きたくねぇんだろ?だったら、いつまでも会長からの招待状握り締めてても意味ねぇだろ?ほら、破いてみろ。」

「……………………。」

「どうした?ほら、ほら。破けよ。」

「……………………。」

 

龍珠は父から紙を受け取った。

そうだよ。もう学校に行きたくねぇんだよ……。こんなのいつまで持ってても仕方ねぇ……。さっさと破いちまおう。こんなの、ただのゴミクズだ。こんなの………。

 

『それが、僕が君を推薦した理由さ。』

 

生徒会なんて……秀知院………なんて…………。

 

『………もし、生徒会に入ったら……そん時はよろしく。』

 

こんな紙切れ………なんて………。

 

「……………何で…………。」

「………ん?」

「……手が…………言う事聞いてくれない…………。」

 

体を震えさせて、龍珠はそう言った。

 

「………ハ…ハハハハ……!!」

「……な…何だよ急に…………。」

「何が手が言う事聞いてくれないだよ!!ちゃんと言う事聞いてんじゃねぇか!!ハハハハ……!!」

「そ、そんな事…………!」

「………これで立証出来たな。桃。」

「…………………。」

「お前は、まだ学校に行きてぇ。

 だからもう、変に虚勢なんか張るな。自分に正直になれ。

 ……会長さんに招待されて、本当は嬉しかったんだろ?」

 

………何なんだよ…親父まで………。

何で親父まで私の事を……私の事を………。

 

「…………うっ………ぐっ……。」

 

何で親父まで……私の事を……泣かしてくるんだよ………。

今まで溜まっていた思い、自分が本当はどうしたいのか。

それが涙になって、全部出てきた。

いつ振りだろう。こんなに声を出して泣いたのは。男臭ぇ親父なんかに抱きついたのは。

いつ振りだろうか。親父が、私にこんな温かい笑顔を向けてくれたのは………。



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一年生は何も学ばない

思ったより早く完成したので、もう掲載しちゃいます。


親父に泣きついたのも鮮明に夢に出てきたのは、ちっとな……。

龍珠は部屋に戻り、再び眠りにつこうとした。けれど、やはり先程の夢が脳裏にこびりついていて、眠ろうにも眠れなかった。

 

「(……てか私、つばめ先輩にあんな態度取ってたんだ……。)」

 

彼女のお陰で今の私はいる。そう言っても過言ではなかった。そんな人に、当初の私はあんな態度を取っていたのか……。

………人ってこんなに変わるものなのか……。

 

「(…………石上も、こんな風に…………。)」

 

かつて同じ境遇にいた龍珠は、石上のことが気になっていた。

だが、奴を見かける度に………。

 

「(………もう、戻れないんじゃ…………。)」

 

かつての石上優に戻す。それは、もう不可能なのではないかと思い始めていた。

悪意満載のあのオーラが、更に酷くなっている感じがした。噂じゃ、自分を虐げてきた同学年の奴らに復讐しているのではないか、という話まであるが………。

 

「………まぁ、ただの噂だからな………。」

 

噂なんかで、物を判断なんかしない。されてた側がする側になって、どうするんだ。

もう二度も、私の様な人間を生み出してはならない………。

 

 

 

 

 

 

 

その日、石上は久々に学校に向かっていた。

教師側から、必ず来る様にと催促され、仕方なく来る事になったのだが………。

 

「………聞いた?あの子、退学したって……。」

「聞いた聞いた。でも、何で急に………。」

「分かんないよ……。連絡しても全然反応してくれないし……。」

 

……ああ、あいつの事か……。

石上の脳裏には、その噂されている人物の顔が浮かんでいた。

三人の男子に押さえられ、なす術もなく僕に向けたあの表情……そして………。

 

「…………フフッ。」

 

彼女の絶望感満載のあの顔。

何日か経ったが、今でもあれは本当に滑稽だった。ましてやそいつが今日、退学したと………。

 

「………はは……。」

 

思わず笑いそうになってしまった。

声を出さまいとは思っているものの、やはり良い気分だ。どうしても声を抑えるのに必死になってしまう。

大方、襲われたショックや恐怖で、もう外にも出たくないのだろう。ましてや、その行為すら加害者に揉み消されたのだから、供述しようにも、何一つ証拠がない。なす術無しとは、まさにこの事か。

 

「……ざまぁないな………。」

 

今までやってきた事が、全部自分に返ってきた。

絵に描いた様な因果応報だ。天罰が下ったんだ。当然の事だ。

 

「……あ!石上!またあんた遅刻して……!」

 

校門に着いたが、やはりアイツはいた。

たかだか1、2分なのに、細かい奴だ……。

 

「…………………。」

 

中学時は何とか逃れようとあれこれ言ってたが、今となっては、関わるのも面倒になった。無視が一番だ。

 

「ちょ、ちょっと石上!」

 

……そう思ってたはいたが……。

 

「………チッ。うるせぇ。何か文句でもあんのか?」

 

やはりこいつに苛立ってしまって、つい言葉を発してしまう。

 

「………………うっ……。」

 

やっぱりか。ちょっと睨みを効かせれば、すぐに怯む。

弱い犬ほどよく吠えるって言うけど、こいつがその典型例だな。

 

「……文句なら大有りよ。」

「………ん?」

「例え1分だろうが1秒だろうが、遅刻は遅刻よ!なのに何でそんな悪びれない感じ出してんのよ!?」

「………………。」

 

こいつはたまげた。

怯んだと思ったら、むしろこの前以上に反論してきやがった。

 

「いい!?あんたみたいな奴がいるから、周りもちょっと遅刻してもいいやっていう考えを持つの!!一人の勝手な行動が、周りのモラルの低下を促すの!!

 これが分かったら、少しは反省しなさいよ!!」

「………………。」

 

下手に反論しない方が良かった。こいつのこういう説教じみた発言や態度が、本当に腹立たしい…。

 

「………………。」

「あ!ちょ、ちょっと!」

 

やっぱり無視が一番だ。関わらない方がいい。

石上はそのまま校内に入っていった。

 

「………………。」

「ミコちゃん……。」

「……こばちゃん……。今でも石上の事は怖いよ……。でも、だからと言って、いつまでも下を向いてばかりじゃ……駄目なんだよ……。

 更に恨まれてもいい…。でも、私は私の正義を貫く……。校則違反は校則違反。どんな理由があっても、見逃すなんて出来ない……。」

 

頑張らなければ。ビビってばかりじゃ駄目だ。上を向き続けなければ……。

 

 

 

 

 

 

 

学年内でも、もう既に彼女の突然の転校は話題になっていた。

 

「急にどうしちゃったんだろ……。」

「分かんないよ…。電話しても全然出ないし……。」

「今日、家に行ってみる?」

 

彼女の事を心配する声は、しばらくの間止む事はないだろう。

なのだが………。

 

「………石上………じゃない?」

「…………えっ?」

「……石上が………退学にさせたんじゃ……。」

「な、なんで石上が?」

「………だって…………!……あっ…。」

 

僕の存在に気付いたのか、女子達はその場を立ち去った。

 

「………………。」

 

噂っていうのは、生まれた途端、瞬く間に広がるから嫌なんだ。

一部では、僕が彼女を退学に追い込んだと思い込んでいる奴らがいて、それを広めているみたいだ。

………どいつもこいつも本当に、バカの集まりだ……。

 

「……絶対石上だよ………。」

「逆にあいつ以外誰がいるのって話だよね……。」

 

ほーら、瞬く間に広がって、僕を犯人扱い。

醜い。下劣。汚らしい。

奴らの心の汚さや民度の低さが、まあ滲み出てるよ……。

証拠も何もねぇのに、よくもまぁ決め付けられるよな……。本気でお前らに復讐でもしてやろうか?

 

「……ヤベッ。石上と目が合っちまったよ……。」

「……もしかしたら……次は私達なんじゃ……。」

「はぁ!?な、何でだよ!」

「だってあんた、あん時石上の机に……!」

「落ち着けって!てか、悪いのは全部、嘘ついた荻野だろ!俺らはそれに騙されただけで……。」

「………そ………そうだよね……。全部荻野の……せい……なはず……。」

「………………はぁ?」

 

後ろから声が聞こえた。振り向くと、そこには小野寺が立っていた。

 

「お、小野寺…さん……。」

「……全部荻野のせい…ね………。

 って言ってるけど、どう思う?大友。」

 

さらに後ろには大友もいた。

 

「………確かに嘘をついた荻野が元凶だよ……。でも………それはあくまで半分だけであって………残りの半分は、全部私達のせいだよ。」

「なっ………!」

「大体さぁ、あんたら自分らがやった事、覚えてないの?忘れたなんて言わせないよ。」

「………………な……何様のつもりだよ……!

 小野寺!お前だってそうだっただろ!散々石上の事悪く言ってたくせして!!」

「そうよ!今になって説教じみた事言わないでくれる!?」

「あんたらと一緒にしないでくれる?私達はちゃんと覚えてるよ。自分が石上に対して、どんなにふざけた事したか。どんなに最低な事したか。ちゃーんと、頭の中に残ってるよ。」

「ぐっ………!」

「もうこの際だから言わせてもらうね。あんたら、石上の件から何を学んだの?何も思わなかった訳?」

「………それは……!」

「………ていうか大友さん!何だかんだ言って、あんたが一番石上に対してひどい事してきたじゃない!」

「!」

「なのに今になって罪滅ぼししようとしてんの!?生徒会に入って会長からチヤホヤされて!

 てか、あんた実は荻野とグルだったんじゃないの!?」

「なっ……!」

 

荻野に私が加担していて、一緒に石上君を潰そうとした。そして、計画が失敗して、荻野を切り捨てた。

高等部に進学してから、そうずっと噂されていた。

そう思われても仕方がない、彼の受けた傷に比べれば安いものだ。そう思ってた。けれど……。

 

「何そのふざけた噂!!今更過ぎるかもしれないけど、私はそんな事してない!!第一証拠もないのに、何でそうすぐ鵜呑みに出来るわけ!?」

「あんただって、何の根拠もない荻野の嘘信じて、石上のこと……!!どの口がそれ言って」

 

自分でもどうしてそんなことをしたのか分からない。ただ、頭で考えるよりも先に、手が動いていた。

気付いたら、パチンという乾いた音が静まる直前で、私と言い争っていた子が左頬を抑えていた。

 

「……………。」

 

そして、再び頭で考えるよりも、口が先に動いていた。

 

「………あれから私は、ずっと考えてた。

 自分はもう、生きる資格すら無いんじゃないかって……。死ぬべき人間なんじゃないのかって……。でも……皆が励ましてくれた。皆が……もう二度とあんな事はしないように生きようって……私を立ち上がらせてくれた………。

 全部石上君のお陰だよ……。全部彼が、私達をそうさせてくれたんだよ………。何の根拠も無い噂を鵜呑みになんかしない。何が正しいのか、しっかりと考えてから結論を出す。彼は私達にそう教えてくれた……。

 そんな事も分からないあんたらなんか……責任の擦り付けばっかして、また同じ事しようとしてるあんたらなんか…………荻野以上のクズよ。

 小島君があんたらの事見下す理由が、よく分かったわ。」

 

そう言って、大友は自分の教室へと戻っていった。

 

「………………。」

「………………。」

 

辺りは静まり返っていた。ぐうの音も出なかった。

 

「………もういい加減分かったんじゃない?

 また同じ事しようとしてるんだよ。またよってたかって、一人の人間を殺そうとしたんだよ。

 石上だけじゃない。伊井野や大仏さんだってそう。あんたら、まだ気付かないの?……いい加減気付いてよ………。」

 

小野寺もそう言って、自分の教室へと向かった。

 

「………………。」

 

一年達は、ただその場にとどまって、顔を下に向ける事しか出来なかった。




次回は、石上が荻野の被害者と対面する話を書きます。


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石上優は否定したい

面倒だな………。

何で学校に呼び出されたと思ったら、成績の事かよ……。

 

「度重なる無断欠席、勉学の意識の低さ、お前いい加減にしろよ!」

 

ビービーうるせぇな……。

 

「おい石上!聞いてるのか!秀知院生として恥ずかしくないのか!!」

 

出たよ……。

中等部の頃からそうだった。教員らは、僕達生徒の事など微塵も思ってなどいない。彼らは所詮、この名高い秀知院の名誉の事しか頭に無い。現に荻野の件も、都合良く揉み消そうとしたしな。あんなゴミクズが秀知院にいたと知られてしまえば、秀知院の株は大暴落。ただでさえ世間からいいイメージを持たれていないのに、更に評判は右肩下がり。今後の入学者数にも当然影響が出る。

彼らは、秀知院の名に泥が塗られるのを嫌がっている。僕ら生徒の事など………何とも思ってない。

 

「……秀知院生として……ねぇ………。

 ただの噂を鵜呑みにして、苛めまがいな事をした連中の事を指すのかな……?だとしたら、別に恥ずかしくなんかないね。」

「な……何だと……!!」

「所詮あんたらは俺らの事なんて、すこぶるどーでもいいんだろ?結局は学校の名誉の為。下手したら、自分らの評価まで下がるかもしれないしな。

 結局自分の事しか考えてない。そんな奴らに偉そうな事言われてもさぁ………。逆に苛つくだけなんですが?」

「何だその口の聞き方は!!悪態をつくのも程々にしろよな!!」

 

机を叩き、教員は怒号を放った。

 

「はぁ………退学してもいいけど、その後の事は何も計画してないから、まあ勉強はある程度しますよ。あんたらのお望み通り、秀知院生として、恥ずかしくない様にな。」

 

そう言い放ち、石上はその場を去ろうとした。

 

「ちょっと待て!!まだ話は終わってないぞ!!」

 

教員が立ち上がり、石上に掴みかかろうとした。

 

「さっきからふざけるのも大概にしろよな!!あんまりナメた口聞いて」

「あぁ?何だよ?」

 

これ以上言わせるつもりはない様な目で、石上は教員を見た。

教員は身震いをし、石上からそっと手を離した。

 

「…こうやって教師に掴まれるのは、初めてじゃないな………。」

 

『ナメんのもいい加減にしろ!!駄々こねてれば有耶無耶に出来ると思ってんだろ!!謝る気がない内は絶対戻って来させんからな!!』

 

今思えば、ウゼェ事この上ないな……。

でも……。

 

「……確か中等部の生徒指導の奴……俺の一件のせいで、懲戒免職になったんですよね?秀知院では、生徒の不祥事は勿論、教員の不祥事にも厳しい処罰が下るそうで……。馬鹿な奴ですね。

 あ、あと話で聞いたんですが、あいつもあいつで変な言い訳して、俺の事件の事を揉み消そうとしたとか……。

 あんたらも気を付けた方がいいですよ?俺はその気になれば、あんたらの弱み握って、ぶっ潰す事だって平気でしますよ?

 その弱みこそ、自分らが大切にしてる秀知院の名誉に、泥を塗る事だと思いますがね………。」

 

薄ら笑いを浮かべて、石上は退室した。

 

 

 

 

 

 

 

久々に家に足を踏み入れた。

相も変わらず親父は変な意地を張ってるわ、母はか細い声で「おかえり」と……。

本気でおかえりなんて思ってもねぇくせして……。腹立たしい限りだよ……。

 

「……はぁ…………。」

 

久々の自室だ。でも、かつての様にゲームやラノベは一切なく、あるのは机、椅子、すっからかんな棚、ベッドのみだった。

ゲームやラノベにも、もう興味を示せなくなった。だから全部売った。これがまた結構な金額で、家にいない時でも、そこまで食事には困らなかった。

でも、お金は使えば減るものだ。段々と底がついてきた。

だからと言って、親のスネをかじる訳にもいかない。それこそ、あいつらの様なろくでもないボンボンに成り下がってしまう。

最近となっては、奴らの事を見下し始める自分がいた。自分はどんなに堕落してもいい。でも、あいつら程堕落はしてはならない。せめて死ぬにしても、あいつら以上に堕落しては……。あいつらと同類になるのだけは………。

あいつらよりもゴミクズになったら………即刻死のう。まあ…………それでなくても、もう死にたいとは思ってるけど………。

 

「…………優………。」

 

母がノックをしてきた。

 

「優に………電話よ…………。」

 

僕に電話?まさか学校からか?

 

 

 

 

 

 

 

「…………………。」

「………お久しぶりです。石上さん。」

 

とある喫茶店。僕と向かい合って座っている男性と、僕と同じ歳位の女子は礼をした。

 

「………一体……どうしたというんです……?」

 

遡る事5ヶ月前。僕は荻野を徹底的に追い詰める為、彼らの元へ行き、荻野の被害者に聞き込みを行った。

彼らは、被害者のうちの一人と、その父親だった。

でも、彼らが急に、なんで僕と話なんか……?

 

「……今日来てもらったのは、他でもありません。貴方に、改めて礼を言う為です。

 ……貴方があの時訪問してから、娘は少しずつですが、人前に姿を出そうと頑張ってきたんです……。そして先日………初めて高校へと通うことが出来ました………。」

 

涙を流しながら、その人はそう言った。

すると、隣に座っていたその本人が口を開いた。

 

「……正直今も人が怖いです………。周りの人全員が、自分の事を騙してるのではと毎日………。気さくに話しかけてくれるクラスメイトも………敵と思えてしまうんです………。

 でも……その度にあなたの事を思い出します……。周りからどんな事を言われても、屈する事なく立ち向かうあなたの姿を思い出して……。それで何とか平常心を保っています………。

 石上さん。あの時は言えませんでしたが………言わせて下さい……。荻野を追い詰めてくれて、ありがとうございました……!」

「娘がこうして一歩を踏み出せたのも、全てあなたのおかげです……!改めて礼をさせてください……!ありがとう……!ありがとう……!」

「………………。」

 

僕は呆気に取られていた。

わざわざその為だけに、僕なんかに頭を下げに来たのか。

でもお二方……僕は別に……あなた達の為にやった訳じゃない……。全部自分の為ですよ。あの環境から解き放たれたかったから、あなた達の元に訪れただけで………。

頭を下げられる覚えなど、微塵も………。

 

「あなたには感謝しきれません。娘を立ち上がらせてくれた事。もしかしたらまた、娘の笑顔を見れるのではと希望を持たせてくれた事。本当に感謝してます。」

「……たまに荻野の事が、夢になって出てくるんです…。誰かに助けを求めても、誰もいない。ただ一方的に襲われるだけ……。その度に心が折れそうになります……。

 ですが……だからといって、いつまでも立ち止まっててはいけない……。自分から踏み出さなければ、何も始まらない……。あなたは私に、そんな勇気を持たせてくれました。」

「……私達にとって、あなたは恩人です。誰よりも、敬意を表されるべき人間です…。」

「…………そんな大それたものじゃありませんよ……。」

「………えっ?」

 

お茶を一口飲み、石上はため息をついた。

 

「……僕は、あなた方が思っている程綺麗な人間じゃありません。そんな敬意を表されるべき人間だなんて……ははっ……。」

「そ、そんなことは……!!」

「………実際、僕があなた方の元に来たのも、全部自分の為です。一刻も早く、あの状況から解き放たれたかった。その一心だけですよ。」

「……だとしてもです……。そうだとしても、あなたは娘の事を救ってくれたんです……!

 あなたにそんな気がなかったにしても、私達にとってあなたは………命の恩人だったんですよ………。」

「…………命?」

「……自分で言うのも何ですが、私………死のうと思ってた時期があったんです。」

「!」

「……もう人と会うのが嫌だ……お父さんの顔を見るのも怖くなって……。何回か………。」

 

そう言って、彼女左手首を石上に見せた。

 

「………………。」

「……これじゃ死にきれないと思って……首を吊ろうかと思った矢先………あなたが来たんです……。」

「……だから、命の恩人だと………。」

「……ですから、そんな否定する様なことを言わないで下さい!全部あなたのおかげなんです!」

 

なんてことだ。命の恩人だなんて、随分でかく見られたもんだな………。

でも、僕はそんな人間じゃないんですよ………。

 

「……お気持ちだけ受け取っておきます。

 あれから僕は………他人の不幸を見ても、何とも思えなくなったんですよ……。同学年に対しては、ざまぁみろって感情が強くなって………。

 そんな人間を、命の恩人だなんて言わないで下さい。僕は………誰よりも心が汚い人間です。ドス黒い焦げみたいのがこびりつき、拭い切れない闇に覆われてる心の持ち主を、あなた方はまだ、恩人と呼べますか………?」

 

石上は立ち上がり、レジの方へと向かおうとした。

 

「ま、待ってください石上さん!」

 

娘さんが僕の方へ駆け寄り、僕を止めた。

何だ?まだ僕に何か……。

 

「………くどいようですが………ありがとうございました……!」

「………いえいえそんな……。

 荻野のせいで台無しになった生活を、これからの学校生活で全部チャラにして下さい。」

 

石上は笑みを向けて、会計を済まして、喫茶店から出て行った。

彼女から見た石上の笑顔。それは、優しいうっすらとした笑みの様に見えたが、どこか悲しく虚無を思わせる様な笑みだった。



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大友京子は揺らぎ始めた

12時に投稿するの忘れてた。ごめんなさい。


期末考査が終了した。

そして、私の学校生活も終了した。とでも思ったら大間違いだ。何とか留年は回避した。まあ、いい成績とは言わないが、中等部の頃に比べれば、かなり飛躍したと思う。それもこれも全て、四宮さんや白銀会長のお陰だ。

 

「……もうちょっと成績が良くてもいい気がしますが、まあいいでしょう……。」

「相変わらず手厳しい……。」

「まあまあかぐやさん!京子ちゃんも頑張ったんですから!」

「藤原さんはどうしてあんな成績でそんなに笑顔が出せるんでしょうかね……?フフ…。」

「平気で傷抉るのやめてくれません?」

「まあまあ。もう終わったことなんだからいいじゃないか。

 だとしてもだ大友さん。ドンケツから30位程上げられたのは、かなりの成果だぞ。更に頑張れば、学年50位以内も夢じゃないぞ?」

「えっ、いえそんな……!それに、私の成績が上がったのも全部、会長や四宮さんの教え方が良かったからで……!」

「そんな事はないさ。少し自信がついたんじゃないのか?勉学の事も、彼の事に対しても。」

 

会長からの一言に、私は少しビクッとした。

確かに数ヶ月が経ち、もう石上君のことで怯む事は無くなった。あの時は姿を見ただけで気分が悪くなりそうだったが、今となってはもう、そんな恐れは無い。なのだが………。

 

「……私達は、石上君から教えられました。

 上辺だけで物事を判断してはいけない。噂を鵜呑みにして、傷付く必要の無かった人間を生み出してはいけない。時間を戻せるなら、あの時の私達にそう言ってやりたいです……。本当に……あの時の私はどうしようも無い人間でした………。

 まあでも、彼からすれば、今も私はそんな人間なんだと思います……。」

「………随分弱気に見えますが……。あなた、彼を元に戻したいのでは?」

「………………。」

 

小島君とのやり取りから、私は少し揺らぎ始めていた………。

私のやってる事は、彼を更に苦しめているだけなのではと……。

 

「………………。」

「………大友さん?」

「…………実は…………。」

 

私は、この前小島君と衝突した事を会長達に話した。

そして、小島君の言う通り、もう彼には関わらない方がいいのではと思い始めている事も、全て……。

 

「………成る程………。」

「………この際だから、私からもいいですか?」

 

かぐやがそう言った。

 

「実は私も一度、石上優と二人で話した事があるんですよ。」

「えっ……!!」

「……同じ境遇にいた人間として、彼の現状を知りたくてね……。

 そして、直感でこう感じました。『彼はもう、元には戻れない』と……。」

「………………。」

「彼の心の闇は、想像を遥かに超える程のドス黒さでした。自分で言うのもなんですが、かつての私以上に心を閉ざしています。」

「かつての………四宮………。」

 

白銀の脳裏には、かつて「氷のかぐや姫」と呼ばれていた頃のかぐやの姿が映っていた。

あの頃の彼女は、自身が許した者しか受け付けない冷めたオーラを出しており、まさに極寒の冷気を発する氷の様な存在だった。

 

「(あの頃の俺と四宮の仲の悪さは異常だったな……。)」

 

無論その頃のかぐやは、白銀のことも拒絶していた。

だがとある事がきっかけで、彼女の凍てついた心は溶かされた。もしかしたら石上優も同じ様に、心の闇が晴れるのではと思ってたが……。

 

「………私達がどうこうするより、本格的な専門家に任せた方がいい気がしてきました。」

「専門家……。」

「徹底したカウンセリングを受けさせた方がいいです。そうでもなければ………彼は死ぬでしょうね。」

「し……死ぬ……!?」

「……彼はもう、誰も他人を受け入れず、期待すらしてません。それは他人にだけでなく、自身に対してもです。」

「それは……どういう事ですか……?」

「……もう、今の自分にすら期待していない。その先の将来にも期待していない。つまり、もうこの先を生きる気が無いということです。」

 

石上君は………死ぬつもり……。

 

「……ある意味、小島君の言う事は正しいと思いますね。下手に私達が何かして、彼を更に締め付けてしまうようならば、何もしない方が得策かと思います……。

 まあ、だとしても、周りの大人達は何もしようとすらしませんけどね。」

 

それに関しては、正直共感する部分はある。私も最近だが、教師達に対して不信感を抱いてきた。

五日前くらいだが……。

 

 

 

『石上の件なんですが……、どうしますか?』

『あいつですか……。あの時やっぱり荻野の件は揉み消した方が良かったですよ……。なのにVIP勢がうるさくて……。』

『全く……本当に石上は余計な事をしてくれましたね…。あいつが黙ってれば、秀知院の名誉に傷が付くことはなかったのに……。』

 

 

 

そのやり取りを聞いた途端、彼らは所詮、学校の名誉の事しか頭に無いことを悟った。本気で石上君の事を、いや、我々生徒の事をどうでもいいと思っている。

もし小島君の言う通り、私達は何もせず、大人すら何もしないとなれば、いよいよ……。

 

「………………。」

「……まあ、少し様子を見よう。もしそれで本当に大事になりそうなら、我々生徒会も動く。今はしばらく、彼を刺激するようなことをしないのが、いいんじゃないのか?」

 

まだ諦めきれない自分がいる。

そう察したのか、会長は私に「取り敢えず今はそっとしておく」という提案を出した。

けれど、もし何もしてない間に、彼が本当に………。

 

「…………分かりました……。」

 

でも、まあ本当に大事になったら、それこそ………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『秀知院でイジメみたいなのあったって本当?』

『うわっ、マジかよ……。』

『流石秀知院だな。やっぱ民度の低い奴らの集まりだよ。』

『親のコネばっか使って、随分調子に乗ってたんだな。』

『マジでクズの集まりだな、あそこ。』

『何が国が誇る名門校の一つだよ。』

『いい気になんなよな。』

 

何だ……これは………?

気付いたら自分は、真っ暗闇の中にいた。そして、どこからか聞こえて来る悪意ある声に、戸惑いが隠せなかった。

 

『おい。あの制服、秀知院じゃね?』

『てかアイツって………。』

『ああ、もしかして大友って奴じゃね?』

『大友って……ああ……一緒にいじめてた奴か。』

 

!!

 

『随分虫のいい奴だよなー。嘘ついた荻野ってのに騙されてたものの、それ鵜呑みにして、石上ってのを一緒にいじめてたんだろ?』

『石上って人かわいそすぎー。自分を守ってくれた人をゴミ扱いするなんて……。』

『てかあいつ、荻野って奴に加担してたんじゃね?』

『あー!有り得るかも!』

『一緒に石上を騙して、いじめようって算段だったんじゃ……?』

『荻野が女を襲ってたってのも、全部その計画の為の嘘で……。』

『うわー、正真正銘のクズだな。』

 

違う……違う……!!そんな事……!!

ていうか、誰がそんな事を……!?

 

『大友。』

 

えっ………?その声………。まさか………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……………フッ。ざまあみろ。』

 

その一言を聞いた直後、私は起き上がった。

 

「はぁ……はぁ…………。」

 

汗びっしょりだったが、決して暑いからではない。全て夢のせいだ。

 

「………何これ………。」

 

悪夢を見たのはいつ振りだろう。ましてや、それでうなされて起きるなんて、生まれて初めてだ。

というか………何なんだあの夢は……?

それに、最後のあの男は…………。

 

「………………。」

 

まだ私達の事を恨んでるのは百も承知だ。いつか本当に復讐されるのではと思っていた時期もあった。

 

「…………石上君も……あの時はこうやってうなされてたのかな…………。」

 

今度は……こっちが彼によって苦しむ番だ……。そして、信じたくはないが……この夢は………。

 

「………水でも飲も。」

 

寝れる感じがしない。

そう思った大友は、台所へ行き、水を飲みに行った。

だが、この頃の大友京子は、疑いはしていたものの、気付いていなかった。

この夢が既に、今後起こる大事態を予感させる前兆だということに……。




次回、オリキャラを出す予定です。
そこの所は少しご了承下さい。


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根本紀明は楽しみたい①

前話の後書きでも言った通り、オリキャラを出します。

○根本紀明(ねもと のりあき)
オリキャラ。
「つまらない」を嫌い、裏で何かをしては、相手が混乱する様を見るのが趣味な、歪んだ性格の持ち主。

あと、誤字報告ありがとうございました。


テストはまあ、何とかはなった。適当にそれっぽく勉強して、何とか留年しない位の点数を取った。何の為に勉強したかは分からないが。

 

「…………はぁ。」

 

屋上で横になり、空を眺めていた。

何度も思う。僕は一体、何の為に息を吸っているんだ?この時間は一体何なんだ?何か利益を成すのか?というか、僕の存在価値は……。

 

「………流石に暑いな………。」

 

夕方といえど、今はもう7月。こんな暑いというのち、何故自分は外にいるんだと思い、学校から出る事にした。

 

「…………このまま脱水で死ぬのも有りだったかな………。」

 

もう、いつ死んでもいい気がしてきた。なるべく手軽に、あっという間な方法で………。

 

「……随分浮かない顔してるね。」

 

誰だと思い、後ろを振り向くと、屋上のドアの陰から、一人の男子生徒が姿を現した。

 

「やぁ。」

「………誰だ?」

「同級生なんだけどねぇ……まあいいや。僕は根本。根本紀明だよ。」

 

何だこいつ……。薄ら笑いを浮かべてるしで、どことなく不気味な雰囲気を漂わせている。

 

「それよりさぁ、どうしちゃったのさ?そんなつまんなそうな顔しちゃってさぁ。何か嫌なことでもあった?」

 

根本はそう言って、石上に近づいてきた。

 

「………………。」

「その顔は嫌なことがあったって顔だね?ハハッ。君って結構分かりやすいんだね。」

 

嫌なことね……。全部だよ。生きてることが、もう億劫になってるよ。

ていうか、何なんだこいつは……。

 

「………あんまり俺なんかと話しても、無駄に時間が過ぎるだけだぞ。知ってるだろ。俺が何したか……。」

「まぁね。あの事件は結構凄かったなぁ〜。

 でさ、その件についてなんだけどさぁ……。」

 

根本は石上の肩に腕を乗せて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あいつらに、復讐でもしてみない?」

 

石上にそう耳打ちした。

 

「…………はぁ?」

「あれ?僕てっきり、君って同学年の奴らに恨みを抱いてるとばかり……。実はそうでもない感じなのかい?」

「………今でも死んで欲しいとは思ってるけど………。」

「………………大友京子も?」

「…………当たり前だろ。」

 

あの時自分を拒絶しといて、今更になって謝られても、かえって虫唾が走るだけだ。まんまと荻野の嘘に乗っかったくせして…。

あの時、同学年から嫌になる位の謝罪が殺到した。やっと自分のことを分かってくれる人間が出来た。そんな感情は皆無だった。

あったのは、奴らの虫の良さや程度の低さに対する苛立ち。奴らが自分にやってきたこと、言ってきたことに対する嫌悪や憎悪。あの時、ありとあらゆる悪意が湧き上がってきた。

ただ……。

 

「………別に復讐したとしても、あいつらはどうせ『自分は何も悪くない』の一点張りだろ。あいつらの民度の低さがお墨付きなのは、お前も知ってんだろ?」

「……まあね〜。正直僕も、あいつらの事はあんまし良い目で見てないし。伊井野ミコに対する嫌がらせ、大仏こばちに対するやっかみ、君に対する罵詈雑言。それら全てに対してあいつらは、『自分は何も悪くない』。醜いよねぇ〜。とってもいい醜さだよねぇ〜ハハッ……。」

 

よくは分からない。だが、直感で感じた。

こいつはヤバい。異常だ。

 

「でも、復讐であいつらを反省させられるってんなら、君もやりたいんじゃないかい?どう?どう?」

「…………お前……何が目的なんだ……?」

「目的ねぇ〜……。ん〜………。特に無いかな。」

「……特に…………無い……?」

「別にさぁ、僕は正義のヒーローのつもりでもないし、あいつらを恨んでる訳でも無し。正義感や悪意のもと、僕は君に復讐を提案したんじゃないんだ。

 ………僕はただ……楽しみなんだよ………。」

「……楽しみ……?」

「あいつらって、親がちょっと偉い、他人よりもちょっと頭が良い。たったそれだけの理由で『自分はあいつよりも上』『自分は特別な存在だ』って自惚れて、他者を見下し馬鹿にする。それを除いちゃえば、自分らはゴミクズ以下だってのにさぁ……。まさに、いい気になってるって言うよね〜。

 そんないい気になってるゴミクズがさ、ふとした事でどん底に突き落とされたら、どんな顔するのかなぁ〜?どんな事を口にするのかなぁ〜?僕はそれを見るのが、楽しみで楽しみで仕方がないんだよぉ〜!!

 あぁ〜!想像しただけでゾクゾクしてきた……!あいつらの顔面が蒼白になるのを……早く見たいなぁ……!」

 

狂ってる。

根本紀明を端的に言い表すなら、その一言が適切だろう。奴はただ、同学年の奴らが苦しむ様を見るのが好きなだけだ。全て自分が楽しむ為だけに、他人を蹴落とす様な奴だと……。

 

「………………。」

「……あれ?絶句しちゃった?僕のこと、クズって思っちゃった?まあ〜さぁ〜、荻野程のクズでは無いと思うけどさー……。流石にあれは外道が過ぎるよぉ〜。何か変な斡旋業に手ぇ染めてたんだって?」

「な………何で知って………!!」

「情報収集能力には自信があるんでね。それで荻野の事強請ろっかなぁ〜って思った矢先、君があの事件を起こした。そして荻野の嘘に皆が騙されて、君が悪者扱い。そしてさらにその5ヶ月後、君が真実を告発して、君の疑いは晴れて、荻野は人生から永久的追放。

 何と言うかなぁ〜………。あんまり僕の好みの展開じゃなかっ」

 

言い終わる前に、石上は根本に掴みかかった。

 

「知ってたんなら、何で助けなかった!?何で野放しにした!?」

「まあまあまあ……。そうカッカしちゃ駄目だよ〜……。」

「俺はあんな地獄を味わったってのに、お前は本当の事知っときながら見て見ぬ振りかよ!!どうだった!?楽しかったか!?俺のあんな無様な姿見れて、お前は大満足か!?」

「………まあ、無実の人間をゴミ扱いするあいつらを見るのは、何とも滑稽だったけどさ。馬鹿みたいだったなーハハッ……!」

「………………。」

「……ん?殴りたい?いいよいいよ。君の鬱憤が僕みたいな奴で晴らせるなら、どうぞどうぞー。」 

 

ヘラヘラしながら根本はそう言った。

 

「…………………チッ。」

 

石上は根本の胸ぐらを離すと、階段を降りようとした。

 

「ああーちょっとちょっと!まだ話は終わってないって!」

「何だ?俺を馬鹿にしに来たんじゃないのか…!?」

「最初に言ったじゃーん。一緒にあいつらに復讐しないかって!

