運命の戦士 (発光体(プラズマ))
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第1話 鋼鉄の漂流者。そして蘇る巨人

本編からのif要素はアスランに月面に蹴っ飛ばされたのではなく中空に蹴っ飛ばされたこととルナマリアとそこまでイチャついてなかったこと


声が聞こえた。何処か悲しげで、何処か弱々しく、そして力強い、そんな不思議な声が。

俺はその声の方に手を伸ばす。そして……

 

 

「ここは……」

 

 シン・アスカは病室のような部屋で目を覚ました。何か不思議な夢を見た気がするが余りにも朧気だ。

部屋を見渡して、酷く無用心だと感じる。プラントの施設なのかオーブの施設なのかは解らないが、捕虜であるはずの自分を見張りも付けずにしておくとは、どういうつもりなのか。まあ、自分にはこれ以上反抗するつもりなどないのだが。

 自嘲気味に口を歪めた時、部屋のドアが開き、武装した男二人を引き連れた壮年の男性が入って来た。男性はシンが起きているのを見ると、穏和な笑みを浮かべ、親しげに話し掛けた。

 

「やあ、無事で何よりだ。どこか痛むところはあるかい?」

「おかげさまで。ところでアンタ達一体どこの国の人間なんだ。オーブか、ザフトか、それとも連合か?」

 

 これに意表をつかされたのはどうも相手のようだった。

三人は顔を合わせて戸惑った様子を見せている。例の壮年の男性は参ったな、と呟き

 

「やれやれ、思ったより随分と複雑な事態らしい。まさかこちらから説明することになるとは」

 

それは一体どういうことだろうか。少なくともシンからすれば当然と思えることを聞いただけなのだが。

しかしシンはまだ知らないこれが彼の波乱万丈とも言えるこれまでの人生の中で、最もぶっ飛んだ出来事であることを。

 

「このままではお互い不都合だろうから、自己紹介といこう。私の名はサワイ・ソウイチロウ。君の名前を聞かせてくれ」

「俺はシン……シン・アスカだ」

 

そして彼は知る。この、絶望を振り払い前へと進む、強き世界の事を。

 

 

数日後、TPC火星基地マリネリスの格納庫で虚ろな目をしたシンの姿があった。当然一人ではなく、隣には彼の護衛兼見張り役の男、ソガがいる。先日のサワイとの対面の後、護衛の内の一人だった彼はそのままシンの担当を任されたのだった。

 

「奇妙なものだ」

「何が?」

 

ソガは目の前におかれているロボット、デスティニーを見ながら言う。

 

「お前の話の通りなら、アレは遥か遠い世界の技術で作られた物の筈。だというのにOSやお前の話す言語はなんと英語だ。これを奇妙と言わずになんという?」

 

シンは肩を竦める。

 

「それはこっちが聞きたいよ。俺にはそもそもここが火星だっていうことすら信じられないんだぜ」

 

あの時サワイから語られた事は俄かには信じがたい話だった。ここはシンのいた地球とは遠く離れた、別の太陽系なのだという。どこの三流SFだ、と笑い飛ばそうとしたが、数々の物的証拠がそれを許さなかった。コスモネットにネオマキシマシステム、そして地球平和連合TPC。自分の常識を遥かに上回るものが沢山あった。

 

「原因も何も解らない。俺は負けて、気絶して、目が覚めたらここにいたんだ。誰かが説明出来るなら教えて貰いたいよ」

 

 力なく話すシンを、ソガは居たたまれない気持ちで見ていた。シンにこの世界について一通り教えた後に聞いた、シン自身の話は同情して然るべきものだった。

 戦争で家族を失い、亡命した先で力を求めて軍に入り、漸く出来た仲間を再び戦争で失った。この世界ではまだハイスクールすら卒業していないだろう年齢の少年が歩んで来た道のりが、どれほど過酷であったことか。

サワイが自分一人を付けるだけでシンを自由にしているのも、それを考えての事なのだろう。

 

「そろそろ行くか。もうすぐ昼食の時間だ」

 

ソガに先導され、シンは食堂に向かう。格納庫の扉が閉じる前に、シンはもう一度振り返ってデスティニーを見やった。元の場所でのアスランとの戦闘の際に破損したカメラやコックピット等は修理が終わっていたが、片腕は切り落とされたままの無惨な姿だった。今の自分と愛機を重ね、どうしようもない無力感に襲われたシンは、逃げるようにその場を後にした。

 

 

 

マリネリス基地の食堂はメニューが少ない。ここが火星である事を考えれば当然なのだが、物足りないものは物足りない。そしてそれはこの二人も例外ではない。

 

「この定食にも飽きてきたなぁ」

「何を言っているんだ。俺はもう一年もここにいるんだぞ。見ろ、小さい工夫で飽きないように出来るんだ」

 

そう言ってソガは手持ちのビンから何か赤い調味料を出して白米にかけた。見るからに辛そうだ。大丈夫なのだろうか。

 

「ソガは、さ」

 

丼を掻き込んでいたソガがうん?と顔を向ける。

 

「どうしてTPCに入ったんだ?」

「どうしてってどういうことさ」

 

こんな事をを聞く理由はシンにも解らなかった。ただなんとなく聞いておきたいと思った、そんな疑問だった。

 

「まあいいじゃんか。聞かせてくれよ、減るものでもないし」

「かまわないが…あー、確か六歳の頃だったか」

 

 

住んでいる街に怪獣が現われた。25メートル位の、比較的小さな個体だったけれど、幼かったソガ少年にはその事は何の慰めにもならなかった。

 

「そいつは結構俺の近くで現われた。こう、ガーッ!と地中からな」

 

恐怖で腰が抜け、動けなかった。重量感たっぷりに、ゆっくりと迫ってくるソイツを、ソガ少年は怯えて見ている事しか出来なかった。

 

「そんな時あの人が現われた。その人は肩に担いだバズーカをぶっ放して怪獣を後退させた後、こう言ったんだ」

 

“安心しろボウズ。お前はおっちゃん達が必ず守る”

 

「名前を聞いてもいなかったから今何をしているのかは判らない。だけどその時見たあの人がとても格好よかった。俺もあんな風になりたいと思った」

 

だから、俺は今ここにいる、と締めくくってソガは話を終えた。

 

「どうだ、つまんなかっただろ?」

 

じっと見つめるシンの視線に照れたのか、ソガはおどけた顔をして言った。

そんなことはない、とシンは思う。この世界はとても平和だ。それこそ、妬ましいほどに。だけどその平和は自然にあるのではなくて、ソガや、ソガの会った「おっちゃん」のような人達がいるからだと思う。平和を作って行くのは人の心なのだろう。だとしたら、

 

(俺達は本当に正しかったのか?)

 

つい最近まで信じていた理想が、いやに遠く感じた。

 

 

「君の今後をどうするか、難航している」

 

シンは再びサワイと対面していた。今回は護衛は一人だけだ。

はあ、と取り敢えずしておこうという風に返すシンに苦笑しながらサワイは続ける。

 

「何分我々には異星人を保護した事例が少なくてね。たった一度そういう形になった事もあったんだが、その時は遭難を装った侵略行為だったのだよ」

「別に、俺にこの世界をどうこうするつもりなんてありませんよ……」

「もちろんそれは私にも分かっている。だが、君も軍人だったのなら解るだろう?私達政治家の行動には多くの人々の命がかかっている。中々単純にはいかないんだ」

 

その通りだ、と思う。個人のことよりも、その背に背負っている多くの人々を守るのが、政治家や軍人の仕事だという事はシンも理解している。しかしだからこそ、自身のかつての行いが人を守る事につながっていたのか分からなくなっていたシンには、当然であるはずの言葉が重くのしかかった。

 

「どうかしたのかね?」

 

思考に没頭していたシンは呼び掛けられて初めて自分がうつむいていたことに気が付いた。慌て顔を上げる。心配そうにこちらを見るサワイの顔があった。

 

「初めて目を覚ましてからから会うたびに君はそんな顔をしている。苦し気で、自分を責めるような……」

 

この人が言うのならそうなのだろう。そんな自覚は無かったが、サワイの纏っている雰囲気がそれを疑わせなかった。気が付けばシンは一度目に話をした時よりも多くの事をサワイに語っていた。

 

家族のこと

 

共に学んだ仲間のこと

 

親友のこと

 

ステラのこと

 

自分のこと、そしてデスティニープランのことを

 

話している間サワイは静かに聞いていた。

 

「俺は間違っていたんじゃないかって思うとすごく怖いんです。だって、そうだったら俺は、俺のしてきた事は……」

 

そこまで言って、シンは口を閉じる。サワイは深く目をつぶったあと、ゆっくりと語りだした。

 

「シン君、君の行いが正しかったのかと聞かれれば、この世界の人々は間違っていると答えるだろう」

 

シンは体を震わせる。しかしそれには構わずサワイは続ける。

 

「三年前、我々は一つの選択を迫られた……」

 

地球、ひいては太陽系を襲ったグランスフィアの脅威。母星の全てを内包した完全生命とも言うべきその在り方、誘惑。ギルバート・デュランダルの思想はそれを想起させた。

 

「地球の人類は、個々の可能性を信じる道を選んだ。戦士たちはグランスフィアに挑み勝利した……。デスティニープランはスフィアの思想と根本では同じものだ。それを為そうとした君たちを正しいと言うことは私には出来ない」

 

だが、と一拍おき、今度はしっかりとシンを見て口を開く。

 

「平和を願った君や、そのデュランダル議長の思いまでは否定しないよ。君の世界は私達の住む地球よりも酷く情勢が悪い。その中でデスティニープランのような思想を持つのも仕方ないのかもしれないな……」

 

サワイは一瞬悲しげに顔を歪めた後、

 

「私が何を言おうとも、それは所詮私の言葉だ。自分の想い、行いがどうであったかなんて簡単に決め付けるべきではない。君が、君自身の言葉でゆっくり考えて行けばいい。焦ることはないさ、君には充分な時間があるのだからね」

 

と言った。

シンは深く頷く。その様子を見たサワイが引き上げようとした時、異変は起きた。

ドーン、という凄まじい音がした直後大地が揺れ、基地内には警報が鳴り響く。

 

「なんだ、なにがあった!」

 

混乱する一同の下に血相を変えたソガがやって来た。

 

「大変です、サワイ顧問!」

「落ち着いて話してくれ。何が起こったんだ」

 

ソガは一度大きく息を吸い込んで言った。

 

「マリネリス基地東南2km地点に怪獣が、ガイガレードが現れました!」

「何ッ、今ヤツはどうしている!」

「ガイガレードは現在この基地に向かって直進しています。早く避難を」

 

 

あれよあれよという間に自分の与り知らぬ所で話が進んでいた。話に着いていけずにぼんやりとしていたシンが事情を飲み込んだのは、サワイとソガに誘導され避難している途中に、窓から怪獣の姿を見た時だった。

 

「あれが怪獣……」

 

遠くに見えたソイツは凶暴な顔をこちらに向け、悪意を全面に出して接近してきていた。いくつかの黄色い戦闘機が応戦するものの、全く効果は見えない。毛程にも気を止めていない風だった。

 

「S―GUTSに救援の要請は?!」

「既に出しました。然しこの短時間ではとても……」

 

焦燥する周囲の人間を余所に、シンの気持ちは固まっていった。自分の様な人間を増やしたくはない、それが彼の原初の思い。取り戻したシンの願い。なればこそ、

 

「サワイさん、俺がデスティニーで時間を稼ぎます」

「何を言ってるんだシン!」

 

ソガが喚くが気には止めない。シンはその燃えるような紅い瞳で真っすぐにサワイと向き合った。

 

サワイはシンと目を合わせると一瞬の間を置いて頷いた。いや、そうせざるを得なかったと言えるだろう。危機を前にしたシンの瞳にはそれほどまでにエネルギーに満ちていた。

 

「ああもう!シン、格納庫にパイロット用のヘルメットが有るはずだ、それをつけていけよ。無線内蔵のやつだから連絡がとれる!」

 

止められないことを知ったソガはせめてもの助言。今から戦場に行くというのに、それを聞いたシンは笑みを浮かべた。

 

「ありがとうソガ」

「うるせえ、死んだら承知しないぞ」

 

シンは格納庫に駆け出した。誰かを守る為に戦う事、それが己のするべき事だと信じて。迷いも戸惑いもある。しかし今この時、護られる側の人間で甘んじていることは彼には出来なかった。

 

 

「しばらく乗ることはないと思ってたんだけどな」

 

ボロボロのデスティニーの操縦席で一人ごちる。わけも分からず降り立ったこの世界。火星基地で過ごした数日間は、戦いで擦り切れた彼の心を癒しつつあった。未来の希望を信じ、日々懸命に生きるここの人々は彼にはとても新鮮に映った。

 

「だからこそ、死なせたくない」

 

現在まだ生きているデスティニーの機能は、飛行能力と長射程ビーム砲のみ。どこまで出来るかは分からないが、やらねばならない。

操縦桿を握り、ただ自分を激励するようにその言葉を紡いだ。

 

「シン・アスカ、デスティニー 行きます!」

 

火星の赤い大地の下、そのMSが誓いをはたさんと飛び立った。

 

 

“いいかシン、地球防衛部隊S―GUTSが来るまであと約15分。お前の戦いはこの15分間を稼ぐことだ”

 

ヘルメットを通してソガの声が聞こえてくる。その声を聞きながら、シンはあの巨大な敵との戦い方を探っていた。

 

「距離をとってビーム砲で威嚇、注意をひきつけるのが妥当な作戦か」

“あぁ、それとデータベースを探って足しになるような情報が在ったら随時伝える”

「了解」

 

通信している内にビーム砲の安定射程圏内までに距離をつめていた。ガイガレードはまだこちらに気付いていない。

 

「食らえッ!」

 

放たれた閃光がガイガレードの脇腹に命中する。だが出力が足りないのか、ガイガレードは煩わしげな呻き声を上げこちらを向くだけだ。

チッ、と舌打ちをうつもシンの冷静な部分がこれでいい、と告げている。元々倒しきれないのは承知の上。万全な状態でもMS一機では厳しいだろう。それ程の差が理解出来ない程、彼は愚かではない。

 

「こっちだ、怪獣野郎!」

 

一条、二条、三条。デスティニーの持つ緑の砲塔から閃光が放たれる。いかな怪獣と言えど所詮は獣。うっとおしいこちらに焦れたのだろう、進行方向を変えてこちらに向かってきた。

 

(これなら行ける)

 

ガイガレードとの距離を測りながらシンは思考する。

 

(さっきまでの奴の歩く速さ、デスティニーより遥かに遅い!15分も必要だと聞いたときはどうなるかと思ったけど……)

 

挑発するような動きをデスティニーにさせながらシンは勝機を見ていた。

 

(この状況なら不可能じゃない!……うん?)

 

カメラ越しに見たガイガレードは奇妙な事に体を大の字に広げていた。何の意味が?と頭に疑問が浮かんだ正にその時、誰であろうガイガレードがそれに答えてくれた。

 

ドドドドドドドドド!

 

十、二十、三十。無数の岩石がガイガレードの腹部から放たれた。それは正に流星群の如し。

 

「うわああああ!」

 

予想外の遠距離攻撃をシンは大慌てで躱した。余程命の危機を感じたのだろう、額には冷や汗が浮かんでいる。

 

“シン、分かったぜ”

 

間を置かずソガからの通信が入った。

 

“奴の武器はあの腹なんだ。奴の腹は一種の亜空間に繋がっていて、攻撃を吸収したり飛び道具を射ったり出来るらしい”

 

 

彗星怪獣ガイガレードはかつてその名の通り彗星の中に潜んで太陽系に迫った怪獣だ。あわや地球に激突し大災害が起きる所を当時のS−GUTSのアスカ・シン隊員とウルトラマンダイナの功労により事無きを得たのだが、その戦いはウルトラマンダイナの繰り広げた戦いの中でも指折りの接戦だった。

鋭角的な頭部を利用した槍のごとき突進攻撃に、口から放たれる火球。硬い皮膚は光線おも弾き、亜空間に繋がる腹部から放たれる隕石はダイナに大きなダメージを与えたという。

 

“そいつはかなり危険な怪獣だ。欲を出さずに躱すことを徹底してくれ!”

「わかった。だけどな、そういう事は先に言ってくれ!……ってうおわッ!」

 

噂をすればなんとやらだろうか、ガイガレードから火球が放たれる。再びギリギリの状態で躱すも、シンの心から余裕は消えていた。

 

「やってやるよチクショー!」

 

空元気を振り絞り、シンは操縦桿を押し込んだ。

 

 

その後約12分間、持てる技術の全てを注ぎシンは立ち回った。半永久的に動かす事が出来るはずのハイパーデュートリオンエンジンも、整備の不備が響いているのか限界を見せはじめていた。

 

「ソガ、あと何分だ!」

“約三分!どうにかこらえてくれ、シン!”

 

数機残っていた戦闘機、ガッツウィングと協力し、なんとか保たせていたがそれもいつ崩れるか分からない。だからこそ仕方がなかったと言えるだろう。急に暴れるのを止めたガイガレードを前に、シンが油断を生じたのは。

諦めたのだろうかと思った。これで終わったのかとも思った。然しガイガレードの狙いは別にあった。奴は基地の非戦闘員が避難の為に集まっている、シェルターの方へと攻撃を始めたのだ。

 

“ぐあッ!”

 

無線越しにソガの悲鳴が聞こえる。背後からは何かが壊れるような音も聞こえた。

シンの頭が真っ白になる。出会って間もないとは言えソガは紛れもない友人だ。そしてソガの近くにはサワイもいるはずだ。否定するのでもなく、道をおしえるのでもなく、ただ理解し、認めてくれた尊敬出来る人物。彼らを死なせたくない、その思いだけがシンを突き動かした。

 

「やめろーーッ!」

 

ガイガレードと基地の射線上にデスティニーを動かす。頭で考えた訳ではない。無我夢中に動かした結果だ。もとより耐えられる筈もなく、たった一つの火球に当たっただけでデスティニーは動きを止め墜落した。

 

「クソッ」

 

ハッチを開け脱出する。洩れたその声には悔しさが滲んでいた。生身で出来ること等ある筈もなく、逃げることしかシンには出来ない。

最早ただの鉄人形と化したデスティニーに向かってガイガレードが火球を放つ。

 

「うわッ」

 

背後で爆発が起こり、シンは吹き飛ばされた。振り返ると、愛機は跡形も無くなっている。

ガイガレードは再び基地へ攻撃を始めた。このままでは援軍が来るまで保ちそうもない。

 

また、失うのか?

 

また、守れないのか?

 

二つの光景が脳裏に浮かぶ。家族を奪ったあの炎、沈む彼女を見送ったあの雪。

 

全細胞が嫌だと訴えていた。もう繰り返したくない、これ以上悲しみを増やしたくない、もうあんな風に泣きたくない。

 

誰でもいい、どうか理不尽な現実を薙払うことの出来る力を

 

「俺に、力を―――」

 

悲痛な声が洩れる。かつて幾度も願ったことをシンは口にしていた。どれほど願ったところで、聞き届けてくれる者等居るはずがない、そう思っていた。それが真実のはずだった。

だがこの場所に限ってはそれが存在することをシンは知らなかった。この惑星にはそれが在ったのだ、同じ願いを持つ戦士、その残骸が。

 

 

 

願ったその時、全てが変わった。

 

赤い火星の荒野は掻き消え、まばゆい光に満ちた場所に塗り変わる。爆音は鳴り止み、ひゅうひゅうという風の音だけが聞こえた。

 

「え?」

 

風が自分に語り掛けているようだった。

何かを切望するようなその声は不思議とシンの心に響いた。

 

「アンタが力をくれるのか?」

 

その声をシンは理解していた。これから自分がなにをすべきなのかということも。

 

声の指し示すほうへ、光の導く方へと俺は手を伸ばす。そして……

 

 

「ぐあっ!」

 

基地のシェルターの中でソガは悲鳴を上げた。ガイガレードの放った火球が基地付近に着弾したのだろうか、シェルター全体が大きく揺れた。足場が不安定なままモニターを見るとデスティニーが基地とガイガレードの間に割り込むのが見えた。

 

「シン!」

 

あっけなく落とされるデスティニー。彼はどうやら脱出できたらしいがこれでこの基地の守りは殆どない。

 

「もうだめなのか?」

 

その場にいた誰もがそう思った。。たとえこのシェルターでも怪獣に直接攻撃されては長い時間は耐えられない。S―GUTSが来るまでのあと僅かな時間保つか保たないか。

何も出来ずじっと耐えるしかないことがどれほど恐ろしいことだろう。絶望感がシェルター内を包んでいた。

 

 

「あれは何だ?」

 

それに最初に気付いたのは一体誰だったのだろう。その運命的な出来事はこの基地の真正面で起こった。

 

初めにこの場には不釣り合いな風がひゅうと吹いた。

 

風は次第に強まり渦巻き竜巻となる。まるで何かを集めるように。

 

風に乗って砂が巻き上げられ運ばれていく。まるでバラバラになった何かを作り直すかのように。

 

その異変に基地の人々は言葉を失い、ガイガレードすらも動く事は出来なかった。

 

一瞬の凪の後、爆発。風は掻き消え鋭い閃光が辺りを満たす。

 

荘厳な光を纏って「ソレ」は現れた。

 

全てを超越する銀の巨体

 

己を戒める黒き罪の証

 

そして、悲しみを湛える青き瞳

 

サワイは知っていた。かつて邪悪な願いに利用され、光に敗れたその戦士を。救済を望み破壊をもたらしたその巨人を。

 

彼の者の名は『イーヴィルティガ』。かつてマサキ・ケイゴに利用された超古代の戦士である。

異星の戦士の願いの下に、巨人は甦ったのだった。

 

「ジェアッ!」

 

火星に甦った銀の巨人、イーヴィルティガはガイガレードに拳を向ける。にらみ合いを終わらせたのはガイガレードの方だ。口を大きく開け火球を放った。

しかし何の捻りもない直線的な攻撃が通用する筈もない。イーヴィルティガは火球を片手で振り払うと一気に間合いを詰め、油断で隙だらけになっているガイガレードに強烈なパンチをお見舞いした。

たまらず吹き飛ぶガイガレード。怪獣は目の前に現れたこの巨人を明確な敵であると認識した。

 

S―GUTSの隊員達を乗せた戦闘機、ガッツイーグルが火星に到着した時彼らの目の前に広がっていたのは思いもよらない光景だった。

SOSを受け地球にある本部基地から出発した彼らは最悪の状況を予想していた。敵はガイガレード、かつて自分達も辛酸を舐めさせられた強大な怪獣だ。火星基地の戦略のみで持ちこたえることが出来るとは思えなかった。

しかし火星の赤い大地で彼らが目にしたものはまるで5年前の巻き直し。巨人と怪獣の対峙する、彼等にとって馴染み深かった筈の光景だった。

 

「ダイナ?いや違う……」

 

β号に乗り込んだS―GUTS隊長、ヒビキは火星基地との回線を開いた。

 

「こちらS―GUTSヒビキ。火星基地応答願います」

“こちら火星基地局員ソガです。来てくれましたか!”

 

比較的若い男の声がした。安堵が声に滲んでいる。あまり修羅場を経験してはいなかったのだろう、疲れ切ったような印象を受ける。

 

「遅れてしまい申し訳ない。そちらの状況は?」

“基地の非戦闘員は全員シェルターに避難出来ましたが、ガッツウィングは残り一機です。至急援護をお願いします!”

「分かりました。あと一つ聞かせてほしい。あの巨人、イーヴィルティガは我々の味方なのか?」

 

かつて部下が巻き込まれた事件の関係を調べていた時偶然知った、十年前の熊本での事件。あの巨人はその中心となった存在だった。

戦う相手を見定めるため、ヒビキには情報が必要だった。

 

“はい、彼は我々のために戦ってくれています。彼は我々の味方です!”

 

それが聞ければ充分だ。ヒビキは他の隊員に向けて言った。

 

「聞いていたな皆。イーヴィルティガを援護するぞ!」

“ラジャー!”

 

β号に同乗しているナカジマ、カリヤとα号、γ号に乗るリョウ、コウダの各隊員が応答する。S―GUTSが戦いに加わった。

 

 

ガイガレードとイーヴィルティガの戦いは続く。強靭な運動能力で有利に運びつつあったイーヴィルティガだが、ここで思わぬ反撃を食らった。

 

「ギシャアアアッ!」

 

飛行形態になったガイガレードが突進してきたのだ。

意表をついた攻撃による奇襲と凄まじいスピードが合わさったことで、躱し切れずモロに当たってしまい、イーヴィルティガは大きく倒れこんでしまう。

連続で突進してくるガイガレード。倒れたままではまた直撃してしまう。イーヴィルティガがダメージを覚悟したその時、ガイガレードの頭部に幾条かのビームが命中した。

振り返ると赤、青、黄の三機の戦闘機がこちらに向かって飛んでいる。S−GUTSのガッツイーグルだ。

 

ガッツイーグルはS―GUTSの主戦力である。通常はα、β、γの三機が合体した巨大な戦闘機だが、戦局に応じて特性の異なる分離し、臨機応変に戦闘できる。

 

ガイガレードが苦しんでいるうちに、イーヴィルティガは体勢を立て直した。怒り狂って突進を繰り返してくるガイガレード。しかし何度も同じ攻撃を食らってあげるほど、イーヴィルティガも優しくはない。

その動体視力で敵の攻撃を見切ると、イーヴィルティガは真正面で突進を受け止めた。

 

「ヌウゥゥゥ!」

 

全身に力を込めて押さえ込むと、イーヴィルティガはガイガレードを頭から地面に叩きつける。プロレスで言う所のパイルドライバーだ。

大ダメージを負ったガイガレードは何とか起き上がるも、動くことすらままならずフラフラしている。イーヴィルティガはその隙を逃さない。間合いをとって両腕にエネルギーを収束すると、その腕をL字に組んで紫色の光線を発射した。

 

『イーヴィルショット!』

 

紫電の閃光がガイガレードに命中し、怪獣は跡形もなく砕け散る。もう基地を脅かす存在がいなくなったことを見て取ると、イーヴィルティガは両手を上げて空へと飛び去った。

 

 

シン・アスカは今自分の身に起きたことへ呆然としていた。自身が変身した巨人、行使した人外の力。それら全てに対してある種の恐怖を抱いていたのだ。

 

(あれは一体なんなんだ?)

 

基地の人々が守れた事は素直に喜ばしい。しかし、一度道を誤った自分が、あんな力を持ってよいのか?

彼はそれが気掛かりだった。

ふと右手を見ると、さっきは何もなかった手に、涙の雫のようなオブジェが握られていた。拳で覆えてしまう程の大きさのソレは、石とも金属とも分からない不思議な感触で、シンの手の中で存在感を放っていた。

 

(変身アイテム……アギトライブ……)

 

ソレが何なのか心で理解するも、未だ自身への不信は拭えない。どんどんと深みにはまっていくシンの思考を引き上げたのは、ヘルメットから聞こえてきたソガの声だった。

 

“おいシン、生きてるか?生きてたら返事をしろ!”

