サルでもわかる!軍人の攻略法 (FNBW)
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ダイナモ作戦、あるいは撤退戦

 

『今日は良い戦死日和だ』

 

そう言っていた部下はレーザーで蒸発した。

 

『海上への撤退戦だから無理をしなくてもいい』

 

そう言っていた部下は瘴気を吸って窒息死した。

 

 

今日この日この時、俺たちカールスラント軍人には役目があった。

非戦闘員が逃げるまでの時間を稼ぐこと、ただそれだけ。

元々は楽な仕事のはずだった。

 

実際、ここから一番近い別の港では何事もなくブリタニアかノイエ・カールスラントへの出港準備が進められていることだろう。

 

この日、俺たちは自分の国を棄て、ブリタニアへと逃げる手筈だった。

敵は人類の予想を遥かに超える勢力だった、その証明がこれなのだろう。

 

たった一機の黒いそれは夕焼け空の太陽を背にしてやってきた。

ネウロイと呼称された敵は港を地獄に変えた。

元居た俺の時代から更に進歩、否、飛躍したようなレーザー武器は建物や船を焼き尽くし、人を蒸発させた。

 

発見からここへの到着まである程度の猶予があった。

民間人を中心とした非戦闘員は船に押し込まれて緊急出港。

俺たちはその足止めをしている。

 

目の前の港が赤く燃えている。

おまけとばかりにまき散らされる瘴気は吸うだけで死に至る、吸わずとも肌に触れるだけで有害だ。

ネウロイの通過した場所は人が住めず、生き物が死に絶える所以がこれなのだろう。

 

 

1940年代の今、人類に為す術はほとんどない。

 

 

遠くで汽笛の音が鳴った。

俺の乗るはずだった最後の船は既に指先程度の大きさだった。

日の出と共に出港するつもりだったが、ネウロイが襲来したと報を受けて出港を早めた。

 

今回のネウロイは海を越えられないらしい。

海上に逃げるのは最も有効な手段だ。

どれだけの非戦闘員が乗れただろうか。

家族も乗れていると嬉しいな、と船を見ながら思った。

 

 

 

20年ほど昔の話をしよう。

どこにでもいるサラリーマンでちょっとばかりオタクな俺は、寝て起きたら転生していた。

最初は頭が追い付かなかったが、日が経つに連れて自身が転生したことを理解した。

 

物心ついた時は大体1920年代で、俺の居た現代から一世紀近くも離れていたことに絶望した。

 

幸いにも、というか、幸運にも生まれた家は素晴らしいの一言だった。

主に嗜好品を取り扱う大きな家だったのだ。

たばこや茶菓子、コーヒーといった嗜好品の数々を取り扱っていた。

あくまで生産ではなく取り扱いだというのは、それらのメーカーや工場を取り纏めるオーナーだということだ。

まだ飽食の時代ではないが、それでも娯楽と共に上流階級から重要視されている嗜好品は飛ぶように売れ、祖父は朝から晩まで酒や肉を嗜んでいた。

 

この時代で上流貴族に次ぐ、超絶金持ちである。

 

勝ち組、人生SSRとバブバブ舞い上がっていた赤ちゃんである俺であるが、立ち歩けるくらいで親父が暗殺されました。

富裕層にはこれは付き物であると祖父は笑っていましたが目が笑ってなかった。

抗争や利権問題など、これ以上ないくらいの社会の闇の部分を意識のある赤ん坊の俺は全部聞き続けて悟りを得た。

 

家督を継ぐのは辞めよう、と。

 

幸いにも子宝には恵まれたらしく弟と妹が一人ずつできていた。

長男だが耐えられないので次男や長女に任せるわ。

 

話せるくらいの年になって黙々と知識と肉体を鍛えた。

現代の知識による俺Tueeeeは散々俺を調子づかせたがマジで無理、死と隣り合わせの人生は嫌だわ。

そして兄弟三人ということで次代の家督争いがまことしやかに囁かれるようになり、10歳の誕生日に逃げる口実として軍人になると祖父に相談した。

 

なぜ軍人なのかというとこの時代、貴族階級と軍人くらいしか位の高いものがないからだ。

貴族も社会が移り変わり表面上はなくなってはいるものの、実際のところは尾ひれ背びれを引きまくっているのは親父暗殺の件で俺は知っている。

 

身を守る術を合法的に学ぶというのもあるが主に権力が欲しいのよ。

国が国というのもあるだろう。

下手に一般人でいるよりも軍人でいる方が後に生存へ繋がる。

 

祖父は笑って許してくれたが悲しそうだった。すまんな、変な孫で。

翌年から金の力にものを言わせて上流階級の士官学校へ放り込まれた。

士官学校の一年目はとにかく貴族階級の連中と話を合わせるので精一杯だったと言っておこう。

 

 

しかし帝政カールスラントか、いつドイツとかナチスに変わるんだろうな。

 

 

 

 

過去に転生したと思ったら異世界だった件について。

 

違和感は国の名前もそうだが、まずさ、母上がパンツ丸出しで歩き回ってたんだよね。

家の中ならまぁ前世の親父が風呂上りにパンツ一丁で歩きまわってたから、そこまで違和感はなかった、いやあったけどなんとか納得した。

でもそのまま外出歩いたてたら、アカン母上乱心してるやんって思うよね。

まさか親父が死んだショックで心を失ったのかと真顔になっていた。

女性は大半その恰好がフォーマルだと知ったのはそれから間もなくだった。

 

パンツじゃなくてズボン? なるほど(思考放棄)

 

流行のファッションとか中世の度し難い風習でも残っているんだと思いながらも日常生活を続け、慣れ始めた。

いや、やっぱ無理、学校に通っていても女の子とすれ違う度にガン見してしまうくらいには精神衛生上悪かったと言っておこう。

 

士官学校は大半が野郎どもだったのと、それどころではないくらいに面倒な場所だったのでしばらくは忘れられていた。

月日の経過と慣れで成人する頃には違和感なんてなくなるだろうと割り切っていた。

 

それから月日は流れ1939年、世界各地にネウロイが現れた。

この世界が元居た世界と違うのだと思い知らされる。

ここは元の世界に酷似した異世界なのだと。

 

逃げる最中にネウロイを生で見たが、あんな逆の意味で時代錯誤な武装をした勢力なんてこの時代にはありえない。

現代を超えているだろう。

 

ネウロイはそれまでいがみ合っていた国々を瞬く間に壊滅し、人類は共通の敵に手を取り合った。

国の名前が違うがナチスドイツが欧州各地と手を取り合うとかありえない展開で付いていけない。

 

極めつけはウィッチの存在だ。

 

そのまま訳して魔女だ。

この世界、なんと魔法が存在した(女性限定らしいが)

重火器の効きが悪いネウロイはウィッチの魔法力を付与した攻撃なら再生が遅れる。

 

ネウロイは内部のどこかにあるコアを破壊するまで再生し続ける。

故に瞬間火力だけではどうにもならない問題がウィッチにより解消された。

しかしウィッチは元々隠匿された存在らしい、数があまりにも少なすぎた。

対してネウロイは数不明、そもそも生物かどうかも怪しい。

 

コアがあるだけの無人機だというのが俺の所感だが、もしもそうならば消耗戦になれば負けるのはウィッチで人類だ。

 

 

 

 

結果、負け始めたのは人類だった。

撤退に次ぐ撤退。

今日まで生き残れたのは運によるところが大きいだろう。

否、階級が俺を守ってくれていた。

 

士官学校を卒業して晴れて軍人、とはいかなかった。

ネウロイにより軍の人員不足が卒業を早めた。

金の力で貴族階級と同じエリートコースに入ったおかげで少尉での入隊となった。

 

純粋な貴族階級の奴ら? 俺が媚び諂った奴らはだいたい田舎に帰ったよ。

ネウロイが侵攻したせいで貴族も平民もクソもなくなったのはいい気味だが死んでほしいとまでは思ってない。

いややっぱ逃げた奴は死んでくれ。

 

あと親父を殺した奴はたとえ便所に隠れていても息の根を止めてやるからな。

 

ズボン(パンツ)は世界共通でした。

 

 

 

ともあれ、今回の撤退作戦、ダイナモ作戦だったか、その作戦が始まってついに運が底をついたらしい。

昨日までゲラゲラ笑っていた同じ部隊の男どもはほとんど死んだ。

逃げるために車を手配してくれた友人は車ごとレーザーで蒸発。

 

この港の作戦指揮を執った司令官は不幸にも作戦の最初に殉職した。

その代わりに俺が作戦本部からの指示で昇進して現場を取り仕切ることになったわけだ。

 

その時にはもうほとんど動ける人間は残っていなかったが。

何度目かの攻撃がネウロイのレーザーで黙らされた。

 

だがもう大丈夫だ。

 

船が離れればこのネウロイは攻撃対象がなくなり巣に帰る。

通信機でやり過ごすように指示を出した。

司令部から出よう。

 

 

「ゲホッゲホ! 少尉! 生きておりますか!?」

 

 

まだボンベ持ってない兵士が生きていたのか。

別部隊の新兵くん。

名前なんだったかな。

まぁ名前なんて今はいいか。

 

 

悪いけどこの防護服を着させてくれ。

今付けているガスマスクも君の分はある。

 

 

「これは…まさか少尉が作ったのでありますか!?」

 

 

そうだけど瘴気に対してどこまで有効かわからないけどね。

 

 

「見たこともない形です。一体どこでこれを?」

 

 

ドクターストーン見て覚えてた。

げふん、まぁ日ごろの準備が良かっただけだよ。

上の連中は支給されてるけど、俺たちにはもらえなかったからさ。自作した。

俺の指示に従った他の兵士にも配ったけど、確か君は別部隊だったよね。

俺の出した指示は終了した。

あのネウロイは海洋を渡れない、もう船を追いかけることはできない。

生き残りには隠れてやり過ごすように伝えたよ。

 

 

「ネウロイを倒さなくても良いのですか? 当初の指示は撃滅でした。

…できるとは思っておりませんが」

 

 

生き残ることの方が大事だよ。

俺らの任務は非戦闘員を無事に船に乗せて出港させることだから。

でも俺の指示のせいで結構な兵士が死んでしまったな。

戦力の逐次投入からの全滅よりマシだろうけど。

胃が痛い。

 

 

生き残った兵士に俺の出した指示は二つ。

攻撃をせずにネウロイから身を隠すこと。

 

もしもネウロイが船を攻撃するために港を出そうになれば、あらゆる手段を行使して注意を引き付けること。

 

港を出ようとしたネウロイは進路を戻し、生き残りを殲滅した。

それを何度か繰り返し、今に至る。

防護服とボンベにより瘴気ではすぐに死なないことは相手には伝わっていないらしい。

 

司令部とは名ばかりの詰所の通信室から外に出て空を見上げる。

ネウロイはゆっくりと港の外周を旋回している。

ネウロイがこの地域を離脱した後招集をかけるか。

 

今この状況で最悪なのは別のネウロイがやってきて俺たちが逃げられないことだ。

ガスボンベも防護服も完璧とはとても言えない。

もしかすると既に使用者が死んでいる可能性も十分にある。

 

ネウロイにここに長時間居座られると困る。

 

 

――さて、これからどうしようか。

 

 

車を用意してもらっていたがレーザー兵器によりご覧の有様だ。

徒歩で移動するか。

きっとこの港の資源を回収するために他のネウロイがやってくるはずだ。

移動はできるだけ速い乗り物の方がいいのだが、仕方がない。

 

 

「あの、私の車がもしかしたら生きているかもしれません。軍用ではないのですが」

 

 

おお、そいつはいい。

助かったよ。

もしかしてこの港の出身かな?

 

 

「いえ…少し…用事がありまして」

 

 

歯切れが悪いな、追及は必要ならするが、今じゃない。

だんだんと思い出してきた。

彼は確か元音楽家だったな。

そのまま音楽の道でも食っていけた稀有な才覚の持ち主だと聞かされていた。

人手不足もあったが彼は自分から兵士に志願したらしい。

 

 

「港から少し離れています。

急ぎ移動しましょう」

 

 

重い防護服とガスマスク装備一式を背負いながら火の海の港を移動した。

恐ろしいほどに静かだった。

火の手が回っているのもあるだろうが、それ以上に瘴気による死者が多すぎる。

手製のボンベもあるが長くいるべきではない。

 

 

どごん、という独特の銃声が港に響いた。

 

 

新兵の背を押して物陰に全身を隠した。

結構な口径の音だ。

 

 

対戦車ライフルか?

なんて無謀な。

 

 

「違います…あれは…ウィッチ!」

 

 

黒煙の昇る港の夕空に誰かが飛んでいた。

ここからではウィッチの姿を見定めることができないが、上空に漂うネウロイの右翼が崩れていた。

 

再生は遅い。

 

 

「まさか!? いや、来られるはずがない」

 

 

ウィッチは一人だった。

 

おかしい、カールスラントだけでなく、どの国でも必ず編隊を組んで来るはずだ。

一人で来るはずがない。

 

思考を巡らせているとまた重い銃声が響いた。

ウィッチの仕様武器はおそらく対戦車ライフル。

巨大なネウロイに有効打になりえる強力な武器だ。

 

だが空中では狙いはうまく定まらない。

数発撃って後退し、瓦礫と建物に身を隠しながら飛行を続けながらおそらく次弾装填している。

手慣れた動きだ。

先行して来たのか?

 

 

「少尉、我々は…」

 

 

新兵の声で我に返った。

俺たちにできることは一つもない。

彼女が少しでも長く戦闘している間に逃げなければ。

 

銃声とネウロイのレーザーによる爆音の中、俺と新兵は走った。

少し離れたところに白い車が置いてあった。

 

二人乗りの小型車だ。

 

 

「良かった、無事だ…これからどうされますか」

 

 

海岸沿いに南下する。

安全な海路ではないぶん運が必要になるが海が近いならネウロイとの遭遇も多くはないはずだ。

 

 

「了解しました……あっ」

 

 

助手席に座ろうとすると箱が置いてあった。

爆発の影響で倒れたのか箱は半開きになっていて中身が見えている。

女性の着るような衣類、ドレスだった。

 

先程歯切れが悪かった理由は、これか。

 

 

「す、すみません少尉。すぐに捨てます」

 

 

いや、いいよ。

トランクにでも乗せておけばいい。

それよりもこのあたりの地理には詳しいか?

 

 

「わかります。ですがこの大陸はもうどこにも」

 

 

だからこそブリタニア(イギリス)に逃げるって作戦だったんだよな。

まぁなるようになるか。

あのネウロイは―――

 

 

あのウィッチとネウロイの戦いはどうなっているのか。

確認しようと上空を見上げた。

 

ちょうどウィッチのストライカーユニットが爆散した瞬間だった。

 

ストライカーユニットはいわばこの世界での魔女の箒にあたる。

足に装着する立ち型のそれで空を移動しながら攻撃するのだ。

 

 

片足ならば熟練のウィッチならばまだ飛行可能だろう。

 

――だが彼女は二つとも壊れた。

 

これも通常ならば他のウィッチがカバーに入る。

 

――だが彼女は一人だった。

 

 

ネウロイの真下に彼女は堕ちた。

その瞬間はここからでは見えなかったが。

 

生きている可能性は極めて低い。

 

 

「なんてことだ…! まだ若い女の子だぞ!?」

 

 

すぐに新兵を車から出してその陰に身を隠した。

動いているものがなくなったのだ。

すぐに索敵が開始される。

今車を出せば気付かれる可能性が高い。

 

車の窓を通してネウロイを目視する。

ウィッチを倒したからなのか、しばらく港を旋回している。

濃い瘴気が再び周りに散布される。

 

 

「少尉」

 

 

車はまだ使えない。

新兵、俺はこれから軍の詰所に戻る。

まだ通信が生きていれば、ブリタニアかどこかに繋がるだろう。

お前は、瘴気の届かない西の丘に移動しておけ。

崖の方な。

目立つなよ。

 

 

「…了解しました」

 

 

…ああそうだ。

さっきのドレス、嫁さんの?

 

 

「いえ、彼女とはまだ籍を入れていません」

 

 

そうか。

それくらいなら持ち歩けるだろう。

くれぐれも無謀な攻撃はするなよ。

俺たちの攻撃は陽動くらいにしか意味がないんだ。

じゃあ後で。

 

 

「ご武運を」

 

 

 

 

詰所では替えのボンベをまず最初に手に入れた。

倒壊していればその時点で詰みだったが運が良かった。

 

次に通信機器だが、ぶっ壊れてたんで直した。

紙に書かれた通りの手順で連絡。

救援が来るのはどれだけ早くても数日は要するだろう、こちらに迎えを寄越すならば。

 

次に港に救援に来た僚機なしのウィッチがネウロイと交戦し戦死したと伝えた。

 

ジャミングでもされているのか、無線の先からの音声はない。

通っているかわからないが言うだけのことはすべて伝えたはずだ。

 

一応同じ内容を適当にラジオとかで流しておこう。

放送局作るのやってみたかったんだよね俺。

既存の放送局に割り込むことになるけど、緊急事態だし許してよね。

 

残りのボンベを外に出して火の手が回っていない道路に置いた。

気が付いた生き残りが使うことを祈る。

双眼鏡も探し出し紐を首にかける。

 

上空のネウロイはまだ旋回している。

 

 

まだ俺にはやるべきことがある。

 

このままでは俺たち生き残りは帰ることができないから。

 

 

 

 

ウィッチが墜落した場所は特に倒壊が酷かった。

元々は劇場だったのか扇状の会場は所々燃えていて現在進行形で崩れ始めている。

レーザーで屋根が吹き飛んだのが良い方向に動いたらしいが、いつ完全に崩れるかわからない。

 

劇場の端に血塗れの瓦礫があった。

その地面は血溜まりができている。

手を合わせて拝み、瓦礫を退ける。

目的の物はすぐに見つかった。

 

ボーイズMk.I対装甲ライフル。

 

魔法力が付与されていた故にか、銃身は曲がっておらず未だ無傷のそれを持ち。

 

 

「待って」

 

 

鈴のような声が聞こえた。

劇場の座席の隙間に誰かが倒れていた。

 

ありえない。

10階の高さは超えていた。

 

 

「私はどのくらい…?」

 

 

貴女が堕ちてからまだ十数分と経っていません。

…戦えますか?

 

 

「うん……私の故郷…だから」

 

 

やはりか。

 

服を見ればガリア空軍のものだった。

武器が他国の物だが、支給されたか無断で持ち出したか。

 

独断先行と軍規違反。

だがそのおかげで可能性がある。

 

――その体が五体満足であったならば。

 

 

「体が…動かない…?」

 

 

致命傷だ。

なぜ生きているかわからない。

 

片手と下半身がひしゃげている。

目を覆いたくなるような有様だった。

 

処置の心得はあるが、こうなっては。

 

 

「あのネウロイはどこ?」

 

 

まだ港を旋回しています。

 

 

「西に丘があるの、私を連れて行って」

 

 

その言葉に背筋が凍った。

 

こんな姿になってもまだ彼女は戦うつもりだ。

遺体の身元を確認するくらいのつもりだったが、予想外にもほどがある。

 

尊敬の念しか起きない。

 

彼女の体を背に乗せてロープで括りつけた。

血は驚くほどに出ていない。

もしかすると彼女の魔法力の恩恵かもしれない。

 

…この状況でライフル持つのか。

 

四の五の言っていられない。

 

 

「ライフルは私が持つ。まだ魔法力は残っているから」

 

彼女がライフルを持つとすんなりと持ち上がり、俺には重さがかからなかった。

これも魔法力の恩恵だろうか。

 

ウィッチの魔法力は瘴気にも耐性がある。

この瘴気の充満した劇場でも生きていたのはその為だろう。

 

残ったボンベは破棄するしかないが急いで丘へ向かおう。

 

 

 

「少尉! その子は!?」

 

ウィッチだ。

これから狙撃する。

彼女の願いだ。

付き合うなら観測手になってくれ。

どこに当たったかを言うだけで十分だ。

 

 

丘へはすぐについた。それほど距離が離れていないが時間は要した。

 

想像以上の傷を負っている彼女を担いで走るのは心が痛かったが時間が残されていないのも確かだった。

 

そういえば名前を聞いていなかった。

 

それも後でいい。

 

 

「少尉さん…?」

 

 

今のご時世、階級なんて飾りだよ。

この武器の有効射程を教えてくれないか。

 

 

「300ヤード(約270メートル)」

 

 

港の上空を飛んでいるネウロイまでは2キロは離れている。

 

届くかもしれないがコアを抜くほどの威力は発揮できない。

 

 

「私の魔法力と、固有魔法でまだ有効範囲内」

 

 

いや、それでも難しい。

一流のスナイパーでも難しい距離だ。

 

 

「ごめんなさい…私が…こんなだから」

 

 

俺が狙撃しなくてはならない。

彼女の体から血塗れの弾薬を取り出す。

弾は既に装填されていたが多ければ多いほどいい。

 

弾丸を地面に並べる。

 

 

新兵、答えを聞いてない。

このまま離脱してくれても構わない。

この狙撃は彼女の願いで俺の自己満足だ。

もしかするとレーザーで一緒にお陀仏になるかもしれない。

 

 

「いえ、やります。やらせてください!」

 

 

双眼鏡を新兵に投げ渡した。

彼女を背中に縛り付けたまま、ライフルを構える。

撃ち方は一通り習ってはいるが。

 

当たる気がしない。

 

トライアンドエラーが前提だ。

 

弾はあるが。

 

 

――魔法力がなくなれば彼女はすぐにでも死ぬだろう。

 

 

青白い光が銃身を覆った。

 

 

 

 

ダイナモ作戦は当初の予定とは大きく異なり、しかし、成功に終わった。

ネウロイを引き付けるため、犠牲となるはずだった部隊は一部生還を果たした。

最小限の犠牲で多くの命を救うはずであった作戦は、結果的に当初よりも多くの犠牲を払うこととなった。

しかしそれを知る者は一部将校のみである。

 

 

 




見切り発車です

1/29 士官学校並びに階級の修正

2/2 ズボン描写追加

以前感想をもらっていたのに見逃していました。すみません、ありがとうございます。


7/26 改行を削減、修正

感想とメッセージありがとうございました。


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撤退戦、その後

誤字報告ありがとうございます。


 

穏やかな昼下がり、カモメの鳴き声と船の大きな動力音だけが止めどなく耳に入る。

 

カールスラントとブリタニアの間にある海洋、俺の知る言葉では北海。

船に乗って既に一日が経っていた。

ブリタニアの島を横目に俺の乗る船は西へ向かっている。

 

現在ロンドンへの海路の途中だ。

まもなく船は到着するだろう。

 

俺は人気のない甲板で何をするわけでもなく、たばこを咥えていた。

 

 

結果だけを言うと俺はネウロイを撃滅した。

 

 

狙撃の実戦はなかったがコアまで撃ち抜いたのは偏にウィッチの魔法力と固有魔法のおかげだ。

 

弾道強化という撃った弾丸を加速する魔法を彼女は使用したらしい。

弾丸は逸れることなく真っ直ぐにネウロイに当たる。

数度の試行回数でネウロイのコアを露出させ、撃ち抜いた。

 

翼を一撃で砕いたほどの威力だ、この港に来るまでの消耗がなければ一人でネウロイを倒していただろう。

 

 

コアを砕いたのを見届けてから、

少女は満足そうな顔つきで、

息を引き取った。

 

 

埋葬する前に彼女の持ち物を検めた。

彼女はドッグタグを持っていた。

 

それにはこの港の番地が記されていた。

おそらく彼女の自宅の番地だろう。

本部へネウロイ撃墜の報告と改めて救助要請を送ったのち、その番地へ向かった。

 

立地が悪かったのだろう、酷い有様だった。

港の外れにあったその家はネウロイがやってきた大陸側に位置していた。

 

最初に犠牲になった地域だ。

火の手は上がっていなかったが瘴気により生き残りはいなかった。

 

そこにいたのはおそらく彼女の家族だ。

 

ここに来るまでも足の悪い老人などは道端に死体が散乱している。

彼らも逃げ遅れたに違いなかった。

若い夫婦だけならば逃げられたかもしれないが、結果は全滅だ。

 

家の中にある写真立てには笑顔の少女とそれを囲うように夫婦とその老父母の姿もあった。

 

最初に彼女はここに来たであろう。

 

家族が横たわる姿を見て、我を失ったのかもしれない。

軍規違反までしてここへ駆けつけたのだ。

間に合わなかった虚しさとネウロイへの怒りは計り知れない。

 

簡易であるが埋葬した。

 

それから程なくして港で散り散りになっていた生き残りの兵士と合流し、しばらくの日数の後、ブリタニアから船が到着。

ウィッチ隊の護衛の下、無事に俺たちは帰ることができたわけだ。

 

船に乗ってから偶然乗り合わせた将校からべた褒めされ、勲章の授与が決まったそうな。

権力は確かに欲しかったが、その時は虚しさしか残らなかった。

 

いや違う、虚しさだけでなく腹立たしさも残った。

将校が乗り合わせたのは偶然でもなんでもない。

ダイナモ作戦が成功だったことの証明として、英雄役が必要だったのだろう。

実際、もっとたくさんのネウロイを撃墜したウィッチと比べ俺の戦績は見劣りなんて生易しいものではない。

 

 

――もっと言ってやるならば、この作戦での俺たちの真の役割は犠牲だった。

 

 

あの港はネウロイたちを焚き付けるための撒き餌だった。

俺は司令官からそう聞かされた。

彼はそれを承知でその作戦に就いたのだから、惜しい人を亡くしてしまったと思う。

 

本当に残念だったよ。

 

彼らの思惑と違い、もしくはウィッチたちが奮闘したおかげか、港に来たネウロイは一機だけだったのがそもそもの問題だろう。

犠牲故の撤退戦勝利という台本を俺が余計なことをしたからこうするしかなかった。

必死に戦った彼女らと一緒に勲章を授与など、恨みを買えと言っているようなものだ。

 

船の護衛をしているウィッチとは顔合わせすらしていない。

命を懸けて戦っている彼女らに対して向き合えないからだ。

 

そんなわけでロンドンまでやることもなく、船に揺られながら暇を潰しているわけだ。

 

本日五本目の紙たばこを吸い殻捨てにねじ込んだ。

現代にいた頃よく吸っていたこともあり、紙たばこはやはり吸いやすい。

長く吸うなら葉巻一択だが体に悪すぎる。

健康に少しは配慮(笑)した俺の自信作だ。

専門知識ではなく既存の知識に少し手を加えただけの見た目だけが現代のたばこである。

もちろん現代のよりもマズイ。

ただの気分で吸っているだけだ。

酒に逃げるよりもマシだと思っている。

幸いにも咎める者は誰も居ない。

甲板に寝そべっていても誰にも何も言われないのはむしろ快感さえある。

 

 

「少尉!」

 

 

聞き覚えのある声がして寝たまま顔だけそちらへ向けた。

予想通り新兵が身なりを正してそこに立っていた。

 

 

やぁ。

一日振り。

その後のみんなの調子はどうだ。

 

 

「はっ! 港に詰めていた兵の内、生還者は6名でありました。

負傷者はこの船にて治療中であります」

 

 

そうか。

結構減ってしまったな。

防護服とボンベのことは誰かに言っていたか?

 

 

「いえ、誰も言っておりません」

 

 

まぁ口止めをしても少ししたら上も気が付くだろう。

すぐに問い詰められなければいいだけなんだけど。

ともあれ、ありがとう。

君には色々面倒ごとを押し付けた。

 

 

「いえ、そんなことは。

お役に立てて光栄です。

少尉、実は紹介したい方がおりまして」

 

 

紹介? 生き残りに知り合いでもいたのだろうか。

 

ふと彼の後ろに控えている人物がいることに気が付いた。

カールスラントの軍服を着た女性だった。

 

跳ね起きた。

 

身なりと共に背筋を正す。

同じカールスラントの軍服だが、空軍のものだ。

そして女性とくれば察しはつく。

ウィッチだ。

 

それも階級章は大尉、上官じゃねぇか。

敬礼をする。

 

 

「初めまして少尉。

第3戦闘航空団所属、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケです。

お噂はかねがね聞いております。

お会いできて光栄です」

 

 

とんでもない!

私こそ光栄の極みであります!

第3戦闘航空団の司令官殿でありますね。

ご活躍は私の地域でもよく聞いておりました。

……お二人はもしや。

 

 

「彼とは家が近いこともあり、また互いの家が音楽に精通していたため懇意にしておりました。

この度は、彼の生還までを導いて下さり、本当にありがとうございました」

 

 

懇意か。

まだ籍を入れてないと言っていたが、最前線で戦うウィッチだけでなく、まだ若いからだろうか。

深くは踏み込まないようにしよう。

 

 

「あの状況で船を送り出し、かつ、兵士に生存者を残せたのは見事の一言では言い表せません。

失礼ですが、今回の作戦指揮は亡くなった司令官が指示したものなのでしょうか」

 

 

いえ、我が隊の司令官は港へのネウロイ襲来時の先制攻撃で殉職致しました。

作戦本部に指示を仰ぎ、現場指揮を任されてからは私の指揮であります。

 

 

「…そう、ですか。

いえ、彼とはあまり面識はないのですが、誇りあるカールスラント軍人としての責務を全うする方だと聞かされておりました。

とても残念です」

 

 

私も同じ気持ちであります。

 

 

「話は変わりますが」

 

 

――資金繰りの話でありますね。

援助というかたちで協力致しましょう。

 

 

「……ご存じでしたか」

 

 

トレヴァー・マロニー中将の態度が露骨すぎました。

あれだけべた褒めされたのですから流石に察しますよ。

私に近づいてくる人は大抵そんなものですし。

私としても戦力の要であるウィッチ隊に我が家が貢献できるのは一族の誇りとなりましょう。

 

ただ一つ言うならば、私は家督を継いでいるわけではありません。

軍属に身を置いている現在は家督を継ぐつもりもありません。

祖父や兄弟が生きているうちは融通できるでしょうが、もしも何らかの事情が起きれば確実に援助は打ち切らせていただきます。

 

 

「なるほど、中将に報告しておきます」

 

 

立ち話で申し訳なかったが、周りに人はいない。

 

詳しい話を聞くとウィッチを中心とした新設部隊を設立する予定らしい。

もちろん軍内部の資金を使うのが当たり前であるが、援助があれば盤石なものとなるらしい。

 

実家の金も無限ではない。

それどころか大陸から撤退した今、供給も何もかも止まっている。

祖父の手元にあるのは生き残った技術者と経営のノウハウだけだ。

あの人ならばそれでもまた盛り返すだろうが、数年は要する。

 

軍が望んでいるのは金だけでなく嗜好品もだろう。

生産が始まり次第優先的に軍へ引き渡すことになりそうだ。

 

収入がゼロに近い状況で融資を頼むことを理解してほしいと重ねて伝えた。

俺が生きている前提で、祖父には話を既にしてある。

戦争の都合で無理やりに資金を奪うか、援助するかの二択になっていたと思う。

 

どうせなら恩着せがましくくれてやるだけだ。

 

家族の絶対的な安全を保障してもらいながら。

 

 

 

話は全部済んだ。

 

援助が止まる可能性があるのなら彼らは喜んで味方となってくれるだろう。

俺自身の保身も確実なものとなった。

 

特別に何かを言ったわけではないが、俺が殉職すれば援助は止まると誰が見てもわかるだろう。

 

あとはなるようになる。

ああ、だけど、もう家族には会えないかもな。

 

 

 

 

 

――そういえば。

 

 

「はい? 何かありましたか少尉」

 

 

ガールフレンドが去ってから新兵はすることがないのか隣に腰を下ろした。

たばこくらいやろうかと思ったが音楽に携わるものなら肺を傷つけるたばこはよろしくない。

 

若干の気まずさを振り払うべく話題を切り出した。

 

 

お前はこれからどうする。

まだ戦場に出向くのか。

ブリタニアにいる間は安全かもしれないが、それも数年だろう。

音楽家の道に戻る気はないのか。

 

 

「私はきちんとした音楽家ではありませんでしたし、

再び音楽の道を歩むのは彼女と共にするつもりです。

それに私は前線へは出ません」

 

 

前線に出ない?

そんなことが可能なのか。

 

 

「もちろん有事には出ざるを得ませんが、元々私は技術者志望だったのです。

ブリタニアでこれから新設される最前線の部隊の整備班に配属されるように取り計らってもらいました」

 

 

なるほどな。

羨ましいじゃないか、未来の奥さんと一緒の職場だなんて。

 

 

「少尉もおそらくその部隊のどこかに転属になるはずですよ」

 

 

俺が? ウィッチ中心の部隊に?

どの面下げて歩けばいいんだよ。

お前も知ってるだろう。

俺があの港でやったのは人の尊厳を損なう行動だ。

同じ人間を電池みたいに消費したんだ。

正直、思い出すだけで気分が悪くなる。

 

でもまぁ、配属されるとすればそこが一番無難かもな。

逃げられない最前線で、かつ一番の安全地帯だ。

ロンドンあたりに身を置くと思っていたが。

まぁどちらにせよ、俺に選択権はないか。

 

 

 

汽笛の音が鳴った。

 

超うるさい。

 

もしかするともう到着するのだろうか。

 

授与式には出なくてはいけないが、胃が痛む。

 

願わくば新設部隊に面倒な奴がいないことを願う。

 

頭の固い脳筋とか、融通の利かない奴とか、そのどちらも俺のスタンスとは相性が悪い。

 

相性が悪ければ避けるのが俺の処世術なのだが、長い期間共にするならば苦痛でしかないだろう。

 

不安で胃が痛む。

 

いやこれ多分たばこの吸い過ぎで胃が

 




7/26 改行を削除、修正


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501部隊での日々1

この時期の階級など感想を元に修正、加筆しました。
ありがとうございます。

10/9誤字報告ありがとうございます。


 

 

先に言っておきますが、ガリアやロマーニャのウィッチの知り合いなんておりませんよ、大尉。

 

 

「わかっている。

まさかカールスラント人が多いなどと言われるとはな。

うーむ、しかしこうも出鼻を挫かれるとは。

…少尉、そこにいたのか」

 

 

大尉と俺が呼んだ眼帯の女性は、書類の陰で隠れている俺を見てそう言った。 

 

書類書類書類、書類の山が俺の事務机に束になって置いてあった。

 

転属先の新設部隊はブラックな職場であった。

 

現在、俺の戦場は現場ではなく事務机の上となっている。

実戦はウィッチが務めるため、これは役割分担だ。

 

例えば彼女らの訓練や演習の立案を坂本大尉らが提案する。

それらを書類として作成するのが俺の役目だ。

中間管理職、もしくはその補佐というイメージだが、彼女らの負担を軽減するというのが俺の役割なのだろう。

 

ただしヴィルケ中佐の仕事は佐官クラスの物なので、迂闊に手伝えない。

彼女の上官の指示書などは見たこともない。

担当するのはあくまで尉官クラスの簡単な書類だけだ。

 

坂本大尉も直に少佐へと格上げされるらしく、そうなれば手伝える仕事も減るだろう。

そういう補佐役はどこの部隊でもあるらしい。

坂本大尉も本国から何人かの従兵を連れてきている。それと近い認識だ。

 

様々な国籍が混在するために文学や宗教に一定の知識が求められていた。

俺は大体肩代わりできる。

ストライカーユニットなどは技術者がきちんといるのでそっちに丸投げする。

最終的な確認をするのはヴィルケ中佐だったりする。

 

で、坂本大尉の他に残っている尉官クラスのウィッチは過半数がちょっっと頭のおかs個性的な子たちなので、全部俺に丸投げされて今に至る。

 

少量が一気に来るだけでまだ処理できる。

 

まだな。

 

それはあの撤退戦の時のような緊急事態ではなく、穏やかな日々が享受できているとみれば良いことなのだろう。

 

 

 

禿げそう。

 

 

 

第501統合戦闘航空団、ストライクウィッチーズは世界各国から集められたウィッチによる航空部隊だ。

 

先の撤退戦で各国の優秀なウィッチがブリタニアに集まったことから同国のヒューゴ・ダウディング大将が首相に進言、各国の後押しもあり設立が決定した。

決定したが、設立する前にも後にも問題が起き始めた。

 

ウィッチの人材不足である。

 

当初501に集められた約半数は既に他の部隊に取られるかたちで転属させられた。

基地を守る程度ならば十分すぎる戦力だが、目的はガリア奪還である。

いずれはネウロイの巣に攻め入らなければならない。

 

攻めるためのドリームメンバーを集めたつもりだったらしいが、各国のその人材を抜き取った穴があまりにも大きすぎる。

 

最近言われたいちゃもんはカールスラント軍人が多すぎる、だ。

お前らが人材取らなかったら偏らなかったんだよな。

 

結果、ベテラン数名新人数名ということで落ち着いた。

ベテランと一口に言っても中身はネウロイを100機あまり落としたエリート中のエリートだ。

 

ベテランはいいのだが、問題は新人だ。

 

人材不足なんで、まず新人を探すところから始めている。

時間がないんだが?

ウィッチの魔法力は20歳を超えると落ちていくらしい。

戦闘隊長の坂本大尉はもうすぐ20歳なんだが?

