バッドガールズ・ダークサイド (やーなん)
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第一章 魔法少女黎明期
魔法少女フェアリーサマー、参上!!


前々から挑戦したかった魔法少女モノです!!
ジャンルは、一応ギャグです。はい。


 二十二世紀、西暦2150年頃。

 日本列島の側にある無人島。

 

 この時代、珍しく人の手の入っていない自然の残るその孤島では、決戦が行われていた。

 

 

 耳をつんざくような鳴き声が響き渡る。

 そのおぞましい声を発するのは、全長三十メートルを超える三つ首の黄金龍だった。

 

「またどこかで見たようなデザインね……」

 呆れたように呟くのは、それに対峙する十代半ば頃に見える少女。

 上空からその巨竜を見下ろす彼女は、やはり普通では無かった。

 

 ボーイッシュながらも黄色を基調とした衣装を身に纏い、その手には金属質のステッキが握られていた。

 

 彼女は魔法少女。

 魔法少女フェアリーサマー。

 

 この地球で不動の人気と知名度を誇る、人類史に残る英雄だった。

 そんな彼女と相対する怪物を使役するのは、もはや彼女の腐れ縁と言っていい相手だった。

 

「ふははは、見るがいいフェアリーサマー!! 

 このタイプのキメラは十数年前にも作ったが、あの時の反省を生かして各首を独立して稼働できるようにしておいた。

 鱗は勿論、ダンジョン最下層付近のゴールドドラゴンから調達したのだ!! 

 当然それ以外の部分も有効活用してみた。この三つの首から放たれるブレスは接し3000℃に達し──」

「ああもう、そういうのいいから」

 巨竜の背に立つ腐れ縁相手に、彼女はおざなりに対応した。

 

 自分の“作品”について饒舌に語る彼はドクター・ティフォン。

 キメラ作成の第一人者であり、生命工学の分野で名を残した魔術師である。

 根っからの特撮マニアである彼は、強くてカッコいい巨大生物を創りたがる悪癖があり、最初の作品を暴走させた時にそれを対処した彼女に入れ込んでいる。

 

 怪物は倒されるまでが芸術、というのが彼の美学であり、巨大生物を作っては暴走させそれを彼女に倒させるということを数えきれないほど繰り返した。

 その関係は既に、150年近く経つ。

 

 彼も、彼女も、魔導を得て尋常の人間ではなくなっている。

 この定期的に行われる決戦も、もはや惰性だった。

 

 

 この時代、この地球。

 地上に住む人間は一億人程度だとされている。

 多くの人間は地球を離れ、宇宙という大いなるフロンティアに旅立った。

 

 地球の資源は枯れ始め、地球環境はますます変化している。

 ひと昔前の宇宙開拓ブーム以降、地球という星は人類にとって田舎になってしまった。

 

 まだ人類が地球の重力にしがみついて生きていた時代からずっと生きている二人は、この母たる故郷を捨てられなかったのである。

 昔はキメラを町中で暴れさせて苦情が殺到したりしたが、今は誰もそんなことを言う人間は居ない。

 地球の人々は強固なシェルターに守られた都市で暮らしているからだ。

 だから二人がどれだけ周囲を壊しても、未だ残っている古臭い団体から苦情が出る程度だ。

 

 それでも今日は、なぜか違った。

 戦いの舞台が、無人の孤島なのだった。

 

「いつも通り、その近所迷惑なペットを保健所送りにしてあげるわ」

「はははは、やれるものならやってみるがいい!!」

 いつものように、だがいつもとは違う決戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 ……

 …………

 …………

 

 

「ツインバースト、エクスプロージョン!! *1

 

 フェアリーサマーの必殺技が炸裂し、巨竜が爆散する。

 孤島は瞬く間に血の雨が降り、肉塊が無数に飛び散らかる。

 

「ふむ、やはり無尽蔵の再生能力を与えた程度ではダメか。では次回はこの反省を生かして……」

 芸術家気質なドクター・ティフォンは早速次の作品の構想を練っている。

 

「ふん!!」

「ほげッ!?」

 そんな彼をフェアリーサマーがしばくのが、恒例行事だった。

 

「あのねえ、こんなこといつまで続ける気?」

 魔法の杖で彼をぶん殴った彼女は、疲れたように溜息を吐いた。

 人間を超越した彼女に疲れなんてものは無縁だが、それまで生きた年月が見た目以上に彼女を疲れさせて見えるのだ。

 

「もうこんなことしても、誰も注目しない。

 私達の事なんて誰も見に来ない。ネットで放送もされないわ」

 昔は、このどんちゃん騒ぎをする二人は幾度も話題になった。

 だがそれも過去の話だ。

 

「ふむ、フェアリーサマーよ。

 キサマは考えたことはないかね。自分の力を持て余している、と」

「だから? 

 私の師匠はあなたも知ってるでしょう。

 私は調停者。誰かの肩入れなんてしない」

 フェアリーサマーは強い。強過ぎる。

 この時代の人類の技術を集めても勝ててしまう。

 だからこそ、彼女は話し合いの場とか式典に呼ばれることもある。

 

 だが、本気を出したことなど無い。

 力には責任が伴う、とは師の教えであり、自分が本気で暴れまわったらどうなるか彼女は知っているのだ。

 

「実はな、我が宿敵よ。私にスカウトの話が来ているのだ」

「はあ? そんなのどんなもの好きよ」

 人類の生命工学はとっくに極まっており、今の時代人間は二百歳まで生きれると言う。その水準を押し上げたのが彼である。

 今更新しい技術なんて産まれないだろうし、その分野を極めたはずの彼は化石扱いだと聞いていた。

 

 そんな彼は、とんでもないことを口にした。

 

「──異世界の魔王だよ」

 その言葉を聞いた瞬間、彼女は頬が引きつったのを自覚した。

 

「悪の組織の幹部に、博士ポジションは不可欠であろう!! 

 その話を聞いた時、私は年甲斐も無くワクワクしてしまってな!!」

 この男、真っ当な倫理観や常識を持っているのに、それを踏まえた上ではた迷惑に振舞っている救いようのないバカだった。

 そもそも、バカじゃなければ百年以上もこんなことを繰り返していない。

 

「と言うわけで、此度の戦いが最後となる。

 我が子の爆散の瞬間は実に見事で芸術的であった。これを成しえるのはお前以外はおらんだろう。

 と言うわけで、お前には勝ち逃げを許そう」

「ちょ、待ちなさいよ!!」

「さらばだ、我が宿敵よッ!!」

 ドクター・ティフォンは高笑いをしながら空間の揺らぎを発生させて消え去った。

 

「……」

 彼女はすぐさま携帯端末を取り出し、彼の反応を追った。

 しかし表示は無慈悲にも『ロスト』の一文字のみ。

 

「そんな、ドクター。あの人が異世界に行くなんて」

 魔法少女フェアリーサマーは膝を突いた。

 

「──恥ずかしくて耐えられない!!」

 彼女は悶えた。

 あのバカが高笑いしながら異世界の人々に迷惑を掛ける姿を想像して。

 この地球の人類を代表して恥ずかしかった。

 

「コティ、レプ!!」

 彼女は自分に力を与えた二人の妖精を呼んだ。

 

「うーん、なーに?」

「何か面白いことでも起こったの?」

 端末の中から妖精が現れる。

 二人とも眠そうだった。

 

「二人とも早くあのドクターの痕跡を追って!! 

 二人なら別世界に行っても追跡できるでしょ!?」

 彼女は何としてでも、地球人代表としてあのバカを止めねばと思った。

 

「なにあいつ、今度は異世界に行ったの?」

「相変わらず変なことばっかりしてるのね」

 二人の妖精は端末の機能を利用し、魔法を行使し拡大していく。

 

「捕捉できたわよ。でもちょっと時間軸はずれるかもね」

「良いから早く、転送ゲートを開くから術の補佐をして」

「りょーかーい」

 二人の妖精が飛び立ち、彼女の両肩に座る。

 

 本来高度の演算と詠唱が必要な魔法を、機械と二人の妖精が代行する。

 彼女はただゲートを開くだけで良かった。

 

 こうして、地球から魔法少女フェアリーサマーは転移した。

 

 

 

 §§§

 

 

「……ここが、異世界?」

 地球から転移したフェアリーサマーは、その眼に映った光景に目を見張った。

 

 コンクリートのビルに取り付けられた雑多な看板の数々。

 視界を埋め尽くすほどの歩行者の群れ。

 クラシックとしか言いようのないハイブリッド車が道を通り過ぎた。

 

「この世界、まるで私が若い頃の地球じゃない」

「まあ、並行世界だからね」

「時間軸的には百年以上前かな?」

 呆然とする彼女に、妖精レプと妖精コティが補足した。

 

「どれどれ、ネット環境は……あるっぽい。

 今ざっと調べたけど、この世界は2022年みたいね」

 電子機器を自在に操れる妖精レプが、彼女の持つ携帯端末に調査結果を表示した。

 

「令和なんて年号、久々に聞いたわよ……」

 懐かしいわね、と彼女は当時の激動の時代を反芻した。

 

「あと、今調べて分かったことなんだけれど」

「なあに?」

「ドクター・ティフォンの事なんだけど……くすくす」

 妖精レプは可笑しそうに口元に手を当てて笑っていた。

 

「……もう五年近く前にこの世界にやって来たみたい」

 笑っている妖精レプに代わって、妖精コティが答えた。

 その事実にフェアリーサマーは眩暈がした。

 

「もう五年も、この世界の人たちに私たちの世界の恥を晒してたことになるのね……」

 別の世界までやってきて、早々に心が折れかける魔法少女だった。

 

「どうするの、夏芽」

 夏芽とは、フェアリーサマーの本名だ。

 彼女が正真正銘ただの人間だった頃からの付き合いの妖精コティが今後の行動を尋ねた。

 

「とりあえず、あのバカ野郎を探して連れ戻さないと──」

 そう言いながら天を仰いだ彼女は絶句した。

 自分の故郷なら、この時代、この世界には有ってはならない物が存在したのだ。

 

 それは、巨大な円盤だった。

 銀色の巨大な円盤が空に浮かんでおり、異様な存在感を示していた。

 

「……あれ、なに?」

 その姿に、彼女だけでなくその両肩の妖精たちも絶句した。

 しかし何よりも異様なのは、あんな巨大な物体が浮かんでいるというのにこの世界の人々は気にもしていない様子だった。

 まるで太陽か月かのように、そこに浮かんでいて当たり前とでも言うように。

 

「あの、すみません。あれ、何ですか?」

 フェアリーサマー、夏芽はその辺を歩いているサラリーマンを捉まえて尋ねた。

 

「うん? 何を言っているんだい、君は」

 サラリーマンは当然のように答えた。

 

「あれは魔王の居城、彼らの本拠地じゃないか」

 

 魔王。

 およそ現代日本において、ファンタジー小説かアニメにでもしか登場しない名詞だった。

 

 夏芽は呆然としながらも悟った。

 あのバカは、あそこに居るのだと。

 

 そんな時だった、町中に警報が鳴り響いたのは。

 

『都民の皆さん、怪獣警報が発令されました。

 都民の皆様におかれましては、スマートフォンなどのアプリ等によって最寄りのシェルターを把握し焦らずに避難してください』

 怪獣警報。

 バカな、と彼女は思った。

 

「ああ、これから営業だってのに。

 君も早くシェルターに避難した方が良いよ」

 サラリーマンは彼女にそう声を掛けて歩き去って行った。

 

「……スマートホンなんて骨董品の名前、本当に久しぶりに聞いたわ」

「夏芽、現実逃避しないで」

 遠い目になる彼女の頭を、妖精レプが揺らした。

 

『はーっはっはっは!!』

 そして聞き慣れた高笑いが、彼女の現実逃避を許さなかった。

 

『恐れよ、民衆よ!! 

 この魔王四天王、ドクター・ティフォンの作品に慄け!!』

 大空に、ドクター・ティフォンのバカ面が立体映像になって表示される。

 彼女は恥ずかしくなって両手で顔を覆った。

 

 そうしているうちに、大規模な空間転移が発動し、町に怪獣が投下された。

 人々の悲鳴が、怒号が、遠くから聞こえる。

 

「アンチマテリアライズ!! 

 ソウルシェイプチェンジッ!!」

 夏芽はヤケクソ気味に、変身の文言を叫んだ。

 

 彼女は一瞬で私服から、戦闘用の魔法衣装へと身を包んだ。

 

一年(ひととせ)の熱い青春の季節を司る魔法少女フェアリーサマー、ここに参上!!」

 飛翔用の魔法陣を展開し、彼女は怪獣の前へと躍り出る。

 

『ぬ、お前はッ!!』

 立体映像のドクター・ティフォンが彼女に気づいた。

 

「ドクター・ティフォン!! 

 この世界でもバカみたいな狼藉は相変わらずのようね!!」

 手に持った魔法のステッキを怪物に差し向け、彼女は叫んだ。

 

「ツインバースト、エクスプロージョン!!」

 初手必殺技。

 適当な戦いの駆け引きも無視した、一方的な蹂躙。

 

 怪獣はお披露目から悲鳴を上げる暇も無く爆散した。

 

『おお、その姿は、その技は、まぎれも無く我が長年の宿敵、魔法少女フェアリーサマー!!』

 彼にとっては五年ぶりの宿敵との対峙。

 彼はいつものように、宿敵の登場に歓喜していた。

 

『この私を追って来たのか、そんなにも私が恋しかったか!! 

 だがお前以上に、私がお前を恋焦がれていた!!』

「黙れ変態!! 今からそっちに行くから、待っていなさい!!」

『果たしてそれはどうかな?』

 意味深な含み笑いをした後、空に投影された立体映像はぷつんと掻き消えた。

 

「あいつ、なにを」

「夏芽ちゃん、魔力反応!!」

 歴戦の魔法少女は、相棒の妖精の声に即座に反応した。

 

 一瞬で、周囲の空気が低下した。

 常温が一気に氷点下に変化し、殺人的な冷気が漂い始めた。

 

 魔法だ。

 

 彼女の周囲のビルの屋上に、三人の少女たちが散開して彼女を取り囲んでいた。

 三人とも魔法の衣装を身に纏っている。

 魔法少女だ。

 

「あの、私は敵じゃ──」

 夏芽の弁明は届かなかった。

 真っ赤な炎が、彼女に降り注ぐ。

 

 奇妙なことに、この炎は灼熱の熱源体では無かった。

 冷気だ。この炎が燃えれば燃えるほど、周囲の気温を下げていく。

 

 もし人体に当たれば、凍傷を負って壊死するだろう。

 この冷気の正体が、この真逆の性質を持つ炎によるものだった。

 

「ああそう」

 話は聞いてくれない。

 なら次にするのは武力行使だ。

 

「あなた達に年季の違いを見せてあげるわ」

 

 ドカッ、バキッ、ツインバースト、エクスプロージョン!! 相手を倒した。*2

 

「もっと場数を踏んでから出直してきなさい」

「夏芽ったら大人げない……」

 未熟な魔法少女をあっさりと一蹴した彼女は鼻を鳴らした。

 

「それにしても彼女たちの魔法、滅茶苦茶だったわね」

 魔法少女としては正統派を自称する夏芽からして、今目の前で気絶している三人の扱う魔法はぶっ飛んでいた。

 一言で言うなら、魔法少女らしくなかった。

 

 

「さて、と」

 彼女らをどうしたものか、と考えていると何十人もの人の気配があちこちのビルの屋上に現れた。

 誰れもが重火器で武装した、訓練を受けた軍人が遠近両方から彼女に一人に銃口を向ける。

 

「とりあえず、敵対意思は無いと言って話を聞いてくれますか?」

 夏芽はにっこりと笑みを浮かべて近くの相手に話しかけたのだった。

 

 

 

 

 

*1
魔法少女フェアリーサマーの必殺技。妖精式魔法動力炉二門から放たれる精密な魔力爆発による一撃。要するに、ごり押し。彼女は最強の魔法少女なので、大抵の場合このセリフと共に相手は爆散する。

*2
魔法少女フェアリーサマーは最強の魔法少女なので余計な戦闘描写はカットなのだ!! 




この小説は拙作『転生魔女さんの日常』の外伝作品みたいな位置づけになる……のかなぁ?

この小説の世界観を説明するのにはツッコミ役が必要と思ったので、思い切ってチョイ役程度にしようと思った例の作品からのまさかの外伝主人公という大抜擢。
なお、そちらは第二部を待たずして第三部みたいな内容を外伝で書いているという。

まああくまで主人公は狂言回し。今回はあくまでプロローグなので話の主軸は最後に登場した三人になる予定です。
それでは近いうちに二話目を書くので、しばしお待ちください。
ではまた!!


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魔王の降臨

 

 

「いかにもな、箱物ね」

 夏芽は連れて来られた建物を前にそう呟いた。

 

 

 

 夏芽が軍人たちに囲まれ相手の対応を待っていると、彼らの救護班らしき軍人が彼女を攻撃した三人の魔法少女を搬送。

 その光景を黙って彼女は見ていた。

 

 それが終わると、両手を上げて無手を示しつつ一人の軍人がスマホを通話状態にしてそれを差し出した。

 

『まず、私の部下たちの無礼を謝罪させてください。

 そしてあの怪物を一撃で葬れるあなたを警戒せざるを得ないという状況も』

 通話相手は落ち着いた女性の声だった。

 

「まああんな未熟な子たちにアレと戦わせざるを得ないって時点で察するわ」

 先ほどの三人を一蹴した夏芽だったが、それは彼女が強いからというだけでなく、対応に出た三人の実力不足と実戦経験の少なさを感じていた。

 

『申し遅れました。私は上位者対策局の千利と言います』

「私は魔法少女フェアリーサマーで通しているわ」

 お互いに名乗り合いを終えると、夏芽は視線を上に向けた。

 

 そして、目が合った(・・・・・)

 

 通話相手の千利という人物は、魔法的な視界を通じて彼女を見ていた。

 夏芽は何となくその視線を察知して見返したのだが。

 

「どうかしましたか?」

 相手からは絶句、というか、困惑を通話越しに感じた。

 

『…………いえ、見つめ返されるなんて初めての経験だったもので』

「もしかして、失礼なことしちゃった?」

『いいえ、とにかく、事情をお聞かせ願えませんか? 

 未登録の魔法所持者で、あなたほどの実力者が居るという状況は異常なのです』

「私としても、現場の人間から生の話を聞きたいと思ってたところだわ。

 招待を受けましょう」

『わかりました、ではそちらの局員たちに案内させます』

 それと同時に通話は終わった。

 

 夏芽は局員という立場らしい軍人たちの装甲車に乗り込み、都内の一角にある建物に案内された。

 

「いかにもな、箱物ね」

 その特徴という特徴の見受けられないビルに、夏芽は率直な感想を漏らした。

 そしてビルの表札は、『上位者対策局』と記されていた。

 

「上位者、ねえ」

 夏芽にはこの並行世界の人類が、あの空飛ぶ円盤を大層恐れているということだけは理解した。

 内部は清潔が保たれ、比較的新しい建物だというのが窺える。

 

 彼女は武装は下ろした局員に連れられ、作戦指揮室と銘打たれたドアを潜った。

 そこは大きなモニターが電子的に都内の各地域を表示しており、部屋の大半を機械が占めている。

 並べられたテーブルにはこの組織の制服を着た女性たちがノートパソコンに向かってインカムで何かを矢継ぎ早に指示していた。

 さながら、軍事基地のオペレーションルームと言うべきだった。

 

「御会い出来て光栄です、フェアリーサマーさん」

 その部屋の中心にある、モニターとは別にアナログな地図が広げられている丸テーブルの奥に彼女は居た。

 

「私がこの上位者対策局指揮課の千利です

 一応、実働部隊の責任者になります」

 夏芽が実物の彼女を見て抱いた印象は、若い、だった。

 自分の見た目が十代半ば程度なら、彼女はそれより少し上程度だった。

 

「随分お若いんですね」

「私なんてお飾りですよ、周りには本職の自衛隊や元軍人の方々ばかりでいつも助けて貰ってます」

 それはそうだろうな、と夏芽は思った。

 彼女が周囲の助けなしでここで働けるわけがない。

 

 なぜなら彼女は、車椅子に座りアイマスクのような眼帯をしていた。

 誰がどう見ても、足と目が不自由であった。

 そんな人間が、実働部隊の責任者。

 夏芽は早々にきな臭い物を感じていた。

 

「とりあえず、これ外していいかしら?」

「これ……? どういうことですか?」

 千利の視線は夏芽を連れて来た局員に向けられた。

 夏芽が示したのは、自分の腕に付けられた腕輪のような物体だった。

 魔法を抑制する道具らしいのは、何かしらの抑え込む力を感じて察していた。

 決して心地いモノでは無かった。

 

「ああ、気にしないでください。

 こちらに争う意思が無いということを分かってもらうために付けましたから」

 バツの悪そうな表情をしている局員に、夏芽はフォローを入れた。

 どちらにせよ、夏芽には外部の魔力ストックがある。当人の魔力を封じたところで、大した意味は無いのだ。

 

「すみません、部下が更なる失礼を」

「別に構わないわ。こんなのオモチャだもの」

 電子的なロックがされている腕輪がカシャンと手錠のように開いた。

 周囲から驚くような雰囲気が発せられる。

 

「お返しするわ」

 夏芽は自分が座った席からスッと彼女に魔力抑制装置を突き返した。

 

「……なんとなく、分かっては居ましたがフェアリーサマーさん。

 あなたは上位者なのですね」

 それはどこか諦念に近い言いようではあった。

 

「私はそんな大層な人間じゃないわ。

 私は並行世界の地球から来たただの一個人に過ぎない。

 そんなことを言われても、信じられないかしら?」

「……いえ、信じますとも。

 五年前までならともかく、今の時代なら」

 千利はスッと視線を虚空に向けた。

 その先には、あの巨大な円盤が浮いているのだ。

 

「彼らは、異世界からやってきた、そう主張していますから」

「なるほどね」

 あんなモノに乗っているのにエイリアンとかじゃないのか、と夏芽は思った。

 

「彼らがやってきてすぐ、彼らは私達にゲームのルールを説明しました」

「ゲーム?」

「私が説明するよりも、この映像を見るのが一番でしょう」

 千利が周囲に指示をすると、中央の巨大モニターの映像が切り替わった。

 

「これは五年前のあの日、あの円盤がこの地球に降り立ってすぐの事でした。

 当時放送されていた、生放送のお昼の情報番組で起こった出来事です」

 

 

 §§§

 

 

「やはりあれは、エイリアンなのでしょうか」

 映像の中で、スタジオに居る司会が有識者に尋ねていた。

 番組のテロップには、『謎の巨大円盤出現!?』と画面端に表示されていた。

 

「分かりません。今我々の頭上に現れた謎の円盤は何のアクションも示していません。

 政府は至急交渉のチャンネルを得ようと慌ただしく準備しているようですが」

「となると、やはり彼らの目的は侵略なのでしょうか」

「今の段階ではどうにも」

 司会も、番組に呼ばれた有識者たちも、不安を隠し切れない様子だった。

 

 そんな時だった。

 突如として、悲鳴が観客席で上がったのだ。

 

「どうした、なッ、誰だあんた達!?」

 司会が異変を察して、そちらに目を向けるがその表情に恐怖が浮かんだ。

 

「しんりゃくぅ~?」

 妙に間延びした、男の声が入り込んだ。

 

「ボクちゃんたちが、そんな野蛮なことするわけないじゃなーい♪」

 それは、異形だった。

 ヒトの形をしているが、それは形だけだった。

 全身を覆うのは、爬虫類の鱗であり、黒い光沢を発していた。

 そして、その頭は人に非ざる龍の顔だった。

 

 ただ何よりも、その異形の格好が異様だった。

 まるで道化師のように赤と青の服装で、龍の顔には独特の化粧が施されていた。

 

「まずは名乗ろうか♪ 

 ボクちんは魔王ハーレ。魔王一族の四位たる、通称“道化”のハーレ。

 そう、あの円盤の主さッ!!」

 間延びしていたと思ったら、急に甲高い声で龍のヒトは名乗った。

 スタジオは瞬く間に、彼の従僕によって占拠された。

 

「じゃ、じゃああんた達が、エイリアン!?」

「ノンノンノーン、ボクらは宇宙人じゃないよ!! 異世界人さ!!」

 怯える司会に魔王ハーレはおどけたように馴れ馴れしく近づいて肩を組んだ。

 

「ボクちゃんたちと君たちは隣人!! 

 お近づきのしるしにボクの芸を見せちゃおう♪」

 そして彼は司会の男の腕を掴んで上へと放り投げた。

 

「それ、あそれ、それそれそれ♪」

 なんと魔王は、人間でお手玉をし始めた。

 人間では考えられない腕力。これがテレビの演出では無いことは明らかだった。

 

「おっと、お、おっとぉ」

 が、彼は道化師らしくオチを付けた。

 勢い余って真上に投げた司会が、自分の上に落下してきたのである。

 

「あいたたた……あれぇ?」

 一緒に倒れる魔王と司会。

 だがその寸前に、カメラには魔王の頭がスポーンとどこかに飛んでいくのが映っていた。

 

「だれかー、ボクちゃんの頭持ってきて~」

 首なしになった異形の道化師が、身振り手振りで態度を示し、すっぽ抜けた頭が遠くから助けを求める。

 芸としては素晴らしいはずなのに、すべっていた。

 どうしようもなく、空気が読めていなかった。

 観客席も、有識者たちも、恐怖で固まるばかりだった。

 

「よいしょ、っと。

 さーてと、何から話そうかな♪ 

 じゃあそこの君、最初の質問をどうぞ!!」

 頭を元に戻してから、魔王ハーレは有識者の一人を指示した。

 彼の部下によって乗っ取られたカメラが、そちらに向いた。

 

「き、きみたちの目的はなんだね!?」

 どこかの大学の教授らしい彼は、絞り出すように質問を吐き出した。

 

「うーん、ボクちん達はねー、さっき隣人だと言ったけど。

 仲良くする気はちーっとも無いんだ!!」

 あはは、と道化の魔王は笑った。

 

「僕らは使徒。僕らが仕える大いなる女神に命じられ、僕らはやってきた」

 その言葉を言う時だけ、異形の道化師は真顔になってそう言った。

 

「僕たちの目的は、君たち人類に試練を与える為だ。

 その為に、僕らは君たちに破壊や混乱、恐怖を与えるだろう。

 それがいつまでか、どこまでやれば我が主上が満足なされるかは、ボクちゃんの知るところじゃないけどね~」

 破壊、混乱、恐怖。

 それが目的だと、魔王は語った。

 

「でも流石に、ちょっと今回はボクもいつもとやり方の注文が違くてねー、困ってたんだよ。

 だからボクちゃんとしても、無益な殺生はしないことにしたんだ♪」

 ぐふふ、と大げさに両手で口を覆い、魔王は笑った。

 

「ボクちゃんたちが齎した物理的な損害は、全てその国の通貨で補償しよう♪ 

 それ以外の経済的損失とかについては、まあそっちは政府が頑張って♪ 

 それも試練ってことにしておこう!! 

 ああそうだ、もし人的な損害が出た場合だけど……」

 魔王は笑う。邪悪に。

 

「その場合は、君らの言い値にしよう。君たちが死者の値段を決めるんだ!!」

 まるで悪魔のような物言いだった。

 

「あと、大量破壊兵器は禁止しよう。

 これからボクちゃんの配下が、世界中の核兵器やそれに匹敵する兵器を取り上げて回る。

 所要時間は十時間程度で終わるだろうけど、くくくく」

 彼は、魔王は知っている。

 この世界のパワーバランスが核兵器によってある種の均衡が保たれていることを。

 

「我が主上たる女神が司るは、人間の文明。

 人間の文明は争い合うことで発展してきた。

 ボクちゃんが、君らのくだらない均衡なんて取っ払ってあげよう!!」

 混乱。

 

「それから、ボクちゃんも定期的に配下を投下するよ!! 

 君たちは全力でこれを排除するんだ!! それが出来なければ、生活圏はめちゃくちゃになるだろうね!!」

 破壊、恐怖。

 

「ボクちゃんたちよりずっと、君ら人類が同胞を殺すだろう!! 

 そうさ、それが人間の本質さ!! 他人を踏みにじり、蹴落とし、利益を奪い取る!! 

 その悪こそを、ボクちゃんは愛する!! 

 だから君たちは存分に、人生を謳歌するんだ!! 我が神はそれを望んでいる!!」

 まさに、魔王。

 邪悪の権化。

 

「それじゃあ、君らがボクちゃんの居城にちょっかいを掛け終わったら、改めて各国の政府にお邪魔するとしよう」

 道化師は恭しくカメラに一礼し、部下と共に去って行った。

 

 

 ……映像は、以上だった。

 

 

 

「魔王、それも四位か」

 夏芽はこの世界に訪れた脅威にため息が出た。

 余りにも、自分の手に負える事態を超えていた。

 

「この放送の後、魔王は自らの宣言を実行しました。

 今、この地球上に核兵器なんて存在しませんよ。実に鮮やかにやられました。

 多くの国が報復に、あの円盤に攻撃を仕掛けましたが……」

「どうせ無駄だったんでしょ?」

「はい……」

 千利の溜息や、周囲の局員たちの様子からそれは嘘では無かったのだろう。

 

「我々人類は、あの円盤にもう既に敗北しているのです」

 彼らは、人類は認めざるを得なかった。

 魔王が、自らの頭上におわす彼を“上位者”である、と。

 

 その気になれば好きなように何かを取り上げ、滅ぼそうと思えばいつでもできる。

 人類という虫けらを見下ろす、神の使徒なのだと。

 

 

「魔王……上位者たちの兵器や兵員の強さは、尋常ではありませんでした。

 連中によって事実上の支配をされた地域もあります。お陰で国家間の争いなんて昔の話です。

 ふッ、それで恐怖に怯えるくらいなら、と自分からその地域に行く者も後を絶えないくらいですよ」

「こういうことは言いたくないけど」

 夏芽は良く知っている。

 魔王一族、とやらのいつもの手口を。

 

「あいつら、飽きたらあなた達を滅ぼすわよ。

 あなた達が完全に魔王に屈服した時、きっと奴はそうする」

 もっと下位の魔王一族と、夏芽は戦ったことが有る。

 その時はほぼ互角だった。お互いの本気で殺しあったら世界が持たないほどで、結局決着も付かなかった。*1

 そして今回は、それよりずっと格上の魔王。

 

 魔王と夏芽が戦いになった時点で、この地球は終わりなのだ。

 

「連中の言う“試練”ってのは、とにかく現地の人類を瀬戸際まで追い詰めること。

 なぜか今回はそうじゃないみたいだけど、最後は変わらないはずよ」

「フェアリーサマーさん、あなたは彼らを知っているんですね」

「昔、ちょっとね」

 まさか異世界召喚の経験もある、なんて言っても信じられるかどうか、と夏芽は思った。

 

「魔王の降臨と同時期に、私達のような魔力を持つ人間が現れ始めました。

 私達はこれさえも、魔王の齎した恩恵だと推測しています」

「まあ、連中なら出来るでしょうね」

「勿論この力は恩恵だけでなく、混乱という形で現れましたが。

 っふふふ、彼らはご丁寧に魔力の扱い方も教えてくれましたよ。それで自分たちに対抗しろ、とでも言うように」

 自嘲の笑みを浮かべる千利に、夏芽は問いを投げかけた。

 

「教えてくれた?」

「魔王は言っていたでしょう、被害の補償をすると。

 少し離れたところに、彼らが置いて行った事務所がありますよ。

 苦情の対応や被害金額の補償、あの円盤とのホットラインも兼ねて色々と事務作業をしています」

「…………いっそ嫌味なほど丁寧な対応ね」

 そのある種超然とした対応が、上位者と称される所以なのかもしれない。

 

「ただ、魔力に目覚める人間と言うのがある共通点を持った十代の少女に限られるのです」

「ある共通点?」

「はい、魔力に目覚める要因は一貫して──何かしらのトラウマを持っていることなのです」

「ああ……道理で」

 夏芽にとって、あの時遭遇した三人の魔法はかなり特化していると思っていた。

 それも当然だろう、あれはトラウマを克服する為に本能が魔法として生じているのだ、と彼女は考えた。

 彼女が居た元の世界でも、そういう事例は多々あった。

 

「私が子供の頃に、絶望すると闇堕ちする魔法少女のアニメが流行ったけど、ここは絶望をしないと魔法が使えない世界とはね」

 悪趣味が過ぎる、と夏芽は感じた。

 この世界に芽生えた魔法は、余りにも限定的で残酷だった。

 

「私も今年で十九歳になりました。

 魔法を得た少女は、二十歳を期に急激に魔力の衰えが始まります。

 二十歳以降の魔力は全盛期に比べれば十分の一程度で、とても戦闘には耐えません」

「そして、この組織は彼女らを戦力として運用する組織、と」

「はい、その通りです」

 苦渋がそこにはあった。

 無力に苛む悲しみが彼女にはあった。

 

「私のような魔法所持者の第一世代は“卒業”間近や、既に魔力の大半を失っています。

 別の世界の住人であるというあなたに、こういうことを申し上げるのは辛いのですが……」

「悪いけれど、私は調停者なの。

 ルールがあり、そこをお互いが尊重している以上、私が手を出すわけにはいかない。

 もし私が戦うことが有れば、それは誰かが何かしらがバランスを崩そうとしている時よ」

 夏芽は機先を制して、彼女にそう告げた。

 実際のところ、彼女の中で先ほどドクター・ティフォンの怪獣を倒したのは自分の中で“ルール違反”なのだ。

 彼はとっくに、この世界のルールの中に存在しているのだから。

 

「やはり、ダメですよね……」

「でも個人として、先達としてなら、いろいろと手伝ってあげられるかもしれない」

「えッ?」

 気落ちする彼女に、慰めるように夏芽は言った。

 

「先ずはあの三人を、鍛えてあげる。

 とてもじゃないけど、あんな未熟な子たちが戦うのは見てられない」

「あ、ありがとうございます。

 それだけでも本当に、本当に助かります!!」

 千利のアイマスクから、涙が滲んでいた。

 よほど切羽詰まっているのが、それだけで現状を物語っていた。

 

「相変わらず、お人よし~」

「うるさいわよ」

「でも新しい暇潰しが見つかったわね、しばらくは楽しめそう」

 やれやれ、と新しいオモチャを見つけたという顔をしている妖精二人に呆れながら、夏芽は溜息を吐いた。

 

 これは簡単にあのバカを連れ帰るわけにもいかなくなった、と内心彼女は気が重かったのである。

 

 

 

 

 

 

 

*1
魔法少女フェアリーサマーは魔法少女の中で最強であって、タグ詐欺ではない。とは言え作中ほぼ同率一位で最強であるので、この注釈に大して意味は無い。




これでようやく、この作品の世界観を大体説明できました。
魔法少女フェアリーサマーは主人公だけどあくまで師匠ポジ。

次回からはどんどん違う魔法少女たちを出していきますね!!



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魔法少女 VS 魔王

前回は、新しい現地の魔法少女を出すとあとがきで言ったな?
あれは嘘――じゃなくて先送りになりました。ごめんなさい。
その代わり、今回魔法少女フェアリーサマーの活躍が見れますよ!!

それでは、本編どうぞ!!


 

 

「とりあえず、おおよその知りたいことは分かったわ」

 千利との対話を経て、夏芽はこの世界の状況について必要な分は把握し終えた。

 

「でも、いくつかの疑問があるのよね」

「疑問ですか? 私に答えられることであれば」

「いいえ、多分この疑問はあなた達に答えられない」

 夏芽は先ほどの魔王の映像を見て、違和感を抱いた。

 

「一応……千利さんは、彼らの崇拝する女神について知っていますか?」

「……申し訳ありません。それについては詳しいことが分かっていません。

 どちらかと言えば、魔王を崇拝する人間がいることが問題になっていると言いますか」

「あのふざけた態度の魔王を?」

「これを見てください」

 千利がオペレーターに指示を出すと、また中央のモニターの映像が変わった。

 

 今度は動画ではなく、静止画だ。

 だがそれは、到底現実感の無い宗教画のような光景だった。

 

「あ、天使さん」

 夏芽は思わず言葉を漏らした。

 その映像に映っていたのは、無数の天使だった。

 

 雲の切れ目から光が地上に差し込み、それを背景に無数の天使が舞い降りようとしている姿だった。

 天使は頭上に天使の輪(エンジェルハイロゥ)を頂き、幾学的な翼を左右に広げている。

 

「彼らは五年前に魔王からの使者として、各国政府に通達を行ったのです。

 曰く、天使なら魔王自身が出るより親しみやすいだろう、と」

「100%嫌がらせじゃない」

 魔王は分かっているのだ。

 この世界の宗教において、天使は大きな意味を持つ。

 

「こっちの歴史が私の世界とどれだけ同じか知らないけれど。

 こっちじゃあ昔、特定の天使が崇拝され過ぎてわざわざ禁止されたくらいよ」

「ええ、まあ、ですので、あまり言いたくは無いのですが。

 魔王は天使を遣わすことができるということで、いろいろと足を引っ張る方々が出てきてしまいまして」

 それもまた、魔王の齎した“混乱”だろう。

 彼は人類のウィークポイントを実に的確に理解している。

 千利の物言いも歯に物が挟まったような言い方だった。

 

「でもおかげで、私の中で明確な疑問が一つ浮き彫りになったわ」

「明確な疑問、ですか?」

「ええ、この世界に、そうね、ファンタジー小説やゲームに出てくるような、ゴブリンとかコボルトとかオークとか、来てないわよね?」

「はい?」

 夏芽の質問の意図が分からない、と言った様子で千利は首を傾げた。

 

「私、昔に別の魔王とやりあったことがあるんだけど。

 その時の連中の手下は、そういう怪物とかだったのよ。

 そしてその怪物たちは、ある女神が下僕として遣わせる。かの女神は魔王に天使なんて与えないのよ」

 それが、夏芽の抱いた違和感。

 

「やっぱり、直接聞いた方が早いかしら」

「え?」

「悪いけれど、ちょっと行ってくるわね」

 夏芽は席を立つ。

 そして、転移ゲートを開いた。

 

「ま、待ってください。危険です!!」

 声を荒げる千利に、夏芽は振り返った。

 

「大丈夫、私は誰にも負けない」

 彼女はニッと笑ってそう言った。

 彼女は、千利は、その背を、その英雄の道程を見送ることしかできなかった。

 

 

 

 §§§

 

 

「さーて、と。一発かましてやりましょうか」

 魔法で浮遊する夏芽の眼前には、巨大な円盤が浮かんでいる。

 

 その大きさ、都市三つ分は優に納められるであろう広大な銀色の構造物。

 彼女は単身で、それに今から挑もうとしている。

 

「ごめんくださーい、日照権の侵害で訴えさせてもらいまーす!!」

 魔法のステッキを振るいながら、夏芽は大声で言った。

 魔力で形成された弾道弾が、円盤の端に直撃。大爆発。

 

 そうして出来た風穴に、彼女は突入する。

 

「賠償金の取り立てじゃ、おらー!!」

 矢のような速さで、彼女は魔王の居城に入り込んだ。

 

 

 一方その頃。

 魔王の居城、その中心部。玉座の間。

 

「やはり来た、やっぱり来た!! 必ず来ると思っていた!!」

 魔王に侍ることを許された四人の四天王、その一人が歓喜の声を上げた。

 

「永遠の乙女、夏の妖精の化身よ!! 

 私は待っていた!! お前が来るのを待っていたぞ!! 

 さあ、早く映像を地上に映せ!! 魔法少女フェアリーサマーの新シーズンの始まりだ!!」

「一人でエキサイトしてるんじゃねえよ!!」

 狂喜乱舞しているドクター・ティフォンを、他の四天王がしばいた。

 

「ドクター・ティフォンよ、あれは知り合いなのか?」

 玉座におわす魔王は、化粧を落としているからか厳かに問うた。

 

「ええ、そうですとも魔王様!! 

 あれこそ我が故郷の英雄!! 幾多の紛争を物理的に両成敗して鎮圧し、宇宙に進出した人類から地球を独りで守り切り、たった一人で人類を屈服させた属性(アライメント)が真の中立たる調停者!!」

 それに答えるのは、魔王の四天王ではなく、英雄の眩しさに憧れるただの一人のファンだった。

 

「なんなら今度わたくしめが個人製作した全24シーズンのアニメと実写ドラマ5期分の映像媒体をお貸ししましょうか?」

「布教してるんじゃねえよ!! 

 どうするんだよ、侵入されてるんだぞ!!」

「では私が出向こう」

 同僚の四天王に、ドクター・ティフォンは真顔になってそう答えた。

 

「彼女の出演作品に、私が出ないわけにはいくまい」

「いや、そう言うこと言ってるんじゃ」

「好きにするといい」

 しかし、同僚のツッコミは魔王によって遮られた。

 

 玉座の間に設置されたモニターには、もう既にフェアリーサマーは円盤内の20%を突破している。

 圧倒的なスピードだ。

 

「エンターテイナーとして、ボクちゃんは彼女の挑戦を受けよう。

 僕は準備が有るから、君たちも迎撃に出るんだ」

 魔王の命令が下り、残りの3人の四天王も頭を下げた。

 

 

 

 そして夏芽の方に戻る。

 

「きゃははは!! カチコミじゃー!!」

「ヤッゾコラー!! スッゾコラーッ!!」

 爆発音とともに、二人の妖精の楽しそうな声が響く。

 円盤の内部にて、魔法少女フェアリーサマーの快進撃は続く。

 

「二人とも、ナイトフォームにチェンジ!!」

「はーい」

「フォームチェンジ!!」

 夏芽の纏う衣装が、再構築される。

 

 一瞬にして全身に薄い装甲が増え、魔法のステッキはロングソードに変貌した。

 これぞ、魔法少女フェアリーサマーのナイトフォームだ!! *1

 

「邪魔だぁ!!」

 四方八方から押し寄せる、機械の軍勢を魔力を纏ったロングソードで薙ぎ払う。

 まとめて数十体の蜘蛛型の戦闘機械をガラクタに変え、壁を切り刻んで最短ルートを進む。

 

「この円盤、ぶっ壊し甲斐がありそうねぇ夏芽!!」

「こんなに楽しいの、宇宙戦艦十隻に次々乗り込んだ時以来ね!!」

 夏芽の魔法を制御、サポートする二人の妖精もご満悦だ。

 

「少し黙っててよ……」

 そうしているうちに、次の敵が彼女の前に立ちふさがる。

 

「これ以上行かせるな!!」

 今度は数百人の武装した、黒タイツみたいな恰好にレスラーのマスクみたいなのを付けたいかにもな戦闘員だった。

 

「レプ、コティ、術式“土精の雄叫び”を」

「はいはい、ノーム召喚」

「疑似妖精の輪を展開、同調完了」

 そして彼女は、敵勢に剣の切っ先を向けた。

 

「土精の雄叫び、発動。

 ────ううぅううッッ!! うあぅあッ!!」

 夏芽の口の中でのみ発せられていた唸り声が、周囲に伝搬する。

 喚起された大地の精霊がそれに呼応し、物理的な衝撃波を伴って周囲に迸る。

 

 彼女の周囲に居た戦闘員は吹き飛ばされ、遠くに居た者はそのこの世の物とは思えない雄叫びに恐怖し、戦意喪失し膝を突く。*2

 

「通してもらうわよ」

 たった一回の魔法で数百人を無力化した夏芽は、次のフロアへ壁を壊して移動する。

 

 そこで、彼女は足を止めた。

 

「待っていたぞ、我が宿敵よ」

 彼女に相対するは、魔王四天王が一人。

 ドクター・ティフォン。

 

「そこをどきなさい、と言って退くあなたじゃないわよね」

「無論だ。お前の雄姿を表現させずに、行かせるものか」

 彼は満面の笑みだった。

 彼女がここに居ることが溜まらなく嬉しそうだった。

 

「この世界の住人では物足りなかったのだ。

 せっかく私が怪獣を作っても、それに対応するのは魔法少女ばかり。

 普通は自衛隊が出張らないか!? 全く根性が無い。お約束が分かってない。

 もっとほら、ロマン火力の超兵器を作るとか気概はないのかと」

「あなたの戯言に付き合っている暇は無いんだけど」

「ふむ、では始めようか」

 直後、ドクター・ティフォンの体が爆発的に膨れ上がる。

 

 それは魔王と言う異形を知っていて、そちらが可愛げのあるように見えるほどの醜悪な怪物だった。

 頭は人間。両腕はゴリラ。足は鹿、胴体は毛深く判別がつかない。

 

 魔術を窮め、自らをキメラと化して人間を超えた魔術師が立ちふさがった。

 

「あなたが自分で戦うのは久しぶりね」

「以前の私と思って、侮るなよ。

 この体は魔王様によって取り寄せられた、異世界でも手に付けられないほど狂暴と知られる魔獣の物だ。

 五年前に比べて、その戦闘能力は五百倍に達する!!」

 ドクター・ティフォンの踏み込みが、円盤を揺らした。

 

「多少はお前を苦戦させねば、自分が許せぬよ!!」

 

 

 ドカッ、バキッ、エクスカリバー・オーバードライブ!! *3 ドクター・ティフォンを倒した!! 

 

「ぐへぇ」

 胴体から頭を切り離されたドクター・ティフォンが無様に床に転がった。

 

「無念……」

 頭だけになっても、ドクター・ティフォンは普通に生きていた。

 この男、この程度では死なないし、死ねない。

 

「先に行かせてもらうわよ、今あなたに用は無いの」

 彼の頭を置き去りにして、魔法少女は先を行く。

 

「そうだ、行け、行くのだ、魔法少女フェアリーサマー!! 

 行って、魔王を倒せ、倒すのだ!! ──行けぇぇぇええッ!!」

 英雄の姿に焦がれ続けた男が、その背に力の限りの声援を送った!!

 

 

 

 その日、東京の、日本の、世界中が見ていた。

 

 巨大な円盤から空に投影される立体映像。

 それが、英雄の姿を映し出していた。

 

 幾百、幾千の敵を前にしても一歩も引かず、その全てを撃退して今まで誰も手出しできなかった魔王の居城を闊歩する。

 

『よくぞ、来た。異世界の勇者よ』

 そうして、彼女は円盤の中心、玉座の間にたどり着いた。

 

『まずは古典に習い、お前に問おう。

 我が配下になれ、さすれば世界の半分をお前にやろう』

 ねっとりとした、人の欲望や好奇心に訴えるような声色だった。

 思わず“はい”を選んでしまいたくなるような、破滅を招くような耽美な何かがあった。

 

『お断りよ。私は調停者、この力の責任を己に問う者。

 それにお生憎様だけど、その場合ってこういう返答が一般的じゃない?』

 夏芽は笑って、こう言った。

 

『お前を倒して、全てを奪い取る』

 

 その返答に、魔王はお気に召したのか、堪え切れないと言ったように笑いを漏らした。

 

『じゃあ、これ以上の話し合いは無用だよね~♪』

 魔王は自身の顔を両手で覆い、その手を下ろすと一瞬でその顔に道化の化粧がなされていた。

 

『場所を変えよう。ここは狭すぎる』

 次の瞬間。

 円盤の中心が爆発し、そこから巨大な何かが飛び出した。

 

 それは、人間が想像する四つ足の巨大な龍だった。

 神の使徒たる魔王の真の姿。神龍、真龍とでも表現するしかない、邪悪の化身。

 元の面影は、その顔の化粧以外見当たらない。

 

 それに相対するように、二対の光の翅を背中から広く大きく伸ばした夏芽が空に舞う。

 

 神話の光景だった。

 両者が激突する度に、ビルが、ガラスが、空気が震える。

 

 大地が揺れる。空が割れる。人が膝を突く。

 

 やがて、誰かが口にした。

 

「もう、やめてくれ……」

 両者の激突は、その余波だけで地上を何度焼き払っても足りないほどだった。

 勇者と魔王の激突は、見る者に希望を抱かせるものでは無かった。

 

 恐怖。

 

 理解できない怪物が、自分たちの頭上で暴れまわっているという恐怖だけだった。

 天地開闢か終末か、或いはビックバンもしくはスーパーノヴァ。

 この世の始まりか、或いは終わりか。

 

 いずれにせよ、それの巻き添えは人間の生きていける環境が消え去ることには変わらない。

 

 

『もうやめようか』

 それを口にしたのは、意外にも魔王の方からだった。

 

『ボクちゃんは別にこの地上の人間を滅ぼしたいわけじゃない。

 君は力を示した。君とボクちんが本気で戦ったらすべてが台無しになる。

 それはお互いにとって、喜ばしいことじゃないだろう?』

 聞くだけで魂を握りつぶされるような、立ち向かう者の勇気を挫く恐ろしい声が、優し気に言った。

 

『魔王一族の第四位にして、この“道化”のハーレが地球世界に宣言する。

 彼女を、魔法少女フェアリーサマーを我々と人類の調停者として認めることを』

 その言葉を引き出したことで、夏芽は武器を下ろした。

 

『わざわざ殴り込んだ甲斐があったわ』

 調停者に必要とされるのは、公的な地位や名誉といった名声だ。

 そしてそれを手っ取り早く得るには、武力を証明することだった。

 

 調停者、故に彼女は、魔法少女フェアリーサマーは最強なのだ。

 それ以上どれだけ強い者が居ても、彼女以上は強さの上限に引っかかる。

 そう、今回のように。これ以上は全てを破滅させるほか無くなるのだ。

 

 人々は、ようやく人智の超える戦いが終わったことにほっと息を撫でおろすことしかできなかった。

 

 

 

 §§§

 

 

「それで、何が聞きたいんだい?」

 天上の風通しが良くなった円盤内の玉座の間に、魔王と魔法少女が再び対峙する。

 しかしもはやお互いに、戦意は無い。

 ちなみにドクター・ティフォン以外の四天王はとっくに撃破されて近くに転がっている。

 

「私は以前、異世界に召喚されてあなたとは別の魔王一族と戦ったのだけど」

「ああ知ってる知ってる。弟が苦渋を舐めさせられたそうだね。

 我が神も、君の死後は使徒として招きたいと仰っていたよ」

 魔王一族、と言うが、別に魔王は一人ではない。

 彼ら魔王は、一族全員が魔王。一人一人が支配階級にして、世界の管理人たる存在なのだ。

 

「まあ、弟も君に邪魔された程度で悪態づくくらいじゃ、順位は上げられないと思うけどね。

 僕の四位も、営業成績みたいなものさ。これでも有能なんだよ?」

「知りたくなかったわ、そんなこと」

 魔王の順位がまさか営業成績だとは。思いのほか世知辛い。

 

「それで、私が聞きたいのはあなたの神の事よ。

 教えて、あなたをこの世界を差し向けたのは──“邪悪の女神”なの?」

 夏芽は真剣に、魔王ハーレに尋ねた。

 

「なぜ、そんなことを聞くんだい?」

「私の知ってるあなた達のやり方とはずいぶんと違うから。

 魔王が現れるのは、世界を滅ぼす時。なのにあなたは先ほど滅ぼすつもりは無いと言った。これはどういうことなの?」

 彼女にとって、魔王一族とは女神の命令によって世界を滅ぼす存在だ。

 

 だが、魔王一族にとって女神とは、二柱(・・)居るのだ。

 

 魔王一族が、母と崇拝する邪悪の女神。

 それ以外の人類の文明を司る、文明の女神。

 

 基本的に、世界を滅ぼせと命ずるのは前者の方だ。

 

「察しの通り、ボクをこの世界に差し向けたのはかの至高なる文明の女神、メアリース様だ」

「やっぱり……」

 おかしい、と夏芽は思っていたのだ。邪悪の女神は、天使や機械を使わないからだ。

 

「僕ら一族が、世界を滅ぼすのは、必要に迫られるからだ。

 発展性の無い世界は、停滞してしまう。他の世界の寿命を損なうから、枝を切るように並行世界ごと滅ぼし尽くす」

 それは善悪を超越した、神の視点。神の権能。

 魔王はそれを代行し、神の意志を遂行しているに過ぎない。

 

「だからって、手下に好き放題させるのはどうかと思うけどね」

「それはしかたないさ。邪悪を赦すのが我が母の偉大な権能だからね。

 それに、試練を与え、一方的に滅ぼす決定を覆す機会を与える。慈悲深いことだろう?」

 魔王は滅ぼす世界に、手下を送る。

 その世界の住人を徹底的に追い詰め、試練を与える。

 その一連の行動を、魔王は女神の慈悲と言うのだ。

 

「馬鹿馬鹿しい、何が慈悲よ」

「君はアリの巣を駆除するときに、アリに了解は取らないだろう? 

 アリに滅ぼされたくなかったら、喉元に食らいついて見せろと事前に通達するのは慈悲以外何物でもないさ」

 結局、アリとそれを見下ろす両者の価値観は違う。

 永遠に分かり合えないことだった。

 

「だけど、今回は違うのね」

「そうなんだよねぇ」

 夏芽の言葉に、魔王ハーレも溜息を吐いた。

 

「私の知る限り、文明の女神は人に無償で文化や生活を与える女神でしょう? 

 何でその女神が、魔王たる貴方に地球に来るよう命じたの」

「知らないよ、僕らが主上の御心を推し量れるわけないだろ」

 その口ぶりからして、魔王ハーレは本当に何も知らないようだった。

 

「君も分かってるけど、かの御二柱は明確に役割が異なっている。

 滅ぼすのは我が母、与えるのはメアリース様。

 指示も曖昧でね、退屈だから君が来なかったら人類の負荷を強めようかと思ってたところだ」

 そう、彼の言う通り、本来文化を与えるはずの女神の指示で彼はこの世界に重圧を掛けている。

 

「地上の人間に聞いていないのかい? 

 僕らの目的は、適度に混乱を与え、適度に破壊し、適度に恐怖させること。

 僕の判断で人類を滅ぼすなんて、越権行為だ。

 そもそも、地球系列の世界は発展性が高い。この世界を滅ぼすには条件が合わない」

 だから彼は彼女との戦いを途中で止めた。

 所詮彼は、魔王と言っても中間管理職に過ぎないのだ。

 

「つまり、あなた達の母神は関わっていないの?」

「それはどうだろうねぇ」

 くくく、と魔王は笑った。

 

「聞くに、地球系列の世界は魔力に縁遠いことが多いんだろう? 

 この世界に魔力に関する法則は無かった。じゃあ誰が、この世界に魔力を齎したんだろうね?」

 ほぼ確信を持った、魔王の笑み。

 

「……」

 夏芽は黙った。

 もはや口に出すまでも無いことだった。

 

「聞きたいことは聞いたわ」

「そうかい。じゃあ地上の人類によろしく。

 何かわからないことが有ったら、地上の事務所で役人に聞くといい」

 魔王はそれだけ言うと、自分の居城を半壊させた勇者の背を見送った。

 

「調停者よ、君が自分で許す限りの肩入れをすると良い。

 君が彼らの希望となり、僕に反逆する者の始祖と成れ。

 ──どうせ、暇なんだろう?」

 夏芽が消え去った通路の闇の奥からは、何の返答も無かった。

 

 静寂が訪れた玉座の間に、くつくつと魔王の笑い声だけが響いていた。

 

 

 

 

*1
魔法少女フェアリーサマーは、基本、ナイト、バード、ドルイド、その他を含め全部で六種類のフォームを持つ。ナイトフォームは近接戦闘特化である。

*2
伝承曰く、ケルトの英雄クーフーリンはその雄叫びだけで大地の精霊を呼応させ、数百人の敵兵を戦意喪失させたと言う。それを元にした魔法、魔術。

*3
魔法少女フェアリーサマーのナイトフォームの必殺技。妖精二人と夏芽の親友が製造した魔法剣を最大出力で解き放つ一撃。破壊力は基本フォームより上。この台詞と共に大抵の場合、相手は死ぬ。




調停者、という立場上、片方の意見だけを聞いて判断するわけにはいかない、と思い至り、夏芽ちゃん魔王城に殴り込み。
この子、ケルト神話系の魔法使うので、その旨タグに追加しときました。
見よ、これが正統派ケルト系魔法少女だ!!

でもポジションはクーフーリンというより、スカアハな模様。
次回こそ!! 本当に!!
新しい魔法少女出しますよ!!


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最初の一人

 

 

「大分、被害を抑えようとしたのだけど、酷い有様ね」

 上空から地上へと帰還すべく魔法で降下する夏芽は、恐らくこの世界の東京都内を見下ろすこととなった。

 

 彼女と魔王との戦いの余波で、地上は地震が起こったかのような有様だった。

 日本じゃなかったら、倒壊した建物も多かったであろう。

 

 

「それにしても、いったいどういうことなのかしら」

 文明を司り、それを与えるはずの女神がこうして文明の発展を抑制させている。

 その陰に隠れて、もう一柱の女神が怪しい動向をしている。

 

「ぷぷぷ」

「くすくすくす……」

「何笑ってるのよ、レプ、コティ」

「だって、こんなの笑うしかないじゃない」

 手乗りサイズの性悪妖精どもは、可笑しそうに笑っていた。

 

「教えてあげる、夏芽。

 神様が自分の権能以外の事をする時は、大抵がろくでもないことなのよ。女神なら尚更ね」

「そうでしょうねぇ」

「しかもあの文明の女神は、神域に住まう神々の中でも特にイカレたトラブルメーカー!! 

 ちょー楽しくなってきたじゃない!!」

「最低最悪の予感しかしないわ」

 ウキウキしている二人を見て、夏芽は気が重くなるのだった。

 

 

 

 §§§

 

 

 夏芽が対策局の屋上に降りようとすると、既に迎えは来ていた。

 

「フェアリーサマーさん、あなたは……」

 呆然としている局員たちに守られている千利だけが口を開こうとして、何を言えば良いのか分からず唇を閉じた。

 

「あなた達の職務は良く知らないけど、こういう時に仕事場に居なくて良いの?」

「先ほどの戦闘の余波で、一時的に都内の電子機器の類がマヒしています。

 既に指示は出していますが、復旧にはもう少し時間が掛かるでしょう」

「そう、悪かったわね」

 千利は小さく、いえ、としか返せなかった。

 

「どうやら、状況が変わり始めたみたいね」

 夏芽は振り返って、上空を見上げる。

 空には、無数の天使が浮かんでいた。

 

『この国の政府に通達する。

 明日、先ほど魔王様が認めた調停者を交え、政府の首脳陣と会談を行うとかの御方が仰った。

 報道機関を呼び、インターネット放送の準備をして待て。場所は──』

 神の御使いの、一方的な通告。

 この国の人間に拒否権は無い。

 

「誰か、早く局長に連絡を取って!! 

 官邸にも人をやってください!!」

「ですが、電子機器がマヒしている今、車はほぼ全滅で……」

「同じ都内でしょう、自転車でも何でも使いなさい!!」

 千利が自分よりも年上の局員に指示を飛ばす。

 それを見て、本当にこの子は責任者なんだな、と思う夏芽だった。

 

「申し訳ありません、フェアリーサマーさん。

 どうやら、今日はお構いできる余裕がなくなってしまいました。

 そしてどうやら、明日もお時間を頂く必要が出てきまして」

「私が仕出かしたことよ。素直に従うわ」

「ありがとうございます」

「こちらこそ、仕事を増やして悪かったわ」

「いいえ」

 しかし、千利は首を振った。

 

「体が、震えました」

 見れば、千利は車椅子のひじ掛けの上で手を握って身震いしていた。

 

「肉眼で見れなかったことが、悔しいほどに」

 ある種の羨望、憧憬。

 そこに負の感情は無かった。

 

「あなたがこの世界に来てくれて、本当に良かった」

「それが決まるのは明日、そうでしょう?」

 とは言え、ここまで魔王の行動が早いことに、言いようのない嫌な予感を覚える夏芽だった。

 

 

 ……

 …………

 …………

 

 

 その日、ある意味で歴史的な会談が始まった。

 

 指定された政府の某重要施設に、初めて魔王が地に下りた。

 事務員である全く同じ顔の女性を引き連れ、魔王は記者たちのフラッシュを受け会場へと足を運んだ。

 

 そこには既に、夏芽と首脳陣、そして報道陣が待ち受けていた。

 ネットを通じてその内容は全国へ、世界へ放送されている。

 

 多くの国民が、テレビ局の生放送でこれから行われる会談を固唾を飲んで見守っていた。

 そして多くのフラッシュが焚かれ、魔王が首脳陣の対面に座った。

 

「まず、調停者として呼ばれた私が一言述べさせてもらいます」

 テーブルに『調停人 魔法少女フェアリーサマー』と書かれた名札があるこの状況が他者から見れば滑稽だが、ここに居る全員大真面目だった。

 

「私は部外者、来訪者に過ぎません。完全な中立であり、どちらにも肩入れはしません。

 多分ネットでは私に対する意見も有るでしょうが、それを口にする前に聞いてください」

 彼女は慣れた態度で、カメラに向かってこう言った。

 

「私はドルイドの資格を持つ魔法使いです。古代ケルトにおいてドルイドは王権に勝る影響力があり、税の免除などがなされていました。

 だから私は消費税以外の税金を払ったことが有りませんよ」

 なんて、冗談めいた言葉も言ったが、誰ひとりこの場に居る人間に笑みは浮かばなかった。

 

「故に私は調停者として公平な立場を保持する為に、私に対する批判や誹謗中傷をした人間は無差別で自動的に呪いが掛かるようになっています。

 それを理解した上で、私に対するどのような発言も自己責任でお願いします」

 その場の誰もがその発言を嘘だとは思わなかったが、この放送を実況していた実況者の幾人かが面白半分で実行して意識不明に陥ったのは余談である。

 

「じゃあ、そろそろ話し合いを始めようか」

 道化師装束の魔王が口を開いた。

 

「まずさあ、昨日のボクちゃんの本気モード。

 実はあれって本来勝手に使っちゃダメなんだよねー♪ 

 だからさ、あのあとすぐに我が神たる我が母に叱られちゃった。てへぺろ」

 魔王がウインクしながら舌を出してかわい子ぶる。

 強面の極道がお茶目な表情をしたような、致命的な組み合わせのエラーがあった。

 

「だからさ、お互いの全力にリミッターを掛けようってお話。

 君は中立と言うけど、どうせまた戦いが起こるからね。その時に黙っている君じゃないでしょ?」

「……」

 夏芽は否定はしなかった。

 

「ボクちゃんもさー、滅多に機会は無いとはいえ、戦うこともあるからさ。

 そういう落としどころ~。やっぱりボクちんが戦わないと部下に示しがつかないしね」

「そういう話なら、こういう公式の場は必要無いのでは?」

「そうそう、こっちも本題だったね」

 魔王の重圧に飲まれ、百戦錬磨の筈の政治家たちが口を開けずにいたが、彼はその首脳陣に視線を向けた。

 

「ゲームのルールを変更するよ。

 これからボクちゃんの配下と、君たちとこの町でひと月ごとの勝敗を競おう!! 

