装者がひたすら曇る御話(当社比) (作者B)
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プロローグ

 私、天月茜は転生者である。

 私を転生させた神様は人類に呪いをかけた悪の親玉である。

 私は人間の自由のためにノイズと戦うのだ!

 

 

 

 

 

なんてことは当然なく、私は至って普通の黒髪ロング系JC(女子中学生)である。

 あっ、でも転生って部分は本当です。

 でも、かつての名前は知らない。性別や元の顔さえも覚えていない。どれくらい生きていつ死んだのか、まったくわからない。

 確かに言えることは、生まれ変わるときに神様となんて対面しなかったということと、この世界はかつて自分が居た世界とは異なるということだ。

 

 以前の世界には『ノイズ』なんてバケモノは居なかった。

 

 だけど、いつ自分に不幸が降りかかるかと戦々恐々する、ことは何故か無かった。

 自分でも不思議なのだが、いまいち現実味を感じないというか、やたら長い夢を見ているような、そんな感覚だ。むしろ、私はまだ夢の中に居るんじゃないか、とさえ思う。

 

 その考えに至った理由はいくつかあるが、一番の理由はBU☆JU☆TSUだろう。

 いや、だっておかしくない? ノイズが怖いんで、護身のために去年から体を鍛え始めたんだけど、たった1年で格ゲーばりの三角飛びができるようになったんだよ? 才能とかそういうレベル超えてるよね?

 

 あれ? もしかして、この世界ってDBなの? もしかしてそのうち舞空術を使えるようになるんじゃくぁwせdrftgyふじこlp――

 

 

 

 ……ふう、取り乱した。

 まあ、そんなわけで、もう『なるようになれ』の考えのもと、幼馴染のビッキーや友達のミクと共に、なんとなーく日常を過ごしていた。

 

「茜ー! 学校行こー!」

 

 日課のランニングを終え、身支度を整えていると、外から私を呼ぶ声が聞こえてきた。

 噂をすればなんとやら。鞄を持って玄関を開けると、そこには件の幼馴染、立花 響(ビッキー)小日向 未来(ミク)が立っていた。

 

 私が2人と友達になってから、こうして3人一緒に学校へ登校するのが日課になっている。

 いやぁ、いいもんですな、こういうthe青春って感じのやつ。前世じゃ、そんな甘酸っぱい経験なんて一切なかったからなー。

 

 私は玄関の鍵を閉めると2人に軽く会釈し、3人並んで学校への道を歩き出した。

 

「今日もランニングしてたの? 相変わらず、精が出るなぁ」

「でも、どうして運動部に入らなかったの? 茜なら全国大会だって夢じゃないのに」

 

 ミクの疑問ももっともだ。

 確かに、この類まれなる身体能力を生かせば、スポーツで俺Tueee!するのも容易いように思うかもしれない。

 

 だけど、考えてほしい。私が仮に天賦の才を持っていたとして、この世に同レベルの資質を持つ人間が私一人なはずはない。つまり、近年のスポーツ漫画でよく見る、明らかに人間離れした、あるいは特殊能力染みた力を持つ相手が出てきてもおかしくないのだ。

 私は嫌だよ! スポーツしてただけで五感を奪われたり、観客席まで吹き飛ばされたりするのは! ただでさえ殺伐とした世界なのに!

 

 そんなわけで、私は帰宅部として、平和な日々を享受しているのだ。

 

「私程度では、足元にも及ばない」

 

 だけど、さっきの回想部分を言おうとした結果、私の口から出たのはこの一言だけ。しかも無表情。

 

 話は戻るが、現実味がないといった理由の二つ目がこれだ。どんなに明るいキャラでしゃべろうとしても、なぜか強制的に無口系キャラっぽく変換されてしまうのだ。しかも、表情筋はピクリとも動かない。

 これのせいで、友人と呼べるのは今までの人生でビッキーとミクの二人だけ。

 べ、別にいいもんね! 友達は数じゃないし!

 

「茜が足元にも及ばないって、一体どんな猛者が居るんだろう……」

「あはは……。あっ、そうだ!」

 

 苦笑いを浮かべていたミクが、何かを思い出したかのように鞄をあさり始める。そして、中から3枚のチケットを取り出した。

 

「ねえ、未来(みく)。それ、何のチケット?」

「ツヴァイウィングのライブチケットだよ。3人分取れたんだけど、良かったら二人も一緒にどう?」

 

 ほう! ナウなヤングにバカウケと話題のボーカルユニット『ツヴァイウィング』のライブチケットとな?

 芸能方面に明るくない私でも知ってるぐらいの有名どころだ。よくチケットが取れたな。

 

「へぇ~、確か『天羽 奏』と『風鳴 翼』の二人組ユニットだよね? でも私、良く知らないんだけど、行ってもいいのかな?」

「そんなに気にしなくても大丈夫だよ。茜はどう?」

 

 う~ん。何かこのライブに引っかかりを感じる気がするけど、思い出せないってことは大したことじゃないんだろう。

 

「……行く」

「茜、意外と乗り気だ。それなら、私も行こうかな」

「オッケー。それじゃあ、1か月後の土曜日は予定を空けておいてね」

 

 いや~。人生初めてのライブ、楽しみだなぁ~。

 

 

 

 

 

 そして時は進みライブ当日。

 私とビッキーは先に合流し、待機列に並びながらミクを待っていた。

 

「――うん、うん。わかった……。茜ぇ、未来はライブに来れなくなっちゃったって」

 

 マジで!? ど、どうしよう……ミクにコールとかサイリウム振るタイミングとか教わろうと思ってたのに――って、そんなことはどうでもいいか。

 ミク、残念だったなぁ。あんなに楽しみにしてたのに。

 

「そうか、残念だ」

「相変わらずクールだね、茜は。はぁ~…わたし全然知らないのに、どうしよう……」

「…………今度また、未来と一緒に3人で来よう」

「……そうだね。そのためにも、今日はしっかりツヴァイウィングを予習しなくちゃ!」

 

 ほっ。とりあえず、元気になってくれてよかった。私、半強制的に口下手になるから、誰かを慰めるのとか苦手なんだよね。

 といっても、私もビッキーと同様ツヴァイウィングのことはあまり知らないが、ライブ自体に参加するのは初めてだから、ミクには悪いけど結構楽しみだ。

 そんな中、開場時間となり、ホールの扉が開かれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その2時間後、私は左腕を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場はまさに、阿鼻叫喚と呼ぶに相応しかった。

 

 ライブ中に起こった突然の爆発。

 そして、それに引き寄せられるかのように飛来するノイズ。

 他の観客はこの突発的な事態に混乱しながら、我先にと出口へ雪崩れ込む。

 

 でも、そんな中で私は、足を止め、未だステージの方へ目を向けていた。

 

Croitzal ronzell gungnir zizzl(人と死しても、戦士と生きる)

 

 ツヴァイウィングの一人、奏さんが(うた)を歌いながら、槍を携えてノイズたちを薙ぎ倒している。それは神話に語られる戦乙女のようで、私は、そんな非現実的で幻想的な光景に目を奪われていた。

 

「響」

 

 目の前の光景に放心していた私は、突然茜に手を握られたことで我に返った。

 

「えっ――あ、茜?」

「こっちだ。逃げるぞ」

 

 茜に手を引かれるまま、もう誰もいない1階の観客席を壁沿いに走る。余りにも多くのことが一度に畳みかけたせいで、私は未だに混乱しているというのに、こんな時でも茜は落ち着いていた。

 握っている手からは温かさと力強さを感じる。茜と一緒なら大丈夫、そう思えるほどに。

 

 きっと、そんな楽観的なことを考えていたから、(ばち)が当たったんだろう。

 

「――ッ!? 伏せろッ!」

 

 突然、茜が私の手を引き、そのまま一緒に地面へ滑り込む。

 それに一瞬遅れ、ノイズの飛ばした槍のようなものが、さっきまで私たちが居た場所を通過し、客席の壁を貫いた。

 

「……危なかった。大丈夫か?」

 

 そう言って、先に立ち上がった茜が、私に手を差し伸べる。

 

「あ、ありがと――」

 

 私は彼女の左手を掴んで立ち上がろうとして――――そのまま茜の後方へ投げ出された。

 

「――え?」

 

 あまりにも脈絡のない行動に一瞬思考が停止する。だが、直後にその行動の意味を理解させられた。

 彼女の頭上に、今まさに降り注ごうとしている、巨大な瓦礫を目にしたことで。

 

「あ、あか――」

 

 私の言葉が言い終わるよりも早く、瓦礫が目の前を覆いつくし、舞い上がった砂埃が視界を奪った。

 

 地面に転がった私は、すぐさま上体を起こす。

 すると、砂埃はすぐに晴れ、さっきまで茜が居た場所が露になった。

 

「…………茜?」

 

 そこにあったのは、無機質に積み上げられたコンクリートの塊。

 ただ、その下には見覚えのあるものがあった。

 

「……あ……あぁ」

 

 さっきまで私の手を引いていた左腕。それだけが、瓦礫の隙間から見えていた。

 

「……あぁあ……ああぁ」

 

 その腕の根元から、赤い水たまりが徐々に広がっていく。それが血だということを理解するのは、そう難しいことではなく――

 

「……ああぁ、あぁ、あああぁ」

 

 私の親友が、さっきまで動いていたものが、目の前で、私の、私を、私のせいで、茜が――――

 

「あああぁああぁああああぁあああああぁああああああぁぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから後のことは、あまり覚えていない。

 破片が私の胸を貫き、奏さんに抱きかかえられ……気が付いたら病院のベッドの上だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




※この小説はコメディ作品です。


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無印
後悔と贖罪


『なんで貴女だけ生きてるの?』

『大した怪我じゃなかったんでしょ? つまり、そういうことじゃない』

『よく友達を見捨てられるよねー』

『天月さん、カワイソー』

 

 

 

 

 

「――――びき、響!」

「ッ!」

 

 未来に声を掛けられ、ベッドから飛び起きる。

 呼吸が苦しい。汗もひどい。焦点も定まらない。

 

「……大丈夫? 魘されていたみたいだけど」

 

 隣に寝ていた未来に『平気』と答えると、胸に手を当てて息を整え、再びベッドに横になる。

 平気だ。だって、こんな夢を見るのはいつものことだから(・・・・・・・・・)

 ライブの惨劇から2年。ただの一度たりとも、あの日のことを忘れたことはない。

 

 人助けが趣味? そんなわけない。

 ただ、誰かのために何かをしていないと、平静を保てなくなってしまうだけだ。

 

 今は幸い(不幸)にも、私の周囲には私を責める(罰してくれる)ような人はいない。

 

 私は怖い。この幸せに浸かり、あのときの後悔がただの思い出になってしまうことが、何よりも恐ろしい。

 だから、そんな私を戒めるように、幾度も同じ夢を見る。

 

 怒号の飛び交う我が家。

 名前も知らない誰かの悪意ある言葉。

 一人、病院で目を覚ます私。

 私を助けてくれた茜。

 手を差し伸べてくれた茜。

 目の前で潰れる茜。

 真っ赤な血を流す茜。

 

(助けなきゃ。助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃ助けなきゃたすけなきゃたすけなきゃたすけなきゃたすけなきゃたすけなきゃたすけなきゃたすけなきゃたすけなきゃたすけなきゃたすけなきゃたすけなきゃたすけなきゃたすけなきゃたすけなきゃたすけなきゃたすけなきゃたすけなきゃたすけなきゃたすけなきゃたすけなきゃ――)

 

 だからこそ、シンフォギアなんて力を手にいれて、特異災害対策機動部二課の手伝いをすることになった時、恐怖なんて微塵もなかった。

 これで、今まで以上にたくさんの人を助けられる。

 

 私は後、何人助けたら許されるのだろう。

 世界の一つでも救うことができたら、茜は許してくれるのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は進みまして、あのライブから2年後。

 私は今、山奥の立派な洋館で、パツキンのねーちゃんことフィーネさんのお世話になっている。

 

 え? なんで私が生きてるのかって?

 それはあの時、偶然にも落ちてきた瓦礫に左腕以外潰されなかったからだ。

 いや~、さすがは夢! Viva(ビバ)、ご都合主義!

 ただ、どうせご都合主義なら、左腕も無事であってほしかったが……まあ、命が助かっただけ良しとしよう。

 

 そんなこんなで、瓦礫に埋もれて気絶していた私をフィーネさんが回収した、というのが事の顛末だ。

 

 まあ、助けたのも決してまっとうな理由からではなく、フィーネさんの計画のために私が使えるかもと思ったかららしい。

 なんであのだだっ広い会場の中で自分だけ?と思い聞いてみたら、どうやら私の身体から少量のフォニックゲインなるものが検出されて興味を持ったからだそうだ。

 

 

 

 そんなこんなでこの2年は、聖遺物から作った『シンフォギア』と適合させるために調整されたり、フィーネさんの実験に付き合わされたり、クリスちゃんを弄って遊びながら過ごしていた。

 

 え? なんで逃げ出さないのかって? いやいや、こんな森の中であてもなく歩いたら遭難するでしょ。反逆しようにも、私のBU☆JU☆TSUレベルではフィーネさんのマジカル☆謎パワーに勝てそうにないし。それに、私一人が逃げたらクリスちゃんがどうなるか分かったもんじゃないしね。

 まあ、作戦の動機が愛の告白だって言うんだから、ちょっとくらいは協力するのも吝かではないかな、なんて思ってたり思ってなかったりする。具体的に何やるか聞いてないけど。

 

「はぁッ! てりゃあッ!」

 

 そうそう。クリスちゃんっていうのは、私と同時期に拉致られてきた女の子で、シンフォギアとの適合率が高いらしい。最初のうちは野良猫の様に警戒していたけど、時間をかけて餌付けしながら距離を縮めていった結果、今ではある程度心を許してくれていると思う。

 

「おらぁッ!」

 

 そして今は何をやっているかというと、件のクリスちゃんとスパーリングをしている。

 ぶっちゃけ、フィーネさんは洋館に居ないことが多く、暇を持て余した私が日課の鍛錬していたところをクリスちゃんに目撃されたのが始まりだ。

 まあ、こんな閉鎖的環境にずっといるとストレス溜まるし、身体を動かせば気分も晴れるから、クリスちゃんのためにもなるしね。

 

「考え事なんて随分余裕だ、なッ!」

 

 おっと、いかんいかん。つい気が散ってしまった。

 私はクリスちゃんの蹴りを左手(・・)でいなし、それと同時に相手の腹部へ右拳を放ち、当たる直前で寸止めした。

 

「……ここまでだ」

「かぁ~ッ! また勝てなかった!」

 

 自分の敗北を理解したクリスちゃんはその場で大の字に寝転がる。

 

「クリスは、感情が高ぶると視野が狭くなる。目に頼るな、五感で観ろ」

「わかってるけどさ、それができれば苦労しねーんだって」

 

 私の『何か凄いことのように聞こえて実は全く身のないアドバイス』を真面目に受け止めてくれるクリスちゃん。

 やっぱりいい子だわ、この子。それっぽいこと言っただけなのに。

 

 私? 私はもちろんできるよ、心眼。目隠しして一人スイカ割りできる程度には。

 ……今の私って、完全に武術チートだよね。ギアいらないんじゃないの? これ。

 

「また、こんなところで遊んでいたのね」

 

 すると、まるで私たちのスパーリングが終わるタイミングを計ってたかのように、屋敷からフィーネが現れる。

 その登場の仕方と台詞運び、厨二ポイント高いっすね、フィーネさん。

 

「任務よ、クリス」

「……わーったよ」

 

 あっ、クリスちゃんが露骨に不機嫌そうな顔になった。

 クリスちゃんは時々、フィーネさんから指示を受けてはどこかへ行くことがある。フィーネさんに聞いても『私の目的は知っているだろう? つまり、そういうことだ』みたいなことを言われた。

 

 いや、知らんがな。確かに目的は知ってるけどさ。

 あんたはアレか? 自分が知ってることは相手も知ってる、とか言っちゃうタイプの人間か? よくないな、そういうの。思わせぶりな発言されると、やきもきするでしょうが!

 

「何やら不満そうな表情だな」

 

 私があれこれ考えていると、フィーネさんがひょんなことを言い出した。

 そりゃそうですよ。現状、私だけ除け者状態だし。

 

「心配しなくても、貴女にも任務がある。クリス(あの娘)には内緒で、ね」

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

――――――――――

―――――

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、やってきました深夜の公園。

 フィーネさんから言い渡されたのは、何とも意外。クリスちゃんの援護でした。

 

 そもそもクリスちゃんへの任務は、とあるシンフォギア装者のデータ収集及び誘拐だったのだが、私のギアの試運転がてらクリスちゃんをフォロー、最悪の場合はクリスちゃんの回収をして帰ってこい、とのことだ。

 キャリアウーマンな母と一人ぼっちの娘ぐらい距離のある二人だと思ってたけど、なんだかんだ心配してるのね。愛することに不器用な母親かな?

 

 ていうか、話を聞いたときはスルーしてたけど、またシンフォギア装者攫ってくるつもりなのか。

 もう! そう何人も何人も拾ってきて! 碌に世話もできないのに拾ってきちゃダメって言ってるでしょ! クリスちゃんのときだって、結局お世話してるのは私じゃない!

 

 そんなテキトーなことを考えながら茂みに隠れていると、見覚えのない少女二人に相対するように、白い鎧に身を包んだクリスちゃんが現れた。

 

 さて、ここからどうするか。

 ここでクリスちゃんに加勢することは簡単だ。しかし、フィーネさんからは『内緒にフォロー』と言われてるし、何よりクリスちゃんは背伸びしたい年頃の女の子ムーブをするから、下手に手伝うと却って不機嫌になりそうなんだよなー。

 

 ……よし! 相手も二人だし、2対1で戦うことになったら出ていこう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然、シンフォギアを手に入れて。でも、これでノイズから皆を守れる。

 まだ、先輩装者の翼さんとは打ち解けられていないけれど、特異災害対策機動部二課の手伝いをしながらノイズと戦ってきた。

 あの日、守れなかった後悔を埋めるように、少しでも罪を償えるように……

 

 でも、そんな私の前に現れたのは、ノイズではなく1人の人間だった。

 

 少し前までただの一般人だった私は、人間相手に戦う覚悟のできていなかった私は、彼女の呼び出したノイズによってあっさりと拘束されてしまった。

 そして、残った翼さんは一人彼女と戦うけれど、翼さんの攻撃は相手に届かず、戦況は一方的だった。

 

「はんっ! 遅せぇ遅せぇ! あいつの拳に比べたら、動いてないも同然なんだよ!」

「がぁ――ッ!」

 

 彼女の脚が翼さんの腹部に食い込み、何メートルも後方に蹴り飛ばされた。

 

「くッ!」

「ちょっせぇ!」

 

 翼さんが突き飛ばされながらも投げた3本の短剣は彼女にあっさりと弾かれる。

 そして、追い打ちをかけるように、彼女の放った白いエネルギー球が翼さんへ直撃した。

 

「翼さん!」

 

 土煙が晴れたそこには、俯せになって倒れる翼さんの姿があった。

 

特機部二(とっきぶつ)の装者も大したことねーな。そんな甘ちゃんをのさばらせてるのがいい証拠だ」

 

 彼女に指をさされ、私はノイズに拘束されている握り拳を震わせる。

 悔しい。私が不甲斐ないせいで、翼さんや二課の皆を悪く言われることに。そして、私にはまだ、戦場に立てるほどの覚悟を持っていないのにも拘らず、皆を守れるだなんて楽観的だったことに。

 

「まあいい。さっさとそこのガングニール装者を回収して――ん?」

 

 すると、翼さんが刀を杖代わりにして立ち上がった。

 

「友を失い、鎧を奪われた汚名……お前から鎧を取り戻すことで、雪がせてもらう……!」

「おもしれー。やれるもんならやってみ――」

 

 彼女が動こうとしたその瞬間、身体の動きが不自然に止まる。

 よく見ると、月明かりが照らす彼女の影に、1本の短剣が突き刺さっていた。

 

「なッ、てめぇ、一体何を――!」

 

 後に知った『影縫い』という技によって動きを封じられた彼女に、翼さんは無防備にも歩みだした。

 

「翼さん!」

 

 何をするつもりなのかわからない。でも、全身を走る悪寒が、翼さんを制止する声となって私の口から零れた。

 

「立花。防人の覚悟、貴女の胸にしかと焼き付けなさい」

 

 だけど、私の言葉に耳を傾けることもなく、翼さんは(うた)を紡ぎ始めた。その詩は、地上に存在するどの言語にも該当しない、私たち装者が歌う聖詠によく似た詩だった。

 

「お前、絶唱を――クソッ! こんな拘束!」

 

 彼女がその場から脱しようと暴れるも、翼さんは意に介さず、彼女の目の前に立つ。

 

 

 

 そして、詩を紡ぎ終えたその瞬間、翼さんを中心に光の濁流が辺り一帯へ奔出した。

 

「があああぁぁぁッッッ!!」

 

 鎧を身にまとっている彼女が光に飲み込まれる。

 彼女だけじゃない。私でもわかる。あのままじゃ翼さんだって、ただではすまない。

 

 でも、私は動けなかった。

 ノイズが私を捕まえているから? あの光が恐ろしいから?

 違う。なぜなら――

 

 

 

 

 

Iccha jnana kriya Trishula tron(清水に堕ちる一滴の泥)

 

 

 

 

 

 聖詠(うた)が聞こえたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




原作よりもトラウマ度は上がっている響。

ただし、本質的には変わっていないので、人間と戦うことには抵抗感がある模様。


本作品は基本的に主人公視点で話が進むので、主人公が関わらない部分は描写が省かれることがあります。
御了承下さい。


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叶わぬ再会

戦闘シーン?
そんなもの、ウチにはないよ。


「容体は安定しました。しばらくすれば、目を覚ますでしょう」

「……ありがとうございました」

 

 弦十郎さんは頭を下げると、病院を後にする。

 きっと、あの白い鎧の行方を追うのだろう。

 

 私は座っている待合室の椅子から、立ち上がることができないでいた。

 ……結局私は、何もできなかった。

 

「貴女が気に病む必要はありませんよ。翼さんが自ら望み、自ら行ったことなのですから」

「緒川さん……」

 

 すると、二課の一員であり、翼さんのマネージャーも兼任している緒川さんが、私の対面に腰を掛けた。

 

「それに、絶唱を使用したにもかかわらず、大きな怪我にならなかった。そういう意味では、彼女には感謝しないといけませんね」

「4人目の、装者」

 

 翼さんが絶唱を放ったとほぼ同時、突然現れた正体不明の装者が、翼さんの放つ光へ飛び込んだのだ。

 光が収まった頃には、地面に倒れる翼さんの他に、白い鎧の少女を小脇に抱えた、新たな装者が立っていた。

 

 夜風に靡く黒い長髪に、槍を携え、小脇に抱えた少女と同じく白いギアを身にまとった少女。辺りは暗く、目元はバイザーで隠されていてよく見えなかったけれど、彼女も私と同い年ぐらいだった。

 

「どうやって絶唱を抑えたのか、何故あのタイミングで介入したのか、彼女たちの目的は何なのか。今の我々には、圧倒的に情報が足りない。ですが、逆に言えば、これからの調査で大きく事が進展するでしょう」

 

 バイザー越しに彼女と視線が交わった時、私は動くことができなかった。

 恐怖じゃない。何か、言いようのない感情が私の中で渦巻き、喉からは声にもならない空気が零れるだけだった。

 

 彼女は、一体誰なんだろう――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふぅ……危ないところだった。

 蒼い侍ガールが何やら歌ったと思ったら、急にシャイ〇ングみたいな技を出したんだもん。びっくりしたわ! いや、あれはどちらかというと、メガ〇テか?

 慌ててギアを纏って、彼女の体内のフォニックゲインを相殺して、それからクリスちゃんを小脇に抱えて逃亡し、なんとか事なきを得た。

 

 ちなみに、どうやって侍ガールのフォニックゲインを抑えたのかというと、私のシンフォギア『トリシューラ』の力だ。

 名前的に大層な力を持っているかと思いきや、こいつはフォニックゲインを増減できる完全サポート型のギアなのだ! まあ、その代わりに一切の攻撃力が無いけど。

 

 だってこれ、曲がりなりにも槍のはずなのに、穂先についてるのは刃じゃなくて音叉なんだぜ?

 こんなの槍じゃないわ! ただの飾り付きステッキよ!

 

 その代わりと言っては何だけど、トリシューラは私の左腕もアームドギアの要領で生成してくれるので、おかげで割と不自由なく暮らせている。

 ギアお手製の義手は生身の右腕と遜色なく動くし、現代に流通しているモノよりもよっぽど高性能なんだろう。何より、ギアの待機状態でも、左腕だけ展開してくれるのはありがたい。

 

 そんなわけで、実働は専らクリスちゃん担当で、戦闘力のない私はフィーネさんに身体をいじられる担当になっている、というわけだ。

 

 

 

 そして、帰ってきた私が今は何をしているかというと、フィーネさんによるクリスちゃんへの電撃攻めが終わるのを待っている。どうやら、クリスちゃんの纏ってた鎧が身体に侵食してたんで、それを取り除くためにやってるらしい。

 でもなんか、『素っ裸で悪い笑みを浮かべては電流を流す⇔一旦止めて耳元で何やら囁く』を繰り返しているんだけど、どう見ても洗脳してる悪の女幹部だ、これ。

 フィーネさん、もしかして楽しんでない?

 

 あっ、一通り処置が終わったみたいだ。

 クリスちゃんを寝かしつけたフィーネさんが、此方へ歩いてくる。

 

「調子はどう? もっとも、大して戦っていないみたいだけれど」

 

 おっと、それは直前まで手を出さなかった嫌味かな?

