前世はブラック企業に勤めていた私、異世界転生した先で口をすべらせたばっかりにバレンタイン文化ができちゃった? もう義理チョコ文化に苦しむのは嫌なんですけど! (木村直輝)
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オープニング

 時は新世紀。

 世は大異世界転生者時代を迎えていた――。

 

 世界各地で現れた、それまでの常識を覆すような知識や技術の数々で革命を起こす者たち。その実態は、前世の記憶を持って異世界から転生して来た転生者だった。

 彼らは互いの為した偉業を見て、自分以外にも異世界からの転生者がいることを悟り、次第に事実を打ち明け同盟を結ぶ者たちも現れた。

 そして、徐々に異世界転生者の存在は世に知れ渡り、今や異世界転生者が貴族になりかわるように権力者の層へとのし上がりつつあった。

 

 ――クレーター大陸、グリドル地方。

「ゼハハハハ! 転生者が率いていると聞いていたがァ? スノーランド軍とはこんなものかァ! このグリドルのハンバーグ様にかかれば、スノーランド軍など雪の鉄板焼きに同じよ! ゼハハハハハハハ!」

「くそっ……。こんなに暑くなければ、俺たちだってもっと戦えるのに……」

「ここはなんて暑いんだ……。汗で体が茶漬けみたいだ……」

「なぁ、みんな……」

「どうした、ムシタロウ……?」

「今まで隠してたけど、実は俺も……、転生者なんだ」

「……ムシタロウ? まっ、待つんだムシタロウ!」

「おい! 豚面(ぶたづら)鶏冠頭(とさかあたま)のハンバーグ野郎!」

「んぁ?」

「そんなに転生者と戦いたいなら、俺が相手してやるよ。東京のコンクリートジャングルで育った、ヒートアイランドの申し子。このムシタロウがなぁ!」

「……、ゼハハハハハハ! 暑さで頭がおかしくなったかァ? この三十七度を軽く超える猛暑の中で、貴様ら氷漬けの軟弱な雪国民(ゆきぐにみん)がどう戦うというのだァ? ゼハハハハハハ!」

「打ち水って、知ってるか――?」

「ぁあ?」

 ――打ち水(スキルランク:SSS)!

 ジュオアァァ!

「やばたにえん!」

 多くの異世界転生者たちが己の知識の浅さに後悔し――。

 

 ブォンブオォンブォンブォン!

「なっ、なんだこの音は?!」

 キキィ!

「この音か? これは俺のベイベーが歌う音さ。……にしても蒸し暑いなぁ。さてはムシタロウのヤツ、打ち水したなぁ? この暑さで打ち水なんかしたら蒸すに決まってんだろあのバカ……」

「あっ、あれは! ジロウ様のオートバイ!」

「ジロウ様が来たぞ! これで、助かった……」

 ヒヒィーン!

「やれやれ。俺のベイベーってなんだい、ジロウ。そういうとこだぜ? 異世界転生してチート能力で俺TUEEEしてんのに一人も彼女できないの」

「あっ、あの真っ白な純白の白馬は……、雪の女神をもオトした氷雪ブリザード・マサル!」

「うるせぇ、マサル! お前が貴族の女全員抱いてドンパチ始まったせいでスノーランドで革命起こす羽目になったんだろうが!」

「おっと、その話はよそう。早く彼らを助けないと。戦場で男たちが死ぬと、祖国の女の子たちが悲しむ。雪国の乙女の涙は凍てついて、僕のハートに刺さるからね……。さぁ、愛しい雪の女神よ! 十九度、風量大、風向きオートで僕らを涼しくしておくれ!」

 ヒュオオオオオオォ……、パキパキ……。

「なっ、馬鹿な! グリドルの大地が凍りついたことなど、かつて一度も……」

「その馬鹿な、を起こすのが僕たち転生者さ。さぁ、ジロウ。やっちゃって」

 ブオン! ブオン!

「言われなくとも!」

「道が凍結してるから気をつけてね」

 ブオォォォォォォン!

「はっ、心配どーも。でもあいにく、スリップは前世に置いてきた」

 パラリラパラリラ!

「なっ! くるな! くそっ! 体が凍って、動きが!」

「喰らえっ! 俺の――」

 ――|こんな夜に発車できないなんて嘘だぜベイベー《オートバイ・ファイナル・サバイブ》!

「ぐはぁー!」

 ――数多の異世界転生者たちがその知識とスキルで革命を起こしていた。

 

 激動のこの時代。

 華々しい戦果の数々が、痛々しい戦禍の数々が、人々の目を引き、心を引き、語りつがれることとなる。

 しかし、そんな劇的な出来事の舞台裏でも、日常は待つことを知らずに進んでゆく。些細ないざこざも、ささやかな幸せも、たった一人や数人にとっての大事件も、そこには確かに存在している。

 

 これから語られるのは、そんな小さな出来事。

 異世界のとある町での、バレンタインデーを巡る小さな事件。

 それは、世界の歴史の中では本当に小さく、語られもしない、それでいて、微塵も小さくはない物語――。



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#1 【ごめんなさい】悲しいお知らせがあります

 ――これは、夢?

 

 そこは、どこかの学校の校舎裏。

 男子生徒と女子生徒が二人きり……。なんだか二人とも緊張してるみたい……。

「あっ、あのっ!」

 顔を赤らめた可愛らしい女の子が、両手を後ろに隠して、勇気を振り絞るように声を張り上げた。

 こんなベタな展開ほんとにあるのか知らないけど、これってもしかして、告白?

「今日、バレンタインデーでしょ?」

「おっ? うっ、うん……」

「だから……、その……えっと……。私と、つき合ってください!」

 一生懸命さいっぱいの女の子の告白。なんだか全然知らない子なのに、応援したくなる。

「……おっ、俺も。俺も、つき合って欲しかった」

「……!」

 女の子の顔が、ぱぁっと明るい笑顔になる。

 やったね! その可愛い笑顔に、私までなんだか嬉しくなる。

「よかった……。私、私ね。今日のために、頑張ってチョコ作って来たの!」

 そう言って彼女は、背後に隠していたチョコを男の子に向ける。

「私の、私の……、私の手作りのチョコレートランス! その胸で食らうがいい!」

 女の子は突然、手にした長い得物で男の子の胸を突いた。

「……」

 うずくまる男の子。唖然となる私。

「もう終わり? 楽しみにしてたんだけどなぁ、君との突き合い……。これでお――っ?!」

 女の子の言葉がそこで止まる。

 その手にした長物、チョコレートランスの切っ先、それがドロドロに溶けてなくなっていたのだ。

「悪いな。そのチョコレートがウマすぎたもんだから、俺の魂が熱くなりすぎて、その切っ先、食っちまった」

 男の子は立ち上がりながらそう言った。

「ふぅん、やるじゃん」

 女の子はそう言うと、可愛らしいぷるっとした唇の隙間に素早くチョコレートランスの先端を通らせる。

 すると、その切っ先は再び鋭利な刃へと変貌していた。

「この一瞬で、歯を使って研いだのか……」

「うん。せっかくの君とのお突き合い、刃こぼれなんかで終わっちゃったらもったいないでしょ? この日のために、いーーーーーーっぱい練習したんだから。私のこと、満足させてよね?」

 女の子の小悪魔な微笑みに、男の子は不敵な笑みで応える。

 そんな男の子に、女の子は問う。

「で、君の武器は? なにで私と突き合ってくれるの?」

「俺の武器は、コイツだ」

 男の子は空っぽの両手を示してから、右拳で左手の平を打ち、両の拳を握って構える。

「……まさか、素手でやる気?」

「ああ。この身一つで突き合うが俺の流儀! 食らえ、俺の正拳突き!」

 

 ――って付き合い切れるかァ!

 

 私、モモコは大きな声を張り上げて飛び起きた。

 窓から差し込む日差しでうっすらと明るい、小さな私の部屋。

 ここはウンブリアン地方のインテラムナという町にある、“陽気なジョニーの酒場”の二階だ。私はここで、住み込みで働かせて貰っている。

 ベッド二つ分くらいの小さな部屋だけど、今世(こんせ)では私物なんてほとんどないし、何より家賃がタダでまかない付きなのが美味しい。

 トイレはお店のと共同だし、お風呂は歩いて十五分の公衆大浴場まで行かなきゃだし、薄れつつある前世の暮らしと比べたらお世辞にもいい暮らしとは言えないけれど、それでも今の方が充実しているように思える。

 ブラック企業で性格の悪い上司たちと朝から晩まで働いて、ネット配信だけを心の支えに生きていた前世とは大違いだ。今は毎日が充実してる。

「朝から元気だねぇー、モモコちゃんはー! そろそろご飯できるよー!」

 階下から奥さんの大きな声が聞こえる。

「ごっ、ごめんなさい奥さん!」

 私も声を張り上げて答えると、急いで着替えてお店に下りた。

 お客さんがまだ入っていない酒場ではちょうど、奥さんがブランチのためのウンブリアン・オムレツを焼き上げたところだった。

「……おはよう」

「おはようございます!」

 ぼそっと挨拶をしてくれたのは、ここのマスターのジョニーさん。いつもポーカーフェイスでほとんど喋らないから、何を考えてるのかイマイチわからないけれど、たぶんとってもいい人だ。

「さぁ、座んな。ちょうどタマゴが焼けたところだよ」

「ごめんなさい、ギリギリまで寝ちゃってて……」

 私の分のパンとホットミルクが配膳された席に着き、私は謝る。

「いいのいいの、昨日も忙しかったからねぇ。その分、夜はたんと働いて貰うからね!」

「はい! ……わぁ、美味しそう」

 オムレツから香り立つ、オリーブオイルの香りが鼻孔をくすぐる。

「さぁ、召し上がれ」

「はい! いただきます!」

 さっそくオムレツをナイフで切り、一口ほおばる。この季節に奥さんが作るオムレツには、旬の葉物野菜が入っていることが多いんだけど、絶妙なタイミングで入れ分けられたそれらは、シャキッとした食感で口の中を楽しませたかと思うと、しなっとなるまで吸った旨味をじゅわっと炸裂させたり、とても楽しい味わいになっている。

 これだけで、ちょっと固くぼそぼそとしたパンが三個も食べられてしまう。ここに来るまではいつもホットミルクで流し込んでいたパンが、嘘みたいに美味しく思えるんだ。

「モモコちゃんは本当に美味しそうに食べるねぇ。作り甲斐があるってもんだよ」

「……」

 豪快な笑顔でそう言った奥さんを、ジョニーさんが静かに見る。

「なんだいアンタ。アンタの気持ちは言われなくても少しはわかるから安心しな。少しだけだけどね」

「……」

 ジョニーさんは、微笑みさえもどこか豪快な奥さんの言葉を聞くと、また静かにオムレツを食べ始めた。なんだかほほ笑ましい夫婦だ。

 ますます食が進んでしまう。私はここに来てから少し太った、……気がする。気のせいだけどね。たぶん……。

「……あの、奥さん。オムレツ、まだ残ってたりします……?」

「あいよ。そう言うと思って、もう半人前用意してあるよ」

 奥さんは笑顔で私の空っぽのお皿をつかむと、調理場へ向かった。

 

     *

 

 食後の密いりホットミルクで一息ついた後、私は白い息を吐きながら身を縮こめて買い出しに出かけた。

 買い出しと言っても、食材のほとんどは奥さんが自分で直接選んで仕入れるので、私は主に日用品や嗜好品、ちょっとした食材を買いに行く。

「あいよ、いらっしゃい! ってなんだい、モモコか……」

「モモコかとはなによ」

 小洒落たお店には似つかわしくない、いかにも江戸っ子って感じの少年に私は言い返す。もちろん、この世界に江戸っ子なんて言葉はないけど……。

 ここは、奥さんが贔屓にしているチョコレート屋さんだ。信じられないけど、この粗野な少年がとても美味しくて見た目もお洒落なチョコレートを作るんだ。本当に信じられない。

「なんだぁ? お前、今すごい失礼なこと考えてねぇか?」

「えっ、嫌だなぁ~。そんなことないよぉー。テオったらー」

「なんだその気持ち悪い口ぶりは。腹立つ奴だなぁ。まあいい。今日は何にするんだ」

 テオに言われて、ショーケースに並ぶチョコレートを見る。この魔法による強化ガラスのショーウインドウは、異世界転生者たちが中心となって発明したものだ。こんな物があるってところからも、テオのお店の繁盛ぶりと実力がうかがえる。