 

ガリアに攻め入る前に部隊の解散にならないかなこれ。

 

俺の実家の資金援助でストライカーユニットの生産は追いつき始めているが、人が足りない。

 

本人もかなり焦っているそうで各国を練り渡る軍艦に乗船しながら新人を見つけてくるらしい。

ブリタニアやカールスラント人ならば移動を要さずともすぐに見つかるかもしれないが、扶桑(日本)やリベリオン(アメリカ)となると移動だけで1週間以上もかかる。

 

活気はあるんだが、先行き不安と末期感を俺は感じている。

 

まぁ安全圏であることには変わりない。

とはいえデスクワークが終わらない。

 

ワードとエクセルが欲しい。

文章のコピペをさせてくれ。

あとプリンター。

 

 

 

気が付くと辺りが暗くなり始めていた。 

飯を食べるタイミングを失っていた。 

夕食を兼ねて遅い昼食を食べに行くか。

 

と、ドアノブに手を伸ばしたのだが。 

ドアの向こうから話し声が聞こえてきた。 

どうやらウィッチたちが帰投したらしい。

 

 

――時間をずらそう。

 

仕事で気を紛らわせば空腹も気にならなくなるだろう。

 

 

俺はほんの一部を除いてウィッチとは仕事以外の話をしたことはない。

 

良い印象を抱いている者がいないからに他ならないが、俺自身、あの港での一件を思った以上に引きずっているらしい。 

夢に見る程度だからちょっとした戦争ストレス反応だろう。

 

食欲もあるし不自由とは思ったことはない。 

まあこういうのは時間でどうにかなることだ。

 

さて、終わった書類を片付けておくか。

 

 

「少尉、いらっしゃいますか。

土方圭助二等水兵であります」

 

 

二等水兵か。

いいぞ。

 

 

「失礼致します」

 

 

席に座り直してすぐにドアの向こうから声が飛んできた。 

許可をして中に入れる。

 

扶桑皇国の簡易な軍服をきた男性が入室した。 

何か用だろうか、と思いそういえば坂本大尉が出国するのだったと思い出す。

 

 

「明日午後よりブリタニアを出国いたします。

お忙しいところ申し訳ないのですが、出国の書類を受け取りに参りました」

 

 

彼は坂本大尉の数少ない従兵の一人だ。 

彼女の書類仕事も受け持っているのもあり俺とはデスクワーク仲間である。

 

 

書類はこれだ。

わざわざありがとう。 

各国を回って最後に扶桑皇国で補給をしてから帰るのか。 

数か月はかかるだろう。 

各国のウィッチの引き抜きに色よい返事は聞けているのか?

 

 

「…あまり芳しくありません。

軍部からの引き抜きは難しいと既に答えをもらっておりますので。

任意での一般人の選出となると、かなりの日数がかかるはずです。

大尉はご自身の伝手で軍に所属していないウィッチに声をかけるつもりだとか」

 

 

彼女の伝手か。 

結構な人脈を持ってそうだな、大尉は。 

既にクロステルマン中尉を見つけてきた実績付きだ。 

しかしこの数か月は大尉にとっても辛い時期だな。

手ぶらで帰ってくることも織り込まなくてはならないか。 

無理せず無事に帰ってきてくれ。

 

 

「ありがとうございます。少尉もお元気で」

 

 

扶桑の菓子土産を期待している、と軽口を言うと彼は苦笑いをして退室していった。

 

和菓子食いたいなぁ。

 

 

 

夜が更けた頃、流石に腹の虫がうるさくなり部屋の外に出た。 

明かりが灯っていない暗い廊下を歩いて食堂へ。 

食堂の電気を点けて調理場の冷蔵庫を開けてみる。

 

流石に本来の夕食の残りはないか。 

調理担当は誰か知らないが結構使い込みやがったな。

 

食堂はウィッチと整備班が互いに使っている。 

食事担当はそれぞれ別々だが、ウィッチたちが作る料理は繊細な女の子料理なのにひきかえ、整備班は男料理しか出た試しがない。 

まだまともなのは土方くんの白米とみそ汁の日本食である。

 

使って怒られないのはたくさんあるジャガイモくらいだろう。 

調味料はあるし腹を満たすには十分だ。

 

ジャガイモを3つ取り出して、一口サイズに切り分ける。 

塩を入れて薄く水を張ったフライパンで熱し、ふかし芋にする。

 

水を捨てた後、細かく切ったオリーブを炒めて油分を出して混ぜ合わせる。 

このままだと渋い味になる、のでオリーブを一旦皿に退け、油分と共にバターと塩をジャガイモに絡めた。 

これでジャガイモに焼き目を付ければ完成だ。

 

 

まぁあり合わせだとこんなもんだろ。

 

 

一息をつき、ちょっとした達成感を満たしてテーブルへ運ぼうと後ろを振り向くと、銀髪の少女が立っていた。

 

 

おや、リトヴャク中尉、おはようございます。

これから夜間哨戒ですか。 

いつもご苦労様です。

 

 

あっぶない、心臓が飛び出るかと思った。

 

 

「何を作っているの?」

 

 

これですか? 

夜食のジャーマンポテトです。 

カールスラントで結構流行っていた時期があったんですよ、これ。 

ジャガイモを見て久々に食べてみようかなと。 

もしかして食事はまだですか?

 

 

俺の問いかけに彼女は無言でこくりと頷いた。

 

 

食べます? 

恥ずかしい話ですが、作ったのは良いものの、そこまで食欲がないのを忘れていて。 

どう詰め込もうかと考えていたところだったのです。

 

 

「…………」

 

 

結構長い沈黙の後、彼女は頷いた。

 

サーニャ・V・リトヴャク中尉。

 

彼女はオラーシャ(ロシア)のウィッチだ。

 

固有魔法が感知・探査系ということもあり、また本人が紫外線に弱いということから夜間専門のウィッチ、ナイトウィッチとして昼夜逆転の生活をしてもらっている。

 

今のところ彼女以外に探査に特化しているウィッチはいないことから、替えの利かない重要な人物として認識している。

 

 

ジャーマンポテトを二皿に盛り分けてテーブルに座った彼女の前に差し出した。 

向かいの席に座り、薄切りのそれを齧り食べた。 

視線を感じて顔を上げる。 

目が合うと彼女は視線を逸らした。

 

馴れ馴れしかっただろうか。

 

 

「貴方は」

 

 

たどたどしく、彼女は口を開いた。

 

 

「ハシでご飯を食べるの?」

 

 

ハシ…? ああ箸ですか。 

扶桑の食べ方ではありますが、自分もたまたまこういう食べ方が慣れていたのですよ。 

ほら、坂本大尉や土方二等水兵が魚料理を振舞った時、みんなの前で使っていたでしょう。 

…誰も使えませんでしたが。

 

 

「……知らない。

私、昼間は眠っているから」

 

 

あっ(察し) 

地雷踏み抜いた感あるよね。 

いけない。 

このままでは確実に夜間飛行に支障が出る。

 

最終的にバルクホルン大尉にぶん殴られるところまで予想できた。

 

 

じゃあみんなを驚かせてやりましょう。

 

 

「…驚かせる?」

 

 

知っている限りでは女性陣は誰も箸を使えるものがいないのですよ。 

だから中尉が巧みに箸を使うことができれば、みんな驚くはずです。 

何を隠そう、私もこの使いにくい箸を使えれば優越感に浸れると思ったから頑張って練習して覚えたわけでして。 

今ではこれを毎日使っても苦ではありません。 

中尉も朝食はみんなと会うのですから、使えたらとても驚かれますよ。 

話のタネになること間違いなしです。

 

 

「……整備班の男の人たち、オートミールしか食べているところ見たことない」

 

 

痛いところを突きますね貴女。 

まぁ、男は男、女は女ですからね。 

だからこそ私が箸を使えるのに気が付いているのは中尉くらいなものです。 

で、どうです? 

夜間哨戒まで時間があるのなら今練習してみませんか。

 

 

たまにあるんだけど、何をこんな少女に必死に話しているんだと自己嫌悪に陥るよね。

 

そんな自己嫌悪とは裏腹に彼女は恥ずかしそうに頷いた。

 

 

まず、鉛筆持ちをして―――

 

 

 

教えていて驚いたのだが、中尉は結構物覚えが良かった。

 

指の使い方に慣れているというか。 

確か彼女のパーソナルデータには音楽を勉強して留学までしていたとあった。

 

俺はピアノやバイオリンは下手糞だがそれと箸の使い方がどこか共通でもしているのだろうか。 

今度クルトに聞いてみるか。 

なんにせよ、ただ食べるだけの夜食は思いの他盛り上がったと言っておこう。

 

教え終わってすごい満足感を得て寝た(職務放棄)

 

 

 

 

翌日、夜明けと同時に飛び起きて書類仕事に取り掛かった。 

 

朝食の時間になると足早に部屋を出て食堂の端の方に座る。 

どうやら今日も男どもはオートミールらしい。 

俺の朝飯がコーヒーとオートミールが定番となってしまっていることに一抹の不安を覚えた。 

もちろん昼と夜は野郎手製の男料理が振舞われる。

 

 

「おお中尉! いつの間に箸の使い方を覚えたんだ。

上手いではないか!」

 

 

坂本大尉の声が食堂に響いた。

 

横目でチラリと覗き見ると、銀髪の少女が大尉に頭を撫でられていた。 

恥ずかしそうだが満更でもない笑顔である。

 

大尉はウィッチの間でも野郎どもの間でも天然ジゴロで通っている。 

表裏のない豪快な性格故にか、男女ともに人気は高い。 

彼女の場合は姉かそれとも年の開いた従姉みたいな感じだろうか。

 

話のタネになったようで何よりだ。

 

 

「どういうことだッ!これは!!」

 

 

調理場の方から怒気の篭った声が聞こえた。 

猛烈に嫌な予感がした。

耳を澄ます。

 

 

「トゥルーデ? 何をそんなに怒っているの?」

 

「これが怒らないでいられるか! どういうことだ!

用意していたはずのジャガイモが! 3つも! なくなっている!」

 

 

あっ。 

今日のウィッチの調理当番、バルクホルン大尉だったのか。 

いやーなんかの間違いじゃないっすかね。 

ってかあの人毎回ジャガイモしか使ってなくね?

 

顔を両手で覆って俯いた。

 

 

「………」

 

 

顔を覆っていてもわかる。 

俺にも探査ができるようになったらしい。 

俺の隣に何故かリトヴャク中尉が立っているのが手に取るようにわかる。

 

頼む、何も言わないでくれ。 

バルクホルン大尉の拳はめちゃくちゃ痛いんだよ。 

わかるだろ?

 

顔を覆ったまま心の中で彼女に訴えた。

 

 

「(指さし)」

 

「またしてもお前か少尉ッ! 歯を食いしばれェ!!」

 

 

 

 




書き溜め終了です。

1/29追記 階級について勉強し直してきます。

1/29追記 軍のシステム、並びに階級、他主人公が陸海空どこなのか決められない。宙ぶらりんの状態で進めるのが怖いので付け焼刃でもしっかりと勉強します。

7/26 改行を削除、修正


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501部隊での日々2

10/9誤字報告ありがとうございます。


 

え、髪を切れ、ですか?

 

 

いつものように書類仕事をしていると。

 

バルクホルン大尉が珍しく軍務以外の話を切り出してきた。

 

 

「ああそうだ。

少尉、鏡は毎日見ているのか。

目の下に隈もできているし、髪もこの部隊が設立してからかなり長くなっている。

ここには髪に関して規律はないが、気分転換には良いだろう」

 

 

マジか。

この人、俺に対して日常的な話できたんだ。

今日はもしかしたら空から槍でも降るのではないだろうか。

いや、というよりもそれほど俺の面が気持ち悪いってことか。

 

 

「……なんだ。何か文句でもあるのか。

私でも非番や定期休暇があれば休んでいる。

少尉も休めと言っているのだ」

 

 

唖然としているとそれを見てか彼女は眉間に皺を寄せて俺を睨んだ。

 

ウィッチとそれ以外の軍人の定期休暇は中身が同じではないが、俺にも休みはある。

もちろん休んでいないわけではないが、基地からは出ない。

殴られそうだから断れないし、そもそも断る理由もない、確かに良い機会だ。

 

 

わかりました。

床屋、行って参ります。

あ、いや、呼べば来てくれるのかな。

軍付属の人がいたりとか。

 

 

「今はいない。

街に行ってこい」

 

 

それに私一人で出歩いてはいけませんよね。

 

 

「必要なら下を連れて行けばいいが。

申請書を作って上官に渡せばいい。

お前の上官は誰だ?」

 

 

ヴィルケ中佐やバルクホルン大尉でありますが。

 

 

「なら今すぐ作って私に渡せ。

……私が中佐に渡す」

 

 

二度手m痛い!

 

 

 

 

 

「で、私が呼ばれたわけですか」

 

 

すまんなクルト。

どうせなら知り合いの方が気が楽なんだ。

これも仕事と思って我慢してくれ。

 

 

「別に嫌なわけではないですよ。

車も運転できますので適任でしたでしょうし。

ですが私は整備班なのですが」

 

 

501整備中隊も軍属で階級がもちろんある。

 

彼は伍長で昇進試験をパスすれば更に上にいける。

俺が少尉のままでいる間に随分階級を飛んできたものだ。

 

まぁあちらは最高位があるのだが。

 

 

「少尉、そろそろロンドンに入りますが、どの床屋なんです?」

 

 

なんだっけ。

確か申請したらその後で指定されたんだ。

軍が贔屓している床屋とかあるのかな。

それにしてもロンドンは久々だな。

 

 

紙に記された床屋を彼に伝えて車を走らせた。

かの都市の象徴であるビッグベンをぼんやりと車の中から眺め、曇り空だなとどうでもいいことを考えた。

 

車を降りると湿り気のある臭いが鼻についた。

雨が降り出しそうだ。

 

伍長を車内で待たせて中に入る。

 

なんの変哲もない床屋だった。

 

お待ちしておりました、と床屋の店員は恭しく頭を下げた。

どんな髪型がいいか今更考え始めた、そういえばこういう場合は固定だったっけ。

 

席に座ってケープを取り付け、店員に任せた。

彼は何を言うこともなく、てきぱきと髪を切り始めた。

 

髪を切るハサミの音が店内に響く。

外はどうやら雨が降り出したようだ。

速い雨脚の音も合わさって眠気を誘う。

今ならば普段と違い極上の睡眠を貪れる、と目を閉じた。

 

誰かが店内に入ってきたのはそんな時だった。

硬い靴の音が近付いてきた。

 

誰だ、と鏡を見て背後を確認するとブリタニア空軍の男が数名鏡に映った。

 

 

「ごきげんよう、少尉。

直接会うのは久しぶりだ」

 

 

最後にコートを着た誰かが鏡に映った。

その他にも数名が店内へ入ってくる音が聞こえた。

 

 

マロニー大将ではありませんか。

お久しぶりであります。

このような姿で失礼致します。

 

 

「良い。

丁度私も髪を切ろうとしていたところだ。

貴官もこれはプライベートだろう。

畏まらなくてもいい。

いや、同じ日に同じ店を利用するとは、珍しいこともあったものだ」

 

 

白々しく彼は俺の隣へ腰かけた。

 

伍長はどうなった。

ちゃんと車で待機しているだろうか。

 

俺とは別の店員が大将にケープを取り付けた。

髪を切る音が再開される。

 

 

「久しぶりのロンドンはどうだね。

実に活気に溢れた街だろう。

生憎今日は雨が降っているが」

 

 

はい。

この街を守るために軍属へ身を置いていると思うと、更に精進せねばと――

 

 

「そうだ。

我々にはこの街を守る義務がある。

それだけでなく、ガリアやカールスラントを奪還しなければならない。

これは使命だ」

 

 

俺の言葉を遮って彼は言葉を続けた。

 

 

「だが、国防を担うのも、他国を奪還するのも、現状では最善手がウィッチしかいない」

 

 

そりゃ、ウィッチの魔法力を付与した攻撃しか有効打を与えにくいからな。

 

軍艦の主砲で撃滅するという力技もあるが。

 

 

「ウィッチも20歳を超えれば魔法力は落ち、ただの人間となる。

しかしネウロイとの戦闘は長期戦だ。

10年足らずで使い物にならなくなり、肝心な時にあがりを迎える。

それに対して憤りを感じたことはないかね。

君の部隊では、ほら、問題児が多いじゃないか」

 

 

そうですね。

確かに、彼女らは不安定だ。

まだ成熟していない精神で戦場に出されるのですから。

そのために勉強や訓練があり、学校があるわけですが。

代われるものならば男が代わってあげたいくらいですね。

 

 

代われるものなら。

 

 

「おお、貴官もそう思うかね。

そこでだ、少尉。

君に個人的な話があるのだが」

 

 

わかりました。

協力致しましょう。

 

 

「…それは嬉しいが、話を聞かないのかね?」

 

 

予想していましたので。

軍部に嗜好品の供給も増えてきましたし。

実家の資金も余裕が出てきている時期です。

来るならそろそろかな、と。

そもそも、こんな場で話してよいことなのですか。

 

 

「ああ、そんなことか。

それに関しては問題ない。

彼らも軍属だ」

 

 

まぁ指定されたからそうではないかと思っていた。

 

バルクホルン大尉は関わっていないだろう。

 

俺が休暇の申請を出したから先まわりができたのだろう。

 

この店自体が大将の息のかかっているとは。

 

 

「事情があってね。

あまり軍内部では話したくないのだよ。

極秘裏の作戦なのでね」

 

 

……なるほど。

 

 

「私も人材を集めるのに必死でね。

動こうにも動けなかった。

だがそれも今日までだ。

開発の目途が立ったのだよ。

後は君次第だ」

 

 

なんのですか、と鏡越しに彼の目に問いかける。

 

 

「ウィッチを必要としない新たな戦力だ。

協力してくれるね、少尉?」

 

 

 

 

 

「少尉、ご無事でしたか」

 

 

車に戻ると伍長が口早にそう言った。

 

 

「マロニー大将ですよね、さっきの。

何があったのですか」

 

 

偶然同じ店を利用しただけだ。

緊張して失禁しそうだった。

もしかして俺が何かしでかしたんじゃないかとひやひやしたが、そんなことはなかったぜ。

 

 

「……そうですか。

基地に戻りますか?」

 

 

ああ、頼む。

ロンドンの街はあまり好きじゃない。

煙ったくて気分が悪くなりそうだ。

 

 

伍長は何かを言おうと口を開きかけたが、俺がルームミラー越しに睨むと何も言わずに口を閉じた。

 

ああ、早く戦争が終わればな。

 

 

 

 

 

基地に帰ってから諸手続きを終え、自室のベッドに寝転がった。

マロニー大将の話が頭から離れない。

 

落ち着かないな。

 

折角の休暇はまだ続いている。

今日は確か、ウィッチたちは座学の時間だったな。

だったら会わないだろうし、歩くか。

 

たばこの箱を片手に外に出た。

廊下を下って外に出てドーバー海峡が一望できる場所に来た。

 

この時間は人気がなく、日当たりもいいのだが。

風が強すぎて、たばこの火が点けられない。

体で風を遮って火を点ける。

危うく火傷をしそうになりながら煙をふかした。

腰を下ろして日差しを体に受けながら、空を見上げた。

 

ロンドンは雨が降っていたのに、ここは日の光が見えている。

気持ちのいい日だ。

 

そんな雑多な感想を抱いてから、これからのことを考えた。

 

確かにマロニー大将の言う通り、これからのネウロイとの戦いにおいてウィッチ以外にも戦力と言える駒を手に入れるのは必要なことだと思う。

彼でなくともその他にも同様のことを考えている将校は必ずいるだろう。

 

俺が手を貸さなくても彼ならば資金を調達していたはずだ。

 

だが俺は手を貸した。

既に共犯だ。

彼の破滅は俺自身の破滅に直結する。

 

だけど仕方がないだろう?

あの状況で拒否すれば確実に殺されていた。

 

俺はまだ死にたくないから。

 

思えばこれはダイナモ作戦で生き残ってから決まっていた道筋だ。

ならもう、突き進むしかない。

 

マロニー大将はヴィルケ中佐には話すなと釘を刺した。

どう考えても違法なやり方で開発を進めているに違いない。

その詳細は明かしてはくれなかったが。

ただそれには莫大な資金と時間がかかるらしい。

 

鏡越しに見ただけだったが、彼の私兵はとても従順だった。

それもそのはず、彼の勧誘は俺でも納得のいくものだった。

みんな思っているのだ。

 

女性の、それも成人していない子供を戦場で戦わせるわけにはいかないと。

 

ネウロイが現れる前までは男性が戦っていたのだから。国同士で。

大将自身はウィッチの存在自体を快く思っていないことは俺でもわかる。

 

だからこそ、彼のその勧誘は手段であって本意ではない。

 

そのことは彼の私兵もわかっているだろう。

話せばおそらくクルトも協力したかもしれない。

彼が軍属になったのは、ヴィルケ中佐だけを戦場へ立たせるのに負い目を感じていたからだ。

結果的に彼女の負担が減ればと考えれば間違いなく協力するだろう。

 

だが俺は話さなかった。

なぜか。

結局のところ、俺は

 

 

「何してるのー?」

 

 

日差しを遮られて、我に返った。

たばこの火はとっくに鎮火していて、煙も何も出ていない。

 

結構な時間が経っていた。

 

顔を上げれば見覚えのある女の子の姿があった。

 

 

これからのことを考えていたのですよ。

ところでルッキーニ少尉。

今日は座学では?

 

 

「えぇー、だって…」

 

 

つまんないし、と彼女は声を小さくしながら言った。

 

また抜け出してきたのか。

つまらないのはわかる。

 

501部隊の問題児の一人、フランチェスカ・ルッキーニ少尉。

ロマーニャ(イタリア)出身のウィッチでこの部隊では最年少にあたる。

 

目を通したパーソナルデータでは10歳でスカウトされるが基地の脱走などもともと問題行動が多かった。

そのためか、こちらの増員要請ですぐにここへ配属となった。今は11歳だったかな。

 

元居たところでは規律が厳しかったそうだが、ここは新設部隊というのもあり割と自由が利いている。

あちらにいた頃よりも問題行動は格段に減っていると坂本大尉は言っていた。

 

加えて特筆するのであれば、彼女は戦闘の天才である。

訓練によるものもあるだろうが、射撃に関してはずば抜けた技術力を持っている。

彼女をうまく制御することができれば、部隊のガリア奪還の貢献度はより高いものになるだろう。

 

重火器をなくしたり捨てたりと叫び声を上げたくなるようなことをして度々俺の胃に穴を開けてくる。

 

同じく問題児のイェーガー中尉と方向性は違うが双璧を為している。

 

気が合うのか中尉と一緒にいる時が多く、問題行動は減っているがそれでも今回のような授業のさぼりは頻発している。

 

 

まぁ、言ってしまえばまだ精神が未熟なお子様だということだ。

俺も元居た世界の同じ年頃はただの鼻垂れのクソガキだったしな。

中二病は黒歴史だ。

 

遊びたい盛りなのはわかっている。

矯正して無理やり従えるのは正しいことであるが、それは俺の役目じゃない。

 

かといって無視するわけにはいかないな。

 

 

 

少尉。座って寝るだけでもいいですし、戻りましょう。

 

 

「や」

 

 

ぶんぶんと彼女は首を横に振る。

 

俺はどうすればいい、坂本大尉。

想像の中の坂本大尉は何も答えてはくれない。

 

 

「これなに?」

 

 

気が付けば彼女は俺の持っているたばこの箱を握り締めていた。

大人がたばこを吸っていたのは知っているはずだ。

俺手製の紙たばこが珍しいだけだろう。

 

 

それは紙たばこ、君が使うにはまだ早い。

大人の嗜好品だ。

 

 

「しこーひん?」

 

 

ええっと、なんと言えばいいか。

お菓子とか娯楽品みたいな、と言えば確実に嫌な結末になるだろう。

 

 

精神的に疲れた大人が使う、薬みたいなものです。

 

 

「疲れてるの?」

 

 

え、まぁ、はい。

 

 

「眠っちゃえばいいのに」

 

 

正論だな畜生。

睡眠を摂ることは正しい。

それでも俺がたばこを吸うのは、ただ愛煙家というわけではなく逃げである。

 

 

それはそれとして。

返してほしいのですけども?

あと早く勉強して下さい。

 

 

「えぇ~」

 

 

彼女は軽業師のように飛び上がって俺から距離を置いた。

 

 

あ、これはまさか。

 

 

「捕まえられたらいいよ!」

 

 

きゃっはーと両手を広げて走り去った。

 

面倒くさいことになった。

まぁたばこくらいならいいか。

いや、でも教育に明らかに害をなすだろうな。

結構な大ごとでは?

 

基地の中、火器類のある場所でたばこなんてご法度だが、不祥事があれば外でも禁煙になる可能性がある。

 

それに吸われていなくても、火器類の近くでたばこが散乱しているのが見つかったらどうなるだろうか。

 

…由々しき事態では?

 

 

「どーしたのー! 追いかけて来ないのー!

お尻さーん!」

 

 

既に十数m近く離れてしまったがこの基地の外周は結構広い。

声はまだまだ通る。

 

 

やれやれ。

ん?

少尉ー、お尻さんって私のことー?

 

 

小走りしながら先を走る彼女に声をかける。

 

今日まで仕事以外のことであまり彼女とは話したことはなかったが、お尻さんとは俺のことだろうか。

 

 

「いっつも殴られてるし、いっつも尻に敷かれてるから!」

 

 

まてや。

それってバルクホルン大尉に俺が、だよな。

全然違いますけど。

たまーーーーに殴られてはいるが、尻に敷かれているわけでは決してない。

 

 

「えー違うのー? みんなそう思ってるよー?」

 

 

みんな!?

待って少尉!

違うから詳しく話して!

 

 

「えへへー、捕まえてごらーん」

 

 

基地の外周を彼女と俺は走った。

子供にしてはやはり素早い。

だが大人と子供では歩幅が違う。

 

徐々に追いつき始める。

 

 

さぁ!たばこを返してください少尉!

私も軍の人間です。

これでも体は人並み以上には鍛えていたんですよ!

あと、呼び名を訂正してほしい!

 

 

デスクワークだけが仕事ではなく、毎回訓練もしっかりしているつもりだ。

 

あと少しで手が届くところで彼女の頭に耳が生え、尻尾が生えた。

また距離が引き離される。

マジか、こんな追いかけっこに使い魔まで使うか。

 

しかし俺の尊厳がかかっている、逃がすかァ!

 

 

叫び声を上げながら普段絶対にしないような全力疾走で走る。

まだまだ彼女は余裕綽々だったが、あとちょっとだというところで彼女は飛び上がった。

くるりと宙返りして背後へ。

それに急ブレーキをかけて両手を広げて飛び、彼女の背を掴んだ。

バランスはないようなものだったが彼女が俺の下敷きにならないようにはできた。

俺の背中で地面を軽く滑走する。

 

 

「捕まっちゃった」

 

 

怪我はないですよね、と彼女を立たせた。

特に傷はなかった。

ホッと胸を撫でおろす。

 

 

さ、座学に戻りましょう。

あと私の呼び名を改めて下さい。

 

 

不満げな声を上げて彼女は俺の背におぶさった。

運んでくれということだろうか。

まぁそれで座学を受けてくれるのなら安いものだ。

 

 

「ねぇ、どうしてずっと敬語なの?」

 

 

お互い走った道を引き返していると彼女がふいに話を振った。

ずっとというわけではなかったが、大体のウィッチと話すときは敬語だ。

 

 

ウィッチはみんな、20歳になるまでに階級がどんどん上がってすぐに私よりも上になるので、敬語で通しているのですよ。

まぁシステムが違うのでそんなことしなくてもいいかもしれないのですが。

何かを話すにしても、敬語だと便利なんです。

上官ならもっときちんと畏まりますが。

自分なりの大人の礼節ってことにしておいてください。

 

 

その返答に彼女は納得がいったのかいかなかったのか。

首に手を回したまま、背中で足をバタバタ振り始めた。

どこまでも彼女は子供だった。

 

こんな子供を戦場に放り出すのか。

心苦しくなる。

 

基地内に入ったところで、気が付く。

自分が想像以上に手汗をかいていることに。

大丈夫、と背に乗る彼女が心配そうに肩を叩いた。

 

背負ったまま両膝を地面についた。

 

どうしたのか。

自分自身でもわからなかった。

まさか病気か。

 

息が上がる。

呼吸が上手くできない。

 

少尉が背から降りて正面から俺の肩を揺する。

大丈夫、と彼女に声をかけて。

意識が暗転した。

 

 

 

 

 

赤く燃える港の街並み、霧のような黒い瘴気が視界を遮る。

 

地面にはもがき苦しんで死んだ誰かの姿がある。

 

体が半分焼け焦げて消失した誰かの姿がある。

 

足の踏み場がないほどに、それらが散乱していた。

 

空には黒いネウロイが一機、飛んでいる。

 

 

そこは地獄だった。

 

当たり前のようにあった命が損なわれている。

 

当たり前のように享受できた日常が損なわれていた。

 

呆然と立ち尽くしていると、港の西側から光が漏れ出た。

 

青白い光は瘴気を払うようにあたりを照らす。

 

西の丘で青白い何かがこちらを照らしていた。

 

そこへ向かうためには、死体でできた道を進まなくてはならない。

 

 

背に重みを感じた。

 

何かが背に乗っている。

 

首には誰かのひしゃげた片手が回されて、ロープの先が俺の手に巻き付いていた。

 

 

あの丘に行かなくては。

 

無意識に足を踏み出していた。

 

誰かの死体を踏み歩く。

 

その度に聞いたこともないような絶叫が耳を貫いた。

 

誰かの断末魔は一歩踏み出す度に俺の足を竦ませた。

 

 

だけど、あの丘に行かなくては。

 

 

『少尉、本作戦の我々の役目は犠牲だ』 

 

 

誰かの声が聞こえた。

 

親身になってくれていた誰かの声だ。

 

俺が尊敬していた誰か。

 

忘れたくてもあの声が頭から離れてくれない。

 

 

立ち止まった。

 

何が正しかったのか、何が間違いだったのか。

 

わからなくなった。

 

ただ、死にたくなかった。

 

 

 

気が付けば小銃を握っていた。

 

 

 

 

目を覚ます。

 

備え付けのバケツに喉までせり上がっていたものをぶちまけた。

久々にきつい夢を見た。

息を整えて、体を起こす。

朝飯は要らないな。

顔を洗おう。

 

立ち上がろうとすると、視界の端に誰かがいた。

 

 

「大丈夫?」

 

 

見覚えのある子供。

少尉がなぜ俺の部屋に。

先ほどまでの出来事を思い出した。

 

すぐにバケツに蓋をした。

 

酸い臭いがするのに彼女は嫌がらずに再度、同じことを聞いた。

 

 

大丈夫です。

変な夢を見て寝ゲロとは。

やっぱりたばこなんて吸うもんじゃないですね。

 

 

「たばこのせいなの?」

 

 

そうですとも。

たばこは気分を良くしますが、体は悪くしますので。

もう大丈夫です少尉、それよりも今は何時ですか?

 

 

「もう夜だ」

 

 

ドアに背もたれをして、イェーガー中尉が立っていた。

 

 

そうですか。

結構長い時間寝てしまったな。

あ、もしかして私をこの部屋に運んでくれたのって中尉だったりします?

 

 

それに対して彼女はバルクホルンじゃあるまいし、と大きく息を吐いた。

 

 

「整備班のカールスラント人だ。

そいつが運んで連れてきた。

ルッキーニ、行こう。

少尉はもう大丈夫そうだ」

 

 

「わかった。

じゃあね、少尉」

 

 

扉を開けて、彼女らは出て行った。

 

去り際に。

 

 

「そうそう、一つだけ訂正するよ。

少尉はバルクホルンの尻に連いていくだけのようなヘタレ野郎じゃあなさそうだ。

こいつを捕まえたのは見事だった。

教室から見ていたよ」

 

 

……どうも。

 

 

お尻さんってもしかして中尉が言い出したのか。

まぁ訂正できたなら別にいいか。

 

安心したらどっと疲れが出てきたな。

もうひと眠りするか。

 

布団に再び横になろうとしたが、バケツから酸い臭いが漏れてきたので直ちに片付けた。

あとシャワー。

首の周りと背中を洗っていると血が出た。

無意識の内に強く擦り過ぎたらしい。

 

 

 

 

翌日、欠伸を噛み殺しながら部屋を出ると、

 

部屋の前にかぶと虫が置いてあった。

 

なんだ、と思って部屋の窓から外へ逃がす。

 

士官室で書類仕事をやっているとヴィルケ中佐がやってきて、ルッキーニ少尉が朝から自発的に勉強や訓練をしていると言った。

もしかしたら俺が倒れたりゲロを吐いたのに責任を感じているのかもしれない。

 

 

「彼女がネウロイと戦うのは守りたい家族と友達と、みんなが住む家のため。

もしかしたら守りたいものの中に、貴方も入ったのかもしれないわね。

少なくとも、貴方が苦労していることは伝わったんじゃないかしら」

 

 

そうですか。

何か特別なことをしたつもりではないのですが。

 

 

「人との繋がりは個人ではわかりにくいものよ。

あの子は良い意味で純粋だから、一緒に遊んだのも要因かもしれないわね」

 

 

かぶと虫が部屋の前にあったのですが。

 

 

「……この前イェーガー中尉も嫌がっていたわね」

 

 

猫か?

 

 

 

 

 

 

猫か。

 

 

 

 




7/28 改行を削除、修正


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501部隊での日々3

10/9誤字報告ありがとうございます。


 

――ウィッチ養成学校卒の新人、ですか。

 

なるほど。

 

いえ、資料はまだ届いておりませんが。

 

ヴィルケ中佐は会議のため、不在です。

 

はい、到着次第確認させていただきます。

 

確認ですが、ビショップ家といえば第一次の。

 

…なるほど、それは将来有望だ。

 

いえ、ご助力ありがとうございます。

 

…私の狙撃は、いえ、必要であれば。

 

 

 

がしゃり、と受話器を置いて電話を切った。

 

司令部からの電話だった。

ブリタニアから一人、新人のウィッチを寄越すという内容だ。

高名なウィッチの家柄で、養成学校でも将来を期待されていたとか。

 

諸々の手続きを含めると彼女が501に到着するのは来週以降になる。

 

役割は狙撃手、501に送られてくる彼女の使用予定の武器はボーイズMk.I対装甲ライフル。

 

電話口の彼からも熱意のある言葉をもらった。

俺がネウロイを撃墜したことを称賛する内容だった。

 

少女の命を使い果たして得られた俺の唯一の戦果。

これまで何度となく称賛を受けたが嬉しいと思ったことは一度もない。

批難されたこともある、むしろその方が俺は納得できた。

 

今回も皮肉かと思ったが、少なくとも電話口の彼は真面目に話していた。

であればその称賛を素直に受け取るのが礼儀である。

ただ狙撃の指導であれば俺ではなく、ウィッチであり戦闘隊長であり、魔眼を持っている坂本大尉が適任だ。

 

彼女ももうすぐ扶桑から帰ってくる予定だ。

 

少なくとも新人を寄越した誰かはきちんと理解しているようだった。

 

 

 

窓から空を見ると既に赤らみ、間もなく日の入りの時刻だった。

 

「少尉、いらっしゃいますか。

ペリーヌ・クロステルマン中尉です」

 

先程届いた新人のレジュメを確認していると、来室があった。

青いガリア空軍の軍服を着た少女が入ってくる。

 

本名はピエレッテ=アンリエット・クロステルマン中尉、本人も周りもペリーヌと呼んでいる。

問題児が多いと言われている501であるが、彼女はかなりの優等生だ。

 

 

どうぞ。

クロステルマン中尉、何かありましたか。

 

 

「補給物資に対する稟議案です。

中佐はまだお戻りになられておりませんので、代理の少尉に」

 

 

ありがとうございます。

預からせていただきます。

 

 

「では、失礼致します」

 

 

書類を渡すと彼女は踵を返した。

 

他のウィッチも彼女みたいにきっちりしてくれると嬉しいのだが。

いや、でもそれだと調子が狂うか。

 

 

「少尉、最近眠っていらっしゃいますか?

以前よりも顔色が悪いような気がします」

 

 

言うべきかどうか迷ったのか、退室する直前にまた振り返り、彼女は言った。

 

自覚はなかったがそんなに顔色が悪いのかな。

 

 

お気遣いありがとうございます、なるべく睡眠時間を多くしているつもりですが、眠りが浅いようでつい起きてしまいまして。

 

 

「それならば就寝前にカモミールティを飲むことをおすすめします」

 

 

そうですね。

今度飲んでみます。

そういえば、次回の補給では扶桑の茶葉がいくつか入ってくるそうです。

緑茶は独特の苦みはありますが、結構おいしいですよ。

まだ飲んだことがないのであれば中尉もいかがでしょうか。

 

 

きらり、と彼女の掛けている眼鏡が光った気がした。

 

 

「それは楽しみですわ!