 勝利数がもし、ボクちんたちより下回ったら──」

 邪悪の女神の化身たる彼は、道化の相貌を凶悪に歪めた。

 

 

「──その時は、地上の住人1000人殺す」

 

 

 これは対談では無かった。

 一方的な、死の宣告だった。

 

「ふ、ふざけるな!!」

 今の総理大臣に当たる男が、声を荒げた。

 

「そんな話、受け入れられるわけがないだろう!!」

「ああうんうん分かるよ分かるよ、間違っても頷いちゃったら国民から突き上げられるもんね~」

 激怒する総理に、魔王は投げやりに理解を示した風を見せる。

 そして邪悪の化身はニィっと笑った。

 

「じゃあさ、ボクちゃんらが殺す人間、君たちが決めていいよ」

「は、はぁ!?」

「君らの政権を批判する人間、ほら政敵とかマスコミとか面倒な団体とか居るでしょ? 

 最初のゲームをわざと負ければいい。あとでリストを作成してもらうから、それをこっちの事務所に提出してよ。

 ……ちゃんと殺しておいてあげるから」

 魔王の言葉に、歴戦の政治家たちは二の句が継げぬ様子だった。

 

 そう、魔王は人類を滅ぼすつもりは無い。

 逆に言えば、滅ぼさない程度には痛めつけるつもりだった。

 

「冗談ではない!! お前たちの神が何だか知らないが、そんな馬鹿らしい理由でお前たちが我々を弄ぶなど言語道断だ!!」

 そんな悪夢のような話に、別の政治家が半狂乱になって叫んだ。

 

「おい、お前」

 その瞬間。

 

「馬鹿らしい、だと? 貴様、我が神たる母を侮辱したな」

 魔王が、その言葉を言った政治家の前に立っていた。

 

「少しは国の代表だという自覚を持つと良い。

 これは公式の対談なんだからね。次は、うっかり国ごと滅ぼしちゃうよ?」

 そう言い終える頃には、彼の目の前に居た政治家は失神していた。

 

「さて、と。別に嫌ならいいよ。

 この話を受け入れるまで、首を挿げ替えるだけだからね♪」

 魔王は、いつの間にか対面に座っていた政治家たちの頭部を切り離してお手玉をしていた。

 首を取られた首脳陣は、おぞましいことに自分の首が無いことに今更気づいて慌て始めた。

 

「あれ、あれれ、首脳陣なのに脳みそがないぞ!? 

 結論を先延ばしにするしか能がないなら、必要ないかな?」

 ぎゃははは、と道化の魔王は大笑いする。

 その恐ろしい光景に、報道陣はカメラのフラッシュを焚くボタンを押せやしなかった。

 

「魔王、公式の場と言ったのは貴方だ」

 ここでようやく、夏芽が苦言を呈した。

 

「ははぁ、申し訳ございません。調停者」

 彼は恭しく一礼し、首脳陣たちの頭を元の場所に置いた。

 

「お、お、お願いします、助けてください」

 もはや恥も外聞も無かった。

 この人智を超えた魔王の恐怖に、政治家の一人が震えながら涙ながらに夏芽に助けを求めた。

 

「……魔王、負けた時の条件だけを突きつけるのはアンフェアだ」

 しかし、夏芽は取り合わなかった。

 魔王の狼藉は、首脳陣側の暴言と相殺と判断したのである。

 

「そうだね~♪ もちろん考えておいたよ!! 

 勝利数がこちらを上回ったら、ご褒美になにかプレゼントしよう!! 

 技術が良い? 物資が良いかい? 何がしかの譲歩でも良いよ♪ 

 君らにとって莫大な価値のある景品を用意しておくよ」

 それが、彼の用意した対談の内容全てだった。

 

「さてこれ以上、対談を続けるかい? 

 話が終わったのなら、合意の握手をしよう」

 魔王は腰を抜かしている総理大臣を見下ろし、ずっと笑みを浮かべていた。

 

 

 

 §§§

 

 

「あれが営業成績四位ね、なるほどやり手だわ」

 会談という名の宣告が終わりその翌日、夏芽は対策局のオペレーションルームに居た。

 先ほどからオペレーターたちは電話の対応にひっきりなしになり、国民の不安のはけ口にされている。

 

「これから私たちは、毎月ごとに1000人も殺されるのですね……」

 千利や局員たちの空気は重い。

 

「さて、鍛えてあげると言った手前ですが、求められるのは即戦力になったわね」

 これは魔王からの、夏芽に対するゲームだった。

 お互いに手札を出し合い、強い札を出した方が一勝。そういうゲームだ。

 

「かといって、継続的に後進を育成できる環境も必要かな」

「我々には何もかもがありません。

 魔王に対抗する術も、その勇気も」

「ふーむ」

 完全に魔王の恐ろしさに心折れ、失意の千利たちを見て夏芽は口を開く。

 

「多少ズルかもしれないけど、即戦力を用意する裏ワザが有るわよ」

「そんな魔法があるんですか?」

 その物言いに、夏芽は思わず笑ってしまった。

 魔法使いに、魔法があるのかと言うのだから。

 

「私は常に中立よ。誰にも手を貸さないわ。

 だけど、例外が一つある」

「例外、ですか?」

「そうそれは────私の弟子になること。それが無条件で私が手を貸す条件」

 千利だけでなく、その言葉に周囲は絶句した。

 

「千利さん、あなた以外にも魔力を失ったり、失う直前の人間が居るのよね? 

 その中から誰か一人、私の弟子として預けなさい。

 私の世界の技術ならば、魔力の大小なんてどうにでもできるし、後進育成のノウハウも教えられる」

 夏芽の居た地球において、後継者の育成は何よりも優先されることだった。

 今の彼女には不要なことだと思っていたのだが。

 

「それは──」

 ギュッと、両手を握って千利が言った。

 

「それは私でも大丈夫でしょうか」

 意を決して、彼女は意思を表明した。

 

「ちょっと、千利さん!?」

 流石に周囲の局員も止めようとしたが。

 

「私の世界に一緒に来て、修行してこっちのこの時間軸に戻ればすぐにでも魔王の配下と戦える。

 けれど、私の課す修行は厳しいわよ。あなたも自分と向き合う必要があると思うけど、覚悟は良いの?」

「はいッ、私は、あいつらが赦せない!!」

 それは怒りと、憎しみに満ちた言葉だった。

 

「敵を前にして恐怖に駆られ、相手に命乞いをするようなら、敵が殺すまでも無く私が貴女を殺すわ。それでも良いの?」

「大丈夫です。私はもう、何も失うモノなんて無い」

「そう」

 夏芽は目を閉じた。もうこれ以上言葉はいらなかった。

 

「なら、急ぐわよ」

「ッ、はい!!」

 夏芽は、千利の手を取った。

 

 

 

 §§§

 

 

『都民の皆さん、怪獣警報が発令されました。

 都民の皆様におかれましては、スマートフォンなどのアプリ等によって最寄りのシェルターを把握し焦らずに避難してください』

 

 魔王の宣告から数日。

 その日も唐突に、天から魔王の配下が降ってくる。

 

 怪獣の巨体が道路を割り、腕がビルを擦り抉って行く。

 逃げ遅れた人々が、悲鳴を上げて必死に走っていく。

 

「きゃあ!?」

 その中の一人、小さな女の子が怪獣の歩行の衝撃に足を取られ、転んでしまった。

 そんな彼女に怪獣の足の裏が迫る。

 

「た、助け──」

 その直後だった。

 

 眩い閃光が迸る。光の矢が、怪獣の胸元を穿つ。

 その爆音に、人々は思わず足を止める。

 

「えッ?」

 今にも踏み潰されそうになっていた少女は、いつの間にか誰かに抱き抱えられていた。

 

「もう大丈夫よ」

「あ、ありがとう、お姉さん!!」

「気にしないで。さあ、早く逃げて」

 少女はお礼を言うと、自分を助けた人物から離れて行った。

 

 やがて怪獣の視線が自身に攻撃してきた相手に移る。

 その視線の先に居るのは、千利だった。

 

 車椅子に座っていた彼女の弱々しさは今は無く、立って歩くと思った以上に背が高い。

 ライダースーツのような魔法の衣装を身に纏い、その手には木製の槍が一本。

 

 アイマスクを外した眼には、爛々と輝く魔力を湛えていた。

 

 

「毒の瞳が、憎き仇を差し穿つ!! 

 魔法少女、魔眼のバロル。ここに参上!!」

 

 

「大丈夫かしら……」

 堂々と口上を名乗り上げる急造の弟子を、夏芽は遠目から見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 




当初の予定とは違いますが、ようやく一人目の魔法少女が登場できました。
次回からようやくギャグが書ける……タグ詐欺じゃなくなる……。
前置きに四話使うのは今回の反省点の一つとして受け止めましょう。

それでは、次回、新たな魔法少女の活躍をお楽しみください!!
まあ、千利さんは後方支援が得意なキャラなので戦いでは出番はあんまりないけど。


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ブラインドネス

 私の将来の夢は、テニスの選手だった。

 

 両親の出会いがテニスが切っ掛けで、子供の私にも熱心に教えてくれるほどだ。

 お母さんが学生の頃、テニス部だった時から使っている木製のラケットを譲り受けた時は嬉しかった。

 

 中学生になった私は、当然テニス部に入った。

 だけど、部活動の先輩たちと折り合いが悪く、ある時先輩たちにお母さんに貰ったラケットを折られてしまった。

 

 私は当然激怒した。

 産まれて初めて他人に手を上げた。

 当然、やり返された。

 

 その時の大喧嘩が原因で私が失明したと言えば、それがどれほど激しいモノだったか分かってもらえるだろうか。

 余りにも私が大暴れしたものだから、先輩の一人が折れたラケットで私に襲い掛かったのだ。

 それが偶然私の両目を抉った。当然、大問題になった。

 

 部活動は当然活動停止になり、私は失意に満ちた。

 

 それが原因で学校に行けなくなった私を励まそうと、あの日も外に一緒に出掛けようとした。

 

 私の何が悪かったのだろう。

 魔王の手下が現れ、ビルが崩れて私と両親は運悪く下敷きになった。

 

 両親は意識不明の重体になり、しばらくして息を引き取った。

 ……私だけが生き残った。私は両親が突き飛ばしてくれたおかげで、両足だけで済んだ。

 

 私は理解した。

 この世界は、私から何もかもを奪い去ろうとしているのだと。

 

 悲しみと、怒りと、悔しさと虚しさに絶望していると、あの声が聞こえた。

 

 

 見えないはずの私の目に、黒いヒトの形をした靄が現れ、言った。

 

『お前に、この力を与えよう。

 お前自らの心に芽生えた全てを、私は許そう』

 ヒトの目に当たる部分が妖しく奈落のように赤いそれに見つめられ、私は気づいた。

 

 眼が見える(・・・・・)!! 

 それだけじゃない、遠くを、どこまでも遠くを見れる!! 

 

 それが、世に言う“魔法”だと彼女は理解した。

 ある種の全能感が、私を支配した。

 

 丁度その時期から、政府が鳴り物入りで開設した上位者対策局が魔法保持者を戦力として募集し始めた。

 少女を戦力にするなんて、と世間は当時批難轟々であった。

 

 だが米軍が自国の防衛に撤退し、自衛隊が魔王の配下に及び腰になって以来、対策局は当初の運用から外れて行った。

 戦力と言っても、集められたのは素人も素人の十代半ばの少女たち。その魔法も局地的な運用しかできないと思われていた。

 

 それがいつの間にか、魔王の軍勢と戦う主力になっていた。

 魔王の手下たちは銃器や爆弾と言った科学兵器に滅法強い代わりに、魔法が非常に有効に働いた。

 

 私の魔法は遠くを多角的に見ること。

 直接戦えなくても、仲間たちを支援することは出来ると考えて、対策局に入局した。

 当初の予定通り、私は仲間たちのオペレーションを行い、戦果を挙げた。

 

 日本の秩序を五年維持できたのは、そんな私と同胞たちの尽力があってのことだった。これについては、今でも誇りに思っている。

 

 でもこの秩序は、魔王の気が変わらないうちの薄氷の上の秩序だった。

 人々は頭上に君臨する魔王に恐怖し、いつ間近で魔王の手下が現れるか恐怖する日々。

 

 次々と仲間が“卒業”していく中、私は対策局の局長を三度変えた。

 対策局を所詮天下り先の箱物としか考えていない人たちや、日和見な人たちからも私は戦った。

 

 私の魔法は本当に便利だ。

 不正の証拠なんて幾らでも覗き見し放題だ。

 

 上の人たちはこのまま順当に私も“卒業”してほしかったんだろうけれど、もう私は誰にも止められない!! 

 

 

 

 

 

 二足歩行する巨大なイグアナみたいな怪獣が、目に前に居る。

 大きさは二十メートルを優に超え、十階建てのビルと同じ目線をしている。

 

 それにたった一人で挑む。

 魔法を得た時でさえ、考えられなかった無謀さだ。

 

『魔法少女、だと?』

 頭上で立体映像のドクター・ティフォンが鼻で笑う。

 

『改造人間の間違いではないか? 

 見たところ、両手両足を生体機械に置き換えているではないか』

 彼の言葉は本当だった。

 私の体はもう、半分が自前じゃない。

 

「それでもいい。お前たちに目に物を見せてやれるなら!!」

『そうか。やって見せろ』

 巨大イグアナの足が、私を踏みつぶそうと迫る。

 

 鈍い。

 彼の“作品”はもうとっくに見飽きた。

 

 魔法装束の筋力サポート、両足の軌道計算、両腕による姿勢制御。

 それによる緻密な飛翔、私は跳んだ。

 

 そして私を見下ろしていた巨大イグアナと、至近距離で目が合った。

 

「機構解放、ブラインドネス」

 両手両足の機械なんて、補助に過ぎない。

 私の武器は両目の義眼だ。

 

 複数の魔法加工(エンチャット)済みレンズとフィルターの組み合わせによって、魔眼が発動する仕組みになっている。

 

「私の味わった絶望を知れ!!」

 相手の視神経を透視、呪詛が発動。

 

 視界を奪われた巨大イグアナが、混乱し、両手で両目を抑えて足踏みする。

 

「どたどたうるっさいのよ!!」

 機構変更、バジリスクの眼。

 巨大イグアナの全身を舐めまわすように見下ろすだけで、奴の表皮が石になった。

 そして私が注視した奴の細い足が完全に石化するまで時間はかからなかった。

 

「死ね、死ね!!」

 内臓を透視。石にする。

 

「死ねッ、死に晒せ!!」

 機構変更、バロールの瞳。

 体内を毒で満たす。

 

「この世から消え失せろ!!」

 機構変更、マイクロ波発生装置。

 体内の水分を一瞬で超高温にする。

 

「罪人を、神に捧げろ!!」

 最後に、手にしていたヤドリギの槍を投じる。

 

「ミストルティン・インプラント!!」*1

 巨大イグアナに槍が突き刺さると、ヤドリギが体内を侵食していく!! 

 瞬く間に怪獣は、全身から木の芽が生えて停止した。

 

『ま、魔法少女の戦い方じゃない……』*2

 思わずドクター・ティフォンがぼやいてしまうような、徹底的な破壊だった。

 

「何を言う」

 それを聞いていた夏芽が目を逸らした。

 

「勝てばよかろうなのよ」

『それでいいのか、我が宿敵よ……』

 立体映像のドクター・ティフォンは額を揉んだ。

 

『まあいい、これはこれで趣がある。これだけ戦えるならもっと強いのを用意しても良いだろう』

 彼はちっとも悔しそうにならず、そう呟いた。

 そう、彼の技術力では巨大生物なんて序の口。

 彼の真骨頂は、キメラの作成なのだから。

 

『これからは他の四天王や、戦闘員たちも戦いに出向くだろう。

 せいぜい気を付けることだ。さて、次のシチュエーションは何にするか』

 ぶつぶつと呟きながら、立体映像は消えた。

 

「ひとまず、これで一時しのぎにはなるか」

 正直弟子の強さの大部分が自分の教えによるものでは無いことに目を逸らしつつ、夏芽は一応の一区切りとした。

 

 

 

 §§§

 

 

 話は少し遡る。

 

 地球系列世界、管理番号209258番。

 即ち夏芽の故郷の世界である。

 日本の都内、ある病院に千利は入院していた。

 

「調子はどうかしら?」

「問題ないです。術後だと言うのに、手術痕もないですし。

 本当に今日中に退院できそうですね」

 夏芽は彼女の言葉に一安心した。

 

「見てください、師匠。

 リンゴがこんなに千切りに出来るんですよ!!」

 彼女ははしゃいでいた。

 お見舞いのリンゴを果物ナイフで好き勝手に切り刻んでいた。

 

「本当によかったのね、健康な両腕までも換装して」

「はい、でもいつでも元通りに出来るんですよね? 自前の腕は保管してくれていて、いつでも元通りに出来るってお医者さん言ってましたし」

「それはそうだけど」

 生体工学、機械工学、魔法技術の発展したこの世界では、機械の生物化に成功している。

 全くの生身で、SF染みたサイボーグのようなことが出来てしまうのだ。

 今回の場合、彼女は両手両足、そして両目を人工物に換装した。

 

 ハッキリ言って、やろうと思えば今の彼女は自分の世界の戦車の装甲を拳で穴を開けられる。

 これで戦闘用の腕では無いというのだから、技術の進歩は著しい。

 

 これが千利を弟子にするから、体が不自由だから、と幾つもの言い訳を重ねたズルだった。

 とは言え、彼女でなかったら即戦力という要望は満たせなかったであろう。

 

「師匠、どうしてそんなに浮かばれない表情なのですか?」

「いくら簡単に元通りに出来るとは言え、この日本じゃ親から貰った生身の体が尊ばれるのよ。

 古臭い考えだっていう人も居るけどね、少なくとも私はアクセサリー感覚で別の体に交換するなんて気が知れないわ」

 それが、夏芽がある種の罪悪感を抱いている理由だった。

 

「……でも、師匠も生身なところは一つも無いですよね?」

 千利の指摘に、夏芽は溜息を吐いた。

 

「そうよ、私は全身が妖精と同じ状態が重複してるんだって。

 もう百何十年も年を取ってないわ」

「ああやっぱり、どうしても年下には見えなかったんですよね」

「望んでこうなったわけじゃないけどね」

 こうして正常な肉体を手に入れた千利は、退院すると彼女にとっての未来の都内を歩くことになった。

 

「師匠、あれは……」

「あれ? ああ、あれね」

 彼女は道中、人々が待ち合わせに使っている像を見た。

 

「あなたも見たことが有る顔でしょ?」

「なぜ、彼女が……」

「あれはイヴの像。あなた達の地球に魔王たちを送り込んできた女神のこちらの名前よ」

 それを聞いて、千利は息を呑んだ。

 

 彼女はその顔を見たことが有る。

 その像は、魔王が寄越した事務所の職員に、先日会談に引き連れた事務員たちと、全く同じ顔をしていた。

 

「あんたは知らないでしょうけど、あの文明の女神は他の神々からは無限の女神だって悪名の方が通りが良いのよ」

「自分の同位体を支配下の世界にバラまいてるからそう言われてるの。

 その全部が、自分と同じ顔の人造生命体なのよ!! 自意識過剰で気持ち悪い!!」

 妖精二人が顔を見合わせて心底嫌そうな表情をしてそう言った。

 

「妖精さん、なんだか不思議ですね」

 千利の魔法は観測することに特化している。

 だから夏芽におぼろげながらも別の存在がくっついているのは最初から分かっていたが、こうしてしっかり話声まで聞こえるようになると不思議な気分なるのだった。

 

「全部同じ顔なのは魔術的な理由があるんじゃなかったっけ?」

 まあいいけど、と夏芽は特に興味は無かった。

 

「じゃあ、この世界にも魔王たちが来たんですか?」

「いいえ、来なかったわよ。でも、あのイヴって人の異名が魔王だったわね。

 今思い返してみれば、無茶苦茶なことしでかしてくれたけど、まぎれも無い偉業を成したのね……」

「もしかして、会ったことが有るんですか?」

「ううん、生きている頃に遠目に演説してるのを見ただけ。

 流石はあの女神の同位体だって感じだったわ*3

 今じゃこの世界の守り神よ、と皮肉気に言う夏芽に千利は複雑そうだった。

 

「ならどうして、私の世界には魔王がやって来たんでしょう」

「……それについては、後にしましょう」

 夏芽は話題を変えることにした。

 

「これから、私の師匠の元へと向かうわ。

 私が弟子を取ったことを報告しないと」

「師匠の、お師匠様ですか?」

「まあ、会えばどういう人かは分かるわ」

 そうして、二人は目的地へと向かう。

 

 

 

 辿り着いたのは、“魔導士協会”と立派な石の表札が掲げられた大きな建物だった。

 

「ここはこの世界の魔法使いの総本山。

 一応あのドクター・ティフォンもここの最高位階のメンバーだったりするわ」

 人通りの多いメインホールを歩きながら、そんな解説をする夏芽。

 千利は物珍しい意匠の建物に夢中で聞き流すことしかできなかった。

 

「あ、大神官さん」

「夏芽ですか」

 関係者しか入れない通路で、夏芽は知り合いと遭遇した。

 黒い装束の陰気な女だった。ぼそぼそと喋るのに、その存在感は異様にあった。

 

 千利は、彼女を目の前にして気圧されていた。

 その昏い瞳が、いつか見た赤い奈落の眼を想起させる。

 

「異能はある、しかし魔力は衰え始めている。

 奇妙な症状ですね、初めからそう設計されているかのようだ」

 大神官は千利を興味深そうに一瞥すると、夏芽に視線を戻した。

 

「大神官さん、後でそちらに窺っていいですか?」

「それは構いませんが、用件は?」

「イヴの聖骸が必要なんです」

「──夏芽」

 夏芽がその言葉を口にした瞬間、この建物が重圧に満ちた。

 

 たまたまこの建物に用事があって来ただけの一般人は吐き気を覚え、魔導の心得がある者でも不快感を覚えるようなおぞましい殺意の混じった魔力の波動だった。

 

「かつて、賊によって我が友の遺骸が辱められたことを覚えているでしょう?」

「はい、それは勿論」

「なら二度と、そのような言葉を私の耳に入れないでください」

 その警告と同時に、ぴたりと彼女の重圧は消えた。

 そして大神官はそれ以上何も言わずに去って行った。

 

「うーん、あの調子じゃあ貸してくれそうにないか」

 夏芽はそう呟くと、気づいた。

 千利が目を見開いて胸を押さえ、全身に汗をびっしょりと流しながら過呼吸に陥っていた。

 

「ああもう、手加減してあげてくれてもいいのに!!」

 夏芽はとりあえず大神官の殺気に当てられた千利を手当てした。

 

「大丈夫かしら?」

「ええ、なんとか……」

 彼女の処置により、何とか平静を取り戻した千利は頷いた。

 

「あの人は……」

「うーんと、イヴの生きてた頃の友達かな?」

 それ以上、彼女には説明のしようがなかった。

 

「そう、なんですか。

 でも不思議な感覚です、初めてなのにまるでどこかで会ったことがあるような。

 これってデジャヴって言うんですかね」

「それは多分……」

 いえ何でもないわ、と夏芽は途中で言葉を止めた。

 

「それよりも、早く師匠に会いましょう。この先だわ」

 夏芽に促されて、千利も奥へと向かう。

 

 

 そこは、屋内に作られた植物園のような場所だった。

 千利は希少な植物をサンプルとして保管している場所であることを、案内の看板から読み取った。

 

「騒がしいと思ったら、お前が来ていましたか。我が弟子よ」

「師匠、お久しぶりです」

 その植物園の中心で、一人樹木のように静かに佇んでいる奇妙な翁が居た。

 彼は木を削り出しただけの仮面を被っていたのだ。*4

 

 かなりの高齢なのは見て取れるのに、鍛えているのか肉体に衰えは見えない。

 そしてよく注視しなければ本当に一本の樹としてスルーしてしまうかもしれないほど、気配が薄かった。

 

「師匠に紹介します、彼女は私が新しく取った弟子で──」

「お前が、弟子だと?」

 夏芽が全てを話し終える前に、仮面の翁は目元の皺が動かし目を細める。

 

「ごり押しと道具頼りのお前が、誰かに物を教えるだと? 

 ──恥を知れ、馬鹿弟子!!」

「ひう!?」

 まさかこんなに怒られるとは思っていなかったのか、夏芽は竦み上がった。

 

「百年前に忠告したな、我が弟子よ。

 お前の強さは多くの仲間に恵まれたからであって、お前自身はまったく特別な存在ではない、とな!! 

 だというのに無茶ばかりは一人前だ。全く!!」

「師匠、年取ってから説教が増えたよね」

「だまらっしゃい!!」

 次の瞬間、いつの間にか彼が手にしていた木の棒が夏芽の頭上に振り下ろされた。

 目にも止まらぬ棒捌きだった。

 

「い、痛い……」

「とはいえ、弟子など取る気は無かっただろうお前がわざわざ弟子を取ってきたということは事情があるのだろう。

 それにそちらは、この世界の住人ではないな」

 千利は一言も話していないのに、仮面の翁は彼女の正体を見破っていた。

 

「お嬢さん、悪いがこの馬鹿弟子には任せておけない。

 その代わりと言ってはなんだが」

 彼は肩を落として溜息を吐いた。

 

「この老体が、代わりに鍛えて差し上げよう。

 それでもよいかね?」

「あ、はい、ありがとうございます!!」

 千利としては、全く問題なかった。

 目の前の老雄は夏芽の師匠に相応しい風格を有していた。

 

「ううう……パワハラだぁ」

 頭を叩かれて涙目になっている夏芽。

 

 そう、実は、千利は夏芽の弟子なのに、夏芽は一切彼女の強さに貢献していなかったのである。

 魔王を倒す勇者に必要なのは、もしかしたら実力では無く人脈なのかもしれないのと同じことかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

*1
魔法少女“魔眼”のバロルの必殺技。直接攻撃が少ないということで考案されたヤドリギの投槍。ヤドリギが対象の全神経を侵食し、肉の樹にする。相手は死ぬ。ちなみに使い捨て。

*2
某対馬人並みの感想。

*3
イヴについて、詳しくは拙作『転生魔女さんの日常』をチェックだ!! (ダイマ

*4
具体的には、某伝説のこわそうなお面みたいな感じの仮面。




私は重大なことに気づいてしまいました。

私の書こうとしているこの小説のジャンルは、もしかしたらギャグじゃなくてコメディなのでは?
タグ詐欺以前に作者がジャンルを理解していなかった可能性……。

とりあえず、こちらは最初の一人を出せたので、短期間更新は一旦お休み。
他の連載も更新したいですからね!!

それでは、また次回!!
次からは新たな四天王や、冒頭の三人とかを出していきたいと思います!!


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悪逆の福音

 

 

 千利こと、魔法少女“魔眼”のバロルはその後も勝利を続けた。

 そのことは報道され、テレビやネットでは彼女の活躍を称える言葉が多く見受けられる。

 だがそれは、魔王と言う恐怖から逃れたい一心から希望に縋ろうとしているに過ぎなかった。

 

「私は、専門の対応チームの編成を提案します」

 夏芽は対策局の会議室で、そのような発言をした。

 

「現状の対策局の体制だけでは足りないと?」

「皆さんも気づいているでしょう? 

 魔王の手下はわざと魔法対策に穴を開けていることに」

 この対策局に派遣されている佐官の自衛官に、夏芽は答えた。

 

「そうだな、あれだけの技術力を持つ存在が、いつまでも魔法に対する対抗策が不完全なのは疑問であった」

 彼も無能ではない。むしろ有能だ。

 だからこそ、魔王に遊ばれているのが分かってしまう。

 

「魔法対策なんて、実はそこまで難しくないんです。

 彼らは推奨しているんですよ、十代の少女を戦わせることを。それを前提にバランス調整している」

「連中の言うところの、試練、か」

 勿論ながら、十代の少女に戦わせるなんて倫理的にも人道的にも有ってはならないことだ。

 当初、この対策局でさえ限定的な運用しかしないはずだった。

 それは勿論世間の批判を恐れての事だが、何よりも大人が何もせずに子供を戦わせるなんてありえないからだ。

 

 その事実に、この場に集まった対策局を運営している面々も渋面で唸るしかない。

 

「この対策局に所属する局員で、魔法所持者は何人ですか?」

「私含めて10人は居ますが、そのうち半分は“卒業”しオペレーターとして働いています。

 先日師匠に会った3人ともう一人が入局して間もなく、魔法持ちの特殊局員は慢性的に人手不足で練度不足ですね」

 実働部隊の責任者である千利が厳しい現実を伝える。

 むしろ、彼女含めて五人も戦う意思がある少女が居ることが十分奇跡なのかもしれなかった。

 

「……思ったのですけど」

 夏芽はふと、疑問を口にした。

 

「魔法抑制装置とかありましたよね、あれは誰が作ったんです?」

「あれは海外製ですよ、日本は魔法の工業化に遅れていますから」

 と、技術士官の自衛官が言った。

 

「ああでも……」

 しかし、彼は途中で露骨に顔を顰めた。

 

「どうかしましたか?」

「いえ、気にしないでください」

 彼はこれ以上話をしたくないのか、話題を打ち切った。

 

「実はですが、私の友人が優れた魔法技師なんです。

 私の武装のほとんどが、彼女が手掛けているんですが、その彼女から基本的な魔法工学の基礎についての教本を貰ってきました」

「見せて貰っても?」

「どうぞ」

 技術士官は夏芽が持ってきた教本を流し見するが。

 

「これだけでこの日本の技術を十年進めるだけの価値はありますが、魔法の使用を前提としている」

 つまり、男性である彼には不可能だった。

 

「今からこれを元に技師を育てるとして、習熟に何年掛かることか」

 とてもではないが、夏芽の想定している対応チームの編成には間に合わない。

 

「実のところ、私に魔法技師の心当たりがあるんです」

 奇妙な物言いだった。

 この世界の住人ではない夏芽が、人材に心当たりがあると言う。

 

「え、どういうことです?」

「それを話すには、私の世界の魔法の理論について話さないといけないですが。

 まあざっくり言うと、どんな世界、どのような並行世界にも、自分と魂を同じくする同一人物が必ず存在する、という理論です。

 これを私たちは“同位体”の理論と言っているのですが」

 ここまで前置きして、彼女はこう述べた。

 

「これは、神々にも例外は無いのです。

 文明の女神とは、人間出身の女神。つまり、彼女の同位体が必ずこの世界にも存在するはずです。

 そしてその彼女の同位体が、魔法技師の才能が無いなんてことは絶対にあり得ない」

 文明の女神は自分の同位体を人造生命体として大量生産して使役しているが、それとはまったく別のこの世界の出身の同位体が必ずいる、と彼女は確信していた。

 

「才能があるかどうかは、希望的観測なのでは?」

「私たちは、才能とは魂に依存すると考えられています。

 神の領域にまでその才能を極限まで高めた実績のある魂の持ち主ですよ? 

 それを確保するのは恐らく、この戦いに勝つには必須条件のはずです」

 魔法と言う存在を確認したばかりのこの世界の住人には、夏芽の話は少々スピリチュアルが過ぎた。

 

「まったく普通の一般人だった私がここまで強くなれたのも、優れた魔法技師の力が大きいんです。

 魔法ってそのまま使うと、効率が非常に悪いんですよ」

 とはいえ夏芽の話だから聞くに値するというだけで、その同位体がどこに居るのか全くの見当が付かない状態だった。

 

「……その同位体を捜索する上で、何か手掛かりは無いだろうか?」

 腕を組んで、一応検討するという姿勢の自衛官が夏芽に言った。

 

「彼女が魔法を使えないなんてことは無いでしょうし、まず十代から探すべきでしょうか」

「あと、とんでもなく性格が悪い!!」

「そうそう、あの女神の同位体が性格が悪くないはずが無い!!」

 夏芽の両肩の妖精二人が可笑しそうに言った。

 

「……あと、とても性格が悪いという条件も付けてください」

 両肩の妖精たちに迷惑そうな視線を向けていた夏芽が、皆に視線を戻すと、なぜか全員が顔を顰めていた。

 

「どうかしましたか?」

「いや、あのですね……」

 技術士官の彼が、言いづらそうに言った。

 

「居るんですよ、とんでもなく性格が悪いけど、途轍もない天才の魔法所持者が日本に」

「え、そんな出来すぎなことが有るんですか!?」

 これは僥倖だと思った夏芽だが、他の全員は何とも言えない表情だった。

 

「はい、ただ彼女の扱いはデリケートでして」

 彼は語った。

 この世界における、女神の同位体の所業を。

 

 

 …………

 …………

 ………………

 

 

「主文、メイリス・エイリーンを死刑に処する」

 そこは裁判所、それも軍事法廷だった。

 

 裁判官に死刑を宣告された被告は、眠たそうに欠伸をしていた。

 死刑に処されるだけの所業をしたこの女は、まったく以って反省の色など無かった。

 

「被告、何か言いたいことはありますか?」

 態度が悪い被告の様子に裁判長は顔を顰めながら、彼女に言った。

 

「敢えて言わせてもらうなら」

 眠たそうにしていた女は、一般的には美人なのに怖気の走るような冷たさで唇を釣り上げた。

 

「私を必要としない世界なんて価値なんて無いわ」

 その性格、最低最悪にして傲慢不遜。

 

「この国の魔法関連の道具を開発したのは大体全部私よ。

 私はこの世界に魔法を使った技術の骨子を齎した。

 この私の頭脳を無くして、魔王には勝てないでしょうね」

 自他共に認める、天才の中の天才。

 そして彼女以外の誰もが口を揃えて、その性格に難有りと断言する。

 

「私の死を嘆きなさい、悲しみなさい。

 私の処刑は可能な限り大勢の眼に触れるようにして、全人類は私が死ぬことを惜しみながら、私の齎した技術を称賛しなさい」

 どういう思考回路をしていたら、軍事法廷でこんな言葉を吐けると言うのか。

 

「そして、私が居ないことに悲嘆しながら、魔王に滅ぼされろ」

 連続殺人鬼のサイコパスでも、ここまで自惚れないであろう傲慢の権化。

 それがその女、メイリス・エイリーンだった。

 

「憲兵、彼女を連れていけ」

 裁判官がその聞くに堪えない言葉を無視して警備にそう告げた時だった。

 

「くく、くくく……」

 そんな裁判官達を、出席している軍人達を、彼女は嘲笑っていた。

 

「少し勘違いしていないかしら? 

 ──お前ら程度の凡俗が、私を殺せるとでも」

 誰もが、それを彼女の苦し紛れだと思った。

 彼女は既に24才、その魔力はとっくに衰え、彼女自身が開発した魔法抑制装置を嵌められている。

 彼女の魔法は有用だが、仮にそれを外してもこの場を切り抜けられるものでは無い。

 ……誰もがそう思った。

 

 だが、その直後だった。

 裁判所の天上が、消えた。

 轟音が遅れて聞こえるほど、破壊だった。

 

「待っていたわ、リーン!!」

 メイリスが顔を上げると、そこには巨大な竜に乗った10才程度の少女が居た。

 

 彼女が行った人体実験の被害者にして、その最高傑作。

 自らの名前の一部を与えるほどの、メイリスのお気に入り。

 

「メイリスをイジメるやつは、死ね」

 無垢な少女が、下僕に虐殺を命じた。

 その場に居た警備や、銃器などの抵抗も空しく、その場に居た人間はメイリスを除いて一人残らず巨竜に潰され、引き裂かれた。

 

 そのまま彼女は軍事法廷があった基地を壊滅させ、そのまま竜に乗って日本に亡命した。

 

「メイリス、次は何で遊ぶの?」

「魔王の本拠地が見たいわね。

 一緒に観光でもしましょう」

「うん、行く!!」

 まるで年の離れた姉妹のように、二人は笑い合った。

 

 当然、亡命先の日本ではこの二人を持て余しているのである。

 

 

 

 …………

 …………

 ………………

 

 

「さ、流石イヴさんの同位体……」

 イカレている、なんてレベルでは無かった。

 死刑判決された虐殺者、それがこの世界における文明の女神の同位体なのだった。

 

「政府には、再三引き渡し要求がなされたそうですが、当人は技術提供をしてもいいと言っているんですよ」

「とは言っても、彼女は人体実験で何人も殺した相手でして」

 事情を知っている自衛官たちが顔を引きつらせてその顛末を語った。

 

「とりあえず、返答を先延ばしにしつつ軟禁状態だそうで」

「そりゃあ、扱いにくいでしょうね……」

 夏芽も、道理で全員が渋い顔をするわけだ、と思った。

 

「ですが、そのリスクを抜きにしても彼女の協力は必要でしょう」

「君、正気かい!?」

 ずっと黙っていた対策局の局長が悲鳴じみた声を上げた。

 元高官であり、政府の橋渡しをするのは彼なのだから、当然だろう。

 

「こういうことは言いたくないのですけど」

 夏芽が本当に言い難そう口を開く。

 

「──多分、そのメイリスって人と、魔王をこの世界に遣わせた文明の女神は、きっと同じ思考回路をしていますよ」

 今までの夏芽の発言で、誰もが一番聞きたくない言葉だった。

 彼女以外の全員が頭を抱えた。

 ちなみに妖精二人は爆笑している。

 

「あの女が神になると、こんな状況になるのかッ!!」

 魂から血反吐を吐くような、佐官の言葉がこれだった。

 この場に居る全員の心境を彼が代弁していた。

 

「……彼女の技術力は置いておくとして、敵の首魁の思考をトレースしてプロファイリングするのに彼女は必要である、と」

「ああ、その発想は無かったですね」

 比較的冷静な千利の言葉に、夏芽は感心した。

 そして夏芽は、今の話でひとつ気になることが有った。

 

「ちなみに、彼女が一緒に亡命した少女は?」

「ああ、あの女と一緒に居るよ。下手に引き離すと危険らしいので」

「いえこれは手間が省けたかもしれません」

 夏芽は勝機が見えた。

 文明の女神が人間出身なら、邪悪の女神もまた人間出身の女神である。

 つまりその同位体を戦力として後から探そうと思っていたのである。

 

 神と同じ才能と持つ二人がセットになって、この日本に居る。

 これを上手く使わない手は無い。

 

「おそらく私なら、彼女を説得できると思います。

 どうか、政府に掛け合って貰えないでしょうか?」

「ぜ、全力を尽くそう」

 局長は気が重そうにしながらも、頷いた。

 

「局長、私も行きます」

「ああ、頼む。心強いよ」

 定年を超えている局長が、三分の一も生きていない小娘を頼りにするという光景が彼の哀愁を物語っていた。

 

 

 

 §§§

 

 

「うう、ぐす、うう……」

「泣かないでおくれよ、千利君」

 さて、結論から言うとダメだった。

 それは決して、メイリスが政治的にデリケートだからという理由では無かった。

 

「だって、だって、お上があんなに腰抜けだなんて!!」

「僕も元政治家だからね、余り責められないけど……」

 官邸近くの自販機前のベンチで涙を流す千利を、局長は孫にするよう慰めることしかできなかった。

 

 日本政府は、ほぼ魔王に屈した。

 

「あんな我々の主権を無視した、ミサイルも国際法も役に立たない相手にどうすればいいというのだ」

 それが、二人に対応した官僚の言葉だった。

 

 次の魔王のゲームは、負ければ1000人を殺すと魔王は言った。

 つまり、どう言い繕っても国民の命をベッドしたと政府は言われかねない。

 政府としてそれだけは出来なかった。

 

 だから、政府は魔王と交渉を図ろうとしていた。

 なんとか、彼の慈悲に縋ろう、と。

 

 だが、千利の魔法は見抜いた。

 彼女の魔法は汎用性が高く、ある程度の読心が出来る。

 

『保身』『保身』『保身』

『保身』『保身』『保身』

『保身』『保身』『保身』

『保身』『保身』『保身』

『保身』『保身』『保身』

 

 どいつもこいつも、こればっかりであった!! 

 

 

「彼らはあの時、心が折れたんだろう」

 局長は、先日の会談という名の何かを思い起こす。

 自分も一年遅かったら、あの場に居たかもしれないという恐怖を。

 

「それが、魔王の失望を買うと分かっていてもですか!?」

 千利は顔を上げ、怒りを滲ませ言った。

 

「魔王が、戦わない者と交渉に応じるとでも!?」

 結局、政治家たちは国民の命を言い訳に逃げの一手を繰り出しただけに過ぎなかったのだ。

 それがたまらなく彼女は許せない。

 

「まあ、ね……」

 実のところ、あの会談の後別の一幕があった。

 会場を出た魔王は、路上で待機していたマスコミのインタビューを受けた。

 それだけでもツッコミどころは多いが、問題はそれが終わった直後だ。

 

 ある少女が、魔法を用いて魔王に奇襲を掛けたのである。

 

『残念だけど、魔王に挑むなら手順を踏まないと♪ 

 無敵のオーラを剥がす準備ぐらいをしてから、またおいで♪』

 そう言って、魔王は挑戦者を見逃した。

 彼は自分に挑む者には敬意を持って接する傾向があった。

 対策局に今のところ戦死者が居ないのは、同じ理由であろう。

 

 なぜなら、これは“試練”なのだから。

 立ち向かわない者に、生かす価値など無いと言われても仕方がないであろう。

 

「僕も、魔王の機嫌を損ねるとは思うよ。

 けど政治の世界って一言じゃ言い表せないからね」

「その結果、1000人じゃなく10000人殺すと言われたらあの連中は責任を取れるんですか!!」

「…………」

 局長は無力感に肩を落とした。

 この仕事に就いてから、何度も感じた無力感だ。

 彼女たちに、戦いに赴く彼女たちに力に成りたいと思っていても、何もできない歯がゆさだけがあった。

 

 その時だった。

 

 

「お前なんで、そんなに悩んでるんだよ」

 その女の声に、彼女は顔を上げた。

 局長も振り返る。知っている声だったからだ。

 

 そこに居たのは、金髪の女だった。

 しかし、西洋人と似てるがその顔立ち、人種は地球上のどれとも該当しない。

 

「あんたは、魔王四天王!!」

 局長が思わず身構える。

 そう、その女は魔王の配下。

 どこか宗教色を感じる黒いローブを纏った異世界人。

 

 

魔王四天王 従軍神官

“悪逆”のクリスティーン

 

 

「おおっと、そんなに身構えるなよ。

 今日は事を構えるつもりは無いさ」

 局長を庇うように前に出た千利に、彼女は愉快そうに笑った。

 

 それでも二人は油断しなかった。

 この女が、どれだけこの国に混乱を齎したか知っているからだ。

 

「それで、いつまでいい子ちゃんぶってんだ?」

 彼女は自販機に硬貨を入れて、ジュースを購入する。

 ペットボトルのキャップを開けて、中身を口にしながら世間話のように語り掛けた。

 

「あなたの戯言には耳を貸さない」

「そうか? これでもオレ、神官なんだぜ? 

 悩み事ぐらい聞いてやってもいいのに」

 にやにやと笑う彼女は、とても聖職者とは思えない所作だった。

 

「世間の目が、そんなに怖いか? 

 周囲の反応が、そんなに恐ろしいか?」

「なにを……」

「お前はもう、答えを出してるだろ?」

 彼女はまるで、サバサバした男友達か何かのように、千利の背中を押す。

 

「まあ、安心しろよ。お前が何をしようとも、我が神はお前を赦すだろう。

 ……ヒトは生きる上で、必ず悪を行う。

 ならばこそ、お前が成しえる邪悪に我が神の福音があらんことを」

 それは、読心が出来る千利にして心を読まれているような感覚であった。

 

 魔王の配下は、言いたいことだけを言うと、本当に何もせずに背を向けて歩き去って行った。

 

「……千利君、奴の言うことなんて真に受けちゃダメだ」

 局長は途轍もなく嫌な予感がした。

 そう、何かが、とんでもなく恐ろしいことが起ころうとしている予感がした。

 

「…………局長」

 俯いていた千利が、顔を上げた。

 その眼には、深い絶望の奥底に決意が宿っていた。

 

「一緒に、地獄に堕ちてくれますか?」

 その言葉にどす黒い何かを感じた彼は、取り合えず話だけはしてほしいと口にするほかなかった。

 

 

 §§§

 

 

「みんな、聞いて!!」

 千利は、オペレーションルームに全ての局員を集めた。

 

「政府は弱腰で、役に立たない!! 

 あの腑抜けどもに任せて置いたら、1か月後にあるのは敗北。

 それも1000人の犠牲で済まないかもしれない!!」

 誰もが、千利の演説を聞いていた。

 ここに居る誰もが、彼女の戦友だった。

 

「私が官邸で聞いた話を、みんなに聞いてほしい」

 そして彼女が先ほど聞いた官僚たちの話をした。

 

 かつて魔王の手先と戦い、前線を引退したオペレーター達は悔しさに涙した。

 自衛官たちは自分たちが無力で終わることに嘆き悲しみ、その無力感に打ちひしがれた。

 そしてまだ現役で戦える四人は、この国の行く末に不安を抱いた。

 

 そんな皆を、夏芽はじっと見ていた。

 

「私はもう、決めた。

 私一人でも、魔王と戦う。でも周りの人間全員を敵に回すつもりも無い」

 ではどうするか? 

 その答えは、千利の視線を浴びたある少女がハッとなって自らの役割に気づいた。

 彼女だけではない、この場に居る夏芽以外の全員がその恐ろしい発想に震えた。

 

「私に付いていけないと言うなら、ここから去っても構わない。

 だけど、その決断は今しかない。ここから先は、汚名を負ってでも戦う者だけしか必要無いから」

 車椅子にアイマスク姿だった彼女は、もう居ない。

 彼女の決意に、その場の面々も覚悟を決めた。

 

「ドールズハート」

 最初、夏芽と遭遇した三人のうちの一人。

 彼女の魔法の名称が、彼女のコードネームだった。

 

「はい」

 その力は、お人形を使役するなんて生易しいものでは無い。

 彼女は電気信号や電磁パルスを操るが、それは人体にも──更には精神にも作用する。

 

「もっといっぱい、お人形さんを作っていいんですね!!」

 魔法少女ドールズハートの真骨頂は、他者を意のままに操り強化し、果ては洗脳することが出来るという事なのだ。

 そしてその人数の限界は未だ見えない。

 

 対策局でも常に魔法抑制装置を装着を義務付けられている、特に危険な魔法所持者として常に監視されている少女だ。

 そして最悪なことに、彼女はその力を使うことに何の躊躇いも罪悪感も抱かないという事だった。

 その力を使い、彼女を利用し、これから彼女らはクーデターを行うのだ。

 

 他の魔法所持者三人も、自分の能力を自由に使うことを許されて羨ましそうにしていた。

 

 そう、ここに居る魔法少女全員、悪い子(バッドガール)にして闇堕ち(ダークサイド)済み。

 

 ここは地球系列世界、管理番号248024。

 世界に絶望し、悪がなければ、魔法を扱えない世界。

 

 

「これで満足ですか、邪悪と悪逆の女神リェーサセッタ」

 夏芽はこの光景をどこかで見えているだろう、悪趣味な女神に悪態づいた。

 

 

 

 




まず、アンケートに答えて下さった読者の皆様に感謝を申し上げます。
予定よりちょっと早いですが、今話が完成したのと、読者の皆様に十分周知したと判断しましたので切り上げさせてもらいました。

とりあえず、この話までを一区切りとし、第一章ということにします。
夏芽が来るまで、この世界はまともに魔王に対抗できる下地さえなかったということですね。
次回以降から二章となり、ようやく書きたいお話が書けそうです。
ツッコミ役が必要だと別作品から主人公に起用したのが仇になるとは、反省です。

ですが、この世界観を通じて作者のこだわりや、表現したい何かが読者の皆様に伝わって下さればそれ以上の事はありません。
あらすじも多少追記する形にしました。ご協力ありがとうございました。


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第二章 魔法少女と魔王四天王
魔法少女ドライフレア、参上!!


今回より、新章突入!!
いよいよコメディ要素が入ります!!



 

 

 携帯電話の着信音が鳴る。

 その持ち主は、カーテンの閉め切られた部屋にて滅多に使われることの無いそれに目を向けた。

 

 充電しっぱなしの携帯電話の画面には“兄貴”と送信側の名前だけが表示された。

 SNSのメッセージだ。

 

『和夜、今日は一緒に美味いものでも食べないか?』

 

『いらない』

 返事はいつものようにシンプルだ。

 

 彼はいつものように、パソコンに向かって世間に悪態づく。

 たっぷりある時間を他人を批判するだけに費やし、馬鹿にして、中身の無い文言を並べ立てる。

 アカウントが停止されれば、すぐにまた別のアカウントを立てて同じように他者に攻撃を繰り返す。

 四六時中、何一つ楽しくも無いこの作業を彼は繰り返している。

 

 無味乾燥、それが彼の全てだった。

 別に愉しいからそうしているわけではないし、何か必要に駆られてそうしているわけでもない。

 ただただ、彼はこの世界が嫌いだった。

 

 同調を求める歪な社会構造、気に入らないことを面と向かって言うことのできない現実、そして鬱屈した感情だけで何も行動に移さない自分。

 何もかもが嫌いであった。

 

 彼はこの世界に何も期待していなかったし、誰も彼を認識などしない。

 彼はそう思っている。そう、たとえ双子の兄であろうとも。

 

 彼は一卵性双生児であり、双子の兄が居る。

 彼と正反対の、陽キャの申し子みたいな人間だった。

 

 頭の出来以外はスポーツ万能で申し分なく、誰にでも打ち解けられて友人も多い。

 誰にでも分け隔てなく接し、優しさに満ち溢れている。

 それこそ、太陽のような人間だった。

 

 もし彼に欠点らしい欠点を挙げるなら、それは自分だろうと彼は自嘲する。

 彼は産まれながら、自分というお荷物が付いてきた。

 

 何もなさない、何も生み出さない、ただただ人生を浪費するだけの自分が。

 もし彼は自分の年齢を尋ねられたとしたら、恐らく即座に答えられないだろう。

 それくらい、彼は長い間この狭い自室と言う殻に閉じこもっている。

 

 彼はそれで良いと思っていたし、これから死ぬまでずっとそうなると思っていた。

 

 

 

 

 だが、そうはならなかったのだ。

 

 

 爆音と共に、彼の聖域は破壊される。

 

「……ぁ、……」

 久しぶりに認識した彼の声は、自分の掠れた間抜けなものだった。

 

 自分の部屋を破壊して侵入してきたのは、ヒトの形をした異形だった。

 二足歩行をする爬虫類を思わせる異形は、縦に割れた黄金の瞳で彼を見下ろす。

 

「驚いた!! 彼で間違いない!!」

 その存在を、彼は知っていた。

 つい先日、テレビ局の生放送をジャックして好き放題した化け物だった。

 それについて散々馬鹿にして、煽ったばかりなのだから。

 

 魔王。

 その化け物こそ、魔王ハーレ。

 

「いきなりで驚いてるよね!! 

 君には悪いけど、死んでもらうよ!! 

 それもただの死じゃない!! 来世も何もない、魂ごと抹消するのさ!!」

 異形の道化師は、状況の理解が追いつかず唖然としている彼に、残酷な現実を突きつける。

 

「僕もこんなことしたくないんだけどさ!! 

 新しい世界に開拓とか侵略とかする時は、真っ先にやらないといけない仕事なんだ♪ 

 理不尽だよね、理不尽だろう? だが我が主上は、万が一、億が一、兆が一の可能性を見過ごすことができない!! 

 ────それだけ、我が神はお前の可能性を恐れている」

 魔王の魔手が、彼に伸びる。

 恐怖で動けない彼を、その頭蓋ごと魂を砕かんために。

 

 それでも、咄嗟に、彼の本能は抵抗を選んだ。

 

「くく、くくく……」

 彼の手にはいつだかネットで購入したナイフがあった。

 いつかこの世に絶望した時に、それで自らの命を絶つ時に使おうと思っていたか細いそれで、震える彼は魔王に相対す。

 それを見て、魔王は笑う。

 

「君は何ゆえにもがき生きるのだ? 

 我が腕の中で息絶えるがいい」

 魔王は古典を引用し、一切の慈悲や容赦無く、本気で彼をこの世から抹消しようとした。

 

「…………はい?」

 だが、突如として魔王は虚空へ顔を見上げた。

 

「はあ、はあ、了解いたしました。全ては主上の御心のままに」

 魔王は突然肩の力を抜いて、溜息を吐いた。

 

「今度のお仕事は、いつもと違うことが多すぎる」

 魔王は彼にまるで同意を求めるかのように、肩を竦めて見せた。

 

「和夜、何があったんだ!!」

 すると、その時だった。

 

「あ、兄貴……」

 彼の双子の兄が、異変に気付いて現れたのだ。

 

「ば、化け物!?」

 彼の兄は、魔王に遭遇しても引かなかった。

 よく鍛えられた全身は、ずっと引きこもっていた弟とは比べ物にならない。

 彼は五体のみで、魔王から弟を守ろうと立ち向かおうとした。

 

「邪魔だよ、おまけの分際で」

 魔王の動作は片手の親指で人差し指を弾いただけだった。

 

「が、はッ!?」

 たったそれだけで、双子の兄は不可視の力で壁に叩きつけられて気を失った。

 

「さて、土壇場で殺すな、は無いよね。

 もう口上も述べちゃったじゃないか。しまらないなぁ」

「──ざ、けんな……」

「んん?」

「ふざけんな、兄貴がおまけだって、僕じゃなくて、兄貴が!!」

「ほほう」

 魔王は笑みを浮かべた。

 何十、何百と同じ魂の持ち主を引き裂いておきながら、ようやく彼はなぜ己の神がそこまで彼を恐れているのかほんの少しだけ理解した。

 

「気に入った」

 魔王の腕が、怒りに満ちた彼の胴体を鷲掴みにした。

 

「そのおまけを生かしてやる。

 その代わり、お前は僕の配下になれ」

「…………嫌だね!!」

「そうかい、じゃあ殺すよ」

 魔王に遊びや慢心、油断は一切なく本気だった。

 なぜならこれは、仕事なのだから。

 

「ま、まって!!」

 淡々とアリを踏みつぶす作業をしようとした魔王の本気を見て、彼が折れた。

 

「……わかった、あんたの言うとおりにする」

 悔し涙を流す彼は、震えながら魔王に屈した。

 

「最初から、そうすればいいんだ。

 我が神も、消すくらいなら仲間にすればいいのにね♪ 

 ボクちゃん頭イイ!!」

 それが最も合理的な判断だと、魔王は判断した。

 

 そうして彼は、魔王の配下になった。

 魔王四天王のひとり、という破格の待遇で。

 

 

 

 §§§

 

 

 それから五年後、魔王の居城にて。

 

「ねえハーレ、なんでさっさと人類を滅ぼさないのさ」

「滅ぼすのが仕事じゃないからさ」

 二人は名作FPSをプレイしていた。

 

「ああ女神様の試練って奴? 

 馬鹿馬鹿しい。地上の馬鹿どもを見て見なよ。

 せっかくハーレが人類共通の敵になってあげてるのに、一致団結なんて夢のまた夢。

 うちの国のお隣さんとかフェアリーサマーに魔王を倒させろなんて恥知らずにも声高に言ってるしさ」

「和夜にも分かるようになるさ。

 追い詰めれば、人間の醜さってのは味わいが出てくるんだよね」

「ふーん。あ、裏に来てるよ」

 どうでも良さそうに、和夜は返した。

 

「おっと、任されよ」

 二人は絶妙なコンビネーションで、後ろに回り込んできた敵プレイヤーを撃退した。

 

「フェアリーサマーと言えばさ、この間めっちゃぶん殴られたんだけど。

 あんな脳筋女、ティフォンの奴は何が良いわけ?」

「でも奴の作った彼女のアニメを全部見ていたではないか」

「暇だったからね。でも実写は酷いデキだった」

「本人に出演してもらえなかったから、と言っていたしな」

「普通そこまでするかなぁ、惚れてるにしても酷すぎる」

「いや、あれは惚れた腫れたの単純な話ではないんじゃない?」

「そうなんだ。僕は誰かを好きになることなんて無いだろうし、どうでもいいか」

「くっくくくく」

「何笑ってるのさ、そこにM16あるよ」

「おっと、ちょうど手持ちが弾切れだった、交換せねば」

 二人は雑談しながら、敵をなぎ倒して進む。

 容赦なくリスキル*1する和夜に、正確無比の長距離射撃でヘッドショットをする魔王。

 

 二人が迷惑行為とチート疑惑で対戦部屋から追い出されたのはその試合が終わってからだった。

 

「ハーレさあ、思ったんだけど」

「なんだい?」

「正直、試練を与えるなら戦えってのはアンフェアじゃない? 

 それじゃあ戦う才能の無い人間が何もできないじゃないか。まさか遠くから応援とかしろとでも? 

 前線で戦う女の子たちの為に募金でもしてくれるのかな?」

「ふーむ、一考の価値がある意見だね」

「ゲームとかさ、歌やダンス、なんならトランプでもいい。

 わざわざ上から脅さなくてもやりようはあるでしょ、文明の女神なんだから」

 小馬鹿にしたように、彼は魔王の上司を嘲った。

 こんなことを言えるのは、この世界でも彼だけだろう。

 

「まあ、尻を叩いて火を付けないと、人間なんて生き物は本気にならないだろうってのは同感だけど」

 遊ぶゲームを変えながら、彼は自らの所感を口にした。

 

「──そんなに人死にを見るのが嫌か?」

 どこか可笑しそうに、魔王は言った。

 

「いや、僕グロとかスプラッタとか気持ち悪いだけなんだけど」

 心底嫌そうに彼は答えた。

 それでも魔王は、彼の本心を見透かしたように何も言わずに笑っていた。

 

「ならば、そろそろ働いてもらおうか」

「あーはいはい、お給料分は働きますよ。

 じゃあ適当に壊して混乱させて恐怖させますよ。やり方はいつも通り僕に任せて貰っていいよね?」

「勿論さ、好きにしていいよ」

 魔王は自分の部下のやり方に一切口を出さない。

 だから本当に魔王の四天王は好き放題している。

 

「さてと、今やってるゲームのアップデートが終わる頃には引き上げたいな」

 やる気の見せない彼は、気だるげに魔王の居城から出陣した。

 

 

 

 …………

 …………

 ………………

 

 

「情報課より報告、魔王四天王が騒ぎを起こしているようです」

 上位者対策局のオペレーションルームに入電。

 

「状況は?」

「どうやら、あちらが放送を行っているようですね。

 今、モニターに映します」

 そうして、千利たちは中央モニターから現場の様子を垣間見ることになった。

 

 

『おーい、早く準備して。視聴者は待ってるよ』

 カメラの前で、如何にも悪の魔法使いと言わんばかりの黒装束の青年が戦闘員たちに準備を急がせている。

 

『あ、終わった? じゃあ皆さん、お待たせ。

 ご存じの方も多いだろうけど、僕は魔王四天王の、アウトサイダーって名乗ってる者だよ』

 

 

魔王四天王 大魔導士

“失望者” アウトサイダー

 

 

『初めての人は初めまして。

 見ての通り、日本人です。国籍もあります。

 でも魔王様の部下です。人類の裏切者です』

 彼はそのように自己紹介した。

 

 彼が放送を行っているのは、渋谷のど真ん中だ。

 何十人もの戦闘員が武器をちらつかせ、百人近くの通行人を無理やりギャラリーとして参加させている。

 

『今日の僕のショーは、じゃじゃじゃん!! 

 投票型公開処刑でーす。ぱちぱち』

 アウトサイダーが後ろに手を向けると、そこには十字架に張り付けられた男が居た。

 

『た、助けてくれー!!』

 磔の男は恐怖に震えながら助けを求めていた。

 

『さて、彼を処刑する前に、彼が選ばれた理由をご紹介しよう。VTRをどうぞー』

 アウトサイダーが指示を出すと、放送の画面が切り替わった。

 

 そこから流れた映像は、どうやらコンビニの監視カメラの映像だった。

 

「あれ、これって……」

 その映像は、千利だけでなく彼女の同僚やギャラリーの多くが見覚えがあった。

 今朝、ニュース番組で放送されたコンビニ強盗の映像だった。

 

 そして、今磔にされている男がコンビニのレジに押し入り、ナイフを持って店員を脅し、金銭を奪って逃げた瞬間が映し出されていた。

 だが、それだけではなかった。

 

 勇気あるサラリーマンらしき人物が、背後から強盗犯を羽交い絞めにしたのだ。

 強盗犯は激しく抵抗し、サラリーマンを切りつけ逃げ去った。

 この衝撃的光景は、流石にショッキングだとして報道では口頭で説明されていた部分であった。

 

『これで、この男が処刑される理由が分かったでしょ?』

 画面は再び、アウトサイダーの居る現地へと戻る。

 

『さて、ここで犯人さんへのインタビュータイム。

 盗んだお金なんて精々十万円も行かなかったんでしょ? 