「今日は何がいいかなぁ……。あっ、それ! それがいい!」

「それってどれだよ」

「それはそれでしょ?」

 なんて具合にチョコを選んで買うまでの間、一人もお客さんは入ってこなかった。テオと二人っきりだ。そういえば、最近はいつもこうな気がする。

「はぁ……」

「何よ、ため息なんかついちゃって」

「ぁあ? 最近売り上げが落ちてんだよ。なんでかなぁ、全然チョコが売れねぇんだ……。暑くなる前にもう少し稼いどきたいんだけどよぉ……」

「へー、大変だね」

「ったく、他人事(ひとごと)だと思ってよぉ……」

 珍しく弱気なテオの顔を見ると、優しい私はちょっとだけ可哀そうだなって気持ちになった。ちょっとだけだけどね。

「私の前世では、ちょうどこのくらいの時期が一番チョコ売れてたんだけどね。たぶんだけど……」

「あ? なんでだ?」

「バレンタインデーがあったから」

 今朝のヘンテコな夢を思い出しながら、私は何の気なしにそんなことを言った。

「ばれんたいんでぇ?」

「うん。基本的には、女性が好きな男性にチョコを渡して思いを伝える日なんだけど。まあ、それは」

「――それだ!」

「えっ?」

 私の言葉を勢いよく遮ったテオの目は、らんらんと輝いていた。

「いいじゃねぇか、ばれんたいんでぇ! 女から男に思いを伝えんのは難しいもんなぁ! そのきっかけにチョコを渡すのかぁ! いいねぇいいねぇ、素敵じゃねぇかその発想は! そうと決まりゃぁ、さっそくインテラムナ・タイムズに公告載せて貰わねぇとな。今からだと……、来月の十日。じゃはえぇか……。十三、いや二十日(にじゅうにち)くらいにしとくか?」

「前世では十四日だったけど……」

「なんで先にそれを言わねぇ! お前らの前世と合わせれば、転生者たちも乗っかってくれるわなぁ! ちとスケジュールがキツイが、そこは踏ん張ってやらぁ! うおぉし! したら帰れ帰れ! ……いや、色々聞きたくなるかもしれねぇな。やっぱそこに座んな! ほら、今ホットチョコ()れてやっから!」

「はっ?! 勝手に決めないでよ。私夕方からお店あるし、早く帰んなきゃ」

「遠慮すんなって、ほら。まだ時間あんだろ? 帰りは馬出してやっから。チョコサービスすりゃ、奥さんも喜んでくれんだろ? ほら、チョコケーキも出してやっから。ゆっくりしてけって!」

「はぁ……」

 私は大人しく席に着く。まあ、テオのチョコはすごく美味しいし。タダで食べられるなら、悪い話じゃない。

 

 でも――。

 前世で毎年バレンタインデーの度に、大量の義理チョコを用意して配った、職場での苦い記憶がよみがえる……。

「はぁ……」

 もし、これで日本式バレンタインデーがこの世界にまで定着しちゃったら……。

 私はとんでもないことをしてしまったかもしれないと、頭を抱えたくなった。

 みんな、ごめんなさい。



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#2 不器用な私がベリーソース作りに挑戦してみたら驚きの反応が!?

「バレンタインデーだぁ?!」

 ヒゲ面の大男が、薄暗い部屋で不機嫌そうにそう言った。

「へい。アルフォンシーネ通りのテオとかいうガキがやってる菓子屋の発案で、なんでも女が好きな男にチョコを送る異世界のイベントだそうで」

 ――ここはインテラムナのならず者集団、ゲミニ団のアジト。

 大きな椅子にどかっと座って報告を受けているのは、ゲミニ団のボスだった。

「この頃は薬の取り締まりも強くなって、めっきり稼ぎが減ってるもんで。そのイベントを使ってワシらも一儲けしやしょうって話になってるんですが……。転生者のボスならお詳しいんでねぇかと思いやして……」

 部下の男がそこまで言うと、ボスは強面(こわもて)をほころばせてニコニコとねこなで声で言った。

「そうかそうかぁ……、ふざけんなクソがァ!」

 突然声を荒げたボスは、手にしたグラスを壁に投げつけ叩き割った。ウイスキーが石の床にシミを作る。

「ひぃぃぃぃ!」

「バレンタインデー……。あんな糞みてぇなイベント、転生してまで聞きたくもねぇ! 二度とその名を俺の耳に入れるんじゃねぇ! そのイベントに乗っかった奴はただじゃおかねぇ。チョコを貰った男は地獄の苦しみを味わわせてぶっ殺す! 団員全員にそう伝えてこい。おら、さっさと俺の前から消えろ!」

 ボスはそう()えると、目の前のテーブルを蹴り飛ばして破壊した。

「へぇぇっ、へええい! すいやせんしたぁー!」

 部下の男は逃げるように部屋を後にする。

「おい、アエギス。聞いてたか」

「ええ、聞いていましたよ。私、耳だけはいいので」

 ボスの横に立っていた、背の高い細めの男が穏やかに返事をした。

「テオとかいう菓子屋を見せしめに殺すぞ。この世界でバレンタインデーはやらせねぇ。やり方は任せる。地獄の後悔を味わわせてから殺せぇ……」

「わかりました」

 細めの男、アエギスはそう返事をすると部屋を後にした。

「ボス! お客です! なんでもぶいあある魔法とかいうボス発案の魔法の件で、大人のお話があるんだとか」

「おう、わかった。お通ししろ。――おい、おめぇら! 話が終わるまでこの部屋に近づくな。大人もだぞ? いいな?」

「へい!」

 数名の部下たちがぞろぞろと部屋を後にする。

 その後ろ姿を眺めながら、ボスはニヤリと笑う。

 そして、一人になるとおもむろに立ち上がり、部屋の隅に向かった。そこには、いくつかの宝箱があった。

 その一つをどけ、床の土埃を払うと、小さな窪みに太い指をあてぐっとスライドさせた。床が開き、小さな箱が顔を出す。

 男は誰もいない部屋を用心深く見回してから、懐から出した鍵で箱を開け、中から手のひらサイズの彫刻を取り出した。

「……」

 これがアニメや漫画ならモザイクがかかっていたに違いないセイコウな像を、 男はじっくりと(ねぶ)るような目つきで眺め回す。

「ボス」

「うわぁ! なっ、なんだ。アエギスか」

「お取込み中のところ失礼しました。私の目にはモザイクがかかっていてよく見えておりませんので、ご安心ください」

「あっ、あたりめぇだ! なっ、なんだ?」

「先ほどの件で少々お話が」

「ああ、手短にな。今から客が来る」

「ええ、聞いておりました。私、耳だけはいいので」

 

     *

 

「モモコちゃん! ビールおかわり三杯!」

「おーい! こっちもビールとワイン二杯!」

「おい、この皿早くさげてくれよぉ! 邪魔でしょーがねー!」

「はーい! ただいまー!」

 すっかり日の落ちたこの時間の“ジョニーの陽気な酒場”は客でごった返す。

 この辺は大きなダンジョンもないので、冒険者ギルドがあるような大都市と比べれば冒険者もそれ以外の人たちも少ない。

 とは言え、そういう大都市では物価が高い割りに、ダンジョンで獲れた素材はたくさん出回るから価格競争が激しくてあまり高く売れない。それで、インテラムナくらいの町まで直接素材を売りに来て、ついでに余暇を楽しんだりがさばらない物を買い集めたり、冒険の拠点にしているという冒険者も少なくないのだ。

 もちろん、その関係で商人も多く訪れるし、長期間この町で暮らしている住民も多い。最近は転生者によって交通インフラが誕生しつつあるから、この傾向はより高まると予想されているらしい。

「おーい! オムレツまだかよぉー!」

「はーい! もう少々お待ちをー!」

 てなわけで、忙しい。あまりみんなにこの世界の解説をしてる暇もないのだ。

「おーい、モモコちゃーん!」

「はーい!」

 あー! 忙しい、忙しい!

 

 ――そんなこんなで落ち着くのは二十二時も半ばになった頃。

「先輩、お疲れ様です」

 そう言って私を労ってくれるのは同僚、ではなくお客さんとして来てくれているショウ君だ。

「ありがとう、ショウ君……」

 カウンター席でショウ君の隣につっぷして私は返事をする。前世と違って、店員がこんな風に一休みしててもクレームが入ったりしないのは、いいのかな? って思う反面気が楽だ。

「ごめんねー、ショウ君。せっかく来てくれたのに大したお構いも出来なくて……」

「いえいえ。僕は先輩の顔が見れただけで満足ですから」

 ショウ君は、名前からもわかる通り転生者だ。

 転生者の中には、私やショウ君のように前世の名前を名乗っている人も珍しくない。もちろんこっちの世界でつけられた名前を名乗っている人もいるけど、やっぱり前世の記憶があるから、後からつけられた名前にはなんだか違和感がある人も多いんだと思う……。

「先輩は人気者ですもんね」

「そっ、そんなことないよ! お店が繁盛してるだけで、私の人気があるわけじゃないんだから」

 と言いつつ、ちょっと照れてる私もいる。

 顔は前世よりはマシだけど、謙遜抜きで特に可愛いわけじゃない。でも、前世からほとんど変わっていないこの声は、唯一あの頃からみんなに褒めて貰えていた部分だから、やっぱり認められるのは嬉しいんだ……。

 そう。実際に私がここに勤めるようになってから、少しだけだけどお客さんが増えたらしい。そんな中で、私の声が落ち着く、好きだって言って来てくれる常連さんも多いのは事実だ。もちろん、転生者による世の中の変化でお客さんが増えてるってのが大きいに違いないけど。でも、やっぱり嬉しい……。

「先輩?」

「えっ?! ああ、ごめんごめん。なんでもないよ、はは……。じゃあ、そろそろ私いくね。空いたお皿、片さなきゃ!」

 勢いよく立ち上がる私に、ショウ君は優しく微笑んでくれる。

「無理しないでくださいね、先輩」

「うん、ありがとう。もう少し、帰らないでしょ?」

「えっ? ああ、まあ、もう少しなら……」

「うん。今デザートサービスするから、ちょっと待ってて!」

「えっ、そっ、そんな! いつも悪いですよ!」

「いいのいいの。どうせもうお客さん増えないだろうし、売れ残りだから食べてって。今日はチーズケーキかなぁ」

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

 私は笑顔で返事をすると、まずは近くの空いたテーブルを片付けに向かった。

 ちょっと押し付けがましかったかな? ショウ君甘いもの好きだから、喜んでくれてるといいんだけど……。

 それとなく顔色をうかがうと、ショウ君はこちらを見ながら微笑んでくれていた。ひとまず安心した私は、ほおを緩めてキッチンに向かった。

 

 ショウ君は、とても優しくて可愛い男の子だ。

 純粋な子に見えて、とっても苦労している芯の強い子だ。

 下級貴族だけど冒険者としては名門の家系に転生したショウ君は、モンスターであっても命は命、それを奪う職業なんて嫌だと冒険者になることを拒んだ末に一族を追放され、泥水をすするような生活を送っていたらしい。

 なのに、間もなくして起こった転生者の革命で、下級貴族であり戦えるショウ君の実家が真っ先に矢面に立たされた時は、遠路遥々助けに向かったというのだ。

 でも、ショウ君が着いた時にはもう、家族は一人残らず処刑されていて、縁を切られていたショウ君までもが命を狙われることになったらしい。そうして、命からがら逃げて来たこのインテラムナの町で、ショウ君と私は出会ったのだ。

 私は死にかけていたショウ君を見つけて助けを呼んだだけだし、歳も三つしか違わないのに、それからショウ君は私のことを先輩と呼んで慕ってくれている。最初の頃は恥ずかしいからやめてって言ってたんだけど、最近はもう諦めた。

 ショウ君みたいに、命を奪うことに抵抗のある転生者は多いみたいで、今はそういう前世の価値観と今世の生まれの差に苦しむ人たちを支援する団体で、護衛とか色んなお手伝いの仕事をしているみたい。

 団体自体は過激な宗教組織との繋がりも噂されていたり、命を奪うことを生業としている冒険者たちからは煙たがられている部分もあるから、ちょっと心配だけど……。

 元気にやっているみたいで、ひとまずは安心している。

 

「はい、チーズケーキ。このベリーソースは私が作ってみたやつだから、多少の雑味は許してね」

「先輩のベリーソースですか?! ありがとうございます!」

 嬉しそうにフォークを握りしめたショウ君は、目を輝かせて私を見る。なんだか照れてしまう。

「期待はしないでね」

 そう言って私がゴトっとお皿を置くと、ショウ君はフォークを置いて、小瓶のベリーソースに小指をくぐらせぺろっと舐めた。

「これが先輩の味……。甘酸っぱくて、美味しいです! 期待以上です!」

「わっ、私の味って……」

「あっ、いや! そっ、そんな、変な意味ではなくて! ごっ、ごめんなさい!」

「わっ、わかってるから……」

 私は視線をショウ君の腰の辺りに落として言った。

「そうだ。お客さんもうほとんどいないし、あの子、出してもいいよ」

「えっ、いいんですか?」

「うん」

 ショウ君はポケットに手を入れると、ショウ君のモンスターを外に出した。

「……」

 ショウ君の足元で、カメのモンスターが私を静かに見上げる。

「わぁー、カメタンまた大きくなったんじゃない?」

「はい。大きくなりすぎないように成長抑制剤を飲んで貰ってるんですが、今が成長期なので……」

 ショウ君はテイマーだ。この世界では、モンスターを手なずける(テイム)して、ダンジョン探索や日常生活に役立てる人たちのことをテイマーという。

 ショウ君は転生時に、テイマーに役立つスキルを授かったらしい。モンスターの命も大切にしたいと言う、優しいショウ君らしいスキルだ。

 転生者のスキルはその人の趣味嗜好に関連があることが多いみたいで、私のスキルもそうだ。だから、私のスキルは実用性皆無に等しいスキルなんだけど、なんだかんだ私は気に入ってたりもする。チートスキルがあったって、命がけで戦いたくなんかないしね。