坂本大尉のお国の茶葉…ああ、きっと素晴らしい味が――

私も大尉の隣で――」

 

 

うっとりした顔つきで彼女はトリップし始めた。

 

今日は入り方が特に早かったな、坂本大尉と離れて長いからか、彼女に必要な大尉成分が欠如しているらしい。

 

今回は長くなりそうなので、それを横目に彼女の持ってきた書類に目を通させてもらう。

 

 

周知の事実であるが、クロステルマン中尉は坂本大尉ガチ勢である。

 

坂本大尉が言うことは何でもきくし、坂本大尉絡みのことはどんなことでも大抵肯定する。

 

501部隊設立時からいるメンバーの一人であるが、彼女は坂本大尉が見つけ出した。

俺はその詳細は知らないのだが、色々あって大尉に懐き、気が付けば信奉者みたいになっていたらしい。

 

 

「はっ! 取り乱しました。

ええと、そう! 少尉のお顔が悪い。

…ではなくて!」

 

 

トリップの反動がすごい。

まぁ、それはさておき、顔色が悪いのは原因はわかっているがどうしようもない。

カウンセリングがこの時代にあるかどうかは知らないが、受けるならば他の部隊に受けるべき人物が幾人もいるであろう。

 

彼女の言葉を返すようで悪いのだが。

 

 

女性に対して失礼だと思いますが、中尉も少し疲れ気味ではありませんか。

最近根を詰めて訓練をしているのでは?

 

 

「無理はしておりません」

 

 

どうしようもないことに関して言うならば、彼女は俺以上のはずだ。

 

彼女はガリア陥落の際に家族を失っている。

ガリア空軍にはブリタニアに渡ってすぐに志願したらしい。

ネウロイへの憎しみはおそらく部隊の誰よりも強いものだろう。

それ故に501でのガリア奪還にかなり意欲的な人物だ。

 

彼女は初期から俺に対して割と友好的だ。

しっかり仕事をしてるから、という当たり前の理由で。

 

比較対象が、

平時ぐうたらしている規則嫌いの犬とか、

許可なく自分でストライカーユニットを弄っている兎とか、

さぼりは減ったがよく備品を壊したりなくしたりする猫とか。

 

そこだけを見るなら評価が高いのは頷ける。

ネウロイと相対した時は彼女らの評価が真逆に変わるだろうが。

 

そうだ、言っておくか。

早いか遅いかの違いだ。

 

 

クロステルマン中尉、実は新人が1名入隊することが決まりました。

ウィッチ養成学校卒で軍での実務経験はありませんが、貴重な狙撃手です。

 

 

「そうですか。それは素晴らしいことですわ」

 

 

嬉しそうに彼女は言ったが、表情は次第に暗くなった。

 

 

「しかし、今の時期に新人ですか。

一体いつになればガリア奪還は成るのでしょうか。

それに、このままでは坂本大尉はあがりを迎えてしまいます」

 

 

確かに。

時間が経てば不利なのはこちらですね。

ことの詳細は知らされてはいませんが、中佐が基地を出られたのはその件かもしれません。

 

 

最近の彼女はガリア奪還の長期化に焦りと不満が貯まり続けている。

その焦りで彼女が他者を傷付けてしまうのではないか。

 

食堂でも彼女が他のウィッチに対して突っかかっているのを見たことがある。

主に兎と猫に。

ストッパーの坂本大尉がいない今が一番危険な時期かもしれない。

貴族故にか彼女の怒り方は理性的でかつ、上品なもの(個人的主観)であるが、今の悪循環の中ではどうなるかわからない。

 

その正しさを空回りさせたくはない。

 

 

 

ガリア奪還は俺の全てでもあるのだから。

 

 

 

 

翌日の午後。

 

早い時間に仕事が一区切りできた。

ヴィルケ中佐が会議のため不在なので彼女に渡す書類は貯まるが、俺のできる仕事はそこで止まる。

彼女が帰ってきてから忙しくなりそうだ。

以前までと同じなら帰ってくるのは夕方か夜辺りだろう。

連絡は入るはず。

いい時間だしその前に休憩しよう。

 

分けた書類を引き出しに入れて、机の上にペン立て以外はなくして、椅子から立った。

仕事を行う士官室ではたばこは吸わないため、備え付けられていた吸い殻入れは部屋の隅で飾りとなっている。

昔からその場所は俺のたばこ置き場でもあった。

 

無意識に手を伸ばしかけたが、ルッキーニ少尉の顔が浮かんで、そのまま部屋を出た。

 

考えながら歩いているとハンガーを通りかかった。

この時間でも整備中隊は忙しく働いている。

午前の飛行訓練が終わった後で彼女らが使用したストライカーユニットを整備しているからだ。

 

彼らの仕事はいつでも万全の状態で彼女らを空へ飛ばすことだ。

ユニットの予備はそこまで多くはないが、部品に関しては量も質も供給が安定している。

 

遠目で若い整備員が整備用のストライカーユニットを部品単位で分解してオーバーホールを行っているのが見えた。

彼の班なのか周りの人員はそれの手順を観察したり、タイマーで時間を測定したりしている。

分解からの仕上がりと精度、それに要した時間をチェックしている。

 

クルトから聞いた話ではこれも訓練であり、更に上位の技術者になるための勉強のようなものらしい。

 

因みにイェーガー中尉も部分的に専門知識は持っている。

自身のストライカーユニットに改造を施しはするが、彼らと気軽に話せてユニットのことで意見を言い合えるのは彼女くらいだ。

基地内の誰とでも軽快に話せるという点において、俺が望んでいる501の理想に一番近いのはもしかすると彼女かもしれない。

 

邪魔にならない程度にハンガーを回って外に出た。

 

 

 

結局最後に辿り着いたのは食堂だった。

 

厨房は静かなものだった。

夜の仕込みにはまだ早いのか、担当者はいないようだ。

 

落ち着くから来たのではない、今まで休憩の度にたばこを吸っていた反動か口元が寂しくて、つい何かをつまみたくて来たのだ。

 

調理棚を開けて使ってもよさそうな何かを探す。

 

お菓子類はここにはない。

もしもあるならば毎回某ゴミ屋敷の住人が両手いっぱいにそれらを抱えてひきこもるだろう。

 

実際あったので制限された。

501に嗜好品がより多く届くからといって、それを軽んじてはいけないのだ(戒め)

 

あったのはコーヒーや紅茶のティーバッグ一式だった。

現代にあるような小袋のものと見た目はそれほど変わりないが、味は良くない。

実家が関わっている嗜好品の一つだがブリタニアでの人気は手軽さくらいである。

その手軽さから501でも使っている。

 

かなりの量が棚の中に置いてあった。

適当に一つそれを手に取る。

コーヒーはともかく、紅茶を飲むのは久しぶりだ。

生憎、現代でもお茶には造詣が深くなかった。

ただのお湯を飲むならば、苦みのあるインスタントコーヒーや紅茶を飲むといったくらいだ。

俺は専ら清涼飲料しか飲まなかったから。

 

それを手に取ったまま、湯を沸かす。

どんな味なんだろうなと想像しながらティーバッグを眺めていると、クロステルマン中尉の言葉を思い出した。

取り出してからで悪いと思ったが、ティーバッグを戻し、カモミールのそれを探した。

 

 

なかった。

 

がーんだな、出鼻を挫かれた。

 

そうこうしている間に湯が沸いた。

 

火を止めてどうしようか考えていると、ハーブティという名前に目に留まった。

ハーブとは特定の薬草を指しているものではない。

体に良いとされる薬草の総称だったはずだ。

この時代には消費期限や原材料名の記載はなかったが、もしかするとこういうブレンドされた物の中にカモミールが含まれているかもしれない。

 

手に取ってポットに入れて、湯を注いだ。

 

それを行ってから、こういう淹れ方にも作法があったはずだと思い出した。

まぁ飲めればいいか。

 

ポットとカップを持って食堂の窓際に座った。

丁度日の当たる時間で日差しが気持ちいい。

ハーブの独特な香りが食堂に漂って、カップに注いだ。

確か啜る音を出すのはダメだったはず。

 

火傷に気を付けながら一口飲んだ。

 

 

まっず。

 

 

思わず呟いた。

 

思ってたのと違う。

香りと味が合致していない気がする。

たばこの口寂しさに食堂へ来たが、求めていたのはこれじゃない。

良薬口に苦しは言葉の通りのようだ。

 

なみなみ淹れたからポットにはあと五杯くらい残っている。淹れ過ぎた。

薄いくせにハーブの味が強く残っている、なんで。

しかし折角作ったし、別のを作り直している時間もない。

 

ティーバッグを入れたままのため、時間が経つにつれハーブのなんともいえない苦みが更に濃くなっていく。

今更取り出すのも億劫だ。

さっさと飲み切ろう。

 

火傷しそうになりながらもガンガン飲み進めて、なんとか胃袋に収まった。

飲み切れたことに安心したのか、それとも茶の効果か、眠気は出た。

違う、単純に腹が張ったからだ。

今寝るわけにはいかない、休憩は終わりだ。

 

 

 

日が落ちてしばらく。

夕食も終わり、何事もなく一日が終わりそうだった。

近辺にネウロイの出現もない。

穏やかな一日だった。

 

ヴィルケ中佐はまだ戻っていない。

が、そろそろ連絡がきてもおかしくはない。

受話器の前で待機して待とうと自分の椅子に座り直したところで、

 

 

「少尉、いらっしゃいますか。

ペリーヌ・クロステルマン中尉です」

 

 

どうぞ。

クロステルマン中尉、何かありましたか。

 

 

来室があった。

ペリーヌさんだった。

タイミング的に訓練の報告書あたりだろうか。

予想通り、青いガリア空軍の服の傍らに何かの書類が見えた。

昨日と同じく預かる。

社交辞令で軽く話をして、いつもの通りそのまま退室するはずだったのだが。

 

 

ああ、そうだった。

今日の休憩で早速お茶を飲んでみましたよ。

カモミールはなかったので、ハーブティを。

やはり独特の苦みがありましたが、体に良いですし、これからもたまに飲んでみます。

 

 

会話の弾みでそれを口にした。

 

 

ぴくり、と眉が動くのを見た。

 

 

「少尉、もしやお茶の淹れ方をご存じないのですか」

 

 

彼女の口調が強くなった気がした。

 

少し面を食らう。

 

 

「どうなのですか」

 

 

し、知りません。

 

 

「そうなのですか。

…盲点でしたわ」

 

 

ごめんなさいと無意識に口に出すところだったが飲み込んだ。

怒っているわけではないらしい、意外だといったところだろうか。

 

――ああ、そういうことか。

 

 

私の家は確かに嗜好品を取り扱っていますが、私はそれを学ぶ前に士官学校へ入りましたから。

ある程度は自前の知識はありますが、どれも半端なので。

 

 

「そう、なのですか。

申し訳ありません、勝手な想像で少尉は嗜好品全般に精通しているのかと思っておりました。

ですが、ならば教えるまでのこと」

 

 

謝ってもらうほどのことではないが。

 

聞けばどうやら彼女は俺がカモミールの花からお茶を淹れられるくらいのスキルがあると思っていたらしい。

 

俺が嗜好品で持っている知識は大体が前世のものだ。

実家で教わる前に祖父に頼み込んで士官学校へ入ったから。

既に20を超える弟や妹ならば確実に把握しているだろう。

嗜好品の使い方を知らずして取り扱えるはずもない。

 

 

「良いですか、ハーブティの淹れ方はまず、ポットに熱湯を入れて―――」

 

 

人差し指を指示棒のように振るいながら彼女は口早に説明を始めた。

 

とりあえず話をきちんと聞く。

幸いにも机の前である。

メモを取る用意は既にできていた。

 

彼女が言うにはお茶の淹れ方は淹れる物によって変わるそうだ。

ポットとカップに熱湯を注ぎ、温めるのも良いとされる。

ティーバッグでは茶葉の出方を阻害するため、501でおいしく飲むのであればそれから出してしまうのも手だと言われた。

 

もしかすると、彼女は食堂にある茶葉は一通り嗜んでいるのかもしれない。

お茶の研究でもしているのか、と思うくらいの知識量だ。

滑るようにメモ用の要らない紙が文字で埋まっていく。

 

 

「お茶がもしも口に合わないのであれば、合うように調整するのです。

はちみつやミルクもここにはありますので。

いつか、花を使うきちんとしたカモミールティをごちそうしますわ」

 

 

そう言って彼女は締め括った。

 

 

それはもしかすると、彼女の趣味かもしれなかった。

ガリア貴族らしい造詣の深さであったが、501に来てそれが深まったのかもしれない。

貴族というものは学校にいた頃から知っていたが、少なくとも彼女は俺の知る貴族とは違うらしい。

 

 

ありがとうございます、中尉。

明日から、おいしいお茶が楽しめそうです。

 

 

知らなかった彼女の一面を見た気がして、うれしくなった。

 

4ページくらいメモを消費したけど。

 

 

士官室の電話が鳴ったのはその時だった。

どうやらヴィルケ中佐が帰投したらしい。

 

出迎えのために部屋を発った。

 

 

 

滑走路に輸送機が停まった。

カールスラント空軍のJu52だ。

 

降りてきたいつもと変わらないヴィルケ中佐の姿を見て一安心する。

 

 

お疲れ様です、中佐。

会議は如何でしたか。

 

 

「ネウロイの出現が不定期になりつつあるという旨でした。

でも、私たちのやることは変わらないわ」

 

 

今まで週に一度あるかのネウロイの出現だったが、ここのところ各地で頻発してきているらしい。

 

注意勧告のために中佐を会議に召喚したのか。

ガリア陥落時のような大規模侵攻の予兆かもしれない。

 

 

「そういえば、少尉。

私に何か、伝えたいことはあるかしら?」

 

 

伝えたいことですか。

ああそうだ、新人が一名配属されることになりました。

ブリタニアのウィッチ養成学校卒で軍での実務経験はありませんが。

狙撃手です。

後ほど、明日にでも資料の確認をお願いします。

 

 

「報告は受けていました。確かビショップ家の。

とても喜ばしいことだわ。

歓迎会も催さないと」

 

 

ご存じでしたか、と相槌を打った。

 

夜も深くなる時間帯だった。

彼女に渡す資料もすべて明日にして、すぐに解散して中佐と別れた。

 

 

 

 

ヴィルケ中佐はどう見てもいつも通りであったが、俺は違和感を覚えた。

その違和感はすぐに氷解した。

 

経緯がどうあれ、俺はマロニー大将の計画に加担したのだ。

 

 

 

俺は、彼女らを裏切っている。

 

 

 




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501部隊での日々4

誤字報告ありがとうございます。


 

しばらく日が流れ、新人が501にやってくる日になった。

基地の敷地に黒い車が入ってくる。

軍用ではないが見る限りこの時代での高級車だ。

 

ビショップ家はブリタニアの大商人の家である。

貴族とは違うが俺の実家と同じく資産が多いのだろう。

偏見であるが、金持ち特有の傲慢な女性ならばどうしようか。

 

その偏見は彼女が車から降りてすぐに霧散した。

一挙一動にかなりの力を入れているらしく、緊張していることが見るだけでわかる。

カッチコチである。

 

真面目そうな子だな、というのが第一印象だった。

敬礼をして彼女を基地に迎え入れた。

彼女の名前を聞いて俺や他の代表者はその場を後にした。

 

ヴィルケ中佐と新人はこの後基地内でウィッチたちに彼女を紹介することになっている。

 

 

「リネット・ビショップ軍曹です!

これから、よろしくお願いします!」

 

 

 

正午に差し掛かる前に来室があった。

言わずもがな、新人の基地紹介で士官室の順番になったらしい。

 

よろしくお願いします、と自己紹介と共に伝えると畏まってくれた。

そういえば階級が俺より下で入ってくるウィッチは初めてだ。

 

彼女が通っていたウィッチ養成学校は士官学校とは違うため、卒業しても士官の階級は与えられない。

養成学校が軍属のもので士官としての教育を行っていればまた話は変わったかもしれないが、彼女は少なくとも士官としての勉強も教育も受けていない。

故に彼女の階級は下士官の軍曹からだった。

 

クロステルマン中尉とはまた違う上官に対してのそれだったので、少し驚いた。

終始恥ずかしそうにしていて新兵というよりも新入社員のような初々しさが垣間見えた。

 

 

「撤退戦での少尉のご活躍は学校で何度も聞いていました。

同じ部隊で働けて光栄です!」

 

 

 

 

「何かあったのか」

 

昼食時、食べ終わりさっさと部屋へ戻ろうとしているとバルクホルン大尉に呼び止められた。

 

いつも通りでいるつもりなのだが、どこかおかしかっただろうか。

そうですかね、と生返事をして忙しいからとその場を去ろうとした。

 

 

「もしかして、軍曹とどう話せばいいのかわからないのか?」

 

 

……いえ、そういうわけでは。

何を笑ってるんですか。

言っておきますが別にそんなことではありませんので。

全然見当違いのことでそう言われても困ります。

これでも私はポーカーフェイスが得意なんですよ。

痛い痛い嘘です当たってます。

 

 

「私の目が良いということだな」

 

 

それはない。

と言ったら機嫌が悪くなりそうだし、黙る。

 

 

「黙ったな?

それはないと思っただろう」

 

 

少し気になることがありまして。

軍曹だけにではないのですが、司令部の方でも。

だから拳を降ろしてください。

 

 

成り行きで先日の電話について話した。

 

どうやら司令部の一部で俺がネウロイを撃墜したことを変に解釈している者がいるらしい、と。

俺の力ではない。

あの少女の力があってのことだ。

 

彼女は息を吐いて腕を組んで、考える素振りを見せた。

話の流れでだったがバルクホルン大尉に話し切ってしまった。

 

 

「結果だけを見るとお前がネウロイを撃墜したことには変わりない。

相手の言っていることは何一つとして間違ってはいないさ」

 

 

そうかもしれませんが。

 

 

「納得がいかないなら言い正せばいい。

それで、新人もそいつらと同様に思っているかもしれないと」

 

 

そうですけども。

別に正さなくてもいいと思ってますよ。

何か害があるわけでもないですし。

 

 

「気になるならお前の方から話しかけてみたらどうだ。

まだ半日だが、ビショップ軍曹は自分から積極的に話すタイプではなさそうだ」

 

 

どう返答しようか考えていると、大尉は俺の背中を叩いて食堂を後にした。

 

大尉に諭されてしまった。

確かに彼女の言う通りなのだが。

 

 

 

数日が経った。

 

軍曹はたまに食堂で会ったり訓練前に廊下ですれ違ったりするが、話しても軍務の簡単な受け答えくらいで特別なことは何も話すことがなかった。

このまま何事もなければいいかと思い始めていた。

 

休憩時にまたお茶でも飲もうかと基地内をうろついて。

ハンガー付近の整備中隊の休憩室に通りかかった。

中から賑やかな男どもの声が聞こえてくる。

 

嫌な予感がして中に入る。

 

 

ビショップ軍曹のポスターを貼ろうとしている整備中隊の男どもがそこにいた。

 

 

ハンガー付近にある整備中隊の休憩室は男の聖域である。

 

整備中隊の男どもと比較的交流のあるイェーガー中尉でも地面に唾を吐きかけて以後寄り付かない場所である。

 

中は俺でもヤバいと思うレベルの、言ってしまえばファンクラブ総本部であった。

大体のウィッチたちのポスターが貼られているし、彼らの給料を集めて発注をかけたメイドイン扶桑の超技術のフィギュアも置いてある。

この基地以外のウィッチのそれらも散見できる。

 

現代人の俺ならば気持ちはわかるのだが、軍人として正直見るに堪えないもので一度全部処分したこともあった。

結果こいつらは暴動を起こしかけた。

それどころかこいつらは特定のストレスが溜まると相撲を取りだす。

悪夢のような光景だった。

 

ある程度の品は公式的な物品として取り揃え直した。俺の給料で。

ガス抜きになるならばとそれ以後、俺は超法規的措置を執り行っている。

休憩室外で、もしも何かしたならば連帯責任でこの休憩室を完全に破壊すると伝えて。

彼らは驚くほどに公私を分けるようになった。

妻帯者やそれらを必要としない一部を除き、彼らも健全な男たちであった。

 

 

で、今回はこれか。

 

見ればポスターには恥ずかしそうに微笑む軍曹の写真がある。

角度的に同意を得て撮ったのだろう。

早すぎる。

彼女がここへ配属されてまだそれほど日が経っていないのだが。

まだ名を上げていない新兵だぞ。

 

 

聞けば彼らの中で既にファンクラブ擬きができているらしい。

いくつあるんだろうなそのファンクラブ。

この男どもを掻き立てる何かが彼女にあるのだろうか。

 

因みにポスターの印刷は彼らの自作である。

いつか扶桑レベルのフィギュアも自作しだすかもしれない。

 

 

 

休憩室から出て遠い目をしていると。

 

警報が鳴った。

 

休憩室から整備中隊が飛び出してハンガーへ走っていく。

一瞬で基地内の空気が変わったのがわかった。

俺は別方向、司令室へ向かった。

 

 

ネウロイが出現した。

 

 

 

司令室ではヴィルケ中佐が指揮を執っていた。

彼女らは魔法力で超小型のインカムから無線通信ができる。

俺たちはできないため、何名もいる通信士の隣で待機する。

 

ネウロイが出現しているが司令部への通信はまだ良好だった。

訓練中だったため既にウィッチたちは空にいた。

指揮を執っているヴィルケ中佐と、夜間哨戒のため眠っていたリトヴャク中尉は司令室で待機。

 

入ってきた彼女らからの情報ではネウロイの数は小型が20機、中型が2機だった。

小型が多いとはいえ、かなりの数だ。

ガリア方面から出現したネウロイは真っ直ぐこちら側へ向かってきている。

 

司令部からの情報によれば近辺には輸送船団も軍艦もない。

狙いがブリタニア本土の可能性が高い。

 

7名のウィッチが該当海域へ向かっている。

 

 

ビショップ軍曹もその中にいた。

 

彼女の初陣だった。

 

 

 

程なくしてネウロイは撃滅された。

小型はすぐに掃討できたが中型は時間がかかったらしい。

誰一人怪我もなく、無事に終わりホッとしていた。

 

帰投してきたビショップ軍曹の表情は暗かった。

バルクホルン大尉が彼女に何か言っているのが遠目で見えた。

しばらくして何かあったのですか、と大尉に聞くと。

 

 

「新兵には珍しいことじゃない」

 

 

彼女のコメントはそれだけだった。

ウィッチの事情は俺がわかることではない。

この後の報告で何かわかるかもしれないが、ヴィルケ中佐も語ることはなかった。

 

翌日からビショップ軍曹は訓練や授業により一層力を入れるようになったそうだ。

彼女がここへ来てまだ日が浅いが、人となりは理解できているつもりだ。

今までも手を抜いていたわけではないはず。

全力の更にその上を行くくらいのそれなのだろう。

 

その話を中佐から聞いて彼女が暗い表情をしていた理由がわかった気がする。

バルクホルン大尉が多くを語らなかった理由もそういうことなのかもしれない。

養成学校で訓練を受けてきたとはいえ、彼女は新兵だ。

 

 

これまで入ってきたウィッチが、あまりにも強すぎた。

 

 

 

 

翌日。

士官室で仕事をしていると来客があった。

彼女は入室の挨拶もせず、づかづかと入ってきて近くのソファに体を預けるように座った。

 

 

お疲れ様です、ハルトマン中尉。

 

 

彼女の顔を見てそれだけ言うと俺は仕事に戻った。

彼女との間に会話はなかったが、見なくても速攻で爆睡していることは寝息でわかった。

自室で寝ていたらバルクホルン大尉が叩き起こすからここで寝ているのだろう。

 

別に珍しいことではない。

たまに休憩中に基地内を歩いていると彼女が丸くなって眠っているのを見ることがある。

日当たりのいい場所であったり日陰で風通りの悪い場所であったり。

 

幾つかあるスポットの内の一つがここなだけだろう。

今日は確か日中の哨戒に当たっていたはずだ。

それが終わってからは非番だったかどうかまでは覚えていないが。

 

 

しばらく時間が経過し、そろそろ夕食の時間かというところで突然中尉は立ち上がり、部屋の隅に移動した。

 

どすどすと廊下から足音が聞こえてくる幻聴がした。

 

 

「ハルトマンはいるか!」

 

 

バルクホルン大尉がドアの向こうから部屋に入る前に本題を切り出した。

 

 

いません。

 

 

仕事を続けながら返答する。

文句を言いながら大尉の声は遠ざかって行った。

ハルトマン中尉はまたソファの前まで移動して惰眠を貪り始めた。

 

夕食の時間になった。

中尉はまた立ち上がり、今度は窓を開けて外に出た。

窓枠にでもぶら下がるつもりだろうか。

危ないな。

 

程なくして幻聴ではなくすごい足音がした。

 

 

「ゲルトルート・バルクホルンだ。

入るぞ」

 

 

どうぞ。

バルクホルン大尉、何かありましたか。

 

 

殺気が漲るように青白い魔法力を纏って彼女が入室してくる。

 

俺に対してではないことはわかっているので涼しい顔をして待ち構える。

 

 

「ハルトマンを出せ」

 

 

見ればわかるでしょう。

いませんよ。

 

 

魔法力を纏ったまま彼女は戸棚を開けたり部屋の中を探すが、いるはずもない。

彼女の固有魔法は怪力である。

探知系ではない。

 

が。

 

 

「ソファが温かいな?」

 

 

やっべ。

 

 

先程まで部屋の中で休憩しておりましたので。

長く座っていると腰が疲れるんですよね最近。

 

 

一息に言い切る。

 

 

「そうか。

仕事の邪魔をしたな。

悪かった」

 

 

と彼女は言うと部屋を出て行った。

嘘を吐いていることがバレたら怒りが飛び火することは目に見えていた。

 

ポーカーフェイスは得意だ。

視線を絶対に彼女の方へ向けないのがコツである。

 

窓が開いて再びハルトマン中尉が入ってくる。

 

 

「うぅ…寒い」

 

 

もう4月も半ばだが夕方は肌寒かったらしい。

彼女は再びソファへ座ったがすっかり眠気は冷めた様子だった。

 

しばらく丸くなってソファに座っていたが。

 

 

「お菓子ないの?」

 

 

ここは士官室ですよ。

あるわけないでしょう。

 

 

二言目にそれか、と頭が痛くなった。

 

 

……戸棚に入ってますけど、食べないでくださいよ。

それにもう夕食の時間ですし。

 

 

それもそうか、と彼女は言うが戸棚を開けて中を探り出した。

チョコレートを見つけてご満悦だ。

 

 

「じゃ」

 

 

ハルトマン中尉、泥棒って言葉知ってます?

 

 

「当たり前じゃん」

 

 

ジャイアンかな。

まぁ別にいいけども。

タダでとはいかないな。

 

 

話は変わりますが。

ハルトマン中尉の初陣はどうでした?

 

 

「んー、普通?」

 

 

すみませんね。

私はウィッチではありませんので。

普通と言われてもまるで全然これっぽっちもわからないんですよね。

詳しく。

 

 

「普通かな」

 

 

ため息を吐いて戸棚の奥から飴玉を数個取り彼女へ差し出した。

ご満悦であった。

 

 

「魔力切れで墜落した」

 

 

……マジですか。

 

 

「マジだけど」

 

 

昨日の出撃で彼女は10機のネウロイを撃墜した。

そして累計200機撃墜が確定し、近い内に新たな勲章が送られるそうだ。

 

501部隊はどのウィッチも強いがその中でも彼女は別格だと思っている。

だからこそ意外だった。

分野の異なる天才という奴をこの目で見た気でいたが、最初からではなかったのか。

 

 

「少尉はどうだった?」

 

 

私の戦場への初陣は避難誘導でしたから。

いきなり死にに行けと言われない程度には上官には恵まれていました。

そもそも戦っていた貴女方とは状況が全く違います。

 

 

「緊張した?

怖かった?」

 

 

まぁ、怖かったですよ。

死にたくありませんが、目の前で誰かが死ぬのも嫌でしたので。

退却命令が出た時は無我夢中で走った記憶があります。

恥ずかしいことですけどね。

 

 

「へー」

 

 

聞いているのか聞いていないのか。

彼女は戸棚に顔を突っ込み始めた。

ガサガサと隠していたお菓子類が戸棚の下に落ちてくる。

この場所は次から使えないな、次は別の棚で彼女の背よりも高い位置に隠そう。

 

 

「少尉はさ。

どうして自分がって考えたことない?」

 

 

ふいに彼女はそんなことを聞いてきた。

 

 

そうですね。

ありますよ。

何度も。

 

 

無意識にたばこへ視線が移る。

 

 

「私も。

考えても仕方ないけどね」

 

 

彼女は戸棚から顔を出してにやりと笑った。

どうやら彼女好みのお菓子の大袋が見つかったらしい。

 

普段と変わらない朗らかな表情だった。

それはきっとこの戦争に参加している誰しもが考えることなのかもしれない。

否、きっと世界中の誰しもが考えることなのだろう。

 

 

ハルトマン中尉と知り合ったのは撤退戦が終わり、ブリタニアで勲章をもらった後だった。

501を設立するにあたり、先んじてヴィルケ中佐が紹介してくれた。

 

俺は勲章をもらった時よりも緊張して彼女と会った。

初めて会った彼女は現在と違い、背筋を伸ばして凛々しい佇まいをしていたのを覚えている。

それがメッキだったと知ったのは501が設立してからであるが。

写真は事前に見ていたが、想像していたよりもずっと小さな少女だった。

 

軍属ならば誰もがその名前を知っていた。

カールスラント四強と呼ばれるウィッチたち。

その中に彼女の名前がある。

最強のウィッチと言われると分野別で何名もの候補が現れるが、昼戦においてはエーリカ・ハルトマンの名前が出されないことはない。

 

それは誰にも負けない攻撃力かもしれない、実践的で特異な固有魔法かもしれない。

軍内で有名だった話は編隊を組んだ僚機がネウロイに撃墜されたことがない、つまりはこれまでの激戦で彼女は仲間を失うことなく戦い抜いたということだった。

 

諸説ある、西側の激戦と東側の激戦はまた意味合いも異なるし、装備の質も量も異なる。

彼女がよく上官の命令違反をする問題児であるとも事前に聞かされていたし、上の連中は彼女のことを良く思わない者も多い。

だがそれでもダイナモ作戦の前に発令したいくつかの作戦、カールスラント撤退の折にもその活躍は大きなものだった。

 

 

初めて会った時、軽蔑の目で見られるのではないかと思っていた。

俺は部下を死なせて生き残った男だからだ。

それだけでなく、当時は死にかけのウィッチを鞭打たせて死ぬまで戦わせたと言われていた。

 

否定しようのない事実だった。

 

実際、もう501にはいないがオストマルク(チェコ・オーストリア・ハンガリー)のウィッチとは軍務も含めて一言も口すら利いたことがなかったほどだ。

そんな事実がある中でハルトマン中尉は普通に接してくれた。

ヴィルケ中佐が信用している男だからという理由かもしれないが。

中尉にまで彼女のように口も利いてもらえなかったならば、俺は心が折れていたかもしれない。

 

501が設立して間もなく、彼女の自堕落な私生活が露見したが年相応でむしろ安心した。

空の英雄は地上では普通の少女だった。

 

 

ちらりと横目で彼女を見る。

 

戸棚に頭を突っ込んでまだお菓子を掻き出している。

こんなんだが。

窓まで累積しているゴミ溜まりの自室を持っているが。

 

上が彼女のことをどう言おうと、彼女は本物の英雄だ。

 

 

「大丈夫。

ビショップ軍曹は落とさせないよ。

ただ、まだこれからってだけ」

 

 

珍しく真面目に彼女は言った。

彼女がすごく格好よく見える時がある。

今がそうだった。

 

空では常に、だが。

 

 

「じゃ、後はよろしく」

 

 

探し当てたお菓子を両手いっぱいに持ち、彼女は士官室を出て行った。

 

次からは容赦なくバルクホルン大尉に引き渡そう。

 

 

 

 

大尉、いつからそこに?

ハルトマン中尉ならさっき自室へ帰りましたよ。

本当ですよ。今走ればきっと追いつきますよ。

嘘なんてついてませ

 

 

 

入電があった。

 

どうやら坂本大尉が長い船旅を終えてもうすぐ帰投するらしい。

すぐに休暇申請を出すそうだが何かあるのだろうか。

帰投してから彼女は少佐へ昇進となるそうだ。

 

その報を受けた日中、警報が鳴った。

ネウロイが出現した。

坂本大尉が乗る軍艦が襲撃されていた。

すぐさまウィッチたちが出動する。

急行してすぐにルッキーニ少尉がネウロイのコアを撃ち抜いたそうだ。

 

それから少しして。

 

 

 

 

「本日付けで、連合軍第501統合戦闘航空団に配属となった。

宮藤芳佳だ」

 

「宮藤芳佳です! よろしくお願いします!」

 

 

 

11人目のウィッチが501に来た。

ガリア奪還への強い追い風を感じた。

 

 




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501部隊での日々5

2/24 修正と変更を行いました。
ありがとうございました。


 

遂にこの時がきた。

朝起きてすぐ、自室を飛び出した。

長い廊下を走りながら、気持ちを抑え切れず今にも叫び出したくなりそうだった。

先を歩く整備班長の背中にドロップキックでも決めてやりたくなったが直前で気付かれたのでやめた。

 

それくらいに俺は浮かれていたのだ。

なぜなら今日は。

扶桑のご飯が朝から出るのだ。

 

整備中隊の作ったゴミカスみたいな思考停止オートミールじゃないだけでなく、今日は扶桑出身の土方くんが直接作る。

加えて扶桑からの補給が届いて間もない。

かつてない日本食が食べられる。

それを確信していたので俺は朝からテンションマックスだった。

定刻で規則を破っているわけではない。

久しぶりの限界に近い全力疾走だった。

 

廊下は長く、見通しはいい。

遮るものは何もなかった。

走ってる最中に自分でもわけのわからないことを口走った気もする。

仕方ないだろう、途中から既に懐かしいみそ汁の香りが廊下にまで漂っていた。

衝動が抑え切れなかったのだ。

まずはみそ汁を飲んでから白米か玄米かを頂くとしようかな。

 

滑り込んで食堂に入った。

先に中にいたビショップ軍曹を見て一番乗りではないことを理解した。

 

おはようございます。ビショップ軍曹。

軍曹も朝ごはんですか?

 

 

彼女は無言で首を何度も縦に振るだけだった。

朝に弱い子なのかな、と軍服の身なりを正してトレーを手に持った。

 

 

「少尉、おはようございます。

……早かったですね」

 

当たり前だよ。

久々の扶桑のご飯だ。

全部大盛りでお願いします。

 

 

土方二等水兵は困ったような顔をしながら茶碗に白米を盛ってくれた。

 

それを眺めていると彼の他に厨房に誰かがいることに気が付いた。

軍では見慣れない学生服の上から割烹着を着た少女が何かを焼いている。

 

 

宮藤軍曹、おはようございます。

 

 

「あっ、おはようございます。

……あの、えっと、お名前なんでしたっけ」

 

 

彼女は坂本少佐が連れて来た扶桑のウィッチだ。

 

聞いた話によると元々ウィッチではない普通の女学生であったがウィッチとしての潜在能力の高さと本人の意思もあり、501に迎えることとなった。

彼女もまた士官学校の出ではないためビショップ軍曹と同じ階級であるが、ウィッチとしての勉強もしていない。

何から何まで本当の新人である。

 

彼女が来て数日経つが、ここで会うとは思わなかった。

 

 

少尉で構いませんよ。

まだここへ来て間もないですし、名前や階級がわからないのは仕方ありません。

それより、もしかしなくても軍曹は扶桑の料理ができるんですか?

 

「得意とまではいかないですけど。

卵焼きを作ったので良かったら少尉さんも食べていって下さい」

 

はい!

ありがたく食べさせてもらいますね。

 

 

小皿に湯気の上がる卵焼きが乗った。

その湯気を胸一杯に吸い込みたくなる衝動に駆られる。

ほかほかの卵焼きだ。

スクランブルエッグとはまた違うしっかりした味付けなのは匂いだけでわかる。

その厚みと柔らかさは見ただけで涎が出そうになった。

それに加えて納豆まである。

白米のお代わりはできるかな。

みそ汁ももう一杯はほしい。

 

いつも通りの食堂の端に座り手を合わせた。

 

 

いただきます。

 

 

そこまで豪華ではないはずなのに、涙が出そうなほどに嬉しい。

 

土方くんが501にいる間は月1回で食べられていたが扶桑の食材がなくなりここ1年は食べられていなかった。

俺は今、猛烈に感激している。

冷える前に湯気の出る卵焼きを頬張った。

出汁の効いた卵の味がご飯を進ませる。

色の鮮やかなもう一つの卵焼きは砂糖の甘さが格別だった。

 

 

宮藤さん、素晴らしい出来栄えですよコレ!