 で、その返事はどうな訳さ?当然僕は大歓迎だよ〜?」

 

殺したくなってきた。

余裕ぶってるこの調子。おちゃらけた感じで相手を馬鹿にして、相手が憤っている様を見て楽しむ。そして、真実を知っていながら助けなかった奴がいたことに対して………僕は本気であいつを殺したくなった。

 

「………一緒にさ、いい気分になろーよ?」

 

根本は再び近づいてきて、僕の肩に腕を置いた。

 

「嘘かどうかも疑いもせず、自分らの憶測を勝手に真実と決め付けたあいつらを……。自分の事をいじめてきたあいつらを……。一緒に潰そ?」

 

石上優は、過去のことを頭に浮かべた。

自分は何もしてないのに、周りからは冷ややかな視線。嫌がらせの数々。嫌になる程の罵声や悪口。

そのせいでどれ程死にたくなったか。なのにあの時の僕は、頑なに本当の事を言わなかった。たった一人の人間を守る為に。

 

「………少しは………気分が晴れるのか………?」

 

でも、それは本当の感情を押し殺していただけだった。

本当は心からあいつらの事が憎かった。殺したかった。死んでほしかった。何でなんだ?おかしいだろ?何で荻野が被害者で、僕が悪者なんだ?僕はただ、極悪人をどうにかしようとしただけなのに。

なのにあいつらは………。大友も大友だ。せっかく守ろうとしてやったのに、僕を突き放しやがって……。お前なんかの為に身を挺した自分が馬鹿みたいだ。

もう、どーでもいいや。どいつもこいつも、死ねばいいのに。

 

「………さぁ?お返事は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………○○○○。」

 

そう言って僕は、階段を降りて、玄関へと向かった。




一週間程投稿をお休みさせていただきます。
次回投稿は、12/7になる予定です。


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秀知院は困惑した

活動報告でも記載しましたが、オリキャラに対する不満は致し方ないと思ってます。ですが、感想等で直接不満や不平といった、アンチコメントを書き込むのはやめて下さい。



その日、白銀御行は違和感を感じていた。

登校時、白銀は長時間かけて、自宅から自転車で学校に通う訳だが、その際に………。

 

『あの胸の飾緒って、秀知院の会長さんじゃない?』

『かっこい〜!』

 

なーんて感じのことを、すれ違う近所の方々や他校の者から言わたり、そういった目で見られるのが頻繁だった。

なのだが………。

 

 

 

 

 

「なぁ、やっぱマジなのか?」

「でもあり得そうじゃね?だって、あの秀知院だぞ?」

「そーゆーの普通に起きててもおかしくなさそうだよな……。」

「何が国が誇る名門校よ。ただのろくでもないボンボン達の集まりじゃない。」

「親がちょっと偉いからっていい気になんないでくんないかな?」

「やっぱ民度の低いクズ達の集まりだよ、あそこは。」

 

何だ……これは………?

その日は、秀知院に対する悪意ある言葉が酷かった。

確かに世間的には、あまり秀知院は良い目で見られてはない。だが今日みたいに、そこまで顕著に悪意が現れているのは、経験したことがない。

一体どうしたというんだ……?

自転車を漕ぎながら、白銀は考えた。

何かまた不祥事を犯した者でもいて、それが校外に流出した……?それとも………。

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、会長もそうでしたか……。」

「『も』ってことは、藤原もそうだったのか?」

「はい……。というか、全校生徒に対してだと思います。何というか………秀知院に関する悪い噂が流出した感じがとても……。」

 

これは一部の人間だけでなく、秀知院全体に関わる問題だと、藤原の証言から白銀は察した。

一体、自分達の知らない間に何があったというんだ……?

 

「会長!!」

「お、大友さん!?どうしたんだ!?」

 

生徒会室の扉が勢いよく開き、そこから大友が慌てて入室してきた。

 

「はぁ………はぁ………。」

「京子ちゃん!朝からどうしたんですかぁ!?」

「………これを………。」

 

自身のスマートフォンの画面を白銀達に見せた。そこには………。

 

 

 

 

 

 

 

 

『何が名門校・秀知院だ。ただのゴミ溜めじゃねーか。』

『あれはマジないわー』

『教員達もなかなかのクズじゃん』

『流石秀知院!ここまでくると尊敬に値する!』

『やっぱ民度の低さだけはピカイチだな』

 

「これは……。」

 

ネット上で、秀知院学園に関するアンチコメントが、無数に投稿されていた。今までもちらほらと秀知院に関する悪いコメントはある、と噂されていた。だが、今日に関してはやはり異常だ。普通じゃない位の嫌悪が表に現れている。

やはり察した通りだ。学園全体を揺るがす事態が、自分達の知らない間に起きている。

 

「何なんだ一体……?」

「……やはり皆さんも、この件について話してましたか……。」

 

かぐやが入室してきた。

 

「朝からどうも周りから噂されてるとは思ってましたが……。そういうことだったんですか。」

「……何が起きてるって言うんだ……?」

「……何者かが秀知院に関する悪評をを流出した。しかも、今までのとは訳が違う程の……。今のところ、その可能性が一番高いです。」

「誰が……何の目的で……?」

「………放課後、生徒会でも調査をしてみよう。秀知院全体に関わる大事態になる気がする。これ以上放っておくと……。」

 

秀知院の名誉だなんてものは、白銀の頭には微塵も無い。これ以上風評被害が広がったら、もしかしたら生徒の安否に関わるまでに悪化する可能性がある。

今はネット社会。その気になれば住所等も特定されて、被害が広がるケースだって、十分にあり得る。

何とかして、元凶を突き止めなければ………。

 

 

 

 

 

 

 

「………………。」

 

翌日、大友京子はスマートフォンの画面を見て、絶句していた。

 

 

 

『秀知院でいじめみたいなのあるって知ってた?』

『え、何それ……』

『昨日のといい、マジで秀知院ゴミじゃん』

『いじめって、いよいよ終わってんな』

 

信じたくは無かった。だが、いじめという言葉を聞いて、思い当たる節がしっかりとあった。

 

「………まさか………。」

 

本当に信じたく無い。だが、間違いなくそう思わせる様な文面だった。

 

「………そんな………。」

 

この時大友京子は、自分のやった事がどれ程許されない事なのか。取り返しのつかない事をしてしまった事。そして……一人の善人をとことん堕落させてしまった事に対する罪悪感。それらを思い知らされた。

 

「…………………。」

 

 

 

 

 

 

 

「………確かに、そう思っても仕方の無い文面だ……。」

「……信じたく無いです……。でも………!!」

「……これは……想像以上に大変な事になりそうだな………。」

 

大友京子が出した一つの可能性。それは、石上優が復讐に動いている可能性。現段階では証拠が無い為、まだ決め付ける事は出来ない。だが…………。

 

「……私達が中等部の頃にやった事しか………思い当たる節がありません………。」

 

大友は中等部の頃の事を思い返した。

私達はあの時から、石上優に何をしてきたか。

いかなる理由があれ、あんな事をしていい理由なんてないのに、私はそれを無視した。見て見ぬ振りをした。というか、一緒に同調して、彼を加害した。あんな最低な人間になら、何をしても構わない。そう錯覚していた。

 

「………………。」

「……大友さん……?顔真っ青だぞ……?」

「……やっぱり………私達の事をまだ………。」

 

ようやく過去の過ちを振り切れたと思ったら、またぶり返してしまった。一番思い出したくない過去は、忘れる間際になってまたぶり返して来る。

やはり、過去は消えない。死ぬまで自分に付きまとって来る。こうなる事は少し予感していたが………それでもやはり………。

 

「………やはり……石上君なんでしょうか……?」

「いえ、その可能性は低いと思われます。」

 

かぐやがそう言って、生徒会室に入室してきた。

 

「…え………?」

「……確かにこのネット上にあるツイートは、石上優が復讐に動いていると思っても仕方の無い内容です。ですが………。」

「ですが……?」

「……以前、私が石上優と話した事は知っていますよね?

 その際に私は彼に、『同級生達に復讐はしたくないのか』と尋ねました。その際に彼は、『復讐したいとは思っている。けど、したところで反省などしない。やるだけ無駄だ。』と答えました。」

「………でも、それだけでは……。」

「ええ。後に考えを改めたか、もしくは嘘を言っていたか。そう思うと思われます。

 ですが…………それにしては、妙な点が一つありましてね……。」

「……妙な……点……?」

「……同級生にいじめの復讐をしたいなら、何故こうも回りくどいやり方をするのかと、少々妙に思いましてね……。

 復讐したいとなれば、証拠の写真や動画、自身が被害に遭ったと証明する様なものをネットに晒し、その本人達を徹底的に追い詰めた方が簡単だし手短だと思います。なのにそれをしない。むしろ、ジワジワといじめがあったのではと仄めかす様な感じがあります。」

「…………………。」

「今の石上優ならば、他人が傷付こうが何とも思わない。自身を蔑ろにしてきた人間には、一切の容赦はしない。その為、こんな回りくどいやり方よりは、いきなりいじめの証拠を拡散するやり方を選ぶと思われます。

 つまり何が言いたいのか。今回の騒動の犯人は、石上優以外の人間である可能性が高い。」

「………………。」

 

石上君が…犯人ではない………。

私は愚かだ。まだ何も証拠が無いとはいえ、また彼が悪いのではと決め付けるところだった。何も成長しないな……。そりゃ、あの時小島君にどうこう言われるよ………。

だとしたら………一体誰がこんな事を……?

 

「……石上優になりすましている人間がいる……という事か……?」 

「ええ。」

「しかし………一体何の為に………?」

「……………。」

 

考えろ。考えろ。

石上君に恨みを抱いてる……いやいや、考えにくいな……。だったら何で秀知院そのものを陥れる様な事をしなくちゃいけないんだ?

もしくは、秀知院そのものに恨みを抱いている……?だとしたら、何故石上君を犯人だと思わせるような事を………?ただの偶然か……?

 

「………これは、我々生徒会だけでは、少々骨が折れそうだな。」

「ええ………。ですが、あまり大人数では、犯人に勘付かれてしまいます。ここは、"彼" に協力を要請しましょう。」

「え………彼って………誰を……?」

「フフッ。大友さん、あなたが一番知ってるじゃないですか。秀知院で最も犯罪を忌み嫌う人間ですよ……。」



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根本紀明は楽しみたい②

根本は、鼻歌を歌いながら、スマートフォンをいじっていた。

 

「(いい……とってもいい………。なんだけどなぁ………。)」

 

 

 

 

 

 

 

時は遡り……。

 

「………さあ、お返事は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………別にいい。」

「……えっ?」

「……やったところで、あいつらが心から反省するとは思えないし。

 人間の性根って、一回腐ったらもう後戻りが出来ないんだよ。俺みたいにさ……。あいつらは信じられない位腐ってるから、やっぱやったところで、無駄なだけだと思うんだよね……。

 ………ていうか、お前俺の事いいように利用するつもりだろ?」

 

石上は根本に睨みを効かせた。

 

「お前のことは本当に信用出来ない。どうせ都合が悪くなったら、切り捨てるつもりなんだろ?

 ……やるだけ無駄以前に、お前の掌で踊らされるのが嫌だ。やるんだったらお前一人で勝手にやってくれ。じゃあな。二度と話しかけてくんな。」

 

そう吐き捨てて、あの時あいつは去って行った。

 

「…………………チッ。本当に……無駄に勘のいい奴だな……。」

 

乗ってくれると思ってたが………まあいいだろう。

代わりなんざ、いくらでもいるし………。

 

「………ヘヘッ………。これはこれで、十分楽しめそうだな……。」

 

 

 

 

 

 

「……案外簡単に出来たな〜。適当に秀知院の悪評を広めさせたけど、まさか本当に鵜呑みにするなんて……。ま、最初のはデマだとしても、次のはデマでも何でもない。紛れもない事実なんだからさ……。

 ………にしても…………。」

 

根本は思わず声を出して笑いそうになった。

 

「(あいつらのあの顔……!!ほんっとうに最高だったなぁ〜……!!)」

 

いじめを思わせる様な呟きがネットに掲載されたのを見た同学年の連中。そいつらのあの焦り様……!皆顔面蒼白状態だったよ……!

一度ネットに載った物は、たとえいかなる権力を使っても、揉み消す事は難しい。仮に消したとしても、履歴までは消せない。つまり、秀知院でのいじめ疑惑は、絶対に消えない。あいつらは………死ぬまで後ろ指を差される。

 

「馬鹿だよなぁ〜あいつらも。いい年して、やっちゃいけない事の区別もつかないなんて……。何であん時荻野の嘘を鵜呑みにしちゃったんだが……。」

 

僕はだいぶ前から荻野の悪行について知っていた。だから、あいつらが無実の人間を責め続けていた光景を見て、本当に面白かった。もし真実を教えたら、あいつらは一体どんな顔をするのか。一体どれ程の人間が責任逃れするのか。

まあ、実際はほとんどの奴らが「自分は何も悪くない」「悪いのは全て荻野コウ」と、責任を擦り付け合ってたけど。

本当にいい醜さだよ。最高の醜さだよ。自分の保身しか考えて無い。教師も教師だ。秀知院の名誉の為に、都合良く荻野の悪行を揉み消そうとした。秀知院は生徒だけでなく、教師まで堕落させる学校だ……。もう最高に醜いね。

ましてや石上優の件から何も学ばず、伊井野ミコらに対してまた同じ事をしようとしている。自分らはあの時から既に、立派な犯罪者だってのに、のほほんと平然に過ごしている。

そんないい気になってる奴らが、一気にどん底に突き落とされる様を見るのが………本当に最高だ……。あ〜たまんない………。

 

「……ましてや、『石上優が自分達に復讐しようとしている』と勝手に錯覚してくれてるもんだから、僕らがまず疑われる様なことは無い。勝手に石上優が犯人だ、と思い込んでくれてる……。

 それだけじゃない。石上優はもう、自分が犯人扱いされても何とも思ってない。だから僕に報復が来るわけじゃない。僕にとってマイナス要素が何一つ無い。これで僕は………遠くから心置きなく、楽しむ事が出来る………。………ハハッ。」

 

とてもいい気分だ。久々に退屈を消す事が出来る。

 

「……興味本位で撮ってはいたけど、まさか本当に使う日が来るなんて………。」

 

中等部の時、根本は "たまたま" 女生徒達が石上の机に嫌がらせをしていたところを目撃した。その光景を、根本は面白いと思った。たったそれだけの理由で、根本はその光景を盗み撮りした。

ただ、撮ったはいいものの、使う用途が全然無かった。だが、今なら使える。これを拡散させれば、「石上優が同学年に復讐している」という疑念が、完全に確証に変わる。

そして、同学年だけでなく、秀知院は大混乱。石上優は無実の罪を着せられ、最悪の場合退学。まあそれでも、彼自身は、既に学校を辞めたいと思っているだろうから、万々歳だと思うが。

 

「……いい……完璧だ……。いい展開になりそうだ……!」

 

あとはこれを拡散させるだけ。最高のエンターテイメントが始まりそうだ……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピンポーン

 

「………ん?」

 

突然家の呼び鈴が鳴った。宅配か何かか?

 

「……はーい。」

 

家には誰もいなかったから、自身が応答することとした。

だが………………。

 

「………根本だな?」

「…………………ヤベ。」

「居留守はもう使えんぞ?おとなしく、俺達と来てもらおうか。」

 

根本紀明は後悔した。

この呼び鈴に応答するべきではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

玄関前に立っていたのは、大友と小島だった。



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そして根本紀明は問い詰められた

今回の話はちょっと長いです。


遡ること数日前………。

 

「会長。お願いがあります。」

「ん?どうしたんだ?」

「………近いうちに、根本のところに伺って、話をするんですよね……?

 …………私に全て任せてくれませんか?」

「えっ……。しかし、何故……?」

「…………この騒動、元々の原因は私たち一年生にあります。自分の不始末くらい、自分でケリをつけたいんです……。

 それに………もう口だけの私でいたくないんです。こんな私を、会長や四宮さんは受け入れてくれた。いつまでも意気地の無い大友京子のままで、いたくないんです………。」

「………………。」

 

すると、白銀はため息をついた。

 

「………大友さん。あなたはもう、十分立派な人だと思うが?」

「!」

「確かに過去は消えないさ。でも、あなたはそれに対してしっかりと戦ってるじゃないか。そんな人間のどこが意気地の無い人間だと言うんだ?

 ……だから、もう自分を追い込むのは止めにしてくれないか?」

「会長………。」

「……でも、やはり今回の件は、自分でけじめをつけたいのか?」

「………はい…………。」

「……そうか。だが、大友さん一人では危険だ。もう調査は終わってはいるが、この根本という男、かなり危険な奴だぞ……。」

「……正直、私も言葉を失いました……。まさか……今回の騒動以外にもこんなに………。」

「下手をすれば、あなたに危害が加わる可能性もある。念の為、小島も同行させるよ。あいつ相手なら、流石の根本もたじろぐだろう。」

「……あの…小島君のことなんですけど……。」

「?」

「………小島君………何か隠してる気がするんですよね……。」

「…………そうか?」

「考え過ぎですかね…?」

「……………考え過ぎだろう。」

「ならいいんですけど………。」

 

大友は引っ掛かったまま、生徒会室から退室した。

 

「………………。」

 

白銀は迷った。

この事を彼女には言わない方が正解なのか………。この真実を知ったら……彼女はますます………。

 

 

 

 

 

 

 

 

とあるビルの一室。そこには、根本に向かい合う様に大友と小島が座っていた。

 

「………………。」

「………………。」

「………………。」

 

何故この二人が……?特に接点も無いはずだが……。

何故大友京子が……?だが、警察のトップの息子が絡んでくるとなると、やはり………。

 

「……何故呼び出されたか、分かるよな?」

「………はて?何の事かな?」

「誤魔化さないで。全部あなたなんだね?根本君。」

 

そうなるよな………。

 

「………いやいや、だから、一体何がなんですか?」

「………やはりシラを切るか……。」

「シラを切るも何も、僕は何もやってないんですから。」

「ああそうだ。お前は本当に何もしていない。」

「………………どゆこと?」

「お前は全て、そうなる様に相手を唆しただけだからな。」

 

そう言い、小島は手元のファイルから一枚の顔写真を取り出した。

 

「………彼女は………。」

「知ってるよな?つい最近、どういう訳か退学をした同級生だ。」

「……あ〜。何か、石上君が復讐したんじゃって噂になった……。」

「……更にだ……。」

 

今度は三枚の顔写真をファイルから取り出した。

 

「……この男子生徒三人にも、見覚えがあるよな?」

「………はて?

 ………てか、この四人と今回の騒動、どう関係してると?てか、何で僕を疑ってる訳?」

「……ここだけの話だが、個人情報保護法スレスレの方法で、お前が全ての黒幕だということを突き止めた。

 このアカウント、見覚えあるな?」

 

大友は一枚の紙をファイルから取り出した。そこには、某ネットアプリのとあるアカウントがプリントされていた。

そのアカウントの名前には、退学した女生徒の名前があった。

 

「それって………。」

「元々この子には、援助交際をしてるんじゃないかって噂があったけど……。あなたはそれに漬け込んで、彼女になりすましたんだよね?そう思わせる様なツイートをしたり、合成写真を使ったりで……。」

「更には、自身のなりすましたアカウントを、まるで彼女のアカウントかの様に、この三人に教えた……。」

「それにこの男子三人が食い付いて………この子を………。」

 

大友は声と体を震えさせていた。

 

「何で急に退学なんかしたのかとは思ってたけど……こんな事……!」

「………………。」

「……こいつら全員、洗いざらい全部吐いてくれたよ。」

 

 

 

 

 

『裏は全て取れている。証拠を全部揉み消せたと思ったか?』

『何で……知ってる……?』

『俺を誰だと思ってる?お前達が散々陰で言ってきた、「一年生で最も敵に回してはいけない男 小島慶二郎」だぞ?甘く見ないでいただきたいな。』

『………悪かったから……マジで……!』

『金ならいくらでも払うから……!見逃してく』

『都合の良い事ばかり言うんじゃねぇ!!』

 

竹刀の音が部屋中に響いた。

 

『このまま貴様らを逃すとでも思うか?一体どういう経緯でこんな汚らしい事をしたか、全部吐いてもらうぞ。』

『……………………。』

『言うくらいなら………ブタ箱にぶち込まれた方がいいというのか?』

『ひぃ………!!』

『いつまで黙秘を続けるつもりだ?もうお前達が彼女を襲ったというのは明白なんだよ。

 ……どういう経緯で、彼女を襲った?』

『……………もとだ……。』

『ん?何と?』

『……根本だよ……全部根本から教えてもらったんだよ……!!

「最近溜まってそうだから、彼女とでもヤッてみない?」っつって、あいつのアカウントを俺達に教えて……!!』

『全部根本だよ!!嘘は言ってねぇって!!』

 

 

 

 

 

「……と、あいつらは全て俺に教えてくれた。」

「……………………。」

「これでもまだ……自分は犯人じゃないって言うの……!?」

「………まあ、確かにこのアカウントの持ち主は僕だよ。彼女になりすまして、彼らに彼女を襲わせた。ご名答〜!」

「あんたねぇ……!!」

「でも!でもだよ。

 ……それと今回の騒動、何の関係がある訳?」

「………どうやらあの子は、学校側に自身が襲われた事を告発したらしいよ……。もしかしたら調査してくれる。そんな微かな希望を抱いて……。

 けど、教員側は全く相手にしなかった。それも全て、この三人の親が都合良く揉み消したせいなんだけどね……。

 挙げ句の果てには、あんたがなりすましたアカウントが教員達に流出して、あの子は完全に『援助交際を行っている』というレッテルを貼られてしまった……!そのせいで、彼女は退学処分となったみたいじゃない……!!」

 

大友は泣きながら怒りを露わにしていた。

 

「なのにあんたは……この三人は……今も平然に生きてるってどういう事よ!!」

 

許せない。許せる訳がない。

あの子とは結構仲も良く、一緒に遊んだりもよくしていた。ちゃんとした友達だった。

そんな子を……こいつは……!!

 

「秀知院や自分を騙した真犯人の恨みは相当なものだっただろうな。今度はそれに漬け込んで……今回の事件を彼女に起こ "させた" 。違うか?」

「…………はぁ〜……。ここまでバレてるんだったら、もう黙ってる意味ないや。ぜ〜んぶ、話してあげる。

 僕は "ある同級生" と会いに行った後、彼女の家に行ったんだよ。その時の彼女のやつれた顔……。たまんなかっなぁ〜……!」

 

 

 

 

 

『突然……どうしたの……?』

『いやね、ちょっと君に教えておきたい事があってさ。

 このアカウント………君じゃないんだってね?』

『!!』

『あぁ〜ごめんねごめんね!傷を抉るようなことしちゃって…。でも僕さぁ………このアカウントの持ち主、この前見ちゃったんだよね…。』

『だ……誰!!?誰なの!!?』

『……………石上君だよ。』

『石………上…………。』

『そうそう。石上君が君になりすまして、あたかも君が援助交際をしてるってでっち上げたんだよ。酷いことするよねぇ〜?いくら自分が傷付いたからって、この復讐はやり過ぎだよねぇ〜?』

『…………………。』

『君は濡れ衣を着せられて退学になったのに、石上君は今も学校に通ってる。こんな不条理、あっていい訳ないよね?許せないよね?』

『…………あいつ……!あいつ………!!』

 

 

 

 

 

「その後はまぁ簡単だったよ。勝手に暴走してくれし、周囲は勝手に『石上優が復讐に動いてる』って思い込んでくれるし、彼女は復讐相手の石上優を犯人に仕立て上げられるし、僕は気楽に皆が混乱してる様を見れる。僕にとっては、良い事だらけだったんだよねぇ〜!楽しみだったんだけどな〜……。

 まさかすぐバレるなんて………。小島君はそうでも、大友さんも結構凄いんだね。自分もあんな事しといて。」

「!!!」

「ずっと前から疑問に思ってたんだけどさぁ、君ってどうして生徒会に入ったの?まさか、中等部でやった事を、高等部で良い事して全部チャラにしようとしてるんじゃ……?」

「そんな気一切無い!!」

「君達が石上優をいじめている様を見てて、つくづく思ったよ。こいつら本当に、滑稽だな〜って。

 無実の人間を叩いて貶す事で、『自分達は上にいる』『悪人になら何をしても構わない』って本気で思ってるんだからさぁ。憎む必要の無い人間を憎んで、馬鹿過ぎてまぁ〜面白かったよ!!アハハ……!!ハハハハ……!!

 君達のそのモラルの無い行いが、周りにどれほどの迷惑を被るか。どれだけの無関係な人間まで巻き込んでいるのか、今回の件でようやく分かったんじゃない?むしろ、僕に感謝して欲しい位なんですけど〜。

 君達があんな事さえしなければ、僕だってこんな事しなかったさ。全部、君達が招いたことだろ?

 ねぇ?荻野の嘘に乗っかって、一緒に石上優を虐げていた大友京子さん?」

「………………。」

 

完全に言い負かされてしまった。

根本の悪行には、確かに憤りを隠せない。でも………彼を今まで虐げてきたのは、紛れもない事実だ。それに関しては、ぐうの音も出ない。

 

「……あ、そうだそうだ。君達さぁ、この件、どう処理するつもりなのさ?」

「……何だと?」

「もう既に秀知院のいじめ疑惑は世間に広まってる。でも、それらはデマでも何でもない。100%の事実だ。

 それとも何だい?秀知院お得意の、『都合の良い様に話を揉み消す』を使うのかい?」

「そ……それは………。」

 

現段階では、秀知院のいじめ疑惑はまだ噂の状態だ。このまま放っておいては、どんどん風評被害がエスカレートしてしまう。

だからと言って、都合の良い様に隠蔽をすれば、いつかボロが出てしまい、それこそ秀知院はバッシングの嵐を受けることになる。

ならばいっそのこと、会見を開いていじめ疑惑を認めるか……?いや、教師達が絶対にそれを許さないし、それはそれで世間からの批判は尋常じゃないだろう。

なんて事だ。完全に八方塞がりだ。まんまと根本にしてやられた。

 

「………だとしてもだ。貴様が黒幕だという事は判明した。それなりの処罰は受けて貰うぞ。覚悟はいいな?」

「………ま、別に退学なり何なり、お好きにして下さいな。学校なんか通わなくたって、生きてはいけるんだからさ。

 てかそうだ小島君、君も本当はせいせいしてるんじゃないの?」

「………どういう事だ?」

「この際さ、自分に正直になっちゃいなよ?君だって、あんな低レベルな同級生が痛い目に遭って、せいせいしてるんじゃないのかい?君は彼らのそんなところが嫌で、見下した態度を取ってるんだろ?」

「………………。」

 

そうじゃないと言ったら嘘になる。

確かに根本の言う通りだ。俺はあいつらのそんな態度がまぁ嫌で仕方がなかった。その度にモラルの無い行動をしては、世間からの批判を集めて、何も関係の無い人間の評価まで下げる。はっきり言って、本当にゴミクズの集まりだよ。

中等部の頃、確か女子達に「石上をしょっぴいて欲しい」と頼まれた事があった。「ストーカーも立派な犯罪でしょ?だから、少年院に入れてくれない?」「小島君なら、お父さんに頼めば出来るでしょ?」などとまぁふざけた事ばかり……。

というかそれ以前に、散々陰で俺の事もどうこう言ってきたくせして、何でこんな時に限って俺に物を頼むのか……。どこまで都合の良い連中なんだ。俺は奴らのその態度に憤りを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

『悪いが、俺はあんな不確かな情報では動かん。どうしてもと言うのなら、石上がストーカーだという証拠を出して来い。』

『なっ……!!』

『それすら無いのだろ?なら、石上がストーカーだというのは、現段階では事実ではない。貴様らは、何の証拠すらない事柄を事実と勝手に決め付けてるだけなのでは?』

『何ですって……!!』

『今後一切この事で話しかけてくるな。いい加減、その腐った見方をどうにかした方がいいんじゃないのか?

 どこまでも醜悪で腐ってる奴らで何よりだよ。』

 

周りの連中はどうこう罵声を俺に浴びせたが、まぁ馬鹿らしかったよ。どこまでレベルの低い連中なんだと、呆れを通り越して、笑えてしまった。生まれて初めて、自分の汚い部分が表に現れた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

「……その沈黙は、イエスってことかな?」

「………………。」

「…まあ、別にそこをどうこう言うつもりはないさ。むしろ、それが人間なんだから。

 人間の悪意ってのはさ、一種のウイルスみたいなもんさ。一度人から悪意が生まれれば、ウイルスが感染していくかの様に、他者から他者へと広がっていく。人間には誰しも、何かしらの悪意があるんだよ。

 だから小島君、別にそれは悪い事でも何でもないんだよ。至って正常さ。」

 

あっけらかんな感じを出して、根本はそう言った。

 

「………狂ってるな……。」

「狂ってる?いやいやいや、大友さん達に比べれば、全然マシだと思いますがねぇ〜?」

 

根本は席を立ち、大友の方へ向かった。

 

「君ってさぁ〜、普段から浮いてる伊井野ミコや大仏こばちに積極的に話し掛けてるけどさ、何が目的な訳?」

「なっ……目的……!?何それ!それじゃまるで、私がミコちゃんや大仏さんを利用してるみたいな言い方じゃない!!」

「うん、そう言ったつもりだけど?」

「あんた……!!本当にいい加減にしなさいよ!!」

 

久しぶりにこんなに人に怒った。ましてや、怒りに任せて他人に掴みかかるなんて、生まれて初めてだ。

感情的になってはいけないのは承知の上だ。だが、これだけのことをしといて、全く反省してないこいつの態度を見てると、どうしようもなく腸が煮えくり返る思いだった。

 

「落ち着け大友。」

 

小島が間に入り仲裁したはいいものの、それでもやはり大友は怒りを表に出していた。

 

「………あんたみたいな最低な人間……初めて見たわ……。」

「ハハ……最低な人間に危うく騙されて、変な斡旋業者に売られるところだったくせに。」

「………………えっ?」

「どうやら知らなかったみたいだね。荻野が本当は何をしてたか。」 

 

話で聞いた情報だと、荻野は女生徒を騙して、集団で襲っていたと聞いたが………。え?斡旋業?

 

「…………大友。こいつは一時期、荻野に手を貸していた。」

「………え…………。」

「ま、結構前に "たまたま" 荻野が変な斡旋業者と通話してるのを聞いちゃってねぇ。面白そうだったから、僕もほんの少しばかり情報提供をしてたんだよねぇ〜。」

「………………。」

「でも何か……時が経つにつれて、マンネリ化しちゃって、つまんなくなっちゃってさ。そろそろ切り時かなと思って、今度は荻野を強請ろうかと思った矢先、石上優があの事件を起こした。

 せっかく良い駒が手に入るかと思ったけど、石上優のせいで全部台無しだ。あん時はちょっといただけなかったな〜。」

「…………酷過ぎる…………。」

「何とでも言えばいいさ。僕は一切気にしてなんかいないし。」

「…………そうか。」

 

何か言おうとしていたが、小島は黙って部屋の扉を開けた。

 

「話は以上だ。それなりの処罰は覚悟しておけよ?」

「ハハ……。君達がどんな対応をするのか、遠くから楽しみにしてるよぉ〜。」

 

最後まであっけらかんな感じを出して、根本は退室した。

 

「………………。」

「………思ってた以上に狂ってる奴だったな………。」

「………………。」

 

大友は下を向いたまま、黙っていた。

 

「……しかし、どうしたものか。彼女が広めてしまったいじめ疑惑。もう今更『この件については一切何も言いません』は通用しそうに無い。

 どっちにしろ、秀知院にとって痛手になる……。お前はどうするべきだと思う?大友。」

「………ごめん小島君……。今……そんな気分じゃない。」

「…………分かった。今日は時間を取らせてすまなかったな。そろそろ俺達も帰るか。」

 

そう言って、小島は大友と退室した。

 

「………………。」

「………………。」

 

普段は明るい彼女が、今は無表情でずっと下を向いている。怒りを抑えているのだろうか。

エレベーターに乗っている最中、小島はそんな事を思いながら、ある事について考えていた。

 

「(……やはり教えなくて正解だった……。しかしだ………。)」

 

 

 

 

 

『……本当なんですか……会長……。』

『ああ。彼女自身がそう言った。彼女は事件前から、石上優に対して異常な憎悪を抱いていた。』

『………あいつが…………。』

 

 

 

 

 

「(この事を教えたら、大友はまた自責の念に潰される恐れがある……。

 石上が………彼女が襲われている現場にいて、彼女を見捨てた事を教えてしまえば………。)」

 

 

 

 

 

『間違いなく、「自分のせいで石上優があそこまで堕ちてしまった」と思うだろうな。だから小島。この事は彼女には絶対に言わないでくれ。』

『………こんな事……軽々しく言える訳ない………。』

 

 

 

 

 

「(………奴はやはり……もう………。)」

 

石上優を元に戻す事は、どんな事をしても無理。

小島は改めてそう悟った。



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秀知院は決断した

その後、根本にはある程度の処罰が下る予定だった……が、その前に根本は自主退学を申し込み、忽然と秀知院から姿を消した。

あと、強姦行為を行った男子三人は、小島君によって全てこのことが公になり、当然の如く退学処分となった。後から聞いた話だが、彼らも荻野と関係を持っていたらしい。なんでこの学年の男子はそういう奴らが多いんだが………。

あと、根本に唆され、秀知院の悪評を広めていた彼女は、彼女自身に何かあった訳ではないが、アカウントは凍結させた。

黒幕が明らかとなり、元凶となったアカウントも凍結。この騒動は解決したかと思ったが、まだとっても重要な問題が一つ………。

 

「……今日もマスコミが来てるな………。」

 

あの騒動から数週間が経ったが、秀知院のいじめ疑惑は、もう日本全国にまで知れ渡り、ニュースにまで発展していた。

日本随一の名門校で、いじめがあったなんて聞いたら、そりゃマスコミも黙っちゃいないか………。

秀知院の生徒や教員らを見かけたら、すかさず駆け付けてくるもんだから、本当に参っちゃうよ。でも………こうなったのも、全部私達のせいだ。最後まで……しっかりとケリをつけなければ………。

 

 

 

 

 

 

 

「………そうか………。」

「はい………。」

「だけど、先生達が納得するとは、到底思えません………。」

「……まあ、どっちにしろ秀知院にとってはマイナスな事ですから、この決断だろうがなかろうが、秀知院の評判は右肩下がりでしょうね。」

「…………あの疑惑は、全て真実だと打ち明けましょう。」

 

根本と話した日から、私の答えは決まっていた。

いじめ疑惑を認めて、もう二度とこんな事はしないようにしよう。その為に、会見を開くべきだ。

これが私の決断だ。

 

「………しかし、俺達の独断でどうこう出来るものではない。藤原書記が言った通り、教員達が納得するとは………。」

 

確かにその通りだ。教員達は、極度に秀知院の評判に傷が付くのを嫌う。こんな事を告白してしまえば、今後の入学者数は勿論、世間からの批判の声は尋常ではないだろう。最悪の場合、自分達の首が飛んでしまう可能性もある。

だが、それでもだ。いつまでも黙秘し続ける理由になどならないと思う。

 

「………私達一年生が石上君にあんな事をしたから、今の状況になってしまったんです……。全ての発端は私達です。

 なのにも関わらず、彼らは何も反省せず、責任を擦り付け合い、また同じ事を繰り返そうとしています。もういい加減、目を覚まして欲しいんです。私達のそういったモラルに欠けた考えが、どれ程の迷惑や損害を招くか……。

 ………そして、もう二度とこんな事はしないと、決意を固めて欲しいんです……。これは同学年だけではありません。純院だの混院だのと差別し、『自分達は上だ』と威張ってる、全ての秀知院生に対するメッセージです。

 もう……こんな事は、これで終わりにしたいんです………。これ以上……石上君の様な人間を……出してはいけないんです……。

 教員達が何と言おうと、私は絶対に諦めたくありません。いつまでも……こんなんじゃ駄目なんです………。」

 

すると、生徒会室の扉が開き、校長が入室してきた。

 

「いやぁ〜素晴らしいデス。まさか一年生にもかかわらず、こんな立派な人がいるとハ……。」

「聞いてたんですか………。」

「エエ。この件に関しては、生徒会も動いてるとは思ってましたが……やはりそうでしたカ。

 それにしても大友さん。」

「あ、はい……。」

「………あなたには感銘を受けましタ。自身の過ちを認め、未来の動力へと変えている。並大抵の人間が出来る事ではありまセン。

 いつまでもこの事を隠していても、必ずボロが出まス。不祥事は必ず何らかの形で公になる。そうなって更に批判を集める位だったら、早いうちに告白した方がいいでしょうネ……。」

「……ですが校長……そうしたらあなたは……。」

「エエ。間違い無く何らかの責任は取らされるでしょうネ。パリの姉妹校からも、必ず批判の声は来ると思いマス。でも、これくらいの事は、承知の上デス。それくらいの覚悟が無ければ、校長など務められませんしネ。

 教員達には、私が何とか説得しておきますヨ。秀知院の現状を知るいい機会デス。そして……少しでも秀知院がいい方向に変わることが出来るように、頑張りましょう……。」

「……ですが、かなり難しいでしょうね。」

 

かぐやが発言した。

 

「人間にとって、何かを失うのは簡単ですが、得るのはとても困難です。ましてや一度失ったものを再び取り戻すのですから、想像以上に骨が折れることだと思います。」

 

かぐやのその発言が、大友には重くのしかかった。

あの時私達は、石上優という人間から、優しさや正義感と言ったものを失わせてしまった。今の石上優は、全ての人物や事柄に悪意を持った、心が完全にドス黒く変色してしまった人間だ。