 

「秘密裏にフォロー、鎧の回収。その命令しか受けていない」

「相変わらず融通が利かない。あの場で立花響を回収することだって出来たろうに」

 

 そう、それだよ! 態々、フィーネさんのお楽しみタイムが終わるのを待っていたのは、聞きたいことがあったからだよ!

 

「……彼女がターゲットだったのか」

「ええ、そうよ。そういえば、貴女と面識があったのよね」

 

 この、さも『今、気が付きました』と言わんばかりの、わざとらしい言い方。本当、100点満点の悪女ムーブするよね、この人。

 そんなんだから、言われた最低限のことしかやりたくないんだよ、私は。

 

「何故、響が欲しい?」

「貴女と同じだからよ、茜。融合症例はとても希少、サンプルは一人でも多い方がいい。何より、貴女は少々特異すぎる」

 

 マジで? ビッキーも私みたいに腕や脚が吹き飛んだの? ちらっと見た感じ、そうは見えなかったけど。

 ていうか、ビッキーも装者になったのか。いつからだろう? もしかして、私が知るずっと前から? いやいや、それならあのライブの時には戦えているはずだし。となると、2年前の一件で死に瀕して、そこからパワーアップしたってところかな? 少年漫画的に。

 

「そうか」

「あら、それだけ? てっきり、彼女には手を出すな、くらい言うと思っていたのだけれど」

 

 いや、どうせ何を言ったって止める気ないじゃん。頑固なのは、ここ2年一緒に暮らしてれば嫌でもわかるわ。

 それなら、私の目が届くところにいた方が、まだ安心だしね。まあ、誘拐はしたくないし、しないに越したことはないけど。

 

「使うなら、私以外にしろ」

「ふふっ。ええ、そうさせてもらうわ」

 

 えっ、何この人。急に笑うとか怖いんですけど。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

――――――――――

―――――

 

 

 

 

 

 そして、私の出動からしばらく経った。

 フィーネさんが言った通り、私はアレから一度も任務に赴いておらず、ひたすらフィーネさんのデータ取りに協力している。

 

「なぁ、ちょっといいか?」

 

 自主練と検査をひたすら繰り返す日々に飽き飽きしていた頃、珍しく深刻な面持ちでクリスちゃんが話しかけてきた。

 何か真面目な相談事みたいだけど、いやーそんなにも私に心を開いてくれたのか。愛いやつめ、今度目一杯愛でてやろう。

 

「どうした」

「茜がアイツ、立花響の知り合いだってフィーネが言ってた……本当なのか?」

 

 なーぁに他人の友好関係ベラベラと喋ってんだ、あの人。まあ、別にいいけど。

 でも、なんでそんなことが気になるんだ?

 そういえば、この間のデュランダル?とか言うのを掻っ攫う作戦もビッキーに邪魔されたようなことを、フィーネさんが言ってたな。

 

「ああ、そうだ」

「――ッ! そうなのか……」

 

 それを聞くや否や、クリスちゃんが悲痛な表情を浮かべた。

 これは、またフィーネさんに変なこと吹き込まれたな? やめてよね、クリスちゃんは純粋なんだから。

 

「…………茜は、アイツのところに帰りたくないのか?」

 

 重々しく口を開いたかと思ったら、クリスちゃんが

 もしかして、『いい子にしてないと、茜を家に帰しちゃうわよ』とか言われたのか?

 まったく、無駄に不安を煽って楽しむんじゃないよ、愉悦民が!

 

「帰らない。少なくとも、お前が居る限りな」

 

 正直、帰るのは今更感あるよね。今まで何してたんだとか問い詰められても、『悪の女幹部みたいな人に人体実験されてました』とか言った日には、頭のおかしい人認定されるだけだし。

 それに、クリスちゃん一人で置いてくのは不安すぎる。フィーネさんがよからぬことをしないとも限らないし、何よりクリスちゃんが思い詰めて暴走とか洒落にならん。

 

「そう、か……ぇへへっ」

 

 私の言葉を聞いて、クリスちゃんは恥ずかしそうに頬をかいた。

 もぉ~、可愛いな! ナデナデしちゃうもんね!

 

「あっ、こら! 子供扱いすんな!」

 

 顔を真っ赤にして手を弾かれてしまった。しょんぼり。

 自由に撫でさせてくれないところとか、本当に猫みたいだな。そこが可愛いんだけど。

 

「よぉし! 次に会ったときは、アイツに目にもの見せてやる!」

「……程々にしてやってくれ」

「へへっ、やなこった!」

 

 なんか、すっごい気合入ってるな……

 まあ、盛り上がってるクリスちゃんに水を差すようなことを言えるはずもなく、やる気を出している様子を温かく見守る私なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アタシには何もない。

 友達も、大好きだった両親も、何もかも。そして、それを奪った戦争は絶対に許しはしない。

 だからアタシはフィーネの誘いに乗った。例えフィーネに利用されようとも、アタシの目的が、戦争の火種をなくすことができさえすれば、それでよかった。

 

 そんな中、フィーネが連れてきた、(一人の少女)に出会った。

 アタシよりも年下の癖にやたらと達観して、無口で、不愛想で、腕っぷしが滅茶苦茶に強くて。それでいて、どこまでもお人好しな奴だった。

 

 最初はそれが気にくわなくて、喧嘩を吹っかけては返り討ちにあって。いつしかそれが日課になる頃には、私は自然と笑みを浮かべていた。

 もう、こんな風に笑うことなんてないと思っていたのに。

 

 そんな時、立花響(アイツ)が現れた。

 茜を、アタシよりも前から知る存在。

 甘えたことをほざいて、碌に戦いも知らない素人で、そのくせ茜のようにお人好しな奴。そんなところが、余計にアタシの癇に障った。

 

 茜だって、過去がある。アイツの大切な人は、まだ生きている。だったら、茜だってきっと……

 また、居なくなるのか? 大切な人が、アタシの前から――

 

 

 

『帰らない。少なくとも、お前が居る限りな』

 

 

 

 それを聞いて、歓喜に体が震える。

 そっか。茜は、立花響(アイツ)よりもアタシの方が大事って言ってくれるんだな。

 だったら証明してやるよ。あんたの隣に立つのに相応しいのは、アタシだってことを!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 調査記録

 20■■年■月■日

 

 表題:融合症例について

 

 装者の身体能力を引き上げると共に、炭素転換能力を防ぐ対ノイズ用コーティング、位相差障壁を無効化する固有振動の調律といった特性を有するのが、聖遺物から製造されたFG式回天特機装束(シンフォギア)である。

 

 シンフォギアから生み出されるエネルギーの負荷は、すべて装者にフィードバックされるため、自ずとギアの出力は装者に依存せざるを得ない。

 これは、人と共鳴して稼働するシンフォギアの設計思想において、本来人体にとって異物であるギアのエネルギーを同調させる際にエネルギーロスが発生し、その余剰分が負荷という形で装者に返ってくるためと考えられる。

 

 この制約を取り払う方法があるとすれば、それは人と聖遺物の同化である。

 聖遺物が人の一部になれば、エネルギー循環の改善・出力の上昇・さらには、聖遺物の持つ機能の恩恵を受けることが可能になると考えられる。

 

 この理論においてカギを握るのは、融合症例と呼ばれる存在だ。

 

 

 

・融合症例第一号『立花響』

 2年前の事件にて、体内にガングニールの破片が混入。後に、体内を侵食させる形でギアを起動し、ガングニールの装者となる。

 かつて、約10万人の観客から引き出したフォニックゲインにより起動したネフシュタン、それと同等の完全聖遺物であるデュランダルを立花響一人の手で起動せしめたことからも、人と聖遺物が一体となったことによる恩恵は計り知れない。

 

 彼女の存在は今後、融合症例を解析・再現する上での重要なサンプルとなる。

 

 

 

・融合症例第零号『天月茜』

 公的には存在しない、最初の融合症例。

 2年前、生身の人間であるにも拘らず、体内から微量のフォニックゲインを検知したため、回収した後に綿密な調査を実施。

 結果から言えば、彼女の体組織は通常の人間と何ら変わりない。

 

 しかし、試しに米国から借り受けたシンフォギア『トリシューラ』を与えたところ、彼女の失われた機能を補うように、左肩から先の腕部を生成して見せた。

 左肩の境界面では、体組織と神経・細胞レベルで接合されており、以上のことから、聖遺物を人体の一部とする融合症例と判断した。

 

 だが、前述の融合症例第一号と異なり、彼女の体内にトリシューラが侵食することはなく、あくまで接合のみに留めている。これはあらゆる検査・投薬をもってしても変化することはなく、サンプルに最適な融合症例第一号が現れたこともあり、以降は定期健診と経過観察を実施するものとする。

 

 

 

 補遺:融合症例第零号の運用について

 

 融合症例のサンプルとしては適さない第零号だが、従来の装者よりもシンフォギアの力を引き出せている点は、第一号と共通している。

 そこで、彼女と一体化したトリシューラの機能であるエネルギーの増減機能について、件の計画への利用が考えられる。荷電粒子砲を放つには相応のエネルギーが必要であり、トリシューラの能力を用いれば、大幅な削減が期待できる。

 そのためには今後の検査で、エネルギーの増幅限界、および彼女自身の耐久度(・・・)について、調査する必要がある。

 

 

 

 以上

 

 

 

 特異災害対策機動部二課所属

 櫻井了子

 

 

 

 

 




オリ主が居るおかげで、クリスちゃんの依存先が微妙に変わっています。


〇相関図
・オリ主
→クリスちゃん:放っておけない妹的存在。
→フィーネさん:ドS痴女。告白する前に露出癖を直した方がいいのでは……?

・クリス
→オリ主:唯一の理解者。
→フィーネ:目的を果たすために協力しているだけ。原作ほど依存していない。

・フィーネ
→オリ主:希少な融合症例のサンプル
→クリス:体の良い駒&オリ主を自分の下に置いておく為の楔


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縛り付けていたモノ

「それじゃあ、茜。ちょっくら行ってくる!」

「……程々にな」

 

 クリスちゃんの人生相談から数日後。

 フィーネさんから任務を命じられたクリスちゃんは、屋敷の玄関口で見送る私に意気揚々と挨拶をして出かけて行った。あのはしゃぎっぷりからして、大方、ビッキーを捕らえてこいって言われたのだろう。

 ビッキーは心優しい子なので、できれば手心を加えてくれればいいのだが……

 まあ、クリスちゃんはなんだかんだ言って根は優しいので、大層なことにはならないだろう。

 

「立花響のことが心配? いえ、それともクリスの方かしら?」

 

 すると、屋敷の奥から闇に紛れてスーッとフィーネさんが現れた。

 どうしてこうも、登場の仕方一つ取っても悪役チックなんだよ、あんたは。

 

「何か用?」

「相変わらず、会話のキャッチボールをしない娘ね、貴女は」

 

 うるせー! 私だって何とかしたいんじゃい!

 

「検査の準備ができたから呼びに来たの」

「検査? 今日はまだ予定日じゃないはずだが」

「状況が変わったの。この先、予定が立て込んでいるから、今のうちに実施するのよ」

 

 なるほど。確かに、ここのところ忙しいのか、屋敷に居る時間も前より減ってたしな。

 まあ、反論したところで拒否権もないんだけどね。検査もどうせ、いつも麻酔で眠っている間に終わってるから、大して苦労もないし。

 

「わかった」

「なら、ついてらっしゃい」

 

 フィーネさんに導かれるまま屋敷の中を歩いていくと、この2年間検査の度に通い続けた、見慣れた病室へ辿り着く。

 だけど、扉を開けると、その中には見慣れない仰々しい機械が所狭しと配備されていた。

 

「フィーネ、この機械は?」

「今回の検査では貴女と融合しているトリシューラの計測を行うから、そのための機械よ」

 

 ふーん。前にギアの解析をしたときは、こんなに機材はなかったと思うんだけど、気のせいかな?

 私、こういうのには明るくないから、よくわからないんだよねぇ。

 

「それじゃあ、麻酔をかけるから、ベッドに横になりなさい」

 

 フィーネさんの指示に従い、慣れた手つきで検査服に着替えた私は、部屋の中央に配置されているベッドに横になる。そしてフィーネさんは、検査用の薬品が入れられた点滴の針を、私の左腕に刺した。

 

 ゔっ……何度やっても、注射は苦手だな。

 

「さて。検査も始めて、およそ2年。これで最後かと思うと、多少なりとも感慨深いものね」

 

 え? 検査最後なの? 初耳なんですけど?

 そう思った瞬間、麻酔が効いてきたのか、急に瞼が重くなり、意識が混濁してきた。

 

「計画はすでに最終段階。トリシューラが此方の期待通り増幅装置として機能すれば、予定を前倒しできる。そうなれば……もうあの娘は、抱えておく意味もないわね」

 

 なんだ、これ……いつもの、麻酔よりも……駄目だ、思考が、うまく……

 

 

 

 

 

 

 

 

   気に入らねぇ……

 

 

 

「私たちは言葉が通じ合うんだから、ちゃんと話し合いたい!」

 

 何度も襲われて、今もこうして相対しているにも拘らず、世迷言のような言葉を吐く。

 

「戦わなくたっていい。話し合えばきっと!」

 

 気に入らねぇ。

 何よりも気に入らないのは、立花響(アイツ)の行動が、発言が、その節々から茜を連想させることだ。

 

「その、うっとおしい口を閉じやがれ!」

 

 ネフシュタンを脱ぎ捨て、忌々しいシンフォギア(イチイバル)を身に纏ったアタシは、アイツに向けて2丁のガトリングをぶっ放した。

 

「お前みたいな、温室でぬくぬく育った世間知らずが! なんの覚悟も無い奴が! そんな軽い言葉で!」

 

 乱射されたガトリング弾がアイツの周囲にも着弾し、土煙が舞い上がる。

 だが、そんなことお構いなしに、アタシは銃を撃ち続ける。

 

「――知ったようなことを言うんじゃねぇよ!」

 

 やがて、装填された弾をすべて打ち尽くし、銃弾の雨が止む。

 あいつは上手く脱出したのか、それとも避け切れずに倒れたのか。

 

「な――ッ!」

 

 だが、土煙が晴れたその先にいたのは、両腕で頭部をガードしながらも、その場に立ったままの立花響の姿だった。

 

「……確かに私は、クリスちゃんのことも、ノイズのことも、シンフォギアのこともよく知らない。覚悟だって生半可かもしれない。だけど――」

 

 なんで避けなかった? いや、そんなことはどうでもいい。

 アイツの目、両腕の隙間から見えたそれは、間違いない。アタシが紛争地帯で、幾度となく目にした――

 

「軽い気持ちで、言ってるつもりは無いよ」

 

 死を覚悟している人間の目だった。

 

「お前、なんで……」

 

 理解できなかった。

 こんな平和ボケした国で暮らしていて、なんでそんな目ができるのか。

 そして何よりも、あんな『貴女と戦いたくない』『話し合えば分かり合える』なんて青臭い理想論に自分の命を懸けられる、こいつの存在そのものがアタシの理解を超えていた。

 

「命令も碌にこなせないなんて、どこまで私を失望させるのかしら」

「なッ!?」

 

 アタシの思考が停止していたその時、どこからともなく声が聞こえてきた。

 この声は、フィーネ! なんであいつが此処に!?

 

「――ッ! 危ない!」

 

 アタシが気を逸らしたその瞬間、立花響(アイツ)がアタシの身体を押し出すようにタックルする。そしてその数瞬後に、空から飛来したナニカが、アタシがさっきまで立っていた場所へ突き刺さった。

 

「あれは――ノイズ!? いや、それよりも……何してんだお前! 仮にも敵を助けやがって!」

「……ごめん、つい」

「つい、じゃねーよ!」

 

 アタシの攻撃をもろに喰らった影響か、アタシを突き飛ばした立花響は地面に倒れ伏し、アタシへの返答を最後にそのまま気絶した。

 

 アタシは手に銃を構え、立花響(コイツ)を庇うように辺り一帯を見回す。

 すると、少し距離の離れた岬に、見覚えのある金髪の女が立っていた。

 

「何のつもりだよ、フィーネ!」

「貴女はもう用済みよ、クリス」

「なんだと……ッ!?」

 

 フィーネが右手を掲げると、アタシがパージしたネフシュタンが光の粒子となり、フィーネの右手に吸い込まれた。

 

「ネフシュタン、回収完了。あとは好きになさい」

「ふざけんじゃねぇ! 第一、茜はどうするつもりだ!」

「貴女が知る必要はないわ」

 

 もう何も話すことはないと謂わんばかりに、フィーネは崖から飛び降り、そのまま姿を消した。

 

「ッ!? 待ちやがれ!」

 

 アタシは立花響を一瞥し、大丈夫そうなのを確認してから、フィーネを追うべくその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

――――――――――

―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ! どこ行きやがった!」

 

 生身のくせにどんな手品を使ったのか、あっという間にフィーネはアタシの視界から消えた。

 

「待て、落ち着けアタシ! この際、フィーネのことは後回しだ! まずは、茜が無事かどうか確認しないと!」

 

 思い立ったアタシは、ギアの出力を最大にして、フィーネの屋敷へ向かって全速力で走りだす。

 そして、フィーネの差し向けたノイズが待ち構えていることもなく、程なくして見覚えのある屋敷に辿り着いた。

 

「茜ぇ!」

 

 勢いよく扉を蹴破る。しかし、屋敷の中には、いつもアタシを出迎えて来てくれる茜の姿は無い。その代わりに視界に入ったのは――

 

「あら、思ったよりも早かったわね」

「フィーネッ!」

 

 見覚えのない機械と、その横に立つフィーネの姿だった。

 

「好きになさいと言ったのだから、大人しく二課の連中に助けを求めればよかったものを」

「うるせぇ! 第一、用済みってなんだよ! 世界から争いを無くしたいのなら協力して欲しい、そう言ったのはアンタだろ!?」

「ああ、そんなことも言ったわね」

 

 こいつ……ッ! いけしゃあしゃあと!

 

「確か、『戦う意思と力を持つ者を滅ぼすことで戦争を無くす』だったかしら? そんなことで争いが無くなるほど、人間は高潔な生き物では無い。それは、貴女が一番よく知っているはずよ」

 

 フィーネは、昔アタシに対して言った言葉を、下らないと一蹴するように言い放った。

 つまりこいつは、最初からアタシを体の良い駒としか見てなかったってことかよ!

 

「でも、貴女には感謝しているわ、クリス。貴女がくだらない妄言へ夢中になってくれたおかげで、茜を私の手中へ置くことができた」

 

 その言葉を聞いた瞬間、アタシの思考が一瞬停止した。

 

「どういう、事だ? なんで、そこで茜が出てくるんだよ!」

「不思議に思わなかったの? 彼女一人なら、その気になれば私の下から逃げだせる。私も表で公に動きづらい以上、捕まえるのは難しい。それにも拘らず、彼女はこの2年間、一度たりとも逃げる素振りを見せなかった。

 それはね、貴女が居た(・・・・・)からよ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、頭に鈍器で殴られたような衝撃が走った。

 アタシが居た、から……?

 

「茜は貴女という『守るべき相手』ができたおかげで、迂闊に逃げることも、クリスを手中に収めている私に逆らうこともできなかった。貴女は最初から、茜を縛り付けるための鎖でしかなかったのよ」

 

 そしてフィーネは、アタシに見せつけるように、見覚えのない機械の向きを変え、ガラスが張られた面をアタシの方へ向けた。

 

「助かったわ。貴女が私に協力してくれたおかげで茜は逃げ出すことができなかった。その結果、融合症例の貴重なデータも取れ、計画を早めることができた。ありがとう、クリス。貴女のおかげ(・・・・・)よ」

 

 そのガラスの向こう、機械の中には、死んだように眠る茜の姿があった。

 

「あ、茜……?」

「貴女のおかげ(せい)よ。貴女のおかげ(せい)で、茜はその命を私に使われるの」

 

 あ、アタシのせいで、茜が――

 

「死ぬのよ、クリス。茜は死ぬの、これから。貴女のおかげ(せい)で」

「あ、ああ……ああぁ…………」

「だから、クリス。茜が寂しくないように、一足先に逝ってあげなさい」

 

 そして、目の前に大勢のノイズが現れた。アタシを囲うように。

 

 

 

 

 

「さようなら、クリス」

 

 

 

 

 

 




次回、無印編最終回(予定)


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崩壊へのカウントダウン

1話に収まらなかったので、最終回は複数回に分割します。


 大粒の雨が激しい音を立てて地面を叩き、霧のように飛沫をあげる。

 アスファルトを殴りつけるような雨の中、アタシは傘もささずに街中の道を歩いていた。こんな天気のせいか、通りには人ひとりおらず、まるで世界にアタシだけが取り残されているような錯覚に陥る。

 

 フィーネの館からどうやって逃げて、どうしてここを歩いているのか、よく覚えていない。こうして生きているってことは、仕向けられたノイズから姿をくらますことはできたのだろう。

 

 けど、今のアタシには行く当てなんてない。

 アタシの目的も、復讐も、今までやってきたことの何もかも、フィーネによって見せられた幻想でしかなかった。そんな、手に触れることのできない夢幻に手を伸ばしたせいで、アタシは……この手に残っていた最後の希望さえ取りこぼした。

 

「茜……」

 

 もう、ここには居ない人間の名前が口から零れる。

 後悔は、決して先に立つことはない。

 いつもそうだった。パパとママが死んだあの日から、ずっと。だからアタシは、もう二度とあんな想いをしたくない、そのはずだったのに――

 

 視界が歪む。身体が浮遊感に包まれ、天地が反転する。アタシは、身体が地面へ引かれる力に抗うことができず、そのまま目の前が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よかった、気が付いた」

 

 気が付くと、アタシの目には見覚えのない天井が映っていた。

 

「驚いたよ。こんな雨の中、路地裏で倒れてたんだもの」

 

 視線を右にずらすと、白いリボンを結んでいる一人の少女がアタシに寄り添うように座っていた。

 

 だんだんと意識が覚醒してくる。

 アタシはいつの間にか眠っていた布団から上体を起こし、周囲を見渡す。

 今アタシが居るのは何処にでもある日本の民家。少女の言葉から察するに、アタシは道を歩いている途中で気絶していたんだろう。

 

「もう、起きても大丈夫?」

「……ああ」

「それじゃあ、寝汗を拭くから、上着を捲るね」

 

 そう言うと、少女は用意していたであろうタオルを取り出し、アタシの上着を脱がせて背中の汗を拭きだした。

 

「……」

 

 しばらく、場が静寂に支配される。

 アタシを助けてくれた少女は、何も聞いてくることもなく、ただ黙々と看病を続けている。

 

「何も、聞かないのか?」

 

 沈黙に耐えきれず、アタシの方から口を開く。

 客観的に見れば、大雨の中で傘を差さずに倒れてる人間なんて、怪しい以外の何者でもない。それなのに何も聞いてこようとしない。それが、何よりも不可解だった。

 

「……聞けないよ。だって貴女、私の友達と同じ眼をしてるんだもの」

「同じ、眼……?」

 

 アタシの問いかけに、少女は頷いて答えた。

 

「大切なものを無くして、『私が悪いんだ』って自分を責め続けている眼。見知らぬ誰かにも手を差し伸べることでしか、自分を許すことができなくて、見ているこっちが苦しくなりそうなくらい、自分を追い込んでる」

 

 見知らぬ誰かにも手を差し伸べる、か。

 その言葉を聞いて茜と、立花響のことが頭を過ぎった。

 

「あっ、ご、ごめんね? 変な話を聞かせちゃって」

「いや、いい」

「そう……。えっと、汗拭き終わったよ」

 

 その言葉を聞き、アタシは脱いでいた上着を着る。

 

「……なあ」

 

 そしてアタシは、タオルを片付けに立ち上がろうとした少女を呼び止めた。

 

「大事なものを失って、自暴自棄になってもいいのに……それでもまだ生きようとするのは、なんでだと思う?」

 

 少女が話した友達と今のアタシが重なって見えて、思わずそんな疑問が口から出てしまった。

 アタシはきっと、あのまま雨空の下で死んでいたとしても別によかった。より正確に言うなら、死にたかったのではなく、生きたいと思っていなかった。

 それなのに、少女の友達はこの苦しみを抱えながら生きている。それが、今のアタシには理解できなかった。

 

 変なことを聞いたにも拘らず、少女はその場に立ち止まり、少しの間考えるような素振りをしてから口を開いた。

 

「『まだ、この手に残った大切なものを守りたい』って、そう言ってた」

 

 その言葉を聞いて、頭の中に衝撃が走り、急激に意識が覚醒した。

 馬鹿か、アタシは! 何をセンチメンタルになってやがる!

 茜はまだ生きている(・・・・・・・)。今のアタシは、まだ伸ばせる手を伸ばしていないだけだ!