 それで、ショウ君は、最新式だけどとっても既視感のあるボール型の道具にパートナーモンスターを入れて連れ歩いている。魔法の技術でモンスターを一時的に小さくして収納できるらしいんだけど、細かい仕組みまでは私も知らない。

「……」

 そして、この子がミニザラタンのカメタンだ。

 ザラタンは島ほどの大きさのカメのモンスターらしいんだけど、ミニザラタンはその亜種で比較的小さいらしい。と言っても、今はまだ子供だから膝丈くらいのサイズだけど、放っておくと平気で小さな丘くらいには育ってしまうらしい。

「これ。魚の切れ端とかなんだけど、よかったカメタンにと思って」

「わぁ。ありがとうございます。――よかったなぁ、カメタン」

「……」

 カメタンはあくびするみたいに大きく口を開けて、私がせめて見栄えよくと盛りつけを頑張ってみた魚肉片を見つめる。

「はい、どうぞ」

「……」

 カメタンはのそっとお皿に近づくと、こちらを一瞥してから、あんぐり口を開けて食べ始めた。

「美味しい?」

「……」

 休むことなく魚介を貪るカメタンの様子が返事だと思って、私はショウ君に視線を移す。

「それじゃあ、いくね」

「はい。先輩、ありがとうございます」

 ショウ君の笑顔は、私のことを優しくさせる。



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#3 【悲報】私、攫われました

「あっ、ノワルーナさん!」

「ああ、モモコじゃないか。お買い物かい?」

 穏やかに返事をしてくれたのは、インテラムナの自警団最強と名高いノワルーナさんだ。

「はい。テオのところにチョコを買いに。ノワルーナさんは警邏(けいら)(パトロール)ですか?」

 ノワルーナさんの隣にいる、自警団の制服を着たお兄さんに会釈しながら、私は聞いてみた。

「ああ。最近、ゲミニ団の動きが何やら怪しくてね。モモコも気をつけてくれ」

「はい。ありがとうございます」

「……確か、テオの店はアロフォンシーネ通りだったな。送って行こうか」

「いえ、大丈夫です! 大通りだし、人通りも多いから。それじゃあ、お仕事頑張ってくださいね」

 私はそういうと、逃げるようにその場を後にした。

 もちろん、ノワルーナさんが嫌だったわけじゃない。断じて。でも、周囲の女性たちからの視線が痛かったのだ。

 歳は私とちょっとしか変わらなくて、まだ若いんだけど、“閃光の騎士”とか“刹那の光剣”とか“スパーク・オブ・ジャスティス”とか色んな異名のあるとっても実力のある騎士なんだそうだ。

 なんでもノワルーナさんにかかればどんな名うての剣士も瞬く間に倒されてしまうらしく、その光魔法を合わせた剣の腕は、インテラムナどころかギルドのある大都市にだって知れ渡っているらしい。

 『大解剖 ノワルーナの光魔法』とか『ノワルーナの光魔法がよくわかる本』なんてものまで出版されている始末だ。こんな騎士は世界中を探してもノワルーナさんくらいだろう。

 本当はもっと大きな舞台で活躍できる実力があるんだけど、ノワルーナさんは生まれ育ったこの町が好きで守りたいからって、ずっとインテラムナの自警団で働いているんだという。愛情深くて物腰の柔らかな、とっても優しい人だ。

 おまけに超のつくほどのイケメンだから、女性からの人気はすごい。わざわざ遠くの町からノワルーナさんを一目見るためにやってくる女性もいるんだとか。

 そんな人だから、私みたいなやつが町中で長話をするのはちょっと視線が痛いのだ。あくまで、たまたまお店でトラブルがあった時に助けて貰って、以来ときどき来てくれるお客さんでしかないんだから……。

 

     *

 

「いらっしゃーい! ってなんだ、モモコか……」

「もう、毎回毎回モモコか、とはなによ!」

「へいへい。で、今日はどちらにしますかぁー」

 やる気のないテオの言葉に腹を立てながらも、テオが作った彫刻みたいに綺麗なチョコに私の心は奪われてしまう。

「バレンタインのチョコは上手くいってるの?」

 チョコを見ながら、それとなく私は聞いてみる。

「あ? もちろんよ! 目玉商品の発注はバッチリだぜ。色んなとこに頼んであっからよぉ、今は待ってるところなんだ。今週中には売り出してぇところだが……」

「ふぅん。随分早く売り出すんだね。ほんとに前世のバレンタインデーみたい」

 節分が終わったと思ったら、コンビニにまでバレンタイン用のチョコが並んでいた前世の記憶がよみがえって、私はなんだか憂鬱な気持ちになった。

「おうよ。しかもお前、義理チョコなんてもんもあるらしいじゃねぇか! なんで言わねぇんだよ!」

「えっ……」

 私は『義理チョコ』という言葉にとどめを刺されたみたいな気持ちになって、黙り込んでしまった。

「どしたモモコ?」

「いや、ううん。なんでもない。早く帰らなきゃ、奥さん心配させちゃうから。えっと、これと……それと……後はその三つちょうだい」

「ああ、そうだな。こないだはギリギリまで引き止めちまったしな。あーっと、まずこれだな」

 テオはそう言いながら、丁寧な手つきでチョコを容器に入れてくれる。

 私はさっさとお会計を済ませ、テオのお店を後にした。

 

 わかってる。

 まだ、義理チョコ文化が根付くと決まったわけじゃないし、そうなったからって、私はもう会社勤めじゃないし、別にそれに乗っかる必要はないことは。

 でも、それでも、『義理チョコ』が象徴する前世での生活を思い出すと胸が苦しくなるんだ。会社員時代を思い出すと死にたい気持ちになるんだ。

 そして、それをこの世界に持ち込んだのが他でもない私だと思うと、余計に辛いし申し訳ない気持ちにもなる。

 きっと、同じ思いの転生者もたくさんいるはずだから。バレンタインデーが憂鬱だった人たちは、私だけじゃないはずだから。

 そして、もしもバレンタインデーがこの世界でも広がってしまえば、バレンタインデーに苦しむ人たちがきっと、この世界にも生まれてしまうから……。

 わかってる。

 テオに悪気はないんだ。

 テオだって必死なんだ。

 テオは孤児院育ちだ。そんなテオが、この異世界でチョコレート専門店なんてマニアックなお店を開いて、あんな大通りに店舗を構えられるようになるまでに相当な努力があったことは想像に難くない。

 そのお店を続けていくためには、どうしたって売り上げが、お金が必要だ。大きな儲けを出すために、バレンタインデーは格好のイベントだと思う。

 しかも、テオは売り上げの多くを、自分が育った孤児院の子供たちのために寄与している。テオが稼げなくて困るのは、テオだけじゃない。

 だから、なおさらバレンタインデーを使って稼ぎたいに決まってるんだ。

 わかってる。

 わかってるんだ……。

 それでも、私は――、

「あっ! ごめんなさい」

 頭の中がごちゃごちゃして、思考がぐるぐるしてたから、私は前から人が近づいてきていたのに気がつかず、危うくぶつかるところだった。

「お嬢ちゃんが、モモコちゃんかい?」

「えっ、そうですけど……」

 答えてから、しまったと思った。

 目の前の五人組の男たちは、私を(まと)わりつくような視線で見ている。その様子は、明らかにまともな人たちではない。

「ごめんなさい。私、急いでるんで」

「ちょっと待てよ!」

「あんた、アルフォンシーネ通りのチョコレート屋、テオって奴と知り合いだな?」

「あの店のことで話があるんだが……」

「お嬢ちゃんが来てくれないと、あの店。明日には潰れちゃってるかもよ?」

「ヘヘヘヘヘ……」

 品のない笑みを浮かべる男たちの手には、武器が握られている。

「……」

 路地に入ってしまっていて、人通りは全然ない。

 私は、逃げることを諦めた。

 

     *

 

 がやがやと賑わう“ジョニーの陽気な酒場”では、マスターの奥さんが珍しく狼狽していた。

「ああ、よかったノワルーナさん。アンタが来てくれて助かったよ。知ってるだろ、うちのモモコ。あの子が帰って来ないんだよ」

「モモコが……」

「ああ。店の方は手伝いの子たちが来てくれてなんとか回ってるけどね。そんなことはどうでもいいんだよ。あの子が心配で私ゃぁ、オムレツも満足に焼けないんだ! 確かに最近ちょっと元気がなかったけどね。仕事をサボって急にいなくなるような子じゃないんだよ、あの子は! アンタも知ってるだろ? もう日が暮れてからずいぶん経つんだよ?」

「落ち着いてください、奥さん。どこか心当たりは――」

 ノワルーナがそう言ったか言い終わらないかの内に、酒場に一人の少年が駆け込んできた。

「ノワルーナさん?!」

「君は……」

「先輩にお世話になってるショウと言います! あの、オオカミのモンスターをテイムして来たんで、この子たちに先輩の、じゃなくて! モモコ、さんの……、匂いを辿って貰おうと思って!」

「……そうだな。それはいい考えだ」

 自警団としては、一般の市民の帰りが遅いからといって、すぐに大規模な捜索に乗り出すわけにはいかなかった。

 特にモモコは年頃の女性だ。客観的に見れば、魔がさして仕事をサボり遊び歩いている可能性も充分にある。もちろん悪い男に襲われた可能性も高いが、どちらも日常茶飯事のこの世界で、町娘一人の帰りが少し遅いくらいで、大規模な捜索をすぐに行うことは普通ではなかったのだ。

 その上、彼女は自警団トップのノワルーナの知り合いだ。下手に動けば、後々職権乱用だなんだと問題になりかねなかった。特にノワルーナは女性ファンが多い。女性関連のスキャンダルになれば、自警団の信頼問題にまで発展しかねなかった。自警団最強のノワルーナの問題は、自警団内のいざこざの引き金にだってなりかねない。そうなれば、インテラムナの町の危機にさえ繋がる。

 それでも、ノワルーナは最終的に、そのような理由でモモコを見捨てるような男ではなかった。しかし、今わずかな躊躇がそこにあったのも事実である。

「ありがとう、ショウ。行こう」

「よろしく頼んだよ! 二人とも……!」

 心配そうに声を張り上げる奥さんに、ショウは精一杯の強がりで笑ってみせた。

「はい! 先輩は僕が必ず助けてきます!」

 

「ノワルーナさん、実は……」

 酒場の外に出ると、ショウは声を潜めて言った。

「なっ、ノワルーナじゃねぇか! おい、ショウ、てめぇ! 大事(おおごと)にしたらアイツ殺されんだぞ?!」

 そう声を荒げたのは、チョコレート屋のテオだった。

「殺される?」

「ちょっと、テオさん! 声が大きいですよ! ノワルーナさんは先輩の知り合いだか」

「御託はいい! てめぇもモモコを助けてぇんだな?! なら連れてってやる。てめぇがいれば百人力なのも事実だ。これを見ろ」

 そう言ってテオは、一枚の紙をノワルーナに見せた。

「……これは」

 

     *

 

「てめぇがモモコかぁ」

 突然入ってきた大男の怒気をはらんだ声に、私は縮み上がった。

 どうやら私はあのゲミニ団に捕まってしまったらしいんだけど、幸いまだなにもされていない。目隠しされて乱暴に腕を掴んで引っ張ってこられたけど、大人しく言う通りにしてたからか、だいぶ歩かされたくらいで済んでいた。でも……。

「安心しろ。すぐにお前をどうこうするつもりはねぇ……」

 ヒゲ面の大男は私の目を見ようとはせず、せわしなく視線を動かしながら言った。

「テメェはテオとかいう野郎をおびき出すためのエサだ。あの野郎……。バレンタインをやるとか言いやがってんだってなぁ? ァア?!」

 私は恐怖で身を縮めつつ、大男の言葉が引っかかって聞いてみた。

「あっ、あの……。あなたもバレンタイン、嫌いなんですか?」

「ァア? ……悪いかァ!」

 大男は鼓膜が破れるんじゃないかってくらい大きな声で怒鳴って、私が入れられていた牢屋の一部を粉々に粉砕した。素手であの威力、何かのスキルだろうか? それよりもこの人、あの口ぶり、やっぱり転生者なんだろうか……。

 私は恐怖で若干震えながら、勇気を振り絞って言ってみる。

「……私も、私もです!」

「ぁあ?」

「私もバレンタインなんて大っ嫌い。大っ嫌いです! チクショー! バレンタインの馬鹿野郎!」

 一度言ってみたら、私の中に押し込まれていたもやもやが噴き出すみたいに止まらなくなって、恐いのも忘れて叫んでしまった。

「あんなイベントなくなればいいのに! なくてよかったのに! テオのヤツ! 大体ムカつくのよアイツ! いつもいつもなんだお前かって! 揚げ句、アイツのせいで私攫われてるじゃない! ああ、もう! バレンタインなんか中止よ中止! なくなっちゃえ!」

「おっ、おう……」

 大男はあっけにとられた様子で私を見下ろしている。

 でも、なんだろう。叫んでちょっと落ち着いたら、今度は急に泣きたくなってきた。恐いし、余計に……。

「ごめんなさい。でも、私のせいなんです。私がバレンタインとか言っちゃったから……。ごめんなさい……」

 ああ、だめだ。私の心はもう限界だ。色々重なって……。

 私は泣き出してしまった。



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#4 イケメンたちが悪い男に襲われて大変なことになっちゃいます?!