私達のやろうとしている事は、そんな彼に再び優しさや正義感を再び得させることだ。かぐやの言う通り、想像以上に困難を極めている……。

というか………これは本当に彼の為になるのか……?最近はそう揺らぎ始めていた。

 

「もっと言うなら、その取り戻すものが、人間にとって一番得るのが難しい信頼です。それを再び取り戻すというのですから、ほとんど無理難題と言ってもいいでしょう。」

「………………。」

「………ただ、可能性はゼロではない。」

 

今度は白銀が口を開いた。

 

「確かに四宮の言う通りだ。一度失った信頼を取り戻すのは、そう簡単な事ではない。俺達がどんなに努力したところで、それでも認めない人は必ずいる。

 けれどだ。どんなに低い確率でもいい。それでも少しの可能性があるならば、少しでも再び秀知院を評価してくれる人間が増えてくれるのならば、努力する価値は十分ある。」

「やってみなければ分からない……という感じですか?」

「まあ、そんな感じだな。」

 

そうは言ったものの、何か煮え切らない感じのまま、白銀は下を向いていた。

 

「……会長?」

「…………会見を開いた事によって、生徒達に対する風評被害は必ず出る。……生徒会長として、そこの部分は少し心配だ……。今はネット社会だ。その気になれば、住所だって特定される時代。本当に被害に遭ってしまったら…………。」

「……………腹を括りましょう。」

「かぐやさん……。」

「……会長は人格者過ぎます。私と違って、手厳しい事はまずしない。確かに私も副会長として、生徒達に何かしらの被害が出てしまったらと思う部分はあります。

 けれど………優しさは時に甘さになります。受け入れるしかありません。そうなって当然の事を、彼らはしてしまったのですから……。

 この騒動以前にも、秀知院生のモラルに欠けた行為は目立っていました。その度に学校側にクレームが来ては、まぁ教員方も迷惑をしていたようで……。丁度いい機会です。洗いざらい秀知院の汚い膿を、全て吐き出しましょう。

 そして…………今回の件で、こんな事もお終いです。もう二度と、同じ過ちを繰り返さないよう、個人個人が努めていきましょう。」

 

その通りだ。本当にその通りだ。

完全にと言うのは難しいかもしれない。だが、もうあんな事はお終いにしようと心に強く留めるだけでも、違ってくるかもしれない。

少しでも……秀知院が良い方向に進んでいける可能性があるのなら……やる価値はあると思う。

もう、皆もこれで分かって欲しい。自身の非を、罪を、受け入れて欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後、秀知院学園で世間に流布しているいじめ疑惑に関する、緊急会見が開かれた。校長先生が何とか説得してくれたのだろう。

校長自らも出席し、記者からの質問を、全て嘘偽り無く答えた。つまり、いじめ疑惑を認めたという事だ。

当然の如く、ネットは大炎上。ニュースにも数日ばかりずっと話題になってしまい、来年の外部入学希望者は完全に右肩下がり。過去最低の外部入学希望者数を叩き出したらしい。何人かまでは分からないが、ほとんどゼロだという噂だ。

当然私達の環境にも、その影響は甚大だった。登下校するだけで、周りの人達からの陰口や罵倒。いつも後ろ指を差される日々が、何十日か続いていた。制服を着るのが結構億劫になったな……。

 

「……またですよ……。これで何日続いてるんですか……。」

 

校舎にも、罵詈雑言が書かれた紙が貼られたりなど、直接的な嫌がらせも相次いでいて、教員達はその後処理に汗を流していた。分かってはいたことだが、いざ現実になると、やはりいい気分ではない……。

けれど、彼はそれ以上の苦痛を味わった。彼の受けた傷は、こんな浅いものではなかったはずだ。それに比べれば、痛くも痒くも何ともないだろう……。これは、私達が今まで身勝手な事をしてきた報いだ。ばちが当たったんだ。私達のモラルの無い行動が、無関係の者まで巻き込んでしまった。

 

「………チッ。何が名門校だよ。調子に乗りやがって。ざまぁねぇな。」

「とっとと潰れちまえばいいのに。」

「いつも偉そうにしてっからこーなんだよ。クソ共が。」

「民度低すぎて、もう笑えないわ。」

「ゴミクズが。いい気味だよ。」

「一体どんな教育を受けさせて来たんでしょうかね?程度が知れるわ。」

 

何だかんだ言って、登下校の時が一番辛い。容赦のない、他校の人達や近所の人達からの批判や悪口が今日も凄いなぁ……。ま、こうなるとは思ってたけど………。

 

「………………。」

 

皆、何も言い返せず、ただ下を向いていた。

後悔先に立たず。今更悔やんだところで、もう遅い。どんな事をしたところで、過去は消えないのだから。死ぬまで自分に付いてくる。逃れる事など、出来る訳が無い。

中には、「余計な事しやがって」と思ってる人もいるが、そんな人はもういいや。ここまで散々言われても、まだ自分は悪くないと思ってるのだから。救いようがない。

 

「こんなのが同学年とか、マジで恥ずかしいんだけど。」

「教員側も本当、何してるのかしら……。」

「どうせ学校の名誉とか、自分の事しか考えてないんでしょ?」

「秀知院は教師までクズなのかよ。」

「所詮は学力だけが取り柄のボンボン共か。」

「違う違う。いじめもあいつらの取り柄だよ。」

「うわっ、最低過ぎるわ……。」

 

今まで溜まるに溜まってた秀知院に対する悪意が、一気に流れ出たかのようだ。

悪口とは、こんなにも言われると辛いものなのか……。そんな小学生でも分かるような事が、あの時の私達は分からなかった。未熟だった。まあ、今でも十分未熟なんだが………。

 

「………何でこんな事に………。」

「……最近となっては、近所の人達からも迫害されてる気がしてさ……。」

「………ずっと……こんな感じなのかな……?」

 

確かに、いつまでこの調子が続くのかは分からない。もしかしたら、未来永劫続くかもしれない。決して風評被害は無くならないかもしれない。

けれど………。

 

「……頑張ろうよ。」

「………京子………。」

「嫌になる位分かったと思うよ。私達のやった事が、どれ程許されない事なのか。そのせいで、どれだけの無関係な人間まで巻き込んでしまったか。

 もう………二度とこんな事はしないって、ようやく分かったんじゃないかな?」

「………………。」

「……あの時……ちゃんと石上君の事を信じなかったから……ちゃんと見てこなかったから………。」

「……ねぇ京子………石上の事なんだけどさ………。」

「?」

「……………あ、いや………何でもないや……。

 あ、私、そろそろ塾の時間だから、じゃーねー!」

「………………。」

 

何か石上君について言いたそうな感じだったが、友達は塾があるからと、急いで私に別れを告げた。

やはりだ。小島君や会長もそうだが、やはり何か隠しているのではないか………?

何か、私に知られたらマズいことでもあるのか……?

 

「………………。」

 

気になる。とても気になる。会長に直接聞いてみるか?でもな……。

 

「………ヤバい!明日までの提出課題、まだやってない!!」

 

まぁ、別にいいか。私の気のせいかもしれないし。

 

「…………馬鹿みてぇ。」

「………え?」

 

誰かのボソッとした声がどこかから聞こえた。辺りを見渡しても、誰もそこにはいない。

何だと思ったが、大友は気にせず、家へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………偽善者が。」




前半が終了しました。
次から後半へと突入します。石上が "アノ人" と再び会ってしまいます。


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石上優はぶつけたい①

「………………。」

「………………。」

 

何で………こうなった…………。

 

 

 

 

 

 

終業式が終わり、明日から夏休みだ、などという浮かれた気持ちは一切浮かばなかった。あったのは、早いところ学校を辞めたい、今すぐ消えてしまいたい。そんな感情ばかりだった。

だが、残念ながらそんな勇気すらない。つくづく思うよ。自分は本当に意気地の無い腑抜けなんだと。

終業式後、石上は体育館倉庫の裏で少しばかり眠っていた。夏にも関わらず、結構涼しいものだから、とてもいい眠りにつけた。久々に悪夢すら見ない、いい眠りだった。

大きくあくびをして、そろそろ下校しようかと思ったが、この時間帯はマスコミ共が一番うるさい時間帯だ。まだいじめ騒動は尾を引いていて、下校時間を狙って、生徒達にどうこう聞くつもりなんだろう。自分も何回か絡まれたが、うざったくて仕方が無かった。

まあ、自分がその被害者ですと告発して、火に油を注ぐのもアリかと思ったが、それはそれで更に絡まれそうだ。面倒事を自分で起こしてどうするんだ。

 

「………しばらくここにいるか………。」

 

しばらく倉庫裏にいて、また昼寝でもしよう。そうすれば、知らないうちにマスコミ共もいなくなるだろう。

 

「あれぇ〜どこ行っちゃったっけ〜……。」

 

誰かがこちらに近づいてくるのが分かった。何か探し物か?

でも、こんなところにまでは来ないだろう。大方、体育館倉庫の中を探すはずだ。

気にせず石上は、再び眠りにつこうと目を閉じた……が……。

 

「うわっ!!」

 

倉庫内から声がした直後、何かが崩れ落ちる様な音が響いた。せっかく眠りにつけそうだと思ってたのに、と思いながら石上は何事だと見に行こうかとは思った。

 

「………………。」

 

そうは思ったものの………。

 

「…………別にいっか。」

 

助けたところで、別に自分にとって何もメリットはない。ましてやデメリットもない。このまま眠りにつこう。

そう思い、石上は再びその場に座り、目を閉じた。

それと同時に、真上の倉庫の窓が開く音がした。

えっ……ちょっ……何でそこの窓が……!?てか、だとしたら……!

石上はそう思ったものの、時既に遅し。窓から顔を出した者と、目が合ってしまった。

 

「……あ!君って……!」

 

よりにもよってこの人かよ……。二度と会いたくないと思ってたのに……。

神は本当に、自分には残酷だと石上は思った。

 

「久し振り!覚えてるかな?」

「………………。」

 

子安つばめ。2、3ヶ月振りだが、相変わらずの陽キャ振り。ウゼェことこの上無いな。

 

「こんなとこにいて暑くないの?てか、何してるの?」

「………それはこっちのセリフですよ…。何してんすか?」

 

無視を続けると、更に絡んできそうだったので、仕方無く石上は答えることにした。

 

「あーそうだそうだ!ちょっと、手伝ってくれないかな?」

「手伝う?何を?」

「実は倉庫の中に、家の鍵を落としちゃってさ〜。取ろうとしたら、用具が急に倒れてきちゃって!鍵も倒れてきた用具の下敷きになっちゃって、取れなくなっちゃったんだよ!

 だからさ、用具をどかすの手伝ってくれないかな?」

「…………そんくらい、自分で何とかしたらどうなんすか……?俺には何の関係も無いでしょ。」

 

手伝う訳ないだろ。全部自分の不注意のせいだろ。

そう思い、石上はその場を去ろうとした。

 

「まぁまぁまぁ!時間は取らせないからさ!ねっ?」

「………………。」

 

しつけぇ。

 

「………お〜い、石上くん?」

「………………。」

 

マジで何が目的だ……。

 

「………手伝ってくれないかな?」

「…………………チッ。」

 

懲りもせずまぁ………。手伝えばいいんだろ手伝えば……。

石上は向きを変えて、体育館倉庫内へと入って行った。

 

「………………。」

「手伝ってくれるの!?ありがと〜!」

 

あんたがしつこいからだろうが。ところどころ苛つくんだよな……。

てか、そんな大した程でも無いじゃねぇか………。

………てか、まさかだとは思うけど、この人最初から………。

 

「………どしたの?」

「………いえ………。」

 

流石に考え過ぎか………。

愚痴や不平を心の中で言いながら、石上は倒れた用具をどかし続けた。ここ最近まともに運動もしてなかったから、そこまで重くない物を持ち上げるだけでも、息が切れてきた。ましてや今は夏。更に体力や水分が奪われる。

 

「……あっ!あったぁ〜!」

 

ある程度の用具を片して、ようやく鍵らしき物を目にすることが出来た。

もうこれでお役御免だ。もうあんたとは関わりたくないと思い、石上はそそくさと倉庫から出ようとした……のだが………。

 

「……………ん?」

 

扉を動かしたものの、まるでびくともしない。力が足りないかと思い、体全体を使って扉を開けようとしたが、それでも動かない。

 

「……あ!まさか……!」

 

鍵を取り終えた子安が、扉の方へ駆け寄ってきた。

 

「あちゃ〜……。そういやそうだった……。」

「な………何が……?」

「ここの体育館倉庫の扉、たまに開きが悪くなるんだよね〜。外から開けてもらわないと、出られないなこりゃ。」

「………え…………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして現在に至る。

 

「………………。」

「………………。」

 

よりにもよって、この人と二人で閉じ込められるなんて……。

本当にこの人とは関わりたくなかった。誰にも分け隔て無く振る舞うこの陽キャ振り。偽善としか思えない。

"自分はぼっちの人間とも仲良くしてるいい人です" 感がどうも否めない。そうやって他人からの評価を上げている様にしか見えない。

まるで………。

 

『石上君、消しゴム落ちたよ。』

 

……そうだよ。どうしてこの人に対しての苛立ちが治まらないのか。

アイツにどことなく似てるからだ。誰に対してもなんの偏見も無く接するあの感じ。何か既視感があると思ったら………。

まあでも、そうだとしたら、あの人もどうせ同じだ。そこら辺の人間と同じだ。何の根拠も無い事柄を鵜呑みにする、どうしようもない奴。

駄目だ。更に苛立ってきた。

 

「………………チッ。」

 

大友京子。本当にウゼェ限りだ。本気で死んで欲しいと思うくらいだ。そんな奴に酷似しているんだ。そりゃ腹立って当然か。

 

「……………………。」

 

やはり、敵対心は消えてないか。

子安つばめは背を向ける石上を見ていた。

長く伸びきった前髪。まるで、誰も受け入れない壁の様だ。更にその前髪からチラッと見える、一切の光が無い眼差し。何に対しても希望や信頼を持っていない。

その気になれば、彼は今ここで死んでしまうんじゃないかと思わせる感じだった。

自分で言うのも何だが、私は他人から悪意を向けられる事はまず無い。あるとしても、まあ中等部の頃に「ちょっとモテるからって調子に乗らないでくれる?」といったやっかみくらいだ。それに関しては、まあ別に妬まれようが気にもしてなかったが、ここまで嫌悪感を向けられたのは初めてだ。

何も言わずとも、「話しかけるな」「近付きもするな」といったオーラが凄い。やはり彼はそうなってしまう程、周りから向けられる必要の無い悪意を向けられ、何に対しても期待や信頼が出来なくなってしまったのか……。

ここで思わず同情の気持ちを言いたくもなる。だが、それは一番やってはいけない事だ。更に彼の傷を抉ってしまうだけだ。それでなくても、彼の受けた傷は、二度と修復する事がない程に深く抉られて、閉じることが出来ない位の傷口の広さなのだから。

 

「……………優くん。」

「………!」

 

何で急に下の名前で………?

 

「……………まだ、生きていたい?」

「………………。」

「………それとも………もう死にたいの?」

「………………。」

 

いきなり何の質問してくるかと思ったら………。

もう、生きていても特に意味が無いのではと思っている。だが、特別死ぬ勇気すらない。ただずーっと、何の意味も無く酸素を取り入れているだけ。そう、僕はただの腑抜け。死にたいと思っても、死ぬ勇気すらない。滑稽だな。笑えちゃうな。

つまりだ。あなたのその質問に対する答えは、無い。

 

「………………。」

「……じゃあさ………、逆に死なせたいと思った事は?」

「!!」

 

………そりゃあもう、嫌になるくらいあった。

何で自分がこんな目に遭わなければならないんだ?何で何も知らないくせして、奴らは好き放題言えるんだ?

奴らに対する殺意は、あの校内放送から治ることはない。真実が分かった途端、急に頭を下げやがって……。どいつもこいつも本当に民度が低くて何よりだったよ。

あの時、マジで大友の事打ちのめして、殺すのも有りだったかもな……。あの時のあいつのみっともねぇ泣きっ面……。今となったら、思い出しただけでも笑えるな。ましてやそんな面の状態での土下座。最高に惨めだった。

だがそれでもだ。殺意が治まらない。もう、本格的に殺しでもしない限り、この苛立ちは治らないかもな……。

 

「………出来るものなら……大友を……あいつらを………殺したい。」

「………そっか………。」

「………………。」

 

ていうか、さっきから何を質問してくるんだ?まるで訳が分からない。

 

「…………ならさ、私で試してみる?」

「………はぁ?」

「……君のその殺意やら嫌悪をさ、全部私にぶつけていいよ?」

 

……何を………言ってるんだ……?



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石上優はぶつけたい②

突然の子安の発言に、石上優は戸惑った。

……何を言ってるんだ………?暑さで頭でもおかしくなったのか?

 

「……そこまで皆のこと嫌だって事はさ、私の事も嫌なんだよね?

 ……率直に言って欲しいんだ。優くん、私の事どういう風に思ってる?」

「………………。」

 

マジで暑さで頭がショートしたのか?一体何が目的だ?

ただ、率直に言っていいんだよな?だったら……遠慮なく言わせてもらう。

 

「……………心の底からウゼェ。消えていただきたい。」

「…………そっか………。」

 

子安は少し小さめな声でそう言った。

 

「………幻滅したでしょ?なら、もう二度と俺に近付かないでいただきたい。たとえ見かけたとしても、絶対に話しかけないでいただきたい。二度と関わりたくない。二度と視界にあんたを入れたくない。

 あんたの誰に対しても隔てなく接する態度や性格が………心の底から腹立たしい。偽善ぶるのも大概にしろよな。どうせあんたも………アイツと同じだろ。」

 

石上が言った「アイツ」とは一体誰のことを指すのか、子安には一瞬で分かった。

彼女は本当に良い子だ。親の不倫騒動でやっかみを受けていた大仏ちゃんに対しても、全然そういった目で見ず、フォローをしていた。

だがしかし彼女は、石上優がこんな風になってしまった根源とも言ってもいい。一人の善人に罵声を浴びせ、彼の心を二度と拭うことが出来ない闇で覆ってしまったという、とんでもない過ちを犯してしまった。挙げ句の果てには、彼に殺意まで抱かせてしまった。

……というか………彼女が言っていたかつての石上優というのは、本当に存在していたのか……?もうそれすら疑う程、彼の殺意こもったオーラは、酷く禍々しく感じるものだった。

 

「…………幻滅……とまでは言わないけど……少し傷付いたかな……。」

「………………。」

「………殺したい?私の事?」

「…………出来るもんなら。あんたを見てると………思い出したくなくても、アイツの顔が浮かんでくる………。まるでアイツを見ている様ですよ………。

 だからなんですかね………どうしようもなくなる位………あんたを殴りたい………。」

 

石上は小刻みに体を震えさせていた。彼の中にある悪意が、今にも溢れ出そうだった。私に対する怒りを、抑えている。下手に何かを言うのは、もうよした方がいいのではと思ったが………。

 

「…………………いいよ。」

「……はぁ?」

「……殴って君の苛立ちが少しでも紛れるのなら、いいよ。蹴ってもいいし、何かで叩くのでもいいよ。」

 

……こいつは優しい笑みを浮かべて、何を言ってるんだ?マジで何が目的だ?

彼女に対する苛立ちは、彼女の訳の分からない発言によって、少し紛れた。そうなる位、彼女の言ってる事が理解出来なかった。

 

「……マジで暑さで頭沸いてんじゃないんすか?てか、いつまでもここにいる訳にもいかないでしょ……。誰かいないのか……?」

 

暑さが段々と酷くなってきた。いつまでもここにいる訳にもいかない。

窓に目を向けたが、生憎人が出れる程の大きさではない。やはり、誰かが外から開けてくれない限り、出ることは出来ない。

 

「それならさっき、友達に『来てくれ』ってメールしといたから大丈夫だよ。しばらくしたら来てくれると思うよ…。」

「…………そうですか………。」

 

一刻も早く彼女と同じ空間から離れたかったが、まあ仕方が無い。

てか、それはそうとしてだ。さっきの意味不明な発言……。何考えてんだ?

 

「…………『何考えてんだこいつ』って目だね……。

 そりゃそっか。いきなり殴ってもいいよって言われて、戸惑わない人なんかいないか……。」

「……あんたの目的が本当に読めない。ていうか、最初から俺がここにいるって事も……。」

「疑い過ぎだよ…。たまたま。本当にたまたまだよ。神様がそうしたって感じだよ。」

「………まさか…そういう趣味でも持ってんのか?」

「そこまで変態じゃないよ私!そんな性癖持ってないからね!?」

「……じゃあ一体………。」

「………生きづらくないかなって思ってさ……。君のその黒い部分が少しでも消えるんだったら、少しは生きやすくなるんじゃないのかなって………。」

「………………死のうと思ってる人間に、生きやすいねぇ……。」

「……嘘だ。」

 

石上はその一言に体をピクッとさせ、子安の方に顔を向けた。

 

「本当にそう思ってるんなら……………何で………。」

 

まさか、まだ死んでないのとか言うんじゃないだろうな………。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………何でまだ、誰かに助けを求めてるのさ?」

 

……………はぁ?

 

「……君の事見てるとさ………勿論誰も受け入れないオーラもあるよ……。でも、それと同時にさ……誰かに分かって欲しい感じも、ほんの少しだけ感じるんだ………。

 本当は……真実を告発するんじゃなくて……誰かに助けてもらいたかったんじゃないのかな?誰にでもいいから、理解してもらいたかったんじゃないのかなって………。」

「………………。」

「………本当の事言ってくれると嬉しい……。君は………本当はどうして欲しかったの?」

 

本当はどうして欲しかったの……だと……?

 

「………本当に……死にたいと思ってるの……?」

 

ああそうだよ。早く消えてしまいたい。

 

「もっと、楽しい思いをしたいんじゃないの?」

 

そんなの、あの時から綺麗さっぱり消え去ってる……!

 

「本当は………誰かに………手を差し伸べてもらいたかったんじゃないの?」

 

子安がそう言った直後、用具が勢い良く倒れる音が倉庫内に響いた。

 

「今更過ぎるんだよ!!ああそうだよ!!何で誰も自分の事を分かってくれないんだ!!何で自分が悪者扱いなんだってずっと思ってたよ!!誰か一人でも自分の事を理解してくれる奴がいたら……そんな微かな希望も抱いてたよ!!

 でも結局誰もいなかった!!誰一人としていなかったからこうなったんだろ!!だから俺はあの時告発したんだよ!!」

 

更に石上は、子安の元へ歩み寄り、胸ぐらを掴んだ。

 

「結局どいつもこいつもロクでもない奴らばかりだった!!散々俺に対して好き放題言ってきたくせして、掌返す様に頭を下げやがって……!!腹立たしい事この上なかった!!俺は5ヶ月もの間、こんな奴らに分かってくれと思ってたのかって!!

 大友も大友だよ。折角俺が身を挺して守ってやったってのに……!!マジで無駄な5ヶ月だったよ!!どうせあんたも大友と同じだろ!?偽善を振り撒くに振り撒いて、最終的には結局あのゴミ共と同調して……!!

 あんたと関わると………関わると………!!」

 

石上は子安から手を離し………。

 

「………あの時の事が……鮮明に……頭に浮かんでくる……。」

 

先程とは真反対な、弱々しい声で石上はその場に座り込んだ。

 

「………………。」

「あんたはマジであいつに似てる……。だから……嫌でも自然に頭に浮かんでくるんだよ………。

 マジで何なんだよあんたは……。俺を一体どうしたいんだよ……。訳が分からない………。頼むから………もう………思い出させないでくれよ………。マジで………辛かったんだから………。」

 

子安つばめは後悔した。

やはりあの時、石上優に声を掛けるのを止めておくべきだった。私は知らないうちに、彼の事を追い詰めてしまっていたことに……。彼に、涙を流させてしまったことに……。

そして、子安つばめは確信した。

大友ちゃんがやろうとしている事は、彼を更に堕としていくだけだ。もう彼は、元には戻れないと。

 

「……子安ー?」

「いるんでしょー?」

 

女子二人の声が外から聞こえてきた。

 

「開けるわよー?」

 

倉庫の扉が開いた。一体何分ここにいただろうか。何時間もいた様に感じた。でも、それ位時の流れが遅く感じた。

 

「ごめーん!」

「まったく……本当に人騒がせなんだから……。」

 

呆れた感じで、マスメディア部部長・朝日雫がそう言った。

 

「あ、優くーん!開い」

 

子安が言い終わらない内に、石上はそそくさと外に出て、どこかへ行ってしまった。

 

「………………。」

「子安……あの子って………。」

「うん………。」

「……まったく子安ったら………。いつからそんな淫らな女になった訳?」

「待って待って待って!!本当に何も起きてないからね!?」

 

茶化す様にオカルト研究部部長・阿天坊ゆめはそう言った。

 

「………でもあの子って確か………。」

「確か……一年の………。」

「え?知ってるの?」

「知ってるも何も、一年で一番の問題児だって、結構噂になってるわよ?」

「中等部の事件も、校内放送の件も、結構広まってるわよ?」

「そ、そうなの?」

「………噂話をアテにしないのはまあいい事だけど、流石に知らな過ぎじゃない?」

「いい意味でも悪い意味でも、あなたは純粋ね。」

「何それー!」

「………初めて彼の事見たけどさ………、何て言うか……結構怖かった。」

「………そうね……。……一瞬睨まれた気がするけど……。でも、そう感じ取る程、オーラがドス黒かったわ………。」

 

………そうだね……。胸ぐらを掴まれた時は本当に怖かった。そして………彼の闇を更に濃くしてしまった……。

私は本当に、馬鹿な人間だ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………はぁ………。」

 

その後、石上優は公園のベンチで項垂れていた。

 

「…………死にたいけど………そんな勇気もない……。だからと言って、生きてても何も目的もない………。」

 

『君は………本当はどうして欲しかったの?』

 

「………そりゃ………助けて欲しかったさ………。」

 

もしあの時、誰か分かってくれる人がいたら………僕は今頃……。



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それでも石上優は否定したい①

夏休み、僕は街を歩いていた。

一体何故こんな賑やかなところに自分なんかがいるのかと思うが、正直僕もそう思っている内の一人だ。

あの時以来、荻野の被害者達からお礼をしたいという電話がわんさか掛かってきて、丁度話を終えて家に帰る最中だったのだ。

 

「………何度も言わせないで欲しいよ………。」

 

向こうは「僕のお陰で立ち直ることが出来た」と思っている訳だが、残念ながら僕はその為にあの時訪れた訳ではない。僕はただ、あの状況から解き放たれたい、ただその一心だけであなた方の元を訪れただけなのだから。

今日だけで2、3人と話をしてきたが、何度も同じ事を言うのは、もううんざりしている。

僕はあなた方の為には動いていなかった。もう僕や荻野の事は気にせず、自分の残りの人生を楽しんで下さい。

いくら感謝されたとしても、僕の心はもう………。

 

「………優?優だよね?」

 

……………え?

誰かが後ろで自分の名前を呼んでいる?いやいや、「優」なんて名前の奴、いくらでもいるだろ。

僕なんかに声を掛ける奴なんて……。ましてや女子が僕の事を呼ぶなんて……。

 

「………あの……。」

 

後ろの人物は僕の肩を軽く叩いた。

 

「………やっぱり、優だよね?」

 

そんなはずないとは思ったが、肩を叩いたとなると、やはり自分だ。自分の事を呼んでいる人間がいる。

 

「………えっと……誰ですか……?」

 

振り返りその人物の顔を見ると、結構綺麗な人だった。

スタイルも良く、顔もかなり整っている。こんな人が、何で僕なんかに……?

 

「……覚えてないかな……?ほら………初等部の頃さ……。」

 

初等部?何の事だ?

 

「………やっぱ、覚えてないか……。じゃあさ、これなら思い出せるかな……?」

 

そう言い彼女は、鞄から何かを取り出した。そして、それを顔に掛けた。

 

「……この眼鏡なら、覚えてるかな?」

 

…………ああ………そうか……。

ようやく思い出した。そうか。彼女だったのか。

そう思ったと同時に、石上の脳裏には初等部時代の記憶が映し出された。

そういや、あんな事もあったな………。

 

「……ああ………思い出したよ。」

「本当?嬉しいな……。」

 

彼女は少し頬を赤らめた。

 

「………何年振りだろうね。そりゃ忘れもしてるよ。

 でも、結構髪伸びたよね。あの頃はそこまででもなかったのに。」

「………………。」

「…………優?」

「…………ごめん。」

 

そう言い、石上は彼女の元から、逃げる様に離れた。

 

「え、ちょ、ちょっと!?」

「………………。」

 

何年振りの再会だろうか。普通なら心踊るはずなのに………なのに………。

何故だ。こうも胸が締め付けられる感じがするのは。決して嬉しいからなどではない。これは………何と言えばいいんだ?少なくとも………いい気分ではなかった。

 

「ど、どうしたのさ急に!?」

 

突然離れて行ったものだから、彼女も驚きを隠せなかった。僕の右手首を掴んで、僕を止めようとした。

 

「何か用事があるって感じじゃないよね……?私………何か気に障る様なことした?」

「………ごめん。」

「『ごめん』って、優何もしてないじゃん!それとも…………私と会うのが嫌だったの?」

 

ピタリと石上はその場で止まった。

 

「……………そういう訳じゃないけど……。」

「……じゃあどうして……。訳を話して。」

 

訳……ねぇ……。

強いて言うなら、あまり思い出したくないってところかな……。別に辛い思いをした訳でもないし、恥ずかしい思いをした訳でもない。ただ………もうかつての自分に、蓋をしたい。 

もう………僕の中に正義などというものは………無いのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「………………。」

「………………。」

 

近くにあった喫茶店で、僕と彼女は静かにただ座っていた。

 

「………………。」

「………優………。」

 

それにしてもだ。彼女は………本当に変わったな………。

 

「………さっきの『ごめん』って、何なの……?」

「………………。」

「………黙ってばかりじゃ分からないよ……。どうしたのさ?

 それに………何と言うか………優ってこんなに怖いオーラ出してる人だったっけ?」

「…………知る必要なんてないよ。知ったところで、胸糞悪い思いしかしないんだし。」

「そんな……。」

 

私の知っている石上優という人間は、普段はおとなしいが、言う時はガツンと言ってくれる、勇気ある人間だ。

私は初等部6年の頃、同級生からいじめの対象にされていた。父親の会社が倒産寸前となり、そのせいで同級生から皮肉の声や、親の悪口などを言われていた。

もう学校をやめようかと思った矢先……。

 

 

 

 

 

『お前ら、こんな事してて恥ずかしくないの?お父さんがどうだろうが、この子には何も関係の無いことだろ?』

『な……!あ、あんたには関係無い事でしょ!?』

『大有りだよ。さっきからうるさいし、はっきり言って迷惑。

 てかさ、お前ら自分らのやってる事が悪い事だって分かってないの?』

『そ、それ……は……。』

『いい事だと思ってるんなら、胸を張って先生達に言ってみろよ。ほら、丁度先生いるからさ。せんせーい!』

『ちょ、ちょっと!!』

『何?』

『………分かったから……。』

『何が?』

『………もう……何もしないから……。』

『……信用ならないけど、まあいいや。分かったんなら、いいよ。』

 

何かブツブツ言いながら彼女達は去って行った。大方、「何様のつもりなんだ」とか言ってるんだろう。まあでも………。

 

『………ありがとう。』

『……別に。正しいことしただけだし。あんた、何か悪いことしたの?』

『………………。』

『……あなたは何も間違ってなんかない。誰がどう見たってそうでしょ。』

 

そっけない感じ出してたけど、ちょっと照れてるのは忘れてないよ。

 

『そんじゃ。』

『うん。石上君、ありがとう……。』

 

 

 

 

 

そんな事があったものだから、同学年達も、あれから何もしてこなくなった。まあ代わりに、優が周りから浮いてしまったが、本人はまるで気にしていなかった様に見えた。

こんな小さい事だが、石上優は私にとって、恩人みたいな者だ。

なのだが…………。

 

「………………。」

 

何だろう……。心から、優の事を怖いと感じている。

ずっと下を向いてだんまりを続けているし、何より目に生気がこもっていない。

私は中等部には進学せず、別の中学に転校した為、一体何があったのか分からない。でも、間違い無く何かがあったのは確かだ。

 

「何か………あったの?」

「さっきも言ったろ。知っても胸糞悪い思いしかしないって。知る必要なんて無いんだよ。」

「そんな……!……そんなにまで言いたくない程、辛いことがあったの?」

「………違う、って言ったら嘘になるけどさ………。」

「………………まさかだけどさ………。」

 

彼女は自身のスマートフォンの画面を、石上に見せた。あるニュースサイトの画面だった。

 

「秀知院でいじめがあったってニュースに………関係してるの?」

 

聞かれるとは思ったけど、しかしだ……。どう答えれば……。

これに関しても、違うと言ったら嘘になる。実際に僕はその被害者だ。もし僕がそうですとでも答えたら、彼女は勿論、マスコミは更に過激な行動を取るだろう。ただでさえまだその案件は収束していないのに、更に起爆剤を投下でもしたら、ますます面倒なことになる。

だからといって変に誤魔化すにしても、彼女は聞く耳を持たなさそうだ……。まいったなぁ……。どうすれば……。

 

「………………優?」

「………今から言う事は、絶対に口外しないで欲しい。」

 

ここは一つ、彼女の誠実さに賭けてみるか。

そして僕は、中等部の件について、嘘偽り無く全て話した。何をされたか、何を言われ続けたか、そして………何故自分がこんな風になってしまったのか……。



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それでも石上優は否定したい②

誤字報告ありがとうございました。


「……………本当なの……それ………。」

「………全部事実だよ。」

「…………酷すぎる……そんなの……。」

 

彼女は体を小刻みに震えさせていた。湧き上がる怒りを抑え込んでいるのが見て分かる。

 

「………じゃあ、あのニュースって………。」

「………まあ、俺じゃないって言ったら嘘にはなるけどさ……。それ以外にも、秀知院ではそーゆー事あったから……。」

「………………そう……なんだ……。」  

 

すると、彼女は石上の方に顔を向けた。

 

「?」

「………優は……このままでいいと思ってるの……?」

「……別にいいよ。マスコミが更に過激になるのも面倒だし。それでなくても、まだ秀知院の生徒ってだけでマスコミに絡まれるんだから……。

 それに………。」 

「それに?」

 

石上は自身のスマートフォンの画面を見せた。

 

「あいつらも、それなりに痛い目には遭ってるからさ。だから、わざわざお前が何かをする必要なんかない。自分らのやった事が、今回の件で全部倍になって返ってきたからさ。」

 

あの会見から、ネット上では秀知院生というだけで、無断で写真を撮られて誹謗中傷に遭っている者が数多くいる。まあ、全て一年生なんだが、先輩方への風評被害も多大なものだろう。

どいつもこいつも本当に、何も考えずに好き放題やってたんだな。マジでモラルのねぇ奴らなんだと改めて悟ったよ。ざまぁないな。

 

「…………優………。」

「?」

「……何で……笑ってるの……?」

「………えっ?」

 

これはいけない。不覚にも口角が上がっていたらしい。

でもさ、もうそれくらい僕はもう………。  

 

「………これで分かったろ?もう、お前の知ってる俺はいないんだよ。綺麗さっぱり消えたんだよ。人の不幸すらも笑えてしまう様なゴミクズなんだよ。幻滅したろ?」

「………………。」

「分かったら、俺と関わるのはもう」

「そんな事ない。」

 

僕が言い終わる前に、彼女は口を開いた。

 

「……優はさ……自分の事を下に見過ぎだよ……。」

「何を言って……。」

「だって、優は何か悪いことしたの?悪いのは全部、嘘をでっち上げた荻野ってのと、嘘を鵜呑みにした同級生達でしょ?なのに、何で自分が悪いみたいな言い方してるの……?

 本当にゴミクズなのは……その人達でしょ……。」

「………………。」

「例え優がそんな風になっちゃっても、私にとって優はヒーローみたいな人だったんだよ……。本当に嬉しかった……。優には感謝しきれないんだよ……。」

 

……そういや、ふと気になったが……あの後親御さんの会社はどうなったんだ……?

