轟沈しましたが悪運はあったようです(大井になりました) (Toygun)
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1.漂着

 潮騒の音で意識を取り戻す。

 

 眩しい日差しに目を細めつつ、どうやら死に損ねたらしいことは理解した。少なくとも「轟沈」とされるレベルのダメージを負った筈だが、運良く流れ着いたらしい。

 痛みに耐えつつ、身を起こす。呆れるほど晴天だったが、目前の海は荒れたままだった。だからこそ流されて助かったようだ。

 

 「武器は当然として、機関部も脱落かー」

 

 つい独りごちる。意識とともに手放した単装砲はともかく魚雷発射管は投棄の見切りが早過ぎる、と文句を言われる事が多々あった。とはいえ日頃から戦闘で重しをすぐ捨てるのも今回生き残ったー死に損なった要因だろう。辛うじて残った艤装は半壊気味の、外見はほぼ靴な水上走行靴くらいだ。

 

 「多分このままだと海に出るのは駄目ね」

 

あの時確かに沈みかけていたはずだ。であれば靴どころか靴無しであっても「水上に立つ」という能力自体が停止状態だろう。認識の問題もあり個人差はあるが、艦娘は素の状態で水の上を歩けるものだ。ノロノロと靴を脱ぎ、布切れと化した靴下は投げ捨てて立ち上がる。アシストの切れた状態で履き続けるには少々重い。直撃を喰らったのか胸も丸出しで、スカートも前側だけ生地面積が極端に減っているのは悪意しか感じられない。とはいえほとんど艤装部分で止まったとも言える。

 

 「物理的な傷が少ないのは助かるわ」

 

漂着した浜を歩く。やや遠くに半壊した桟橋や小屋―本来はもっと綺麗な白い建物だったらしきものが複数見える。この無人島とおぼしき地に造られたリゾート施設だろう。そう気付いたあたりで取って返し靴を回収する。無事な建物は無理そうだが、完全な野晒しよりはマシだ。見た目よりもずっしりした靴の重みに耐えつつ、辿り着いた先はほぼ廃墟だったが。居住施設のバンガローは戦火と放置で壊滅、陸側にあった宿舎らしきものも焼夷弾か何かで焼け落ちたようで、骨組みと一部の壁、屋根がある程度だ。点在する倉庫の類がしばしの滞在場所になりそうである。ヨット、ボート類も焼けた物や入江・桟橋付近に沈んだままのものばかりであった。

 

 出来るだけ海から離れた資材・機材倉庫に潜り込む。空きが目立つ棚から使える物は出来るだけ持ち出した様子は窺えるが、幾らか残ってはいる。発電機はともかく燃料が残っているのは助かる。作業用らしき計量カップに燃料を注ぐと口にする。放置による劣化のせいかやや雑味を覚えるが、人のように吐き出す事もなく飲み込めたので、どうやらわたしはまだ艦娘らしい。

 

 艦娘―大井が現在のわたしである。

 

 とりあえず倉庫を漁るとLEDライト、多分旧式のラジオ、何故置いていったのか分からないショットガンと弾薬に鋼材の代わりになりそうな金属材が見つかった。棚に5.56mmもあったのでライフルだけ持ち出したようだ。

 

「缶詰の一つも見つからなきゃ、いつもの味気ない食事か」

 

建造からわずか1年だが、人間様の食事にお目にかかった事がない。燃料・弾薬・鋼材と少量ながらも「補給」が揃ってしまったことにうんざりする。見つけたLEDライトの点灯を確認し、物資と靴を取りあえず脇に寄せる。裸足のままはどうかとは思うがライトにショットガンを持ち歩くので重量物は減らしたいところだ。金属材の中から取り出した、未加工らしいステンレスのステーを齧りながら、サンダルでもないかと入江側に見えた倉庫を目指した。

 

 ショットガンは薬室への装填はしない。両手が一応塞がっているので扉を開けるだけでも隙が生じるのだ。何かがいたとしても「奪われた武器」の使用にワンアクション強要する方がいい。それに対人用では、艤装無しでも艦娘の殺害はほぼ不可能だ。まあ艤装無しだと拷問には使える程度に痛みは来るので動きは止まるが。ガリガリとステーを噛み砕くと飲み込む。開けた倉庫は機材倉庫より小さい上に灯り取りの窓もない。ライトとショットガンを構えて一歩踏み込む。特に何もいないが目的の物はあった。サンダルやライフジャケット、帆布などである。少し奥を探せばロープやウェットスーツなどもあるが、酸素ボンベなどはこちらには見当たらないため、錆びそうな物はこちらには置かない様にしてはいたようだ。あとは数本の発煙筒か。予備と信号銃は機材倉庫に、との注意書きもあるのであとでまた漁るか。

 

 足の裏の砂を払って良さそうなサンダルをつっかける。適当なライフジャケットを羽織って丸出しを回避。水着の一つもあれば純然たる合成繊維の肌触りを味わう事もなかったが、そこは我慢だ。帆布にウェットスーツの幾つかを細めのロープで束ね、大き目の輪をロープで作ると肩にかける。発煙筒を一つ布の隙間に突っ込むと、複数の荷物を手に資材・機材倉庫に一度戻った。

 

 そこらに荷物を置いて機材類を再度漁る。入江の倉庫の注意書き通り、発煙筒の在庫と信号銃・信号弾も見つかった。まとめて置いていたのか45口径のオートマチックも見つかる。スライドにメーカーもタイプ名もない代物だから、多分東南アジア製のコピーだろう。ホルスターもあるので、信頼性はともかくこの後の探索はこちらの方が楽そうだ。とはいえショットガンも置いて行くのも物騒なので、ストック側にロープでも括りつけて持って行く方がいいか。ベルトを身に着けるとホルスターを取り付ける。ホックボタン式に重量のあるガバメントは少し不安はあるが、装弾7発のシングルカラムなのでまあ大丈夫か。マガジンは一つしかなく空のままだったのでそばにあった箱から弾を装填していく。スプリングの状態はまともなようなのでマガジンによる給弾不良は心配しなくて良さそうだ。銃にセットして何もない壁に向けてスライドを引く。ハンマーはきちんと起きて固定されている。この辺も問題はなさそうである。マガジンを一度抜いて再度スライドを引き、薬室を空にする。軍属でも「実銃」と言えるものはろくに扱っていないし、対人想定なら事故防止優先の方がいい。要救助者なのか実質野盗なのかを判断する前に暴発しても困るし、ホルスターから抜くときに誤って足を撃つよりマシだ。小指に当たればタンスの角を超える激痛にのたうち回るだろうし。

 

「STIのカスタムタイプなんて置いてないか」

 

孤独になると独り言が増えるもので、生前持っていたトイガンをふと思い起こした。頭を振って気持ちを切り替えるともう少し棚を漁る。偏見だが、銃整備のツール類のそばに、想定通り適当な箱に放り込まれた数本のチョコレートバー発見する。とりあえず一本だけ取り出すと日付を確認するが、予想通り期限切れで2年の超過だ。しかしながら今生初のデザートであるのは確かであり、パッケージの破損も見られないので己の耐久性のテストと決め込む。ライフジャケットのポケットにその一本を入れると、戻ってショットガンのストックに荷物運びに使ったロープを括りつけて銃を肩に下げた。銃口が地面ぎりぎりになるので注意が必要だが、ライト以外はフリーになるので少しマシになるだろう。

 

 外に出るとやや日が傾き始めているので、また一本咥えてきた金属材を齧りながら急いで探索をする。沈みかけのボート、ヨットにも、バンガローにも先客はおらず、船舶からは水に浸かった無線機も見つかった。当てにはならないだろう。防水袋に入ったサバイバルキットも複数見つかった。一つ開けるとビスケットバーと書かれた小さなパッケージもあったので、とりあえず大丈夫そうなものを回収していく。倉庫と探索場所の往復で大分時間が潰れた結果、とりあえず海側は大体終了した。回収した戦果は以上の通りだ。

 

 ・サバイバルキット×3(含む非常食)

 ・水没した無線機

 ・缶ビール(期限切れ)×1ダース

 ・未開封のワイン×4本

 ・未開封のミネラルウォーター(期限切れ)×5本

 ・ウェットスーツ×2着

 ・ヨット用の帆布

 ・5.56mmNATO弾×2ダースちょっと

 ・ショットシェル、中型狩猟用とおぼしき弾薬×1ダースちょっと(12番ゲージ?)。空箱もあったので補充がなかったのだろう。

 ・45ACP×2ダースちょっと

 ・ショットガン、多分レミントンの

 ・コピーガバメント

 ・Tシャツにショーツと男物のパンツ、それにガウンとタオル類が複数

 ・チョコレートバー×5本

 ・よくわからない清涼飲料水(期限切れ、炭酸?)×3本

 ・ソーダ水(期限切れ)×4本

 ・適当に回収した食器

 ・シーツ×複数

 ・LEDライト、電球タイプのライト及び予備電池が複数種

 ・ラジオ

 

損壊状況的に絶望的だったバンガローに意外に物が残っていた。密閉状態が維持された冷蔵庫と、クローゼット自体はアウトにしてもパッケージングされていた布製品が好状態だったのでついてた。酒のつまみ類の袋はいずれも開封済みか食い荒らされた感じがあったので、何度か野生動物が来たようだが、一カ所だけほぼ全壊のバンガローにバラバラになった犬と思しき骨があったので、砲撃を喰ったあと野生動物さえ近づかなくなったと思われる。

 

 大分日も傾いてきたので早々に機材倉庫に引き篭もることにする。陸地側も探索したかったが、鬱蒼と茂った木々と焼け落ちた建築物で暗くなるまで探索すると徒労になりそうだし、実際に負傷までいかなくとも転んだりひねったりすると痛い。奥に倉庫類があればいいが、一応野生動物がうろついていたことを考えるとそっちも望み薄だ。やや静まった海を尻目にLEDライトを点け、扉を閉める。床にシーツを敷いて休む準備を始める。一旦全部脱いでからTシャツとショーツを着て、破損状態の艤装の制服を身に付け、水上走行靴を履く。適当な金属材を齧りながらソーダ水を呷る。封はそのままだったがやはり炭酸は大分弱くなっているようだ。ふと思い出し立って、計量カップに燃料を注ぐとタンクにしっかり蓋をして一気に飲む。艦娘は飲料物的に燃料に味を感じるが、それでも後味の油感は残るので、まともな水があるうちに飲んでおいた方が人間的だろう。空にしたカップに気抜けのソーダ水を灌ぐと少し底で水を回してから飲む。油混じりの水はなんとも言えない味だった。カップ自体は明日洗うとして、井戸の一つも見つかればいいが。

 

 暫し、適当に金属材を齧る。ぱっと見損傷が減ったように見える水上走行靴を見て、一旦区切りを付けることにする。やはり履きっぱなしではくつろげないし、金属材で多少なりとも修復が進むなら少し時間をかけてもいい。500mlのソーダ水も残り1/3程度であるので、お待ちかねのチョコレートバーといこう。

 

「うげえ」

 

絶句。ダダ甘なのはまだいい。だがこの脂っぽさはなんだ。1年ぶりの甘みがこれというのは厳しい。しかも期限切れのせいか脂っぽさに酸味が混じる。楽しみだった分失望も大きく、モソモソと残りを食べる。一時の甘みのために油脂と酸味を我慢する状況である。それでも気が付くと完食出来ていたのは貴重な甘みであるとの認識の為か。ただ、この後味を残りのソーダ水だけで流せるとも思えない。止むを得ず計量カップを取って来ると、缶ビールを一本取り出し手酌でやる。正直ビールは好きではないし劣化している上に常温でまずいことこの上ないが、脂っぽさを流し切れたのは確かなので最後にソーダ水を飲み終えて食事を終わりとする。

 

「明日はもう少しマシだといいけど」

 

サバイバルキットから取り出した保温アルミシートを被って横になる。光が漏れ続けて爆撃や砲撃を受けるのも嫌だし電池ももったいないのでライトも消した。ラジオだけ一度つけてみるが、ノイズとわずかに聞こえた戦闘音しか入らず、対処も出来ないので止めて潮騒だけをBGMに床に就いた。



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2.探索

 昨日同様、潮騒の音で目を覚ます。思ったより風通しのいい倉庫の隙間や明り取りの窓からの光が目立つ中、身を起こすと昨日よりも大分マシな状態のようだ。あった筈の傷も消えているし、履いてみた走行靴も重さを感じない。燃料を一杯呷ると昨日同様金属材を齧りながら探索に出ることとする。なお、燃料消費する感じがあったのでサンダルに履き替えた。棚をまた探してウェストバッグ上の工具袋を見つけると、ペンチにワイヤーカッター以外をぶちまけて身に着ける。多少の小物は回収し易くなるだろう。ライトも小型のペンライト程度の物を工具袋に入れて置く。これでショットガンを両手で保持して移動できる。ガバメントも残弾数と薬室が空なのを再確認してホルスターに突っ込むと、ゆっくりとスライド式の扉に隙間を作った。何もいないようである。昨日よりは周囲、特に海側を警戒しながら移動を開始した。

 

 焼け落ちた宿舎とおぼしき建築物のあたりをまず探索する。転がっているものの中に、屋外に設置されていたらしい円筒状の物が幾つか見えるところから、恐怖で明かりを点け続けていたところを爆撃を受けたように思われる。内装の電灯はともかく、ライトアップ用の照明などいい的だ。崩れそうなので周りを歩きながら目視で内部をチェックするが、平屋なのとほとんどのものは焼け落ちているのとでなんとも言えない。出来れば見えた何人かは埋葬したいところだが、半端に残った屋根がそれを許さない。深海棲艦の爆撃であっても不発弾は発生する。むしろ地雷のごとく不発弾が残り、基地―いや鎮守府だったか―でも爆撃されたあとの処理は一苦労だった。現状で不発弾の至近爆発を喰らうのは避けたいところだ。焼けたダイニング周りも諦めた方がいいだろう。海岸沿いだけに地下室もないだろうし。

 

 倉庫等がないかと、より島の中央側に移動したところで、ガタガタになった道と焼けたトラック、それにほぼ白骨化した誰かを見つけた。風穴の空いたジャケットにブチ折れたM16系のライフルからすると艦載機の銃撃を受けたのだろう。上空を見つつ音を聞くが特に何もない。道は漂着した海岸とは反対側に伸びているので、大型船等はそちら側に接岸するようになっていた可能性はある。ビーチ側はボート類でもなければ入るのは無理だったし。

 

 埋葬は先送りにして、道沿いに木々の間を早足で歩くこと恐らく2時間。登り下りと歩いたところで、日はまだ天頂にはなく午前の間に着けたので助かった。こちらは完全に入り江状の地形で、各岩壁に寄せて港湾施設と呼べる物があるのは確認できた。クレーン類はなく、トラックに小型シャベルらしい代物、それに中型船程度は入りそうなドックは銃撃や爆撃を受けたらしく期待できないが。桟橋も余波を受けてはいるが、沈んだ船は湾内になく、少なくとも出港は出来たようだ。目的地に辿り着けたかは神のみぞ知るところである。点在する倉庫や詰所、受付施設を探そうとしてそれを見つけられたのは先ほど死体を見たせいか。

 

―桟橋の中途から、這いずったような黒い汚れが受付施設に続いている。

 

発生元まで降りてみれば、想った通り支柱の一本が開始点だ。浅い底には艦娘の武装らしきデフォルメされた砲塔状の物が見える。連装砲か?であるならば味方だが。ショットガンを肩に下げるとガバメントを抜き初弾を装填、セイフティをかけてホルスターに戻す。ショットガンを構え直すとポンプアクションを行い初弾を装填する。深海棲艦が艦娘の武装を使用できないとも限らないし、艦娘がここで沈んで沖へ流されて武装だけが残った可能性もある。艦娘でも出会い頭で錯乱状態であると、現状ではこちらがやられる可能性が高い。走行靴を置いてきたのが悔やまれる。出来るだけ静かに、ガラスの割れた金属枠のドアを開ける。後ろ手に内開きのそれを音がしない様に閉めるが、上部の開閉機構の油が切れ気味らしく、軋みの大きさに肝が冷える。受付のカウンター類は無視されたのか奥へ続くドアが半開きで、油痕とも血痕ともつかない跡はその向こうへ続いていた。行動としては人または艦娘だ。海からくる恐怖に怯えたとも取れるし、死ぬなら人の気配のするところでと思った可能性もある。カウンター奥の設備類―各種サーバー類を横目に奥へと歩く。出た先は薄暗い廊下で、ぱっと身で閉じられた扉と、扉もなく壁側に何かの設備がある出入り口が複数見えた。事務所に宿泊施設があるなら電源系統や給湯設備、他リネン置き場が順当なところだ。その一つ、崩れてはみ出したシーツ類とともに足が見える。跡はそこで止まっているし、見たところ最低でも靴を履いた人間だ。近づけば死体か瀕死か見分けのつかない駆逐艦クラスの艦娘が足を投げ出して座り込んでいた。防弾盾に装甲された魚雷発射管は左側しか見当たらないが、脱落したか最初から装備していなかったのか。背部機関部から右に伸びるアームは途中から折れて砲がなくなっている。ただ、残った発射管に1発だけ魚雷が見える。ふと、気配を感じると機関部の煙突上部に小人が見えた。ということは。

 

 俯いた顔の頬に指をやる。温かい。右脇腹のおそらく貫通創や焼けただれた右腕、頭部の傷で血に染まったらしい水兵服からすると人間なら大体死んでいるところだが、艦娘というのはこの程度では死ねないようだ。呼吸も浅いがある。大体無事な左手を取って手首に指を当てる。呼吸同様脈はある。艤装はそのままの方がいい、機関側の力だけで生きている可能性もある。足早に受付の部屋に戻ると、サーバーや冷蔵庫を物色する。そのままだったウォーターサーバーよりは冷蔵庫のペットボトルのミネラルウォーターがいいだろう。メディカルキットも見つけた。艦娘のところに戻り頭の傷から見る。血はほぼ固まっているのか?迂闊に動かしたくないが、運ばなければならない以上ほぼ無理だろう。右脇腹の―貫通創とより外側の削り取られたような傷を水で少しでも洗い、少ない消毒剤で消毒するとガーゼを詰め込み、包帯の不足分はリネンのシーツを裂いて代用する。焼けただれた右腕に頭部の砲弾か破片が掠った傷も同様だが、ガーゼが不足したので一旦消毒用アルコールを浸み込ませて殺菌したシーツでこちらも代用した。これで今見つけたうちの消毒剤は空だ。ビーチ側に戻ればサバイバルキットにはいくらかあったが、複数回交換することを考えると消毒剤も包帯類も心下ない。建物の構造と配置からから考えて、扉のどれかからドック等の施設に行ける筈と思い、床に置いたままのショットガンを再び手に立つと、また小人が目に入る。小人―妖精に声をかける。

 

「燃料は?」

 

腕を×の字に交差させるから切れかけだ、現状で動力が切れるとまずい。

 

「ドックに残った燃料か、最悪オイルを探してくる。代用は効く?」

 

今度は○だったので足早に先へ進む。一番奥に鋼鉄製の両開きの扉があった。スライド式であるし、先ほどのドックだろう。鍵はかかっていなかったし運よく歪んでもいなかった。中に入ると、湾への出口側の天井が損壊しているのが見え、真下に甲板が焼けた中型のボートが見える。ブリッジはガラスが割れた程度で意外に船もこのドック自体も損傷が少ない。残弾がなく引き上げたか?ざっと見て複数のジェリカンを発見し持ち上げて見る。ほとんどは空だったが、一缶だけ半分はありそうな物を見つける。近くの棚を見てボルト類を確認すると、セイフティをかけてからショットガンを肩に下げる。ジェリカンと持てるだけのボルト類をまず持って駆逐艦の彼女のところに戻った。

 

「燃料と資材になりそうなもの、持って来たわ」

 

数人の妖精が姿を現すと二人が給油パイプの受け側を上に向ける。ボルト類は床に置いたところで他の妖精が回収して作業を始めたので、ショットガンを床に置いてジェリカンの蓋を開けると給油口に傾けた。残量がまだある内にストップがかかる。軽く振ると1/4はありそうだ。この程度で満タンになるのかと改めて艦娘スゲーと思いつつ、ほぼ空になったボルト・ナット類に再度ドックへ足を運ぶ。ふと思ったが種類ごとに入っている箱ごと持って行ったのは間違いだった。ボートや車両の修理を想定した場合、必要な径の物がないとまずい。となると―溶接機材のそばにある溶接棒数本と、未使用の鋼材、端材を持って戻る。燃料はまた探すとしよう。

 

 と思ったらボルト類を再度要求された。鋼材はともかく溶接棒は今はいらないらしい。仕方なくボルトを複数種持って戻る。幾らか残ったところでこちらもストップがかかったので、ドックの棚に戻しながらサバイバルキットを探す。船にあるだろう物は動かすことを想定して後回しにし、在庫を探す。出港してから積み忘れが発覚とかやばいし。程なく3つ程見つかったうちの一つだけ手にすると、今度は受付施設側の倉庫を探す。単純に開けていなかった扉の一つの会議室に、壁に寄せてダンボール類があった。既に開けられた箱の底に少し残った複数のサバイバルキット、バラバラに納められた包帯・医薬品類や数本の消毒用アルコールを確認し、全ては持ち出さずに運ぶ。意図してか不可抗力かは分からないが、総ざらいにするには時間がなかったのと、運良く辿り着いた者への気遣いか?創傷・火傷向けの軟膏もあったので包帯の巻きなおしには使うか。抗生物質の類もあったが軟膏が抗生剤入りとの表記もあり、副作用も怖いのでそのままにする。あとは保存食に飲料水か。日常的に倉庫の物品や受け入れた荷物の臨時置き場に使っていたようで、雑多に物が置いてあって有難い。

 

 艤装の修理作業は継続していた。入渠施設のような意味不明のものよりは理解しやすい形で妖精たちが作業をしているものの、その分時間もかかるようで、動かせるかの問いに班長らしいヘルメットを被った妖精が首を振って否定の返事をしてくる。持ってきた物をそばに置くと、あとの準備のために彼女の頭上のシーツ類を崩さない様に取り出す。もう少し外を探すか、出来れば沈んだ連装砲を回収したい。置いた食糧類に複数の妖精が目を向けていたので一部を開けて置いてやる。交代で食事を取るように食料に彼ら(彼女ら?)が群がるのを尻目に、外を探すと宣言してショットガンを手にした。

 

 焼けた車両は無視して倉庫―車庫に入る。こちらは攻撃を受けなかったようだが車両はなく、3台全ての車両が損壊状態だと分かった程度だ。複数のジェリカンがありおそらくガソリンか軽油が残っているのが分かる。資材・工具類もこちらにもあるので、最悪こっちからも持ち出せば彼女の艤装の修理には充分だろう。純然たる武器類は見当たらない。またある筈の食糧庫は外に出てもそれらしい物が見当たらないので、宿舎近くにあるべきものを見落としたか、宿舎自体にあって全損したかのどちらかか。再び受付の有る建物に戻って各部屋を探す。受付カウンターの引き出しにはリボルバーがあった。それ以外の部屋は資料や事務用品、従業員用の衣服(制服ではないらしい)に純然たる消耗品、幾らかの茶菓子・紅茶やコーヒー類と多少の弾薬があった。こちらもまだ回収せずに彼女のところに戻り銃器と工具類を置いて行く。各銃はもちろん薬室を空にしてだ。

 

「連装砲を取りに行ってくる」

 

妖精の一人が頷くのを見てから外に出ようとしたところで受付の壁掛け時計が目に留まる、1時30分。外に出て太陽を見れば天頂からやや傾いているようにも見える。とりあえず回収に向かう。桟橋の上でどうせ誰もいないと全部脱ぐ。タオルを持ってくるのを忘れたが、あとでいいか。そういえばあるかは分からないが井戸(水源)も確認していない。桟橋から降りたところで問題発生、水の上で「立って」しまった。どうやら「轟沈」は解除されたようだが、こうなると意識を切り替えないと通常は水面下に行く方法がない。幸い浅い位置に連装砲は沈んでいるので、底に落ちた物を拾うイメージならいけると判断し、顔から肩まで水に突っ込んで手を伸ばす。海水の反発で弾きだされそうになるのをどうにか抑えて砲身を掴んだ。そこから体を戻そうとした瞬間に一気に水から押し出されて吹っ飛ぶ。背中から木材―桟橋に叩きつけられ、しばし痛みに悶える。連装砲から手を離さなかったのでまた水の中には落とさなかったが、一緒に金属音がしたので叩きつける結果になってしまった。余計な修理が必要になると困るな。上半身の一部や髪が濡れたままなので下だけ着込むと施設に戻る。1時45分。時計は機能しているようなので、少しだけ気が楽になる。上半身丸出しで戻ったところで妖精に声をかけられる。

 

「ハシタナイ」

 

「上だけ水に濡れてんのよ。タオルない?」

 

畳まれたタオルを妖精の一人が持ってきてくれる。礼を言って受け取ると海水で重くなった髪を重点的に拭いてから、シャツに破損状態の制服、ライフジャケットと着込んだ。

 

「鋼材ノ追加ト、弾薬ヲ所望シマス」

 

了解、と返事をしてそれぞれを回収して回る。ドックの未使用の鋼材に、事務用品置き場にあった弾薬―5.56mmとショットシェル、こっちはビーチの物より分かりやすく12GAの表記があった―を使いきらない様に持って戻る。さらに数人出てきた妖精が床に置いた連装砲に取り付くと、そちらの修理も始めた。妖精が動き続けている以上はこの子も生きているはずだが、心配になってまた呼吸と脈を診る。少なくとも生きてはいるがそれ以上は判断がつかない。包帯を換えるには多分早すぎるし、脇腹も出血は包帯を巻く時点でほぼ止まっていた。作業中の妖精を見るが、「班長」は首を振る。まだ時間がかかるようだ。探照灯をテストしていたのを見て手持ちの小型ライト以外は今は不要だろうと、追加の食糧だけ持ってきて休むことにする。

 

「少し休むわ。適当に起こして」

 

重ねたシーツの上で横になる。まだ日はあるのに、すぐに意識が落ちた。



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3.再編

 頬に感触を覚えて目を開く。真横に目をやると妖精が頬をつついていた。思ったよりひどい疲労感を覚えながら身を起こすと、彼女と妖精たちが非常食のビスケットバーを齧っているところだった。

 

「おはよう」

 

「おはようなのです」

 

「傷はどう?」

 

「まだ痛いのです」

 

 

「一応明日包帯換えるから、もう少し痛くなるわよ」

 

「そうですか」

 

暫しの沈黙。

 

「船はどうなりました」

 

「どの船?」

 

「大きな客船です」

 

「そこにはないから、どこかに行けたんじゃない?」

 

「洋上で出会いました」

 

「それじゃあわたしは知らないわね」

 

「そうですか」

 

 

「食べ終わったら少し横になったら?」

 

言ってから艤装を外せる状態なのかと妖精の方を見る。何人かが頷いたので大丈夫そうだ。最悪キットの中にあるモルヒネを使うことも考えるか?とはいえ駆逐艦は軽巡のこちらよりも体が小さい。こくりと頷いたので少し待っててと声をかけると扉を開けっ放しの会議室の机や椅子をどかしてスペースを作る。シーツやダンボールに納まっていた毛布などを引っ張り出して重ねて置くと、戻って艤装を外すのを手伝おうとしたが、ここでまた班長のストップがかかった。艤装を起動状態で移動した方がまだ負担が少ないそうだ。彼女の前で支え代りに立つ。ゆっくりと立ち上がって歩くのを先導し、先ほどの毛布の上で座らせると、背後に回って妖精たちの作業と同時に艤装の機関部―魚雷発射管や砲の脱落したアームユニットのあるそれを彼女の背中から後退させた。ぽふっと軽い体躯が倒れ込む音が聞こえる。と、残りの資材や連装砲、置きっぱなしの銃やシーツなどを妖精たちが運び込んでくれる。そういえば、と彼女のほぼ靴な水上走行靴を見る。また気付いたが、左足首がまずいように見えるし、素の状態ならソックスも脱いだ方がいい。

 

「ごめん、また少し痛くするわよ」

 

左の靴に手を掛けるとびくりと彼女が身を固くした。やはり右よりも足首まわりが外側に盛り上がっているように見える。靴と靴下を脱がすと、やはり足首の外側がややその上まで赤く腫れあがっていた。重量バランスが崩れた際にひねったか。ダンボールの一部から湿布を取り出す。冷湿布の方だが、まだ大分赤いのでこちらか?声も掛けずにそのまま貼ったのは正直こっちもいっぱいいっぱいだったのもある。ついでに右も脱がせてから自分もサンダルを床の上に放置した。彼女の左側で横になったところで手を握られる。まあ、いいか。カーテン越しだが外はまだ日はあるようだった。

 

 

 起床ラッパが聞こえて目を覚ます。ふと視線を上げるとここの時計も動いているらしく、5時を指している。ということは午前5時―昨日、日はまだあった筈なので12時間前後眠るとはこっちの体も大分まずそうだ。右手は握られたままなので起こすのもどうかと思いラッパを止めさせる、怪我人を無理に起こすことはない。手は温かいが、一応呼吸を見て異常はなさそうなのを確認する。

 

 と、妖精の一人がわたしの背側、昨日置いた艤装を指差した。煙突とアーム下部に数人の妖精が陣取り、床の上に置いた連装砲にも一人乗っている。艤装の発射管は3発とも装填済みだ。仕方がないのでまず降りろと伝え、自分も再び横になるとフリーな左手で艤装の腰部ベルトを掴み、止むを得ず引き寄せる。文句が聞こえるがこの状況で彼女の手を引き剥がす非道は行えないので無視。そのままだと連装砲も引きずられると判断した妖精が連装砲を運んできたので、再び妖精たちが機関部に登ったのを見て連装砲をアームの台座に載せる。静かに固定作業は行われ、テスト動作らしいものの終了と同時に妖精たちは全員で手で○を出した。

 

「それじゃもうひと眠りするわ」

 

オイッと突っ込みが聞こえるが怪我人叩き起こすわけにはいかんじゃろと反論するとグヌヌと唸る声が聞こえる。ダンボール箱に非常食と飲料水があるから先に食事にしとけと伝えて目をもう一度閉じるが、今度は意識は落ちなかった。ガサゴソと妖精たちの動く音が聞こえるがあまり気にはならない。そういえば昨日は鋼材と燃料以外口にしていないな。ビーチに戻れば一応酒も甘みも残っているが、人数的に甘みの方は打ち止めになりそうだ。うん?と手に感触を覚える。手触りの違いや指を確認するかのようにわたしの指に沿って彼女の指が動いた。多分、姉妹の指と比較して違和感でも覚えたのだろう。彼女たちは―記憶違いでなければ背も手も小さい。何人いたか覚えていないというか、基地ではそういった人数が揃っていた記憶がない。

 

「あの」

 

横になったまま返事をする。

 

「おはよう」

 

「おはようなのです」

 

握られた手が開かれたので、こちらも手を開く。するりと抜けていく手が途中で止まって指を一本だけつまむようにして少しだけ止まるが、それも離れていった。怪我人でなければ抱きしめてあげたい動きだ。そういえばちょっとだけお願いしますとかいって少し抱き着かれることも多かったか?駆逐艦クラスは正直戦友として存在すると思考がバグる。ああ、そう言えば「北上さん」を置いて行った(というかわたしを置いて行かせた)のもそのせいだったか。恨みはないと言うか、外見的にも総年齢的にもくたばるのはこっちが先だし、泣き言いうのもみっともないか。艦娘―軍艦の化身とやらのせいか思考回路がシグルイと化しているのは自覚している。一般人のままなら無様に泣きわめいていたはずだ。そんなくだらない思考を追いやって身を起こす。正直言ってこの子の意識がある状態だとこれからの作業は気が重い。

 

「包帯、換えよっか」

 

 

 

「班長」の言葉に従ってまず艤装を装着させる。稼働状態なら痛覚もある程度鈍るとのことなので。そう言えばある程度艤装で止まったとはいえ着弾の衝撃などもある意味記憶からとんでるわ。稼働状態に入ったのを確認して、右脇腹の包帯を引き剥がす。えぐれた部分は肉が盛り上がり始めてる事にやっぱり人間じゃねえと思いつつ、貫通創の方はどうしたものかと思う。引き抜いたガーゼでまた出血してはいるが―出血はしているがこれ新しいガーゼ押し込むの無理だわ、昨日より明らかに狭まってる。顔を目にすると多分作業の手が止まるので妖精さんに手伝ってもらって消毒してから腹・脇腹・背の3箇所にガーゼを貼り付け、艤装を避けながら新しい包帯でグルグルと巻く。次は右上腕の火傷痕だが、こちらもガーゼ・包帯代わりに使ったシーツを引っぺがすとかなりの部分が色が違うものの、既に新しい皮膚が出来ているかのような状態だ。とはいえこの状態はかなり痛みを感じやすい筈なので、軟膏とガーゼで覆いまた包帯を巻く。聞こえた音は無視して―無視して顔を下げたまま昨日貼った湿布を剥がすと、腫れはあったが赤みは大分消えていたので温湿布を貼る。最後にへの字なってた口を視界に入れながら頭の包帯代りの裂いたシーツ外すと、小さくなった傷の周りを消毒して大き目の絆創膏を貼った。絆創膏で間に合うレベルに傷が小さくなるとかマジでいかれた回復速度だわ。

 

「ひどいのです」

 

「しゃーないでしょ、躊躇したらあんたもっと痛い目に遭うだけだし」

 

よく頑張ったと頭を撫でるなり飴ちゃんあげるなりしたいところだが、負傷した頭を撫でるのもまずいので効果を疑問視しつつも無事な左腕に身を寄せようとして失敗した。

 

「ガッ」

 

「!?」

 

そりゃ眠るわけだ、真正面からの着弾で折れたかそれに近い状態のまま回復しきってなかったと。もしくは桟橋で叩きつけられたショックで治り掛けの部分が悪化したのか?どっちにせよ彼女の肩に当たった部分から痛みが一気に広がってしまった。

 

「あーみ、ミスった、こっちも駄目だったわっ」

 

どさりと横になる。正直認識した痛みで動けない。艤装もないから修復した艤装からのフィードバックもなし。時間をかけて補給するしかなさそうだ。「艤装ハ?」と問いに靴だけ反対側のビーチの倉庫の一つにあると伝えると、彼女が立とうとするので手を掴む。怪我人を走らせるわけにも行かないし、迂闊に道を移動させるのもまずい。

 

「こっちにある車両も向こう側の未舗装路上にある車両も銃撃されてる。艤装背負ってちんたら歩いて行ったら陸で沈むよ」

 

その上で隠蔽性のとても高い妖精さんたちに伝える。味は落ちるが酒も甘みもあるぞっと。「決死隊ヲ募ル!」の掛け声とともにワラワラと艤装から妖精さんが降りてきて整列した。補給資源はこちらにもあるから靴と集めて置いた酒・食糧の回収、出来ればある筈の水源の確認をお願いする。不発弾の危険があるので焼け落ちた宿舎には注意するよう言い含めてだ。多分何人かの無鉄砲は燃え残った食材目当てに突っ込みそうだが、建物を崩す確率がより低いこの小ささなら何とかなる場合もある。「続ケ―!」との号令とともにわたしはまた意識を落とした。




とりあず今晩(2020/11/21AMの夜)はここまででダウン。例によって細かい部分は時間がかかる。


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4.修復

 鈍い痛みと共に意識が浮上する。正直ほぼ2日間アドレナって動き回っていたってのは想定外だった。どうせ脳内麻薬ドバドバするんなら綺麗どころと組んずほぐれつの絡み合いで体験したいところだったが、ほんと体の仕様が戦闘特化のうえ環境がブラック過ぎる。相次ぐ戦闘やプライベート空間のなさで一人遊びも出来なかったし。

 

「北上さんに押し切られてた方が良かったかなぁ」

 

大井という艦娘は北上さんのケツを追っかけるのが定番らしく、北上さんとしては行動が淡白なわたしに最初は違和感が大きかったとか。追えば逃げるんだから行動が逆になれば北上さんが追ってくるわけで、そういうとこやぞ、と他の大井に注意してやりたいとこだ。とはいえそういう会話の時点で何人かの大井が「物理的にいなくなってる」訳で代わりを勤めるのはやぶさかではないものの、心の地雷をひたすら踏み続けそうな案件は勘弁して欲しい。結果として生きてはいるものの、死亡フラグ全被りしたのもある意味トラウマ抉ったっぽいし土下座で許してもらえるかも怪しいわ。

 

「北上さんがどうしたのです?」

 

「今回ガチでやばそうな仕事だったもんだから、出撃前にって、この話は無し!」

 

(多分)小学生に教育に悪い話振るとこだった。大体キスまでいってたし。ほんと続きしたかったけど、思い残す事はないとかなるとそっちの方が重いんじゃ。

 

「大丈夫なのです、鎮守府ではよくあることなのです」

 

「子供で戦争やってる時点で教育に悪いどころじゃないけどさ」

 

「子供じゃないのです。艦娘なのです」

 

「両手で」右手を握られている感触からすると、彼女の傷はほとんど問題ないレベルか。

 

「あいにく大半が少年兵としか思えないのよね」

 

「大井さんは変わっているのです。他の大井さんと比べても」

 

「前も言われたわって、わたし名乗ったっけ?」

 

彼女の名前をまず聞いていないし、記憶を辿っても名乗る余裕もなかった筈だ。思いっきり痛がらせた記憶しかなくてきっつい。

 

「北上さん北上さんと常に言うのは大井さんくらいなのです。わたしの鎮守府にもいたのです。ついでに言うと肝心なところでへたれてチャンスを逃すのもいつものことなのです」

 

大井自体がそれか。どこのキルドレやねん。

 

「そうは言うけど最後の思い出にとか御免だし。ただでさえわたしは3人目だからって状況でそういうの重過ぎるから。まあ帰って来たら続きをしましょうって逃げたら宣言通りにわたしが柿崎って北上さんにパインサラダ作らせたわけだけど」