得意じゃないって嘘でしょう。

私の朝食を毎日作ってほしいくらいですよ。

 

「ありがとうございますってえぇ! そんな、困ります!」

 

「あの人は私にも同じことを言ったことがあるので。

他意はありませんよ。

本当に毎日食べたいという意味です」

 

 

宮藤軍曹は料理が上手い、覚えておこう。

 

うまいうまい、と語彙喪失しながら食べていると整備班長や他の面々も食堂へやってきた。

食べながら聞いていると彼らの反応は様々だった。

しかしやはり納豆への評価は芳しくないようだ。

食文化の違いは大きいということだろう。

ご飯と一緒に食べるという発想もなさそうだ。

 

 

ごちそうさまでした。

 

 

食堂を出る前に緑茶飲むか。

急須に茶葉と湯を入れた。

 

茶葉が出るのを待っていると丁度リトヴャク中尉が朝食を食べているのが見えた。

周りがスプーンやフォークを使って食べている中、苦も無く箸で食べている。

夜間哨戒が終わった後なのか少し眠そうだった。

それを横目に緑茶を啜り飲み、食堂を出た。

 

さて、今日は忙しいぞ。

 

 

 

受話器を置いて大きく息を吐いた。

 

昼過ぎ、太陽が傾いてしばらく経っている。

予想はしていたが、別の基地からの電話が多かった。

新人のウィッチの話題は既に広まっているらしい。

 

宮藤軍曹は先日のネウロイ襲撃でストライカーユニットを初めて使用し飛行しただけでなく、坂本少佐と共にネウロイから赤城を守り切った。

ハルトマン中尉ですら初陣は墜落したと言っていた。

訓練なしで彼女の成し遂げたことがどれほどのことなのかがわかる。

 

ただ、電話先の彼らの目的はそれらのことではなかった。

確かに話の中には彼女を称賛する旨があったのは間違いないが、私用ではない。

ウィッチが増えたため彼らの基地に501のエースを異動させることが目的なのだろう。

誰も直接言いはしなかったが、わざわざ係を経由して俺に電話をかけてくるのはそれ以外にない。

 

ヴィルケ中佐へは司令部からの人事の電話であったり要請であったりいずれも重要な内容だ。

少なくとも俺の知っている中ではだが。

どの基地も優秀な人材の確保に必死なのだろう。

それか俺相手なら人材を抜き取れると舐めているか。

 

しかし他の基地の近況や新聞などメディアからの情報の真偽も話せることが多いため、俺としてはありがたい。

メディアの情報はブリタニア中の人間にネウロイ侵攻の不安を抑える反面、煽るようなものまである。

二極的な側面を既に持っていた。

メディアの情報を鵜呑みにするほど馬鹿ではないつもりだが、基地から出ることができないため近辺ならともかく遠くのことなどわかるはずもない。

他の基地の人間の世間話は大事な情報源でもあった。

宮藤軍曹の情報の出どころは司令部くらいなはずだが。

 

情報統制は行われていると思っているが、嗅ぎつけたメディアは数知れないだろう。

赤城は現在軍港で修復中だとか。

彼らから情報が流れている可能性もあるだろう。

宮藤軍曹は船員の命の恩人に相違ないから。

 

 

ああ、そういえば。

 

椅子から立ち上がって窓から基地を見下ろす。

塗装された長い滑走路を誰かが走っていた。

宮藤軍曹とビショップ軍曹だった。

先程から坂本少佐の声がここにまで聞こえてきている。

 

まだ数日なのだが宮藤軍曹は結構な機材ブレイカーであった。

だが彼女に必要なのは始末書を書くことでも事務仕事を覚えることでもない。

ネウロイと戦うことだ。

 

俺は俺のできることをする、それだけだった。

一飯の恩に比べるとこんなものは屁でもない。

 

 

坂本少佐に反省文はかなり書かされているそうだけど。

 

 

 

翌日の昼、なんと宮藤軍曹は昼食を作ってくれていた。

食堂の料理係と混じって一品だけであったが、ただひたすらに美味く懐かしかった。

彼女は天使かもしれない。

 

いつも通りの場所でいつもよりも気分良く食べていると、視線を感じた。

誰かが俺の方を見ている気がする。

目を合わすと絡まれると思い、姿も確認せずに最後に緑茶を飲み席を立った。

 

士官室で仕事を再開する時刻まで少し時間がある。

基地内をうろついて食後の運動としよう。

 

 

「おい」

 

 

食堂を出てすぐに呼び止められた。

感じた視線は彼女のものだった。

 

 

ユーティライネン少尉、どうかしましたか。

 

 

スオムス(フィンランド)空軍の軍服を着た少女が立っていた。

珍しい人に話しかけられたな、と思っていたが。

 

 

「来いよ、屋上へ行こうぜ」

 

 

不機嫌そうな顔つきで親指で上を指す様を見て、自分が何かをやらかしてしまったと確信した。

 

 

この基地はドーバー海峡の小島にある城を改造して軍用のものにしている。

元々景色の良い場所だ、基地となってもその景色は悪いものにはなっていなかった。

もしも戦争がなければここは観光スポットか文化財となっていたに違いない。

この屋上は最上階とは別の場所だが、さながらデートスポットか何かになっていたに違いない。

水平線に愛を誓い合うとか。

 

そんなことを胃を押さえつけながら考えていた。

どう考えても告白というよりも喧嘩前の呼び出しか何かだよ。

 

広くもなく狭くもない屋上、下には滑走路が見える。

喧嘩をして殴り合うくらいならば余裕でできる。

 

 

あ、あの、少尉。

私、何かやってしまったのでしょうか。

申し訳ないのですが、心当たりがなくて。

 

「お前、サーニャを誘惑しただろ」

 

してませんが。

 

「いや、した。

間違いない。

最近サーニャがお前のことをよく話すんだ。

夜食で餌付け紛いのことをするなんてやってくれるじゃないか」

 

あー、そのことか。

いえ、リトヴャク中尉とは夜間哨戒前に会うことがありまして。

たまに食事を共にしているだけなんですよ。

 

 

中尉に箸の持ち方を教えて以来、俺の仕事が長引いた時は夜食を共に食べるようになった。

それだけだ。

 

俺も彼女も無理に話すタイプではない。

話すとすればナイトウィッチや魔導波に対してだが、言ってみれば仕事の話の延長だ。

 

 

……たまに作ってくれる彼女の手料理はすごく美味いが。

 

 

「今視線を逸らしたな?

バルクホルンから聞いているぞ。

お前が目を逸らした時は何か心当たりがあるということだってな」

 

 

あの人なんてこと言いふらしてんだよ。

違いますよ、と言葉を返したが彼女の怒りは収まらなかった。

 

俺はユーティライネン少尉のことはあまり知らない。

リトヴャク中尉とは同じ寒冷地出身の仲間意識だろうか。

 

俺の知っていることはエイラ・イルマタル・ユーティライネンといえば名の知れたスオムスのウルトラエースということくらいだ。

固有魔法は――

 

 

「先に言っておくが、逃げようとしない方がいい。

動く前にわかるからな」

 

 

彼女の固有魔法は未来予知だ。

 

短期的な未来の先読みでネウロイの動きを把握し撃墜、あるいは攻撃を予知し回避している。

未来の可能性の可視化という認識をしているが真に理解できるのは使い手の彼女だけだろう。

派手ではないが、数ある固有魔法でも一際特殊でわかりやすく強い。

 

 

それより少尉。

もうそろそろ次の訓練の時間では。

えっと今日の午後は確か座学でしたよね。

 

 

「そんなことよりも今の方が大切だ」

 

 

畜生逃げられない。

 

それよりも弁明だ。

否定の言葉よりも彼女を諭す方がわかってもらえるはずだ。

でもどうすれば。

 

そうこうしている間に少尉に耳と尻尾が現れた。

屋上の手すりへと後退る。

 

俺は悪くないがこの子も悪いとは思えない。

どうすれば…いや、どうすればいいの?素直にわからないんだけど。

 

 

っていうか少尉、私はどうしたらいいんです?

 

「二度とサーニャを誘惑しないと誓ってもらう」

 

 

してないんだけど(怒)

でもこういうのは本人が満足すればいいことか。

 

 

わかりました。

二度とリトヴャク中尉を誘惑しません。

…これで許してもらえませんか。

 

「無理だな。

少尉はすぐにその場凌ぎの嘘を吐くと聞いているぞ。

ほらまた視線を逸らしたな?」

 

 

心当たりがありすぎて否定できない。

ならば。

 

 

ユーティライネン少尉、賭けをしませんか?

貴方が勝てばリトヴャク中尉を誘惑しないと約束しましょう。

 

「未来予知のできるわたしと賭けか。

余裕だな、面白いじゃないか。

どんな賭けだ?」

 

滑走路がここから見えるでしょう。

宮藤軍曹とビショップ軍曹がこれから滑走路を走るはずです。

どちらが速いかを当てるのはどうでしょう。

 

「……なるほどな、考えているじゃないか」

 

 

坂本少佐と二人の軍曹は座学ではなく体力づくりをするのは既に知っている。

 

予想通り下を見下ろせば軽いジョギングをしている二人が見えた。

これから全力疾走で滑走路の往復をするはずだ。

 

彼女のできる予知は短期的なもののはずだ。

時間のかかるものは無理なはず。

それでも彼女に分がある勝負だが。

 

 

どうぞ、私は貴女とは別の人に賭けましょう。

 

「言ったな。

後悔するなよ」

 

 

彼女は魔法力を集中させて位置に着いた二人を見た。

 

 

「宮藤だ」

 

なら私はビショップ軍曹に。

 

 

彼女の予知は確かに長期的なものは見れないかもしれないが、予知で見れる限界でどちらが先を走っているかわかる。

だから彼女の方に分があるのは当然だった。

別に負けてもいいのだが。

 

勝負をするというプロセスそのものに価値がある。

負けたら具体的にどうするかは彼女に決めてもらおう。

 

 

「あ、そういえば。

わたしが負けたら何をすればいいんだ?」

 

あー、そうですね。

貴女の要求に見合うものであればなんでもいいですよ。

 

「…絶対勝てよ、宮藤」

 

 

え、そんなに重い要求なのこれ。

冷や汗を流すが、賭けは始まった。

 

宮藤軍曹は軽快にスタートダッシュを決めたがビショップ軍曹はややもたついている。

 

ぶるんぶるんしよる。

 

俺と少尉はそれをガン見しながら見守った。

半周を終え、後は坂本少佐の元まで帰ってくるだけだったが最初の差がついたまま宮藤軍曹がリードしていた。

 

これは決まったかな。

 

そこで、差があることを目視したかったのか宮藤軍曹はチラリと後ろを見て、なぜか足を遅め、最終的にビショップ軍曹が勝った。

ここまでは聞こえないが坂本少佐がすごく怒ってるのがわかった。

 

 

「どうしてだあああああ!」

 

 

どうしてやろなぁ…

後で宮藤軍曹に聞いてみてもいいかもしれない。

しかしどうしようか。

勝ってしまったぞ。

少尉は大きくため息をしてから唸って悩みだした。

 

 

「待ってろ」

 

 

彼女は走って屋上から出て行った。

しばらくして肩で息をして少尉が帰ってきた。

 

 

「これを…やる!」

 

 

それは写真だった。

使い魔を使って黒狐の耳と尻尾を出してメイド服のような可愛らしい洋服をきた少尉が写っている。

ゴスロリというやつだろうか。

カチューシャまでしている。

化粧もしているのかもしれない。

そして表情は固い。

 

普段の彼女をあまり知らない俺であるが、彼女の性格的には多分かなり。

 

 

家宝にします。

 

「すんな!」

 

 

顔を真っ赤にして彼女は言った。

 

 

これはスオムスで撮った写真ですか?

 

「そうだ。

ここに来る少し前にねーちゃ…姉に撮ってもらった」

 

 

彼女のパーソナルデータには家族の情報までは載ってない。

そうか、彼女には姉がいたのか。

 

 

「スオムスの原隊から届いた手紙に同封されてたんだ。

絶対嫌がらせだ。

見せたくなかったけど賭けは賭けだからな」

 

なるほど。

リトヴャク中尉にはこれは?

 

「お前から見せたら地の果てまで追いかけてでも殺してやるからな」

 

 

こわ。

 

でもそれほどの要求だったのか。

 

 

考えたのですが、写真はお返しします。

その代わり今のまま変わりなく貴女やリトヴャク中尉と接したいのですが。

それに中尉とは貴女が考えているような間柄では確実にないので安心してください。

ただ夜まで軍務が長引いた時に夜間哨戒前の中尉と会うだけなんですよ。

どうにかそれで手を打てませんかね。

 

 

当初の予定とは違うが落としどころを探した結果のことだった。

持っている方がリスクがあるのではと思ったのは秘密だ。

 

 

「待てよ。それじゃ少尉の仕事が早く終わればサーニャと会わせずに済むのでは…?」

 

まぁ確かにそうなりますが。

 

「でもわたし、士官学校の勉強なんてやってないしなー。

…ちょっとは覚えるしかないか」

 

 

理由は知らないが、彼女は士官学校の勉強はしていない。

少尉の階級はそれほど彼女がスオムスで貢献してきたということかもしれない。

 

そうだ。

 

 

リトヴャク中尉は士官学校の教育を受けているはずなので。

先んじて彼女から学べば良いのではありませんか。

 

 

俺の仕事が減るかどうかは別として、彼女が意欲的になるのは悪いことではなかった。

表面上は問題も解決したし、良いこと尽くめじゃないか。

 

胸を撫で下ろしていると彼女はまだ思案顔だった。

結果的に彼女は見られたくない写真を俺に見せたのだ。

採算を合わせるために何かが必要だ。

しかし渡せるような俺の私物はほとんどないし。

ルッキーニ少尉からもらって自室の化粧箱で飼っている昆虫は男どもくらいしか反応しないだろう。

 

整備中隊の休憩室を教えれば俺だけは安息が得られるが。

 

失うものが、多すぎる。

 

 

私に手伝えることはありますか?

勉強以外でもできることがありましたら。

 

「そうだな。箸の使い方を教えてもらいたい。

サーニャも言っていた。

少尉の教え方はとてもわかりやすいと」

 

わかりました。

私で良ければ。

 

 

それこそ親しいリトヴャク中尉に頼めばいいと思ったが、親しい故に彼女の方から頼めなかったのかもしれない。

 

だからこそ俺を呼び出したのかもしれなかった。

 

素直だけど素直になり切れない、そんな印象を彼女に抱いた。

 

 

 




7/29 改行を削除、修正


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501部隊での日々6

アニメ準拠ですが一部小説版引用です。

誤字報告ありがとうございます。


 

悲しい夢を見た。

 

初夏、夏には入り切っていないが、時々蒸すような暑さを感じる。

自室で起きてすぐに滝のような汗が流れていたことに気が付いた。

 

理由はそれだけでないことは明らかだった。

 

いつもと違う、この時期にだけ見る夢だった。

 

ポケットに手を突っ込むがそこには何もない。

そういえばたばこを辞めてしばらく経つ。

去年の今頃は毎日のように逃避していたが意外と辞められるものらしい。

 

しかし、とても朝食を食べられる気分ではなかった。

廊下での足取りはいつも以上に重く遅かった。

 

そんな調子だからか午前の仕事は捗らなかった。

何度も文字の読み違いをしそうになったし、ブリタニア語(英語)で読み取ったくせにカールスラント語(ドイツ語)で書くところだったり、散々だ。

 

どのような言語で書類が来たとしても大抵はブリタニア語で書くことが多い。

というよりもこの基地に来る書類は大体ブリタニア語であるが。

 

大陸を撤退してしばらく経つがブリタニア本土であるからかほとんどカールスラント語を使わなくなった。

あともう10年もすればカールスラント語を忘れてしまうのではなかろうか。

 

そんな冗談を一人で思い浮かべて椅子に深く座り直した。

頭がまともに動いていないのは自分でもわかった。

気分転換でもするべきか。

ぼんやりしたまま窓の外へ視線を向けると、気球が浮かんでいた。

金魚のような形をしたそれは滑走路に結構な数が浮かんでいる。

訓練のために他所から借りたそれは水素式の阻塞気球らしい。

坂本少佐が飛行訓練に使うと言っていたな。

 

椅子から立って滑走路を見下ろすとウィッチらと何名かの整備中隊の姿が見えた。

どうやら最初に飛行するのは宮藤軍曹のようだ。

 

彼女がここへ来て一月ほど経つが、以前よりも基地内が賑やかになった気がする。

整備中隊の野郎どもはやはり休憩室に彼女のポスターを張り付けていた。

彼らから聞いた話では宮藤軍曹は訓練と実戦で動きがまるで違うそうだ。

魔導エンジンの負荷のかかり方が明らかに違うとか。

飛行訓練でできていないことを実戦で成功させているとか。

 

本番に強いタイプなのだろうか。

そういう人もいるのだな、と次々に割れていく借り物の気球を見て思った。

 

ヤバイ、引火した。

 

士官室から出る用意をする。

すぐに消火器を持った整備中隊が出動していた。

黒い煙の中から元気そうな煤だらけの宮藤軍曹の姿が見えて安心した。

クロステルマン中尉がめっちゃ怒ってた。

 

椅子に座り直して窓の外を見上げた。

少し前のことだが、彼女とビショップ軍曹がネウロイを倒した。

それ以来ビショップ軍曹の調子が良いらしい。

 

隣に共に戦う新人がいる。

それが良い方向に向かったのかもしれなかった。

 

 

ああ、今日もいい天気だな。

 

 

 

慣れというものは恐ろしくもあり頼もしいものでもある。

体の怠さや辛さに関してだけはかなりの耐性を持てているに違いなかった。

 

午後に入ってからはいつもと変わらない日々を過ごせていた。

朝も昼も胃に詰め込んだがどうやら通常時と比べると少なかったらしい。

すっかり元の調子となり腹が減ってしまった。

 

休憩がてらお菓子を片手に食堂へ向かった。

食堂では丁度休憩時間だったのかウィッチや整備中隊が何名か利用していた。

 

時間をずらそうかと立ち止まったがその中にクルトの姿が見えた。

 

 

よう、調子はどうだ。

 

「少尉、お疲れ様です」

 

 

俺の定位置の向かいに座っていた彼はどこか悩んでいるような面持ちだった。

何かあったのだろうか。

声をかけていつもの場所に座ってからまた彼は頭を抱えて悩み出した。

 

 

「少し、いつものことで悩んでいまして」

 

あー、いつものね。

 

 

いつもの、で大体察してしまうのは付き合いが長くなったからだろうか。

ヴィルケ中佐のことだった。

 

お菓子の封を開けて砕いたチョコを口に放り込む。

 

彼とヴィルケ中佐との仲を知っている者は少ない。

俺以外だとバルクホルン大尉にハルトマン中尉、後は坂本少佐だけかもしれない。

 

公私を分けるため、公の場では彼はヴィルケ中佐と呼んでいる。

というよりも俺は彼がそれ以外の名前で彼女を呼んでいるのをほとんど知らない。

食堂で彼と彼女がたまに会う時は決まって、お疲れ様であります、ヴィルケ中佐、という言葉だけだ。

 

501はそういった規則を設けている部隊ではないが、彼と中佐の間で明確な線引きがあるようだった。

年頃の女性であるが同時に軍人で国防を担う主戦力だからかもしれない。

 

クルトはヴィルケ中佐とはほとんど話さない。

基地の外でもかもしれない。

501ができる前はどうしていたのか俺は知らないが、息苦しいかもしれない。

 

ただ彼女の誕生日はしっかり祝っているそうだった。

 

部隊ができてしばらく経ってから中佐が溢していたが、当初、彼を軍から辞めさせるために悩んだらしい。

ハルトマン中尉など、戦闘の連携をとった共に戦ったことのある戦友を部隊に入れるのと戦えないただの整備兵を入れるのとはわけが違う。

 

身内を入れるわけにはいかないのではないか。

軍を辞め安全な内地にいるべきではないか。

そんな話があったらしい。

 

それでもクルトが501にいるのはひたすら整備兵としての腕を磨き、勉強した末の実力だ。

彼は言語の知識も備えてみせた。

 

501は各国のエースが所属するブリタニアの国防でガリア奪還の戦力だ。

その整備中隊に所属できる者が生中な実力の人間であるはずがなかった。

技術者は貴重であるが、ウィッチと違って男中心の整備中隊は決して人員不足ではないのだから。

 

公募もあるために階級に差はあれど、誰もが司令部から選ばれたエリートだ。

いずれ彼らの何名もが名うての技術者として歴史に名を残すのかもしれない。

 

撤退戦が終わったあの船での会話は、彼の覚悟でもあった。

取り計らってもらったのは、何10倍もの倍率への挑戦権だけだった。

それを乗り越えたのだ。

彼女は嬉しかったに違いない。

たとえそれを口に出せずとも。

 

 

「聞いていますか。少尉」

 

あーえっとなんだっけ。

 

 

お菓子を食べながら考えていたからか話が頭に入っていなかった。

 

謝って聞き直すと彼の目下の悩みとはヴィルケ中佐がストレスで眉間に皺が深くなっていることだった。

周りを気遣い大体の言葉は隠語であるが意味の分かる俺からみれば惚気話に聞こえてしまうのは俺の独身歴が長いせいか。

 

その他にも他愛のない話をだらだらと続けた。

その果てに。

 

 

「少尉は最近どうなんですか」

 

 

俺の話になった。

最近はいつもと変わりなくというか。

 

 

どうもしない、普通だよ。

 

「無理をしていませんか。

最近分かったのですが、貴方は止めなければどんどん無理をする人だ」

 

無理はしない主義だ。

自分のできることをするといつも言ってるだろ。

 

「本当ですか」

 

 

宮藤軍曹が来てから手続きやいつもと違う仕事が増えたのは確かだが。

そこまで変わりはない。

何せ俺本来の役割はそれだから。

上からの苦言でヴィルケ中佐の胃にダイレクトアタックしているかもしれないが。

それもある意味いつもと変わらない。

 

そこまで考えてから、彼がマロニー大将との関係を暗に聞いているのかもしれないと思い当たる。

資金援助以外に大将とは今のところ一切コンタクトを取っていない。

開発が芳しくないのかもしれないが、それ以上に俺に情報を回すリスクの方が高いからだろう。

 

何か動きがあればヴィルケ中佐は必ずそれを察知するだろうから。

彼にマロニー大将の話をしなくてよかったと今でも思っている。

 

ただ、もし話したとしても今の彼ならば大将の話を蹴る可能性は十分にある。

だがそれをもしも大将の前でしたらならば確実な末路が待っているだろう。

 

 

結局のところ、俺は、失った友人や部下と彼を重ねている。

俺の部下は誰一人として帰ってこなかった。

死ねと指示したのは俺なのだから。

彼らはそれを忠実に守ったことに他ならない。

 

他の生き残りやあの地獄を共にした彼には正しく生きてほしい、長く生きてほしい。

そう思っている。

クルトが軍へ執着するのはヴィルケ中佐のことももちろんあるが、撤退戦で自分が生き残った責任を感じている節があった。俺と同じだ。

 

だからこそヴィルケ中佐と公私を分けているのかもしれない。

この話を続けるのは良くない。

 

別の話題はないものか。

 

 

それより、たまにバルクホルン大尉の名前を引き合いに出されるんだけどさ。

お前も大尉から何か聞いていないか。

 

「大尉からですか?

いえ、私は彼女とはこの仕事でもほとんど話しませんので、なんとも」

 

 

先日のユーティライネン少尉の件がまさにそれなのだが。

何か会話の弾みで言ったのかもしれない。

 

が、

それでも彼女らしくないことであった。

 

彼女は面と向かって相手に意見をぶつけるタイプだ。

自分から他人のことを言いふらすような人ではないと思っているのだが。

規律を重んじるのは軍人として当然であるし、カールスラント人としての立ち振る舞いや誇りを大切にする姿勢は好感が持てる。

 

俺に同様のことを求められるのは話が別であるが。特に誇りとか。

誰かにそれを言っているのをユーティライネン少尉が聞いていただけの可能性があった。

それを思うとむず痒い気持ちだ。

 

頼りになる上官、というのが俺の彼女に対する所感だった。

 

 

わからないならいいや、と会話を終わらせようとしたが彼の意外そうな表情を見て話題を間違えたと自覚した。

話を曲解するなよ、と釘を刺して席を立った。

 

休憩は終わりだ。

食堂を出る前にチラリと見渡すが大尉の姿はなかった。

 

あの人は意外と地獄耳だ。

食堂の端っこにでも耳が付いているかもしれない。

 

 

 

数日経った、相変わらず毎夜あの夢を見る。

起きると今までと同じでやはり体が怠く感じた。

 

今日はたまたま休暇だったため一応風邪の薬なりもらうべきかと、診察も兼ねて午前は医務室で過ごした。

結果はこれといった異常は見られなかった。

 

睡眠不足が原因かもしれないと言われたが。

医務官のおばちゃんはいつでも来いと言ってくれたが個人的にはあまり使いたくなかった。

 

ウィッチという子供がいる中で体調管理ができていない大人、どう取り繕ってもダメな大人である。

だからといって風邪を引いて他の誰かに感染するのは以ての外だが。

 

軍人として以前に大人として俺はダメだった。

軽く鬱になりながら遅くなった昼を食べようと食堂まで歩いていると。

 

掃除用具を持って先を歩く宮藤軍曹を見つけた。

モップとバケツを持って忙しそうに掃除している。

バケツに水を入れたままなのか歩く姿が少しふらついて見える、大丈夫だろうか。

 

彼女の姿を目で追っているとクロステルマン中尉の姿が目に入る。

どうやら軍曹の様子を見ているようだ。

坂本少佐にかわいがられている(主に訓練の扱きで)彼女に嫉妬しているらしいが、それはそれとして先輩としての務めを果たしているようだ。

 

心配は無用かもしれない。

 

お疲れ様です、と二人に声をかけて廊下を進んだ。

 

少ししたところでバルクホルン大尉とハルトマン中尉の姿があった。

目が合った気がしたので同様に声をかけたが言葉もそこそこで踵を返してどこかへ行ってしまった。

 

普段の彼女らしくない態度だった。

 

 

「少尉、どうした。

こんなところに来るのは珍しいな」

 

 

残ったハルトマン中尉が腕を組んで俺に言った。

普段と違って偉そうに、自信ありげに言うものでバルクホルン大尉の真似をしているのだとわかった。

 

普段のバルクホルン大尉ならそんな言葉を言っていただろう。

似てますね、と言うとそれほどでもないと彼女は自慢気に笑った。

 

 

医務室に行っていましたので。

いつもと違う場所を歩いていたんですよ。

 

「医務室?

風邪?」

 

ただの寝不足です。

不甲斐ないことですが。

 

「ふーん。

それより気が付いた?」

 

 

バルクホルン大尉のことだろうか。

 

確かに少し雰囲気が違っていた気がするが。

 

ハルトマン中尉が言ったから確信に変わった。

 

 

「おい、ハルトマン。

茶会があるのだろう。

さっさと行くぞ」

 

 

廊下の向こうからバルクホルン大尉の声が聞こえた。

 

出撃予定まで数日あるため、今日はウィッチたちが茶会を開く予定だった。

 

 

「少尉も来ない?」

 

行きませんよ。

今日は私も休暇ですが、まだやることがありますので。

 

 

あくまで彼女らのための茶会だ。

俺を含む野郎どもも一部は休暇ではあるが、茶会には出るつもりはない。

ただ彼女らの訓練がない分整備中隊の大半が空いた時間ができるかもしれないが。

 

 

夕方、手紙で届いていた実家の近況と実家に送る部隊の嗜好品の感想を書いていると来室があった。

ルッキーニ少尉だった。

息を切らしていて、ただならない雰囲気だった。

手紙を片付けて席を立つ。

 

 

どうしたんですか、ルッキーニ少尉。

 

「ぺたんこ見なかった?」

 

えっとクロステルマン中尉ですか?

かなり前に廊下で見ましたが。

何があったのです?

 

 

普段と違う焦るような態度を見て、俺も廊下へ出た。

 

 

「ダウジング占いをして」

 

ダウジング占い。

 

「ペリーヌがジャンヌダルクに」

 

?????

 

 

ルッキーニ少尉が廊下を走り出す。

首を傾げながら俺も後に続いた。

 

一緒に探してしばらくしてハンガーにいた整備中隊によってクロステルマン中尉は発見されたそうだ。

遠目でそれを眺めたがお嬢様口調がなくなったくらいでそこまで違いはわからなかった。どうやら基地内を探検していたらしい。

 

で、何名かが集まってヴィルケ中佐に報告となり。

 

言い訳を繰り返すルッキーニ少尉は目が笑ってない坂本少佐に頭を撫でられると顔を青くして謝った。

 

そういえば先日も似たことがあった。

宮藤軍曹が巴御前に憑依されたとか。

その上で彼女は出撃、ネウロイを撃墜はしたが危険だった。

結果報告が意味不明になったがヴィルケ中佐が上手くやってくれたらしい。

こっくりさんか、懐かしいな。

 

で、なんでダウジング占いで憑依したのか。

すごく気になるんだけど。

どういうメカニズムなんです、と誰かがヴィルケ中佐に具申する。

 

 

「交霊術や占いの方法はユーティライネン少尉にでも聞きなさい。

魔法力を持つウィッチだからというのもあるでしょうが、これはルッキーニ少尉のある種の才能かもしれないわ。

ウィッチは契約した使い魔を自身に憑依、シンクロさせているようなものだから、元々取り憑き易いのもあるけれど。

とにかく、基地内でダウジング占いも禁止。

いいわね、ルッキーニ少尉?」

 

 

小さくなりながら彼女は頷いた。

優しく諭すような声色であるが、さっきから中佐の目が笑ってない。

聞きたいことができたが機会は訪れなかった。

 

ウィッチの魔法や使い魔について、俺は明るくなかった。

 

 

 

自室の窓から見る外は月明かりが海を反射していて明るい。

気晴らしに外へ出た。

 

この時間に外に出るのは初めてだった。

滑走路は怖いくらいに静かだった。

波のさざめきだけが絶えず聞こえている。

汚さないようにと端を歩いて先端に辿り着く。

 

ネウロイに占領された大陸が見えた。

向こう岸を眺めたまま、ぼんやりとそこで時間を過ごした。

 

あの撤退戦は丁度この時期だった。

あの港が今どうなっているかわからない。

 

ガリアにあるネウロイの巣を破壊すればまた行けるようになるのだろうか。

 

 

「おい、もうすぐ消灯時間だぞ。

いつまで外にいる気だ」

 

 

後ろから声をかけられた。

バルクホルン大尉だった。

すみません、と立ち上がり彼女の後ろを歩く。

 

普段の彼女ならカールスラント軍人たるもの~とか小言を言って諌めてくれるはずであるが、それすらない。

互いに無言だった。

やはり様子がおかしい。

 

それでも注意しに来てくれて少しうれしいと思うのは、部下である俺を見てくれているということだからか。俺は彼女に調教でもされてしまったのか。

 

下が違反するのを見過ごせないのは上官として当然かもしれないが。

 

基地内に入って別れることになった。

彼女は女性中心の東側へ、俺は男性中心の西側だった。

意を決して聞いてみた。

 

何かあったのですか、と。

 

 

「これは私の問題だ」

 

 

その一言で切り捨てられた。

歩き去る彼女の背中を見えなくなるまで眺めることしか俺はできなかった。

 

 

 

数日して、ネウロイが出現した。

訓練中の宮藤軍曹、ビショップ軍曹、クロステルマン中尉、坂本少佐、バルクホルン大尉、次いでヴィルケ中佐が現地へ急行。

 

バルクホルン大尉が負傷したが宮藤軍曹の治癒魔法により復活し、無事に撃滅できた。

それ以来、彼女は元通りになった。

 

俺でもわかるくらい宮藤軍曹を平時甘やかすようになり彼女との間に何かあったんだろうなとは思った。

彼女の悩みがなんだったのか、わからず仕舞いだったが良かったと思う。

 

少しだけ心が痛んだ。

俺は俺のできることをする、ただそれだけだった。

 

それだけしか、できない。

 

 

 

 

 

 

幸せだった。

 

父が戦争から帰ってきたから。

 

また家族みんなで暮らせる、それが実現したから。

 

足を患い、杖を使っての生活となったが父は変わらず優しく私の頭を撫でてくれた。

 

祖父も祖母も父も母も。

 

これから生まれてくるかもしれない家族も。

 

いつまでも一緒に暮らせるのだと思っていた。

 

 

ある日、庭にある花壇に植えるお花を買うことになった。

 

祖母と一緒に植えようと約束をして少し多めのお小遣いをもらい、小躍りしながら台所へ向かう。

 

お昼までに帰ると私は母に伝え、暖かい洋服を着て一人買い物に向かった。

 

港町は活気に溢れていて人通りも多く、私は道行く人に挨拶しながら花屋さんに向かった。

 

劇場のある通りに友達の親が営む花屋さんがあった。

 

友達もお小遣いのために働いていた。

 

学校で一緒に遊んでいたその友達は私の姿が見えると嬉しそうに手を振ってくれた。

 

彼女のおすすめを買った。

 

日数がかからないパンジーの苗。

 

帰って植えよう。

 

友達と手を振ってお別れした。

 

来た道を走った。

 

東の外れにある私の家に。

 

走って、

 

走って、

 

息を切らして走って、

 

家の扉の前に立った。

 

逸る気持ちで扉に手を伸ばす。

 

 

 

 

 

吐いた。

 

バケツに入れるまでもなく目を覚ました瞬間にせり上がる吐き気を止められなかった。

 

この数年あの撤退戦の時期にだけ見る夢だった。

自分の体験したものではない誰かの夢。

思い出か、それとも彼女の願望か。

毎度違う思い出をいつまで見ればいいのか。

何故見させられるのか。

 

それが誰の思い出なのかは明らかだった。

最後はいつも扉の前で夢が終わる。

その先にあるのは彼女の家族の姿だろう。

 

あるいは、撤退戦で俺が見た風景なのかもしれない。

何も知らなければ希望に満ちた夢なのだろう。

 

彼女やその家族の末路を知る俺にとっては、絶望の夢だった。

 

 

しばらく体を動かせなかった。

ゲロを処理しないと。

ようやくベッドから立ち上がるが、そのまま地面に倒れた。

 

この夢を見ると異様に体が脱力する。

そろそろ限界だった。

病気ではないことはわかったが、原因はわからなかった。

 

いつもよりも体の怠さが強い。

だが去年までと同じならばもうすぐ夢を見なくなる。

今年も乗り切れるだろう。保証はないが。

 

来年は?