 

「………お父さんね………何とか建て直そうと頑張ったんだよ……。でも………駄目だった。」

「えっ………。」

「………気付いた時には、もう手遅れでさ……。お母さんとも離婚して、今は親戚のところに引き取られてるの……。」

「………………。」

「………でも安心して。ぞんざいな扱いは受けてないし、むしろ秀知院よりもいい学校生活は送ってるよ……。それに………優のお陰で、ちょっと自分に自信がついたんだ。」

「……俺の……お陰………?」

「ずっといじめられてさ……段々と自分が悪いんじゃないかって思い始めてたんだよ……。そんな時に、優が助けてくれたから……優が……私は間違ってなんかないって言ってくれたから………。」

 

すぐさまそれも否定したくなるが、その時の僕は、しっかりとした正義感を持っていた。誰よりも理不尽が嫌いだった。「お前は何も間違ってなんかない」というちゃんとした考えの元、彼女を助けた。そこに、自己満足感も無く、ましてや見返りを求める感情も無かった。ただ、何もしていない人間が理不尽な目に遭うのが嫌だ。しっかりとした正義感だけが、僕の中にはあった。

 

「………そっか。ありがとな。元気そうにやってて何よりだよ。」

「優………!」

「でも。」

 

だとしてもだよ………。それもこれも全部、過去の話なんだから……。

 

「………もう………俺とは関わらない方がいいよ。」

「………そんな………。」

「確かにあの時はさ、理不尽な目に遭ってるお前を見て、あいつらを追っ払ったけど………。でもだよ。その馬鹿げた正義感のせいで、俺は荻野に………。」

 

『ここで手を引くなら、京子には何もしないでやる……!』

『お前がなんか漏らせば、京子は可哀そうな事になる……!』

 

荻野があの時、僕に囁いた言葉を思い出した。

正義感に溺れてた僕は、いい人が傷付くのが嫌で、見事に荻野の策に引っかかってしまったが……。

 

「……今思えば、何であん時から無駄な正義感なんか掲げてたんだろうな……。」

「そ、そんな事………!」

「いい人が傷付くのが嫌だっていう、訳の分からないしがらみに囚われてたせいで………。」

 

…………ん?

いやいやいや。何で僕が悪いみたいな風なんだよ?悪いのは全部、荻野とあいつらだろ?

僕は一体、何度そう自分にそう言い聞かせるんだよ……。あの時、荻野が僕を陥れる嘘をついたから。その馬鹿げた嘘に乗っかったあいつら。全部そいつらのせいだろ?

僕は、何も悪くない。そうだろ、石上優?

 

「………………。」

「………優?」

「…………そうだよな……。さっきお前が言った通りだよな………。俺は………何も悪くないよな……。俺はゴミクズなんかじゃないよな……。ゴミクズはあいつらだよな……。」

「ゆ、優……?」

「…………はぁー………。何で誰もあの時、俺を信じなかったんだろうな………。ちょっと考えれば、おかしい事だらけだろ………。」

 

そうだよ。何で口先だけの事を、あの馬鹿達は信じたんだよ……。所詮は秀知院の奴らだからで片付けるのが一番だが、だとしてもだよな……。

あの時、大友だけは別だと思ってたが、結局あいつもそこら辺の奴らと同じ、ゴミだった………。あの時の失望感は凄かったな……。

何が「おかしいのはアンタよ」だよ。テメェらだろおかしいのは。

 

「……………チッ。胸糞悪くなってきた。」

「………………。」

「……な?今みたいに、もう俺は隅から隅まで汚くなってんだよ。そんな奴の事をさ、もうヒーローだなんて言うなよ………。」

「………そんな………。」

 

信じたくなかった。受け入れたくなかった。でも、今の石上優は………。

 

「俺はもう………あの頃には戻れないんだよ………。」

 

何の希望も抱けず、何の正義感も無かった。あるのは………。

 

「………あ〜あ………。あいつらマジで死ねばいいのに。」

 

全ての者に対する憎悪と嫌悪と拒み。ただそれだけだった。

 

「………何だかんだ言って、今日お前と会えて良かったかもな。少しだけ、憂さ晴らしが出来たかもしれない。」

「………そ……う……。」

「………安心しろよ。」

 

石上は席から立ち上がり、彼女の元へ向かった。

 

「お前に対しては、何も恨みなんかない。でも……もう俺とは関わらない方がいい。

 例えお前がどんなに俺を連れ戻そうとしても、もう戻れないんだよ。俺といると、お前もロクな人間にならない。だからもう、俺と会うのは、これで最後。

 ………自分の人生を、しっかりと楽しんでくれ。」

 

そう言って、石上は支払いを済ませてカフェから出て行った。

 

「待って!待ってよ優!!」

 

出て行く時に、一瞬だけ彼は私の方を見た。

うっすらと笑ってた。私に笑みを向けていた。けど、嬉しい気持ちは一切浮かばなかった。

なぜなら………人生に諦めをつけた目をして、彼は笑っていたから……。そして、その目でこう訴えかけてた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二度と俺を見るな。俺の事は、もう二度と考えるな。

そして………これからの人生を楽しく過ごしてくれ。



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そして大友京子は気付かされた①

今回も誤字報告ありがとうございました。


『おかしいのはアンタよ。』

 

何故あの時、彼を突き放してしまったのか。それもこれも全て、上辺だけでしか人間を見てこなかったからだ。どういう人間なのか、しっかりと見てこなかったから、あんな悲劇を起こしてしまったんだ。

 

『ほんと石上って最低だよねー!』

『何で停学で済んだわけ?』

『先生も甘過ぎない?』

 

その日から、石上優に対する嫌悪や罵声が止むことは無かった。中には、石上優の机や下駄箱に嫌がらせを行う者達もいたが……。

 

『(………こうなって、当然でしょ。)』

 

あの時の私は、腐るに腐ってた。いや、既に私も、そこら辺の人間達と同等に、腐ってたんだ。悪い人間になら、どんな仕打ちをしても別にどうともない。本気でそう思っていたんだ。

あの後、荻野コウは保健室に連れて行かれ、手当てを受けてもらったが、そこまで大した怪我ではなかった。当然その時の私は心配していたのだが、今思えば、私は真の悪人に手を貸していた様なものだった。愚かだとつくづく思うよ。

 

『大丈夫なの?』

『ああ…大丈夫。演劇には差し支えは無いってさ。』

『良かった………。』

『…………なあ……。』

『?』

『………石上君のこと、許してやってくれないか?』

『………えっ?』

『別に俺は、そこまで気にはしてないさ。殴ったことを謝ってくれればそれでいい。だから、京子も彼のこと』

『荻野君は優し過ぎるよ!何で許さなきゃいけないの!?例え土下座しても、あいつの事は絶対に許せない!!』

『京子……!』

 

今思えば、私は本当にとんでもない事を言ってたんだな……。そりゃ彼に、「死んで詫びても許さない」と言われるか……。ぐうの音も出ない。

私を守ってた人に対して、「土下座しても許さない」か……。馬鹿だ。本当に馬鹿だ。どこまで下劣なんだ私は。

更にその数日後には……。

 

『……あのさ………。』

『ん?』

『…………別れないか?』

『………え……………。』

『……いやさ……別に京子の事が嫌って訳じゃないんだ……。ただ……ちょっと時間に余裕が無くなってさ………。』

『何で……!』

『………ごめん。(もしかしたら…今度は容赦無くあの事を暴露される……!そうなったらマジで終わっちまう……!)』

 

突然別れを告げられたものだったから、あの時はどうしてという感情が強かった。その日以来、荻野コウと話す事はおろか、関わる事すらなくなってしまった。

その時の私は、まだ彼と関係を持っていたいと思っていたので、何故なのかが全く分からなかった。私が何か気に障るような事をした訳でもないから、別れる事となった原因がまるで分からなかった。

だが、日が経つにつれ、何故なのかが分かってきた。石上優だ。全て奴が変な事をしたから、荻野コウは別れを告げたんだ。全部アイツのせいだ。自分にそう言い聞かせるような感じで、私は原因を突き止めた。今思えば、ただ私は、何もかもを彼のせいにしたかっただけなのかもしれない。何の根拠も無いのに、彼のせいにすることで……。荻野が私に別れを告げたのも、ただ自分の悪行がバラされるのが怖かっただけなのに……。そりゃそうだ。何ヶ月もずっと引き籠もって謝りもしない奴が、自分の弱みを握っているのだから。いつバラされてもおかしくはない状況だったんだ。

というか、この時点で私は疑問に思うべきだったんだ。ストーカー被害に遭っていた自分の彼女を、守ろうともしなかった彼の姿勢を。いくら何でも薄情過ぎでは。何か後ろめたい事でもあったのではと。

そんな考えすら抱こうとしなかった。それ位、私は既に人間として堕ちていたのだろう。腐った見方しか出来なかったのだろう。恥ずかしい限りだ。

でも………。

 

『何で小島はあんな奴の肩持つのかな!?まるで理解出来ないんだけど!!』

『何が「どこまでも醜悪で腐ってて何よりだ」よ!!上から目線でさぁ……!!』

『証拠なんて、アイツが何も反論しないからに決まってんじゃん!!』

 

小島慶二郎。

 

『ミコちゃん。今日も石上のところに、課題届けるの?』

『しょうがないじゃない。誰もやりたがらないんだから。くだらない噂を鵜呑みにして……ほんと馬鹿みたい。』

 

伊井野ミコ。大仏こばち。

少なくともこの三人は、この時から既に、誰よりもまともな考えをしていた。なのに私達は……私達は……。

 

『早くやめてくんないかなー!マジで気持ち悪いんだけど!』

『戻って来たら戻って来たらよ。どの面下げて戻って来たんだって話よ。

 ねー、京子?』

『本当だよ!全部アイツのせいで荻野君とも別れる事になってさぁ……!

 ……荻野君は許してやってくれって言ったけど………絶対に許さない。』

 

……本当に………愚かで醜かった。

 

 

 

 

 

 

 

「京子ー?ご飯よー。」

 

そんな事を頭に浮かべながらボーッとして、何時間経っただろうか。もう夕食の時間か。

 

「今行くー。」

 

………もしあの時、彼が学校をやめてしまったら………。それにより、荻野を野放しにしてしまったとしたら………だとしたら私は………。

 

「………………。」

 

………想像するだけでも、ゾッとするな………。

全て彼が守ってくれたから、今の私がいるのに……なのに私は………。

 

「………もっと彼の事を……ちゃんと見ていれば………。」

 

あの時、周りに同調せず、彼に救いの手を差し伸べていれば………。そうすれば………。



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そして大友京子は気付かされた②

2話「そして石上優は告発した②」の内容が少し入ってます。


「………………。」

「……京子?」

「ふぇっ!?」

「そんなボーッとして、どうしたの?」

「あぁ、いや……ちょっと考え事を……。」

 

夕食中にもかかわらず、まだあの事を考えていたのか……。

 

「……京子、少し無理し過ぎなんじゃないのか?」

「え?」

「確か、生徒会に入ったんだろ?勉強との両立、結構大変そうに見えるが?」

「そんな事ないよお父さん!むしろ、四宮さんや白銀会長が勉強教えてくれるから、勉強面は大丈夫だよ!」

「……そうか……。だが、無理は禁物だぞ?俺は少し心配だよ……。彼の事もそうだが……。」

「!」

 

あの校内放送があった日から、私はショックで学校を一週間程休んだ。当然、急に学校に行きたくないと言われたものだから、両親はびっくりしたけど、それくらいあの時の私は………。

 

「………今でも石上君の事で押し潰されそうなときはあるよ……。ただでさえ、まだいじめ騒動は尾を引いてるから、余計……。」

 

夏休みに入っても、あの騒動が収まることはなかった。やはりまだ、秀知院生というだけでマスコミの餌となる日々が続いている。

 

「でも、それでもだよ……。いつまでも下なんか向いてられない……。ちゃんと前を向かなきゃ……。二度とあんな事はしない様にしなきゃ……。」

「………強くなったな、京子。」

 

父は私に笑みを向けた。

 

「急に学校に行きたくないって言ってきた時はどうしたもんかと思ったよ。あのままずっと、引き籠もったままなんじゃないかって……。でもまあ、元気そうで何よりだよ。」

「でも、あんまり抱え込んじゃ駄目よ?どうにもならなくなったら、相談しなさいね?

 何があっても、私達は京子の味方よ?」

「…………ありがとう……。」

 

あんなとんでもない過ちを犯したにも関わらず、私を受け入れてくれるなんて……。あんなに腐ってた私を………。

 

 

 

 

 

 

 

石上優が停学となってから、何ヶ月が経っただろうか。周りの人間はもう、存在すら忘れているのではと思うくらいだった。話によれば、課題は毎回の様に提出しているのに、頑なに反省文は出さないと……。

一体何でそこまでして謝りたくないのか。本気で自分のやった事を、悪いと思っていないのか。そういった感情が、更に私の悪意を増幅させていった。

 

『(……何でごめんなさいの一言も言えないのよ……!一体どこまで性根が腐ってるわけ……!)』

 

昔からよく、過去の事を引き摺りすぎだと、大人達から注意される事があった。いつまでもネチネチと根に持っても、何にもならないだろと親からも……。でも、それ位私にとっては許し難い事なのだ。

周りの大人達は他人事だと思って……。私がどれ程傷付いたか……。

 

『……………死ねばいいのに……。』

 

どんどん石上優に対する悪意が増えていくばかりだった。だがそれは、かえって彼に対する罪悪感を増幅させていることだということに、この頃の私は気付いていなかった……。

そしてその罪悪感は全て、2月のあの日に、洪水の様に一気に押し出てきた。

 

『え………何?』

 

突然流れた放送に、私達は一体何の事なのか分からなかった。

 

『なのに……なのに………!!あの男は……荻野コウは、娘を騙してあんな酷い目に……!!』

 

荻野君が………騙した……?一体何の事だ?

というか、この放送は一体誰が流しているんだ………?一体、何の目的で……?

とても気になった。気になって仕方が無かった。気付いたら、私は教室を出て放送室へ向かっていた。

 

『(それに……さっき先生が荻野君を呼び出してたけど……何か只事じゃなかったな……。凄く焦ってた気がしてた……。

 まるで………何かとんでもない事が発覚した感じだった……。)』

 

そんな事を考えながらも、校内放送は流れ続けていたが、耳を疑う様な内容だということには、この時の私達は思ってもいなかった。

 

『……服はボロボロに、顔は痣だらけの状態で、泣きながら帰って来ました………。』

 

…………は?……どういう事……だ……?

私の脳は停止した。この人は一体……何を言ってるんだ……?

周りの人達は「荻野君がそんな事を……!?」「嘘でしょ…!?」と言っていた気がするが、私にはそれが聞こえなかった位、話の内容が理解出来なかった。

 

『お、おいお前!そこで何をやっている!?』

 

放送室に到着すると、誰かが中に入っているのが目に見えた。先生が開けようとするも、鍵が掛かっていて入れない。

周りの反応に気付いたのか、放送室にいた男が私たちの方へと顔を向けた。

 

『………え…………。』

 

その男の顔は、しっかりの頭の中にこびりついていた。いや、拭いたくても、焦げの様にこびりついて、拭えなかった。

石上優。この校内放送を流していたのは奴だった。

彼は私達に気付いたが、それを無視して、次の音源を流し始めた。その音源も前のと同様、誰かが荻野コウへの恨みや憎しみを記録したものだった。

 

『……ねぇ……あの時荻野君が言ってた、「石上が京子のストーカーだ」ってのって………、全部嘘なの?』

『じゃあ、さっき荻野君が職員室に呼び出されたのって……まさか……。』

 

周囲は段々と、荻野コウへ疑念を持ち始めてきた。もしかしたら、荻野コウは自分達をずっと騙し続けて来た悪人なのではと……。

 

『(……いやいやいや。だって、あの荻野君だよ?みんなの人気者で、いつも学年の中心にいた………私の……。

 そうだよ。これも全部、石上が荻野君を更に陥れるために作った、偽の音源だろ……?全く……どこまで腐り切ってるんだアイツは……。そんな訳ない……そんな訳ない………は……ず……。)』

 

どうしてかは分からない。ただその時の私は、目の前で起きている事を、受け入れたくなかったのだろう。だからそう自分に言い聞かせる様に……。

でも、その思考も一瞬で砕かれた。

 

『俺ら……たまたま職員室を通ったんだけど……その時……窓から見えちまったんだよ………。荻野が………集団で女子の事を……。』

 

数人の男子生徒が血相を変えて、自分達が一体何を聞いたのか、何を見たのかを口にした。

とても信じ難いものだった。血の気が引く感じがした。それと同時に、私の体の奥底から、何かが迫り上がって来た感じがした。

この感情は一体何だ?何でこうも………涙が出そうなんだ……?

そして、気付いたら私の脳には一つの確信が残った。

 

石上優が私のストーカー。それは、荻野コウが自分の保身の為についた、真っ赤な "嘘" 。

 

その確信に気付いたと同時に、反射的に私の目から涙が出てきた。

私は一体……なんて事をしてしまったんだ……。とんでもない事を……彼にしてしまった………。

彼は…………何一つ悪くなかったのに。

 

『石上君!!開けて!!ねぇ!!開けてよ!!』

 

気付いたら私は、泣きじゃくりながら放送室のドアを開けようとしていた。

許されるなんて思ってもなかった。でも、そうだとしても……そうだとしても……。

 

『………あ……。』

 

ドアが開く音がした。

数ヶ月振りに見た彼には、あの時の面影はほとんど無かった。顔全体を覆う程に伸び切った髪。そして、前髪から微かに見える、ありとあらゆる悪意がこもった眼差し。当然そこに、光などなかった。

 

『………久しぶり。』

 

まるで、虫ケラを見る様な目だった。彼には一体、私がどんな風に見えているのだろうか。

 

『………これで分かった?おかしいのは荻野の方だって。お前達はずーっと、荻野に騙されてたって事が。お前達は危うく、一人の無実の人間を、潰そうとしてたって事が。』

 

その言葉が重くのしかかった。

私達は、一人の善人を殺すところだった。荻野コウを野放しにし、また被害者を出すところだった。

そう言った意味では、私達は荻野コウの協力者とも捉えてもいい。私達は……本当になんて事をしてしまったんだ……。

 

『……ごめんね……。私達…あれから石上君にあんな酷い事してきたのに………。本当にごめんね……。』

『………私達からも謝らせて。……ごめん。』

 

そこにいた皆が、石上君に頭を下げた。

許してくれなくてもいい。だとしても、頭の一つ位下げなければ……。

今思えば、許してくれなくてもいいは嘘になるな。だって、心のどこかで許して欲しいと僅かに思っていた部分があるから……。醜いなぁ本当に……。

 

『…………はぁ?』

『!!』

『いやいやいや、今更過ぎない?もうあれから5ヵ月経ってんだよ?なのに今更になって許しを請いに来た?お前ら、どこまで虫のいい奴らなんだよ?』

 

まあ、当然の反応か………。それ位彼の心は、もうこの頃から真っ黒に染まってしまったのだ……。

 

『結果的に俺がこうやって荻野の正体晒したから良かったけどさ、俺が行動しなかったら、お前ら特に何もしなかったろ?今まで通り、俺に対して罵声を浴びせてただろ?

 上辺だけの情報を勝手に真実だと決め付け、真実が分かった途端、今までやってきた事全部無かったかのようにして、謝罪だと?どこまで腐ってんだお前ら。

 ………というか、もしあの場で俺が謝ったとしても、俺の事許す気なんて無かっただろ?…だったらこっちもそうさせてもらう。俺はお前らがやってきた事を絶対に許さない。課題の中に罵詈雑言が書かれた紙を紛れ込ませた事も、下駄箱の中にゴミを入れた事も、全部だ。絶対に許さない。許してたまるか。死んで詫びても許さない。

 …………何とか言ったらどうなんだよ?大友?』

 

胸ぐらを掴まれた時、今まで彼に対して言ってきた事が、意図せずに浮かんできた。

 

『謝りもしないなんて……!絶対に許さない……!!』

『死んで償っても許す気なんかないよあんな奴……!頭の一つも下げれないなんて……!!』

 

死んで償わなきゃいけないのはどっちだ。私達じゃないか。

まあそれでも、彼は許す気なんか微塵も無いが……。

 

『………それとも何だ?土下座でもしてくれんのか?』

『………ごめんなさい…ごめんなさい……。』

 

ただ涙を流して「ごめんなさい」を連呼するしか出来なかった。もうこのまま……彼にボコボコにされても仕方ないかな……。それでも、彼の悪意が収まることは無いだろうが……。

ならせめて……。

 

『…………土下座したら………それで満足する……の……?』

 

地べたに頭を付ける事は……出来るかな………。

気付いたら私は、その場に正座をし、両手を前に添えて………

 

『………申し訳……ございませんでした……。』

 

頭を床につけていた。

彼は一体、どんな顔で私のこの無様な姿を見ているのだろうか……。笑ってるだろうか?それとも、更に苛立っているだろうか?

どっちにしろ………許してくれる筈もないが……。

 

『おい石上!!やり過ぎだろ!!ちょっと来るんだ!!』

 

石上優は先生に連行されたが、それでも私は頭を上げずに、ずっと床に頭を付けていた。

 

『すみませんでした………すみませんでした……申し訳ございません……ごめんなさい………ごめんなさい………。』

 

何分位私は、その状態で謝罪の言葉を連呼しただろうか。友達が顔を上げてと言われるまで気付かなかったが、床が涙と鼻水でぐちょぐちょだった。

一体私の顔はどんな風になってるのだろう。よほど醜いんだろうな。いや、もう私は………存在すら醜いんだ。

私にはもう…………息をする資格なんかない。



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石上家は話し合いたい

時が経つのは本当に早い。もう夏休み最終日である。

特に何かをする訳でもなく、ただ流れ作業の様に課題を適当にやった事しか記憶に無い。

いや、それは流石に盛り過ぎか。荻野の被害者達と話をしたのも、かつての同級生と話をしたのも、しっかりと記憶としてある。

 

『石上さん。本当にありがとうございました……!』

『あなたには、何とお礼を言えばいいのか……!』

 

そんな感じの事を何度も何度も言われたものだったから、何というかなぁ……。

普通なら嬉しい感情が芽生えるはずなのだが、残念ながら僕は、あなた方の為に動いた訳ではない。全部自分の為だ。一刻も早くあの地獄から解き放たれたかった。その一心だった。これも一体、何度言えばいいのだろうか……。

もう僕の事など気にせずに、楽しく過ごして欲しい……。荻野のせいで台無しにされた過去を、今後の楽しい未来で全てチャラにして欲しい……。

 

「…………優?」

 

母親が僕の部屋のドアをノックした。

 

「………無理にとは言わないけど…………お父さんから話があるみたいなの………。」

 

親父が?一体何故?まさかだとは思うが、また頭ごなしに説教……。

 

「………いいかしら……?」

「………………。」

 

親父とは、小さい頃からあまりいい思い出が無かった。

融通の効かない頑固者で、僕がいつも何かをしたら、正座をさせられて説教。まあそれに関しては、兄貴も同じ様なものだったが……。

あの時から、僕は親父の事が心から人として信用出来なくなった。毎日の様に頭ごなしに説教されるわ、自分が何か反論しようとしても全く聞く耳を持たないわで……。今思えば、マジでその時は腹立ったな。

挙げ句の果てには、真相が分かった途端「何で言ってくれなかった」だと?聞く耳すら持たなかったくせして、一体何をふざけた事を言ってんだ?言ったところで、信用すらもしなかっただろ?

そんなに虫のいい人間だとは思わなかったよ。心の底から幻滅したよ。

 

「………優………?」

 

ああ、そうだよそうだよ。母親も母親だよ。

今も「おかえり」だの「いってらっしゃい」だのと言ってはくれるものの、心からそんな風になんて思ってないだろ?よそよそしい感じ出してまで言われたくないんだけど……。

内心ビビってるんだろ?僕に何かされるのが怖くて、少しでも息子に優しくしてあげてる感を出してればとか、そんな事思ってんだろ……。何か、もうそんな風にしか捉えられなくなってきたよ……。それ位もう僕は、人として堕落してるんだな……。笑えてくるな……。

しかしだ……。何でいきなり親父が僕と話なんか……。その部分がとても気になる。

 

「………………分かった。」

 

取り敢えず、何の為に呼び出したかは確認しておきたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………。」

「………………。」

 

一体何を話すっていうんだ………。しかも親父と二人きりで話すなんざ………。さっきまですぐそこにいた母親はどこに行ったというんだ……?

 

「…………お前………。」

「………………。」

「………学校をやめたいか?」

「!」

 

何かと思えば………。

 

「………それで?それが何だっていう訳?」

「………先生から話は聞いているぞ。度重なる無断欠席、酷い授業態度。一度先生と衝突すらもしたらしいな?」

 

何でそんな事まで知ってるんだよ……。てか、学校側もわざわざそんな事を伝える為に、親父に連絡よこしたのかよ。随分暇な連中だな。

 

「……だったら何だって言うんだよ?」

「………そんな中途半端な感じで学校に行くくらいなら、もう行かない方がいいんじゃないのか?」

「………………。」

 

まあ、でも確かにそうかもな………。

このまま学校に通い続けても、特に目的も無いし、勿論内部進学もするつもりなんて微塵も無い。

ただ機械作業の様に学校へと足を動かしている。そこに目的など無い。つまり、僕が学校に通い続ける意味など、何も無い。

 

「……お前の意志を尊重する。お前が『まだ行きたい』と言うなら、今まで通り学校に行くといい。だが、『もうやめたい』と言うなら」

「いや。」

 

だけどな………。

 

「……一応学校にはまだ通う。

 本当ならもうやめたいけど、やめたところで、その後のプランなんて何も無いからな……。バイトするにしても、俺なんかを雇ってくれるとこなんて無いし。

 かといって………。」

 

石上は父の顔を見た。

 

「………ここで働くにしても、親父はそれを望んでなんかいないし。」

「なっ……!!」

「まさかだとは思うけど……この話を持ち出したのって、上手い様に俺を追い出すためだとか言わないよな?」

「!!」

「……確かに俺が学校をやめれば、学校に金を費やす必要も無くなる。その上、息子は家族すら拒んでるから、学校をやめれば勝手にどっかに行ってくれるはず……。まさかそこまで計算して、この話を持ち出したなんてな……。」

「そんな訳ないだろ!!」

「じゃあ何だって言うんだよ?えぇ?何か他にも訳があんなら言ってみろよ?」

「………………。」

 

ほらな。結局、あんたらにとって僕なんて……あの時から……いや、もうその前からそんな程度の人間だったってことだよ……。

改めて失望したよ………。

 

「……無いんだったら、もう話は終わり」

「待つんだ。」

「何だよ?もういい加減ウザいんだけど……!」

「………お前は……学校にはまだ通うんだな……?」 

「………………。」

「………それでいいんだな?」

 

石上は静かに頷いた。

 

「………分かった。そうなら、せめて卒業はしなさい。一度決めた事は最後までしっかりやり抜くんだ。

 ……こんな俺から言う口ではないが、これが最後の親としての指導だ。後はお前の好きな様に生きるといい。お前がここで働きたいと言うなら、望み通りにする。お前がここを出て行くなら、アパート探しやら何やら、最初の内は助ける。

 ………もう、お前にどうこう言うのは……今日で最後だ。自分の思う様に今後は生きるといい。」

「………………。」

 

あんだけ融通の効かない頑固者が、こんな事を言うなんて……。今までやってきた事に対する罪滅ぼしのつもりか……?

……まあ、そんなのはどっちだっていいや。あんだけ僕に対して威張り散らしてきた親父が……今は僕に対して弱々しくなっているのは感じ取れた。

謎の優越感に浸っていた。親父が僕に対してこんな姿勢でいる事に対して、僕は少しいい気分になっていた。

 

「…………そうかよ。

 ……罪滅ぼしのつもりかどうかは、この際どうでもいい。だったら、こっちの好きな様にやらせてもらう。二度と俺に対して口出しするなよな?そっちがそう言ったんだからな?

 ……もし今後ゴチャゴチャと小言でも言ってみろ。マジで会社潰してもいいんだからな?」ギロッ

「!!!」

 

一切の躊躇はしない。肝に銘じておけ。

今息子が自分に向けている眼差しが、そうメッセージを放っている様に感じ、恐怖が体に走った。

 

「………話は終わりか?」

「……………ああ。」

「…………フッ。」

「?」

「……あの時は散々威張り散らしてたくせして、今は俺に対して随分弱気になって……。みっともねぇな。」

 

そう吐き捨てて、石上は自室へ戻っていった。

 

「………………。」

 

普段なら「何だその口の聞き方は!」と怒鳴ると思うが、今の私にそんな資格など無い。もう、次男の事を……私は……私達家族は………。




次回は、久々にミコちゃんと石上の絡みを書きたいと思います。


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そして伊井野ミコは下を向いた①

完全に正月を謳歌してて、投稿を忘れてました。申し訳ございません。本日から投稿を再開します。今後もよろしくお願いします。
あと、何度も誤字報告ありがとうございます。最近誤字が目立ってきているみたいなので、気を付けていきたい次第です。


二学期初日。その日も変わらず私とこばちゃんは、朝早くに学校に行き、風紀委員会の仕事に専念していた。

 

「あっつい………。」

 

朝にも関わらず、暑さは牙を剥いている。だが、それでもサボっていい理由になどならない。秩序を保つために。規律正しい世を……。

この時はそう思っていた。この時はだ。あんな事が起きるまでは……。

 

「……そろそろ、教室に戻る?」

「そうだね。大方、もう生徒も登校してきたと思うし。

 それに………何より暑い。」

「もーこばちゃん!それが理由?」

「耐えられないよこんな暑さ。自分が滅んだら意味無いでしょ?」

「確かにそうだけど……。」

 

まあ、そんな事があって、私達は教室に戻る事にした。なのだが……。

 

「………………あ。」

 

大仏の目に、一人の男子生徒の姿が入った。

 

「………あ!石上……!!」

 

急ぐ素振りもせず、石上はただゆったりと校舎へ歩みを入れた。

 

「あんた!何時だと思ってるのよ!時間過ぎてるじゃない!何回言わせれば分かるのよ!」

「………………。」

 

立ち塞がる様に、伊井野は石上の行く手を阻んだ。

 

「………………。」

 

そして石上は、まるで伊井野の事など見えていないかの様に、伊井野の横を通り過ぎていった。

 

「ちょっ!ちょっと待ちなさいよアンタ!!」

「………………。」

 

今日はいつにも増してしつこいな……。

 

「少しは反省したらどうなのよ!!私何十回アンタに同じ事言った!?一分一秒でも遅れたら、遅刻は遅刻なのよ!!」

 

朝からゴダゴダとうるせぇな………。

必死に口に出してしまいそうなのを抑えている。こいつと口論になるのは、本当に時間の無駄だ。何を言っても聞く耳を持たない。他者の論を認めず、自分の価値観や考えを一方的に押し付ける。なら、無視だ。こいつに対抗する一番の手段は、無視が一番だ。

 

『別にいいだろ。周りには迷惑かけてねぇんだから。』

『そういう問題じゃないの!』

『急いでんだ。お前と付き合ってる暇なんかねぇ。通せよ。』

『あ、ちょっと!!待ちなさいよ!!』

『しつけぇな……!』

『何よその口の聞き方!!そこまで自分の非を認めたくない訳!?ほんっと考えらんない!!』

 

過去のやり取りが頭に浮かんだ。

『そこまで自分の非を認めたくない訳!?』だと?それはこっちの台詞だ。

頭ごなしにわめき散らす事しかせず、相手の都合も考えないで……。お前はいつからそんなに偉くなったんだよ?お前はいつから僕らにそんな態度を取れる様な権利を持ったんだよ?

そんな奴が、生徒会長になんかなれる訳ないだろ。中等部の頃も、懲りもせず何度も何度も何度も挑んで惨敗してるのによ……。高等部でもまだ「私は生徒会長になる」って……。

馬鹿なのか?所詮こいつも、勉強だけは出来て、それ以外はただのくるくるぱーだ。ここまでくると、笑えてくるな。

 

「…………フフッ。」

 

あ。これはいけない。笑いを表に出してしまった。

 

「………何よ?何かおかしい事でも言った?」

「………………。」

「……答えなさいよ!私、何かおかしな事言った?」

 

ウゼェを通り越して、もう滑稽だな。でも何だろう。滑稽さをこいつに感じたと同時に、何かどうもモヤモヤした感情も湧き上がってきているんだよな………。

今まで溜めてきたモノが溢れ出そうになっている。それを必死に抑えている。これは………何だ?

 

「………………。」

「………何よその目は。何よ……その軽蔑する様な目は……!!」

 

無意識に、僕はそんな目を向けてたのか。でもはっきり言ってお前、マジで軽蔑に値するよ。

叶いもしない事を掲げて、黙々と努力する様。憐みや侮蔑といった可哀想な感じでしか、僕はもう伊井野を見る事が出来なくなっていた。

 

「………………。」

「黙ってないで何とか言いなさいよ!!口くらいついてるでしょ!?」

 

…………はぁ?

 

「だんまりで何とかなるとでも思ってる訳!?」

 

駄目だ駄目だ。こいつに対して口を開くな。口論になっても無駄なだけだ。抑えるんだ。

 

「何か言いたい事があるなら言ってみなさいよ!!」

 

言っても聞く耳持たねぇだろうが……。

 

「ちょっと!!石上!!」

 

この時の僕は、必死に口に出すのを抑える事だけに集中し過ぎていた。だからなのか………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マジでちょっと黙れや。てか、死ねよ。

そう思った矢先に、鈍い音が一瞬響いた。何だと思って見てみたら、先程まで僕の前にいた伊井野が、その場で倒れているのが目に見えた。そして、僕は右手で握り拳を作っていて、そこから手応えを感じていた。

 

「………………。」

 

僕は一体………何をしたんだ………?

 

「ミコちゃん!!!」

 

大仏が倒れている伊井野の元へ駆け寄った。

 

「大丈夫!?」

「………………。」

 

伊井野は訳が分からなかった。自分が一体何をされたのか。頭の整理がまるで追いついていなかった。

 

「………………。」

 

そして石上も、自分がまだ何をしたのか、整理がついていなかった。

 

「……!?どうした!?」

 

近くを歩いていた教員が駆け寄ってきた。

 

「あ、先生………。」

「伊井野……大丈夫か?一体何が……?」

 

教員は伊井野の少し赤くなった左頬を見て、すぐに察した。そして、呆然と立っている石上を見た。

 

「………石上……お前がやったのか……!?」

「………………。」

 

まだ整理がついていなかった。何で伊井野は倒れている?何で僕は握り拳を作っている?何で右手に、人を殴った手応えがあるんだ?

 

「………ちょっと来い。」

 

呆然としたまま、石上は連行された。周囲の生徒達も、何だ何だとざわつき始めていた。

あーあ。また噂される羽目になっちゃった。

ようやく自分が何をしたのかが整理出来、石上は大きくため息をついた。周囲も段々と状況が整理出来て、次第に自分に対してヒソヒソと噂し始めているのが分かった。

 

「え、まさか石上………伊井野を殴ったのか?」

「いくら何でもやり過ぎじゃない?」

「流石に酷いよ……。」

 

待て待て待て。

お前らは一学期の騒動で何学んだんだよ?人間は簡単には改心しないとは聞いたけど、マジでその通りじゃん。

いくら何でもやり過ぎ?流石に酷い?お前ら、僕や伊井野に対してやった事を忘れたのか?自分の事棚に上げ過ぎでしょ?マジで民度低いんだなこいつら………。

親といい、秀知院生といい、人に失望する事が最近多いな……。こんなゴミ達がわんさか群がるところにいると………どんどんこっちまで腐っていきそうな気がするよ。

……いや、もう既に……僕も腐ってるんだった。



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そして伊井野ミコは下を向いた②

その日の朝に起こった事は、瞬く間に校内に広がった。

伊井野ミコが石上優に殴られた。

それを耳にした私は、自分が難聴になったのかと疑うくらいだった。一体、何がどうしたらそうなるのだ?