 

余程心配していたのか、随分と慌ている。

 

「あぁ……何とか生きてるよ」

“良かった。まったく無茶しやがって、とっとと戻って来い”

 

そう言われ、シンはおもむろに基地の方をみた。かなり距離が離れている。これでは歩いてでは時間がかかるだろうとため息をついて言う。

 

「ちょっと時間がかかるかもしれないぜ、ここからだとな」

“今からそっちにガッツイーグルが行くから拾ってもらってくれ”

 

空を見上げると確かに自分の方へ向かって、先程援護してくれた戦闘機が飛んでくるのが分かった。

再びため息をついて、取り敢えず自分の場所を知らせるために戦闘機に向かって大きく手を振り始める。

この先どうしたものか、と考えながら。

 




数年前別の場所で投稿していたものの再投稿になります


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第2話 胸を張って誇り高く

「なんちゅうパワーだよ、あいつは……」

 

SUPERGUTS隊長、ヒビキ・ゴウスケはガッツイーグル内で先程の戦いを思い返していた。

ウルトラマンダイナのストロングタイプに迫るのではないのかという程のパワーファイト。ガイガレードを力だけで圧倒する姿には寒気すら覚える。

 

(あれは一体“誰”だったんだろうな)

 

あのイーヴィルティガがダイナと同じ存在ならば、恐らく変身する人間がどこかにいるのだろう。

かつてそういう風に戦っていた男を思い出し、ヒビキはため息をついた。

気分を切り替え、火星基地から頼まれていたことに集中する。今回の戦いの功労者を拾ってやってほしいと言われたのだが……

 

「どうだナカジマ、例の奴はいたか?」

 

声をかけられたのはS−GUTSの科学分析担当、ナカジマ隊員だ。ちょっぴり太めな外見ながら冷静な分析と、様々な発明で事件の解決に貢献してきた実力派である。

 

「今、GUTSメットの中の通信機の電波を捕らえました。これを辿れば見つけられるはずです」

「よし分かった。さっそく向かってくれ」

 

そして彼等は出会うことになる。かつて光に消えた仲間と同じ名をした一人の少年と。

 

シンの前に降り立った戦闘機から現れたのは赤と黒を基調としたユニフォームのような物を纏った男だった。ヘルメットを被っているため強い意志を秘めた容貌をしているその男の髪型までは判然としないが、シンの軍人として訓練された目が、その男の体が無駄なく鍛えこまれていることを告げている。

 

「君か、さっきの戦いの功労者というのは」

 

男の声は厚みのあるはっきりと通る声で、テレビのタレントとしても通用しそうな物だった。結局目標の時間を稼ぎ切れなかった自分が功労者と呼ばれるのはこそばゆく、また何か引っ掛かるものを感じたが、自分の印象にこだわっていたら話が進まないと感じてうなずいておく。

シンの合図の意味を正確に受け取ったらしい男は手招きをしてシンを呼んだ。

 

「サワイ顧問から君をマリネリス基地まで送るように頼まれている。α号の後部座席に乗って貰えるか」

男は戦闘機の先端部の赤い部分のコックピットを指していった。先程の自分の援護の際は三機の戦闘機であった筈であるから、あの巨大な戦闘機は三機が合体したものなのだろう。よく見れば三色に別れた部分毎で分離可能らしい機構が見て取れる。別に戦闘機の合体程度、この太陽系の宇宙開発事情や怪獣等に比べれば、まだまだシンの常識の範囲内である。合体は男のロマン等という言葉があったが、分離・変形を主とするMS・インパルスにかつて乗っていた身としては死活問題であった。なにせ戦場で合体にミスを犯せばただの良い的としかなりえなかったのだから、この戦闘機の合体機構はまだまだ単純なものである。(後日、シンはこの太陽系の合体・変形技術が自身の太陽系の技術に比べて大きく劣っている事を知り、二つの世界の技術面での奇妙なズレに頭を抱えることになる。星が違えば常識も大きく異なるのだと言うことを痛感することとなった。)

 

α号内では簡単に言葉をかわす程度に止まった。要因は主にシンの事情であり、手にしてしまった力への戸惑い、そしてあまりにも強大だった怪獣との人生初の戦いによる疲労困憊。それらのことが絡まり合う中でマリネリス基地までの短い時間の間では同席したS-GUTS隊員とじっくりと言葉を交わす時間などなかったのである。

 

シンがガッツイーグルに運ばれてマリネリス基地に戻ったとき待っていたのは、怪獣の雄叫びと間違うような称賛の嵐だった。これまでは基地の人間のほとんどが、シンが異星人であることを知っていたために、差別こそ無かったもののソガ等の一部の人間を除いてどこかよそよそしい雰囲気があった。

だが今は誰もがシンが体を張って基地を庇ったことを見ていたので、わだかまりがなくなっていたのだ。初めは戸惑っていたシンも万更でもなかったらしく、次第に輪に加わっていった。

 

「何もんなんです、あの少年は」

「彼からは何も聞いていないのかい?」

 

サワイに返された質問に正直にはい、と答えるヒビキ。火星基地の局員たちに囲まれている少年を眺めながら、二人は話していた。

他の隊員はある者は火星基地の人々を眺め、ある者はガッツイーグルの整備をしている。二人の会話に注意を払っている者はいなかった。

 

「彼の名はシン・アスカ。立場は……そうだな、宇宙漂流者と言ったところか」

「宇宙人ということですか、彼は」

「ああ、偶然にもあの青年と同じ名をした、な」

 

ふむ、と考え込むヒビキ。その姿を見て、サワイは言った。

 

「何か私に聞くことがあるんじゃないかね」

「え、ああそうでした。我々が来るまでに何が起こっていたのか聞いておきたいのですが」

 

体育会系なS−GUTSといえどやはり一組織である。当然事務的な仕事もあるのだ。過去に現れた怪獣への対処法のレポート等を初め、やることは多い。

 

「それならば調度いい、シン君は彼のロボットに乗りガイガレードと戦っていた。彼の話も聞いておきたいだろう」

 

シンを呼ぶサワイ。輪から抜け出してきたシンはどこかうれしそうな顔で向かってきた。

 

「何ですか、サワイさん」

 

隣にいた見知らぬ人物を見ながら応える。年齢は生前の父程で、いかつい顔をした男性であった。何か探るような目でシンを見ている。

 

「シン君、こちらはS−GUTS隊長ヒビキ・ゴウスケ君だ。彼に先程の戦いについて君の見たことを話してもらいたい」

 

なるほど、防衛部隊の隊長ならばそれも仕事なのだろうと察すると、自身の戦った約12分間の事をシンの感じたままに話した。時々混じる質問に答えるという形で会話は進み、大方問題なく済んだ。ただ一つの事を除いては。

 

「巨人が何処に行ったのか見なかったか?」

 

これがシンを困らせた。自分が巨人に変身したのだと言おうとすれば言える。しかしシンは直感的にそれは言ってはならないことなのだと感じた。根拠は無かったが、既に確信じみた思いとしてシンに息づいている。

 

「えっと……飛んでった、かな」

 

怪しまれないよう、シンなりに最大限の努力を払って慎重に言った。直情径行な自分の性を最近自覚し始めたシンとしてはかなり不安だったのだが、何とか誤魔化せたらしく、ヒビキはそれ以上聞いてくることもなかった。

 

「そうか、ありがとう。ところで君は宇宙人だそうだな。まだ少し時間もあるし、何か聞きたい事があれば答えてあげられるぞ」

 

少し顔を緩ませて言うヒビキに、特にありませんと答えようとしたシンだったが、一つどうしても知りたいことがあったのに気付いた。

 

「あの巨人はいったい何なんですか?」

 

自分の中にある得体の知らない力が一体何なのか、シンは知りたかった。

そんなシンに、ヒビキはまるで息子のことを思う父親のような眼差しで語り始めた。

 

「12年前から地球上に現われるようになった怪獣達。それらから人類を守るように現われたのが、あの巨人達だ」

「巨人“達”?巨人はたくさんいるんですか?」

「ああ。ティガにダイナ、どちらも我々のために体を張って戦っていた。我々は彼等に尊敬を込めて“ウルトラマン”と呼んでいる」

「ウルトラマン……」

 

何か思うところがあるのか、つぶやくシンを見ながらヒビキは続ける。

 

「今日現れた巨人はティガとダイナのどちらでもない」

「それじゃ、三人目ということですか?」

 

いや、と言葉に詰まるとヒビキはサワイに確認をとるように目配せした。サワイは頷き、続きを促した。

 

「あの巨人はかつて我々に敵対する存在として現われたことがある」

「え?」

「傲慢な願いに利用された彼を、我々はイーヴィルティガと呼んだ」

 

それからシンに聞かされた話は悲しく皮肉で、シンは自分を重ねずにはいられなかった。

自身を進化した人類と騙り力によって人々を導くと嘯いた男、マサキ・ケイゴ。

そしてその力を利用されたかつての光の戦士イーヴィルティガ。

それらの事はどうしても他人事とは思えない。シンは心の中でイーヴィルティガにそっと語り掛けた。

 

お前はきっと守りたかったんだろ?誰にも負けないその力で、大勢の人達を。でも守れなかった。方法を、手段を間違えたから。誰もが認める正義の味方に否定されたから。

 

シンは光が何故自分の所に来たのか分かったような気がした。

 

 

「今日はありがとうございました」

「気にするな、感謝するのはこちらの方だ。君が居なかったら火星基地は守れなかった」

 

気炎をあげるガッツイーグルを前に、シン達火星基地の人々はS−GUTSを見送りに来ていた。感謝の言葉を述べるシンにヒビキが笑い返す。

未だにシンの態度は硬いが、かつての同僚達が見れば驚くような朗らかさである。

別れの挨拶も交わし、ガッツイーグルは飛び立っていった。火星基地の面々は自分の部署に戻り始めている。残っているのはシンとソガ、そしてサワイだけだ。

 

「あの、サワイさん。お願いがあるんです」

 

ガッツイーグルが飛び立って行った先を見つめたまま、シンは静かに切り出した。

 

「なんだい」

 

そんなシンを見ながらサワイは答える。

 

「俺をS−GUTSに入れて貰えませんか」

 

その言葉を聞き、ソガは目を丸くした。S−GUTSは誰もが憧れる特捜チームだ。正直な事を言って立場上シンが入れるとは思えない。そのことを告げようとすると、サワイの言葉に遮られた。

 

「理由を聞かせてくれないか」

 

シンはサワイの方に向き直り、その決意を話す。

 

「俺は知りたいんです。どうやったら平和が守れるのか。それを学んで、いつかコズミック・イラに帰った時、平和に貢献したいんです」

 

ソガは何も言えなかった。否定することの出来ない願いがそこにはあった。

 

「わかっているとは思うが正規隊員にすることは出来ない。異星人である君を地球防衛の中枢に置くことを納得させるのは難しいだろう」

 

当然の答えだ。予想はしていたが、やはり落胆してしまう。然し肩を落とすシンにサワイは続けた。

 

「だが権限を持たない、研修隊員としてならば……」

「本当ですか!」

 

一転、シンは顔を輝かせる。サワイは思案顔で言った。

 

「今日の戦いの映像を見せれば、上層部を納得させることは可能かもしれない。なんとかしてみせよう」

「ありがとうございます!」

 

喜ぶシンを遠めに見ながらソガはサワイに問い掛ける。

 

「あの、本当に大丈夫ですか?」

「なに、監視も兼ねているとか言っておけばどうにかなるだろう。それにねソガ君、権力とはこういう時に使うものだよ」

 

ソガは一瞬政治家の世界と言うものを垣間見た気がして気まずくなり、なんとなく視線をシンに向けた。

シンは希望が通った喜びを今まで見せなかった、年相応の表情で表していた。今まで押し殺していたものを徐々に出せているようにも感じる。

ソガはこれ以上何かを言うのをやめ、この友人の未来を祈ることに決めた。

 

(頑張れよシン。俺は応援するぜ)

 

 

シンの進む道に何が待ち受けているのかは分からない。今はただ、少年を送り出すかのように風か穏やかに吹くだけだった。

 

 



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第3話 都市防衛指令

火星での戦いから2ヶ月が経った。

ガッツウィング等の一般配備されているライドメカの一通りの操縦法と、研修隊員になるための裏工作、もとい手続きを終えたシンは火星の仲間と別れを告げ、地球の日本列島にあるTPC極東本部基地・グランドームを訪れていた。

 

グランドームとは2010年のガタノゾーアとの決戦の折に手痛い損害を受けたダイブハンガーに代わって建設された、地球防衛の要とも言うべき施設である。シンが研修隊員として向かう事になっているS-GUTSの作戦司令室もこの要塞にあるのだ。

 

日本某所の山腹にあるこの基地の入口で、今シンは迎えが来るのを待っていた。案内する人が来るから、とサワイに言われていたのだ。

 

(SUPERGUTSの隊員の誰かが来るって言われたけど)

 

言われた通りの時間に来れたので、問題はないはずだ。かつてのようにトップエースというある意味特別待遇ではなく、研修隊員という下っ端なのだから、そこら辺はきっちりせねばと、慎重に来たのだ。そんなことを考えていると、自分の名前を呼ぶ声がした。

 

「君がシン・アスカ君かい?」

 

声の主は黒い髪をオールバックに固めた真面目そうな男性だった。赤と黒を基調としたSUPERGUTSの隊服に身を包んでいる。

 

「はい。あなたは?」

「俺はSUPERGUTSのカリヤ・コウヘイだ。よろしく」

 

カリヤに案内され、シンは一先ずこれから自分が寝泊まりすることになる部屋に向かうことになった。

 

「君用の装備一式がそこに置いてあるから、まずそれに着替えてから司令室に行くことになっている」

 

シンは頷き、先を行くカリヤに従って、グランドームのなかを進んでいった。

道中カリヤはS−GUTS内での自分の役割について話してくれた。

 

「俺は主に考古学を専門にしている。大昔の遺跡なんかにまつわる怪奇事件、まあ大概曰く付きの場所で起こるんだが、それに対して資料をもとに対処するのが仕事なんだ」

 

S−GUTSは防衛チームであると同時に、ネオフロンティアの最先端を担うチームでもある。

各隊員はそれぞれ専門分野を持っていて、各々の知識を事件解決に役立てていくわけだ。

 

「今までどんな事件がありましたか?」

「一番ヤバかったのは月の遺跡でミイラに体を乗っ取られた時だな。いや、あの時は死ぬかと思ったよ」

「……何でも有りなんですね、ここ」

「まあな。許可をとれば君もデータベースのレポートが見れることになってるから、読んでみると良い……おっとここだ。部屋に着いたぜ」

 

特別大きな部屋というわけではなかったが清潔で、整った部屋だった。

部屋の隅には先に送ったわずかばかりの荷物が置いてある。

 

「デスクの上に装備が置いてあるからすぐ着替えてくれ」

 

言われた通り服を替えて、装備を確認する。S−GUTSの隊服にヘルメット、多機能ベルトに小型端末WIT、ビームガンが渡されていた。

 

「お前に渡されているのはS−GUTS隊員の基本装備一式だ。ナンバーは08。これがお前の隊員番号だから、一応覚えておいてくれ」

 

ふんふんと頷きながら感触を確かめる。青い銃は重く、その引き金の持つ意味の大きさを伝えていた。

 

「問題はないか?じゃ、行こう」

 

 

与えられていた部屋からそう遠くない場所に司令室はあった。扉には、装備にもあるS−GUTSの青いエンブレムが描かれていた。

先にカリヤが立って扉を開けた。

 

「隊長、研修隊員を連れてきました」

「おう、入れ」

 

聞き覚えのある声が聞こえてくる。続いて司令室に入ると、2ヶ月前に会ったSUPERGUTSの隊員達がいた。

 

「ようこそSUPERGUTSへ、と言いたい所だが、今日からお前は俺の部下だ。遠慮なくビシバシいくから、覚悟しておけよ?」

 

ニッと笑いながら隊長のヒビキが話し掛けてくる。シンは負けじと言い返した。

 

「望むところですよ。故郷の平和のためなんですからそれぐらいじゃなくっちゃあ意味が無い」

「良い心掛けだ。よしみんな聞いてくれ、こいつが今日からS−GUTS研修隊員になるシン・アスカだ」

 

ヒビキ隊長が司令室にいた隊員達に声をかける。シンは皆の視線が一斉に集まるのを感じた。

 

「シン・アスカです。分からないことも多いですが、とにかく精一杯やって、何か一つでも学んでいきたいと思います。よろしくお願いします」

 

通り一辺の挨拶だったが、実はシンが一晩悩んで考えた台詞である。何を言ったら良いのかさっぱり分からず結局これしか言えなかったということなのだが。

だがそれなりに印象は良かったようで、先輩達の表情はなかなか良い。内心ほっとしながら今度は先輩達の自己紹介を聞いた。

副隊長で天文学が専門のコウダ隊員、科学分析担当のナカジマ隊員、オカルトに精通したエースパイロットのリョウ隊員、先に会ったカリヤ隊員にオペレーターのマイ隊員。皆明るく、真っ直ぐで、シンは此処に来たいと思った自分が間違っていなかったと確信した。

ただ、自分が名乗った時に皆どこか遠くを見るような目付きに一瞬変わったのが引っ掛かったが、自分の身の上は知っているらしいのでそのことなのだろう、と気にしないことにした。

 

「よしカリヤ、基地の案内はどこまでやった?」

「まだ、自室の場所を教えただけですけど」

「うむ、ならこの後シンにはグランドームの案内を―――」

 

説明をしようとした隊長の言葉を、司令室に鳴り響いた警報が遮った。和気あいあいとした空気は消え、隊員達の顔に真剣な光が宿る。

 

「何が起こった!」

「G-5地区に怪獣出現、この反応はダイゲルンです!」

「何っ!」

 

地底肉食怪獣ダイゲルン。かつて行われていた地底都市計画で使用されたPWウェーブの影響で地上に現れた強大な怪獣である。二つ名の示す通り肉食で、その時の個体は長期の空腹の所為で凶暴化していた。

 

「人間に食欲を向けられでもしたら大変なことになる。直ぐに食い止めるぞ。S−GUTS出動!」

「ラジャー!」

 

各隊員が動き出す中シンだけはどうすればいいか分からずにいた。

 

「隊長、俺はどうしたら」

「シン、お前は現地の武装隊員と合流して非難を誘導しろ」

ヒビキは迷いなく言った。シンは反論する。

 

「だけど、ガッツウィングだったら俺も出れます!」

「今日来たばかりのお前とじゃあまともな連携はとれんだろう。隊長命令だ、お前はゼレットで現場へ向かえ!」

「っ、ラジャー」

 

分かっていた事だった。来たばかりの人間と作戦を行う事は難しい、それはシンも経験していたことだ。

彼は葛藤を押し込め、WITに従って格納庫に向かった。

 

 

G-5地区の住民達は突如現れた巨大怪獣に逃げ惑っていた。怪獣、ダイゲルンは街の建物を破壊し、雄叫びをあげながら突き進んでいる。時折受けるTPC武装職員の攻撃を蚊ほどにも気にせずにその力を奮っていた。

 

「なんてタフさだよ、あいつは」

 

陸戦メカ・ゼレットを降りたシンは猛進するダイゲルンを見ながら呟いた。

火星で見たガイガレードとは異なる体格ながら、その危険性を遺憾なく示すその姿。すぐにでも攻撃して倒してしまいたい。戦線で戦えない事はやはり彼を苛立たせた。

 

(こいつの力を使えば直ぐに終わるのでは?)

 

胸のポケットに入れた変身アイテム・アギトライブの感触を確かめながら、ふと考えた。あの圧倒的な力を使えば直ぐにでも事態を収拾出来るのではないか?

そんな思考を止めたのはシンの心に渦巻く恐怖感だった。かつて力の使い方を誤っていたという事実が彼を踏み止まらせている。

 

(今はとにかく言われた事をやろう)

 

避難誘導に参加するために茶色の制服の武装職員の一団へと向かった。駆ける彼の頭上を、赤・青・黄の三機の戦闘機が通り越して行った。

 

「各機、フォーメーション・ツーワンで怪獣を攻撃。大食い野郎にこれ以上進ませるな!」

「ラジャー!」

 

S−GUTSの回線にヒビキの声が通る。威勢のよいその声は隊の士気を上げることにも一役買っている。

赤いα号と青いβ号が怪獣の正面で牽制し、黄色のγ号が怪獣の背後に回り込む。フォーメーションツーワンは火力に優れたγ号を中心とした作戦だ。

 

 

旋回、攻撃を繰り返しダイゲルンを撹乱するα、βの両機。一見順調に作戦を進めているように見える中、β号の後部席に座ったナカジマ隊員は敵の様子に違和感を覚えていた。

 

「妙だ……」

「どうした、ナカジマ」

「ダイゲルンの様子がおかしいんです。データにある耐久力ではα号やβ号の攻撃が効かないにしても、無視できるはずはありません。しかしあいつは……」

「気にも止めていない、か」

 

確かにそうだ。これだけ正面で攻めたてているのに、ダイゲルンは進行方向すら変えずに進み続けている。

同じくβ号に乗ったコウダはナカジマに尋ねた。

 

「何か目的があるということか?」

「分かりません。ですが、前回現れたダイゲルンには明確な理由がありました。今回も何かあるはずなんです」

 

ナカジマは難しそうな顔をしてモニターと睨みあっている。

 

「よしナカジマ、お前は解析を続けろ。俺達は奴を引き付けることに集中するんだ。カリヤ、γ号の準備は?」

 

カリヤ隊員は射撃の名手でもある。高火力ビーム砲・ガイナーを備えたγ号には、この2年はカリヤが搭乗する事になっていた。

 

「行けます。マキシマビーム・スタンバイ!」

 

グランスフィアとの決戦の後、γ号にはある改良が施されていた。それが秘密部隊・ブラックバスターの搭乗機、ガッツシャドーに搭載されていた兵器マキシマビームである。構造上の問題で屈折させる機能はオミットされたが、その威力自体はガイナーのエネルギーをマキシマエンジンから供給することで再現されている。

 

「3、2、1、発射!」

 

γ号の巨大な砲塔から黄色の閃光が走る。暴力的な光をまとったそれは狙いを違わずダイゲルンの首筋に命中した。

 

「ギャァァアス!」

悲鳴を上げてダイゲルンは倒れこんだ。威力が足りなかったのか、まだ生きてはいるがもう殆ど虫の息だ。

 

「よし、止めだ!」

“隊長、大変です!”

「どうした、マイ」

 

本部の司令室にいるマイ隊員からの通信だ。とても焦った声をしている。

 

「付近に高速で接近する巨大生物の反応を検知、このパターンはゴルザです!」

「なんだと!」

 

ヒビキが驚きの声を出した正にその時、γ号の真下の地面がひび割れ、中から巨大な怪獣が現われた。

 

「オオォォォオオ!」

 

雄叫びを上げるソイツの名は超古代怪獣ゴルザ。地球上で最も初めにその存在が確認された怪獣であり、過去数回に渡ってTPCを苦しめた存在だ。

地上に姿を現したゴルザは目の前のにいた鬱陶しい黄色のハエに向かってその太く強靱な前脚をふるった。旋回が間に合わずγ号は翼部を損傷してしまう。

 

“うわあああ!”

「カリヤーーーッ!」

“す、すみません隊長、脱出します!”

 

黒煙をあげるγ号が不時着するのを見届けたヒビキはゴルザを睨み付けた。こちらの側をゴルザがみると、ダイゲルンは怯えたような声をだした。

 

「そうかわかったぞ、なんでダイゲルンが現れたのか」

「どういう事だナカジマ」

「ダイゲルンはゴルザから逃げてきたんです。恐らく縄張り争いに負けたか何かで追い立てられていたんでしょう」

「つまり俺達は奴らの喧嘩に巻き込まれた、と?」

「見も蓋もない言い方になりますが、そういうことかと」

 

見るとゴルザの視線は正確にはガッツイーグルではなく弱ったダイゲルンに向けられている。ヒビキは歯をくいしばった。

 

「どうする……どうやったら二体もの怪獣を相手に出来る……」

 

怪獣同士を争わせれば倒しやすくはなるだろうが、それでは発生する被害が莫大な物となる。S−GUTSの使命は何が起ころうと人々の平和を守ることだ。どれほど困難な状況でも諦める訳にはいかない。しかしこの状況には「TPCの荒鷲」とよばれたヒビキも頭を抱えた。

 

だがその時、ゴルザの下腹部が突然火花を上げた。

 

「なんだ?」

 

いぶかしむヒビキ。その答えを出したのはα号に乗っていたリョウだった。

 

“隊長、下を見てください!”

 

焦燥の交じった声に言われるがままに下を見ると、青いスーパーガン、ガッツブラスターを握り締めて瓦礫の街を駆ける少年が一人。

 

「シン!」

 

ヒビキだけでなく、β号に乗っていた全員が驚きの声を上げた。

 

 

ゴルザが現れγ号が撃墜されるところを地上で見ていたシンは、ゴルザがダイゲルンの方に向かい始めるのを見ると、武装職員の制止も聞かずに駆け出した。

 

(あいつらを引き離さなくては)

 

こんな街中で怪獣二体を相手取ることがどれ程の被害を出すのか、分からないシンではない。ガッツブラスターをゴルザに射ち、自分の方に引き付けようと、敢えて目立つ道を選んで彼は走った。

その心構えは悪くないし、防衛隊員としてその判断は正しい。それ自体を責める人間は恐らく居ないだろう。

しかし、この時シンは冷静ではなかった。人間より遥かに巨大な怪獣にとって、彼が走ったところでろくに距離など稼げないということを失念していたのだ。

 

ゴルザは不届きにも自分に歯向かう小さな物体を睨むと、その物体が進む道にある一つのビルに向けて光線を放った。建物を崩し、生き埋めにしてしまおうというのだ。

 

「ああっ!」

 

ガッツイーグルに搭乗していた隊員達は思わず声を漏らした。瓦礫が崩れ、シンの方に迫っていくのが見えた。コンクリートの雪崩がシンに覆い被さっていく。恐らくあれでは助かるまい。歯を食い縛る隊員達を尻目に、ゴルザは歓喜の吠え声を上げていた。

 

 

「くっそォ……」

 

運良く瓦礫の間の僅かな隙間に入り込んだシンは、悔しげに声を漏らした。

冷静さを欠いた自分も恨めしいが、さらに悔しいこともある。

 

(人間の力じゃダメだっていうのか?)

 

手に握り締めたアギトライブを見ながらひとりごちる。自分はこの力を使わなければならないのか?自分すら信じられないというのに?

 

―――だが、強過ぎる力はまた争いを呼ぶ!

 

なんてザマだ、こんな時よりによってあんな奴のことを思い出すなんて。

今でも大嫌いな口ばかりの金髪女。ああ認めてやるさ、カガリ・ユラ・アスハ。アンタの言ったこと、今の俺なら少しは分かる。でも、それを信じた結果はなんだ?鳴り響く兵器の機動音逃げ惑う家族残ったのは妹の小さな手―――

 

 

『戦うべき時には戦わないと、何一つ、自分達すら、守れません』

 

『普通に、平和に暮らしている人たちは、守られるべきです!』

 

ハッとなった。かつての自分、その正直な言葉が全てではなかっただろうか。自分一人で怖がって、守られるべき人を蔑ろにしてはいなかったか?

戦いなんてしたくない。だけど、戦わなければ守れない。

S-GUTSのマークが背負っているのはこの星で平和に暮らす人々なのだ。ならば自分がどうなろうとかまうものか!

戦おう、力の誘惑に負けない強い心を持って。命を懸けて、この星に住む命を守りぬいたという、ウルトラマン達のように。

そうだ、俺は。いや、今は俺が!

 

「俺が、ウルトラマンだ!」

 

瓦礫の天井に向けてアギトライブを掲げる。銀の雫に埋め込まれた輝石が輝き、シンの体を光へと変えていく。

 

 

「ジェア!」

 

光がゴルザの前に集まり、銀の巨人の体を為す。シンは光の超人、イーヴィルティガへと変身したのだ。

 

「あれは!」

 

現れた巨人を見て、ヒビキが、隊員達が声を上げる。イーヴィルティガは火星で見せた雄姿をそのままに、ゴルザに殴りかかった。

先手必勝とばかりに鋭い突きを繰り出すイーヴィルティガ。ゴルザは体に鈍い音を響かせて後退した。吠え声を上げて敵意に満ちた目をイーヴィルティガに向ける。

 

「フンッ、ハァ!」

 

その巨体を真っ正面から突っ込ませてくるゴルザを受け流すとそのまま流れるように手刀を放つ。然し今度は上手く当てられなかったのか、ゴルザはびくともせず、逆にその太い尾で鞭のように攻撃してきた。

脇腹に手刀を打ち込む為に腰を落としていたのが仇になったのか、イーヴィルティガはバランスを崩され、尻餅をついてしまった。

野生の本能のままに一打二打と尾による攻撃を繰り返すゴルザ。

 

「ヴアァ!」

 

イーヴィルティガは堪らずに声を漏らす。野性の獣は理性が少ないがその分隙もない。じっと堪え忍ぶしか手が無かった。

 

「隊長、イーヴィルティガを援護しなければ!」

「分かっている!だが、俺達は先にこっちをなんとかせにゃならん」

 

β号に乗るコウダが主張するが、ヒビキは苦々しそうにダイゲルンを見ながら切り捨てた。怪獣の生命力は人間の想像力を遥かに上回る。先程は虫の息だったダイゲルンも、今は殆ど落ち着きを取り戻していた。

 

「こいつをここで仕留めなければ負担が増すばかりだ!ナカジマ、何か奴の弱点はないのか」

「そうはいっても、マリキュラのような毒はあいつは持ってないし……あっ!」

「あるんだな、奴の弱点が!」

 

大きな声を上げるナカジマ隊員。その声に込められた喜びをヒビキは正確に聞き取る。

 

「ハイ。ヤツは火炎弾を吐くための油を喉の奥の方に溜め込んでいるんです。そこを狙えば……」

「油に引火して爆発する」

 

コウダの言葉に頷くと、ヒビキはこれを聞いているだろうカリヤに通信を入れた。

 

“作戦はさっきの通りだ。どうだ、行けるか?”

「任せてください。俺が倒しきれなかったんだ、決着を付けてやる」

 

不時着したγ号から抜け出したカリヤは、高性能狙撃銃・ギャラクシーライフルを握り、ダイゲルンの様子がよく見える、開けた道路に位置取っていた。

 

「ヤツを少し後退させてください。キツいのをお見舞いしてやる」

“分かった。お前に任せたぞ”

「ラジャー」

 

二機のイーグルがダイゲルンの正面に回り、牽制弾を足元に打ち込む。うめき声を上げてダイゲルンはゆっくりと後退りを始めた。

 

(まだだ、焦るな。あと少し待て。まだだ……まだ……まだ……そこだっ!)

 

ギャラクシーライフルが火を吹き、ダイゲルンの喉を正確に貫いた。己の武器であるはずの臓器を利用され、断末魔を上げてダイゲルンは倒された。

 

「やったぜ!」

 

回線中から歓喜の声が上がる。ヒビキは顔を綻ばせて叫んだ。

 

「よぉし、SUPERGUTSッ、イーヴィルティガを援護するぞ!」

「ラジャー!」

 

ガッツイーグルは旋回して、巨人の戦う方へと向かった。

 

一方、イーヴィルティガは未だに機会を得られず、打たれるが儘となっていた。

 

(どうにか、ヤツの注意を反らすことさえ出来れば)

 

エネルギー残量を示す胸のランプ、イーヴィルタイマーも既に点滅を始めている。このままやられてしまうのだろうか?

 

尾の連撃から抜け出そうとするも、50mに迫る巨体にとってビル街は狭く、中々上手くは行かなかった。

然し、悔しさに溺れかけたその時、赤と青のビームがゴルザに命中した。ガッツイーグルからの援護射撃だ。ゴルザは動きを止め、イーヴィルティガから目を逸らした。

 

(今がチャンスだ!)