 

「3人目なのです?」

 

回線繋がってるかも怪しいとこばかりだし知らないか。

 

「自分自身が何人もいるヒロインの2人目が「いなくなって」3人目が来た時の台詞」

 

「艦娘なら当たり前なのです」

 

「うっわ、わたしらの職場環境マジでブラックだわ」

 

「ところで、パインサラダっておいしいのです?」

 

「さあ」

 

どっかにパイナップルが生ってれば片鱗くらいは分かるだろう。

 

「柿もパイナップルも食べたいのです」

 

うん、まあそうだね。ネタが通じない上に欠食児童の食欲煽るだけですわ。

 

「柿崎って人、お知り合いなのです?」

 

「ステーキを食べる前に出撃する羽目になって帰還できなかった奴。戦争物の登場人物だから」

 

「ステエキですか」

 

駄目だ、内容が食欲煽るだけで手に入るのが「あの」チョコレートバーくらいとか殺されるかもしれん。

 

「手、握ってていいですか」

 

「うん」

 

横になったままの彼女の手に力が入る。

 

「そっちに寄っていいですか」

 

「おっけー」

 

敷いた毛布やシーツの上で彼女の腕がわたしの右腕に絡められ、体が右肩側に被さってくる。すんすんと鼻を鳴らすような息が聞こえるが、2日どころではなく水浴びもしていない状態で匂いを嗅ぐのは勘弁してほしい。

 

「潮の匂いしかしないのはお互い様なのです。それで北上さんをどうしました?」

 

磯臭い女と来たか、なかなか辛辣な。

 

「置いてきたと言うかわたしを置いて行かせちゃった。目の前で沈みながら逃げてって言うの、絶対トラウマだよね。3人目だしいっそ忘れてくれてる方がいいんだけど」

 

あんな顔してたから無理だよなー。

 

「大井さんは悪い人です」

 

「うん」

 

「電も悪い子なのです。北上さんの目の前で突撃したのです」

 

「そりゃとても悪いね」

 

「きっととても怒ってます」

 

「それじゃあさ、二人で謝りに行かないとね」

 

「行ってくれるのです?」

 

「流石に一人じゃあね、ガチ泣きされてもきっついし」

 

どの北上さんかは分からないから二回謝ることになりそうだし、向こうも訳分からないかもしれないけど、まあそこは勘弁してもらおう。出来れば他の大井とよろしくやってくれてるくらいがいいんだけどね。ああ、それはそれでこっちが泣きそうだが。それはそうと少しくぐもった声がするし、肩の辺りも湿っぽくなってきたな。出来れば胸か腹を貸してやりたいけど、肋骨ダメダカンナー。あ、なんかエイラっぽい思考になった、そっか大井ってエイラの同類か。そりゃヘタレるわ。

 

「「「「サケダー!」」」

 

「お前らちったぁ空気読め!!」

 

素で叫んだ。

 

 

 

 んで戻ってきた班長以下自称決死隊の連中だが、現在わたしではなく静かに退避していた居残り組の説教を受けていた。うむ、居残り組はきちんと空気を読んでいたようだ。聞き耳は立てていたと白状する奴もいたがそれくらいは許容範囲、むしろ愚痴る相手が増えたとも言えるので有能の域である。説教の間も何人かがぼろっちい靴に鋼材をぶち込んで修理しているのだが、見ていても鋼材が見た目革靴になるのが訳分からん。なお、電はどうにか体を起こしたわたしの後ろに隠れている。多分顔真っ赤と言う奴だ(違う)。

 

「大体ヤネ、ハンチョーハデリカシーチューモンガ欠ケトルワ」

 

「ソノ件ニツキマシテハ誠ニ申シ訳ナク」

 

「吉原デアホヤッテ叩キ出サレタン、ワシガ取成シタノモ忘レタンカ」

 

「ソナイ古イコト持チ出サレマシテモ」

 

「帰還前ニ連絡ヨコシャドウトデモ出来タ話ヤデ?久々ノ酒デ浮カレルノモ分カランデハナイガ」

 

「正直スマンカッタ」

 

「あー、とりあえずもうその辺でいいわ。回収に出てもらったのは確かだし、靴の修理も終わったっぽいから」

 

「エエンデスカ、コイツ調子ノリマッセ」

 

「調子こいて轟沈した馬鹿としちゃ同病相哀れむって奴。とりあえず飲んで忘れましょ、多分まずいけど」

 

「状況モ酒モマズイッテ?」

 

「うん、だから飲んで少しは笑いましょ」

 

その前に戦果の確認だが。予想通り元宿舎に突っ込んだ数人が燃え残った棚から燻製肉を回収していた。水源は残念ながらなかったというか、登りの頂上からの支道に破壊された大型タンクがあったらしく、配管も大体途中で切れていてタンクの底の一部に雨水が溜まっている程度とか。恐らく燃料タンクと誤認されたのではとのことである。となると井戸を掘っても真水は出ないかもしれん。わたしが気付かなかったという事は支道は道の反対側の森の中かな。あとはサバイバルキットに非常食、例のチョコレートバーとビールとワインである。固形燃料も幾らか見つけたようで、とりあえずここの放置されたウォーターサーバーの水くらいはどうにか出来そうである。こっちの建物にあった紅茶類もいけるか。

 

「一応、確認ヲ」

 

靴と、大分短くなった靴下まで持って来られた。砂浜に捨てた奴を回収されたあげく仕立て直されるとかどういう仕打ちじゃ。真水もないので海水で洗うにしても連続作戦で履き続けた足と潮の匂いの染みついたブツやで。年頃の娘なら3日は引き篭もるんちゃうか。ジト目で睨みながら履くといきなりのフィードバックで神経が混乱する。やっぱり艤装の状態が体の状態にも戻るか、しかもこっちの方が効果がでかい。ラマーズ法もどきで呼吸を整えたが周りの目が不可思議な物を見る目だった。まあ妊婦でもないのにやってるのは変だよな。でもまあ痛いのは確かなんで少し効果があった気がする。




「吉原~」のくだりは掛け合いでそれっぽい会話になりそうな感じで捏造しただけで、特に逸話などはありません。やっぱり書いてて思うんだけど状況がブラックに寄ってくの、何とかならんかね。でもこうするとイチャイチャ未満が書けるんだよなぁ。あとこの大井、どうしても鈴谷っぽいのが混ざる。


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5.宴会

 行って探索して戻ってで13時。妖精は小さいながら人間(艦娘)と移動速度はさして変わらなかったりするのがとんでもない。一応道沿いに道を避けて動いたので時間はかかったそうだ。探索中も敵影は見えず、ただし漂着物の調査のため再度行きたいとのことである。「宴会ダー」と複数が叫んでいるのだが、勘のいいのが艤装を移動させ始めているのでこっちも銃器の弾を抜いて端に寄せておく。ガバメントは弾入れっぱなしだったし、スプリングがヘタると困るし。なにより酒の席で酔って武器を持ち出す可能性がゼロとは言い難いので、事故・刃傷沙汰防止の観点からの武装解除である。昼間からの宴会はどうかというのはあるが、夜間に煌々と明かりを点けると銃撃爆撃待ちの最後の晩餐か?という話になってしまうので仕方ない。最後の襲撃から大分時間は経っていると思うが、呼び戻すような真似は御免こうむる。

 

 さて給湯室だが、居残り組が外部に複数本接続されたプロパンガスを確認したため、ガスコンロ自体は使用可能だと告げられた。また島全体の貯水タンクは破壊されたものの、この施設屋上に設置されたタンクは無事なので、少しの間は給湯器も使用できるとのこと。切れた配管からは高度差のおかげで水が漏れないにしても、なんか色々入って水がダメになっているのではと聞いてみると、水自体は濁りもなかったので切れた配管は塞ぎ、消耗品の中にあった塩素消毒剤を屋上のタンクにぶち込んだそうだ。常温で飲み水にするには大分薬臭い筈なので、現状はシャワーや食器洗い、それといい加減やった方がいい洗濯に使うことにして、飲み水は残存するペットボトルのミネラルウォーターとウォーターサーバーの予備ボトルの物でいいだろうと言われた。ペットボトルは脱出時を考えると数残して置きたいのでウォーターサーバーを電源なしのまま使うか?と思ったら電源なしの常温水モデルなので消耗品にあった殺菌ろ過フィルターと水のボトルを交換したそうだ。古いやつはバケツ類に出しきってランドリールームに置いてきたとか。

 

 食器やら洗ってケトルでお湯やら用意して、さっきまで休んでいた会議室に並べる。妖精たちもまあ適当に見た目はつまみ程度の非常食などを皿に出していく。多分酒は全部飲み切るだろう。見つかった燻製肉も大した量はないし傷む前に全部スライス、どこにあったのか竹串にアウトドア用のコンロ、金網に固形燃料とミニ焼肉かバーベキュー準備万端である。天井をふと見てスプリンクラー類がないのを見ると慌ててあると思われる消火器(給湯室にあった)を探し、会議室の隅に置いて皆で酒を注ぎ合った。

 

「それでは、諸般の事情により日もまだ高いものの、宴会とします。まずは」

 

軽巡というクラスにより押し付けられた挨拶だが、一度押し黙る。水を差したくはないが言わないのもおかしいだろう。

 

「まずは、もういない仲間のために、そして運良くか悪運強くか、今生きているわたしたちに」

 

あとは、そう

 

「明日のために戦い続ける誰かに」 

 

「乾杯」

 

「「「「「カンパーイ!」」」」

 

マグカップのワインを一気に流し込む。ビールよりは強い―そこまでは変質していなかったワインのアルコールで喉が熱を覚える。飲み干したカップを置いたところで複数人で妖精がボトルを運んで器用に次を注いでくれる。今度は少し口に含むと、酸味が強いうえに渋い。そのせいか赤ワインは妖精たちには不評で、缶ビールの消費が早い。電はというとガラスコップに半分ほど注いだワインを少し飲んでは顔をしかめている。変質して酸味が出てしまったのと運んだことで澱が広がってしまったか。ビールはビールで炭酸弱くなってるし喉越し(わたしには分からん)も良くないと何人かが言っている。一人がトコトコとダンボール箱の一つに向かうのを目撃し、摘み上げると輪に戻す。イソプロパノール入りは毒物だ、飲もうとするな!

 

 つまみにビスケットバーを齧りながらチビチビとやる。チョコレートバーは半分(2本)を残して開封し、切ったり砕いたりと小さな塊を口にする感じで皆で食べている。まあ妖精にとってはサイズ的に充分だ。残り2本はというと、わたしたちだけで島から出る時のために取っておくべきだと言われたので従っておく。運よく救助が来た場合はここに残して行っていいだろう。いや、救助に菓子類があったなら代わりにそっちを置いて行くべきで、これはやはり持って行くとするか。電も恐る恐る大きめの欠片に手を伸ばす。口にして甘さにちょっと笑顔になったところで後味に真顔になり、それから口をへの字に曲げ始めてもごもごと口を動かす。腹を決めたのかグラスを手にしたので、そのまま見ているのも意地が悪いかと思いティーポットにバッグを投入するとケトルのお湯を注ぐ。渋いことこの上ないワインでしかめっ面の電の前に空のカップを置くと、こだわりも何もない紅茶を注いだ。

 

「ありがとうなのです」

 

彼女はふーふーと冷ましながら一口含むと、

 

「金剛さんに怒られそうな紅茶です」

 

と言いながらまた笑った。金剛は紅茶にこだわりがあるという事か。そういえば作戦中にちょくちょくティータイムが欲しいと怪しい外国人のような喋りをしていたか?続いて妖精が集まって紅茶を要求してきたので、空き皿の上にそれぞれのカップを置かせる。直接注げとかサイズ的に無理だ。皿の上にこぼしつつもミニチュアのカップに紅茶を注ぐと、皆カップを手に残ったチョコレートバーの欠片に突撃していく。お残しはナシというのはいいのだが大丈夫か?皿の上に残った紅茶も、ビスケットバーに吸わせることで味気なさをどうにかする、という奴が出て思わず感心した。気付けばビールは品切れのようで、呑めりゃいいとばかりに妖精たちもワインにも手を出し始める。ついにはメインディッシュということになっている燻製肉のミニバーベキューが始まる。係の妖精が串に刺した肉をじっくりではなく軽く炙るように焼くと、各員に配っている。うち二人がそれぞれ焼けた肉を持つとこちらにトテトテとやってきた。

 

「ドウゾ」

 

礼を言ってわたしも電もそれを受け取る。妖精たちは戻って係から自分の分を受け取っていた。しばらくぶりの肉を口にすると、記憶の中にある肉類の味と重なるように旨みを感じられた。少しだけ元の肉が堅いか水分が抜け過ぎてしまっているような感じはあったが、肉は肉という味に一息つき、ついワインを呷ってしまったのが運の尽き。

 

「ウ゛ァ゛」

 

人外染みた声を上げる羽目になった。肉には赤ワインとかいった話もあったが流石にこれは違うだろう。横着もいいとこだが空になったマグカップに冷め始めた紅茶を注いで呷るともう一度一息つく。電に声をかけられたのでぬるいけど、と返事をして残りを彼女のカップに注ぎ終わる。肉を食べ終わったらしい先ほどの紅茶党?の妖精たちもまた来たので、鍋敷き代わりの皿の上からケトルを手に持つ―少し軽いし、冷め気味と判断する。

 

「お湯、沸かしてくるから待ってて」

 

 

 戻って来たら電がすっかり出来上がっていた、いやどういうことよ。「前」は多少は飲んでた自分でも飲みにくい代物をどうやって子供に勧めたうえで飲ませた。艦娘は一応成人扱いと本人及び妖精連中が強硬に主張したので仲間外れはどうかと思い従ったが、量飲ませるのは流石になぁ。少し離れて紅茶党の連中に状況を問うが首を縦に横にと振るばかりで要領を得ない。おまけに自分のカップにも紅茶を、といったところで横からワインを注がれる。宴会前は説教をしていた妖精(少尉殿らしい)と班長が抱えた瓶を置いて「マア飲メ」と揃って勧めてくるのでケトルを置くと、今度はこっちこいとばかりに床をバンバンと叩く電。いや火傷のひどかった右腕を雑に振るなって。

 

「ちょっと飲み過ぎじゃない」

 

「子供じゃないのれす」

 

「マア飲メ、ドウセコレデ看板ダ」

 

最後の一本も開いたところだった。少しくらい残しておいても良かったのではと少尉殿に問うが、「コノ状況デギンバイハマズイ」との返事。ギンバイ?と聞き返すと物資のちょろまかしで殴り合いになると艤装の運用効率が落ちるので、飲み切ってしまった方が良いと。そういうことなら仕方ないかとワインを呷るとこれも味はダメダメだった。左から寄りかかってきた電が「もっろ飲むのれす」とろれつの回らない様子で瓶を傾けるので慌ててマグカップを出す、いや注ぐ先は確認しようよ。右手でこっちの右肩に捕まっているのにずるずると姿勢が崩れていくので、仕方なく彼女の腰に左腕をまわして支える。胸部に軽く痛みが走るがもうその程度なので、彼女の包帯も明日には取っ払って平気そうだ。少し飲んでは残った酒を足されるの繰り返しになった上に、妖精が歌い始めた軍歌に電まで加わったのでアウェイ感マシマシである。妖精たちもペースが落ちているのか最後の一本がなかなか減らず、集中的に酒を注がれる。結局ほぼ残りの一本分を飲まされたところでお開きになった。電を含めて酔い潰れた人員(総数不明)多数の中、紅茶党や潰れなかった妖精が片付けに奔走する。正座で座ってしまった上に潰れた彼女をひざまくらで寝かせているので動きようがない。ここまでくると流石に気付いて酔い潰しの主犯たる少尉殿を睨む。

 

「マア、飲ンデ忘レルホウガイイコトモアル」

 

そう言うと彼は何人かの妖精に「歩哨ニ立テ」と命令してからどこかに行ってしまう。陰り気味の日に晒されながらそういう言い方はずるいわ、とわたしは愚痴をこぼした。

 

 

 片付けがほぼ終わりしばらく、会議室の時計の短針も6を指しているので午後6時になるかどうかというところだろう、薄暗いを通り越して大分暗い。起きているのも無駄なので寝る準備をしたいが、せめてお湯で体を拭くくらいはしたいところだ。妖精も同じ考えになったのかお湯を入れたバケツにタオルと、わたし達用らしい着替えを持って来てくれる。

 

「明日ニハ洗濯ト修理ヲシタイノデ制服ヲオ渡シクダサイ」

 

まともに起きそうにもない電も剥いて服を渡せとのご指示でした。妖精たちは気を遣ってか別の部屋にもお湯入りバケツを運んでいる。あっちは身体サイズ的に風呂に入れるのがうらやましい。仕方がないので彼らが退散すると、一緒に持ってきてくれていたライトを自分たちを照らすように転がし、電を脇に横たえて服を脱ぐ。途中彼女の手が何度かこっちのを掴んできて少しやり難かった。続けて彼女の服を引っぺがすのだが、今度はなすがままにされているのはどういうことか。あと制服の上を脱がしたら軽い金属音とともに切れたネックレスのチェーンっぽいものが出てきて、良く見たら襟の右側を弾が掠ったのか部分的に焦げている。首にかけていた何かのチェーンもそれで切られたようだ。どうしたって海上戦の最中ではもう海の底だ、考えるのを止めて全部脱がすと足を投げ出す感じでべたりと座り、電を背から抱えて自分の腹の辺りから下に重ねると、やや熱いお湯で濡らしたタオルで彼女の体を拭き始める。

 

 包帯類は避けて右手と下腕、左腕、少し躊躇したが脇と拭うと、板敷なので少し冷たいだろうが、今度は腰から上を左側におろしてひざの上に彼女の両脚(というかほぼ脛)を載せて足・脚から太ももへと複数回拭く。接触状態から一気に人肌の感触が消えたので彼女の手が腕やももを掴もうとしてきてはいたが。タオルが冷めてきたのでいったん右横に置いたバケツに放り込むと、電を一気に引き戻して横抱きから降ろしたみたいに肩から上を腿の上に置く。いちいちこっちの腹の方を向こうとするのを戻しながら絞ったタオルで顔と手探りで耳の後ろ側、首元などを拭く。そのまま際どい所まではいかない様に胴の前側を拭くと、今度は裏返してまた耳や首の後ろ、背中側と拭き、わたしの腿の上で下を向いた彼女が深呼吸したところで肘を落として終わりとする。

 

「いたいのれす」

 

「いちばんデリケートなところを嗅いだ上に深呼吸をするな!大体起きてるなら動け!」

 

途中途中で薄目を開けているものの、ほぼ脱力状態で酔いが残っているのだと無視していたが、最後のあれは流石に女として許しがたい。一応生前の男性的意識はあるが、ああいうことをされると大井というか艦娘側の意識にシームレスに移るので簡単に制裁方向で手を動かすようになる。電を剥いたのに罪悪感的なものもないのは艦娘生活約1年で雑魚寝上等損傷半裸当たり前で異性を見ているという感覚が行方不明になっているためだ。実質的に男性部分がほぼゼロで前世は男でしたとか告げても相手を混乱させるだけである。とはいえこうもこの子が寄って来るとなると、牽制にトランスジェンダー的な何かだと伝えるべきか?と考えるが、余計にこじれると頭の中で大井が返事をする感じがある。

 

「今度は電がお拭きするのです」

 

「いいから冷える前に服を着なさい」

 

不満とばかりにむー、と唸りながら着替えのシャツにブカブカのショーツを着る彼女を傍目に自分も体を拭く。脇やら胸の下とかも色々気になるので念入りに。自分の体なのだし先程のような所業を防止するため、人前では拭きたくない場所も少し念入りに拭くと大分冷めたお湯にタオルを放り込む。着替えを身に着ける前にわたしの脱いだ服を(まったく油断も隙もありゃしない)、彼女から取り上げると畳んでまとめ、シャツと緩いショーツと言うラフ極まりない服装でドアを少し開けて使ったバケツ類とともに待機していた妖精に渡した。異常ナシとか交代、の声を尻目にドアを閉め、背にひっついてくる彼女を引きずりながらカーテンを―カーテン開けっ放しだったと後悔しながら閉める。

 

「ほら、さっさと寝るわよ」

 

敷いたシーツ・毛布類に横になって毛布をかぶると手元に戻したライトを消した。こっちの腹まで腕を回した電が相変わらず背に引っ付いたままだ。わたしの髪で鼻を刺激されたのかクシュンと小さなくしゃみをする。彼女の腕を解くとぐるりと向きを変える。

 

「ほら、これでいいでしょ」

 

右腕で彼女の頭を抱える様に首元に引き寄せる。こっちを見上げる電を見てから目を閉じると、残る酔いのせいか一気に意識が落ちた。

 




 電のキャラ付け(性癖)がおかしくなっているが、描写自体はセーフのはず。寝落ちパターンと後出し多数のゆっるいサバイバル(笑)。事務用品室の茶菓子も記述後放置のままだし。書いてて女性の外見をしたキャラがいるのはイメージできているが、大井の姿が見えないのが感覚としてネック。


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6.増強

 朝ちゅんとは言わんが寝返りで普通に仰向けになったわたしの上で、ちょいとサイズ感ある胸に顔を埋める彼女の将来に不安を覚える。妙にこっち側的な性格のピンク髪の駆逐艦に揉まれたりと女同士でも過激寄りスキンシップを呼び寄せる胸だ。北上さんもちょくちょく「大人気だね、胸が」とからかってきた。はあ、と返事のしようもなく相槌を打っていたが、「北上さんがお望みでしたら」と胸を差し出すのが大体の大井だと他の同僚に言われ、解せぬと思わず呟いたものだ。そういう無反応か逆パターンの受け答えのためか、待機中に膝貸してーと北上さんが来ることもしばしば。ちょーっとごめんと後ろから抱き着いてくるときに胸を揉んだりはしないので北上さんマジ紳士(違う)。遠征後に多かったと思うから色々いっぱいいっぱいだったんだと思う。つらい。

 

 上に乗られても肋骨が痛むとかなさそうなので多分ほぼ完治なんだとは思う。まだ暗いが微妙に視界が確保できている感じがあるのでそろそろ夜が明ける頃だろうか。しかし制服は洗濯と修理で手元にないので着るものがない。どうせ妖精とこの子しかいないのでそのまま出歩いてもいいが(良くない)、引っ付いてくるだろうから適当に腰の部分を詰めないと二人ともショーツがずり落ちる。いっそ水着があればと思う、せっかくリゾート施設にいるのに。やっぱりつらい。

 

 何となく変な思考に覚えがあるので思い出そうとすると眼鏡童貞人間の心情描写が思い当たる。突っ込まれる側で突っ込まれたことがないので同類扱いでいいと思うが変態淑女とか言われる大井種だそうなのであっちより風評被害がひどいです。匂いフェチの小学生が付きまとっていて艤装がないので、押さえ込まれてすーはーされるかもと思うと大した自覚はないものの乙女としては非常に心外極まりなく、現在進行形で鼻先を擦りつけてるこの子をどうしたものかと思案中です。再教育必須な小学生で艦種(軽巡>駆逐)的にも小さい相手を「お前のぎそーねーから。こいつ戦力な」とか燃料鋼材吐き出すレベルでつらいです。げーげー吐いてた北上さん並につらいです。ああ、うざいってそういう・・・ツンデレですね、北上さん。

 

 

 シャツの裾に手を差し込まれたところでゲンコを落とした。

 

「いたいのれす」

 

「直揉みか!直揉みがしたいんか!」

 

乙女とかそういうのが吹っ飛んで親父と化す。

 

「いえ、長門さんみたいに胸枕させてほしいのです」

 

「よし、そのナガト殴る」

 

どこぞのモジャモジャ頭で髭のエスパーだった筈だ。ESPジャマーと光子魚雷装備でカチこんだる!銀河皇帝(初代)だろうと殴る(だから違う)。それとも最新鋭の対人コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースだったか?どっちも枕になる胸ねーじゃねーか!(膝枕は可)

 

 

 はーっとため息をついて彼女の首に手を回す。

 

「心細いのは分かるから、時間まではこうしておいてあげるわ」

 

あと女同士でもセクハラはやめておけ、と注意しておく。北上さん(こっちが生前ならやっぱりアウト)とかもっと上の体格の方々相手なら百合の向こう側に行くのも悪くはないが、駆逐艦級とか相手は食指も動かんし(食指が動こうがやってはいけない)、お巡りさんこっちです、からの「だから大井は」コンボで社会的評判轟沈になるのでご勘弁願いたい。「許可」を出したのが打撃になったのかくぐもった声が聞こえて胸周りの水気が増したのは正直誤算だった。「少女に与えられたのは、大きな銃と小さな幸せ」のキャッチコピーは覚えているが、砲に魚雷と装甲に強化したから小さな幸せはボッシュートではこうもなろう。ただまあ返事はしないでおくが、おかーさんはやめて。その術はオレに効く、資材吐くわ。

 

 多分ハイライトが消えた目で吐き気を我慢しながら電をよしよしとあやしていたら、夜は完全に明けたらしい。彼女は泣き疲れたのかまた眠ってしまったが。なんか心にもないことを口走っていたとは思う。この状況で心から大丈夫とか言えるわけないしー。でもこの子が頑張ってるのは確かだから、あんたはよく頑張ってる、は本心。だからおかーさん、おかーさんって泣くのだけはやめて、心が即死するから!大丈夫、致命傷だの域だから!

 

 キイッと少しの軋みだけさせてドアから伝令、と小声で妖精が入って来る。目だけそちらに向けると静かに、と人差し指だけでサインを出す。

 

「艤装服ノ修理ト並行シ、物資ノ捜索ヲ行イマス。海底モ出来ル範囲デ捜索シマスノデ、発見時ニハ大井殿ニ回収ヲオ願イシタク」

 

小声での要請に手でOKとサインを出す。パワー面では艤装を装備した方が強いが、稼働状態だと底に沈めないしな。そうするとシャワーは作業終了までお預けだな。シャワー浴びてから海水をまた浴びるとか水の消費量増やすだけだし。

 

 

 

 正午、電の包帯を全部引っぺがしてからの食事兼報告会となった。頭の傷と右脇腹の貫通創はきれいに消えていたが、腕の火傷部分と右脇腹の抉れた痕はやや色違いと部分蚯蚓腫れみたいな状態になっていて痛々しい。こっちの破片とかでの細かい切り傷痕はノーカウントで結構だ。まともな鎮守府設備でならきれいさっぱり直せるだろうとは少尉殿の言。妖精が入れてくれた紅茶を飲み、事務用品置き場で見つかった缶のクッキー(未開封だったが開封した段階で湿気気味)を食事とする。昨日は自分がやったのに今日やってないのは電が左に引っ付いて離れてくれないためである、ガチで不味ったかもしれん。

 

「ドックノ中型ボートハ甲板ガ燃エタダケ、燃料モアルカラ動ク」

 

甲板にあった焼死体は埋葬済みだとか。回収してもこっちが沈めば一緒に海の藻屑だし。サバイバルキットは一応補充済み、途中で捨ててしまうとしても電の燃料を節約できるので少なくとも電は本土まで行ける。

 

「艤装ハナカッタガ砲ト機銃ガ沈ンデル。回収シタイ」

 

ガチで「艦娘担当官」やるか。最悪電だけになること考えると機銃も直せたら電に持たせよう。砲一個持ってボートの上から囮かな。

 

「魚雷発射管自体ハ無理ダガ同装備ノ取付ケ基部ト防盾ハデッチアゲタ」

 

分かってるじゃないか、これで最悪居残りが出来る。海上を歩くだけの装甲砲撃歩兵でも対応を強要させられればお釣りがくるわ。あと、これとばかりにM16系ライフルとタクティカルベストをどかっと置かれる。ダメになった奴を予備マガジン込みで直したそうだ。いるとは思えないが海賊、及び途中でどこかに寄港した場合の小勢力軍閥・野盗対策にはこちらの方がいいだろうとのこと。ショットガンは後の者のために置いて行くか。

 

 

 

 艤装から引っ張り出したミニチュアボートで、問題のポイント海上を妖精達が教えてくれる。着ていると邪魔になるので砂浜で全部脱ぐと、波打ち際からそこまで歩いて行く。感覚としてはこれでも燃料をごくわずかに消費している感じはある。さて、問題のポイントだ。水深約3mの海底に主砲が落ちているそうで、顔を浸けて一度底を確認するとそれっぽいものが見える。電は砂浜奥の木々の間で服以外の艤装を装備して待機しているので、緊急事態発生時には新造した碇を打ち込んで引き上げてくれる。だから完全に脱力して「沈んで」も大丈夫だ。そもそも大井を含む球磨型の吃水は4.8m、3mなら潜っても沈んだことにならない(百歩譲っても座礁)。一気に体が沈むと底に足が着く。連装砲らしいそれを手に意識を変えると立った状態で水面まで浮上した。砂浜までボートも引いて取って返すと数人の妖精が砲塔を受け取ってすぐにドックの方へ行ってしまう。こちらも次のポイントに移動だ。

 

 ボート類が座礁・沈没している入江から200mほど、水深が20m前後になっているらしい。20mともなると球磨型はマストの一部を除いて水面下の筈だ。距離も人体基準で考えるとそこそこある上に入江のエリアは岩場の影か倉庫、あとはヨットくらいしか地上側も隠れるところがない。そこで電に曳航してもらった上で彼女のアンカーにロープで体を括りつけて潜ることにする。今来ている中で一番泳ぎが上手いという妖精もスタッフとしてつけてもらった。推測通りだと水深10mを超えた当たりで問題が生じ始めると思う。ポイントに到着すると、引き上げタイミングの合図は随伴の妖精に任せて沈み始める。先程同様立ったままで今度はゆっくりと、目標物の方向を示してもらいながら沈み続ける。

 

 予想通り半分くらいの深さで息苦しさが一気に増した。艦の底から甲板上部前後まで丸々沈んだ程度の深さだ。傾いているだけなら何とかなるかもしれないがそうでないなら絶望状態だろう。さらに沈んでもう少し、というところで口をぶはっと開いてしまい、多数の泡が漏れる。機銃は見えているしあとは掴むだけの様に思えるが苦しいもうやめたい嫌だイヤダと多数の声がどこかから聞こえて体が逃げ出そうと余計な動きをする。底についた時にはいつの間にかうつ伏せで背のアンカーに潰されるかのように機銃の上に被さっていた。でも抱え込めた。小さい体が私の周りを少し行き来すると首に何かがかかる感触がする。恐ろしく眠さを感じながら眼の下辺りを何かでつつかれて薄目を開けると、浮遊感とともに体が底から離れていく。腕から力が抜けて抱えた物が離れるが、手を伸ばしたところでいきなり首に荷重がかかり、それもそれ以上離れずに一緒に登っていく。周囲が明るくなってきて再度機銃を抱えると、ミニチュアの機銃にこれまた同スケールっぽいワイヤーが括りつけてあって、機銃に取り付いた随伴の妖精が親指を立てる。助かったわ、言おうとしたが漏れる泡もなく口が動くだけで、水面上がった直後には揺れる海上で水を吐き続けた。曳航どころではなくほぼ背負われて陸地か施設かに戻ったようで記憶も飛び飛びで、まだ日も高いの筈なのに寒い暗い怖いと呟き続ける自分に気付く。意識はあるレベルで起きたはずなのに寒さで体を丸めると急に暗くなるが、温かくて柔らかいものがわたしを覆うのを感じて、そのまままた眠ってしまったらしい。

 

 

 また目を覚ます。やっぱり眠り方がまずい。極度の疲労か飲酒、それと「何か」で意識を落とされるように自分以外の要因で思考が飛んでいる気がする。さて、今わたしは何に抱きついているのか。両腕は横に眠る彼女の背の中頃に回しているようだし、丸め込んだ体の両脚は太ももの付け根を擦りつけるように電の両脚、主にすねから足を際どいレベルでかにばさみにしている。柔らかいおなかに顔をつけというか絡められた彼女の腕で頭を抱えられていて、お巡りさんを呼ばれると申し開きも出来そうにない状態です。抗弁できそうなのはこっちも外見未成年ということくらいだが、電は13歳未満だろうからわたしは最低でも非行で補導対象になりそうです。当然―いや少なくともマッパなのははわたしだけだった筈だ、何故脱いだ。

 

 まずい状況を打破しようとして両脚をそろそろと解く。それでも小さい子の腹の上で泣くみたいな、みっともない状況なので身を離そうとしたところで一気にぶり返した。離れようとした腕はいきなり締め付けるような強さで柔らかい肢体を抱え込んで離さず、鼻や口が塞がるのもお構いなしにおなかに顔をうずめては、息をするために離れようとし、再度腹に喰いつくように密着する。離れる・しがみつくを同時に行おうとするかのようにちぐはぐな動作で唸りながら、暴れる一歩手前でまた頭を抱かれた。

 

「大丈夫なのです」

 

「ご、ごめ、ごめん。すぐ」

 

すぐはなれる、と言おうとしてまた寒さがぶり返し、口を塞がれているかのように閉じたままで悲鳴を上げてしがみつく。温かい手が後頭部を撫でてくれて少しだけ安心したのに背中が寒くてすぐに怖くなる。解いたはずの足をまた絡めているのが分かるがそれ以上何もできなくて何かわめいた気がする。

 

「大丈夫なのです、もう陸なのです」

 

頷いたと思う。

 

「水の底ではないのです。大井さんはここにいるのです」

 

唸るように返事をしたはずだ。

 

「大井さんはとっても頑張りましたから、もう大丈夫なのです」

 

それでも怖くて全力でしがみついてた。

 

「もうこわくないのです。電も一緒にいますから。ここは暖かくて明るいのです」

 

ほうらこわくない、こわくないと頭を撫でられて、それでも怖くて泣いて、泣いて、そっから先は覚えていない。

 




 ドリフオマージュつーかパクリというか大井が思考でしゃべってる時点でただのネタバレ芸みたいな何か。艦スリンガーガールはガンスリ本家もやったネタだし闇深。ハッピーエンドにはするから許せ。それと長門に罪をおっ被せることにしたが私は謝らない。長門だとトレーニング後とかに駆逐艦級に突撃されてもそのまま許しちゃいそうだし。ながもんでなくても「まあ待て、シャワーくらい浴びさせろ」と言いながらシャワールームまで肩車で「ほうら大戦艦だぞ」とか清霜にやって大戦艦病を拗らせさせる気がするし。

 そして繰り返しの意識飛びオチ。性描写はないが、絵面はガチでやばいぞ!憲兵さん呼べば多分来る。午前にママの振りをした転生大井が午後にはお返しとばかりに電にいい子いい子されて眠りました、まる。なおキャラの行動をシミュレートすると電がいい子いい子しなかったら恐怖の反動でR18してるはずだわこれ。


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7.整備

 艤装制服の修理が完了してシャワーを浴びてから着たいのだが、水を被るのがこわくてシャワーを浴びられないという事態に陥っていて例のいくつかあるシャツとショーツで誤魔化している。連装砲と機銃を回収したのは昨日で、あの後ここ数日の間に寝床となった会議室運ばれて意識を取り戻しては気絶するの繰り返しで今日になったとのこと。寒い寒いと繰り返すわたしを電が抱きかかえて眠ったと今日になって聞かされたが、目覚めたときにはやっちまったと誤解して激しい後悔に襲われたものである。土下座しようとしたが何故か身動きできず、目を覚ました電にある程度説明されていくらか納得したのだが。

 

「甲板ハ洗ッテワックスカケタダケ。キャビンノガラスハデッチアゲタ」

 

 外見的に下着姿のままボートの状態を聞いている。昨日までは電がくっついてくるだけだったが。ボートのあちらこちらで作業中の妖精が顔を出す。

 

「ダイジョウブカ?」

 

今日起きてからは互いに腕を相手の体に絡めていないと駄目な状態だ。左脇から身を寄せている電の体温でどうにか精神の平衡を保っている。

 

「理解はしてるから。あれの影響がまだ残ってるだけ」

 

「轟沈」は実のところまだなんとかなるのはわたしたちだけでなく他の生存例も多いらしい。

 

「マア底ハサムイカラナ。死ンダ奴ラガシガミツイテクルシ」

 

「沈没」でも「サルベージ」は可能らしい。陸近くで沈んだ場合は例え死体でもサルベージするべし、と指揮官教本には記載があるとか。理由は軍機となっているが、底で放置すると「向こう側」に行ってしまうというのが公然の秘密だ。本土では燃料の無駄と言われても普通の回収船を何度も繰り出しているし、未発見だがサルベージ船の艦娘を研究するチームもあるのだと。向こう側の件は薄々そんなんじゃないかと思っていたが、サルベージ推奨の規程その他は初耳だ。

 

「あれって、死人の声?」

 

「ナニカ聞イタンナラソノ部類ダナー。但シアンタノ中カラダガナ」

 

どういうことかと問うと、

 

「沈ンダ船ト死ンダ兵隊ガドッチモ生キテ歩イテルンダ。チョットノコトデ転覆シカケルノモゴ愛敬ッテモンサ」

 

意訳すると死人が歩いているのだから仕方がないと言われ、我慢できなくなって電の肩を抱く。

 

「ごめん、ちょっとこのままでいさせて」

 

溺死とかの物理的な話ではなく、ガチで直接「死」の領域に沈んでいったことを理解する。

 

「もっと電にあまえるといいのです」

 

「マア大井殿ハ他ノ大井ヤ艦娘トハ少シチガウオカゲカ、モウ動ケルヨウダシ、大丈夫ダロウ」

 

会ったときから通常個体ではない、と認識していたので

どぶさらいの要請をしたと白状されたわけで。

 

「それでもやせ我慢はやめてください。そういうのはな提督のお仕事でいいのです」

 

「ソレジャ続ケルゾ。見テ分カルト思ウガ船体・機関部トモニ点検ト整備ノ最中ダ」

 

「燃料ハ八割。ドコカヲ経由シナイト本土ニ届カン」

 