 それこそ、コンビニで真面目に働けば一か月で稼げる金額だ。どうして強盗なんてしたんでしょーか?』

『あ、遊ぶ金が欲しかったんだ、悪いか!!』

『だそうです。清々しいほどのクズですねー』

 まさに期待通りの反応で、アウトサイダーはにやにや笑っていた。

 ここで、カメラが強制参加させられたギャラリーに向けられる。

 初めは何が始まるのか、と怯えていた人々はこの強盗犯へ冷ややかな視線を投げかけていた。

 

『ここでサプライズ!! 

 この強盗犯くんが切りつけたサラリーマンの娘さんがゲスト出演してくださいました!!』

 まさかそんなことが有るとは思わず、犯人は思わず目を見張る。

 戦闘員に連れられ、一人の女の子がカメラの前に現れた。

 

『こ、この人が、お父さんを傷つけたんですか?』

『そうだよ。このどうしようもないクズは今聞いた通り、お金欲しさに君のお父さんを傷つけた。

 今は病院で手術中なんだってね、傷が深くて予断を許さない状況だとか』

 アウトサイダーは少女に同情するように語り掛ける。

 

『君が復讐をしたいと言うなら、君の手でそれをさせてあげる。

 あ、勿論僕たちが脅したからだよ? 君は僕らに言われて仕方なく彼を殺すんだ』

 その物言いは優しかったが、氷のように非情で冷たかった。

 

『い、いや、私、こんな奴と同類になりたくない!!』

 だが少女は拒否した。カメラの前だから、というだけでは説明が出来ない拒否反応だった。

 強盗犯は何とか暴れて逃げ出そうともがくが、戦闘員に猿轡をされて呻き声を出すことしかできない。

 

『そうかい、それがいいよ。それに企画倒れにならずに済んだ。

 はいはーい、それじゃあ、この放送を見ているみんなに彼の行く末を決めて貰おうか』

 どういうプログラムなのか、放送画面に『彼を処刑しますか? yes/no 』と表示された。

 

『これでイエスを選んだ視聴者が、一万人を超えたら彼を処刑する。

 もし、それまでに彼を助け出そうという正義の味方に救出されたらそれでお終い。

 こんなゴミクズ野郎に関わりたくないならノーを押せばいい』

 それが、今回アウトサイダーが始めた企画の趣旨だった。

 彼の横に見える位置にあるデジタルカウンターは、既に1000人以上がイエスを選んでいる。

 

『このカウンターが一万人を数えたら、彼を処刑する。

 待っているよ、正義の味方さんたち。あ、別に遅れて来たって構わないよ? むしろ遅れて来てもいいからね。この日本のゴミを一つ掃除した後、ゆっくりと僕らと戦おう』

 アウトサイダーは陰湿に笑いながら、横目でカウンターを確認する。

 数字は既に、2500を数えていた。

 

『でも、助けたいならもうあんまり時間は無いよ?』

 カメラ越しに、対策局の面々を嘲笑いながら彼はそう言った。

 

「今、出動できるのは!?」

「ドライフレアが既に現場に向かっています!!」

「そう、彼女が」

 千利はとりあえず、安心した。

 

 魔法少女ドライフレアは、その名の通り渇きと冷気を齎す炎を操る。

 そう、夏芽に最初に遭遇した三人のうち、あの冷たい炎を操るのは彼女だった。

 その性格、その能力から、対策局所属の魔法所持者で最もバランスが取れて扱いやすい人物である。

 どいつもこいつもクセの強い魔法所持者の中で、良くも悪くも普通な人間だった。

 

 そして、千利がその彼女の出動を確認した直後だった。

 

『そこまでよ!!』

 魔法少女ドライフレアが画面に現れたのだ!! 

 

 

 

 

「そこまでよ!!」

 赤い炎をイメージした魔法装束を纏った、スカート姿の少女が現場に現れる。

 

「冷たく乾いた心の地平に、悪を憎む炎が燃え上がる!! 

 ──魔法少女ドライフレア、ここに参上!!」

 彼女の登場に、ギャラリーたちも期待の声を上げた。

 

「待っていたよ、それじゃあ始めようか」

「ちょっと待って」

 アウトサイダーが戦闘員たちを呼び寄せ、肉壁として陣形を取らせた時だった。

 ドライフレアが、彼の横のカウンターをちらりと見つつ、制しした。

 

「こんなことやめて、彼を解放して!!」

「あのさ、問答なんてしないよ。

 このカウンターが一万を超えたら、こいつを処刑するって言ってるんだ」

 アウトサイダーは淡々と彼女に現実を告げた。

 

「彼は罪を犯したかもしれない、でも更生の機会を与えられないなんて間違ってる!! 

 彼は警察に逮捕されて、ちゃんと日本の司法で裁かれるべきよ!!」

 カウンターの数字は、5000を上回ったところだ。

 カウントを開始して五分も経っていない。

 

「あのさ、僕の話聞いてる?」

 まるで話が通じない彼女に、アウトサイダーがいら立ちを見せるが。

 

「あなたも同じ地球人なら、どうして魔王に与するのよ!!」

 いいから早く助けろ、と強盗犯が体を揺する。

 しかしドライフレアは目の前の敵を睨みつけていた。

 だがその視線は、ちらちらとカウンターに視線が逸れている。

 

「あー、えーと、僕の異名は“失望者”でね。

 これは確認作業なんだ。お前たち地球の社会が、変わらず僕の失望に値するかどうか」

 アウトサイダーは空気を読んだ。

 既にギャラリーたちも察しているのか、ヤジさえ飛ばない。

 

「この世界は、希望に満ち溢れてるわ!! 

 あなたは知らないだけよ、この世界の美しさを!!」

 ドライフレアは熱く語り聞かせていた。

 その内容は大分ふわっとしているのに彼女は気づいているだろうか。

 

「君も見ると良い、これだけの数がこの処刑に賛同している。

 彼らは傍観者であり、無関心な観客だよ。

 彼らの選択がこの強盗犯を殺すことになっても、心を痛めたりなんてしない。

 まさにこの社会の縮図じゃないか。僕の期待通りさ」

「この世界にも、遠い場所で苦しむ人に心を痛める人は居るわ!! 

 あなたは自分の目線で物事を勝手に判断して、勝手に失望してるだけじゃない!!」

 ドライフレアの言葉は、ちっとも中身が伴ってなかった。

 アウトサイダーに当然響くはずも無く、そもそもこのやり取りも茶番だった。

 

 この馬鹿げたチキンレースの結果、カウンターの数字は9000を超えた。

 

「ねえ、もう多分こいつは助からないからそろそろ始めない?」

「ちッ」

 ドライフレアはカメラから見えない位置で顔を歪めて舌打ちをした。

 

「酷い!! どうせ最初から、処刑を止めるつもりなんてないくせに!!」

「それ、ちっとも助けるつもりが無い君が言う!?」

 この状況で、ただ一つ言えることが有るとすれば。

 

 正義の味方なんて、来なかったという事だけだった。

 

「あー、残念ですが、今ちょうどカウントが一万人を超えました」

 なんだかこのやり取りで疲れたアウトサイダーが、戦闘員に指示を出した。

 

「──処刑しろ」

 彼の非情な言葉に、ギャラリーたちは固唾を飲んだが。

 

「おい、お前がやれよ」

「え、やだよ。こんな奴殺して人殺しとか」

「俺だってやだよ。こんなのバイトの職務内容に書いてないし」

 なんと、戦闘員たちは顔を見合わせ、次々と処刑の実行役を押し付け合い。

 

「ここはやはり、四天王であるアウトサイダー様に盛大に処刑していただきたく存じます」

「はあ!? 僕だってやだよ、血で汚れるじゃないか!!」

 僕は潔癖症なんだ、とまさか企画の実行者まで処刑を拒否。

 

「それに、こんなクズを殺して僕がこのクズの同類にされるなんて嫌なんだけど!!」

「さっさと殺しなよ!!」

 ドライフレアが音響装置を魔法で破壊してから、嫌そうにしているアウトサイダーに痺れを切らして叫んだ。

 

「悪党は悪党らしく、地獄に堕ちるにふさわしい罪を背負ってこの世から消え去れば良いのよ!!」

 赤裸々な本音だった。

 彼女の心は本当に乾いていた。

 

「……萎えた。僕はこいつを警察に突き出してくるから、お前たちは彼女の相手しといて」

 結局、誰も処刑を実行するのを嫌がったため、渋々アウトサイダーが踵を返したのだが。

 

「あー、間違えたー!!」

 ドライフレアの魔法が、なんと見当違いな方向に射出された。

 

「むごああああああ!!」

 猿轡の上でも絶叫と分かる強盗犯の呻き声。

 全身が凍てつく業火に焼かれ、体中の皮膚が渇き罅割れ、肉体に深刻な壊死が次々と発生する。

 

「わー、死ぬ死ぬ、死んじゃうってば!!」

 慌ててアウトサイダーが魔法で水を召喚。

 強盗犯は致命傷寸前で命だけは取り留めた。

 

「うわ、こいつやったよ。引くわー」

 アウトサイダーはドン引きしていた。

 勿論、その誤射の前にはカメラが全部ぶっ壊されてた。

 

「今のは誤射、良いわね?」

 ドライフレアがギャラリーに視線を向ける。

 

「今のはどう考えても誤射だろ」

「誤射なら仕方がない」

「彼女の射線に立つなって言わなかったっけ?」

 ギャラリーは空気を読んだ。ついでにクズが適度に再起不能に陥ってすっきりしていた。

 それを確認してドヤ顔でドライフレアが敵に向かいなおった。

 

「悪人とは言え、無力な人間になんて酷いことを!!」

「しかもこいつ僕らの所為にするつもりだよ!!」

「証拠隠滅ー!!」

 ドライフレアは武装を取り出し、敵勢を薙ぎ払った。

 

「フリージング・ドライブラスト*2!!」

 玩具の光線銃にしか見えないその武装から発射された光線が、戦闘員たちを一網打尽に吹っ飛ばした。*3

 

「……はあ、今日は君の勝ちで良いよ」

 バリアで彼女の必殺技を防いだアウトサイダーが心底面倒くさそうにそう言った。

 

「正義は、勝つのよ!!」

 空間が歪んで戦闘員ごとアウトサイダー達が撤収すると、ギャラリー達がドライフレアに黄色い声を送った。

 

「た、助けてくれてありがとう……」

 強盗犯の被害者の娘も、いろいろな意味で彼女にお礼を言った。

 

「やっぱり、良いことをすると気持ちが良いわね!!」

 これが、魔法少女ドライフレア。

 対策局所属で、一番まともな魔法少女だった。

 

 

 

*1
リスポーンキル:FPSゲームなどで相手の復活地点で、復活直後に攻撃する行為。

*2
魔法少女ドライフレアの必殺技。固有装備によって対象に水分を気化させる光線を発射し、凍結させ爆散させる。相手は死ぬ。

*3
説明しよう、戦闘員たちの着ている黒タイツみたいなスーツは即死級の攻撃を受けても致命傷だけは回避してくれる優れモノだ!! 




ようやく、最初に出て来た三人のうち一人が活躍できました!!
これからどんどん、個性的な四天王が登場し、最初に言及したうちで未登場は敵味方残すところあと一人。

彼らの強烈な個性を今後お楽しみください。
それでは!! また!!


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魔法少女ジェリー、参上!!

「はぁ、なんなのあいつ」

 魔王の居城に帰還したアウトサイダー、和夜はげんなりした様子で報告に戻った。

 

「はい、王手」

「む、むむむ、ちょっと待った!! 

 さっきの手は無しじゃ!!」

 すると、四天王専用の談話室で、魔王と老人が将棋をしていた。

 

「また~? これで五回目じゃない?」

「若いんじゃから老人を労わってはくれんのかの?」

「僕はあんたの数倍は生きてるけどねぇ」

「それは言わん約束じゃて」

 将棋をしている二人だったが、魔王が和夜に気づいた。

 

「やあ、お疲れ。どうだった?」

「あまりに馬鹿馬鹿しかったから勝ちを譲ってやったよ。

 別に勝とうが負けようがどうでもいいんだよね?」

「まあね、いざとなったらどうにでもできるし」

 魔王は肩を竦めた。本当に、彼は自分が持ちかけたゲームの勝ち負けなど気にしてなどいなかった。

 

「和夜くん、そんな調子じゃいかんぞ。

 やるからには、勝たねば。常に前進をしなければ、時代に置いて行かれてしまう。

 常に勝ちに行くことこそ、成功の秘訣じゃ」

 と、魔王と対面して将棋の盤面に唸る老人が言った。

 

茂典(しげのり)のじいさん、余計なお世話だよ」

 和夜は不貞腐れたように顔を逸らした。

 

「魔王様の介入を無しに勝たねば、四天王の名折れじゃろうに」

「その四天王の地位を利用して一番好き勝手してるのは誰だったっけかな?」

 呆れたように、青年は老人を見やる。

 

「ほっほっほ。儂は魔王様の配下として、地上に混乱を齎しているだけじゃて」

 彼は好々爺のように笑った。

 和夜はその下に隠れているどす黒い感情にはあえて触れなかった。

 この老人が、この日本に最も経済的なダメージを与え、四天王で最も混乱を巻き起こしているのは確かだからだ。

 

「さて、よっこいしょっと」

 老人が座席から立ち上がる。

 

「おおっと!?」

 その拍子にふらついて、彼は将棋の盤面に手を突いた。

 衝撃で駒がバラバラになった。

 

「しまった、やってしもうたわ!!」

 パチン、と額に手を当てて呵々大笑する老人

 そのわざとらしい動きに、魔王は溜息を吐いた。

 

「和夜の坊や。勝つ為には何でもする。

 勝利への貪欲さが無ければ、勝つことはできないのじゃよ」

「勝ててないじゃん」

 和夜は即座にツッコミを入れた。

 老人は気にした様子もなく、笑い声を上げた。

 

「さてと、予告も済ませておるし、そろそろ孫の顔でも見に行くかの」

 ひらひらと手を振って、彼は談話室から去って行った。

 

 

 

 

 §§§

 

 

 ところ変わって、上位者対策局。

 

「ねえ、大和ちゃん」

 オペレーションルームにて、千利は腕を組んで眉を顰めていた。

 

「もうちょっと外聞を繕えなかったの?」

「千利さん、名前で呼ぶのは止めてくれます?」

「……あのね、水無瀬ちゃん」

 千利に苦言を呈され、不機嫌そうにしているのは魔法少女ドライフレア。

 またの名を、水無瀬 大和。名前は男っぽいが、れっきとした中学生女子である。

 

「私たちは魔王と戦うために居るのよ。

 そのためには、世間を味方にしないといけない。

 賛同者だけ募って、地下に潜っても活動は長続きしないのはわかるよね?」

 千利は丁寧に彼女に言い含める。

 

 先日、千利の首謀した上位者対策局の政府クーデターは静かに成功した。

 政府の要人たちは魔法少女ドールズハートの支配下に置かれ、全面協力を約束させた。

 彼らはまったく人格に影響のないまま、洗脳され感情のリミッターが外された。

 

 保身や逃げと言った選択を取れないようになり、心の内側にため込んだ怒りを爆発させられた。

 その結果、今は戦時下と変わらない、と官房長官が怒りのままにメディアの前で訴え、総理大臣が魔王と戦うことを国民に理解を求めるように苛烈な言い方で話した。

 もう二度と、日本政府は弱腰などと言われないであろう。

 

 全ては魔王と戦う為、奴らに意気地を見せつける為。

 最初から、勝つ為の戦いではない。尊厳の為の戦いだ。

 それが、彼女らの人間としての大義だった。

 

 それは全員に説明し、納得した上で全員が残ったのだと千利は思っていた。

 

「気持ちは分かるけど、魔法が好き勝手に使えるから残ったなんて言わないよね?」

「……」

 水無瀬は顔を逸らした。

 図星だった。

 

「悪党が赦せないのは本当ですよ」

「ならもうちょっと、大勢の前でああいう行動は控えようね? 

 私達はあなたを戦力として当てにしてるし、あなたも連中に好きなだけ八つ当たりできてお給料も貰える。winwinでしょう?」

 千利は少なくとも、中学生特有の病を患って全能感に酔いしれて彼女が魔法を使って戦っているわけでは無いことを分かっている。

 

「分かりました。気を付けます」

 彼女は非を認めた。ちゃんと話しをすれば分かってくれる。

 彼女がまともである所以である。何せ他の連中は話が通じない。

 

「でも、千利さんでも同じことをしたでしょ?」

「私はもっと周囲にバレないようにやるわよ」

 少なくとも、犯罪者に温情なんて欠片も持ち合わせてない二人だった。

 

 

「ところで、話は終わったなら私の作った魔法出力兵器の感想を聞きたいのだけれど?」

 二人が声の方に顔を向ける。

 そこには先日、この対策局の預かりとなった女がコーヒーを飲みながら微笑んでいた。

 

 メイリス・アイリーン。

 稀代の天才にして、性格破綻者。

 彼女を味方に引き入れるのに一悶着あったが、今回は割愛する。

 

「バッチリです!!」

 水無瀬が玩具の光線銃にしか見えない武装を取り出した。

 

「そう、誰か、使用後のデータを取りたいから健康診断を行って」

「はい!!」

 技術士官が、メイリスの指示に即座に返事をした。

 

「水無瀬さん、悪いけど医務室に行ってくれるかい?」

「はーい」

 女性の技術士官を付けられ、水無瀬はオペレーションルームを出ていった。

 

「すっかり手懐けてますね」

「日本がモノづくりの国と言うのは本当ね。

 この国の技術者は優秀だわ。だって私の邪魔をしないもの」

 自分の能力に絶対の自信を持つが故の傲慢さに、千利は苦笑しか出なかった。

 

「それよりも、どうやって魔王に勝つつもり?」

「勝てると、思うのですか?」

「言っておくけど」

 メイリスは目を据わらせ、千利をじっと見た。

 

「私は負けるのが大嫌いなの。

 私より上がいるなんて我慢できない。

 戦うからには勝つ以外ありえない」

 それが、彼女と言う人間だった。

 初めから、このゲームに負けるつもりなど無いのだ。

 

「私はあくまで技術者。でも最終階級は大尉だったし、現場で指揮経験もある。

 魔法を前提とした実験部隊で戦果も挙げたわ。

 今は貴方を上官と認めてあげる。だけど、あなたのやり方じゃ勝てないと思ったら私は容赦なく貴方の椅子を引きずり下ろす。

 ……それだけは分かっていなさい」

 その言葉に、千利に冷や汗が流れた。

 この女は、絶対に実行するだろう。短い付き合いでもそれを十分に分からされるほど、彼女は迅速果断だ。

 

 事実、彼女は既に技術者たちを掌握した。

 そして早速、ドライフレアの専用装備を作り上げて見せた。

 

 味方にするとこの上なく頼もしいが、同時に彼女は鋭利過ぎる諸刃の刃だった。

 

「……とりあえず、現状ではこちらからのアプローチは難しい。

 こちらに出来るのは、相手のアクションを見極め、適切に行動に移すほかない」

「妥当ね、情報分析をするから情報班はこちらにこれまでの敵の出現パターンや傾向をまとめて寄こしなさい」

 メイリスは元軍属で、実績が有るというだけあって副官としても有能だった。

 彼女の自信と傲慢さは、彼女の有能さと比例していた。

 

「千利さん、そろそろ予告の時間です」

「分かりました。引き続き、監視をお願いします」

 オペレーターの声掛けを受け、千利は時計を確認する。

 時刻を確認し、彼女は顔を引き締めた。

 

「予告?」

「魔王四天王の一人が、動画サイトで自分の放送チャンネルを開いているんです。

 彼は事前に襲撃を予告し、破壊と混乱の限りを尽くしていくのです」

 苦虫を嚙み潰したような表情で、千利は答えた。

 

「私にもそれを見せてくれない?」

 彼女の言葉に、千利がモニターの方に目配せする。

 千利の意を汲んで、オペレーターの一人がモニターに例の予告を再生した。

 

 

『どうもじゃ、皆の衆!! シゲじいちゃんじゃぞ!!』

 予告の動画では、サイバーサングラスを付けた白髪の老人が茶目っ気を丸出しにして手を振っていた。

 

『今日の襲撃予告は、これじゃ!!』

 彼の宣言と同時に、画面には襲撃予定の地図と名前が図で示された。

 そこは、株式会社日本IT開発、と呼ばれる会社の本社がある場所だった。

 

「その名の通り、IT企業かしら?」

「ええまあ、普通の下請け企業ですけど、少し前に有名になりましたよ」

「あら、そうなの。どうして?」

「すぐに分かります」

 千利の言葉に、雑談は止まった。

 

『この会社は、先月プログラマーを過労死させた!! 

 こんなブラック企業、あってはならんじゃろう?』

 老人は口元に隠し切れない喜悦の笑みを浮かべて、視聴者に問いかけた。

 

『故に、この儂自らホワイト企業にしてやるのじゃ!! 

 明日からここの社員はブラック労働から解放されるッ!! 

 サービス残業も経営陣の怠慢もすべて消し去ってくれるわ!!』

 この言葉に対し、視聴者がコメントがこうである。

 

 :やっちまえ、社長!! 

 :ホワイト化(更地)

 :うちの会社も来てくれんかな。

 :あんたの所為で路頭に迷ったぞ!! 

 :↑東京の事務所で補償受けて仕事斡旋してもらえ。

 :次はどんな機体か楽しみ!! 

 :今日も孫ちゃんくるかな? 

 :来るだろ、多分

 

「思いのほか人気があるのね」

「まあ、彼はブラック企業とか、特定の企業グループにしか攻撃しませんからね」

 メイリスはスマホで彼の放送チャンネルを検索し、開いた。

 チャンネル登録者数、三百万人以上。アーカイブにはこれまでの襲撃の光景が残されていた。

 

 そこには、彼の人気の秘密が隠されていた。

 

「わ、ロボ……!!」

 なんとこの老人、最前線で自らパワードスーツのような機械を身に纏い、ビルをぶっ壊している様子がアーカイブのサムネイルに表示されていた。

 

「ロボット、ロボットは良いわよね!! 

 ロマンがあるわ。ドリルとかパイルバンカーとか」

 うきうきしているメイリスを見て、千利は趣味は意外と男の子っぽいんだな、と思った。

 

「ところで、特定の企業グループって?」

「ああ、それは──」

 千利がそれを話そうとした時だった。

 

「千利さん、現地に転移反応!! 

 四天王とその軍勢です!!」

「展開しているこちらの部隊に通達しろ!!」

 オペレーターの報告に、ずっとモニターを睨んでいた自衛官の佐官が叫んだ。

 

「今度は大丈夫だろうか……」

 現地に派遣している魔法少女は、割と問題児だ。

 彼の苦悩も知れると言うものだ。

 

「だから、師匠にも同行してもらってるんですよ」

 夏芽がここに居ないのは、そちらに彼女が付いていっているからだった。

 

「でも、彼女はただのお守りなんでしょう?」

 メイリスが痛いところを突いた。

 そう、夏芽は今回戦わない。調停をどちらも必要としない、現地の地球人同士のいざこざなのだから。

 

 オペレーションルームの指揮官二人は、渋面のまま現場を中継するモニターを見ていた。

 

 

 

 §§§

 

 

 

 現場は、さながら戦場だった。

 

「各隊、魔王の軍勢を通すな!!」

 自衛隊員たちが、檄を飛ばす。

 

「安全確認、良し!!」

「よし、撃て!!」

 ビルの上から、自衛隊員の持つロケットランチャーが火を噴いた。

 

 標的は、まるで甲冑のような装甲で身を包んだ機械に騎乗した兵団。

 

「効かぬなぁ!!」

 その先頭に立つ、ひと際目立つ意匠の指揮官機と分かるパワードスーツが、片手でロケットランチャーの弾頭を叩き落した。

 

「やあやあ、我こそは楪一族の末裔にして、現当主なり。ってな!!」

 愉快そうに笑う老人の声が、内蔵スピーカー越しに戦場に響き渡る。

 

 

魔王四天王 破壊王

“老械” 楪 茂典

 

 

 自機を含めて十機で現れた機械鎧の軍勢。

 市街地を堂々と闊歩し、銃撃をそよ風のように受け流している。

 

「相変わらず、どういう防弾性をしてるんだ……!!」

 アサルトライフルの銃撃を受けても、機械鎧は傷ひとつ付かない。

 関節を狙っても、まるで歯が立たない。

 

 これぞまさに、現代の科学を遥かに超越する、文明の女神の威光だった。

 

「それ以上、行かせませんわよ!!」

 だが、それに抗う者もここに居た。

 

「喉に粘つくこの怒りを糧に、憎悪の蕾が花開く!! 

 ──魔法少女ジェリー。ここに参上ですわ!!」

 青を基調とした羽衣のような魔法装束を纏った少女が、機械の軍勢に立ちはだかった。

 

「おお、孫よ。元気にしとったか? 

 こちらにおいで、お小遣いをあげよう」

 だが、先頭に立つ魔王の四天王はゆっくりと彼女に機械の手を差し向けた。

 

 ──瞬間、バーニアを蒸かして手首が一直線に少女に向かって放たれた!! 

 

「ふん!!」

 だが、この程度の奇襲、魔法少女ジェリーには通じなかった。

 彼女を守るように、四方八方から粘性の液体が集結して壁となった。

 爆発、爆音が迸る。

 

 ただの液体が、常識では考えられない強度を発揮して、多少の粘液を周囲に飛散させた程度でロケットパンチを防ぎ切った。

 

「どうじゃ、儂からのお年玉じゃ!!」

「死ね、クソジジイ!!」

 変幻自在の粘液が、壁の形から球体に移行。

 そして球体が彼女の腕に伸びて、まとわりつき、鉄槌の形へと変えた!! 

 

 軽く25メートルプール一杯分はあろう巨大な質量が、少女の手によって振り回される。

 …………周囲の建物を巻き込みながら。

 

「ぎゃああぁぁ!!」

 ビルの上でロケットランチャーを撃った自衛隊員が、足元のビルが倒壊し悲鳴を上げて落下する。

 

 機械鎧たちは迅速な判断で散開して避けた。

 

「逃げるなああぁぁ!!」

 鉄槌が、より射程の長いハルバードに変化し、粘液の矛槍が敵勢を薙ぎ払う!! 

 ……周囲の味方ごと。

 

「うわー!?」

 近くで待機させておいた虎の子の戦車が空中に巻き上げられ、中の人たちをシェイクする。

 

 機械鎧たちは跳躍し、普通に回避した。

 

「はあ、やれやれ」

 その光景を見て、夏芽はなぜ自分がここに寄越されたのか悟った。

 ちなみに、巻き添えになった味方は彼女がとっくに救出済みである。

 

「ぜぇったいに、ぶっ殺してやる!!」

 殺意をむき出しにして、魔法少女ジェリーは粘液の塊を空中に放り投げた。

 

 彼女の魔法は、液体を粘液に変え、性質や物理法則を無視して操ることだった。

 だから、こんなことも出来る。

 

「今度こそ、死ねええぇぇぇ!!!」

 粘液が高濃度の酸性に変化、さながらマップ兵器のごとく硫酸の雨となって地上に降り注ぐ!!! 

 

 どかッ、ばきッ、峰打ち!! 魔法少女ジェリーを倒した!! 

 

 ……降り注ぐ前に、夏芽がジェリーの意識を刈り取った。

 

「おお、これはこれは。この間は魔王様の城で世話になったのう!!」

 ぐったりと気絶したジェリーを担ぐ夏芽の前に、ジェット噴射で飛行する機械鎧が下りて来た。

 

「この子、いつもこうなんですか?」

 思わず真顔で、夏芽は尋ねた。

 

「はははは、まさに儂の孫、というわけじゃな!! 

 ──あとこれは先日の御返しじゃ!!」

 機械鎧の左手が瞬時にドリルに換装され、高速回転しながら二人まとめて穿ち貫こうと迫る!! 

 

「ドォォォオオオリィィィィルゥゥゥ、クラッシャ──!!!!」

「えい」

 やたら濃い巻き舌でドリルを放つ四天王を、夏芽は蹴り上げた。

 

「ぎょええええぇぇぇ!!!」

 老人の乗る指揮官機は、そのまま魔王の座す円盤まで飛んで行った。

 

「ああ、社長……どうします、専務?」

「どうするもこうするも、まずはこうだろ」

 取り残された機械鎧たちは、顔を見合わせると一斉に夏芽の前に並んだ。

 指揮官の敵討ちかと思いきや。

 

「どーも!! 社長が失礼しました!! 

 我々、こう言うものです!!」

 全長五メートルはあるゴツゴツのパワードスーツを着ているとは思えないほど、折り目正しいお辞儀と共に名刺を一斉に差し出してきた。

 

「あ、これはご丁寧にどうも。

 こちらは生憎名刺を切らしておりまして」

 夏芽も丁寧に対応した。

 

「恐縮ですが、此度の被害は全てこちらの事務所に請求して頂ければ──」

 と言ったやり取りの後、残り九機のパワードスーツの部隊は撤退していった。

 

 気絶している人間たちの中で、一人取り残された夏芽は渡された名刺に目を落とす。

 

 そこには、『真・楪グループ 専務取締役』という役職や氏名や連絡先が書かれていた。

 

 

 

 §§§

 

 

「やっぱりこうなったか……」

 仲間たちの無残な姿に、涙する佐官の哀愁漂う背中が貰い泣きを誘う。

 

「あれ、どういうことなの?」

「ジェリーの両親は、当時自分の会社から創業者を追い出し、経営権を獲得したのですが、……その創業者が魔王の後ろ盾を得て報復し倒産。

 彼女の両親は、彼女と共に入水自殺を図るも、あの子だけが生き残ったのです」

「ああ、つまり……」

「ええ、ジェリーは、彼女は両親の仇を討つために、実の祖父を殺そうとしているんですよ」

 これには、性格破綻者のメイリスもやれやれと肩を竦めた。

 

「愚かしい、復讐の連鎖ね」

「私もそう思います」

 画面の向こうの、更地と化した(主に味方の所為で)市街地を見ながらそんな感想を漏らす二人だった。

 

 

 

 




今回にて、魔王四天王は全て判明し、味方組織の魔法少女も残すところあと一人と、描写だけが一人となりました。
ちなみに、今回は勿論人類側の負け判定です。是非も無し。

次回はネタが思いついたので、もう一度アウトサイダー君が日本に混乱を巻き起こします。
あと、魔法少女フェアリーサマーの活躍度合いをアンケートしたいと思います。
ご協力くださると、幸いです。


次回予告

それはコンプレックス、僻み、そして憎しみ。
呼び寄せられた百人の男たちに、魔王四天王アウトサイダーの魔の手が迫る!!

次回、『魔法少女VSイケメン軍団』

失望者は期待する。どうしようもない奴らが、あい変わらずどうしようもない連中でしか無いという事を。

それではまた、次回!!


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魔法少女VSイケメン軍団

「ひいひい、まったく容赦のないガキじゃわい」

 這う這うの体で老人が帰還した。

 不意打ちをしたのに見事に夏芽に返り討ちに遭って。

 

「じいさん、勝負に焦ると小物っぽさしかでないぜ?」

 談話室でスマホを弄ってくつろいでいる和夜が皮肉気に笑う。

 

「勝ちは勝ちじゃからいいんじゃい!!」

 そう、彼の言う通り、今回は彼の判定勝ちだった。

 この魔王の持ちかけたゲームは、地上に事務所を構えている魔王の運営サイドが審判を務める。

 そしてそのような結果になった。

 

「儂は次の予告動画を撮らねば。

 坊主は次の手は考えておるのかい?」

「考えてるわけないじゃん」

 元々、和夜は、アウトサイダーは四天王の中で最も活動が消極的だった。

 彼は他の面々と違って積極的に地上に干渉する動機を持たない。

 

「でも前回みたいにヌルいのは無しだぜ?」

 その声に、二人はギョッとした。

 談話室の片隅に、黒いローブの女がいた。

 

 彼女はクリスティーン。“悪逆”のクリスティーン。

 並行世界の住人たるティフォンも含めて、四天王の男どもは全員日本人だ。

 だが彼女は純粋に、魔王と同じく地球の如何なる人種とも異なる完全な異世界人。

 その上、その活動は謎めいている。

 

 今回、文明の女神の主導で行われている魔王の派遣。

 彼女は二柱の女神のその片割れ、邪悪の女神の神官だ。

 四天王の男どもが魔王にスカウトされた人材なら、彼女は最初から魔王と共にこの世界に派遣された人間だった。

 

 女神の使徒たる魔王が絶大な力と権力を有する存在であるように、その女神に仕える神官達も無数の世界から選りすぐられ、神に認められたエリートだった。

 つまりこのクリスティーンも、神に選ばれた神官に相応しい人間なのだが。

 

「ぶっ殺す、って言ったなら最後まで貫き通せよ。

 我が神はその中途半端さを嫌うぞ。ぎゃはははは!!!」

 この女、どう見ても育ちの悪さがにじみ出ているのである。

 神官と言うよりギャングの下っ端と言われた方がしっくりくるほどだ。

 

「覚悟が無いなら最初から何もするなよ。

 臆病者にはそれがお似合いだ」

 だが、彼女の指摘は本質を突いていた。

 

「ふん」

 和夜は顔を逸らした。

 図星を突かれただけでなく、言い返す度胸も彼には無かった。

 悲しき陰キャの性だった。

 

「我らが大いなる至高の女神、メアリース様は人間の輪廻転生さえも管理していらっしゃる。

 これはあんまり言っちゃダメなんだが、これってポイント制なんだよ。

 メアリース様の作る社会に貢献すればするほど、来世に特典が付くんだ。

 お前も来世で良い思いをしたいなら、魔王様に尽くすことだな」

 一応文明の女神と合わせて二柱に仕えていることになっているこの神官はそんなことを明け透けに口にした。

 

「はッ、そんなネットの三流ファンタジー小説に登場する神みたいなのが、僕らの住む世界の神様とはね!! 

 この世界もそんな下らない小説みたいにゴミ同然なわけだ!!」

 顔を合わせないまま、和夜は虚勢を張って皮肉を言った。

 そんな彼を、クリスティーンは生暖かく見ていた。そう、まるで昔の自分を見ているかのように。

 

「当然だろう。メアリース様は、ああ、あの御方は地球世界出身だったな。

 こちらでの正しい呼び名、メアリー・スー。その名の意味を私はこの地球で初めて知ったが、酷い由来だよな!! まあ、それを分かっていて、そう自ら名乗ってる御方だよ」

 まさに、人間の傲慢を凝縮し、その愚かさも体現した偉大な女神。

 

「人間の文明そのものを司り、文明そのものたるかの至高の御方が、人間の生み出した輪廻転生と言う概念を管轄しているのは当然のことだ」

 彼女がやたらと文明の女神を至高と持ち上げるのも、ある種の女神の自虐なのだろう。

 なにせ人間と言う生き物は、他の生物を差し置いて地球の頂点を気取ってる連中なのだから。

 

「……」

 それを理解して、和夜は黙った。

 魔王を派遣したかの女神を皮肉ることがどういうことか、余りにも馬鹿馬鹿しいことを思い出して(・・・・・)しまったからだ。

 

「……あ」

 だが、そこでふと、彼に天啓が舞い降りた。

 まさにそうとしか思えない閃きだった。

 

「ふぃー、やれやれじゃ。

 嫌なもんじゃのう、死んでも極楽が待ってるわけはなく、次の人生で次の仕事の日々が待っておるとは」

 茂典翁はこの世界の残酷な真実に溜息をもらしていると。

 

「く、くくくく、くくくッ」

「いきなり、どうしたんじゃ?」

 和夜は、肩を揺らして笑っていた。

 

「──次のアプローチが決まったんだ」

 その邪悪な笑みを見て、茂典翁は思わず固まった。

 ただ、クリスティーンだけは優しく微笑んで彼を見ていた。

 

 

 

 §§§

 

 

 さて、今日は平日。その真っ昼間。

 上位者対策局に所属する魔法少女たちは、今日も出勤していた。

 

 なにせ彼女たちは貴重な戦力である。

 魔王が人命を賭けた以上、のんきに学校に行っている暇など無い。

 だがそれは、国家機関として教育を怠るわけではなかった。

 

「今日は、日本の経済問題について学びましょう」

 千利が、わざわざ広い会議室を使って、テーブルの前に座る二人に言った。

 教師の資格持ちなど対策局に探せば幾らでもいるが、今回の授業内容で万が一が起こりうるため彼女が教鞭を振る。

 

「魔王が来て以来、この五年ほど日本の経済は不景気から脱しつつあります」

 奇妙な話だった。

 この地球にやってきて、破壊と混乱を齎している筈の魔王が来てからの方が、景気が良くなっているというのだ。

 

「その理由を、答えられますか?」

「あれですよね、魔王がこちらの被害を補償をしてるからでしょ?」

 テレビでやってました、と水無瀬が答えた。

 

「そうです。魔王はあくまで異世界の住人。

 最初こちらの貨幣なんて持っているはずも無く、無尽蔵にこの世界のお金を生み出せるわけでもない。

 ではどうしているのか、と言いますと」

 千利は部屋を暗くし、スクリーンに機械で映像を映した。

 

『わははは!! 儂は魔王様の眷属!! 

 お前たちが上位者と認めた魔王様の配下、故に儂は“上位国民”と言うわけじゃ!! 

 だから何をしようとも捕まらないのじゃ~!!』

 

『おおっと、機械が暴走してビルが~~!! 操作を間違えたわけじゃないぞ。

 儂は悪くないんじゃ、これは事故じゃ、女神様の機械が悪いんじゃ~~!!』

 

 サイバーサングラスをかけた老人が、映像の中で好き勝手にブラックなことを言いながら大暴れしていた。

 茂典社長語録、と映像のタイトルには書かれていた。

 

 水無瀬は眉を顰めたが、もう一人は歯を噛み砕かんばかりの表情をしていた。

 

「そうです、魔王は彼を起用し、自分たちが壊した分を補填する為の資金を調達するようになったのです」

 その仕組みを、別の動画で社長当人が解説していた。

 

『儂が聞いたところ、魔王様が仕える女神様は何万と言う世界を管理しているそうじゃ。

 その中には儂らの地球より文明の発展が遅れている世界もあるらしいのう。

 儂らの会社ではそうした発展途上世界へ食料や医療品を輸出し、その対価に別のより優れた世界から商品を仕入れることができるわけじゃ。

 偉大なる女神様の威光と言うわけじゃな』

 先ほどの映像と打って変わって自分の放送チャンネルで物静かに、視聴者の質問に答えている茂典翁。

 

『あとは儂の伝手を使って売りさばけば、濡れ手に粟のごとくぼろ儲けよ!! 

 いやぁ、儲かっちゃって困るなぁ、儂らは壊した分を補償の為のお金を作れと言われただけなんじゃがなぁ~!! 

 常に成功をし続けてしまう、儂の才能が恐ろしい!!』

 元々茂典翁はこの日本でも昭和の時代にカリスマ的な経営者だった。

 魔王の協力が無くても、彼は既に成功をしていた。

 

『じゃから、安心して儂の会社の工場で働くと良い!! 

 なにせ、幾ら製造しても供給過多になることが無いからな!! 

 むしろ儂らがどれだけ頑張っても、無数の発展途上世界に食料を供給することは難しいじゃろう。

 というわけで、幾らでも仕事先はあるし、ゆくゆくは儂が以前から計画していた──』

 映像の茂典翁はとある図面を示した。

 

『この真・楪グループプレゼンツ、ユズリハタウン計画を実行するのじゃ──!!』

 それは、彼の長年の夢である都市計画だった。

 元々は土建屋として企業し、成功した彼の最終目標だった。

 

「欺瞞ですわ!!」

 どん、とテーブルを叩いて立ち上がる、水無瀬の片割れ。

 魔法少女ジェリー、またの名を楪 成実。

 この老人の、実の孫だった。

 

「どうせあのクソジジイはお金欲しさに魔王に協力しているに違いありません!!」

「成実ちゃん」

 怒りのまま、気炎を上げる成実に千利は一枚の書類を示した。

 

「じゃあ、これをあなたが払ってください」

 それは、請求書だった。

 つい先日、魔法少女ジェリーが戦闘で引き起こした破壊の結果だった。

 

 総額、しめて十五億円也。

 

「そ、それは……」

「悔しいですよね、屈辱ですよね。

 ええ、わかります。今私も同じ思いですから。

 これを魔王の運営事務所に行って、補償してくださいと願い出るわけですからね」

 千利はイヤミったらしく、彼女を睨みながら言った。

 そう、彼女はかなり怒っていた。

 

「この補償金を誰が稼いでいるんですかね? 

 欺瞞だろうが偽善だろうと、あなたのお爺さんは結果を出している」

 その事実に、惨めな気持ちになる成実だった。

 憎き仇は悠々と莫大なお金を稼いで、破壊以上にこの日本に経済効果を齎していた。

 

 失業者は彼のグループ会社の数々で目減りし、所得は増え、異世界産の商品が出回り始めた。

 魔王たちは世界に混乱と破壊を齎しているのに、結果的に文明の女神がいつもしている仕事をしている。

 文明を与える、という女神の権能は健在だった。

 

「分かったのなら、反省してください」

「……はい、わかりましたわ」

 千利は溜息を吐いた。ここまで言って、ようやく反省を促せたのである。

 彼女は彼女で苦労をしているが、それで周囲の仲間に迷惑を掛ける理由にはならないのだ。

 今も彼女が巻き添えにした自衛隊員が入院中であるのだから。

 

 すると、千利のスマホが鳴った。

 

「はい、どうしましたか?」

「千利さん、魔王の運営事務所の方で新たな動きが……」

「また新たな事業では?」

「それがどうにも違うみたいで」

 千利は首を傾げながらも、電話を切った。

 

 魔王たちと、彼が地上に残した運営事務所は妙な距離がある。

 最近は真・楪グループに大部分を一任しているが、当初はその事務所が仕事の斡旋などの補償について失業者の世話をしていた。

 だから、度々新しい事業を立ち上げていたのだが。

 

 どうやら、今回も何やら動きがあるようだった。

 だからと言って、ある種の中立地帯であるその事務所に何かを出来るわけでもないのであるが。

 

 千利は授業の中断を二人に告げ、オペレーションルームに向かうのだった。

 

 

 

 §§§

 

 

 東京のとある繁華街の一角。

 かつては夜の街と称されたこの町は、ゴーストタウンの如き静けさを保っていた。

 ここは度重なる魔王の軍勢の蹂躙に遭い、そして魔王が置いて行った事務所が存在している為、今は人通りが殆どない。

 

 そして、周辺の邪魔な建物を取っ払ったそこに、魔王の運営事務所が存在した。

 この地球のどの文明とも似つかない未来的なデザインの建物が、地上から魔王の居城へと唯一やり取りのできる場所だった。

 

「だからさー、おたくらの所為で俺のバイクがお釈迦になっちまったんだって!!」

 多くの人間が順番待ちをして補償を待っている中で、一人の男が受付で怒鳴り声を上げた。

 

「承認しかねます」

「だから、なんでだよ!!」

「もう一度ご説明いたします」

 まったく同じ顔の女性が受付に並び、奥でも事務作業をしている異質な光景が、この事務所の日常だった。

 彼女たちは、人造生命体。女神の似姿にして、現身。

 彼女らは事務的に、機械的に対応する。

 

「あなたの損害は、記録にありません。

 故に、補償をすることは致しかねます」

「だ、か、ら!! そんなの誰が見てたんだよ!!」

「我が主上でございます。我が主上は、地上の出来事の全てを把握しておられます」

 幾ら怒鳴られても、眉一つ微動だにしない。

 

「それとも、我が主上を疑いになられますか?」

 それは、事実上の最後通告だった。

 この男はバイクの破損を魔王の所為にして補償金だけをむしり取ろうとしていた。

 

「う……」

 だが、冷徹な視線を感じ取った男は、その無機質な瞳に恐怖を覚えた。

 生物と言うより、ロボットと言われた方が納得できるほど、感情の無い視線だった。

 

「ちッ、わかったよ、クソが!!」

 男が悪態をついて、受付から離れようとした時だった。

 

「もし、ちょっとよろしいでしょうか?」

「なんだよ、結局補償してくれるのかよ!?」

「いえ、事前に記載して頂いた資料によりますと、収入が無く、両親がご健在で、就労経験がございませんね?」

「それがなんだよ!!」

「そう言った方々に社会支援として、こちらのチラシをお渡ししています」

 男が、受付から一枚のチラシを受け取る。

 そこには、こう書かれていた。

 

『今日からあなたは人生の主人公!? 

 ──衝撃の転生お試し企画。

 人生をやり直したい方、大募集!! 

 女神メアリース様の手厚いサポート付き』

 

「はぁ? 転生だぁ?」

「はい、今の人生に、不満はありませんか? 

 境遇が違えば、自分は成功できたと思いませんか?」

 無機質な女が、淡々と言葉を紡ぐ。

 

「そこで、ある方の企画により、先取して転生を実体験してもらおうという試みです」

「転生って言うと、生まれ変わりとかだろ?」

「はい、我が主上は人間の輪廻転生をも司っておられます。

 応相談ですが、容姿や才能も優遇が可能ですよ」

 彼女は事実を口にした。事実しか、口にしなかった。

 

「……本当に、人生をやり直せるのか?」

「勿論です。──なにせ魔王様も、前世はただの人間なのですから。

 世間や社会に貢献し、文明の発展の一翼を担えば、次の来世で更なる優遇もなされます」

 チラシを握り締めている男に、受付は機械的に受け答えをする。

 

「我が主上は、才能、家柄、容姿、人間関係、その全てを与えて下さります。

 あなた方はただ、その期待に応えるだけでよろしいのです」

「や、やる、やってみせる!! 俺はやるぞ!!」

「分かりました。ではこちらの書類手続きをお願いします」

 受付は流れ作業のように、彼に別の書類を渡した。

 

 彼は、この世界の住人は知らなかった。

 文明の女神に対する、他の神域の神々の蔑称を。

 

 神々は言う、彼女を“ディストピアメイカー”、と。

 悪魔は言う、彼女を“猿もどきの手(モンキーハンド)”、と。

 

 その所以を、彼は、彼らは思い知ることになるのだ。

 

 

 

 §§§

 

 

 数日後。

 

「千利さん、主任、暴動です!!」

「暴動!?」

 この対策局、事実上の最高指揮官である佐官位にある自衛官──指揮課の主任が困惑の声を上げた。

 

「どういうことですか?」

「現地に飛ばしたドローンの映像を映します!!」

 オペレーターの言葉に、主任と千利はモニターを見た。

 

「なんだ、これは……」

 千利は絶句し、主任は思わず声を漏らした。

 

 映像には、百人ほどの人間が怒りのまま道を闊歩していた。

 その行く先は、魔王の運営事務所である。

 

 問題は、彼らの姿形だった。

 

 

 銀髪。

 オッドアイ。

 童顔。

 そして、何より──無駄にイケメンだった。

 

 ほぼ同じ背丈の、同じ顔の同じ容姿の人間が、同じ目的地へと向かっていた。

 

「なに、これ?」

 ようやく絞り出せた千利の言葉がこれだった。

 

「あ痛たたた」

「ふ、古傷が……」

 そして二十代半ば頃の職員たちがダメージを受けていた。

 更に、その場に居た夏芽は。

 

「う……うわ……うわわ」

 かつて、中学生特有の病を患ったことのある彼女は白目を剥いていた。

 

「お、音声を拾います!!」

 この光景にたじろいでいたオペレーター達も、作業に戻った。

 

『俺たちを元に戻せ──!!』

『こんなの話と違うじゃないか!!』

『詐欺だろ、こんなのは!!』

『どうしてくれるんだよぉ!!』

 現場は、阿鼻叫喚であった。

 

 彼らはやがて、目的地へたどり着いた。

 

『皆様、お揃いになってどういたしましたか? 

 事務所に訪れる方々のお邪魔になりますので、並んでお待ちください』

 そして表に出て来た事務員の対応もいつも通り機械的だった。

 

『知るか、俺たちはこんなの望んじゃないぞ!!』

『そうだそうだ、話が違うだろうが!!』

 テンプレイケメン軍団の猛抗議を受けても、やはり事務員は眉一つ動かさない。

 

『転生させてくれるなら普通は異世界だろ!? 

 なんで地球のままなんだよ!?』

『当方は一言も異世界に転生させるとは言いませんでしたが』

『百歩譲ってそれは良いとして、なんで全員が同じ姿なんだよ!? 

 普通もっと色々とあるだろぉお!?』

『申し訳ございませんが、企画者の意向です』

『ならその企画者とやらを呼べよ!!』

『現在、対応中ですのでしばしお待ちください』

 怒涛の抗議を、事務員は淡々と対処していく。

 その姿は芸術的でさえあった。

 

『そんなことは、どうでもいい!!』

 やがて、一人のイケメンが涙ながらに叫んだ。

 

『俺は家に帰ったら、誰も俺を俺だと分かってくれなかった!! 

 どれだけ説明しても、持ち物や身分証を見せても!! 

 実家の前で泣き叫んでも、俺を俺と認識してくれなかったぁああ!!」

 絶叫だった。

 魂からの悲痛の叫びだった。

 

 

『当然じゃありませんか』

 だが、事務員の対応は無機質そのものだった。

 

『転生とは、一度死んで生まれ変わること。

 かつてのあなた達は、前世に過ぎません。その関係を、今生に持ち越せるわけがありません』

 何を当たり前のことを言っているんだ、と言わんばかりに彼女は小首を傾げた。

 

『ふ、ふざけるなぁあああ!!』

 余りにも無情な返答に、彼らは激怒した。

 

『さっさと俺たちを、元に戻せ!!』

『家に帰れなくなるなんて、俺は聞いてないぞ!!』

『この詐欺師が!!』

 彼らは必死だった。

 家から追い出され、それどころか自分を証明するものなど何一つない。

 身分証や戸籍も無意味になった。

 彼らは無一文で、名前も顔も奪われて、外に放り出されたのだ。

 

『それは、我が主上の恩恵に不満が有るという事でしょうか?』

『当然だろうが、このアマぁ!!』

『あの魔王の女神に願ったのが間違いだったんだ!!』

『こんなことになるなら、最初からこの話は受けなかったわ!!』

『なるほど』

 イケメン達の言葉を受け、事務員は頷き。

 

『本来なら、リコール対応するところですが、今回は企画担当の意向により恩恵剥奪をさせて頂きます』

 すっと、一番近くにいたイケメンを指差した。

 

『うッ、……うきゃ?』

 彼は身動ぎすると、ポカンとなって。

 

『うきゃ、うきゃきゃ!! うきゃ、うきゃ!!』

 まるで、猿のようにふるまい始めた。

 あれほど怒り狂ったイケメン達が、ゾッとしたように静まり返った。

 

『我が主上は、文明の女神。その恩恵が要らないということは、その知性も、文明社会で暮らすことも、不必要という事』

 事務員は、女神の現身は、その化身は淡々と、冷酷に告げた。

 

『なぜなら、この世界もあなた達の人生も、我が主上に与えられた物に過ぎないのですから』

 全ては、女神の掌の上。

 

『ほかに剥奪対応をなさりたい御方はいらっしゃいませんか?』

 静まり返った事務所前に、知性を失ったイケメンだけがウキャウキャと笑っていた。

 

『それでは、あなた達のより良い新たな人生を、我が神に代わってお祈り申し上げます』

 事務員は、それだけ伝えると事務所に戻って行った。

 残ったのは絶望の淵に叩き落された、イケメン達だけだった。

 

『ぷッ』

 そんな連中を、嘲笑う者が現れた。

 

『あははははははは!!!』

 かの者は、魔王四天王。

 “失望者”アウトサイダー。

 

『お前らホントに、バカだよねぇええ!!』

 手を叩いて、宙に浮かぶ悪の魔法使いは大笑いする。

 

『新しい人生? お前らみたいな親の脛を齧るだけの社会のゴミが、新しく生まれ変わった程度で何か変わるはずもないだろ!!』

『ま、まさか……』

『そうだよ!! 今回の転生お試し企画の、企画立案したのは僕だよ!!』

 彼はわざわざ、このイケメン達が絶望する表情を見にやって来たのだ。

 

『どうだい、常日頃ひがんでるイケメンに成れた気分は!! 

 どうせ変わらないよ、生産性の欠片も無い、どうしようもない連中から、お前たちは選ばれたんだからね!!』

 しかもわざわざ両親が健在な人間だけを狙った、悪魔の所業だった。

 

『さあ、イケメンに生まれ変わった、才能あふれる若人たちよ!! 

 ──観念して働けよ。もうお前たちを守る両親も、自分の部屋も無いんだからな!!』

 悪意の塊が、絶望するイケメン達にぶつけられる。

 

『僕はちゃんと期待してるよ!! お前たちが結局何も成せず、何もせず、生まれ変わってもどうしようもないゴミのまま日本の寒空で死んでいくのをさ!!』

『だ、騙したのか、この人類の裏切者が!!』

 涙を流し、地に膝を突くイケメンの絵になる光景で、一人が叫んだ。

 

『はあ? 都合の良い時だけ仲間面するなよ。

 僕は確かに人類の裏切者だと名乗ったけど、僕は人間社会の一員だと思ったことは一度も無いよ。

 それに僕は、ちゃんとお給料をもらって働いているんだ。お前たちとは違うんだよ、バーカ』

 邪悪に笑うアウトサイダーは、しかしここでニヤリと笑った。

 

『でも、僕も鬼じゃない。

 事前に説明があったんじゃないか? 

 そう、君たちには膨大な魔力(なお、この世界で男は魔法を使えません。僕は例外)と、もう一つの転生特典が!!』

 わざわざ括弧の内容まで口にして、アウトサイダーは唇を釣り上げる。

 

『その名も、ニコポナデポ!! 

 君たちイケメンが微笑んで頭を撫でると、その女性は君たちにたちまち惚れちゃって言いなりになっちゃうわけだ!! 

 無一文で寒空の下に放り出されるのは流石に可哀そうだから、僕が女神様に頼んであげたんだよ』

「んなッ」

 その最低最悪な事実に、千利は言葉を失った。

 

『じゃあ、諸君。期待通りの働きを上から見させてもらうからね!!』

 そうして、アウトサイダーは消え去った。

 

「な、な、な……」

 主任もあまりの事に言葉を失っていた。

 洗脳能力を持った暴徒が百人、この町中に解き放たれようとしている事実に。

 

「すぐに彼らを保護しろ!! 

 こちらの戦力を連れて、抵抗するなら力づくでも構わん!!」

「こんなのアリですか……」

 余りに理解を超えた状況に、千利は頭を抱えた。

 

「……可能な限りはやりたくはないが、今の話を聞くに連中は法律上日本国民ではない。

 都民に何らかの危害を加えるなら発砲もやむ無しと伝えろ!!」

 主任の冷徹な指示が飛び、オペレーター達も各所に連絡をいれる。

 

「私は特殊局員の指揮を執ります」

 千利の担当は、魔法少女の運用だ。

 その点は主任とは立場が違う。

 

「最悪の事態にならないといいが」

 彼の言葉は、生憎と神には届かなかった。

 もう既に、暴徒たちが略奪を始めようとしているのだから。

 

「魔法少女ドライフレア、ジェリー、出撃の準備をしてください!!」

「あまり多用したくはないが、最悪の場合はドールズハートも動員させろ」

「分かってます」

 余りにも無慈悲な、アウトサイダーの策略。

 その対応に、誰もが動かざるを得なかった。

 

「行くの、夏芽」

「あのどうしようもない連中を助けるの?」

 イケメン軍団が登場したあたりからずっと大爆笑していた二人の妖精が、踵を返した夏芽に問う。

 

「私が助けるのは、一方的な暴力に晒される無力な人たちだけ。

 そうでしょう?」

 彼女は妖精二人にそう告げて、千利を見やる。

 

 彼女は目礼だけをして、己の師を見送った。

 

 

 

 




ここ、ハーメルンで二次創作を読み漁ってる皆様なら、一度くらいはテンプレイケメン転生者を見たことが有るのでは?
私がかつて、理想郷に投稿してた頃にはこのテンプレを皮肉る小説があったぐらい今では古いタイプのオリ主ですね。

今回の話から、オリジナル作品ながら、オリ主のタグを付けさせてもらおうと思います。
次回、いよいよあのイケメン軍団と魔法少女たちが激突する!!
ではこうご期待!!


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イケメン達の蜂起

 

 

「あっははははは!!」

 四天王が集う魔王の玉座に、アウトサイダーの笑い声がこだまする。

 備え付けのモニターには、地上の混乱が映し出されていた。

 

「えぐいことをするなぁ」

 最近新作に取り掛かっていて自分のラボに引きこもりがちなティフォンは彼の引き起こした事態に若干引いていた。

 

「まさか、やり過ぎとか言わないよね? 

 僕は日本社会のゴミを掃除しただけだよ。

 親の脛を齧るだけしかしない、労働意欲の無いニートどもだけを狙ったからね!!」

「よくわからんのじゃが、心の病気などで就職が困難な人間もいるのではないか?」

「そういう人間はそもそもこんな手には引っかからないから!! 

 これは外に出る気力がある上で働くつもりが無い奴だけを転生させたんだ!!」

 まさに、悪意に満ちた狙い撃ちだった。

 真の意味での弱者を狙ったわけではない、と分かると茂典翁もふむと唸った。

 

「素晴らしい。メアリース様もお喜びだろう。

 あの御方は勤労意欲の無いニートを社会悪として毛嫌いして、強制的に更生させようと積極的だからな」

「どことなく事務員が塩対応だったのはそう言う理由か」

 手放しで称賛するクリスティーンを見て、先ほどの光景に納得がいったティフォンだった。

 

「あははは!! もっと暴れろよ、暴れて暴れて、女神様からも失望を買うと良い!! 

 お前たちの価値の無さをお前たち自身で証明するんだよ!!」

 アウトサイダーが暴徒と化した連中を嘲笑う。

 そして、女神にも見放された者の行く末は──地獄行きだ。

 

「アウトサイダーよ、お前の悪行を我が母は称えるだろう」

 玉座に座す魔王は、退屈そうにひじ掛けに頬杖を突きながらそう言った。

 

「そして、もう言う意味などないだろうが、かつての失言を詫びよう」

「失言? なんのことです?」

「……いや、いい。それより、特等席で見なくても良いのか?」

「そうだね。もうちょっとあいつらをおちょくってくるよ」

 アウトサイダーは上機嫌に、転移魔法で消え去った。

 

「ああ。別れぐらい、済ませるがよい」

 そう呟いて、魔王ハーレはゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 §§§

 

 

 魔法少女二人が自衛隊の装甲車で現場にたどり着いた時には、そこはもう修羅場だった。

 

 連絡が行っていたのか、先に到着していた警察隊がシールドと特殊警棒を装備し、イケメン達と格闘していた。

 優勢なのは、意外にもイケメン達だった。

 

「あいつら、妙に強くない?」

 自衛官たちが装甲車から外に展開するのを見届け、外を観察する水無瀬がそう口にした。

 そう、暴徒と化したイケメン達は、なんと武装した警察隊とまともにやり合って競り勝っていた。

 転生云々を抜きにしても喧嘩さえしたことが無さそうな引きこもりどもが、警察隊を殴り飛ばしていた。

 

『おそらく、彼らのあまりある魔力が身体能力を活性化させているのでしょう。

 普通に魔法を使うよりも更に非効率だけど、常人には出せない怪力を発揮させることぐらいわけないわ』

 腕に付けた腕輪型の通信装置から、小さなメイリスの立体映像が出現し、そのように推察した。

 彼女が魔王の使っている立体映像を解析して作り上げた装置は、もはや近未来のアイテムだった。

 

「魔法が使えないのに魔力があるなんて意味ないと思ったけど、流石は雑魚のままだと意味ないと思ったのかしら」

 まさに、違法改造(チート)だった。

 そして哀れなことに、現代社会に疲れた人間なら誰もが羨むだろう神様転生を果たしたのに、魔王が雇っているアルバイトの戦闘員たちより雑な兵隊として扱われているのだ。

 

『とりあえず、一応投降を促して。

 素直に従うのなら、危害を加えるつもりも無いし、こちらで保護するとも』

 立体映像が千利に切り替わり、二人に指示を出した。

 

「はーい、……気が進まないなぁ」

「わたくしも。あのクソジジイ以外どうでもいいですし」

 そして二人のテンションも低かった。

 四天王でも怪獣でもない、こんな中途半端な連中にやる気などでなかった。

 

「あー、てすてす。暴徒の皆さん。

 こちらは上位者対策局。あなた方の保護の用意は出来ています。

 今投降するのなら、こちらに危害を加えるつもりはありません」

 水無瀬はメガホンを持って、警察隊を伸した暴徒たちに告げた。

 彼女らの左右には銃口を向けた自衛隊員たちが展開しており、発砲も辞さない構えだ。

 

「うるせぇ、国家権力が何をしてくれるってんだ!!」

「もう俺たちは終わりなんだよ!! 好き勝手して何が悪い!!」

「お前らもぶっ飛ばされたいのかよ!!」

 暴徒たちは、既にやけっぱちだった。

 水無瀬達の提案を受け入れる余裕など、初めから無かった。

 

「じゃあ、人間としてではなく、害獣として死ねばいいじゃない」

 やる気の無い水無瀬はメガホンを下ろして冷たくそう言った。

 

「誰が害獣だ、権力の犬どもが!!」

 すると、イケメン暴徒たちが彼女らに向かって殺到する。

 

「えーと、そっちの命令は市民に危害が加えられそうになったら撃てだっけ?」

「あ、ええ、はい」

「じゃあ、弾代の税金を節約させるとしますか」

 水無瀬は自衛隊員の首肯を確認すると、成実に目配せした。

 

 瞬間、魔法の光が二人を包んだ。

 

「冷たく乾いた心の地平に、悪を憎む炎が燃え上がる!! 