「ありがとう、オオカミさん」

 ショウはそう言って、オオカミのモンスターを一匹ずつ順に撫でて森へ返した。

 そこは、町はずれの森境(もりざかい)

「ったく。ゲミニ団の野郎ども。地図、ヘタクソすぎんだろ! 他人(ひと)を呼びつけんなら綺麗に描けっての! ココ、ってなんだココ、って! んなんでわかるか馬鹿野郎!」

 そう言ってテオが脅迫状を振り回す。

「こんなところに潜伏していたとはな……」

 そう呟いたノワルーナの視線の先には、薄暗い上に木々に埋もれていてわかりづらいが、地下洞への入り口と(おぼ)しき穴がある。

 三人は、モモコを助けるためにゲミニ団のアジトと(おぼ)しき場所へやって来ていた。

 テオのもとに届いた脅迫状には、雑な地図と共に『バレンタインは許さない。酒場の娘はさらった。大事にすれば殺す。助けたければ来い。 ゲミニ団』とだけ書かれていたため、ノワルーナも自警団に詳細は伝えず、この人数で潜入することにしたのである。

「じゃあ、行きましょうか」

 可愛らしい顔つきをこわばらせたショウが、静かに口火を切った。

「おうよ。――あ?」

 テオが眉根を寄せて、町の方を振り返る。そこには二十から三十人ほどの人影があった。

「……」

 のそのそ、ゆらゆら、人影の群れは無言で三人の方へ向かって来る。

「……なっ。くせぇ」

 強烈な腐敗臭が辺りに漂う。

 それは、土葬の墓地に漂う臭気を思い起こさせる死の臭い。

「お待たせぇ~。あれぇ? テオくん一人じゃないのぉ~? ダメじゃ~ん」

「ンザビー……」

 ノワルーナがそう呟き、人影の群れの奥に立つ男を見据え、剣の(グリップ)に手をかけた。

「なんだアイツ」

「ンザビーだ。禁じられた外法魔法を使う死霊魔術師(ネクロマンサー)の一人。有名な凶悪犯だが、まさかゲミニ団にいたとは……」

「えっ、ノワルーナーぁ? ちょっとテオくーん。おーごとにしたら殺すって言ったじゃ~ん」

「ァア?! 一人で来いとは言われてねぇぞ?! 三人だけだ! コイツ以外の自警団もこの事は知らねぇ! それにコイツが勝手についてきたんだよ! 文句あんならこいつを殺せ!」

「あーはぁー。仲悪いのねぇ。まあいいや。とりあえずー、このゴミ共と遊んであげてぇ~」

 男がゴミと呼ぶもの、ノワルーナたちに迫りくる無数の人影、動く死体・アンデッド。星明かりを浴び、不気味にゆらめいて襲い来るものたち。

 ノワルーナがそれらを視界にしかと収め、剣の(グリップ)を握ったまま前に出ようとしたその時。

「二人とも、先に行ってください!」

 それをけん制するようにショウが叫んで、ポケットから三つのボールを取り出した。パートナーのモンスターが入ったボールだ。

「ぁあ? おめぇ、大丈夫なのか?」

「はい! 相手の人数が多いし、ここはモンスターの助けを借りられる僕に任せてください!」

「……そうか。ショウ、すまないがここは君に任せる。行くぞテオ」

「ぁあ?! おめぇが仕切んじゃねぇよ! ――ショウ、負けんなよ!」

「はい! 必ず先輩を助けてください!」

「おうよ!」

 アジトへと入っていく二人を背中で見送りなが、テオは三匹のモンスターを外に出した。

「頼んだ! カメタン! サルヒコ! ペンチャン! あの人たちは死んでるけど人間だ! できるだけ傷つけないように動きをとめて道を作ってくれ! 僕があの奥にいる人を無力化する」

「ぶふっ! あの人たちは人間だ、傷つけないでって。ばかだねぇきみ。頭ン中、ちゃんと脳みそ入ってるぅ? もしかして、生きたまま脳みそ腐ってるんじゃなぁ~い?」

「貴方は……! 死んでしまった人たちの体をこんな風にもてあそぶなんて、僕は貴方を許さない!」

 ショウは背中に背負っていたサスマタを抜き、ンザビーを睨みつけた。

 

     *

 

「ぐあぁ!」

 刹那の抜刀の内に切られた悪党たちが通路に伏す。

 ノワルーナは光の剣でゲミニ団の下っ端たちを次々と切り捨てて、狭く入り組んだアジトを進んでいく。その後ろをついていくだけのテオが言う。

「悪いな。俺は菓子作りばっかりで腕っぷしには自身がねぇ。素手の喧嘩くらいならできなくはねぇが。今怪我するわけには、いかねぇ……」

「……この町の民を守るのが私の務めだ。問題ない」

「そりゃどうも。ご苦労なこってい。じゃあ、遠慮なくっとォ!」

 突然、二人が通り過ぎた物陰から飛び出してきた男をテオが蹴り飛ばす、が、それに一瞬先だってノワルーナの抜刀が男を焼き切っていた。

「んだよ、切り漏らしかと思ったじゃねぇか。びっくりしたぁ」

「すまない……」

 謝るノワルーナをよそに、テオは切られた男を振り向いて言う。

「お前、意外と性格悪いよな。さっきから誘い出してばっかでよぉ。俺のこともちょくちょく囮に使ってんだろ?」

「……すま」

「いや、責めてるわけじゃねぇよ。そんぐらいしか役に立てねぇしな」

「……」

 飛び出してくる下っ端の数はさほど多くなく、ノワルーナの卓越した反応速度であれば、挟み撃ちや飛び道具などによる遠距離攻撃にも対応できた。たった二人だけだったが、ノワルーナたちは順調に進んでゆく。

 そして間もなく、大広間に辿り着いた。

「お待ちしていましたよ」

 広間の奥、大きな扉の前に一人の男が立っていた。

「……見ない顔だな」

 背の高い細目の男が、その細い目をさらに細めて()む。

「それは光栄です。この町は長いんですがね。ノワルーナ殿に顔を覚えられずに悪事を働けているというお墨付き(デコレーション)を頂けるとは、思って」

「御託はいい! モモコはどこだ!」

「この扉の奥です。どうぞ、テオ殿はお通りください。この奥にはボスとモモコ嬢しかおりませんから、ご安心ください」

「……おうよ」

 一瞬考えた後、テオは扉に向かって走り出した。

 ノワルーナもすぐにその後を追う。

「おっと貴方はいけませんよ」

 そう言うと細目の男、アエギスは素早く腰のレイピアを抜き、その細身の長剣をノワルーナへ真っ直ぐ突き出した。

 瞬時に身を引きレイピアをかわすノワルーナ。

「早く来いよ、ノワルーナー!」

 テオはそう言うと、大きな扉を開いてその奥へと消えていった。バタンと重い扉が閉まる。

「あのノワルーナ殿と剣を交えられるとは光栄です。まさか貴方が、しかもお一人で来られるとは……」

「それで正解だったようだな」

 このアジトの通路は狭い。故に数の利はあまり活きず、混乱に繋がる可能性さえあった。逆に入り組んだ薄暗い通路内では、地の利がものをいう。自警団が大人数で来ていれば、アジトの構造を熟知した下っ端たちに翻弄され、むしろ被害が出ていた可能性がある。

 もちろん、テオを守りながらたった一人で無事切り抜けられたのは、ノワルーナの卓越した技量があってこそではあるが。

「それでは、楽しませていただきましょうか」

 にこやかに踏み出したアエギスは素早くノワルーナとの距離を詰め、その喉元を狙い突く。

 ノワルーナはそれをひらりとかわし、高速の剣を抜く。鞘からほとばしるまばゆい光がアエギスの胸元をかすめ服を焦がし、次の瞬間にはノワルーナの鞘へ戻っていた。

「光魔法の剣、でしたね。『図解でわかるノワルーナの光魔法』、拝読しましたよ。得意の光魔法で光の刃を作り、それで相手を焼き切るんでしたね。早すぎて誰もその刀身を見たことがない、不可視の剣が図解で見られるとは驚きでしたが……」

 唐突に跳び出したアエギスは素早くレイピアでノワルーナを突く。

 当然ノワルーナは軽々かわすが、今度の突きは一撃では終わらない。喉、目、胸、腹、腕、太もも、あらゆる部位を狙い突き出されるレイピアの速度はすさまじく、その連打は一つ一つがノワルーナの光剣(こうけん)と並ぶほどの速さだった。

 それらをすべてかわし隙を突いて剣を抜くノワルーナ。刹那の抜刀がアエギスの胴を焼き切らんとするが、人間業とは思えない跳躍でそれをかわしたアエギスは、上空から体重の乗ったレイピアの一撃となって飛来する。

 よけきれず左腕を前に出すノワルーナ。その籠手がレイピアの細い切っ先を受け止め、ひび割れる。その一瞬を使って飛び退くノワルーナ。

 攻撃をかわされたアイギスが着地する隙を狙い、光の剣が抜かれる。

 しかし、アエギスも素早くレイピアを操りノワルーナの腕を狙う。ノワルーナは腕をかばい剣の軌道を変えざるを得ず、アエギスの命は取れなかった。

「ああ、惜しかったですね。お互いに」

 アエギスは相変わらず目を細めた涼しい顔でノワルーナを見る。

「……この実力、何者だ」

「ふふ。ただの悪の味方です」

 

     *

 

「うぁっ!」

 叫ぶショウの腕に死体ががっぷり噛みついている。

「ごめんなさい!」

 ショウはそう叫ぶとサスマタで死体の腹部に強烈な突きを食らわせる。しかし、痛みを感じない死体はそう簡単には離れない。ショウの袖に血がにじむ。

 無数の死体に囲まれて、ショウたちは悪戦苦闘していた。

「……!」

 ミニザラタンのカメタンは死体の群れにひっくり返され、地面の上で脚をばたつかせながら、無防備な身体を蹴られて口をパクパクさせている。

「キキィ! キィ!」

 炎を出して死体をけん制しようとするサルヒコも、恐れを失くした死体に追い詰められ、今にも樹上から引きずり降ろされそうになっていた。

「ピィィ! ピィィ!」

 ペンチャンは鳴き叫びながら地面をぬかるませ、死体を転ばせて逃げ惑うが、忍耐も限界も忘れた死体たちは何度転んでも起き上がる。

「ははは、ばかじゃねぇのオマエら。そろそろキモイんだけどぉ。死体だぜ? 死体相手になに手加減してんのぉ? さっさと死ねよぉ、つまんねぇなぁ」

 ンザビーは不機嫌そうに言葉を吐き捨てると、一番近くにいた女性の死体の腕を掴み、引き止める。

「……、……」

 力なく口を開いた女性の死体は、腕を掴まれてもンザビーを気にする様子はなく、天を仰いでゆらゆら揺れる。

「ねぇ、マリーちゃん。あいつらキモイよねぇ? 僕のマリーちゃん」

「?!」

 ンザビーの言葉に、何とか死体を引き離し、必死でサスマタを操って死体の群れと距離をとっていたショウが反応する。

「ぼくちんもさぁー、最初からこんな歪んでたわけじゃないわけぇ~。この子はねぇ、ぼくの愛しのマリーちゃん。幼馴染だったんだけどぉ、殺されちゃってぇ~。でさぁ、でさぁ、僕頑張ったんだよぉ? もう一度マリーちゃんと一緒に遊びたくて、生き返らせたくて……。だから、悪いことだってわかってたけど、死霊魔法(ネクロマンシー)にも手を染めて……。やっとマリーちゃんを生き返らせたんだ。でも、マリーちゃんは……。僕はマリーちゃんをこんな風にしか蘇らせられない世界を憎んだ。それで、それで……」

 うつむいていたンザビーは掴んでいた死体の腕を離し、両手で顔を覆い隠す。ンザビーの手を(はな)れた死体はゆらゆらとンザビーから離れていく。

「そんな……。貴方は……」

 ショウはンザビーを見つめ、目を微かに涙でしめらせる。

「って嘘ぴょ~ん!」

 ンザビーは下卑た笑顔をばぁっと見せると、ゆらゆら歩く女性の死体を追いかけ思い切り蹴飛ばした。死体はつんのめって地面に勢いよく突っ伏す。

「もしほんとでも、こんなくせぇ死体になってまで好きでいられっかよ! ばぁ~かぁ~。本気にした? ねぇ、本気にした? あはははは。この女は拾ったばっかの死体だよぉー。きったねぇ! くっせぇ! こんな死体! ゴミだよゴミ! もうモンスターじゃん! きっしょー。俺が玩具にしてやってるだけありがたく思えよ!」

 ンザビーはそう言いながら、起き上がろうとする女の死体を何度も蹴りつける。

「……めろ。……やめろ。……やめろぉ!」

「ぁあ~?」

「貴方は……、貴方って人は……。絶対に、絶対に僕は許さない!」

 激昂するショウはしかし、大勢の死体の群れに囲まれ、今にも襲いかかられる寸前だった。

「あっそぉ~。志と心中するとか、ぼくちゃんろまんちすとですねぇ~」

 ンザビーの嘲笑が、星のスポットライトに照らされ(きら)めいた。

 冷めた拍手が夜に響く。



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#5 正義が必ず勝つとは限らない?驚きの展開に!