満タンでも無理だし、タンクから電に補給したら勿論さらに減るとのこと。

 

「南下して味方基地を探すとかは?」

 

「南方の所属先ハ多分壊滅シテル。大井殿ノトコロハ?」

 

「全力出撃だったから。ごめん、愚問だったわ」

 

地理的にフィリピンとかの端っこなのは船にあった海図類で確認済みだとか。戦地に行きたきゃ西に行けばいい。

 

「ヨッテ沖縄近傍ヲ目標ニ本土ヲ目指ス」

 

「最初の横須賀ではないのですか?」

 

「行キタイカ?」

 

「いやなのです」

 

元々横須賀所属で東南アジア方面に転属になったそうだ。本土よりの噂などを妖精達が知っているのはそのせいということで。横須賀に戻ってももどうせまたこっち側に送られるとのこと。

 

「でもそれだと沖縄の基地でも同じにならない?」

 

「鎮守府じゃないのです」

 

「ソコマデ日モ経ッテイナイシ、マダアルダロウ」

 

二人の話からすると、沖縄のどこかに基地(鎮守府が通常らしいがどうにも慣れない)ではない受け入れ先があるようだ。

 

「何ニセヨ台湾デ燃料ヲ補給スルカ、北上ヲ続ケテ船ヲ捨テルカダ」

 

燃費重視の低速航行になるので時間はかかるし、途中で敵に遭遇して全力で逃げると台湾にも届かないかもしれない。台湾でも味方に見つかると戦地に逆戻り。誰にも会わずに北にある楽園目指して突っ走れと。

 

「あと、その場所の事は誰にも言ってはいけないのです」

 

「そりゃ脱走兵の隠れ場所なわけだし」

 

「北上さんとの約束なのです」

 

「八つ裂きにされても言わないから安心して」

 

言ったら他の大井に16分割にされるんじゃね。

 

 

 

 連装砲と防弾楯の具合を確かめる。機関部がないので仕方ないのだが、重い。なんとなくイメージとしてだが、腰をやや落とすと左の楯を全面に向け、右肘を直角に曲げて連装砲を構える。全くもって量産機然とした装備になった。なお、電は機関部のアームに対空機銃を載せ換え、連装砲は手持ちに変更している。探照灯はいったん外して機関内部の倉庫に収納していると。

 

「電は改装済みなので3つまでなら同時にあつかえます」

 

改装とやらをしてもらった記憶もないし、単装砲と魚雷だけで戦わされたのはそのせいか。

 

「大井さんは激戦区にいたようですので、多分改装できる状態だと思うのです」

 

但し大井の改装は極端なタイプになるので、わたしの好みではないかもしれないそうだ。バランス型から武装でいじる優柔不断だからねぇ、わたしって。

 

 動作チェックまで終わったので追加で靴も履く。シャツにショーツで素足に靴とまあしっちゃかめっちゃかだ。

 

「わるいけどさ、ちょっと外まで付き合って」

 

 

 シャツの裾をつかんでついてくる電を連れて、受付施設を出る。ゆっくり石だらけで砂浜未満の岸に近づいて、途中で足が止まる。

 

「電ってさあ、わたしのどこがいいわけ?」

 

立ち止まったせいかそのまま背にひっついている彼女に聞く。

 

「なんだか安心できるのです」

 

「風呂も入れてなくてくっさい女なのに?」

 

「海のにおいなのです」

 

「それじゃあさ」

 

水上歩行試験なのだが、足が止まったら抱き着いていいし、好きなだけ「吸って」いいとの条件を出した。半ば自爆だが恐怖心を羞恥心で上書きして前に踏み出す荒療治の「つもり」である。

 

で、身を離すように一歩水上に踏み出した。沈みはしないがそこでいきなり固まる。当然重い当たりで艤装を背負った電が背に抱き着いてくるので、僅かの逡巡で、もう一歩踏み出す。電の質量分動きが重いが、人肌の安心感かまだ歩けた。

 

 ふと立ち止まってしまうとはっついたままの電がスンスンと鼻を鳴らし始める。抱き着いたままなのはどうかと思うが、足を降ろした瞬間は止まっているのです、と抗弁され条件設定を間違えたかと思う。ふと水平線を眺めるというのも、うなじや脇の下とかに頭を突っ込まれそうになるので、時間的余裕なく歩く。そろそろ湾から出そうな辺りで切り上げることにした。

 

「もう終わりなのです?」

 

「これだけ歩けりゃ充分でしょ。大体現状で」

 

歩きながらそれを認識して完全に固まった。戻ったらまた出なければいけない。出られるではなく、出なければいけない。耐えられずに振り返って見る。あの「暗く寒い深い底のある海」に出なければいけないのだ。

 

「帰らなくてもいいのではないですか」

 

この子を場合によっては楯にして。

 

「ここは暖かいのです」

 

この子を守りたければ、わたしが楯になるしかない。

 

「こんなところ、もう誰も気にしないと思うのです」

 

機関のないわたしでは、底に沈むと同義だ。

 

「大井さんは、おかーさんになってくれました」

 

「やめて」

 

「電も大井さんのおかーさんになれます」

 

「やめて」

 

「電も大井さんもいっぱい頑張りました」

 

「やめて!」

 

「もう頑張らなくていいと思うのです」

 

「わたしは!帰るの!」

 

「ここなら、いたくもこわくもないのに?」

 

「北上さんがいない!」

 

「そうですか」

 

「わたしは!北上さんに会いたいの!」

 

「ですよね」

 

「北上さんにごめんなさいっていってないの!北上さんに付きまとって邪険にされたいの!」

 

「そういうひとですよね、大井さんって」

 

そう言っているのにわたしは電の頭を胸に抱いていた。

 

「だから電のものにはなってくれないんですね」

 

こんな風に抱きしめてくれるのに、と彼女が不満を口にする。

 

「ごめん、電。やっぱり「大井」は帰りたいって」

 

いきなり楯になったり変に怖がったり妙に覚悟が決まってるのが、いったい誰なのかようやく分かった。つまり「わたし」は員数外の乗客なわけだ。わたしを見上げる電がああ、と声を上げると、さらに不満を口にした。

 

「本当に、北上さんはずるいのです。ここにいないのに」

 

「大井さんも「提督」も最初からあの人のものだとか、ずるいのです」

 

手を引きながら、愚図る電に返事をする。

 

「「わたし」は、電の提督になれると思うから、それで手を打ってよ」

 

「「おかーさん」もつけてください」

 

にへらと笑いながら上乗せした彼女に、

 

「それじゃおかーさんらしく、一緒にお風呂にしようか」

 

あと数歩のところでそう言ったら急に抵抗しだした。あんたは猫か。




スマホだけで書いてみた。これヤンデレタグもいるかな。行き当たりばったりだけど大体道筋はついているはず。電が後ろでしゃがんで深呼吸するとか挟めなかった描写もちらほら。「大井」の叫びも少し弱い気がする。

電の好きにさせるR18も書いてみたいが…子どもだから人恋しいってイメージからなんでこうなった


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8.洗浄

 わっしゃわっしゃと栗色の髪を洗う。電源がないのでやや薄暗いがこうして体を洗っていると、本当に観光に来ただけかのように思い込みそうになる。

 

「それじゃお湯かけるわよー」

 

成分が残るとけっこう不快なので、髪留めを外してそこそこ長い髪になった、電の頭やら髪先やらを片手で念入りにかきわけて泡を流す。これでよし、とばかりに髪の長い部分を彼女の前にやって、背中に手を付ける。石鹸でうなじからおしり手前くらいまで泡立てていったん流し、久しぶりのシャワーなのでもう一回、石鹸をつけたタオルで撫でる、ついでに耳の後ろも。それでもう一回流したところで、

 

「それじゃあとは自分でやりなさい」

 

首だけこっちを向いた彼女がむくれているが、シャワー自体が複数あるのに洗うのは一人だけとか効率悪いし。

 

「その前に電がお背中お流しするのです」

 

まあそういうことならと頼む。見た目は小学生でも艦娘なので力は強い。背中を大分強くごしごしやられるものの、磨かれている感の方が心地よいのは艦のせいか?細かいところも先ほどの真似をするようにしてくるのだが、耳の後ろを執拗に撫でてるのはわざと?大体の部分は終わったのであとは流すだけかと思ったらいきなりびとっと背に貼りつかれる。ああ、まあそうなるか。

 

「こら」

 

手とタオルが撫でる様に腹から胸に上がってくるのを止める。

 

「電にお任せなのです」

 

「いいから自分を洗いなさい」

 

引っぺがして自分の髪と体を洗う。むすーっとして同様に体を洗う電を見るが、今度はおとなしく従っている。バスタブはあるが水の節約のため使わない。まあシャワーでもそんなに節約にならないとはいうが。

 

 電源がなくてドライヤーを使えないので、髪もタオルでできるだけ水気を取るのがせいいっぱい。濡れたタオルを洗濯かごに放り込むと着替えのショーツだけ履いて長めのタオル、シャツを取ると、ペタペタ歩く。ハシタナイとまた言われるが髪が乾かないので仕方ない。ちょっとした悪戯もあるが。まだ日は暮れていないし、タオルを肩から胸にかけ、脇にシャツを挟み持つダメダメ女子スタイルを決め込みながらケトルでお湯を沸かし始める。沸くまでの間に複数のトレーを含む紅茶のセットを会議室に運び込み、続けて沸いたケトルを持ち込んで複数のカップに注ぐ。うち二つだけ取ると、ティータイムかと聞いてくる一部の妖精にトレー上の余分に淹れておいた紅茶を示し、好きに持って行くか飲みに来るか交代でね、と伝える。ちょっと対応が雑かもしれないがこれからちょっと取り込み中になるので、出来れば勝手にやってもらいたい。

 

 カップの載ったトレーを横に置くと、敷き直されたシーツに足を投げ出すように座る。ぽんぽんとシーツをたたいてむすーっとしたままのいつもの髪型に戻った電を呼びつける。わたしがまだ上だけマッパだったのは想定外らしく、こっちゃこいと手招きするとそろそろとこっちに寄ってきた。

 

「大井さん、服を着ないのですか」

 

「髪がまだ湿っぽいからね、乾くまでいいよ?」

 

意図を理解するとわたしの前にちょっと姿勢悪く座り、まだ少し湿った栗色の塊が胸の谷間に納まった。少し上から覗き込むと、にへらと歪んだ口元が見えるし何がそんなに楽しいのかふんすふんすと意気揚々な鼻息も聞こえる。身じろぎすると下にずれていってしまい、電曰く「素敵な感触」とやら求めて頻繁に姿勢を直すので、みぞおち近辺を左手で抱えて支えてやる。カップの一つを渡すと彼女は両手で受取り、鼻歌さえ奏でながらそれを口にした。わたしも横を向きながら少し紅茶を含む。少し過激な女子会風味、大井椅子を気に入っていただけなら幸いだが、ドアは開けっ放してあることをにこの時点で気付いていないのはまだまだかと。

 

 紅茶党の連中が紅茶を前に騒ぎ出したところでビクっと電が固まったのが分かる。なおそれと同時に両腕で抱えてやった。妖精たちが立ち寄りカップで紅茶を飲んで談笑したり、ミニチュアの水筒に詰めて持ち場に走って行ったりとするが、ちらりと視線をこちらにやっても平静さを保っているので、わたしの意図を理解してくれているようだ。はては電が足をバタバタさせて抵抗を始めても無視している辺りかなりのプロ紳士集団のようである。

 

「ほらほら、暴れない」

 

「大井さんはいじわるなのです!」

 

顔を真っ赤にして抗議する彼女を受け流したところで、女子会風味の公開羞恥刑(なお大井的にも自爆)は終了の合図を出された。

 

「オ楽シミノトコロ申シ訳ナイガ」

 

机上からこっちと視線を合わせてくる少尉が声をかけてくる。

 

「飯ニシヨウ」

 

時刻は午後4時を過ぎたところだった。

 

 

 

 ティーバッグを入れ替えて紅茶を追加し、クッキーの残りやら並んだ「ボルトと燃料缶」やらを無視しながら少尉殿との会話を続ける。シャツはもう着た。

 

「目の毒なもん見せちゃって悪いわね」

 

「ソノ辺ハマアトモカク、大井殿モデリカシーハ大事ニスルベキカトハ思ウ」

 

「人前にせよ二人っきりにせよ嗅がれるのも同等なんでー」

 

「コチラカラモ長門・大和ニ抗議文ヲ出スコトニスルノデ、ウチノ子ノ無礼ニツイテハゴ容赦願イタイ」

 

待て、(流石に大和であることは分かっているが)「ただのヤマト」もかと思わず愕然とする。戦艦級は駆逐艦を甘やかす奴も多いので、ちょっと対人傾向がおかしくなるのも前線では良くあることなどと言う話まで出る。それはともかくと、話が一度区切られ金属カップに入ったガソリンを勧められる。

 

「訓練ノ様子ハ見テイタ。補給ハ必要ダ」

 

球磨型の大井も吹雪型の電も大体重油なので、この島だと代用としてガソリンか軽油を飲むしかない。軽油は残りをドックのボートに補充しているのでガソリンだけ余ることになる。発電機はガソリン式だったので電源の確保は出来なくもないが、燃料の無駄遣いも夜間にエンジン音をさせるのも、やりたくないのは共通見解だ。砲の試射もしていないのはそれもあるし。それはそうと、席を立ってドックから未開封のオイル缶を持ってくる。なんだなんだと回りが見ている前でガソリンを一気飲みすると、今度は箱のボルトをジャラジャラ音を立てて口に流し込んで、ガキゴキと人体からしてはいけない音をさせて噛み砕く。最後に缶を開封してオイルを流し込むように飲み込んだ。

 

「酒がないわ」

 

「何ヤッテルン」

 

「神様の真似」

 

どこが琴線に触れたのか電まで同じことをしていたが艦娘なら問題ないので放置する。ただし油感が残るので慌てて紅茶を口にしていたが。紅茶を口にして口の中の油を洗い流す。

 

「変ワッタ神様モイルモンダナ」

 

ソレハサテオキ、と話題が変わる。

 

「ボートノ整備ハ完了シタ。水ハ数日ハ持ツシ、腰ヲ据エルナラ貯水設備程度ハドウトデモナル、雨ダヨリニナルガ」

 

少尉は続ける。

 

「食糧ハ島ノ備蓄分ハソロソロダメダ。何人カガ干物ヲ作ッテイル最中ダカラ、最悪断食トタマノ飯ノ繰リ返シデモナントカナル」

 

漁村農村の次男三男連中だからその程度お手の物だそうだ、戦中の人スゲー。備蓄については未開封のサバイバルキット分を除いてそろそろ底をつくという状況だ。先程缶のクッキーも食べ尽くしたところだし。

 

「アンタガ先任ダ。好キナヨウニ決メテイイ」

 

ガソリンがあるからもう少しだけここにいられるが、艦娘として元気でいたいならガソリンは消費し続ける。脱出手段はほぼ確定されていて、資源と医療物資関連についてはジリ貧だ。釣りは出来るから、本当に釣れた時だけの食事でも全員何とかなる。人間ならこうはいかない。

 

「天気はどう?」

 

「ココ数日ハ雨モナイガ、イキナリ降ルノガコノ辺リダ。春先ダカラマシダガ一月モスレバ台風ガコワイ」

 

放送電波がないためラジオは情報源としては沈黙したまま。待つと最悪冬直前まで足止めをくらう寸法だ。漂着者を待つのも「修理」を考えると資源的に厳しく、敵が漂着する可能性もある。人間が漂着したなら、助けたければ即刻脱出を選択しなければならない。

 

「少しだけ休んだら出ましょう、そうね、一週間以内に」

 

「大丈夫カ」

 

「スコール程度でもそのまま出ましょう。甲板にバケツでも置いて足しにしてもいいし」

 

「干物ハドウスル」

 

「もちろん船にも積むけど、ここに置き土産にしてもいいんじゃない?粗方食べちゃったことだし」

 

「雨水モ適当ニ処理シテタンクニ足シテヤルカ」

 

「そんな感じで。またのご利用お待ちしておりますとか貼り紙しとこっか」

 

「悪クナイナ」

 

「資材は?」

 

「金属ハステンレス系ヲ選ンデ積ンダ。誘爆ヤ火災ノ危険性ヲ考エテ調理用目的デ固形燃料ダケ積ンデガソリンハ置イテ行ク。ソレトライフルニ5.56mmヲ全部ダ」

 

「38口径が受付にあるからガバメントと45口径も全部持って行くわ。あとから来た人には悪いけど、メインとサイドで形になるからまあいいでしょ」

 

「上陸スル際ニ分ケテ持テバ砲弾ノ節約ニモナルカ」

 

「あとは食糧と飲料水をどれだけ持って行くかね」

 

「干物ノ出来ト、バカンスノ残リヲ楽シンデカラ考エルカ」

 

 

 

 

 すっかり互いに遠慮がなくなったもんだとは思う。この間までは意識する暇もない雑魚寝ばかりで、こう密着を要求されて眠るのは初めてだ。

 

「まだおきてます?」

 

声をかけられる以前に、脇と背に触れる右手・腕に力が少し入ったままなので、電が眠っていないのはわかっていた。

 

「眠れない?」

 

「いえ」

 

もぞもぞと彼女は動くと、脱力で空き気味だった距離を詰めて来る。

 

「ただ、こわいのです」

 

腕がしびれそうだったから、毛布やシーツを余分に下に重ねておいて良かったとは思う。

 

「また海に出るのも」

 

「また戦うかもしれないのも」

 

「また沈むかもしれないのも」

 

ほぼ投げ出していた腕を彼女の体に絡めて、引き寄せてやる。

 

「そんなの当たり前でしょ」

 

「誰だって足元がおぼつかないのは嫌だし」

 

「痛いのは苦しいし」

 

「死ぬのは怖いんだから」

 

「それが分かんなくなったら、多分向こう側よ」

 

「それを忘れなきゃ、もう少し長生きできるかもね」

 

 

 

 翌日、わたしたちは「服」を着て行動を再開した。

 

 ボートに物資―シーツや毛布・着替えになりそうな衣服に、バラで置いてあった医療物資類、ペットボトルの飲料水を、ある程度ここに残した上で船に積む。非常食の類ももう手を付けるのはやめた。余分に釣れた魚がある日以外は特に何も食べず、少しだけガソリンを燃料として摂取するだけ。

 

 突然のスコールでバケツやら容器やら持ち出して水を貯めたり、やることがなかった一部の妖精さんが破壊されたトラックをニコイチしたり沈んだ小型ボート直すのを手伝ったので意外に忙しかった。トラックは運転席までオープンになって、錆びはするだろうけど適当に偽装してキーを付けたまま放置。小型ボートは2台修理できたので流されない様に陸に上げておいた。壊れていた無線機は新しすぎて妖精さんにも直せなかったが。

 

 焼けた宿舎は不発弾を探して(1発だけあったのを)処理、完全に崩して路上の誰かと共に遺体を埋葬した。一部あった鉄骨も妖精さんたちが資材化して、ドックに置いておく。

 

 ショットガンとラジオもまたビーチの倉庫に戻す。ラジオ放送は電の艤装かボートの無線で受信できるし。

 

 ドックの屋根は、破損部がそれ以上崩れない様にしただけで穴はそのままにしておく。修復状態でなければ再爆撃もそうないだろう。ガソリンのジェリカンも無事な倉庫に分散させておく。

 

 残った事務用品を使ってそこかしこに注意書きを貼り付けていく。出来るだけ英語も併記しながら「ようこそ」から始まって「38口径は受付まで」「非常食あり。食べられそうな状態なら干物もどうぞ(食中毒注意)」とか貼ったり、壁の案内地図に「ガソリンはここ」「発電機(ガソリン用)」とチェックを付けたり。

 

 あと一週間のつもりが、さらに三日のオーバーステイ(違う)だ。それ以前に全て無断使用だけど。宿泊記録を見つけたので、最後に自分たちの名前を書き込んでいく。

 

―タウイタウイ第3、電及び麾下妖精隊

 

―タウイタウイ第4、大井

 

状態はチェックアウト、行き先、日本。持ち出しはクルージングボート及び各物資、5.56mmライフルと45口径オートマチック。

 

 それだけ書くと、残ったチョコレートバーを電とわたしで一本ずつポケットに入れて、ボートのキャビンに入った。

 

「ソレジャ、出港ダナ」

 

「忘れ物はないのです」

 

電、妖精たちも頷き合う。あまりやらない旗艦を、また今日からやるだけ。

 

「それじゃ、日本に向かって、抜錨!」

 

わたしの宣言とともに、船はドックから滑り出していく。辿り着けたなら―辿り着いた先には、どんな日本があるのか。少しの不安とともに、わたしは水平線を見つめていた。




 前半はそこそこ書けたけど、後半は大分端折った。特に理由のない(ある)風評被害が一部戦艦を襲っていますが、超人ロックでキャラ名ナガトとヤマトがいますんでセットにしときました(読んでない人には分からんでしょうが)。これで一応一区切りだけど、この先もまだある。サブタイトルで「出港」にせず、かといって「出港」で話を分けずに洗浄だけですけど心の洗浄まで終わったってことで。
 後半の会話シーンはもう少しいじらないとな・・・。


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9.遭遇

 航行速度、20ノット。まっすぐ行けても台湾まで32時間くらい。何となく船尾側に出て、もう見えなくなってしまった島の方を見ている。

 

「どうしたのです」

 

「「ヒマ」だとろくなこと考えないなって思うのよね」

 

 キャビンに居てもライフルの弾を抜いてまた込め直したり、変に腰のガバメントに触れてみたり、「銃で遊ぶな、ツキが落ちる」の一歩手前の行動をしてる。ケツにつけてきてる気がするとか思ったり、少し横になってもふとした音にまわせー(違う)と飛び起きそうになったりとか、無駄に神経が張りつめている。考える暇なく出撃していた時と違う上に、足元が揺れない時間が長すぎたかもしれない、などと馬鹿げた考えが思考を掠める。

 

 複数個所に妖精が歩哨に立っているし、操船さえ妖精がやっている。正直わたしたちが起きている意味もないが、艦娘も海上ならば眠らないでもいける、むしろ眠れない。東西南北、全部海。唯一の慰めは、ただの海だということ。深海棲艦の支配領域である「血塗られた赤い海」ではない。だが各国の勢力圏下でもない。誰のものでもない戦闘区域だ。なんとなく二人してぼーっと海を眺めていると、複数の妖精にあっち行けとばかりに船室に戻される。砲や機関のチェックでもと思ったがそれも妖精に通せんぼされた。最悪の場合は海に立つことになるのだから、待機してろとのお達しである。船室・操縦席周りの床に毛布を置いて二人して座ってぼーっとする。言ってみれば船上での待機任務だが、退屈を通り越して虚無に入りそうだ。さらに下の簡易居住スペースまで降りなかったのは、多分わたしも電も不安だったからか。

 

 宙ぶらりんな心持ちのまま窓越しに空を眺めてる。右に座っていた電も、いつの間にかわたしの膝の上で頭をごろごろさせていた。だらーっと床に投げ出していた左手をとると、何が楽しいのか両手でわたしの掌や指をぐにぐに押したりさわさわという感じに撫でたりと、ガチですることのない時の遊びみたいでこれやばくない?と感じなくもない。そのうちそれにも飽きたのか上を向くのだが、急に唸る。ん、と下に視線をやると

 

「みえないです」

 

がっつりわたしの腹側に寄れば、まあ、見えなくなる程度には障害物があるわな。

 

 仰向けで手癖悪く動き始めた電の左手をはたいたりしていると、下から魚の焼ける香ばしい匂いがしてくる。「班長」がひょこりとそばの床に出現し、

 

「干物ヲ焼イテミタガ、少シニシテオイタ方ガイイ」

 

と告げると、わたしの左側にアジの干物の乗った紙皿と飲料水のペットボトル(2本)を置いて行った。アジは半身をさらに2つに切って串に刺してあるが、これで二人分という事か。まあ動いていないし。少し齧って、その塩辛さに言われたことを理解する。妖精パワーで海水から抽出した塩をこれでもかと使ったと聞いてはいたが、古い作品の塩漬け肉とか多分このレベルなんじゃないか、という塩辛さだった。当然皆食べているので酒ガホシイという声も聞こえる。それでもすぐ飲み込むのはもったいなく、よく噛んでいると旨みは当然あるわけで、酒を飲みたくなるのも理解する。水を飲んで一息入れると、少し位置をずらした電の、むすーっとした顔が目に入る。やって欲しいことは何となく分かるが、「アジの干物」でそれはないだろう。

 

「ちゃんと起きて食べなさい」

 

多分やったら一口で食べようとするだろうから急かして起こすと、塩辛いぞと注意して皿とペットボトルを押し付ける。残った水をちびりちびりとやりながら、またぐだーと脱力していた。横目で見ると案の定、干物を口にして半泣きの電が目に入った。やや水を残しながら、補給に近い食事が終わる。日も暮れ始めていた。

 

 最後の一滴を飲み終えたペットボトルも、再利用を考えて居住区の一角のダンボールに保管だ。紙皿もごみと言うよりは燃えるもの扱い。すっかり暗くなったが、船のライト類は点けずに航行を続けている。事故は確かに怖いが敵に捕捉されるのはもっと怖い。少し窓の外を眺めるが、闇に慣れ始めた目には船体の白が目立つ。月も星も良く見える状況だと、近づかれるとまずいか?と不安がこみ上げるが、どうすることも出来ないのでまた毛布の上に座る。船室内も計器類の明かりくらいしか光源はない状態だ。また膝の上の艦娘となった電の狼藉も、少し大目に見ることにする。まくり上げたり裾から手を入れるようなら殴るつもりだけど。ふと、電が体を起こすのと、わたしがそちらを向くのは同時だった。

 

 

 

「聞こえた?」   

 

徐々に速度を落とす中、船首側の甲板に出て、見張りを増員中の少尉に尋ねる。

 

「アア、チョウド進行方向ラシイ」

 

余力だけで船が前進していると、ド・・・ンというような遠くの花火のような音を聞いてそれに同意する。

 

「どっちにせよ進むしかないのよね」

 

「電が引けば回り道しても大丈夫なのです!」

 

艤装の装備で遅れて出てきた電がそう宣言するが、

 

「何かあったら確実に「わたしを置いて行かせる」わよ」

 

電しかまともに海上で動けないのだから、逃げるなら荷物は少ない方がいい。電だけなら航続距離では楽々日本に届くし。

 

「ソレデ、ドウスル」

 

「戦闘態勢のまま前進、あと、電」

 

「はい、なのです」

 

「探照灯こっちに貸して」

 

 

 

 再び航行を開始して数十分。エンジン音が邪魔になるが戦闘音はまだ続いていた。返答はしない様に指示して電に無線の傍受を頼む。結果分かったのが味方が多分金剛、時雨、響の3、敵が重巡と駆逐クラスで4かそれ以上ということだ。奇襲を受けたような会話らしく旗色は悪いっぽい。わたしは探照灯と防弾盾を装備すると連装砲は置いて行く。連装砲付きの妖精さんにボートの保持をお願いしてだ。

 

「それじゃ行きましょう」

 

電に曳航されて暗い夜を駆ける。走りながら作戦―ただ単にわたしが照らして、電が違う方向から撃つ、という作戦とも呼べない内容を説明する。当然、残っている味方がそれに追随してくれるという、希望的観測込みの内容だから他人任せもいいところだ。

 

「でも、危険なのです」

 

「ろくに動けないのに砲なんて持ってたら、防ごうとか避けようって意思もどっかいっちゃうわ。味方がいる内にやれるだけやる感じがいい」

 

そして電が横合いから砲撃で殴りつければいける筈だ。

 

「日本マデ逃ゲル予定ハドウナル」

 

味方艦隊と合流=現地戦力に組み込まれる可能性大と言う少尉の問いだが。

 

「遭遇した時点でその件はわたしたちの負け。見捨てても多分深海棲艦が残るから無理」

 

砲火がちらつくのが目に入り始めた。多分距離にして1kmを切ったところで、電を先に行かせてわたしは海上を「走る」。電も流れ弾に当たらずに向こう側に行ければいいけどって、あの子の方がやっぱり危険じゃん。砲声に着弾音、牽制の機銃掃射音まで響く中、瞬時の砲火で夜に慣れた目に敵味方の配置が見える。金剛型の巫女服の白のおかげだ、多分混戦じゃない。

 

「注意!探照灯ノ使用時間ハ「蓄電池」ノ分ダケダ」

 

通信機も背負った妖精さんが注意を促してくる。機関=動力がないから仕方ないが、使用時間は概念上のわたしの蓄電池に制限される。走り続けながら再びの砲火で当たりをつけて、右側にいるはずの集団に照射した。強力な光が奴らを周囲に視認させる。重巡リ級が2、奥におそらく駆逐。光を遮るように奴は手を上げる。

 

「Good Job! 見えたネー!」

 

通信機から多分金剛の声が響くと左手側で砲火とともに白いものがひるがえる。消灯直後におそらくリ級からの砲撃で、防盾で受けた衝撃に体勢を崩す。それら二種の砲声直後、深海棲艦の人型が炎上してリ級の一体の脱落を知る。炎上するリ級を目印に金剛と誰かが深海棲艦の隊列に突っ込んでいく、反航戦からややずれた丁字に切り替えた感じか。

 

だが、残存戦力はそれを知る余地はないにしても、何故か戦闘能力のないわたしを標的にしたようだ。海上をただ走るわたしの周囲を複数の飛翔音が通過した。

 

 左に走りながら再度点灯する。先頭のリ級から後続を舐める様に照射することで後続が3隻のイ級、ただし味方艦隊が突っ切った際の攻撃でもう一体が炎上しているのが見える。通過する味方艦隊も背を照らす形なので、深海棲艦がわたしに注目しているなら問題なし。そして最後尾のイ級が突然の直撃で炎上すると、真後ろからの砲声に健在な方のリ級がうろたえた。

 

「電の本気をみるのです!」

 

最初の照射の時点で、外周りの電は攻撃位置に付き次第撃つ予定だったのだ。始めに言った通り何のひねりもないやり方だが、前段階で他の戦力と交戦中なららそれでも引っかかる。続く電の魚雷でイ級が打撃を受けると、反転してきた味方艦隊が砲撃、沈みかけかもう沈んだと同義のイ級の全てが轟沈する。リ級も当然砲撃を受けて艤装は半壊だ。ただし、ほぼわたしとは至近距離。砲声が響くと盾が半ばから割れた。着弾で倒れかかったのが効を奏し、暗天を仰いでしまった顔の上を2発目が通過したように思う。直後にわたしにリ級が覆いかぶさった。30ノットオーバーの速度での衝突だが、とっさに盾の残りを構えたことで直接の被害はなく、動力もなく軽いまま浮いていたわたしは押されて滑り続ける。ただし強靭な膂力で押さえ込まれ至近で砲を撃ち込まれるか、その艤装込みの剛力でもしや引きちぎられるかとわたしの命は風前の灯だ、一人ならな。

 

 海上に倒れ込んでの最後の点灯。そりゃよく見えるだろう。至近距離での照射で眩んだリ級の背に、次々と着弾の炎が上がる。それでも応戦しようとしたのか、身をひねった奴のそばで巫女服の袖が躍った。

 

「Fireeeee!」

 

戦艦級の砲撃、電及びもう一人の駆逐の同時攻撃を受けてリ級は沈んで行った。探照灯も時間切れかブツンと消えてしまう。奴らが没した後は静かで大分暗い海に―暗い中に赤い炎?

 

「助かったネー」

 

「ちょっと待って、あっちで燃えてるのは誰?」

 

沈み切っていない深海棲艦か?とそちらを見るが赤い炎が遠いものの、艤装のシルエットをわずかに浮かび上がらせる。

 

「時雨!?」

 

もう一人の駆逐―電と同じ制服、長い白、銀の髪?確か響だったか―が炎上中の艦娘の名を叫ぶ。慌ててそちらに多分金剛と響が走っていく。電にまた曳航させてそちらに行くと、海上でうずくまる、時雨が見えた。

 

「しくじったよ。機関停止だ」

 

本人自身は、多分まだ何とかなるだろうが、艤装がもう航行に耐えないようだ。わちゃわちゃと妖精さんが走り回って消火活動中である。

 

「私が曳航すればいいさ」

 

「足手まといは御免だ」

 

響の提案を拒否する時雨に、金剛が割り込む。

 

「それなんデスガネー。ワタシ、実は燃料ないデース」

 

響をこっちに合流させて救援を呼んできてくれる方がいいとか、お先真っ暗っぽい会話を続ける3人を見るが、状況がひっ迫するとまあ注意力散漫になるのは良くわかった、夜だし。

 

「悲壮な覚悟を決めそうなところで申し訳ないのだけど」

 

3人がわたしを見て、違和感を覚えたのか首をかしげる。

 

「母船、すぐそばよ」

 

あっ!と機関を背負っていないわたしに気付いた3人と、微妙に不機嫌な雰囲気をする電に、まあ、そうなるなと以前会った戦艦のような感想をもった。




北上に執着しない大井、という存在だと会話内で大井らしさを出すのが困難かな
艤装もないから戦闘描写で重雷装艦としての描写も描けないし。上官との会話なら多少は出せるかもしれないけど

電で一個ネタ思いついたけど、やっぱり暗いネタになってしまう。ともすれば雷ママ・電ママとかのネタもあるキャラでなんで子供っぽさ倍率ドン?って部分の説明にもなるし


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10.合流

 ごきゅ、ごきゅと豪快に音をさせて水を飲む金剛。瞬く間にペットボトルを空にするとプハーと少々親父くさく息を吐いた。

 

「生き返るネー」

 

「君たちは飲まないのかい?」

 

響の問いかけに答える。

 

「わたしたちは少し前に飲んだから」

 

状況的に一人500ml一本ずつは大盤振る舞いだが、戦闘後の仲間に対するせめてもの気遣いだ。台湾に寄港するにしても、補給が可能かは不明なので、締めるところは締めるが。灯火管制は解除、停船しての休息だ。甲板上での複数の艤装の確認作業で照明は必要だし、ボートの最深部の居住スペース(窓はない)についても照明を我慢する必要はない。と、少尉が肩に乗ってきて耳打ちする。

 

「燃料補給は終わったようね」

 

これから修理可能かのチェックになる。なお、再始動の怪しい時雨の機関は燃料補給自体されていない。

 

「今聞いたネ」

 

「助かる」

 

「僕の艤装は駄目そうだけどね」

 

それぞれ所属する妖精が伝えたのだろう、こちらが口にしていないことも伝わっている。

 

「無事ナ砲ニモ先二補給シタイ。ツイテハ弾薬ノ消費許可ヲ要請スル」

 

「必要なら全部使って。資材も足りなきゃ銃自体も流用していいわ」

 

「イイノカ」

 

ガンマニアっぽいところを見られていたところからの再確認だろう。

 

「本土に戻れたら、米軍正規品の払い下げでも探すわ」

 

了解シタ、と返事をして少尉が消える。

 

「聞いての通り、足りるかはわからないけど弾薬もすぐ補給されるわ。修理もまあ資材的に限度はあるけど、これからね」

 

「至れり尽くせりネ」

 

「クッション付のベンチに、柔らかいベッドもあるし」

 

「出所を聞きたいね」

 

「全部放棄されたリゾートのやつよ」

 

持ち出した船に、資材はまあDIY材料である。

 

「ただし燃料が台湾までがいいとこなのです」

 

「なるほどね」

 

本質的に火事場泥棒の暴露だが、時雨はそれで納得した。

 

「ワタシたちモ似たようなモノデスネ」

 

日本行き、半避難民の武装化輸送船団に参加していたそうだ。鎮守府が壊滅したはぐれ艦娘も多数合流しているとか。

 

「僕らはまあ、順番が回ってきたってところだね」

 

当然とばかりに艦娘たちは護衛を引き受けた。

 

「船はバラバラ、足並みは揃えようもない」

 

この多国籍輸送船団は何度か行われているそうだが、遅れたりはぐれたりした船への対処は、艦娘がやっている。つまりは、

 

『私が行こう。運が良ければまた会えるさ』

 

集合と離散を繰り返して、人と船と艦娘を運び続ける船団である。

 

「船は逃がしたよ。元々軍用の魚雷艇だったみたいだし、機関不調が何とかなれば逃げ切れる筈だね」

 

「足止めでドツボにハマりましたネー」

 

荒野ならぬ荒海の用心棒軍団、怒りのシーレーンて感じか。人も家財道具も積めるだけ積んで、戦火を逃れて東へ西へ。

 

「それで、提案があるのだけど」

 

 

 このボートで行くには燃料が足りない。電だけだと緊急時の戦力が足りないところだった。そこへきて、ある程度の修理に留まるが電含めて海上戦力が3人に増えた。

 

「交代でボートを曳航、わたしと時雨がボート上で余った砲で見張りって感じで」

 

「15ノット前後に速度が落ちても、補給なしでも日本まで行ける、か」

 

補給タンク兼休憩スペースを曳航して移動する形だ。ボートの燃料次第では回避行動くらい取れるし。

 

「日本近海までなのです」

 

「あ、やっぱり?」

 

釘を刺すように電が注釈を挟む。

 

「軍に戻るのでしたら、わたしと大井さんは途中でお別れなのです」

 

「航行記録データも考えたら、船も渡した方がいいわね」

 

「…脱走かい」

 

響の指摘に、電は何も臆さなかった。

 

「鎮守府はなくなりました。二人とも陸に流されただけで、結局沈んだのです」

 

「実のところ鎮守府の方は記憶が曖昧だけど、沈んだのは確かだから」

 

くつくつと時雨が笑う。

 

「死せる艦娘、生ける死者深海棲艦を沈める、か」

 

「死んでるんじゃショーガないネー」

 

「いっそ仲間に入った方が楽かもね。もう死にそうにないし」

 

「いいですネ」

 

「まあその辺は追々。そこが残ってるかわたしも知らないし」

 

 

 

 翌朝、皆で朝食を摂る。塩辛いアジの干物、適当なサイズに刻んだチョコレートバー、水。そこに響がポケットから取り出した飴。

 

「いつの間に」

 

「船団で休んでたときに、龍驤とおばちゃんたちがくれてね」

 

大阪出身の人達か?