 

これよりも更に強い倦怠感が訪れればどうなるのか。

最悪の考えが過ぎる。

去年までは体の異常はなかったというのに。

ここまで強いものになるとは思いもしなかった。

今までは自身の戦争に対する妄想だとばかり思っていたが、ウィッチの性質を調べなければならない。

 

なんとか立ち上がろうともがいていると、自室の扉が開け放たれた。

バルクホルン大尉がいた。

なぜここに。

と思ったが倒れたまま視線を動かして自室の時計を見ると既に昼前だった。

起こしに来たのか、ハルトマン中尉みたいに。

 

俺を見るや否や彼女は血相を変えて駆け寄ってきた。

 

 

「立てるか。医務室まで連れて行くぞ」

 

 

ゲロで汚い俺に肩を回して廊下まで運び出してくれた。

 

汚れます、と彼女に伝えたが。

 

 

「知るか。お前の上官は誰だ、言ってみろ」

 

 

バルクホルン大尉でありますが。

 

 

今思えばあの時、彼女に殴られてでも食い下がっていればまた違った未来があったかもしれない。

 

俺に足りないのは勇気なのかもしれなかった。

 

医務室までお姫様抱っこですごく恥ずかしかった。

 




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501部隊での日々7

誤字報告ありがとうございます。
参考資料やページの案内本当にありがとうございます。



 

その日の夕方、医務室。

 

体を動かせるくらいには回復したが、気分は最悪だった。

頭痛が酷いし、食欲も出ない。

 

バルクホルン大尉に医務室に運んでもらったがもしも彼女が来なければ夜まであの場で倒れていたかもしれない。

彼女は訓練があるためすぐに医務室を出て行ったが何度感謝しても足りないくらいだった。

 

原因不明の病気の可能性があるのではないか、と医務官のおばちゃんに真面目に話した。

違うとは思うがもしも万が一にでも感染する類であれば取り返しがつかない。

 

彼女はすぐにはそれを否定しなかったが、

貴方が感染源でそれが感染する類のものならばもう既に基地内ほぼ全員に拡散が終わっている、と言われた。

 

過労では?と真面目に返された。

 

同様の症状の人間がいない、近辺にも流行している病気は聞かない。

ここ十数年で流行した病気はスペインかぜだ。

 

感染経路ならば飛沫以外にもあるのだが、どれも考えられる可能性として薄いらしい。そもそも発熱はしていないし。

海と面していることもあり、基地内の衛生は高い水準を保たなくてはならない。建前上は。

何よりも仮に病気であれば発生源からして俺が第一号なのは疑問が出るそうだ。

 

マロニー大将の一件以来、基地から出なくなった。元々ほとんど出ていなかったが。

あれ以来髪は伸びたら基地内の経験者に切ってもらっているので外に出る理由もなくなった。

 

食べ物も基地内の野郎どもとは全く同じだ。

先日に病気かどうかは診断済み、残る原因は何かという話になっている。

 

ただ持病は別である。これは感染することはないかもしれないが。

白血病など癌ならばこの時代であれば死を免れないだろう。現代でも難しいものだ。

 

俺自身医学や病気には欠片も詳しくないが、少なくともこの時代は現代に比べ病気にかかれば死ぬ可能性が高いことは理解しているつもりだ。

今後の俺の体調次第で休職届を出して軍病院へ移動するか否かを決めるらしい。

 

それをこれからヴィルケ中佐と判断する、と彼女は付け加えた。

 

 

ただ、俺のこれは病気ではないと思っている。

夢とこの倦怠感に関係がないとは、とても思えなかった。

 

去年までは戦闘ストレス反応だと考えていた。

撤退戦の時期だというのは夢を抜きにしても意識せずにはいられないこともあった。

 

だから夢はあの少女に対する罪悪感が見せる妄想や幻覚の類なのだと。

去年までの体の怠さは心因的なものであると疑わなかった。

 

夢に出る会ったことのない人物、風景、少女の感情。

目を覚まして自分が自分であると自覚する度に吐き気が込み上げた。

 

 

少なくともここは俺のいた現代とは違う。似ているだけだ。

魔法があるのだから、こんな現象もあり得るのかもしれない。

 

ウィッチについてを調べ、考え方を変えなければならないと思った。

今まで俺の知るウィッチとはストライカーユニットで空を飛び、銃器に魔法力を纏い攻撃する。

そのような認識でしかなかった。

大半の人間がそうかもしれない。

 

ただウィッチはそれ以外にもできることがある。

ルッキーニ少尉たちが誰かに霊を憑依させたりするのも固有魔法とは別に為せる魔女としての力なのだろう。

 

同様にあの少女が死んでからも俺に干渉しているのではないか、そう考えた。

来年はこれ以上になる可能性がある。

 

 

どうにか解決策を見出さなければ、自分の命に係わるかもしれない。

 

 

 

夜。

 

ヴィルケ中佐と坂本少佐が来た。

俺は彼女らが入室してすぐに謝った。

軍務を休んでしまったこと、体調の管理ができていなかったこと。

様々な言葉が思い浮かんだが、まず最初に出たのはそれだった。

 

彼女らは互いに顔を見合わせてから気にするな、と言った。

中佐は俺に負担をかけ過ぎた、と言った。

彼女らは俺が倒れたのは過労だと思っているらしい。

 

違う、と言うために口を開いた。

 

しかしそれを言ってしまえば夢のことを話さなくてはならなくなる。

彼女らのことだ、妄想だと笑うことはないだろう。

 

ないだろうが。

 

話せばもしかすると俺は501を出ていくことになるかもしれない。

 

彼女らと違って俺の代わりなどそれこそ整備中隊の倍率よりも遥かに高いのだから。

病とは異なる何かを抱えている。

それだけで十分切られる要因になり得るかもしれない。

 

もっと言うなら俺という存在がなくともこの部隊が存続していくことはできるだろう。

援助ももう大半が支払い終えているし、実家の嗜好品の流通も安定している。

 

俺の価値は既になくなっている。

それでも俺がここにいられるのはヴィルケ中佐との縁だろう。

援助の義理と言っていいのかもしれない。

 

これ以上俺が切り捨てられる理由を作ってはならない。

俺がガリア奪還に関われる最前線の部隊はここ以外にない。

だからこそ日夜軍務に励んでいるのだから。

 

ただ、これが原因で休むことになっている。軍務に支障が出たということだ。

話さないで済むラインは既に超えている。

 

 

だが、二人の見解は過労だった。

 

俺は口を閉じた。

 

 

 

翌日、やはり起きると同時に強い倦怠感が出た。

 

夢ではあの少女が幸せそうに笑っている。

昨日の夢でわかったことだが、少女の父は戦争で足を患い、母は子を身籠っていたらしい。

埋葬した時の彼らの体つきと一致していた。

だから逃げ遅れたのだろう。

老夫婦を置いて自分たちだけが助かるような冷めた関係でもなかったのもあるだろうが、どうあっても彼らは助からなかった。

それとは別にもしかするとあの少女は何年も訓練を積んでいたわけではないのかもしれない。

 

ともあれ、今日もあまり動けそうにない。

ヴィルケ中佐から今日も休みをもらい、体を癒すことに専念させてもらっているが早く復帰しなければ。

自室に帰って来ているが今日は横になったまま一日を過ごすことになるかもしれない。

 

 

扉がノックされたのは昼を過ぎてしばらく経ってからだった。

どうぞ、と声をかける。

 

 

「お邪魔します」

 

 

入ってきたのは宮藤軍曹だった。

何か用だろうか、と思ったが手に持っているトレーが見えた。

 

 

「あの、おかゆです。

もし良かったらどうぞ。

ここに置いておきますね」

 

ありがとうございます、宮藤軍曹。

是非頂きます。

 

天使か。

 

危うくそう口に出そうだったが既で止めた。

宮藤軍曹はテーブルの上にトレーを置いてくれた。

 

医務官のおばちゃんの代わりに作って持ってきてくれたのだろう。

 

 

「過労って聞きましたけど、あまりピンとこなくて。

扶桑の実家でもそういう患者さんは来なかったので。

私の治癒魔法では効果がないのはわかってるんですけど」

 

私自身もあまり実感はありませんよ。

体が怠いとは以前から思っていたのですが。

でも体調もかなり良くなってきましたし、明日には復帰しますのでご心配なく。

 

「…そうなんですか。

休むのも仕事だって坂本さんも言ってましたよ。

あ! 別に悪いって言ってるわけじゃなくて」

 

わかっています。

休憩はいつもより多く摂るつもりです。

おそらく来週には元通りになっているはずですよ。

考えてみれば今休めたのは丁度良かったのかもしれませんね。

私が倒れたのは睡眠不足も原因しているので。

少し夢見が悪くて不眠気味だったんです。

部隊設立時の方が仕事は忙しかったのに、倒れるなんておかしいとは思ってたんですよね。

 

「そうなんですか。

でも元気そうでよかったです。

みんな、心配していますから」

 

 

ふと気が付くと彼女の視線がテーブルに向いていることがわかった。

テーブルには彼女が置いたトレーの他には写真立てがあるくらいだ。

 

 

「これって少尉さんの写真ですか?」

 

 

彼女が指さしたのは予想通り写真立てだった。

写真には所狭しと大勢の男たちが写っている。

 

 

これは私が原隊にいた頃の写真ですよ。

 

「少尉さんがどこにいるかすぐにわかりました。

みんな楽しそうに笑ってますね」

 

その頃から不愛想だったもので。

ああ、自覚がありますのでどうこう言うつもりはありませんよ。

 

 

倒れたり隣の男と談笑したりやたら筋肉を強調したりと背筋を伸ばして普通に映っているのは俺くらいだ。逆に浮いている。

 

これは失敗した写真だった。

もちろんその後の二度目の写真は全員背筋を伸ばして足並みを揃えて撮っている。軍人らしくだ。

 

現像するかどうかを聞かれて俺が買い取った。

彼ららしい一面が出た写真だったからだ。

数少ない俺の私物の一つだ。

 

 

「原隊のみなさんはこの基地にはいないのですか?」

 

ええ、写っている中でこの基地にいるのは私だけです。

彼らは彼らの務めを果たしているので、ブリタニアにはいないのですよ。

 

「寂しくないですか?

軍人さんとは違いますけど、私は扶桑にいる学校の友達と会えなくてたまに寂しくなることがあるんです」

 

確かに寂しいですね。

ただ私は彼らとは会うつもりがありません。

少なくとも次に会う時は501での役目を果たしてからと決めていますので。

戦果を上げるのは貴女方ですけどね。

期待してますよ。

でも無理はしないでくださいね。

 

 

頑張ります、と彼女は頬を掻いて困ったように笑った。

 

温かい内におかゆを頂きます、と締め括ると宮藤軍曹は一礼して部屋を出て行った。

おかゆには赤い梅干しが添えられていた。

 

食欲はあまりなかったがすべて食べられた。

 

 

 

夜、いつも通り体を動かせるようになっていたので部屋を出て士官室へ向かった。

取り急ぎ済ませるものはなかったが、明日のために現状の整理を行いたかった。

 

手帳に書いていたスケジュールを照らし合わせて確認するが、見過ごせない予定や報告が増えていた。

 

一番近い予定では近隣の村との友好を築くために親睦会を開くそうだ。

これはヴィルケ中佐か坂本少佐が直々に手続きを進めているのかもしれない。

ウィッチたちによるアピールが主体だ、俺は基地で待機になるだろう。

 

加えてウィッチたちは近い内に海での訓練を行うらしい。

ネウロイの襲撃後のタイミングに加えて天候の移り変わりを合わせなければならないだろう。

 

間隔が不定期になってきているものの、連日の襲撃はまだないから。

 

 

後は遅れていた辞令が届いたそうでイェーガー中尉は大尉へ昇進したそうだ。

結構前に決まっていたのは聞いていたが次からはイェーガー大尉と呼ばなければ。

 

ふいに、廊下の方から誰かが走ってくる音が聞こえた。

 

 

「少尉、やはりここにいた」

 

ノックなり声をかけるなりしてくれないと心臓に悪いんだが。

 

 

扉が開けられてクルトが入ってきた。

その表情からは怒りが見える。

初めて見る表情かもしれない。

 

 

「過労で倒れたというのに仕事をしている人に礼儀を問われたくありません。

無理はしない主義だと言っていたのに、これですか」

 

ちょっとした整理だ、仕事の内に入らない。

倒れたのは過労だが睡眠不足もある。

 

「士官室に来ている時点で…いえ、口答えをしてしまい申し訳ありません」

 

 

冷静になったのかため息をついて謝った。投げやりな言い方だ。

もしかすると俺が自室にいないからここまで探しにきたのかもしれない。

 

悪かった、とだけ伝えた。

 

 

「何を恐れているのです。

ヴィルケ中佐や坂本少佐が貴方をここから追い出すとでも思っているのですか」

 

彼女らはそんな人じゃないことくらい理解してる。

ただ最終的に判断するのは彼女らじゃない。

足手まといと思われたくないんだ、誰にも。

お前もそうだろう。

 

「それは貴方の身を削ってまですることですか」

 

当たり前だろ。

俺は大人だからな。

 

 

クルトは口を何度か開いて何かを言おうとしたが、何も言わなかった。

しばらくその場に立ち尽くして、やがて短く失礼しましたと言って出て行った。

 

愛想を尽かされたかもしれない。

ため息を吐いて椅子に深く座り直した。

 

同じ軍人だというのに年の瀬を気にするのは愚かなのかもしれない。実際、彼女らからすれば侮辱なのだろう。

まともな大人であれば感情で動くのは良しとしない、まるで子供のようだと一言で切り捨てられるだろう。

 

生憎俺は、まともな大人ではなかった。

ネウロイと戦う彼女らを見て平気な面ができるほど、大人ではなかった。

そのような常識が俺にはまだあった。

 

 

それに加えて、宮藤軍曹に言った言葉はすべてが嘘ではない。

501での役目を果たすということは、ガリア奪還が成ったことに他ならない。

ネウロイがいなくなったガリアで、あの港で眠る俺の友人や部下に会わなければならない。

 

501が設立し、その目的を知った時に俺は決めた。

 

これが生き残った俺の義務であると。

 

 

 

しばらくして机を何もない状態にしてから士官室を出た。

まだ消灯時間まではかなりあるが早い内に寝る方がいい。

来る時は誰にも見つからないように移動していたが帰る時は堂々としていればいいか。

 

廊下を歩いていると嗅ぎ慣れない匂いが漂ってきた。

お茶の香りだろうか。

自室の前で誰かがいた。

ルッキーニ少尉だった。

昆虫片手にうろうろしている。

声をかけると駆け寄ってきた。

 

 

「体、大丈夫? 頭も顔も」

 

 

言い方。

似たようなことが前にもあったな。

 

 

大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます。

少し疲れが溜まっていただけです。

それよりこれは?

 

 

廊下にいくつか置いてある花瓶台にティーセット一式が置いてあった。

香りの元はそれらしい。

蓋を開けると茶葉は抜いてあった。まだ湯気が出るほどに温かい。

 

嗅いだことのない香りだ。

 

 

「ペリーヌがさっきまでいたんだけど。

でも帰っちゃった。

代わりに少尉に差し上げて下さいまし~、だって。

会って自分で渡せばいいのにさ」

 

 

クロステルマン中尉のお嬢様口調を真似して彼女は言った。

カップは1つ、元々渡してすぐ帰るつもりだったのだろう。

 

以前言っていたごちそうするという言葉を思い出す。

もしかするとカモミールの花で淹れたお茶なのかもしれない。

相応の手間がかかるものだ。

 

 

クロステルマン中尉は貴族の出でありますし淑女でありますので。

夜中に異性の部屋に行くということそのものにかなりの抵抗があったはずです。

それでもわざわざ淹れてここまで持ってきてくれたのです。

ありがたい気持ちしかありません。

ルッキーニ少尉はもしかして。

 

 

彼女はニッと笑みを浮かべて持っていたくわがたを突き出した。

渡されて掌でくわがたが動く。

 

見えていたけど結構でかいな。ここまでくると遭遇した時ちょっと怖いぞ。

この近辺で捕れる大物だろう。

 

くわがたの顎に気を付けながらしばらく動く様を眺め、癒されました、と彼女に返した。

 

現代にいた頃からも結構好きだったくわがただったが、日本ではないこともあり馴染みのある姿ではなかった。

それがちょっとした珍しさと共に男心をくすぐるのだ。

でかいは正義だ。

自分でも探したくなる。

 

満足したのか、またね、と彼女はくわがたを握り絞めて走り去っていった。

手を振って見送った。

 

気を使われているな。

ただ純粋に嬉しかった。

 

明日からもこれまで以上に頑張っていけそうな気がした。

お茶を楽しんで眠った。

今度会ったらクロステルマン中尉にお礼と感想を伝えよう。

 

 

 

翌日。

まだ少女の夢を見る。

体はまだ脱力するが、先日よりもマシだと思う。

ピークを過ぎたのかもしれない。きっと撤退戦の日が過ぎているからだ。

 

起き上がってしばらく体の柔軟体操をした。

椅子に座って仕事をするには十分だ。

 

それと仕事の合間に魔女について自分で調べなければ。

まだ一年猶予はあるはず。

その保証はこれまでの経験以外に何もないのだが。

 

 

遅めに朝食を済ませ士官室でいつも通りに仕事をした。

ウィッチたちは飛行訓練のようで遠くの空でストライカーユニットの駆動音が基地まで届いていた。

 

ヴィルケ中佐には休憩を増やした上で復帰すると伝えた。

あまり良い顔をしてもらえなかったが了承してもらえた。

 

バルクホルン大尉はどうやら休暇で朝から基地の外に出たらしい。

 

午前中は滞りなく済ませることができた。

昼、遅めに食事を摂るためにしばらく時間を持て余した。

その間にウィッチについて少しでも調べたい。

 

基地には蔵書室がある。

改造する前の城にあった本がいくつか残っているかもしれない。

もしかすると既に軍に回収されてしまっているかもしれないが。

 

蔵書室は既に明かりが点けられていて誰か利用していることがわかった。

中を覗くと珍しい人物がそこにいた。

 

 

イェーガー大尉、お疲れ様です。

大尉への昇進おめでとうございます。

 

「ありがとう。

改めて言われるとむず痒いな。

他はあまり階級で私のことを呼ばないし」

 

 

開いていた本を棚に戻して彼女はこちらへ振り向いた。

 

 

「ここで少尉と会うとはね。

何か探し物かな?」

 

ええ、まぁ。

少し調べものがありまして。

ちょっとした個人的なものなのですが。

 

「そうか、邪魔しちゃ悪いな。

私はこれで失礼するよ」

 

 

気取ったような口調で彼女は部屋を後にした。

 

彼女の調べものの邪魔をしてしまっただろうか。

気を使われてばっかりだな。

俺が悪いのだけれど。

 

昼食の時間は長くはない、あるかどうかだけでも調べよう。

幸いにも本の調べ方には明るい方だ。

実家にいた頃も士官学校でもよく図書は探すことが多かった。

 

日本語と少しばかりの英語しか知らずに生きて来たのだ、カールスラントでの語学は本が頼りだったのもある。

 

手慣れた手付きで本棚を渡り歩き、魔女の、というタイトル群に目が止まった。

他にも魔女に関するタイトルが散見できる。

どうやら蔵書室にはウィッチに関する本は多いらしい。

 

検閲もされていると思っているが読める本が多いのは悪いことではない。

まずは簡単な本から調べようか。

 

棚の上の方に手を伸ばし、魔女の教科書という本に指先が付こうというところで、

視界の端で蔵書室の入り口に兎耳だけが伸びているのが見えた。

 

そんなことだとは思ったがもう既に遅かった。

本を手に取った。

棚から取り出す際の僅かな音が聞き取れたのか、彼女は意気揚々と扉を開け放ち入ってきた。

 

あまり彼女とは話したことがないのだが、苦手意識を俺は持っていた。

俺自身が無理に人と話す性格ではないのが起因している。

彼女はその逆、誰とでも話して誰とでも仲良くなれるようなフレンドリーな性格だった。

 

普段仕事以外を話さない俺からすると話しにくい相手でもある。

話のタネを彼女は決して見逃さない。

それでいて他人を傷つけたという話を聞かないから彼女の人柄の良さが見れるだろう。

 

以前俺をお尻さんと広めたのは忘れていないが。

間違ってもいないけど。

もしかして部隊の共通認識だったりしないよね。

 

 

「懐かしい本を読んでいるな。

私もそれを読んだことがあるぞ」

 

 

からかわれると思っていたが、飛んできた言葉は予想とは違っていた。

 

 

いたんですかイェーガー大尉。

 

 

白々しく言ってやる。

彼女は特に気にした様子もなく俺が持っていた本を取り開いた。

内容も覚えているのか流し読みして懐かしい、と口にした。

魔女と銘打つだけで胡散臭いタイトルに早変わりしているが、きちんと教材として使われているのかもしれない。

 

 

「少尉がウィッチの本を読むなんて珍しいな。

何を探しているんだい?」

 

まぁ、少し。

用事があって。

 

「ま、言いたくないなら深くは聞かないさ」

 

 

もちろん他の人には言わないよ、と本を返してくれた。

好奇心が強いところもあるのかもしれないが、気配りもできる彼女は年齢に見合わず大人びている。

 

リベリオン(アメリカ)出身のシャーロット・E・イェーガー大尉は司令部から問題児と認識されている。

その理由はストライカーユニットの無断改造である。

 

詳しくは知らないが原隊で追放される直前だったらしい。

その直前に501からの要請で厄介払いのようにこちらへ異動となったとか。

 

その点ではルッキーニ少尉と境遇が近い。

彼女もまたウィッチとしてはかなりのやり手だとバルクホルン大尉が言っていた。

飛行の腕も固有魔法も優秀でストライカーユニットの知識も他のウィッチよりも格段に優れている。

 

501ではその技術を活かし実技調整しながらストライカーユニットを改造しているのだとか。

ヴィルケ中佐や坂本少佐の間で取り決めがあるのだろう。

 

整備中隊から聞いた話なのだが彼女のストライカーユニットだけは最低限以外整備していないらしい。

彼女自身が整備を行うから。

 

知られたのだから聞いてしまうか。

その方が互いにすっきりするだろう。

 

 

イェーガー大尉はウィッチについては調べたことはありますか。

この前の憑依事件もそうですが、固有魔法や戦闘以外でウィッチに何ができるのか知りたくなりまして。

 

「戦闘以外?

うーんそうだな。

ウィッチとしては戦闘以外ほとんど魔法力を使ったことがないからなぁ」

 

 

含みのある言い方だったがまぁいいか。

 

そういえば彼女は連絡機という名目で航空機を所有している。

バイクも個人で所有している。

どちらも基地に置かせてほしいと中佐に言っていたそうだがスペースの都合叶わず、基地から近いガレージに格納されているそうだ。

 

それらもまた手を加えているのだとか。

魔女としてよりもメカニックとしての活動の方が彼女は多いのだろう。

 

 

「それより、少尉も男だったんだな。

ウィッチ(女)のことに興味津々とみた」

 

 

恐れていた流れになってきた。

裏ではなく堂々と俺に対して言ってくるのはまだ良いが。

 

 

あまり大っぴらに話さないでくださいね。

これでもオカルトなどに子供の頃から興味があったんですよ。

男の身なので夢物語にすぎませんでしたが、憑依のこともあって再燃したんです。

貴女方と一緒ならそういったオカルトも検証できるかなと。

 

 

本音半分といった具合だが嘘ではない。

 

 

「…意外だな、少尉は軍務が恋人だと思っていたが。

趣味もあったのか」

 

趣味というほどではないかもしれませんが。

息抜きも必要かもしれないと思っていましたので。

これを機に。

 

「それならルッキーニの方が適任だよ。

中佐にあれだけ怒られたのに最近また何か企てているらしい。

今は近い内に開かれる親睦会の企画で手一杯みたいだけどね」

 

親睦会は知っていましたが、ルッキーニ少尉が企画を立てているんですか。

 

「中佐や少佐に言われて仕方なくといった具合だ。

一応言っておくが今回はルッキーニに任せてやってくれないか。

あいつ自身のためになることだ」

 

 

手伝わないと、と思ったが止められた。

 

確かに彼女の言う通りだ。

ルッキーニ少尉のためになる。

ただちょっと責任が重すぎないだろうか。

 

近隣との付き合いは言葉以上に意味を持つ大役だ。

 

 

助言くらいに留めておきます。

 

「それがいい。

整備班の男どもといい、お前たちはすっかりルッキーニの保護者だな」

 

それは違います。

ルッキーニ少尉はウィッチであり軍人であると同時にまだ子供で、私たちは大人なので。

子供に対する大人の役目を全うしているだけです。

都合のいい時だけ子供扱いをして失礼だとは思いますが。

 

 

ルッキーニ少尉のちょっとした気遣いに助けられている自分がいる。

だからこそ頑張らなければと思えるのだから。

 

真の保護者とはヴィルケ中佐のことを言うと思うのだが。

滅多に見られないが、怒ると怖いし。

何がとは言わないが圧がすごい。

 

子供といえば彼女もそうなのだが、大人びた立ち回りで忘れているが彼女はまだ16だ。

比べると20半ばの俺が情けなく思えてくるから考えないようにしているが、十分子供である。

 

そういえば。

 

 

イェーガー大尉は何の本を読んでいたのですか。

 

「ちょっとした工作の調べものさ。

さて、そろそろ昼が終わってしまうな。

ご飯を食べてないから私は行くよ」

 

 

時計を見やり彼女はそそくさと部屋を出て行った。

本は返してもらったが、読むのは今度にしようと棚に戻した。

長々と話してしまっていた。

俺も昼食を食べなくては。

 

ただ少し、歯切れが悪かったことが気がかりだった。

イェーガー大尉も俺が何を読んでいたか覗いたのだから俺も知る権利くらいあるだろう、と彼女が立っていた場所を探す。

 

慌てて本を戻したのだろう、掃除と整頓が行われた本棚の中で唯一動いた形跡のある本が見つかった。少しだけ斜めに入っている。

おいしいお菓子の作り方、というタイトルだった。

 

そういうところは年相応なのだな、と思った。

もしかすると彼女がわざわざ入り口でこちらを伺っていたのは自分の読んだ本がバレるのを防ぐためだったのかもしれない。

 

本を正しく戻した。

 

 

 

後日、ハルトマン中尉が茶会で皆が持ち寄ったお菓子の話を聞かせてくれた。

その中にあったバタークッキーが美味かったとも溢していた。

少し焦げるくらいにこんがり焼かれているのが彼女には好評だったらしい。

 

 

 

クルトも整備中隊の男どもも彼女らと同様に過労で倒れた俺を労ってくれた。

 

 

彼らや彼女らが一様に心配してくれたのは嬉しいことであったが、それ以上に心が苦しかった。

 

言えないことがこれからも増えるに違いない。

 

俺はこれからも心の内を誰かに話すことはないのだろう。

 

自分の本当の身の上など家族にすら話したことはないのだから。

 

 




イメージ体ヨーロッパミヤマクワガタ

医務官のできる範囲行える処置の範囲や病院に行くかどうかが知りたかった二週間でした。


8/1 改行を削除、修正


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親睦会1

誤字報告ありがとうございます。


 

魔法使いの家系だった、祖母が私に話してくれたことを思い出した。

 

遥か遠くの国からこの地へ移り住んだ私の先祖は、数代経て魔法力を失った。

 

異国のこの土地が合わなかったと考えられているが、真実は定かではない。

 

ただ、私が強い魔法力を持って生まれたのはかつての魔法使いの家系だったからだと考えられていた。

 

何度目かの戦争への招集がかかり、類稀な魔法力を見初められて勧誘を受けた。

 

強制ではなく任意だとその部隊の隊長さんは言っていた。

 

家族は反対したが、私の意思は別にあった。

 

父の足を患わせた憎むべき存在と戦うことに抵抗を感じていなかった。

 

私が生まれ育ったこの国を、この港を守ることができるのならば、と勇気が湧いてくる。

 

私の答えに父は悲しい目をしていたのが印象的だった。

 

父や祖父は戦争を知っている。

 

国と国、人々と人々とが起こす戦争、私では想像もつかない。

 

どうやら近い内に戦争が始まるらしい。この国の中で。

 

隣の国はなくなる寸前なのだと聞かされた。

 

学校を辞めて軍学校へと通うことになった。

 

家族や友達とはしばらく会えなくなる、でも戦争が終わったら一杯お喋りしようと約束した。

物心ついた時には一緒にいた――と――――――――――――――――――

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目を覚ますと部屋はまだ暗く、日の出前だと気が付いた。

 

ベッドから体を起こし、伸びをしてから立ち上がる。

夏に入って間もなく、海がすぐそこに広がっているドーバー海峡のこの基地は無視ができない暑さになってきていた。

 

まず最初に感じたのは体の軽さだった。

毎朝怠かったというのに今日は快調だった。

夢を見る時期が過ぎつつあるようだ。

 

夢での時間は進み、とうとうあの少女がウィッチになるために軍へ入るところになっていた。

どうやらあの少女はウィッチの適性を知ってから軍へ志願したそうだ。

 

それと。

それと、なんだったか。

 

どうやらまだ少し眠気が残っているらしい、顔でも洗って来よう。

 

 

 

調子が戻り、これまで通りに軍務を行えると改めてヴィルケ中佐に伝えた。

わざわざ伝えたのは自分なりのけじめのためでもあった。

彼女は気を悪くすることもなく、軍務に戻ることを了承してくれた。

 

彼女の下に訪れたのはスケジュールのすり合わせのためだった。

 

 

「既に知っていると思うけれど、近い内に近隣の村と親睦会が開かれます。

開催時期はネウロイの襲撃に左右されると伝えて了承を得ています。

現地にて数名の国防市民軍と連携して開催することまでは決定しました」

 

 

国防市民軍とは地域防衛のための組織だ。

退役軍人や兵役免除者などで構成されている。

村出身の国防市民軍もいるかもしれないが、大抵は一定以上の階級の者が派遣されてくる。

今回も例に漏れずそうなるだろう。

 

 

親睦会の企画についてはルッキーニ少尉が考案していると伺っておりますが。

 

「ええ、全てではないけれど、彼女の裁量が試されることになるわ。

ウィッチ総出で行きたいけれど、有事のために基地にはバルクホルン大尉、ハルトマン中尉、リトヴャク中尉を残すことまでは決定済み」

 

 

中佐は自分の執務机から何かの書類を取り出した。

親睦会の企画書だった。

ルッキーニ少尉が書いたのだろう慣れないような文字で事細かに書かれている。

 

 

「親睦会の開催に当たり、ストライカーユニットと共に数名の整備班も同行させます。

少尉も来てくれないかしら、貴方がいると心強いわ」

 

 

強制ではなくあくまで任意でと彼女は言った。

断る理由もないが、どこか裏があるような言い方だった。

 

 

承知致しました。

是非お供致します、中佐。

 

 

上司の頼みを無下にする部下などいるはずもない。

それ以上に命令でなくともヴィルケ中佐の頼みを断ることなどあるはずもなかった。

 

可能性の話だが、村にウィッチのことを快く思っていない人がいるかもしれない。

村から501に直接来る苦情はないが、ブリタニアから軍に向けられた苦情は数多く存在する。

 

あ、嘘。

 

そういえば先週に宮藤軍曹が村の麦畑に墜落して大穴開けてるわ。

今までも馬小屋や鶏小屋にストライクして半壊させてたりと大事にはなっていないが反省文を書いていたのを続けて思い出した。

詫びを入れるくらいはしなければならないが、下手に出られないのが軍というものである。

もちろん壊れた小屋は直したし書面で謝るような旨は伝えられているが、実際に赴いていない。

 

体よく詫びを入れられる親睦会はやはり必要なことだったと改めて感じた。

 

 

 

翌週、親睦会前日。

 

恒例になってきている蔵書室でウィッチの資料を読んだ後、遅めに昼食を食べに食堂へ向かった。

食堂ではユーティライネン少尉がカードを机に広げ、暇そうに背を椅子に預けていた。

イェーガー大尉もだが親睦会の前だというのに結構時間がありそうな雰囲気だ。

 

宮藤軍曹やビショップ軍曹は料理を振舞うらしい。

事前準備は機材や食材くらいだが最後の練習として今日の昼は彼女らの作り置きの料理だった。

俺は親睦会では同席する整備兵数名と同様に風船を膨らませたりする裏方に決まったが、彼女は何の出し物をするのだろうか。

 

 

「何か用でもあるのか?」

 

 

視線に気が付いたのか半眼でこちらを睨んだ。不躾だった。

失礼しました、と厨房にトレーを返して彼女の向かいに座る。

 

 

ユーティライネン少尉は親睦会で何をされるのですか。

 

「わたしが暇そうだと思って言ったろ」

 

そんなことは。

で、何をされるのですか?

 

「秘密」

 

 

どうやら用意は終わっているらしいが。

 

なら訓練もないし座学もないし、時間を持て余しているのだろう。

やっぱ暇なんじゃね、と言えば機嫌が悪くなるのはわかり切っているので、心の内に留めておく。

 

 

 

「お前、今視線を」

 

ところで少尉、タロットカードを眺めていたようですが、何かあったのですか。

 

「…まぁいい。

何かって、占いをしていただけだ。

気になるか?

よーし、なら今から少尉のことを占ってやろう」

 

 

俺の返事を待たずに彼女はタロットカードを集めてシャッフルしだした。

 

暇潰しでもしていたのだろうなとあたりを付けて茶を啜る。

 

ユーティライネン少尉は未来予知の固有魔法を持っている。

ただ、占いはそれとは別なようで全然当たらないらしい。

当たりそうだと先入観を持っていたが、当たらないことで基地の間では有名である。

聞いた話なだけで俺は占ってもらったことは一度もないが。

 

彼女はタロットカードを円を描くように並べ、最後の一枚を中心に置き、捲る。

 

 

「おー!

喜べ少尉、恋人のカードだ」

 

 

6の番号が書かれたカードが表返った。

彼女から見て正位置、信頼、絆など良い意味だったはずだ。

 

 

良いことが起こりそうですね。

いやぁ、運がいい。

 

 

猛烈に嫌な予感がする。

悪い意味だった方が逆に安心感を得られたかもしれない。

 

失礼します、と伝えて他のカードに目を通す。

22枚の大アルカナのタロットカードだ、久々に見るが現代のそれとは何も変わらない。

 

こういう時は何かで相殺するに限る。

 

 

ユーティライネン少尉、今度は私が貴女を占いましょう。

 

「え、やだよ」

 

そう言わずに、私も昔にちょっとばかりかじっていたもので、やり方は知っています。

自分自身で占うよりも他人に占わせてみても面白いのでは。

 

「わたしは誰かを占うのは好きだけど、誰かに占ってもらうのは。

いや、占ってもらうこともあるけどさ」

 

じゃあリトヴャク中尉を占いますね。

 

「やめろ!

じゃあってなんだじゃあって。

サーニャをそんな扱いにすんな!

させるか、やるならわたしをやれ!」

 

なら始めますね。

 

 

22枚のカードをシャッフルする。

 

最近になってようやくわかり始めたのだが、彼女はリトヴャク中尉を引き合いに出されると稀に知能が著しく下がる。

以前に屋上に呼び出された時もそうだったが、彼女は感情の振れ幅が大きい人のようだ。

 

ネウロイに対してシールドなしで戦うところから持っていたヤバイ女というイメージは壊されつつある。

クールな一匹狼というイメージは既に壊れたが。

少しは彼女のことが理解できてきたのかもしれない。

 

シャッフルして円形に並べて残ったカードを中央に置く。

 

 

おや、節制の正位置ですね。

意味は確か、静観でしたっけ。

 

「放っておいても物事がうまく行くってことだ。

…逆に不安になってくるな」

 

親睦会で何の出し物をするか詳細は知りませんが、放っておいても大丈夫なものなのですか?

 

 

トラックに積む荷物から大体は予想ができる。

 

台本などを用意していないところから見るにやはり彼女の故郷であるスオムス関連だろう。

慣れ親しんだことならばアドリブで対応ができる。

 

 

「仮にわたしの出し物がダメになったとしても、風船配りなり裏方なりやれば済む話だし」

 

そうですか、でも、もしそうなったら残念ですね。

私も親睦会へ行くことになりまして、整備班と同じく裏方で人数は間に合ってます。

やるとすれば表で風船配りになると思いますが。

 

「ならそれでいい」

 

 

親睦会には消極的なのだろうか、少し不安になる。

ただ、もしもそうなら基地に残ると彼女ならば言うはずだ。

何かしらの狙いがあるのかもしれない。

 

 

ああ、そうだ。

整備中…広報部から貴女方の姿を写真で撮るのを熱望されておりますので。

当日はカメラを持っていきます。

頑張ってくださいね。

―――ところで、クロステルマン中尉の出し物はご存じで?

 

「知ってる知ってる、ペンギンの着ぐるみで風船配りだろ。

よくやるよ。

でも親睦会も歴とした任務の内なんだ。

あれも必要なことだな、うん」

 

そうですか。

私も全力でサポートします。

もしも風船配りになれば、クロステルマン中尉と一緒に頑張ってもらいますので、よろしくお願いします。

話は変わりますが、少尉はオカルトについて明るいと小耳に挟んだのですが。

 

「スオムスにいた頃からの趣味みたいなものかな」

 

 

彼女がオカルト関係に詳しいのは周知の事実でもある。

 

聞きたいことは山ほどあったが、幾つも質問すれば気を悪くするかもしれない。

そもそもオカルトという言葉は多義的だ。

俺の聞こうとしている内容と噛み合わない可能性も高い。

聞くならば簡潔に、かつ、広く、浅く。

 

 

神話やおとぎ話については詳しいですか?

それが実際にあった出来事なら眉唾ものなのですが。

 

「話が広いな。

例えば世にある童話の幾つかは実際にあった話を子供に聞かせるために差し替えてある。

それと同等のことが神話やおとぎ話であるかもしれないし。

詩的な小説家が作ったものが神話だの呼ばれているかもしれない。

神話が本当に存在するなら世界は鶏の卵から生まれたことになるぞ?