 

両足でゴルザを蹴り上げて飛び起きると、散々自分を痛みつけた尾を引っ掴み、そのままグルグルと回し始めた。

 

『イーヴィルスイング!』

 

遠心力に乗せてゴルザを投げ飛ばし、大ダメージを与える。しかしこの程度でくたばるゴルザではない。起き上がると直ぐに得意の超音波光線を放った。尖った角から放たれたそれはイーヴィルティガへと真っ直ぐ突き進む。しかし、ここに来て戦い方を掴んだのか、イーヴィルティガは落ち着き払って両の手を前に突き出した。光線と同じ紫色の円形の盾がイーヴィルティガの前に現れる。

 

『イーヴィルバリアー!』

 

ゴルザから放たれた光線はバリアーに遮られ、ギャリギャリと言う耳障りな音を立てた。しかし結果として光線がイーヴィルティガに届くことはなく、次第に細くなってついには消え去った。最も得意とする技がいとも簡単に遮られ、ゴルザは動揺を隠せない。そしてイーヴィルティガはその隙にゴルザに一気に詰め寄った。

 

「フッ、ハッ、ジェァアッ!」

 

胴に拳を二発と回し蹴りを叩き込む。強烈な蹴りを食らったゴルザはうめき声を上げて遙か後方へと吹き飛ぶ。蹴りの勢いが殺され切れてもなお立ち上がれないゴルザに向けて、イーヴィルティガは両の腕をL字に組んで、紫色の必殺光線をお見舞いした。

 

『イーヴィルショット!』

 

先ほどのゴルザの超音波光線とは比較にならないほどの凄まじい光ほとばしり、ゴルザを爆散させる。煙がはれるとそこには怪獣の体の焼け跡だけが残っていた。

 

 

 

初の市街地戦を終えたイーヴィルティガはその青い瞳を空へ向け、飛び去っていった……

 

 

「バッカモン!」

 

SUPERGUTS作戦司令室に戻った後、シンを待っていたのは隊長からのお説教だった。内容は先程、一人ゴルザに向かっていった件についてだった。

曰く、相手との差を失念するとは何事か。

曰く、戦士たるもの自身の事は当然、相手のことも理解するべきだ。

曰く、突き進むだけで守ることが出来るのなら苦労はしない。等々……

時間にして一時間に及ぶ説教を終え、漸く解放されたシンは、ゴルザとの戦いを終えた時よりもへとへとに疲れ果てていた。ヒビキの説教は長い上に、有益だ。かつてのアカデミーでの教官のような口ばかりの説教ならば聞き流しもするが、一々深みのあるヒビキの言葉からどうにも逃げられない。与えられた自分のデスクにつっぷして、軟体動物の様に体を伸ばしている。

 

(あーしんどい。戦うってやっぱ大変だ)

 

けれどシンの心には不思議と充実感があった。報告では軽症の人間は幾人か居たものの、ダイゲルン自体に破壊衝動がなかった事や迅速な対応が功を相して死者は0人。普段此れ程うまくいく事は無いとは言われたけれど、『守れた』という事実がシンの心を暖かくしていた。

顔を上げれば苦笑いを浮かべてこちらを見ている先輩達。彼らに向けて力なく笑みを浮かべ、再びシンは突っ伏した。

まだまだやらねばならないことは多い。研修隊員として毎日レポートを書かねばならないし、先ずは先程の行動への反省文だ。

でも、とシンは自分に呼び掛ける。

 

(俺はもう選んだんだ。なら、進まなくちゃな)

 

自分の心に誓う。力に負けることなく、強い心で戦いぬくことを。二度と自分のような悲しい涙を流す人がいないように。故郷をそんな世界にするために。

 

どこか遠くのところで、金色の誰かが、『それでいいよ』と言ってくれた気がした。

 



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第4話 這い寄る悪夢

夢を見ていた。鬱蒼とした林の中を歩いている。きっと何かがこの先にある筈だ。そんな奇妙な確信を抱きながら。聞こえてくる甲高い音、漂ってくる不快な匂いが彼に訴えかけている。

 

(ああ、ここは)

 

鳴り響く爆撃音や硝煙の匂いにあてられて、シンはここがどこだったのか思い出した。いや、『思い出した』は適切ではないのかもしれない。シンは一度としてこの時を忘れた事はないのだから。

見上げれば、空を飛び回る死の天使達。此処はかつての故郷オノゴロ島。この日は家族を失った運命の日。

 

ぞわり、と背筋に悪寒が走る。林の向こうから幾人かの声が聞こえてきた。思わず顔を向けると、四人家族が走ってくるのが見えた。

 

「父さん、母さん、マユ!」

 

数年前の自分と一緒に走る、もう二度と会うことが出来ない、愛する人たちが其処にいた。この地獄から抜け出そうと必死に走っている。

涙が込み上げた。駆け寄って抱き締めたかった。事実、そうしようとした。

 

(え?)

 

シンの言葉は届かない。シンの手は彼等に触れることはない。今のシンには彼等の『終わり』を見ている事しか出来なかった。

携帯電話が少女の手から零れ落ち、少年がソレを取りに向かおうとする。刹那―――

 

爆音が響き、暴力的な光が溢れ、先程までの林は焦土と化した。家族は引き裂かれ、残ったのは少年に向けられた少女の手のみ。少年はあらん限りに絶叫し、憎悪にたぎる目を天に向けた。

つられてシンも空を見る。あの自分と違い特に理由はない。しいて言えば確認が目的だった。だがしかし、そこにいたのは。其処で悠然と自分を見下ろしていたのは。

 

(デス……ティニー……?)

 

記憶に残る青い翼の天使ではなく、自らが駆っていたMS、赤い翼の悪鬼だった。その悪魔は手に持った剣で天を薙払い、担いだ大砲で大地を焼き払った。いつの間にか場面は変わっている。そこは既に林ではなく、オーブ本島の中心街だった。

デスティニーに打ち落とされたムラサメが何機も墜落し、次々と炎上していく。市民は恐慌状態で逃げ惑い、ある人は炎に飲まれ、ある人は落ちてきたムラサメの下敷きになった。

 

(やめろ、もうやめてくれ!)

 

それでも殺戮が終わる筈もなく、悪魔は世界を壊し続け、やがて立っているのはシンだけになった。

頭が真っ白になる。呼吸は荒くなった。焼き切れるような焦燥を抱いたシンの前に、悪魔は泰然と降り立った。ハッチが開きパイロットが降りてくる。ヘルメットで顔は見えないが、その人物が着ていたのはよく知った赤いパイロットスーツだった。

 

「何をそんなに震えているんだ?」

 

目の前の人物は歌うように語り掛けた。その言葉に思わず自分の体を見る。その体はまるで極寒の地に落とされているかのようにガタガタ震えていた。

 

「お前がやったことじゃないか。そんなに怯えられると悲しいなぁ」

 

何も言い返せない。この時シンはただ、折れそうになる自分の心を押さえていることしか出来なかった。目の前の人物は芝居がかった調子でヘルメットを取り払った。

 

「俺はお前だ。この地獄を作ったのはお前なんだ、シン・アスカ」

 

見渡せば荒涼とした大地に倒れ伏す、幾百幾千ものMS。犠牲になった人々の死体の山。

 

「うあああぁぁぁッ!」

 

突き付けられた己の罪科に耐えきれなかったシンの絶叫が死の大地にこだまする。それを前にして、もう一人のシンはただ狂笑を上げていた。

 

 

 

 

 

 

「うあああぁぁぁッ!」

 

自分自身の叫び声でシンは目を覚ました。額に玉のような汗を浮かべ、まるで疾走して来た後のように荒い息をしている。

 

(大丈夫だ、俺が今居るのはグランドームの俺の部屋で、今はあの時じゃない)

 

夢で見せられた映像が尾を引いていた。自分は大丈夫だと、必死に言い聞かせた。

息を落ち着け、周りを見た。壁の時計は深夜の一時を示している。どうやら作業中に眠ってしまっていたらしい。目の前にあるパソコンはレポート作成の画面のままだ。早く切り上げて眠らないと明日の訓練に支障がでる。

 

(忘れるなって事か?)

 

自嘲的な暗い笑みを浮かべる。水を飲むために向かった水道の、鏡に映った自分の顔は酷いものだった。

 

「忘れる訳が無いだろうが」

 

誰もいない部屋でポツリと呟き、憂鬱な気分を抱えたままシンは眠りに就いた。

 

 

 

 

 

研修隊員の朝は早い。早朝訓練は朝の6時から。ガッツブラスターを用いた射撃訓練だ。この訓練はグランドームから少し離れた所にある廃墟を改造した施設で行われる。

施設内では訓練生が通るルートが決められており、その途中に現れるターゲットを射ちながらゴールを目指す。命中精度やゴールまでの時間を課題に訓練を行うことになっている。

 

そして、シンは今命中精度を課題に行っているのだが。

 

 

(どこだ……どこから来る?)

 

ガッツブラスターを構え、瓦礫の転がるルートを慎重に進む。神経は張り詰め、感覚は鋭敏に。ゆっくりと警戒しながら最後の一本道までの曲がり角を目指していた。訓練でここまで緊張しているのは初の宇宙でのMS演習以来だろうか。

 

「そこッ!」

 

曲がり角を曲がった瞬間に背後からターゲットが現われた。かつて出現した怪獣を描いたソレを打ち抜くと、前方からも一斉にターゲットが現れる。

 

(1、2、3ッ!)

 

右から、左から、天井から踊り出るそれらを射ちながら、シンは出口に向かって駆け出した。別に怯えた訳ではなく、時間を縮めるための作戦だ。あと20メートルもない。この通路をどうにかすればクリアだ。

 

「げっ!」

 

その油断の所為か、はたまた過敏になり過ぎていたのか、右方から現われた物体を、確認もせずに射ってしまった。この訓練では怪獣ターゲットに紛れて幾体かの射ってはいけない市民ターゲットがいるのだ。

シンはソレを射ってしまっていた。鳴り響く訓練終了のブザーを、シンは肩を落として聞いていた。

 

 

「どうしたシン。酷い顔だぞ」

 

射撃の担当教官であるカリヤに一通りの指導を受けた後、シンはカリヤと共に朝食に向かった。その席でシンの正面に座ったカリヤはシンが浮かない顔をしているのに気付いた。

 

「いや、その。昨日少し寝つきが悪くって」

 

そう答えるシンの顔はどこかやつれているようだ。食もあまり進んでいない。

 

「体調管理も俺達の立派な仕事だ。肝心な時に体調不良じゃもともこも無いぞ」

「コウダ副隊長」

 

話を聞いていたのだろうか、隣のテーブルにいたコウダも話し掛けてくる。S−GUTSに入って、シンはこのチームに良い意味での連帯感を感じたが、それはこういう気遣いからも感じられた。

 

「次はイーグルでの訓練よ。大丈夫なの?」

 

今度はリョウだ。ガッツイーグルでの訓練はリョウが教官をすることになっていた。

 

「大丈夫です。こう見えても結構頑丈なんですよ、俺」

「そうね、前の戦いでもあの瓦礫の中から生還したし。でも、頑丈なだけじゃ戦えない。今日もみっちり扱いてやるから覚悟しときなさい」

 

言葉とは裏腹に明るい表情を浮かべるリョウに分かりましたと返すと、シンは不安を拭うように食事を掻き込み、挨拶をした後準備の為に自室に戻った。昨日のは只の夢なのだと言い聞かせながら。

 

 

 

 

 

「パトロールですか?」

 

午前の訓練を一通り終え司令室に戻ると、隊員全員に隊長から仕事が言い渡された。

 

「うむ、最近市街地で原因不明の怪現象が相次いでいる。この解決の為にも我々S−GUTSがパトロールを行うことになった」

「怪現象?」

「色々あるな。報告にある中じゃ典型的なポルターガイストから始まって、ロボットの残骸だの片腕で歩き回る少女の幽霊はては何も無いところから叫び声が聞こえただの。まあ昔からよくある噂話の類だ」

 

疑問符を浮かべるシンに、資料を眺めていたナカジマが説明する。

 

「本来ならすぐなくなってしまうような報告が今月になってからはうなぎ登りだ。何か原因があると考えるべきだろう」

 

そうコウダがまとめると、隊長はうなずき、分担を言った。

 

「リョウはα号で空から、カリヤとナカジマはボッパー、コウダとシンはゼレットでそれぞれ見回りを行ってくれ。くれぐれも気を抜くんじゃあ無いぞ?」

「ラジャー!」

 

 

その後数時間。シンとコウダは街を走っていた。

 

「このパトロールって意味あるんですか?怪奇現象の傾向が読めてないんじゃ意味ない気がするんですけど」

「もし俺達自身が目撃者になればそれだけ捜査も進むだろう。それに市民はここ数日不安感に襲われ続けている。俺達S−GUTSが街にいるということで安心させようという意図もあるんだ。隊長も言ってただろう、気を抜くんじゃない」

「それは分かりますけど……」

 

あまりこの手の経験が無いシンはこのパトロールには懐疑的らしかった。まあ元々はパイロットだったのだから仕方ない面もあるのだろうが、割合何でも屋な側面を持つS−GUTSではこういう任務も日常茶飯事である。捜査の基本は足なのだ。

 

「これまで何かあるって風でもなかったと思いますけど」

 

シンの言うとおりかれこれ五時間ほど街を回っていたが、特に異常は見受けられなかった。ただ、怪奇現象を恐れてかどうにも活気がなかったが。

 

「まあ何事もないのに越したことはないが……おいシン、あれは何だ?」

 

少女が一人、道路の真ん中に立ち尽くしている。小柄で肩までのびた濃い茶色の髪。活発そうな服装でありながら何処かぼやけたような雰囲気を纏っている。そしてその少女には

 

「片腕が無い……」

 

片方の腕が肘から先が丸々無くなっている。少女はこちらに気付いたような素振りを見せると、滑るような動きで路地に消えていった。

 

「あれが報告にあった片腕の少女か?ともかく本部に連絡を……ってどこに行くんだシン!」

 

ゼレットから飛び出し、駆け出そうとするシンを押さえる。何とか捕まえたものの、シンは猛然とコウダを振り放そうとした。

 

「放せ、放してください!」

「落ち着けシン!何があったっていうんだ」

「あの子を追っ掛けるんですよ、それ以外の何だっていうんだ!」

 

尋常な様子ではない。多少強気な所は見せていたものの、基本的には素直に従っていたが、ここまで暴走気味になったことは無かった。

 

「冷静になれ、あれが今度の事件の一端だというのなら慎重に行動するべきだ」

「そんなの糞食らえだ!あれは、あの子はマユだった、死んだはずの俺の妹だったんだ!放ってなんておけるか!」

「何!」

 

コウダの手が思わず弛んだその一瞬、シンはコウダの手を振り払い、少女の消えた路地裏へと走っていった。残されたコウダは呆然と消える背中を眺めたが、直ぐに気を取り直して司令室へと通信を送った。

 

「本部、応答願います」

 

 

S−GUTS作戦本部。情報管制のマイ隊員はコウダからの通信を受け取った。

 

「隊長、コウダ副隊長から通信が」

「よし、つないでくれ」

 

司令室中央に設置されたモニターにコウダの顔が映る。緊張したその表情が何かが起こった事を知らせていた。

 

“隊長、K−4地区の繁華街で『片腕の少女』を目撃しました。現在シンが追跡しています”

「わかった。何か分かった事はあるか?」

“少女は実際に存在するのではなく、幻覚の類だと考えた方が良さそうです。それとこれは推測になるんですが……”

「言ってみろ」

 

ためらいがちになるコウダを促し、ヒビキは言う。

 

“どうやら少女はシンの肉親のようなんです。もしかしたらこれは、シンの奴を狙ったものなのではないでしょうか”

「肉親だと?」

“ええ、マユという名の死んだ妹だと”

「よし、分かった。シンの奴が心配だ、直ぐに追ってくれ」

“ラジャー”

 

通信が切れ、画面は暗くなる。考え込むヒビキにマイが話し掛けた。

 

「どういう事なんでしょう隊長。幻覚ででたのがシンの妹だなんて」

「分からん。だがコウダの言うとおりシン・アスカ個人を狙ったものである可能性が高くなってきたな。何せアイツは特殊な立場だ。狙う奴のことなんぞ想像しても仕切れん」

 

何せ何故この太陽系に彼が現われたのかも判明していない。シンを送ってきた黒幕か、はたまたシンの事を嗅ぎつけた侵略者か。敵は一体何者なのだろうか?

 

「シン、何もないといいけれど……」

 

シンを心配するマイの声を聞きながら、ヒビキは思考の渦に身を投じた。

 

息を切らしながら街の路地をシンは走る。最早妹の事しか考えず、冷静な考えなどはとうに頭の中から消え失せていた。

 

(マユ、マユ、マユ!)

 

マユ・アスカ。寂しがり屋だが家族思いな子で、家族の誰からも愛されていた子だった。幼かったシンも兄を気取って可愛がっていた。

自分より弱い存在、守らなきゃいけない存在。そう思っていたからこそあの時も携帯電話を拾いに行った。結果は散々だったが。

 

「マユーッ、待ってくれ!」

 

前を進む少女に呼び掛けた。少女はこちらをちらりと振り返るも、止まる事はなく裏道を進み続けた。どうして止まってくれないのだ?自分が分からないのか?

少女がさらに角を曲がった。シンは更に速度を上げて追い掛ける。しかし追って曲がった先に既に少女の姿は無かった。

 

「マユ、どこだよ、出てきてくれ!」

 

焦燥する。自分は会わなければいけないのだ。たった一人の妹を守ってやらなければいけないのだ。

 

「相も変わらず単純だな、シン・アスカ」

「誰だっ!」

 

シンの呼び声に答えたのは大切な少女の声ではなく、背後から響いてきた、どこかで聞いたことのあるような男の声だった。声の主の方を向くも、建物の暗がりで、解るのは相手が真っ黒なコートをまとった人物だと言うだけで、顔は判然としなかった。

 

「おまえは何者だ、マユをどこへやった!」

 

殺気立ったシンの声に、然し相手は高笑いで答えた。ただ自分を嘲笑う為に出した、そんな声だった。

 

「何がおかしい」

「何がってお前の全てさ。何て滑稽なんだ。夢を見ちゃったのかい?自分のように妹もここで生きているかもしれないって?」

 

狂ったように笑いをあげる相手を前にシンは何も言えず、ただ焦りだけが走り続けるのを感じていた。

 

「いいからマユを出せ!俺は見たんだ。あの子はここに来た。お前が隠しているんだろう!」

 

怒鳴るシンを前に、相手は舌打ちし、今度は苛立たしそうに話し掛けてくる。

 

「中々に飲み込みが悪いな。マユ・アスカなんて存在はこの世のどこを探したっていやしない。アレは俺の見せた幻覚だ」

「幻……覚……?」

 

足元が崩れていくような感覚。抱いていた希望は消え去った。崩れ落ちそうになる己を何とか支え、シンはもう一度相手に言った。

 

「お前は、何者だ」

「俺はお前だよ、シン・アスカ。お前の中の闇そのものだ」

 

そういって月の薄明かりのもとに出てきたソイツは、他者を見下し、蹴落とし、嘲笑う、醜悪な表情を浮かべた自分そのものだった。

 

「お前の目的は何だ。何の為にこんなことをした」

 

問い掛けるシンの言葉に醜い方のシン(面倒なので以後黒シンとする)は気障ったらしい仕草で対応する。

 

「勘違いしてヒーローごっこに浸っている愚か者の目を覚ますためさ。あの幻覚も、その一環だったが…」

 

黒シンは大きくため息をついて続ける。

 

「もう少し“らしく”振る舞ってくれると思っていたんだけどな。拍子抜けだ」

「何ッ!」

「ほら、そうやってすぐに熱くなる。お前はヒーローなんかには成れない。見せてやったろう?“俺達”の罪を。感情のままに力を振るい、他者を傷つける。ソレが“俺達”の限界だ」

 

黒シンの言葉に引っ掛かる物。思い出されるのは昨夜見た最悪の思い出の詰まった悪夢。

 

「まさか、昨日の夢もお前が?」

「そうさ。家族との悲劇的な別れに、燃え尽きる大勢の命。一大スペクタクルだ、楽しめたか?」

「ふざけるなァーーーッ!」

 

激昂する。ガッツブラスターを黒シンに向けて発射した。だが、怪獣にすらも通用するその閃光は黒シンの発したエネルギーによって難なく防がれ、お返しと言わんばかりに放たれたエネルギー波がシンの体を吹き飛ばした。壁に叩きつけられ、激痛がシンを襲う。

 

「見せてやろう、お前という人間の限界を。知って絶望するがいい、お前の故郷の未来をな!」

「何のことだ、お前は何を言っている!」

 

黒シンはシンの言葉を意に介さず、両手を高々と掲げた。闇が吹き上がり、醜悪な外見の魔人に姿が変わる。

 

『お前の器、証明してやろう。ふっふっふ』

 

急激に巨大化し、魔人は真夜中の街にそそり立った。ひとしきり見渡すと、腕から鋭利な爪を出し、街を破壊しはじめる。

 

「なっ……やめろ、グッ」

 

思ったよりも黒シンから与えられたダメージが残っている。壁に叩きつけられたのが効いているらしい。背骨がズキズキと傷んだ。

 

「シン、大丈夫か!」

 

見ればコウダが追いついている。WITの発信機があったはずなのに今までこなかったのはヤツが何かしていたせいだろうかとも思ったが、今すべき事に頭を何とか切り替えた。

 

「副隊長、俺よりも街の人たちの避難を……。奴が多くの命を奪う前に」

「しかし!」

「俺は大丈夫。言ったでしょ、結構頑丈ですから」

 

コウダが見るかぎり、全く“大丈夫”には見えなかったのだが、シンの意志を汲んで市街地に駆け出してゆく。コウダが視界から消えるのを見届けたシンは魔人の凶行を止めるべく、アギトライブを天に掲げた。

 

 

「ウェアッ!」

 

今まさに巨大な二本爪でビルを引き裂こうという時、烈帛の気合いとともに銀色の閃光が魔人を後退させた。シンの変身したイーヴィルティガである。魔人と相対する巨人は隠しきれない怒りとともに構えをとった。見下ろせば、そこには突然の脅威に驚き、逃げ回る大勢の市民がいる。「この状況を作り出した者を決して許さない」そんな気概が、拳を握り締めるイーヴィルティガには漲っていた。

 

「ジェアァァッ!」

「フォアッ!」

 

巨人の手刀と魔人の魔爪が交錯する。両者とも深くは踏み込めなかったのか深いダメージは見受けられない。一旦間合いをとったイーヴィルティガは改めて魔人を観察した。

シルエットだけを見れば人型と言えるかもしれないが、顔に当たる部位には胴体からのびる裂け目があるのみで、目や口のような器官は見受けられない。漆黒と言ってもよい体はどこかずんぐりとしており、唯一両手でぎらつく鋭利な爪が白く残っている。そこかしこに中途半端に残っている「人らしさ」が逆に魔人の異様さを際立てていた。

 

『フン、偽りのヒーローごときが生意気な』

 

突然シンの脳内に声が響いてくる。数瞬そちらに気をとられてしまい、目の前に迫っていた魔人の爪を回避できずにモロに食らってしまう。

 

「グアッ!」

 

それが魔人から自分に発せられたものであると気付いたのは切り裂かれた後だった。魔人の追撃を切り抜け体勢を立て直すと、今度は自分から魔人に話し掛ける。

 

『偽りだと?』

『そうとも!』

 

こちらに言葉を返しながら魔人は大きく飛び掛かってきた。

 

『自分を偽り!』

 

薙。

 

『理想を偽り!』

 

振り下ろし。

 

『答えを出せずに奇麗な言葉で誤魔化そうとする!』

 

突き。

 

一つ一つ自らを責める言葉とともに繰り出される攻撃を何とか捌きながらも、シンは否応無しに力が出せなくなっていく己を感じていた。

 

『そもそも本気で思っているのか?戦いの場で平和への道が見つかると?』

 

そう、心の底でシンは確かに思っていた。武器を振るい怪獣と戦うだけでは平和が分かる筈もない。言った通りの事を成したいのならばサワイに師事を仰ぐなりするべきだった。それをわかっていながらこの場にあることを選んだのは。

 

『結局お前は逃げていたにすぎん!命懸けの状況に身を置く事で罪悪感から目を背けてな。そんな者がヒーローだと、笑わせるな』

『どこの世界に自身の救済を求めるヒーローがいるというんだ!』

 

魔人はイーヴィルティガの首を掴み、締め上げながら、シンを苦しめるための言葉を吐いた。

心の何処かでシンは望んでいた。ボロボロに傷つき倒れ、それを自分への罰とすることを。その言葉はシンが考えまいとしていた事実で在るが故に彼の心を深く抉る。

 

しかし、イーヴィルティガは戦うことを止めはしなかった。自分の心への偽りを剝がされようと、相手の言葉によって露わになった自分の真実がどれほど醜かろうと、それは彼が戦いから身を引く理由にはなり得ない。なぜなら、ソレは所詮“自分のこと”でしかなかったからだ。

 

『だからといって、お前が正しいからと言って俺が戦うのを止めて何になると言うんだ』

 

これはこの世界に来る以前からの事だったが、シンの根底にあるのは“理不尽な暴力にさらされる人々を守りたい”という思いである。そしてその思いはこの世界に来たときに、自分がどうなろうとかまうことはない、という意志へと昇華されていた。事実、ゴルザとの戦いの中でシンが力をとることを選んだとき、そこに「自分が生き残りたいから」という思いはなかったと言ってもいい。例え、この力を使い続けることで、自分がどうなろうともシンは後悔はしないだろう。それが正しいことなのかどうかはともかく、今この状況において魔人の言葉はシンの行動を止めるのに値しないのだった。

 

『俺はもう選んだんだ。なら戦うしかないじゃないか!』

 

自分の首を締め上げる魔人の両腕を掴み、紫電のエネルギーをスパークさせる。暴力的な光を浴びて、魔人はたまらずイーヴィルティガを解放した。再び間合いをとり、構えあう両者。これ以上この戦いに問答は不要であり、どちらからとも言わずに力と力は激突した。

 

銀の光と黒の闇が幾度も交差した。巨人の拳と魔人の脚、巨人の脚と魔人の爪。火花を上げながらぶつかり合うそれらは、ただ相手を討ち滅ぼすために振るわれる。そこに他者が入り込む余地は無く、それは正しく自分との戦いでもあった。

 

 

「ハァッ!」

 

魔人の顔面から放たれた破壊光弾と、イーヴィルティガの拳から放たれるイーヴイルビームが相討ち、互いに消え去った。

お互い一歩も譲らぬ戦いであったが、一区切り付けるときが迫っているのだとシンは直観していた。胸のランプも点滅を始め、エネルギーの限界が見えはじめている。

ならば選ぶ手札は当然最強の一枚。紫色のエネルギーを両の腕に収束させていく。

そしてそれは相手も同じだった。魔人の裂け目、そして両腕が淡い光を纏う。先の戦いでも放たれた、破壊光弾の兆候であった。

 

両者は一瞬睨み合い、同時に攻撃を放った。

 

紫色の光の奔流と、破壊光弾がぶつかり合う。お互いがお互いのエネルギーを喰らい合い、真夜中の街は暴力的な光に照らしだされた。

果ての無いかに見えた激突を制したのはイーヴイルショットだった。破壊光弾を打ち砕き、魔人へと命中した光線は、猛威を振るった魔人を霧散させる。

 

 

(終わった……)

 

魔人の消滅を見届けたイーヴィルティガは、疲労からか膝を付いていた。眼下ではS−GUTSの先輩達が安堵の表情を浮かべている。しかし、空へ去り、変身を解こうとしたその時、“あの”声が再び聞こえてきた。

 

『これで終わりだと思わないことだな……』

 

ハッとなって辺りを見回すと、いつの間にか人型の青いプラズマがこちらを見つめている。

 

『結局お前は力でしか解決出来なかったんだ……』

 

語り掛けるソレをイーヴィルティガは見ていることしか出来ない。構えもとらずにただ相手の言葉を聞いていた。

 

『次に俺が現われるとき、お前が答えを見つけていなければ、それがお前の最後だ。よく覚えておけ!』

 

言いたいことは言い終えたのか、プラズマは忽然と消え去った。イーヴィルティガは少しの間プラズマのいた空間を見つめ、空へと飛ぶ。シンの心に不可解なしこりを残し、この戦いは終わった。

 

 

後日―――

 

「あの夜の戦い以降、怪奇現象の話はめっきり無くなったな」

「ええ、やっぱりあの魔人が原因だったんでしょうね」

 

再び活気の出てきた街を、コウダとシンはゼレットでパトロールしていた。人々の顔は笑顔に満ち、先の事件の爪痕は跡形も無くなったようだった。

それに反し、車内の空気は著しく重い。原因は尋ねるべくもなく、仏頂面をした我らが主人公・シン・アスカである。

 

「気にしているのか」

「え?」

「この前の少女、お前の妹だったんだろう?」

 

本当に悩んでいることとは違うが、それも確かに気にしていた。幻覚に惑わされた自分は、未だに過去を振り切れていないのだと、半ば自嘲もしていた。

 

「過去を忘れる必要はない。大切な人との思い出は、どんな時でも大切な物だ」

 

シンの自虐を見透かしたように、コウダは少しづつ、それでいて力強く言葉を紡ぐ。

 

「死者を悼み、今懸命に生きている人々のために戦え。俺たちの仕事はそのための物だ。それだけは忘れるなよ」

「……はい」

 

噛み締めるように返事をする。かつて彼も失ったことがあるのだろう。その言葉には強さの裏に悲しい響きが込められていた。

例え自分がどうなったとしても、構いはしないとしても、ずっと抱き続けてきた迷いには答えを出さなければならない。ヤツの言葉通りにするのもしゃくな話だが、ヤツが俺であるとする以上ヤツの言葉も自身の真実には違いないのだから。なぜ戦うのか、その先に何を見ることが出来るのか、そして、平和への道はどこにあるのか。いつかまたヤツと相見えるときまでに、誰でもない、俺自身の言葉で。

 

 

懸命に戦う人間を乗せ、ゼレットは静かに真昼の街を走り続けた。

 



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第5話 蜃気楼の街

ラクダにまたがり砂漠を行く青年、マサオカ・トウヤは今絶体絶命の危機に陥っていた。

 

(なんてこった、コンパスの異常がここまでひどくなるなんて)

 

彼は業界ではそこそこ名の知れた探検家であり、今もまさに、「前時代の装備とラクダでサハラ砂漠を横断する」という挑戦をしていた。

 

「出だしはよかったんだがなあ」

 

地図とコンパスを頼りにオアシスを転々としながらゴールを目指す。初めの頃は現地民との交流に心を躍らせたり、静かな夜の風景に感動したりもしていたのだが、数日前の砂嵐を何とか切り抜けたあたりから、急におかしくなりだしたのだ。

磁気障害でも起きたのか、愛用していたコンパスが狂ったように回りだし、いつの間にやら地図もどこかに飛ばされていた。幸いなことにいちばん近いオアシスの距離と方角は思い出せたので、太陽の位置や星座を確認しながら進んでいたのだが、一向にたどり着く気配もない。

「前時代の装備を駆使する探検家」という肩書に自分自身おごっていたのか、と歯噛みした。普通は発信機なりなんなりで、直ぐに助けを呼ぶべきところだったのが、「自分なら大丈夫」という慢心が今の事態を引き起こしていることに、心底怒りを感じた。

自分を乗せてここまで歩いてきてくれたラクダにも、既に疲労の色が見えている。申し訳ないと思いながらも、ただ進むしかないこの状況では、心を鬼にして鞭を打つしかなかった。

食料もない、水もない、地図もない、それに加えてコンパスも当てにならない。三拍子どころか四拍子揃ったこの状況ではマサオカ青年の不安は弥が上にも加速していた。

 

 

奇跡が起きた、としかその時は思えなかった。歩き続けるうちに、前方に街が見えてきたのだ。

一人と一等は猛烈なスピードで街を目指した。それこそかのゾイガーすら上回るのではないかと錯覚するほどに。無我夢中に、我武者羅に走るマサオカ青年にはその時気づくことはできなかった。その町が放っていた妙な違和感に。

辿り着いた街はそれほど大きくはなく、そして不気味なほどに静かだった。この地方に特有の煉瓦で作られた幾多の建物には人間の気配が感じられず、既に人がすまなくなってから長い時間がたっているようだった。街の様子は気になるが、まずは井戸を探さなくてはならない、とマサオカ青年はラクダとともに、街の中を練り歩いた。

道から覗き込んだ家の中には既に砂が積もり始めている。やはりこの街が捨てられてからずいぶん時間がたっているのだろう、この分では水源の確保もむずかしいぞ、とマサオカは思った。

 

 

 

「や、やったぞ。ツイてる!」

 

それほど広くもない街の中心に井戸を見つけたマサオカは奇跡的に井戸が生きているらしいことを確認した。水をくみ上げた後残っていた鍋とバーナーを用いて蒸留し、一杯飲んだ後、水筒に詰めた。この時すでに記録をあきらめ、スポンサーから渡された発信機で救助を呼ぶことを決意していたマサオカ青年だったが、それでも救助隊がここを見つけるのに時間がかかることは容易に想像がついた。何せ自分がどこにいるのか説明すらできないのだ。幸いにしてこの街自体が目印になるだろうし、先方には自身の進路についての説明はしてあるのだから、何とか助かりはするだろうが、水を確保しておいて損はない。今は運よく機能しているらしい井戸もいつ壊れるか分かったものではないのだし。

 

砂の入り込んだ住居で少し休んだマサオカ青年は、滅入る気持ちを少しでも抑えようと、この街を探検することにした。特に何かがあるとは思えないが、しょせん気晴らしだし、もしかしたら以前の住民が残した保存食の類があるかもしれない、とも思ったのだ。

ラクダは用いずに、荷物を置いた住居の近くで止めておこうとした時、ラクダが奇妙な振る舞いをしていることに気付いた。何もないところだというのに酷く怯えているようなのだ。何をそんなに怯えているのかと訝しりながらとめておき、マサオカ青年は街に繰り出した。

 

結論から言えば、めぼしいものは何もなかったといえる。その街のかつての住民たちはパニックに陥ることなどなく、的確な準備の下で街を捨てたのだと感じられた。人の生活していた痕跡はどこにも見当たらない。環境問題が解決する以前の、砂漠化の影響で捨てざるを得なかった街なのだろうと結論付けると、マサオカは途端に興味をなくしてしまった。

もう先ほどの住居に戻ろうかと考えたマサオカは、突然眩暈を感じた。

日射病だろうか?