 

「紅茶があればネー」

 

「紅茶は置いてきたのよね。お湯を沸かす余裕なさそうだったし」

 

皆で塩辛いアジに文句を言う。なまじいい旨みが出ているので部分が多いので、その塩辛さ一点だけが勿体無いと言う意見で一致した。続いてのチョコレートバーについても注意するのだが。

 

「確かにこれは甘いけど」

 

「キビシイですネー」

 

「塩辛いからだだ甘くて脂っぽいとか味のジェットコースターか何かかい?」

 

響、金剛、時雨とまあ大体似たような感想でこちらも一致。その上わたしと時雨の前には金属容器に入った燃料が置かれた。

 

「給油ダ」

 

「ああ、艤装がないと直飲みになるのか」

 

妖精たちの言葉に時雨が納得したようなことを言うが、直後にそれを口にしてやはり微妙な顔をしていた。水が残っているうちに持って来てくれたのでマシではあるが。そして残る飴だが、

 

「やはりこうなりますネ」

 

皆ポケットに放り込んだ。見張りの間だったり、長距離を航行中だったり、余りにも退屈な待機中―そんな時に口にするのがいい。銃の整備中に食べるチョコレートバーとかもそんな感じだし。

 

 

 先発は金剛、中破と呼ばれる状態からほとんどの資材をつぎ込んで小破近くまで修復されているそうだ。一部破損していた戦艦砲及び砲塔周りも、M16の金属部を丸ごとぶち込んだとかで急造にしてはすこぶる調子がいい(動作精度が高い)との本人談。やはり砲に銃だった金属など、オカルト的に近い物が有効という事だろう。何故か弾薬は45ACPの方が補給効率が良かったのは、「ハンド・キャノン」と言われたM1911の弾薬だからだろうし。彼女がボート曳航し始めるとそろそろと加速感が皆に伝わる。外から見ればなんともシュールな光景だろうが、「戦艦がボートを引いている」と書くと明らかにオーバースペックになる。

 

 破損気味だった連装砲などもガバメントを大体丸々使ったところで修理できた。今見ればそこだけ物が良さそうに見える木製グリップが手元に戻って来る。コピーなのにグリップだけ本場ものなのかな?操縦席近辺で、響も大体修復できた艤装の調子を確かめている。彼女の武装は連装砲と三連の魚雷発射管だけだ。それを眺めていると、少尉が寄ってきた。

 

「資材モモウナイノデ、防弾盾モ艤装ノ修理ニ使ッタ」

 

わざわざわたしに言ってくるのはどういうことだ?

 

「次ノ出撃ハ許可出来ン」

 

帰るまで海に立つなとのお達しの上、時雨が修理の完了した連装砲を手に甲板に出ていく。響も海を見ていたいという事で、艤装を下ろした後も操縦席の窓に貼りついている。最初は1時間程度で交代しながら様子を見るので、2番手の響も半分待機なのだが、船に乗って移動するというのは艦娘はあまりやらないことではある。ただ休んでいるのはつまらないそうだ。ということで、居住区に電が残っている筈なのだが、

 

「カマエ」

 

少尉殿に促されて居住スペースに降り、ベッドで猫の様に丸まっていた電にひざまくらをする。昨日のことを褒めろ(口に出さなくてもいい)との要請でした。だから電の順番を最後にまわしたのかあんたら。

 

 ごろごろする電を撫でたり、一昼夜過ぎてそろそろ電好みになってきたわたしへのいたずらに制裁を加えたりとしていると、「交代ダー」と違うテンションの妖精さんが降りてくる。多分暇になった時雨付きの妖精さんか。電をベッドに下ろして床に立つと連装砲を手にする。さて、お仕事と言ったところで背に貼りつかれたが、そのまま上に上がる。操縦席に上がって来ると人影がなく、左舷側から外に頭を出したところで少し速度が乱れたのでちょうど曳航も交代したところか。首だけで周りを見ると、速度を落とした金剛が左舷後方に貼りつこうとしているところだった。クルージングボート、プレジャーボートの部類なので後部は多少は海面からでも乗り降りしやすく低くなっているが、それでもやりにくそうである。誤って船体を損傷させない(艤装使用中はFRP等の外装は紙同然)様に慎重に上がって来るのを見て、その辺の補助も必要かと思い当たる。

 

 ところで交代のために出てきたので、当然他の二人にも見られているのだが、電がなかなか離れない。

 

「時雨、交代よ」

 

「ああ、わかった」

 

途中から金剛の補助に回っていた時雨がこちら見て目を丸くする。金剛はほほえましいものを見たとほほえましい表情だ。

 

「重くないデスカー?」

 

ふと思いついた言葉を返した。

 

「艤装なしだと背中がね。重さとしてはちょうどくらいね」

 

「それもそうデスネー」

 

 

 

 

居住スペースにて。

 

「あー、快適デスネー」

 

ベッドに飛び込んだ金剛がそんな感想を吐く。

 

「こんなのに慣れると後が大変だね」

 

「そうデスネー。次の所属でいっそ進言するのも悪くはないデスガ」

 

「船の護衛分を考えると無理だね」

 

「うーん、ザンネン」

 

「ところでちょっと気付いたんだけどさ」

 

「ハイ?」

 

「電、大分小さくない?」

 

 

 

 交代して歩哨に立つと、背中側の電については風切り音や水上走行音で実はよく聞こえない。両腕をわたしの首回りにまわしてがっちり貼りついているからいつも通りだろう、昨晩構ってやれなかったのは確かだし。後部甲板の備え付けの梯子でボートの最上部に上がる。座席はないが手すり等はあり、一応は座り込む程度で滞在スペースとして使える奴だ。停泊状態なら折り畳みベッドでも広げて日光浴をするとかそんなやつだろう。適当に全体を見回すが、特に異常はなく―敵と言う意味で異常はない。ただ、

 

「こちら大井。陸地が見えてきたけど」

 

『私からも見えるよ。台湾か、蘭嶼(らんしょ)島かな』

 

響からも視認できたようだが、さらにその手前の小蘭嶼島の可能性もあるそうだ。

 

「方向が合っていたらね」

 

『補給に寄るかい?』

 

時雨の問いにあいまいな保留を返す。

 

「地理が分からないからなんとも」

 

『マア、様子を見てからデイイデショー』

 

金剛は保留に同意してくれるようだ。考えてみれば3人ともこちらと似たような地域から出てきたわけだから、現在の地理や勢力図は分からないのは当然か。

 

「少し速度を落としながら周囲を探してみましょう。上陸するにしても港がどうなってるか分からないし」

 

曳航が基本なら燃料はあるし。不意の遭遇が怖いだけだ。

 

 

 

 

 それから一応記録上の港を目指そうと、複数回の交代を挟んで台湾自体も見えてきたところで、またわたしと響の組み合わせになった時だ。

 

『味方だ』

 

響が急に通信を入れてきた。

 

『こち・・・ン号、無事・・・嬢ちゃんたち!』

 

ああ、味方というか護衛対象かな。扁平に見えるが規模的にはこちらと同程度の船―高速艇っぽいのがこちらに合流するように近づいてきていた。そろそろ腹をくくるべきかもしれない。




 次話と合わせて遊びのクロスオーバーをする。なお書いていないが船団の方も設定的には(参加輸送業者とかで)大分遊ぶつもり。電のネタをまず一回入れてみた。


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10.1.合流・幕間・顛末の一部

一応ハッピーエンドのネタバレを含むと言うか、大分遊んだ幕間の話。


 海上に垂れ下がった糸と浮きが不規則に動く。それを見ていた禿頭の大男は、釣竿を右へ左へと動かす。浮きの動きが鈍ったところで、彼は一気に糸を巻き戻した。

 

「よく釣れるな」

 

黒い肌の彼は、釣れたアジをバケツに放り込むと、かけているサングラスの位置を直す。バケツの中は結構な釣果だ。

 

「そりゃまあ、ここ10年以上、満足に釣りも出来ないからなぁ。魚も人間を忘れるさ」

 

双眼鏡をのぞく、くたびれた事務員のような男が冗談のような言葉で大男に返す。

 

「どうだ」

 

黒人の大男の問いに事務員が返す。

 

「まだなにも」

 

「見えませんか、あの子達は」

 

やり取りの最後を、老人が継いだ。

 

「台湾近海を行くなら大体ここを通過しますし、北上すれば港です。生きてりゃ高確率でここを通りますよ。あの後夜間の移動を避けたなら、まだ遅れると思いますね」

 

事務員は老人に心配するなと言うかのように説明した。より西の離島の方を通過するのは、補給を考えると確率は低い。

 

「随分丁寧じゃないか」

 

茶化すように言った大男が言葉に、事務員はにやりと返す。

 

「不安がる乗客には丁寧な説明を。顧客サービスって奴だよ、ボス」

 

そう言われると男はああ、頷く。

 

「そうだったな。すまん、荒事で気が立っていた」

 

「すみません、わしらのような老人の我が儘で」

 

また日本の地を踏みたい、そんな願いと共に老夫婦が大男の商会の門戸を叩いたのだ。持てるだけの食糧に、買い集めた燃料を持って。

 

「そう言わないでください、この話は、わが商会にとっても、あーワタリニフネという奴でして」

 

海運絡みも引き受ける男の商会にとって、深海棲艦はもちろん死活問題だった。ごたごたの中縮小していく表裏の経済。停泊させたままろくに出せず朽ちていく船。助けを待つよりも、戦力のある場所に移って反攻の際の商売に一枚かむ。ろくな青写真もないが、ただ引きこもっているよりずっとマシだった。高速タイプに改造されていた船の機関さえ、本来のもう少しマシな燃費の機関に戻して出港したのだ。それでも船団内で曳航してもらったり、燃料を都合してもらったりとはしたが。まあ本来はガソリンエンジンのPTボートなので、相手も積んできたものの重荷になっていたガソリン(機銃掃射で発火すると怖い)と食糧を交換してくれたりと、お互いにWin-Winの商売にはなった。食糧はもちろん老夫婦が自前の農場でかき集めてきたやつだ。なお、重荷と言えばPTボート故の魚雷だが、このご時世で補充が利かず、残った1発をそのまま積んである。燃料がガソリンだし砲を喰らえばどうせ一緒と言うのもあるが、一応当たれば効くという噂のためお守りとしてそのままにしたのだ。

 

「商会としましても護衛をかってくれたお嬢さん方をただ置いてきた、では信用に関わりますよ。お客様と同じ気持ちです」

 

すまんのう、と老人は返す。

 

「ボス」

 

「やれば出来るだろう?」

 

「ありがとよ」

 

事務員は、日本人だった。荒事上等な彼らの中では一番甘ちゃん扱いもされる。日本の艦娘を見捨てない、というのは彼にとってはありがたくもあり、心苦しくもあるという状況だった。

 

「従業員の心情を慮るのも、経営者の務めってやつさ」

 

陸に調達に行った連中が戻れば、もう少し待てるさ、と男は続けた。1時間後、高台の方から血相を変えた彼らの仲間が、叫びながら戻った。

 

「ガキだ!ガキが引いてる船がこっちに来る!」

 

アジア系の女に続いて、水を入れたタンクを持つ、やせ気味の白人の男が告げる。

 

「記憶違いじゃなきゃ、昨晩出た中の響って子だね」

 

山菜などを篭で背負った老婆はありがてえ、ありがてえと繰り返し呟いている。

 

「出港だな」

 

経営者の男はそう言うと、皆を船に急かした。

 

 

 

 

 さて、無事日本に着いた商会の者たちだが、艦娘、乗客たる老夫婦と分かれ、今はグダグダになった出入国管理のため港の一角でたむろしている。「貴重品」―武器や場合によっては武装艇で辿り着いた者のために、財産から離れるのは怖いだろうという心遣い、兼武装状態で各施設に入られるのを防止する処置である。そこへ白い士官服を来た男たちが護衛らしい兵士を連れてやって来た。

 

「経緯は聞かせてもらった。我々は近海の防衛に当たっている部署の者でな、高速艇とそのクルーというのが大変ありがたく、あなた方を雇いたいのだ」

 

高速艇で右往左往と言うわけである。

 

「つまり使いっぱしりと」

 

「実も蓋もない言い方をすればそうなるが、軍の輸送任務、それも最高戦力の送迎も場合によっては任せたい」

 

「しがない密輸業者風情がカボチャの馬車を転がして、お姫様たちの送迎をやらせていただけると?」

 

「いかにも。燃料タンク代りにボートを運用した報告書はチェック済みでね」

 

「こいつは出世と見ていいんじゃないですかね?ボス」

 

「受けてくれるなら軍施設に滞在させてやれるし、当然食事つきだ。給料は正式に勤務に入ってからになるのでしばらく窮屈になるとは思うが」

 

「待て待て、うちの鎮守府に滞在するなら私個人からだが一人一月分を先に渡すぞ」

 

「抜け駆けはやめたまえ、通信網がやられた場合の移動・連絡手段を独占されては困る!」

 

仲間割れというわけではないが、どうやら軍内部でも通常艦艇の需要はまだ高いようだ。

 

「少し聞きたいのですが、これは米軍のPTボートですね?」

 

若い士官が聞いてくるので事務員が答える。

 

「ええ、米軍の高速魚雷艇ですよ。言ってしまえばボスの私物なんですがね」

 

「ではあの一発だけある魚雷は?」

 

白人の男が続きを返す。魚雷の調達に大分苦労したらしく

 

「調達してから大分たってますが、Mk13ですよ。整備はしてますが、ちゃんと当たった後に爆発するかはどうか」

 

「ではあの魚雷、売ってください。艦娘の使う魚雷の材料にしたいので」

 

商会の人間が思わず顔を合わせる。

 

「お幾らで買っていただけるので?」

 

「当時物ではないにしても、レプリカでも200発は補えそうですので、一旦この場で100万円―1万ドルくらいをまず手付として、後金含めて多分10万ドル以上お支払いしてもいいんじゃないかと。運転資金としては扱う物からして少額の域ですが、当座をしのげるお金にはなりますよね」

 

「いや待て」

 

別の「提督」が口をさらに挟もうとしたところで、これは揉めるだろう、という判断から護衛の兵士の一人が会議室で契約を詰めることを提案。まず貴重品として魚雷をボートごとドックに保管しての打ち合わせとなった。結果、ボートの再整備と部分装甲化も追加条件として、Mk13魚雷を正式に軍が2000万円で購入する形でまとまる。まともな状態の商売道具、運転資金と両方を得ての再出発となった。ところで魚雷でそうなら、船もよこせと言われなかったのはどういうことかと経営者が聞いてみたが、

 

「貴殿の船に我らの船を載せて運ぶ仕事を頼むわけだが。そういう業界で「お前の船を売れ」は商売ではなく戦争になると思わんか?」

 

当然船を売る気はないが、船をよこせ=女をよこせとガチで同義になる業界だと理解した。

 

「大体似た見解を持つクライアントとご一緒できるのはありがたいですなぁ」

 

「事故のない取引をしたいものだな」

 

がっちりと握手をしての解散となった。




 知っている・部分的に読んだことがある、程度の作品なんであまり突っ込んで書くべきではないと思い、人名を削ってる。あとで名前を入れるかも。あとはハッピーエンドにすると言った以上、ハッピーエンドのネタバレもいいよね。


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11.帰還

 那覇港。

 

 離脱するチャンスはいくらでもあったと思う。合流した避難民船―正確には難民を乗客として乗せた海運業者の高速魚雷艇も数珠つなぎに曳航して、航海を続けた。最後尾に魚雷艇を接続したのは次の番の担当か、見張りを乗せた上で、「切り離すと艦娘を好きな戦域に投入できる高速艇」または「艦娘の攻撃力(連装砲)を持った高速艇」という代物に化けるためだ。ただまあ、これがいけなかった。乗客は老夫婦。海外協力隊とかを経験したことがあったせいか、海外で農業指導をしながら自前の農園を営んで暮らしていたそうだ。行き来できていた当時は子や孫の顔も見れた。そこでこの戦争である。10年以上、会うこともかなわず、生死さえ分からず。そこへ艦娘を放り込んでみたまえ君。

 

「茶ぁ、飲むかい」

 

貴重な水―汲んできたばかりとはいえあと数日、迷えばもっと要る状況で、どうにか積んできたお茶に燃料まで使って茶を勧められる。

 

「あの、お構いなく」

 

と遠慮すればまあそう言わずにとさらに勧められるし、

 

「ワシはもう使わんので、おめえさんにやるわ」

 

と古いとはいえ明らかに宝飾品の類を押し付けられそうになる。

 

「いえ、わたしでは似合いませんし、あちらの方の方が」

 

と運送業者の紅一点(どっかで見た気がする)に反らそうとすれば、

 

「あーあたしももう貰っちまってるし、他にもプレゼントされちまうと流石にボスに睨まれちまうしなぁ」

 

と同様に「頂いてしまったブレスレット」を見せてくる始末。

 

「その、業務中ですので、立場的にこういう物を頂くのはまずいんです」

 

と、後程ぶっちぎる予定の立場を盾に逃げようとするが、悲しそうな顔をされて結局もっとおとなしめのネックレスで妥協する。電や響などはもうお姫様かと言うようなティアラを被せられて戻って来る程である。流石に子供にやたら高価な物を押し付けるのは気が引けたらしく、ハンドクラフト系の比較的安い物らしいが、近場で入手したという安かったルビーを入れているとか言われて、やっぱり胃に悪い。なお最初の押し付けられそうになった派手なネックレスは、今金剛の首元に納まっている。

 

「グランマに頂いたデス。仕事中につけるのはこわいデスネー」

 

皆宝飾品を押し付けられて待機→曳航または見張りではなく、待機→ボートに保管→曳航または見張りと魚雷艇での待機時に余計な手間が発生してしまった。ついでに魚雷艇側で見張りだと頻繁にお茶や飴、ちょっと煮てみた野菜とか勧められて集中できないのも厄介だ。そういう時は業者のスタッフも歩哨に立ってくれたりとフォローはされているが、

 

「こっちとしちゃ乗客の相手をしてもらってるのが有難いねえ」

 

と社長の黒人男性に言われる始末。この状況で、「近くまで来たしわたしら脱走するんで、さいなら」…出来るわけねー!

 

 

 結局半軍港と化した那覇港に到着してしまったのである。艦娘、運送業者との別れを惜しみつつ、老夫婦は記録にあった名前その他から速やかに特定されて一時滞在施設に去って行ったが。

 

「それでこのネックレス、どうしたらいいネー」

 

「一応貴重品だと思うけど」

 

腕輪を渡された時雨も対応が分からずに途方に暮れている。どちらかというとおもちゃに近いティアラをもらったちびっ子達は我関せずに近かったが。

 

「そのティアラ、鉱山で出た石も入ってるって聞いたから、業者に持ち込むと胃が痛くなるかもよ」

 

と一応釘を刺して置く。んで運送業者の方を見る。

 

「ぱっと見悪くない石に見えるからねえ。運ぶのも大変な今だと、いい値段になっちゃいそうだね」

 

と電子機器担当の白人男性がわたしの思惑通り追い打ちをかけてくれて、ちびっ子達も青くなる。

 

「ま、もらっちまったもんは仕方ないでしょ。チャンスがあったらお礼でもしに行けばいいさ」

 

事務員がそういうと、

 

「お嬢さん方からの要請なら、適正な取り扱いがされるのが前提で、顧客情報の開示くらいはするぜ」

 

「まあ、そんなところですよね」

 

社長―大体ボスと呼ばれてる彼の言葉に同意する。

 

「んじゃあよ、ちょいと気に入らねーけどあんまりうろつくなって話だし、船に戻るか」

 

細かい話は明日以降のようだし、と紅一点の―何故かその人が護衛のメインだという女性がその場を締めた。

 

 

 

深夜。

 

ボートの操縦席でまた一緒に眠っていた電とわたしは、示し合わせたように起きる。電は艤装を稼働させずに背負い、わたしは連装砲だけ持つ。他の荷物はなくなったか、もういらない。ゆっくりと甲板に出て、ボートから埠頭に飛び移る。

 

「電は、皆とはもういい?」

 

「はい、大井さんは、大丈夫ですか?」

 

「わたしはそもそも根無し草みたいなものよ」

 

「電もです」

 

「電はこれから「帰る」だけでしょ」

 

全てひそひそと小声で話す。

 

「そうですね。そうでした」

 

高速魚雷艇のそばまで行くと、袋に入れたネックレスとティアラを、メモを入れて甲板の艤装の一部に括りつける。もらうには多分高価すぎるし、脱走兵が持っていたら、どんな迷惑がかかるか分からない。

 

「じゃ、いこっか」

 

「はい」

 

埠頭の先まで行こうとしたとき、

 

「おいおい、そいつは冷たいんじゃないか?」

 

「まったくだね」

 

護衛の女性と時雨がコンビで魚雷艇の上に現れた。

 

「なんで」

 

「わりいけどよ、これから逃げようって奴はまあ、分かるんだ」

 

「僕はまあ、話を聞いてたからね。チャンスは今日あたりしかないし、そのままにしようか迷ったんだけど」

 

「悪い、あたしがちょいと問い詰めてな」

 

視線が逃げる、そう言われて何となく思い当たった。金剛も響も時雨も、多分アクセサリを貰う時は照れていたのだろう。わたしと電は、多分視線が下に落ちていた。こんなものをもらうのはって感じに。護衛と言うだけのことはある。括りつけた袋を、また投げ返される。

 

「持ってけよ。悪いが「あんたらの護衛を代金がわり」に、なんて運送依頼は受けられねえし」

 

「そこまで読まれますか」

 

メモにはそう書いておいた。

 

「そいつは嬢ちゃんたちが護衛してくれたことへの、うちの客からの謝礼だ。よその奴の報酬を突っ返す仕事なんて、受けるわけねえだろ」

 

命の遣り取りをやってたんならそれくらい理解しろ、とも怒られた。かなわないなぁ、プロって奴には。

 

「あたしからはそれだけだ。じゃあ行きな」

 

あれ?

 

「見逃してくれるのです?」

 

「あたしが問い詰めたって言ったろ。事情がわかってりゃ、「あいつらならもう出発した」って伝えといてやる」

 

「僕からもね」

 

ほんとかなわない。

 

 

「また会えたら、お酒でも奢りますね」

 

確約はまあ無理だけど、ありきたりだがさよならは違うって奴。

 

「期待しないで待ってるぜ」

 

「楽しみにしておくよ」

 

電もぺこりを頭を下げる。

 

 

 

 

 

 そうしてわたしたちは埠頭の端へ

 

 もう振り返ることはなく

 

 暗い海へ

 

 ただ足を踏み出した

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、時雨つったか」

 

「うん、言ったね」

 

残った二人はと言うと

 

「付き合えよ。あれが駄目とは言わねえけどよ、素面じゃどうにもやり切れねえ」

 

貴重そうなバーボンを取り出して甲板に座る彼女に

 

「ああ、そうだね。ご相伴にあずかるよ」

 

時雨も頷くと、同じく座ってガラスの杯を受け取る。

 

半分に欠けた月が、それを照らしていた。

 




 あとはエピローグで本編は終了の予定。後日談を複数書きたいんで完結タグは多分つけない。キャラ設定とか詰めずに書いていたらレヴィが偉く動いた、視線が逃げるの部類は新谷かおるの「砂の薔薇」で逃亡者は目が逃げるとか書かれているのとか、実際のお巡りさんの不審者は場合によってだが目が逃げるみたいな通説とかで。なお、追跡者は目が追う感じとはやはり「砂の薔薇」より―護衛対象と付近の対象は目で追うレヴィという仕上がりに。あと時雨って立ち回りの渋い役を引き受けそうなイメージがついちゃってる。

 サブタイトルの帰還は「日本への帰還」て感じで、電はまだ帰れてないって転生大井の思考がガチで動いたわ。俺そこまで考えてないから。行き当たりばったりなのになんか納まってくの結構怖い。


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12.エピローグ

「それで、いったいどういうことなのかね?」

 

数日後の取調室、という程ではないが事情聴取である。通常ばらばらに聞くべきであるのだが、業務に圧迫されてか、会議室にまとめて集められていた。担当の兵士、憲兵に金剛たちは答える。

 

「どうもこうも、いなかった艦娘がまたいなくなった、ということデスネー」

 

「タウイタウイ第3の電、第4の大井でしょ?沈んだって僕は聞いたよ」

 

「ではあのボートはなんだ?」

 

「妖精が運んできたとかだと思うよ、私は」

 

「こういう状況で埒が明かんのだ。君らは何か知っているかね?」

 

憲兵の一人が、一緒に事情聴取されている運送業者に聞く。

 

「それがうちも何が何やらという状況でして」

 

黒人の大男がしどろもどろとは言わずとも、事態が分からないという顔をしている。

 

「そもそも戦地から帰還した艦娘が、高価そうな宝飾品を所持しているのも問題があるところだと言うのに」

 

兵士―というより事務官らしい男の愚痴に、事務員が返事をする。

 

「あ、それうちの顧客からの謝礼です。ご年配の夫婦の方でして。お孫さんのようなお嬢さん方に、お礼だって渡してましてね」

 

電子機器担当の白人が続ける。

 

「我が社としましても、顧客のフォローを手伝って頂きましたもので、証言が必要ならいたしますよ」

 

そこで護衛の女がとんとん、と経営者の肩を叩く。

 

「なんだ?」

 

「あいつらなら昨夜のうちに出発したぜ」

 

「どういうことだ」

 

「帰還先が別にある、これ以外は今は言えないってよ。まったく片方装備なしでもそのまま海を行けってやべえ任務じゃね?」

 

「なんか特殊部隊のやばい部署か?」

 

「そういうのじゃね?話聞いてりゃ激戦区で船を調達して、ろくな装備もないのに交戦中の味方を支援するわ、あたしらの船もついでに連れ帰るわとか、見た目の割にやることプロじゃね?」

 

女の言葉に経営者はくるりと事務官に向き直る。

 

「あー、そういう。すみません、どうも民間業者としましては、踏み込むのも怖い案件に聞こえるのですが」

 

「うーむ。せめて本来の所属部署くらい分かれば」

 

タウイタウイ第3、第4の壊滅は情報を確認したので、そうなるとここで扱うには手に余るのは明らかだ。

 

「そういえばあの時、大井って機関なしで探照灯だけで突っ込んできたよね」

 

時雨の指摘に金剛が頷く。

 

「探照灯だけでこちらの砲撃を誘導シタネー」

 

「そうやって気を自分と私達に引いておいて、後ろから電がズドン、だね」

 

響の指摘に、まじでやばい部署かも、という勘違いが広がった。そこへいきなりドアがノックされる。

 

「特務の藤井だ」

 

白い士官服―提督の制服を着た男が入ってきたうえで、何らかの書類を提示する。

 

「先日は特務麾下の艦娘が世話になった。無効になった命令だったが、任務の関係上当人達に伝達出来ていなくてな、彼女たちも話せずに現場で混乱しているだろうと考え、正式な指示書と言う形で持ってきたところだ」

 

まじで特殊部隊だったかとの勘違いが広まった瞬間である。そんな空気も、あの晩の彼女たちには、あまり関係ないことだったが。

 

 

 

 

 

 

 電に引かれていくのは三度目だ。一度はあの島での装備回収。二度目はあの夜の戦闘。

 

「あ、探照灯を忘れたわ」

 

連装砲を持ったら、あとは電に引いてもらう手しか残らない、だから気が回らなかった。

 

「知っているのです」

 

「もう囮なんてさせませんから、いらないのです」

 

うんうん、と言った感じに艤装の上で妖精が頷いている。

 

「気付いていて言わないとか、電もやるようになったわねえ」

 

「大井さんは意地悪ですから、電も少しくらい意地悪を覚えました」

 

「いいんじゃない?他の子にしなければいいわ」

 

「そうですか」

 

沖縄本島はずっと後ろ。月はあっても闇夜はさびしい。

 

「ねえ」

 

「なんですか」

 

電の温かい手を、もっと握っていたかった。

 

「連装砲、捨てちゃっていいかな」

 

首にかけた、宝飾品の袋が充分重かった。少しの後、

 

「そうですね」

 

電の返事で、右手の力が抜けた。水音は、ずっと後ろに聞こえたと思う。

 

「大井さんに連装砲は、いらないと思います」

 

空いた手でも、電の右手を掴む。

 

「大井さんはもう、戦わなくていいと思うのです」

 

それでは足りなくて、ゆっくりと電の腕にしがみつこうとした。電が速度を落とすと、わたしは出来るだけ電の右側に身を寄せる。

 

「わたし、ずるいよね」

 

「いいんじゃないでしょうか」

 

ふと、振り返る。白い航跡が、徐々に消えていく。沖縄は、もう見えない。

 

「この先に行けば、そうしていいと思うのです」

 

―だってみんな疲れてしまったから―

 

 

 

 

さみしい海を進んでいった先は、静かな無人島―でなかったのが誤算だったけど。

 

「なんでなのです?」

 

電にもちょっと分からないらしい。無人島の筈の場所に、設備らしいものと明かりも見える。彼女の記憶通りの航路を行き島と島の間を抜けて目的の島の浜につくが、港湾設備や宿舎らしい建物、複数の別棟が並んでいる。浜にさらに近づくと、深夜というか午前様にも関わらず二人の艦娘が酒盛りなのか、酒瓶と杯を手に座っていた。

 

「なにも、なかったはずなのです」

 

立ち止まっていたわたしたちに気が付いたのか、こっちに来いとばかりに手を振っている。

 

「まあ、行ってみようか」

 

 

近づくと、二人とも同じ艦娘―眼帯をした、天龍というタイプだったか。

 

「よう、おかえり」

 

片方がそう口を開いた。

 

「あの、ここ」

 

「皆の、避難所で」

 

電が途切れ途切れに聞くと、もう一人が言葉を返す。

 

「ああ、オレもそう聞いてるぜ」

 

「だから「おかえり」だ」

 

二人とも杯や酒瓶を抱えて立ち上がる。

 

「結構な長旅だったみたいだな」

 

「空きはまだあるからよ、ゆっくり休めよ」

 

二人して宿舎まで案内してくれる。艤装と武器は、玄関で下ろした。

 

「ねえ、ここって潜水艦の子、いる」

 

「いるけど、どうした?」

 

「連装砲、近くに捨ててきちゃったから」

 

そういうと、両手で握った電の手を示す。

 

「そっか」

 

わかった、と彼女が返す。

 

 

 案内された空き部屋は、すぐに使える様になっていた。

 

「まあ、色々あるんだろうけど、今夜は名前だけにしとくよ。オレらはここ第13独立艦隊の、天龍だ」

 

「タウイタウイ第4の、大井です」

 

「タウイタウイ第3の、電なのです」

 

電が名乗ると、天龍の片方が電を見つめた。

 

「そっか、良く帰ってきたな、電。お疲れ」

 

―ちゃんと帰る場所だったじゃない。

 

 

 明日適当に起こしに来る、そう言って二人の天龍は行ってしまった。

 

「電、もう寝ましょう?」

 

「はい」

 

宝飾品の袋は近くの机に放りだして、着たきり雀だった制服も全部脱いだ。たたみもせずに放ったらかしてベッドに座る。遅れて電も全部脱いで、前みたいに、向かい合って横になった。

 

「良さそうなところじゃない」

 

「ごめんなさい」

 

「なんで謝るの」

 

ここはいい所だろう。いなくなった電のことを覚えていてくれたから。それでも、電は泣いて謝り続けた。抱きしめてあげるくらいしか出来ないのが残念なところだ。

 

「大丈夫、明日からきっと楽しい日になるから」

 

彼女が泣き止むまで起きていたことは覚えている。その後は、随分と安心して眠れたはずだ。

 




 ちょっと舞台装置として別SSのキャラ使い過ぎですが、元々電と帰還先を別SSから持ってきてますので、物語を一度閉じるにしても必要なキャラを使うってとこです。後日談とその晩の話、とひっくり返してあるので分かりにくい構成になっていますが、その方がいいと個人的に思ってそうしてます。電の「ごめんなさい」については、書かなくていいよね?