 

「聞いた聞いたー?一年の子が、女子を殴ったって。」

「聞いたそれ!」

「しかもその殴った子って、ほら……あの、一年で一番素行悪い……。」

「石上って子じゃない?」

「あーその子その子!たまに見かけるけど、マジで怖いよ!」

「前髪からチラッと見える目が特にねー!」

 

先輩の間でも、もう広まってるのか……。

その日の事件より前からも、石上君は悪い意味で有名だった。どこから聞いたかは分からないが、次に問題行動を起こしたら退学処分になるのではと、最近では噂されていた。

そんな噂が広まってた矢先に、あんな事が………。

 

「いくら何でも……ねぇ……。」

「女子を殴るのはちょっとどうなの……。」

 

今回の件、彼には申し訳無いが、完全に悪いのは石上優である。詳細を会長から聞いたところ、伊井野ミコはただ、石上優の遅刻を注意していただけであった。そして彼は彼女を鬱陶しいと思い、耐えかねて暴力として表に現れてしまった。

というか、彼自身がそう話していたらしい。「ただ伊井野がウザかった」「黙らせようと思って、つい手が出てしまった」みたいな事を証言したみたいだ。

当然の如く、石上優は停学処分となった。普通なら短期間の停学で済むのだが、彼の場合、以前からも問題行動を起こしていた為、更に罰が重くなってしまった。その為、1ヶ月の停学処分と原稿用紙5枚にも及ぶ反省文が課せられた。これまでの非行も含めて、まとめて反省をしてもらうつもりなのだろう。

 

「………………。」

「………大友さん?」

「ふぇあ!?」

 

四宮さんに突然呼ばれて、間抜けな声が出てしまった。

 

「会計作業に集中出来ていない様ですが……、どうかしましたか?」

「す、すみません。つい考え事を………。」

「……………やはり、石上優の事ですね。」

「!」

「……今回の件ばかりは、流石に彼が全て悪いです。伊井野ミコの方も、言い過ぎた発言をしてたとはいえ、暴力はどんな理由があっても、絶対にいけません。

 実際、彼自身も今回に関しては反省をしているみたいですが………ただ………。」

「ただ?」

「…………いえ、何でもありません。」

 

何か言いたそうな感じだったが、四宮さんは職務に戻った。

 

「………………。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に大丈夫?伊井野?」

「まぁ………。」

 

夕日で薄暗くなっている道を、伊井野と小野寺は歩いていた。

 

「それより、麗ちゃんいいの?今日って確か、他の人との予定あるんじゃ……。」

「いいよ。怪我した友達をほっとくなんて、出来ないよ。心配じゃん。」

「……ありがと。」

「………………。」

 

 

 

『………ねぇ麗………。』

『?』

『……最近さ、噂されてるよ?伊井野と一緒にいる事……。』

『何か、「孤立してる奴に構って、先生からの評価上げようとしてるんじゃ」って………。』

『………………。』

『……私達の方から、何か言っておこうか?』

『………いや、いいよ。気にするだけ無駄だし。

 それに………誰が何と言おうと、伊井野は私の友達だよ。』

 

 

 

そう思われても仕方は無い……か……。

ただでさえ伊井野は、学年からの評判が良くない。正直、私自身も最初はそうだった。自分の主張ばかり押し付けて、相手の意見を聞こうともしない。そんな彼女の態度が嫌で仕方がなかった。

でも、彼女は不器用なだけだ。皆がやりたがらない事を率先してやるし、陰で頑張っている。私達が、彼女のその頑張りに気付こうとしなかったんだ。

 

「………麗ちゃん?」

「!」

「どうしたの?私に、何かついてる?」

「ああいや……別に……。ただ………可愛いなぁ〜って……。」

「ふぇっ!?か、かわ………。」

「………フフッ。」

 

しどろもどろする伊井野を見て、小野寺は思わず吹き出した。

こういうポンコツなところもあるから、伊井野は可愛いんだよなぁ〜……。

まあでも、ポンコツが度を超える事もザラにあるが。

 

「もー麗ちゃんー!」

「ははは………。」

「………………。」

「………怖いの?」

「………え?」

 

今の伊井野の顔は、友達の小野寺とたわいもない会話をして嬉しい顔だ。だが、それと同時に小野寺は、伊井野が何かを無理矢理抑え込んでいる様な感じがした。

 

「………な、何が………?」

「………この際言って欲しいんだ。

 ………周りの人達が………怖いんじゃない?」

「え……一体……どういうこと………?」

「誤魔化さないで。」

「………………。」

「もし……本当に怖くないって言うんならさ……、私の目を見てはっきりそう言って。」

 

小野寺は伊井野の肩を掴み、伊井野の目を見た。

 

「………………。」

「………もう。ヤダなぁ麗ちゃん。平気だよ。タダでさえ周りからあーだこーだ言われてるだから。もう言われ慣れたよ。あんな奴らの言う事なんて、無視すればいいんだよ。心配し過ぎ。

 だから、怖いなんてそんな感情無いよ。」

 

伊井野はニッコリと笑った。

 

「………………。」

「麗ちゃんらしくないよ。そんなに何かに心配するなんて。」

「……なら…………いいけど……。ごめん。」

 

小野寺はゆっくりと伊井野の肩から手を離した。

 

「……でも、あんま溜め込まない方がいいよ。本当に辛くなったら、誰かに相談しな。」

「大丈夫だよ。来月には選挙もあるし、クヨクヨなんかしてられないよ。」 

「そっか……。」

 

それなら……それでいいが………。

 

「じゃあねー!」

「また明日ねー。」

 

手を振って、笑顔でさよならを言っている伊井野だが、やはりどうしても何かを抑え込んでいる感じがする。

どうしても言えない事情があるのかどうかは分からない。だが、少なくとも今日の件と関係している事は確かな気がした。

 

「………………。」

 

伊井野の後ろ姿を見て、小野寺は少々心配だった。

 

「…………ごめんね……麗ちゃん……。」

 

そして伊井野は、先程小野寺に向けていた笑顔が嘘かの様に、表情は暗く、目に涙を少し浮かべていた。

 

 

 

『でもある意味石上には感謝かもー。』

『分かるそれー。』

『本当に伊井野ってくだらない事で口うるさいもんねー。』

『石上に殴られてスカッとしたわ。』

『てかさ、聞いた?伊井野のやつ、また生徒会長に立候補するみたいよ。』

『馬鹿だよねーあいつも。あんなに恥ずかしい思いして、まだ懲りずにさー……。』

『ここまでくると笑えるよねぇー!ハハハハ……!』

 

 

 

「………………。」

 

保健室で殴られた箇所の手当てをしてもらい、休んでた時に聞こえた同学年の声。

いつも陰からずっと言われ続けてきたが、今日の件が更に傷を抉る様な感じがして、とても辛かった。

そして………。

 

『……はっきり言って、目障りだ。消え失せろ。』

 

一学期の頃に石上に言われた一言を思い出してしまった。

 

「………………。」

 

耐えようとしても、それに反する様に涙が出てしまう。

辛い。もう学校に行きたくない。

今の伊井野の心は、そういった感情でいっぱいだった。



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伊井野ミコは話したい

段々と夏の暑さが和らいでいくのが、時が経つにつれて感じられた。

もうすぐ10月か。そして、あと一週間くらいで停学が明けるのか……。

三週間前、僕は伊井野を殴った事により、停学となった。今までの素行不良行動も対象となり、1ヶ月及び原稿用紙5枚分の反省文が課せられたが、はっきり言って、5枚も書く事なんか無いわ。

くだらない事をいちいち掘り返して、そこまでして僕を追い込むのが好きかね………。

これをいい機会に、学校をやめようかとは思ったが、何度も言うように、退学後のプランが何も無い。だから、学校にはまた通う予定だ。

それにしてもだ………何故こうも僕は未熟なんだが。あの時、感情的になったら負けだと学んだはずだろ……。本当に僕は………馬鹿だ。

 

「………ん?」

 

下の階から電話が鳴っているのが聞こえた。この時間帯は誰もいないから、仕方無く僕が出る事になった。

 

「……もしもし。」

「石上だな?」

 

担任からだ。

 

「……明日、放課後に学校に来るんだ。」

 

………は?

 

「……伊井野が、お前と二人で話をしたいらしい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………。」

「………………。」

 

学校内のとある一室。そこには石上と伊井野しかいなかった。

数分前、石上は担任に指示された部屋に入り、そこで伊井野と話をする様にと言われた。時間は許す限り設けられたものの、先程から沈黙がずっと続いている。

伊井野も伊井野だ。自分から話したいと言っといて、何故ずっと黙り込んでいるんだ……?

 

「………おい。」

「!」

 

伊井野は体をビクッとさせた。

 

「話がしたいって誘ったのはそっちだろ?何さっきからだんまりしてんだ?何もないんなら帰るけど?」

「待って。」

「………………。」

 

ため息をついて、石上は再び席についた。

 

「…………で?出来る限り手短に頼む。」

「…………私の………どこが苛ついたの?」

「はぁ?」

「どこに苛ついて………私を殴ったの?」

 

伊井野は顔を下に向けたまま、石上にそう尋ねた。

 

「…………はぁ……。何かと思えば、やっぱり3週間前のことかよ。

 あれに関しては、流石に俺もやり過ぎたと思ってる。でも、お前もお前だからな?

 人の意見を聞こうともしないで、ただ一方的に『あれは駄目』『校則違反だから駄目』とか、はっきり言ってマジで耳が痛くなるわ。何様のつもりなんだよ?いつからお前はそんなに偉くなったんだよ?そんなんだから、いつまでも孤立したまんまなんだろ?だからいつまで経っても、誰からも受け入れられないんだろ?」

「………………。」

 

涙が出そうなのを、必死に堪えていた。

だが、その通りだ。彼の言っている事は、何も間違ってなどいない。正論中の正論だ。

規則に順守し過ぎて、人の気持ちをまるで考えなかった。中等部時代に、髪の色が派手な生徒を注意した事があった。だが彼女は、元々の髪の色がこれだ、これは地毛だと主張してきた。実際そうだったのだが、私は彼女の聞く耳を持たずに、元の髪の色に戻せとしつこく言ってしまった。

これを機会に、彼女は私に対して異常な嫌悪感を示す様になってしまい、その時から既に酷かった嫌がらせが更に酷くなってしまった。

今思えば、全て私の自業自得だ。

 

「耳障りだし目障り。お前のそういった姿勢がウザ過ぎた。だからお前を殴った。それだけだよ。」

「………………。」

「………お前さ………やっぱ意気地無いよな?」

「!」

「いつもは俺らにあーだこーだ言ってるくせして、ちょっと睨みや圧力かけたらビビるしさ……。まさに今回の件がいい例だよ。

 風化委員だからって、学年一位だからって偉そうにすんのも大概にしろよな。所詮お前は、そんな程度の人間だってことだよ。」

「………………。」

 

駄目だ。どうしても涙が出てしまう。

ただでさえあの件から、同学年からの陰口が酷くなっているのに、追い討ちをかけるかの様な石上の発言に、いよいよ耐えられなくなってきた。

分かっている。全て私の傲慢さが招いた事だ。他者に耳を傾けなかった私のせいだ。でも、いざ真正面でそれを言われると………。

 

「……まさかだとは思うけど………お前生徒会長に立候補するつもりじゃないよな?」

「………………。」

「……あんだけ恥ずかしい思いしてでも、まだ諦め切れない訳?一体どういう精神してんだが……。」

 

石上は大きくため息をついた。

やはりこいつはただの馬鹿だ。あれだけ恥ずかしい思いをしてるのに、懲りずにまた恥ずかしい思いをしようとしている。いつもはあれだけギャーギャーやかましい奴が、公然の前ではビビって怯む子犬同然の奴。

勉強だけ出来る馬鹿とは、まさにこいつに似合う言葉だ。

 

「………………。」

「………話したい事はそれだけか?なら、もういいかげ」

「ありがと。」

 

今まで黙って泣いていた伊井野が口を開いた。

 

「………これで…………諦めがついた。」

「?」

「………皆の言う通りだよね。いつもは頭ごなしに注意してばかりの奴が、周りから信頼なんかされないよね………。そうだよね……。

 だから石上………。」

 

伊井野は立ち上がり、顔を上げた。

 

「………………私が馬鹿だって事に気付かせて……くれ…て………ありがと……。」

 

今にも泣き崩れんばかりだった。でも、伊井野は泣きながらそうなるのを堪えて、石上に対してそう言った。

何故もっと早く気付かなかったのだろう。私なんか、一番上に立ってはいけない人間だ。他者の意見を否定してばかり。自分の主張しか認めない。だから私は、石上にあの時殴られたんだ。だからあの時周りから、「ざまぁみろ」と言わんばかりの視線を向けられたんだ。

全て………私が招いた事だった。

 

「………………。」

 

冷たい視線を向けて、石上は退室した。

無様な私の泣きっ面を見て、彼は何を思っただろうか。あの冷たい眼差しには、どんな感情がこもっていただろうか。

まあでも、そんな事はどうでもいい。こんな無様な状態になったのも………全部私が原因なんだから。

とうとう耐えきれず、伊井野はその場で泣き崩れてしまった。

今まで、皆の意見を聞かないで、自分の主張ばかり押し付けてしまって、ごめんなさい…………。

下校時間になっても出てこない伊井野を心配して、駆け付けた教員に連れられるまで、伊井野はそこでずっと涙を流し続けていた。



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小野寺麗は涙を流した

飛び出す様に、小野寺は教室から出て行った。

 

「………………。」

 

小野寺麗はただ悲しかった。友達にあんな事を言われてしまった事。励ましがかえって彼女を苦しめてしまっていた事を。

 

「……………ごめんね………何にも分かってなくて……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、伊井野ミコが突然、風紀委員会を辞めると私に伝えた。

 

「…………は?」

 

寝言でも言っているのか?それとも、私が夢を見ているのか?

 

「………明日、委員長に伝えてくる。」

「………いやいやいや。待ってよ伊井野。何で急にそんな……。てか、大仏さんはこの事………。」

「もちろん伝えた。」

「………何て……言ったの………?」

「……………『分かった』って………。」

「……ちょっと待ってよ……。何で大仏さん、そんなあっさりと……。」

 

大仏さんなら止めると思ってた。長い間、伊井野の側に寄り添い、一番伊井野の事を理解している大仏さんが、何でそんなあっさりとした返事で………。いや、しっかりと理解しているから……なのか……?

だとしてもだ。何で急にそんな事を………。

 

「…………私ね……救いようの無い馬鹿なの……。誰の意見も聞かないで、ずーっと自分の考えばっかり押し付けて、その度に嫌がらせや悪口の連続……。そりゃそうだよね。自分から原因作ってたんだもん……。そんなごく単純な事が、ずっと分からなかった。」

「………………。」

「………なのにそれから目を背けて、自分の非をずっと認めなかった。改めようとしなかった……。そりゃ、あんな仕打ち受けて当然か……。そんな人間が生徒会長目指してるなんて……馬鹿馬鹿しいにも程があるよ。……というかそれ以前に……風紀委員である資格すらないよ……。」

 

何故彼女がこうも意気消沈しているのか、原因は既に分かっていた。

石上優。1ヶ月ほど前、彼女は彼に殴られた。それにより、周りから石上に感謝する様な声、今までも酷かった陰口が更に酷くなったこと。そして恐らくだが、石上自身に何かを言われたこと。

 

「………心配かけてごめんね……。麗ちゃんには心配かけたくなかったけど………無理だった。もう、耐えられない。」

「伊井野……!」

「………風紀委員会辞めたからって、悪口が減るとは考えてない。でも、それで皆の不満が解消されるならと思うと………。」

 

下を向いて、伊井野は涙を流した。

もう無理だ。耐えられる気がしない。自分のやった事は、かえって彼らの不満を増幅させていただけだった。

いざ目の前にそれを突き付けられると、やはり耐えられない……。

 

「………それに麗ちゃん……。」

「?」

「………もう私とも関わらない方がいいよ。」

「!?」

「……私なんかと関わってるせいで、最近麗ちゃんのことも悪く言う人が増えているのは知ってるよ。もうこれ以上、麗ちゃんが悪く言われるのは嫌だ……。全部、私が原因なのに………。ごめんね……私のせいで………。」

「そ、そんな事ない!!」

 

小野寺は伊井野の手を掴んだ。

 

「周りがどう言おうと、伊井野は私の友達だよ!あーだこーだ言ってくる奴なんて、気にするだけ無駄だよ!」

「……でも……!」

「私なんかどうでもいいよ。それよりも………それよりも………。」

「………………。」

「………アンタが悲しんでる姿を……見たくない………。」

 

小野寺は泣きそうだった。

自分でも、あまり表情が表に現れないことは知っている。泣くなんて尚更だ。いつ振りだろうか、胸から何かが込み上がってくる感じがしたのは。

でも、それ位友達が苦しんでいる様を見るのが、涙を流している様を見るのが、とても辛かった。

 

「………そんな事言わないでよ……普通にショックだよ……。」

「麗ちゃん………。」

「……石上に何言われたのかは分からないけど、もしまた傷を付けられたら、私や大仏さんが守るから……。周りからどんな事言われても、私達がそいつらを突き返すから……。

 だからさ……そんな事口にしないでよ……伊井野らしくないじゃん……。」

 

もう泣き顔を見たくない。いつもみたいに、笑っててよ……。毎朝元気良く手を振りながら挨拶してくるアンタはどこ行ったのよ……。

 

「………………。」

 

先程からずっと下を向いていた顔をゆっくりと上げて、伊井野は小野寺の顔を見て、ニコッと笑った。

だが、嬉しい気持ちには一切ならなかった。泣きながら笑顔なんか向けられても………そんな絶望しきった目で口角を上げても……。

 

「………麗ちゃんって、本当に優しいんだね……。何でもっと早く気付かなかったんだろ………。

 ………でも、もう限界。これ以上麗ちゃんが不当に傷付けられるのは、見たくない。」

「そんな……!!」

「………こばちゃんにも同じ事、昨日言ったんだ……。こばちゃんも同じ反応してた……。でも、こばちゃんもこばちゃんで、私のせいであーだこーだ言われてるとなるとさ………。」

「さっきも言ったけど、周りなんて言わせとけばいいんだよ!伊井野が優しいのは分かったけど、何も私達との関係を断つまでしなくても……!

 それとも、何か私に対して嫌な事でもあった?嫌なところがあったならちゃんと直すから!私に対して気に食わない事があったら、遠慮しないで言って欲しい!

 友達って………そう言うもんじゃないの………?」

 

駄目だ駄目だ。つい感情的になってしまう。伊井野と関係を断つことに対して、悲しみが込み上がってきた。次第に冷静さを失ってきているのも分かった。でも、それでも抑えられない。

 

「……何とか言ってよ……!伊井野!!何でそんな酷いこと言うのさ……!?」

「…………………ごめん……麗ちゃん……。」

「一緒に頑張ろうよ……。伊井野の駄目なところなんて、直せない訳じゃないんだから……。頑張ろうよ………。」

「…………もう、疲れた。」

「!」

「………麗ちゃんが私なんかの為に。こんなに感情的になってくれてるのに………。私の為に、そうやって励ましてくれてるのに………。なのに……なのに………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………励まされる度に、心が締め付けられる気がして、とっても苦しい………。

 ………もう、話しかけてこないで………。これ以上、私を苦しめないで………。」

 

その一言を聞いた後は、よく覚えていない。

覚えてたのは、友達に拒絶されてしまった悲しさとショックのみだった。

その衝動に任せて私は教室から出て行った。そして、悲しみのあまり、何年振りかに涙を流した。

 

「…………伊井野………本当に………ごめん………。」



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とある男は悩ませたい

そして私は、委員長に風紀委員会を抜けることを申請し、選挙の出馬も取り消した。

元々選挙には私を含め、現会長の白銀さんと……名前は忘れたが、二年生でもう一人いて、その三人が立候補していた。でも、私が辞退する前にもう一人の人が取り消したので、選挙は白銀さんの信任投票となった。

そして選挙当日、結果は白銀さんが再び会長となり、副会長も四宮さんという、前と変わらない布陣となった。

 

「しかし、まさか立候補者が俺だけだなんて……。もう一人の………あの……えっと………あんまりよく覚えてないが、もう一人の立候補者は一体どうしたというんだ……?」

「さぁ?会長に怖気付いたのでは?フフッ。」

「まあ、それよりもだ………。藤原書記、そこで何をモジモジとしているんだ?」

「ふぇあっ!?」

 

柱の陰に隠れて、藤原はモジモジして白銀の方を見ていた。

 

「なななな何をしているかって……それは……ん?

今、私のこと………。」

「ん?何かおかしなこと言ったか?」

「……まったく。第69期生徒会も、賑やかになりそうですね。」

「会長……かぐやさん……!」

「さ、第69期生徒会の最初の仕事だ。さっさと、会場の片付けして帰るぞ。」

 

思ってたのとまるで違うな……。とっても楽しそうだな………。

何か、生徒会っていつも殺伐とした空気の元、各自で作業を行っている感じがとても強かった。特に白銀会長の怖い目つき、四宮さんから出てる凍てついたオーラ。厳格って感じが強過ぎて、結構ギャップが凄いな………。でも、そんな凍てついた空気を、藤原先輩が和ませているのかな……。

よく分からないが、そんな事はどうでもいい。私の様な人間には、何の関係も無いことなのだから………。

伊井野はその光景に背を向け、一人教室に戻ろうとした。いつも話しかけてくれる小野寺や大仏は、隣には勿論いなかった。

 

「………………。」

 

あの日、私は麗ちゃんとこばちゃんを拒絶した。全ては彼女達の為に。私なんかと関わってはいけないから。私なんかと関われば………関われば………。

 

「………落とし物だよ。」

 

後ろから声をかけられた。何だと思い振り返ると、とある男子生徒が何かを持っていた。

これは確か、こばちゃんと初等部の時に買った、おそろいの………。

 

「君のだよね?伊井野ミコさん。」

「あ……はい………。」

 

受け取ろうとしたが、直前で手を止めてしまった。

 

「ん?どうしたんだい?」

「………………。」

 

何年か前の出来事が頭をよぎった。久々にパパとママが帰って来て、旅行に行った時の思い出だ。確かその時、こばちゃんも連れて行って欲しいと我儘を言ったんだっけ………。パパは快く受け入れてくれて、こばちゃんも一緒に行ったんだ……。楽しかった………。初めて友達と遠くまで遊びに行けて、とても嬉しかった。

今、あの人が持っているのは、その時に買ったお揃いのアクセサリー……。

 

『このアクセサリーは、私とこばちゃんが友達だって言う証!絶対に手放しちゃ駄目だよ!』

『………ミコちゃん………。』

 

子供らしい台詞を言っていた事に、少し恥ずかしさを感じたが……でも、その通りだった。こばちゃんとは、ずっと友達でいたかった。

…………でも、今となっては………。

 

「…………やっぱり……いいです………。」

「どうしてだい?君のじゃないのかい?」

「確かに私のですが…………もう、必要の無い物なんで……。捨てていいです。」

「そういう訳にもいかないさ。どうしてもと言うのなら、君自身で捨てるといい。僕に勝手に人様の物を捨てる権利なんて無い。」

「………………。」

「それとも…………どうしても僕に捨てて欲しい訳でもあるのかい?」

「そ、それは…………。」

 

その人は少し微笑んで、私に近づいて来た。

 

「………悩んでいるね、何か。」

「えっ…………。」

「このアクセサリー、傷は所々あるが、綺麗に使われているね……。よほど大事に扱っていたのだろう。それ程君には大切な物だった。思い出のつまったアクセサリーだった。

 だが、今君はそれを僕に『捨てて欲しい』と言った。つまり何が言いたいかって?

 ………何か、人間関係の事で相当悩んでいるね……?」

「!」

 

な、何なんだこの人………?

 

「な、なんで………そんな事………。」

「昔から、とある事物からある一つの推測を立てていくのが得意でね。そのお陰で、あの生徒は今何を思っているのか、何で悩んでいるのか。そういうのがすぐに分かってしまう。その度に、僕は相談に乗って、解決をしてきた。かつて、秀知院全体を見てきた者としてね。」

「………………。」

「恐らく、友人関係だろうね。この類いのアクセサリーからして、家族絡みとは考えにくい。しかも見た感じ、何年も前に買った物だ。

 これらから考えられる事は…………長年の付き合いだった友達と、喧嘩でもしてしまった……。そう考えられるのだが、間違っているかい?」

「………………。」

「………まぁ、話したくないのなら、無理に話す必要などないさ。折角の時間を無駄にしてしまってごめんね。これは返すよ。」

「で、でも……。」

「自分で捨てる事が出来ないということは、それはつまり、まだその友達に未練があるということ。」

「!」

 

突然、彼の顔からうっすらとした笑みが消え去った。

 

「そんな中途半端な感情に任せてしまっては、この先後悔だらけの人生を歩むだろうね。自分が本当はどうしたいのか。自分に嘘をつき続けたままの人生を歩むのか。一度選択を間違えれば、もう後戻りは出来ないかもしれないよ。」

「な………何ですか突然……!?」

「………とまぁ、それ位今の君には、まだ揺らぎがあるということさ。」

 

再びうっすらとした優しい笑みを浮かべた。先程の表情など、最初からなかったかの様に。

 

「自分に問い掛けてみるといい。自分は本当はどうしたいのか。その友達と絶交のままでいるのか。そして………いつまでも自分の非から逃げ続けるのか。」

「!!」

「自分の非に屈したままで、改めないままでいるのか。それとも………。」

 

私の元から去っていく彼は、私の方を振り向き、何かを言った。

烏が鳴いたせいでよく聞こえなかったが、私の胸に痛い位に突き刺さる様な一言だということは分かった。

そして彼は、帽子のつばを少し上げ、再び私に優しい笑みを向けた。そして………。

 

「悩むに悩むんだ。これからの秀知院を担う者達よ。」

 

そう言って、彼は去って行った。




仕事が忙しくなって来たので、しばらくしたら一週間程休載しようと思っています。申し訳ございません。


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不穏な空気はすぐそばまで

朝日が眩し過ぎる。家から出るのも、登校も久々だ。

ある事無い事書いて、反省文5枚は何とか書いたものの、しかしな……。

 

『次またしでかしたら、どうなるか分かってるよな?最悪退学も考えさせてもらうからな。』

 

「………………。」

 

別に退学になってもいいのだが、何度も言う様に、退学後のプランがまるでない。今は惰性で通い続けてはいるものの、流石に今退学となるのは少しタイミングがな………。

どこかでバイトして一人で暮らすにしても、バイトの面接すら受かる気がしない。

参ったな………。マジでダメ人間だ……。

ボーッとしながら歩いていると、目の前に何かが落ちてくる音がした。そしてそれは、跳ねる様に石上の元へ向かってきた。ラグビーボールだった。

 

「……………?」

「おーいそこの一年!」

 

声のする方へ顔を向けると、筋肉質の男子生徒がこちらに手を振っているのが目に見えた。

 

「悪い悪い!取ってくれないか?」

 

はぁ………。見るからに一番嫌なタイプな人間だな………。男ではあるが、子安つばめと酷似している部分がある。僕がどういう人間が分かってるくせして………。

そんな事を思いながらも、渋々ラグビーボールを手に取り、その男子生徒の方へボールを投げた。

 

「おー!センキュー!結構いい投げしてるじゃん!」

 

チッ……。見るからにザ・陽キャな感じがすんな……。心からうざったいな……。本当はんな事思ってもないくせして……。どうせあの人も僕の事見下して………。

嫌悪感丸出しの視線を向けて、石上は自身の教室へ向かった。

 

「………………。」

「おーい!何してんだ風野ー?」

「……いや、何でもねぇ。(何か、睨まれた気がするんだが……。気のせいか………?)」

 

この時の石上と風野はまだ思ってもいなかった。近いうちにまた、顔を合わせる事になってしまう事に……。

 

 

 

 

 

 

 

「(………確か、伊井野って風紀委員会やめたんだってな……。)」

 

いつもは風紀委員会の仕事で、教室に入るのが遅くなるのが日常だった伊井野だが、今日は石上が来る前に既に着席していた。

 

「………………。」

 

朝から耳が痛くなる思いをしなくなると考えると、まあ多少はいい気分にはなる……がだ。

………朝からコソコソコソコソとうるせぇ……。

まあ確かに殴ったのはこっちだから、それについては何とも言えない。でもな……こいつらにどうこう言われるのだけはマジで苛つく……。こいつらって本当に人を見下す事でしか強さを見出せないんだな……。弱いな。弱過ぎる。ゴミ以下だな。

こんな奴らと同じ空間にいると、息が詰まりそうだ。こっちまでゴミになりそうな気がしてならない。こいつらよりゴミになるのだけは御免被る。もし、じぶんがこいつらより落ちぶれたら………。

 

「………その時はその時だな………。」

 

小声で石上はそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

「そうですか………。」

 

放課後、生徒会では白銀と校長が話をしていた。

 

「ええ。ですが、彼はそれ相応の事を何度もしてますカラね……。」

「石上優……。次にまた問題行動を起こしたら、退学処分か……。」

「………教師側としては、とても好都合なことデス。不良生徒を即刻処分出来る可能性が高まったのですカラ……。」

 

俺は、この学校の教師に関してはあまり良い目を持てない。一年次に腐っていて、教師達もそういう目でしか見れなかったというのがまだ残ってるのもそうだが、生徒会長になってからも、二言目には学校の名誉だのと……。彼らは本気で俺達と向き合う気があるのかと思っていた。

 

「………しかし、石上優以外にも、素行不良はちらほらいます。特に今年の一年はそうです。噂によれば、あの荻野コウと関わりを持っていた者もいるとか……。」

「……それ相応の対応をしなければ……デスね……。」

 

ただでさえ夏休み前の件もあり、秀知院の評判は現在進行形で右肩下がりだ。これ以上評判が下がるとなると、例え四宮家や四条家がいくら資金を寄付したところで、学校の存在価値自体が薄くなってしまう。

もうあの件で終わりにするんだ。その為にも、生徒会長として対策を練る必要がある……。

 

「………………。」

 

白銀は悩んだ。悩んでいたせいなのかは分からないが、生徒会室の扉の陰に立ち、誰かが白銀と校長のやり取りを聞いていたなど、本人達は気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「…………駄目だ。全然出ない。」

「マジで何してんだよアイツ……。」

「それもこれも全部、石上が………。」

 

校舎内の人気の無い所で、男子三人が話をしていた。誰かに電話をした直後だったが、出なかったようだ。

 

「………くそっ……。石上の野郎……余計なことしやがって……。」

「……大友なんてただの馬鹿だから、それっぽい事言っとけば簡単だったのに……。」

「……許せねぇ……。あいつだけは絶対………。」

「………てか、あいつ遅くね?」

「チッ。何分経ってると思ってんだよ……。」

 

三人が何かに苛ついていると、一人の眼鏡をかけた男子生徒が走ってくるのが目に見えた。

 

「おいおいおい。何分経ってると思ってんだよ。」

「ハァ……ハァ……ハァ……。」

「相変わらずトロいよなお前って……よぉ!!」

 

長髪の男子生徒が蹴りを入れた。

 

「ガハァ……!!」

「チッ。汚ぇな。てか、音がデケェんだよ。誰かに見られたらどーすんだ?えぇ?」

「ご……ごめん………。」

「『ごめん』じゃなくて、『大変申し訳ございませんでした』だろ!!」

 

メッシュがかった茶髪の男子生徒が腹に拳を入れた。

 

「……ぐふぅ……!」

「あーマジでイラつくわ。お前といい石上といい……。

 何か石上をぶっ潰すチャンスねぇかなぁ〜………。」

 

 

 

 

 

 

「………ん?」

 

帰宅しようと校門に向かう最中、石上は何か鈍い音が遠くでした気がした。人が殴られる音がした気がした。だが、空耳だと思いその場を後にした。

それと同時に石上は、何か自分にとてつもなく大きい出来事が起きそうな感じがした。それが決して良い出来事か悪い出来事かは、分からないが………。




区切りがいいので、しばらく休載します。
次回投稿日は、1/27(水)に予定しています。


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やはり嫌な予感は的中する/小野寺麗はもう見たくない

【やはり嫌な予感は的中する】

 

体育祭。僕が一番忌み嫌う行事だ。

たった一日の為に、毎日朝早くに学校に来て、放課後も残って応援練習。ダルい事この上なかった。サボればクラスの応援団員からのお説教。別に僕なんかいなくても成り立つだろ。お前らで勝手にやってろよ。馬鹿らしい。

ああそうだそうだ、応援団だよ。心から気持ちが悪い。陽キャが集まるに集まった、僕みたいな日陰者が足を踏み入れていい場ではない。自分らだけ盛り上がるに盛り上がってワーキャーワーキャー……。キメェ。ウゼェ。消え失せて欲しい。

サボるつもりだった。体育祭の日は、ゲーセンでも行って暇を潰すつもりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんなアゲてくよぉー!!」

「「イェェェェェイ!!!」」

 

………………はずだったのに………。

朝のホームルームで、クラスから応援団員を決める事となったが、男子からは誰も立候補者がいなかった。その為、くじで決める事となったが、まさか自分が当たるなんて思ってもいなかった……。断るにしても、誰もやる気じゃなかったし、誰かに代わりを頼んでも避けられるのがオチだ。

あの時、伊井野に暴力をふるったことがきっかけで、女子だけでなく男子や先輩達からも恐れられる様になってしまった。今や、秀知院一の不良というレッテルまで貼られている。

校内で何か事件があれば、「石上がやったんじゃ」「絶対あいつだよ」とか、まぁ根も葉も無いことばかり。

まあでも、もうすこぶるどうでも良くなったな。あいつらはゴミだ。生ゴミ並に性根が腐ってるゴミクズ。そんなゴミに何言われても、もう何とも思えない。「ゴミがまたビービー喚いてるよ」と憐みの目を向ける事しか、僕もしなくなっていた。

それにしても………。

 

「団長は風野でオケマル?」

「「オケマル〜!!!」」

 

バカウゼェ………。

うちのクラスの小野寺も、何か気まずそうな感じ出してこっちをチラチラ見てるしよぉ……。何か言いたいことあるなら言えば?

 

「………………!!」

 

とある女性を目にした瞬間、僕は逃げる様に部屋から出ようとした。

子安つばめ。マジでこの人とは二度と関わりたくなかった。まさか同じ組だったなんて……。僕自身応援団に入るなんて思ってもいなかったし、正直嫌な予感はしてた。だが、やはり予感は的中した。最悪だ。今すぐにでも学校を辞めたいくらいだ。

幸い、皆赤組のスローガンを決めるのに群がっていた為、誰も僕が部屋から出て行ったのに気付いていなかった。このまま誰の目にも止まらず、サボり続けよう……。自然に僕の存在なんて忘れてくれるはず……。

 

「…………これ機会に学校辞めるか……?」

 

ふとそんな事が頭によぎったが、そんな事で辞めるなど流石に馬鹿らしい。幼稚園児じゃないんだから………。

しかしだ……。自然に僕を忘れてくれるとさっき思ったものの、一人例外がいる。……まさか子安つばめがいるなんて……。僕の経験上、どこかでサボってても、あの人なら嗅ぎ付けて僕を誘ってくるはずだ………。つくづくツイてないな……。どうしたものか………。

ため息をつき歩く石上を、後ろからとある人物が見ている事には、石上本人は気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【小野寺麗はもう見たくない】

 

「ふぅ………。」

 

部活を終えて、小野寺は帰宅の準備をしていた。遅くまで練習していた為、今日は一人で下校することとなっていた。

 

「………………。」

 

石上優。たまたまくじで一緒に応援団になったものの……。多分、いや、絶対石上は応援練習をサボるつもりだ。それ以前に、彼自身私やつばめ先輩達と一緒にいること自体嫌だろう。

誰か代わりを見つけた方がいいのかな……。けど、明らかに私達同学年の者を拒絶している彼に話しかけても……。

 

「………………ん?」

 

誰かが自分の教室に入っていくのが目に見えた。

こんな時間に一体何なんだ……?忘れ物か?

気になり小野寺はそっと教室の中を見た。

 

「………………!」

 

中にいたのは、伊井野だった。

 

「………………。」

 

あれから何日経っただろうか。伊井野はあれからすっかり表情も暗くなり、いつも教室では自分の席にいて、勉強ばかり……。

だが、変化は伊井野だけには現れなかった。伊井野が大人しくなったのをいい事に、クラスメイトからの嫌がらせがエスカレートしていったのだ。このままではまずいと思ってはいたが………。

 

『………もう、話しかけてこないで………。これ以上、私を苦しめないで………。』

 

あんな事を言われては………。

あれから、すっかり大仏さんも伊井野と話さなくなった。完全に伊井野は、一人になった。いや、自分から孤独を選んだんだ。私達が不当に傷付けられるのを見たくないから。自分の身より、友達の身を優先したんだ。

けど…………。

 

「………………。」

 

机にされた落書きなどを落としている伊井野を見て、小野寺は……。

 

「………………。」

 

手を差し伸べようとは思った。けど、それでまた伊井野に拒絶でもされたらどうしよう……。

小野寺は迷った。理不尽な目に遭っている彼女を助けるか、彼女の意思を尊重するべきか。

 

「…………ごめん。」

 

数分考えるに考えて、小野寺は決意した。

伊井野。確かあの時、私や大仏さんが不当に傷付けられるのを見たくないって言ってたよね?