「ノワルーナ殿。先ほどからよけるばかりで、そろそろ私も飽きてきましたよ? もう少し楽しめると期待していたのですが……」

 先ほどから激しい突きを繰り出し続けているアエギスは、しかし涼しげな顔で穏やかにそう言った。

「……」

 対するノワルーナは防戦一方で、時々剣を抜くものの距離を取る隙を作ることしか叶わず、うつむきがちに逃げるばかりである。

「早く私を倒さなければ。あのチョコレート屋さん、ボスに殺されてしまいますよ?」

 アエギスは常人離れした身軽さで瞬く間にノワルーナとの距離を詰めては、豪雨の様な突きを放つ。

 その攻防はさながら、寄せては返す波のように。その戦況はさながら、徐々に満ちてゆく潮のように。アエギスが一方的にノワルーナを攻めている。

 アエギスの突きは全てに威力が乗っている。にもかかわらず、剣を引いた次の瞬間にはもう次の突きが打ち出されている。彼の常人離れした身体能力から繰り出される連撃に、威力を落とした牽制の突きはなく、そこにつけいる隙はなく、相当な手練であろうとも二撃目、三撃目をかわすことはまず不可能に等しいだろう。

 そんな攻撃をノワルーナはほぼすべてかわし、残りも壊れかけの籠手や剣の(ガード)で凌いでいる。その実力は本物であると言わざるを得ない。

 しかし、どんなに賛辞を並べ立てたところで、命の奪い合いに置いては結果が全てである。敗北は死だ。死んでしまえば後はない。

「……」

 ノワルーナがうつむきがちに剣を抜く。

 その閃光はアエギスをかすめるが、軽々と飛び退いたその肉体に傷はない。出来たのは間合いだけ。何度も繰り返される光景。

 しかし、ついに時は満ちた。

「っ……」

 ノワルーナが壁際で脚を滑らせる。それは潮時の合図。

「……!」

 アエギスが跳び空気を切り裂き、瞬く間に間合いを詰める。

 そして、その果てで、彼はノワルーナの最後の呟きを聞いた。

「――εκλειπσισ(エクリプシス) το(トゥー) φως(フォース)

「っ?!」

 アエギスの動きが一瞬、鈍る。

 その隙をノワルーナは見逃さなかった。

 抜かれた光の剣はアエギスの命に迫りかけ、あと少しでその喉笛を焼き切るところだった。

「……これは」

 数メートル飛び退いたアエギスはぎこちなく着地し、瞼を撫で、呟く。その顔からは初めて笑みが消えていた。

 ――光魔法“我、汝の陽を食らうもの(アイズ・イーター)”。

 ノワルーナの魔法により、アエギスの目は完全に見えなくなっていた。

「これはこれは」

 再び微笑むアエギスに隙を与えず、ノワルーナは地を駆けその間合いを埋め剣を抜く。危なげにかわすアエギスの髪が焦げる。

 さらに剣を抜く。服が焼ける。

「おかしいと思っていたんですよ」

 アエギスはそう言いながらレイピアを打ち出すが、その切っ先はノワルーナがよけるまでもなく空気だけしか貫かなかった。

 対するノワルーナの刃はアエギスの胸元をかすかに焦がす。

「貴方の光魔法は有名すぎる」

 再び異常な跳躍力を見せてふらりと着地するアエギス。

「いくら強いとはいえ、普通ならば得意とする魔法や戦法など、みなできる限り隠すものです」

 強者と言えど、それが人である以上万能ではない。必ず弱点、とまでは言えなくとも短所はある。だからこそ、戦いにおいては敵の情報を少しでも収集するよう(つと)め、自分の情報は少しでも隠そうと(つと)めるのだ。もちろん強者であればあるだけ注目され、対策はされる。

 しかし、ノワルーナは、ノワルーナの光魔法とその戦法は別格であった。数多くの本がこんなにも公に刷られている者は、世界中を探せどノワルーナくらいのものであろう。いくら町に密着した自警団の最強格であり、人気商売という側面もあるとはいえ、普通ならばそんな本など出させない。出れば放っておくはずもない。自警団という組織的な権力があるのならなおのこと。

「まさか、光を奪う魔法とは……。フッ、フフフフ……」

 アエギスが可笑しそうに笑う。

 彼の言う通り、ノワルーナの奥の手である光魔法“我、汝の陽を食らうもの(アイズ・イーター)”は対象の目に向かう光に干渉し、その軌道を変える。ゆえに光が目に入らず、対象はまるで闇の中にいるかのように視界を奪われる。光を奪われるのである。

 その効果は視覚に依存したほとんどの人間にとって絶大な効果を発揮するが、対象の近距離で長い詠唱を唱える必要があるなど大きな欠点が多いため、少なくとも現代では全くと言っていいほど知られていない廃れた魔法だった。

「すまない。この町のため、貴殿はここで確実に仕留めておきたかった」

「ノワルーナ殿にそうまで言っていただけるとは、光栄です」

 微笑むアエギスのもつれた足が向かった先は壁際。大広間を駆け抜けるノワルーナが、今度はアエギスを壁際に追い詰めた。

「インテラムナに栄光を」

 一閃、守りの剣が宙を駆ける。

 

     *

 

 寒空の下、ショウは死者に寄り添っていた。

「ああ、貴方はとても体格がいいですね。かっこいいです。生前はその力でたくさん素敵なことをしていたんでしょうね。その力、僕に貸してはくれませんか?」

 今にもショウに襲いかかろうとする大柄な死体に、ショウは優しい口調で言う。

「あっ、その指輪似合ってますね? その情熱的なホクロも美しい。素敵です。ああ、素敵なご婦人。少しだけ、少しだけ僕に時間をくださいませんか?」

 女性の死体がゆらゆらゆれる。

「ああ、君は……、君は……。こんなにも小さいのに……。――ねぇ、僕と遊んでくれないかい? 一緒にお化けごっこしよう。あの人をびっくりさせるんだ。待ってね。今みんなで作戦会議ごっこしてるから。もうちょっとだけ。このキャンディーを舐めて、もうちょっとだけ待っていてくれるかな?」

 涙をこらえて微笑むショウの手からキャンディーを受け取り、子供の死体がぱくっとそれを口に入れる。

「……なっ。なん、だよ。何してんだよ……」

 ンザビーの口から困惑が漏れ出す。

 その視線の先で、ショウが死体たちに優しく話しかけ、とうに意識を失った者たちと対話を重ねていく。

 ――スキル“親愛なる君へ、便りを待つ僕より(アドバンシング・コミュニケーション)”。

 ショウはテイマーだ。

 テイマーとは一般的に、モンスターを手なずける(テイム)して戦闘や日常生活に利用する能力を有する者を表す職業名である。その多くは、魔法により半ば強制的に操っている。

 もちろん、ショウたちの前世で、イヌやチンパンジーなどを訓練し芸をさせたり狩猟や介護などに役立てているのと同じように、モンスターを飼いならしているテイマーも多少はいる。しかし、それではテイムできるモンスターの種類が知能の高いものなどに制限され、時間的にも労力的にもかなりのコストがかかる上に、殺傷能力の高いモンスターを扱うとなるとリスクも非常に高くなってしまう。

 故に、ほとんどのテイマーは魔法など強制力のある手段を絡めてテイムし、一定以上の制御を行っている。テイムの際の強制力の度合いが、テイマー自体の評価や信頼の大きな指標になっているほどである。

 しかし、ショウは一般的なテイマーとは違っていた。ショウのスキル“親愛なる君へ、便りを待つ僕より(アドバンシング・コミュニケーション)”はあらゆるモンスターたちとの対話を可能とするスキルである。

 これによりショウはモンスターたちと対話をし、あくまでもお願いしてやって貰っているのである。

 もちろん、全てのモンスターがそれだけの対話が可能なほどの知能や伝達手段を持っているわけではない。故に、ショウのスキルはそれを部分的に底上げし、自身の感じ取る能力を高め、相互の総合的なコミュニケーション能力を補助しているのである。

「――うっ、受け取れません。それはきっと、貴方を思う誰かが、旅立つ貴方に贈った物だから。貴方が大切にしてください。でも、ありがとうございます」

「なんだ? あの死体は何をやってるんだ……?」

 もちろん、ンザビーに操られている死体たちに、意識はない。知能はない。思考はない。ただ死霊魔術(ネクロマンシー)によって動かされているだけにすぎない。

 だから。ショウのスキルが、死体そのものが持つポテンシャルを底上げし、拡張し、増強し、促進させて対話できるまで導いたのである。

「ありがとう、みんな!」

 数十体の死体の群れが、(いな)。数十人の死人たちが、ショウの願いを聞き入れて、自らの足でその意志で、今ここに立ち並ぶ。

「なっ、なんだよ。なんなんだよ。なんで誰も動かないんだよぉ。俺の玩具だろ! なぁ、ゴミ共! 拾ってやった恩を忘れたのかよぉ! おい! おい! どうなってんだよ畜生!」

 ンザビーが叫ぶ。

 彼の死霊魔術は例えるなら北風。優位な立場から強く吹けば吹くほど、抵抗もむなしく道行く旅人の服を引きはがすことのできる暴力的な強制。

 対するショウは例えるなら太陽。その意志を育み促す熱はあたたかくも恐ろしく、道行く旅人に自ら服を脱がさせることのできる心からの共生。

「来るなぁ……、来るなぁ!」

 叫び後ずさるンザビーはぬかるみに足をとられて転んだ。

「ピィ! ピィ!」

 転んだンザビーの隣ではペンスケが楽しそうに泥遊びをし、その水はねがンザビーを濡らす。

「なんだお前はぁ!」

 ペンスケに襲いかかろうとしたンザビーは両脇を突然、がっしり掴まれて動きを封じられる。

「キィ! キィ!」

 後頭部に熱い吐息を浴び、暴れるンザビーは何かの上に座らせられる。

「あぁ?」

「……」

 それはミニチュアの島のようなカメキチの背の上だった。

「糞っ! なんだお前ら何のつもりだ! 放せ放せ放……」

 ンザビーの声がとまる。冷たい肌の感触、強烈な腐敗臭。

「っ……、っ……」

 死人の集団がンザビーを取り囲み、その体を汚れた手がはい回る。

「うわぁ! うわぁ! ああ! ああ! やめろぉ! やめろぉ!」

「――みなさん! ごめんなさい。そこまでです」

 死人たちの壁がズズズっと開き、開けた道をショウが真っ直ぐ歩いてゆく。

 そして、ンザビーの前で立ち止まると、そのサスマタをぐっと腹に押しつけ、圧迫する。

「やぁっ、やめろぉ! 放せ! 放せぇ!」

「僕は絶対に貴方を許さない!」

 ショウの叫びに、ンザビーが気圧される。

「……でも。僕は貴方を殺さない。僕は貴方を否定しない。貴方にも、貴方の考えがあると思うから。貴方の人生があったと思うから。だから、僕は、僕はただ……。僕が僕であるために、貴方を批判するだけだ。決して許さないと……」

 ショウはそう言って、ンザビーをしっかりと拘束する。

「やめろぉ! 放せぇ! 放せぇ! 放せぇ!」

 ンザビーの絶叫がこだまする。

 それは、死者への鎮魂歌にはあまりにも乱暴で、自身への讃美歌にはあまりにも虚しくて。

 ただ、星のスポットライトは、それでも彼を照らし続けた。

 拍手は一つも、鳴らなかった。

 

     *

 

 光の剣が(くう)を走る。

 壁際に追い込まれ、跳躍による退路を制限されていたアエギスは、その超人的な退避を実質封じられていた。逃げ場を失った盲目の脱兎を、ノワルーナの閃く光剣が矢継ぎ早に襲う。