 電の未回収のネタについては、また後日談あたりで。


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13.後日談1 事後処理

 避難所。

 

ガチの脱走兵の溜まり場だったのだが、ある時始まった「綱紀粛正」により、鎮守府として運用されるようになったとか。ただし、艦娘しかいない。正直記憶にもないレベルなのだが、以前の基地、もとい鎮守府も「提督」がいたはずだが、ここにはそれがいない。その代りに、目の前の艦娘―天龍が「提督代行」をやっているとのこと。「提督代行」だと殊更に強調された。

 

 少々日が高くなったぐらいに起こされ、浴場への案内を兼ねたシャワーを終えると、別棟の執務室にて作り置きのおにぎりでの食事。それが済んでからの報告のお時間である。もっともその前にひと悶着あったが。

 

「おい、大丈夫か」

 

「?」

 

天龍に声を掛けられるまで、わたしは自分が泣いていることに気付かなかった。銀シャリの威力は絶大で、前世とか艦娘とか以前に日本人であることを再確認できた。

 

 

 

「書式だのなんだの難しく考えなくていい、まあ書けるだけ書いてみてくれ」

 

執務室に置かれてはいるが、応接用と思われるやや高めっぽいソファと同仕様のテーブルでの作業である。先程までの軽食セットは脇に追いやられ、適当な事務用マットにレポート用紙と、どうにもソファ・テーブルが用途外っぽい。どっちにせよやらないとどうしようもないので、顛末を可能な限り詳しく記述していく。曖昧になってる前の鎮守府のことは―金剛はいたし北上さんを含む何人かは逃がせたから、それくらいでいいかと、漂着後をメインに書いていく。流石に物資の数量などは覚えていないが、経緯はかなり覚えていた。隣に座った電も書いているし、内容を突き合せれば大分正確になるんじゃないかとは思う。ただし、内容の確認は向こうがやるから、口裏を合わせるみたいなことはするなとも言われたが。ほぼ脱走の件は聞いてみるが、

 

「いや、オレ逃がしてた側だし、そういう経緯でここ出来たからな」

 

細かいことは上がやるそうだ。適当に休憩を挟みつつ2時間ほどで書き終わる。ちらりと天龍の方を見れば、積まれた書類を確認中で、管理者というのは本当のようだ。自分の報告書もどきを彼女に渡すと、天龍は途中だった書類を脇へ置いてそちらから読み始めた。ただしいきなり最後の方から。

 

「対外的には問題になりそうだからな」

 

そういうと斜め読みに近いレベルで用紙をめくり、手元のPCでおそらく書類の作成を行う。さらにはいずこかに通信を始めた。

 

「13艦隊の天龍だ。大将、今いいか?」

 

野太い感じの男性の声が返ってくる。

 

『こちらは問題ないが、どうした?』

 

「事後報告で悪いが、所属先の消えちまったのを、二人こっちで引き取ったんで。一人は前にもここにいたんで、戦死報告の取り消しと、あと那覇で騒ぎになってそうなんで特務経由でその処理を頼みたいんだ」

 

『那覇港の軍管区で艦娘が脱走したというあれか』

 

「舞鶴にいるのに話が早いな」

 

『鎮守府運営の監視はさほど緩んではいないのでな。しかしいきなり脱走は穏やかではないな』

 

「戦死扱いだった電が帰ってくれてよ。ただ鎮守府設立前の情報のまま動いてたから、ここは極秘拠点ってわけだ」

 

『確かにそれでは騒ぎにもなるか』

 

「正式なのは後日ってことで、概略のデータを…今送った」

 

少し、間が開く。

 

『今、確認した。特務には俺から上げるが、先に那覇を片付けるのでな、詳報は後でも構わん』

 

「直接かよ」

 

『こういうのは意味深な所属に、一応は正式な書面で殴りつけんと治まらんものだ』

 

その後は世間話もどきの遣り取りと提督をよこせなどの愚痴やらで通信は終わった。電も報告書もどきを書き終えたのか、すかさず天龍にそれを渡す。

 

「んじゃちょいと待っててくれ」

 

あとで差し障りのない内容にまとめるとのことだが、詳しく聞くこともあるかもしれないので、と待機を指示される。途中ボートのことも聞かれたり実質非武装で海上に立ったことも再確認されたので、そこまでひどく読み飛ばしている訳でもないのはわかるが、それでも見落とされたらしいことに気付いて声をかける。

 

「それより前の部分に書いておいたけど、電の治療、お願いします」

 

ん?と彼女が用紙を戻す。

 

「ん、ああ。あとで明石のところにも行くから、そん時にだな」

 

該当部を確認したようだが、妙に軽い反応に少しイラつく。

 

「カリカリすんなって。吹っ飛んだってきれいさっぱり「直っちまう」から、気にするだけ無駄だぜ」

 

そういうと彼女は右手でくるくるとペンを回して見せた。2本目だぜ、という言葉を理解するのに時間が―えらく時間がかかってから唖然とする。

 

「非武装で突っ込んでく割にはまっとうな感覚で助かるな。あと、電」

 

ペンを置いてひょいひょいと手招きをする。電はというと、すぐには動かず隣に座る私の方に首を傾げた。それに少しおかしなものを覚えるが、背をぽんと叩くとそそくさと執務机の方へと立ち歩く。

 

「こいつを返しておく」

 

天龍が出してきたのはジップロックに封入されたドッグタグだった。そういえば電を剥いた時にチェーンの切れ端が落ちたが、これのチェーンか。大した反応もせずにただそれを受け取ると、レポートを書いていた時よりもわたしの方に寄って電は座った。またしばらく報告書を読んでいる天龍だが、途中で何度か同じ部分を確認し始め、急にわたし達の方を見る。

 

「何?」

 

少しすると何も、と返事をするとともに、報告書もどきをひとまとめにして「処理中」の箱に入れた。

 

「それじゃ、工廠に行くとするか」

 

別に置いてあった書類ケースを手に持つとそう天龍は宣言する。軽食セットはあとで片付けるからそのままでいいとのことだ。

 

 

 

 真新しい艤装―改ではあるが大井の場合は重雷装艦という別艦種になるらしいーそのどこが違うのかよく分からない艤装を背負う。責任者の天龍からの又聞きの知識によれば、艦種が変わるにしても改装をすることで、耐久性・装備可能数及び各ステータスが向上するので死にたくないならやるべきだそうだ。言ってることがまるでゲームのそれだが。

 

「つーかお前は絶対やっとかねえとまずいしな。いくらオレでも機関なしの丸腰なんてやらねーぞ」

 

彼女の聞き及んでいる話では、素の状態でも多少はマシになると。

 

「あれは状況が」

 

「囮のつもりなのはわかるが、提督適性で機関なしってことは最優先殺害対象の「人間」に認識されただけだぞ」

 

「提督適性?」

 

「艦娘自体建造と志願兵で構成されてるがな、提督としての適性が高い奴がどっちにも混じるんだってよ」

 

「指揮とか作戦立案能力とかが高いってこと?」

 

「艦娘と妖精がどれだけ言うこと聞いてくれるかってことらしい」

 

そういうと、天龍は小声で囁く。

 

「具体的な例を挙げるとだな、お前とつるんでる電、多分お前が命令したらそれを優先する」

 

「自分だけの戦力を抱えうる適性、でいい?」

 

執務室でのあれはわたしの許可を待ったのか。ただ執着か依存対象になっているだけかと思っていた。

 

「そんな感じだな。艦娘も相手を選ぶしな」

 

軍の指揮系統も無視する可能性が高く、可能な限り現状の命令系統の把握と調整をするのが、最近の大本営の主業務だとか。

 

「ところでこれ、主兵装が魚雷しかないけど、撃ち尽くしたら投棄していい?」

 

「ミサイルポッドみたいな扱いはやめてくれ。懐に響く」

 

「ちょっと他の武器も見たいんだけど」

 

「ああ、明石」

 

彼女が声をかけると、電の診察―作業服で診察も何もないと思うが―をしているピンクの髪の艦娘が、こちらを向く。工作艦の明石であるから艦を診れるということなのだが、違和感を拭えない。

 

「そうですねえ。整備済みなのはこの辺ですけど、大井さんだと変更出来るのは脚に装備している二つだけだと思いますよ」

 

「それって?」

 

「その単装砲と左腕の魚雷は、置いていくことも出来ますが、それと入れ替えて違う装備をもっても上手く機能しないことが多いんです。艦によって違いますけど固定装備らしくて」

 

「あとその単装砲な、収納してみな」

 

何のことだ?という顔をすると天龍は空手のまま、刀を鞘から抜くような動作を行う。柄から現れたそれは、妙にサバイバルナイフチックな意匠だったりしたものの、刀剣の類だった。

 

「こんな風にな、少しくらいは隠し持てるわけだ」

 

言われて単装砲を収納しようとするが、全く反応しない。思考―ダメ。右腰のホルスターに収める様に―ダメ。マウントラッチでもあるかのように腰の後ろに―艤装に当たるだけ。

 

「魚雷か―」

 

左腕の四連装酸素魚雷発射管しか反応しませんでした。出現させる時のイメージは袖口の小型オートをギミックで手元に出す感じなので、腕の外側に出てきてちぐはぐ。

 

「いちいち動作がハンドガンっぽいな」

 

「別にいいでしょ!」

 

なお銃器類は私物で持てるとのこと。

 

「それじゃまあ、微調整やらもまたあるだろうから装備は全部置いて行ってくれ」

 

「魚雷も?」

 

「頼む。酒の席で持ち出されるとか考えたくもねえ」

 

そういう事態を想定して、食堂の一部の壁は装甲入りだとかで、それならと懸案事項を減らすのに協力する。電の診察はまだかかるとのことで、しばらくその辺をぶらつくことにした。

 

 

 

 

 大井が工廠の外へと歩いて行くと、天龍は明石と電の方へと向き直る。

 

「それで、どうだ」

 

「どうもこうも、電は大丈夫なのです」

 

「そうですねー。表面上は入渠で「直る」と思いますが」

 

「やっぱり一度沈んでるのが響いてるか?」

 

「何度か受けた研修での事例と同様なんでそれもあるんですが、なんか妙な感じなんですよね」

 

本土で精密検査、受けた方がいい、と明石は結論を出す。

 

「そういうことなら大井も受けさせた方がいいな」

 

「大井さんもですか」

 

あいつも沈んでるからなー、との発言に良く生きてますねと実も蓋もない返事をする明石。

 

「もう、行っていいのですね」

 

電の確認に、天龍は少しだけ彼女を引き留めた。

 

「ああ、それとだ」

 

「はい?」

 

「あそこまで詳しく書かなくていいからな。正式な報告書じゃ削っておくぞ」

 

そう伝えてから天龍は、電の耳元で囁く―少なくともオレは取ったりしねえから、安心しな、と。それだけ言うと、もう行けとばかりに電の肩を叩いた。電はと言うと、一気に関心を失くしたかのように背を向けて出て行ってしまった。

 

「仕事を割り振れそうな相手は見つかったにせよ、命令系統ぐちゃぐちゃじゃねーか」

 

「何を書いたんです?あの子」

 

「情事にもならねえおままごとをな。大井は自分のだって言いたいんだろう」

 

「「提督はわたしのだ」って言った方が伝わりやすい気がしますけど」

 

「まあ、そういう意味だな」

 

 

 

 

 

 時計はあまり注視していなかったが、今は午後だろうし太陽からして2時か3時か?適当に周りを歩いてみたものの、海側に降りていくと見るとしたら狭い砂浜があるくらい。コンクリート製の桟橋やら港湾設備はあとで飽きる程見ることになるだろうし、他の―食堂などもあとでまた案内してくれるだろう。海から先の視界に入る島々には、今は行く気にならない。艤装なしで歩くのはもうやめたいし。工廠か宿舎に戻ろうかというところで、複数の艦娘が目に入った。遠征か、戦闘か、運よく誰も負傷はしていないようだ。

 

「鎮守府として運用されてれば当然よね…」

 

それだけ呟いておしまいのはずだった。宿舎から走ってきたらしい艦娘に気付いたせいで、また桟橋の方に向いてしまったから。そのせいで、あの人を見つけてしまった。手は自然にそちらの方へ。その姿を見た時にもう口は開いて、

 

「北か・・・」

 

でも、そこで声が止まってしまった。言いたかったこととか、伝えたかったこととか、聞かせたかったことが、きっと「大井」にはきっとあっただろうに。宿舎から走ってきてまで迎えに出た「わたし」がそこにいたから。北上さんだって、わたしの北上さんじゃないかもしれないし。楽しそうに何かを言い合う二人―いや、どこからか出てきたもう一人が加わって三人になって―三人を見て、そんな言い訳を心の中に浮かべていた。両側から詰め寄られて真っ赤になっている「わたし」。きっといつものように連れ立って、宿舎の方へ歩いて行ってしまう三人に、伸ばした手を、下ろしてしまう。服越しに温かい感触が背に当たる。

 

「電が、いるのです」

 

握り込んだ拳。

 

噛みしめた唇。

 

涙は、流さなかったと思う。きっと大井は、電を無視した。「わたし」は、電に、声を返せなかった。




 大まかな部分はキャラが勝手に動く感じなのは有難いけど、勝手に曇ってくの何とかならんもんか。あと電の執着レベル上がった気がする。思いついた設定もどきとか、整合性がしっちゃかめっちゃかになりそうなのがネック。
 だけど細部には手間と時間がかかるし、かかった。


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14.後日談2 再会

 休暇だ。ぶっちゃけ検査やらなにやら色々あってまだ出撃は駄目だということになった療養休暇である。何分記録上も記憶上も轟沈ということになっていたのだ。ここの明石さんの複数回の診察受けて、その結果及び報告書もどきから作られた顛末書を本土に送ったら、本土の専門部書の工作艦及び医務官による診察が必要と無期限出撃停止命令が返ってきたのである。まあ自分から潜水・沈没をやった馬鹿だから仕方ないか。検査日程自体は未定である。

 

 

 栗色の髪を梳る。櫛の通りがとても良くて、意味があるのかこれ?と思うが入渠の効果らしい。買った意味がなかったか、とシーツの上に転がるヘアミストを見る。これも櫛も、確認出来る軍歴分は支給された給料が出所だ。もちろん、無香料という触れ込みの製品を選んだ。

 

 電がモゾモゾと身じろぎするので、櫛もベッドに放り出すと、抱え込むようにして彼女がお気に入りの枕を堪能させてやる。戦艦とか正規空母(?)勢と比べれば「最近のお気に入り」程度のサイズだろうが、わたしの我が儘に付き合ってもらっているのだしこれくらいの甘やかしもいいだろう。

 

 鼻息の強い電の右腕をとると、上腕から肘辺りまでを何度も撫でた。引っかかりもなく手のひらは滑る。無造作に右肩越しに覗き込むと、彼女のおなかを抱えた左腕をずらして、右脇腹を確認する。やはり見た目はもう傷一つなく、指先で確認しても引っかかりやくぼみもない。

 

「大井さんは気にしすぎなのです」

 

逆にあんたは無頓着すぎる、といいたくもなるが、綺麗さっぱり消えているのは事実なので如何ともし難い。長期的に残る傷というのもあるそうだが、艦娘であるならどうにかなってしまう。

 

 腕の中で彼女が身をひねると、上体をベッドの上に倒された。電の頭が視界に寄ってくると、スポーツブラの繊維の感触とともに体の重みで胸をつぶされる。彼女的には「肉枕」を楽しむ時間は終わりのようで、わたしの首元や耳元に顔を寄せるので忙しいようだ。

 

―ショーツ一丁で相手をしてやるのはいささかやり過ぎだったか

 

これまでを考えれば今更、とも思うし、引き篭もるわたしに付き合わせているのは事実なので好きにさせている。匂いへの執着の悪化を手伝っているようなものだが、わたしにだけ執着している訳ではないのもあるし。天龍に正面からぶつかったのは絶対わざとだろう。抱え込んだ方が多分、まわりの被害は少ない。

 

「やたらと嗅ぎにいくの、やめなさいよ」

 

するりと電の手が耳元に滑り込むと、こっちを向いて電の頭がわたしと並ぶ。右腕が彼女の左手で叩かれたので、腕を曲げて互いの手のひらを絡ませてやる。日の高い内にするような「お肌の触れ合い」ではないが、わたしたちの間では普通になってしまった。こっから先には進まないし。

 

「天龍さんは煙かったです」

 

やっぱり嗅いでやがったかこのガキ。ゲンコをくれようにも両手の自由が効かないところで、追い打ちを喰らった。

 

「浮気者は放置でいいと思うのです」

 

「浮気ってあんたねえ」

 

引き篭もっている理由は、今のわたしのまま北上さんに会いたくないためだ。昨日は、言い訳までして自分を抑えたが、あの人がわたしのー唇を奪った当人だと言うことは半々とはいえ直感的にわかっている。

 

「忘れてくれていた方がいい、ではなかったのですか」

 

「当の本人に会えるなんて想定外よ」

 

生き残った当人が、別の「わたし」を違う自分とシェアしてるっぽいのも、混乱に拍車をかけている。そこまではじける要因になったかも、と思うと、どんな顔をして会ったものやら。

 

「やっぱりわるいひとです」

 

ん、と電を見る。

 

「帰る気はなかった、ってひどいことを言ってるのですよ」

 

んーと生返事もどきをしながら、左腕で電の頭を抱える。

 

「理解できないかもしれないけど、わたしは二度目だからね」

 

だからあんたは、一度目の今を楽しみなさい、と煙に巻く。

 

「言われなくても、そうするのです」

 

情事というほど溺れるでもなく、ガールズトークにしては生々しい。この子ともえらくおかしな関係になってしまったものだ。抱えた腕の中で電の頭がもぞもぞ動くと、左頬に柔らかい感触が当たる。

 

「そっから先はとっときなさい」

 

と注意した直後の動きは斜め上だが。濡れた感触が頬に当たる。

 

「おい」

 

頬にキスまでは分かるが、舐めるまでするか。

 

「いい匂いがするなら、おいしいかと思ったのです」

 

 

「あんたがわたしに何を求めてるか分からなくなったわ」

 

どこまで許すかというところでノックの音が響く。逃げようとする電を抱え込むとどうぞ、と返事をした。

 

「失礼します、てお取込み中!?」

 

電よりは年齢的に上に見える駆逐艦の子が目を丸くしている。電は電でジタバタしているが、どうもこの子がわたしにひっつくのを見せつけるのと、逆にそれに羞恥心を覚える状況の違いが分からん。

 

「ふて寝に付き合ってもらってる程度のことだから、気にしないで」

 

通じるとも思えないが適当な弁明を述べて置く。相手はというとそれで納得するかのように目元がもとに―もとに戻ったのか?というぐらいに睨んでいるかのような目付きになる。

 

「えーと、電の検査をまたやりたいってことなんで、とりあえず離してあげてください」

 

「明石さんのところよね?」

 

はい、と駆逐艦―確か吹雪とかその辺のタイプの子は返事をする。電はと言うと、こっちが手も腕も解いたのに、どうもわたしから離れない。

 

「電、準備していきなさい」

 

もう一回わたしの頬に唇を押し付けると、電は放ったらかしだった制服をいそいそと着て出ていく。

 

「ああ、またわからなくなったわこれ」

 

体を起こして見送りながら、つい言葉にしたところに吹雪が口を挟んだ。

 

「多分独占欲じゃないかな。僕に見せ付けてもあまり意味はないんだけど」

 

目付きは妙に悪いままだが声は平静だ。

 

「吹雪、で合ってる?」

 

「ああ、うん。他の吹雪とは大分違うけどね」

 

記憶というか、大井の認識にある吹雪とはずれが大きい。

 

「天龍さんに同類だから会っとけ、って言われてさ」

 

同類、ということは他の艦娘を抱え込めるわけか。ということは。

 

「あの子、あんたを指揮官かただの艦娘か判断に迷った感じかしらね」

 

もしかすると、上位者か第三者相手では羞恥心が先に、同格相手には独占欲が前面に出る具合か?

 

「そうかもね」

 

口にした推測に、たいして興味もないという感じに返事をする吹雪。

 

「ところでさ、そろそろ食堂とかにも顔出しといた方がいいと思うよ」

 

そう言われるとぐうの音も出ない。

 

「修羅場になるとしても早い方が、傷も浅くなるし」

 

「修羅場前提なわけ?!」

 

「だって大井さんだし」

 

「いくらなんでも風評被害もいいとこよ」

 

「二人の北上さんを大井さんで一人占めしちゃってる形だし」

 

実態は囲われちゃってる感じだけど、という言葉より先ににぐぎぎ、と歯ぎしりが漏れる。確かに突っかかっていきそうな衝動が出てきてやばい。

 

「それじゃ、僕はこれで」

 

あんまり長居すると如月に嫉妬されそうだしね、と愚痴なのか釘差しなのかよくわからない言葉と共に吹雪は出て行く。

 

「少し、歩くか」

 

気持ちの整理はついていないが、このまま電が戻るのを待つのも深みにはまるだけっぽいし。性癖はともかく全肯定幼女とか、多分中毒性高い。そもそもこの間までの吊り橋効果分含めても、さっきまで好きにさせてた時点でわたしも頭沸いてるわ。

 

 

 結局することもなく、敷地内のベンチで海や周りの島を眺めている。ぼーっとしていると下らない事―大井にとっては最重要課題が頭の中をぐるぐるして結構駄目だわ。

 

「ごめん」

 

誰に言うでもなく、謝った。いや、謝った相手は自分―「大井」だ。結局「帰りたい」の根源は「北上さんに会いたい」だったのに。帰ってきた「わたし」は、大井を止めてしまった。

 

「帰るの、遅すぎたかな」

 

彼女にとってもう死んだ女だ。今更生きてましたなんて、無理があるか。

 

「あー疲れた。ただいまー」

 

思考の沼にはまったところで不意打ちを喰らった。遠征か、別種の任務にしても帰還時間は大体決まっているものだ。時間感覚が狂ったままで認識できていなかった。そういえば時計も買ってない。

 

「お、おかえりなさい、北上さん」

 

動揺したままだったが、どうにか返事はできた。

 

「ごめーん、ひざ借りるねー」

 

潮の香りが強いままの北上さんが、左からわたしの上で横になる。本当に久しぶりの感触だ。

 

「あー、くつろげるー」

 

前はそんな言葉を吐く余裕もなかったよね。

 

「あれ?」

 

目を閉じていた北上さんがすぐに目を開く。

 

「大井っち?」

 

なんですぐ気付いちゃうかなぁ。

 

「はい」

 

「大井っち、なんだよね」

 

「ええ、どうしました、北上さん」

 

「だって、大井っちは」

 

青い顔で起き上がろうとするのを、押さえてまた膝の上で寝かせる。

 

「ここに、いますよ」

 

北上さんのひたいに手をやると、ゆっくりと前髪をすく。

 

「あたし、置いてったんだよ」

 

「わたしが置いて行かせたんですよ」

 

「でも、手を伸ばせたんだ」

 

「それだと二人で、ううん、みんな沈んでました」

 

「だけど!」

 

もう、北上さんってば、うっざい。なおも身を起こそうとしてきたので、

 

「北上さん、うるさい」

 

ちょうどいい高さだったから、口、ふさいじゃった。こう、上体を起こす北上さんの左脇に右腕を入れて右手で頭を、北上さんの右上腕を引きあげるように左手で押さえちゃって。「大井」も大分我慢させちゃったし、「わたし」にはあとで謝ることにして、膝とか背中を貸してきた役得ってことでいいでしょ。続きは我慢するから。柔らかい感触を少しだけ堪能すると、名残惜しいが唇を離す。かはっと互いに息を吐くと、大人しくなった北上さんをまたゆっくりと膝に押しつける。

 

「それじゃ、今のでちゃらということで」

 

両肩を押さえながら寝かしつけたので、こちらに伸びようとする手も押さえられる。

 

「大井…ち」

 

ただのキスだったつもりなんだけど、なんでだらしなく口を開けてるんだか、この人は。

 

「帰って、きたんだか「だめです」」

 

ちょうど時間切れだし。

 

「北上さん!?」

 

「わたし」なんだからそりゃ探しにくる。手招きすると有無を言わせず「交代!」と宣言、右隣に座らせた「わたし」の膝の上に北上さんの上体を載せると、下半身側を強引に持ち上げてベンチから脱け出す。

 

「それじゃごゆっくり」

 

崩れた敬礼と一緒にそれだけ告げると、その場を逃げ出した。宿舎に戻る途中で「もう一人の北上さん」に会うのは罠もいいところだ。

 

「おかえりー。わたしは見つかった?」

 

「二人とも砂浜そばのベンチにいますよ」

 

言外に初対面と人違いの意図も込めて伝えたが、相手が悪かった。

 

「んんん?」

 

通りすぎる前に距離を詰められる。北上さんは大体距離が近い。

 

「通達、なかったけど新人かー」

 

微妙に宿舎の外壁に追い込まれている感じで、ぬけるタイミングが掴めない。

 

「やっぱりまともな大井っち相手だと気楽でいいね」

 

「どれだけイカれたわたしに会われたか分かりませんけど、やたら寄られるとそれはそれで辛いんですが」

 

北上さんは大井特効とか補正入ってる気がする、さっき我慢して戻って来たにしても、動悸の加速がマジパナい。

 

「あー、わたしが特異個体ってやつもあるか」

 

そういうとぽん、と眼前の彼女は履いているショートパンツ叩く。スカートじゃない?

 

「よそだとねー、変な夢見てたと思ったら上に乗られてたとかまであったからねー」

 

夜這いまでやるか、大井は。

 

「それは災難で…?」

 

なんとなくその可能性に思い当たり、つい口にした。

 

「すみません、離れてください」

 

「おお?」

 

「せっかく「わたし」の顔を立てて昔馴染みの北上さんから逃げて来たところなんですよ」

 

「ここで北上さんに転んじゃったら、ただの馬鹿じゃないですか」

 

「あー「わたし」の知ってる大井っちかー。馬鹿やると「わたし」と殺し合いまで行くかなー」

 

「3人で仲良くやってるんじゃないですか?」

 

「うん、ヤってるよ?その分話すことは全部ぶちまけてるからねえ。知ってて「先に」大井っち食べちゃったら流石に切り落とされると思う」

 

やっぱりついてるんか。あと北上さんの言動が兵隊的に軽いのは前々からだが、意味合いが明らかにそっちで口にされるのもちょっと精神的にきつい。

 

「それでは、北上さんが魚雷でオカマを掘られないうちに退散しますね」

 

「ちょっとそれどっちの意味でもきついんだけど」

 

「いえ、会話に夢中でお気付きでないようですが、うちの駆逐艦が真後ろですので」

 

わたしの指摘にひえっと声をあげて北上さんが飛び退く。ハイライト消して誰かの後ろに立つのは怖いから止めてよね、電ってばさ。ほら、班長も処ス?とか焚き付けない。

 

「それでは失礼しますね」

 

「ああ、うん」

 

北上さんを威嚇する電を引きずって宿舎に入る。

 

「駆逐艦の護衛付きかー。ちょっと手強いかなー」

 

頼むから聞こえるように言わないでくださいよ、北上さん。で、夕食までまた部屋で暇つぶしと言う名のご機嫌取りの膝枕に終始したわけなんだけど。

 

「他の女(ひと)のにおいがするのです」

 

ハイライトなしで嗅がれ続けるのって拷問じゃない?艦種格下げされた上でNice Boatされそうな状況なんですがねえ、これ。オメエモ罪作リナ女ダナって班長の発言がつらいです。あとその、多分北上さんにあれやこれやした時のと、詰められた時のがその、色々あって、出来ればすこーし、ほんのすこーしだけ着替えたいと言うか履き替えたいとかあったけど、それも出来なさそうなのがつらい。大井って不便だなマジで!

 

 

 

 さて、夕食なのだが。離島ではあるが食材の供給はなかなか潤沢らしく、また食材が無駄になることはまずないので(艦娘の大食い勢はガチで食い尽くす)、そこそこにメニューが多い。各種そばに複数の定食、カレーにデザートと、引きこもっていたのは間違いだったかと今更後悔する。おまけに自動販売機まであり、各種清涼飲料水が並んでいる。なお、今日のデザートはオーソドックスなプリンだ。

 

「デザートは一人一個までですよ?」

 

スイーツパーティーをしたけりゃ娑婆で給料全額ぶちこめ、と言外に込められたような気がして(被害妄想)、がっくりと肩を落とす。(記憶違いでなければ)鳳翔さんからB定食の肉の入ったチンジャオロースーをご飯大盛りで受取り、席に着く。何故か後ろでパインサラダとかないか聞いている電は戻って来るまで無視する。もちろんわたしも電もデザートのプリンは確保済みだ。時間限定の購買エリアに菓子類も置いてあるが、基本一種一個までの立て札が実情を知らせてくる、恐らく導入当初の殺到などで作られたルールだろう。ぱっと見注文用紙のような物も置いてあるので、量が欲しけりゃ箱で注文しろということだ。

 

「ここ、いいかな」

 

箸をつける前に正面に人が来る、基本断る理由はない。

 

「どうぞ、北上さん」

 

真正面に北上さん、右隣に「わたし」、さらにその隣に多分宿舎そばで会った方の北上さんだ。トラブルの種かもしれないが断る理由もないし、わたしの右隣の電の正面が「わたし」になったのでいくらかマシになるか?修羅場は避けたいけど大丈夫かなー。ところで電が前とこっちをきょろきょろと見比べている。それと「わたし」からの圧も強いか?なお北上さん'sのメニューは豚生姜炒め(キャベツ山盛り)定食でご飯マシマシの+αって感じで、やっぱり実働部隊か、という感想が出る。大井のはと言うとそこまで量はないが、こっちよりもご飯が少ないのはなんか変な見栄を張っているのかと勘ぐってしまう。電はわたしと同じでチンジャオロースーでやっぱりご飯マシマシだ。誰ともなくいただきますと言い始めて箸をつける。

 

 なにこれ、おいしい。

 

そう認識したあと、箸が止まらない。どこぞの賞金稼ぎのことが頭に浮かんでチンジャオロースーにしてしまったが、心配していた油っぽさもそこまで感じない。時折話しかけられているのを認識はしているが、相槌がいいところで返事の余裕なく箸を動かしている。味噌汁の豆腐とわかめもいつぶりだろうとただただ口に含み続ける。気付けばご飯が残った状態で皿もお椀もほぼ空になってしまった、しまった、ペース配分を間違えた。そのご飯も片付けると言う意識はない。実際、空になったところで「終わってしまった」という気持ちにしかならなかった。実のところ腹いっぱいなのだが、目の前に出されたらそのまま食べ続ける自信はあった。多分吐くまで食べてると思う。電も食べ終わったのか膨らんだお腹をさすっているのだが、汚れた心で見てしまうと違う物が思い起こされてよろしくない。

 

 

「それでさぁ」

 

先程から声をかけてくる北上さんに適当に返事をしていたが、そろそろ限界である。視界に入る「わたし」の圧などとっくになくなってて、消え入りそうな真っ白な無表情だ。空とはいえ食器類を倒さないよう、そっとトレーを横にずらすと、

 

「北上さん」

 

「なにぃっ!?」

 

一気に身を乗り出して両手で頭を掴み、真横に向かせる。

 

「声をかける先が違うでしょうが!」

 

「いくら北上さんと言えど、「わたし」を無視してわたしに声をかけ続ける所業は許せません!」

 

青白い顔のわたしをやっと認識したのか、

 

「あ、れ、大井っち?今わたし大井っちと、あれ?」

 

まさか舞い上がっててわたしの区別がついてなかったとか言わないよな。

 

「北上さん…わたし、いらないですか?」

 

やっべ、フォロー一歩遅かった!?北上さんが慌てて虚無ってるわたしを抱き締める。

 

「二人目より一人目の方がいいですか?」

 

「違うよ大井っち、わたしは大井っちが帰って来てくれて嬉しかっただけで!あれ?」

 

「いやー、助かったよー。なし崩しで割り込んだ「二人目の北上」だとフォローし切れなくってさあ」

 

視界の端でそれは見えたので、あれだけ夢中になっていながら実のところご飯に集中は出来ていない。集中してたら昨日のおにぎりと同様にまた泣いてるだろう

 

「現在進行形で北上さんがまた地雷踏み抜いてるんですけど」

 

「ここに、来るまで、北上さんに会ったことはありませんよ」

 

「待って、大井っちは、えと。確か、戦艦の砲撃で」

 

あれ、わたし魚雷でやられた筈?

 

「あ、違う、中破したまま出撃して、帰ってこなくて」

 

やばいと思って席を立ち反対側にまわる。

 

「いや、逃げてって沈みかけてて、それでわたしが」

 

「ここにいます!」

 

声をかけながら「わたし」と視線を合わせると、意図を理解した「わたし」と一緒に両側から北上さんを抱き締める。

 

「思ってた修羅場より大惨事になってない?」

 

「北上の方が重症とか想定外だったわ」

 

「収拾つくのか、これ」

 

騒ぎに吹雪と天龍'sが寄ってくる。

 

「とりあえず北上はしばらく療養休暇にして」

 

「いや、それよりこの状況何とかしてほしいんだけど」

 

悠長に出撃ローテの話をしだす天龍'sにともかくこの晒し者を状態をどうにかしろと訴えるが、

 

「とりあえずお前ら二人で慰めてどうにかなんね?」

 

「いやです!」

 

向かいの「わたし」は、ガチで自分の立場が無くなるのを危惧して即座に拒否する。

 

「せっかく身を引いたのに相手してやれとか勘弁してよ!なし崩しでいけるって欲が出ちゃうでしょうが!」

 

こっちもそこまで執着していなかったのは前からだ。それにかわいいお嬢さんの相手だけならともかく、覚悟も決まってないのに腹の中にぶち込まれるのも自動的についてくる関係に混ざれとか勘弁してほしいし。あと電のハイライトがまた消えてるからそっちも何とかしてくれ。

 

「んー、寂しい時は抱いてくれる奴が居りゃ何とかなるってくらいしかオレも分かんねーしな。カウンセラーは要請しとくから、」

 

「わたしは仲間外れかー」

 

「流石にお前の相手までしろとか言ったらオレただの外道じゃん」

 

「ちょっと天龍、混ざったら結局そっちの北上さんの相手までする羽目になるってわかってる?」

 

さんづけだったのを取っ払って声を掛けたら、ああ、と今更気づいたように頷く天龍。

 

「すまん、オレも頭回ってなかったわ」

 

「だからお前色ボケしすぎだろ!」

 

天龍が天龍に突っ込まれてる。わたしと電の事もあるし、結局医務官とカウンセラーの派遣要請をする結論となって、元のグループで分かれて部屋に戻された。

 

 靴を放り出すとだあー、と意味不明の声を上げてベッドにうつ伏せになる。行儀もへったくれもないがいっぱいいっぱいだ。少しだけシーツの中で暗闇を堪能した後、ごろりと仰向けになったのだが、柔らかい感触とともにまた暗くなる。右肩やら胸やらに電の上体が斜めに乗っかってるのは分かるのだが。柔らかさと荷重が離れると同時にはあ、とため息を吐く。

 

「あなたねえ、こんな相手にせっかくの唇を使うなっての」

 

「わたしのです」

 

即座に宣言される。ミスったかな、昼間のキスを見られていたかも。

 

「仕方ネエダロ、オ嬢ニハアンタシカイネエンダカラ」

 

いつの間にか机の上にいた班長に枕を投げる。いくら電付きの連中とはいえデバカメは不許可だ。投げた枕は班長はおろか、置きっぱなしだった宝飾品の袋にも当たらず、その向こうの壁に当たって床に落ちる。いたはずの班長の姿はどこにもない。あいつら物理的な方法以外でも移動するのか?

 

「ああ、もう」

 

どうせ見られてるんなら開き直ってもいいか、とばかりに電を抱き寄せるが、妖精がそばにいると認識したのかさっきの勢いはどこへやら、真っ赤な顔で縮こまっている。

 

「少尉!いる?!しばらく誰も近づけないで!」

 

虚空に声が響くだけで、意味があったか分からない。班長が逃げ帰ったなら、周りの連中も多分気付いてそれなりの配慮もあるだろう。

 

「ほら、邪魔者はいなくなったみたいだし、甘えたいなら付き合うから」

 

半端に起こした体を電ごとまたベッドへと横たえる。電は腕の中で視線を左右にさまよわせると、わたしの唇にそのかわいい口を重ねた。泥沼にはまっているのは承知だが、電から逃げても北上さんたちに捕まるだけっぽいし。ふと、一つだけ本音っぽいのが見つかったので、また唇が離れた間に言葉にした。

 

「ねえ、わたしさ、もう一人で沈むのはいや」

 

電は少しだけためらって、わたしの望みとはちょっとだけ違うことを口にする。

 

「…電が最後までお供します」

 

自分で沈んだ経験から吐いた言葉だが、「死にたくない」よりはもっと本心に近いことだと思う。それをこんな子に言う時点でどうかしてるが、大人だって強がるんなら、それくらい受け入れてほしい。三度目の柔らかな感触を楽しみながら、逃げに逃げまくった思考で電に身を任せた。ただまあ、そっから先にはいかないんで身悶えるのは自業自得だけど。




 勝手に曇って勝手に持ち直す奴。夕食の描写は遊んだとは言わんが肉の入ったチンジャオロースーはわざわざ記述した。なのに今度は北上が勝手に曇った。経歴考えてく(捏造とも言う)と北上も曇って当然なんだけど、ちょっと収拾がつかない曇り方になったとも思う。舞い上がった北上が帰ってきた大井にかまけるまではあると思うんだけど、そっから先は「こうならね?」とは思ってもここまでなるとは考えてない。ちょっとした痴話げんかで済むと思ってたんだが。

 最後の最後でまた沈み込んで自棄起こしてるよな、これ。そろそろR18にも投稿しといた方がいい感じだし。


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15.後日談3 兵隊稼業

 驚異的な身体能力を誇るはずなのに、一部駆逐艦は妙に子供っぽい動きをすることが多い。現状の電を見てみよう。手を振り回すように不規則に振り、よたよたとバランスが取りにくい子供の様に、その身体能力を使わずに歩いたり走ったりする個体も大井、もとい多いのだ。トテトテと歩いたというか走ると大井の背にひっついてみたり、天龍の正面から突っ込んでみたりとまあガチで子供のような振る舞いを、特に元タウイタウイ第3の電はする。

 

「あんだ?」

 

なお、その標準より大きな胸に突っ込んだものの、いきなり苦い物でも食べたかのような顔をして離れるのだが。

 

「ああ、わりい、さっき一服してきたところでよ」

 

平然とそんなことを許す天龍だった。本棟そば、することもなく散歩をしている状況だった。

 

「まーたこの子は人様の匂いを嗅いで」

 

「うちの大井は逆にこれが好きとか言いやがるんだよなぁ」

 

電は煙草がダメのようだが、もう一人の「わたし」は好きらしい、って。

 

「ちょっと天龍さん、あんまりそういうの、この子の前で言わないでもらえます?」

 

あんまり聞きたくないけど、この人、あっちの大井と寝てる?