 ──魔法少女ドライフレア、ここに参上!!」

「喉に粘つくこの怒りを糧に、憎悪の蕾が花開く!! 

 ──魔法少女ジェリー。ここに参上ですわ!!」

 そして二人の魔法少女が、そこに立っていた。

 

「ま、魔法少女だ!?」

「どッ、どうする!?」

「待て、あれを思い出せ!!」

 暴徒たちも、この容赦のない二人の登場に気圧され、ひそひそと相談を始めた。

 そうして。

 

「君らは、どうせ政府に言われて無理やり戦わされているんだろう!?」

「はあ?」

「無理に戦う必要なんてないんだ!! 

 国家権力なんかに従って、君たちは幸せにならないよ!!」

「俺たちと一緒にいこうぜ!!」

「そうだ、一緒に逃げよう!!」

 イケメン達は精一杯の笑顔を向けて、二人に語り掛けた。

 生憎と、彼らの思惑なんて透けて見えていた。

 

「あのさ」

 その上で、水無瀬は──魔法少女ドライフレアは呆れたようにこう言った。

 

「それって、誰の言葉? 

 少しは自分の言葉で話したらどうなの?」

 それは、それは、それは。

 

「ただでさえ、誰が誰だか分からないだからさ」

「う、うるせえええええええええええええええええええぇぇぇぇぇ!!!!」

 自分、と言うモノを持たないからこんな目に遭っている彼らの、逆鱗を、地雷を踏みにじる言葉だった。

 

「このクソガキッ、お前に何がわかんだよ!!」

「分かってもらえる何かなんて最初から無い癖に図々しいですわね」

 ぼそり、と成実が──魔法少女ジェリーは憐れむようにそう言った。

 

「うるせえんだよ!! こうなったら無理やりいう事聞かせてやる!!」

「やってみれば?」

 ドライフレアの全身が、凍てつく冷気の炎に包まれた。

 彼女がすっと腕を振るうだけで、周囲に炎が撒き散らされる。

 

「ぎゃああぁぁ!!」

 暴徒たちは冷たい炎に焼かれて倒れた。

 

「うわ、ザコッ」

 彼らは弱かった。思わずドライフレアが引くくらいには。

 だが、それだけでは無かった。

 

「くく、くくく……」

「よくもやってくれやがったな!!」

 イケメン達はなんと、ゆっくりと立ち上がったのである。

 

「あれ、火力が低かったのかな?」

 ちゃんと手ごたえはあったのに、何事も無かったかのように起き上がるイケメン達を見て彼女は小首を傾げた。

 

「ふ、ふふふふ、俺たちに与えられた能力は一つではない!!」

「その名も、ギャグ補正!! 

 二次創作特有の色目を使うチート主人公に業を煮やしたヒロインが、必殺技でしばいても次のシーンには何事も無かったかのように復活するあれよ!!」

「なんでもっとましな能力くれなかったの……」

 それゆえに、イケメン達はゾンビのように復活したのである。

 それを見た二十代半ばの自衛隊員が、あるある、と納得したように頷いた。

 

「どうする?」

「回想シーンでも入れればいいのでは?」

「じゃあそうしようか」

 ドライフレアは、欠伸をしているジェリーの言葉を受けて頷いた。

 そして、彼女は普段付けている手袋を外した。

 

 そこには、痛々しい火傷の痕が残っていた。

 

 

 

 §§§

 

 

 今でも、この力を使うたびに思い出す。

 

 燃え盛る、生家。

 それを必死に消そうと、誰かに助けを求めようとすることさえ忘れて水を燃える壁にぶつける私。

 

 燃える、燃える。

 早く、早く。

 

 早く、早く、──全部燃えてしまえ、と内心嗤いながら。

 

 そうして、私は降って来た燃えた木片が手に当たり、痛みにのたうち回った。

 

 私が、両親を亡くした日。

 

 

「──なんで今更、罪悪感なんて抱く必要があるんだ?」

 この世の者ではない、あの女に遭った。

 

 

 §§§

 

 

「天国のお母さん、お父さん、見ててね!! 

 ──私、悪い奴をやっつけるよ!!」

「お前いったいどんな回想したらそんな表情で嗤えるんだよ!!」

 イケメン達の指摘の通り、ドライフレアはとてもじゃないが過去の苦難を糧に敵に立ち向かおうという表情では無かった。

 

「ちッ、なんでツッコむのよ。シリアスシーンが台無しじゃない」

「お前わざとやってるの!?」

「ドライフレア、もういいでしょう」

「はいはい、そうね」

 実はこの二人、能力が相反している割に、相性は悪くなかった。

 

「それッ」

 ジェリーが2リットルペットボトルの天然水の中身を粘液に変えて操り、その性質を変化させた。

 異臭を放つようになったそれを、イケメン達にぶちまけた。

 

「うわッ、なんだこれ!?」

「この臭い、ガソリンか!!」

 そう、粘性の高い、可燃物だった。

 

「死ね、害獣」

 その粘液に、ドライフレアの炎が着火する。

 

「うぎゃああああああ!!」

「これ、マジでシャレにならんって!!」

「おごごごごご、息ががががが!!」

 イケメン達は全身が燃え盛り、凍てつきながら致死ダメージと復活を繰り返す。

 彼らはナパーム弾の直撃を食らったかのように、科学的に極めて消えにくい炎で焼かれ続けた。

 

 ドライフレアの炎は、冷気と乾燥を齎す以外、その性質は通常の炎の性質に準拠している。

 だからこのような殺意の高い合体技が成立するのだ。

 

「倒しても復活するなら、延々と燃やし続ければ良いじゃない」

 追加で粘性ガソリンを投げ入れるジェリーを横目に、ドライフレアは芋虫のようにのたうち回るイケメンどもを嘲笑う。

 なお、自衛官たちはドン引きしていた。

 

「他にも何グループかいるみたいだし、そいつらもこうやって無力化しましょう」

「そうですわね」

 延々と生き地獄を繰り返させられているイケメン達を尻目に、対処法を確立した魔法少女二人は次の戦いへと赴く。

 

 ここで無力化したのは、精々五人程度。

 暴徒はまだまだ居るのだから。

 

 

 §§§

 

 

 ところが、残りの暴徒を鎮圧しようとした二人が待ち受けていたのは予想外の光景だった。

 

「あの、フェアリーサマーさん。これどういうことですか?」

 ジッとその光景を見守っている夏芽に、水無瀬が尋ねた。

 

「見ての通りだと思うけど?」

 夏芽は、肩を竦めた。

 あらためて、二人は目の前の光景を正しく認識しようとした。

 

 銀髪オッドアイ童顔のイケメン達が、お互いに争っていた。

 

「てめーら、なにしやがるんだよ!!」

「あんたらのことを見過ごせないからだよ!!」

「邪魔するんじゃねーよ!!」

「違う、お前たちが、俺らの邪魔をしてるんだよ!!」

 まるで、喧嘩をするのも初めてと言わんばかりの、素人の殴り合いだった。

 

「みんな!! 負けるんじゃない!!」

 

 それは、偶然か、いや必然だった。

 

 どうしようもないニート百人に、一人だけ。

 

「俺たちは笑われっぱなしでいいのか!! 

 あいつの言う通り、どうしようもないままで終わるのか!! 

 俺たちは同じ境遇を共にする仲間だ!! なら、俺たちが俺たちの為に、同じ境遇の仲間を止めるんだ!!」

 真の、イケメンが混じっていた。

 

「お前たちは、前世じゃ誰も殴ることなんて出来なかった!! 

 そんな勇気も持てなかった!! だけどな、今お前たちは正しいことをする為に拳を振り上げた!! 

 誰かを殴りたいという気持ちじゃなく、仲間の暴挙を止めようと立ち上がった!!」

 熱い、暑苦しい男だった。

 金太郎飴のようにどこを見ても同じようなイケメン達の中で、ひと際目立っていた。

 

「彼らの暴挙を許して良いのか!? 

 そうなったら、それこそ終わりだぞ!! 

 俺たちはみんな同じ顔だ、同じ姿だッ!! 世間はここで酷いことをした連中だと、俺たちを見るようになるぞ!! 

 そうなったら前世より更に惨めに生きることになる!!」

 熱く皆を鼓舞する真のイケメンに、殴りかかる別のイケメンが居た。

 だが、真のイケメンは元々武術の心得があるのか、あっさりと組み敷いて、関節を外した。

 

「誰だって、戦うのは、立ち上がって意見を言うのは怖いさ!! 

 お前たちは一人だったかもしれないが、少なくとも俺はお前たちの味方だ!! 

 俺は仲間を見捨てないぞ、この騒乱の責任だって俺のせいにしても構わない!! 

 俺は逃げないぞ、これを見ろ!!」

 真のイケメンは袖をまくり上げると、足元から鋭利な石を手に取り腕を傷つけた。

 血が滴るその腕を掲げ、彼は“自ら”を証明した。

 

「俺たちは生まれ変わったんだ!! 

 なら、もうかつての自分はいないんだ!! 

 俺と一緒に歩もう、俺と一緒に変わって行こう!! 

 卑屈で何もしない言い訳だけをする人生なんてもうまっぴらだろう!!」

 元々、自暴自棄になったイケメン達は全体の三割程度だった。

 残りは何かをする気力なども無く、呆然と事務所の前で立ちすくむことしかできなかった。

 

 彼らに働きかけ、自暴自棄になった者たちを止めようと呼びかけたのがこの真のイケメンだった。

 彼にはカリスマ性があった。

 一緒に居れば何でもできる、と信じさせる何かがあった。

 

「はぁ……萎えるんだけど」

 そして、自暴自棄になったイケメン達を鎮圧した、真のイケメンとその仲間たちが息も絶え絶えになっていると。

 失望者が、心底失望した様子で虚空に現れた。

 

「お前らはどうしようもないゴミの分際で、なにを感化されちゃってんの? 

 どうせ一時のノリに惑わされてるだけじゃん。

 馬鹿馬鹿しい。どうせ何もできないくせに、しようともしないくせに」

「訂正しろ」

 だが、真のイケメンは空に浮かぶアウトサイダーを睨んだ。

 

「悪に走ろうとした者を止めようと思ったことが、どれだけ大変なのかわかるのか? 

 お前がどうして彼らを嫌うのか、それは同族嫌悪だからだろう!!」

 真のイケメンの啖呵に、アウトサイダーは言葉を詰まらせた。

 

「お前はどうなんだ、魔王に唯々諾々としたがって、自分は在るのか!? 

 悪を止めようと、勇気を振り絞ったことはあるのか!? 

 無いのなら、お前に彼らを笑う権利はない!!」

「ああそう。だから?」

 心底どうでも良さそうに、玩具に興味を失ったかのようにアウトサイダーは白けた表情をしていた。

 

「そこまで言うなら、今回は君らの勝ちで良いよ。

 僕は他のゴミクズを使うだけだし。お前らみたいなゴミはこの世にまだまだ腐るほどいるからね」

 彼は唇を釣り上げて、笑った。

 ここでこの真のイケメンが勝利をもぎ取ったところで、何の意味も無いことを知っているからだった。

 

「……お前の家族は、悲しむぞ」

「生憎だけど、僕の家族は全員死んでるよ」

「そう、か。そうだったな」

 真のイケメンは物悲しそうにゆっくりと目を閉じた。

 彼が目を開けた時、アウトサイダーは虚空から消えていた。

 

 

 §§§

 

 

「リーダー、見てくれよ!!」

 対策局に保護されたイケメン達は、その処遇が決まるまで大部屋に押し込まれていた。

 暇を持て余していた一人が、キレのいいダンスを披露した。

 

「お、すごいじゃないか!!」

「へへへ、前世じゃブサメンピザデブだったけど、この体ならアイドルにでもなれるかもな!!」

「なら俺、ギター弾けるぜ!!」

「俺はガキの頃にピアノやってたぜ!!」

「いっそのこと、ビジュアル系バンドでも組むか?」

「いいな、それ!!」

 一部のイケメン達は、これからの未来について希望を持ち始めていた。

 

「リーダーは、これからどうするんだ?」

「俺たちは、リーダーに付いて行くぜ!!」

「ああ、俺はリーダーに惚れた!! 兄貴と呼ばせてくれ!!」

「兄貴、か」

 リーダーと呼ばれている真のイケメンは、ほろ苦そうに笑った。

 

「俺がこれからどうするか、それは決まってるさ」

 

 

 

 

 数日後、対策局のオペレーションルームにて。

 

「今日から、魔王と戦うチームの一員として今日を以って対策局所属として共に戦うことになった。

 名前はまだ決めてないが、俺たちの部隊名は決まっている」

 真のイケメンと、それに付き従う約三十名のイケメン達が揃って敬礼した。

 

「俺たちは、リクルート隊。

 訓練、雑用、実働まで、ビシバシここで働かせてくれ!!」

 イケメン達は拍手して自分たちを歓迎してくれる局員たちに輝かしい笑顔を向けたのだった。

 

 

 

 




こうして、雑に使われる肉壁要員ができましたとさ。

彼らはこれから、本当のイケメンとなるべく切磋琢磨することでしょう。
彼らのリクルート隊は、当然リクルートスーツから来てます。
あれはスーツでは無く、中身を見てほしいという意味合いがあるそうです。
彼らの中身を見てくれる人たちが現れるかどうかは、彼らの行いが決めることでしょう。

ではまた次回。

まだ、イケメン騒動は終わってはいない。


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メイリスと女神

 

 

 

 時は少し遡る。

 

 その日、上位者対策局は緊張に包まれていた。

 

「本当に、彼女を味方に引き入れるんだね」

 局長が脂汗をハンカチで拭いた。

 そこには緊張だけでなく、恐怖も入り混じっていた。

 

 今日は、あの女を迎える日だった。

 

「メイリス・アイリーン。二十四歳。

 所有する魔法はマテリアル・アルトレーション。まあ所謂、物質の変質ですね」

「だが、とっくに“卒業”しているのだろう?」

 資料を確認する千利に、主任が同じものを見ながらそう言った。

 

「彼女の恐ろしさは、そんな表面的な話ではないと思うわよ」

 夏芽は別のページを見ていた。

 そこには、メイリスの仕出かした所業の数々が記されていた。

 

「魔法所有者十七人を人体実験の末に殺処分」

「魔法の発現についての法則を解明。その際に、孤児百名を確保し苛烈な精神的苦痛を与え、およそ六割が魔法を獲得した」

 人道、道徳、そんな言葉が一切彼女の辞書には登場しなかった。

 軍部の権力を笠に着て、やりたい放題をするマッドサイエンティスト。

 その功罪どちらもが、余りにも深すぎた。

 

「そりゃあ、死刑判決もされるわ」

 彼女は紛れも無く天才だった。

 同時に、生かしておくにはあまりにも危険すぎた。

 

「狂ってる……」

 そう呟いたのは、誰だったか。

 この場に居るほぼ全員が、同じことを思っていた。

 

「本当に、彼女を味方に引き入れるのですか?」

「私も不安になって来たわ……」

 まさか夏芽もここまで酷いとは思っていなかった。

 ここに来て、全員が黙ってしまう。

 しかし、時間は刻々と過ぎていく。

 

「例の彼女が、到着しました」

 オペレーションルームに入って来た局員が、そこに居る面々にそう告げた。

 

「通してくれ」

 主任が局員にそう伝えると、すぐに彼女は多くの局員に護送されてきた。

 

 

「思いのほか、センスの無い建物ね」

 表情から漲る自信と、傲慢さ。

 

「メイリスー、今日からここに住むの?」

 そしてそんな彼女に懐いている小さな少女。

 

 この二人が、今後の対策局の命運を左右する人材だった。

 

 

「ええと、お初に御目に掛かります。メイリスさん。

 私が局長の──」

「ああ、別に名前なんてどうでもいいわ。どうせ興味が無ければ覚えないだろうし」

 まず局長が名乗り出ようと挨拶をしたところ、にべも無く彼女に切って捨てられた。

 

「人間なんて、役職と階級だけで十分だわ。

 私をわざわざ呼び寄せたのは、余計な情報を私に覚えさせる為じゃないでしょ?」

 その女に、社交性なんてものは微塵も備わってなかった。

 

「私があなた達を使ってあげる。その代わり私のやり方に口を出さないで。

 それさえ守ってくれれば、予算次第で何でも作ってあげるわ」

 まさに、傲岸不遜。

 交渉など初めからする積りは無いと言わんばかりだった。

 

「それは、人権を無視した人体実験などを含めて、ですか?」

 流石にこの日本では許容できないそれに、千利が目を細めた。

 

「ああ、あれ? あれはもう必要ないわ。

 私がやりたくてやったわけじゃないし」

「それは、どういうことですか?」

「軍部が魔法使いを増やしたい、って言うからそれに従ったまでよ。

 許可を出したのはお偉いさんで、私は提案し、命令され実行しただけ。

 ダメと言われたら、また別のやり方をしたわ。スポンサーの意向だしね」

 彼女はちっとも悪びれも無く肩を竦めて見せた。

 

「つまり、手っ取り早い方法を提案して、許可されたから実行したと?」

「そう言ってるわ。上の許可を無しに実験なんてできないでしょ?」

 ふざけるな、という言葉が主任に口から出かかった。

 この女は自分の行いに、良心の呵責や責任を全く感じていないのだ。

 

「もしかして、あなた達も犠牲がどうとか、死者がどうとか、くだらないことを言うつもり?」

 メイリスは心底憐れむようにこう言った。

 

「逆よ、逆。私がやらなかったら、他の凡俗どもはもっと大勢の犠牲を払って、僅かばかりの前進と後退を長い時間をかけて繰り返すことでしょうね。

 でも私みたいな天才の素晴らしい閃きのおかげで、たった五年の研究で多くの魔道具を作り、量産も行えた。

 この素晴らしさが分からないなんて、可哀そう」

 最小の犠牲で、最大の成果を上げた。

 ひとつの見方をすれば、それは正しかった。

 

「私の世界では、魔法と言う力が世間に認知され、工業化されたのは二十年くらい経ってのことでした。

 数多の専門分野の、天才とされる人間が多く携わっていたにも関わらず、です」

「ふーん、あなたが噂の異世界人? 

 わかっているじゃない」

 にっこり、と笑うメイリスだったが、夏芽はどうしても手放しに賞賛するつもりになれなかった。

 彼女の道程は、余りにも血が流れ過ぎる。

 

「でも、ほんの少しでも、他者を労われなかったんですか?」

「それは、他の人間がやればいいじゃない。

 私はもっと別の私の仕事をするべきだわ。私は一切余計なことをしない。それがプロフェッショナルってものでしょう?」

 彼女は傲岸不遜で、社会性は皆無で、性格破綻者だった。

 それでも、自分の仕事に誇りを持っていた。

 

「私が労わったところで、どれだけ私の実験体に寄り添えたと言うの? 

 それで上げられる成果はどれだけ期待できるのかしら? 

 メンタルケアなら、それの専門家がするべきじゃないの?」

 彼女を責めるべき点は数多くあった。

 だが、彼女の言動は一貫してブレていなかった。

 現代の倫理、善悪で彼女の行動の全てを語ることは難しかった。

 彼女の発明は量産され、世界でその研究は基礎となった。それで救われた者も多いだろう。

 しかし一つの事実として、彼女には死刑判決が下された。

 

「正直なところ、私があなた達と組むメリットなんてあまりなさそうなのよね」

「そ、それはなぜですか!? 

 我々はあなたに潤沢な資金と設備を提供できます!!」

「それ以前に、気が乗らないのよ」

 焦る局長に、ここで彼女から予想外の言葉が出た。

 

「向こうの軍部で、調べたいことはあらかた調べたし。

 創作意欲が湧かないのよね。あなた達も、どうせつまらない兵器を私に作れと言うんでしょ? 

 私が日本に来る前に世界に公表した研究成果で、魔法兵器を作るなら十分なはずよ」

「それはまだ、検証の段階です。

 あれを実用化するには、まだまだ時間が掛かります」

「それが凡人の仕事じゃない。

 私が言っているのは、既存の技術を転用すれば幾らでも兵器を作れると言ってるのよ」

 少なくとも、彼女は人殺しやその道具を作ることに愉悦を感じていなかった。

 

「殺人兵器を作ったところで、魔王をそれで撃退したところで、その後は同じ人間に向けられるだけでしょ? 

 私は、自分の名前がダイナマイトを発明したノーベルみたいな残り方をしたいわけじゃないの」

「メイリスはもっとみんなにほめられたいんだよね!!」

 彼女の脇に控える、幼い少女が自己主張した。

 

「そうね、私は多くの人々に感謝されたいの。称えられたいの。死ぬときは惜しまれたいの。そうなるべきなの。

 魔王と戦ったって、そうはならないでしょ?」

「少なくとも、魔王の手下と戦うことは人々に褒め称えられることなのでは?」

 千利が率直に言葉を出すと、メイリスは鼻で笑った。

 

「魔王は、災害よ。

 あなた達は台風や地震に向かって銃をぶっ放すの? 

 そう言う人間を世間はどう見るのかしらね?」

 彼女は傲岸不遜で社交性皆無で性格破綻者だった。

 だが、現実は誰よりも見えていた。

 

「あの魔王に人類が屈服するのは、遠くない未来だわ。

 そうなったら、悪人になるのはあなた達じゃないの?」

 その言葉に、千利たちは反論できなかった。

 そうならない為に、彼女たちは政府に反旗を翻したのだから。

 

「……ここに、私の世界の魔法技術の基礎が書かれている本があるのですが」

「私を見くびるつもりかしら」

 夏芽が交渉材料にしようとした友人の本も、まったく彼女の興味を引けなかった。

 

「まあ、しばらくの借宿ぐらいにはなるかしら。

 私も仕事をしないと体がなまるしね」

 一応彼女も、ここで働く気はあるようではあった。

 しかしこの面倒くさい女は、どうしようもなく気まぐれだった。

 

 一応彼女を引き込めたこと自体は、成功だった。

 ある意味、彼女にこれ以上やる気を出されても困るかもしれないと思った面々に、予想外の出来事が起こった。

 

「ねえ、メイリス!!」

「なあに、リーン。今大事なお話し中よ」

「かみさまが、お話したいって!!」

「え?」

 その少女の言葉に、さしものメイリスも驚いた。

 その場の他の面々も、理解が及ぶより前に。

 

 

「────聞こえているか、この世界の我が友よ」

 

 少女の口から、落ち着いた女性の声が発された。

 

「あなたが、リーンの話し相手ね。

 こうして直接話すのは初めてかしら」

 落ち着きを払い、メイリスが尋ねた。

 

「どうして今になって、私に話しかけたのかしら」

「お前のやる気に関わる話だ」

 少女の口を通して、女の声がそう言った。

 

「その前に、名乗っておこう。

 我が名は、リェーサセッタ。邪悪と悪逆を司る者。

 ──そしてこの世界に魔法を齎した者だ」

 その言葉に、全員が息を呑んだ。

 

「女神、リェーサセッタ」

 夏芽は見据えるように少女を睨んだ。

 

「メイリス、我が友と同じ魂を持つ者よ。

 どうか、この世界の者たちの為に手を貸してやれまいか」

「……なんで、私がそんなことをしないといけないの?」

「憐れだからだ」

 女神の言葉は、実に簡潔だった。

 

「偶にあるのだよ、我が友である文明の女神は数百万年に一度ほど、気に入らないことが有るとヒステリーを起こす。

 本来ならば、我が子たる魔王一族の者が遣わされるのはその世界を滅ぼす為。

 それがこのように真綿で首を絞めるようにこの世界に圧力をかけているのは、ひとえにそれが原因だ」

「ひ、ヒステリー!?」

 そんな素っ頓狂な声を上げたのは、誰だったろうか。

 

「そんな、バカな」

「お前だって偶にやるだろう、周囲の環境に苛立つとモノに当たることを」

「覗き見が趣味なわけ? 女神ってのは」

 メイリスが目を細める。

 とてもではないが、彼女の頼み事が聞き入られるようには思えなかったが。

 

「つまり、八つ当たりという事ですか?」

「八つ当たりで台無しにするほど、我が友は愚かではない。

 あれも自らが神としての責任感ぐらいはある。ただ、そんな心境で仕事をするのでいろいろと雑になる。

 その結果、大抵の場合やり過ぎてしまう」

 酷い話だ、と夏芽は思った。

 

「私に、その尻ぬぐいをしろっていうの?」

「まさか。だが、私はお前が一番やる気を出す方法を知っている」

 少女の表情が、子供らしくない邪悪な笑みに変わった。

 

「これを見てみるがいい」

 彼女が、指先をモニターに向けた。

 すると突如として、モニターがどこかの光景を映し出した。

 

「これは、どこだ!?」

「特定します!!」

 主任の声に、オペレーター達がキーボードに手を走らせる。

 

「おそらく、アメリカのどこかだと思われます!!」

 それくらいの情報は、その光景を見ている全員が察しがついた。

 

 モニターに映し出された光景は、暴動の様子だった。

 アメリカでは暴動に乗じて略奪などが度々起こるが、この様子は暴動にしては大規模だった。

 

「これはいったい、どうなっている?」

「あちらの四天王の活動に、後手後手に回る政府に対して不満を爆発させたのだよ」

 女神は嗤いながら、彼にそう言った。

 この日本に居る四天王は、所謂ご当地四天王なのである。

 世界各国に、魔王の四天王は配置されている。ただ日本に魔王の本拠地が有るというだけの話だった。

 

「これは、マズい」

 その光景を見て、夏芽が青褪めた。

 そう、暴徒たちはアメリカに置いてある魔王の運営事務所にまで手を伸ばした。

 

 事務所の表に出て対応した事務員が無数の暴徒たちによって殴り飛ばされ、事務所の中に雪崩れ込む。

 混乱に乗じて、事務所からお金を略奪する算段なのだろう。

 アメリカの四天王は活動が激しく、その分の補償も大金になるケースが多い。

 お金がいくらでもあると思われても仕方がなかった。

 

「あーあ」

「馬鹿だなぁ」

 夏芽の肩に乗る妖精二人が、溜息を吐いた。

 

「アメリカは、TRPGの本場なのに、なぜわからないのだろうな」

 邪悪の女神が嗤う。とても愉快そうに。

 

「化身を殺したら、本体が出てくるものであろう?」

 その言葉に、この場に居る全員がゾッと寒気がした。

 

 

『──……はぁ』

 その瞬間、彼ら全員が、いや、人類全員が、その声を聴いた。

 

『呆れて、モノも言えないわ』

 その、女の声を。

 

「魔王の円盤から、立体映像が投影されました!! 

 今、こちらのモニターに映します!!」

 オペレーターの声と同時に、モニターの光景が切り替わる。

 

 地球は丸いというのに、その映像は如何なる技術なのか、日本の反対側まで届いていた。

 

 そこは、魔王の玉座だった。

 魔王と日本の四天王が膝を突いていた。

 

 その中心に、全て同じ顔の事務員が居た。

 いや、違う。彼女たちは、こんなに表情豊かではない。

 

 リンゴに絡みつく蛇の意匠があしらわれた杖を持ったその女は、かつんと石突を床に打ち鳴らした。

 たったそれだけで、縮小された画面に映っていた暴徒たちがすべて金縛りにあったかのように硬直した。

 それだけではない。この時、この瞬間、地球上のありとあらゆる争いが、停止していた。

 

『聞きなさい、我が子らよ。

 我が名は、文明の女神メアリース。

 ……ああ、ここは地球系列だったかしら。なら言い直しましょう』

 溜息と共に、この地球に降臨した女神はこう名乗った。

 

『我が名はメアリー・スー。

 その由来を理解していながら、そう名乗る者である』

 その女神は、荘厳と言うには人間らし過ぎた。

 神々しいというには、愚か過ぎた。

 

『この度、私の方の不手際で各管理下世界の再審査を行うことになったわ。

 当然、この世界も再審査の対象となり、この魔王ハーレを派遣した』

 まさに、この地球に巻き起こっている混乱のありとあらゆる元凶。

 それがこの女神だった。

 

『私は人類だけを贔屓し、人類だけを繫栄させる、“人間”の文明を司る女神。

 我が恩寵を受けた人類は、ただそれだけで繁栄に至る』

 それが、彼女の偉業、彼女の権能。

 

『──だと言うのに』

 そんな彼女が、呆れ果てていた。

 

『魔王ハーレ、この体たらくはなんだ』

『我が主上よ。我が不手際をお許しください。

 地球人がここまで軟弱だとは思わず……』

『もういい。あなたは試練だと、ちゃんと伝えたのだから。

 これは試練の難易度を、一段階上げるべきね』

 女神の冷酷な視線が、全人類に見下ろされる。

 

『私が統べるべきでない国家は、──間引け』

 まるで田畑の雑草を抜くように命じるような気軽さで、女神は魔王に命じた。

 

『その国の文化も生活も残さず、消し去れ。

 それでなお人類がやる気を見せないなら──』

 溜息をもう一つ。

 

『この世界の“格”を落とす』

 それは皆殺しより、ずっと残酷な宣告だった。

 

『お前たち地球人は全員、より上位の優良な世界の為に労働する為だけの世界に堕とす。

 お前たちの固有の文化も、国家という枠組みも風習もすべて取り上げる。

 365日、ローテーションで効率よく搾取され続けるように作り直す』

 その意味は、実に単純だった。

 

「わ、私たちを、家畜扱いするつもりか……」

 震える声で、局長が女神の意図を察した。

 

『お前たちには、必要なポテンシャルとスペックを与えたはずだった。

 これもすべて、私が観賞用としてお前たちを甘やかしていた所為だわ』

『我が主上よ、それ以上は──』

『──こんなのが、神なのだと、言ったわね』

 それは、誰に向けられた言葉なのだろうか。

 だが、それは多くの人間の意思だったのだろう。

 

『わからないかしら、私は人類文明の女神。

 お前たちがそうなんじゃない。私がこうだから、お前たちがそうなのよ』

 神は、自らを似せて人を創った。

 

『私の愚かさ、醜さ、その全てお前たちを映す鏡なのよ。

 それとも、私がお前たちの造物主だと信じられない?』

 女神は嗜虐的な笑みを浮かべると、スッと指をスライドさせた。

 

 すると、パソコンのメニュ画面のようなものが虚空に開かれた。

 そこには数多の管理項目がずらりと並び、彼女はタッチパネルで操作するようにその項目をスクロールさせた。

 

 ぴたり、と指で止めたのは、酸素濃度、という項目だった。

 0から100まで、バーで示されたその数値を、彼女はゼロに近づける。

 

「あッ……い、息が……」

「ぐ、ぐるしい」

 その直後だった、夏芽以外の全員が、息が出来なくなって悶え始めた。

 

『これでわかったでしょう、お前たちを生かしてやっているのは誰か。

 お前たちに全てを与えているのは誰なのか』

 それは、余りにもわかりやすい神罰だった。

 

『だから、私が返せと言ったらお前たちの全てを返してもらうし、家畜に成れと言ったら家畜にするのよ。

 でも私は慈悲深いから、何の前触れも無くそんなことはしないわ』

 酸素濃度の項目を元に戻して、女神は薄く笑った。

 

『私はお前たちに、自由意思も与えた。

 私の与えた試練に立ち向かい、己の尊厳を示す機会を与えた。

 それが要らないというなら、適当にもう一人、我が化身を殺せばいい』

 床に蹲り、地面に横たわり、必死に呼吸を整えている人々を見下ろしながら、女神は残酷な言葉を口にする。

 

『お前たちは──』

『いやぁ、流石我が主上だ!!』

 その時だった。

 魔王ハーレが顔を上げたのは。

 その顔には、道化の化粧。

 

『人間ってのは実に愚か!! 自分たちの所為で数が減った生き物を勝手にファッション気取りで保護した気になって、足を引っ張り合う!! 文化を否定し合う!! 

 実に愚か愚か!! すべては我が主上が与えたモノにすぎないのにね!!』

 ひょこひょこ、と女神の前をうろついて、“人間”を全て嘲笑う道化の魔王。

 

 空気が読めていなかった。誰も彼を笑わなかった。

 

『……はぁ』

 だが、彼のその行動の意味を理解できないほど、女神は馬鹿では無かった。

 

『まあいいわ、まだ多少の猶予は与える。

 魔王ハーレ、引き続きこの地球での任務に励みなさい』

『ははぁ、かしこまりました!!』

 魔王は恭しく大仰に一礼をした。

 彼が顔を上げる時には、女神は玉座の間から消え去っていた。

 

『こ、これが、この世界の神様なのかよ……』

『諦めろ、これがかの御方の平常運転だ。何でもっとこう、オブラートに包んで仰ってくれないものか』

 立体映像の途切れる間際に、アウトサイダーの悲痛な声と、クリスティーンのぼやきが全世界に聞こえていた。

 

 

「あ、あれが、私と同じ魂の持ち主……」

 息も絶え絶えで、テーブルを使って起き上がったメイリスが憤怒の表情を浮かべていた。

 

「ふざけるな!! 私の知恵も、才能も、与えてやったモノですって!! 

 私の努力も、その結果さえも!!」

 ああそっちか、とその怒りを聞くその場の面々はそう思った。

 彼女は決して、自分の同位体の暴虐非道に怒ってるわけでは無かった。

 

「ゆ、許せない、私と同じだからこそ、もっと許せない!!」

「そうだ、その意気だ。我が友の同位体よ」

 あんな女神を友と呼ぶ、もう一人の女神が怒れるメイリスの様子に満足げだった。

 

「絶対に目に物を見せてやる!!」

 彼女はやる気を出した。それ以外に多大なダメージを負ったが。

 

「ひとつだけ、聞かせて貰えませんか?」

 息苦しさは大したことは無かったが、この地球の住人たちは愕然としていた。

 自分たちがどれだけ、崖っぷちに立たされているのか無理やりわからされたのだから。

 

 家畜に成りたくなければ、尊厳を示せ。

 尊厳が無ければ、ヒトに非ず。家畜に神は居ない。

 

「なんでしょうか」

「なぜ、この世界に魔法を? それも、わざわざ……」

「慈悲だよ。神と言うのも不自由でな。

 我が権能の及ぶ範囲でしか、慈愛を示すことが出来ないのだ」

 彼女はだからこうして、自分の同位体を通じてようやく意思疎通が取れるのだ。

 

「さて、これ以上は過干渉か。

 ではまたいずれ、お前には期待しているぞ。魔法少女フェアリーサマー」

 その言葉と同時に、少女の体から女神が遠のいた。

 

「お話はおわった?」

 ぱりくり、と目を瞬かせて少女リーンは小首を傾げた。

 

「ほら、言った通り馬鹿馬鹿しいでしょ?」

「予想以上に予想通りだったね!!」

「そうね……」

 まさかあそこまでとは夏芽は思っていなかった。

 というか、夏芽も他人事では無かった。

 並行世界の住人たる夏芽も、この地球の住人と同じなのである。

 

 全ては女神の掌の上。

 人間を死に絶やすことなど、あの数値をちょっと横に弄るだけで事足りるのだから。

 夏芽が平気だったのは、彼女が殆ど妖精に近いからだった。

 

「こうなると、あの時イヴさんの遺骸を借りれなかったのは痛いなぁ」

 戦い、尊厳を見せつけるのはこの地球の住人の仕事だ。

 夏芽は思案し始めた。いかにして、あの傲慢な女神を交渉の席に着かせるか、を。

 

 

 

 





今回はメイリスが仲間入りした時のお話だった。
後回しにしましたが、この時にこんなとんでもないことが起こっていました。

戦うか、尊厳の無い家畜になるか。
この世界はその二択を迫られています。

この世界の人々は、どのようにこの残酷な世界を生き足掻くのか。
それを最後まで見届けて下さると幸いです。

では、また。
次回はイケメン騒動の結末になります。


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幕間 神々の役割

今回は説明回になります。



 三年前。

 

 都内の某中学校の屋上の縁に、一人の少女が立っていた。

 その日は風が強い日だった。

 風に揺られ、彼女の髪や衣服がたなびく。

 その足元には、靴と遺書。

 

「これから、私。死にます」

 虚ろな表情の彼女は、手にしたスマホを片手にそう言った。

 彼女は今まさに、自殺を試みようとしていた。

 更に、その光景をネットで生配信していた。

 

「あ、まただ」

 なるべく時間をかけて、視聴者が集まるのを待った。

 規約違反で何度もアカウントが停止されるも、その度に別のアカウントで彼女は配信を続ける。

 

 そうして集まった視聴者は話題を呼んで数万人。

 学校もこのことに気づいて、下では大騒ぎだった。

 屋上の扉を開けようとする教師たちは、彼女が作ったバリケードを破れずにいる。

 

「そろそろ人生の潮時だと思います。皆さん、さようなら」

 こんなものだろう、と視聴者の数に頷き、彼女は満を持して屋上から飛び降りた。

 

 下の野次馬から、悲鳴が上がった。

 

 落下時の浮遊感と、風が彼女を撫でる。

 そうして、彼女は死んだ。

 

 ……そうなる筈だった。

 

 

「え……?」

 虚空に身を投げるのと同時に、彼女は抱きしめられていた。

 

 それは、闇だった。

 昼間にも関わらず、彼女は闇に抱きしめられていた。

 

「辛かったであろう」

 闇は、彼女に囁きかける。

 

「相変わらず、地球系列の教育制度はレベルが低い」

 闇を纏った手が、彼女の頭を撫でていた。

 

「なんで、なんで助けるんですか?」

 彼女は、何が起こったのか分からなかった。

 だが、一つだけ分かったことが有るとすれば、それは助けられたという事だった。

 

「お前が、救いを求めたからだ」

 闇を纏ったヒト型の何かが、彼女の悲痛な言葉に慈愛に満ちた口調でそう答えた。

 

「私が……?」

「神様、どうして私だけ、こんなにひどい目に遭うんですか、とな」

 闇の化身が、慈しむように彼女を労わっていた。

 

「だから、私がお前の前に現れた」

「本当に、神様、なの?」

「そうだとも。そして、お前の全てを許す者だ」

 神を名乗る闇のヒト型が、微笑んだ。

 

「この程度で、良いのか?」

「え?」

「この程度で、お前を苦しめた全てに復讐したつもりなのか?」

 暗黒の神は、彼女に囁く。

 

「お前に、この力を授けよう」

 闇の指先が、彼女の額に当たる。

 その瞬間、雷撃が走ったかのように彼女の体に未知の力が駆け巡った。

 

「これは、こんなのが……」

 彼女は知っていた。

 これは、魔法。世間に最近認知され始めた力だった。

 

「この力を好きに使うと良い」

「い、いらない、こんな力!!」

「お前は使うさ。でなければ、私がお前の前に現れることは無い」

 その力の恐ろしさに恐怖する彼女に、闇は微笑んだ。

 

「お前は、この世界に足跡を残すだろう。

 そして、お前が生きた証を知らしめるのだ」

 闇が彼女を抱きしめる。

 無限大の愛と、母性がそこにあった。

 

 それは、彼女がとっくに失っていたモノだった。

 

「私は、お前をいつでも見守っているぞ」

 闇が晴れる。

 

 彼女は、校舎の前に立っていた。

 周囲の野次馬たちは、何が起こったのか分からず唖然としていた。

 

 そんな連中に対し、彼女は──。

 

 

 まず、自分の良心を破壊すべく、己に魔法を試みた。

 

 そして、惨劇が巻き起こった。

 

 

 §§§

 

 

 上位者対策局、会議室。

 

「それでは、こちらに協力的な転生者たちは可能な限り彼らの希望に沿うように取りはかるという事で」

「一部の者たちは、我々の下で自分たちの力を活用したいと言っていますが」

「こちらも人手不足だ。魔王の戦闘員に対処してくれるだけで十分役に立つ」

 使えないならこれから鍛えれば良いだけだしな、と主任の言葉に千利も頷く。

 

「一応、希望者を募ってテストをしてみたわ。

 内在魔力は全盛期の魔法保有者の数倍から十倍。それらの恩恵にて身体能力は最低でも常人の二倍以上。

 この微妙なバラツキは恐らく転生前のスペックを参照されていると思われるわ」

 メイリスがプロジェクターで資料をスクリーンに映し出した。

 

「神は、人間の強化も自由自在と言うわけか」

 資料の参考写真で、一番優れた数値をたたき出したイケメンのリーダーが、握力測定器を壊してしまっていた。

 それを見て、主任は溜息を吐いた。

 

「文明の女神、私達の造物主かぁ」

 局長の脳裏には、先日の神罰と神の声明が思い起こされる。

 まるで忘れることは許さないと、克明に思い出すことが出来るのだ。

 

「あれは私達の定義する宗教上の神とは、恐らく違う存在でしょう。

 他に表現する方法がないから、神と呼んでいるだけで」

 少なくとも夏芽はそう思っていた。

 

「だが、事実としてあれは神に相応しい力を我々に示した。

 気分ひとつで、我々を絶やすことも家畜にすることも出来る力を」

 彼の言葉に、メイリスが眉を顰めた。

 

「何を弱音を吐いているのよ。ゲームを下りるならそうしなさい。

 でも、他の人間の前で上に立つ者が弱さを見せるな」

「分かっているさ!!」

 彼女の叱咤に、主任も声を荒げて答えた。

 優秀な軍人である彼もこの有様なのだから、世間にはある種の倦怠感に似た雰囲気が蔓延していた。

 

 アメリカでは、向こうの四天王の一人が聖書を集めさせて燃やして高らかにこう宣言した。

 

「お前たちが信じる神など、所詮我らが女神が与えた文化に過ぎない!! 

 お前たちが祈ったところで、お前らの神は助けてくれたか!? 

 それはお前たちの歴史が証明している。所詮、お前たちの宗教など、お前たちの道具に過ぎないのだからな!! 

 家畜としてでも生きたければ、我が女神にひれ伏せ!! そうした者だけを生かしてやろう!!」

 向こうで最も被害を出している四天王の一人が、高らかに人類の文化を嘲笑っていたそうだ。

 

「もう一度魔王の居城に殴りこめば、あの女神に話を付けられるかな」

 そんなことを思いつく夏芽に、周囲は引きつった表情を浮かべた。

 

「ダメだこの脳みそ筋肉」

「強く殴ればすべて解決できると思ってるよ」

 これには彼女の両肩に居る妖精二人も呆れ顔だった。

 

「実際のところ、どうなの? 

 殴れるの? どれくらい強いの?」

 師匠譲りのケルト式交渉術が炸裂しようとしたところで、妖精二人が顔を見合わせて、彼女の肩から飛び立った。

 

 妖精たちはプロジェクターに溶け込むように入ると、一瞬スクリーンに投影された画像がブレる。

 

『いえーい、ピースピース』

『人間たちみてるー?』

 すると、スクリーンに妖精二人が両手でピースをしながら自己主張し始めた。

 こんなクソガキみたいな妖精どもだが、実際には夏芽の住んでいる地球よりもずっと優れた文明を持っていた世界出身なのである。

 

『夏芽のお馬鹿さんが女神に挑むとかアホなこと言ってるので、ついでに分かりやすく教えたいと思いまーす』

『進行はレプとコティでお送りいたしまーす』

 ポカンとしている会議室の面々を置き去りにして、妖精二人は画像に手を加える。

 

『私たちが住んでいる世界は、“森”に例えられていまーす』

『一本の木を、幾つもの枝に分かれる並行世界などを含めた一つの世界に見立てられているわけですねー』

 一本の樹木の画像、その一つの枝葉が点滅し、吸い込まれるように宇宙から地球上に突入し、今この場の会議室を上から見た断面図を表示するという演出がなされた。

 

『あのクソ女神は、言うなれば“森”の管理者。時には肥料を与え、時には木を伐採する。

 そうして、“森”そのものを豊かにしようとしているんですねー』

『彼女らは、“森”の外の住人。神々の座する領域』

『その領域に住まう者達は、いろいろな物を司っています。

 日本で例えるなら、大臣のポストみたいなかんじかな?』

 いずれにせよ、一般人には雲の上の世界の住人であることは違いない。

 

「で、倒せるの?」

『いや無理。あいつら、基本的に死の概念とかない。あなた達人間は時間を操る能力とか好きだけど、あいつらには時間の概念とか無意味。

 しいて言うなら、人格みたいなのが無くなることが事実上の死かな? 

 でもしばらくしたら新しい人格が芽生えて復活するよ』

『仮に倒せたとしても、あれよりマシな人格があなた達に優しくしてくれると思うの?』

『あのクソ女神は人間出身だから良いけど、例えば嵐の神が管理している“木”の人間がどんな生活しているか知らないから不満を言えるんだよね』

『自分たちが恵まれていると分かっていながら不満を言うのが人間でしょ?』

 可愛らしい妖精二人が、画面の中でくすくすと笑う。

 

『それに多分、夏芽じゃ勝てないよ。

 日本で例えるなら、あのクソ女神の地位は都知事ぐらいはあるし』

『あなた達の人間の信じるベストセラーの本の神が、大体一本の“木”を管理する一戸建ての住宅の主人くらいかしら?』

『夏芽は精々、一つの町で一番喧嘩が強いとかそう言うレベル』

『そもそも喧嘩にもならないし、させてくれないと思うよ』

 いやそれ大分強いのでは、とその会話を聞いていた面々は思った。

 

「つまり、かの文明の女神はその一戸建ての集合体である町を、幾つも束ねる知事クラスの地位に居ると」

『そうそう』

『それで言うなら、あのクソ女神はわざわざ知事が民家の庭の木の葉の細胞に、上手く育たないならもぎ取るぞって言ったってことかしらね!!』

 きゃははは、と大笑いする妖精たち。

 だが上手く言葉を整理した千利は笑えなかった。

 魔王を遣わした女神は、想像以上に強大過ぎる相手だったということを確認できただけだった。

 

『まあ、神様なんていろいろ居るし、相性差でジャイアントキリングもあるし』

『でもまあ、夏芽じゃどう逆立ちしても無理。同じステージに立てない』

「とりあえず、戦いの土俵にも立てないことは分かったわ」

 本気で、夏芽は挑むつもりだった。

 あの時魔王に挑んだ彼女を知る面々しかここに居ない為、本気で呆れられていた。

 

『まあ、あれでも事実上ほぼ最上位の存在だし』

『多分倒せても、人間にとって不利益の方が多いと思うわよ』

 結局のところ、神を倒すのは現実的ではないという事だった。

 

「ひとつ、質問をいいだろうか」

 礼儀たたしく、妖精たちに対して主任が手を上げ発言を求めた。

 

『別にいいけど』

「先日、メイリス女史に話しかけて来たあの女神はどういう存在なのだ?」

『ああ、リェーサセッタ様?』

 片割れはクソ女神扱いなのに、その相方は様付けだった。

 

「我々の世界に魔法を齎した者が、なぜ邪悪を司る者と名乗っているのか。

 そんな存在が、なぜ我々に手助けをするのか」

 彼にはそれが疑問であるようだった。

 

『あなた、軍人よね。銃で人を殺したことはあるの?』

「いや、無いが」

『でも人を殺すのは悪いことよね。誰かに命令されて、仮にあなたは人を殺したとしたら、誰が悪いの?』

「責任の所在と言う意味なら、それは命令を下した側だろうな」

『じゃあ、命令が無かったら? 咄嗟に敵に襲い掛かられて、自分の命を守るために銃で撃ち殺したら? 

 それはどっちが悪いの?』

「日本では、撃ち返した方が悪とされるだろうな」

 渋面で自衛官たる主任は答えた。

 

『でも、リェーサセッタ様は赦してくれるよ。

 生きる為に殺すこと、悪事を働くこと、社会的に悪でしかいられない人を赦してくれる』

『悪を成すこと、為されたことで被害を受けた人々を慰めてくれるよ。

 ──そして必ず、相手を罰してくれる』

 それはまさに、神の所業だった。

 

『人間や社会では裁けない悪を、死後に罰してくれるよ』

『だから復讐を許し認め、それ以上の復讐を諦めさせられるんだよ』

 仮に神が復讐を許し認めたなら、それが社会的に何の意味も無かったとしても、正当性は保証される。

 神が認めたのだから仕方ない、とそれ以上の復讐の連鎖を断てる。

 まさに神の偉業、神の威光だった。

 悪の化身、悪の終着点。

 

『“人間”は社会を作るけど、社会や文明が発達するほど、人の心は冷たくなっていく』

『社会に適応できない人間、悪を成すことしかできない弱者を、リェーサセッタ様は救ってあげるんだよ』

 故に、二柱。どちらか片方では無く、二柱の偉大な女神で世界は統治されている。

 その恩恵を受けているこの世界の住人たる彼らは、無言になるほかなかった。

 

『人間って、よく神様を善とか悪とかで分けたがるけど、それで言うならあのクソ女神もリェーサセッタ様も秩序側だよ』

『特に、リェーサセッタ様は神々の領域でも最大規模の教団があるくらいだからね!! 

 あ、ちなみにあのクソ女神も嫌われてない神は居ないぐらいだけど一応一緒に祭られてるよ!!』

「……なんで私を見るのよ」

 なぜか皆はメイリスを見て納得したような表情になっていた。

 

「考えてみれば、私の知っている魔法保有者の全てがどうしようもない弱者ばかりだったな」

 主任は、千利を見る。

 彼女だけではない、ここに居る魔法保有者の誰もが、地獄を見ていた。

 

「私は到底認められないけどね」

 別の世界で、そしてこの世界でも魔王の所業を見て来た夏芽は素直に賞賛するつもりはなかった。

 

「あの、ふと思ったんだけどね」

 ここで局長が、こんなことを言い出した。

 

「神々の世界で、あの女神様が都知事ぐらいなら、より上位の存在が居るわけだよね? 

 だったら総理大臣クラスから、諫めて貰ったり……」

 そこまで言って、彼は気づいた。

 

 妖精二人が、真顔になっていた。

 あんなに可笑しそうに笑っていた二人が。

 

『『──忘れろ』』

『『この話は忘れろ』』

『『そして決して、二度と口に出すな』』

 まるで機械で揃えたように、二人の声がスピーカーから奏でられる。

 

「二人とも、何をしてるの?」

 妖精二人の催眠作用のある声をかき消して、夏芽が尋ねた。

 

「……危なかったわ」

「人間に、“あの御方”を知られちゃいけないもんね」

「とばっちりを食らいたくないもんね」

 プロジェクターから出て来た妖精二人が、そんなことを言い合って夏芽の元に戻った。

 

「“あの御方”?」

 夏芽は思わず、聞き返した。

 聞き返して、しまった。

 

 その直後、夏芽はどこからともなく視線を感じた。

 そして幻視した。

 

 無限に引き延ばされた時間や空間の果てから、自分を見下ろす“何か”を。

 それを、認識してはいけない。

 それを、知ってはいけない。

 

 それは、警告だった。

次は無い(・・・・)、と言う温情だった。

 

 

「師匠、大丈夫ですか!?」

 夏芽が千利の声にハッとなった時、彼女は我に返った。

 

「私が、汗を搔いている」

 彼女の身体機能は人間を離れて著しい。

 汗など百年以上掻いたことなどなかった。

 なのに、彼女の服はぐっしょりと汗まみれだった。

 

「あ、夏芽ごめん」

「私たちもうっかりしてた」

 夏芽はこのクソガキ妖精どもと非常に長い付き合いだが、申し訳なさそうにしているのを見るのは片手で数えられる程度だった。

 

 その時だった、警報が鳴ったのは。

 

「会議は中止だ、諸君持ち場についてくれ!!」

 局長の言葉により、解散となって面々はオペレーションルームへと向かう。

 

 各々指示を飛ばし、あとは出撃した水無瀬たちの勝利を祈るばかりとなった時である。

 

「えッ!! そんな!!」

「どうした!!」

「そ、それが、主任!!」

 連絡を受け取ったオペレーターが、振り返って叫んだ。

 

「地下に収容していた暴動を起こした転生者たちが、脱走して施設の一部を占拠しはじめたそうで!!」

「なんですって!?」

 それには、千利も目を見張って驚いた。

 

「マズいぞ、連中に占拠されている施設には彼女も!!」

 彼が焦っているのは、他でもない。

 魔法少女ドールズハートが、ちょうど今検査を受けている最中なのだ。

 

「すでに女性職員の何名かが彼らの洗脳能力によって支配下に置かれているようで」

「状況は切迫しているというわけか」

「私が対処します」

 この場で戦力となるのは、千利と、警備員ぐらいしかいない。

 

「もっと問題が有るわ」

「なんでしょう?」

「連中がリーンに何かしようとしたら、自己防衛の為にこの建物を吹き飛ばす恐れがあるの」

 そう言うメイリスは割と焦っていた。

 それが、今がどういう状況なのかを如実に物語っていた。

 

「私もリーンが心配よ、最悪私も戦うわ」

「……戦えるんですか?」

「私を舐めないで」

 日本だというのに自動拳銃を取り出してメイリスも千利に同行を決めた。

 

「どうしようもなくなったら、私が何とかするからさっさと行きましょう」

 夏芽は、またひと騒動かとあのイケメン集団に辟易するのだった。

 

 

 




今月に入ってから、花粉症が酷くて最悪ですね!!
頭痛いし気分が悪いし吐きそうだしくしゃみとまらないですし、こんなひどいのは初めてです!!

皆さんも花粉症は大丈夫でしょうか!!
お陰でモチベーションが最低です。
説明が長引いて説明だけで終わっっちゃったし、今回。

モチベーション向上の為に感想とか、今日設置したアンケートに回答してくれると嬉しいです。
では、また次回!!


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魔法少女ドールズハート、参上!!

「861番、告解の時間だ」

「告解だぁ?」

 番号で呼ばれた男は、顔を上げた。

 

 ここは、東京の某刑務所。

 彼は死刑囚として、独房に収監され五年目になる。

 

「そんなの、頼んだ覚えはないぞ」

 刑務所では囚人に悔い改める機会を与える為に、修道士が派遣されることが有る。

 だが、彼はそんなこと頼んだ覚えはなかった。

 

「お前が、じゃない。

 我が神がお前を所望なんだ」

 刑務官がその女の登場に顔を顰めた。

 

「女だと?」

 刑務所は、女性が一切存在しない場所だ。

 だから死刑囚は、彼女の存在に目を見開く。

 

「開けてくれ」

「いや、しかし……」

「あんたに責任が及ぶことはない。さっさとしろ」

 黒いローブ姿の女は、刑務官に独房のカギを開けさせた。

 

「どういうことだ……?」

 独房の扉が開け放たれ、金髪の女が独房内へと入り込んでくる。

 

「気を付けてください、そいつは8人を殺した殺人鬼です」

「それくらい、事前に聞いているさ」

 その女、クリスティーンはニヤリと刑務官に笑い返した。

 

「薬物を使用し、ラリッて知り合い五人を殺傷。

 警察から逃走の際に、三人の親子を車で轢き殺した」

「はッ、だから何だよ。

 告解だかなんだかしらないが、あんたみたいな神父がいるわけねぇ。俺に何の用だ」

 死刑囚はこの状況が全く呑み込めないが、とんでもない権力がこの女にあることは理解できた。

 でなければ、刑務官がこんな横紙破りの連続を許すはずも無い。

 

「お前のやったこと、お前は納得してるのか?」

「はあ?」

「我が神は全てをお見通しだ」

 クリスティーンは死刑囚の前に膝を突いた。

 

「お前は悪い仲間から薬物を盛られ、その中毒症状に苦しんだ。

 仲間を殺したのも、薬物の力でその関係性を断ちたかったからだろう? 

 そして、そのことについて何にも悪いと思っていない」

「ッ、ったりめーだ!! 

 あいつらのせいで俺はずっとその稼ぎをクスリにつぎ込み続ける羽目になったんだからな!! 

 しかも真っ当な仕事を出来るようになった俺をハメやがったんだ!! 

 お陰で仕事はクビさ、人生もお先真っ暗!! ぶっ殺してやって何が悪い!!」

「いや、全然」

 激情のまま、心境を吐き出す死刑囚に、クリスティーンは微笑みながら首を振った。

 

「じゃあ、お前が轢き殺した親子三人についてはどう思っている?」

「そ、それは……」

「悪いと思っている。そうだな?」

 死刑囚は目を逸らした。

 それは、情状酌量の余地なしとして死刑を待つ身である彼の、最後の良心だった。

 

「私の眼を見ろ」

 ガッと両手で顔を掴まれ、無理やり彼はクリスティーンと視線を合わせられた。

 

「なにをッ──」

 彼女の両目を見ることになった彼は、その瞳の奥の深淵に気づいた。

 

 クリスティーンの瞳を通して、暗黒の奈落が存在していた。

 まるで星の無い宇宙のように果てしなく、延々と続く闇が在った。

 

 そしてそこに座する、赤い瞳の女神が彼を見ていた。

 

 彼は全てを察した。

 自分の行いは全て、この御方に見られていたのだと。

 そして誰も同情しなかった、誰も知ろうとしなかった彼の全てを哀れみ、慈しんでいた。

 

 いつの間にか、死刑囚の両目から滂沱の涙が流れていた。

 大いなる慈愛が、彼を赦し、罰すると言っていた。

 

 そして──。

 

「あの御方は仰いました、償いを以って俺を赦すと」

 まるで敬虔な信者のように、彼は祈りの姿勢を取った。

 その姿に、刑務官はギョッとした。

 彼は今まで誰にも心を開かず、頑ななままずっと収監されていたのだ。

 

「ならば、その償いを以って我が女神によりお前の犠牲者の魂と、その被害者家族も痛みから癒される。

 お前が残した両親も、悲しみから解放される」

「はい、神官様……」

「心残りはもうないな? では、罪を償うのだ」

 そのクリスティーンの言葉と同時に、死刑囚の体に異変が起こった。

 

「ひッ」

 その変貌を間近で見てしまった刑務官が腰を抜かした。

 

 平均的な日本人男性の身長しかなかった死刑囚の体が膨張し、毛で覆われる。

 顔は人間のものから獣のそれになり、人間だった面影は二足歩行しているぐらいであった。

 

「こ、これが、オレ?」

 まさに彼は、二足歩行する全長3.5メートルの巨大なオオカミそのものになっていた。

 その姿は、まさしく──怪人。

 

「これから街に出て、好きなだけ暴れろ。

 そして、その暴虐に立ち向かう者の試練と成れ」

 怪人となった彼に下されたクリスティーンの、彼女を通して彼に伝えらえた女神の勅命は単純だった。

 

「……そいつらは殺してしまっても、良いんですね?」

「当然だ。そうでなければ試練にならん」

「わかりました」

 死刑囚は頭を下げると、独房を出ようとするクリスティーンに付き従う。

 

「上に伝えておけ、861番の死刑は執行された、とな」

「は、はいぃ!!」

 刑務官は震えながら頷くことしかできなかった。

 

 そうして、その日、一人の死刑囚の死刑が執行された。

 魔法少女二人の試練として、悪役(ヴィラン)として朽ち、果て(すくわれ)た。

 

 

 

 §§§

 

 

 怪人を町中に解き放ってすぐ、クリスティーンは次の仕事を実行した。

 

「私の指示に従えば、異世界へと連れて行ってやる」

 上位者対策局の地下にまとめて押し込まれている転生者たちに、彼女はそう言った。

 

「ほ、本当なのか!?」

「ああ、我が神の名に懸けて保証しよう。

 働きが良い者を、我が女神が所望だ。そいつらを異世界へ勇者として送り出す」

 クリスティーンは嘘は言っていなかった。

 本当の事をちっとも話していなかったが。

 

「世界の危機に瀕した異世界にて、活躍する機会をやろう。

 そこでお前たちは、お前たちに与えられたすべての能力を自由に使用しても良いのだ」

 彼女の甘言に、彼らが唾を吞んだ。

 

「そこには魔法が女性しか使えないなんて縛りもない。

 新しく好きに魔法を会得できる才能を、お前たちは既に有している。

 ──さあ、自らの価値を示してみろ」

 その言葉と同時に、軟禁されている彼らの地下室の扉を開け放った。

 

 それだけで、先日暴動に参加した転生者たちは我先にと地下室を飛び出した。

 地獄のような現実を突きつけられた彼らに与えられた、蜘蛛の糸。

 それに縋ろうと、彼らは必死に飛び出した。

 

「……はぁ、あんな馬鹿どもまでチャンスを与えようとは。

 我が女神様のことながら、理解に及ばんぜ。やれやれ、これも我が師も通った道だ。これも仕事だ仕事……」

 なんて愚痴りながら、クリスティーンは地下室から姿を消した。

 

 

 

 さて、アウトサイダーに騙され転生した彼らは、具体的に三種類の人間が居た。

 

 ひとつは、多くの転生者たちを勇気づけた真のイケメン。

 ひとつは、大多数を占める元ニートたち。

 そしてもうひとつ、元ニートたちと同じ募集要項に該当しながら、ニートたちと決定的に違う人種である。

 

 それは。

 

「いいか、お前ら!! 異世界に行くのは俺らだ!!」

 彼らは対策局の一部を制圧し、職員たちを捕虜に取ると同じ転生者たちを威圧した。

 見るからに粗暴さが隠し切れない、暴力に慣れた極数名。

 そんな彼らが、大多数を占める元ニートのイケメン達に牙を剝いたのだ。

 

 彼らは暴力で元ニートたちを黙らせると、洗脳した女性職員たちを侍らせ王様気取りだった。

 

「彼の言うことが正しいのよ!!」

「あんたたちは彼らに従いなさいよ!!」

「そうすればすべて上手くいくんだから!!」

 或いは、この洗脳されて相手を持ち上げることしかできなくなった憐れな女性たちを見て冷や水をぶっかけられたかのように冷静になったのかもしれない。

 彼らは元々、大した度胸なんて持っていない、その場に流されるだけの人間に過ぎなかった。

 本物の悪意を目にして、彼らは委縮していた。

 

「気持ち悪い……」

 それは、知能が下げられた女性の言動なのか、そんな状態にさせてしまった一部の連中に対してなのか。

 彼らも、そのおぞましさに吐き気を催した。

 

「他の場所の連中を残らず制圧するぞ!!」

「何人か残って、こいつらを見張っとけ!!」

 洗脳できない男性職員は、部屋の片隅に縛られて放っておかれていた。

 

「女はここに連れて来い、男どもは縛ってあそこに置いておけ!!」

「は、はい……」

 それでも、暴力の恐怖に屈した転生者たちは従うほかなかった。

 

 

 …………

 …………

 ………………

 

 

 対策局は三階建ての建物で、防衛線は二階に敷かれていた。

 

「さっさと俺たちの盾になりやがれ!!」

「どうせ復活できるんだから躊躇うんじゃねえよ!!!」

 即席のバリケードに取り付こうとする転生者たちと、局員たちの攻防が繰り広げられていた。

 

「マズいですね」

 この場に居るのは、難を逃れ応戦している警備員数名と千利たちだけだった。

 相手は無尽蔵の耐久力でごり押し気味にこちらに攻め込んでおり、徐々に押されている状態だった。

 

「でも、この様子ならリーンたちの価値には気づいていないみたいね」

「彼らを鎮圧するのも骨が折れそうです。戦力が足らない」

 メイリスの言葉を受けて、千利が歯痒そうにそう言った。

 

「じゃあ、出撃した二人が戻るのを待つ?」

 夏芽は、二人に問うた。

 

「力が有るくせに、出し惜しみするの?」

「私にもまだ、この事態の判断がしかねているのよ。

 強い力を持つ者だからこそ、その使い方は慎重にならないといけない」

 メイリスに揶揄され、夏芽は不機嫌そうに応じた。

 

「この対策局の局員たちは、戦う覚悟を持つ者だと思ってる。

 それは非戦闘要員でも同じよ。本拠地を攻撃されることぐらい、想定済みのはず」

 だからこそ、曲がりなりにもこうして反抗できている。

 

「私は、あなた達が解決できることはあなた達がすべきことだと思っている」

 それが調停者。属性(アライメント):真の中立。

 

「ああそう」

 メイリスはその言葉に、頭をがしがしと掻いていら立ちを隠そうともしない。

 

「自分で何も決めるつもりが無いなら、自分の世界に帰れば?」

 彼女は夏芽を戦力に数えるの止めたようだった。

 非情で合理的な彼女らしかった。

 

 彼女はすぐに警備員の援護に回った。

 メイリスの自動拳銃から放たれる銃弾が命中すると、爆発を起こす。

 これが彼女の魔法、物質を自在に変質させる力。

 全盛期から衰えてなお、その力を彼女は自在に操っている。

 

「師匠……」

「わかってる。慣れているわ」

 メイリスのような芯の強い人間からすれば、夏芽の態度はおべっかにしか見えないのだろう。

 そしてそれを、夏芽は否定できない。

 メイリスの言葉は、どうしようもなく本質を突いていた。

 

「私はとりあえず洗脳された人たちだけでも……あれ?」

 そこで、夏芽は異変に気付いた。

 

 

 時は、少しばかり遡る。

 

 対策局の一階フロア。

 一階で一番広いこの場所で、捕虜をひとまとめにされていたのだが。

 

「おい、お前ら!!」

 上に行っていたはずの粗暴な転生者の一人が、まごついていた待機組を怒鳴りつけた。

 

「上が思いのほか苦戦してやがる、こうなったら女たちも戦線に投入するぞ!!」

「えッ!?」

「お前たちも言う事を聞かせるようにするの手伝え!!」

 そう言って、彼は怯える女性局員たちの元へ向かう。

 

「や、止めて、彼女だけは絶対に何もさせない!!」

 そこに、一人の女性局員が魔法抑制装置を付けているドールズハートの前に立った。

 

「彼女を悪用したら、とんでもないことになる。それだけは!!」

「なんだ、そいつは魔法持ちなのかよ。丁度いいじゃねえかッ!!」

 余りにも必死なあまり、余計なことまで言ってしまった局員を洗脳し、横にどかすと彼はぼんやりとしている魔法少女の前に立った。

 

「なあ、彼女ってもしかして……」

「うん。わかってる……」

 その様子を見ていた、居残り組の転生者が何事かを囁き合った後、一人が前に出た。

 

「……おい、てめぇ、何のつもりだ」

 なんと、粗暴な転生者の前に、居残り組の一人が立ちはだかったのだ。

 

「か、彼女だけは、ダメです!!」

「何言ってんだ、お前!!」

「あ、あなたも聞いたことぐらいあるでしょう!! 