もしくは神様が七日間で世界が創ったり。

何か気になることでもあるのか?」

 

 

めっちゃ饒舌になったわ。

内容がしっかり理解できるあたり俺も俺でなのだが。

現代のようなインターネットがなく図書館の本もまちまちなこの時代からすると相当好きなのだろう。

 

前置きは予想以上に効果があった。

 

既にわかっていることだが、この世界は俺が元居た世界とは違う。

歴史もあまり詳しくはない俺であるが、伝説やおとぎ話の中にも違いはあった。

具体的な違いの一つとして魔法使いは魔女として女性に置き換わっていることだろうか。

 

例えばこの地で有名な円卓の物語でも王に仕えた魔術師が女性に置き換わっている。

探せば他にもあるだろう。

 

この世の魔法使いは男性ではなく、女性だということは断言していいのかもしれない。

そこまで一通り思い起こしてから口を開いた。

 

 

呪いについて知りたいのですが。

私の読んだ伝記では魔法使いよりも呪い師が多かったので。

魔法使いについては貴女方の存在がありますし、なら呪いは、と。

 

「ああ、そっちか。

恨みや辛みの呪いは存在するかもしれないな。

まず魔法=呪いって見方ができるし。

実際に見たことは…まぁ、うん」

 

 

もし呪いが存在するならば西側は呪いで溢れ返っていることだろう。

実際に目の当たりにしていないのでそれが事実かどうか確かめる術はないが。

 

ただ、オラーシャやスオムスという最前線を経験している彼女が言うのだからやはり存在しないのだろう。言葉を濁された気もするが。

 

ウィッチ全てができるわけではないということなのかもしれない。

先日の憑依事件からそういう才能を持つウィッチであれば可能なのではないかと思っている。

 

あの少女は家族全員をネウロイに殺されている。

敵であるネウロイを倒した後で少女は息を引き取ったが、強い恨みを持った状態で死んだと言えなくもない。

心苦しいがあの少女には呪いの才能があった、ということではないだろうか。

 

ただの推測に過ぎないが、自身の身に降りかかっている倦怠感と少女の記憶は呪いやそれに近い何かではないかと考えている。

 

ならば解呪するまでのこと。

ただその方法は一切の手掛かりがない。

ユーティライネン少尉の話で進展するかもしれないと思っていたが、そこまで詳しく知っているわけではなさそうだ。

 

 

「ただ、使い魔との契約は魔法というよりも呪い(まじない)寄りだろう」

 

 

少しだけ落胆した気持ちで彼女の話に相槌を打っていると使い魔の話になった。

のろいとまじない。

意味は同じだが前者は悪い意味で用いられることが多く、後者はその逆で良い意味で用いられる。

 

蔵書室で知ったことだが彼女らが契約している使い魔は精霊らしい。

実際にいる動物とは異なるようだ。

 

 

「使い魔と言えば宮藤のは特に自己主張が強いな」

 

自己主張、ですか。

どうやら私は精霊や使い魔が見えないようです。

どんなことをしているのですか。

 

「あー、うん。

宮藤本人に聞いてみるといい。

少尉相手なら表に出てくることもないだろうが」

 

 

話が逸れているがここで呪いについて再度聞くのは不自然か。

彼女の口振りでは呪いについてはそこまで詳しくなさそうだ。

 

それから以前ルッキーニ少尉がやったダウジング占いやダイス占いについて話を触れ、昼休みの終わりが近付くと手をひらひらさせて彼女は食堂を去って行った。

 

やはりルッキーニ少尉の憑依事件は彼女が絡んでいたようだ。

ただそれは偶発的なものだったらしく本当に憑依するとは露程も知らなかったらしい。

一回目はそうだろう、二回目以降は本当にそうなのかは疑問である。

 

 

昼の時間も終わりが近付き、午後の予定のために食堂を出た。

 

進展がないという収穫があった。

 

 

親睦会のため明日は忙しくなりそうだ、済ませられる用事は早めに済ませておくべきだろう。

ステージや屋台は丁度今頃整備班が村の広場で設営している。

 

考えながら廊下を歩いていると突然背後から両肩を掴まれた。

誰だ、と思ったが掴まれてすぐに肩が悲鳴を上げている。

 

バルクホルン大尉とエンカウントしたのは明らかだった。

 

叫び声を上げたくなった。

 

 

「聞いたぞ少尉、親睦会に写真機を持って行くそうだな」

 

そうですけど。

 

 

正面に向き合ってなお肩を握り締め直した彼女を見て、決して逃げることなど不可能な状況だと理解した。

 

 

「頼みがある。

撮った写真の中から何枚か融通してもらいたいのだが」

 

 

バルクホルン大尉はひどく興奮した面持ちで肩を揺すってくる。圧がすごい。

この人こんな人だっけ、いや、こんな人だったかも。

わかりましたと答えると彼女は満足したようで去って行った。

今にも小躍りしそうな後ろ姿だったと付け加えておこう。

 

 

 

翌日、早朝に2台の軍用トラックが基地を出発した。

 

彼女らが各々に用意した出し物を詰め込んで出発したが、やはりトラックの荷物でメインとなるのは宮藤軍曹とビショップ軍曹の料理の材料だろう。

積載量が違う。

片方のトラックに出し物の荷物が丁度乗り切ったくらいだ。

村の住人が腹いっぱいで満足できるような量だった。

もちろんその中には俺たち501の分も含まれている。

 

もう片方にはストライカーユニットが積載されている。

不測の事態のためだが、3機の内1機はイェーガー大尉が村人にユニットの解説を行うそうだ。彼女の出し物だった。

 

トラックの移動で少し時間が空いた。

特にやることもなく、彼女らと話すこともない。

 

目を閉じて、この後の段取りを思い起こしているとユーティライネン少尉の言葉を思い出した。

宮藤軍曹の使い魔は特別自己主張が強いそうだ。

使い魔について聞こうかと思ったが既に彼女らは彼女らで談笑していた。

 

急ぐ理由はあるが、使い魔に関しては疑問を晴らすためではなくほとんど興味本位だ。

また今度聞こうと再び目を閉じた。

 

そういえば、あの少女の使い魔はどんな精霊だったのだろうか。

契約主が死亡した場合、使い魔はどうなるのだろうか。

答えの出ない疑問を思い浮かべながら、トラックのエンジン音と彼女らの他愛のない話し声を聞き流して時間が過ぎた。

 

 

クロステルマン中尉は基地を出る前からペンギンの着ぐるみを着ていた。

 

意識が高い。

 

 

 

「第501統合戦闘航空団、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐です」

 

 

村の中央に位置する広場で出迎えられた。

中佐が先んじて彼らに名乗り敬礼した。

 

村側は国防市民軍が数名前に出て同様に名乗った。

 

そして。

 

 

「トリビューン紙のオーウェルです。

今回の親睦会の取材をさせていただきます」

 

 

ヴィルケ中佐と坂本少佐の顔が一瞬固まるのがわかった。

空気が張るような緊張感、ただの一瞬だけそう感じた。

 

それくらいのことは来るのではないかと思った、まぁ、ある種の宿命というか。

 

親睦会の話は大々的には伝えられていない。

あくまでこの村と501の間、加えて国と民の心象を良くするためのものだ。

 

中佐がどこで知ったのかを尋ねると彼は守秘義務があると返した。

どうやらどこからかメディアが嗅ぎつけたらしい。

 

記者も十人十色である、決めつけは良くないがこういう場合はどんな人間がくるかなど、

 

 

「あんな小さな子たちを戦場に駆り出し、棺桶に片足突っ込んでいるような大人が、安全な場所で金勘定。

……士気は下がりませんか?」

 

 

どうやら仕事熱心な記者さんが来たらしい。

 

 

「あの子たちはこのブリタニアの危機を救うために、自ら志願して集まった勇敢なウィッチたちです。

その力を多くの人を守るために、という気持ちに一片の曇りもありませんわ」

 

「その力を多くの人を守るために……確か、ストライカーユニットの開発者の一人、ドクター・ミヤフジの言葉ですな」

 

 

中佐と記者が早くも火花を散らし始めた。

流石中佐というか、露骨な挑発や失言に対しても全く声色を変えない。

 

逆に怖いんだが?

 

 

「――いろいろと取材、重ねてますからねえ。

ウィッチーズと、その上官であるトレヴァー・マロニー大将との不仲説なんぞも。

ダウディングの遺産である貴女たちは、マロニーから……」

 

 

彼の推論は概ね事実だった。

しかしそれは正直言って、推測や憶測を重ねれば辿り着くような話である。

 

そういったスキャンダルの真否を確かめるのも彼らの求める情報だろう。

ただそれは相手が軍関係者であっても答えることができない。

 

 

「さあさあ、もういいでしょう?」

 

 

助け舟を出したのは俺でも坂本少佐でもなく、国防市民軍の男性だった。

社交辞令は既に逸脱しているのは誰が見ても明らかだ。

 

先程も名乗っていた中にいた彼はガレット少尉だ。

良かった、どうやら国防市民軍は記者とは通じていないらしい。

 

広場での紹介を切り上げ、各々が出し物の用意に取り掛かった。

中佐は国防市民軍の誰かと一緒ならばあの記者も迂闊に話しかけられないだろう。

 

 

「は~い、じゃあ、芳佳とリーネは屋台に行って料理にかかって!

中佐と少佐はステージ裏に回ってください!」

 

 

広場には既に設営が終わった屋台やステージがあり、あとは彼女らが始めるだけとなっている。

ルッキーニ少尉を中心として彼女が指示を出していく。

 

たばこを巡って走り回った日からそこまで長い月日は経っていないと思っていたが、成長を感じさせる立ち振る舞いを見ていると込み上げるものがある。

 

打ち合わせ通りに整備中隊と共にステージの裏で風船を膨らませる。

 

 

「おーい、少尉。

風船の膨らませ方教えてくれ」

 

 

しばらくするとユーティライネン少尉がステージ裏にやってきた。

 

自分でも出し物がダメになったら裏方をやると言っていた。

案の定ということだろう。

 

風船作りもだが容赦なくクロステルマン中尉の隣で風船配りをやってもらおう。

きっと普段以上に疲れるはずだけど。

 

阻塞気球もだが、風船を膨らませるこのガスはヘリウムではなく水素。

言うまでもなく爆発する代物である。

ヘリウム自体は存在しているが、気球や風船には水素の方がまだ主流で普及している。

この会場で使う風船も例に漏れなかった。

規制自体は始まっているはずだが。

 

水素の詰まった容器には火気厳禁とでかでかと張り紙がしてある。

 

それを後目に軽く雑談しながら整備班の数名とユーティライネン少尉とで風船を膨らませているとふいに彼女の手が止まった。

 

 

「少ししたら記者が来るぞ」

 

 

未来予知で察知したのだろうか。

この親睦会で一番警戒すべき相手は彼以外にいないから。

裏手にいる整備班と顔を見合わせる。

 

少なくとも彼と話をしたいと思う人間はこの場にいなかった。

相手をしないのもいいし、避けてこの場を移動するのもいいが。

 

毎回彼女に予知してもらうわけにはいかない。

彼女の未来予知は長期的なことは読めない。

何も言っていないが、もしかしたら先程から何度も未来予知をしているのかもしれない。

どれだけの魔法力を消費するのかわからないが、一日中してもらうわけにはいかない。というよりもできないだろう。

頼りになる安全策だが彼女の魔法力を減らすのは明らかに良いことではなかった。

 

 

ユーティライネン少尉、申し訳ないのですがしばらく私の仕事をお願いします。

用事が出来ました。

 

「別にいいが。

…おい、なんだそれ?」

 

ペンギンの着ぐるみです。

本当は貴女へのプレゼントだったのですが。

一応私が着れるようにもできますので。

 

「……聞いてないんだけどさ。

それ、わたしに着せるつもりだったのか?」

 

はい。

夜なべして作りました。

サプライズプレゼントです。

 

「ぶっ飛ばすぞ。

……足が隠れてないんだが。

生身丸見えだぞお前。

どれだけ足の長いペンギンだそれ」

 

急造でしたが貴女用に作ったつもりでしたので。

私が着ることになったので良かったじゃないですか。

ほら、節制の正位置。

 

「恋人は決まりだな、少尉?」

 

 

地面に唾を吐きかけたくなった。

 

 

 

「……ど、どうも」

 

 

裏手への入り口でペンギンの着ぐるみを着て風船を持って立ち尽くしていると話しかけてくる人がいた。

記者のオーウェル氏だ。

嫌そうな顔をしながらも仕事熱心な彼は俺の目の前に立ちふさがった。

 

 

何か?

 

「あー、コホン。

先の撤退戦の功労者の英雄殿。

そのー、話したいことがあるので、それを脱いでもらえませんかね?」

 

それはできませんね。

これを脱げば職務放棄と見なされてしまいますので。

 

「いじめとか受けていらっしゃる??」

 

 

 



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親睦会2

誤字報告ありがとうございます。


 

先程から広場を横切る村人から視線を釘付けにできている。

ペンギンの胴体に人間の足ならそりゃ。

軍服の上から着込んでいるが、いっそ脱いで青色か白色のストッキングでも履いてくるべきだったか。

 

いじめかどうかは丁重に否定しておいて、オーウェル氏と村を歩きながら話すことになった。

 

心底嫌そうな顔をしているが誘ってきたのは彼である。

俺としては彼と話すことは避けたいことだった。

だが他の面子が揚げ足を取られ、紙面に載ることも避けたい。

 

 

それで話とは?

 

 

この姿は心理的有利を取るためだ。

まともに話さないと相手にわからせるためとも言える。

俺が話せる軍の内部事情などほとんどないが、ちょっとしたことでも漏らせば軍法会議になるかもしれない。

 

この姿とノリで、全力で惚けるしかない。

 

 

オーウェル氏はしぶしぶといった具合だったが懐から手帳とペンを取り出した。

 

 

「実際のところどうなのですかね?

マロニー大将とは上手く行っていないのでは?」

 

さぁ?

私は下から数えた方が早い士官クラスでありますので、その辺の事情はさっぱりなもので。

しかし、上手く行ってなければ部隊は解散となるのでは?

何せ彼はヴィルケ中佐の上官の一人だ。

 

「解散させて大将自身が国から信頼を失ってしまえば意味がない。

機会を伺っているのではありませんか。

彼女らが大きな失態を犯せば解散となる可能性も」

 

大きな失態ですか。

 

 

いけない、言葉を濁すくらいで惚けられる内容じゃない。

 

実際にマロニー大将は問題事が起きればすぐにヴィルケ中佐に電話を入れてネチネチ小言を言ってくる。

中佐の蟀谷あたりがたまに太い青筋を浮かせているのですぐにわかる。

最近はずっと実績を盾に反撃できているそうだが。

 

ウィッチたちは確かに彼の言う通り精神面でも不安定かもしれないが、余りある成果を出し続けている。

 

ルッキーニ少尉あたりの大将への所感は嫌味を言うおっさんなのかもしれない。

 

 

「もしや解散すれば国の防衛がなくなるからあり得ないと思っていらっしゃる?」

 

そんな甘い考えは持ち合わせておりませんよ。

その場合どうなるかは私には予想できませんが、中央ならば代わりの部隊を用意するかもしれませんね。

 

「簡単に言いますねえ。

本気で代わりの部隊が用意できると考えているのですかね。

どの部隊も人員面で余裕がないということは最前線を取材する記者なら誰でも思いつく。

501のウィッチたちを各国各地へ戻したとして、再編するほどの人材をあの大将がすぐに確保できるかわかりませんよ。

貴方ならそのくらい、わかりますよね?」

 

 

その通りだと思った。

 

上の連中の内部事情はわからないが、他の基地へ連絡を入れることがある故に各地のひっ迫具合には多少理解があるつもりだ。

 

マロニー大将の態度は記者からすると理解できないのかもしれない。

替えが利かないのに国防をしている501と不仲なのだから。

表面上だけでも友好的にするべきだろう。

軍内部だけでなく外部のメディアでも気付かれるくらいに露骨になっているのかもしれない。

501が解散してから思いつくのがマロニー大将の息のかかるウィッチたちで構成される部隊と交換することだろう。

マロニー大将のことを少しでも知っているならわかるが、彼はウィッチ自体を快く思っていない。

彼の息のかかるウィッチなどほとんどいないだろう。

だからこそどうするのか、メディアが気にしているのはそこなのかもしれない。

 

それに俺には他に心当たりがある。

ウィッチに替わる兵器だ。

それがどんなものかまだわからないが、大将は自信があるのだろう。体面がおざなりになるくらいに。

まだウィッチに替わる兵器のことは漏れていないだろうが、このままだと気が付く記者が出るだろう。

もう既に噂くらい出ているかもしれない。

それの開発が終われば501はすぐにでも解散するだろう。

そんなことに501の俺が加担しているのだから、笑えない。

 

死ねばいいのに。

 

 

「もし本気でそう思っているなら幻滅だなぁ。

貴方のファンだったのに」

 

 

 

丁度村の広場をぐるりと一回りした。

ヴィルケ中佐や坂本少佐はステージで用意しているが遠巻きに俺と彼の姿を見ているだろう。

 

ファンという言葉に足を止めてしまった。

俺個人に向けての言葉は久しぶりだった。

この記者が過去に俺の素性を洗っていてもおかしくはなかった。

 

その反応を見て彼は言葉を続ける。

 

 

「貴方のことも私らの間ではとても有名だ。

誰もが絶望していた撤退戦で民間人の乗る船を守り切り、かつ兵士の帰還者も数名出すことができた。

それを指揮し成し遂げたのがまだ若い新人士官ときた。

加えて終いには巨大ネウロイを撃墜だ。

まさに獅子奮迅の活躍。

是非話を伺いたいとかねがね思っていたので」

 

 

撤退戦のすぐ後に何度も経験したはずのそれは、俺という個人に対する評価だった。

叩けば埃がたくさん出そうだ、と俺には聞こえた。

嫌な記者だ。

 

撤退戦の後、多くのメディアから取材を受けることになった。

どんな経緯や思惑があったにせよ、世間で俺は撤退戦で功績を残したと報じられていたから。

 

英雄だの歯の浮いたような言葉で褒めちぎられたこともあるが、俺がカールスラントの金持ちの出ということが周知されると、それまでの言葉を180度変える者も少なくなかった。

 

士官学校も様々な思惑の錯綜する魔窟であったが、501に配属されるまでのロンドンや中央での日々は心が落ち着かせられるような日常はなかったと言える。

 

見方を変えれば批判などいくらでもできる。

それが否定しようのないことであるならば尚更だ。

 

あの港で、民間人を含む誰一人として生還者が出なくても彼らは困らない。

軍としては全滅の方が都合が良かった。

俺たちがあの港で全滅していたとしてもダイナモ作戦は成功と報じられていたはずだから。

最小限の損害で、無駄が少ない。

事実、俺たちが粘り、そして送り出した船や傍受された通信から民間があの港の存在を世間に知らせなければ、全滅するまで放置されていただろう。

 

たった数名を助けるために割かなければならない人員と戦力は無駄という他ない。

だが見過ごせば世間は軍を許さなかっただろう。港にいるネウロイが撃墜されたのも大きな後押しになった。

 

民間人を含め全滅した場合、あの港にいたすべての兵士が英雄と祭り上げられていた。

 

ネウロイに苦境に立たされているとはいえ世間はまだ、死んだ人間を貶すほど終わっていないのだから。

 

だから彼らは気が付いてしまった。

あの撤退戦で生き残った俺は死を恐れず戦い、帰れなかった兵士たちとは真逆の人間なのではないか、と。

 

軍は彼らの辿り着いたその事実だけは許さなかった。事実無根であると。

それは軍隊の沽券に関わるから。

現在のメディアの俺に対する評価は腰抜けか愚か者だろうか。

 

しばらく時間が経って忘れ去られるだけだと思っていたが、あまりにも都合の良い考えだった。

 

この親睦会に来るべきではなかったのかもしれない。

違う、基地の外へ出るべきではなかった。

 

俺が501に所属していることを知る人間は軍外部では多くない。

調べればわかることであるが、調べるほど俺に価値はない。

 

この記者が俺の存在を知ったのは顔を知っていたからか、それとも誰かの差し金の一つか、それはわからないが。

彼が501に俺がいることを触れ回れば501の評判は落ちるかもしれない。

 

広場にあるベンチに座る。

異性同士ならまだ雰囲気があったが腰かけているのはペンギンと記者でどちらも男だ。

ファンシー(個人的主観)な見た目とは似つかわしくない重い空気が立ち込めているが、幸いにも聞き耳の立てられる間合いには人がいなかった。

 

どう切り出すかと考えていると、広場中の村人が拍手を始めた。

見ればステージの上にヴィルケ中佐が立っていた。

この親睦会の彼女の出し物である歌の時間が来たらしい。

 

綺麗なドレスを着た彼女が歌ったのは、故郷のカールスラントで流行したものだった。

彼女が歌い終わるとしばらくの間、広場を拍手と人々の熱狂が木霊した。

 

俺や隣に座る記者すらもそれまでの会話を隅に置き、拍手に参加した。

 

以前からクルトに彼女の音楽の才覚を聞かされていたが、歌という形で実際に目の当たりにするのは初めてだった。

ネウロイさえいなければ、彼女は軍人ではなく音楽という綺麗な道へ歩みを進められていただろう。

そんなどうしようもないことを思い浮かべ、気が付いた。

 

遠巻きだったが彼女の着るドレスには見覚えがあった。

 

クルトがあの港で自身の車に乗せていたものだ。

 

 

 

この歌。

映画やラジオでも流れていたんですよ。

戦争が始まる前、友人に何度か映画に誘われましたが、結局最後まで一緒に行くことはなかったな。

 

 

自分の身の上話をするのは501に来て初めてだった。

今日初めて会ったばかりの、それも気を許せない相手にするなどどうかしているのかもしれない。

ただ、それをしても構わないと思えるくらいに落ち着いていた。

 

 

「…映画は嫌いなので?」

 

嫌いというほどではありません、小さい頃は家族と劇を観たりしていましたし。

ただ学生の頃は余裕がなかったもので。

自慢ですが、学校では噂になるくらいのガリ勉でした。

 

「カールスラントでは絶大な富を持っていたというのに、娯楽はあまり嗜んでいなかったと?」

 

目の前のことだけに、ただ必死でしたので。

 

「ネウロイもまだ侵攻していない頃でしょう。

何のために?」

 

国のため、家族のため、そして何よりも自分のためですかね。

ネウロイなんていなくても戦争は起きますよ。

必ずね。

ネウロイがいてウィッチが戦争の主戦力となった今じゃ、その勉強に意味はなかったと言う人は多いでしょうが。

何せ、勉強し鍛えたのは戦争で人を殺す方法でしたので。

 

「なるほど、確かに意味がない。

いや、たった数年だというのに時代は変わりましたなぁ」

 

 

さらさらと彼はペンを走らせる。

どうしようもなくそれが苛立つ時期があったが今はそれに興味すら出なくなっていた。

 

 

金もあった、土地もあった。

そんな人間が求める物はとてもわかりやすい。

それは権力だ。

この男も例に漏れずそうだった、ってところですか?

 

「…そんなことは」

 

どう捉えようとそれは貴方の自由だ。

否定もしませんし。

 

「世間体を気にされないので?」

 

そこを否定したら人間らしくないと思いますよ。

人はより良く、より豊かに生きようとするものですから。

それに出世欲はある方でした。

あの頃は特に。

 

「今は違うと?」

 

どうでしょうね。

言葉で伝えたところで貴方に伝わるとは思えませんし。

そうだと言っても疑うでしょう。

 

 

その言葉に彼は眉間に皺を寄せた。

 

ふと辺りを見回せばすっかり中佐の歌の熱狂は失せていて、代わりに広場には香ばしい焼き物の匂いが立ち込めていた。

軍曹たちの出し物である屋台だ。

お好み焼きの匂いが食欲を促す。

 

貴方が私に対して失礼なことを聞こうが貴方を提訴や告訴をすることはないと先に言っておきましょう。

意図的に軍の名を汚そうとしなければ割と自由に聞いてもらって良いですよ。

ああ、機密と判断すれば話しませんので、あしからず。

私への個人的なインタビューですもんね?

それはそうと話は変わりますが。

そろそろ昼時ですよね。

 

「昼にはまだ少し早い時間ですが。

それより本題があるのですが」

 

彼女たちの出し物で屋台を開いているのですよ。

先程から香ばしい匂いがしているでしょう。

猛烈に腹が減ったので私は行きますが、貴方も来ますか?

話は歩きながらでもできますし、食べながら談笑するのもまた悪くないでしょう。

 

 

ベンチから立ち上がり、匂いの方へ歩き始める。

ちょっと、とオーウェル氏が静止の言葉を投げかけるが匂いの方向に真っ直ぐ歩みを進めると彼も立ち上がって俺の後ろに続いた。

 

 

「姉ちゃん、あと焼きそば二つな!」

「はい!」

「こっちはお好み焼き!」

「はい、毎度!」

「姉ちゃん、こっちも!」

「はいはい!」

 

村の住人が列を作るくらいに宮藤軍曹の屋台は繁盛していた。

優先順位は村の住人からだ、俺が料理を食べられるのは彼らが一通り食べ終わってから、まだかなり先になるだろう。

昼時になれば混むと思ったから早めに来たが、どうやらお好み焼きは彼らの食指を動かすものだったらしい。

それには全力で同意する。

焦げた醤油の匂いが空腹を誘ってくる。バリエーションの一つとしてこの後にはタコ焼きも並行して作られるらしい。

これでは生殺しだ。

 

涎を垂らすのを堪えながら立ち尽くしていると、気が付けば後ろから着ぐるみの布地を触られていた。

振り向くと数人の子供たちがこちら着ぐるみを引っ張っている。

足長ペンギン、気持ち悪いペンギン、と各々の感想が投げかけられる。

感触が気に入ったのかペンギンの布地をやたらと殴ってくる少年を着ぐるみの手で受け止めてやると足で蹴ってきた。

生身の部分であるが小学生くらいの子供の力ではそこまで痛くない。

かわいいものだ。

 

 

「……いい加減にその着ぐるみを脱いでは?」

 

これが今の私の仕事ですので。

貴方にとっての写真機ですよ、これは。

 

「撤退戦の英雄殿が、落ちぶれたというかなんというか。

これを知られたらショックを受ける人が出るでしょうに」

 

そんな人間いませんよ。

今時代が求めているのはネウロイを倒してくれる英雄です。

少なくとも私のような者では決してない。

 

「――それには素直に同意しますよ。

それで本題ですが、一先ずあちらで話しましょう。

ここで話す内容じゃない」

 

 

写真機、と自分で言葉に出して喉元に何かが引っ掛かるような感覚になった。

思い起こしていると、子供たちが着ぐるみの布地を掴んで上ってきた。

子供たちには俺と記者の話がわからないのだろう、お構いなしに三人の子供が背中を目指してよじ登ってくる。

三人くらいなら楽々持てるが背中に乗るのはよろしくない。

どうしようか。

 

 

「こらー!あんたたち! 悪戯するのも大概になさい!」

 

 

怒気を篭らせてルッキーニ少尉が一喝すると子供たちはすぐに降りた。

子供たちは謝りながら彼女の方に駆け寄って行った。

親分と子供たちが言う。

彼女のことだろうか。

 

知らないところでパワーバランスが形成されていたらしい。

たまに基地に近隣の子供が来ていることは報告を受けていたが、もしかするとこの子らのことかもしれない。

 

 

ありがとうございますルッキーニ少尉。

助かりました。

 

「悪気はないの。わかってあげて」

 

もちろんです。

それはそうと、何か私に手伝えることはありますか?

今は少し立て込んでおりますが。

 

「えーっと、歌唱も剣舞も終わって落ち着いてるし特にない、かな。

少尉は親睦会を楽しんで!」

 

 

ヴィルケ中佐の歌唱も坂本少佐の剣舞も終わっている。

後は昼を過ぎて夕方までには親睦会は終わる。

やはりオーウェル氏との話だけで時間いっぱい使うことになりそうだ。

オーウェル氏の方に振り向いた。

 

 

サイレンが鳴り響いたのはその時だった。

 

 

 

ネウロイが来た。

 

 

 



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親睦会3

誤字報告ありがとうございます。


軍用トラックに備え付けられている無線で整備兵が連絡を取る。

トラックの周りに囲うように501と国防市民軍、その外に村の住人が集まっていた。

着ぐるみを互いに引っ張り脱がせて俺とクロステルマン中尉もトラックの周りに集まった。非常時のために彼女も着ぐるみの下に軍服を着ていたようだ。

 

誤報であることを願っていた、きっと俺だけでなくこの場の全員が願っているかもしれない。

そんなことは今まで一度もなかったというのに。

無線を取る整備兵の顔つきが険しくなるに連れて、誤報ではないということが確信に変わった。

 

 

監視所からの入電、ネウロイが出現した。

レーダーによる探知された高度は14000、現在南東70kmの海上を飛行。

巨大ネウロイ4機と小型ネウロイからなる編隊がブリタニア本土へ接近中。

 

その後すぐに追加の報告が入電する。

海上で既にネウロイは2つに分かれ巨大3機がロンドンへ、残り1機はこちら側へ向かっている。

以前にもあったがネウロイにしては珍しい戦力の分断だ。

片方はロンドンだろうがこちらへは理由がわからない。

これまで意思の疎通が図れなかったネウロイがまさか親睦会のことを知っているはずもない。

 

中佐は古い採掘場があることが原因ではないかと推測したが確証はない。

ただ、ネウロイの目的を推理している時間はこれ以上なかった。

 

 

「ロンドンに向かったネウロイ本体は、私とバルクホルン、ハルトマン、それにエイラとサーニャの5名で殲滅します。

別動隊迎撃の指揮は、美緒、あなたに委ねます。

いいわね?」

 

 

こちらも戦力を分けることになった。

村側は坂本少佐、イェーガー大尉、クロステルマン中尉、ルッキーニ少尉、ビショップ軍曹、宮藤軍曹の6名、巨大ネウロイは1機だが小型の数が観測し切れていない。

それ故の配置だろう。

巨大ネウロイ3機を相手にするのは中佐たちでも厳しいかもしれない。

勝つか負けるかではなく、市街に被害を出さずに倒せるかどうか。

 

今回現れたネウロイは新種ではない、彼女らは奴らの攻撃パターンを知り尽くしている。

戦力は分断するが、バルクホルン大尉とハルトマン中尉なら瞬殺も難しくはない。

 

だがたった1機で港を火の海に変えるような相手だ、間に合わなければロンドンは地獄となるだろう。

ロンドンに常駐するウィッチや訓練生も場合によっては出撃することになるのかもしれない。

戦力が増えることは悪いことではないが、国防を任されている501としてはそれは避けたい。

 

大きな失態になるだろう。

 

 

「残念ながら、親睦会は中止です。

みなさんは防空壕に避難を」

 

 

国防市民軍も動き出した。

あちらも非常時の手筈は整っているらしく、足の悪い老人や子供を優先し防空壕のある教会へ移動するようだ。

ネウロイの攻撃に耐えられるほどの規模ではないはずだが、身を隠さなければ的になる。

有事の経験故かそれとも訓練の賜物か、慣れた動きをして頼りになる国防市民軍だが、不安が顔に張り付いているのが印象的だった。

 

 

「馬鹿げているとは思いませんかね?

これでロンドンに大きな被害が出れば、中佐さん、あなた、司令部だけじゃなくマスコミからも追及されますよ?」

 

「この村を見捨てて全機ロンドンに向かったら、あなたは誉めてくださったかしら?」

 

 

オーウェル氏は相変わらずだったがこの状況では彼も防空壕へ入らざるを得ないだろう。

これまでの取材で自身にも命の危険が迫っていることは村人よりも知っているはずだから。

親睦会で取材することが山ほどあったのだろう、国防市民軍に背を押されながらも彼の言葉は途切れることはなかった。

 

俺と現地に来ている整備兵は基地には戻らず、村で国防市民軍と共に避難誘導を行うことになっていた。これは予め決められていた。

周期的にネウロイの出現は予想していなかったが、501のほぼすべての活動はネウロイの出現を想定している。

基地にバルクホルン大尉らウィッチ数名を残しているのもそういった非常時のためだった。

想定通りにネウロイへの対応をすることになる。

 

今までの統計上であるのだが、海洋を渡れるネウロイは大群で来ることはまだない。

まだこの世界で人類が生き残っている理由の一つでもある。

内陸であれば四方八方からネウロイが攻めてくる可能性もある。これまでの撤退戦が地獄だったのはそれもある。

 

部隊を分けることになるのは想定外だが、ネウロイの数はまだ許容範囲内なのだろう。

大陸での戦いで許容の限界を彼女らは知っているだろうから。

その戦いを生き残った中佐らがそれだけ強いことの証明でもあるが。

 

部隊を分ける都合、俺や整備兵も臨機応変な対応をすることになるかもしれない。

ストライカーユニットを乗せた軍用トラックに彼女らの武器の弾薬が積んである。

村側の補給地点として機能できるだろう。

理想は海上で殲滅することだが。

 

 

トラックに乗り込む中佐らを敬礼して見送ろうとしていると背を引かれた。

振り向くと国防市民軍の引く手を振り払い、オーウェル氏が俺の服を掴んでいた。

 

 

「少尉、あんたとの話もまだ終わってない」

 

 

必死なその表情には焦燥感が見てとれる。

親睦会でのわざとらしい敬語もなくなっている。

 

 

そうですね。

ただ、まずは生き残ることが先決だ。

今回の親睦会は中止になりましたが、またの機会になるだけです。

死ねば全てが終わりになる。

貴方にも生きて為さなければならない役目があるでしょう。

 

 

いつまでも服を離さない彼の手を強引に振り解いた。

俺の言葉が癇に障ったのか、明らかに苛立った様子で今度は俺の胸倉を掴んだ。

 

 

「わが身可愛さに部下を犠牲にして、あんたはのうのうと今を生きている。

私には椅子に座っているだけの軍の老人どもとあんたが同じに見えて仕方がない。

それだけじゃない―――」

 

「待った」

 

 

オーウェル氏の言葉を遮ったのはガレット少尉だった。

 

 

「そこまでだ、オーウェルさん。

それは今この非常時に話すことですか?