腰を下して汗を拭い、天を仰ぎみる。普段はこの星を照らしてくれている太陽が今は自分を焼き殺さんとばかりに照らしつけているようにも感じた。やはり自分は疲れている、これ以上は体力の消費をせずに、あの小屋でじっと待っていようと決めると、ふらふらした足取りで小屋へと向かった。

 

 

夜、毛布に包まり体勢で胎児のようなじっと体を休めていたマサオカは、奇妙な風を感じて目を開けた。

なんと言い表せばいいのか、ねっとりと自分に絡みつくようでいて、生暖かい、生理的な嫌悪感を催すようなそれは、微睡の中にあったマサオカの意識をあっという間に覚醒させた。

砂漠の夜は、昼間の暑さから手のひらを返すように寒いというのに、いったい何事なのか、その風はその街の中にだけ流れて行っているようだ。

 

恐ろしい。

 

マサオカは年甲斐もなく素直にそう思った。あるいは自分とラクダしかいないというこの環境がそうさせていたのかもしれないが、人間が年を取るにつれて失っていく素直に感情を表すという行為を、この時マサオカは行っていた。

 

まるで深層意識から湧き上がってくるような、太古から遺伝子に刻まれていたかのような恐怖を感じたマサオカは、どうしても原因を見なければならないという半ば以上に強迫観念に支配され、明かりひとつない夜の街に出た。昼と全く変わっていないはずの街並みに、慄然とした恐怖を感じたまま、マサオカは突き動かされるように足を動かした。

 

どのように進んできたのかはわからない。気が付けばマサオカは地下へと続くらしい階段の前に立っていた。見覚えはなかった。昼間の探索では見落としていたのかもしれない。奥に広がる真っ暗な空間を覗き込み、この先が自分の行くべき場所なのだと感じた。自分が正しい判断をしているのか、それとも何かに誘導されているのか。それすらもマサオカにはもう分らなかった。ただ、脳が発する命令のままに足を動かし、ゆっくりと階段を下りて行った。

 

そしてこれより後、マサオカ・トウヤを目撃したものはこの地球上にはいない。この事が事件としてが日本のスーパーガッツの下に届くまで、三週間の時を要した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シーン、これ処理しといてー」

「シン、コーヒー淹れてくれ」

「シン、これのレポートをまとめておいてくれ」

「シン、α号の強化案を開発部に渡してきてくれない?」

 

ゲシュタルト崩壊を起こしそうなほどに呼ばれる名前。全て僅か十分の間に言われたことだった。さんざん名前を呼ばれている少年、シン・アスカの現在の肩書は「ZAFTのスーパーエース」ではなく、「スーパーGUTSの研修隊員」である。つまり階級的には最も低く、それでなくとも今までスーパーGUTSで最も年齢の低かったミドリカワ・マイ隊員よりもかなり若いため、平時では当然のごとく雑用を押し付けられていた。

 

勘弁してくれよ、と思う。ここに来るまで彼が所属していたコロニー国家「プラント」ではコーディネーター技術の関係で、15歳からは成人として扱われていた。今の肩書は望んで得たものであり、仕事が多いのは仕方がないとも思うのだが、時々弟を見るような目で見られのは何とかならないものだろうか、特にマイ隊員。

元々兄という立場であったのにそのような扱いはむずがゆくて仕方ない。何とか反論しようとは思うのだが、結局のところせいぜい17年ぐらいしか生きていないがきんちょが、これまでに幾度の危機を乗り越えてきた歴戦の戦士を言い負かすのは不可能なのである。精神的な余裕が天と地ほども違うのだ。

 

しかし、心で仕方ないと割り切れていても結局シンの体は一つしかないわけで、従って雑用をうやむやにしてくれる任務の存在は不謹慎ながらもシンにとってはありがたい物なのだった。

 

「今回は救助任務だ。場所はアフリカ大陸のサハラ砂漠。三週間前に消息を絶った探検家のマサオカ・トウヤと彼の救助に向かった救助隊が忽然と消えてしまったらしい」

「ちょっと待ってください、隊長。どうしてアフリカの救助任務にわざわざ日本から俺たちが?」

 

疑問を投げたのはコウダ副隊長だったが、それは隊員全員に共通した疑問だった。スーパーガッツが所属する組織TPCは世界中に支部をもち、アフリカももちろん例外ではない。ただの、と言えば語弊があるが、論理的に考えて自分たちの出る場面であるとは思えなかった。

 

「それなんだがな、彼らの消息を絶った場所というのがどうやら“サルナスポイント”らしいのだ」

「サルナスポイントと言えばバミューダトライアングルやザリーナ地帯に並ぶミステリースポットじゃないですか!」

 

ナカジマの驚愕の中で出たミステリースポットとは、現代の科学では解明できない謎の力場を持つ地域のことである。TPCがこれまでに関わったミステリースポットで代表的なものは、かつてシルバゴンやガギ?が現れた獅子鼻樹海や、先ほど名前が出た、すべての計器を狂わせる異常な磁場を一帯に放っているザリーナ地帯などがあげられる。どちらとも一度はTPCの研究の手が及んだものの、当時の隊員が数時間にわたる原因不明の消失を起こしたため、安全の観点から厳重に警備するのにとどまっている。

 

「俺たちが駆り出される理由がわかったろう。スーパーガッツ、出動!」

「ラジャー!」

 

 

隊長であるヒビキと、マイ隊員を指令室に残し、一行はガッツイーグルで現場に向かった。その際イーグルには厳重な電磁バリアーを施し、力場の対策には余念がなかった。

 

 

(なんだ?)

 

目標地点に到達したシンは体の奥底を揺さぶるような波動を感じた。謎の現象に戸惑い周囲を見渡すが、見た感じただの廃墟であり、全くの無人であるということ以外に異常な感じは見受けられない。

 

「どうした、シン。顔色が悪いぞ」

 

余程取り乱していたのだろうか、心配をかけてしまったらしくカリヤ隊員が駆け寄ってきた。あまり心配させるわけにもいかないだろう。これから自分達はどんなことが起こるかわからない場所で人命救助をしなくてはならないのだ。意味の分からないことにいつまでも怯えてはいられない。

 

「大丈夫です、問題ありません」

 

いつの間にか滴っていた汗を拭ってそう答えると、すぐにコウダ副隊長を中心に集合した。

 

「全員で分担して捜索しよう。見たところ異常は見受けられないが、ここはサルナスポイントだ。気を抜くんじゃないぞ!」

 

号令の後、隊員たちはそれぞれの指示された区域に向かい、徹底した調査を行った。砂に埋もれかけた家、オアシスの名残らしき緑の残った場所。しかし、奇妙な電磁波で覆われた地帯では通信機も不調で、隊員間での連携もうまく取れず、捜索は難航していた。

 

そんな時である。街の南東区域を捜索していたシンは、か細く弱弱しい何かの声を聴いた。コーディネイターであるシンの肉体は人間の能力を常人以上に引き出せるようになっている。普通の人間では聞き落してしまうような音も、シンならば聞き取ることができた。

 

「今の音は………?」

 

音の聞こえた方に足を運んでいくと、ひどく衰弱しているラクダが廃屋の中に一頭。脇には水が入っていたと思しきバケツが転がっている。ラクダは飲まず食わずで何日も生きていられるというが、こいつはこの状態で三週間も過ごしていたのだろうか。あたりに散らばっているコンロやバックパックなどの道具から見て、これらがマサオカ青年の所持品だということは間違いないだろう。しかし、だというなら本人はどこへ行ってしまったというのだろう。手がかりを求めて廃屋の中を探し回っていたシンは、砂にまみれている一冊のノートを見つけた。

 

「これは………?」

 

読み進めていくうちにそれがマサオカ青年の旅の日記であることが分かった。「あの村の人たちは優しかった。」「この村は飯がうまい」等ということがつらつらと綴ってある。そして最後の、三週間前の日付のページにはこんなことが記されていた。

 

 

 俺はここで死ぬのだろう。大地の底、人類の歴史をはるかにさかのぼる深淵からのものが俺を呼んでいるのだ。俺は「彼」には抗えない。数瞬数秒意識が飛んでいるのがわかる。「彼」が俺を操っているのだ。何ということだ。この街こそが砂漠の民すら近寄るのを恐れる名もなき都市、蜃気楼の街だったのだ。もうじきペンも握れなくなる。最後に記しておかなくては。これを読む人よ、地下に続く階段を下りてはならない。その先に待つのは―――――――

 

 

日記はここで終わっている。読み終えた瞬間、シンは鮮烈なイメージが頭を貫くのを感じた。

 

月下の街、煌々と照らされた炎の下で半人半獣の奇妙な生物たちが何かを崇めるように狂宴にふけっている。生贄の体を引き裂き、神殿の奥にあるものに捧げていた。それに呼応するかのように奥にあるものが雄叫びをあげ―――

 

気付いた時にはシンは地面に身を投げ出しのた打ち回っていた。無意識の行動、シンの人間としての部分がマサオカの言う「彼」に呼ばれ、入り込んだ闇の力がイーヴィルティガの持つ光の力とぶつかり合い、まるで体内で核爆発が起きたかのようになっていた。

 

(他の人は呼べない)

 

シンは直感した。この闇の波動には巨人の力を持つ自分だけが耐えうるのだ。常人であればたちまちのうちに体を乗っ取られてしまうだろう。

 

体を引きずりながら、なおも意識はしっかりと持ち、体に同化している光の力が呼応する場所目指してシンは歩いた。シンの物であってシンの物でない、爆発的な怒りが彼とともにあった。かつてマサキ・ケイゴを拒絶し、火星でシンの意識に共振した光の意志の残留が、古からの宿敵、闇の眷属に連なるものの存在に今怒りの炎を燃やしていたのだ。

 

階段の前に立つ。ここだ、この奥に奴がいるのだ。胸ポケットに入れてある。アギトライブまでもが輝き始め、いつもとは違い己の意思ではなく光の意思でシンは光になった。閃光のように深奥を目指し深く、深く潜っていく。その間、様々な負の情念とすれ違うのを感じた。恨み、憎しみ、恐怖、嫉妬。ありとあらゆるマイナスの感情が漂っている。奴が幾千の時にわたって捕食してきた生物たちの魂がそこにはとどまったままでいたのだ。

 

許せない。

 

シンの怒りがイーヴィルティガの怒りと重なった。二重の正の思念は闇の神殿の最奥に到達し、闇の眷属と会いまみえる。その場所で待っていたのは、生理的な嫌悪感を催すでっぷりと肥えた蜥蜴のような奇妙で巨大な生物であった。闇の情念を食らい続けてきた、ただそれだけを悠久の時間繰り返し、母体となる闇の権化が滅びても尚むさぼり続け、この「座」にしがみついてきたもののなれの果て。

 

意志だけがそこにあった。かつて隆盛を誇っていたであろう巨体はただの脂肪の塊となり、手足は見る影もなく衰え、天井に伸びる無数の触手だけが威容を放っている。

 

それを打ち滅ぼすのに、最早「技」は必要なかった。かつて海底都市ルルイエとともに現れた邪神・ガタノゾーアのような力は持たないそれを滅ぼすのに必要だったのはただ、光をぶつけることのみ。全身を光に変えてぶつかっただけで、その闇はあっけなく崩れ去った。負の情念にとらわれていた魂達が解放されていく。天井をすり抜け上へ、上へと登っていく魂を、シンはただ見守っていた。

 

 

結局、マサオカをはじめ救助隊員たちは見つかることはなかった。各隊員によって彼らの荷物だけが発見され、この事件はサルナスポイントの怪奇現象の一件に追加されることが決まった。しかし、帰り際、ガッツイーグルのコクピットから廃墟の街を見やったシンだけは知っていた。この場所で失踪事件が起きることはもう無いだろうということと、この星にはいまだに太古からの邪悪なるものが住み着いているのだということを。

 



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第6話 その身に刻まれた“業”

スーパーガッツ研修隊員シン・アスカには友人がいる。基地に来て3週間ほどたって出来たその友人の名は岬利一。TPCの本部基地に科学者として勤務する、35歳の中肉中背の男である。

 

「お前か、スーパーガッツの雑用係の宇宙人ってのは」

 

初対面でこんな不躾な質問をしてきた男だったが、自分を飾らずこちらを見下すことのない、自然体な男とシンはなぜか気が合い、食堂で会えば一緒に食事をとる程度には仲が良くなった。

 

「となりの研究所の奴らがうるさくってよー、新型超音波探査装置だとかいって音量MAXで作業してんだよ、もう敵わねえや。おいシン、おめえ強いんだろ?ちょっと行ってしずかにやるように言ってくれよ」

「なんで指パキパキ鳴らせながら言ってんだ。俺の身分でそんなことしたら最低でも火星に送り返されちまう」

「ったく、使えねーなー」

 

あるいは、そのフランクさにかつて短い時間ともに戦ったオレンジ髪の男の面影を見たのかもしれなかったが細かいことはシンにはわからない。ただ、時にはスーパーガッツの他の隊員や岬自身の友人も巻き込みながら、気安い友達付き合いが続いていた。

 

そんなある日のことだった。いつも通り厳しい訓練を終えたシンが自室に戻ると、作業用のパソコン宛に一通のメッセージが届いていた。差出人は「toshikazu misaki」。何の用だと思い中身を見ていると、そこには短い一文があった。

 

“聞きたいことがある。俺の研究室に来てくれ”

 

少なくとも最低限の礼節は守る岬らしくない唐突な文。しかし特に気にすることもなくシンは言われた場所に向かった。「急ぎの用だとしたらざつになることもあるだろう。」そんなことを思いながら。

 

「おう、よく来たなシン」

 

指定された部屋でまっていた岬は、言葉とは裏腹にひどく挙動不審だった。

 

「なんだよ、聞きたいことって」

 

資料室の整理担当の小川さんのことだろうか。こいつは彼女のことを気にしていたからなあ。なんて呑気なことを考えいたシンの頭は次の岬の一言で銃撃されたような衝撃を受けた。

 

「お前が遺伝子を操作して生まれたデザイナーズチャイルドってことは本当なのか?」

「なん...だと...」

 

何を言っているんだ、こいつは。なぜそのことを知っている?俺はそのことは誰にも言っていないっていうのに!

 

「その反応、つまり事実なんだな」

「待ってくれ岬。アンタその話を誰に聞いたんだ!?」

「知らねえよ。廊下で資料を運んでる途中で誰かが言っているのを聞いたんだ。だが、そんなことはどうでもいい!」

「どういうことだよ」

 

訝しがるシンに、岬は深く頭を下げて頼み込んできた。

 

「頼む、シン。その技術を俺に教えてくれ!」

「はあ!?」

 

混乱するシンに向かって岬は自分がこれまでにとおってきた道のりを語りだした。

 

かつて岬はアストロノーツ、つまり宇宙飛行士の身体強化計画“ジニアス・プロジェクト”に参加していた人間だった。ジニアス・プロジェクトは宇宙世紀を控えた人類の新たな希望となるべく多くの期待をかけられ、当時TPCに入局したばかりだった岬も優秀な科学者たちの情熱にあてられてこのプロジェクトに熱心に取り組んでいた。人類の未来の発展を願い、若いひたむきな情熱をもって研究に費やした時間は実に充実していたという。

しかし、そんな彼らプロジェクトチームを悲劇が襲った。チームの中でも率先してこの研究に向かい合っていた科学者、サナダ・リョウスケが実験に使用していたエボリュウ細胞により怪獣に変貌してしまうという事故が起こったのである。当然プロジェクトは凍結。細胞サンプルはすべて処理されてしまう。

それでも岬たちは研究を続けようとした。エボリュウ細胞がだめなら何か他の方法はない物かと模索したのだ。しかし、今度は彼らにTPCからの研究資金は下りなかった。上層部が一連の研究し怯え、アストロノーツの身体強化は世界的にタブー視されるようになった。岬たち研究チームは散り散りになり、彼らはこの数年間辛い思いをしてきたのだった。

 

「そこに現れたのが俺ってことか」

「そうさ。お前がその技術を教えてくれればサナダさんの汚名も晴らせる。俺たちの計画が無意味じゃなかったって胸を張れるんだよ!」

 

どうしたらいい?

確かに自分の体を調べさせれば、それが自分に悪影響を及ぼさない範囲のものであっても、コーディネイター技術につながるものを提供できるだろう。少なくとも、体を切り刻まれるような事態にはならないはず。それに岬は友人だ。出来ることだったら彼の力にはなりたい。

しかし、しかしだ。

彼が望んでいるのはこの身に使われているコーディネイター技術だ。故郷、コズミック・イラを泥沼の戦争に巻き込み、家族、友人、多くの大切なものを失う原因を作った技術なのだ。

 

無論、シンとて論理的な思考のできる人間だ。技術そのものが悪いのではなく、それを扱う人間の心の問題だということは理解できている。

かといって今、この星にコーディネイター技術をもたらすことが、第二のコズミック・イラを生む原因にはならないという保証がどこにあるというのだろう。この星は平和だ。俺たちの世界と違い、このTPCもある、スーパーガッツだっている。

 

けれども、彼らとて人間なのだ。

 

アイドルを見る少女のような目で彼らを見ているときにはわからなかった多くのことが、ともに戦いに身を投じてきた今のシンにはわかってきていた。

彼らだって悩み、怒り、間違える。どうしようもない現実に頭を抱えることだってある。

所詮、完璧な人間なんていない。そんな当たり前のことをシンは今ようやく理解していた。

そして、そのことが頭の中になってなお、シンは技術を渡せるような厚顔な人間ではなかった。

 

「だけれどシン、それに挑むのがネオフロンティアじゃあないのか」

 

断った岬にそう言われた。確かに、それも否定できることではない。

だけれど、だけれど

そんな言葉がシンの頭を駆け巡った。岬を説得できるほど口のまわらない自分に苛立ち、理解してくれない岬に苛立ち、そして、頭の奥に浮かんだ最悪の未来図に怯えた。

 

その後も、激しい口論が続いた。最後の方はもはや覚えてもいない。ただ、どうしようもなく解決策が見つからず、泣き崩れそうになってしまう自分を必死にこらえていた記憶だけがある。

 

岬との交流はなくなった。友人としての最後の思いやりからか、コーディネイター技術のことは黙っていてくれたようだった。友を失った空しさを感じながら、この時シンは人生の中で初めて故郷の混沌の根幹である問題に、故郷に住むいかなる人間とも違う角度からふれた。

「コーディネイター技術」は呪われた技術でしかないのだろうか、それとも、人類の明日に必要な技術なのだろうか。

 

これまでの人生の中で初めてシンはこう思ったのだった。

「どうしてこんな技術を作ったんだ」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、結局問題にはならなかったのか

 

しょうがないな、奴らはお人好しだし

 

まあいい。次はどうしてやろうかな

 

待っていろシン・アスカ。その光、必ず消してくれる

 



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第7話 勇気が闇を引き裂いて

その物体は誰もが当たり前の日常を過ごしていたとある町の上空に静かに現れた。漆黒の球体、大きさにして直径80mをくだらないそれは、まるで黒い太陽のように異様な気配を発しながらただただ浮かんでいる。

住民には避難警報が発令され、街にはTPCの大部隊が出向する。スーパーGUTSからはコウダ副隊長とナカジマ隊員が調査のために派遣された。

 

「もう一週間になるな」

「ええ。しかしその間、あれには一切の変化が見られません。いったい何なのでしょうか」

「わからん。無人探査機“ゴッドアイズ?”からの情報では内部に巨大な生命反応があるらしいが」

 

ゴッドアイズ?とはかつてガゾートとの戦いやガタノゾーアとの最終決戦の際にTPCに情報を伝え続けた浮遊型無人探査メカ“ゴッドアイズ”の改良型である。コスモネットの応用でさらに発達した衛星通信は勿論、怪奇現象による様々な通信障害への対策も配慮された優れものだ。

 

「ええ、データによると内部にはゴルザ級の怪獣の生体反応が確認されて―」

「まて、あれを見ろナカジマ!」

 

コウダが指をさした先。漆黒の球体に大きな変化が生じていた。球体はゆっくりとそのその形状を変え、完全な球状だったのが徐々に楕円状に近づいていく。そしてその細くなった球の内の一方が緩やかに避け、内側から醜悪な蛇のような頭が顔を出した。

 

「あれは、いったい……?」

 

驚く一同をよそにその顔は大きく口を開く。大きく伸びた二本の牙と、それを補うかのように鋭く短い牙が口中所狭しと並んでいるのが伺える。そしてその喉の奥から巨大な管が伸びてきた。

初めは誰もが目の錯覚だと疑った。しかし時が経つにつれ誰も自分の目を疑うことなどできなくなってくる。管から漆黒の霧が放出されていた。その霧は、蛇頭の怪獣によってかはたまた漆黒の浮遊物体によってか、完璧な制御を受けているかのように四方に広がり、ゆっくりと下降しながら街を段々と包み込んでいく。

 

「総員、撤退!」

 

コウダの指示が通信機を通し街に集められた人員に響く。堰を切ったようにTPC隊員の避難が始まった。彼らのことを臆病者と言うことはできないだろう。この光景はかつて邪神が地球の奥底から地表に現れた時と酷似していた。いま前線に出ている彼らは、まだ幼かった頃闇に飲み込まれ人が死んでいく様を目撃している。街々が破壊され、絶望に塗り替えられていく様を見ているのだ。この状況で怯えないものはおそらく愚か者だけであろう。

しかし、ぎりぎりの指示ゆえに、すべての人員が逃げ切れたわけではなかった。逃げ送れた者も多く、そうした人々は魂を抜かれたようにその場で倒れ伏した。TPCの人員がなんとか黒い霧から逃げ切れたのは市街地を抜けてからである。浮遊物体から放たれた黒い霧は市街地を覆い尽くしたところでようやくその進軍を終えたのだった。

 

 

スーパーガッツ作戦司令室では目下都市を飲み込んだ黒い霧への対策が取られていた。張りつめた空気、その原因はコウダ副隊長の不在だった。退避指令を出したコウダは逃げ遅れた一人のTPC隊員を庇い黒い霧にのまれ、安否の確認がかなわない状況にある。霧の中に残された人々の早期の救助のためにも即刻な霧対策が求められていた。

 

「大気圏外活動用の防護服はどうでしょう、霧に含まれている成分か電磁波が原因ならばそれで防げるはずですが」

「ゴッドアイズから送られてきた映像を見る限り密閉された車のなかにも霧が充満されているのが確認されているんだ」

「あの霧は物理的な防御を浸透する性質を持っているらしいのよ。下手な手は打てないわ」

 

会議はこう着状態に陥っていた。球から現れた生物を含めて、今回の生物は全く未知の存在である。スーパーガッツは無茶と勇気でTPC内に知られているチームであるが、その無茶はやるべき手をすべて打った後、その努力を無駄にしないために不屈の闘志を持って行われるものだ。無策で突っ込むようなチームではなく冷静な判断ができるチームである故に、今回はさらに焦りを加速させていた。

 

『こちら、ナカジマ。司令室応答願います』

 

一人霧の近くに残り、解析を続けていたナカジマからの連絡。マイは早速メインモニターにつなげナカジマを映した。そこには浮かない顔を浮かべたTPCが誇る科学館の姿がある。

 

『解析の結果、この霧はある特定の成分を刺激して人間の近くに異常を引き起こすものだとわかりました。霧に取り残された人々と連絡が取れないのは彼らが意識不明の状況にあるからだと思われます』

「ならあの霧を取り除けばコウダたちは助かるってぇことか!」

『はい、もしかしたら何らかの異常はあるかもしれませんが命に別条はないはずです』

 

ナカジマの返答によって流れる安堵の空気。しかしそれを止めたのもまたナカジマであった。

 

『ここからが問題なんです。異常を引き起こすターゲットになる人体の物質、それは―』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガッツイーグルのコックピットの中、宇宙用の装備に身を包んだシンは出発の時を待っていた。隊員用の装備がぎっしりと詰まったトランクの中身を確かめ、無線の調子を確かめ、既に準備はできている。

 

ナカジマ隊員からの報告にあった、あの生物が放つ霧の中に含まれる成分の正体は、ナカジマ隊員が開発した装備の一つ、宇宙人探知機がターゲットとしている成分を刺激するものであったのだ。あの宇宙人探知機は地球人類だけが持つ成分を基準に、それを持たない生命反応を宇宙人と認識して、反応を示す、というものだ。

 

今回あの球から現れた生物はその固有の物質を刺激し、体内の調子を狂わせる、いわば対地求人用兵器であることが分かった。当然のごとくこのままではスーパーGUTSは怪獣に太刀打ちするどころか、中に取り残された隊員たちを救助することすらできない。そう、ある一人の人間を除いては。

 

その一人こそが、今静かに準備を整えている男、我らが主人公、シン・アスカであった。

青年、シン・アスカは極論すれば宇宙人である。彼から宇宙人反応が検出されることは既に実験済みだ。ゴッドアイズ?を介した通信でならば霧の外からのサポートが可能であることが確認され、シンには最も重大な任務が課せられることになったのだ。

それは―――

 

「XXバズーカによる霧放射器官の破壊、か」

ナカジマの解析により、黒い霧は怪獣の舌にある噴射器官から出ていること、そして霧は一定時間以上同じ場にとどまってはいないことが突き止められた。つまり、怪獣はあの霧を維持するために現在も霧の噴射を続けているというわけである。

XXバズーカの火力であれば器官を壊すことが可能。その事実を受け、シンはこの任務を受けた。

 

今、彼の心は不安と恐怖で満ちていた。この任務は、一つの惑星の命運を、自分の手にゆだねられたも同然である。やらなければならないと思う気持ち、失敗したらどうすればよいのだろう、自分にそんな責任が持てるのだろうか。そんな気持ちがない交ぜになっていた。

 

(怖がっちゃいけない。俺はスーパーGUTSの戦士なんだ、こんなことでどうする!)