 

 直後、窓の外からサイレン音が鳴り響いた。

 

「な、なんだ!?」

「避難警報? もしかして、またノイズが」

「ッ! フィーネ……ッ!」

 

 アタシは勢いよく布団を剥ぎ、枕元に置いてあったイチイバルを手に取った。

 

「あっ、ちょっと! どこ行くの!?」

「お前は避難所へ行け! いいな!」

 

 家の扉を開け、外へ飛び出すと、そこはすでに避難する人たちで溢れ返っていた。

 

「ノイズは――あっちか!」

 

 アタシは人の流れを逆走するように、ノイズの現れた場所へ走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如町に出現した、大型の飛行ノイズ。その大型ノイズの体内からは、まるで輸送機から降り立つ兵士のように、小型ノイズたちが次々と投下されていた。

 

「はぁっ!」

 

 翼さんの斬撃『蒼ノ一閃』が、上空を飛行する大型ノイズへ向かって放たれる。だけど、その途中に散りばめられた多くのノイズによって阻まれ、エネルギーの刃が大型ノイズに届くことはなかった。

 

「そんな……翼さんでも、攻撃が届かないなんて……」

「狼狽えるな、立花。我らの後退は戦線の後退、すなわち、民間人への被害を意味する。容易に諦めるわけにはいかない!」

「は、はい!」

 

 翼さんの言葉を聞き、再び戦闘態勢に入る。

 でも、大型飛行ノイズから絶えず小型ノイズが投下され続けていて、このままでは物量で押しつぶされる。何か、何か手は――

 

 

 

   Killter Ichaival tron(銃爪にかけた指で夢をなぞる)

 

 

 

 すると、聞き覚えのある聖詠と共に、無数のミサイルが飛来するノイズを撃ち落とした。

 

「この声はもしかして――」

 

 後ろを振り返ると、そこにはイチイバルを纏ったクリスちゃんが立っていた。

 

「クリスちゃん! 助けに来てくれたの?」

「うるせー! アタシはただ、借りを返しただけだ!」

 

 私に悪態をつきながらも、クリスちゃんは両手に持ったガトリングでノイズを次々と落としていく。

 

「……雪音クリス、イチイバルの装者。今は、味方と考えてよいのだな?」

「ああ。これが終わったら、二課に連れていくでもなんでも、好きにしやがれ」

 

 今まで頑なに関わり合いを持とうとしなかったクリスちゃんが、どうして急に味方になろうと思ったのか正直分からない。

 だけど、今までの考えを曲げてでもやらなければならない大事なことができた。なんとなくだけど、そんな覚悟がクリスちゃんから伝わってくる気がする。

 

「今から、あの空を飛んでるデカブツを撃ち落とす大技を放つ。時間を稼いでくれ」

「承知した。立花!」

「え? り、了解!」

 

 翼さんの声を合図に、私と翼さんはクリスちゃんを護るように前方へ立ち、クリスちゃんは後方でイチイバルのチャージに入った。

 例え、共通の目的があるとは言っても、無防備を晒すなんて早々できない。それなのにクリスちゃんは、今こうして私たちに背中を預けてくれている。そして私たちも、クリスちゃんがノイズたちを倒してくれると信じ、降りかかる小型ノイズたちからクリスちゃんを守っている。

 

 この瞬間、私・翼さん・クリスちゃんは確かに、この戦いの中で一つになれた気がした。

 

「チャージ完了! いっけぇぇぇッ!」

 

   ――MEGA DETH QUARTET――

 

 そしてクリスちゃんから放たれた銃弾の嵐。

 2丁のガトリング砲、無数の小型ミサイル、4基の大型ミサイルが一斉に発射され、飛行ノイズたちを片っ端から焼き払った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やった! やったよ、クリスちゃん!」

「抱き着いてくんな! うっとおしい!」

 

 クリスちゃんの攻撃によって、空を飛んでいた大型ノイズを含め、すべてのノイズは一掃された。

 さっきの戦いでクリスちゃんと心を通わせられたような気がして、思わず抱き着いてしまった。

 

「そのぐらいにしておけ、立花。さて……」

 

 すると、翼さんが険しい表情をして此方へ歩いてきた。

 も、もしかして、ここでクリスちゃんと雌雄を決する、とか言う気じゃあ……!

 

「ま、待ってください、翼さん! クリスちゃんは悪い子じゃないんです!」

「なんでお前が、仲間からアタシを庇ってるんだよ……」

 

 クリスちゃんが呆れた様子で此方を見る。

 かと思ったら、翼さんまで私の行動を見て溜息をついていた。

 

「私はただ、話を聞きたかっただけなのだが……私の顔、そんなに怖かった?」

「あっ、いえ、そういうわけではなくてですね! なんと言うかその、鬼気迫る表情だったといいますか――」

「あーもう! 話が進まねぇじゃねぇか!」

 

 クリスちゃんが、抱き着いていた私を引っぺがす。

 

「アンタたちがどこまで把握してるか知らねーけど、アタシはすでにフィーネに切り捨てられてる。アタシの目的は、フィーネが連れて行った仲間の救出だ」

終わりの名を持つ者(フィーネ)、それに4人目の装者か」

 

 4人目の装者。

 その言葉を聞いて、初めて彼女を見た、あの月夜のことを思い出す。

 彼女を前にして突然心に渦巻いた感情。あれは結局、今でもわからないままだった。

 

「とにかく、今は司令に連絡を――」

 

 すると、翼さんの言葉を遮るように、二課から借り受けた私の端末から着信音が鳴り出した。

 

「あっ、はい。こちら、立花――」

『響君! こちら管制室! 至急本部へ戻ってくれ! リディアンが襲撃を――』

 

 通信は途中で切れ、その言葉を最後に本部から通信が途絶えた。

 

 

 

 

 

 




主人公不在により、クリスちゃんのメンタルが回復した模様。

それと、フィーネさんがルナアタックRTAのチャートにオリ主を組み込んだ結果、クリスちゃんの餌付けイベント等が省略されました。


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凍てつく調律

書いても書いても終わる気配がない……
最終回は、もう1話だけ続きます。


「嘘……リディアンが……」

 

 月を雲が覆い、あたり一帯を暗闇が支配する。

 指令からの通信が途絶え、私たちは急いで二課の本部がある私立リディアン音楽院へ向かった。

 その先にあったのは、大部分が倒壊した校舎、至るところがひび割れたコンクリートの道路。その端々からは、戦闘の痕跡が確認できた。

 

「予想よりも早かったわね」

 

 すると、崩れかけている校舎の前に了子さんが、人ひとり入りそうなほど大きな機械を携えて立っていた。

 

「了子、さん?」

「フィーネ! この惨状はお前の仕業か!」

 

 クリスちゃんの言葉を聞いて、私の思考が一瞬停止する。

 フィーネ? 了子さんが? 一体、どういうこと……?

 

「フィーネ、だと!? どういうことですか、櫻井女史!」

「そうね、この姿なら信じられるかしら?」

 

 だけど、了子さんはそんな私に現実を突きつけるように姿を変え、嘗てクリスちゃんが纏っていた黄金のネフシュタンを纏った姿へと変身してみせた。

 

「そんな……嘘ですよね? だって、了子さんは私を守ってくれて――」

「貴女は貴重な融合症例のサンプル。手厚く扱うのは当然だろう」

 

 私の疑問を、了子さんはつまらなそうに一蹴した。

 

「サバイバーズギルトを持つ人間は実に扱いやすかった。協力者という立場をちらつかせば、自ら進んで私の近くに来てくれる。そういう意味でも、私は彼女に感謝しなければな」

 

 彼女……? それっていったい――

 私の疑問に答えるように、月を覆い隠していた雲が晴れ、了子さんの隣に鎮座している機械に月明かりが灯った。

 

「なあ、天月茜」

「――ッ!?」

 

 その機械の中に居たのは、一人の人間だった。

 

「あ……あか……」

「立花? おい、しっかりしろ! 立花!」

 

 私は視線を機械に奪われながら、その場に崩れ落ちる。

 忘れるはずもない。だって彼女は、茜は、私の目の前で、岩につぶ、潰され――

 

「茜……! おい、フィーネ! 茜は無事なんだろうな!?」

「当たり前だろう。ギアは生者にしか起動できない。その役目を終えるまでは、生かしておくのが道理というもの」

「てめぇッ!」

 

 生きてる……? どうして、だって、茜はあの時……

 

「櫻井女史、彼女はまさか!」

「そのまさかだ、風鳴翼。お前の絶唱によるバックファイアを軽減してみせた第4の装者にして、融合症例の第零号。ああ、そういえば、そこの立花響の目の前で死んだ旧友だったな。

 2年前、ネフシュタンの紛失を偽装するために起こした事故だったが、こうも私に都合のいい手駒が揃うとは」

「貴様……ッ! その身勝手で、奏は命を落としたというのか!」

「すべてはカ・ディンギル、延いてはバラルの呪詛を打ち砕くため!」

 

 了子さんの言葉に呼応するように、地響きが辺り一帯に鳴り響く。

 そして、天を突くように大地を割りながら、巨大な塔が現れた。

 

「なんだ、こいつは……?」

「この荷電粒子砲『カ・ディンギル』で月を穿つ! それによって、人類は相互理解を阻むバラルの呪詛から解放され、統一言語により世界は一つに束ねられる」

「……そしてその暁には、一つになった世界を貴様が支配する、といったところか。櫻井女史!」

「もはや余人に、私を止めることなど叶わぬ。そこで大人しく見ていることだな」

 

 了子さんの言葉を皮切りに、カ・ディンギルと呼ばれた塔が眩い光を放ち始める。

 塔から伸びた巨大なコードが茜の入っている機械に接続され、塔の光に連動して耳を劈くような音を上げて稼働し始めた。

 私はそれを、ただ見ていることしかできなかった。

 

「くそ……ッ! おい、何をボケーっとしてんだ、立花響!」

 

 その様子を見たクリスちゃんは、怒声と共に私の胸倉を掴んだ。

 

「茜は……お前の友達はまだ生きてんだぞ! 手を伸ばせばまだ届くんだ! それなのに、そんなところでへたり込んでていいのかよ!」

 

     まだ、手が届く。

 

 その言葉を聞いて、私の心に火が灯った。

 

「そう、だよね。こんなところで、座ってなんかいられない!」

 

 私はいまだ震える手を力強く握りしめ、立ち上がった。

 

 

 

 

 

   Balwisyall nescell gungnir tron(喪失までのカウントダウン)

   Imyuteus amenohabakiri tron(羽撃きは鋭く、風切る如く)

   Killter Ichaival tron(銃爪にかけた指で夢をなぞる)

 

 

 

 

 

 豪雨のように轟く機械音の中、まるで雲の切れ目から差し込む光芒のように、私たちの三重奏が響き渡る。

 そして、私たちは守るための力(シンフォギア)を身に纏い、装者として了子さんに相対した。

 

「ほう、そのシンフォギア(おもちゃ)で歯向かうか。いいだろう、光の矢が放たれるしばしの間、戯れてやるとしよう」

「ほざけぇッ!」

 

 クリスちゃんの怒号を合図に、私と翼さんは左右に跳び、クリスちゃんが無数の小型ミサイルを放つ。

 了子さんはそれをにべもなく、ネフシュタンから伸びる鎖を左手に持ち、横に薙ぎ払うことで着弾する前にミサイルをすべて撃ち落とした。

 

「はぁッ!」

 

 そして、ミサイル爆炎で視界がふさがれている隙に、翼さんが了子さんの右舷から、私は左舷から攻撃する。

 しかし、了子さんは右手で操る鎖によって翼さんの刃を絡め取り、私の拳は左手に掴まれ、攻撃が防がれてしまった。

 

「へっ! 隙だらけなんだよ!」

 

 だけど、ここまではブラフ。

 本当の狙いは、クリスちゃんの大型ミサイルでカ・ディンギルを破壊すること!

 クリスちゃんが出現させた2台の大型ミサイルのうち、1つがカ・ディンギルへと標準を合わせ、引き金を引――

 

「そういえば……クリス、大量のエネルギーを充填している今のカ・ディンギルを破壊すれば、蓄積されたエネルギーは何処へ向かうと思う?」

「――ッ!?」

 

 その言葉を聞いてクリスちゃんの、私たちの動きが一瞬止まった。

 まさか……このままだと茜が!?

 

「戦場で呆けたな!」

「な――ぐぅッ!」

 

 そのわずかな隙を突かれ、私と翼さんは左右に投げ飛ばされる。さらに、了子さんの持つ鎖が、標準を定めていた大型ミサイルへと放たれ、発射される前に破壊された。

 ミサイルの破壊により、クリスちゃんを爆炎が包み込む。

 でも、その煙から大型ミサイルに掴まったクリスちゃんが、カ・ディンギルの遥か上空へ向かって飛び出した。

 

「空へ昇り、天を仰ぎ見るか。愚かな!」

 

 しかし、それも想定済みと言わんばかりに、了子さんはその場で跳躍し、まだ飛翔高度の出ていない大型ミサイルを鎖で一薙ぎし、破壊した。

 

「がぁッ!」

「クリスちゃん!」

 

 ミサイルの爆風を至近距離で受けたクリスちゃんは、なすすべもなく落下し、そのまま地面に叩きつけられる。

 

「ふん、所詮はその程度。よく見るがいい、立花響。貴様の友人の命を糧に放つ、呪詛を払う一撃を!」

 

 了子さんが月を仰ぎ見ると、カ・ディンギルの放つ光が最高潮を迎える。

 そんな……私たちじゃ、了子さんを止められないの……?

 

 そして、月へと照準が定められたカ・ディンギルから、亜光速まで加速された荷電粒子が放たれた。

 極大の光束が夜空を切り裂き、夜空に瞬く満月を砕――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――くことなく、その射線は正鵠からずれ、月の一部を砕くに(とど)まった。

 

「馬鹿な!? 照準がずれた……いや、ずらされた(・・・・・)というのか!?」

 

 了子さんの想定外のことが起こったのか、粉々に砕くはずだった月は、その大部分がいまだに健在だった。

 そして追い打ちをかけるように、あれだけ輝きを放っていたカ・ディンギルの砲身が、突然氷に覆われ始めた。

 

「何だ……? 何が起こっているというのだ!」

 

 了子さんの口から零れた疑問。

 それに応えるように、カ・ディンギルへ接続されていた機械の正面が、音を立てて開かれた。

 

「有り得ない! こんなことが……!」

 

 その中から現れたのは、2年前、どんなに手を伸ばしても届かなかった人。

 この2年間、ただの一度も忘れたことなんてなかった、私の大切な友達。

 

「……あ、かね?」

「響、久しぶりだな」

 

 まるで、夏休み明けの登校日に挨拶するような気軽さで話しかける、天月茜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うぅ~ん…………寝苦しい……。

 いつもの検査ではこんなことなかったんだけど、どうにも寝心地が悪い。あと、ついでに金縛りにあって動けない。

 例えるなら、真夏の夜にエアコンが切れて蒸し暑くなった部屋で寝てるような感じ?

 

 金縛りってオカルトじゃなくて、確か科学的に説明できる現象だって聞いたことあるし、そのうち動けるようになるかと思って暑いの我慢してたけど、一向に身体が動く気配がない。

 ていうか、どんどん熱くなってない? 空調管理どうなってんの、これ?

 

 なんか寝汗かいてきた。流石にこれ以上は限界だ。頑張って身体に力を入れれば、金縛り解けないかな。

 ふんっ! とりゃぁっ! ていやっ! ぬぬぬぬぬぅ…………そぉいッ!!

 

 ん? どこか曲がっちゃったかな? まあ、後で謝ればいいや。

 おっ、なんだか段々涼しくなってきた気がする。それに、もう少し力を入れれば身体が動きそう!

 

 せーの……おんどりゃあぁぁぁッ!

 

 

 

 

 

 そうして長い死闘の末、目を開けるとそこは瓦礫の山でした。

 

「有り得ない! こんなことが……!」

 

 目の前に居るのは、黄金の鎧を纏ったフィーネさん。その向こうには、ギアを纏ったビッキー・クリスちゃん・蒼い侍ガールの3人が倒れていた。

 えっと、これどういう状況? パッと見、フィーネさんが3人をいじめている様に見えるけど。

 

「……あ、かね?」

 

 すると、ビッキーが放心した様子で私の名前を呼んでいた。

 そういえば、こうして顔を合わせるのは2年ぶりだっけ? ビッキー、おひさー。元気してた?

 

「響、久しぶりだな」

 

 でも、相変わらず私の口から出るのは簡素な言葉だけ。

 もうちょっとこう、気の利いた言葉が出ないもんかね、私の口は。

 

「まだだ! カ・ディンギルは、増幅器(アンプリファイア)を失った程度で動けなくなるような欠陥兵器ではない! 貴様らを下し、氷を砕けば再び!」

 

 まだ状況が呑み込めていないが、どうやらフィーネさんがよくないハッスルをしている、というのは確実のようだ。

 まったく、いつまでたっても告白できないからって他人に当たり散らすとは……いい大人が、恥を知りなさい!

 

 とはいえ、あんなのでも一応、私の保護者だ。宥めて一緒に頭下げるくらいのことはしてあげよう。

 そのためにも、まずはフィーネさんを落ち着かせないと。古来より、正気を失った人間は斜め45度でチョップすると直るって、相場が決まってるもんね。

 

Iccha jnana kriya Trishula tron(清水に堕ちる一滴の泥)

 

 ひとまず、シンフォギアを纏う。戦闘能力のないトリシューラの場合、あってもなくても大差ないけど、一応防御力も上がるしね。

 おや? 以前つけてたバイザーが消えてる。まっ、いいか。別に正体を隠す必要もないし。

 

「少し、お悪戯(いた)が過ぎたな、フィーネ」

「私に講釈を垂れるつもりか、天月茜!」

 

 音叉付き棒(やり)を構えた私と、二つの鎖を手に持つフィーネさんが相対する。

 なんか、穂のない槍 VS 分銅のない鎖分銅みたいな構図でシュールだな。

 

「茜ぇ! フィーネはネフシュタンと融合してる! 生半可な攻撃は、すぐに再生されるぞ!」

 

 おっ、情報提供サンキュー、クリスちゃん。

 

 とりあえず、軽く流しますか。

 縮地でフィーネさんの懐まで接近し、突・薙・打を組み合わせながら攻撃する。穂先に刃がないから、戦い方がどうしても棒術の攻撃になっちゃうんだよね。

 それに対し、フィーネさんは2つの鎖でこちらの攻撃をいなしながら薙ぎ払ったり、時には鎖を剣のような形に固定してこちらに切りかかる。

 

「どうした! 戦闘能力の無いトリシューラで何ができる!」

 

 攻撃がせめぎ合っている中、フィーネさんが私の槍を鎖で絡めとり、彼方へと弾き飛ばした。

 あー、駄目だよフィーネさん。私、棒術の練度はそこまで高くないから、わざと手放した(・・・・・・・)のに。

 

「知らなかったのか、フィーネ」

 

 私の槍を投げ飛ばしたことで隙ができたフィーネの下顎底(かがくてい)に、左手で横薙ぎの手刀を入れ、脳を揺らす。

 

「私は素手の方が強い」

 

 そして、フィーネさんの動きが止まった瞬間に、無防備な腹部に右手を当て、人体の内部を破壊する浸透勁の掌打を放った。

 

「がはぁッ!」

 

 私の掌底を食らったフィーネさんは、そのまま後方へ吹き飛ばされ、地面を転がる。

 あれ? 勁が浸透しきらずに、外部に運動エネルギーが漏れちゃった。洋館暮らしが長かったせいで少し鈍ったかな?

 とりあえず、これでしばらくは動けなくなるはずなんだけど。

 

「くっ……貴様といい、あの男といい、どこまでもふざけた存在だ」

 

 だけど、案の定というべきか、フィーネさんは足元が覚束ないながらも、その場に立ち上がった。

 やっぱり、内部へのダメージも回復されるみたいだ。でも、フラフラしてるってことは、脳の揺れは完全に治っていないのか? どうやら回復できるのはダメージだけで、脳の揺れによる眩暈(肉体の正常な反応)は対象外になるっぽいな。

 

 しかし困った。こうなると、フィーネさんを無力化するにはアレしかないか……

 私は再び縮地で間合いを詰め、フィーネさんの左手首を掴んだ。

 

「な……ッ!?」

 

 異変を瞬時に察知したのか、フィーネさんは私の手を払って後方に跳んだ。

 

「貴様……これは何だ? 一体、私に何をした!」

 

 フィーネさんが左手を見ながら絶叫する。

 無理もない。私がつかんだその左腕は、手首を中心に拳と前腕の半分ほどを氷が覆っていたからだ。

 

「何を言っている、フィーネ。トリシューラの能力は『フォニックゲインへの干渉』。だが、フォニックゲインも所詮、エネルギーの一種でしかない」

「エネルギー……? まさか、分子運動にまで干渉したというのか!? 馬鹿な! トリシューラにそこまでのポテンシャルなど!」

 

 そんなこと言われても、できちゃったんだからしょうがないじゃん。

 私がしたことを簡単に言うと、

 

 ①私が触れた箇所のエネルギーを減少させる=分子の動きを遅くする。

 ②分子の動きが遅くなって、触れた部分の温度が下がる。

 ③体内と大気中の水分が冷えて氷になる。

 

 みたいな原理だ、多分。昔知り合いに聞いたから間違いない。

 

 名付けて『倒せないなら固めちゃおうゼ』作戦だ。古来より、不死者は封印して退治するのがセオリーだしね。

 瞬間冷凍すればダメージは無い筈だし、ネフシュタンの回復能力があれば生命維持も大丈夫だろう。

 というわけで、まだ十全に動けないフィーネさんに再び接近し、今度は接触面積を増やすためにベアハッグを仕掛けた。

 

「がぁ――ッ! くッ、離せ!」

「暫く頭を冷やすことだ」

「やめろぉぉぉぉぉッ!」

 

 フィーネさんの抵抗も虚しく、全身が氷に覆われ、動かなくなった。

 

 

 

 

 




【悲報】フィーネさん。オリ主を作戦に組み込んだばかりに、オリ主に作戦を阻まれる。


主人公のスペックは紹介できたので、次回でささっと事件を解決させます。


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氷獄の双翼

補足ですが、フィーネさんのチャート変更により、リディアンは生徒がいない状態で襲撃を受けました。


「フィーネ。お前は、何のために力を欲する」

 

 月明かりが照らすことのない新月の夜。

 屋敷の窓から外を眺めていたフィーネに、茜は問いかけた。

 

「はっ、詮索のつもりか? 生憎、答える義務はない」

「…………」

 

 皮肉を口にするも、フィーネは理解していた。

 茜の質問に他意はない。話さなければ追求することもないだろう、ということに。

 

「……昔、一人の女がいた。分不相応にも手の届かぬ恋をした、愚かな女だ」

 

 長く接する間に情が湧いたのか、それともただの気まぐれか。

 フィーネの口から零れたのは、他人行儀に語る、自身の身の上話だった。

 

「ただ想いを伝えるだけでよかった。それなのに、その女は彼の者に遭うための足を奪われ、愛を伝えるための言葉を奪われた」

 

 その言葉は、わずかに悲壮を帯びていた。

 目の前に居るのは、何処にでもいるような、恋に一途な一人の女性に見えた。

 

「ただ、それだけの話だ」

 

 フィーネの話を、茜は遮ることなく、黙って最後まで聞く。

 これは、後に『ルナアタック』と呼ばれる事件から1年以上前の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 戦いが終わり、目の前に広がるのは瓦礫の山と、全身氷漬けになったフィーネさん。とりあえず、この人の処遇は偉い人に任せますか。

 とりあえず私は、未だに地面に倒れている響の下へ駆け寄った。

 

「立てるか、響?」

「う、うん……」

 

 響に手を差し伸べる。

 久しぶりに会ったせいか、お互いにどこかぎこちないな。いや、私の口は年中無休でぎこちないけど。

 

「目立った怪我は無いようだな」

「うん、平気だよ。茜は大丈夫なの?」

「問題ない、快調だ」

 

 響の手を引っ張り上げて(ギア)についてた砂埃を落とす。

 しかし、改めて見ると身体の各所が随分と引き締まってるな、響は。BU☆JU☆TSUでも始めたのかな?

 

 すると、響の目から突然涙がこぼれ始めた。

 え? 何? どうしたの!? 身体をジロジロと見たのがいけなかった!?

 

「あ、あれ? どうしたんだろ? 涙が急に……全然止まらないや」

 

 響はそう言って微笑みを浮かべるが、響の意思に反するように涙が流れ続ける。いや、これこそ響の本音なのかもしれない。私は響を抱き寄せ、優しく頭を撫でる。

 

「あ……っ」

「今まで、すまなかった」

 

 私の手が頭に触れた瞬間、響はびくっと震わせるも、そのあとは落ち着いた様子で私に身体を預けてくれた。

 いやぁ、まさか2年ぶりの再会に感極まって泣いちゃうなんて、案外響も寂しがり屋なんだな。まあ、それだけ私への好感度が高いと考えると、悪い気はしない。

 私も感受性が良ければ号泣不可避なんだろうけど、この鉄仮面は相変わらずピクリとも動かん!

 

「茜ぇーっ!」

 

 私が慰め、響が落ち着きを取り戻したあたりで、同じく倒れていたクリスちゃんも、立ち上がって此方へ駆け寄ってきた。

 

「よかった……無事で、本当に……」

「心配をかけた」

 

 そう言って今度は、宥めるようにクリスちゃんの頭を撫でる。

 よくわからないけど、不安にさせてしまったみたいだ。こっちは十分に睡眠時間をとったおかげで、夜にも拘らず目が冴えて申し訳ないぐらい絶好調なんだけど。

 

「協力感謝する。トリシューラの装者よ」

 

 すると、クリスちゃんに続いて侍ガールも此方へ歩いてきた。

 この人は、確か前にクリスちゃんへ自爆攻撃を仕掛けてた人だよね? あの時は暗闇でよく見えなかったけど、この人どこかで見たことあるような……

 

「私は特異災害対策機動部二課所属、風鳴翼だ」

「……」

「茜?」

 

 風鳴翼、カザナリ ツバサ…………あーっ! この人、ツヴァイウィングの風鳴翼じゃん! マジで!? 有名人と初めて生で話したわ。

 あっ、そうだ!

 

「響、紙とペンを持ってないか?」

「え? 持ってないけど、どうして?」

「いや、サインを貰おうと思って」

「……はい?」

 

 こんな機会でもないと貰えなさそうだし。ほら、同じ奏者のよしみってことで、駄目?