今貴方がするべきことは取材ではなく避難し生き延びることだ」

 

胸倉を掴む手を握り締め解き、彼を引きずるように教会の方へ引っ張っていく。

オーウェル氏は痛い離せと藻掻くが彼が離すことはなかった。

 

 

ありがとうございます、ガレット少尉。

 

「貴方は貴方の役目を果たしてください。

まずは女子供、それに老人の避難を行いましょう」

 

国防市民軍と共に村を走った。

足取りは重くぎこちなかった。

 

 

 

それも撤退戦の後、散々に取り沙汰されたことだった。

俺の口からメディアにはあの港での詳細を答えていない。

俺の口から答えればどうあっても尾ひれがつくから。代弁したのは軍だった。

 

それは軍人としての自分の立場を守るためだった。

 

“それだけじゃない―――”

少女の命を道具のように扱ったと最初に解釈したのはどのメディアだったか。

 

それは俺自身が思ったことでもあった。

彼女の願いでもあった、だが、自分が生き残るためにやったことなのは間違いなかった。

無理でも手厚く処置を施すべきだったかもしれない。

少女が息を引き取るまで手を尽くし、見守ることが倫理的に正しかったのかもしれない。

あるいはもっと別に方法があったのかもしれない。

多くの正しいかわからない選択肢の中で、俺は少女を自分のために使った。

それが結果だった。

 

オーウェル氏が本題だと言っていたのはそのことだったのかもしれない。

死ねば全てが終わりになる。

そんな言葉、俺が軽々しく口にして良いはずがなかった。

 

 

避難誘導は程なくして完了した。

市民軍は足の不自由な老人や妊婦を背に乗せ、あるいは肩を貸して率先して移動させていた。俺もそれに加わった。

村にある数少ない車や馬車の荷車を移動させてバリケードを作った。

 

空からくるネウロイには無力だが、防空壕を破棄する場合の移動に身を隠せる何かが必要だから。

多くの村人が移動する姿を見て何度となく港で死んでいた市民たちの姿が脳裏を過り気分が悪くなった。

だが自身の気分など二の次だった。

二度とあの結果を繰り返してはならない。

 

全員を教会まで運び人数確認を国防市民軍が終わらせるのを確認し、整備兵たちと合流した。

彼らは村に持ってきたストライカーユニットでウィッチたちを先行して空へ上げるために別行動をとっていた。

それも完了したのだろう。

 

村の上空をイェーガー大尉とルッキーニ少尉、そして宮藤軍曹が旋回している。

基地に戻った坂本少佐たちと空で合流し次第、海上のネウロイと接敵するだろう。

 

やはりというか宮藤軍曹は基地でもないのに飛行を成功させていた。

滑走路代わりの広場は確かに離陸までに妨げるものは少ないが、訓練時の彼女なら501の滑走路でもたまに失敗する。

そのまま海に突っ込むこともあったが今回は本番一発成功だ。

彼女ももう立派に頼りになる戦力だった。

 

人数確認が終わり俺たちは軍用トラックで待機することになった。

備え付けられた通信機器で上空を飛ぶウィッチらと通信を繋ぐ。

 

 

『地上、聞こえるか』

 

 

無線から聞こえてきた声は先行して空へ上がったイェーガー大尉だった。

村でストライカーユニットの解説という出し物をしていた都合か魔導エンジンのチェックも誰よりも早く済んでいたらしい。

整備兵がトラックに備え付けられた無線から受話器を取り応答する。

現在通信は良好だった。

 

 

『しかし、折角の親睦会が台無しだ。

奴らに責任を取らせてやらないとな』

 

『パパッとやっつけたら、再開できない?』

 

『難しいだろうな』

 

 

続いて空へ上がったルッキーニ少尉が期待するように言葉を弾ませるが、イェーガー大尉に切り捨てられた。

できるかできないで言うならばこの戦闘次第で可能性はゼロではないが。

少なくとも今日再開する可能性はゼロと言ってもいいのかもしれない。

事後処理は俺たち大人に任せればいいが、指揮を執るヴィルケ中佐や坂本少佐は難しいだろう。

村人にかかるストレスもある。

親睦会を見るに彼らはウィッチたちを信用してくれているが、状況が長引けばパニックを起こしても不思議ではない。

彼女もそれが実現できないことだと予想していたのだろう、二言はなかった。

村人の避難が終わったことを伝えるとルッキーニ少尉は安堵したようなため息を吐いていたのが印象的だった。

 

この会話は基地の方にも伝わっている。

ヴィルケ中佐への情報の橋渡しはあちらが行っているだろう。

少しして基地から出てきた坂本少佐らと合流し彼女らは海上へ向かった。

ネウロイが村へ来るまでに海上で殲滅し切れば問題はない。

予定外のことがなければ殲滅し切れるだろう。

 

ただ、今回のネウロイは戦う前かららしからぬ行動をとっていた。

 

 

通信で彼女らの声が断片的に車内に響く。

射撃音と聞き慣れない爆発音が無線と車の外から聞こえてくる。

 

坂本少佐が負傷した。

 

巨大ネウロイに小型ネウロイが格納され、小型には自爆する機構が備わっていた。

軍刀により近接攻撃もする坂本少佐には天敵だった。

戦闘は続行できると連絡は入ったが、増え続ける小型ネウロイに宮藤軍曹の治癒魔法を施す余裕もないのだろう。

 

幾度も行われたネウロイらしい物量作戦だった。

見た目はこれまでのネウロイと同じで新機構が備わっている。

小型にはレーザーを撃つ機構が備わっていないのが救いだろうか。

もし備わっていれば彼女らは全滅していたかもしれない。

 

ネウロイ侵攻の最初期には新型ネウロイに文字通り初見殺しに遭った兵士やウィッチたちは数多い。

情報とはそれだけこちらが有利に立てるアドバンテージだった。

今回もそうなるかどうかの瀬戸際だ。

誰一人欠けず、彼女らが倒してくれることを祈るしかない。

 

 

トラックの窓を叩く音が聞こえたのはそんな時だった。

外にいたのはガレット少尉だった。

 

「失礼します。実は…」

 

一部の子供たちが防空壕の中にいないらしい。

人数を数えた後に出て行ったのだろうか。

子供故に危機感がないのか、あるいはそれほどまでに彼女らへの信頼があるのか。

きっとどちらもだろう。

海上での戦いは間もなく陸へ到達する。

数が増え続けている小型機がこの村に来るのも時間の問題だろう。

その前に見つけ出さなくてはならない。

 

ただ、この場を離れることは命令違反だった。

基地から指示が来る可能性は大いにある。

臨機応変に、そんな都合のいい言葉が過るが、

これにより501を離れることなる可能性はゼロではない。

ゼロではないが。

 

わかりました、私も捜索します。

 

この状況で整備兵ではない自分ができることはほとんどない。

基地からの指示は規定通り整備兵が担う。

『あんたはのうのうと今を生きている』

――そもそもの話、

この親睦会で自分がいること自体が余分だった。

 

 

子供たちの特徴を聞くとすぐにルッキーニ少尉を親分と慕っていた子供たちだとわかった。

もしかするとルッキーニ少尉の近くへ行っているのかもしれない。

 

巨大ネウロイは肉眼で目視できるがまだ遠い。

だが小型は村の近くの上空をすでに飛んでいた。

小型の方は村よりもまだウィッチたちを優先しているように見えるが、何がきっかけで村へ突撃をするかわからない。

 

もう猶予が残されていないことを自覚する。

できるかぎり身を隠しながら見晴らしの良い丘へ向かった。

丘に向かう道の途中で巨大ネウロイから一筋のレーザーが放たれた。

次いで一際大きな爆発音、近くで小型ネウロイが爆発したらしい。

何度も夢で見た地獄のイメージが脳裏を過った。

 

息を切らせて丘に着いた時にはすべてが終わっていた。

オーウェル氏と子供たちとルッキーニ少尉が丘の上に立っていた。

オーウェル氏がいたことは予想外だったが全員無事だった。

 

事の顛末はわからないが彼女が子供たちを救ったらしい。

彼女はこちらを一瞥し、すぐに丘を飛び立った。

悠長に話をしている場合でもない、急いで子供たちを移動させなければ。

巨大ネウロイに向かっていく彼女を横目に子供たちの元へ走り寄る。

素人目でもわかるほどにルッキーニ少尉のストライカーユニットが傷ついていたのが見えた。

硝煙に混じり飛行機雲でもない黒煙が上がっているのは決して見間違いではないだろう。

 

 

――怪我はありませんか。

 

丘の上で立ち尽くすオーウェル氏に声をかける。

子供たちを見るとルッキーニ少尉が飛んで行った方をずっと眺めていた。

 

戦闘はまだ続く、まずはこの場を離れなければ。

一番背の低い女の子を抱き上げ、子供たちを歩くように誘導する。

子供たちは渋ることなく付いてきてくれた。

オーウェル氏も言葉もなく移動に従ってくれている。

妙に素直に従ってくれる彼に違和感を覚えながらも移動を開始した。

 

 

「…笑ってた」

 

 

そんな彼が村へ戻る途中、口を開いた。

笑っていたとはルッキーニ少尉のことだろうか。

彼女は喜怒哀楽がはっきりしている。

501のウィッチの中で一番年相応に見えるのが彼女だろう。

 

 

「ネウロイの攻撃はよく知ってる。

あの光を浴びれば人は人じゃなくなる。

なのに、どうして」

 

 

ネウロイのレーザー兵器は人間ならばどの部位に当たっても死に至る。

あの港で、横一線に薙ぎ払われたレーザーで相当数の兵士が死んだ。

直撃により蒸発した者もいただろう。掠っただけでも死は必然だ。

大多数はレーザーにより破壊された兵器や建物に潰されるか、それらが溶けて超高温の中で藻掻き苦しみながら死んだ。溶鉱炉に手足を突っ込みながら死んだも同然だ。

 

あの港で幾人もの兵士がそうして亡くなっていた。

生存者を探す過程で何度もそれらを見た。夢にまで出てくる。

死んだことに気が付かないまま死ぬか、激痛に苛まれながら死ぬかという違いなだけだ。

 

瘴気による死者は更に多い。

 

どう答えるべきか悩んだが、すぐに自分の中でその答えが出た。

 

 

彼女は真の英雄だからですよ。

 

「……それは本気で言っているのか」

 

皮肉じゃない。

私たちではどれだけ逆立ちして頑張っても、彼女らの隣に立つことすら許されない。

そんな頼りない大人たちの代わりに戦うのがウィッチだ。

だけど、それだけじゃない。

彼女らは彼女らの信念のために戦っている。

ヴィルケ中佐が言っていた。

あの子がネウロイと戦うのは、守りたい家族と友達と、みんなが住む家のため。

だからこそ、彼女は笑うことができた。

その力でみんなを守るために。

私のような英雄気取りとは違う、真の英雄だ。

 

 

彼女は恐怖の感情が麻痺している、そうかもしれない。

シールドがあるから死なないというウィッチである驕りがある、そうかもしれない。

漠然とした理由も根拠もない自信がある、そうかもしれない。

以前までならそう思っていたかもしれない。

俺は特に、彼女らを子ども扱いしている節があるそうだ。

彼女らにとって失礼なことだが、間違いではない。

自分ならそうなるだろうから。

 

だが気が付いてしまった。

ルッキーニ少尉も今日までを戦い抜いてきたウィッチだった。

 

 

自分が笑顔でなければ、みんなが安心できないから。

 

彼女は自分のためだけではなく、他人のために笑顔になれる子だった。

それに気が付いてしまった。

 

少しでも気を緩ませれば死ぬ状況だ。

果たしてそれは、年相応と言えるのだろうか。

あと何度、彼女らを英雄と呼び死地へ送り込まなければならないのだろうか。

これでは英雄とはただの――

 

 

――あぁ、嫌な世の中だ。

 

「それにも素直に同意するよ」

 

 

 

村の入り口が見える。

ガレット少尉が安心したような顔つきでこちらに手を振っていた。

抱き上げていた女の子をガレット少尉に渡す。

背には乗せていなかったが首に回された手だけで呼吸が乱れていたところだ。

早めに合流できたのは運が良かった。

他の国防市民軍に連れられてオーウェル氏と子どもたちは防空壕へ戻って行った。

 

 

「少尉、良かった。

オーウェルさんも一緒だったんですね。

子供たちを見つけて下さりありがとうございました」

 

すぐに防空壕へ、ここも戦場になるでしょう。

私は行きます。

ネウロイが掃討された後でまた会いましょう。

 

「………どこに行くのですか?」

 

軍用トラックがありますので、そちらに戻りますが?

 

「そう、ですか。

――ご武運を」

 

 

生きなくてはならない。

俺が死ねばあの港で部下が戦ったことを知るものはいなくなる。

残るのは記録だけだ。

彼らが英雄と記される慰霊碑のような記録だけ。

きっとその時こそが彼らの命を真に踏み躙ることに他ならない。

 

いや、もう綺麗事は止めにしよう。

彼らの死は尊いものだと既に世間が証明している。

この感情は、もっとうす汚い浅はかなものだ。

 

俺が俺自身を許容できないから。

彼らを犠牲にして得たこの命が、意味あるものだということを、

俺はこれからも証明し続けなければならない。

 

生き続ける必要があり、戦い続ける必要がある、ただそれだけ。

俺は俺のできることをする、ただそれだけだった。

止まることなど許されない。

 

 

車のドアを開ける。

年季の入ったそれはいくら捻っても手ごたえがなかった。

天井のないオープンカーだというのに丁寧に鍵がかかっているようだ。

 

車は高価なものだから、所有している人はきっと村の権力者だろう。

村にある車は多くなかった。

村の有力者や村長のものか、街で商売をする仲介業者の所有するものに違いない。

屋根なしの車の中に踏み入る。

見ただけで速度の出せる車だとわかる程度には知識があるつもりだ。

剝き出しのバルブを見れば誰でもわかることであるが。

この時代の車のエンジンスタートはイグニッションキーだった。

現代と同じ技術であるが、はるかに簡素だ。

ハンドルの裏側を力ずくでこじ開けた。

エンジンスタートに鍵を用いるのは盗難対策の一つだ。

ただ現代のそれと違い、この時代の車は鍵なしでの点火はまだ容易い。

盗難対策に鍵を作ったが盗難対策を対策する盗賊団もいるくらいだから。

エンジンをかけて、そのまま車から出る。

 

 

村の近くを自爆する小型ネウロイが飛ぶようになった。

彼女らが空で戦闘するのもすでに目視できる。

村に入られるのは間もなくだろう。

少ししか時間が経っていないはずなのに、もう何時間もこうして待っているような錯覚がした。

 

心臓の鼓動が今までにないほど近くに感じる。

対空砲があればそれですべて済んだのだが、村にはそういった兵器があるのは報告がない。

彼女らが空で戦闘をしている、俺の持つ拳銃では気が付きもしないだろう。

ストライカーユニットの魔導エンジンの轟音、ネウロイの動力音、彼女らの銃器の射撃音、そして小型ネウロイの自爆の爆音。

今この空で響く音はこれがすべてだった。

地上の俺の出す音など空には届かないだろう。

車のエンジン音ならばと思ったが、村の中でする意味はない。

おそらくエンジン音ならば届くはずだ。

村の中に入った後であればそのまま海岸へと誘導ができるだろう。

 

 

都合の良いことに、今日この日この村の中央広場には滑走路が存在する。

遮るものが何もなく、一直線に中央のステージへ突っ込むことができる。

 

彼女らのような翼は俺にはないが、少なくとも走って放物線上に飛ぶことは可能なはずだ。

設営に使う梯子やステージに上がる台をあるだけステージへ立てかけた。

これは気休めだった。

十数人が踊れるくらいの広さと強度を持つステージであるが、耐えられるかどうか。

重量ならば耐えられるかもしれない。

ただ最高速に近い速さで突き進む車を受け止められるかどうか。

一秒も持たないかもしれない。

ステージに上がる前の傾斜さえ上ることができれば、一秒もかからないだろう。

 

だが放物線上に飛んで小型のネウロイに当たるかどうかは別だった。

魔法力を持たない車がぶつかるだけでネウロイを撃墜できるかどうかも別だ。

 

ただ、現状でとれる有効打はこれだけだった。

ネウロイがステージの先を飛ぶまで待つしかない。

 

結局のところ、俺にできることはないに等しかった。

 

 

状況は刻一刻と悪くなっている。

巨大ネウロイを先に撃墜しなければ状況は変わらないだろう。

それは彼女たちにしかできないことだ。

だからこそ自分のやるこの行動に状況を覆すほどの価値はない。

防空壕に近づく小型ネウロイたちの注意を引き付け、足止めになればそれでいい。

 

懸念は瘴気だ。

小型はレーザー兵器も持たず自爆する機構があるだけだが、瘴気は当然のように撒き散らしている。

巨大ネウロイのように広範囲に撒き散らすものではないが、頭上に小型ネウロイがいる状態が続けばそれだけで死ぬ要因になり得る。

だからこそ村に入られる前にネウロイを撃墜しなければならない。

 

瘴気を放出することを除けば奴らは空飛ぶ大型トラックと考えれば何も怖くない。

 

ああ、一つ忘れていた。

破壊されたネウロイの破片は瘴気と同様に人体に有害だ。

尤もそれはネウロイに限らず、爆発した機械の破片を体に受ければどうなるかなど言うまでもないことだが。

接触した状態で起爆すれば車に乗っている俺には絶対的な死が待っている。

 

 

――もしもネウロイが船を追いかけて港を出そうになれば、あらゆる手段を行使して注意を引き付けること。

 

あの港で俺が部下たちに出した命令がそれだった。

彼らはそれを忠実に遂行した。

これはあの港での続きだ。

最後の一人になった俺が何をすべきか。

 

答えはもう出ている。

 

 

広場の近くへネウロイが飛来するようになった。村に入られるのが秒読みに入ったと言える。

まだどのネウロイも民家の屋根よりも高く飛んでいる。

いくら頑張っても屋根より高く遠くへ飛ぶことは不可能だろう。

まだ待たなくてはならない。

 

状況が動いたのはその時だった。

村の外れから何かが立ち昇った。

『歓迎 ストライクウィッチーズ!』と書かれた垂れ幕が吊るされた小さな気球が幾つか上空へ飛んでいる。

 

俺や501は知らされていない。

村側が彼女らに対して用意した出し物だろう。

気球の間にはワイヤーのネットが張られていた。

小型ネウロイの何機かがひっかかり、集まったところを彼女らの銃で誘爆させていた。

ワイヤーの強度が如何程かはわからないが、立て続けに誘爆すれば持たないだろう。

気球は地上とのロープが切れ、空高く昇って海の方へ移動していった。

これまでの劣勢が傾いた。

自身の自爆する機構により小型ネウロイが目に見えて減っている。

彼女らが巨大ネウロイに集中できる機会が今まさに訪れていた。

 

 

ワイヤーに絡まって一機の小型ネウロイが村の外れへ落ちたのはその時だった。

 

墜落する音が聞こえる前に車へ乗り込んだ。

村に入られなかったのはこれ以上ない幸運だった。

住人の機転のお陰だ。

巨大ネウロイを倒すこの絶好の機会を逃す彼女らじゃない。

自分がやるべきことはただ一つ。

たとえ一秒でもこの機会を長引かせることだ。

 

 

広場から村の外れへ車を走らせた。

砂利を踏み草を掻き分けぐんと速度を上げて村の外れへ。

 

途中で村の方に逃げている最中の村人を見た。

もしかすると彼らが気球を上げたのだろうか。

 

村の外れでは既に国防市民軍が交戦していた。

小型ネウロイに銃弾を浴びせているようだ。

 

ただの小型一機とはいえネウロイはネウロイだ。

彼女らは簡単に倒しているが魔法力を持たない俺たちの武器では通用しない。

そもそも彼らに武器の支給はされていないはずだ。

猟銃や先の大戦でのアンティークだろう。

 

彼らも俺と同じだ。

大本である巨大ネウロイを倒す機会を少しでも長引かせるために戦っている。

 

瘴気でいつ死ぬかも知れないというのに。

 

墜落からか麦畑の地面に埋まっている小型ネウロイの姿を目視し、クラッチを切り替える。

 

離れろ、と言葉に出しても聞こえないことはわかり切っている。

代わりにアクセルを限界まで踏み込み、聞いたことのない悲鳴のようなエンジン音を辺りに轟かせた。

 

こちらを見て辺りから散っていく国防市民軍と入れ替わるようにネウロイ目掛けて突き進んだ。

ハンドルを握る指に力を込める。

 

自爆するなら直前に飛び降りても爆発に巻き込まれるだろう。

そもそもこれが有効打になるかすらわからない。

大きさから小型ネウロイは装甲が薄いはずだが、自分の考えている常識が通用する相手ではない。

それでも俺たちの使う豆鉄砲よりマシなはずだ。

少しでも威力が上がるように、最後までアクセルを踏み速度を上げ続けるしかない。

 

地面に埋まるネウロイとの距離が近付くごとに呼吸が乱れていくのがわかった。

 

指が震えてハンドルを放しそうになる。

煩わしくなるあまり、息を止めた。

 

車とネウロイが衝突した瞬間に視界が白く染まった。

同時に音も奪われる。

体全ての感覚が失われるような、意識を保っているはずなのに手放しているという自覚がある。

 

痛みを感じないのは良かったな、と一人でそう完結した。

 

 

 



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親睦会4、その後

ルミナスウィッチーズで使い魔が出てきてすごく筆が進みました。

誤字報告ありがとうございます。


 

白く染まった視界が徐々に定まっていく。

誰かに背負われていた。

やはり意識を失っていたらしい。

徐々に体の感覚も戻ってきた。

体中が痛い。

痛いが五体満足だ。

背を強く打ったのか、それとも瘴気を少し吸ったのか胸も痛いが、致命的なものはない。

 

 

「目が覚めましたか!」

 

 

声から自分がガレット少尉に背負われているのだと理解した。

目を開けると世界が反転している。

意識がない者を運ぶ消防士搬送をされていた。

安全な場所へと移動しているのだろうか。

 

空いている手で背を叩くと彼はゆっくりと俺を地面に降ろした。

 

 

「少尉、外傷はあまりありませんでしたが、どこか体に異常はありませんか?」

 

 

すぐに立ち上がることもできた。問題はありません、と答える。

 

信じられない、生きていた。

生きていても重傷は避けられないと思っていた。

車から放り出されて近場の麦畑の藁束にでも突っ込んだのだろうか。

 

だが生きているということはネウロイを仕留められていないということだ。

腰に携帯していた拳銃を取り出した。

 

 

状況は?

 

「見た方が早いでしょう。

貴方が気絶してからまだそれほど時間が経っていない」

 

 

まだ移動を始めて間もなかったのか、木々の合間からネウロイの落下地点が見えた。

収穫が終わった麦畑に未だ小型ネウロイは健在だった。

その黒い体に中ほどまで車が突き刺さっている。

たかが車の衝突だったがどうやら小型の装甲は抜けたらしい。

 

爆散していないのはコアから外れているからだろうか。

 

 

彼女らは?

 

「巨大ネウロイは今し方堕ちました。

今は残存する小型の掃討を行っているようです。

すぐにこちらにも来てくれるでしょう。

我々もそれを見て撤退して今に至る、ということです。

とはいえ掃討が終わるまでは森で身を隠さなければ危険ですが」

 

 

空からこの麦畑は見えているはずだ、ということは彼女らの優先順位は空にいる小型なのだろう。

まだ予断を許さない状況だが山場は超えたと見ていいだろう。

 

大きく息を吐いて木に寄りかかった。

 

 

「少尉! やはり怪我を」

 

いや、気が抜けただけですよ。

死傷者は?

 

「一番の重傷者は貴方です」

 

それは良かった。

気球とワイヤーの組み合わせ、見事でした。

あれがなければ最悪の事態も考えられたでしょう。

 

「あぁ、あれは…」

 

 

ガレット少尉が言い辛そうに言葉を詰まらせていると、ソフト帽を深く被った誰かがやってきて俺の前に立ち止まった。

 

「一本吸うかい?」

 

 

オーウェル氏だった。

彼はにやりと笑みを浮かべて煙草を差し出した。

 

 

少し前に煙草は辞めまして、気持ちだけ受け取っておきます。

 

「そいつは残念」

 

もしかして、ワイヤーは貴方の案ですか?

 

「残念ながら違う、退役軍人の爺さんだ。

ワイヤーの組み方も知ってやがった。

こっちがしたのは実例があったって情報を提供したくらいさ」

 

「その情報がなければ実行にまで移さなかった。

その時の彼は今までになく紳士的で、必死でした。

私らに任せればいいのにここまで付いてきてくれましたし」

 

 

必死は余計だ、と俺に差し出した煙草を彼は仕舞うことなく自分で使い始めた。

 

 

「見てたぜ。

残念だったな、あんたはまだ英雄気取りのままだ」

 

「少尉を最初に探し回ったのは彼でした」

 

「あの小型を撃墜していれば軍の男連中からまた賞賛をもらえたんじゃないか?

今の男の軍人は肩身が狭いと聞いてるぜ」

 

「倒れている貴方を見つけた時泣きそうに騒いでいました」

 

「さっきからうるさいぞ!

ただ見つけたから呼んだだけだろうが!」

 

何か、心境の変化でも?

 

 

こんな人ではないと思っていたが。

ルッキーニ少尉が子供たちを助けてから確かに様子がおかしかった。

 

 

「…思い出したんだよ。昔の自分を。

まだ世の中を知らなかった頃の自分だが、いつの間にか世の中を知った気でいたらしい。

過剰なまでに悲観的になっていて、過剰なまでに人を傷付けることに躊躇いがなくなっていた。

もしかすると人としての倫理観まで失いかけていたのかもな」

 

 

ルッキーニ少尉より先に子供たちを見つけたのは彼だった。

記者としての名声と子供たちの命を比べ、気が付いたらしい。

それを比べようとしていた自分自身に。

 

彼がルッキーニ少尉に子供たちの存在を知らせたのだった。

 

 

「確かに名声と賞賛が欲しかった。

この仕事で食っていくために必要なことでもあるし、戦争を終わらせるためには民衆の力も必要だと思っているから。

そのために取り返しの付かないことをするところだった。

どうしていままでそんな当然なことに気が付けなかったのか、今ではそう思うよ。

あのウィッチのお陰でもあるし、あんたのお陰でもある。

……悪かったよ、あんたにも酷いことを言って」

 

「言えたじゃないですか。

謝るまで死なせるなってずっと言ってたんですよ、彼。

死ぬような傷じゃないとわかると走ってどこかに行きましたけど」

 

「ちょっと黙ってくれない?」

 

 

 

彼女たちが村の上空を飛び、広場へ戻ってきた。

巨大ネウロイの残骸は海上へと落ちていったらしい、奇跡的に自爆する小型ネウロイも森林に火を点けるという被害は出さなかった。

怪我人はいるが足を捻るなどのもので瘴気による体調不良者は出たが命に関わる者はなし。

加えてヴィルケ中佐側のロンドンも無事に市街に被害を与えることなく撃墜できたらしい。

坂本少佐らの戦闘を中継していたこともあり、小型ネウロイの情報は伝わっていた。

巨大ネウロイに格納されている小型を出させることなく速攻を仕掛けて成功したそうだ。

 

ウィッチーズの勝利だった。

 

 

軍用トラックに帰ってくると整備兵たちは安心したように出迎えてくれたのが嬉しかった。

 

 

「あの、少尉。坂本少佐が呼んでいます」

 

 

ただ何もなしというわけにはいかないらしい。

ビショップ軍曹に言われ、広場で宮藤軍曹に手当されている坂本少佐の元に向かった。

 

 

「怪我は大事ないか、少尉?」

 

……問題ありません。

 

「そうか。宮藤、包帯くらいなら私が巻ける。

念のため彼の治療を頼む。

――それで、自分から話してくれるか?」

 

 

麦畑に落ちたネウロイを最後に倒してくれたのは坂本少佐だった。

事の顛末は察しているだろう。

伏せることも特にない、少佐にすべて話した。

宮藤軍曹らに聞かれるのは少し抵抗があったが、自分がやったことといえば車をネウロイに当てたことくらいだ。

大げさに言うことなど一つもない。

 

 

「なるほど、別に今すぐ謹慎などを課すつもりはない。

中佐には黙っておこう。

安心はするな、下や上に示しが付かないと判断すればすぐに処罰は必要になる」

 

 

無言で頭を下げた。

 

 

「地上の助けなしでは今回の戦闘は厳しかった。

ありがとう、助けられた」

 

私には勿体ないお言葉です。

私ではなく、あの気球を飛ばしたのは他ならない国防市民軍と村の住人に、それにオーウェル氏にこそ、その言葉を差し出すに相応しいでしょう。

 

「……あぁ、そうだな」

 

 

腕を組み、坂本少佐は固く目を閉じた。

いつの間にか傍にいたクロステルマン中尉により少佐の腕が包帯で過剰にぐるぐる巻きになりつつある。

案の定巻きながらトリップしているらしい。坂本少佐の成分を過剰に摂取してしまっている。

この中で一番の怪我人は坂本少佐なのだ、長時間の痛みもあるしやはり最後まで宮藤軍曹に任せるのが良いだろう。

背中で白い光を放ち治癒魔法を行う宮藤軍曹の方へ振り向くと彼女が珍しく眉間に皺を寄せていた。

 

「少尉さん、もうちょっと待ってくださいね。

なんか…いつもより魔法の利きが悪いような…」

 

まぁ、昼を抜いて腹ペコですし。

 

「……ちょっと納得しそうになりましたけど、あり得ませんからね!?」

 

軍曹も戦闘終わりで疲労が溜まっているのです。

魔法力のことは私にはさっぱりですが切れかけているのでは?

痛みはほどんどなくなりましたからもう大丈夫ですよ。

 

 

説得すると渋々であるが彼女は魔法を止めた。

坂本少佐は既に肌が見えなくなるまで包帯を全身に巻かれ続けている。

 

広場には多くの人々が戻ってきていた。

親睦会の後片付けをして帰還の準備を進めているが誰しもが笑顔だった。

戦いは終わった。

 

 

「被害はほとんどゼロ。

これじゃ大したニュースにはなりそうにありませんよ」

 

少ししてオーウェル氏が坂本少佐の元へ来て言った。彼は平常運転だ。

 

「そのわりには、楽しそうな顔をしていらっしゃるが?」

「実は、前に無くしたものを、偶然この村で拾いましてね」

「無くしたもの?」

「ええ。

矜持っていう、つまらんガラクタです。

今はここにしまってありますよ」

 

 

満足気に彼は自分の胸を指さし、それからカメラを構えた。

 

「一枚、よろしいですか?

できればみなさんもご一緒に?」

「構わんでしょう」

 

 

 

村中の人々が広場に集まってきた。

ガレット少尉を含む国防市民軍も。

所狭しと肩をぶつけ合い、中心には一人も欠けることのない彼女らと子供たちの姿が。

俺も整備兵たちと共に写真に写った。

みんな、心からの笑顔だった。

 

 

 

「はい、笑って!」

 

もうみんな笑ってる。

 

 

 

「よう、調子はどうだ」

 

数日後、501の食堂で昼食を摂りお茶を飲んでゆっくりしていると、珍しくユーティライネン少尉から話しかけられた。

 

 

可もなく不可もなく、ですかね。

 

「そうか。わたしは散々だ。

何故だかわかるか?」

 

い、いえ、わかりません。すみません。

 

 

ガンを飛ばされたので口早に謝っておく。

なにかあったんだな。

 

 

「少尉に話が二つあるんだが…どちらから先に話すべきか」

 

そこは良い話と悪い話どちらを先かでお願いします。

 

「そうだな、なら改めよう。

少尉、悪い話と悪い話、どちらから先に聞きたい?」

 

悪い話とすごく悪い話かでお願いします。

 

「どうしてどちらもすごく悪い話だとは思わないんだ?」

 

最初の悪い話でよろしくお願いします。

 

「ならこれを見ろ」

 

 

先ほどから手に持っていた紙を目の前に突き出される。

新聞の紙面のようだ。

トリビューン紙、どこかで覚えがある。

 

 

『魔女たちの救いしもの』

先日、首相の視察を狙ったかのようにロンドンを強襲したネウロイは―――

 

 

これはオーウェル氏の記事だ。

一際目を引くのが最後にオーウェル氏が撮ったみんなの写真だった。

最初はロンドン市内へ侵攻していたヴィルケ中佐側の内容だったが、本題は坂本少佐側の村を守ったことが書かれていた。

ウィッチたちが巨大ネウロイを撃墜したことが書かれている。

様々な国のウィッチたち、新兵もいて、それでも村とその住人を守り切ったことが書かれていた。

 

この記事は第一面に書かれている。

彼が最初に狙った記事ではないだろうが、それでも彼は第一面を手に入れたのだった。

 

 

「そっちじゃない。その裏だ」

 

 

『英雄未だ健在』

かの作戦で多くの生存者を船に乗せ、兵士の生存者も若干名出した英雄がなんと501に名を連ねていた。

彼の功績には諸説あるが、その諸説を否定するに足る―――

小型ネウロイが地上に落ち、国防市民軍が旧式武器で応戦している中、彼は颯爽と現れ自身の命を顧みず、車による体当たりをして見せた―――

 

 

その紙面に写っている写真は、車でネウロイと衝突する寸前のものだった。

手振れ補正などないこの時代の写真だ、車の輪郭までずれていて俺の姿など見えるはずもないが、文字で俺のことが事細かに書かれている。

 

 

「二つ目の悪い話だが、…長いから詳細を省くがそのことでヴィルケ中佐が呼んでる。

大至急来てくれだと。

あと坂本少佐がすまん無理だったと伝えてくれだと」

 

 

謹慎は確定だなと席を立ち上がった。501を去ることになる可能性も再び出てきている。

どうすべきか身の振り方を考えておかなければならないだろう。

 

 

「……まだあるぞ」

 

 

彼女が次の紙面を開くとまた別の記事が書かれていた。

 

 

『501のマスコットを初激写』

 

ペンギン姿の俺の写真が貼ってあった。二枚目にクロステルマン中尉も。

 

 

何これ?

 

「知るか、このことでわたしが出し物を用意してなかった責任が問われ始めてるんだよ。何が節制だ!

わかるか? さっきサーニャになんともいえない顔をされたんだぞわたしはぁ!」

 

 

彼女は息を切らせて何度も食堂のテーブルを叩く。

だから彼女が俺を呼びに来たのだろう。

こうなるとは予想していなかった。

 

幸いにも記事の内容は前衛的だの最近のファッションだのやたらとフォローはしてくれている。

 

 

今すぐにヴィルケ中佐に土下座しに行こう。

ユーティライネン少尉に背を押され蹴られて食堂を出て中佐の元へ向かった。

 

こんなくだらないことがある日常がいつまでも続けばいいのに、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「写真は?」

 

彼女の前で膝と額を地面に擦り付けた。

 

 




小説1巻目が終わりましたがアニメ本編はまだ四話と五話の間です。
ルミナスウィッチーズの時系列がかなり近いため細かく修正していくと思いますが、よろしくお願いします。


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501部隊での日々8

10/9誤字報告ありがとうございます。


 

501へ配属された頃と比べると彼女らとは比較的話すようになったと思う。

とはいえ自分から話しかけることはほぼなく、あったとしても軍務関係だというのは変わらない。

彼女らとは意図して距離を置いていたが、元々接する機会は多かったのだと改めて気付かされた。

カールスラント組は同じ国の出ということもあり、言語の壁もなく元々話す方ではあったが、あの三人以外で最も会話が多くなったのは意外にもクロステルマン中尉だった。

 

きっかけはなんだったか、比較対象が比較対象(犬・兎・猫)だったからかもしれない。彼女との話の半分は軍務についてだ。

何度か中尉にも伝えたが、彼女らはネウロイとの戦いが本分であるから現状に問題はない、それが戦えない自分の仕事でもあるわけだ。

しかし彼女はそう思ってはいないらしい。

全てができて普通の軍人だというのは確かにその通りだった。

 

彼女とは良好な関係を築けている、と思う、たぶん、メイビー。

 

彼女との会話のもう半分は坂本少佐で構築されているため、自信があまりない。

 

ペリーヌ・クロステルマン中尉は坂本美緒少佐の信奉者である。

少佐がやることは絶対に賛同するし、彼女との会話に少佐を引き合いに出せば無茶苦茶な理屈でもとりあえず納得する。

 

俺自身も坂本少佐には普段から世話になっている。彼女は頼りになる上官の一人である。

クロステルマン中尉くらいに突き抜ける子がいると、たまに坂本少佐の心労も気になったりする。

ヴィルケ中佐は疲労やストレスが溜まると雰囲気でわかるようになったが坂本少佐はわからない。

彼女の腹の内はどうなっているのだろうか。

 

最近の坂本少佐は新人育成を担当しているので宮藤軍曹とビショップ軍曹に付きっきりだ。

 

特に宮藤軍曹は彼女が直接扶桑皇国(日本)からスカウトしてきたこともあり、分け隔てない付き合いをしている彼女でも特別な立ち位置にあるのだろう。

 

中尉はそれを察して、ことあるごとに彼女に突っかかるのだ。

決して少佐は軍曹だけを特別扱いしているわけではないが、言葉にすると難しいが少佐のそれはおそらく責任感からくるものだろう。

 

仕事の都合、書面で宮藤軍曹のパーソナルデータを確認したが軍属ではない一般家庭の出だった。

父親があの宮藤一郎氏であるということを除けば、ごくごく普通の女学生である。補足するならばウィッチの家系だということくらいか。

 

だからこそ少佐は彼女を気に掛けるのだろう。

彼女に何かあれば彼女の家族は父だけでなくその娘までも戦争で失うことになるのだから。

 

選んだのは宮藤軍曹だが、この道へ誘ったのは他ならない少佐だ。

 

話を戻すとクロステルマン中尉は理由がどうあれ坂本少佐による宮藤軍曹への扱いが気に食わないのだろう。

羨ましいのだろうか、いや、羨ましいのだろう。

うーん、羨ましいんだろうなぁ。

 

食堂で宮藤軍曹を豆狸と髪の毛を逆立てながら声を荒げる彼女の姿を、離れたテーブルで茶を啜りながら眺めてそう思った。

 

もはや見慣れた風景だ。

整備中隊の面々も特に気にすることなく各々の会話を楽しんで食事を摂っている。

 

 

ガリア空軍の軍服を見るとふいにあの少女を思い出す。

背もあの少女と近いのだ、クロステルマン中尉は。

年が近いのだから当然かもしれないが。

彼女があの少女のことを知っているかは聞いたこともない。

 

聞けば何かが変わるわけでもないし、知っているなら知っているで気まずいだけだから。

 

できれば、知り合いでなければ良いのにな。

 

そこまで考えて内心自分を笑った。

どうやら自分は彼女らに嫌われたくないらしい。

 

 

 

 

実家から手紙で軍への大きな資金援助を行ったのを知ったのはそんな平和な一コマの中でだった。

 

その知らせは検閲済みとなっていなかった。

 

それがどういうことなのか、わからないほど愚かではない。

 

 

 

親睦会から数日、宮藤軍曹の治癒魔法で傷を治してもらったこともあり、その翌日から快調だった。

三日間の謹慎で自室から出ない日々が続いていたがむしろ三日で済んだことを喜ぶべきだろう。

 

ヴィルケ中佐は怖かった。

 

普段のにこやかな笑みは見惚れるほどであるが、その蟀谷に浮き出る青筋はその矛先が俺でなくとも怖かった。

笑顔のまま青筋を浮かび上がらせる人間を俺はまだ彼女しか知らない。

 

今回はそれがこちらに向いたわけだが。

直前にバルクホルン大尉にしたことと同じことをすると。

 

『それは少佐から教わったのかしら??』

 

一瞬矛先が揺らいだ。

近くでお茶を飲んでいた坂本少佐が咽る。

ジャパニーズ土下座であるがこの世界では日本は存在せず、扶桑ズ土下座である。

土下座の文化はあったがカールスラント人の俺が知っていることに疑問を持たれた。

 

坂本少佐は確かに親睦会の件は黙ってくれていたが、新聞に載るとなると黙るわけにはいかなかった。

彼女自身が言ったことだが、然るべき罰則が必要になるわけだ。

知らなかったのかと中佐から少佐へ詰問があったことは確かめるまでもないが。

――扶桑の文化に興味があったため独自に調べました。

それで矛先は再び俺へ向けられたわけだが。

 

結果として謹慎三日と相成った。

 

確かに俺を親睦会に参加するように誘ったのは彼女だがそれを気にしているのだろうか。

上っ面だけの謹慎期間だったがヴィルケ中佐なりに俺へ休む時間をくれたと受け取った。

 

 

 

謹慎が解ける前から溶けるような夏の暑さが始まっているわけであるが、夏の風物詩である怪談の時期が来たようだ。

というのも、昨日から501で妙な噂が広がっている。

夜が深まった時間帯に基地内で物音が聞こえるとか。

複数人の整備兵がその音を聞いたこともあり気のせいではないらしいが。

風で煽られた鉄パイプやら部品やらが倒れただけだと思っている。

彼らはそれをポルターガイストだの幽霊だのと噂立てているわけだ。

 

魔女がいるのだから幽霊もいるかもしれない。

憑依事件のこともあるし、特定の時期だけ自分の体調が悪くなる不明の現象もある。

 

あらゆる超常現象はこの世界では存在するのだと仮定して立ち回るべきだろう。

 

ただ、もしも誰かが良からぬことをしているのであれば、早急に対処しなければならない。

 

各員の書類はしっかりと鍵を閉めているため、機密は守られると思うが、鍵を開ける術を持つ者であれば気が付かない間に抜き取られている可能性もある。

盗賊団がこの基地を狙っているかもしれない。

こんなご時世であるが金がなければ豊かになれないのは共通している。

そんなことをして人生が豊かになるかどうかはまた別の話だが。

 

それよりも考えたくはないが、マロニー大将の部下が忍び込んでいるという可能性だ。

最近マロニー大将の周りで色々な噂が出てきている。

その中の一つに技術者やそれに関する情報を集めているというものがある。

ウィッチを使わない兵器を作るという目的と魔導エンジンの技術者や情報にどういう意味があるのかわからないが、噂になる程度のことをしているのだろう。

 

リスクが高いが俺一人で確かめるべきか。

 

俺の巡回の当番はまだまだ先の話だが、今日の担当者と会わないようにできるだろうか。見つかれば当然俺が怪しまれる。

 

この基地の警備はウィッチを除く501の中から兵士が二名選ばれ交代で行われている。

日の終わりに点検という名のチェック業務は行われているし、夜間哨戒に出るリトヴャク中尉や他のウィッチに合わせて夜間担当者も整備中隊の中から交代で数名出ている。

 