 

そう自分を叱咤するも、恐怖は収まらず、体は震えだす。ああ、自分ではきっとだめだ。作戦を変えてもらおう。そう言おうとした時だった。

 

「怖い?シン」

 

α号のハッチを開け、前の座席に入ってきた声がそう尋ねた。自分を送り届けるためにパイロット役を引き受けたリョウの声だった。

 

「無理もないわ。この作戦には現状考えられるすべてが詰まっている。後がないんだものね」

「俺、自分がやんなきゃいけないのは分かっているんです。俺しかできないんだってことも。それでも……」

「体の震えが止まらない、か」

 

はい、と頷くシン。彼は今、巨大な恐怖の前に、かつてただの少年だったころの素直さを本人がそれとは知らぬままに取り戻し始めていた。

そもそも、ZAFTのエースパイロットとして多くの戦場で武勲を立て、FAITHにまで上り詰めたこともあるこのシン・アスカという人間は至って平凡な少年だった。会社に勤める両親がいて、まだ幼い妹がいて、学校では友人たちがいて。故郷で肩を並べたあの二人に比べて特異な生まれでも、英才教育を受けた上流階級でも、身分を隠す必要があった抑圧的な環境にいたわけでもない。彼をその星の戦士のトップクラスまで押し上げた強さは、どこまでも自分の弱さを誤魔化すためのものだった。失うことを恐れた弱さが我武者羅に、自分も周りも顧みることなく求めた力だった。

しかし、この世界で余計なものをそぎ落として始めた日々の中で、シンは常に過去の自分を顧みるようになった。あの時の魔人の影響もあるだろう。戦う理由と意味、それを求めている途中だった。いまだ未熟なまま、シンは地球人類の命運をかけた戦いに挑もうとしている。いままで取り繕っていた力を手放そうとしている今、家族を失った幼いままであったシンの地の部分が、だんだんと成長してきているとはいえ、揺れ動いてしまうのは仕方ないことだといえただろう。

 

「リョウさん、どうすればいいんですか。俺はどうしたら、貴方達みたいな揺るがない心を手に入れられるんですか」

 

それは、かつて戦争の中で力を求めねばならなかったシンが、心の奥底でずっと抱いた思いだった。悲しみを怒りと力に変えて戦ってきたちっぽけな少年の、求めてやまない強さそのものだった。そして、それを彼ら、スーパーGUTSは持っている。シンはそう思っていた。

 

「それは買いかぶりよ、シン。私だってほかの皆だって、それにヒビキ隊長だって怖くてどうしようもなくなってしまうことはある」

「え?」

「私たちだって人間だもの。あなたのいうような揺るがない心なんて持っていないわ。そんなものを持っていたらそれこそ本物の超人よ」

「でも、それならなんで、どうしていつもあんな風に戦えるんですか!どんな怪獣からも目をそらさずに……。俺は、あんなふうにはできない……」

 

どんどん不安を吐露していくシン。今彼はこれまでため込んできたものを一気に拭きだしていたのだった。言えば言うほど膨らんでいく恐怖。それを止めたのはリョウが彼に投げかけた言葉であった。

 

「ねえ、シン。勇気ってなんなのか、考えたことある?」

 

え?となる。突然の問いかけだ。シンは答えるものなんて持ち合わせていない。

 

「例えば貴方が初めてスーパーGUTSとして怪獣と戦った日、貴方は身一つで怪獣の前に飛び出していったわよね。あれは勇気と言えるかしら」

 

そう聞かれれば、勿論ノーだ。結局あの行動は何にもつながらず、自分を危険にさらしただけだった。

 

「あの時あなたはどうしてあんな行動をとったの?」

 

それは……あの時の俺は

 

「俺は負けることが怖かった。また、自分の目の前で平和が壊されるのが……」

 

そう、と頷きリョウは続ける。

 

「いい、シン。恐怖から目をそらしちゃダメ。勇気は恐怖を壊すためのものじゃない。自分の恐怖と戦って、乗り越える心こそが勇気よ。揺るがないわけじゃない。怖がらないわけじゃない。みんな必死で怖がる自分と戦ってるだけなのよ」

 

いまだに震えは収まらなかった。けれど、今、リョウの言葉を聞き、自分との闘い、勇気の意味を知ったシンの心には、恐怖と戦えるだけのものが確かに宿っていた。

 

「行けるわね、シン!」

「ラジャー!」

 

グランドームのハッチが開く。カタパルトから赤いイーグルが飛び立った。この星の希望を載せて。

 

 

 

 

 

 

 

件の街の郊外にシンは降り立った。これからナカジマ隊員と合流し、最後の打ち合わせに挑むのだ。

 

「シン、まかせたわよ」

 

シンを下したイーグルからリョウから通信が入る。リョウの役目は霧の及ばない範囲からの街の監視だった。シンの作戦が成功すればほかの戦闘部隊と合流し、怪獣に総攻撃をかける手はずになっている。

 

上昇していくイーグルを見送り、シンは科学班前線本部に向かった。TPCのマークが描かれたテント。その場所に今回の作戦を立案したナカジマと、今なお霧と怪獣の解析を続けているTPCの精鋭たちがいた。

 

「シン、よく来てくれた。今回の作戦はおまえにかかっているんだ」

 

ナカジマから説明された作戦の全貌は次の通りだった。

あの霧への耐性を持つシンが宇宙用装備を用いて単身突入。ゴッドアイズ?を利用して市街地をナビゲートしながらシンは霧の中央、怪獣と球体がいるはずの場所に向かう。怪獣のいる場所、方向、高度等は宇宙人探知機を三次元的に応用して外部から随時シンに伝える。XXバズーカの射程に入ったら十分な調整のうえで怪獣の頭部を狙い撃つ。

 

「頭部がどこだかわかるんですか?」

「正確には頭部じゃなくて霧の噴射口を狙うんだ。解析データから霧の濃度をマッピングするプログラムを作成することができたから、霧の濃度が一番高い場所を狙えばいい。XXバズーカの弾を通常よりも炸裂範囲の広いものに変えておいたから、それで奴の噴射期間を破壊できるはずだ」

 

説明を終えた後、ナカジマは苦虫を噛み潰したような顔で言う。

 

「すまない、シン。お前ひとりにこんなにも負担をかけるような作戦しかできなくて」

「気にしないでください。今、これが最善の手だってことぐらい俺にもわかります」

 

ナカジマの悔しさはシンにも痛いほど伝わった。自分のたてた作戦が、100%他人に任せるものだとしたら、そしてその作戦が多くの人々の命を巻き込む物であったら、その苦しみはいかばかりであろうか。

ふと思い出す。昔、まだ自分が故郷でエースパイロットをやっていたころ、似たような作戦をやったことがあった。データ頼りに坑道を抜け、敵の主砲を破壊する任務。あの時、あいつも今のナカジマと同じ気持ちだったのだろうか。あのすまし顔の真相は今となっては分からない。随分遠くまで来てしまったものだ。思えば故郷での戦いで、あの作戦が唯一といっていい最後にみんなで笑えた作戦だったかもしれない。

段々と勇気が湧いてくる。あの時自分たちに街の命運を託した少女に、俺はどうしてやればよかったんだっけ。

 

「大丈夫ですよ、俺が今までどんな人たちにしごかれてきたと思ってるんです」

 

ナカジマが意表を突かれたような顔をする。その顔を見て、シンは心の中で笑みを浮かべた。できるさ、俺だったら。目の前に広がる黒い霧を吹き飛ばして、あの時みたいに皆で騒ぐんだ。

 

「俺はスーパーGUTSのシン・アスカですよ。信じてくださいナカジマ隊員、アンタの後輩を」

 

 

 

 

 

 

『ナカジマ隊員、シンは?』

「今、霧の中に入っていったところだ。しかし、驚いたな……」

イーグルからの通信。リョウだった。上空で監視を続けている彼女とは定時連絡をすることになっている。

「何かあったの?」

「シンのことだよ。来たばかりのころは、なんだ宇宙人と言ってもただの少年じゃないか、なんて思ったもんだけど、いつの間にか良い表情するようになったなと思ってさ」

「へえ、あいつがねぇ……。これは、カッコつけた甲斐があったかな?」

「なんだいリョウちゃん。何か言ったの?」

「ふふっ、秘密。あいつもあんな情けないところ知られたくはないだろうしね」

「ますます気になるな……。まあいいや、それよりそっちから見て何か変化は?」

「今のところは何も。やっぱりシンに任せるしかないみたい」

 

黒い霧の中は全く見通しがきかない。あのどこかにコウダも倒れているのだろう。そして、自分たちが未来を託した後輩は、あの中のどこかを一人で歩いているのだろう。

 

「頼んだぞ、シン」

 

ぽつりとつぶやいたナカジマの言葉は誰にも聞かれることなく消えていった。

 

 

 

 

 

 

暗い暗い霧の中を俺は進む。ヘルメット内に表示される市街地のデータ、ナカジマ隊員に渡された、俺の歩行速度、位置、体勢のデータを伝えてくる端末と、TPC隊員の指示を頼りに右も左もわからない霧の中をただ歩いていた。さすがに手に持ったものぐらいは見えるらしく、何とかモニターを確認できる。怪獣の居場所まではまだ遠かった。

レーダーとマップを頼りに歩いていると、ガルナハンでの戦いを思い出す。あの時自分はどんなことを考えていたのだっけ。確か、びくつく自分の心を誤魔化すために、必死でアスランへの愚痴を考えてばかりいたような。あの頃と比べて今の俺は少しは前に進めているのだろうか。

ついつい考え事に没頭していたせいか転びそうになり、シンはいけないいけないと首を振って頭を切り替えた。モニターから見るに、怪獣まではあと少しだ。決戦の時は近づいている。そういえば、取り残された人の救助はどうなっているのだろうか。

 

『お前が作戦を成功させ、霧が晴れたらTPCの部隊が救助に向かうことになっている。宇宙人探知機を逆作動させて地球人の反応を探ったところ、残された人も街のかなり外側の方まで来ているらしいんだ。心配しなくても大丈夫だぞ』

 

安心した。やはり抜かりはないらしい。ていうかそんなことまでできるのか宇宙人探知機。ナカジマ隊員マジパネェ。いやいや集中集中。

 

さらに歩を進めていくと、風の唸るような音が聞こえてくる。あの怪獣が霧を吐き出している音のようだった。背中にマウントしていたXXバズーカを下し、照準を定める。これは前線本部からのサポートが無くてはできない仕事だった。

 

「射程範囲内に入りました。指示お願いします」

『ラジャー。……方向、右に20度修正、上方に32度、もう少し左……そこです。その向きで固定してください』

「よし、固定完了しました」

『それではこれより砲撃を開始します。こちらのカウントに合わせてください』

「ラジャー」

 

『3』

 

引き金に指をかける。野放しにはできない敵だ、絶対に仕留める。

 

『2』

 

前線本部とイーグル、作戦司令室にも緊張が広がった。

 

『1』

 

汗が滴った。失敗のイメージはもうない。もう恐怖には屈しない!

 

『0』

「発射ッ!」

 

気合とともにバズーカの爆音、続いて弾薬の炸裂音が鳴り響く。

 

オオオォォォォオオオオオアアアァァァァ!

 

怪獣の悲鳴が怒号となって街中にこだました。成功か、失敗か!

 

『シン、作戦成功だ!怪獣を中心に霧の濃度がどんどん下がってる、お前は早く退避しろ!』

「よっしゃあ、ラジャー!」

 

思わずあげたことのないような言葉がシンの口から洩れる。知らぬ間にスーパーGUTSのノリが伝染していたのだろうか。けれどそんなことは今はいい。自分は成功させたのだ!

ナカジマの言葉通り徐々に霧は薄くなっていった。今まで霧に隠されていた怪獣の全貌が露わになっていく。街を霧に包む前、首だけを出していた怪獣は既に全身を表していた。蛇のような頭部に長い首を持ち、それがゴルザのごときがっしりとした胴につながっている。長く伸びた尾が体のバランスを保っているようで、蝙蝠のような翼を広げたそれは、全体的にこの星の西洋で伝説の存在とされているドラゴンによく似ていた。

 

怪獣は怒り狂っていた。シンが放ったXXバズーカの影響で頭部はグチャグチャになり、片目は失われている。残ったもう片方の目を真っ赤に染めて、怪獣は己を攻撃したものを探し出そうとしていた。

 

身を隠しつつ、シンは郊外に向け走り出していた。上空では先行していたα号が怪獣をけん制している。この場でシンに出来ることは素早くこの場を離れてイーグルの邪魔にならない場所まで退避することだった。XXバズーカはおいてきた。固定のために使った器具の所為でもう持ち歩きには不向きであると判断したためだった。戦場での冷静な判断。これまで頭では実行しようとしながらついぞできなかったそれを、今のシンは自然に行えていたのだった。

 

怪獣とイーグルの戦況は極めて難しいものだった。三機のイーグルの攻撃は怪獣の強固な鱗によって効果が半減させられており、合体してトルネードサンダーを撃とうにも怪獣の動きが予想外に素早く合体の隙がつかめない。現在急ピッチでαスペリオルの発進が準備されているが、それでも長期戦が予想された。

 

その様子を離れた場所から眺めていたシンは、胸のポケットからアギトライブを取り出す。この力を使うべき時が来たのだ。天に雫型の変身アイテムを掲げ、全身を光で包み込む。

 

「ジェアッ!」

 

銀色の輝きの中からイーヴィルティガが現れる。戦士は跳躍とともに怪獣の所まで光のごとき速さで飛んでいく。

 

「ラァッ!」

 

怪獣の胴にイーヴィルティガの手刀が命中する。ギャアッ!という悲鳴を上げ怪獣が動きを止めた。その隙を突き、イーグル三機は怪獣の翼の付け根に向かい、集中砲火を浴びせる。強力な熱線に当てられて、怪獣の翼は焼け落ちた。たまらず、怪獣は落下し、戦場は地上へと場所を変える。

 

「フッ、ハァッ、ジェヤッ!」

 

イーヴィルティガの拳と脚を使った三連撃、閃光を放ち火花を上げ、怪獣にダメージを負わせていく。スーパーGUTSの兵器すら軽減する怪獣の鱗も、直接の衝撃にはダメージを流しきれないようだった。

 

「ゴアッ!」

 

しかしここで怪獣からの反撃がイーヴィルティガを襲う。長い全身を鞭のように使い、左右からイーヴィルティガを攻撃していく。首を受け止めれば尾が襲い、尾を止めれば首が襲う。ゴルザ級の体格を誇る怪獣である。如何にイーヴィルティガとはいえ、両方同時に受け止めるのは困難を極めた。

 

だがしかしイーヴィルティガは、シンは一人で戦っているのではない。この場には隊長の二つ名である「鷲」の名を冠した機体に乗る不撓不屈の戦士たちがいるのである。

 

「スーパーGUTS!イーヴィルティガにばかりいいとこ持ってかれてるんじゃあねえぞ、奴の速度は翼を落としたことで目に見えて落ちた!今なら合体してトルネードサンダーで奴を撃てる!」

『しかし隊長、連続した高機動とジークの連発の所為でα号のパワーが低下しています!』

『大丈夫です、リョウ先輩!』

 

エネルギー不足で決め手に欠けていた現状を打破したのはマイの駆るαスペリオルだった。普段はオペレーターとしてのサポートが任務のマイであったが、イーグルを操縦する訓練は一通り受けている。作戦司令室は補充要員に任せ、αスペリオルのパイロットとして今前線へと出動したのだった。

 

『かわいい後輩がを無駄にはさせません!』

「よっしゃあ、その意気だ。リョウは後退して射撃で援護、マイ、カリヤ、俺はイーグルを合体させてスパークボンバーだ!」

『ラジャー!』

 

オペレーターとはいえ、もう5年以上もスーパーGUTSの一員として戦ってきたのだ。戦う術も、勇気も身についている。後は打ち出すだけだ。仲間とともに、後輩が繋いだ思いを乗せて、あの怪獣へと。

 

『機体制御。発射角、修正!』

「スパークボンバー、発射!」

 

トルネードサンダーの強化版、αスペリオルと合体することで発射することが可能となるスーパーGUTS最強の兵器が放たれた。狙いは外れることなく、回転の軸となることであまり動かない胴に命中する。怪獣は雄たけびを上げて膝をついた。

 

「今だ!」

 

イーヴィルティガの両手に紫色の光が収束していく。L字に組まれた手から、必殺の破壊光線が放たれた。

 

『イーヴィルショット!』

 

連続して同じ個所を狙われた怪獣は抵抗敵わず敗れ、爆散する。スーパーGUTS、そしてイーヴィルティガの勝利であった。

 

「デュワッ!」

 

両手を広げ、イーヴィルティガは飛んでいく。その空には先ほどまでの黒い霧などかけらもなく、きれいな青空が広がっていた。

 

 

 

 

スーパーGUTS作戦司令室で行われた盛大な宴会、と言っても職務の都合上アルコール0%だが、は盛り上がっていた。中心にいるのは勿論シンである。作戦の中心となり見事やり遂げたのだからこの待遇も当然と言える。しかし、今は皆興が乗ってきたようで、少し騒ぐのに疲れたシンが中心から離れても築きはしなかった。

 

どんちゃん騒ぎが続いている。これがいわゆる空気に酔う、という奴だろうか。細かいことはわからない。無知な自分のことだ、間違っているかもしれない。でも、こんな風に――

 

「何考えてるの?」

「うわ、マイさん!」

「む、その反応は少し失礼よ」

 

突然後ろから話しかけてきたのはマイだった。冷えた飲み物をシンの首筋に充てるものだから、余計驚いてしまった。

 

「いえ、こんな風に故郷の仲間と笑えたらいいなあ、って」

「ほ〜う、いっぱしのこと言うようになったじゃな〜い。うりうり〜」

「ちょ、ちょっとマイさん!?」

 

マイはシンの頭をぐりぐりとなでつける。正直言ってそういうコミュニケーションにはなれてないシンは反応に困ってしまうのだ。更に―――

 

「そういうことなら、」

「宴会芸の一つや二つ覚えないとな!」

「カリヤさんにコウダさんまで!?ってかコウダさん安静にしてなくていいんですか!」

「大丈夫、大丈夫。ほらほら主役はこっちに来い!」

「アンタらいったいなんなんだっ!」

 

それでも、このバカ騒ぎの中でシンは思うのだ。いつか、コーディネーターもナチュラルも関係なく、一緒にご飯食べて、遊んで、笑いあえる世界が見たいなって。そんな温かい世界があって欲しいって。その夜は怪獣も現れることなく、作戦司令室からは賑やかな声が聞こえ続けていた。

 

 



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第8話 『イーヴィルティガ』

それが起こるとわかっていても、覚悟していたとしても、どうしても直視できないものというものがある。今シンの目の前で起きていることがまさしくそれだった。

 

「黒い巨人を許すな!」

「さっさとあの巨人を退治しないか!」

「TPCはどうして何もしないの?!」

 

 かつて熊本で起きた巨人同士の戦い、それの被害者たちが起こしていたデモ行進だった。シンは警察の制服を着て、このデモ行進による交通規制に参加していた。色々なことを経験しておくべきだ、というサワイの考えだった。警察の方にはTPCの方から話が通っている。

 

(彼らの言い分は正当なものだ)

 

 戦争で家族を失い、憎しみからオーブを去り力を求めたシンには、このデモ行進に参加している人たちの気持ちが理解できた。

 きっと、彼らの思いは「グチャグチャ」なのだ。かつて自分や家族を苦しめた相手が再び現れている。今度は世間的には「正義の味方」として。憎しみと、悲しみと、怒りと。様々な思いがないまぜになって、でも動かないではいられなくて、それがこんな形になっている。

 

(今の自分は彼らに何ができるのだろうか)

 

 声を張り上げ街を歩く彼らを見て、シンは思った。

 シンがスーパーガッツに入ってすでに半年が過ぎた。季節は10月。街にも冷たい風が吹くようになった。

 

 滅多にない休暇をシンは市街地で過ごしていた。先週のデモ行進のことで思うことがあったのか、眉間にしわを刻んでいた。街を見渡せば笑いあう家族、仲睦まじげな恋人、そこかしこに幸せがあふれている。そして、この星のどこかに確かにあったこの幸せを壊してしまった力を、シンは自身の中に秘めているのだ。

 自然と、胸の奥が痛くなった。そしてすぐに思い直す。

 

(この胸の痛みは自分がイーヴィルティガだからだろうか?いや、違う。これは俺自身がここに来るまでにやってきたことからくる痛みなんだ)

 

 MSに乗って戦場を駆け抜け、エースと呼ばれるまでになったかつての自分。それはつまりそれに見合うだけの数の人間を殺してきたということだ。もしかしたら当時の自分にも無意識化でそれをわかっていたのかもしれない。デュランダル議長があのレクイエムを修復し、月のアルザッヘル基地にむけて撃ったとき、自分は動揺する仲間にこう言ったはずだ。

「俺のデスティニーとあの兵器に 結局どんな違いがあるっていうんだ?」と。

 あの時のどこまでも冷たく冴えた感情を思い出す。もしかしたら俺はあのときすでに家族を壊した力と同じ物を自分の中に見ていたのかもしれない。

 

 今の自分は「アスハ」で「フリーダム」なのだとシンは思った。デモ行進する人々を通して、かつての自分に幸せを壊された人を重ねる。

 彼らにとってシン・アスカ/イーヴィルティガは許せない存在で、それが変わることは恐らく無い。かつての自分が「アスハ」に抱いた感情が今の俺に向けられているのだとしたら、きっとこの考えは正しい。なぜって、自分がそうなのだから。

 

 もう一度街を見る。こんな自分の胸のうちなどまるで気にしないかのように、今も幸せに満ちている。

 

(守ろう、許されはしなくとも。悲しみを増やさないように)

 

 超人の力を秘めた青年は誓う。守護と未来と、贖罪を。

 青年を待つ運命は静かに時を待つ…… 

 



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第9話 導きの宇宙(そら)

 いやに高く感じる青空をサッと横切って三機のガッツウィングが飛んでいく。からりとした風がシンの心を高ぶらせた。

今日はスーパーガッツとZEROの合同演習の日であった。この演習が数年前から回数を増やされ、ともすれば井の中の蛙になってしまう訓練生にとっては身を引き締めるいい機会にもなっていた。TPCの軍備増強要素の一つとしてメディアの槍玉に上がるのも一度や二度ではなかったが、依然減少の気配を見せない怪獣災害の実情もあってこの点で表だって批判されることはそう多くはなかった。

しかめ面で演習場を歩くシンを、コウダとリョウがちらりと見やった。原因は演習の前に行ったミーティングでのことである。訓練生の一人であるフドウ・ケンジという青年が(遠まわしにではあるが)シンを軽んじる発言をしたのである。その場ではアクシデントにはつながらなかったが、これからどうなるやら……。

 

「シンは素直すぎるのよね……」

「それがアイツの長所でもあるだろう?それに、詳しくは分からないがアイツも社会人経験はあるんだから、大きな問題にはつながらないと思うが……。アスカと違って」

 

既にシンにはフドウの事情については話してある。元々は特殊部隊に配属されていたシンジが、スーパーガッツとの合同任務を通して再びZEROに戻ることになったいきさつ。兄の遺志を継いでいること。それを受けてどう思うかはシン次第だ。

 

「最近心配しすぎな気がするわ」

「アイツも良く無茶をする奴だってのもあるけどな。見た目がああだし、リョウは弟でも見てる気分なんじゃないか?」

「そうかもね」

 

クスリと笑って、さっき見たシンの表情を思い出す。

 

「でも思い返してみるに、今回はたぶん大丈夫よ」

「お、言い切るね。根拠はあるのか?」

「ええ、だってさっきのシンの目は――――」

 

 

 

ギラリと目の奥で炎をもやし、シンは歩いていた。先ほどは先輩たちの手前、事を荒立てるようなことはしなかったがその胸の内では「上等だ!」という思いが渦巻いている。

かつてプラントに移ったばかりの頃、地球育ちとして他のコーディネーターから軽んじられていたシンが周囲に認められるために必要だったのは、実力をみせることだった。味方は誰一人としておらず、ただただ訓練に明け暮れたアカデミー時代。

そして合同演習と言う部隊の前で軽んじられた今、シンのテンションかつてのような荒々しい闘争心に満ちていた。

 

(今日だってもそれを繰り返すだけだ……なにも特別なことはない)

(だけどやっぱり、言われっぱなしは俺らしくないよな)

 

そうこっそり呟くシンの向かう先には訓練生の控室があった。

 

 

ガヤガヤと喧しい訓練生控え室。その中で一際目立つ人物がいた。立場らしからぬ貫禄を放つその人物こそがフドウ・ケンジ。頭ひとつ抜けた成績でこの演習に臨む訓練生のリーダー格だ。

それも当然である。彼はかつて特殊部隊ブラックバスターのメンバーとして選ばれたほどのエリート。ZEROに戻ったとはいえ、彼にかなうような訓練生はほかにいない。自然、この世代の訓練生たちはケンジを中心にしたコミュニティを築いていた。

 

「さっきは良かったスねえケンジさん。あの小僧にバシッ!と言ってやりましたな」

「そうそう。地球を守る組織にあんなのがいちゃあねえ」

 

そういってくる取巻き達を見ながらケンジもまんざらではなさそうな様子だ。

 

「フフ、そんなに持ち上げるんじゃあないさ。オレは当然のことを言っただけなんだから」

 

否定しつつも、口元はわずかに緩んでいる。彼にはあれは本心さ、と言わんばかりの自信があった。

ケンジがそっと時計を確認し、そろそろ飛行場に向かおうかな、と言う所でバタンと部屋のドアが開いた。

 

「ああ、もしやそろそろ移動のじかんですかっと…おやおや」

 

そこにいたのは連絡係などではない。まさに今話題の中心だった人物、シン・アスカだ。ツカツカと靴の音を鳴らしながらケンジの真正面に進み出る。静まり返った控室の中でじっとにらみ合い、ややあってシンが口を開いた。

 

「言われっぱなしってのも趣味じゃないからさ、宣言させてもらう。フドウ・ケンジ、あんたは俺が落とす」

 

途端ワッと場がざわつく。そのほとんどがシンを罵る内容だ。

 

「言ってくれるじゃないか。勘違いしてるようだから言っておくが、相手は俺だけじゃないんだぜ。上層部はなぜだがお前みたいなのをスーパーガッツに入れてるが、俺たちは認めないぞ」

「そうだそうだ!」「宇宙人はどっかいっちまえ!」

「それならそれで構わない。今日アンタたちに勝って、俺のことを認めさせるだけだ」

 

言い切ると入ってきたときと同じようにツカツカと去っていく。このシンの行動は訓練生たちをいっそう熱くさせる結果となった。

 

「フン、上等だ。逆にこっちがアイツをコテンパンにしてやる!」

 

様々な思いをはらみながら舞台は宇宙(そら)へと移る。

 

 

球形に仕切られた演習エリア。その両端から編隊を組んだガッツウイングが入ってくる。その数それぞれ白色三機、黄色十機。前者がスーパーガッツ、後者が訓練生の編隊だ。

宇宙を飛ぶという感覚はシンにとって慣れ親しんだものだった。彼は操縦技術や戦いの心構えのすべてを宇宙で磨いたのだ。いうなればホームグラウンドのようなものだった。操縦するものは違えど、経験からくる自信がシンにはあった。

演習開始と同時にスーパーガッツ側から一斉に赤いレーザーが放たれた。演習用のシグナル光線だ。レーザーは一斉に訓練生側の編隊を襲う。黄色いガッツウイングは慌てて散らばるものの、うち二機に命中し、早速リタイアとなった。

 

『ちくしょう、不意打ちじゃなければこんな……』

『甘ったれるな!実戦に泣き言なんてないんだぞ!さっさと帰投しろ』

 

 訓練生の愚痴をコウダが切り捨てるのが聞こえた。

 

『ならこういうのもありだよなあ〜〜』

 

立て直した訓練生側からシンの乗機に向かって二発レーザーが撃ち込まれる。が、シンは落ち着いた機動でそれを回避した。

 

「アンタ達みたいなのがやることなんて、こっちは大体読めてるんだよ!」

『なんだと、こいつ!』

 

自身の背後に二機迫ってきているのは分かっていた。レーダーにはきっちり映っていたし、参加者の人数も、先ほどのシンを取り巻く状況を考えれば予測できた行動でもある。シンとしてはむしろ、人間というのはどのよう場所でも同じような行動をとるものだな、と思わずにはいられなかったぐらいだ。

 

「ついてこれるかな」

 

ガッツウイングを思い切り加速させる。もっと、もっと、もっと。後ろの二機の目が自分に釘付けになるほどに。そして、狙っていたポイントで速度を落とした。

 

(バカが。無茶な加速をするから無理が出たな)

 

当然訓練生は「隙アリ!」とばかりにシンに撃ち込む。しかしそれを含めてシンの狙いなのだ。

 

「よっと」

 

機体を操作しレーザーを躱す。目標を外れたレーザーは……

 

『なっ、なんで俺にーっ!』

『ハシモトォーーーッ!』

 

前方、リョウ機を追いかけていた訓練生機に命中した。

 

『こ、こいつ俺たちにハシモトを撃たせるためにここに誘導したのか!』

『許さねえ!』

『そうだ、あいつの機体は……うわぁ!』

 

レーザーが二機を撃ち抜く。これでまた二機退場だ。訓練生の動揺を突き、後方に回り込んでいたのだ。

 

「迂闊すぎるんだよ、アンタたちは!本職を目指すなら戦場での位置関係くらい把握しておけよな」

『畜生!』

 

そうだ、プロならば戦場での位置関係は常に把握しているべきなのだ。開幕で二機、今ので三機、リョウさんとコウダさんが既に一機ずつ落として、今一機ずつ相手取っている。そして当然一機は。

 

『思っていたよりやるじゃないか、宇宙人』

「フドウ・ケンジだな!」

 

フドウ・ケンジの機体がシン機に迫る。

 

『正直なところ最後まで残るとは思っていなかったよ。あの二機を落とすとはね』

「あいにく俺は多勢に無勢の戦いには慣れてるんだよ」

『そうかい、ならお前はこのフドウ・ケンジが直々に撃ち落してやる』

「やれるもんなら!」

 

一騎打ちであった。

 

 

ピンと張りつめた空気の中、しかし長くはならないだろうということは二人とも感じていた。追うケンジと追われるシン。この状況をひっくり返せばシンの勝ち。シンを捉えきることが出来ればシンジの勝ち。

星々の浮かぶ真っ暗な宇宙を二色の閃光が彩る。敵がとどめを刺しに来た瞬間こそが勝機だとシンは確信していた。自分は一騎打ちに「ツキ」が無い。その自覚はあったから、彼は持てる限りの能力を使い、状況を組み立てていた。何度か放たれてくるレーザーに対してシンは一定のリズムで回避行動をとっている。敵は当然このリズムを崩しにかかってくるだろう。そこに最大のチャンスが眠っている。

 ケンジは粘り強く回避を続けているシンに対し評価を改めながらも、しかし決して認めようという気にならなかった。かつて自分の憧れた兄が目指し、そして自分が尊敬した男が命を懸けて侵略者たちと戦ったチーム・スーパーガッツ。その席に、今よりにもよって宇宙人が座っている。

 

(我慢ならない)

 

ケンジはそう思った。あるいは、今スーパーガッツという存在を最も特別視していたのはケンジだったのかもしれない。

 

自分が奴より優れていることを示したうえで、自分がスーパーガッツの席に着く。

 

ケンジの決意は固かった。

 

「こいつ、なかなかいい動きをしている。だがね――」

 

ケンジにも策があった。彼は球形で仕切られた演習エリアの天頂にシンを追い込むような軌道をとっていたのだ。機体が天頂部に達すれば、折返しのために反転動作を取らざるを得ない。ガッツウイングに平行機動するような装備は無いから、その瞬間機体は完全に無防備になるという訳だ。

黄色い機体が食らいつくように追い詰めていく。ケンジの目には白いガッツウイングが猛禽に狙われたハトのように感じられた。

そして天頂。シンの機体が反転を始める――

 

「終わりだ。これがお前と俺の実力の差だぜ」

 

トリガーを引いた。そして赤い光線が相手の機体に吸い込ま―――れない。

 

「なっ!あいつなんて無茶な機動を!」

 

シンの操るガッツウイングは実に驚くべき機動を取とった。シンはモードチェンジ時に使う翼の可変部を最大限に利用し、目算でコンピューターを制御し鳥が羽ばたくように翼を動かしたのだ。機体は慣性の力によって反転姿勢のままフドウ機の右斜め後方へと大きく平行移動した。一見して道理を無視した行動に見えるシンの行動だったが、この発想はシンのオリジナルという訳ではない。原点があるのだ。

AMBACと呼ばれる技術がある。Active Mass Balance Auto Control = 能動的質量移動による自動姿勢制御の略称、彼が元の星でパイロットとして戦場を駆ったMS(モビルスーツ)に使われていた姿勢制御技術で、可動肢を高速移動させたときに生じる反作用を利用して宇宙空間での移動、姿勢制御に応用するというものである。

人材資源の少ないプラントで養成されるパイロットにはナチュラル以上にMSへの理解と構造を把握することが求められた。時にはパイロットだけで機体の整備を行わなければならない状況もあるからだ。シンはいやと言うほどの知識を叩き込まれたのである。

ガッツウイングの構造を初めて教えられたとき、誰にも言わなかったものの、シンはAMBACを思い出した。この機体ならばAMBACによる機動が可能なのではないか、と。その答えは果たしてここで回答が出たという訳だ。

 

(土壇場で初めてやったって訳じゃなかった。機を見て何度かシュミレーションは行った。キーボードから直接可動翼を制御するのは骨が折れたが、成功だ)

 

遂に立場は逆転した。後方にシン、前方にケンジ。もはやケンジには逆転の策は無かった。

 

「これがアンタと俺の実力の差だ」

 

 

 

 

 

決着がつこうとしたまさにその瞬間だった。突然のアラートと共に、岩石の雨が演習エリアを切り裂いたのだ!