 

「お前、こんな時に何言ってんだよ……」

 

 クリスちゃんが呆れ顔でこちらを見てくる。

 えーいーじゃん! ミーハーのくせにサインをねだったっていーじゃん! 嫌だったら、潔く引き下がるからさ。

 すると、私の言葉を聞いて目を丸くしていた翼さんが、くすくすと笑い始めた。

 

「気詰りな人間かと思ったが……サインくらい構わない。以前の礼も兼ねて、な」

「いーな、茜。それなら私だって、翼さんのサイン欲しいのに」

「お前もかよ! 二人とも、いい加減にしやがれ!」

 

 クリスちゃんのツッコミを皮切りに、響とクリスちゃんがじゃれつき始めた。

 私の知らない間に随分と仲良くなったな、この二人。私はクリスちゃんとの触れ合いに半年以上かかったのに。

 この子ったら、なんて人たらしなの!? 響、恐ろしい子ッ!

 

 悔しさのあまり、脳内でハンカチを噛みしめながら白目を剥いていると、どこからともなく小さな音が断続的に聞こえ始めた。

 なんだ? この小刻みに震えているような音は?

 

「む? なんだ、あれは?」

 

 翼さんが異変を察知したようだ。

 彼女の視線を追うと、その先には瞬間冷凍したフィーネが鎮座している。だが、その身体から煙のようなものが出ていた。

 

「了子さんの身体から何か出てる。湯気、かな?」

 

 湯気? つまり、熱が発生してるってことだよな。それに加えて、振動ってことは――

 

「――シバリング!?」

「シバ、えっ、何?」

 

 シバリングは、身体を振動させて熱を発生させる生理現象だ。だけど、当然ながら全身を覆う氷を溶かせるほどの熱は作れない。普通の人間ならば。

 マズイ、このままだと!

 

 だが、時すでに遅く、フィーネさんの身体に付着している氷が解け始め、剥がれ落ちてく。そしてついには、フィーネさんを縛り付けていた氷がすべて砕かれた。

 

「――――ッ、はぁ……っ、はぁ……っ、よくも、やってくれたな……」

 

 まさかフィーネさん、格闘漫画でしか見ないような方法で脱出するとは。フィーネさんはファンタジー小説寄りの人間だと思ってたから、完全に盲点を突かれたか。

 

「了子さん!」

「けっ、しつこい奴だ。だけど、随分とボロボロじゃねーか」

 

 確かに、フィーネさんは肩で息をしていて、立っているのもやっとに見える。

 だけど、あの手のメンヘラは追い詰められても折れないからな。何をしてくるか、わかったもんじゃない。

 

「天月茜。貴様のそれは、ギアの力ではなく個の力。であるならば――」

 

 フィーネさんがソロモンの杖を掲げると、そこから無数のノイズが召喚される。

 

「ノイズか。それなら、今の我らでも!」

「勘違いするな! こいつらは、こう使う。来たれノイズ! そして、デュランダル!」

 

 フィーネさんの声に応じるように、召喚されたノイズがフィーネさんの身体にまとわりつき、不定形となって融合を始める。そして、ソロモンの杖から召喚され続けるノイズも、次々と後を追った。

 

「何をするつもりだ、フィーネ!」

 

 フィーネさんを基に、何百ものノイズが融合した赤い無形の塊は、巨大化し、姿を変える。

 そしてついには、竜のような頭が形成された。

 

「此れは災厄。此れは黙示録の獣。此れは人類の自滅機構(アポトーシス)。貴様ら人類が築き上げてきた文明を滅ぼす者だ」

 

 竜の体内から姿を現したフィーネさんは、まるで赤いドレスのような装甲を身に纏い、竜と一体になっていた。

 しかし、例えで出したのが、よりによって黙示録の獣か。彼氏いない歴=年齢の一途な人が大淫婦(ベイバロン)を名乗るとか、自嘲もそこまで行くと笑えないぞ。

 やっぱりこりゃ、本格的に頭冷やして冷静にさせないとだな。自傷行為、ダメ、絶対。

 

 ここにはちょうど、私以外の装者も揃ってるし、アレを使うか。

 

 

 

 

 

 

「ネフシュタン、ソロモンの杖、そしてデュランダルを携えた私の前では、そのようなシンフォギア(玩具)は塵芥と知れ」

 

 目の前に現れたのは、カ・ディンギルに匹敵するほどの巨大な竜。そして、その中に鎮座する了子さん。

 さっきまでのネフシュタンを纏っていた状態でもに歯が立たなかったのに、それに加えて大量のノイズとデュランダルだなんて。一体どうすれば……

 

「くそッ! 無駄にデカくなりやがって! 茜、さっきみたいに凍らせられないのか?」

「無理だな。質量と、なにより保有エネルギーが大きすぎる。例え凍らせることができても、すぐに溶かされるだろう」

 

 そんな! 茜でも駄目だなんて。

 

「だが、手はある」

「――ッ! 本当か!?」

「ああ。しかし、これは実戦で試したことがない。お前たちにどれだけのバックファイアが行くかは未知数だ。それでも、やるか?」

 

 そんなの、答えは決まってる!

 

「もちろん!」

「この身は護国の剣。使命を全うするためならば!」

「そんなもんに今更ビビるかよ!」

 

 言い方は違えど、私たち三人の口から出たのは同じ言葉だった。

 

「そうか」

 

 茜はそれを聞いて満足そうな笑みを浮かべると、その場で左腕を挙げる。すると、先の戦いで弾き飛ばされていた槍が飛来し、茜はそれを左手で掴んだ。

 

 そして、茜が槍の先端で瓦礫をコツンと叩く。その穂先に付けられた音叉から放たれた純音が、世界から一切の雑音を消し去り、あたり一帯に響き渡った。

 

 

 

絶唱共鳴(Canticum RMN)

 

 

 

 次の瞬間、私たち3人の身体に膨大なフォニックゲインが流れ込む。だけど、それは苦しいものではなく、むしろ暖かい。

 これは……もしかして茜の?

 

「貴様ら、一体何を――ッ!」

「これが、トリシューラ本来の使い方だ」

 

 溢れ出るフォニックゲインが収束し、纏う装衣が白を基調としたものへ変化する。

 だけど、見た目は関係ない。今この身体には茜の、皆の想いが流れ込んで来る。それが、私たちの力になる!

 

「シンフォギアの限定解除(エクスドライブ)! それだけのフォニックゲイン、一体どうやって――まさか!」

「3人から受け取ったエネルギーをトリシューラで増幅し、還元する。それだけのことだ」

増幅器(アンプリファイア)……ッ! 意趣返しのつもりか? それならば!」

 

 了子さんの纏う赤き竜が翼を広げる。すると、その先端から無数のレーザーが私たち目掛けて放たれた。

 

「いくぞ!」

 

 限定解除により飛翔能力を手に入れた私たちは、その場から四方に飛ぶ。だけど、私たちを撃墜すべく放たれたレーザーは、その切先を変え、4つに分かれて此方を追尾し始めた。

 

「如何に力を解放しようと、数を集めようと、所詮は欠片。3つの完全聖遺物を持つ私の前では無力!」

「道理だな」

 

 氷の双翼を展開し、迫りくるレーザーを躱してすべて撃ち落とした茜は、そのまま了子さんの鎮座する赤き竜の体内へ向かって飛んでいく。

 

「クリス! 翼! 援護を!」

「おうっ!」

「御意。はぁッ!」

 

 茜の呼びかけに応じ、翼さんが巨大な斬撃を放つ。その一撃は赤き竜に深い傷跡を負わせるも、ネフシュタンの回復能力の影響か、すぐにその傷口が埋まり始める。

 

「ちょっせぇ!」

 

 だけど、その風穴に向かってクリスちゃんの一斉砲撃が放たれる。強化された銃弾はその一つ一つが大きな爆発を呼び、わずかに空いた隙間を巨大な穴へと変えた。

 まだ爆炎が舞う中、了子さんのもとへ続く風穴を確認した茜は、すかさず赤き竜へ飛び込んだ。

 

「ちぃッ! またも接近を許したか……ッ!」

 

 茜は赤き竜の体内、同化している了子さん本人に掴みかかり、デュランダルを持っている右手首をつかんでいた。

 

「だが、この無限ともいえるエネルギーの前に、貴様程度の出力では小波一つ立たぬわ!」

「――ッ!?」

 

 茜と了子さんの間でエネルギーの衝突が発生し、再び爆発が起こる。

 その直後、爆炎から何かが飛び出した。

 

「デュランダルを弾いた!? 最初からそれが狙いか。だとしても、貴様らにあの剣が扱えるものか!」

「あれは、不朽不滅の剣(デュランダル)じゃない」

 

 黄金に輝く刀身、内包する膨大なエネルギー。間違いなくそれは、かつて私が起動させたデュランダル。

 

不朽不滅の槍(ドゥリンダナ)だ」

 

 その柄には、茜の持っていたトリシューラが連結されていた。

 

「行け、立花! 勝機を零すな!」

 

 翼さんの言葉に応えるように、私はデュランダルへ向かって飛翔する。

 そして、デュランダルに接続されたトリシューラを掴んだ。

 

「ぐ……ぅッ」

 

 手に取った瞬間、デュランダルの持つ無尽蔵のエネルギーが、豪風となって私の中を吹き荒れる。

 憤怒、嫌悪、怨恨、恐怖、憎悪。私の中の負の感情が掻き乱され、溢れんばかりに私の身体を満たす。

 駄目だ、このままだとあの時みたいに――

 

「響ッ!」

 

 だけど次の瞬間、吹き荒れる嵐が温かみを帯びた風へと変わる。あらゆる悪感情から解放され、別の何かが身体に満ちるのを感じる。

 私にはわかる。これは茜の、そして翼さんやクリスちゃんから託された想いだ。

 

「馬鹿な……! 制御してみせたというのか。トリシューラを調節器(イコライザー)にして!」

「いっけぇぇぇぇぇッ!!」

 

 私たちの想いを束ね放擲した光の槍が、了子さんの纏う赤き竜を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

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―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前に触れたあの時、トリシューラの能力でネフシュタンの覚醒段階を引き下げた。回復能力は期待しない方がいい」

 

 了子さんの赤い衣は崩れ壊れた。

 爆発の中で私と茜が救出した了子さんは、沈みゆく太陽を見ながら覇気のない様子で立ち尽くしている。

 その近くには寄り添うように立つ私と茜。少し離れたところに翼さんとクリスちゃん。その後ろには、本部から避難していた二課の皆が立っていた。

 

「なあ、天月茜」

 

 すると、視線を動かさないまま、了子さんが口を開いた。

 

「私は、どこで間違えた? お前をカ・ディンギルへ利用したことか? トリシューラを与えたことか? それとも、お前を拾ったことか?」

 

 その言葉には、何の感情も籠っていない。まるで、相手に答えてもらうことを期待していないかのようだ。

 

「そうだな……告白するために一々回りくどいことをしたこと、じゃないか?」

 

 お前の存在が邪魔だった。

 暗にそう言われたのにも拘らず茜は、まるで恋愛相談する高校生のように言葉を返す。

 

「愛を伝えるための言ノ葉を失った私に、皮肉のつもりか」

 

 茜の言葉を聞いて自嘲する了子さん。

 その背中からは先程までの強い意志など無く、そこに立っていたのは、か弱い一人の女性だった。

 

「だったら、歌えばいい」

「……なんだと?」

音楽は人類共通の言語(・・・・・・・・・・)だ。シンフォギア開発者が、そんなことも知らないのか?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、了子さんは目を見開いて茜の方へ振り向いた。

 

「くくく……ッ、はははははっ――――――――巫山戯るなッ!!」

 

 茜の言葉が忌諱に触れたのか、あるいは悪足掻きなのか、了子さんは茜に向かってネフシュタンの鎖を投擲した。

 

「茜ッ!」

 

 だけど、茜は動じることもなく、身体を少し逸らすことで、了子さんの最後の攻撃をいとも容易く躱した。

 

「最後の藻掻きと侮ったな! でやぁぁァァァッ!!」

「ッ!?」

 

 了子さんが、足元の地面を砕き、陥没させながら、放った鎖を勢いよく引き寄せる。

 鎖の伸びる彼方へ視線を向ければ、カ・ディンギルによって砕かれた月の欠片へネフシュタンの楔が打たれていた。

 

「まさか、月の欠片を!?」

 

 無理に力を入れた反動なのか、了子さんの身体が、ネフシュタンが、ボロボロに崩れ始める。

 それでも、了子さんによって引き寄せられた月の欠片は、少しずつ、でも着実に、地球へと移動を開始した。

 

「歌が人の隔たりを超える? 馬鹿なことを!

 バラルの呪詛により統一言語を失った先史文明期の人間(ルル・アメル)人類を否定する兵器(ノイズ)を造り、今は仮初の平和を維持するため互いに反応弾頭(銃口)を突きつけ合っている。

 だからこそ、束ねるには支配しかなかった! 私には、この道を選ぶ他なかった! 幾重にも輪廻を繰り返し、多くを殺してきた私に、今更歌などと――」

「だったら、何度でも止めよう」

 

 狂ったように笑いながら怒号を放つ了子さんの頭に、茜はコツンと触れるような手刀を、斜め45度の角度で入れた。

 

「なに、を……?」

「人間、誰しも間違うことはある。大切なのは、周りの人間がそれを止めてあげることだ」

 

 茜は世界を救うため、だなんて大層な使命のために戦っていたんじゃない。最初から、了子さんを止めることしか考えていなかったんだ。

 

「お前は、私を何だと思って……」

「私の目には最初から、恋に不器用な人間しか映っていなかったが?」

「……まったく、お前という奴は」

 

 その言葉を言い切る前に、その身体は灰となって崩れ去り、風に流されて消え去った。

 了子さんの最後の表情は、とても満足そうなものだった。

 

「了子さん……」

 

 了子さんがさっきまで立っていた場所を名残惜しそうに眺める。

 でも、いつまでもくよくよなんてしていられない。今は、あの月の欠片を止めないと!

 

「――軌道計算、出ました。このままでは、直撃は避けられません……」

 

 オペレーターの藤尭さんが、手元に残った機械端末で月の欠片の移動コースを算出した。やっぱり、このままだと地球に衝突してしまうようだ。

 だけど、今の限定解除したシンフォギアを4つ合わせればきっと!

 

「茜! 早く月を止めな、い……と……」

 

 その直後、急に身体の力が抜け、その場に倒れてしまった。

 

「響君! 翼! クリス君!」

 

 師匠たちが慌てて私たちに駆け寄る。

 どうやら私だけでなく、翼さんやクリスちゃんも倒れたようだ。

 

「エクスドライブ強制発動の反動だな。やはり、他人の身体にエネルギーを流すのは負担が大きいか」

「君は大丈夫なのか?」

「はい。元は私の絶唱によるものなので」

 

 茜は無事なの?

 だけど、このままだと月の欠片が!

 

「この場はお願いします。私は、月を止めに」

「なッ!? 馬鹿を言うな! みすみす死にに行かせるようなことを!」

「あの程度なら、トリシューラを使えば問題ありません」

 

 茜が、一人で、あの欠片を……?

 

「ッ!? いけません、響さん! 今は安静に――」

「駄目! 駄目だよ、茜! 一人で行っちゃダメ!」

「響さん……」

 

 緒川さんの制止を無視して、思うように動かない身体を無理やり動かし、這いつくばりながら茜の方へ向かう。

 駄目だ、このまま茜を行かせたら、きっと2年前のように!

 だけど、そんな様子を見た茜は、私の方へ歩み寄ってきた。

 

「安心しろ、響。必ず戻る」

「あ、かね……」

 

 茜はあやす様に私の頭を撫でる。

 そんな……駄目だよ、茜……そんなの、絶対……

 

「茜ぇッ!」

「クリス、これからはもう少し肩の力を抜いて自由に生きてみろ。翼、二人をよろしく頼む」

 

 ――もう、言い残すことはない

 

 茜は立ち上がり、背中に大きな氷の翼を広げた。

 了子さんと戦った時よりも巨大な、私たちを包み込むかのような翼だ。

 

「じゃあ、『行ってきます、響』」

 

 これから死地に行く。そんなときでさえ、一緒に学校へ通っていたころのような声色で言葉を交わす。

 

「……行ってらっしゃい、茜」

 

 私の言葉を聞いて笑みを浮かべた茜は、その背の翼を羽ばたかせ遥か空の、地球に迫る巨大な月の欠片へ飛翔した。

 

 

 

 そして、欠片の破壊を最後に、茜がここへ戻ってくることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて無印編完結。
性懲りもなく、主人公は再び失踪。このままG編に続きます。

ただ、G編未履修なので、これからアニメを見てきます。



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特機部二とF.I.S.とアルビノ少女

幕間という名の主人公設定紹介&G編プロローグ

今回は短めです。


「司令、頼まれていた報告書が完成しました」

「御苦労。助かった」

 

 二課のオペレーター『藤尭朔也』から資料を手渡された司令『風鳴弦十郎』は、その場でパラパラと資料をめくって内容を確認する。

 

「天月茜さんについて、ですか?」

「そうだ。彼女の行方を捜すためにも、まずは彼女自身の情報が必要だからな」

 

 エージェントである『緒川慎次』の問いへ応えるように、弦十郎は資料をテーブルの上に広げた。

 

  天月茜。年齢15歳。

  ノイズ被害者のために設立された孤児院の出身で、親族は無し。

  2年前のノイズ発生事件に巻き込まれ行方不明。

  公的には死亡扱いとなった。

 

「なるほど。ですが、その実は――」

「了子君に拾われ、装者になっていたわけだ」

 

 そう言って、弦十郎はもう一つの資料を取り出す。

 

「これは、融合症例に関する調査資料……」

「こいつによれば、茜君は少々特殊な融合症例だったらしい。あの了子君ですら、完全に解明できなかったようだ」

 

 その資料には、融合症例としての天月茜の特異性についてまとめられていた。

 

 曰く、ギアを起動していない状態で、アームドギア相当の義手を展開している。

 曰く、常人よりも傷の回復速度が優れている。

 曰く、体内を調べても、腕の接合部以外に聖遺物から侵食されている兆候は一切ない。

 

 これは、立花響という例と比較しても、その異常性は明らかだった。

 

「確かに、これは妙ですね。前例が少ないので確実なことは言えませんが、茜さんの状態は響さんよりもむしろ、翼さんのような通常の装者に近いように感じます。ですが……」

「アームドギアの常時発動に、異常な回復速度。融合症例という言い訳でも無ければ、説明できないことばかりだ。だからこそ、こうして生存の可能性を模索できるわけだが」

 

 茜はフィーネとの戦いで絶唱の使用、および限定解除を行ったにも拘らず、そのバックファイアをほとんど受けていなかった。

 そんな彼女であれば、月の欠片を破壊する際に絶唱を使用したとしても、ダメージを抑えられる。

 さらに、彼女自身の回復力とギアの防御性能があれば、欠片破壊後に地上へ落下しても生存している可能性が十分に考えられる。

 都合のいい仮定だが、詳細不明の融合症例という事実が、その過程に現実味を帯びさせていた。

 

「了子君の置き土産。そういう触れ込みであれば、日本政府から協力を得られるだろう。複雑な心境だがな」

「仕方ありませんよ。今は、茜さんの安否の方が重要です」

「ああ。いくらか落ち着きを取り戻してきちゃいるが、響君とクリス君はまだ完全に立ち直れていない。早いところ、手がかりだけでも見つけて、安心させたいもんだ」

 

 弦十郎は広げた資料をまとめながら、行動制限中の装者を思い浮かべる。

 

 彼女たちがルナ・アタックの英雄と再び相見えることになるのは、そう遠くはない――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 米国連邦聖遺物研究機関(Federal Institutes of Sacrist) 通称『F.I.S.』

 

 フィーネの米国通謀をきっかけとして設立された、米国政府直下の研究機関。

 歌ではなく、機械による聖遺物の安定的な起動・制御を研究してきたが、米国政府がフィーネを切り捨てたことに際し、組織解体の危機に瀕していた。

 

「私たちが、今までしてきたことは……一体、何のために……」

 

 組織に所属するフィーネの器候補(レセプターチルドレン)『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』は、ひとり研究所の通路を歩いていた。

 このまま組織が解体されれば、自分たちの命でさえ、どうなるかわからない。

 

「おや、そんな暗い顔をしてどうしたのかね?」

「ッ!?」

 

 すると、後ろから突然声を掛けられ、マリアはびっくりして声を上げそうになるも、何とか堪えてそのまま振り向いた。

 

「か、会長!? それに、マムも……」

 

 そこに居たのは、会長と呼ばれたアジア系の40代男性と、車椅子に乗るF.I.S.所属の技術者『ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤ』だった。

 

「ちょうどよかった。来たまえ! 君にも話しておきたいのでね」

 

 そう言うや否や、会長はスタスタと通路を歩いていく。

 相変わらずテンションの高い人だ、という気持ちを抑えつつ、自走していた車椅子の取っ手を握り、ナスターシャと共に会長の後を追った。

 

「マム、会長はどうしてここへ?」

「私も詳しくは聞いていません。組織解体についてでは無い、ということは確かだと思います」

 

 目の前にいる会長は、F.I.S.を含め様々な組織を統括する人間だ。そんな偉い立場の人間が研究所へ訪れるのは、大抵厄介事と相場が決まっている。

 

 やがて、3人は現在は空き部屋となっているはずの研究区画の一室へ到着した。

 

「見たまえ、二人とも」

 

 会長の手の先には、いつの間に運び込まれたのか、煤汚れた人間大の石塊が鎮座していた。

 

「会長、これは一体?」

「イヴ君、これに触れてみたまえ。なに、危険がないことはすでに確認済みだ」

 

 会長に促されるまま、マリアは石塊に近づき、恐る恐る手を触れる。

 すると次の瞬間、石塊が急に発光を始めた。

 

「な、何なの!?」

「マリア!」

 

 突然のことに、マリアは両腕で目を覆う。

 しかし、輝きは長く続かず徐々に弱まっていき、10秒もしないうちに光が止んだ。

 

「一体何が――ッ!?」

 

 マリアが腕をどけ、石塊のあった場所に視線を送ると、そこには一人の少女が横たわっていた。

 

「素晴らしいッ! やはり、シンフォギア適合者と共鳴したか! 人型存在が出てくるとは予想外だったが」

「会長、あれは一体!」

「ヨーロッパ旅行のプレゼントだ、プロフェッサー・トルスタヤ。あの研究材料があれば、F.I.S.(ここ)は解体せずに済むだろう」

 

 石塊の代わりに現れた少女は、透き通るような白い長髪に色素の抜けた肌。所謂、アルビノと呼ばれる外見だ。

 一つ、不自然なところを挙げるとすれば、彼女に左腕が無い(・・・・・)ことだろう。

 

 マリアが唖然としながら立ち尽くしていると、少女の身体がピクリと動いた。

 

「ぅ……ぁ……」

「ッ! だ、大丈夫!?」

 

 少女の喉から漏れる息苦しそうな声に、マリアは慌てて駆け寄る。

 マリアによって上半身を抱きかかえられた少女は、閉じていた薄目を開け、そこから覗く真紅の瞳で私と視線を交わした。

 

「……ねぇ、さん」

 

 それだけ言うと、少女は再び目を閉じ、そのまま眠りについてしまった。

 

「今のは……」

 

 マリアにとって、姉と呼ばれるのは複雑な思いだった。そう呼んでくれた人は、もう彼女の傍に居ないのだから。

 だが、そんなマリアも、目の前の少女にそう呼ばれるのは、不思議と抵抗がなかった。

 

「ふむ。イヴ君、彼女の面倒は君が見るんだ」

「えッ!? わ、私がですか!?」

「君がシンフォギアの第二種適合者として今一つ吹っ切れない原因はその責任感だ。欲望を責任感で抑え込んでいる。非常につまらない」

 

 確かに、マリアはシンフォギアとの適合率が低い値で頭打ちとなっており、装者として伸び悩んでいる。しかし、それとこれにいったい何の関係があるのか。

 そんなマリアの問いに答えることもなく、会長は言葉を続ける。

 

「だが、人と人との出会いは何かが誕生する前触れでもある。その少女との出会いが、新しいイヴ君の誕生となるのか、そしてそのために私が作るケーキは一体どれほどか。期待で胸が膨らまないかい?」

 

 言いたいことは言った。そう謂わんばかりに、会長は笑みを浮かべながらその場を後にする。

 突然やってきて、唐突に帰る。そんな会長を前に、マリアとナスターシャは、その背中を目で追うことしかできなかった。

 

「人と人との出会い……」

 

 マリアは再び、腕の中で眠る少女に目をやる。

 

(もしも、許されるのなら――)

 

 少女を抱きしめるマリアは、まるで迷子になった子供のような瞳で、少女を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 




左腕のない謎の少女、一体誰ナンダロ-ナ-

F.I.S.にやってきた会長はオリキャラです。
今後の登場予定は多分ありません。


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G編
独りの懺悔


 オッス! 私、ソフィア(仮)!

 何処にでも居る、いたって普通の白髪紅眼隻腕記憶喪失アルビノ少女!

 気が付いたら、このアメリカ政府管轄の研究所に居たの。マジありえなくナーイ?

 

 でも、私くじけない!

 どんな敵が来たって、眼帯と車椅子で強キャラっぽい雰囲気を出している教授、英雄キチの博士、元気&クール系の妹たち、ただの優しい姉と一緒に乗り越えてやるんだから!