 あの有名な、ドールズハート事件を!!」

 彼らが必死に口にしたのは、その場にいる誰もが知っている惨劇のことだった。

 

 ドールズハート事件。

 正式名称は、東京第三中学魔法災害事件。

 

 日本で最大の、魔法災害とされる大事件だった。

 

 教師や全校生徒約五百名が、魔法の発現の際の力の暴走で心を破壊し尽くされた。

 犠牲になった彼らは、今や廃校になったその学校で今も歪な学校生活を続けている。

 

 その原因となった彼女は、徹底的にマスコミの餌食になった。

 未成年だというのに、その顔写真や名前は出回り、彼女の父親は自ら命を絶った。

 彼女の家までマスコミは押しかけ、彼女はインタビューに答えた。

 

「あの学校じゃあ、誰も心を持ってる人なんていなかった。

 だから、お人形さんになっても全然問題ないよね? 

 私が、私だけが、心を持っていた。だから私はドールズハート。人形たちの中で、唯一心を持ってるの!!」

 とっくに壊れていた彼女のその言葉は、日本全国を恐怖に陥れた。

 

 教育委員会は徹底的に叩かれ、再発防止の為に大規模な教育制度の改革を余儀なくされた。

 トラウマが魔法を発現させると広まると、報復を恐れて全国的にイジメの件数が圧倒的に鳴りを潜め始めた。

 学校は信用ならないと、塾や家庭教師の需要が大幅に拡大されると言った事態も巻き起こった。

 

 彼女の引き起こした惨劇が、停滞していた日本の教育制度を破壊し尽くしたのだ。

 彼女の名前は、日本の歴史に足跡を残した。

 結果的に、彼女はいじめの被害に遭うはずだった未来の多くの人間を救った。

 

 

「だからどうした!! 

 そいつを使えば、この建物ぐらい簡単の制圧できるんだろうが!!」

「あなたみたいな人にはわからないんだろうけど!! 

 彼女のおかげで、俺は救われたんだ!! 俺はあの学校の卒業生だったから……あの学校の酷さは良く知ってる!!」

 暴力の気配に怯えながら、それでも元ニートの一人は叫んだ。

 

「あの学校がこの世から消え去って、清々したんだよ!!」

 ぼんやりとしているドールズハートが、彼に視線を投げかけた。

 

「ねえ」

「えッ?」

「あなたはどうして心があるのに、人形でいるの?」

 壊れた少女が、彼にそう言った。

 

「どうして、心の無いお人形の言いなりになってるの?」

 くすくす、と可笑しそうに彼女は微笑んでいた。

 

「う、う、うわああああぁぁ!!」

 彼は叫んだ。自らの奥底に錆び付かせた勇気を振り絞り、目の前の暴力に反逆を試みた。

 

「調子乗んじゃねえ!!」

 だが、相手は喧嘩慣れしているのか、あっさりと撃退されてしまった。

 

「あ、あはは、そうだよね、俺に喧嘩なんて無理だよね」

「手伝ってあげようか?」

「えッ」

 その直後だった。

 殴り倒された彼が、まるで操り人形のように不自然な立ち上がり方をしたのは。

 

「なんだ、てめえまだやるの──ッ!?」

 逆転は一瞬だった。

 身体能力が強化されている転生者ですら反応できない速さで、凄まじい回し蹴りが直撃したのだ。

 

「え、あれ、俺は、なにを……」

「教官さんから教わった護身術だよ。えへへ、役に立ったね」

 何が起こったのか困惑している元ニートに、魔法抑制装置を自力で外して投げ捨てた魔法少女が微笑んだ。

 

「私の魔法、他人を強化して思い通りに動かせるけど、自分を強化できないから」

「は、はは、すごいや、これが魔法」

 あの粗暴な転生者が、あっさりと気絶している。

 彼は現時点で最も凶悪とされる彼女の魔法の恐ろしさを思い知った。

 

「ドールズハートさん、お願いがあるんだ」

 そして、彼は意を決して彼女に願い出た。

 

「いいよ」

 彼女はそのお願いの内容を聞く前に、頷いたのだった。

 

 

 

 二度目の転生者たちによる暴動は、それからすぐに収束した。

 

 ドールズハートの操る転生者たちが、戦わされている転生者たちを制圧し、暴力で彼らを戦わせていた数名の拘束に成功。

 千利たちとの挟み撃ちの結果となり、優勢になったため戦闘は十分も掛からずに終わった。

 

「くそッ、お前ら、異世界に行きたくないのかよ!!」

 拘束された彼らは裏切った転生者たちに恨み節をぶつけていた。

 

「そりゃあ行きたいさ!! でも、あんな風に誰かの尊厳を奪ってまで行きたいとは思わないよ!!」

 ドールズハートに自分を操ってもらうように頼んだ転生者が、そう叫んだ。

 それは、多くの転生者の総意だった。

 誰かを踏みにじれるほど、彼らは強くなかった。

 

「さて、本格的にこいつらはどうすべきでしょうか」

 こうなっては、なあなあで済ませることはできない。

 どのような処罰をするか、千利が頭を悩ませていると。

 

「やあやあ、諸君。我が女神は実に満足しておいでだ」

 空間が歪み、虚空からクリスティーンが魔法を用いて現れたのだ。

 

「……この騒ぎ、あなたの仕業ですか」

 のこのこと現れて来た彼女を、千利が睨みつけた。

 

「お、おい!! 俺たちはあんたの言われた通りにしたぞ!!」

「こいつらが裏切らなかったら、ちゃんとこの建物を滅茶苦茶にできたんだ!!」

 そんなことを言い出す粗暴な転生者に、多くの冷たい視線が刺さった。

 

「ああ、そうだな。だが安心しろ。

 我が女神は、お前たちこそを召すと仰せだ」

「え、本当か!?」

「ああ。それじゃあ、勇者たちよ。

 滅びゆく世界を、救ってきてくれ」

 そこはかとなく面倒そうに、特に説明もなくクリスティーンは杖を振るった。

 それだけで、粗暴な転生者たちは異世界へと送り込まれた。

 

「あっちの世界を絶賛滅ぼし中の現地の魔王様に、よろしくな」

 そのクリスティーンの言葉を聞いていた他の転生者たちはゾッとした。

 そう、クリスティーンは一言も、全てが上手くいく世界に送るなんて言ってはいなかった。

 

「はい、これで今日の私の業務は終わり!! 

 お疲れ様っしたー。帰ってビール飲も」

 普通に帰ろうとしている彼女は、ああ、とふと思い出したように転生者たちに振り返った。

 

「お前ら、これは善意からの忠告だが。

 もう既にお前らは、メアリース様から恩恵を受け取っている。

 ──これは借金と同じだよ」

 彼女は心底同情するように、彼らにそう言った。

 

「恩恵を事前に借りたんだから、返すのは当たり前だよな? 

 もし何もせず、何も成せなずに今生を終えたのなら。

 お前たちの来世はその負債を延々と返すだけの人生になるだろう。その扱いは家畜以下だ」

 彼女は、神に祈ることの残酷さを真剣に説いていた。

 

「せいぜい、本気で、必死に生きることだ。

 女神の期待を裏切るのは、それだけ最悪の事なんだからな」

 そう語って、クリスティーンは最初と同じように空間を歪ませて消え去って行った。

 

「ふう、リーンは無事だったわ。

 ……なに、この雰囲気は」

 そこに、リーンを連れたメイリスが戻ってきて、その沈痛な雰囲気に首を傾げた。

 

 

 

 転生者たちの今後は、大きく分かれて二種類に分かれた。

 

 これまでの過去と容姿を全て無くしたことを希望とし、新しい仕事を見つけようとそれぞれの道を歩もうとする者達。

 そしてもうひとつ、あの真のイケメンに付いて行くことにした面々。

 

 今回の騒動であの粗暴な連中に巻き込まれた彼らはどちらかと言うと後者だった。

 

「ハッキリ言って、君たちの境遇は同情に値する。

 だが、それは許されるという事と同義ではない」

 負債を背負わされ、その事実に怯える転生者(イケメン)達に主任が話をしていた。

 

「それでも、私は君たちを助けたいと思っている。償いの機会を与えたいと思う。

 そこで、ドールズハート……有栖くんの事だ」

 ここで彼女の名前を出され、困惑する彼ら。

 

「彼女の魔法は、君たちの能力と違って不可逆だ。

 つまり、彼女の魔法で洗脳されたら二度と元には戻らない」

 主任は脳細胞などが損傷したり等医学的な説明したが、結局は全ては解明できていないと語った。

 

「君たちはその影響を受けた。彼女の魔法は、一度でもその影響下に晒された者を完全に支配する力だ。

 要するに、そのまま君たちを野放しにはできない」

 それは事実ではあったが、口実でもあった。

 

「これはそう言った危険性ゆえに、倫理的にも許されないことでもあった為、選択肢から除外されたが。

 彼女の魔法で自衛隊員を強化し戦って貰おう、という話もあった」

 ここまで丁寧に話されれば、この話の行く先をなんとなく彼らにも理解できた。

 

「知っての通り、彼女の魔法は強力だ。

 多くの人間を統一化させ、統率して戦わせることが出来る」

 何の喧嘩の経験も無い人間も、簡単に戦力に出来てしまう力だった。

 

「君たちの身体能力を合わせれば、それを最も有効活用できるのは彼女だろう。

 だから、彼女の元で我々と共に戦ってほしい。

 了承してくれれば、衣食住やそれなりの給料も保証する。断るのなら、彼女に記憶を処理してもらう」

 主任は、事実上彼らに選択肢を与えなかった。

 それが迷惑を掛けた彼らの罰であり、手を差し伸べられる唯一の手段だった。

 

「お、俺はやります!!」

 あの時、彼女に勇気づけられた一人が声を上げた。

 

「俺も、あの子の為なら戦える!!」

「他に何も道は無いし、やるしかないか」

 他の面々も、最終的にはその提案に同意した。

 

「じゃあ、皆。よろしくね」

 その様子を見ていたドールズハート……有栖は静かに微笑んでいた。

 

 こうして、リクルート隊とは別の転生者たちだけの部隊“親衛隊”が結成されるのであった。

 

 

 

 

 




転生者たちを魔法少女の肉壁や兵隊として活用する為の話に何話も掛ってしまった。
これからもっと余計なところをバッサリカットしたいところ。みんな女の子が活躍してるのを見たいんだよ!!

とりあえず、次回はアンケートの結果を反映し執筆したいと思います。
それではまた、次回!!


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ライバル登場!? ケルト式修行始めます

今回はアンケートにあった修行回、とその導入になります!!



「うおおおおおおおぉぉぉぉぉん!!」

 町中に、獣の咆哮が響き渡る。

 どことなく人間の面影があるその叫び声は、しかし体の芯まで響く魔の衝撃を伴っていた。

 

「この、オオカミ野郎!!」

 全長3.5メートルの狼人間と対峙するのは、魔法少女二人。

 ドライフレアとジェリーだった。

 

「戦え、戦え、戦えぇぇ!!」

 五指から伸びた鋭利な爪が、道路標識を細切れにする。

 数瞬前にそこに居た二人は左右に散開してその一撃を回避した。

 

「喰らえ!!」

 バックステップのままドライフレアの凍てつく炎が、オオカミの怪人へ放たれた。

 

「その程度、効くかぁ!!」

 だが、怪人はその巨体で腕を振り回すだけで彼女の炎を振り払った。

 その動作だけで風圧が発生する。

 常識では考えられない腕力、そして瞬発力。

 

「そんなものかぁ!!」

 ドライフレアに狙いを定めた怪人が、コンクリートを踏み砕いて彼女に飛び掛かる。

 彼女の鼻先に鉄も輪切りにする五指の爪が迫った!! 

 

「背中を見せるとは、余裕ですわねぇ!!」

 怪人の背を、ジェリーが生み出した粘液の弾丸が直撃した。

 その衝撃で、ドライフレアを刺し貫こうとした爪の軌道が逸れた。

 グサリ、とその爪は彼女の背後のビルの壁に突き刺さった。

 

「隙有り!!」

 爪を壁から引き抜く動作の隙を、二人は見逃さなかった。

 

 ジェリーが粘液の鞭を生み出し、怪人の体を絡めとる。

 その粘液は勿論、ガソリンのように揮発性の高い性質を帯びていた。

 

「死ね、化け物!!」

 地面を転がって起き上がったドライフレアが、その粘液に着火させた。

 直後、爆発。

 

 怪人はトーチのようにその毛並みを燃え盛らせた。

 決まった、と二人は思った。

 

「まだ、まだだああぁぁあああ!!」

 魔性の咆哮が、空気を振るわせる。

 

「うっそ」

 気合だけで全身にも燃える炎を振り払った怪人に、ドライフレアが思わず唖然とした。

 怪人はまさに、死力を尽くすかのように己の生命を燃やし尽くしその異様な能力を支えていた。

 

「お前たちが俺を殺せないなら、俺を殺せる人間が現れるまで見る者すべて殺してやる!!」

 炎によって黒く焦げた怪人は、幽鬼のように魔法少女たちの前に立ちはだかる。

 

「それがぁ、殺人鬼と呼ばれた俺に与えられた、使命ぃぃいい!!!」

 両手を広げて、トラックのような重さと速さで突進する怪人。

 狙いは勿論、ドライフレア!! 

 

 この二人の攻撃で、自分にダメージを与えられるのは彼女と判断してのことだった。

 

「こっちに、来るな!!」

 ドライフレアは怪人を近づけまいと炎をバラまくが、相手は負傷を無視して突っ込んでくる!! 

 

「やばッ」

 咄嗟に彼女は避けようとしたが、一足遅かった。

 

 丸太のような剛腕からのラリアットがドライフレアの腹部に直撃した。

 

「がはッ」

 常人ならそれだけで即死するだろう攻撃を受け、くの字になりながら吹っ飛ばされる。

 およそ50メートル近く吹っ飛ばされ、道路を転がるドライフレア。

 

「水無瀬さん!!」

 ジェリーがフォローに入るが、怪人は止まらない。

 

「く、そッ」

「偉大なるかの御方に、死の苦しみを癒して頂け!!」

 血を吐きながら起き上がろうとするドライフレアの前に、怪人の凶刃が迫る!! 

 

 絶体絶命、万事休す。

 魔法少女アニメの定番なら、死の直前に瀕した魔法少女は自らの能力覚醒するものだが、そんな都合の良い展開なんて起きえない。

 

 だからこそ、都合が良いことが起こるとしたら、それは狙っていた(・・・・・)からに他ならないだろう。

 

 

「えッ」

 五指の爪を振り下ろそうとした怪人と、ドライフレアの間に引き抜かれた道路標識が突き刺さった。

 

「何者だ!!」

 未知の攻撃を前に、距離を取った怪人が道路標識が飛んできた方を見やった。

 

 丁度、ビルの真上に立つその姿は、逆光となって彼らにはすぐ把握できなかった。

 

 その時だった。

 ビルの合間から、ラジカセを抱えた目出し帽を被った何者かが現れ、カチャッとボタンを押してラジカセを置いてから慌ててビルの合間に戻って行った。

 

 置き去りにされたラジカセから、音声が再生される。

 

『ぱーぱぱぱー、ぱーぱぱぱー。

この地球にぃ、邪悪が蔓延るその時にぃ、黙っていないわ正義の味方ぁ♪ 

潰えはしないわ、希望の光、この私が居る限りぃ~♪ (彼女は誰だい? ふぅわッふぅわッ!!)

彼女は~、サイネリア~、魔法少女サイネリア~、愛と魔法の使者ぁ~♪』

 

 ラジカセから、アカペラのクソ音痴の女性の歌声が響く。

 そんな気の抜けるような歌声に呆気に取られていると。

 

「……ねえ、なんで曲が付いてないの?」

「テーマソングが欲しいって言ったの昨日だろうがボケ!! 

 そんなに曲が欲しかったらそのクソ音痴をどうにかしてみろや!」

 ビルの上と下でそんな声が聞こえる始末だった。

 

「ごほん。悪の怪人めッ、天の神様が許しても、この私がその悪行、許しません!!」

 気を取り直して、ビルの上の少女がそう宣言した。

 そのまま、軽やかに地面に着地。

 

 現れたのは、どこか外国人の血の混じってるように見える少女だった。

 

「魔法少女サイネリア、ここに参上!!」

 その名の通り、花をモチーフにした魔法衣装をまとった少女が、そのように名乗りを上げた。

 その後ろで、目出し帽の少年がクラッカーを鳴らし、桜吹雪を散らしたりと大忙しだった。

 

「……ねえ、ピンクの煙がバーンとなる奴は用意できなかったの?」

「それ昨日試して煙吸い込んでむせて文句言ったの誰だっけなぁ!!」

「もういい、あと誰が音痴だ」

 少女の寸鉄が、目出し帽の少年をどついた。

 彼は大げさなほど痛がって、その場をのたうち回っている。

 

「私が来たからには、これ以上誰も傷つけさせないわッ★」

「コントは終わったか?」

 この怪人も、空気は読めた。

 このぐだぐだな登場シーンを、お約束だからちゃんと待っていた。無駄に律儀だった。

 

「あの、女……」

 その隙にドライフレアを連れて距離を取ったジェリーは、突然現れた彼女を知っていた。

 いや、見覚えが有った。

 

 そう、先日、魔王が地上に降り立った時、インタビューを受けていた彼を襲撃したあの魔法少女だった!! 

 

「くらえー★」

 まるで玩具にしか見えない──いや、本当に玩具でしかない星型の意匠がされたステッキで、魔法少女サイネリアは怪人に殴りかかった。

 その動き、どう見ても素人。武術の心得があるようには見えない。

 

「俺の使命は、立ち向かうモノの試練となること」

 怪人は、この気の抜ける相手にも容赦をするつもりは無かった。

 

「なるべく苦痛なく終わらせてやろう!!」

 怪人の爪が、サイネリアを引き裂こうを振り下ろされる、が──。

 

 ぱきん、と鉄をも引き裂く爪が弾かれ、割れた。

 サイネリアに触れた瞬間に、である。

 

「マジカル★スター☆彡カウンター!!」

 その直後だった、まるでコマのように回転を加えて体を捻り、玩具のステッキが怪人に直撃する。

 

「ん、なッ!?」

 怪人の巨体に、玩具のステッキがめり込んだ。

 常識では考えられない現象、魔法の力だ。

 

 その尋常ではない力で、怪人は吹っ飛ばされた。

 巨大な鉄球で殴り掛かられたかのようだった。

 

 非常に攻撃性の高いドライフレアでさえ、比べ物にならない火力重視のアタッカー。

 そう判断した怪人は優先順位を変更した。

 

「刃が通らぬなら、絞め殺すまで!!」

 怪人の剛腕が、今度こそ彼女を仕留めんと迫りくる!! 

 

「大地の力よ、私に力を貸して☆彡 

 必殺──」

 全く殴り合いなんて出来そうにない細腕で、気の抜けるような遅さのパンチ。

 だが。

 

 

「アース▽ブレイク△クラッシャー☆彡!!」*1

 その一撃が、怪人の胴体を木っ端みじんに吹き飛ばした。

 血の風船が破裂したかのように、道路に血飛沫が派手に飛び散る。

 一撃必殺。

 

「め、めがみ、さま、これで、ようやく、おれは……」

 胴体を失った怪人は、朦朧とした意識の中で消えゆく魂を何かに抱きしめられるのを感じながら息絶えた。

 

「正義は必ず勝つのよ!!」

 返り血で血まみれになっている魔法少女サイネリアは、元気よく星のステッキを掲げた。

 

「……じゃあ帰ろ」

 戦いが終わると、一瞬にしてテンションが最底辺に落ちた彼女は、無表情になって踵を返した。

 

「あー、すいません、後始末お願いします」

 全ての関心を失ったかのように立ち去ろうとするサイネリアを尻目に、目出し帽の少年がぺこぺこと頭を下げてから彼女に追従する。

 

「ま、待ちなさい!! 

 許可の無い魔法の使用は、法律によって禁止されていますわよ!!」

 呆気なく勝利した彼女の後姿に、我に返ったジェリーがそう口にした。

 

「……だから?」

 サイネリアは肩越しに視線だけを寄越して、どうでも良さそうにそう答えた。

 

「国にお守りして貰ったら、敵に勝てるの?」

 彼女はそんな辛辣な言葉を投げかけると、そのままビルの合間へと消えて行った。

 そんな彼女を追いながら、二人に申し訳なさそうに何度も頭を下げる目出し帽の少年が続く。

 

「……くそッ」

 ダメージで起き上がることしかできないドライフレアが、血の混じった唾を吐きながら悔しさに手を握り締めた。

 

 

 

 §§§

 

 

 怪人との戦いの裏で、上位者対策局も大変なことになっていたが翌日には業務が再開できていた。

 流石に局員全体が疲れた様子だったが、仕事に支障は無いようだった。

 

「昨日、あの怪人の前に現れ戦ったのは都内の中学校に在籍中の生徒です。

 名前は、西念 莉愛。イギリス人のクオーターですね」

 オペレーションルームで、千利が資料を確認してそう言った。

 

「だから、サイネリア、ね。

 あの子、自分の事隠す気あるの?」

 思わず思ったことを口にする夏芽。

 魔法少女のお約束として、変身中は正体がバレないといったものがあるが、この地球ではそんなことは一切無い。

 だから当人の事はとっくに特定済みだった。

 

「そういうのは無頓着なタイプみたいで、まあ話の通じない相手ですよ。

 こちらの局員が勧誘しても、断ったそうですから」

「それでも、魔王の手下と戦っているんだ」

「最近は珍しい、所謂野良の魔法少女ですね」

 昔は個人で魔王に反抗する者も多かったらしい。

 しかし、魔法を得るに至った少女は誰しも悲惨な目に遭っている。

 国家のバックアップ無しで、その活動を続けるのは非常に難しい。肉体的にも、精神的にも。

 

「あいつ、私がピンチになるのを待ってた!!」

 そして、水無瀬は荒れていた。

 

「あんなのただの目立ちたがり屋よ、ふざけやがって!!」

「まあ、変人と言えば変人ですわね」

 荒れ狂う彼女の隣の席の成実は率直な感想を漏らした。

 

「実際のところ、どうなの? 

 個人の判断で魔法を使うのは違法なんでしょう?」

「一応、こちらでは緊急避難ということにしていますよ。

 戦いたいなら勝手に戦えばいい。こちらに迷惑を掛けない限りは、ですが」

 少なくともこちらは戦力として計上していないようであった。

 夏芽は千利の対応に頷いた。

 

「あいつ、私をコケにして、絶対許さない!! 

 千利さん、次あいつが現れたらぶっ飛ばしても良いですよね!!」

「落ち着きなさい。味方同士、とまでは言わないけど敵を増やしてどうするの。

 勝手なことは許さないわ。相手がグレーなことをしていても、ね」

 水無瀬は口実を求めたが、千利は取り合わなかった。

 

「それに恐らく、今のあなたじゃ彼女には勝てないと思うわよ」

 実力的に水無瀬は莉愛に劣っているのは明らかだった。

 そこに魔法の相性も加味すると、夏芽は勝ち目がないと踏んでいる。

 

「そうですね、サイネリアの魔法はかなり強力です」

 千利の見立ても同様だった。

 水無瀬たちほど連戦をしていないとは言え、怪人を打ちのめした。

 凄まじいポテンシャルの持ち主であるのは間違いなかった。

 

「ああいう図太い性格だから、魔王にも挑めたんでしょうね」

 彼女の奇行を目にした成実がそんなことをぼやいた。

 だからこそ、今日まで個人で戦い続けられたのかもしれない、と。

 

「……ッ、勝てないなら、勝てるようにします!!」

「いやだから、彼女の相手なんてしないでくださいと言っているんです」

「私は!! あんな奴に舐められたままでいるのが嫌なんです!!」

 水無瀬の主張に、千利は呆れたように溜息を吐いた。

 

「それなら、鍛錬するしかないわね。

 鍛錬で戦いの技術や経験を得るのが一番よ」

「師匠、つまりそれは」

「ええ、ようやく私の出番ね」

 ドヤ顔をする夏芽を見て、何故だか千利は言いようのない不安に襲われた。

 

 

 

 …………

 …………

 ………………

 

 

 今更だが、上位者対策局はただの箱物ではない。

 魔王の襲来によって地価が下がった都内で、それなりの土地を確保して建てられた代物だった。

 だから訓練に使うグラウンドも、売店もスポーツジムも局員の為の宿舎もある。

 当時の政府の、厄介な魔法持ちは1か所になるべく留めておきたい、という意図が透けて見える。

 

 だから、全体で言えば周辺施設を含めて小学校ぐらいの広さがあるのだった。

 

「これ、なんですか?」

 体操着に着替えた水無瀬が、目の前に設置された物体について尋ねた。

 

「これは伝統的な修行方法のひとつ、跳ね橋よ」

 グラウンドの真ん中に夏芽が持参した装置は、長さ30メートル、幅5メートルほどの橋だった。

 機械によって橋が持ち上げられる仕組みである。

 

「この跳ね橋を上げるまでに、向こうに渡ればいいの。簡単でしょ?」

「それのどこが修行なんですか?」

「やればわかるわ」

 不承不承と言った様子で、水無瀬は夏芽の指示に従うことした。

 

 とりあえず、彼女は走って橋を渡る。

 だが直後、橋がほぼ垂直に跳ね上がって、水無瀬はバネに押し出されたかのように地面に叩き落された。

 

「こ、こんなの無理でしょ!!」

 そう、無理ゲーだった。人間には不可能である。

 

「そう? じゃあお手本を見せるから」

 橋が下りてくると、夏芽は普通に歩いて橋に乗った。

 彼女の体重が橋に掛った直後、跳ね橋が垂直に起き上がる!! 

 

「よ、っと!!」

 だが、夏芽はその場で見事な垂直跳びを見せて垂直の橋を跳び越えて見せた。

 

「これがケルト神話にて語られる“鮭跳び”の技よ」

 笑顔で語る夏芽だったが、水無瀬はポカンとしていた。

 

「こ、こんなの大道芸じゃないですか!!」

 水無瀬は叫んだ。

 それ以前に、普通の人間には無理である。

 そもそも、この鮭跳びの技は本場のケルトの戦士も習得に生涯を費やす秘術である。やれ、と言われてやれる物では無い。

 

「じゃあ、もっとお手軽に体幹を鍛える修行にしようか」

 夏芽は次に自分の身長より長い槍を取り出した。

 

「はい、っと」

 その石突を地面に付けたまま、槍の穂先に片足で跳び乗った。

 

「これぐらいなら練習すれば出来るわ!!」

「無茶苦茶言わないでください!!」

 夏芽は槍の穂先に立ったまま微動だにしていない。

 やっぱり人間業じゃなかった。

 

「あんなの、俺たちでも無理だろ」

「マジであんな修行やらされてるのか」

 なお、普通の教官に体力づくりを指示され、グラウンドを周回しているリクルート隊と親衛隊の面々が可哀そうな者を見る目で見ていた。

 

 どう考えても、夏芽は指導者として微妙だった。

 

 しかしそれでも、水無瀬は説得されたらしく、跳ね橋跳びを結局やることにしたようだった。

 

「うぎゃ!?」

 跳ね橋に跳ね返され、先ほど持ってきたマットの上に落ちる水無瀬。

 

「あなたは常人じゃない、活性化した魔力を全身にいきわたらせるのよ。

 魔法衣装を纏った時みたいな状態を、生身で実践するの」

 この世界では、魔法少女は魔法を十全に使う時、魔力で編んだ防護服を纏う。

 それは一種のパワードスーツのような筋力のサポートを術者に齎している。

 その感覚を思い出せ、と夏芽は言っているのだ。

 

「そうすれば、より効率的に、より素早く魔法を行使できるのよ!!」

 一応、夏芽も無茶で不可能な修行をさせているわけではなかった。

 

「さて、次はあなたね」

「わたくしも跳ね橋を跳べと?」

 成実は果敢にも跳ね橋に挑んでいる水無瀬に絶句していたが、夏芽に視線を向けられ身構えた。

 

「そうね、あなたの場合は応用力があるから、小技じゃどうしようもない相手との経験を積んだ方が良いかもね。

 ねえ、レプ、コティ」

「はいはーい」

「レプのお友達を紹介しちゃうよ!!」

 夏芽を取り巻く妖精二人が、円を描くように踊り出す。

 そこには不思議なことにキノコが無数に生え始め、その円の中心が淡く光る。

 

「え……」

 成実は思わず絶句した。

 円の中から、何か毛むくじゃらの腕が這い出し、のっそりと出て来た。

 

 それは、2メートルを超える巨体であり、2足歩行だがどう見ても人間では無かった。

 毛むくじゃらで醜悪と言うほかないその容姿は、怪物としか表現するほかが無い。

 

「彼は、トロールのアンディ君。

 紳士的でいいヒトよ」

「これのどこが人なんですか!?」

 成実が声を荒げると、トロールのアンディ君は身を縮こまらせてショックを受けた様子を見せた。

 

「あー、酷いこというなあ。

 アンディ君、とりあえず彼女の訓練に付き合ってあげて」

 夏芽がそう言うと、アンディ君はのっそりとした動きで成実に向き直った。

 そして見た目とは裏腹に素早い動きで丸太のような両腕を彼女に伸ばした。

 

「い、いやですわあああぁぁぁ!!」

 成実は変身、魔法少女ジェリーとなって思いつく限りの魔法をぶつけ続けた。

 だが、アンディ君はトロール。妖精の一種。

 妖精の中でもトロールは不死身やそれに近いとさえ伝承に語られる。

 

 ジェリーが何をやっても、アンディ君はすぐにダメージを回復させてしまう。

 まったく有効打が与えられない。

 

「いやああぁ、来ないでぇえ、犯されるぅぅ!!」

 ジェリーは涙目になって必死に抵抗した。

 アンディ君も彼女の暴言に涙目になりながら追いかけまわした。

 

「さて、次の訓練は何にしようかな」

「これが訓練になってると思ってるよ」

「ダメだこりゃ」

 楽しそうにしている夏芽の後ろで、妖精二人がお手上げとでも言うように肩を竦めているのだった。

 

 

 

*1
魔法少女サイネリアの必殺技。地球のエネルギーを利用した、絶大な威力の一撃。相手は死ぬ。要するに某一方通行さんの自転パンチ。




満を持して、新キャラ登場。しかも魔法少女ものならお約束の、ライバルポジションですよ!!
私の作品を昔から知ってる人は、使いまわしとか言わないでください。魔法少女ものを書くのに彼女を出さないなんてありえませんし。

次回は彼女たちの日常回。
とりあえず、水無瀬達やライバルの莉愛がどんな日常を送っているのか描写しようと思います!!

では、また次回!!


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壊れた日常 前編

皆さん、お待たせしました!!


 

 

「ティフォンさあ、あんた最近さぼり気味なんじゃないの?」

 魔王城、四天王専用の談話室にてそのような会話が繰り広げられる。

 

「さぼり? 何故にだ」

「だって最近全然お得意の怪獣を投下してないじゃないか」

 アウトサイダー、和夜に指摘されティフォンは肩を竦めた。

 

「我が作品は芸術だ。適当な粗製で良ければ幾らでも作れるが、それでは彼女らの相手になるまい」

 彼は時間が掛かるのは当然、と言う風な表情をしていた。

 

「だが、確かに我が作品の製造にばかり気を取られていてはいけないな。

 後で私なりのアプローチを考えておこう」

「そうしなよ。

 最近、ハーレの奴が機嫌悪いし」

「まあ、無理もあるまい」

 最近、と言うよりかの女神の宣言の後から魔王はずっと不機嫌であった。

 

「なにせ、あの時目の前で諫言を言うくらいであるからな」

 全世界に向けての女神のメッセージ。

 その際に、おどけた態度を取った魔王ハーレは、内心穏やかでは無かった。

 四天王の誰もが、彼の行動に生きた心地がしなかった。

 

 あの気難しい女神を揶揄するなど、正気の沙汰ではない。

 

「さて、それじゃあ僕もポイント稼ぎでもしてくるか」

 一か月後に、千人殺すと宣言した魔王。

 その期限はもう既に半分が過ぎている。

 

 お互いの勝敗は、ヤラセのテレビ番組のように不自然な拮抗がなされている。

 だがそれも、どうでもいいことだった。

 

「今日も適当にかき乱してやるか」

 あんな勝負、魔王側にとってついでに過ぎないのだから。

 

 

「申し訳ありませんが、今日から三日間ほど出動はお控えください」

 だが、その時、運営事務所の事務員が現れて、そんなことを言ってきた。

 

「え、なんで?」

 出鼻をくじかれた和夜は、彼女に尋ねた。

 

「このような申請があったからです」

 そう言って、彼女は書類を見せた。

 

「はああああぁぁぁ!?」

 そんなのアリかよ、と彼は思った。

 ティフォンも、そう来たか、と唸った。

 

 彼女の見せた書類には、要約するとこのようなことが書かれていた。

 

『水無瀬 大和、楪 成実、両名の出席日数が足りなくなる恐れがある為、学校に登校させたいので休暇を申請します』

 

「いやいや、おいおい、そんなのアリかよ」

「アリです」

 事務員は即答した。

 

「我が主上は文明を与える権能を持つ御方。

 その行使は何人たりとも犯されざる領域。

 文明とは優れた教育の上に成立するものであり、それを怠ることは自身の否定に等しい」

 それはまさに、絶対である神の権力を逆手に取った一手だった。

 

「あの羽虫どもの入れ知恵だろうな」

 ティフォンは可笑しそうに笑いながら、夏芽の両肩にいる妖精たちを思い浮かべた。

 なお、夏芽の発案だとは微塵も思っていない模様。

 

「あんたら、この世界の連中を家畜にするつもりなのに教育がどうとか言ってるのかよ」

「あれは我が主上の歯に衣着せぬ物言いが故であって、我々は別にこの世界の住人を隷属させたいわけでも、馬車馬のように扱き使いたいわけでもありません。

 単純にこの世界の評価が下がり、それ相応の扱いになるというだけです」

 だから事務員は教育を怠る理由にはならない、と口にした。

 

「……じゃあ、具体的にどうなるのさ?」

「単純に、これまで自由意思によって文明を築いてきた地球から、その発展の方針が我が主上の意向にのみ限定されます。

 貧富の差も、格差も、差別も排除され、全ての人類が統一した様式の生活基準で暮らして貰います」

 和夜は、一瞬それって良いことでは、と思ってしまった。

 

「我が主上の権能により、誰も飢えることなく、病むことなく、家の無い者は無くなり、職を失う者も無くなり、適切な教育をし、適度な娯楽や休暇を与え、誰もが健全に効率よく生活できるように保障します」

「まるで楽園だな」

 どこか皮肉るように、ティフォンはそう言った。

 

「はい、“人間”とは楽園を夢見るモノでしょう?」

 女神の化身たる事務員がそう口にするのが、最大の皮肉であった。

 神にとっても、楽園は夢でしかないという証明だった。

 

「つきましては四天王の皆様も休暇と相成ります。

 これからは向こうと調整して日程を組まなければ」

 必要な事だけを言って、事務員は帰って行った。

 

「休暇って、何をしろっていうんだよ……」

 毎日がほぼ休日みたいな日々だった和夜は呆然と呟いた。

 

 悲しいことに、四天王といえども出席日数には勝てなかった。

 

 

 

 

 

「まさか、こんな手が通じるとは……」

 最初にその提案を受けた時、主任はそんな馬鹿なと思った。

 だが、申請は通ってしまった。今日から三日、四天王たちは活動を控えると通達してきた。

 

「レプとコティの戯言もたまには役に立つのね……」

 夏芽はドヤ顔をしている発案者二人を見やった。

 

「相手の性質を理解し、解明すれば弱点を突くなんて余裕よ!!」

「神様なんてどれだけすごくても、所詮制約だらけだしね!!」

 これには人間たちは二の句を継げなかった。

 

 自衛隊の如何なる作戦よりも効果的な遅延作戦をこの二人は成功させたのだから。

 

 

「ところで、師匠。あの申請をした時に、事務員にこんなものを渡されたんですけど……」

「なにかしら、これ。招待状?」

 夏芽は封筒を千利から受け取って中身を見ると、そこには何らかのイベントの招待状が封入されていた。

 

「なにそれ、面白そう!!」

「行こうよ夏芽!!」

「……はあ、しょうがないわね」

 今回の作戦の功労者二人が面白そうにしているのだから、夏芽は断ることが出来なかったのだった。

 

 

 

 §§§

 

 

「今更、学校に行け、か」

 水無瀬は数か月ぶりに、自分が休学していた中学校に向かっていた。

 

 魔王と戦う覚悟を決めた時、彼女は生きてここに戻ることは無いと思っていた。

 自分たちが数日学校に行っている間は、四天王たちは活動をしない──なんて馬鹿げた話だろうか。

 

 だが、この一件は戦略上実に有益な情報でもあった。

 過去の戦いの記録から、世界的に見ても魔王の手下たちは学校を攻撃対象にしたことが皆無であると発見されたのである。

 

 そう、魔王とその軍勢は教育機関、特に公営の学校を戦場にしたり破壊したりできないという事実が浮き彫りになった。

 これはただちに世界中に共有される情報となった。

 

 尤も、それが希望となりうると言うには淡い幻想であると、この後水無瀬は知ることになるのだった。

 

 久しぶりに登校した、母校。

 なぜだか、水無瀬は違和感を抱いた。

 

 そして気づいた。学校とはもっと、騒々しいものではなかったか? 

 

「うちの学校、いつのまに進学校みたいになってるの?」

 自分のクラスに行くまでの道中、同級生のクラスはみんな礼儀正しくホームルームの始まりを自分の席で待っている。

 どのクラスも、どの学年も。

 

「……おはよう」

 彼女が自分のクラスの教室に入った時も、級友たちは他の教室と同じように規則正しく座っていた。

 

「……水無瀬、早く座れ」

 このクラスの学級委員長が、鬼気迫る様子でそう言った。

 教室の誰もが、久しぶりに登校した水無瀬の姿など気にもしていなかった。

 

「委員長、これ、どういうことなの?」

「ホームルームが始まる。早く座るんだ」

 説明は無かった。

 だが、言っていることは正しかったので、水無瀬は釈然としないまま座ることにした。

 

 そして、すぐに予鈴が鳴る。

 それが終わるのと同時に、“先生”も入って来た。

 

 水無瀬はギョッとした。それを責められるものは居ないだろう。

 

「それでは、本日のホームルームを始めます」

 もはや全人類が、知らない者は居ない女神と同じ顔がそこにあった。

 

 

 

 女神の化身による、淡々とした事務的なホームルームが終わると、ようやく教室の生徒たちは張り詰めた糸が切れたように姿勢を崩した。

 

「ねえ、さっちゃん、どういうことなの。何であいつが……」

 水無瀬は隣の席の友人に事情を尋ねた。

 

「みっちゃんが知らないのも無理は無いよね。

 あの日、神様が空に現れたあの日の次の日から、学校にあの人たちが来たの」

 友人の沙智子は、水無瀬に語り始めた。

 

「よくわからないけど、学校の運営とか教育委員会に口を出せる立場みたいで……ははは、そりゃあそうだよね、神様の使いだもん」

 彼女は諦めたような薄笑いで肩を竦めた。

 

「それから、先生が三割くらい辞めさせられたって聞いた。

 その穴埋めに、あの人たちが教員が揃うまで代役をしてるんだって」

「それで、学校がこんな感じになったわけね」

 そりゃあ逆らえないわよね、と水無瀬は思った。

 相手は、空調を変える感覚で酸素を一瞬で世界中から消し去れる本物の神なのだから。

 

「うちの学校って偏差値、低い方じゃん? 

 不良もそこそこ居たって言うか、バカな奴らが反発したりもしたわけ。でも……」

 沙智子は視線を教室の端に向けた。

 その先に居たのは、素行不良でクラスでも問題児だった少年……のはずだった。

 

 彼は必死に休み時間にも関わらず、机に齧りついて必死に勉強をしていた。

 

「どうなってるの?」

「……“指導”が入ったの」

 口に出すのも恐ろしいのか、沙智子は小声でそう言った。

 

「“指導”?」

「わからないけど、とんでもなく恐ろしいことだってのは知ってる。

 だって、すごい悲鳴が指導室から学校中に響いてたんだから……」

 そう言ってから、彼女は身震いした。

 まるでその悲鳴を思い出したかのように。

 

「……ちょっと、直談判してくる」

「────止めて!!」

 悲鳴じみた友人の声に、水無瀬は上げた腰を落とさざるを得なかった。

 見れば、クラスの生徒たちが懇願するような視線を水無瀬に向けていた。

 

「水無瀬、俺たちは今、クラスごとに点数が与えられている。

 誰かの素行が悪いと、そこから点数が引かれる。それは俺たちの成績にも影響するんだ」

 委員長が苦々しい口調でそう言った。

 勿論、その点数が低いとどうなるかは言うまでもないことだった。

 

「そんなの監視社会じゃない……!!」

「そうだな。俺もそう思う。

 だが、忘れたか水無瀬。お前が休学する前のこの学校の、この教室の姿を」

 委員長は額縁眼鏡に触れて目を伏せた。

 

「……」

 水無瀬は何も言えなかった。

 この委員長は、典型的ながり勉で、この教室の生徒たちは毎日のようにそれをはやし立てて馬鹿にしていた。

 イジメと言うほどではなかったが、彼はいつも迷惑そうにしていた。

 猿かこいつら、と水無瀬も思うくらいには騒がしいクラスだった。

 

「少なくとも、真面目に学校生活を送っている分には何も言ってこないし、特段干渉されるわけでもない。

 能力もやる気の無い先生や生徒は一掃され、それどころか神の化身に教えを乞える」

 進路相談にも乗ってもらったしな、と委員長は言う。

 要するに、他人事だった。

 

 ダメな奴がどうなろうと、彼には関係無いのだ。

 正しく健全な学校として生まれ変わり、彼は恩恵を受けた側だった。

 

 

「それでも、間違ってるよ……」

「それを決めるのが、神様なんだろうな」

 絞り出すように声を出した水無瀬に、委員長は自嘲気味に笑うしかなかった。

 

 

 

 水無瀬としては悔しいことに、“先生”の物理の授業はとても分かりやすかった。

 かつて、このクラスの科学の授業の平均点が20点以下*1だったが、前の小テストでは平均80点越えらしかった。

 そう、このクラスで一番のバカは、水無瀬だった。

 何か月も休学していたのだから当たり前だった。

 

「先生、わからないところ教えてください」

「勿論構いません」

 このままではクラスの足を引っ張ると、彼女は頭を下げた。

 

 放課後の教室で、水無瀬は勉強を見て貰えることになった。

 それが一通り終わると。

 

「先生、教えてください。

 恐怖で人間を縛り付けることが正しいんですか?」

 夕日に照らされる教室で、二人きり。

 水無瀬は無機質な神の化身に問うた。

 

「善し悪しではなく、暴力や恐怖は効果的に使えば秩序の維持に長期間貢献します。

 一罰百戒という言葉もあるでしょう?」

「そんな理屈は聞いてません」

「では、残念ながらあなたの満足の行く回答を私は出来ないでしょう」

 人形のように整った容姿の彼女は、淡々と答えた。

 

「ですので、この方針については我が主上に尋ねてください」

「はあ、そんなこと、不可能でしょ」

「では、代わりましょうか?」

「え?」

 それはまるで、照明の電源のオンオフを切り替えるような気軽さだった。

 一瞬で、無機質で機械的だった彼女の口元に、自信に満ちた笑みが宿る。

 足を組んで、椅子に深くもたれ掛かる。

 その所作だけで、雰囲気が一変していた。

 

「さて、この方針が間違っているか、だったかしら?」

 女神が、そこに現れた。

 ちっともありがたみを感じさせない降臨だった。

 

「私は文明の女神。この私こそ、人類の歴史そのもの。

 ここに歴史の教科書があるわよね」

 女神は、中学生が使う歴史の教科書を机の上に広げた。

 

「差別、弾圧、虐殺、人間の歴史は多い方が上から抑えつけ、一方的な押し付けの積み重ねよ。

 ねえ、あなたが美徳だと思ってる平等だとか、正義だとかは、建前に過ぎないのよ」

 女神は優しく、水無瀬に授業を行う。

 

「だとしたら、本来神たる私があなた達に強要するのは、そう言った一方的な差別や暴力だと思わない?」

 その女神の言葉に、思い当たることが水無瀬にはあった。

 

 そう、魔王の襲来だ。

 

「私はこれでもあなた達の自主性に任せて来たつもりだったわ。

 でもそれではダメだと思ったから、こうしているの。結局それが一番効率が良い」

「だから、あんな化け物を寄越したんですか!?」

「じゃあ、洪水の方が良かったかしら? 

 この地上から陸を消し去った方が良かった?」

 まさしく、神話の神のように傲慢に彼女は笑う。

 

「あなた達は自覚するべきよ。

 空気に感謝する人間は居ないけれど、その当たり前が有るのは私のおかげなんだから」

 その言葉に、水無瀬はギュッと拳を握り締めた。

 こんなのが、自分たちの造物主なのかと、悔しくて。

 

「私はこれでも最大限に配慮しているつもりよ。

 それに、今回のゲームは我が盟友が指し手にいる。貴女はその持ち駒。

 久々に面白くなりそうだわ。予測できないイベントも多く起こってるし」

 こんな、今地上で起こってる出来事をゲーム感覚で見下ろしているのが、自分たちの大本だと思うと、泣きたくなった。

 そんな彼女を、女神は薄ら笑いを浮かべて見ていた。

 

「私たちが手を引いてほしいと思うなら、魔王を倒しなさい。

 苦悶に満ちた雨を浴びながら、絶望と言う水底から抗いなさい。

 希望と言う息継ぎをしながら生き長らえて、戦いなさい。それこそが、我が盟友を楽しませる。私も退屈しないで済む」

 残酷な言葉だった。この女神はこれっぽっちも相手が勝てるとは思っていないのだから。

 先んじて教育に介入しているのが、その証拠だった。

 

「──私は、絶対に負けない」

 水無瀬は精一杯、目の前の黒幕を睨みつけた。

 

「全ての人間があなたのようなら、そもそもこんな事態にはならなかったのにね」

 そう応じた女神はどこか愚痴っぽく。

 

「じゃあ、これからも勉学に励みなさい」

 そして本当に教師みたいに水無瀬に激励した。

 

 

「諦めて、絶対に諦めてやるもんか」

 水無瀬の乾いた心に、燻った闘志の炎が燃え上がった。

 

 

 

 

 

 

*1
作者が中学時代、物理のテストで20点を取ってクラスで一番だった時の心境よ……。




いつもご愛読くださる読者の皆様、更新に間が開いてすみません。
ここしばらく、新しい仕事を貰いまして、車での長距離移動を頻繁に行うのです。
そのおかげで執筆時間とモチベーションが保てず、更新が開くことになりました。
あと数日は仕事の都合で休みなので、更新できればと思います。

今回も思ったより長くなってしまい、前編となりました。
後編の後、何を書くかアンケート募集します。
作者のモチベーション維持の為、ご協力ください。



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壊れた日常 後編

本日二度目の更新です!!


 

 日本、某所。

 

 ここは真・楪グループが都市開発を一手に担う地域だった。

 即ち、魔王四天王である茂典翁が実質的な支配者である。

 

 この都市の目的は実に単純だ。

 都市そのものが巨大な工場であり、それを効率的に運用する為の設計がされている。

 とにかく雇用を生み出すために常に多くの事業を行い、単純労働を行う従業員を大量に雇い、安価で品質管理がなされた商品を生み出す。

 

 茂典翁は仕事がこなせるなら、その雇う人間の経歴は気にしない。

 失業者、浮浪者、中卒、障碍者、身寄りのない人間を片っ端から雇って工場で働かせる。

 都市のほとんどが彼らの従業員宿舎であり、彼らの為のショッピングモールや娯楽施設などで占められている。

 そして徹底した従業員管理とメンタルケア、福利厚生を行い問題を排除する姿勢があった。

 

 魔王の襲来によってガタガタになった日本の経済事情を支えているのが、皮肉にも彼の作ったこの工業都市のおかげだった。

 この都市は、失業者や就職難の学生の駆け込み寺とさえ呼ばれ始めていた。

 政府も、茂典翁が魔王の四天王だからと言って税金とかを納めないとか、そんな横暴はしなかったので、何も言えない状態だった。

 むしろ彼はそのあたりをきっちりしている人間だった。

 

「社長、異世界ゲートの稼働率はマニュアル通り80%を維持しております」

「うむ」

 今日も茂典翁は、自分の都市の施設を視察しにきていた。

 彼は根っからのワンマン社長。

 自分が何でも確認しないと気が済まない、生粋のオーバーワーカーだった。

 

「こちらが、新しいタイプの固形栄養食です」

 工場長が自分の工場で作っているサンプルを彼に提示した。

 親指サイズの丸薬にしか見えないそれを、茂典翁は口にした。

 

「ふむ、多少味はマシになったな」

「はい。食品再構築装置は実に画期的な、神の恩恵と言えましょうが……その味は……」

 二人の目の前にある装置には、全国のコンビニやスーパーなどから回収された廃棄食品が滝のように流れ込んでいる。

 それを今の丸薬に加工する装置がこれだった。

 たった一つで1日分のカロリーと栄養素を補充できる保存食品にすることが出来る。

 

「まあ、美味くしすぎても問題じゃろう。

 所詮これは貧しい地域への支援物資や、被災地への保存食じゃからな。

 社会的自立や復興まで、間を繋ぐための代物じゃ。食べ過ぎると流石に毒じゃし」

「仰る通りかと」

「今は食品ロスが叫ばれる時代じゃ!! 

 まったく、儂がガキの頃は蒸かした芋もごちそうじゃったのに、何が飽食の時代じゃ馬鹿馬鹿しい。

 大量生産大量消費、実に結構!! それ故に人類は進歩したんじゃからな。だが、最近は少々暴走気味じゃろう。

 こうして社会貢献と利益を両立してこそ、成功を収められるわけじゃな!!」

 茂典翁は上機嫌にそう言った。

 

「(この人が、嬉々としてブラック企業を物理的に破壊する魔王の配下とは思えない……)」

 こうして見る限り、彼は真っ当な事業者だった。

 大企業グループの社会的な責任を全うする、正しい大人だった。

 茂典翁に見いだされ、若くして工場長にまで取り立てられた彼には、ひょうきん者の魔王の配下の顔と、大企業の社長の顔が同じには見えなかった。

 

「……む、社長。先日認可を得た例の品が届いたそうです」

「なに? それは重畳重畳」

 工場長がスマホのメッセージアプリに届いた報告を伝えると、茂典翁は好々爺にしか見えない笑みで顔を綻ばせた。

 

「そうじゃ!! 第一便は儂が直接届けるとするぞ!!」

「ええッ」

 この行動力、バイタリティー。

 まるで老いを感じさせないその姿に、工場長も付いて行くほかなかった。

 

 

 上機嫌の絶頂に居た茂典翁。

 だが、それが続くのはあと一時間も無かった。

 

 異世界から届いた物品を詰め込んだトラックに、自ら乗り込んだ茂典翁。

 若い頃から破天荒なエピソードが多い彼が、いざ目的地に出発しようとしたその時だった。

 

 

「死ねええぇぇぇ、クソジジイィィィ!!!」

 

 

 5tトラックに、同じだけの質量の水が降り注いだのだ。

 

「んぎゃあああああ!!!!」

 運転席から投げ出された茂典翁が叫び声を上げながらコンクリートの地面を転がる。

 

「て、敵襲だ!! 警備は総員出撃せよ!!」

 その光景を見ているしかできなかった工場長が、すぐに警報を鳴らした。

 すぐに武装した警備員が数名駆け付ける。

 

「邪魔するなぁあ!!」

 が、襲撃者の操る水の鉄槌にて薙ぎ払われる。

 

「地獄に帰れ、死にぞこない!!」

 襲撃者、魔法少女ジェリーこと成実が槍のように鋭い粘液の槍を憎き仇に投げつける。

 

「社長、危ない!!」

 雇い主の危機に、動いたのは工場長だった。

 殆ど咄嗟に、魔法の射線へと彼は躍り出た。

 

 この時、成実は魔法を解除することが出来た。

 一瞬で攻撃を霧散させることができた。

 

 でも、しなかった。

 

 

「これこれ、若者が死に急ぐものではないぞ」

 眼にも止まらぬ速さだった。

 地面に転がっていた茂典翁が、自分の前に立った若者を横に押しのけた。

 そして、老人の腹部を死の槍が貫いた。

 

「しゃ、社長!? ……えッ」

 地面に倒れ、顔を上げた工場長は状況を確認して絶句した。

 

 茂典翁の腹部に、大きな穴が開いていた。

 だが、その内側には在るべき物が全て無かった。

 

 彼の腹部から、無数のケーブルと金属部品、ちぎれた銅線から火花が散っていた。

 

「化け物が、正体を現しましたわね!!」

 ありったけの憎悪を込めて、少女が目の前のそれを睨みつけた。

 

「さ、サイボーグ!?」

 そう、工場長が察した通り、茂典翁はサイボーグだった。

 

「やれやれ、幾らでも替えが利くとはいえ、高いんじゃぞこの体」

 茂典翁はボロボロになったスーツを何とか取り繕うとしていたが、すぐに諦めた。

 

「いったい何をしておるんじゃ。

 今お前は学校の時間じゃろう。こんなところで油を売ってるでない」

 言葉だけ聞けば、それは平日に突然自分のところに遊びに来た孫を咎める老人そのものだった。

 余りにもそれが、場違いと言うことを除けば。

 

「うるさい……!! 

 わたくしが学校で、どんなに惨めな立場に居るか分かっていないくせに!!」

 その言葉は成実の神経を逆撫でする言葉でしかなかった。

 

 成実は、その家柄と家業からとても裕福な家庭に育った。

 学校も当然、都内のお嬢様学校と呼ばれるような良いところに通っていた。

 

 だが、それもすべて台無しになった。

 目の前の老人が、滅茶苦茶にしたからだ。

 

「同級生から没落したと後ろ指差され、祖父が魔王の手先で好き勝手してると蔑まれ!! 

 お金も住んでいた家も無くなって、独り孤児院で煙たがられるわたくしの気持ちなんて!!!」

 もう、成実には何も無かった。

 惨めさを、復讐心に変えることぐらいしかやることがなかった。

 

「ふん、所詮あのバカ息子とその嫁の娘じゃのう。

 財産も家も失ったのは、儂が差し伸べた手を振り払ったからじゃろうに。

 だからあのバカな親戚どもに全部奪われて、挙句孤児院に追いやられるのじゃ」

 何食わぬ顔で、茂典翁はそんなことを言い放った。

 

「本当に儂に復讐したいのじゃったら、その時の屈辱を呑み込んで儂の手を取るべきじゃった。

 そして時間をかけて地盤を固めればよかった。

 なのに一時の感情で全てを投げ打って……本当にバカから産まれたバカ女じゃわい!!」

 人間と全く見分けのつかない質感の手を叩いて、茂典翁は哀れな少女を嘲弄する。

 

「う る さ い!!」

「やかましい、バカに付き合っとる時間なんぞないんじゃい」

 激高した成実の攻撃動作が始まるより前に、人体構造を超えたサイボーグが一瞬で距離を詰めた。

 そして、バチン、と彼女の頬を打った。

 ただ叱るように。ただそれだけだった。

 

「くそ、くそぉ」

 成実は相手にもされていないことを理解させられ、たったそれだけで打ちのめされた。

 痛みよりも、無力な自分に涙を流した。

 

「お前さんがぶっ壊したトラックに、何が積まれていたか知っとるか? 

 神の齎した大いなる薬、──認知症の特効薬じゃよ」

 茂典翁は心底がっかりしたように肩を落として、残骸になったトラックを見やる。

 

「毎年、どれだけの人間が自分で無くなる恐怖さえ感じることなく、壊れていくと思う? 

 若さだけしか取り柄の無いお前にはわからぬじゃろうな」

 認知症はその予備軍を含めて、65歳以上で3人に1人という割合だと言う。

 誰もが、その病魔に怯えながら生きるしかない。

 

 認知症は脳の病気、人間の人智には遠く及ばない領域である。

 だが、その造物主は当然その全てを知り尽くしている。

 

「儂が粘り強く上位の世界から交渉して手に入れた、一万人分の特効薬をお前は今台無しにしたのじゃ」

 あのトラックだった残骸は、これから認知症に苦しむ患者とその家族を救うはずだった。

 

「楪家の家訓、および楪グループの社訓その1。

 ──自分たちの後の世代へと、多くを譲り渡す」

 それが、彼の行動原理。

 

「お前さんは何を残すつもりなんじゃ、何を残せた? 

 お前が後ろ指差され、蔑まれるのはお前さんが考えることを放棄しているからじゃよ」

 好き勝手邪悪の限りを尽くす魔王の手下が、呆れたようにそう言った。

 

「わかったのなら、家に帰って勉強でもしておれ。

 テストで百点取ったなら、お小遣いでもやろう!!」

 茂典翁は小馬鹿にするようにそう言い放って、踵を返した。

 

 

「わたくしは、絶対にお前を赦さない!! 