「なんなんだよ!一体!!」

『怪獣よ!12時の方向からやって来るわ!』

「コスモネットの監視網には引っ掛からなかったっていうんですか」

『いいえ、監視の穴ではないわ。私達はアイツが突然この場所に現れることが出来る訳を知っている』

リョウとの通信の最中、そいつの姿がガッツウイングのモニターに映った。

 

そいつは一言でいうなら滑稽な姿をしていた。見た目の印象は、例えるなら胴体を風船のようにふくらませたトカゲとでも言うべきだろうか。そいつは岩石のようなゴツゴツとした体を、見事に巨大な球形にしていた。飛び出ている頭部や四肢、尾が調和を乱しているようで妙に不釣合いだ。しかし、重要なのはその頭部なのだ。トカゲであれば脳があるはずの場所には青い網掛けの、奇妙な発光を繰り返す白色の物体が憑りついていた。

 

『スフィア合成獣よ。新種のようだけど、まだ残党がいたなんて……』

 

かつて地球を、いや太陽系を壊滅寸前まで追い込んだ宇宙球体スフィア。奴らは鉱物などと同化し怪獣として襲ってきた。人類に敗北し消滅したはずのスフィアが今再び襲いかかってきたのだ。

 

『全機実戦モードに切り替えろ!奴を地球に通すな!』

 

コウダの命令が伝達される。シンはスイッチを切り替え怪獣から距離を取る。

 

「フドウ、あんたとの決着は後回しだ。今はアイツを何とかするぞ」

 

返事はなかった。シンは一瞥して、その警戒を怪獣に向ける。見れば見る程、地上侵略には向かなそうな体型だった。アーカイブでジオモスという奇妙な体型のスフィア合成獣を見たことがあったが、それにも大地を駆け物をつかむための手足があった。こいつはそれ以上に突飛な外見だ。

 

(宇宙で活動するための体)

 

とは思ったが、一体何をするための体なのだ。シンにはその謎が不気味に感じられた。なにか、恐ろしい力を秘めているのでは。そう感じた。

 

コウダの指示の下、散らばっていた機体が徐々に編隊を組んでいたが、その中から突然一機、飛び出した機体があった。

 

『ここでこいつを仕留めて手柄をあげてやるぜ!』

『おい、五番機!何をしている!』

 

手柄を立ててスーパーガッツに入る!そんな功名心が五番機のパイロットをくすぐったのか。飛び出した機体は怪獣に向かっていく。そして、レーザーが放たれんとした。その時だ。

怪獣の周囲から何かが放たれ、圧倒的な速度で五番機に襲いかかる。不意打ちを食らったパイロットは躱すこともできず、その機体ごと爆散してしまった。

静寂が訓練生の間に広がる。彼らにとっては苦楽を共にした仲間だったのだろう。それが勝手な行動が原因とはいえあまりにもあっけなく死んでしまった。

目の前で起きた「死」を見つめ、シンは自分が怒りに震えていることに気付いた。久しぶりの感覚だった。あっけなく奪われる命。救えない自分。ギリッという音がした。シン自身が歯を噛みしめた音だった。

 

彼らはなかなか体勢を立て直すことが出来ないでいた。怪獣が放ってくる岩石を回避することに専念するしかできない。特に訓練生側は仲間を殺されたという心理的動揺が尾を引いていた。

 

『くッ、何もできないなんて』

 

リョウが毒づく。しかし、奴の攻撃を受け続けていたことで分かることもあった。奴は岩石の幾つかを惑星にとっての衛星のようにキープし、また速度を付けてこちらに放つこともできる。ただ、無数に、というのではなく、コントロールできるのは10個ほどのようだ。放たれた岩石が怪獣の方に戻っていくのも確認している。怪獣の周囲で飛び回る岩石は奴にとっての矛であり盾であるという訳だ。

 

『リョウ!俺たちならともかく訓練生にこいつの相手は荷が重すぎる!彼らを後退させるぞ!』

『くっ!仕方ないわね。』

 

コウダが全機に通信を開き指示を出す。

 

『全訓練機に通達。撤退し本隊へ報告せよ。俺とリョウ、シンが援護する。』

 

乱れた声ではなく、張りのある強い声だった。それが功を奏したか、パニック状態だったいくつかの訓練機でも指示を聞き、行動することが出来たようだった。

 

『シン、彼らを死守するぞ!』

「ラジャー!」

 

次から次へと撃ち込まれる衛星を、教官組の機体から放たれるレーザーが打ち落としていく。衛星は怪獣の周囲にある岩石を材料としているようだったが、核にスフィア細胞が使われているのか、レーザーが当たるたびに燃え尽きていった。

訓練開始時から一機減り、全六機となった訓練機。彼らを先導するシンジはちら、と戦場に目を向ける。

流星群のように向かってくる衛星を三機の白いガッツウイングが応戦している。こちらへの致命だとなるようなものは一つも撃ち漏らすことは無かった。

 

「あれが最前線の戦士・・・」

 

ケンジは誰にも聞こえぬように一人で呟いた。

そして、その中で懸命に戦うシン・アスカの機体を見つけ、先ほどまでの自分を恥じた。

スーパーガッツに入るためとはいえ、一度前線を退いた自分が何を偉そうに……。彼らに守られている身で!

今、怪獣を目の前にして初めて自分と彼らの差を思い知る。ZEROでは常にトップだった。ブラックバスターとして実戦経験もあった。そのことが自分のおごりにつながっていたのだろう。

 

「くそ!」

 

毒吐く。無力感を追い出し、訓練機に声をかけた。

 

「これからデブリ帯に入るぞ、注意しろ」

 

今の自分には、これしかゆるされない。せめて訓練機を無事返すことだけはしようと、フドウはなんとか眼前に迫るデブリに集中しようとした。

 

その直ぐ後訓練生たちを襲った不幸は、誰のミスとも言い難かった。シンたちは訓練機の位置をレーダーで追いながら、進路上に進むであろう衛星を落としていた。フドウは仲間たちに十分な注意を呼びかけながらデブリ帯を進んでいた。しかし、衛星の破片がぶつかったとか、とにかく何らかの原因で、デブリが一つ想定外の動きをしたのだ。予測機動を大きくずれたそのデブリはある訓練機の進路を妨害し、そこに本当に偶然、見送った衛星が激突した。

 

『クロツグ!』

 

フドウは叫んだ。仲間の名前を。シンは見た。彼がそれまでいた位置を。しかしそこに映ったのはバラバラになったウイングの機体だけ。信号も返事も返ってこなかった。また一つ、命が散ったのだ。

振り返り、砕ける程に歯を食いしばり、シンは怪獣を見た。その大きく避けた口は一つの死を嘲るように、その黄色く光る眼は邪悪な機を飛ばしているようにシンには感じられた。

湧き出てきた感情は、怒りや憎しみ以上に懺悔であった。自分があと一つ衛星を多く落としていれば……。ただ、その感情に囚われることは無かった。その悔いはシンをさらに強く、強く敵と向き合わせるよう働いた。

シンは自分に強く命令する。

 

この空間のすべての物体の位置を理解しろ!

一切の無駄のない道を探せ!

皆を守り、やつを打ち倒すことのできる道を!

 

強い意志はシンの奥へ奥へと染み渡り、それはシンがこれまで眠らせていたひとつの力を目覚めさせた。

これ以上自分の目の前で命を失わせるものか!

これ以上、奴の好きになんか

 

「させるかァーーッ!」

 

咆哮と共に、シンの中の『何か』が爆発する。『それは』まるで植物の根のようにこの空間に広く広く伸びていくような感覚すら覚えさせた。

 

「うおおおおおお!」

 

シンは最大速度(フルスロットル)で敵の方向へ機体を突撃させた。遂に耐えられなくなってしまったのか、とリョウは思ったがその考えは目の前の機体の動きによって覆されることとなる。

シンの突撃に応じ、血に飢えたピラニアのように怪獣の衛星が殺到する。常人であれば、そして心の均衡を崩した弱卒であればデブリにされていたであろうその攻撃を、将に完璧としか言えない動きでシンの機体はかわした。そして先程の演習の時とは違う丁寧な動きで旋回しレーザーを放つと、密集していた衛星群に吸い込まれるように光は進み、衛星を消滅させた。

 

「なんて奴だ……」

 

一連の動作を見ていたフドウは言葉を失う。フドウにとっては雨をかわすような無茶な状況だったように思える。それをあのシンという少年はやってのけたのだ。

 

類を見ないような機動をやってのけたシンだったか、しかし彼には高揚感は無かった。シンの精神は今ひたすらにクリアに、そして大きく広がっている。

 

「不思議だ……何処に誰がいるのか分かる……いや、」

 

かつてモビルスーツを駆って戦っていたときに、数度似た感覚を味わったことがあったが、今の感覚はそれらのどれとも違う。かつての体験を上回るような、圧倒的な情報の奔流がシンの中に流れ込んでくる。シンにはまるで空間そのものが、自分に対してどこに何が起きているのかを教えているようだ、と感じた。

かつてのそれが、例えば優れたスポーツ選手が極限状態で覚醒する「ゾーン」のような鋭い感覚であるとするなら、今のシンの視界は自分の体を離れ、俯瞰するように全体の情報を得ることが出来ていた。

「どの方向に行けばいいのか」「どこから誰がくるのか」。あるいは植物の根が幹に水を運ぶように、先ほど自分の中から爆発するように広がっていった『なにか』が情報を伝えているのかもしれない。

未体験の感覚にシンが振り回される事はなかった。むしろ目覚めたばかりのそれを乗りこなし、縦横無尽にこの戦域を駆け、衛星を撃滅せしめた。

 

周囲の岩石を利用し次から次へと作られていた衛星もシンの猛攻により生産を追いつかなくさせ、次第に弾幕を薄くさせていた。これを機と見たコウダ、リョウの両名はガッツウイングをハイパーモードに変形させ、怪獣本体にレーザーを撃ち始めた。

変形によって威力を高められたレーザーは徐々に怪獣のボディに届き始める。それらは確かに効果を示していたようで、怪獣に苦悶の表情を浮かべさせることに成功していた。ここが地上であれば痛みからの吠え声が聞こえていたであろう程であった。一見して戦いの主導権を握り始めたように見え、訓練生たちもほっと安堵する様子を見せ始めていた。

しかし、感知する力が大幅に拡大していたシンはやはりその異変に気付いた。怪獣のボールのような体の“背”の部分、球体の10分の1ほどが粘土を指で掬い取るようにえぐれていき、怪獣の背後に生まれた穴のような空間に吸い込まれていく。と、同時に後方の空間、丁度訓練生がいるあたりの空間がなにかに圧迫されているような感覚を受けた。

 

なにかが空間にねじ込まれてくる!おそらくあの怪獣の抉れた部分が、死角を突くように訓練機を襲うのだ!

 

そう直感したシンはすぐさまウイングの翼を収納し、ハイブーストモードで訓練機のいる後方へ飛ぶ。そうしながら彼は訓練生たちに呼びかける。

 

「訓練機、散会しろ!敵の攻撃が襲ってくるぞ!」

 

そういうシンの目は、訓練機のいる地点の脇に真っ黒い穴が開くのを捉えた。

呼びかけられた訓練生たちは自分たちの真横から突然迫る、冷たい色をした物体を見た。槍のように先端をとがらせたそれは、自分たちと比較してあまりにも巨大であったから、あたかも超スローに迫ってくるように見えた。自分達を塵と化してしまうだろうという恐怖に彼らはゆっくりと襲われていたのだ。仲間の幾人かが悲鳴を上げた。フドウは死を覚悟した。

その時だ、上方から冷たい槍を衝撃が押した。確認するまでもなかった。先ほどこちらに呼びかけてきた回線がそのままになっていたのだろう、シン・アスカの雄たけびが聞こえていた。恐るべきことに彼はあの奇襲を感付き、先んじてこの地点での敵の攻撃をそらそうとしていた。しかし、ハイブーストモードではレーザーの威力が足りないらしい。フドウがあまりにも冷静に状況を分析し、あきらめた時、ガッツウイングのサイドガラスから槍の先端を見つめていた彼の視界を真っ二つに割るように、白い閃光がひらめいた。

 

「そんな、まさかあいつ!」

 

フドウは迫っていた槍を忘れ、その閃光を目で追った。閃光は白いガッツウイングだった。シンの機体だ。彼はウイングの最大速度で槍の先端に体当たりし、強引に槍の軌道を変えたのだ。強引に、とは言ったものの、それはある意味では計算された行動でもあった。やけにならず先端を狙ったことで槍は完全に訓練機たちの方向から外れ、シンの機体も破損し、今もなお火花を散らし煙を出してはいるが大破は免れている。戦闘行動は愚か、単純飛行もおぼつかなそうではあったがパイロットはどうにか生きているはずだ。

 

フドウは怪獣を見る。あれは怪獣にとっても文字通り捨身の行動だったに違いない。えぐれた体はどうやら満足に衛星を操れないようだ。シンを欠き、二機となった教官機の攻撃も先ほどと比べ少なくはあるが通用している。

フドウは考えた。あそこに自分が加わればより優位に立てるはず。なにより、身をとして俺たちを救ってくれたシンが作ったチャンスに報いず、何がスーパーガッツに入る、か!

 

「全機、散会し先ほどの攻撃に警戒しながら撤退を続けろ!俺はスーパーガッツの援護に入る!」

『しかし、フドウさん!』

「早くいくんだ!数を欠いての戦いではこちらにも漏れ玉が飛んでくるやもしれない。俺はなんとしてでもお前らを無事に返さないといけないんだ!」

『…了解です』

 

反転する自分の機体を追い抜いて行く僚機の姿を見ながらフドウは思った。

格好つけたいわけじゃないさ。ただ、俺はあいつらのリーダーで、あいつらよりは実戦経験があるんだからな。残ってでもあいつらを返す義務があるだけなんだ……

 

「コウダ副隊長、リョウ隊員、訓練生フドウこれより援護に回ります」

『フドウ!?お前…』

 

難色を示そうとしたコウダをリョウがたしなめ、フドウに言った。

 

『スフィア合成獣が初めて地球に降り立った日、貴方のお兄さん達は命令違反をしてまでも私の援護に入ってくれたわ』

「兄さんが?」

『私たちの指示には従ってもらうわよ。いいわね?』

「……了解!」

 

不思議な感慨が胸中にあふれた。自分の兄もこうしてスーパーガッツを援護し、スフィア合成獣と戦ったのだ……。論理のかけらもなかったが、この不思議な一致はフドウの胸に勇気を与えた。

 

「務めて見せるさ、あいつの代わりを」

 

通信が通じず、連絡が取れない状態のシンをちらと思い、三機は怪獣に向かっていった。

 

 

「くそっ、損傷が激しいか……」

 

宇宙空間に漂う、ガッツウイング。コックピット内でシンは呻いた。さすがのシンにも体当たりによる衝撃には大分堪えたのだ。

 

「戦況は……」

 

かろうじて正常に作動するらしいモニターを起動させるまでもなく、今のシンにはこの空間で起きていることが理解できた。この空間にいる人の心でさえもわずかに感じられるようであった。いったん戦闘と切り離された今は不気味ですらあったこの能力だが、今のところシンは感謝していた。犠牲者が増えていないこと、フドウが自分を認めてくれたことが分かったのだから。

 

「いつまでも寝てはいられない」

 

懐からアギトライブを取り出す。イーヴィルティガのカラータイマーと同じ形をしたそれは、激しく輝き、シンを包んだ。赤く熱い光の意志をこれまで以上に感じるようだ、とシンは思った。光はシンと共に昇華し、巨大な戦士の姿を取る。イーヴィルティガが戦闘空間に姿を現した。空を蹴るように身をひるがえし、まさに光の速度で怪獣の下へ向かった。

 

「あれは……なに?」

 

三機のガッツウイングによる連携攻撃を続けていたリョウは、イーヴィルティガの様子がいつもと違うことに気付いた。普段は紫色の光をまとっていたのに対し、今の巨人は全身から赤い光を放っていたのだ。その姿は今まで以上、にかつて共に戦ったウルトラマンダイナやウルトラマンティガの姿と重なって見える。

 

「彼は、変わろうとしているの?」

 

そのつぶやきは誰に聞こえるともなく、巨人が加わることで激化した戦いの流れにのまれていった。

 

 

イーヴィルティガと対峙してもなお、怪獣の体は巨大に見える。怪獣はそれまでと戦法を変え、自分の体の一部を弾丸のように飛ばしている。イーヴィルティガを動かすシンの意識はその姿を見て、宇宙空間で対空機関砲をうつ戦艦の姿を連想した。

人間の体の時の謎の力と巨人の力の相乗作用なのか、イーヴィルティガは自分の力がいつもより鋭く洗練されているのを感じた。今まで満足に使えなかったサイコキネシスはその力を増し、手から放つ光弾はこれまでより精密で細かい力のコントロールが出来るようになっている。しかし、敵の弾幕が厚く、降りかかる弾丸を無力化することこそ出来ていたものの、反撃することもできないでいた。弾丸は怪獣の全体積と比べてごく小さいもので、敵の息切れは期待できないように思えた。共に戦ってくれているガッツウイングのことを考えても長引かせることはできないだろう。

 

奴を倒すにはどうしたらいい?

 

イーヴィルティガは飛び回りながら敵を分析する。

 

奴の武器は(今は使っていないが)奴を中心に円運動を取っていた衛星だ。だとしたら、それは惑星のものと同じように、怪獣の中心にあるエネルギーが元なのではないか?

抉れた体では衛星を操るのが困難そうだったのは、体の中心からのエネルギー伝達のバランスが上手くいかなくなったかではないだろうか。

試してみる価値はあるように思えた。

 

怪獣が自身の身を弾丸のように繰り出してからこう着していた戦場だったが、コウダはイーヴィルティガが何か目的をもって移動を始めたのに気付いた。

 

「戦局を変える策を思いついたのか?」

 

半ば確信だった。しばらくの間、ともに戦場で戦ってきた彼に、コウダは信頼にも似た感情を寄せていた。彼ならば道を切り開ける、とコウダは直感した。ならば迷う暇など無いだろう。

 

「イーヴィルティガを援護しながら追従するぞ。進路を妨害する弾丸を集中して排除しろ」

 

回線を開き指示を出す。僚機はすぐさま指示に従いコウダ機を先頭としたトライアングルの陣形でイーヴィティガと同じ軌道を取る。レーザーを発射し弾丸から身をかわしながら進む。スレスレでかすめるような弾丸もあったがコウダたちは怯まなかった。

ある程度進路をたどるにつれて、コウダたちにもイーヴィルティガの狙いが理解できるようになる。彼の必殺光線『イーヴィルショット』であの怪獣の中心を狙おうとしているのだ。ならば自分達の役割はその援護!

三機のガッツウイングはイーヴィルティガの横にならび、一斉にレーザーを発射した。

緑の閃光。

着弾。

怪獣の動きが止まる。

 

「「「いまだ!」」」

 

コウダが、リョウが、そしてフドウが叫ぶのと同時に、L字に組まれたイーヴィルティガの腕から赤色の光線が放たれ、怪獣の体に風穴を開ける。イーヴィルティガが通り抜けられるほど巨大な穴だ。巨人と三機がその風穴を通り抜け反転してみると、怪獣はほとんど活動を停止しているように見えた。怪獣は息も絶え絶えといった様子で彼らの方を向くとイタチの最後っ屁よろしく、ちょこんと生えていた自身の右腕を飛ばしてきた。

 

「ジェアアアアアアアアア!」

 

イーヴィルティガの気合いと共に拳が宙空に振るわれると赤い光弾が放たれ、怪獣の腕を蒸発させる。腕はそのまま幾度も振るわれ、まるで百本も千本もあるかのような残像を残しながら無数の光弾を発射し、怪獣を完全に消滅させた。

 

イーヴィルティガは振り返り、宇宙の黒の中に浮かぶ三機のガッツウイングを見た。自分のことを信頼してくれる人、共に戦ってくれる人、認めてくれる人がいるということが素直にうれしかった。それはシン・アスカという人間にではなく、イーヴィルティガと言う存在に向けられてのものだとわかってはいるものの、自分と鏡写しのようなこの意志を持つ力が認められていくのは我が事のようでもあったのだ。自分もこうやって認められていきたい。今、ここだけでなく、いつか帰るだろう故郷を思い、シンの心には確かな希望が生まれていたのだった。

 

 

 

数日後、防衛隊員養成機関ZERO。

いつものように食堂での朝食を終え、午前の訓練に向かおうとしたフドウはミシナ教官に言われ、校舎の応接室に向かった。

一体誰が何の用で?といぶかしがりながら行った先でフドウを待っていたのは意外な人物だった。

 

「お前はシン・アスカ!なんでここに?」

 

敬礼でフドウを出迎えたシンは彼の発言を無視すると、抱えていた封筒から何かの書類を引っ張り出し、読み上げ始めた。

 

「通達。第11期訓練生フドウ・シンジ殿。三か月の最終教導の後、貴殿のスーパーガッツ入隊を認めるものとする。地球平和連合TPC フカミ・コウキ総監」

 

似つかわしくない堅苦しい言葉で読み上げられた言葉が上手く呑み込めてない風なフドウを見て、シンは少し頬を緩め、言う。

 

「あと三か月特別訓練をしたあと、晴れてスーパーガッツの新入隊員だそうだ。良かったな」

 

シンに要約してもらい、やっとわかった風のフドウは柄にもなく快哉を挙げた。

 

「やったぜ!兄さん、俺、ついにやったんだ!」

「おいおい、ちょっと気が早いんじゃないか?」

 

感情をさらけ出したのを少し恥じ入った様子で、フドウは苦笑するシンに向き直った。

 

「いや、ありがとう。そうだ、この間はすまなかったな。随分と失礼なことを言ったと思う」

「あのことなら気にしなくていいさ。俺みたいなのが急にスーパーガッツの、研修とはいえ隊員なんて言われたら仕方ないよ」

 

自分自身の過去の経験を振り返りながら、シンはフドウに答える。自分なんてアスラン相手にもっと多くの問題行動を起こしていた。あまり言われすぎるのは昔の自分を変に顧みてしまい、なんだか居心地が悪かった。

 

「ただ、良ければ聞かせてくれないか。お前にとってここは関係のない星だろうに、なんでああまでして命を懸けられるんだ?」

 

シンに対してのわだかまりが解けた今、それはフドウの中で大きな疑問だった。シンに対して邪推していたころはいくらでも理由が浮かんだが、今はそんな想像は失礼だとも思っている。シン自身の口からきいてみたいと思っていた。

問われ、シンはつと窓の外を見やる。からりと澄んだ青空の下で、多くの訓練生が声を張り上げ各々の練習に励んでいる。

 

「俺はこの星に来る前、戦争をしていた。家族が死んで武器を取ったけど、大切なものを何度も何度も失くしていった。心は冷え切って、戦争をなくすためだと思ったら、ちょっと前まで仲間だった人にも武器を向けていた。俺はほとんど絶望していたんだと思う」

 

フドウは神妙な様子でシンの話を聞いていた。簡単な言葉で伝えられるシンの過去からは、その口調も相まって凄惨さが見え隠れしていた。

 

「でもこの星に来て、人類が手を取り合って社会を営んでいるのを見て、俺は希望を貰ったんだ。俺が欲しかった平和な世界をこの星は実現していた。俺の星でもこんな世界が作れたら、と思えた。絶望だけの心に光をくれたんだ」

「この星は俺にとって光なんだ。俺は学べる限りのことを学びたい。そして、自分が出来る限りのことをこの星にしたいんだ。……これが俺の戦う理由」

 

青臭く聞こえる言葉だったが、フドウは茶化す気にはならなかった。むしろ、目の前の少年がここまで思ってくれている自分たちの社会に誇りが湧いた。同時に、自分の心情を吐露する目の前の少年の中に、かつて感じた光を見た。この少年があの男と同じ名前をもつことがただの偶然ではないような気がフドウにはしていて、気づいた時にはその男の事を口にしていた。

 

「お前はやっぱりスーパーガッツにふさわしい男みたいだ。見た目も声も違うけれど、どこかあいつと似た雰囲気を持っている」

「あいつって?」

「スーパーガッツ隊員番号07・アスカ・シン。知らないか?」

 

アスカ・シン。その名前は資料でみたような気がする。確か……

 

「グランスフィアとの最終決戦でネオマキシマ砲発射の誘導と、ウルトラマンダイナへの作戦伝達をまかされた人物だったか?最後にはダイナと一緒に重力場の中に吸い込まれてしまったっていう……」

 

怪獣災害の資料の中でスフィア関連は大きく扱われていた物の一つだったから、印象に残っていた。ほかの幾つかの事件でも活躍し、エースパイロットとされていた人物のはずだ。

 

「そうだ、俺の目標のうちの一人だ。今思えばあいつは……。まあ、いい。とにかく、あいつと同じ名前のお前がこの星に来たことには何か大きな意味がある気がする。きっと、それは無駄なことじゃないんだ」

 

フドウはシンの方に手を差し出す。一瞬その手を見て、シンは握り返した。

 

「お前の星の事、応援させてくれよ。なにか出来ることが合ったら言ってくれ。俺もすぐスーパーガッツに行くからな」

「ありがとう、フドウ」

 

二人とも屈託のない表情を浮かべていた。やがて二人は部屋を出て、それぞれのいるべき場所へと戻っていく。開け放たれた応接室の窓から、さわやかな風が一陣入り込んだ。見上げれば、青空の中で太陽が力強く輝き、光を放っていた。

 

 

 




感想いつもありがとうございます。はげみになってます。


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第10話 怪獣夢想地帯

「ここは……どこだ……?」

シン・アスカは周囲を見回しながらつぶやいた。コンクリートジャングルがシンを取り囲んでいる。

「確か俺は基地にいたはず……くっ、なにも思い出せない」

記憶はかすみがかったようにはっきりとしない。自分がなぜこのような場所にいるのかいくら考えても答えが見つからなかった。

「連絡もつかないし……取りあえずこの辺りを探索して、ここがどこなのか調べなくては」

一先ず行動するべきだ。そうすることで分かることがある。スーパーGUTSのポリシーだ。

シンは周囲に何か手がかりになりそうなものが無いか調べながらしばらくの間、歩き回った。

 

「人っこ一人いない…」

シンは今いる場所を探索している途中、まずそんなことを思った。この場所はいかにもビジネスマンであふれかえっていそうな都市のようであるのに、自分以外の人間がいないようなのだ。

「それだけじゃない、なんていうか奇怪な場所だ」

ビルや時計などのオブジェを観察するうち、シンは少なくともこんな場所は知らない、ということを確信した。だというのに、この都市には妙に見覚えがある。「知らない」のに「知っている」気がする。奇怪としか表現の仕様がなかった。

「うん?」

視界の隅に一瞬人影が写ったような気がした。人影がいたはずの位置に目を向けると、どうやらシンより少し背が小さな人間がいるようにみえた。その場所は首が痛くなるような高層ビルの陰になっている。そのせいか、顔立ちや服装までは判然としない。

「動くな!」

声を大きく張って、腰からGUTSブラスターを抜く。人の気配が全くしない都市で初めて見かけた人間である。まず警戒するべきだ、とシンの経験が告げていた。

一歩、二歩と慎重に近づく。するとどういうことか、相手も自分の方に近づいてきた。警戒心をさらに高めてシンはブラスターを構える。

しかし、さらに近づいた時シンは違和感を覚えた。相手の姿に見覚えがあるような気がしたのだ。服装や顔が分かる距離まで来たとき、シンは思わず脱力してしまった。なんということは無い。人影の正体は、鏡面処理されたビルの窓ガラスに映ったシン自身だったのだ。ガラスに向かって手足を動かし、かつて遭遇した黒シンが再び現れたわけではないということも確認する。

「どうも警戒しすぎているみたいだ」

気持ちを入れ替えようとしたその時、今度こそ確定的な異常をシンは見つけた。シンの鏡像の頭上にいつの間にか巨大な龍が映りこんでいたである。

「なんだと!」

すぐさま振り向くと、ビルに移っていたのと全く同じ龍がシンの背後に浮かんでいた。

動悸が加速する。震え出しそうになる足をこらえ、シンはすぐさまGUTSブラスターを構えた。龍が自分の方に飛びかかって来る前に攻撃を仕掛けるつもりだった。

しかし龍は一度首を僅かに下に降ると、身をひるがえしてビルの谷間を姿を消していった。

「ま、待て!」

シンはすぐさま龍を追い出した。あの龍はこの世界のなんなのか?まるで見当がつかないが、しかし現状何か調べる対象と言えばあの龍しかない。手がかりの可能性をみすみす失うわけにはいかなかった。

必死に走るシンの脳裏に一つだけ具体的な印象が残った。あの龍が首を振る仕草は、まるで、自分が龍に気付いたことを確認したかのようであった、と。

 

ビルの角を曲がったシンの視界が唐突に暗くなる。巨大な影がシンを包んでいた。龍は見当たず、その代わりとでも言おうか、巨大怪獣がシンを見下ろしていた。蟻の顎のような巨大な二本の角をもった頭部、鎌になった両腕を備えた、昆虫と恐竜を混ぜ合わせたような怪獣だ。

「あいつは……たしか甲獣ジョバリエ!」

かつてメトロポリス郊外の住宅地そばにあらわれた怪獣である。甲虫のような硬くタフな肉体をもち、破壊光線を武器としたという。

まさに今目の前で、ジョバリエがその二本角の角度を下げ、こちらにむけた。奴が光線を出す前のk準備運動だ。

「うわあっ!」

シンは横っ飛びにビルの角を戻って曲がり、身を守る。稲妻状のエネルギーがアスファルトを一掃し、爆発がおこる。シンがさきほどまでいた道は今は無残な姿になっていた。

今は戦うしかない。状況がいまだに読めないが、一方的に殺されてたまるか。

そう思った時、既に何度目か数えることもできなくなった不思議な事がシンの身に起こった。

いつのまにかシンの視界が変わった。先ほどまで見上げていたビルは既に見下ろすほどになっていた。シンの内に在る巨人の力が表に出ていた。身長54m、体重4万4千トンの戦士の姿に変身していたのだ。

シンはビルのガラスに映る自分の姿がいつもと違うことに気付いた。それまでは黒と銀だけだった体に、赤が増えている。黒のラインに寄り添うように赤のラインが通っていた。内からこれまで以上の力があふれ出るのを感じる。赤のラインは湧き出る力に呼応するようにいっそう輝きを増した。

今の状況を思い出したシンが我に返りジョバリエに向き直ると、怪獣はシンを待ち構えるように見据えていた。シンが自分に意識を向けたのを確認すると、再び破壊光線を放ってくる。

両腕を交差させ防御の構えを取る。ジョバリエの攻撃に当てられても、覚悟していたよりダメージを受けていない自分に気付いた。

(……やってみるか!)