 

 

 

 ……まあ、ふざけるのはこれくらいにして。

 要約すると、昔のことを何にも覚えていない私はF.I.S.に拾われ、今の今までお世話になっている、というわけだ。

 

 ちなみに隻腕と言ったが、今はちゃんと義手をつけている。

 ドクターウェルが伝手で貰ってきたものらしいんだけど、球体関節の義手って機能的にどうなの? いや、デザインは好きだけどさ。

 

 いやぁ、研究所なんて聞いたからどんな非道なことされるのかと思ったけど、やっていることはせいぜい精密検査ぐらいで、それ以外は割と自由にしてられるし、案外好待遇だった。

 タダ飯食ってるようで正直気まずいけど、F.I.S.側曰く『私のデータ取りという名目で予算が下りてきてるから、むしろ有り難い』とか言ってたので、あまり気にしても仕方ないだろう。

 国営の研究機関に目を付けられるとか、どうなってんだ私の身体。

 

 あと、『ソフィア』という名前は、私を拾ってきた会長さんとやらが名付けたらしい。自分の名前が分からないからね、しょうがないね。

 

 そんなこんなで、私が拾われてから早3か月。

 その間は、切歌ちゃんや調ちゃんと一緒に遊んだり、ドクターの英雄問答に付き合ったりしていた。あとは、マリアさんの姉力に気圧(けお)されて思わず『姉さん』と言ったら、それが定着して無事に妹枠に収まった、なんてこともあったっけ。

 そういえば、真夜中に偶然会った調ちゃんが『まさか、再び相見(あいまみ)えることになるとは』と、いきなり厨二病発言をぶちかましてきたこともあったな。まあ、その時は年上らしく、大人の対応をしてあげたけど。

 

 長々と語ったが、そんな私が現在何をしているかというと――

 

『こちらの準備は完了しました。ドクターが到着し次第、作戦を開始します』

「……了解」

 

 ライブ会場にて、絶賛テロの準備中です。

 

 

 

 いや、マジでどうしてこうなった。

 マムこと『ナスターシャ教授』曰く、数か月前に月の一部が破壊されたことで月の公転軌道が変わり、このままだと地球に落下しかねないのだとか。

 まったく、誰がそんな傍迷惑なことをしたのやら。

 

 そして、その事実をアメリカ政府や特権階級の人間が隠蔽しているので、少しでも多くの人命を守るべく、武装組織「フィーネ」として蜂起したとのことだ。

 正直、人命救助と武装蜂起の関連性はよくわからないが、悪いことをするわけではないようなので、こうして協力しているというわけだ。

 

『それで、ソフィア。マリアはどうしたのです?』

「……いつものやつです」

 

 電話越しに聞こえるマムの溜息に同情しながら、視線を腰のあたりに落とす。

 そこには、私のお腹に顔をうずめるように抱き着くマリア姉さんの姿があった。

 

「姉さん、もうすぐリハーサルが始まるけど」

「……あと10分」

 

 電話を切り、朝おこしに来た母親への言い訳みたいなことを言っている姉さんに目を向ける。

 世間での『カリスマ溢れる歌姫』の姿は何処へやら。

 目の前に居るのは、何かに怯え、目を逸らそうとしている臆病な少女だった。

 

「不安なのはわかるが、ライブ自体は何回もやっているし、いつも通りやれば大丈夫だ」

「嘘よ! だってこの前のライブ、サビに入るのが16分の1テンポ遅れちゃったもの! きっとファンの皆も呆れかえってるに決まってるわ!」

「それはない」

 

 まったく、気にし過ぎなんだよ姉さんは。まあ、こんな豆腐メンタルなのにステージへ立てること自体が凄いことなんだが。

 作戦の一環として歌手デビューすると聞いたときはどうなることかと思ったけど、私を精神安定剤として投入することで事なきを得た。得たのだが……本番前に毎回抱き着くのはさすがに改善して欲しい。

 

 今回の作戦では、これから姉さんが登壇する全世界同時中継のライブ中に宣戦布告する、ということだけど、なんだか不安になってきた。

 

「ほら、姉さん。スタッフがもうすぐ呼びに来る」

「……わかった」

 

 私の言葉を聞き、ぎゅっと力を入れて私を抱きしめた後、名残惜しそうに立ち上がる。

 そして、すぐに姉さんの表情は、歌姫『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』へと変わった。

 

「ありがとう、ソフィア。作戦が始まる前に、マムのところへ戻ってて」

「ああ」

 

 そう言って、姉さんは楽屋を後にする。

 とはいえ、本当に大丈夫かな? 優しい性格の姉さんに、最前線で切った張ったの戦いなんてできるとは思えないけど。

 私が代ろうか、とマムに聞いても『マリアがやる必要がある』と言って断られたし。

 まあ、武器も持ってない私がこれ以上ここに居てもできることはないし、大人しく退散しますか。

 

 私も姉さんの楽屋から出て、そのまま出口の方へ向かう。

 すると、目の前から一組の男女が歩いてきた。

 

「おや? 貴女は確か――」

「マリア・カデンツァヴナ・イヴさんの妹さんですね。初めまして。此方は、本日共演させていただく、風鳴翼。私は、そのマネージャーの緒川です」

 

 ああ、姉さんと共演する日本の歌姫『風鳴翼』か。

 挨拶は、ケータリングでテンションの上がった姉さんが勝手に一人で行っちゃったから、タイミングを逃してたんだよな。

 

「マリアの妹のソフィアです。本日は、姉をよろしくお願いします」

「……」

 

 私も定型文の挨拶を返すと、翼さんが此方に意味深な視線を向けてきた。

 

「あの、何か?」

「失礼、以前に会ったことは?」

「いえ。そもそも、日本に来たのは初めてなので」

「そうか……不躾なことを聞いて済まなかった。本日はよろしく頼む、と貴女の姉君に伝えておいてもらえるだろうか?」

 

 視線の意図が気になるが、それよりも古風な言い回しをする方が気になる。

 サムライか? これが噂のジャパニーズ・サムライなのか?

 

「それは直接言っていただいた方が、姉も喜ぶと思います。では、失礼します」

 

 侍は現存していたのか、なんて適当なことを考えながらその場を後にする。

 あっ、そういえば、姉さんに合流予定の切歌ちゃんと調ちゃん、こんな広い会場だと迷わないかな? 後で見取り図を渡しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

――――――――――

―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、今日の勉強はここまでにしましょうか」

 

 彼女、ソフィアの面倒を見始めてから1週間が経過した。

 会長の指示に従い、ここまで面倒を見てきたが、その成長速度は目を見張るものがあった。

 初めのころは満足に言葉を交わすこともできなかったのに、ここ1週間足らずで母国語のように話せるようになっていた。

 まるで、元々知っていたかのように。

 

「ありがとう、姉さん」

「――ッ」

 

 その言葉を聞いて、思わず言葉が詰まる。

 彼女が私を見て初めて発した言葉。それを端に、彼女は私をそう呼ぶようになった。

 いや、私が『呼んでも構わない』と言ったのだ。

 

 彼女は此処に来る以前の記憶を持っていないが、何処かで普通の人間のように生活していたはずだ。母国語だけでなく一般常識も、まるで思い出しているかのように覚えていくのを見る限り、間違いないだろう。

 自分の味方が誰もいないこの環境で、私を姉と見ることで彼女の心に安寧が訪れるなら、安いものだろう。

 

 ……いや、そんなこと、言い訳に過ぎない。

 私を姉と呼ばせているのは、結局のところ、私のため(・・・・)なのだから。

 

「ソフィアー! 勉強は終わったデスか? それなら今度は、ワタシが施設の中を案内してあげるデス! 決して、ワタシが勉強をサボりたいわけじゃないデス!」

「切ちゃん。ソフィを出しにしちゃ駄目だよ」

 

 頃合いを見計らっていたのか、切歌と調が元気よく入ってきた。

 二人には、ソフィアは新たに保護されてきた子供だと説明している。あの娘にも友達は必要だろうし、下手に先入観を与えて、ソフィアを遠ざけるような真似をさせたくない。

 

「まったく、仕方ないわね。二人とも、変なところに行っちゃだめよ?」

「わかりました! ほら、ソフィア。マリアの許可も出たことデスし、行きますよ!」

 

 切歌と調に手を引かれ、ソフィアは部屋を後にした。

 彼女は口数こそ少ないが、決して人付き合いが嫌いなわけじゃない。あの二人が懐いているのがいい証拠だろう。

 そんな姿が、ますますセレナを彷彿とさせる。

 

 

 

 彼女に初めて『姉さん』と呼ばれたとき、心にぽっかりと開いた穴が満たされていくような感覚を覚えた。

 6年前に目の前で失った大切な妹、セレナとは似ても似つかないはずなのに。

 

 私はどこかで、妹を失った悲しみを、ソフィアで埋めようとしているのかもしれない。彼女に姉と呼ばれる度に、心の安らぎを得ると共に、セレナの代替品として見ているという事実に自己嫌悪してしまう。

 何が『先入観を与えたくない』だ。私の方が、ソフィアをセレナ越しにしか見ていないではないか。

 こんなこと、セレナにもソフィアにも失礼なのに、それでも止めることができない。そんな自分がまた嫌になる。

 

 きっと、これは罰なのだ。

 安易に救いを求めようとした私に対して、お前の罪はこんなものではない、と戒めるための。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな折、マムからとある真実が告げられた。

 

 先に発生したルナアタック事件によって月の軌道が変わり、このままでは地球に落ちかねないこと。

 米国政府や上流階級の人間がこの事実を隠蔽し、自分たちだけ助かろうとしていること。

 そして、人類を救うためには『フロンティア計画』を実行する必要があること。

 

 マムは、ドクターウェルを仲間に引き込むために、私がフィーネの器を演じる必要があると言った。

 そのくらい構わない。マムに切歌や調、そしてソフィアを守るためならば、容易いことだ。

 

 そうだ。それくらいできなければ、セレナもソフィアも私を許してくれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、作戦決行の日。

 失敗は許されない。だけど大丈夫。

 私は今まで『歌姫マリア』として頑張ってこられた。だから大丈夫。

 セレナ、ソフィア。私、頑張るから。だからどうか……

 

「狼狽えるなッ!」

 

 私に勇気を――――

 

 

 

 

 

 

 

 




マリアさん、自分から進んで曇っていく。


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英雄故事

「話とはなんだ、ドクター?」

 

 これはまだ、我々が武装組織『フィーネ』として蜂起するよりも前。

 もうすぐ日が暮れようかという時間、私はソフィアを診察室に呼び出していた。

 

「これはこれは、わざわざご足労いただきありがとうございます。どうぞ、お掛けになってください。」

 

 慣れた手つきで対面の席へ促し、ソフィアは患者席へと腰かけた。

 

「一度、貴女にどうしても尋ねたいことがあったのですが、中々機会に恵まれず、こうして足を運んでいただいた次第です。まあ、個人的な興味ですので、カウンセリングなどと気負いせず、ありのままに答えてくだされば結構ですよ」

 

 そう、これは好奇心だ。

 私がずっと求めて止まないもの。それを手に入れ、結果として手放した今の彼女にこそ、私の求める答えがあるはずだ。

 

「……ソフィアさん。貴女は、英雄についてどう考えておいでですか?」

 

 英雄。

 それは世界を救う救済者。

 私が渇望するそれを、目の前に居るソフィアは……いえ、天月茜(・・・)は数か月前に体現してみせた。

 

「質問の意図が見えないが……なぜそれを私に?」

「貴女だからこそ意味があるのですよ、ソフィアさん。他でもない、貴女である必要がね!」

 

 私の言葉の真意を掴み取れていない様子の彼女へ、私は捲し立てる様に熱弁する。

 

「巨悪を打倒し、世界を救い、人々の賞賛をもってして生まれる救世主――それが英雄。そんな存在になれるのは、ほんの一握りの人間だけだ。

 私は知りたい! 神代から近代になるにつれて失われた、圧倒的な個の力! それを手に入れながら、世界を守るため己を犠牲にできる高潔な信念! 醜悪な権力者が跋扈するこの世界で、英雄とも取れる行為をした、貴女の真意を!」

 

 世間でルナアタックの英雄として称された生き証人が居るというのなら、私が英雄になる道程のヒントを得られる。私は、そう確信していた。

 

「記憶がない? 構いません! むしろ、その方がより貴女の本心に近づける。さあ、ソフィアさん! 再び問いましょう。貴女にとって、英雄とは如何なるものか!」

 

 私の熱が籠った問いかけに対し、ソフィアは――

 

 

 

(てい)の良い捨て駒」

 

 

 

 まるで、退屈な授業中に先生から名指しされたかのような、気だるげな口調で答えた。

 

「……今、何とおっしゃいましたか?」

 

 彼女の発した言葉をうまく飲み込めず、私は気の抜けた声で聞き返す。

 

「この世には、人知れず世界を救っている人間なんていくらでも居る。その中で世間に公表されているということは、それによって利が生まれているということ。そして、利用価値のなくなった"英雄"は、悲劇という名のバックストーリーを添えられて闇に葬られる」

 

 呆ける私を余所に、ソフィアはつらつらと言葉を綴っていく。

 

「英雄は、人々が()()れかしと望んだ幻想か、貴方の言う『醜悪な権力者』によって作られた現実でしかない」

 

 つまり、何だ? 貴女は、私の求める英雄など、端から存在しないとでもいうつもりなのか?

 

「では何故だ……何故、貴女は世界を救った!? 英雄が……万人の望む救世主が夢物語の中にしか存在しないというのなら! 何故あなたはここに居る!」

 

 そうだ! 彼女の発言は矛盾している! 何故なら、こうして『世界を救った英雄』が目の前に実在しているのだから!

 しかし、私の怒号にもソフィアは表情を崩さなかった。

 

「昔のことは知らないが、少なくとも私は、世界を救うために犠牲になる真似は御免被る」

 

 それだけ言うと、もう話すことはないとばかりに席を立ち、そのまま退出していった。

 私はそれを、ただただ眺めていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライブが始まり、1曲歌い終わると共に、大量のノイズ召喚からの全世界への宣戦布告。

 私たちの陣営3人 VS 日本政府所属の3人、計6人のシンフォギア装者が入り乱れての乱戦。

 そして、敵の放った膨大なフォニックゲインを利用して、ネフィリムの起動に成功。

 無事、目的は達成し、潜伏場所である廃病院に帰還したのだった。

 

 それにしても姉さん、ホント悪役似合わないな。

 第一、国土割譲って何やねん。多少のアドリブはOKって話だったけど、勢い任せでホビーアニメの悪役みたいなことを言わんでもよかっただろうに。

 今頃、その時のことを思い出して悶えていることだろう。あとで慰めに行かないと。

 

「そ、ソフィア? 大丈夫なのデスか、それ?」

 

 切歌ちゃんが、何やら心配そうにこちらを見ている。

 作戦中は終始空気で元気が有り余っている私が、今何をしているかというと――

 

『ガウガウ!』

「おーよしよしよし」

 

 目覚めたばかりのネフィリムに、じゃれつかれている。

 見た目は映画に出てくるようなエイリアンそのものなネフィリムだけど、実際にやっている行動は、猫のように私の顔を舐めたり、腕を甘噛みしたりしているだけだ。そう考えると、少し可愛らしく思えてくる。

 

「問題ない。じゃれているだけだ」

「じゃれてるって……私には馬乗りになって襲い掛かっている様にしか見えないけど」

 

 もー、調ちゃんも心配性なんだから。

 確かに、ネフィリムは大型犬ほどのサイズがあるから、傍から見ると襲われてるように見えるかもしれないが、実際にかまれてる腕は全然痛くないし、傷一つついていない。つまり向こうも、本気で食べようとしているわけではないということだ。

 

「こんな光景、マリアが見たら卒倒しちゃうデスよ」

「そうだね……ソフィ、マリアももうすぐシャワーを浴び終えるし、そろそろマムのところへ行こう」

 

 むぅ、しょうがない。確かに、いつまでも遊んでいるわけにはいかないしな。

 調ちゃんに促され、ネフィリムを鉄檻(ケージ)に入れる。すると、遊び疲れたのかすぐに眠ってしまった。

 そういう気まぐれなところは、本当に猫みたいだな。

 

 

 

 

 

 そして、途中で姉さんと合流して3人で指令室っぽいところに向かうと、そこには機材とディスプレイの前に座っているマムと、その傍らに立つドクターが居た。

 

「ソフィア。あまりネフィリムに干渉するのは、およしなさい。万が一があっては困るのですから」

 

 表向きには作戦のため、真意としては私を心配して声をかけてくれるマム。

 だから心配いらないってば。ほら、現にまったく怪我してないし。

 

「まあまあ、いいじゃありませんか。ネフィリムも安定しているみたいですし。彼女に懐いているのも、案外"餌"のおかげかもしれませんよ?」

 

 私が何か言う前に、ドクターからフォローが飛んできた。

 ドクターの言う餌というのは、私が拾われたときに近くに落ちていた石片のことだ。調べたところ、聖遺物に近しいものの大した力を秘めているわけでもない、所謂『残りカス』らしい。

 それ単体では何の役にも立たないが、ネフィリムの餌にはちょうどいいとのことだ。

 

「別に平気。怪我もしていないし――」

「ソフィア、マムの言うことを聞きなさい。いい子だから」

「……姉さんがそう言うなら」

 

 姉さんの包容力ある言葉を前に、私は首を縦に振るしかなかった。

 そんな言い方されちゃあ、大人しく従うしかないじゃないか。まったく……姉さんの姉力には、いつも驚かされるばかりだゼ!

 

「さて、そろそろ視察の時間です。ソフィア以外の3人は私と一緒に来てもらいますよ」

「マム! ソフィアをウェル博士のところに一人置いていくなんて可哀想デスよ!」

 

 ちょっ、切歌ちゃん! いくら嫌いだからって、ストレートに言い過ぎじゃない!?

 

「やれやれ、随分と信用がないですね。まあ、私もその意見には賛成です。安全という意味でなら、神獣鏡によるジャミングが搭載されているヘリの方が都合がいいでしょう」

 

 すると、ドクターからも同行を勧められた。

 あら、意外。二人っきりになれれば、時たまやっていたドクターの好きな英雄談議ができる絶好の機会だったはずなのに。どういう風の吹き回しだ?

 

「……わかりました。予定時刻には帰還します。ソフィアもそれでいいですね?」

 

 マムの言葉に黙って頷く。

 まあ、いいか。特に断る理由もないし。

 何となく嫌な予感がするものの、車椅子のマムについていく形で、私たち4人は部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……大人しく、付いて行ってくれて助かりました)

 

 5人が退出したのを確認し、思わず口角が上がる。

 この廃病院に機材を運び込んだ痕跡をわざと残し、これから特機部二(とっきぶつ)の装者をおびき出そうというのだ。そのためには彼女、ソフィアの存在は都合が悪い。

 

(今はまだ、彼女たちに会わせるわけにはいきませんからね)

 

 記憶喪失の孤児としてF.I.S.に保護された少女。実態は、米国政府機関の総責任者がF.I.S.に齎した聖遺物から現れた存在。

 そしてその正体は、ルナアタック事件で世界を救った英雄『天月茜』その人だからだ。

 この事実は、彼女の調査観察を担当していた私しか知りえない情報だ。もちろん、上層部には嘘の情報を渡していた。絶好の観察対象を、易々と手放すような真似はしない。

 

 彼女自身、記憶がないのは本当のようだが、特機部二の装者たちと接触して万が一にも記憶が戻るようなことがあれば、私にとっても都合が悪い。

 

(私には、彼女の真意を測る必要があるのだから)

 

 英雄でありながら、英雄を否定したソフィア。

 そんな彼女が、世界を救うための『フロンティア計画』で何を為すのか。

 数多の権力者と同じく私利私欲に走るか、それとも再び世界を救ってみせるのか。いずれにせよ、彼女の示す道は何よりも得難いものになるだろう。

 

(そのためにも、ナスターシャ教授とフィーネ(仮)のご機嫌を、後で適度に取っておきますか)

 

 教授に勧誘される際に提示されたフィーネの存在。

 実物を見てみれば本物かどうか怪しいところだが、正直今は彼女の真偽に然したる興味はない。

 私の関心はすでに、ソフィアへと移っているのだから。

 

(彼女の行く末を見届けるまで、せいぜいあなた方の茶番に付き合ってあげましょう)

 

 私はこれからやってくるであろう日本政府所属のシンフォギア装者、そして彼女たちと英雄(ソフィア)が奏でる交響曲(シンフォニー)を想像しながら、心の中でほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はウェル博士回でした。
補足すると、作中に出てきたネフィリムの餌は、前々回でソフィアを包んでいた石塊の殻です。
あれのお陰で、食料問題は大丈夫になりました。

女の子成分が足りない……
次回は可愛い女の子の描写を書きたい。


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独ソウ 第一楽章

ウェル博士による"英雄作成"実況プレイ、はーじまーるよー。


 日も暮れてから時が経ち、皆が寝静まった深夜。

 緒川さんからの情報で、私・翼さん・クリスちゃんの3人は『フィーネ』の潜伏場所と思しき廃病院へ潜入した。そしてそこには、私たちを待っていたかの様にノイズの集団、そしてギアを叩きつけても炭化しない謎の化物が待ち構えていた。

 

「くそッ! 身体が重い! 何なんだよ、これ!」

「ギアの出力が落ちているのか――ッ」

 

 原因不明の適合係数低下によって苦戦しながらも向かってくるノイズを迎撃する。でも、数が多くて、このままだと捌ききれない!

 その一瞬の思考の乱れを突かれたのか、ノイズの1体が持つ長い触手に左脚が捉えられてしまった。

 

「しま――――うわぁッ!」

「立花ッ!」

 

 そのままノイズに左脚を勢いよく手繰り寄せられ、そのまま逆さ釣りにされてしまった。

 早く脱出したいけど、力が出なくて上手くいかない……!

 

「はい、少し大人しくしてくださいね。すぐ終わりますから」

「……え?」

 

 突然男性の声が聞こえたかと思いきや、吊り上げられている私の左脚にチクリと針に刺されたような痛みが走った。

 

「――ッ、だ、誰!?」

「お久しぶりですね、シンフォギア装者の皆さん」

「貴方は……ウェル博士! 何故ここに!? 貴方は確か!」

 

 翼さんの荒い声を聴き、すぐさま私の横に立っている人へ視線を向ける。するとそこには、以前護衛任務で一緒だったウェル博士が居た。

 そんな馬鹿な! だって博士は、私たちと別れた後にノイズの襲撃に遭ってそのまま……。

 

「簡単な話ですよ。貴女方の目を盗んで隠し持っていた『ソロモンの杖』を使い、自分自身を襲わせ、そのまま姿を晦ました。それだけの事です」

 

 そう言って私たちに見せつける様に、その手に持つ杖を掲げる。その形状は見間違えるはずもなく、フィーネ(了子さん)が持っていたソロモンの杖に間違いなかった。

 

「くそっ! すべてはてめぇの掌の上だったってわけかよ!」

「兎も角、立花は返してもらうぞ!」

 

 言うや否や、翼さんは目の前に立ちふさがるノイズを切り伏せながら此方へ向かってくる。対するウェル博士は私に何をするでもなく、ソロモンの杖で新たにノイズを召喚しながらその場を後退した。

 そして瞬く間に私の前へ現れた翼さんは、そのまま私を拘束していたノイズを瞬時に一薙ぎして消滅させた。

 

「無事か、立花?」

「はい。ただ、脚に何か刺されたような痛みが」

「刺すような痛み……?」

 

 翼さんの手を借りてその場に立ち上がる。身体が重い以外は特に体調の変化はない。

 さっきの痛みはいったい……。

 

「なに、毒の類ではないですから心配いりません。ともすれば、貴女にとって益になるかもしれません」

「何を訳分かんねぇことを!」

 

 ウェル博士の言葉を一蹴するように放たれたクリスちゃんの弾丸は周囲の壁や天井を破壊しながら、しかし彼を守るように立ちはだかるノイズを一掃するだけに留まった。

 おかしい。クリスちゃんのイチイバルの火力も明らかに落ちてる。いったい何が……。

 

「が、ぁ……」

「クリスちゃん!?」

 

 ミサイルを連射したクリスちゃんがその場に膝をついた。その姿は間違いなく、ギアからのバックファイアによるものだった。

 

「あまり負荷の高い技を打たない方が身のためですよ」

 

 ノイズの壁によって守られたウェル博士は私たちを一瞥すると、後方の上空へと視線を向けた。その視線の先には、気球のような形の飛行型ノイズが檻に入れられたさっきの化物を掴み、どこか遠くへと輸送している姿だった。

 

「あの怪物! このままだと海の方に!」

「立花! その男の確保と雪音を頼む!」

「――ッ、はい!」

 

 ソロモンの杖を携えるウェル博士と、未だ苦しそうな表情でその場に膝をつくクリスちゃんを私に託し、翼さんは天羽々斬の機動力を最大限に発揮させながら飛行型ノイズの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マムの付き添いで軍用ヘリに乗って視察に行った帰り道、私たちが拠点にしていた廃病院が日本政府に見つかってしまった、とドクターから連絡が入った。

 なーにやってんだ、あの人。宣戦布告から1週間足らずで見つかるとか、セキュリティ意識ガバガバにもほどがあるぞ。

 

 その知らせを聞いて大慌てで戻っていると、ドクターが逃がしたと思しき、飛行型ノイズに抱えられたネフィリム入りの檻を発見。

 それを追いかけてきたのか、檻を奪取しようとする日本政府所属の装者に対し、ヘリから飛び出した姉さんが先手を打って逆に奪い返す。そして、切歌ちゃんと調ちゃんも出撃し、色々あってドクター共々無事に回収できたのでした。

 ちゃんちゃん。

 

「全然無事じゃねーのデス! コイツのせいで、身を潜めるアジトが無くなったんデスよ!?」

 

 日本政府から無事に逃げ切り、操縦者であるマム以外が全員揃っているヘリの格納庫で切歌ちゃんの絶叫が木霊した。

 

「よしなさい、切歌。ソフィアに当たっても仕方ないでしょう」

「あ……っ、ごめんなさい、デス……」

 

 姉さんに注意されて、あからさまに落ち込む切歌ちゃん。

 そんなに落ち込まないで。全然気にしてないからさ。そうだ、飴ちゃんでも舐める? 甘いもの舐めると落ち着くよ?