 魔王を倒して、もう一度その地位から引きずり落としてやる!!」

 成実の負け惜しみ染みた怨嗟の声が、彼の背に浴びせられる。

 

「……だから、お前は馬鹿なんじゃよ」

 茂典翁はぼそりと目を伏せてそう呟いた。

 

 

 

 §§§

 

 

「君たちも、見ておいた方がいい」

 俺は、主任にそう言われて“姫”に付き従って目的地に向かった。

 

 俺は……いや、もう名乗る名前なんて必要ない。

 親衛隊、ナンバー11。その方がクールだろう? 

 

 今日は我らが有栖姫の登校日だ。

 ……いや、もう彼女が学校なんて通っていないことは誰もが承知だ。

 

 でも他の二人が登校しているのだから、と我らが姫は母校への登校と相成った。

 

 自衛隊の装甲車にて送迎され、護衛の俺たちが彼女に付き従う。

 青いビニールシートで覆われた骨組みに隠された中学校の敷地、俺にまだ名前があった頃の母校でもあった。

 

 当時は、酷い学校だった。

 教師がイジメを見て見ぬ振りをするのは当たり前、学校が隠ぺいして当然。

 いじめっ子たちは公然と弱者を嬲り、泣き寝入りするのが日常だった。

 誰もが関わりたくないと、知らんぷりする級友たち。上級生は下級生をしごき、それが隠れた伝統になっていた。

 毎年のように先生が心を病んで職を辞して、生徒たちも去って行く。

 

 俺が不登校になって引き籠りになったのも──いや、俺の事なんてどうでもいいか。

 

 そんなこの世の掃き溜めの縮図だった我がかつての母校は、見る影も無くなっていた。

 俺は姫が起こした惨劇によって滅茶苦茶になって、廃校になったかつての母校を見れば、きっと胸がすくようにすっきりすると思っていた。

 

「う、うう、おえッ」

 親衛隊の仲間の一人が、目の前の光景を見て吐いた。

 

 それくらい、ここはおぞましい場所だった。

 

 俺たちはなぜこの場所がブルーシートで覆われ、入り口が自衛隊によって閉鎖されているのか理解した。

 

 

「そーれ、よーいどーん!!」

「あはははは、今日の一着はだれだろー!!」

「たのーしー!!」

 校舎前にある円形の池の周りをぐるぐると延々に徒競走をする元教師や元生徒たち。

 

「わぁ、見て見てキノコよ」

「ねえねえ知ってる、こっちを食べたら大きくなって、反対側を食べれば小さくなるのよ」

「じゃあ両方一度に齧ればどうなるのかしら」

 見るからに正気じゃない元女子生徒たちが、敷地内の林でキノコ狩りをしていた。

 

「女王様は赤いバラがお好きなの!! 

 でも白いバラが咲いたと知ったら首を切られちゃうわ!!」

「赤く塗らないと。赤く塗らないと。赤く塗らないと」

 クレヨン、色鉛筆、ペンキ、そして自分の血液。

 あらゆる赤い液体を駆使して校舎を赤く塗ろうとしている集団を、見回りをしていた自衛官が自傷行為をやめさせようしている。

 

「ねえ、お願いだから一緒にお家に帰りましょう」

「今日の料理はコショウのソテーとコショウのコショウ焼き、コショウ入りコショウスープとコショウ入りのお水よ!! 

 さあ、お客様もご一緒にいかがかしら!!」

 実の母親を認識できない元女生徒が、虚ろな目で砂の入った鍋をかき回している。

 

「問題です。

 とある男が、レストランでウミガメのスープを注文しました。

 男は一口スープを飲むと、これはウミガメのスープですかとシェフに尋ね、確認した。

 男は代金を支払うと、自宅に帰り自殺した。なぜか?」

「はい!! 男がウミガメだったからです!!」

「正解です!!」

 昇降口の入り口では、イカレたクイズ大会が行われていた。

 

 

 それら全部を見ない振りをして進むと、俺が昔いた教室では学級裁判が行われ、次々と判事が入れ替わり、順番に死刑判決がされていた。

 

 彼らは、ずっとこのままだ。

 これから死ぬまでずっと、このままなのだ。生徒も、教師も。

 こんな残酷なことがあるだろうか。

 

 彼らは確かに、誰もが目の前の邪悪を見て見ぬ振りをしたり、実際に手を貸した者もいるだろう。

 だが、ここまでされるほど罪深かったのだろうか。

 

 姫は、魔法を神様から貰ったと言っていた。

 姫は、神は、こんなことを望んだのだろうか。

 

「姫、あなたはあいつらを、こんな風にしたかったんですか?」

 俺たちは、姫の魔法の影響下にある。

 彼女は俺たちを、この狂った連中と同じようにいつでも出来るのだ。

 だからこそ、俺たちは、少なくともかつてここに在籍していた俺は問わねばならなかった。

 

「なにが?」

 姫は、こてんと可愛らしく首を傾げて不思議そうに俺たちを見た。

 俺は不安げにしている同胞たちを見まわし、もう一度意を決して言った。

 

「姫、俺は以前、この学校に在籍したって言いましたよね。

 この学校は酷かった。本当に酷かった……」

 当時の事を思い出すと、今でも悔し涙を禁じ得ない。

 延々と自分の個性を、意思を、尊厳を、冒涜されるだけの日々だった。

 

「でも、ここまで、人生全てを台無しにされるほどだったんですかね……」

 俺は今だって、イジメは許せないと思っている。

 イジメが罰されず、社会に出ていく人間は大勢いるだろう。

 だが、ここまで尊厳を破壊し尽くされて良いわけがない。

 

「ぷッ」

 俺の苦悩を、姫は笑った。

 口に両手を当てて、何を可笑しなことを、とでも言いたげに。

 

「知ってる? 悪いことをする時、悪いと思ってする奴なんて居ないし、仮に最初に悪いと思っていても、慣れていくうちにそんな気持ちなんて無くなるんだよ。

 ……そんな奴らが、反省するとでも思うの?」

 そんな連中が野放しにされるのって、耐えられるの? 

 姫は俺たちに優しく笑いかける。

 

「ここに居た人たち、いつもみんな同じ顔。

 部屋の片隅に、飾られてる人形さんみたいに動かないで、狂った裁判の傍聴人になってるの!!」

 パンと手を叩いて、彼女は笑う。

 この惨状を引き起こした、真っ赤な女王は。

 

 

「……じゃあ別に、人形が置かれてても問題ないじゃない」

 急に平坦な口調で、彼女は言った。

 

 

「でも、もういいの。私はみんなを赦した!! 

 だって、この世には神様が居るから!! 誰かの尊厳を踏みにじって、素知らぬ顔でほくそ笑みながら学校を巣立った連中も、神様は全部全部見ているの!! 

 自分はもう関係無いって顔している連中は!! 今までもこれからも、地獄に堕ちるんだって私は知ったんだ!!」

 壊れた彼女は、とても生き生きしていた。

 美しく、儚く、哀れで、恐ろしく残酷だった。

 

 それでも、幻滅はしなかった。

 ただ、ただ──。

 

「もっと、もっと早く、姫に逢えればよかったのに……」

 ただそれだけが、俺の、俺たちの本心だった。

 

 

 俺たちを転生させた、大いなる造物主よ。

 その場に居合わせられたら、彼女を助けられたと思うのは傲慢でしょうか。思い上がりでしょうか。

 それとも、そんな勇気などお前には無いと嗤っておられますか? 

 

「俺たちで、姫を守ろう」

「ああ、そうだな」

「俺も同じ気持ちだよ」

 狂った教室で、管理をしている自衛官の一人に勉強を教わっている姫を後ろから見守りながら、俺と同胞たちは決意を固めた。

 名前も、容姿も、過去も、全て捨てることになった俺たちは、やり直す機会を得た。

 

 ならばこそ、もう彼女にこのような惨劇を作らせないと、俺たちは結束を新たにした。

 不安は、無かった。なぜなら、今度は独りじゃないから。

 

 

 




ギャグ要素とかコメディ要素どこ、ここ?(白目
何で私が小説を書くとブラックでシリアスになるんでしょうね!!
もはや作者の作風としか言いようのないというか、そう言う感じですかね……。

次は、次こそは、と今回の反応や、アンケートの結果を見て頑張ろうと思います。
アンケートの締め切りは、次回の投稿まででお願いします。

それでは、また次回!!


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最強の凡人と技能の天才 前編

 からんからん、とサイコロの音が鳴る。

 

「こんなことをしてて、いいんすかねぇ」

 魔王城の休憩室、戦闘員たちが待機しているこの場所に数名が卓を囲んでいた。

 

「四天王の皆さんがお休みなんだから、いいんでねえの?」

 バイトに過ぎない彼らは、今日も普通に出勤となったのだが、急遽上司が休みとなったのでやることが無くなった。

 それは困る、という事で急遽茂典翁の工場に仕事を貰いに行った者もいる。

 

 戦闘員たちの役割は、主に四天王の補佐や数名で地上に降りて適当に暴れることだった。

 破壊、恐怖、混乱。魔王が齎すと宣言した三つを、彼らが体現している。

 

 地上の魔法少女たちが対応できない複数のチームで出没し、破壊を繰り返して去って行く。

 魔王のゲームで勝利数と敗北数が拮抗しているのも、魔法少女たちの奮闘の裏で彼らが自衛隊や警官隊と戦っているからなのである。

 対応局の主任も戦力を求めたのも、こう言った裏の戦いがあるからである。

 

「さて、お前らは見知らぬ遺跡の奥へと到達した」

 戦闘員たちは、卓の向こうでシナリオを読み上げるクリスティーンを見やる。

 

「すると奥に安置されていた秘宝が輝き、女神が現れました」

 彼女はイメージらしき女神のイラストを彼らに提示した。

 天秤とサイコロを持った、魔女みたいな恰好をした若い少女の姿をした女神だ。

 

「女神は言った。『どんな願いでも叶えてあげる』、と」

 これには、戦闘員たちも押し黙った。

 

「なんでも、ですか?」

「ああ、なんでも、だ。

 時間を戻しても良いし、死者を復活させても良い、一国の王に成りたいでもいいぞ」

 どうする? と、クリスティーンは面白そうに問いかけた。

 

 彼女のゲームに付き合っている戦闘員たちは、ルールブックを広げて相談し始めた。

 クリスティーンは彼らがどのような回答をするのか見守っていると。

 

 

「おお、残っている者も居るのか。

 遊んでいるところ悪いが、手を貸してくれまいか」

 休憩室の扉が開き、そこから段ボールを抱えているドクター・ティフォンが現れた。

 

「あ、ティフォンさん、どうしたんですか? 

 たしか今日は休暇になったと伺いましたが」

「勿論。これはちょっとした趣味だよ。

 人手が欲しかったから手伝ってほしい」

 彼らが用件を詳しく尋ねると、ええぇ、と引き気味に仲間と顔を見合わせた。

 

「面白そうだ、私も手伝わせろよ」

「うむ、人手は多い方が良いからな」

 ティフォンの趣味に、なぜかクリスティーンも意気揚々と手を挙げる。

 

「分かりました……」

 そして戦闘員たちも、上司の言葉に逆らうという選択肢は無かったのであった。

 

 

 

 §§§

 

 

『こちら、リクルート01。本部へ報告。

 新宿A-8ポイントの正体不明の人だかりに、魔王四天王を複数確認した』

 上位者対策局がその異変を察知したのは、治安維持の為に出動していたリクルート隊だった。

 

「四天王が? 四天王は明日まで行動を控えている筈では?」

 魔王四天王が活動しなくても、戦闘員まで活動させないとまでは言っていない。

 なので、散発的に破壊活動と略奪を行う戦闘員たちに対応する為に、対策局は各地に戦力を分散させていた。

 

『ええと、なんというか、これは実際に映像を見て貰った方が良いというか……』

 リクルート隊のリーダーは、本部のオペレーターにカメラの映像を送った。

 

 そしてたまたまそこに居合わせていた夏芽が、超高速で窓ガラスを破って飛び出した。

 

「……ええー、夏芽さんがそちらに向かいました。

 リクルート隊は事態の監視をお願いします」

『……了解』

 両者ともに、何とも言えない表情で通信を終えた。

 

 

 

「これは、どうすればいいんだろうか……」

 銀髪童顔イケメン転生者たちだけの部隊、リクルート隊のリーダーを務めることになった真なるイケメンも、この状況をどうすればいいか判断できなかった。

 なぜなら。

 

 

「魔法少女フェアリーサマーの同人グッズ即売会はこちらでーす!!」

 

 戦闘員の一人がメガホンを持って周囲に喧伝し、もう一人が列に並ぶように促し、もう一人はティフォンと一緒に売り子をし、もう一人は減った商品を補充していた。

 

 新宿は魔王襲来以前から見る影もないほど住人は減ったが、それでも何万人と今も人が住んでいる。

 通行人は、何事かとこの集団を見ていた。

 

 事前に告知されていたのか、千人近い人間が即売会に並んでいた。

 

「ティフォンさん!! フェアリーサマーキーホルダー六種完売です!!」

「なに!? 早すぎではないか!! 

 一人二種類までと言っておいたはずだが、よもや転売目的か!!」

「すみません、こちらの手違いで……」

「謝罪はよい。今は客を捌くのに集中せよ」

 そしてティフォンと戦闘員たちは大忙しだった。

 

「あの!! あそこに飾ってある本人直筆サインって本物ですか!?」

「勿論だ!! あれは百年前にこの私がファンに成りすまして書いてもらったものだ!! 

 魔術的科学的劣化防止加工済みである!!」

 更に、客相手にティフォンがドヤ顔で自慢していた。

 

「さあ、今なら私自ら監督と編集を行ったアニメ『魔法少女フェアリーサマー』第一期から第二期までをボックスで販売中だ!! 

 以降のシーズンはまた別の機会に頒布する予定であるぞ!!」

 彼はとても、ものすごく、満面の笑みで、心底楽しそうにフェアリーサマーグッズを売り捌いていた。

 

「今なら本人無許可の抱き枕カバーが──」

 その直後だった。

 

 流星が降って来た。

 

 

「ふんぎゃああああああ!!!!」

 空からの渾身のキックによる襲撃により、ティフォンがゴム鞠のように蹴っ飛ばされた。

 

「なーにやってんのよ、あんたって奴は!!」

 まさかご本人の登場に、この場に集まったファンは驚きの声を上げた。

 

「……くっくっく、趣味だ!!」

「あんたはそう言う奴だったわね!!」

 彼は起き上がって、恥ずかしげも無くそう言い放った。

 夏芽は拳を握り締めてイラっとした。

 

「いいからこの連中を解散させなさい!!」

「断る!!」

 だが、ティフォンは譲らなかった。

 

「ここに居るのは、私の同志たちである!! 

 私のSNSのフォロワーの中で、特撮とアニメ好き千人の抽選で選んだものたちだ。

 今更帰れなんて言えるものか!!」

「知るか!!」

「仕方ない……売り上げの一部で手を打とう」

「勝手に決めるな!!」

「……なら、仕方あるまい」

 二人の雰囲気が一触即発になった。

 傍目から見ればとてもくだらない理由で。

 

「まあまあ、落ち着けよ。二人とも」

 そこに、『最後尾はこちらです』と書かれた看板を持っているクリスティーンが割って入った。

 

「明日まで、お互いにやり合うのは無しだ。

 そう言うことになってるだろう、調停者」

「それとこれとは話は別だ。私はこんなグッズ許可した覚えなんて無い!!」

 それを聞いて、クリスティーンは笑った。

 

「なぜ許可が必要なんだ?」

「常識的に考えれば分かるじゃない!!」

「そうだな、常識的に考えるなら──」

 彼女は可笑しくてたまらなそうに、こう言った。

 

「この世界の住人ですらないお前に、許可なんて必要無いだろう? 

 あんたを守る法も、戸籍さえも無いんだから」

「そうだそうだ!!」

 肩越しにティフォンも主張する。

 

「魔王の手下が、法を論ずるの?」

「私が仕えるどちらの神も、法を大事にする御方だぜ? 

 それともどうする? 気に入らないなら、そこのブースを壊して去ればいい。あんたを罰する法なんてないんだからな」

 肩を竦めて、女は嗤う。

 夏芽は無言で、彼女を睨んだ。

 

「やりたければやればいい。

 我が神はその邪悪を赦す。ティフォンの好き勝手もまた、邪悪なれば」

「下らない教義ね。結局全部、強者の理論じゃなの」

 吐き捨てるように、夏芽は言った。

 

「うちの教団はどちらかと言うと互助会に近い。

 我らが神は、教義なんてものを定めていないからな。それだからこそ、あらゆる世界で最大規模の教団になったんだろうが」

 そこまで言って、だが、とクリスティーンは目を細めた。

 

「なあティフォン。このままじゃフェアじゃないだろ? 

 実のところ、私はあんたに興味があるんだ。

 ──ちょっと私と遊ぼうぜ。あんたが勝ったら、このブースは撤収してやる」

 彼女は同僚に視線を向けた後、夏芽に向かってニヤリと笑った。

 

「むッ、これは是非も無し!! 

 仕方ない、クリスティーンに勝てたならそちらの要求を呑もう」

 彼女の意図にハッとなったティフォンが頷いた。

 

「……良いでしょう。でもあんた、この前一度私に負けたこと忘れてないでしょうね?」

「おいおい」

 クリスティーンは肩を竦めた。

 そして。

 

 

だれにむかっていってんだ、なあ?

 

 急に殺気にまみれたどす黒い声色で睨んだ。

 

「……」

 思わず、夏芽は後退った。

 飄々とした態度の裏に、明確な悪意を感じたからだった。

 

 

 

 §§§

 

 

「ルールは簡単だ」

 ティフォンはワクワクしながら報道用の大型カメラを構えながら、この“お遊び”のルールを説明した。

 

「両手首、両足首、そして首。計五つのリボンをお互いに装着する。

 この全てが外れた方が負けである。それ以外は特に無しである。

 まあ、首のリボンが外れるのは致命傷として扱っても良いが……」

「それじゃあ面白くない」

「ふむ、では当面通り全てのリボンを外すという事で」

 クリスティーンの意見に、ティフォンはルールをシンプルにした。

 この二人が、首を落とされたぐらいで“致命傷”になるとは考えにくかったからである。

 

「あー、ゲームの範囲はこれくらいでお願いします」

 戦闘員が道路を封鎖し、町中に百メートル程度のバトルフィールドが出来上がる。

 その中で、夏芽とクリスティーンは対峙する。

 その様子を、多くの観客が固唾を飲んで見守っていた。

 

「先ほど、我が神に問うた。

 あんたをズタズタにしても良いかって。面白そうだからやってみろ、だそうだ」

 神に仕える神官と言うには粗野なこの女の笑みは、邪悪そのもの。

 このお遊びのルールには、勝敗に関してのみ定められている。

 つまり、意図的にどれだけ相手を痛めつけても、相手のリボンを全て奪わない限り“負け”にはならないのだ。

 

「アンチマテリアライズ。

 ソウルシェイプチェンジ」

 普段着の夏芽は、一瞬にして魔法少女フェアリーサマーへと変身する。

 ふわりとした黄色の衣装に、両手足と首元のピンクのリボンは違和感なく共存していた。

 

「それ、三下の台詞だって理解してる? 

 そんなんで魔王の四天王が勤まるの?」

「ぶっ殺してやるよ」

 そんな言葉の応酬をしている二人を見て、ティフォンは宣言した。

 

 

「ゲーム、スタート!!」

 

 次の瞬間、魔弾の雨がクリスティーンに降り注いだ。

 他人からは爆音と手榴弾の爆発が連続したようにしか見えないが、クリスティーンは涼しい顔をしていた。

 彼女の目の前には、見えない障壁が立ちふさがっていたのだ。

 

「シャインコール!!」

 反撃の魔法が、クリスティーンの杖から放たれる。

 三条の光の誘導弾がカーブしながら三方向から襲来する。

 

「ぬるいわ」

 夏芽は魔力の収束を自分の位置で観測した。

 誘導弾は囮だ。彼女は下がりながら、誘導弾に干渉して撃墜した。

 すると、直後に彼女の目の前が爆発した。

 

 爆炎を突き破り、今度はレーザーの雨がクリスティーンに降り注ぐ。

 

「ちッ」

 弾丸よりも持続時間の長い攻撃で、障壁に負荷を掛ける意図が丸見えだった。

 

 魔法による防壁は、大きく分けて設置型と維持型に分けられる。

 前者は一定の防御力を備えた防壁を設置することで、後者は自分で維持することで防御力や持続時間を調整できる。

 設置型は一度設置してしまえば、細かい調整は必要がなく扱いやすい。

 だが持続型は、攻撃を受けるたびに負荷が術者を襲う。

 どちらもメリットがあり、デメリットもある。

 

 クリスティーンの障壁魔法は後者だと夏芽は見破っていたのである。

 彼女は障壁を解除し、即座に回避行動を行った。

 

 夏芽は容赦をしない。

 とん、と足で地面を叩くと、それだけで局所的な地震が引き起こされた。

 

 地面の揺れに、クリスティーンの足が鈍ったのを彼女は見逃さなかった。

 

「ツインバースト、エクスプロージョン!!」

 誘導し、追い込み、そして仕留める。

 魔法少女フェアリーサマーの必殺技が、クリスティーンに炸裂した。

 

 実に淡々と、熟練の狩人のように作業をこなす。

 夏芽の実力は圧倒的だった。

 それは観衆の誰もがそう思った。

 

 

「あー、ちくしょう」

 だが、これで終わるのなら、彼女は魔王四天王などに選ばれていない。

 

 咄嗟に防御魔法で守ったクリスティーンだったが、その黒い神官服はボロボロだった。

 彼女は両手足のリボンが消し飛んでいた。

 首元のリボンだけを両手で庇い、守っていた。

 

「まったく油断したぜ」

 埃を払いながら、クリスティーンは悪態づいた。

 

「まだやるの?」

 これ以上やっても、いたぶるだけで終わると、夏芽はそう思っていた。

 

「くくッ、なあおい、まさかもう勝ったつもりなのか?」

 両者の魔法の力量の差は、ハッキリしていた。

 そう、“魔法”の力量は。

 

「やっぱり魔法の撃ち合いじゃ勝てないか」

 クリスティーンは神官服を脱ぎ捨てた。

 

 

「神官権限、技能転職(スキルリビルド)

 彼女は、本職(・・)に戻った。

 

 一瞬にして、クリスティーンは夏芽の知覚から消えた。

 

「ッ──!!」

 次の瞬間、夏芽の右手のリボンが弾け飛んだ。

 夏芽の対応は早かった。

 ほぼ反射的に牽制の蹴りが出て、それが無かったらもう一つリボンを失っただろう。

 

 彼女は目の前に現れた敵に至近距離で杖を向けて魔法を放った。

 それが、マズかった。

 

 目の前で、杖の先を自分から逸らしたクリスティーンがニンマリと笑った。

 その直後。

 

「“ウエポンスティール”」

 夏芽の手から使い慣れた杖の感触が消えた。

 

「“グレムリンの手”」

 クリスティーンは夏芽の目の前で、熟練の兵士が映画で敵から奪い取った拳銃の弾倉を抜いてその場で解体するように、夏芽の魔法の杖を分解した。

 

「“神速”」

 ナイフの切っ先が、夏芽の眼前に迫った。

 それがリボンに触れるより先に、夏芽は全身から魔力を爆発させ、距離を取った。

 

 

「『スキル制』の人間と戦うのは初めてか?」

 相手は、夏芽が後方の地面に着地する頃にはとっくに余裕そうに離れた位置でナイフを弄んでいた。

 その装いは、落ち着きのある神官服を着ていた時とは想像もできない。

 

 半袖のシャツとハーフパンツ。

 太ももにナイフのホルダー。

 防具らしい防具など一つも無かった。

 敢えて、今の彼女を一言で表すのなら。

 

「本性を現したわね、盗賊(シーフ)

 そう、粗野な品性に相応しい、創作の女盗賊そのものだった。

 

 クリスティーンはにやにやと笑っていた。

 悪党は、彼女のはまり役だった。

 

 

 

 




今回はアンケートの結果により、夏芽のガチバトルとなりました。
本当は一話で終わりたかったのですが、長くなりそうだったので今回も前編後編にしました。
後編を書き終わったら、次はアンケートに従って海外の四天王、次が魔王ハーレにする予定です。

では、また次回!!



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最強の凡人と技能の天才 後編

前編後編で終わらせようとしたら、いつもの倍近く文字数が掛かってしまった!!
まあその分見所は満載なので、是非本編をどうぞ!!



「ふーむ、このマジックはイカシてるなぁ」

 ここは、魔王城。その主の私室。

 つまり魔王の自室だった。

 

 彼は世界的なオーディション番組を視聴していた。

 そこに出演しているマジシャンの手品に関心しながら、ノートにメモを取って行く。

 そうして、趣味に没頭していると。

 

 彼の個人用の端末から、着信音が鳴った。

 

「はいはいもしもし」

『やあ兄さん、久しぶり』

 魔王ハーレが通信端末を手に取って、通話を始めると相手の顔が立体映像で浮かび上がる。

 そこには、ハーレそっくりの顔があった。

 

 竜の頭を持った、怪物。

 即ち、魔王の一族。

 

「なんだ、お前か。最近精力的に活動しているみたいじゃないか。

 君の指導に当たった私も鼻が高いよ」

 弟分の連絡に、ハーレも趣味の手を止めた。

 

『それより、兄さん。コロシアムチャンネルのBR-698番を見てるかい?』

「コロシアムチャンネルだって?」

 弟の言葉に、彼は顔を顰めた。

 

「あの野蛮で悪趣味なチャンネルがどうしたって?」

 嫌悪交じりの言葉を、ハーレは吐いて聞き返した。

 

『まあ、見て見なよ』

「……」

 彼は弟に促され、テレビのチャンネルを変えた。

 

「ああ、なるほど」

 そこで放送されていたのは、今まさに地上で起こっている光景だった。

 

 それは、魔法少女フェアリーサマーと、魔王四天王クリスティーンのゲームだ。

 実況が白熱した戦いを解説したり、どちらが勝つかの賭けの倍率も表示されている。

 

 このコロシアムチャンネルは、文明の女神の管理下のあらゆる世界の殺し合いが実況中継される女神公認の公営ギャンブルである。

 娯楽の多様性の一環として、であるが言われるまでも無く賛否両論の代物であった。

 よその世界の人間が必死に戦って生きてるのに、それを見世物にするのは何事か、とバッシングの的になっている。

 

 だが、女神メアリースによって綺麗サッパリ戦争やらいがみ合いやらを取り上げられた人類には必要な刺激であると判断されているのか、未だ廃止にはなっていない。

 

「同時視聴者数は、五億人か……大人気だね」

 頬杖をついて、ハーレは感想を述べた。

 二人の戦いの行く末など、興味すら持っていなかった。

 

『兄さんはどちらが勝つと思う?』

「どちらでもいいさ。君の賭けなかったほうで良いよ』

『……僕は、クリスティーンに賭けたよ』

「ほう?」

 そこまで言われて、魔王ハーレは思い出した。

 

「そうだった、あいつはお前のお気に入りだったな」

 くッ、と笑いをかみ殺してハーレは通信端末の向こうの相手を見やる。

 

『ああ、彼女は僕のモノにするって決めているからね』

「お前も我が母と同じく、好く相手が悪趣味だ」

 だが良い変化だと、ハーレは思った。

 

 魔王一族は、そもそも生殖を必要としない。

 彼らの母神によって産み落とされ、寿命を終えるまで繁殖することもない。

 前世が女好きだと、沢山の女性を囲っている彼らの兄弟も居るが、子孫が出来ることは決してない。

 魔王とは、それ単体で完全な存在だからだ。

 

 そんな彼が、狂おしいほどに一人の女性を求めている。

 これを笑わずに何を笑えと言うのか。

 

 今、こうしてクリスティーンを求めている彼は、珍しいことに定番中の定番である転生特典、すなわち女神の御前で前世の記憶を願わなかった。

 だからハーレが彼を教育した時、人間なんて生き物に関心を持たなかった。

 

 だが、そんな彼も魔王としての最初の責務を始めて果たし終えると、“男”になって帰って来た。

 

『兄さん、僕は一族の頂点。第一位、偉大なる“マスターロード”に成るよ。

 我らが大いなる御二柱に意見し、モノ申すことができる立場になって、クリスティーンを僕のモノにする』

 その弟の言葉に、兄は嬉しそうに目を細めた。

 魔王一族の第一位、彼らの母神が敬意を持って接したという龍人種の偉人の名を称号として冠することが出来れば、兄としてこれほど素晴らしいことも無い。

 

 そこまでして、いやそこまでしないと、あの女は手に入らないのだ。

 

『だから、今は彼女を預けておくよ。

 でも乱暴に扱ったら……僕は兄さんでも殺しちゃうからね?』

 返事も聞かずに、ハーレの弟は通話を切った。

 

「自分が彼女を手に入れる時、一番抵抗してほしいくせに何を言っているんだか」

 通信端末を置いて、魔王ハーレは初めて戦いの内容に目が行った。

 

「さて、人気はフェアリーサマーの方が上だが果たして……」

 彼はリモコンを操作して、戯れに彼女に一口賭けたのだった。

 

 

 

 §§§

 

 

「我らが主上の管理下にある世界は、大まかに『レベル制*1』と『スキル制*2』が存在するのは知っているか? 

 最近の流行りのアニメであるだろ、ステータス!! って言えば出てくるあれだよ」

「下らないわね」

 夏芽はクリスティーンの解説を切って捨てた。

 彼女のいた時代からすれば、とっくに廃れた概念だった。

 

 と言うか、昔夏芽が異世界に呼ばれた時、そこは『レベル制』の世界だった。

 思わず「RPGかよ」とツッコんだ覚えもある。

 

「そう言うなよ、管理するのには便利なんだぜ、これ」

 そう言って、クリスティーンは自分の“ステータス画面”をちらつかせた。

 

「神官権限──ステータス観覧」

 彼女は自分のステータスを消すと、夏芽を指差しそう言った。

 すると、クリスティーンと同様に、パッと虚空に四角い半透明のパソコンのウインドウみたいなものが現れた。

 

「ほうほう……え、お前処女なの?」

 次の瞬間、クリスティーンが居た位置に魔力の鉄槌が叩きつけられた。

 

「まあまあ、そんなに怒るなよ私も同じだからよ!!」

「死ね!!」

 茶化すように笑いながら、クリスティーンは予備動作の見えない動きで攻撃をかわしていく。

 

「と、まあ、こうしたステータスに縁のないお前にもしっかりと存在するわけだ。

 だけどな、ここを見て見ろよ」

 彼女は、夏芽のステータス画面をスライドさせ、ある項目を指差した。

 

 

称号“魔法少女フェアリーサマー”

レベル──

スキル──

 

 

 当たり前だが、レベル制スキル制そのどちらにも該当しない世界出身である夏芽には、レベルもスキルの項目も存在しなかった。

 

「レベルも無い、スキルも無い。

 そんな世界の人間の、最強とやらがどんな奴なのかってな」

「…………」

 思わずカッとなった夏芽は、相手の思惑を見定める為に黙り込んだ。

 

「初め、この世界に派遣されると聞いて、原住民どもはどんな下等人類かと想像してみたが……いやはや、想像以上だったぜ!!」

 クリスティーンは手を叩いてニヤニヤと挑発するように笑っていた。

 

「下等な人類はそれにふさわしい下等な連中だったわけだ!! 

 あんたも大変だよなぁ、こんなゴミみたいな人類の味方しないといけないなんてな!!」

「その口、二度と利けなくするわよ……」

「んん~? 何か気に障ることでも言ったか?」

 クリスティーンは挑発的な態度のまま嘲笑う。

 

「あんたこそ、神様から貰った力で粋がってるなんて、随分とお粗末な人間なのね。程度が知れるわ」

「おいおい、勘違いするなよ」

 チッチッチ、と彼女は指を振った。

 

「この力は、オレのだよ。与えられた物で何が悪い。

 もう貰ったからオレのだ。違うか?」

「……」

 一瞬、夏芽は彼女が何を言ったのか分からなかった。

 それくらい、予想外の返答だった。

 

「この世界の下等人類どもはホントバカだよなぁ!! 

 一度貰ったもんは、難癖付けてでも自分の物にし続けるのが人情ってもんだろうに!!」

 盗賊の理屈だった。盗人猛々しいとはこのことだった。

 だが、この世界で、魔王に屈した誰よりも──人間らしかった。

 

「それなのにお前らと来たら、ちょっと我らが主上に言われた程度でビビりやがって。

 お前ら、ママに育てて貰ったんだから全財産寄越せって言われてもそうするんでちゅかね~? 

 ────ははッ、これを下等って言わずに何が下等なんだよ!!」

 クリスティーンの嘲笑には、少なからず怒りにも似た感情が混じっていた。

 

「オレの故郷だった世界は、この世界よりよほど発展が遅れたクズみたいな世界だったが……それでも全人類の存亡を賭けて魔王と戦ったぜ? 

 なるほどな、我が主上の言う通りだ。尊厳が無いなら、人間である価値も無い。

 お前ら人類は下等ですらない、家畜と同じ扱いで十分ってなわけだ!!」

 少なくとも、夏芽は彼女の大部分に言い返せなかった。

 

「だけど、戦っている人間は居るわ」

「お、認めたな? 戦ってない連中の、惨めな家畜根性を」

 夏芽が言い返しても、クリスティーンは鼻で笑うだけだった。

 

「その戦う人間ってのは、どれくらい居るんだ? 

 いったいどれだけの人間が、その戦ってる人間が脅威を排してくれると期待“だけ”してるんだろうなぁ!!」

 その人間の愚かしさを、今の日本の東京が体現している。

 真上に魔王の居城があるのに、その下にはまだ何十万人もの人間が住んでいる。

 政府も経済の中心地を止めるわけにはいかないし、魔王も手加減してくれてるから強く住人を追い出せない。

 

 なんて、愚かで馬鹿馬鹿しいことだろうか。

 

 

「…………あんたは」

「ん?」

「あんたは、自分より弱い人間を守りたいと思ったことは無いの?」

 夏芽は、理解できなかった。

 

「人間は愚かよ。誰だって知ってる、歴史も証明してる!! 

 でもその愚かさの中で必死に生きている人たちを守りたいと思って何が悪いの!!」

 夏芽は信じられなかった。

 

「ん~、ごめん。無い。マジで無いわ!!」

 こんな自分本位な人間が存在することに。

 

「だってこの世は、自分か、それ以外だろ。

 自分を一番に置くのが当然だろ。

 それに、弱者を守るだぁ? お前のそれは、お前の守ってるのは“弱者”って記号だけだよ。

 なあ、異世界人。お前の思い浮かべるこの世界の弱者って誰だ? それを元の世界の知り合いと比べられるのか?」

「──うるさいッ!!」

 いい加減、夏芽の堪忍袋の緒が切れた。

 

「私は私がやりたいことをしてるだけだッ、他の誰にも文句を言わせない!! 

 理屈とか優先順位とかどうでもいい!! そんなの目の前の敵を片っ端から全部ぶっ壊せばいいのよッ!!」

 彼女は、頭が悪かった。

 

「もう師匠の教えとか知るかッ!! お前がムカつくからぶっ飛ばす、それ以上の理由なんて要らない!!」

「あー、夏芽。ゲッシュ……」

「うるっさい!! 今は私を呪ってくる神々より私が強い!!」

「ダメだこりゃ」

 二人の問答に飽きて来た妖精二人も、夏芽のこの物言いには呆れるばかりだった。

 

「最初からそれでいいんだよ、バーカ」

 クリスティーンが上半身を落とすと、その姿が消えた。

 

「(初速と加速が見えない、トップスピードと急停止の緩急が大きすぎる)」

 完全に、クリスティーンは物理法則を無視した動きをしていた。

 

「ならッ」

 相手が速い、どうあがいてもそれは覆らない。

 だがどうやったところで。

 

「“風刃”」

「捉えた」

 自分に攻撃する瞬間は、足を止めねばならない。

 魔力の槍が、地面から突き出た。

 

「おっと」

 不可避のタイミング、だというのにクリスティーンはくるりと体を反転させた。

 そのまま振り向きざまにナイフを一閃。

 

 あまりにも早すぎるナイフ捌き。

 受け流すのも難しい、夏芽は避けるだけで精いっぱいだった。

 

「なら、これでどう!!」

 夏芽は全身に魔力の装甲を展開した。

 相手は速い、だが速いだけだ。防御を固めればこちらに決定打を与えられない、そう判断した。

 

「間抜け!!」

 クリスティーンの蹴りが、障子紙のように夏芽の魔力装甲を粉砕して彼女を蹴り飛ばした。

 

「んなッ!?」

 常識が通用しないとは、分かっていたはずだった。

 ただの蹴りに過ぎないのに、10トントラックに衝突したかのような一撃だった。

 

 夏芽は近くの廃ビルのコンクリートを突き破り、瓦礫をベッドに額から流れた血を拭った。

 

「私は“スピードコンバート”ってスキルを持ってんだ。

 ゲームとかじゃ、相手を攻撃するのに攻撃力とかを参照するだろう? 

 このスキルは私の攻撃を全て、素早さ依存にすることができるわけよ」

 クリスティーンは自分の能力を解説できるくらいには余裕そうだった。

 

「なら、そのように対応するだけだわ」

 元の道路に戻って来た夏芽は、口の中の血を飛ばしてそう言った。

 

「(くそッ、杖が無いのが痛い……)」

 夏芽の戦闘能力は、そのおよそ六割が愛機である魔法の杖によるものだった。

 彼女は武器を失うだけで、格段にその戦闘能力が落ちる。

 

 対して、クリスティーンはナイフ一本で夏芽に猛攻を仕掛ける。

 

「“アイテムボックス”*3

 クリスティーンが動く。

 虚空からもう一本、ナイフを取り出し嵐のような連続攻撃が繰り出される。

 彼女は足さえ止めて、インファイトで夏芽を切り刻もうと斬撃と刺突が雨のように降り注ぐ。

 

 ライト級ボクサーのジャブの如き刺突の連打、しかしその実態はヘビー級ボクサーの渾身のストレートのような弾幕のそれだった。

 夏芽には目の前の連撃が迫りくる槍衾かショットガンにしか見えなかった。

 

「まだ凌ぐか、じゃあもっと手数を増やしてやろう」

 嗜虐の笑みを浮かべるクリスティーンが、ぎりぎり動作を見極めて攻撃を避けている夏芽に言い放つ。

 

「“つむじ風の刃”!!」

 その直後、攻撃を避けたはずの夏芽の頬に、花が咲くかのように裂傷と血飛沫が爆ぜた。

 夏芽は見た。見えない刃が、まったく別の角度からクリスティーンの攻撃に合わせて追撃してくるのを。

 

 両手と合わせて、三刀流。いや、左右の攻撃に合わせて見えざる刃が飛んでくるので、四刀流か。

 単純に、手数が倍。だが厄介さはそれ以上だ。

 見えない敵が左右からクリスティーンと連携して追撃してくるようなものだ。

 手数以上に、見えざる敵が増えているようなものだった。

 幸い、とまでは言えないが、見えざる攻撃は『速度依存』では無いようだった。

 

 このまま接近戦を許せば、ズタズタに切り刻まれるのは目に見えていた。

 

「夏芽~。なに舐めプしてるの~?」

「そろそろ飽きて来たよー」

 夏芽は好き勝手なことを言い出す妖精二人に言い返す暇も無い。

 

「うるさいっての!!」

 無数の傷跡を負い、魔法の上昇気流で追い返すも、文句を言い終える頃には最接近を許す。

 

「文句があるなら手伝ってよ!!」

「はぁー、もう」

 呆れた妖精コティが夏芽と感覚を接続した。

 その瞬間、夏芽の意識は無限に引き延ばされる。

 

「なによ、今忙しいの!!」

 全ての時間が止まったような感覚の中、夏芽はコティを睨み返した。

 

「なにムキになってるの、こんな相手簡単に倒せるでしょ」

「しょうがないじゃない。夏芽ってばRPGとかしないし」

 妖精レプも、夏芽の非効率で感情的な行動に肩を竦めていた。

 

「はぁはぁ、じゃあどうすればいいのよ」

 息を整えながら、夏芽は二人に尋ねた。

 武器の無い夏芽に、この速度で動く相手の対処は限られた。

 

「簡単だよ」

 夏芽のいた地球で、数多のゲームのリアルタイムアタックを披露したり、FPS大会を荒らしまくって出禁になりまくった妖精レプはごく単純な攻略法を伝えた。

 

「え、マジ?」

 真顔で尋ねた夏芽に、妖精二人は飽きてるからか真面目に頷いた。

 

 そして次の瞬間、夏芽の意識が現実に戻った瞬間に反撃に打って出る。

 

 体を後ろに倒し、両手を地面に体を支え、両足の蹴りをお見舞いする。

 クリスティーンの動体視力は、常人を遥かに超越している。

 そんな反撃は見て避けれるレベルだった。

 

 彼女がバックステップから着地し、再び夏芽を切り刻もうとしたその時だった。

 

「我、ドルイトとして汝にゲッシュを与える」

 夏芽の取った対応は簡単だった。

 

「──私に危害を加える場合、逆立ちをして両手が地面に接してはならない」

「何いってんだ、バカが!!」

 完全に、世迷い事だった。

 戦闘中にするようなことでは無かった。子供の悪ふざけで「バリアー中だから無敵です」とでも言っているかのような幼稚な物言い。

 

 

 

『認める』

 

 夏芽を切り裂く寸前で、クリスティーンの手が止まった。

 

「そ、そんなのアリかよ、我が主上!?」

 そんな幼稚な制約が、他でもないクリスティーンの崇める女神によって承諾されてしまったのである。

 

「ドルイトの資格持っててよかったわ」

 ケルト神話に置いて、大抵の英雄の死因となる誓約(ゲッシュ)

 何もこれは、自分が自身に課すだけのものではない。

 

 なんとこのゲッシュ、相手(・・)が一方的に、たとえそれが戦争の相手だろうと課すことも可能なのである。

 これを使って軍隊や英雄を足止めするのは、ケルト神話では常套手段である。

 

「舐めるんじゃねぇ!!」

 夏芽は、無茶苦茶を言ったつもりだった。

 だが、クリスティーンは普通ではなかった。

 

 彼女はナイフを上に投げ捨て、側転をするかのように地面に手を突き、腕の力だけでジャンプし、その際に靴を脱ぎ捨て、足の指だけでナイフの柄を掴んだ。

 そのまま空中で横回転しながら、クリスティーンはナイフを振り下ろす。

 

「まだやる気なの!?」

「オレが、いつ、敗北を認めた!?」

 まるでブレイクダンスのように、上下さかさまになったクリスティーンは怒鳴った。

 

「このオレが、勝つまで!! 終わりじゃねえんだよ!!」

 上下さかさまになろうとも、彼女のスキルは生きている。

 精彩を欠いたクリスティーンの攻撃を見極め、追撃の刃を夏芽は避ける。

 距離を取る夏芽は、しかしクリスティーンはただでは許さなかった。

 足だけ彼女はナイフを投擲する。

 

「投擲ってのはね」

 己の師匠に、未熟だと言われていても、夏芽は師から教わった技を確実に会得していた。

 

「こうやるの!!」

 飛んできたナイフを蹴り上げ、上空に弾かれ地面に落ちる寸前だった。

 その柄を足の甲に当て、サッカーボールを蹴り返すように投げ返した*4

 

「あぐッ」

 そのナイフは、持ち主の太ももへと突き刺さった。

 

「これで、終わりね」

 クリスティーンはダメージを前提としない前衛だ。

 足を負傷した以上、どのようなスキルがあろうとも、最高のパフォーマンスは発揮できない。

 

 さて、読者の皆様に置かれましては、二人の戦いは勝敗のルールがあったのを覚えておられるでしょうか。

 相手の両手両足、首のリボンを外した方の勝利というゲームだ。

 

 夏芽のリボンは……もう語る必要も無い。

 後は彼女が、クリスティーンの首のリボンを外すだけで勝利に終わる。

 這いつくばる彼女に、夏芽が歩み寄ろうとしたその時だった。

 

 固唾を飲んで二人の戦いの行く末を見守っていた観客、戦闘員たち、リクルート隊の面々が、その光景に息を呑んだ。

 

 

『良いのか、我がいとし子よ』

 コンクリートの地面に這いつくばるクリスティーンを抱きしめるように、或いは覆いかぶさるように。

 

 ──邪悪な、“何か”が居た。

 

 

『このままでは、負けてしまうぞ。

 無様を晒し、屈辱を噛み締めるだろうな』

 黒い靄のような、辛うじてヒト型だと分かるそれが、クリスティーンに囁きかける。

 

『我が力を、貸し与えよう。

 我がいとし子よ、我が神官たるお前には、その資格がある』

 甘い甘い、誘惑だった。

 一度誘い込まれれば、耽溺してしまいそうなる愛情の沼がそこにあった。

 

「要らねぇ」

 だが、クリスティーンは横目で睨んでそれを跳ね除けた。

 

「オレが欲しいモノは、オレが決める。

 負けそうになったら一発逆転のチート能力を与えるのが、あんたの親心なのか? 

 それに誰がいとし子だ、親子ごっこはトカゲとでもやってろ!!」

 クリスティーンは起き上がった。

 誰の助けも借りず、太ももから大量の血を流したまま。

 

「私は、オレは!! 

 あのゴミクズだったオレの故郷全てより価値が有ると、あんたが認めたんだ!! 

 分かるか、それと同じくらいゴミみたいなこの世界の全部よりも、オレは価値があんだよッ!!」

 呆れ果てるほどの傲慢、信じられないほどの自尊心、破滅にさえ片足を突っ込むエゴ。

 欲望や邪念に満ちているのに、溢れんばかりの克己心と反骨精神。

 

「それなのに、あんたのおかげで勝てました、なんてオレに言わせるつもりか!!」

 邪悪の化身は、裂けるような笑みを浮かべていた。

 まるで最初から、その言葉を聞きたかったとでも言いたげに。

 

「このオレに(・・・)、敬って貰いたかったら今まで通り黙って見てやがれ!!」

 仮にも神官とは思えない、不遜極まりない言葉だった。

 

 

『く、くくくッ』

 だが、だからこそ。

 

『……あの時、お前を我が魔王(むすめ)にしなかったのが本当に悔やまれる』

「カミサマに願うのは、もう真っ平御免なんだよ」

 彼女は神に価値ある者と認められたのだ。

 

 風に晒される砂のように、満足げな黒い靄は消え去った。

 

「……んじゃ、休憩は済んだか?」

 飽くまで休憩時間を与えてやったという体の彼女に、夏芽もため息が漏れた。

 

「三下と言ったのは、訂正するわ。

 あんたは一流の頑固者よ」

 夏芽も、初めての経験だった。

 こんな悪党に、ある種の敬意を抱いてしまうのは。

 

「さっきのゲッシュは取り下げる。

 その代わり、私も本気で貴女を倒す」

「今まで本気じゃなかったって、言い訳か?」

「あなたが私達地球人を、レベルもスキルも無いって見下してたのと同じよ」

 夏芽は、長らく自分と張り合える相手と巡り合えなかった。

 最強になってしまってから、ずっと。

 

「これを使うまでも無い、ってね。

 ────イヴⅡ、起動よ」

 

『はいはーい!!』

 それを見た、この地球の住人とクリスティーンはギョッとした。

 

 時には魔王の運営事務所の事務員、時には学校の先生の代役。

 その女神の化身が、二頭身のホログラムとなって虚空に浮いていた。

 

『ハローハロー、みんなの偶像(アイドル)!! イヴⅡちゃんだよー!! 

 今日はみんなのヒーロー、魔法少女フェアリーサマーのマスコットキャラとして出張中!! 

 BGMスタート♪ さぁて、よいこの皆、超絶究極ッ必殺魔法の炸裂だよー!!』

「うわ、出た」

「こいつが出る前に帰りたかったのに」

 どこからともなく音楽が鳴り響き、きゃぴきゃぴきゃるるんと愛想を振りまく二頭身のホログラムに、妖精二人の反応は悪かった。

 

「“ティターニア”*5との同期開始。

 魔力充填、出力1000%、呪力最大展開、未来予測開始」

『演算終了、命中率100%。誤差0.00002%

 権能承認。魔法少女フェアリーサマーに代行権限を付与。

 術式解凍……終了。我ら、人類の幼年期を見守らん。

 ────神意執行。必殺魔法“ロード・オブ・オーバーロード”を発動』

 

 大地が震える。

 空気が鳴動する。

 

 人々はあの日を思い出した。

 夏芽が、魔王と戦ったあの日を。

 

 彼女の右腕に、無数の魔法陣が重なり、砲身となる。

 

「“ロード・オブ・オーバーロード”発動*6!!」

 その瞬間、周囲から音が死んだ。

 魔法の光りが太陽光を塗りつぶし、射線上の……いや、地球の裏側、宇宙の果てまで逃げても敵を撃ち貫く!! 

 

 

「あー、その、なんだ。盛り上がってるところ悪いんだが」

 その文字通り、撃つことを許せば必殺の魔法を前にして。

 クリスティーンはちょっとバツが悪そうだった。

 

 ──スキル“天秤の女神の祝福(■■■ちゃんのアフターサービス)”発動。

 

『あ、え?』

 この時、非常に高度な人工知能であるイヴⅡが困惑の声を漏らした。

 

『うそ、0.00002%を引いたって言うの!?』

 この距離で、余波だけでも間違いなく致命傷を受けると言うのに。

 

「オレ、一度だけ“必中”攻撃を無効にするレアスキル持ってるんだわ」

 クリスティーンは無傷で夏芽の前に躍り出た。

 

「────ッ」

 これまで数多の強大な敵をこれで倒してきた夏芽は、大魔法の発動の硬直もあって驚き、動けなかった。

 

「“必中必殺”」

 まるで意趣返しのように、必中で必殺のスキルによって放たれたナイフの斬撃が、夏芽の首を掻き切った。

 明らかに致死量の血飛沫が、地面に花開いた。

 

 どさり、と夏芽の体が地面に崩れ落ちた。

 

 

「まあ、勝負は時の運ってわけだな」

「まったく、空気の読めない奴め。

 普通必殺技を撃たれたら黙って直撃されるべきだろうに」

「てめぇ、オレに死ねって言いてえのか!?」

 ずっとカメラを構えていたティフォンが不満を述べたが、その態度にクリスティーンもカチンと来た。

 

「それより良いのか、彼女のリボンを外さなくて」

 だが、その言葉で彼女も振り返った。

 

 

「あれあれ、夏芽死んじゃったよ」

「すーぐ油断して死んじゃうんだから」

 夏芽といつも一緒にいる二人の妖精が、くすくす、と笑っていた。

 その二人が、夏芽を中心にくるくると舞うように飛んでいた。

 

「夏芽、また忘れちゃったの?」

「私たちは“ずっと”友達なのよ?」

「そう、ずっと、ずっと!!」

「ずっとってことは、ずっとなのよ!!」

「そう約束したものね!!」

「でも、このままじゃ夏芽は嘘吐きになるわよ?」

「そうだね、嘘吐きは殺さないと」

「でも、夏芽は死んじゃったよ?」

「仕方ないから他の人に責任を取ってもらおう!!」

「そうだね、じゃあ夏芽の友達から殺そうか!!」

「次に知り合いも殺そうね!! でも面倒だなぁ、何人殺せばいいかわかんないや!!」

「でも、ズタズタにしないと」

「そうね、バラバラにしないと」

 人間には、人類には、まったく理解できない価値観の元で、妖精二人が無邪気に相談を終えた。

 まるでグリム童話の原作のような、残虐で悪意のない絵本のような、冗談のような残酷な話だった。

 

 

「待ちなさいよ……」

 死体になった夏芽の体が、自然発火し燃え上がる。

 

 まるで灰の中から生まれ変わる不死鳥のように、夏芽はもう一度の命を得て立ち上がっていた。

 

「……まだ、私は約束を破っていないわ」

 死者蘇生、否、転生の魔法だった。

 ケルト神話には輪廻転生の概念が存在する。

 それを元に、幾多の伝承と統合し、昇華したのが彼女の転生魔法だった。

 

 最強にして不滅、永遠の乙女にして夏を司る妖精の化身。

 それが魔法少女フェアリーサマーなのだ。

 

「はぁ、こりゃあ素直にゲームのルールで勝つしかないか」

 これを殺し切るのはまず無理だろうと、流石のクリスティーンも匙を投げた。

 

 二人は決着をつけるべく、今度こそ相対する。

 ……のだが、ゲームの終わりは思いもよらぬ形で訪れた。

 

 

「もし、少しよろしいでしょうか」

 これから最終場面だというのに、空気も読まずに同じ顔の事務員が現れた。

 

「なんだよ、邪魔するんじゃねぇ。

 これはお遊びだって言ってんだろ!!」

 気分を害されたクリスティーンが横目で睨みつけるが。

 

「そんなことは問題ではありません。

 ──従軍神官クリスティーン・オルデン。あなたは先ほど、重大なコンプライアンス違反を行いました」

「はぁ!?」

「他者のステータスを許可なく公開、および公言することはプライバシーの観点から大変問題なことです」

 講習で習ったでしょう、と言う事務員の言葉に、クリスティーンの表情から血の気が引いて行った。

 

「よって、我が主上から謹慎を言い渡しに参りました。

 このことは貴方の師にも報告させて貰います」

「ちょ、待ってくれ!! 師匠は関係ないだろ!?」

 うろたえるクリスティーンに、事務員はジロリと見つめ返した。

 

「それとも、“指導”の方がよろしいでしょうか?」

「わ、わかった、私が悪かった」

「はい、では」

 事務員はクリスティーンの頭を鷲掴みにすると、そのまま彼女を引っ張り一定の歩幅で夏芽の前に歩み寄る。

 そしてクリスティーンの頭を下げさせ、自らも頭を下げた。

 

「この度は、こちらの不手際で重大なコンプライアンス違反が発生してしまい大変申し訳ございませんでした。

 今回の一件はこちらの裁判所に訴訟することも可能でございますが、いかがでしょうか。

 要望がございましたら、弁護士の手配や裁判の日程など連絡いたしますが」

「ええと、……お任せします」

 有無を言わせない丁寧な対応に、夏芽もかしこまってそう言ってしまった。

 

「では後ほどご連絡いたします」

 そう言って、事務員はクリスティーンを連れて消え去ってしまった。

 

 

「で、これってどっちが勝ったの?」

「相手が居なくなったんだし、夏芽の勝ちじゃない?」

 妖精二人が首を傾げてそう言った。

 

 結果的にそう言うことになったが、結局夏芽はティフォンの即売会を止めさせる気力も無くなり、普通に帰って寝ることにした。

 

 ちなみに、ケルト神話において、ゲッシュを破ると大抵の場合不名誉な事が訪れたりする。

 夏芽が処女であると、ティフォンがネット上に放送していた関係でこの地球上に知れ渡っていると知るのはそれほど遠くない未来の事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
具体的には、経験値によってレベルが上昇し、適正に応じた能力が成長するタイプの世界。

*2
こちらはレベルより、獲得する技能が重視される世界。分かりやすく例えるならスカイリムとか。

*3
異世界転生小説の御用達のスキル。その用途は解釈次第で小物入れからチート能力まで応用可能。

*4
伝承曰く、ケルト神話クーフーリンの持つ魔槍ゲイボルグは、足を使って投擲し使用されたと言う。

*5
魔導頭脳“イヴⅡ”の本体。魔法版量子コンピュータであり、夏芽の出身地球でも再現不可能な神のオーパーツ。

*6
魔法少女フェアリーサマーの必殺魔法。未来演算と呪詛により、“必中”する魔法砲撃を敵にお見舞いする。相手は死ぬ。




今回は割と本格的なバトルシーンでしたが、私は他の作者様のような綿密な戦闘描写とかが苦手です。
読めば情景が浮かび上がるような戦闘とか、憧れますよね!!

次回は、アンケートの通り、海外の四天王について描写します。
それでは、また!!


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魔王軍、難易度上昇中

 

 

 この世に存在する悪と言うモノに、水無瀬は怒りと憎悪を抱いていた。

 

 それは戦いの道を選ぶ切っ掛けであったし、人生の岐路でもあった。

 人体に存在する魔力が活性化した人間は、非活性状態の人間よりずっと五感が優れてしまう。

 

「おい、話が違うぞ!?」

 だから、通学の最中に人気のない道から聞こえた切羽詰まった声が聞こえてしまった。

 

「相場が上がったんだよ、グラムで三十万だ」

「ふ、ふざけやがって!! そんな値段聞いたことも無い!?」

「買わないなら失せな」

 水無瀬は直感した。

 薬物の売人とその客である、と。

 

 しかし、持ち前の正義感から彼女がそこに踏み入れようとした直前に、異変が起こった。

 

 無数の羽音が、空から鳴り響いたのだ。

 

「うわッ、くそッ、また来やがった!!」

「な、なんだ、く、来るな!?」

 薬物の幻覚症状には、全身に虫が群がっている光景を目にするというが、この状態はまさにそれに近かった。

 空から無数に、虫の群れが飛んできたのだ。

 

 薬物の売人の手にしていた、白い粉が地面に落ちる。

 虫たちは、狙ったかのようにビニールで包装された薬物に群がり、ビニール袋ごと貪って去って行った。

 

「くそッ、くそッ、クソ虫ども、ふざけやがって!!」

 売人の手に残ったのは、たった一袋の薬物だけだった。

 彼は懸命に殺虫スプレーで抵抗したが、何の意味も持たなかった。

 

「そ、それを寄越せぇ!?」

「ふざけんじゃねぇ、これは俺の分だ!?」

 薬物をめぐり争う、醜悪な光景がそこにあった。

 

「ふん」

 一部始終を見ていた水無瀬は魔法の炎で男たちの奪い合う薬物を爆破し、二人の足を焼いてから去った。

 苦悶に悶える売人と客に、警察がやってくるのはすぐ後のことであった。

 

 

 

 §§§

 

 

「なんであんたが居るの?」

 学校の授業の時間、その女が現れたことに水無瀬だけでなくクラスの全員が驚いた。

 

「それがよ、四天王の仕事は今謹慎中なんだわ」

 この世の者ではない女、魔王四天王。

 “悪逆”のクリスティーンが教室の壇上に上がったのだ。

 

「うちの教団だと、神官ってのは教師も兼ねるんだわ。

 至高なる文明の女神メアリース様は、特に教師の質には拘る御方でな。

 性格、実績、来歴、全てを兼ね備えた人間にしか神官には成れないんだわな」

「じゃあ性格の時点であんたは落第じゃん」

「私の師匠な、教団のほぼ最高位の大神官。オレはその弟子」

「所詮、世の中コネか」

 水無瀬はクラスの皆の目の前だというのにそう吐き捨てた。

 

「お前らラッキーだぜ、このオレに教わるとか一生の経験だからな。

 まあ、人手が足らないからって謹慎中なのに引っ張り出されたから何も用意してないが」

 そして、何かの冗談なのか。

 

「んじゃ、道徳の授業を始めるか」

 この女の受け持つ担当の授業は、道徳の授業だった。

 

「で、何を教えてほしいよ?」

 その上、授業内容は生徒に丸投げだった。

 生徒たちが、ホントに大丈夫かこの人は、と思い始めた頃。

 

「じゃあ教えてください。あなた達四天王は魔王の下で好き勝手してるけど、それは神様に罰せられないんですか?」

「オレ、今謹慎中だって言ったじゃん」

 水無瀬の揶揄するような物言いに、クリスティーンも嫌そうにそう言った。

 

「まあ、オレらは仕事の範囲なら好き勝手していいって免罪符でやらせてもらってるわけだわな。

 人殺しが罪なら処刑人の仕事も罪になっちまうだろう?」

 そう答えてから、ふむ、とクリスティーンは顎に手を当てた。

 

「んじゃあ、過激で有名な海外の魔王様の配下がどこまで許されているか考えてみようぜ」

 これはまさしく道徳の授業である、と彼女は思った。

 クリスティーンは手首に身に着けていた腕輪型の機械を弄った。

 

 その機械は、プロジェクターみたいに黒板に映像を映し出す。

 

 

『どうも、皆さん』

 映像に現れたその姿を、知っている者も多くいた。

 

『僕は魔王四天王、中東地域担当の……恐れ多くもアバドンと名乗らせてもらってる者です』

 浅黒い肌をした、十歳くらいの少年が白い海の上でそう名乗った。

 

 

魔王四天王 中東担当 『邪悪の申し子』

“塩王” アバドン

 

 

「これから僕は、人類に宣言致します。

 この世界から──薬物を消し去る、と」

 少年は大仰に両手を広げながら、そのように言い放つ。

 

 そこで、水無瀬は気づいた。

 彼が立っている白い海が、蠢いて(・・・)いることに。

 そして何よりも、ついさっき、実物を見た。

 

「あ、忘れてた。虫がダメな奴は目を逸らしてた方が良いぜ」

 クリスティーンが言うが早いか。

 

「きゃあ~!!」

 クラスの女子たちが、悲鳴を上げた。

 それもそうだろう。映像の少年の足元には、見渡す限りの白い──バッタの群れが存在しているのだから。

 

『この子たちを紹介しよう。

 これは塩蝗って言って、僕が神様から授けられた生物兵器だ』

 そう言って、アバドンは手のひらを差し向けると、その上に一匹のバッタが乗った。

 

『こいつらは、何でも食べる。そして純度100%の塩を分泌するんだ。

 素晴らしいと思わないかい? この子たちはこの汚らしい世界を綺麗な塩に変えてくれるんだ』

 少年は、嗤っていた。

 とても子供が浮かべるような、純粋とは程遠い邪悪な笑みだった。

 

『僕の住んでいた地域はね、大麻の栽培やらなにやらの利権争いで戦火に巻き込まれた。

 父親は薬物中毒者で、母さんや僕、そして兄弟たちをいつも殴っていた』

 悲惨な過去を語る彼は、しかし穏やかだった。

 

『両親が亡くなり、まともな水も飲めない、ご飯も無い僕らの前に、魔王様が現れて言った。

 この子らを使って、この世界に破壊と混乱、そして恐怖を齎せ、と』

 少年は画面の外に顔を向ける。

 そこには、戦闘員の格好をした、彼と大して変わらない背格好の人々が居た。

 

『──だから、僕はこの世界から薬物を消すことにした。

 それで利益を上げている国家も、組織も、この世から跡形も無く。

 神話曰く、芥子は人の痛みを癒すべく神が与えたモノだそうだ。

 じゃあ、至高なる文明の女神に、それを返すのは当たり前だよね?』

 そう、薬物とは鎮痛剤としての側面がある。

 人類の歴史とは、薬物の歴史と言っても過言ではない。

 

 この少年は、その歴史や文化を消し去ろうと言っているのだ。

 

『だから薬物の常習者の皆さん。これからは苦しみながら、薬物の無い世界を生きてください』

 その光景を想像しているのか、少年は愉快そうに笑っている。

 

『ああついでに、この争いの絶えないこの周辺地域に平和を齎そうか』

 本当に、もののついでのように彼は言った。

 

『いいこと考えたんだ!! 