「いやはや。確かに光を刃にする魔法をあそこまで印象づけられては、まさかこんな奥の手を隠し持っているとは思いませんねぇ。

 “閃光の騎士”、“刹那の断罪”、“ライトニング”、ノワルーナ殿の異名はどれも光と速さを象徴するものばかりだ。一瞬で勝負がつくことで有名な貴方を防戦一方に追い込めれば、勝ったも同然だと思うのも無理はないでしょう。

 剣を抜くのが一瞬だけという独特な剣術もまた、それらを強く印象付けている。

 しかし、本当にすごいのはやはりその剣の腕と反応速度でしょう。これだけの縛りを課して、これだけの都市で最上位の実力者として名を馳せている。どれもこれも奥の手の決定力を底上げするための策だ。普段の戦いにおいてはむしろ(かせ)でしかない。だというのに……。

 本当にお見事です。私のように怪しむ者も少なからずいるでしょうが、ノワルーナ殿の容姿と人気が、有名すぎることの怪しさをかすませる。何より、実力も本物ですからねぇ。まさに天性だ。

 この暗闇は、強すぎる光が生んだ影というわけですか。フフ。どこまでもかっこいい方ですねぇ、ノワルーナ殿は」

 アエギスの言葉が、ノワルーナを称える。

 よどみない弁舌が、ノワルーナを讃える。

 ノワルーナの剣が、幾たびも抜かれる。しかし、壁際のアエギスが贈る称賛は止まない。その口も、その脚も、その心臓も止まらない。

 先ほどからノワルーナの剣は、一度もアエギスにかすりすらしていなかった。

「……」

 形勢は逆転したというのに、攻守は入れ替わったというのに、かわすだけのアエギスは涼しい笑みを浮かべ、攻め続けるノワルーナは冷たい汗を浮かべている。

「詠唱の長さを、相手を油断させる武器に利用するとは。考えたものですねぇ」

「っ?! 気づいていたのか……」

 静かに驚愕するノワルーナに、アエギスも静かな笑みで答える。

「ええ。私、耳だけはいいので」

 アエギスが唐突に刺突を繰り出す。

「っ!」

 その切っ先が、一瞬前までノワルーナの喉のあった空間を的確に貫く。

「どうしました? 心臓の音、すごいですよ?」

 次の突きはノワルーナの胸の前でピタリと止まり、一瞬の内に引き戻された。あと少しノワルーナの後退が遅ければ、そのうねるような一撃は肋骨の隙間を綺麗に突き抜けていただろう。

「そこが胸ということは、そこが左目。……そこが右腕。……耳たぶ、は難しいですね」

 アエギスの突きは的確にノワルーナの体の部位を当ててゆく。もちろん、ノワルーナはそれをすべてかわしている。しかし、かわさなければ耳たぶさえも貫かれていたことだろう。

「見えているのか……」

「まさか。こんなに見えないのは初めてですよ。いったいいつまで続くのやら。すごい魔法ですねぇ」

「ならば、なぜ……」

「ノワルーナ殿は耳が悪いのですか。つい先ほど、申し上げたばかりではないですか。私、耳だけはいいので」

 その突きがノワルーナの腰をかすめる。

「ノワルーナ二世と手合わせをするのは恐ろしいと思ったのですが、一世も十分恐ろしい」

 いつの間にか攻められる側に戻っていたノワルーナが、その立場を振り払うように剣を抜く。

 アエギスはそれを軽々かわす。

「光の剣は厄介だ。剣が空気を切る音がない」

 そう言うアエギスの顔は、言葉に反して楽しそうである。

「……なぜ」

「?」

「なぜ、それほどの腕を持ちながらこんなところにいる」

 アエギスが細い目を細めて笑う。

「貴方の方こそ」

 突きを繰り出し、光をかわし、アエギスは言う。

「ノワルーナ殿はご立派だ。愛するこの町を守るため、町の人々を守るため、悪人を切り捨て戦っていらっしゃる。正義の騎士、に違いありませんね。でも、滑稽ではありませんか? だって、貴方のしていることは、ボスのしていることと何も変わらないじゃありませんか」

「……」

「自分のために、誰かを殺す。自分たちのために、誰かを殺す。違うのはその範囲でしかない。なのに、貴方たちは自分が、自分たちが殺す時はそれを正義と言うのです。それを正しいと言うのです。ああ、別に責めているわけではありませんよ。人間というのはそういうものでしょう? ボスが自分とほんの少しの周りの者しか愛せないように、ノワルーナ殿はこの町の者しか愛せない。ノワルーナ殿が罪人となった町の者を殺すように、ボスは気に入らなくなった下っ端を殺す。何が違うというのでしょう。器の広さが違うだけ。それは人それぞれじゃありませんか。全てを入れるには、人は脆すぎる。そんなことをすれば壊れてしまう。なのに、貴方たちは自分たちこそ正義だと信じ、その器に入りきらない者を悪人だと信じているのです。可笑しいでしょう?」

 アエギスは本当に可笑しそうに目を細める。

「この世界のどこに、悪人以外の人間がいるというのでしょう」

「……」

 ノワルーナは何も答えない。ただ、アエギスの攻撃をかわし続ける。

「そんな世界で、私。悪人として悪を成している、不器用で弱い人たちの味方をしたくなってしまうんです」

「……」

 ノワルーナは何も喋らない。ただ、アエギスの言葉をかわし切れずにいた。

「言ったでしょう。私はただの、悪の味方です」

 アエギスの言葉が、ノワルーナの心を突いた。



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#6 新作のチョコレート、その驚きの中身とは?!

「――手作りじゃないのかって。あんだけ朝から晩まで働かせておいて、手作りじゃないのかってなによ! てか、威張り散らしてるかスマホいじってるかだけのおっさんがチョコ貰えるだけでもありがたいと思いなさいよ! 流石にコンビニのチョコとかじゃよくないかなって、デパ地下まで行って買って来てるのよ私たちは! 安い給料で自腹切ってさ! それを手作りじゃないのかって、アンタらなんかに何が悲しくて手作りしなくちゃいけないのよ!」

「おっ、おう……。そうだな……」

 ゲミニ団のボスさんが相槌を打ってくれる。

「それをテオのやつ。何で言わないんだって、言わないに決まってるじゃない! バレンタインなんて大っ嫌いなんだから!」

 私は牢屋越しに、先ほどからボスさんに愚痴を聞いて貰っていた。なんかおかしいなって気もするんだけど、もうこうなったらヤケだった。

 一応、ボスさんは明らかに非モテ男子な感じ出てるから、その辺の地雷は踏まないように注意はしてたけど、今のところ大丈夫みたい。

「だいたいテオのやつねぇ!」

 バタン! といきなりドアが開いて、私は思わずびくっとなった。

「……テオ?」

 そこには、テオがいた。

「おい、てめぇ! さっきから黙って聞いてりゃ半分以上俺の悪口じゃねぇか! なんなんだお前、人が心配して助けに来てやったら悪口言われてるって。ざけんじゃねぇよ!」

「ごっ、ごめん……」

 攫われた時よりひやっとして、罪悪感も相まって、私はうつむいた。ムカつくのもほんとだけど、これは流石に申し訳ない……。

 そんな私の前に、ボスさんが立ちはだかった。

「悪いなモモコ。お喋りの続きはコイツをぶっ殺してからだ」

「はっ?」

 予想外のボスさんの言葉とそのたくましい背中に、私は目をぱちくりさせた。

「ぁあ? てめぇがモモコとか言ってんじゃねぇよ。なんかムカつくんだよ。つーか人質だろ? 攫っといてなに守ってやるみてぇな面してんだてめぇ」

「……確かに俺とモモコの出会いは最悪だった。でもなぁ。モモコと俺は、腹を割って話した仲だ。なぁ、モモコ」

「えっ? いやぁ……。えっ?」

「おい、モモコ。こいつやべぇぞ……」

「うるせぇ!」

 ボスさんが乱暴に振り回した腕が、牢屋の鉄格子をまた壊す。私は小さな悲鳴を上げて縮こまる。

「はぁ……。まあいい。てめぇ、バレンタインが許せねぇんだってなぁ」

「その名を……、俺とモモコの前で口にするなァ!」

 ボスさんの大声に私は思わず耳を押さえる。この人、色々大きすぎる……。

「ぁぁ……、うるせぇなぁ。(ひと)のチョコづくりの邪魔しやがって! ムカつくけどよぉ、俺はチョコ職人だ。お前と戦いに来たわけじゃねぇ」

「ああ?!」

 ボスさんが声を荒げるけど、テオは全く動じない。

 テオの言う通り、テオはただのチョコ屋さんだ。こんな強そうな人、本当は恐いに決まってる。なのに、そんな素振り全く見せないで、テオは助けに来てくれた。

 私は本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 でも、でも……。

 私の中にうす巻いているバレンタインデーへの嫌悪は、どろどろした感情は、テオへの不満は、確かに今だって胸の中にあって。それが余計に申し訳なくて。でも、どろどろして、どうしようもなくて。

 私の心はもう潰れてしまいそうだった。

「その前にだ。――おい、モモコ。お前なんか勘違いしてねぇか?」

「えっ?」

 唐突に言葉が私に向いて、びっくりした私は間抜けな声を出してしまう。

「確かに俺は商売でチョコ作ってるよ。チョコで金儲けしてるし、金はいくらあっても足らねぇ。俺のためにも、孤児院のあいつらのためにもな……。

 でもなぁ! 俺はチョコ職人だ! しょこら・ぱてぃしえだ! 好きでチョコ作ってんだよ。俺ぁなぁ、ガキん時食ったチョコの味が忘れらんねぇで、そいつがもう一度食いたくて、自分の手でそいつを作りたくて初めてチョコを作ったんだよ。それぁ、ただ溶かして固めただけの、不格好なチョコだった……。でもなぁ。そん時、俺が作ったチョコを食って。先生が、みんなが、美味しいって笑ってくれたんだ。そん時俺は決めたんだ。チョコ職人になるって。俺のチョコ食ってうまいって笑ってくれる、その顔が見たくて、その笑顔が作りたいと思ったんだ。だから俺ぁチョコ職人やってんだ。

 商売戦略だぁ? 金が欲しくてやってるだぁ? ああ、そうだよ。そいつもゼロじゃねぇさ。でもなぁ、それが全てじゃねぇ。それが一番じゃねぇ。俺が一番欲しいのは、俺のチョコ食ってうまいって笑ってくれる、そいつの笑顔だ。

 勘違いしてんじゃねぇぞこのばかやろぉ!」

「テオ……」

 私はそれ以上、言葉が出なかった。

「おい!」

 テオがボスさんに視線を移す。

「なんだ……」

「聞いてたよなぁ? 俺はチョコ職人だ。チョコ作りの邪魔されてムカつくけどなぁ。ムカつくけどよぉ。それでも俺は思っちまうんだ。考えちまったんだよ。顔も知らねぇてめぇが、チョコ食って、うめぇって笑う顔が見てぇってなぁ」

 そう言ってテオが懐から出したのは、小さな箱だった。

「夏じゃなくてよかったぜ。――おら。これは俺からお前へのチョコレートだ」

 そう言ってテオがボスさんに近づいていくその脚は、かすかに震えているように見えた。でも、テオは真っ直ぐにボスさんに近づいていく。

「食うわけねぇだろ!」

 ボスさんが突然、テオが差し出すチョコを払いのけようとした。

「なっ!」

 テオは咄嗟に手を引っ込めながら身をていしてチョコをかばい、そのまま壁まではたき飛ばされた。

「テオ!」

「……ってぇなぁ。なにすんだこのやろう!」

「知るかァ! 俺がお前のチョコなんか食うわけねぇだろォ! 馬鹿なのかお前はァ! ァア?! 敵が持ってきたチョコだぞ? そんなもん食う奴がどこにいる! ェエ?!」

 テオはゆっくり立ち上がると、ボスを睨んだ。

「毒が入ってる、って言いてぇのか?」

「疑わねぇわけがねェ」

 テオは静かに箱を開け、六粒のチョコをボスさんに見せた。大粒のチョコが綺麗に並んでいる。

「なめられたもんだなぁ、ったく。何度言ったらわかるんだ。俺ぁチョコ職人だ。チョコに毒なんざ入れるわけがねぇ。でも、てめぇの言うことも一理ある。選べ」

「アァ?」

「一つ選べ。そいつを俺が食う。残りはお前が食え。俺がお前に食わせたくて作ったチョコだ。食ってくれよ。頼む……」

「……」

 しばらく二人が見つめ合い、痛いくらい沈黙が部屋にこだました。

「あっ、あの!」

 私の声に、二人が反応する。

「私も。テオは、流石にチョコに毒を入れたりは、しないと思う、な……」

 私の言葉を聞いて、ボスさんは少し黙った後、テオの方へ歩み寄った。

「下の段の、真ん中だ」

「……これだな?」

 テオのごつごつした繊細な指がチョコに伸びる。

「いや、やっぱりその隣だ。右、いや、左」

「どっちだよ、ったく。これだな?」

 テオの指が躊躇なくチョコの上をゆく。

「……ああ、それでいい」

 テオは無言でチョコをつまむと、口に入れた。

「……うめぇ。――おら、食え」

「……」

 ボスさんは無言で箱を受け取ると、チョコを一粒口に入れた。

「……っ! テメェ! こっ、れは……」

 ボスさんは急に激昂してチョコを吐き出したと思ったら、すぐに大人しくなった。

「てめぇ、もったいねぇことしてんじゃねぇよ! ……まあでも紛らわしかったか。毒じゃねぇ。そのチョコに入ってんのはウイスキーだ」

「……」

 ボスさんがもう一粒、口に入れる。

「……こいつは、うめぇ」

「だろ? ゲミニ団のボスはウイスキーが好きだって噂は聞いてたからな。モモコんとこの酒場に頼んで、特別に貴重なウイスキーを譲って貰って、大急ぎで試作してみたんだよ。どうだ? の割にはうめぇだろ?」