 

「やれやれ。これでも装者の足止めにネフィリムの回収と出来る限りのことはしたのですから、そう邪険にしないでいただきたいものです」

「こいつ……いけしゃあしゃあと!」

「でも、ネフィリムに与える餌が無い。今は大人しくしてるけど、それがいつまで続くか」

 

 まったく反省の色を見せないドクターに、切歌ちゃんの怒りボルテージが再び上昇していく。

 駄目だって、切歌ちゃん。ドクターの辞書に反省の文字はないんだから、何を言っても無駄無駄。それに餌なら大丈夫だよ、調ちゃん。現状、そこまで切羽詰まっているわけじゃないからね。

 

「それなら問題ない」

「え?」

 

 私が格納庫の奥に視線を向ける。その先には何やら布に覆われた大きな荷物が鎮座していた。

 その行為を不審に思った姉さんが、視線の先にある布を捲る。

 

「これは、ネフィリムの餌!? いつの間に!」

 

 その下に隠されていたのは、山積になっている聖遺物の残りカス(ネフィリムの餌)だった。

 そう、こんなこともあろうかと、餌の在庫の1/3程度を予め積んでおいたのだ! いやー、餌の収納場所から一々運ぶのが面倒だったから、そこよりも近場だったヘリの格納庫にコッソリ置いておいたんだけど、まさかそれが功を奏するとは。

 

「なるほど、リスク分散というわけですか。アジトの襲撃に備え、すぐに持ち出せるように一定量確保していた、と。いやはや、素晴らしい慧眼ですね」

「流石はソフィアです! どこぞの博士とは大違いデスね!」

 

 え? いやそんなつもりは…………そうだよ(便乗)! このソフィアは何から何まで計算ずくだったのさ! あっはっはっはっはー!

 ……本当は違うけど、そういうことにしておこう。

 

『拠点を奪われたのは手痛いですが、最悪の事態は免れました。ですが、目下の問題は別のところにあります』

 

 すると備え付けのモニタから、運転席にいるマムの姿が表示された。

 

「問題、というと件の視察の結果ですか?」

『ええ。結論から言えば、現時点で『フロンティア』の封印解除は不可能です』

 

 【フロンティア】

 それは、今回の人類救済計画の要である古代遺跡。現在は封印されているそうで、それを解除できるか確認するのが視察の目的だった、らしい。詳しいことはよくわからん。

 

「原因は神獣鏡の出力不足、と言ったところでしょうか?」

『その通りです。増幅装置をもってしても、起動には至らないでしょう』

 

 そして私たちが確保しているシンフォギア『神獣鏡』は術式や呪いを中和する力を持っているらしく、F.I.S.が持っていた技術を利用して、装者無しの神獣鏡によるフロンティアの封印解除を行おうとしていた。

 まあ、結果としては駄目だったみたいだけど。

 

「なるほど。そうなると、次に打つべき手は一つですね」

「次の手? 現状、我々に残された手段は無い筈だけれど」

「簡単な話ですよ、マリアさん。機械による増幅が無理なら、人の手で増幅させればいい」

「……それは、神獣鏡の装者を探すということ?」

 

 装者かー。まあ、そうなるよね。私が神獣鏡を纏えればよかったんだけど、ドクター曰く適性が全くないとのことだ。そうでなきゃ、3人が前線で切った張ったしてるのを後ろで見てる必要ないんだけどなー。

 

「そんなの、簡単に見つかるはず――」

「あるじゃないですか。日本政府、いえ、フィーネが残した御誂え向きの場所が!」

『リディアン音楽院。かつて、シンフォギアの装者候補を選出するために設立された学院ですね?』

「その通り。あそこなら、神獣鏡の装者が見つかる可能性が高い」

 

 へぇ、そんな場所があったんだ。日本政府もそんなことやってたのか。まあ、政府だって慈善事業じゃないんだから、これくらいは当然か。聞く限りだと幾分か人道的っぽいし。

 

「さて、問題は誰が潜入するか、ですが……」

「それなら私が――」

「ワタシと調で行くデス!」

「――切歌?」

 

 姉さんの言葉を遮るように切歌ちゃんが右手を勢いよく挙げて自己主張する。調ちゃんも寡黙ながらふんすっ、とやる気のこもった眼をして姉さんを見ていた。どうでもいいけど、反応が一々可愛いな、この二人。

 

「マリアはあまり力を使っては駄目。マリアを守るのも私たちの役目」

「調……」

 

 え? 何? 力を使っちゃダメって……姉さんにそんな設定があったの? 右手の暗黒龍が疼く的な?

 表情筋が動かないのをいいことに会議中ちょくちょくぽけ~としてたせいで、作戦について所々聞きそびれてるんだよね。でも、今のところフィーリングでどうにかなってるし、まっいっか。

 

「そういうわけで、潜入捜査はワタシたちで行きます! 博士もいいデスね?」

「……まあ、私としては特別反対する理由はありませんが」

「それじゃあ決まりデス! 行きますよ、調!」

「うん」

 

 ドクターから言質を取った二人はそのまま格納庫備え付けの椅子に座りなおす。

 大丈夫かな? やる気は買うけど、なんか空回りしそうなんだよねぇ。ドクターもドクターで、二人には見えない角度でクックックと怪しく笑ってるし。

 ……これ、私もコッソリついて行った方がいいかな?

 

 

 

 

 

 

 

 




マリア姉さんに中二病属性が加わった11話。
ウェル博士は思惑が変化したことで原作よりも理性的に見えますが、本質はあんまり変わってないです。


ある程度書き溜めができたので、しばらくは定期更新する予定です。


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白百合の木漏れ日

「響ったら、どこ行っちゃったのかしら……」

 

 秋桜祭も始まって少し経ち、私は間もなく出番のある友人たちのステージへ向かうため響を探していた。

 最近、いや、学院の校舎が謎の倒壊をしてからずっと響に元気がない。後からその件は、以前頻発していたノイズ発生事件に関連するものだと教えてもらったけど、詳細なところまでは聞けていない。守秘義務があるというのと、何より響が露骨に話題を避けるのだ。

 

(不安なことは相談してくれてもいいのに。でもきっと、しつこく聞きださない方がいいんだよね?)

 

 確かに話してくれないのは少し寂しい。それでも深入りせずに見守ろうとしているのは、今の響から前を向こうという意思を感じたからだ。2年前の様に自嘲や懺悔をしているのではなく、少しでも乗り越えようとしている。だったら、私は過干渉をするべきじゃない。藻掻きながらも前へ進む響をそっと支えてあげることこそ必要なのだと思う。

 

(やっぱり、少し寂しいな……)

 

 それでも、かつてのように一人で塞ぎ込んでいる姿は、もう見たくない。何か、私でも力になれることがあればいいのだけれど。

 そんなことを考えながら歩いていると、ふと、懐かしい気配とすれ違った。

 

「――え?」

 

 その場に立ち止まり、振り返る。

 完全に無意識だった。ただ何となく、そう、本当に理由もなく只々目線を後ろへ向けた。

 視線の先に歩いていたのは、人だかりに埋もれる様に歩いていた、キャスケットを深々と被る一人の少女。帽子の隙間から見えた美しい白髪と、眼鏡の奥で輝き燃えるような真紅の瞳。そんな特徴的な見た目が気にならなくなるぐらい、彼女という存在そのものに意識を引っ張られていた。

 

 

 

 

 

「――――く。ねえ、未来ってば!」

「ッ! ひ、響?」

 

 数分、あるいは数瞬か。

 声をかけられてハッと振り返ると、そこには件の探し人である響が立っていた。

 

「どうしたの? そんな道の真ん中で立ってるなんて」

「えっと、その……」

 

 何と答えたらいいものか言いあぐねながらも、再び先程の少女が歩いていた方向へ顔を向ける。しかし、そこは既に人混みで溢れており、まるで最初から存在していなかったかのように彼女の姿が見えなくなっていた。

 

「誰か知り合いでも見かけた?」

「……ううん、何でもない。それよりも、早く体育館に行こう。板場さん達のステージが始まっちゃうよ」

「えっ、もうそんな時間? 急がなくっちゃ!」

 

 響は私の手を取って目的の場所へ歩みを進める。

 さっきの妙な感覚は何だったのか。でもこれは、きっと数日もすれば忘れる、そんな些細な出来事だろうと思っていた。

 その再会は思ったよりも早く、そして唐突に起こることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本日快晴。絶好のお祭り日和。

 というわけで、私ことソフィアはリディアン音楽院が催している学園祭『秋桜祭』に来ていた。

 え? 潜入は切歌ちゃんと調ちゃんに任せたんじゃないのか、だって?

 語らねばなるまい……お前たちにも教えよう。私が学園に足を運んだ理由を。

 

 

 

―――――

――――――――――

―――――――――――――――

 

 

 

 これは、軍用ヘリを隠してから意気揚々と偵察へ出かける二人を見送った後、ドクターから手のひら大の機械を手渡された。

 

「これは?」

「『簡易装者発見器』といったところでしょうか。その機器から特殊な電波を発信し、それに共振した人間から発生する微弱なフォニックゲインを計測する――要はソナーに似た原理で適合者候補を見つけてくれます。まあ、あくまで当たりをつける程度の精度でしかありませんが、候補者は大分絞り切れるでしょう」

 

 なるほど、分からん。つまるところ、これを使って神獣鏡の装者を見つけるってことね。

 でも待てよ? なんでこれを私に渡すんだ? 切歌ちゃんと調ちゃんはとっくに出発しちゃったけど。渡し忘れか?

 

「ウェル博士、どうして今になってそんなものを――まさか貴方、ソフィアを学園に行かせる気じゃ!」

「もちろんそのまさかです。大丈夫、ナスターシャ教授の許可は既に貰っています」

 

 え? マジで? コッソリ抜け出さずに済んでよかった。姉さんに知られると絶対出してくれなさそうだし、マムがOK出してるなら何の問題もないな。

 

「そんなことを言っているのではない! そもそも、それなら何故二人を行かせたの!?」

「逆に聞きますが、貴女はお二人に潜入捜査なんて器用なことができるとお思いですか?」

「――ッ」

「十中八九、あちらの装者の目に留まるでしょう。ですから、いっそのこと彼女たちには囮になっていただき、その間にソフィアさんに調査していただきます。まあ囮とは言いましたが、特機部二(とっきぶつ)も国家機関である以上、大衆の面前でシンフォギアを起動させるなんて愚行は起こさないでしょう。そちらも、さして問題はありません」

 

 ドクターの言葉に思わず押し黙る姉さん。

 まあ、そりゃそうだ。私でも、後からついていこうと考えてたぐらいだし。ドクターの想定している光景が在り在りと目に浮かぶようだ。

 でも、姉さんの方は頭に血が上ってヒートアップしてらっしゃる。このままだと縛り付けてでも外に出さないとか言い出しそうだし、ここらで口を挟んでおくか。

 

「だからって、ソフィアに危険なことを――」

「大丈夫」

「……ソフィア?」

「私は平気。それに、人員を遊ばせておく余裕は、今の私たちには無い筈」

「流石はソフィアさん。よくわかっていらっしゃる」

 

 私の説得を聞いて少し冷静になったのか、息を整える姉さん。

 私に対してもそうだけど、切歌ちゃんや調ちゃんに対しても見せる優しさを見るに、この人ホントに悪役向いてないな。なんでテロ組織の広告塔(?)なんてやってんだろ。

 

「マリアさん。ソフィアさんの件とフロンティア計画に直接的な関係はありません。仮に計画が露見したとて、そこから彼女に繋がることは無い」

「良くも悪くも、ソフィアは日本政府にとって只の一関係者(・・・・)でしかありません」

「マム……」

 

 二人の喧騒を聞きつけたのか、車いすに乗ったマムが格納庫へ降りてきた。

 

「マリア。ソフィアを大切に思う気持ちはわかりますが、彼女は貴女が思っているよりも強い。力ではなく、信念という意味で」

「ありがとう、姉さん。心配してくれて」

「ソフィア……いえ、私の方こそごめんなさい。そうだ、それなら帽子と伊達眼鏡を貸してあげる。それで変装すれば潜入もしやすいでしょう?」

 

 え? いいの? 姉さんの小物、アイドル活動のために結構いいものを取り揃えているから少し興味があったんだよね。ラッキー!

 

 

 

―――――――――――――――

――――――――――

―――――

 

 

 

 まあ、そんなこんなで姉さんに軽く着飾ってもらい、きりしらコンビには内緒で学園へ潜入したのだった。

 

 白髪は束ねてそれを仕舞う様に帽子をかぶり、紅眼は眼鏡でカモフラージュ。何処からどう見ても一般人スタイルとなり学内を練り歩いてるけど、大丈夫だよね? 心なしか視線を集めているような気がしないでもないけど。

 

 二人は何処かな? 一応内緒で来てるわけだし、見つからないようにしないと。あと特機部二の装者たちにも。

 ドクター曰く『既存の装者に近づくとデータ収集の邪魔になりかねないので絶対に(・・・)近づかないでください』とのことらしい。そうはいっても、これだけの来客者が居て装者に遭う確率なんて高が知れてるし、適当に歩いてたって平気平気。

 さーて、次は何処の屋台を見て回ろうかな~。

 

「も~。響ってば、もうすぐ板場さん達のステージが始まるのに、何処行っちゃったの?」

 

 入場時に貰った『うまいもんMAP』に視線を落としていた私は、その時すれ違った白いリボンの少女に気が付くことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何か事件が起こると思った? 残念! 何もありませんでした。

 もうほんと、びっくりするくらい何も起きなかったわ。最近激動のテロ生活を続けてた名残で常に気を張って真剣に、そう真剣に(・・・)調査してたんだけど、取り越し苦労だったみたい。それにしても、屋台の焼きそばってどうしてあんなにも美味しく感じるんだろうね。

 夕暮れ時、少し遅れて集合場所に到着すると、目の前には態々ヘリでお迎えに来てくれたらしい待機組。そして――

 

「いい加減になさい! この戦いは遊びではないのですよ!」

 

 マムからお説教を受けるきりしらコンビが居た。

 え? 何々? どんな状況?

 

「まあまあ、それくらいにしましょう。待ち人がもう一人来たみたいですし」

「えっ?――ソフィア! どうして外にいるんデスか!?」

 

 ちょっと気まずい雰囲気だったので離れた場所に居たのだが、ドクターに促されてみんなの傍へ向かう。

 はい、ドクター。頼まれていた例のブツですよ。まあ、私はただ歩いてただけなんだけど。

 

「確かに受け取りました。ふむ、サンプル数は問題なさそうですね」

「どうして、ソフィも出かけていたの?」

「彼女には別件をお願いしていました。現状、私たちの中で自由に動けるのはソフィアだけですから」

 

 どうやらマムは、切歌ちゃんと調ちゃんが囮役だったことは言わないようだ。流石に、お説教した上で実は潜入任務は嘘でした、なんてとてもじゃないけど言い出せないよね。

 

「必要最低限のものは揃いました。あともう一押し欲しいのですが……そうだ、お二人が交わしてきた決闘の約束、私も1枚噛んでよろしいですか?」

 

 決闘? なんじゃらほい?

 ドクター曰く、切歌ちゃんと調ちゃんは潜入中に特機部二の装者と案の定出くわし、なんやかんやあって戦う約束をしたとのことだ。事件が起きてたのはそっちだったかー。

 一昔前の少年漫画ばりに胸熱っぽい展開だけど、そりゃあマムも怒るわな。マムはどちらかというと少女漫画派っぽいし。

 

「何をする気?」

「いえ、ただ蒔いた種の芽を出してあげるだけですよ」

 

 顔を照らす夕日も相まって、ドクターの顔はニチアサに出てくる悪の科学者のような悪い顔に見えた。

 

 

 

 いや、実際何か企んでるんだろうな、ドクターだし……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




祝!393、本編に本格参戦!




感想ありがとうございます。
とても励みになります。


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暁月に裂く(はな)

 日も沈み、あたりが静寂に包まれた深夜0時。場所は東京番外地特別指定封鎖区域『カ・ディンギル跡地』。

 そこには事の発起人である切歌さんに調さん、そしてウェル()の3人が立っている。ナスターシャ教授とソフィアさんはヘリの中で待機しており、マリアさんも適当な口述を並べて待機させている。今回、私の目的は勝利ではなく、戦闘を可能な限り長引かせることだ。数的互角を取って、万が一にでも早々に決着がついてしまっては元も子もない。

 まあ3人については、ヘリの中から此方の映像を見ているものの、音声は拾っていないから気にする必要もないだろう。

 

(そろそろ頃合いですかね)

 

 決闘の合図代わりに数体のノイズを召喚すると、間もなくして特機部二の装者3人がやってきた。

 

「またお会いしましたね、お三方」

「ウェル博士!」

「今日の私はただのお目付け役。決闘とやらの邪魔はしませんから、どうぞお好きになさってください」

 

 私は言うべきことを言い終えて後ろに下がる。そして逆に、切歌さんと調さんが前に出た。

 

「余計なオーディエンスは居ますが、今度こそ決着をつけてやるデス!」

「私達と貴女達。どちらが正しいのか、ここではっきりとさせる」

 

 

 

   Zeios igalima raizen tron(夜を引き裂く曙光のごとく)

   Various shul shagana tron(純心は突き立つ牙となり)

 

 

 

 聖詠を紡ぎ、二人がシンフォギアを纏う。それを見て、対峙する特機部二の装者達もギアを纏い、5人による乱戦が始まる。数体呼び出していたノイズは大した時間稼ぎにもならず、戦いの余波に巻き込まれて消滅する。

 やはり、あの程度では戦力にもならないか。

 

「くッ! ――どうしても戦わないといけないの!? 装者同士、人間同士で争う理由なんてない!」

「いい加減しつこいデス! ジャマしてるのはそっちだって何度も言ってるデスよ!」

「私たちは世界のために動いている。それを阻むと言うのなら、貴女達こそが悪」

「何を訳の分かんねーことを! お前らのやってることの、どこが正義だっていうんだよ!」

 

 正義か悪か。

 若い。若いですねぇ。正義とは勝利であり支配、敗者こそが悪であり隷属。そして、勝利をもたらす者こそが英雄と呼ばれるのだ。

 『英雄は人の手で作られる』かつて貴女はそうおっしゃいましたね、ソフィアさん。そして同時に、私の望む英雄など存在しないと。ならば、生み出してみせましょう! 私が望む英雄を、私自身の手で! この戦い(実験)は、そのための重要なサンプル!

 

「一体何を企てている、フィーネ! いや、F.I.S.!」

「企てるだなんてとんでもない。調さんが言ったでしょう? 世界のために動いていると」

 

 私はこちらを睨みつける風鳴翼を見下ろしながら、3ヶ月前に発生した『ルナアタック』事件によってその一部を砕かれた、天上に輝く欠けた月を指さす。

 

「月の落下による人類滅亡の被害を少しでも減らすこと、それが我々『フィーネ』の使命!」

「月の、落下!?」

「馬鹿な! 月の公転軌道は3ヶ月前から計測している! そんな結果が分かれば、各国機関が黙っているはずが!」

「公表するはずがないでしょう! 人は何処まで行っても醜い生き物なのだから!」

 

 いやはや、なんともおめでたい考えだ。この世の中、性善説で成り立つほど甘くはないというのに。

 だからこそ世界は必要としているのだ。人間を超越した"英雄"の存在を。

 

「まさか、一部の連中は既に自分らだけ助かる算段をしてるってのか!?」

「だとしたらどうしますか? いずれにせよ、月の落下など人の手に余る災厄。それを退けるのならばそれこそ、英雄でもなければ不可能でしょう。3ヶ月前、一部とはいえ月落下の脅威を防いで見せた彼女のようにね!」

「ッ――!」

 

 天月茜の話題を聞いて、立花響の動きが明らかに悪くなる。そうだ、その調子だ。装者同士の戦い、それによって各々ギアのフォニックゲインが高まるこの状況こそが望ましい。

 戦闘を開始してから約10分。そろそろか……

 

「うぐ――――がぁッ!」

 

 そしてタイミングを計ったかのように、立花響が苦しそうに胸を押さえてその場に蹲った。

 

「立花!? どうした! 何があった!?」

「ぐぅッ、ぅあぁぁッ、ぁぁぁァァァアアアアアア――――ッ」

「おい! 大丈夫かよ!」

 

 突然容体が急変した仲間を見て、残りの二人が立花響に駆け寄る。その姿を見て気圧されたのか、切歌さんに調さんも攻撃の手を止めてしまった。

 

「何、あれ……いったい何が……?」

「始まりましたか」

「……え?」

 

 疑問を投げかける調さんをよそに、私は必死に痛みに耐えている立花響を観察する。

 なるほど、やはり私の考えは間違っていなかった。あとは彼女次第ですが、やはりこの様子では……

 

「てめぇ! コイツにまたなんかしたのか!」

「私が貴女方の戦いに割り込めるわけないでしょう。ただ、以前打ち込んだ薬品の効果が現れただけです」

「以前打ち込んだ……まさか廃病院の!? だが、メディカルチェックでは何の異常も!」

「出ないでしょうねぇ! 何せ薬の主成分は、貴方達の纏うシンフォギアと親和性が非常に高い! いくら検査したところで、体内に宿している聖遺物の反応に邪魔されてとてもじゃないが見つからない!」

 

 こちらを睨みつける風鳴翼を無視し、私は意気揚々と話を続ける。

 

「響さんに打ち込んだのはLiNKERの1種。効果は従来のそれよりも高いですが、聖遺物との結びつきが非常に強い、それこそ響さんのように体内に聖遺物を宿す(・・・・・・・・・)でもない限り効果を発揮しない不良品でして」

 

 それも、ただ打ち込んだだけでは何も起こらず、戦闘などで体内のフォニックゲインを高めてやる必要がある。だからこそ、こうして装者同士の緊迫した戦いの場を設けたのだ。

 

「LiNKERだと!? それに、立花の適合率を上げて、いったい何を考えている!」

 

 -LiNKER-

 本来はシンフォギアへの適合係数が低い者に対し、係数不足分を補うために投与する薬品。

 すなわち、LiNKERの投与は立花響の適合率を上げることになり、聖遺物との繋がりが強くなることで装者の戦闘能力が大きく上昇しかねない行為。敵に対して行うことはあり得ないだろう。現に私は、廃病院で戦闘を有利に進めるために適合率を下げる薬品を散布している。

 まあ、それについては常人の考えの範疇なら、の話だが。

 

「私は偶然とある報告書を手に入れる機会がありまして、そこには薬品の配合表と投薬記録が記載されていました。融合症例第零号『天月茜』への、ね」

「天月、茜だと……ッ!?」

「まさかそれは、櫻井女史の!」

 

 文献によると、天月茜と融合しているシンフォギアは非常に安定しているため、更なるデータを取るために適合率を上げて均衡を崩そうとしていたらしい。その文献内で櫻井了子は薬品に対して『LiNKERと同様の効力を有しているはずだが、天月茜に対して何の効果も出ない失敗作』と結論付けている。

 しかし、私はその発想を逆転させた。

 この特殊LiNKERの影響がなかったということは、天月茜は特殊LiNKERを投与されても影響の出ないほどに適合率が高かったということだ。つまり、同じ融合症例である立花響にこの特殊LiNKERを投与すれば、そして高い適合率で安定すれば、あわよくば第二の天月茜になれるかもしれない! そうすれば、英雄のサンプルがまた一つ増える! 英雄への道がまた一つ舗装される!