 どうして大人たちは争い合って、殺し合うのかって!! 

 それは、思想の違いが有るからだ。在りもしない神様を崇めて、好き勝手な事ばかり言っているバカな大人が居るからさ!! 

 ──なあ、そうだろう!!』

 少年がまた、画面外の別の方向を向いた。

 カメラがそちらに向けられると、そこには磔にされた男たち猿轡をされて呻いていた。

 

『ほら、お前たちが大好きな言葉を言ってみろよ!! 

 お前たちの実在しない神じゃなくて、ホンモノの至高の女神を偉大なりと言え!!』

 少年が磔の土台を蹴りながら、恐怖で震えている大人たちを罵倒する。

 

『くくッ、ねえ、どんな気持ち? 

 自分たちが大事にしていた歴史が、文化がさ、僕みたいな子供に全部全部台無しにされちゃうのって!! 

 あははははは、お前たち大人が後生大事にしていたのは、無意味で愚かな人殺しの罪科だけだってことだね!! 

 かわいそう、本当に可哀そう!! お前たちも、その祖先も、全部無価値なんだ!!』

 純粋で幼く、無垢なる邪悪が、そこにはあった。

 

『神話曰く、神様は災いとしてバッタを遣わした。

 ならば、僕は、神に成り代わり愚かな人類に罰を下そう』

 少年アバドン──蝗害を齎す奈落の王を冠した彼は、手を振り上げ、下ろした。

 

 無数のバッタが、磔にされた大人たちの体に上って行く。

 そして、その姿が虫に隠れて、見えなくなった。

 その下からは、おぞましいくぐもった悲鳴と苦痛に満ちた呻き声が聞こえる。

 

 バッタたちが去ると、そこには磔に使われていた土台さえも、消えてなくなっていた。

 血の一滴も、大人たちが居た形跡は確認できなかった。

 

『ああでも、病気の人とか居るから、少しだけ薬物は残してあげる。

 頑張って、争い合って奪い合ってください。あははは!!』

 少年はひとしきり笑った後、真顔になってこう言った。

 

『この子らを制御しているのは、僕だ。

 彼らは儚い生き物だから、僕が死んじゃうと全滅しちゃうんだ』

 アバドンはゆっくりと、自分の頭を指差した。

 

『つまり、この子らを止めたければ、僕を殺すしかない』

 それは彼の、魔王四天王としての挑戦状だった。

 

『この地球は、虫の星と言われているんだよね。

 じゃあ君たち人間の大人が、人類の歴史とやらが、虫に劣る存在だって認めたくないなら頑張りなよ』

 白い海が、一斉に飛び立つ。

 

 バッタは、風に乗って一日に150キロも移動すると言われている。

 奈落の王の意を受けて、白いバッタたちが世界を貪ろうと飛び立った。

 

 ……映像は、そこで終わっていた。

 

 

「これが、確か先週だったか? 

 日本じゃああまり実感は無いだろうが、ヨーロッパ辺りじゃ連合を組んでアバドンと戦うみたいだな」

 凄惨な処刑を見せられた生徒たちは黙り込み、クリスティーンは退屈そうに解説した。

 

「人類か、虫か。優占種を決める戦い……熱いねぇ。

 だがまあ、結果は決まり切ってるだろうな。普通のバッタが起こす蝗害でさえ、人類は後手に回ってるくらいなんだから」

 或いは、今の映像は世界の終りの始まりの光景だったのかもしれない。

 

「これが今一番イケイケの四天王だな。

 ──なあ、水無瀬。お前はあいつと戦えるか?」

「戦いますよ。躊躇う理由なんてありますか?」

 水無瀬は即答した。

 クリスティーンは意地悪く笑って、そうかそうか、と頷いた。

 

「悪は悪。それ以上でもそれ以下でもない」

 あの少年は悪の道を選んだ。水無瀬にとって、ただそれだけのことだった。

 

「若いお前らにはわからないだろうが、善人が悪いことをするのも、悪党が善いことをするのも矛盾しないんだわ。

 お前がどのように折り合いを付けるか、今から楽しみだな」

「先生だって若いじゃないですか」

「……ああ、そうだったな」

 クリスティーンはどこかぼんやりとした物言いで頷いた。

 

「さて、次はこいつにするか」

 次に彼女が黒板に映したのも、また有名所の相手だった。

 

 

 

『アメリカ国民の皆さん、今日は記念すべき日です。

 なぜなら皆さんは全員、奴隷になるのですから』

 破壊された、奴隷解放を謳った偉大な大統領の像を背に、その男は宣言した。

 

 彼は外見は白人に近いが、クリスティーン同様に地球上のどの人種にも該当しない人間だった。

 

魔王四天王 アメリカ担当 『思想家』

“悪平等”のオリバー

 

 

『我が神は、あなた達に自由意思をお与えになられた。

 しかし、あなた達が自由を得て、何をしましたか?』

 柔らかな物腰のその男は、しかしギラギラとした眼光をしていた。

 

『自由と言う言葉は、甘い毒です。

 自由の為に、いったいどれだけの血が流れましたか? 

 そして獲得した自由に、いったいどれだけの価値がありましたか? 

 所詮、自由とは幻想。箱庭の中で許された行為を真の自由と言えるでしょうか』

 オリバーの背後には、多くの黒タイツの戦闘員が控えていた。

 戦闘員たちが、彼の言葉に呼応し叫ぶ。

 

『差別のある自由より、平等な不自由を!!』

『嘘と殺戮の神より、真なる神の統治をッ!!』

『人類はみな、神の従僕となるのだッ!!』

 口々に彼らは叫ぶ。

 オリバーが手を挙げると、彼らの主張は止まった。

 

『自由とは、数の限られたまやかし。

 そもそも最初から不自由なのが人間ならば、今更奴隷になっても同じでしょう』

 オリバーは手を差し向け、宣言した。

 

『あなた達から思想を取り上げます。信仰も取り上げます。選挙権も要らないでしょうね。職業も適性を見て振り分けます。

 尊厳も奪います、誇りも歴史も文化も差別も不平等も何もかも』

 オリバーが指を鳴らす。

 すると、戦闘員が縄で縛られ、猿轡をされた人間を引きずって来た。

 

 その男は、外見からして警察官に見えた。

 助けを求めようと、必死に呻いていた。

 

『彼は先日、職務中に黒人男性と揉めた際に拳銃で相手を撃ち殺した。

 さて、皆さん。彼に相応しい罰とは何か?』

 オリバーの呼びかけに、戦闘員たちが顔のマスクを取った。

 多くは黒人、かつて奴隷だった過去の有る民族の人間ばかりだった。

 

『死には死を!!』

『殺せ、殺せッ!!』

『ふさわしい罰をッ!!』

 今にも囲まれて暴行にでも遭いそうな状況に、警察官は震えていた。

 

『皆さん、落ち着きましょう』

 しかし、そんな彼らをオリバーは諫めた。

 

『殺生はいけません。彼はもう、神の奴隷。

 我らが神の所有物、資産なのですから』

 その言葉に、彼らは静まった。

 もう彼らは何も怖いものなど無い。なぜなら、自分たちを保護してくれる本物の神が存在するのだから。

 

『彼に相応しいのは罰では無く、──家畜の烙印ですよ』

 オリバーは近未来的なデザインのライフルみたいな銃を引っ張り出し、地面で醜く芋虫のようにもがく警察官にその銃口を向けた。

 彼がその銃口を引くと、眩い光線が放射状に発射され、警察官を照らした。

 

『むぐ、むぐぅぅぅ!?』

 彼に起こった変化は、劇的でわかりやすかった。

 なんと彼の肌の色が、白と黒、それこそシマウマのようにマーブル状になったのだ。

 

『これは遺伝子変質装置。

 肌の色で差別が起こるのなら、全員が同じ色に成ればいい』

 イカレた発想だった。オリバーは嗤っている。

 別世界出身の彼は、肌の色なんかに拘泥している下等な人類を嘲笑っていた。

 

『全員が家畜のように管理され、家畜のように丁寧に育てられ、製品を生産する。

 そこに差別など無く、飢えも病の苦しみも無い。スケジュール管理された工場で働き、適度な休息を与えられ、寿命を迎えて死ぬ。

 それがあなた達全員の、これからの人生設計です』

 それはまさに資産運用。

 数字で管理され、数字でのみ表記される、家畜の扱いだった。

 

 彼らの未来は、完全なるディストピアの悪平等。

 狂った機械が治めるテーブルトークRPGの舞台のような、種の終焉だった。

 

『口だけで行動に移さない者。集団に紛れて何かしている気になっている者。

 いずれも我が神はお嫌いです。片っ端から、この装置で思い知らせてやりなさい。

 自分たちが、いかに惨めな生き物になるのかと、ね』

 彼の持っていた遺伝子変質装置が、戦闘員たちに次々と配備される。

 

『さあ、自由の国アメリカは今日で終わりだ。

 不自由と平等の生産工場アメリカ区画の始まりですよ』

 オリバーの言葉が終わると、戦闘員たちが散らばって行く。

 そこらかしこから、悲鳴が起き始める。

 

 それで、その映像は途切れていた。

 

 

「これも、何日か前だったか? 

 オリバーの奴はオレと同期でな。やな奴だがやり手だ。

 それにしても、これがメアリース様の指示か。明らかに難易度を上げてやがる」

 クリスティーンは改めて同僚たちを見て思った。

 これ、勝ち目有るのか、と。たとえ魔王がこの世界から撤退しても、後に残るのは凄惨な状況だけだろう。

 

「な? これに比べたら日本の四天王はヌルイと思わないか?」

 なぜか彼女は生徒たちに同意を求めるかのようにそう言った。

 

「お前らも、オリバーのところの奴らみたいに、全員の扱いが悪くなれば平等だって思考停止するんじゃなくて、向上心を持って勉学に励めよ。

 我らが主上は必ず、その向上心を評価してくれる」

 と、最後にそんな教師っぽいことも忘れず言っておくクリスティーンだった。

 

「えーと他には、中国担当とかも絶好調だが、これは教育に悪いな。パス」

「……先生は聞いていないんですか?」

「あん?」

「日本の四天王の、難易度上昇を」

 自分で言ってゲームみたいだ、と水無瀬は思った。

 だからこそ、本当にゲーム感覚で人間を弄んでいる文明の女神に怒りが湧いてくる。

 

「うーん、聞いてないな。

 オレが謹慎になったってことで、別の穴埋め要員が派遣されるだろうが」

 この時、こう答えたクリスティーンは想像もしていなかった。

 まさか自分の代打が、知り合いであるという事に。

 そして、謹慎の筈の彼女の立場が、予想外の方向に転がり始めるという事も。

 

 

 

 §§§

 

 

「……今のは、冗談ですか?」

「私がそんなこと言うと思う?」

 

 地球より遥か上、雲よりも高く、宇宙よりも上の次元。

 実体を持たない神々の座する領域。

 

 そこで、文明の女神と邪悪の女神が業務に勤しんでいた。

 

「あなたは今、あの(・・)リーパー隊*1を日本に送ると言ったんですよ」

「戦争の無い国に、あの戦争しか能の無い男を送り込む。

 最高に皮肉だと思わない?」

「…………はあ」

 邪悪の女神リェーサセッタは溜息を吐いた。

 

「これは試練ですよ。あの、私があらゆる世界から集めたクズの中のクズの、殺すことしか頭に無い殺人鬼どもを解き放つのは、今回の趣旨から外れます」

「それを制御するのが、あの男の役目よ。

 大丈夫でしょ、実績はあるし」

「…………はあ」

 彼女は盟友の物言いに、もう一度溜息を吐いた。

 

 彼女の盟友は完璧主義者のくせに、人間の頃から大分大雑把なところがあった。

 それで何度も失敗しているのに、改めない。神は不変故に、もう改めることもできない。

 

「殺戮が目的ではないのは分かっているわ。

 でも、私にすら勝ち切ることを許さなかったあの男を、あの小娘がどう対処するか見て見みたくなったのよ」

「フェアリーサマーですか」

「ええ」

 二柱は、夏芽の存在に注目していた。

 彼女ほどの英傑は、この二柱からしてもなかなかにお目に掛かれない。

 

 そして英雄に試練と苦難を与えるのは、女神のサガみたいなものであった。

 

「……分かった、彼を貸しましょう」

「じゃあ、そう言うことで手続きをしておくわ」

 この二柱の今の感情を、人間に説明するのは難しい。

 

 神とは、偉業を成して至る存在だ。

 この二柱もそうして、神の座に至った口だった。

 

 だが人間が神の領域に至るのは、また別の方法がある。

 その両方の条件を満たす夏芽と言う存在に、この二柱は興味を持っているのであった。

 

「そう言う事だ、子細は現地の魔王の指示に従え」

 女神の視線は天啓となり、待機していた相手に伝わった。

 

「はッ、全ては我が主上の御心のままに」

 軍服を着た犬人間──コボルト族の男は膝を突いて深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

*1
拙作『ラウンドテーブル』にも登場する懲罰部隊。地獄に墜とす価値も無い連中で構成される。今作には怪人役として登場を予定。




と言うわけで、海外の魔王四天王の動向でした。
ついでに、魔法少女と言えば怪人!! え、それはライダーとか戦隊ものだろうって?
細かいことは気にしない。連中は次回が終わってから、三章から登場する予定です。

次回はアンケートのとおり、魔王ハーレの独白となります。
ちなみに、本当なら中国の四天王も書こうと思ったんですが、というか当初は四人分出すつもりだったんですが、長くなったので割愛。
中国担当はそのうち登場しますので、お楽しみに!!

では、また次回!!


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狂気が至る世界

予定を変更して、前回書ききれなかった残りの四天王を描写することにしました。
作者は嘘吐きでは無いのです、ただいい加減なだけなのです。悪しからず。


 

 魔王の居城、その謁見の間。

 玉座に座す魔王ハーレに、日本の四天王二人が控えていた。

 

「お前が、あの悪名高いリーパー隊の宗主か」

 魔王は敢えて、隊長という表現をしなかった。

 

 彼の目の前には、軍服姿のコボルト族の男が跪いていた。

 小さい。身長は150㎝程度。

 人間にも人種があるように、コボルトにも人種がある。

 妖精に近いコボルト、爬虫類の特性を持つコボルト、そして犬獣人としか言えないコボルト──彼はそれに当たる。

 

 その種族のコボルト族は、どちらかと言うと総合的な能力が下から数えた方が早い種族である。

 そんな彼に、多くの異形が付き従って跪いていた。

 

 ゴブリン、コボルト、リザードマン、トロール、オーガ、ミノタウロス、サイクロプス、獣人各種族、有翼種、エルフ族、鬼人、ケンタウロス、ドワーフ、ラミア、サキュバス、吸血鬼。

 総勢108名の、魔の軍勢だった。

 

 まとまりも、統一性も無いこの混沌の群が、この男に従っている。

 

「お初にお目にかかります、魔王ハーレ様。

 現時刻を以って、只今着任いたします。

 俺がこのリーパー隊を与る隊長、故郷での管理番号は──」

「誰が数字を名乗れと言った。

 お前は家畜か? そうではないだろう?」

 不機嫌そうな魔王の言葉が、彼の言葉を遮った。

 

「失礼、私の事はアップルマンとでも呼んでください」

 犬獣人は深々と頭を下げて、そう名乗った。

 

 

懲罰部隊リーパー隊『戦争狂』

“狂犬”のアップルマン

 

 

「……」

 魔王には、その人物の魂の色彩が見える。

 なぜ彼がここまで不機嫌なのか、それは彼からすれば一目瞭然だった。

 

 ヘドロのような汚らしく醜悪などす黒い魂を持った存在が108名も目の前に居るからだった。

 これを見ただけで、この連中がどのように生きていたのか分かると言うモノだ。

 その中で、目の前のコボルトの男の魂は黒真珠のように輝いていた。

 こんな魂の持ち主を、彼は見たことが無い。

 

「正直、お前たちを見た時は消し飛ばして送り返そうと思った」

「実行なさらなかった魔王様は二人目です」

 それはそうだろう、と魔王は思った。

 

「お前たちは、我が母の管轄だったな。

 我が母は邪悪の神であって、醜悪の神ではない」

 この連中は抱えているだけで名誉や威信を損なう、と判断した魔王一族は多かったことであろう。

 それほどまでに、見るに堪えないゴミクズどもばかりだった。

 

「我が母が、お前たちに慈悲を与える理由を見せて貰おうか。

 そら、ゴミども。芸を見せて見ろ」

 その瞬間だった。

 

 ──―アップルマンの体がはじけ飛んで、入り口のドアの上の壁に叩きつけられた。

 

 和夜は、ティフォンは見た。

 108の魔の軍勢が、一糸乱れずに一斉に顔を上げて状況を把握したのを。

 

「隊長がぶっ飛ばされたぞ!!」

「結局またかい!!」

 屈強なオーガ、鬼、トロールが前に出て背後を守る。

 

「戦闘態勢、各員戦闘態勢!!」

「きゃはははは、今度はどれだけ殺せるかなぁ!!」

「死ぬまで暴れながら逃げてやろうぜ!!」

 小隊規模で指揮する獣人達、遠距離攻撃の準備をしたエルフの集団や有翼種族。

 

「第一隊はかく乱魔法準備、斥候は退路を確保。

 残りは遠慮なくぶっ放せ!!」

 後方では魔法の得意な種族が呪文を詠唱し、素早く動ける種族が移動を開始する。

 

 慣れていた。

 彼らは味方に、魔王にすら攻撃されることに慣れていた。

 

「やめろ、お前たち」

 一瞬の判断が命取りになる状況で、ぐったりしていたアップルマンがのろのろと手を挙げてそう言った。

 たったそれだけで、この喧騒の中で大した声量でもないその声に、混沌の軍勢が停止した。

 

 あわや、殺し合いに発展するのかと思われた状況で、安堵した四天王二人だったが。

 

「戦争には作法がある。

 宣戦布告だけは正々堂々としなくちゃぁいけない。

 その時ばかりはどちらかが冷静じゃないとなぁ」

 仲間に肩を貸され、起き上がった彼は──楽しそうに笑っていた。

 

「僭越ながら魔王様、戦争を始めてもよろしいですか?」

 前衛、中衛、後衛の軍団が左右に割れて、再び魔王とアップルマンは向かい合った。

 

 魔王は、彼を見た。

 理性の中に潜む狂気を。

 狂気の中の理性で、どうやって戦うのか目まぐるしく思考している。

 

「面白い」

 自然に、彼の口からそう言葉が出た。

 

「なぜお前たちが処分されないのか、その理由が分かった。

 よくぞこの連中を、ここまで統率させている」

 魔王は満足げに頷いて。

 

「ならば、お前たちの価値を示せ」

「──殺せ!! 喜劇を始めるぞ!! 

 演目は、魔王討伐!! 愚かで狂った道化どもよ、役者も観客もまとめて皆殺しだ!!」

 アップルマンの号令と共に、殺し合いが始まった。

 

 

 

 そして、1分も掛からずにリーパー隊は全滅した。

 

「ふう」

 ひと汗かいた、とばかりに玉座に座りなおす魔王。

 

「さて──」

 スプラッタ耐性の無い和夜が吐いているのを横目に、魔王は命じた。

 

「なぜまだ死んだままでいる? 死んでいる価値も無いクズども」

 その言葉に、魔力も何もなかった。

 

 だが、肉片と血の海と化した謁見の間に異変が生じた。

 血の中から沸き立つように、或いは時間が撒き戻るかのように。

 108の魔の軍勢が、勢揃いした。

 

「これは、どうなっているのですか?」

「我が母の慈悲(のろい)だよ。こいつらは地獄行きになって更生するだけ予算の無駄とされた生粋のクズの中のクズども。

 ならその嗜好と能力を使い潰してやろう、と寿命以外では死ねないのだ」

 むう、と思わずティフォンも唸った。

 こいつらをキメラにしたら面白そうだな、とか思っていた。

 

「アップルマン」

「はッ」

 そしてそれは、彼らを統率する隊長も同じだった。

 彼は、彼らは、最初と同じように魔王の眼前に跪いた。

 

「これから二週間後、およそ1000人ほど殺す予定がある。

 メアリース様が間引けと仰らなかったら、相手次第で取りやめの予定だったが……お前たちを見て決行することに決めた」

 魔王の言葉に、リーパー隊の幾名かが堪え切らず顔を上げた。

 いずれも、殺戮に酔うケダモノの笑みを浮かべていた。

 

「その時に、そいつらを好きにしていい」

 歓声が上がった。

 地獄に行く価値も無い、救われる意味も無い。

 誰かを殺すぐらいしか能力のない、悪の軍勢が湧きたつ。

 それも、アップルマンが手を上げただけで静まった。

 

「だが、それまでは可能な限り殺すな。

 必要最低限以外の殺しはするな。なるべく順番に、地上に降りてお前たちの恐怖を知らしめろ」

「戦力の逐次投入は下策中の下策ですが?」

 王命に、指揮官たるアップルマンが異を唱える。

 

「地上の人間は、メアリース様の財産だ。

 ……言っている意味は分かるな?」

 魔王の意を受けて、犬獣人は顎に手を当てる。

 

「おい、支給された地図を持ってこい」

「はい隊長!!」

 小柄なエルフがアップルマンに地図を持ってきた。

 日本地図ではなく、世界地図だった。

 

「俺はこの国の四天王として配属されましたが、部下どもは世界各地に投下してもよろしいでしょうか? 

 でなければ、こいつらを抑える自信がございません」

 世界地図には各国の戦況や攻撃目標などが記載されていた。

 それを俯瞰する彼は、先ほどの狂気からは程遠い軍人らしい戦略眼を発揮しようとしていた。

 

「好きにすればいい。

 必要な時に全員集合できるのなら、各地である程度の“目こぼし”はしてやろう」

「了解しました。各々任務に励みます。

 お前ら、これから割り当てを決めるから待機しておけ」

 アップルマンの命令に、ぞろぞろと隊員たちが謁見の間から退出していく。

 

 指示を終えた魔王も魔法でその場から居なくなった。

 その場には、未だえずいている和夜と思案顔のティフォン、そしてアップルマンが残った。

 

「おいおい、大丈夫か?」

「ッ、近寄るなイカレ野郎!!」

 人好きの良さそうな笑みを浮かべて近寄る犬獣人の手を、和夜は払いのけた。

 

「そう言うなって。まあ俺らと同じなんて嫌だろうが、否が応でもこれからは同僚だ。

 後でお互いに仲間として酒でも飲まないか?」

「誰があんたなんかと!!」

「私は行くが?」

「おい、ティフォン!?」

 和夜は同僚に信じられないと言った視線を向ける。

 

「彼と言う人間……では無かったな。

 彼と言う人物に興味を抱いたのだ」

「今でこそ犬畜生だが、前世では人間ではあったぜ。人間扱いしてくれるなら、それはそれで嬉しいな」

「ほう、そうなのか」

 この二人のやり取りを見て、和夜は奇妙にもアップルマンに自分の兄を連想させられた。

 あのコミュ力の塊みたいな陽キャと、どことなく。

 

「はあ、わかったよ僕も行けば良いんだろ」

 結局、その奇妙な何かを確かめるべく、和夜も参加することにした。

 

「じゃあ、この世界の美味い酒を教えてくれよ」

「うむ、良いだろう」

 

 こうして、魔王軍に新たなる四天王がクリスティーンの代打で参入するのだった。

 

 

 

 §§§

 

 

 銃声が、鳴り響く。

 そこは砂漠地帯を思わせる大地に、無数の廃墟が点在していた。

 

 完全武装の兵士たちがその間を縫うようにして進んでいく。

 

「ポイントデルタ制圧!!」

 兵士の一人が、無線で仲間に状況を伝える。

 次々と新しく制圧した地点に仲間が現れる。

 彼らの頭上のネームを確認して、一斉に動き出す。

 

 これは、ゲームの世界。

 FPS*1のタイトルで、名前は“サクリファイス”。

 全世界で二千万の売り上げで、今ではゲーム業界全般でもトップのビッグタイトルになった。

 

 このゲームが人気に、いや売れたのは理由があった。

 この“サクリファイス”というゲーム、VR空間でプレイできるだけでなく、五感を完全にゲームとリンクさせる所謂フルダイブタイプのゲームであった。

 

 現代では技術的に不可能なこのゲームは、魔王の到来と共にゲーム機と共に安価で世界中に販売された。

 人々は、魔王に侵される現実から逃げるように、このゲームに没頭した。

 

 そしてゲーム機と共に“サクリファイス”が世界中に普及した時、人々はこのゲームのタイトルの意味を知る。

 

「これから毎月一度、“サクリファイス”の大会を中国で行うよ。

 ただし、この大会中にログアウトは出来ない。ログアウトできるのは、勝者だけだ」

 このゲームを世界中にばらまいた張本人は、実に愉快そうに宣言した。

 

 

魔王四天王 中国担当 『主催者』

ゲームマスター

 

 

 彼はクリスティーン同様、この世の者ではない、異世界人である。

 彼女との違いは、彼は神官ではないとところだろうか。

 

「分かりずらかったかな、要するに大会のゲーム中にキルされた人間は現実でも死ぬってことさ!! 

 勿論、それだけじゃあ誰も参加しないだろう。

 大会の優勝者には、僕と戦う権利を上げよう。そして、僕に勝った人間は、魔王様にご褒美を貰えるんだ!!」

 彼の姿を模ったアバターが、狂気を伝搬させる。

 まるでひと昔前に流行ったラノベのデスゲームみたいなことを繰り広げる彼は、実に楽しそうに笑っていた。

 

 そして、彼は三十回の大会を開いて、その優勝者全てを葬った。

 

 更に、彼の魔の手は“サクリファイス”内部に留まらなくなった。

 

 

 

 ファンタジー一色のMMORPGの舞台に、場違いな銃声が鳴り響いた。

 

「くそッ、くそッ、なんでログアウトできないんだ!?」

 モンスターが徘徊する薄暗い洞窟を逃げるフルプレートアーマーの戦士が、必死に逃げながらログアウト機能をタップする。

 しかし、幾らやっても“ゲームマスター権限により不可”としか表示されない。

 

 銃声が、彼に迫ってくる。

 道中のモンスターを銃殺しながら、死神は彼を追い詰めていく。

 

 嫌な汗が、背筋を伝う。

 こんなところまで五感を感じなくてもいいのに、と思わずにはいられない。

 

「おや、もう鬼ごっこは終わりかい?」

 ファンタジーの世界観に相応しくない現代の迷彩服を着たアバターが、狙撃銃を構えながら歩いてきた。

 

「て、てめぇ何者だよ!! なんで銃なんて持ってるんだ!! 

 どうして運営に垢BANされないんだ、チートだろそれ!?」

「そりゃあ、この僕が運営そのものだからさ」

「はあ!? 意味わかんないし!!」

「知らないの? 僕四天王だよ、この世界にフルダイブのVRゲームを持ち込んだ張本人さ」

 知っていた。彼は知っていた。

 イカレたデスゲームを繰り返す、狂人のことだ。

 

「別ゲーの装備で弱い者いじめするのが、四天王のすることかよ!!」

「ははは、モンスターをトレイン*2して他のプレイヤーに押し付けてPK*3してた君が言うのかい?」

 アバターは表情豊かに、目の前のプレイヤーを嘲笑う。

 

「それに僕がやりたいのは、弱い者いじめじゃあない」

 パァン、と銃声が響いた。

 

「あ、ぎゃああああぁぁぁ!」

 足を撃ち抜かれ、プレイヤーは激痛から悲鳴を上げた。

 

「い、痛い、なんで、なんで!?」

「何言ってるんだ、痛みの無いゲームなんて全くリアルじゃないじゃないか」

 このゲームはファンタジー要素が売りで、まかり間違っても現実のリアルさなんて求められていない。

 それを無視して痛覚を与えられる彼は、間違いなくゲームマスターだった。

 

「僕の故郷は、VR技術が発展していてね。

 VRが第二の現実だ、みたいに言われていたんだ」

 ゲームマスターが引き金を引く。

 狙撃銃から銃声が鳴り響き、弾丸が発射される。

 

 弾丸は容赦なく、地面にひれ伏すプレイヤーの腕を貫いた。

 もう一度、悲鳴が上がった。

 

「僕はこれでもね、産まれた時から体が悪くてね、外を歩くことも出来なかったんだ。

 だけど、VRは違う。僕はゲームの中でだけ、自由に歩き回れたんだ」

 苦痛にのたうち回るプレイヤーを見下ろし、嗜虐的な笑みを浮かべるゲームマスター。

 

「最初は、羨ましかったんだ。

 だけど、こうやってゲーム機越しに相手の五感を滅茶苦茶にしていくうちに、そうしないと満足できなくなっちゃったんだ。

 最終的に、46人ぐらい殺したって言われたのかな? ははは、実感なんて無いけどね」

 彼の目の前に居るのは、ゲームのアバターではない。

 VRから現実を侵食する殺人鬼だった。

 

「この世界の皆には、感謝してるよ。

 だって、僕の性癖を満足させてくれる土台を喜び勇んで広げてくれたんだからね」

「う、嘘だ、ゲームで人が死ぬなんて……」

「嘘だと思うなら、そう思ったまま死ねばいい」

 ゲームマスターの銃口が、プレイヤーの頭部に狙いを定める。

 

「や、止めてよ!! 俺はまだ10歳なんだ!! まだやりたいことが有るんだ!!」

「え、それ本当?」

 ゲームマスターは思わず必死に命乞いをするプレイヤーの顔を見やった。

 その仕草に、彼は希望を見ようとした。

 

 だが、ゲームマスターは嗤っていた。

 

「ねえ、どんな気持ちだい? 自分の残りの人生が、ゲームなんかに台無しにされるのって!! 

 誰かが築き上げてきた人生をぶっ壊すのも最高に愉しいけど、君みたいな未来ある若者を踏みにじるのも興奮するねぇ!!」

 ゲームマスターは、絶望に歪むプレイヤーの顔に銃弾を撃ち込んだ。

 

 ログアウト先を失ったプレイヤーの精神データが、ゲームの世界に霧散する。

 

「世界中の皆さん!!」

 そしてこの光景は、悪趣味なことに世界中に生配信されていた。

 

「僕をこの世界に送り込んだ女神様は、好きなだけ殺して良いって言っていた!! 

 この世界の造物主たるメアリース様も間引きをしろと言っていた!! 

 今日からお前たちの遊び場は、全て僕の狩場だ!! 

 いつ僕に殺されるかわからない恐怖を味わいながら、第二の現実を楽しんでください!!」

 そう宣言して、ゲームマスターはログアウトした。

 

 彼の狂気が、急速に広がったVRゲームの市場を恐怖のどん底に陥れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

*1
ファーストパーソン・シューティングゲームの略。一人称視点で進む射撃ゲームのこと。

*2
ゲームで多くのモンスターを引き連れ、他のプレイヤーに押し付ける迷惑行為。

*3
プレイヤーキルの略。




次回はいよいよ、2章のラストになる予定の魔王の独白になります。

それではまた次回!!


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ある魔王の独白

 

 

 周囲の緊張が、伝わってくる。

 私はそれを無視して、懐かしい作業に勤しんだ。

 

「魔王様の御手を煩わせるのは何だか、申し訳ないのぅ」

 どこか茂典翁が気恥ずかしそうにそう口にした。

 

 ここは、この世界の本拠地の格納ドッグ。

 機動兵器などのロボットが保管されている区画だ。

 

 その区画の中でも、ここは主に修理を行う一角だった。

 昨日、破損した茂典翁のボディを修復する為に、彼はここに戻ってきていた。

 

 私は、作業員を押しのけて彼の修理を行っていた。

 作業員たちは居心地が悪そうに、道具を用意してくれている。

 

「これでも前世では、機械工だったんだ。

 それを言ったら、私以外のほぼ全員がそうだったんだけれど」

「……」

 それを聞いて、茂典翁は複雑そうにしていた。

 

「儂は病院のベッドの中で、文明の女神に御会いした。

 そこで、多くの言葉を交わした。儂は喜んでかの御方の手先になることを決めたわけじゃな」

「なぜ?」

 私は尋ねた。私の部下の事はちゃんと把握しているにも関わらず。

 老人の話し相手ぐらい、務めてやろうと思ったのだ。

 

「儂がまだガキの頃、父親は戦闘機で敵に突っ込んで行った。

 戦争じゃったよ。母親は儂の為に働いて、体を壊して若くして亡くなった。

 この世から戦争を消し去ってくれると言うなら、儂はかの御方に魂も差し出そう」

「その果てが、尊厳も何もかも失った家畜だけの世界でも?」

「思想や利権、土地の奪い合いで殺し合うよりもよほどマシじゃろう。

 どちらが上等ということもあるまい」

 この老人は、どこか悟ったように虚空を見上げていた。

 

「所詮、天岩戸じゃろう。女神様の思惑なぞ。

 我々人類の積み上げた歴史が気に入らぬのなら、最初からそのように造ればよかったのじゃからな」

 彼は、完全に理解していた。

 多くを我が至高の御方と話したというだけあって、この地球で最もかの御方の意向を把握しているのであろう。

 

「ならなぜ、我が主上はあの男をこっちに寄越したのだろうか。

 あの悪名高き、戦争屋を」

「それは儂にもわからん。あの御方は割と行き当たりばったりにも思えるところがあったからのぅ」

 案外、茂典翁の言う通りなのかもしれない。

 

「……お前たち」

「は、はい!?」

 私は近くで作業をしていた作業員に声を掛けた。

 

「お前たちはこの仕事が楽しいか?」

「は、はい、勿論です!!」

 年若い作業員は、緊張した面持ちで言った。

 

「じ、自分は子供の頃に巨大ロボットを作るという夢がありました!! 

 しかし大人になって、そんなことは不可能だと諦めていたのです!! 

 ですがこうして、魔王様の下で機動兵器の整備の仕事に携わることが出来て感激の至りであります!!」

「……そうかい」

 そう言えば、機械整備の類のバイトは人気だと思い出した。

 

「なあ君」

「はい!?」

「魔王になる方法、知りたくはないかい?」

 私の言葉に、彼は引きつった表情を浮かべた。

 

 

 

 §§§

 

 

「801番!! 何をしている、作業が遅れているぞ!!」

「はい、申し訳ございません!!」

 私は監督官の声に、大声で応じた。

 私に割り振られたタスクに遅延が生じている。急いで遅延を取り戻さなければ。

 

 

 私は管理番号MO-801。

 特に特筆すべきことなど何もない、作業工に割り振られた人間だ。

 

 いや、特筆すべきことなど無いというのは、嘘だ。

 私の性能は、他の作業員よりも劣っていた。

 

「801番、またお前か!!」

「も、申し訳ございません!!」

「謝罪よりも作業に集中しろ!!」

 毎日が変わり映えの無い生活。

 朝起きて、工場に向かい、同じ仕事をして帰宅し、眠る。

 

 私は、部品だ。

 機械には代用できない仕事を行うだけの、生ける部品に過ぎない。

 

 私が勤務するこの工場は、この世界の縮図だ。

 至高なる文明の女神メアリース様の為に製品を生産するだけの、箱庭の世界。

 他の世界の情景を描写する雑誌には、世界が丸いだとか空が青いだとか、そんなことが書かれている。

 

 だが、この世界は四角く箱のように閉ざされている。

 大地も空も海も、この工場には必要無いからだ。

 

 そのことに、誰も疑問を持つことなど無い。

 部品に感情は無い。必要なのは正確性だけだ。

 

「またか、801番」

「申し訳ございません」

 私は要領が悪かった。

 神が造ったこの身は、なぜか不器用だった。

 

「ステータスを開示しろ、業務命令だ」

「はい、どうぞ」

 監督官は私のステータス画面を見て、信じられないモノを見たような表情になった。

 

「な、なんだこれは!? 

 理論上のほぼ最低値じゃないか!?」

 彼が驚くのも無理はない。

 神は私達に、個性を与える為に能力値にある程度のランダム性を与えた。

 そして私に与えられた能力値は全て、ほぼ最底辺だったのだ。

 

 監督官の言葉に、同僚たちはざわめいた。

 憐憫、嘲笑、同情。様々な感情が、私に向けられる。

 

 その日の帰り際、私の靴は隠されていた。

 私はとっくに絶滅したはずの、イジメの被害に遭った。

 

 翌日、役人がやってきて、私の私物を隠した犯人が処分された。

 それだけでなく、私にステータスの開示を求めた監督官も異動になった。

 公然の場でステータスの開示をさせるのは、パワハラに当たるらしかった。

 

 それでも、影から私を嘲笑う声は絶えなかった。

 実行にさえ移さなければ、その思考を咎めることは神にも出来ない。

 

 定期的に巡回にくる役人に、私は尋ねた。

 

「私がこのように造られたのは、メアリース様の意思なのでしょうか。

 そうでなければ、何故に私は同僚たちから劣っていると笑われるのですか?」

 私の問いに、神の化身たる役人は言った。

 

「偶然です。理論上、能力値の最低値が並ぶことはあり得ます。

 だからと言って、業務に支障がきたすことはありません。そう言う風にあなた達は出来ています」

 私は思った。

 ならばなぜ、ランダム性など私たちに与えたのだ、と。

 

 全員が等しく同じで、同一なら私はこんな気持ちにならずに済んだと言うのに!! 

 私の心に、怒りと言う感情が初めて生じた。

 

 そして、思った。

 私達の仕事ぶりは、記録され評価される。

 

 勿論、私はいつも最下位だ。

 

 ────これを台無しにしてやったら、最高に笑えるのでは? 

 

 

 

 この世界を木端微塵にするのは、簡単だった。

 世界全てのエネルギーを賄う魔力炉心を暴走させればいい。

 私にはそれをする技術も、知識もあった。

 

「……なんてことをしてくれたの?」

 世界と共に爆散したはずの私が目を開けると、怒り心頭と言った様子のメアリース様が居られた。

 

「私は貴方に全てを与えたわ。

 食べ物も水も家も健康も職場も休暇も人生も、何もかも全て。

 なのになぜ、こんなことを仕出かしたの?」

 メアリース様は、本気で私にそう言った。

 私は答えた。

 

「その貴方に与えられた全てを台無しにしたら、きっと楽しいと思いまして」

「ああそう」

 メアリース様は自身を模った役人たちのように無表情になって、私を抹消すべく杖を振り上げた。

 

 だがその時、パチパチと拍手の音が鳴った。

 

「ははははは!! 傑作だったぞ!!」

 邪悪の女神リェーサセッタ様だった。

 

「だから言っただろう、メリス。

 思想から何もかも制御したところで、“人間”の愚かさは変わらない、と!! 

 僅かでも起こる可能性が有るのならば、それは必ず起こるのだよ」

「でもせっかく軌道に乗っていたのに」

「人間である限り、“悪”からは逃れられない。

 悪とは人間から生ずるモノであり、人間とは悪そのものなのだ」

 だから私は人間出身なのだ、と邪悪の女神は言った。

 

「お前の悪逆を、私は愛そう」

「だけどリネン。こいつは私のモノを壊した!!」

「では聞くが、“これ”が貴女の管轄だとでも?」

「……」

 メアリース様は人間の歴史そのもの、つまり法と秩序をも司る。

 その法と秩序から逸脱した罪人は、管轄外なのだ。

 

「世界の全てを破壊し、全てを台無しにするのは楽しかったか?」

「実際にやってみると、正直全く」

 私は、彼女に率直な感想を述べた。

 

「どうせなら、もっと苦痛に歪む姿や命乞いをする姿を見たかった」

 私の言葉に、リェーサセッタ様は満足げに頷いた。

 

「ならば、お前を好きなだけ破壊の混沌を楽しませてやろう。

 さあ、おいで。お前を私の息子として産みなおしてあげよう」

 

 私は、偉大なるかの御方の抱擁を受けた。

 

 

「お前の名前は、そうだな、ふむ、801か。

 ──では、今日からお前はハーレだ」

 

 私は、ハーレ。

 私は部品から、魔王ハーレになった。

 

 

 

 ~~~

 ~~~~

 ~~~~~

 

 

「ここが、私の滅ぼすべき世界か」

 数多の配下と共に、私は魔王としての初仕事を与えられた。

 

 魔王の仕事は、至ってシンプル。

 リェーサセッタ様の下知を受けて、派遣先の世界を滅ぼす。

 

 じわじわと真綿で首を絞めるように、ゆっくりと。

 そうやって、相手の生きる意志を確かめる。

 

 最終的に、魔王たる私を倒す勇者が現れれば、その世界は滅ぼすに値しないとして撤退する。

 だが、そうして自らの価値を示した世界は、統計でおよそ3%程度に過ぎないと教えられていた。

 

 私は初仕事だから張り切って、最前線に出向いて派遣先を滅ぼそうと出向いた。

 だから、その余りにも拍子抜けすぎた抵抗の無さに思わず愕然とした。

 

 その世界に生きる村も、町も、国も、我々に抵抗などせず滅ぼされていく。

 何の比喩も無く、完全な無抵抗だった。

 私に与えられた部下たちも、困惑するぐらいであった。

 

 世界を滅ぼす為に魔王に与えられる手勢は、メアリース様が与える平和では満足できないという、どうしようもないほど戦いに飢えた連中ばかりだ。

 彼らは殺し殺されを求めている。滅ぼすだけなら、塩蝗をバラまけばいい。こうして私たちが侵攻するのも、血に飢えた彼らを発散させる意味合いが大きい。それが我が母の慈愛なのだ。

 これでは彼らが困惑するのも当たり前だった。

 

 

 私は、適当にこの世界の住人を連れてくるように命じた。

 そうして、私の前に連れて来られた男は言った。

 

「ようやく、私の番になったのですね!!」

 男は歓喜していた。これから、殺されるというのに。

 

「なぜお前は、お前たちはそんなにも死を恐れないのだ?」

「神の軍勢たる魔王さまが、異なことを仰る!! 

 我々は皆、善行を積んで過ごしてまいりました。

 神から与えられる、善しとされる多くの事を!!」

 この世界は、善良だった。

 善良な人間しかいなかった。

 

「ですが、私達は恐れていました。

 人間は失敗をする生き物です。いつの日か、私も失敗をする日がくると!! 

 そうなっては、来世の査定に影響が出てしまう。

 ですがその前に、私たちは神の手によって迎えられるのです!!」

 それ以上は、聞くに堪えなかった。

 

「────滅ぼせ」

 なぜ、この世界が滅びに値するのか、私は理解した。

 

「ただ殺し、滅ぼすのではない。

 住人たちにお互いを殺し合わさせろ。それが善行だと教えるのだ」

「それを、彼らが信じるでしょうか?」

「信じるとも、我らは神の軍勢だぞ?」

 私に与えられた四天王の一人は、私の意を受けて頷いた。

 

 そうして、私はこの世界を滅ぼした。

 彼らの積んだ善行を踏みにじり、醜悪な最期を遂げさせながら。

 

 

 私は理解した。

 魔王の仕事と言うのは、このように詰まらなくて下らないものばかりだ、と。

 

 そうして淡々と仕事をこなしていくうちに、ある世界に行き付いた。

 

 

 そこは、争いの無い世界だった。

 メアリース様は人間の歴史そのもの。

 人間の歴史に、争いが無いということは許されない。

 

 身勝手に聞こえるかもしれないが、これも世の摂理。

 私はいつも通り、淡々と仕事を始めた。

 

 その世界の住人たちは、争いごとを禁じ、学芸を競い合うことで優劣を決めることを国際常識にしていた。

 こんなことを言うのは間違っているかもしれないが、美しい世界だった。

 

 彼らには、武器や戦術など無かった。

 戦術はあったとしても、テーブルゲームの上だけだった。

 

 彼らの抵抗は、儚く美しかった。

 私達に殺される寸前まで、楽器を鳴らし、大道芸を披露しつづけた。

 

 

 そんな状況を憂いたある男が、私の前に立ち塞がった。

 

「魔王様、この道化めの芸をひとつご覧ください」

 私の目の前に現れたのは、一人の道化師だった。

 その世界では有名な、王宮のお抱えの道化師として名の有る老人だった。

 

 彼の意図は分かりやすかった。

 自分が犠牲になっている間に、王族や民を逃がそうとしているのだ。

 そんなことをしても、最終的に滅ぼすのに違いは無いというのに。

 

「殺しましょう」

「いや待て、興が乗った」

 四天王の言葉に、私は退屈しのぎを優先した。

 この世界のあらゆる芸術を踏みにじったが、私の心を動かすモノはなかった。

 だから私は、この愚かな道化師の全てを嘲笑って殺そうと思ったのだ。

 

「やってみせろ」

「では」

 道化師は私に一礼をすると、こんなことを始めた。

 

「おい、ハーレ!! 喉が渇いたわ、水を持って参れ!! 

 はい、女神様!! おや、おやや、おっとっと!!」

 彼が始めたのは、独り芝居だった。

 

「こら、ハーレ!! なんてことをしてくれたんだ、私の衣服がびしょ濡れじゃないか!! 

 おやおや、女神様。わたくしめは完璧な存在、失敗などはございません!! 

 そうであったな、なら仕方がない!!」

 滑稽な動きで道化師は独り芝居(コント)を続ける。

 それを見ていた全員が、凍り付いたのは言うまでもない。

 

 その芸は、風刺だった。

 せめて目の前の絶対的な強者を揶揄して死んでやろう、と言う反骨心がありありとにじみ出ていた。

 

「おいハーレ、全ての人間を殺しなさい!! 

 仰せのままに女神様、えいや!! 

 ぎゃあああ、なにをするんだい!! 

 おやおや、女神様は“人間”の女神ではないですか!?」

 その場が凍り付く、道化師の芸が続く。

 耐えきれなくなった部下たちが、武器を抜き魔法を唱え始めた。

 この愚かな道化師を黙らせなくては、と誰もが思っただろう。

 

「くッ」

 だが。

 

「っは、はははは!!」

 私は笑ってしまっていた。

 

 私の笑い声に、部下たちだけでなくかの道化師も固まってしまっていた。

 

「どうした、道化師よ。

 まだ芸は続くのだろう?」

 気づけは私は、彼に催促までしていた。

 

 彼はそれこそ、風刺ネタが切れても、自分の生涯をかけて磨いた芸を必死に披露し続けた。

 王族の不倫ネタ、メイドの失敗談や、市井の滑稽話と、思いつく限りのネタを絞り出し続けた。

 

 やがて。

 

「……もう、ありません」

 朝に侵攻を開始し、夕暮れになる頃にその道化師は膝を着いた。

 彼の死力を尽くした道化ぶりに、満足した私は立ち上がった。

 

「次に私が来るまでに、新しいネタを考えておくのだ」

「え、……え?」

「帰るぞ、お前たち」

 道化師は、まさか我々が引き返すとは思わずに、しばらく呆然と立ち尽くしていた。

 

 

 私はその世界の拠点に戻ると、我が母に訴えた。

 

「偉大なる母たる神よ、この世界を滅ぼすのは惜しいと思うのです」

 正直なところ、何を馬鹿なと一笑されるとは思った。

 

「我が子よ」

 だが、我が母たる女神は慈愛の笑みを浮かべていた。

 

「お前がそう思ったのなら、お前の思う通りにすればいい」

「ですが、よろしいのでしょうか」

 これは、遊びでは無く、仕事なのだ。

 そんなワガママが通るはずない、と私は思っていた。

 

「我が盟友は、現場主義だ。現場の判断を可能な限り優先させる。

 お前がそう判断したのならば、それはきっと最善なのだ。私もそれを尊重する」

「……ありがとうございます。お母さん」

 その後、私は件の道化師に押し入って弟子入りした。

 彼が寿命を迎えるまで滞在し、その間に私の私財でその世界も復興させた。

 

 今では、その世界は観光資源として他の世界の観光客で大いに賑わっているそうだ。

 

 

 

 §§§

 

 

「だから君も、魔王になりたかったらこの浮遊城の魔力炉心を暴走させてみると良い」

 なんて、冗談めかして言うと、作業員の青年は顔を引きつらせたまま首を左右に振った。

 

「意外な経歴じゃなぁ、道化師の仕草は演出かと思ってたわい」

「私は真面目にやっているつもりだよ、我が師にはまだ遠く及ばないがね」

「……だとしたら、致命的に才能がないぞ」

「知ってるさ、前世からずっとそうだからね」

 茂典翁はやれやれと首を振った。

 

「お前さんが師事するほどの道化師か、儂も拝んでみたかったのぅ。

 その世界を救ったほどの腕前とやらを」

「いやぁ多分、地球じゃあ下世話すぎて受けないと思うよ」

 そこまで言って、私はピンと閃いた。

 

「どうせだから、この機会を生かして好きにさせて貰おうか」

 私は以前、和夜が言っていたあの言葉を脳裏に反芻させていた。

 この作業が終わったら、早速企画書を作らなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 




今回は予定通り、書きあげることが出来ました。
眠れなかったので夜通しで書いちゃいましたよ!! 今から寝ます!!

魔王ハーレの過去はこんな感じでした、と。
ある程度リーパー隊で展開を引っ張ってから、海外の四天王の話をやろうと計画中。

そんなわけで、どのメンツが出てほしいかアンケートします。
締め切りはあと二話投稿後で。

そろそろモチベ維持の為に感想とかこないかなー(チラチラッ
では、また!!


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汝、我が闘争に値せず 前編

今回はリーパー隊お披露目回です。
アンケートの連中も顔見世します。


 

 

 その日、いやここ三日ほど、夏芽は別世界に来ていた。

 

 これは何の比喩も無く、地球とは全く別の世界だった。

 文明の女神の恩寵によって高度に発展した文明の世界であり、もし地球が全土が工場になった場合にはこの世界の維持の為に人類は製品を生産するのである。

 

 夏芽が来ていたのは、その世界にある教団支部だった。

 言うまでもないだろうが、かの二柱の女神を拝する教団である。

 

 教団、と言われたら教会を想像する夏芽だったが、彼女が見た教団の施設はどちらかというと役所だった。

 クリスティーンと同僚とは思えない、クソ真面目そうな神官たちが住人たちの要望に応じて適切に対応をしていた。

 

 ここ三日ほど、この教団の施設に滞在することになった夏芽が抱いた感想は、自分の知っている宗教とは根本的に違う、であった。

 

 地球の宗教とは、究極的に言うなら自分が救われる為にある。神を信じることによって、現実の過酷さに耐えるのだ。

 だがこの教団は、そう言う意味では宗教とは言えなかった。

 

 この教団と住人たちが救われるのは、単なる事実(・・)であり、信じる信じない以前に、当たり前なのだ。

 10の対価を支払えば、10の恩恵を得られる。それがこの教団の全てだった。

 

 夏芽は待合室に飾られている、文明の女神の名言が刻まれているプレートを見上げた。

 

『神とは、システムである』

 

 昔、一度だけ見た自分の故郷の守護神イヴも、同じことを言っていたのを彼女は思い出した。

 

 夏芽が施設の奥からやって来た神官に呼ばれると、最後の面通しが始まる。

 

「では、双方示談という事で宜しいですね」

 真面目を絵に描いたような神官が、夏芽とテーブル越しに向かい合うクリスティーンに言った。

 二人が頷くと、彼は書類にサインをさせて退出した。

 

 その後、諸々の手続きを終えると。

 

「あんたさぁ」

 面倒な手続きを終えてぐったりしているクリスティーンに、夏芽は言った。

 

「どうしてあんな凄く良いヒトに師事して、こんな風になるの?」

「その話は止めてくれ」

 クリスティーンは露骨に話題を断ち切った。

 

 夏芽は、先日のクリスティーンのコンプライアンス違反の件でこの世界に来ていた。

 三日かけて億劫になるほど検証を行い、精査し、対応をどうするか決め、結果示談になった。

 その滞在中に、クリスティーンの師匠であるらしい大神官と会った夏芽だったのだが。

 

「……大泣きしてたわよ」

 クリスティーンの師匠兼後見人らしいその大神官は、夏芽を見るなり涙ながらに謝り倒した。

 この教団でもかなり偉い人らしく、夏芽の方も恐縮してしまうほどだった。

 

「止めろっつってんだろ」

 クリスティーンは腕で顔を覆った。

 

「あの人はオレにとってメアリース様以上の恩人なんだ。

 他の誰を裏切ったとしても、あの人は裏切れん」

「なら立場に相応しい立ち振る舞いをしなさいよ」

 教団の神官は、ただそれだけで社会的信用が絶大であった。

 だからこそ、その信用を裏切れば女神に睨まれるわけである。

 

「じゃあ、これからどんな顔をしてあっちに行けばいいんだよ」

「…………」

 その言葉に、夏芽は返す言葉を持たなかった。

 

 

 

 ~~~

 ~~~~

 ~~~~~

 

 

 夏芽が上位者対策局に戻った時、オペレーションルームは既に緊張状態にあった。

 主任を始めとした自衛官たちや、千利たち魔法少女たちも待機していた。

 

「何かあったんですか?」

「……ああ、夏芽君。戻ってくれたか」

 そこまで口にして、主任は固まった。

 彼だけでは無く、その場にいた全員が夏芽の方を見て硬直した。

 

「ういーっす、今日からこっちに出向になったクリスティーン・オルデンでーす」

 そこには、投げやりな態度でのたまうクリスティーンが居たからである。

 

「ええと、なぜ彼女が?」

「こいつの上司の意向、だってさ」

 なぜ、と問われても夏芽にも答えられない。

 一つ言えることが有るとすれば。

 

「なんだかオレ、四天王クビになったみたいでよ。こっちの手助けしてやれって異動命令が来たんだわ。

 マジで意味が分からんのだけど」

 彼女の様子からも、この異動は異例のようであった。

 

「まあ、分かるだろ? お上の意向ってわけよ」

「……監視は付けさせてもらいます」

「お好きにどうぞ。スパイをする自由なんて、オレには無いけどな」

 そう言って、彼女は近くの椅子に座り込んだ。

 異様な空気のまま、夏芽は話を切り出した。

 

「それで、皆揃って緊急事態ですか?」

「……いえ、これを見てください」

 千利が中央の大モニターに視線を促す。

 

「これは、上野公園でしょうか?」

 そこに映し出されているのは、上野公園の全体図だった。

 

「あなたが不在の間に、上野公園が未知の武装集団に占拠されたのよ。

 それから今日まで、好き勝手野営しているわ」

「未知の武装集団?」

 退屈そうなメイリスの言葉に、夏芽は聞き返した。

 

「未知……そう表現するしかない」

 主任は苦々しそうにそう呟いた。

 

「……中継の映像を映します」

 空気を読んで、気を遣ったオペレーターが、現地の様子をモニターに映した。

 

「これは……!?」

 その様子に、夏芽も絶句した。

 

 上野公園には、異形の群れが好き勝手にたむろしていた。

 地球上では空想に過ぎない魔物としか言えない怪物たちが、野営地を築いてその周辺でくつろいでいるのだ。

 

『いえーい、上がり!!』

『くそ、また負けたッ!!』

『お前イカサマしてるだろ!!』

 カードゲームをしている、ゴブリンやリザードマン、オーク。

 

『今日はどいつを的にするんだ?』

『うーん、足の速いやつはあらから食っちまったっすからねぇ』

 丁度近場から調達した動物を弓で射殺した、ケンタウロスや女ばかりのエルフ達。

 

『命令はまだかー?』

『依然待機、少しは落ち着きを持て』

 巨体を横にして、ぼんやりとしているサイクロプスやトロール。

 

 ……本当に好き勝手していた。

 

 

「なに、こいつら?」

「私たちが知りたいわ」

 のんびりとしている彼らの様子に、メイリスも肩を竦めた。

 

「先ほど、政府の命令が出たらしく、自衛隊の攻撃がこれより彼らに加えられる予定だ」

 その攻撃の蚊帳の外に置かれている主任がそう口にした。

 

「皆さんは行かないので?」

「対策局以外の手柄も必要なのだ」

 夏芽の問いかけに、溜息と共に彼はそう言った。

 

「そろそろ、狙撃手が配置された頃だろう。

 相手は人間では無いのだし、住人の不安も考えれば攻撃もやむ無しだろう。

 ああ、今あのテントから出て来たのが、指揮官と推測されている存在だ」

 主任が映像を指差す。

 そこには、丁度野営のテントから姿を現した、軍服姿の犬獣人の姿があった。

 

 

「……は?」

 彼の姿を認め、目を見開いて呆然とするクリスティーン。

 

 

「相手は装備を見る限り、中世レベルに過ぎない。

 自衛隊だけでも十分対処できるだろう」

 相手は暴虐を働く戦闘員と大差ない、彼らがそう判断するのも無理はなかった。

 

「おい、悪いことは言わねぇ。さっさと味方を下がらせろ」

 立ち上がり、急にそんなことを言い放つクリスティーン。

 だが、主任は彼女を一瞥だけして、モニターに視線を戻した。

 

 その直後、銃声が鳴った。

 

「始まったようだ」

 四方八方に配置された狙撃手が、魔物たちを駆除し始めた。

 

「あーあ、知らないぞ、オレは。忠告はしたかんな」

 ただクリスティーンだけが、哀れなものを見る目でいた。

 

 

 

 §§§

 

 

『初弾命中、引き続き目標を排除しろ』

 狙撃手の銃弾が、魔物の頭蓋を貫く。

 

 野営地には、血の花が無数に咲いた。

 他愛も無い駆除作業。ただそれだけに過ぎないはずだった。

 

 やがて、銃声が止んだ時、彼らは信じられない物を目にした。

 

 

「おい、お前たち。撃たれたぞ」

 むくり(・・・)、と指揮官の犬獣人が起き上がった。

 

「撃たれたな」

「撃たれたぞ」

「やっと撃たれた」

「意外と遅かったな」

 ぞくぞくと、致命傷を受けたはずの魔物たちが起き上がる。

 一様に、その表情に笑みを浮かべていた。

 

「た、対象に銃撃が効果ありません!!」

『ひ、引き続き、銃撃を行え!!』

 無線からの命令に、自衛官たちは従った。

 

「さて」

 二発目の弾丸が、犬獣人に命中する寸前で、見えない壁に弾かれた。

 

「諸君、死すら嫌われ、地獄にも疎まれた外道どもよ。

 戦争の秘訣は、相手に先に撃たせることだ。これで俺たちは、大義名分を得たわけだ!!」

 不法占拠しておいて、彼はそんな物言いをしだした。

 

「なぜお前たちは、地獄にさえ行けない!? 

 我らが神にさえ嫌われたからか? いいや、違う。

 お前たちこそが、地獄なのだ!! 

 お前たちの行く先々こそが地獄となり、生きるモノ全てを絶やすのだ!!」

 

 ──スキル“将器のカリスマ”*1 “破滅の呼び声”*2 “狂気の伝搬”*3発動。

 

「隊長、隊長!!」

「大隊長、大隊長!!」

「将軍、将軍ッ!!」

「我らの導き手!!」

 彼らの眼の色が、変わった。

 狂気的な熱狂が沸き上がる。

 

「彼らの銃の腕で、一斉射撃の容赦のなさで、彼らが訓練された優秀な兵士であるのが分かるだろう!! 

 兵士とは訓練されることで、最適化され強くなれる!!」

 では、と犬獣人が狂気の相貌を喜悦で歪めた。

 

「人間種しかいないこの世界の兵士は、空から襲われる訓練はしているのかな?」

 その言葉の直後だった。

 

 

「う、うわあああぁぁぁ!?」

 数百メートル離れていた狙撃手が、悲鳴を上げた。

 

「きゃはははははは!!!」

 いつの間にか、彼の真上には鳥のような影があった。

 それは、三メートルもの大きさのある鳥、否、鳥人間だった。

 

 両手は翼、足はかぎ爪の種族、ハーピーだ。

 身長は140㎝程度なのに、両手を広げればその横幅は三メートルにも及ぶ。

 彼は、気づけなかった。

 大声で演説をする犬獣人に気を取られて。

 

 狙撃手の体に、縄が掛けられる。

 

 ハーピーは大人一人分の重さを、引きずりながら低空飛行を始めた。

 

「あが、ごッ、ごが!!」

 道のでこぼこで、引きずられる狙撃手がバウンドする。

 余りにも惨い仕打ちに、仲間が彼を助けようと銃口を向けるが。

 

「よう」

 スコープに、目玉が映った。

 

「ひ、ひぃ!?」

「狙撃手ってのは撃ったら移動するもんじゃねえのか?」

 仲間の狙撃手の前に現れたのは、狼人間ライカンスロープだった。

 

「まず、一匹」

 人狼は手にしていた猟銃で狙撃手を撃ち殺すと、次の狙撃手を狩りに走った。

 

「探知魔法に感アリ!! 