「ああ」

 さらにもう一粒食べて、ボスさんは言う。

「今まで食べたチョコで一番ウメぇ……」

「そいつはどうも。そのチョコも、今年のバレンタインデーには完成させてやる。店にゲミニ団が来たらもちろん通報するが、俺はチョコ屋だ。それが客ならチョコは売る。バレンタインデーくらいなら、サービスすんぜ? どうだ。悪い話じゃねぇだろ?」

 ボスさんはテオの言葉を聞いて、少し沈黙してからこっちにやって来た。

「……モモコ、手荒なことして悪かったな。帰っていいぞ」

「ボス……さん……、きゃっ!」

 ガシャァン! と大きな音を立てて、牢屋に出口ができる。

 そうやって開けるんだ、と思ったのも束の間、ボスさんはどこか悲しそうな背中を向けて去っていった。

「――おい、モモコ。嫌いなら嫌いって最初から言えよ! ったく。だいたいてめぇらが他人(ひと)と向き合わねぇのをバレンタインデーのせいにしてんじゃねぇよ。んなもん、バレンタインデーがなくたって義理チョコがなくたって、どっかでムカつくに決まってんだろ!」

「はっ、はぁ?! 何よ。ちょっとは見直したと思ったら。ほんとにテオは口が悪いんだから!」

 私はテオの言葉に素直になれなくなって、ついありがとうも言わずに言い返してしまった。

「はっ! ……まあ、悪かったよ。気づいてやれなくて。それにまあ、おまえがあいつの心開いといてくれてなかったら、チョコ食って貰えなかったかもしれないしな。ありがとよ。おびえてっかと思って選んできたんだけどな。予定とは違ったが、これ。お前のチョコだ。おめぇの笑顔が見たくて持ってきたチョコだ……」

「えっ……」

 私はテオが差し出す箱を見つめて、それで、言葉をゆるめるきっかけを貰った。

「ありがとう」

「おうよ」

 箱を開けると、リーフを模した綺麗なチョコが入っていた。

「食べていい?」

「そのために持ってきたんだろうが」

「……いただきます。……ん!」

 ハーブ、だろうか? 紅茶のような味のまろやかな風味が口いっぱいに広がった。口の中を吹き抜ける優しい香りに、心がほどける。

「……ありがとう。ごめん。ごめんね、テオ。でも、こわかった。こわかったよ……」

 思わず、涙が溢れてきた。

「ぁあ? あんだけ元気に(ひと)の悪口言ってたじゃねぇかよおまえ。ったく。それ食って落ち着いたらさっさと行くぞ」

「うん。ごめん。ありがとう」

 私はもう少しだけそこで、テオのチョコの余韻を感じた。

 

     *

 

 ボスの退避命令がアジト内に響き渡るのと、モモコを連れたテオが大広間に戻って来たのはほぼ同時だった。

「おっと、これは残念だ。決着、つきませんでしたね?」

 依然、光を奪われたままのアエギスが戦いの手を止め、微笑む。

「……」

 ノワルーナは何も答えない。

「ご安心ください。貴方の魔法のことは誰にも言いませんので。次はもう少し、楽しめるといいのですが――」

 そう言うと、アエギスは高く遠くへ飛び退いた。

「ノワルーナさん!」

 そこへ、モモコが駆け寄っていく。

「んだ? あいつそんなにつえぇのか?」

 テオも遅れてやって来て、アエギスを一瞥(いちべつ)しながらそう言った。

「……ああ、すまない」

「なんで謝るんですか? 助けに来てくださって、ありがとうございます」

 ノワルーナは終始アエギスを警戒しながら、状況を簡単に確認する。

 そして、三人は急いでアジトの出口へと向かった。

 大広間に、アエギスがただ一人残る。

「おー、アエギス! 無事だったかぁ!」

 そこへ間もなく、ボスが大きな声を張り上げてやって来た。

「これはこれは。ボスもご無事で何よりです」

「あったりめぇだ。あんなチョコ屋に負けるかよ。……あれ? 死体が一つもねぇなぁ」

 ボスが不思議そうに辺りを見回す。

「えぇ。自警団のノワルーナ殿がお一人でいらっしゃったのですが、噂以上の腕前でして。足止めがやっとでした」

「はぁん……。お前でも勝てないなんて、あいつそんなに強いのか」

「ええ。目の見えない私では、手に余りました」

 アエギスの言葉に、ボスは驚いた様子もなく答える。

「そっかぁ。お前、ほとんど目ぇ見えてないんだもんな。よくやってるよ」

「それほどでもありません」

 アエギスは細い目をさらに細めて笑う。

 ボスの言う通り、彼はほとんど目が見えていなかった。ノワルーナが離れ、魔法の効果が切れた今も、それ以前から、ノワルーナの魔法で光を奪われるずっと前から。アエギスがその目で見る世界は、モザイクがかかったようにいつも霞んでいた。

「どうせしばらくは大人しくするんだろ?」

「ええ。このアジトが本命だと思っていただきたいですからねぇ。ひと月くらいは表に出ず、武装と人材のさらなる拡充に()てたいと思っています」

「じゃあ、ついでにレーシング手術探そうぜ」

「レーシング?」

「ああ。俺の前世にあったんだよ。なんか、目がよくなるらしいぜ? 転生者がこんだけいんだ。どっかに一人ぐらい出来る奴がいてもおかしくねぇだろ」

「……ええ。それは、そうですね。お気遣いありがとうございます。ですがボス。それはレーシング手術ではなく、レーシック手術では?」

「ああ、そうだったかもしんねぇなぁ。よく知ってんなぁ、お前」

「ええ。前にどこかで聞いたんです。私、耳だけはいいので――」



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#7 後日談を語らせてください!

 ――というわけで。

 攫われてしまった私は無事、三人に助けて貰った。

 

 あの後。地上に出たらすごい臭いがしていて、傷だらけのショウ君がゾンビの群れの中、ずっと悪態ついてる怖い人を拘束してたから、私はびっくりしてしまった。

 その人は凶悪犯らしく、ショウ君とノワルーナさんがゾンビを連れたまま町中(まちなか)を避けて連行することになり、私はお礼もそこそこに二人と分かれた。

 その後、テオが“ジョニーの陽気な酒場”まで送ってくれた。夜の寒さに震える私に、テオは上着をかけてくれて……。無言で二人、星空の下を歩いた。

 帰ると奥さんは私をぎゅっと抱きしめてくれて、ジョニーさんも静かに「おかえり」と言ってくれた。私は二人に見守られて、また泣いた。

 

 ショウ君はあの後、大変だったらしい。

 凶悪犯を引き渡した後、ゾンビたち一人ひとりと別れを交わして、そのまますぐにお医者さんに診て貰ったそうだ。

 雑菌が大量に繁殖している死体に噛まれたりして傷を負っているから、感染症のリスクがとても高い危険な状態だったらしい。

 幸い、今のところは大きな病気が発症することもなく元気にしているけれど、数日は絶対安静の隔離生活から抜け出せないのだという。

 凶悪犯の方はすぐに処刑が決まった。優しいテオ君はきっと、自分が捕まえた凶悪犯が処刑されたことで自分を責めていると思うから、早く元気づけてあげたいし、改めてちゃんとお礼も言いたいんだけど、まだしばらく会うことは難しそうだ。

 

 ノワルーナさんも大変だ。

 ゲミニ団のアジトを暴いて下っ端をほとんど殲滅し、凶悪犯を一人捕まえられたとはいえ、独断で動いてボスを逃がしてしまったことで、一部からはかなり批判されているようだ。

 凶悪犯を直接捕まえたのは一般人で、ノワルーナさん自身は幹部と思われる強敵と戦ったのに取り逃がしてしまったというのが痛いようだ。それを加味しても大手柄には違いないんだけど、普段からノワルーナさんをよく思っていない人たちから格好の的にされてしまっているんだと思う。巷では『ノワルーナ、初の敗北』なんて噂になってしまっている。

 私の命を優先して大事(おおごと)にしないでくれたからだと思うと、申し訳なさでいっぱいだ……。

 でも、そんなノワルーナさんはめげることなく頑張っている。

 自分の失態を潔く認めた上で、もう二度とこのような失敗はしないようにと、普通の剣を使った戦いの訓練も始めたらしい。既に始めたばかりとは思えない腕前らしくて、まるでずっと使い続けていた武器のようだと早くも評価されているようだ。ファンの間では『ノワルーナが二本目の刃を手に入れた』なんて話題になっている。やっぱりノワルーナさんはすごくて人気者だ。

 そんなのノワルーナさんにも、改めてお礼と謝罪をしに行きたいんだけど、このタイミングでゴシップになってもいけないので、しばらく会いに行くのは控えた方がよさそうだ。

 

 テオはと言えば、ついにバレンタインデーの目玉商品の販売を始めている。

 私はそれを見て、びっくりした。

 ――チョコと一緒に、愛する人の笑顔を作りませんか――。

 というキャッチコピーが大きく書かれた箱に、刻みチョコレートと型、そしてイラストを使った説明書の入った『手作りチョコレートキット』。

 それが、テオのバレンタインデーの目玉商品だったのだ。私はてっきり、新しい味とか形の新作チョコを作るんだとばかり思っていたから、びっくりした。

 でも、確かに「色んなところに頼んである」って言ってた気がする。あの時は義理チョコへの苦い思いで頭がいっぱいで気づけなかったけど、チョコ作りにこだわりを持つテオだったら、単に他のところにチョコを頼むはずなんてなかったんだ。

 でも、テオがチョコ職人になった理由を、チョコ職人を続けている理由を考えたら納得の商品だ。バレンタインデーのコンセプトにもぴったりだし。

 他にも、孤児院の子たちを通じて、直接若い層への根回しもしているらしい。確かに若い子の方がこういうイベントは盛り上がるなと思うと、ぬかりないなと感心する。

 前日と当日には手作りチョコ教室なんかもやるみたいだし、やっぱりテオ手製の新作チョコレートもあるらしく、今は大忙しみたいだ。

 

 私は、どうしようかなぁ――。

 バレンタインデーのことを考える。

 嫌いで嫌いでしかたなかったバレンタインデー。苦い記憶でいっぱいだった義理チョコ文化。今だって嫌いだし、今だって苦い記憶でいっぱいだ。

 でも、テオの言葉を思い出す。

――てめぇらが他人(ひと)と向き合わねぇのをバレンタインデーのせいにしてんじゃねぇよ。んなもん、バレンタインデーがなくたって義理チョコがなくたって、どっかでムカつくに決まってんだろ!――

 会社員時代のことを思うと、百パーセントの気持ちでその通りだとは思えない。でも、確かにテオの言ってることも一理あるかなって、そんな気もしなくはない。……ちょっとムカつくけどね。

 テオは、チョコを食べた人の笑顔が見たくてチョコを作っていると言っていた。もちろん、買って行くお客さんがチョコを食べる時、テオはそれを見ていない。だから、お客さんたちの顔を思い浮かべて、ほとんど見ることのできないその笑顔を思い浮かべて、チョコを作っているんだろう。

 私は、笑顔になって欲しい人の顔を思い浮かべてみる。

 奥さんとジョニーさん。ショウ君にノワルーナさん、に一応テオ。それから、いつもお店に来てくれるお客さんたち。それから、それから……。

 意外と多く思い浮かんでびっくりした。

 みんなに義理チョコ、渡そうかなぁ。お客さんとかまで入れたらすごい量になりそう。全員に手作りは無理だな。お金もかかるし……。

 ああでも、悪くないな。大好きな人たちの、普段お世話になってる人たちの顔を思い浮かべて、こうやって人を思う時間は悪くない。

 奥さんに相談して、何かお店でもイベントをやってみるのはどうだろう。私一人で出来ることは限られてるけど、お店として、奥さんと協力してなら出来ることも増えるはずだ。いつも、モモコちゃんって言ってくれるお客さんたちの顔を思い浮かべると、何かしらしたい気持ちになる。

 そんなによく知ってるわけじゃないのに、不思議だ。会社員時代、義理チョコを準備するのはあんなに嫌だったのに……。

 でも、嫌いな上司や、大した関わりもない人たちなんかのことも、ちゃんと一人ひとり顔を思い浮かべてチョコを準備してたら、もう少し何か違ってたのかなぁ……。

 いや、それはないわ! 余計ムカつくだけだわ。

 ……でも。でも。

 バレンタインデーも、義理チョコも、悪いだけじゃないのかもしれない。

 テオが商売戦略のためだけにバレンタインに便乗したわけじゃないように。

 私はテオの新商品を思い出した。

 ――チョコと一緒に、愛する人の笑顔を作りませんか――。



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エンディング

 時は新世紀。

 世は大異世界転生者時代を迎えていた――。

 

 ブラック企業に勤めていたモモコも異世界へ転生していたのだが、そのチートとも言えるスキルはしかし、実用性のない趣味のためのスキルでしかなく。

 モモコはそれを前世でのように心のよりどころにすることもなく、ほとんど利用することもなく、それでも平凡ながら充実した毎日を送っていた。

 

 ――というわけで。

 最後にみなさんに、お話ししたいことがあります。

 

 私のスキルについてです。

 みなさんは私のスキルに気づいたでしょうか?