ただウィッチ専用とはいえ銃火器を扱っているのだから相応の警備は必要だった。

そういった警備に関しては部隊運営の課題の一つとなっている。

中央や他の基地のやり方と同じようにすべきだとも思うが、この部隊自体が過去に例があまりない多国籍な部隊だ。

規律を含め、柔軟な対応ができるようにしたい、とはヴィルケ中佐の言葉だ。

もちろんそれを上に認めさせるように立ち回らなければならないが。

 

例えばその人員をどこから何人出すのか、など。

各員できれば仕事は増やしたくない、かといって人が増えればまた別の問題も出てくる。

楽をしたいのはあらゆる時代を含め世界共通である。

 

余談であるが、お菓子の搬入を規制していなかった頃、夜の食堂や倉庫には大体ハルトマン中尉が出没していた。

 

 

折を見て今夜あたり巡回するしかないか。

 

書類の山を片付けながらそう結論した。

 

ふと、顔を上げる。物音がしたからだ。

午後の士官室はがらんとしている。

俺しか使っていないのだから当たり前なのであるが。

日が傾き始め、外からは整備中の彼女らのストライカーユニットのエンジン音が聞こえる。

部屋の中まで暑さを感じるが、この基地の元となった城の造りは暑さを防いでくれるものだった。

汗は流れるが我慢できないほどでは決してない。

 

辺りを見回す。

士官室には俺以外に誰もいない。

窓から薄い風が部屋の中へ入り、開きっぱなしのドアから出ていく。

人の気配はない。

たまに部屋に来て寝ているハルトマン中尉なら、今は基地から近い海岸で訓練中だ。向こうで水着でも着て日光浴しながら寝ているだろう。

 

座ったまま士官室を一望し、何もないことを確認してからまた書類の山と向き合う。

風が吹いたのが物音のように聞こえただけだろう。

少し疲れてきているか、と休憩のために席を立とうとした時だった。

 

サイレンが基地内に鳴り響く。

 

ネウロイが来た。

予測よりも二日ほど早い。

不定期にも慣れてきたなと走って外へ向かった。

 

 

 

501のすべての活動はネウロイ襲撃を想定している。

 

故に彼女らの訓練が基地の外で行われている場合でも円滑な動きができる。

ハンガーに無線機と地図を木箱に並べ、簡易な指揮所が設営された。

 

敵ネウロイは既に内陸に入っている。

事態は緊急を要する。

 

外に隣接しストライカーユニットを装着できるこの場所が海岸から走って帰ってくる彼女らの負担が少ないと判断された。

訓練地である海岸にも岩場に無線所が設置され坂本少佐は既に使用したそうだ。

 

敵ネウロイは一機だということは判明している。

発見が遅れたのはレーダー網を搔い潜ったかららしい、これにはいくつか要因がある。

この年代のブリタニア(イギリス)のレーダーはマイクロ波だ。

マイクロ波の形式は同じではないがこれは現代でも使用されている。

電波を送信し物体の反射波を受信し、探知が成立する。

本来敵国同士で戦争し合っていた各国が共通の敵(ネウロイ)に協力していることから技術の発展速度はおそらく元の世界よりも早い。

資源の問題もあるがこのままいけば10年早く現代の技術に追い付くのかもしれない。

問題はネウロイ側が既にそれを上回っている可能性が高いということだ。

あちらの技術力は現代を遥かに超えている、はずなのだ。

少なくともこちらが探知にレーダーを使っているということは理解しているだろう。

レーダーは送った反射波を拾わなければ探知が成立しない。

その仕様から反射を受信機へ送らせないステルス兵器があるならば接近してくるまでその存在に気が付けない。

ネウロイほどの技術力ならば完全ステルス兵器がいつか来るのではないか、ネウロイほどの跳躍した技術力でも完全ステルスは不可能なのか、そんな懸念が生まれた。

来れば俺たちは眠ることすら許されなくなるだろう。ブリタニア陥落は秒読みとなるかもしれない。

 

今回のネウロイはその類か、それとも受信する前に圧倒的な速度でこちらへ向かってきている超高速型かのどちらかではないか。

自然環境の影響もあるが最近のこの辺りは快晴が続いている。

もし前者ならばと思うと眩暈がする。

 

ヴィルケ中佐はまだ到着していない。

ハンガーから海岸の方に目を見やる。

イェーガー大尉がこちらへ走ってきているのが見えた。彼女が先頭だ。

ここからでも見える彼女らの姿は全員水着だ。

十代半ばの彼女らであるが目に毒な娘もいる。

イェーガー大尉は最早凶器のそれだった。

舌を強く噛んで頭を振った。

 

整備班長は既にイェーガー大尉の武器とストライカーユニットを出し終えていた。

ご武運を、と整備班と共に敬礼をして彼女が水着のまま空へ飛び立つのを見送った。

その次に宮藤軍曹とビショップ軍曹の姿が。

同様に彼女らも水着のまま各々のストライカーユニットと武器を手に基地を飛び立った。

同様に敬礼して見送る。

宮藤軍曹はともかく、ビショップ軍曹は顔を真っ赤にしていたのが印象的だった。

更に強く舌を噛んだ。

横を見るとハンガーにいる男どもはみんな唇を噛み締めて各々の仕事をしている。

 

そこはかとない一体感を感じた。

 

続々と後ろを走っていたウィッチたちが水着のまま飛び立っていく。

坂本少佐とヴィルケ中佐が到着したのはその時だった。

設営した指揮所へ走ってきた彼女らの姿を見て改めて舌を噛む。

ヴィルケ中佐は女性らしい水着でそれはそれで目に毒だが、坂本少佐は……もっとヤバイ。

思考が開始される前に舌を噛んで頭の回転を止めさせた。

これ以上は舌を噛み切るかもしれない。

必死の様相で走ってくる彼女らを見て心の中で自分を叱責する。

今はそんなことを考えている場合ではない。

もう内陸に入られている。既に時間がないのだ。

気持ちはすぐに切り替わった。

 

 

「地図はあるか!?」

 

既に広げています。

お二人とも、こちらへ。

 

 

ヴィルケ中佐と坂本少佐はここから指揮を執ることが決まっていた。

既に内陸へ入られたと通信が入っていたこともあり、地図は予め出していた。

司令部からの通信で情報が追加される。

今回のネウロイは超高速型だった。ステルス機でなくて安心しているが、油断は一切できない。

木箱の上に広げられた地図の元へ二人は走ってきた。

インカムは既に全ウィッチが使っている。

ヴィルケ中佐と坂本少佐がインカムを通して先陣を切るイェーガー大尉と連絡を交わす。

超高速型の進行は今のところ直線のみだが、その先にはロンドンがある。

 

 

「直ちに、単機先行せよ!

シャーリー、お前のスピードを見せてやれ!」

 

『了解!』

 

 

坂本少佐はまず最初にイェーガー大尉へと指示を出し、順に他のウィッチへとインカムを通して指示を出している。

超高速型が一機だがこれから増えるとも限らない。

内部に小型ネウロイがいる可能性も考慮するべきだろうか。

先行しているイェーガー大尉が追い付き足止めをしている間に集結するのが堅実か。

攻撃を行えばネウロイはイェーガー大尉を無視することはできないだろう。

加えて彼女の固有魔法は速度を上げる超加速だ、元々先行するには適している。

ヴィルケ中佐と坂本少佐がそのように話しているのを後ろで控えて聞いていると、

 

 

「シャーリー、行っちゃった~」

 

 

息を切らしてルッキーニ少尉がハンガーまで戻ってきた。

足の速い彼女が最後尾とは。ここまで一番遠い位置だったのかもしれない。

ストライカーユニットで空を飛ぶわけでもなく彼女はハンガーをうろうろしていた。

どうしたのかな、と声をかけようとすると彼女は顔を青くした様子で呟いた。

 

 

「……まさか、あのままなのかな?」

 

 

直前の言動からイェーガー大尉のことを言っているのは明白だ。

猛烈に嫌な予感がした。

 

 

「何が、あのままなんだ?」

 

 

腰に手を当てた坂本少佐が問いただす。

 

 

「えっとね、昨夜あたし、シャーリーのストライカーユニットをね……あ、あの……何でも……ないです」

「続けなさ~い、フランチェスカ・ルッキーニ少尉、うふふふ」

 

 

位置が悪かった。

ルッキーニ少尉は坂本少佐に腕を掴まれ逃げられない状態にある。

その反対側の手を引きつった笑みを浮かべるヴィルケ中佐に抑えられた。

いけない、ヴィルケ中佐が早くも爆発しそうだ。

言葉もなく泣きそうな顔でこちらを見上げられたが助けられるわけもない。

一つだけアドバイスを彼女に伝えた。

 

 

歯を食いしばっておいた方がいいですよ。

 

 

聞いたことのないようなげんこつの音がハンガーに響いた。

言うまでもないが、壊れた状態のストライカーユニットを使用すれば飛行中に動きを止める可能性がある。

爆発や火でも付けば足を失う危険もある。

イェーガー大尉のストライカーユニットは彼女自身が手を加えているため、整備班も違和感を感じながらもそういう調整なのだと判断したらしい。

普段の十割増しくらいで少尉は二人から怒られていた。

彼女はハンガーの隅でギャン泣きしていた。

 

 

 

結果を先に言うとイェーガー大尉は無事だった。

それどころか彼女一人で超高速型ネウロイを打ち破ったそうだ。しかも突進で。

その後ですぐにストライカーユニットは全壊、テムズ河で海面に叩きつけられる直前に後続の宮藤軍曹とビショップ軍曹が間に合い怪我もなかった。

一歩間違えれば死ぬところだったのは間違いないだろうが、結果的に何もなくて本当に良かった。

 

医務室で目を覚ましたイェーガー大尉もルッキーニ少尉に怒ることもなく気にするなとどこか満足気に話していた。

どうやらルッキーニ少尉が彼女のストライカーユニットを壊したお陰で普段よりもスピードが出たらしい。

音速を突破したとか。

生身で突破すれば間違いなく体は持たないだろう、魔法力の成せる御業というべきだろうか。バラバラになったのはネウロイの方だったわけだ。

 

世界で初めて音速を超えたのはロケットエンジンの機体で奇しくも同じ名前を持つイェーガー氏だったはずだ。

まだ何年か先の話だと思うが、ネウロイのいるこの世界で同じ偉業が起きるとは思えない。

彼女には悪いが公式記録としては残せないかもしれない。上にどう説明すればいいんだ。再現性も取れないし。

ルッキーニ少尉の頭とヴィルケ中佐の胃にこれ以上ダメージを与えてはならない(戒め)

 

今後イェーガー大尉のストライカーユニットの調整も整備中隊との連携を強くしていかなければならないだろう。

今回のようなことは二度と起こしてはならないが、同じ状況で整備兵と大尉の間でやり取りがなければ二度目があるかもしれないからだ。

現場案件ではなくヒヤリハットというやつだろうか。

なるべく大尉にも整備中隊にも負担を増やさない方向にもっていきたいとは整備班長の言葉だ。

ハンガーのことに口を出す立場ではないが、話し合うだけならばタダである。

大尉がヴィルケ中佐にまで稟議を持っていく前に大尉や整備中隊とで話し合うつもりだ。主に最小限の労力にするために。

思いつくのはイェーガー大尉と整備中隊のダブルチェックだが、今まで一人でやってきた分、効率は良くないらしい。

 

面倒な手順を少しでも減らすためにできることはないか。

 

労力を減らすという点において、幸いにも俺はその手のやり方は得意だった。

仕事を増やしつつ労力を変えないためのやり口はリーマンだった俺は磨かれている。

現代でも同じだが、楽に仕事をしていく上で大切なのは上司を納得させることだ。

上司に言われるがままに仕事をしていけば給料は変わらないのに仕事が二倍にも三倍にも増える可能性はゼロではないからだ(遠い目)

過去の稟議の事例を持ち出してヴィルケ中佐のストレスにならないように言葉でバトルしよう。

ヴィルケ中佐の顔色が少しでも悪くなれば即座に折れますので対戦よろしくお願いします。

まぁ戦うのは大尉なんだけどね。

 

その日の夜、そう思いながら彼らと話し合う草案も軍務と並行して練っていたのだが。

 

ふと、物音がしたので顔を上げた。

夜も深まってきた、士官室の電気はまだ点いているが部屋の外は真っ暗だ。

士官室にはやはり誰もいない。

いろんな意味で張り詰めた午後を過ごしたからか、感覚が過敏になっているようだ。

 

そろそろ部屋の電気を落としてランプに変えるべきだろうか。

それとも今日はもう切り上げて明日に備えるべきか。

 

どさり、と机の上に積んでいた書類が落ちた。

 

顔を上げた時に机を揺らしてしまったのだろう。

ため息を一つ吐いて拾い集める。

落ちた書類は出現したネウロイについてまとめた資料だった。

これに今回出現したネウロイを追加するのだが、それは後日になる。

 

ネウロイか、と短く呟いて資料を片付け、鍵の開いている引き出しから本を取り出す。

 

これは個人的に書いているメモ書き、所謂自由帳だった。

 

彼女らはこれと同じ意匠のものを航空日誌として使っているらしい。

これは501に来た時に半ば強引にバルクホルン大尉から渡された物だった。

 

以前にネウロイのことを書いていたことを今回資料を見て思い出した。

日誌はすべてが日本語で、それも左書きで書いている。

 

プライベートの物だからということもあるが、これは自分を忘れないためだった。

 

この世界での日々が長いからだ、事実、日本での日々は遠い昔だ。

あれだけ鮮明だった日本での生活(思い出)は、もう断片的にしか思い出せなくなっている。

雑学や自分が興味のあることはきっかけさえあればまだ思い出せる。娯楽については得意だった。

 

いつか、どうやっても日本のことを思い出せなくなる時が来るだろう。

 

自分が日本にいたことすらわからなくなる時が来るかもしれない。

それだけは嫌だった。

だからこそ日本語で書く、扶桑ではまだ右書きだが現代の日本は左書きだ。

その文字を読むと自分がまだ日本のことを忘れていないという自信が出るから。

 

中頃のページにネウロイのことを書いていた。

ざっと書かれた内容に目を通す。

我ながら絵心のないネウロイの絵も添えてあることに苦笑いする。

自分の主観で、ありのままの感想や想像を書いていた。

 

――ネウロイの機体の数や海を渡れない特性は資源の加工に時間がかかっているためだと認識している。

海を渡れないのは機体に何か無視できない影響があると見て間違いないだろう。

レーザー兵器を作ることや海越えはそれ相応に資源と時間が必要なのだろう。

ネウロイの巣と言われるネウロイが出てくる場所がある。

それは陥落した大陸各地に点在している、そこが量産拠点なのだろう。

ネウロイ量産のために時間を要すること、それ故の出現周期だ。

これは確信を持って言えるが、奴らはガリア陥落時のような大侵攻のために少しずつネウロイの数を蓄えているはずだ。

だから小刻みにしか侵攻して来ない。

 

こんなことは俺でなくとも考えついている人は多いだろう。その通りなのかはわからないが。

 

今日のことを書いていると部屋をノックする音が聞こえた。

暑さ対策のためにドアは空いている、見れば坂本少佐が入り口に立っていた。

 

 

坂本少佐?

こんな時間にどうなされたのですか。

 

「基地内で幽霊だのポルターガイストだの騒がれていることは知っているか。

その件で基地内の巡回をしているところだ。既に今日の担当者とは話をつけた。

こちらに何か問題はないか?」

 

 

…そういえば俺も巡回するつもりだったことを忘れていた。

ネウロイの襲撃があってすっかり頭の外に押し出されていた。

しかし少佐自ら、それも単身で巡回か。

従兵の土方君あたりが同行すると思っていた。

彼の場合、少佐に休んでもらい自分が行くと言い出しそうなものだが。

 

 

「問題でもあったのか?」

 

いえ、何も問題はありません。

その噂についてはこちらでも把握しておりました。

実は私も時間があれば巡回をするつもりでしたが。

 

「む、軍務に集中していたのなら邪魔して悪かった。

遅くまで精が出るな、少尉」

 

ありがとうございます。

といっても今日はもう切り上げるつもりでして。

 

 

日誌を机の中に入れて鍵を閉めた。

書類も別の大きな引き出しに紐で止めて仕分けする。もちろん鍵も。

すぐに机の上はペン立て以外に物がなくなった。

手慣れたものだな、と少佐は苦笑した。

 

 

「丁度良かった。

この後少し時間は取れるか?

一人でも十分だと思っていたが見落としもある、二人で見て回らないか」

 

 

 

ランプを片手に深夜の基地内を歩く。

この時間は誰も廊下を出歩いておらず寝静まった基地内を少佐と二人で歩いた。

 

…反射的に同意してしまった。

断らないというスタンスを貫いただけだが、少し後悔がある。

この巡回で成果が出ないことを祈りながら歩いている。

 

既に歩き始めて数分が経とうとしていた。

その間互いに最小限の言葉しか話していない。

無口ではないが寡黙なリトヴャク中尉となら居心地の良さを感じていたかもしれないが、普段からよく話しよく笑う少佐の場合はただただ気まずかった。

雑談しながら歩くのも巡回としては不適切かもしれないが、空気が次第に重くなっているのは気のせいだろうか。

 

ランプの淡い火の光に照らされた坂本少佐を横目で伺う。

いつも彼女は前を歩く立場だったので隣同士で歩いて改めて思う。

彼女の身長はウィッチの中では高い方だった。

俺が無駄に背が高いだけだが、横に並ぶと頭一つ分背の低い彼女は凛とした佇まいで廊下の奥の闇を睨んでいた。

 

何か会話のネタはないかな、と考えを巡らしていると唐突に今日の彼女の姿がフラッシュバックした。

 

――この真面目な顔でスクール水着は反則だな。

 

思い出してしまった。

扶桑の水練・海岸訓練用に支給されている訓練服は現代で言うところのスクール水着なのである。

現代で学生が水泳の授業で使っているアレだ。

基地の売店でも水着は売られているが今日の訓練では坂本少佐と宮藤軍曹は支給された扶桑の訓練服を着用していた。

宮藤軍曹は年相応だろう。事実微笑ましく見えた。

坂本少佐はウィッチの中で最高齢だ。女子大生の年齢だ。

もう大人と言ってもいいだろう。

別に現代でも彼女の年齢でスクール水着は問題ではない、犯罪でもない。

公共の水場では凄まじく目立つだろうけども。子供の目に毒だと通報する人もいるかもしれない。

実際この世界の人間は何も感じない、そういう服なのだなというくらいだろう。ファッキュー世界倫理観

 

思い出した少佐のスクール水着姿を頭を振って振り払う。

 

 

「どうした?」

 

いえ、なんでもないです(早口)

そういえば少佐、以前から気になっていたのですが、普段は片目では不便ではないのですか?

 

 

咄嗟に別の話を出した。

彼女のトレードマークにもなっている眼帯だが、日常生活で片目はやはり不便ではないのか。

彼女の魔眼は固有魔法が発現したその日から通常の目に戻すことができないらしい。

だから彼女は日常的に眼帯を着用していた。

 

 

「この目とももう長い付き合いだ。

あまりにも慣れ過ぎて最早何が不便なのかとも感じないさ。

反対に、戦場でこの目を使う時こそ不便だと感じることもある。

やはり見え過ぎるのでな」

 

切り替えができないことは知っていましたが、見え過ぎる、ですか。

常に遠眼鏡を使っているということですか?

 

「そうだ。

空で魔眼を使う場合は、少しの振動で驚くほど視界が揺れるし、

地上でも空でも平衡感覚がしばらく悪くなることもある。

それらにももう慣れたが、昔はこの目に振り回されてばかりだった」

 

 

人間の脳には目に写った視覚情報を処理する機構がある。

この場合は脳の処理が魔眼の性能に追い付いていないのだろうか。

いや、瞬時に処理できないということだろう。

知ってはいたが改めて聞くと彼女の魔眼は想像以上にすごい物のようだ。

 

 

「コアを見るのは更に酷い、魔法力の消費も相応に多い」

 

通常では見えない物を見ているのですからそうなるのでしょう。

魔眼の使用後の反動は脳の正常な反応です。

少佐の魔眼は素晴らしい物だとはわかってはいましたが、人間が扱うには強すぎるのでしょう。

 

 

少佐の魔眼は超視力に加えてネウロイのコアを見ることができる。

固有魔法で魔眼を発現させているウィッチは多くない、コアまで見れる魔眼は坂本少佐以外に俺は会ったことがない。

おそらく片手で数えられるくらいの人数だろう。

物体を透過させるのかそれとも別の原理なのか。

脳にかなりの負荷がかかるのは間違いないだろう。

 

 

坂本 美緒少佐はここ第501統合戦闘航空団の戦闘隊長だ。

扶桑皇国(日本)出身のウィッチでここでは最高齢の19歳。

 

例のごとく俺はウィッチとは距離を置いているため、軍務以外での彼女がどういう人なのかはあまりわかっていない。上官であるならば尚更だ。

 

ただこんな俺でも分け隔てなく接してくれているのは理解しているつもりだ。

 

部隊内での取り決めに基づき、彼女らの訓練や演習の他、近隣地域への対応に雑多な電話対応に器物破損や銃器紛失倉庫おやつ泥棒の度にヴィルケ中佐に渡す書類を作成する俺を何度か労ってくれた、それだけで中央の上官たちよりも評価が高い。

 

ヴィルケ中佐や土方君など、周りの人間に対する反応から鑑みた所感は人たらしだ。もちろん悪い意味ではない。

彼女は厳しくはっきりとものを言う人であるが、突き放した態度は滅多にとらない。下の者を慮る態度は言葉の端々から伝わるそうな。

 

クロステルマン中尉は極端な例だが、土方君を始めとする扶桑からの彼女の従兵たちを見る限り、彼女の人となりの良さが伺える。

 

坂本少佐とは501設立にあたりヴィルケ中佐から紹介されたのが初対面だった。

風評が最悪だった俺に真っ直ぐに握手の手を差し出してくれたことを覚えている。

すぐにメッキが剥がれたハルトマン中尉とは違い、彼女は一貫として真面目な人間のままだ。裏表がないともいう。

 

会う前に彼女の戦歴を閲覧する機会があったのだが、長く戦場にいたこともあり怖い人なのかもしれないと思っていた、それは杞憂だった。

俺の見た彼女の戦歴は遣欧艦隊リバウ航空隊のものだ。

多大な貢献をもたらした彼女を含む扶桑海軍の三人はリバウの三羽鳥と呼ばれているそうだ。

軍刀を使って戦うことも多くサムライという通り名まで持っている。

そういう風に呼ばれているのは実際に聞いたことないけど。

 

ハルトマン中尉のような昼戦最強のウィッチの一人とはまた異なる、謂わば最優のウィッチの一人だ。

作戦の指揮能力、現場での指揮判断、加えてネウロイのコアを見抜く魔眼は早期撃墜だけでなく、新型に対しても有利に働く。

素人の俺でもその有効性がわかるくらいだ。

彼女一人で一体何人分の役割となるだろうか。

 

 

「それに、もう少しでこの目が使えなくなると思うと、感慨深いものがある」

 

 

ウィッチは20歳前後で魔法力が急激に衰える、それは既に周知された常識だった。

彼女ほどの人材が一年足らずでそうなるのだと思うと残念でならない。

 

501での核を担う彼女を失うことは部隊の存続に関わるだろう。

この一年が、501でのガリア奪還の最後となるのではないか。

俺の予想だが、ヴィルケ中佐も焦り始めている。

彼女の人脈で中央の情報を集めているのも関係しているに違いない。

上の連中が嫌味で言うような手柄が目的ではない。

坂本少佐という柱を維持したままでなければきっとガリアへは攻め入れないだろうから。

代用の利かないウィッチの中でも彼女は更に特別な存在だから。

 

 

この一年が勝負です。

私も私のできることに注力する所存です。

 

「ああ、期待している。

…先日の親睦会は助けられたな」

 

為すべきことを為したまでです。

それに一番の功績は私ではなく国防市民軍の機転でしょう。

気球にワイヤーを張って絡めるとは、私では考えつきませんでした。

 

 

オーウェル氏の力添えもある、国防市民軍を動く後押ししたのは彼だ。

あの短時間でワイヤーを作るのは村人の協力もあったに違いない。

あの新聞は軍にとっては面白くなかったかもしれないが、ブリタニアに生きる人々を勇気付ける内容となった。

宮藤軍曹やビショップ軍曹のような新兵も活躍したのだ。

各地に配属された新兵や中央の訓練生にも発破をかけることになったかもしれない。

 

 

「少尉、今後、似たような状況になった場合に親睦会と同じ行動を取ることができるか?」

 

はい。

貴女方に比べれば私の力など、たかが知れていますが。

 

「そうか」

 

 

少佐の無感情な短い言葉を最後に、他に口にすることもなく、要所を歩き回った。

物音や呻き声があったとされるハンガーには今日の出撃後の整備とチェックで整備兵たちが徹夜で仕事をしている。

少佐は彼らを労い感謝しているのを隣で見ていた。

その後はやはり何もなく、後は食堂を経由して士官室で解散しようと歩き進めていると、坂本少佐が立ち止まった。

 

 

「気付いたか?」

 

はい、誰か走って行きましたね。

 

 

ランプがあるとはいえ夜で視界が悪く、昼間よりも一段と静かだからか、音に対して敏感になっている。

地面に耳を当てなくても地面が振動する音はわずかに伝わってきた。

音は次第に小さくなっていく。

遠のいているということだ。

外へ出たのか上の階へ上がったのかはわからないが。

場所は廊下の角の先、食堂付近。

食堂は食料の搬入の都合で基地の端に作られている。

食堂から出てきたとみて間違いないだろう。

 

坂本少佐は眼帯に手を当てている。

使うわけではないだろうが、おそらく彼女にとっての臨戦態勢がそれなのだろうか。

彼女の手を煩わせるわけにはいかない。

人間相手なら俺の出番だ。

 

 

少佐、後を追いますか。

 

「いや、相手が複数の場合は危険だ。

今は見送ろう。

出て行った食堂に何かがあるかもしれない、確認するぞ。

少尉、明かりを消してくれ」

 

 

その言葉に頷いてランプを消し、ゆっくりと歩く。

月明りだけが光源だが、月の満ち欠けにより今日は薄い光しか差していない。

誰かが出て行ったであろう食堂にたどり着く、銃を抜いて中を伺う。

やはり電気を点けなければ誰がいるかは判断できない。

厨房の方からは何やら煮立つ音と異様な香りが漂っていた。

リスクを覚悟で電気を点けるか、と少佐の方を見ると。

 

 

「どうやら人はいないらしい。

明かりを点けてみるか。

少尉は食堂の外を警戒してくれ、誰かが帰って来るかもしれない」

 

 

少佐、わかるのですか、この暗闇で?

まさか魔眼を?

 

「いや、ちょっとした小技のようなものだ」

 

 

何かの魔法を使ったのだろうか、魔眼を使ったわけではないそうだが。

考えるより先に頷いて外を警戒する。

食堂の電気が点いてしばらく時間が経つ。

 

 

「少尉、もう大丈夫だ。

謎はすべて解けた」

 

 

坂本少佐が何やら名探偵みたいなことを言うので厨房の中に入る。

一つの鍋とその周りに様々な食材と調味料が散乱していた。

火を消しているのにゴボゴボと鍋は音を立てていた。

甘いようなしょっぱいような酸いような臭いが出てきている。

和と洋がぐちゃぐちゃに混ぜ合わさったような臭い。

 

厨房全体を観察する。

鍋の外にはいくつかの箱と食材が置いてあった。調理棚も開けられたままのものがちらほら見える。

塩漬け豚(ウィンナーもどき)にザワークラウト(キャベツの漬物)、バター、砂糖、ヨーグルト、塩、パスタ、紅茶(茶葉)、重曹、酢、ケチャップ、ソース、胡椒、片栗粉。

思わず手で鼻を覆う。

 

 

これは?

まさかこれら全てがこの中に?

 

「おそらくな。

どうやら侵入者というわけではないらしい。

私の考えが正しいなら犯人は現場に戻ってくるだろう」

 

 

首を傾げていると厨房に誰かが来るのがわかった。

 

 

「なんで明かりが点いてるんだ?」

 

 

眠そうに眼を擦りながらイェーガー大尉が厨房に来た。

手には豆缶を持っていた。

まさか彼女がこの惨状を?

鼻を覆っている俺と腕を組んで仁王立ちしている坂本少佐を見て大尉は踵を返す。

脱兎という言葉が彼女ほど合う人間はいないだろう。

予め使い魔を使っていた坂本少佐の方が速かったわけであるが。

 

 

「どうして…」

 

イェーガー大尉は厨房に正座をさせられた。

すぐにまた誰かが厨房へやってくる。

 

 

「なぜ明かりが」

 

 

やってきたのはまさかのバルクホルン大尉。

俺と坂本少佐と地面に正座するイェーガー大尉を見て目を白黒させている。

坂本少佐はイェーガー大尉の隣を指差すと彼女は苦い顔をしながら正座した。

 

「くっ、少尉、このことはハルトマンに言うなよ」

 

 

そういえば彼女は以前ハルトマン中尉に夜にお菓子を食べるなと注意していたな。

ハルトマン中尉が士官室にまでやってきて愚痴を零していたのを思い出す。

そっすね、と短く答えると食い気味で彼女は言葉を続けた。

 

 

「言うなよ、絶対に言うんじゃないぞ!」

 

「自爆の天才か?」

 

 

イェーガー大尉がおどけるように言うと二人は罵り合いを始めた。

これで何かあった時にこのネタを使って大尉から逃げることができる。

一か月は持つだろう。

あまり調子に乗ると彼女の手が滑って物理的に凹まされるかもしれないが。

 

 

「坂本少佐!? これは一体何事ですの!?」

 

 

最後にやってきたのはクロステルマン中尉だった。

とりあえず正座するようにと少佐が言うと彼女もすぐに従った。

心なしか嬉しそうだ。

いや、普通にすごく、嬉しそうだ。

彼女にとって致命的なミスかもしれないが、何かを天秤にかけて今の状況が優ったのだろう。

クロステルマン中尉は無敵だ。

 

 

「あと一人くらいは来ると思ったが中々来ないな。

野生の勘で危機を察知したか、それとも既に逃げた後か」

 

 

出て行った誰かは残った材料で判断できてしまう。

坂本少佐はもう誰が来たか当たりは付けているらしい。

事の顛末はこうだ。

 

・イェーガー大尉が夜食を作るために厨房へ来て足りない材料を食糧庫へ取りに出る。

 

・バルクホルン大尉が同じく夜食を作るために来てたりない材料を食糧庫へ取りに出る。

 

・同様にクロステルマン中尉も来て途中で自室へ戻る。彼女は夜食ではなく料理の練習らしい。

 

 

それらが明かりを点けない暗闇の中で行われたのだ。

この場にはいないがもう一人くらいはいるだろう。

互いがこの厨房で料理をしていることを知らなかったことになるが。

 

 

「奇跡だな。

打合せをしていないだろうな?」

 

 

三人は首を強く横に振った。

奇跡的に誰も会わなかったのだろう。

各々の作ろうとした料理を鍋に入れて煮詰められたわけだ。

 

パスタを誰が用意したかは簡単に想像できる。

このパスタは彼女のためにヴィルケ中佐が作りおきしたものでもある。

日に二度のげんこつは許してあげてほしいが。

三人とも火を点けていないそうなので、誰かがこれに火を点けて止めたということになる。

せめて彼女が今この場に居合わせたらどうにかできたかもしれないが。

 

イェーガー大尉は塩漬け豚を、バルクホルン大尉がザワークラウトを、クロステルマン中尉がバター、砂糖、ヨーグルトを同じ鍋の中に入れた。

もうこの時点で悲惨だが。

まさかルッキーニ少尉が残りを全部入れたのだろうか。

 

少佐は三人に消灯下での調理を金輪際止めるように言い渡し、厨房の掃除を命じた。

俺と少佐はそれが終わるのを食堂の方に移動して待つことになった。

三人とも眠そうになりながら事に当たっている。

火事にならなくて良かった、とだけ思っておこう。

 

 

少佐、先ほどの小技というのは、もしや使い魔のことですか?

 

「そうだ。

使い魔にもよるが、その契約者であるウィッチは言葉を交わさずともある程度意思疎通ができる。

少尉には見えないように仮に侵入者がいた場合も見つかることはないだろう。

相手がウィッチでなければな」

 

 

なるほど、と少佐の隣を見るが影も形もない。

少佐が何もないところに手を置いているようにも見える。

 

変な気分だ、いるとわかっているのに見えないとは。

確か少佐の使い魔はドーベルマンだったか。

現代では軍用犬や盲導犬としても活躍している。

大体、このくらいの背丈だろうか。

なんとなく少佐の隣に座り込んで手を差し出してみる。

 

掌に温かいぬくもりが乗りかかった。

 

見えないがおそらく少佐の使い魔の手が乗っているのだろう。

使い魔相手でもお手が成立したということだ。

姿が見えないからか掌の感触に不思議な気持ちになる。

見えない手をなぞり、下から首回りを掻いてやる。

短い毛波なのだろうか、しょりしょりと指に硬い毛波の感触が伝わる。

結構大きめの犬だ。

見えないのが惜しくなる。

 

 

「初耳だぞ。

触れるのか少尉」

 

はい?

 

「ウィッチ以外には見えず触れもしないと思っていたが」

 

見えないですが、はっきりと感触がありますが?

 

「見えない者には触れずに透けるはずだが」

 

 

確かにウィッチしか見ることができないということは周知の事実だが、触れるかどうかは知らなかった。

 

 

「そういう人間もいるということか。

会ったことはないが見える人間もいると聞く。

なんというか、中途半端だな」

 

 

少佐がいつもと同じで力強く笑った。

俺は苦笑いした。

 

 

 

少しして厨房を片付けて解散となった。

夜もかなり深くなった。

バルクホルン大尉たちは眠そうに目を擦りながら各自の部屋に戻って行った。

 

 

「いつまでそうしているつもりだ?」

 

呆れたような声色で彼女は言った。

俺は坂本少佐の使い魔を撫でまわしていた。

姿は見えないがこの短い直毛の感触が堪らないのだ。

 

 

「明らかに撫で慣れているな。

本当に見えてないのか?」

 

ペットショップやカフェでよく犬猫は撫でていたんですよね。

見えずともこの魂が覚えています。

 

「そ、そうか。

そろそろ放してやってくれ、気持ち良さそうだが一応気高い精霊だからな」

 

 

一応、という言葉を強調して俺の手の先に彼女は言った。

 

名残惜しいが手を放す。

堪能した。

姿は見えないので手を離すと本当にどこにいるかわからなくなる。

 

 

巡回はそれから間もなく終わり、厨房以外に問題はなかった。

今日は異常がなかっただけかもしれないが。

 

少佐、お疲れ様でした。

 

「少尉にも苦労をかけたな」

 

 

社交辞令のやりとりをして別れることになった。

色々と密度の濃い巡回だった。

毎回こうだと疲れるが、たまには良いかもしれない。

 

 

「少尉」

 

 

部屋へ戻ろうと踵を返すと少佐がそう言った。

振り返って面と向かう。

 

 

「私がここを去っても501は続いていく。

少尉はウィッチではないが、ウィッチではないが故に誰よりもここに残れる人間になるだろう。

何がお前をそうまで突き動かすのか、私は知らないが。

生き急がないことだ。

戦場で幾人も見てきた。私もそうならないとは言えないが」

 

 

長く戦場にいた彼女だからこその言葉かもしれない。

 

親睦会で麦畑に落ちたネウロイを最後に倒してくれたのは坂本少佐だった。

状況からどこまで俺のことを察したのかはわからない。

ただ、考えていること全てを見透かされたような気持ちになる。

不思議と悪い気分にはならなかった。

直接口に出したわけではないが、彼女なりに自分を気遣ってくれていることはわかる。

同時に彼女自身の不安もわかってしまった。

初めて彼女の腹の内がわかった気がする。

 

 

わかりました、と答えたかったが口には出せなかった。

少なくとも今の彼女に軽々と嘘は言いたくないから。

 

少佐は俺の肩を叩いて去って行った。

彼女の背中を俺はずっと眺めていることしかできなかった。

誰もいなくなった廊下で一人、立ち尽くす。

 

彼女の信頼は俺の身の丈に合わない。

きっと彼女は俺がマロニー大将の計画に加担していることを知らないのだろう。

疑いもしていないのかもしれない。

 

だが資金が動いた後の今、もう彼女らの側に戻ることなどできない。

もしもマロニー大将が501を潰して自分の計画を遂行するならば、俺は彼の側に付かなければならないだろう。

ガリア奪還を達成できる側につく、今は501がそれに最も近い場所なだけだ。

 

ガリア奪還は俺の全てだ。

だが、それは本当に彼女らを裏切ってまで為すことなのか。

その時が来たら、どんな顔をして彼女らと向き合えばいいのだろうか。

少なくとも、坂本少佐の顔を俺は直視できないだろう。

否、誰一人として顔を向き合わせる勇気はない。

 

 

取り返しの付かない後悔だけが自分の中に渦巻いていた。

 

 




レーダー回りが難しすぎる。それを読み解くだけで何日も使えるくらいにハマるのも事実ですが。


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