 

「その程度で安心できるならいいんじゃね?」

 

ぽんぽんとこっちよりも豊かな胸をたたく天龍。

 

「その程度で済まないから言ってるんですよ」

 

この間は加賀さんや榛名さんに突っ込んでいって猫のように首から摘み上げられていたし、ほんとわたしで止まってるうちで留めたい。流石にあそこまでしたらわたしとしても逃がしたくはないし。やっぱり男がいいと言うなら身を引くのも仕方ないが、あれだけ人の唇を弄んでおいて、他の女に目移りされると腹が立つ。まあ自分からしていないというのは卑怯なやり方だと思うが、電の見た目でわたしから手を出すのもなんというか、わたしのタガがどこへ外れるか分からなくて怖い。

 

「んー、そういうことならなぁ。ああ、もう一人のオレにはやるなよ、あっちは確実に拳落としてくるからな」

 

電に対して注意にならない注意をする彼女に、追加で文句を言うが、

 

「そうは言ってもオレから言ってもというのもあるし、ここの特殊事情を考えてもあまり強くは言えねえしな。やっちゃいけない相手にはやるなまでしか」

 

と言ったところで言葉を止める。

 

「加賀と榛名、鳳翔さん、もう一人の大井、あとゴーヤにはやるな。特に加賀と榛名はパニくって暴れると厄介だしな」

 

「この子、加賀さんと榛名さんに突っ込んでったんだけど」

 

「あの二人は頼むから止めてくれ、どこで暴発するか…ああ、それで」

 

思い当たる節でもあったのか遠い目をする天龍。興味がないと言えば嘘になるが聞きたくない話な気がする。

 

「いっそわたしが丸々抱え込んだ方がいい?」

 

「なんだよ、手を出してたんじゃないのかよ」

 

「あのさ、色々好きにはさせてるけど、電にわたしから手を出したら完全にアウトじゃない?」

 

「ああ、うん。外見じゃそうなるか」

 

「あとね、たまにされる呼び方からすると」

 

「ダメです、言っちゃダメなのです!」

 

「…何て呼ばれるか言わないけど、それからすると絶対にわたしから手を出すのはダメって感じなのよね。電の方もこの子の事をそう呼んでもいいとか言ってくれたけどさ」

 

真っ赤な顔の電に名詞を出すのは止めたが、この天龍ならもう気付いてると思う。

 

「大体分かるがよ、随分と甘えさせてんだな。それとお前が甘えるとガチでやばくね?」

 

「だからわたしからは手を…ちょっと何よ」

 

後ろから電に抱き着かれる。服越しだがさわさわと両手がお腹のあたりを行ったり来たりしていて、これは制裁案件だろうとの意識が出てくる。

 

「電にもっと甘えていいのですよ?あと手を出してくれないのはずるいのです」

 

この馬鹿、という感想しか出ない。

 

「わたしがずるいのは分かり切った事でしょうが。あとさ、あんた若いを通り越してまだ幼いの範囲なんだから、わたしみたいな半端者の相手なんかしてないで、男相手の誘い方とか今のうちに覚えときなさいって」

 

「それこそ今から覚えるのが危ないのです。「提督」に「きずもの」にしてもらった方が安泰なのです」

 

「あー、ダメだこれ。ガチで極まってんぞ」

 

電の物言いに、天龍が頭を押さえて聞きたくないことを口にした。

 

「事故が起きない内にお前がしてやれ」

 

「事故って何よ」

 

「どっちかがぽっと出にパクッといかれて余計拗れるやつ」

 

艦娘しかいないのにNTRと申すか。

 

「所属人員の半分がろくでもない所から異動してきた連中で、まともに愛されたい、愛したいって奴等だぞ」

 

「愛されたいけど満たされない、てガキ放置したら、トチ狂う奴が出ねえとも限らねえ」

 

「だからよ、丸飲みにしちまえ。そんな顔でオレを睨んでねえでさ」

 

そういうと天龍はわたしに寄って、わたしの目元を指で拭う。

 

「娘に手を出す「おかーさん」がいるか!」

 

きっとへの字に曲がったままの口から、どうにか絞り出した言葉は、所詮はやせ我慢。

 

「娘でも妹でもねえ。お前を欲しがってるそいつはな、ただもう一回会いたい、て思ってた奴らの塊の一つだ。親子ごっこは「ごっこ」に留めとけ」

 

-そいつはお前の命令ひとつで、どこにだって飛び込んで行くんだぜ

 

そういうと天龍は本棟内に歩いて行ってしまった。

 

「電は、言いましたよ。大井さんを一人にしないって」

 

背中の電の言葉に、何も答えられなかった。

 

 




後書き
 表のこっちでおかーさん言うてるけど裏を追加したんで。流石にブチ切れ案件発生したという事でその辺の態度豹変はご容赦を。大分感覚で書いてますのでそういう矛盾と豹変は今後も発生しそうだけど。


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16.後日談4 風呂

 ここ、離島ってこと以外は条件いい?午後4時、個人的には大分早い時間に大浴場を電と二人占めにする。ゆっくりと大きな湯船でくつろいでいると、体を洗い終わった電が犬かきのような動きで寄ってきた。

 

「いい加減しつこいわよ」

 

あごを胸に割り込ませるように、電が抱き着いてわたしの顔を見上げている。この間からはタガだけでなくネジが粗方外れて、わたしに甘えてくる。代わりに北上さん相手には犬の様に威嚇している始末だが。

 

「よう、邪魔するぜ」

 

電の好きにさせていたら、ここの責任者の天龍が入ってきた。ふと彼女が視線をこちらに向けると、まあそうなるか、と呟く。

 

「そもそもえらく懐かれてる感じはあったが、焚き付けすぎたか?で、首尾はどうよ」

 

「その下品な物言いをやムゥ」

 

いきなり真正面に浮き上がった電に唇をふさがれる。首に回された腕でがっちり貼り付かれたため、慌てて抱えて湯船から上がる。

 

「さむいのです」

 

いきなり温度差に、電が唇を離して文句を言うが、

 

「共同浴場の湯船で仕掛けるな!お湯が汚れるでしょうが!」

 

「汚れるのです?」

 

「わたし、そんな薄情に見える?愛しいあんたの口づけで、濡れないような鈍感扱いはちょっと傷つくわ」

 

「うぇ、あの、大井さ「電とだから濡れてお湯が汚れちゃうのよ?」」

 

にまにまと笑いながら畳み掛けた。がっちり抱えたままの電の体がぬくい。抱き心地はジャストフィットなのだが、ベッドだと人間湯タンポにとどまってくれないのがなぁ(ここの気候だと暑いのもあるし)。

 

「浴場で欲情するのも節度を守ってくれりゃ目をつぶるが、湯船は不許可だな」

 

「それ、いいの?」

 

電を抱えて天龍の隣に腰を下ろすと、会話を続ける。湯冷めは嫌なので少しお湯を浴びながら。

 

「おおっぴらにやられても困るが、勤務以外で時間外だと、まあそういうことだよな。じゃれ合いくらいは黙認する具合だ」

 

「自分もその中に入っていると」

 

この間の鳳翔さんとの会話で、少し注視してたがこのアマ、色んな艦娘とまあ「深い仲」になってる。筆頭で加賀と榛名、水着でうろつく潜水艦勢、いきなり飛びつく島風に、生真面目に見えて急に服のすそを掴んでる吹雪、変に目つきの悪い最初にあった方の吹雪、時折どなってる瑞鶴に、ガチで壁ドン決めてた龍田。きっついのが「北上さんたち」と乳繰り合ってる筈の(もう一人の)わたしと、わたしの知ってる方の北上さんまでがこの天龍に色目を使っているように見えることだ。

 

「良く見てんなぁ」

 

ついつい指折り数えてしまったら、大体近い数だと同義の返事をされてしまった。

 

「まあたいしたことじゃねえよ。おままごとみたいな・・・みたいな・・・ああ、一部違うか」

 

レズハーレムと申すか。

 

「今から転属頼んでも手遅れだし…この子の矯正は無理っぽいしなぁ」

 

なんというか、わたしが人恋しくなりすぎてるというのもある。

 

「教育にわりいのは認めるけどよ、申請されても通らねえぞ」

 

どっちにせよここが避難所だから、ここから先に避難させる先などないとのことだ。

 

「こっから異動だともう大丈夫ですって意味になっちまう。経過観察のお前らがそうなるわけねえし、異動出来たらまた問答無用で戦争に飛び込むだけだ」

 

それが仕事であるのは確かだけどな、ここならまだ融通が利くぜ、と彼女は言葉を続ける。

 

「ここなら、大井さんといられます?」

 

電の問いに天龍はおう、と答えた。体を洗い終わったのか、天龍は湯船の方に歩いて行く。

 

「だからしばらくは安心してな。わかったら、湯冷めしないうちに部屋に戻れ」

 

 

 

 

 

宿舎にて。明確な区切りがある訳ではなく、艦娘同士の関係性で大体部屋が決まるのが小規模鎮守府では多い。敷地の関係上色々と変則的に作られたここの宿舎で、二人の北上、先任の大井は大部屋を三人で割り当てられていた。

 

「ねー、わたし」

 

「なにさ」

 

先日の錯乱騒ぎで診察後、半謹慎に近い北上に、もう一人の北上(半男性艦娘)が声をかける。少し楽しそうな表情を浮かべていて、大井としては良くない感じを受けた。前に北上が二人してあんな顔をしていたときは、ノンストップで愛されて腰が抜けて出撃も出来なかった。緩い天龍の雷が落ちる程である。

 

「あっちの大井っちさあ、落として来ようか?」

 

声を掛けられて、ぐりんと音がしそうなくらいに急に北上がそちらを向く。

 

「何のつもり」

 

「そりゃこっちの台詞だよ。欲しいのに我慢してるの丸分かりだし」

 

「北上さん…」

 

不安になって大井は、二人の座るベッドに上がると間にはいる。双方の裾を掴む大井を一瞥すると、計画を持ち掛けた北上(男)が問いを続けた。

 

「わたしさ、まだ言ってないこと、あるでしょ」

 

「北上さん?」

 

二人の問いに、鬱々とした表情で通常の北上は先延ばしの返事をする。

 

「ごめん、今さら思い出したことだけど、今は」

 

「うん、それは待つよ。だから当たりをつける程度にする」

 

答えたくない、そんな返答は分かっていたように北上(男)は自重はする、と宣言した。

 

「北上さん、わたしじゃ足りませんか」

 

「…ごめん、不安がらせちゃったか」

 

北上(男)は大井にやさしく口づけをすると、言葉を紡ぐ。

 

「「わたし」の未練を放っておくのも薄情だしねー」

 

あくまで自分たち3人のためと言うスタンス、かと思いきや。

 

「あとは二人目もまともな大井っちでさ、あわよくばって下心もあるかな」

 

「あっちのわたしで遊びたいと?」

 

大井も言葉がきつくなるし、気分が沈んでる方の北上も、ぎろりとお軽い方の自身をにらむ。

 

「遊びでいいならここに来てないよ。こっちに引き込めたら楽しそうじゃん」

 

「立て続けに当たりを引いた感じだし、ちょっとだけ欲張ってみたいかなって」

 

影を含んだ北上(男)の表情に、二人は睨むのをやめる。女性-大井経験のひどかった北上なのだ、色々ひどい経験をしてきた他の二人も、その心情をある程度理解した、が。

 

「無理やりは当然だめとして、抜け駆けも無しだよ」

 

「そりゃあね」

 

「どうだかね」

 

「ちょっと、わたしってそんなに信用ない?」

 

「今のわたしを見りゃ信用できるわけないじゃん」

 

「あー、自分を信じられないからわたしも信用に値しないって重症じゃん」

 

「沈んだ大井っちを全部ごちゃ混ぜにしてたんだよ。あの大井っちをわたしたちとごっちゃにして先走らない自信ある?」

 

「…ごめん、他の子にされた意地悪を全部返したいって今思った」

 

どうやら北上(男)も、逸物以外に腹に一物あることに自分で気付いたようだ。ここで大井が口を挟む。

 

「あの、搾っちゃえばいいんじゃないですか」

 

普段はあまり下品な言い回しをしない大井が、急にそんな発言をしたのである、当然ながら、

 

「あ、ごめん、落としに行くどころじゃなくなった」

 

前を押さえて北上(男)がそう口にする。

 

「悪さ出来ない程度に搾り取れば、まあ抜け駆けは出来ないかー」

 

「だから二人して普段しないような言い方やめてよ!ほんと動けなくなるから!」

 

二人の美少女にご奉仕宣言されたわけで、モノがついてる北上としては動けなくなるのも当然だった。

 

「時間も時間だし、全部飲んじゃった方がいいか」

 

「北上さん、体力ありますから、多分お風呂の途中でもしてあげないとダメそうですよね」

 

「もしかしてわたし言葉責めされてる?!」

 

馬鹿を言い出した罰だとばかりに、北上(男)は二人にジト目で見られるのだった。ただし、「あわよくば家族が増えるよ、やったね」計画は始動したらしい。




 同艦娘ものばかり書いているとこういうシーンで書き手的に自爆同然になる。北上(男)と書いてますが、ほぼ女性的特徴のところで特定部だけ男性になってる「理想的なシーメール」というキャラです。見た目女性なので、女性に声をかけてもあまり相手にされなくて戦後苦労しそうなタイプ。


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17.後日談5 電-1

 先日の「検査」から数日。何だか露骨に予定を減らされている。提督代行とかで責任者やってる天龍さんに、その事を聞きに執務室に行ってみると、その日は二人いる内の片方の赤城さんが執務を行っていた。

 

「天龍か、今は少し休憩中だな。おそらくは食堂裏だろう」

 

喫煙スペースは複数あるが、天龍さんは気晴らしを兼ねて、外にあるそちらに行くことが多いとか。もう一ヶ所はここを出て廊下の突き当たり、窓から工廠の搬入口が見えるところに、金属円筒状の灰皿が置いてあった。

 

 それはそうと、赤城さんに違和感を覚えた。「大井」が違うと訴えている。以前、「同類」と天龍さんがわたしを指して言っていたが、

 

「ああ、赤城さんも同類ですか」

 

とつい口にしてしまってから、あ、まずったかも、と思った。意外そうな顔をして赤城さんがわたしを見ると、何かを納得するように頷く。

 

「実のところ君たちについて、何らかの案件が進行していてな。目処がたつまでは、私にも詳細は伝えられないことになっている」

 

急にそんなことを言われたのと、多分同類であることも肯定されて面食らった。つまり、こっちの赤城さんは、おそらく中身は男性か。

 

「了解です、天龍さんに聞きに行きます」

 

赤城さんはひらひらと手を振って答えた。

 

 

 で、食堂裏に行ってみると、情報通りにベンチに座って煙草を吸う天龍さんがいた。こちらを見ると少し戸惑った後、何かに気付いたように声をかけてくる。

 

「お前か。いつもはちっこいのが付いてるから、どっちか迷ったぜ」

 

「先任の子もよく会いに来るの?」

 

「以前はな。今は早々来てもらうようじゃ困るが」

 

あー、色目を遣ってる件ね。厄介な人間関係には踏み込めないので、それには触れないと言って、急に減った予定のことを聞く。

 

「半分はこの間の検査の詫びみたいなもんだ。お前にとっちゃほぼ羞恥プレイだからな」

 

「お願いだから思い出させないで、ってまさか!」

 

「オレは見てなかったぞ」

 

「それならよ…じゃ誰が見たのよ」

 

立ち会ったのは明石さんと電、にも関わらず、今言外に変な含みがあった。ということはデータが、ただの診察データ以外がある?動画?!かあっと全身が熱くなる。

 

「まあ気付くか。その分だと電の奴はお前に伝えていないようだしな」

 

「だれ?だれがみたの?」

 

ダメだ、恥ずか死ぬ。とうつむいたところで、いきなり柔らかいものに包まれた。ぽんぽんと背中を軽く叩かれる。

 

「もう半分だけどな、お前ら二人の安全のためだ」

 

安全?と思ったところで彼女の匂いというか、煙草の匂いに少しやられる。嫌いとはいかないが、わざわざ嗅ごうとするような匂いじゃない。

 

「ああ、わりい。お前はちっこいの同様、苦手っぽいな」

 

煙草を金属筒の灰皿に放り込むと、まあ座れとベンチを勧めてくる。二人して座ると、少しだけ周囲を見回してから、彼女は話を始めた。

 

「一番やばそうな事から言うとだ、二人ともハニートラップか接待要員として魅力的過ぎるから、阿呆に目を付けられやすい」

 

「な゛」

 

ひどい声が出た。

 

「感度3000倍とか、聞いたことね?」

 

畳み掛けのひどい用語に、今わたしの眼が死んだと思う。

 

「心当たりと、事態に対する理解が早くて嬉しいぜ。業務が捗る」

 

ひどい言い様である。

 

「能天気に二人でほっつき歩いたら、ハイエースされてピッチリスーツで腰を振るってわけ?」

 

「おいおい、無理すんなよ。慰めてやりたくなるだろ」

 

どうやら相当ひどい顔になってるようだ。あとナチュラルに口説くな。

 

「後で電で癒されるか慰めてもらうから、いらないわよ」

 

そいつは残念、と彼女は言うと話が続く。

 

「流石にオークはいないが、オークみてえな紳士淑女方はまだまだ居やがりましてな、金と女で色んな後ろ暗い商取引があるわけだ。大分減ったにしても」

 

「それで」

 

「お前らの件は、ここの後見をしてる特務で止まってる。ただお前の異常性については、特務に報告せにゃならんので動画データ「が」提出済みだ」

 

乙女はこの間業務終了で閉店したが、立ち居振舞いに使い続けるつもりだった、乙女の矜持が完全に死亡した。赤くなる余裕もねえくらい素寒貧でからっけつになったわ。

 

「うん?動画データだけ?カルテは?」

 

「おいおい、そんな文書あげちまったら正規ルートに流れちまうだろ」

 

あー、なるほど。

 

「お前らは戦力として期待は出来るが、PTSDのため療養中。拠点防衛及び拠点内警備の予備として、経過観察を継続だ。正式な命令はこれからでな」

 

「その命令が来るまで大人しくしてろと」

 

天龍は頷くと言葉を続けた。

 

「陸上での艤装稼働訓練もいいんだけどな、体制が整わん内に、好奇心旺盛なちみっこどもに連れ出されて、話が拗れても困る」

 

「艦娘さらうにゃ海の上、ってわけ?」

 

「そういうこと。ここは海からアクセスするしかないが、逆に本気になったらどっからでも侵入できる。侵入経路の制限が容易な本土とは、条件が違いすぎる」

 

「それに、命令がくれば二人とも武装携帯も許可されるしな」

 

「分かった。じゃ部屋に戻るわ」

 

「おう、しっかり甘えて癒されとけ」

 

「そうするわ」

 

ふらふらっと、大破した心を抱えて宿舎に戻った。足がまじでまともに動かねえでやんの。途中で警備に付き始めた(大体夕方からの夜勤だそうだ)あきつ丸にも声をかけられるくらいやばそうだったようで。そうして部屋に戻って、

 

「ただいま」

 

と電に声をかける。椅子に座って外を眺めていた彼女は、お帰りなさい、と言いながらこちらに振り向くと、わたしのひどい様子に目を丸くする。何かを言い出す前にわたしは口を開く。

 

「ごめん、しばらく甘えさせて」

 

その言葉に、電は靴を脱いでベッドに上がる。

 

「どうぞ」

 

靴をほったらかしてベッドに上がると、まだ座った状態の電を押し倒す。言葉とちぐはぐな行動に、多分彼女は困惑したと思うが、リボンを解く音が聞こえたので裸のお付き合いだと思ったのだろう。それなのに、わたしが彼女のお腹に頭を載せて動きを止めたので、彼女も服を脱ぐのを一旦やめる。

 

「今日は、お風呂はいいや」

 

いきなりに意味不明な発言に、多分反応に困ってる筈だ。

 

「明日も、いいかな」

 

「そうですか」

 

やっぱり反応に困ってるわ。

 

「いなづま」

 

「はい」

 

「2、3日、お腹貸してね」

 

彼女のお腹にうつ伏せたま、投げ出していた内の左手を寄せて、セーラー服越しに暖かいお腹に触れる。柔らかい手がわたしの頭にのった。

 

「いなづま」

 

「はい」

 

子どもに愚痴る内容じゃない。でも吐き出していた。

 

「わたし、とんでもないビッチだって」

 

「それは」

 

「わるいひとたちが、すごいほしがってるんだって」

 

「…」

 

あ、ごめん、服、濡らしちゃってる。

 

「ごめ゛ん゛ ま゛ぎごんじゃっだ」

 

電に、すがり付いて、泣いてる。島で自分以外の怖さで、泣いてた時とは違う。素面で、わたしが、わたしとして、情けなくて。こんなことなら、沈んでおくんだった。艦娘として、女として、生き残るんじゃなかった。

 

―嘘はやめてよ

 

静かにして欲しい。あんたとは、話したくない。

 

―あんたがいなきゃ、北上さん、死んでたじゃない

 

他の女に取られたじゃないか。どうせわたしはビッチだから、どうせふさわしくないさ

 

―3人で楽しんでるくらいだから、ちょっと間が悪かっただけよ

 

お似合いだって?

 

―大体あんたがいなきゃ、この子死んでたわよ、あの島で

 

…。

 

―巻き込んだとか、ばか言ってないで、戦友を頼りなさいよ

 

「大井さん」

 

今、誰と?

 

「生きてください」

 

「いなづま?」

 

今、わたしは誰と話して?

 

「どんなところにいても、電が迎えに行きます」

 

でも。

 

「気付いてます?大井さんを満足させられるの、電だけなのです」

 

「えっ」

 

いきなりのろくでもない告白もどきに、意識が浮上した。

 

「どうせどいつもこいつも、突っ込むしか能がない単細胞どもなのです」

 

待って、いくらなんでも教育失敗な言葉を並べ立てるのはやめて。

 

「大井さんの感覚を、余すことなく刺激できるのは、電だけなのです」

 

「ば、ばかっ、何を言い出すのよ!」

 

いや、確かに人間じゃ、機能的に限界があるし、フルにわたしを機能させるなら、電じゃないと無理だけど!

 

「ですから、老いも若きも、馬鹿も阿呆も、」

 

何か名言ぽい事言ってるけど、どうせオトすんだろ。

 

「搾り尽くして、干からびさせて、喰らい尽くして、生き延びてください」

 

ほらそうやって…あれ、なんか生存特化なら使えるぞ?これ。

 

「生きてさえいれば、電が迎えに行けるのです。陸(おか)なんて、歩いて行けます。馬鹿どもは最初から海に逃げられません」

 

「逃げ場がそもそもないのに、大井さんをさらうような大馬鹿どもは、電でもひと捻りなのです」

 

「あはは、なにそれ」

 

人間に逃げ場なんてない。そういう場所だった。

 

「いなづま」

 

絶好調になってきた、頭の沸き方が。

 

「あいしてる」

 

「電もなのです」

 

「結婚して」

 

「もう二人ともおよめさんなのです」

 

「そうだった。じゃあ指輪を買おう。ちゃんとペアで、名前を彫ったやつ」

 

「カッコカリではないのです?」

 

「なにそれ?ガチの結婚以外なんて偽装結婚みたいな偽物くらいじゃない。まあ同性婚は日本じゃまだだと思うけど」

 

「指輪、二つずつ着けることになりそうですね」

 

よく分からない事でなんか戸惑ってても、とってもかわいいなあ。

 

―ああ、まあ、あんたにとってはそうなんでしょうね

 

だけどすごくかっこいいんだ、わたしのいなづまは!

 

―あーはいはい、あんたがこの子がいいなら、わたしからは文句の言いようもないけど

 

こんなにかわいくて、かっこいいいなヅマヲ、泣かせタリ、傷ツケタリスル馬鹿、イルンダって

 

―あ、やばい?どーすんのこれ

 

ソンな馬鹿ドモは、コロシチャってイイヨネ?

 

―あーしーらない、最悪北上さんになんとかしてもらわないと駄目だわ

 

 

 

 執務室で、書類仕事を継続している天龍と赤城。天龍が警備体制増強の申請を仕上げたところで、急に赤城の手が止まった。天龍がそちらを見るが、戸惑うような代物には見えなかった。

 

「天龍」

 

「なんだ」

 

「あの二人、どうやら関わらねばならんようだ」

 

「お前の案件にもなっちまったか」

 

「雑念もなかった筈なのに、あの二人の事がいきなり思考にのぼった。万が一が発生した場合、私があの大井を殺さねばならないらしい」

 

あまり面識がない相手を「危険人物」として唐突に認識した以上、干渉があったと判断するしかないと赤城は述べた。

 

「ほんと抑止力って奴は、ろくでもない仕事ばかり振ってきやがるな」

 

「まったくだ」

 

「自棄酒も出来ねえってのによ」

 

酒を控えるよう、そばの赤城や鳳翔に言われている天龍としては、愚痴るしかなかった。

 

 

 

艦娘は浄化を担い、深海棲艦は呪いを背負う。では人は ─ 人を宿した艦娘は、呪いをもって浄化を行うことさえ良しとする。

 

 愛で人を殺せるなら、憎しみで人を救えもするでしょう

 

そんな戯れ言も、欲望で他者を呪いの底に落とす愚か者がいるなら、成り立ってしまうのだ。

 

 

 




 注意:なんかすごい黒くなってますけど、あくまでフレーバーです。キャッキャウフフ(&ぬるぬる)するための前振りです。

 一話分の前段を書いていたら、話が一個生えてきたうえに大井が病んだ。いわゆる「クスクスと笑ってゴーゴー」の手前の手前程度で。大井が病んだ理由はトレースできるけど。

 ①艦娘転生→ドキドキする暇なくバイバイブラザー(シスター)の繰り返しで男がすうっと薄れる
 ②自分が女の子と意識したところで電のおよめさんに、女が残って女の子は背後に控える
 ③「おまえ、ビッチやで」→後ろに控えていた女の子が「なんたる侮辱、生きてはおられませぬ」で自害、ビッチ≠およめさんで残った女(転生大井)のアイデンティティ崩壊の危機
 ④電「虜囚の辱めを受けようとも、生き延びて我を待て。所詮逃げ場なき木っ端どもである。そなたには再び我を刻み込んで洗い流してくれよう」
  転生大井「電様バンザーイ、抱いて」
 ⑤「電様ニ逆ラウ者ミナゴロシ」…艦娘大井「これどうすんべ」

なお、きゃっきゃうふふして精神的安定は取り戻した模様。


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18.後日談6 電-2

 なんか昨晩の記憶があいまいなまま、朝、目が覚めると電のお腹の上で目が覚めた。お前対魔忍だから、今オーク避けの対策練ってる(意訳)って天龍さんに言われた後、電で癒されようって部屋に戻ったとこまでは覚えてるんだけど。なんかとんでもないこと口走ってた気がする。あと昨日、風呂入ってないや。

 

 何かもやもやした感じのまま、やけに引っ付いてくる電を背中に貼り付けて、朝食に行く。朝食受け取り時に、予定変更のため、別命あるまで全員鎮守府内で待機、と通達を受ける。昨日言われた件がもう動き始めたのか?わたしらはここに来てから開店休業だからいいとして、頻繁に出撃する子たちも、今朝は大体食堂でゆっくりくつろいでいた。そんなところで、普段なら遠征任務に出撃するちみっこたちが視界に入る。少しの違和感ののち、ふと気づいて横の電に声をかけた。

 

「電、ちょっと立って」

 

「?」

 

怪訝な顔をするがすくりと席を立つ。その電を確認すると、少し先で談笑する雷、電、暁の一人足りない第六駆逐隊を見、声をかける。

 

「ちょっとごめん、皆ちょっと並んでくれない?」

 

3人はほぼ同身長だ。問題はうちの電だ。違和感の正体は、テーブルの上に出て目に写る体の大きさ。並んで見れば、わたしの電だけ明らかに背が低い。個人差、と言いたいが艦娘の体格と言うのは、艦種にも響く。140cm前後の子たちの中、一人だけ120cm程―二人だけで居過ぎた。手を煩わせた礼を3人に告げてから、電の手を引いて執務室まで向かう。

 

「身長なぞどうでもいいのです」

 

どことなく不平を言うかのように、気にし過ぎと言い募る電をなだめる。

 

「艤装を扱うにも体に無理がかかってたらまずいでしょ。わたしを置いてくつもり?」

 

今ナチュラルになんか口走ったけど、説得出来りゃなんでもいいや。成長痛もどきも発生してるわけだし、艦娘として変化しているのか、人間が無茶をして艤装を運用しているのかだけでも突き止めてもらわないと―そんな考えにまで及んで口を噛み締める。

 

 

「失礼、今いい?」

 

程なくして本棟上階、執務室に入る。

 

「なんだ?」

 

「第六駆逐隊の身長データの平均とかない?特に電のやつ」

 

「艦娘の登録データとか普通に機密っぽいから直接は無理そうに思うが。問い合わせた方が早いかね?」

 

「この子、明らかに他の子より背が低いのよ。この間の検査でも成長痛もどきまで出てたし、何か類似データでもあれば欲しいんだけど」

 

自分を無視して交わされる会話に、電は必要ないと切って捨てる。

 

「何の問題もないのです」

 

「問題なし、とすりゃ楽なんだろうがな、ここじゃもうちょい注意深く見ろってのはオレもそう思ってるし、上もそう思ってる」

 

思考面で反乱を起こすのが容易な艦娘ばかりだしな、と先に続くやばそうな事実を、天龍は口にはしなかった。

 

 

 

 

 幾つかの規定のチェックや、ネットワークのアクセスを試して、天龍さんが口を開いた。

 

「結局その辺も、特務任せになりそうだな。本来はオレが色々と繋ぎつけなきゃならねえんだが」

 

ここ、なんかあるの?とわたしが思ったところで

 

「トラウマ持ちが多いから、艦娘に圧を掛けられそうな奴らが来られないように半孤立状態でな。おかげでここから、あまり動けないってわけよ」

 

対策は緊急時のへそくりくらいだ、と天龍がおどけたので思わず呟いてしまった。

 

「ボート、持ってくるんだった」

 

元々海図にあるような島だが、時間稼ぎであっても退避先になるのは変わらない。その逃亡先(出発点)の記録が残されたボートを、軍港に置いてきたのは失敗だった、と今更思った。最悪の事態が起きても、逃走手段と逃走先があるなら、なけなしのへそくりとやらを積んで逃げたい娘達で逃げる、と言うのもありだ。

 

「報告まとめてて思ったぜ、もったいねえって」

 

「宝探し、行ってもいい?」

 

「舞鶴に残り続けてる馬鹿が何人かいる。廃墟でも漁らせて、物資になりそうなもん確保させるわ。現状じゃお前らの外出は認められねえ」

 

余計な離反工作仕掛けるよりは、オレの命令で無駄に終わるかもしれない仕事させてた方がいいしな、と天龍さんが言ったのでつい確認してしまう。

 

「廃墟漁りは賛成だけど、反乱だのなんだの、わたしが聞いていいの?」

 

「オレ同様にどうやって生き残るか、考える奴が来てくれたんだ。今のうちにこっちに引き込むに決まってるだろ」

 

オレになんかあったとき、あいつらを連れて逃げてくれそうな奴は必要だしな、と付け加えられる。

 

「それ、逃げた先でわたし締められたりしない?」

 

「お前の秘書艦がさせねえだろ」

 

そう言って彼女は電の方を顎で示す。もちろんなのです、と電はふんすと頷いた。

 

「助けてくれる奴に義理を通さねえようようなら、叩き潰してくれた方が草葉の陰で泣かなくて済むってもんだ」

 

「生きててくれた方がやっぱりいいわ。わたし、電を抱えるだけでいっぱいいっぱいよ」

 

「もしもの時は覚悟しといてくれ」

 

ろくでもない会話はそれで終わり。わたしは退出するのだが、なんだか執務卓に電が絡んでる。

 

「電?」

 

「少しお待ちください」

 

何か、天龍さんに囁いているようだが、扉で待つわたしは当然聞き取れない。天龍さんはと言うと苦笑しながら「了解だ」と何かを肯定していた。

 

「お待たせしたのです」

 

とてとてと戻ってきた彼女とともに、わたしは部屋に戻ろうと歩き始めるのだった。まあ、途中で引っかかったのだが。

 

 

 

 

「うん?」

 

電の件をとりあえず上に投げた後、「わたし」にあった。本棟で出待ちまでして、と言うことは少しまずそうな話か?「大井」の視線がわたしと電の間をさ迷う。

 

「ごめん、二人だけで話したいんだけど、今いい?」

 

「時間はいいんだけどね」

 

北上さん'sの差し金、という線がゼロではないと思うと少し怖い。かといって電も、わたしの上でまだ「おかーさん」て呟いたりするし。わたしら抱えておかーさんが増えました、と言いそうな程度には狂ってる(狂わせた)のだから仕方ないか。

 

「電は艤装のチェックに行くのです」

 

「え、ああ、えっ?!」

 

止める間もなく工廠に歩いて行ってしまう電。やばい。

 

「確認するけど、騙して悪いがとかじゃないわよね?」

 

「ちょっと、そんなに信用出来ない?!」

 

「だってわたしら大井よ?あっちの大井も欲しいなーとか言われて、北上さんのところにわたしを連れ込まない自信ある?」

 

「そう言われるとまあ困るけど、今回は危ないって警告だから」

 

「場所、変える?工廠から見える範囲から外れたら、多分撃たれるけどね」

 

わたしの警告に、大井も電の行動を理解する。

 

「ちょっとそこまでする?!」

 

「ここに辿り着くまでがねー。電の見た目の大井がいると思いなさいよ、わたしが北上さんだとしてさ」

 

「そう言われると納得するしかないわね」

 

はあ、ため息をつくと大井は口を開く。

 

「ちょっとそこまで行きましょ。工廠も見えるからいきなり撃たれないと思うし」

 

彼女の言葉に本当にちょっとだけ歩くと、本棟の端の方で足が止まる。あれ、ここって執務室の下辺りじゃ。在室確定な部屋の下で?!

 

「それで「まっ」待たない。北上さんが、あんた落としたいって言ってるから気を付けて」

 

「ちなみにショートパンツ履いてる方ね、知らないだろうから言っておくけど、」

 

大井の言葉にやっぱり怖い方に目をつけられたのは理解した。

 

「知ってる、最低でもモノはあるから呑気にしてたら純潔とはおさらばって奴でしょ」

 

「あんたも大概な発言の上にわざわざ処女宣言とか嫌味?」

 

北上さんに囲まれ―囲われているのにそこに噛み付くって、この時点で訳ありか。

 

「そこは安心してよ、この間までの話。今はまあ、相手に問題はあるけど、一応経験済みってやつ」

 

実も蓋もない発言に彼女はさらに呆れる。

 

「ああ、うん、あんたが転ぶ相手に文句付ける気はないわ」

 

うん、選んだ相手なんて分かり切ってるんだから、頭が吹っ飛ぶ前に口を噤む方がいいわ。

 

「…発端は北上さんがあんたに未練残しまくりなことよ。あんた何したのよ」

 

彼女の物言いについ噛み付いた。多分「わたし」と「大井」連名での抗議だ。

 

「「わたしの北上さんに何したのよ」、なら百点満点なんだけどねえ。わたしに気後れしてどうすんのよ」

 

一応譲ったつもりなんだから、もっと彼女には堂々として欲しいものだ。

 

「っ」

 

「先にひとつだけ謝っておくわ。あのベンチで交代する前、一回だけキスさせてもらったから」

 

「…続けて」

 

「前のところでさ、膝貸したり、背中貸したりしてたわけよ」

 

先を促される。

 

「最後の出撃の前にね、押し倒された」

 

「それで?」

 

「キスされたところで、わたしが逃げた。帰ってきたら、続きをしましょうなんてね。それで目の前で沈んだんだから、ひっどい女でしょ?」

 

ミサトかよ、と合いの手の如く上から声が降ってくる。

 

「聞かれてるんだけど」

 

わたしの指摘に大井が捲し立てる。

 

「聞かせてるんだからいいの!電に撃たれるんじゃなかったら、執務室で話すのも選択肢にあったから。揉め事だから耳に入れといた方がいいし」

 

「で、オレの胃がまた痛くなるって訳だ」

 

今度は明確な声が、上から聞こえる。

 

「つーか大井よぉ、二人揃って逃げるとかオレに対する嫌がらせか。おかげで北上までつかいもんになんねえ」

 

「逃げたって、あんたも?」

 

天龍の指摘に目の前の大井に問う。

 

「…」

 

「言いたくないならいいわ。どっちにせよ理由は一緒でしょ。あの人の重荷になりたくないとかそんなん」

 

「そんな大層な理由じゃない」

 

彼女の否定にわたしのの理由を述べ続ける。

 

「出撃でさ、もう思い残すことはないって先陣切られるの、嫌だったから逃げたけどさ」

 

「で」

 

先を促されて、人差し指を立てて、少しだけ嫌な感じのしそうな笑みを浮かべてやる。わたしは意地悪なんだ、逃がす気はないわよ?