イーヴィルティガはジョバリエに向けて駆けだす。度々放たれる破壊光線を腕にエネルギーをこめて受け流しながら近接戦闘の間合いまで迫り、ダッシュの加速を乗せた回し蹴りを食わらせる。

エネルギーが弾け、ジョバリエの腹部を大きくえぐった。

「キィイジョォオッ!」

 ジョバリエは悲鳴を上げるものの、下がることは無く破壊光線を放ちながら両腕でイーヴィルティガを切りつける。

「ヌウッ!」

(こいつ、死を恐れないのか!)

大ダメージを負いながらもまったく攻撃の勢いが衰えない。生物らしからぬ振る舞いに怯む心を懸命に抑え、シンはジョバリエを倒す算段を付けた。打撃攻撃は有効打だ。正攻法で押し切ることこそが最も確実だとシンは見た。

(まずは光線を封じる!)

両手で二本角をつかみ、イーヴィルビームの光弾エネルギーをゼロ距離で炸裂させる。ジョバリエの角は粉々に砕け散り、勢いに押されたジョバリエは体勢を崩して腕を大きく広げた。

イーヴィルティガはすかさず身をひるがえし、腕をつかむ。

「ジェァアッ!」

気合いと共にジョバリエを大きく投げ飛ばす。背負い投げである。飛行能力を持たないジョバリエは身動きがとれない。

イーヴィルティガは腕をL字に組む。必殺光線イーヴィルショットが放たれた。赤い光の奔流がジョバリエに命中し、ジョバリエにとどめを刺した。

息絶えて落下したジョバリエは砂が風に吹かれたように消えていった。

(消えた?)

シンはジョバリエがいた場所を見て疑問を浮かべた。

(イーヴィルショットは俺の最大の威力の光波熱線だが、当たった相手を分解するような技ではないはずだ。あの演習の時の戦い以来力が向上しているのは感じているが、これはおかしい。すると怪獣の方に異常があるのか?)

それを突き詰める暇を与えないとでもいうように龍が現れ、堂々たる様子でイーヴィルティガの横を通り背後に回った。不意打ち気味の出現にあっけにとられていたシンが正気にもどり、慌てて振り向くと、そこにはまた別の怪獣がいた。

(今度は一体なんなんだ!)

二本の足で直立した、薄紫色の体に赤色の結晶体を生やした怪獣、吸電怪獣ギアクーダだ。ギアクーダはイーヴィルティガが振り向くと同時に全身から電撃を放ってくる。

「ガァアッ!」

イーヴィルティガはたまらず呻いた。ギアクーダは勝ち誇ったように雄叫びを上げる。そして電撃を放出したまま、一歩、一歩とイーヴィルティガにちかよってきた。

距離が縮まるごとに電撃の威力も強くなっていく。朦朧とした意識の中で思考は単純化し、近寄ってきたギアクーダに対してただ振り回しただけの拳が放たれた。

ギアクーダは呆れる程あっけなく砕け散る。しかし、電撃から解放され正常な思考を取り戻したシンは飛び散るギアクーダの肉片を見て、安心より先に恐怖を覚える。

(まずい、最初の電撃はあくまで牽制!すると奴の本命は砕けることそのものか!)

肉片がシンの目の前で新たな形をなしていく。ギアクーダに良く似た気色の悪い怪獣だった。それも一体だけではない。大きさこそイーヴィルティガの膝に届かない程度のものから人ぐらいのものまで様々ではあるが、飛び散った肉片すべてが新しい怪獣になったのだ。

「ジャッ!ダァッ!」

イーヴィルティガは拳を足もとにいる分裂ギアクーダに振り下ろすが砕けども砕けども分裂して復活し、数を増すばかりだった。

(やはりひとまとめにして完全に消滅させるしかないのか)

かつてTPCが行った作戦では高圧電流を放電したトラップフィールドでギアクーダを元の一体に戻し、ナパームで焼き払おうとしていた。しかし、ここには大量の電気は無い。ウルトラマンダイナは落雷の電気を利用したというが今は晴れている。

(どうしたらいい?)

対処に悩み、イーヴィルティガの動きが鈍る。一方無数の分裂ギアクーダはイーヴィルティガを取り囲むように蠢いていた。

周囲が一斉に赤くスパークするのを見たイーヴィルティガは己の失敗を感じた。しかし、対処するまもなく、四方八方から一斉に赤い電撃が放たれ、イーヴィルティガを取り囲む

再び電撃がイーヴィルティガを襲った。今度は一方からの攻撃と言うよりももはや電撃の網だった。分裂ギアクーダ達の電撃はイーヴィルティガの体を絡め捕り、シンの意識を遠のかせていく。

(こ…んなところで……)

痛みも音すらも遠のき、視界が暗くなる寸前、シンは見た。イーヴィルティガに良く似た赤と銀の光の戦士が、手も足も出さずに周囲の物体を操り動かすヴィジョンを。シンは直感する。これは遠い彼方の記憶、イーヴィルティガの力の奥底にある、戦いの断片なのだ。

(こ、これだ……!)

シンの意識が体の深奥から目覚める。それだけではない。あの戦いのときのように意識は体の中に納まることなく、戦闘空間全域に拡散する。分裂ギアクーダがいる場所が、数が、手に取るように把握できた。

イーヴィルティガの全身が赤く光り輝く。体という枠を越えて「力」が分裂ギアクーダに届き、一体、二体と中空に浮かせて一点に集め始めた。かつて暴走した時以来イーヴィルティガが眠らせていた力、「念動力」だった。

 

(くそ……少しでも力を抜くとコントロールが……!)

まだ完全では無いからなのか念動力を使うのには多大な体力を消費してしまう。シンは全身が疲労にむしばまれていくのを感じていた。イーヴィルティガの胸のカラータイマーも青から赤に変わり、ゆっくりと点滅を始める。

(ここで止まるもんか!勝つための道が見えたんだ)

「ウォオオッ!」

分裂ギアクーダ達が元のギアクーダと同じくらいのサイズの球になるまでまとめると、イーヴィルティガは一気に距離を詰めた。念動力だけでは無理なら足らない部分を直接手でやればいい。両腕に力を込め、分裂ギアクーダ達を圧縮する。無数の声が抵抗してきたが、分裂体は数が多いだけで力が強いわけではない。不死身のギアクーダの弱点だった。

ギアクーダを素材にした「おにぎり」はイーヴィルティガが力をかけるごとに小さくなり、次第にうめき声も聞こえてこなくなった。

(とどめをさしてやる!)

イーヴィルティガの全身が強烈な赤い光を放ちだす。それだけではない。蒸気が全身から噴き出してきた。イーヴィルティガは体内のエネルギーを超高温の熱エネルギーにしたのである。ギアクーダを完全に焼却するためのシンの策は自分自身がナパームの代わりになることであった。

先ほどまでギアクーダだった球体は段々と溶け、蒸発していく。イーヴィルティガの勝利だ。

先ほど戦ったジョバリエのおかげで思いつけたという事もある。かつてウルトラマンティガがジョバリエを退治した際の「ウルトラヒートハッグ」を知っていなければ思いつけなかったかもしれない。

(勤勉な自分に感謝ってところか)

余韻に浸るのもそこそこに、シンは振り返る。今度はシンもそれを察知していた。

三度目である。また龍が現れた。

イーヴィルティガは身構える。カラータイマーは点滅を続け、エネルギーは無くなりそうだった。今戦闘になれば非常に危険だ。

龍が長い体をうねらせながらイーヴィルティガに迫ってくる。シンは決死を覚悟した。龍が全身から光を放ち、イーヴィルティガを包んだ。すわ攻撃かと思ったシンだが、時間が経つうちに異変に気付いた。何のダメージも受けていないのである。それだけではない。これまで受けたダメージも消え、エネルギーも回復していたのだ。龍が放つ光はとても暖かで、シンは懐かしい記憶を思い出した。まだ家族がいたころのことだ。春先に出かけたキャンプでいった草原。寝ころんだ背中から感じた、大地の暖かさ。見えない力に包まれているような安心感。治療。治療としか言えない行為を終えて龍はイーヴィルティガから離れ、正面で向き合った。

“お前は……なんだ?”

目の前の龍が敵だとはシンにはもう思えなかった。けれど正体が全く分からないのもまた事実である。

“多くの声を聞くのだ”

龍はシンの質問に答えない代わりに一言だけシンに投げかけるとスゥッと姿を消す。そして龍が先ほどまでいた場所に巨大な鬼神が立っていた。真紅の体に二本角、巨大な一つ眼が鬼神の顔面にある。

(こいつは……宿那鬼か!)

2008年に宿那山に現れた「二面鬼」の異名を持つ鬼神である。土地の伝説に伝わっていたと言われているが詳細は不明。巨大な刀を武器にしたとTPCの記録には残っている。

イーヴィルティガの眼前に立つ宿那鬼は刀を持ち、蓄えた白髪を首を振って背中に薙ぐと、かかってこいと言わんばかりに片手をチョイチョイと動かす。イーヴィルティガは宿那鬼を見据えると腰を落とし構えを取った。

(こいつ……いや、こいつらの目的はなんなんだ)

二体は睨みあいながらジリジリと間合いを測って動く。シンはその間敵の正体について考えていた。

これまで出てきたジョバリエ、ギアクーダ、そしてこの宿那鬼もあの龍の配下、いや「遣わした」というのが正しいのかもしれないが、とにかくあの龍が原因のものということで間違いはないのだろう。

とすると、ここは一体どこであの龍は何者なのか。それに問題が集約することになる。しかし、シンは疑問を後回しにせざるを得なくなった。

「オォオォオ」

地獄の底から吹く風のようなおどろおどろしい声を立て宿那鬼が切りかかってきた。イーヴィルティガは一瞬の判断で刀の平をそらして交わした。軌道が逸れた刀はビルに向かい、そのまま両断してしまう。切断面はまるで合わせればまたくっつくかもしれないと思える程綺麗になっていた。宿那鬼が並みの剣の使い手ではないことが見て取れた。

(あの刀を落とせるか?)

まずは敵の得意な攻撃を封じるのが戦いの定石だ。この場合は接近戦を捨てるか、武器を奪うか。シンは後者を選択することにした。光線を多用し、体力の消耗が激しくなる遠距離戦では、首だけになっても戦うほどの異常な生命力をもつ宿那鬼には効果が薄いと判断したからだ。

「ジェア!」

イーヴィルティガは大きく踏み込み宿那鬼に迫ろうとする。突撃してくる場所に置くように宿那鬼が眼前を一薙ぎした。出鼻をくじかれイーヴィルティガはたたらをふむ。剣の間合いは徒手空拳よりも広いのだ。

イーヴィルティガが距離をつめあぐねていると宿那鬼の牙だらけの口が突如として開く。ゴウと火炎を吹きだして離れたイーヴィルティガに攻撃してきた。

(そうだ、宿那鬼にはこれがあったんだ!)

とっさにイーヴィルバリアーを張って攻撃を防ぐ。火炎は届く寸前に押しとどめられた。しかし宿那鬼の攻撃はとまらない。とっさの攻撃を防いだことで安心したシンの隙をつき、火炎を割るように突撃してきたのだ。

「グァ!」

宿那鬼の刀がイーヴィルティガの左肩を一突きにした。刀傷は深く、人間が血を流すように傷からは光が溢れた。すぐに刀を引き袈裟切りにしようと振りかぶる宿那鬼の胴を右足で蹴り飛ばして距離をとる。

(左腕の傷がかなり深い……!)

左腕は封じられたも同然だった。両腕を必要とするイーヴィルショットは打つことが出来ない。最大の攻撃を封じられ不利に追い込まれたのはイーヴィルティガの方になってしまった。

(こうなれば、賭けに出る!)

先ほどのバリアーで思い出したことがある。かつて熊本に現れたイーヴィルティガはガッツウイングEX-Jの攻撃をバリアーを利用して跳ね返していた。あの技を使うのだ。

イーヴィルティガはさらに距離をとり、片腕でイーヴィルビームを連続で出した。もう一度火炎攻撃を誘うための牽制だった。

計算通りに宿那鬼は火炎攻撃を放ってくる。イーヴィルティガは円状のバリアーでそれを受け止めると、バリアーを扇風機のように回転させ、火炎を打ち返した。宿那鬼に返された火炎は宿那鬼の前で大きく広がり視界を埋め尽くす。

(今だ!)

イーヴィルティガは大ジャンプして、宿那鬼の右側面に回り込んだ。宿那鬼は二面鬼の名の示すとおりに頭部の両面に一つずつ眼を持っている。その視界は正面と背後を抑えているが、側面はやや視界が狭いはず。シンはそう考えた。すかさず右手を打ち、刀を奪おうとしたイーヴィルティガだったが、宿那鬼は予想外の動きをした。

頭部だけが左に90度回転し、背面の顔がイーヴィルティガを見据えたのだ!

背面の顔は口を開くなりガスを伴った突風でイーヴィルティガを吹き飛ばす。

「ウァア!」

片腕ではうまく受け身がとれず、したたかに体を打ちつけてしまう。投げ出されるような格好になった左腕はビルに当たり、瓦礫があたりに飛び散った。

(つ、強い……!)

これまで戦ってきた怪獣の中でも抜きん出た実力をもっている。シンに不安がよぎった時であった。先ほどの龍の声が響いてきた。

“声を聞くのだ。己の声を、力の声を”

(己の、声……)

シンの内から、閃くものがあった。

間合いを広げ、宿那鬼に対抗するためには徒手空拳のままでは不足だ。ならば、足せばいい。シンは意識を集中させ、右腕にイメージを作る。かつてMSに乗っていたころ、シンが得意とした武器のイメージを。

光が右腕に収束し、イーヴィルティガの手のひらには光の刃が握られている。

(フラッシュエッジ・エクスカリバーってところかな)

巨人の力とシン自身の経験が結びついた。シンの心から生み出された光の刃は宿那鬼の刀に引けを取ることはしなかった。切りかかってきた宿那鬼を正面から受け止め、接近戦に持ち込むことが出来るようになったのだ。

受け止めた刀をイーヴィルティガの剛腕で切り払い、宿那鬼のボディをガラ空きにすると右手に握った光の刃で宿那鬼を滅多切りにする。宿那鬼は体と首が離れ、体の方は燃え尽きるように消えていく。

(逃がすか!)

イーヴィルティガは残った首めがけて光の刃を投げつけた。刃は目の中心に見事に突き刺さり、体と同様に首も消滅させた。シンの完全勝利だった。

戦いの後、再度現れた龍とシンは静かな気持ちで向き合った。

“お前は……いや、あなたは……”

龍は今度は何も言わなかった。どこか満足した風なようすで、体はどんどん薄れていく。

“待ってくれ!”

“――!”

すると次第にシンの意識も段々と靄がかかったように薄れていく。

“――っ!”

視界は白に染まり、意識は消えていく。

“――ってば!”

消えていく―――

 

「もう、シンってば、起きて!」

「すあ!?」

シンが目を開くと、目の前にはしかめっ面をしたミドリカワ・マイ隊員がいた。慌てて周囲を見渡すとグランドームの一角にある休憩スペースのようだと分かる。他の職員たちはカフェテリアで軽食をとったり同僚と話したりと、思い思いの時間を過ごしていた。

「あの、俺、寝てました?」

「そうよ、もう。こんなところで居眠りしてたら風邪ひいちゃうじゃない。あ、寝汗もびっしり。ほら拭いてあげるからじっとしてて!」

「ちょ、ちょっと!いいです。それぐらい自分でやれますって!」

そうだ、だんだん思い出してきた。正規隊員のみでの会議があるというので自分は先に休憩をとっていたんだった。

「なら、さっきのはただの夢?」

「あ、これ怪獣のデータファイルね。ここで勉強してたの?」

「え?」

確かにシンがいたテーブルにはこれまで出現した怪獣をまとめた資料が乗っている。そう、あんまり時間があったものだからレポートをつくる時間に当てたのだった。

(こんなのを枕にしていたからあんな夢を見たのか?)

いや、そうじゃない。シンは自分の考えを自分で否定した。何度も現れた龍は似たようなの物を一度も見たことが無い。それがもしかしたらイーヴィルティガの記憶だったのだとしても、さっきまでの戦いには何か意味があることなのだ。シンにはそう思えた。

「マイさん、この三体の怪獣に何か共通することってありますか?」

「なになに?何かのクイズ?えっと、ジョバリエにー、ギアクーダにー、宿那鬼?えっとー」

なにか参考になるものはないだろうか、とマイ隊員にも尋ねてみるシン。

「弱点でもない、攻撃方法でもない……、あ!分かった!地球出身だ!」

「地球出身?」

「そうよ。この怪獣たちはみんな地球で生まれたとされる怪獣じゃない?」

「地球出身……」

じゃああの龍はなんだったのだろう。地球怪獣を夢の中でシンと戦わせる龍。敵意を全く感じなかったどころか、あれは、そう、鍛えているようでもあった。ならその正体は――

「地球の声、とか……まさかな」

「何一人でブツブツ言ってるの?」

「ああいえ、なんでもないです」

「それよりもう休憩時間終わりよ。早く司令室に戻らなきゃ」

「ラジャー」

たとえ、あの龍と声がどんなものだったのだとしても、悪い物ではない。そんな確信があった。ああ、それにしてもなんだか疲れる夢だったな、などと思いながら、シンは今日も司令室での仕事に向かうのであった。

「そういえば、俺抜きの会議ってなんのことだったんです?結果くらい教えてくれても」

「あーそれは……また今度ね!」

「あの、顔色悪いですよマイさん。なんか隠し事とか」

「あーあーあー!喉渇いちゃったなー!シン、何か奢って!」

「え、ちょっとぉ!」




もう少ししたら誤字など修正します


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第11話 亜空の侵犯者

「コウダさん!こっちの資料なんですが」

「そこC25地区じゃなくてG36地区よ!後で修正!」

「ラ、ラジャー!」

「ナカジマ、前回の怪獣についてのレポートまとまってるか!?」

両手でキーボードを叩きながら怒号のような指示の飛ばしあい。スーパーGUTS作戦司令室は今日も平常運転で大忙しだ。

なんでこんなに仕事が多いんだ……!

シンは心の中で愚痴を漏らす。

ZAFTでの仕事も、絶対人数と仕事の比率の関係で大概仕事が多い方だと思ってはいたが。

これはあまりにも処理しなきゃならない仕事が多いだろう。

スーパーGUTSの仕事は怪獣退治だけではない。パトロール、怪奇現象調査、隊員の研究分野の報告書、TPCの広告塔、孤児院慰問など多岐にわたる。

多岐にわたりすぎているんじゃないかと思ったのも一度や二度ではない。しかしそれが出来る人材だからこそ今まで地球を守ってこられたのであるし、そういう場で働くことは自分の為にもなっていると思うので、努力しようと思ってはいるが。

一先ずのどを潤そうと、席を立つと、隊員たちから一斉に注文が飛んでくる。

「シン、私紅茶!」

「俺には麦茶を!」

「ブルーマウンテン!カップは間違えるなよ」

「紅茶もう一つもらえるかしら」

「牛乳もってきてもらえる?」

「すまんが麦茶もう一つ」

この人たち席を立つタイミングを計っていたか……

はいはい、と投げやり気味に答えると全員また一斉に作業に戻る。切り替えが早いのは良い事だな、と前向きにとらえ給湯室にむかう。

なんだか飲み屋の店員にでもなった気分だ。

 

「飲み物運びとかやってると自分が下っ端って実感が強くなるな」

注文通りに注ぎながらひとりごちる。これでもZAFT時代はパイロットでトップガンというそれなりに上の方だったからお茶くみのような仕事は新鮮だ。

指定されていたカリヤ用カップを探していた時それはとうとつに起こった。

棚の奥の方にあったカリヤカップがふわりと、5mmほど浮き上がるとシンの広げた手にしっかりと収まるようにすうっと飛んできたのだ。

思わずカップを体の前側に抱え込むように体を丸めて、首を左右に振って周りを確かめる。

誰かに今の見られてないだろうな、と冷や汗が流れた。

無事を確認すると思わずため息が出る。シンがこのような超能力まがいのことが出来るようになったのは先日ガッツウイングによる演習を行ってからだった。

例えば、夜勤で司令室に詰めるシフトが回ってきたとき、寒いな、と思うと椅子に掛けてある上着がひとりでに飛んできた。またあるときは手を伸ばしても届かないような高さにある本に無心に手を伸ばしていると、いつのまにか体が地面から浮き上がっていたといた。

おそらく、イーヴィルティガの体が赤く光っていたことと関係あるのだろう、と思う。

あの赤い光を放っていた時はこれまで上手く仕えていなかった超能力が強くなっていたと感じる。

だとしたら、自分の中の巨人の力が表に出だしているのだろうか?

疑問は解けない。以前にも資料を漁っては見たが、超能力に関する記述はどうにも胡散臭いものが多く、確信がもてない。いっそ、ウルトラマンティガやダイナであったはずの人と会話することが出来ればいいんだろうが……

「シークレット中のシークレットだろうしなあ」

TPCのデータベースにある光の巨人の資料はごく僅かなものだ。戦績や高さ、重さなどの表層的なものしか記述されていない。サワイに頼むことを考えては見たものの、今の身分にしてもらっただけで相当な負担をかけているだろう。その自分が機密情報を覗きたいなどと言えば、政治的な問題に発展するかもしれない。

「どうしたものか」

ため息の中に独り言を混ぜて、飲み物を載せたトレーをもってシンは給湯室を出て行った。

 

 

「火星に向かう船の護衛、ですか?」

シンが持って行った飲み物を飲みながらの休憩時間、ヒビキ隊長から全員に伝えられたのは新しい任務についてだった。

「そうだ。今度、火星テラフォーミング計画の進捗状況についてのプレゼンが行われる。元々は地球で行われるはずだったんだが、火星側がどうしても現地で見てもらいたいと主張してな」

「それで地球側の研究者やら、記者やらを火星に連れて行く船の護衛を我々が務めることになったわけだ」

話の筋道は大体分かった。しかし、

「ネオマキシマを使えば火星につくのなんて30分もかからないんじゃなかったんですか?」

たしか自分が初めて火星で戦った時、このチームは20分くらいで到着したはずだが。

「それはあくまで私達みたいな戦闘チームがスクランブル発進で向かう場合ね。今回はお偉いさん達がたくさん乗ってる船で行くわけだから、火星や航路の安全確認みたいな行程を含むの」

その行程でそれなりに時間を食うのね、とリョウが言う。

「今回俺たちは二手に分かれて任務を行う。先行して航路の安全を確認する組と、船に随行する組だ。イーグルγ、αスペリオルが先行組、αとβが随行組だ」

「各員の機体は次の表の通りだ」

コウダが画面を切り替えるて表を見せる。シンは自分の名前を探し、目で追った。

α号……リョウ

β号……ヒビキ、コウダ、ナカジマ

γ号……カリヤ

αスペリオル……シン!?

「αスペリオルを俺に任せてもらえるんですか!?」

「勘違いするなよ、αスペリオルに乗ってるのが一番安全なんだ。操作性もほかのイーグルよりも上がってるし何より機動性が最高だ。新米への気遣いだと思え」

たしなめるように言うヒビキも笑みを浮かべている。つまり気負い過ぎず務めを果たせ、とそういうことなのだろう。

けれど、シンの中の喜びは格別のものだった。初めて来たときは地上で避難誘導を手伝いながら、飛んでいくイーグルを眺めていだけ(無茶はしたけど)だったのだ。演習の時のような成り行きではなく、正式に戦列に加われるのはある種の誇りを持てる。

「おめでとう、と素直に言いたいところなんだけどね、シン。あなたにはまた別に通達がきてるの」

マイが言った。その表情がお気の毒様、と言っているようで何か嫌な予感をおぼえた。

「サワイ顧問から直々に。火星側の技術者がシンの経歴を聞いて“是非!”っていったとかでね、スペースコロニーについての資料をまとめてほしい、って」

コロニーについての技術、と聞いて喜びも冷凍庫に突っ込まれた食品のように冷める。確かに、シンにはスペースコロニーについての知識は、ある。コロニー国家プラントでは常時のコロニーの整備も軍や民間のモビルスーツ乗りの仕事だった。基礎構造や整備時の注意点などもアカデミーでは必修科目として習っている。ある程度のデータはまだデスティニーが健在だったころにとったバックアップの中にあるだろう。

しかし、それを他人に見せられる形で整理する、となると

尋常な量の仕事じゃない……!

シンは自分がすることになった仕事の量を思い、呻いた。

他の隊員の表情が印象的だった。ああ、憐みの視線ってこういうんだろうな、と他人事のようにつぶやいた。

 

結局、資料そのものがある程度の形になったのは護衛任務が始まる直前だった。シン自身にそのような資料作成の経験が少なかったのもあるし、卒業論文を書く大学生のように期間中ずっと資料作成にうちこむ訳にもいかなかったからだ。いくつかのチマチマした怪獣の出現、孤児院訪問、その他広報など、TPCの顔でもあるスーパーGUTSの仕事は枚挙にいとまがない。

幸いスーパーGUTSのメンバーは戦士だけではなく様々な分野のスペシャリストでもあり、教授してもらう相手には困らなかったが、都合の良い日に食事をおごる約束をさせられてしまった。特にナカジマに約束させられたお汁粉スペシャルは財布にダメージがデカい。普段使う当てがないから徐々に溜まってきているとはいえ、マツタケも買えないスーパーGUTSの給料では苦しいものがある。

(いやなんでマツタケ買えないんだよ。薄給じゃない?)

とはいえやっと任務である。TPCの科学者に並んでプレゼンをしろ、とまではさすがに言われなかったので肩の荷が下りた、という気分だった。イーグルのあるハッチまで行くと同じ先行組のカリヤと、意外な人物に出迎えられた。

「久しぶりだね、シン君」

「サワイさん!」

今度の報告会にはサワイも出向くらしく、出発前の時間に少し余裕を作りシンに会いに来てくれたのだという。

「君からの報告書も読ませてもらっているが、やはり実際に会ってみるものだね。成長しているのが分かるよ」

恩人からの手放しの称賛がうれしくない筈もなく、少し照れてしまう。話題をそらすためにシンはついさっきまでやっていた資料についての話を振った。

「ああ、あの資料か。受け取らせてもらったよ。急で悪かったね、なにぶんつい先日に話題になったことで、先方がどうしてもいうものだったから」

へえ、と少しシンは驚く。サワイにワガママを言えるとはいったいどんな人なんだろうか。

「もちろんホールに出て発表しろ、とは言わないよ。ただ、無理じゃなけれなこれを頼んできた人と個人的に話す時間は作れないかな?彼は火星で仕事をしている人でね、なかなか機会が無いんだよ」

「それぐらいなら全然かまいませんけど……いったいどんな人なんですか?」

「うん、君も話す価値のある人物だと思うよ。旧GUTSに所属していたダイゴ君というんだがね」

その名前が出た時、カリヤが表情を変えるのをシンは見た。

「サワイ顧問、それは」

「いいんだ、彼のたっての願いだからね。それに、いずれ絶対に必要なことでもあった」

シンを見るカリヤの目がいつもと違う。その様子が心配になったシンはそのダイゴというのがどんな人なのか聞こうとしたがタイムアップ、任務の時間になってしまう。

「すまないがそろそろ輸送船の方に行かなくては……。ではカリヤ君、シン君、今日はよろしく頼むよ」

結局詳しい話は出来ずにサワイは行ってしまう。残ったカリヤにさっきの話はどういうことなのか聞くも、「こればかりは自分ですべてを聞いた方がいい」といさめられ、モヤモヤを抱えたままのシンだった。

 

「サワイさんが言ってたのはどういうことなんですかね」

火星行きの航路ももうすぐ終わるというところでシンはぽつりと漏らした。

《なんだ、まだ気になってたのか》

通信機で音を拾っていたらしいカリヤが反応する。

「そりゃあ気になりますよ。それに、なんだか他の先輩たちは皆知ってるみたいじゃないですか・」

機体に乗る直前にリョウとナカジマに会う機会があったのでダメもとで聞いて見た所、彼らも思わせぶりな言動でシンをけむに巻いていた。

「前も俺抜きで会議してた時もあったし、もしかしたらその時のことが関係あるんじゃないですか?」

《無駄口を叩くんじゃない。計器のチェックを怠るなよ》

またしても露骨な話題逸らしだ。シンは年甲斐もなくすねたような声を出して返事をした。

「わかりましたよ……、現在の所異常なし。もうすぐ火星宙域です」

そしてそのすぐ後。火星宙域に入ろうとした時である。シンの全身に「おぞけ」としか表現できない不快感が巡った。覚えのある感覚だ。かつて砂漠の廃墟の町、その地下で、邪悪と対面したときと同じ感覚。シンの中の巨人の力が戦うべき敵に反応しているのだ。

「カリヤ隊員、何かいます!」

僚機に叫ぶように伝えると、機器に目を走らせる。敵の姿を探した。

カリヤも若い後輩の警告軽んずることなく、機器を確認する。そして一つの異常に気づいた。

《時間記録が安定していない!?まさか、ワームホールか!》

かつて時空界とよばれる亜空間と現実世界がつながり、過去の建造物が蜃気楼のように現れる事件があった。これは超力怪獣ゴルドラスが現実世界に生息域を広げようとして起きた事件であったが、その時に起きた現象として、時間記録が大きく狂っていたことが挙げられている。

その後幾つかの事件を調べるうち、TPC分析チームは怪獣による亜空間移動の際には周囲空間に時間軸の歪みが起きることを解明していた。

(ワームホール……!)