 北に敵集団接近中!!」

「雑兵の召喚をしろ、数ですり潰せ」

 隊長は味方の報告に冷淡に対処を命じた。

 

 その丁度同時刻、彼らの野営地の来たから十数名の自衛隊員たちが突入してきた。

 

「ぎゃはは!! 周りに何も居ないとおもったか!!」

 緑色の肌をした醜悪な小鬼、人間がイメージするゴブリンにしてはスマートな体形で背の長い男が、笑い声を上げた。

 自衛隊員たちの周囲、四方八方から無数のゴブリンが異界より呼び寄せられた。

 

「どうだ、ニンゲン様よう、ザコにボコボコにされる気分は!!」

 子供同然の体躯のゴブリンにまとわりつかれ、押し倒され、粗末なこん棒で近代的な武装をした人間たちが一方的に殴り殺される。

 その光景を見て、嗤う長身ゴブリン。

 

「て、撤退、撤退だ!!」

 上野公園はもう既に地獄絵図を描いていた。

 

「くすくす、もっと遊ぼうよ!!」

 壊れた死体(オモチャ)を捨てて、空からハーピーが強襲する。

 

「た、隊長ー!!」

 空に攫われて言った味方を見て、自衛隊員が悲鳴を上げる。

 だが、それも銃声と共に崩れ落ちた。

 

「これで、十五匹」

 足を止めた憐れな人間に、人狼が容赦なく銃弾を浴びせる。

 

「助け、助けて!!」

「じゃあ、下ろしてあげる!!」

 ハーピーの足に摑まれ、上空に連れ去られた自衛隊員が急降下に叫び声を上げた。

 そして。

 

 ぐしゃり。

 

「あはははははは、トマトみたいに潰れちゃった!!」

 頭から地面に叩きつけられ、壊れた人形みたいに首や手足が捻じ曲がった死体を見下ろして、笑い声をあげる女ハーピー。

 

 そんな彼女は、近づいてくるローターの爆音に顔を顰めた。

 軍用ヘリだ。

 

 機銃の銃口を地上に向けるヘリコプターのパイロットは、信じられない物を見て鼻で笑った。

 見目麗しい女エルフたちが、空高いヘリコプターに向けて弓矢を向けているではないか。

 

「弓矢でヘリを落とせるのは、映画だけだぜ。お嬢ちゃんたち」

 機銃が地上を蹂躙しようとその瞬間、ヘリコプターはハチの巣になった。

 地上からの、弓矢で。鋼鉄のヘリを矢が軽々と貫通して。

 パイロットは何が起きたのかもわからず即死し、地上に墜落していった。

 

 

「まったく相手はお行儀がいいな。……こいつらお飾りだな」

 犬獣人は相手の指揮官が、その部下が戦場経験が無いことをすぐに理解した。

 

「おい」

 彼の視線を受けて、サキュバスが、吸血鬼が動いた。

 

「おにいさーん、良いことしましょ」

「私の眼を見ろ」

 逃げまどう自衛隊員の影から現れた両者が、魅了の力で相手を操り人形にする。

 

「あひゃ、あひゃひゃはははは」

「な、や、やめろぉ!!」

 魅了され操られた自衛隊員が、仲間を撃ち殺していく。

 

 戦闘の混乱は、狂乱していても仲間を軽々と撃つことを躊躇わせる。

 自分の命を守るために、その仲間を撃ち殺すまで。

 

 

 

 ~~~

 ~~~~

 ~~~~~

 

 

 弓矢でヘリが落とされる光景を見て、オペレーションルームの人間は絶句していた。

 

「どうなってるんだ……」

「あのクソエルフどもは魔法属性の矢を撃てるんだよ。

 あんな魔法防御の低そうな鉄の箱じゃあ、そりゃあハチの巣になるわな」

 呆然と呟く主任に、クリスティーンがぼやいた。

 

「知っているんですか、彼らを」

「知ってるも何も、あいつの副官してたんだ、オレ。まあ、神官見習い時代にな」

 驚く千利を他所に、クリスティーンがモニターに指差す。

 そこには、矢継ぎ早に指示を出す犬獣人が居た。

 

「いやー、オレの後釜がまさかあいつとはなぁ。

 ……マジで勘弁してくれんかなぁ」

 彼女は心底嫌そうに、或いは辟易したようにそう呟いた。

 

「なんなの、あの連中は……」

 世界的に見ても練度が高く、優秀であるはずの自衛隊が、手も足も出ずに一方的に虐殺されている。

 まるで怪獣映画のかませ役のようだった。

 その凄惨な光景に、目を逸らす者も多い。

 

「あいつらはな、それぞれが札付き(ネームド)の犯罪者の集まりだ。

 現実でも創作でもいいから、一番最悪な殺人鬼を思い浮かべてみろ。あそこにはそう言った犯罪者が約100人いる」

 クリスティーンの解説に、誰もが絶句するほかなかった。

 モニターの奥で繰り広げられているのは、戦闘と言うより惨殺だった。

 

 ハーピーが逃げる人間を捉まえ上空から叩きつけ、その有様を見て笑っている。

 バラバラに逃げる人間を煽りながら追い立てて殺す人狼。

 精鋭の自衛官が害獣同然のゴブリンに袋叩きに遭っている。

 勝負が決して退屈そうにしている女エルフ達が、生き残りを捕まえて射撃の的にして遊び始めていた。

 

 地獄絵図だった。

 わざわざ惨く殺し、遊んで楽しんでいる。

 

「あそこに居るのは、誰も彼も快楽殺人者ばかりだ。

 地獄に墜とすのも無駄、更生させる意味も無い。

 だったら戦場に投入して使い潰そう、という我が主上の判断から創設された懲罰部隊。

 それがあいつら、リーパー隊だよ」

 まるで汚物でも見るような、視界に入れるのも億劫そうに彼女は言う。

 

「本当はそうして、使い潰されるだけの烏合の衆のはずだった」

「はずだった?」

「あのコボルトの隊長が、ゴミどもを精鋭に変えちまったんだ」

 彼女は千利に頷いて見せた。

 

「あの100のゴミどもが、束になっても敵わないイカレ野郎だ。

 しかしこれでハッキリしたな、私がこっちに異動になった理由が。

 ──お前らがまともにあいつと戦ったら、全滅するからだろうな」

 確信をもってクリスティーンは断言した。

 かつての戦友に対する、畏怖にも似た信頼があった。

 

「あの獣人が、そこまでの人物なの?」

「お前、なに他人事みたいに言ってんだ? 

 お前もだよ。お前も含めて、あいつには勝てないって言ったんだ」

 クリスティーンは至極真面目な表情で、夏芽に言い放った。

 

「あんなヤバい奴、オレは他に知らない。

 あの男は、それほどの怪物なんだ」

 彼女自身も、自分が置かれた立場を思い返して冷や汗を流していた。

 

「なあ、水無瀬。どう思う? 

 あいつらは神も裁けぬ悪の軍勢だ。お前はあいつらと、戦うか?」

「戦わない理由なんて有るんですか?」

 水無瀬は即答だった。

 モニターの奥の惨状から、少しも目を離していない。

 

 その時だった。

 電話のコール音が鳴った。

 

「しゅ、主任。テレビ通話です!! 

 は、発信源は──上野公園」

 それはまるで、ホラー映画のような絶妙なタイミングであった。

 

「……繋げ」

 彼は顔を顰めながら、部下に命じた。

 

 

『──初めまして、上位者対策局の諸君』

 戦争の怪物が、電話越しに次の標的を見定めて目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
指揮官適性:A以上で獲得できるスキル、魅力値にボーナスを得られる。

*2
行動目的が破滅的かつ悪行である場合に発動できるスキル。使用者の統率値と魅力値に大幅なボーナス。

*3
精神状態:狂気の状態で発動可能なスキル。パーティーメンバー、或いは指揮下の相手を“狂気”状態にし、服従・指揮不可能系デメリットを無効にする。




とりあえず、次回、後編で二章は終了になります。

次回の投稿をもって、今回のアンケートを締め切りとします。
今回のお話で誰が怪人枠として順番に出るか皆さんに決めて貰おうと思います!!
それでは、また次回をおまちを!!


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汝、我が闘争に値せず 後編

 

 

 テレビ通話を仕掛けて来た相手は、キャンプ用の折り畳み椅子に腰かけながら笑っていた。

 その背後には、魔の軍勢が勢揃いしていた。

 

『いきなり攻撃してくるなんて酷いじゃないか。

 とても文明人とは思えない対応だなぁ』

「そこを不当に占拠したのはそちらだ」

 その場を代表して口を開いたのは、主任だった。

 

『なら、交渉の余地ぐらいはあっただろう? 

 その努力をせず、俺たちが化け物だから攻撃を加えた。それが本音だろう? 

 ならば、俺たちが反撃したのは正当だ。違うか?』

「……ッ」

『それにしても、なんだ。

 今の戦いの指揮官はあんたじゃないよな? 

 普通奇襲が通じなかった時点で撤退させるべきだ。

 その判断が出来ずに功を焦ったのは丸わかりだった、その結果無駄に犠牲をだした』

 軍服の犬獣人に戦術を説かれる。

 主任は彼が何をしたいのか理解できなかった。

 

『おい、聞いているんだ。さっきの指揮を執ったのはお前か、とな!!』

「……いいや、違う」

『そうか。制服を見るに、同胞を失った悲しみは理解できる。辛いだろう?』

 先ほどの一方的で苛烈な反撃を指揮したとは思えない、理性と悼みに満ちた言葉だった。

 

『申し遅れた。俺は先日に魔王四天王に末席として配属された者である。

 仲間からはアップルマンと呼ばれているよ。お前たちもそうしてくれると嬉しい』

「ならばアップルマン。答えてほしい、一体何が目的なのだ」

『まず一つは、王命だ。俺たちの恐怖を知らしめろ、という魔王様のご命令。

 そして、もう一つが……』

 犬獣人、アップルマンの視線が夏芽に向いた。

 

『我が主上により、フェアリーサマーを倒せと拝命仕った』

 その言葉に、その場の人間は夏芽を見た。

 

『そう言うわけで、宣戦布告だ。

 しかし、なんだ。本当にガキなんだな』

「侮るなら、痛い目を見るわよ?」

『そう言うつもりじゃないが、やり難いな』

 だが、はぁ、と溜息を吐いたアップルマンが、姿勢を正すともう既にスイッチ(・・・・)が入っていた。

 

『お前、世界一の勇者なんだろう!! ならば相手にとって不足はない!! 

 戦争だ、戦争を始めよう!! 一辺倒に容赦もない、慈悲も無い殺し合いをしよう!! 

 お互いに全てを失いつくすまで戦い、滅ぼし合おうぜ!!』

 彼の声に、背後の魔の軍勢が沸き立った。

 

「私は、負けないわ」

『俺も負けを認めない(・・・・・)

 カメラ越しに、両者の視線が交錯し、そして────。

 

 

『ピロリン!! 平素より“危険予知アプリ”のご利用いただき誠にありがとうございます。

 この度はお客様に取り返しのつかない危険が差し迫っていることをお伝え申し上げます』

 夏芽の携帯端末に、そんな機械音声が届いた。

 

「イヴⅡ!!」

 最悪のタイミングだった。

 出鼻を挫かれたどころか、彼女にとっては負けるから戦うなと言われたに等しかった。

 

『はいはーい、皆の偶像(アイドル)イヴⅡだよー!! 

 夏芽ちゃーん、ちょーっと今回はマネージャーとしてNGかなー!!』

 夏芽の呼びかけに、携帯端末からデフォルメされた二頭身の女神の化身が現れた。

 

『魔導頭脳ティターニアの演算結果によると、夏芽ちゃんはこれから一か月後にほぼ100%の確率で消失しているよ!! 

 その間に、およそ852人の死者が発生すると予測されているね!! 

 だからダメー。戦っちゃダメー!!』

『なんだ、たった800人程度でお前を殺せるのか』

 イヴⅡの主張に、アップルマンは拍子抜けと言った様子で椅子に座りなおした。

 

『……お嬢ちゃん、この世界は戦場になるんだ。恥をかく前にお家にお帰り』

 そして、彼は逆撫でするように優し気にそう言った。

 

「私を馬鹿にするな!!」

『あー、悪いけど、武装を強制ロックするから。

 魔力も使用制限を実行。ごめんね夏芽ちゃん、貴方を行かせるわけにはいかないの』

 杖を取り出し戦いに出向こうとする夏芽を、しかしイヴⅡは許さなかった。

 この瞬間、夏芽はただの小娘に過ぎなかった。

 

「くッ、なんで、何でなのよ!!」

『納得がいかないか? じゃあ思考実験でもしてみようぜ』

 至極退屈そうに、アップルマンが言った。

 

『俺はお前が出て来た直後、人質を使用して負けを認めるよう迫る積りだった。

 勿論、受け入れない場合は住民を虐殺する、とな。

 さて、お前はどうする?』

「お前たちを倒して、人質も救うわ!!」

『じゃあそれが成功したとしよう。

 では俺はあらかじめ市中に仕掛けておいた爆弾で住民を殺しただろう』

 アップルマンはそれこそ子猫を愛でるような視線で、夏芽を見ていた。

 

「民間人を殺すのか、貴様は!!」

『それも仕事だ、仕方ないだろう』

 激高する主任にアップルマンは肩を竦めた。

 

『俺はそれを繰り返す。お前が負けを認めるまで、何度も。

 そして負けを認めても、何度も繰り返す。負けを認めるたびに土下座でもしろと言うかもな』

 くつくつ、とこの冷酷な指揮官は嗤っていた。

 目的の為には手段を択ばない、狂気があった。

 

『俺はお前がどれだけ強いか知らないが、民間人を殺すことはできないだろう? 

 例えお前をどれだけ批判しようともな。

 だから俺は世間に対してこう喧伝するわけだ、俺たちはお前が負けを認めるなら何もしない、と。

 まあプロパガンダだな、戦争の手法だよ』

 そうして、悪役の筈の彼が、夏芽に悪役を押し付けるのだ。

 

『そうやって、惨めに俺たちに屈するお前を、世間に配信するのも良いな。

 全裸で俺の靴を舐めろとでも命令してやってもいい。

 世間様はすぐに、お前を惨めな愚か者として見るだろうよ』

 夏芽は、最強の魔法少女だ。

 アップルマンはただの戦争屋だった。

 

 その違いは、子供か、大人か、それだけに過ぎなかった。

 戦うまでも無く、勝敗は決していた。

 

『英雄を殺すのは簡単だ。

 怪物は民衆を殺し、怪物は英雄に殺される。

 そして、英雄は民衆に殺されるものだ』

 理路整然と、自分の殺し方を説明される夏芽は拳を握り締めることだけしかできなかった。

 

『英雄は、自分から名乗ることはできない称号だ。

 なぜなら英雄を承認するのは、民衆だからだ。民衆の承認無くして、英雄は存在しない。

 故に、お前を殺すことなど、わけ無いのだ。

 ────お前はその程度の人間なんだよ』

 もう、アップルマンは夏芽を相手になどしていなかった。

 いつでも貶めて、いつでも殺せる程度の相手に成り下がった相手など、興味を示していなかった。

 

「卑怯者ッ、あんたはそれで恥ずかしくないの!!」

『それは、誰に対しての恥なんだ? 

 依頼された仕事をこなせない方が、よっぽど恥じゃないのか?』

 水無瀬の罵倒を、アップルマンはそよ風のように軽く受け流した。

 

「……それでも、私は戦う」

『お?』

「あんたが手段を択ばないなら、私だってプライドを捨てるわ」

『ほう……』

 彼は、アップルマンは、ようやく夏芽が英雄の顔になったのを目にした。

 

『でもダメだって、今の情報を加味して再演算した結果!! 

 なんと、二人が戦うとこの世界が消滅します!!』

 だが、その上でイヴⅡが止めた。

 彼女の本体は無慈悲な結果だけを算出する。

 

「なんで?」

『俺に聞くなよ』

 だが当事者二人は分かっていなかった。

 

「そりゃあ、魔王様がブチ切れるからだろ。

 お前ほどの英雄を貶めておいて見苦しく生きてる民衆に価値なんて無いってな」

 言ってから、クリスティーンは口を手で押さえた。

 アップルマンの視線が、初めて彼女に向いた。

 

『ああ、これはこれは、神官殿。お久しぶりでございますね。是非ともまたお会いしたかった』

「……オレはもう会いたくなかったよ」

『今回、あんたはそちら側か。

 懐かしいですね、あんたとあんたの仲間三人に、俺たちは切り刻まれた』

 アップルマンは口角を釣り上げ笑っていた。

 クリスティーンは顔を逸らしていた。

 

『我が主上も粋なことをなさる。

 我が軍勢を乗り越え、当時担当の魔王様にさえ土を付けたあんたに、もう一度挑める機会を下さるとは』

 彼の言葉に、その場の人間はギョッとして彼女を見た。

 

「それ、ノーカンになっただろ」

『事実は事実だ。なあ、聖女様?』

「それ黒歴史なんで止めてくんない?」

 クリスティーンは心底居心地が悪そうにそう言った。

 

『さて、長話もそろそろ終わりにしようか。

 お前たちは魔王様とゲームをしているんだったな? 

 なら、俺たちとも遊ぼうじゃないか』

 彼はしかし退屈そうにこう言った。

 

『これから毎日、俺の部下を投下する。

 お前たちはそれに対応するんだ。言うまでも無いがこいつらは外道の中の外道、故郷の世界を追われた殺人鬼どもだ。

 お前たちがどれほど対応できるか、楽しみにさせてもらうぜ』

 アップルマンはそれだけ述べると、通話を切った。

 

 

「な、イカレ野郎だろ?」

 静寂が訪れたオペレーションルームに、クリスティーンの声だけが響いた。

 

「ホントなんなの、あいつらは!!」

「さっきも言ったろ、リーパー隊だよ」

 苛立ちを隠そうともしない夏芽に、彼女は淡々と、諦めたようにそう言った。

 

「あいつらは、本来滅ぼす時にしか使用されない、兵器だ。

 お前の所為さ。お前がこの世界に関わらなければ、奴らが来ることも無かった。

 お前が、この世界の人間を苦しめたんだぜ」

「私が余計なことをしたと!?」

「少なくとも、お前に余計な期待をせずに済んだはずだ。我が主上も、この世界の住人もな」

 クリスティーンは夏芽を見据え、淡々と挑発的な言葉を並べる。

 

「ふざけるのも大概にしろッ」

 そして、その言葉に激怒したのは千利だった。

 

「師匠が来なかった方が良かったですって!! 

 他の誰がそう言ったって、その言葉を私が許すことはできない!!」

「じゃあお前、なんでさっきこいつが負けるなんて予測が出たと思うよ」

「なにッ」

「こいつ、きっと独り(・・)で戦ったからだぜ」

 なあ、とクリスティーンは夏芽に皮肉気に笑いかけた。

 

 結局のところ、夏芽が負けるという予測は彼女単体の戦闘力や行動パターンによる分析結果だ。

 つまり、他の誰かが参戦するという、パターンが存在しなかったということである。何度やろうとも。

 

「お前らがどう言おうが、こいつはお前らを仲間だなんて思っていないってことだ。違うか?」

 反論は、無かった。

 

「それで魔王様に挑むだと? 

 笑わせるんじゃねぇよ。揺るぎない信頼と結束で結ばれた勇者たちだけが、唯一魔王様の喉元に刃が届きうる。

 覚悟を、勇気を、自分たちの価値を示そうとした人間たちだけが神の赦しを得られるのだ」

 到底彼女の性格からは出ないだろう言葉を口にしながら、彼女はこの場の全員に問う。

 

「それが出来ないなら、家畜に甘んじろ。

 これ以上傷つく前に、犬っころみたいに腹を出して降伏しろよ」

「そんなの、死んでも御免だわ」

 そう答えたのは、メイリスだった。

 

「でも、死んだところであの女神のところになんて行きたくはないわね。

 私は最期まで戦うわ。あなた達はどうするの?」

「私は覚悟を、それを行動で示した。

 今更後には引けない。皆もそうでしょう!?」

 アイリスに続いて、千利が声を上げる。

 かつて暴虐を以って結束を促した彼女は、今更引き返す道など無い。

 

「勿論だ、私達が諦めれば、たった今死んでいった仲間たちに顔向けできない!!」

 拳を握り締め、怒りのままに主任がそう叫ぶ。

 

「……こいつらは、お前が守ってやらないといけないほど、か弱くはないみたいだぜ?」

「…………分かってるわよ」

 バツが悪そうに、夏芽は顔を顰めた。

 

「だが、お前らのような不退転の覚悟を持って、我が主上とかつてのアップルマンは戦った」

 クリスティーンは語り出す。

 彼らの覚悟を問うように。

 

「お前たちはどこまで戦える? 

 主要国家が、自分の国が、周辺地域が破壊され、知り合いや家族までも死に絶えても戦えるか? 

 あのイカレ野郎は、世界人口一名になっても戦った。

 記録によると、その状態で一か月以上、あの野郎は魔王の軍勢と戦った。決して勝てないと分かっていながら」

 そんな奴が、彼女らの相手だった。

 

「負けを認めない、か」

「はは、今も負けたと思ってないんじゃないか?」

 主任の呟きに、クリスティーンは肩を竦めてそう言った。

 

「英雄の条件は、民衆の承認だとあいつは言った。

 だが、我が主上はあいつを世界ごと滅ぼせた。いつでもな。

 わかるか? たった一人の覚悟が、その世界をひと月以上存続させたんだ」

 彼もまた、英雄だった。

 世界よりも価値があると認められた男だった。

 

「誰が相手だろうと、私は戦います。

 少なくとも、あんな連中に負けて、私はそれ以下だったなんて耐えられない」

 水無瀬が、悪の軍勢に闘志を示す。

 

「こんなところで、負けて終わるなんて私は嫌です。

 まだ何も、私は何もまだ成し遂げてないのですから!!」

 成実は静かに、己の仇への憎悪を滾らす。

 

「あいつら、神様も裁けないんでしょ。

 そんなの赦せないッ。あいつらに地獄がないなら、私があいつらの地獄になる」

 そして有栖は、能面のような無表情でそう答えた。

 

「そうだ、お前たちの価値を神に示せ。

 そうやって、尊厳だけは屈しないと示し続けろ。

 そうすればいつか、必ず機会は訪れる」

 それがクリスティーンの神官としての、祝福なのかもしれなかった。

 

「私も、いい加減中途半端は終わりにしないと」

 その横で、夏芽も覚悟を決めていた。

 

 

 

 

 

 

 




つい先日、仕事の都合で数日ほど上野駅周辺に滞在していました。
上野公園を出したばかりなのでタイムリーでした。
良いところだったので、リーパー隊許せねぇ、ってなりました。

あいつらクズなので遠慮なくボコボコにしてやりますよ。
アンケートは次回投稿まで延長です、今月お休み貰えたのでもっと書きたいです。

では、また次回!!


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幕間 女神の遊戯

 

 

 

「くっそ、何なんだよあいつら」

 魔王四天王、アウトサイダーこと和夜は謁見の間の出来事から逃れるように自室に戻っていた。

 

「ハーレの奴も、何を考えてるんだ!! 

 あんな連中を使うなんて!!」

 だん、と壁に拳を叩きつけ、彼は叫んだ。

 

「僕はあんな連中と一緒にされるのなんて嫌だぞ!!」

「じゃあ、消しちゃえばいいじゃないですか?」

 囁くような声。

 和夜は即座に身を翻した。

 

 ──そこには、悪戯っぽく笑う少女が居た。

 

 見た目は、十代半ばの少女。

 黒いローブにとんがり帽子、アニメか何かの魔女っ娘にしか見えない彼女。

 短い黒髪にひと房だけ入れた緑色のメッシュを撫でながら、少女は笑っていた。

 

 だが、和夜は知っていた。

 この自分と同じ日本人にしか見えない少女が、ヒトの理解を超越した超常の存在だという事を。

 

「いきなり何さ、今日はお勉強の時間じゃないだろ」

 そこに居るのに存在感は無く、しかし彼女からはある種の未知の圧力を感じられる。

 だが、和夜にとっては慣れたものだった。

 

「いえいえ。だって和夜くん、すごく荒れていましたから。

 この私、超絶美少女スーパーウルトラ救世女神たるアンズちゃんが慰めてあげようかなって」

「その馬鹿みたいな肩書、毎回変わってるよね」

 ツッコミもそこそこ、余計なお世話だよ、と彼は吐き捨てた。

 

 そう、彼の前に現れたのは女神。

 今この地球の管理者たる二柱とは全く別口の、されど彼に力を授けた者だった。

 

「私が与えた魔法の力、好きに使って良いって言ったのに。

 和夜くんったら全然使わないんだもん。チートですよ、チート!! 

 拡大解釈し放題の、無限大の使い道があるマジックパゥワー!! 

 なのに現地人をイジメるくらいしか使わないなんて」

 女神は腰に手を当てて、ぷんすか、と頬を膨らませていた。

 その仕草に、和夜はイラっとした。

 

「みみっちいって言いたいのかよ」

「ま、好きに使えと言った手前、これ以上何も言いませんけど」

 彼女は和夜のベッドに腰かけ、眠たそうに欠伸をした。

 

「気に入らないのなら、壊しちゃえばいいのに。

 ムカついたのなら、消しちゃうことぐらいわけないのに」

「僕が貰って、自分の物にした力だ。

 あんたの指図を受けるつもりは無いからな」

「でも、あいつらは目に余るでしょう?」

 幼げな顔立ちの少女が、純粋に不思議そうに彼に視線を向けた。

 

「私のお気に入りのクリスちゃんと一緒に、あいつらを見てたことがあるんですけどあんな腐り切った連中なかなか居ないですよ。

 私も神様人生長い方ですけど、あんなクソ外道どもよく集めたって感じで」

 そのような物言いをする割には、彼女は笑いをこらえるように口元に手を当てていた。

 

「地上の人間は大嫌い、でも自分で手を下す度胸は無い。

 だけどあの連中は? どれだけ痛めつけても、まったく心が痛まない連中ですよ」

「……僕は、あんたの思い通りにはならない」

「あっそ、つまんなーい」

 和夜の答えに、彼女は伸びをしてごろりとベッドに転がった。

 

「ホント……いい加減にしてくれよ」

 この自由な女神に、和夜はこのように何度も嗾けられている。

 流石に彼もうんざりなのだ。

 

「僕に自由に魔法を使って良いと言うなら、僕に余計な干渉をしないでくれよ」

「うーん、素質はある筈なんだけどなぁ

 まあ、別にどうでもいいか。そこまで期待してたわけじゃないし」

 女神は特に隠そうとする素振りも無く、あっけらかんとそう言った。

 

「あのさ、僕に何をさせたかったの?」

「え、嫌がらせ」

「嫌がらせ? 誰に?」

「あの至高(爆笑)の女神ですよ」

「え、メアリース様に!?」

 これには流石に、和夜もギョッとした。

 

「あなたの口から、あの女を“様”なんて付けて呼んでほしくなかったなー」

「一体なんで、僕に嫌がらせなんてさせようと」

「大嫌いだから。それ以上の理由なんて必要ですか?」

「…………」

 彼はここに来て初めて、自分の造物主と自分に力を与えた女神の確執があることを知ったのだ。

 

「あなたを嗾けたら、この世界を滅茶苦茶にしてくれると思ったのにー」

「僕ってそんな風に思われてたの? 

 っていうか、一体なんでそんなに嫌ってるのさ」

 不満げに和夜が言うと、ベッドに転がったままの女神が備え付けのテレビを指差す。

 

 すると、テレビが独りでに点いた。

 

「うッ」

 そこに映された光景を見て、和夜は思わず呻いた。

 

 そこは、薄暗い地下室のような場所だった。

 中心には手術台のようなモノがあり、そこに縛り付けられている者が居た。

 

「これはまだ私たちがただの人間だった頃のことです」

 それは、その女神だった。

 

『んん~、んん~!!』

 テレビの中の彼女は、布で口を覆われ両手足を鎖で繋がれていた。

 

『メリス、本気なの?』

『もう後戻りはできないわよ』

 そして、その手術台の左右には二人の女性が居た。

 一人は彼にも見覚えがある。忘れようも無い、自らの造物主の顔だ。

 

 その造物主の人間だった頃の名前を呼ぶのは、この世界の管理者の片割れ。

 かつて、人間だった頃の邪悪の女神だった。

 

『私はあらゆる人間より優れた才能を持って産まれた。

 産まれてすぐ魔導を会得するべく育てられ、そして超える者無き実力を得た』

『そうでしょうね』

『なのにこの子は、“あの御方”に見出されただけで平凡な市井の出のくせに、十四才からたった三年で私に匹敵しえる才覚を示した!!』

 それは、嫉妬に近かった。

 魔法の才能は、幼少期の頃であればあるほど効率よく育てられるという。

 十四才という年齢は、遅すぎるというほどでもないが、早くも無かった。

 

 かの造物主は、産まれは貴族。魔法の才能は自他共に認める世界一。

 産まれた時から天才として育てられ、その通りに生きた人間だった。

 

 だが、そこに縛り付けられた少女は、その天才を生み出した育成論の全てを否定しうる存在だった。

 嫉妬では、あった。

 だが、好奇心もあった。

 

『いったいどうなっているか、一度バラバラにして見てみたかったの!!』

 彼女の顔は、好奇心が抑えきれないと言ったような喜悦に満ちた表情だった。

 嫉妬よりも何よりも、知識欲こそ彼女の原動力だった。

 

『……骨は拾ってあげますよ』

『周囲は数万の我が同位体が完全武装で待機してるわ。

 それだけじゃなく、我が錬金術の粋を集めて要塞化したこの工房!! 

 この機会の為だけに入念に準備したのよ!! 

 たとえ、あの御方でも──―』

 それはフラグだろ、と和夜は思った。

 そして、それは現実のモノになった。

 

 いっそ清々しいほど冗談みたいに、轟音と共に薄暗い部屋の天井が消し飛んだのだ。

 

『やあ、■■。面白い格好だね』

 そしてその場に現れた人物に、和夜は猛烈な既視感を抱いた。

 

 彼は、少年だった。

 東洋人に近いが、地球上のどの人種にも該当しない人間だった。

 

『んん!! んん!!』

『ははは、何言ってるのか分かんない!!』

 少年は、縛り付けられている少女の有様を見て笑っていた。

 

 だが、異様なのはその両者の姿では無かった。

 

『……』

『……ッ』

 恐怖していた。

 後に強大無比な権能を振るう女神の二人が、目の前の少年に恐れ、震え、心が屈していた。

 

『──さて』

 少年の視線が、少女を誘拐し監禁した下手人に向けられる。

 映像を見ているに過ぎない和夜でさえ、口の中が渇いてしまうようなプレッシャーがそこにはあった。

 

『死ね』

 死んだ。

 

『死ね』

 殺された。

 

『死ね』

 そうなった。

 

『死ね』

 その言葉が絶対だった。

 

『死んで僕に詫びろ』

 それは、暴君の命令だった。

 

 何が起こっているのか、何が起きているのか、和夜には理解できなかった。

 ただ、まだ人間に過ぎなかった頃の自分の造物主が、一秒ごとに惨殺されていることだけは分かった。

 チートだと言われて与えられた自分の魔法が児戯に過ぎないと、和夜は悟った。

 

『確かお前、同位体全部と命を共有してるんだっけ? 

 じゃあ外に寝かせておいた数万体分殺せるわけだ』

 殺した、死んだ、殺された、死んだ、殺した殺した、死んだ死んだ、殺された、死んだ、潰され、焼かれ、爆散した、破裂した、切り刻まれた、弾けた、串刺しになった、感電死した、窒息死した、轢死した、縊死した、人間が想像できる限りの全ての死に方をした。

 

『おい』

 今もまさに、殺され続けている女に、暴君は命ずる。

 

『僕は詫びろと言ったぞ、聞こえなかったのかい?』

 柔和な少年の顔が、かえっておぞましかった。

 

『“暴君”ッ……』

 盟友が惨殺され続けている有様を、目の前で見ることしかできない当時のリェーサセッタは呟く。

 人の身で神の如く恐れられた、暴虐の化身にして魔術師の頂点、その異名を。

 

『し、師匠……もうやめてください』

 手術台から解放された少女が、目の前の惨劇の恐怖から雑巾から絞り出したかのような声で呟いた。

 

『か、帰りましょう』

 青褪めた少女が、彼に懇願した。

 たったそれだけが、如何なる偉業なのか語るまでも無い。

 

『うん? じゃあもういいや』

 少年は、そのたった一言でボロ雑巾同然になった女から興味を失った。ここまでされてなお、99.9割殺しに留められていた。

 彼にとって、全ての才能に愛された天才はその程度の存在だった。

 その横に居る天才の片割れに、興味も示さなかった。

 

「きゃー、マイダーリンかっこいー!!」

 そして、当時の自分が助け出される光景を見て真逆の反応をしている元少女が居た。

 

「とまあ、そんなこんなで私、この時のことを根に持ってるんです」

「それ以上に衝撃的な光景があったんですけど……」

 ツッコミどころしかない女神の態度に、和夜はもう一度テレビに視線を向けた。

 

「──―ッ!?」

 そして、“暴君”と目が合った。

 

 見られた、認識された、確認された。

 暴かれた、晒された、分析された。

 開かれた、閉じられた。元通りにされた。

 

 映像の中の少年が、口を開く。

 

『あの憐れなバカ女が、僕と同じ魂の人間を消して回ってるのは知ってた。

 これでも感謝してるんだ。お前のような見るに堪えない僕の同位体を見なくて済むからね』

 見られる、認識される、ただそれだけが人間には耐えられない。

 魂をごちゃまぜにしてかき混ぜられるような、氾濫した大河が逆流するような、そんな暴虐そのものだった。

 

「ししょー、イジメちゃダメですよ」

『ふん、君も早く帰ってこいよ』

 映像が、途切れる。

 最初と同じように、何も映さなくなった。

 

「あうッ、あうッ、あうッ」

 体が痙攣し、陸に打ち上げられた魚のようにビクンビクンと和夜は悶えるしかなかった。

 

「ぷぷぷ、どうして貴方が魔王に対峙してあの時無事だったか、これで分かったでしょう? 

 あの時あの女、私のダーリンにビビってたんですよ!! 

 あなたを殺したらあの人を怒らせるんじゃないかってッ!!」

 何とかまとまり始めた思考で、そりゃあそうだろう、と和夜は思った。

 格が違うどころの話では無かった。

 

「あなたも頑張ればこの頃のあの人ぐらい行けるはずなんで、そうなったらあの女ももっとビビり散らかすかと思って楽しみにしてたんだけどなー」

「冗談じゃない……」

 自分たちの造物主は、映像の中の“暴君”を才能面で上回っていた。

 ではなぜ、彼女は塵芥のように踏みにじられたのか? 

 

 それは単純に、あの少年が見た目通りの年齢ではないからだ。

 

「僕があの領域にたどり着くまで、一体どれだけ掛かると思ってるんだ」

「確か、この当時の師匠は三千歳ぐらいだったらしいですよ」

「さんぜん……」

 それを聞いて、和夜は頭が可笑しくなりそうだった。

 

「だからあの女、自分より先に産まれただけのくせにって目の敵にしてるんですよ。

 ぷぷぷ、神域にたどり着いても、ちっとも相手にされてないのにね!!」

「とにかく、僕はあんたの思惑には乗らないからね」

 心底付き合ってられない、と和夜は吐き捨てた。

 

「だから好きにして良いって言ってるじゃないですか。

 貴方に魔法の指導をしてるのも、所詮退屈しのぎですし」

 欠伸をしながら、女神の少女はそう言った。

 

「私はもうちょっと、この世界を観察して暇潰しするんで。

 私が手を差し伸べる余地のある人も、リューちゃんが全部潰してるし」

 そして、ベッドから重みが消える。

 彼女が存在した痕跡は、一つも無くなった。

 

「ホント、迷惑な女神だよ」

 和夜は未だに恐怖の名残の動機が収まらない胸を押さえてぼやいた。

 

 

 

 §§§

 

 

「うーん、どれどれ」

 この世のどこでもない場所。

 そこにポツンと浮かぶ、四角い箱。

 その内側は、映画館のシアターそのものだった。

 

 無数に並んだ椅子と、巨大なスクリーン。

 その中心に、ポップコーン片手に座っているのは幼い女神が一柱。

 

「最初は、これにしよう。えい」

 彼女はどこからともなく取り出した、テレビのリモコンのボタンを押した。

 すると、何も映していなかったスクリーンに映像が映し出される。

 それは今地球上で起こっていることだった。

 

 

 

「さあ、行け」

 中東担当の四天王、アバドンの命令によって、無数のバッタが飛来する。

 

 ここは中東のとある貧困地域。

 そしてバッタたちが食らうのは、敵でも薬物でもなかった。

 

 彼の目の前にあったのは、巨大なゴミの山だ。

 車や電化製品のゴミが、山積みとなり毒ガスさえ発生している。

 この周辺の住人、特に身寄りのない子供たちの収入は、もっぱらこのゴミの山から使えるパーツを引っこ抜いて売ることだった。

 彼らは毎日、毒ガスが発生するこの場所に通い、命を危険に晒しながら日銭を稼いでいる。

 

 そんなゴミ山が、今まさにバッタたちによって食い尽くされようとしていた。

 その様子を、アバドンの後ろで子供たちが不安そうに見ていた。

 

 そしてゴミ山は瞬く間に塩の山へと姿を変えた。

 

「さあみんな、今日から好きなだけ塩を取っていいよ」

 少年アバドンの言葉に、子供たちは大喜びで塩の山に向かっていく。

 

「さて、次はどこにしようか」

 こういう場所は、この地域に幾らでもある。

 ゆくゆくは海岸線のプラスチックごみも掃除しようと、彼は思っていた。

 

「みんな、戦闘員を残しておくから、大人たちが塩を独占しようとしたら言うんだよ。

 僕がそいつらをやっつけてあげるから」

 はーい、とアバドンの言葉に、子供たちが応じた。

 

「おーい、戦闘地域はどうなってるの?」

 彼は戦闘員を呼んで、尋ねた。

 

「はッ、アバドン様の御力により、どの陣営も武器や兵器を喪失。

 各地にある大麻畑も食い尽くされ、利権も消失。

 戦場を飛び交う塩蝗によって、撤退を余儀なくされています」

 勿論、それだけではない。

 塩蝗の群は、宗教的な建物や文化的遺産を塩の山へと変えている。

 民族間や、宗教的理由の紛争の理由を、物理的に消し去って行っている。

 

 塩の山となった自分たちの誇りを見て、彼らは崩れ落ちる他なかった。

 

「そうかい、僕の担当地域が平定し終えたら、イギリスやインド、中国にも塩蝗を飛ばそう」

「あ、アバドン様、流石にそれは担当地域の四天王が黙ってないかと!?」

 戦闘員が少年の思い描く絵図に、異論を挟んだが。

 彼が口にした地域にも、既に担当の四天王が猛威を振るっている。それを邪魔するのは、仲間割れを引き起こすと考えたのだ。

 

「なら、そいつらも塩にしてやるだけだよ。

 この大陸が終わったら、アメリカも攻めるんだから」

 しかし、少年の決意は固かった。

 

「僕は本気で、この世から薬物を消してやるんだ。妥協なんてしない」

 彼の言葉に、戦闘員は無言になり、頭を下げる他なかった。

 

 

「ふーむふむふむ。素晴らしい心掛け!! 

 ちょっと、おちょくっちゃおう!!」

 その光景を見ていた女神アンズが、隣の席に天秤を置いた。

 彼女が、指の上の何かを弾いた。それは弧を描き、天秤の更に飛んで行った。

 

 からん、からん、と天秤の皿の上に、サイコロが落ちた。

 

 賽の目は、4。から、独りでに1に転がった。

 赤い1の目は、バットイベント。

 

 

「アバドン様、敵襲です!!」

「……へぇ」

 周辺から、戦闘員たちが集まってくる。

 その報告を受けて、少年アバドンは笑みを浮かべた。

 

 そして、襲撃者が現れた。

 

「魔法少女か」

 そう、彼の前に現れたのは、魔法少女だった。

 

「あんたが、アバドンね」

「そうだよ、君は?」

「ソムニフェルムと名乗っているわ」

 その名に、アバドンは思わず噴き出した。

 

「僕を非難する相手はいろいろ居るけど、君はどんな理由なんだい?」

「別に私は、貴方を糾弾するつもりはないわ」

「ふーん」

「ただ、間接的に私の父が貴方に殺されたってだけの話」

 戦う理由は、それで十分だった。

 

「知らなかったの。あの優しかった父が、私の国では麻薬王と呼ばれるようなマフィアのボスで、多くの人から恨みを買っていたなんて。

 父は資金源を失い、報復に遭って死んだわ。それ自体は、自業自得。悲しかったけど、仕方がないこと。

 でもッ、それはそれとしてッ、その報復の矛先は私にも向けられた!!」

 彼女の人生は、滅茶苦茶になった。

 彼女を襲う敵の全てを、魔法の力で打ち破ってここに来た。

 

「これは、八つ当たりだ!! 正当性なんて必要ないッ、お前だ、お前の所為で父も、私も滅茶苦茶になった!!」

「僕は逃げも隠れもしないよ。

 そして言い訳も、見苦しい命乞いもしない」

「正しいことをしているとでも、言うつもりか!!」

「まさか」

 激高する魔法少女に、アバドンは首を振った。

 

「君の父親と同じだよ、悪党が自分の好きなことをしているだけ。それが結果的に優しさに見えるかもしれない。ただそれだけのことさ」

「お前は、この世から薬物を消すと言っているそうだな!!」

 彼女の体に、魔法の力が満ちる。

 ああ、と少年は納得した。なぜ彼女が、芥子の名を名乗っているのか。

 

「だったら、この私もこの世から消してみろ!!」

 脳内麻薬の異常分泌、それに伴う超常的な現象。

 それが、彼女の魔法だった。

 

「神様、ありがとう。僕に最高の敵をくれて!!」

 超人的な身体能力を発揮して、戦闘員たちを薙ぎ払う魔法少女の姿を見て、彼は歓喜した。

 

「さあ、僕が間違っていると言うなら、証明して見せろ!! 

 自分たちの正しさを示せ、悪を討って見せろ!!」

「そんなの、関係ねええええええんだよぉぉぉおお!!!」

 無数のバッタの塊と、魔法少女の拳が激突した。

 

 

 

「あははッ、熱い展開だなぁ」

 その様子を虚空の映画館で見ていた女神は大喜びだった。

 

 そして彼女はリモコンを操作する。

 場面は、アメリカでの暴動を映していた。

 

 彼女が、サイコロを振る。

 からんからん、と天秤の上にサイコロが転がり落ちる。

 

 すると、アメリカ担当四天王オリバーの前にも、魔法少女が現れた。

 

「それ、こっちも」

 彼女は更に映像を切り替える。

 彼女がサイコロを振ると、今まさにVR空間でゲームマスターに射殺されようとしている一般人を庇って、自らを電子化できる魔法少女が現れた。

 

「いーやがらせ、あそーれ、いーやがらせ!!」

 幼い女神が、盤面を乱していく。

 それは将棋で好きな時に王手を掛けられるような、無茶苦茶なお遊びだった。

 

「ワンサイドゲームなんて、面白くないですもんね、あはは!!」

 そして、無邪気に権能を振るう女神の目に、一人の少女が目に留まった。

 

 

「さーて、どんな出目でるかな?」

 彼女の視線の先には、夏芽が思い悩んでいる姿があった。

 

 運命を司る女神が、サイコロを振るう。

 からんからん、と天秤の上に。

 

 そして、出た出目は――――。

 

 

 

 

 

 




次回より、三章です!!
なお、アンズちゃんは直接この物語に関わっては来ません。その予定です。

アンケートは、これをもって終了です。
次回は、アンケートの結果通り、イケメン軍団VSエルフ軍団となります。

乞うご期待!!


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第三章 魔法少女VS怪人部隊
蟷螂は餌を食べる 前編


今回から、新章突入です!!




 

 

 

 上野公園、リーパー隊野営地。

 

「隊長、撤収準備終了しました。

 いつでも帰還できます」

「わかった」

 隊員の報告に、隊長であるアップルマンが頷いた。

 

「最初に出るのは誰だったか?」

「私達です、隊長」

 手を上げたのは、笑顔の似合う快活そうな小柄なエルフだった。

 

「お前か、マンティス」

 先鋒に選ばれた人物を見て、アップルマンが顎に手を当てる。

 

「ならば、お前の一族全員で出撃しろ」

「あれ、良いんすか? 全員ぶっ殺しちゃいますよ?」

 マンティス、そう呼ばれたエルフは人好きの良さそうな笑みのまま、目は鷹のように鋭くなった。

 彼女の一族は、リーパー隊でも最大の人数である三十人が所属している。

 それぞれが優れたスカウトであり、遠近両方の戦闘に優れた精鋭だ。アップルマンのもっとも優れた手駒でもある。

 

「相手の対応力を見たい、指揮官の能力もな。

 先の戦闘のように無能だったなら、本拠地に攻め入って殺せ」

「了解っす」

「作戦開始は、明日の午前九時からだ。

 それまでは好きにしていいが、────やり過ぎるなよ」

「それは勿論」

 マンティスの顔を見て、言うだけ無駄か、とアップルマンは内心口にした。

 

「初戦でお前たちを失うのは痛すぎる。

 ほどほどに戦い、ほどほどに逃げて来い、つまりは威力偵察だ。それを忘れるな?」

「はいっす!!」

 アップルマンが頷くと、マンティスは自分と同じエルフ族のリーパー隊隊員を呼びに行った。

 

「不安だが、仕方がないか」

 彼の呟きが撤収作業の喧騒に消えていった。

 

 

 

 §§§

 

 

「主任、上野公園周辺から敵集団の一部が移動を開始。詳細をモニターに送ります!!」

 アップルマンからの宣戦布告の翌日、オペレーションルームに仮眠を取りながら交代していた職員たちが、その声に飛び起きた。

 

「やはり、リーパー隊かッ」

 眠れずずっと待機していた主任が、モニターに映ったエルフの集団を睨みつける。

 

「上野駅周辺の封鎖は?」

「半径一キロ圏内は閉鎖済みです。

 しかし、交通機関が麻痺状態では困ると、住民から対応を求められています」

「そんなものは相手に聞け、それより千利君たちを呼んでくれ」

「既に電話を鳴らしています」

 そうして彼らが対応していると、すぐに千利や魔法少女たちがやってきた。

 

「主任、お疲れ様です。

 それで、状況は?」

「……それが、どうにも連中の動きが鈍い」

 主任がモニターに視線を促す。

 

 すると、そこには肩を落としてやる気が無さそうに歩いているエルフの集団があった。

 何やら相談をしてから、方々に散っている。

 残りはその場に留まって、ぐったりしている。

 

「なんだあれは、こちらの油断を誘っているのか?」

「ああ、あれは素だよ、あいつらは一応エルフだからな。

 都会の汚れた空気とか、機械とか生理的にダメなんだ」

 主任の疑問に答えたのは、いつの間にかやってきていたクリスティーンだった。

 

「それにしても初手であいつらを切ってくるか。

 懐かしい顔ぶれだ、マンティスの奴も居やがるし」

 難敵だぞ、とクリスティーンは彼らに言った。

 

「エルフか、完全にファンタジーの世界ですね」

 自分も魔法使いのくせして、そんなことを呟く千利。

 

「お前たちからすれば、オレもファンタジーの世界の出身なんだが?」

 クリスティーンの茶々は無視された。

 

「丁度、今朝の見回りに出たリクルート隊が付近を警戒中です」

「ならば向かわせて排除させるんだ」

「了解、連絡します」

「私たちも、出撃準備します」

「頼む」

 着々と対応が進む中、主任は不安げにモニターを見ていた。

 

 

 

 ところ変わって、現場のリクルート隊。

 

「みんな、目標を変更。敵集団の排除を行うぞ!!」

 リクルート隊のリーダーが仲間たちに呼びかける。

 

「おい、通信聞いたか? エルフだってよ」

「異世界に転生できないって聞いた時から縁のないと思ってたけど、まさかエルフに会えるなんてな」

「俺、ちょっと緊張してきた」

 凶悪な敵、と聞かされていても、エルフに会えるという事実にリクルート隊の隊員たちは浮ついていた。

 

 そして、彼らを待ち受けていたのは予想外の光景だった。

 

 

「はぁ~、なんで人間ってのはこう、機械とか好きなんすかねぇ」

「族長~。野営地の公園に戻りましょうよー」

「でも野営地はもう解体済みで、皆はもう撤収してるよ」

「そうなんだよなー」

 まるで熱中症かなにかみたいにぐったりと階段やコンクリートに腰かけている、見目麗しいエルフの集団だった。

 

「おーい、そこの飲み物売ってる箱、ぶっ壊して中身取って来たよー」

「そこのでかい建物に食べ物いっぱいあったぞー」

 そこに、先ほど散って行った彼女らの仲間が戻ってきた。

 ペットボトルや、駅のお土産などを調達してきた彼女らは、仲間にそれを配って行った。

 

「んぎゃ!? なにこれ、しゅわしゅわしてる!?」

「これめっちゃ甘い!! こっちの人間ってこんな砂糖使った食べ物食べてるの!?」

 炭酸飲料に驚く者、お菓子の品質に驚いている者、それはカルチャーギャップに驚く外国人にしか見えなかった。

 

 

「リーダー、あの子たちと戦うんですか?」

「……ああ、そう言うことになっている」

 リクルート隊の面々は、やり難かった。

 明らかに不調な、それも美人の集団に攻撃を加えるのを。

 

「……どうか話し合いで解決できないか、試してみる」

 彼らのリーダーが、苦渋の表情でそう言った。

 ここでそう言う発想ができる辺り、彼が真のイケメンたる由縁だった。

 言葉が通じるなら、理解し合える、と。そう思ってしまった。

 

「だけどリーダー、司令部からの命令は……」

「現場の判断だ。責任は俺が取るさ」

 リーダーは仲間の肩を叩いて、笑って見せた。

 そうして、単身で彼女らの元へと向かった。

 

 

 そして、────仲良くなってしまった。

 

 

 

 §§§

 

 

「何をしているんだ、彼らは……」

 排除を命令したはずの主任は、モニターに映されている光景に頭を抱えた。

 

「あっはっはっは、運が良いな、あいつら!!」

 普通に一緒にお菓子や飲み物を飲み食いしている男女の集団を見て、クリスティーンが大笑いした。

 

「……このまま穏便に帰って貰った方が良いのでは?」

「それはそれで最善の選択かもしれんな」

 ついには千利と主任がそんなことを言い始める始末だった。

 

「しかし、哀れだな。あの一族に気に入られるなんて」

「……一族?」

 ただ冷めた視線を向けていたメイリスが、クリスティーンのその言葉に反応した。

 

「彼女たち、全員女性よね。まさか女性上位の社会体制なのかしら?」

「いいや、違うな。あいつらの一族に、男性は居ないんだ」

 その言葉に、メイリスはテーブルを叩いて立ち上がった。

 

「すぐに、水無瀬たちを戻しなさい!!」

「え? どうしたんですか?」

「問答している時間が惜しいわ、今すぐ彼女らを引き返えさせなさい!!」

 しかし、どう叫んでもメイリスに指揮権は無かった。

 

「落ち着いてほしいメイリス氏、理由を説明してほしい」

「その時間が惜しいと言っているの!!」

 主任とメイリスのやり取りが、無情にもわずかな猶予を奪った。

 

『こちら水無瀬、現場に到着しましたけど。なんですか、これは?』

 そして、惨劇が幕を開けようとしていた。

 

 

 

 §§§

 

 

「何だか、夢みたいだ……」

「……俺、転生できてよかった」

 リクルート隊の隊員たちは、美人のエルフ達に囲まれて感涙を流していた。

 彼らは彼女らと一緒に、歓談の最中だった。

 どういうわけだか、彼女たちは彼らを笑顔で歓迎したのだ。

 

「どうしても、このまま帰ってはくれないのか?」

「まあ、隊長命令なんすよ。適当に戦うまで私らは帰れないんで」

 そんな中で、彼女らの族長マンティスと彼らのリーダーの話し合いが行われていた。

 

「逆に言えば、隊長の顔を立てる程度に戦えば帰ってくれるのか?」

「まあ、理屈ではそうなるっすね。

 隊長を裏切るのは、流石の私らでも良心が痛むっていうか」

「やっぱり隊長さんは、良いヒトなのか?」

「まあ、私達を理解してくれようと努力してくれるっすからね。

 私達と同じ食べ物を食べてくれるなんて、なかなか無いっすから」

 それをどういう意味か、と尋ねることは出来なかった。

 

 自衛隊の装甲車が、現場に到着したのだ。

 自衛隊員と共に水無瀬と成実が装甲車から降りると、目の前の光景に目を疑った。

 

「こちら水無瀬、現場に到着しましたけど。なんですか、これは?」

 水無瀬が通信装置の立体映像に報告する。

 

『遅かったか……』

 メイリスの立体映像が、眉を顰めてそう言った。

 

「え?」

「危ないッ」

 成実が、水無瀬の体を引っ張った。

 

 ひゅん、と彼女の顔のあった場所を矢が飛来する。

 

「族長、女ですよ」

 立ち上がり、弓を引いたエルフが自分たちの族長に言った。

 

「ん? さっさと殺すっすよ」

「んなッ、なんで」

 いきなりの対応に、リーダーは理解できず呆然としてしまった。

 族長の言葉に、リクルート隊の隊員たちを対応していたエルフ達が立ち上がる。

 その手には、弓矢が握られていた。

 

「待って、待ってくれ。彼女らは俺たちの仲間だ!!」

「そうなんすか?」

 一人、動かなかったマンティスの肩を掴んで、リーダーが訴える。

 しかし、彼女は人懐っこい笑みを浮かべてこう言った。

 

「心配しなくても、あんたらは連れていくっす」

「……え?」

「女は邪魔だ、殺せ」

 彼女の言葉に、矢を番えたエルフ達が弓を引く。

 

 三十の矢の雨が、水無瀬達に目掛けて放たれた。

 

「くそッ」

 彼女たちは口上も述べる間もなく、魔法衣装を纏って横に避けた。

 背後の装甲車が、矢の雨を受けてハチの巣になり、爆発炎上した。

 

「掛かれッ」

 エルフの一人が号令し、腰から鉈を手に取りエルフ達が突撃してきた。

 その見目麗しい美貌に浮かぶのは、猟奇的な笑みだった。

 

「う、うわああぁあ!!」

 その恐怖から、水無瀬達に付いてきた自衛隊員が発砲した。

 

「あははは!!」

 しかし、標準が彼女らには定まらない。銃弾は四方八方に飛んでいく。

 そして彼女らは凄まじい俊敏さで、簡単に距離が縮まった。

 

「うりゃあ!!」

 鉈の一撃が、自衛官の肩口に落とされる。

 彼は悲鳴を上げながら、武器と片腕を落とした。

 

「く、ここは!!」

 こんな土壇場で、成実こと魔法少女ジェリーは冷静だった。

 ペットボトルの中身を揮発性の粘液に変化させ、それをバラまいた。

 一瞬にして空気中に広がる気体に、流石のエルフ達も突撃を躊躇った。

 

「ここは撤退、撤退よ!!」

 水無瀬に言われるまでも無く、自衛官たちは既に退却を始めていた。

 彼女も狙撃を恐れ、火柱で壁を作って上野の路地へと消えていく。

 

 

「追いますか?」

「いや、それより……生き残りは?」

 族長たるマンティスは追撃を選ばなかった。

 各々のコンディションが最悪に近く、それ以前に追撃の意義を感じなかったのだ。

 

「こいつだけです」

 彼女の前に連れて来られたのは、片腕を切り落とされた自衛官だった。

 

「は、早く処置しないと!!」

「無駄っすね、血を失いすぎてる」

 だから、とマンティスは自身の鉈を振り上げた。

 血を失い意識が朦朧としている自衛官は、その光景をぼんやりと見るしかなかった。

 

 

 ばちばち、と火の粉の爆ぜる音が、上野と言う都心に染み渡る。

 ここに来てリクルート隊の面々は彼女たちがどういう生き物なのか知ることになった。

 

「こいつら、エルフじゃねぇ」

 そう呟いたのは、誰だったか。

 

「こんなの解釈違いなんですが……」

 胃の中のモノを全部吐き出しながら、隊員の一人がそう言った。

 

 

「今日の戦果を挙げた勇者に乾杯!! 

 そして我らに恵みを下さった精霊に感謝を!!」

 族長のマンティスが、焚火の前でそう言った。

 それに呼応するように、エルフ達が各々の飲み物を掲げた。

 

「そろそろ、焼けた頃だろ」

 焚火で肉が焼かれている。

 その肉の出どころは、言うまでもない。

 

「あいつら、ヒトを喰ってる……」

 彼らは、ようやく気付いたのだ。

 彼女ら一族が、エルフの見た目をした怪物であることに。

 

 

 

 §§§

 

 

「あいつらは人呼んで、“蟷螂”の一族。

 遺伝子のエラーによって男児が産めないエルフの種族だ」

 退却した水無瀬達の無事を確認して一息ついたオペレーションルームの面々に、クリスティーンが語り出す。

 

「だから彼女らは子孫を残す為に、外部から男を略奪する。そして女を殺すんだ。

 そしてどういう弊害なのか、人肉を好んで食すようになった」

「まるで未開の地の蛮族そのものね」

 モニターのズーム倍率を低くして、遠目から監視する羽目になったこの場の面々は顔を顰めていた。

 

「我らが至高の女神メアリース様は連中に治療を申し出た。

 我らが神の威光ならば、その症状を治すことは容易かった」

「だが、それをせずにいるのか」

「ああ。これが自分たちの文化だ、と言ってな」

 勿論それは彼女らが自分たちの文化に誇りを持っているから、などではなかった。

 

「メアリース様は、人間の女神だが思いのほか懐が深い。

 ゴブリンだろうがオークだろうが、自分の勢力圏に帰属するなら“人類”と認めて下さる。

 私達人間と同じように、知恵と文明を与えて下さる」

 それがあの傲慢な女神の、数少ない美点の一つだった。

 

「だが、あのクソエルフどもはそうじゃない。

 あれはもはや、血の味を覚えたケダモノだよ」

 その結果が、地獄にさえ行けない懲罰部隊逝きだった。

 

「リーパー隊は、そうした生来の欠陥を抱えて、犯罪者になった連中の集まりだ。

 憐れだろう? 後天的では無く、先天的に人殺しなんだあいつらは」

 だからそんな彼らを、慈愛深い邪悪の女神を以てしても裁くことはできなかった。

 

「早く、あいつらを救出してやるんだな。

 あのクソエルフどもは、略奪民族だ。用済みになった男は、……分かるだろう?」

「仕方がない、親衛隊と有栖君を呼べ」

 高度な連携と結束力を持つ“蟷螂”の一族に対抗するには、同じように自在な用兵を行える集団が必要だった。

 

「こちらの守りは、先行させた水無瀬達を呼び寄せましょう」

「それが良いだろう」

 マンティス達の対処は個々の武勇では難しい。

 千利の提言を、主任は受け入れた。

 

「……もはや形振り構っていられない。

 信用してもいいのんだな、クリスティーン殿」

「あんたらがやられたら、オレがあいつらに八つ裂きにされるんだ。

 それにまさか共謀してるとでも? そこまで回りくどい真似を、我が主上はなさらない」

 彼の警戒心を、クリスティーンは鼻で笑った。

 

「メイリス氏は実戦経験を見込んで部隊運用の補佐を頼みたい」

「……まあ、良いでしょう。その柔軟さを見込んで、先の失態は目を瞑るわ」

 主任の行動力を及第点と、メイリスは判断したようだった。

 

「さて、頼ってばかりではいけないと分かっているが、早く戻ってきてくれ、夏芽君……」

 そして、彼は今この場に居ない夏芽の期間を切に願うのだった。

 

 

 

「こんなことは間違ってる……君たちはそんなことをしなくても生きられるはずだろう?」

 一か所にまとめられ、縄で縛られた“戦利品”たちのリーダーが言った。

 

「仮にそうだとしても、これまでそうしてきたことは消えないんすよ」

「ッ……」

 衣服を血で滴る肉を齧りながら汚し、族長のマンティスは語る。

 

「エルフ族は寿命が長いから、繁殖期間の間隔が長いんすよ。

 男児が産めない私たちは、差別の対象だった」

 だが彼女に、彼女たちに劣等感なんて見当たらなかった。

 

「特異な生態な私たちは、当然周囲から疎まれた。

 だけど、その連中を暴力で皆殺しにした瞬間、ぴたりとピースがハマったんすよ」

 嗤っていた。愉しんでいた。

 猟奇的で、嗜虐に満ちた、純粋なる邪悪の笑みだった。

 

 

懲罰部隊リーパー隊 “蟷螂”族長

通称“人喰い”マンティス

*1

 

 

「こうして生まれてきて、良かったって!!」

 純真無垢に笑うマンティスは、戦利品たちを見下ろして口内に溢れた涎を嚥下した。

 

 

 

 

 

 

 

*1
“人喰い”マンティス。最終討伐賞金:金貨五万枚、日本円換算で約一億三千万円。最終判決:魔物扱いの為無し。駆除対象。




と言うわけで、蛮族系エルフ軍団の首長マンティスとその一族の登場です。
リーパー隊の面々はみんなこんな感じです。
皆の大好きなエルフだよ!! 半分くらいアマゾネスみたいなものですが。

リクルート隊の皆はトラウマと共に成長してくれるでしょう。
次回は、いよいよ本格的に彼女らと衝突です。

では、また次回!!



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