 そう思っていたのだが――

 

「響さん。貴女では天月茜へと至ることはできないようですね」

「な、にを…………」

「その程度の症状でしたら、今すぐ戦闘を止めて然るべき機関に診せれば命に別状はないでしょう」

 

 聖遺物と文字通り一心同体となっている天月茜と、聖遺物に侵食されているだけの立花響。この両者は比べるべくもなかったということか。

 まあ、この結果も研究の役に立つので良しとしよう。

 

「貴女方は確かに邪魔者ですが、我々の倒すべき敵ではない。私個人の意見を言わせていただければ、敵対しない限りは無視しても問題ないと考えています」

「てめぇ! 響をこんなにして何をいけしゃあしゃあと!」

「だからこうして、私は撤退を促しているじゃないですか」

 

 両手を上げて戦闘の意思がないことをアピールする。

 最初から私にとって、彼女たちは障害だという認識はない。結局のところ、彼女たちもフロンティア計画も英雄を彩るための画材の一つに過ぎない。

 

「ちょ、博士! 何を勝手なことを言っているのデスか!」

「私はあくまで自分の意見を言ったまで。それに、この場において戦闘継続の決定権を持つのは私ではない。切歌さんと調さん、お二人の方ですよ」

「私たち……?」

「ええ。苦しむ仲間を抱える彼女たちへ追い打ちをかけるも、情けをかけて見逃すも、貴女達の裁量次第です。さあ、どうしますか?」

「わ、私は……」

 

 私としてはどちらでもいい。

 必要なデータは既に取得済みであり、仮に捕縛できたところで今の設備では碌に解析もできないため、私の中で立花響の重要度は最早そこまで高くない。しいて言えば、このまま逃がしてくれた方が色々と利用できそう、ぐらいのものだ。

 そんなことを考えていると、未だ痛みが治まらないはずの立花響が膝を震わせながらもその場に立ち上がった。

 

「お、おい、響! 無理すんな!」

「大丈、夫です。これくらい……」

「立花……」

「それに……これくらいで立ち止まっているようじゃ、茜が帰ってきたときに顔向けできない……!」

 

 胸元の内側からガングニールが皮膚を突き破り、額に脂汗を滴らせながらも、武術の構えを取る立花響。無様にも映るその姿は一瞬、ほんのわずかだが、私が切望してやまない英雄の姿に少し被って見えた。

 

「あいつ、あんなになってまで……切ちゃん?」

「――――あーもう! 今夜は仕切り直しデス! 次こそはコテンパンにやっつけてやるんデスから、首を洗って待ってるデスよ! ほら行きますよ、調!」

「あっ、切ちゃん待って!」

 

 案の定というべきか、二人は特機部二の装者たちに背を向けてその場を後にした。

 私もそのあとに続こうと歩みを進め、その傍らで彼女ら3人に視線を向ける。相変わらず射殺さんばかりの視線でこちらを見ているが、向かってくる様子はない。

 仮に片方が戦闘・もう片方が立花響を病院へ運ぼうとしたところで、2対1では足止めがせいぜいであり、下手をすれば立花響の移送を妨害されかねない。彼女の命を最優先にした判断、といったところか。

 

 今のところ最良(Best)ではないが、それでも比較的順調(Better)に進んでいる。あとは神獣鏡の装者をどうやって調達するかだが、これについてはナスターシャ教授の考えに乗ってみるのも一興かもしれない。

 

(いずれにせよ、舞台は整いつつある。あとはあなた次第ですよ、ソフィアさん)

 

 誰も見ていないであろう中で、私の口角は自身の感情に比例するように大きく釣り上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま帰りました」

 

 向こう側の装者との戦いを中断し、ドクター含む3人がヘリへ帰ってきた。笑顔ニッコニコのドクターと対照的に、切歌ちゃんと調ちゃんの表情は随分と曇っている。

 随分と滅入ってるな。どれどれ、そんなときは……。

 

「……ソフィア? その、ワタシ――わふっ」

「ソ、ソフィ? 急にどうし――むぎゅっ」

 

 どうだ、これぞマリア姉さん直伝『親愛の(ラブリー)ハグ』! 口下手な私でも、優しく抱きしめてあげれば相手を慰めてあげられるのだ! ちなみに効果の程はF.I.S.に居た頃から何度もやっているので折り紙付きだ。

 今日の潜入捜査以外ずっとニートしてたし、こんな時ぐらいは役に立たないとね。

 

「落ち着いたか?」

「……はいデス」

「ありがとう、ソフィ」

 

 私のスキンシップによって表情が少し和らいだ二人。

 いえいえ、どういたしまして。この程度、圧倒的包容力を持つ姉さんに比べたら微々たるもんですよ。

 

「それでは改めて問いますが、何故戦闘を中断して帰還したのですか? それに、あちらのガングニールの装者に起こった症状は一体?」

 

 切歌ちゃんと調ちゃんが落ち着いたところでマムが3人に、正確にはドクターに視線を向けながら問いかける。戦闘シーンはモニターで確認してたけど、音声までは拾えてなかったから詳細はよくわかってないんだよね。

 でも、最初から疑うのは流石にかわいそうじゃないかな? 十中八九ドクターが裏で手を引いてるんだろうけど。

 

「懐疑の目で見られているようなので弁明しておきますが、私が立花響に施したのは特殊なLiNKERの投与のみ。あの症状は彼女自身の潜在的な原因によるものです」

「融合症例……」

「その通り。あれは人間と聖遺物の融合が進んだ結果です」

 

 ほえ~。なんだかよくわからないけど、結構な爆弾抱えながら戦ってたんだな、向こうのガングニール使い。

 それにしても、あっちの3人の装者、特にオレンジっぽいガングニール装者はどこかで見覚えがある気がするんだけど……どこでだったっけな?

 

「LiNKERの投与……そんなことをして、貴方はいったい何がしたかったの?」

「そうですね。神獣鏡の装者に投与するLiNKERのためのデータ取り、というのが半分。もう半分は、正直私の趣味ですね」

「趣味、ですか。生憎ですが我々にそのような余裕は――」

「それがソフィアさんに関わることだとしても?」

「――ッ!」

 

 え? 私? なんでそこで私が出てくるの?

 ……あっ、そういえば私、F.I.S.では研究対象になるぐらいの謎存在だったね。すっかり忘れてた。

 私の名前を出した途端、マムも姉さんも押し黙っちゃった。ドクターも分かってて私を出汁にしたな。流石はマッドサイエンティスト。あくどい、実にあくどい。

 

「まあ、この話はいつでもできますし、今はさっさとこの場を後にしましょう。それに、これからのことについてじっくりと話し合う必要もありますから」

「……そうですね。まずは一刻も早くこの場を離れましょう」

 

 これは、いつでもできると言いながら結局説明しない流れですね分かります。

 ドクターに促され、マムの操縦によって我らが軍用ヘリ(神獣鏡ステルスコーティング付き)は隠れていた瓦礫の中から飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 




この小説で誰よりも生き生きしているのはウェル博士な件。


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乖離と離反

話の区切りの都合上、今回はやや短めです。


「くそッ! ふざけやがって!」

 

 緊急搬送後、一命をとりとめた響を見て安堵の息を吐いたのも束の間、全身のレントゲン映像を見て思わず近くのテーブルを蹴り上げた。

 

「LiNKERは一度励起すれば時間経過で効力を失う。再び、融合係数が無理やり引き上げられることは無いはず」

「だが、まさかこんな形で響君の中に潜む危険性に気づかされるとはな」

 

 その映像に移っていたのは、アイツの体内を植物の根のように張り巡らせているガングニールだった。

 体の中がこんなに滅茶苦茶になりながらも響の奴は立ち上がって、戦おうとして……いや、アタシが怒っているのはそこじゃねえ。

 

「なにより許せねぇのは……茜があんな人体実験されていた事実も、アイツの身体に起こる可能性も、フィーネの傍に居ながら何一つ気が付けなかった間抜けなアタシ自身だ……ッ!」

「雪音……」

 

 アタシはフィーネのところで何を見てきたんだ。アタシは、一緒に過ごしていた茜の事さえ何も知らなかった。自分の事しか考えていなくて、茜を縛る楔として利用されて、結局アタシは茜に迷惑しかかけていなかった……!

 

「少なくとも、響君にこれ以上戦わせるわけにはいかない」

「当たり前だ。アイツの抜けた穴はアタシが埋める。もうこれ以上、何も失わせてたまるか!」

 

 そうだ。過去をどれだけ嘆いても状況は変わらない。あの時、茜にしてやれなかった分、アタシが響を守って見せる!

 

「その勘定に私も入れてもらおうか、雪音」

「先輩!」

「これから先、降りかかる災厄は防人の剣で払って見せる」

 

 アタシと先輩の視線が交差する。このとき、二人の想いは確かに重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は流れて早数日。

 私たちは今、米国政府との交渉に赴いています。

 

 ……いや、なんでだ?

 マム曰く、今の私たちの施設では神獣鏡の装者候補を調達できても、装者として調整することはできないとのことだ。

 まあ、それはわかる。拠点も無くなって久しいし、別の場所に腰を据えて一から始めるのも現実的じゃないしね。そのために、私たちを追いかけている米国政府と講和するというのも有効な手だ。

 でもさ、この間あれだけドクターが意味ありげに『これからのことについてじっくりと話し合う必要もありますから』とか言った割には随分普通の手段じゃない? 暗躍大好きそうなドクターがこの話に同意したのも正直半信半疑なんだけど。

 

「おや、どうしましたか? そんな目で見て。私がナスターシャ教授の案に賛成したのがそんなにも不思議ですか?」

 

 カフェでくつろいでいる私に向かって、対面に座っているドクターがいつもの営業スマイルで話しかけてきた。

 てか怖っ! ナチュラルに思考を読まないでくれる?

 

「別に、そういうわけでは……」

「ソフィアさんは無表情に見えて、案外考えていることが表に出ますからね」

 

 おいそこ! やんわり否定したのに勝手に会話を成立させんな!

 交渉と言いながら何故私とドクターはカフェでティータイムを楽しんでいるのかというと、実際の交渉はマムと姉さんが、ヘリの護衛を切歌ちゃんと調ちゃんが担当しているからだ。私たちは万が一襲撃があった時のために必要な機材をヘリとは別の場所に隠し、そのまま補充要員としてマムたちの近くで待機している形になる。

 とはいえ、このままずっと座ってるのも暇だな~。

 

「私にも私なりの考えがあり、そのために米国政府と和解するのはこちらにとっても利があるのですが……小難しい話を聞きながら何時間も待つのは退屈でしょう。少しこの辺りを散策してきてみてはいかがですか?」

「いいの?」

「ええ。例え荒事になったとしても非戦闘員である我々に火急の用が入るとは思いません。連絡端末はお互いに持っていますし、そのくらいは問題ないでしょう」

 

 え? マジで? ラッキー!

 F.I.S.に引き取られてから施設に籠りっぱなしで碌に外出したことなかったんだよねぇ。この間の学園祭も潜入捜査だったから寄り道もできなかったし。そうと決まれば善は急げだ。

 

「そう。それならここはお願い」

「ええ、お任せください」

 

 そう言って私は席を立ちあがり、意気揚々と外へ歩き出した。

 流石ドクター! 気前がいい! 裏切りそうとか悪役面とか言ってごめんね?

 それじゃあ、夢と冒険と!都会の街並みへ!レッツゴー!

 

(蒔いた種のうち、出た芽は3つ。最後の〆は運否天賦に任せてみるのも一興でしょう。真の英雄は運命に愛され嫌われる者なのだから)

 

 私はドクターの眼鏡を光らせて悪巧みしている表情に気が付くことなく、初めての都会(暫定)にワクワクしながらその場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが異端技術に関する情報……確かに確認しました。」

 

 高層ビルの最上階。

 マムと私は米国政府のエージェント達と講和のための交渉を行っていた。

 月の公転軌道の隠蔽に始まり、米国上層部の身勝手な振る舞いに反旗を翻した私達からすれば不本意な結果でしかない。だけど、私達の目的は人類を一人でも多く救うこと。そのためなら、この屈辱を呑むことだって訳ない。

 そう思っていた。

 

「では、我々からの見返りはコレです」

 

 ――奴らが此方へ銃口を向けるまでは。

 

「なッ!?」

「初めから交渉に応じる気などなかった、と。ですが、いくら情報を持っているところで私がいなければフロンティアの起動に時間がかかる。果たして、それまで月は待ってくれるでしょうか?」

「問題ない。こちらは既にDr.ウェルを確保した。貴女方は不要だ」

「……何ですって?」

 

 博士が、奴らの手に!?

 既に米国が先手を打っていたのか、あるいは博士が自らの保身のために投降したのか……いや、そんなことどうでもいい! 今はこの状況を何とかしないと、マムが!

 チラリと視線を向けた先のマムの顔色は良くない。マム自身も、米国政府の用意周到さにに内心では焦っているはずだ。

 だけど、それでも彼女は毅然としていた。その顔に絶望の色はなく、未だに希望を捨ててはいなかった。

 

「舐められたものですね。私が無防備でこの場に居ると思っているの?」

 

 すると、マムの言葉を合図に、マムの座っている電動車椅子から筒状の何かが放り出される。そして、それが地面に着地するとほぼ同時、強力な光が部屋一帯を包み込んだ。

 

「な――ッ! 閃光弾!?」

「マリア、今です!」

「くッ――り、了解ッ!」

 

 

 

   Granzizel bilfen gungnir zizzl(溢れはじめる秘めた熱情)

 

 

 

「小癪な真似を!」

 

 まだ光が放出されている中、エージェントによって我武者羅に放たれた銃弾をマントで弾く。こちらもまだ見えないが、それでも奴らが引き金を引くより私のガングニールの方が速い!

 

「マム、しっかり掴まって」

 

 マントで庇うようにガードをしながらマムを俵担ぎにし、後方の扉を蹴破って外に出る。だが、そこには待ち構えていたかのように銃を抱えた武装集団が待ち構えていた。

 見たところ、こいつらも米国の人間。つまり、はなから私たちを生きて帰す気などなかったということか。

 

(やるしか、ないわね。切歌、調、ソフィア、どうか無事でいて……!)

 

 覚悟を決め私はここに居ない3人の妹分を心に浮かべ、どうにか状況を打開すべく撃槍を強く握りしめた。

 

 

 

 

 

 



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混沌の覇者

――銃撃戦の火蓋が切られる少し前

 

 

 

 ソフィアさんがこの場を離れてから数十分が立ち、私は交渉が行われているであろう高層ビルを仰ぎ見る。

 交渉成立なり決裂なり、もうそろそろ動きがありそうなものだが……。

 そんなことを考えていると、サングラスにスーツ姿で日本人離れした体格の男たちが此方へ向かって歩いてきた。

 

「ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス博士だな」

「そういうあなた方は米国政府のエージェント、といったところでしょうか。いったい何の用――」

「大人しく我々に付いて来てもらう」

 

 有無を言わさぬ態度でこちらに詰め寄るエージェントたち。

 なるほど。やはり米国はナスターシャ教授らを切り捨てたか。こちらには虎の子であるソロモンの杖があるが……私としてもフロンティアの起動は必須。

 それならば――

 

「私を連れていきたいということは、身の安全は保障してくれるという認識でよろしいですか?」

「そうだ。今ならお前は"テロリストに誘拐された被害者"として扱われる」

 

 上から目線の物言い、なんとも大国らしい傲慢さだ。

 まあいい。お前たちが私の望むものを提供する限り、私はお前たちに益を分けるのも吝かではない。

 

「でしたら従いましょう。あぁ、そうだ。それはほんの手土産替わりです」

 

 そう言って、私は先程までソフィアさんが座っていた椅子に置かれている、縦長のケースに視線を向ける。その中に入っているのはソロモンの杖だ。連中にくれてやるのは惜しいが、これで奴らも私を無下に扱うことはできないだろう。

 エージェントの一人、上官らしき男がケースを手に取り中身を確認する。

 

「お前が確保していた聖遺物か。確かに受け取った」

「このまま、あなた方についていけばよろしいので?」

「その前に、かつてF.I.S.が保持しお前たちが強奪した3()()()()()()を回収する。場所を教えてもらおう」

 

 ほう、3つときましたか……。

 

「ネフィリムは現在別の場所へ隠してあります。それと、神獣鏡は――ここに」

 

 私は白衣のポケットからケースに入った神獣鏡のギアを取り出す。こうなることを見越して、既にヘリへ取り付けられている神獣鏡をダミーのものと交換していた。そしてネフィリムは、運搬する機材の中に紛れ込ませておいてため既にヘリの中には存在しない。

 まったく、こうも杜撰な管理でよくテロリストなどできたものだ。

 

「それと3つ目についてですが、彼女はナスターシャ教授の命令で別行動をとっていまして……通信端末も持たせていない(・・・・・・・・・・・・)手前、何処にいるのか私は把握していません。この街に居ることは確かなのですが」

「それならば、ちょうど御誂え向きの道具がある。これを使って炙り出せばいい」

 

 エージェントの情感は得意げな笑みを浮かべ、たった今受け取ったばかりのケースを持ち上げる。

 

「おや、いいのですか? 天下の米国がテロ紛いの行為など」

「問題ない。なぜなら"テロを起こしたのは武装組織フィーネ"ということになるのだからな」

 

 相も変わらず、他人を利用するのは慣れているということか。大方、マスメディアで世論操作する準備もできているのだろう。つくづく薄汚い連中だ。

 せいぜい今のうちに甘美な美酒に酔っているがいい。お前たちもまた、英雄再誕のための礎となるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デパートに大型書店に展望台。

 記憶喪失になってから初めて見るものばかりだが、不思議と目新しさはあまり感じない。やっぱり、昔はこういう場所によく来てたんだろうか?

 いまいち悲壮感がないから忘れがちだけど私、記憶喪失系ヒロインなんだよね。ついでに隻腕。昔はこの見てくれのせいで、見てるこっちが不安になるくらいマリア姉さんが構ってくれたっけ。

 でも、あの過保護っぷりは私の薄幸少女(見た目詐欺)だけが理由じゃない気がする。 よく姉力だ何だと言ってたけど、実は本当に妹が居るのかな? 同じ妹枠として話が合いそうだし、今度それとなく聞いてみよーっと。

 

 さて、どうして私がこんなに脳内で独り言を言っているのかというと――

 

「ノ、ノイズだ! 逃げろぉッ!」

「いやぁっ! 死にたくない!」

 

 目の前が絶賛大混乱中だからだ。

 え? なんでノイズ? しかも大量に。こんな段取り聞いてないだけど!? もしかしたら、ソロモンの杖を持っているドクターの身に何か起こったのか、あるいはドクターの気が変わったのか……とにかく戻って問いたださないと!

 私は踵を返し、さっきまで歩いてきた道へ折り返そうとした、その時――

 

 

 

   ――Balwisyall nescell gungnir tron――

 

 

 

 悲鳴と喧騒のなかに透き通るような声で紡がれた聖詠。

 それを聞いてしまった私は、理由もわからず、その(うた)が聴こえた方向へ走り出してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあぁぁぁぁぁッ!」

 

 そこで見つけたのは、ガングニールの少女の姿だった。

 彼女が背後に立つ1人の民間人を守るため、多勢のノイズに対して拳を振るう。そんな彼女に私は、強い既視感を覚えた。

 

「――――ッ」

 

 刹那、頭蓋に亀裂が入るかと思うような激しい痛みに襲われる。

 未だかつて感じたことのない鈍痛に思考が剥がれ落ち、直立に立つことすらままならない。だけど視線だけは、彼女を(しか)と捉えていた。

 

「あ、ぐ――ッ!」

「ッ!? 響ぃっ!」

 

 直後、あの夜のように彼女は胸を押さえ動きが止まる。その時間はわずかだったが、その機を逃さなかったノイズによって彼女は弾き飛ばされた。

 その光景を見て、思考がはっきりとしないはずの私の脚は彼女の下へ駆け出す。ただ我武者羅に。無茶苦茶な行動だという自覚すらないまま、身体を突き動かす衝動のままに私は走っていた。

 そのまま、彼女へ駆け寄ろうとする民間人との間に割り込み、仰向けに倒れる彼女の近くで片膝をつく。そして、未だに熱を帯びている彼女の胸元に右手を触れた。

 

「あな、たは……?」

 

 右掌から焼けるような音がする。が、構うものか。

 私は右手に力を籠め、神へ祈るかのように目を閉じる。いや、祈るのは神などではなく――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   Geirrinn nam aldri stathar e lagi gungnir tron(堕ちることのない魂の穢れ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その身に纏うは神槍。

 純白の鎧と、身の丈を優に上回る巨大な槍を携え、戦乙女が戦場に降り立った。

 

 私は未だに収まらない頭の痛みを無視し、横たわる元装者の少女を庇うようにノイズの方へ立ち向かう。

 何故だろう? この子を死なせてはいけない気がする。そう思った瞬間、私は無意識のうちに変身していた。

 一斉に襲いかかってくるノイズたちを、私は槍の一振りで容易く薙ぎ払う。

 

 (頭が酷く重い。なのに、身体は羽のように軽く自在に動く。なんだこれ? まるで、私が私じゃないみたいだ……)

 

 現実味のない、長い夢の中にでもいるような感覚に陥りながら、それでもノイズを殲滅していく。やがて襲いくるノイズたちを倒し終えると、そこには私以外に立っている者は誰もいなかった。

 いや、厳密には二人だけいた。それは倒れ伏すガングニールの装者、それと彼女が守っていた民間人だ。

 私はふらつく身体を必死に御しながら、気を失っているガングニール装者を横抱きで抱え、そのまま道の端に運び優しく寝かせた。

 

「響っ!」

「大丈夫。気を失っているだけだ」

 

 此方へ駆け寄ってきた民間人の少女に言葉を返す。大きな白いリボンを身に着けている彼女は、おそらくガングニール装者の関係者なのだろう。酷く心配している様子だが、私がこのままここに居てもできることは無い。

 未だに思考がはっきりとしないまま、私はこの場を後にしようと立ち上がる。すると、ふと、白いリボンの少女と目が合った。

 

「え……っ?」

 

 何か信じられないようなものを見る目をしていた。目の前にいる私を見て、その情報をうまく消化しきれずに自分の中で何度も何度も反芻しているような、そんな表情だ。

 数秒か、あるいは数瞬か。

 白いリボンの少女は重々しくその口を開いた。

 

「……あ、かね?」

 

 不意に、視界が歪む。その言葉を投げかけられた瞬間、同時に先程よりも酷い頭痛に襲われ、思わずその場に膝をついた。

 

「……あぁあ……ああぁ」

 

 頭の中から何かが這い出るかのような不快感に襲われる。脳味噌を鷲掴みにして揺さぶられているような、耐え難いほどの痛み。

 私は歯を食い縛り、なんとか堪えようとする。だけど痛みは一向に引く気配がない。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「……ああぁ、あぁ、あああぁ」

 

 脳の奥で映像が浮かび、即座に消えていく。それを繰り返す度に、頭痛はより一層激しさを増していった。

 

 

  ――安心しろ、響。必ず戻る――

 

          ――帰らない。少なくとも、お前が居る限りな――

 

    ――フィーネ。お前は、何のために力を欲する――

 

 ――今度また、未来と一緒に3人で来よう――

 

        ――泣くな、キャロ。また直ぐに逢える――

 

 

 

 断片的な、それでいて強烈なイメージが幾つも、幾つも重なり合う。血だらけの自分の姿。誰かの死体。燃え盛る建物。降り注ぐ火の手。

 私の中に、別の記憶が入り込んでくる。

 ……いや、違う。これは、私が経験した、本当のことの記憶。そうだ。私は一度……

 

「…………み、く?」

 

 そして、最後のひとつが消えると同時に私は意識を失った。

 

 

 

 

 


 

「し、しっかりして!」

 

 シンフォギアを纏うだけで命が危うい筈だった幼馴染。そんな彼女を、シンフォギアを奪うという形で救った白髪の少女。

 そんな彼女が、私の名前を呼んだのを最後にその場に倒れてしまった。

 

「茜……本当に茜なの……? でも、茜は2年前に……」

 

 正直、訳が分からなかった。

 以前の茜とは似ても似つかないはずの白髪紅眼。それなのに、私の口から彼女の名前が無意識に零れた。そのうえ、彼女も私の名前を答えてみせた。死んだと思っていた、もう二度と会えないと思っていた親友を目の前に動揺を隠せない。

 一体、彼女に何があったというのだろうか。

 混乱と疑問が頭の中を駆け巡る。

 

「ここに居たか」

 

 直後、不意打ちのように、どこからともなく黒スーツを着た男たちが現れた。

 

「管理番号CeSD-a00を発見。直ちに回収する」

「なっ、やめて! この娘に何をする気!?」

 

 どこかに連絡を入れたと思しき男たちは、そのまま彼女を連れ去ろうと手を伸ばしてきた。私はそれを、彼女の上に覆いかぶさるようにして阻む。

 

「……この民間人はどうする。始末するか?」

「いや、待て。確かこの女は……やっぱりだ。ウェルキンゲトリクス博士が手渡したリストに入っている」

「なら、ちょうどいい。一緒に回収するぞ」

 

 そう言うや否や、男たちは彼女から私を無理やり引きはがした。

 

「いやっ! 離して! 貴方達、いったい何をす――」

 

 私が言葉を紡ぎきる前に、私の首元へ稲妻のような衝撃が走り、そのまま意識が刈り取られた。

 

「ひび、き……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




主人公が何かシリアスオーラを放っていますが気のせいです。


今回、トリシューラに続いて新たにグングニル、もといガングニールを手に入れた主人公。
分かる人は次に登場する聖遺物もわかっちゃうかもしれませんが、実際に出てくるのは暫く先になるかと思います。


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朝曇り

Balwisyall nescell gungnir tron(喪失までのカウントダウン)

 

 体内のガングニールの影響で休養を言い渡された私は、未来に誘われて街へ散策に出ていた。そんな私たちの前に突如としてノイズの群れが出現。ノイズに対抗するため、そして親友を守るため、親友の制止を振り切りシンフォギアを纏う。

 身体が熱い。私の体内を侵食しているガングニールが活性化しながら、とてつもないエネルギーを生み出している。

 この力なら、あたりのノイズを一掃できる!

 

「はあぁぁぁぁぁッ! でりゃあッ!!」

 

 守るように未来の前に立ち、腕を払い、脚を蹴り上げ、拳を叩き込む。ただそれだけで数多のノイズが消失する。だけど、数が多くてとてもじゃないけどキリがない!

 

「あ、ぐ――ッ!」

 

 そしてノイズの数に手間取っている最中、私の胸が再び痛みだした。

 こんな時に! 今はそれどころじゃ……!

 だけど、そんな私の意思に反して身体は動きを鈍らせ、ノイズの攻撃をまともに食らってしまった。

 

「響ぃっ!」

 

 吹き飛ばされ仰向けになっている私を見て、未来が悲鳴のように叫びながら此方へ駆け寄ってくる。

 ダメだよ、未来……まだノイズが近くに……!

 だけど、私達の間に割り込むように、一人の人影が現れた。

 

「あな、たは……?」

 

 地面に倒れている私を覗き込むように立っている少女。その顔は太陽の陰になってよく見えなかった。

 そして彼女はその場にしゃがみ、まだ熱を帯びている私の胸元にそっと左手を置いた。

 

「あっ……」

 

 触れられた個所から伝わる暖かな温もりに触れ、先程までの激しい苦痛が癒えていく。

 やがてそのぬくもりが全身を包み込み、意識が闇に呑まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

――――――――――

―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に目を覚ましたのは、また病室だった。

 

「よかった。目を覚ましたんだな」

「師匠……」

 

 目覚めたばかりで少し気だるいものの、この間の戦い以降続いていた痛みが嘘のように消えていた。

 師匠の話によると、私の体内に埋め込まれ蝕んでいたガングニールが綺麗さっぱり無くなっていたとのことだ。そして、その原因と思われるのは――

 

「ソフィア・カデンツァヴナ・イヴ。彼女が響君のガングニールの主導権を奪い、そのまま身に纏った。少なくとも、監視カメラの映像にはそのように映っている」

「今まで矢面に立つことのなかった彼女が、いったいどうやって?」

「わからん。ただ、ウェル博士は響君の命を危険に晒し、彼女は逆に響君を助けた様に見える。その矛盾がどうにも引っ掛かるな」

 

 翼さんと師匠の会話が半分も頭に入ってこない。あの時、私を助けてくれた少女のことを思い出す。顔を見たわけでもない、確証もない、だけど彼女は……。

 いや、それよりもまず確認しないといけないのは!