 

「実はもうひとつ」

 

「…聞きたくない!」

 

お互い大井だから大筋は分かる、その一点を除いては。

 

「「偽物の」わたしはあの人にふさわしくない、最初の部分以外は多分あんたと同じでしょ?」

 

「偽物?」

 

ここで大井がやっと意外そうな顔で興味を示した。これまでは大井同士の一人相撲だったからこその「聞きたくない」だ。そこへ「偽物」の異物が入った。

 

「わたしは、大井としては変だ。北上さんにあんた程の興味を持ってない」

 

「でも、そういう大井だっているでしょ」

 

「もう少しおかしな言い方になるけど、北上さんのところに行きたい大井を、止めてしまえる「わたし」が、いる」

 

ここで初めて大井がわたしをまじまじと、いや怖い物を見るような目で見たうえで、一歩引いた。まあわたしがニマニマとした笑みをわざと浮かべているのはあるが。鏡で見た自分と若干の差異のある美少女、実のところ落ち着いて見ると眼福なのだ。わたしより少しだけ腰まわりが絞られた感じがあって、多分こっちよりスタイルがいい。電の事がなかったら口説いて抱きたい、というか、愛でたいというか。いっそ引き込んで電に「新しいおかーさんよー」と自爆するか?結局「おかーさん」呼びからも逃げられてない。とっとと抱けぇ!とけしかけられたのもあって、結局天龍さんにハメられた気がする。いや、モノもないのに電とハメあったわけだけど。

 

「あー、ダメだ、あんた口説いたらおとーさんもついてきて強制的におかーさんにされるんだった」

 

「いきなり何を言い出すのよ!」

 

わたしの頭の沸いた発言に大井がもう一歩引いた。

 

「片付くんならとっとと片付いてくれた方がこっちとしても楽なんだが」

 

上からまた声が降って来る。

 

「無理。アレは腹の中に受け入れる覚悟出来ない」

 

今だって、意識すれば電にされた分の違和感が、わたしを変に刺激する。そこでわたしの「かたち」を否定するような剛直で、電の舌の細やかさに上書きされたくはない。わたしの拒否に、慣れれば乙なんだがなぁと色々認めたくない天龍の呟きが聞こえる。そっちの意味でも同類、ということだったようだ。

 

「でさ、「大井」。今の「わたし」、ずいぶん「自分」にしては変だったでしょ?」

 

「北上さんたちが、二人がかりで悪ふざけする時みたいな顔はしてるわね。ああいう時は、いくら好きでも身が持たないって気持ちの方が強くなってつらいのよね」

 

メリハリがついたスタイルじゃなく、もしかしてやつれて部分的に細っこい?よく見ると丸顔気味のわたしより、頬からあごのラインが細いし、

 

「天龍さーん、ちょっとこの「わたし」、わたしたちの部屋に退避させた方がいい?二人なら電を押さえこめるし、万が一があっても減るもんないよね?」

 

「お前に渡すくらいならこっちに避難させるわ。さっきの発言といいただ単に抱きたくなっただけだろ。北上から逃げるくせにオレの戦友の大井は抱きたいとか、ふてえ「野郎」だな」

 

こっちの大井が天龍の地雷とか、どう歩けばいいのよ、この鎮守府。最初から踏み込んでたら爆死してるわ。

 

「…わたしそこまで尻軽に見える?」

 

口説けばヤれそう認定したと同義と言われ、ショックを受ける。やばい、なんか対魔忍扱いのせいでデリカシーが死にかけてそう。

 

「いや、そこまで魅力的だってことだから!尻軽とかそういうのじゃないから!大井は北上さんには義理堅いって共通でしょ!」

 

慌ててフォローを入れて持ち直させる。わたしの剣幕に北上さんみたい、と大井がくすりと笑った。ついつい近付いて肩に手をやる。あ、でも、

 

「ん?でもこの件は北上さんたちを売ったことになる、あれ?」

 

わたしの指摘に大井はまっとうな返事をよこす。

 

「だってここで強姦騒ぎなんて起こしたら北上さんたちの評価が大変なことになるし。天龍さんの邪魔になるのもやばいし」

 

「んー、そうするとまずいのはもう一人の北上さん?」

 

「あの人もあの人で大井運が悪すぎたのよ。んであんたを見て欲張っちゃった感じ」

 

「あーなるほどー、そりゃ仕方ないか」

 

仕方なくないのだが仕方ないと納得できてしまうわたしは、やっぱり大井ではあるらしい。

 

「そこで仕方ないの結論になるの、やっぱりおかしくね?」

 

天龍の指摘にまあ、それが普通の感覚だよな、と思う。

 

「それが大井ってことで納得して。今、わたしもなんで納得した?って思ってまた納得するって繰り返してるから。それじゃわたし、忠告の件は承ったから、この話は一旦おしまいで」

 

それじゃ、また、と終わりにしたいのだけど、あれ、わたし何でまだ彼女の肩に手をやってる?やっぱり彼女も欲しいとか思ってるかも、と考えたところで、ガチン、と後頭部に冷たい感触が当たる。

 

「近いのです!」

 

どうも痴話げんかもどきがとても仲良くしているように見えたようで、我慢できなくなった電が艤装を持ち出してわたしをホールドアップさせた。即座に電及びわたしに謹慎処分が下る。

 

「電、お前は艤装の工廠外への不許可持ち出しな。んで大井、お前は電に対する監督不行き届き。罰は謹慎と一部時間は執務室でオレの手伝いだ」

 

「あんた、見えてたでしょ!」

 

真上の「天龍」に文句を言う。

 

「当然だろぉ?」

 

天龍さんのニヤニヤ顔がすっごいむかついた。

 

 

 

 

 

 それで数日間、執務室勤務もやらされたわけだが。

 

「こいつがお前が使えるコードだ。特務のお偉方が、第六駆逐隊の身体データへのアクセス権限をくれたからな、例の問題をこっちでも調べられる」

 

「あんた、これ見越して?」

 

「ちょっとだけ危ねえ方の北上も牽制できる、やばそうな案件も上と同時並行で調べられる、オレも書類を手伝ってもらえて助かる、他にも色々でいい手だろ?」

 

完全なアドリブだけどな、と天龍は付け加える。状況次第では心中されてたわたしへの謝罪はなしか。

 

「謹慎及び労働奉仕処分は口頭のみ、名目は提督実務研修で片付けたことでチャラにしろって。お前の膝の上の電はあくまで秘書艦研修中だ」

 

「それでわたしは?」

 

「大井」が天龍に問う。

 

「通達した通り、お前はしばらくオレの秘書艦だ。ほんとは鳳翔さんの予定だったんだがな、ここ最近のお前の様子からあの人も納得してくれた。で、寝室はここの隣を使え。夜間はあきつ丸が回ってるから、あいつらも夜這いは出来ねえだろうし」

 

あいつらは数日間「大井禁止」だ、と天龍は宣言する。

 

「それ、わたしの方が夜這いかけられたりしない?」

 

「そこのちっこい護衛艦が頼りにならないとでも?魚雷の携帯許可は出してるぜ」

 

護衛も狼になりそうなんですが、それ。

 

「天龍さん、わたしもいきなりの一人寝はつらいんだけど」

 

あっちの大井もそう苦情を入れるが、

 

「お子様か!鳳翔さんと代わってもらったってのを理解しろ。今だとオレと鳳翔さんの二人がかりになって、お前がいっそうやつれるだけだぞ!」

 

爛れた関係過ぎる…。

 

「例によって独り身にはつらい鎮守府であります」

 

警備体制の変更であきつ丸が来ているのだけど、そんな愚痴を吐く。夜間警備は川内と交代でやってるらしい。川内はお休み中ということか。

 

「女所帯の惚れた腫れたに言っても仕方がないでござろう、あきつ丸殿」

 

ちょくちょくここを訪れる特務の加藤「あきつ丸」さん。あきつ丸と同艦種だが、目の下の隈がひどい上に、顔の造作も何か大分違う感じがする。

 

「内地勤務の加藤殿がうらやましいですよ」

 

「自分、そこの天龍殿と同類ですので、むしろ殿方に対処せねばならんのが煩わしいでござる」

 

「嫌味でありますか?」

 

「いえ、本心でござるよ?綺麗どころや可愛い盛りの艦娘が大好きでして、それなのにどうも周りはまっとうな娘さんばかりで」

 

それはそれで健全でござるが、天龍殿のおこぼれにあずかりたい次第ですな、とニヤニヤと笑う加藤さん。隣のあきつ丸が引いている。加藤さんがパスコードを持ってきてくれたわけだが。

 

「夜間の警備についてくれるのはどちらのあきつ丸殿で?」

 

ついつい聞きたくなる。

 

「自分であります」

 

まともそうな、それでも色白なここのあきつ丸が答えてくれる。その後に加藤さんがまた口を開く。

 

「拙者、あくまで使い走りのメッセンジャーで、立場的にも通常の警備には立てませんな。まあ添い寝が必要なら喜んでお相手いたしますが」

 

途端に電が威嚇を始めた。お世辞でも誘わない方が良さそうだけど、御礼の菓子折くらいはいるかな。

 

「それはそうと、天龍中佐、こちらにサインを」

 

加藤さんが、天龍さんに書類を差し出す。内容を一瞥すると、ためらうことなく彼女はそれに署名した。

 

「甘くねえか?減俸5割くらいになっても仕方ねえ部類だと思うが」

 

「新聞沙汰になればそうでござるな。艦娘の特性からすると、痴話喧嘩の類で波風立てても、全体としては無意味どころか有害でして。余計な詮索を避けるのも含めて、自主返上一割辺りが限度かと」

 

「内々の処理でいい些事、って扱いにするわけか」

 

「正規の手続きで防衛線に穴が開いては、話になりませんからな」

 

べんきょうになるなー(しりたくない)。不祥事隠蔽しとくけど罰は与えたよ!っていみになるんだなー。…兵器が年頃の娘の感情持ってたらそうなるかぁ。

 

「おまえまで付き合う意味は?」

 

「出張ってこられる上司ですぞ。責任者として適当ですし、特務の後見を強調出来ますな」

 

ここは特務の管轄、って縄張り争いか。

 

「今度一杯奢るわ」

 

「立場上拙者が上司でして、そういうわけにも」

 

「それを出したら添い寝もしてやれねえじゃねーか」

 

「お泊まりの際に研修会の名目でなんとかなりませんか?拙者としましても、こうもお堅いお嬢さん方としか巡り会えないとなると、主義を曲げざるを得ませんで」

 

「主義ってなんだよ」

 

「恋路に割り込む阿呆に慈悲はいらぬ、しめやかに爆発四散させるべし、でござろう」

 

「ああ、まあ割り込みのレベルによるな」

 

「それだけに此度は顎が外れるところでござった。問題のある人員を押し付けている自覚はありますからな」

 

「つまり?」

 

「心中未遂なぞ起きるようなら、違う首を落とすのを含め、こちらで後処理は引き受ける所存で」

 

「だ、そうだ、大井。北上ども、命拾いしたぞ」

 

「あの、別の首って」

 

大井が聞き返すけど、天龍さんは手をひらひらさせて制止した。

 

「それには触れるなよ。今にも蹲りそうな感覚で肝が冷えてんだ」

 

「その前にうちの電がトンネル工事でしょ」

 

「亀の首」にろくに反応しないで、電がやらかすと告げるわたしに、天龍さんが疑問をぶつける。

 

「なんでお前平静なんだよ」

 

すぐには答えず、まず電の好みから聞くことにした。

 

「ねー電、天龍さんと出来る?」

 

「素敵なひとなのは認めますが、煙いのが苦手なのです」

 

「あら、残念。電にしてもらえばファントムペインなんてきれいさっぱりなくなるのに」

 

電の返事を聞きながら、やっぱり先日の大井に抱いた感覚は「愛でたい」の方かな?とも思う。ガツガツ食いつく感じは、ほとんどなくて─好みの部分以外は、わたしの中の男の子が家出中だな、これ。

 

「拙者が主義を白状した先から誘惑とは、鬼でござるな。あわよくば拙者もお仲間に、とか考えてしまうではないですか」

 

「大井さんは、意地悪ですから」

 

「あれ、もしかして、電けしかけられたら、わたし終わっちゃう?」

 

大井が電の「戦力レベル」に言及したので、わたしから追い討ちをかけた。

 

「電はいいわよぉ。シリンダーをキレイキレイしてくれるから」

 

「お前、電の舌のことになると頭対魔忍にならね?」

 

話題が夜の方に吹っ飛んだので、咳払いと共に加藤さんが話を戻した。

 

「…話を戻して下半身工事の件ですが、艦娘なのでやったとしても一時的な罰に留まるでござる」

 

「「「入渠かー」」」

 

「いかにも。まあトラウマでしばらく悪さ出来なくなれば儲けものでござるな。おや、どうされた、あきつ丸殿」

 

「内容の下世話さに身の危険を感じたであります」

 

「これは申し訳ない。まあ、罰の件についてはあくまでそこまで行けばの話でござる。あと、電殿」

 

急に呼ばれて電が首を傾げる。いや、そこは返事をするとこでしょ。

 

「あくまで北上殿が無体に及んだ場合に、罰があると理解するように。大井殿が自分から転んだら適用外ですぞ」

 

艤装持ち出しの件はしっかり反省するように、と彼女は電に言い含める。

 

「他に罰とかなくて大丈夫なの?この子」

 

大井が心配そうな顔で言うので、すぐに返事をする。

 

「そんなの簡単よ?」

「だな」

「そちらの大井殿が耐えられれば、でござるな」

 

天龍さんと加藤さんもすぐに気付いた。

 

「ねーいなづま」

 

「はい?」

 

「今夜は別々に寝よっか?」

 

膝の上でピシッと電が強張った。すぐにぐるんとどうやったってレベルで対面に振り返ると、痛いくらいに抱き着いてくる。

 

「ダメ、ダメなのです!大井さんは、電と一緒なのです!」

 

ガタガタ震えながら恐慌一歩手前だ。

 

「予想以上に効果がありそうで、手加減が難しそうですな」

 

「部屋の隅で幼女がガタガタ震えて泣いてるとか、考えたくもねえ。すっぱぬかれたらこれ自体スキャンダルにならねえ?」

 

「ですから駆逐艦以下は、運用が大変なのでござる。今の一言だけで大分効き目がありましたし、今回は追加は要りますまい」

 

「ちょっと口を挟んだだけなのに、これじゃわたしが電を苛めたみたいじゃない。ちょっと納得いかないわ」

 

大井の八つ当たり気味の愚痴に、天龍さんがぽんと彼女の肩に手をやる。

 

「まあ、なんだ。お疲れ」

 

「結局わたし、一人寝ですし」

 

大井の苦情に天龍さんがわたしを見た。思わず言ってしまう。

 

「いいの?電が馬鹿やったら拗れるわよ?」

 

「その怖がり方なら、電は大丈夫だろ。あとはお前が話を拗らせないかだ」

 

くっついてる電と、そっちの「わたし」を見比べながら、何となく考える。

 

「三日くらいは電にかかりっきりで、「わたし」にちょっかいかける余裕もないかな。ちょっと今の、効きすぎたわ」

 

「それじゃ大井、夜は健全に過ごすことにして、あっちのお前に厄介になれ。やばかったら叫べよ?」

 

「「期間はいつまで?」」

 

つい「大井」同士でハモる。

 

「最長で一週間のつもりだが、三日もすりゃ北上も泣きついてくるだろ」

 

話はそこで終わったのだが、オチがひどかった。三日目の朝にやつれまくった北上さん'sが天龍さんに泣きついてきた。当然研修中のわたしらの前でだ。

 

「おおいっちかえして」

 

北上さん(通常)が土下座してるんだけど、語彙と抑揚が死んでる…北上さん(男)は執務室につくなり、ソファに突っ伏して微動だにしない。も…ないとうわ言が聞こえて、もしかして北上さん(通常)に潰された?と思わず北上さん(通常)の方を見る。

 

「お前ら自分同士でも加減効かねえのか!」

 

「天龍さん、お説教の前にこっちの北上さん、入渠させないとまずいと思うんだけど」

 

慌てて北上さん(男)を抱えて天龍さんに許可を求めた。

 

「おう、頼むわ。ちゃんと電を護衛に連れてけ」

 

返事を聞いて、浴場併設の入渠設備に走った。俵担ぎで運んでいるが、間近に見えた顔とかがカサカサに見えて、干からびてる感が強い。脱がす手間も惜しんで入渠槽に放り込むと、電に見守りを頼んで飲み物を数本買ってくる。

 

「あれー、おおいっちだー」

 

戻ったらちょっと復活してたけど、こっちも語彙死んでるわ。しかも注意力も死んでるようで、間近の電の、装甲魚雷管に気付いていない。電には魚雷を仕舞わせて、一旦経緯を聞いてみる。

 

「んー、やつあたりー?」

 

ダメだ、要領を得ない。スポーツドリンクの蓋を開けて、足元の入渠槽の北上さんの口に突っ込む。んぐんぐと素直に飲んでくれるのはいいけど、横からとは言え両手で頭とペットボトルを支えていると、違うものを想起して困る。電の圧も強くなるし。

 

「あれ、大井っち?」

 

復活早いな。

 

「って、服ごとぉ!」

 

びっしょり濡れた衣服に、北上さんが不快さで声を上げた。

 

「大井さんが運んでくれたのです、文句を言うんじゃねーです」

 

「なにそれ、そんなおいしい状況覚えてないとか、大損じゃん」

 

この人やっぱり軽いなあ。

 

「お望みならこのまま執務室に運びますが」

 

「え、なんかサービス良くて裏ありそうなんだけど」

 

「行きと同じ俵担ぎで、前後逆でうちの子が魚雷向けますけど」

 

「天国は遠いのに地獄は間近とか」

 

「お姫様抱っこだと、わたしが後で(快楽)地獄見ますので」

 

「腰抜けたままだから地獄決定じゃん」

 

電の目の前で北上さんをお姫様抱っことか、夜に電に襲われるフラグだし。選択肢はなかったようだ。

 

「では」

 

電に空のペットボトルは回収してもらって、さっきとは前後逆で(むしろまともな向き?)で、北上さんを担いで歩く。服も濡れるが、本来の仕事中ならいつものことだし。

 

「まじで魚雷向けられてるんですけど」

 

「半分とばっちりでしょうけど、変に暗躍したのとあっちの「わたし」を責めすぎた件は反省してください」

 

それにしても運ぼうと思うと、とても軽く感じるのがすごいな。本体だけなら戦力の回収も楽なわけだ。

 

「北上さん?」

 

歩いていて急に静かになってしまって、声をかける。

 

「ごめん、降ろして」

 

「でも、まだ歩けないんでしょう?」

 

「肩貸してくれればいいから」

 

言われた通りに降ろして肩を貸す。変にへっぴり腰で歩く北上さんに、つい聞いてしまう。

 

「もしかして当てちゃいました?」

 

肩か上腕、当たってたっぽい。

 

「わざわざ黙ってたのに言わないでよっぉぉ?!」

 

「後ろから狙いつけてるのに、いい度胸なのです」

 

電が魚雷を突き付けていた(どことは言わない)。

 

「でも固くなかったんですけど?」

 

「だからかわいい顔でエロいこと言うのやめて!」

 

急にずんっと突かれて「あん」と声を上げる。

 

「そんなに電を嫉妬させてーのですか、誘ってやがりますかこのアマ」

 

「だって二日も健全なのよ?」

 

「あれ、わたしだしにされてる?」

 

「…二人ともとっとと歩いて戻るのです」

 

そう言いつつ、セイフティのかかった魚雷先端が、どことは言わないが、わたしを撫でた。それが終わってからまた歩き始める。

 

「大井っち、なんか歩きにくいんですけど」

 

「あきらめるのです、北上さん。大井さんは今夜のことしか考えてません」

 

腰を振って歩くわたしに、二人とも呆れているが。北上さん(男)はわたしの意図に気付いてくれるかな?

 

 

 

 

「戻りましたよっと」

 

「お帰り」

 

うんざりした様子の天龍さんが出迎えてくれる。見ればあっちの「わたし」に北上さんががっつり引っ付いてた。ああ、うん。ちょっと病んだ時の電やわたしと同じだ。

 

「いやはや、北上型が病むのは珍しいですな」

 

いつの間にか、加藤さんが妙につやつやしたままそんなことを言っているが。

 

「加藤さんもですか…」

 

「大井殿?拙者、何か間違えましたか?!」

 

「いえいえ、二日程の禁欲生活も悪くは無かったのですけど、その裏で見目麗しい方としっぽり濡れてらっしゃったのかと思いますと」

 

「あれ、オレ誉められてる?」

 

天龍さん、ほんとに相手したんだ。

 

「北上さん方も干からびるまでヤり続けてるとか、ちょーとおかしいんじゃござんせん?次「わたし」をやつれさせたら、電をけしかけてこっちに頂きますよ?」

 

ひいっと「わたし」が悲鳴をあげているが、どうやって電を着飾らせるかとか、指輪の話などガールズトークも楽しかったし。いや、流石に体質がわたしと違うだろうから、早々堕ちないと思うけど。

 

「あー、大井。気持ちは分かるが、そうすると舌切り雀が一羽出来上がるんでやめてくれ」

 

流石にそれは困るので引き下がる。

 

「電、部屋に連れ帰って黙らせとけ」

 

「了解なのですが、逆に黙らされそうなのが怖いです」

 

あれ、おかしいな、電が天龍さんの言うこと聞いてるぞ?これはお仕置きだね!

 

─ガチャリ。

 

「これで少しゃあマシだろ」

 

あら、後ろ手で拘束されてる。

 

「あとで不機嫌になりそうで怖いのです」

 

「全力でヤって誤魔化せ」

 

そのまま部屋にドナドナされて、ほんとに全力でヤられました。だからなんで天龍さんの言うこと聞くのよぉ!

 

 

 

 

 

 




 今話の途中に裏が入るんで、時系列がごちゃごちゃになる奴。書くと細部がどんどん膨らむのが…。そこまで書く能力なかったと思うんだが。あと、直接描写はないからいいよね。

 電-3まで書かないと伏線回収つーか捏造設定盛り込めないとは思わなかった。


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19.回想

 砲声が響いた時、あまりにも遠すぎたのは覚えてる。戦艦級の一斉射撃で、彼女は沈んでいった。出撃前、他愛ないことを言い合ってたのに。余りにも呆気なかった。

 

『そうか…すまん』

 

提督は、ただそれだけしか言わなかった。采配の間違い?運が悪かった?何が出てくるかなんて、分かりようがない。龍驤が─そう龍驤がいた─龍驤が偵察を飛ばしたって、その後には何かが追加で出てきたりする。ああ、そうだ。間が悪かった。

 

 

 

 

『帰還したか。その、北上。すまん』

 

わたしらを出迎えて、わたしを見て、提督はそう言った。部屋に戻ったら、彼女がいた。分かってる、戦力補充は必要だって。

 

『よろしくお願いします!北上さん!』

『おはようございます!』

『流石です、北上さん!』

 

他の子がいなくなることも増えていた。うざい駆逐艦も、覚える前に居なくなることもあった。

 

『入渠しろ、北上』

 

大井っちは?

 

『大破したまま、お前を出せるわけがないだろう。大井が旗艦を代わってくれる』

 

『もう、中破のまま出撃とか人使いの荒いこと。それじゃ北上さん!資源持ってきますね!』

 

前のあの子みたいに、しつこく寄って来る彼女は、帰って来なかった。

 

 

 

 

『北上ハ、泣いていいネー』

 

泣く?なんでさ。

 

『フレンドが居なくなった、泣くのが当然デスネ』

 

そんなんじゃないよ、大井っちは。友達なんて、ここには。

 

 何人も、沈んだ。わたしは、沈まなかった。違う、沈ませてもらえなかった。

 

『入渠しろ、北上』

 

嫌だ。わたしだけ残るのはもう、ごめんだ。

 

『お前が、金剛が、龍驤がいなければもっと死ぬ』

 

駄目だよ、提督。わたしたちは『沈む』んだ。死ぬなんて言っちゃ駄目だ。

 

 

『すまん』

 

提督が出迎えた時、彼女がいた。

 

『初めまして』

 

ああ、初めましてだね。

 

『あの…あなたも、艦娘ですか?』

 

はは、なにそれ。変わってるね、大井っちは。

 

 

彼女が来てから、少しだけ変わった。

 

『大井、発射管はどうした』

 

『すみません、撃ち尽くしたので、叩き込みました』

 

『大井、その単装砲、何をした』

 

『近かったので、敵兵の顔面にぶち込みました』

 

『連装砲はどうした?』

 

『弾切れだったのを大井さんに持ってかれました』

 

『大井?』

 

『敵機に叩き付けました。ちゃんと持ってきましたよ?』

 

連装砲はぼろぼろだ。また発射管捨ててるし。

 

『むちゃくちゃやな、キミ』

 

『司令官!大井さんになんとか言ってください!碇を取られたのです!』

 

『無手じゃ流石に無理だし。あ、これ』

 

片側が折れた碇に、ぼろぼろの砲が幾つか。

 

『なんか分捕った武器使ってるのいたんで、ぶちのめして取り返しました』

 

『魚雷がないな』

 

また捨てたんだね。

 

消費は少し増えたけど、死ぬ子は少し減ったと思う。でもやっぱり死ぬ。あれ、みんなどうしたの?

 

『宿舎が燃えてしまいまして。工廠で雑魚寝ですよ』

 

『北上もこっち来るネー』

 

うん、膝借りるね。

 

『どうぞ、北上さん』

 

 

『北上、出撃しろ。ここに戻る必要はない』

 

なにそれ。

 

『第3も同様の侵攻を受けている。留まるのは無意味だ』

 

提督はどうするのさ。

 

『人は水の上を歩けん。すまんな、こんな無能で』

 

ああ、そうだね。二度も大井っちを見捨てさせたね。

 

 

 

『これ以上は無理。機関、停止ネ』

 

ごめん。

 

『悪いなぁ、ちょっーと龍驤さん、ついていけそうにないわ』

 

ごめん。

 

『あ』

 

水柱が彼女を包んで。

 

『逃げて』

 

…ごめん。

 

『あの』

 

うるさい。

 

『あの人が』

 

うるさい。

 

『大井さんが』

 

黙れ、お前とわたしをかばったんだぞ!

 

『ごめんなさい』

 

いいから黙ってろ!うざい!

 

 

 

 

人を一杯乗せた船が、襲われていた。

 

『ごめんなさいです。北上さん』

 

ばかやろう、お前、生き残っただろう!彼女の代わりに!

 

『だからなのです』

 

うざくてちっこいのは、独りで突っ込んでいった。

 

 

 

 

「大馬鹿野郎!」

 

まだ、暗かった。なんでか、わたしが真ん中だった。

 

「北上さん?」

 

右隣の大井っちが、わたしを呼ぶ。起こしちゃった。

 

「ごめん、ちょっとやな夢をね」

 

「まあ、あれだけうなされてればね。そういう日もあるよ」

 

なんだよ、「わたし」も起きちゃったか。

 

「で、誰が大馬鹿?」

 

「…電」

 

「ああ、うん納得」

 

「大井っちも」

 

「まあ、そうですね。わたしも、「わたし」も」

 

「金剛も、龍驤も。なにがついて行けないだよ。喰らいついてでもついて来てよ」

 

「提督もさ。水の上は無理とか、言ってないでさあ」

 

両側から、挟まれた。

 

「「わたし」はさ、もうちょっと素直になった方がいいね」

 

「今のままで、いいと思いますよ」

 

素直ってなにさ。

 

「そういう時はさ、「おいていかないで」って言うんだよ」

 

ああ、そっか。

 

「なんだ、わたしが置いていかれたんじゃん」

 

左から、「わたし」が身を寄せてきた。

 

「うん、そう。だからね、置いていったって泣くのはやめよ?」

 

「わたしは、北上さんを置いて行きません」

 

大井っちも、わたしの右腕を抱いてくれる。

 

「ありがと、二人とも」

 

「「どういたしまして」」

 

「わたし」が言葉を続ける。

 

「まだ暗いしさ、また眠ろう?」

 

うん、大丈夫だ。

 

 

 

 

しばらくして、囁かれた。

 

「「わたし」さ、眠れてないよね?」

 

「わたし」こそ、そうじゃん。やっぱり二日ぶっ続けはさ、やばかったよね。

 

「いまになってドキドキしてきた」

 

馬鹿やったら大井っち取られちゃうから、我慢しよ。

 

「あー、そうだねー」

 

今度こそ、わたしたちは眠った。

 

 

 

朝、目覚ましじゃなくて悲鳴で目が覚めた。

 

「あら?」

 

大井っちの顔が間近だ。悲鳴は真横で、うるさい。

 

「ど、どい、て!大井っち!」

 

「あ、すみません、北上さん」

 

寝ぼけて大井っちがわたしらの上に載っかってきたみたいで。「わたし」が怖がってわたしに抱きついてる。

 

「すみません、わたしも、寂しかったみたいです」

 

仕方ないよね。でもまあ、「わたし」は「大井恐怖症」だし、気を付けないと。

 

「そうなんですよねー。それを思うと、ずいぶん悔しくって」

 

悔しい?

 

「北上さんの初めてを、好きに喰い散らかした大井がいるかと思うと」

 

ああ、抱かれた身からすると、そりゃ悔しいや。

 

「でしょう?挙げ句置き土産でこれですよ」

 

うん、とっちめたくなってきた。

 

「この分ですと、今日はお預けっぽいですし」

 

「そうなりそうだけど、ゆっくりやろうか」




 電-3より先にこっちが出来たので投稿。元タウイタウイ第4の北上の背景概略ってとこで。あらすじにもある通り、戦況からくる実質的ブラック。スカイクロラのパロディと、「大馬鹿野郎」はやっぱアーカードからかな、意味は全く違うけど。

 元タウイタウイ第3の電の行動、こう見るとひどいわ。「自分の番」と勝手に突っ走ったけど、描写なしの長門と大和、直近の金剛龍驤大井の行動からすると、学習の成果じゃん、てなる。最初「電が沈んだよ」の一文しかなかったキャラなのに。

 エロだ、悲劇の合間にエロを入れるんだってなるわ


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20.後日談7 電-3

「それで、電の抱える問題ってなんなんだ?」

 

夕暮れ時の、桟橋そばの砂浜にて、天龍と加藤は一応は密談と呼べるものを行っていた。最近は後ろのベンチに居座る連中も多く、気を遣うことも度々である。

 

「こちらを」

 

タブレットを渡され、中身をみる。

 

「横須賀第4実験艦隊ねえ…」

 

記録:省資源建造実験、と件の話はある。

 

「渡したパスコードは、あくまで通常の提督用のものでござる。そのファイルは、オフラインであることが義務付けられております故、辿り着けませんな」

 

まあ、「どちらも」知ったことではござらんが、と加藤は続けた。変に抱え込みそうな部下に見せる気もなければ、「オフライン」を守る気もない、という加藤の意思表示だ。

 

「もしもの時は全公開で相手方を潰すと」

 

「当然でござろう。どなたかが仕掛けた余分なファイアウォールも定期的にバイパス工作しておりますな」

 

「ちなみに件の実験艦隊は解隊済みで。特務設立前後の話ゆえ、オフラインデータばかりで追跡は困難でござった」

 

「解隊も当然だよなぁ」

 

実験結果が建造失敗と、通常の建造より能力の劣る個体の頻出で、実験は打ち切られた。

 

「人様の亡骸まで使って、これじゃあな」

 

「我々が得られるのがそこまでで、生きた人間が使われなかった保証はありませんな」

 

所詮正規ルートの情報でござる、と加藤が補足する。

 

「それもそうか」

 

「冬木に踏み込んだ際、元艦娘の救命のため「再建造」を行いました。成功率を上げるため資材を追加せよ、と手順書にあるとかまっこときな臭く」

 

「そりゃ真っ黒だ」

 

生きた人間では実験済み、結果のフィードバックとしか考えられない。

 

「少ない資源でどう戦力を確保するか。戦災であふれた孤児。身元確かから不明に至るまでの個人―いや、故人」

 

「窯にくべて燃えるなら、国家って船の燃料にするか」

 

「電も、大方のところ孤児の遺体―下手をすると生きた孤児を、建造に使った結果かと。出身部隊が実験艦隊でありますから、その点は真っ黒です」

 

艦娘化手術とはまったく別物、「個人」が残らない上、出来上がるものは劣化品。

 

「待てよ。艦娘としてはオレより長くね?」

 

「艦娘として長くても8年。ベテランに聞こえますが、言い換えましょうか。「誕生より8年」」

 

「わりい、世迷言だった」

 

「実験艦隊が健在の間は、データ取りが終わった者は大半が最前線送り。解隊後は電も含め一部は訓練期間が長く取られましたな。2年前後横須賀に留め置かれたのち、電はタウイタウイ第3に、という流れでござる」

 

「大井のいた第4は?」

 

「第4以降はここ数年の新設鎮守府です。大規模反攻前に露払い代わりに何度か行われていて、質より量か、隙間埋めの急造部隊です」

 

「古参の多い第3が壊滅するほどの相手で第4がもつはずもなし、ってわけか」

 

「わずかな生き残りからの聴取では、どちらの鎮守府も放棄と撤退の命令は出されたとのことで。誰もが義務は果たしていた、ただ情勢が悪かったとしか言いようがないでござるな」

 

「生き残りが合流して、うちの避難所に辿り着いたか」

 

「これ以上の追跡もあまり意味はありますまい」

 

「文句を言う奴さえいないかも知れねえし、藪をつついて、てのも御免だな」

 

せっかく生き残った奴に手を出されるのも困る、と天龍が言うと、加藤はそれを補足した。

 

「電殿の体質を考えますと、とち狂った理由で再開などされたくないですし」

 

「そっちもあったか」

 

「現状では何も分かりませんでした、というのが都合が良いかと」

 

「Need to knowでオレは頭に入れておけと」

 

「万が一で知って思い詰めて暴走するようなら、止める材料として使っても構いません」

 

「了解」

 

そこでお開きなのだが、

 

「ところで、可能でしたら、今後の予定を多少は聞いておきたいのですが」

 

「オレ以外の分もか?」

 

「欲張って良いのでしたらお願いしたいでござる」

 

「青葉だったらお前から誘えば付き合ってくれるぞ。ただまあ」

 

天龍は一歩踏み込むと左腕を彼女の腰に絡める。密着はせずに右手の人差し指で、加藤「あきつ丸」の目の下を撫でた。

 

「この隈が消えるまで、休暇を取らされると思うけどな。あいつが満足いく程度の被写体になるなら、相手をしてくれる筈だ」

 

「拙者、青葉殿をだしに口説かれてます?」

 

青葉の説明と、天龍の行動のちぐはぐさを加藤が確認した。

 

「抱え込むのは物理的に無理だけどなあ、ストレートに他の子も紹介してくれと言われると、まあイタズラの一つも仕掛けたくなるだろ」

 

「少し欲張りすぎましたか」

 

「それより寝ろ、添い寝はなしでな」

 

恐らく言っても聞かないだろうと思った天龍は、当然特務にも加藤の休暇について問い合わせた。おかげで横須賀に帰還後、

 

「この間はお楽しみでしたね」

 

と金田にからかわれるに至り、加藤は問答無用でびんた(張り手)を金田に喰らわせた。

 

 

 

 

 

 

 

 轟音

 

スケール分小さくなってはいるが、不格好な拳銃みたいな単装砲からは大砲の音がする。つい拳銃のように標的に向けてしまうのだが、「大砲」として意識して撃つと実に面白いことが出来る。

 

『無茶な撃ち方しますねえ』

 

艤装のチェック、及び訓練に明石さんも付き合ってくれている。まあ使えそうな装備を試したい、と我儘言ったせいもあるけど。単装砲一つとっても奥が深すぎる。今まで銃の認識が強すたが、銃の基本を外しても撃ててしまうのだ。真横に伸ばした腕の先でほぼ90°前に手首を曲げる。砲撃、雑に撃ったので命中こそしなかったが、至近の海面に水柱が立つ。腕は少し揺れたが、手首も無事だ。何故ならわたしの腕は船体の一部で、砲撃の反動を許容範囲に抑えられるからである。その状態から手首の角度を少し変えると、砲身も上げて撃つ、命中。

 

「これ、集中が途切れたら怪我するとか、ある?」

 

『艤装なし、または停止状態だと個人差が出そうですね。応用として訓練するのもいいですが、リスクあり、で考えた方がいいかと』

 

「データがなかったら入渠前提で実験もありかな?」

 

既に実験済みで非推奨、とかありそうだし。

 

『提案だけして保留にしましょう』

 

その前にデータは探してみますが、と明石さんは付け加えた。

 

「経緯次第では負傷状態のまま謹慎、とか天龍さんはやると思うのです。控えた方がいいと思います。」

 

同様に演習場に出ている電が指摘したので、思わず納得の声を上げた。

 

「あー、ありそう」

 

あの人、雑に見えて罰の与え方が結構おっかない。

 

「電にお世話されたいのであれば止めませんし、お世話していただけるなら、喜んで電がやるのです」

 

地雷手前だわこれ、下手に話がエスカレートすると四肢潰されてお世話されたり、四肢を潰してお世話を要求されたりしそう。

 

『それで、脚側はどうですか?』

 

「連続で撃つわ」

 

的に正対しているので、太ももに固定された二門ともまず上に旋回、更に各門俯角を取る。各砲塔の発射を宣告しながら、右、左、同時斉射と三通りを連続して行った。外れ弾と的を貫通した砲弾が、演習エリア境界に設定された島に着弾する。

 

「わたしとしちゃ魚雷より好みだけど、着弾確認とかでも弊害が出るかー」

 

マンターゲットではないものの、少なくとも胴から上の高さの的を狙うと、脚部からでは上に向けて撃つことになる。

 

『演習弾なのでマシですけど、実弾だと島が削れちゃいますね』

 

「イ級とかの人型でない相手ならともかく、ヘッドショット狙うときとか不味いかな」

 

「対空を考えたら、流れ弾は気にするだけ無駄なのです」

 

それもそうか。装備交換のために岸に戻る。左ももに連装機銃、右ももに魚雷発射管を取り付ける。魚雷発射管はさっきまで空にしておいた左腕の分も含め、一発ずつ演習用の魚雷を装填する。機銃は実弾がフル装填だけど。

 

「これが着弾すると25㎜機関砲弾相当の打撃を与えるって、今でも実感できないわ」

 

「わたしらとしては当然、の話なので、大井さんの感覚はやっぱり提督寄りなんですねえ」

 

明石さんはどうやら、わたしのことは聞いているらしい。その辺を聞いたら

 

「緊急時の指揮権限、大井さんも下の方とはいえ入ってますよ。変更がないままなら、遠征隊の天龍さんより上になってます」

 

それもあっての研修か。

 

 再開を告げ、電を随伴に再度海上を走る。残った的の一つに対し、走行しながら同時に魚雷を海中に投下した。二本の航跡が標的に真っ直ぐ伸びていき、運良くかつ運悪く一発が的の支柱自体に当たってしまう。

 

「うわ、後始末の手間増えた」

 

ブランクで外すと思ったらこれだ、開幕ミサイルよろしく使っていまくってたのが災いしたのか、期間が開いても一休み程度だったらしい。リハビリに動作確認程度でラッキーショットなんて、むしろアンラッキーだ。へし折れて丸ごと海中に没してしまったので、後で立てる的の本数が増えただけだ。海中部分の整備は妖精さんや潜水艦の子がやるにしても。

 

『止まった的ですし、よくありますよ』

 

「気を取り直して機銃いくわ」

 

妖精さんは普段は工廠に屯してるかな?とかあとで付け届けでもするかと考えつつ、ジグザグの戦闘機動を行う。追従する電にハンドサインで違うターゲットを指示すると、合図と共に射撃を開始した。わざと演習エリアに右から入ったので、右舷側に標的がある。よってわたしは直前で180°ターン、慣性とスクリューを逆回転させるイメージで、違う意味で逆走しての射撃だ。左ももの機銃からの曳光弾混じりの銃撃が、瞬く間に的を蜂の巣にした。電はそもそも艤装の可動式砲架台に機銃を装備しているので、こちらのような問題は生じない。

 

『どうです?』

 

「機銃にも照準自体にも問題はなし。わたしの艦種が魚雷以外は使いにくいって分かっただけね」

 

「そのための電なのです」

 

駆逐艦が軽戦、わたしは積載の多い爆撃機という役どころか。

 

『一応、固有装備を拡張部位に装備して、手に機銃を装備って手もありますよ』

 

「戻って装備位置変更だけ試して、演習場整備に入ります。この後空母の方々が使う予定でしたよね」

 

また岸に戻って、左の発射管と機銃を上下入れ換える。機銃は手持ち、腕部アタッチメントのどちらでもいけるようだ。発射管も上下可動などに悪い影響はなさそう。

 

「必要があれば、出撃時に位置変更ですね」

 

わたしが携帯できるのは、固有装備の魚雷だ。わたしの場合は腕から外してしまうと、収納が出来なくなる。あきつ丸など一部の、全艤装を収納できてしまう子がうらやましい。左腕を四連装魚雷発射管に戻し、フル装填して収納状態にする。単装砲と脚部発射管は外して運搬台に置くと、電と一緒に的の交換を行った。終えたところでちょうど、空母組がやってくる。赤城さんが二人に加賀さんが一人で、ここに所属する空母全員と言うわけではない。瑞鶴って子と、あと龍驤さんが―わたしの知らない龍驤さんが確か、いた筈。

 

「こんにちわ」

 

「やあ、調子はどうかね」

 

先頭を歩いて来た赤城さん、次の赤城さんの順序で挨拶してくる。最後尾の加賀さんは軽い会釈で、前々からの印象通り、少し気難しいタイプのようだ。2番目に来た赤城さんは、記憶違いでなければ以前執務もやっていた人で、明確には言われていないが天龍さんの「同類」の筈。ん?赤城さんは何人いるんだろ、ここ。調理担当の赤城さん、いたよね?