そしてシンは見つけた。歪んだ空間の歪みから現れた敵を。

まず目に留まったのはゴポゴポと脈打つような毒々しい色の体表、そして不規則に伸びあがる触手であった。全体としてみれば紫色のナメクジと言ったようなその生物の容貌は、シンとカリヤの両者に生理的嫌悪を呼び起こさせるのに十分なおぞましさだった。

機体のCPUがコスモネットを介しTPCのデータベースに対象を照会する。結果は、「UNKNOWN」つまり未知の生物ということだ。

全くの新種、しかし分かることがある。

奴の触手がこちらに伸びあがった時、シンは奴から邪悪な気配を感じたのだ。直観以上には説明できないその気配は、しかしその未知なるものがシン達にとって明確に「敵である」と伝えていた。

「カリヤ隊員、こいつを地球や火星に近づけてはいけません!こいつは危険です」

何の確証もない発言だったが言わざるを得なかった。だがその不明瞭な発言をカリヤは疑うことなく信じた。そしてこの警戒任務の本懐を果たすべくシンに指示を出した。

《距離を取って後ろにつけ!一先ず火星宙域から追い立てるぞ!》

「ラジャー!」

 

αスペリオルはカリヤのγ号より一足早く敵怪獣に追いついた。見れば見るほど異様な怪獣だ。大きさこそ50m級であるが、手足があり頭部があったこれまでの怪獣と比べ、ヘドロを連想させるその体表を持った円盤のような姿は生物というより恐怖そのものを具現化させたかのようであった。

「αスペリオル、しかけます!」

ネオジークの照準を合わせ引き金を引く。赤い熱線は正確に怪獣の中心に当たった。狙い通りに怪獣は飛行軌道を変え、火星からは遠ざかるように見えた。

《よし、そのまま攻撃を続けるぞ!》

γ号も攻撃に加わり、赤と黄色の光が怪獣に吸い込まれていく。二人はできればこのまま怪獣を倒しきれればいいと考えた。独特の直感で怪獣を危険視するシンだけでなく、カリヤもこれまでの経験から、目に映るおぞましいものが自分たちにとって邪悪な存在だと考えたのである。

 

《火星から大きく離せたのはいいが、あの怪獣あれだけの攻撃を浴びせてダメージを負っていない》

既に地球と火星側に通信をいれ、輸送船の停止と応援は呼びかけてある。二人はこれからこいつを倒すだけだと考えた。しかし、その考えは即座に捨てなければならなくなった。

「なんだ、宇宙に穴が!?」

彼らの目に映る星の海の景色を歪め、ワームホールが大口を開けたのである。ワームホールからは先ほどまで追い立てていた怪獣と酷似した外見の、より小さなものが群れを成して現れたのだ。

《なんてことだ、奴は俺たちに追われて火星を離れたんじゃない。俺たちを仕留めるためにここに誘い込んだんだ》

カリヤの声には慄くような響きがあった。シンも口には出さないが同じ気持ちだ。あのおぞましい怪獣が群れを成している。そしてそのボスらしき怪獣にはこちらの攻撃は通用しなかったのだ。

恐怖の悲鳴を飲み込む代わり、シンは大きく喉を鳴らした。そしてカリヤに確認を取るように問う。

「どうしますか、カリヤ隊員」

《どうもこうもない。これだけの大群、なんとしてもここで抑えなくては》

恐ろしさを感じていない訳ではないだろう。さっきの声を聴き、今更それがわからないシンではない。

《あいつらの狙いが俺たちだというならやりようはある。火星に近づかないようにこの宙域で逃げ回ればいいんだ。じきに応援も駆けつける》

「鬼ごっこってわけですね」

《そうとも。捕まるんじゃあないぞ?》

シンは「勇気凛凛」と聞こえるよう努力して声を出した。強がりである。しかし、この強がりがあるうちは挫けもしないのだ。カリヤも同じである。不敵な言葉は決意の表れだった。

《来るぞ!》

 

敵ナメクジの群はどうやら飛び道具のような攻撃手段は備えていないようであった。ボスと思わしき個体も触手を伸ばすのみ。今のところは無数の小ナメクジの指揮をとっているだけのようだ。

その小ナメクジはというとこちらへの体当たりを狙っているようで自分たちの後方にびっしりと群が広がっている。

 

《シン、お互い機動を変えるぞ。俺はお前の後ろに付く群を、お前は俺の後ろに付く群を撃て!》

「ラジャー!」

 

戦闘とは長時間であっても刹那の判断の連続である。常の事として”作戦”とするのはあくまで「だいたいの段取り」であって、敵と味方との間に発生する無数の問題を解決するのはいつだってアドリブだ。

「撃つ」「躱す」「加速する」「曲がる」

単純な動きを組み合わせて対処するのであって、「敵がこうしてきたからああして」などと一々考えてやるものでは無い。特に今回のような多勢に無勢の状況では顕著だ。

しかしそれでもここにいる二人は一流。戦闘の中、頭脳を思考に割く余裕を持ち、敵を分析する能力があった。

 

”段々と強くなっている”

それが戦い続けていくうちに感じた宇宙ナメクジの生態だった。初めはマザーとおぼしき最大の個体にも効いていた単調な戦術が、群れを成す小ナメクジを撃ち落とすごとに効かなくなっていく。それはスピードであり、防御力であり、集団力でもあった。初めは一撃で小ナメクジを爆散させていたネオジークの攻撃に少しずつ耐性をつけていくかのように、他の個体がより強靭になっていく。

「こんなのってアリかよ……」

思わず弱音がでた。出さなければ恐怖に挫けそうだった。無限に強くなる敵とは!?

カリヤもこんな相手は初めての敵だった。ネオジークより火力のあるγ号のガイナーは未だ優位性を保てているが、通じなくなっていくのも時間の問題だった。

唯一の救いは敵自体は無限ではないことだろうか。ワームホールはナメクジの群を吐き出し続けることなく今は不気味に宇宙に穴を開けたままでいるだけだった。

数は……確認できる限り現在100前後!

くそっ

悪態を口に出しかけるとカリヤから通信が来た

《シン!敵に通用するギリギリのレベルまで武器の出力を下げろ!》

「な…あ、そうか!」

二機では到底対処しきれぬ敵。逃走が敵わないならば優先するべきは時間稼ぎ。敵の威力を下げ敵の学習効率を遅らせることが時間を生む。

《それに援軍が対処できるレベルを超えて成長させてしまってはかなわん!》

「ラジャー」

《良い返事だ!気力を絶やすなよ!》

 

今までになく恐ろしい敵であった。戦いのときふと感じる、「どうして自分はいつでも巨人に変身できるわけじゃないのだろう」という自責の念すら覚える間もなく。しかしシンとカリヤはレーダーに敵生物以外の光点群が迫るのを見た。火星基地所属のクリムゾンドラゴン部隊であった。ガッツウイングのバリエーションの中で特に火力に優れるクリムゾンドラゴンならばこの相手にも申し分ない!

 

「俺たちの粘り勝ちだ」

《各機、こちらスーパーGUTSカリヤ!敵は時間をかける程強くなる!最大火力で一気に薙ぎ払え!》

<了解!><了解!><了解!><了解!><了解!>

《行くぞシン!とっておきをぶち込め!》

「ラジャー!スパークボンバー、発射!」

30を超える機体から放たれる熱線がナメクジを捉え、ひとつ残らず撃ち落とした。奥に構えていたボスさえも、αスペリオルの最強兵器「スパークボンバー」に屈したのだった。スパークボンバーはかの名機ガッツウイング2号のデキサスビームの流れを汲む、ガッツイーグル単体の中で最高の火力を誇る。これとγ号の全火力を合わせ、敵を貫いた。

(よし、これで――)

その瞬間であった。それを告げたのはシンの戦士としての経験か、成長を続けてきた空間把握能力か、それとも内に眠る何かか――

それは分からない。だがシンは確かにこの一瞬の緩みを狙い、こちらに迫る敵の存在を捉えた。それが狙っているのがこちらの指揮官機――カリヤのγ号だ――であることも。機種を強引に捻じり、γ号にぶつけて押しやる。接触でどこかイカれるかもしれないが、最悪の結果よりはましだ。

そして見た。自分に牙を伸ばす、新たな怪獣の姿を。

自分に迫っているのは口だった。赤い裂け目の覗く岩石のような胴からろくろ首のごとく伸びた口部が無数の牙を生やした顎を開きこちらを狙っている。

分かったのはそこまでだった。空いた顎をとじ、こちらを捉えた。機器がクラッシュし、コックピットの中が暗くなる。

 考える間は無かった。コックピットが潰れる直前に、アギトライブの光に導かれる。

 

「ジェアッ」

 未確認の怪獣、何するものぞ。という声を上げ、黒と赤の戦士が姿を現す。

イーヴィルティガへと姿を変えたシンはあらためて怪獣の全身を見やる。胴体と頭部の区別がよくつかない、岩石に生命を与えたような怪獣だった。すわスフィア合成獣かと思ったが、シンの記憶にもあったスフィア合成獣特有の、スフィア細胞の残滓、網目がかった白色の部位は見られない。

状況から考えれば先ほどのナメクジの仲間だろうか。

 

(先手必勝!)

 

握った拳にエネルギーを溜め、紫色の光弾を打ち出す。小手調べの攻撃は敵の口から吐き出されたエネルギー弾に相殺された。今度の敵は飛び道具もあるようだ。

 

敵の出方が分からない。何を狙ってここに来たのか?なぜこちらを攻撃するのか?

しかし問うても答えは返ってこないだろう。考えても答えが出るはずがない。情報が足りない、判断材料が少ないのだ。こちらが動きを止めていれば、敵は何かを仕掛けてくるだろうし、そもそもこの姿で長時間戦うことは不可能だ。地球上よりは宇宙空間の方が巨人の姿を維持できる時間が長いとはいえ、シンの体力にも限界がある。先ほどのナメクジ群との戦闘は負傷を負わされないまでも体力の消耗は大きかった。

 

ならばやはり攻めるしかない。

積極的に攻撃し、相手の手札を明かしていくのだ。イーヴィルティガは先ほどの伸びる首の事を念頭に置き、両手に光の刃を作り出す。軽く腕を振りかぶって、投げるように振り下ろす。片方の光の刃が宙を裂くように飛んだ。かつてのシンの乗機、インパルスやデスティニーの武装であったビームブーメラン・フラッシュエッジをイメージして組み上げたこの技は遠近両用の攻撃だ。イーヴィルビームより切断力を増した光刃は刃をイメージする予備動作を必要とする点が即応性を低めているが、一度作った分は消えるまで意のままに操れる。あの白昼夢のような戦いからこちら、高まっていく巨人の力があればこそ使えるようになった技だった。

 

突き進んでくる光に対し、怪獣は何をするでもなくただ前進し、イーヴィルティガへと距離を詰めた。そして光と激突し―――そのまま前進した。光の刃は怪獣の頑強さの前に何もできず消滅した。

驚いたのはシンの方であった。そしてその驚きは隙となり敵にとっての好機となる。

 

「GYEEEEEEE!」

 

敵は胴から突き出た白色の水晶のような器官を発光させると、亀のような体型であれば手と足が二本ずつあるべき場所から、先ほどガッツイーグルを襲ったものと同じような首を伸ばしイーヴィルティガを襲った。

 

ただ四つ首が襲ってくるだけであれば、イーヴィルティガは回避できたかもしれない。しかしこの瞬間、イーヴィルティガは体の自由が利かなくなっていた。正確に言えば、全身が土中に生き埋めにされたような強烈な不自由感に襲われていた。

 

この現象が一体どういうことなのか、それはこの戦いを観測していたカリヤの方が把握できていた。

「ワームホールの発生時と同じような時空の歪…これは重力を操っているのか」

怪獣の持つ白い器官が光を放ちだしたと同時に、ガッツイーグルは磁場の異常をより強く検知した。おそらくこの怪獣がワームホールを開き、あのナメクジをこちらに送る役割を果たしていたのだろう、と推察する。

「クリムゾンドラゴン隊、援護射撃だ!あの白い器官を狙え!」

指示を飛ばすと己もガイナーで狙いを定め、撃つ。重力によって狙いが屈折する危険性は既に棄却していた。この重力場はあの怪獣を中心に発生している。ならばむしろ攻撃は引き寄せられる。

TPC宇宙部隊のほこる重火力が怪獣に殺到する。

四本の首で動きを封じ、今まさに最後の首で攻撃しようとしていた怪獣はたまらずイーヴィルティガを放し、後退した。

 

(助かった……さすがカリヤさんだ)

窮地に一生を得て、シンも敵の要が重力の操作であることを悟った。同時に敵の狙いについても試行を始める。

(この怪獣は“チーム”だ。こいつらが群れて生きる生命なのか、黒幕がいるのか―それは分からないが、何かを狙ってここに来たのは間違いない)

そしておそらく今眼前にいる個体には、彼我の戦力差を図ることが出来る程度の知能はあるはずだ。

次に敵がとるのは大筋で二択。まだ攻撃するか逃げを打つか。前者なら敵はまだ手札を残しており、後者であれば敵は全ての手札を切っていることになる。

 

果たして敵がとったのは後者、逃げの一手。先ほどの光によってふたたび活性化したワームホールめがけて一目散に突き進む。

 

(逃がすか!)

 シンは己の内側に意識を一瞬集中させると、間をおかず全身に力を張り巡らせる。力を開放する。周囲の世界に根を、枝を張り巡らせていくイメージで。そして念動力と言う形の無い無数の腕で逃げる怪獣と宙域に散るナメクジ達の残骸を捉えた。

赤い光がイーヴィルティガの体から拡散し宙域に広がると、それは一定の軸を持った渦となって一か所に集まっていく。渦潮が船を引きずり込むように、この宙域に侵犯してきた者たちをイーヴィルティガは一まとめにしていく。

渦はワームホールに向かって収束する。シンが収束点をそこと定めたのは怪獣がワームホールへと逃げていくのを見たからだ。ワームホールが二度確認され、それをコントロールしているのがあの岩石怪獣であるのはほぼ確定だ。今までの戦闘でワームホールを利用した攻撃をしてこなかったということはこの怪獣は戦略レベルでワームホールをコントロールできてものそれを戦闘には活かせないということだろう。逃げ道までのラインをこちらがコントロールすることで怪獣が万が一にでもこの光の拘束から抜け出せたとしても、ワームホールまでイーヴィルティガの射線は通っている。

 

光の渦潮へ向けてイーヴィルティガは両手をL字に組み、赤い光の奔流を放つ。最大の威力を持つ光波熱線はワームホールまで貫き、侵犯者を消滅せしめた。

 

《大丈夫か、シン!》

αスペリオルのコックピットの中で、シンは激しい疲労感に襲われていた。カリヤの声にもぜいぜいとあえぐ声でしか返せない。

さすがに無理が祟ったか。

シンは早鳴りを続ける胸を押さえて先の戦闘を思う。

あのナメクジのような怪獣たちから思う『得体のしれない』感じ。あれから地球圏を守るには奴らを完全にこの時空から追い出すしかない。そう思ったうえで力を絞り出したが、まだあれだけの力を放出するだけの強さが自分には無かったのだと認めるしかない。

《一先ず脅威は去った、帰投しよう。出来るか?》

「いえ……自動航行モードに切り替えます。でも、その前に怪獣の報告をしなければ」

呼吸を落ち着けながら震える手で機器を操作していたシンは、カリヤより一瞬早くその異変に気付いた。

 

「エネルギー、急速増大!またワームホール!?」

《なんだって!》

三度目のワームホールにすわまた怪獣群か、と戦慄したシン達は、しかし全く別の驚愕を得ることとなる。

二度目の穴が開いたのはほんの一瞬だった。この世とは隔絶したかのごとき闇とエネルギーが渦巻く穴から何か人のような形をした物体が飛び出したかかと思うと、すぐさま穴は閉じてしまったのだ。

「あれは、まさか」

その物体に、シンは見覚えがあった。15m程の鋼鉄の人形、V字のアンテナ、ツインアイ、そしてトサカのように伸びる一本角。シンはそれが多目的センサーユニットであることを知っていた。

「ジャスティス……?」

自分の知っているソレそのままというわけではなかった。しかし、確かにジャスティスというMSの面影を残している。

ウソだろ、と誰に向けてでもないつぶやきが漏れた。

《シン、あれがなんなのか分かるのか?》

「見たことがあるわけじゃありません。けど、あれは俺が元居た星で使われていた機体にそっくりだ……」

《なんとか通信はできないか?もし、お前のように誰かが乗っているとするのなら、救援が必要かもしれない》

「は、はいっ!」

記憶に残る国際救難チャンネルの周波数に通信機をセットし、シンは呼びかけを始めた。

「こちらは地球平和連合TPC、そこのMS応答してくれ!」

同じ言葉を数度繰り返した後、弱々しく応える声が返ってきた。その声、その人物が名乗った名前。シンはそれらを既に察していた。機体を見た時、彼がそこに乗っているのはむしろ自然であるとすら思った。

 

「俺は、地球防衛戦線のアスラン・ザラ。地球は……地球はどうなった?」

 



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第12話 暗雲たちこめり

探す対象がただの人ならば支持を得られない場合でも、探す対象が英雄ならばどうだろう?それもただの英雄ではなく、人類を破滅の危機から救った伝説の英雄ならば?

 

地球平和連合TPCではある記念日が制定されようとしていた。

 

アスカ記念日――

 

ウルトラマンダイナとスーパーガッツが協力しグランスフィアを撃退したその日を対象にし、ウルトラマンダイナがアスカ・シンという一人のスーパーガッツ隊員であったことを大々的に発表、ウルトラマンダイナが消えていった時空の果てを目指し飛び立つための人類の士気を得ようという記念日である。

 

TPC職員やスーパーガッツ隊員にとっては行方不明になった同僚を探すための支持を今後とも得るために必要なけじめであったし、グランスフィア撃退から時がたち、人々が当時の脅威を忘れる前に、犠牲になった人間を取り戻したい、という欲求を刺激するためには必要な儀式であるといえた。

 

しかし、アスカ記念日を制定するにあたってはいくつか問題があり、その一つが「ウルトラマンとはそれに変身する人物がいたこと」が周知されること……つまり「ダイナがアスカ・シンであるならば、ウルトラマンティガは?イーヴィルティガは果たして誰なのか?」ということが人類のあらゆるところから関心を持たれてしまう、ということだった。

 

それゆえに、火星ではシンとあともう一人……マドカ・ダイゴが召喚されることになったのである。

 

 

「でもまさか、スーパーガッツのみんなが俺がイーヴィルティガであることをわかってたなんて……」

 

「仕方ないのよ。私たちからしたら二人目って感じだったし、シンってば誤魔化し方がアスカにそっくりだったんだもの。”危ないところを助けてもらった”とか”飛んでった”とかね」

 

「俺も最初からダイナのこと知ってたらもう少しなんか考えましたよ。でも最初からバレてたなんてなあ」

 

「ヒビキ隊長なんか初対面から見抜いてたっていうしね。でもあんた、結構わかりやすいもの」

 

シンは火星基地の一角でリョウ隊員と話していた。アスカ記念日を制定するにあたって現イーヴィルティガあることがスーパーガッツ隊員にはわかっていたことが明かされたうえで、ウルトラマンという存在について市民の解像度が上がることに対しての確認がとられていた。とはいえ、シン個人には反対するような立場はなく、本当に確認するだけであった。

 

「まあ収穫はありましたけど。ウルトラマンティガだったマドカ・ダイゴさんとも話せたし連絡先も交換できましたし……でも、なんだかなあ」

 

「変身してることがバレるのって、なんかもっと劇的な感じになるんじゃないかと思ってたんですけどねえ」

 

「大変な時期なのにすまなかったわね。あのアスラン・ザラっていう人とも情報交換を進めなきゃいけないのに」

 

「ああ……」

 

そういうとシンは渋い顔をする。

 

「やっぱり交渉担当、俺ですよね。あの人苦手なんだけどな」

 

「知り合いなんでしょう?」

 

「知り合いっていうかなんというか。とにかく複雑なんですよ、俺とあの人は」

 

 

 

 

 

 

「俺の知るシン・アスカという男は命懸けでスペースビーストの侵攻を食い止め、そして……命を散らせてしまった」

 

火星で再開することとなった因縁多き相手アスラン・ザラ。

 

しかしお互いの話す相手の事情が大きく食い違っていることに大きな困惑を抱く。シンにとってアスランはメサイア攻防戦において直接敗北し、以来初めての再会である。

 

だがアスランにとってのシンはC.E.79年に起きたスペースビーストによる侵攻の第一波をその命と引き換えに防いだ英雄であるというのだ。

 

ナカジマ隊員を交えたディスカッションによって、彼らはお互いが「別の未来を辿るコズミック・イラの住人」――つまり並行世界の人間であるということを認識した。

 

アスラン曰くコズミック・イラではCE78年からスペースビースト……シンが火星宙域で戦った岩石怪獣と同種にカテゴライズされる怪獣たちの侵攻を受け始めており、シン・アスカは早期から地球防衛戦線に参加、第1次の最大級の侵攻であった79年の戦いにおいて死んでしまったという。

 

無論CE74年のメサイア攻防戦時にコズミックイラからはぐれ(・・・)、ネオフロンティアで4年を過ごしているこのシンにとっては全く寝耳に水の話である。それにアスランの話が正しければアスランはCE85年からやってきたという。

 

時間のや事実の食い違いから当初はお互い困惑したものの、並行世界という概念を持ち出されたところで話が変わったのだ。なにせ今はシンもアスランも異次元世界にいる身である。自分に起こっていることを冷静に考えれば、「何が起こっても仕方がない」状況であるのだと理解はできた。

 

「お前は俺の知ってるシンではない……んだな」

 

「ええ、アンタも俺が知ってるアンタじゃないようだ」

 

「正直戸惑っている。俺からすれば死んだ相手が今生きているようなものだしな。だが、確かに俺のおぼえているシン・アスカともお前は少し違うようだ」

 

「そうなのか?」

 

「ああ。なんというかな、アイツはもっと……追い詰められているようだった。焦っている感じだったというべきかな。ミネルバにいた頃のお前とも少し違ったが、暗くて鋭い感じだった。けど今対面しているお前はなんだか凄く遠いところにいるような感じがある」

 

「なんだよ、それ。アンタの言うことは相変わらずよくわからない。俺からすればアンタはただのアスラン・ザラだ」

 

 

「あのジャスティスは対怪獣兵器なんだって?」

 

「ああ、通称”ホープ”。ミーティアを大気圏運用するためのコアユニットだ」

 

「ミーティア……メサイア攻防戦でも持ち出された核エンジンMSの外装MAか」

 

CE85のコズミック・イラでの対怪獣作戦のために考案されたのはミーティアの殲滅能力を対怪獣作戦に活用する方針だったという。旧地球連合のデストロイや各種大型MAなどの運用データも元に、ミーティア級大型兵器を大気圏運用するためのコアMSとして開発されたのが、漂流したアスランが乗っていたジャスティスタイプMS、「コアジャスティス」らしい。

 

「ミーティアが大気圏にってことは防衛ラインはもう地上なのか?」

 

「そうだ。火星もプラントももう陥落し、人類の生存圏は地上のいくつかの地域しかない」

 

スペースビーストによって侵攻が進んだ地球は既に人類はいくつかの拠点を中心にして生存圏を確保するのが精一杯なのだという。改めて絶望的な状況だった。これならばシンよりもアスランの方が切に帰りたがるのも仕方ないといえよう。

 

「今回のことでこの宙域のどこかにコズミックイラとネオフロンティアを繋ぐ次元の裂け目とでもいうべき空間があることがわかったそうだ。特定、検証にもう少しかかるだろうけど近いうちに帰れるはずさ」

 

「だが、その通路が俺かお前のどちらのコズミックイラにつながっているのかはわからないんじゃないのか?」

 

「ナカジマ隊員によると個人個人が持ってる世界との縁のようなもので俺とアンタが別々の出口に出る可能性が高いらしい。次元の裂け目はまだわからないことが多すぎるから俺とアンタはある意味で実験みたいな形になるそうだ」

 

「そうか……」

 

 

 

 

 

 

地球での緊急事態を検知し、火星基地でも警報が鳴った。何度目かのワームホールが今度は日本上空に現れたのだ。

 

ワームホールから現れたのは50mはある黒い機体。シンとアスランの目にはまぎれもなくその機体がデスティニーであることが分かった。

 

戸惑っている一同の前でデスティニーから声が響いてきた。

 

「地球人類に警告する。諸君の前に現れている異星人シン・アスカはイーヴィルティガの力を獲得し、侵略の先兵となろうとしている悪逆である。私は同郷の者としてシン・アスカを断罪にやってきたものである。速やかに私に引き渡されたし」

 

 

そういうとコックピットにあたる部分からそのものは姿を現した。

濡れ羽根色の髪、引き締まった五体、黒いパイロットスーツを着たその人物はシンと非常によく似た人物だった。

 

「あれは、シン!」

 

真っ先に反応したのはアスランだった。

 

「あれは間違いなく俺の世界のシン・アスカだ!俺にはわかる!」

 

「だが、そいつは死んだんだろ?それに俺だっていうならなんであんなことを」

 

「待ってくれ、死人なんだな?それだったら俺たちの方に意見があるぞ」

 

一緒にモニターを見ていたコウダ副隊長口をはさんだ。

 

「以前シンの偽物が現れた時から可能性を考えていたんだが、あの言い方や行動目的から考えるに、あのモニターに映っているシンはキリエル人の預言者になっている可能性がある」

 

キリエル人の預言者とは異次元人キリエル人の意志を人類に伝達するための生きるしかばねのことだ。かつてティガが戦っていた時代に何度か現れて人類を誘惑したという記録が残っている。

 

「そうなるとやつの目的は」

 

「奴はお前がイーヴィルティガであることを全世界に知らせた。他のウルトラマンならばともかくイーヴィルティガは立場が微妙な存在だ。それを知らせることでこの世界でのお前の居場所を奪う魂胆だろう」

 

「そうか、うちうちに知られているだけならともかく、情勢を考えると……」

 

「そういうことだ。どうする、シン」

 

「どうするもこうするもないです。やつの目的が俺なら正面から倒すまでだ。行きますよ、俺は!」

 

「そういうと思った。だが気をつけろ、どんな罠が待っているかわからん。俺たちも急いで地球へ向かう!」

 

アスランとスーパーガッツの隊員たちにうなずくと、シンは駆け出し、光とともに変身をする。

火星から光の巨人が地球へ向けて飛び立った。

 

 

 

 

 

 

地上ではイーヴィルティガとデスティニーが対峙していた。

 

イーヴィルティガの拳がデスティニーのアロンダイトに受け止められ捌かれた。

 

「お前!キリエル人の預言者だってな!」

 

「ハ!それに気づいたのか!なかなかやるもんだ」

 

「預言者だっていうならもう少しそれらしく話したらどうだ!」

 

 

一旦イーヴィルティガが距離をとる。デスティニーは能動的に動く気配が無い。

 

「答えろ、その体で何をする気だ!何をするためにこの世界に来た!コズミック・イラをどうするつもりだ!」

 

「答える必要はない!なぜならお前はここで死ぬからだ、シン・アスカ!」

 

ふたたび二体の巨人の距離が縮まる。デスティニーはアロンダイトを大きく振り回し、イーヴィルティガの技をはじいた。

 

(このままじゃらちがあかない、イーヴィルショットで撃ち抜く!)

 

距離を離したイーヴィルティガは脚をとめ腕をL字に組んで攻撃!紫電の閃光がデスティニーを貫いた!

 

「やった!」

 

そう思った時だった。イーヴィルティガの背後からカラータイマーごと貫いてアロンダイトが生えた。

 

「な、なぜ……」

 

「なんの策もなく堂々と現れると思ったか?お前をしとめる手順ぐらい用意してあるとも」

 

間欠泉のように、流血のように光のしぶきがイーヴィルティガの胸からこぼれる。カラータイマーは完全に砕かれていた。引き抜かれたアロンダイトにイーヴィルティガの体が揺られ、あおむけに倒れる。

 

「く、そ……こんなところで……」

 

「さあ、さよならだ。シン・アスカ」

 

イーヴィルティガの首に、アロンダイトが振り下ろされた。

 




誤字報告など、ありがとうございます。1部完結したら修正したいと思います


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