………それはこっちも同じだよ。あんたが不当に傷付けられるのを、もう私は見たくない。

 

「…………伊井野。」

 

体をピクッとさせて、伊井野は振り向いた。

 

「……………どうしたの?忘れ物?」

「…………そうなんだけど……さ………。」

 

ゆっくりと教室の中に入っていく。

 

「………………。」

 

小野寺が近づいてくるにつれ、教室の空気が重くなるのがよく分かった。

 

「…………手伝うよ。一人じゃ大変でしょ?」

「…………………。」

 

伊井野は黙って、再び落書きを消し始めた。

 

「…………一つ質問していい?」

 

伊井野は黙ったままだった。

 

「…………私の事、もう嫌いなの?」

 

その問い掛けを耳にしたと同時に、ピタリと伊井野の動きが止まった。そして数秒経って、伊井野は体を小刻みに震えさせた。

 

「……………うっ………。」

 

歯を食いしばり、伊井野は涙を流した。

 

「………今…でも………麗ちゃんの事は……大好き…だよ……。だけど………だけど………!」

「『私のせいで、不当に傷付けられるのを見たくない』」

「!!!」

 

小野寺は伊井野に優しく抱きついた。

 

「…………そんなの……私も同じだよ………。どんな理由があっても、こんなの不当過ぎるでしょ……。」

 

いつからか、小野寺の目は潤んでいた。

 

「そうやってずっと耐えるつもりなの?そうやってずっと一人でいるつもりなの?何でもっと…………自分を大切にしないのさ……?」

「……だって………私のせいで………!!」

「……じゃあ、今のこの状況も『私のせい』なの?」

「………………。」

 

伊井野は首を縦に振った。

 

「……机に落書きされるのも、皆から悪口言われるのも、物を隠されるのも、全部自分のせいだって………。そんな訳ないじゃん!!」

「!!」

「………私がこんな事言う資格無いと思う……。私だって、伊井野の事ずっと悪く言ってたし……。でも……アンタはそんなの一切気にしないで、私と接してくれて……さっきも私の事、今も大好きって言ってくれた……。どれだけ嬉しかったと思う……?」

「……………。」

「頼ってよ………。辛かったら『辛い』って言ってよ………。アンタは何でこうも………他人重視なのさ………。」

 

小野寺は下を向いて、細々とした声でそう言った。

 

「………………。」

 

麗ちゃんのこんな姿を見るのは、恐らく最初で最後だろう。いつも凛としてる麗ちゃんが、こんなに涙を流してるなんて……。私はなんて馬鹿な人間なんだ………。余計に悲しませてるだけだったんじゃないか………。

 

「………いいの………?私なんかが………友達でいいの……?」

「………何当然な事言ってんのさ……。」

「………………。」

 

声を出して泣いたのは、幼等部時代以来だ。何故こうももっと早くに気付かなかったんだが………。更に麗ちゃんやこばちゃんを傷付けてただけだったなんて……。こばちゃんにも謝らなきゃ。

 

「……そうだ。もう、風紀委員会やらないの?」

「えっ………。」

 

一ヶ月前の出来事が脳裏に浮かんだ。

石上優のあの目。同学年からの「ざまぁみろ」と言わんばかりの眼差し。正直、また同じ目に遭うのでは……。

 

「…………駄目な部分なら、後で直せばいいじゃん。そうすりゃ、皆の見る目も変わると思うよ?」

「………………。」

 

私の何が駄目だったのか。あの時、どんな言葉をかければ良かったのか。あの日からずっと考えさせられた。

けど、今やっと分かったし、どうすればいいか分かったよ。駄目な部分は直せる。他人の立場になって考えるんだ。どうすれば不快な思いをしなくて済むかを、しっかりと考えればいいんだ。

 

「……まあ、すぐに直るとは言えないからさ、アンタがまたキツい事言いそうになったら、私がフォローするよ。」

「……えっ?そ、それって…どういう……。」 

「………私も、風紀委員会に入ろうかな……。」  

「えっ!?」

「弟と妹の喧嘩毎日止めてる様なもんだからさ、どう注意すればいいのかってのは自信あるんだ。

伊井野がまた行き過ぎた事言いそうになったら、私や大仏さんがフォローするからさ。頑張ろうよ。」

「……でも、そうしたらまた麗ちゃん……。」

「いいよ別に。」

 

偽善振りやがって。そう思ってる人間もいるが、それもごく一部の人間達だけだ。そんなのに屈する程、私は脆くなんかないよ。

でも、それでもだ。それで伊井野の涙をもう見なくて済むのであれば……。伊井野の事をしっかり見てくれる人間が増えるのであれば……。




体育祭編に突入し、物語も終盤へと近づいて来ました。
そこで私から、一つ皆様に報告があります。

































「石上優はもう戻れない」終了後、新作「石上優は再び闘う(仮)」を投稿予定です。
投稿日時はまだ未定ですが、新作の方もご愛読いただけたらと思っております。
引き続き、「石上優はもう戻れない」をよろしくお願いします。


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そして石上優は少し戸惑った

あくびをしながら項垂れるのが何日続いただろうか。

屋上で横になりながら、石上はそんな事を思っていた。

 

「………退屈だ………。」

 

起き上がり、中庭の方を見てみると、白組の応援団が練習をしていた。

 

「………………。」

 

一週間前、僕は応援団に入った。当然立候補な訳なく、くじで運悪く入ってしまった。今更断って代わりを見つけようにも誰もいないし、もう遅い。こうなったらこのままサボって体育祭が終わるのを待とう。

一週間経ったけど、誰も僕の事をどうこう言ってくる人などいない。やはり忘れてくれたか。子安つばめも、流石にもう僕に介入してこないか。

 

「………やっぱりここか。」

 

誰かが屋上に来た。誰だと思い振り返ると……。

 

「……よぉ。石上。」

「………………。」

 

確か風野とか言ったか……?

 

「……何か?」

「その……何だ……。」

「………応援練習にな」

「いや、そういうことじゃないんだ。」

 

じゃあ………何だと言うんだ?

 

「……子安や小野寺さんから話は聞いたぞ。………やっぱりやる気ないか?」

「………そんな風に見えたら、眼科行った方がいいかと。」

「……やっぱか………。」

 

風野は頭をかいて、ばつが悪そうな表情を見せた。

石上優。名前だけは知っていたが、いざ目の前にしてみると、結構圧が凄いな……。嫌悪感が滲み出ている。

自分で言うのも何だが、俺は人から悪意を向けられたことがまるで無い。皆が皆、頼りにしている目を向けて、いつも気さくに話しかけてくれる。当然嬉しいし楽しい。だから、悪意がこもった眼差しというのを、経験したことがない。

だが今分かった。人からこういう目で見られるのは、結構堪えるもんなんだな……。

 

「……いやな、くじで決まったもんだから、やる気がないのは分かるさ。けど、それが理由でサボるのは、ちょっと違うんじゃないのか?」

「………あんただって、俺がどういう人間なのか知ってるでしょ?『女子を殴った、最悪で最低な校内一の不良』、そんなレッテル貼られてるんですよ?

 ていうか、俺も俺なりに、ちゃんと人のこと考えてるんですよ?応援団なんて、俺みたいな日陰者が踏み入っていい場じゃない。だったら最初から入らなければいい。どうせ、俺のことを邪魔者扱いして、早いうちにやめてもらいたいとか思ってるのでは?早いうちに代わりを見つけられればなと思ってるのでは?」

「………………。」

 

数日前の子安とのやり取りを思い出した。

 

『あんまり下手に誘って、刺激しない方がいいと思うよ。かえって彼を追い込むだけだし……。一年の子達にも、代わりはいないかって探してもらってる…。』

 

話を聞いた感じだと、子安は何度か石上と関わりを持っていたみたいだった。恐らくだが、それで失敗してあそこまで弱気なのだろう。

けど、それが一番なのかもしれない。下手に介入するのは、この上ない愚行なのだろう。

 

「……図星ですか?」

「………やっぱり、嫌か?」

「……そりゃあ。」

「………………分かった。お前の代わりを、探してみるよ。」

 

おや?子安と違って、結構話の分かる人間なのか……?

石上は少し意外そうな顔をした。

 

「…………何だ。結構話の分かる人なんですね。あなたもどっかの誰かと同じで、馬鹿みたいに近寄ってくるかと思ったら……。」

「………人様の意見を無視してまで、応援団に誘う資格はないからな。

 もう一度聞くぞ。お前は応援団から抜ける。それでいいな?」

 

一切の躊躇なく、石上は頷いた。

 

「………分かったよ。」

 

風野はどことなく、悲しそうな顔をしていた。

 

「………?」

 

当然石上には、それが何故なのかが分からなかった。

 

「………悪いな。時間取らせちまって。」

「………………。」

 

とっとと消えろ。

そう言わんばかりの眼差しだった。

 

「……やっぱ、俺のこと嫌か?」

「……まあ、そうですね。もう誰も信じない。誰にも期待しない。どいつもこいつも全員、ゴミだ。」

 

彼の事件のことは耳にしている。

間違いなく、事件前の彼はこんな感じではなかった。けど、まるで想像がつかない。元々こんなだったのではと思わせる位、彼から嫌悪感が溢れ出ていた。

 

「………今後、もうあなた方と関わる機会はないでしょうね。あったとしても、こっちがそれを拒む。分かったら、とっとと消えていただきたい。」

「………そうか。悪かった、邪魔して。」

 

風野は屋上から立ち去ろうとした。

 

「………まあでも、あなたが話の分かる人だというのは分かりましたよ。喋ってても、そこまで苛立ちは感じなかった。」

「………………。」

「少なくとも、あなたが俺に害をなす様な人間ではないってことですよ。」

「………そっか。」

 

心なしか、なぜか風野が嬉しそうな感じを出していたことを、石上は察した。

風野が屋上から去って数十秒後、石上は再びその場に横になった。

 

「…………はぁ………。」

 

同じ様な人間でも、ここまで違うとは……。結構意外だったな。

初めて真実を告発しようという気持ちになったとき、皆誰しもが「自分のことを理解しようとしない、上辺だけでしか人を見ない奴ら」としか思えなくなっていた。無論家族でさえもだ。それが今も続いていて、今日だって風野が来た時は、自分の気持ちなど理解しようともせずに、「練習に来い」と言ってくるもんだと思っていた。けど、それとは真逆だった。自分の主張を汲んでくれた。子安つばめや伊井野ミコが今までそうだったせいで、結局風野もそうだとばかり思ってた。結構意外で自分でも驚いている。

自分でもまだ困惑している。けど、風野はあの時確かに、自分の事を理解した上で、応援団をやめたいという僕の主張を汲んだ。

 

「……………けどな……。」

 

実際、あの場にいなかったから、子安だって好き放題言えるんだ。もしそいつらが同学年だったら、間違いなく荻野の肩を持っていたに違いない。ちょっと期待した僕が馬鹿だ………った?

 

「…………えっ?」

 

僕は今……何を思ったんだ?

期待した……?一体何に……?僕は今……どういう感情を抱きそうになったんだ………?




完結後の新作「石上優は再び闘う(仮)」のことで説明です。
私の説明不足のせいで、「石上優はもう戻れない」の続編と解釈をしている読者の方が多い様ですが、「全く別」の話になります。端から端まで新作です。全くの別物です。決して続編じゃありません。誤解を招く様なことをして、申し訳ありません。
今後も「石上優はもう戻れない」をよろしくお願いします。


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石上優は再び絶望した

誤字報告および感想、ありがとうございます。
話も段々と最終話に近付いてきました。最後まで「石上優はもう戻れない」をよろしくお願いします。


今になって、ゲーム機を壊し、ソフトも全て売ってしまったことを後悔している。まぁやる事が全然無い。ゲームセンターでのゲームも全然いいのだが、いかんせん金もそこまで無い。

いよいよ金銭面での問題が段々と深刻になってきた……。だからと言って、親に頼りたくもない。どうしたものか……。

 

「………………。」

 

街中を歩いていながら、石上はすれ違う人々の "ある" 部分を見ていた。

スリって、実際はそこまでバレないんじゃ……?上手くいくんじゃ……?

いやいやいや。何考えてんだ?流石に犯罪まで犯す程、人間として落ちぶれてしまってはな……。いよいよ荻野の仲間入りじゃないか。いけないいけない……。

 

「……おっと………。すんません……。」

 

考え事をしてたせいで、誰かとぶつかってしまった。

 

「……………いやいや、こっちは謝ったのに……。」

 

ぶつかった男……ん?いや、秀知院生か?

その者は、謝りもせずに颯爽とその場を去っていった。

 

「……何だったんだ………?」

 

気にせずに、フラフラと街中を歩こうと思った矢先、自身の財布が無い事に気が付いた。

 

「………さっきの……!!」

 

石上はすぐに振り返った。幸いまだ遠くには行っていない。いくら金がそこまで無くても、流石に財布自体が無いのは困る。

人混みを掻き分けて、すぐさまその者の元へ向かった。

 

「……………!!」

 

その者も石上が追ってきたのに気付き、路地裏に逃げ出した。

 

「あ、おい……!!」

 

石上は走る速度を上げた。こうも全力で走ったのはいつ振りだろうか……。中学の陸上部以来か……。

少しは衰えていると思ってはいたが、案外体力は続くもんなんだな……。加えて犯人はそこまでの速さじゃない。1分も経たない内に、手が届く距離まで縮まっていた。

 

「おい……待てって……!!」

 

犯人のワイシャツの襟を掴み、その場に倒れ込ませた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……!」

「ゲホゲホッ……!」

 

いきなり後ろから襟を掴まれて、首に負担がかかったのか、犯人は咳込んでいた。

 

「おい……何してんだお前……!俺の財布返せよ……!」

「ひっ……!」

「………ん?あれ?お前って………。」

 

秀知院生だというのは分かってた。けど、まさか同級生だなんて……。しかも同じクラスの……。

 

「……ごご、ごめんなさい……。何もしないで……!」

「………………。」

 

めちゃめちゃビビってるな……。まあ、こいつもただの陰キャだから、そんな反応するとは思ってたけど……何でこいつがスリなんか……?

けどまぁいい。

 

「……財布、返せよ。」

「………え?」

「……いやいや、財布返せって。別にその後は何にもしねぇよ。チクりもしないし。

 だからほら、早く返せって。」

 

予想外の反応をしていた。

そりゃそうか。今相手をしてるのは、秀知院一の不良とレッテルが貼られてる奴だ。何かされるとばかり思ってたんだろ……。

というか、まずそんな奴にスリなんかしようと思うか……?そこが少し疑問だった。

 

「…………はい……。」

「はぁ………全く。」

 

幸い、金銭は何も盗られていない。だが、何でこいつがスリなんか……?

石上は不思議そうに彼を見た。

 

「………………。」ジーッ

「ひいっ……!ご、ごめん……ごめんなさい……!」

「いやいやだから……。謝らなくていいって言ったじゃん……。誰にも言わないから。」

 

さっきからずっとビクビクしたばかりの彼を見て、少しイラッとはしたか、誰にも言うつもりがないのは確かだ。

いい加減謝るのをやめて欲しいと思っていたが………。

 

「………ん?」

 

何かが妙だ。彼の目線は、僕の方を向いているとばかり思っていたが、どうも違う。彼は、僕の後ろに目を向けている。

 

「ごめん……ごめん……!!」

 

彼は……後ろにいる何かに謝罪しているのか……?

何だと思い振り返る前に、僕の体に衝撃が走った。

 

「うぐぁっ……!!」

 

バチバチとした音が響き、僕の意識が遠のいていくのが分かった。まさか………スタンガン……?

段々と意識が遠のいていくのが分かった。

 

「……い……早く……ねぇん……。」

「それ……のも……るよな……。」

 

うっすらと僕を襲った奴らの会話が耳に入ったが、何について話してるのかは全然だった。それっきり、僕の視界は真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………んっ………。」

 

寒さで目が覚めた。どれくらい経過したんだ……?

 

「………マジかよ………。」

 

携帯を見ると、時刻はもう23時だった。6時間ばかりもここで倒れてたのか……。

というか、僕を襲った奴らは……どこ行った?一体、何が目的だったんだ……?財布はしっかりとあるし、中身も盗まれてない。

 

「………………ん?」

 

人の気配がしたので振り返ってみると、僕の財布をスッた同級生がそこにいた。

 

「………おい……何してんだ……?」

 

まさか、僕が起きるのをずっと待ってた……?でも、何で………?

 

「……聞いてんのか?おい……。」

「助けてぇぇぇ!!!」

 

突然そいつが大声を出した。

 

「強盗です!!そこに強盗がいます!!助けて下さい!!」

「は、はぁ?」

 

突然何を言ってるんだと思い近寄ろうとすると、自分のバックがやけに重いことに気が付いた。

何だと思い中身を見てみると………。

 

「!!!」

 

そこには、大量の見知らぬ財布が入っていた。

 

「何だよこれ……!」

「どうした!?」

 

近くを通りかかっていた警官がやって来た。マズい。このままだと……!

 

「強盗です!僕の財布を盗もうとして、暴行を……!!」

「はぁ!?お前何言って……!!」

 

僕を指差してそう言い放つ彼に、僕は近づいた。

 

「何勝手なこと言ってんだよ!盗もうとしたのはお前だろ!!」

「君!」

 

彼に掴みかかろうとする前に、警官に手首を掴まれた。

 

「……このバッグ、君のかな?」

「違う!俺は何もしてない!」

「………ちょっと、来てくれるかな?」

 

この時、僕には何が何だかさっぱり分からなかった。ただひとつ言える事があるとするならば………。

終わった。もう、人生終了だ。

僕は連行されながら、そう悟った。そして、僕は再び…………人に、世界に絶望した。



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大友京子達は動き出した

初耳だったのだが、近頃近辺でスリや恐喝が流行していて、まだ犯人が捕まっていなかったと……。

だが、その犯人がやっと捕まった。けど………。

 

「だから!俺はやってないって言ってるでしょ!!」

「じゃあ君のカバンの中身はどう説明する!!」

 

何十回警察に言っただろうか。僕はやってない。

あれから数日経ち、僕は警察のところでお世話になっていた。

 

「ていうか、あいつはどうしたんですか!?あいつと話をさせて下さいよ!」

 

全ては僕の財布をスッた、あいつがでっち上げたせいだ。僕にスタンガンを当てたのも、そいつの仲間だろう。僕が気絶してる間に、人様の財布を盗み、僕のバッグの中に入れた。そして僕が目覚めるのを待って、僕が強盗だとでっち上げた。自分の罪を隠蔽するために。

まるで…………。

 

『君のやってる事はストーカーだよ。』

『君が京子のことを好きなのはよく分かった!』

『暴力じゃ愛は勝ち取れないんだ!』

 

チッ………。また同じ目に遭うのかよ……。

 

「彼も事情聴取を受けてもらってるよ。それよりもだ。君のバッグの中身は一体何なんだと言っているんだ!」

「何も知らないと言ってるでしょうが!」

「なら、君がやっていないという証拠提示してみるんだ!そうでもない限り、こちらも納得出来んぞ!」

 

しかも、状況はあの時よりも最悪だ。僕がやっていないという証拠が一つも無い。

どうする?どう切り抜ける……?このまま「やってない」の一点張りを続けてても埒があかない。せめてアイツと話さえ出来れば……。

 

「……なら、俺のバックにある財布から、指紋でも採って下さいよ。俺の言ってる事が本当なら、財布から俺の指紋は出てこない筈だ。」

「………それをやったから、俺達は君を疑ってるんだ。」

「!!!」

 

マジかよ……。そこまで頭の回る奴だとは思わなかった……。気絶している間に自分らの指紋を拭き取って、僕に触らせたんだろう。

無理だ。もう、逃げ道は無い。

石上は頭を抱えて、歯を食いしばった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、石上優が恐喝行為およびスリを行っていたという情報が、校内中に行き渡った。

 

「酷すぎない?いくらなんでもさぁ……。」

「じゃあ、最近話題になってたあのスリって……。」

「石上じゃない……?」

 

高等部だけではなかった。中等部、初等部にも……。

 

「そんな怖い先輩いるの?」

「目ぇつけられないかな……。」

「この前その石上って人見たけど………マジで怖かった。」

「いかにも人を殺しそうな目をしてた……。」

 

たまたま生徒会の仕事で中等部を訪れていた大友は、中等部の生徒達が噂しているのを目にした。

 

「………………。」

 

彼がこんな風になったのも全部、私達のせいだというのに……。

大友はとある教室を通りかかった。ここは……。

一年前の出来事を思い出した。石上優が荻野コウを殴っていた場所だ。そこで私達は、絶対に許されてはならない事をしてしまった。そして、彼の心をドス黒く染めてしまった。

 

「………何であの時……。」

 

いくら忘れたくても、忘れられない。過去は死ぬまで自分に付いてくる。

高等部の校舎に戻りながら、大友はそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ただ今戻りました……。」

「お疲れ様、大友さん。」

 

生徒会室に戻り、私は一息ついた。生徒会長選挙後、私は引き続き生徒会会計として生徒会役員になった。

副会長に四宮さん。書記に藤原先輩。会長に白銀さん。去年度生徒会とほとんど変わらない布陣だ。けど、流石に四人だけだと結構大変だな……。誰か一年から誘おうかな……。

 

「………………。」

「……あら大友さん。戻っていたのね。」

 

四宮さんが部活動から戻ってきた。

 

「はい、結構早くに終わったので……。ん?四宮さん、それは……。」

 

かぐやの手には、とある書類があった。

 

「会長。これを先程、校長から……。」

「ん?何だ……?」

 

渡された書類を白銀は見ると、少し眉を動かした。そして、席を立ち私の元にやって来た。

 

「……ん?な、何ですか?」

「……大友さん。

 …………石上優の退学処分が、正式に決まった。」

 

会長のその一言が、辺りをシーンとさせた。

数十秒経ったときに、「えっ?」と間抜けな一声を私が発したのをきっかけに、会長が再び口を開けた。

 

「……耳にはしてるだろう。石上優が恐喝行為を行っていたと……。

 次また不祥事を起こしたら、彼は退学処分だと教員側も決めていてな……。ましてやその次の不祥事が恐喝となると、もう流石に退学処分は避けられない……。」

「…………………。」

「……現在石上は停学の扱いで、警察でお世話になっているが、もうすぐ秀知院を出て行くことになる。この書類は、校長がそれを承諾した書類だ。」

 

その時のことはよく覚えていない。

覚えていたのは、生徒会室を飛び出し、校長室に向かっていたということだけだった……。

何だ何だと周りの生徒がざわついていたが、まるで目に止まらなかった。とにかく、校長先生と話を。その一心だった。

 

「校長先生!!」

「!!」ビクッ

 

突然校長室の扉が勢いよく開いたものだから、校長は少し身震いをした。

 

「ど、どうしたんデスか!?」

「はぁ……はぁ……!!話が………あります………!」

「どうしたんデスか、そんなに息を荒くシテ!」

「…………石上優の退学処分を………先延ばしにしてもらえますか……?」

 

大友を追いかけて来た白銀、かぐや、藤原も校長室にやって来た。

 

「急にどうしたんですか京子ちゃん!?そんな血相変えて!」

「………大友さん……あなた………。」

 

すると校長は、大友達に座る様に指示をした。

 

「………そこに、腰を掛けて下サイ。」

「………………。」

「………大友さん。結論から申し上げてますと………こればかりは無理デス。」

「!!」

「……石上優。確かに彼の中等部の事件のことは知っていマス。無論、それにあなたが最も関わっていたことも。それによって、今の石上優が誕生してしまったことモ……。」

「………確かに、あの時の石上君は今はいません。けど……!彼はそこまで人に危害を加えるような人間では無いはずです!確かに彼の不祥事の多さは知っています。けど、伊井野さんへの暴力も、反省してると言ってたじゃないですか!

 ああはなってしまったものの、彼は分別のある人間なんです!そんな石上君が、恐喝やスリといった犯罪にまで手を染めるなんて……!」

 

白銀は大友のその発言に、胸が締められた。

一学期後半、根本紀明が起こした事件の調査をしている最中、「石上優が襲われている女生徒を見捨てた」という疑わしい真実を発見してしまった。

大友は知らないからこういう事を言えるのだが………。

 

「(………大友さん。石上優は……もう………。)」

 

白銀も、石上優の事をもういい目で見れなくなっていた。

 

「………大友さん。………それでも彼の不祥事の多さは、もう退学処分レベルでシタ。今回の事件が起きようが起きまいが、どっちにしろ彼の退学処分は、そう遠くなかったんデスよ……。」

「……そんな………。」

「………あなたが彼に罪悪感を抱いているのは知ってマス。彼を救いたい。元に戻したい。そう心に決めているのも、把握済みデス。ですが、はっきり言います。

 …………もう、不可能デス。諦めて下サイ。」

「………………。」

 

諦める。つまり、石上優はもうあのままだということ。下手をしたら、彼は自殺をする。いや、今してもおかしくはない状態だ。

……あの時、必死に私を守ろうとした彼こそ、本当の彼なのに……。誰よりも真っ当な人間だったのに……。

 

「……先程の。石上優の退学処分を先延ばしにして欲しいという要望。それは、石上優の無実を証明する時間が欲しい、と捉えて間違い無いデスね?」

「…………はい………。」

「…………現状、かなり難しいデス。石上優は無実だという証拠が全然ありまセン。例え時間を与えたとしても、証明が出来ますカ……?」

「………………。」

 

証明が出来るか出来ないか。それは………。

 

「…………分かりません。」

「………なら」

「今は。」

「!」

「……今はまだ分かりません。けど、ほんの少しの可能性があるなら、私はそれに賭けたいです!」

「大友さん……!」

「可能性は限りなく低いと思われます!けど、ゼロじゃない!ゼロじゃないなら、私はそれに賭けたいです!少しでも、石上優が無実だと証明出来る可能性があるなら……!私は絶対に諦めません!!」

 

今思えば、私は何を青臭いことを言ってるんだが……。中高生あるあるの「青臭い正義感」とは、まさにこの事だろう……。

けど、それでも私は信じていた。石上優は、そんな人間ではないと。今度こそ、彼のことを信じる………。

 

「………………まったく。あなたは結構、融通の効かない人だったんですネ………。」

「………………それでも、駄目ですか………。」

「…………一週間デス。」

「!」

「一週間の間、時間をあげマス。それまでは、石上優は停学処分としまショウ。」

「………校長先生……!」

「ですが、もし期限を過ぎたら………分かってマスよね?」

 

校長の細い目が少し開いた。少し怖かった。

そうだよ。今私は、校長先生を相手してるんだった……。

 

「……………はい……。」

「………なら、石上優の退学処分を引き延ばしまショウ。教員からは言っておきマスよ。全く……また文句言われマス……。」

 

無理なお願いをしたのは百も承知だ。校長先生がここまでしてくれたんだ。それ相応の結果を出さねば。そして………。

 

「………………。」

 

一週間はあっという間だ。もたもたなどしてられない。

 

「……無理を言ってるのは分かってます。けど………。」

 

大友は席を立ち、白銀達に頭を下げた。

 

「お願いします!私と一緒に、石上君の無実を証明して下さい!!」

「………………。」

 

………やっぱ、駄目か……。

薄々気付いてはいた。会長や四宮さんが段々、石上君のことをいい目で見なくなっていることに。私のやろうとしている事が、無理難題だと諦めていることに。

 

「…………分かったよ。」

「!」

「俺達も協力しよう。」

「会長………。」

「それに、この件に関しては、少し不自然な点がありますしね……。」

「四宮さん……!」

「さー!やる事が見えたら、後は実行に移すのみです!」

「藤原さん……!(いつもは頼りたくないと思ってたけど、今は……!)」

「今とっても失礼なこと考えてませんでしたー?」

「………………。」

 

完全なる図星である。

 

「皆さん……ありがとうございます……!!」

 

必ず証明する。必ず、石上優を救う。

大友は右手を強く握り締めた。




恐らくこの話を読んで、読者のほとんどが、

「石上の無実を証明」→「石上の見る目が変わる」→「石上の心が開く」

といった光堕ちを察したと思います。































ですが安心して下さい。そんな結末には絶対になりません。
もう大まかなストーリーは既に作っていて、最終話もどうするかは決めています。
具体的内容は言えませんが、ただ一つ言えること、それは「光堕ちは絶対にしない」ということです。
あらかじめ言っておかないと、感想欄が荒れそうな気がしまして………ww
そこのところを事前に知った上で、最後まで「石上優はもう戻れない」をよろしくお願いします。


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石上優は揺らぎ始めた

警察にお世話になってから、何日経っただろうか。

ここまで日が経つと、そろそろ警察の方も痺れを切らしてくる。取り調べの方も、段々といい加減になっていくのが分かった。

まあ向こう側も、「やってない」を頑なに言い続ける奴を相手にしているんだ。そりゃ嫌にはなるか。けど、僕はやってない。それだけは揺らがないんだから。どんなに問い詰められても、絶対に自白なんかしてたまるかよ。

すんなり自白して、退学処分にでもなろうかと思ったが、二度もこんな惨めな思いをするのだけは、まっぴら御免被る。

 

「………君さぁ、こっちも暇じゃないんだよ?指紋が出たのが何よりの証拠でしょ?」

 

ダルそうだなぁ……。でもまあ、所詮警察ってそんなもんか……。テレビドラマの見過ぎだ。現実の警察なんて、所詮………。

 

「よくもまぁ、そんないい加減な取り調べが出来ますね。恥ずかしくならないのですか?」

 

突然誰かが取調室に入ってきた。

 

「き、君一体……!」

「……あなた、俺を知らないんですか?」

「な、何を言ってるんだお前……!」

「やめろよおい!」

 

後から入ってきた刑事が、取り調べを行っていた刑事に耳打ちした。その瞬間、彼の顔から汗が出てきた。

 

「……な、何でこんなところに……。」

「……そういう事だ。俺達はお役御免なわけだよ。後は、彼に任せておくといい。」

 

ばつが悪そうな顔をして、二人の刑事は退室した。そして今、取調室にいるのは、石上と………。

 

「……………小島………。」

「よぉ。石上。」

 

小島は席に座り、石上の方を見た。

相変わらずの目つきの悪さと、人を萎縮させるオーラだな………。とても同学年とは思えない……。

 

「…………まさか、警視総監自ら、俺を潰すつもりなのか……?」

「……そんな風に見えるか?」

「……じゃあ、俺を犯人に仕立て上げて、都合良く事件を揉み消すつもりか?」

「そんな愚行をする様に見えるか?」

 

小島は大きくため息をついた。

 

「………俺も随分下に見られたものだな。まぁ、そりゃそうか……。お前にとっては、どこの誰もがそんな風に見えるのだからな……。

 ………だが俺は先程の奴らとは違う。あんないい加減な取り調べは絶対にしない。」

「………………。」

「………まだ信用ならんか……。なら、これを見てみろ。」

 

小島は持っていた茶封筒を石上に見せた。その中には、今回の事件に関する書類があった。

 

「……これは………。」

「ここ数日、生徒会の方々が調べ上げたものだ。あの人達は凄いよ。もうすぐ核心に辿り着こうとしている。」

「……何で………。」

「お前が無実だと信じているから。特に……こいつはな。」

 

小島は茶封筒の中の書類に記された名前を指差した。

大友京子。忘れたくても忘れられない名前だ。

 

「………………。」

「……本来なら、お前はもう既に退学処分だ。だが、数日前に突然、校長がお前の退学処分を引き延ばした。

 どうしてか?………こいつが校長に直談判したそうだ。『石上優の無実を証明する為の時間を下さい』とな。」

 

………は?何で?何であいつが………?

 

「………ここ数日、会長や四宮さんらも協力し、お前の無実証明となる証拠を探していた。当然俺にも協力を要請した。この事件はもう警察沙汰だからな。……そこで、興味深いものを見つけた。」

 

小島はニ枚の書類を取り出して、石上に見せた。

 

「………出席簿?」

 

一枚は、自身が所属している1年B組の出席簿だった。

そして二枚目は、ここ最近の日付が記された表みたいなものが印刷されていた。

 

「この表は、ここ近辺で起きた、スリや恐喝の通報をリストアップした表だ。ちゃんと日付や時刻も正確に書かれている。この表と、この出席簿を照らし合わせてみろ。」

 

言われた通り、石上は二枚を交互に見てみた。

 

「………………。」

「………何か、気付かないか?」

「………恐喝やスリが起きた日………俺はほとんど学校に通ってる……。」

「……実際、目撃証言もある。その日に石上を見かけた、屋上で寝ているのを見た、とな。

 つまり何が言いたいか。……お前にはアリバイがあるということだ。」

「!!」

「ここらでは、どういう訳か最近、スリや恐喝が頻繁に起きている。被害者の証言から、恐喝に関しては、ほとんど同じ様な手口。つまり、ここらで起きている恐喝は、同一犯と見ていいだろう。そして、恐喝が起きた時間帯、お前は学校にいた。ちゃんと出席簿にも記載されている。目撃証言もある。その時間学校にいたお前が、何故ここらで恐喝まがいなことをして、金銭を奪える?

 ………ただまあ、アリバイがある以前に、恐喝に遭った被害者は言っていた。三、四人ばかりの男が『財布を寄越せ』『クレジットカードの暗証番号を教えろ』と詰め寄ってきたとな。それなのに、何故お前一人が疑われなければならないんだという話だ。あの人達は一体どんな捜査をしてたんだが……。聞いて呆れる。」

    

………何でだ………何でだ………。

 

「…………ん?どうした?顔を下に向けて……。」

「…………何企んでる………。」

「はぁ?」

「………何を企んでいるんだって聞いてんだよ……。」

「企んでる?一体何を」

「とぼけんなよ!!」

 

机を叩きつけ、石上は小島の胸ぐらを掴んだ。

 

「何でそこまでして俺を助けようとしてんだ?俺みたいな厄介者がいなくなって、せいせいしててもおかしくないだろ!?なのにお前や生徒会の連中は……!何かを企んでるとしか思えねぇよ!