 ……って、気づくわけないよね。ごめんなさい。

 でも、ちょっと言ってみたかったんです。

 

 「転生者のスキルはその人の趣味嗜好に関連があることが多いみたい」って言ったのは、覚えているでしょうか?

 「私のスキルもそうだ。だから、私のスキルは実用性皆無に等しいスキルなんだけど、なんだかんだ私は気に入ってたりもする」って、みなさんにお話させて貰ったのを、覚えているでしょうか?

 あれはたしか、「#2 不器用な私がベリーソース作りに挑戦してみたら驚きの反応が!?」の回だったと思います。

 あの回は忙しかった時の回で、「あまりみんなにこの世界の解説をしてる暇もないのだ」なんて言ってたっけなぁ……。

 

 前世での私の趣味は。ブラック企業で性格の悪い上司たちと朝から晩まで働いていた私の、唯一の心の支えだったのは、ネット配信でした。

 なんてことをお話したのは、最初の最初だったから、みなさん覚えてないかもしれないけど……。

 毎日毎日サービス残業させられて、疲れて帰って来て、もうすぐにでも寝ちゃいたかったけど。メイクも落とさず寝ちゃった日もたくさんあったけど。体の疲れは、それで少しは取れても、心の疲れはとれなかった。

 だから私は、きっとつらい毎日の中で、誰かと繋がりたかったんだと思う。近すぎず、遠すぎない、丁度いい距離の誰かと……。

 

 前世からほとんど変わっていない、唯一あの頃から褒めて貰えていたこの声では、残念ながらみなさんにはお届けできていないんじゃないかなと思うんだけど……。

 

 そうです。

 もう、わかりましたか?

 

 ――“the LINK transcend spacetime(いせかいはいしん)”。

 それが私のスキルです。

 

 そう。みなさんが今見てくれてるこれは、私の配信です。

 いや、配信そのものじゃないのか。声って形では、届いてないと思うから。

 

 ちょっと気づいて貰えないかなぁと思って、各回のタイトルをYouTuberっぽくしてみたりしたんだけど……。伝わったかなぁ?

 私が前世でやってたのはYoutubeじゃないし、完全に偏見なんだけど……。

 私がしてたのは、もっとなんか、素人がゆるーく雑談してるようなアプリでの配信で。全然注目とかされてなかったし、面白い話とかもできてなくて。ただちょっとお話させて貰って、コメントとかいただいたりして、優しいみんなにつきあっていただけてただけなんですけどね……。

 

 それで、異世界に転生して、このスキルを授かって。

 世界を越えた配信って想像できなかったし、今は毎日も充実してるから、ほとんどこのスキルを使うことはなかったんです。

 

 でも、今回のバレンタインデーのことがあって。

 久しぶりに、配信したくなったんです。単純にまた心がつらくなったから、ってのもあると思うけど。前世のことを、ちょうど配信してた時期のことをたくさん思い出したから、ってのもあるんだと思います。

 

 もちろん、私の見聞きしていない部分は私にもわからないので、スキルの自動編集機能にまかせてあるから、ちょっとどうなってるかわからないし……。

 私がやってたのはとりとめもない雑談配信だったから、こういう録り溜めたものをちょっと編集して上げるっていうのは初めてで、すっごく不安なんだけど……。

 しかも、不慣れなスキルを使った配信だし、たぶんちゃんとした配信っていう形でみなさんまで届けることは出来ていないのかなって気もするし……。

 スキルを使い慣れてなくて……、ごめんなさい。

 

 でも、今回のことがあって、久しぶりに配信したいなぁって思ったんです。

 録り始めたのは前世の時と同じで、つらかったからっていうのが大きかったんだと思います。本当に配信してなくても、そういうつもりで心の声を録ってるだけで、少し楽にもなってました。

 でも。でも、今は違います。テオの言葉を聞いて、今回の事件があって、思ったんです。

 見たこともない誰かを思って、見えない顔を思い浮かべて、あれこれ想像しながら配信をおくってみたいなぁって。

 そういう部分もきっと、あの頃にだってゼロじゃなかったと思うし……。

 だから、また配信したいなって思ったんです。録り溜めてたものを使って、スキルの色んな機能も使って、配信、って言えるのかな? をしてみました。

 

 どうだったでしょうか?

 何か少しでも楽しんで貰えていたらよかったです。

 私が今回の一件で、ちょっと前向きになれたその幸せを、みなさんにおすそ分け出来ていたら嬉しいです。

 ちょっと不安だけど。大丈夫かなぁ……。

 

 コメントとかブックマーク? とかいただけるとうれしいです。なんて、配信っぽいこと言ってみたりして……。

 ああ、でもどうだろう。私が別に活躍したわけじゃないし、むしろ勝手に攫われて助けて貰っただけの嫌な女みたいな感じになってないかな?

 なのにいい感じに締めくくろうとして……。

 大丈夫かな? ちょっと不安だけど。

 まあ、それはそれでいっか……。

 大切なみんなを紹介できたと思うし。みなさんに、少しでも何か楽しんで貰えていたならよかったんですが……。

 

 ――みなさんは。

 みなさんは、どんなバレンタインデーを過ごしているんでしょう?

 みなさんの顔は見えないけれど。知らないけれど。みなさんのことを思い浮かべて、義理チョコ代わりにこの配信をおくります。

 みなさんが今、笑顔だといいな……。

 

 それじゃあ、あんまり無駄なこと長々と喋ってしまってもあれなので。

 このへんで。

 

 聞いてくださった、じゃなくて読んでくださった? みなさん。

 おつきあいいただき、ありがとうございました。

 また機会があったら、よろしくお願いしますね。なんて。

 じゃあ、さようなら。

 お元気で――。



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あとがき・メモ

 【ネタバレ】

 ※物語の根幹に関する重大なネタバレあり!

 

 

 

 

 

 読んで下さった皆様、ありがとうございます。

 不快でしたら、申し訳ございません。

 

 バレンタインデーが嫌いな人も多い、特に社会人にとっては男女どちらにとっても気の重いイベントだ、なんて近頃はよく目に耳にすることが多いような気がします。

 確かに日本の義理チョコ文化は、渡す方もお返しする方もお金がかかるし、同調圧力とか印象とか、義務感に加えてパートナーの目とか、嫌な部分も多いですよね。

 でも同時に、私は思うんです。

 日日、たくさんの好きや感謝を(いだ)いて生きいるけれど。そういうものって、どんなに意識するよう心がけても、どうしても、瞬く間に連なっていく時の中に埋もれていってしまいがちだと思うから……。

 そういう大切なものを意識するきっかけに恵まれることって、とっても素敵なことだなぁ、なんて。

 素敵なことだけじゃないからこそ、そういう気持ちを大切にしたいなぁ、とも……。

 そんな風に思えるのは私が、貰う側の男で、本命チョコの味を知らないほどに貰えた経験に乏しい男だからでしょうか……(笑)。

 

 さて――。

 そんな気持ちを、「異世界・平行世界検索」の詳細検索条件に設定して検索かけたみたいにして観測したこの配信は、それを文字に起こしたこの文章は、いかがだったでしょうか。

 バレンタインデー、とりわけ義理チョコ文化が苦痛な人が、ちょっとでも2月14日に心地よくいられるきっかけになったらうれしいです……。

 逆効果だったら、申し訳ありません。

 

 顔も見たことのない多くの皆さんを思いながらサイト上へ送信したこの散文は、もちろんお返し目当てでおく(送・贈)ったわけではないですが……。

 お返しが欲しいという下心が全くないと言えば嘘でしかありません。感想、頂けたらうれしいです……(笑)。

 ホワイトデーに、だなんて言いません! 今日でも、明日でも、来年でもいつでもうれしいです!!

 

 もちろん、私にではなく、配信者のモモコへのコメントもお待ちしております!

 この物語は作者の単なる妄想、作者が考えて作った虚構だって考えるのが当然で、私だってフィクションとして世に出してはいるんですけれども……。

 でも、どんなに荒唐無稽で馬鹿げた可能性であっても、これがどこかの異世界での本当の出来事じゃないって証明する(すべ)を私は持っていないから……。

 だから、モモコの配信を文章で見て下さったこの世界のどなたかが、異世界のモモコに向けたコメントをして下さったら、届く保証なんてどこにもないけれど、それでもなんだか素敵だなって……。

 馬鹿なこと思っちゃうんです(笑)。

 

 まあ、そんなことを申し上げても。

 感想の一つどころか、そもそも閲覧数さえ伸びない気はしますが……(笑)。

 

 それでは、改めまして――。

 バレンタインデーという文化を作り受け継いで下さった皆様、数少ない義理チョコを下さった皆様、私と今まで関わって下さった全てに。

 そして何より、あなた様に。

 ――ありがとうございます。

 不快にしてしまった全ての皆様に、申し訳ございません。

 皆様の人生が幸せなものでありますように。

 

 

 

二〇二一年 二月 一日  着想

二〇二一年 二月一三日  脱稿

二〇二一年 二月一四日  最終加筆修正

 

 

 

 

 

 

【固有名詞の由来メモ】

 

クレーター (英)火口

グリドル (英)料理用の鉄板(グリル)

ハンバーグ 肉料理の一種

ムシタロウ 蒸し+太郎(なろう系揶揄ネタ)

バイクの技 『雨上がりの夜空に』+ファイナルベント(サバイブ)

 

ウンブリアン (伊)州名

インテラムナ (伊)都市テルニの旧名(バレンタイン発祥の地)

アルフォンシーネ(伊)テルニにある大通り名

モモコ 1994年生まれの女子の名前に多い

テオ カカオの学名「テオブロマ」から

ノワルーナ (羅)新月

ショウ 1997年生まれの男子の名前に多い

ゲミニ (羅)双子

アエギス (羅)ギリシャ神話に登場する盾

ンザビー ゾンビのルーツ関連

 

 

 

 

 

【関連ツイート】

 

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 文章の中に小ネタを潜ませるのが好きなんだけど、別に全ての読者に全部を拾って貰えるなんて思ってないんだ。小ネタを全部スルーされても面白い物語を目指してるし、小ネタだけで勝負しようなんて邪道なことこれっぽっちも思っちゃいない。やっぱり王道は好きなんだよ俺も。その上で、

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https://twitter.com/naoki88888888/status/1361694242607751171

午前0:09 · 2021年2月17日

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「クレーター(crater 噴火口)地方グリドル(griddle 鉄板)のハンバーグ、豚面(ポーク)鶏冠頭(チキン)のハンバーグ(ビーフ)」とか「“陽気なジョニーの酒場”のポーカーフェイスで無口な店主ジョニー」とかを、ひっかかってくれた読者が楽しんでくれたらいいなって思うんだよね……。そういうものを、

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https://twitter.com/naoki88888888/status/1361694243736051724

午前0:09 · 2021年2月17日

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たとえば「趣」と言うのだと、たとえば「粋」と言うのだと俺は思っていて。そういうものが、たとえば俺のたまらなく好きなものの一つなんだよ。

 ……まあ、小ネタどころか本文自体がスルーされてるんだけどね(笑)!

 

https://twitter.com/naoki88888888/status/1361677709567434752

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https://twitter.com/naoki88888888/status/1361694245044674568

午前0:09 · 2021年2月17日

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【#悲惨】9割以上のユーザーが目次(あらすじ)ページで切った傑作!《#異世界転生もの》

 

 なろう系、ギャグマシマシ!

 ――で今日も終日、公開中!

 ぶっちゃけ本編とはほとんど関係ないオープニングだけでも是非!

 

 時は新世紀。

 世は大異世界転生者時代を迎えていた――。

 《続きは画像へ》

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https://twitter.com/naoki88888888/status/1361677709567434752

午後11:03 · 2021年2月16日

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