 

「こんにちわ、ちょうど再設置が終わったところです」

 

ともあれ、挨拶と最低限の整備は終わったことを告げる。

 

「ありがとうございます」

 

「いえ、そういうルールですし。あと一つミスって、支柱ごと水没した的があるので事故に注意してください」

 

あとで潜水艦の子か妖精さんに回収を頼んでおかないと。納入時期によってか、金属支柱部がパイプだったりステンレス鋼材だったりばらばらだ。台座部分に刺さったままの部分、底に沈んだ部分のどちらも、艦娘に簡単に刺さる代物ではないと思うが、それで安心できる物でもあるまいし。

 

「水面下なら大丈夫ですよ」

 

赤城さんの否定に、もう一人の赤城さんが一応の可能性を告げる。

 

「いや、万が一もありうる。いきなりの機能不全で沈み始めたなら分からんぞ」

 

「一応、素でも対人弾なら痛いだけですみますけど、「船底に穴が開く」みたいな感じに損傷しないとも限りませんので」

 

「なんで知ってるのさ」

 

わたしの変な知識の披露に、2番目の赤城さんが呆れたと表情が抜け落ちたの中間のような表情で聞いてくる。なんか虚無一歩手前だ。

 

「前のとこで訓練用の弾や燃料も事欠いた時に、ダダ余りの現地陸軍装備で地上訓練やりまして。士気にまで響いたんで数回で取りやめましたが」

 

艤装稼働状態で喰らう訓練砲弾の数倍は痛かったからな、あれ。駆逐艦の子なんか45口径1発で動き止まるというかその場に蹲って、1発なら小破とかみたいな判定設定出来なかったし。ほぼ同じ体格の龍驤さんは、数発喰らってもそのまま気合で突っ込んできてやたら怖かったが。それはそうと正規空母の人の訓練か。袖を数度引っ張る電に、参考になる筈と伝えてから赤城さんにお願いする。

 

「訓練、見学させていただいてもいいですか?」

 

あとの予定は今日は報告書程度だし、タイプが違う人の動きも見た方が役に立つだろう。赤城さんが―多分口調が普通な方の赤城さんがどうぞ、と答えてくれる。明石さんはわたしらの艤装を回収して行ってしまったが。赤城さん、加賀さんは特徴的な盾のごとき飛行甲板を含む艤装に、さらにその一部として和弓と矢筒を携えている。問題は、以前話した赤城さんの方だ。ほぼ一緒なのだが、何故か弓がなく手ぶらだ。で、許可をくれた方の赤城さんが、少しだけ申し訳なさそうに注意をくれる。

 

「とはいえ今日はあまり参考にならないかもしれません。先任の衛宮さんの射を見せて頂いた上で、主に射の訓練になりますので」

 

「はあ」

 

赤城で衛宮?「赤」城で「衛宮」で赤い弓か?そう思ったとき、彼女―「衛宮さん」が弓を出した。艦娘赤城のではない、どこかで見たようなハンドガードのある黒い弓だ。弓道の知識がないわたしでも、そのあとの動作は非常にきれいだった。事前知識としてあったにしても、あれは「当たる」、いや「中る」だったかと認識した。

 

「多分綺麗な構えなんでしょうけど、参考にならないんでしょ」

 

「なかなか盗めないんですよね」

 

赤城さんの言葉に、少し引いた位置で加賀さんがうんうん頷いている。背が高いのに変に縮こまった姿勢をしていてなんか可愛い。あといつの間にかその隣に電までいて、ぽけーとあっちの赤城さんの射を見ている、これもかわいい。

 

「仕方ないでしょ。「これは当たる」、「今のは当たった」、そんな感覚が常にある射撃ですよ、あれ。当たらない理由が分からないから、教えられない。ただ見せるしか出来ないやつ」

 

実戦の最中では何度かあった、撃つ前から当たると分かるあの瞬間。そういう感覚が生じた時には一連の動作は全てが無意識だった。気付けば次の標的を意識していて、前の敵を意識する必要は全くなかった。だって確実に沈んでいたから。それだけに「ああ、これは当たるな」となってそれを遮る馬鹿をやったけど。

 

 都合三度、彼女は矢を射た。結果は三つの的の中心に綺麗に刺さった矢だ。

 

「こんなところだ。参考になればいいが」

 

「いえ、とても為になります!」

 

何分未熟者でして、と赤城さんが言葉を続ける。

 

「私も似たようなものなのだがね」

 

実のところ水の上を歩くのは未だに慣れん、と彼女(それとも彼なのか?)も冗談ともつかないようなことを言う。

 

「あれははわないのでふか」

 

いつの間にかしゃがんで、電とお互いの頬をぐにぐにやってる加賀さんがそんなことを言う。何をやっているんだ、あんたら。

 

「何かね、加賀」

 

「天龍さんも好きな、赤城さんの砲撃は御披露しないのですか」

 

立ち上がって、自分だけ電の頬をふにふに摘まみながら加賀さんはそんなことを言う。電の方はぎりぎり指が届かなくなって、ぽかぽか彼女の肩を叩き始める。かったい胸当てがなけりゃ多分そっちを揉むくらいやっちゃうんだろうけど。それはそうと、自分だけ電で遊ぶというなら返してもらうか。

 

「衛宮さん、砲撃も得意なんですか!」

 

「いや、あれは砲撃というわけでは」

 

赤城さんがきらきら目を輝かせて詰め寄ってるから、見られそうだな。加賀さんの手を押さえながらそんなことを考える。数度わたしの顔を見てから、彼女が素直に手が離したので、腕をおろしてまだ加賀さんを叩いている電を脇から抱える。

 

「一度だけだぞ」

 

期待の眼差しに耐えられなくなったのか、「衛宮さん」が了承の返事をした横で、わたしは視界を塞ぎ掛けた手を、抱えた電ごと身を引いて回避した。遊び損ねた子どもみたいに加賀さんは─「加賀」はむすーっとしている。天龍さんが言っていた焚き付けるな、の意味がようやく分かった気がする。

 

「的を壊すのも手間だ、少し手を抜くぞ」

 

わたしが昔聞いた「それ」を呟くと、彼女は右手に虚空から滲み出すように現れた剣を手にした。先程と同じ、流れるような動作でそれを弓につがえると、矢とまるで変わらない勢いで飛翔した剣は的に当たり、砕け散るガラスのような音と様子で宙に溶け消えた。傷一つない的に、今のが現実だったのかさえ覚束なくなる。

 

「くるしいです」

 

抱えっぱなしの電の抗議に慌てて腕を弛めて、からからに渇いたのどに気づく。存在自体がオカルト寄りなのに、「オカルト」の実演に恐怖に近いものを覚えたか。

 

「今のは手を抜いたが、実戦では当然深海棲艦を撃ち抜けるものを使用する」

 

これでいいかとばかりに彼女がこちら側を見れば、加賀さんはまたうんうんと頷いているし、赤城さんは─ 一気に詰め寄ってすごいですとかやり方を聞き始めたりとかで、まるで子どもようで。しかしながら、外見年齢でいけば歳相応なのか、とも気づく。艦の記憶で兵隊として使えるだけであり、普通の軍隊も、兵卒は若者ばかりで半分子どもみたいなものだ。そんな子に手品のような、魔法のような綺麗な物を見せればそのはしゃぎようも理解は出来る。赤城さん同士のじゃれ合い部分だけで見られるならとても楽なのに。

 

「顔が青いが、大丈夫かね」

 

話題を反らすようにこちらを見る、赤城―衛宮さん。

 

「え、ああ」

 

下からも電から見上げられている。

 

「燃料は、自前ですか?」

 

一歩だけ踏み込んで、聞いてみた。

 

「…残念なことにな。私が怖いのなら、天龍に聞くといい。彼女にも事情は話してある」

 

「怖いのは多分、あか…エミヤさんの後ろにあるものだと思うんで、多分大丈夫です」

 

単独行動に向いてるガワがあるから被せた感が強い。概念が似てるから赤い袴の弓使い、名前が赤城で、衛宮の宮も宮殿とかで城にも通じるから―こじつけにしても勘弁して。

 

「電、彼女を連れて部屋で休ませた方がいい」

 

どうやら強がりも無意味なくらいに、顔色が悪いらしい。電が彼女の指示に従う程度には。

 

「はい。大井さん、降ろしてください」

 

電がわたしに行動を促す。ゆっくりと降ろして、両手で彼女の左手を握る。電はわたしの顔を一瞥すると、ゆっくり歩き出してくれた。いったい何に怯えているのか、わたし自身でもよくは分からない。死線の向こう側から戻ってきた癖に、ただの知識に怯えるなんて、滑稽すぎる。暖かいこの島で、冷や汗を流しながら歩き続けた。

 

 

 

「どうしたんでしょう?」

 

赤城の疑問に、やや近い答えを返す赤城。

 

「今君たちに見せたものは、「魔術」という技術の一部なのだが、少し言い方を変えるとするなら「呪術」だ。人によってはそれが発する場の空気自体にやられることがある」

 

そういった気に当てられたのだろう、と彼女は周りを煙に巻いた。実際のところ、妙な部分に踏み込んできた大井に警戒し始めていたが。

 

「さて、稽古の時間ではないのかね?」

 

「あ、はい」

 

先程の「射」の印象は半分どこかに行ってしまったようなものだが、普通の赤城にとっては気合が入っただけでも充分だった。ただ、問題は隣に並んだ加賀で、

 

「いや、ちょっと待ちたまえ」

 

礼やら作法はどこへやらに加え、ショートボウやクロスボウでも扱うかのように次々と矢をつがえて放ち始める加賀に、他の二人は呆然である。しかも少なくとも的には刺さるので、余計に質が悪い。そういえば一緒に出撃した時はあまり見てやれなかったと、赤城(衛宮)は思い出した。そのうち矢自体を投げる真似まで始めたので、後日ほぼゼロからの「弓道教室」開催に至るのであった。

 

 

 

 

「無理しないでいいぞ」

 

天龍さんがこちらを気遣ってくれるが、

 

「この程度なら仕上げてからでないと」

 

震えの治まった手で報告書を書いている。ソファに浅く座り、電に背中を抱いてもらいながら。本音を言えば前から抱いてほしいけど、それだと何も出来なくなる。ペンを放り出して抱き締めて、この寒さをやり過ごそうとするだろうから。

 

「ところ、で。なん、で抑止の、守護者がいる?」

 

「そりゃ、みんな死にたくないからだろ」

 

彼女が「設定」を噛み砕いたような返事をした。

 

「万が一があったら、みんな、死に、ますよ」

 

「ここがその原因の一つなんだから仕方ねえだろ」

 

力加減をミスってボールペンが折れた。幸いインク芯まで粉砕はしなかったので、書類は無事だ。砕けたペンを離して置くと、お腹にかかっている電の腕を掴む。左手も先程から電の腕を掴んだままだ。

 

「オレがくたばったらここの連中が離反する。ここの一部の誰かが死んでもオレが全員引き連れて離反する。他にも幾つかパターンが考えられるそうだ。以前ならともかく、今じゃ実感ねえけど」

 

「たかが一拠点くらいで」

 

「特務も支援するってよ、原因が「人間」ならな」

 

その理由に思い当たった。

 

「二回目のクソゲーに、主義まで曲げて付き合う気はない。結果的に、ダメになっても好きに、生きる?」

 

「そういうことだ。人類側の戦力が完全に割れるとしても、庇護対象でもある戦力を食い潰すことしか「考えない」奴らとは、相容れないってよ」

 

「あ、はは、そりゃ消されるわ」

 

「ちなみに、お前も「やれば出来る子」って奴だ」

 

「電が死んだら、大井さんは後を追う、と言ったのは天龍さんでは?」

 

途中に電が口を挟んだ。その回答は、過大評価としか思えないが。

 

「どっかの誰かは違う判断をしたって訳だ。人間が馬鹿やってお前が死んだら、大井は死ぬまで馬鹿を殺し続けるって感じなんだろ」

 

「デ、ソノ馬鹿ハドコに?」

 

「特務が狩り出してるとこだ。最悪お前らは飼い殺してやっから、存分に二人で乳繰り合っててもいいぜ」

 

「ちょっと大井さんを黙らせます」

 

「おう、頼むわ」

 

電の腕を掴んでいた手が少し強引にはずされて、背中の熱源が離れていく。慌てて振り向こうとした結果、左に上半身をひねったところで頬を押さえられて少し上を向かされる。声をかけようとわずかに開いた口を塞がれた。執務室なのに、人前なのに、と今さら常識的な思考が反撃を邪魔して、電に口内をいいようにされる。唇が離れたところで無抵抗なまま、電のほぼない胸で頭を抱かれて落ち着き、動く気力もなくなっていく。

 

「いくらか落ち着いたかと」

 

左側で多分ソファに膝立ちの電がそんなことを言った。

 

「粗方出来上がってるし、あとはやっとくわ。戻って好きにしちまえ」

 

報告書を一瞥した天龍さんに、当然だとばかりに電が答える。

 

「言われなくとも」

 

するっと太ももの下に腕が入り込んで、少しの浮遊感とともにお姫様だっこで持ち上げられてしまった。また立場逆やん、と頭が回らないまま、天龍さんが開けてくれた扉の向こうへ運ばれていく。

 

「すぐに遠くに目が行く馬鹿だからな、腰が抜けるまでヤって目の前の幸せって奴を刻み込んどけ」

 

「もちろんなのです」

 

「いやだから電はわたしので、なんで天龍さんのいうことぉぉぉぉ」

 

抗議を言い終わる前にダッシュされて、つい横から電の頭に抱き着いちゃったもんだからそれを途中で見られながら運ばれてしまいました。おまけに翌日には「だっこでダッシュ」とかいう遊びが流行ってて、もう恥ずかしいどころじゃありませんて。

 

 なお、あっちの「わたし」が最大の受益者だったようで。北上さんに何往復も運ばれて最後は気絶してた。

 

 




 適当につらつらと書き上がった。武装関連は適当に書いてるけど、イラスト見るとなんかゲーム内装備描写と差があったりで整合性は考えなくていいかな?とも思う。

 伏線っぽく書いた電の来歴については一応これで回収終了。このあとは内容的に「次章」になる感じ。前話の「19.回想」に「後日談」とないのは次章絡みのため。


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21.迎撃

─夜間警備

 

少しずつだがわたしたちにも任務が割り振られるようになった。本土や付近の「掃除」が終わったのだとか。あとはあきつ丸、川内とその都度臨時で入る艦娘でまわしていた夜間の警備に良さそうな人員だったこともあるとか。帰還前のあの一戦、ちょっと過大評価されてね?

 

『まあ、緊急時の指揮能力を当てにしてる部分もあるが』

 

残業中の天龍さんが疑問に答えてくれる。

 

「二人だけで指揮もなにもなくない?」

 

『まだ様子見だ。それに後詰に三人控えてるからな』

 

ヤバイときはオレも出る、とカミカゼ管理職なことまで言い出すし、艦娘が提督やってる弊害は確かにありそうだ。暗い海を走りながら、少し振り返って島々を見る。多くはないが一部の島からサーチライトの光が照射され、警戒拠点としての主張を強くしている。

 

「どうしました」

 

追従する電が問い掛けてくるが、漠然とした感覚なので答えにくい。ゆっくりと(元)無人島群を周回するコースを取りながら、近そうな言葉を口にした。

 

「哨戒任務というより、歩哨かな?」

 

背後を気にしなくていい安心感。油断かもしれないが、心細さはどこにもない。

 

「門こそないけど、基地正門で壁を背にしている感じ」

 

『流石に気を抜きすぎじゃねえか』

 

「深夜放送もあればいいかな。ノイズが入ったら、敵の合図って具合で」

 

「次からラジオ持ってきます?」

 

『夜間飛行かトラックドライバーのイメージじゃねえか?むこうさんだって通信管制くらいあるだろ、やめとけ』

 

たしなめられたのを機に、戯れ言を控える。「外側」に目を向けながら単装砲のグリップを握り直すと、腰を少し落としながら水上走行を継続する。やはりすねは無装備で正解かな。感覚的にフル装備の棒立ちに近い状態は性に合わない。少なくとも警備程度なら単装砲、対空機銃、両腿に魚雷が身軽でいい。

 

「装備、どうです?」

 

「いまのとこ問題なし」

 

自称臆病者だから、電達と同仕様の防盾付き魚雷発射管を積んできたのだが、どうやらわたしはこれでも大丈夫らしい。一基三発なので火力は下がるが、威力の面では酸素魚雷でカバー出来るし、撃ち終わったあと投棄する理由が全損以外になくなるので経理的にもいいはずだ。

 

『・・・今、二人出た、交代して一度待機に入ってくれ』

 

「仕事?」

 

何らかの状況の変化か?と問う。

 

『本島で二隻撃ち漏らしたらしい』

 

「一人足りなくない?」

 

待機は三人だったはずだ。

 

『三人目は榛名だ。再出撃後に四人で索敵、こっちに来たなら砲撃で片を付けたい』

 

「了解」

 

指示に従い電と戻る。会話中に既に南側に来ていたので、そのまま北上して島群内に入り演習エリアを通過、桟橋につけたのだが。

 

「今日の執務、赤城さんなわけ?」

 

榛名さんの砲とレーダーユニットの動作チェックを、艤装を装備した天龍さんが手伝っている。

 

「ああ」

 

少し気のない返事をした天龍さんを見ると、チェックの終わった榛名さんが桟橋から降りた。

 

「行けるな?」

 

「はい、大丈夫です」

 

よし、行けと彼女が言うと榛名さんはそのまま北側に出港した。

 

「お前らは待機所に入れ。艤装は装備したまま、四十分後に再出撃だ」

 

「天龍さんはどうするのです?」

 

「オレはここで待つ。事態急変時には先に出るからな」

 

コンクリート製の桟橋に上がると、本来はプレハブ小屋だったらしい待機所に開けっ放しの両開きのスライドドアから入った。内側はほぼそのままだが、外側は鋼板を追加されて簡易トーチカの様になっている。適当に置かれた二つの丸椅子に、入って左の壁寄りの平ベンチ、果ては右の壁に寄せて置かれた大きめの木箱と、どれも背もたれのない「椅子」ばかりだ。中央にはやや小さめの、四角い卓が置かれていて先に出た二人が使ったらしいカップと、飲み物が入っているらしい大きめの水筒が置きっぱなしだ。未使用のカップも重ねて置かれている。

 

「工廠から直接出たからなぁ」

 

入り口側の壁に寄せて単装砲を床に置くと、卓にある水筒を右手で取ってみる。艤装の稼働率を落としていても軽いが、少し振ると多めの液体が揺れる感触が戻ってきた。

 

「少しもらいましょ」

 

「はい」

 

左下腕に装備した機銃をぶつけたくないので、水筒を一度置くと基本右手だけで二つのカップに飲み物─紅茶を注ぐ。しっかり蓋を閉めて水筒を置くと、座りやすそうな平ベンチ側にカップを寄せて置いた。くるりと入り口側を向くと奥にあとずさってベンチの奥半分にまたがる。ただ座るなら丸椅子の方が楽だけど、どの方向にもころがれるので艤装を背負ったままだと嫌だったから、少々お行儀悪いがこの通りである。電も同様に、向かい合って入り口側の半分に座ると、片方のカップを渡してくれる。

 

「ありがと」

 

時間前の再出撃も有り得るので機銃は外したくないが、左手で物を取ろうとするとミスってぶつける可能性もあるし、助かる。なんとはなくお互いを見ながら紅茶を口にする。

 

「ふ」

 

何となく笑ったと思う。

 

「おいしいですね」

 

ぬるめだけど、とてもおいしい、と感じた。

 

「きっと、金剛さんですね」

 

「そうね」

 

思えば渇いていたのか、わたしも電もすぐに飲み干してしまう。

 

「もうすこし、のみます?」

 

空のカップを手に聞く彼女に、首を振ると左手でうわ手にカップを掴んで、卓に置いた。電もカップを片付けてしまう。

 

「別に、もっと飲んでもいいんじゃない」

 

私の真似をするように飲むのを控えた彼女に、遠慮するなと告げたものの、

 

「なにか理由があると思うのです」

 

と返されたので、些細な理由を述べた。

 

「直撃くらってみっともないことになりたくないだけよ?」

 

「そういうの、大事だと思います」

 

変に生真面目に答えた彼女に、また笑みを返す。

 

「でも」

 

「でも?」

 

目を伏せがちに小さな唇が動いた。

 

「すこし、ものたりないのです」

 

「へ?」

 

いや、待機中でしょ。

 

「くちさびしいですね」

 

少しだけ目をさ迷わせると、通信状態を確認する。受信待ちで、発信はなし。

 

「口だけ、よ?」

 

我慢とかフラグ的に縁起でもないし。とはいえ寄って来ようとする彼女を押し止めると、ベンチに右手だけついて乗り出すように上体で前に出る。電も同様に両手をベンチに突くと、少し上向くように身を乗り出した。

 

 

 紅茶の香りが、鼻をくすぐる。少し開いて重ねられた唇から、「彼女」が来ようとするの押し止める。紅茶の後味を感じながら、少しだけはなれた。

 

「駄目よ。直撃どころかここでみっともないことになるわ」

 

むー、と不満げな顔で唸る電に、もう一回だけと告げて再度唇を重ねた。ほんの少しでまたはなれる。

 

「まだお仕事中、いい?」

 

「・・・はい」

 

無線はまだ沈黙したまま、時間にしても15分も経っていない。ベンチについた右手を電の両手が覆ってきたのは好きにさせた。そういえば。

 

「榛名さんも工廠から直接出たみたいね」

 

ここで待機していたのは二人だけだし、大型の戦艦用艤装だと、ここは少し狭い。そんな風に思って口にしたら、ぐいぐいと強めに手を掴まれた。見ればいつぞや見たように口をへの字に曲げて電がむくれている。

 

「気を抜きすぎ」

 

じっとこちらを見るばかりな彼女。妙に突っかかって来るな、今夜は。

 

「だいぶ「悪さ」した自覚はあるし、先に気を抜いてたのはわたしだけど、お願いだから今は事故らないことだけ考えて」

 

「「事故」ですか?」

 

「二隻って天龍さんは伝えたけど、そのフォローをしてるのがあと一隻、下手をしたらそれ以上いるってあの人も多分考えてる。「わたしたちの時」と立場を逆にしてみなさい」

 

「撤退中の二隻に襲い掛かったら、いきなり砲撃で「照らされる」?」

 

「榛名さんを出した上に、自分まで戦力にカウントしてる。わたしたちが戻れば通常編成の六隻艦隊相当よ」

 

「了解・・・なのです」

 

半分は当てずっぽう、おまけに自分まで出るって言ってるのは「相手の一人」の榛名さんを出撃させたためもあるだろうが、それでも単純に二隻と考えていないのは彼女の行動を見れば分かる。さて、何が出てくるか。

 

 

 そろそろか、といったところで袖を引っ張られた。見るとパイロットの衣装の妖精さんがいる。妖精さんが指し示した先─扉の外にからからと複数台の小さな台車に載せられたこれまた小さな零式水上偵察機が三機、整備兵っぽい妖精さんたちに引かれて現れた。なお、「大井」も「電」もこれの運用は出来ない。

 

「夜間ダガ上空警戒ニ当タル」

 

目は多い方がいい、ということだろう。ちょうど手隙のわたしたちがいるから水面に降ろせとの指示。まあこっちも不慮の遭遇は回避したいし、文句はない。全員で出撃のために桟橋に移動すると、待ち続けていたらしい天龍さんがこっちに気付く。

 

「水偵、か。許可する」

 

やっぱ妖精さん達の独断か。砲を桟橋に置いて一度降りると、妖精さんたちの乗り込んだ機体を両手で海面に下ろす。と、降ろした機体から順に、エンジンを始動させて滑走を始めた。三度、南側に白い航跡を残して機体を視認しづらくなった辺りで音が上空へと上がっていく。それを見送ると、砲を回収してから天龍さんに向き直った。

 

「大井、電、出撃します」

 

「島群南端で警戒中の吹雪、漣の通過を待て。その一分後に同航路で周回し警戒に当たれ」

 

「了解」

 

右に並んだ電と顔を見合せ、同時に水上走行を開始した。待機中にリセットされた目をまた慣れさせるため、速度は押さえ目に周囲を見ながらパスしていく。おかげで待機地点到着時には、やや離れた電の顔をかなり視認できる程度には暗さに慣れていた。唇─本来なら桜色のそれが気になって仕方ない。

 

「どうしました」

 

「なんでもないわ」

 

我慢できているつもりだったが、そうでもないようだ。さっきので火をつけられてしまった感じか。まあ、泣き言っても始まらないので、機関の出力を落としつつ耳をすます。機関の稼働音、波音、上空のわずかなエンジン音、時折無線にのるノイズ。吹雪と漣の航行音はまだ聞こえない。視線を遠くにやるが、海面に目ぼしいものはなく、上空もよく見える星々、三日月に、それに照らされて視認できる少しの雲くらいだ。

 

「なにもみえませんね」

 

「そうね」

 

先に上がった水偵も確認できない。多分より北側の上空で警戒中なのだと思うが。

 

「南に離れていく航跡とか見えたら、楽だったんだけど」

 

「それはそれで問題になりそうです」

 

警戒網突破されたってことにはなるし、失点扱いか。と、

 

「航行音、かな」

 

口に出して程なく、吹雪と漣が西から東へと通過していく。吹雪の後ろについた漣が身をひねって手を振ってきたので、手を振り返しておく。

 

「万が一はなくてよかったわ」

 

「そんな縁起でもない」

 

警戒網を抜けてきた深海棲艦が、という可能性も零じゃなかったし。艤装の稼働音だってフル稼働でも大したことないから、音を聞いている時点で大分まずかったかも。彼女たちの通過から一分、指示通り外側に航行を開始する。

 

 

 

 多少の明かりはあれど、やはり暗い。待機前と違って並んで航行しているのも、それが原因だと思う。

 

『コチラミカヅキ、海上二異常ナシ』

 

『ビスケット、同ジク、不審ナ航跡等視認出来ズ』

 

『オルガ、上空二不審ナ機影視認出来ズ』

 

『傍受して避けてくれりゃあ楽なんだがなぁ』

 

最後に天龍さんのぼやきが混じるが、そりゃ希望観測にすぎる。それはそうと妖精さん、変なコールサイン使ってるな。今夜の月に、待機所に足りなかった菓子?いやそれだと一番最後が分からん。

 

『待機用にクッキー持ち込むべきでしたわ』

 

『漣ちゃん気を抜き過ぎ』

 

『肩の力を抜いているだけですぞ』

 

コールサインからの連想か、漣が声と比して実に残念な口調で菓子のことを口にして、たしなめられている。相変わらずの残念美少女振りというか、姫はやれてもサークルクラッシャーにはなり得ない感じ。

 

『榛名です。電探に不審な反応ありません』

 

『各監視塔からも特になしだ。ついでに艦種の情報もなし』

 

他所とは違って、ここの監視塔は妖精が運用している。実のところ稼働率は高くないそうだが、今夜は機能しているらしい。

 

『情報じゃ数は最低二隻、ただしおまけに大盤振る舞いもあり得るからな。足下にも注意しとけよ』

 

潜水艦もあり得るかー、やだなぁ。前沈んだ原因、発射元視認出来なかったから多分潜水カ級だし。水上を走る物体の視認も一苦労な状況で水面下を移動する奴なんて無理だわ。

 

『北東、航跡三。人型一、魚型ニ。魚型一カラ出火中』

 

『速度約十ノット、南南東ニ移動中』

 

来た。

 

『全艦停止、漣!』

 

反射的に減速するけど、水上では視認外とはいえ敵の近くで止まれとか勘弁してほしい。

 

『かしこまり~、てありゃ、四隻目いますな』

 

『種別は分かるか?』

 

『多分水面下移動中の水上艦ですぞ。潜水艦の音じゃねーです』

 

『了解、ソナー引き上げて北東側で停止中の大井達と合流しろ。榛名、見えてるか?』

 

『電探で補足済みです』

 

榛名さんの返事のところでもう吹雪と漣が合流してきた。発見の報の段階で北側に戻ったからだとか。ソナーの都合もあったし。

 

『榛名の斉射後、単横陣で砲撃ポイントに雷撃、その後残敵の掃討に移れ。榛名、撃て』

 

『撃ちます』

 

後方から轟音が響いた。少しの後、私たちよりもさらに北東で火の手が上がる。

 

「と、突撃!」

 

わずかに間を空けて宣言、前傾気味にまだ明るいそこへ滑り出す。

 

「雷撃は?」

 

左隣の吹雪の質問にやけくそ気味に叫ぶ。

 

「視認したら半分撃って!自分に一番近い奴か真っ正面に!」

 

連携訓練もなしにいきなりの突撃隊長だ。分かりにくい加速感とともに光源が急速に近付く。やや赤く光る人型─炎上中の深海棲艦に対し左右の発射管から魚雷を落とす。ややタイミングがずれて計十四の航跡が三つの艦影に向かうが、

 

「ブレっ、左右に散開!砲撃自由!」

 

人型の腕、まだ動いている魚型の動きに水上戦闘らしからぬ指示を出しそうになる。南に離れる電に追従しながら牽制で単装砲を放つ。北側に離れた二人からも砲撃音が響き、深海棲艦からの応酬も合わせて賑やかさが増す。砲弾の通過音を聞いた直後、視界の左に流れていく深海棲群が更に炎上した。

 

『魚雷命中。魚型二、轟沈。人型水没中』

 

『注意、四隻目確認デキズ』

 

『探すしかねえな』

 

速度を緩めて周囲を確認する。人型─顔の半分しかもう見えないリ級を注視しつつ、水面を見るが、砲火と爆炎のせいでまだ目が効かない。

 

「ソナー、使える?」

 

くぐもった爆発音が響いて、漣が否定する。

 

『まだムリダナ』

 

先に沈んだ、多分イ級の弾薬に誘爆したようだ。直後に東の方で魚雷の爆発音も響く。

 

『一発外れてたみたいなのです』

 

時間経過で自爆したか。気が付けば深海棲艦は全部沈んでいて、燃料や一部の破片などが水上でまだ燃えている程度だった。

 

「逃げられた?」

 

自然と皆そこに集まってしまったのは、大分不味かったはずだ。

 

『この期に及んで出て来ないってんならそうかもしれないが、同じ手を使われると厄介だな』

 

天龍さんのぼやきに同意しつつ、まだ燃える破片を蹴った直後、「足を掴まれた」

 

「ひ」

 

浮上した黒い影に引き金を引くが脇を抉るにとどまる。

 

「ア・・・ウ・・・・イ」

 

ガチンと装填時間を考えずに引き金を引いてしまい対応が遅れる。苦しい、と感じたときには首を掴まれていて、相手の艤装で足元をぶち上げられていた。

 

「キ・・・・・・ホ・・・・」

 

フェイスガードから覗く眼が恐ろしく。その向こうで吹雪と漣が何かを叫んで。右下で轟音が響いた。

 

 

背中から水に落ちる。艤装ごと半ば水に浸かるが、それ以上沈まないものの、絞められていたため仰向けのまま咳き込む。芯から凍るような声が響いた。

 

 

じごくにおちろ   

 

 

爆音と爆風、破片が同時だった。仰向けのまま敵の方を見れば、左腕を飛ばされた雷巡チ級と、右手側に電の背が見えた。チ級の正面が焼けただれているのを見ると、電に魚雷を直当てされたか。多分、連装砲で飛ばされた腕は─わたしの首にかかったままだった。チ級なら左も装備があった筈だから、大破して曳航でもされていたか?

 

 

 至近距離のどつき合いは流石にまずい、と指示を出そうとするがかひゅ、と空気が抜けるような音しか出ない。向こう側で二人も待機しているのだし、最悪自爆もあり得る相手と正面でやりあう意味はない。電が二本目の魚雷を取り出すのと、チ級が残った腕で何かを引き出そうとするのが重なったところで、チ級の肩から上がかき消えた。直後に衝撃音が響く。

 

 

「退避ーっ!」

 

 

今の声は吹雪か?見辛いが白いセーラーが北側に後退していくのが見える。わたしはというと、魚雷を投げ出した電に引きずられて移動していた。残ったチ級の残骸の辺りで水柱がもう一度だけ上がる。

 

『人型一、撃破。任務完了』

 

『待て、どうなってる。大井?』

 

上空の妖精さんの報告に、天龍さんが問うと吹雪が興奮して返す。

 

『正体不明の砲撃です!』

 

「大井さんは深海棲艦の攻撃を受け、現在動けません」

 

わたしを曳航する電のあとに、無事を知らせるために無理矢理声を出す。

 

「ました、からでてきたチ級、砲撃で吹き飛びました」

 

『負傷は?』

 

「首を絞められたのと、背中から落ちたので艤装が機関不良起こしてる」

 

『あきつ丸と川内に後処理に出てもらう。全員帰還しろ』

 

「先程の、砲撃は?」

 

『そいつは今から確認するが、多分問題ないな。砲撃が必要だったこと自体は問題だが』

 

会話中に吹雪と漣が合流してくる。

 

「大井さん、大丈夫ですか」

 

仰向けのまま吹雪に対応する。

 

「首絞められたのと、ホラー映画さながらのご登場されて腰が抜けただけだから。最初足掴まれたわ」

 

「それは災難ですなぁ」

 

「浸水したのはある意味助かったわ」

 

漣の相槌にぶっちゃけた。

 

「自分で言っちゃいますか。武士の情けくらいありますよ」

 

「言っとかないとこのままベッドに曳航されそうだし」

 

海水ですっかり濡れているが、漏水は事実なのでシャワーくらい浴びたい。ひゃあと漣が悲鳴を上げ、急に吹雪が不機嫌な顔になる。

 

「仕方ねーです。このまま風呂まで運んでやります」

 

電のまんざらでもない声が前から響く。

 

「あら、運ぶだけ?」

 

「じっくりあらってやるのです」

 

「電のお好みでいいのよ?ちょうど海水に浸かっていい感じだし」

 

「お二人はいいですね」

 

むすっとした顔で吹雪がそんなことを言う。

 

「あー吹雪殿、提督は競争率が高いですから」

 

「そういう漣ちゃんはどうなの?」

 

「ご主人様はあくまでご主人様でありまして、間に挟まるのはよくないでしょう」

 

この子、やっぱこっち側だわ。第4にいた子とももうちょっと仲良く出来てれば楽しかったか。

 

 島群北側であきつ丸、川内とすれ違う。やせんーと叫びが聞こえるが、

 

「夜戦、終わったところなんですがねえ」

 

漣のツッコミは勿論届かない。

 

 

 

「お帰り」

 

桟橋で天龍さんと榛名さんが待っていた。

 

「「ただいま戻りました」」

 

電と吹雪の声が重なる。指揮官のわたしがこの有り様なので仕方ない。

 

「この組み合わせだと大井が指揮しないと上手く行かねえか」

 

「かといって打ち合わせなしで指揮権まわされるのも困るわ」

 

「悪かったな。状況も悪すぎたらしくてな、お陰であの有り様だ」

 

天龍さんが施設側─宿舎の方を見る。わたしも電に支えてもらいながら立って、全員でそちらを見る。

 

「角部屋、穴開いてます?」

 

「さっきの砲撃な、あそこからなんだわ」

 

暗いながらも宿舎二階に確認できる異常に、漣が言及すると天龍さんがそう答えた。

 

「艦載機の持ち出しも明石に確認したところだが、水偵は一機も減ってねえ。さっきの三機は未帰還のままなのにな」

 

「赤城さんですか」

 

「派手にやったのにこっちに来ねえし、眠ったまんま射たんだろう。水偵のよこした座標と視界でよ」

 

はーとため息をついて彼女は通達する。

 

「今夜の鉄火場はこれで終いだ。艤装を戻して休んでくれ。報告書は昼以降に書けばいい」

 

「天龍さんは?」

 

「予定通りこのまま夜勤だ」

 

榛名さんも頷いたところを見ると、彼女もそのまま勤務続行のようだ。ふと吹雪を見る。天龍さんの方をじっと見ていたようで、わたしの視線に急にあたふたし出す。

 

「なんでしょうか?!」

 

「残業、いける?二人の護衛で」

 

指示の意図を察した吹雪が元気よく返事をする。

 

「はい、やれます!」

 

ついでに魚雷の残弾を彼女に渡す。

 

「おいおい、シフトを勝手にいじるなよ」

 

「間に他の百合を挟むとか怖いもの知らずですな」

 

「こーいうのは姦しいくらいがいーのよ」

 

「分かったからお前はもう休め。電もそこの色ぼけ抱き枕にする程度にとどめとけ、一応負傷者だからな」

 

「了解なのです」

 

「それじゃお休み」

 

「お休みなさいです、ご主人さま」

 

「漣のそれもなんとかならんか?おやすみ」

 

彼女のぼやきに漣はウェヒヒ、とどこかで聞いたような笑いを返した。桟橋から離れて灯りを落とし気味の工廠に入ると、整備予定、の台に三人とも艤装を静かに置く。意外に金属音がしたせいか奥からんー?と声がするが、おやすみなさいと返事をするとおやふみー、と返ってきた。明石さんも仮眠途中で起こされてたから大変だ。

 

「次の補佐業務ではメイド服とかどうですかね」

 

「いいんじゃない」

 

宿舎に帰り際、結局足腰の安定しないわたしは電に運ばれているわけだが。

 

「漣」

 

「なんです?」

 

「メイド服は手に入れられます?」

 

電の問いに漣は笑いながら答える。

 

「少し時間はかかりますね。なんなら予備をお貸ししますが」

 

「駄目よ。電はわたしに着せたいんだから。返せなくなるじゃない」

 

彼女は少し目を丸く開くとまたウェヒヒ、と笑って答える。

 

「でしたら少し高級なワンピースとかも一緒に買った方が楽しめるのでは?」

 

お嬢様とメイドってわけかい。ディープではないが一般的なイメージのオタク思考だな。

 

「ほんとあなたってこっち側よね。まどかみたいに笑うし」

 

「・・・だれ?」

 

「少し前のアニメでさ。やっぱり本土側の子は多少のネタは知ってる感じかな」

 

「・・・なるほど。おっと、自分こっちなんで」

 

宿舎入り口、彼女は階段に足をかける。

 

「それではおやすみなさいませ、お二方」

 

足音を殺しながら上がっていく彼女を見送る。

 

「ちょっと間違ったかな?」

 

「電も活動写真のことはくわしくないので」

 

で、あとはと言うと。浴場で電に洗われてバスタオルにくるまれて運ばれてベッドに放り込まれたわけで。もちろん昼まで抱き枕コースで。

 

 

 

 同日、昨晩の報告書を仕上げて少々落ち込んでる赤城さんに提出してから、もう夕方という頃に起きてきた吹雪に会った。

 

「おはよう、というには少し遅いけど。どうだった?」

 

少々下世話だけど、遣り手ババアモドキのお節介をした以上、結果は気になるし。

 

「お」

 

「お?」

 

「おおきかった」

 

めっちゃ物理的に挟まったんか。

 

 




ちょっとタグとか使ってみた。会話と戦闘でやたら量が増えた感じがするけど、どうだろう。書いていると回収不能なネタを突っ込みたくなって、そのせいで漣と大井がディスコミってる。

大井は身軽さ優先ですねの魚雷管置いてきたけど、装備してきたならチ級の素の手は当たるにとどまった場合もあり、て感じで(足首を掴まれたら同様だけど)。


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