 ああそうだそうだ……特に大友だよ!何今更善人振ってんだよ!所詮あいつも他の連中と同じ様な人間だろ!?あの時散々俺にふざけた事したくせして……!なのに今更『私は心から反省してます』アピールしやがって……!そこまでして他人からいい目で見られたいのか!?そこまでして自分を良くさせたいか!?ウゼェんだよ!!」

 

久々にこんなに息を荒くした。

まるで分からない。自分がとんだ弾かれ者なのは、お前も知ってるだろ?そんな奴が恐喝やらスリをやっていた。即刻退学処分にした方が、そっち側にとっても都合が良いだろ。なのに何で……何でそこまでして僕を………。全然理解出来ない………。

 

「…………まあ、人によってはそう捉えてもおかしくないな……。」

「……………。」

「特に大友なんてそうだ。俺も、ただ善人振ってるだけなのではと思ってる箇所がある。今回、お前を助けようとしているのも、ただの自己満足なのではと捉えても、別におかしくなんかない。

 …………けどな石上。これだけは覚えておけ。」

 

自身の胸ぐらを掴んでいる石上の手を振り払い、今度は自分が石上の胸ぐらを掴んだ。

 

「大事なのは、いつまでも過去の過ちを引き摺ることでは無い。自身の罪を受け入れ、二度と同じ過ちを犯さない。二度と他人を傷付けない。そう強く心に誓うことだ。」

 

小島の鋭い目が、石上の目に映った。

久々に人に対して冷や汗をかいたな……。それくらい小島という男の存在は、威圧的で強大なものだった。

 

「……それに、お前も嫌だろ?」

「な、何がだよ……?」

「二度も冤罪を背負わなければならん羽目になるのも、もう御免だろ?」

「!」

「………どうせ退学処分になるんなら、別の不祥事で退学処分になった方が、お前の方も気が晴れるだろ?違うか?」

「いや、味方なんだか敵なんだか………。お前は俺をどうしたいんだよ?」

「………俺は誰の味方でもない。だが……。」

 

小島は石上の胸ぐらを離し、席を立った。

 

「………この世の全ての不条理や悪。例えどんな事があろうと、そいつらが俺の敵である事は変わらない。」

「………………。」

「そして今、お前は恐喝行為およびスリを行った者という冤罪を背負わされている。まるで理にかなっていない。誤認逮捕など、警察官にとって一番の愚行だ。

 だから石上。俺は、いや。俺達は……お前を助ける。」

 

猜疑心だらけの石上でも分かった。

今の小島の発言。そこに、嘘偽りは微塵も無かった。彼らは……心から自分を助けようとしている。

 

「………でもいいのか?」

「何がだ?」

「大半の教師や同学年が、俺がいなくなる事を望んでるのに。お前らがまた俺のことを戻そうとしてるのを知ったら……。」

「悪しきを罰し、善を守る。それが警察の仕事だ。

 それに………俺もお前と同じ様に、最初から浮いた存在だからな。あんな奴らに何言われようが、心からどうでもいい。いざとなれば………親父の権力を使って、捩じ伏せるだけだ。」

「結局親頼りかよ。」

「この際だ。卒業まで遠慮なく親のコネを使わせてもらうよ。それで、正さなければならないことを、正せるならばな。」

 

小島慶二郎。どことなく自分と似た雰囲気を感じた。

こんな手厳しい性格の奴だから、彼も同じく、周囲から浮いた存在となっていた。けど、人一倍正義感に溢れている人間だ。そこの部分が、あの時の自分と似ていた。

周りから何と言われようと、自分の正義を貫く。

何ともまぁ、愚直で青臭い考えだ。

 

「…………だとしてもだな……。」

「……?」

「お前が恐喝行為をしていない証明は出来たものの、スリをしていない証拠が不十分だ。スリなんてその気になれば、一人で容易に出来る。ましてや、財布が無いと気付いたときには遅いのが、実際だしな。被害者からも、大した証言は出ない。」

「………それなら………。」

「………ああ。あいつだな………。」

 

そう。全てはあいつのでっち上げのせいだ。あいつと話さえ出来れば……。

 

 

 

『強盗です!!そこに強盗がいます!!助けて下さい!!』

『強盗です!僕の財布を盗もうとして、暴行を……!!』

 

 

 

確か名前は………いや、思い出せないな。あいつ、いっつも座って読書ばかりしてる根暗だしな……。何考えてるか分からない。

 

「………あいつと話をするのが、近道だろう。けどだ………。」

「?」

「……奴の様な、日頃おとなしい奴が、何故スリなんか……?とてもそんな事を平気でする人間には見えない………。」

「…………………。」

「………まあいい。どっちにしろ、奴が何かカギを握っているのには変わりはない。泣かしてでも、吐かせてやる。」

 

マジだ。すぐに分かった。こいつは本当に、悪に対して容赦が無い。

 

「………時間を取らせたな。今日の取り調べはこれで終わりだ。」

 

小島は取調室から出ようとした。が、姿を消す直前、立ち止まり……。

 

「………?」

「…………いや、何でもない。お前に一つ質問をしようと思ったが……、しても答えは見えている。気にするな。」

 

何か言いたそうな顔をしたまま、小島は退室した。

入れ替わるかの様に、一人の刑事が入ってきて、もう戻るようにと石上に指示をした。

 

「………………。」

 

石上はその場に座りっぱなしだった。

………何故だ?何故なんだ?疑問しかない。何故僕の無実を証明しようとしているんだ?自己満足か?それとも………。

 

「……………はぁ〜………。」

 

石上は上を見上げて、大きくため息をついた。

この気持ちが一体何なのか、まるで分からないから………。




皆様の納得出来る様なストーリーは、書けないかもしれません。ですが、最終話まで「石上優はもう戻れない」を宜しくお願いします。
そして、「石上優はもう戻れない」終了後の最新作(全く別のストーリー)「石上優は再び闘う」も、平行して執筆中です。こちらの方もご愛読いただけたらと思います。


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生徒会は問い詰めたい

石上をでっち上げたクラスメイトの子なんですが、何か色々と言い回すのも面倒臭くなったので、神部 浩季(かんべ ひろき)と名前をつけさせていただきます。
明らかにオリキャラでありますが、そこのところは御了承ください。


「(これでいい……これでいいんだ……!石上君には悪いけど……こればかりは……。)」

 

僕は数日前、クラスメイトの石上優を、恐喝やスリを行っていた犯人とでっち上げた。

あの後、僕も警察に連れられて取り調べを受けたのだが、自分でも驚くぐらいすんなりと取り調べは終わった。もう、石上君が犯人だと決め付けているみたいだった。けどまあ、そりゃそうだ。財布は全部丁寧に指紋を拭き取って、気絶してる石上君に触らせておいたのだから。

これでいいんだ。これでいい………。これで……いい……はず……。

 

「…………ん?」

 

下校しようと下駄箱を開けると、一枚の紙が入っていた。何だと思い見てみると……。

 

『あの件で話がある。今すぐ視聴覚室に来い。』

 

……… "あいつら" からか……。

渋々視聴覚室に行くことにした。

けど……何かヘマをした覚えは無い。僕はただ……そう、ただ……。

そんなことを考えながら、僕は視聴覚室の扉を開けて、中に入った。

 

「………あれ?」

 

おかしい。誰もいない。

 

「………でも、確かに視聴覚室だって」

「ああそうだ。視聴覚室で合っているさ。」

 

いきなり後ろから声がした。振り向くと、そこには………。

 

「……1年B組の、神部浩季くんですね?」

「………時間……あるかな?」

 

何で………何で生徒会の人達が………?

 

「………あ………えっ……。」

「………単刀直入に聞きます。あなた、石上優の事件について、何か隠していますね?」

 

四宮副会長のその問い掛けを聞いた瞬間、心臓の鼓動がマッハスピードで速くなるのが分かった。

そして、考えるよりも先に、足が動いていた。

 

「あっ………!」

 

逃げなきゃ。逃げなきゃ。ここでバレたら……バレたら……!!

 

「やすやすと逃がすと思うか?」

 

突然僕の前に現れたそいつは、僕の胸ぐらを掴み、その場に僕を押さえつけた。

 

「ぅぐっ……!」

「………逃げ足が随分と速いな。その持ち前の逃げ足を使って、お前は何度スリを続けてきたんだろうなぁ?」

「な、なんの……ことだよ……!!」

「知らないは言わせんぞ?あの件について知っている事、全て吐いてもらうからな。」

 

 

 

 

 

 

 

「後は頼みました、会長。俺は、まだ調べなければならない事があるので。」

「悪かったな小島。そっちも頼んだぞ。」

 

今、視聴覚室には、僕を含めた五人の人がいる。そのうちの四人は、生徒会の人達だ。

 

「………改めて聞きますね。1年B組の神部浩季くんで、間違いないですね?」

「……………はい。」

「………先程の私の問い掛けを聞いて逃げ出したということは……あの事件について何か、自分にとって不都合な事があると言ってる様なものですが………何か反論はありますか?」

 

………つい反射的に逃げ出してしまった。しくじった。

 

「…………………。」

「……神部くん。隠してることがあるなら、今ここで喋って。」

 

大友が神部の元に近付きそう言った。

 

「………………。」

「…………だんまりか……。なら、今から俺達の質問に答えてもらおう。

 ………石上優が警察に補導された日、君は何故体調不良と嘘をつき、学校を休んでいたんだ?」

「…………そ、それは………。」

 

言える訳がない。もし言ったら……言ったら……!!

 

「…………なら質問を変えよう。何故その日、石上優の財布を盗んだんだ?」

「ぼ、僕は盗んでなんかない!!」

 

勢いよく席から立った。

 

「皆さんだって知ってるでしょ!?石上君がスリやら恐喝やら行ってたって!!その日は確かに学校を休んでました。けど、風邪の薬を買いに行ってただけなんですって!!その帰り道の最中、石上君に路地裏に連れて行かれて、『財布を寄越せ』って……!」

「風邪………ですか……。」

「…………え?」

 

かぐやが神部の方を見た。

 

「風邪はたった一日やニ日で治る程、やわな病気ではないはず……。なのに、何故あなたはこうもピンピンしているんですか?」

「…………!!」

「………もしその日、本当に風邪をひいたのであれば、何故その翌日に学校に来れたのですか?」

 

つい咄嗟についた嘘が……!

 

「………それは……。」

「……風邪をひいたのは、全くの嘘。あなたはあの日、全く別の理由で学校を休んだ。体調に関することでもなく、身内の葬式やらそういう類いのものでもない。」

「………べ、別に……休んだ理由なんて知っても……。」

「………まあそうですね。別に休んだ理由を知ったところで、何にもなりませんね。」

「………なら………!」

「だとするなら、これはどう説明するつもりですか?」

 

かぐやがそう言ったと同時に、藤原が視聴覚室のモニターを起動させて、ある映像を見せた。

 

「………な、何ですかこれ……。」

「とある街の防犯カメラの映像です!そーこーにー、こんな物が映ってました!」

 

早送りをし、とある場面が映し出した。

 

「……………!!!」

 

その映像を見た瞬間、神部の体は硬直した。

 

「………なんで……なんで………。」

「………神部くんが石上くんの財布を盗み取るところが、しっかりと映ってるんだよ。」

「それだけじゃありません。目撃証言もしっかりと取れてます。『眼鏡をかけた小柄な男が、髪の長い男から追いかけられてた』『髪の長い人が、返せって言ってた気が……』などと……。」

「……この映像からして、明らかに髪が長い男というのは、石上優のことです。もし仮に石上優がスリを行っていたとしたら、普通『返せ』と言いながらあなたを追いかけますか?でもまあ、それ以前に映像としてしっかりと映ってるんですがね………。あなたが石上優の財布を盗み取ったね。」

 

おかしい……おかしい……!!ここらの監視カメラのことはしっかりと調べ尽くしたはずなのに……!!

 

「………あと、一つ付け加えておきますが、この監視カメラ……つい最近つけられたものだそうです。」

「!」

「………最近スリやら恐喝が起こっていることをきっかけに、警察側が数日前につけたものです。

 流石に用意周到で几帳面な犯人も、本当に最近のことまでは把握しきれなかったんでしょうね………。」

 

かぐやが再び神部の方を見た。その瞬間、体の震えが始まった事が、自分でも分かった。

 

「…………これでもまだ、石上君が犯人だって言えるの?そして………教えて欲しい。何で、そんな嘘をついたの?」

 

しくじった。今の状況を端的に表すなら、それが一番似合ってる。

 

「………………。」

 

………もう、ここまでバレてるのであれば………。

 

「………僕が…………やりました………。石上君のことを、でっち上げました………。」

 

僕がやったこと "だけ" は言ってしまおう……。

 

「……………そうか……。」

「……けど、どうして………。」

「…………ここ最近のスリも、全て僕です……。お金に困ってた……ただそれだけの理由です………。」

「……………神部くん。」

 

その場にへたりと座り込んだ神部に近付き、大友は……。

 

「………今から謝りに行った方がいい。」

「!」

「…………石上くんに、しっかりと謝りに行くべきだよ。」

「………でも………。」

「………正直、私が言う資格無いと思う。石上君がああなったのは、全部私達のせいだし……。けど、ちゃんと償わないと。謝るだけでも、全然違うと思うよ………。」

「………………。」

 

そうだな……。僕 "だけ" が謝れば……謝れば……。

 

「………ですが、不思議ですね。」

「な、何がですか?」

「不思議とは、一体……?」

 

白銀と藤原は訳が分からなかった。

 

「……神部くん。あなたのご両親が経営している会社は、そこそこ優秀で、経営成績も低下していません。とてもと言っていい程、金銭面で困ってるとは思えません……。」

「!!」

 

ま、まずい……!!

 

「あなた………本当にお金目当てでスリを行ったんですか?」

「………………。」

 

嫌な汗が背中から流れるのが分かった。これは、かいてはいけない汗だ。

 

「………神部くん……?」

「………………それは………。」

「……もう一度聞きます。」

 

かぐやは神部の元に近付き、目を見開いた。

 

「本当に、お金目的でスリを行ったのですか?」

 

まただ。また、考えるよりも体が動いてしまった。四宮副会長を突っぱねて、一目散に逃げようとしてしまった。

これだけは知られてはならなかったのに……!!これだけは感づかれたくなかったのに……!!

 

「待つんだ神部くん!!」

 

咄嗟に白銀が神部の右手首を掴み、神部が逃げるのを何とか阻止した。

 

「離して……離してください……!!」

「その様子だと、何か別の理由でスリを行っていたんだな!?まだ何か、俺達に隠してることがあるんだな!?」

「知らない……知らない……!!何も隠してなんか……!!」

「一体、何が目的でスリなんかしたんだ!?」

 

これだけは駄目だ……!!これだけは駄目なんだ……!!

 

「……………神部くん!!」

「嫌だ!!離してください!!」

 

白銀を振り払い、視聴覚室から出ようとした………が、いつの間にそこからいたのか、大友が立ち塞がり、視聴覚室の鍵を閉めた。

 

「……本当の理由を教えてもらうまで……帰さないよ。」

「ひぃ……!!」

 

本当の理由なんて言えない……!!もし言ったら……言ったら……!!

 

 

 

 

 

『俺らに逆らわない方がいいと思うけどなぁ〜?』

『お前、自分の親の立場分かってんの?』

『あんなのバラされたら、お前もう秀知院にいれなくなるよな?』

 

 

 

 

 

父さんが……僕の会社が……!!

 

「……お願い。言って。」

 

神部は涙目になりながら、首を横に振った。

 

「………神部くん!!!」

「言えない!!言ったら、僕の家族が」

 

…………あっ。

 

「ん?今、何て………?」

 

しまった。つい……!!

 

「………まさか神部くん………誰かに脅されてるの………?」

 

知られたくなかった。けど、もうそこまで頭が回ってなかった。

恐らく生徒会の人達は、僕に関して調査するだろう。それで本当のことが知られたら………父さんが……家族が……。



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神部浩季は決意したい

神部くんをいじめてた奴らなんですが、41話「不穏な空気はすぐそばまで」に出てきてます。そこと照らし合わせてください。


「…………成る程な………。」

 

大友から全ての事情を聞いた。

平気であんなことをする人間とは思っていなかったが、やはり……。

 

「………こんなの……酷すぎる……。」

「…………恐らくだが、恐喝を行ったのも……神部にスリを行うよう指示したのも……奴らだろうな。」

「……会長達も、その線で調べてる。何で神部くんがあんなことをとは思ったけど……まさか……。」

 

あの後、私達は神部くんから全てを聞いた。自分が何故スリを行ったのか。そして、自身がどうして今の状況になってしまったのか。

それを聞いたときは、まあ怒りしか湧き上がってこなかった。卑怯。下劣。最低。ありとあらゆる悪意が込み上がってきた。勿論、神部くんに対してではないが。

 

「………となると、後は証拠を集めれば、この事件は一件落着だな。」

「………けど……。」

 

悠長になんかしていられない。石上優の退学処分まで、あと三日だ。それまでに、何としてでも無実を証明しなければ………。

 

「………人手が足りんな。」

「えっ?」

「今までは、生徒会と俺とで調査を行ったが、五人だけでは間違いなく間に合わない。より多くの協力者が必要だな。」

「……小島くん……それって……。」

「……多くの人脈あるお前だからこそ出来ることだ。分かるな?」

 

そういうことね………。けど……。

 

「………ほとんどの人が、石上くんのことを『早く出て行け』と思ってそうだし、何より………。」

「何より?」

「………この事が公になったら、秀知院全体がまた……。」

 

ただでさえ、1学期の騒動で秀知院の世間的評判は右肩下がりだ。それなのに更に追い討ちをかける様に、今回の事件が起きた。風評被害はもっと酷くなるはずだ。

そうなる危険があるのに、自分達に手を貸してくれる人間がいるのかどうか………。

 

「………確かにな。……けどまぁ、仕方がないだろ。」

「えっ?」

「そうなって当然のことを、今までやってきたんだからな。教師も教師だ。さっさと石上を犯人にして、追い出したい一心だ。真実なのか虚偽なのかも考えずに、ただ奴を追い出したい一心で………。ヘドが出そうな醜さだ。」

「………小島くん………。」

「それに、全員がそうだという訳ではない。元々校長も、この事件には懐疑的だった。必ず何人か、あの事件について懐疑的な目を向けている人間がいるはずだ。可能性は限りなくゼロに近いが、完全にゼロではない。お前の思い当たる人間だけでいい。なるべく多く集めて欲しい。」

「………………。」

 

やるだけやってみるか……。

 

「……分かった。」

「………なら、後はお前達で出来るだろう。俺は少し、神部と石上と話をしてくる。」

「えっ?で、でも、一体何を……?」

「………そんな大したことではない。まあ、最悪泣かせてしまうがな。」

 

何が「大したことないだ」よ………。

 

「……あんまり……手厳しいこと言わないで……ね……?」

「………………。」

 

小島は黙ってその場から立ち去った。

 

「何か言ってくれない!?」

 

 

 

 

 

 

 

「…………はぁ………。」

 

また取り調べか………。この部屋に入るのも10回目だぞ。早いところ犯人を見つけていただきたいモンだよ……。

けど、小島が「お前に会わせたい奴がいる」って言ってたけど……誰のことだ……?

 

「……待たせたな、石上。」

 

小島が入室してきた。

 

「………だいぶくたびれてる様だな……。だか安心しろ。しっかりと、真実には近付いている。もっと言うなら、あともう少しだ。」

「……もう少し……か……。」

「それよりもだ……。おい、入れ。」

 

小島に続いて、ある男が入ってきた。

その男の顔を見た途端、石上は席から勢いよく飛び出して、その者の胸ぐらを掴んだ。

 

「お前……!!」

「うぐっ……!!」

「よせ。」

 

石上の手首を掴み、冷静になるよう小島は促した。

苛立ちに任せ、神部を壁にぶつけると、舌打ちをして石上は席に戻った。

 

「………………。」

「………まさかだとは思うけど、お前……謝りに来たのか?」

 

睨みを効かせてそう尋ねた。

 

「………それもそうだけど………。」

「………今更何ノコノコ頭下げに来たんだよ……チッ。」

「……けど石上。今回こいつを連れてきたのは、それだけではない。」

 

小島は壁に寄りかかって座っている神部の手を取り、席に座る様に促した。

 

「………こいつは、『加害者』でもあり『被害者』でもあることを、知ってほしくてな……。」

「………はぁ?」

 

まるで訳が分からなかった。

お前あの時言ったよな?「悪に対しては一切容赦はしない」って……。

 

「………………。」

「………神部。お前の口から言うんだ。」

「えっ……!で、でも……!!」

 

躊躇う神部の胸ぐらを小島は掴んだ。

 

「勘違いするなよ?さっきお前のことを『被害者』でもあると言ったが、それはあくまでも大友や会長達からして、だからな?俺からすればお前など、無実の人間を潰そうとした『加害者』なんだからな?

 自分の不始末くらい、自分でケジメをつけろ。いい加減、いつまでも被害者気取りをするのはやめろ。いいな?」

 

小島の眼光に、涙が出そうだった。

 

「は、は……い………。」

 

神部は涙を浮かべながらそう言った。

 

「………………。」

「…………石上くん……。全部、家族のためだったんだ………。」

「家族?」

「………僕の会社なんだけど……数年前から結構ヤバい状態なんだ……。でも、ある日突然、経営成績がグンと上がって、今では不自由なく経営出来てるんだよ……。」

「………それが何だって言うんだよ?」

「………不思議だと思って調べてみたら………親会社から送られていた、不正な寄付金を使ってたんだよ………。

 しかもその親会社の社長の息子が………。」

 

 

 

 

 

『おい神部〜!あの時親父さん、俺の親父と約束したよな?「多額の寄付金やる代わりに、全部こっちの言いなりになれ」ってよ!

 だーかーらー、お前一生俺の奴隷な?逆らうなんてバカな事考えんなよなぁ〜?寄付金切られて、またピンチになっちまうもんなぁ〜!はははは………!!』

 

 

 

 

 

「………父さんはあの時、向こうの社長さんと取引をした上で、寄付金を貰ってた………。でも、そのお陰で僕らはずっと、奴らの言いなりだった………!

 会社の経営方針も、全部親会社のあいつらに………。父さんにやめるよう言おうと思った………けど………!!」

 

神部は下を向いて涙を零した。

 

「………そうしたら………今度こそ………。」

「………………。」

 

成る程ねぇ………。

 

「……そんな時、あいつらに指示されたんだ………。」

 

 

 

 

 

『おい。ちょっと手伝えや。』

『て、手伝うって……何を………。』

『……石上への復讐だよ。

 あいつがあん時告発したもんだから、あれからずっと荻野と連絡が取れねぇんだよ。お陰で遊びたくても遊べねぇんだよ……クソが。』

『そんでだ。お前、今からあいつらの財布、スってこい。』

『えっ!?な、何で……!』

『しばらくスリやって、頃合いを見て、石上をスリの犯人にでっち上げる。その間に俺らも、いい奴ら見つけて財布をぶん取る。そして、その犯人も全部、石上にする。

 当然………協力してくれるよな……?』

『………………。』

『………さっさと「はい」って言えやカスが!!』

『ぐはぁ……!!』

 

 

 

 

 

「………嫌だなんて、言える訳なかった………。逆らえない……逆らったら……家族が………。」

「………それで俺をでっち上げた訳か………。」

 

石上は首を上に上げて、大きくため息をついた。 

 

「…………………。」

 

何十秒か沈黙が続いた。

そして、目線を神部の方へ向けると、勢いよく机を神部に向かって蹴り飛ばした。

神部は蹴られた机の勢いで、後ろに倒れ込んだ。

 

「おい石上!!」

「…………チッ。マジで胸糞悪いわ。

 じゃあ何だ?自分の家族のためなら、何しても構わないって言いたいのか?逆らうのが怖かったから、全部あいつらの指示通り動いたって言いたいのか?

 ………お前、どんだけ甘ったれてる訳……?お前だけが辛い思いしてると思ってるのか?お前以上に辛い思いしてる人なんて、ごまんといるんだぞ?……ただ単に『仕方なかったから、許して下さい』って言ってる様にしか聞こえないんだけど……。」

「ごめんなさい…ごめんなさい……!!」

 

泣きじゃくりながら神部はその場で土下座した。

 

「……小島。これのどこが被害者だって言いたい訳……?結局のところ、他人にすがるしか道が無かった、こいつの親父さんが全部の原因だろ……?全部、こいつらの自業自得だろ。」

 

ぐうの音も出なかった。

あの時、父さんにやめるように言うべきだった。もっと、他の道があるはずだと説得するべきだった。けど、僕はそれをしなかった。会社が潰れるのが怖くて……自分が潰れてしまうのが怖くて……無実の石上くんを陥れてしまった……。

 

「…………はぁ……。荻野といい大友といいさぁ、俺らの学年、ロクでもない奴ら多過ぎない?何かもう……キレるのもバカみたいに思えてきたわ………。」

 

頭を掻きながら席から立ち、石上は取調室から退室しようとした。

 

「………小島。」

「?」

「………頼んだぞ。絶対に俺の無実を証明してくれよ。警察官なんだから……当然だよな?」

「…………当たり前だろ。」

 

そう言って、石上は取調室から退室した。

 

「………………。」

「ごめんなさい……ごめんなさい………。」

 

未だに泣きながら土下座をしている神部に、小島は右手を差し出した。

 

「……いつまでそんなところで泣いている?」

「……えっ?」

「そうやってお前はいつまでも、泣きながら石上に土下座をしたままでいるのかと聞いているんだ。

 ……お前が今やるべきことは、そんなことなのか?そんなことをしても、自分が石上を陥れたという過去は消えないんだぞ。」

「………………。」

「……いいことを教えてやる。大事なのは、自身の罪を受け入れて、それをしっかりと償うことだ。泣きじゃくってずっと頭を垂れていても、何もならない。」

「………だったら……僕にどうしろと………?」

 

頭を上げた神部の胸ぐらを掴み、小島は顔を近づけてた。

 

「…………今度は、石上を助ける側になるんだ。」

「………えっ………?」

「………お前はずっと、奴らに脅されていた身だ。……俺達がお前を、いや………お前の家族のことも助け出してやる。……その代わり、お前も誰かを助け出す側に回るんだ。」

 

……僕が………石上くんを、助ける……?

 

「………決めるんだ。このまま奴らの言いなりになって、何の罪もない石上を潰すか。それとも……奴らから手を引いて、石上を助け出すか……。」

「………………。」

「………お前は……どうしたい……?」

 

もしこの事が奴らに知られたら……間違いなく会社はヤバくなる。けど、黙ったままだと……死ぬまでずっと奴らの………。

 

 

 

 

 

『ほらほらほら!チンタラすんなや!!』

 

理不尽に蹴られて……。

 

『はい3秒遅れた〜!腹パン3発な〜。オラ!!』

 

サンドバッグみたいに殴られ……。

 

『チッ……。こいつ一万も持ってねぇぞ。』

 

勝手にお金は取られて……。

 

 

 

 

 

そんな人生を………死ぬまで……死ぬまで……。

 

「………ぐっ………!!」

 

また涙が流れてきた。でも、それは先程の罪悪感から出てきた涙では無かった。

これは………悔しさだ。

 

「……嫌だ……こんなの……嫌だ………!!」

 

何もしてないのに、理不尽な目に遭う悔しさ。

 

「あの時……言うべきだったんだ………!!」

 

不正な寄付金を受け取るのをやめるよう、父に言えなかった悔しさ。

 

「………こんなの……駄目に決まってるのに……!!」

 

自分の保身のためだけに、何の罪もない人間を陥れることが、絶対にやってはならないことに気付かなかった悔しさ。

それらの、自分の心の弱さに対する悔しさが、涙と共に一気に出てきた。

 

「…………その顔からして、答えは出たみたいだな。」

「………………。」

 

神部は立ち上がり、首を縦に振った。

 

「………なら、お前のやるべき事は、自ずと見えてくるはずだ。

 今度こそ……あいつを救ってやれ。」

 

どんな処罰も受け入れる覚悟は出来た。会社がどんな末路を辿るかは予想はついてる。けど、それを言い訳にしては駄目だ。

決意はした。あとは……行動に移すだけだ。



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大友京子は証明したい

「………中々思い切ったことしましたね……。」

「ええ……。自分でも、結構思い切った方だと思いますよ…。」

「………今でも思うけど、結構凄いことしたな……。」

「………それにしてもです…。」

 

久々に四宮さんの悪い顔を見た。

 

「……想像しただけでも笑えますね……彼らのどん底に突き落とされた表情……。」

「(やっぱりこの人まだ怖い……。)」

 

関わりを持って半年以上だが、やはりかぐやに対して恐怖心を拭い切れない大友であった。

 

「……けど、一つだけ言えることは、もう彼らに言い逃れは出来ないということだな。これだけのことをしてきたからな。」

「準備万端ですね!」

「……さぁ、最後の仕上げにいきましょうか……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の放課後は、月に一回の学年集会だった。

……て言っても、そんな大した話をする訳ではないから、ほとんどの者は寝ているか雑談かの二択だ。そんな大したことない集会を、何でモニターつきのホールでやらなければならないんだと、私も今日までは思ってた。けど、今月は違う。多分、最初で最後の異例な学年集会になる……。

 

「………ダルいよなぁ〜そんな大した話しないのに……。」

「マジで何話すって言うんだよ……。」

 

ほとんどの者が気の抜けた感じだった。

案の定、話の中身がスッカスカなことばかりを議題にして、学年主任からの一言やら何やら……。正直、私もほとんど聞いていなかった。けど………今から行う私の行動で、空気は一変する。

 

「………以上で、学年集会を終了したいのですが、他に何かある人はいますか?」

「はい。」

 

私は手を挙げ、同学年の前に立った。

何だ何だとざわついているのが目に見えた。

 

「……生徒会から連絡があります。」

「生徒会?何で急に……。」

「何かあったっけ?」

「…………現在、この学年内で……いじめが起きていることはご存知でしょうか?」

 

大友のその一言に、皆はざわつき始めた。

 

「えっ……急に何……?」

「お、おい大友……急に何言い出すんだ……?」

 

生徒だけでなく、その場にいた教員達も戸惑っていた。

 

「………先日、ある一人の生徒が、生徒会に相談に来ました。その者は、殴る蹴るといった暴力だけでなく、金銭まで奪われていました。更に言うならば……人様の財布を奪うようにと指示までされたと証言していました。」

「嘘でしょ……?」

「でも、ここ最近盗難が流行ってるって聞いたけど……。」

「あれって、石上がやったんじゃないの……?」

 

ざわつく生徒達に、静かにするよう教員達が促した。

 

「……確かにここ最近、近辺の街で、財布を奪われた、財布を寄越すよう強要されたという事例があります。皆さんも知っての通り、石上優がその疑いをかけられています。

 ………ですが、彼は無実です。」

 

静かになったのも束の間、先程以上にざわつき始めた。

 

「は、はぁ……!?」

「あいつ以外誰がいるって言うんだよ……!?」

「第一、何を根拠に……!」

「………こちらをご覧下さい。」

 

大友は、ホールに設置されていたモニターを起動させた。そこには、小島から手渡さた、1年B組の出席簿と表が映し出されていた。

 

「この表は、恐喝やスリが起きた日時をまとめたものです。この表と、石上優の出席状態を照らし合わせてください。」

 

言われるがままに、教員達もモニターを見始めた。

 

「……………えっ?」 

「…………な、何だっていうんだよそれが……。」

「………スリや恐喝が起きたほとんどの時間帯、石上優は学校にいるということです。」

「!」

「なっ……!」

「でも、よく見てみると、そうだよね……。」

「だとしても、それだけじゃ……。」

「でも、あの日とか、石上が歩いてるの見たよ……。」

「私も……。確か、屋上で寝てたような……。」

 

小島くんは本当に凄いな……。すぐこんな事が分かってしまうのだから……。

腕を組んで、じっと自分の方を見ている小島と目が合った。彼の鋭い眼差しが、こう物語っていた。

必ず、石上と神部を助け出せ。

小島に向かって首を縦に振り、大友はモニターの映像を切り替えた。今度は、とある一本の動画がそこに映し出されていた。

 

「そして……こちらの動画をご覧下さい。」

 

大友は再生ボタンを押した。

 

 

 

『お、結構すんなり渡してくれんだな!でも、これはこれで助かるけどよ!』

『お嬢様学校に通ってるだけはあるな!すげぇ金だぜ!』

『あんがとよお嬢ちゃん!』

 

 

 

「こ、これって………。」

「……私達生徒会は、全ての元凶である犯人3人を調査し続けました。これは、昨日の恐喝現場を捉えた映像です。

 映像だと、犯人は覆面を被っているため、誰なのか分からない状態ですが……、続きをご覧下さい。」

 

 

 

『……てかよー、神部の奴、マジでちゃんと隠し通せてるんだよな?』

『大丈夫だろ?石上じゃないってバレたとしても、誰も俺らだってバレやしねぇだろ。』

『だな!まぁ、あいつはチクるなんてこと出来ねぇし、もしバレたとしても、親父が都合よく揉み消してくれっしよ!』

『マジでお前の親父さんには感謝してるわ!ははは!』

 

 

 

「おい、この顔って……。」

 

映像の続きには、覆面を外した3人の顔が、しっかりと映し出されていた。

 

「…………3人共、どう説明するつもり?」

 

大友のその一言により、同学年全員の目線が、この3人に一気に集中した。

 

「はぁ!?おいおい!ふざけた事するなよな大友!」

「こんなの、卑怯じゃねぇか!コソコソと尾行しやが」

「どの口が言ってんのよ!!」

 

大友が叫んだのと同時に、辺りが静かになった。

 

「神部くんを脅してスリをやらせた奴が、私のことを卑怯だって言えるわけ?やりたくもないのに、家族のために手を汚してしまった神部くんの気持ちがアンタらに分かるわけ?その勇気と、辛さがアンタらに分かるのって聞いてるのよ!」

 

ここまで声を荒げたのは久々だ。

けど、ここまで汚いことをしといて、私のことを「卑怯だ」と言い放つアイツらが、腹立たしくて仕方がなかった。

 

「……神部くん、勇気を出して言ってくれたわよ。全部アンタらの指示でやったって。」

「(はぁっ!?アイツが!?ありえねぇ!自分の立場分かってんのか!?………ていうか、神部のやつはどこにいるんだよ……!?)」

 

辺りを見渡すが、当の本人である神部の姿が見当たらない。

 

「……あ、そうだ。」

 

大友は何かを思い出したような感じで、先程の映像を恐喝現場の場面に巻き戻した。

 

「アンタらが恐喝してるこの子………見覚えない?」

 

何を……言ってるんだ……?

確か、近くのそこそこ金持ちが多い女子校の奴……。絶好のカモだから、最近狙ってたけど……。は?見覚えない?どういうことだ……?

 

「………見覚えないみたいですよ。」

 

大友はホールの出入り口の方に向かってそう言うと、それと同時に扉が開き、一人の女子が入ってきた。

その人物は、映像に出ていた、彼ら3人が恐喝していた女生徒だった。

 

「!!」

「な、何で……!」

「おい大友!!こいつと何の関係があんだよ!!」

 

明らかに動揺しているな……。けど、もっと動揺しなさい……。アンタら……もう既に終わりなんだから……。

 

「何の関係があるって………私の尊敬してやまない、先輩……だけど?」

 

すると、その女生徒は長く伸び切った前髪を掴み、勢いよく頭から外した。

 

「えっ……カツラ……?」

 

灰色の髪のカツラを外したその中には、綺麗な黒髪が隠されていた。そして………眼鏡を外して……。

 

「………!!!」

 

彼らだけではなかった。大友と小島以外のその場にいた人物全員が、彼女の正体に驚きを隠せなかった。

 

「はぁ……。声色まで下手に高くしたものですから、声がおかしくなりそうでしたよ……。」

「まさかあなたが、自分からこんな役を……。四宮さん。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二日前……。

 

「ええっ!?かぐやさん、流石にそれは危険ですって!!」

「そうですよ!自分から恐喝されるなんて……!」

「何かあったらどうするつもりなんだ四宮!?」

「むしろ、何かあったらいいんですよ。四宮の人間にこんな真似をしたとなると……まぁ、ただで済むとはね……。」

 

四宮さんが突然私達に伝えた作戦。それは、自らが恐喝に遭い、彼らを「四宮家の御令嬢を恐喝した犯人」にさせる、下手をすれば四宮さんが取り返しのつかない事態になるかもしれない作戦だった。

 

「彼らが犯人である証拠は、あなた方がビデオカメラで撮影してください。神部浩季と石上優を救い出し、犯人3人を徹底的に追い詰められる。一石二鳥じゃないですか。」

「しかしだな……!」

「あら会長?私のこと、心配してくれているんですか?」ニコッ

「!!(しまった……!!)」

 

白銀は思わず表に出てしまった。

 

『そんなに必死になってまで、私のことを思ってくれるなんて……なんとまぁ、お可愛いこと。』

 

「(あぁぁぁぁぁ!!マズいぞぉぉ!!)」

「何で会長がマズそうな感じになってるんですか……?」

 

そして、生徒会と関わりを持つようになって半年以上が経つも、大友は白銀とかぐやが両思いであることに、まるで気付いていなかった。

 

「……まぁ、確かにこの作戦は危険だが、成功すれば間違いなく奴らを追い込める。万が一ヤバそうだったら、俺達が止めるからな。」

「大丈夫ですよ。私もそこまでヤワじゃありません。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「他校からの制服まで借りてきた甲斐がありましたね。見事に作戦成功でしたよ。」

 

リボンを結びながらかぐやはそう言った。

 

「嘘だろ……!!」

「お、おいどうすんだよ……!!」

「大丈夫だよ……こいつの親父さんが都合良く……!!」

「あ………ああ……!!」

 

無理だ……いくら親父でも……四宮家には……!!