 

「師匠! 未来は、未来はどうなったんですか……?」

「……彼女は所属不明の何者かに攫われた。武装組織フィーネとも違う第三勢力。ウェル博士も奴らに確保されていたことから判断するに、奴さんは何か目的をもって誘拐したとみて間違いない」

「目的、ですか?」

「ああ。だから少なくとも命にかかわることは無いだろう。目下、こちらで連中の居場所を探ってる。それまではしっかりと休養することだ」

「……はい」

 

 休養、か。

 でもガングニールを失った私に、いったい何ができるんだろう――

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋だった。

 薄暗い照明に照らされた、広い空間。室内には複数の人影が何か相談をしているようだった。

 

(どうしてこんなところに居るんだっけ?)

 

 起きたばかりで定まらない思考が徐々に覚醒していく。

 確か、響と出かけていたらノイズに襲われて、響が倒れて、それを誰かが守ってくれて――

 そこまで思い出し、ようやく自分が拉致されていることに思い至った。

 

「おや、目を覚まされましたか?」

 

 突然背後から声を掛けられ、ビクッと肩を震わせながら振り返る。その視線の先には、白衣を着た男性が優しそうな笑みを浮かべながら立っていた。

 

「貴方は……誰ですか? それに、ここは一体……」

「そう警戒しないでください、小日向未来さん。私も貴女と同様半ば無理やり連れてこられた、言うなれば同じ境遇の人間なのですから。私はジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス。気軽にウェルや博士と呼んでください」

 

 私の名前を知っている、博士を自称する目の前の男。彼が言った通り、確かに彼からは敵意を感じられなかった。

 だけど、そんな彼の言葉を100%信用するほど、私は盲目的じゃない。

 

「ここは米国政府が保有する航空母艦。我々はとある古代遺跡を現代に蘇らせるために集められたのですが……今の貴女の関心は別にあるのでしょう?」

 

 米国に軍艦に古代遺跡。

 正直訳が分からなかったが、"別の関心"という言葉を聞いて私は攫われる直前のことを思い出した。

 

「ッ! 茜は……茜は無事なんですか!? それに響は!」

「おや? 既に彼女の正体をご存じだとは……本人から聞いたのですか?」

 

 目の前の博士の反応から察するに、彼女は本当に2年前死んだはずの私の親友だったのだ。

 その事実を目の前にして嬉しさと共に困惑が襲う。だって彼女が生きているはずがない。なのに、それならどうして彼女は私の前に現れたのか。

 

「……やっぱり、あの時私たちを助けてくれたのは、茜だったんですね」

「ほう、これはこれは。まさかご自身でお気づきになられたとは、いやはやなんとも……」

 

 博士は感心するように声を上げながら、顎に手を当てている。

 その表情はまるで、玩具を買ってもらえた子供のような無邪気さを感じさせるものだった。

 

「ご心配なさらず。彼女もこの艦内に保護されています。然しもの米国も、貴重な実験体(モルモット)を丁重に扱うぐらいの常識は持ち合わせていますので」

「モルモ――っ!」

 

 その言葉を聞いて、思わず息を呑む。

 この男は、今なんて言った? 私の聞き間違いじゃなければ、彼女のことを『実験動物(モルモット)』と言たはずだ。

 

「響さんはこちらに来ていません。おそらく特機部二(とっきぶつ)が保護したのだと思いますが……ふむ、まだ状況を把握しきれていない様子ですし、ここは順を追って説明して差し上げましょう」

 

 それから博士は目を輝かせながら、私に話し始めた。

 私が彼女と最後に遭った2年前から、その後に起こった出来事の顛末について。

 

「2年前の事故の後、ソフィ――茜さんはとある科学者に匿われていましてね。おっと、私じゃないですよ? その科学者の手によってシンフォギア装者となった彼女は、3ヶ月前に発生した事件『ルナアタック』で月の欠片の落下を止めるという大偉業と引き換えにM.I.A.(行方不明)となった。

 ここまでが、日本政府の把握している情報です」

「装者? それに3ヶ月前の事件って、確か……」

 

 3ヶ月前。それは響がシンフォギアを纏い、戦うきっかけになった出来事があったはず。

 あの事件は詳しいことを教えてもらっていないけど、まさか茜が関わっていたなんて。もしかして、響はずっと前から茜のことを知っていたの?

 

「そして、彼女が行方不明となったのとほぼ同時期、私が所属していた研究機関に記憶喪失の少女がやってきました。我々はその身元不明のアルビノ少女にソフィアと名を付け、保護をしていた」

「その娘が、茜……?」

「その通り! そして、その事実に気が付いているのは、現時点で私と貴女の二人だけ!」

 

 博士は芝居掛かった仕草で両手を広げ、オーバーリアクション気味に続けた。

 

「そんな彼女を研究機関から連れ出して、戦う必要のない平和な日々を過ごしていたというのに……今や米国へ逆戻り。そのうえ、彼女が天月茜だと周知されてしまえば再び戦場に駆り出されることも想像に難くない」

「そ、そんな!」

 

 正直、話の展開に頭は追いついていない。だけど、茜が再び戦わされそうになっている、ということは何となく伝わってきた。

 そんなの、絶対ダメ! 響だけじゃなく、茜まで巻き込むだなんて!

 

「そこで、貴女に御提案があります」

「……提案?」

「えぇ! 私が貴女に、ご友人方を守れる力をお渡ししましょう」

 

 そう言って、博士は懐からペンダントを取り出した。

 これは確か、翼さんも似たようなものを持っていたような……。

 

「これは神獣鏡のシンフォギアです。貴女にはこのギアの装者になっていただきたい」

「私が、シンフォギアの……?」

「そうです。私が米国政府から受けている指示は『神獣鏡を用いて古代遺跡(フロンティア)の封印を解く』こと。それが終われば、このギアの役割は無くなります。貴女はその後に、茜さんを連れてここから逃げればいい。この船に乗っている連中も、フロンティアに掛かり切りで大したことはできないでしょう」

 

 ここから逃げる。そんなこと、私にできるのだろうか?

 だけど、もしこの博士の話が本当なのだとしたら、茜はまた戦場に立とうとしていることになる。それだけは絶対に止めなければならない。

 

「この神獣鏡には、装者をシンフォギアの呪縛から解放することのできる力を秘めている。それを利用すれば、茜さんを戦いの輪廻から解き放つこともできるでしょう」

 

 茜を、呪いから救うことができる? なら、私は……! 私は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マム! マリア! 何かあったんデスか!?」

 

 マムを担ぎながら米国と日本政府の追っ手を振り切り、何とかヘリを隠している場所へと辿り着いた。そこに居た切歌と調は出発前から変わった様子もなく、突然の帰還に驚いている様子だった。

 よかった。とりあえず、二人に被害はなかったみたい。

 

「切歌、調。ウェル博士とソフィアは帰ってきてる?」

「い、いえ。まだデスけど……」

「何かあったの?」

「米国政府のエージェントが協定を反故にした挙句、私達を排除しようとしてきたの。私とマムは何とかここまで逃げてこれたけど……」

「なッ! それじゃあソフィアは!? ソフィアを助けに行かないとデス!」

 

 私の言葉を聞くや否や、切歌と調は自身のシンフォギアを強く握りしめた。

 その通りだ。私もマムの体調を優先せざるを得なかったけど、ここまで戻ってくればひとまず大丈夫。米国に確保されたというウェル博士はともかく、ソフィアは今からでも保護しに行かないと!

 

「……その必要はありません。今すぐここを離れます」

「マ、マム!? 何故そんな……ソフィアを見捨てるの!?」

 

 担いでいたのを車椅子に座らせたマムが、直後に信じられないことを言い放った。

 

「ウェル博士は米国に確保された。ということは、一緒に居たソフィアも同様に捕らえられたと見るのが妥当。万が一逃げていたとしても、日本政府に保護されているでしょう。どちらにせよ、このまま救助に向かったところで全員返り討ちに遭う可能性が高い」

「それは……でも、あの娘は!」

「マリア」

「――――ッ」

 

 マムの一喝するような視線に、思わず黙り込んでしまう。

 彼女の言っていることは正論だ。例えここで私達がソフィアの救出に向かっても、勝てる見込みなんてほとんど無いだろう。むしろ、下手に動いたことで私達は更なる窮地に陥るかもしれない。

 私は何も反論できず、拳を強く握りしめることしかできなかった。

 

「……御免なさい、私が迂闊でした。まさか米国政府がここまでの強硬手段に出るだなんて」

「そんな! マムのせいじゃ……」

 

 私だって、何もできなかった。悔しさと無力感で胸の内が満たされていく。

 6年前のあの時のように、私はまた守れなかった。シンフォギアという力も手に入れ、自身をフィーネと偽り、その結果として私は一体何を得られたというの……?

 

「これからどうするの?」

「幸い、彼らの狙いはわかっています。今や米国政府の手元には『フロンティアの情報』と『封印を解くための鍵』が揃っている。ウェル博士も向こうに居る以上、なればこそ、次に取る行動は自ずと見えてくる」

「……フロンティアの復活」

「ええ。我々が掻き乱したおかげで時間的猶予を失った米国政府は、すぐにでもフロンティア解放を行うはず。それこそ、本国へ帰る余裕もないほどに」

 

 調とマムの受け答えを聞いている内に、段々と状況が見えてきた。

 それは……つまり!

 

「フロンティアの座標はこちらも把握済み。そこへ向かえば、フロンティアの封印を解除するために米国の艦艇が居るはずです。ソフィアを確保している艦艇が、ね」

「ッ!」

「そうでなくとも、ソフィアに執着心を見せているウェル博士なら彼女を手元に置きたがるはず。そう言った意味でも、搭乗している可能性は十二分にある」

 

 そこに向かえば、ソフィアが居る! そこに行けば、ソフィアを助けられ――

 そこまで思考したところで、6年前の事故の風景がフラッシュバックする。セレナが……私の妹が瓦礫に押しつぶされるのを黙ってみていることしかできなかった光景を。

 私は、今度こそ助けられるの? セレナを助けられなかった代わり(・・・)に、あの娘を……?

 その瞬間、私は心臓を掴まれるような感覚に襲われた。

 

「マリア? 大丈夫デスか?」

「ッ――、え、えぇ……大丈夫よ」

 

 切歌に言葉を投げ掛けられ、ハッと我に返る。

 いけない、また余計なことを考えていた。こんな時にまで、私は――

 

「出発は明後日の朝。それまで各自、準備を怠らないように」

 

 マムの言葉を聞いて、私はさっきまで駆られていた不安から必死に目を逸らし、黙って首を縦に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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鏡花水月

「アウフヴァッヘン波形を確認! これは……武装組織フィーネとの交戦中に観測された微弱な反応と一致しています!」

 

 首都のノイズ襲撃から数日が経った頃、潜水艦のブリッジに突如としてアラートが鳴り響いた。

 

「大方、フィーネが持ち出し第三勢力に奪われた聖遺物ってところか。場所は?」

「ここから左程遠くはありません。距離は――なッ、これは!?」

「どうした、藤尭!」

「は、聖遺物反応の付近に艦艇を確認! この識別番号は……米国の航空母艦です!」

 

 その言葉を聞いて苦虫を噛み潰したように顔が歪む。

 まさかとは思っていたが、第三勢力の正体は米国だったか……。これはいよいよ、ウェル博士が言っていた『一部の人間は月の落下を隠蔽し自分達だけ助かろうとしている』という主張が真実味を帯びてきたな。

 

「ッ!? 待ってください! 新たに別のアウフヴァッヘン波形を確認! 照合結果、出ます!」

 

 友里の言葉と共に、指令室の正面に称号結果を示すモニタが表示される。そこに映し出されたのは――

 

 

     【GUNGNIR】

 

 

「ガングニールだとぉッ!?」

 

 それは、響君の体内から消え去ったはずの聖遺物の名前だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


時は数刻前に遡る。

 

『[神獣鏡 - 装者]間の適合率、安定領域に入りました』

『フォニックゲイン増幅装置、配置完了』

 

 私の背後でけたたましい声が鳴り響いている。フロンティア封印解除の最終工程に入り、司令室ではスタッフたちが慌ただしく走り回っていた。

 その様子を背に、屋外でスタンバイしている小日向未来の様子をモニター越しに横目で確認しながら、目前のベッドに眠る小さな英雄に向き合っていた。

 

「素晴らしいでしょう、ソフィアさん。あれぞ、貴女への愛が生んだ奇跡。(ソフィア)さんを戦わせたくないという強い思いが、彼女をシンフォギア装者へと昇華させた」

 

 意識が闇に呑まれているソフィアさんからは当然返答などない。だが、そんなことお構いなしに私は話を続ける。

 

「ですが残念です。如何せん急ごしらえなもので、いつ不具合が起きるか分かったものじゃない。それなのに、米軍はフロンティア起動だけに飽き足らず、露払いとして未来さんを酷使するかもしれません」

 

 無論、米国は彼女を解放するつもりはない。小日向未来への説得時には『フロンティア復活後には解放される』などと言ったが、米国政府がそんな甘ったれたことを考えているなど、希望的観測もいいところだ。

 まあ、私としても囚われの姫に脱走されては元も子もない故、好都合ではあるが。

 

特異災害対策機動部二課(彼女のお仲間)もそのうち駆けつけるでしょうが、彼らとて軍人。敵対する未来さんにどんな残酷な判断を下すか、考えるだけで恐ろしい」

 

 私がわざとらしく悲しむ素振りをしていると、他の科学者たちの声がいっそう騒がしくなる。どうやら、作戦が最終段階に入ったようだ。

 

『神獣鏡より30個のミラーデバイス、全機展開を確認。エネルギー充填率、30……65……100%。充填完了しました』

『よし、デバイスから放たれる光を指定した座標1点に集中させろ。照射開始!』

『了解。神獣鏡、エネルギー照射を開始します』

 

 米国指揮官の命令に従い、小日向未来の周囲に展開する無数のデバイスから一斉に極光が放たれる。その光は米軍が配置した増幅装置を経由し、1本の巨大な光の束となって海中へと降り注いだ。その光景を見て、私は満足げにほくそ笑む。

 そうして、しばらくすると――

 

  ――ドクン

  ――ドクン

  ――ドクン

 

 突如、激しい鼓動のような音が艦内中に響き渡った。

 まるで心臓の鼓動のように一定のリズムを刻み続けるソレは、次第にこちらへ近づいてきているように思えた。やがて――

 

  ――バリィィィンッ!!

 

 硝子が割れるような甲高い破砕音を轟かせながら、突如、光を照射させていた海面が爆ぜた。

 その衝撃で巻き起こった水飛沫がカメラの視界を遮る。だが、映像が再び鮮明に映し出されると、その先に映っていたのは天に向かって聳え立つ巨大な建造物だった。

 

「素晴らしい……あれがフロンティアですか」

 

 想像していたよりも遥かに大きいその巨体に感嘆の声を上げる。流石は世界を救済しうる力を持つ聖遺物といったところだが、この程度のことで満足するような感性は疾うの昔に通り過ぎた。

 

「フロンティアは無事顕現した。あとはエネルギーコアに組み込むネフィリムですが、今のままだと少ぉし出力が足りないかもしれません。あれに与える餌などそこらへんに転がっているわけも……」

 

 さてさてどうしたものか、と大げさに悩む素振りを見せ、何かを思いついたかのようにポンッと手を叩く。

 

「ああ、そういえば居ましたね! 御誂え向きに、用済みとなった聖遺物が!」

 

 私の視線の先にあるのは、神獣鏡を身に纏う小日向未来。彼女はまだ虚ろな目をしながらその場に立ち尽くしている。

 

「少しでもエネルギーを補いたいのなら、ギアだけを食べさせるだなんてケチなことを言っている場合ではありません。もしかしたら彼女……」

 

 

 

  ――ネフィリムの餌にされてしまうかもしれませんね――

 

 

 

「――――ッ!」

 

 私の言葉が聞こえたのか、ソフィアさんは覚醒と同時に勢いよく起き上がる。そして私へ視線を一切向けず、聖詠を口ずさむことなく撃槍(ガングニール)をその身に纏った。

 そのまま、彼女は破壊音を響かせながら部屋の壁を突き破って甲板上まで駆け上がり、一直線に海上へと飛び出していった。

 

「くくくっ……素晴らしい。素晴らしいですよ、ソフィアさん! やはり貴女は英雄(私の手本)に相応しい!」

 

 彼女を見送りながら、私は愉快そうに喉を鳴らした。

 目覚めたばかりであるにも関わらず!置かれている状況を即座に理解し!親友のために自らの身を顧みず戦場へと駆ける!

 何という英雄的行動! 今ここに! ルナアタックの英雄が蘇った!

 私は拳を握りしめ、感動に打ち震えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうもこんにちは。

 ソフィア・カデンツァヴナ・イヴ改め、天月茜です。

 記憶も無事に思い出し、自分がまさかの日本人だったということに衝撃を受けている今日この頃ですが、いかがお過ごしでしょうか? 私は今――

 

「もう、戦わなくていいんだよ? 茜も響も、私が戦いから解放してあげる」

 

 絶賛、2人目の親友『小日向未来』と殴り愛の喧嘩をしています。

 いや、どうしてこうなった? 寝ぼけ眼で未来がヤバいみたいなことをドクターが言ってたんで急いで駆けつけて来てみれば、その張本人が平和を謳いながら攻撃してくるとか、恐怖以外の何物でもないんだけど!?

 第一、未来の目に光がないんだけど、あれ明らかに正気じゃないよね!?

 

『まさか事情を聴き終わる前に出て行ってしまうとは……念のため通信機を取り付けておいて正解でした』

 

 混乱しながらも未来が乱射する光線を躱していると、どこからともなくドクターの声が聞こえてきた。

 おい! 十中八九この件に関わってるドクター! 何が一体どうなってんの!

 

「……説明を要求する」

『今の未来さんはシンフォギアを装着するために少々調整されていまして。動作を制御するため、後頭部に制御装置を組み込みました。ソフィアさんの感じている違和感は、その装置のせいでしょう』

 

 なんかさらっと爆弾発言を複数投下されたが、とりあえずあのギアがすべての原因だということは分かった。

 だけど、あれだけ光線を連射しているのに、未来のギアはどこからかエネルギー供給を受け続けているようで、その力は依然として衰える様子を見せない。

 

『このままでは押し切られてしまいますね』

「……」

 

 無言のまま、未来の扇型アームドギアが鏡のように展開していく。それを見た瞬間、私は反射的にその場から大きく飛び退いた。

 直後――

 

  ―― 閃光 ――

 

 まるでレーザーのような複数の光が未来持つ扇から撃ち出された。

 突然の物量攻撃に思わず身を捻りながら避けようとするも、躱しきれずに右手が光に呑まれてしまう。

 

「ぐッ!」

 

 即座に右腕を後ろへ引くが、手首から先がまるで切り取られたかのように綺麗さっぱり消失していた。

 な、なんじゃこりゃぁあ!!(ジーパン刑事並感)

 

『あぁ、そうそう。言い忘れていましたが、未来さんの纏う神獣鏡は聖遺物を消滅させる力を持っています。端的に言えば、今のソフィアさん(・・・・・・・・)にとってすこぶる相性の悪い相手ですので、くれぐれも直撃には気を付けてください』

 

 それを早く言わんかい! ドクターめ、完全に私を弄んで楽しんでいるな? くそぅ……。

 ドクターの説明を聞きながら、私は息を吐きだし意識を集中させていく。すると、金属を切断したかのように綺麗な右手首の断面から、結晶状の物質が生成される。そして、拳程度の大きさになった結晶は独りでに砕け、消失する前と寸分変わらない右手が出現した。

 おぉ、なんか気合い入れたら生えてきた! ……まあ、とりあえずこれで大丈夫かな。

 そして、その隙を狙って再び襲ってきた光の束を今度は横へ跳んで回避する。その際、空中で姿勢制御を行いつつ、左手を地面に置いて勢いを殺し、両足を揃えて着地。そのまま未来の方へと視線を向ける。

 

「やっぱり、すごいね。茜は」

「……」

 

 荒くなった呼吸を整えつつ、改めて自分の状況を確認する。

 

 まずは、現状の確認。

 あの光に当たるのは絶対に駄目だけど、それ以外の攻撃に関しては特に問題なし。

 次に、戦闘方法について。

 こちらの槍は遠距離攻撃ができない以上、未来からの砲撃には打つ手がない。あの弾幕の中を掻い潜り続けるのは至難の業である以上、答えは一つ。

 

 そこまで思考していると、相対する未来が口を開いた。

 

「ねぇ、茜。なんで戦うの? これ以上傷つく必要なんてどこにもない。茜が戦わなくても私が全部やってあげる。だから、もう何も怖くないよ。ほら、一緒に帰ろう?」

 

 先程の攻勢とは一転して、未来はこちらへ手を伸ばした。だけど、それに矛盾するように彼女の纏うギアはこちらを射殺さんと出力を上げている。

 

「それはできない」

 

 私は彼女に視線を合わせ、そして一蹴した。

 彼女の発した言葉は幾分か本心が混ざっているのだろう。だけど、未来の意思に関係なく無理やり戦わされているこの現状を許容するようなことは断じて出来ない。

 

「どうして? 私と居る方がずっと幸せになれる。私が、茜に降りかかるどんな災いからも守ってあげる。そうすればこんな戦いから解放されて、悲しまなくて済むようになるんだよ?」

「……それでもだ」

 

 私はそれだけ言うと、手に持った槍を構え直す。

 少なくとも、目の前にいる彼女を救うことが、今ここでこうして戦っている理由なのだから。

 

「……私が悪いんだよね? 私が二人をライブに誘ったから。それで響も茜も巻き込まれて、酷い怪我をして、今も苦しんでいる。でも、もう安心していいんだよ? これからは私がちゃんと守るから。だからあの時の事故も、これまで辛かったことも全部忘れて、全部無かったことにして、今度こそ三人で楽しく過ごそう」

 

 "全部無かったことに"

 それが、未来の本音なのか……。

 

「未来」

 

 私の呼びかけに、未来は無言で首を傾げる。その姿はまるで、出口を求める迷子の子供のようだった。だからこそ、言わなくてはならない。残酷な現実と可能性に満ちた未来(みらい)を。

 私は深く息を吸い込むと、腹の底に力を込めるように吐き出した。

 

「過ぎた過去は変えられない。だけど、未来を救う(今を変える)ことはできる」

 

 その言葉その言葉を聞いた瞬間、未来の顔に明らかな動揺の色が浮かぶ。

 だけどそれも一瞬のこと。すぐに表情を戻すと、彼女は静かに呟いた。

 

「そんなこと、無理だよ」

 

 ギアの出力が更に上がり、周囲の空間が歪む。

 そして、未来は脚部装甲から円形のミラーパネルを展開させると、エネルギーを充填し始めた。

 

「未来!」

「どうしてわかってくれないの!? 私は貴女と、皆と一緒に居たいだけなのに!」

 

  ―― 流星 ――

 

 未来の言葉と共に、極太のレーザーが放たれる。

 それを見た瞬間、私は反射的に左腕を前に突き出した。

 

 刹那、眩い光が視界を埋め尽くす。

 だけど、私自身は光に呑まれることなく、目の前に掲げた左手は破魔の光を切り裂くように受け止めていた。

 

『これは……フォニックゲインの無力化? いや、指向性を与えることでエネルギーを四方八方に散らしているのか! 球体関節の義手を渡してくるなんてとんだ老頭児(ロートル)錬金術師だと思っていましたが、まさかこんな仕掛けをしていたとは!』

 

 一人ハイテンションになっているドクターの声を聞き流し、私はそのまま未来の方へと突き進む。

 確かにこの光は聖遺物に対して強力みたいだけど、その効果があるのはあくまで聖遺物のみ。

 私は大気中の水分を周囲に集め、それを分厚い氷の板へと加工する。そして、その氷を突き出している左手の周りで衛星のように高速で回転させた。

 

「魔を祓い聖遺物を消滅させる。それは、神獣鏡も例外ではない」

 

 左手の義手によって逸らされたレーザーが、展開された氷の表面を何回も反射し、未来の方へと襲いかかる。

 しかし、未来もレーザーの出力を上げ、反射された光をさらに押し返した。

 

「……まだだ!」

 

 今度は右手に持つ槍を地面へ突き刺す。すると、槍を中心に地面から氷の結晶が生成され、それが未来の足元まで伸びる。そして、地面へ縫い付けるように彼女の脚部を凍らせた。

 

「ッ!?」

 

 未来は咄嵯に脚を動かし拘束から逃れようとする。だけど、それを阻むように氷が彼女の脚を覆っていく。

 私はその隙を突き、左手でレーザーを弾きながら一気に間合いを詰めた。

 

「捕まえた」

「あ……っ」

 

 私の左手が未来の胸元に触れたと同時、未来の身体から力が抜ける。それと同じくして、氷の板で反射された極光が未来の身体を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最終決戦間近なせいで、オリ主からシリアスが抜けきらない……。

とりあえず、G編のノルマその1である393攻略は達成したので、次はノルマ②のマリアさんかな。


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