 

「フフッ……。いい表情ですよ、あなた方……。」

 

かぐやが近づいて来た。

 

「!!」

「……さ、私を本気で怒らせたくないのであれば……洗いざらい全部吐いてもらいましょうか……。」

 

かぐやの光の無い目を見て、3人は察した。

この人に嘘をついてはいけない。もう、無理だ。

 

「………あ……あ……!」

「………す、すいま………せんでした……。」

「全部………俺達の指示です……。」

 

震えながらそう言うと、力でも抜けたのか、その場にヘタリと腰を落としてしまった。

 

「えっ、じゃあ、あれ石上じゃなかったっていうの……?」

「……全部、こいつらがやったってこと……?」

「でも、何で石上が……?」

「……さぁ、あなた達の口から言いなさい。何故、石上優を陥れようとしたのですか?」

 

かぐやの凍てつくような視線に、彼らには逆らう術が無かった。

 

「………あいつがあの時……荻野のことを告発したから………。」

「あれ以来、ずっと女と遊べなくなって……その腹いせに……。」

「………最初から最後まで……俺達が計画しました………。」

 

弱々しい声で、彼らは全てを自白した。

 

「………私達生徒会のお役目は、これで終わりでしょうかね。あとは頼みましたよ、小島くん。」

「………はい。」

 

席から立ち上がり、小島は座り込んでいる3人の元に向かった。

 

「さぁ、俺と少し話でもしようか。とっとと立て。」

「………………。」

 

ただ弱々しくその場に座り込んでばかりの3人。

すると、小島は思い切り一人の髪を掴んで、床に顔を押し付けた。

 

「がぁっ……!!」

「とっとと立てと言ったのが聞こえなかったのか?それとも……どうしても立てない理由でもあるのか?あるのならば………。」

 

小島は顔を近づけて、目を見開いた。

 

「俺の目を見て、はっきりと理由を言え。」

 

重厚感のある小島の声が、恐怖心を掻き立てた。

 

「ごめんなさい!ごめんなさい!立ちます!立ちますからぁ……!!」

「……ほら。とっとと行くぞ。」

 

力尽くで3人を連行して、小島はホールから出て行った。

 

「………………。」

 

ホールはほぼ静まり返っていた。

どうするんだこれ、と教員達は面倒な感じでヒソヒソと話していて、同学年達は、ただただ状況がまだ整理出来ていなかった。

 

「………皆さん。これが、今回の騒動の真相です。

 我々生徒会が動いていなければ、恐らく彼らは野放しになっていて、神部くんはずっと彼らの言いなりでした。

 ここで、皆さんにお願いがあります。」 

 

大友はその場で頭を下げた。

 

「どうか……神部くんを責めないで下さい。

 ……確かに彼のやった事は、そう簡単に許されるものではありません。彼にも、それ相応の処罰が下させると思います。最悪の場合、退学処分もあり得ます。

 ですが……彼は身を犠牲にしてまで、家族を守ろうとしたんです。誰よりも家族を大事に思ってる人間なんです……。どうか………その事だけは忘れないでください……。」

 

一部の人間からすれば、まあ神部くんもクズだって思うかもしれない……。仕方の無いことだ。無実の人間をまた陥れようとしたのだから……。簡単に許されることではない……。

けど神部くん。だからと言って……後ろばかり向いてちゃ駄目なんだよ……。しっかり自分の罪を受け入れて、ちゃんと償わなきゃ……。あの時、私が彼から教わったように……。

 

「………それと………。」

「そ、それと………?」

「………石上優のことを、しっかり見て下さい。」

「なっ……。」

「そ、それってどういう……。」

 

大友さん……。これをいい機会とばかりに……。けど、今しかないでしょうね……。

 

「……思い出してください。私達はあの時……石上優に何をしましたか?どんな言葉を投げかけましたか?」  

 

自分で言っといてだが、嫌な思い出が蘇ってくる。

 

「……彼をあんな風にしてしまったのは……紛れもない私達です。」

「!!」

「そ、それは………。」

「でも、結局荻野が嘘ついたか」

「そうやって自分の非から目を背けないで下さい!!」

 

大友は声を荒げた。

 

「確かに全ては荻野がついた嘘が原因です。ですが、口だけの何の根拠もない事柄を勝手に真実だと決め付けたのは、誰ですか?その事柄を、あたかも真実かの様に言いふらしたのは、誰ですか?」

「………………。」

 

気まずそうな感じが出ているのがよく分かる……。

 

「………私達でしょ……?」

 

けど、受け入れなきゃ……。

 

「……本当の事に気付こうという姿勢すら示さず、下駄箱や机にゴミを入れて、悪口が書かれた紙を送りつけて……。例え荻野の言ったことが本当だろうが、こんなことは許されていいわけがない……。

 私達はそうやって、自分のことを棚に上げ続けてきたんですよ……。だから今のような彼が出来てしまったんです………。私達が今の彼を誕生させたんですよ……!

 なのに、何故あなた達は自分の非から目を背けるんですか……?自分は何も悪くないと、本気で思ってるんですか……!?だとするならば……アンタらなんか荻野以上のクズよ………。」

「………………。」

「………今の石上優は、完全に心を閉ざし、自分の将来にすら希望を見出していません。その度に問題行動を起こして、ついには強制退学まで強いられています。

 けど、今回の事件で分かったんじゃないんですか……?彼はあんなだけど、こんな犯罪じみたことをする人間ではないことが……。

 ………難しい話なのは承知の上です。ですが………もう彼をそんな目で見るのはやめませんか……?もっと、彼のことを信じてみませんか………?」

 

もしこれを彼が聞いていたのだとするなら、彼はどんな心境で聞いているんだろうか……。

 

「もっと………彼をしっかり見てあげませんか………?」

 

大友の話を気まずそうに聞く一年生と教員達。ホールの隅で聞いている生徒会役員。

そして………ホールの外で聞いていた、ある一人の男子生徒……。

大友の話は、予定の終了時間から、30分過ぎた後に終わり、最初で最後の異例な学年集会が終わった。




投稿予定日

2/19(金) 49話

2/21(日) 50話&最終話


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石上優はようやく分かった

その後、その男子生徒三人は逮捕され、一週間程警察にお世話になっていた石上優は、家へと帰された。

と、その前に………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまなかったな石上。これでお前は自由だ。」

「………………。」

 

普通なら礼を言うところだが、まぁ、今のこいつにそんな心は無いか……。

 

「………そうだ。神部はどうなったんだよ?」

「ああ……あいつは今、事情聴取を受けている。いくら奴らの指示だからとはいえ、自身がスリをやったことは変わりないからな。逮捕は免れんだろう。

 ……というより、奴自身が出頭してきたんだがな……。『自分は取り返しのつかないことをした。しっかりと罪を償いたい』とな……。」

「…………そうかよ………。」

 

大きくため息をつくと、石上は席から立ち上がり帰ろうとした。

 

「…………最後に、一つ言っておく。」

「……?」

「………今回の件、俺や生徒会の方々だけでは、お前や神部を助け出すことは出来なかったぞ。」

「………どういうことだよ………?」

「………奴ら3人の情報を提供してくれた方々も、お前を助け出すために協力してくれたということだ。」

 

情報を提供………?

 

「元々、奴らには何個か悪い噂があってな。同学年だけでなく、先輩方の間でも広まっていた。これが結構役に立ったものでな……。彼らにはかなり感謝している。

 たかだか噂だと思うかもしれんが、警察は何事もまず、 "疑う" ことが仕事だからな。些細な情報が、事件の鍵を握っている。その可能性がある限り、俺は徹底的に調べ尽くす。」

「………………。」

「………勘違いするなよ。別に礼を言えと言ってる訳ではない。ただ………。」

「ただ?」

「………その情報を提供してくれた方の中には、お前のことをしっかり信じてる奴らもいた。伊井野や大仏らはもちろん、子安つばめでさえも、お前が犯罪を犯すような人間ではないことをな……。」

 

その発言を耳にした瞬間、石上は小島の方へと向きを変えた。

 

「は……!?」

 

驚きだった。大仏はまだしも、伊井野や子安つばめ……?

 

「……随分と驚いた顔をしてるな。」

「……いやいや。お前、何言ってんだよ……?」

 

伊井野……僕がお前に何したのか忘れたのか……?なのに、信じてるだと……?

 

「……何言ってんだよって……。俺は本当のことを言っただけだが……?」

「………ありえない……!」

 

子安つばめ……散々僕に絡んできたアンタなら、僕がどんな人間かなんて分かるだろ……?

なのに、信じてただと……?

 

「………疑うのも無理はないが……事実だ。」

「………………。」

 

そんな訳が無いと思い続けているものの、小島の目を見て分かった。そこに、一切の嘘偽りは無かった。本当のことを言っている眼差しだ。

僕はただ………呆然としたままだった。

 

「………………。」

「………まぁ、どう受け止めるかはお前の自由だ。けど、俺は嘘は言ってないぞ。」

「…………そうかよ……。」

 

困惑した表情のまま、石上は小島に背を向けて、家へと戻った。

 

「………………。」

 

黙ったまま、小島は石上の背を見続けていた。

……大友……お前の目的は………。

すると、自身の携帯電話が鳴り出した。誰だと思い、出てみると……。

 

『よぉ。』

「………何だ?」

『お前と生徒会の調査通りだったよ。あの3人、荻野と一緒にふざけた斡旋業に手ぇ染めてやがった。』

「………それで?」

『関係してる奴ら、ほとんどぶっ潰した。』

「……………そうかよ。」

「何だよ?何がそんなに不服なんだよ?そんなに私の手を借りんのが嫌だったか?ww」

「茶化すなよ。ただ警察の人間よりも、お前らみたいな裏社会の人間の方が、そいつらに近付きやすいと思って、俺はお前にお願いしたんだ。本当なら死んでも御免なんだぞ。

 まあ早い話、お前らをいい道具として使ったというところだ。」

『相変わらず可愛くねぇ後輩だな。素直になれよ。ただ自分達がビビってただけだってwww』

「あ"?ナメてんのか?」

『おぉ〜怖ぇ怖ぇww』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一ヶ月振りの自宅だ。一体どんな反応するんだか……。

ため息一つをついて、石上は玄関の扉を開けた。

 

「………優……。」

 

母が気付いて、僕の元に向かってきた。

何でそこまで心配そうな素振りが出来るわけ……?本当はとっとと逮捕されてほしかったくせして……。

 

「…………はぁ。」

 

母を突っぱねて、僕は一直線に親父の元に向かった。

 

「………………。」

「……………何だ?」

 

相変わらずの仏頂面だな………。

 

「………あん時、もう俺にどうこう言わないって言ったよな……?」

「……それがどうしたんだ………?」

「………なら、今から言うことに対しても文句言うなよ……?」

 

何だ……急に……?

そして次男は、二つの要求を私に告げた。

一つ目は、まぁいずれそうはなるだろうと思っていたから、そこまで動揺はしなかった。

そして、二つ目は………。

 

「………………。」

「………優、本気で言ってるの………?」

 

側で聞いていた妻は、二つ目の要求に困惑していた。

次男は静かに頷いた。

 

「………どうした?何も文句は言わないんだろ?なら、早いうちにやってくんない?」

「………………。」

 

帰る最中、僕は色々と考えた。

あんな事しといて、僕を信じてただと……?一体何の冗談だよ?……まぁ、困惑していたよ。

けど、あれこれと考えるうちに、一つの結論に辿り着いた。

……そうか。結局僕は……僕は……。

 

「………早く『分かった』って言えよ。」

「………正直、私はすごく嫌よ……。だって……。」

「やめるんだ母さん。」

 

妻の言いたいことは非常に分かる。けど、私達がそれに介入する権利は無い。次男自身が望んでいることだ。

何より、あの悪意のこもった眼差しが、私に有無を言わせなかった。

 

「…………もう一度聞くぞ。本当に、それでいいんだな?」

「…………ああ。」

 

次男はもう………自分の将来に期待していないのだろうか……。

もしあんな事が起きなかったら、今頃息子はどんな感じになっていたのだろうか……。もう一年前の話だが、未だにふと頭に浮かんできて、後悔の念に押されてしまう。

 

「…………分かった。」

 

それが彼の望むことならば……。それで、彼が自由になるのならば……。

最後の息子のわがままくらい、聞いてあげるか………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後………。

 

「……はぁ〜終わった〜……。」

 

あの事件から数日経った。犯人3人と神部くんは退学処分となり、石上優も復学が認められた。

 

「お疲れ様です。よかったら、一杯どうぞ。」

「ありがとうございます。」

 

あの事件の捜査を優先してたものだったから、会計の仕事を溜めすぎてしまった。お陰で家でもずっと会計作業なものだから、疲れがまぁ凄くて……。何気なく出された紅茶が、体の隅々まで行き渡る感じがして、この疲れをほぐしてくれる……。

 

「……それにしても大友さん。あの学年集会から、彼らに何か変化はありましたか?」

「ああ………。」

 

私はあの日、今がチャンスと言わんばかりのタイミングで、石上優について皆に訴えかけた。

けど、変化はそこまででもなかった。予想はしてたことだ。人間はよほどのことが無い限り変わらない。心から反省し改心するのはごく一部だ。

けど、ごく一部だけいる。今まで私のことも悪く言っていた人達も考えを改めて、もう噂話はごめんだと言うようになっている。少しだが、変化はあった。後は、この影響を更に大きくさせるだけだ。そしたら、彼は……彼は……。少しだが光が見えてきた気がする……。

 

「失礼しマス。」

 

だけど……。

 

「あれ?校長先生、どうしたんですか?」

「………大友さん。ちょうどいいところにいまシタ。あなたに、伝えておいた方がいい事があって来たのですガ………。」

「(何だ?そんな気まずそうな感じ出して……。)」

 

現実は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……石上優が、退学を申請してきまシタ。」

 

現実は、思い通りにはいかない……。



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石上優はもう戻れないし戻らない

「えっ…………?」

 

校長の一言を聞いて、私は一瞬頭がフリーズした。

 

「………………。」

「………こればかりは、もう誰にもどうすることは、出来ませんね。」

「……京子ちゃん………。」

 

……その通りだ。こればかりは、もうどうすることも出来ない。

 

「………あの………。」

「?」

「………石上くんは……まだ……。」

「……今、担任と話をしている最中カト……。」

「………そうですか………。」

 

小さい声でそう返すと、大友はゆっくりと生徒会室の扉を開けて、退室した。

 

「………………。」

「……これが、彼の下した結論ですか……。」

「……彼自身が選んだんだ。それをどうこう言う権利など、誰にも無い。」

「でも、京子ちゃん大丈夫ですかね……?下手なこと言わなければいいんですが……。」

「……流石に大丈夫だろう。大友さんも分かってるはずだ。」

「……ですがまぁ、ほとんどの人間からすれば、吉報でしょうね。」

「………まあな……。」

 

もしあんな事件がなければ、彼は今頃どんな生活を送っていたのだろうか……。もしあの時、誰かが救いの手を差し伸べたのなら、どんな未来になっていたのだろうか……。

今でもそう考えてしまう。けど、もう起こったことはどうしようもない。彼はもう………戻れないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「………失礼しました。」

「……最後に一つ、いいですカ?」

 

その後校長は、校長室に戻り石上と話をした。彼がどういう経緯で退学を申請したのか。それらを全て聞いた。

そして何十分か経ち、石上は校長と話を終え、校長室から退室しようとした。と、その前に、校長は石上を呼び止めた。

 

「…………何ですか……。」

「………彼らのことをどう思うかは、君の自由デス。ですが、彼らはあの時……しっかりと君のことを考えて動いていまシタ。」

「………………。」

「………それだけは、忘れないで下サイ。」

 

しばらく沈黙が続いた後、石上は何の表情も動作も見せずに、校長室から退室した。

校長にも分からなかった。今さっきの彼の表情に、彼の目に、一体どんな意味が込められていたのか。憎悪なのか感謝なのか。全然分からない程、彼の目は虚ろだった。

 

「………彼には、一体どんな言葉をかけるのが正解だったのか………。難しいですネ………。」

 

 

 

 

 

 

 

荷物を取りに、1年B組の教室へと入った。

誰もいなかった。非常に殺風景だった。皆、部活に行ったのだろう。

 

「……………はぁ………。」

 

今思えば、まともに教室も入らなかったな………。

気分次第で学校に行き、出席だけを取り、ごく稀に授業を受けて聞き流す。そんな毎日だった。

退学後のプランが何も無かったから、ただ惰性で通ってたものの……。

 

「………………チッ。」

 

今思えば、時間の無駄過ぎたな………。

何故もっと早くに、結論を出せなかったのか………。

 

「………………。」

 

もう、この教室の空気を吸うのも、見るのも最後だ。

荷物を整理して、石上は薄暗い教室から出ようとした。

 

「……………待って。」

 

後ろから声がした。もう、聞きたくもない声だった。

振り返ると、出入り口の前に、想像した通りの声の持ち主がいた。

 

「…………………。」

 

大友京子。

この期に及んで、何しに来た……?

 

「…………邪魔だ。消え失せろ。」

「…………嫌だ。」

 

石上はあっけに取られた。

ビクついて退くかと思ったのだが………。

 

「……………時間………あるかな………?」

「…………………。」

 

有無を言わせない様な目だった。自分の知る大友京子は、そんな目をしていなかったはずだがな………。

 

「……………で、何?」

 

仕方なく応じることにした。

 

「……………何で………退学を申告したの………?」

「………………。」

 

何かと思えば……。まあ、大体予想はついてた。

 

「………だから?」

「……えっ?」

「それを知ってどうするつもりな訳?何の得にもなんないだろうが。」

「………それは……。」

「………チッ。めんど。」

 

あの時から、彼からは悪態しかつかれなかったが、今でも慣れないな………。

 

「………もう、ここに価値が見出せなくなったから。」

「……それって………。」

「………秀知院はゴミ溜めだ。ここにずっといたら、最初から腐ってた自分が、更に腐っていきそうな気がした。そしたら………アイツら以上のゴミになる。それだけは御免だ。

 それに………今回の事件がきっかけで、よく分かった。」

 

石上は自身の机に腰を掛けた。

 

「…………警察に捕まったとき、本当に終わったと思った。また冤罪ふっかけられる羽目になるのかって………。別に警察に捕まるのなんか全然良かったけど、二度もあんな目に遭うのだけは嫌だった……。皆嬉しかったんだろうな……。秀知院の品を下げる様な不良が消えるって知って……。アイツらの表情が簡単に想像出来る………。てか、何よりアイツらが品を下げてんだけどな………。

 ………このまま獄中生活かーって思ってた矢先、小島から聞いたよ。お前らが、俺の無実を証明する為に動いてるって………。

 この際だから聞くわ。お前、何で俺の退学処分を先延ばしして欲しいって、校長に直訴した?」

 

そんなの言ったら……間違いなくまた悪態をつかれるんだろうな……。でも、嘘ではない。

 

「………………信じてたから。」

「…………何を?」

「………君が、そんな人間ではないって、信じてたから………。」

 

すると、石上は声を出して笑った。

 

「…………………。」

「はははは………!!あん時は俺のことを信じてなかったくせして、今になってか……!!ここまでくると笑えてくるな……!!はは……はははは………!!」

 

当然だよな………。あの時、しっかりと見ていなかったから……信じていなかったから………。

 

「ははは………!!………けどまぁ、よく分かった。」

「えっ……な、何を………?」

「………お前らが、俺のことを考えてくれる人間だってことは。」

 

予想外の発言だった。更に恨み言を吐かれるかと思ってた。

 

「……………だけど、それだけなんだよ。」

「えっ?」

「……………自分のことをちゃんと信じてくれる人間もいるんだってことに、気付いた "だけ" 。それ以外は、何にも変わらない。

 ………俺は、今でもお前らのことを殺したいと思ってる。心から憎い。」

「!」

「………ロクに真実かどうかも疑わなかったくせして、真実が分かった途端、手のひら返すかの様に頭下げやがって………。出来るんだったら、あの時お前のこと本気で殴り殺したかったよ。」

「………………。」

 

泣きながら彼に土下座をしたあの時、彼はそんな風に思ってたのか……。

 

「………てか、あのまま荻野に犯されてれば良かったんじゃない?」

「!!」

「そうすりゃ荻野がおかしいってことに気付いて、自責の念に押し潰されて………。ははっ……想像しただけでも笑えるな……お前の『石上君、ごめんなさい』って後悔しているみっともない様……!」

 

笑いながら喋る石上君を見て、私はようやく気付いた。

私は今まで、彼を元の優しい彼に戻そうと、高等部に進学し、生徒会にまで入った。

でも、それも全て無駄な努力だった。一年前のあの事件の時点で、彼の心はもう黒く染まり切っていた。今更ながら、彼はもう戻れないんだと……ようやく気付いた……。

もう、事件前の彼の面影は、まるで無かった。

 

「…………あの時から、誰しもがずっと敵だった。何も知らないくせして罵声を浴びせてくるわで、本気で殺したかったよ。マジでお前らの人生を終わらせたかったよ。

 …………けどまぁ、ごく一部例外がいた。」

「………それって………。」

「……俺の無実証明の為に、職務を後回しにしてまで調査をした生徒会、あくまで "正義" の為に俺に手を差し伸べた小島、犯人の情報を提供してくれた先輩、そして………。」

 

石上はゆっくりと、大友を指差した。

 

「お前や伊井野みたいな、心から反省して、しっかりと俺を信じてくれた人間。そういう奴らもいるんだと………気付かされた。」

 

信じられない。こんなに心が闇に覆われた彼から、そんな様なことを言われるなんて……。けど………。

 

「………でも、ただ気付いた "だけ" だよ。」

 

あくまでも、それに気付いた "だけ" 。それ以外の、私達に対する猜疑心や恨みは、ずっと残っている。

 

「はっきり言って、『気付いたから何なんだ?』って話だよ。それで心を開くと思ったら大間違い。まさかだと思うけど、流石のバカなお前でも、そんな事考えなかったよな?」

「………………。」

 

そう考えてたから、私は高等部に進学して、生徒会に………。救いようのないバカだな……。

 

「…………何というか、そんな善意溢れる奴らはいるわ、今まで通り煙たがる奴らはいるわの秀知院(ここ)にいても、もう息苦しいだけだ。

 やっと分かったよ。秀知院は、俺の様な人間がいるべき場所じゃないってな。何でもっと早くに気付かなかったんだろうな………。」

 

頭を掻いて、石上はため息をついた。

前からずっとやめようとは思ってた。けど、退学後のプランが無いことを理由に、ずっと先延ばしにしてた。口だけだったのだ。

けど、ようやく決心がついた。ここにいても、何もならない。だったら………例えどんな目に遭ってでも、広い世界で、自分のやりたいことをのんびりと探そう。

 

「…………例えお前らに何と言われようと……もう決めたことだ。俺は、秀知院(ここ)から出て行く。」

「………………そっか………。」

 

その時、石上は違和感を感じた。さっきからずっと、自責の念で押されてた大友の顔が、今は少し顔に笑みを浮かべていた。

 

「?」

「……そっか……。……それが、君の選択なんだね……。別に、それについてどうこう言うつもりなんて無い。そんな権利、誰にも無いしね……。」

「………………。」

「……ずっと考えてたんだ。どうしたら、君が元に戻るのかって。考えるに考えたけど、結局答えが出なかった……。でも、そんなのは時間の無駄だった。だって………最初から答えなんか、存在してなかったんだから……。」

 

出来るのなら、元の優しい彼に戻したかった。自分の身を犠牲にしてまで、私を守ろうとした彼が、本当の石上優なのだから。

でも、無駄だった。だって、一年前のあの時に、私達はその本当の彼を、殺してしまったのだから……。何故もっと早くに気付かなかったんだろう……。

 

「…………もう、戻れないんだって、ようやく気付いた……。」

「……………そうかよ。」

 

再び石上は大きなため息をついた。

 

「でも、『戻れない』は半分不正解だな……。」

「えっ?」

「………『戻らない』が、もう半分の正解かもな……。

 ……例えお前らに心を開いたとしても、俺ももうやっちゃいけない事を散々やってきた。犯されてる奴を見捨てたり、腹立ったからって伊井野を殴ったりで……。そんな奴がノウノウと心開いて、『自分が悪かった』って……。そんなの、例え周りが許しても、俺が許さない。

 だから……例え心の闇が晴れたとしても、もうそっちには俺は『戻らない』。でもそれ以前に、心の闇がどんどん濃くなっていくから、もうあの頃には『戻れない』。」  

 

………戻れることになったとしても、もう戻る気すらなかった……か……。

 

「…………もう、俺と話すのも最後だ。いいこと教えてやるよ。」

「………いい…こと……?」

「…………お前がどんなに罪滅ぼしをしても、例え世界がお前らを許したとしても………過去は絶対に消えない。」

「!!」

 

過去は絶対に消えない。

その言葉が、重りの様に私にのしかかった。

 

「……どんな事しても、お前らが無実の人間を殺そうとした過去は絶対に消えない。死ぬまでお前らに付き纏って来る。」

「………………。」

「……それで後ろ指を差されても、仕方ないことだよな。そうなって当然のことを、お前らは俺にしたんだから。」

 

やはり、彼は気付いた "だけ" だった。

今でも私達のことが、心から憎いんだ……。

 

「………はぁ〜……。けど、まぁいいや。」

「えっ………?」

「……もう、お前のことを考えるのは、やめた。」

「ど、どういう……こと……?」

 

石上は立って、大友の方に向かった。

 

「………俺はもう、お前のことを忘れる。だから、お前も俺のことを忘れろ。」

「……えっ?ど、どういうことなの……?」

「………俺はもう秀知院から出て行く。だから、もう二度とお前と関わることはない。いつまでも死んで欲しい奴のことを、頭に留めておいてもな……。お前の顔を見る度に、あの時の光景が鮮明に頭に浮かぶんだよ。これから先もこんな思いをするのかと思うと……バカみたいに思えてな………。

 だから、もう俺は…………お前の存在を頭から消す。」

「………………。」

「………お前……何でまだ俺のことを気にかける様な目で見てるんだよ……。お前だってもう分かったろ?俺がもう戻らないってことを……。いつまでも無理なことばっかり考えても、時間の無駄だろ。」

「……でも………。」

「………俺のことを考えるな。それに使ってた時間を、今度は自分の為に使え。」

 

……今思えば、私は何時間彼の為に時間を使ったのだろう……。

全ては彼を元に戻す為に。その一心で時間を使ったけど、ただただ無駄だった……。

その時間を、今度は自分の為に使って、さらには自分のことを忘れろ、か………。

 

「…………ごめん。それは、出来そうにないや。」

「お前………。」

「私……結構引き摺りやすいタイプだからさ……。すぐに切り替えが出来ないんだ……。君が自分のことを忘れろって言っても、多分私は忘れられない……。

 てか、さっき言ってたじゃん。『過去は絶対に消えない』って……。それなのに、君のことを忘れろって……。私は忘れないよ。」

 

大友は石上の方を見た。

 

「もし忘れちゃったら、私はまた同じ過ちをするかもしれない……。あの過去があったからこそ……君という存在がいたからこそ、今の私がいるんだよ……?

 もう二度とこんな事はしない。もう二度と罪の無い人間を傷付けない。君はあの時………分からせてくれたんだよ……。そんな君のことを忘れるなんて………無理だよ………。」

 

彼にそんなつもりがなかったのは承知の上だ。けど、私からすれば君は………私を人間として成長させてくれた………。

そんな君を……忘れなんて出来ないよ………。

 

「…………ったく……。お前らの様な心から反省してる奴もいれば、今までみたく煙たがる奴もいる。何なんだよ秀知院は………。そんなところに長くいても、息が詰まりそうだ……。ここをやめることにして、正解だったよ……。」

 

バッグを持って、石上は退室しようとした。

 

「……………最後に一つ聞くけど……。」

「?」

「………お前に……過去と一緒に生きる覚悟が」

「あるよ。」

 

言い終わる前に、反射的に私は答えた。

 

「………今更になって、許されるなんて思ってない。それでどんな目に遭っても……仕方のないことだと思ってる。君の受けた傷に比べれば、そんなのは痛くも何ともないからね……。

 ………私は………過去を未来の糧として生きる。それで押し潰されそうになっても……私は耐えてみせる。」

 

大友は退室しようとする石上の前に立った。そして……笑みを顔に浮かばせた。

 

「…………全部、君のお陰だよ。こんな馬鹿な私を、人として成長させてくれた。

 君が私のことを恨んでも………私は………君のことを……心から人として尊敬しているよ。」

「………………。」

 

こいつの笑顔を見ると、あの時の光景を思い出すな……。

けどもう、それを思い出すのも最後だ。

 

「…………本当に……今までありがとうね。」

 

少し涙を浮かばせて、大友はそう言った。

 

「………お前の様な人間が、本当にいるんだな………。最後にそう気付けて………良かったのかな………。もう、分からない。」

 

石上はただ複雑だった。

心から反省して、それをしっかりと行動で証明する様な人間などいる訳がない。僕はずっとそう思っていた。人間なんて、所詮そんなものだ。ましてや、民度の低さでお馴染みの秀知院生なんて尚更だ。

けど……物事には必ず例外がある。99%の人間がそうであっても、1%の人間は、自身の過ちを心から反省出来るのだと……気付いた "だけ" だ。たった、それだけのことだ。

 

「………今でもお前が憎いのに、お前が心から物事を反省する奴だって気付いたのが……何というかな………とても複雑だ。」

「………憎くてもいいよ。殺したいと思っても別にいい。けど………私は君に感謝してるよ……。さっきも言ったけど……こんな馬鹿な私を成長させてくれて………ありがとうね……。」

 

先程から目に浮かばせていた涙が零れた。

この涙を、彼はどう受け取るのだろう。まあ、「馬鹿だ」「意味が分からない」といった悪態じみた感じで受け取るんだとは思うが……。

石上くん。君には本当に……感謝しかないんだよ………。

 

「……………はぁ……。更に複雑な気持ちにさせないでくれない……?それが嫌でここを出て行くっていうのに……。」

「………………。」

「……もう言いたいことは言えたか?」

 

あれからずっと、彼には感謝を伝えたかった。けど、それももう言えた。言い残したことは無い。今度こそ……本当に彼と話すのは最後になる。

頭を掻きながら、石上は大友の横をすり抜けて、廊下へと出た。複雑な感情であることが表に出ていた。

 

「…………石上くん。」

 

石上はピタリと止まった。

 

「……………頑張ってね。」

 

大友は涙を流しながらそう石上に言った。

 

「………………。」

 

後ろを向いていたため、どんな表情をしているのかは分からなかった。その上、私の言ったことに何の反応も見せなかったが……。

最後に彼がついたため息には、今までの悪意満載のものとは、ほんの少し違うため息だということは分かった。

薄暗い夕日に照らされる廊下を歩いていく彼の後ろ姿。それが、私が最後に見た石上優の姿であった。








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それでも大友京子は忘れられない

5年後………。

 

「ちょっと京子ー!?遅いよー!」

「ごめーん!」

 

2年前、私は秀知院を卒業し、大阪の国立大学に進学した。

中等部時代が嘘かの様に勉強がスムーズに行き、1年の3学期には、上位50位以内までの成績となった。

内部進学は一切考えなかった。言い方は悪いが、秀知院は箱庭だ。その為、外の学校がどんな感じなのかが分からない。もっと、広い世界を見てみたかったのだ。

 

「相変わらずルーズやなぁ、ほんと……。」

「ごめんごめん……。」

 

外部進学したはいいものの、外の世界に出ると、まぁボロクソに貶されるわ、後ろ指を差されるわで……。

秀知院だから。たったそれだけの理由で、根も葉もない噂を広められてさ……。一年の当初は、友達が全然出来なかった……。でもまぁ、秀知院の評判が最悪だから、しょうがないんだけどさ……。

1年1学期の騒動のお陰で、秀知院学園の株は大暴落。さらに2学期に起きた事件が拍車をかけたものだから、世間からのバッシングの嵐はかなり凄かった。

けど、今はそこまででもなく、徐々に世間からの信頼は取り戻しつつある。まだ完全とは言えないけど……いつか……。

 

「てか、あの教授本当にウザくない?講義はいい加減なくせして、課題は多いし……。」

「まぁ、課題も何だかんだいって、全部出してるじゃん。あと少しの辛抱だよ。」

「京子はほんとに、ポジティブやなぁ〜。マジ尊敬やわ。」

 

大学2年になった私だが、1年時は一人も友達がいなかった。それも全部、秀知院だからという理由で……。まぁ、結構辛かったな……。

けど、そんなことでめげてはいけない。彼の受けた傷に比べれば、安いものだ。

 

「………てさかぁ、聞いた?あの子のあの噂?」

「あ〜聞いたで聞いたで!」

「マジなのかなぁ?風俗でバイトしてるって……。」

「今もおじさん達とさぁ……。」

「うわぁ〜、それはちょっとなぁ……。想像つか」

「やめようよ。」

 

そして、あの過去があったからこそ、私は人として成長出来た。

 

「……えっ?」

「ちょっ、どないしたん京子?」

「………あんまさ、噂とかそーゆーのはな……。」

「………でも……。」

「……それで、もしその噂が嘘だったらどうするの?」

 

もう、根も葉も無い噂で振り回されたくない……。そのせいで、誰かを傷つけるなんて、絶対にやってはいけない……。

 

「……それは………。」

「……分かったら、もうその話はおしまい!さ、早く課題片付けよ!」

「……あー、うん………。」

 

例えそれで反感を買われてもいい。けど、それで傷つく必要のない人間が傷つかずに済むのであれば………。

もう、彼みたいな人間を生み出してはいけない。

 

「………ごめん!ここ教えて!!」

「いや自分で課題やろって言ったんやで!?早過ぎへん!?」

「ほんっと、京子はバカなんだからぁ〜。」

 

ただ、何も変わらず私はバカなままです……。

結局成績良かったのも一年の時だけで、2年からは右肩下がり……。またバカのレッテルを貼られるわ、四宮さんのスパルタ学習は始まるわで……。心が折れかけました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃね〜!」

「課題終わらせとくんやでー!」

 

友達と別れを告げると、大友は早歩きでどこかへ向かった。

その後ろ姿を友人2人が見ていて………。

 

「あんな早歩きでどこに行くねん……。」

「………彼氏の家?」

「えっ!?まさかの抜け駆けしてた!?」

「なぁ〜んてね!だって京子、男運皆無じゃん!」

「そやった……ww」

「……てかさぁ、京子って何であんなに噂話になるとムキになるんだろうね?」

「さぁ……?高校の時に、何かあったんちゃう……?だってほら、秀知院って何年か前に……。」

「ああ〜……。京子、あれと関係してんのかなぁ?」

「ん〜………。ま、ええんちゃう?」

「そうだね〜。そうだとしても、京子良い子じゃん!」

「ちょっと私も、今日のは反省せんとな……。」

 

こんな感じで、少しはいい方向に向かっていることを、大友自身は気づいていない。

 

「……1時間だけだけど……!」

 

何故こうも私が急ぎ足でどこかに向かっているのか。それは……。

 

「……まだ大丈夫そうだ……。」

 

行きつけのカフェで一人まったりして、勉強をする。

それが私のルーティーンだからだ。

ここのカフェは隠れ家みたいにひっそりとしていて、非常に勉強するのに適した環境だ。おまけにコーヒーは美味しいしで……。ここだけは私の秘密だな……。最高にゆったり出来る……。

 

「いつもの一つ、お願いします。」

「……来ると思って、もう用意しといたよ。」

「ありがとうございます……!」

 

いつも頼むコーヒーを一口飲み、一息つくと、後回しにしていた課題を進め始めた。

 

「………………。」

「何?そんなに難しい課題なの?」

「難しいというより、量が多くて……!」

「まぁ〜おじさんも大学生の時はそうだったさ。そのうち慣れるよ!」

「他人事みたいに言わないで下さいよぉ〜!」

 

こんな感じで、マスターとも気さくに話す仲なのだが……。 

 

「…………君くらいだよ。ほとんど毎日来てくれるのは……。」

「……ここ、結構いいところじゃないですか……。」

 

何故マスターがこんなにやるせない感じでそう言ったのか……。

実は、マスターには少し悪い噂がある。

そのせいで、あまり人が来ないのが現状なのだ。

けどまぁ、はっきり言わせてもらいます。私からすれば、心からどうでもいいです。

 

「……何だったら、今度友達紹介してきますよ。」

「いやいや!京子ちゃん流石にそりゃ悪いよぉ〜……。」

「今まではずっと私だけの秘密にしてましたけど、何か、もっと皆にこのカフェの良さを知ってもらいたくて……!」

 

何度も何度も通ううちに分かりましたよ。マスターのあの噂はデマだって。心から良い人だって思えますよ。

 

「………そっか。そりゃ、おじさん嬉しいな……。」

 

下手な笑顔を浮かべて、マスターはぼそっと言った。

 

「……あ、噂をすれば……!」

 

一人の来客だ。

 

「いらっしゃい。どうぞ、空いてるお席に。」

 

髪の長い男の人だった。よく顔は見えなかったけど、ちょっと怖いイメージあるな……。

 

「ご注文は?」

「………………。」

 

男性はアイスコーヒーを指差した。

 

「かしこまりました。」

 

マスターは奥の方へ行き、切らしていたコーヒー豆を取りに行った。

 

「………………。」

「………………。」

 

何だろう……この空気………。

マスターが奥に行っちゃったものだから、今この空間には、私とその男性しかいない。

……けどこの空気………どこかで経験したような空気だな……。

不思議と、どこか懐かしげな感じだった。

 

「………………。」

 

何か不思議な空気だったため、私はお手洗いに行き、一旦その場を後にした。

 

「…………何だ……?」

 

そんな事を考えながら用を済まし、また席の方へと戻ろうとした。けど、あまりに考えすぎていたため、周りがよく見えていなかった。私が使っていた机に腰がぶつかり、運悪く筆箱の中身が勢いよく飛び散ってしまった。

 

「やっちゃった……。めんどい。」

 

コーヒーだけ零れなかったのが不幸中の幸いだ。

渋々拾ったはいいものの、消しゴムが見当たらない。

どこだどこだと探していると…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すいません。消しゴム、落としましたよ。」

 

その男性が声をかけてきた。

その男性の声を聞いた瞬間、私は動きを止めた。

 

「………え?」

 

とても聞き覚えのある声だった。そして、先ほど見た長い髪。そして……彼といる時に感じた、懐かしい空気……。  

 

「……………石が」

 

振り返ると………そこには………。




「石上優はもう戻れない」完





最後までご愛読ありがとうございました。
まさか、ふとした思いの勢いで書いた小説が、これほどまでの読者に読んでいただけるとは、思ってもいませんでした。最後まで読んでくださった方、評価をしてくれた方、本当に有難うございました。
そんな訳で、「石上優はもう戻れない」は完結しました。そして、全く別世界の新作「石上優は再び闘う」を早速ながら、2/24(水)に投稿する予定です。是非新作の方も読んでいただけたらと思っています。
改めて、最後まで「石上優はもう戻れない」をご愛読いただき、有難うございました。


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